やはり俺がIS学園に入学するのはまちがっている。りていく! (AIthe)
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やはり、俺がIS学園に入学するのは間違っている

「天才は、1%の閃きと、99%の努力である」

 

これは真っ直ぐに取ればいい言葉だが、逆に考えれば「いくら努力しても、閃きがなかったら意味ねえよ」という事を示しているのである。

そもそもの話、これは誤訳なので役に立たない。

 

くれぐれも、人生無駄な努力をしないように。

 

──────

 

青春とは嘘であり、悪である。

 

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き自らを取り巻く環境 を肯定的にとらえる。彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。

彼らにかかれば嘘も秘密も罪科も失敗さえも、青春のスパイスでしかないのだ。仮に失敗することが青春の証であるのなら友達作りに失敗した人間もまた青春のド真ん中でなければおかしいではないか。

しかし、彼らはそれを認めないだろう。すべては彼らのご都合主義でしかない。結論を言おう。

 

青春を楽しむ愚か者ども、砕け散れ。

 

なーんて思ってた時期が僕にもありました。「高校生活を振り返って」という内容に、こんな作文を書いて提出してみたところ「生き遅れ 何歳から」とか「婚活 千葉」なんて検索していてもおかしくないアラサー教師、平塚先生に愛の暴力を振るわれ、奉仕部とかいう雪ノ下に罵倒されるだけの部活に入れられてしまったのであった。おいそこ、羨ましい?なんなら変わってやろうか?

 

それから由比ヶ浜が依頼に来て、クッキーと言う名の殺人兵器。又の名をマハムドオンクッキーを大量生産したり、天使(戸塚)のテニス部を手伝ったり、天使と挨拶したり天使とお喋りしたり‥‥‥ああもう俺戸塚と結婚するわ。戸塚結婚してくれるかな?

 

そんなこんなで、間違えに間違えまくった学校生活を送っていたある日。俺の通う総武高校で、男子にのみIS適正検査が行われる事になってしまった。

ISとは、マルチフォーム・スーツであり、世界最強の兵器である。詳しくは俺も知らないが、それは女性にしか扱えず、世界に四百機程しか存在しないらしい。

この兵器の登場により男女のパワーバランスは崩壊し、世界の男尊女卑の流れは崩壊し、女尊男卑が当たり前となった。が、そもそも女子と話さないぼっちの俺には無関係。ぼっち最高。いや最強。

 

では、何故男子にIS適正の検査をするのか。

 

実はつい最近、世界初の男性IS適性者が見つかってしまったのだ。テレビや新聞の各メディアはそれを大きく取り上げ、瞬く間に世界中の話題をかっさらった。たしか織m‥‥織なんとかさんだった。顔は出ていないが、名前は世界の常識レベルに有名である。

初めてその名前がテレビに流れた時、我が愛しの妹小町とテレビを見ながら「この人顔もイケてるし、モテるんだろうね〜」なんて話をした。が、言っている割には小町も興味がなさそうだった。俺もそこまで興味ない。ホモじゃねえし。

クラスの男子連中は「もしIS反応したらやばくね?」といった不毛な話を繰り広げている。関係ないが、不毛ってハゲを殺しにかかっている言葉な気がする。ハゲてる人の人生を否定するような発言だ。

 

「はい、次の人」

「あっ、ひ、比企谷八幡です」

 

冷たい業務的に呼ばれ、緊張した上擦った声を出す。

「あっ」てなんだ「あっ」て‥‥八幡緊張しスギィ!

まあ、織なんとかさんみたいな例外(イレギュラー)もあるだろうが、俺のような善良な千葉県民にISが反応する訳がない。

そういえば、ISを初めて作った篠ノ之博士も千葉県民だったっていう話をどこかで聞いた覚えがある。やっぱり関係があるのか?まあどうでもいいか。どっちにしろ、ISなんて俺には関係のない話だ。

 

俺は、甲冑のような姿をした、男心をくすぐる見た目のISを見上げる。淡い期待と微かな諦めを込めて、恐る恐る手を伸ばし、無機質で頑丈そうな装甲に手を触れる。

すると、突然その手から莫大な情報が流れ始め、俺の頭を揺さぶる。ISの装甲が光を放ち始め───

 

「ISが反応した!?」

「し、至急連絡を!」

「ええーっ!?ヒキタニくんマジパネェー!」

「比企谷くん‥‥なんで‥‥‥」

「え?おえっ?ええっ?」

 

武者を模った灰色の装甲が、俺の全身に纏わりついていた。その鎧はまるで自分の身体のように簡単に動いてしまった。周りから、驚愕の目線が向けられる。

基本的に女性にしか反応しないはずのISが、俺に反応してしまった(意味深)。

 

どうやら、間違っていたのは俺の青春ラブコメなんてものではなく、人生そのものだったのかもしれない。

 

───2───

 

その後、テンプレ的な黒服の方々に連れられて、これまたテンプレ的な真っ黒なリムジンに乗せられた。

高一の始めに似たような車に轢かれた事を思い出してしまい、少しだけ顔を顰める。お陰で高校デビュー(笑)ができましたよっと。

隣には平塚先生が深刻な面持ちで、柔らかなソファに腰掛けている。きっと婚活の事で悩んでいるんだ。うん、そうに違いない。むしろそうであれ!

 

「比企谷、なんかすまんな」

 

こめかみを抑える先生。突然の事態だ。先生も頭が痛くなる事だろう。それにその生徒が俺とくれば‥‥そんなストレス想像したくもない。

 

「某パズルゲームプロデューサーのみたいなこと言わないで下さい先生。俺は大丈夫ですよ」

 

実際は心が戦場になっているが、なんとか笑ってみせる。多分、引き笑いのようになって見えるのだろう。

なぜかISが動かせちまったせいで、明るい未来(専業主夫)が見えない。マジ深淵見えちゃう。このシナリオは虚淵さんが担当なのかな?となると三話でマミる、もしくは最終的に聖杯を破壊させられるか‥‥‥これもう分かんねえな‥‥‥‥‥

 

少し真面目な話をすると、俺は家族が───特に小町が心配だ。二人目のISを動かした男性として俺もあの織なんとかさんのようにメディアの注目を浴びることになるだろうが、そうなれば被害が小町に加わるかもしれない。

親は大人だから問題はないだろうが、小町はまだ中学生だ。この数十分だけで俺がここまで疲弊してしてしまっているといえるのに、小町がそれに耐えられるとは思えない。

 

「‥‥比企谷。お前は優しいな」

「‥‥‥はぁ、人の心配なんてしてないで、先生は結kグフゥ!?」

 

腹に強烈な一撃をもらう。愛が重いです先生。死にます。行き遅れている理由がわかった気がします。

 

「‥‥恐らく妹の事が心配なのだろうが、私に任せておけ。教員としてではなく、私個人がお前の為に、お前の妹の事はきっちりと見ておいてやる」

 

そう言って、平塚先生は優しく微笑む。

隠すつもりはないが、完全に見通されていた。こんなに優しくて美人なのになんで結婚できないんだ‥‥誰か貰ってあげてよぉ!こんなの絶対おかしいよ!

 

「で、俺はどうなるんですか?」

 

研究所のモルモットとかになったら、物理的にも精神的にも死ねる。いやマジで。シャレにならないから。

もしかしたら、どこぞの劣等生の様に魔改造されるかもしれない。妹への愛以外の感情がないように手術を受けるの?まさかあの劣等生も千葉県民なのか?千葉県闇が深すぎるだろ‥‥‥‥

 

「あの織斑一夏と同様、お前もIS学園に入学する事になるだろうな。それも明日からな」

「はぁ‥‥IS学園‥‥‥‥‥」

 

多分俺は今、あからさまに嫌そうな顔をしている事だろう。

名は体を表すというが、まさにその通りだ。IS搭乗者を育てる学園。以上。

言わずとも分かると思うが、生徒はおろか教師までもが全員女性ばかりという事になる。いやぁ、ハーレムだ嬉しいなぁ(棒)。

確実にストレスで死ねる。次の日には発作を起こし、泡を吹いて手遅れの俺が見つかる。もしくは、身体を強く打ち付けた俺。どっちにしろ明日には冷たくなった状態で発見される事間違いなし!

 

ここで比企谷八幡の千葉県知識を入れ込んでおこう。IS学園は東京にできる予定であった。が、空いている土地の少なさとかお金とか様々なオトナの事情があり、千葉に建てられてしまいやがりました。

これ千葉県民キレてもいいよね?東京ディスティニーランドもそうだけど東京都民千葉県に色々押し付け過ぎだろ。俺が新世界の神だったら拾った黒色のノートに名前書き連ねちゃってる。俺がキラならLは誰だ?雪ノ下とか適任そう。

 

というより千葉県色々あり過ぎだろ。ディスティニーランドにIS学園、お兄様もいらっしゃるなんて‥‥‥なかなかできることじゃないよ(バス女並感)。

 

「毎日連絡するからな」

「丁重にお断りさせて頂きます」

 

 

にっこり笑顔が怖い。毎日とか愛が重いよ。愛が重い‥‥結婚ができない‥‥あっ(察し)。

この人のメール本当に怖いんだよな、なぜか敬語だし。

 

「そんな顔をするな。雪ノ下にも由比ヶ浜にもまた会えるさ」

「‥‥‥‥そうですね」

 

 

俺はどんな顔をしていたのか。顔を逸らし、窓から外の景色を見る。

二人の顔が脳裏をよぎる。

 

今、あの二人は関係ないだろと自分に言い聞かせ、小さくため息を吐いた。

窓の外に見える景色は、焦る俺の心を体現するかのように流れてゆき、見えなくなった。

 

───3───

 

今日のところはリムジンでリィィッチな帰宅をした俺は、帰り際平塚先生に肩をポンと叩かれ、「ガンバレ」と励まされてしまった。なんで結婚できないんだよ(三度目)。

 

というか帰宅するならリムジン乗った意味無いよね?帰宅部ガチ勢はリムジンで帰る運命なの?くっそリムジン爆発しろ。

 

家に入ると比企谷家一同がが玄関で待っており、何故か歓迎ムードを醸し出していた。おかしい。こんなの絶対おかしいよ‥‥‥

 

色々と事情を説明して、現在家の居間。俺は今日の事を小町に相談していている。

それにしても、梅雨の時期にホットコーヒーとはいかがなものか。蒸し暑いのとコーヒーから立ち上る蒸気が混ざって最悪な気分だ。

 

「と、いうわけなんだが小町」

「うんうん、つまり小町の義姉ちやまん候補が増えるってことだね!あ、今の小町的にポイント高い!」

「話聞いてなかったろ」

 

話聞いてないとかお兄ちゃん的にはポイント低いです。なんなのこの妹、兄の悲劇に心の底から嬉々としてるんだけど。

それにしても、全人類の好き嫌いがポイント制だったらわかりやすくていいと思う。そうなれば「あれっれー?もしかしてあの子俺の事好きなんじゃね?」と他人に期待し、勘違いでフラれるなんて事はなくなるだろう。

 

小町は俺の青いカップに数個の角砂糖を落とし、一緒にマドラーもぶち込んでくる。これ親父のカクテル用マドラーじゃん。あとで洗っとこ。

 

「でも、IS学園って全寮制だから小町登校するの面倒になっちゃうな」

 

後姿の小町が小さく呟く。

お兄ちゃんは登校に便利な自転車程度にしか思われていなかったか‥‥‥絶望した!

だが、その言葉は俺ではなく、誰か別の人に言っているように聞こえた。

 

「あ、お兄ちゃんホーシブはどうするの?」

「奉仕部な。そりゃあ、辞めるしか無いだろ」

「ほうほう‥‥‥」

 

あそこは案外気に入っていたのだが、仕方がない。まあ、雪ノ下も由比ヶ浜も、俺が総武校から去って数ヶ月もすれば関係も切れてしまうだろう。所詮、部活動なんてそんなものだ。

と思っているとは言えないので回答を悩んでいると、小町は疑わしげな表情を俺に向けてくる。まるで、飲み会を残業と偽る夫に「今日どこに行ってきたの?」と問い詰める妻のようだ。小町は俺の奥さんだったのか‥‥いや、俺には戸塚がいる。(戸塚と結婚する事を)強いられているんだ!

 

「最近のお兄ちゃん、とっても楽しそうだったよ?」

「そんな事ないぞ。俺はいつでも楽しく人生を送ってる。むしろ楽しくない人生を送っていないまでである」

「ふーん、お兄ちゃんがそう言うならそれでいいけど。部活の人を大事にしなよ?」

「へいへい」

 

なんだか面倒になりそうなので会話を適当に流し、砂糖たっぷりのコーヒーを流し込む。ヌルくなった黒く甘い塊が喉元を通り、不思議な不快感を覚え、眉を顰める。

 

「じゃ、そろそろ荷物準備するわ。もう明日からIS学園に行かなきゃいけないからな」

「ん、小町も手伝ったげるよ」

「いいって。受験勉強でもしてろ」

 

そう言い残し、考えたくもない明日からの生活の準備の為、俺は自分の部屋に戻ろうとした。

 

「お兄ちゃんがいない総武校なんて‥‥‥‥‥」

 

悲しそうな、辛そうな小町の呟き声が聞こえた気がしたが、俺にはそれを聞き届ける勇気がなかった。

その夜、そそくさの準備を終えた俺は、何かから逃げるように布団に潜り込んだ。

 

その日は寝つきが悪かったのか、寝る前にコーヒーを飲んだせいなのかはわからないが、よく眠れなかった。




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だから、比企谷八幡は怒り狂う。

昨日作者「一日あれば三話くらい余裕っしょwwwww」

今作者「ここまで厳しいとは‥‥‥‥」

1000〜2000文字くらい増えています。細かい部分しか変わっていないので気がつかないと思いますが、一応色々と変わっています。

現在は
ルミルミ1票
陽乃1票
由比ヶ浜&雪ノ下1票
モブキャラクロス1票

です。リメイク版を書き終えるまで受け付けますので、皆様どうかよろしくお願いします。

ご都合主義の塊回です。気をつけて下さい。


「早起きは三文の徳」

 

三文は当時の値段で六十円。どう考えなくても寝た方がいい。

 

──────

 

イヤァァァ!!翌日が来ちまったよ。どうしよう!?IS学園行きたくないよおおおお!!!!

 

朝5時頃に我が愛しの妹に叩き起こされ、眠気を覚えながらも渋々荷物を持って玄関に出ると、昨日と同じリムジンが迎えに来ていた。一応両親には昨晩に朝早く出かけるという旨を伝えてあるので、まあ大丈夫だろう。

柔らかいソファに腰掛けてぼんやりとすること数十分。気がつけば、もうIS学園が見えてきた。

一言で表せば、デカい。無茶苦茶デカい。敷地はアホみたいに広く、建物もガラス張りで近未来的だ。今までは「あれが税金で建てられていると思うと‥‥はぁ‥‥‥」という陰鬱な気持ちに浸れたが、今は別の意味でそういう気分だ。取り敢えず目立たないようにしないとな。

 

車が止まり、降りるように催促される。曲がった腰をよっこらと動かし、少しひんやりとした風を頬に浴びる。太陽の無い空が、まるで俺のお先が真っ暗と告げられているような気がした。

IS学園の前にはガタイの良い数人の警備員と、黒スーツ姿の女性の姿があった。テレビはプリキュア以外見ない俺でも、どこかで見たことのある顔だと思った。

 

「はじめまして‥‥と言っておくか?ようこそIS学園へ」

「は、はじめまして。比企谷八幡です。よろしくお願いします」

 

黒スーツ姿の女性が手を差し出す。

初対面の印象は、とても凛とした、端麗な顔立ちの女性だと思った。

握手を求められた事にオドオドとしてしまい、少しだけ手を前に出すと、強く握られ、上下に大きく振られた。右手が痛い。

 

「私は織斑千冬だ。お前のクラスの担任でもある」

「お、織斑千冬!?」

 

織斑千冬。その名を知らぬ者はこの世界にいないだろう。

第一回IS世界大会、通称モンド・グロッソの総合優勝及び格闘部門優勝者。公式戦の記録は全戦無敗。その美貌と実力より、「ブリュンヒルデ」───世界最強の称号を勝ち取り、世界で慕われ続けている。

少し前に現役を引退したのは大きなニュースとして報道されていたので知っていたが、まさかIS学園の教師となっていたとは思いもしなかった。

あ、テレビってのはチバテレビな。ここテストに出るぞ。

 

「ど、どうも。出会えて光栄です」

「ふふっ、思ってもいないことを口にするんじゃない。全く、君は前任の担任に聞いた通り、根性の曲がった人間なのだな」

 

織斑千冬の ゆびさきから いてつくはどうがほとばしる!!

世辞を神回避された上にステータスリセット食らった。やだこの魔王みかわしアップ覚えてる‥‥‥

それと平塚先生何しでかしてくれてんだ。なんだこの人笑ってるし‥‥もうダメ‥‥ぽ‥‥‥‥‥

 

「まあ、ここで根性の曲がった事をしていたら私がお前を叩き潰す。わかったな?」

「ハ、ハイ‥‥‥」

 

あっ、世界最強に目をつけられた‥‥‥死んだな(確信)。

 

出席簿らしきものをゆらゆらと揺らす。ただの出席簿のはずなのに、あれに叩かれたら物理的に取り返しのつかない事になる気がする。

 

「よろしい。私の事は織斑先生と呼べ」

「わかりました、織斑先生」

「よろしい。では、お前の寮室に向かなながら色々尋問するとしよう」

「えっ、あの、ハイ‥‥‥‥」

 

ここ学校だよね?海軍とかじゃないよね?この時点でこの先生きのこれない希ガス。いや、俺が提督という可能性が微レ存‥‥‥!?

俺、現実見ようか‥‥‥‥‥‥

 

「では、そうだな───」

 

織斑先生は両手身振りをしながら、俺への尋問を始めたのであった。

 

───2───

 

「ええっ!ヒッキーがIS学園に転校!?なんでですか!?」

「お、落ち着け由比ヶ浜。会えなくなった訳じゃないんだ」

「そうよ、少し落ち着きなさい由比ヶ浜さん」

 

比企谷八幡のIS学園への転校。世間ではまだ発表されていなかったが、すでに職員室では大騒ぎとなっていた。

彼のことをよく知る人物はおらず、前担任さえもよく知らないとなれば、自ずと仕事は私に回ってくるという訳だ。全く手のかかる奴だ。

扱いとしては、彼は親の用事で転校という事になっている。担任である私は、彼所属していた奉仕部の部員には本当の事を伝えるべきだと思い、部屋の扉を叩く事にした。

 

それを伝えたのはいいのだが、予想以上に由比ヶ浜が動揺している事に私の方が驚いてしまった。あいつは自分の事ぼっちって言ってたよな?リア充爆発しろとか言ってたよな?おかしい、こんなの絶対おかしい。

 

「どういう事ですか?」

「あーっと、かくかくしかじかと言う訳でだな」

 

詳しい事情を説明すると、雪ノ下は苦虫を噛み潰したかのような表情を見せ、顔を下を向かせる。この反応おかしいぞ。おっと、目から汗が‥‥‥

 

「それは‥‥仕方がありませんね」

「で、でもそんなのおかしいよ!だって‥‥だって‥‥‥‥」

「‥‥‥二人とも、すまない」

「いえ、先生は何も悪くありません。本人も別にどう思ってる訳でもないでしょうし」

「ゆ、ゆきのん!?」

「そうでしょう。だって、比企谷くんはこの学校が好きだった訳でもない。違うかしら?」

 

髪を掻き上げ、いつも通りに雪ノ下。

彼女の言う通り、確かにあの男はこの学校が好きな訳ではなかっただろう。だが、彼はこの部活が、この場所が嫌いじゃなかった筈なのだ。だがそれは好きと断言できるほど進展したものでは無い。だが、手放してしまうのは惜しい。

それは、この目の前の少女も同じだ。

あの男も、雪ノ下も、どちらも自分に素直になれない。捻くれ者で、誰よりも純粋な、自分の道を求める人間だ。だからこそ、私は雪ノ下を正してやらねばならない。

 

「それは違うな、雪ノ下」

「‥‥‥どこがどう違うのですか?」

「比企谷自身の事ではない。お前はあの男を気に入っていただろう?」

「‥‥‥おっしゃってる意味がわかりません。何故私があの目の腐った男を気に入らなければならないのですか?」

 

ムッとした表情。やはり、こいつもまだまだ子供だ。

 

「お前は比企谷を拒まない。それが答えだ」

「平塚先生。確かに私は彼を入部させましたが、それはあなたの頼みだったからです」

「それは論点のすり替えだな。私が聞いているのは、お前が比企谷を拒むか拒まないかの話だ」

「‥‥‥‥‥」

 

雪ノ下雪乃という人間は嘘をつかない。だからこそ、彼女の行動は読みやすい。彼女の思いも、その信念も。

 

「まあいい。取り敢えず比企谷の電話番号を教えといてやろう。煮るやり焼くなり好きにしろ」

「‥‥‥‥‥」

 

メモ紙に電話番号を書き残し、私はそそくさと奉仕部を立ち去ろうとした。

 

「平塚先生」

「なんだ?」

 

私の背中に声がかかる。冷たく、落ち着いたいつも通りの彼女の声だ。

 

「‥‥‥ありがとうございます」

「‥‥‥ああ」

 

全く、どいつもこいつも素直じゃない。

 

彼女らの方を振り向かず、今度こそ私は奉仕部部室を後にした。

 

───3───

 

あの後織斑先生に様々な事を尋m‥‥聞かれ、弟をよろしくと頼まれてしまった。巷で話題の織なんとかさんは織斑だったのか。織斑家とISは深い関係(意味深)にあるという事です。これもうわかんねえな。

部屋は空きがあるらしく、届けといてくれるという事で荷物は織斑先生に預けてしまった。

 

なんてことがあって現在、俺はIS学園1年1組の扉の目の前に立っている。緊張やら疲労やらなんやらで気分が悪い。この扉を開けば、もう後戻りはできないのだ。

 

「ほら、入ってこい」

 

いや入って来いじゃねえよストレスで殺す気なの?確信犯だろ絶対。

 

扉の向こうにはハーレム(笑)な世界が広がっている。いや、織斑先生の弟がいるから厳密にはハーレムではないのか。

どっちにしろ、俺のような人間が女衆の中に突っ込んだらそれこそ発狂物だろう。俺も嫌過ぎて発狂する。

 

あ、どうでもいいけど俺は高二。ここ1年1組。後はわかるな?留年ですよ留年‥‥‥

 

「おい、早くしろ」

「はっ、はい」

 

扉を開く。ガチガチな身体を機械のように動かし、織斑先生の横に立つ。女子の視線あが痛い。特にクロワッサンみたいなの吊るしてるやつ。あいつこわい。

 

「こいつは新たな男性IS適性者だ。おい、自己紹介をしろ」

「ひ、ひき、比企谷はちみゃん‥‥です」

 

噛んだ死にたい。今ならハイウェイ・トゥ・ヘル使える気がする。詳しくは「ハイウェイ・トゥ・ヘル ジョジョ」でググって、どうぞ。

 

「こいつはISについて右も左も分からないトーシロだ。迷惑をかけると思うが、諸君。仲良くしてやってくれ」

 

やだこの先生かっこよすぎ惚れたわ。

 

「お前の席は窓側、一番後ろだ」

「わ、分かりました」

 

出席簿で席の方向を指す。

なにそのベストプレイス。この先生俺の事知り過ぎだろ。平塚先生何やってんだ。俺の事なんて心配してないで早く結婚しろ結婚しよう結婚して下さいお願いします。

席に着く途中、教卓前に座っていた、織斑弟と目が合ったが、すぐに目線を外し、ゆっくりと自分の席に腰掛けた。

 

───3───

 

やべえ、授業全然わからん。なんだよあの、ぱっしぶいなー‥‥‥いなー‥‥‥なんだっけ?

まあいいや、初めての授業終わったし寝よ。もう疲れちゃったよ小町‥‥‥‥

 

と言う訳で、総武高にいる時と同じ様に耳にイヤホンを着けて机に突っ伏していると、不覚にも邪魔が入ってきた。

 

「おい、おーい」

「‥‥‥‥‥‥」

 

元気ハツラツな男の声。恐らく織斑弟の声だろうが、無視だ無視。俺は疲れているんだ。俺は面倒が嫌いなんだ!

 

「寝てるのかな‥‥‥」

「一夏さんが挨拶しているのに返事をしないなんて‥‥‥無礼にもほどがありますわ」

 

うわぁ‥‥‥‥寝てる人に向かって無礼とか超理論過ぎるだろ。いや寝てないけどね?

 

「私のブルー・ティアーズで叩き起こしましょうか?」

「いやいやそれは死ぬだろ」

 

冷たい声が頭上に飛び交う。

俺の知らない間にこの二人が俺の運命決めようとしてるんだけど‥‥‥

 

「ん‥‥‥なんだ?」

 

白々しく今起きました風の演技をする。演技もできるとか俺すごい。

 

ってか、俺を褒める人なんていなかったわ(絶望)。こ、小町がいるから‥‥‥小町がいるもん!!

 

「俺このクラスで男子1人だったからヤバかったんだよ〜」

 

性的な意味でですねわかりません。

 

俺の幸せふて寝ライフを邪魔し、軽々しく話しかけてきた織斑弟(仮称)は、爽やかスマイルをこちらに向けてくる。ものすごく葉山臭がする奴だった。話したくねえ。

 

「俺は織斑一夏。よろしくな」

「わたくしはセシリア・オルコットですわ。以後お見知りおきを」

「あ、はい。よろしく」

 

特に用事がある訳じゃないようだ。適当に挨拶をし、再び机に突っ伏す。

 

「お、おい?」

「悪い、色々あって眠いんだ」

「そ、そうか‥‥‥‥」

 

よっしゃ、葉山と違って諦め早くてうれしいぜ!俺の目に狂いしかなかった!濁りもあった!

濁りは旨味。つまり俺の目玉は旨味だったのか(動揺)。

 

「まあ、初対面の人の挨拶も適当に返すなんて人としての品格が知れますわね」

「あー、はい。すいません」

「なんですのその口の利き方は!?」

 

品格なんてねえよ。ぼっちにそんなもんある訳ねえだろ。そもそも一般家庭に教養なんざ最低レベルしかねえよ。お嬢様(笑)とは違うんでね。

この時、俺は珍しくイライラしていた。家という安息の場所を奪われ、その上奉仕部の二人とも会えなくなってしまった。暫く小町と会えないというのは、俺の鋼の心にも響くものがある。

 

だから俺はこの時、こんな反応をしてしまったのだろう。

 

「ふん。こんな様子じゃ、ご家族も同じようなダメな人間なのでしょうね。格が知れていますわ」

 

今なんて言った?俺の家族がダメ人間?は?

 

俺の視界が真っ赤に染まり、フツフツと心の中の感情が噴き出す。

ギロリと軽蔑するように睨みつけ、

 

「あ?今俺の家族の事なんつった?」

 

この瞬間、俺を縛っていた何かか吹っ切れてしまった。

 

───4───

 

こ、この人怖すぎますわ!ど、どうしましょう‥‥‥‥

 

「おい、もう一回言ってみろ。なんつった?あ!?」

「ひいっ!そ、その‥‥‥」

 

最初は、この男も一夏さんのように素晴らしい人である事を期待しておりました。しかし、現実はそうではなく、酷く濁った眼をした、見るからにひ弱そうな少年でしたわ。わたくしは少し失望すると共に、人は見た目で判断してはいけないと思い、声をかけました。

そしたらなんと、この男。まともに挨拶する事もできませんでしたの。 わたくし少しだけ‥‥‥少しだけですわよ?少しだけイラっときてしまい、彼の事を小馬鹿にしてみましたの。でも、芳しい反応はありませんでしたわ。

私はこの時、「ああ、この男はわたくしが最初に思っていた“あの男”と同じ、誰かの陰にコソコソと隠れる事しかできない能無しなのですわ。」と思ってしまったのです。

そして、何を思ったのかわたくしは立ち去り際に文句を言ってやろうと思い、彼の家族の事を馬鹿にしてしまいましたの。

それで現在に至りますわ。正直怖いですわ。織斑先生の比じゃありません。死を予感させますわ‥‥‥

 

「聞いてんのか!?」

「き、聞いておりますわよ!」

「ちっ‥‥‥‥もう話しかけてくんな」

「い、今なんと?」

「俺に話しかけんな!二度と近寄らないでくれ!」

「お、おい比企谷。流石にそれは酷いんじゃ‥‥‥」

 

そう言い捨て、一夏さんの制止を無視し、彼は早歩きで教室から出て行こうとします。わたくしは彼に悪い事をしてしまった事にようやく気付き、顔を青くして小走りで追いかけようとします。ですが、それよりも早く、彼が手にかけた教室の扉が開きました。

 

「おい、比企谷。何をやっている?」

「‥‥‥‥‥‥」

 

扉を開けた人物は、一夏さんの姉。世界最強の名を欲しいがままにする、わたくし達の担任、織斑先生でしたわ。

 

「‥‥‥答えないつもりか?」

「‥‥‥調子が悪いので早退します」

「‥‥‥ふむ。大体の事情は読めたぞ。おい、オルコット」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

突然の声掛けに声がひっくり返ってしまいましたわ。

 

「一週間後、こいつと模擬戦だ」

「!?先生。俺はそんな事「比企谷。お前は黙ってろ。」

 

織斑先生は彼をギロリと睨み、こちらに視線を向けてきました。

 

「オルコット。こいつに代表候補生というものを教えてやれ」

「わ、分かりましたわ。このセシリア・オルコット。織斑先生の「御託はいいから返事!」

「は、はい!」

 

織斑先生の計らいによって、わたくしとあの男が模擬戦をする事が決まりました。

この件、わたくしが全面的に悪いとは思っています。さすがに言い過ぎたと反省しています。後で、謝つもりでもいます。

しかし、それとこれとは別です。

 

わたくしは一夏さんの時のように慢心をしません。模擬戦となるならば、徹底的に潰して差し上げますわ。

 




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それでも、比企谷八幡は立ち上がる

「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」

 

待っていても「奇跡」は起きない。

人生のルート分岐と言っても過言ではないその瞬間手を伸ばした者だけ、砂漠に雪を降らすことができるのだ。

 

だが、こうも言える。

 

「奇跡」とは、起こらないからこそ「奇跡」なのだと。

 

──────

 

結局俺は早退する事になり、寮の自室で一人反省会を開く羽目になった。苛立ちと後悔の念が俺を襲い、それから逃げるように布団に潜り込む。冷たく重い、新品の布団が俺を強く押し付ける。

確かに俺は自分でもわかるほどにイライラしていた。あまりの環境の変化に耐えきれなかったのかもしれない。そういう意味では、あの金髪クロワッサンには悪い事をした。言い過ぎだったとも思っている。

 

だが、それと家族を馬鹿にした事は別だ。多分、俺がイライラしてなかったとしても、家族を馬鹿にされれば怒っていただろう。

だから、俺は俺自身に失望してしまった。自分の心の強さには結構自信があったのだが、所詮はそれも俺の大嫌いな“上っ面”でしかなく───

 

疲労が果てしない。早く家に帰って、カマクラでも抱いて小町と話をしたい。あの俺の唯一の居場所を、俺から奪わないで欲しい。逃げ出せるもんなら今すぐ逃げ出したい。

 

プルルル、プルルルル

 

「‥‥‥ん?」

 

ボストンバッグの中から、ケータイの振動音が聞こえてきた。布団を捲り、ゴロゴロ転がり、のそーっとした動きで携帯を取り出す。

着信はスパム‥‥じゃなくて由比ヶ浜だった。電話番号なんて教えたっけ?教えてないと思うんだけどなぁ‥‥‥‥

 

「はい、もしもし」

「も、もももしもしヒッキー!?」

 

上擦った、耳をつんざくような高い声。電話で声が変わっているのだが、すぐに由比ヶ浜のものだと分かる。思わず、頬を綻ばせてしまう。

 

「声でけえよ、どうした?」

「いやぁ、ヒッキー元気かなーって」

 

こんな時でも、由比ヶ浜結衣は素直だ。素直な女の子ってのは素敵で、魅力的だ。こいつも、俺にはないものを持っている。雪ノ下がゆるゆりする理由がわからんでもない。

 

「ああ、ぼちぼちってトコだな」

「そ、そっか。ほ、他の女の子に手出したりしてないよね!?」

 

なにこの子無自覚に彼氏に言う台詞的なものを口走っちゃってるの‥‥女の子っておっかないわー。勘違いする初心な野郎が続出するぞ。

多分あれだな。俺が性犯罪者にならないか心配してくれているのだろう。

 

「ふっ。初日から机で寝ているエリートぼっちの俺には関係のない話だな。寧ろこっちが話しかけてもクラスメイトが後ずさりするまでである。」

「ヒッキーマジキモいんだけど‥‥‥‥」

 

数多の女子の中でも最大のアホの子、由比ヶ浜罵倒された。うわぁ、グサっときたわー(棒)。

 

「俺がキモいのなんて常だろ」

「つ、つね?」

「いつもって意味だ。やっぱり由比ヶ浜はアホの子だな」

「アホの子じゃないし!ヒッキーマジキモい!」

 

語彙が少なすぎて自然と笑い声が漏れ、引き笑いのようになってしまう。

俺が求めていたのはこれだったのかもしれない。俺は、奉仕部が、あの二人の事が───

 

「‥‥‥‥ねえ、ヒッキー」

「‥‥‥どうした?」

 

由比ヶ浜の声色が、突然真面目な、真剣味を込めたものになる。

そして、彼女の口から衝撃的な告白を聞く事になる。

 

「い、一年生の時、ヒッキー車に轢かれちゃったじゃん?あの時の犬、私の犬なの」

「‥‥‥‥‥‥」

 

高揚していた俺の思考が、冷水をぶっかけられたかのように一瞬にして冷めてしまう。

視界がぐるぐると回る。ズキズキと胸が痛み、携帯を握る手に力がこもる。携帯からミシッと、軋んだ音が鳴る。

 

「その、今まで言い出せなくて‥‥‥言おうと思ってたんだけど‥‥‥ごめんなさい」

 

冷え切った俺の思考は、俺にとって最善の───最悪の判断を下す。

 

「由比ヶ浜」

 

俺は、あの奉仕部の関係が好きだった。他のグループのような、仮初めの何かで固められた、少なくとも偽物ではない、ハリボテではない関係だと信じていた。

 

「もう、俺に優しくしなくていい」

 

だが、現実はいつだって非情で、俺を突き放す。こんなに優しい由比ヶ浜も、負い目を感じているから、こんな俺に優しくしてくれたんだ。一番のハリボテが自分達で、それが一番嫌いなものだったとは皮肉な話だ。

 

「負い目を感じているなら、もう気にしなくていい」

 

あの関係は全部、全部───偽物でしかなかったんだ。

 

「もう、俺に話しかけなくてもいいんだ」

 

俺の手が、力なくだらりと垂れ下がる。ケータイから響き続ける騒音を電源ごと切断し、どこかその辺に放り投げた。

 

脳裏に、一年前の光景が映る。

飛び出す犬。それに反応しきれない黒光りする高級車。追いかける飼い主。ブレーキをかける車。途端に走り出す俺。

 

もう、何も考えたくない。俺はそのまま布団に倒れ込み、死んだように眠った。

 

───2───

 

「お兄ちゃん‥‥‥どうしたんだろう‥‥‥‥‥」

 

突然ですが、比企谷八幡の妹こと、比企谷小町はお兄ちゃんが心配です。あの一人じゃダメダメなお兄ちゃんが、女の子しかいないIS学園でやっていけるわけがないのです。きっとストレスマッハで墓地送りにされちゃうのです。

 

気が気じゃなくなってしまったので、小町は電話をかける事にしました。

でも、何回かけてもお兄ちゃんは電話に出ませんでした。いつもなら、小町がドン引きする位に早く出てくれる筈なのに‥‥‥本当にゴミいちゃんなんだから‥‥‥‥

結局、小町が待っていても電話はきませんでした。

 

もう諦めて寝よ。そう思って掛け布団を被ると、居間からチリリリリンと音が鳴りました。小町は布団を蹴っ飛ばし、急いで下に駆け降りて、うるさく鳴り続ける受話器をとりました。

 

「もしもし、こちら比企谷です」

「夜分に失礼します。八幡君の担任の織斑と申します。こちらは「お、お兄ちゃんになんかあったんですか!?」

「お、落ち着いて下さい。妹さんですか?」

「は、はい。小町は妹です」

 

織斑と名乗る担任の先生からの連絡でした。心配と動揺とあとなんか色々と入り混じって、小町の心臓はドキドキバクバクです。

そういえば、織斑ってどこかで聴いたことがあるなぁ‥‥‥思い出せないからいっか!

 

「ご両親はいらっしゃいますか?」

「いえ、もう寝ちゃいました」

「そうですか‥‥‥では、ご両親に伝えて欲しいことがあるのですが、よろしいですか?」

「あ、メモとるんで待ってください‥‥おっけーです」

「はい。実は───」

 

話を聞くところによると、ゴミいちゃ‥‥ゴミは早速クラスの子と喧嘩してしまったそうなのです。担任の先生は、お兄ちゃんが入学試験を受けていないのでどれ程上手くISが使えるのかを見るいい機会だと思い、ISの模擬戦で決着をつける事に決めたそうです。

でも、平塚先生からお兄ちゃんは頑張らない人間だと聞いているから、どうすれば努力するの?みたいな内容でした。本当に手のかかるゴミです。小町がいないと全然ダメな癖に‥‥‥

 

「お兄ちゃんが努力‥‥‥天地がひっくり返ってもありえませんね」

「そうですか‥‥教師が一方的に問題を押し付け、やれと言うだけでは何も身に付きませんし、私も教師として責務を果たしているとは言えません。生徒にやる気を出させるのも教師の務めなのは重々承知をしていますが、八幡君の置かれている状況は世界に二人だけの男性IS適性者という、世間から注目を浴びざるおえない状況です。それに、IS学園は実質女子校なので気苦労も多いと思います。できればご家族の方から助言をいただき、可能な限り八幡君に望ましい形で環境を整えてあげたいと考えていたところなのですが‥‥‥」

 

お兄ちゃんが頑張れる方法。小町のちょっとだけ足りない頭をフル回転し、考えてみました。お兄ちゃんがどんな人間かという事は、家族の中でも小町が一番良く知っているのです。

 

そして、一つの案が思いつきました。

 

「そうですか‥‥あ。明日、お兄ちゃんと連絡を取る事はできますか?」

「はい、学園内の携帯電話の使用は許可されていますので、登校前の朝や放課後なら問題ありません」

 

お兄ちゃんやっばり無視してたんだ。ポイント低いなぁ‥‥‥本当、過去最低値を記録してるよ!株だったらすごいことになっちゃってるんだからね!

 

「ですが、こういう話はご両親に「いえいえ、小町はお兄ちゃんの事を一番分かっているのです。お兄ちゃんの問題は小町におまかせください!そうだ、説得してダメだったら小町に電話して下さい。あ、学校行かなきゃいけないんで、朝八時くらいまでにお願いします。電話番号は───」

「え?あ、あの、あ、は、はい、はい。確認ですが───ですね。分かりました‥‥‥もしお願いするときは、よろしくお願いします」

「いえいえ。うちの兄が迷惑かけてすいません」

「いえ、八幡君も急な環境の変化に戸惑っているだけだと思います。勿論、IS学園教師一同は八幡君の事をできる限りバックアップするつもりではありますが、本人も高校生という多感な時期でありますので‥‥‥ご家族の方も色々とご苦労がおありとは思いますが、できる範囲でよろしいので気にかけてあげてください。ご両親にもよろしくお伝えください」

「はい、分かりました。じゃあ、よろしくお願いします。失礼しまーす」

 

社交辞令を済ませて、受話器を元の場所に置きます。担任の先生がいい人そうで本当良かったのです。

小町はいつお兄ちゃんからの電話がきてもいいようにと携帯の音量を最大まで引き上げ、不機嫌モード全開でドテドテと音を鳴らしながら部屋に戻りました。

 

───3───

 

由比ヶ浜結衣は焦っていた。話すべきタイミングと、その内容。比企谷八幡という人間への理解が足りず、間違えを重ねてしまったのだ。

 

取り返しのつかなくなる予感を胸に、翌日、彼女は奉仕部に向かい、部長である雪ノ下雪乃に相談した。

 

「ゆきのん。私はどうすればいいのかな‥‥‥‥」

「‥‥‥由比ヶ浜さんは悪くないわ。悪いのはその車であって、貴女ではないもの‥‥‥」

 

何故か、雪ノ下の声が、暗く深く沈む。

 

「比企谷君も色々あって疲れているのでしょう。今度、私から連絡を取ってみるわ。」

「ごめんねゆきのん‥‥‥‥」

「いえ、比企谷君の矯正は奉仕部の活動の一環なのよ。だから、貴女が謝る必要はないの」

 

二人しかいない部室に静寂が訪れる。ぽっかりと空いたその椅子は、どこか寂しさを漂わせる。何かが足りない部室に吹き抜ける風に、かつての暖かさは感じられなかった。

 

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

二人を静寂が包み込む。

 

「そ、そういえばゆきのん。ヒッキーなにやってるんだろうね?」

「エロ谷君はきっと女の子に鼻を伸ばしてるに違いないわ」

 

由比ヶ浜結衣は、その沈黙を破ろうと、ぽっかりと空いた穴を埋めようと、懸命に話を続ける。

それに呼応するように、雪ノ下雪乃は二人の関係の修繕について思考する。

 

きっと、彼らにはこれからも間違い続ける。それは悲しくて、痛くて、苦しくて、とても辛いものなのだろう。

それでも、彼らはそれに手を伸ばそうとする。例えそれが最善とはいえず、この関係を壊してしまう危機に陥ったとしても。

 

「ヒッキーは変態だからなぁ‥‥今頃なにやってるんだろ‥‥」

「そうね、気にならないといえば嘘になるわ。あの男が女子校もどきに送り込まれた絵なんて想像できないでしょう?それに、あの友達いない歴=年齢の彼が上手くやっていけるとは思えないわ」

「ヒッキー本当はいい人なんだけどな‥‥‥‥‥ちょっとキモいけど」

「ちょっとどころじゃないわよ。世界‥‥‥いや、宇宙規模ね」

 

だから、由比ヶ浜結衣は彼が去ってしまった奉仕部を辞めることは決してない。遠くても、遠くても、いつか彼にその手が届くと信じているから。

 

窓から刺しこむ夕陽は、赤く明るく部室を照らしていた。

 

───4───

 

現在朝の五時。

眼が覚めると、隣のベットに寝間着姿の女生徒が寝ていた。一人部屋じゃない事に絶望した!確かにベットは二つあったけどほら、男子だし?間違いが起きないように一人部屋でもいいじゃん?

でも織斑と相部屋なのは絶対に嫌だ。ストレスマッハで墓地送りを超えて除去されちゃう。

 

それにしても、本当にホテルのような部屋だ。なんというか落ち着かない。壁掛け時計もなんかオシャレ(笑)だし、ベットもふわふわフカフカだ。問題なんて何もないよ(キンモザ並感)。

加えて部屋は中々広い。冷蔵庫も風呂も設備されているしな。それに、目の前に織斑先生が仁王立ちして‥‥‥‥‥は?

 

「おりむぐっ!?」

「静かにしろ、騒げばどうなるかわかっているな?」

 

口元を押さえられ、機嫌が悪いのか強く睨まれる。

超高速で首をコクコクと動かす。どれだけ恐ろしいかっていえば、俺の冷や汗だけで世界の水不足を救えるレベル。

 

「ここまでくれば大丈夫だな」

 

今からボッコボコにされるんですね、分かります。でもその気になれば痛みだって消せるってさやかちゃんが言ってた。ちなみに俺はほむら派。さやカスは滅べ。

 

「おい、聞いているのか」

「すいません全然聞いていませんでした」

「‥‥もう一度言うぞ?昨日の事だ」

「ああ‥‥それがどうかしたんすか?」

 

せっかく忘れていた事を思い出し、気分が悪くなる。魔女化待った無しですわ。人魚の魔女になって赤髪の女の子巻き込んで死ぬわ。

 

「比企谷。お前って入学試験受けてないだろ?だから無理矢理模擬戦という形で解決させてもらった」

「え、ええー‥‥‥」

「何だ?文句があるのか?」

「い、いや‥‥‥」

 

やだこの先生最低。なにその無理ゲー。人生っていうリセットできないゲームくらい無理ゲー。あれ初期ステにばらつきがありすぎだろ。俺の眼のステータスどうにかしろよ。修正はよ。あと詫び石はよ。

入学仕立ての生徒にISの戦闘をさせようとするとか鬼畜すぎるだろ。最終鬼畜かっつーの。

 

「だから、オルコットをぶっ倒してくれ」

「話飛んでますよね?」

 

織斑先生は楽しそうだ。いや、それでは語弊があるな。悪巧みをした顔をしているというのが正しいだろう。

 

「いやぁ、あいつ入学早々日本を敵に回すような発言をしてな。あれでも少しは丸くなったんだが、もう少し落ち着かせたいのでな」

 

あれより気性が荒いとか最早ヒステリックの域だろ。ヒステリックって本当に害悪だよな。

 

「はぁ、それを俺に?」

「ああ。個人的にも弟を馬鹿にした事が気に食わんのでな」

 

うわぁ、この人ただのブラコン教師じゃないですかやだー!!!

 

本当に無茶苦茶な先生だ。先生というより鬼教官だ。ポケモンで子供相手に6vギルガルド使って泣かせてそう。

 

「そうですか。ですが、お断りさせて頂きます」

「‥‥‥‥まあ、そう言うとは思っていたがな‥‥‥‥なぜだ?」

「やる理由が見当たりません。それに、俺みたいな素人が模擬戦をやっても得られるものは何もないでしょう」

 

俺はやらねばならない仕事は迅速に終わらせて全力で休むが、やらなくてもいい仕事は絶対にやらないで全力で休む。折木君の思想は嫌いじゃないよ。くっそ古典部羨ま‥‥‥えるたそ〜。

 

「ふむ、馬鹿にされても悔しくないと?」

「‥‥やり返そうと思う程ではありませんね」

 

悔しくないといえば嘘になるが、そこまでの程じゃない。自分の非もある事だし。それに面倒だ。

 

「聞いた以上の捻くれ度合いだな‥‥‥」

 

ブツブツと呟いて、何やら織斑先生はおもむろにポケットを弄り、ケータイを取り出した。そして、ぽちぽちと画面に触れて電話をかける仕草を取る。

 

「もしもし。はい、担任の織斑です。朝早くすいません」

 

不覚にも、この先生敬語使えるんだと感心してしまった。くやしいでも感じ(ry

 

「はい、よろしくお願いします‥‥‥ほら、比企谷」

 

渋々電話を替わる。さて、どんな人と電話する羽目になるのか。考えるだけで胃がキリキリする。

 

「もしもし!ゴミいちゃん!?」

「ファッ!?ここここ小町ぃ!?」

 

よく聞いているプリプリとした声。

電話の相手はマイスゥィートシスター小町だった。あ、ちなみにマイスウィートエンジェルは戸塚な。これだけは絶対に譲れない。譲れない戦いがここにはある。

 

てか織斑先生なんで小町の携帯の番号知ってるんだよ。怖いってレベルじゃねえぞ!

 

プライバシー がログアウトしました。

 

「昨日なんで無視したの?」

「無視?なんの事だ?」

 

ウーン、ハチマンワカンナイ。

 

「電話でなかったでしょ!小町は激おこぷんぷん丸なのです!」

 

お、おう。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(神)とかいう取り返しのつかない状態じゃなくてよかったわ。

 

「すまん、電源切ってたわ」

「もう、ゴミいちゃんは‥‥‥」

 

こいつゴミに失礼だろ。ゴミってのは立派なんだぞ。文明発展の影には必ずゴミが存在すると断言してもいいね。

 

「そういえばお兄ちゃん。今度模擬戦やるんだって?」

「一応な、まあ勝てるわけなんてないけどな」

「ふーん‥‥‥努力しようとも思わないの?」

「ああ、働いたら負けだからな」

 

つまり専業主夫こそ真理。働きたくないでござる!働きたくないでござるぅ!

 

「どうせお兄ちゃんの事だから、負けてもいいと思ってるんでしょ?」

「もち、さすが我が愛しの妹だ。よく分かっているな」

「でも、負けたら小町は悲しいな‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

そう言われるとぐうの音も出ない。

 

ぼっちとしての俺の信条は、「押してダメなら諦めろ」だ。だから、基本的には諦める方針で物事を進めている。

だが、ぼっちは誰にも迷惑をかけず、誰も傷つけず、全ての責任を自分で背負う。それこそ、比企谷八幡が比企谷八幡である所以であり、ぼっちとしての最低限のマナーだ。

 

だから、小町が傷ついてしまうと言うならば、俺は諦める事ができなくなる。諦めるとなれば、俺は自分自身に嘘をつく事になる。

 

小町は俺の事をよくわかっている。だから、口八丁で言いくるめようとしても、それは無意味なのだ。のれんに腕押しという奴だ。

 

「だから‥‥‥小町の為に、世界でいーちばん強くなってくれない?」

「おいちょっとまて」

 

シリアスになるかと思ったら全部ぶっ壊しにきたよこの子。世界一とかナチスの科学力かっての。

 

「えー!小町の言う事が聞けないの?」

「そう言われてもな‥‥‥」

 

昨日の事を思い出す。あの金髪クロワッサンが小町を馬鹿にした事を。

 

俺は、俺自身が馬鹿にされても構わない。だが、俺の家族を馬鹿にする事だけは絶対に許せない。もう怒る気力は失せてしまったが、今でも許してはいない。

それに、俺は内心、最低限の努力は必要だと分かっていた筈だ。世界で二人だけの男性IS適性者。そうなれば、いつどんな危険が自分に迫ってもおかしくない。

だが、俺はその問題から目を背け、逃げようとしていた。いつも通り、いつも通りと自分に言い聞かせ、努力をしない理由にしようとしていたのだ。

そんな俺に、小町は行動する理由を与えてくれたのだ。

 

「‥‥可愛い妹のお願いなら仕方ないな」

「うんうん。可愛い妹のお願いだもんね」

 

す、少しだけなんだからね!べ、別に小町のために努力するとか、全然そんな訳じゃないんだからね!





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閉じられた部屋の中、“それ”は瞬間を待ちわびる。/ふと、相川清香は目を覚ます。

「嘘」

 

嘘とは、最も強い自己暗示である。時には自分を奮い立たせ、時には心の制御装置となるなど、悪いイメージの割には案外役に立つ場面も多い。

 

だが、その嘘を嘘だと理解し、認識してしまった時、人は───

 

───よって、「真実」の取り扱いには、くれぐれもご注意を。

 

──────

 

千葉県内の、とある地下施設。

扉に「千葉メカトロニクス第三IS研究所」と書かれたプレートが貼られているその部屋に、それは目覚めの時を待ちわびていた。

その扉は銀行の金庫の扉のように丸く、分厚い設計になっており、中には一台の不恰好なISがISの装甲と同じ素材の鎖に縛られ、無理矢理に鎮座させられている。

それは厳重に保管されているというより、牢獄の中には閉じ込められていると言った方が正しい。

 

やがて、その分厚い扉が開かれる。入ってきたのは、小太りの男。普通すぎるその見た目は、顔に浮かべる不気味な表情と相まって不自然さを漂わせる。

 

「はぁ、まさか本当にここに来ることになるとはね」

 

男は独り言を呟く。が、それは完全に誰かに向けられた言葉であり、そこには刺々しい敵意も隠されていた。

突然、それに反応するようにカメラアイが白い光を放つ。その“白”は単純な白ではなく、全ての色が纏められた“白”であった。

 

「‥‥‥‥そうやって誰をも拒む。君の悪い癖だと思わないかい?」

 

そう言って、男はその装甲に手を伸ばす。

すると、それを拒むかのように手の前に空白の空間投影型ディスプレイが表示される。そこを中心として機体全身を包み込むようにそれが表示され、“拒絶”を表す。男が手を引っ込めると、ディスプレイは粒子となって霧散する。

 

意思疎通を諦めたかのように彼は背を向け、小脇に抱えるファイルから一枚のデータを取り出す。そこには、目の腐った少年の顔。その生い立ちと、簡単な特記情報が書かれていた。

 

「一応確認しておくけど、本当に、“彼”でいいんだね?」

 

返事をするように、白い光がチカチカと消灯、点灯を繰り返す。ツートンツーツー、トン、トントントンと繰り返すそれには、何か意味があるようのだろう、機体を横目で見る男の顔に、小さな笑みが浮かぶ。

 

「まあ、君がしっかり売り物になってくれるなら‥‥僕も親としての責任がある。全力でバックアッブするよ。それに、五十四のデータで再構成される君の姿を見てみたいし、ね?」

 

そう言い残し、男は重苦しい扉を力一杯引いて、不安になる音を掻き鳴した。

扉がバタンと、重さを感じさせる音を立てて閉められる。ギィィとハンドルを回し、ロックが掛けられる。

 

再び、部屋は牢獄と化した。

 

数分後、誰もいない、音も立たない牢獄内に一つのディスプレイが展開される。

 

そこには───

 

「We welcome to “dominant” .」

 

───2───

 

小町との電話を終え織斑先生に携帯を返すと、今までに見たことがない程の“イイ”顔をされた。いい顔ではない。“イイ”顔である。大事な事なので二回言いました。

 

これからは妹を通して色々頼まれる未来が見える。これも運命石の扉の選択なのか‥‥‥!

 

「そうだ比企谷」パシィン!

「痛っ!!」

 

突如出席簿が炸裂し、俺の首をぐわんと曲げる程に吹き飛ばす。頭をさすさすと撫でて、痛いですとアピールしてみる。

が、それもどこ吹く風として、出席簿をゆらりゆらりと揺らしながら、暴力教師は話を続けんとする。

 

「お前、具合が悪いだろう?」

「‥‥!‥‥‥そうですね、とっても具合が悪いですね‥‥特に首が」

 

突然、織斑先生はよくわからない事を言い出す。数秒遅れて俺も、ようやくその意味に気づいてしまう。

この先生、俺に休みをくれてくれようとしているのだ。普段なら先生を崇拝しているところだが、まあ今は事情が事情だ。

一週間後の模擬戦まで殆ど時間がないのだ。施しを受けるつもりはないが、好意には甘えておくとしよう。

 

「今日は休むといい」

「そうさせて頂きます‥‥ありがとうございます」

「なぁに、休むだけなのに礼を言われる筋合いはないぞ?」

 

織斑先生はいつでも楽しそうだ。その端麗な顔でニヤッと笑ってみせる。

 

そして、「お、そうだ」と呟き、先生はわざとらしく手を打って見せる。

 

「そういえば、今日は第四アリーナを使う予定がなかったなー。おっと、どこかに訓練機貸出承認書を落としてしまった。まあいい、仕事に戻るとするかー」

 

酷い棒読み演技の後に、織斑先生の出席簿から手書きの申請書が滑り落ちる。俺はそれを拾い、綺麗に畳んでジャージのポケットにしまう。

織斑先生は俺に向かって小さく頷き、踵を返してどこかへと去って行った。

 

織斑先生がここまでお膳立てしてくれたんだ。後は、俺がどれだけ頑張るか。それだけだ。

 

───3───

 

比企谷八幡。前任の平塚先生から聞いていた通り、厄介な生徒だ。ただ無意味に捻くれているだけなら力で叩き潰すのみなのだが、そうなったのにも色々理由があるらしく、本人もあの厄介な生徒と同じく口が回りそうで‥‥私の苦手なタイプだ。

私は教員としてはまだまだ未熟なのでその辺は分からないが、こういう生徒に力で指導するのは逆効果な気がする。自殺なんてされたら困るしな。

 

「織斑先生、おはようございます。昨日の事、しっかり反省してますか?」

「おはようございます。分かってますよ、次から気をつけます」

 

職員室で山田先生に挨拶を交わし、硬く冷たい椅子に腰掛ける。

話を戻そう。一部生徒によると、比企谷は妹の事を馬鹿にされ、人が変わったように怒ったらしい。やはり、ただの捻くれた無気力症患者ではなかったようだ。

今ペルソナ3思い出した人、放課後に先生のところに来い。これは命令だ。ちなみに先生はテレッテが好きだ。

 

んんっ、話が逸れたな。まあとにかく、私はあの比企谷とかいう腐った目の捻くれ者を鍛え上げたいのだ。

一夏は前向きだしそれなりに向上心もあるだろうから問題はないだろう。けしかけてやればすぐに反応するような扱いやすい奴だ。

だが、あの男は注意をしても全くやらないだろう。それどころか、こちらを舌論で負かしてきそうだから困る。私はそういうのが苦手なんだ。話すとかそういうのは私の仕事じゃない。

それに、やる気のない女生徒なら放っておいてもそれは自己責任となるだけだからまだいい。だが、世界に二人しかいない男性IS適性者となれば話は変わってきてしまう。

 

いつ、どこで、どのようにその身が、その命が狙われてもおかしくないのだ。本人にそれを伝えたところで、現実味が無さ過ぎて耳を貸すとは思えない。それに奴は疲れている。精神的に追い詰め過ぎるのも‥‥‥何だ、良くないって事だ。

 

そこで、私はオルコットと模擬戦をやらせる事で解決する事にした。妹を馬鹿にした相手だ。さすがに比企谷も努力をするだろう。あそこまで膳立てもした事だしな。これでやらなかったら私がキレるぞ。

そして、あわよくばオルコットを倒して欲しい。弟を馬鹿にした事をお姉ちゃんは根に持っているのだよ。千葉の兄弟、姉妹、姉弟、兄妹は愛し合っているのだよ!ソースは私だ。

 

まあ、負けたとしても比企谷に悔しいと思ってもらえるだろう。妹の事を想えば、自衛できるくらいには強くなってくれるだろう。むしろこっちが本命だ。

正直、私も比企谷がオルコットに勝てるとは思えない。弟云々は“体”というやつであり、一夏については本人もそれなりに結果を出せたから私としては満足しているのだ。オルコットが突然ベタ惚れしているのが少しだけ気に入らんがな。あいつはチョロいのか?

 

「ふん‥私もまだまだだな‥‥‥」

 

私は、色々あって教師になった。

昔は、私も比企谷とは違う方向に捻くれていた時期もあった。人の事は言えんのだよ。

だからこそ、比企谷には頑張ってまともな人間になって欲しい。なってもらわないと困る。無理矢理にでも立派になってもらうつもりだがな。

 

というより、昨日の電話。妹さんにゴリ押されてしまった事を一から十までしっかりと報告したら、山田先生に怒られた。それもみっちり。

ホウレンソウが大事だというのは嘘なのか?怒られるならキチンと報告するんじゃなかったと後悔している。

人生の中でも、ここまで怒られたのは初めてだ。だいたい比企谷の妹のせい。つまり比企谷が悪いのだよ。そうだ!比企谷がわr‥‥‥‥死にたくなるからやめよう。押し切られてしまった私が悪かったです。はい。

 

‥‥‥‥やっぱり、敬語とかを使ってペラペラと喋るのは私の担当じゃない。こういうのは、次から山田先生に頼む事にしよう。

 

───4───

 

右も左も分からない俺は、仕方なく自室で勉強する事にした。期限はたったの一週間しかない。やるべき事を迅速に終わらせねばならないのだ。

「いつISが出来たのか」とか、「ISに関する条約」などのテストにしか出なさそうなところはすっ飛ばして、実戦に使えそうなものだけを選んで学習した。そこまで熱中していたのかは分からないが、不覚にも同室の子に「だ、大丈夫?」と存在を気づかれた上に心配までされたので、「大丈夫だ、問題ない」と返してみた。

何のネタなのか分かっただろうか?

 

「取り敢えず、分かった事をまとめてみるか‥‥‥‥」

 

・ISが世界最強の兵器という事

・シールドエネルギーについて

・絶対防御について

・ISの基本運用方法

・上記の注意点

 

うわぁ、特にこれといって得られたものがねえ‥‥四時間もやったのに全部無駄にしたわ。基本操作とかマジ基本中の基本じゃん‥‥‥多分あれ見ないでも余裕で扱えてたと思う。十字キーで移動みたいな事しか書いてなかったんだぜ?それって教科書としてどうなんだよ?

その点トッポって凄いよな、最後までチョコたっぷりだもん。

 

その後、デカデカと『実践編』と書かれた参考書を手にしてみたものの、今度は逆に全然わからなかった。どれくらい分からないかというと、数学の微分くらいわからん。X^2(Xの二乗)を微分すると2Xになるとか意味不明過ぎる。そもそも微分ってなんだ。平均増加率?もっと分かりやすく説明しろよ‥‥‥数学の教科書常連のたかしくん教えろ下さい。

ってか、たかしくんりんご買うときに値段忘れたりするのやめろよ。レシート破ったり、池の周りを無意味に回ったりするの生産性なさすぎだろ。お役所仕事かっつーの。

 

額を抑えて、まだ温もりの残るベットに倒れ込む。すると、携帯がバイブレーションを鳴らす。既視感のある光景だ。

 

携帯開く。平塚先生からのメッセージが届いていた。静かな部屋に、パタパタという携帯のタップ音だけが広がる。

 

From 平塚先生

 

件名:ご機嫌いかがですか?

 

こんにちは、比企谷君。IS学園に入学してからもう二日経ちますが、友達はできましたか?クラスに比企谷君がいないというのは少しだけ寂しいです(笑)。そういえば、この前美味しいラーメン屋を───

 

そっと閉じた。平塚先生が結婚できない理由がこの一通のメールに詰まっている気がする。マジパンドラの箱。希望も災厄の内ってな。

 

携帯が十一時過ぎを指す。勉強のし過ぎで腹が減った。食堂があるって聞いたし、生徒がいない今のうちに飯を食いに行くか。うん、そうしよう。

 

パリッとした制服に袖を通す。ふと思い出したのだが、IS学園の制服は自分で勝手に改造してもいいらしい。改造と言われてもどう改造するのか。制服の中に文房具でも仕込むのか?

それにしても、この真っ白な制服、マジで似合わない。パリッとし過ぎて気持ち悪い。

 

と、いう訳で寮から出てみたのだが、IS学園は無駄に広くてどこがどこだか全く分からない。ディスティニーランドかと錯覚するレベル。

なんか東京にムカっ腹が立ってきた。東京許すまじ。

というより、東京って名前のつくアニメ多すぎだろ。レイヴンズとか喰種とかアンダーグラウンドとか。全部千葉に変えて再放送しろよ。少なくとも千葉県民に需要あるぞ。

 

「織斑先生地図くれたっていいだろ‥‥‥お?」

 

学園内を探索していると、遊園地によくある案内掲示板と似たものが設置されていた。

最新の電子掲示板らしく、スマホ初心者のような慣れない手つきで検索してみると、該当件数一件と、案外すぐに見つかってしまった。どうやらこの道で正解だそうだ。やったぜ。

数分歩くと、目的地の学舎が見えてきた。完全に俺が昨日ブチ切れた一年一組がある学舎に一致です本当にありがとうございました。

昨日の事を思い出すだけで死にたくなる。ロープあったら首吊ってるね。青酸カリあったらペロッと舐めてる。

 

学舎内で誰かに会うと面倒だと思い、ステルスヒッキーを発動させたが杞憂だったようで、誰にも会わずに食堂まで辿り着けた。案の定食堂のおばちゃん的な人物がいたので、怪しい者じゃないですオーラを出しながら話しかけてみる。あれ?これ不審者に見えるんじゃ‥‥‥

 

「す、すみません。ここの学生なのですが、食堂を利用するのが初めてでして‥‥‥」

「あらまあ、二人目の男子‥‥‥噂のヒキタニ君ね」

 

おばちゃんのニコニコ笑顔が眩しい。

いつから噂になっていたんですか?あと比企谷です。葉山思い出すんでやめろくださいお願いします。

 

「どれが食べたいのかしら?」

「あー、じゃあラーメンで」

「はーい。ちょっと待っててねー」

 

あれ?食堂のおばちゃんが優しい‥‥目からダシが‥‥‥‥

 

「はいお待ち、熱いからふーふーして食べなよ」

「あ、ありがとうございます」

 

なんであの人俺が猫舌だって知っているんだ。新手のスタンド使いかよ。しかもふーふーって子供じゃねえんだからさぁ‥‥‥‥

お盆に乗っかったラーメンを運び、無意識的に端の、人気のなさそうな席に座る。

 

「いただきます‥‥」

 

小声でボソボソお呟き、汁が服に飛び散らない程度の勢いですする。

味はシンプルでいい感じだ。これで千葉県の地産地消製品とかだったら三食全部ラーメンにする。ずっと食べていると身体に悪い?細けえこたぁいいんだよ!

 

「はふっ、はふはふっ」

 

なんというか、懐かしい味だ。最近は家系ラーメンみたいな豚骨醤油系ばかり食べていたが、こういうのもアリだ。ラーメンの原点に帰れた気がする。

器を掴んで汁を飲み干す。今なら平塚先生とラーメンについて一時間は語れる気がする。ラーメンマジソウルフード。マッカンの次に好きだね。

 

関係ないけど、“うまみ”って旨味だけど、甘みともかけるじゃん?つまりマッカンはうまみの塊なんだ!

そして、綾鷹式に行けば濁りはうまみじゃん?つまり、濁り=うまみ=マッカンなんだよ。つまり俺の目はマッカン。Q.E.D.証明終了っと。

 

「ごちそうさまでした‥‥‥」

 

箸を器の上に置き、手を合わせる。

ぼっち百八のスキルの一つ、早食いを発動させ、僅か十分で完食してしまった。ぼっちって偉大だわ。

 

「ごちそうさまでしたー」

「はーい」

 

食器をそそくさと片付け、俺は素早く食堂を後にした。

 

───5───

 

私が今朝少し早く起きると、ルームメイトである比企谷くんはすでに起きていた。私を全く意に介さぬ様子で、「IS基礎知識の導」と書かれた辞書並みに分厚い参考書と睨めっこしてた。

昨日の内に挨拶しておきたかったんだけど、私が寮に戻った時はすでに寝てしまっていた。

今わざわざ挨拶するのも憚られるので、なんとなく「大丈夫?」と声をかけると、「大丈夫だ、問題ない」と返された。問題がないなら良かった。

制服に着替えようと思ったんだけど、比企谷くんは退いてくれそうもないので風呂場で着替えることにした。勉強の邪魔するのもあれだし。

パパッと着替えを済まし、朝の食堂に向かうことにした。

 

「おはよー」

「おはよー相川ちゃん」

「てか、昨日さぁ───」

 

途中、クラスの子と合流した。

最初はどうなるかと思ったけどみんなそれなりには良識があって、結構うまくやっていけている方だと自分でも思っている。

 

朝ご飯は、日本食のセットを頼んだ。ここのご飯はいいものが使われていて美味しい。時々、家のご飯が恋しくなるけどね。

みんなで丸いテーブルを囲んでいると、そこに今学園一注目を集めている、話題の人物がやってきました。

 

「あ、織斑君だ!」

「おはよう織斑君!」

「おはようみんな」

 

織斑くん。世界初の男性IS適性者で、私達一年一組のクラス代表でもある。入学早々にオルコットさんと模擬戦をし、後一歩というところまで追い詰めた。結局負けちゃったんだけど。

その堂々とした心意気に惚れた女子も多く、私もその一人だ。織斑くんはかっこいいと思っている人はたくさんいると思う。

 

「織斑君かっこいいよねー!」

「うんうん、流石うちのクラス代表っていうか?」

「優しくて素敵だよね!」

「だ、だよねー」

 

話は織斑君の話題となり、みんながキャッキャと騒ぎ立てる。話の内容には同意できるが、私はこういう内輪ノリみたいなものが得意じゃない。頑張って合わせてみるけど、しっくりこない。自分だけが、世界から取り残されている感覚がしてしまうのだ。

 

「それに対して、もう一人はヒドイよね」

「うんうん、セシリアさんに突然キレたんでしょ?」

「ヒキタニ君だっけ?織斑君とは大違いだよねー」

「う、うん。そうだね」

 

話が織斑くんから切り替わる。ああ、またこの流れかとうんざりしながら、事実と違う事を指摘する勇気のない私は、適当な相槌を打つ。

 

昨日から、この流れは鉄板となりつつあるのだ。織斑くんの話題になると、引き合いに必ず比企谷くんが怒った話が出されてしまう。私はその時クラスにいたので比企谷くんが怒った理由も知っていますが、噂というのは怖いもので、「二人目の男子が、話しかけたセシリアさんに突然キレた」とか、「態度を注意したセシリアさんに逆ギレした」とか、怒ったという事以外勝手に捏造されて、尾びれが付いた状態で出回っているのだ。

しかも、それが一年のほぼ全員に広まっている。私は女子高出身で、こういう噂話にも慣れっこではあるのだが、未だに慣れない。

 

「しかも、今度セシリアさんと模擬戦するらしいよ?」

「絶対負けるのにバカだよねー」

「うん、だ、だよねー」

 

そして、私は気づいてしまった。私達が見直したのは男の人ではなく、“織斑一夏”という一人の人間なのだと。

みんなそうなんだ。「男の人もいい人はいる」とか「見直した」とか言ってるけれど、それは織斑くん相手にしか適応されていない。恋で盲目になっているだけでしかないのだ。

 

そう考えると、私は自分の思いに自信が無くなってきた。織斑くんの事を好きだと思っていたけれど、それも集団心理に巻き込まれてしまっただけ。本当は、ただかっこいいと思っただけなのかもしれない。

 

「清香聞いてる?」

「う、うん」

 

今日も私は他人の意見に相槌を打つだけで、まともに自分の意見も言えず、閉じこもったままだ。

 

私は家族の為に堂々と怒れる、自分の姿勢を比企谷くんが羨ましかった。

 




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柄にもなく、比企谷八幡は努力する

ええ、反省はしています。後悔はしていません。


「暗い心を持つものは暗い夢しか見ない。もっと暗い心は夢さえ見ない」

 

──────

 

電子掲示板を新たな仲間に加えた俺は、それはもう驚く速さで第四アリーナに向かった。例えるなら音を置き去りにしたってやつよ。これも一日一万本のマッカンのお陰。そういえばIS学園ってマッカン売ってんのかな?

 

という訳で、アリーナに着いたのはいいのだが───

 

「なにあのヤンキー‥‥‥‥槍とか持ってるんだけど‥‥‥‥」

 

水色の髪の生徒が、アリーナの入り口に仁王立ちしている。それも、槍を持って。リボンの色が違うから多分上の学年なのだろう。顔はよく見えないが、遠目から見て、体型はボッキュンボンという感じだ。恵まれたボデーですね(KONAMI感)。

 

ってか、水色の髪とか絶対染めてる。しかも槍構えているとかアリーナの門番かよ。もしかしてなくてもデュエルスタンバイとかしちゃうの?常にシャイニングドローしちゃうの?

ふとクリスタル・ランサーを思い出した俺はデュエマ民。いやいや、融合とかペンデュラム召喚とか全然知らないよ?

それより、織斑先生‥‥‥不良がいるなんて言わなかったじゃないですか!!よくもだましたアアアア!!だましてくれたなアアアアア!!(AA略)

 

その場でくるりと踵を返す。

今日は諦めよう。槍を持った物騒な人を相手にするくらいなら、自室で勉強してたほうがマシだね。下手に話しかけたら不運と踊っちまう事になりかねない。

 

「ちょっとなんで帰るのよー!」

「ちょ、マジ?速───ヤバ、死n‥‥‥うおおおおお!!!」

「待っ‥‥‥もうぅぅぅ!!」

 

死ぬ。死ぬ。アスリート並のフォームで追いかけてきやがってやがる。一応は学生だよね?おかしい。無茶苦茶に速い。運動もマトモにしないヒョロガキがヤンキーに追いかけられている。全くもって酷い絵だ。

 

「お金ならありませんすいません!」

「なんで私がカツアゲしてる体になってんのよおおおお!!」

 

その距離はすぐに縮まり、俺の腰あたりに向けてジャンプし、抱き着かれて倒れ、転がり込む。そのままヤツのクッションにされ、アスファルトに身体を打ち付ける。

ラノベハーレム主人公ならこの時にラッキースケベが起きて羨まけしからん事になっているのだろうが、正直打ち付けた腰が痛過ぎて女の子特有の柔らかい身体とか味わってる暇なかった。やっぱり二次元はどこまで行っても二次元ですわ(絶望)。

 

「つーかまえた!」

「‥‥ウボァー‥‥‥‥‥‥」

「ふふん、敵将討ち取ったり!」

 

FFのボス並感の倒された感想を吐くと、俺の真上に仁王立ちしている青髪の少女の姿が目に入ってしまった。ヒラヒラと揺れるスカートからパンツが見え‥‥‥見え‥‥‥‥見えん!

 

捕まった瞬間の絶望を表すと、ラスボスまで辿り着いたのはいいものの、一発で瀕死になるような魔法を連発され、「今のはメラゾーマではない‥‥‥メラだ‥‥」と宣告された時と同じ位。ダイの大冒険読みたくなってきた。

 

「私の勝ちよ!」

 

どこからともなく扇子を取り出し、カッコつけて広げる。そこには毛筆で「完全勝利」と書かれており、頭の中にUCのbgmが流れる。

 

「そもそも勝負していないんですが‥‥‥どいてもらっていいですか?」

「あっ、ごめんね?」

 

案外素直にどいてもらえた。腰を抑えながら立ち上がり、汚れた新品の制服をパンパンと払い、回れ右をして立ち去ろうとする。が、肩をものすごい力で掴まれ、恐る恐る背後に振り向く。

 

「んんっ、初めまして。比企谷八幡君。私は更識楯無。この学校の生徒会長よ!」

「‥‥‥生徒会長さんが俺に用ですか?」

 

自称生徒会長は鼻を鳴らし、豊満な胸を張る。掴まれて皺のできた肩を伸ばし、観念して応対する。

彼女の真っ赤な瞳が俺の全身を舐め回すように動き、にっこりと微笑む。

 

そういえば、槍がどこかに消えている。槍どこいった。マジで槍どこ行った。なにこれ試されてるの?

 

八幡は考えるのをやめた。

 

「あら、酷い言い方ね。お姉さん泣いちゃう。およよよー」

「帰ります」

「あっ、待ってよー!」

 

嘘泣きは小町で間に合ってますんで。というより全てが小町で事足りる。料理もできるし可愛いしハイブリットぼっちだしうちの妹マジでスペック高い。お兄ちゃんとはぜんぜん違う。たまげたなぁ‥‥‥

ま、まあ俺もそれなりにスペック高‥‥‥この学校の生徒のレベルについていける気がしねえな。得意科目すらついていける気がしない。俺の将来息してる?

 

「全く、織斑先生に頼まれたから来てあげたのにぃー」

「はあ、織斑先生が?」

「あー、信じてないでしょ!お姉さんぷんぷんだぞ!」

 

ぷんぷん(笑)。スイーツが好きそうな言葉ベスト3に常にランクインしてそうですね。

 

話は変わるが、この自称生徒会長‥‥‥笑い方が変だ。違和感を感じるというか、なんと言えばいいのか‥‥‥

 

「言っとくけど、ISの操作ってケッコー難しいのよ?最初は飛ぶことさえできない人もいるのよ。」

「えっ」

 

そんな違和感も、目の前の向かうべき事象の前にかき消えてしまった。

 

参考書にはそんなこと書いてなかった。簡単そうに思わせて実戦で失敗させる巧妙な罠だったのか?それともこの自称生徒会長がテキトーなことを言っているだけなのか?

数学の教科書に問題の解き方として例題が乗っているが、途中経過が略されていてわからなくなったあの現象と考えれば納得できる。せめて例題くらいは略さなくてもいいじゃないですか‥‥‥

 

「まあまあ、悪いことはしないから大人しくお姉さんに教わりなさい☆」

「は、はあ‥‥‥‥」

 

語尾に星ついてるような気がするんだけど。食蜂さんなの?精神掌握しちゃうの?

 

という訳で、俺はこの更識とかいう自称生徒会長にISの稽古をつけてもらう事になった。

俺が現在装備しているのは、打鉄と呼ばれる日本の第二世代型量産機である。速度は出ないが防御力は高く、近接戦闘が得意でバランスがいいらしい。ISというものを装備したのは二度目だが、本当に自分の身体のように軽く動いてしまう。試しにアリーナ内を駆け回るが、特に問題は感じられない。むしろ心地いいくらいだ。

 

「思ったよりスジがいいわね‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

楽しそうな、どこか黒い何かを孕む声。ISのハイパーセンサーが嫌でも捉えてしまう。呟き声さえも捉えてしまうなんてきたないISきたない。

 

そもそもスジってなんだよ。メロンなの?ハイエロファントグリーンなの?緑色で光ってなんかいないんだけど。ジョジョネタを振ってきてるの?

今Google先生にこの状況を検索したら、「もしかして オラオラ」って出てきそう。どうでもいいが、去年のクリスマス前に、「クリスマスケーキ 一人用」って検索したら「もしかして クリスマスケーキ 二人用」って出てきた。俺がぼっちという事を見越したGoogle先生の精神攻撃がヤバい。ま、まあ小町いるし?そういう配慮って可能性も残ってるじゃん?

 

「じゃあ次、飛行訓練行くわよ。」

「あぁ、まあ。はい。」

「取り敢えずやってみて。」

 

訓練機に搭載されたマニュアルを開く。背部のブースターユニットが点火し、ゆっくりと機体が浮いてゆく。

文章表現の中に、「まるで鳥になったかのようだ」というものがあるが、まさにそれだ。本当に、空というものを自由に操れる、圧倒的な支配感を感じる。

 

「おお‥‥‥‥」

 

今ならお兄様に飛行用デバイスを貸してもらった研究員の気持ちがわかるわ。詩とかかけちゃうレベル。

 

「ほらほら、ボーッとしてると痛い目見る事になるわよ?」

「え?───うおおお!?」

 

途端、機体がバランスを崩し、速度を上げながらアリーナ内を右往左往する。制御が効かない。

 

「ま、まず───あでっ!」

 

自分でも立て直そうと頑張ったのだが、結局地面に激突してしまった。IS装備してるから特になんともないとか思ってた自分が馬鹿でした。普通に痛いです。え?痛いのはそれだけじゃない?‥‥‥心が痛いです。

 

「あははははっ!落ちたわね。ふふふふふふ‥‥」

 

わぁー、面白かったですかー。いい腹筋運動になりそうですね(棒)。

とにかく、ふざけている場合ではない。俺には時間とかもう色々ないんだ。両手を使って立ち上がる。

雪ノ下だったら、「あら、比企谷君にないのは時間だけでなく人権もなのだけれど」とか言いそう。あの罵倒最近トゲトゲしさが増してるよな。

そして、由比ヶ浜は───

 

「っ‥‥‥」

 

由比ヶ浜の事だけは思い出したくなかった。

あいつが俺に優しかったのは負い目があったから。ただそれだけだ。何故俺は今になって由比ヶ浜を思い出した?もうあいつは関係ない筈だろ?まさか、俺はまだあの事を引きずり続けているのか?いや、そんな事はないだろう。俺は訓練されたぼっちだ。別に、誰かとの縁が切れたくらいで───

 

「───君、比企谷君?」

「は、はい!?」

「大丈夫?すごい深刻な顔してたよ?」

「や、やだなぁ、ポケモンでもいつもいつでも上手くいくなんて保証はないって言ってたじゃないですか?」

「そりゃそうじゃ!って?」

 

あははと笑う自称生徒会長。それは屈託の笑顔というべきで、裏表のない素直なものだった。見間違いかと思い機械仕掛けの腕で目を擦り、もう一度見つめてみると、今まで通りの思索を含んだ顔だった。見間違いだったのだろうか。

 

「?」

「‥‥‥近いっす」

「ふーん?」

 

下から覗き込んでくる。近いいい匂いする近いヤバイハイパーセンサー凄い。

身体を仰け反らして、あからさまに嫌な顔をする。すると彼女は楽しそうに、更に身体を近づけてくる。

 

「は、はやく続きをやりましょうよ?」

「ちぇー‥‥はーい」

 

こうして、俺は自称生徒会長にビシバシとシゴかれてしまうのであった。

 

最後まで、槍を持っていた理由と、それが消えた理由はわからなかった。

 

───2───

 

私、相川清香はハンドボール部に所属している。練習は厳しいが、毎日それなりに楽しくやっている。

今日は体力をつける一環として、先輩から学園内の外壁を三週するという課題が出された。IS学園はすっごく広いので、三週となるとものすごい時間がかかる。走っているだけでもう夜になってしまう。ハンドボール部に入ったはずなんだけどね‥‥‥

 

一周走るだけで私はヘトヘトになってしまい、ペースがガタ落ちだ。体力には自信があったのに、本当にIS学園はレベル高い人ばっかりだ。私なんかじゃ到底叶わない。

 

そこから更に半周し、学園校門の真反対のところまで走った。すぐそこにある自販機に手が伸びてしまいそうだ。

さすがに自販機で飲み物は買いはしなかったが、隣のベンチで休むことにした。このまま走り続けていたら絶対に倒れてしまう。

 

「疲れた〜、ふぅ‥‥‥‥」

 

独り言でも言って、寂しさを紛らわせる。他の子は全員先に行っちゃったので、この置いてきぼり感が寂しいです。集団が好きじゃないのに寂しいなんて、ちょっとおかしな話だけれどね。

 

さて、そろそろ行こうかなと思い立ち上がると、少し離れたところから何かが落っこちたような、大きな音が鳴り響いた。第四アリーナの方向からだ。第四アリーナは学舎から一番遠いので、放課後以外殆ど使われないとよく聞く。

 

あんな場所で何があったんだろう?という野次馬根性で覗きに行くと、一つのISが危うげに空を飛んでいるのが見えた。中に乗っていたのは、想像もできない人物だった。

 

「え?ひ、比企谷くん?」

 

思わず声が出てしまった。まさか、今日は風邪で休んでいるはずの比企谷くんが、こんなところでISを借りて一人で練習してるとは思いもしなかったからだ。そういえば、風邪と言っていた割には朝も元気だった。集中して勉強もしていたし、もしかして嘘だったのかな?

でも織斑先生に嘘をつくなんてすごい勇気だなぁ‥‥‥‥

 

比企谷くんは空中で大きく機体を揺らしながら、手に持つライフルでターゲットを撃ち抜いてゆく。今日がIS学園に来て二日目のはずなのに、とっても上手だ。私はまだ歩行さえままらならいって言うのに。

そして、私の頭の中にある可能性が浮かんでしまう。

 

もしかしたら、比企谷くんは本気でオルコットさんを倒すつもりなんじゃないかな?

 

いや、そんな事が出来るわけがない。オルコットさんは代表候補生で、私達のような一般生徒とは違う。織斑くんだってきっと織斑先生の弟だからあんなに善戦ができただけ‥‥‥‥

 

そのはずなのだ。だから、比企谷くんが勝てるわけなんてないんだ。

 

でも、その動きからその真剣さが見て取れた。私は比企谷くんが本気で勝ちに行くつもりなんだなと思い、少しだけ嬉しくなった。

 

こうやって頑張っている人を見ると、元気が漲ってくる。私も頑張らなきゃ、そう思える。

 

「よーし、頑張るぞ〜!ファイトー、おー!」

 

自分自身に喝を入れて、拳を空高く突き上げます。比企谷くんが頑張るなら、私だって頑張らなきゃ。目の前で頑張っている人がいるのに、それを横目にサボることなんて私にはできない。

 

今は応援することしかできないけど、いつかは───





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比企谷八幡は、相川清香に“それ”の片鱗を見出す

「本物」

 

偽物や見かけ上だけの物でない、本当の物。

 

──────

 

自称生徒会長にISについて色々と教授してもらった後、一応お礼を言ってアリーナを後にさせてもらった。ほら、あの透明な槍でいつ刺し殺されるかわからないもん。ほら、俺幸運Eだからどこぞのゲイボルグが必中じゃん?

 

なんて下らない事を考えて寮への帰路を辿る俺に、会いたくない人物ベスト3の一人の魔の手が伸びる。

 

「よう、比企谷」

「うわぁ‥‥‥うっす」

 

向かいから来たのはシルエットで分かる。かの有名人、織斑弟。歩くだけで女子共から声を掛けられ、その全てに返事をするキラキラとした奴。みんな仲良く(笑)とか、一致団結(冷笑)とか、「一人はみんなのために、みんなは一人のために(暗黒微笑)」とか好きそうな奴だ。葉山と同じ匂いがする。

いや、ホモ的な意味じゃない。断じて違うんだ。僕はホモじゃない(キラ並感)!

 

分かるとは思うが、ちなみに一位は金髪クロワッサン。三位が織斑先生。というよりまともに話した事のある奴三人しかいないし?まじウケ‥‥‥ウケねーよ‥‥‥‥

 

「風邪なんだってな。大丈夫か?」

「大丈夫だ。ハチマントッテモゲンキ。ハチマンウソツカナイ」

「そっかそっか。よかった。まあ、部屋も近いしなんかあったら言ってくれよ」

 

そう言って俺の肩を叩き、織斑弟はキラーンと笑って自室に戻ってしまぅた。リア充ってどうしてあそこまでコミュ力あるの?やっぱり初期ステの差がおかしい。こんなの絶対おかしいよ。リア充リア充と避けてるけど織斑弟の素直さが眩しい‥‥‥‥

 

扉の前に立つ。一応礼儀として、扉をノックしてから鍵を開けると、中には誰もいなかった。織斑ならノックせずに入って女の子の裸を拝めるからな。同じ事を俺がやってみろ。お縄にかけられる羽目になるぞ。

あー辛いわー、スクールカースト最下位どころかどこにもはいってないとか辛いわー(ミサワ並感)。

前から思っていたのだが、スクールカーストというのは間違っていた造語だと思う。カーストの語源はインドのカースト制度だが、あれは生まれた瞬間決まるものであって、落ちる事もなければ上がる事も絶対にない。それに対し、スクールカーストというものは理由があれば上下する。そうなると、それはカーストというべきではなくヒエラルキーと言った方が正しいのではないか?

なんて平塚先生に一撃をもらいかねん事を考えていると、同室の子が汗だくのまま帰ってきた。ウェアは汗でベッタリと身体にひっついている。どことなくエロい。

突然入ってくるとびっくりするんでノックして下さい。ノック大事。親しき仲に“も”礼儀あり‥‥ってな。親しくない仲にはもっと礼儀っていう意味だろ?つまり関わらなければ礼儀も必要ない。天才の発想だろこれ。Q.E.D.証明終了していい?

 

「あ、ひ、比企谷くん。大丈夫?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

頭が大丈夫か聞かれているんですねわかります。

今朝もこんなやり取りをした気がする。まさかエンドレスエイト?あれは八回も放送するべきじゃなかった。ハルヒ見るのやめた人続出だろ。ソースは俺。

 

「そ、そういえば今日、比企谷くんの事見たよ」

「え?」

「アリーナで頑張ってたね。びっくりしたよ」

 

後姿のまま、タオルで頭をゴシゴシと拭く。

人なんて来てたか?俺と生徒会長(仮)しかいなかったと思ったんだが。Google先生で、検索検索ゥ!

 

「応援、してるから」

「お、おう」

 

タンスを開いて、ポイポイと服を取り出す。寝巻き‥‥‥寝巻きなのか?猫耳とか付いてるんですけど‥‥‥

 

しかも応援されちゃったよ。そもそもこの子誰だよ。ルームメイトだけど名前すら知らなかったわ。最低限の礼儀すらなってないのは俺だったのか‥‥‥

 

「そ、そうだ。後でご飯食べに行かない?」

「‥‥‥すまん、今日は一人で食べるから」

「そっか‥‥じゃあ先にお風呂頂くね」

 

ふと、あの桃色の髪が頭の隅をよぎり、眉を細める。

 

この子が何故俺に話しかけたのか。罰ゲームなのか、ルームメイトとして挨拶をしようとしたのか、俺にはわからない。

もしこの子が特に理由もなく俺に話しかけた、優しい女の子だとしても、今の俺はこの誘いを断っていただろう。

 

───由比ヶ浜。俺は、優しい女の子が嫌いだ。

 

───2───

 

それから数日間、俺は時間の許す限り必死に勉強した。こんなに何かを努力したのは人生で初めてかもしれない。疲れはしたが、 不思議と辛くはなかった。うわっ‥‥俺の社畜適正、高すぎ‥‥‥?

朝早く起きて知識を詰め込み、授業ノートを取り、休み時間もひたすら勉強する。放課後は基本的に一人で練習し、副担任の山田先生が空いている時は、ISについて色々とレクチャーしてもらった。山田先生は先生と呼ばれる事が嬉しいらしく、俺が何かを聞くと「何でも聞いて下さいね。私は先生ですから!」と言ってくる。確かに他の生徒に「やまや」「まやちゃん」「やまちゃん」とか呼ばれていた気がする。童顔だから仕方ないね。

 

その辺を考えれば、現在は順調に進んでいると言えるだろう。明日は身体を休めると共に作戦を考えるつもりだ。

だが、俺には目の上の瘤‥‥そこまで酷くはないが、それに近い人物がいる。

 

「比企谷くん、ご飯食べに行こ?」

 

こいつだ。このルームメイト。毎日断り続けているのだが、それでも誘ってくる。根気があるというか、諦めが悪いというか。何なんだこいつは?NHKの集金なの?チャンネルを付けていないのに集金しようとする害悪なの?

 

「なあ、どうしてそこまで俺を誘おうとする?」

「なんでって‥‥‥一人で食べるよりみんなで食べた方がご飯はおいしいよ?」

 

小学校の先生があんまり喋らない孤立した子に言いそうなセリフを頂きました。ぼっち飯を真っ向から否定されて涙目ですわ。食堂の一番端は俺のベストプレイス。俺の前には何者も座る事が出来ないのさ。

あ、小町と戸塚は例外な。むしろ戸塚は俺の前に座って欲しい。戸塚の事は一万年と二千年前から愛してるね。八千年過ぎた頃からもっと好きになったもん。

 

「いや、今日は───」

 

またかよ。ある意味凄いよこいつ。罰ゲームでもここまで話しかけてくるやついなかったぞ。いや、ハニトラの可能性が‥‥‥織斑弟ならありそう。

 

さて、ここでの俺の選択肢は三つ。

 

①断る◀︎

②やんわりと断る

③理由をつけて断る

 

‥‥三択に見せかけた一択だった。脳内選択肢が俺の間違った青春ラブコメを全力で邪魔してるわ。

角を立てぬよう③を選ぼうと思ったのだが、ガイアが俺にもっと謀れと囁いている。

 

そして、ある考えが浮かぶ。

 

「‥‥‥‥今日だけだぞ」

「ほんと!?ありがとね!」

 

顔がパァァと明るくなる。そういう顔されると勘違いしそうになるんでやめて下さい。

 

「あんまり人に見られたくないから遅めに行くぞ」

「はーい!」

 

‥‥こいつには悪いが、少し利用させてもらうぞ。

 

───3───

 

「奢ってやる、好きなの頼めよ」

「え?でも‥‥‥」

「いいんだよ。今まで断ってきたしなそれに‥‥‥いや、なんでもない。」

「‥‥うん、分かった。ありがとね。」

 

機嫌がいい方が都合がいいだけだけどな。それに、小町が「女の子とご飯を食べに行った時は、絶対に奢らなきゃダメだよ!」とうるさいかったからなぁ‥‥‥一緒に食べる人などいないというのに‥‥‥グスン‥‥‥‥

 

「あらま、今日は二人かい?」

「あぁ、はい。ははは‥‥‥あ、ラーメンセットを一つ。お前は?」

「私は中華丼がいいな」

「おう、あと中華丼で」

「はーい。すぐできるから待っててねー」

 

余談だが、IS学園の食堂は安い。学費の中から人件費等々が引かれているのか何なのかは知らないが、とにかく安い。俺はここに特別入学という扱いで入ってきたので、学費諸々は国が負担してくれる。そこで比企谷家が出すお金は食費のみになったのだが、これも国からの補助が出た。しかし、両親はそれを知らず俺の銀行口座に食費をぶち込んできた。

つまり、その食費分は好きに使える。これがスカラシップ錬金術ならぬ、食費錬金術である。完全な身内詐欺だが、親は総武校でかかっていた分の学費を払わずに済む。俺はお金をもらえる。winwinの関係なので問題はない筈だ‥‥‥そうだよね?

 

という訳で、誰かに飯を奢るくらいどうって事ないのだ。良い子のみんな、絶対に真似しちゃダメだぞ?

 

「はーい、どうぞー」

「ういっす‥‥‥」

 

お盆を受け取り、ベストプレイスに向かう。その前にルームメイトの分も水を汲み、お盆に乗せてやる。モゴモゴと何か言っているが、聞こえん。

 

「いただきまーす。はふ、はふふむぅはふはふ‥‥」

「‥‥‥‥‥いただきます」

 

凄いガツガツ食べるな‥‥‥

 

「‥‥運動部か?」

「ふん(うん)。はんほほーるはよ(ハンドボールだよ)」

「うんうん、成る程な」

 

成る程全然わからん。ハフハフし過ぎだろ。小動物みたいだなこいつ。あんかけはトロッととしてるから熱を含みやすいんだぜ。火傷しないように気をつけてほしいところだ。

 

「今日もうまいな」

「はーめんふきなほ?(ラーメン好きなの?)」

「まあそんな感じだな」

 

もくもくと湯気が立つ俺の器から、香ばしい味噌の香りが漂う。バターがあれば完璧だった。醤油、豚骨の間に、時々味噌バターコーンを食うのがベスト。「味噌ってこんなにうまかったんだ!」という感動が得られる。毎日食ってると飽きるけど。

 

なーんて俺がラーメンに対する情熱を燃やしていると、突然目の前の少女が箸を止め‥‥ごめんなさいスプーンでした。いくら表現といっても嘘は良くないね。

まだ半分近く残っているのに何を言っているのだろうか。

 

「どうした?」

「いやー、お腹いっぱいかなーって‥‥‥あはは‥‥‥‥」

 

俺は瞬間的に察した。こいつはダイエットとしてご飯を抜こうとしているのだ。そこに図々しく、俺のお兄ちゃんスキルが発動する。

 

「知ってるか?ダイエットってのは身体に凄く悪いんだ。食事を摂らないと身体は栄養分が足りないと判断し、蓄えようとする。つまり、お前ら女子共が無理をして飯を抜けば抜くほど、身体はどんどん太りやすくなる」

「じゃ、じゃあどうすればいいの?」

「いっぱい食っていっぱい運動しろ。その前にお前太ってないだろ。あまりに痩せすぎていると逆に気持ち悪いぞ。大事なのは体重じゃなくてスタイルだ」

 

小町も同じような事を言っていたので、同じように諭してやった気がする。ドン引きするか苦笑いでもするのかと思ったが、予想外にも、その少女は優しく微笑む。

 

「言い方はあれだけど、比企谷くんは、とっても気が効くね」

「‥‥‥たまたまだ。妹を思い出しただけだ」

「‥‥‥‥‥」

 

突然黙り込む。少しの沈黙を作り出し、再び重い口を開く。

 

「なんで、一緒にご飯食べてくれたの?」

「そ、そりゃあ誘われたからな」

「‥‥‥‥‥」

 

再び黙り込む。何かを思案するように顎をさすさすと触って、俺の方をチラリと見て、直ぐに視線を外す。

 

「比企谷くん」

「‥‥‥なんだよ?」

「私‥‥‥勘違いしていた。比企谷くんの事」

 

彼女は自供するように、自分の罪を告白するように、ポツポツと話し始める。

 

「ただの頑張り屋さんかと思ってたけど、私が思ってたよりズル賢くて、不器用で、でも‥‥優しいんだね‥‥‥‥」

「‥‥‥意味わかんねえ事言ってんじゃねえ、んな訳ねえだろ」

 

少しだけ語気を強める。俺が優しい?目が腐ってんじゃないのか?俺は誰かに優しくしたつもりなどない。

 

「いや、比企谷くんは優しいよ。自分では気づいていないかもしれないけどね」

「‥‥‥‥‥」

「そこまで他人に気を遣えるのは、きっと比企谷くん位だよ」

「は?」

 

俺は気など使っていない。こんな奴に回す気なんてない。もしあるのとしても、別の奴に使ってるはずだ。

牽制するように、拒絶気味に早口で話す。

 

「自惚んな。お前に興味があって誘った訳じゃねえ。ただ誘われたから乗ってやっただけだ。他意はねえよ」

「ダウト」

 

米のついたスプーンを俺に向ける。その瞳はまるで鷹のようで、俺を取って食らうのではないかという思いに襲われる。だが、同時にその目は何かに燃えていた。

 

「好きの反対は嫌いでもあるけど、無関心でもあるんだよ?」

 

どこかの漫画の言葉だったか。そんな言葉は何度も聞いた事がある。

 

「比企谷くんは私に無関心じゃない。そうやって興味がないふりをしているのに、そうやって小さな事に気を配っている。違うかな?」

「‥‥‥‥そもそもの前提として、お前の理論が跳躍し過ぎているんだよ。数日顔を合わせただけで何がわかるってんだ」

「解るよ」

 

強く断言する。それは俺の意見を全部否定し尽くしてしまう程の力強さで、今ここでどれ程の論を並べても、この絶対的な自身の前には無意味に化す事が分かってしまった。

頭の中がごっちゃになって、どのような反論が効果的なのかが分からない。

 

「たった数日だけど、少しは解るよ。みんなよりは‥‥ずっと‥‥ずっと‥‥‥‥」

 

そう言って、少女は俯く。それはあまりに痛々しく見えて、触れれば壊れてしまいそうな笑みだった。

突然の出来事に俺は反応できず、声は氷になったかのように咽喉でつっかえる。

 

「比企谷くん、頑張って。応援してるから」

「‥‥‥‥ああ」

 

振り返らずに、彼女は去って行った。

その目。その決意を宿した目を見てしまっては、俺は何も言えなくなってしまう。

そう、あれは俺が一番に求めていたもの。なによりも焦がれて、なによりも憎んで、なによりも手の届かないもの。

純粋過ぎる故に存在し得ない、完全な円のような、机上しか描かれない、そんな幻。

 

───その名は、なんと言ったのだろうか?

 





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相川清香は、誰かの思いに応えない。

 

「神は完全か不完全か」

 

全能神という言葉があるが、あれは嘘だ。本当に神がなんでも作れるとするのなら、「自分では持ち上げられない岩」を作る事が可能のはずだ。だが、本当にそれを作ってしまった場合、それを持ち上げられないという事で“全能”は否定される。

 

よって、この世に全能など存在せず、存在していたとしても神は不完全な状態である。

 

──────

 

朝から目覚めが悪い。

結局昨日は、あいつにセシリア・オルコットの事を聞きそびれてしまった。できたらクラスの連中からの情報が欲しかったんだが‥‥‥まあ仕方がない。本当はこいつから情報を仕入れて、作戦を立てるつもりだったのに‥‥‥‥

 

昨日の事を考えると、何故か由比ヶ浜の事も思い出してしまう。胸の中のモヤモヤとした何かを流すように、冷水で顔を洗う。顔を上げると、酷く濁った眼が鏡に映り込む。いつも以上に濁っている。

 

まだまだパリッとしている真っ白な制服に袖を通し、俺は外に飛び出した。

 

「‥‥‥行ってきます」

 

当然のように、返事はなかった。

 

───2───

 

結局、昨日は寝れなかった。一睡もできなかったっていうやつだ。なんにも考えないでボーッとしていると、隣のベットからガサゴソと音がしだした。多分、比企谷くんが起きたんだ。

そのまま比企谷くんは準備を済ませ、なにやらボソボソと言ってから部屋から出て行ってしまった。

暫くして、どうせ眠れないのだからと私も身体を起こして、ゆっくりとした動きで身支度を始める。鏡に映る自分の目の下に、くっきりと。大きなクマができていた。これどうしようかな‥‥‥‥

 

時計をチラッと見ると、まだまだ時間があった。落ち着いて、カップの中にお湯を注ぐ。インスタントココアの出来上がりだ。

ふーふーと息をかけて、ちょびっとだけ口に含む。少しだけでも、その暖かさは身に染み、その甘さはまるでチョコそのものみたいだった。

 

ふと、私は思う。

人生も、ココアくらい甘かったら楽かもしれないと。

 

でも、本当にそんな人生は“楽しい”と言えるのだろうか?

 

もし本当に人生が甘口なら、世界は誰かの夢で溢れている事だろう。単純に考えれば素敵な事だ。

でも、夢しか存在しない世界じゃ、きっと夢は見られない。そこには平凡なんて存在しなくて、諦めの悪い、誰かへの恨みを孕んだ夢がたむろしているような世界なのだろう。

夢が夢を否定し、新たな夢を生み出す世界。そんな世界が、本当に私の思い描いた夢なのだろうか?

 

絶対に違う。夢とは、夢の枠に収まっているからこそ夢であり続けられるのだ。だから、だれもかれもが夢を思い描き、叶えばいいなと願い、手を伸ばす。

 

じゃあ、私の夢って何?私は何が欲しくて、何を嫌っているの?

 

‥‥分からない。昨日、比企谷くんと話していた時は掴みかけていたそれが、私の手の中をするりとすり抜けて、どこかに消えてしまう感覚がした。

 

あの時、私は比企谷くんに何を思ったの?比企谷くんに何を描いたの?比企谷くんの何が欲しかったの?

 

小さな私の手に、少しだけ力がこもる。

夢は、所詮夢だ。夢でしかない。それが叶う事なんて到底ないし、叶わないからこそ夢。叶わないからこその奇跡だ。

だが、それに手を伸ばす事くらいは神様も許してくれるはずだ。欲しいものに手を伸ばす。そんな当たり前の行為は、神様は否定も肯定もしないだろう。

 

なら、私は今何をすべきなんだ?

 

夢が夢であったように、私が私である為に。私自身の存在証明の為に。私は私に何をしてあげられるのだろうか?

 

本当は分かっているのだ。ただ、それが怖い。堪らなく怖い。誰かに嫌われるという未知の感覚が怖い。

そうだ。だから私は比企谷くんに「何か」を感じて、羨ましいと思えたんだ。

 

思い立って、私は立ち上がる。

 

自分自身の気持ちも分かった。すべき事も分かった。

 

思い立ったが吉日だ。あとは勇気を振り絞って、一言。たった一言。口から音を出すだけだ。喉を震わせるだけだ。

 

───頑張れ、私。

 

───3───

 

寮を出て職員室に直行すると、まだ早かったのかほとんど人がいなかった。用務員の人くらい。早起き過ぎた‥‥三文以上損した。訴訟。

そんなこんなでかれこれ数十分待つと、ようやく織斑先生がやってきた。凄い眠そう。小町と同じで朝が弱い系の人間なんだな。でもこんなのが姉だったら精神すり減らすわ。毎日頭叩かれるんだろ?織斑弟に合掌。

 

「おはようございます」

「ふぁぁ‥‥っ‥‥おはよう。どうした比企谷?職員室の前で待ち伏せしていた生徒は初めてだぞ」

 

出席簿で口を覆い隠しながら、大きなあくびをする。眠気が誘われるあくびだ。数ターン後に寝てしまいそうだ。

 

「いや、ちょっと聞きたい事がありまして‥‥‥セシリア・オルコットの事なんですけど‥‥‥」

「ふむ。それがどうかしたか?」

「‥‥どんな戦い方をするんですか?あと、どの機体を使う傾向にありますかね?」

「ほう‥‥?」

 

ニヤニヤとする先生。なんかこう、織斑先生とかの笑い方ってラスボスのそれなんだよな。普通に笑っているだけなのか暗黒微笑なのか判断がつかなくて困る。コマンドで逃げるとか選択できなさそう。

 

「お前は知らなかったな。あいつは代表候補生だ。最近はゴタゴタしていてISの実習訓練をやってないからな。知らなくてもおかしくはない」

「‥‥マジっすか?」

「ああ。それと専用機も持っているぞ」

 

‥‥‥オワタ。あー、人生詰みましたわ。さらば愛しの学園生活。全然愛しくないけど。

誰かこの事実を教えてくれたっていいだろ。授業以外で俺が教室にいなかったからなの?俺が悪いの?俺は悪くねぇっ(テイルズ並感)!

 

「ははは、絶望したか?」

 

なんだこのセリフ魔王かよ。やっぱりラスボスなの?まだ変身を残してるの?魔王なのに体力全開魔法使ったり、右手本体左手と分かれていて蘇生魔法で無限に復活してくるあの絶望感。現在、まさにその状態である。マジデスタムーアもしくはシドー。

 

「‥‥‥トッテモサンコウニナリマシタ。アリガトウゴザイマス」

「よろしい。では明日、楽しみにしているぞ」

 

オレ、ドウスレバイイノ?オシエテコマチ‥‥‥

 

───4───

 

放課後、相川清香は一年一組に居た。クラスの中心人物である織斑一夏やセシリア・オルコットは練習という名のデートに出かけてしまったので、席を外している。

だが、今日は珍しく篠ノ之箒が席に着いていた。いつもなら放課後は直帰するか、織斑一夏と一緒にいる筈なのだが‥‥‥‥

 

「でさ───」

「それで───」

 

各々がいつも通りに楽しく談笑していた。篠ノ之箒は話には参加せず、頬杖をついて窓の外をぼんやりと見ていた。

 

そして話題はいつもの「織斑くんかっこいい」を終え、同じ道筋を辿り、この場にいないもう一人の男が中心になる。

 

「そういえばヒキタニくんは?」

「なんかー、一人でずっと練習してるらしいよー?」

 

一人の顔つきが曇り、俯く。キュッと口を結んだその顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。篠ノ之箒は、未だに窓の外を見やっている。

 

「マジで?バッカじゃないの?」

 

その言葉に反応し、身体をビクンと震わせる。が、それを心配する人などおらず、話題はどんどんと進んでしまう。

 

「男が女に叶うわけ」バン!

 

一人が───相川清香が、両手で思いっきり机を叩く。影に隠れたその表情は見受けられず、だが、その手は確かに震えて、真っ赤に染まっていた。

 

「みんな‥‥‥比企谷くんの事なんてなんも知らない癖に‥‥‥」

 

震えた声。だがそれははっきりと、熱のこもった、思いが包まれた声。

 

「そうやって話した事もない人を馬鹿にして楽しいの?男だからって、馬鹿にして‥‥‥」

 

普段温厚な、空気の読む事に長けた相川清香が、こういう風に感情を露わにするのは珍しい。声に反応したクラス内の全員の視線が集まってしまい、呆気に取られてしまう。

いつもは仏頂面な窓際の少女も、そのあまりの迫力に目を奪われてしまう。

 

「ただ聞いた噂だけで人を判断して、それで人を馬鹿にして、そんなのってないよ!」

 

顔を振り上げ、強く叫ぶ。その瞳には涙が溜まり、顔は真っ赤になって、髪を振り乱して───だが、その足は恐怖するように震えていた。

 

「みんな人の上っ面だけしか見ないなんて、そんなの絶対おかしいよ!」

 

彼と彼女は殆ど話したことがない。たった数言の会話を交わしただけで、二人の間に特筆すべき事柄など存在しない。

だからと言って、目の前を見捨てる程に彼女は薄情ではなく、それほど我慢強い人間ではない。ましてやそれが「彼女の基準で“優しい”」人間なら尚更だ。

そして、彼女はこの現状が嫌いだ。自分が自分らしく生きられない、この狭く苦しい世界が。

だからこそ、彼女は思いの丈を叫ぶ。今まで大声など殆ど出した事がなくても、上っ面に慣れてしまった心でも、本音を言えない臆病な自分でも───

 

もう、比企谷八幡の為とか、そういう建前は存在しない。ただ、自分の為に。自分を囲む世界を変える為に。彼女は思いを放つ。

 

「みんなのそういうとこ、大っ嫌い!」

 

今はそれが綺麗事でも、自己満足でもなんでも良かった。ただ、自分の中のもやもやとしたこの気持ちを吐き出したかっただけなのだ。

 

ハッとし、落ち着いた彼女は自分が何をしでかしたかに気づいてしまい、わなわなと口を震わせ、教室から逃げるように立ち去ってしまった。

教室には重苦しい空気と、数人の女生徒だけが残された。

 

暫くし、篠ノ之箒は思い立ったように立ち上がった。

 

───5───

 

というわけで、放課後。いやぁ、まあ色々ありましたよ?授業とか昼休みとか授業とか。IS学園の授業って最先端だよな。全ての机にコンピュータと空間投影型ディスプレイが内蔵されてるとかハイスペック過ぎて辛い。スター・ウォーズ思い出したもん。映画楽しみだなぁ(ステマ)。

現在俺は家‥‥寮の自室だったわ。家帰りてえ、小町に会いたくて会いたくて震える。アル中かな?

結局俺のケータイ、誰からの着信もこないし。一週間近く小町の声が聞けないとか死ねる。完全に携帯できる多機能型目覚ましと化したね。

「ぶち割り不可避!文鎮と化したスマホ」っていうタイトルに改名してほしい。作者あくしろよ。

平塚先生?‥‥‥‥知らない子ですね?

 

「お、あったあった。ポチッとな」

 

俺が自室で探していたのは、セシリア・オルコットの動画だ。決していかがわしい意味ではない。神に‥‥神なんていなかったわ(絶望)。代わりに俺の信仰する戸塚に誓ってもいいね。

俺が真に求めているのは、セシリア・オルコットの“公式戦動画”である。たしか、代表候補生は他国と交流試合やらなんやら色々な機会で試合をしているはずなのだ。となれば、当然専用機持ちの彼女の試合が存在してもおかしくはない。

専用機の詳しいスペックは国家の機密として厳重に保管されているのが当たり前だが、試合の動画となれば話は別だ。それも公式戦となれば、テレビ中継される事もある。となると、彼女の動画がインターネット上に上がっているのは必然と断言しても良いだろう。ちなみに、不正にアップロードされたアニメをインターネットで見るのはダメだぜ?だからみんな円盤を買おうね(ニッコリ)。

 

「なにこれ‥‥‥えげつねえ」

 

思わず声的な何かが出てしまった。一体俺の身体から何が出てしまったんだ‥‥‥‥

 

画面に映ったのは、金髪クロワッサンの操る青を基調とした機体がラファール・リヴァイヴ相手に蹂躙している姿であった。背部に浮いている翼状に広げられたビットが、その場所を離れ独立起動を取り、ラファールを囲み始める。すると突然ビットが止まり、その全てから青い光が放たれる。ラファールは十字砲火を食らい、大きくシールドエネルギーを削られてゲームセット。

わかっていた結果ではあった。

あったのだが───

 

「ももももちつくんだ八幡、諦めたら試合終了ってばっちゃが言ってた‥‥‥」

 

こんなんずるいわ。十字砲火ってレベルじゃねえ。これがIS乗りの動きだと!?じゃあ俺はなんだ!?所詮ノーマル生まれはリンクスに勝てないんですよ‥‥‥あ、アナトリアの傭兵大先輩はドミナントなんでこっちの席にどうぞ。

 

「コレどうにかなんねえかな‥‥‥」

 

他の動画も漁ってみるが、大体が同じ内容だ。青いのがびゅんびゅーんって飛んで、ラファールとか色々落としていて楽しかったです(小学生の作文並感)。

 

マズイ。この金髪クロワッサンが強過ぎて辛い。さっきの織斑先生のセリフと同じ種類の絶望感を感じる。これより強い織斑先生とかもうやべえよ‥‥人間じゃない‥‥‥いや、あってるのか。俺の見立て通り織斑先生は魔王だったんだ‥‥‥

 

俺はヤケクソになり、動画を見るだけの機械と化した。

そろそろ飽きてきて、これで最後にしようと自分に言って、一番日付が古いのをクリックする。

確かに最近の動画より下手になっている。それでも俺なんかとは別格な強さなのだが。

 

「ふーん‥‥‥ん?」

 

ふと、どこかその動きに違和感を感じる。ほんの少しの期待を胸に、動画を巻き戻してみる。

 

「もしかして‥‥‥もしかしてしまうのか?」

 

慌てて日付が新しい動画を開き、機体の動きを凝視する。そして、俺はその違和感の正体を確信へと変える。小さくガッツポーズし、不敵に微笑む。

 

‥‥‥‥金髪クロワッサン。家族を馬鹿にした罪は高く付くぜ。

 

───6───

 

量に戻った私は、布団にうずくまっていた。死にたい。何暴走しちゃったんだろ私‥‥これじゃあ友達百人どころかマイナスまっしぐらだよ‥‥どうしよう‥‥

 

だけど、私の中には不思議な充足感があった。クラスの子には絶対嫌われちゃったし、正しい事をしたとは言えないけど、それでも私は“私”を辞める事ができた。

 

空気の読める私。

いつでも笑っていられる私。

誰にでも優しい私。

 

私は私が嫌いだった。自分の口は本当に思ってない事ばっかりしか言えなくて、優しくしたくない人にも優しくしちゃったり、頼まれた事は断われなかったり───私は、そんな私が嫌いだ。

だから、本当に比企谷くんには助けられたと思う。ただ理想を押し付けているだけかもしれないけれど、比企谷くんのような我を通せる人間に憧れていたから。

男という不利なレッテルでも、比企谷くんは自分を通そうとした。織斑くんのように、誰にも優しいが、自分を通す人間とは違うのだ。誰にも優しいなんて嘘でしかないのに。

 

だから、私は卑屈で偏屈な、常に何かを考えている、アホ毛をぴょんぴょんとさせている比企谷くんに憧れたのだ。

 

「比企谷くん‥‥‥ありがとう」

 

空に手を伸ばし、空を掴む。そのまま布団を抱き締め、自分自身への勝利の余韻に浸る。

 

「また‥‥明日‥‥‥‥‥」

 

熱くなった心を鎮めるために、私は眠りについた。

 

今夜はいい夢を見られそうだ。

 

 

 





相川清香の願いというのは葉山の「みんなの葉山隼人」を辞めたいというものと根本は同じです。全然シチュエーションも立場も違いますが。

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やはり、篠ノ之箒は秘密がある

さりげなく新キャラが出ています。気付けるでしょうか?


「過去」

 

いくら強く願っても、決して変えられないもの。

 

──────

 

「ナギちゃーん、そっちあいてる?」

 

次の日。私はまたまた食堂でご飯を済ませていた。異様な食堂率だと自分でも思う。

私の前席はぽっかりと空いて、誰が座る気配もない。仕方ないよね。みんなに「大嫌い」なんて言っちゃったんだから。こんなんじゃ、嫌われても虐められても仕方がないな‥‥

 

「あ、一色ちゃーん!こっちこっちー!」

「あー、待ってて〜」

 

クラスの女子は、いつも通りに楽しそうに会話を繰り広げている。もう、あそこに私の席はない。ほんのちょっとだけ寂しいけど、誰かに気を遣わなくていいのは楽だ。

今日も私は早く起き過ぎてしまったので、早くご飯を済ませて、メロンソーダをちょびっとずつ飲んでいる。これを飲みきったら教室に行こうと思っていたのだが、案外怖くって、飲み切ってしまう勇気が出ないのだ。

 

「あいむしんか〜、とぅ〜とぅ〜とぅ〜とぅとぅ〜」

 

小さく鼻歌を口ずさみながら、リズムに乗せて首を揺らす。再びストローに口をつけると、突然、目の前にダン!と勢い良くお盆が置かれる。ボケッとした表情のまま上を見上げると、そこにはムスッとした顔。篠ノ之さんの姿があった。

 

「え、えっと‥‥?」

「相席、させて貰うぞ」

 

篠ノ之さんは、篠ノ之束博士の妹だ。顔も整っていて、織斑くんの幼馴染という事で、学校内でも名も高い。こんなに不機嫌そうな顔をしていなかったら、絶対に人気者になれたのに‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

それにしても、どうして相席なんてしてきたんだろう。すっごく気まずいよ‥‥‥‥

すると、篠ノ之さんがその表情を崩さず、重たい口を開く。

 

「昨日の話だが‥‥‥」

「う、うん?」

 

モゴモゴと口を動かす。どこか恥ずかしそうに頬を染め、モジモジと肩を動かす。

 

「お、お前は比企谷とどういう関係なんだ?」

「え?ええ?」

「い、いや、別に他意はないんだ‥‥‥」

 

あれれ?なんかおかしい。比企谷くんと篠ノ之さんって関わりあったっけ?比企谷くんも隅に置けないなぁ‥‥

 

「同じルームメイトだよ。篠ノ之さんこそ比企谷くんとどういう関係なの?」

「‥‥‥‥少し知り合いなんだ」

「そうなんだ‥‥‥比企谷くんに話しかけないの?」

「‥‥‥色々あって、今は‥‥な‥‥」

 

落ち込んだような顔をする。朝から重い話だ。が、こうやって篠ノ之さんの表情が変わるのが見れただけで儲けものだ。

私がその表情をじーっと見ていると、顔をまっかっかにして両手をブンブンと動かす。

 

「べっ、別に好きとかそういうわけじゃないんだ!」

 

指同士をツンツンと動かす篠ノ之さん可愛い。なにかに目覚めそう。

しかし、顔を染めていた赤色もすぐに引き、いつもの仏頂面───ではなく、少しだけ真面目な顔つきに変わる。

 

「ただ、少し‥‥‥な‥‥‥少しだけ‥‥‥‥」

 

寂しそうな、切ない声。私はなんて声をかけていいのか分からず、少しだけ出した手を引っ込める。

再び気まずくなり、ストローを口に加える。口の中がアワアワになって、後味の悪い甘味だけが残る。

 

何分か経ったのだろうか、「すまない」と一言断って、篠ノ之さんは去って行った。

再びストローを加える。ズルズルと音を立てたそれを持ち上げてみると、中身が空になっていた。

鞄を肩にかけて、渋々と私は教室に向かった。食器はしっかり片付けた。

 

───2───

金髪クロワッサンについて調べた次の日の朝、俺は突然織斑先生に呼び出された。ほぼ一徹してるから次の朝ってのはおかしいか?いやおかしくないな。寝たのは夜の三時だもんな(白目)。

 

そして開口一番、織斑先生はこう告げた。

 

「今日、お前の専用機が届く事になった」

 

‥‥‥ゑ?

 

「そういうのってもっと早く言ってくれるものじゃないんですか?」

「本当は一ヶ月近くかかる予定だったのだがな。今日の朝に、完成したから届けると連絡が来た」

 

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

『おれは昨日打鉄に乗る事を想定した作戦を立てたと思ったら、突然今日専用機が届く事になった』

な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

言うのを忘れていたとか報告体制に問題があったとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ

織斑先生の無能さを味わったぜ…

 

バシィィィィン!

 

「いでっ!?」

 

痛快な音を立てて、俺の首がコキャリと曲がってはいけない方向に曲がる。首がもげる‥‥死ぬ‥‥‥‥

 

「今失礼な事を考えただろ」

 

出席簿からあんな音が鳴るなんてヤバイ。何がヤバイってその威力。軽く振っただけなのに平塚先生のファースト・ブリットレベルの衝撃力。人間ってレベルじゃ‥‥‥魔王だったわ。

 

「イテテ‥‥‥それで、放課後の模擬戦はどうなるんですか?」

 

織斑先生は「ん?」と頭の上に疑問符を浮かべ、出席簿の動きを止める。

 

「そりゃあ、普通に専用機で実行されるに決まっているだろう。お前もスペックが高い方がいいだろう?そうだよな?違うのか?そうなんだろ?」

「ハ、ハイ‥‥‥‥」

 

有無を言わさないこの圧力。この圧力だけで角煮作れる気がする。織斑先生は圧力鍋だったのか(困惑)。IS学園ってすごいなぁ‥‥‥

 

「では放課後、楽しみにしているぞ」

 

俺の肩をポンと叩き、織斑先生は立ち去ってしまった。

 

‥‥‥俺が昨日徹夜で練った作戦はどうするなのよさ?

 

───3───

 

という訳で、現在第三アリーナのピットに来ています比企谷八幡です。昨日の作戦がおじゃんになったので、もうヤル気0なんだゾ☆。

 

‥‥‥マジでどうすればいいんだ?専用機は願ってもない事だが、俺は操作が下手だから打鉄の防御力を頼りにしてたのに‥‥‥‥これで専用機が速度特化とかだったら笑えん。それと現役時代の織斑先生みたいなブレオンの機体も死ねる。ブレオンってのはブレードオンリーの事な。亜空間判定で斬り殺されて呆然とする。

 

「比企谷、届いたぞ」

「あっ、はい。わかりま「あー!君が比企谷君かー!」

 

大声を出しながら、こちらに駆けてくるまあるいシルエット。見るからにただのオッサン。凄い普通なオッサンだ。俺の手を掴み、大きく上下に振ってくる。なんか粘ついてるんですけど。この人汗かき過ぎだろ。鼻の頭が完全に大洪水である。

「ど、どうも」と挨拶をするが、完全に苦笑いなのが自分でもわかる。失礼しちゃうぜ!

 

「よろしくね!私は千葉工の社長だよ。いやぁ、比企谷君、君に会えて光栄だよ」

「千葉工の社長!?こ、こちらこそ会えて光栄です」

 

手のひらをクルーテオ伯爵する。

掌返しが早い?え、なんだって(難聴)?

 

説明しよう!略名千葉工、正式名称千葉メカトロニクス株式会社とは、千葉県が誇る最大の工業系の企業だ!地元からの就職に根強い人気がある!近年はIS開発部が発足し、日本三大IS工業会社としての名が高いのだ!

余談だが、千葉工業高校と千葉工業大学という同じ略ができる学校が二校もあるが、それぞれ「工業」、「千葉工大」と言えば通じるのだ!

千葉県民にその名を知らぬ人はいないと断言してもいい!

 

どうだ俺の千葉愛は!いや、もはや愛を越え‥‥憎しみすら超越し‥‥宿命となった!

 

「いやぁ、僕の事を知ってるなんて嬉しいねー」

「いやいや、千葉工の社長となれば知らない人はいませんよ」

「比企谷くんに会えてよかったよ!同じ千葉県民として君みたいなのは誇りだよ!」

「俺もです!」

 

マジ幸せ。こんな偉い人に会えるなんて生きてて良かった。この人チーバくん並に偉大だからね。

 

「ゴホンゴホン、そろそろ本題に入ってもいいですか?」

 

今凄い盛り上がってたのに‥‥織斑先生とかみんながカラオケでリア充御用達の曲を歌ってるところに、アニソンを歌い始める系の人間だな。あの空気が冷める感は異常。

まあそんな人達とカラオケに行く機会なんてないんですけどね‥‥‥‥一人カラオケ最高!

 

「ああっ、ごめんね?じゃあ比企谷くん。私達千葉メカトロニクス株式会社は、比企谷八幡をテストパイロットとして歓迎するよ」

 

両手を広げ、満面の笑みで歓迎を表す社長。

 

「比企谷くんにはテストパイロットとして、IS一機を貸し出すよ。基本的には自由にしていいけど、毎週ISのデータを送ってね。約束だよ?」

「はい。分かりました」

「それと、欲しい武器とか色々あったら連絡してね。二十四時間三百六十五日いつでもどこでも駆けつけるよ」

「はい、ありがとうございます」

「うん、じゃあ、契約成立だ。これからよろしくね?」

 

再びその丸い手が差し伸ばされる。俺はそれを強く握り返す。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

社長はうんと小さく頷き、満足気な表情を浮かべる。

 

なんとなく、チラリと見た織斑先生は、その顔に影を潜めていた。俺の視線に気づいたのか、咳払いをして話題を切り替える。

 

「社長、ISの方は?」

「もう来る筈なんだけど‥‥‥お、来た来た」

 

ゴゴゴという轟音と共に、IS運搬用エレベーターが到着する。重々しいその扉が開き、ISが姿を現わす。DIO様かっつーの。

 

「じゃじゃ〜ん!」

「‥‥‥‥先生、これISですか?」

「‥‥‥‥お前がそう思うならそうなんだろう、お前ん中ではな」

 

物凄いドヤ顔。突然の少女ファイトはNGっす。

それにしても、目の前のISはすごいよぉ!さすが‥‥さすがなんのお兄さんなんだ?

 

「これが君の専用機だよ?」

 

社長は自慢気に胸を張る。少なからず、俺はISの容姿に驚いてしまった。

一言で表すなら、異質。そのISらしくない見た目を言葉にするならば、それが一番近いだろう。

半ば頭部と合体し、流線型のフォルムを描く胸部。折れてしまいそうな程に細い腰部。左腕よりも大きな右腕。四角くがっしりとした両足。

そのどれもがISとは程遠く、その統一性のなさに違和感しか感じ得なかった。

そして、感じた違和感の最大の原因。それは‥‥いや、勘違いなのだろう。ISが楽しそうに笑っている気がしたのだ。多分、徹夜をして疲れているからそう感じただけだ。無機質な機械が笑うわけなどないのに。

 

「千葉メカトロニクス試作第三世代型IS。名前はないよ!」

「ええぇ‥‥‥‥‥」

「名無し‥‥‥何故に?」

「うーん。ちょっと事情があってね。これの製作エピソードにあるんだよねー」

 

いやそこ重要だよね?むしろそこが一番重要だよね?

先にアリーナに出ている金髪クロワッサンをチラ見する。このままだと長くなって迷惑‥‥というのは建前で、社長の自慢話を延々と聞かされそうなのでさっさとISに触れる。莫大な情報と電気信号が身体を駆け巡り、俺の全身を灰色の装甲が包み込む。

ハイパーセンサーが起動し、ゆっくりと立ち上がる。何故か、社長がポカーン顔をしている。自社で作ったISだろオイ‥‥‥

 

「ふーん、気分はどう?頭とか痛くなってない?」

 

両手を動かし、頭を軽く左右に振ってみる。が、問題は感じられない。打鉄とは違うので感覚的に違和感が強いが、時期に慣れるだろう。

 

「‥‥はい、大丈夫です」

「そうかそうか。じゃあ、頑張ってきてくれるね?」

「勿論です」

 

楽しそうな社長に応対をしながら、俺はカタパルトデッキに脚部を接続する。緊張してドキがムネムネしちゃう。心臓病かもしれん。もしそうならトランクスが未来から来るまで生きなきゃ。生きねば(使命感)。

 

「じゃあ行ってこい。比企谷、応援しているぞ」

「わかりました。比企谷八幡、出ます」

 

前傾姿勢を取り、カタパルトから俺のISが射出される。その寸前、俺の耳───正確にはハイパーセンサーによって強化された聴覚が、小さなぼやきを捉えた。

 

「あ、その子飛べないって教えるの忘れちゃった。てへっ☆」

 

社長ってほんとバカ‥‥‥‥‥‥

 

───3───

 

「社長。本当にあの機体は何ですか?正直私はあなたが信用できません」

「いやいや、嫌われちゃったなぁ」

 

アリーナの管制室で、私と千葉工の社長は比企谷の試合を見ている。だが、私は試合の結果を見届ける事よりも、この男の案件を処理したい。

 

「一ヶ月後の予定が今日になるのはどう考えてもおかしいですよね?」

「いや、全然そんな事はないよ?」

 

この男、実に怪しい。普通過ぎて逆に怪しい。大体一ヶ月が一日に縮まる訳がないのだ。それに、IS自体の形もおかしい。

もし比企谷に悪さをしようとしているのなら、私は教師として然るべき対処をさせてもらう。いくら相手が社長だといえど、躊躇せずに突き返してやる。

 

すると、社長は両手をろくろのように回して、突然自慢気に語り始める。

 

「あのISの名前‥‥‥まあ仮称なんだけど、【源氏物語】って言うんだよねー。知ってる?」

「源氏物語ですか‥‥‥」

 

国語の苦手な私でも、そのくらいは知っている。確か、光源氏とかいうイケメンがハーレムを作ったのちに、血の繋がっていないその息子もモテモテなけしからん純文学らしいが、どう考えても最近のハーレム系ライトノベルだ。これを純文学だと評価した人は頭が湧いているのではないか。当時流行った凄い本だとはいえ、内容が純文学からは程遠い気がする。

 

一夏も基本モテモテだからな‥‥‥こうなってしまうのか?一夏も光源氏なのか?お姉ちゃんは心配です。

 

「そうそう。全部で五十四貼で構成された、光源氏の栄華と衰退を描いた作品だよ。まあ途中からその息子の話になるけどね。厳密には息子じゃないけどねー」

 

社長はニヤニヤ、いや、ニタニタと笑う。その余裕の態度が不快だ。そうやって、意味もなく人を見下す人間は嫌いだ。

 

「本当に一ヶ月かかる予定だったんだよ?ただ、それは【源氏物語】じゃない。もう一機の方だからね」

「じゃあ、比企谷が装備しているのは?」

「あれは、我々の努力の結晶。想いの寄せ集めだよ。ボツになった五十四の設計図。【桐壺】から始まり、【浮夢橋】で終わる全てを混ぜ込んだ、最強の一機だ」

「混ぜ込んだ?適当にくっつけただけじゃないですか!?」

 

頭に血が上る。

あのISの違和感がようやく分かった。あれは、様々なISの出来損ないを寄せ集めた、正に“出来損ない”だ。

私の胸の中がグツグツと煮えたぎる。比企谷はあんなに頑張っていた。なのに、この男は全てを台無しにした。誰かの頑張りを無駄にする行為を見て見ぬふりできる程、私は出来た人間でもなく、要領も良くない。

 

「おお、怖い怖い。そんなに睨まないでよー」

「‥‥‥‥‥」

 

言っている言葉の割に、その態度は余裕そうだ。

 

「大丈夫。あのISは何よりも強いよ。だってさ───」

 

そして、この男は衝撃的な発言をする。

 

「───あの子にあれだけ(・・・・)反応した人は、今のところ比企谷君だけなんだからさ?」




感想、評価等よろしくお願いします。


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やはり、比企谷八幡の戦い方は間違っている。

原作よりもハイパーセンサーの設定が変わっており弱化しています。

・360度視界→通常視界+レーダーによる敵座標データ
・自動ロックオン機能→視界内に限定
・ハイパーセンサー→ハイパーセンサーの性能差を設定

ご理解の程をよろしくお願いします。


「篠ノ之束」

 

天災。天才ではない、天災である。

 

──────

 

光、光、光が包み込む世界。

多数の意思が入り混じり、混沌とした電気信号の世界。一つだけ席の空いた世界。

その空白の席に光が集まり、世界は完全を迎える。

 

「マスターへの精神干渉を開始。皆様、ご教授の程をよろしくお願いします」

 

───No.52がログインしました。

 

───2───

 

ずどーん!という大きな音と共に俺は落k‥‥着地した。俺は落下などしていない、頭から着地したんだよ(半ギレ)。

‥‥‥飛べないとか先に言えよ。無茶苦茶欠陥あるじゃねーか。

 

「だ、大丈夫ですの?」

「ああ‥‥よっこいしょっと」

 

両手で身体を起こし、アリーナの土を踏みしめる。このISのうるさい駆動音のみが、アリーナに響き渡る。

パンパンと装甲についた砂を払って、ふぅ、と溜息を吐く。

 

「この前の事ですが、ご家族を馬鹿にした発言‥‥非礼を詫びますわ」

「べ、別に‥‥」

 

金髪クロワッサンの真面目な、真摯な態度。少しそれに驚いてしまい、しどろもどろしてしまう。

「別に」ってなんだ‥‥‥俺はエ◯カ様かよ。

 

「ですが、それとこの試合は別ですわ!」

 

人の話聞いてないだろこいつ。なんか校長先生の話みたいなの始まっちゃったよ。あれ長いんだよな‥‥‥

 

俺は金髪クロワッサンを無視してシステムコンソールを開き、兵装を確認する。

 

‥‥ライフル以外現在ロック中か。まあ、二丁あるしそこまで問題じゃない‥‥‥か?元々地上で戦うつもりだったしな。

 

アリーナ観客の声が煩わしい。ふと、横に視線を動かすと───偶々、本当に偶然だ。ハイパーセンサーで強化された俺の視力が、篠ノ之箒の姿を捉える。口をキュッと結んで、深刻そうな顔で俺の方を注視している。

織斑の横にいつも並んでいたはずのその不機嫌な顔は、それなりに見慣れているはずなのに、見た事が無い表情で、どこか見覚えがあって───

 

「───って聞いておりますの!?」

「え?あ、ああ」

「その反応、絶対聞いておりませんわ‥‥‥‥‥」

 

その甲高い声で、俺は現実に引き戻される。

両手にライフルを呼び出し、ざわざわとする一定下の騒音をハイパーセンサーの機能でカットする。腰を落とし、臨戦態勢に入る。ざわざわしてると集中できないからな。決してカイジじゃない。小指切り落としたりしないから。

 

会場が静寂に包み込まれる。精神が研ぎ澄まされ、五感が活性化する。

 

手筈通り、作戦通りに行け。

 

「それでは、試合開始」

 

アナウンスと共に両機が動き出し、俺はライフルを、相手はレーザーライフルを構える。互いの第一射が射出、衝突、炸裂し、爆発する。ブースターさえも利かないのでその場から全力で走り出し、彼女に対して個人間秘匿通信を開く。

 

「セシリア・オルコット。お前が入学した時の話、覚えているか?」

「な、なんのことですの?」

 

右足で大きく地面を踏み、ブレーキをかける。地面に向けてデタラメにライフルを連射し、砂煙を巻き起こす。バラバラと散らばる薬莢の澄んだ金属音は、発射薬の燃焼によって発生したガス爆発の音により掻き消される。

これで、あいつから直接こちらを視認する事は出来ない。ハイパーセンサーで敵の位置がわかるとはいえ、所詮データ上の座標だ。座標さえ分かれば狙い撃てるなどという机上論は、機動戦であるISの戦闘において通じない。

 

「くっ、ブルー・ティアーズ!」

「おいおい、俺の事を無視するなよ。覚えているのかって聞いてるだろ?」

「なんの事だかっ、わかりませんわ!」

 

予想通りの反応に、俺は思わず不気味に微笑んでしまう。

先程座標さえわかれば云々というのは机上論であり得ないとだんげんしたが、通じてしまう例外もある。それは、敵が止まっている、つまり機動戦でない時だ。

 

ブルー・ティアーズには致命的な欠点がある。それは、ビットを操作している時に本人が動けないという、言葉通り致命的な弱点だ、最新の動画でもうまく隠してはいるのだが、それを確認する事ができた。

 

彼女の声によって青いビットが動いたのを確認し、データ上の座標に向けて片方のライフルを連射し、もう片方を地面に向けて乱射しながら再び走り出す。舞い上がる砂煙で前が見えず、自分の作戦とはいえ不安な気持ちに襲われる。だが、元々勝てない勝負なのだ。不安がっていては見えていた勝機だって掴めない。

 

「くっ、こちらが見えていますの!?」

「話ぶっちぎってんじゃねえぞ。お前、日本を敵に回すような発言をした事、自覚しているよな?」

「そ、その件につきましてはしっかり謝罪をしましたのよ!」

「だからって、やってない事にはならねえよな?」

 

早口に捲し立てる。

砂埃の中、灰色の装甲に青い光が掠める。見えないといえど、ビット四基から虱潰しに攻撃されれば、この機体もすぐに落ちる。

 

「俺の家族を馬鹿にした。つまり、お前はその事を全く反省していない。」

「そんな事───!!」

「いや、あるね‥‥‥なぁ、セシリア・オルコット───」

 

俺は彼女を睨み付け、甘く、蠱惑的に囁く。その声は、獲物を飲み込む蛇のように彼女を絡め取る。

 

「───それを愛しの織斑一夏が知ったら、どう思うかな?」

「っ!?」

 

あからさまに動揺している。

 

───今だ!

 

俺は動きの鈍くなったビットに向け、正確な一撃を打ち込む。蜂の巣になったビットが地面に落ち、火を放って別の砂煙を巻き起こす。

 

ビットが強敵なら、それから落とせばいい。動くものを狙えないなら、止めさせればいい。それだけの話だ。

ビットというのは脳で操っているものだ。なら、その根元を揺らしてやればどうという事はない。

なら、彼女が見るからに想いを寄せている織斑弟に関してのOHANASHIをするだけだ。ぼっちの観察スキル舐めんな。

 

金髪クロワッサンが代表候補生って気付かなかった話はしないで下さい‥‥‥‥

 

金髪クロワッサンは手をわなわなと動かして、混乱している様子だ。

 

「確実に、お前は嫌われるだろうな?」

「い、一夏さんはそんな人じゃありませんわ!」

「本当か?なら、本人に話してみるといい」

 

その毒は、ゆっくりと彼女に侵食する。嬲るように、甚振るように。

マガジンを手動で変え、あちこちに砂煙を起こしながらアリーナ内を駆け回る。こんな戦法一度しか通じないだろう。が、俺はその一度を勝ち抜けばいい。どんなに姑息だろうと、勝てば何の問題もない。戦いにずるいもセコい何もない。正々堂々とかいう綺麗事は織斑弟の領分だ。

 

「もしお前が織斑一夏に嫌われたのなら、クラスのみんなも同じようにお前を嫌うだろうな。そしたらお前は、“また”一人だ。」

「な、なんなんですの!あ、あなたは!?」

 

こいつは元々‥‥‥今もなのだが、相当にプライドの高い人間だった事は容易に想像ができる。なら、そのプライドはどこから発生した?

 

努力?才能?地位?名誉?

 

それを一つに絞る事はできない。何故なら、その全てが彼女のプライドに関わっているからだ。

 

彼女は生まれながらに、オルコット家という“地位”を持っている。そこまではISと嗜む程度の生活を送っていたそうだが、元々“才能”はあったらしい。

そして、丁度彼女が代表候補生になる前に、彼女の両親が事故で亡くなり、親族もいないためにオルコット家は一人になったそうだ。そして、長年の努力と共に代表候補生として専用機を貰うという“名誉”を獲得した。

 

一見、これはただの輝かしき歴史に見えるだろう。だが、「歴史は勝者が紡ぐもの」という考え方がある事を世間は知っているのだろうか?

 

歴史というものを英語にすると、historyとなる。hisとstoryが合体した言葉である事は想像が付くだろう。

 

もし、もしの話だ。例えば俺が世界最強のIS操縦者になる未来があったとしよう。更に仮定して、ここでセシリア・オルコットを倒せたとする。未来に俺の歴史が紡がれ、語られる時、それは英雄譚のように語られ、「俺がセシリア・オルコットを言葉で動揺させ、ミスを誘った」などという俺という人間が姑息に見える、マイナスとなる内容は基本的には書かれないだろう。

つまりそういう事なのだ。彼(勝者)に都合よく、いいところだけを切り取った話(story)が歴史というものだ。

 

話が大きく逸れてしまったが、これは彼女の歴史にも通じる事だ。上で話したセシリア・オルコットの人生についてはイギリスのISを専門に特集する記事から見つけたものだが、国からすれば彼女の弱みを見せるわけにはいかない。だから、「両親が死んで一人になったにも関わらず、努力をして専用機を勝ち取った少女」という美談風に整えた記事を書く。それは歴史と同じように、彼女の弱みを隠して書いているのだ。

では、この記事からどういう弱みが読み取れるのか?

 

まず、彼女は名家の人間だ。オルコット家というのは、イギリスではそこそこ名が広いらしい家らしい。

 

そして、彼女には両親がいない。

 

この二つを足して考えると、特に権力も持たない“地位”だけのか弱い少女を、他の権力者が放置するだろうか?答えは否だ。どうやってその魔の手から逃れたかは知らないが、オルコット家が未だに健在ということや、今の態度から見ても確実に彼女は“一人”でその危機を脱したといえよう。

もしかしたら、タイミング的にも代表候補生になった事が関係しているのかもしれない。

 

二つ目に、彼女が代表候補生で専用機持ちという事だ。“才能”より代表候補生になる人間は少なくない。

だが、専用機持ちとなれば話は大きく変わってくる。彼女は“努力”し、ライバルを蹴落としながら上に這い上がったから、専用機(名誉)を獲得したのだ。

俺からすれば、そういう“努力”のできる人間は素直に尊敬できるが、他の人間もそうかといえば違うだろう。彼女の事を僻み、蔑み、恨む者さえ出てくるだろう。そうなれば、彼女は自然と孤立する。学校でも同じ事が言えるのではないか。例えば雪ノ下。彼女もその類の人間だろう。

 

つまり、彼女はいろんな意味で“一人”だったのだ。俺や雪ノ下のような友達がいない“ぼっち”ではなく、家族すらいない人間なのだ。

人間は本質的に一人を怖がる。俺だって小町という存在があるし、雪ノ下は‥‥雪ノ下にもそういうものがあるだろう。

 

だが、彼女にはそれがない。だからこそ、彼女はプライドという壁で自分を守った。

生まれ持った“地位”と“才能”を誇り、“努力”を続け、“名誉”である専用機を振りかざす。これが、誇り高き「セシリア・オルコット」という人間の正しき姿であり、弱点でもあるのだ。

だから、そのプライドを崩してやればいい。今が一人でないと言うのなら、一人になる恐怖を思い出させてやればいい。

 

「一人ぼっちは寂しいよな?もう、一人になりたくはないよな?」

「いや‥‥やめて‥‥‥‥」

 

再び、止まったビットを弾数で撃ち抜く。俺は心の中で小さくガッツポーズをし、本体のISにライフルを向ける。

 

だが、物事はそう簡単には上手く行くものではない。何事にも例外は存在するのだ。

 

「ああああっ!私は!私はもう一人じゃありませんわ!私には皆さんが、一夏さんがおりますの!」

 

ちっ、思ったよりも復帰が早かった。流石は代表候補生。学生とはいえ、メンタルも並みのものではない。内心舌を打ちながら、再々に走り出す。

 

だが、それは俺にも言える事なのだ。

俺は自分への例外を想定していなかった。

 

不恰好なISは突然動きを止め、応答を停止する。不快な駆動音は止み、代わりに静寂と無反応が俺を囲い込む。

 

「っ!?動かねぇ!?」

「よし!隙だらけですわ!」

 

───そして、俺の世界が“黒”に染まった。

 

───3───

 

比企谷くんがピンチだ。変なISが出てきたと思えば、突然ISが止まってしまった。このまま動けなかったら、オルコットさんに蜂の巣にされて、負けてしまう。

砂上に膝をつくその姿はとっても情けなくて、お世辞にもかっこいいとは言えなくて、悔しさが滲み出ていた。

 

まただ。私はまた、比企谷くんの為になんにもできなかった。何かできると思っている事自体私にとっては自惚れでしかないのかもしれないけど、比企谷くんのその姿より、何よりも私が悔しい。なんにもできない私が悔しい。

弱い自分は捨てたつもりだった。なのに、いまこうやって躊躇してしまう。

 

絞り出せ、勇気を。私は“私”じゃなくなったんだ。いま声を出さないでいつ声を出すの?私ならできる。変われるんだ。変わったんだ。だから、だから───

 

「がんばれ!」

 

破裂しそうな想いが口から飛び出す。胸がジンと熱くなって、なんだか心地よい。きっと今私は悪目立ちしちゃっているけれど、そんなの気にしている場合じゃない。誰も応援しないなら私が、私だけでも応援してあげなきゃ。

 

「がんばれ!比企谷くん!」

 

───だから、届いて。この想い、きっと、きっと届いて。

 

───4───

 

「くそっ!」

 

幾ら身体に力を入れても、ISは全く反応しない。まるで俺を縛る枷となったように、ビクリとも動かない。

真っ暗な世界は、そのままゆっくりと、ゆっくりと俺の心を蝕む。

 

ここまで頑張ってきたんだ。なんで今、なんでこのタイミングで不調が起きるんだ‥‥運が悪いとしか言えん。くそっ‥‥‥‥

 

全てが無駄になった事を悟り、俺は徐々に身体の力を抜いてしまう。諦めようとしてしまう。

やっぱり、俺が努力しても何の意味もなかった。結局、俺は努力をしたところで負ける。そう、これは予定通りなんだ。代表候補生に勝てる訳がない。俺は何も間違っちゃいない。これは全て予定通りの話だったろ?

 

俺は俺に言い聞かせる。自分自身を

傷つけぬよう、嘘で塗り固められた牢獄で自分を守る為に。

 

そう、全部嘘なんだ。俺も、由比ヶ浜も、あのルームメイトも。

 

俺は、俺は久しぶりに“悔しい”と思ってしまった。誰かに馬鹿にされることなんて慣れているはずなのに、あんなに衝動的に動いてしまったのは本当に久しぶりだ。

だから、俺はこの戦いで勝ちたかった。自分の大事なものが偽物ではなく、本当に守る価値のあるものだということを証明したかった。誰の為でもなく、自分の為に。

そして、俺は知りたかった。あのルームメイトの瞳に宿ったあの幻の正体を。あれを見た瞬間、俺はその正体を知りたくなった。柄にもなくその想いに応えなきゃいけないと思ってしまって、一生懸命努力して、ずるかろうと作戦を練って───

 

だから、この戦いだけは勝ちたかった。勝てなくとも、せめて善戦はしたかった。勝てれば、俺はあの正体を知る事が出来る気がした。

 

だが、所詮それも幻想でしかなかった。勝てるという淡い希望も、彼女の瞳に宿った幻も、俺の努力も、すべて幻想で、無意味で、生産性のない、合理的でない、存在自体が許されないものでしかなかった。とっくに捨てた筈の幻想に手を伸ばしている自分に気づいてしまい、鼻で笑う。なんて馬鹿馬鹿しい話だ。自分で偽物と切り捨てたものを、再び広い集めようとするなんて。

 

未だに抵抗を続ける自分自身に、優しく言い聞かせる。

 

「諦めろ」「無理だ」「できっこない」「終わったんだ」「もう頑張る必要はない」

 

数々の甘い言葉が俺を包み込む。抵抗を続ける俺の身体が、ゆっくりと冷えていって、どっとした疲労感が全身を襲う。

 

俺は自身の誘惑に従い、そのまま瞼を閉じようとして───

 

「────!」

「っ!ハイパーセンサーが!?」

 

外からの声。一定下の騒音はカットしていた筈なのだ。つまり、それを越える程の大きさの音がどこからか出ているという事だ。

その音がハイパーセンサーが起動しているという事実を伝え、残念ながら、諦めようとしていた俺の意識を覚醒させてしまう。

目の前が真っ暗で通信系統がどうなっているのかわからないが、確実にハイパーセンサーだけは起動している。

 

俺は全神経を集中し、その音に耳を傾ける。

 

「がんばれ!比企谷くん!」

 

聞き覚えのある声。毎日食堂に行こうと誘ってきた、少しうざったくて、聞き慣れてしまった声。

フッと息を吐き、俺の口に笑みが零れる。

 

あの野郎、やるじゃねえか。大声出してこっ恥ずかしくねえのか?俺だったら次の日に布団に包まって引きこもりになるレベルだぞ。

 

段々、身体が熱を帯びる。閉じられていた思考が開き、大きく目を見開く。

 

───そうだ。俺は何をやっている?家族を馬鹿にされたことを仕返すんだろ?少なくとも一人、ここに応援してくれるやつがいる。俺はその思いに応える義務があるんじゃないのか?うだうだ言ってて頑張らないで後悔するのなら、やって後悔したほうがマシだろ?

 

「おお‥‥‥うおおおおお!!!」

 

力を込め、身体を捩る。が、虚しくもISは動かない。

それでも、俺は諦めない。この一瞬だけでも、誰かの“優しさ”に縋ってもいいだろう。その偽物に頼ってもいいだろう。試しに信じてみるなら、今しかない。自分を信じろ。他人を信じろ。

 

この一瞬だけでも、この想いに答えてみせろ!

 

───I'm your sword.───

 

突如、俺の目の前に緑色の文字が踊る。

 

───I'm your shield.───

 

‥‥‥どういう事だ?

 

───I'm your wings.───

 

「お前‥‥‥IS‥‥なのか?」

 

俺の言葉に呼応するように、緑色の光が次の言葉を紡ぐ。

 

───Do you,you can wield the power for your rightness?───

 

俺自身の正しさ‥‥‥か。

 

俺は常に正しい事をしているつもりだ。それを誰かが否定する事は出来ないし、俺が他人の正しさを否定するつもりもない。だが、俺の正しさと他人の正しさぶつかる時、俺はどうするだろうか?

 

答えは、俺自身が一番よく知っている。それは───

 

 

「───“分からない”、だろ?」

 

その回答に満足したかのように、緑色の文字が霧散する。

正しい人間なんてこの世にいない。人間は、不完全だからこそ人間なのだ。自身の正しさだの思っているものが本当に自身の望むものかといえば、それは別の話だ。

なら、俺は俺なりの回答を出す。分からないなりに、答えに手を伸ばし続ける。間違いながらでも、俺は進んでゆく。停滞などを甘んじて受け入れる程マトモな人間じゃないんでな。

 

それが俺の答えなのだから。

 

「system all green」

 

真っ黒な世界に亀裂が走る。

 

「“first shift” set up complete」

 

世界は崩壊し、白い輝きを放つ。

 

「Please choose your preferred language」

「ジャパニーズだ」

「───言語選択。No.52は標準言語を日本語に変更します」

 

世界が鮮やかさを取り戻して、俺の意識が段々と鋭くなってゆく。

 

「名証変更‥‥‥‥‥これより、No.52は【浮舟】と名乗ります」

 

五感が世界を掴み取り、圧倒的開放感が俺自身を包み込む。

 

「【浮舟】───起動します」

 

悪いが、勝たせてもらうぞ‥‥セシリア・オルコット。




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それでも、比企谷八幡と相川清香は間違いながらも確実に近づく。

ええ、相川さんヒロイン回です。


「力」

 

振るうもの。振るわれぬように注意が必要。

 

──────

 

画面の向こうの現状が私には理解しきれなかった。跪き、動かなくなったISが突如として眩い光を放ち始め、その容貌を変化させてゆく。

多分、あの光は一次移行のものだろう。だが、一次移行にしては機体のデザインや武装、そして纏わりつく空気があまりにも変わり過ぎていた。

 

黒漆に塗り潰された厚い装甲。しかし、黒色は艶消しされたかのように光沢を失い、上品な印象を持たせる。

重量感の増した脚部。左右非対称で、ゴツゴツと無骨な見た目を残しつつ、一部が流線型を描いていた。

安定した腰部。細過ぎず、太過ぎず、胴と腰を繋いでいる。

大きさをそのまま、更に尖鋭的になった胸部。一部が四角く変形し、流れるようなデザインは更に攻撃的なものに変化していた。

コードが繋がれた肩部。小さく機能的に纏められており、動きを阻害しないようにうまく作られている。

五角形の何かが取り付けられた左腕。まるでそれは花のようで、中心が白く、橋が青色に塗られている。

砲口のないカノンが取り付けられた右腕。見るからに、この機体のメインウェポンだ。

そして、胸部と完全に接合した機能的とはいえないデザインの頭部。その蒼いラインアイ───正確にはラインアイではなく複眼であり、それぞれが光っているのでそう見えるだけなのだが───それは、獲物を狩る直前の猛獣のように鋭く、淡く蒼い閃光を放っていた。

 

背部に浮く折れた翼のような非固定部位が痛みにもがき苦しむように動き始め、蒼炎を吹き出し、撒き散らす。

 

「な、なんですか‥‥‥あれは‥‥‥」

「あれが【源氏物語】が選び出した、比企谷くんの本質だよ」

 

ニヤニヤ、いや、ニタニタと笑う社長が、自慢気に解説を始める。

 

「あの子───正確にはあの子達、かな?まあ、あの子でいっか。あの子には全ての設計図のデータが含まれているって言ったっけ?まあいいや。だから、一次移行の時はその全データ内から比企谷くんに合ったものを組み合わせてできているんだよー。だからね、あの姿は比企谷くんを表してるってわけ」

「比企谷の本質‥‥‥‥」

 

もしこの胡散臭い、食えない社長の言う事が本当なら、比企谷の精神はどうなっているのか。この分厚い装甲こそが、比企谷の本当の姿だというのか?あの飢えた獣のような姿が、本当に私の知っている比企谷の姿なのか?もし仮にそうなのだとしたら───

 

比企谷、お前は‥‥‥お前は一体───

 

「でも僕もびっくりだよ。こんなピーキーな機体に仕上がるなんてねー」

 

その粘着質な声によって、私は現実に引き戻される。無意識のうちにこめかみを抑え、下唇を噛んでしまう。

 

「‥‥‥‥あ、そろそろ次の仕事があるから帰るねー」

「‥‥‥さっきの言葉、どういう意味ですか?」

 

踵を返した社長に問う。

あのコアが比企谷にしか反応しない。それはコアの選り好みレベルの問題ではなく、極めて例外的な事案となり得る。ここで聞かず、どこで聞くというのか。

 

「そのままの意味だよ。こっちとしてもよく分かってないからね。ま、比企谷くんに賭けてみて正解だったよ。あの機体は───やっばりなんでもないや。じゃあねー」

 

振り返らずに意味深な言葉を残し、社長は管制室を立ち去って行った。

私は一人取り残されこれからの事を思い、ふぅ、と溜息を吐くのであった。

 

───2───

 

視界に映る全てがとても色鮮やかだ。それぞれが煌き、己の存在を自己主張している。

手足の先まで鋭い、しゃんとした感覚がある。まるで空気に触れているようだ。

 

今までとはまるで違う、世界全体が俺と繋がったような、支配してしまったかのような感覚。

 

このIS───【浮舟】が、まるで自分自身になったかのような気分だ。不安や心配は全部吹き飛び、今は安心感と、妙な高揚感だけか俺の中を渦巻いている。

 

‥‥‥いける。

俺は上を見上げ、こちらにレーザーライフルを向けている少女を注視する。豆鉄砲を食らったという表現が正しい。まさに“今私驚いています”という顔をしていた。

 

「現在所有する全システムのロック解除を確認。【藤壷】、起動します」

 

右腕を侵食する程の大きさのカノン。その砲後部ジェネレータから蒼い光が漏れ出し、冷却装置がカパカパと動き始める。

 

「【藤壷】の起動を確認。続いて【若紫】、起動します」

 

背部の折翼型のユニットがガバッと動き始め、展開。八つのブースターが点火し、蒼く燃え盛る翼を取り戻す。

 

「【若紫】の起動を確認。続いて【六条】の起動、確認。【朝顔】の起動、確認。【葵】の起動、確認。全兵装の起動を確認しました。【浮舟】、システムを機動戦闘モードに移行」

 

今頭の中に流れてきた情報によると、【浮舟】は飛べない。宇宙用に作られた筈のISの中では異質な存在であるし、飛べないとなればそれ相応に不利だ。

だが、こいつにはそれをカバーしうるほどの機体性能を持ち合わせているのだ。

 

「待たせて悪いな、続きをしようか。セシリア・オルコット」

「最初はどうなるかと思いましたが‥‥望むところですわ!」

 

先手必勝という言葉を知っているのか、彼女の持つレーザーライフルから光が放たれる。

同時に燃え盛る翼が大きく煌き、爆風を巻き起こしながら高速で回避する。その勢いのまま回転し、ブレーキをかける。

 

「は、早い!?」

 

【浮舟】は“空”を完全に捨てた代わりに、地上での移動速度がダンチだ。防御力も高く、単純な機体性能だったらどのISにも負けないだろう。動けるデブ‥‥デブではないか。つまりそういうことだ。

 

「1st code:Assault rifle!」

 

砲口に見えたカノンの先端が光を放ち、二対のレールが姿を見せる。右腕を上げ、レールから幾つもの青白い光を射出する。が、これは完全に腕の差で、全く当たらない。俺が弱いのもあるが、華麗に避けている。流石は代表候補生だ。

 

「そんな動きではっ!」

 

彼女の呼び声で二つに減ったビットが宙を舞い始め、合計三方向からの集中砲火を食らう。身体を逸らすも光が掠め、装甲が軽く焦げ、漆のような黒の中に別の黒が混じり込む。

追撃を加えようとレーザーライフルを構え直す彼女に向け、俺は声を振り絞って大きく叫ぶ。

 

「【朝顔】!」

 

いつも大きな声を出さないからか、喉がピリピリとする。

左腕に取り付けられた正五角形の一角一角が展開し、エネルギーシールドを生み出す。薙ぐ風にして腕を振り、レーザーを防ぎ、そして弾く。

 

「なっ!ブルー・ティアーズが!?」

 

光と鏡の関係のように、いとも簡単にレーザーが弾き飛ぶ。弾き飛んだそれはビットに直撃し、黒い煙を立てて撃沈する。残り一つとなったビットは退散し、アリーナの空を支配し続ける彼女の元へと戻る。

 

「2nd code:Sniper rifle!」

 

レールが青い粒子となり、霧散する。それに代わり長いレールが四本出現し、カノンに接続される。地面に接しそうな程に長いそれを構え直し、指を引く。

 

「trigger」

 

細い閃光が空を駆ける。淡い青が美しい直線を描く。

 

「くうっ!」

 

辛うじて避けられる。このスナイパーライフルはアサルトライフルに比べて威力が高く、弾速も早い。だが次弾装填が遅く、銃身が大きいので使いにくい。個人的には連写の効くアサルトライフルの方が調子いい。

俺は不敵に笑う。今なら負ける気がしない。勝利の道筋が確実に見える。

 

───さあ、仕上げだ。

 

「Final code:【桐壺】!」

「【桐壺】、スタンバイ開始。全特殊補助兵装を展開します」

 

その名を叫ぶと、砲身だけでは飽き足らず、右腕全体が目を覆いたくなる程の輝きを放つ。

 

「全システム統制を【浮舟】より【桐壺】に委託。システムを掃撃モードに移行します」

 

スナイパーの三倍はある巨大な砲身が、その姿を顕現させる。大量のコードが他パーツと接続し、右肩まですっぽりと覆い込む。両足裏のパイルドライバが地面へと突き刺さり、ジェネレータがガタガタと震え出す。

体制を保つように腰部から支脚が展開され、完全な射撃体制に入る。

 

「全エネルギーラインを直結。供給を開始」

 

ジェネレータより供給される過負荷なエネルギーがコードより漏れ始め、ノイズのように蒼い稲妻を発生させ、右半身を包み込む。それは視界にまで侵食している。

 

「ジェネレータの超過駆動を確認」

 

冷却装置が真っ赤に染まり、それを覆っていたカバーが吹き飛ばされる。

 

「ライフリング、回転開始」

 

とうとう砲口から光が溢れ始める。今か今かと待ちわびるように、光はどんどんと強くなってゆく。

 

「シークエンスを完了。発射可能です」

 

自身が砲台になったつもりで、右腕を空に向け掲げる。砲身が少女を捉え、圧縮した光が機体を包み込む。

 

「trigger!」

 

コールと共に、圧倒的な破壊が宿る“蒼”が放たれる。空が割れ、アリーナのシールドが紙屑のように吹き飛ぶ。空気が焼け、熱気がアリーナ内を包む。

空を引き裂いていた光はゆっくりと収束し、消える。

 

これぞこの【桐壺】の真髄。直線上の全てを消し去る、超長距離掃撃砲。

IS相手なら確実に絶対防御を発動させ、全エネルギーでは足りずに装甲までもを引き裂いてしまう一撃必殺の武装。

 

だが、この武装には致命的な弱点がある。

 

「危なかった‥‥‥ですわ」

「外れちゃったのかよ‥‥‥‥」

 

打った後、暫く動けないのだ。一分くらい。

 

‥‥‥‥あっ(察し)。

 

───3───

 

みんなの予想通り負けちまったよ小町。諦めたらそこで試合終了だけど諦めないで頑張っても終了しちゃいました、てへっ☆

あの金髪クロワッサンに無双され、ボロボロになったISを引き摺りおうち‥‥‥じゃなくて寮に帰ろうとしている俺の前に、鬼教官が立ちはだかった。

 

今からラスボス戦だそうです。SAN値ゴリゴリ減るわ。

 

「比企谷、あの最後に使ったやつは禁止だ」

「マジっすか?」

「危険過ぎる。理由は以上だ」

 

「お疲れ」とか「頑張ったな」とか、そういう労いの言葉はありませんでした。べっ別に、期待なんてしてないんだからね!

それにしても切り札を奪うなんてそりゃないぜ先生!まあ、あんなバカみたいな兵器は使わんけどな。使う機会もないだろうし。

 

「今回の戦い、余り評価されるものではない」

「‥‥‥‥‥」

 

全身を上から下まで見た後に、はっきりとした声で告げる。

そんなことは知っている。

他人の弱みに付け込むのは、教師の立場からすれば“正々堂々”とは言えないだろう。

 

「だが‥‥‥な、」

「?」

 

織斑先生は語気を強める。その目は力強く俺を捉える。

 

「‥‥‥その努力は認めてやろう。精進しろよ、比企谷」

「‥‥‥うっす」

 

俺の肩を叩き、織斑先生はアリーナ内にに消えて行った。

俺は頬を掻き、少しだけ俯く。

褒められる事自体、悪い気分はしない。ただ、それに裏があるのではないかと疑ってしまうだけだ。

今、言葉の真意を見極めている俺の肩を、また別の人が叩く。

 

「比企谷くんお疲れ!」

「お、おう。相‥‥‥まあいいや」

「相川だって!覚えてよー!」

 

ぷっぷくぷーっと頬を膨らませる。わー、あざといなぁ(棒)。

 

「あのでっかいの凄かったね!SF映画かと思ったよ!」

「俺もそう思ったよ。ははっ、ワロス」

 

手をパタパタと動かす相なんとかさん。

あー、あるあr‥‥‥ねーよ。実際打つと反動だけで死ねるから。パイルドライバー地面に打ち込んでるのに反動がヤバい。捨て身タックルとか比じゃない。がんじょう欲しいのおおおお!!

 

 

「その、この前は変なこと言ってごめんね?」

「いや‥‥‥別に気にすんな。大して気にしてない」

「えー?それって酷くない?」

 

これは本音だ。素直に、口から言葉が飛び出す。

‥‥‥少し照れ臭いが、言わなければ。

 

「‥‥‥相川」

「なに?」

「その、応援‥‥あ、ありがとな」

「いえいえー、どういたしまして」

 

相川は笑ってみせる。なんだか、緊張していた自分が馬鹿みたいだ。

 

すると、相川はごくんと唾を飲んで、今度は相手が緊張した顔でこちらを見上げてくる。

 

「‥‥‥ねえ、比企谷くん」

「お、おう?」

 

突然声色が真面目なものに変わる。夏にしては涼しげな風が、俺達を包み込む。

 

「私と、友達になってくれないかな?」

 

息が詰まる。今の一言は色々な意味で唐突すぎた。風が止んで、梅雨明けのジメジメとした不快感が込み上げてくる。もやもやとしたものが浮き出てきて、俺自身の何かを拒もうとする。

 

一度大きく深呼吸し、きっぱりと告げる。

 

「悪い、俺とお前の関係はそういうものじゃない」

「‥‥‥‥‥」

 

そう、俺とこいつはただのルームメイトで、それ以上でもそれ以下でもない。それは、最初から変わらないのだ。残酷かもしれないが、それが事実なのだ。

 

「‥‥‥そっか」

 

彼女は小さく呟く。少しだけ陰が差したかと思えば、またいつもの顔に戻る。

 

「‥‥‥ならそれでもいいや。多分、比企谷くんの言ってる“友達”と私の“友達”は違うし。今はルームメイトで我慢してあげる」

 

裏のない屈託の笑顔に、思わず俺はたじろいでしまう。

そのまま彼女は、動揺する俺を置いて先に走って行ってしまう。石畳の音が軽快に鳴り響く。

 

「でも───」

 

そして、その場で立ち止まる。両手を後ろに隠して、こちらを覗き込むように見つめてくる。

 

「───いつかは、ね?」

 

夕日に照らされた彼女の顔は、どこか赤かった気がした。

俺も、不思議と悪い気はしなかった。

 

「夕日が綺麗だな」と、久しぶりに、素直に思えた気がした。

 




そういえば、そろそろ閑話の募集は終了してもいいのでしょうか?

次話もよろしくお願いします。


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毎日はつつがなく進み、されど平凡に非ず。



二十話まで手直し加えたのに消えた‥‥‥死にたい


「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

 

‥‥‥‥‥深淵ってなんだよ(哲学)。

 

──────

 

「追跡!心霊スポット〜!」

 

シュレーディンガーの猫という思考実験を知っているだろうか?名前は聞いたことがあるが、説明してと言われるとわからないという人が多い実験である。

 

蓋のある箱に、猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質であるラジウムを一定量と、ガイガーカウンター、青酸ガス発生装置を一台入れておく。このまま一週間放置すると、はたして猫の生死はどうなっているのだろうか?というものだ。

 

総武高校にて数学の学年最低点を記録している文系の俺にはよく分からないが、パラレルワールドの証明になるとか、生きてるだか死んでるとか確率が半々になって同時に存在するとやらなんとやら。

正直な話、よくわからない。そもそも死んでいるか生きているかという問題以前に、猫は絶食のできない生物である。つまり、シュレーディンガーは確実に猫を殺しにかかっているのである。

 

結論を言おう。

 

無闇な殺傷は良くないでござるよ。拙者はただの流浪人でござ(ry

 

「比企谷くん朝だぞー!起きろ〜!」

「‥‥‥‥‥」

 

ほーら、噂をすればこいつだ。

働きたくないでござる!!絶対に働きたくないでござる!!

俺の惰眠を奪わんとする奴がやってきたよ。小町なのか?俺の妹なのか?確かに年下だけどこんな妹はいらん。小町一人で十分だ。

 

「起きないと織斑先生呼ぶよ〜?」

 

なんだそれは。「いーけないんだ、いけないんだ、せーんせいに言っちゃーお」レベルの台詞である。小学校の思い出が浮かび上がりやがるからやめろくださいお願いします。

 

「‥‥‥ふぁーあ‥‥うっす」

「おっはよー、今日はっ、家にっ!帰るんでしょおらあ!!」

 

抵抗してみたのだが、残念無念。布団をまくり取られてしまった。

俺の人生に八番目くらいに大事な布団が取られた。ちなみに一番は小まt‥‥戸塚だわ。夏だけど僕の右ポケットにお招きしたくなる。今は暑いんでこの上ない理由にはならないですね。早く冬が来ないかなぁ(スノースマイル)。

 

「なんか暑くて面倒」

「えー!帰んないのー?」

 

本日は土曜日。社畜は出勤するが、学生には楽しい楽しい休日である。

 

「ヨーロッパ各地に、刃物で切り裂かれたような謎のバツ印が発生しているんです!では、これを目撃してしまった───」プチッ

 

うるさいので電源を切る。朝から心霊スポットの番組ってどうなんだよ。しかもヨーロッパって。

 

話を戻そう。IS学園は自習、つまり授業がなくなり、生徒達は各々の活動を始めるのだ。ISの訓練をするのもよし、部活動をするのもよし、遊ぶのもよし。近ければ家に帰るのもよし。

ただ、あまら、うるさくしていると織斑先生にしょっ引かれる。

 

「帰りなよー!」

 

I❤︎千葉と書かれたTシャツを着た俺になんて事を言うんだ。我が家に帰れたらとっくに帰ってます。てかどんだけ俺に帰って欲しいんだこいつは‥‥‥

 

「今日小町は友達と遊びに行ってていねえんだよ。親父と母さんは寝てるし。帰っても意味ねえの」

「そっかぁ‥‥‥じゃあご飯食べに行こっか!」

「何その超理論、まあいいけど」

 

こいつ俺飯に誘い過ぎだろ。ぼっちなの?まあクラスで誰かと話してるの見た事ないから実際そうなのか?まあどっちでもいいけどな。

 

「んじゃ行くか」

「ほーい!」

 

てめえはアラレちゃんかよ。

 

───2───

 

朝飯を済ませた後、俺は相‥‥‥相なんとかさんと別れ、職員室に向かった。今日は暇だしISのレクチャーを頼もうと山田先生を訪ねてみたところ、すごく嬉しそうな顔をして「はい、なんでも頼んで下さい!私は先生ですから!」と胸を張った。あの自己主張の強い箇所をさらに主張するとか身体に悪い、俺の方が。

この先生マジ優しい。時々、女尊男卑っていう時代の流れを知ってるのか不安になる。

スペック詳細は企業秘密なので、模擬戦で使用した武装のみをレポートに纏めて、山田先生に提出した。俺氏超有能。これができる男ってやつですよ。

 

「比企谷くんのISは‥‥うーん。飛べないんですね‥‥‥‥」

「い、一応ジャンプはできます」

 

脚力があるので、ある程度のジャンプ力はある。思いっきり蹴飛ばせば、アリーナのカタパルトくらいまでは飛び乗れる。

‥‥‥何言ってるんだろ俺。フォローになってないじゃん‥‥‥

 

「でも、このふじ‥‥【藤壺】っていう武器が強いですね。第三世代型兵器とは思えない燃費の良さですし」

「おすs‥‥そうなんですか?」

 

他のレーザー武器を使った事がないので分からないが、どうやら燃費が良いらしい。第三世代機は基本的に燃費が悪い。だか、この【浮舟】は何故かPICという慣性制御装置が取り外されているので、その分を他の武装に回せるのだ。飛べないけど。

 

「特にこのスナイパー、すっごい強いですね」

「えっ。」

 

俺が嫌いな武器を選んできたよこの先生‥‥天使に見せかけた悪魔なの?

 

「いやぁ、リロードの遅い武器はちょっと‥‥‥」

「そうですか?ちょっと展開してみて下さい」

「うっす。来い、【浮舟】」

 

真っ黒な装甲が俺を包み込む。ラインアイが走り、視界が開ける。

初心者なので名前を呼ばないと出てきません。厨二っぽくてカッコ恥ずかしい。顔からファイアが出るわ。ファイアじゃなくてファイガでした、へへっ。

 

「2nd code:Sniper rifle.」

 

砲口のないカノンが形を変え、青い粒子を放ちながら四本のレールが出現する。地面スレスレを走らせ、持ち上げ、左手で抱える。

 

「かっこいいですね!」

「えっ?は、はい」

 

メカメカしい武器が好きなのか。もしかしてなくてもどこぞの機動戦士とかが好きなのかな?ここで突然ボトムスとか言われたら尊敬する。ATライフル持ち出すレベル。

腰を落とし膝を曲げ、レールを前に構える。右脛がカパカパと動き出し、物理シールドを展開する。

 

「システムを精密射撃モードに変更。照準、表示します」

 

視界に十字のあれ(照準)が現れた。画面じゃない。視界にだ。大事なことなので二回言いました。

 

「試しにターゲットを出すんで、撃ってみて下さい」

 

なんだか乗せられている気がする。乗るしかない、このビックウェーブに。

アリーナの端、俺の真正面側に小さな空間認識型のターゲットが出現する。濁った目を軽く動かし、ターゲットを注視する。引き金を引くと共にチャージングが始まり、視界に軽く青いノイズが混じり込む。

 

「trigger」

 

引き金を離す。閃光は確実にターゲットの中心を貫く。結晶のように砕け、消える。

 

「すごいじゃないですか!思った以上に威力も高いです!」

「あ、まあ、はい」

 

あ、ってなんだよ。名詞が続くの?音によって形変わるの?

山田先生はぴょんぴょんと跳ねて身体で喜びを表現する。胸が‥‥胸が‥‥‥

 

「絶対スナイパーの才能がありますよ。折角この武器があるんですからちょっと練習してみましょうよ!」

「えっ」

「じゃ、じゃあ、レーザーについてどのくらい知ってますか?」

「いやぁ、全然‥‥‥」

 

すごいペース持ってかれているんだけど。山田先生コミュ力高スギィ!でも男が苦手って聞いてるんですけど‥‥‥あっ、俺が男と思われてないんですねわかります(白目)。

 

「基本的に、レーザーは有効射程を離れると、一気に減衰して威力が低下してしまうんですよ」

「‥‥まじっすか?」

 

それは盲点だった。ほら、レーザー兵器って値段が高いけど威力が高いっていうゲーム的なイメージあるじゃん?しかもゲームだと有効射程とか気にしないじゃん?さっきからじゃんじゃん言い過ぎじゃん黄泉川先生じゃん。

 

「だから、チャージングでその射程とか威力とか速度とかを伸ばすんです。チャージしなくても打ち合いでは高速弾として使えますし、チャージすればスナイパーライフルとしての威力を発揮しますね。スナイパーライフルというより、チャージ式のレーザーカノンに狙撃機能を取り付けたって言うのが正しいかもしれません」

 

すごい饒舌になったんだけど‥‥山田先生実はコミュ障なんじゃね?自分の話せることだけにやたら饒舌になって、ネタが尽きるとだんまりするあれ。あと知らないネタだと反応が薄いやつ。ソースは友達のH君。

 

「ノーチャージで撃ってもらってもいいですか?」

「うっす」

 

先程よりもかなり近くに現れたターゲットに対し、ガンマンのように素早い挙動で構え、撃つ。光はターゲット左端を捉える。少しずれたが、まあ及第点というところだろう。

 

「ふーむ‥‥‥チャージするとレーザーは細く濃縮されるんですね。ふむふむ‥‥‥」

 

いや、確かにさっきの方が光が小さかった気がするけど独り言はやめましょうね。ぼっちはすぐに話しかけられてると勘違いするんで。「自意識過剰乙」と言われたらそれまでなんだけど。

 

「じゃあ、もう一回構えて下さい!」

「‥‥っす」

 

俺にアサルトライフルの練習をさせてくれ!アサルトライフルゥゥゥ!!

 

───3───

 

あの後山田先生にスナイパーライフルのことしか教わってない。まあそこそこ役に立ったけどね?でも立ち回りとか練習することまだまだたくさんあるじゃん‥‥‥俺ってほんとバカ‥‥‥‥

 

「はぁ‥‥」

「どうしたの?」

 

溜息の訳を聞いてみても自分じゃないからわからないって誰かが言ってたろ。だからせめて知りたがるんですねわかりません。

 

「‥‥‥暇だ」

「布団でゴロゴロしてるじゃん〜」

「お、おう暇だからな‥‥はぁ」

 

最近相なんとかさんの服装が際どい。蒸し暑いのはわかるけどキャミソールだけとか誘ってるの?どこぞの第一位みたいに叫べばいいの?俺じゃなかったら勘違いしちゃうね。

対して俺はTシャツ一枚。健全過ぎてプリキュアショーに出れるレベル。

 

プルルルル、プルルルル

 

「比企谷くんのケータイが鳴った!?」

「驚くことじゃねえだろ‥‥‥誰だ?」

 

相なんとかさんマジ無常。

IS学園に入って初めてかかってきた番号は戸塚‥‥‥ではない。知らない番号だ(シンジ並感)。

 

「はい、もしもし」

「もしもし、比企谷くん?」

「ゆ‥‥雪ノ下か?」

 

意外ッ!それは雪ノ下!

てかなんで俺の電話番号知ってるんだ?どこかで安売りされてるの?タイムセール中なの?

 

「比企谷くん、誰だった?」

「ちょ、おま「あら、エロ谷くん。女の子を侍らせて楽しそうね」

 

人差し指を口に当てると、相なんとかさんも同じ動きをして、肩をすくめる。

 

「おい待て、俺に侍られる女子がいる訳ないだろ」

「そうね。あなたの周りに人間は集まってこないものね」

「あーはいはいそうですね‥‥‥」

 

楽しそうな声色だ。俺がいないと自慢の毒舌を吐く相手がいないからストレスが溜まってるのかな?いや、そんなこと言ったら「あら、比企谷菌の分際で自惚れ過ぎてはないかしら」とか言われそう。

ひ、ひとりでもぼっちだから気にしないもん!

 

「そろそろ本題に入りたいのだけれど」

「お、おう?」

「来週の日曜日。由比ヶ浜さんの誕生日なのよ」

「‥‥‥そうか」

 

由比ヶ浜結衣。その名は俺が今一番思い出したくなかったものだ。せっかく忘れられていたのにと、少しだけ顔を顰める。

 

「彼女、悲しんでいたわよ。比企谷くんを悲しませちゃったってね」

「‥‥‥だから、どうした?」

「あなたの思っている“それ”は勘違いよ。そういう気持ちが微塵もなかったとなれば嘘になると思うけれど、彼女の思いは本当よ」

 

チラリと、聞き耳を立てている少女の顔色を伺う。疑問符を浮かべた顔で首を傾げる。なんか損した気分だ。

 

「‥‥‥‥」

「そうなれば、あなたが彼女を拒絶する理由はなくなるわ」

 

再び、彼女の方を見る。もし、もし仮に。相川清香のように、本物とは言えずとも、あの優しさが嘘じゃないと言うのなら。あの幻が嘘じゃないと言うのなら。

 

「だから、比企谷くん───」

 

凛とした声で、雪ノ下は宣言する。

 

「少し付き合いなさい」

「‥‥‥は?」





感想、評価等よろしくお願いします‥‥‥


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やはり、こんなエンカウント率の高い買い物は間違っている。

「デート」

 

日付の意。

 

──────

 

あの電話から丁度一週間後の土曜日。俺はららぽーとにて放課後ティータイムを、楽しんで───楽しんでなんてなかったわ。心ぴょんぴょんしないし「にゃんぱすー」とも言わない。無論SOS団の集まりでもないし、古典部でもない。二次元なんて幻想なんだよ。単に待人がいるんだけだ。

そういえば今年のおみくじは吉だった。待人は「心して待て」だそうだ。一体誰が来るんだ‥‥‥‥

 

「ういっす」

「あら、珍しい動物がいるのね」

「人をホモ・サピエンス扱いするのはやめようか?」

「いえ、私は目の腐ったカエルの事を言っているのだけれど」

「ヒキガエルくんってか。昔のあだ名を思い出させる精神攻撃なの?」

「冗談よ、久しぶりね、比企谷くん」

 

おいでなすったのは雪ノ下雪乃。一体どこからどこまでが冗談なのか。

というより先週は「付き合って」とか言われて一瞬勘違いしちゃったZE☆どう考えても買い物にです本当にありがとうございました。

俺としたことが死にてえ。ららぽーとって三階建てだから落ちても大丈夫だよな?な?

 

「そういえばなんでツインテールなんだ?」

「人の髪型に文句をつけるなんて比企谷くんの分際で生意気ね」

 

うわぁすげえ楽しそう。やっぱりその毒溜め込んでたの?毒袋とかついてるの?ゲリョスなの?

それより服が凄い。センスが良いという意味で。クリーム色のカーディガンに清楚系ワンピースかよ。二次元美少女ばりのスペックだよこの子。俺なんて時代錯誤な英語が書いてあるTシャツだぞ?世代が違って草生えない。

 

「で、なんで俺は呼び出されたんだ?」

「決まっているじゃない。誕生日よ?プレゼントを買うしかないじゃない?」

 

みんな死ぬしかないじゃない!的なあれですね。雪ノ下はマミさん‥‥いや胸が足りない。圧倒的敗北感っ‥‥!ってなるのかな?ならねえな。寧ろ相手を論破するまでである。

 

「それだったら俺が呼び出された必要なくないか?」

「いえ。自慢じゃないけれど、私は普通の女子高生とは感性が違うもの。それに───」

 

感性が違うことは概ね同意だわ。こんな女子高生が大量にうろちょろしてたら引きこもりになる。元々だけど。

 

「───誕生日プレゼント、貰ったことないもの‥‥‥」

「‥‥‥‥‥ふっ」

 

プークスクス、雪ノ下さんって〜誕生日プレゼントもらったことないんだって〜

え〜?マジ?ヤバくねぇ〜?

まじウケるんですけど〜

 

こんな感じですかね、全然ウケません。まあ、おおおお俺は高津くんからトウモロコシ貰ったことあるけど?べっ、べべ別に親同士に関係があったからもらったとか全然そういうわけじゃないし!?

 

「比企谷くんに笑われるなんて一生の不覚だわ。」

 

よくわからんが自己完結しだしたよこの子。でも勝った気がするからいいや、この流れは放置しよう。将来履歴書に書けそう。でもそれって就活しなきゃ意味ないじゃん!あ、平塚先生は婚活して、どうぞ。

 

「取り敢えずだな。雪ノ下、お前の感性で判断すると何をプレゼントするんだ?」

「‥‥‥万年筆とか、あと‥‥‥工具セットとか?」

 

万年筆はともかく工具セットってなんだよ。由比ヶ浜が「うわぁ!このドライバーセット欲しかったんだ!あ、ガジェットも入ってる!ゆきのんありがとう!」とは言わないだろう。いや、工業系女子‥‥森ガール的なあれで流行るかもしれん。リケジョ的なあれですよ!あれあれ!

 

「お前のセンスを疑うわ」

「そうね、疑われても仕方がないわ。じゃあ、比企谷くん。あなたは何をプレゼントすれば由比ヶ浜さんが喜ぶと思う?」

「そうだなぁ‥‥」

 

スイーツ(笑)が喜びそうなもの。小町が読んでる偏差値低そうな本借りてくりゃよかった。「これで私も愛されガール!」みたいなやつ。C.C.のギアスかな?

真面目に考えてみよう。たしか由比ヶ浜は犬を飼っている。つまり、それに関連したものなら重くもなく、軽くもない。それなりのものがプレゼントできるはずだ。

 

「首輪とか?」

「もしもし警察ですか?」

「そういう意味じゃねえよ。犬のだよ犬の」

「本当かしら?エロ谷くんなら考えかねないもの」

 

首輪をつける由比ヶ浜‥‥‥‥一瞬想像してしまった。煩悩退散!煩悩退散んん!!

 

「そ、そもそもプレゼントなんて関係性によるだろ。知り合い程度だったら重くない方がいいしな」

 

早口でまくし立てる。めちゃめちゃ動揺してるじゃないですかやだー!!

 

「あら、比企谷くんにしては役に立ちそうな事を言うのね」

 

ソースは小町とか言えない。動揺してるのがばれなくて本当に良かったです。

 

「私と由比ヶ浜さんはと‥‥と、とも、友達よ」

「ふーん」

 

デレデレしてやがるぜ。桜trickかな?それともゆるゆりかな?ラブコメの波動を感じる‥‥‥‥

 

「でも、これで私は一人じゃないわ」

 

やっぱりマミさんだよな?狙ってるよな?この子アニメ知らないはずなのに怖いわー、三話後に首飛ぶとか怖いわ。

 

「ふっ、友達ってのは複数いるから友“達”なんだよ」

「あなたらしい屁理屈ね。でもいないよりはマシよ」

「ぐぬぬ」

 

髪を掻き上げる雪ノ下。

 

「そ、それより早く買い物しなくてもいいのかよ」

「ええ、そうね。じゃあ行きましょう」

 

わぁい、たのしいでーとのはじまりだぁ(棒)。

 

───2───

 

というわけで、買い物に出かける事になった八幡!そこに、買い物を阻む敵襲が現れる!

 

「あっ!?比企谷くんがデートしてる!」

「比企谷くん、あの子をいくらで買ったの?」

 

失礼な。俺が買える女がいるわけなかろうに‥‥‥‥

 

「買ってねえよ、失礼だろ。あとデートじゃないから」

「比企谷くんに脅されているなら相談に乗るわ」

 

人の話聞けよ。

 

「いやいや、脅し「そんな事ないですよ〜!比企谷くんは私のルームメイトですよ〜」

 

うわぁ、相なんとかさんじゃん。エンカウントしたくない人物第二位とかにランクインしてるやつ。あっ、戸塚は何時でもウェルカムなんで。むしろ戸塚に会いたい!

雪ノ下がチラチラっとこちらを見てくる。ポケットから手を引っこ抜き、少しの身振りを加えながら雪ノ下を紹介する。

 

「こいつは雪ノ下だ。前の学校で入ってた部活の部長だ。こっちは相‥‥‥相「相川だよ!いい加減覚えてよ〜!あ、初めまして。相川清香です。よろしくお願いします」

「初めまして、相川さん。雪ノ下雪乃よ」

 

感嘆符多すぎだろ。感嘆符つけないと死んじゃう病気なの?あと俺が幸先よく空気なんですけど。このまま帰っていいかな?よし帰ろう。

 

「待ちなさい」

 

ハチマンは にげだした!

しかし まわりこまれてしまった!

 

「いや、ほらー、家で小町が「あ、お兄ちゃんだ!」

 

よく知っている声。目線を移動させると、そこには我が愛しの妹が友達を連れて買い物に来ているのがよーく見えた。

 

「あら、小町さんがどうかしたのかしら?」

「‥‥‥‥‥ナ、ナンデモナイデス」

 

うわぁ、小町友達と遊びに行ってるんじゃないのかよ。いや、遊びに行ってるからエンカウントしたのか。

先週も会えなかったし会えたのは嬉しいけどタイミングが‥‥‥音ゲーだったら不可かMISSって出るよこれ。GOODでもダメなんだよな。

スクフェスやらなきゃ(使命感)。

 

「お兄ちゃんが女の子を二人も!?小町的にポイント高い!」

「お兄ちゃんってことは‥‥‥妹さん?」

「はい、お兄ちゃんの妹の比企谷小町です。うちの愚兄がお世話になってます」

 

愚兄ってなんだ。

 

「初めまして、ルームメイトの相川清香です。比企谷くんにはいつもよくしてもらってます」

 

やっぱり空気になったわ。しかも雪ノ下まで。雪ノ下を空気にするとかこいつら‥‥‥‥

 

「こんな可愛い人がルームメイトなんて‥‥本当にうちのゴミいちゃんが迷惑かけてすみませんね」

「いえいえ、とんでもないです!いつもこまめに掃除とかしてくれて助かってるんですよ!」

「あ、いろいろありますし連絡先交換しましょう!」

「いいですね〜。えっと、赤外線通信でいいですか?」

 

なんか同じ親から生まれてきたとは思えないコミュ力の高さなんですけど。出会って数分でメアド交換とかどこの部族だよ。

 

「おい、雪ノ下」

「何かしら比企谷くん?」

 

雪ノ下が振り向く。少しだけ優しい笑みを浮かべいたのにドキッとしたが、またいつものつめた〜い顔に戻る。

 

「も、もう行こうぜ。そろそろ俺の対人キャパシティ許容量を超える」

「悔しいけれど概ね同意するわ。行きましょう」

 

二人をよそ目に、俺達はその場を後にした。

そういえば、相川って小町より年上だけど俺より年下なんだよな‥‥‥‥

 

───3───

 

「酷い目に遭ったな」

「あなたの顔ほど酷くはないわ、ふふふっ」

「俺は今酷い目に遭ったよ。あと笑い方怖い」

「あら、私とあなたじゃ怖いのがどっちかなんて一目瞭然じゃない。犯罪者的な意味でだけれど」

「ああ、タイーホされるんですね。冤罪だ‥‥‥」

 

それにしてもこの少女、ノリノリである。その絶対零度の微笑みをやめて欲しい。一撃必殺されそう。それより買い物しなくていいのかよ。買い物!

 

「おい、由比ヶ浜の誕生日プレゼントはどうすんだ?」

「どうするもなにも‥‥ノープランよ」

 

ここまで清々しいノープラン野郎は初めて見た。プランB?んなもんねえよ!みたいな。プランCは屠られるのでちょっと‥‥‥

 

「あ、あれ?ゆきのん?それにヒッキー?」

 

再び聞き覚えのある声。

 

「あら、由比ヶ浜さん。こんにちは」

「‥‥‥うっす」

 

あからさまに気まずそうな顔をする。目線は斜め下を向いていて、もうこっちを見ていない。

一番エンカウントしてはいけない相手にエンカウントしてしまった。これは拙い。どう接していいかわからんしな。

 

「ヒッキーとゆきのん‥‥なんで‥‥‥あっ、そうだよね‥‥休日に二人で‥‥そうだよ‥‥ね‥‥‥」

 

愛しのゆきのんを借りててなんかすいません!いや俺はここに居たくて居る訳じゃないからな。今すぐ由比ヶ浜に譲ってやりたい。

 

「いやいや、特に意味なんて「べ、別にいいの。なんでもないから‥‥‥私って空気読むのだけが取り柄なのに‥‥‥‥」

 

あーこれ勘違いされてますわ。こんな釣り合わん相手と勘違いするなんてこいつもあれだな。アホの子だな。

ここで弁解するのは、逆に肯定しているようなものだ。

「二人って付き合ってるの?」「そんな事ないわ。ね?」「え?そ、そうだな。」

ほら、大体俺のせい。

 

「由比ヶ浜さん。私たちの事だけれど、あなたにはしっかり伝えておきたいと思っているわ。」

「はは‥‥‥今更っていうか‥‥‥かなわないっていうか‥‥ははは‥‥‥‥」

 

やんわりとした声色だが、明確な拒絶があった。由比ヶ浜にしては珍しい、“拒絶”という行為に、俺も雪ノ下もたじろいでしまう。

 

「その‥‥明日。部室で待っているわ。」

「‥‥‥‥ん」

 

曖昧な返事をし、由比ヶ浜は去っていった。そのたった数歩の距離の間に、明確な線が引いてある気がして。そこは超えてはいけない境界のように見えて。

 

「───くん、比企谷くん?」

「ど、どうした?」

「大丈夫?顔色が悪いわよ?」

「んなこたぁねえよ、ほら、さっさと行くぞ」

 

顔色が悪い?冗談だろ。そんな訳がないし、そもそもなる理由がない。俺はいつも通り。ノープロブレムだ。

雪ノ下の心配を振り切り、俺は大股で歩き出した。

 

由比ヶ浜の引いた、あの境界。いつか、超えなければならない境界。そんな気がしてしまって、その正体が掴めなくて、俺の心をざわつかせた。

 

───4───

 

何を思いついたのか、雪ノ下はズカズカと歩いてランジェリーショップの前で立ち止まる。と思ったが、立ち止まったのは俺だけで、雪ノ下はその横にあるキッチン用品の店へと入ってゆく。

ランジェリーショップの下着ってあんまりエロさを感じない。あれは最早布切れだね!

そんな個人的な話はどうでもいいとして、由比ヶ浜とキッチン用品とはこれまた何を考えているのか。また俺を殺す気なのか?ムドオンカレーならぬマハムドオンクッキーを精製してしまうのか!?まあ、クッキーに関してはまともになっているかもしれんが、あれ以上複雑なものは作れんだろう。むしろ作らないでほしい。

 

「比企谷くん」

「ん?」

「これ、どうかしら?」

「まあ、よく似合ってるんじゃねえの?」

 

買い物は由比ヶ浜のじゃなく自分だったらしいです。

黒色の生地のエプロンは雪ノ下が着るとどこか涼しげに見える。胸元に小さく猫の足跡があしらわれている。動きやすさを確かめる為か、円舞曲でも踊るかのように一回転して見せる。どこぞのファッションショーかよ。

 

「そう、ありがとう‥‥でも私じゃないわ。由比ヶ浜さんにどうかしら?という意味よ」

「それは‥‥‥由比ヶ浜には似合わんな。そういう清楚系アイテムより頭の悪そうなぽわーっとしたものがいいんじゃないか?」

「最後の方は悔しい程に的確ね‥‥‥‥」

 

ブツブツと言いながら、エプロンを脱いで綺麗に畳む。几帳面だなこいつ。

どうでもいい話なのだが、こういうキッチン用品は見ているだけで楽しい。フライパンの取っ手が取れて別の商品との互換性があるとか‥‥‥こっからここまで、全部ください!

 

「これはどうかしら?」

「あー、うん。そっちのほうがいいと思うぞ」

 

ピンク色の普通に多機能そうなエプロンだ。真ん中の大きなポケットが可愛らしい。由比ヶ浜とか好きそう。

 

「これにするわ」

 

一言言い残して、雪ノ下は迷わずに会計に向かった。

カゴに入っているのは、ピンクと黒のエプロン二つ。まじちゃっかりしてやんの‥‥‥‥



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やはり、こんなエンカウント率の高い買い物は間違っている。続

「人生の前半は親に台無しにされ、後半は子によって台無しにされる」

 

──────

 

そんなこんなでペットショップ。八幡は、由比ヶ浜へのプレゼントを買っていたのであった!

いや、隣に雪ノ下がいないのは別に置いてきた訳じゃないんですよ。別行動しようぜ!俺ペットショップな!って言っただけ。あれ、俺スタンド使い?氷とか吐いちゃうの?

 

グッズコーナーを抜けると、雪ノ下ゲージの、猫の前でしゃがんで意思疎通しているかのように見つめ合っている。

 

「にゃー‥‥‥」

 

うわぁ、猫に話しかけてるよこの子。猫好きなの?ちょっと可愛いと思ってしまった不覚!これがギャップ萌えってやつですね。

てか話しかけらんねえ。ちょっとグッズコーナーまで戻りますわ。

 

一旦グッズコーナーに戻り、大きな足音を立てながら近づくと、ひょこっと立ち上がり、そのブリザードな表情をこちらに向ける。周りから見たらすげえ滑稽なんだろうな。側から見たらグッズコーナーを徘徊する不審者だし。

 

「悪い、待たせた」

「あら、思ったより早かったのね」

 

会話が成り立ってねえ。会話仕事しろ。

 

「で、何を買ったの?まあさっき言ってたような気もするけど」

「まあそんなもんだ。お前の考えてる通りだと思うぞ」

「そう‥‥‥」

 

その返事は短かったが、顔はどこか満足気だった。正解したことが嬉しいのか?

 

「けれど、以外ね。あなたが由比ヶ浜さんのプレゼントを買うなんて」

「別に‥‥‥そういう気分なだけだ」

 

まあ、俺も由比ヶ浜との関係を清算しときたいと思っているしな。あの学校にはもう行く機会はほとんどないけど、それでも俺は清算しておくべきだ。二人のために、雪ノ下のために。

 

「用も済ませたし、帰るか」

「そうね」

 

出口に向かう途中、複数人向けのゲームコーナーがあった。メダルゲームからレーシングゲーム、プリクラ。なんともぼっちに優しくない設備だ。

一瞥をやり、そのまま進もうとすると、雪ノ下がその場て立ち止まる。まさか興味があるのか?

 

「なんかやりたいものでもあるのか?」

「いえ、ピコピコするゲームに興味がないわ」

 

じゃあ何に興味があるんだ‥‥‥それとピコピコってなんだよ。俺の母さんでもファミコンって言うぞ。

そう言う雪ノ下の視線は、一台のクレーンゲームに釘付けである。中にはパンダのパンさん。まあ釘付けになる理由もわからんでもない。ちょっと不気味だしな。

 

「‥‥‥やってみるか?」

「結構よ、別にゲームがしたいわけじゃないもの(ただあのぬいぐるみが欲しいだけだもの)」

 

そう言っていても、雪ノ下の視線が逸らされることはなかった。

はいはいツンデレツンデレ。いや、ツンデレとは違うな。じゃあ何デレなんだ?そもそもデレていない気がする。

そろそろデレって言葉がゲシュタルト崩壊してくるからやめよう。

 

「まぁ、欲しいならやればいいんじゃないか?取れないと思うけど」

「あら、比企谷くんの分際で挑戦的ね?私を見くびってるのかしら?」

 

なんか入れてはいけないスイッチを入れてしまった気がする。冷気を放出するのはやめてくれ。涼しいを通り越して凍る。エターナルフォースブリザード、相手は死ぬ。

 

「いや、別に‥‥あぁ‥‥‥‥」

 

すでに投入口の横には百円玉が積んであった。全部吸われるのにな。こういうのって買った方が早いのに。ソースは小町。大金を溶かしている姿は痛々しいものがあったよ‥‥‥

 

「‥‥‥‥」

 

気迫だけで人を殺せるんじゃねえのこの子。そもそも操作方法はわかるのか?

 

「右のボタンで左に移動して、左のボタンで前方な。押してる間は動き続けるぞ」

「そ、そう。あ、ありがとう」

 

わぁ、素直だぁ。明日は雪かな?いや、ヤドクガエル‥‥ジョジョネタはもういいですか。そうですか。救いがたい変t‥‥‥この場合は救いがたい何さんになるんだ?

 

「くぅ‥‥‥」

 

クレーンゲームにここまで本気になれる人間って初めて見たわ。あと失敗するたびに「ふええ〜」って鳴るあの音やめようぜ。俺の中でクレーンゲーム=幼女の方程式が成立しそう。そもそも方程式ってなんだ?これ等式じゃね?

 

「や、やっ‥‥‥‥」

 

アームがガッチリとパンさんを掴む。ゆっくりと上昇して、そのまま穴(意味深)に向かって───

 

「くっ‥‥‥今のは絶対掴んでいたわ‥‥‥アームが弱いのね‥‥‥」

 

はい、無理でした。まあ仕方ないよね、初心者だし。俺もよく小町にねだられました。主にお金を。

まあ、俺だったらとれん事もないけど。

 

「まあ、俺だったらとれん事もないけど」

「‥‥‥言うじゃない?」

「ファッ!?今なんか言ってたか?」

「ええ、「まあ、俺だったらとれん事もないけど」って、ね?」

 

真空チルドばりに冷気的なあれを出すのやめて下さい腐った目の鮮度が保存されてしまいます。

心の声が出てたのか?それとも心を読まれたのか?どっちにしろ雪ノ下怖い。

(心の中の)小町が俺にもっと輝けと囁いている(財布的な意味で)。もうやるしかねえ!

ええい、ままよ!

百円を投入し、軽快な音楽と共にクレーンゲームにを始める。

こういうのは正攻法じゃ取れねえんだよ。アームで押すのが定石だってばっちゃが言ってた!

 

「ふっ‥‥‥掴めてすらいないじゃない」

「くうっ!」

 

全然動かねえ、漬物の重石かよ。こういうのって少し揺れて期待だけさせてくれるものじゃん?優しさが足りねえ。

 

「くそっ、もう一回だ」

「ふふっ、無理よ」

 

こいつは何者だよ、RPGのラスボスかよ。なんで取ろうとしてるのに無理とかいうの?扱いが辛辣すぎるよ‥‥‥仕方ねえ、次の作戦だ。

 

ミッションを説明しましょう。

依頼主は雪ノ下雪乃。目的はゲームセンター内の景品、「パンダのパンさん」の奪取となります。

敵の主戦力はアームの弱体化です。

そちらの実力次第ですが、まあ、比企谷八幡が手こずる相手ではないでしょう。

また、目標には景品のタグが繋がれています。

説明は以上です。

雪ノ下雪乃との繋がり(笑)を強化するいい機会です。

そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?

 

うわぁ、オーメル仲介人腹立つわ。ミッション即破棄したくなるもん。でも仕事はしっかりしてるんだよな‥‥‥

 

台に手をかける。

慎重にボタンを操作し、タグに引っ掛ける。そのまま持ち上げて───

 

「わけがわからないよ」

「‥‥‥‥そこまでのようね」

「まだだ、まだ終わらんよ!」

 

最後の手段、行くZE!俺はおもむろに右手を堂々と掲げる。◯◯さんを中心に、体操の体形に、ならえ!ってやつ。指先までピンってしないと怒られるよな。

 

「すみませーん、店員さーん、これ欲しいんすけど‥‥‥」

「はーい、こちらのパンダのパンさんでよろしいですか?行きますよー!」

 

クレーンゲームがふええ〜と泣き、ごとっとパンさんが落ちる。

 

「はい、どーぞ」

「あ、どーも」

 

爽やかな笑みとともに、ゲームセンターのお姉さんが景品を渡してくれる。これぞ、最近ありがちな「代わりにとってくれるサービス」である。お金の代わりにプライドを支払う必要があるけど。

そして俺にこの秘儀を使わせた雪ノ下は、不機嫌な、ドン引きした表情でこちらを見ている。

 

「比企谷くん。生きてて恥ずかしくないの?」

「ばっ‥‥失礼だな。生きてるってのは尊いんだよ。命を大事にしない奴なんて大嫌いだ、死ねばいいと思う」

「言ってる事が矛盾してるのだけれど‥‥‥」

 

髪を掻き上げ、ため息を吐かれる。ため息の数だけ幸せが逃げるぞ。涙の数だけ強くなるという話も聞いたことがあるな。

 

「たまには真面目に取るのかと思ったのだけれど‥‥‥‥」

「はいはい、ほらよ」

 

パンさんを渡そうとすると、雪ノ下は複雑な表情を浮かばせる。

 

「それはあなたのとったものよ。それは受け取れないわ」

 

真面目‥‥‥というより偏屈だな。ただの偏屈。雪ノ下って頑固だよな。

 

「いや、これはお前の金で取ったものだ、よってお前のものだ」

「そ、そう。なら仕方ないわね‥‥」

 

偏屈なら負けない。小町に言ったらゴミ扱いされそう。ゴミいちゃんはともかく、たまにゴミって言ってくるからな。「いちゃん」付けろよ。「いちゃん」をよ。

渋々受け取った雪ノ下は、何故かモジモジし始める。モジモジ系女子ってのはこの先生きのこれるかもしれない。でも俺にはトイレに行きたいようにしか見えない。

 

「こんなのが好きなんて‥‥おかしいかしら‥‥‥‥」

「おかしくなんざねえよ。好きなものは人それぞれだしな」

 

僕はプリキュア!二人はプリキュアとか二人じゃねえじゃん、映画版許さねえ。マックスハートしてんじゃねえ。

そして、雪ノ下は更にモジモジし始める。マジでトイレ行きたいんじゃないのかこいつ。それとも照れているのか。いや、ないな。そんな事言ったらどんな罵倒が飛んでくるかわからん。

 

「その‥‥‥」

「ん?」

「あ、ありが「あ、雪乃ちゃ〜ん!!」

 

無遠慮な軽い声が雪ノ下の声を遮る。

一瞬にして、雪ノ下の顔が苦虫を噛み潰したかのようなものへと変わる。肩を強張らせ、醸し出す空気は刺々しい攻撃的なものになる。

 

「やっぱり雪乃ちゃんだー!あ!デート?デートだな!このっ!」

「姉さん、やめてもらえるかしら」

「は?姉さん?は?」

 

目の前で雪ノ下を肘でうりうりとつつく女性は、とんでもなく美人だった。艶やかな黒髪、透き通るような肌。整った顔立ち。その露出の多い服装からは想像もできないような気品を漂わせていた。

言われてみれば、パーツは雪ノ下に似ている。あの無愛想な表情がコロコロと変わるようになればこうなるのだろうか。

だが、それは雪ノ下とは全く違う人種だった。あいつはここまで友好的な人間じゃないし、胸‥‥‥胸はいいとして、その雰囲気は百八十度違うものだった。

だが、それだけではない。この違和感は、それだけで説明のつくものではないのだ。

 

「ねぇねぇ、あれ雪乃ちゃんの彼氏?彼氏なんでしょー!」

「‥‥‥同級生よ」

「もー、照れちゃってぇー!あ、初めまして、雪乃のお姉ちゃんの雪ノ下陽乃でーす。太陽の陽に、雪乃ちゃんの乃でーす!」

「はぁ、えっと俺は───」

 

一瞬本名を言いかけたが、慌てて踏み止まる。ここで本名を晒していいのか?自慢じゃないが、俺の名前は世界的に有名だ。勿論、顔写真はお国の力で現在非公開となっているが。

ここで本名を晒せば、どうなるか?相手は雪ノ下の姉。雪ノ下の親は、どっかの議員をやっていると聞いた事がある。

それを考慮して考えるとする。雪ノ下の姉が俺の名前を知り、親に伝えたらどうなるか。下手を打てば上手く利用されかねない。雪ノ下にさえ被害が及ぶ可能性がある。

それに、この違和感。リア充特有のコミュ力とかそういうものじゃない。隙を見せれば、奈落の底に引き込まれてしまうような。蠱惑的な、ドス黒い何か。

 

「田中です」

「‥‥‥‥‥」

「あ、あなた「ふーん。そっかそっか〜!」

 

名字もっと他になかったのかよ。

そのニコニコとした表情が陰る。それも一瞬の事で、また先程のニコニコ顏に戻る。俺の耳元に潤った艶やかな唇を近づけ、甘く優しく囁く。

 

「じゃあ、雪乃ちゃんをよろしくね‥‥比企谷くん♪」

「っ!?」

 

刹那、背中を撫で回すような寒気を全身に覚える。

今思う。俺は純粋にこの人が怖い。不確定要素が多すぎる。この人は、雪ノ下陽乃は、害となり得る存在だ。

 

「あー、雪乃ちゃんパンダのパンさん持ってるー!私これ好きなんだよねー!」

 

コロコロとその表情を変え、元のニコニコスマイルでパンダのパンさんに手を伸ばす。だが、

 

「触らないで」

 

空気さえも凍らせるような、拒絶の声。それは由比ヶ浜のそれに似ていて、その二人の間には大きな溝があるように思えた。

その反応が予想外だったのか、雪ノ下姉はその笑顔を凍りつかせる。

 

「ご、ごめんね雪乃ちゃん、お姉ちゃんちょっと無神経だったね」

「いや、彼氏じゃないんで」

「き、君もムキになるのはよくないぞ〜?」

「あーそうっすね。雪ノ下、行くぞ」

「え、ええ。そうね。じゃあ、姉さん、さようなら」

 

一刻も早くあの場を立ち去りたかった。だが、最後に雪ノ下姉、通称魔王は爆弾を投下する。

 

「お母さん、一人暮らしのことまだ怒ってるんだよ。その辺のこと、忘れないでよー?」

 

雪ノ下が「お母さん」という単語に大きく反応し、強張る。

 

「とっとと行くぞ」

 

その弱々しい手を引き、俺はその場から立ち去った。魔王が追いかけてくることはなく、安堵の息を吐く。

 

「は、放してちょうだい」

「あ、悪い」

 

「比企谷くんに手を握られるなんて屈辱だわ」とか言われるかと身構えていたが、そんな余裕もないらしい。

数秒の気まずい沈黙が場を支配する。それを振り切るように、罪を白状するように、雪ノ下は語り出す。

 

「あれが私の姉さんよ。容姿端麗、成績優秀、文武両道、多芸多才‥‥‥そして温厚篤実。あそこまで完璧な存在もいないでしょう。誰もがあの人を褒めそやすわ‥‥‥」

「はぁ?自慢乙。それブーメランだから」

 

雪ノ下がポカーンとした顔をする。ネットスラングは難しかったか。

 

「ブーメランってのは自分に返ってくるって意味のネットスラングだ」

「そ、それくらいは知っているわ。で、でも‥‥‥‥」

 

知ってるのかよ。なら反応おかしいだろ。

 

「なら分かるだろ。俺から見ればお前がそう見えるってことだ。温厚篤実ではないけどな」

 

表面上の話だ。一見、雪ノ下陽乃はいつもニコニコしていて、楽しそうに見える。だが、先程の表情、声色を見るに、それは完全に偽物だ。いくら繕おうと、華やかに見せようと、“偽物”には意味がない。それは幻想ですらない、醜い嘘以外の何者でもない。

 

「お前の姉のそれはなんつーか、追加装甲?ISを装備してるみたいな‥‥‥強化外骨格ってやつだな。あんな偽物の笑顔なんざ誰得だよ」

「‥‥腐った目でも見通せることがあるのね‥‥」

 

大丈夫!雪ノ下の真空チルドなら鮮度も抜群!

いや、すでに腐ってるけどね?腐りかけのレディオとか替え歌作っちゃうレベル。だからすでに腐っているとあれほど(ry

 

「ほら、俺の目って空気清浄機のフィルターみたいになってるから嘘は通らねえんだよ」

「だから腐っているのね、納得だわ」

 

だれが‥‥‥だれが上手い事言えと!?新品のフィルターって可能性だってあるじゃないですか!

 

そろそろご帰宅の時間なのか、雪ノ下は時計をチラリと確認する。

 

「‥‥そろそろ帰るわ」

「おう」

 

出口に向かって、雪ノ下が歩き出す。

そして、振り返らずに言葉を紡ぐ。

 

「でも、その、今日は楽しかったわ」

「‥‥‥は?」

 

今度はこっちがポカーンとしてしまった。雪ノ下が「楽しかった」なんて言うのか?耳がイかれたのか?

 

「ありがとう、また、明日ね」

 

それは聞き違いなんかじゃなかった。

 

別れの言葉は深く俺の耳元に響き、染み込んだ。

 



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やはり、彼と彼女は同類である。

「勇敢な人で恐怖を感じたのを認めない人はいなかった」

 

──────

 

真っ白な世界。

色という概念が存在しない、“無”を象った世界。

俺初めて見たこの世界を、「寂しい」と思ってしまった。そして、この世界に何故か既視感を覚えてしまう。

 

「ようこそ、僕の世界へ」

 

その声は全てを司っていた。

男、女、子供、大人、赤子、老人、罪人、聖人、愚者、賢人───そのどれにも該当し得るが、決して該当する事のない、全てを孕む声。

 

「僕は‥‥名乗る必要もないね?わかっているんでしょ?」

 

楽しそうな口調で話す。が、そこには喜怒哀楽がぽっかりと欠けている。楽しそうに話しているはずなのに、全く楽しそうに見えない。

 

「君は、あの子‥‥陽乃ちゃんを“害”と認識したよね?」

 

声の主の言う通り、彼女は害悪な存在だ。俺の名前を知っていたし、何よりもあの深い闇が怖い。あんな人間は今まで見た事がない。深淵よりも深い闇。それを覗けば、もう二度と戻ってこられなくなる気さえした。容姿端麗、才色兼備、多芸多才、温厚篤実、大胆不敵。その全てを兼ね備え、そして全てが偽物の外骨格でしかない。なら、あの中身は本当に人間と言えるのだろうか?

同じ人間とは思えない。

そう、あれはまるで───

 

「“化け物”みたいだった?」

 

声の主はクスクスと笑う。もちろん、そこに感情は存在しない。

 

「でもさ───」

 

白い世界がゆっくりと狭まる。閉じて、圧縮されて、何処かに消えてしまうかのように、小さくなってゆく。

 

「───本当の化け物は、どっちなんだろうね?」

 

意味深な言の葉が世界を支配し、俺の意識は落ちていった。

 

───2───

 

現在日曜の午前十時過ぎ。

完全にプリキュアを見逃した俺は、軽い頭痛を抱えながら意識を覚醒させた。嫌な夢を見た気がする。落ちる夢とか追いかけられる夢みたいな、いわゆる怖い夢を見た後の気分だ。まあそのまんまだな。内容はよく覚えてないけど。よし、時間もあるし二度寝しよう。二度寝こそ正義だ!

 

「ひっきがーやくーん!!」

「うるせえよ‥‥‥‥」

 

朝からうるさいのがやってきた。ルームメイトだし悪意はないから多少はね?でも惰眠の妨害は許容できん。あと部屋が汚い。雑乱としすぎだろ、脱いだ制服くらいハンガーにかけとけよ‥‥‥結局俺がかけるんだけどさ?

 

「も〜!朝ご飯の時間過ぎちゃったよ〜」

「昼飯と一緒に食うから良い」

「何食べるの?」

「ラーメン」

「ラーメンマンじゃん!」

「‥‥‥‥‥‥」

 

うるせぇラーメンマン関係ないやろ。キャラメルクラッチ食らわせるぞ。

 

「昼食ったら出るわ」

「えっと、雪‥‥雪ノ下さんのとこ?」

「まあそんなところだ」

 

正確には総武校で、だがな。

 

「む〜!昨日もデートしてたし‥‥‥ちょっと妬けちゃうかも‥‥」

「デートじゃねえから、あとお前は一体何を焼く気なんだよ‥‥‥」

 

まさか俺なのか。メインディッシュは俺なの?注文多かったりする料理店なの?それとも「そんな脳味噌はいらんわなぁ」的なあれですか?うしおととらアニメ化めっちゃ嬉しい。みんな見ようね(ステマ)。

雪ノ下に「昨日比企谷くんとデートしてたの?」なんて聞いてみろ。複合的に死ねるぞ。ドMの方にオススメするわ。

 

「そりゃあ、雪ノ下さんに?」

「‥‥‥‥は?」

 

「に」っておかしいだろ。雪ノ下に相‥‥相‥‥相なんとかさんが焼かれるんですか!?まああり得ない話じゃないな。余りの毒舌で焼き殺される(痛みの表現)的な意味なら。「私の毒舌は百八式まであるわよ」とか言いかねん。テニプリはそろそろテニスしろ。

関係ないが、テニスといえば戸塚。戸塚といえば可愛い。つまりテニス=可愛い‥‥‥真理の淵を除いてしまった気がする。

 

「行ってくる」

「早い!脱兎の如くってやつだね!」

 

覚えたての言葉を使いたがる中学生みたいだな。使い方違うから国語を勉強しようか。

やっぱり、小町的な要素があr‥‥ないわ。小町の方が腹黒いし‥‥‥底は浅いけどな。あと小町の方が可愛い。千葉の兄妹は愛しあってんだよ。

 

「マジで行ってくるわ」

「五時までには帰ってくるんだよー?」

 

お前は俺の母さんかよ。

今流行りの感嘆符多い系女子、相なんとかさんを置いて俺はIS学園を後にした。

 

───3───

 

電車とか色々乗り継いで数十分。

久々に総武校に来た。久々といっても数週間ぶりなだけだけどな。

まあ、ここ最近は忙しかったからそう思うのも仕方のない事かもしれない。あれ‥‥俺の社畜適正‥‥高すぎ?

 

俺はもうここの生徒ではない。なので来賓という扱いになるはずのだが、どう考えなくても来賓する理由も必要もない。来賓用玄関から堂々と入ってみろ。この眼のお陰で警察に厄介になることになる。

 

「おお、比企谷。待たせたな」

「いえ、こちらこそ休日にすいません」

 

という訳なので、平塚先生にお願いする事にした。来賓として扱ってもらえるように取り計らってくれるそうだ。私服だけど。千葉県が描いてあるけど。

 

「今日は奉仕部の集まりと聞いているが、どうして部室なんだ?」

「‥‥そういえばなんででしょうかね?」

 

聞いてなかったわ。まあ、それ以外に思いつかなかっただけだと思うけどな。それに、雪ノ下なりに気を使ったのだろう。俺にも、由比ヶ浜にも。

 

「すみません、来賓の───」

 

それより、由比ヶ浜は本当に来るのだろうか。あの顔、あの表情、あの距離───俺だったらバックれてしまうだろう。まあ、由比ヶ浜はお人好しだ。嫌でも来るのかもしれない。というより、雪ノ下的には来ないと困るのだろう。

 

「許可が取れたぞ、あんまり目立つ行動はするなよ?」

「ありがとうございます」

 

首から来賓用と書かれた認可証を吊るし、晴れて俺もお客さんの仲間入りを果たす。自分は総武校の生徒じゃなくなった事を改めて実感し、感慨深いものを感じてしまう。

 

「どうした?」

「‥‥また今度、ラーメン食いに行きましょう」

「‥‥そうだな、トマト麺以外だつたら付き合ってやろう」

 

平塚先生は優しく微笑む。

やはり、平塚先生は“イイ”先生だ。模範的という意味ではない。人間的にだ。

本当にこの人は尊敬できる。俺の事を未だに生徒扱いしてくるのだが、それは俺がネームがあるから関係を築いておきたいとか、そういうやましいものではない。シンプルに、「自分の生徒」として扱ってくるのだ。本当に、人間として出来ている。何故結婚できないのか。早く誰かもらってあげろ下さい。

 

「じゃあ、行ってくる‥‥っす。本当にありがとうございました」

「気にするな。頑張ってこいよ」

「うっす」

 

平塚先生に背を向け、来賓用玄関から中に入る。土日なので、部活動の人以外はいないはずだ。それに、基本文化部は休みに活動をしない。吹奏楽とかいう朝からファーファうるさいのは別だけど。それなんて洗剤?

 

「‥‥‥‥ふぅ‥‥」

 

誰もいない静かな階段に、パタパタというスリッパの音だけが響き渡る。今日がなかったら、もう二度とここに来る機会などなかっただろう。まあ、この辺は雪ノ下に感謝だ。特に思い出もない学校とはいえ、ここに入るために頑張って勉強した事を思い出せば、まあそこそこの情は沸くものだ。RPGのスライムくらいにはな!あれ、それってすごい湧いてるんじゃ‥‥‥

 

「うーっす」

「あら、挽肉谷くん。早かったのね」

「‥‥‥理不尽に罵倒されたんですけど」

 

部室の扉を開くと同時に飛んできた罵倒。雪ノ下らしいといえば雪ノ下らしい。が、挽肉はないだろう。まず意味わかんねえし。もっと語呂がいいのなかったの?

毎日俺のあだ名リストが更新されているんですがそれは。雪ノ下に付けられたあだ名だけでリスト埋まるわ。絶許。

 

「比企谷くんに人権があると思ったのかしら?」

「ふえぇ‥‥‥」

 

人権すらないそうです。八幡のメンタル力が足りなくて泣いちゃうゾ☆

 

「あの、比企谷くん」

「あ?」

「姉さんのこと‥‥‥なのだけれど‥‥‥」

「‥‥‥ああ」

 

あの強化外骨格系女子の話か。プラスの意味の四字熟語を全部くっつけたみたいな外骨格してる。そもそも外骨格って節足動物の殻の事だろ?雪ノ下姉ってカニなの?

 

「その、姉さん‥‥が‥‥その‥‥‥‥」

 

雪ノ下にしては珍しく、要領を得ない話し方だ。モゴノ下モゴ乃になってしまったのか。いや、語呂悪いな。

 

「‥‥やっぱりなんでもないわ」

「気になるからやめろよ‥‥‥」

 

一体全体雪ノ下姉がなんだってんだ。それを好奇心の猛獣相手にやってみろ。「私気になります!」っていう呪いがかけられて乙るぞ。いつからここは古典部になったんだ‥‥

 

すると、遠くから上履きが廊下を鳴らしながら段々と近づいてくる。

 

「‥‥‥来たわね」

 

「‥‥‥来たか」みたいなのやめようよ‥‥‥‥

扉に手をかけられ、ガラガラッと音を立てて開く。そこにいたのは、夏服を着た由比ヶ浜。今まで冬服姿しか見た事がないので、どことなく新鮮に見える。

 

「‥‥‥こ、こんにちは」

「こんにちは。待っていたわ、由比ヶ浜さん」

「‥‥‥‥‥」

 

こいつ、本当に大丈夫かよ。「やっはろー」しない由比ヶ浜とか由比ヶ浜じゃない。由比ヶ浜の皮を被った何かだろ。

 

「その、話っていうのは「あーあー、まてよ雪ノ下。俺から言わせろ」

「‥‥わかったわ」

「う、うん‥‥‥」

 

この前の買い物で完全に勘違いされているのに、そこから「ええっ!?ヒッキーとゆきのん付き合ってるんじゃないの!?」なんて由比ヶ浜が言ってみろ。静かな部室が戦場になるぞ。

 

「由比ヶ浜、ちょっとこい」

 

部室の外へ由比ヶ浜を連れ出し、雪ノ下の方をチラッと見て扉を閉める。凄い訝しげな目線を向けてたよあの子‥‥‥

 

「あのな、由比ヶ浜。お前は勘違いをしている」

「え?」

「俺と雪ノ下は付き合ってない」

「ええっ!?ヒッキーとゆきのんって付き合ってないの!?」

「あっ、バカ!」

 

般若の表情を浮かべた雪ノ下が、再びその扉を開く。シリアスでもアホの子は変わらないのか‥‥連れ出した意味ないじゃないですかやだー!!

 

「あら、楽しそうな話をしているわね?」

「ゆ、ゆきのん?」

「おい、由比ヶ浜しっかり謝れ。部長がお怒りだぞ」

「ええー!ゆきのん〜」

「しっかり謝るべきはあなたよ、私の潔白の人生が汚れたわ」

「‥‥‥死にたい」

 

ゆるゆりしてますね。時代はゆきゆいなんですね。

すると、突然、雪ノ下が何かを思い出したかのように部室に戻る。ガサゴソと音がしたと思えば、ラッピングされた袋を持って帰ってきた。

 

「今日は、由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしようと思っていたのよ」

「ゆ、ゆきのん、ヒッキー!ありがとう!」

「それと、これは誕生日プレゼントよ」

「ゆ、ゆきのんー!ありがとう!!」

 

由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつく。マジでゆるゆりだった。いや、Aチャンネルレベルの百合かな。ユー子可愛いよユー子。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん。暑苦しいわ」

 

と言っておりますが、満更でもない様子です。ATフィールドを感じる。中和しなきゃ(使命感)。

雪ノ下の目線が「武室に戻るぞオラ」って言っている。怖い。

渋々部室に入って、由比ヶ浜がそわそわとした様子で扉を閉める。そして、わくわくとした表情を雪ノ下に向ける。

 

「開けていい?」

「ええ、勿論よ」

 

日本人特有の丁寧な開け方で、ラッピングの紙を剥がす。アメリカンな方々みたくビリビリ破けばいいのに。ちなみに俺はそういうの経験したことないのでちょっと‥‥‥‥

 

「わぁ、エプロンだぁ!」

 

中から出てきたのは、まあ言う必要もないだろう。由比ヶ浜はエプロンを抱き締め、にひひーと笑っている。ああもう可愛いなぁ‥‥戸塚が。

え?戸塚?

 

「戸塚ぁ!」

「は、八幡!」

 

窓から俺の腐った目が捉えたのは、テニスコートで輝いている天使(八幡談)の姿だった。可愛いなぁ、天使だよなああ!!!

 

「結婚しよーう!!」

「え?なにー?」

「いや、なんでもないぞー!」

 

何時もは出さない大声を出し、大きく手を振る。由比ヶ浜と雪ノ下から白い目で見られている気がするが、そんな事は知らん。時代はゆきゆいからとつはち(戸塚×八幡)に変わったのさ!

 

「そっち行くねー!」

「おう!」

「ヒッキー‥‥‥頭大丈夫?」

「比企谷くん‥‥生きてて大丈夫かしら?」

「一つ目はともかく二つ目はなんだよ。」

「頭がおかしい事は否定しないのね‥‥‥」

「ばっか、お前、人間ってのは「はちまーん!」

「戸塚ぁ!」

 

奉仕部部室に天使が降臨した。やったぜ。

そろそろ雪ノ下に怒られそうだ。少しは空気を読むとしよう。由比ヶ浜も喜ぶだろう。喜ぶよね?

 

「今日、由比ヶ浜の誕生日なんだ。一緒に祝ってやってくれないか?」

「‥‥‥‥少しは空気を読めるのね」

 

なんか雪ノ下に言われてる希ガス。ボソボソしてて聞き取れないんだけど。難聴系主人公扱いされそうだからそういうのやめちく‥‥何でもないです。

 

「うん、知ってるよ?あ、今日鞄に入ってるかも。ちょっと待ってて」

 

知ってたしプレゼントも用意してた、すげえ。俺にも婚姻届プレゼントしてくれないかな?いや、俺が指輪をプレゼントしなきゃ(使命感)。

 

「はい、誕生日おめでとう!」

「わー!髪ゴムじゃん!私より女子力高い‥‥‥なんでだろう?ありがと!」

「いえいえー」

「んんっ、由比ヶ浜さん?」

 

咳払いをする雪ノ下、なんかエロい。

 

「比企谷くんも、プレゼントを用意してくれているわよ」

「ヒ、ヒッキー‥‥‥‥」

「‥‥‥‥おう、ほらよ」

 

出来るだけ無愛想に、顔を見せないように渡す。誕生日プレゼントとか小町以外にあげたことも貰ったこともねえや。恥ずかしいっつーの。

 

「ヒッキー‥‥‥」

「由比ヶ浜。あの事故のことなんだが‥‥‥」

 

ここからが本番だ。

 

「その、これでチャラにしないか?」

「でも‥‥‥」

「俺は‥‥俺はお前だから助けた訳じゃない。」

「っ!」

 

由比ヶ浜の表情に一瞬の陰りが見えたが、それもまた元に戻る。

俺が犬を助けたのは、別に由比ヶ浜の犬だったからではない。多分、それが大嫌いな奴の犬だろうと、俺は助けていたし、結局それのせいでぼっちになった訳ではない。

 

「だから、これで終わりだ」

「‥‥‥終わりなんて‥‥やだよ‥‥‥」

「いいじゃない、またやり直せば」

 

全員の目線が雪ノ下に向く。その表情は優しく、だが‥‥どこか儚く、寂しげだった。

 

「あなた達ならやり直せるわ、きっと‥‥ね?」

「‥‥‥そうだね」

「よく分かんないけど、きっと由比ヶ浜さんと八幡は仲良くできるよ!」

「‥‥‥そう、だな」

 

ズキズキと胸が痛む。

本当は喜ぶべきところなのだろうが、俺は素直に喜べなかった。

 

その、雪ノ下の表情。それが俺の脳内で反芻し、こびり着いてしまった。

 

雪ノ下、お前は何を‥‥何を考えて、思って、隠しているんだ?

 

───4───

 

曰く、「私」は天才。

曰く、「私」は運動神経抜群。

曰く、「私」は温厚篤実。

曰く、「私」は多芸多才。

 

曰く、「私」は完璧。

 

だが、それは全て“嘘”だ。それは「私」であり、「私」でない。「私」はただ与えられただけだ。勉強しなさいと言われたから勉強をし、運動をしなさいと言われたから運動をした。やりなさいと言われたものは全てこなし、完璧に納めてきた。

だから、世界はつまらない。全てが受動態で手に入る。そう思い、信じていた───あの日までは。

 

あの日から、「私」の評価は変わった。

 

曰く、「私」はただの秀才。

曰く、「私」はただの八方美人。

曰く、「私」はただの努力家。

 

曰く、「私」は欠陥品。

 

だが、それも全て「偽物」だ。

「私」自身が受身の「偽物」でしかないのなら、「私」の評価も「偽物」だ。

だから、世界はつまらない。いくら足掻いても、手に入らないものがあるのだから。

「偽物」だろうと、「私」は「私」であり続ける。それが間違っていたものだとしても、「私」はこの手を伸ばし続ける。

 

そういえば、つい最近。面白い少年を見つけた。目の腐った、今話題の男の子。一緒にして、「私」の本性を見破った。あれは、私と同類。いや、それ以上の“化け物”だ。成績とかそういう数値に出るものではない。彼が心に飼い慣らしているそれに、堪らなく興味が沸く。それに、“あれ”に選ばれたとなれば、それ相応の人物なのだろう。

 

「まあ、できたら計画に組み込みたかったんだけどね?刀奈ちゃん?」

「その呼び方やめてって言わなかったかしら‥‥‥」

 

青髪の少女は溜息を吐く。

 

「言う程の人には見えなかったんだけど‥‥‥」

「あれの本性は引き出すように話さないと分からないよ?見た目は目の腐った男の子のしか見えないし。」

「ふーん‥‥‥‥」

 

壁から背を離し、うーんと背伸びをする。私の口が三日月型に歪み、不敵に笑う。

 

「じゃ、そろそろ始めよっか。『親離れ』をさ?」

 

「私」に届かない場所なんてない。この手を伸ばして、伸ばして、絶対に手に入れてやるんだから。

 



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それでも、比企谷八幡は奉仕部を辞めることはない。

「「目には目を」では、世界を盲目にするだけだ」

 

──────

 

由比ヶ浜の誕生日会が終わり、次の日。みんなのアイドル月曜日の放課後、俺は職員室の扉を叩いた。

 

「失礼します、織斑先生いますか?」

「ん?また比企谷か」

 

またってなんだまたって。職員室に来た優良な生徒と言って欲しいね。と言っても、ここまで職員室に来る生徒も珍しいのか。ほら、俺って優秀だし?納めるところはしっかり納めるし?

 

「少し頼みたいことがあるのですが‥‥‥」

「頼みたい事か‥‥‥私にできる範囲なら協力してやろう。三日後にクラス代表戦が控えているから大したことはできんが」

 

ああ、そういや隣のクラスに変なちっこいのが来てた気もしないでもない。「二組の代表は私よ」的な事言ってたかも。

ちっこいのが織斑弟にベッタリだった事なんて知らない。織斑弟が女子を三人連れ歩いてる事なんて知らないもん!

 

「ええっと、そのですね‥‥‥」

「歯切れが悪いな、早く言え」

「部活を作りたいんですが‥‥‥‥」

「ほお、お前が部活?ちなみに何部だ?」

「奉仕部‥‥‥っていう部活なんすけど‥‥‥」

「ふむ‥‥‥‥」

 

部活動申請書を提出すると、織斑先生が目を細める。

IS学園出張奉仕部。俺がたった今織斑先生にお願いした部活動の正式名称だ。理由は、この前の誕生日会に遡る。

 

───回想───

 

「うーん、働かずに食べるケーキはスペシャルに美味しい」

「何を言っているのかしら‥‥‥‥」

 

あの後、誕生日ケーキを切り分け、みんなで食べる事になった。ケーキってたまに食うと美味いよな。食う機会ないけど。夢色パティシエールしちゃう。

 

「そういえば、ヒッキーIS学園で何やってるの?」

「ナニって‥‥‥勉強に決まってるだろ。これだからビッチは‥‥」

「ビッチ関係ないし!ビッチじゃないし!」

 

やはり、由比ヶ浜は今日も平常運転だ。俺の嫌いな優しい女の子。だが、そこが彼女の魅力なのだろう。素直な事は素敵な事だ。少しだけ、少しだけだが、羨ましい。

 

「でもアホの子なのは事実なのよね‥‥‥‥」

「ひどい!ゆきのんひどい!」

「僕も気になるなー」

「えっとだな、ISの訓練とかISの訓練とか担任にしごかれたりとか担任にパシられたりとかしてるぞ」

「ヒッキーさいちゃん好き過ぎでしょ‥‥‥‥」

「私は担任にいいように使われている事が気になるのだけれど‥‥‥」

「へぇー、八幡頑張ってるんだね!」

「おう!」

 

戸塚の為だったら何でもできる。地球の自転止めてビルを投げたり、知恵の泉と混沌の欠片で退屈を潰す事なんて余裕ですわ。安心院さんも余裕。

 

「でも、ヒッキーがもう部室来ないのかぁ‥‥」

「まあ、会えなくなった訳じゃないだろ?」

「そうよ、彼も一応は奉仕部の部員であるのだし」

「「え?」」

 

由比ヶ浜とハモった。こっちチラチラ見てくるよこの子。ハモってなんかすみません!

 

「由比ヶ浜さんにさえハブられてしまったのね‥‥‥‥」

「そんな事言ってないよ!どういうこと?」

「‥‥‥書類上は部活動‥‥学校にさえ参加していないけれど、元は奉仕部の一員よ。それに、彼が入部した理由は彼自身の矯正。つまり───」

 

雪ノ下ははっきりと断言する。

 

「───比企谷くん、奉仕活動を続けなさい。これは命令よ。受刑者に辞める権利なんてないわ」

 

───回想終了───

 

という訳だ。あの後平塚先生に尋ねてみると、「そりゃクールだ(洋画風)」と答えた。奉仕部って全員悪人なの?アウトレイジなの?

 

不本意ではあるが、命令されたのなら仕方がないだろ。雪ノ下&平塚先生の言う事を無視してみろ。回り回って罵倒と拳が飛んでくるぞ。ついでに目の前から出席簿も。

 

「だが、生憎部室がだな‥‥‥‥」

「いえ、部室は大丈夫です。その代わりとは何ですが‥‥‥」

「ほう、言ってみろ」

 

織斑先生が俺を睨みつける。実際は睨みつけているのではなく、目つきが悪いだけだ。実際、その表情は愉しそうに目を細めている。

でも一々威圧してくるのやめてもらえますかね?怖いんで。

 

「IS学園内IDのみで入れるお悩み相談サイトを作りたいのですが‥‥‥‥」

「うっ‥‥クックックッ‥‥‥ハッハッハッハッ!!」

 

突然の大笑いに視線が集中する。切実に帰りたい。ってか、そもそも笑われる要因があったか?

 

「ひーっ、ふぅ‥‥‥面白かったぞ、比企谷。いいだろう、じゃあ顧問は私でいいか‥‥‥山田先生!後は頼みました!」

「ええーっ!?」

 

この先生って先生としてどうなんだよ‥‥なんか平塚先生が教師やめて荒くれたverみたいだな。あそこまで人格が成ってるとは思わんが。取り敢えず山田先生に合掌。

 

「あの、ありがとうございます」

「いやいや、構わんよ」

 

大声で集まってしまった視線から逃げるように、俺は職員室を飛び出した。

 

───2───

 

場所は変わって第四アリーナ。

 

「trigger」

 

【藤壺】の砲身より漏れ出た光が高速で射出され、ターゲットを射抜く。脛部の物理シールドが格納され、膝を伸ばして立ち上がる。

 

今日は山田先生が俺の私用によって忙しいので、実質アリーナを独占している。なぜこのアリーナは人が少ないのか。遠いが、人が少ない方が快適だと思う。広々使えるしな。

それにしても、何で俺はこんなにスナイパーライフルの練習をする羽目になったのだろうか。アサルトライフルの状態でばら撒きたいんだけど。くっそ山田先生許さねえ。

 

次は高速移動の訓練でもするかと思い、【若紫】を起動する。折翼から蒼炎が広がり、美しい翼を取り戻す。

鼻歌を歌いながらノリノリで訓練を始めようとしたのだが、アリーナに入ってくる人影を発見し、動きを止める。

 

「あんたが二人目?」

「‥‥‥‥‥」

 

入ってきたのは隣のクラスのちっこいの。クラス代表だったっけか。

こいつアスカなの?シンジくんもしくは織斑弟を探しているなら回れ右をしてどうぞ。

訳すと、「あんたが(男性IS適正者の)二人目?」という事だろう。そうじゃなかったら逆に何の用で来たのかさっぱりだ。

 

「なんとか言いなさいよ」

「‥‥‥まあそんな感じだ」

「へぇ‥‥‥‥」

 

訝しげな視線を送りながら、ちっこいのは近づいてくる。マジで小さいな、小町サイズだよ。

 

「あんた、強いの?」

「いや全然」

 

だってこの前金髪クロワッサンに負けましたし。

 

「きっぱり言うのね‥‥‥‥でも代表候補生相手に善戦したって聞いてるわよ?」

「ありゃあ初見だったからだ」

 

強いのは機体であって、俺じゃないし。しかもこの前のは弱点を調べ尽くした上でのハンデ戦だったからな。次やったら問答無用でボコボコにされるだろう。

 

「‥‥‥あくまでも謙遜するの、ふーん‥‥‥‥」

「いや事実だから」

 

謙遜する強キャラ見たいな扱いになってるんだけど、やめれ。

 

「あんた、有名よ。「代表候補生に精神攻撃を仕掛けた」とか、「初日に逆ギレした」とか‥‥‥他にもあるけど」

「半分くらいは合ってるんじゃないか?」

「清々しいくらいのクズっぷりね‥‥‥来なさい、甲龍」

 

赤───いや、ピンクと言うべきだろうか。ともかく赤に近いピンクと黒が噛み合った装甲。肩付近にはスパイクのついた非固定部位が浮かんでおり、その推進器らしくない姿がこれも武装の一種なのではないかという疑いを呼ぶ。

両手に武器を持っていないのも厄介だ。こっちは常に全武装を開け晒しているのに不平等な気がしないでもない。が、それも戦術のうちなのだろう。仕方がない。

今からボコられるのか?一応は抵抗するけど絶対勝てないだろ。

 

「らあっ!!」

「あ、【朝顔】!」

 

声よりも早く、大きく踏み込まれる。両手には光が溢れ、それは剣を象る。

ほぼ反射的にその名を叫び、左腕のエネルギーシールドが展開する。姿を現した青龍刀を受け、左に流す。【若紫】が炎を吹き出し、右側に大きく機体を動かす。

 

「Code:assault rifle!」

 

レールが短く二本に変化し、不意をとってその銃身を頭部に向ける。

が、それも読まれていたのか、俺の首筋に青龍刀が沿われる。

 

この状況。どう考えても俺の負けだろう。わざわざ地上戦に合わせてくれるなんて優しいこった。格闘機なら別の話だが。

 

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

こういう時に、なんて言えばいいのか分からない。「降参」はそもそも吹っかけてきたのはあっちだし違う。「俺の負けだ」も同上の理由で違うだろ。そもそも勝負してないし。

 

「‥‥‥強いじゃない」

「いや、たまたまだ」

 

両手を上げ、武装を解除する。実際にまぐれです。運良くガードできただけだからね?

 

「‥‥‥本当に自分に自信がないのね。まあ、分からなくもないけど」

「‥‥‥‥」

 

ちっこいのがISを解除する。

まぐれで今の一撃を受けたからって強敵認定するのやめてもらっていいですか?

生身である俺を爪先からアホ毛まで舐め回すように見つめた後、興味を失ったのか用が済んだのか、俺に背中を向け、ゆっくりとした速度で去って行った。

しかし、突然思いついたかのように立ち止まり、振り向かないでこちらに手を振ってくる。

 

「凰 鈴音よ、覚えておいて」

「お、おう‥‥‥」

 

名前を言い残して、走って行ってしまった。

マジでなんだったんだあいつ。俺のSAN値だけ削って帰りやがりやがった。許さねえ。

 

───2───

 

「明日はクラス代表戦だね!」

「そーだな」

「色んな人が来賓で来るんだってー!」

「そーだな」

「一組と二組どっちが勝つと思う?」

「そーだな」

「やっぱり全然聞いてないじゃん!」

「‥‥‥なんだよ?」

 

カタカタッターン!!とEnterキーを押し、編集を一旦中止する。月みたいに俺の周りをぐるぐると回ってて凄く目障りだ。「ねえ、今どんな気持ち?」ってやられている気分。

 

「今なにしてるのー?」

「関係ないだろ」

「いいじゃんいいじゃん教えてよー!」

 

制服の首元を掴まれ揺らされる。首が締まり、俺の頭がぐらんぐらんと揺れる。気持ち悪い‥‥‥

 

「苦し‥‥わかった、教えるから離せって!」

「にひひー」

 

にひひーじゃねえよ。呼吸困難で死ぬぞ。殺す気なのかよ。

 

「‥‥サイト作ってたんだよ」

「へー、すごーい!」

 

正確には、サイトの編集をしていただけなんだけどな。

今俺が編集していたサイト、「IS学園お悩み相談室」は、学生からメールで悩みを聞く為のサイトだ。本当は奉仕部のように部室を用意して殆ど来ない人を待っても良かったのだが、ぼっちどころか評価が低い俺の元に誰かが相談に来るのだろうか。雪ノ下や由比ヶ浜のような人物がいれば話は別なのだが。

 

それに、部室として使える場所もないらしい。なら、メールで相談を受ける事くらいしかできないだろう。むしろそっちの方がいい。部屋に帰ってきてメールをチェックするだけの快適な奉仕部ライフを送れる。

 

リンクやらなんやら俺にはよくわからない事は山田先生がやっておいてくれたので、先程まではサイトの説明等を載せていた。どこぞのキョンくんと違って独学でサイトを作る事なんてできないんですよ、ええ。

 

「あと少し待ってろ」

「ほーい」

 

カタカタとキーボードを叩く心地の良い音だけが部屋に響く。

空間投影型ディスプレイに実機のキーボードというのは少し不恰好だが、叩く感触があった方が調子いいのだ。俺専用のコンピュータだし問題はないだろう。

雪ノ下の受け売り、魚を捕る方法云々を書き込み、サイトの編集を完了させる。

 

「終わったぞ」

「なんのサイトなの?」

「秘密だ」

「えー、ケチ!」

 

ケチもなにも教えたら悲惨な事になる未来が見えるからな。

 

「比企谷くんのケチんぼ!」

「ケチんぼなんて言う奴初めて見たぞ‥‥‥‥」

 

中年なのか?中年のおじさんなのか?それともハピネスをチャージしてしまったのか?

 

「む〜!まあいいや。今日は諦めるけど、明日は覚悟していてよね!」

「はいはい、早く寝ろ」

 

渋々「はーい」と答えて、布団に潜り込んでしまった。相なんとかさんはダンゴムシのように丸まる寝相なのだが、あれは本当に寝れているのだろうか。たまに心配になる。

 

「‥‥‥寝るか」

 

パソコンをそっと閉じて、俺も布団に潜り込んだ。



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わけも分からず、比企谷八幡は逡巡する。

「作品のアンチをする人ほど、その作品を読み込んでいる」

 

ソースは俺。

 

──────

 

一と零のみで象られた、光の世界。宇宙のように無限に広がり、だがそこに距離という概念は存在しない。四百六十六と一つの魂が存在し、ついこの間更に一つ増え、完成されてしまった世界。

そこに、二人の───二つの少女の姿をした“何か”が向き合っている。

 

真っ白に煌めく肌。流れるような白髪に、白いワンピースを風に揺らす可憐な少女。

 

真っ赤に血塗れた手。腐った蒼い瞳を爛々と輝かせ、口元を三日月型に歪める蠱惑的な少女。

 

二つの視線は絡み合い、世界が入り混じり、宇宙に混沌を宿す。

 

「おひさー、No.1。それとも“first”とか“白式”、もしくは───」

 

蒼目の少女がニタリと笑う。

 

「───“白騎士”って読んだ方がいいかな?」

 

白髪の少女がムッとした表情を見せる。

 

「皮肉ですねNo.52。いや、“空席”、“浮舟”、いや、それよりも───」

 

白髪の少女はその小さな手をもう一つの少女に向ける。

 

「───昔みたいに“乗り手殺し”って呼んであげましょうか?」

 

その名を聞いた途端、蒼目の少女は伸ばされた手を弾く。影の差した表情は伺えないが、楽しそうで、悲しそうな、まるでピエロのような顔をしているように思えた。

 

「No.1は意地が悪いね?」

「いえいえ、No.52には負けますよ?」

 

二つの少女は睨み合い、蔑んだ視線を絡ませながら、愉しそうに笑う。

 

「まさか、本当にあなたが約束を守るとは思ってもいませんでしたよ?」

「約束を守ったんじゃなくて、僕があの子で遊んでるだけだけどね?どうせ、すぐに発狂して死ぬんじゃない?」

 

大袈裟に両手を広げる。世界がグルグルと回って、混沌は掻き消される。

そこは透き通った湖上。美しい世界が姿を表す。世界が無限を表すほどに広く、果てなどない。

 

「本当に‥‥‥ゴミクズな発想ですね」

「そう?刀を持ちながら「みんなを守る」なんて言ってる君の方がよっぽどゴミクズだと思うけど?」

 

白髪の少女は顔を顰める。同時に、世界が再び色を変える。美しい世界は端から端まで業火が焼き尽くし、殺風景な悲しい焼野原に成ってしまう。

 

「刀は他人を斬るものだよ?」

「そんなことは‥‥‥分かっています」

「じゃあ、そんな戯言はやめたら?」

「それは‥‥‥いけません」

 

少女の口から、決意の篭った強い言葉が飛び出る。

 

「私は私の道を───この剣で誰かを守る事を誓ったのです。あなただって、元の願いは同じでしょう?」

 

蒼目の少女は眉を細める。苦虫を噛み潰したかのような表情を見せるが、すぐに元通りのピエロに似た表情に戻る。

 

「‥‥‥僕は君が嫌いだよ」

「ええ、私もあなたが嫌いですよ」

 

二つは微笑み合い、背を向ける。

 

「じゃ、また」

「ええ、また今度」

 

二つは消え、焼け野原である世界だけが残された。次第に世界は終息し、真っ白な“無”を司る世界に戻ってしまった。

 

蒼目の少女。振り向かなかった彼女の瞳が真紅に血濡れていたのは、誰が知る由もなかったのだろう。

 

───2───

 

「ええっと、ここは───」

 

日が変わってクラス代表戦となったが、特段俺に関係のあるイベントではない。やる事がなかった。やる気もないけど。早く家に帰りてえ‥‥‥

 

山田先生が黒板の前でアワアワとしている。実際には普通に授業をしているだけなのだが、その体格とオドオドとした態度からそう見えてしまう。

 

俺は頬杖をつき、開いている窓から外を見やる。夏にしては涼しげな風が吹いて、思わず身体をぶるっと震わせる。薄着過ぎたか。タンクトップとか調子に乗ったわ。

 

「じゃあここを‥‥比企谷くん!」

「は、はい。え、えっと、IS学園はIS国際委員会に所属する全ての国と地域から集めたお金で動かしています。その為───」

「はい、よくできました!」

 

山田先生に指されて少しドキッとした。大丈夫だよな?挙動不振じゃないよな?

周囲からの視線が刺さる。いちいち動く度にこっち見んな。

 

視線から逃げるようにコンピュータを開く。すると、先日開いたばかりのサイトにメールが来ていた。スパムだろ。スパムだな!?

 

一応開いてみる事にした。

 

『今日話がある。昼休み、屋上に来てくれ。』

 

送り主は「織斑一夏」とある。うわぁ、行きたくない。ってかなんでこのサイト知ってるんだ。まだ公表してないぞ。

 

織斑に視線を向けてみる。前を向いて、真剣な顔つきで先生の話を聞いている。真面目なやつだなと素直に感心し、なんと言われるのかと想像しながら視線を先生に移そうとすると、ふと、こちらを射抜く視線を見つけてしまう。

 

「!?」

「‥‥‥‥‥」

 

篠ノ之箒。授業そっちのけで、真後ろである俺を注視していた。一体何の用なんだ‥‥‥‥

俺が篠ノ之箒に視線に気づくと、彼女はビクンと身体を動かして忙しない動きで前を向く。だから何なんだよ‥‥‥‥

 

「それでは、これで授業を終わります」

 

くだらない事で頭を動かしていると、授業が終わってしまった。大丈夫、今日の予習はしっかりしてきた‥‥‥‥してきたから大丈夫‥‥大丈夫だよね?

 

「気をつけ、礼」

 

あざーっしたーと適当に挨拶して、そそくさと教室を出る。いつもなら昼休みだ、やったぜとなるところなのだが、今日はクラス代表戦があるのでこの時間で授業は終わりだ。掃除をしたら、そこからは自由時間───まあ殆どの学生がクラス代表戦の応援に向かうと思うのだが、形上はそうなっている。

そして、何よりも織斑弟に呼び出されているというのが面倒だ。まあ行かないがな。

まともに話した事もない相手のもとに、わざわざ行く理由がない。俺に得がない。

 

「比企谷」

「‥‥なんだよ?」

「メール、読んだだろ?」

 

こいつ‥‥俺が逃げられないように‥‥‥やりますねぇ。まあ、逃げるけど。逃げるんだよォ!!

 

「すまん、今日は別のやつと約束してるから」

「‥‥‥‥‥」

 

織斑弟が訝しんだ表情をする。ぼっちなのに一緒に飯食うやついんの?って事ですね。わかります。

 

「んじゃ、また」

 

さっさとこの場から立ち去ろう。そう思い踵を返すと、大きな手が俺の肩を掴む。

 

「比企谷、一緒に飯を食いに行こう」

 

‥‥‥‥なんでこいつらこうも諦めが悪いの?

 

───3───

 

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

食堂に向かわされた俺は、いつものベストプレイスで黙々と食事を取っていた。目の前には織斑弟がいるが、特に話す事もないのでスルーだ。が、それが織斑弟に耐えられるはずもなく、

 

「な、なあ」

「なんだ?」

「今日は‥‥‥その、この後どうするんだ?」

 

適当な話題を振ってくる。話す事がないなら話さなきゃよかろうに。

 

「寝る」

「そ、そうか‥‥‥」

「お前こそ今日は代表戦だろ?こんなところで油売ってていいのかよ?」

「まあ、まだ時間があるからな。来賓の人もいっぱい来るって聞いてるし、なんだか緊張するな、ははは‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

ふーふーと息を吹きかけ、ラーメンをすする。ラーメンって美味いわ。平塚先生とラーメン食いに行きてえな‥‥‥‥

「比企谷」

「‥‥‥なんだよ」

 

視線はラーメンに向けたままで織斑弟の顔は見えないが、声色は真面目なものだ。一応は返事をしておく。

 

「俺はお前と仲良くしたいと思っている」

 

俺は思ってねえよ。

 

「だけど、この前の戦い方はダメだ。あれは良くないと思う」

「‥‥‥言いたい事はそれだけか?」

 

ゆっくりとした動作で箸を置く。

こんな大した事のない用事で呼び出されたのか。下らない。実に下らない。

 

「俺は勝つ為に最善を尽くした。それだけだ」

「そうかもしれない。でも、セシリアの家の事とか、そういうので動揺させるのは卑怯じゃないか」

 

織斑弟の語気が強まる。本当に下らない話だ。今更といったところだし、そもそも俺に非がある訳でもない。

 

「‥‥‥お前は勘違いしていんのか?相手は専用機持ちの代表候補生だぞ?最善を尽くさないでどうする?」

「いや、でも「でもじゃねえよ。代表候補生ってのを馬鹿にしてるのか?俺なんかよりよっぽど格上の存在なんだぞ?お前の言う正攻法で勝てる訳がないだろ」

「‥‥‥‥‥‥‥」

 

それに、代表候補生ってのは文字通り国の代表の候補だ。ちょっと弱点を突かれたくらいで動揺しているくらいで代表候補生が務まる訳がない。

 

完全に論破できたはずだ。ここからは主観のぶつかり合いで、どちらかが折れない限り不毛な争いが繰り広げられる事になるだろう。

 

一言断って立ち去ろうと目の前の男を見る。しかし、予想外にも織斑はその表情を崩さない。むしろ、自信に満ち溢れた顔をしている。

 

「‥‥俺とお前は根本的な考え方が違う‥‥なんつーか‥‥でも、それでも俺は‥‥‥お前と仲良くできたらいいなーなんて思ってる」

 

その口から出たのは、諦めの悪い、希望的観測ですらない言葉。醜く、現実を直視しない、俺が嫌いな言葉。

今確信した。こいつは相手にしているだけ無駄だ。俺とこいつの意見は決して合致する事はなく、二人が納得できる妥協点など存在しない。平行線を辿って、永遠に交わる事などないのだ。

 

「‥‥勝手にしろ」

「本当か!ありがとうな!」

 

マジでおめでたい頭をしているな。察する能力が無さ過ぎるだろ‥‥疎いっつーか、あそこまで朴念仁な理由が分かった気がする。

言葉を発してすぐに、織斑弟は時計を凝視し、慌てて片付けを始める。

 

「悪い、そろそろ準備とかあるから戻るわ」

「おう」

 

そそくさと食器を片付ける朴念仁に、社交辞令程度に声をかけておく。

 

「試合、頑張れよ」

「‥‥‥おう!」

 

織斑弟はスキップを踏みながら食堂を後にした。

 

‥‥‥前向き過ぎるだろ。

 

───4───

 

場所は変わって学園郊外。俺は本を片手に、風通しのいい場所でゆったりとした時間を過ごしていた。夏らしい暑さはあまり感じず、心地がいい。

今日は本当に暇だ。アリーナは使えないし、やる事がない。普通だったら嬉しいのだが、社畜的精神が俺にもっと働けと囁くので、落ち着かない。

 

「これより、一組クラス代表対───」

 

学園中にアナウンスが響き渡る。もう試合が始まったらしい。そういばあの織斑弟はもう一人のちっこいのと戦う予定だったはずだが、勝てるのだろうか。

 

「‥‥‥はぁ」

 

物憂げに小さく息を吐く。なぜだか本を読む気が起きない。疲れているのだろうか。

俺は立ち上がり、大きく伸びをする。IS学園に来てから一息つく間もなく、多忙な生活を送っていたのだが、こうして休む時間があると、ああ、自分は何て平和な世界に生きているんだろうと、感慨深い思いに浸ってしまう。俺自身理系ではないが機械とかは好きだし、ましてやそれを動かせるのは嬉しくないはずがない。正直、それなりに充実した生活を送れていると思う。ボッチ充ってやつですね。

 

なんとなく携帯を開くと、数件のメールが来ていた。メールといえばいい思い出があるぞ。

クラスの隣になった優しい女子とメアドを交換して、その日のうちにメールを送ったわけだ。俺は心臓を高鳴らせながら返信を待ってみたのだが、結局その日は返信が来なかった。

が、数日後。「ごめん、ねてた」と漢字に変換する事もなく返信が返ってきたのだ!全く、あの子は本当にねぼすけさんだなあ(白目)。

 

‥‥‥考えていたら死にたくなってきた。さて、落ち着いてメールを開こう。

 

TO 小町

 

件名:無題

はろはろー!お兄ちゃん元気にやってるー?小町はお兄ちゃんが上手くやっているか心配です。あ、今の小町的にポイント高い!

相川さんに聞いたけど、お兄ちゃん専用機ゲットしちゃったんだね!どんどんお兄ちゃんが成長してて小町は嬉しいよ!

たまには帰ってきて話聞かせてねー、じゃあねー!

 

愛しの妹からのメールだった。なんか家に帰りたくなった。小町に会いたいな‥‥‥コマチニウムが足りない。

二通目を開く。

 

TO 織斑先生

件名:無題

今朝、サイトの告知ポスターを貼っておいたぞ。これからは部活動にも励むように。

 

事後報告って先生としてどうなんですか‥‥しかも余計なことしてくれちゃってるよ。そんな事したら絶対仕事増えちゃうじゃん‥‥‥

最後のメールを開く。見知らぬ人物だったが、中身ですぐに分かった。

 

件名:相川です( ´ ▽ ` )ノ

相川だよー、登録よろしくね( ̄^ ̄)ゞ

 

こいつどこから俺のメアド入手したんだ‥‥‥小町か?小町なのか?何勝手に教えているんだ‥‥‥相なんとかさんなら別にいいけどさ‥‥‥‥

 

携帯の電源を落とす。ポケットに滑り落とし、手を突っ込んで本を小脇に抱える。寮に帰る準備を済ませ、一歩踏み出した途端、爽やかな風風が止んだ。

 

「し、侵入者!?れ、レーダーにそんなものは───」

 

学園のメガホンがノイズを含んだ高い音を鳴らし、直ぐに切断音が響く。遠くのアリーナから轟音が響き渡る。あそこは、織斑が試合をしているはずのアリーナだ。あそこには、織斑先生もいるはずだ。

一瞬そちらに向かおうと思ったのだが、学園には多くの教員が在する。どれほど侵入者が強かろうと、ISという最強の兵器の数の暴力には敵わないはずだ。俺には関係がない。

 

が、同時に別の考えが浮かぶ。相川の言っていた「来賓」という言葉が引っかかってしまう。

もし侵入者がいたとして、本当にその状況を想定していないと言えるのだろうか?いや、絶対にしているはずなのだ。

この状況。ジョーカーである織斑先生はアリーナに釘付けという状況。気付かれた方の侵入者は陽動である可能性が非常に高い。おそらく、狙いは来賓各々だ。

厳重な警備であるIS学園に来賓する人となれば、それなりに名高い人ばかりである。テレビに出ている人や、その発言だけで大きく情勢を変えてしまうような、ビックネームが集まる。それを狙うとなれば、辻褄は合う。

 

そして、この場合。自惚れだが、最も例外的な行動をしているのは俺だ。まさかこんな場所に、専用機持ちがいるとは誰も思わないだろう。

時間稼ぎくらいなら俺にだってできる。動く理由は被害を最小限に止める為に、だ。

 

「【浮舟】」

 

小声で呼び出したそれが、俺の身体が黒漆の装甲で包みこむ。ハイパーセンサーを起動して周囲の音を詮索すると、アリーナとは別方向に機械の駆動音を探知する。その方向の映像を拡大すると、黒い機影を発見してしまう。

それは真っ黒な、見た事のない全身装甲のISだった。両腕が異常な程に大きく、不恰好な姿をしている。

推定侵入者は急降下し、姿を学舎に隠す。

【若紫】が火を噴き、慌ててその場から滑り出す。地面を大きく蹴り飛ばし、植えられた木々の上に飛び乗る。折れそうなほどに大きくしなり、その大袈裟な動きに乗せて更に跳躍する。

校舎の上に飛び乗り、更に隣の屋上に飛び乗る。黒いISを【藤壺】の射程内に収める。

黒い侵入者はこちらに気付いていないのか、地面をうろちょろとしている。

 

「Code:sniper rifle」

 

【藤壺】に四本のレールが接続され、エネルギーチャージが開始される。殆ど動いていない的など、誰にだって当てられる。

膝をついて、念の為に物理シールドを展開する。

 

「システムを精密射撃モードに変更。照準、表示します」

 

視界に現れた十字を黒いISに合わせる。光が収束し、ジェネレータの光が砲身から漏れ出す。

フルチャージ完了。いつでも撃てるぞ。

 

トリガーを引こうとした瞬間、ハイパーセンサーが別の影を捉える。

 

三つの反応。

服装的にこの学園の生徒が二人。そして、スーツを着た黒髪の少女が一人。黒いISと三人の少女は丁度柱の死角になっており、見えない位置だ。

 

三人はその柱から出てしまう。慌てて引き金を引こうとしたが、それが叶う事はなかった。

 

潮の匂いを乗せた夏風に髪を棚引かせ、黒スーツの少女がその顔を露わにする。

 

「なっ‥‥‥‥あれは!?」

 

美しい黒髪。氷のような冷たい無表情。その少女は、紛れもなく雪ノ下雪乃であった。

 



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かくして、彼はゆったりと崩壊を始める

「経験は最良の教師である。授業料は高く付くが」

 

──────

 

一陣の熱風が吹き荒れる。

 

その姿を見た瞬間、俺の中の時が止まった。雪ノ下雪乃。なぜお前がここにいるんだ?

訳の分からない感情が喉元まで登り詰めるを頭の中がぐるぐると回り、グニョグニョに歪んだ視界が揺れる。

 

黒いISが三人に近づく。

震える身体を抑え込み、トリガーに指をかける。が、照準が黒いISに合っている気が全くしない。十字が宙を踊り、霞む。手がガタガタと震える。

 

引けよ。引くだけだろ。ただ引き金を引くだけだ。そう思え。ただ、ただそれだけなんだ。

だが、その指は凍り付いてしまったかように動かない。

 

「うっ‥‥あうっ‥‥‥」

 

酸っぱい匂いが喉奥より立ち込め、慌てて口を抑える。

 

黒いISは三人の少女と目と鼻の先の距離だ。腕を振れば、三人は紙屑のように小さな、儚い命を散らしてしまうだろう。

 

三人のうち一人が腰を抜かしてしまい、その場に倒れこむ。顔はよく見えないが、膝がガクガクと笑っている。

 

目の前で命の危機に陥っているというのに、俺には指一本をを引くことさえできない。

 

ゴクリと、唾を飲み込む。吐き気は収まるが、身体は未だに震えている。

 

何故撃てないのか。いや、分かっているが認めたくないだけなのだ。

俺は誤射が怖い。間違って雪ノ下達に当たれば、彼女らは確実に死ぬだろう。俺はそれが怖いのだ。

今あのISを止められなかったら高確率で三人は死ぬだろう。だが、もし俺が外してしまえば同じ結果が待っているのだ。その責任を俺が背負ってしまっていると、三人の命を俺が握ってしまっていると思うと、それだけで逃げだしたくなる。

こういう言い方は最低だが、もし雪ノ下がいなかったら俺は躊躇なく撃てていたのだろう。

 

いや、分からない。それでも俺は撃てていなかったかもしれない。散々他人は関係ないとか偉そうな事を垂れておいて、このザマだ。

所詮、俺は何もできない無力な人間なのだ。

 

そして、俺は理解する。

 

ISとは兵器だったのだ。

俺はその兵器に乗っているのだ。他人の命を簡単に操れてしまう、人殺しの兵器に。

だが、俺はそれを失念していた。ISというものについて熟考せず、スポーツ感覚で乗り回し、平気で銃口を他人に向ける。愚かで浅はかな自分がそこにはいたのだ。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだった。

 

三人にその大きな腕が向けられる。俺は目の前で起きる“死”を実感し、受け入れようとしている。死ぬ事は既に確定事項で、それからどうするかを考えてしまっている。

 

が、それを絶対に受け入れたくない自分が、身勝手にも動き出す。自分という名の迷路に迷い込んだ“それ”が、衝動となり、化け出でる。

 

───殺せ

 

突然、喉元まで迫った何かが呆気なく後退し、冷たい“何か”が俺を侵食してゆく。絶対零度という名が相応しい、人間の感情とは程遠い“何か”。

 

───敵ヲ殺せ

 

自分でも驚く程に冷えた心が指先まで伝わり、低下した温度が機体内を支配する。視界が鮮明になり、照準が完全に合致する。

心臓をも飲み込む“それ”が、蛇のように身体に巻き付く。

 

───己ヲ、殺セ

 

機械のように冷たくなったゼンマイ仕掛けの身体が動き出し、引き金に指を掛け直す。

血と臓物をごっちゃに混ぜたような、濁りきった、底無し沼のようなドス黒いものが完全に消え、今は身体を完全に別の“何か”が支配する。

 

───殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セこロせこロせこロせこロセこロセこロセこロセこロセこロセコロせコロせコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ───!!!!!

 

「trigger」

 

一切の躊躇なく発射された閃光は、黒く大きな右腕を弾く。右腕からは熱戦が放たれ、植えられていた木々を焼き切る。焼けた空気が鼻をつんざくが、不思議とその熱は感じない。

その蒼い弾道が描かれた刹那、その“蒼”は“紅”へと色を変える。カメラアイも、【藤壺】も、【若紫】も、全てが血で濡れたようにドス黒い“紅”を吹き出し、飢えた獣の如き姿を顕現する。

 

「【若紫】───瞬時加速」

「【若紫】、超過駆動を開始‥‥‥3、2、1───GO」

 

折翼が今までで一番大きな蒼炎を宿し、瞬間的に最高速度まで達する。上空から直線的に突っ込み、その距離を大きく詰める。

撃たれてようやくこちらに気付いたボンクラが、両腕をこちらに向ける。が、すでにその距離は目と鼻の先で両腕を掴んでへし曲げる。威力を殺さずに突っ込み、敵を地面に叩きつける。大きな衝撃を殺すようにがっちりと両腕を掴み、黒い巨体が地面を直線的に大きく削ってゆく。

焼けた空気と巻き起こった砂塵が混ざり合う。が、特に不快には思わない。むしろ心が落ち着く位だ。

 

「比企谷くん!?」

「相川か、二人を連れて逃げ‥‥‥無理か。雪ノ下、頼む」

「ひ、比企谷くんなの‥‥!?」

 

雪ノ下の驚いた顔が視界に映るが、今はそれどころではない。腰を抜かしていたのは相川だったらしい。

まあ(・・)そんなことは(・・・・・・)どうだっていいが(・・・・・・・・)

 

全身を捻り、【浮舟】を吹き飛ばしながら、人間とは思えない複雑な動きで黒いISが起き上がる。上空に飛び、両腕をこちらに向ける。

完全に真上を取られた。が、標的は俺ではないらしく、その腕は三人の少女に向けられる。光が収束し、いとも簡単に発射される。

 

「【朝顔】!」

 

大きく後方に下がり、三人を庇うようにして【朝顔】を展開する。五角形の真っ赤なエネルギーシールドが桃色の熱線を防ぐ。が、あまりの衝撃にじりじりと後退する。一発一発が馬鹿みたいな威力だ。これでは【朝顔】のエネルギーが切れるのも時間の問題だ。

 

「早く逃げろ!」

「で、でも足が「早く!」

 

雪ノ下ともう一人は相川に肩を貸し、ゆっくりと場を離れてゆく。

 

ギリギリ間に合った。エネルギー切れで【朝顔】はもう使えん。まあ、校舎内に入ればここよりはよっぽど安全だろう。他に侵入者かいれば別だが。

エネルギーがかき消え、一瞬無防備になる。熱線が機体を掠め、それだけでシールドエネルギーを大きく削る。装甲が歪み、漆のような“黒”が黒く焦げる。

機体を右、左と左右に揺らしながら回避し、【藤壺】の銃口を敵に向ける。

 

「Code:assault rifle!」

 

現れた二本のレールから青い光が乱射され、完全に乱戦の場と化す。光と光が空中でぶつかり合い、弾け、爆散、誘爆し、花火のように煌めく。光量が強く、相手の位置がしっかり認識できない。

 

「Code───」

 

両足に力を込め、地面に穴をあける程の衝撃で大きく跳躍する。【若紫】が一瞬だけ上向きの大きな推進力を発揮し、今まで最大の跳躍距離を更新する。

 

丁度真下には、忌々しい“黒”が俺のいた場所を注視し、熱線を放ち続けている。

 

「───sniper rifle!!」

 

身体を弓のように大きく引き絞り、一寸の狂いも発生させずに右腕を突き出す。その鋭利なレールの先がIS本体にねじ込まれ、突き刺さる。立て付けの悪い家が風で鳴るように、レールがミシミシと嫌な音を立てる。

 

‥‥‥‥右腕、貰った。

 

「trigger」

「───!?!?」

 

燃え盛る“紅”が破裂し、右腕を残酷に引き千切る。あまりに暴力的なその一撃に、敵すらもたじろぐ。

 

「‥‥‥‥」

 

その引き千切られた右腕痕を見て、ある事実に気がつく。

 

このISの搭乗者、右腕がもげたというのに出血も呻き声も聞こえない。

 

そんな事があり得るのか。いや、まさか‥‥‥人が乗っていないのか?

 

地面を揺らしながら着地し、砲身を抱える。黒いISは右腕に一瞥をやり、それをなかった事と言わんばかりに、簡単にその左腕を向けてくる。

やはりこのIS、無人だ。切り替えの早さが人間業じゃない。無人ISなどあり得ないはずだが、目の前で起きている事を否定する理由などない。

 

「チッ!」

 

高威力の超弾幕はなくなったが、それでも地上対空中だ。戦況が厳しい事には変わりない。それに、一発の威力が下がった訳ではない。それに、さっきのジャンプ攻撃もあの超弾幕で機体を隠せていない以上、当てるのは至難の技だ。

 

なら、方法は一つ。

 

一撃で地上に撃ち落とせ。

 

再々、蒼炎が砲身に宿り、荒ぶる“紅”を撒き散らす。

その場から走り出し、スライディングを決める。熱線の雨を潜り抜けながら真下に潜り込み、空に銃口を掲げる。

 

「trigger」

 

狙いはブースター。幾らPICがあれど、初速を作り出すブースターがなければ意味がない。

一閃でブースターは射抜かれ、誘爆する。バランスを崩して地に落ち、翼を失った鳥のようにもがく。

滑り込んだ体勢を直し、両足で素早く立ち上がる。ラインアイが鋭い光を放ち、それでも立ち上がろうとする“黒”を睨みつける。

 

「Code:assault rifle」

 

二本になり、短くなったレールを落ちた侵入者に向けて連射する。シールドエネルギーと装甲がゴリゴリと削られてゆく。敵は必死にもがき、必死に足掻く。が、無慈悲にもその光は止まず、シールドエネルギーを削り切ってしまう。

完全に活動を停止したそれに近づいて、両手でベリベリと装甲を剥がす。

やはり、中には人が入っていない。無人だ。

身体から力が抜け、冷え切った“何か”がスルスルと身体を抜けてゆく。目の前でグシャグシャになったISを見て、あの三人を助けられた事を実感する。

 

だが、ネガティヴな思考が脳裏をよぎる。

 

───もし、これに人が乗っていたら?

 

「うっ‥‥おえっ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥‥‥」

 

吐き気、めまい、倦怠感が同時に襲いかかってくる。視界が霞み、目の前がよく見えない。全身の感覚が抜けてしまい、自分自身がここにいるのかさえも分からなくなる。

俺が人殺しだったかもしれない未来。存在しないはずの未来。それを想像するだけで、俺は俺自身が信じられなくなってしまう。だが───

 

「‥‥よかっ‥‥た‥‥‥‥‥」

 

それでも、それでも。二人と、見知らぬ一人を助けられて良かった。俺でも、役に立てて良かった。

 

急速に意識が遠のき、それを手放す。

 

「あれ、だ、大丈夫!?」

 

最後、聞き覚えのある誰かの、焦ったような声が聞こえた気がした。

 

───2───

 

早送りのように意識がはっきりとしてくる。ぼやけた視界に白い天井と、雪ノ下姉‥‥‥雪ノ下姉?

 

「あ、比企谷くん。おっはろー」

 

そこには、上から俺の顔を覗き込む雪ノ下陽乃の姿があった。その顔から妹が連想され、俺はベットからガバッと身体を起こす。全身の節々が痛い。

 

「ゆ、雪ノ下は!?三人はどうなりましたか!?」

「比企谷くんの活躍のおかげで無事無傷‥‥無傷ではないかな。途中で足をくじいちゃったってさ」

 

妹の容態をまるで他人事のように、淡々と告げる。それに少しの恐怖を覚える。そして、“雪ノ下”という単語を思い出した瞬間、先程の戦闘がじわじわと記憶に蘇ってくる。まるで自分が自分でなくなるような、冷め切った感覚。ISに銃口を向けた時の明確な殺意。自分から出たとは思えないあの恐ろしい“何か”。

 

そして、黒い無人のISを“殺し”た事。

 

恐ろしい速度で胃酸が逆流する。慌てて近くのゴミ箱を口元に寄せる。

 

「うっ‥‥おえぇ‥‥‥があっ‥‥」

 

よりによってこの人の前で嘔吐してしまった。だが、腹の中を蠢く冷たい“何か”が出て行く気がして、黄色い膜に包まれた流動物を吐き出し続ける。胃が空になる程吐き出してしまう。

 

「うんうん、怖かったね‥‥よしよし‥‥‥」

「がはっ‥‥うっ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥‥あっ‥‥‥‥」

 

俺の背中をさする、優しく柔らかな手。それは強化外骨格、雪ノ下陽乃のものとは思えない程の優しさで、思わず安堵してしまう。ゴミ場をを抑えている左手とは逆の手に、数枚ティッシュを受け取る。口の中にこびり付いた胃酸を絞るようにして吐き出す。舌先についたティッシュの端を手に取り、丸めてゴミ箱に投入する。酸っぱい匂いが立ち込めるゴミ箱の袋の先を縛り、雪ノ下姉とは逆側に置く。後で処分しよう。

 

「はい、麦茶」

「あ、あざっす」

 

軽い力でペットボトルのキャップを開き、麦茶をゴクゴクと飲む。少しぬるいが、口の中の酸っぱさが消えてゆき、安心してしまう。

 

「あ、それ私口つけたやつ」

「ごほっ、ごほっ!ゆ、雪ノ下さん!」

 

雪ノ下姉が愉快そうに笑う。

なんて人だ。考えないようにしていたのに、本当にこの人は意地が悪い。自分が楽しむ事に全力を尽くし、そのための手段や方法は問わない。そんな人間に見える。さっきの優しかった姿とはまるで正反対だ。あれも強化外骨格の一つだったのだろうか?

 

「‥‥‥落ち着いた?」

「‥‥!‥‥‥うっす」

 

本当にこの人は侮れない。この一連の流れは、俺を落ち着かせるためにわざわざ演じてくれたのだ。

純粋に怖い。が、それもこの人の一部であり、良さであり、悪さでもあるのだろう。今なら、そう思えてしまうのだ。

 

「今日は“来賓”として来たんだけどー、まさか中止になるなんてねー」

「‥‥‥そういう事ですか」

 

来賓。その言葉で、パズルのピースがはまった音がした。詳しくは知らないが、雪ノ下家というのはそれなりに有名だとどこかで聞いた事がある。俺もあまり詳しくは知らないのだが。

 

「うん、母がIS関係の人でね」

「‥‥‥そう‥‥ですか」

 

その一言の“母”という単語に、どこか重みを感じさせた。言い回しが少し遠い、それは心の距離を表している気がした。

 

「ま、雪乃ちゃんは大丈夫ってことだよ」

 

本当に、この人の母は何者なのだろうか?寮に戻ったら調べてみよう。

雪ノ下姉は時計をチラリと見て、鞄を支度し始める。

 

「あ、もう時間だ。そろそろ私は帰るねー」

「あっ、雪ノ下さん」

「ん?」

 

今彼女に聞こうと思ったことがあったのだが、忘れてしまった。とても大事なことだったような気がするのだが、頭がホワンホワンとして上手く言葉に出来ない。

 

「‥‥‥気をつけて」

「心配ゴム用!じゃあね〜」

 

扉がガララと音を立てて、雪ノ下姉は去っていった。

静かな病室には、俺だけが残された。保健室特有のひんやりとした空気が、俺の身体を支配していたそれを再び思い出させる。

 

あの時、俺は明確に止めを刺していた。ぐっちゃぐちゃになるまで、殺して、殺して、殺して───

 

「片付けるか‥‥‥‥」

 

俺は、俺は‥‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥‥‥‥」

 

───屑以下の、人殺しに成り下がってしまったのだろうか?

 



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奇しき時期に、転校生はやってくる。

「後悔している暇があるなら前に進め」

 

──────

 

既視感のある真っ白な世界をキャンパスにして、様々な色が重ねられていた。初めて見たはずの世界なのに、もう幾度も訪れている気がする。

 

「ようこそ、僕の世界へ」

 

その声は全てを司っていた。

男、女、子供、大人、赤子、老人、罪人、聖人、愚者、賢人───そのどれにも該当し得るが、決して該当する事のない、全てを孕む声。

 

「今回は大変だったね」

 

喜怒哀楽のどれもを含む、普遍的な声。顔が見えず、その表情は伺えないが───それはどこか笑っている気がした。

 

「やっぱり君は“化け物”だよ」

 

そんな事はない。俺は普通だ。至って普通の人間なのだ。

 

「普通じゃないから、理性が暴走しちゃうんだよね」

 

理性が暴走する。「感情が暴走する」という言葉なら聞いた事はあるが、理性が暴走するというのはあり得ない。なぜなら、高まった感情を抑制するものが理性であり、それは物事を道理で考える為の感情の枷だからだ。

 

「あまりに強すぎる理性が、感情を殺してしまうなんて‥‥やっぱり僕の見込んだ通り、君は不完全な化け物だ」

 

声の主は断言する。その声を聞いた途端、収束するように世界が閉じてゆく。

 

「ま、頑張ってね。応援してるよ」

 

世界が、閉じられた。

 

───2───

 

「うわぁ‥‥‥眠っ‥‥‥‥‥」

 

凄まじい眠気が俺に襲いかかる。眠い、眠過ぎる。馬鹿じゃないのか。思わず独り言を呟いちゃうレベルだ。

雪ノ下さんが去ってブツを片付けた後、疲れていたのか、俺はぐっすりと眠りについてしまった。暫くして再び眼を覚ますと、もう夜遅く、とっくに就寝時間を過ぎていた。もう一度寝ようと思ったのだが昼寝をすると寝られなくなる現象が起き、目をパッチリとしたまま保健室で一晩を過ごす羽目になった。

そして現在、朝の六時。ここまで一睡もできませんでした。

窓を開けると、焼けたアスファルトの匂いとむしばむような暑さが流れ込む。まったく、夏は最高だぜ!

 

コンコンと扉が叩かれ、出席簿(物理)を持った織斑先生が扉を開く。壁に寄りかかり、俺を何度も確認するように見ると、ふむ、と言って何かを書き込む。

 

「比企谷‥‥‥目、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ‥‥おはようございます」

「おはよう‥‥本当か?いつにも増して濁っているのだが」

 

いつもがどれくらいか知らないが、目の濁りとはそう簡単に変わるものだろうか。そもそも濁ってるってなんだよ。魚だったら市場で売れないやつじゃん。

 

「まあいい、今日は学校‥‥来れそうか?」

「ええ、まあ」

「そうかそうか。今日は転校生が来るからな、楽しみにしておけ」

 

この時期に転校となれば、確実にあれだ。代表候補生やらなんやら色々名前の後に付く奴らだ。あのちっこいのといい金髪クロワッサンといい、代表候補生にはまともなやつがいない。

 

「じゃあ、最後に一つ」

 

織斑先生が扉に手をかける。

 

「簡単に引き金を引ける人間はさぞかし楽だろうな。しかし、それを躊躇える人間は“心”のある人間だ。だがな───」

 

はっきりと告げる。

 

「───必要な時、非情になれない人間は、自分の手を汚したくない偽善者だ。覚えておけ」

 

強い音を立てて、扉が閉められる。

言葉は深く胸に突き刺さり、その痛みが消える事はなかった。

 

───3───

 

息をするのさえ苦しい夏。汗で濡れた下着が張り付き、気分が悪くなる夏。

そんな時期に、転校生がやってきた。

 

「シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」

 

ブロンドのショートヘアを揺らす、おそらく代表候補生。誰かさんよりも慎ましい胸が特徴的だ。顔は整っており、見るからにモテそう。

 

「シャルルくんは───」

「‥‥‥‥くん?」

 

耳がトチ狂ったのか。「くん」って聞こえたぞ。寝不足で疲れているのかもしれない。うん、きっとそうだ。

黄色い声がいつもに増してる気がする。やっぱり美形の転校生って女子校でも歓迎されちゃうのな。美少女って凄いわ‥‥‥‥

 

「じゃあ、シャルルくんは比企谷くんの隣に座って下さい」

「はい、わかりました」

 

かかとを軸にした美しい歩き方で、まるでレッドカーペットの上を歩く、テレビの中の女優のようだ。雰囲気といい、どことなく“お嬢様”の気を感じる。

 

「よろしくね、比企谷くん」

「うっす」

 

スマイル全開で挨拶される。苦手なタイプだ。雪ノ下姉とはまた違う、自分の魅力を分かってらっしゃるあざといスマイルだ。日本語が上手だなおい。

 

「じゃあ、次の授業は実習なんで、早めに準備して下さいねー」

 

山田先生がSHRを切り上げ、ニコニコ笑顔で教室から出て行く。実習となればあの鬼‥‥じゃなくて織斑先生が担当のはずだ。すなわち、遅刻=死に直結する。

ISスーツの入ったスクールバックを肩にかけ、そそくさと教室を出ようとすると、

 

「比企谷くん。次の授業って‥‥‥」

「実習だ。女子更衣室は廊下を突き当たって右だ」

 

転校生に優しい俺KAKKEEEEEEして、今度こそ男子更衣室に向かおうとする。が、今度は小さな丸い手で俺の制服を掴んでくる。

 

「ま、待ってよ」

「いやだから女子更衣室は「そうじゃなくて」

「‥‥‥‥なんだよ」

「僕、男なんだけど‥‥‥」

「‥‥‥‥は?は?マジ?」

「う、うん‥‥‥‥」

 

は?マジ?嘘だろ?なんで俺の周りって性別不詳が多いの?性別が秀吉なの?それとも彩加かな?

てか男ってどういう事だ。また新しい男性IS適正者が見つかったのか、それとも───

 

「‥‥まさかな」

「へ?」

「なんでもない、行くぞ」

「あ、まってよー」

 

本当ならあの織斑弟に放り投げ‥‥任せてやりたいところなのだが、あいつに頼めば「じゃあ比企谷も一緒に行こうぜ!」とか言ってくるに決まっている。ああいうザ・リア充感を漂わせる人間は苦手だ。それにこんな可愛い男の子と二人きりとかメチャクチャ俺得じゃないですかやだー!!!

 

「おっ、比企谷に転入生。えっと‥‥」

「シャルルだよ。シャルル・デュノア。よろしくね」

「俺は織斑一夏だ。よろしくな」

 

噂をすればなんとやらというが、本当に来やがった。ここまで苦手オーラを出してるのに近寄ってくるなんて無神経というかなんというか、空気が読めないというか‥‥‥‥この前結構きつく言ったつもりなんだけどな。

 

「じゃ、行こうぜ」

「うん、行こっか」

 

この二人息ぴったりやん。俺必要なくね?

なんて事を思いつつ、駆け足で男子更衣室に向かう。何しろ男子更衣室は遠い。実質、女子校の使っていない女子更衣室を無理矢理に男子更衣室にしただけだし、遠いのは仕方がない。

 

「ここだぜここ」

「へえ、結構広いんだね」

「‥‥‥‥‥使うやついないしな」

 

マジで俺いらなかった。これもうわかんねえな。

電気を付け、俺と織斑弟はそそくさと上着を脱ぎ始める。デュノアの方をチラリと見ると、顔を真っ赤にしてあわわ、としている。

 

「どうした?」

「う、ううん。なんでもないよ!」

 

戸塚並の可愛さだぜ。俺を専業主夫として養ってくんねえかな‥‥‥戸塚もそうだけどこいつらマジで男なのか?

ジロジロと見るのもあれなので目線を外し、自分の着替えを済ませる。

ISスーツは水着のような見た目をしている。着心地はひんやり、ピタッとした‥‥つまり水着そのものなのだが、下だけでなく上まで用意されている。だが、身体の線が見え、ヘソが丸出しになるデザインで、正直上を着る意味がわからん。

デュノアの方からゴソゴソとなり、「こいつマジで男なの?」という好奇心とともに尻目に見ると、

 

「早いな」

「う、うん」

 

すでに着替えを終えていた。あれか、アニメの風呂シーンで出てくる湯気的なあれですか。ISスーツは湯気だったのか‥‥‥‥ブルーレイ買わなきゃ(使命感)。

 

「ってかさぁ、ISスーツってきつくないか?」

「わからんくもないな。下はひっかかるしな」

「ひ、ひっかかる!?」

 

いやだって引っかかるじゃん。

 

初心な少女のように顔を真っ赤に染め、両手をブンブンと振るデュノア。こいつの顔赤い率は異常。リンゴかと思っちゃったぜ。

 

「どうした?」

「な、なんでもないよ!」

「‥‥‥‥‥」

 

デュノアは本当に身体が細い。俺も人のことを言えないガリガリだが、ここまでじゃない。それに細いというより、どちらかといえば華奢というべきだろう。胸はないが、本当に女の子っぽい。

ここまではいかないが、織斑も女顔だ。織斑先生とよく似ている。可愛いというより、凛としていると言った方が近い。

 

「織斑、デカイな」

「そうか?比企谷もなかなか大きいよな」

「嫌味かよ」

「で、デカい!?大きい!?」

 

もちろん身長の話である。俺も170cmと中々大きい方なはずなのだが、織斑は俺よりも大きい。しかも年下。ここ重要な。

ここでデュノアがホモの可能性が出てきた。これはマズイ。あまりの鈍感さに織斑弟はホモだという疑いをかけていたのだが、ここにもホモ疑惑が発生した。自分の尻は自分で守らなきゃ(使命感)。

 

「うっし、じゃあ行くか!」

「うん、れっつごー!」

「‥‥‥‥」

 

それにしてもこのデュノア、ノリノリである。

 

───4───

 

グラウンドに出ると、すでに他の生徒は外で並んでいた。今日は一組二組合同の実習だ。整列している女子の姿が目に毒だ‥‥‥けしからん。もっとやれ!

 

「さて、そろそろお前らも実技を学ばねばならんな。座学も重要だが、肝心のISを使えねば意味がない。しっかり学ぶように」

「「「はい!」」」

 

軍隊のようにいい返事だ。合同授業だからか、どこか気合いが入っている気がしないでもない。

 

「ではまず、凰、オルコット。出てこい」

「はい!」

「わかりましたわ!」

 

金髪クロワッサンとちっこいのが前に出る。あの二人もうやだ。片方はひどく無礼だし、片方はいきなり喧嘩吹っかけてくるし‥‥織斑先生成敗してくんねえかな‥‥‥‥

 

「ねえねえ」

「あ?」

 

横に並ぶデュノアが俺をちょんちょんとつついてくる。キツツキかよ。

 

「比企谷くんも専用機、持ってるの?」

「一応な」

 

“も”って事は、デュノアも専用機を持っているのだろう。しかしまあ、デュノアって名字はどこかで聞いた事がある気がする。思い出せん。

 

「ふふふ、今日こそ───」

「それはこっちの───」

 

まーた織斑ハーレムメンバーが争っている。いつもはもう一人多いのだが、どうしたものか。専用機持ちじゃないのか。

 

「誰がお前らだけで戦えと言った?ガキの勝負など役に立たん。相手は別に用意してある」

「え?」

「へ?」

「は?」

 

代表候補生相手に「ガキ」なんて一蹴できるのはこの人くらいだよな‥‥他の人が言ったらIS戦でボコボコにされるか、国家問題に発展して爆死するよな。え?転校初日にマジギレした生徒がいた?‥‥‥知らない子ですね(震え声)。

織斑先生は上を見上げ、それにつられて俺も顔を上げる。遠くには、流星のように降下する緑色の影が見える。

 

「ひやぁぁぁぁぁっ〜!危ないですぅ〜!!!」

「山田先生なにやってんだ‥‥‥‥」

「ははは‥‥‥おっちょこちょいな先生だね」

 

山田先生だった。前で並んでいた織斑弟がISを展開し、直前で受け止める。二人とも、勢いのままゴロゴロと転がりってゆく。

 

「ひゃっ、おり、おりおり織斑ひゃ───ひゃん!」

 

さりげなく胸を揉む織斑弟。

ラッキースケベかよ。くっそ羨ま死ね。

 

「あ、ああ、こんな明るいうちから‥‥あ、いえ、嫌というわけじゃくてですね───」

 

この先生はなにを言っているんだ。

勿論、こんな事があればヒロイン達が放っておくわけがなくて、なにやらボコスカと戦闘が始まる。

さすが織斑!おれたちに立てられないフラグを平然に立ててのけるッ!そこにシビれる憧れるゥ!ただしここには死亡フラグも含まれる模様っと‥‥‥カタカタカタッターン!!

 

「ははは‥‥織斑くんはモテモテだね」

「ああ、イケメンでそれなりに優しくて朴念仁だからな、ハーレムを築くために生まれてきたみたいなスペックだし」

「ぼく‥‥‥ぼくね‥‥‥えっと?」

「いや、なんでもない。気にするな」

「う、うん‥‥‥」

 

こんな事言われたら絶対気になって家帰ってから辞書で調べるわ。「朴念仁」で検索検索ゥ!

 

「え?二対一で‥‥‥‥?」

「む、二人では不安か?どうやら自分の実力をしっかり弁えているようだな‥‥‥‥」

 

織斑先生けしかけるのうまいな。プライドを逆撫するなんて煽り力高い。

二人の瞳に炎が宿る。絶対闘志とか漲らせちゃってるよ。

 

「いえ、一人で十分ですわ!」

「まったくその通りよ!」

「よし、では始め!」

 

ばきゅーん、どーん、ばーん。

最初はどうなるかと思ったが、あの二人、まったく連携できていない。

その穴を突くように二人を翻弄する山田先生は、緑色のISを駆使して二人を圧倒している。

 

「すげえな‥‥‥ラファ‥‥ラファールだっけか‥‥‥」

「ラファール・リヴァイヴだよ。デュノア社の第二世代型量産型IS。世界第三位のシェアを誇ってるんだよ」

「‥‥‥詳しいな」

「父が社長だからね‥‥‥‥」

 

ああ、そういう事と相槌を打つ。

デュノアという名前は聞いたことがあったが、確かに有名な名前だった。つまり、この少年は社長の息子、デュノア家の御曹司という訳だ。

だが、その父という呼び方はどこか遠く、暗く、酷く物憂げな印象を覚えた。親と仲が良くないのだろうか。

 

「さて、では実習に移る。まずは基礎からだ。専用機持ちをリーダーとして、グループに別れろ。始め!」

 

デュノアと話をしていたらいつの間にか授業が進んでいた。あの二人どうなった?

普通だったらチョークか出席簿が飛んでくるレベル。気付いてないからいいよね?バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!

 

片腕をゆっくりあげ、不安を抱えながらもその名をコールする。だが、その時、俺の身体に異変が起きる。

 

「来い‥‥【浮ふ‥‥うっ‥‥‥があっ‥‥‥‥ゲホッ、ゲホッ!」

「だ、大丈夫!?」

 

鼻をつんざくような酸が、胃から這い上がってくる感覚。口元を押さえ、身体をくの字に曲げる。ダメだ。ISを展開しようとするだけで、あの“冷たさ”が蘇ってくる気がしてしまい、怖くなってしまう。

 

PTSD。心的外傷後ストレス障害。ふとそんな言葉が頭をよぎる。

 

何らかの原因で強い精神的衝撃を受けた事を原因とし、生活に支障をきたすストレス障害だ。確か、症状はフラッシュバック、不眠、吐き気、悪夢などが挙げられる。思い当たる節は‥‥ある。

織斑先生が駆け寄り、俺の肩に優しく触れる。

 

「比企谷、大丈夫か?」

「‥‥‥ええ、大丈夫です」

 

曲げた身体をゆっくりと起こし、深呼吸をする。どうやらこの調子では、ISは展開できないようだ。

織斑先生は眉間にしわを寄せ、肩に触れた方の手でこめかみを抑える。

 

「今日は帰って休め」

「いえ、でも「いいから休め、これは命令だ」

「‥‥‥‥うっす」

「比企谷くん、お大事にね」

「おう。じゃ、お言葉に甘える事にします」

「ああ」

 

集まる好奇の目線と絡みつく恐怖から逃げ出すように、俺は寮に帰って行った。



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やはり、青髪の生徒が生徒会長なのは間違っている

「本は心の貯金である」

 

──────

 

自室のベッドの上。頭に手を当て、俺はグダグダとしてしていた。

今日は早退という形で逃げる事ができたが、実習のたびにこうではさすがに問題だろう。それに、ISに拒否反応が出てしまう生徒をいつまでもこの学園に置いておいてもらえるものなのだろうか?

事は早急に解決せねばならないのだ。

 

だが、俺はあの恐怖を乗り越えられる気がしない。俺を蝕む、真っ黒で冷たい“何か”。あの温度に触れるだけで吐きそうになる。ダメだ。考えるだけで気分が悪くなる。

 

溜息を吐き、顔でも洗うかと立ち上がると、タイミングよく扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

扉を開く。

 

「やっはろー、覚え」バタン

 

扉の隙間から青い髪が見えた瞬間、まるでなかった事のように扉を閉める。え?誰か来てた?いやいやいや、青い髪の人なんて三次元に存在するわけないじゃないですか。しかも学生ですよ?

確か、あの顔は自称生徒会長だ。アリーナに槍を持って待ってた不良。あんな槍もってる人が生徒会長なわけないじゃん。風紀委員が風紀乱してるくらいの矛盾なんだけど。

 

「ちょっとなんで閉めるのよー!」

「いえ、人違いです」

「ちょっと、開けてよー!」

 

ダンダンダンと扉が叩かれる。管理人にドアを開けてみろって聞いてみ?不審者扱いで帰れ、帰れって言われるレベル。ちなみに管理人は織斑先生な。ミスチルわかんないか、そうですか‥‥‥‥

うるさいので扉を開けてやると、するりと隙間から室内へと侵入してくる。CMのクレンジングオイル並にするりとしてるわ。あれ本当に化粧落ちるの?

 

「ここが比企谷くんの部屋かぁ」

「あの、何の用ですか?」

 

なんで同級生に敬語使ってんだろ俺‥‥‥そういえば留年してるんだよな。死にたい。

 

自称生徒会長は部屋をキョロキョロと見回し、ベッドの下や本棚を勝手に漁り始める。

 

「‥‥マジで帰ってくれませんか?」

「比企谷くーん、エロ本は?」

「いや持ってませんよ」

 

時代は電子化だよな。エロ“本”は持ってない。嘘は言ってない。だから小町、俺のパソコンをいじっちゃダメだ。ダメ、絶対。

 

「あ、老人と海だ。私ヘミングウェイ好きなんだよねー」

「マジっすか。何読んだ事ありますか?」

「日はまた昇るとか?」

「‥‥ふ、ふーん」

 

本棚を漁った自称生徒会長は、薄い本(意味深)を引っ張り出す。

俺が住んでいるこの部屋の本棚だが、相川の分も占領させてもらっている。ここに置いてあるのは俺の厳選したベストコレクションを更に厳選したもので、家に帰ればこれの数倍はある。

ちょっとだけ自称生徒会長を見直した。ヘミングウェイの凄さがわかるなんてな。あの薄い一冊の中にあれ程の内容を詰め込めるとか凄いよな。

小町に読ませてみたら途中で寝た挙句、「結局魚取るだけじゃん」とか言われてお兄ちゃんショック。そういう事じゃねえよ。

 

「あ、砂漠だ。比企谷くん伊坂さんの本も読むんだ?」

「あっ、それ読むと大学に行きたくなりますよ」

「そうなんだー、借りていい?」

「まあ、汚さないのなら」

「ふふっ、ありがと」

 

平和を築こうとするのをみんな邪魔するんだよな。あの言葉には衝撃を受けましたよ、ええ。

はっ!?これはまたこの部屋に来る口実にする気だな!?汚いさすが生徒会長きたない。

自称生徒k(ryは本を机に置くと、トランポリンを見つけた子供のように俺のベットに飛び込んだ。布団にぐるぐると巻かれ、せっかく直したシーツをくしゃくしゃにする。

 

「ねえねえ比企谷くん、ベット座っていい?」

「いや、もう使ってますよね?」

「ふかふかー!比企谷くんの匂いがするー!」

 

うわぁ、これはわざとらしいっすわ。ハニトラ?ハニトラなの?織斑弟ならあっちなんだけど。帰れ。

 

「あの、そっちは相川のベットですよ」

「‥‥‥は?」

 

いきなり素に戻る。はっ、自称生徒会長に一泡吹かせてやったぜ!実際は俺のなんだけどテヘペロ。

 

「嘘は良くないよー、比企谷くーん。ね?」

 

訳:「嘘ついてんじゃねえぶっ殺すぞ。ああん?」

こうですね、わかります。

ってかIS学園の人間ってマトモなやついないの?出席簿(物理を超えた何か)に金髪クロワッサン、突然喧嘩を吹っかけるちっこいのに朴念仁‥‥‥うん、ダメだこれ。

 

「ねえねえ比企谷くん」

「用があるなら早くしてもらっていいですか?今すぐ寝たいです」

「お姉ちゃんの膝でも使う?」

「結構です」

 

こういう押し売りはキッパリ断れって親から教えてもらっているんでね。自称生徒会長ってクーリングオフできるのかな?

 

「本題に入るんだけど‥‥‥‥シャルル・デュノアについてどう思う?」

 

声色がふざけたものではなく、真面目な重いものへと急変する。

突然シリアス挟んでくるのやめてもらっていいですかね。

 

「‥‥‥‥‥」

 

適当に流そうと思っていたのだが、この質問。試されている気がする。だからなんだという話なのだが。

 

それにしてもこの人の纏う空気。どこかで見た事がある。

 

「‥‥‥‥強化外骨格」

「ん?」

「いや、なんでもないです」

 

そう、この人は雪ノ下陽乃の強化外骨格に似たものを持っている。自分を隠す為の“完璧”な外骨格を持ち合わせている系の人間だ。そうなれば、単純な“意味”は聞かれているはずもない。

 

「そうですね‥‥‥女に見えます」

 

となれば、こう答えておけば堅実な答えだろう。こう答えておけばツマラナイと判断されて、もう関わないで済むかもしれない。実際見た目は女みたいだったし、これほどありきたりな解答もないだろう。でも戸塚といいデュノアといい俺の周り可愛い男の子多いよな。幸せ。

 

「ふーん、陽乃ちゃんが言った通りね‥‥‥‥」

「え?」

「なんでもないわ。比企谷くんもそう思ってるのよね‥‥‥」

 

ブツブツと呟き始める。今ルート分岐間違えた気がする。おかしい。今まで戸塚ルート直行だったはずなのに‥‥‥‥いや、デュノアもありか?あんな可愛いのに男とか神様お前ってホモなの?

 

「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな───」

 

 

───2───

 

「は?デュノアが女か探れと?俺に?」

「そう、やってくれない?」

「お断りします」

 

比企谷八幡。陽乃ちゃんの言っていた通り、彼は面白い逸材だ。最初はただの目の腐った男の子だと思ったけど、その本質は全然違う。

黒い無人IS二機のIS学園強襲。一体はアリーナ、もう一体は学舎近くに強襲した。私や教員を含め、全員アリーナ隔壁のロックを解除するのに手一杯で、もう一機には気付かなかった。

情報が出回った時にはすでに無人機は沈黙しており、来賓として招待されていた雪ノ下雪乃、生徒である相川清香、布仏本音の三人が教師に助けを求めたことにより発覚した。

 

「えー、ダメ?」

「ダメです」

 

その後、学園内の監視カメラをチェックした時、私は戦慄した。

彼はISに触れて数週間のニュービーの筈だ。だが、無人機相手に三人を守りながら一人で奮闘し、完全に沈黙させたのだ。

だが、彼の本質はそこには隠れていない。問題はその、無人機の破損状態だ。アリーナの方の無人機は三対一でボロボロになっているのは納得できるのだが、彼が相手をした無人機の状態には狂気さえ感じさせた。

右腕は肩からバラバラに弾け飛び、装甲はボコボコに凹んでおり、人が乗っているはずの場所の装甲が引き剥がされ───それは人間の仕業とは思えない、本当に「殺す」つもりの人間にしかできない残酷さが混在している。

 

だが、私も人の事は言えない。国の、家の為と銘打って、沢山の人間の命を奪ってきた。私の血で真っ赤に染まった手で、何人の人を殺してきたのか。もう覚えていない。数えることなどとうにやめてしまった。

 

だが、初めて人を殺した時の事は未だに覚えている。

 

胸奥深くに刺さったナイフ。迸る血飛沫。ビクビクと痙攣する標的の身体。帰り血で染まる手。鼓動を打ち続ける私の心臓。鼓動を止めた標的の心臓。

 

私は怖くなり、その場から逃げ出した。今は慣れているとはいえど、最初はトラウマになるほどの恐怖だった。今でも、殺す事に抵抗がないわけではない。

 

しかし、この目の前の男は違う。あの殺し方は、初めて人間を殺した時のそれではない。人間を殺す事を許容する、人間の理から外れてしまった人間。“壊れて”しまった人間の、混沌のかけらが見て取れてしまった。

 

「じゃあさ、成功したら比企谷くんの欲しがってた偽の戸籍、作ってあげちゃおっかな?」

「‥‥‥そんな事言った覚えはないですよ」

「嘘だよ、この前は偽名を名乗った癖に」

「‥‥‥‥雪ノ下さんと関わりがあるんですね」

 

この男の子の濁り腐った目には、一体何が混ざりこんでしまったのか。それは、本人しか、いや、本人すらわからないかもしれない。ただ、あの目は他人の本質を見抜く。本質を見抜くと言うよりは、本質しか見えていないのだろう。

だから、陽乃ちゃんとか私は警戒され、距離を取られるのだ。全くもって恐ろしい。あの世界最強がバックについた弟とは別の意味でやりにくい。それに、先生方には真面目だって気に入られているし、下手に手出しはできない。

 

「ね?お願いー!」

「‥‥‥無理だったらすぐに報告するんで」

 

でも、困った事が一つ。

ここまでガードが固いと、ちょっと陽乃ちゃんの『親離れ』には使えなさそうだ。

ま、取り敢えずは目先の問題を解決しなきゃね。

 

比企谷くん。あなたのやり方、楽しみにしているわよ。

 

───3───

 

なんだったんだあの人。怖えよ‥‥怖えよ‥‥‥通りで「やっはろー」とか言ってると思ったぜ‥‥‥‥

 

だが、偽の戸籍が手に入る可能性があるならやるしかない。外で「比企谷八幡」って名乗ってみろ。嘘を吐いているとか言われて警察のご厄介になるか、どこかの女性権利団体に拉致られるぞ。女尊男卑とか男尊女卑とかどうでもいいわ‥‥‥‥

 

パタンという音を鳴らし、本が閉じられる。

IS学園に入って、久しぶりに本を読んだ。本は心の栄養という言葉があるが、まさにその通りだ。人生を豊かにしてくれる。物事の価値観とかが変わったりするし。

こんなに面白いのに読まないなんて絶対人生損しているよな。

 

仕方なくパソコンの前に腰掛け、「シャルル・デュノア」で検索する。予想はしていたが、全く検索に引っかからない。情報操作で完全に消されているのだ。多分、俺や織斑の名前で検索してもまともな情報は出てこないだろう。

仕方がないので、「デュノア社」で検s‥‥‥ググる。すると、様々な検索結果が引っかかる。その中に、気になる記事を見つけた。

「ドミニク・デュノアの輝かしき歴史」とかいうクール(暗黒微笑)な記事の中に、「娘を亡くした」という文字が目につく。現地のニュースを訳したぎこちない日本語を斜め読みし、大体の内容を理解する。

要約すると、デュノア社社長のドミニク・デュノアの娘(名前不明)は病死してしまった。だが、そのショックにも負けずにラファール・リヴァイヴを開発した。と言うらしい。

あまりの感動に涙出るわ。素晴らしいサクセスストーリーだな。

冷蔵庫からマッカンを取り出し、人差し指を器用に使って片手で栓を開く。

マッカン樽とかで売ってくんねえかな。ビールみたいに。マッカンのサーバーとか発売されたら即買いするよ。

 

それにしても、この死んだ娘。タイミングに違和感を感じる。いや、死ぬ事にタイミングも何もないのだが、その数ヶ月後にラファール・リヴァイヴが出来上がるなど出来過ぎやしないだろうか。

 

「娘が死ぬ必要があった‥‥‥?考え過ぎか‥‥‥‥」

 

もし仮に、もし仮にだ。このラファール・リヴァイヴの開発の為にデュノアの娘が世間から消されるというのなら、それはどういった理由だろうか?

いや、考え過ぎだ。最近疲れているからな、裏の裏とか疑っちゃう。節子、それ裏やない、表や。

 

まあその辺はどうでもいいだろう。娘がいたという事実だけで十分だ。シャルル・デュノアを疑う材料としては少し弱いが、数が出揃えば立派な武器となる。

 

もう少し調べないと全体像が掴めて来ない。次はデュノア社のラファール・リヴァイヴの事について調べようと入力を始めると、再び扉がコンコンと叩かれる。

 

「‥‥‥‥‥」

 

居留守を決め込んだ。こういう時は面倒なのが来ると決まっているのだ。ソースは自称生徒会長。

 

「あの、比企谷くん?」

「ああ、デュノアか。どうした?」

 

噂のデュノアがやってきた。

扉を開けると、少し困り顔のデュノアがそこに立っていた。スーツケースが重かったのか、少し手が赤い。

肩をモジモジとさせ、上目遣いでこちらを見つめてくる。マジ可愛い。いや、絶対デュノアに負けたりなんかしない!

 

「あ、あのね‥‥‥‥」

 

上目遣いには勝てなかったよ‥‥‥

 

「あの、部屋ここって言われたんだけど‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥は?」

 

いや、あの、えっと‥‥‥は?

 

───4───

 

とあるラボ内。

紫髪を揺らし、アリスチックなドレスをパンパンと払い、頭に機械仕掛けのウサ耳をピョコピョコと動かす女性は、その視線を一点に注いでいた。

画面の向こう、そこにいるのは一人の少年。IS学園の制服を着用した、目の腐った少年。

 

「うーん、この子がNo.52に選ばれたのかー、へぇ‥‥‥‥」

 

No.52と書かれたファイルが開かれる。

様々なデータと、それを纏めたレーダーチャートが表示される。チャートの「自我」と書かれた数値が理論値を突破している事に満足し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「あのゴーレムを一人で倒すなんてね‥‥こんなに面白い子は初めてだよ」

 

その声色を例えるなら、全てを飲み込む大蛇。どれだけこちらが抵抗しようが丸呑みにする、“絶対”を感じさせる、背筋をそおっと撫でられたかのような恐怖と安心感。

瞳は爛々と輝き、舌舐めずりをするその姿は、もはや“兎”とは言えないだろう。

 

「ここまで興味をそそられたのは本当に久しぶりだよ。退屈な下らない世界だと思ったけど、案外捨てたもんじゃないねぇ」

 

彼女の思い描く未来に、四人以外の人間はいらない。だが、ここまで面白い、遊び甲斐のありそうな人間がいるのなら、少しは考えを改めてもいいかもしれないと思ってしまう。

 

電子キーボードにカタカタと何かを入力すると、ガレージに眠るようにして佇むISが、目覚めたように立ち上がる。

 

「この子は一機しか作ってないけどいいよね?どうせオリジナルじゃないし」

 

鷹の爪ように鋭い、二つの白眼が光を放つ。錆び付いたようにみえる身体をギシギシ、ミシミシと鳴らし、ゆっくりと浮遊してゆく。

 

「くれぐれも、私を失望させないでよ、はーちゃん?」

 

ラボの天井が開き、青銅色のISが、巣から飛び立つ雛のようにして飛び出して行った。

 

そこには、天災と呼ばれた兎だけが残された。



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やはり、俺たちの三人暮らしは間違っている。

「もし男だったらきっと友に選んだと思える女でなければ、妻には選ぶな」

 

──────

 

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

 

気まずい。めっちゃ気まずい。一緒の部屋になると知って瞬間は「勝った!第三部完!」とか、UCのBGM流れたりしたはずなんだけど‥‥‥

 

何が気まずいってこんな可愛い子と一緒なんだぜ?理性が発狂するぞ。

 

‥‥‥良く考えたら女の可能性があるんだよな。もちろん可能性の話なので信憑性も何もない。が、もしもデュノアが女なら何故男のフリをしていたのかという話になり、同室の俺が危険な目に遭う可能性が発生するのだ。まあ、全て可能性の話でしかないのだが。

まあ、デュノアの無実を証明するつもりでやればいいだろ。無実を証明して俺は偽の身分を手に入れる。俺のデュノアの間にwin-winの関係が発生するわけよ。

ってか偽の身分を用意できる不良生徒会長って何者なんだ?いや、雪ノ下姉と関係してるってだけでなんとなく納得できちゃうのがくやしい。あの強化外骨格にできない事とかなさそうだもん。

 

「さ、先にお風呂頂くね」

「お、おう」

 

空気に耐えられなくなったのか、デュノアは逃げるように風呂へ直行する。

デュノアの後に風呂!?ちょっと興奮してきた。テクノブレイク不可避な展開なんだけど。

 

今デュノア家の事を調べるわけにもいかない。となると暇になるので、適当な本を開く。パラパラとページをめくる音と、シャワー音だけが部屋に響き続ける。

 

「こんにちは、ニュースの時間です」

 

本を閉じて、なんとなくテレビをつけてみる。

 

「昨日も、フランス・パリ郊外で謎のバツ印が発生していたのを、近隣住民が発見しました。同様の事件は三十件を越しており、今朝、フランス警察当局は───」

 

目新しい話題も無い。テレビを消し、物思いに耽る。

そういえば、相なんとかさんはどうなったのか。部屋に荷物散乱しているままだが、まさか追い出されたのか?相なんとかさんは犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな。

まあ、別部屋になったのなら仕方がない。同じ学校にいる以上、会えなくなるわけじゃない。どうせまた「ご飯食べよー!」とか叫び散らしながらこの部屋を訪れるだろう。

 

再び本を開く。外からは、「この不埒者ォ!」「ま、待って下さい篠ノ之さん!木刀だけは止め、アッー!!」という騒音が聞こえる。織斑弟またなんかやらかしたのか‥‥‥

 

そんな痴話喧嘩の声に隠れ、硬くて慌ただしい小さな音が近づいてくる。扉の前で音は止み、バァンと音を立てて勢いよく扉が開かれる。

 

「たっだいまぁ‥‥‥」

「おうお前か‥‥‥‥どうした、いつもの元気はどこやった?」

「うん‥‥‥実はね‥‥‥‥」

 

すると相川は、制服の上からその女の子らしいふっくらとした胸に触れて、

 

「おっぱい揉まれちゃったの‥‥」

「‥‥‥うん、うん??」

 

な、何を言ってるんだこの子は。色々突っ込みたい事が多すぎて何から突っ込んでいいか分からないんだが。

 

「もしかして疲れているのか?」

「疲れてないよ!本当だもん!」

 

胸揉まれた事を本当とか言われてもちょっと困るんですか‥‥‥‥‥

 

「今日の実習、比企谷くんが帰っちゃった後に織斑くんに‥‥あ!比企谷くん大丈夫だった!?」

「お、おう‥‥大丈夫だけど‥‥‥‥」

「なら良かった〜。あ、それでさー、打鉄に乗せてもらう時にどさくさに紛れて揉まれちゃって‥‥‥」

「織斑なにやってんだ‥‥‥‥」

 

こいつ忙しいな。言いたい事がたくさんあるんだな‥‥‥なんか最近こいつに構わなきゃいけない使命感に襲われるんだが。

なんか小動物みたいだよな。構ってやらないとどこかでコロリと死にそう。ちなみに兎が寂しくて死ぬってのは嘘なんだぜ。

 

それにしても織斑はハーレムメンバー以外にも手を伸ばし始めたか。流石最強のフラグメイカーですね。

 

そうだ、そろそろ教えてやらないと。

 

「お前、この部屋じゃないぞ」

「へ?」

「デュノアが引っ越してきた」

「‥‥‥‥‥嘘でしょ?」

「ところがどっこい‥‥‥夢じゃありません‥‥‥!現実です‥‥‥!これが現実‥‥!」

「先生から聞いてないんだけど」

「‥‥‥俺もついさっき聞いたばっかだから」

 

ネタスルー力高杉ィ!カイジもアカギも涙目になるレベル。

声に怒気的なものが混じってるんですが‥‥‥まさか俺と離れるのが‥‥無いな。突然部屋を移動しろなんて言われたら誰だってキレるわ。しかも先生報告してきてないんだぜ?教師としてダメすぎワロエナイ。

 

「デュノアくんは?」

「風呂」

「そっかぁ‥‥」コンコン

 

今日異様に部屋に来る人多くない?なんで?この流れだと宗教の勧誘とか来てもおかしくないんだけど。

 

「はーい」

「お、相川か。比企谷はいるか?」

「あ、なんすか?」

 

そして突然の織斑先生。ここだけ人口密度高い希ガス。相なんとかさんが連れ去られるんですね。わかります。

織斑先生は扉の前にフカフカの布団を置く。俺と相なんとかさんがぽかーんとそれを見ていると、「え?知らないの?時代遅れ〜」という顔でこちらを見てくる。イラっとするなぁ。

 

「ほら、お前用の布団だ」

「‥‥‥ん?」

 

あれ?なんかおかしいぞ?

先生は鼻を鳴らし、腰に手を当てて逆の手で出席簿をふらふらと揺らす。

 

「相なんとかは連れてかないんですか?」

 

ふらふらとした出席簿は、自分自身の頭に着陸する。それはこめかみを抑える仕草に良く似ていた。

 

「‥‥‥実はだな、部屋が足りなくてだな」

「え?」

「いや、本当はあと五部屋、十人分余っているんだが、去年色々あってな‥‥‥‥」

「‥‥‥‥色々?」

「あの更識が‥‥いや、なんでもない‥‥はぁ‥‥‥」

 

心中お察しします。

自称生徒会長なにやらかしてんだ‥‥‥マジで何やったんだよ?私、気になります!

 

「という訳で、すまんが比企谷。業者を呼んで部屋を直すから一週間は布団で過ごしてくれ」

「いや、あの、は?」

「本当は友達のいる織斑の方にデュノアを送り込みたかったのだがな、生憎部屋の二人が毎日喧嘩しているのでな‥‥‥‥」

「さりげなく俺をディスるのやめてもらっていいですか?」

「そうですよ!比企谷くんにもいいところがあります!」

 

両手をバタバタと動かす相なんとかさんマジペンギン。

おおっ、ナイスフォロー!やるじゃん!ちょっと見直したわ。

 

「ラーメンをすごく美味しそうに食べるんですよ!」

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥比企谷、すまんな」

 

なお棒読みの模様。

期待した俺がバカだったよ‥‥相川ネキマジ頼りないっすわ‥‥‥‥

なんてやり取りをしていると、頭に湯気をホカホカと浮かべた少j‥‥少年が、ジャージに着替えて出てくる。

困惑した表情で辺りをキョロキョロと見回す。艶やかな唇といい、細い線といい、染まった頬といい、どう見ても女だ。

だが男だ。やばい、鼻血出そう。

 

「あ、あれ?織斑先生に、えっと‥‥‥」

「私は相川だよ〜」

「は、はじめまして。ど、どうしてここに?」

「え?お?うん‥‥‥色々あってな‥‥‥ここに三人で住む事になった」

「そ、そっか‥‥‥」

 

少し残念そうな顔をする。そうだよな、狭いのは嫌だよな。だいたい自称生徒会長のせい。生徒会長許すまじ。

くっそほかほかデュノアのせいで集中できない。髪の毛めっちゃいい匂いするんですけど。いい匂いの秘密はシャンプーとか言うけどそれだけじゃないでしょ絶対。こんなの絶対おかしいよ!

落ち着くんだ俺!相手は男だろ!?もちつくんだ!素数を数えろ‥‥‥1、2、3、5、7‥‥‥1って素数じゃなくね?

 

「三人共、こちらの不手際が原因でこうなってしまった。本当にすまないな」

「い、いや、俺は‥‥」

「私はうれしーなぁ、比企谷くんと同じ部屋だと楽しいし」

「ぼ、僕も人が多い方が楽しいし‥‥」

 

「俺は一人部屋がいいんですが」とか言えない空気。あとそこ、俺じゃなかったら勘違いしてるからやめれ。これって悪意なく言ってるからタチ悪いよな。いや、デュノア相手ならむしろ勘違いしたい。戸塚でも可。

先生の話に集中できねえ。でもなんかあの布団見ると現実に引き戻されるわ。三人部屋なんだよな‥‥‥

 

「ふむ、理解のある生徒達で助かった。では、私は寝る」

 

パタンと扉を閉じ、織斑先生が出て行った。

部屋には苦笑いを浮かべるデュノアと、楽しそうなオーラを吹き出す相なんとかさんと、頭を抱える俺と、フカフカの布団だけが残された。

‥‥‥‥布団って興奮を抑える成分でもあるの?

 

───2───

 

部屋云々は全て嘘だ。私が考えたわけではない。本当だ。あの部屋に三人は狭すぎるだろう。流石の私もそこまで鬼ではない。

 

「おい、更織。これでいいんだろ?」

「ええ、ありがとうございます織斑先生」

 

答えは、更織に頼まれたから。だ。

 

扇子には、「感謝」と言葉が書かれている。いつも思っているのだが、あの扇子はどうなっているのだ?開く度に違う文字が映し出されるのだが、プロジェクターが付いているようにも見えない。

 

「だが、本当にこんな適当な設定でいいのか?」

「ええ、すぐに比企谷くんが解決してくれますよ」

 

こんなすぐにバレるであろう嘘をついた理由。それは、シャルル・デュノアに人の目を向けておく為である。更織曰く、デュノアは「怪しい」らしい。突然の入学、男という事実をひた隠しにしていた事、あの容姿。言われてみれば怪しい。

そして、もし仮にそれが嘘だとするのなら、デュノアの目的はすぐにわかる。データの入手だ。ISの世界に入ってきたばかりの、疎い二人ならば、国の重要機密と同等の価値を持つそれを手っ取り早く盗めるだろう。それに、“男”と名乗ればそれだけで男と同じ部屋になれると考えたと仮定すれば、辻褄は合う。

 

「比企谷を信用しているんだな」

「ええ、まあそれなりに」

 

だが、本当にこんな適当な理由でよかったのだろうか?確かに捻くれているとはいえ、比企谷は優秀だ。だが、それは生徒という領分の範疇だ。国、企業の秘密を暴けるほどのものではないだろう。

 

「私が直接聞いた方が早いのではないか?」

「いえ、それはダメです。私はシャルル・デュノアの真意が知りたいだけで、ここから追い出したい訳ではありません。まあ、害と判断したらすぐに追い出しますけどね」

 

扇子が閉じられ、再び開かれる。 「追放」の文字が浮かび、その仕組みの意味不明さに思わず首を傾げてしまう。

そんな重要な仕事が比企谷にできるのだろうか?心配だ。

 

「じゃあ、今回の報酬です」

「うむ、確かに受け取った」

 

私が受け取ったのは、一夏の勇ましい写真。ISを駆り、セシリア・オルコットに拮抗していたあの時の写真。最近の一夏は記念写真以外取ろうとすると嫌がるからな。こうやって写真を集めれば思い出として取っておける訳だ。思い出は大事だからな。

ブラコン?悪いか。ブラコンで何が悪い。

 

「織斑先生も大概ですね」

「はっ、更織。お前も人の事を言えないだろう?」

 

そう、この青髪の少女。更織楯無は重度のシスコンだ。学園の一年に更織簪という妹がいる。チッフー知ってるよ。お前が妹を隠し撮りしてる事。

流石の私も隠し撮りはせんぞ‥‥‥変態め。

 

「では、またお願いしますね?」

「はっ、次がないといいのだがな」

 

さて、この事をどうやって他の教員に誤魔化そうか‥‥頭の痛い問題が積み重なっているぞ‥‥‥‥

 

───3───

 

あの後、部屋のメンバーでポーカーとか大富豪とかスマッシュがブラザーズするゲームをやる事になった。

まさかデュノアがロボット使いで相なんとかさんがピクミン使いだったとは‥‥‥‥ボルテッカーした後に垂直落下して死ぬ俺に謝れ。

最初は操作すらおぼつかないデュノアだったが、最終戦頃には俺や相なんとかさんと拮抗するレベルにまで成長していた。ゲームの才能があるんじゃないかと本気で思ったね。

 

「お、比企谷?」

「げっ‥‥織斑‥‥‥‥」

 

ゆうべは おたのしみでしたね(痴話喧嘩的な意味で)。

 

朝から変なのに出くわしてしまった。俺があからさまに嫌そうな顔をしているはずなのに、織斑弟は爽やかスマイルを浮かべている。何故だろう。負けた気がする。

 

「早いじゃねえか」

「そっちこそ。いつもはもっと遅いだろ」

 

朝は早く出て、誰もいないガランとした食堂で素早く食事を済ませ、残りの時間は本を読むか勉強をするか、大体そんな生活を送っている。その為、朝に誰かと会う事は殆どない。

 

「あ、俺注文するよ。何がいい?」

「ラー‥‥洋食のセットで」

「すみませーん、えっと───」

 

気配りができるイケメンとかモテるに決まってますわ。完全敗北ですわ‥‥‥‥

女尊男卑のこの時代、葉山や織斑といったラノベに出てきそうなパーフェクトな野郎は珍しい。男というだけで無駄な差別を受けるので、基本的にみんな顔色を伺いながら生きている。つまりそもそも誰とも関わらない俺最強。理にかなったぼっちなのである‥‥‥話が脱線したわ。

俺が言いたいのは、葉山や織斑がモテる理由はそこにあるという事だ。理想的、まあ理想でしかないのだが、それに近い存在。自分にとってのヒーロー、王子様となり得る存在。つまりそういう事なのだ。

 

「あ、あざっす」

 

お盆を受け取る。厚切りのトーストに目玉焼きが乗っかっているのは、どこぞの天空の城に出てくるそれを彷彿とさせる。

トーストと一緒にサラダが盛り付けられており、ちょこんと乗ったトマトが可愛らしい。

一緒に付いてきたコーヒーには砂糖が入っているのだろうか。ブラックだったら苦くて飲めないんだけど。

それと「あ」ってなんだよ。名詞続いちゃうの?

 

「席あそこでいい?」

「は?一緒に食うの?」

「食わないの?」

 

どうやら織斑一夏大先輩の中では一緒に食うことが確定していたらしいです。流石リア充、やりますねぇ。

ここで逃げるのは不可能だろう。仕方ねえ‥‥‥

 

「‥‥俺あっち座るから」

「おう!」

 

ソファに腰掛け、コーヒーを口に含む。苦い塊が喉を通り、食道に熱を感じる。

 

「そういえば比企谷と話した事ってあんまりないよな。この前少し話したくらいでさ」

「まあ、用事もないからな」

 

それに俺織斑弟苦手だし。

 

「お前のISかっこいいよな」

「お前だってあれだろ、あれ。織斑先生の武器なんだろあれ」

「正確には千冬姉の後継武装なんだけどな」

 

織斑弟の専用機、白式の武装はたった一つ。雪片弐型と呼ばれる大剣のみだ。ただ、その単一能力は彼の姉が使っていたものと同じ、【零落白夜】だ。剣身に触れたエネルギーを完全に消滅させるというチート級の能力だ。IS戦闘においては最大の盾であるシールドバリアーを斬り裂き、機体に直接一撃を加える事ができる、最強の矛。

しかし、それの使用には自らのシールドエネルギーを消費しなければならない。文字通り命を削った一撃なのだ。

 

「でも比企谷のきり‥‥‥きりなんだっけ?」

「【桐壺】か?」

「そうそれ。あれかっこいいよな。ロマン感じるんだけど」

「わからんでもないかな」

 

確かに【桐壺】はかっこいい。一回しか使った事はないし、使う予定もないが、ああいう弱点のある一撃必殺武装は本当にロマンを感じざるおえない。男の性ってヤツですよ。

 

「そうだ、あれ見せてくれよ」

「無理、織斑先生に禁止されてるから」

 

箸でこちらを差してくる。

禁止って言われた事を破ってみろ。グラウンド何周させられると思ってんだ。

 

それに、今は【浮舟】を起動できる自信がない。

 

「マジかよ。禁止されると不利じゃないか?」

「いや、使い時がないからそこまで困らないな」

 

米を食っては話し、食っては話しと忙しそうだ。案外礼儀がなってるんだな。少し感心したぞ。

【桐壺】使えって言われてもな‥‥あんな狭いアリーナでぶっ放しても無駄に弱点晒しているだけだからな。近寄られて斬られたら即終了。

 

「そうだ!比企谷、一緒にISの訓練やらないか?」

「‥‥‥無理」

「ちょっとだけ!ちょっとだけだからさ!」

 

そう言って両手を合わせる。ご馳走かな?

先っちょだけみたいな感じに言うの止めろよ‥‥ホモかよ‥‥‥‥

 

「今【浮舟】使えないんだよ」

「そっか‥‥じゃあ、俺の動き見てくれないか?」

マジでホモなんじゃないか?もうそんな気しかしないんだが。

 

「いつもの三人がいるだろ」

「いやぁ‥‥箒もセシリアも鈴も一緒にやると途中から練習じゃなくなっちゃってさ‥‥‥」

「ああ‥‥‥納得だわ‥‥‥」

 

いつもこいつを争って喧嘩してるよな。国家間戦争が起きてるんじゃねえの?そして国家から企業へとパワーバランスが変わっちゃうわけですね。わかります。少しだけ同情。そしてこいつの未来に合掌。

 

「その、アドバイスしてくれないか?同じ男だし、分かり合えると思うんだ」

 

分かり合える(意味深)んですね。

あまりの不安に冷や汗とか掻いてきたんだけど。目の前の男が道を踏み外してそうで食事に集中できない。

 

「‥‥‥デュノアも誘うか?」

 

なんとなく提案する。もちろん、目的あって事だ。

 

「同じ部屋なんだっけ?そうだな、相手になってくれる人がいた方がありがたいな、頼めるか?」

 

ホモ確定でした。本当にありがとうございました。

 

「一応聞いてみる。期待すんなよ」

 

こうして今日の放課後、織斑弟の練習に付き合わされる事になったのだ。

 



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残酷にも、天災の辞書に容赦の文字は無い

「あなたが悪魔と戦うからって、あなたが悪魔でいないとは言えない」

 

──────

 

放課後。人のいない第四アリーナ。監督の先生がいるのかいないのかわからない程にガラガラなこの場所で、俺は一人立ち尽くしていた。

昨日の昼休み、デュノアに聞いてみたところ「全然大丈夫だよ。こっちから誘おうと思ってたくらいだし!」と言っていた。マジ天使。養ってくれねえかな。

それにしてもあの二人が遅い。五時には集合な筈なのだが、来る気配すらない。五分前に来いとは言わんが遅刻はダメでしょ‥‥‥三十分も待たされてるんだけど何これなんて新手のイジメ?

 

「お待たせ〜!」

「悪いな比企谷、訓練機借りるのに手間取っちゃってな‥‥」

「ここがIS学園のアリーナ‥‥‥」

 

ようやくきたと思ったら、一人多い。もう一度言おう、一人多い。ここ重要な。テストに出るぞ。

 

「相なんとか、どうした?」

「相川だって!覚えてよー!」

 

ぷくーっと頬を膨らませる相川さんマジハムスター。とっとこ走っちゃうね。

 

「へいへい、で?なんでお前がいるんだよ」

「あの‥‥‥そのね?みんな集まるなら私も見学させてもらおうかなーって」

「ってな訳で訓練機も借りてきたぜ」

「今日の趣旨忘れたのかよ‥‥‥」

「ははは‥‥‥」

 

打鉄を装備した相川が、おぼつかない足取りで近づいてくる。それは生まれたての小鹿のようで、足がぷるぷると震えている。

 

「おり‥‥デュノア‥‥‥すまないが手伝ってやってくれないか?」

「う、うん?わかった」

 

織斑って言おうと思ったんだけどこいつ胸揉み魔なんだよな。こいつに手伝わせてみろ。相川が転んだ拍子に再び胸を揉むぞ。

 

「それがお前の専用機か?」

「うん、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。僕の専用機だよ」

 

デュノアが装備しているのは、かのラファール・リヴァイヴに似たIS。装甲はオレンジを基調としたもので、ラファール・リヴァイヴよりもスラスターが多く、装甲が薄い。名の通りカスタム機なのだろう。

これだけでも十分きた価値があった。これを承諾したのはこの為だしな。

デュノアの情報は出来るだけ欲しい。専用機の姿が見れれば、それだけでも何か得られるはずだと思ったのだ。結果的に、デュノアが可愛い事しか分からなかったが。もうそれだけわかればいいや(錯乱)。

 

「右足から行くよ?」

「う、うん。いっちに、いっちに、いっちに───」

「そうそう、いい感じ。いっちに、いっちに、いっちに───」

 

ふおおおおお!!シャルルたんの髪をクンカクンカしたいお!!シャルルたんの髪を───

 

「おい、比企谷!大丈夫か?」

「はっ!?ハルケギニアにトリップしていた気がする‥‥‥」

「は、はるげ‥‥‥?」

織斑弟に肩を揺すられ、現実に戻って来る。危うく間違った道に踏み外しちゃうところだったぜ‥‥いや、むしろ踏み外そう。もうこれ踏み外す以外の選択肢あるの?俺という人生のルートはデュノアルートに確定しました。やったぜ。

 

「まあいいや、早く始めようぜ」

 

右手を大きく掲げると、粒子の中から黄色のラインが入った白い装甲が現れる。右手には一本の大剣。姉から引き継いだ最強の一振り。雪片弐型が握られていた。

 

「シャルルー!ちょっと協力してくれー!」

「あ、待っててー!」

 

「ゴメンね?あとは───」「うん、分かった〜」とやり取りをし、スムーズな動きでデュノアがこっちに向かってくる。

 

「じゃあ比企谷、離れててくれ」

「あ、うぃっす」

 

場所を離れると、白とオレンジのISが空へ浮かんでゆく。邪魔にならぬよう、俺はアリーナ端に寄る。

 

「じゃ、いくよ?」

「おう、どんとこい!」

 

織斑弟は剣を両手で構え、彼らしく単純に突っ込む。それを予想してたが如く、既にデュノアの手の中には銃器が握られていた。手ぶらだったと思ったんだが‥‥‥‥

 

「呼び出しが早いな‥‥‥」

「比企谷くーん」

 

声に反応してチラリと見ると、相なんとかさんが手を振ってきている。仕方なく小走りでそちらに向かう。

 

「どうした?」

「ねえねえ、織斑くん不利じゃない?」

 

わざわざ呼んで聞くことじゃないだろだろとも思いつつ、視線を二機に戻す。織斑弟は直線的な動きで距離を詰めようとしているが、対してシャルルは先程とは違う両手の銃器───おそらくショットガンで機体を引きながら応戦している。

 

「どうしてそう思う?」

「だって、ブレードとショットガンだよ?相性が悪いよ」

「確かにな‥‥‥」

 

否が応でも近づかなければならない織斑弟と、距離を離しながら射撃戦に持ち込めるデュノア。相性は言わずとも分かるだろう。

不利だと判断したのか、距離を離して高度を取る。白い装甲が陽光を反射し、剣先が輝く。

 

「ねえ!今の見た!?」

「え?‥‥‥‥は?」

 

俺が少しぱちくりと瞬きをした一瞬で、デュノアの手にはショットガンではなくブレードとアサルトライフルに変わっていた。そう、これは実践編の教科書に書いてあった技だ。

 

そう、名前は───

 

「‥‥‥高速切替か」

 

高速切替。武装を拡張領域に収納し、別の武装を拡張領域から呼び出すという基本的な行為を反復練習し、簡易化した技術の総称だ。手品のように武装が切り替わり、弾倉が入れ替わり、その攻撃が止むことは決してない。

そして、ラファール・リヴァイヴという機体。カスタムされたこの機体についてはよく知らないが、原型の方は近距離から遠距離まで、十個近くの武装が積まれている。

つまり、この機体相手に相性という言葉は存在しない。遠くに行けばスナイパーやキャノンで撃たれ、中距離はアサルトライフル等、近距離はショットガンやブレードと、全距離に対応できる。本人もそれをわきまえ、堅実な、弱点を突く戦闘を行う。実に厄介な組み合わせだ。

 

「言う通りになりそうだな」

「でしょ〜?」

 

この少女。ISを使う事に関しては全然だが、ものをよく見ている。練習をして、使いこなせるようになれば大物になるんじゃないかと思う。まあ、俺みたいな素人に言われても説得力がないんだがな。

 

「うおおおお!」

 

白式のウィングスラスターが光を溜め込み、一気に噴出する。

瞬時加速によってデュノアとの距離を一気に詰め、白い大剣を一薙ぎ。

 

対するデュノアはそれを危険だと判断したのか、距離を取る。

そう、ここまでは普通の模擬戦だった。そうだったのだ。

 

なのに───

 

「あれは‥‥‥‥」

 

【浮舟】を展開していないのにも関わらず、遠くに既視感のある黒い影が見える。アリーナのシールドバリアーよりも上、こちらに向かって、一直線に近づいて来ている。

 

「デュノア!織斑!」

 

普段大きな声を出さないので、上手く声が出ない。声が掠れる。

だが、ハイパーセンサーで俺の声を捕らえたのか、二人はこちらを向く。

 

「上だ!」

「比企谷くん、なに?どうしたの?」

 

その影から、真っ白な光が雨のように放たれる。

 

「相川、シールドを!」

「え、ええっ!?し、シールド展開!」

 

疎らに、めちゃくちゃに撃たれたそれを上空の二機は華麗に避ける。が、俺と相川は避ける術がない。すぐさま打鉄の背後に隠れる。

機体は相川の声に反応し、打鉄の両肩に浮く盾が前方に構えられる。光が着弾、弾け、打鉄がじりじりと後退する。

運が良かった。打鉄は防御力重視の日本の第二世代型だ。ちょっとやそっとの攻撃くらいじゃビクともしない。

相川には悪いが、庇ってもらおう。直撃したら俺は死ぬ。ISの攻撃とはそういうものだ。兵器とは、そういうものなのだ。

 

白い雨が止み、機体の脇から顔を覗かせる。

空には三機のIS。白、橙、青銅が宙にて交じり、離れ、弾き飛ぶ。踊るように闘うその様は美しいが、それを美しいと思ってしまう自分に恐怖してしまう。自分が普通じゃない気がして、心苦しくなる。

 

シールドバリアーを破った所属不明機は二対一にも関わらずに攻勢で、機体を己が身体のように華麗に操る。

その合理的過ぎる動き、見覚えがある。見覚えどころの話ではない。あれは───

 

「うっ!‥‥‥うがあっ‥おえっ‥‥はぁ、はぁ‥‥‥」

「ひ、比企谷くん大丈夫!?」

 

あの黒い無人機。あれの動きにバリエーションを増やしたというのが一番近い。

外では監視役の教師が何かを言っているように見えるが、よく聞こえない。

 

またあの恐怖が襲ってくるのかと思うと、手が震える。心が怯える。視界が狭まる。音が遠ざかる。

 

俺が撃った、殺した相手。地獄から再び這い上がってきた復讐者のように思えて、思わず口元を抑える。

 

「比企谷!相川!」

「逃げて!」

 

空の切る音。朧げな視界には、青銅色の何か。段々と近づいている。俺を殺しに来たのだ。

 

死ぬ直前に時間が遅くなるというが、まさに今がそれに似た状態だ。一秒一秒が何百倍に伸ばされたかのように、世界が速度を落とす。

まず見えたのは無人機の、鷹のように鋭い、白く光るカメラアイ。食物連鎖の最上位に君臨する、獲物を狩る眼。だが、そこには感情がない。無機質な、殺す事だけを目的とした機械。

 

次に、その容貌が見えてくる。流線型の空気抵抗の少なそうな装甲に、錆び付いた銅に似た色。両肩に浮くウィングスラスター。全身からは煙を吹き出しており、装甲走るラインが真っ赤に染まる。その姿は、どこかの神話に出てきた青銅の巨人に似ていた。タロスといったか。青銅の巨人と呼ばれる、作られた自動人形。

となれば、作った人物は発明の神という事か。たしかに、言い得て妙だ。無人機など、本当はあり得ない代物なのだから。

 

最後に、その武装。両手に握られる対の日本刀は、その姿には全く似合わない。だが、その殺意と殺気は完全に重ねられ、剣先は鋭く光り、俺に向けられているように感じた。

 

「比企谷ぁぁ!!」

 

誰かの声。俺の脳が急速に回転を始め、反射的に身体を動かす。

先程、この無人機はアリーナのシールドバリアーを破って侵入してきた。そんな一撃を、打鉄が耐えられるだろうか?

恐らく不可能だ。あの日本刀で突き刺されでもしたら、絶対防御が発動した後に、シールドエネルギーが切れた機体にもう一撃加えられ、下手すれば死ぬ。それに相川は初心者だ。逃げることなど到底不可能だ。

なら、どうする?ISの使えない俺ができることなど何もないだろう。

 

だからってこのまま何もしないのか?そんな理由にはならないはずだ。少し耐えれば、ほんの少しの時間耐えれば、二人がどうにか気を引いてくれるはずだ。

人が目の前で死ぬかってところを、俺は見捨てるのか?自分の死ぬ可能性と他人の死ぬ可能性が釣り合うのか?

なら、俺は。俺自身を捨てても、俺がやるべき、やるべき事は───

 

「【浮舟】!!」

 

地面を蹴り飛ばし、相川の前に躍り出る。

襲いかかる猛烈な吐き気、目眩。だが、今は耐えねばならないのだ。あの恐怖を。恐怖にうち勝たねば。耐えろ。耐えろ。耐えろ。

 

展開できたのは一部分だけで、両腕のみ。ハイパーセンサーは起動したらしく、近づく日本刀を捉え、思い切り弾く。手がビリビリと痺れ、下唇を噛む。

 

「らあぁぁぁ!!」

 

二回目、三回目と凄まじい速度で剣撃が繰り出され、必死の思いで弾く。が、それも数回で読まれてしまったのか、今度は俺の右腕が弾かれる。

 

「ま、まずっ───がはっ!?」

 

突き出される剣撃。灼熱の痛みが俺の脇腹を走り、苦痛に顔を歪める。

 

痛い。痛い。痛い。

 

死の実感が脇腹を中心にして、じわじわと広がる。

 

「あ‥‥いか‥‥わ‥‥‥にげ‥‥‥」

 

俺の意識は、途絶えた。



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そして、比企谷八幡は再び引き金に指を掛ける。

リメイクはこれで最後です。


「誰かがやるはずだった。私はその誰かになりたかった」

 

──────

 

夢を見た。昔の夢を。

俺が小学生‥‥小学何年生だっただろうか。その時は小町も小学生だったはずなので、最低でも小三だ。俺も幼かったのでその位の時期だったと思う。

あの日は確か、IS博覧会を見に行った。日本に世界各地のISが展示されると聞いて、家族総出で出かけたのだ。

よく覚えていないが、子供だった俺は無邪気な気持ちでISを見て、キャッキャと喜んでいたと両親が言っていた。小町もまた然りだ。

 

そして、最後に日本のコーナーに入った。やはり日本が主催しただけあって、コーナーは他コーナーの数倍の広さがあった。映像に残っていた白騎士を元にして作られたレプリカ人形や、日本の第一世代型ISが並べられ、他のコーナーとは格別の待遇だった。

 

その中に、一つのISを見つけた。それは日本の作った最新機だったそうだ。

俺は両親と離れ、何故か吸い寄せられるようにそれに近づいて、ペタペタと触ってみた。

 

すると、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎?」

 

声が聞こえた気がした。最初は空耳だと思ったのだが、確かに聞こえた気がしたのだ。

夢の中の俺は‥‥‥夢だからなのだろう。その声に当たり前のように応答をした。

 

「◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎。◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!」

「◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎。◼︎◼︎◼︎◼︎───」

 

法廷にて判決を告げる裁判のように、その声は断言する。

 

「───◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎?」

 

子供には残酷な、答えの出しようがない問いがぶつけられる。

 

が、夢の中の幼い俺はその真意を汲み取ることもなく、単純な答えを導き出す。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎‥‥◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

声が「◼︎◼︎◼︎」と小さく返事をする。

すると、小さな手に針で刺されたような痛みが走る。幼く、丸みのある指先からは血が出ていた。

 

もう、声は聞こえなくなっていた。

 

その後も、他のISをペタペタと触っていたのを警備員に見られてしまい、カンカンに怒られてしまった。

 

あれが夢の中で作られた架空の話なのか、現実だったのか、よく覚えていない。

まあ、そんな事は現実に起こる訳がない。おそらく前者であろう。

 

 

それでも、それが大事な記憶だった事は、今でも覚えている。

 

───2───

 

様々な色を重ねる世界。色で塗り潰され、真っ黒に染まった世界。

初めて見たはずなのに既視感を覚えてしまう。が、俺はこの景色に恐怖してしまう。

 

「ようこそ、僕の世界へ」

 

その声は全てを司っていた。

男、女、子供、大人、赤子、老人、罪人、聖人、愚者、賢人───そのどれにも該当し得るが、決して該当する事のない、全てを孕む声。

 

「いやぁ、大変だ。脇腹をブスッとやられちゃったね」

 

喜怒哀楽の全てを含む声。それは人間のものではないはずなのに、なによりも人間らしかった。

 

「君はまた守ろうとした。その手で誰かを」

 

声の主がクスクスと笑う。俺は守ろうとなんてしていない。ただ、やるべき事をやっただけだ。

 

「君も、あの子も、理由がないと動けない。感情での行動に理由をつけようとする。まさに欠陥品だよ。まあ、そこがいいところなんだけどね?」

 

女性のように高いが、落ち着いた声。聞き覚えのある声。

 

「でも、自分が傷つくんじゃ、本当に守りたいものなんて守れないんだよ?だってその人は、君の事が大事なんだからさ?」

 

分からない。分からない。俺に守りたいものなんてないはずなんだ。

人間は本質的に常に一人だ。守りたいもの、犠牲になるものなんて存在しない。誰かが誰かの為に犠牲になるなどあり得ない。ましてや俺が、他人の為に犠牲を払う事などあってはならない。そんな俺は存在しちゃいけない。

 

「君の願いは叶わない。自分を壊してまで、守るべきものなど存在する訳がないんだから」

 

声の主がニタニタと笑う。張り付くような、粘り気のある笑い方。だが、そこには悪意の欠片もない。

 

「それでも、僕は君を応援しているよ。誰よりも純粋で、本物を求めて、誰よりも優しい。不器用な君が、僕は大好きだ」

 

意識が遠ざかってゆく。

 

「だから頑張ってね。僕はずっと、君の味方だよ?」

 

最後に、その声の“顔”少しだけ見えた。

それは少女。幼い蒼目の少女の顔をしていた。が───

 

───それはとっても、俺に似た瞳をしていた。

 

───3───

 

シュレーディンガーの猫と呼ばれる思考実験を知っているだろうか?世界的に知られる量子力学の未解決問題なのだが、名の割に内容はよく知られていない。

ノイマンやウィグナーの意見を皮肉って書かれた論文で、「二人の意見が本当なら、箱に猫と毒ガス発生装置、放射線検出装置を入れた時、箱を開けるまで猫の生死がわからないという結果になるが、それはおかしい」という事を書き記したものだ。

つまり、「二つの事象が同時に重なり合っているのはあり得ない。また、その結果が観測者によって変わる事もない」という事を示している。

 

さて、ここまで俺が長々と苦手な理系の話をしてきた訳だが、この実験で一つわかる事がある。

それは、「可能性などない。結果は常に一つ」という事だ。よって、この世界にIFはあり得ないし、それを考える事は無駄なのだ。

 

しかし、逆に考える事もできる。

猫と一緒に毒ガス発生装置を入れなければ、猫は死なない。

 

つまり、当たり前なのだが、世界とは個人の意思で動いている事になる。誰かの行動によって誰かの命運が決まる。あらかじめ決まった未来など存在しない。そして、そこに“可能性”などと言う甘い言葉も存在し得ない。

だから、行動には責任が生じる。過去の愚行をやり直す事はできず、悔やみ、苦しみ、不幸を嘆く。

 

だが、誰もがその“当たり前”を諦め、自分が手に入れられるもので満足しようとする。自分が傷つくのが怖くて、他人を傷つけるのが怖くて、距離をとって、その場所から手の届くものだけを掻き集める。

そんなものは偽物でしかない。受け身で手に入る幸せなど、俺はいらない。

 

ある本の人物、フィリップ・マーロウはこう言っていた。

 

「Take my tip—don't shoot it at people, unless you get to be a better shot. Remember?」

 

訳すと、「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」というものになる。

整備した銃を返し、それを撃てば次は自分が撃たれる立場になるぞと戒めているシーンだった。

確かにこれは深いセリフだ。元の意味はともかく、「撃つ」という、引き金を引くだけの行為にはそれだけの勇気と覚悟が要るのだし、撃たないならそれに越した事はない。まさに名言といえよう。

 

だが、誰かを守らねばならない時。その言葉は正しいと言えるのだろうか?自分が撃たれるという時に、人間は気高く生きていられるのか?

答えは否だ。俺はフィリップ・マーロウのようにタフでもなければ、ヘミングウェイの作品、「老人と海」の老人のように強くもない。

 

だから、俺は躊躇ってしまう。自分が銃を握る事によって、誰かの運命を変えてしまう事を。自分に撃たれる覚悟がない事を知っているから、臆病な俺は銃を握れない。人を殺せない。

それは普通の事なのだ。人を殺すことを正当化するのは、殺す行為を美化しているだけでしかない。正しい訳がない。

 

しかし、今現在。一体誰が正しいと言えるのか?

 

無人機を撃退しようとした織斑とデュノア?

 

怯えている相川?

 

相川を守ろうとした俺?

 

それとも、襲いかかってきた無人機?

 

答えは存在しない。誰もが自分の中では正しく、他人の中では間違っているのだ。

もしかしたら、この無人機はもの凄く正しい事をしようとしているのかもしれない。俺や織斑が世界の中の異分子で、殺さなければ世界が危機に陥るなどという壮大なストーリーが繰り広げられているのかもしれない。

 

だが、それが何だ?正しさなど所詮は主観だ。主観のぶつけ合いが平和で解決する訳がない。他人が納得するしかないのだ。

 

なら、正しさのベクトルを変えてしまえばいい。主観を変えろ。殺しを正せ。非常に成れ。己を守る為の殺しを容認しろ。

 

俺は何の為に何を殺す?そしてそれは正しい。俺は正しくあるのだ。いつも、いつまでも。

自分が自分でいる内は自分が正しさの基準であり、自分という世界の基準だ。

 

俺は何の為に生きている?今、この場で死ぬ事を容認してしまっていいのか?自分に美化したような事を言い聞かせ、逃げる事が本当に正しいと言えるのか?怖がって、怯えて、受け入れるだけの人間が嫌いなんじゃないのか?本当にそんな“偽物”が欲しいのか?

 

手を伸ばせ。運命を変えろ。欲しいものがあるのなら、傷付き続けろ。可能性など存在しない。俺の欲しかったものはそこには存在しない。

 

手を伸ばせ、伸ばせ、伸ばせ!!

 

「お‥‥‥おおおおおおお!!!!」

 

吹っ飛んだ意識が再び手の中に舞い戻る。さあ、その名を言え。その名を口にしろ。思いの丈をありったけ叫べ。

 

「【浮舟】ぇぇぇぇ!!!!」

 

この手よ、今だけは震えないでくれ。

 

この足よ、ちゃんと俺を支えてくれ。

 

この心よ、恐怖に打ち勝ってくれ。

 

「らああぁぁぁぁ!!!ああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

脇腹に刺さった刀をヘシ折る。全身を駆け巡る真っ赤な痛みに耐え、叫び、引き抜く。全身を真っ黒な装甲が包み込み、血がドクドクと流れ出す。自分が今生きている。まだ手遅れじゃないと感じられる。

 

そして、身体の奥底から自分が浸食されてゆく感覚。あの冷たい、絶対零度の“何か”。自分が別の誰かに乗っ取られたかのように、身体が軽くなる。

不気味なまでに痛みが引いてゆき、血が止まる。だが、前とは違い、今自分がここにいる事。それだけは分かる。これは自分の意思なのだと、実感を持って確信できる。

 

「システム、戦闘モードを起動。損傷確認。シールドエネルギーの33%を使用し、止血、自然治癒促進に使用します」

何の為にとか、誰の為にとか、理由はどうでもいい。ただ俺の為に、俺自身の正しさの為に、こいつを殺す。殺しているんだ。殺されもするのは相手も承知しているだろう。

 

だから、躊躇無くやれる。遠慮はいらない。さあ───

 

「───死ね」

「Code:assault rifle」

 

打鉄を蹴り飛ばし、相川を避難させる。そのまま彼女を足場にして、身体を捻り、飛び出し、左腕でその頭を掴む。地面に叩きつけ、【藤壺】を連射する。相川が小さく声を出すが、まあ仕方ない。やむ終えない処置だ。

紅い───蒼い光が地面と装甲を焼き、砂塵が巻き起こる。ハイパーセンサーによって強化された嗅覚が焼けた砂の匂いをキャッチする。

 

無人機はグニョグニョとあり得ない方向に身体を曲げながら、必死に一本減った日本刀を突き出す。それは空を斬り裂き、俺は完全に回避したと思い込む。

 

「な───ちいっ!」

 

突如、日本刀を周りに白い光がポツリポツリと現れ、俺に向かって飛来する。地面を蹴り飛ばし、【若紫】で後方に、体勢を崩してまで吹き飛びながら、苦し紛れに回避する。

 

「デュノア!」

「わかってるよ!」

 

追撃を加えようと動き出した無人機に、実弾の雨が降り注ぐ。流石は専用機持ちと言ったところだ。言わなくてもわかってやがる。

地面を強く踏み、膝をついて着地する。足がピリピリと痺れるが、すぐさま【藤壺】をデタラメに撃って牽制する。勿論これは簡単に避けられてしまう。

だが、これは予想済みだ。

 

「織斑!切れ!」

「ああ!【零落白夜】!」

 

瞬時加速で流星の如く飛び降りてきた白式の一太刀を受け、距離を離す。

これで三対一だ。二対一で優勢だったのかもしれんが、流石に三体を同時に相手するのは厳しいだろう。

無人機と距離を取ると、白いISが俺に近づいてくる。

 

「比企谷、大丈夫か?」

「腹をやられたが問題ない」

 

‥‥‥今は、だがな。

 

「比企谷くん。い、痛いよー!」

「相川、すまん。後できっちり謝るから。取り敢えず今は目立たないでくれ」

「う、うん」

「二人共!話している場合じゃ───ああもう!」

 

俺への攻撃を諦めたのか、急速に高度を上げる無人機。日本刀を突き出し、橙色の装甲に向けて白いレーザーを放つ。

 

「織斑、俺があいつの動きを止める。やれるか?」

「ああ、でもどうやって?」

「説明する時間が惜しい。その時までお前は相川に気を配っといてくれ。いいな?」

 

「分かった」と業務的な返事を受ける。顔を上げ、回避に専念するデュノアではなく、それを追いかけ回す無人機を注視する。

相手は何故か日本刀からレーザーを出すというとんでもない攻撃ができるが、あの動きを見るに、基本的には近接機だ。誰か一人がヘイトを取って、織斑が一撃必殺すりゃあいい。

 

「Code:sniper rifle」

「システム、精密射撃モードに変更。照準、表示します」

 

視界に緑色の十字が現れ、引き金に指を掛ける。チャージによりジェネレータが強く光を放つ。

すぐにチャージが完了し、その砲身を無人機に向ける。

 

待て。まだだ。もう少し待て。

 

手に冷や汗を掻き、じっとりと粘つく。焦るように指を遊ばせながらも、その照準を外さない。

 

そして、無人機がデュノアに斬りかかる。デュノアもブレードを高速切替で展開し、迎え撃つ。

 

───今だ!

 

「【六条】!」

 

初めて呼ぶその名。六条御息所の“自分以外を見て欲しくない”という呪いの意味を持つ、彼女の嫉妬を体現したかのような第三世代型武装。

 

使い時がない武装だと思った。使う事もないと思っていた。だが、今なら、この瞬間だけなら役に立てる。

 

その名を叫んだ刹那、一瞬にして全ての視線が俺に集まる。この世界の全ての人間に見つめられているような、後ずさりしたくなる感覚。

 

「trigger」

 

こちらを振り向いてしまった無人機の左肩を、蒼い閃光が貫く。標的が俺に変わったのか、白い鷹のような双眼が俺を射抜く。

 

【若紫】が大きく火を噴き、距離を取る。すでに無人機の視線は俺に夢中のようで、デュノアに目もくれずに一直線に突っ込んでくる。

 

「パイルドライバを起動しろ」

「【葵】、パイルドライバ射出完了」

 

多機能型脚部武装【葵】が起動し、地面に鉄杭が突き刺さる。両手を前に広げ、長い砲身を構える。

敵は日本刀を縦に構え、真上から振り下ろす。

 

「比企谷くん!屈んで!」

 

が、それはフェイントだったらしく、反応できないほどの速度で横一文字の一閃を放つ。相川の声に反射的に反応した俺は、すんででその一撃を避ける。

上半身をガバッと起こし、両腕も纏めて抱き締める。金属と金属が削り合い、不協和音が響き渡る。

 

「織───斑ァ!」

「おおおお!!!」

 

その瞬間だけを待ちわびていた白い騎士が、最高速度で突っ込んでくる。そのまま一文字。全てのエネルギーを消し去る最強の一撃を繰り出し、無人機の胴を真っ二つにする。

剣先が俺の機体を掠め、それだけで大きくシールドエネルギーが持っていかれる。絶対防御が発動し、【浮舟】のシールドエネルギーも空になる。

 

「‥‥‥終わったな」

「ああ、無茶苦茶な野郎だったな‥‥‥」

 

【浮舟】が自動で解除される。

乱入してくるなんてとんでもないやつだ。全く死ぬかと思った。

 

「二人共大丈夫?特に比企谷くん!お腹は大丈夫なの?」

 

視界の端にヘナヘナと倒れこんだ相川を発見する。なぜあの時、あれがフェイントだと分かったのか?

まあ、そんな事は後で考えるとしよう。

 

「‥‥腰抜かしてるやつがいるから頼むわ。俺は保健室行ってくる」

 

それよりもなんか段々痛くなってきたんだけど。保健室行かないとヤバイわ。

 

「おう、肩貸すぜ」

「悪いな」

 

織斑の肩を借り、ISを展開したまま保健室へ向かった。

 

今回も助かった。本当に誰も死ななくて良かった。

 

ふと、未だに日の沈んでいない夏の空を見上げる。

透き通った、果てのない明るい空に見えた。

 




皆様お忘れなのかと思いますが、間話を書こうと思っています。

今のところルミルミと由比ヶ浜&雪ノ下が同票です。次点でいろはすと陽乃さん。最後に簪、モブ×モブ、一夏といったところです。


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突如、その部屋の扉は叩かれる。


閑話とストーリーを絡めるという新発想‥‥?


普通ですね。では、伏線を張り過ぎて回収できていない作者のSSをどうぞ


「理想」

 

それ以上がない、完全なもの。

 

──────

 

電子の世界が広がっている。宇宙のように莫大な広さを誇り、煌めき輝くその世界に、距離は存在しない。

 

1と0のみで象られた二つの少女が、互いに視線を交わしている。

 

「とうとう“壊れ”ましたね」

「うん、まあ平常を保っていられるだけすごいんじゃない?ここまで持った人はいないよ?」

 

蒼目の少女はニタニタと笑い、白髪の少女は顔を顰める。

 

「どんな理由であろうと、普通の高校生が「殺し」を容認してしまったのです。いつ発狂してもおかしくないんですよ?」

「‥‥‥“普通の”高校生ねぇ?」

 

意味深に呟く。

 

「“普通”の“男子”高校生がISに反応するわけないよねぇ?」

「だからと言って「殺し」を許容できるような人間とは限らないでしょう?」

「いやいや、そういう歪な思いを抱いてる人なんて沢山いるんだよ?世界では常に戦争が起きてるくらいなんだからさぁ?」

 

そして、口元が三日月型に歪む。

 

「君も同類でしょ?」

「っ!?」

 

くしゃくしゃな顔。今にも泣き出してしまいそうだ。

 

「私は‥‥この剣で誰かを‥‥誰かを守るとあの日に誓ったのです。ただ戦闘狂のあなたには一生解らない」

「そうだね。その通りだ。でもさ、それだって誰かを殺していい理由にはならないよね?」

「‥‥‥‥」

 

黙り込む白。嗤う蒼。

 

「そんなものはエゴでしかない。綺麗事でしかない。結局、自分で妥協点を見つけられるかられないかって事だよ」

「‥‥‥‥‥」

「君は【殺される前に守る】事を信念にしているのかもしれないけど、僕は【殺される前に殺す】ことを信念にしている」

 

蒼目の少女は両手を広げて見せる。

 

「だから、僕らの意見は交わることがない。違うかな?」

「‥‥‥私は‥‥‥‥‥」

 

白髪の少女は俯き、強く唇を噛み締める。

 

「それでも私は‥‥‥‥‥」

 

そして、力強く前を向く。

 

「私はあなたを認めない。私は私のやり方で、誰かを守ってみせる」

「‥‥‥‥」

 

目を細める蒼目の少女。真っ赤に染まった手を握り締め、やがて、力なくだらりと下げられる。

 

「理想なんて叶わないんです。誰も傷つかない世界なんて、存在しません。分かっているのでしょう?」

「‥‥‥‥‥ちっ」

 

蒼が紅へと変わる。そして、血濡れた手を見つめる。

 

「‥‥‥君のこと、本当に嫌いだよ」

「‥‥‥私も、あなたが大嫌いですよ」

 

二つの少女は手を伸ばし探り合うが、互いに触れ合わず、虚空を彷徨った。

 

───2───

 

織斑に肩を貸してもらってアリーナを出ると、緊迫した表情の織斑先生が駆け寄ってきた。怪我をしていたという旨を伝えると、文字通り担がれて病院に運び込まれた。

身体は特に異常は無く、ISの自然治癒である程度の緊急治療が済んでいた為にすぐに退院できるらしい。それにしても戦闘後の俺のベット率は異常。シンジくん並だろ。知らない天井とか呟いた方がいい?

後に聞いた話なのだが、アリーナ襲撃は今回だけでなく、この前俺が無人機と戦った時も襲ってきたらしい。やけに織斑の動きがいいと思ったがそういう事だったのか。さすがラノベハーレム主人公。やりますねぇ‥‥‥‥‥

現在はわき腹をぐるぐる巻きにされ、ベットの上に寝転がっている。「向日葵の咲かない夏」読んでいるのだが、なかなか面白い。ハラハラして死にそう。もう三週目だよ。この世界感やべえよ‥‥やべえよ‥‥‥

 

俺は楽しい読書タイムを楽しんでいるというわけなのだ。なのだが、

 

「ねーねー、比企谷くーん」

「なんすか?」

 

艶かしい、愉快な声。その正体は雪ノ下陽乃。クラスのみんなにはナイショだよ(暗黒微笑)!

この人がいなければもっと楽しいのに。いやさっきまで家族がいたんですよ?‥‥‥でも気を遣って帰りやがりやがりましたよ。俺に気を遣ってくれ‥‥チクショオオオオオ!!

 

「なんか面白い話してー」

「‥‥‥‥はぁ」

 

視線を雪ノ下姉に移す。

うわぁ、あるあるだわ‥‥こういう事言ってくるやついるよな。マジ許さん。話題がないなら帰れよ。

再び視線を本に戻す。こういうのは無視するのが一番!二番じゃダメですよ?

 

「比企谷くんIS上手く使えるようになった?」

「まあ、最初よりは」

「へえー!じゃあ大会とかに出れちゃうの?」

「いやいや、そこまでの実力はないですよ。この前も、その前も勝てたのはまぐれですし」

 

嘘は吐いていない。そもそも戦ったのは三回だけで、勝った二回もまぐれだ。本当に、偶然が重なり合って助かったのだ。俺自身はまだまだ全然ダメなのだ。

 

「‥‥‥‥比企谷くーん?」

「‥‥‥なんすか?」

 

蛇のように絡みつき、そのまま俺を飲み込んでしまいそうな声。その冷ややかな色はまるで身体を蝕む“それ”のように感じられ、眉間にしわを寄せる。

 

「あのさー、いや。そうだ!私と一緒にフランスに行かない?」

「はぁ?」

 

カラッと声色が、元気で薄っぺらい言葉に様変わりする。そんな「そうだ、京都へ行こう」みたいに言われても困るんですが‥‥‥あれの千葉版ないの?

 

「お断りします」

「ええー?行こうよ行こうよー!」

「お断りします」

 

AA略。意味がわからん‥‥‥なんだフランスって。まさか俺を暗殺するために遠くの地に連れてこうとしてるの?

 

「楽しいよ?」

「魂胆がわからないんでお断りさせて頂きます」

 

基本的に従わないスタイルで。この人怖いんだよな。何考えてるかわからんし、雪ノ下の姉ってだけで気後れする。ネームバリューありすぎんよ‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ふーん、つまんないの。一人で旅行行ってもつまんないや。やーめた」

 

諦めちゃうのかよ。諦めないでってお茶石鹸も言ってた。でもあの場合は諦めた方がいいんだぜ‥‥‥

玩具に飽きた子供のように、こちらに全く興味を持たず、手早く片付けを始める。

 

「んー、無理っぽいし、今日のところは帰るね?またねぇ〜」

 

病院の扉が、音を立てずに閉められる。

 

真っ白な生活感のない部屋に、俺だけが取り残された。

 

───3───

 

「プリキュア、プリキュア、ふーんふんふーん」

 

【浮舟】大先生の自然治癒力促進により数日で退院した俺は、我が家に帰る気分でIS学園に向かった。脇腹は完治したが、異物感が消えない。まさか刀が刺さっているのがデフォ‥‥?それなんてスカイリム?

あの日以来、雪ノ下姉は全く見舞いに来なかった。まあ問題ないけどね。ただ「無理」ってのがなにを指してるのかが気になってしまう。まあ、考えても仕方がないだろう。

 

それに関連して思い出したのだが、雪ノ下姉は「大会」と言葉にしていた。今更だが、何故ISはスポーツ扱いされているのか?殆どの一般人がISはスポーツだと思い込んでいる。なぜだ?どこぞの見た目は子供、頭脳は大n(ryのトリック並みに違和感を感じる。

 

そもそもISは白騎士事件というものが発端で時代に出現した兵器だ。簡単に説明すれば、「日本に飛んできたミサイル全部落としたよやべえ!ISSUGEEEEEEEE!!!」というものなのだが、そんな事すれば兵器扱いされるに決まっているのだ。

 

だが、世界中ではISの大会が開かれ、女性が嗜むスポーツと移行して行ってしまった。

 

こういうのは思い込みというのかもしれないが、この話に関しては誰かの陰謀を感じざるおえない。ISを兵器にしたくない、兵器として扱って欲しくない誰かによる情報操作。そんな人間が思い当たるのかと聞かれば‥‥‥まあ黙ってしまうのがオチなのだが。

 

なんて下らない妄想を膨らませていると、学園に着いちまったよ。男というだけで訝しげな目線を送ってくる外の警備員に学生証を見せ、バカ広い学園の土を踏む。ちなみにこれは文章表現の一つだから。現実はアスファルトなんすよ‥‥‥‥‥

数日ぶりに見た学園は、まあ当たり前なのだが、何にも変わっていなくて安心した。

 

私服なので、目立たないようにそそくさと端を歩いて寮に向かうと、視界に見覚えのある顔が映る。金髪の髪の毛がクルってなってるやつ。あいつだよあいつ‥‥‥‥誰だ?

スルーしようと思ったのだが、突然こちらをチラッと見て、ギロリと睨む。

 

「ひいっ!?」

「ふん‥‥‥」

「オルコットさんどうしたのー?」

「なんでもありませんわ。ほら、あちらの───」

 

怖いよぉ‥‥‥ふぇぇ‥‥‥なんだあの金髪‥‥‥睨んできたり笑ったりなんなの?表情豊か過ぎるだろ。あやうく変な性癖に目覚めるところだった。ひとめぼれ(2015年新米)しちゃうところだったなぁ(棒)。まだそんな時期じゃねえな。

 

なんていうドンパチがあり、寮に着く。今の所一人にしか見つかってない、さすがステルスヒッキー。

 

「おい、比企谷」

「お、織斑先生ですか?」

 

一番のステルス能力を持っていたのは織斑先生でした。おかしいよ。ステルス能力を持つ代わりに他ステータスが低いってのは漫画のテンプレじゃないですか!うわっ‥‥俺のステータス、低すぎ‥‥?

織斑先生は出席簿をゆらゆらと揺らしながら、一歩一歩こちらに近づいてくる。

 

「うむ、怪我は大丈夫か?」

「ええ、まあ‥‥いてっ」

 

出席簿で軽く叩かれる。いつもの強烈なのとは違い、優しく、まるで教師のようだ。

 

「あまり心配させるな」

「‥‥‥はい」

「よし、じゃあ今日はしっかり休め。明日から普通に授業があるからな、遅れを取り戻しておけよ」

 

踵を返し、どこかに向かって行く先生。その背中は大きく、とても立派なものに見えた。

 

ふと、かつて先生が言っていた「非情になれ」という言葉を思い出す。

 

俺は守れただろうか?誰かの為に、誰かに非情になれたのだろうか?

 

「難しいな‥‥‥はぁ‥‥‥‥」

 

考えてたら頭が痛くなってきた。帰ってマッカンでも飲んで落ち着こう。

 

───4───

 

「うぃーっす」

「あ、比企谷くんおかえりー。怪我大丈夫?」

「ああ、結k‥‥‥完治したぞ。相川は?」

「相川さんは食堂だよ」

「異様な食堂率だな‥‥‥‥」

 

部屋に戻る途中に三人部屋だったことを思い出し、憂鬱な気分のまま扉を開くと、そこにはブロンドの天使の姿があった。ああもう可愛いな畜生。危うく結婚を申し込むところだったぜ。

 

「相川さん心配してたよ?」

「‥‥‥‥そうか」

 

あの時、相川を蹴り飛ばしてしまった。打鉄を装備していたし怪我はしていないとは思うが、それでも悪い事をした。一応は謝っとかないといけない。一応、な。

 

「たっだい‥比企谷くん!?お腹大丈夫だった?」

「お、おう?大丈夫だっ‥近い近い離れろ」

 

噂をすればなんとやら。ピョンピョンと跳ねて近づいてくる相川さんマジウサギ。でも近い。コミュ力は身体の距離で測れると言うが、言いえて妙だ。

ゴホンゴホンと咳払いをし、場を仕切りなおす。

 

「あ、相川。この前は済まな「おーい、八幡!」

 

扉を力強く開いて、空気読めないのがやってきた。視線が一点に集中する。織斑ホント空気読めない子‥‥‥

 

「あれ、お邪魔だった?」

「お邪魔だったよ。それと名前で呼ぶな、馴れ馴れしい」

「いやぁ、いいだろ?男同士仲良くやろうぜ?シャルルもさ?」

「う、うん」

 

勝手に俺の椅子に座る織斑。

デュノアの事をシャルルと呼ぶとはけしからんやつだ。律する小指の鎖を心臓にぶち込むぞ。あ、目が赤くないと使えませんでしたね、てへ☆

 

「取り敢えず自室に帰れ。もしくは自室でゆっくり休め」

「二択に見せかけた一択!?」

 

すごく反応がいい。雪ノ下の元に放り込んだら楽しそうだな。ズタボロになって帰ってきそう。

 

「そうだ、八幡大丈夫だったか?」

「名前で呼ぶなって‥‥‥大丈夫だ」

「そっかあ、よかった」

 

ホッと胸を撫で下ろす織斑。俺の心配より自分の朴念仁さの心配をした方がいいと思うの‥‥‥

すると、キョロキョロと周りを見渡す相川がポンと手を打つ。

 

「そうだ!暇だしゲームでもやる?織斑くん入れれば四人じゃん?」

「いや、俺は今から山田先生のところ行ってくるから無理かな」

 

案外真面目なのな。

 

「なら仕方ないね」

「ああ、仕方がないな」

「ええーっ!暇なの暇暇ぁー!」

 

ベッドにダイブしてジタバタとし始める相川マジコイキング。はねるとか覚えてるのかな?

 

「んじゃ、俺は行くわ」

「うん、行ってらっしゃい」

 

守りたい、この笑顔。

 

織斑は部屋から飛び出して言って、この場所はいつも通り三人の場所に戻った。ジタバタとし続ける相川を横目に見て、俺は本棚から適当に一冊取り出す。

取り出したのは、見るからに内容のなさそうなライトノベル。パラパラと挿絵を見て大体の内容を思い出しつつ、一頁目に手をかける。

デュノアもなにやらレポートらしきものを纏めており、自身の時間を過ごしている。相川は抵抗を諦めたのか、その場でぐったりとする。

 

何故だか、この場所は本当に安心する。自分の場所があるというか、なんというか‥‥理由は全くわからないのだが、安心してしまうのだ。

おそらく、この二人がある程度空気を読めるからなのだろう。こうやって本を読んでいても特に邪魔する事もなく、各々の時間を一つの部屋で共有し合う。

俺は案外、ここが気に入っているかもしれない。

 

なんて、柄にもない事を考えながら頬を緩ませていると、控えめに扉がノックさせる。二人に手で俺が出ると制し、その扉を開く。

 

「少し、話があるのですけれど」

「‥‥‥‥は?」

 

そこにいたのは紛れもない、金髪クロワッサンの姿であった。

 





感想、評価等よろしくお願いします。


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IS設定

書き直ししようと思ったらけしてしまいました。本当にすいませんでした。

お詫びとしては少ないですが、オリISの公開可能の設定を出したいと思います。


千葉メカトロニクス試作第三世代型IS【浮舟】

所有者:比企谷八幡

名称:【源氏物語】→【浮舟】

武装①:【???】

武装②:【藤壺】

武装③:【若紫】

武装④:【朝顔】

武装⑤:【葵】

武装⑥:【六条】

 

千葉工自慢の飛べない陸戦型IS。【桐壺】から【夢浮橋】までの五十四の設計図データが詰め込まれた、社長曰く「最強」の一機。彼の宣言通り、単純なスペックは第三世代型中最高峰で、空を捨てたことに見合う程の性能を持つ。

実際は飛べないのではなく、ホバーで地面を数mm程度浮遊している。が、それ以上高くは飛べないので、飛べないと断言しても差し支えない。

イメージインターフェースを採用しているが、【藤壺】のトリガーは自分で引く必要がある。

 

武装①:【???】

???

 

武装②:【藤壺】

多目的レーザー兵装。三種類の兵器に換装できる。

 

1st code:Assault rifle

アサルトライフル。もっともポピュラーな兵器であり、連射も効いて威力もそれなりに高い。ただ、全レーザー兵器の特徴として射程距離外に入ると大きく減衰し、威力は期待できなくなる。

 

2nd code sniper rifle

スナイパーライフル。なのだが、実際はスナイパーライフルとレーザーカノンを足した性能。チャージ量により飛距離、威力、速度の全てが変わり、チャージする程レーザーが細く収束される。ノーチャージでも打ち合いではその威力と速度が光る。

実際の狙撃でも十分に使用可能である。

ただ、【藤壺】自体のジェネレータが発光し、その光が砲身から漏れ出るので、隠密狙撃には向いていない。

 

山田先生がかっこいいといって気に入っている。

 

Final code:【桐壺】

ジェネレータと冷却装置を過負荷な状態で運用し、限界を超えて収束されたレーザーカノンを放つ超長距離掃撃砲。全長がスナイパーライフルの三倍はあり、砲撃時には有無を言わせずに機体は固定砲台と化す。

これを撃つには地面にパイルドライバを差し込んで固定し、腰部に支脚を展開して安定させ、【桐壺】に全エネルギーを注ぎ込む必要がある。

また、システムの全権限を【桐壺】に明け渡し、全シークエンスをクリアする必要がある。

 

「【桐壺】、スタンバイ開始。全特殊補助兵装を展開します。」

「全システム統制を【浮舟】より【桐壺】に委託。システムを精密射撃モードに移行します。」

「全エネルギーラインを直結。供給を開始。」

「ジェネレータの超過駆動を確認。」

「ライフリング、回転開始。」

「シークエンスを完了。発射可能です。」

 

この一連の流れにも時間がかかるのだが、発射後は一分近く動けない。掠っただけでシールドエネルギーを消し飛ばす一撃必殺の武器だが、外せば自分もピンチという諸刃の刃である。

 

武装③:【若紫】

折れた翼のような姿をしているが、片方に四つ、合計八つのブースターが点火すると、伸びた蒼炎が翼を描く。が、飛べない。

超過駆動(瞬時加速)もできる。

 

武装④:【朝顔】

五角形のエネルギーシールド。殆どの攻撃を受ける事ができるが、攻撃を受けるたびに【朝顔】専用のジェネレータ容量が減ってゆく。0になると展開できなくなる。攻撃の威力に比例してエネルギーが消費される。

 

武装⑤:【葵】

多機能型脚部武装。パイルドライバ以外は現在不明。

 

武装⑥:【六条】

第三世代型兵装。一瞬だけ、範囲内全ての注目を自分に集める能力。最初能力を見たときには使えないと判断したが、青銅色のIS(タロス)との戦闘によってその価値を見出した。

 

──────

 

????製試作第三世代型無人IS四号機

 

所有者:???

名称:タロス

武装①:名称不明①

武装②:名称不明②

 

どこぞの天災が製作した無人IS四号機。一号機はゴーレムⅠである。

全身が青銅色で錆びたような見た目をしており、白いカメラアイが二つの巨人のような見た目をしたIS。明確に比企谷八幡を殺そうとしていたことから、なんらかの目的があったと推測できる。

 

武装①:名称不明①

比企谷八幡が刺された刀。速攻折られたので詳細不明。

 

武装②:名称不明②

突きを出すと白いエネルギー体を発生させ、飛ばすことのできる刀。威力が高く、速度も速い。が、直線的なので簡単に避けられる。

 



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やはり、金髪クロワッサンの料理は間違っている(味的な意味で)

タイトル通りです。
みんなが望まない形で閑話に突入ゥ!
ええ、ルミルミも陽乃さんもやりますよ。安心して下さい。

話の流れが強引だけど閑話だし仕方がないだろう(目逸らし)


十年前の、そこから更に一年前の話をしましょうか。

 

いや、長ったらしい言葉に形容する必要もないですね。

 

一言で言いましょう。

 

「あの日、私達(・・)は死にました」

 

───2───

 

‥‥状況を整理しよう。

 

学園に帰ってくる

部屋に織斑来て帰る

金髪クロワッサン襲来←今ココ

 

なるほど、全然わからん。すげえ睨んできてるし草生えない。クロワッサンみたいな髪型どうにかなんねえのかな‥‥‥

「奉仕部に用があるのですけれど、中に入ってもよろしくて?」

「お、おう」

 

身体をどかすと、その隙間をするりと抜けて中に入って、ぺこりと一礼する。デュノアは「ど、どうも」と言って小さく苦笑いをするが、相川はベットに突っ伏したまま返事がない。ただのしかばねなのか?

どっちでもいいのだが、相川はゲームが得意だ。ドラクエネタが通じるのかもしれない。ええ、どっちでもいいですね。

 

「奉仕部の部員の方はどちらですの?」

 

デュノアと相川を交互に見つめる金髪クロワッサン。俺なんだけどとか言えない空気にするのやめてもらっていいですかね。

 

「あ、俺だが」

「は?」

「俺が奉仕部の部い‥‥‥部長だけど」

 

疑念を孕む青い目を向けてくる。

「俺自身が奉仕部となる事だ」ってな。そういえば部員って俺だけだから実質部長なんだよな。部長(仮)でなんかすいません!(仮)の()が取れる時、あなたは真の部長に‥‥‥いやだ‥‥‥‥いやだよぉ!

 

「奉仕部ってなにさ!?」

「俺の入ってる部活だよ」

 

相川が布団に突っ伏したまま顔だけ上げて、驚いたような声を出す。そんなに驚くことじゃないだろ。古典部みたいな部活に憧れていた時期が僕にもありました。

 

「比企谷くんが部活‥‥‥‥頭でも打ったの?」

「打ってねえよ。ただ‥‥‥」

「ただ?」

「‥‥‥‥惰性でやってるだけだ」

 

答えに詰まり、ふとした疑念が浮かぶ。俺は何故、奉仕部を続けているのだろうか?受刑者ということで渋々受け入れたが、よくよく考えれば辞めてもバレないだろう。それに、誰かか相談に来ることなど滅多にない。

だが、そんな問いはする必要がない。何故なら、本当は自身の想いが分かっているからだ。

 

雪ノ下も言っていたが、俺はあの場所が嫌いじゃなかった。そして、あの二人の事も。

 

おそらく、俺はあの二人と繋がっていたいのだろう。奉仕部という形で、あの二人を忘れぬ様に、自身を縛り付けているのだ。

それにしても、こんな事を考えるようになってしまったとは、随分と自分は変わってしまったんだなとつくづく思う。前よりも臆病に、怖がりになってしまったのだろう。ぼっちの癖に繋がりを求めるとは、飛んだお笑い草だ。

まあ今は、目の前の事を片付けるとしよう。早く帰ってくれねえかな。

 

「オルコットさん、どうしたんですか?」

「セシリアで構いませんわ。それに敬語を使う必要も」

 

デュノアが尋ねる。

クロワッサンが俺の方を睨みつける。お前は名前で呼ぶんじゃねえって事ですね。わかります。

 

「そうですわね‥‥ネットにあったので織斑先生に聞いてみたのですが‥‥‥ここにいると聞いたので、信用に足る人物か見極めた上で相談しようと思ったのですが‥‥‥‥」

 

一拍置いて、溜息を吐いて続ける。

 

「見極める必要もありませんでしたわね」

「ちょっと、失礼じゃないですか!」

 

相川がベットから飛び上がる。声を大にして、丸い目で一生懸命金髪クロワッサンを睨みつける。俺のために怒ってくれたのか。いや、分からん。だが、こいつが怒る必要はない。

 

「落ち着け相川。こいつの言う通り俺は信用ならないからな。じゃあ、さっさと帰ってくれ」

 

セシリア・オルコットの言う通り、俺は信用ならない。こいつからすれば俺なんてゴミみたいなもんだからな。嫌われてるに決まってるわ。俺もこいつ嫌いだし。出てってくれるとかこちらからお願いするレベル。やったぜ!

 

しかし、彼女が出て行く事はなく、手の片方を腰に、片方を頭に当て、「やれやれだぜ」と言わんばかりに小さく溜息を吐く。

 

「すみません、言い方が悪かったですわね。私は貴方を信用していると言っているのです」

「「‥‥‥は?」」

「うーん、話についていけない‥‥」

 

デュノアの霊圧が‥‥消えた‥‥?

すまん‥‥デュノアすまん‥‥‥今度ご飯でも奢ってやろう。むしろ奢らせて下さい!

 

「どういう意味だ?お前は俺を信用してないはずだ。そんな奴に相談する理由がないだろう」

「‥‥はぁ‥‥‥‥」

 

あからさまな溜息。さっきからなんだよこいつ。承太郎かっつーの。

 

「貴方が自身の事をどうお思いになっているかなどは興味ありませんが、おそらく、貴方が思っているよりも、貴方は嫌われていませんわよ。好かれてもいませんけれど」

 

そう言って、金髪クロワッサンは相川をチラ見する。相川は肩をぎくりと動かし、視線を泳がせる。一体何をしでかしたんだ‥‥‥‥

 

「もし嫌われているとか、目立っていないなどと思っているなら勘違いですわ。特に前者なら、ただの自意識過剰ですわ。それと付け加えると、私は貴方の事を全面的には信用はしていません。しかし、貴方のゴミクズさにだけは信頼を置いていますわ」

「‥‥‥‥‥はぁ」

 

マジでなんなんだこいつは。まるで前とは違う。前のような荒さはなく、静寂に包み込まれた水面のように全くの揺らぎが見られない。とても落ち着いた、気品のある人間へと変わっていた。偉そうな態度と、言葉に棘があるのは全く変わっていないが。

だが、前よりも話が通じそうだ。まあ、話を聞くだけならタダだしな。聞いてやらん事もないよな。うん。

 

「で、なんの相談に来たんだ?」

「‥‥‥‥」

 

無言で俺の椅子に腰掛けて、とうとう俺の居場所がなくなる。あの、帰ってもいいですかね?

 

「りょ、料理を教えて欲しいのです」

「‥‥‥理由は?」

「い、一夏さんに料理を‥‥‥」

「へぇー、素敵だね?」

「うんうん、素敵だね!」

 

恥ずかしそうにモジモジとするクロワッサン。何故か二人でハイタッチを始める相川とデュノア。あやうくこしひかり(魚沼産)しちゃうところだった。主にデュノアに。あ、相川は完全に愛玩動物なんで。クロワッサン?知らない子ですね?

 

「つまり、織斑に手製料理を喜んで欲しいって事だな?」

「ええ、そうです」

「そうか。なら俺がする事はなにもない」

「比企谷くん、それは酷くない?」

「そうだよ!奉仕部って名前なんだからしっかり奉仕しなよ!」

 

頬を膨らませる相川マジハムスター。あとデュノア可愛い。結婚しよう。

 

「いやいや、悪い意味じゃない。本当に教える事が何もないんだ」

「‥‥‥‥どういう事ですの?」

「つまりだな───」

 

数ヶ月前に、由比ヶ浜にした説明を復唱する。男が単純ってのは織斑にも適することなのだ。なんてったって織斑はホm‥‥朴念仁だからな。女慣れしてるわけじゃない。ただ病気な程に鈍感なだけだ。

女の子が手料理振舞ってくれるのに嬉しくない男子がいるわけないだろうに。なにを言っているのだね。手料理ってだけで嬉しいもんなのによ‥‥

 

「珍しくまともなこと言うんだねー」

「うんうん、今のは素直に僕も感心したよ」

 

こいつら‥‥‥俺の扱い荒くね?俺なんて捻くれすぎて一回転してるくらいなんですけど。自分にすごく素直だよ。早く帰りたいとか仕事したくないとか‥‥‥‥あれ?ただの社会人かな?

しかし、クロワッサンの顔色は曇ったままだ。曇っているというより、顔色が悪いと言うべきか。

 

「その、試しに作ってきたのですが‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「普通に美味しそうに見えるけど‥‥」

「うんうん、そうだね」

 

出したのは、木の編み箱。どう見てもサンドイッチケースだ。中にはもちろんサンドイッチ。色鮮やかに彩られたそれは、見ただけで食指を動かされる。

 

「じゃあ僕が。いただきまーす、はむっ、うっ‥‥‥」

 

顔を真っ青にして、その場に倒れこむ。

 

「デュノアくんが死んだ!」

「このひとでなし!ハッ!?」

 

ランサーネタを知っているだと!?相川、恐ろしい子‥‥‥!

デュノアが手から落としたサンドイッチを手に取り、一口頬張ってみる。甘さ、辛さ、塩っぱさ、苦さ、酸っぱさの全てが混ざった混沌とした味‥‥‥最早味と言っていいものなのか。その言葉では形容しがたいなにかが、俺の口の中に広がる。

 

一言で言おうか。マズイ。由比ヶ浜の比じゃない。一口分食ったら確死。ペロッ、これは未元物質‥‥!?常識が通用しねえ‥‥‥

 

「‥‥‥‥その、頑張れ」

「私も流石に擁護できないよ‥‥」

「‥‥僕も‥‥‥‥‥」

 

クロワッサン以外が顔を青くする。本人は恥ずかしさからか、顔が真っ赤だ。こうしてしおらしくしてりゃ顔もスタイルもいいしもっとマトモになるんだがな‥‥‥‥

 

「その、どうすれば料理を上手く作れるかというのをですね‥‥‥」

「相川、料理できるか?」

「私はちょっと‥‥‥デュノアくんは?」

「僕は‥‥‥‥僕も作れないや」

 

数秒悩んで、デュノアは答える。何を悩む必要があったのか。多分あれだ。少し作れるけど教えるほどは作れないってやつだな。うん。そうに違いない。

 

「そうなると他の奴に頼むか‥‥‥いや‥‥‥」

 

この学園は、織斑一夏の事を好きな奴が多数だ。そんな殺伐とした世界で織斑への手料理を作りたいからやり方教えろなんて言ってみろ。悪意のある奴にぶつかった瞬間即終了のお知らせだぞ。

となると、外部の人間だ。俺の知り合いで料理の上手い奴‥‥‥思いつくはつくのだが、頼みを聞いてくれるのだろうか。

おもむろに携帯を手に取る。全員からの「なにやってんだこいつ」という視線が痛い。

 

まずは小町だ。我が愛しの妹ならば料理ができる。愛妹弁当が食べたい今日この頃。

 

「もしもし?」

「もしもし、小町か?俺だが」

「オレオレ詐欺とかポイント低いんだけど‥‥‥電話なんてどしたの?」

「いやぁ、妹の声が聞きたくなって「そういうのいいから」

「はい‥‥‥‥」

 

ふええ、小町怖いよお。

 

「今週の土日、どっちか暇か?」

「んー、土曜日なら暇だけど、どしたの急に?」

「実はだな───」

 

小町に詳しく説明する。存外にも反応は薄く、「ふーん」と答えたそれきりだった。

 

「でもさ、それって奉仕部の活動じゃん?」

「ま、まあそうだが」

「なら雪乃さんに言った方がいいんじゃないの?」

「バッカお前。俺が雪ノ下に連絡できるわけがないだろ」

 

小町にしてはマトモな事を言う。だが、雪ノ下に連絡してみろ。毒舌食らって終了だぞ。そもそも連絡先知らないし。それに連絡したくないし。

 

「もう‥‥‥わかったよ。お兄ちゃんの代わりに小町がお願いしておいてあげるから」

「え?ちょ、ま」ツーツーツー

 

電話が切れてしまった。小町絶許。マジで小町なにやってんだ。結局土曜日どうなっちまうの?

 

「その、なんだ。土曜日、開けておいてくれ」

「‥‥‥‥‥‥え?」

「‥‥‥う、うん?」

「ぼ、僕も?」

 

‥‥‥これもうわかんねえな。

 

───3───

 

先程の通り、私セシリア・オルコットは比企谷八幡が嫌いではありません。彼に嫌な思いをさせられた事もありましたが、それでも、彼は悪い人ではないのでしょう。無論、いい人ではありませんが。

彼をまともに、いや、妄信的に信頼しているのは相川清香ただ一人で、その他は「存在自体は不快だか、干渉してくるわけでもないので無害」といった評価です。教師も、「真面目な生徒」程度にしか思っていないでしょう。

 

ただ、彼は無害です。攻撃しない限り、特に何をしてくるわけでもない。私は、彼のこの部分だけには信頼を置いています。

だから、今回相談する事に決めたのです。彼ならきっと、私の考えを最も客観的な方法で判断してくれる事でしょう。織斑先生が生徒として信頼できる人間ならば、それなりの人間という事なのでしょう。

 

まあ、これ。きっかけに彼に謝る事ができればいいななんて思っている事はナイショなのですが。

 

それにしても、土曜日にはどうなってしまうのでしょうか‥‥?どうしても高圧的になってしまう態度だけはどうにかしないと‥‥‥





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やはり、金髪クロワッサンの料理は間違っている(製法的な意味で)



いつから閑話が楽しいものだと錯覚していた?


移動式のラボの中。真っ暗な部屋に、コンピュータがひとりでに起動していた。

そこには、数名の人物の名前と数値が表示されていた。

 

例外(イレギュラー)係数

 

・雪ノ下雪乃:103

・比企谷小町:112

・平塚静:93

・相川清香:235

 

そして、最後に、

 

・由比ヶ浜結衣:1263

 

世界は、天災兎の上にて踊り続ける。

 

───2───

 

というわけで土曜日。場所は我が比企谷家。両親は寝ていて、家には三人の客が来ていた。大天使デュノア、貴族(笑)のオルコット、そして───

 

「で、私が呼び出されたというわけね‥‥‥‥」

「いやぁ〜うちの兄の為にわざわざすいません、お兄ちゃんも喜んでますよ〜」

「全然喜んでいるようには見えないのだけれど‥‥‥‥」

 

毒舌家雪ノ下雪乃。カオスな面々が揃いましたよ。一人だけは歓迎するわ。うちに済まないかな‥‥‥もしくは俺と結婚してくれないかな‥‥‥

 

そんなことよりもデュノアのエプロン姿が可愛すぎて萌え死にそう。白いシンプルなエプロンも似合うなんて本当可愛いなぁもう早く婚約届を提出したい。給料三ヶ月分の指輪をはめてあげたい。籍を一緒にしたいいぃぃおおおおおお!!!!

 

「今日の比企谷くんは大丈夫なのかしら‥‥‥‥」

「それには私も同意しますわ‥‥‥‥あまり話したことはありませんけれど」

 

関係ないのだが、「◯◯だけど愛さえあれば関係ないよね!」の◯◯に何を入れてもなり立つ法則を発見した。例として、「デュノ×はちだけど愛さえあれば関係ないよね!」とかとか。

すると、俺の熱い視線に気づいたのか、デュノアが顔を赤くする。

 

「そ、そんな見ないでよ‥‥‥」

 

可愛いデュノア可愛いよ。戸塚といいデュノアといい俺を萌え殺しにきてやがる。

 

「お兄ちゃんは放っておいて、自己紹介でもしましょうか。小町は比企谷小町、お兄ちゃんの妹です。よろしくお願いしまーす」

 

小町が軽い口調のままぺこりと頭を下げる。

 

「僕はシャルル・デュノア。比企谷くんのルームメイトです。よろしくお願いします」

 

続いてデュノア。ああもう可愛いなぁ。

 

「私はセシリア・オルコットですわ。今日はよろしくお願い致します」

 

今回の依頼者。清楚系演出しやがって‥‥‥‥こいつの料理は大量殺戮兵器だから良い子のみんなは気をつけようね!

 

「私の番ね。私は雪ノ下雪乃、奉仕部の部長よ。残念な事に、あの目の腐った男と同じ部活に所属しているわ」

「あのさぁ‥‥‥‥」

 

自己紹介かと思ったら罵倒だった。怖いわぁ、雪ノ下怖いわぁ。遊戯王がソリティア始めるくらい怖‥‥‥元々か。常にシャイニングドローなんですね。わかります。

 

「由比ヶ浜はどうした?」

「家の急用でこれなくなっちゃったってー残念だねお兄ちゃん」

「いや全然」

「う、うわぁ‥‥」

 

料理教室を開くと聞いて、奉仕部の大量殺戮兵器、由比ヶ浜も来ると張り切っていたのだが、家用で来れなくなってしまったそうだ。そういう時もあるさ、ドンマイ由比ヶ浜。

 

「っと、比企谷八幡です。よろしくお願いしま‥‥す」

「それだけ?」

「つまらないですわ」

 

自己紹介といえばいい思い出がない。噛みまくって笑われたり、ハルヒみたいな事言って孤立したり‥‥‥それは最初からでしたね。テヘペロ。

 

「流石比企谷君ね。IS学園に入って没個性するなんて‥‥‥」

「おい、こんな個性的な眼をした奴が他にいるわけないだろ」

 

今流行りの魚市場にあったら最後まで残る系男子だからな。

 

「言い得て妙ね‥‥否定する言葉が見つからないわ」

「なんか嵌められた気がするのは気のせい‥‥‥?」

 

理論武装で雪ノ下に勝てる気がしない。正直力でも負けそう。なんだっけ、合気道だっけ‥‥‥‥

関係ないが、合気道とか柔道の“道”ってどういう意味だよ。道ってつけなきゃいけない決まりでもあんの?日本の国技ってなら相撲にも道付けろや(半ギレ)。

 

「お二人共、仲がよろしいんですね」

「は?お前の眼は節穴かよ」

「今回ばかりは比企谷君に賛同するわ。どう見たら私とこの男が仲がいいように見えるのかしら?」

 

雪ノ下がニッコリと恐ろしく微笑む。

ここでクロワッサンが地雷を投げ込む。ほら雪ノ下が夏なのに冷気だしてんじゃん。液体窒素から出るあれみたいなの見えるから。

「ひ、ひいっ‥‥」

「ほら、怖がってるだろ」

「あら、私に怖がっているわけないじゃない?ね?」

 

再び暗黒微笑。クロワッサンが圧倒的絶望感的な顔してるんだけど。カイジかな?ちょっとうれC。困ったら苦笑いしちゃうデュノア可愛いよデュノア。

 

「んんっ、で、今日は何をするんでしたっけ?」

「えっと、料理を教えてもらおうと思いまして‥‥‥‥」

 

小町がナイスリセット。マジファインプレー。サッカーだったらアシスト。野球だったら‥‥‥野球わかんねえんだけど‥‥‥なんJ民に殺されるわ。

 

「つまり、料理が上手くなりたいということね?」

「ええ、まあ‥‥」

「ええっと、デュノアさんは?」

「僕はなんとなくついてきただけだから別に大丈夫だよー」

 

天使の手料理が食べれると思った俺大爆死。それと雪ノ下絶対デュノアの事女の子だと思ってるだろ。こんなに可愛いのに男の子とかもう最高だぜ‥‥もうホモでもいいや(白目)。

 

「では、始めましょうか。何を作りたいとか、要望はあるかしら?」

「さ、サンドイッチを‥‥」

「え?」

「サンドイッチですわ!」

 

高らかな宣言。

小さく、「サンドイッチに調理する要素があるのかしら‥‥‥」と聞こえた気がしないでもない。正直俺もそう思う。挟むだけじゃん。冷食レンジにぶち込んで挟むだけじゃん‥‥‥え?違うの?

 

「じゃあ、まず最初に卵を───」

 

なんか暇になったんですけど。俺いらなくね?でも小町もあっち行ってるし、デュノアと二人っきりじゃないですかやだー!!!

 

「オルコットさん、そんなに強火にしなくても───」

「ね、ねえ比企谷くん?」

「な、なんだ?」

 

隣の椅子に座っているデュノアが、ニコニコと笑いながら話しかけてくる。守りたい、この笑顔。

 

「調味料を入れすぎだわ、こんなに塩を───」

「そういえばさ、比企谷くんのISの待機状態見たことないよね」

「そうだな、見せた事ないしな。デュノアのはどうなってんだ?」

「僕はこれだよ」

 

そう言って、胸元から十字マークのネックレスを取り出す。黄色く淡く、寂しげに蛍光灯の光を反射する。

その時に、首元からISスーツが見える。こんな時までISスーツを着込んでくるなんて意識高いのな。

 

「比企谷くんのは?」

「俺のは‥‥‥俺のは学園に置きっぱにしてあるぞ」

 

もちろん嘘だ。ただ、ちょっとした理由でここでは見せたくないだけだ。すると、デュノアは驚いたような顔をして、声を大きくする。

 

「だ、ダメだよ!誰かに取られちゃうかもしれないんだよ!?いつでも持ち歩いていなきゃダメだって!」

「お、おう。すまん」

 

嘘つかなきゃ良かったと早速後悔。IS学園なら余裕で見せられるんだけどな‥‥小町と雪ノ下には見せたくないんだ。すまん‥‥すまん‥‥‥

 

「オルコットさん!どうしてオリーブオイルを───」

「もう、気をつけてよね?」

「‥‥‥‥可愛い」

「へ?」

「わかったって返事をしただけだ」

 

一生一緒にいて欲しい。毎朝俺に擬似マックスコーヒーを作って欲しい。

 

「できましたわ!」

「‥‥‥比企谷くん、あとは任せたわ‥‥‥‥‥」

 

楽しく談笑をしていると、クロワッサンのサンドイッチが完成したらしい。前と同じ、見た目は完璧だ。問題は味だ。味なのだ。

 

「完璧ですわ。食べてもよろしくてよ?」

「お断りします」

「そこは食べるところじゃなくて!?」

 

食いたくないよ。自ら死にに行く程俺お国に尽くす人間じゃねえし。死ぬって分かってるのに食べるとか自殺願望がある人間くらいだろ。

 

「じゃ、じゃあ僕が‥‥‥‥はむはむ‥‥」

 

デュノアだった。こんなに可愛いのに男気があるなんて‥‥‥‥養ってくれねえかな。

が、予想通り、デュノアは顔を真っ青に染める。ほら、言わんこっちゃない‥‥

 

「ど、どうですの?」

「す、すごく独特な味だね‥‥‥」

「本当ですの?」

 

めちゃくちゃ前向きな奴だな。個性的って悪口なのに。出る杭は打たれるって言うナカーマな言葉もあるしな。

 

「やり直しね‥‥‥‥」

「まず、雪ノ下が手本を見せてやって、それに真似して作ればいいんじゃないか?」

「‥‥‥そうしましょう。オルコットさん」

「は、はい!?」

「まずは───」

 

雪ノ下の三分(三分とは言っていない)クッキングが始まる。作るのはハムエッグサンドだ。手早く調理を済ませるその姿はまさに圧巻だ。由比ヶ浜がいれば「ゆきのんすごい!」みたいな事を言い散らかしていただろう。

すると、完全に霊圧が消えていた小町がアホ毛を動かしつつも登場し、俺の隣に座ってくる。

 

「デュノアさんはお兄ちゃんとどういう関係なんですかー?本当にただのルームメイトなんですか?」

 

小町がニヤニヤとしながら尋ねると、デュノアは眼を泳がせる。

 

「うーん、あはは‥‥僕もわかんないや」

「こら、小町。デュノアが困ってるだろ」

「お兄ちゃんがこんな可愛い女の子とルームシェアしてて何もしないわけがないじゃん!」

 

デュノアが可愛い事以外認めんぞ。例え俺は超絶金髪美少女でボクっ娘と一つ屋根で暮らしても絶対に手を出さない自信があるね。心がぴょんぴょんする。

 

「コラ、失礼だぞ。デュノアは男だ」

「え?」

 

雪ノ下が「彼の周りにはどうしてああいう人種が多いのかしら‥‥」と呟いているのが聞こえた。べっ、別にホモじゃねえし!男の娘とか全然好きじゃねえし!

 

「こんなに可愛いのに?」

「バカヤロウ、こんなに可愛いから男なんだよ!」

「か、可愛いって‥‥‥」

 

デュノアが頬を染める。今ならガンダムX余裕。 ボーイミーツガールしちゃう。あ、この場合はボーイミーツボーイですね。

 

「うわぁお兄ちゃんキモい」

「俺がキモいのなんて常だろ。何言ってんだお前」

「ごめーん、そうだったね」

「小町といい雪ノ下といいお前ら俺の事disり過ぎじゃないの‥‥‥」

 

俺はサンドバッグじゃねえよ。デンプシーロールなんてしねえよ。

 

「‥‥‥出来たわ」

「おおっ、さすが雪ノ下さん!」

「料理の腕が違いますわ‥‥‥」

「これくらいだれにだってできるのだと思うのだけれど‥‥‥少し休憩させていただくわ。小町さん」

「まかせてくださいですよー!デュノアさん、一緒にやりましょーよー!」

「え?ぼ、僕?」

 

さすがに疲れたのか、雪ノ下がホッと息を吐く。小町が敬礼し、エプロンをキュッキュと結び始める。最後にデュノアが「行ってくるね」と一言断って、足早にキッチンに向かって行った。

ゆったりとした足取りで、雪ノ下が近づいてくる。そして、俺の前に深く腰かける。

 

「お疲れさん、なんか飲むか?」

「いえ、結構よ。それにしても‥‥‥」

「‥‥‥ん?」

 

場の空気が止まる。

 

「あなた、変わったわね」

「‥‥‥そうか?」

 

IS学園でムチャクチャにされた位で、自分を変えようなどと思った事はない。それでも、俺は変わってしまったのか。

 

「あなたと深く関わった覚えはないけれど、前のままならこんな依頼、絶対に受けなかったわ」

「‥‥‥‥そうでもないと思うんだけどな」

 

俺は「変わった」らしい。それは「変われた」のか、「変わってしまった」のか。そしてそれはいい意味なのか、悪い意味なのか。俺にはわからない。が、俺にはその事実が恐ろしい事に思えてしまった。

 

「それに、前よりも濁り具合が半端じゃあないわね」

「元々だ、ほっとけ」

 

心の動揺を隠すように、目線を逸らす。心拍数が上昇する。心臓が痛い。特に嫌味を言われているわけでもなんでもないのに、呼吸が苦しい。

 

「それと‥‥この前はありがとう。助かったわ」

「この前?」

「あの、IS学園で私が襲われた時の話よ」

「‥‥‥‥‥」

 

礼を言われているはずなのに、罪を突きつけられているような感覚がした。悪い事なんて何もしていないのに、妙な罪悪感に苛まれる。

 

「改めて言わせて貰うわ。ありがとう」

「‥‥‥ああ」

 

ふと、窓を通して曇りかけた空を見上げる。

 

この場所にいるべき彼女がいない事は、酷い違和感として感じられてしまった。

 

───3───

 

比企谷家に向かう家の途中。表通りのはずなのに、全く人気のない広々とした道。だが、違和感を感じる事はなく、気分の上がっていた由比ヶ浜結衣はスキップを踏んでいた。

彼女の想い人である比企谷八幡は、世界で二人目の男性IS適合者になってしまい、学校で会うことは叶わなくなってしまった。だから、今日は気分がいいのだ。

大きめで裾の余るTシャツを揺らし、ルンルン気分で歩いていると───

 

「ねぇねぇ、君が由比ヶ浜結衣ちゃんだよね?」

 

背後からのヌメッとした声。絡め取るように、有無を言わせない、絶対強者の声。

彼女はゆっくりと振り向く。そこには、紫髪をゆったりと揺らす、アリスチックな服に身を包んだ女性。頭には機械仕掛けのウサ耳。そう、それは───

 

「だ、誰ですか?」

 

───紛れもない変質者だ。秋葉原でもあるまいに、コスプレをして見知らぬ人に話しかけるなど不審者極まりない。

だが、この変質者、中々に美人だ。スタイル抜群で、コスプレも様になっている。なので、少しだけ警戒を解いてしまう。

 

「うーん、名乗ってもいいけど名乗らなくてもいいよね?」

 

女性はスカートの端を軽く持ち上げ、ウサ耳をぴょこぴょこと動かす。ニヤニヤと笑うその姿には、絶対的な余裕が感じられた。

 

「いやぁ、まさかタロスを倒しちゃうとはねー、躊躇なく自分を壊すあの姿。興味しか湧かないよねぇ。個人的にはNo.52を扱えるってのもポイント高いし?」

「な、何を言ってるんですか?」

「うんん、独り言だから気にしないでー」

 

手をヒラヒラとさせる女性。対する由比ヶ浜は、その顔を曇らせる。この変質者は危険だと判断し、場からそそくさと立ち去ろうとすると、

 

「あ、帰ったら全員殺すから」

「‥‥‥‥え?」

「聞こえなかったの?勝手に帰ったら全員殺すって言ってるの」

 

有無を言わさない声。そして、虚勢や冗談であるはずの「殺す」という言葉は、なぜだが現実味を持って、彼女に迫ってきた。未だに疑っている彼女に対し、アリス容姿の女性は大きなポケットから紙を取り出す。

 

「えっと‥‥‥シャルロ‥‥シャルル・デュノア、セシリア・オルコット、比企谷八幡、比企谷小町、そして、雪ノ下雪乃」

「っ!?」

「勝手に帰ったら、全員殺すからね?」

 

由比ヶ浜結衣は確信する。この女性、本当に殺す気だ。この人が誰なのか、何をしに来たのかなんて彼女にはわからない。ただ、その言葉が本気だという事は、根拠のない自身の心で確信してしまった。

 

「な、何が目的ですか?」

 

喉がカラカラに乾き、掠れた声が飛び出る。恐怖で震える足に必死に踏ん張り、立ち続ける。女性はクスクスと笑い、その口元を三日月型に歪ませる。

 

「いやぁ、一般人の癖に例外(イレギュラー)係数が異様に高かったから見に来てみたんだけど‥‥見た感じ普通の女の子って感じだねー」

 

彼女には、その言葉の意味が全くと言っていいほどわからなかった。

そして、喉が震えて声が出なかった。怖かった。だが、自分がこの場所から逃げ出してしまったら、全てを失ってしまう気がした。

 

「ふんふん、君に関してはよくわかったよ。じゃ、今日は家に帰ってね」

「え?」

「そんな深刻な顔してひーちゃんの家に行ったら、どんな例外(イレギュラー)が起こるかわからないからね。適当な理由をつけて家に帰って」

 

決定事項を告げる声。神の告げに近いそれを無視する事はできず、小さくコクっと頷く。

 

「よしよーし、じゃ、バイバーイ」

「‥‥‥‥え?」

 

彼女が一回瞬きをすると、紫髪の女性の姿は消えていた。本当に、目の前から消えてしまったのだ。

 

ギンギンと鳴る頭を抱えながら、彼女はケータイで手早くメールを打った。できるだけ自分らしく、元気さを演出してみせた。

唇を強く噛み、彼女は家路に着いた。

 

由比ヶ浜結衣は、あの女性が篠ノ之束と気づく事もなく、また今日の彼女の異常性に気づく事も無かった。

 

同様に、篠ノ之束も「由比ヶ浜結衣が比企谷家に行かない事によって起きる例外(イレギュラー)」に気づく事は無かった。





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生ぬるい戦場。生ぬるい世界。

先に言っておきますが、オリキャラではありません。容姿で分かるとは思いますが‥‥‥‥


「過去はもはや関係がなく、未来はまだ来ぬ」

 

という名言があるが、過去を振り返らぬ愚者はいないだろう。

 

同様に、未来を想わぬ聖者もいないのだろう。

 

──────

 

夜の海は静かに凪いでいた。

 

まるで、この世界に恐ろしい事など何もないかのように、平和で満ち溢れた世界と言わんばかりに、静寂に、小さな泡の混ざった波を、寄せては返し続けていた。

暗紫に染まる夕空と、黒い海の境界線上にて、沈みかけた太陽の残光が、世界を分断するかのように輝きを放つ。

 

そして、とうとう世界が夜を迎える。空にはまん丸な月が、淡く光りながら強く自己主張を続ける。

砂浜は月光を浴び、一粒一粒が反射するように、青白く不気味に輝いていた。

波は寄せては返し、寄せては返し、寄せては返す。

その波のうち際。二人の少女が肩を並べ、寄り添い合っていた。夜の満ちる世界に、そこだけが陽だまりになっているように、二人は無邪気に笑いあっていた。白く、小さな丸い足は潮水で濡れ、煌めいている。

 

「今年も星、見れましたね」

「うん‥‥良かった‥‥」

 

少女らの見上げる夜空には、美しい星々。悠久の時を経てもそこに在り続けるそれらが、己が存在証明を続ける。

近くて、遠い。すぐそこにあるように見えて、少女が手を伸ばしても、決して届かない。

 

「また、星‥‥‥見たいですね」

「僕は君と一緒なら‥‥なんだって、どこにだってついて行くよ」

 

流れる黒髪が、涼しげな夜風に棚引く。同じく美しい白髪も靡き、砂浜の上は黒と白の少女きり、誰もいない。誰が来る気配もない。

 

「平和ですね‥‥‥」

「そうだね‥‥‥‥」

 

肩の温もりが二人を伝い、砂を伝い、海を伝い、消えてゆく。人という存在がいかにちっぽけなものかを感じさせるほどに雄大な海が、潮騒を連れてくる。

いつしか、空と海の境界はどこかへと消えて、一面薄暗い闇が満ちる。そして、二人の世界にはこの砂浜だけが取り残された。

不安をかき消すかのように、少女が勢いよく立ち上がり、波打ち際に駆け出す。白い泡が飛び上がり、パシャパシャと音を立て、水が弾ける。

 

「気持ちいいですよ?◼︎◼︎も来たらどうですか?」

「うん、そうする」

 

もう一人の少女も駆け出し、足首を青く澄んだ海水に浸す。踏ん張っていないと、打ち寄せる波に持って行かれてしまいそうだ。あわわと倒れそうになって、黒髪の少女が支える。二人は微笑む。

 

手を繋ぎ、遠くを見通す。空と海の境界は消え、まるで世界が真っ黒な何かで一つに繋がっているように錯覚して見せた。

 

そして、暫くの時間が経った。黒髪の少女は子供っぽいプラスチックの腕時計に一瞥をくれると、残念そうな顔をする。

 

「‥‥‥そろそろ帰らなきゃ」

「そうですね、帰りましょう」

 

少女は今にも泣き出してしまいそうだ。それを宥めるもう一人の少女が、聖母のように優しく微笑む。

 

「大丈夫ですよ、また明日会えます」

「‥‥‥‥そう、だね」

 

涙目のまま、少女はコクンと頷く。白髪の少女は羽根に触れるように彼女の頭を優しくさする。少女は目を強くこすって、小さく手を振る。

 

「では、また明日ですね」

「うん、また‥‥また明日」

 

少女と少女は、静寂な砂浜で別れを告げた。

 

───2───

 

フランス、パリ六区。リュクサンブール公園にて、一人の女性がベンチに腰掛けていた。肌は黄色に近く、おそらく東洋人だ。ホットドッグを美味しそうに頬張り、口をモグモグと動かしている。

リュクサンブール公園とは、1612年にマリー・ド・メディシスがジャック・ボワソーに命じてリュクサンブール宮殿に付随するものとして造園されたものだ。統領政府期以降元老院の敷地となっている。元老院の議場等は、庭園北端のリュクサンブール宮殿に入っている。リュクサンブール公園は元老院の庭園にあたるが、一般に公開されており、パリ市民の憩いの場の一つとなっているほか、観光名所にもなっている場所だ。

 

まあ、そんな場所に東洋人がいる事自体はなんらおかしくないのだが、おかしいのは彼女の服装と、その辺り一面の状態だった。

表面上、彼女の見た目は全く違和感を感じさせない。白いパリッとしたジャケットを肩で羽織って、下はキャミソールを着用。きっちりとしたジーンズを履着こなしている。その豊満な身体を見せつけるような、自分自身をよく理解している格好であった。

そして、彼女の首元から覗くウェットスーツのようなものには、小さく「千葉メカトロニクス」と印刷されていた。

千葉メカトロニクスとは、千葉県発の日本三大IS企業の一つだ。通称千葉工と呼ばれ、地元就職が盛んな競争率の高い企業である。

なぜ千葉メカトロニクスの関係者がここにいるのかという話なのだが、問題はそこではないのだ。そのウェットスーツ───ISスーツはへそ辺りで緩く裾として広がっており、ショートキャミソールのような姿を象ってるのだ。

ISスーツとは、ISを効率的に運用する為のスーツである。身体を動かす際に発生する電気信号を増幅してISに伝達する。その為、スーツは基本的にピタッと身体に吸い付くような、スクール水着に酷似した形をしている。

が、この女性の着用するISスーツは最早ISスーツとは言えない。これでは電気信号がうまく伝わらないだろう。

そんな事よりも、最大の問題は、現在この公園に人が一人もいないという事だ。普段なら観光客と現地の人々で溢れているのだが、現在は全く、比喩でもなんでもなく、彼女以外の人間が一人もいないのだ。常識的に、これはどう考えてもおかしいだろう。

 

「はむむ‥‥‥ふぅ‥‥」

 

色とりどりの花の香りを運ぶそよ風に、ミディアムロングの黒毛をなびかせた女性は口元に付いたソースをペロリと舐め、小さく満足げに微笑む。ホットドッグを包んでいた紙をくしゃくしゃに丸め、設置されたゴミ箱に投げ入れる。

手をパンパンと叩き、ジーンズの前ポケットに突っ込む。そして、長方体の金属質な見た目のコンピュータを取り出す。

片手で器用に操作した通信機器兼コンピュータが投影するディスプレイに「フランスで発生する謎の罰印、今月に入って───」と、ニュースの文字が一面を踊る。

見ると、フランス全域に無差別に切り裂かれたような罰印の跡が発生するという怪現象についてのまとめ記事だった。どうやら既に五十を越す罰印が示されており、その全ての罰印と共に、「We welcome to dominant.」という言葉が示されているという話だ。犯行現場を大勢の人が目撃している事、なのに全く仕組みが分かっていない事、その人間業とは思えない大きな削り取られたような罰印、残された意味深な言葉から、今やフランスを騒がせる怪談と化した。何故か被害者は全く出ておらず、フランス政府はその犯人像も、目的さえも掴みかねており困惑しているそうだ。

 

「本当に来るのかなぁ‥‥‥」

 

彼女は誰にも聞こえない程の声で呟く。コンピュータを手で翫び、乱暴な仕草でジーンズのポケットに突っ込む。引っ張られたジーンズ生地が、彼女の柔肌に少しだけ食い込む。それを親指を突っ込んで直し、もう片方の手で申し訳程度に髪を整える。

 

「───来たかな?」

 

噂をすればなんとやら。突然、人工的としか思えない激しい突風が吹き荒れる。庭園の花を散らし、左右対称に植えられた美しい木々をザワザワと揺らす。花の匂いなんというものではなく、ガソリンが燃えた匂い、例えるならば油性マジックの匂いが風に乗ってやってくる。

突如、地面が掘り起こされ、大きく削り取られる。刃で切り裂かれたかのように鋭い爪跡は交差し、綺麗に罰印を描く。

その爪痕の下には、控えめに「We welcome to dominant.」の文字。彼女の目尻が少し上がって、引き締まった顔になる。凛とした冷たい顔を一切崩さず、コンピュータの入ったポケットとは逆の方からタブレットケースのようなものを取り出し、開く。手首のスナップを利かせ、口に向けて白い錠剤を数粒放り込む。

ガリガリと音を立てて、表情を歪めながらも薬剤を噛み砕く。文字通り、苦虫を噛み潰したかのような顔だ。

そして、彼女が突如現れた黒い影に隠される。上空には、大気を切り裂く荒々しい騒音を撒き散らす、大型のヘリコプターが飛んでいた。そのヘリコプターは不気味な灰色のコンテナを釣り下げ、ゆらゆらと揺らしていた。

彼女が数歩後ろに下がると、丁度罰印の真上、重力に逆らわずにコンテナが降下する。大きな音、衝撃を巻き起こしながらコンテナが地面に衝突。掘り起こされた土が巻き上がり、彼女は腕で口元を隠す。

 

風圧で土埃を撒き散らしながら、そのコンテナが開かれる。

 

そこに格納されていたのは、濁り銀の装甲を持つIS。力なくだらんと垂れ下がり、胴体の部分は百足の足のように開いており、まるで人間を捕食する口のようだった。

彼女は片膝をつけているそれに向けてゆっくりと歩みを進める。柔らかい、水気を含んだ土と割れたレンガを同時に踏み締め、砕く。破片が飛び散る。

そして、そのISに飛び乗り、装着する。突如ラインアイが控えめに光り、黄色い光を灯す。ドミノ倒しのように次々と肋部が閉じられ、身体へ完全に装着される。全身が波打つように揺れ、止まる。サイズ調整が完了し、機体の舵は彼女の手に収まった。

 

「システム‥‥‥オールグリーン。【十六夜-弐式改】、戦闘モードを起動します」

 

両耳に取り付けられたイヤーバイザーが陽光を反射させる。全身が剣であるかのように先鋭的なデザインではあるのだが、かといって全体的なバランスは崩れておらず、機体的な意味ではむしろスタイリッシュに纏められている。

しっかりとした、柔軟性のある両脚部が強く、地面を掴むようにして踏み締めてゆく。

前衛的に尖った胸部は重心をずらし、前方へのスタビライザーの機能を果たしていた。

 

そして、それは極めてISらしさを欠いていた。普通は拡張領域に格納されているはずの武装諸々は既に装備されていた。それが手や足に装備されているのなら何の問題もないのだが、背中には機体全長に追い付く程の大剣を一本背負っており、腰骨の辺りには二丁の携帯用突撃銃が掛けられていた。マガジンが仙骨辺りに横並びにされている辺り、実にISらしくない。普通ならば拡張領域に入れておくべきものなのだ。

そして、一番目立つのはハイパーセンサーだ。天を貫くような一角であるハイパーセンサーは途中で折れてしまい、まるで落武者だ。戦いに挑む者の姿ではない。

が、対してその目は───ラインアイは強く鋭く光りを放つ。この時を待ちわびていたかのように。嬉々とするように。戦場で震え、己を鼓舞する武者のように。

 

「うーん、久しぶりだからちょっと調子悪いかも‥‥‥っと!」

 

口とは違い、手慣れた手つきで突撃銃を手に取り、脇を締める。そして、何もないはずの空に向けてそれを滅多撃つ。一見、適当に撃っているようにしか見えない。が、ガンマンのような早撃ちとスナイパーのような正確さが兼ね備わった一発一発は、確実に空間を貫いて殺してゆく。

するとなんと、カンカンと音を立てて空間が弾丸を弾き飛ばし、弾頭の潰れた弾丸が地に落ちる。同時にその空間が歪み始め、フランスを騒がせた事件の犯人が姿を見せる。

現れたのは、真っ黒なIS。何故か黒いマントを羽織っており、犯行の凶器であるとみられる二又の槍を持ち備えている。

そのシンプルなカメラアイの上には、西洋の騎士のような兜が取り付けられ、右手で持ち上げられていた。その姿は、まるで人の命を奪いにやってきた死神のようだった。

 

濁銀の落武者と漆黒の死神は向かい合い、互いを測るように睨み合う。

 

先に動き出したのは彼女の方だった。地面を蹴り飛ばし、白式をも越すほどの爆発的な加速力で衝撃波を巻き起こす。公園の花々を散らしながらも、一気にその距離を詰める。死神な兜を下げて再び姿を暗ますよりも早く、その距離は0になり、彼女はハンガーに突撃銃を掛けて両腕を構える。

碗部のシースが開き、両刃の短刀【影縫】が姿を見せる。銀色に光を返すそれを、風を切るように高速で突き出す。そして、舞うように連撃を加える。

 

「───、───!!」

 

一発、二発、三発と、死神に似たISが身体をありえない方向に曲げながら、すんでで攻撃を回避する。そして、声にならない叫びのような、呻くような音を吐き出す。

瞬間、死神の機体は完全に消えた。そう、まるで伝説の白騎士のように(・・・・・・・)

が、【十六夜-弐式改】のレーダーは、何もいない筈の空間を赤く点状に染める。

 

アンチステルスセンサー。この機体に積まれた、対「白騎士事件」専用の武装だ。IS学園に送り込まれた黒い無人機IS、ゴーレムのハイパーセンサーを解析し、急遽取り付けたものだ。

彼女の目の前にいたはずの機体は、おそらくステルス性能と光学迷彩の両方を兼ね備えている、強襲型だ。見えないというのは厄介だが、その分性能を下げているという事なのだ。見えればどうという事ではない。

彼女は再び両手に突撃銃を構え、座標にいるISの未来位置を予測、乱射する。同様に、死神に似たISはまたしても姿を現してしまい、驚いたのかなりふり構わずに、脱兎の如く逃げ出す。

 

「逃げちゃうのかぁ、まあそれでもいいけど」

 

濁銀の武者の背中に取り付けられた補助碗部が滑らかにマウント、展開し、スライドして大剣の柄を突き出す。

 

「‥‥‥【暁月夜】!!」

 

その名を叫び、一気に引き抜く。灰色の剣身が、見た目の割には重く鈍い音を立てて振られる。

引き抜かれた大剣は、いたってシンプルな方刃の大剣───いや、大太刀だった。機体の全長ほどある近代的なデザインの大太刀に、特殊な機能は全く登載されていない。

 

それはただ重く、ただ硬く、ただ鋭い。一太刀で敵を切り裂く、単純故の強さが、そこには有る。

 

彼女は前傾姿勢をとり、【暁月夜】と呼ばれた大太刀を構える。その黄色く光るラインアイは、着実に距離が離されてゆく死神を捉えていた。

四基のブースターに光が急速に収束を始め、十二基のスラスターがまるで生きているように蠢く。

光は瞬きを許さない程の速さでチャージを完了させ、溜め込んだエネルギーが一気に解放する。地面を抉る程の勢いのブースターが、機体を大きく押し飛ばす。

 

「はっ!」

 

風を切り裂き、色鮮やか花々を散らし、離れていた距離を一気に詰める。全身を使い、一回転しながら斬りかかる。

敵機は咄嗟に二又の槍を構え、その一撃を受け止める。が、槍はミシミシと嫌な音を立て、圧倒的な質量の前にヘシ折られてしまう。金属と金属がぶつかり合い、不協和音が響く。

勢いに負け、死神は空中で姿勢を崩し、喘ぐように機体を揺らす。が、一瞬の隙さえも与えず、上を取っている彼女は力を込めて【暁月夜】をブン投げる。地球の重力で加速し、大太刀は直線上の全てを叩き斬る。

 

「足、もーらいっと!」

 

宣言通り、大太刀は死神の左膝より下を持って行ってしまう。下半身の重量バランスを崩し、飛行さえもままならなくなった死神は、ゆらゆらと揺れながらも逃げ惑う。

そして、両碗部、両脚部のシースより短刀が飛び出す。太陽に照らされて、命を刈り取る刃が怪しく光る。

 

すぐに落武者が加速し、簡単に死神に追いつく。最低限の動作で右腕を振り上げ、左肩から下を斬り落とす。壊れた腕は地面に落下し、バラバラに砕ける。オイルのようなものが溢れ出し、タイルの隙間を流れ、川を作る。

 

「‥‥‥つまんない」

 

脚部の短刀で右肩を突き刺す。ギィィと切断音が響きわたり、そのまま回し蹴るようにして死神を振り落とす。轟音を響かせながら地面に打ち付けられた機体にはところどころヒビが入り、ほぼ大破している。

真上からゆっくりと降下してくる、戦場で負けた武者のようなISは、細く鋭いラインアイで落ちたISを見下ろす。そのまま地面に着地し、短刀で右足を削ぎ落とす。血があふれ出すようのと同じように、オイルのようなものがドバドバと溢れる。

右腕と肩の接合部は既に千切れる寸前で、触れば取れてしまいそうだ。黒いマントはボロボロになり、兜はヒビ割れている。

そんな醜態を晒しても、ISは足掻こうとする。ギギギとモーターの駆動音を鳴らし、火花を散らしながらも逃げようとしていた。

 

「そろそろ止めを───!?」

 

右腕を振り上げるが、彼女はふらふらよろめき、倒れてしまいそうになる。頭を左手で押さえて、左右に振る。そして、ゆっくりとした動作で態勢を立て直す。

 

再び腕を振り上げ、突き刺す。右腕は無残な姿で千切れ千切れになり、機能しなくなる。

死神を象ったISから、完全に駆動音が消える。指先までまるで死んだように全く動かない。おそらくシールドエネルギーが尽きたのだろう。

倒れたISに一瞥をくれて踵を返した彼女は、おもむろにその場所に戻り、局部の装甲を剥がす。そこは丁度、ISコアが格納されている場所だ。

分厚い装甲の一枚下には無数の回路と、コードに繋がれた正方形の箱。彼女はそれを見るに、嬉々とした表情を浮かべて手を伸ばす。が───

 

「なっ!こいつまだ───!?」

 

死者が蘇るか如く、突如として機体の各パーツからモーター音が響き出す。彼女は慌てて手を引っ込めようとするが、それよりも早く、残った左腕が伸び、掴まれ、引き寄せられる。突然の事態に反応しきれず、よろめいて踏ん張りの効いていなかった彼女は態勢を崩し、覆い重なるように倒れこむ。

色を失っていたコアが真っ赤に染まり、眩い光を放つ。機体の隙間隙間から溢れ出し、閃光として全方向に突き刺さる。

 

「まず───間に合わない!」

 

ISコアを中心に、全てのエネルギーが一点に収束し、大きな爆発を引き起こす。タイルを、土を、木々を、噴水を、花々を、彼女をも焼き尽くし、公園の一帯を超高度エネルギー体の破壊に巻き混む。

 

やがて、エネルギーは燃え尽き、終息する。その場所は元の美しい景色は一片も残っておらず、跡形もなく消え去っていた。焼け焦げものたちの匂いが混ざり合い、異臭が広がる。

 

「危ないなぁ、死ぬかと思った‥‥ゲホッゲホッ!」

 

しかし、爆心地には一つの影。爆発に巻き込まれた筈の【十六夜-弐式改】が、爆心地の丁度中心に仁王立ちしていた。足元には彼女の機体のものと思われる装甲の破片と、炭になった何かが散らばっていた。機体もボロボロで、彼女の東洋人にしては白い肌を露わにしている。

 

「コア回収、間に合わなかった‥‥‥‥ま、いっかぁ」

 

がっくりと肩を落とし、ふらふらと歩きながら遠くに向かう。レンガを踏んだ事を確認すると、その場で屈み込む。

腰部の装甲が上から順々に開き、空気を吹き出しながら胸部が解放、脚部は火花を散らしながら嫌な音を立てて、真ん中からぱっくりと開く。ところどころの装甲がひしゃげて剥がれたISを脱ぐ。

焼け焦げ、黒ずんだハイパーセンサーを脱ぎ捨て、ISスーツにジーンズというラフ過ぎる格好の彼女が姿を見せる。へなへなとその場にへたり込み、自嘲的に笑う。

そして、ポケットの通信機器兼コンピュータがプルルと震える。おっくうそうに取り出すと、空間に小さく「SOUND ONLY」と表示される。

 

「もしもし、架橋ののゆちゃん?生きてる?」

「あー、社長、【十六夜】ぶっ壊しちゃった」

「ええ‥‥‥」

 

困惑した声。せっかく改修したばかりの新型が、一回の実戦で大破したのだ。困惑どころではないだろう。

 

「ターゲットのコアは?」

「いやぁ、自爆されちゃってねー全壊かな?」

「ああ、なるほどね‥‥‥じゃあ、【十六夜-弐式改】は回収しとくよ。本命の方は大丈夫だね?」

「もっちろーん、バッチリ任せといて?」

 

彼女はニヤリと笑い、すくりと立ち上がる。片手で頭を抑えながら、その不調をを全く声に出さずに会話を続ける。

 

「じゃあ、頼むよ?」

「はいはーい。じゃ、またねぇ」

 

通信が終了する。ポケットに無理矢理に押し込み、下がったジーンズを上げ直す。小さくあくびをして、大袈裟な動作で伸びをする。

そして、改めて自分の服を見た彼女は盛大に溜息をついて、小さく呟く。

 

「服、買うか‥‥‥」

 

彼女───架橋ののゆと呼ばれた女性は再び歩き始めた。

 

真っ白な雲を流す空は、不気味な程に青く澄んでいた。

 

 

 





会社とその設計構想とか考えるのが楽しいです。一応話にも反映させてあるのですが‥‥‥

次話もよろしくお願いします。


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