元踏み台ですが? (偶数)
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アリサsp

 寄生という言葉がよく似合う人生を歩んでいた。

 無頼という言葉がよく似合う生き方を探している。

 折れた心は時間によって歪に修復される。

 消えた愛情はその意味を理解しても、絶対に戻ってこない。

 俺は忘れ去られた人形のような存在だ。そして、その人形は怨念のようなものに縋り付き、身体を動かす。生きる意味を持たない人形。生きた意味を含む屍よりも質が悪い。呪い、そう、例えるなら呪いのような存在。誰かを妬まなければ、誰かを恨まなければ、誰かを憎まなければ、動くことすら許されない存在だ。

 だからこそ、嫉妬の感情に頼らない生き方を探している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 街というものは変わらないものだ。

 もう、十四年もこの街で生活し、戦い、傷付き、逃げ出し、姿を晦ます生活を送ってきた。

 この街は俺に生きる意味を与え、そして、この街の人間が俺の生きる意味を奪い去った。

 街は人に優しくする。だが、その街に住まう人間は個体差があり、その殆どが冷徹で、親切なんていう言葉からかけ離れている。少なからず、俺に優しさなんてものを与えてくれた人は父親を除いたら両手の指で数えられるかどうかの瀬戸際だ。それくらい、人間という生き物は優しくない。そこら辺で寛いでいる野良猫の方がまだ優しいかもしれないな。

 

「優しい人間になりなさい。人を笑って助けられるくらいの優しい人間になりなさい」

 

 なれません、絶対に慣れません。

 下心が無ければ、人間は行動を起こしません。恋だって、思いだって、下心がついているだろう。

 所詮は、対価を求めるのが人間のあり方なのだから......。

 今も昔も、対価を求めている俺だから。

 まあ、誰も正当な対価なんて支払ってくれなかったが......。

 でも、対価に似合った働きはしてきたつもりなんだぜ?

 叫び声が聞こえた。路地裏の方からだ。

 

「美しい花に群がるのが虫けら共の性ってのは知ってるが、あまりにも群がり過ぎてないか?」

 

 路地裏で聖祥大附属中学校の女子生徒に群がるガラの悪い男達。

 にしても、この金髪のお嬢さんもどうして、こんな路地裏に来てしまうのかね、こういう輩の巣窟だってわからんのかね? まあ、中学生のお嬢さんなんてそんなものか。スリルを楽しんで、最終的には壊されるお年頃ってやつなんだろう。

 

「一つだけ言うが、俺はPTSDだから結構精神的に歯止めが効かないタイプの人間なんだ。前歯を二三本へし折る可能性があるから、その辺りはご了しょ――グフッ!?」

 

 うわ、久しぶりに鉄拳制裁を喰らいましたよ、痛いですわ。やっぱり人間って怖いですわ。

 

「口ほどでもない――ガハッ!?」

「舐めたこと言うなよ、カッコイイセリフを囁いた瞬間に鉄拳制裁とか頭おかしいだろ。おまえは変身中の魔法少女に攻撃を仕掛けるか? 仕掛けないだろうが、それくらいの配慮をしないと人間としての品格を疑われるぞ、霊長類の恥晒し、チンパンジー以下、二足歩行はレッサーパンダでも出来るんだよ」

「歯、歯が......」

「大丈夫、歯が二本抜けたくらいで物が噛めなくなるわけじゃない」

 

 黄色く変色した前歯二本を地面にポロポロと落とす。

 こんな黄ばんだ歯で女が寄ってくると思っているのか? 女ってのはな、白い歯の男に魅了されるんだよ。

 さて、ここで攻撃を仕掛けられるなら今時の若者にしたら根性があると評価してやるが、さて、他の奴らの表情を伺ってみる。ああ、怯えてますね、そら、一瞬で前歯を抜き取れるくらいの猛者とやりあう勇気なんて無いでしょう。正直、骨の無い奴らと喧嘩する気にもならんし、早く逃げてくれることを祈るわ。

 

「こ、こんど見つけたら殺す......」

「最低でもヤドクガエルの毒を塗ったナイフくらいは用意しろよ、じゃないと――俺は殺せないぜ」

 

 いや、最低でも核兵器を用いないと殺せないかもな。

 まあ、そのうちに自殺するだろう人間を殺すなんて、無意味だろう。

 

「あ、あんた......」

「お嬢さん、こんな路地裏で何をしてたのかは知りませんがね、こういう場所はあんなのの巣ですから大通りを歩きましょうね。これ、優しい中学二年生の少年の助言ですわ」

「りゅ、龍崎?」

「......まさか、バニングスか?」

 

 無言でその場を去ろうとした。だが、お気に入りの人間性長袖Tシャツの襟を掴まれる。この人間性Tシャツは世界に一つだけの一品だから出来る限り大事に着たいと思ってるんですけど......。

 

「なあ、俺に何か用事があるのか? 一応はおまえの天敵の一人だろうが......」

「......た、助けてもらったんだからお礼くらい言わせないよ!」

「いらない。お礼なんて必要ない。優しい人間は対価を求めないんだ」

 

 下心が存在しない善行。案外、出来るもんだな......。

 でも、俺は優しい人になれそうにない。

 俺は、悲しい人か哀れな人にしかなれない。

 

「じゃあ、どうやったらお礼させてくれるの?」

「俺のお気に入りの人間性長袖Tシャツの襟を放してもらえますかね、話はそれからですよ」

「逃げるでしょ?」

「エスパー? フーディンの親戚だろ君」

「誰がポケモンの親戚ですって?」

 

 さて、本格的に俺を逃がす気は一切無いようだ。

 もう、勘弁してくれよ。

 俺は、もう、この世界の住人と深い関係になりたくないんだよ......。

 

 

 初恋は誰だっけ? 普通の青少年なら母親か自分の姉か妹くらいだろうが、俺の場合は目の前で優雅にアイスティーを飲んでいる少女と後二人だった。

 ホロ苦い青春の香りなんて漂わない。漂うのは、自分の愚かさと哀れな自分の過去だけだ。

 まあ、でも、彼女に恋心を抱いたのは間違えじゃない。

 

「アンタ、変わったわね」

「そうか?」

 

 変わった、変わるってなんだ? 俺は変わってないんていない。俺は変えられて、染められて、地に落ちて、思い切れる時を待っているだけの身、変わったと表現するには酷く滑稽で、やさぐれているだけだ。

 まあ、それでも、こいつの目から見て俺は酷く変わっただろう。あんなにギラついた目をしていた俺がこんなにも生気のない表情をして、そして、こんな変なTシャツを着ているんだ、変わったやつ、変態としか思わないだろう。

 ......にしても、こいつも酷く成長したもんだ。

 西洋の血を持っているだけあって金色の髪と欧米系に多い翠眼を持ち合わせている。それを例えるなら西洋人形、これに限るな。そう、上品で、品格がある西洋人形。俺のような呪われた日本人形のような奴とは違う。

 彼女の名前はアリサ・バニングス。なんというか、昔好きだったが、嫌われていた人だ。

 

「ええ、変わったわよ、だって、俺の嫁とか言わなくなったし」

「そら、おまえさん、約四年間も疎遠になったんだ。軽口を叩ける程、俺も失礼な人間じゃない」

「あら、自覚あるの」

「あるさ、元々は比較的に常識人なんだからさ」

 

 バニングスは悪戯っ子のような純粋無垢な表情になる。

 変わらないもんだな、こいつのこういう顔、よく見てた。まあ、俺に向かう顔は般若のような激怒の顔だけだったんだが、まあ、今となれは良い思い出だ。語り草ってやつさ。

 

「さっきはありがとう。感謝するわ」

「お礼はいらないと言っただろ。優しい人間は対価を求めないんだ。それに、感謝するなんて言われるほど、出来た人間じゃないしな」

 

 それに、一度だって感謝したことないだろ。感謝なんてするな、気が狂う。

 

「変わったわね......」

 

 窓の外を見て黄昏れていますね、黄昏が似合うような年頃でもないだろうに。

 ......でも、酷く悲しそうな表情だ。

 こんな表情を見ていたら言葉を大量に吐き出す気力が削がれる。本来なら、もう少し棘のある言葉を投げつけている筈なのに、何故だか強い言葉を使えない。これが、惚れた男の弱みというものなのだろうか......?

 堅苦しい雰囲気に嫌気がさしたので、声を掛けてみる。

 

「何かあったのか?」

 

 数十秒の沈黙、重々しい沈黙だ。

 喋るつもりが無いのなら、早く帰らせてもらいたいものだ。

 もう、俺は報われない何かを感じたくないのだ。

 

「なのはと光が付き合うことになったのよ」

「アイツと高町がか?」

 

 ええ、と、心底暗い表情で、声色でそう告げる。

 そうか、あの野郎と高町がね。まあ、雰囲気と付き合いの長さを考えたらアイツと高町が付き合うのもわからなくはない。だが、目の前に存在している一人の少女にしてみたら死活問題ともとれる。人生を狂わせる可能性すら浮上する――死活問題。

 

「ねえ、愚痴を聞いてくれる?」

「いいよ、俺も暇だし」

 

 ありがとう、その言葉で少しだけ、いや、物凄く寂しい気持ちになった。別に、ありがとうの一言くらい聞いたことがある。多分。でも、心の底からのありがとうはこれがはじめてかもしれない。だからこそ、虚しく、悲しい気分になってしまう。

 ああ、気が狂う。

 ――これだから旧知の間柄の人間と話すのは嫌いなんだ。いや、元々から人と話すのは嫌いなんだが......。

 

「はじめて会ったときはあんまり良い印象じゃなかったけど、ひかると一緒にいるようになっていくうちにわたしの中に何か温かい感情が目覚めたの、多分、なのはやすずか、フェイトやはやて、この全員がこんな気持ちだったと思う。で、その気持ちが恋心ってわけ、少女漫画みたいでしょ?」

 

 少女漫画、ね、少女漫画と表現するには、あまりにもお下劣過ぎる。そう、例えるならライトノベル、一人の主人公に多くの少女が群がる、そんなお下品で、その後の事なんて何一つ考えていないストーリー、少し大人びた子供の餌だ。そうさ、奴はそういった物語の主人公に酷似している。だからこそ、目の前に存在している少女が悲しそうな表情をしている。そして、それを奴は知らない。――アイツは知る筈がない。アイツは――物語の主人公なのだから。ヒーローはそれ以外のオーバーの存在を理解していないんだ。そうさ、彼女のことだって理解していない。それがヒーローってやつだ。

 バニングスは溜息を吐き出した、そして、詰まった口をもう一度開く。

 

「でね、わたしがその気持ちが恋心だって一番最初に気が付いたのよ、だから、ひかるに好きになってもらおうと、ひかるに愛してもらおうと一生懸命努力したわ。例えば髪を切ったり、ひかるの前では優しい口調になったりして、でもね、ひかるは全然振り向いてくれなかった」

 

 表情が暗くなる。泣きそうだ。

 だが、俺は彼女に慰めの言葉をかけられる程、出来た人間でもなければ、そんな言葉を安易にかけられる立場の人間でもないのだ。だから、何も言わないで、ただ、彼女の言葉に耳を傾けることしか出来ない。してはいけない。もし、慰めるとしたならば、すべての話が終わった時だ。そう、聞き手に回る必要がある。......寡黙というわけじゃないんだがな。

 

「そしたらね、ひかるはなのはやフェイト、はやてと仲良くするようになったの。もちろん、わたしやすずかも仲良くしてたわよ、でもね、ひかるにとって大切な存在は三人、その中での一番はなのは、最初からわかってた。出来レースだったのよ、ってね」

 

 輝く雫が頬を伝って流れ落ちた。

 何も言えなかった。この瞬間に声をかけなければならない筈なのに、彼女の悲しみを理解してやらないといけないはずなのに、それなのに、それなのに、俺はたた、彼女の言葉に聞き入っていたのだ。何も言えないで、言いたくなくて、でも、彼女の言葉の意味を深く、誰よりも理解していたのだ。

 

「でもね、わたしは絶対に諦めなかった。だって、出来レースでも本気でやるのがわたしだもの、だから、負けが見えてても、必至でひかるを追いかけて追いかけて、三人より好きになってもらおうと頑張った――でも、無理だったのよ」

 

 ポケットからハンカチを取り出して、静かに彼女に手渡した。

 気が利くじゃないと静かにそれを受け取り、溢れ出る雫を拭き取る。でも、止まる気配は感じられない。

 そうさ、彼女はアイツのことを愛している。だからこそ、アイツのことで泣けるのだ。俺は、泣けたかな? 他のことで泣いてたのような気がする。それでも、俺は......いや、やめておこう、未練たらたらの男なんて――女々しいだけだ。男は、前と左右だけを見るんだ。後ろは、見るもんじゃない。

 

「なのはとひかるが付き合って、わたしは喪失感に襲われたわ。で、フラフラと町を歩いていたら」

「ああいう奴らに絡まれて、俺に出会ったと?」

「運命、感じちゃうわよね」

「いや、ただの偶然だろう」

 

 そうさ、偶然という名の必然。運命とでも言えばいいのだろうか? 出来過ぎている。だからこそ、神様という存在は糞みたいに憎く、そして、優しい。だからこそ、俺は神という存在が司る、人間の運命という奴を嫌っている。もし、運命が本当に存在するのならば、それは、とても滑稽で、そして、虚しい物じゃないだろうか。

 口にお冷を含んで、息を吐き出す。

 

「なあ、おまえは本当に近藤を愛していたのか?」

「当り前よ!」

 

 怒声に近い声、それが響く。

 当たり前、その一言が心に突き刺さる。そうさ、そうだよな、そうなんだ。

 

「――じゃあ、今も近藤を愛しているのか?」

「えっ?」

 

 愛していたのかと愛しているのか、似ているようで全然違う言葉、彼女はその言葉の意味を理解しようと頭を回した。そして、数十秒間の沈黙の末に答えを見出した。

 

「――好きよ、大好き」

「それならそれを伝えればいいさ、昔の俺はそんな風な気持ちでバニングスに告白してた」

「それマジ?」

「大マジ」

 

 ごめん、という申し訳無さそうな言葉を投げてくれた。

 出来レース、そうさ、俺の戦いも出来レース。所詮はオーバー、つまりはその他の存在である俺には、アイツと勝負する土俵すら存在していなかったんだ。ああ、悔しい、悔しい、悔しい限りだ......ふっ。

 

「でも、ひかるはなのはと付き合ってるのよ」

「いいじゃないか、彼女が二人居ても、近藤は優柔不断な男だから案外受け入れてくれるかもしれないぜ」

「アンタだったら?」

「俺は案外一途だから、告白してOK貰えたら他の女の尻は見ないよ」

 

 投げやりで、あやふやで、匙を投げるような答えだ。でも、俺にはこの答えしか彼女に与えることができない。何故なら、彼女の心を癒せるのは――アイツだけだからだ。

 彼女はニヤリと笑って、それもそうね、と、告げた。

 そうさ、それでいいんだ。それが最高の選択肢なんだ。それが――一番、幸せに等しい選択肢なんだ。まあ、多分の段階だけどさ......。

 

「ほんと、アンタは変わったわね」

「人間は進化して何ぼさ、バニングスも昔と比べたらだいぶ変わってるよ」

「具体的に?」

「髪切った?」

「何で疑問形なのよ!? まあ、切ったけど」

 

 彼女は短くした髪を撫で下ろした。その髪は宣戦布告の証、一人の男を奪い合う女と女のキャットファイトに参戦するという証だ。ああ、妬ましい。そして、羨ましい。でも、俺にはその資格はない。あるのは、それを傍観するか、それを見る前にこの世界を去ることだけだ。

 

「じゃあ、アンタはひかるが案外受け入れてくれると思うの?」

「ああ、アイツはそういう奴だろ? 他人の好意に一切気付かなくて、ようやく気付いても全然、そのうえ押しに弱い面もあるし、優柔不断だ。男の俺から見てみたら最低の男、なんであんな奴がバニングス達に好かれるのかがわからない、多分、死んでもわからない。俺は――馬鹿だからさ」

 

 バニングスは笑った。

 笑うなよ、悲しくなる。

 

「ご注文のいちごパフェとチョコレートパフェにございます」

 

 注文から十分程たってようやく注文した商品が届いた。因みに、俺がチョコレートパフェで、バニングスがいちごパフェである。

 

「あら、チェーン店のパフェにしたら美味しそうね」

「その分、量は並だがな」

 

 パフェ専用の長いスプーンを使いビターなチョコレートシロップのかかったソフトクリームを口の中に入れる。

 彼女の方も一度話を中断して赤く色付いたいちごをおいしそうに頬張る。

 

「でも、アンタに会えてよかったわ」

「おまえ、俺のこと嫌いだっただろ」

「昔の話よ、女の子は忘れやすいのよ」

「そんなもんなのか?」

 

 アリサはフフフと笑い、そういうものよと告げた。

 食べ進めるうちにバニングスの視線がパフェから俺の私服にシフトチェンジする。

 

「ねえ、今日は平日なのに何で制服着てないの? 市立でも、私立でも下校時間は大差ないんじゃないの」

「ああ、病院に行ってたんだよ......」

「病気? 持病とかあったかしら......」

 

 正直、これは話したくないが、まあ、隠しても仕方がない。

 まあ、当たり前なんだ。俺という個人が今の今まで存在している時点で、こういう病気になるのは。

 

「――PTSD、まあ、精神病の一種だよ」

「......それって、戦場帰りの兵士とかが――っ!?」

 

 処方されている精神安定剤と夢を見にくくなる睡眠導入剤を見せる。

 バニングスは申し訳無さそうな表情になり、下を向いてしまう。

 そらそうさ、俺がどういう立場だったのか、ある程度は理解している。いや、理解していなければ可笑しい。だからこそ、この病気を患っている俺のことを申し訳無さそうな顔でしか見ることが出来ない。いや、直視することすら出来ないかもしれない。

 ――それくらいの立場に、俺は存在していたんだ。

 

「まあ、色々と花火みたいにどっかん! って、やりまくったからさ、色々とツケが回ってきている。寝ると、まあ、救えなかった人達の顔が浮かんできたり、歩いてる途中で嫌な思い出がフラッシュバックしたり、散々だ。でも、俺は、今を生きてる。それだけで十分さ、まあ、いつ、いかなる時に尽きるかはわからないけどさ。花火みたいに......ってね」

「......ゆ......さな......わよ」

「ふぇ?」

「許さないわよ! 絶対に......死ぬのは許さないわよ!」

 

 真っ直ぐと透き通った瞳で俺のことを見つめる。

 そして、俺のデコにデコピンをする。

 

「アンタはわたしの結婚式に絶対に呼ぶって決めたんだから。結婚式が終わるまで、絶対に死なせはしない。お願いじゃないわ、命令よ!」

「......呆れる限りだ。俺は約束破りだぜ? 指切りしようが、命令されようが、期待を裏切る」

「それでも、アンタは――龍崎一人は今を生きてるんでしょ? 未来も生きなさいよ......」

 

 呆れる限りだ。俺の辛さ、なんて、知らないくせによぉ.......。

 俺が、自分勝手に生きて、そして、代償を求められてるってのによぉ......。

 この手で殺めた人間の血で体が、心が、汚れてるってこともわからないでよぉ......。

 でも、はじめてだ。

 ――未来を生きろなんて言われるのは!

 

「約束はしない。でも、頭の隅っこに置いておくぜ」

「アリサ様からの命令に逆らう気?」

「時が来たら逆らうさ、俺は――狂犬だからな」

「あら、偉く弱々しい狂犬だこと」

「違いない。でも、狂犬だからこそ、噛みつけないかもな......」



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すずか

 多分、主人公は涙で枕を濡らしてるね......


 深夜の海というものはどこか悲しい雰囲気を醸し出し、冷たい印象を与える。そんな真夜中の海に、厳密には波の音が木霊する浜辺に、紫色のロングヘアーをなびかせ、海と同じような悲しい雰囲気を醸し出している一人の少女がいる。彼女は俺が小さい頃に恋心を抱いていた女の子の一人――月村すずか、その人である。

 

「こんな夜遅くに女の子が人気の無い砂浜にいるのはよくないな......」

 

 俺は自動販売機で購入したホットのココアを右手に、ブラックコーヒーを左手に握り、彼女の元へテクテクと歩み寄る。

 

「......龍崎くん?」

「ああ、久しぶりだな、月村」

 

 俺は落ち着いた声色で月村の隣に立ち、温かいココアを月村に手渡す。月村は不思議そうな表情を見せながらも、ゆっくりとココアを手に取り、プルタブを開ける。そして、一口、二口と甘く温かいココアを飲みはじめる。

 

「バニングスから聞いたよ。高町と近藤が付き合うことになったんだっけな?」

「う、うん......」

「これもバニングスから聞いたんだが、夜な夜な家を抜け出して散歩をしているらしいじゃないか?」

「う、うん......」

 

 月村はバツが悪そうに顔を下に向けた。自分が悪いことをしている、家の人に迷惑を掛けているということは自覚しているのだろう。その点について問いただすことはやめておこう。

 俺もプルタブを開けて、苦くて眠気の覚めるブラックコーヒー流し込む。

 数分の間の沈黙、その末に月村の口がゆっくりと開かれた。

 

「龍崎くん、変わったね......」

「バニングスからも言われた。まあ、自分でも変わったと思うよ......すごく」

「でも、変わらないところもあるね」

「?」

「女の子が悩んでいる時は必ず、ひかるくんより早く駆けつける......そんなところは全然変わってないね」

 

 月村は優しい表情を見せながら、そう告げた。

 確かにそうだ、今から三年前に起こった誘拐事件も近藤ではなく俺が二人を助けたし(助けた後に恭也さんにズタボロにされたが)、まだまだ踏み台と呼べた頃はヒロイン達が悲しそうな表情をしていたら必ず声を掛けていた。そう考えると、月村が言っていることは間違えではないのだろう。

 

「ねえ、龍崎くんはわたしが吸血鬼だってこと、知ってるんだよね?」

「一応な、でも、言いふらす気は一切ない」

「わかってるよ、龍崎くんはそんなことをする人じゃない......」

 

 月村は立つことをやめ、その場に座り、星々が輝く空を見上げた。俺もそれにつられてその場に腰を下ろした。

 

「わたし、ひかるくんに恋をしてたんだ」

「でも、先を越されたと?」

「まあ、そうだね。でも、わたしはなのはちゃんに先を越されて良かったと思ってるの、だって、わたしは吸血鬼、絵本や小説に出てくる化け物なんだよ。だから、普通の人間のひかるくん、近藤光には、重過ぎる。だから、わたしはアリサちゃんのようにアタックをしなかったし、なのはちゃんのような存在になろうとはしなかった」

「でも、なりたかったんだろ?」

 

 今日は満月だ、そして、月明りがよく輝いていて、流れ落ちる雫がよく確認出来る。

 俺はポケットの中から一枚のハンカチを取り出し、何も言わずに月村に手渡した。月村の方も無言でハンカチを受け取り、零れ落ちる雫を拭き取る。でも、雫は流れ続ける。

 俺は何も言わなかった、言えなかった。もし、俺が彼女を慰めたとしても、彼女が、月村すずかが惨めな気持ちになるだけだ。俺はそれをよく知っている。慰められることが、癒してもらうことが、傷を増やすということを。

 

「ねえ、龍崎くん......わたしはどうしたらいいのかな?」

 

 月村は俺に答えをたずねた。

 

「もし、月村が答えというものが欲しいというのであれば、俺はその答えを作り出して、月村に渡すことが可能だ。だが、それはあくまでも俺という他人が作り出した答え、数学のように百%正しい答えとは程遠い。正しい答えは自分で見つけ出すものだ」

「それが出来ないんだよ! だから、こんな風に涙が出るし、頭が痛くなる。そして、一人になりたくなって、そして、寂しくなって、隣に誰かがいてくれたらいいのにと思う!! ねえ、教えて――わたしは、月村すずかはどうしたらいいの?」

 

 声が震えている。それくらい、彼女は答えを求めているのだろう。だから、だから、俺なんかに縋っているのだ、頼っているのだ、嫌われていた俺に、嫌っていた俺に。だから、だから、間違っている、間違っているかもしれない答えを彼女に伝えた。

 

「――なあ、月村、おまえは本当に近藤が好きなのか?」

「えっ?」

 

 バニングスにも渡した答え、これを彼女にも渡そう。

 

「好き、大好きです」

「なら、今も愛しているか?」

「愛してます、この世界の誰よりも」

「それならそれでいいじゃないか。これは悩んでいたバニングスにも渡した答え、絶対的な不正解で、絶対的に正解な答え。好きなら好きでいいじゃないか、アイツはそう言うのに鈍い、何人からの愛でも受け入れてくれるさ」

 

 月村は数十秒の間、考えることをやめて、そして、数十秒たってから答えを出した。

 

「でも、ひかるくんにはなのはちゃんが!?」

「なあ、おまえの知っている近藤光という男は、エコヒイキするような奴なのか? 俺が知っている近藤は、恋愛とかには一切無関心で、女の子からの好意なんて感じない。でも、誰にでも優しくて、かっこよくて、強くて、俺とは正反対の存在だ。だから、おまえも受け入れてくれるさ、吸血鬼であろうが、化け物であろうが――恋する女の子であろうが」

 

 俺は悔しかった。こんな純粋に自分のことを思ってくれている女の子を何人も持っている近藤が羨ましかった、妬ましかった。だが、どんなに妬んだところで、自分が近藤になれるはずがない。だからこそ――悔しかった。

 

「帰ろう、答えは見つかっただろ?」

「うん」

 

 俺は月村を家まで送り、自分も家まで帰った。

 自分の隣には、誰もいない、龍崎一人(りゅうさき かずと)、名前に孤独(一人)を持つ人間の性だ。




 国語の点数は五十点ですぜ!


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フェイト

 僕が主人公なら......フェイトを傷つけている......


 雨が降っている。まだ、梅雨入りしていないのに、ここ三日連続で雨が降り続けている。雨というものは、人によって捉え方が違うが、俺は雨というものがどうにも好きになれない。雨が好きな人間は、雨は天からの恵みだとか、雨粒が落ちる独特の音が好きだという。そして、雨が嫌いな俺は、雨が好きな奴らとは違い、物凄く単純な理由で雨が嫌いだ。――だって、濡れるし、体が冷える。

 

「なあ、濡れるぞ?」

 

 俺はこの雨のように冷たく、一人の少女に声を掛けた。その少女は深い金髪で、瞳はルビーのように赤く、顔は西洋人形のように美しい。彼女の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、昔、ちょっとだけ友情を育んだ少女だ。

 フェイトはとても悲しげな表情で一軒家の前、厳密には俺の家の前に立ち尽くしている。

 

「かずと......」

 

 フェイトは今にも消えてしまいそうなか細い声で俺の名を呼び、充血した瞳から雨粒と同じくらいの大きさの涙を流した。多分、頼れる存在が俺しかいなかったのだろう。確かに、俺は彼女と一緒にジュエルシードを集めた仲であり、元を正せば友人だったのだ。だから、フェイトは俺に縋ろうとしているのだろう。助けてもらおうとしているのだろう。

 

「中に入ろう、体、冷えてるだろ?」

「......うん」

 

 フェイトは聞き分けの良い子供のように首を縦に振り、家の中へ入った。確か、フェイトを家に招き入れるのは、何年ぶりだろうか? ジュエルシードを集めた時が小学三年生だったから、三、四年ぶりだということは確かだ。

 

「少し待っててくれ、タオルをもってくる」

「うん、ありがと......」

 

 俺は風呂場からバスタオルを持ち出し、フェイトに手渡す。フェイトは濡れた髪を丁寧に拭き、その後に濡れている各所を拭きはじめる。

 

「勝手に上がっててくれ、着替えを探してくる」

 

 フェイトはコクリと首を動かし、靴を脱いでリビングの方へ向かう。俺は自室のクローゼットを開け、滅多に着ることのないパジャマと新品のTシャツとトランクスパンツを手に持ち、フェイトが待っているであろうリビングに向かう。

 リビングに到着するとフェイトは雨に打たれていた時と同じような表情で、俯いていた。

 

「着替え、持ってきたぞ。シャワーを浴びた後に着替えてくれ」

「うん、ありがと」

 

 フェイトは必至に笑顔を作り、俺を心配させないようにする。が、その笑顔がどうしようもなく俺を心配させるのだ。多分、俺がフェイトの友人だから、フェイトが俺の友人だからだろう。仲の良い友人程、互いの気持ちをよく理解し、喜び、悲しみ、痛み、苦しみ、そういった感情に敏感になれるのだ。

 自分以外が自分の家にいる。これはとても久しいことだった。ジュエルシードを集めていた頃は、ほぼ毎日の頻度でこの家に集まって、フェイト、アルフと共にどうしたらジュエルシードを効率よく集められるだとか、高町と近藤をどう対処しようだとかを話し合ってたな......

 走馬灯のように駆け巡る幼少期の記憶。楽しく食卓を囲んだり、作戦を考えたり、アルフと喧嘩して、フェイトが仲裁してくれたりして......

 こみ上げてくる涙を袖で拭き取り、深呼吸をする。

 

「何で、フェイトと関わらなくなったのかな......」

 

 フェイトは俺の友人だ。だけど、フェイトは高町の友人でもある。それに、フェイトは管理局で働いているし、共に管理局で働く高町や近藤と必然的に繋がりが強くなる。そして、俺はあの勝負に敗れて、聖祥大付属小学校から近所の市立小学校に転校したし、関わりが薄くなるのは当然なのだ......

 

「......後悔、してるのか?」

 

 後悔している。俺はフェイトという友人との関係を薄くしたことを、溝を作り出したことを後悔している。でも、後悔先に立たず。一度出来てしまった溝はそうそう埋めることが出来ない。それに、フェイトは俺なんかよりも、高町や近藤の方を信頼している筈だ。俺の家を訪れたのも、一種の気の迷いの類いだろう。

 

「何で俺は......友人を否定しているんだ......」

 

 我に返った、俺は自分のことを頼ってくれているフェイトを一種の気の迷いと斬り捨てた。フェイトがどんな理由で俺に縋ったにしろ、俺はフェイトに手を差し出してやらないといけないんだ。それが友人として、共に戦った戦友としての礼儀なのではないだろうか? 途端に自分の考えが恥ずかしくなった。そうだ、フェイトは友人なんだ、どんなに溝があろうが、俺のことを嫌っている奴と友人であろうが、フェイトは俺の友人、友達、友なんだ。

 

「俺って、ダメだな......」

「上がったよ......」

 

 リビングの中に入ってくるフェイトは、俺に渡されたパジャマを着ている。何というか、ここ数年で出るところが出たもんだな、なんて思っている煩悩を必至に押さえつけ、平常心を保つ。

 

「まあ、座れよ。話したいことがあるからここに来たんだろ?」

「うん」

 

 フェイトは俺の座っているソファーの隣に座る。えっ? 俺は取り乱してしまう。なんで真正面にあるソファーではなく、俺の隣に座っているのだろう? もしかして、隣で話を聞いてほしいのだろうか? 色々と頭を回してみるが、今一理由が思い浮かばない。まあ、彼女がこの位置で話がしたいと思っているのなら、それを受け入れるのが一番という結論が出された。

 

「ねえ、かずと......わたしはどうしたらいいのかな......」

「何をどうするんだ? まあ、大体の内容は理解している。近藤のことだろ?」

「そうだね、それもある」

 

 フェイトは表情を硬くした。そして、深く深呼吸し、話す内容を頭の中で確認する。

 

「なのはやはやて、アリサやすずかがひかるの話をしていると胸が締め付けられるように痛くなる。アリサが言うには、これは恋心なんだって......」

 

 俺は黙ってフェイトの話に耳を傾ける。普段は寡黙なフェイトがこんなに喋るなんて珍しいな、なんて思いながら。

 

「でもね、かずとのことを聞いても胸が痛くなる......」

「はっ?」

「最近、アリサとすずかが、かずとのことをよく話してる。それも、同じくらい胸が締め付けられる......」

「フェイト?」

 

 フェイトは俺に抱き付いた。俺は理解出来なかった。フェイトは俺じゃなく、近藤のことを好いている筈なのに、近藤に抱き付くはずなのに、俺に抱き付いている。そして、涙を流している。理解出来ない、なんでなのか、なんで......

 俺は優しくフェイトの頭を撫でた。昔、戦いで傷付いたフェイトをこんな風に撫でたことがある。フェイトは両親の優しさを感じることの出来なかった人間、だから、こんな風に頭を撫でられることはまずなかった。だから、フェイトは俺に頭を撫でられることが好きだったし、俺もフェイトのサラサラの髪を撫でるのが好きだった。

 

「フェイト、おまえは俺のことが好きなのか?」

「うん、多分......」

 

 フェイトは俺に強く抱き着く、そして、顔を赤らめるのだ。

 

「......フェイト、おまえにとって、俺は一番か?」

「えっ?」

 

 俺もフェイトを抱き寄せる。そして、ゆっくりと自分の考えをまとめる。

 

「フェイト、おまえの一番はまだ近藤だ。俺は多分、二番か三番」

「......」

「二番と三番に価値なんてない。本当に価値があるのは一番だけ、一番がどんなものよりも価値があるんだ」

 

 フェイトを強く、優しく抱きしめる。

 

「すまないな、俺は好かれるなら一番になりたい。そして、一番愛してもらいたい」

「かずと......」

「ごめんな、フェイト......俺は我儘なんだ......」

 

 ごめんな、フェイト......俺は嘘吐きなんだ......

 三番でも二番でも構わない、フェイトを自分の物にしたかった。でも、それはフェイトが傷付く。所詮、俺に対する恋心なんて一種の気の迷い。実際、フェイトと一緒に戦った期間は一ヶ月と少し、近藤はもう数年だ。越えられない差、それが俺と近藤にはある。そして、その差が、フェイトを傷付けるのだ。

 

「ごめん、かずと......ありがとう......」

「いいさ、俺とお前は友達だろ?」

「うん」

「服が乾いたら帰れよ、俺だって男だからな」

 

 精一杯のやせ我慢。

 

「また、来て良い?」

「ああ、俺とフェイトは友達、だからな......」

 

 踏み出せなかった、踏み出したくなかった。

 やっぱり俺は――踏み台だな。




 小説はテストの点数より表現だぜ兄貴!


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一人

一人が不憫すぎて......(涙)


 『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり』この言葉は彼の福沢諭吉、簡単に説明すると一万円札になっている人が学問のすすめという本のなかに記した名言である。この名言の意味は人間はすべて平等な存在だ、なんて、そんな甘いものではない。この名言はどんなに貧乏でも、どんなに金持ちでも、学んだ人間が上に上がり、認められる。勉強をするものは信頼と職を得て、勉強に励まないものは信頼されず、地に落ちていく。これがまるで人が自分の上に立っているような、自分が人の上に立っているようなという感覚におちいる原因なのだ。だから、真の意味で平等に生きたいのであれば、勉学に励み、自分を高めていくことが重要なのだ。

 俺はこの世界に生まれ落ちる前はいわえるフリーター、アルバイターと呼ばれるような不安定な存在だった。俺は甘えていたのだ、自分の将来の夢を叶えるために受けた大学、学力が少し足りていなかったけど、努力した、勉強した、夢を叶えようと必死になった。そして、夢破れてしまった。今更だが、俺は悲劇の主人公になったつもりだったのだろう。だから、職を探さず、アルバイトで稼いだ金で遊び呆けた。逃げていたんだ、報われない努力を恐れて。

 そんな生活が続いている内に心の中に虚しさのような感情が出始めてくる。将来の夢は幼稚園の先生だった。小さい頃に自分のなりたい職業という作文を書いて、クラスメート達の前で発表したら女の子みたいだって、笑われたんだっけな......今になったら良い思い出だ。思い出なんだ......

 俺は夢を叶えるのを諦め、遊ぶのも疎かにし、生きる為に必要最低限の金をアルバイトで稼いだ。まるで生きる屍、生きていることに執着している屍だ。いっその事、死んでしまった方が楽なのではないかと考えたこともあったが、実行する勇気が持てなかった。

 ある日のことだ、俺は某動画投稿サイトを生気の無い瞳で見ていた。そして、不意に高校時代の友人が話していた魔法少女なんちゃらとかいうアニメのことを思い出した。その時、酷く時間を持て余していたし、バイトも三日程シフトが開いていたから、ゆっくりとアニメ観賞をするには良い機会か、と、魔法少女と入力してみた。すると魔法少女まどかマギカと魔法少女リリカルなのはというアニメの名前がヒットした。はて、どちらだったか? まあ、こういうのは先にヒットしている方を選べば間違えないと思い立ち、まどかマギカの方をクリックした。

 

「違法アップロードは無いか......」

 

 なら仕方がない、リリカルなのはの方を見てみよう。と、リリカルなのはと打ち、検索をかけてみる。するとこちらの方は言い方はアレだが、違法アップロードが存在した。インターネットの進歩というのは恐ろしい限りである。まあ、その恩恵を受けている俺も俺だが......

 リリカルなのはの一期を見終わった後、溜息を一つついた。なんで薄暗い部屋で、安物のパソコンで、アニメ観賞なんてしてんだろ? でも、面白いアニメだな......

 窓の方に顔を向けると空はもうすっかり夜の帳がかかっていた。だが、不思議と疲労感はなく、充実している。こんな感覚は酷く久しぶりだ。そして、次の話を楽しもうとマウスを動かすのである。

 アルバイトの日、イキイキと仕事が出来た。店長や店員達が今日の龍崎くんは頑張ってるね、と、褒めてくれた。人に褒められるのは久しぶりのような気がする。その日の帰りはレンタルビデオ屋で会員カードを作り、面白そうなアニメを三枚ほど借りて帰路えついた。

 よく、アニメは子供の成長に悪影響を及ぼすだとか、アニメは厳しく規制すべきだとか、頭の固い叔父さん叔母さん達が血眼になって訴えているが、それは間違えだと思う。その原理なら、子供達が小説を読むのも教育に悪いし、勉強するのも悪いことだ。人間と言う生き物は娯楽、そう、娯楽というものを唯一理解出来る生き物なのだから、その娯楽をめいいっぱい楽しんだ方がいい。もし、娯楽をわからない子がいるとするならば、その子は人間以下、動物なのだろう。そして、こういったアニメを規制しようとしている大人達も頭の中が動物に近しいのだろう。

 

「うひぃ~今季のアニメは豊作だな~」

 

 スーパーで購入した安い発泡酒を片手に、これまた安物のパソコンでアニメを観賞する。人がこの姿を見たら虚しい奴、とか、思うのかもしれないが、俺はとても充実している。体が軽く、人生というものを楽しんでいる。将来の夢なんてどうでもいい、今が楽しければ、今後が楽しければ......

 レンタルビデオを返却した帰りにボールを持った少年が歩いていくのが見えた。その時、背中にざわりと嫌な予感が駆け巡った。こんな経験、生まれてこのかた一度もしたことがない。少年の方を振り向くとボールが道路のほうに転がっていたしまった。そのボールを少年が拾おうと道路に入っていく、その瞬間に一台の車が猛スピードで迫ってくる。

 ――体が勝手に動いた、少年を助けなければと!

 俺は少年を車の走れない歩道の方に投げ飛ばし、そして――

 ギギギギィというブレーキ音と共に激しい痛みが体中を駆け巡る。そして、ぬるりと体から何かが抜けるような感覚に襲われる。痛い、とか、苦しい、とかじゃなくて、恐かった......

 

 ◆◇◆◇

 

 俺は生まれ変わった。神と呼ばれる存在に特典というものをもらい、アニメの世界を自由に生きろということらしい。最初の頃は戸惑ったが、夢にまで見たアニメの世界で生きられる。それに、この世界は俺に生きる希望を与えてくれたと言っても過言ではないリリカルなのはの世界。存分に楽しむのも悪くない。

 すくすくと成長し、小学校に通う年齢、六歳まで成長した。勿論、入学する学校は市立聖祥大付属小学校、リリカルなのはの主人公、高町なのはの通う小学校だ。これでようやく主人公達をお目にかかることが出来る!

 

「一人も、もう小学一年生か......時が流れるのは早いな......」

 

 父親の龍崎玄史(りゅうさきげんし)喜びを含む声色でそう呟いた。

 俺の父親、龍崎玄史は元管理局の科学者で、とある実験に成功して巨額の富を得て今現在は出身地である地球で隠居生活を送っているらしい。まあ、前世の父親と違い、物腰が柔らかく、柔軟な人だ。何時しか、俺はこんな大人になりたいと思いはじめた。

 俺は小学校に入学して、ようやくなのは、アリサ、すずかを見つけ出した。そして、俺は考える、大人は大きくアタックし過ぎると警察沙汰になってしまうかもしれないが、子供の場合は無礼講、大きくアタックしてその気にさせた方が手っ取り早いのではないだろうか? と。俺はその作戦を信じて疑わず、そして――

 

「俺の子を産んでくれぬか......」

 

 頬に三つの紅葉が付いたのは良い思い出である。だが、俺はあきらめの悪い男だ、この作戦に不備な点は一つもないと思い込み、何度も何度も、同じように彼女達にアタックし、その度に玉砕されていった。

 そんな生活に終止符が打たれたのが小学二年生の頃、近藤光という転校生がうちのクラスにやってきた。まあ、こいつのせいで俺の計画は八割程パぁーになり、ヒロイン達の心は近藤に惹かれていった。

 俺は一時期、三人に付いて、もう水に流したどうだ、という結論を考えた。彼女達はもう、俺という存在に目すら向けてくれない。彼女達が見つめているのは近藤光、その人だけ、恋心を捨て去ろうとした。その数週間後、父さんが急死した。父さんは死ぬ間際にこんな言葉を俺にたくしている。

 

「一人、おまえは不幸な人生を送ることになる。だが、不幸というのは、自分で幸福にすることが出来る。何故だかわかるか? 所詮、不幸も幸福も自己満足の表現なんだ。だから、自分が不幸でも、それを幸福だと言い続けろ。そして、どんな逆境にも耐え続ける。そうしたら、おまえは本当に幸福になれる」

 

 俺はこの言葉の意味を理解出来なかった。でも、父親の死という酷いショックが捨てようとした恋心を捨てなかったのは確かだ。失恋の不幸、それを幸福と言い張った。そう、俺は負けたくなかったのだ。昔のように、報われない何かに、負けたくなかったのだ!

 そして、原作開始、近藤はなのはの方に付いた。だから、俺はその真逆のフェイトの方に付くことを考え、海底の中で眠っていたジュエルシードを一つ拝借し、そのままフェイトが現われるのを待った。そして、時は満ち。

 

「その石を渡してください......」

「可愛い嬢ちゃんは武器より花の方が似合うと思うんだけどね?」

 

 俺はフェイトと交渉した。俺はこの町に住む魔導師で、この町に落ちているジュエルシードを早く撤去したい。だが、俺は封印魔法と索敵魔法が使えないから君と協力してジュエルシードを集めたいと。フェイトは警戒こそしたものの、二回、三回と戦いを共にするにつれて信頼関係というものが定着した。

 

「アイリス、俺は強くなれてるのかな......」

「わたしにはわからないわ。でも、アンタはもう少し鍛練を積んだ方がいい」

 

 当時、俺のデバイスだったアイリスという、ミットチルダ式、ベルカ式、古代式のユニゾンデバイスが居た。こいつは転生した時に貰ったデバイスで、まあ、相棒と言っても過言ではなかった。まあ、あっちは俺のことを軟弱な男だと嫌っていたようだが。

 俺とフェイトは多くの戦いを潜り抜け、ジュエルシード事件を解決した。犠牲は一人、だが、フェイトにとってその一人は百人より重かったのだろう。俺はフェイトを慰めようと治療室に足を運んだが、そこには俺じゃなく、近藤と高町がいた。俺は、中に入ることが出来なかった。

 

 ◆◇◆◇

 

 俺は半ば放心状態で過ごすようになった。あれだけ友情を育んだフェイトさえ、近藤に心を奪われたのだから、原作のキャラクターを口説くことは俺には不可能なのではないだろうかと考えたからだ。

 そんなこんなで俺は最悪のコンディションで二期に突入したのである。

 俺は考えた、どうせ近藤のことだ、はやてと関係を持っているに違いない。それなら騎士達と関係を持ち、裏方に近いやり方で物語に関与してやろうと。この作戦は珍しく成功し、四人の騎士を味方につけることに成功したのは事実である。

 

「なあ、ヴィータ、アイスはジョリジョリ丸が最高だよな?」

「いやいや、スーパーガッツが最高だろ」

「わたしはチューパルトが最高だと思うのだが?」

「ホームランダーだな......」

「ハーゲン......」

「「「「一つで何個買えると思ってんだ?」」」」

「ごめんなさーい!?」

 

 そんなこんなで俺は魔力の蒐集を手伝い、四人とフェイトと同じような関係になった。そして、俺はあることを考える。リインフォース、彼女を助けることは出来ないだろうか? 俺はフェイトの母親、プレシアを助けることが出来なかった。別に俺は正義の味方ではない、でも、物語はハッピーで大団円の方が好きなのは確かである。なら、どうにか死んでしまうであろうリインフォースを助けることが出来ないだろうかと考えた。そして、父親の書斎の中から重要な手がかりを手に入れる。それは古代魔法に付いての資料だ。

 古代魔法に使われるデバイスは人間のリンカーコアを抜き取り、それを媒体として使用したらしい。つまり、人間のリンカーコアをハードディスクのように使用し、そのハードディスクの中から魔法を選択して放出していたらしい。その原理なら、俺の無駄にデカいリンカーコアをある程度犠牲にして、闇の書の浸蝕プログラムを取り出し、斬り捨てれば......

 俺の考えはある意味当っていた。俺は闇の書戦で闇の書が作り出した自らが望む世界に入り込み、そこから闇の書の深層部にある浸蝕プログラムがある場所まで到着した。そして、浸蝕プログラムを自ら取り込み、浸蝕プログラムが入ったリンカーコアの六割を斬り捨てる。その時の痛さ印象的で今でも覚えている。まるで体中の皮を剥がされるような、そんな痛みだった。堪らず意識を手放してしまいそうになったが、まだやるべきことがあると気力だけで歩を進め、元の世界へ戻る道を探した。

 目が覚めると消毒液の香りが漂うベットの上に寝かされていた。そうか、全部終わったのか......

 闇の書の浸蝕プログラムはすべて消え去り、リインフォースもその害を受けることはなく、四人の騎士達と同じように生活できるようになった。俺は正しいことをした。のだろう。体が自由に動くようになった後、俺はフェイトの顔を見たくなった。だから、フェイト達がいるであろう部屋に足を進めた。そして、その場所で見たのが、フェイト、なのは、はやてが楽しそうに近藤と話している風景であった。俺は咄嗟に逃げ出した。逃げ出した理由はわからない。でも、あの時逃げていなかったら、俺は自死の道を選んでいただろう。

 勝負を挑んだ。俺は近藤に勝負を挑んだ。まだ回復しきれていない体を鞭打って使い、勝負を挑んだ。そして、見事に負けてしまった。そして、俺はアイリスを近藤に渡し、聖祥大付属小学校から姿を消した。負け犬にもらえるものは屈辱の苦味だけだ。

 今だからこそ言える『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり』、されど、人は人の上に立ち、人は人の下に落ちる。




これで五十点? 御冗談を!


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一人のトラウマとお涙ちょうだい集

Q&A

Q:近藤はどういう奴なの?
A:これを見たら大体わかる。

Q:踏み台じゃないよこれ?
A:これを見たら大体わかる。

Q:何でデバイスを渡したの?
A:これを見たら大体わかる。

Q:何で三人称なの?
A:近藤くんを少しでも良い奴のように表現するため。

Q:なんで感想に返信してくれないの?
A:まさかここまで人気が出るなんて思ってなかったから、若干恐怖している。

Q:何で次の話じゃなくて、一人のトラウマとかを書いたの?
A:ダイジェスト形式で書いた「一人」が不評だったから。

 作者からひと言、なんでランキング一位なんですかね......胃が痛いよ!?


 近藤光は今日、五月某日に聖祥大付属小学校に転校してきた転校生である。配属されたクラスは二年一組、このクラスは一人の問題児がいることが有名なクラスなのだが、転校してきて間もない光にとって、そんな情報耳に入っているわけもない。

 

「えっと、福岡から来ました、近藤光です! よろしくお願いします!!」

 

 緊張で顔を固める少年の顔は、苦笑いをしてしまいそうになる。それに加え、彼が実際は小学二年生ではなく、元々は高校三年生だったと知っていたら尚更苦笑いしてしまう。

 彼、近藤光は転生者である。転生した理由は神の手違いによる事故死、転生した世界は魔法少女リリカルなのはの世界である。勿論、彼は魔法少女リリカルなのはのことを見ており、ある程度の原作の知識を有している。それに加え、二次創作と呼ばれる第二者が作り出した小説も軽く嗜んでいるため、こういう展開もある程度理解しているし、特典と呼ばれるものも貰っている。

 光は自分に注目するクラスメート達を見渡した。ほぼすべての子達が大人しく、そして、真剣な眼差しで自分のことを見つめていることに驚きを感じていた。それもその筈だ、小学二年生といえば、まだまだやんちゃ盛り、遊び盛りのお年頃、そんなお年頃の子供達が大人のように自分に注目している。これは感動と少しの違和感を覚える。

 

「えっと、好きな食べ物は果物全般、嫌いな食べ物は......梅干しが少し苦手です」

 

 光はもう一度クラスを見渡した。すると一人だけ自分に視線を向けず、窓の方へ顔を向けている少年がいる。その少年はくすんだ濃い茶色の髪に、日本人と白人を合わせたような整った容姿、猛禽類のように鋭いが、どこか頼れそうな琥珀色の瞳、光は彼に懐かしいという感情を抱いた。

 勿論、彼と光に接点など一ミリもない。あるとしたら今日から一緒のクラスで勉学に励むということぐらいだろうか?

 

「じゃあ、吉木さんの隣の席に座ろうか」

「わかりました」

 

 光は指定された席に移動する途中に懐かしいという感情を抱いた少年の名札を見てみた。そこに書かれていた名前は――龍崎一人というものだった。

 時間は経過して昼休み、この学校は私立なので給食などというものは存在せず、クラスメートの殆どが親御さんが作ってくれたのであろうお弁当の包みを開けている。光の場合は母親が忙しい人だという理由もあり、温かい愛の籠ったお弁当ではなく、どこかの工場で量産されているのであろう菓子パンを食べている。

 

「ねえ、近藤くん、福岡ってどんなところ?」

 

 隣の席の吉木さんが質問してくる。それに便乗して、周りのクラスメート達もゾロゾロと光の前に集合し、自分の出身地、福岡に付いて質問してくる。光は少し安心した、やはり彼らも年相応の少年達だと。そして、光はゆっくりと自分の出身地である福岡の話をはじめる。

 

「へぇ~、福岡ってそんなとこなんだ」

 

 クラスメート達の福岡の知識が大幅に上がった。

 光は不意に龍崎一人が座っている席に目を向けた。だが、一人はその席に座っておらず、残っているのは次の時間に使用するであろう国語の教科書とノートが一冊ずつ、それだけだ。

 

「ねえ、龍崎くんはどこにいるのかな?」

 

 一つの疑問、一人に対する疑問が妙に心に引っ掛かっていた。今日初めて会った、いや、今日初めて姿を確認しただけの間柄なのに、なぜ、ここまで親近感と表現出来ないようなモヤモヤとした感覚を覚えるのだろうか? もしかすると、彼は前世の自分と知り合いだったのではないだろうかと光は考える。

 

「えっと、龍崎くんなら屋上にいると思うけど......行かない方がいいと思うよ?」

 

 隣の席の吉木さんが苦笑いをしながら、そう告げた。光は「なんで?」と率直に理由を尋ねる。そして、吉木さんは教えるか、教えまいかを十秒ほど考え、そして、光に理由を教えた。

 

「龍崎くんは隣のクラスの高町さん、バニングスさん、月村さんを自分の嫁とか言い張ってるのよね。だから、クラスでも一人だけ浮いているし、その三人からも酷く嫌われてるの」

 

 光はポカンと放心状態になってしまう。それじゃあまるで、彼が踏み台転生者のようじゃないか? なんて、頭で考え、少しの好奇心と、本当の彼はどんな奴なのかというのを確かめに屋上に足を運んだ。

 屋上は生徒達が気持ちよく食事を取るためか、花壇やベンチが設置されており、誤って転落することを防ぐためか、高いフェンスも立てられている。そして、極め付けに小高い山の上に建っているという点が生み出す絶景、山、海、町、そのすべてがこの屋上から一望することが出来る。それに、心地の良い風が吹き抜けるとあって、気持ちよくお弁当を食べるには最適の場所だ。まあ、彼女たちにとっては、彼がいなければ、だろうが。

 屋上に女の子の悲鳴に似た声と変声期を迎えていない少年独特の高い声が響いている。光は急いで屋上で何が起こっているのかを確認しようと重たい扉を開け、状況を確認する。すると、あんなにもクールで大人っぽかった龍崎一人少年が悪戯っ子のように三人の少女達に言い寄っているのだ。そして、三人の少女達はそれを酷く拒絶している。

 

「なあ、なのは~」

「あはははぁ~、くっ付かないでくれるな......」

「なあ、すずか~」

「ごめん、食べにくいから......」

「なあ、アリサ~」

「消えなさいよカス!」

 

 龍崎少年はこの世の春を謳歌しているぞ! と、言わんばかりの笑顔で三人の少女達と食事を楽しんでいる? のだろうか......

 光は少し呆れてしまった。最初の印象と百八十度違う龍崎少年の姿に幻滅してしまった。そして、こういうとき、自分が読んできた小説の主人公ならどういう風に対処するかを考える。そして、一つの結論が出された。

 

「龍崎くん、彼女達が困っているじゃないか......」

「んぉ?」

 

 こうして、二人の因縁は始まる。

 

 ◆◇◆◇

 

 それは、龍崎一人の父、龍崎玄史の葬式の後の話だ。

 龍崎玄史の葬式は密葬に近い形で執り行われ、彼に関係の深かった人間と数少ない親族で執り行われた。一人は年相応に涙を流しはしたが、絶対に声をあげることはなかった。何故なら、玄史は一人にこう告げてこの世を去っている。「不幸は幸福に変えられる」だから、一人は痩せ我慢に近い形で、その言葉を実行している。無理矢理に笑っている。心から、幸福だと思い込んでいる......。一人にとって、龍崎玄史という存在はそれくらい大切で、重要な存在だったのだろう。だから、彼の言葉を忠実に果たし、彼の願う自分を必至に作り上げようとしているのだ。だから、私は彼をこう表現しよう――騎士のような忠誠心だ。

 玄史の葬儀がすべて終わった後、一人は玄史の妹、一人にとっては叔母に当たる存在に事実上は引き取られるということになっていた。まあ、本当に引き取られる訳もなく、何時ものように自分と玄史の家に帰り、一人分少ない食事を食べる。

 一人は泣きたくなった。二人でも広過ぎる部屋が更に広くなり、そして、拠り所が消えてしまった。胸の中に空いた大きな穴、それを埋めることは一人には出来ない。もし、その穴を埋められるとするなら、それは一人の憧れ、そして、手に入れたい物、者。だが、その者はとうの昔に他者のものになってしまっている。このままじゃあ、穴は塞がらず、また、大きな穴を作り出す。

 多分、一人にこれ以外の選択肢はなかったのだろう。もし、自分という存在が拒絶されようとも、穴を、ポッカリと開いた穴を埋めたかったのだ......

 

「俺の嫁たち~元気だったか~」

 

 こんな軽い言葉に、一人の心の穴を察する程のヒントは隠されていたのかもしれない......

 

 ◆◇◆◇

 

 時は流れる。多分、一人が最も人間として、魔導師として輝いていた時期のことだ。

 一人は信頼出来る三人の仲間を手に入れた。フェイト・テスタロッサ、アルフ、そして、アイリスである。

 一人は親愛ではなく、友情で心の中に空いた穴を少しずつ埋め始めていった。この頃、一人はもう踏み台なんて呼べる存在ではなかった。もう、どちらかというと自分の親友の願いを叶えようと必死になっている少年。友情の温かさを知った子供であった。

 この日は何時ものように一人の家でジュエルシードをどう集めるかという会議の後、二人分多い食事を一人が振る舞った。二人は一人の料理が酷く気に入っており、リニスの料理みたいに心が温かくなると絶賛していた。一人もそんな言葉に喜びの感情を抱いており、日に日に料理のレパートリーは増え、二人を満足させよう、二人を喜ばせようと優しい気持ちになっていた。こんな時間があと数ヶ月続いていれば、一人はもう少し良い人生を送れていたのかもしれない......まあ、過ぎたことだ。

 

「なあ、かずと......」

 

 アルフが窓際で雲一つない夜空、星たちが輝いている夜空を見上げながら、一人の名前を呼ぶ。一人は皿洗いを終わらせ、何だ? と、優しい声色で尋ねる。顔も、声の色と同じようにやわらかで、とても充実している。まるで、玄史と世間話をしている時のようだ。ようだった。

 

「まあ、座んなよ。疲れてるだろ?」

「そうでもないよ、二人の笑顔で俺は元気百倍のアンパンマンだ。今ならバイキンマンが百人いても倒せる気がするぜ」

「アハハハっ」

 

 一人には、父親が死んで以来、心から消えてしまった「ゆとり」のようなものが徐々に取り戻されてきた。それは龍崎一人という人間の本来の姿を取り戻す鍵でもあった。本来の龍崎一人という存在はとても温厚で、人の不幸を嫌い、人の幸福に共感する。そんな人間であり、優しさも厳しさも持ち合わせている。だからこそ、他人より人の考え、心の動きに敏感で、助けられるものなら、絶対に助ける。そんな良心も持ち合わせている。

 

「あたしはね、かずとに感謝してるのさ」

「感謝?」

 

 アルフは子供の成長を見る親のように優しく、そして、嬉しそうにそう答えた。

 

「そうさ、例えばね......フェイトのあんな笑顔、わたしだけじゃあ、見れなかった」

 

 一人は小さく、そうか、と相槌をうち、アルフの話を聞く姿勢に入る。元々、一人は聞き上手だ、人のことを理解するには、人の話をよく聞き、そして、その話の感想をこたえる。こういう風に話を聞いてもらうと人間はとても嬉しくなる。何故なら、一人の人間が自分という存在を、自分という存在の考えを親身になって聞いてくれるからだ。だから、一人は話を聞くことのプロであり、人の心を優しくさせるプロでもある。

 アルフはゆっくりと一人に対する感謝の気持ちを並べていく。その感謝の気持ちを相槌をうちながら、これまたゆっくりと聞き続ける一人。話し上手に聞き上手。まさにこのことだ。

 

「そうだね~、日頃の感謝の気持ちを込めて、一人の頭を撫でてやろ~」

 

 アルフは優しく、姉のように一人の頭をゴシゴシと撫でた。すると一人のくすんだ濃い茶髪はみるみるうちにぐしゃぐしゃに立った。一人は苦笑いを見せながらも、アルフの優しさに癒しのようなものを感じたのは確かである。

 一人は思った――こんな日々がずっと続けばいいのにな、と。

 

 ◆◇◆◇

 

 一人の心は酷く沈んでいた。それもその筈だ、自分が命を張ってまで手に入れたかったものをほんの数十分の間に近藤に奪われたのだから。いや、実際は違うのだ、フェイトはまだこの時、近藤より一人のことを信用していたし、友達のなのはの金魚の糞で偶々その場に居合わせただけなのだ。だが、なのは、アリサ、すずかという前例の前に、一人は逃げ出したのだ。――また、こいつを好きになる。と。

 一人の胸の大穴は友情である程度埋まったことは確かだ。だが、それでも穴という存在はまだまだ一人の心の中に存在している。今から二、三ヶ月前の一人なら、この辛さを幸福と言い張り、気持ちをヒロイン達にぶつけられたのかもしれない。が、今の一人にそんな気力は残っていなかった。

 何時しか一人は人気の無い路地裏の中に足を踏み入れる。そして、一人の少女との出会いを果たす。

 

「おまえの魔力、闇の書の餌だ......」

 

 鮮やかな赤毛にヨーロッパの貴族の子供のようなゴスロリファッション。容姿はやはり西洋人形に整っていて、身長の低さがそれを助長させている。

 

「闇の書事件......もう、そんな時期なのか」

 

 一人はビルとビルの隙間から姿を見せている青い空と白い雲を眺めた。明日は雨になるらしい。到底、そうは思えない。一人は溜息を吐いた。そして、どうせ、近藤のことだからはやてとはもう面識があるだろう。なら、俺は裏方になってしまうが、ヴォルケンリッター達について戦うのも悪くない。と、考えた。自分という存在がどんなにも否定されようが、この世界の行く末を見てみたいと思うからである。

 

「俺はこの町に住んでいる魔導師だ。もし、君達が厄介ごとを起こそうとしているのなら、それを手伝おう」

「はぁ? おまえ、何言ってんだ......」

「君の目を見る限り、心の底から悪いことをしているようには見えない。此処に住んでいる身としては、そういうのは早く終わらせたいからな」

 

 一人は財布の中から一枚の紙を取り出す。この紙には、一人の携帯電話の電話番号が記されている。何故、こんなものが財布の中に入っているかというと、まあ、ヒロイン達に配る予定だったのだ、大量に余ってしまったが。

 

「自己紹介がまだだったな、俺は龍崎一人、この町に住む魔導師だ」

「......悪い奴、ってわけじゃなさそうだな。あたしはヴィータ」

「何かあったらそれに連絡してくれ、手伝えることがあったら何でもする」

 

 ヴィータ達、ヴォルケンリッター達にとって戦力の追加はとても嬉しいことであった。それに、一人はこの町の土地勘に優れている。蒐集の速度は原作より早まった。そして、一人の心は満たされていく。

 

 ◆◇◆◇

 

 痛い、それだけでは表現できないような、不思議な苦しみが体中を駆け巡る。

 意識は殆どない、ほんの少しの気力で一人は歩き続けている――闇の中を。

 光なんてない、あるのは死肉の生臭さ。

 力が出ない、

 頭が働かない、

 目が霞む、

 心が痛む、

 だが、歩き続ける。

 そして、一筋の光が見えた。

 

「ありがとう......」

 

 落ち着いた女性の声が聞こえた。声の主はリインフォース。彼女もまた、一人と同じように自分のリンカーコアに闇の書の浸蝕プログラムを封印しに来たのだろう。が、先を越されていた。その辛い運命は、一人が変わりに引き受けたのだ。

 

「......どういたしまして」

 

 一人は「ありがとう」に「どういたしまして」と返した。そして、意識を手放したのである。

 

 ◆◇◆◇

 

 一人は目を覚ました。闇の書の奥で感じたあの痛みはとうに消え去り、何時もと変わらない、痛みのない体へ戻って来た。それと同時に一人はフェイトの顔が見たくなった。理由は単純に自分の偉業を褒めて欲しい、だとか、アルフは元気か、だとか、そういったものである。そして、まだまだ眠っていなければならない体を起こして、フェイトを探す。

 一人は逃げ出した。そして、涙で枕を濡らした。これで、逃げるのは二回目である。

 何で、フェイトは俺にしか見せなかった笑顔を――

 何で、フェイトは俺にしか見せなかった声色を――

 何で、フェイトは俺にしか見せなかったすべてを――

 何で......アイツに見せてんだよ......

 一人の穴が地の底までついた瞬間である。

 

 ◆◇◆◇

 

「近藤、おまえに模擬戦を申し込む」

 

 一人は生気の無い瞳で近藤にそう告げた。

 

「何を言ってるんだ!? おまえの体はまだまだ休めないと......」

 

 近藤はそう一蹴りし、けが人の一人の模擬戦なんて受ける気はなかった。

 だが、一人は一つ二つと条件を提示する。その条件は、近藤にとって、社会にとって、決して許されることではないのだ。一人が提示した条件、それは――

 

「おまえの大切な友達を全員レイプするぞ?」

 

 正義感の強い近藤は何を言っているんだ! と、声色を変えて怒鳴った。が、一人は相も変わらず無表情で、瞳には生気なんてものは存在しない。そしてまた、正義も存在しない。元々、一人は正義の味方ではないのだ。もし、一人のことを正義と称する人間がいるとすれば、それは、偽善を正義とみなしている人間だけ、一人が正義の為に戦ったことは一度もない。戦ったのは、自分に戻ってくるであろう対価のためだ。まあ、その対価は未だに一つも貰えていないのが現状なのだが、それが、一人が正義のように見える原因なのだが......

 

「......わかった、その模擬戦受けるよ」

「聞き分けの良い子は大好きだ。そのクソしか出し入れしたことのない尻を掘り倒してやりたいぜ」

 

 近藤は一人が平常な状態じゃないと悟った。もし、自分が全力でぶつかったら彼は尚更壊れてしまうかもしれない、だから、自分が施せる最低限の善意を提示した。

 

「手加減してやろうか? けが人に本気で戦うことは出来ないからな......」

 

 一人は近藤の手加減という言葉を聞き、どうすれば自分が勝てるかどうかを考える。だが、勝利できるビジョンが浮かんでこない。そして、ようやく、これなら勝てるかも知れないという案を出すことに成功する。

 

「なら、互いに管理局が使っている量産型のデバイスで戦うなんてどうだ? 俺は一応、アイリスはミットチルダ式の入っているデバイスだからな、若干だけどこっちの方が分がある」

「自分のデバイスは使わないのか?」

「ああ、リンカーコアを六割そぎ落としたからな、今の魔力量はA+が関の山らしい。それに、アイリスはああ見えて魔力を多く消費する、今の俺じゃあ――五分が限度だ」

 

 一人は遠い目をした。もう何年も使い続けてきた相棒、それを五分程度しか使用できない。これは色々と心にくることがある。だが、今はそれを受け入れなくてはならないのだ。欲しいものを手に入れるには、それ相応の代償を支払う必要があるのだ。一人はそれをこの場の誰よりも理解している。そして、その代償は欲しいものより重たいということも......

 

 ◆◇◆◇

 

 一人と近藤の模擬戦はアースラの訓練場で大々的に執り行われることになった。それもその筈、闇の書事件で一二を争うほど功績をあげた二人の少年の模擬戦。互いに自他も認めるほどの強い魔導師。その戦いを見たいと思う人間は少ない筈がない。

 一人は体が軽かった。まるで羽のように軽く、頭がよく回る。こんなのは久しぶりだと笑みを溢しながら、アイリスではないデバイスを握り締める。

 

「なあ、俺はおまえのことが大嫌いだ。だから言わせてくれ......本気でぶつかろう」

「そうだな、戦うからには本気でやろう」

 

 互いにデバイスを構える。そして、試合のはじまりを告げるベルが鳴った。

 一人は一瞬で距離を広げ、遠距離から誘導弾を発射する。一人は知っている、近藤光という男が接近戦バカだということを。自ら敵の領域に入るのは愚、ダメージは通りにくくても、遠距離から確実に仕留めてやる。近藤も一人の考えはお見通しだぞ、と、言わんばかりにシールドを張って自分の距離、インファイトに持ち込もうとする。一人は慌てて空を飛び、近藤は一人の尻を追いかける。これは戦闘機での戦いで言うならば、ドッグファイト、後ろを取った方が若干だが有利になる。近藤はその有利な状況を無駄にせず、比較的弾速の早い魔力弾を高速で発射する。

 

「おまえ、ベルカ使いじゃなかったのか?」

「もの覚えは良い方なんだ」

「そうかよ!」

 

 一人は地面すれすれで飛行し、魔力で一本のナイフを作り出す。そして、地面にそれを突き刺し、急激に減速する。その減速に付いていけなかった近藤は後ろを取られてしまう。互いに一歩も譲らないドッグファイト、経験も才能も五分と五分、この勝負、何方が勝つか全くと言っていいほど予測できない。もし、予測できる者がいるとするならば、勝利を司る女神くらいだろう。

 

「当たった!」

「クソッ!?」

 

 一人は近藤の足に一発だけ魔力弾を当てることに成功した。そして、近藤は体勢を崩し、地面に激突する。一人はそんな隙を見逃さず、近藤にバインドをかけ、動きを封じる。そして、このデバイスに入れられている砲撃魔法の詠唱を開始する。

 

「俺の勝ちだ......」

「そうだな......」

 

 一人は勝ちを確信した。近藤も負けを確信した。誰が予想しただろうか? こんな展開を?

 

「――ひかる、頑張って!」

 

 一人は耳を疑った。自分のよく知る少女が、自分の親友と呼べる少女が、自分ではなく、自分ではなく、自分ではなく、近藤を応援しているのだ。

 ――殺意、そんなものが一人の中を巡る。もし、殺傷設定で砲撃を撃てば、こいつは死ぬよな、と。一人は殺意に呑まれる。自分からすべてを奪い去ったこの男を殺そうとする。そして――

 

「おえっ......」

 

 そんなことが出来る筈もない。一人は涙を流し、鼻水を流し、汚物を吐き出し、尿を漏らした。その姿は誰が見たって汚く醜い。そんなこと、一人が誰よりも理解しているだろうて。

 近藤は慌てて一人の元に駆け寄り、大丈夫か! と、心底心配そうに尋ねた。そして、一人はこんなに優しい奴を殺そうとした自分が酷く憎たらしくなった。

 

「畜生、チクショウ、ちくしょう......」

 

 一人はデバイスを投げ捨て、大きな声で俺の負けだ、そう叫んだ。この戦いを見た人間からしてみれば、一人が一方的に負けを宣言したように見えるかも知れない。だが、私にはそうは思えなかった。一人はこの数年で酷く疲弊していた。父親の死、親友の裏切り、能力の低下、これらが一人の心を蝕み、傷つけてきた。そして、親友の一言が、脆くなった心を砕いたのである。一人はもう戦えない。一人はもう争えない。心が砕けた人間は、闘争心というものを失ってしまうのだ。

 

 ◆◇◆◇

 

 一人は寝慣れた消毒液臭いベットの上で転がっていた。

 

「ほんと、情けないわね......」

 

 待機状態のペンダントのアイリスが一人にそう告げた。一人は悔しい筈なのに、悲しい筈なのに、なぜか笑っている。これは心が砕けた人間によくある行動で、もう何もかもがどうでもよくなり、すべてが面白く感じてしまうのだ。だから、アイリスの慰めの言葉も一人にとっては面白く感じてしまう。笑みを溢してしまう。それが堪らなく不気味なのだ。

 

「なんで、私を使わなかったの? あの程度なら、五分でも倒せたでしょ......」

 

 アイリスは苛立ちを含んだ声色で一人を叱った。

 

「アイリス、俺はおまえのことが大好きだ。だから、おまえを悲しませたくなかった」

「なんで私が悲しむのよ?」

「なあ、わかってるだろ、知ってるだろ、俺じゃあもう、おまえを使いこなせない」

 

 アイリスは喋ることをやめた。自分のマスターはどうしようもないくらい軟弱者で、女々しくて、自堕落で、諦めの悪い人間だったはず。それなのに、今の一人は共に戦った、共に語り合ったどの時よりも潔かった。それが彼女を傷付ける。まるで、自分が彼をこうしたかのような錯覚におちいる。それが我慢できなかった。叫びたかった。でも、アイリスは声をあげることが出来ない。何故なら、一人は心の中で泣いているのだから、泣き叫んでいるのだから。自分より――苦しんでいるのだから。

 

「......龍崎、体調はどうだ?」

 

 まるで悪いことをした子供のように病室の中に入ってくる近藤。一人はその姿を見て、細く、「よお、負けちまったよ......」と告げた。近藤は困惑した、まるで彼が自分の知っている龍崎ではなく、もっと他の人間ではないのだろうかと錯覚したためである。だが、この場にいるのは、龍崎一人とデバイスのアイリスで間違えない。それがまた、近藤少年を困惑させるのだ。

 

「なあ、近藤、一つ頼まれごとをしてくれないか?」

 

 一人は薄気味の悪い笑みを浮かべながら、こっちに来いと言わんばかりに手招きを繰り返す。

 

「な、なんだよ......」

「俺は魔導士を辞める。戦わないし、争わない。だから、俺の我儘を聞いてくれ、近藤、そして――アイリス」

「......一人、もしかして」

 

 一人は笑うことを止めた。そして、とても真剣な顔付で語りはじめる。

 

「俺は手に入れたかった、すべてを。でも、手に入れられなかった、すべてを。そして、最後の最後に汚名返上でおまえに挑んだものの、それも負けちまった。モチベーションダダ下がりだぜ......」

 

 一人は涙を零した。

 

「医者に聞いたらアイリスを使える時間が五分だってよ、信じられなかったぜ。長年使い続けてきた相棒が、俺の最強のデバイスが、たった五分。最初は人の命を救ったんだから、安い代償だと思ってた。でも、安くねーよ、ぼったくりだぜ、俺にとっても、アイリスにとっても......」

 

 一人は鼻水を流した。

 

「だからよぉ......アイリスを使ってくれ、おまえだったら、俺と同じくらい使いこなせるだろうからさ......」

 

 一人は笑った。

 二人は言葉を発することが出来ない。

 

「アイリス、おまえが俺のことを嫌いでも、俺はおまえのことが大好きだ。だから、おまえの幸せ、願いたいんだ。思う存分暴れさせてやりたいんだ。今の俺には、もう無理だから......」

 

 ◆◇◆◇

 

 音の響かない病室で、一人は天井を見上げていた。勿論、天井に何かが書かれているわけではなく、ただ見るものがないから天井を見上げているのだ。だが、天井ではなく、見知った少女の顔が写り込む。

 

「よお、派手に負けたじゃねぇーか。かっこ悪かったぜ」

 

 赤いおさげを二つぶら下げた一人の少女、ヴィータその人だ。

 一人はにこやかにわらい、どうしたんだ? 尋ねてみる。

 

「はやてがおまえにお礼を言いたいんだってさ」

「そうか、確かに、面会拒絶にしてたからな......」

「そうだぜ、なんであたしまで面会拒絶にしてたんだよ? 友達だろ......」

 

 一人は少し考える。だが、答えはとうの昔に纏っている。多分、一人だからこの考えに至ったのだろう。一人だから、自分一人で背負い込み、歌われぬ主人公になろうとしているのだろう。

 

「会えないよ。俺は八神はやてには会えない」

「そうだよな、早く――はぁ?!」

 

 ヴィータは酷く驚いた。そして、「なんでだよ!」と、強く反論する。だけど、一人の心はとうの昔に纏っていて、ヴィータがなんと言おうが、絶対に曲げることはない。もし、一人が一人じゃなければ、わかったよと言い、はやてに挨拶に行くのだろうが、私は一人がどんな人間かをよく知っている。負け犬に多くを語る資格はない。勝った人間だけが、多くを語り、共感される。所詮、敗者は悪なのだ。勝てば官軍負ければ賊軍。

 

「わかってるだろ? 俺がこういう人間だって......」

「で、でもよ! おまえがリインフォースを救ってくれたんだ!! おまえにありがとうを言わなきゃ......済まねぇだろ......」

 

 ヴィータは酷く怒っていた。確かに、近藤との模擬戦に敗北したのは確かだが、それとこれとは話が百八十度違ってくる。それに、ヴィータにとって一人は家族を救ってくれた恩人であり、双方共に友達と言える関係だ。だから、自分の我儘、はやてに会わせたいということを聞いてほしいし、彼のはやてに会いたくないという我儘も聞いてあげたい。そんな間で心が揺れる。

 

「わかるよ、その気持ち」

 

 一人は遠い目をする。そして、一枚の手紙をヴィータに手渡す。

 

「負け犬が多くを語る資格はないが、記す資格ぐらいあるよな」

 

 ヴィータは一人の弱々しい姿を見ていられなかった。自分の知っている一人じゃないと心の中で叫ぶ。だが、ここにいるのが、この弱々しい一人が一人なのだ。ヴィータは心が冷たい気持ちになった。そして、早く逃げ出したくなった。

 

「この手紙は渡しとくけどよ......絶対に会ってくれよ......」

 

 ヴィータは逃げ出すように病室を出て行った。次の日、その病室に一人の姿はいなかったらしい。

 そして、ヴィータはこう呟いた――嘘吐き、と。




 近藤くんのキャラを崩さない為に、「すずか」の(助けた後に近藤にズタボロにされたが)を(助けた後に恭也さんにズタボロにされたが)変更しました。
 それと、この話と「一人」には色々と矛盾点が存在するので、これから編集してきます。あと、次の話は一週間後くらいに書きます。書き過ぎて頭が痛いので......


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偽善者は正義の如く散る。

 みんなに言わせてくれ、これは作者じゃなく、俺という、偶数という一読者の考えなんだ。実を言うと、俺はこの小説をみんなに見てもらうために書いているわけじゃないんだ。なんというか、俺はこういう感じの胸が締め付けられるような、主人公に感情移入しちゃうような、こんな主人公の物語が読みたいんだ。でも、ハーメルンって、こういう小説少ないじゃん? だから、自分で書いて、自分で読んでる。そして、面白いからハーメルンに投稿してる。別にアンチしていいよ、だって俺、国語の点数五十点だもん。表現力が低かったり、矛盾が生まれてくるに決まってんじゃん。だから、俺はそういうところを脳内解釈でどうにかするの、バカだから。あと――それでも俺の小説を楽しみにしてる人へ、ごめん、嘘ついた、一週間じゃなくて大体三日で上がったよ~


 結局、俺は主人公になれなかった。いや、なる資格が元々から無かったのだろう。よく考えると、こんな気持ちになるのは、アニメ観賞を趣味にする前のようだ。大学受験に失敗して、報われない努力を恐れて、自分から可能性を捨てていた。そうだ、この世界では前世の夢を叶えるのも悪くない。前世みたいに、報われない努力を恐れないで、自分の道を歩いて行こう。俺は物事を後ろ向きに考え過ぎていたのだ。そして、その後ろ向きが今の自分を生み出している。何で早くこのことに気付けなかったのか、多少の後悔の念もあるが、今更後悔したって意味はない。女々しい男は卒業することにしよう。

 空を見上げた。今日の天気は生憎の曇り空で、お天道様の光が少ししか届いていない。まあ、雨よりはましだ。俺は雨が嫌いだ。とても単純な理由、濡れるし体が冷える、それだけだ。何かを嫌うのに深い理由なんていらない、○○が嫌いだから嫌い。△△がなんか無理。こんな単純な理由でも人間は何かを嫌える。雨以外にも、こんな理由で嫌っているものがごまんとある。それが人間というものじゃないのだろうか?

 気分転換の散歩、これはとても有意義だ。散歩をするようになってわかった。具体的にどの辺が有意義なのかというと、自分の見たことのない景色を見ることが出来る。哲学的な考えになるが、同じ道でも、同じ場所でも、それらが完全に一致することは絶対に無い。変わりそうにないものでも、必ず変わっている。そうだな、簡単な例えをするならば、公園があるとしよう。この公園は春になれば桜が咲き、夏になればセミ達の鳴き声が響き、秋になれば葉を散らし、冬になれば雪が降る。春夏秋冬、公園という存在ということには変わりないが、その周囲の環境はねまぐるしく変化していく。俺はその変化がたまらなく好きなのだ。

 

「変化か......」

 

 俺は今も昔も変化を望んでいた。アニメのような劇的な変化。憧れていたのか? 異能に。それとも、望んでいたのか? 主人公のようになれることを。しばらく立ち止り、そのことを考えてみるが、答えは一向に出てこない。頭の中に広がる疑問。自分はこの世界で何をしたかったのか。最初の頃は、原作のヒロイン達と仲良くなりたかった、出来れば結婚したかった。だが、その後はどうだ? 父さんが死んで、半ば八つ当たり、自分という存在の意味を知らせたいがためにやめるはずだった踏み台を続けた。フェイトと共に戦ったのも、自分という存在の意義を見せつけたかったから。騎士達とも同じ理由だ。そうか、俺は拒みたかったんだ。自分という存在が少しずつ忘れ去られていくのを、自分なんて存在しなくてもいいと思われるのを。だからこそ、自分の身を挺した。死んでしまっても構わないと思った。誰かの心の中に、俺の存在、龍崎一人の存在を刻んでほしかったのだ。

 

「女々しいな、俺......」

 

 アイリスが軟弱者だとか、女々しいと貶していた理由が今更だがわかった。俺は、俺が思っている以上に女々しいし、堅く真っ直ぐであるべきの芯がフニャフニャで捻じ曲がっている。こんな俺が報われるはずがない。幸せになれるはずがない。そうだ、そうだよな、勘違いしていたんだ。父さんが言う、不幸は幸福に出来るじゃなく、幸福を捨てて、誰かが同情してくれるであろう不幸を選び続けていたんだ。ああ、女々しい限りだ。ああ、軟弱な限りだ。

 

「変われるのか、俺?」

 

 今更だが、変わりたいと思いはじめる。もう、変わったとしても大した意味はないということは理解出来るが、今までの自分から変わりたいと思っているのは確かだ。そして、父さんが言っていた、「不幸を幸福に変える」を実現してやる。そうしたら、何かが見えるような気がするんだ。何かを感じられるような気がするんだ。じゃあ、手始めに何をしたらいい? ちっぽけな脳味噌で必死に考える。――そうだ、未練をすべて捨ててしまうというのはどうだろうか? じゃあ、具体的なその未練は――目を閉じた瞬間に一人の少女の笑顔が見えた。

 

「フェイト......だよな......」

 

 未練、女々しさ、軟弱さ、そのすべてをフェイトに擦り付ける。フェイトのせいにしてしまう。そうすれば、俺は楽になれる......わけないだろうが!? 俺は何を考えているんだ......

 最低だ、俺は最低の人間だ。自分が作り出した未練と言う名の重りを他人に擦り付けて逃げようと考えた。それも、この世界ではじめて出来た親友、戦友をだ。恥ずかしい、汚らわしい、フェイトにすべてを擦り付けるなら、死んでしまった方がマシだ!! 誰かに重りを背負わさせる俺なんて、生きている価値なんてない!! 背負わなければならないんだ。すべての重りが外れるまで、俺は罪を、自らが受け入れた不幸を――背負い続けるんだ......

 

「だからこそ、離れるじゃない。別れるんだ。決別、それが、今、俺が一番やらなくちゃいけないこと......」

 

 全部の重りが外れるまで、俺は彼女との縁を切ろう。そして、恥ずかしくない姿でもう一度、彼女と話をしよう。その時は不幸を幸福に変えてやる。

 

「何するのよ! 離しなさい!?」

 

 女の子の叫び声が聞こえた。慌てて声の方向に向かってみるとアリサとすずかが見るからに怪しい男達にハ○エースの中に乗せられている。魔力でナイフを作り出し、走り出すハ○エースに投げつける。ナイフは見事に板金に突き刺さり、微かだが俺の魔力を漂わせる。これで場所は100%特定できる。ことが大きくなる前にカタを付けないと......

 

 ◆◇◆◇

 

 数十分後に辿り着いたのは町はずれに存在する三階建ての廃ビルだった。まあ、誘拐した少女達を隠すにはもってこいの場所だということは確かだ。それに、雰囲気もそれっぽい。って、なんで俺は誘拐犯を高く評価しているのだろうか? もう少しアリサやすずかを心配した方がいいのに......だから嫌われてたのか?

 

「見張りを立ててない......素人か?」

 

 廃ビルの入り口には見張りも何も立っていない。それよりか、乗って来たハ○エースすらどうぞ見つけてくださいと言わんばかりに路上駐車しているしまつ。試しにハ○エースの中を魔力をぶつけてサーチしてみるが、中に誰かが乗っているわけでもない。つまり、二人はこの廃ビルの中にいる。それに付け加えて、物凄く頭の悪い奴ら、いわえる脳味噌筋肉な奴らの犯行だと思われる。

 

「早く助けないとな......」

 

 体育会系の悪の一番の欠点、それはお手と我慢が出来ないことだ。悪としては程度は低いが、危機が迫ると何をしてくるかわからない。迅速な救助が求められるな......

 堂々と廃ビルの敷地内に侵入し、魔力をぶつけてみる。アリサとすずかがいるのは三階、入口と同じように一階も二回も警戒している様子は見えないが、三階で一人、誰かと電話をしているようだ。この場合は二人を渡す取引相手か? まあ、何にしろ、手早く二人を助け出すのが一番。早く行動をはじめよう。

 廃ビルの中に入ると何年も使われていないためか、所々に苔が生えていたり、猫の小便の臭いが充満している、見るからに不衛生。潔癖症ではないのだが、気持ち悪くなる。早く出て行きたいのが心境だ。二階に到着したくらいに微かだが、誘拐犯達の声が聞こえはじめる。よく耳を澄ませて、その話を聞き取る。

 

「なあ、この二人、どっちが月村すずかなんだ?」

「クライアントの話によると、この紫色の髪の方らしい」

「じゃあ、この金髪は?」

「追加報酬にはならんだろうから、引き渡す際に殺すかを尋ねればいいさ」

「じゃあさあ、こいつ犯していい? 最近溜まっててさ~幼女でも犯して気持ちよくなりたいんだ」

 

 アリサの嫌がる声が聞こえはじめる。これだから体育会系は大嫌いなんだよ! と心の中で叫んで、足音がよく立つ階段を駆け上る。こうすることによって、誰かがここに侵入してきたということを悟らせる為、そうすれば、嫌でもS○Xは出来んだろう。流石は俺、頭が良い。

 三階まであと少し、魔力でナイフを作り出し、右手に逆手持ちで構える。すると足音に気付いた誘拐犯の一人が様子をうかがいに階段までやって来ていた。咄嗟に誘拐犯の足を切りつけ、崩れ落ちた瞬間に壁に顔を思い切り叩き付ける。この間、僅か五秒。流石にあれだけの攻撃を受けて意識を保てる人間はそうそういない、誘拐犯は転げ落ちるボールのように階段から落ちていく。

 ようやくアリサとすずかが閉じ込められている部屋に到着。魔力をぶつけて二人と誘拐犯の様子を確認する。武器は拳銃、確かマカロフとか言うやつとナイフが数本。貧弱とはこのことだ。銃はシールドを展開してどうにかなる。ナイフファイトなら負ける気はしない。後は増援が無いことを祈るか――!!

 扉を蹴破り、一番近い強盗犯の足にナイフを投げつけ、崩れ落ちた瞬間に回し蹴り。破裂音が響いた瞬間にシールドを展開し、もう一本ナイフを作り出す。そして、弾が尽きた隙を見計らって接近、足にナイフを突き刺し、首に鋭い一撃を一発。誘拐犯は崩れ落ちる。

 

「く、来るなー!?」

 

 アリサを犯そうとしていたのであろう男が服がビリビリに破かれたアリサの首にナイフを突き付ける。だが、俺にはわかる。この男、まだまだ悪には染まっていない。こいつは人を殺すことにまだまだ躊躇いを持っている。なら、やることは一つだ。俺は容赦なくナイフを男の右手、ナイフを持っている手に投げつけた。そして、ナイフを落とした瞬間に蹴りを一発、倒れた瞬間に顔を踏みつけ、気絶させる。

 

「......風邪ひくぞ」

 

 俺は服を破かれたアリサに上着をかけ、ズボンのポケットの中から携帯電話を取り出す。勿論、電話する先は110、警察だ。だが、急いですずかが俺の携帯を取り上げる。

 

「け、警察は呼ばないで......」

 

 声が偉く震えている。何らかの事情があるということは明確だ。俺は「何か理由があるのか?」となだめるように尋ねる。するとすずかは「う、うん......」とはぐらかすようにそう言った。そうとうな理由だと悟り、それ以上、追求することはせず、携帯を受け取り、そのままポケットの中に収納する。

 

「さ、さっきの弾を弾いたのはなんなの......」

「おまえ達が警察を呼べない理由と同じだ。喋ることが出来ない」

 

 アリサは「何なのよ!」と叫んで、俺がかけた上着を強く握り締める。が、深く追求することはなかった。多分、内心では俺なんかにでも助けてもらったことを感謝しているのだろう。俺は溜息を一つ吐いた。そして――ナイフで攻撃を防ぐ。

 ――敵は一人、武器は小太刀二本と鋼糸、後は俺と同じような投げナイフが数本。腕は誘拐犯の何十倍、いいや、何百倍だろう。繰り出される斬撃をナイフ一本で防ぎきり、ゆっくりと間合いから離れる。こちらの方が手足が短い分不利、デバイスがあれば、非殺傷設定で一方的な戦いが出来たのかもしれないが、今の俺にデバイスなんていうお助けアイテムはない。本気で殺し合えば、本当に殺してしまう。

 互いに腹の探り合いが続く。動くに動けない。動きたくても動けない。そんな時間が長く続く。

 

「......」

「......」

 

 張りつめた空気に冷や汗を流しはじめる。こいつ、人を何人か殺したことがある......

 動きを見ればわかる。人間という生き物は同族を殺すということに酷く躊躇いを持つ生き物だ。現に、俺も誘拐犯を攻撃こそしたものの、致命傷と呼べる攻撃は一つもしていない。だが、この男はさっきの攻撃で首、脇、太股、人間の動脈が走る部分を狙い撃つかのように攻撃してきた。これは人を殺し慣れた人間の攻撃、常人では、狙うことも出来ないような攻撃......多分、一生かかっても、俺には出来ない攻撃だ。

 そちらが出てこないなら、こちらから行くぞ! とばかりに接近してくる男。俺は先程と同じようにナイフ一本ですべての攻撃を受け流し、もう一度距離を取る。流石にナイフ一本じゃあ、持たない。右手に握ったナイフを口に咥え、もう二本、魔力でナイフを作り出す。そして、仕返しだと言わんばかりに怒涛の連撃を繰り出す。が、俺と同じようにすべての攻撃を受け流してくる。

 

「......」

「......」

 

 また続く沈黙と殺気の空間。この戦い、実力は五分五分じゃない。多分、俺の方が人を殺したことがないという点で負けている。躊躇いというものが存在するんだ。その躊躇いが、どれだけ足を引っ張るのか理解している。もし、俺が勝つとするなら――一発、一発だけ、足か手のどちらかに一発だけでも攻撃を当てなければならない。俺はナイフを二本同時に投げつけ、駆け抜ける。もし、攻撃を当てられるとするなら、死角からの攻撃! 背後を是が非でもとってやる!!

 ナイフを次々と作り出し、先発投手も驚愕の連投を繰り返す。その攻撃をすべてはじき返している奴は化け物か!? と、心の中でツッコミを入れてみるもの、男に攻撃が通るわけではない。それなら――零距離!! シールドを展開して懐に入り込む。が、容易くシールドを切り裂く、俺は咄嗟に男の足を蹴り、後ろに飛ぶ。危機一髪、もし、あとコンマ一秒でも回避が遅れていたら......考えたくない。

 

「......」

「......」

 

 また沈黙、もう互いに実力は理解した。そして、実力は四対六、たった一割だが、あちらの方が分がある。それを理解したのか、男はもう一度攻撃を仕掛けてくる。俺は仕方なく防御の態勢に入り、攻撃を受け流す。が、あちらの方が頭が良かった。服の袖から放たれる一本の鋼糸、それが俺の左手首に巻き付く。咄嗟に斬り捨てようと右手のナイフで切り付けるが、ダイヤモンドでも仕込んであるのか切れる気配がない。その隙を見逃さず、男は怒涛の連撃、俺はどうにか右手のナイフだけで全ての攻撃を防ぎ切るが、左手から出血。通常通りの攻撃はもう出来ないだろう......

 

「負けを認めろ......」

 

 男がようやく言葉を発した。俺はその言葉に何も返さず、そのまま逆転の一手を考える。そして、こうなれば自棄だと言わんばかりにナイフを投げつけ、油断させた瞬間に懐に入り込み、両手をクロスさせ、思い切り弾く。二本の腕は男の手首に当たり、その衝撃で二本の小太刀は飛んでいく。

 インファイト、拳が必ず届く距離での殴り合い、肉弾戦。俺は身長差をカバーするため、鳩尾辺りを重点的に狙い撃つ。男の方はこれまた身長差を生かして俺の顔に重点を置いて殴ってくる。まさしく接戦、実力差は僅差、勝つ可能性も僅差、そして、信念も僅差、そして――俺は負けた。

 一発の拳が俺の顎を通り過ぎる。その瞬間に体中の力が抜け落ちた――脳を揺らされた......

 堪らずその場に崩れ落ちる。

 

「く、くそ......」

「おまえ、どこまで知った?」

「な、何のことだ......」

 

 男は問いただすように言葉を投げつける。が、俺は男の言っていることが何一つ理解出来なかった。

 

「きゅ、吸血鬼のことだろ......」

 

 気絶させた筈の誘拐犯が地に伏せながらも、にやにやと笑いながらそう告げた。

 吸血鬼? 俺は誘拐犯の言っている意味が理解出来なかった。

 

「その紫色の髪の娘、吸血鬼なんだよ「やめて!!」血を吸う悪魔なんだよ!!」

 

 俺は男に気絶させられた。だが、その後に聞こえた断末魔だけは、聞こえていたような気がする。

 

 ◆◇◆◇

 

 場所は変わってすずかが住まう豪邸。その中で、俺は椅子に括り付けられ、身動きの取れない状態にされている。

 

「貴方が龍崎一人くんね、私は月村すずかの姉の月村忍よ」

「どうも......」

 

 殺される。そう思えるくらいの殺気がこの空間に漂っている。

 あーあ、頭が回らない。まだ脳が揺れたのが堪えているのか? まあ、頭が回ってもこの状況を打開出来る方法が思いつくわけがない。いっその事、殺されてもいい。

 

「単刀直入に言わせてもらうわ、すべて忘れなさい――」

 

 一瞬だけ、一瞬だけだが、忍さんの瞳が赤く輝いた。

 

「何をした?」

「吸血鬼」

「すずかが吸血鬼って事だろ」

「!?」

 

 その場に居た全員が硬直する。多分、これは俺の憶測なのだが、あの一瞬だけ目が赤くなったのは、催眠術の類い。それを俺に掛けようとしたのだが、効かなかったと言ったところだろう。

 

「多分、俺は忘れないぜ......アンタより数倍格が上だからな」

 

 俺はハッタリを張ってみた。自分自身でも、憶測の催眠術が効かなかったのはわからないが、ここは出来る限りハッタリを張って、どうにかこうにか切り抜ける方がいいだろう。流石に自分の妹を助けてくれた恩人に催眠術はかけれても、手はかけられないだろう。

 

「どうする? 殺すか......」

「やめなさい。彼はすずかとアリサちゃんを助けてくれたのよ」

 

 よし、俺の予想は的中した。ここからが勝負、ここで下手なことを言ったら間違えなく監禁、軟禁、南京大虐殺、天安門事件されてしまう。これは宗主国様もびっくりだ。だが、こんなこと何度も経験している。慣れてる筈なんだ......俺ならできる。自分にそう言い聞かせる。そして、

 

「なあ、妹さん一対一で話をさせてくれないか? それがダメならバニングスも連れてきていい」

「どうしてかしら?」

「アンタだけに絶対にばらさないと言っても、妹さんの方は心配するだろ? それに、俺は二人から嫌われてる。信用してもらうためには、直接話した方がいいと思うんだ」

 

 忍さんは少し考えて、俺を倒した男を連れて部屋を後にした。その数分後、すずかとアリサが部屋に入ってくる。

 

「よう、怪我とかしてないか?」

「だ、大丈夫だよ......」

「え、ええ......」

 

 「そう警戒するな、縛られてるんだから何もできないよ」と、二人の警戒を和らげるために告げ、ゆっくりと溜息を吐き出す。そして、二人に告げなければならない内容を纏める。

 

「なあ、アリサ......いや、馴れ馴れしいな。バニングス、おまえはもう、月村のことは知ってるんだよな?」

「え、ええ......」

「ならよかった。じゃあ、月村、この話は断ってもらっても構わない。俺は嘘吐きだからな、助かるために嘘をついてるかもしれない」

 

 アリサとすずかは酷く驚いた顔で、俺のことを見つめた。何時もなら、酷く馴れ馴れしい筈の龍崎一人が何故、ここまでしおらしく、潔いのだろうか、そう考えているのだろう。もし、俺が二人ならそう考えている。

 

「月村、バニングス、ごめんな......俺はバカだからよ、二人に迷惑ばかりかけてた。そして、最終的には、知られてはいけないこともで知ってしまって、俺って本当に邪魔な奴だよな」

「そ、そんなことないよ......」

「あるさ、俺はそういう奴だ」

 

 俺は優しい笑みを二人にこぼした。そして、自分の気持ちをストレートに伝える。

 

「――月村、おまえが俺に死んで欲しいなら、さっきの男を今直ぐに連れてこい」

「「!?」」

「――月村、おまえが俺に生きていいというのなら、絶対に何も言わない。俺はこの話を死に場所まで持って行く」

 

 俺のストレートな気持ち。別にここで死んでしまってもいい。女の子二人守って死ねるなら本望だ。まあ、少しだけ死に方が特殊になってしまうが、彼女の今後まで守って死ねるなら、また、これも本望。死に場所なんて選ぶ理由はない。死ねるなら死ぬさ、生きれるなら生きるさ、それが今の俺だ。

 すずかは俯きながら、ゆっくりと考える、考える、考える。そして、数分後、短い数分後、ようやく答えを見出せたようだ。

 

「恭也さん......」

「ちょっと!? すずか!!」

「そうか、ごめんな......今まで......」

 

 ありゃりゃ......そんなに嫌われてたか......俺。

 扉が開かれる音、死を告げる足音、刀が抜かれる脱刀音、そのすべてが来るべき死に向かってやってくる。別に、死ぬのが怖い訳じゃあない。誰も悲しむ奴なんていない。そうだな、父さんと同じ墓に入れれば、もう......十分だな。

 

「良いんだな?」

「はい......」

「すずか! やめなさい!!」

「止めないで......これはわたしの仕返し......」

 

 肩に当たる冷たい感触、

 これが俺の命を奪うもの、

 さあ、

 奪え、

 偽善者の命を奪え、

 俺は、

 こう唱える、

 偽善者は正義の如く散る。

 

「本当、龍崎くんは悪い人だよ」

 

 斬られたのは俺の命ではなく、俺を拘束していた縄だった。

 そうか、すずかは俺に仕返しをしていたんだな、そして、俺の殺される時の顔を見ていたんだな。

 

「なあ、俺はどんな顔をしてた?」

「死ぬのが怖いって、顔してたよ」

「ハハハハ......そうか、恐がってたか......」

 

 まだまだ俺は、死にたくないらしい。まだまだやることもあるらしい。まだまだ、死ぬには早いんだ......

 

「俺は生きていいのか?」

「いいよ、わたしが許す」

「ありがとう」

 

 月村は優しい声色で「どういたしまして」と告げる。

 

 ◆◇◆◇

 

 深夜の帰り道、俺は数時間前に命を賭けた戦いをした、男、いや、高町恭也さんに送ってもらって、帰路へついていた。

 

「なのはから聞いていたのより少し違った」

 

 恭也さんはそう告げた。俺はそれに「まあ、変わったんでしょう」と返す。これは嘘だ。本当は、何も変わってはいない。変わったように見えるだけだ。でも、俺は変わるという言葉を使いたかった。何一つ変わらない俺を、少しでも変わったように見せたかった。

 

「そうだ、恭也さん......妹さんに龍崎一人が今までごめんなさいと言ってたって、伝言してもらえませんか?」

「自分じゃ、言えないのか?」

「はい、俺じゃあ、もう、無理だから」

 

 恭也さんは俺の考えを見透かし、悲しそうな表情になった。

 

 ◆◇◆◇

 

「もしもし、フェイト......今、時間大丈夫か?」

 




 俺、バトルを書くのが物凄く苦手なんだけど? 面白かった? 個人的に結構いい出来だったんだけど、そう、点数で表すなら五十点くらいかな?


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フェイト-1

 疲れた。体力の五十点を削られたぜ......


 フェイトは酷く心配そうな瞳でカズトとひかるの模擬戦を見つめる。フェイトの心は酷く揺れていた。自分は果たしてどちらの少年を応援したらいいのだろうか? カズトは自分が一番荒んでいた頃に支えてくれた親友であり、戦友。ひかるも大切な友達。だから、フェイトは何方を心から応援したらいいのかわからなかった。

 

「......かずと」

 

 フェイトはカズトの戦いを見ていて、とても悲しくなった。それは、むやみやたらに応援が出来ないということと、自分が知っているカズトとは何十倍も弱くなっているからだ。フェイトは知っている。カズトという存在がどれだけ広く、そして、強いのかを。「アイリスと無駄にデカいリンカーコアがあるから俺は強いんだ。だから、フェイトみたいに努力してないし、このどちらかが欠けてしまったら、俺は本当に弱くなる」と、なんでカズトが強いのかと尋ねた時に答えた。フェイトはわかっていた、カズトは優しい嘘をついていると。カズトは人知れず努力をしている。それは魔術師として、人間として、自分の掲げる理想の為に努力している。だが、その努力は絶対に他者に気付かれない、フェイトはカズトのそういうところをよく理解している。だって、友達なのだから。

 

「ひかるくん!?」

 

 なのはがそう叫んだ。そして、二人の方向を見てみるとカズトがひかるにバインドをかけ、砲撃魔法の詠唱に入っている。フェイトは思った、応援しよう――カズトを、と。自分は何故、カズトとひかるがこの模擬戦をしている理由はわからない。だけど、カズトに何らかの理由があって、ひかるに何らかの理由があってこの試合をしているということは理解出来る。そして、二人を天秤に掛けた。重かったのはカズトだ。

 

「カズト「ひかるくん!」頑張って!」

 

 なのはの声でカズトという呼びかけが途切れた。その瞬間、フェイトの方に顔を向けるカズト。そのカズトの顔は酷く青褪めており、まるで死人のようだ。そして、カズトは殺気と呼べるようなものを垂れ流す。そして、次の瞬間に――

 

「おえっ......」

 

 カズトの何かが崩れ落ちた......

 

 ◆◇◆◇

 

 心が痛い、心の中でそう叫んだ。多分、カズトがあの時、負けを宣言したのは自分のせいだと、カズト――その呼びかけをもっと大きく叫べなかった自分のせいだと、フェイトは理解していた。だからこそ、フェイトはカズトに大丈夫だったかと、今度はわたしがカズトを助ける番だと、そう告げたかった。

 

「で、でもよ! おまえがリインフォースを救ってくれたんだ!! おまえにありがとうを言わなきゃ......済まねぇだろ......」

 

 病室の外にまで響くヴィータの声、フェイトは背中に冷たい何かを感じた。そして、酷く胸が痛くなる。その理由がわからない、まだ彼女にはわかる筈がない。彼女は咄嗟に逃げ出した。これも理由はわからない。でも、彼女の心に何かしらが刺さったということは言うまでもないだろう。

 しばらく走り続けた末に、一人の女性がフェイトを呼び止める。

 

「どうしたんだテスタロッサ?」

「......シグナム」

 

 フェイトは涙を流していた、そして、とても弱々しかった。フェイトは流していた涙を袖で拭き取り、そして、

 

「――シグナム、一人と一緒に戦っていた時の話を聞かせて」

「......そうか、おまえも元はカズトと共に戦っていたのだよな」

 

 シグナムは壁に背を付け、ゆっくりと語りはじめる。

 

「カズトは私達、ヴォルケンリッターの魔力の蒐集を手伝ってくれた戦友でもあり、家族を救ってくれた恩人だ。彼が居なければ、私達の悲願は達成されず、リインフォース、主はやてももうこの世には存在していないだろう。だからこそ、私は彼に感謝しているし、私以外の騎士達、特にヴィータは彼に感謝しているだろう」

「ヴィータが......」

 

 ヴィータ、その名前を聞いた瞬間に胸が締め付けられる。涙が零れそうになる。そして、もう一度逃げ出したくなる。フェイトはまだ気が付いていないが、フェイトは酷くカズトに依存している。それもその筈だ、カズトという存在がどれだけフェイトに貢献してきたか、それを考えれば一目瞭然。なのはの金魚の糞程度の近藤に彼女の心を塗り替えることが出来るはずがない。もし、あと何年も経ったとしても、近藤を好きだと勘違いしたとしても、フェイトの心の中にカズトという存在が深い傷のように残り続ける。

 

「ヴィータはカズトが大嫌いだった。でも、カズトの性格、そして、性質を知っていくうちにヴィータもカズトに心を開いていった。それと同じく、カズトも私達に心を開いていった」

 

 胸が痛む、まるで毒を盛られたかのように胸が痛む。吐き気がする、目が回る、呼吸が整わない。苦しい、苦しい、苦しい、狂うしい。揺れる、揺れる、揺れる、震える。寂しい、寂しい、寂しい、怖い。そんな感情が心の中に溢れ出す。こんな感情、母親であるプレシアの死に様を見た時にも感じたことはない。だからこそ、依存というのだろう。

 

「私達五人はまるで家族のようだった。互いに許し合い、励まし合い、分かち合った。何千年も戦い続けてきたが、あんなにも温かい戦士と出会ったのは初めてだった......」

 

 シグナムは涙を流した。彼女もまた、カズトという存在に助けられた一人。それに加え、自分の主であるはやてだけではなく、本来は死んでしまっているリインフォースまで彼の善意、慈悲、行動によって助けられた。誰も、誰も、誰も、悲しまずで済んだのだ。済んでしまったのだ。その幸せが、カズトの不幸を気付かせるのを遅らせたのだ......

 

「何かあったのだな?」

「......うん」

 

 フェイトは自分の思いをシグナムにぶつけた。そして、シグナムも聞き手に回り、彼女の話を聞いた。そして、すべての話を聞き終えたと同時に、彼女はこう告げるのである。

 

「テスタロッサ、それは自分で考えることだと私は思う」

「シグナム......」

 

 シグナムの真剣な表情にフェイトはすべてを理解した。カズトはすべてを自分で抱え込んで、すべてを解決しようとする。私だって、彼を止めようとしたことがある。だが、彼には彼の信念のようなものがあると感じた。その信念が、彼を止めることを躊躇した。だが、おまえなら彼、龍崎一人を止められるかもしれないと。

 

「わかったなら、早く行け......」

「うん!」

 

 フェイトは駆け出した、カズトが眠っているであろう病室へ、今日より心が軽い日は無いと思いながら!

 

「......カズト?」

 

 病室には、カズトの姿はなかった。まるで、夜逃げしたのではないのだろうかと錯覚させるほど、病室の中は酷く片付いていて、生活感というものを一切感じさせない。フェイトは思わずその場に倒れ込んだ。そして、涙を流す。しばらくの間、病室から少女の泣き声が聞こえたらしい。

 

 ◆◇◆◇

 

 時間は少し進む。

 フェイトは温かい布団の中で屍のようにうつ伏せになっていた。開かれた目に生気はなく、例えるなら死者、何か、未練を残して死んでしまった死人のようだ。そして、その未練というのが、龍崎一人という存在なのだろう。

 

「カズト......カズト......」

 

 フェイトは龍崎一人の幻影を追いかけている。自分という存在をここまで明るくしてくれた大切な恩人。沢山のありがとうを告げなくてはならない親友。そして、誰にも感じなかった特別な感情を抱きはじめた思い人。そんな彼の姿が少しずつ、一歩ずつ、遠退いて行く。それが堪らなく嫌だった。隣に居て欲しかった。

 部屋の中に鳴り響く携帯の着信音。こんな時間に誰だろうとフェイトはゆっくりと携帯電話を握り締め、携帯に表示される名前を確認する。龍崎一人だ。彼女は慌てて電話をとり、電話から聞こえてくる声に耳を澄ます。

 

「もしもし、フェイト......今、時間大丈夫か?」

「う、うん......」

 

 久しぶりに聞くカズトの声、フェイトは思わず笑みになる。

 今から数ヶ月前に交換した電話番号。今の今までが忙しくてかける暇など双方共になかった。そして、今日がはじめての通話、そして、最後の通話である。

 

「フェイト、最初に言わせてくれ......ごめん」

「カズトはいつも謝ってるね......謝らなくてもいいのに......」

 

 フェイトは胸が苦しくなる。理由はわからないが、とても胸が痛くなる。そして、カズトに会いたい、直接、声を聴きたいと思う。こんな気持ちになるのははじめてだと思う。

 

「フェイト、俺は聖祥から転校する。そして、おまえらとの縁を絶つ」

「えっ――?」

 

 携帯電話から聞こえてくるカズトの声、思わず携帯電話を落としてしまいそうになるが、寸前でくい留まり、次の言葉を待つ。それが、真実ではないことを、嘘だと笑いながら言ってくれることを。でも、カズトがどんな人間かをしている彼女はわかっている。カズトは絶対に酷い嘘なんてつかない。少なからず、自分の前では酷い嘘を一つもついたことがない、つくのは、優しい嘘だけだと......

 

「これは俺からのお願い......いや、命令だ......」

「カズト......」

「俺はおまえ達から逃げる形で出て行く。俺は卑怯者だ。だから、もう、俺に会わないでくれ......」

 

 会わないでくれ、その言葉に背筋が凍る。冷や汗が流れる。涙が流れる。

 

「......嫌いになったの?」

 

 泣き声に近い声で、そう訊ねる。

 

「......嫌いか、そうだ、俺はおまえが大嫌いだ」

 

 カズトの声も泣き声に近い。

 

「カズト......!」

「もう、俺を頼るな......もし、頼るなら......一回だけだ、本当に、自分では何も解決できない時だけ、俺の家に尋ねてこい。俺はおまえを素直に招き入れて、その一回だけを親身になって解決しよう」

 

 カズトの声が途切れる。

 フェイトは咄嗟にカズトの携帯にかける。聞こえてくるのは、カズトの声、「すまないが、今は電話に出られない」という、カズトの声だった。




 作者がとる五十点は苦い。


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ヴィータ

 スランプに入りました......他の話に比べると格段に文章構成能力が落ちてる。次の話までには、どうにかこうにかしておきますので、どうかご容赦ください。
 あと、好きだろ? 幸せな展開。


 昔の俺は、色々な人々と出会いと別れを繰り返し、大切なものを失ってきた。その中には絶対に失いたくなかったものも存在した。失ったものが戻ってくることはまずない。もし、その失ったものをもう一度手に入れるには、自分から歩み寄り、手を伸ばし、ゆっくりと見つけ出さないといけない。取り戻すということは、手に入れることより、ずっと難しいのだ。

 今日は雲一つない晴天、気温も夏に近付いているということを感じさせる。あと、数十日もすると六月、梅雨の季節だ。六月は雨がよく降って嫌いだ。これが何度目の説明かわからないが、俺は雨が大嫌いだ。理由は濡れるし体が冷える。単純な理由だが、物事は単純な方がわかりやすくて良いと思う。

 休日に必ず行う散歩。もう、三年近く続けている日課だ、ここまで続けていると、散歩をしないと体調が崩れてしまう。そうだ、確か、高校の時の先生がこんなことを教えてくれたんだっけな......人間はものを考えることのない単純な作業をするとストレスが解消される。確かにそうだ、毎日殆ど同じルートを通る散歩、それがとても心を穏やかにし、昔の記憶を薄めてくれる。皮肉だな、何かのために尽くした戦い、褒め称えられ、称賛されても可笑しくないことをしたのに、その記憶を薄める......本当に、皮肉だな......

 

「いつもと変わらない。いや、めまぐるしく変わっている公園......」

 

 足を進めているとこじんまりとした公園が見えてくる。この公園では、休日になると老人達が決まってゲートボールを楽しんでいる。何度かその風景をベンチに座って眺めていたことがあったのだが、とある少女、フェイトと同じくらい友情を育んだ少女が目を瞑った瞬間に見える為、あまりあの公園でゆっくりしたことはない。彼女は、ゲートボールが好きだったからな。だが、今日は不思議とあの公園でゆっくりしたいと思う。多分、それは、アリサとすずか、フェイトと語り合ったからだろう。俺は、失ったものを見つけたんだ。ただ、それを手に入れることはしていないが......

 ゆっくりと足が公園の方向に向かう。公園のグラウンドでは、ゲートボールに勤しむ老人達が楽しそうに語り合っている。俺は自動販売機で苦いブラックコーヒーを購入し、誰も座っていないベンチに座る。風が吹いている、温かく、暖かく、そんな、優しい風が吹いている。心が透き通る。心が洗われる。心が......楽になっていく。目を瞑ってみた。何も見えない。ただ、温かい闇に包まれる。心地良かった......

 

「坊や、すこしいいかね?」

 

 咄嗟に目を開けると一人のお婆さんが俺の前に立っていた。「どうかしましたか?」と尋ねてみるとお婆さんはか細い声で、「人数が揃わなくてね、よかったら、一緒にやらないかぇ」と尋ねた。俺は少し考えた後、「いいですね」と答えて、ベンチから重たい腰を上げる。ゲートボールをするのは、アイツと一緒に戦ってた頃以来だ......

 

 ◆◇◆◇

 

 ゲートボールを終えた後、温くなってしまったブラックコーヒーを飲み干す。どんなに苦くても、喉が乾いたら美味しく感じてしまうのが憎い処だ。お婆さん達に手を振って別れを告げる。「また、一緒にやろうね」その温かい心遣いがとても心地良かった。そして、もう一度、誰も座っていないベンチに腰掛け、数滴残ったブラックコーヒーを飲む。

 充実している、それが、今の心境だ。心が温かい、心が、穏やかになる。

 

「よお、楽しんでたじゃねーか......」

「――ヴィータ?」

 

 赤いおさげを二つ揺らし、何も言わずに俺の隣に腰掛ける一人の少女。俺のもう一人の戦友、ヴィータその人であった。

 ヴィータはニヤリと悪戯っ子のように笑い。まだまだ明るい空を見上げた。明日も晴れるらしい。

 

「何年振りだっけな? 闇の書事件が終わって......もう、三、四年経つんだよな......」

 

 ヴィータの表情はどこか悲しそうで、見ているこっちまで悲しくなってしまう。俺は咄嗟に声を掛けようとした――その瞬間に右頬を思い切り殴られる。殴られた瞬間に見えた顔は、涙を含んでいた。

 

「アリサやすずか、フェイトに会って、アタシに会わねーとはどういう了見だ? 叩き潰すぞ......」

 

 ヴィータは流れる涙を袖で拭い、何時ものようにニヤリと笑い。俺の襟首を握り――殴る。蹴る。身長が三十センチ程違う少女にここまで一方的に攻撃されると精神的に来るものがある。誰か、この状況を説明してくれ、出来れば、腫れに効く湿布とかを用意してくれ......

 

「ふぅ~すっきりした~」

「ぐちゃり」(一人だったもの?)

 

 今までのシリアスな展開が一瞬で牛乳と一緒に食べるコーンフレークのようになってしまっている。ズタボロのボロ雑巾にされた肉体を必至に動かし、ヴィータの顔を覗き込む。その瞬間にもう一発拳が飛んでくる。あべしっ!?

 

「やっぱ、あと三発くらい殴っとこう♪」

「やめてください、死んでしまいます」

「あぁぁ? アタシが法律だ!」

「何たる悪法!?」

 

 力の入った拳を一発、二発、三発と顔に叩き込まれ、精神的にも、肉体的にもボロ雑巾にされてしまう。

 

「さーて、おまえの言い訳を聞かせてもらおうか? 馬鹿な理由だったら、もう何発か飛んでくるぞ......」

「サンドバッグですね、わかります」

 

 ヴィータは女王様のようにベンチに足を組んで座り、蔑むような視線で俺を見つめる。思わず冷や汗が流れ出す。

 

「あ、最初に一つ言わせてくれよ。アタシの代わりにゲートボールやってくれてありがとな、三時間くらい寝坊しちまって」

「そ、そうですか......」

 

 目を酷く泳がせながら、ヴィータを怒らせないようにする。が、蹴りが飛んでくる。ぐぎゃら!?

 

「じゃあ、本題に入ろうか......何でアタシに会わなかった? 正直に言えば蹴らないから」

「えっと......忘れて――ぷぎゃぁ!?」

 

 ヴィータは物凄く綺麗な笑顔で「殴らないとは言ってないぞ?」と告げ、容赦なく俺の両頬をぺしぺしと叩く。やめてください、せっかくのハンサムフェイスが前世と同じくらい不細工になってしまいます! グタリと地に伏せ、そのままヴィータの顔を覗き込む。今回は蹴られない。よかった......

 

「携帯出せ」

「何に使うのですか?」

「早く出さないと......」

 

 足をぐらぐらと揺らす。わかりました、追加攻撃ですね、わかります。咄嗟にポケットの中から二つ折りのガラパゴス携帯を取り出し、ヴィータに手渡す。するとヴィータは思い切り腹部を蹴りつけた。ごぼっ!?

 

「あの番号が使えないと思ったら......番号変えてんじゃねーか、あ? アイゼンの錆にしてやろうか......」

「お慈悲を......お慈悲をください......」

「ねーよ、そんなの!」

 

 もう一度、胸倉を掴まれ、鋭い拳が一発、二発、三発と叩き込まれる。最後に切れのあるアッパーが放たれ、宙に舞う。まさか、自分より小さい女の子に吹き飛ばされる日が来るとは......世も末だな......

 可愛らしいウサギのストラップの付いた携帯電話を取り出し、赤外線で電話番号とメールアドレスを交換するヴィータ。

 

「よし、これでいつでも電話出来るな、着信拒否にしたら――わかってるな?」

「わかりました女王様――あべし!?」

 

 ヴィータは「誰が女王様だ」とツッコミと蹴りを入れ、もう一度ベンチに座る。......なんか、懐かしいな。

 

「なあ、ヴィータ......寂しかったか?」

 

 俺は地面に倒れた状態で、そう呟いた。ヴィータは「当たり前だろ」と細く告げ、一滴の涙を零した。そうか、そうだよな、俺とヴィータは戦友であり、親友だ。泣くのもわかるし、殴りたくなるのもわかる。それくらい、俺は彼女に酷いことをしたんだ。とても申し訳なく思う。

 ヴィータは溜息を一つ吐き出し、ゆっくりと語りはじめる。

 

「おまえって、昔から何も変わってないのな......」

「......」

 

 ヴィータはもう一度溜息を吐き出し、睨むように俺のことを見つめる。

 

「アリサとすずかが言ってたぜ、一人は嘘吐きだって」

「ど、どう言うことだ?」

 

 ヴィータは「聞いてないのかよ?」と飽きれたように言い、説明しはじめる。

 

「アリサもすずかも、おまえの言葉に騙されて近藤の野郎に告白したんだよ。そして、見事に玉砕、おまえみたいに脳味噌が弁当に入っているミートボール程度にしかない奴に説明するなら、振られたんだよ」

 

 振られた? あの近藤に? 嘘だろ......

 頭の中がぐるぐると回る。それと同時に、笑えてくる。そうか、近藤、おまえは俺が考えていたより、ずっと一途だったんだな、知らなかったぜ......

 

「なに笑ってんだ? 乙女の恋心をバカにしてんのか......」

 

 ヴィータは青筋を立てながら、ボキボキと指を鳴らす。多分、ケンシロウを怒らせたモヒカンさん達はこんな気持ちなんでしょうね......

 

「襟を掴まないでください! 殴ろうとしないでください!! イケメンな顔が崩壊してしまいます!?」

「なに言ってんだ? アタシは整形が得意なんだよ......」

「ごぼっ!?」

 

 多分、どこからともなくチーンという、音が響き渡っていると思う。何だろう、アニメやラノベの暴力ヒロインでもここまでしないでしょ? 平手打ち程度でしょ? 多分、こいつはヒロインじゃない、サブキャ――あぼっ!?

 

「失礼なこと考えただろ? なんとなくわかるぜ......」

「おまえが魔導師で、エスパーなのことはわかった。頭にのせている足を退けてくださらないかしら?」

「なに? もっとふんでくれ? 良いぞ、アタシはいじめるのは嫌いじゃない」

 

 ぐりぐりと頭を踏みつけるヴィータ。小さく、「よく焼けた鉄板があればな~」と呟いた。誰だ! こいつに福○作品を読ませた奴は!? こいつならやりかねないんだぞ!!

 

「なあ......もう会ってくれるよな?」

「......誰にだ?」

「はやてとリインフォース」

 

 俺は少し考える。わかってる。もう、俺は昔の俺ではない。変わった、自分が作り出した重りを自分の力で取り外した。だから、もう、彼女に会っていいのではないだろうか? 彼女は、自分の家族を救ってくれた恩人、龍崎一人にまだ「ありがとう」その言葉を告げていない。不意に「で、でもよ! おまえがリインフォースを救ってくれたんだ!! おまえにありがとうを言わなきゃ......済まねぇだろ......」という、ヴィータの言葉が蘇る。

 

「......負け犬に多くを語る資格はない」

「あるよ、負け犬だから多くを語るんだ」

 

 ヴィータは俺のことを抱きしめる。自分より何十センチも小さな体。でも、そんな小さな体がとても温かく、心地よかった。涙が流れる。人の温かさ、人の優しさ、人の強さ、そのすべてが伝わってくる。

 

「おまえが辛い思いをしてきたことは知ってる。アリサやすずか、なのはやフェイト、おまえのことを知ってる色々な奴らから聞いた。胸が苦しくなった。もし、アタシがもう少しおまえに気をかけていれば、過ぎちまった数年間、隣におまえがいたかも知れないと思ったこともある」

「ヴィータ......」

「辛くなったら頼れよ、苦しかったら隣にいるさ、恋しかったら求め合ってやる、それくらい、おまえはアタシにとって......大切だったんだぜ?」

 

 沈黙の数分。その数分が、自分の愚かさを実感させる。

 そうか、俺はバカだった。俺のことをこんなにも思ってくれる人が居たのに......俺は......

 

「ごめんな......俺は近藤よりずっと、朴念仁なのかもしれない」

「難しい言葉使うなよ、わかんねぇー」

「つまり、バカってことさ......」

「ああ、おまえは大馬鹿だ......」

 

 ああ、俺は大馬鹿だ......




 ごめん、何か、上手く書けなかった......


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玄史

 はやての話を書こうと思うったんだけど、中々ストーリーが出て来なかったから息抜きに一人パパの話を考えてみた!


 「私は最初からこの計画には反対だった......」小さくそう呟く一人の男性、龍崎玄史。彼が目を向けているガラス越しの部屋には、四人の赤子が寝かされており、「A」「B」「C」「D」と書かれた札がそれぞれのベットにつけられている。この子達はとある魔導師の複製として作られた子供、その魔導師とは――

 

「デイヴィット・マーカス......」

 

 デイヴィット・マーカス、この世界で最も人間を殺した個人であり、この世界で最も人間を救った個人でもある。彼の人生は壮絶という言葉を使うことが許されるくらい、激動であり、多くの人間を殺し、そして、多くの人間を守ったことでも有名だ。

 彼はとある管理外世界の小さな集落で生まれ、一つ下の弟のソリチュードと共にすくすくと成長していく。彼は元々から高い魔力資質を持ち合わせており、その世界でよく使われていた古代魔術を学び、弟のソリチュードとともに実力を伸ばしていく。彼が十五になった時、彼の世界に他の世界からの侵略者が現れ、多くの町や村が占領された。デイヴィットはレジスタンスとして侵略者と戦い、多くの功績をあげた。

 だが、デイヴィットは突如として狂ってしまう。

 デイヴィットが当時婚約していたミリア・ヘイレーンが侵略者の軍団にレイプされ、首を切られ、肉として食べられる。そんな姿を目撃した彼は精神が崩壊し、人間という悪を殺す兵器と化した。それ以来、彼は侵略者、同族を無差別に殺害し、約一億人の人間を殺した。この世界で最も人間を殺した人間。そして、デイヴィットは弟のソリチュードに倒され、狂ってしまった心を元に戻した。

 ――これで終われば、ハッピーエンドだったのだろうが......

 デイヴィットが正気に戻った後、国は彼を処刑する判断を下した。多くの人間を助けたことは確かだが、多くの同族を殺したことも確か、国は彼を罰すること当初より予定していた。だが、国の政治家の中には、彼ほどの優秀な魔導師を処刑するのは惜しい。どうにか生かし、国の為に戦ってもらうことはできないかと考える者もいた。そして、一人の男の人生を狂わせた。

 デイヴィットの処刑日、デイヴィットは国の首都の大広場に足を運んでいた。中央に設置されている大きなギロチンに目を向ける。そして、そのギロチンへと足を運ぶ自分の弟、ソリチュードの姿へも目を向ける。ソリチュードは「俺はデイヴィットじゃない! 弟のソリチュードだ!!」何度も声を荒げるが、飛んでくるのは石と罵声だけ、彼はぞっとした。もし、国の偉い人間が自分を生かそうとしなければ、今、自分が歩いているのはソリチュードの歩いている道なのかもしれないと。

 デイヴィットはそれ以来、国のために戦い、多くの人間を守り、五人の妻を迎え入れ、幸せに暮らしたらしい。

 

「虐殺王の複製......気色が悪い......」

 

 玄史は吐き捨てるようにそう言い、四人の子供の一人一人に目を向ける。

 

【個体:A】

 この実験の中で最も成功した個体。魔力量も高く、魔力の色も虐殺王のものとほぼ一致、姿も話に出てくる虐殺王と酷似しており、将来的な面でも最も期待できる個体である。

 

【個体:B】

 【個体:A】に多少劣るが、この個体も成功の部類に入る。レアスキルに「魔力変換:火炎」をもっていることも確認できている。

 

【個体:C】

 卵子の提供者の女性の遺伝子が強くなってしまった個体。魔力量が高く、治療魔法に適した緑色の魔力光を持ち合わせているため、管理局への機嫌取りには都合のいい個体だ。

 

【個体:D】

 三人の個体に優良な遺伝子を行き渡させるために作られた個体。魔力量こそ高いが、それ以外に目立った特徴はなく、魔力の色も一般的なオレンジ色、隠ぺいのために殺処分が計画されている。

 

 玄史は生気のない瞳で、四人の個体を眺める。すると一人の個体が突然泣き始めるのだ。玄史は慌てて部屋の中に入り、異常がないかを確認する。――何も異常がない。それなのに泣き止まない。慌てて玄史は泣いている個体を抱き上げ、あやす。すると個体はにこやかに笑い、小さな手の平で無精髭が生い茂る顎を触るのだ。玄史は言葉が出なかった。

 

「......生きたいのか?」

 

 個体は笑いながら、髭を触る。玄史はその姿がとても愛しかった。

 

「あら、龍崎博士。貴方が個体を抱き上げるなんて珍しいわね」

「......近藤博士」

 

 玄史は慌てて個体をベットに戻し、同僚の近藤由紀子博士の方に顔を向ける。

 彼女は妖艶な表情を見せながら、【個体:A】を抱き上げる。そして、愛しそうな表情で見つめるのである。玄史は背中に冷たい何かを感じた。

 

「この子以外は全員出来損ない、そうとは思わない?」

「それは君の個人的な意見だろう、私はそうは思わない」

 

 彼女は額に人差し指と中指を当て、何故わからないのかしらと苛立ちを露わにする。

 

「貴方は何もわかっていないのね......この子は最も義王に近く、義王すら超える資質を持っているのよ」

「義王? 虐殺王の間違えじゃないのか......」

「貴方ねぇ!!」

 

 彼女がそう叫んだ瞬間に泣き止んでいた筈の個体がもう一度泣き出してしまう。玄史は慌てて個体を抱き上げ、怖くない、怖くない、大丈夫だからな、と、優しい声色で告げる。すると個体はキッパリとなくことをやめた。

 

「殺処分を計画している個体じゃない......なに、犬猫みたいな愛着でも出てきたの?」

「君は人間としての感性が欠落しているようだ......この個体は私が引き取り、その見た目だけが成功している個体は君にくれてやる」

 

 彼女は眉間に皺をよせ、玄史を睨み付ける。自分の作り出した最高の芸術品を見た目だけが成功しているだと? この場にデバイスがあれば、彼女は玄史を殺しているだろう。だが、この場は侵入者が来た場合に備え、魔力を吸収、放出できないようにする特殊な装置が作動しており、デバイスを起動させることは出来ない。

 

「この子は、その個体を越える。デイヴィット・マーカスの弟、ソリチュードのように......」

 

 玄史は両腕でしっかりと個体を抱え、部屋を出る。

 玄史は数分後に個体の名前を考えた――一人、龍崎一人。

 ソリチュードは日本語に直訳すると一人ぼっち。




 スランプが抜けられねぇ......


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八神家

 さて、物語は「不幸」から「平常」へと移り変わる。この物語に見切りをつけるのならば、今が一番だ。何故なら、この「平常」は「不幸」を越えて「絶望」に移り変わる。今は見守ることしか出来ない。龍崎少年に訪れた束の間の「平常」とその先に待っている「絶望」を......

 

 ◆◇◆◇

 

 物語は数時間程進み、場所は八神はやての家へと続く道へ行き着く。

 カズトはビニール袋いっぱいのアイスクリーム。自分、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、シャマル、そして、はやて、リインフォースの好きだというアイスが入っている。カズトは懐かしい何かを感じる。五人でよく食べたアイスクリーム、もう、何ヶ月も食べていないアイスクリーム、時々、足に冷たい袋が当たるが、それは冷たい筈なのに不思議と温かさを感じる。

 

「今日はアイスパーティーだな!」

「あんまり食べすぎるなよ、腹を冷やして下痢しちまうからな」

 

 ヴィータは「はやてみたいだな」なんてバツが悪そうに呟いた。

 カズトはヴィータと自分が居なかった空白の数年間について話しながらゆっくりと歩を進める。ヴィータにとって、自分という存在の家族にカズト、大切な親友、恋心すら匂わせる相手に会わせること、話すこと、それはとても嬉しいことであった。今から数年前に出来なかったことを、時間こそ立ったものの達成することが出来る。それがとても嬉しかった。

 

「でも、本当にアイスだけでよかったのか? もっとこう、長崎カステラとか、長崎皿うどんだとか、びわゼリーなんかを持って行った方がいいんじゃないのか」

「何故に全部長崎名物なんだよ......出身が長崎なのか?」

 

 「いや、出生はミットチルダの小さな病院らしい。育ちはずっと海鳴だ」カズトははぐらかすようにそう告げる。それもその筈、カズトは前世では長崎という福岡と熊本の次くらいに九州では知名度の高い県に住んでいた。ちゃんぽんと皿うどんと色々な遺産があるくらいのしょうもない県だが、まあ、住んでいたということには違いはない。それなりに愛着もあるようだ。

 ヴィータの歩幅に合わせてゆっくりと足を進める。

 やがて二人は目的の八神家に到着する。カズトは少し躊躇いを見せる。

 

「なに一歩下がってんだよ?」

「いや、なんか怖くてな」

「893の事務所じゃないんだから心配するな」

「いやいや、四人で管理局のエリート魔導師を無双した奴らが巣食う魔窟だぜ? 事務所の何十倍も怖いと思うんだが......」

 

 四五発のローキックが足に炸裂するが、まあ、慣れているから痛みはあまり感じない。カズトは勇気を振り絞る溜息を一つ、そして、呼び鈴を鳴らす。するとおっとりとした声が聞こえた。開かれた扉の向こうに茶色のセミロング、優しそうなたれ目、容姿も良く整った美少女がいた。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 二人は挨拶を交わして握手を交わす。

 沈黙の空間、感じられるのは八神はやての温かい手とそれを冷やすカズトの冷たい手。手が冷たい人間は心が温かいらしい。そして、手が温かい人間はもっと心が温かいらしい。

 

「どうも、龍崎一人です。一応、君の家族を助けた人間です」

「とうも、八神はやてです。君に家族を助けられた人間や」

 

 はやては笑顔でカズトを招く。カズトも苦笑いを見せながらも招かれる。ヴィータはそんな二人の姿を見て、優しい笑みを見せるのだ。多分、この場にいる全員が望んでいた瞬間、望まれていた瞬間が訪れた。

 はやてに案内されて広いリビングの中に入ると桃色の髪をした長身の女性、シグナムが目を瞑り、笑みを見せながら「久しいな」とカズトに告げる。その次は犬になっているザフィーラが「そうだな」と付け加えるように言うのだ。そして、カズトが「ああ、久しぶりだな」と優しく告げる。

 笑顔、それが溢れている。まるで待ち望んでいた何かを手に入れた時のような充実した笑顔。

 

「カズトくん、久しぶり」

「シャマルさん、お久しぶりです」

 

 キッチンの方から声を掛けるシャマルは今にも泣きそうな顔でカズトのことを見つめる。そして、大きくなったね、なんて、お母さんのようなことを言うのだ。カズトもこれには苦笑いをしてしまう。だが、温かい。

 

「今日はわたしが腕によりをかけて料理を作るからなぁ!」

「それは楽しみだ。食後のデザートも大量に買ってきているから、なお楽しみだ」

「わたしもお手伝いしますね!」

 

 カズトはアイスクリームの入った袋を渡し、二人の背中を見送った後、三人と一匹が待つソファーへ目を向ける。

 

「はじめまして、かな? リインフォース」

「そうだな、龍崎一人」

 

 互いにぎこちない挨拶を交わすが、そこに困った表情はなく、逆に喜びが感じられる。例えるなら、意味も内容も理解出来ないような無理難題をやり方を教えてもらって解いたときのような充実感を含む喜びがある。

 

「君には感謝している。君が居たからこそ、私はこの世にいるのだから」

「よしてくれ、褒められるのは慣れていないんだ」

「そのようだ」

 

 頬を赤らめているカズトをクスリと笑い、さあ、食事が出来るまでゆっくりしようと招くリインフォース。カズトは途端に彼女を助けた自分が誇らしくなった。それと同時に、彼女を救わない方がよかったと考えた過去の自分が恥ずかしくなった。でも、わかっている、過去の自分もこの笑顔を守るために戦っていたのだ、だからこそ、今この場所で笑っていられる。

 

 ◆◇◆◇

 

「美味い......」

「せやろ、ハンバーグはわたしの得意料理中の得意料理、十八番なんよ」

 

 カズトははやて手作りのハンバーグを一口、また一口と味わいながら食べる。料理に関してはカズト自身も相当な腕前なのだが、彼女には彼女なりの工夫と努力が感じられると感心している。そんな姿をはやては姉のように見つめる。まあ、はやてとカズトの身長差なら、兄と妹と言った方がいいような気がするが。

 

「カズトくんは身長なんぼ? 同い年にしてはえろう大きいけど」

「176cm」

「中二でその体格はどうやねん......」

 

 シグナムが寂しそうな声で「抜かれてしまったな」なんて呟く。それに対抗してヴィータが「アタシは元々から抜かれたんだけどよぉ......」と棘のある口調で呟く。カズトはそんな二人の会話を笑いながら聴くのだ。

 

「なんといか、人と飯を食べるのは久しぶりだな......」

「楽しいやろ?」

「ああ、美味い物が更に美味く感じる......こんなの、あの頃以来だ」

 

 カズトの頬に一滴の雫が零れる。揉み消すように袖で拭うが、涙が溢れる。

 

「泣いてええんよ......」

「男が......人前で泣くのは恥ずかしいんだぜ......」

「今日は無礼講や、ハンカチあるよ」

 

 はやてがピンク色の鮮やかなハンカチを手渡す。カズトは「ハハっ、情けねぇ」と泣きながら、笑いながらそれを受け取り、溢れでる涙を拭う。そして、自分の進んできた道に自信が持てた。

 

「俺はうたわれないヒーローになろうとしていた。自分という存在に自信が持てないで、縁の下の力持ちになろうとした。誰かを助けられるなら自分の命を差し出してもいいと思ってた」

 

 あふれる涙をハンカチで拭い、定まらない呼吸を必至に押さえつけて、語る。自分、龍崎一人の歩いてきた道を。

 

「うたわれるヒーローになりたかった。誰からでも愛されて、尊敬されて、親しんでもらえるようなヒーローになりたかった。でも、俺にそんな器は存在しない」

 

 その場に居る人間はカズトの話に耳を傾ける。そして、心の中で呟くのだ、知っている。おまえの苦悩と葛藤は、と。

 

「時は流れた。叶えられない願いに翻弄され、俺は自信を失った」

 

 叶えられない願い、欲しかった物、者。

 

「それでも、誰かを助けたかった」

 

 自分の大切な何かを犠牲にして助けた一人。

 

「犠牲は大きかった......後悔したこともある......」

 

 大きく息を吸い込む。

 

「今更だが、わかったよ、後悔なんて小さなものだ。俺は自分の歩んだ道を誇りに思ってる」

 

 涙はもう流れていない。あるのは誇らしげな笑みだけだ。

 

 ◆◇◆◇

 

「すまないな、今日は突然押しかけて......」

 

 見送りに来たはやてにそう告げる。はやては「ええよ、ええよ、賑やかな方がたのしいしなぁ」と優しい声で告げる。

 

「次はいつ来る?」

「俺も忙しい身の末何でな、でも、暇が出来たら遊びに来るさ」

「約束やで......」

 

 カズトとはやては小指と小指を結ぶ。

 

「指きりげんま」

「嘘ついたら」

「なにを飲ます?」

「センブリ茶や」

「そりゃ、嘘付けないな......指切った」

 

 カズトは指切りを交わした後、何も言わず八神家を後にする。

 カズトの表情に辛気臭い雰囲気はなく、ただただ、嬉しそうだった。




 もう自分の文章に自信が持てない。
 少しずつ駄文になっていくのが感じられるんだ......
 こんなの小説じゃなくて、書き殴ってる何かだよ......


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ドキドキ! すずかとデート? 上

 とある日曜日の昼下がり、俺は中学の数学の宿題を近所の市立図書館で解いていた。昔、父さんがこんなことを言っていた、勉強は一人でやるとゲームになるが、二人でやると勉強になる。つまりは、勉強をはかどらせたいなら一人で黙々とハイになるまでやり続けるのが重要なんだ。と、当時、小学一年生だった俺に教えている。なんというか、今更だけど幼年の子供に教える言葉じゃないよね、遠回しに自分に友達が居ないことを告げているよね、葬式は親族しか集まらなかったし。

 背伸びをして欠伸を一つ。最近の中学生はここまで踏み込んだ勉強をするのね。ゆとりだの、週休二日だの、欧米風の教育だの、ごたごたごたくを並べているが、結局は古来からあるスパルタ式が染みついてる、欧米風の勉強なんて国民の性質を考えると日本国が滅びるまで無理だな。

 

「あ、龍崎くん」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。後ろを振り向くと紫色の髪をした天使、いや、女神が手を振っていた。なんというか、フェイトと同じくらいこの子も育ったものだ、目の保養になると同時に目のやり場に困る。これも時代の流れ、天使が女神に進化なされた。

 なんというか、はやての家に行ってから性格が物凄く軽くなったような気がする。それと同じくらい心も軽くなった。自分を認めてくれている人は必ずいる、そして、自分の進んできた道は正義そのものだと認めてくれる人も居る。俺は自分の道が正義じゃなく、無駄なお節介だと思ってたんだ。だから、後ろめる必要はないのに後ろめて、殻に閉じこもって、他人を避けるようにしていた。これもすべてヴィータのおかげだな......そのうち、アイスを大量に買って行ってやろう。

 

「久しぶりだね」

 

 すずかは俺の隣の席に座る。手には最近発売された恋愛小説が握られており、桜の花の押し花が見え隠れするしおりが挟まれている。なんというか、女子力が高いな。甘い女の子の香りが漂う。

 ......この子の困った表情が見たい。そんな小学校低学年くらいのクソガキが考えるようなことが頭の中を巡った。なんというか、俺もまだまだお子様ということだ。

 すずかは何かを話そうと口を開くが、俺が首を横に振り、人差し指と人差し指を重ねて×をつくる。そして、数式が書かれているノートに

 

『ここは図書館だ、おしゃべり禁止だぜ』

 

 と、書き記し、すずかにシャープペンと消しゴム、そしてノートを渡す。すずかはこの三つの使い方を理解し、女の子らしい柔らかく丁寧な文字で、

 

『そ、そうだよね、ごめんなさい』

 

 苦笑いを見せてノートを此方に返す。筆箱の中から鉛筆を一本取り出して、返事に『わかればよろしい。図書館は公共の場所だからな』と、出来る限り綺麗な字で書く。すずかはコクリと頷いて『そうだね』と優しい筆圧で記した。二人は同時に笑みになる。

 何というか、昔は嫌われていたのに今はある一定の信頼を得ているのだなと実感する。やっぱり、昔の俺とはだいぶ変わってしまったのだろうか? いやいや、性格が軽くなったんだから昔の俺に戻りはじめていると表現した方がいいのか? まあ、どちらにしても、嫌われていないということは良いこと、いや、とても良いことだ。

 しばらくすずかの顔を眺めていると、彼女は顔を真っ赤にして頭から湯気のようなものを出す。流石に男から顔をマジマジと見られると恥ずかしいものがあるのだろう、俺が女でも超絶ハンサムな男の子(自意識過剰)に見つめられるとこうなる自信がある。

 

『どうした、顔が赤いぞ......熱でもあるのか? (ライトノベルの朴念仁主人公風)』

『な、何でもないよ! (ライトノベルのヒロイン風)』

 

 互いに記されたセリフより()の中に入っているギャグの方に目が行ってしまいクスクスと笑い声が出てしまう。流石は文学少女、ライトな小説まで範囲が及んでいるのか、この子と付き合う男はそれ相応の文学知識が必要だろう。そう考えると村上●樹程度しか小難しい文学が読めない俺は選択肢にも及んでいないな。

 俺は鉛筆を握り締め、彼女に質問をしてみる。

 

『その本はどんな内容なんだ? お兄さん少し気になるな~』

 

 すずかは、うん、と首を縦に振り、すらすらと本内容をノートに書き写していく。

 

『この小説は元々は携帯小説なんだけど、物凄く文章が上手くてね、出版社の人が何回も何回もオファーを出してようやく書籍した作品なんだ。内容はヒロインとその幼馴染のすれ違いの話で三人称だから両方の揺れ動く心がよく表現されていて面白いよ。龍崎くんも読んでみたら?』

 

 すずかは机に置かれた小説を左手で拾い上げ、右の人差指で小説をさす。顔はとても満面の笑みだ。

 

『本の虫の月村がそこまで絶賛するんだ、相当面白いんだな、帰りに本屋を覗いてみるよ』

 

 すずかは少し拗ねたような顔になり、ノートに『本の虫は余計だよ』と書いて頬っぺたを膨らませた。まるで餌を大量に抱え込んだハムスターのようで愛らしい。

 

『でも、本が好きなのは事実だろ? それに、虫のすべてが悪い表現じゃない。そうだな、月村は派手じゃなく、そして、地味でもない、蝶、モンシロチョウって感じだな。俺は好きだぜ、花に舞い降りて優雅に可愛らしく蜜を吸うモンシロチョウ』

 

 すずかは途端に顔を真っ赤にして下を向いてしまう。俺は思わずその姿を見てハハハっと笑ってしまう。そんな俺をいわえるジト目で彼女は見つめる。少し乙女心を弄びすぎたか。反省しよう。後悔はしないが。

 

『じゃあ、龍崎くんは虫に例えると蟻だね』

 

 すずかは俺のことをそう表現する。俺は少し疑問に思ったが、よくよく考えると自分自身を虫に例えると蟻が一番似合っているような気がする。極端に特色を持っているわけではなく、地味にコツコツと何かを進める。時に大胆に食料を運び、ゆっくりと探索するように食料を探し、女王の為に縁の下の力持ちとして一生を過ごす。今の俺を表現するに一番似合っている虫の一つだろう。

 

『女王様、子供、仲間の為に餌を運んで、巣を広げて、人や動物に踏まれても根性で立ち上がる。そんなハングリー精神が龍崎くんと似てるよ』

『褒め過ぎだ。褒められるのは慣れていないんだ』

 

 俺は目を反らして頬っぺたを人差し指で数回掻く。その姿に彼女はしてやったりと満面の笑みを浮かべた。これは彼女なりの仕返しなのだろう。少しムスッとした顔になってしまう。

 

『でも、龍崎くんに相談してよかったよ』

 

 すずかが少し暗い表情になりながらそう書いた。彼女の表情をみて少し不安になった。『どうしたんだ、藪から棒に』と返事を書いてみる。すると『多分、龍崎くんにあの夜、あの砂浜で出会わなかったら一生一歩も踏み出せなかった。ずっとひかるくんのことを見つめ続けていたはず。告白もしないで悩み続けた筈だよ......』と少し筆圧が強い文字でそう書かれていた。俺は苦笑いを見せて『そう言ってくれると嬉しい。俺はあの日の夜、月村に嘘をついたんだ。近藤がすべての愛を受け入れる小説の主人公のような奴だと思い込んでた。だから、月村を騙そうとしていないのに騙してしまったんだ』と書いて、大きく息を吸い。

 

「ごめん、俺、嘘吐きだから」

 

 すずかは少し驚いた表情になるも、クスリと笑い、ノートに短く、そして的確なことを書く。

 

『図書館は公共の場所だから、おしゃべりは禁止だよ』

 

 俺はそんなすずかの分を見て、小さく、彼女だけに聞こえるようにこう呟いた。

 

「こりゃ、一本取られたね......」




 多分、一人とすずかは年の離れた兄弟みたいな感じだね。互いに信頼関係を結んでいるし、嫌いな部分が殆どない。もし、曲り間違って肉体関係を結んだら死ぬまで連れ添う感じだ。
 よく考えると久々にこういう胸の締め付けられる話を書いたような気がする......


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ドキドキ! すずかとデート? 中

「さて、宿題が終わったことだし、俺は行くよ」

 

 ノートと教科書、筆箱を鞄の中にしまい、凝り固まった肩と腰をほぐしてその場を後にしようとする。

 

「急ぎの用事でもあるの?」

「いや、ない」

「つまり、暇ってことだよね」

「まあ、必然的にそうなるな」

 

 すずかは俺の右手を取り、そして、ハキハキとした声色でこう告げる。

 

「なら、お買い物に付き合って」

 

 俺は少し放心状態に陥ったが、女の子からのお誘いは断ることが出来ない、二つ返事でわかった告げる。すずかは嬉しそうに輝くような笑顔を見せた。そんな姿に苦笑いが出てしまう。

 すずかも鞄の中に桜のしおりが挟まれた文庫本をしまい、早く行こうと手招きをする。やれやれと思いながらもスキップするように歩くすずかを追いながらあるく。もしかしたら傍から見ると彼氏と彼女に見えるかも知れないが、現実は非情である。彼女が俺に気がある筈がない。

 

 ◆◇◆◇

 

 情熱の赤、さわやかな青、活発な黄色、大人っぽい黒、子供っぽい水玉、100%を連想させるいちご柄、全部ブラジャーとパンツです、それも女性用の。

 俺は台風の暴風域が如く揺れ動く心をどうにか鎮静させ、平常心、理性、人間性を保つ。が、やはり男が女性物の下着を見てしまうとこんな風にいやらしい笑みが出てしまう。よく考えてみろ、ブラとパンティーなんて所詮は布きれ、人類が進化していく過程で恥じらい、つまりは羞恥心が生まれたおかげで誕生したものだ。そうだ、俺、所詮は布きれなんだ、だから、興奮するな、呼吸を荒くするな、平常心、龍崎一人、おまえは南極大陸のようにcoolな男だろうが!!

 

「月村すずかさん? 男性が入ってはいけないお店トップ10に入る女性下着屋さんに何故、ワタクシを??」

「最近、ブラがきつくて......」

 

 顔をトマトのように真っ赤に染め上げるすずかさん、可愛いと思うのだが、普通好きでもない男にそういうことを言うかね......この子もフェイトと同じくらい天然なのだろうか? フェイトが津軽海峡で水揚げされたブラックダイアモンド黒鮪なら、この子は北海道で水揚げされた天然鮭だな......

 

「で、俺はこの店で何をすればいいのだ? 男がこんな店に居ても意味ないだろ」

「あるよ」

「どんな?」

「選んで」

 

 頭の中の脳細胞が一斉に活動を停止する。いや、そんなことがあったら確実に死んでしまう。でも、それくらい彼女の小さなお口から放たれた一言がとてもショッキングだったということには変わりがない。もしかすると、この子はフェイト以上の逸材かもしれない。昔は毛嫌いしていた龍崎一人、つまり俺に自分の身に着けるもの、つまりは下着を選ばせる、狂ってる。俺、男だけど絶対に自分の下着は選ばせないね、だって、この子はこの下着を履いているんだと思われたくないもん! 男の俺でも選ばせたくないよ!!

 額に右の手の平を乗せ、

 

「月村、そういうのは本当に好きな人か、女友達に頼みましょうね......」

「つまり、友達だから大丈夫だよね?」

「何時から俺は女になったんだ......」

 

 すずかは少しムッとした表情になる。俺は溜息を一つ吐き出し、月村の目を約五秒眺める。ああ、これは絶対に引かないな、女ってのは変に意地があるから、男はそいうい女の意地に付き合わないといけないんだ。俺は「わかったよ」と、若干不貞腐れたような声で告げるが、すずかはありがとうと返してくれる。なんというか、フェイトとヴィータを足して二で割ったような扱い難さだわ......

 

「何色が良いんだ?」

「龍崎くんが選んでくれたらなんでも」

「そういうのがお母さん一番困るんだよね......」

 

 俺は手っ取り早く上下セットのコーナーに向かい、月村に似合いそう......な、下着を探してみる。すると落ち着いた青色の下着が目に付いた。サイズが小さいよう見えるが、そこは店員に彼女のサイズに合ったものがあるかどうかを確認すればいいだけだ。

 

「すいません」

 

 その一言でレジから一人の女性店員が風のように現われた。接客口調で「どうかいたしましたか?」と尋ねてくる。

 

「すいませんが、この下着、彼女に合うサイズありますかね?」

 

 青色の下着を指さすとサイズを測らせていいですかとテープメジャーを取り出す。すずかも顔を真っ赤にさせながらうんと頷く。恥ずかしいなら選ばせないなら良いのにと思ったことはお兄さんとの内緒だぞ。

 慣れた手つきで胸囲やその他もろもろを計る店員。やましい気持ちは一切ないのだが、顔を反らしてしまう。

 

「在庫を確認してきますね」

「すいませんが、それ以外にも彼女に合うサイズのものを少し持ってきてもらえませんか」

「かしこまりました」

 

 すずかがもうお嫁に行けないと顔面を真っ赤にして座り込んでいる。だから、恥ずかしいなら俺に選ばせるなよ......

 店員がまた颯爽と下着、すずかのサイズに合ったものを持ってくる。

 

「さっきの下着と彼女さんに合うサイズのものです」

 

 『彼女』その言葉に尚更顔を赤くする。もう今更だから否定はしないが、傍から見れば彼氏と彼女に見えるのだろう。一応、顔だけは前世と違って整っている。

 

「試着して来いよ、俺は外でゆっくりと黒い豆の搾り汁でも飲んでゆっくりしておくからさ」

 

 流石に試着した姿を見ることは出来ないと思い、女性下着屋から出ようとするが、服を掴まれる。

 

「まだ選んでもらってないよ」

「いや、選んだだろ?」

「一個だけだよ」

「まあ、そうだが......」

 

 無言の圧力、冷や汗が数滴流れ落ちる。

 この子、もう完全に開き直ってるよね? 見られても良いと思ってるよね......

 

「わ、わかりました......最後まで見届けましょう」

「うん!」

 

 店員さんの温かい目がとても痛い。

 すずかは試着室の中に入り、試着を開始する。

 頭が痛いよ、俺はこの子のお姉さんや恭也さんこんなところを見られたらどう返事をしたらいいのだろうか......いや、その前に首をちょん切られてしまいそうだ。

 思わず店の中を確認するが、すずかの親族は誰一人歩いていない。ほっと一息。

 ガラリと試着室のカーテンが開き、店の外に向いていた顔を試着室の前に向けてみると、俺の選んだ下着を着たすずかがいた。そりゃそうだ、試着しているのだもの。

 

「ど、どうかな......」

「似合ってるぜ、流石は俺が選んだ下着だ」

「声が震えてるよ?」

「女性の下着姿を見て即興で感想を述べられる男になりたいものだよ......でも、似合ってるのは確かだ」

 

 すずかは顔を真っ赤にして俯く。

 俺もバツが悪く頬っぺたを数回人差し指で掻く。

 下着選びを終えた後は、軽く食事をとって、男性が入っても許される場所で買い物をして一日を潰した。あとはすずかを家まで送り届けるだけだ。




 今回は完成度低いけど、次回は五千文字書くから許してください。


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ドキドキ! すずかとデート? 下

 肌寒い風が吹いている。一応は厚着をしてきたつもりだが、この季節はやはり冷えるのだろう、すずかは両手に息を吹きかけて冷たさを耐えようとしている。カズトはそんなすずかの姿を見て、自動販売機で温かい飲み物を買おうと提案する。そうだね、とすずかが財布を取り出そうとするが、カズトは流石にジュース一本も女の子に飲ませられない恥ずかしい男になりたくないと告げて自分が財布を取り出す。彼女はありがとうと優しく告げる。そんな姿に少しだけ心を打たれたりもした。

 自動販売機には色々な飲み物があり、何にするか悩んでしまう。が、すずかは悩むことなくホットココアのボタンを押した。よく考えるとこのメーカーのホットココアはあの日の夜にすずかに渡したココアのメーカーだということを思い出す。するとカズトはクスッと笑って、あの日飲んだ苦いブラックコーヒーのボタンを押した。

 

「あの日と同じだね」

「そうだな......あの砂浜行ってみるか?」

「え、でもすごく遠いよ」

 

 カズトは胸を叩いて、一応は魔導師なんだから飛行魔法くらいは使えないわけじゃないと胸を張る。デバイスが無くても飛行魔法は普通に使える、だが、回路が無いから少しだけ魔力の消費が多いだけ、魔力量Aあれば十二時間は平然と飛行できるとすずかに告げる。するとすずかはそうだね、と頷いてあの日の砂浜に飛んでいくことを決めた。

 カズトはすずかのことをいわえるお姫様抱っこする。すずかは酷く顔を真っ赤にさせ、挙句の果てには湯気をむんむんと出している。カズトはそんなことはつい知らず、足元に魔力を溜めて浮き上がる。すずかは空を飛ぶという不自然な状態に恐怖心を抱きながらも、カズトの「大丈夫だ、落としたりは絶対にしないよ」という優しい言葉を信頼し、生まれてはじめての飛行魔法を体験する。

 

「綺麗......」

 

 夜空に輝く多くの星々、それを映し出す澄んだ海、町の方を見たらビルや家からの光がキラキラと輝いている。二人はゆっくりと飛行してそんな景色を存分に楽しむ。

 

「空を飛ぶって気持ちいいね......」

「そうだな、俺もはじめてそう思ったよ」

 

 カズトは寂しそうにそう告げる。もう何年も魔法を使ってきたカズトだが、こんな風に人を喜ばせるために魔法を使ったことはない。いつも、自分の自己満足の為に魔法を使って、勝手に傷付いて、傷付けて、最終的には内なる世界へ逃避して、最近になって戦友に自分の有り方を教えてもらった。そう考えると酷く惨めなのだ。

 すずかはそんなカズトの姿を見てよしよしと頭を撫でた。

 

「ん?」

「綺麗な場所で悲しい顔は似合わないよ。綺麗な場所には感動の笑顔が一番だよ」

「......そうだな」

 

 カズトは悲しい顔をやめて景色を見ながら飛行する。すずかもカズトに身を委ねて景色を、空を飛ぶことを楽しんでみる。

 やがて二人はあの日の砂浜へ到着した。すずかは来ちゃったね、なんて、笑いながら告げ、カズトもそうだなと返す。二人は砂を踏みしめて地上から見える景色を、星空を、お月様を眺める。これもまた、空から見る景色と同じくらい綺麗だと思えた。

 カズトはブラックコーヒーを開け、香りの良い苦い液体を一口、二口と飲む。すずかもいただきますと言い、甘くて温かくなるココアを飲み始めた。

 

「温かいな」

「そうだね」

 

 二人はゆっくりと飲み物を飲み、あの日のことを思い出す。そして、カズトは嘘をついた自分を恥じる。逆にすずかは未練だらけの自分を断ち切ってくれたカズトに感謝する。だが、それを上手く口に出すことが出来ない。ただ、カズトもすずかも、互いに感謝し合っているのだ。嘘吐きの自分を許してくれたすずかに、悩んでいた自分に手を差し伸べてくれたカズトに。

 

「なんというか、今日は楽しかった。あんな風に誰かと買い物に出かけるのは凄く久しぶりだったから」

 

 カズトは照れ臭そうに頬を掻く。そんな姿をすずかは笑みを溢しながら眺める。

 

「わたしも楽しかった。龍崎くんの意外な一面も見れたしね」

「例えばどんな?」

「昔と変わらないところも沢山あるところ」

 

 すずかはまだ踏み台と呼べた頃のカズトのことをよく知っている。だが、今の昔と変わらないというのは、カズトの父、龍崎玄史が生きている頃のカズトのことをさす。その頃のカズトは生きることに希望を持っていて、なのはに、アリサに、すずかにと嫌われてこそいたが、自分の信念だけは絶対に曲げはしなかった。自分の意思をよく理解していた。でも、ここ数年のカズトは信念も意思もすべてがブレ、何をしても裏目に出る。ここ最近になって底なし沼のような状態から抜け出すことが出来た。

 すずかは嫌いだったながら、カズトのことをよく見ていた、彼の本質が完全なる悪ではないことを理解していたからだ。だが、ある日を境にカズトの意思がブレた、まるで自分という存在を保つために、自分がやってきたことを保つために、自分を忘れてもらいたくなかったから、自分に気が付いてほしかったから、そんな彼に心なんてなかった、動く屍、人間のように振る舞う何かだった。

 少しだけ元に戻ったこともあった。だが、その時は昔みたいに嫁とか、好きだとか、そんな軽い言葉は絶対に使わなかった。だが、昔と同じで困っている時は必ず駆けつけてそれを解決して何も言わないで去っていく、自分なりの正義を抱いていた。

 でも、また元に戻った。学校で見かけるカズトの背中には酷く悲しい何かが感じられた。アリサやなのはは最近は全然何もしてこないわね、なんて、喜んでいたけど、すずかはそうとは思わなかった。カズトは絶対に深く傷付いている。でも、彼女に彼を助ける力はなかった。

 カズトはもう一度、自分の意思を取り戻した。そして、何かを守ろうと戦った。そして、多くを守った。だが、彼は何も手に入れることなく消えた。それから数年の歳月が経って再会した。彼のことを変わったという人間も多くいた。それでも、変わらないところは一切変わらない。曲がっていた意思はようやく真っ直ぐ伸びた。ようやく元の形に戻っただけなのだ。

 

「龍崎くん、うんうん......一人くんは凄く変わったよ。でも、変わってはいけないところは何一つ変わってない。すごく良くなった」

「......」

「わたし、心配したんだよ、一人くんが嫁とか、好きだとか言わなくなって、悲しい背中になって......確かに、昔はあまりいい印象を持っていなかったかもしれないけど、わたしは、一人くんのことはちゃんと認めてたんだよ......」

 

 風が吹く、強い風ではないが、心に響くそんな風だ。

 カズトは何も言えなかった。そうか、彼女も自分のことを理解してくれていた一人なのだと、だけど、俺に手を差し伸べる勇気が出なかっただけだと。カズトはとても嬉しくなった。それと同時に自分の物わかりの悪さに苛立ちを覚えた。俺が変わったことで彼女を心配させた、俺が元に戻ったことを彼女は喜んでくれた。

 一滴の涙が頬を伝って流れる。

 

「......月村」

「すずか、友達なんだから下の名前で呼んでよ」

「......すずか、心配してくれてありがとう。俺はもう、変わらないからさ、心配しなくていいぜ」

 

 二人は握手をした。

 温かい手すずかの手と冷たいカズトの手が重なる。

 数十秒握手を続け、ゆっくりと手を放す。双方共に照れくさそうに頬をかいて、でも、確かに友情を感じたのだ。

 

「帰ろう、思ったより今日の買い物は長引いたからな」

「また一緒に買い物に行こうね」

「ああ、お姫様のお誘いには絶対服従するよ」




 一応は綺麗にまとめたぞ!!
 正直、もう名前を忘れている人がいると思うが、次回はアイリスの話を書こうと思います。


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アイリス 上

 みんな大好き鬱展開! 多分、鬱を書かせたらハーメルン上位に浮上すると思う作者がお送りします!!


 アイリスは液体の中で目を覚ました。ユニゾンデバイスとして作られた彼女は虐殺王デイヴィット・マーカスの恋人であったミリア・ヘイレーンのリンカーコアを使用して作られたデバイス。虐殺王が実際に使用していたデバイス。

 アイリスはペンダントの状態から人間の形、小人程度の大きさに変わり、自分が入れられている容器を何度も殴りつけて音を立てる。すると一人の女科学者が駆けつけてきた。急いで容器の中の液体を抜き、扉を開ける。胸に付けられている名札には、ベルカ語で近藤由紀子と書かれていた。

 

「ゲホッゲホッ......最悪の目覚めだわ......」

 

 アイリスは近藤博士を睨み付ける。が、近藤博士は酷く興奮した顔でぶつぶつと何かを呟いている。何を言っているのか理解出来ないアイリスは何を言っているのだろう、こいつは頭が可笑しいのではないだろうかと首を傾げる。

 

「失礼、興奮して日本語で話してしまったわ。どうもこんにちは義王のデバイス、アイリス、旧ミリア・ヘイレーンさん」

 

 ベルカ語で挨拶する近藤博士に少しだけ不信感を感じる。昔からあのクソ男に付き合って色々な人間と関わってきたが、こういう女が一番信用できない。それに加えて偏見かもしれないが、女のマットサイエンティストは基本的に信用できないのだ。

 

「貴方はわたし達、excavator(発掘者)に発掘され、過去の状態に復元させてもらいました」

「発掘者......死者を冒涜して何が楽しいのかしら? 呪いが使えたらわたしを起こした人間を全員呪い殺しているところよ」

 

 アイリスは敵意をむき出しにするが、それを笑って流すのが近藤由紀子という女だ。近藤博士は急いで携帯電話を取り出してどこかに連絡を付ける。ベルカ語しか理解出来ないアイリスには話の内容は理解出来ないが、彼女の表情を見る限り悪巧みか自分を利用しようとしているのだろうということが容易に察することが出来る。

 ようやく通話をやめた。その瞬間に白衣を着た男性が部屋の中に入ってくる。腕の中には一人の赤子が抱かれている。アイリスはその赤子に酷く親近感を抱いた。そして、

 

「ソリチュード......」

 

 と、誰にも聞こえないようにそう呟いた。

 

「早速で悪いけど、その子にアイリスを預けるわ。ある程度のデータを入手したら私の個体にアイリスを返してもらう、それがその失敗作を引き取らせる条件よ」

「わかった......貴方がアイリスさんですね、すみません、永い眠りから起こしてしまって」

 

 男は非常に申し訳なさそうにそう頭を下げた。抱かれた赤子はアイリスのことを無表情で眺める。そして、笑った。アイリスは懐かしさを感じた。

 

 ◆◇◆◇

 

 アイリスは白衣の男、龍崎玄史に連れられて管理外世界の地球という場所、海鳴という町に連れて来られた。もちろん、あの赤子も一緒だ。

 

「名前、なんて言うの?」

 

 アイリスは自分と同じくらいの大きさの赤子のことを今にも泣きだしてしまいそうな顔で眺める。すると玄史が温かい声色で、

 

「一人、龍崎一人」

「カズト......良い名前ね」

 

 アイリスはカズトの頬を優しく撫でる。するとカズトはにこやかに笑ってとても嬉しそうに振る舞う。アイリスの頭の中に走馬灯が走る、走馬灯の中身は恋人のデイヴィットではなく、弟のソリチュードだった。

 

「本当、ソリチュードにそっくり......」

「貴方はソリチュードと何かあったのですか?」

 

 玄史が率直な質問を投げかける。するとアイリスはデイヴィットを崇拝しているのならショックを受けるわよと警告する。すると玄史は、デイヴィット・マーカスのことを虐殺王と呼んでいる私には、逆に真の情報が得られて嬉しいですよと皮肉を交えて返す。そう、確かにあの男は虐殺王と呼ばれて可笑しくないくらい人を殺しているわね、なんて言って真実を話しはじめる。

 自分は今の捻じ曲がった歴史とは違い、本当はソリチュードの婚約者だったという。が、美しかった自分は兄のデイヴィットに犯され、汚れてしまった自分ではソリチュードに顔向けできないと彼の元を去ろうとした。もちろん、ソリチュードは汚れてしまっても自分のことを愛している。汚れているというのなら、兄を殺す、そして、その汚れを浄化すると言い復縁を願った。でも、自分はソリチュードに顔向けできなかった。すべてを捧げるはずだった最愛の人ではなく、ただ自分の顔、体に欲情したに過ぎない男に穢され、それでも許してくれるというソリチュードの優しさが自分の心を痛めた。そして、彼の元から姿を消した。

 アイリス、旧ミリアは断崖から身投げを決意した。汚れた自分に意味はない。自分に愛される権利はない。身を投げた、が、自分の人生を壊したデイヴィットから邪魔された。そして、彼の家に軟禁されてソリチュードなんかより俺の方が強いし信頼性がある。出世だって俺の方が早いだろう。それに、俺には君のはじめてを奪った罪がある、俺が君の人生を貰い受けようとソリチュードをバカにし、自分の女になれと囁いた。

 そんな生活が一年も続いた。自分はもう耐えられなくなりデイヴィットの要望を受けた。

 毎日が地獄のようだった。自分を犯した男と毎日生活し夜になればあの日のように穢される。何度も自死の道を辿ろうとした、でも、不思議とデイヴィットは死のうとした瞬間に止めに入って、何年も死ぬことが出来なかった。

 ある日、ソリチュードが家を訪れた。そして、

 

『ミリア、君が僕のことをまだ愛しているのなら......僕と一緒に来てくれ......』

 

 穢された自分をソリチュードは救おうとした。自分は藁に縋る気持ちで彼に付いていき新しい人生をはじめようとした。だけど、嫉妬深いデイヴィットがそれを許す筈がない。ソリチュードはデイヴィットの不意打ちで倒れた。そして、彼の前であの日のように激しく犯された。泣くしかなかった。最愛の人に犯される姿を見られるなんて、死んでしまいたかった。でも、天は死なせなかった。

 あの日以来、自分は人形になった。デイヴィットの人形になった。彼が望むなら股を開くし、彼が望むなら人混みの中でさえ股を開いた。もう、心なんてなかった。ただ、犯されている時には必ずソリチュードの悔しそうな顔が浮かんだ。

 あの日から半年が過ぎた、異世界から侵略者が来たらしい。だけど、自分にはそんなのどうでもよかった。何時もと変わらないように犯されて、ソリチュードの顔を思い出すだけ、もう、この世界が危機になろうが、壊れようがどうでもよかった。一秒でも早く死ねるらな......

 住んでいた家に侵略者の兵士が入って来た。自分は笑いながら、早く殺してちょうだい。と嘲笑うように兵士に囁いた。すると兵士達はニヤリと気色の悪い顔になり、あの男と同じように自分を犯しはじめた。だが、確実に殺されるという安心感を覚えた自分は今までやってきた行為のどれよりも気持ち良かった。

 

「この世界には喜劇より悲劇が溢れているというが......」

「歴史は酷く捏造されるのが常識よ。そうじゃなければあの屑が義王なんて面白おかしい名前で呼ばれているはずがないでしょうが。虐殺王の方がよっぽどしっくりくるわ」

 

 アイリスはもう一度話しはじめた。

 自分が死んだあと、体からリンカーコアが抜かれてデバイス職人に魂と共にユニゾンデバイスとして仕立て上げられた。目を覚ました時にはこの世界で最も会いたくない男の顔があった。そして、デイヴィッドが英雄として生きていく姿を見続けたらしい。本当に悲劇としか言いようがない人生だ。

 

「......でも、この子を見ていると幸せだった頃の自分を思い出すわ」

「そんなに似ているのか?」

「ええ、ソリチュードの生き写しよ、この憎たらしいくらい鋭い奥二重の目......」

 

 すやすやと眠るカズトの頬を撫でて涙を流す。

 

「この子はソリチュードのような悲劇を辿らせないわ......」

 

 ◇◆◇◆

 

「カズト、この世界に良い所取りなんて面白おかしいものはないの、純粋な物が何よりも力を発揮する。だから、ミットチルダ式とベルカ式を無理に混ぜたらダメ、重要なのは状況に応じてその二つを使い分ける柔軟な発想だけよ」

「わかった!」

 

 六歳まで成長した龍崎一人はアイリスの訓練によってみるみるうちに実力を伸ばしていった。その成長性は目を見張るものがあり、彼女は水を吸う地面のようだと表現した。

 汗をダラダラと流すカズトは大の字で寝転がり、深呼吸を繰り返す。持久力はまだまだ子供、だが、カズトの将来性が恐ろしくなる。もしかしたら、虐殺王すら勝る程の実力を付けるかも知れない......この子の傍にいられるうちは正しい道に導かないといけないと心に誓う。

 

「アイリス、俺は強くなれてるのかな?」

「何を言ってるの? まだまだ三流以下、戦場に出たら真っ先に殺されるわ」

「......そうか」

 

 カズトはしょんぼりしながら帰路に付く。アイリスはそんなカズトの姿に溜息が出た。この子と一緒に居れるのはあと四年と少し。その間に殺されない程度の実力を付けてもらわないといけない。

 

『君のデータを取るのは十年間だ』

『十年ね......十年が過ぎたらどうなるの?』

『君をポットの中から出した研究者、近藤由紀子博士が引き取った実験体に渡される』

『そう......その個体はどんな奴なの?』

『史実の虐殺王に酷く似ている。才能も一人よりも上だろう』

『......幸せは長く続かないのが常ね。でも、カズトを一端の魔導師に育てて去るわ。で、その個体の名前は何というの?』

『――近藤光(こんどうひかる)というらしい』

 

「アイリス、俺、絶対に強くなる。そして、すべてを手に入れてやる」

「......すべてを手に入れる?」

 

 アイリスは呆れたような声でそうたずねる。するとカズトは胸を張って、

 

「俺は欲しいものが沢山ある。夢がある。やりたいことも星の数くらいある。だから――俺を強くしてくれ、そしたら、欲しいものが手に入れられる。夢も叶えられる。やりたいことも好きなだけやれる」

「世の中そう甘くないわ。でも、自分を守れる程度の実力を付けてあげる。感謝しなさい」

 

 アイリスは心の中でくすくすと笑う。本当に――ソリチュードにそっくり......と彼女は思った。




 ハッピー成分は作者と読者には猛毒だ! 鬱成分を注入してやる!! 上中下でみんなをやるせない気分にさせてやるぜ!! ヒャッハー!!!


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アイリス 中

 前回の「アイリス 上」を見て不快な気持ちにさせてしまい、申し訳ございません。


「時が流れるのは早いものね......」

 

 アイリスは玄史の墓の前でそう小さく言った。時刻は草木も眠る丑三つ時、普通の人間なら怯えて来れないような墓場に一人で来ていた。彼女は溜息を一つ吐き出し、冷たい墓石に小さな手の平で触れた。冷たい。手が冷たいだけではない、心まで冷たくなる。もう一度溜息を吐いた。

 アイリスはわかっていた、龍崎玄史の死がカズトの今後にどう影響するのか、彼は普通の人間より臆病で不器用にしか物事を伝えられない節がある。だから、彼は果実のように触れたらすぐに悪くなるように繊細だ。だが、そんな不器用な彼にも父親という拠り所があった。だが、父親の死は少年の拠り所を奪い去り、破滅への道を背中に剣を突き付けられながら歩まされている。

 現状、父親という拠り所をアイリスが代行している。普段なら強く当たる彼女も、玄史が死んで以降は出来る限りカズトを励まし、今までのように振る舞えるように繕って来た。だが、あと数年だ、この龍崎一人という心の弱い少年と生活できるのは......

 強い力を持つ彼女ならあのマットサイエンティスト女から逃げることが可能だ、でも、カズトはどうだ? 確かにカズトはある程度の実力と自信を付けている。だが、訓練された何十人もの魔導師と戦って勝利できるほどの実力はまだついていない。もし、自分が逃げて、カズトが死んでしまったら本末転倒、最も達成しなければならない目的、カズトを殺さない、せめて人間らしい一生を送ってもらいたい、そんなことさえ叶わなくなる。

 

「どうすればいいのよ......」

 

 カズトに死んで欲しくない、でも、自分が消えればカズトは壊れてしまう。死ぬか、壊れるか、天秤にかけても同じ重さ、どちらを取ろうとも龍崎一人の道は暗いものばかり、懐中電灯程の光すら射していない。そして、彼女、アイリスの道にも光など照っていない。あるのは、底なし沼のような闇、大切な何かを奪い去ろうとする悪意。耐えられなかった。愛した人によく似た少年、息子のように愛しい少年、すぐに壊れてしまう少年――

 

「――助けて......お願い......私じゃ無理なの、助けられないの......どんなに愛しくても、一人前にしたくても、私にはもう無理なの......助けてよ、誰でもいい、デイヴィットでもいい、あの子を助けて、お願い......命を捧げてもいい、四脚を捥がれても構わない、人間だった頃のように悲惨な末路を辿ってもいい......助けてあげて、お願いよ、カズトを――助けられる人」

 

 誰かに願うしかない、他力本願と笑いたければ笑え! だが、彼女には縋る物が無い、縄も、糸も、藁も、これはカズトも同じ、彼女と彼は同じ心境にいる、心境にいるからこそ、互いに互いを守り合おうとする何かが発生しるのだ。だが、あと数年、彼女が少年の隣で笑っていれるのは人生という短い流れの中のほんの一瞬、だが、少年の心を培うには、最も重要な時期、隣にいなければならないと誰よりも理解している。隣で励ましてあげなければならないと死ぬほどわかっている。母親のように愛を注ぎ、経験を伝えなければならないと知っている! だが......彼女に、彼女にはそれがもう出来ないのだ......

 

「助けてよ......何で誰も助けてくれないのよ......悲劇のヒロインなんてなりたくない! 神様がいるなら――ハッピーエンドにしなさいよ......」

 

 月の光が彼女の瞳から流れる涙を輝かせる。こんな悲しい涙を見たことがない、この涙には深い悲しみが染み出ているのだろうかと錯覚させるようなそんな冷たい涙、こんな満月の夜には、その冷たさがより一層増す。もし、神様という存在がいるとするならば、とても冷徹で、自分の気に入った人間にしか幸福を与えないような偏屈な存在なのだろう.....

 

 ◇◆◇◆

 

 カズトは泣いていた、悔しそうな顔ではなく、悲しそうな顔ではなく、無気力な顔で泣いていた。まるで人形が涙を流すように、瞬きもせず、呼吸も疎かにして彼は涙を流していた。アイリスはこのことを恐れていたのだ。この少年が人一倍繊細で、多少のダメージでも致命傷になりかねないということを理解している。だからこそ、自分が恋心抱いた相手が敵だと思っていた人間に心を開いたことに怒りより虚しさを感じたのだろう。

 

「なに泣いてるのよ......男の子でしょ......」

 

 アイリスは強い言葉とは裏腹にカズトの癖のある髪の毛を撫でる。少年はようやく無気力ではなく、心底悔しそうな顔で涙を流した。彼女は無表情よりはましだと胸を撫で下ろし、母親のように少年をあやし続ける。

 

「......夢を見たんだ」

 

 カズトはアイリスに慰められながら、自分が見た夢の話を語りはじめる。

 夢の中では、自分は自分でなくなっていて、自分とよく似た人間になってた。体中を鎖で縛られて中世の貴族のような格好をした男達に――

 

『何がミットチルダに復興の支援を要求し、彼らがとっている民主主義の世界にしようだと? 笑わせるな!! 王国主義がこの世界で最も優良な統治の仕組み、貴様のような思想の持主がいるからこそ、この世界が乱れるのだ。確かに――は我が国の国民を無差別に殺害した、が、おまえのような思想家の方が多くの人間を殺す。貴様の兄は国民を殺したが、国民を守る意思を持っている。ミットチルダの民主主義かぶれの貴様に国民を守る意思などない、逆に国民を殺す可能性がある。だから――兄の代わりに死ね』

 

 そして、殺された。

 その次は大人になった自分が知らない場所で最初に殺された人間のように拘束され、人々に石を投げられながら処刑場まで移動される。でも、自分は誰も殺していないし、何も悪いことをしていない、悪いことをしたのは自分とは違う他の誰か、その罪を冤罪を自分は被せられた。だが、途中で父さんの声が聞こえて――

 

『カズト、おまえが何故死ぬ必要がある? おまえが他人の罪を被る必要などない。おまえは自分の正義を貫き通し、他人を救って来た。そして最後は――達の幸せの為に冤罪で死ぬ、それは愚かだ。カズト、人間は他人の為に生きなければならない生き物だ。だが――自分の為に生きなければならない生き物でもあるんだ。カズト! 私の最愛の息子......生きてくれ!』

 

 拘束具を引き千切り、護衛の魔導師からデバイスを奪い取り、出来る限り遠くへ逃げた。逃げて、逃げて、逃げて、自分以外の誰かが犯した罪を指摘してくれる誰かが現れるまで逃げ続けた。そして――近藤が自分を殺しに来た。そこで夢は終わったらしい。

 アイリスはゾッとした、最初の夢はソリチュードが殺された夢、その次は――カズトが経験するであろう未来の夢......

 ソリチュードは思想家だった。時代遅れの王国主義を貫く世界にミットチルダのような民衆が主権を握り、権力が集中しにくい民主主義が王国主義よりも優れた統治の仕組みだと考えていた。だが、時の政治家達は自分達が甘い蜜を舐める為に古い王国主義をやめることをしなかった。ソリチュードはそれが我慢ならなかった、貴族や王族の汚職で死んでしまった人間がいる、貴族や王族の汚職で痩せこけた子供達がいる、貴族や王族の汚職で壊れた文化がある。ソリチュードは国と戦うために兵を用意していた、民主主義を夢見る、国を思う愛国者達が彼の意思に賛同し、彼の隣で夢を見たのだ。ソリチュード達は異世界からの侵略者を撃退した後に城に一揆を仕掛けようと提案した。弱り切った王国を潰すには、この機会が好機だと踏んだからである。――だが、奴が暴走した。自分の兄が......

 デイヴィットが無差別に人間を殺すようになったという情報は直ぐに耳に入って来た、ソリチュードはいくら頭の可笑しい兄でも、同胞を殺す程のことはしない、その情報に耳を疑った。が、現実は残酷であり、それはまごうことなき真実、ソリチュードは兄を止めるために兵と共にデイヴィットがいる地方に馬を走らせた。

 多くの夢を見た兵士が死んだ、

 多くの夢を見た兵士が傷付いた、

 多くの夢を見た人間達が死んでしまった......

 ソリチュードは兄を拘束し、たった一人で王城へと運び込んだ。彼は兄が殺した人々の骸を見た、歳いかない子供、子供を身ごもった妊婦、抵抗などできない老人、そのすべてが殺されていた。彼はこの死んだ人々の魂を慰めるには、デイヴィットを正当な形で裁き、死刑にしなければならないと思った。だが、政治家はソリチュードが思想家であるということを知っており、弱ったソリチュードを拘束し、兄の代わりに殺した。

 そして、龍崎一人も――ソリチュードのように殺される、または殺されそうになる。

 アイリスの心の中に恐怖が巡った。




 ようやくスランプから抜けられそうな気がする。


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アイリス 下

 この作品のタグを見てください。つまりこの作品は地雷です。読み手を選び、グダグダの展開で酷く苛立ちを覚えさせます。だから、この作品、この物語の辿る道を知りたいという人はある程度の覚悟を持っていると信じています。至らぬ点が大量にある作品ですが、被害者を少しでも少なくするためにタグは大量に付けさせていただきました。つまり、この作品は地雷です。読まない方が精神衛生上良いと思います。それに、更新が非常に遅いですし、読みたいと思う人はイリイリとするでしょう。だから、つまり......

「僕の中二病小説を楽しみにしている、我慢が出来る人、楽しんでいってください!」
「僕の中二病小説を楽しみにしている、ツンデレさんも楽しんでください!」
「でも、新規の方々は少し敷居が高いですよ!」

 それだけです。

 あと、今回は時間が空いたので物凄く文章が汚いです。次回の『シグナム』までにはどうにかしておきますのでご了承してください。


 最初から彼女は理解していた、この戦い、龍崎一人少年に勝利の光は射していないと......

 模擬戦をしている二人の少年、一人は悲しそうな瞳をした少年。一人は戦士のように鋭い瞳をした少年。前者がカズトで、後者が自分の本当のマスターになる少年。もし、この戦いにカズトが勝利したとしても、彼女は後者の少年の元に旅立たなければならない。だから、カズトの敗北、勝利したとしても敗北、すべてにおいて大敗しているのである。

 アイリスはただただ、無言で教え子の戦いを眺め続ける。自分が数年間の歳月を経て作り上げた芸術作品、無駄のない戦闘、まだ体に違和感が残っている筈なのにここまでの戦闘が出来るのは彼の才能か、それとも彼女の教えか、だが、これだけは言える――大敗が決まっている戦いでもカズトは善戦している。

 彼女の頬に一滴の涙が流れた。

 

「......最初の頃は軟弱者で、弱虫で、繊細で、才能の欠片もないあの子が――頑張ってるじゃない」

 

 頭の中に走馬灯が走る。

 まだ幼いカズトが自分をはじめて使った瞬間、

 はじめて魔力の扱い方を覚えた瞬間、

 はじめて魔力弾を撃った瞬間、

 自分の教えに従い実力を伸ばした日々、

 そして今日まで......

 

「カズト「ひかるくん!」頑張って!」

 

 ぬるりとアイリスの心に何か嫌なものが巡った。フェイトと高町なのはという少女の声が重なった、とても大きな声だ、戦っている二人にも伝わる程の声だ。汗流れる。戦っているカズト見たくない、見た瞬間にこの戦いの勝敗がわかるからだ、いや、最初から勝敗は決まっている。が、それでも、最初から最後まで負けているカズトに、この戦いくらいは勝利して欲しい、母親のような気持ちがある。目を瞑った、目を開いた瞬間に決まっている。怖かった、でも、目を開けなければ――

 カズトは泣いていた、流せるものはすべて流して泣いていた。まるでただ何かを悲しむ子供のように......

 

 ◆◇◆◇

 

 アイリスは心の折れたカズトの顔をとても悲しそうに見つめる。だが、カズトは笑うだけ、不適な笑みを垂れ流すだけ、こんな姿、一秒たりとも見たくない。それはこの少年の成長を見守った母のような気持ちが存在するからだ。

 

「ほんと、情けないわね......」

 

 アイリスは久しぶりにカズトに皮肉を投げつけた。だが、少年は笑みを浮かべるだけ、笑い続けるだけ、面白いわけじゃない、その逆、悲しいから笑っているのだ。心が折れているから笑えるのだ。彼女は泣きたくなった。

 そんな姿を見ている内に彼女の中に苛立ちのような感情が現われはじめる。それは自分というじゃじゃ馬を五分間しか使用することが出来ないという傷を負ったカズトでも、その五分間で近藤少年を倒すことは出来た筈、あの模擬戦、すべての条件を平等にし、それでも技量で勝っていた。それなら、彼の使用するデバイス、そして、自分を使用しても勝敗は見えていた、逆にこんな結末になる前にすべてが終わっていたかもしれない。そう考えると酷く怒りを覚える。

 

「なんで、私を使わなかったの? あの程度なら、五分でも倒せたでしょ......」

 

 少年は笑うことをやめた。そして、悟ったような表情になる。

 

「アイリス、俺はおまえのことが大好きだ。だから、おまえを悲しませたくなかった」

「なんで私が悲しむのよ?」

「なあ、わかってるだろ、知ってるだろ、俺じゃあもう、おまえを使いこなせない」

 

 ハッキリとした言葉だ、そして、アイリス、彼女もそのことは重々理解している。今の彼には、自分という傑作を使いこなす力はもう存在しない。存在したとしても、従来の何十分の一、彼は怖かったのだ、自分の師匠に、相棒に、アイリスに、弱った自分を悟られることを、知られることを...... 

 アイリスは喋ることをやめた。自分のマスターはどうしようもないくらい軟弱者で、女々しくて、自堕落で、諦めの悪い人間だったはず。それなのに、今の一人は共に戦った、共に語り合ったどの時よりも潔かった。それが彼女を傷付ける。まるで、自分が彼をこうしたかのような錯覚におちいる。それが我慢できなかった。叫びたかった。でも、アイリスは声をあげることが出来ない。何故なら、一人は心の中で泣いているのだから、泣き叫んでいるのだから。自分より――苦しんでいるのだから。

 

「......龍崎、体調はどうだ?」

 

 まるで悪いことをした子供のように病室の中に入ってくる近藤少年。カズトはその姿を見て、細く、「よお、負けちまったよ......」と告げた。近藤少年は困惑した、まるで彼が自分の知っている龍崎ではなく、もっと他の人間ではないのだろうかと錯覚したためである。だが、この場にいるのは、龍崎一人とデバイスのアイリスで間違えない。それがまた、近藤少年を困惑させるのだ。

 

「......アイリス、俺は全部知ったんだ、知ってたんだ」

「――!?」

 

 カズトの目を見た瞬間にアイリスは悟る、そして、『知った』の一言で確信に変わる。

 

「父さんの書斎を掃除してたとき、本棚にあった日記の中に色々と書いてた......」

「......」

「なあ、近藤、一つ頼まれごとをしてくれないか?」

 

 そうか、最初からカズトは知っていたのか、と、アイリスは考えた。自分との来る別れと自分の本来のマスターになるべき少年の存在を、と......

 

 ◆◇◆◇

 

 龍崎一人少年とは違い、近藤光という少年の存在は酷く綺麗で無垢な存在だと彼女は思った。幼い頃の龍崎一人という少年は野心にギラギラと心をたぎらせ、自分の望む未来を掴み取ろうとする人間だった。だが、この近藤光という少年はまるで川の流れに逆らわず、流れに沿って生きて行くうちにカズトが欲していたものをすべて手に入れている。簡単に説明すると何か不可思議な『流れ』のようなものが発生しているようにも思えた。

 

「何か困ったことがあったらすぐに言ってくれ」

「わかりました、マスター」

 

 カズトには絶対に言わなかった敬語、それを嫌味のように近藤少年に使う。カズトの隣にいた彼女を少なからず知っている近藤少年は少しだけ不信感を感じ、自分も彼と同じように気さくに話しかけてくれていいと言ってみるが、逆にそれが彼女の逆鱗に触れる。

 

「わたしが心を許す人間は龍崎一人だけです、貴方はただのマスター、わかります? わたしは貴方様に雇われているのです、平社員が社長に敬語を使わないなんてありえないでうしょう、それと同じですよ」

「......俺は龍崎と約束したんだ、だから!」

「黙れ......」

 

 彼女の中の何かが燃えた。

 

「約束、違うわ、彼は約束なんてしていない。借りた物を返しただけよ」

「どういう意味......?」

「それは――」

「今帰ったわ、光、元気にしてた?」

 

 近藤由紀子、すべての元凶が現われた。そして、あの日のように不適な笑みを浮かべ、アイリスを見つめる。そして、「あら、回収する前にやってきてくれたのね」と誰にも聞こえない声でそう告げた。彼女は近藤少年に部屋に戻りなさいと告げ、少年が部屋を出て行った瞬間に人払いの結界を張り、二人以外は侵入できない空間を作り出す。

 

「あの少年のおかげで色々とデータが取れたわ、出来損ないにしてはそこそこ育ったわね」

 

 アイリスは歯を食いしばる。が、彼女は笑みを崩さない。

 

「出来損ない? 貴方が育てている息子さんの方が出来損ないじゃないの」

「あの子は独学であれだけよ、良い師匠に巡り合ったら、あんな出来損ないを優に超えるわ」

「......」

「そんな顔しないで、わたしは冗談とお世辞が言えないタイプなの。出来損ないは出来損ないとしか思えない、言えない。その逆に良い物はとことん良い物だと評価するのよ」

 

 近藤博士は椅子に深く腰掛け、胸ポケットに入れられている煙草に火を灯し、一服だけしてそのまま灰皿に捨てるように置く。

 

「煙草はね、最初の一口だけが最高に美味しいのよ、それ以外はただの煙。世の中は要らないものはゴミだと思った方が楽なのよ」

「どういう意味?」

「貴方のお弟子さんにもう二度と会わないでちょうだい」

 

 アイリスが予想していた展開、だが、少しだけ動揺してしまう。

 

「何故?」

「まあ、死んだ龍崎博士への嫌がらせよ。わたしはあの人が殺したいくらい......いいえ、殺したくらい大嫌いだったから」

「......やはり、貴方が」

「ええ、彼が癌を治すナノマシン治療を行っていたがら殺すのは容易かったわ。病院の連中を買収するのも容易だったし」

 

 アイリスは博士に殴りかかろうとする、が、彼女の小さな拳では痛みすら感じない。ただ、笑顔を崩さないだけだ。

 

「わたしは、嫌いな人間は死んでも嫌いなの。そして、その人間を愛している人間も同じく大嫌いなのよ......」

 

 ◆◇◆◇

 

 近藤博士は研究室で溜息を一つ吐き出した。その理由は龍崎博士が引き取った個体の存在。最初は単なるデータの収集と出来損ないがどれだけ育つかという好奇心でアイリス、伝説の王の一人、義王のデバイスを出来損ないに渡し、どのようになるかを楽しんでいた。だが、結果は彼女の思う結果よりずれていた。

 

「......基礎スペックは光の方が上の筈。どんなに鍛練を積み重ねたとしても、才能の差が生まれるはずなのに」

 

 近藤光のデータと龍崎一人のデータを見比べる。すると頭一つ龍崎一人の方が優秀なのだ。彼女は困惑する、動物というものはそれぞれ個体の能力があり、その能力が高ければ高いほど優秀な人材になり、それが低ければ生きている価値もない人間になる。赤子の状態でその能力の値はある程度判別が出来ていた筈、それなのに、彼の実力はどの個体よりも上、コンピューターの計算でも、この少年が個体の中で一番の実力を持っていると算出される。

 

「これが人間の可能性というものなのかしら、とても興味深いわ......」

 

 彼女は歯を食いしばり、カズトの映像を睨み付ける。だが、映像は映像、それ以上でもそれ以下でもない。

 

「......でも、闇の書事件で魔力量が大幅に減少している。アイリスも取り上げた。殺すのは容易い」

 

 彼女はもう一度溜息を吐き出す。

 

「でも、彼には大きな後ろ盾が付いてしまった。あの組織を味方に付けるなんて、龍崎博士はどんな裏技を使ったのかしら......まあ、彼には息子を殺す力はもう存在しない......」

 

 だが、決着は付けなければいけないわよね、と、彼女は笑った。




 五十点! 愛してる! I♥五十点!!
 もう遠慮なんてしない!! どうせ五十点について怒られても、俺の作品は最初から最後まで五十点なんだ!! もう何にも怖くない......


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シグナム

 最初の頃の自分の文章を読んでいたらモチベーションが物凄く下がった......
 何だよアレ!? 文章が生きているようだよ!! ラノベだったら普通に買ってるレベルの文章が書けてたのに......なんか、最近はダメダメだよ!(号泣)


 携帯電話のアラームの音、ではなく、着信の音が小さな六畳間の部屋に響き渡る。俺は半ば自動的に携帯電話を手に取り、誰からの着信か確認せずそのまま通話をする。

 

「もひもひ、りゅうしゃきかじゅとでしゅ」

「あの、えっと......」

 

 どこかで聞いたことのある声なのだが、思い出せない。もしかすると悪戯電話の可能性がある。そう考えると酷くイラついてきた。

 

「おたく、今何時だと思ってるの? 悪戯電話でももっとマシな時間に掛けてくるぜ? 住所を教えな、毎日朝昼晩にピンポンダッシュしてやる。おたくのお母さんも青筋立てるくらいの物凄いピンポンダッシュをしてやるよ、俺は小さい頃から人の嫌がることをすることが大得意なんだ。そのせいで聖祥大付属小学校っていう小学校をやめちまったんだぞ! ったく、こんな会話、宗教の勧誘の時以来だ」

「......すまない」

 

 何がすまないだ......こちとら毎日九時に就寝、六時半に起床する超健康的な生活をしている身だというのに、こいつのせいで眼が冴えてしまった。時計を見ると夜中の三時、合わせ鏡をしたら地獄と通じてしまう時間だぜ、俺は幽霊が大嫌いなんだ、トイレに行きたいのにいけない時間帯じゃないか、このやろう、絶対に嫌がらせをしてやる。毎日血尿、血便が出るレベルの嫌がらせをしてやる。

 

「はぁ......ご両親を起こしてきな? 君みたいな出来の悪い子のご両親とO・HA・NA・SI☆させてちょうだいな、流石にこの時間のお電話はお兄さんもイライラするんだ。大丈夫、お金とかは取らないよ、そういうの興味ないから。でもね、君のようなチートと嫌がらせが大好きな中学生にはご両親の鉄槌が必要だと思うんだ。だから、寝室で眠っているご両親を起こしてきなさい。わかった?」

「......少し待っていてくれ」

 

 ったく、最近の若い親はなんでこう、子供の教育を疎かにするんだろうか? それとも、学校の道徳教育に色々と難点があるのだろうか? まあ、いい、どうせ待っていてくれと言って、しれっと電話を切るに違いない。その時は着信拒否するまで毎日三十回電話をかけ続けてやる。若い餓鬼が少しでも改心するようにな。

 

「もしもし、お電話かわりました」

「もしもし、貴方の子供さんに午前三時に起こされた者ですが、どういう教育をしているのですか? 別に貴方の教育を否定するわけじゃありませんよ、でもね、子供でもね、夜中の三時は無いと思うんですよ、ね? 確かに、現代社会は携帯電話がリーズナブルな価格で流通しておりますが、低学年の子供さんがよく携帯されておりますが、流石に夜中の三時はないと思うのですよ。ですから、夜の十時以降は携帯電話は没収したらどうでしょうか? それなら子供の夜更かしも減ると思いますし、心身の成長もよくなるでしょう」

「はぁ......で、シグナムをいじめて楽しいのか? 部屋の隅で体育座りしてるぜ?」

「はぁ?」

 

 携帯電話に表示されている名前を確認してみると女王様と書かれていた。つまり、この携帯は『女王様=ヴィータ』の携帯電話であり、電話をしていたのはヴィータではなく、公明な騎士シグナムだということだ。つまり、『シグナムを叱る=ヴィータにシバかれる=痛い』俺は何も言わずに通話を終わらせ、耳を塞いだ。

 携帯の着信音が響き渡る、コールが増えるごとに心の中の痛みが増えていく、これは一種のホラー映画を見ている時のような気分だ。

 ようやくコールの音が消え、安息の時間が訪れる――わけもない。

 

「もしもし、田中です」

 

 声と苗字を変えてどうにかやり過ごそうとするが、

 

「カズト、痛いのと苦しいの、どっちがいい?」

「四番目のそっとしておくという選択肢を所望する」

「ねぇよ」

「さいですか......じゃあ、苦しいので」

 

 ヴィータは色々と用意しといてやるといい、電話をシグナムに変わった。

 

「もしもし......千年経っても恨み続けるぞ」

「す、すまない......ヴィータには何もしないように言っておく」

「いや、多分無理だ。後ろを振り向いてみろ......麻縄のようなものを引き出しから取り出していないか?」

「......すまない、本当にすまない」

 

 この反応だと、ヴィータのドスグロイ笑みを見て止めたとしても逆に被害を助長するだけだと察したな。そうさ、アイツは正真正銘のドS、SMクラブの女王様よりも女王様しているような奴だ。正直、俺もソフトSなわけで嬲られるのはあまりこのみじゃない。

 

「で、結局なんでかけてきたんだ? 中途半端な理由だったら木刀を持って家に押し入るぞ」

「いやだな、高町家の道場を借りることが出来たから、おまえと力比べを......」

 

 プッン

 このクソ騎士が、何が力比べだこの野郎! それだったら明日の早朝でも間に合うだろうが!

 

「......すまない、木刀が無いから鉄パイプでいいか?」

「じゃあ、痛いのも追加な」

「すいません、言い過ぎました」

 

 女王様には弱いのです。はい。

 通話が終わった後、この先に待ち受ける苦しいのと痛いのに怯えながら眠れぬ夜を過ごした。

 

 ◆◇◆◇ 

 

 高町家、戦闘民族が住まう家、そこは魔境グンマ―のエリートソルジャーを人差し指一本で倒せるような猛者が住まう魔窟。だが、今日はその魔物より魔物な猛者は旅行や仕事、お友達のお家にお泊りと少しの間家を空けている。それを見計らって彼女、烈火の騎士シグナムはこの家になぜか存在する道場を借り、俺と武を競いたいと言い出したのだ。

 

「......シグナム、おまえから電話が掛かってきたのはとても驚いたぞ」

「ヴィータに使い方を教えてもらったからな」

 

 照れくさそうに頬を人差し指で掻き、時代の流れを理解しはじめているのだぞと胸を張る。まあ、それはいい、だが、一つだけ問題がある。

 

「ああ、とても驚いたよ。だがな......流石に夜中の三時に電話をかけてくるのはよしてくれ! 俺は夜九時に眠って、朝六時半時に起床するんだ! 三時は一番気持ちよく眠れてる時間なんだぞ!?」

「す、すまない......ヴィータに使い方を教えてもらっていたらそんな時間に......」

 

 彼女は謝罪の意を込めてとても綺麗なお辞儀をした。なんというか、昔気質というか、無知というか、無垢というか......

 俺は溜息を吐き出し、道場の中を見渡す。広い室内、あるのは木刀と光を取り入れる窓、漂うのは木の優しい香りだ。普通に鍛練を積むのならば、これ以上の環境は無いだろう。シグナムがここを指定したことも頷ける。

 

「でも、何で俺に掛けてきたんだよ。鍛練を積むなら他にもいろいろといるだろうが」

「そうかもしれない。だが、私はカズトがどれほど強くなったのかを知りたかったのだ」

「強くなる? 普通逆だろ、俺は魔導士をやめて普通の人間として生きている。つまり、幼い頃よりも弱くなっていると考えるのが普通だろう」

 

 そう、俺は魔導師であることをやめている。魔法を使用することは滅多にない。あったとしてもナイフを作り出したり、空を飛んだり、女王様の攻撃を和らげたりとデバイスを使用しなくても出来る範囲のことだ。この程度なら、ミットチルダの一般人とそうかわらない。少なからず、魔法を使える一般人と称して間違えない。

 

「確かにそうかもしれない。だが、あの日、私達の家に訪れた時に昔と何ら変わりないと思った。逆に成長したと思ったよ、人間としても、魔導師としても」

「体が鈍らない程度の軽いトレーニングは続けてきたが、その程度で強くなるわけがないだろ?」

「カズト、それは違う。成長と強くなるは別なのだ。強くなるのは何かを犠牲にして、力を得る。成長は時が力をつけてくれる。同じような言葉だが、その意味はまったく別の意味を持のだ」

 

 成長は時が解決する強さ、

 強くなるは犠牲によって生まれる強さ、

 どちらも力という道を辿るが、その道筋は違っている。そう考えると俺は『強くなる』の方の道を走り続けていたのかもしれない。だが、その道を自ら捨て、知らぬまに『成長』によって実力を伸ばしていった。そう考えると昔の自分より、今の自分の方が実力があるのかもしれない。それを彼女は見抜いたのだろうか? 自分自身すら気付くことのなかった『成長』による強さを。

 

「......まあ、久しぶりに誰かと手合わせするのも悪くない。おまえ達と共闘してた頃は結構な頻度でやり合ってたからな」

「ああ、現状、私が勝ち越している......」

 

 小太刀型の木刀を一本を右手に握り、一振り、二振りと感覚を確かめる。シグナムの方は普通の木刀を手に取り、同じように一振り、二振りと感覚を確かめている。そして、慣れが生じ始めると同時に殺気のような何かを漂わせる。それは俺も、彼女もだ。

 剣の使い手、または何かしらの強者は敵と戦う時は必ず殺気のようなものを漂わせず、油断させるように戦う。だが、それは格下と戦う時の場合だけだ。自分と同等の実力を持つ者と戦う場合は自分の持てる『気迫』のようなものを漂わせ、判断、一瞬の判断をくるわせる。そうしなければ、一生決着がつくことはない。それが本物の強者同士の戦い。一瞬の判断の乱れが勝敗を左右する。

 ......まだ俺を同等の相手だと思ってくれているのか。

 

「先に一太刀浴びせた方の勝利だ......」

「わかった......」

 

 ゆっくりと間合いを広げていく、彼女も俺も力任せに攻撃するようなパワーファイターではない。敵の出方を窺い、自分のペースに引き込んでいくタクティカルファイターだ。最初からフルスロットルで攻撃を仕掛けてくる筈がない。

 右手に握られた木刀を突き付けるようにして攻撃が入る間合いを確かめるシグナム、俺もすかさず右手の小太刀型の木刀を突き付け間合いを確かめる。

 一歩、二歩と間合いを詰め、木刀と木刀が触れ合う。

 俺はシグナムの鋭い眼光を睨み、彼女も俺の鋭い眼光を睨む。

 隙が一つもない、それは俺にも言えることだが、今攻撃したら確実にカウンターをくらい敗北する。だが、このままアクションを起こさなければ、戦闘から離れていた弱さに付け込まれて敗北する。なら!

 触れ合った木刀を斬りつけ、二回バックステップをする。すると木刀の長さを生かしたシグナムが中段に払うように切りつけてくる。それを木刀で受け止め、弾き、カウンターで腹部に突きを仕掛ける。だが、その程度は想定の範囲内だと言わんばかりに一歩、二歩とバックステップで距離を離す。

 

「流石はシグナム、あの突きを避けるなんてな......」

「あと少し判断が遅れたら避けられなかった......」

 

 互いに冷や汗を流す。

 生唾を飲み込む。

 そして、また間合いを詰める。

 これはもう、心理戦の領域、じゃんけんのようなものだ。俺が攻撃を仕掛けるか、カウンターを仕掛けるか、防御して間合いを離すか。その選択肢を間違えれば鋭い一撃が入ってくる。まあ、それは彼女にも同じことが言えるが......

 木刀と木刀が再度触れ合う。

 今度はシグナムが攻撃に出た、上段から重い一撃を叩き込み、怯んだ瞬間に鋭い突きを叩き込む。俺は最初の一撃を小太刀で受け止め、突きは空いている左手で軌道をずらす。隙が生じた瞬間に右手の小太刀で木刀の握られている腕を斬りつける。が、シグナムは木刀を放し、そのまま両手を後ろに引く。地面に木刀がぶつかり、柄の部分ばふわりと浮き上がる。それを彼女は見逃さず、一瞬で木刀を回収し、振り払うように斬りつける。バックステップで回避し、また間合いを離す。

 ゆっくりと間合いを詰める。

 今度は俺が攻撃に出る。小太刀の利点、早い連撃を駆使して、ガードの甘い部分を重点的に攻撃する。だが、攻撃は一つも当たることもなく、彼女の木刀に弾かれていく。カウンターを警戒してバックステップで間合いを離す。

 流石は戦闘のプロ、あれだけの連撃を顔色一つ変えずに受け流した......

 頭を必死に回して、現状の打開策を模索する。このまま鍔迫り合いをしていたとしても、いずれは技量と経験に負けてしまう。それならいっそのこと力でねじ伏せるのも一種の手段!

 俺は小太刀を両手で握り締め、飛びかかるように斬りつける。その攻撃を防ごうとシグナムは木刀を盾にするが、体重の差、筋力の差、単純な腕力の差で彼女は崩れ落ちる。そして、俺も。

 ――顔が近い。

 ――甘い香りがする。

 ――目の前に顔を赤らめたシグナムがいる。

 俺はいわえる『床ドン』というリア充共がよくやっているアレになっている。

 沈黙の時間が続く、そして、時間が経つにつれて互いに顔が赤くなっていく。

 俺はゆっくりと顔を近づける。シグナムは顔を真っ赤にしながら、瞳を閉じる。

 唇が重なる距離、あと数センチ近付けば、彼女の柔らかい唇と重なる。

 心臓がドクンと跳ねる。

 頬を赤らめて来るべき接吻を待つ彼女に優しく、ゆっくりと......重なった。

 

 ◆◇◆◇

 

 色々なハプニングがあったが、俺とシグナムは何やかんやで戦いを楽しみ、今は汗をタオルで拭っている。

 さて、これからやることは一つだ、そう――シグナムをホテルに誘おう。え、話しが跳躍し過ぎだって? 思春期の少年の発想なんて『ピー』や『ピー』なもんだ、つまり、一秒でも早く息子を洞窟に旅立たせたいんだ。わかるだろ? 男なんて所詮は性欲の塊だ。俺だって、前世は風俗やピンサロに通い詰めていた変態でもある。

 

「それにしても、偉く顔が赤いな? もしかして初めてだったか」

「......悪いのか」

「騎士様の初々しい姿を見られて物凄く嬉しいよ」

「......バカ」

 

 よしよし、この雰囲気なら絶対に釣れる! 龍崎一人としての貫通式を迎えられる!! 俺はシグナムの手を取り――

 

「よう、良い試合は出来てる......」

「......ナイスタイミングだよ、本当......死にたい奴から前に出ろ」

「「「えっ!?」」」

 

 俺は大量のナイフを作り出し、道場の中に入ってきた三人の少女に向けて構える。舐めやがって、せっかく物凄く雰囲気がよかったのに......強引にホテルに連れていけると思ったのに......

 

「おまえらさぁ......タイミングバッチリ過ぎて笑えてくるぜ......」

 

 多分、今の俺はいわえるレイプ目、絶望した人間のような瞳をしているだろう。そらそうだ、童貞を捨てる絶好の機会をこの小娘共に奪われたのだ!! 殺してやる!? 男の性欲は命より重いのだ!!

 ......女王様にボロボロにされました。

 チャンチャン!




 ごめんなさい、初期の文章に戻るように出来る限り努力させていただきます。あと、最近投稿が遅れているのはオンライン戦車道を嗜んでいて、その影響で『ガルパン』の小説を書こうとしていたからです。ごめんなさい。
 オンライン戦車道では基本的にSUー100とチヌ改を使用しています。課金して迷彩も施しているので、見かけたらFFしてください。


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分岐点1

 目が覚める。すると見知らぬ場所に俺は立ち尽くしていた。

 頭が上手く回らないし、何か頭の中に引っ掛かってモヤモヤする。

 

「......ここはどこだ?」

 

 見覚えのある公園、でも、俺はこんな公園に一度だって来たことはない。それなのに、俺はこの公園のことを知っているし、何度か訪れたことがあるような気がする。だが、思い出せない......

 

「――俺は誰だ......」

 

 ――自分の存在すら忘れいた。

 名前――わからない。

 年齢――わからない。

 両親――わからない。

 兄妹――わからない。

 友人――わからない。

 手掛かりが一つもない。

 

「そうだ、携帯と財布......」

 

 ポケットの中をあさり、携帯と財布を確認する。

 携帯は充電が切れている。財布には現金が十万円とポイントカードが数枚、名前のは......書かれていない。

 

「にしても、俺は金持ちなのだろうか? 財布の中に十万円も入れて......」

 

 ぎゅるりと腹の虫が悲鳴を上げる。金はあるのだ、適当に食事を済ませて落ち着いて考えてみよう。

 

 ◆◇◆◇

 

 食事を済ませた俺は、ひとまず状況を整理するために人通りの多い街を探索するように歩いてみた。もし、俺に知り合いが居たらならば、ひと声かけてくれるはず。ひと声さえかけてもらえば、自分の名前や生い立ちがある程度把握できるのは確かだ。それに住んでいる家の場所も知れるかもしれない。十万円というお金を持ってはいるが、ホテルなどに泊まる、泊まり続けるには心もとない。自宅があるのならば、そこで寝泊まりがしたいのが心情だ。

 ゾクリ、嫌な感覚が辺り一帯を包み込む。そして、色が灰色に染まり――濃い『気配』のようなものを感じ始める。体が咄嗟に反応し、右手にオレンジ色の鉱石のようなナイフが握られていた。

 

「何だこれ......ナイフ――!?」

 

 これまた体が咄嗟に動き、重い一撃を受け止めた。

 体中に何かが駆け巡る、そして、酷く冷静に状況を把握するのだ。そして、多分、人を殺せるような鋭い目で攻撃を仕掛けてきた奴にこう告げる。

 

「死にたくなければ黙って消えろ......今回限り許してやる」

「......」

 

 赤いお下げを揺らす少女、両手で握られた金槌はまるで魔法少女物のアニメの魔法の杖のようだ。まあ、魔法を放つというよりは、物理攻撃の方が得意なような気がする。

 少女は攻撃の手を緩めることなく、一撃、二撃と重たい攻撃を重ねてくる。仕方なく攻撃を弾き、鋭い蹴りを腹部に入れる。流石にナイフで切り付けたら殺してしまう。だから、ナイフはあくまでも盾、攻撃を受け流す盾に過ぎない。

 

「うっ......」

「喋れるんだな? じゃあ、吐いてもらおうか」

 

 金槌を握る右手に手刀をお見舞いし、弾き落とす。

 

「おまえは何者だ? そして、その金槌はなんなんだ......」

「......」

「......喋る気はないのか?」

「......喋ることなどない!」

「――やめろ!!」

 

 少女は舌を噛み千切り粒子となって消えてしまった。

 ......何なんだよ、こりゃ?




 ハッピーエンドにするための分岐です。この分岐エピソードを通らなければ、まあ、色々とやばい状態になります。


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分岐点2

 クオリティー低いよ。


 あの後、時はすぐに流れ出して何事もなかったように人々は歩みはじめる。俺は状況を判断することが出来ずにその場に立ち尽くすだけであった。だが、一つだけわかったことがある――俺は何者かに狙われている。そして、ある程度の力が自分には備わっている。

 

「......移動しよう」

 

 混乱する身体を出来る限り落ち着かせる為に震える手足をぎこちなく動かして意識が覚醒したあの公園を目指した。今のところ、落ち着いて腰を降ろせる場所がそこしかなかったからだ。

 考えてみよう、まず最初に自分の能力についてだ。あの少女との戦闘で使用したナイフ、多分、あれは何かしらのアクションを出せば作り出すことが出来るのだろう。だが、咄嗟の状態だったから作り出し方を記憶していない。それに付け加えて戦闘をしていた時は自分が自分でないような感覚に陥った。もしかすると本物の自分が勝手に戦ってくれたのかもしれない。そう考えるとあの少女のような存在に遭遇した場合はオート戦闘をしてくれるのかもしれない。まあ、これは結局は仮説だ。信用し過ぎるのは絶対にダメだ。早くナイフの作り出し方を思い出さなければならない。

 次にあの少女のことだ。まず最初に魔法少女のような武器を使用する。見た目とは裏腹に破壊力は高く、あのナイフも何本も折られた。一歩間違えば殺されていた。つまり、強敵だということは間違えない。それに付け加えて粒子のように消えてしまった。これは仮説だが、あの少女は人間ではない『何か』というものだ。じゃあ、その『何か』とはどんなものなのかを考えてみる。そして、新たな仮説が浮かび上がる。アレは存在する人間をあのナイフのような何かでコピーした存在。現にナイフも少女のように粒子となって消えてしまった。

 考えれば考えるほど現実味を帯びていないと思う。が、不思議と心の底からそれを否定することは出来ない。まるで、自分がその現実味を帯びていない何かを何十年も使いこなしていたような......

 

「着いたか......」

 

 月が上った時刻の公園は霊的な存在が居そうな、という雰囲気を醸し出している。常識のある人間ならば、怖いという感情が芽生えるはずなのだが、不思議とそういう感情が芽生えず、少しだけ安らぎのような落ち着いた感情が芽生えた。

 溜息を吐き出し、何となく何度も座ったようなベンチに座り人気の無い公園と雲一つない星空を見る。

 

「何だろう、物凄くヤバイ状態に置かれている筈なのに――不思議と落ち着いていて、この状況を受け入れているような気がする......」

 

 異常だ、異常なはずなのに受け入れられている。それが尚更、異常なのだ。

 これもまた仮説、自分の適当に考え出した答えの一つ、その答えは――『自分はこういう状況に慣れている』だからこそ、こんな風に取り乱す筈の状況でもバカみたいに落ち着いていて、体が勝手に反応してくれる。ただ、記憶が崩壊していて、自分という存在を維持するだけのデータだけが頭の中に残されている。だが、記憶というデータは消されているわけではなく、破損しているだけで確かに頭の中に残されているのだ。つまり、復元は可能、だが、時間とあの少女のような存在がトリガーとして必要だ。

 

「仮説の領域だが、記憶を取り戻すには戦う必要があるようだ」

 

 だが、積極的に攻めに出るのは愚策、あの少女と戦った時、オート戦闘だったが引き気味に戦っていたことを覚えている。つまり、少女のような存在を技で圧倒することは出来るが、力で圧倒することは絶倒に無理。仕掛けられた時にだけ交戦し、数が多ければ逃げ出すのが一番であろう。

 

「......ん? またか」

 

 辺りがもう一度灰色に染まる。そして、また気配が漂いはじめる。だが、不思議と緊張感は感じられず、命の危機という状況ではないよだ。なら、俺以外の存在が戦っているのか? もしかすると俺のような存在が複数存在するのか、それとも、あの少女のような存在はまとまりはなく、個々で行動し、鉢合わせしたら戦闘をはじめるのか、それとも能力を持つ警察のような存在があの少女のような存在と交戦しているのか。仮説は色々あるが、どれも信ぴょう性がある。つまり、どれも確率が高い。

 

「......戦ってるのは四人、三人は腕が立つな」

 

 何となく、そんな気がした。多分、これはオート戦闘の部分の自分が分析しているのだろう。

 

「二人は逃げ出したか、まあ、本気で戦っていたようには感じられない......」

 

 ――こっちに向かってくる。

 そらを見上げて通り過ぎる存在を見てみる。すると金色と銀色の髪をした人間の姿が見えた。

 

「気付いたか......向かってくるか......?」

 

 左右の手にナイフが握られ、どこから攻撃してくるかを注意深く観察する。するとさっきの少女とは違い、不意打ちではなく、正々堂々と目の前に現れる。そして、常人が感じたら気絶してしまいそうな殺気をぶつけてくる。よしてくれや、そういうのは大嫌いなんだ......

 

「デイヴィット......」

「デイヴィット、それが俺の名前なのか?」

「パパをあんな風にした仇!」

 

 鋭い拳が勢いよく飛んでくる。バックステップで攻撃を避け、間合いを離して睨むように相手を確認する。

 性別は女性、年齢は十代後半くらい、攻撃の手段は素手、攻撃の規則性を見る限り、何かしらの流派に属しているのだろう。だが、それが何なのか理解出来ない。多分、本当の自分もこの流派を知らないのだろう。

 

「質問させてくれ、何故、俺に攻撃を加えた?」

「おまえがパパを......!」

 

 相手が素手ならこっちも素手で対処しなければならない。ナイフを消し去り、攻撃の手段を素手にする。

 右ストレートを両手で受け止め、腹部に蹴りを入れる。が、容易く避けられてしまう。流石に体術を駆使して戦うタイプ、この程度の蹴りは悟られてしまうか......

 次は刃物のように鋭利な蹴りが飛んでくる、それをバックステップで避け、蹴りが終わった瞬間にがら空きの背中に拳を叩き付けようとするが、ローリングしてそれを回避された。

 

「質問させてくれ、俺はおまえの父親にどんなことをしたんだ」

「おまえは一億の人間を殺した虐殺者だ! それを止めたのがわたしのパパ!!」

「一億人? バカなことを言うな! 一人の人間が一億という人間を殺せる力があると思うか......」

「おまえ一人で殺したんだ......それを止めるためにパパが――両手と両目を失った!」

 

 レーザーのようなものが地を抉る。そして、上空に白い少女と金髪の少年が浮遊している。

 

「次会った時は......容赦はしない」

 

 勢いよく飛び立ち、その場から消えた。

 

「一億人殺し......嘘だろ......」

 

 デイヴィット......デイヴィット・マーカス......




 デイヴィットって誰なんだろうね?


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分岐点3

 ......一億人殺し、俺が殺したのだろうか?

 回らない頭を必死に回して、論を並べてみる。

 そうだな、彼女の印象的な言葉を一つ一つ並べてみることにしよう。

 まずはじめに『デイヴィッド』これは俺の名前の可能性がある。何故なら、デイヴィッド・マーカスという名前を思い出したからだ。つまり、この名前は俺の名前だという説が出てくる。だが、俺は日本人の筈だ。日本人がデイヴィッドという名前を付けられるのだろうか? その疑問点がこの説の信憑性を低くしているような気がする。

 次に『パパをあんな風にした仇』これは俺が彼女の父親に危害を加えたということになる。だが、俺にはそんな記憶もないし、戦ったのなら、ある程度の外傷も残っているはずだ。それなのに、体に目立った外傷は見られない。これは仮設の状態だが、今現在の俺ではなく、未来の俺が彼女の父親に危害を加えたというものだ。

 

「つまり、この仮説が万が一正しかったら、そう、彼女は未来から来た?」

 

 だが、彼女の言葉に俺を狙ったと思われる言葉が一つも入っていなかったことを考えると、俺を狙ってこの場所に現れたという説は消える。なら、何らかの偶然によってこの場所に現れて、俺という存在を発見した。これが一番考えられる説だと思う。通常なら、考えられない説の筈なのだが、オート戦闘と魔法のような何か、それを見てしまえば、この説に信憑性が出てくる。

 残る印象的な言葉は『一億人殺し』これは信じられない。一億人という膨大な数を一人の人間が殺すことが出来るはずがない。もし、殺せたとしても、当然のごとく重症の一つや二つを負っている筈だ。だから、彼女の一億人殺しというセリフは狂言だと推測する。

 

「......この世界はどうなっているんだ?」

「あ、あの? 大丈夫ですか......」

「ん? 君は......空を飛んでいた......?」

 

 オート戦闘が働かないということは、敵意がないのだろう。

 なら、彼女が知っていそうな、ことを質問するのが先決か......。

 

「デイヴィッド、デイヴィッド・マーカスという人間の名前を知っているか?」

「で、デイヴィット? い、いえ、知りません」

 

 反応を見る限り、彼女はデイヴィッドという人間を知らない。この少女も金髪の女性と同じような力を持っているのだ、なら、少なからず一億人もの人間が殺された事件を知らないはずがない。つまり、一億人殺しは狂言の可能性が増えた。だが、未来に起こると考えると、微粒子レベルだが、可能性は残されているかもしれない......。

 

「......すまない、変なことを聞いてしまい」

「い、いえ! 大丈夫ですよ。あの、お怪我は?」

「いや、大丈夫だ。君、さっきの女性のことを知っているか」

「いえ、何も......」

 

 やはり、彼女の存在がよくわからない。仮説の段階では、彼女は未来からやってきた存在で、俺という存在、もしくは、未来の俺という存在に因縁がある。これが、今現在で一番信憑性を持っている仮説。悪言い方をすると、これ以外に有力な情報も無ければ、説もない。

 だが、困った状況下だということは理解できた。オート戦闘がどれだけの効果を発揮するかわからない状態、そして、敵がウジャウジャと存在していて、一人の女性に命を狙われている。やはり、隠れ家が必要だ。

 

「あの、貴方は魔導師の方ですか?」

「魔導師? ああ、ナイフとか作ってたが、これは魔法の類なのか」

「もしかして、魔法をご存知じゃないんですか?」

 

 すべての戦闘をオート戦闘でどうにかしていた。だから、作り出したナイフが何なのか、どういう風に出したのか、曖昧な状態で使用していた。だが、目の前に現れた少女は魔法という言葉を口にした。つまり、俺が作り出したものは全て魔法、オート戦闘も自己防衛的に繰り出された魔法。下手をすると、自分が死なないように魔法をかけられた可能性すらある。

 

「質問をしていいかい? 魔法の類には、魔法を使えない存在に魔法を使えるようにする魔法は存在するか?」

「えっ? デバイスを使用したら魔法を使えるようにはなりますが、見たところ、貴方はデバイスを持っていないようですし、元々から資質を持っていたのでは......」

 

 彼女の手にしっかりと握られた杖のようなものがデバイスなのだろうか? まるで魔法少女だな、いや、魔法を使う少女が目の前にいるのだ、魔法少女以外の何物でもない。

 

「......すまないが、俺のことを保護してくれないか? どうにも、状況が理解できないが、俺は命を狙われているらしい。見たところ、君は何かの組織に所属しているようにみえる。なら、人一人を匿う程度のことは出来るだろ?」

「......はい、わかりました」

 

 身の安全を手に入れることが先決だ。俺は、理解できないまま、死に至るなんてことはしたくない。




 久しぶりに書いたらグダグダ本当に嫌になりますね、文章力向上に努めていきたいです。
 活動報告で今後の方針を語っていきたいと思います。


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分岐点4

 俺は彼女、さっき出会った少女に空の飛び方を教わり、静かに浮遊する。浮遊することに違和感があるか、と、思っていたが、違和感など存在せず、当たり前のように繰り返していた慣れのようなものすら感じられた。つまり、何度か空を飛んだ経験がある。そして、彼女が言った、魔導師としての戦闘を行った経験がある。それが、確実に感じられた。

 だが、記憶が戻らない。これだけ自分の素性が顕になってきた今になっても記憶が戻ってこない。鍵になる情報はある程度は入手できたはずなのに、まだ、自分という人間が誰だか理解できない。名前すら、いや、名前は――デイヴィッド・マーカスなのかもしれない。だが、俺は日本人で、日本語を話している。デイヴィッドという名前は不釣り合いでしかならない。なら、俺は――誰なのだろうか?

 鍵穴に似合った鍵は入手した筈なのに、何も感じられない。思い出せない。不可思議でしかない。

 

「あの、貴方のお名前は? あ、その前にわたしのお名前を、わたしは高町なのはと言います」

「......現状はデイヴィッド・マーカスが有力だ。本名かどうかは知らないが、記憶喪失という身の上、告げられたこの名前が最有力としか言いようがない」

「すいません......」

「いや、記憶喪失という身の上の俺がいけないんだ。謝ることはないよ」

 

 現状は彼女に保護してもらうことが最優先だ。大きな組織なら、金髪の彼女、彼女の素性を暴いてくれる可能性もある。彼女の言っていた一億人殺しの真相と自分の正体、名前、素性もすべて手に入る可能性がある。待つことによって、状況が変化するのは世の中の常だ。流動していく世界に変化のないものは少ない。可能性は高いし、身の安全も保証される。安全で、確か、ノーリスク・ハイリターンだ。

 ビル群の遙か上空を飛行し、下で生きている人々を眺めていると、少し新鮮な気持ちになる。多分、こんな風に景色を見ながら行動することはなかったのだろう。だから、俺は感心している。鮮やかに目に写っている。新鮮な体験だからこそ、感心し、共感する。多分、記憶を失う前の俺は、こんな風に景色を見るために空をとぶことは無いか、少なかったのだろう。

 

「あっ!?」

「どうしたんだい、高町さん......が、二人?」

 

 俺と高町さんの前に現れた高町さんにそっくりな少女、髪型と瞳の色が若干違うから、ある程度は区別できるが、髪型が一緒なら、区別がつかない。そんな少女が俺達と同じ高さを飛行している。状況が正しく理解できていないが、彼女の表情を見る限り、戦意はあるが、殺意は感じられない。好戦的ではあるが、殺害したいとは思っていない。彼女からは、武道家が漂わせるオーラのようなものが感じられる。

 高町さんは彼女と知り合いらしく、挨拶を交わし、現状の事態が理解できていないから、同行して現状の説明をお願いするが、彼女は静かに左右に振り、情報提供を拒否する。なら、実力行使しかないと思ったのだろう。高町さんは杖を構える。流石に第三者の俺が戦闘に介入するのは、無粋で、柄じゃないので、近くにあったビルの屋上に降りて彼女達の戦闘を観戦する。

 

「波乱万丈の人生だったんだな、俺」

 

 厄介事を抱え込む属性が俺に備わっていることをしみじみと思い知る。それに付け加えて、その厄介事から逃げ出す程度の逃走能力か、回避能力が備わっていると思うと、なんだろうか、自分は思っている以上に常人離れしているのだろう。いや、魔法を使いこなしている時点で常人離れしていて、人外の類にカウントされてもおかしくない。

 実力は拮抗している。両者共に一歩も譲らない攻防、イン・ミドル・アウトで最善の選択をとり、相手の苦手な距離を探っている。だが、両者ともにすべてにオールラウンダーで適応できるらしく、五分、十分と時間が経過するが、何かしらの決定打は未だに見られない。ただ、互いに精密に、繊細に、戦闘を繰り広げている。この勝負、最終的に決着をつけるのは――スタミナ、消耗戦で分があるのは、確実にエネルギーが満タンの状態で戦闘に入った髪が短い方の彼女。空を飛んでいてしみじみと感じられたのは、疲労、俺がこれだけ疲労しているのだ、高町さんも、慣れているとは言っても、どこかしら、いや、精神、気力という部分である程度の疲労を持ち合わせていると考えるに、この勝負、高町さんが負ける方が可能性が高い。コンマ何秒の判断の遅れが、敗北を呼ぶ。勝負の女神様は、万全の状態に座しているものに勝利を与える。

 ――だから、彼女は攻撃を回避することができなかった。

 まるで、レザービームのように発射される魔法、高町さんは回避することができなかった。いや、掠っただけ、だが、掠るだけでも精神疲労を爆発させるのには小さくない。今、あの攻撃によって、高町さんに蓄積された疲労が爆発した。もし、立て直したとしても、彼女は負ける。勝つ可能性は存在するが、それは、僅かに残されたもの、期待するには、あまりにも小さなものだ。

 俺はすぐに空を飛び、落ちていく高町さんを抱きかかえて、溜息を吐き出す。

 

「あっちは万全の状態で戦っていて、高町さんは空を飛び回って疲労してるんだ、無理する必要はないよ」

「あはは、すいまんせん......」

「俺が話を通すから、ビルで安静にしていて、僕を保護してくれるのは、君だけなんだから」

「は、はい......」

 

 高町さんをビルの屋上におろして、高町さんに似た彼女の方へ向かう。彼女は、息切れ一つなく、静かに俺のことを見ていた。そして、互いに礼儀正しくお辞儀をして、交渉を開始する。

 

「なのはは、落ちましたか......」

「高町さんは一日中飛び回って疲れてたんだろう。だから、ここは引いてもらえないか? 俺は彼女に保護される予定の人間で、君が彼女を完全に倒したら保護してくれる存在が居なくなってしまう。これは切実なお願いだ。この場を丸く収めてくれないか?」

「確かに、万全の状態ではないのであれば、勝負は面白くありませんね......ですが、貴方は戦える」

「何を言っているんだ?」

 

 彼女はニヤリと笑い、そして、杖を構える。

 交戦の意、彼女は笑っている。

 理解できないでいた。俺は何処にでも居るような一般市民、記憶を失っていて、出来る限り戦うことは避けたいと思っている弱い存在。それと戦おうとする彼女は狂っているように感じられた。だが、不思議と安心していた。なんだろうか、自分を強者だと理解してくれている彼女が......いや、俺は弱者、弱い者、それなのに、俺は――何も言わないでナイフを二本生み出して、両手で握っている。そして、構えている。オート戦闘、そうだ、これはオート戦闘、それなのに、体は勝ってに動き出さない。まるで、俺の命令を待っているように。

 

「貴方からは並々ならぬ覇気のようなものを感じます。何かしらの王の末裔か何かでしょうか?」

「俺が王様なら、この世界は王様だらけだ......」

「そうですか、いえ、そうですね、では、手合わせを」

 

 一瞬で間合いを詰め、杖を振りかざす。俺は左手に握られたナイフで杖の機動をずらし、威力が落ちた瞬間にナイフを消滅させ、杖を左手で掴む。そして、右手のナイフは捨て、杖を軸に彼女をぐるりと一回転させて叩きつけようとするが、生憎、この場は上空、人々が生活する地表とは違う場所、地面に叩きつけることは出来ない。左足を蹴り拘束を外して、静かに距離を離す。彼女はやはり、と、そんな風に笑い、ミドルレンジの距離から魔法を絶え間なく放射してくる。

 ――体が自由に動く、だが、彼女の炎を纏うレーザーを見切ることは出来ても、彼女に直接的なダメージを与えるに至らない。接近して、技をかけるしかない。流石に乙女の柔肌に傷をつけることは出来ない。だから、ナイフは盾として、武器は体、関節技か寝技、出来れば、マウントポジションをとることが重要だ。

 遠距離主体の彼女から、笑みは消えていた。絶え間なく発射しているレーザーを掻い潜り、着実に距離を詰めている。最初の近接戦は多分、俺の実力を測る行為、どんな風に対処するか、その対処のしかたに応じて、俺が猫かライオンかを確かめていたのだろう。そして、彼女は痛感したのだろう。俺がライオン足り得ると。

 懐に入ることに成功、彼女は杖で振り払おうとするが、ナイフで防御される。掴まれることを恐れてか、距離を取ろうとする。が、彼女の顔を右手で掴み、握力三割程度で握りしめる。

 

「割れます、割れます、私の負けです......」

「女の子にアイアンクローをかける日が来るとは思わなかったよ」

「でも、貴方の実力を理解することが出来ました。あの、早く手を放してもらいたいのですが......」

「いや、君の対処は高町さんに聞かないと......ッ!?」

 

 掴んだ顔を放して、即座に左に飛ぶ。飛んだ直後に極太のレーザーが直線的に放射される。あと一秒でも避けるタイミングが遅れたら、確実に被弾していた。危ない危ない、冷や汗を袖で拭う。彼女の表情は柔らかかった。

 

「自己紹介がまだでしたね、私の名前はシュテル・ザ・デストラクター、貴方は?」

「シュテル・ザ・デストラクター、直訳すると星光の殲滅者か、女の子の名前じゃないな、いや、そんなの関係ないか、俺の名前は――デイヴィッド・マーカス、らしい」

「デイヴィッド、デイヴという愛称がある名前ですね、では、親しみを込めてデイヴと呼ばせてもらいます」

「じゃあ、俺もシュテルと名前で呼ばせてもらう」

 

 シュテル、彼女は満足した表情でその場を去っていく。俺は、少しだけ脱力感を感じながら、高町さんが待つビルの屋上に降りた。そして、苦笑いを見せて、取り逃がしたよ、と、情けなく告げるのである。だが、高町さんは攻めることはせず、ただただ、礼の言葉を何度も告げるだけだ。

 確かに感じた。自分が魔法を使いこなした感覚、魔導師としての戦闘の方法、酷く馴染み、自分らしさを感じることが出来た。俺は、やはり、魔導師だったらしい。それも、近接戦特化の魔導師。敵を倒すために体術も織り交ぜる。そんな、戦い方を思い出した。




 少しずつ物語にお肉を付けていきたいです。
 今後の方針は活動報告でこまめに。


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