海を渡りし者たち (たくみん2(ia・kazu))
しおりを挟む

第一話 ~匠、着任ス~

こんにちは、匠先生です。今回から前作の矛盾点などを調整して新しく始めることになりました。今回は前作の1話を手直ししたものになっていて話が分かってしまうかもしれませんが、見ていただければ幸いです。



匠先生


「合格」という文字を見て俺は歓喜した。学校生活ではありえないくらいの勉強をした。自分の力が残らないくらいの力を注いだ結果だと思う。そんでもって、合格した結果どうなるのかと言うと…

 

俺が鎮守府に着任する(予定)

 

着任するのは“横須賀鎮守府”。あのさぞかし有名な鎮守府である。俺はこの日を待っていた。実際に提督になるまでどれだけの苦労をしてきたか。提督になると言うことは、過酷であり大変な道のりであった。

そもそも俺がなぜ提督の試験を受けたかと言うと、親父が軍事関係の職種に着いており、度々書類を読書代わりに俺が読んでいたので、親父に勧められたのがきっかけだ。

しかし、勧められたとはいうもの、試験などで撥ねられ心が折れそうになっていた。それを何とか耐え抜き俺は昨日、やっとの思いで試験に合格することに成功した。もう規約にとらわれたこんな生活はおさらば。あんな鬼教官とも、おさらばだ。そう、まさに完全勝利Sであろう。(まぁ、何回か試験で滑った時点で完全勝利Sではないんだが…)着任決定後、とても浮かれている俺の元に封筒が届いた。その中にあった電文を読む。

 

(明日ニ横須賀鎮守府ノ正門ニ集結セヨ、時間ハ1000)

 

これを見ると、俺は準備を始めた。明日には新しい生活が待っている。俺は支度を整え、疲労がたまっていた事あり、すぐに眠ることができた。

そして次の日、天候はまるで笑顔のように快晴で、俺を快く見送ってくれるようである。今日は何かすがすがしい気分であった。そこで今日は朝食しっかりと食べ、身支度を整えてさっそく横須賀へ向かった。

鎮守府までの最寄り駅までは鉄道で向かった。その道中、俺は心の底で遠足の日によくいる小学生のように、とてもそわそわと心がうずいていた。

駅に着くとそこには海…が広がっていなかった。海はここから歩いて10分以上かかるらしい…。俺は少し落胆した気持ちになったが、とりあえず鎮守府に向かうことにした。

俺は調子に乗って近くに止まっている個人タクシーに飛び乗った。そして鎮守府の正門まで送ってもらう。持ち金は十分あったので、これくらいの贅沢は許されるだろう。

しかし、この正門というのが山奥にあるために運賃が一万円近くかかった。財布には痛かったが、これもしょうがないだろう。まぁ、バスも通っていなければヒッチハイクできるわけでもないしな。また、歩くととんでもない長い時間を使ってしまうの、でしょうがないだろう。こんな言い訳をしている俺だが、鎮守府へ到着したのが9時40分。丁度良い時間だった。

とりあえず俺は電文に同封されていたIDカードを正門にある機械へとかざしてみる。すると、重くらしく門が開き、俺は若干感心しつつ敷地の中に入った。

しかし、いざ正面門をくぐっても、そこには誰もいなかった。新人提督の着任ゆえにいまかいまかと正目門の前で歓迎してくれるのか思っていたが、正直がっかりである。

俺は長い移動で若干疲労したため、ちょうど近くにあったベンチで休むことにした。そしてリュックサックから<提督のすゝめ>という教科書のようなものをしばらく読んで、時間をつぶした。

20分後、なんと誰も来ない。俺は何回も日付と時間を確認したが、間違ってはいない。忘れられているのだろうかと頭によぎると、唐突に人の気配があることに気が付いた。気配のする背後を振り返ると、木陰で俺と同級生か俺より1,2歳年上のような女性が幹にもたれ掛り、寝ていた。彼女は蒼髪のツインテールであり、服の上半身は着物のようなもの、下半身はスカートと言う初めて見るスタイルの服である。俺は最近の流行など知らないので、最新のコーディネートなのだろうかと錯覚した。

「あのー、すいません」

俺はベンチから立ち上がり、彼女まで向かうと肩を揺らした。寝ている彼女には悪いが、此処の事が聞かせてもらいたかった。

しばらくすると彼女はゆっくりと目を開けた。まだ意識が薄いようではあるが、それでも俺は尋ねた。

「あなたは鎮守府の方で」

「…今何時ですか?」

逆にこっちに尋ねられた。俺は母のお下がりである高そうな時計を見せた。すると彼女はあわてて立ち上がった。

「あー、どうしよう。新人提督を迎えに行かなければいけないのに…どうしよう…」

急に困りだした。正直俺の方が困っている。

「あ、あのー」

声をかけた途端、二人はすべてを察した。

 

 

 

「あなたが新しく配属された提督さんですか?」

彼女の声は、まるで鈴が転がるようにとても愛らしかった。俺は一瞬聞き惚れたが、すぐに返事を返す。

「あっ、はい。ここに配属された橋本匠です」

「あーそうでしたか。では匠提督、案内しますね?私についてきてください」

こうして、俺の鎮守府を歩いて行った。しかし、建物があるところまでは10分くらい掛かった。しかしこの鎮守府は3方向を囲まれ、正面が海。まさに鎮守府として絵にかいたような立地である。中心部分では、思っていた以上にたくさんの建物があった。

これが俺の鎮守府か…とても広いじゃねえか。

言葉がでないくらい素晴らしいと俺は関心をしていると、少女は唐突に止まった。

「到着しましたー。ここがあなたの第一宿舎です」

え?第一宿舎?他の建物は?

「えっと、あのー」

「どうかされましたか?」

俺はこのことを、聞こうか悩んだ。いや、聞いた方がいいのだろうか…。

すると少女はあわてて

「あ!すいません!私、名前言っていませんでしたね。私は南郷空母隊で旗艦を務めています蒼龍です」

いや、そういうことを聞きたいのではない。というか、南郷空母隊とは何なのかもよくわからない。

「名前じゃなくてあの…ここは俺の鎮守府なんですよね?」

「そっ、そうですけど?」

「今までの建物は?」

「すべて共用の施設ですけど?」

何を言っているか俺は一瞬わからなかった。

「あっ、匠提督には言ってませんでしたね。ここの鎮守府には、提督が数人いるんです」

・・・。え?まじかよ、俺だけじゃないの?ファ!?

俺はショックのあまりしばらく黙り込んでいると、蒼龍はさらに申し訳なさそうな表情をした。

「それと…鎮守府内の執務室はあいにくすべて埋まっておりまして、仮設鎮守府として、匠提督は宿舎兼執務室となりますよろしいですか?」

俺はいろいろショックでいっぱいだった。すると、蒼龍は道沿いにある時計を見て何あわて始めた。

「す、すいません。私、そろそろ南郷提督の所へ行かなくてはならないので…これで失礼します!」

彼女はこういうと、走りはじめた。

まだ気持ちの整理はついていないが、ともかく礼を言わねばと俺は大声で

「ありがとうな!」

というと、蒼龍も笑顔で会釈をしてくれた。

蒼龍が見えなくなると、俺はとりあえず宿舎へ歩き出した。第一宿舎は森の奥にある。さらにそこに行くにはひたすら石の階段を登らなければならず、俺は重いリュック加え通常の1.5倍入るというキャリーバックを抱え込むと、ひたすら階段を上った。そして最上階にたどり着くと、鎮守府内で見てきた中でもとりわけ小奇麗な建物が俺を待っていた。

「これからよろしくな」

なにをトチ狂ったのか、俺は宿舎に向かって話しかけてしまった。やばい、重症かもしれない。

さて、気分も落ち着いた俺は、中へと入っていった。第一宿舎は3階建て。構造で行くと1階と2階に個室と各提督の部屋があるようだ。そして俺の部屋は3階の左端にあった。階段からの景色は最高なのだが、移動が大変なのが難だろう。

この宿舎にはあいにくエレベーターやエスカレーターなども便利なものはない。俺は死にかけ寸前の腰で自分の荷物を3階まで運んだ。しかしこれは手荷物にすぎない。送られてくる荷物はどうなるのやら…。少し絶望を感じつつ、自分の部屋へと向かった。正面に“橋本”と書いてあることから、ここが俺の部屋であろう。

ここが、新しい生活への入り口である。俺は右手でドアノブをつかんだ。このドアを開けるともう後戻りはできない。今までの努力、疲労、望みがすべてこの右手にのしかかった。思い返すと思わずためらってしまったが、もう振り返らない。俺は力を振り絞り、疲れ切った右手でドアノブをひねり、扉を開いた。

そこに広がっていたのは、ふかふかのソファ、きれいな本棚、美しい絶景が見れる窓、アンティークな机、そして…

「しれぇぇぇぇぇ!!」

勢いよく何かがつっこんできた。そして腹にとんでもない衝撃が走り、まさに「critical hit」であろうか。

俺は勢いよく倒れこみ、そこから少し意識が遠のいて行った。

 

 

「しれぇ!しれぇ!」

意識が戻ると、初めて聞こえた声がこれである。あきらか呼ばれている。そして聞く。

「お前は?」

「私は、陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です」

「で、なんでここにいるの?」

「ここに配属されたんですよ」

雪風かぁ…。そっか、艦娘というのが昔の日本の軍艦からとった名前が付いているんだったなぁ。そんでもって雪風って戦争を最後まで生き残った艦だったよな…。この子が俺の最初の艦娘って幸運なのか不幸なのか…。

「で、俺はどうしたらいいの?」

そう、俺はここですることについて何も聞かされていない。聞きたいことだらけである。

「しれぇはねぇ。12時から提督の歓迎会を兼ねた会議があって、その後に私以外の艦娘が来て」

なるほど…。とりあえず、会議に出席して…ってええ!?

「ちょっと待った。今の時間わかってる?」

「現在時間11時55分ですけど?」

・・・これはまずい。着任早々遅刻とか論外である。

「ダッシュだ!」「ダッシュです!」

俺たちは風のように、自室から飛び出していった。

 

 

鎮守府の玄関に、俺たちは時間ぎりぎりに到着した。いきなり遅刻にならなくてよかったよ…。

「これも雪風のおかげですね」

「うるさいわ」

思わず俺は、つっこんだ。なんだか若手の漫才師のようだ。

俺たちがじゃれていると、カチャ、カチャと鉄の擦れるような音がした。何事かと俺は振り返ると、建物の中から明らか何かしらの武術をやっていそうな体つきの男性が現れた。しかし、その癖に杖を片手に持っていることから、足が悪いのだろうと俺は同時に理解をする。

「お前が…」

「はい、新しく着任した橋本匠です」

一体彼が誰なのか全くわからないが、とりあえず挨拶をしておいた。挨拶は基本である。

「そうか…。とりあえずご苦労。あと、迎えの蒼龍が迷惑かけてすまない」

「いえいえ、迎えに来ていただけただけで十分ですよ」

「うむ、そうか。おっと紹介が遅れたな。俺は南郷譲治という。一応、この鎮守府の代表を務めている」

初見の彼はとても怖い人に見えたが、まじめで頼りがいのありそうな先輩だということを、俺は話していてわかった。

「さて、もうこんな時間だ。二階で他の連中も待っている。さっさと行くぞ」

南郷提督に従い、俺は建物の中に入っていった。

 

 

「では会議を始める。まず、新人の紹介からだ。おい、入ってきてくれ」

俺は雪風と一緒に、会議室へと入った。それと同時に、緊張感が体を締め付けてくる。

「あ、新しく着任しました。橋本匠です!今後ともよろしくお願いします!」

「よろしく頼むぞ。橋本提督」

南郷提督がそういうと、同時に拍手が起きた。

「先ほど自己紹介をしたが、改めて言わせてもらう。南郷譲治だ。そしてこいつが」

「南郷提督の秘書艦。航空母艦蒼龍です。さっきはごめんなさいね?」

「あ、僕は北斗羽隆。羽隆でいいぞ」

「えーっと…羽隆提督の秘書艦。戦艦扶桑です」

「浅葱煉嗣です。よろしくね」

「秘書艦の古鷹です…」

「そして最後に、僕が鉄白亜です。今のところ一番年が上だけど、かしこまらなくていいからね?」

「響だ。いつも白亜提督の近くにいます」

みんな次々と自己紹介をしてくれた。

「み、みなさん!改めてよろしくお願いします!」

それぞれの挨拶が終わると、今回は俺が新人ということもあり、いろいろな基礎知識について教えてもらった。ちなみに本来は、ここで横須賀鎮守府会議というたまに行われる提督同士の会議をするのだという。やることは海域でのことや、艦娘の心配事などいろいろな情報を共有する場でもあった。しかし今回は、着任したばかりの俺を中心に歓迎を行ってくれたようだ。皆とても頼もしく、面白い方々であり、安心感を持てたことが一番うれしかった。

 

 

解散後、俺は自分の宿舎兼執務室へと戻っていった。会議に行く前に雪風に知らされた、俺の隊に配属される艦娘を迎えるためである。その間それなりに時間があったので、俺は雪風に邪魔をされながらも自分が持ってきた荷物を片づけていた。

その間、俺は雪風にわからないことをいろいろ尋ねてみた。

「雪風。お前、着任するやつら知ってるの?」

「いや、知りませんよ」

「当日まで極秘なのか…」

戦艦が着任するのかな?それとも空母かな?そんな感じでドキドキしていた。次に雪風が口を開く前は…。

「いや、違いますよ」

「え?どういうこと?」

「私がその紙をなくしたんですよぉ。どこやったんでしょうねぇ」

雪風が言い切る前に、俺はこいつを押入れの中にしまってやった。さらに空かないように本棚を動かし押入れの前に置き、開かないようにしてやった。

『助けてしれぇ!』とかすかに声が聞こえるが、まぁ聞こえなかったことにしておこう。

そしてあっという間に時間が過ぎ、着任予定時間ピッタリにコンコンとノックが聞こえた。

俺は段ボールに座ったまま「どうぞ」と声をかけた。すると、4人の艦娘が順番に中へと入ってきた。

見た目で行くと大きい、小さい、小さい、小さい…げふんげふん。軽巡が2人に駆逐艦が2人のようだ。すると、軽巡らしき艦娘が話してきた。

「本日付でこの鎮守府に配属されました。阿賀野型2番艦能代。同型4番艦酒匂。島風型駆逐艦島風。白露型2番艦時雨です。よろしくお願いします」

皆は一斉に、敬礼をそろえた。頼りなさそうな奴もいるが、けっこうしっかりしている奴もいる。良いスタートが切れそうだ。

「みんな、よろしくね。俺も今日就任したばかりだから、わからないこともあるけど頼りにしてくれるとうれしい。今後ともがんばろうな」

すると急に部屋が静まり返った。なんで!?すると酒匂がくすくすと笑いだした。

「なにかおかしい?」

酒匂はみんなの様子をうかがいつつ、話し始めた。

「前の司令と全然違ったから…」

「前の司令というのは厳しかったの?」

すると能代は。

「前の司令はとても厳しいお方でした。みんな遠征に回され、帰ってくると休憩もなく次の遠征に…」

と、苦い顔をしてつぶやいた。みんな大変な思いをしてきたらしい。

「そんなことが…」

すごく悲惨である。これを聞いて、ひとつ心に決めたことができた。それは、

「みんな、俺の指揮下の間はゆっくりくつろいでくれ。新人なだけあって出撃は少な目だろうし、それに備えて休んでいてほしい。そして、君たちの体調もしっかり管理していけるようないい提督を目指している俺の考えを理解してほしい。頼む!」

するとみんなは互いの顔色を確かめ、みんながこっちを見た。今回はみんな笑顔であった。

「「「「「了解!!」」」」」

最高の返事であった。

「提督って***提督に似ているね」

「そうだね」

ん?聞いたことのある単語が聞こえた。

「時雨、島風。何か言ったか?」

「いいえ、何もないです。すみません…」

「まぁいいか…よし、初めての出撃は明後日だ!みんなしっかり準備して勝ちに行くぞ!」

 

おーーーーー

 

会ってちょっとしかたっていないのにとんでもない団結力である。

 

 

こんなゆとり鎮守府の物語がここから始まった。

 

 

 

誰か忘れているような…『いつ出してくるのー!しれぇ。おーーーい』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 ~人徳を重んじし者~

主催者の匠先生です。書いてたらいろいろ矛盾していたところを直していたら更新が疎かになってしまいました。申し訳ないです。こんごともつっかえるかもしれませんが待ってもらえるとありがたいです。




匠先生


俺が着任した日の夜の話である。6人で夕食を食べに鎮守府の食堂へ行った。今日は俺や能代たちの荷物を自分の部屋に運ぶ作業に追われ、みんな疲れきっている。さらに、俺の私物が入っている段ボール十数個を俺の執務室まで運ぶのまで手伝ってもらった。手伝ってくれたお礼と前祝いで今日は俺がみんなに夕食をおごることになった。

 

 

 

食堂は夕食タイムを過ぎていたおかげでガラガラだった。今夜のメニューは俺の提案ですき焼きをすることになった。しかし、残念ながらあまり会話がない。とりあえず俺から話を振ってみる。

「みんな、どうだい?おいしい?」

するとすぐに雪風が

「こんなおいしいすき焼き初めてです。とてもおいしいです」

「おう…なんかうれしいな」

雪風は何かを察したのかフォローしてくれた。そんな雪風に見て、他の駆逐艦たちが

「島風ちゃん、食べるの早いよ」

「だっておいしいんだもん」

何気ない会話だか場の空気をどうにかしようと手伝ってくれた。しかし、軽巡の二人はあまり話してくれない。こんな感じになっていたのは会った時からだった。“おーーー”と言ったのも心の底から嬉しそうな感じではなかったのだ。まさか、この前の提督に対しての疲れがたまっているせいなのか、俺の活動が気に入らないのか、とてもネガティブなことを思いながら箸を進めていた。もし疲れているなら早く休ませてあげなければ…。

その後、駆逐艦達と話をして10分がたった。みんなの箸も止まっているので早く帰ることにした。帰り道では駆逐艦の3人は俺に絡んでくれている。相当うれしかったのであろう。しかし、問題なのは軽巡の二人である。さてどうしたことか…。

さて、自分の宿舎兼執務室に帰ってきて、次は風呂の時間である。どうしても俺と入りたいと言い張っていた雪風は、島風や時雨に連れていかれ、結局は一人で風呂に向かうことになった。さすがのここでも男女関係は重要だと思いながら、提督用の風呂の暖簾をくぐる。

服を脱いで風呂に入ろうとすると、何かおかしいことに気が付いた。

扉の向こうから女の声がする。あれ幻聴かな?と、俺は思いながら扉を開けると…。

アッツ!!

急にお湯が飛んできたので、俺は驚いたし、とても熱かった。本来はそうでもないはずであるが、予想だにしないことであったために、熱く感じてしまった。

そして、かけたと思われる張本人と目があった。なんと、そこにいたのは風呂桶をもった暁だった。どうやら俺の目の前に倒れている雷にお湯をかけようとして、暁がお湯をぶっかけてきた訳だ…。それよりとにかく言いたいことは一つ。

「なんでここにいるの?」

「あの…えーーと…」

困ったような感じで後ろを向くと

「あっ、ごめんね。暁が悪いことしたかな?」

風呂に浸かっていた一人の男とみられる人と2人の小さい影が出てきた。水蒸気でよく見られなかったが近づいてくるにつれ相手の姿が見えてきた。それは

「白亜提督!?」

 

 

 

「どうしてもみんなが風呂に入ろうって言うからさ。混浴許されているのはこの提督の風呂だけなので…」

「は、はい…」

艦娘に頼まれたら一緒に風呂入っていいのか…ずいぶんと自由な鎮守府だな。

「暁、ちゃんと謝ったの?」

「雷は黙ってて」

暁はモジモジしながら

「ご、ごめんなさい」

とてもかわいい。白亜め、こんなにかわいい子の提督なんて…ふざけるんじゃないよ!!

「匠提督も風呂の時間ですか?ご一緒にどうです?」

俺は誘われ、戸惑いつつもいっしょに浸かる。相変わらず雷と暁は遊んでいて、響と電は静かに話をしていた。

「どうだい?ここの生活は?」

俺が彼女たちをぼんやりとみていると、急に声をかけられる。

「あのー。まだ一日も経ってなくてよくわからないことだらけですけど…何というか、良いと思いますよ」

「そうかい。それはよかった」

「あと、俺を呼ぶときは 匠 でいいですよ」

「以後、気を付けます」

そしてしばらく間が悪と、白亜提督は不意に

「匠。君、悩み事があるんじゃない?」

と聞いてきた。その質問は唐突でストレートに聞かれたため、先ほどの返事が嘘だと顔に出てしまう。

すると、白亜提督は少し笑みを浮かべた。

「わかってしまいました?」

「そんな感じがしたので。でどんな悩みですか?」

ここははっきり言うしかないと思い、俺は思い切ってすべてを語った。

「ふむ…そんなことがありましたか。確かに噂は耳にしています。とてもブラックな鎮守府で、過労が原因により大破、中破となる艦娘が多かったらしいですね。ですから、提督に対しての気持ちが複雑になってしまうのは仕方ないのかもしれません」

「やっぱりそうですか…」

「でも匠は、それに気づけた。さらに、仲良くしようと努力している。着任初日からそのことに気が付いて行動できる人なんてそうそういないと思います。まぁ、とりあえず僕からのアドバイス。自分なりの方法を考えてやってごらん。きっと2人は振り向いてくれるさ」

自分なりに考える…そういうことを俺にできるのかと言うことが心配である。すると、白亜提督は時計を見た。

「そろそろ寝る時間だ。お先に失礼するね」

「ばいばーーーい」

白亜提督が立ち上がろうとすると俺が止めた。

「あの!」

「ん?」

「今の話、聞いてもらってありがとうございます。しかも、艦娘と仲がいい白亜提督にアドバイスをもらえてとてもうれしいです」

「おい、そういうなのはやめてくれよ」

そうは言うもの、白亜提督はとても照れていたように見えた。

「最後に一つ言っておきます。私の事は白亜提督以外の言い方で呼んでくれるとうれしいな」

こう言って、白亜さんと響、暁、雷は風呂から上がっていった。

そして電が上がっていくときに俺に

「私の司令官さんもがんばって、私たちを元気付けてくれたです。だからあなたもきっとできるのです。がんばってください…なのです」

といって、電は上がっていった。

一時間後、風呂から上がり完全にのぼせていた。足元がふらつく中、なんとか宿舎へと帰ってくることができた。

みんなは、各自の部屋で、私物の整理していた。俺は「十二時には寝ろよ」と声をかけて、一足早く自室のベットに飛び込んだ。

初日から大変だったなぁ…。俺はそんなことを思いつつ、すぐに深い眠りへと落ちた。

 

 

 

“バシッ!”

イッタイ!誰だ!?こんな夜中に起こす野郎は? 

心ではこう思っているが、大体目星はついている。人影の方を見ると案の定、大正解であった。

「しれぇ、寝れない」

雪風だ。彼女は枕を持って、半分涙目になっていた。

「そんなのしらねぇや。早く寝ろ」

「だから寝れないって」

「じゃあ一緒に寝るか?」

少しだけ間を空けると、雪風は静かにつぶやいた。

「そうしていい?」

俺は頷くと、雪風が隣へと入ってくる。

それからしばらく時がたち、俺はふと思い出した

「なあ…雪風は軽巡の2人をどう思う?」

「いい人だとは思いますけど?」

「そうじゃなくて、どうやったら仲良くやっていけると思う?」

雪風はにこっと笑い、こう答えた。

「しれぇは頑張ってるんだけど、自分からやってあげようとしてるんだけど…多分届いてない…かな…」

「やっぱりそうだよな…。じゃあ、俺はどうすればいいんだ…」

しばらく沈黙の時間があった。すると、

「私にいい考えがあります」

そうして雪風が提案してくれた作戦の会議後二人はすぐに寝た。

 

 

 

こうして、軽巡好感度アゲアゲ作戦が決行された。

作戦は至ってシンプル。女の子ならだれでも好きなケーキ、これを作ってプレゼントするのだ。

この作戦に雪風はもちろん、時雨や島風も手伝ってくれた。朝ごろから作業を始めると、なんとか昼飯までには作ることができたのだった。

そして昼飯後、二人を自室へと呼んだ。軽巡の二人は、いったいどうしたのだろうかと、不思議そうな表情で並んでいた。

「能代、酒匂。二人にプレゼントがある。雪風、持ってきて」

雪風はケーキを冷蔵庫から白い箱を取り出してきた。どれも売っていてもおかしくないくらいの出来である、ホールのショートケーキだ。

「朝早起きして、作ってみたんだ。まぁ駆逐艦のみんなに手伝ってもらったんだけど…」。

俺はケーキを取り分けて小皿2つに1つずつのせた。2人は軽くお辞儀をして皿を取った。

「食べてみてくれないかな?きっと、おいしくできたと思う…」

2人は顔を見合わせると、フォークに手を伸ばし一口サイズにカットすると、ゆっくりとショートケーキを口へはこんだ。

「ど…どう?おいしいかな?」

俺が恐る恐る聞いてみると同時。二人の顔色が明るく変わった。

「「おいしい!!」」

俺はすぐさまガッツポーズをする。作るのを手伝ってくれた駆逐艦たちも一緒に喜んでくれた。

「提督、ありがとうございます。どこか…勇気がでました!」

「私も同意です!」

雪風の考えた“女子が大好きなケーキを作ってサプライズ”作戦が上手くいったようだ。

そのおかげで、二人は明るい表情になっていた。昨日の昼に頑張ろうといった場面では、少々作り笑いのような2人だったが、今回は違う。本心から嬉しそうな表情となっている。俺は、それがとても喜ばしかった。

その後、みんなでケーキを食べながら楽しく会話を始めたのだった。

 

 

さて、“女子が大好きなケーキを作ってサプライズ”作戦は大成功に終わり、俺は満足な思いで満ちていた。これからは、いっそう隊員に好かれる提督となろう。そのためにも、俺はもっと努力をしなければならない。

俺はそんなことを思いつつ、意識が薄れていく中、今日も雪風が部屋へと入ってきた。

「しれぇ、寝れない」

またかと思いつつ、今回もベッドに入れてやった。断るといろいろうるさいだろうし、先ほど好かれる提督になると決めたばかりだ。断れるわけにもいかないだろう。

「しれぇ、今日の作戦は大成功でしたね」

「う…うん」

「どうしたんですか?元気ないですよ」

俺の気持ちが入っていない返事を気づかれてしまったようだ。

「もろばれたか…」

「ばればれですよ。で、どうしかしましたか?」

「これで2人は明日からも明るくやっていけるのだろうか…」

主時期、今日だけとても無理して元気にやっていた可能性だって十分あることを考え出してしまった。もし、そうならばとても心配である。すると雪風がくすくすと笑いだした。

「な、何笑ってんだよ」

俺は何が面白いのかさっぱりわからない。なにか言ったか…。

「しれぇは心配しすぎですよ。本当は私たち、しれぇの事が大好きなんですよ。そんなしれぇにずっと暗く接していくわけないじゃないですか」

急に恥ずかしくなった。

「そ、そんなこと言うなよ。照れるじゃないか。ていうか俺もみんなこと大…」

雪風を見ると眠っていた。今日も大変な一日だったから疲れているんだろう。俺は微笑みながら目を閉じた。

「おやすみ…雪風」

 

 

 

次の日、提督室の扉を開けると

「提督、おはようございます!」

笑顔の2人が待っていた。

 

 

― 人徳を重んじし者 

俺が思い描く提督は、こういう人なのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 ~信頼を築く者~

どうも。リメイク前から読んでいた方はお久しぶり。初めて読む方は初めまして。私の作品を読んだことある方は奇遇ですね。大空飛男です。
今回のリメイク版合作でも、参加することになりました。再びどうかよろしくお願いします。
さて、以前は私の名前をそのまま使いことになっていましたが、今回はちゃんと名前を考えさせてくれました。
次に、この話はかつての「二つの心」のリメイクです。実のところ少々完成度に不満を持っていましたが、今回は個人的に満足のいく話が書けたと思っています。
                               



大空飛男


横須賀鎮守府に、朝が来た。

昨日から南郷譲治が指示していた作戦は終わりを告げ、艦娘たちが帰ってくる。

結果は成功を収めた。だが、思いのほか敵の練度が高く、新人提督である橋本提督の艦である雪風を交えた作戦であった為に、こちら側は若干の苦戦を強いられる事となった。

蒼龍は被弾した艤装の修理を工廠へ頼むと、譲治の執務室へと足を運んでいた。旗艦である彼女が真の意味で作戦終了となるには、最後の報告までもが含まれるのだ。

朝日が連なる窓から差し込む中、蒼龍は譲治の待つ部屋へと足を止めた。ツンと鼻のつく真新しい煙草のにおいを感じ、部屋に譲治がいることを蒼龍は確信すると、扉をノックした。

「入れ」

低く厳つい声が聞こえてくると蒼龍は「失礼します」と言いつつ、執務室への扉を開いた。中では譲治が手に持った書類をにらんでおり、片手にはチビたタバコがあった。

「蒼龍。只今戻りました」

しっかりと敬礼をして、蒼龍は凛々しい声で言う。

「おう。ご苦労、ご苦労」

譲治は蒼龍が入ってきた事に気が付くと、灰皿に煙草を押し付け、書類を机の上に投げ捨てた。そして目を合わすと同時に、蒼龍は敬礼を解いた。

「どうだった。新人を連れての作戦は?」

「はい。カバーをするのに少し骨が折れました」

蒼龍は浮かない顔をすると、少々沈んだ声で報告する。譲治はそれを見ると、椅子にもたれ掛った。

「まあ何事も経験だろうな。俺も未熟な艦を作戦に入れたくはなかった。だが、上からの命令なんだ。すまん」

少々申し訳なさそうに言う譲治に、蒼龍は両手を振って、その謝罪を否定した。

「い、いえ。むしろ雪風ちゃんは頑張ってくれました。一回も被弾しなかったんですよ?」

「ほう、そうなのか。橋本のやつも喜んでいるだろう」

譲治は感心したように頷いた。さすが史実で言われた通り、「奇跡の駆逐艦」であろうか。

 「あ、あの!」

 若干気分がよさそうな譲治に、蒼龍は思い切って声をかけた。

 「なんだ」

 壁にかけてある時計を譲治は横目でちらりと見ると、椅子から状態を起こし、再び書類に目を通し始める。

 「一つよろしいでしょうか」

「構わん」

 「はい・・・。あの、どうして私を…ずっと旗艦兼秘書艦に置いているのでしょうか?」

 蒼龍の問いに、譲治は不思議そうな顔をした。普段はこのようなことを聞かないためだけに、驚いたのだろう。

 「言っている意味が分からん」

「そのままの意味です。私よりも優れている艦はたくさんいます。それに提督はこの仕事についてもう四年。私はそろそろ、お役目御免かもしれないかと思いまして」

真面目な顔つきで言う蒼龍であったが、その裏では、どこか切なげな感情を抱いていた。確かに蒼龍は立派な正規空母ではあるが、ほかの正規空母に比べて小さく、分類的には中型空母である。ゆえに蒼龍からみて優秀である譲治に、うしろめたさを感じていた。

すると、そんな蒼龍の意図を読み取ったのか、譲治は机に向かったまま、ただ「そうか」と言葉を漏らした。

しばらく沈黙が続いて蒼龍は譲治の答えを待っていると、彼は顔をあげた。

「そうだな、理由があるとすれば、ただお前が旗艦として相応しいからだ」

「それは…答えになっていません!」

思わず激情して、蒼龍は叫ぶ。何故、自分をいつまでも旗艦兼秘書官にする必要があるのだろうか。もちろん蒼龍は正規空母としての誇りを持っており、自尊心もある。しかし、それ故に自分がほかの正規空母に比べて劣っている点も多いことは自覚しており、練度だけではどうすることもできないことも知っていた。旗艦として起用しているのであればそれこそ変わりはいるだろうし、もし自分を同情心で旗艦とし続けているのであれば、即座にやめてほしかった。

蒼龍の激情から再び沈黙が続いていると、譲治はふと机から目を話し、のそりと立ち上がった。そして、ガチャリガチャリと義足の擦れる音と共に蒼龍の前まで歩み、彼女を見下ろす。

「な、なんですか?」

巨漢の男である譲治に見下ろされ、蒼龍は一歩足を下げた。数多くの戦場を体験したと思わせる傷だらけの顔に、冷血に見える据わった目。そんな譲治に見下ろされれば、誰しもが不安な気持ちになるだろう。次に飛んでくるものは拳か、それとも拳銃を突きつけられるか。そんなことをするような男ではないとわかっていても、蒼龍に嫌な妄想が走った。

「ほら」

だが譲治は何もせず、ただ蒼龍に紙切れを一枚渡した。その紙切れには、小さく文字が書いてある。

「え?これは?」

蒼龍はそれを受け取り軽く目を通すと、譲治を見上げる。

「時間と場所が書いてある。まだ言いたいことがあるならば、そこへ来い」

紙切れに書かれていたのは、鎮守府外にある店の名前と、夜頃の時間が書いてあった。

どういう意味なのだろうかと再び蒼龍は紙切れを眺めていると、譲治は彼女から離れ、そのまま執務室を出て行った。

 

 

「はぁぁぁ・・・。なんで私あんなこと聞いちゃったんだろう・・・」

蒼龍は数十本矢を射ると他の艦娘に場所を開け渡し、大きなため息をついた。

現在、蒼龍は弓道場にいた。日々彼女たち艦娘はこうして鍛錬を欠かさない。特に過去の第二航空戦隊に所属していた艦は過去の第一航空戦隊に所属していた艦達に負けずと鍛錬し、いつの間にか夜遅くになるなどざらであった。

しかし現在、蒼龍は身が入らずにいた。

無理もない。自らの直属である上官に、あのような質問をしてしまったのだ。それに譲治とは数年間の付き合いとは言え、いまだにその性格を読み取ることを蒼龍はできなかった。むしろ蒼龍に限らず、譲治直属の隊員全員が、理解できずにいた。

「どーしたのよ?元気ないわねぇ?」

 椅子に腰をかけため息をついていた蒼龍に、同じく矢を射ていた航空母艦の飛龍が横へ座り、声をかけてきた。彼女も蒼龍と同じく、過去の第二航空戦隊に所属していた空母である。彼女はこの横須賀鎮守府に配置されてはいるのだが、どこの艦隊にも所属していなかった。

「飛龍・・・」

「あなたがそんなに元気ないと、張合いがないじゃない!」

蒼龍とは対照的に、元気そうな声で飛龍は励ましてきた。彼女たちは良きライバルであり、お互いに切磋琢磨する仲である。故に、飛龍は心配したのだ。

「ちょっと・・・ね」

「え、本当にどうしたのよ?悩みなら聞くわよ?」

「うーん」

頭を抱えて、蒼龍は飛龍に打ち明けるかどうか悩んだ。彼女はライバルであっても、まだどこにも配属されたことのない艦娘である。その為この悩みを打ち明けるのは、かえって嫌味となってしまうだろうと思ったのだ。

だが、心配そうにのぞき込む飛龍を見て、かえって言わない方が嫌味になるかと思い直すと、蒼龍は申し訳なさそうに口を開いた。

「嫌味に聞こえちゃうかもしれないけどさ…。私、旗艦にふさわしくないかなっ・・・て」

「・・・確かに嫌味だ。このっ」

苦笑いをしつつ、飛龍は蒼龍にデコピンをする。ぺちりと音が、弓道場に響く。

「いったぁ…」

「まったく、なんて贅沢な悩みなのよ!むしろずっと置いてくれてる事を、誇りに思えばいいじゃない」

「でも・・・。私より優秀な子はいるし、不思議なのよね・・・」

蒼龍はしっとりとした口調でそういうと、空を見上げた。すると飛龍はやはり気分を害したのか、少しむっとして思わず声を張り上げた。

「ほっんと贅沢ね!私も旗艦になったら、そんなこと言ってみたいわよ!まるでのろけ話を聞いている気分!」

「なっ・・・!私はまじめに悩んでるの!だって旗艦になった以上は期待に応えたいじゃない!でも…私は自分を一番わかっているのよ!だから…!」

二人の言い争いが、静まりかえっている弓道場に響いた。それにより、思わず二人はハッとなる。案の定周りを見ると、他の弓術を使う艦娘たちが不思議そうに、かつ迷惑そうに眺めていた。

弓術は神経を研ぎ澄まさなければ、良い射は打てない。それは自分たちも重々わかっている事である。故に蒼龍と飛龍は申し訳なくなり、思わず縮こまった。

しばらくして二人は反省をしていると、飛龍は縮こまった状態で息を吸い、蒼龍に問う。

「まあ、やっぱり直接本人に聞くのが一番じゃない?確かに恐ろしい風格を持ってる人だけど、実際そうでもないんでしょ?」

「うん…だから昨日の作戦が終わって報告した際に、思い切って聞いたのよ・・・。そしたらあの厳つい顔で見下ろされて、これを渡してくれたの」

小さくつぶやくように蒼龍は答えると、譲治から手渡された紙切れを飛龍に見せた。

「えっと…。時間と・・・場所?」

「そう。ここに来たら話すって」

困った顔をして蒼龍は言うと、飛龍はにやりと顔をゆがめた。

「はっはーん。鎮守府を離れて二人きりで話すのが怖いんだ?」

「うん・・・。もし解任するとかいわれたら、ショックも大きいだろうし」

顔を落として、蒼龍はぼやく。すると、飛龍も苦笑いをこぼした。

「あはは・・・。自分で言っておいてなんだけど、それ、やっぱり怖いね」

それから二人は黙りこみ、再び沈黙が続いた。矢が的を射る音が響き、風に木々があおられる音が聞こえてくる。

「まあ・・・とりあえずは覚悟を決めておいたら?」

飛龍は的が二つ空くのを確認すると、弓を手に取り立ちあがった。

「そうね・・・。うん!行きましょ!今度は飛龍に負けないわよ」

続いて、蒼龍も一つ頷くと、弓を手に取った。

「おお?調子戻ったみたいね。私も負けないわよ!」

二人はそれぞれの場所へ行くと、矢を引いた。

 

 

「とは言うもの・・・やっぱり怖いなぁ」

蒼龍はいつもの服とは違う普段着で、指定された場所へ向かっていた。

ちなみに、この普段着は譲治が着任一周年の際に、蒼龍に渡した物であった。その際は驚きと困惑で頭がいっぱいであったのだが、今ではお気に入りの一着となっている。和のテイストに洋服を織り交ぜたいまどきの服であるらしい。

弓道場での鍛錬の後、待ち合わせの時間まで飛龍と自分達の射に問題点がないか吟味しあった後であり、蒼龍はすっかり覚悟をする時間を失っていた。付き合って四年はたつのだが、いざ二人きりでの話となると不安な気持ちは抱いてしまう。間違っても疾しいことはしないとは思うが、それでも何をされるのか想像がつかなかった。

「やっぱり、聞くんじゃなかったかな・・・」

ぼそりと、蒼龍はつぶやいた。

あの時は戦闘後であった為に多少気分の高ぶりが残っており、思わず口を滑らせたのである。故にそのことを蒼龍は後悔して、過去の自分を責めたい気分になった。

「でも聞きたいなぁ…あーもう。なんかもうごちゃごちゃ!」

鎮守府を離れ街頭灯る道で、蒼龍は思わず叫んだ。途中、道端を歩いていた歩行者が数人不思議そうに自分を見ていることを感じると、蒼龍は思わず顔が赤くなった。

恥ずかしさを紛らわせるために早く目的地へ着こうと、蒼龍は歩みを速める。そしてしばらく歩んでいると、目的の場所が見えてきた。木造建築であり、にじみ出る古さを隠しきれてはいない。蒼龍はその目的地を見て、首をかしげた。

「居酒屋・・・?鎮守府にも酒場はあるのに・・・どうして?」

疑問を消せないまま、蒼龍はおもむろに引き戸を開いて、中をのぞく。

「いらっしゃい!」

すると、引き戸の開くガララと乾いた音が聞こえたのか、ガタイの良い、いかにも居酒屋の親父というべき男が声を出した。

がやがやとにぎわう店内には多くの机が置いてあり、鎮守府に勤務する整備兵らしき人物や、憲兵らしき人物が大声で酒を飲み交わしていた。鎮守府からそこまで離れてはいないので、酒場とはまた別に、下町好みの兵士たちはここを使用することが多いのだろう。

「あれっ!?蒼龍さんじゃないですか!」

蒼龍がその情景をみてあっけにとられていると、誰かに声をかけられた。その声に反応して蒼龍は振り向くと、どうやら店の奥にいる幼い顔つきの憲兵に見つかったようである。顔は赤く、どうやら酔っ払っているようであり、酔いの勢いで声をかけたのだろう。蒼龍は愛想笑いをしつつ、「どうも」と軽く頭を下げた。

すると、居酒屋のおやじが反応して、驚いた顔をした。

「えぇ!?あんたが蒼龍さん!?」

「は、はい!そうですけど」

「我が大漁亭、三人目の艦娘がご来店なされた!これはサインをもらわなければ!」

騒がしい店内であるにも関わらず、親父は店内で響く声を上げると店の奥に入っていった。

蒼龍はそのまま引き戸を占めると、再び中を見渡した。主に男ばかりであり、その特有のにおいがする。しかし、焼き鳥のタレが焦げたような匂いもして、下町特有な感じを醸し出しており、蒼龍にとってはそこまで居心地悪く感じなかった。

「おひとりかい?」

すると、再び誰かに声をかけられた。今度はだれであろうかと蒼龍は振り返ると、恰幅の良い女性がにこにこと笑顔を作っていた。おそらく、この店の女将であろう。

「いえ、その、ここに提督・・・ああいや、南郷譲治という人物が来ませんでした?」

蒼龍は譲治の本名。「南郷譲治」と聞いて、確認をした。

「ああ、あんたナンゴーさんのコレかい?いいねぇ若いってのはおばさんうらやましいわぁ」

女将は親指を立て、笑顔を絶やさずに言った。ちなみに親指をたてることはすなわち、「彼氏」の事を表している。

「ち、ちがいます!私はその・・・提督の秘書で・・・」

「えっ!?ナンゴーさんの秘書!?はぁ・・・ナンゴーさんはかわいい子を秘書にしているのねぇ」

「かわいい!?いやその・・・そんなことは・・・」

とはいうもの、蒼龍は照れたことを隠しきれなかった。お世辞とはわかっていても、兵器として扱われる蒼龍にとってかわいいといわれることは、純粋に女性としてうれしいことである。

「あの…それで提督は・・・?」

「ナンゴーさんなら、奥の座敷部屋で、一人寂しく飲んでいるわよ」

「よろしければ案内していただけないでしょうか?」

「もちろんよ」

女将は蒼龍に笑いかけると、案内しようとする。しかし狙ったかのタイミングで、親父が色紙とサインペンを持って厨房から出てきた。

「あったあった!ほら蒼龍さん!おねがいしますよ!」

にこやかに親父は色紙とサインペンを差し出して、蒼龍にせがんでくる。

蒼龍は苦笑いをしつつ、サインを色紙に刻んだのだった。

 

 

 ふすまが軽くノックされる音を聞くと、譲治は煙草を灰皿に押し付けた。

「どうぞ」

そっけなく返事をすると、ふすまが開いて蒼龍と女将が姿を見せた。

蒼龍はそのまま靴を脱いで座敷へ上がると、女将は「ごゆっくり」としっとりとした声でつぶやいて、ふすまを閉じだ。

「その・・・提督。お早いですね・・・」

「ああ。お前に伝えたのは俺がいつも来る、一時間後だった」

そういって、譲治は御猪口に入っている酒を一気に飲み干す。その豪快な様子に、蒼龍が若干苦笑いをしていた。

「む、どうした?座布団が無いのか?」

先ほどから立ち尽くしている蒼龍に譲治は気遣うと、座るように促した。

「あっ・・・失礼します」

蒼龍はゆっくりと譲治の正面に座り、うつむいた。

「酒、飲むか?」

「いえその・・・私お酒苦手でして・・・」

「わるい。そうだったな」

譲治は若干残念そうな顔をすると、自らの御猪口に酒を注いだ。蒼龍は相変わらずうつむいて黙っているために、さすがの譲治も居心地が悪くなってきた。

「煙草臭かったか?」

「いえっ・・・いつも通りの執務室の匂いです」

「ハハハ。それ、俺の部屋がいつも煙草くさいと言っているのと変わらんぞ」

軽く譲治は笑うと、酒を口に運ぶ。蒼龍は譲治の笑いに、つられて笑った。

「さて、だいぶ俺も酔ってきた」

首をごきごきと鳴らして、譲治はつぶやいた。

このまま一向に喋らない蒼龍に、譲治は少なからず呆れた思いを持ち始めていた。彼女が知りたいことを語ろうとは思うのに、これでは一向に取りつく船がない。

そこで、譲治は腕を枕にして寝るそぶりを取った。すると、蒼龍は案の定困った顔をして、身を乗り出した。

「えっ…ちょっ…寝ちゃうんですか?」

「うむ。特に用はないんだろう?昨日の作戦と言い、俺は今日一睡もしていない。いい時間に起こしてくれ」

目を瞑り、譲治はつぶやく。そんな譲治の様子をみて、蒼龍は困り果てた顔をした。

「その!今日の朝の件・・・話さないんですか・・・?」

そしてついに、蒼龍は胸の底から絞り出すような声で、譲治へ問いただした。やっと聞き出す気になったかと譲治は再び起き上がり、今度は座敷の壁にもたれかかった。

「おっと、そうだったな。それで、何故俺がずっとお前を旗艦においているか。だったな?」

「・・・そうです。ずっと気になっていました。提督着任後からずっと・・・私を旗艦兼秘書艦にして・・・普通の提督なら、そろそろ変えてもいい頃合いだと思うんです。それなのに・・・」

「なぁ。蒼龍」

 蒼龍が言い切る前に、譲治は唐突に口をはさんだ。

「お前にとって、小隊には何が重要だと思う?」

「小隊に…ですか?」

唐突な話題転換に蒼龍は戸惑いつつも、その意図を探ろうと考える。しかし、考えれば考えるほど意味が分からず、蒼龍は素直に「わかりません」と苦笑いを漏らした。

そんな蒼龍を見て、譲治は一つ息を着くと、腕を組んだ。

「そうか。まあ、この質問は野暮だったのかもしれない。人にはいろいろな考えがあるからな。つまり、この質問に答えはないんだ」

譲治は机のお猪口を手に取って再び酒を飲み干すと、話を続ける。

「だが、俺が兵士として生きてきたこの数十年。重要だと感じたのは、三つの信頼だった」

そういうと、譲治は懐から煙草を取り出して、無意識に火をつけようとする。だが、あっと気が付いたように蒼龍を横目で見ると、一瞬どこか懐かしげな、さびしげな眼をして、煙草をぐしゃりとへし折り、丸めた。

「三つの信頼ですか?」

丸めた煙草に目をやりつつ、蒼龍は譲治に答えを求めてくる。譲治は潰れて丸めた煙草を灰皿へ入れると、腕を組んだ。

「ああ、まず一つは練度の信頼。これは、まあお前たちも実感しやすいだろう。戦場では練度が足りなければ、死につながる。もちろん運も入ってくるが、運も実力の内だ。積み重ねてきた練度があればこそ、幸運をつかみ取ることができる。まあ…俺はその幸運をつかみきれなかったゆえに、こんな足になったんだがな」

へへっと自虐的に笑い、譲治は左足の義足をぽんぽんと叩いた。それを見た蒼龍は痛々しい表情をした。

「そして次に、仲間の信頼。戦場では仲間がいないと何もできないことが多い。重要な個所を抑えるポイントマンや、中距離支援により的確に敵を殺すマークスマン。まあ兵科によってさまざまだが、すべてにおいて言えることは、やはり仲間の信頼なんだ。お前たち艦娘にもそれは言えることで、空母であるお前を守るために軽巡洋艦や駆逐艦がいる。自分の背中を守ってくれる仲間は、本当に信頼ができるだろう?だからこそ、鍛え上げてきた練度を存分に発揮ができるんだ」

少々長く語っちまったなと、譲治は息をつく。

「それで…最後はなんですか?」

蒼龍は無意識に、譲治に対して催促をした。

ここまで譲治が語ったことは、言われれば納得できる内容であった。蒼龍もそのことについては感じており、何より実戦を経験するにつれて、気が付いていたからだ。言われなければわからずにいた事ではあるが、何よりも譲治とこれだけ会話できることに、真新しさを感じていた。

「そして…最後になるが。お前を旗艦にしている理由はこれに該当する」

「えっ?」

唐突に自分のもっとも聞きたかったことに話が移行し、蒼龍は若干面を食らった気分となった。だが、譲治は気にもせず、話を続ける。

「それは武器の信頼だ。兵士にとって武器は、自分の身を守る物であり、命を預けるものでもある。コルト製のM1911が今でも現役で使われているように、武器を使用し続ければそれだけに愛着も湧き起こり、やがて最も頼れる相棒となるんだ。つまり…」

譲治はいったん話を切ると、まっすぐ蒼龍に目を合わせた。

「俺にとってお前は、最も頼れる相棒なんだ。正直お前にとっては不快な理由なのかもしれないが、俺は軍人ではなく、根っからの傭兵でな。このすべてを兼ね備えたものでなければ信頼ができず、必要がなければ即切り捨てる。だが、また逆もしかりでな。俺は艦娘の中でお前を最も信頼しているし、付き合いも長いがゆえにその練度も知っている。兵器であり人の心を持つからこそ、そのすべてを兼ね備えたお前を旗艦とし、秘書にもしているんだ」

すべてを語りつくした顔を譲治はすると「これがお前を外さない理由だ」と最後に言った。

「そう…ですか…」

蒼龍はそうつぶやくとうつむき、朝がた自分が思っていた思考を悔いた。

今まで自分は、この方の何を見てきたのだろう。もっとも付き合いが長いはずであるのにただ一刻の感情で危機感に襲われ、譲治に対する信頼をどこか失い、この人の本心を見抜けなかった。そんな自分であったのにもかかわらず、譲治はこのような機会を作り、自分にその理由を話してくれた。そう思うと蒼龍は、自分がなんておろかでみじめであったかと、改めて実感した。

「さて、蒼龍」

うつむいて拳を握り悔やんでいる蒼龍に、譲治は優しげな声をかける。蒼龍はお顔をあげると「はい」と涙をこらえ、呟いた。

「一応、俺の心の内は語ったつもりだ。要するにお前しか、旗艦を勤まる者はいない。だがお前がもし旗艦としての任に重みを感じていたら、辞めてもらっても構わない。先も言った通り、お前は確かに兵器でもあるが人でもある。そう…感情を持つ、人間だ。人権もあるし、自由もある。俺は先も言った様に根っからの軍人ではないから、強要をするつもりはないぞ」

自分の事を心配して言っているのだろうと蒼龍は理解すると、譲治の出した提案に、ゆっくりと首を振った。

「いえ、私が間違っていました。私は、旗艦を務めます。なぜなら私は、貴方の相棒なんですから」

精一杯の笑顔を作り、蒼龍は答える。そして譲治も、傷だらけの顔を緩め「そうか」と笑顔を作ったのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 ~信じる道を往く者~

どうも皆さん、合作版ダメ野良犬で御座います。
前に書いていた横須賀鎮守府ストーリー路線が決まったので、
新たにリメイクして書き直しました。
今回私の提督の容姿は某墓守アニメに登場した
ユリー・サクマ・ドミートリエビッチをモデルにしております。




ダメ野良犬


染井吉野の花弁も一通り散って、鎮守府も本格的な活動を始める。

活動と言っても此処、横須賀鎮守府は他と大きく異なる点がある。

 

一つ目は大本営に最も近い事。

此れにより活動報告の執務に少ない時間でも余裕を持って捌く事が出来る。

その反面、深海棲艦に僅かでも動きがあった場合、先頭に立って調査を行ったり、

艦娘達を大規模な作戦に参加させる事が多くある。

 

 二つ目にこの鎮守府には指示を出す者、提督が数人以上存在する。

軍の研究部から派遣された者、深海棲艦と早期に出会った水兵や傭兵、

また、以前から司令官コースを志望していた者など様々である。

各々に配置された艦娘の装備は各自管理だが、貸し借りも許可を取れば可能である。

勿論、それは一般的概念で兵器扱いされている艦娘も例外ではない。

 

 横須賀鎮守府に集まった提督達の決め事で、資源を回収する遠征等は、

各艦隊から一名から二名の艦娘を選出して遠征に行かせる。

また艦娘の遠征と演習が被った場合は演習での練度向上を最優先にさせている。

これは全ての提督として同じ考えがあり、艦娘は兵器であろうとなかろうと、

自分達の大事な部下である事に変わりは無い。

故に部下を無駄死にさせる様な事態を起こさぬ様に彼女達に与える物は全て与え、

轟沈させる事無く役目を終える時まで戦わせる。

 

 鎮守府正面の港、集まった六名の艦娘達が整列している。

能代、島風、五月雨、電、雷、曙の六名が艤装をつけて水上に立っている。

提督数名が集まり、各艦娘への激励の言葉を送ったりしていた。

 

「それじゃ五月雨。遠征頑張れよ」

「はい!お任せ下さい!」

 

 遠征旗艦、能代を筆頭に複縦陣形を組んで、艦隊は海へと向かって行った。

提督同士で敬礼し合った後、秘書官を連れて各々の作業へと戻って行く。

 

 

そして、古鷹を率いて己の執務室へ足を運ぶ浅葱の姿があった。

春の風は二人の衣服を舞い上げて、浅葱は帽子で押さえられていない

後ろの髪がなびいて首筋が露にされて、古鷹はヘアピンで留めた場所ごと

髪を靡かせて、時折顔の左上半分の火傷を風が撫でる。

浅葱は後ろで一歩も立ち止まることなくついて来る古鷹を横目で気遣う。

元々浅葱は古鷹に対して甘い部分があり、周りから甘やかすなと言われる。

 

「んんっ…あー…古鷹?」「はい?何でしょうか?」

 

 業とらしい咳払いと共に振り返る浅葱に古鷹はニッコリ笑って首を傾げる。

一瞬、ほんの一瞬だけ浅葱の目は古鷹の火傷に目を伏せた浅葱は笑顔で言った。

 

「珈琲。一緒に飲まないか?」

「え?」

 

 キョトンとした顔を浮かべた古鷹に浅葱は帽子を深く被り直して視線を合わせない。

やがて数秒の合間の後、古鷹はニッコリと笑って答える。

 

「古鷹でよければ、ご一緒します!」

 

「そうか…それじゃ…」

 

 ホッと笑顔を浮かべながら、古鷹を連れながら浅葱は執務室へと向かった。

 

 

*

 

 

「古鷹はミルクと砂糖要るか?」

「あ、お砂糖は大丈夫です」

 

 コーヒーメーカーに豆を大匙のスプーンで掬いながら、帽子を脱いだ浅葱は横目で聞く。

古鷹は執務机の前に立って書類を確認しながらミルクのみと答え、書類を分け始める。

こうして浅葱と古鷹は珈琲を入れては飲みながら、書類を片付けている。

 

 

 ステンレスタイプのマグカップを2つ取り出して盆の上に置く。

ステンレス製のマグカップとは味気ないが、これは浅葱の強い希望があった。

以前、古鷹は何故ステンレスに其処まで拘るのか聞いてみた。

 

「以前陶器を買ったんだけどな、何度も手を滑らして壊しちまうんだ」

 

 と、実際に古鷹は着任時の事。左目の火傷を負ったときの事を思い出した。

 

 

あの時、戦艦級の砲撃から別艦隊の艦娘を守る為に古鷹は重症を負った。

傷だらけの古鷹を浅葱は泣き叫び、怒りで滅茶苦茶な罵倒を繰り返しながらも

血の染みが衣服につく事も躊躇わずに古鷹を医療施設にまで運んだ。

それから古鷹は数日間眠り続け、彼は付きっ切りで古鷹を看病していたという。

その時に古鷹はうっすら覚えていた。

自分を心配そうに見つめていた浅葱が手に持っていたマグカップを、

ボーっとしたまま落としては何個も割っていた事を。

 

 あれから浅葱はやけに古鷹に親身になっている。

古鷹自身は笑顔で自分を気遣う彼に、上司への尊敬以上の感情を…。

異性としての特別な感情を抱いていると感じ始めていた。

 

「ほい、古鷹」

「ありがとう御座います」

 

 ステンレスのマグカップを手袋越しに掴んだ浅葱はミルクをかき混ぜた1つを、

ソファーに座った古鷹に手渡して彼女の座るソファーの右向かいの一人椅子に座る。

 

「ふー…ふぅー」

 

 唇を窄めて湯気の立つ珈琲を飲み易くしようと息を吹きかける古鷹。

浅葱は珈琲の苦味を口に含みながら、横目で彼女をチラ見する。

 

 首を前に傾ける古鷹の髪の合間から、痛々しい火傷の跡が覗く。

あの火傷は、彼にとって提督として初めてのミスであり、後悔の象徴。

 

 

 古鷹を何時も通り送り出した浅葱は、彼女が帰ってくる前に珈琲を入れようと、

特別高い豆を使用した珈琲を作って彼女の帰りを待っていた。

しかし、帰還の時に報告に来たのは別の鎮守府の艦娘だった。

浅葱は目を見開いて報告を聞いて耳を疑った。

 

 浅葱艦隊旗艦古鷹は戦闘中に他艦隊の艦娘を庇い負傷。

それを聞いた途端、浅葱は報告に来た艦娘を押し退けて港へ走った。

彼が持っていたマグカップは机の端に乱暴に置かれた為に、黒い液体を零しながら

ガチャンと音を立てて執務室の床に割れた。

 

*

 

「古鷹!?」

 

 港に運ばれてきた古鷹を見て、浅葱は口を震わせて彼女の姿を目にする。

制服はボロボロに裂けて、身体中に切り傷がつけられている。

何より酷いのは、彼女の綺麗な琥珀色の左目から頬に至るまで、焼け爛れていたのだ。

 

 浅葱はハッとなって彼女の艤装を取り外して工廠に持っていこうとする妖精の間を駆け抜けて、意識を失った古鷹の身体を担いで医療施設へ走り出した。

 

 それからは意地と根性で、古鷹の看病に必死になっていた。

本来の提督という業務を「知った事か」の一言で突き放し、古鷹の額に浮かぶ血の混じった汗を何度も拭いて、次第に彼の白い制服も所々が赤い血の跡がついていた。

数日後、寝不足で意識が朦朧とする中で古鷹の意識は覚醒した。

 

 あれから浅葱は古鷹に対して常に気を遣う様になっていた。

もしかしたら部下である彼女の事を、大切に思うあまり、異性としての特別な存在として

恋愛感情を抱いていたのかもしれない。

だが、彼女への配慮をするあまり提督としての心構えを忘れ掛けてしまう事がある。

それ故に、浅葱は古鷹への感情を偽って接している。

 

 

*

 

 

「…提督?」「…んっ?」

 

 古鷹に呼ばれて浅葱は思考の海に浸っていた意識を戻してマグカップの中身を見る。

何時の間にか珈琲は無くなってしまったらしい。浅葱は机にマグカップを置く。

時計の針はそろそろ正午を指そうとしている。

 

「そろそろ飯だな、古鷹。また後で…『あ、提督!』?」

 

 古鷹は何を思ったのか、浅葱を呼び止めてしまった。

呼び止められた理由は分からないが、浅葱は彼女に顔を向ける。

古鷹は暫くえーとかぅーとか可愛らしく唸った後、言った。

 

「一緒に昼食召し上がりませんか?」

 

「…悪ぃ、一緒には食えない」

 

 小さな間を空けて、浅葱は申し訳無さそうに笑みを作って片手で謝る。

古鷹は残念そうにしながらも図々しい申し出だったかと謝ろうとした。

 

「あ、謝ることは無いぞ」「は、はい…」

 

 浅葱は執務机に置かれた制帽を被り、開けていた首もとのボタンを閉めて

マグカップを洗い場に古鷹の物と一緒に入れて、彼女より先に部屋を出る。

部屋に取り残された古鷹は、暫く閉まったままの扉を見つめていた。

その横顔は何処か寂しそうにしていた。

 

「やっぱり……私、嫌われてるのかな…」

 

 彼女の呟きに、答える者はいなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 ~欺きし者~

どうも、はりゅーと申す者です。
ご存じない人しかいないと思いますが少しだけ小説を投稿させてもらっています。
表現力がないですがそれはまぁ…他の人が埋めてくれると思いますので(汗
それではどうぞ




はりゅー


___人類が対抗する術は…

 

「敵影多数!本海域を囲む形で出現!」

CIC内にこれとなく情報が飛び交う。

「駆逐艦と巡洋艦クラス、合わせて100以上!空母クラス50余、戦艦クラス22!」

もちろんじっとしているわけにいくまい。

「味方艦への被害は!?サルベージ作業の進歩の報告急げ!」

「サルベージ作業全艦終了の模様!しかし比叡の艤装を乗せた輸送船の一部が立ち往生!」

「米、アーレイ・バーク級2隻小破!対空護衛艦あきづき、てるづき被弾!」

既に被害が出ていたか、まずい。在日米軍の艦にも被害が出ている。

「あたご、SPY-1レーダー全面に被弾!イージスシステム起動しない模様!」

最悪だ、まさかイージスシステムが使えなくなった艦があるとは…

「艦長に報告しろ!各部武装チェックしておけ!」

 

艦内が騒然とする中、艦長からの命令が下る。

「損害を受けた艦は撤退を開始、我が艦は輸送艦を護衛するとのこと!」

艦の方針は決まった。艦の速度が上がる。

「目標に接近!輸送艦は離脱までおよそ8分!」

8分、いつもならすごく短いかもしれない。だが、こういう時は長く感じるものだ。

「目標視認!敵艦載機多数!」

もうここまで接近されただと…なんという機動性。

「CIWS、AAWオート! 目標、敵艦載機!主砲、撃ち方はじめ!」

自分の胸の鼓動が早くなるのが分かった。生き残るなんて考えない、その場で本気を出し、その結果が吉なのか、はたまた凶なのか。ただそれだけだ___

 

「ッ!ハァ!ハァ!ハァ、ハァ、ハァ…ハァ…」

夢…か。

俺はベッドから体を起こし横に置いてある時計を見る。

「午前4時半…少々早く起きちまったかな」

寝床から起ち上りカーテンを開ける、日の出だ。俺は寝間着からいつもの着慣れた服に着替える。歯を磨き顔も洗う。いつもの日常なのだが…

「もう何年たったか…あの戦いから」

昨日、いや今日見た夢を思い返す。まだ艦娘のいない時に命を懸けて戦っていた。それも有効とは言い難い通常兵器で、小さい目標と。当たればたまに吹っ飛ぶが、当たらない。簡単に迎撃される。百発撃って精々1割、もしくはそれ以下。しかも完全に倒せるとは決まっていない。

そうとわかっていても戦わなければならなかった。艦娘が生まれるまでは。

 

部屋から窓の外を望む。少し水平線から離れた太陽は赤かった。そして水面を波打つ者達がこちらに向かってくる。それは距離が遠くてはっきりとは視認できなかった。

「夜間演習、お疲れ様」

もちろん誰にも聞こえるわけがないのだが。

 

俺は自分の部屋を出て外へ出る階段を下った。扉を開けるとなんとも言い難い心地よい風が全身を通り抜け何処かへ消えてゆく。速くもなく遅くもなく歩を進め海へと近づく。

 

「おーい」

近づく艦娘達一行に手を振りながら己の場所を表す。

一行はこちらに気づいたらしく、話ができるまでの距離に近づいてくる。

旗艦扶桑以下6名の我が艦隊だ。

「お疲れ様!司令官!」

やけに元気がいい彼女は特型駆逐艦4番艦深雪、いつも元気一杯なのはいいがよく空回りしている。

「こっちみんなクソ提督!」

視線を向けるだけでそういうのは駆逐艦 曙、被弾したのか多少ペイント弾が付着している。口ではああいうものの本心では俺の事を嫌ってはないと他の艦娘から聞いている。

「こんなにコキ使いやがって…クソが!」

まさかの起きて1時間もしないうちにクソと面向かって2回も言われた。まあそんな豆腐メンタルではないので気にはしないのだが。

「すいません提督、今回は不調だったようで…」

少々口が悪いのは愛宕型3番艦重巡洋艦 摩耶 頭を下げた方は愛宕型4番艦重巡洋艦 鳥海

姉の摩耶はかなり被弾したらしく体中をペイントが覆っていた。

妹の鳥海は姉の非礼を詫びている。

なんだか少々滑稽に思ったが笑ってしまっては摩耶の機嫌を取り返しがつかなくなってしまう。

「つ、次は全員が危険に晒されないような作戦考えるからさ…」

精一杯の慰めの言葉で摩耶を咎める。

 

「提督、もう起きていらしたのですか」

透き通るような声に呼ばれてそちらに目を向ける。我が艦隊旗艦の航空戦艦、扶桑 そして同型艦の山城である。

「ああ、お前らが初の夜間演習って時に寝坊してられないからな。ちょっとばかし早く起きちまったよ」

それもそう、夜間演習は今回が初めてなのだ。だから4時半くらいには起きられればと寝たのだが、それがあだとなったのかあんな昔の悪夢を見てしまった。だがあれでもまだマシな方だ。あの悪夢にはまだ続きがある。

「あの…提督、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが…」

山城に言われてハッとする。顔に出てしまっていたか。

「いや、何でもない。お前達が心配でな、肩の荷が下りたのかほっとしてしまって少し油断してしまったよ」

咄嗟に考えた台詞で誤魔化す。

「提督は心配しすぎですよ、もうちょっと信じてください」

「はは、大丈夫。信じてるって」

本当のことでもあるのだが、自分の過去を悟られないようにするためでもある。

と言うのも俺の過去を知っている者はこの鎮守府にはいない___

 

自分の乗った艦は唯一深海棲艦と戦えたイージス艦であり、今は呉の港で人目に付くことなく秘密裏に保管されているらしい。

名も無き艦で形式番号だけが与えられていた。いや、番号と言えるのだろうか。

「DDG-X」

番号さえ不思議な艦、装備も特殊なものが多かった。

あたご型護衛艦の発展と思われるが細部がまるで違う。

そんな船で砲雷長をやっていたのだ。上層部からも秘匿しろと厳命される。そのために俺は皆を欺く。年齢を初めとし、過去に関することはすべて嘘を吐く状態だ。

日常生活の中では困らないのが救いだが、やはり心に重いものが引っかかる。

 

と、そんなこと、今はどうでもいい。今はこの娘達を休ませるべきだ。

「とりあえず、扶桑が報告してくれれば後は全部俺が報告書まとめておくからお前達はドッグに行ってきな。今日は休め」

皆、それぞれの反応をすると艤装を外しに鎮守府へ戻って行った。

それを見送りしばらく海を眺めて、考えに耽った。

 

「どうすれば心の重荷から解放されるのか」と…

 

水平線から離れた太陽はかなり昇っていた___

 

 

時間が経ち、起床の時間になった。鎮守府が騒がしくなってくる。

「姉さま、そろそろ朝食の時間ですね」

提督に報告を済ませて部屋に戻り読書をしていると山城が話しかけてくる。

「そうね、山城。行きましょう」

私は本にしおりを挟むと山城とともに食堂へ向かう。

 

食堂へ着くと数人の提督とその指揮下の艦娘達がすでに食事を堪能しているところだった。

御盆に乗った食べ物を受け取るとどことなく静かな端の方に二人で腰を下ろした。

「今日の朝食は鯖の煮つけに人参と大根のスープですか…」

山城は少しがっかりしたような感じで呟く。山城が人参嫌いだということは姉妹だけの秘密。

「ほら山城、ちゃんと苦手な物でも食べないと」

姉として妹の好き嫌いは直してもらいたい。

「わかっています。姉さま」

朝食を食べながら今日の朝の事を思い返す。

 

___提督は何か隠し事をしている。私はそう思えてやまない。

ずっと心の何処かに違和感としか言いようのない何かがある。

羽隆提督は着任した時から心の底を見せてくれなかった。私たちを人として、一人一人女の子として見守ってくれている、それは本心なのだろう。でも、すべてを正直に見せてくれない。

羽隆提督は信頼できる人物だしあちらも信頼してくれていると勝手ながら思っている、でもあの人の行動は時々違和感を覚えずにいられない。今日の朝も違和感を覚えた。艦隊のみんなは私以外気づいてないようだけど___

 

「今日は予定もないし聞き出してみましょうか…」

誰にも聞こえないように囁いたつもりだったのだが

「?何か仰いましたか?」

どうやら隠しきれていなかったらしい。

残っていたスープを飲み干し、食器をまとめる。

「何でもないわ、じゃあ先に部屋に戻っているわよ」

山城に言葉を残すと席を立った。

返却口に御盆と食器をカウンターに返す。

食堂の扉を開け廊下に出ると窓からこれでもかと言うくらいの青空が見えた。

 

空はこんなに青いのに、どうして心が曇っているのだろうか。

 

なんて詩を考え、ちょっとばかり恥ずかしくなって小走りで部屋に戻った___

 

___夕方、水平線は紅く染まり鎮守府もまた少し静かになってくるであろう頃。

俺は今日の書類仕事を終わらせ、暇になっていた。

音楽再生プレイヤーを机の引き出しから取り出しイヤホンを両耳に付ける。

「さてと、今日は何聴こうか…」

リストから適当な物を選ぶ。これかな。

(聞こえるか?聞こえるだろう?遥かなる___)

違う、こんな人類全滅ENDの曲を聴く気分ではない。

(盗まれた過去を探し続けて__)

これも違う、最低野郎ホイホイじゃないか。むせる。

となると歌詞がない方がいいだろうか。

ジャンルを変えて曲を探すがこれと言ったものが見つからない。

すると最後の方に一つだけ見慣れない曲名があった。

「みらい」

それとなく聴く曲もないので再生を開始する。

人からよく聞いている曲がおっさん臭いなどと言われるが気にはしない、音楽に集中していると気がつけばまぶたが閉じている。

どうやら夢の世界へ行ってしまうのだろう___

 

 

___CICに悲痛な叫びが飛び交う。

「艦橋に敵機残骸衝突!連絡付きません!」

「艦首付近に至近弾!バウ・ソナー改破損!機能停止!」

状況は悪化する一方だ。

「救急班と艦橋補充員を送れ!どうせ潜水艦はいない、浸水していた場合のみダメージコントロール!」

一息つく暇もない。艦長以下数名が不足しているとなると尚更だ。

 

「報告!重傷者一名!艦長、副長、航海長軽傷!しかし安静が必要だと!」

死人が出なかっただけ不幸中の幸いか。

マイクを取り艦内放送を流す。

「総員に次ぐ!艦長以下数名が負傷したため指揮権は私に委譲された!だが各員はそのまま支障なくできると私は信じている。頼んだぞ!」

 

艦内放送を終えると砲雷科の一人が訊ねてくる。

「砲雷長、このままでは…」

「そんなことわかっている。各兵装残弾数報告しろ!」

「は!主砲残弾数79!CIWS.フルオートで1分!シースパロー残弾0!トマホーク残弾2!対艦無反動誘導弾残り16!前部VLSアスロック対潜ミサイル30!」

対艦無反動誘導弾とはこの艦にのみ搭載された兵器であり深海棲艦に対して一番有効だった。

再びマイクを取り艦内放送を流す。

「どうせこのままじゃやられる。陸には陸自の90式やら74式、米国のM1A1エイブラムスも少数ながら配備されているらしい。だったらこのまま全速力で揚陸し、座礁させる。ダメコン作業員の退避を始めさせろ!各員揚陸後離脱の準備を!」

一部将兵が驚きの顔をしている。

「このまま死にたいか?死にたくないだろ?じゃあ生き残る事を最優先にしろ。戦果なんて二の次だ!」

総員納得してくれたのだろうか、視線を元に戻す。

「最後の戦いだ、出し惜しみはしなくていい!全弾撃ち尽くせ!」

俺の叫びと共にモーター音が強くなっていく。どうせ死んでも悲しんでくれるのは海自の奴らだけだ。だがこの船の乗員はそうではない。

だが、もし生き残れたとしたら。

 

大切だと思える人を作ってみるかな。

 

それは生き残るための俺の決意なのだろうか、自分でもわからない___

 

 

__...いとく…ていとく…提督…提督!

誰かが呼んでいる事がわかった。

「提督…あ、やっと起きられましたか…大丈夫ですか?うなされていたようですけど…」

充電が切れ再生が止まっていたプレイヤーのイヤホンを外すと目を開かせる。

声の主は秘書艦の扶桑だった。

「揚陸とか…座礁とか…一体何の夢を見ていたのですか?」

また悪夢を見てしまった。と言うかこの「みらい」って曲ジパ〇グじゃないか。そりゃあイージス艦やら第二次の軍艦やらと関係している過去を思い返す訳だ。

そういえば以前、友人に貸したとき数曲入れといたと言っていたがまさかこれとは。

あまりにも不幸すぎて恨む気にもなれない。

「はぁ…悪夢を見たんだよ…」

疲れた体を休ませるように椅子からソファーに移動し寝転がる。

「悪夢…ですか」

扶桑は心配そうな顔でまなざしを向ける。

「ああ、今日の朝も同じような夢を見た。思い返したくもないがな」

今度こそ休めるように楽な体制で目を閉じる。

「お休みになられるのですか?夕食は…」

「ああ、明日は新人提督が来るんだろ?じゃ、今日みたいに早起きしなきゃならないが生憎この服の予備が全部洗濯中なんでね。朝食で多めに食えば倒れたりはしないさ」

そう、明日は新しい提督がくる。

しかし、ここから突然眠気が俺を襲う。もう長くは持たない。

「二回も悪夢を見て疲れちまったよ…じゃあ…明日…な」

明日にまるで転校生が来るかのような気持ちを抱き俺の意識は途切れた___

 

もう、提督はいつもマイペースなんだから…

ソファーで寝息を立てる提督に箪笥から毛布を取り出し掛ける。

言いたいことも言いそびれたし…

でも、そんなマイペースな提督だからこそ。不幸戦艦と揶揄された私たちを少しでも信頼してくれるから。

「好きですよ…提督…」

電気を消すと窓から月の光が眩しくなる。

その月は憎たらしいぐらいに真ん丸だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ~業を背負う者~

PCが壊れて投稿が遅れてしまいました。PCを買い替えて一週間くらいで投稿する予定だったがいつのまにか3か月くらいたっていました…。申し訳ないと思っています…。




くろはく


 とある春の日の午前中、新しい提督が我が鎮守府に着任してくると連絡が回覧で回ってきた。窓の外に目を向けると、桜並木は風に揺られながら花びらを舞わせている。

「きれいだけれどシロアリがいっぱいいるのだろう?」

以前、部下たちの前で言ったら全力で殴られた。

 

よそ見から戻った私は回覧に目を通しながら緑茶をすする。煎れるときに少し茶葉が多かったのか、それとも煎じる時間が長かったのか緑茶はいつもより苦みが強かった。お茶うけには甘いものがほしい。

そんなことよりも今は回覧だ、周りの噂話によると新任提督の父親は上層部のかなり偉い人物らしい。

一部の連中はどうやったら上手くお近づきになれるかを考えあぐねていることであろう。連中からしてみれば、太くて頑丈なコネクションは喉から手が出るほど欲しいものだ。

一方で、叩き上げの連中にしてみたらそれは面白くない話になる。連中は特別扱いが大嫌いだ。どうやって困らせようか考えているものもいると聞く。

両方に共通して言えることは、よからぬことしか考えていないということだ。

それでも同じお仕事仲間になるわけだから、私は事を荒げようとは考えていない。

仕事に支障が出るのはこちらにしても都合が悪いし、かといって特別扱いもするつもりはさらさら無い。最初で甘やかせば人はダメになる。今後の計画も近々考えておく必要がありそうだ。ものすごく面倒だ。

 

今日の執務はポスター作りだった。

趣旨は備品を大切に使うこと、廊下は走らない等といったありきたりなものである。

こんなものが必要になるのは、勿論守れない輩がいるからだ。

作業中の4人は変わるがわる椅子に座っては目の前にある端末とにらめっこをしていた。

私のところには現在この4人しかいないが、戦力不足が否めないので主に後方支援や資源の確保を任務としてこなしている。本人たちには言わないが、よくやってくれていると思う。ただ一名が勝手に調子に乗るので口が裂けても言うわけにはいかない。

中には戦艦も空母も配備されていない私を出世から外れた負け組だと言うやつもいるが、勝手に言わせておけばいい。そういうやつに限って自分は特別だと思い込んでいる。

ついでに馬にでも蹴られればいい。もっとも私は今より上に上がるのはあまり興味がない。自由が利かなくなるのが嫌だと言ったほうが正しいか。

 

しっくりとしたキャッチコピーが出てこないらしく、あれでもないこれでもないと話し声が聞こえてくる。

懐から取り出した懐中時計は、時刻午後12時を指す。

そろそろ食堂に向かおう。今日は何を食べようか、さすがにカレーは食べ飽きてしまった。

 

「もうみんなお腹も空いた頃だろう。お昼にしよう」

 

第六駆逐隊の4人に作業を中断させ声を掛ける。

 

「今日のおすすめはなんだったかしら、響知らない?」

 

伸びをしながら暁が尋ねる。今日のおすすめとは、青葉のリサーチによりその日食べておきたい食堂のメニューのことだ。しばらく響は考えてから、

 

「今日のデザートは料理長の気まぐれスイーツだったと思うけど、アレにはあんまりいい思い出が無いね」

 

それを聞いた暁の顔が形容しがたい表情に変わり、響は苦笑いをしている。私もあれにはいい思い出が無い。それがいいものだとは言えない。なんといっても一番被害を被ったのは私だったのだから。

 

…もう臨死体験はしたくない。

 

「たまに比叡の作った暗黒スイーツが出てくるのよね。今度は大丈夫かしら?」

 

そもそも何故比叡が作ったものが料理長のスイーツとして出てくることがあるのだろう。

料理長要素が皆無ではないか、タイトル詐欺で訴えれば勝てそうな気がする。

噂ではスランプに陥った料理長に比叡が創作料理のレシピを見せたのが発端だとかどうとか。真相は謎のままだ。暗黒レシピを実用化するなどその時の料理長は頭がいっていたとしか思えない。

比叡のデザートが食堂のメニューに出て、それを食しても無事で済むのは赤城ぐらいだろうさ。

たいていの者は半日寝込む。それさえも運が良ければの話ではあるが…

私の場合は全快するのに丸一日かかった。

 

「今そんなこと考えたって、その時になってみないとどうなるかなんてわからないじゃないの。考えるのは後でいいわよ。幸い死人はまだ出ていないのよ?」

 

雷はあまり心配していないようだ。そういえば雷はこの前、自分の分を赤城に食べさせていたな。運のいいやつである。

 

「おねえちゃんはもうちょっと危機管理を持ったほうがいいと思うのです」

 

腕をぶんぶん振りながら電は言う。

 

「電が心配性なだけなのよ。何かあったら私がちゃんと守ってあげるから。大船に乗った気分でいなさい」

 

自分の胸にどんとこぶしを当てながら雷は言う。それを聞いた電は力なくため息をついている。いつも電は雷に振り回されている。大変な目にあっても次の日には仲直りしているのだから電は本当にやさしい子なのだろう。

 

「おねえちゃんは駆逐艦なのです…戦艦よりはちっちゃいのです」

 

「言葉の綾じゃない。そんなこと言ったら私たち駆逐隊ですもの」

 

 

他愛もない話をしていると食堂の前に着いた。するとそこには張り紙が貼ってあり、そこに人だかりができていた。張り紙を指さし四人を見ると、彼女たちは無言で頷いて人ごみをかき分けながら張り紙の前を目指す。しばらく待っているとみんなが帰ってきた。

 

詳しくまとめると赤城がバカ食いして本日完売御礼とのことである。他にも比叡の作った料理が含まれているなどといったお知らせもたまに貼ってあるのだが、たいていの場合は残念なお知らせである。

 

「どうする司令官?」

 

雷が私に聞いてくる。まれによくあることなので、こうなってしまった場合の対策も勿論用意してある。

 

「ここがだめなら仕方ない外に食べに行こう。各自食べたいものはあるかな?」

 

「お寿司がいいな!司令官」

 

暁が目を輝かせながら言う。いつにもまして素直だな。いつもより聞き分けのいいお子様のようではないか。出前のほうが手っ取り早いが折角なので出かけよう。出前と店に行くのではやはり違うものがある。

「皆は寿司でいいか?」

 

念のために他の三人にも確認を取る。意見が割れれば多数決なりじゃんけんなりで行先を決める。

 

「お寿司食べたいのです」

 

「別に私たちはどこでもいいわよ?」

 

電も笑顔で、響も雷もそれでいいようなので回る寿司屋にでも行こうと思う。

回らないお寿司屋さんには暁がレディーになれたときにしよう。店は車を走らせればそこまで時間は掛からない距離にある。

私は駐車場に行って5人乗りの黒い普通車を動かし、鎮守府入口に車をつけて待たせていた4人を拾う。

乗り込んだのを見て私は車を出す。移動中に他愛もない雑談をしているとほどよくして回る寿司屋にたどり着いた。そのころになると、途中から雑談がしりとりに代わり響の“る”攻めに暁がやられていた。4人を先に降ろし、場所を取りに行かせる。

車を駐車場に停めて入口から入っていくと、奥のほうのボックス席から響が手を挙げ合図を送ってくる。どうやら待たずに済むようだ。みんなのいるボックス席に私も向う。

席に座るや否や雷が私の前にお手拭き、割りばし、緑茶の入った湯呑を渡してくる。

 

「手際がいいな。雷、ありがとう」

 

「こんなの普通よ」

 

いつものことじゃないと雷が至極当然のようにそう言うと、暁はむっとした顔で不機嫌そうになる。

 

「私もそれくらいできるもん」

 

暁の対抗心に火をつけてしまったらしい。そんなことにいちいち反応するのが彼女らしいといえばらしいのだが…

 

「まぁ折角ここまで来たんだ。好きなだけ食べないと勿体ないぞ」

 

「おー今日の司令官は太っ腹だね。出るお腹ないけど」

 

響までそういうことを言ったそばから、トロ、イクラ、穴子と結構なお値段の寿司ネタを流れてくるレーンに手を伸ばしテーブル席に並べていた。

 

「たまご、いかさん、たこさん、鉄火巻」

 

歌いながら電が取っているのは、どちらかというとお財布にやさしいもので、そして全部山葵抜きだった。

 

「電は山葵だめなのか?」

 

「ツーンと来るのが苦手で」

 

かくいう私も必要以上に山葵の乗った寿司はできたらご遠慮したい。舌が大変なことになる。

電の隣に座る雷はというとネギトロ、納豆、海栗と軍艦巻きを攻めているらしい。

暁はというとまだどれにしようか考えていた。

 

「好きなもの食べていいとは言ったけど、長居はできない。だからあんまり優柔不断だと何も食べられずに帰ることになるぞ、暁」

 

「そう言われても悩むのよね。そうだ司令官おすすめないの?」

 

「そうだな、炙った塩サーモンとか炙りエビマヨとかどうだ?」

 

丁度よく流れてきたので私はそれを取り、暁の前に置く。

 

「ありがとう。お礼くらい言えるし」

 

そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに暁が言う。一言が絶望的に不要だった。その様子をジーっと響は眺めている。

 

「素直になれない姉さんは可愛いと思わないかい?司令官」

 

響がニヤニヤしながら聞いてくる。このシスコンを私には矯正できそうにない。

 

「ノーコメントで頼む」

 

「司令官は釣れないねぇ」

 

面白くなさそうにため息を吐き、響は緑茶を飲んでいた。彼女は湯呑を置き、再び高そうな寿司の乗った皿をレーンから取っていく。そろそろ手持ちで足りるのかが不安になってくる、この店はカードが使えただろうか。そんな私を察したのか雷が耳を貸してとサインを送ってくる。耳を傾けると雷は周りには聞こえないように小声で、

 

「いざって時は私がどうにかするわよ?この雷様に任せておきなさい」

 

雷様はなんでもお見通しというわけか、頼もしい限りではある。

 

「流石にそれはどうかと思う」

 

「割り勘とかでも気にしなくていいわよ。司令官が奢るとは一言も言っていないし、放っておけば響だけが無駄に高くつくわよ?」

 

言われてみればそうなのだが、その提案に甘んじてしまってもよいのだろうか。そんなことを考えながら、真鯛、カンパチ、ビントロの皿をレーンから取る。

 

「1貫私におくれよ、司令官」

 

こっちを見ていた響が自分を指さしながらこっちを見ている。お財布に直撃を与えるだけでは飽き足らず、私の寿司ネタまで狙っているだと。そんな様子を見ていた電が響にエビの皿を取って渡す。

 

「響ちゃん、これおいしかったですよ。よかったらどうぞ、なのです」

 

「あぁ、電ありがとう。でも私はその司令官の真鯛もおいしそうに見えてね」

 

電からエビを受け取り、すぐさまこちらの真鯛を補足する響。

 

「おいちょっと待つんだ響、高い寿司を食べているなと思ったら今度は人の分まで強請(ねだ)るのかお前は」

 

クレームを突き付けても、響はきょとんとしている。

 

「流石に司令官がおごってくれるにしても、ちょっと響高いもの食べ過ぎなのよ。それと予算オーバーしたら割り勘なんだからね。自分の食べた分は後できっちり請求させてもらうわよ」

 

雷が助け舟を出してくれた。それを聞いた響は、そいつは初耳だと驚いている。まぁ今初めて言ったわけですが…

 

「そろそろ年貢の納め時なんじゃない響。あんまり司令官いじめたら可愛そうよ」

 

暁もプリンを食べながら、響に姉らしく言う。素晴らしくプリンがよく似合うお子様にしか見えないが、たまにはいいことを言ってくれた。

 

「姉さんがそう言うならしょうがないね。判ったよ」

 

ようやく響はあきらめてくれたらしい。私も肩の荷が少し降りた。

 

それからしばらくして私たちは、店を出ようとお会計に向かうと私の財布だけでは足りないという現実を突き付けられた。それを聞いた4人はかわいらしい財布を取り出し、オーバー分の支払いを済ませる。その後で鎮守府への帰路に発つ。帰りの車の中で、食後の眠気のためか暁と雷、電はぐっすり寝ていた。

 

「お寿司おいしかったね。司令官」

 

「そりゃあれだけいいもの食べりゃ満足するだろう」

 

「連れて行ってくれてありがとう司令官。次はどこに連れて行ってくれるんだい司令官」

 

「そうだなぁ、今度は響の奢りでどこかに行こうか」

 

「じゃあそのために、私のお給料を上げてもらわないと…」

 

結局はそうなってしまうのか。それは私がどうこうできる範疇を超えている。

「給料は何につかっているんだ」

 

「それは乙女の秘密だよ。じゃあ司令官当ててみなよ」

 

「そうだなぁ、鎮守府を裏で牛耳る為の裏工作とかか?」

 

「司令官、私がそんな風に思われているなんて心外だな。いくらなんでもそれはないよ」

 

運転中の後頭部を響にポンポンされる。運転中にちょっかいを出すのは事故の元だから本当にやめてほしい。

 

「じゃあ他の連中は何に使っているんだ?」

 

「姉さんと電はかわいい小物とかぬいぐるみに、雷は手芸用品とかが多いかな」

 

年頃の女の子らしいじゃないか。私がこの子達くらいの頃はずっとゲームをしていたような気がする、引きこもりではないインドアなだけだ。まわりにいる乙女達の秘密はペラペラしゃべるなぁ。まぁ、あの子たちからしてみたらなんでもないことのようにも思えるが…

 

「無駄遣いしているわけでもなさそうだし、それだけ分かってよかったよ」

 

「だけどね司令官、一つだけ問題があるんだよ」

 

「何があるというんだ」

 

信号で車が止まったので、私は振り向いて彼女のほうに顔を向けると、響は言葉を考えながらしばらくして返答する。

 

「姉さんが可愛い子猫が飼いたいって言うんだ。しかも室内で」

 

流石に室内で動物は飼えないんじゃないか?壁で爪とぎとかされても困る。

 

「それからね、私は猫アレルギーなんだよ。でも笑顔の姉さんになかなか言い出せなくてね」

 

相手を傷つけずに自分の言い分を言うのもなかなか難しいものだ。

「だったら、一緒に考えよう。一人で悩むよりはいいと思うぞ」

 

「ありがとう司令官」

 

帰り着くまで時間は少なかったけれども一緒に考えた。そして暁の目が覚めるちょっと前に名案が浮かんだのだ。

響が暁にどう言ったのかは、また別の話である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 ~過去の約束~(春会議)

お待たせいたしました。匠先生の最新話です。感想でも私宛ての感想が多くて正直びっくりしました…。その分の期待にお答えすることができるのかはわかりませんが、一生懸命考え抜いて作りましたので、是非ご覧ください!!




匠先生


十数年前、俺は父親に連れられ、広島に向かった。この日父は休暇を取ることができて、男二人で旅行していたことを覚えている。

そんな旅行の際、俺と親父はとある博物館へ向かった。父親の左手に引かれながら、いっしょに進んでいた。

「うわー、おおきなおふねだ!!」

目の前には巨大な船の模型が置いてあった。幼児だった俺は思わず圧倒され、好奇心でいっぱいになったことを、覚えている。

俺が歓喜の声を上げていると、親父は微笑みながら俺へと言い聞かせるように、口を開いた。

「匠、でも本物はこれより何倍も大きいんだよ」

「へー、すっげーー」

ガラスの壁にべったりと、俺は張り付きながら見とれていた。

「いま、これは何処にあるの!」

無邪気な俺は、目を輝かせながら親父へと問う。すると、親父は顔をうつむかせる。

「残念だけど、その船はもう無いんだ···」

俺は悲しい気分となったが、直ぐに笑顔になりこう言った。

 

「またできたら会いたいな」

 

この時、俺は何を伝えたかったのかは分からない。だが、自分の言いたいことは、これ以外に考えられなかった。父親はその発言を聞き次第、微笑みながら俺の頭を撫で、言った。

「そうだな、会えるなら匠に絶対会わせてやる!約束だ」

そう言って、父は小指を出す。硬い約束を結ぶ、指切りの合図だ。俺も答えるべく、小指を出した。そして、二人で指切りをした。俺も父も笑顔だった。

「そういえばおとうさん。この船はなんていうの?」

俺はひとつ疑問があったので聞いてみると、父は何か誇らしげな顔をして、

「この船はこの日本の技術をたっくさん集めてできた、最強の戦艦…『大和』だよ」

 

この日の思い出は、一生忘れることのない出来事になった。

 

 

 

午前七時半。俺は気持ちのよい目覚めで起きた。いつもと同じ何気ない一日が、また始まろうとしている―はずだったのだが···

俺は身支度を整え自室をでると、となりにある提督室へと向かった。すぐ隣ですごく便利である。提督室には、案の定誰もいない。まぁ、いつものことなのだが…。

朝の集合は8時で、それまでは自由時間となっている。友人と会話したり、ギリギリまで寝たり…人それぞれであろう。

俺の場合、だいたいやることは毎日同じだ。8時までは自由な時間である。俺の場合は掃除の時間であるため、昨日使った書類を棚へ戻したり、床を箒などで掃き、掃除をした。そうしたら次第に、メンバーも集まってくる。

「おはようございます、提督」

まず最初に顔を出してきたのは、能代と酒匂であった。

「おう、おはよう」

大抵、一番乗りはこの二人で、その後に駆逐艦の二人が来る。

「提督、おはよう」

「時雨、おはよう」

時雨は相変わらず、静かだった。

「提督ー、おはようございまーーす」

「島風も、おはよう」

島風も来ていた。島風と挨拶したらいつもやることがある。

「今日も速いね」

「そう?ありがとー」

俺の言葉を効いた島風は、どこか嬉しそうな表情になった。

このやり取りは、島風の親友である雪風が教えてくれた。こうすることで島風が元気になるのだ。すなわち、彼女のモチベーションが上がるらしい。

なので、俺は毎回といってもいいほど、この言葉をかけてやっている。効果は出撃や遠征、演習で効いていおり、さすがは親友の雪風だ。ナイスな情報を持っている。また褒めてやろう―と思っていたが、肝心の雪風本人が、いなかった。

「あれ?雪風は?」

俺が執務室を見渡しながら言うと、この部屋に常備されていた大きな古時計が、ちょうど九時を指した。

「雪風ちゃん、なかなか来ないですね」

「そうだな、とりあえず待とう」

雪風は島風、時雨の三人部屋にいる。しかし、時雨と島風は毎朝、ランニングをやっているらしく、一緒に行動しないのだという。つまり、朝は完全に別行動であるのだ。その間、何しているかは知らん。

一体何をしているんだ…。そんな会話を3,40分していた。いや、もっとたっていたかもしれない。これはあまりにも遅すぎる。そのため、俺直々におこしに行くことにした。そうして、俺が重い腰を上げると、突然、部屋の外からもの音がした。この音はきっと―

「しれぇ、おはようございます」

やはりと言うべきか、噂をしていた雪風であった。その表情はとても眠そうな顔で、服はだらしなく着ており、子供のようだった。まぁ本人は否定しているが、実際そんな感じなのだが…。

「雪風ぇ···」

あまりにも、俺たちを待たせすぎである。俺はため息をひとつして、少し呆れたように言った。

「雪風、今月始まってまだ半分しかたってないのに、もう遅刻4回目だぞ。そろそろ直せよ···」

すると、雪風は

「と言われましても···わたしも忙しいんですよー」

と答えた。

しかし、俺は雪風が何かを隠すような、話をごまかそうとしているようにしか見えず、絶対なにか裏があると考えた。

そこで俺は遊び感覚で、彼女の隠し事を探る事にした。俺はうっすら笑みを浮かべながら、雪風に問いかけてみる。

「へーそうなのか。秘書艦の仕事を減らそう。そうすれば早く寝られるだろ?」

「いや提督ー。そんな配慮はいりませんよー」

「なるほど、早いと寝られないと。よし、わかった。よく寝れると噂の枕を、誰かさんがまちがって買ったらしく、それがあるから後で持っていってやろう」

酒匂が赤面した。これで大体お察しください。

「そんなのいりませんよー。勝手に取り替えないでくださいねー」

「変えるぐらいいいだろう···」

雪風は何か焦ったような顔をしていた。すると、大きめな声で

「とりあえず、勝手に部屋にはいらないでください」

と、念を押してきた。

ここで、一つの仮説が生まれた。なにか部屋に隠し持っていると。

俺はその仮説を真実にすべく、もうド直球に聞いてみる。

「ふーん、そんなこと言われたらねぇ…。何か隠してるんじゃないのか?」

「はわわわわわわわわ」

雪風があわてだす。雪風よ、もう逃げ場はない。観念するんだな。

しかしこう思った次の瞬間、ゴーン、ゴーンとこの部屋に常設されていた大きな古時計が十時を示す。

すると、雪風が焦りだした。

「どうした?雪風」

俺の問いに雪風は、恐る恐る答えた。

「しれぇ、今日って…あの日では?」

あの日?はて、俺にはよくわからん。

「なんだよー、対したことなのか?」

その、『あの日』に対して気づいていない俺に、雪風はとても驚いた。

「きょ、今日って会議の日ですよ!!!」

俺は雪風の会議の『議』を言う頃には、すでに外に向かって走り出していた。

「速いよ、しれぇ」

と言って、雪風も追い付こうと走り出す。

「司令!あっー、行っちゃった」

酒匂が外の廊下を見ながら、苦笑して答えた。

「提督もお疲れみたいね。大事な会議を忘れるなんて···」

能代は心配そうに言う。

「ちょっと···いいかな?」

二人がそんなやり取りをする俺たちを見て苦笑していると、後ろの方から時雨がおずおずと出てきた。みんな時雨の方を向くと、時雨は思い出すように口を開く。

「確か昨日、艦隊の吹雪ちゃんと話していたんだけど…その時吹雪ちゃんは、会議の日を明日じゃなくて明後日って言っていたような…どっちがあってるのかなぁ」

時雨はそう言うと苦笑いを漏らした。すると、釣られて酒匂と能代も苦笑いをして、ちょっとした沈黙ができたのだった。

 

 

 

「雪風さぁ、落ち着けよ···」

「すみません、しれぇ」

現在の時刻は12時。提督室にて、食堂で販売している弁当を、皆で食べている。

「そうだよ、雪風ちゃん。提督疲れてるんだからさぁ」

「ちゃんと情報は確認しないとね」

「提督、私よりは遅いけど速かったよ」

一人変なことを言っていたが、みんなスルーを決め込む。

「おい、まてまて。みんなで雪風に一方的に言うのはダメだろ。まぁ、失敗しているのも事実だけど、雪風も秘書艦として頑張ってることも事実だろ。だからミスするんじゃないのか?」

俺の言葉に、皆は下を向いた。自分たちにも少し、責任を感じているらしい。

「雪風ちゃん、ごめんね。ちょっといいすぎちゃった」

頭を下げ、酒匂は雪風に謝る。

「いいえ、私がミスしたのが悪いんですよ。しれぇ、みなさん、迷惑かけてごめんなさい」

雪風も逆に、ぺこりと俺たちに頭を下げる。俺はそんな雪風が可哀想に思い、静かに右手を彼女の上に持っていき、頭を撫でてやった。

「しれぇ…」

「そこまで反省してるなら許さないと…。正直、全然反省していないものだと…」

「しれぇ、ひどいです!」

雪風は穂を膨らませ、怒っているアピールをした。それがあまりにも可愛らしく、面白かったため、部屋にいるみんなは笑顔となった。

こうして、我が艦隊は再び暖かなムードを取り戻したのであった。

 

 

 

 さて、午後2時。現在俺たちは、6人でお茶を飲みながら談話をしていた。この頃は自分の艦隊が休みの時でも、誰かが用事でいないとか、体調が悪いだとかで、なかなかみんなでゆっくりすることができなかった。こうやって、6人集まって話したのは4月の着任日の近くの日以来である。積もる話もあり、結構盛り上がりを見せていた。

だがその中で、ひときわ気になる話題があった。

「司令、次の会議って何を話すの?」

「戦力を拡大すべく、上層部が数人の艦娘らをこっちに送ってくれるそうだ。多分それの事だろう」

「匠艦隊にも、一人くらい入ってきてくれたらいいですね!」

能代が言った。

「たしかにそうだな。艦隊は6人編成で、お前らだけで5人だしな。しかも、今やってる輸送任務や護衛任務じゃなくて、一味違った任務ができそうだな」

みんながそわそわし始めた。どうやらうれしそうだ。

「しれぇ、誰かなぁ?空母さんかなぁ?戦艦さんかなぁ?」

戦艦…。この言葉が、しばらく俺の心に響いく。

 

 

 

「こんな大きくてつよい船がいたらいいのになぁ…」

10分の一スケールの大和を見て、俺は目をキラキラさせながら言った。すると、父がこっちを見て語りかけてくる。

「そういえば、匠の夢はなんだったっけ?」

俺は自信満々でこう答えた。

「僕は、おとうさんみたいに大きな船に乗って世界を守りたい!」

父は笑顔になって言った。

「おお!それはとても大きな目標だね。でもそれができるように努力するのは、匠、自分自身だぞ。だから、がんばれ!!そうしたら、お父さんも協力するぞ」

「ありがとう、おとうさん。僕、がんばるよ」

俺はにっこり笑った。

 

 

 

「しれぇ、しれぇ」

雪風が俺を呼ぶ。完全に思い出に浸っていた。

「あっ、すまんな。昔のことを思い出していてな」

「なにかあったんですか?」

「特に大きなことではないから心配しなくていいさ」

戦艦…やはり胸の奥で引っかかることがある。この後も、いろいろ会話をしていたがこの事で頭がいっぱいだった。

 

 

 

そして夜。俺は就寝準備を整え、あとは寝るだけであった。

とりあえず、俺はベットに寝転ぶ。しばらくして、眠気が襲ってきて寝る気になり、照明を消そうとベットから立ち上がった。そして、入り口付近のスイッチのところへ歩き出す。

ふと、俺は棚に目がいった。そこには、古い写真立てがある。

俺はその写真立てを手に取ると、被っていた埃を払い、写真を眺めた。写っているのは親父、オカン、俺の3人だ。

小5くらいの夏に3人で旅行した際、その時に乗ったフェリーでの写真。親父は今も俺と同じ海軍の上層部として働いている…らしい。というのもそれ以外の情報を、親父は一切教えてくれないからだ。だから、親父の仕事はまるで知らない。ちなみに、オカンも知らないらしい。さらに、親父は帰ってくる時間も一切俺に教えてくれなかった。

この事だけはオカンも知っていたようだが、これは、家で帰ってくるのを待っている俺を、がっかりさせたくなかったかららしい。そんなふうに気を配ってくれていた親父はとことん言うことを聞いてくれた。子供の頃、ほしいっていったおもちゃをすぐ買ってくれたし、たくさん、旅行にも連れて行ってくれた。でも一番感謝をしているのはこの職場につく為のこと…、そう試験である。資料が新しいのを見つけるとすぐに送ってくれて、落ちた時も、明るく励ましてくれた。

そんな親父を俺はまじまじと見つめ、そっと棚へ戻した。そして、電気を消してベットに戻った。

 

 

 

次の日。今回は間違いもなく、会議の日だ。

会議参加者は俺を含む提督5人だけであり、とても静かな雰囲気の中、開始された。

開始時間になると同時に、南郷提督は立ち上がった。

「では会議を始める。みんなも薄々感じているかと思うが、敵の勢力が一時的に弱まっている。これを期に決定的打撃を与えよと、大本営から連絡を承った。そこで鎮守府近海に潜む敵を、一斉に討伐する作戦を実行する。だがその際、戦力の薄いところを突かれた場合、大きな被害がでてしまう危険がある。それを避けるため、に戦力増強を行うことにした」

俺の艦隊で話していた内容だ。

「ここからは白亜提督。頼みます」

白亜提督はおもむろに立ち上がる。

「さて、戦力増強はまもなく到着する戦艦が1隻。正規空母が1隻の計2隻だ。戦艦は橋本提督に、南郷提督には正規空母を、それぞれ分配します」

やっぱり噂通り、自分の艦隊に戦艦が加わるらしい。俺は期待を膨らませた。

とりあえず、この戦艦が何型であっても、誰であっても匠艦隊の戦力増大には変わりない。本当ならここで喜ばなければならないのだが、俺は考え込んでいて、特にそういう表情を出さなかった。というよりも出なかった。

「…匠提督。お前にサプライズのため、ぎりぎりまで秘密にしていたのだが。気に入らなかったのか?」

南郷提督は相変わらずで仏頂面で、俺に問いただしてくる。

「いや、うれしいんですけど…ちょっと昔のことを思い出して…」

その言葉に、何とも言えない空気となる。せっかく用意してくれたサプライズなのに…俺は無駄にしてしまった気がして、罪悪感が押し寄せてきた。

「む、そうか。ならばこれ以上詮索するつもりはない。喜ばしいと思ってくれるのであれば、何よりだ。…どうにしろ、もう少し元気を出したらどうだ…?」

珍しくこの人は、俺を心配してくれているのかと、不思議な気分を感じた。

「…さて、余談だったな。話を戻そう。白亜提督、続きを頼みます」

南郷提督の絶妙なフォローの後、もう一度話が戻った。

 

 

 

その後、一時間半くらい作戦会議が行われた。

結局の所、俺の艦隊に言い渡された任務は制圧海域への巡回任務だった。まぁ、この前まではグレードアップしたが、まだ前線には出ることができないのが心残りだ。新人だし、しかたがないのと言えばそうなのだが…。

と、そんなことを考えている間も、俺は落ち着けずにいた。やはり戦艦の事が気になってしかたがないからだ。気にしないようにしているのだが、やはり無理である。

「失礼します」

唐突に会議室の扉が開いたと思うと、南郷提督の旗艦である蒼龍が入ってきた。

「む、どうした?」

「先ほど、戦艦と正規空母のお二人が到着いたしましたので、ここにお連れいたしました」

ガタッ。俺は不意に立ち上がった。そして、扉を見る。

俺の期待は現在最高潮である。そんな俺の目に入ってきたのが、茶色の服を着ていて、短髪で、甲板を持っていて…あ、こっちは空母の方だった。

そんな呑気にしている間に、もう一人が入ってくる。俺はすぐに、目を見開いた。その方は、髪はロングで、いかにも大和撫子を押してくるような、白い服を着ていた。俺は、確信した。大和…。

体中から期待感が湧き上がってくる感じを答えるかのように、彼女たちの自己紹介が始まった。

「航空母艦、飛龍です。よろしくお願いします」

最初に入ってきた方だ。とにかく明るそうな方だった。これで、おしまい。

そして、注目の瞬間である。彼女は深呼吸し、話し始めた。

「…、ヘーーイテイトクーー、金剛型一番艦、金剛デース!ヨロシクオネガイシマスネー!」

…はぁ!?

俺は、大声を出したと同時に、死んだような顔つきになった。

まったく状況が読み込めない。この時、俺はずっと大和が俺の艦隊に来ると錯覚していたからだ。

だが、現れたのは大和ではなく、カタコトなに日本語をしゃべる、金剛…。つまり、全部俺の思い過ごしだったというわけである。

「蒼龍。私のテイトクは誰ネー?」

「えーっと、提督。誰でしたっけ?」

「ん?あの若いやつ…匠提督だ。今立ち尽くしているあの青年だぞ」

ビシッと、南郷提督に指を差してくる。すると金剛は、俺に向かってダッシュでつっこんできた。

「私のテイトクネー、よろしくお願いスルネー」

「ぐおっ…!よ、よろしくぅぅぅ…」

金剛は何故か俺を、容赦なくタックルで突き飛ばした。俺は彼女の勢いに負け、そのまま飛んで行った。

 

まぁ…これから俺の艦隊は賑やかになりそうだな…。

 

 

「提督、無事に2名は派遣されました」

「おっ、そうか」

とある鎮守府の提督室。一人の艦娘と提督が話している。

「提督、一つ質問いいですか?」

「ん?なんだ?」

艦娘はもじもじしながら言った。

「たしか、私はどこかへ派遣されるまで提督の秘書艦でいるんですよね?それってまだなんですか?」

提督はため息を一つして言った。

「ちょっと、そのことは待ってくれ。まだその派遣先がよくわかってないんだ。まぁとにかく、次の作戦後に本格的に探すよ…。とにかく君は重要なんだ…」

提督は外の景色を見ながら一呼吸おいて言った。

 

 

―とある約束のために

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 ~鈍感提督~

こんにちは、匠先生です。7話に引き続いて8話も完成いたしました…。今回は完全主人公個人の話になっており、ちょっとずつ 橋本 匠 の真相に入っていこうかと思いながら作りました。内容はあまりですが、最後まで見ていただければ幸いです。



匠先生


戦力調整の日から、もう一か月以上が過ぎた。例の彼女はとても元気で、すぐに艦隊に溶け込んだ。今では、雪風に続いて、ムードメーカー的な存在になっている。俺も最初にあった時、突き飛ばされたのでどうかと思ったが、まぁ他の事は、一応やってくれているまともな人だったことが分かったので、安心して接している。たまに彼女のテンションには追いつけなくなるが…。

 

 

 

「テイトクー、Good morning。今日もいい天気ネー」

金剛が挨拶した。

「おう、おはよう。天気、そんなにいいのか?」

金剛の言っていることが気になったので、後ろの窓を見た。そして、窓を開けると、澄み渡った青空が見えた。俺は提督室でデスクワークをしている。今は8時前で、掃除が終了して、今日の仕事を早めにやっているのである。そんな疲れのたまっている俺にすがすがしい景色が飛び込んできた。

「ほんとだ、雲一つない良い天気だな」

俺はほっこりした。最近、任務が忙しく、まともに休む時間がなかった。まぁ、他の提督方も同じなので文句は言えない。

「テイトクは大変デスネー、私もお手伝いしマース」

どうやら、金剛が手伝ってくれるようだ。何か嫌な予感はするが、今回は頼ってみることにした。

俺は書類の山の一部を金剛に渡した。

「これをどうするデスカー?」

「下に番号が振ってあるだろ?その番号順に並べてほしいんだ」

「了解したデース」

金剛は黙々と作業を始めた。俺はその姿を見て、なぜか湧き出てきた期待を胸に自分の作業を始めた。しばらくして、金剛の作業の進行状態を見た。俺は何とも言えない状態になった。

「金剛…、お前って…不器用?」

金剛は書類を机に広げるだけ広げ、狙った数字をひたすら探す作業をしていた。

「そうですカー?私はこれがわかりやすいネー」

「お…おう」

本当に何も言えない…。作業は進んでいるが、あまりにも効率が悪すぎる方法である。これ以上言うと一生懸命やっている彼女がかわいそうなので触れないで自分の作業の続きをやった。

 

 

朝礼の8時になり、時間通りみんなが集まった。

「今日も偵察任務がある。気を引き締めて、事故の無いよう全力を尽くすように」

「「「はい!」」」

みんな、笑顔で答えた。

「じゃあ、出撃の1130まで待機。時間通りに出撃デッキ前集合な。あと、飯。早めに済ませとけよ。一時解散」

全員、提督室をでて各自、事前の準備を開始した。みんなが帰ろうとしていると、能代が手に持っていたメモ帳からシャーペンが落ちた。俺は能代に声をかけた。

「能代、シャーペン落としたぞ」

「あっ、すみません」

俺が拾おうとする。その時、能代も拾おうとした。その時、手が触れあった。

「「あっ」」

能代はすぐに手を戻した。俺はシャーペンを取り、能代に渡した。

「あっ、ありがとうございます」

能代は走って戻っていった。何かを隠すかのように…。俺は不振に思った。正直、能代と手が触れた時、冷たかった。さらに、少し顔色が悪そうだった。気になるが、多分気のせいであろう。とりあえず、とある本にメモを取った。そのあと深呼吸して、俺しかいないこの提督室を眺めた。そして、みんなの事を考えた。正直、ここまでしっかりやってくれるとは思っていなかった。我ながら良い艦隊になったと思っている。こう自画自賛していた俺は、金剛が並べてくれた書類を手に取った。一番高い数字が一番上にあり、1ページ目が一番下と言う面倒な順に積んでくれた書類を見て、苦笑いをした。

その書類を持って、書斎の椅子に座った。すると、提督室に誰か入ってきた。

「提督、ちょっといいかな?」

時雨である。

「ん?どうした?」

時雨が話しかけてくるのが滅多にないので、内容が気になった。“なにかあったのか”と、少し不安になった。

「例の奴、いつ返してくれるのかなぁ?いや、別に急いでるわけじゃないんだけど…」

あっ、と俺は思い出した。ちょっと時雨から借りているものがあった。

「あー、了解了解。今、ちょっと忙しいから…9時半くらいに俺の部屋の前に来てくれ」

「はい、わかりました」

そう言って、時雨はおそらく、自室へと戻っていった。

 

 

9時半、しばらくして時雨がやってきた。廊下で立ち話もなんなので自室に入れた。時雨は俺のベットに腰かけた。時雨はあたりを眺めていた。

「提督の部屋…きれいだね」

「そ、そうか?」

俺は少し照れてしまった。本当は昨日掃除したばかりであり、しっかりやってよかったなぁと思っていた。

「おっ、あったあった」

俺は机の引き出しから一冊の本を取り出した。この本は、以前時雨が読んでいて、おもしろそうだったので貸してもらっていた本だった。

「とても面白かったよ、なんといっても恋の描写がいいね」

「提督もそう思う?」

嬉しそうに尋ねられる。

「おう。実際俺、こんな体験ないから」

しばらく、沈黙の時間ができた。時雨も触れてはいけないところに触れてしまった感がしているのだろう。とにかく、話題を変えるため俺から話しかけてみる。

「し、時雨。本は好きか?」

「…う…うん」

二人は目の前にある本棚を見た。

「俺の本棚には提督関係の資料と、小説しかないし、ろくなものないぞ」

時雨は立ち上がりなにかないか探し出した。そして、一冊の本を取り出した。

「読んでもいいかな?」

「お…おう」

時雨は本を読み始めた。たぶん手に持っている本は、高校生くらいの時に、オカンからもらった本だろう。内容はほとんど覚えてないがたしか、なにかの論説文だったような気がする。まぁ当然、俺は読んでいないがな。しばらくすると、時雨の足がそわそわしていた。俺は読んでいる姿をずっと見られているのが恥ずかしいのだと思った。

「俺は仕事やってるから。てか、座って読めよ。ずっと立ってたら疲れるぞ」

時雨は笑顔で「はい」と答え、俺のベットに座って本の続きを読みだした。そんな時雨を見て、落ち着いた俺は、仕事の残りを片付けだした。

 

 

 

今日も何の問題もなく任務を遂行していた。俺は報告書をまとめて、自分の艦隊メンバーで明日のことについて話していた。

「時雨、出撃時間ギリギリまで俺の部屋で本を読むのはやめてくれよ」

「う…うん、ごめんなさい」

みんなのくすくすと笑っていた。

「よし、とりあえず今日の会議は終了。明日、ちゃんと起きてこいよ。解散」

みんな立ち上がり一礼して戻っていく。今日も俺の任務は終了したと思い、俺は伸びをした。それが終わると同時くらいにとんでもないことが起きた。

バタッ。

誰かが倒れるような物音がした。廊下からだ。俺は部屋を飛び出し、様子を見た。そこには俯きに倒れた能代がいた。

「能代!」

「お姉ちゃん!!」

すぐさまみんなが駆け寄る。能代は過呼吸をしていた。とりあえず仰向きにさせた。

「大丈夫か!?おい!!」

呼びかけるが返事ができる状態ではなかった。よく見ると、能代は汗だくであった。不意に俺は能代の額を触った。

「すごい熱…、雪風、医務室に連絡。島風と時雨は先に軽巡の部屋に行って布団をひいてきてくれ」

みんな言われた通りの仕事をやりに行った。俺は能代を移動させるために持ち上げた。右手を首元、左をに足を乗せた。いわゆるお姫様だっこというやつだ。とにかくこんな非常事態なので気にせず、俺は連れて行った。酒匂はこの姿を見ていた。

「お姉ちゃんいいなぁ…」

本当に聞こえたかどうかはわからないが、そう聞こえた気がした。それはそうと、俺は提督室の入口まで来て急に足が止まった。そして、何もしないでこちらを見ている酒匂に言った。

「酒匂…、もうだめだ。肩貸してくれ」

「え!?」

驚いた顔をした後、少し不本意ながら肩を持つのを手伝ってくれた。

 

 

「しれぇ、行ってきますね」

「お姉ちゃんをよろしくお願いします」

「おう、頑張ってこいよ」

雪風らは宿舎を飛び出して言った。

「提督、申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに…」

能代がった。なんとか会話できるくらいまでには回復したが、彼女は頭に氷袋をのせて、目の前のベットで寝ている。とてもつらそうだ。

「いや、能代が頑張っているのをよく見ていなかった俺が悪いんだ」

「いや、そんなこと…」

「あるから!」

俺が言い張った。すると、しばらく沈黙の時間ができた。二人とも原因は自分だと言って、責任を感じていた。

「まぁとりあえず、今日は休め。また今度から頑張ればいいから」

「でも…」

すると、遠くの方から“ゴーン ゴーン”と古時計の音がした。近くにある時計を見ると12時を示していた。

「あっ、もうこんな時間か」

「そろそろご飯ですね。お手伝いします」

能代はそういって立ち上がろうとした。俺は全力で阻止した。

「おいおい、そんな体で手伝えるわけないだろ。おとなしく待っててくれよ」

俺はこういって、宿舎にある台所へ向かった。

 

 

30分後、俺はアツアツの小さな鍋をお盆に乗せて能代のいる部屋に持っていった。彼女は氷袋を手に持ちながら、外を見ていた。

「おかゆ作ってきたぞ」

彼女は返事しない。明らかおかしい。

「おい、元気ないぞ。どうした?」

すると彼女は下を向いた。すると、顔からなにか光るものが落ちて行った。そう、能代は泣いていた。そして、語りだした。

「ゆ…雪風ちゃんや酒匂は、今も一生懸命仕事してるのに…私ったら…」

俺は能代が寝てる時に書こうとしていた日誌で、頭を叩いてやった。

「痛い!」

両手で押さえ、痛そうにしている。

「能代、考え過ぎだぞ。お前も今、病気を治すって言う仕事してるじゃないか」

「それは違うでしょ?」

「違わない。今、提督から言われた仕事をやるのが任務じゃないの?能代、お前は今の任務をやってくれればいいんだ。こうやって一生懸命直そうとしてくれるなら、俺は…」

俺は、右手に持っていた。日誌が落ちて、その音だけが響いた。その後、俺は言葉が出なかった。そして、ここにいられない気がした。

「すまん、ちょっと席を外す。このおかゆ、食べとけよ」

「あっ、提督」

俺は話も最後まで聞かず、部屋から立ち去った。

 

 

俺は食堂で悩みながら和食定食を食べていた。今まで、ただの仕事仲間のように感じていた“艦娘”と呼ばれる人々と暮らしてきたが、今のままでいいのか…それとももうちょっと気を配ったほうがいいのか…大変悩んでいた。すると、2人の物陰が見えた。

「む、橋本か」

「橋本提督、こんにちは。…ここ、いいです?」

「あっ、はい」

南郷提督と秘書艦の蒼龍である。二人は俺の向かい側に座った。しばらく、無言のまま食事をしていた。すると、蒼龍が気を使ってくれたのか、話を振ってくれた。

「えーっと、あっ!橋本提督!来週私たちの艦隊と演習ですよね?」

「…は、はい」

「私たち楽しみにしているので、お互い頑張りましょう!」

俺は無言だった。さすがの蒼龍も苦笑いだ。その様子を見て、南郷提督は料理をつつきながら、俺に質問を投げかけてきた。

「…何を悩んでいる?」

「えっ」

ばれていた。やはり南郷提督にはバレバレだったようだ。俺は静かに頷いた。すると、南郷提督は少し安心したような顔をした。

「そう返事をするということは、やはりそうか。…話す気があるなら、相談に乗るぞ」

俺は能代が倒れた件の詳細、それに対する俺の責任、艦娘に対する俺の思い…すべて南郷提督に語った。彼は最後まで何も反論せずに聞いてくれた。

「…そうか。まあ、新人ならよくあることだろう」

その時、蒼龍は何かに気が付いたのかほほえましい顔つきとなる。俺にはその意味がさっぱり分からなかった。

「なぜ笑っているんですか?」

俺は強めに言った。すると、彼は自信満々に答えた。

「えぇ?だって、橋本提督は能代さんのことが好きなんだなって…」

 

 

南郷提督との会話も終わったので、食堂を出て自分の宿舎に帰っているところだ。能代が一人でいるのもあまり良くないため、少し急ぎ足で進んでいる。はたして、彼女は大丈夫なのか、倒れてなどしていないか心配になるたび、加速していく。やっぱり、南郷提督の言ったことは本当なのだろうか。

 

 

「す…好きって…別にそんな感じで考えてませんし」

「でもそれだけ気にしているのって、きっと能代さんを想っている証拠だと思うんです。ですよね?提督」

ニコニコ顔で蒼龍は譲治へと返事を求める。しかし譲治もいまいちピンと来ていなかったのか、「…そういうものなのか?」と逆に蒼龍へと問う。

「…ただの仕事仲間としか考えていませんって」

俺は言いきった。すると、南郷提督は〆の珈琲を一口飲んで、こう言った。

「…まあ噂で聞いているかもしれないが…。お前が来る前、能代らを所持していた提督は俺から見てもクズだった。部下を道具としか見ていない奴でな、ブタ箱に入れられるのは当然だっただろう。そんな奴のもとをやっと離れることができ、能代はお前の所に来た。そして、前とは違う初々しくも艦娘の期待に応えようとするお前と出会うことで、ある意味生まれ変わったんだろう。普段お前がどんな接し方をしているのかは知らないが、そんなお前との生活が楽しいんじゃないのか?だからこそ、張り切って、無理やりにでもがんばってしまうんだ。お前の期待に少しでも応えようとな」

 

 

最初は何を言っているか全く理解できなかった。でも次第に分かってきた気がした。だから今、俺は自分の宿舎に戻っている。俺は、宿舎の扉を開け、すぐに能代のいる部屋に飛び込んだ。

“バンッ”

過呼吸をしている俺が急に飛び込んだので、能代もびっくりしていた。彼女は上半身を起こし、一冊の本を読んでいた。

「能代…、大丈夫なのか?」

能代は微笑んだ。

「提督のおかゆのおかげでだいぶ楽になりましたよ」

布団の隣にあるお盆には空の鍋があった。ちゃんとすべて食べたらしい。一安心した。

「ふぅ。能代が元気になってくれて何よりだ。で、何読んでるんだ?」

「提督が落とした日誌です」

そういやぁ、俺は混乱している際に落としていた。それを見ているらしい。ちなみにその日誌を他人に見られるのは初めてである。少し恥ずかしかった。すると、能代は日誌を閉じ、返してくれた。それを受け取った。

「なぁ能代…」

「はい?」

「どうだった?日誌」

是非感想を聞きたかった。すると、能代は下を向いた。

「提督、やっぱり私たちをとてもよく接してくれていて…ここまで、私たちの事を考えてくれて…」

実は、俺の日誌は日頃やったことなどはもちろん、俺の今日一日に対する感想、生活をしていて不安なところ、各艦娘が提督に話したことの簡単なメモまで残していた。すると、顔からなにか光るものが落ちて行った。そう、能代は泣いていた。しかし、今回の涙は悲しみではなかった。

「能代、ごめんよ…」

俺は不意に能代を抱きしめた。能代は余計に泣き出した。

「君たちの事を考えるだけ考えて、好きってことを自覚できてなかった…。すまん」

そんな俺も涙声だった。

「でも、私たち…そんな提督が大好きなんです」

2人で泣きあった。

 

 

その時、帰ってきた時雨が報告のために俺の所に来ようとしていた。しかし、廊下を歩いている時点で俺と能代の泣き声が聞こえた。時雨は少し立ち止まった。すると後ろから酒匂が来た。

「どうしたの?」

酒匂も泣き声を聞いた。

「2人してどうしたの?見に行こうよ」

酒匂は走り出した。しかし、時雨は腕をつかみ、それを止めた。

「何で止めるの?」

酒匂は必死に聞いた。そして、時雨は言った。

「しばらく2人っきりしてあげようよ…。2人の事だから…心配しなくて大丈夫だよ」

こう言って酒匂を引っ張り他の連中が待つ外へ歩き出した。

 

 

「そういうことだったのね」

酒匂は納得したようだ。今、みんなに今日あったことを提督室で話しながら食事をしていた。話をするほど感じることがあった。やはり、南郷提督の言った通り、俺が悪いのかもしれない。こんなに愛されていたのに、それに気づけなかった俺が悪いのかもしれない。俺は、すっと立ち上がった。

「しれぇ?」

みんな俺の方を向く。そして、呼吸を整え言った。

「みんな、俺は…、俺は…」

緊張の一瞬である。でも、そんな緊張を乗り越えることで何かが変わるような気がした。いや、変わるだろう。覚悟を決め、言ってやった。

「お前らの事大好きだ!だからこれからも…一緒に戦ったり、生活したり…よろしく頼む」

言い切った。中には目に涙をためていた奴もいたが、彼女らはとてもうれしそうだった。

「しれぇ!私も大好きですよ!!」

「私が一番愛してマース」

「いや、島風が一番だよー」

「僕だって…負けてないから!!」

「流石、匠提督ですね!惚れ直しました」

「提督、これからもよろしくお願いします」

みんな…、ありがとう!!また泣きそうになったが、今回はこらえた。そして、テーブルの上に俺は手を伸ばした。するとその上にみんなも手をのせる。そして、7人の手が集まった。そして俺は叫んだ。

「こんな最高な匠艦隊!!明日からトップスピードで頑張るぞ!!」

「「「「「「「オーーーー!!!」」」」」」」

全員が再び意気投合した瞬間だった。

 

次の日、俺は疲れて熱をだしたのは言うまでもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 ~艦隊への資格~

どうも、今回は私、大空飛男が書かせていただきました。
今回の話も、以前手掛けた作品と着目点は一緒ですが、終着点はまったく別のものになっております。譲治がどういう提督で、なぜ提督となったのか。南郷機動部隊に必要なものは何か。と、新しく入隊した飛龍と共に解き明かされていく感じになりました。
ちなみにコードネームが出てくるのですが、そのコードネームに深い意味はないです。ただ彼女たちが海を主とする戦士たちですので、似合うかなと思っただけです。
それでは、本編へどうぞ。



大空飛男


盆休み。太陽の日照りは相変わらず容赦がなく、外に出ることを躊躇わせる。じりじりとアスファルトを照り付けて表面温度を上昇させ、まさに自然サウナの様であろうか。

 「おう、元気だったか?お前たち」

 そんな灼熱の世界であるにも関わらず、譲治は外出届を出していた。

久々に取れた休暇。彼は先日固めた決意を胸に、基地にあるオリーブ色に塗装された七三式小型トラックを借り、とある場所へと足を運んだのだ。

 彼の前には、巨大な石碑が建っている。鏡のように反射する表面を持ち、そこには数多くの文字が刻まれ、その石碑の頂上には、かの作戦に参加した者たちへ捧ぐ文が記されている。

 そう、これは慰霊碑。かの作戦―サルベージ作戦において死んだ者たちへ追悼の意を示すべく、国により建てられた鎮魂の石碑である。刻まれた文字は言わずと戦死者たちの名であり、日本人はもちろんのこと、在日米兵の名前や、依頼により作戦に参加した者たちの名前もあった。

 そもそもサルベージ作戦とは、艦娘たちを建造するための準備期間において、国家存亡をかけた作戦の一つであった。多大なる犠牲を出したこの作戦は、今となってはほとんどが隠ぺいされている。

WW2に使用された軍艦の名を冠した艦娘。彼女たちは、なにも深海凄艦が現れてからすぐに建造されたわけではない。人類は侵略者に対する打開策を模索すべく、長い歳月をかけて建造した決戦兵器であるのだ。故に研究や試作運転などはもちろんのこと、それを行うすべの準備期間をも必要とした。

つまり、その準備段階の一つに、このサルベージ作戦が発令されたのである。

 いわば譲治は、その作戦に巻き込まれた男であるのだ。そして、同じ隊に所属する家族同様の戦友達を失っている。

 もともと譲治は生粋の軍人というわけではなく、米国の某民間軍事会社に所属していた社員であった。社員といってもいわば傭兵であり、決してデスクワーク専門ではない。戦場へ赴いたことはもちろんあり、先輩にあたる社員たちに過酷な訓練を叩き込まれ、その経験を生かして他国の軍事コンサルタントを依頼されたこともある。

 そんな譲治ではあるが、なぜ日本の「提督」となったのか。それは皮肉にも、サルベージ作戦に関わったからであった。

作戦による負傷において義足となった譲治は、会社から実質的なクビを言い渡されたのだが、そのまま腐らせておくことを惜しいと判断した海軍上層部は、直々に引き抜いた。もっとも当時は新兵器である艦娘の教官としてであったのが、彼の受け持った艦娘達の教育が終わり次第、海軍の深刻な人員不足故に、まるで階段を一段上るようにしてそのまま提督となったのである。

 今ではその提督業も、譲治にとって板についてきた。それなりに信用できる部下に恵まれ、そんな部下の力も鎮守府内トップレベルにまで成長をした。

 だからこそ、譲治はこの地へと思い足を運ぶ決心をした。彼は湧き上がる思いを抑えてじっと慰霊碑をみていたが、ふとつぶやいた。

 「…五年ぶりか。今年になってやっと、顔を出せたな。まあ先日いろいろあって、ちょうど良いタイミングだったのかもしれないな」

 どこか寂しさを孕んだ顔立ちで譲治は言うと、胸ポケットから煙草を出し、オイルライターで火をつけようとする。だがオイルが残り少ないのかなかなか灯がともらず、カチッカチッと数度音を鳴らし、やっとの思いで火が着いた。

譲治はたばこの煙を深呼吸の容量で吸い込むと、おなじく息を吐くようにして、煙を吹き出す。煙は宙を漂い、やがて空へと上がっていく。

 「ん?どんなはなしだったってか?そうだな…」

 慰霊碑を見上げると、譲治は腕を組み語り始めたのだった。

 

 *

 

数か月前。春の会議も終わりひと段落着いた頃、南郷機動部隊は敵艦隊を撃破すべく、作戦行動の最中であった。

すでに戦闘は大詰めを迎え、残すところ敵艦数は4隻である。

部隊に所属する艦娘の1人は、体に響く雷撃警戒音を感じると、持ち前の機動力を生かし、それを苦もなく躱した。そして仕返しと言わんばかりに魚雷をばら撒き、敵駆逐艦へと雷撃をお見舞いする。

階段のごとく断続的に放たれた無機質なスクリュー音を放つ魚雷は、敵駆逐艦へまるで吸い込まれるように向かっていき、着弾と同時に水柱を上げる。敵駆逐艦はそのまま形を維持することができず、水底へ引きこまれるように沈んでいく。

『こちらマーメイド5からポセイドンへ。敵駆逐艦を排除!敵残存兵力、戦艦2!軽巡1!」

次なる行動を予測しつつ、耳に手を当てマーメイド5―吹雪型5番艦である叢雲はポセイドン―譲治へと現状を通達する。すると即座に、指示が飛んできた。

「こちらポセイドンから各員へ。マーメイド5はマーメイド4とスイッチ、敵軽巡洋艦を破壊せよ。マーメイド1、6は敵戦艦を無力化。その後各員雷撃を行い、残存兵力を撃滅せよ」

「了解!」

命じられた各員達は声をあげ次第、即座に行動を起こす。マーメイド1、6である蒼龍と春に追加された航空母艦である飛龍は、弓矢を上空へと向けると彗星爆撃隊を放った。

爆撃隊のレシプロ機特有であるプロペラ音が響くと同時に、マーメイド4―初春型4番艦である初霜が動いた。彼女は叢雲が後退すると同時に、まるで入れ替わるように前進すると、駆逐艦特有の速度を生かし敵の弾幕を潜り抜け、回り込むように砲撃しつつ、敵軽巡洋艦の腹部に着いた。

「見てなさい…!」

幼い見た目でありつつ、大人顔負けの麗しい声で初霜はつぶやくと、同時に断続的な雷撃を行う。敵軽巡洋艦はその射線にまるで突っ込むかのように進んでおり、故に回避行動をとれず、着弾と同時に撃沈をした。

撃沈して沈んでいく敵軽巡洋艦の上を、まるで空を切るかのような速度で爆撃機たちは通過していく。狙うは敵戦艦フラッグシップ、敵戦艦エリートだ。禍々しいオーラを放つ敵艦は、まさに悪の根源のような姿をしていた。

爆撃機は敵艦の対空防御を潜り抜け、上空付近までたどり着くと同時に急降下していく。そしてそのまま重くらしい五〇〇㎏爆弾と二五〇㎏爆弾を投下して行くと、海面をなめるように飛行し、上空へと離脱をしていった。

二五〇㎏爆弾は数発敵艦には当たらなかったものの、大型爆弾である五〇〇㎏爆弾は確実に当たったようで、激しい爆音が響く。火災が発生したのか敵戦艦達は炎に包まれ、黒煙を上げている。

「グゴォォォ!」

人間離れした化け物のような悲痛の咆哮が、海上へ響く。すでに海に浮かぶのがやっとなのか、両戦艦の足取りはふらついていた。

「今よ!全員雷撃!」

好機だと見切ると大声をあげ、マーメイド2―球磨型四番艦である大井は、魚雷発射管から惜しみなく魚雷を撃ち出した。彼女の声に合わせ、続けてマーメイド3―球磨型三番艦である北上。そして初霜と叢雲も戦艦を挟み込むようにして雷撃を行った。

計五十を超える魚雷がすでに航行不能である敵戦艦二隻に向かって迫っていく。敵艦たちに響いてるはずの雷撃警告音はただむなしく音を鳴らし、航行不能である敵艦たちにとっては死へのカウントダウンのようなものであろう。

「アッ…」

敵フラッグシップが言葉を漏らしたと同時に、数多の水柱が上がる。海水が巻き上がり引き起った霧が消えるころ、その場所には戦艦の存在を確認することはなかったのだった。

 

 

『こちらマーメイド1からポセイドンへ。敵戦艦の撃沈を確認!私たちの勝利です!』

ノイズ交じりでありながら、蒼龍の喜ばしい声が聞こえてくる。作戦は終了をしたようで、譲治は作戦指令室の椅子から体を起こすとスタンドマイクを手に取り、各員へ通達する。

『どうよ!私の活躍みてくれた?…あーマーメイド6からポセイドンへ!』

まだ通信方法に慣れない飛龍は、有り余る元気をぶつけるように譲治へと報告する。それに対し譲治は「よくやったな」と軽い言葉で返したが、それでもうれしかったのか飛龍は『やったぁ!』とさらに喜びの返事を返す。

「…さて、無駄話はそれくらいにしろ。こちらポセイドンからマーメイド4、5へ。残存兵力がいないか周囲警戒。その後、各員はアトランティスへ帰還せよ。以降、緊急時以外の通信を認めない。オーバー」

譲治はそう通達すると同時に、マイクを切り、珍しく椅子へもたれかかった。

今回初めて、飛龍を追加した艦戦であった。故に若干気を張っていたために、疲れが込み上げてきたのだ。

「何が問題のある艦娘だ。蒼龍達に後れを取らず、ついていけるじゃないか」

大きくため息をつき、譲治はぼそりとつぶやいた。

春の会議により、南郷機動部隊の戦力増強として抜擢された飛龍。彼女が配備されることが決まり次第、譲治には大本営からとある電文を渡されていた。

それは、飛龍が稀に起す問題行動であった。彼女はたびたび、不可解な行動や言動があるのだという。

もともと飛龍型艤装は適正者がなかなか見受けられず、鎮座した艤装であったのだ。理由は不明であるが、飛龍型艤装を装着するためにはかなり強力な適正能力が必要であり、並みの艤装適任者では装備することができなかった。

譲治はそれこそ艤装適正うんぬんに興味を示さなかったが、飛龍が起こす問題行動および問題言動については、不安感がよぎった。戦力増強目的であったのにもかかわらず、その戦力が問題を抱えているのであれば、総合的に自分の隊における練度が低下する危険性があるからである。

南郷機動部隊はこの鎮守府における、いわば主力艦隊であった。故に高度な練度と士気が求められ、なおかつ隊員すべてが信頼しきっていなければならない。各員が以心伝心をし、最も効率よく動き、敵を撃滅する。これこそが、主力艦隊における必要事項であった。

そんな家族同然であるようなこの隊に一つ問題を抱えた者が入れば、必然的に練度が低下することなど言うまでもないだろう。思うように連携が取れず、そのままずるずるとモラルは低下していき、練度も落ちていく。譲治はそのことを恐れたのだ。

だが、今回飛龍の活躍は、裏方であれど十分な働きをしたといえる。もともと蒼龍と同じ隊に入れたこともあって常にやる気と気合に満ちている彼女は、自分の持つスペックを惜しみなく発揮して、先任であり隊の先輩ともいえる蒼龍とまったく同じような働きをしたのだ。すなわちそれは、飛龍もそれほどにまで練度が高かったのだといえるのだ。演習や訓練最中においてもそれは無論発揮しており、今回の実戦を踏まえることで、譲治の心の内にあった不信感は、もはや風前の灯のように、小さくなっていた。

「お疲れさん。その様子じゃ作戦成功かな?」

譲治が椅子にもたれかかり、息をついている最中。彼の後ろから声が聞こえてきた。

「む、その声は…北斗か?」

声質から察すると譲治は起き上がり、声の主、北斗羽隆を見る。彼とはサルベージ作戦の時から付き合いがあり、譲治の数少ない理解者でもあった。

「どうした。そんなとこで何をやっているんだ?」

砕けた表情で言う譲治に、羽隆は頭を掻きつつ、苦笑をする。

「いやね、先ほど熱のこもった指揮が耳に入ったもんで、参考までにと。やはり歴戦の傭兵だけあって、迷いがないね」

「ふん。迷いを持ち込むのは、素人のやることだ。お前もそれは承知のはずだろ?」

まあねと羽隆は両手を上げて、承知であることをアピールする

「なあ、ちょっと屋上行かないか?指令室の中で缶詰だったからな」

 譲治の提案に羽隆は「いいぜ」と了承する意を見せると、譲治は作戦指令室からでてきて、そのまま屋上へと続く階段へ、歩いて行った。

 

鎮守府にある屋上は、そこから海を眺めることができる。それほど高い建物ではないにしろ、海風もよく通り、作戦を終えた際に譲治はよく通っていた。

提督服の胸ポケットから譲治は煙草を取り出すと、鈍く光る鉄製のオイルライターで火をつけ、呼吸の容量で煙を吸引する。そしてそのまま煙を吹き出した。

対して羽隆は、屋上においてある自動販売機から缶コーヒーを買ったらしく、パシッと封を開ける音が聞こえてきた。彼はタバコを毛嫌いしているのか、若干譲治との距離を話している。

「缶コーヒーか。お前好きだな」

へへっと笑いながら言う譲治に、羽隆も薄ら笑う。

「まあ俺はタバコを吸わないからね。とはいっても、缶コーヒーはそこまで好きじゃないぞ。ほのかに感じる鉄の味が、嫌なんだ」

「へえ。そういえば浅葱が珈琲に凝っていたな。今度淹れてもらったどうだ?」

「そりゃあいい。ドリップコーヒーはこんな泥水と比べ物にならないだろうしな」

羽隆の言葉後、二人は笑いをこぼす。

タバコが半分ほど灰と化したころ、譲治はぼそりと、羽隆へと質問を投げかけた。

「…最近、艦娘との付き合いはどうなんだ?」

「うーん。まあまあ…かな。と、言っても信用されているのかどうか…。俺は偽りの仮面を被ってるにすぎねぇんだ」

「やはりあの件か?」

彼と初めて出会った時のことを思い出しつつ、譲治は海を見ながら言葉を返す。羽隆は力なく「ああ」とつぶやくように言うと、うつむいた。

「…じゃあ、あんたはどうなんだ?見たところ、信頼を築き上げてはいるようだけど」

「その言い方から察するに、プライベートでは付き合いがないのかと言いたいのか?」

 「ああ、そうだよ」

 羽隆の言葉に、譲治はタバコを口にくわえると、腕を組み考え込む。しばらくして何も思いつかなかったのか、譲治は再びタバコを指の間に挟むと、煙を吸引する。

「俺とはそれだけの信頼で十分だ。上官と部下のな。むしろあいつらを見てればわかると思うが、あいつらは疑似的な家族的感情を隊員に抱いている。俺はそれを見守り、時には指示を出すだけの存在で良い。あいつらのプライベートにまで干渉するつもりは、ない」

「…そうかい」

どこか、わずかに憐れんだような声量で羽隆は言うと、ゆっくりと立ち上がり、缶コーヒーの空き缶をゴミ箱へ投げ捨てる。缶はゴミ箱の端にあたり、そのまま中へと反射するように入った。

「まあ、お互い悔いなく提督業を謳歌しようぜ。その姿がすなわち、俺らが求める提督像なんだろうよ」

そういうと羽隆は、屋上出入口の扉を重くらしく開き、その場を去っていった。

「俺らの求める、提督像か…」

海に沈みゆく太陽を見て、譲治はぼそりと、つぶやいたのだった。

 

 

 先の作戦が成功して、数日。それは演習時のことであった。

 演習と言っても毎月最初の土曜日に、同鎮守府に所属する提督総員が参加し、身内同士で実力を高め合う合同訓練でもある。

 その演習で譲治が今月当たる相手は、新人である宮川匠提督であった。

新人といっても彼の持つ艦は、かつてこの横須賀鎮守府にいた『提督』という地位を利用したセクハラやパワハラを行う提督が所持していた艦であり、その提督の禁錮処分に伴い、引き継ぎとして配備された艦が多く、故に練度もそれなりに高い。また春の会議において追加されたばかりの金剛も、大本営から直接送られただけあって初期練度もそれなりに備わっており、彼の艦隊においてすぐさま頼れる存在になっている。つまり総じて言えば、新人なのは匠と秘書艦である雪風のみであり、それなりに実力が備わっているのだ。

「いたた…。ペイント弾でも痛いねぇやっぱり」

だからこそ、南郷機動部隊は苦戦を強いられていた。現在マーメイド3である北上が、阿賀野型二番艦である能代の攻撃を受け小破した。

「こちらマーメイド6からマーメイド3へ!大丈夫なんですか!?」

飛龍が心配そうに、北上へと通信を飛ばしてくる。その声はどこか真剣そうで、北上は余裕を含んだ声で返事を返す。

「ああー大丈夫だよ。それよりそっちも、爆撃よろしくぅ~」

しかし、いくら練度がそれなりに高い匠艦隊であっても、鎮守府内トップと言われている南郷機動部隊が、これほどにまで苦戦するのだろうか。そもそも匠提督は新人であり、お世辞でも満足のいく指揮ができているとはいえず、それ故に隊の統率も甘いはずである。互いを理解し合い、阿吽の呼吸で動ける南郷機動部隊とは、やはり実力の差があるはずなのだ。

そう。匠提督には、譲治からのハンデが与えられていた。そのハンデとは、蒼龍と大井を抜いた編成である。つまり、4人で艦隊を組んでいるのだ。

『こちらポセインドンからマーメイド3へ。被害を報告せよ』

服などに色とりどりのペイント弾を受けている北上に、譲治からの通達が入る。北上は追撃を逃れるべく回避行動をとりつつ、報告をした。

「あー。こちらマーメイド3からポセイドンへ。うん、大丈夫だよー。いたかったけどねぇ~」

『よし、支障はないんだな。こちらポセイドンから各員へ。マーメイド6は引き続き制空権を確保せよ。マーメイド3、4、5は引き続き雷戦砲戦、および格闘戦を行え』

「了解!」

4人の艦娘は返事をし、それぞれの行動に移る。

まず初霜と叢雲は即座にダッシュすると、匠艦隊の砲撃を交わして翻弄しつつ、瞬く間に相手の艦隊近くまで近づく。そして第一目標の戦艦。金剛へと攻めよった。

「させないよ!」

しかし二人の前に、白露型二番艦である時雨が割り込み、行く手を阻んでくる。彼女は前方の叢雲に的を絞ると、右手の主砲を放ち、叢雲の減速を試みた。

「邪魔よ!」

だが、叢雲は速度を殺さず紙一重で砲撃をよけ、右手に持っていた訓練用の槍を構えた。

時雨との距離が槍の有効距離まで来ると、叢雲は渾身の一撃で槍を一気に放つ。訓練であれど叢雲の殺気は本物で、槍は時雨の水月へと吸い込まれるように、風を切った。

「くっ…でも!」

刹那。ごんっと鈍い音が、練習海域に響いた。

時雨は間一髪、叢雲の槍を主砲ではじいたのだ。叢雲は渾身に放った勢いを殺しきれず、横へ逃がされることで態勢を崩された。

「やるわね!でもっ!」

叢雲はそのまま短く言葉を漏らすと、はじかれた勢いに乗りながら、時雨の真横へと前進した。そして小さな半円を描きながら、時雨の左へと抜ける。

「あっ!」

意表を突かれた時雨がそうつぶやくと同時。さらに初霜が、時雨とすれ違うように右へ抜けていく。狙いは金剛、ただ一人なのだ。

「金剛!」

時雨は振り返り、金剛へと叫んだ。彼女の悲鳴交じりの声が、金剛の耳に入る。

「わかってマース!この距離なら!」

おそらく金剛は、自分を真っ先に狙ってくることを感づいていたのだろう。

すでに船体および主砲の方向転換を終わらせており、彼女の持つ三六・五㎝四五口径の連装砲が4基、叢雲と初霜を捉えていた。時雨の時間稼ぎは、十分な効力を果たしたのだ。

「撃ちます!ファイヤー!」

ドゴォンと、仰々しいほどの砲撃音が響くと同時に、軽巡や駆逐艦とは比べ物にならない巨大なペイント弾が発射される。

「しまっ…!」

先行していた叢雲は速度を出しすぎた為か、その砲撃を交わしきることができずに被弾をした。その多大なる衝撃を受けた叢雲は、吹き飛ばされるようにして海面へと背中を打つ。

まだ金剛の砲撃は終わっていない。叢雲にペイント弾が着弾するより前に、初霜側への砲撃が発射される。

「きゃあっ!?」

初霜はそれこそ直撃しなかったものの、至近弾により態勢を崩し、海面をなめるようにして転んでしまった。

「ああっ…!二人ともっ!」

二人の様子を見ていた飛龍は、思わず悲痛な叫びをあげる。

「ヘーイ!クリティカルヒットネー!」

ご機嫌な様子で金剛は、ニコニコと笑いをこぼす。匠艦隊に所属する艦達もそれに釣られてわずかに微笑んだが、すぐに残りの二艦へと目線をむけた。

「こちらマーメイド3からポセイドンへ!やばいよぉ!?叢雲と初霜大破判定だよあれ!どうすんのさ!」

いつもより少々緊迫した声で、北上は譲治へと指示を求める。

『わかっている、冷静さを失うな。ポセイドンからマーメイド6へ。雷撃隊の使用を許可。マーメイド3の雷撃を支援せよ』

「了解。よーし二人の敵を取るぞー!って…ありゃ?」

譲治の指示に意気込んだ北上であったが、飛龍の言葉が聞こえない事を不思議に思い、振り返った。彼女は何故かうつむきつつ、ぶつぶつとぶやいている。

「お、おーい。飛龍ってばー。どしたのよ?」

そう北上が声をかけた刹那。彼女たちの周りで、いくつもの水柱が立つ。射程距離ぎりぎりで、匠艦隊たちが砲撃を行っているのだろう。

「うおっち!これはやばいよぉ…?飛龍~さっさと迎撃しないとさ…」

北上が危機感を感じつつ言うが、一向に飛龍は耳を傾けない。まるで周りが見えておらず、一種の混乱状態に陥っている様であった。

―あらら、これは負けちゃったね。あたしだけじゃどうにもできないだろうし。

北上は迫りくる匠艦隊を視認しつつ、どうしようもない現状からそう心の中でつぶやく。

「…そうよ。多聞丸…まだ私たちが残っているわ」

「えっ?」

だが、唐突に聞こえるような声で、飛龍はつぶやいた。北上は驚いたように彼女へ振り返ると、言葉を漏らす。

「私達はたとえ!最後の一艦になったとしても戦うわ!」

顔をあげ、そう叫んだと同時のことだった。飛龍の目の色はまるで獣のように鋭くなり、弓矢を構え、速射の容量で数々の艦載機を放った。

しかし、彼女が放った艦載機は、譲治に指示されたような物ではなかった。雷撃機も含まれてはいるが、爆撃機や攻撃機までもで、矢筒がなくなるまで速射し続ける。

そして瞬く間に、空には大量の艦載機が覆い尽くした。もはや作戦など無視をして、艦載機たちは一斉に匠艦隊を襲い始めた。

『マーメイド6!なぜ命令数以上の艦載機を飛ばしている!命令に従え!』

若干焦りを交えたような声で、譲治は飛龍へと報告を求める。だが、飛龍には聞こえていないのか、まるで取りつかれているかのように艦載機たちに指示を出していた。

「こ、こちらマーメイド3からポセイドンへ!飛龍がおかしいんだよぉ!」

『おかしいだと?マーメイド3!現状を詳しく報告せよ!』

譲治がそうつぶやくと同時に、北上の耳に金剛たちの声が聞こえてくる。

「ど、どうなってるのネー!?この艦載機、さっき相手した艦載機たちとまるで違うネー!?」

飛龍の放った艦載機たちは、まさに神業よろしく巧みに対空砲を躱している。匠艦隊がとっさの判断で組んだ輪形陣は意味が無いように見え、明らかに先ほどの艦載機たちとはレベルが違う。訓練用の爆弾や魚雷を赤子の手をひねるかのように、いとも簡単に落としていき、ただ一方的に、匠艦隊の損傷率が上がっていく。

「沈め!沈め!シズメェエ!」

怒りと悲しみを交えた声で、飛龍は叫ぶ。艦載機たちもその声に答えるべくなのか、対空機銃で被弾し飛行能力が乏しくなったものたちから特攻をも始め出す。

「ちょ、ちょっと飛龍!さ、さすがにやりすぎな気が…」

豹変した飛龍の隣で、北上は静止を促した。しかし飛龍は耳をかさず、真剣な顔つきで艦載機たちを発着艦させ続ける。

まさに取り憑かれている様な飛龍の行動に、流石の北上も身を引いていた。それは純粋に恐怖心によるもので、本能的な行動だったのだろう。

それからしばらくして、匠艦隊の艦娘たちが次つぎと大破判定になっていったことは言うまでもなく、戦況は覆された。北上が言うようにやり過ぎとも思える程、匠艦隊の艦娘達はボロボロになっている。

「あ、あはは…勝てちゃったや」

そんな匠艦隊をみて、北上は苦笑を漏らしつつ呟いた。負けると高を括っていたはずが、まさか勝てるとは思わなかったのだ。

北上はとりあえず労いの言葉を掛けようと飛龍へと目線を向ける。しかし、飛龍は何処か虚ろな瞳で、空を見上げていた。

「飛龍…?」

どうしたのだろうかと、北上は言葉を漏らすと同時の事だった。彼女は膝から崩れ落ち、海面へと倒れたのだった。

 

白い壁を基調とした部屋に、譲治は腕を組みながら座っている。彼の前には、白衣を着た男がパソコンに映されているカルテ睨み、頷いていた。つまりこの男は、医者である。

医者はパソコンを睨み終えると、掛けている眼鏡をずらして目頭を指で押し、譲治へと顔を向けた。

「まず診断結果を言いますと、身体に異常はありませんでした」

その言葉に、譲治は「そうですか」と言葉を返す。

現在、譲治は海軍病院に居た。演習のあと、倒れた飛龍と共に足を運ぶことになったのだ。

提督である以上、艦娘の状態を把握しておく必要が規則にはある。疲労や病を患っているにもかかわらず無理に出撃させる事は、いわば兵に死の宣告をする様なものであり、ある程度状況を把握しておく必要があるからだ。無謀な戦略で兵の士気や能力を下げる事は、指揮官として無能でもある。

「それで、暴走の件ですが…。おそらく彼女の艤装適性が関係しているでしょう」

「なるほど、彼女の持つ飛龍型艤装は適任者なかなか決まらず、難航したと話は聞いております」

譲治の言葉に、白衣の男もとい医師が「はい」と返事を返す。

「お察しだとは思いますが、おそらく強すぎる艤装適正故に、先の演習がなにかしらの原因で彼女の記憶を呼び覚ました。いわばフラッシュバックしたと考えられます」

 やはりかと、譲治は抱いていた疑惑に確信を持った。

 艤装適正は、ある意味霊感と同じようなものであった。過去の軍艦が持つ信念や思い、さらには無念や恨みなど、さまざまな霊的感情の力を借りて、深海凄艦と戦うことができるのだ。

 だがあまりにも強い艤装適正を持つ物には、それなりの不具合も生じてしまう。『大いなる力は大いなる代償を伴う』と言葉があるように、それ相応の代償を支払わなければならない。それは肉体的な事もあれば、日常的な事、さらには精神的な事にまで影響を及ぼす。

今回飛龍が暴走してしまった理由としては、まさにこの精神的な原因であった。彼女は高ぶりと不安の二点が作用してしまい、WW2の時に運用されていた『航空母艦飛龍』が最後に持っていた想いを、強く受け過ぎてしまったのである。故にあの時の飛龍は、艦娘としての飛龍ではなく、ミッドウェー海域で必死の抵抗をしたあの『飛龍』としての人格もとい物念であったのだ。

問題行動とは、すなわちこのことだったのかと、譲治は大本営から送られてきた電文を思い出す。確かにこれでは、問題がある以前に戦力として戦えないだろう。

「何か直す方法は、ないでしょうか?」

譲治はふと、医師へと問う。現状、自分の力では何ができるのか、わからないからだ。

そもそも艤装適正すなわち霊感などと、いまだに信じることが難しい。すなわち幽霊など言わずもがなである。だが、この問題はすなわちそういう事であり、譲治がこれまでに人生で培ってきた軍事知識や戦闘経験、サバイバル術や戦術案など何も意味も無いだろう。譲治はあくまでも傭兵であり、シャーマンや陰陽師ではない。

かなり深刻な問題だと、譲治は苦い顔をして医師の言葉を待つ。だが、医師から出た言葉は、それをもさらに上をいく、ある意味残酷な言葉であった。

「…一番良い方法と言えば、やはり隊から外すしかないでしょう。正直、あなたの艦隊は彼女抜きでもやっていけるのでは?以前もそうしてきて、うまくやってきたのでしょう?ともかく一度よく考え、彼女と接してみてください」

いわゆる戦力外通告を伝えろと言う医師の言葉を聞き、譲治は考え込むしぐさをしてしばらく無言であったが、

「わかりました。そうさせていただきます」

と、言葉を口にした。

だが、このとき。診察室の外にいる人の気配を、譲治は感じることができなかった。

 

 

 海軍病院の屋上は鎮守府よりも高い位置にある。もっとも建物が大きいということもあるが、地理的に見ても小山の上にあり、そもそもの位置が高かった。

 故にここから見る港の景色もまた、格別である。ちょうど一日を『終わり』と実感させてくれる黄昏時でもあり、沈みゆく太陽を飛龍は独り占めしていた。

 「そっか…そうだよね…」

 ぼそりと、飛龍はつぶやいた。やはり当然の結果と言えば、当然であるからだ。

 先ほど診察室の外にいた人の気配とは、飛龍であった。体には特に異常がないのは自分の体である故に重々理解おり、それなのになぜ入院を強いられることになったのかがわからず、医者に理由を問いただそうとしたのだ。もしその理由が納得できない場合は、抗議を申し立てるつもりでもいた。

だが、その際偶然にも譲治たちが自分の事について話していた。飛龍は意識を失った状態で病院へ運び込まれたので、譲治が付いてきていることを知る由もなかったのだ。そして不運にも、先ほどの会話を耳に入れてしまった。

自分が暴走をしたことを、覚えていないといえば嘘になる。船だったころの『飛龍』の意思に乗っ取られていた際、微かに自分の意思も存在していたのだ。

だが止めようと思いはあったが、止めることはできなかった。自分の自我を保ち続け、いつもと同じように心がけていたのにもかかわらず、今日だけは怒涛の感情が押し寄せ、堪え切れることができなかったのである。

飛龍は暴走を自我で止められなかったことを悔やみながら、空を見上げた。オレンジに染められた大空はところどころに雲ちりばめられ、その雲もどこか赤みを帯びている。美しきその景色は後悔ややりきれない思いから、心を癒してくれる。

「…別に、あなたたちのことを罵倒するつもりはないわ。だって、あなたたちも飛龍だった。だから私は、あなたたちも背負っていくって決めたじゃない」

それは過去に飛龍が心に決めた、かつての戦士たちと交わした約束。背負うものは大きいだろうが、それでも自分が選ばれた以上、その義務もあるのだ。もてはやされても、偶像化されたとしても、その名を冠するのであれば、必ずしも背負わなければならない業である。

おそらく、自分は艦隊から外されてしまうだろう。しかし、苦痛ではない。以前の生活に戻せばよいだけなのだ。かつての戦士たちと会話をして、時折艦娘の友とも話せばよい。

「ふふっ…寂しいわけないわよ。でもね、私の心は海にある。あなたたちといれば、必然的にそうなるじゃない?」

飛龍は海を眺めながら、語り掛けるように言う。だれもいない屋上ではあるが、飛龍は確かに、自らの後ろに立つ英霊たちの存在を感じているのだ。

だが、その英霊たちの中で、真新しい魂を感じた。

否、これは魂ではない。現存する人間の気配である。だれだろうかと飛龍は振り返ると、ちょうど屋上へと出入り口から、見覚えのある人間が現れた。

「ここにいたのか。探したぞ」

それは、現在自分の提督となった、譲治であった。彼は痛々しい義足をガチャリガチャリと動かして、飛龍の近くまで歩んでくる。自分をその足でわざわざ探していたのだろうかと思うと、少しだけ胸が痛くなった、。

「…あれ?どうしました?」

飛龍は何事もなかったかのように、笑みを作りながら問う。特に笑みを見せる意味はないだろうが、それでも自分の上司である以上、愛想は作らなければならない。

「…体のことを聞こうと思ってな。うむ、やはり大丈夫そうじゃないか」

「あったりまえですよ!私たち艦娘は、頑丈ですしね!っていうか、演習時は私倒れただけですよ?提督たちのメンツをつぶさないよう、頑張ってましたから!」

元気よく答える飛龍の様子を見て、譲治は「そうか」と短い言葉を返してきた。

「それで、伝えに来たんですか?」

単刀直入に聞く飛龍に、譲治は何のことかわからないのか、若干首を傾げた。

「何のことだ?」

「いやー決まってるじゃないですか。戦力外通告ですよ!」

その言葉に、譲治は顔をしかめた。しかし、飛龍は話し続ける。

「やっぱり私、あなた方の艦隊にいてはいけないと思うんですよ。ああ、別に蒼龍はともかく大井さんや北上ちゃん。叢雲ちゃんに初霜ちゃんと、みんないい人ですし、仲良くできるとも思っています」

おそらく、いま自分はやけになっているのだろう。自分から言うことで、少しでもやっと入れた艦隊から追い出される傷を小さくしたいのかもしれない。

「ですけど…私にはまあその、持病があります。かつての大日本帝国でも兵士に甲乙丙丁戌をつけていたように、私はいわゆる丁なんです。重い病気…そう、過去を引きずり、フラッシュバックしてしまう…そして場所を問わず取り乱す。これ、立派な重病じゃないですか。普通の艦隊ならまだしも、提督率いる南郷機動部隊には入ることすら許されないはずなんです。ですから、きっと私は、外されてしまう。今回の件で、それは確定するんじゃないかって、そう結論付けたんです」

そう語り切った後、飛龍は息を吸って、譲治へと満面の笑みを作った。

「ですから、どうかわたしを外していただいても結構です。私よりももっと優秀な…甲にふさわしい子を入れてあげてください」

言い切った。飛龍はすべてを言い切り、満足な気分となる。

蒼龍と一緒の艦隊になれたこと、ほかの艦娘達も気さくに話しかけてくれたこと、たった一か月ほどの艦隊の一員であったが、それでもかけがえのない思い出となっただろう。

しかしそんな飛龍を見て、譲治はしかめた顔を崩さず、胸ポケットから煙草を取り出すと、風下へと歩いていく。

「お前、診察室での話を聞いていたのか?」

吸った煙を吐き出して、譲治は低い声で問いてきた。飛龍はそれに対し何の悪気もなく、「はい。聞いてました」と答える。

「そうか。聞いていたのか」

譲治はそういうと煙草を再び吸引し、吐き出す。

「まず、お前は重大な勘違いを犯しているようだな」

目線を合わせ真っ向から言う譲治に、飛龍は「え?」と思わず言葉を漏らした。

「確かに医者からはそう薦められた。…だが、俺はお前を外すつもりはない。それに、たとえお前が重病を患っていたとしても、発作を起こす際には使わなければよい。むろん、動けるのであれば使うつもりだ」

「ちょっと待ってくださいよ!」

あれだけ覚悟を決めていたのに、急な肩透かしを食らった飛龍は慌て始める。先ほどのあの会話は、譲治も医者の意見を尊重する姿勢だったはずだ。

「私はいわゆる『丁』なんですよ!?確かに普通の艦隊でならまかり通るかもしれませんが…あなた達はエリートで…」

「大体いつ、だれがそんなことを決めたんだ?」

「だ、だって…」

食い下がる飛龍に、譲治はさらに話を重ねる。

「確かに俺たちはいつの間にか、横須賀のいわゆる保険として見られるほど強くはなった。だが、だからどうした?確かに作戦遂行も重要なことではあるが、それに甲乙丙丁戌も関係はないはずだ。だからお前はこれまでといつも通り、作戦行動を行ってもらう」

「ですが!私は…!」

「…では逆に聞くが、お前は艦隊から抜けたいと思っているのか?」

「そ、そんなわけないです!」

「だったら今まで通りに作戦行動を行えば良い。俺は残ることを強要するつもりはないが、本人の意思で艦隊に居たいと望むなら、抜くつもりなどこれっぽっちもない。第一、お前を引き抜いたのは紛れもなく俺だ。お前にこのような問題があると知ったのは、引き抜いた後から数日後だったが…そもそもそれ以外に問題がない優秀な兵士を、鎮守府内に腐らせておくわけにはいかないはずだ」

ここまで言われると、もう飛龍はとりつく船がなかった。この男は自分が背負う業すらも、重ねて背負うというのだ。

「じゃあ提督は…私が起こすであろう問題を、すべて背負うつもりなんですか?」

「そうにきまってるだろう?俺はお前らの上官だからな」

特に迷いもなく、特に飾り立てた言い方でもない、ただまっすぐな言葉。だが、かえってそうだった故に、飛龍はその言葉に深い信頼を寄せることができた。うわべだけの意味合いではなく、本心からの言葉であるからだ。

「ははは…失礼な言い方をあえてしますけど、それは馬鹿ですよ。あなたには出世欲がないんですか?」

力ない笑いをしつつ、飛龍は譲治に言う。だが、譲治はいつも通りのぶっちょう面を変えることなく、言葉を返してくる。

「出世欲?そんなものなどあるわけが無い。俺は深海の奴らを叩き潰せれば、それで満足だからな。暴走して何もできなくなるのはそれこそ困るが、暴走することでかえって深海どもを一網打尽にできるのであれば、ある意味儲けものだ。それをコントコントロールするのは、紛れもなくお前であるが」

「えぇ?それだけのために、あなたは提督になったの?」

「ああ、悪いか?俺も深海どもに殺された仲間がいる。深海が現れてから当時は俺たちのような民間軍事会社にまで、国家による強制出兵されていたんだ。そして戦友はみな海に散っていった…俺はその敵と無念を晴らすために、こうしてお前たちを利用している。ある意味ガキみたいな理由だ」

譲治はほぼ灰と化しているチビた煙草を未練がましく吸引すると、沈みゆく太陽を見つめた。

「俺はかつてお前の提督である山口多門氏のようにはなれないだろう。そもそも傭兵と生粋の軍人では、少し違う点があるからな。だがそれでも、今の提督は俺だ。こんなこと言うのも恥ずかしい事だが、俺は俺の提督像がある。その提督像を信じ、どうか俺についてきてほしい。だめか?」

譲治は若干探りを入れるように聞いてきたが、もう答えは出ている。飛龍は後ろ腕を組み、笑顔で答えた。

「もちろんですよ。そこまで言われちゃ、私だってがんばっちゃいますからね!うん。きっとみんなも、許してくれるはずです」

そう飛龍が答えた刹那。彼女は誰かに肩を叩かれる感触を感じた。驚きと困惑を交えた顔で振り返ろうとした瞬間。頭に響くような声が聞こえてきた。

―アメ公の傭兵だったってのは心底気に入らねぇが、まあ信じてみるのも一興だろうよ。

その声は間違いなくあの男だろう。だが飛龍は確信すると振り返るのをやめ、目をつむった。

―…うん。そうよね。ふふっ…実は私、割と気に入ってるのよ。

―へぇそうかい。まあおめぇが悲しむことがあったらよ。あの世で俺ら総勢、あのアメ公かぶれを血祭りにあげてやらぁ。

江戸っ子特有の独特な言い回しでその男は語り掛けると、飛龍が感じていた肩に置かれた手の感触は、すうっとすべるように消え失せたのだった。

 

 

 「と、まあこんな感じだ。面白かったか?」

 すべてを語り切った譲治は一息つくと、三本目の煙草に火をつける。

「その後、飛龍の問題行動は次第に和らいでいった。なぜかはわからないが…どうやら彼女は彼女なりに、何かあの時あったようだ」

無論。譲治は飛龍があの男の零体と話していたことは知らない。いくら上官であっても人間は心のつぶやきや頭の中にある感情までを、読むことはできないのだから。

「さて、もうそろそろ俺は戻らなければならない。まだ新人たちに一任できるほど、育ってはいないからな」

そういうと譲治は、煙草をくわえたまま、来た道を戻ろうとする。今度来るときはいつだろうと、心の中でつぶやきながら。

だが、譲治が歩き始めた刹那。道の奥から人影が見えた。私服姿であるが見間違えるはずもない。蒼龍と飛龍だ。

「提督―!やーっと見つけましたよー!」

元気よく飛龍は叫ぶと、蒼龍と共に走り寄ってくる。譲治は煙草を半分に折ると、携帯灰皿へとしまい込んだ。

「お前たち…どうしてここがわかった?」

驚きを交えて声で、譲治はそう問いかける。ここへ来ることは、一人を除いてだれにも言ってはいないからだ。つまり風のうわさで、流れる心配もないはずである。

だが、蒼龍たちはその一人の名前を出してきた。

「その…北斗提督に迎えに行ってやれって言われて…。と、言うかあの人と仲が良かったんですね?」

「…あ、ああ。あいつとは昔からの付き合いがあってな」

蒼龍の問いかけに譲治は戸惑いながら答えると、飛龍が不思議そうに、慰霊碑を見つめる。

「あの…。これなんですか?」

「…これは慰霊碑だ。俺の戦友も、ここで眠っている」

「戦友?えっと…傭兵だった頃のですか?」

譲治の答えに、蒼龍はさらに質問を重ねる。譲治はその問いに、「そうだ」と短く答えた。

すると二人は何かに気が付いたようにハッと体をわずかに跳ねると、顔を見合わせた。そして両者は頷くと、慰霊碑の前へと歩いていく。

「お前たち…?」

その行動の意味が分からず譲治が問うと、二人は慰霊碑の前で手を合わせながら、その理由を答えた。

「拝ませてください。私たちだって、無関係じゃないはずです」

「そうですよ。それに提督の戦友たちも眠っているんでしょ?だったら、拝まないといけないじゃない」

彼女たちは艦娘であり、艤装適正もある。何度も言うが艤装適正とはすなわち霊感と同じような物であり、その霊的な力の恩恵を受けている。

つまり、彼女たちは持ち前の霊感から何かを感じ取ったのだろう。そして、その何かとは、譲治には聞こえないかつての友人たちの言葉であったのかもしれない。

「…そうか。きっとあいつらも喜ぶはずだろうよ」

だが、譲治もそれには、なんとなく感づくことができた。たとえ霊感は持っていなくとも、直感的に人間は何かを察知することがある。だからこそ、譲治は帽子を深くかぶりなおし、つぶやくように言葉を返したのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 ~揺らぐ信頼~

どうも皆さん、合作版ダメ野良犬で御座います。
   いよいよ季節遅れの夏の話を書くのも如何かと思いますが、
   此処最近は寒い季節が続きますからね、この話を見て少しは温まってください。
   …と言っても私の路線がドロドロな恋愛になってるんですがw



 夏の日差しは日本の人々を苦しませる。照り付ける日差しと湿った生臭い熱風、時折降る雨の中も咽るような熱気に包まれてしまう。更に深海棲艦より総合的に人に被害を及ぼしている自然現象、台風が日本には夏に何度も訪れるのだ。

人々は各々に暑さを凌ぐ為に涼しい場所に旅行に向かったり、家の中で冷房をつけたり、家族を持つ者や子供ならプールや海へ遊びに行くだろう。

 

 横須賀鎮守府は多くの人々が夏季休暇に入っても、みんなそれぞれの仕事があった。

艦娘は深海棲艦と戦い、資材を鎮守府に持ち帰る為に遠征に出たり、経験を積む為に他の地域の鎮守府と演習を行ったり…。

 

 勿論、艦娘が夏の間も働くように提督にも休みは少ししか与えられない。

太陽が青空へと昇り、斜に構えた時、それは一番人が熱く感じる日差しかもしれない。

午前の執務を終えた浅葱煉嗣は休憩を兼ねて冷房の効いた食堂へと足を運んでいた。

 

「浅葱提督―珈琲クリーム餡蜜ですよ~」

「お、出来たか。ありがと間宮さん」

 

 給糧艦娘、間宮から甘い香りのするひんやりとした餡蜜の入った小鉢を受け取り、浅葱は椅子に座って日誌を開きながら銀のスプーンで一口分の小豆やクリームを掬って口に運ぶ。此処数日は資材量も安全な海路を用いて数週間分は補う事が可能だった。

だが敵も黙って資源を渡す程愚かではないだろう。数日の内に手を打って来る筈だ。

日誌に書き写した海路の中央に赤で×印を書き込んで、遠征部隊に如何いった指示を出して安全に資源を確保出来るのか、浅葱は静かに日誌を覗き込んでいた。

 

「提督、此処失礼しますね」「お、提督じゃん。やっほぉ~」

 

そんな時、彼の向かいの席に二人の少女が座る。視界の端に映る制服から彼女達が自分の艦隊の部下、古鷹と加古であると分かり顔を上げた。

 

「訓練ご苦労、古鷹、加古。午後からは艤装点検が終了次第各自で休憩に入ってくれ」

「了解です」「了解~…あ、提督」

 

 話を終わらせようとした煉嗣の前で加古が机に身を乗り出して二コリと笑う。

顔を上げた煉嗣の前で古鷹が申し訳無さそうにしながら加古の話を促す。

 

「明日って休日だろ、提督は暇?」

「俺か?明日は特に予定はない」

 

「そっかぁ!明日古鷹と一緒にプール行こうと思うんだ!提督も一緒に来ない?」

 

 加古は満面の笑みで煉嗣に詰め寄るが、古鷹は控えめにチラチラと目を向けてくる。

彼女達の水着姿を見たいと内心想像を膨らませつつ、煉嗣は古鷹の傷跡を見てプールでは周りの客に気を遣ってしまうのではないかと心配する。

考えるフリをして如何にか古鷹が周りに気にされる事もなく水着で遊べる場所が無いか周りに目を配りながら考えた。

ふと、煉嗣の目に鎮守府の訓練施設、主に水雷戦隊や潜水輸送部隊の訓練で用いられるプールが目に入った。

 

「加古、訓練用プールは如何だ?市民用だと周りに気を遣う事もあるだろ」

「ん?……ッ!あぁそうだねぇ、態々お金掛けるのも馬鹿らしい」

 

 古鷹に気付かれないようにしながら顔の火傷に目をやった煉嗣に加古は頷いて立ち上がる。話が終わったのに気付いた古鷹はハラハラと結果を待っている。

加古は悪戯心から結果をワザと言い淀んだ。

 

「残念ながら…古鷹…」

「そ、そっか…やっぱり提督は…」

 

 何かボソボソと俯く古鷹に加古はニカッと笑いながら肩を寄せて耳打ちする。

すると暗くなっていた古鷹の顔がいきなり花開くような笑顔に変わった。

 

「ホント!?」

 

「あぁ、市民プールだとお金掛かるからさ、提督が訓練用のプールを貸しきりにして貰うようにしてくれるってさ!」

 

 何時の間にか貸切にするつもりらしい、其処は他の提督達の訓練予定を確認しなければ時間帯を指定して貸切にするのは難しいだろう。

だが心の底から喜び両手を合わせてニコニコ笑う古鷹を見て、煉嗣は悪い気はしないなと苦笑して椅子から立ち上がり二人に連絡する。

 

「俺はこれから明日のプール貸切の件を承諾出来るか交渉してくる。

 貸切時間は追って俺から連絡するから、二人は予定通り艤装点検に行ってくれ」

 

「「了解!」」

 

 二人は軽い足取りで食堂を出て行った。煉嗣は残った餡蜜をスプーンで掻き込んで飲み込むと、器を洗い場に立つ間宮の下へ渡し、他提督達を探しに行った。

それから、彼の執務が捗ったのは言うまでもない。

 

*

 

 結果から言うと、正午から夕方の施設利用時間を丸ごと頂くことが出来た。

煉嗣は一応海水浴用にサイズを調整した水着と半袖パーカーの上着を着用する事にした。

ついでに軽めの食事も取れるようにステンレスの水筒に冷えた麦茶を入れて、タッパの中に幾つか握ったおにぎりを用意してプールへと向かった。

 

「お、提督ー!」

「あ、れ――提督…」

 

 古鷹と加古が手を振りながら準備運動をしていた。意外なことに加古がフリルのあしらった藍色の水着、古鷹はわき腹に黄色のラインが入った紺の競泳水着を着用していた。

対する煉嗣はモスグリーンの海水パンツと灰色の半袖パーカー、どちらも新鮮で、特に古鷹は初めて見る煉嗣の水着姿に顔を赤くしている。

煉嗣は平静を装っているが、古鷹の競泳水着のラインが少しというか、かなり気になってしまい、つい目が其方に向いてしまっている。

 

「あー…二人共、よく似合ってると思うぞ…」

 

「ホントかぁ!?ヘヘッ…正直に言われると嬉しいねぇ」

「あ、ありがとう…御座いま…す」

 

 加古は恥じる様子も無く大胆に煉嗣の前で仁王立ちのポーズを取るが、いかんせん胸部が古鷹より成長していないのであまり揺れない。

対する古鷹は恥かしそうに身を捩って胸を両手で覆い隠したつもりだったが、逆に下乳が圧迫されて胸が強調される魅惑のポーズになってしまっている。

色々と理性が拙くなりそうな事に気付いた煉嗣は苦笑して誤魔化しながら手に提げた袋から水筒と三人分のカップ、タッパに入ったおにぎりを見せて、少し泳いだら食べようと提案する。二人が嬉しそうに頷いたことで、三人は準備運動を済ませてプールの水面に足を浸けようとする。

 

「うひゃぁ冷たっ!」

「キャッ」

 

「おぉ、意外に冷たいな…」

 

 空は青空が広がり、太陽の光がプールの水底に美しい影のアートを生み出していた。

加古が古鷹の手を引っ張って奥へと進んで行くのを見送って、煉嗣は静かに身体を水の中に沈めながら、両手で水を掻きながら水面に浮く。

艦娘の訓練用だけあって、サイドの水深は二メートルと結構深めだ。

煉嗣は思い切って、一度試したいことやろうと息を吸い込んで水中に潜る。

 

 

 音が消える、水中は奥を見る程蒼い色が濃くなって端の壁まで続いている。

煉嗣は潜水の要領でタイルの敷き詰められた水底まで腹が着く辺りまで沈んでから、ゆっくりと身体を横に回して、背を床に向けて寝転ぶ形で水底から光の輝く水面を見上げていた。両手を動かさず足だけを使って器用に水を押すように進む、一人だけの世界。

 

(静かだ……まるで深海棲艦にでもなった気分だ…)

 

 黒髪が海草の様に水の中でゆらゆらと揺れ、頭の中が空っぽになっていく。

このまま何も考えないで水の中に沈んでも良い、そんな言葉が脳裏をよぎった。

次に浮かんだのは、水面から上がってきて傷だらけの古鷹の横たわる姿。

 

 彼女達艦娘に喜怒哀楽は存在する、多少癖のある艦娘も中には居るが、それも人の持つ個性として受け取れば良い関係を築ける者だって居る。

艦娘には昔の大日本帝国の艦艇であった頃の記憶が存在する。

煉嗣はずっと思っていた、彼女達には何としての心が在るのか?

人として?兵器として?一人の少女として?艦艇として?

彼女達に在る心はどんなものなのか、煉嗣は気になって仕方が無かった。

次第に瞼が重くなり、考え事をする時のように目をゆっくり閉じようとした煉嗣の耳元で泡がぶくぶくと鳴る音が響く。

 

「っ!」

「‐ッ!」

 

 見れば古鷹が心配してずっと水面に上がって来ない煉嗣の下まで潜ってきたのだ。

慌てて体を起こす煉嗣の隣で心配そうに見つめる古鷹の手を取って、煉嗣は水面へと地面のタイルを蹴って水中から出てくる。

 

「ぶはっ!?ハァ…ハァ…」

 

「けほっけほっ…!提督、ご無事ですか!?」

「あ、あぁ…古鷹こそ大丈夫か……ぁ」

 

 二人は水面に上がってきて気付いた。急いで上がったものだから二人は身体を密着させており、煉嗣の胸板に古鷹の柔らかな胸の感触が押しつけられており、煉嗣の手が古鷹の手を握ったままの状態だったのだ。

慌てて煉嗣は手を離して古鷹から離れ、少し名残惜しそうな顔をした古鷹は慌ててペコリと頭を下げた。

 

「すいません!提督が潜ってから何分経っても上がってこなかったので…」

「…そんなに潜っていたのか、すまないな。心配をかけた」

 

 少し休憩しようと、煉嗣は水面を掻き分けてプールサイドへと上がる。

古鷹もそれに続いてサイドへと上がると、水着のズレを直した。

先ほど握られた手を見つめて、嬉しそうに笑ったのは彼女だけの秘密だ。

 

「そろそろ持ってきた握り飯食うか?」

「そうしましょう」

 

 離れた場所でバタフライに挑戦していた加古を呼んで、三人は適当に陽の当たる場所にプラスチックの机と椅子を持ってきて軽食を口にする。

泳ぎ着かれたのか、おにぎりを両手に持ってがっつく加古を見て煉嗣と古鷹は麦茶を飲みながらクスクスと笑っていた。

ふと、古鷹は煉嗣に先ほどの行動について聞いてみた。

 

「提督、さっきは何で水底に?」

「ん?…あぁ、いや何…考え事をしてたのさ、水の中ってのは静かで水底から見る景色は綺麗だからな、結構面白かったよ」

「えっと…何を考えてたんですか?『それは答えられない』ッ!?」

 

 即答した煉嗣に顔を向けると、妙に真剣な顔でカップの中の麦茶を見つめていた。

煉嗣は言える訳が無かった。古鷹の傷の事も、彼女を好いている自分の本心も、そして艦娘が抱く心とは何なのかを、彼は静かに波紋の広がる麦茶を一息に飲み干して立ち上がった。

 

「ちょっと手洗い行ってくるわ、加古、あと全部食っちまって良いぞ」

 

「マジ!?よっしゃぁー!」

 

 煉嗣の許可が下りて、残りのおにぎりを食べたそうにしていた加古は嬉々としておにぎりを掴んでは噛み付くように食べて、リスのように頬袋を膨らませてモゴモゴしていた。

そんな隣で古鷹は寂しそうな顔をして煉嗣の歩いていった方を見つめ続けていた。

 

「提督は私の事…」

 

 彼女の呟きに答えるものは何も無かった。

空高く昇った太陽が、徐々に傾き始めても暑さは変わらず、少女は不安と焦りを心に抱き、

男は迷う心を誰にも打ち明けられずにいた。

 

 




みなさん、お待たせして申し訳ありません。合作代表のたくみんです。方向性などを決めていたり、各メンバーが多忙だったため2か月ほど投稿ができませんでした。これからは、ペースを考えていくつもりなので、続けて読んでいただければ幸いです。

たくみん



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。