サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実 (郭尭)
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第一話

 

 

  さて、昨今SS界で流行の転生である。私たちが見たことのある何かしらの作品の中に生まれ変わり、各々が色々と活躍したりしなかったり、である。

 

  まあ、なんだ、してしまったのだ。何を?と問われりゃ、転生ってやつを。

 

  場所は日本。時代は前世から見れば近未来、サイバーパンク的な。

 

  そんで、この世界には忍者がいる。

 

  リアルな諜報員的なものではない。フィクションに出るような超人的な体術と、科学にケンカ売っていそうな忍術を駆使する、そんな中二心をくすぐるタイプのやつだ。

 

  序に忍術は習うものではなく、なんかその内目覚めるもんなんだそうな。

 

  そんで詳しくは割愛するが、私も忍者になった。

 

  そんな私には大きな悩みがあった。

 

  それは……

 

  私の歳の離れた姉の名が甲河 朧であり、私達姉妹の職業名が対魔忍だということだ。

 

  ……凌辱マジ怖い。

 

 

 

  今の自分の境遇、忍者と言う浪漫溢るるお仕事に就いているが、実際なってみると勘弁して欲しい気分になる。

 

  うん、まあ、あれだ。命懸けなのは、良くはないが良いとしよう。警察や自衛隊とかと同じで、誰かがやらなけりゃいけない仕事だ。給料も良いし。

 

  身体はまだ子供だが、甲賀忍者ん中では結構な実力派で通っているから、滅多なことじゃ死なない自信あるし。姉さんには鍛えられたよ。

 

  職場も一応政府機関だから私ら公務員、の筈だ。表に出たらやばい、人目を憚るもんばっかだから法的な保護とかないけど。

 

  あれ?全然良い所なし?寧ろブラックじゃね?

 

  まあ、家の稼業の事もあり、流されて忍者になった。両親や姉に鍛えられて甲賀でも有数の使い手となった。姉らと違って、まだ忍術には目覚めてないけど。

 

  で、対魔忍としてそこそこ仕事こなして、経験を積んで良い評価もらって。何かしら理由付けて引退できないかなと、その後の為に取った国家資格が五つを超えた頃、事件が起きた。

 

  なんか姉が裏切って、暫くして殺されたそうです。

 

  ええと、一作目開始?正直後悔してる、対魔忍、3以外やったけど抜きゲーとして割り切ってストーリー部分を殆どスキップしてたことに。

 

  さて、どう身を振ったもんかな。姉が裏切ったせいか、甲賀出に向けられる視線が痛いんだよな。

 

 

 

 

  「朧に妹、ですか?」

 

 

  人間を裏切り、自らの名を冠した忍者集団を組織した朧。それを殺したのは、対魔忍に於いて最強と目される人物、井河 アサギ。そのアサギに伝えられた任務。

 

  それは数か月前に殺した標的の妹と合同で行うもの。

 

  任務自体はさして難しいものではない。少なくともアサギを使うようなものでは。

 

 

  「その妹が何か?」

 

 

  朧と同じ甲賀忍者であることは今聞いた。では、わざわざ自分がその朧の妹と接触する理由とは。心当たりはなくもないが。

 

 

  「対魔忍上層部が彼女を警戒している。今の所怪しいと言える程の行動はないが、彼女を中心とした若い対魔忍の繋がりができつつあるらしい」

 

 

  本来そんなこと問題になどならない。どんな組織にも派閥は存在する。それが組織にとって望ましいかは別として、それが正常なことなのだ。だが、彼女の姉、朧は人類を裏切り魑魅魍魎に与する忍者集団を創り上げた。

 

  対魔忍という組織は、その妹が姉を殺した組織に、逆恨みで叛意を抱くのでは疑っている。中には朧忍軍残党との接触を疑う者も。

 

 

  「だが、今の所彼女が疑わしい行動をした事実はない。それでも彼女の経歴は警戒せざるを得ん」

 

 

  言い掛かりにも等しい組織の理屈。されど対魔忍という組織の役割を考えれば、断じて万が一があってはならない。臆病にもなるのだろう。

 

 

  「故にその為人や普段の行動を詳しく調べることになった。今回の合同任務はその一環だと理解して欲しい」

 

 

  対魔忍の現頭領である老人、アサギの祖父は任務に関する資料を手渡す。魔族との繋がりが確実である有力国会議員の拘束、及び障害の排除。特に有力な敵の情報もなく、この通りならやはり自分一人でも十分事足りる、とアサギは判断した。

 

  まあ、いいだろう。表向きの任務が楽な分、朧の妹の監視に注力すれば良い。

 

 

  「分かりました、任せてください」

 

 

  任務を引き受け、家に戻ってから改めて受け取った資料に目を通す。表向きの任務の資料と共に、朧の妹の資料もある。

 

 

  「甲河 虚……さくらより年下じゃない」

 

 

  十五にも届かない子供が、こんな対魔忍などという命懸けの世界で、才覚を見せている。その事実にアサギは複雑な感情を抱かざるを得なかった。

 

  年の割には高い背に、年齢相応の華奢な肢体。マントのようなボリュームのマフラーで口元を隠し、唯一感情を晒す濁ったような瞳。僅かに朧の面影を感じさせる、項で纏めた赤い髪と吊り上った目尻。そして腰には釵が二本。

 

  新月の夜、人気のない廃ビルの屋上で初めて対面した少女は、どこか虚脱感をまき散らす少女だった。

 

 

 

  転生というやり直しを経験しちまったせいか、生きてることのリアリティがない。だからなのか、痛みや死ぬことへの恐怖を感じない。人間関係も同様、誰かを、友情的な意味でも恋愛的な意味でも、好きになることができないでいる。

 

  そんな私の、死に方に対する希望はただ一つ。

 

  エロゲー的なエロスな目に合わずに死にたい。見る分には期待するけど、やられるとなると嫌悪感が、ね?

 

  そんなことを考えながら任務に当たってきた。だから他人との共同任務の時は仲間を大事にした。

 

  私が殺されるのは構わない。私が先に殺されるのはいい。私がリョナられるのだけは嫌だった。だからエロ展開来そうな時に、せめて味方には私が逃げるか自刃する時間を稼いでもらう為に、余計な消耗をしてほしくない。

 

  そしてその晩、私は原作ヒロインであるアサギとの共同任務を受ける。それを知った時、嫌な汗をかいたものだ。表情筋が死んでるような顔だから、知り合い連中には気付かれなかったようだが。

 

  本編開始タイミングが分からないからさ、疑って警戒しなけりゃいけない。

 

  あ~リョナ怖い、触手怖い。

 

  まあ、兎に角何だ?この日から私の、原作キャラ達とのドキドキ冷や汗抜きゲー展開回避生活が始まったのだ。

 

 

 

 



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第二話

  姉が殺されてから既に二年余り、最強の対魔忍と呼び声高い井河アサギとコンビを組んで一年余。この日ついにコンビ解散が決まった。

 

 

  「寿退社っすか。おめでとうございます」

 

 

  「いや、そこまで進めた訳じゃないから」

 

 

  コンビ、とは言っても実際には姉関係の監視役なんだろうけど、ながく組んでた相手が引退すことを決めた。結婚するから、ではなく恋愛に集中するから、という奇天烈な理由で。

 

  まあ、よくよく考えれば分からないこともない。正直こんな命懸けの仕事をしながらじゃ、真っ当な恋愛は難しいだろう。任務のタイミングとかによってはデートドタキャンなんてこともありそうだし。

 

 

  「それにしても、良く許可降りたっすね。何だかんだでアサギさんのこと手放なさそうな気がしますけど」

 

 

  正直そんなフザケた理由で退職できるなら、私も退職できんかな?まあ、お家のしがらみもあるから無理なんだけど。

 

 

  「まあ、お祖父様は難しい顔してたけど」

 

 

  そりゃあ、そうだ。こんな社会舐めくさった理由の退職届を出したのがよりにもよって自分の孫娘だ。まあ、本当に書類の形で申請したかは知らないが。

 

  まあ、兎に角私とアサギのコンビは、緊急のが追加されたりしなければ、次で最後になるそうだ。そんで次の監s、もといコンビとはこれから顔合わせである。

 

  アサギはOL風のスーツ、私は通っている中学のセーラーの上にフード付きジャケット。

 

  まあ、在り来たりな衣装ではあるが、素材が良いとやはり映える。

 

  漆のような長髪、日本人離れしたボンキュッボンなスタイル、切れ長で自信を滲み出させる目線。両サイドから出てる極細のツインテールは、チャーミングさをアピールしているのだろうか、ここだけは私の好みとは外れる。が、美人には違いない。監視されているのを、こんな美人といられる対価と考えれば、役得ということにしていた。だってその方が建設的だろう。

 

  私たちは対魔忍が組織としてのセーフハウスの一つに向かっている。使う足は電車。運賃が無駄金に感じるが、流石に相応の意味もなく、ましてや真っ昼間からビルの上をピョンピョンする訳にもいかない。

 

  目的の場所は、表向きは個室有りの料亭だ。私の格好が正直浮いてはいるが、こういう客も偶にはいるだろうから気にすることはないだろう、と思いたい。

 

  当然従業員も、戦闘員ではないがこっち側の人間。すぐに仕事の為の部屋に通される。

 

  そこにはすでに、一人の女性が寛ぎながら、湯呑みでお茶を楽しんでいた。

 

  赤紫っぽい黒の長髪、気丈さと穏やかさを同居させた美貌、そして何よりこう自己主張の激しい、たゆんたゆんとした有り難いもの。

 

  初めて会う人だが、この人物が私の新しいコンビだろうか。

 

  女性がこちらににこりと笑いかけてくる。私たちは会釈して、先に部屋に入るアサギに続き部屋に入り、彼女の対面に座る。アサギが「お久しぶりです」と改めて頭を下げる。この二人は知り合いのようだ。

 

 

  「甲川 虚ちゃん、ね。初めまして、水城 不知火です」

 

 

  素晴らしいお胸様の持ち主の自己紹介。ああ、スピンオフ作品のキャラじゃん。スピンオフのヒロインの母親で、エロシーンも出番も少なかった人物。

 

  ユキカゼはもう生まれてるよな?幾つだろ?

 

  自己紹介は必要ない。私のことは資料でも受け取って目を通しているようだし。

 

  次の仕事に関する命令書は彼女から受け取った。添付されている資料に目を通す。

 

 

  「……随分大がかりな仕事っすね」

 

 

  私、アサギ、そして今日会った不知火を含め、前線投入分の対魔忍だけでも二十七名が参加する、魔族の施設への襲撃任務。こりゃ、準備は念入りに、金掛けて、だね。

 

 

 

 

  甲川 虚は自身の能力に見合わない任務を受けることが多い。

 

  その原因の一つはアサギとコンビを組んでいたこと。対魔忍最強と名高い人物を、虚の監視だけに使っている余裕はなかった。

 

  二つ目に自身の不足を補う為にあらゆる努力を惜しまなかったが故に、能力以上の任務をこなし続けてしまったことにある。

 

  特にアサギとコンビを組んだ時期から、身長を含めて体が殆ど成長しておらず、間合いと筋力の不足に焦りを感じ始めた故に、その行動に拍車が掛かっている。このままでは身長が、同年代の平均に追い越されるのも遠くないだろう。胸のサイズだけだったら彼女も焦りはしなかったのだが。

 

  これを任務ごとに負担が増えていく悪循環と見るか、給料と経験値が急速に上がる好循環と見るかは人によるが。

 

  そんな彼女が、時折魔法やら反則染みた相手と渡り合う為に特に積極的に行った努力が、装備の高性能化である。

 

 

  「ヘリは中華連合が使ってるヤツと同じ型ですが、多分連中じゃないですね。あれ、色んな紛争地に売られてますし。降りてきてる連中の装備が良すぎます。お約束通り、軍籍分かる物はねこそぎ落としてるか……日本の中であれだけの兵隊動かせるのは、自衛軍がクーデターでも起こさない限り、米連しかいないでしょうね」

 

 

  多目的ゴーグルの望遠モードで、目標のビルに飛来した二機のヘリを見ながら、イヤホンマイクに報告していく。同時に傍にいる不知火は感心した様子で、アサギは虚の齎した情報を消化することに集中していた。

 

  東京にある、幾つかのスラム街。

 

  米連と中華連合の代理戦争であった半島紛争の際、数本のミサイルが日本に到達、甚大な被害を齎した。そして被害を受けた地区は当然再建が行われたが、全てが成功した訳ではない。予算などの問題で一部がスラム化し、浮浪者や犯罪者の溜り場とかし、更にはそれを隠れ蓑に魑魅魍魎が潜り込んでいることすらある。

 

  今回もそんな一例である。

 

  スラムと化した廃棄都市、その中のビルの一つに、大量の武器が密輸されてきた。

 

  無論、それだけならば対魔忍に話が回ってきたりしない。

 

  その武器を持ち込んだのが、表向き一大企業であり、地上に於ける魔族の一大勢力、ノマドであること。そして魔界の技術を用いた兵器が運び込まれたという情報があったからこそである。

 

  警備で名の知れた魔族が複数確認されていることもあり、多数の対魔忍が同時投入される予定だったのだが。

 

 

  「まさか米連とバッティングするとはねえ」

 

 

  苦笑いを浮かべる不知火。

 

  中華連合のものに偽装された、恐らくは米連らしき組織。別の場所で待機している対魔忍からの報告では、民間のトラックに偽装した集団がビルの正面に展開している。恐らく、ヘリの集団と同じ連中だろう。

 

  目的はやはり、魔界の技術だろう。

 

 

  「で、どうします?中止するなら、どっちにも気づかれていないうちの方が楽なんですが」

 

 

  予定外の勢力の介入。作戦中止に値するイレギュラーである。だが、第三勢力の目的を鑑みると、却って緊急性が上がったと言える。

 

 

  『各員は即時任務を開始せよ。一切の障害の排除を許可する』

 

 

  魔界の技術は、人類にとって毒となるものが多い。少なくとも、今の人類にとっては。

 

  そんなものを表の世界に出回らせる訳にはいかないのである。

 

  当然と言えば当然の判断。ならばこっちが楽に仕事ができるよう、盛大に混乱してもらうとしよう。虚はそう考え、背中のコンバット・ベルトに装着している細長い金属の塊を手に取る。

 

 

  「了解、屋上からの連中を撹乱します」

 

 

  金属の塊が変形し、多量の滑車を用いたコンパウンドボウになる。

 

  元々、敵勢力圏内での、遠距離からのサイレントキルの為に設計された装備である。数種類の金属板を張り合わせた強靭な弓幹を、滑車の力で膂力以上で引くことができる代物である。

 

  携帯している矢は三本、目的に合わせて鏃を換装できる構造になっている。コンバット・ベルトに装着したポーチには対魔族用の純銀製と、対装甲用の炸薬仕様の鏃が用意されている。

 

  皮肉かな、虚の使用しているゴーグル、ボウ、コンバット・ベルト、何れも米連から横流しされたものである。それが本来の所有者である筈だった者たちに牙を向けている。

 

  洋弓の照準器越しに狙うは、ヘリの姿勢制御用のプロペラ、テールローター。矢を引き絞り、エイミング。

 

 

  「射線、クリア。距離、270……。撃ちます」

 

 

  銃と違い、炸裂音もマズルフラッシュもない、遠距離からの攻撃。弓による狙撃は、手前に位置するヘリのテールローターを吹き飛ばす。メインローターの反トルクで回転を始め、下に展開していた部隊は流石によく訓練されており避難を開始した。

 

  姿勢制御ができなくなったヘリは、一時退避しようとした僚機に接触、互いにもつれ合うようにビルの屋上に墜落した。そして爆発。

 

  三つ巴の戦いは、派手な合図と共に始まる。

 

 

 

  ぅわぉ、すげえ爆発。実物のヘリってあんな派手に爆発するもんだっけ?

 

 

  「やり過ぎよ、虚。暫く情報部とは会いたくないわ」

 

 

  呆れた様子で、アサギはこっちを見る。いや、まさかもう一機を巻き込むとは予想しなかった。精々下の連中を何人か轢き潰してくれりゃ儲けもんくらいに思ってたが。

 

  情報部は、政府と相談して事件の情報操作などを担当する部署。断じて情報収集ではなく、それは諜報部の仕事である。

 

  きっとさっきの大爆発も明日には武装難民やテロリストが、何かやらかしたことになっているだろう。徹夜、頑張ってください。

 

  一矢を放ち終えた洋弓を移送モードに変形させ、コンバット・ベルトの後ろの部分に引っ掛ける要領で背負う。

 

 

  「まあ、これで米連も魔族も浮き足たつと思うんですよ。で、どうします?」

 

 

  とは言え、相手もやはりこんな仕事に出張って来るような連中だけはある。爆発に巻き込まれずに生き残った連中はすぐに屋内への退避を始めている。もっとパニクってくれれば、この後も楽ができたんだけどな。

 

 

  「他の人たちも動き出してるようだし、私たちも行きましょう。屋上の制圧は私がやっておくから、先に行ってもらえる?」

 

 

  元々私たち三人は、屋上から侵入する手筈だった。内部の情報が不十分だったこともあり、複数のチームで上から下から虱潰しにする予定だった。

 

  そしてアサギ達と自分が屋上を制圧するという提案。

 

  屋上の敵は昇降口に逃げ込み、戦うなら通路辺りになるだろう。長柄を扱う不知火には向かないと考えれば、妥当な判断だろう。

 

  そうと決まれば鉄火場だ。対魔忍恒例の移動法、ビルピョンピョンである。

 

  そして屋上、というか昇降口を私と不知火が強行突破し、アサギが始末するという手筈。だが、目標のビルのすぐ手前で予想外の出来事が起きた。昇降口で待ち伏せているだろうと思っていた敵が、あろうことかわらわらと出てきやがった。それも慌てふためいた、明らかに何かから逃げているようにしか見えない感じで。何人かは装備の一部が赤く染まっている。うわぁ、嫌な予感しかしねえ。

 

  昇降口から逃げる米連兵士を追うように現れたのは、武者甲冑風の褐色銀髪美女。武者甲冑ではなく、風をつけるのは肩の楯が如何にもな髑髏な中二仕様だったから、じゃあなくて胸当て部分が理不尽に小さい上にヘソ出しミニスカの痴女仕様だからだ。

 

  でも悲しいかな、女の対魔忍コスチュームも基本痴女仕様だ。故に対魔忍である私のこの赤白ツートンのハイレグ競泳水着っぽいコスチュームも痴女仕様なのだ。痴女仕様の上におめでた仕様だ。こんなデザインを正式に採用する政府はきっと変態の巣窟だ。いや、風聞通りの日本か。

 

  そんな痴女仕様のサムライ女は日本刀で身近な敵から、手当たり次第に膾にしていっている。米連の連中が逃げ出してきたのはこいつのせいか。

 

  そして技量がすごいのか、単純に力がすごいのか、斬った相手のパーツがえらいスピードで飛んでいく。

 

  まあ、あの銀髪が米連を昇降口から追い出してくれた分、突破はし易くなったか。銀髪の相手はアサギに任せれば……

 

  次の行動を考えながら、とうとう目標のビルへ向けての着地しようかというタイミングで、それは起きた。

 

 偶然か、狙ってか。銀髪が刎ね飛ばした首が私への直撃コースに。咄嗟に釵を抜いて弾いて見せたが、こいつが結構な威力があった。

 

  結果、私はあと一歩ビルには届かなかった。

 

 

  「……なんでかな~」

 

 

  いくら忍者が人間やめてる身体能力があっても空は飛べない。そういう忍術に目覚めない限りは。よって私は落ちるしかない訳で。

 

 

  「ちょ、仕方ないから虚は下の敵を掃除しなさいよー?」

 

 

  心配はなしですか、そうですか。まあ、どうとでもなるんですけどね?

 

  私は落下しながらも釵をビルの壁に突き刺す。そして僅かに勢いを殺して後転の要領で釵を壁から抜く。そして後転の際に下の様子を確認。後転っぽい動きを何度か繰り返し、適当な高さで壁を蹴る。目標は米連のトラック。

 

  民生用トラックに偽装した輸送トラックはレトロなテント式。申し訳程度のクッション効果を望んでその上にダイブ。テントは突き破ると同時に受け身でダメージ軽減。トラックの荷台に突っ込んだ私は、痛みに耐えながら立ち上がると、ずんぐりとした巨大な人影と対峙した。

 

  米連の試作強化外骨格、XPS-11Aボーン。既に旧式ながらその圧倒的火力と装甲で、対人兵装として今尚現役であり続ける性能。

 

  携行型ガトリングガンなんぞ気の狂った火力を持った相手と、私は見詰め合うことになった。

 

  やべ、どうしよう……

 

 



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第三話

 

 

  優れた生産力と金融に支えられた発達した経済、それに支えられた強大な軍事力。世界を動かす覇権国家、それが米連であった。

 

  だが、新興の強国、中華連合との半島での代理戦争により、その影響力を減衰させていた。

 

  中華連合を相手に有利な形で和平に成功するも、支出や為替による経済的な打撃、兵士の消耗による軍事力の弱体化。米連は依然世界最強の国家であり続けたが、比類なき君臨者ではなくなってしまった。

 

  しかし、世界の頂点に位置する国家は永らく米連のアイデンティティーとなってしまっていた。そしてそれは国民にも浸透していた。

 

  国威の低下は国民の政府への不信感に直結し、政権を維持したい現政権側は分かり易い成果を必要とした。しかし今の米連はそれを示せるほど回復していない。

 

  野党側も問題は同じである。今は与党を批判すれば良いが、政権奪取に成功した場合、これらの問題を解決せねばならないのは自分たちである。

 

  与野党問わず、米連の方針は一致していた。即ち、未だ世界最強の国である米連を、再び絶対的な覇権国家に戻すことである。

 

  さて、ではその方針を実行するに当たり、どのような方法を取れば良いかが問題となる。軍事力の強化には資金が必要である。疲弊した今の米連にはその資金の捻出は厳しい。慣例の如く、日本に資金を供出させようともしたが、日本は半島紛争の際に遭ったミサイルの被害から復興する為に資金を必要としている。何より日本の現政権は米連に対して独立独歩の気風が強い。体の良いATMとして使えないのである。

 

  では他所の国に集るにも、『紳士的に穏便な恫喝』を行うだけの影響力が米連には残されていないのだ。

 

  そして窮した米連政府が目を付けたのが、魔の者たちの持つ、人の世に属さぬ技術だった。

 

  故に同盟国内で部隊を動かすなどという暴挙に出た。暴挙に黙らせる力はまだあるが故に。

 

 

  「これだけの数を動かす根回しなんざよくできたな、日本人のコトナカレ主義ってやつか?」

 

 

  ノマドの密輸品が運び込まれた廃棄都市のビル。本来なら多数の企業をその内に収め、日本の経済の一部になる筈だった建造物。そのエントランス前に展開された3両の偽装トラック。屋上には旧式とは言え二機の汎用ヘリ。少し離れた位置に中型トラックに偽装した指揮車両さえ投入されている。

 

  そして、偽装トラックが展開している後ろについてきた、地味な黒い乗用車。その運転席で一人の美女が手にした拳銃の最終チェックを行っていた。

 

  銀髪碧眼の美女の名はアイナ・ウィンチェスター。米連の工作員である。

 

  紫のワンピース型のタイトスカートと、上半身用のガンベルト、そして黒いジャケット。扇情的なファッションに包まれた肉感的な肢体は、人目を惹きつける色気がある。

 

  アイナは偽装トラックから武装した完全武装した兵士たちが降車し、ビルへの突撃準備を進めるのを眺める。間もなくエントランスに突撃することになる。上空でも既にヘリが展開し、ローター音が聞こえてくる。ビルの中に潜んでいるだろう魔族たちも動き始めているだろう。

 

  兵士たちが戦闘準備を完了させても、彼女は動かない。元より彼女は目の前で動いている兵士たちとは指揮系統が違う。それでもこの場にいるのは、この作戦の構築に使われている情報の出所が彼女の所属する諜報機関だからである。政治的な配慮、というものであり、彼女の戦闘参加の予定はない。一応アクシデントに備えているだけである。

 

  そしてアクシデントは起こった。上空からの爆発音。流石に驚いたアイナは車から出る。ビルの屋上から上がる炎、聞こえなくなったローター音。

 

 

  「ヘリがやられた?」

 

 

  ヘリが攻撃を受けた。そして二機とも撃墜された。それは理解できる。だが、一定の戦闘能力を持った汎用ヘリ二機が同時に、一切の反撃もなく墜とされた。

 

 

  「魔法……ってやつか?」

 

 

  ビル内に潜む魔族に先手を打たれた。アイナはそう判断し、米連の兵士たちもそう誤解した。そしてこの隙をビルの魔族たちは見逃さなかった。武装したオークたちがエントランスから躍り出てきたのである。

 

  『生殖猿』などと蔑まれ、強者に対し臆病で卑屈に振る舞う、魔族として比較的下等な種族である。だがそれでも普通の人間相手なら強者足り得る種族である。生まれ持っての怪力、打たれ強い肉体、そして人間の平均より若干劣るレベルの思考力。

 

  謂わば他人の指示を理解できる熊が、近代兵器で武装できる、というものである。エントランスから出てきたオークたちは銃と鈍器で武装していた。米連の兵士たちの装備とは比べようもない民生用の銃が殆どだが、それでも人を殺すには十分である。不意を突いたこともあり、オークたちは兵士たちと互角の打ち合いにもつれ込んだ。

 

  僅かな混乱はあったが、米連側もすぐに持ち直して見せた。だがやはり最初の混乱で受けた損害は少なくない。アイナは、自分も加勢するべきか悩んだ。彼女の任務に戦闘は含まれない。協力したとしても政治的な問題になる可能性がある。

 

  だが、やはり最初の混乱は双方にとって致命的だった。お互いに敵に集中し過ぎたが故に、偽装トラックの一つの中での異変に気付かなかったのだから。

 

  偽装トラック内に待機している筈の強化外骨格が出撃してきた時、アイナは部隊が痺れを切らしたのかと思った。元々は特殊能力を持つような高い戦闘力を持つ敵に対し、部隊との連携と火力を持ってジャイアントキリングの為に持ってきたものだ。オークに対処する為に出すようなことはない筈だった。

 

  アイナは気付かなかった、強化外骨格ボーンの首の部分に開いている穴と、拭き取ったような血の跡が残っていることに。

 

  そしてボーンは両手で携行用ガトリングを構える。そして背負った棺桶のような大型弾倉からガンベルトが銃身に吸い込まれていき……

 

  オーク諸共米連の兵士たちを薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

  おぉ、パワードスーツマジスゲエ。実物入ったの初めてだけど、ガトリングが軽いわ~。反動とか大して感じないし、パワーアシストすげぇわ、これ。成程、こりゃただの浪漫兵器じゃねえ、軍が正式採用する訳だわ。

 

  おっこちたトラックの荷台ん中で待機してたボーン。咄嗟の事でお互い呆然としてけど、先に動けたのは私だった。相手がガトリングを向ける前に釵で喉を突き、中の人を殺して奪わせてもらった訳だ。サイズフリーもすごいね、私の身長で割と自由に動かせるよ。

 

  耳元のスピーカーから聞こえる英語で喚く声に眉を顰めながらトラックを降りる。うん、内側にカメラないから、私が黙っている限り向うは中身が入れ替わったとは伝わっていない。今なら奇襲が成立する。

 

  で、トラックから降りて、米連の後ろからガトリング掃射。米連の部隊も、後ろのオーク連中も纏めて倒れていく。連射力は元より、単発の威力もあるからな、ガトリング。適当に薙ぎ払った形だが、奇襲の形になったのはやっぱ大きい。生き残っているのもそこそこいるけど、もう軍隊として機能する数じゃないだろう。

 

  さて、このままいくなら楽な仕事で終わるんだが、取り敢えずもう一暴れしてここの敵殲滅させるか。それから上の指示を仰いげばいいか。

 

  そう判断してもう一回撃ちこもうかとしようとした時だった。上の方向から聞こえてくる、何かを削るような音。

 

  顔を挙げれば、ビルの壁に刀を突き刺して減速しながら降りてくる褐色の肌の女。位置とパンツの面積の関係でお尻が良く見える。それは兎も角として、纏っている似非和風甲冑には覚えがある。屋上で米連の連中をバッサバッサやって私を落とした女か。アサギに蹴落とされたのか?アレ相手に形はどうあれ生き残ったってなら私には十分脅威足り得る訳だ。着地していない、自由に動けない今の内に殺っておくか。そう思いガトリングを上に向け、弾帯が千切れた。一瞬の内に放たれた僅かな銃弾は敵に当たらなかった。

 

  振り向けば銀髪碧眼で両手に拳銃の女。米連か。しかし背負った棺桶のようなでかさの弾倉(バッテリー内蔵)から暴れながら装弾口に入っていく弾帯を、一発分しか音は聞こえていない。狙ってやりやがったのかよ。

 

 

  「動ける奴は倒れてる味方を回収しろ。敵は俺が抑える!」

 

 

  米連側の指揮官?けど私服みたいだし、工作員や諜報員だかか?

 

  そしてトラックから衝撃音、多分魔族の女が着地したんだろう。

 

  あれ、音から位置関係判断して、私挟まれた?

 

 

  「痛って!?こいつ、狙いが」

 

 

  しかも撃ってくる米連の女の攻撃、全てが間接とかの装甲がない場所に当ててきやがる。いくらスーツ部分が防弾・防刃繊維製で、内側に人工筋肉があるとしてもやっぱ拳銃弾でも十分打撲にはなるし、場合によっては骨折もあり得る。ミリタリー雑誌で書いてあった通りか。

 

 

  「おのれ、対魔忍め、不覚を取ったか」

 

 

  うん、しかも結構ぴんぴんしてるみたいだし、声の様子からして。少なくとも実力派が二人、か。立ち回りに失敗すれば集中攻撃か。楽できると思ったんだけどな~。

 

 

 

 

 

  虚にとっての不運は、同時に同格の敵二人と対峙してしまったことだろう。それも、双方にとって第一攻撃目標として。

 

  魔族の女は一番目立つのがガタイのでかいボーンであり、その中の人は虚。

 

  米連側はパワードスーツを奪われ、味方を一掃された。中の人はやっぱり虚。

 

  小粒なのを虚が粗方排除した結果、魔族と米連、両方にとって分かり易い脅威が虚なのだ。

 

 

  「仕方ない。上は他に任せるにしても、せめてこちらで汚名を雪がねばなるまい」

 

 

  魔族の女はトラックの残骸から這い出ると日本刀を構える。そして駆ける。

 

  米連の女、アイナに注意を傾けていた虚が咄嗟に反応できたのは強化外骨格に搭載された複合センサーが反応したからである。一気に近づく動体反応へ、役に立たなくなったガトリングを見向きもせずに投げつける。

 

  それは当然の如く真っ二つに切り裂かれる。同時に虚は強化外骨格の背に背負われている大型弾倉をアイナへ投げつける。狙う時間もなく適当に放られたそれは、だが人間を押し潰すには充分な重量である。避けるのは容易だが、それでも一瞬の間攻撃を封じられた。

 

  ザラン、と弾倉を放った姿勢の強化外骨格の装甲を、魔族の女の刀が通り抜ける。丁度横を向いていた形となり、前後にパッカリと割れる。

 

 

  「あっぶな、切れ味良過ぎ」

 

 

  ただ、中の人が脱出した後の抜け殻ではあったが。背中から出入りする構造の為、背中の弾倉を投げたのはかなり重要なアクションだったのだ。

 

 

  「貴様上の時に落ちて行ったやつか。落ちたときはただの間抜けだと思っていたが」

 

 

  魔族の女は面白いものを見る目を虚に向ける。ロックオンされた虚は露骨に嫌な顔になったが、動きの乏しい表情筋と顔半分を隠すマフラーのせいで相手の二人はそれに気づかない。

 

  だが、二人が刃を交えるより先に、銃弾が二人を襲う。虚の奪った強化外骨格による掃射を生き残った兵士たちだった。アサルトライフルやサブマシンガンの連射は切り払いが間に合わない為、一部の異常な技能を持った相手にはそれなりに有効ではある。

 

  だが、有効であるということは即ち脅威と認識されるということ。虚と魔族の女は視線を交わす。魔族の女は近くに転がっている死体を刀で突き刺し、兵士たちに投げつける。虚はビルに向けて大きく跳躍し、三角跳びの要領で兵士たちの頭上に飛び込む。

 

  アサルトライフルやサブマシンガンの速度で連射される銃撃を、叩き落とすのも避けるのも現実的ではない。最良の方法は射線から逃れることだ。魔族の女は投げつけた死体で射線を塞ぎ、そのまま相手を牽制することを選んだ。放る際平常心を奪う為に、刀で突いて抉って臓物を撒き散らす芸の細かさである。

 

  そしてそれは速く動くことで射線に捉われないことを選んだ虚に対する援護ともなる。飛ばされた死体の更に上からの強襲。手近な二人の頭に釵を突き下ろす。ヘルメットを貫通し、脳に到達した武器から手を離し、次の敵へ。勢い良く前に跳び、その勢いのままに無理矢理地面を踏みしめ急停止する。ズダンという大地を踏む音と共に、虚の純白のマフラーは水を吸っているかのような勢いで前に、兵士二人の首に巻き付く。そしてそれを力一杯に引っ張る。後は首が真後ろを向いた死体が二つ崩れ落ちた。

 

  鎧袖一触。対魔忍と魔族、何れも常人にとっては埒外の存在である。そんなものと互角に渡り合える存在など、米連と言えども多くはない。そう、多くはない。つまり、いるのだ。

 

 

  「こいつらは俺が抑える!お前らは撤退を急げ!」

 

 

  正確に虚の米神に飛来した銃弾。咄嗟に武器で弾いたが、残った兵士を追撃する手が遅れた。この隙に弾幕を張って後退する敵を、虚は見逃す判断をした。逃げてくれるなら、彼女から無理に攻撃を続ける必要はないのだ。まあ、弾幕に頭を押さえられて攻撃し辛いというのもあるのだが。

 

  一方でアイナも悩んでいた。兵士たちには悪いが、この場にいる敵は彼らの実力でどうにかなる相手ではない。また一部が血気に逸り、敵に手を出せば無駄死にするのが増えてしまう。故に彼女は、

 

 

  「ほう、銃使いのくせに」

 

 

  自ら刀の間合いに踏み込み、魔族の女との立会いを演じることとなった。剣撃を避け、銃撃で弾き、見事に近接戦に対応している。敵と殴り合える間合いなら、味方も援護すらできない。ならば素直に撤退するという判断くらいは着くだろうと。そしてもう一人の脅威、対魔忍にも隙を見て銃撃する。

 

  再び釵で弾くが、体勢的に防ぎ難い位置を狙ってくる攻撃に虚も攻撃目標を切り替える。這うように低い姿勢で駆け出し、やりあっている二人に接近する。同時にアイナの銃撃により両手の釵を弾かれる。動きの出だしに被せ、柄の部分を狙われ、銃弾を捌くことができなかった。

 

  だが虚はそのまま直進、急ブレーキで勢いを乗せマフラーで二人の首を狙う。アイナはそれを咄嗟に身を屈めることで避け、魔族の女は向かってきたマフラーを斬って落とした。虚は舌打ちと同時にマフラーを外し、直接手で操り魔族の女に向けて振う。マフラーは魔族の女の右腕を刀ごと拘束し、相手を軸に半円を描いて高速で駆ける。そのまま二人の間にいるアイナの足を狙いひっかけようとするが、彼女は体を投げ出すような形で跳ぶことでこれを回避する。更に魔族の女は拘束された右腕を強引に回して刀をマフラーに引っ掻けるようにして、強引に断ち切った。そのまま返す勢いでアイナに刃を振り下ろすが、それも銃弾でいなされ、躱される。

 

  状況の膠着。三つ巴の状況で全員が決め手に欠けていた。そんな中、魔族の女が刀を一旦鞘に納めた。

 

 

  「二人の技量、見事としか言いようがない。私の名はキシリア・オズワルド。貴様らの名を知りたい」

 

 

  キシリアと名乗った魔族は強者との戦いにこそを楽しむ、軽度の戦闘狂である。同時に強者に対する敬意を重んじるサムライ染みた価値観を持っていた。故に彼女は目の前の強者二人を気に入り、自らの名を預け、また名を知りたがった。

 

  自分がこの戦いで死ねば強者の記憶に残り、自分が二人を殺せばその名を心中に残しておく為に。

 

  だが、それは所詮彼女の価値観であり、他人が共有する義務などないもの。虚は彼女の名前からある紫ババアを連想し、アイナはこれがブシドーというものかと感想を持った程度である。

 

 

  「答えてもらえないか。なら死んでやれないな、貴様らの名を知るまでな」

 

 

  期待していた訳ではない。ただ、彼女の中の自己満足の為のルールに過ぎない、キシリアは自覚していた。付き合う義理は誰にもない。故に失望もない。が、自己満足の為のものだとしてもルールだ。自分の名が相手の記憶に刻まれない死はよろしくない。相手の名は、首でも取っておけば調べられる。奮起するに足る理由となる。

 

  そして抜刀。掛かりの動きを最小限にした、奇襲紛いの一刀。狙ったのは、銃と言う最も間合いの広い武器を持ったアイナだった。アイナはそれに反応して見せた。更にはキシリアの鍔を撃ち、軌道を変えさせて避けた。そして逸らした刀を、背後から近づく形で迫ってきた虚が柄を掌底で打ち上げる。キシリアの手を離れた刀を掴んだ虚は片手でそれを振り下ろす。

 

  虚に対し背を向けている形のキシリアに向かって振り下ろされる一撃。だがキシリアはアイナの腕を掴み、上手く捻ることで相手の動きを制御、合気の理にて位置を動かし虚に対し盾にできる位置に突き出す。だが、キシリアの刀の切れ味を持ってすれば二人同時に両断することは造作もない。

 

  盾にされたアイナは突き出された勢いのままに踏み込む。そのまま、虚が刀を振り下ろすより先にその懐にぶつかっていく。バランスを崩され、斬撃は速度を失う。それをキシリアが直接柄に手を掛ける。

 

  無刀取り。柳生新陰流を肇とした、無手にて刀を奪う奥義。流派によって差異はあるが、何れも達人の業には違いない。

 

  柄を掴んだキシリアはアイナとの接触で足が地に着いていない虚を、柄を軸に捻り投げる。投げられた虚は空中で体を捻ってなんとか着地に成功する。結果、意図したことではないがキシリアはアイナと虚に挟まれる位置になった。そして虚に斬りかかる為に駆けようとし、背後からアイナに膝裏を蹴られた。ガクンと片膝を着く姿勢を強要されたのだ。そこにチャンスを見た虚はキシリアに向けて駆け出す。だが、体勢を崩しながらもキシリアは下段から刀を切り上げた。虚は咄嗟の判断で跳びあがったが、そこには連携でもしているかのようなタイミングでアイナが銃を構えていた。

 

 

  「っちぃ!」

 

 

  鉄面皮が僅かに歪む。空中で体を捻り、僅かに軌道を変える。そして銃声と共に頬を掠める痛み。

 

  銃撃を躱した、そのままにキシリアを飛び越え、浴びせ蹴りのに近い体勢で蹴り下ろす。アイナは上体を後ろに逸らすことで躱そうとする。経験として、ギリギリではあるが、躱せる攻撃だった。だが、予想外だったのは虚の靴底に、自在に出し入れできる刃が内蔵されされていたこと。蹴りの間合いがほんの僅かに伸びる。そしてその僅かが致命的だった。

 

  アイナは右目を失った。

 

 

  「グウゥゥ!?」

 

 

  虚の靴から伸びた刃によって斬り潰された右目を押さえつつ、二人から距離を取るアイナ。痛みによって判断を誤らなかったのは流石と言うべきか。だが、片目では距離感が失われる。戦力的には、最早彼女は脅威足り得ない。アイナと距離を置き、虚とキシリアが向かい合った時、ビルの上層が爆発した。

 

 

  「ようやくか」

 

 

  呟くと、爆発に視線を奪われている二人から虚は離れ、付近の偽装トラックに乗り込む。そしてトラックで器用にドリフトで位置を調整し、爆発に先んじてビルから飛び出していたアサギと不知火をうまく荷台でキャッチした。

 

 

  「逃げるか!対魔忍!決着を着けてから行け!」

 

 

  「相手する理由なんかもうねーよ!刀で一人遊びでもしてろ、戦馬鹿!」

 

 

  アサギ達が任務を達成したと判断した虚は、味方を回収しもう用はないとばかりに遁走する。キシリアは憤慨するが、両の足だけで車を追うことはできない。

 

 

  「仕方ない、怪我人相手で心苦しくはあるが」

 

 

  ならばせめて銃使いと決着を、と思い目を向けると、そこにはもう人はいなかった。

 

 

  「あれ?私だけ置いてけぼり?」

 

 

  仕方なく、仕事をしくじった旨を報告に戻るまで、キシリアは少しさびしい気分になった。

 

 

 

 

 

  米連の駐留軍基地は多数存在する。裏では色々とあっても、表向き日本と米連の同盟関係は強固なものだ。アジアに於ける中華連合を肇とした共産勢力などに対抗する為に、互いが互いに必要としているのだ。

 

  その基地内に設置された屋内演習場。右目を眼帯で隠した銀髪碧眼の女性が、二丁拳銃で持って十数人からなる訓練相手を圧倒した。片目を失い、距離感を喪失した上で。

 

 

  「これで漸く、まともに撃ち合いができるレベルか」

 

 

  アイナが廃棄都市での戦いで右目を失い、既に三ケ月が経っていた。片目を失ったことで共に失った距離感。これは戦闘に於いて致命傷である。殴り合いだろうが撃ち合いだろうが、正確な間合いを把握せずに全うできるものではない。本来はその筈なのであるが……

 

 

  「音の反響による疑似レーダー。三ケ月でよくここまで鍛えこめたな」

 

 

  呆れたような口調でそうのたまったのは、扇情的なデザインの赤いスーツの上に白衣を着こんだ、ハニーブロンドの眼鏡女性だった。

 

  フレア・バレンス、米連に属する技術者であり、魔界の技術の生物学及び薬学での解析、応用、発展全てで優れた実績を残している才媛である。

 

 

  「アドバイスしたのはお前だろ?」

 

 

  「形になるまで一年は見てたんだよ」

 

 

  距離感を失い、戦闘能力の大半を失ったアイナに、音による位置関係の把握を提案したのはフレアである。同じことを行う動物は蝙蝠が有名だが、人間も訓練次第で同じことが行える。尤もアイナのそれは、フレアの予想を大幅に上回っている。なにしろ爆発音なども聞き分け、余計な音に惑わされる様子がないのだから。

 

 

  「で、そろそろ俺の復帰にOK出してもらいたいんだが?」

 

 

  右目の喪失以来、極々当然の措置としてアイナは現場から離れていた。そして彼女の復帰如何は、研究の性格上、ある程度の医療も修めていたフレアの判断に委ねられていた。

 

 

  「まあ、これだけ見事にやられればな」

 

 

  フレアとしては彼女の復帰に文句はない。復帰が思っていたより早かった。良い誤算である。

 

 

  「サンキュ。これで、リベンジできるってもんだ」

 

 

  アイナは好戦的な笑みを浮かべる。自分の片目を奪った虚に対する執着心。虚にとっての厄介事は増えたことを、本人はまだ知らない。

 

 

 

 



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第四話

 

 

  対魔忍は元々、国内の忍者を政府が雇い入れて運用している組織である。古来大名等の有力者の雇われだったのが、政府に替わったということである。

 

  故に忍者の育成は各々の隠れ里や家系が独自に行っている。私も元々、甲賀の隠れ里で基礎を学び、甲河家の秘伝を修めて今に至る。

 

  そんな訳で、里や家系毎に歴史があり、結果色々と因縁とかがあったりする。それが面倒事に繋がっているのも。

 

  一番最近のアレだと、甲賀者全体が組織の中で冷めた目で見られている。無論原因はうちの姉がやらかしたからなんだが、どうも伊賀者が色々便乗して政治的に動いている形跡がある。戦国時代からの怨恨を未だに引き摺っているようで。

 

  そんな訳で、政府は各々の隠れ里とは別の忍者育成機関の必要性を認め、国が直接運営する隠れ里的な場所を作ろうという計画が持ち上がっている。その為、ある山奥に合宿場のような施設が造られた。恐らくムラサキとかに出てくる五車学園の基礎になるやつがこれなんだと思う。

 

  そんな合宿場で、若手や半人前の対魔忍を集めての合宿が試験的に行われていた。

 

  生徒ポジションですら、殆どは私より年上だ。そんな中、私は何故か師範役として、不知火と他の連中の目の前で刃を交えている。

 

  釵と薙刀なんつう色物同士の戦いがどれ程役に立つかは甚だ疑問だが。

 

  ちゃんとした運動場のような場所でなく、砂利混じりのただの土という、安定しているとは言い難い足場。尤も私らは忍者だ。そういう環境には慣れているので問題ではない。

 

  一応地面に書かれた、結構広い円からでなければ何してもいいというルール、ちょっと古式相撲かよと思ったのはどうでもいいことだ。

 

  晴天の日光の下で響く金属同士の衝撃音、不知火の攻撃を弾いて捌きながら私は反撃のタイミングを探していた。

 

  長柄の利点である間合いの広さと、遠心力を乗せた攻撃は速さと重さを両立させている。リズムを読もうにも、所々で持つ部分を変え、描く円の半径を変える。結果、速度も間合いも変わって合わせられない。

 

 

  「んにゃろう……」

 

 

  やっぱ受けて止めるか。弓の間合いが採れない以上、近づくっきゃないし。

 

  私はしゃがみ込む様に身を屈める。そして下半身のバネをフルに使って駆ける。動きは直線、左右に方向転換を考えない速度。カウンターを誘っているのを隠す必要はない。私の速さが足りなければ何かしらの方法でやり過ごされるだろう。だけど充分に早ければ、意識より先に体が、反射運動でのカウンターを行ってしまう。

 

  さあ、どうだ。

 

 

 

 

  虚の策は、相手の技量の高さを逆に利用するというもので、もし任務でその実力を目にしていなかったら実行することはなかっただろう。

 

  高速で迫る虚の姿に、不知火は咄嗟に薙刀を小さく反転させ、前傾姿勢で意図的に無防備に晒された顔面に向けて突き入れてしまう。左手の釵で薙刀の刃を絡め、逸らす。そして体を勢い良く捻り、相手の懐に潜り込む様に反転。左の釵を開放すると同時に右の釵で薙刀の刃を裏から突き出すように動く。

 

  結果、自身は相手に向けて勢いが着き、相手はバランスを崩しながら虚に引き寄せられる。そして体を捻った勢いのままに、相手の顎を狙って後ろ回し蹴り。

 

  だが、不知火とて百戦錬磨の達人である。薙刀を無理矢理引っ張ることで虚を引き寄せ、同時に自身は前に進む。結果、不知火の顎を狙った一撃は腿で不知火の胸元を打つだけで終わる。

 

  そして予想とは違う反動に、虚のバランスが崩れる。その隙を見逃さず、不知火は薙刀を反転させ、石突きの側で虚の蹴り上げたままの足を引っ掛ける。体勢を立て直せていない虚はバランスを保てず、くるりとひっくり返され、強かに背中を打った。特に虚は鉄の束状態の変形洋弓を背負っている。ダメージは余計に大きくなる。

 

 

 

  「っつ!?」

 

 

  相手の間合いを外し、完全に自分の間合いに入ったと思った矢先の痛撃。すぐさま跳ね上がって見せるが、その時には薙刀の刃が虚の眼前に突き付けられていた。

 

 

  「……参りました」

 

 

  対魔忍有数の実力者相手に、十代も前半の小娘にしては破格の内容ではあった。だが虚にとって最良の一撃が、結局相手の忍術を引き出すに至らなかったのが不満だった。

 

  二人の手合わせが終わり、二人は円を出る。入れ替わりに次に控えていた者たちが円に入り、手合せを始める。

 

 

 

 

 

  いって~わ~。背中マジいってえわ~。子供相手に、加減しろよな。

 

  模擬戦で私をボコった不知火は自分の定位置に戻る。青い長髪をポニテに束ねた凛とした感じの少女と、日に焼けた肌の、茶色かかった髪の活発そうな幼女が出迎えていた。

 

  原作的に考えれば、順当に秋山 凜子と、不知火の娘ゆきかぜだろう。旦那っぽい男がいないのは、任務の都合かね。

 

  対して私の方と言えば、

 

 

  「おかえり、姉さん。相変わらず凄い動きするよね」

 

 

  「ま、まあ、あの水城さん相手じゃどうしようもないわね」

 

 

  体育会系短髪少女池波 蓮(いけなみ れん)と、ツンデレ系ツインテ白瀬 楪(しらせ ゆずりは)の私より年下の二人だ。

 

  私と違ってまだ実戦に出ていないが、将来を嘱望された対魔忍候補、だそうだ。そしてこいつらと同世代の私も、本来はまだそれなりに安全な子供時代を過ごしている筈だったんだな、と理解させられる存在共でもある。

 

 

  「ほらほら、二人とも、あんまりくっついてると虚ちゃんが休めないでしょ」

 

 

  そんな子供二人を引き離してくれたのは峰麻 碧(みねま みどり)。緑がかった長髪が特徴の、人妻対魔忍である。最近結婚したばかりの美人新妻ってこともあり、こう、寝取らなきゃ、って義務感が湧くね。エロゲー的に。

 

  峰麻との付き合いは長い。アサギとコンビを組む以前から、任務で一緒になることが時々あった。逆に言えばそれ以上の関わりはないけど。

 

  兎も角、子供らが離れてくれるのは在り難い。流石にうるさいし。

 

 

  「それにしても若いからかしら、良く一緒に任務受けてた頃と比べて随分動きが活きてきたわ」

 

 

  「そうっすか」

 

 

  私が任務をこなすようになって数年、動きが変わったのは自覚している。他の連中より小道具に頼ってるのもあるんだろう、型が崩れてきたっていうか、甲河の色は薄れてきていると思う。

 

  っつか小細工なしじゃ死にます。お行儀良く甲河流だけでやってくには、私の実力は足りてない。そしてそのことで甲賀のご老人方にうだうだ言われるのだ。連中私にどうして欲しいんだ。まあ、死んで欲しいんだろうけど。

 

 

  「それにしても、虚ちゃんもお姉さんね。小さい娘の面倒も見て。昔は誰も寄せ付けなかったのに」

 

 

  それは私のせいだけじゃない。半分くらいは姉がやらかしたから、里で家が吊し上げ喰らったせいだ。

 

 

  「ちょっと、蓮は兎も角、私まで子供みたいに言わないでよ!」

 

 

  「楪、そこで何で私は兎も角ってなるのかな?」

 

 

  楪の心無い一言に頬を引き攣らせながら訊ねる蓮。

 

 

  「だってそうじゃない、背だって私の方が高いし、胸だって最近出てきたし。もう、お姉さんへの道を歩き出してるのよ、私は」

 

 

  そう行って楪は僅かに膨らみ出した胸を反らしてアピールする。それを見て悔しそうに自分の胸を見る蓮。どうやらこの戦い、楪の勝ちらしい。

 

  この二人の力関係(胸)は、十年後には凄まじいまでに大逆転しているのを、私たちはまだ知らない。

 

  それは兎も角、こいつらもいい加減五月蝿い。周りに迷惑だ、主に私とか。

 

 

  「はいはい、大人っつうんならいらない挑発すんな」

 

 

  ったくガキのお守りなんざなんで私が。面倒くさくて仕方ない。

 

 

 

 

  虚を取り囲む三人の姿を見て、不知火は少し安心した気持ちになった。

 

  諸々の事情で虚は周囲の人間に避けられている。そんな彼女の周りにも、まだ人はいる。

 

  共に育った姉が裏切り、その血縁だけで周囲からは腫物として扱われ、血を分けた両親はお家の立場を守る為に奔走、長らく顔を合わせてすらいないと聞く。

 

  対魔忍という職を悪くいう心算はないが、それでも殺し殺される危険な仕事であり、その特性上世間から賞賛されることもない。それを実の親からさえケアされることなく、時には姉を殺した本人とも共に、何年も戦い続けてきたのだ。

 

  そんな彼女が、少なくとも自分から他者を遠ざけようとする様子を見せていないことだけは救いだった。

 

  大差ない年頃の娘を持つ母親として、不知火は虚の置かれている境遇には心を痛めていた。故に彼女としても、何かできることはないかと、時折虚に声を掛けることがままあった。

 

  この日も、一連の訓練を終えて、普段着に着替えた不知火は虚を夕飯に誘った。嫌がるゆきかぜの様子に気付いたのか、断られたが。

 

  不知火も気付いていたが、娘のゆきかぜは虚に対して隔意を持っている。

 

  不知火が理由を訊くと、虚に見られるのが嫌だ、と答えた。虚が周囲の人間に向ける目線が、人間が『同じ人間』に向けるそれでないことに、ゆきかぜは本能的に気付いていたのだ。そんな目で見られるのが、ゆきかぜには堪らなく嫌だった。

 

  不知火としては、その目線に気付いていたからこそ、余計に虚を放っておけなくなった。

 

  信じれる家族は居らず、頼れる者もなく、孤独の中で血を浴び続ける少女。

 

  それが不知火の目から見た虚である。あの無機物を見るが如くの目線も、人間不信の結果だと思っている。故に、家族のあるべき暖かさを、彼女に教えたいのだ。

 

  対魔忍などという血に塗れた道を歩むのに、人間らしい感情を忘れればそれは本当に修羅となってしまう。それは余りにも悲しすぎる。

 

  どうすれば良いのか、プライベートでの酒の席で、不知火は碧に相談した。

 

  恐らく現時点で、対魔忍という組織内で最も虚に近しい大人はこの二人だろう。この二人の間には、同じ既婚者として交流があった。それぞれ経緯は違えど虚と関わりを持ち、且つ子供を放っておけない者同士だった。

 

 

  「う~ん、甲河の家がなければ、いっそ私が養子に迎えてもいいんだけど」

 

 

  幾度かの任務を共にし、視線を乗り越えてきた碧は、そう口にできる程度には虚に情を移していた。

 

 

  「甲河の家ね。あれでもまだまだ甲賀の重鎮だしね」

 

 

  朧の離反で権威の失墜があった甲河家だが、それでもすぐさま崩れるような脆い家ではなかった。また、皮肉なことに虚の活躍も甲河の権威を守る大きな要因となっている。

 

  そしてそんな甲河の家に手を出すなど、一般的な忍びの家系である二人にはできる筈もなかった。

 

 

  「ままならないわね」

 

 

  「本当にね」

 

 

  方法など思い浮かびもしない。既に大人であり、家族を持っている二人は、だからこそ無力だった。

 

 

 



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バレンタイン編2015

  注意、この作品には決戦アリーナのヴァレンタインイベントと、この作品の今後に関するネタバレが含まれます。

 

 

 

 

 

 

  私が対魔忍を抜けて何年か経った。

 

  元々姉の関係で居辛いものがあったこともあり、ノマドに実家を潰されたのを機に、私は里を抜けた。

 

  その後色々と放浪してたが、定職を離れると困るのが金だ。一応対魔忍時代に築いたコネでアレな仕事を受持ったり、知り合いに飯をタカリにいったり。

 

  そんな生活を続け、私はこの日ふうまの組織にタカリに来た訳で。

 

 

  「で、人のアジトのキッチンを勝手に使って何しているんだ、あんたは」

 

 

  「何って料理だろ?キッチンで理科の実験でもしてるように見える?」

 

 

  同じ甲賀の出のふうまとは色々と因縁がある。対魔忍裏切って、裏切る前の姉やアサギやらにボッコにされて逃げた連中だ。一部米連の保護下に入った連中もいる。色々な邪眼に目覚めることが多いのが一族的な特徴か。

 

 

  「それは見れば分かる。俺が言っているのは何故俺のアジトで、勝手に料理をしているかだ」

 

 

  ふうまのお館君は苛立たしげにこちらを睨みつけている。と言っても何時もの事だ。序でにこいつには何度か手を貸してやったり、仕事を受けた事もある。遭ったからと言って即戦闘って関係ではない。

 

 

  「金欠なんだよ。良いじゃないか、金持ってるんだから」

 

 

  「俺の組織の資金はお前の食事の為のものではない!」

 

 

  そりゃそうだ。ノマドや竜門、対魔忍も向うに回して裏社会のトップになろうって野心家だ。組織としてまだまだ規模の小さいふうまには、幾ら資金があっても足りないだろう。

 

 

  「だったらベルベットを返してくれ。アンタんとこにいってからタダ飯食えなくなって困ってんだよ、あいつの酒も美味かったし」

 

 

  「フン、恋人を奪われて悔しいか?俺の元に来れば一緒に相手してやってもいいぞ?当然食事もな」

 

 

  そういう関係じゃあないんだけどね。いや、タダ飯の代価でSM染みたこと偶にやってたから、ある意味似たようなもんだってのは事実かもだが、私はまだ処女だし。

 

 

  「ケチケチしない。同じ里の出じゃん。それより聞いたよ?今日はうちの姉とアサギ相手に何かの奪い合いしたんだって?あの二人が出てくるって何に手ぇ出したんだ?」

 

 

  「……単なるチョコの奪い合いだ」

 

 

  ……いや、バレンタインだからってその冗談はな~。

 

 

  「言う心算ないんなら別にいいさ。私に被害来ないならどうこう言う心算もないし」

 

 

  「いや、別に嘘ではないんだが」

 

 

  ふうまのトップ二人と対魔忍とノマドの二大巨頭がチョコ如きで動くかよ。それともチョコって隠語、何かあったっけ?

 

 

  「まあいいや、御自慢の執事君はその騒動でまだダウン中?」

 

 

  「ああ、部屋に運んで寝かせている」

 

 

  聞けば、お館君の異母姉でもあるふうまの執事、ふうま時子は途中まであの二人相手に追いかけっこしていたらしい。それは倒れもするよね。

 

 

  「そか。じゃあ起こしてきて。もう盛るから、晩飯」

 

 

  「待て、只でさえ勝手に人の所のキッチンと食材を勝手に使って、その上何故俺が更に小間使いみたいなことをしなければならないんだ」

 

 

  お館君は頭痛に耐えるかのように米神を押さえている。こいつ、野心が壮大な割にはこういう面では常識人なんだよな。

 

 

  「いいから。結構量作ったから、食材無駄になるぞ?」

 

 

  「人の金だと思って好き勝手を……」

 

 

  「だから執事君の分も作ったんじゃないさ。疲労回復にいいやつを。序でにお館君の分も」

 

 

  傍惹無人と思うなかれ。こんくらい面の皮厚くしないと、放浪生活は辛い訳で。それに所詮私も含めて皆犯罪者だ。気の毒に思う必要もない。

 

 

  「まあ、呼ばないんならせめて料理を並べるのを手伝って。今時仕事だけできる男はモテないらしいぜ?」

 

 

  「フン、家事ができることが男の価値ではあるまい。男の価値は……」

 

 

  「股間のソレか?偶には下ネタ以外の冗談も言え」

 

 

  下らない遣り取りをしている内にダイニングのテーブルに料理を運び終わってしまう。結局こいつは手伝いも、執事君を呼びにも行かなかった。しかも置いたばかりの料理の摘まみ食いまでしている。意趣返しの心算か。

 

  まあ、いい。ならこちらも一つからかってやろう。

 

 

  「しょうがない、執事君は私が起こしてくる。っと、その前に渡す物を忘れてた。ほら」

 

 

  部屋の横に置いていた自分のカバンから、一つの可愛らしくラッピングされた包みを渡す。

 

 

  「なんだこれは」

 

 

  「何ってチョコさ。しかも手作り。今日はバレンタインなんだぜ?姉さんとアサギさんと、お宅等がチョコの奪い合いする程チョコレートな日だ」

 

 

  「……お前がチョコだと?何の冗談だ」

 

 

  胡散臭い物を見る目付き。うん、私がチョコ作る訳ねーもんね。

 

 

  「お館君の妹さんからだよ、この前米連で仕事受けた時に頼まれたの」

 

 

  お館君の親父さんは対魔忍に負けた後、米連に保護され、妹さんもそのまま米連に属している。家族で敵味方になっているが、わざわざチョコを贈るんだから、兄弟仲は悪い訳ではないらしい。

 

 

  「それとも、私からのを期待した?」

 

 

  「馬鹿を言え、怖気が走る」

 

 

  だろうね。私は妹さんのチョコの包みを開けると、中のチョコを一つ摘まむ。匂いからしてボンボンかな?

 

 

  「今日の食材提供の礼として、お姉さんが食べさせてあげようか?」

 

 

  そう言って、チョコを咥えてお館君の服の襟を引っ張った。

 

 

 

 

  抜け対魔忍、甲河 虚。あのノマドの朧の妹にして、『妖鏡の対魔忍』。その顔が、文字通り目と鼻の先にある。チョコを咥えた状態で、ドブの様に濁った眼と、氷のような無表情で、口付できる位置に。

 

 

  「お姉さんだと?ゆきかぜと大差ない身体でか。第一お前俺より年下だろ」

 

 

  「……細かいな。いいじゃないか。雰囲気だよ」

 

 

  咥えていたチョコを自分の口に入れ、呆れたとでも言うような口調でそんなことを言う。人形のように動かない表情の中、濁った眼のみが感情を彼女の感情を覗かせている。

 

 

  「調子に乗り過ぎるなよ?俺はお前とビジネスパートナーでいる心算はない。今ここでものにしてもいいんだぞ」

 

 

  「今私の術を奪ってみるか?私相手にしてもあんまり意味ないぞ」

 

 

  こちらの挑発に、虚は良く見ねば気付かないくらい、ほんの僅かだけ頬を吊り上げた。苛立ちを覚えるような薄ら笑いだった。そのまま、互いに目線を外さず、俺達は睨み合った。

 

 

  「お館様、何をしているのですか?」

 

 

  ふと、後ろから声が聞こえた。振り向けば、何時の間に目を覚ましたのか、部屋の入口に時子が立っていた。

 

 

  「お邪魔してるよ、執事君。悪いけど君のご主人様を止めてくれない?流石にキッチンで裸エプロンでの初めてを強要されると、割と困る」

 

 

  「なっ、貴様!?」

 

 

  「お、お館様、相手を支配する為なのは分かりますが、場所は弁えてください!」

 

 

  クっ、この無表情女の言葉を信じてしまったのか、時子は眉を顰めて、とんでもない剣幕になっている。

 

 

  「虚!どういうつも……逃げるな!?」

 

 

  「いや、自分でやったとは言え君の執事君は怒ったら怖い。こっちに飛び火する前に逃げさせてもらうよ」

 

 

  そう言ってあの無表情女は窓から部屋を出た。後には俺と、怒りのオーラを滲ませる時子だけが残されていた。おのれ、謀られたか!

 

 

 

 

 

  何とか時子の誤解を解き、一息つけた俺は、自分の体が軽い空腹を訴えているのに気が付いた。捨てるのも勿体ないので、時子と二人で虚の残して行った料理を食べることにした。少し冷めていたが、それでも十分に美味いのが逆に腹立たしかった。

 

 

  「それにしても甲河の妹君と随分親しくなりましたね、もう少しでキスする所のようでしたし」

 

 

  随分と棘のある言い方だ。それでも虚の料理を口に運ぶのを止めはしない。まあ、美味い料理に罪はないからな。

 

 

  「親しくだと?あれが誰かと仲良くするような人間か」

 

 

  時子の言葉は見当違いも甚だしい。あの女は誰とも親しくはならないし、親しくなれない。他人を自分と対等の人間と見ることのない女だ。

 

  確かに俺達や、他にも虚と良く共にいる者は存在する。だが、どんなに親しく見える相手でも、あの濁った眼から放たれるのは、気に入った玩具や愛玩動物を見るソレだ。しないのか、それともできないのか。兎に角、あの女は他人を物としか認識していない。圧倒的な実力差を持つ、あのエドウィン・ブラックを前にしても、害虫に対する嫌悪感のソレしか覗かせなかった。

 

  あいつは誰も見てはいない。人の集まりの中で、尚孤独にしか生きれない。そんな奴だ。

 

 

  「まあいい。何れは俺の前に屈服させ、嫌でも俺しか見えないようにしてやる。あいつの忍術はブラックに対する切り札になる」

 

 

  今はまだ届かない。だが何れ、必ず手に入れてやる。

 

 

  「……所で、なんで更に不機嫌になってるんだ?時子」

 

 

  「知りません」

 

 

  ……やれやれ、どうやって時子の機嫌をどうにかしたものか。

 

 

 



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第五話

 

  私の立場から言わせれば、すんげぇどうでも良い話であるが、アサギが彼氏と同棲を始めたそうな。

 

  うれしいと言うのは、まあ、理解できる。そういうのを誰かに言いふらしたい気持ちも分からんではない。けど、それでも私に言うのは違うだろう。一応十代前半よ?子供相手に惚気るな。ついでにセメント対応されたからって落ち込むな。私の無表情具合知らんわけでもないだろうに。

 

  まあ、そんな私の反応とは違い、喜んだのは不知火だ。多分コイバナが好きな女子のノリなんだろう。もしくはオバチャン的な何か。三十路まで後何年だろ。

 

  それはさておき、この不知火さん、何を考えてんのかアサギの同棲祝いなんぞやろうとのたまった。

 

  私は問いたい。何故それで私を誘うのか。

 

  まあ、誘われたのは仕方ない。対魔忍なんて言う微妙にイリーガルな組織でも上下関係はある。引退したとは言え、未だにアサギに憧れる連中も多い。その誘いを私が断った何て噂が流れりゃ面倒になる。

 

  一緒に行ったことが流れてもそれはそれで面倒事になりそうだが、まだ行った方がましだろう。

 

  とは言え私も金に然程余裕はない。危険手当とかも含めて給料は良いんだけど、それにしても私の場合は装備に金が掛かり過ぎるから。米連からの横流し品とか。

 

  せめて自衛軍の装備回してくれればこっちも安く済むんだけど、管轄がどうたら、縦割り行政め。アンチマテリアルとまでは言わんから、スナイパーライフルなんか回せよ。今時弓で狙撃って戦国時代じゃねえんだぞ。

 

  まあ、兎も角そんな理由もあって今回の飲み会は、私が場所の手配を行った。一応私は未成年なんだが、対魔忍に法律がどうこう言われても、存在自体が違法性の塊だし。

 

  情報屋としても利用してるから割と出入りしてるけど、私の個人的な伝手でタダ酒飲めるし、いざという時のタカリ先として世話になっている場所だったりする。今回はそこで飲もうと、私から提案した。

 

 

 

  アサギの恋愛が若干の進展を見せたことを、不知火は我が事のように喜んだ。若干おせっかい気質があるとは言え、わざわざこの程度の事で祝賀会をやろうと言うのだ。

 

  だが途中から別の不安が発生した。虚が場所を任せてほしいと申し出たことである。

 

  これが別の事なら虚が心を開き始めている、と喜ぶ不知火なのだが、これは酒の席でもある。虚には食事とジュースで、と考えていただけに、違う意味で虚の私生活が心配になったのである。

 

  それはさておき、今回の飲み会は虚と不知火、そして祝われる立場のアサギの3人である。アサギが引退する直前の、三人が集まった件の任務以来、時折集まるようになった面子である。尤も、殆どが不知火が二人に声を掛け、虚から声を掛けたことはただの一度もないが。

 

  そんな三人が合流し、向かったのはとある廃棄都市だった。御多分に漏れず、本当に日本なのか疑いたくなるようなスラムっぷりを見せる、典型的なソレであった。

 

  そんな中に容姿の整った美女、美少女の三人組である。当然無法地帯の住人達が大人しくしている筈もなかったが、手を出そうとした連中は文字通り蹴散らされたわけだが。

 

  そして虚に連れられて辿り着いたのは、廃棄都市の名にそぐわない、煌びやかに装飾されたバーだった。

 

  三階建ての建物の一階を店とし、二階より上は個室や宿として使うのが一般的なのだが、ここも大凡そのように使われている。他の二人を引き連れるように店に入る。表にガードマンらしい人間もいたが、虚を見て素通しさせた。

 

  内装は中々に落ち着いた雰囲気のバーである。だが、客の中には明らかに人間でない者たちが堂々と入り浸っている。尤もそういう場所があることは他の二人も知っているし、むしろ敢えて見逃し情報源にしている者もいる。アサギ自身、現役時代はオークの奴隷商人を情報源として色々搾り取っていた。

 

  斯言う虚も、魔族が多く集まるこの店は重宝している。古今、酒場は情報が集まるものだ。そして本来この手の店では目立つ女子中学生という立場の彼女は、ここにいても周囲に納得される立場を手に入れている。便利ではあるが名誉でない、それは……

 

 

  「あ、虚ちゃんっ!」

 

 

  悪魔を思わせる捻じ曲がった角と右目を隠す薄紫の短髪と薄らと日に焼けた肌、そして顔を通る大きな傷痕が特徴的な魔族の女性だった。黒いスーツを身に着けた女性はカウンターから出てくると虚の元に向かう。

 

 

  「ちょっと殴り合おう!そんで痛くして!」

 

 

  「てめえ一人で痛くしてろ!」

 

 

  スーツの女性の勢いに合わせて虚の顔面蹴り。

 

 

  「ちょ、今じゃないっ!でもありがとうございます!」

 

 

  この街の住人に於ける虚の表向きの立場、それはこのスーツの女魔族、ベルベットのお気に入りセックスフレンドである。甚だ不本意ではあったが。

 

 

 

 

 

  ちょっとした騒動はあったが、事前に話は通してあったため、すぐに三人は用意された個室に腰を落ち着かせた。

 

  店主でもあるベルベット自ら注文を受ける。メニューを見てからそれぞれカクテルを頼むアサギと不知火。虚は然も当然とのように、「いつもの」で注文を済ませる。注文を受けたベルベットは、一旦虚に頬ずりして裏拳を受けてホクホク顔で部屋を去って行った。

 

 

  「……なんか、強烈な知り合いね」

 

 

  「まあ、店主は変態ですけど、酒と料理は保証するっすよ?店主は変態ですけど」

 

 

  少々引き気味のアサギに対し、虚は然も有りなんと気にしなかった。今でこそ慣れたが、以前は彼女も引いていたくらいだから。

 

 

  「それに私、ここならロハで飲み食いできるんで金欠ん時は重宝してるんすよ」

 

 

  「虚ちゃん、変なことされてないわよね?」

 

 

  他人にタダで飲食を提供するなど、この立地も含めて不知火は虚が、所謂『良くない知り合い』に騙されているのではないかと心配したのだ。まあ、そんなことをもし口に出せば、虚から『あんたは私のお母さんか』というつっこみが入っただろう。そもそも今生での人生経験もあり、他人を信頼するには虚はスレ過ぎていた。

 

  少しして魔族のウェイターがそれぞれの注文した品を運んできた。アサギと不知火は大きめのコップに注がれたカクテル。そして虚の注文した『いつもの』、大ジョッキになみなみ注がれたカルーアミルクだった。

 

 

  「「多すぎない!?」」

 

 

  「え?注文する回数多すぎると迷惑かけちゃわないっすか?」

 

 

  甲河 虚、飲酒頻度は低いが、笊である。尚、一階のバー部分では、リッター単位のカルーアミルクを作って確定しているお代りに備えていた。

 

 

 

 

  虚とベルベットの関係は、実はアサギとコンビを組んでいた頃にまで遡る。

 

  虚とアサギ、当時コンビだったとは言え、全ての任務を共同で行った訳ではない。虚に対する監視とは言え、アサギをそれだけに使う贅沢ができる筈がなく、また虚を無理な難易度の任務に就けるのにも限度がある。

 

  この時の任務もその類で、この時の相方は峰麻 碧だった。

 

 

  「ええ、目標に発信器のセットに成功、気付かれている様子はありません」

 

 

  この日の任務は、中華連邦のエージェントに盗まれた日本政府の機密情報の回収、もしくは処分である。既に情報は複数の記憶媒体にコピーされ、複数のルートで移動している。虚たちはそのルートの内の一つを担当し、情報媒体を所持した運び屋の男を追っていた。

 

  裏社会でベテランと呼べる程度に長く運び屋を続けていた男は、戦いは兎も角逃げ足は早く、運び屋としては優秀と言えた。故に隠密行動に優れる忍術を持つ碧を表に出さず、表向きは虚が単独で追いかけていた。そして標的は有る店に入った。

 

  結果、後を追って店に入った虚に、男は上手くベルベットを嗾けたのである。

 

  尤も、二人ともそれほどやる気があった訳ではない。ベルベットとしては店のツケを払わせる為に利用されただけで、割に合わないと判断すれば退く心算だった。虚も同様で、自身がベルベットを引き付けている間に碧が目標を討ち、とっとと帰ればいいと考えていた。

 

  最初の内は特に警戒はなかった。動きは悪くないが、ベルベットの動きはどちらかと言うとアスリートのそれに近い。動きの裏に、さしてえげつない物が隠れていないのだ。事実、ベルベットの攻撃が虚の身を捉えることはなく、逆に一方的に傷を増やしていく。

 

  だが虚は次第に違和感を感じていく。ベルベットの動きが、傷を追う毎に速く強くなっていく。虚の動きに適応している訳ではない。動作そのものに変化はない。ただ、純粋に肉体のスペックが上がっていくのだ。

 

  ダメージを力に変える類の能力か、別のネタがあるのか、兎に角ベルベットの動きは虚の身体能力で対処できる領域を超え始めていた。

 

 

 

 

 

  目標の運び屋を峰麻に任せこいつの相手を買って出たのは、楽に捌けるだろうこいつの相手してた方が安全だと考えたからだ。

 

  運び屋がまだ手を残してた場合、ババを引くのを避けようとした訳だが、まさか格下と思ってたこの傷女がババだったとかね。ざけんな。

 

  パワーもおかしいし、蹴っても殴っても薄ら笑い浮かべるだけで、効いてるのかも妖しいときた。

 

  コンクリ壊すようなパンチ連発しやがって、自分の店だろうが。

 

  大振りで放たれた拳を屈んで避ける。頭の上を掠めていく風を感じながら釵を相手の足に振り下ろす。だが狙った足はすぐに振り上げられて、私は蹴り飛ばされる。

 

 

  「冗談じゃねえよ……」

 

 

  咄嗟に釵で受けたけど、折れ曲がったぞ。使えなくなった釵を捨て、靴に仕込んだ棒手裏剣を取出し、傷女に投げつける。投げた棒手裏剣はボクシングを連想させる動きで避けられ、そのまま駆けてくる。

 

  さて、合わせるか。試したいギミックもあるし。

 

  突っ込んでくる傷女の動きに合わせて、小さく跳びこむ。そして傷女の両肩を掴み、両足の裏を胸元に押し当てる。そして靴の両踵の内側にある金属パーツを接触させる。

 

  金属パーツの接触で内の仕掛けに電流が通り、靴の裏に仕込まれた炸薬が炸裂、複数のスパイクがクレイモアさながらに放たれる。ほぼ接触した距離からの散弾で傷女は派手に吹っ飛んでいく。同時に私も反動で背中を地面に打ち付けた。

 

 

  「駄目だこれ、股関節が……」

 

 

  グキッってきた。股痛てえ。反動弱くしねえとまた使う気にはならないよ。帰ったら開発班に文句言ってやる。

 

  痛みに耐えて立ち上がると、傷女は大の字で倒れたまま。でも表情を見て軽く引いた。

 

  頬を赤らめて、恍惚としてるんだもんよ。そしてゆっくりと、ふらつきながら、そいつは立ち上がりやがった。勘弁だよ。こっちゃ今ので股関節痛めたっつうのに。

 

 

  「ふふ、いいね、君。もっと痛いの頂戴よ」

 

 

  「そういう趣味ないよ、御自分でどうぞ」

 

 

  発情した表情を浮かべる傷女に付き合う気はもうない。と言うより大分前からなくなっている。そろそろ逃げることを考えていた。

 

  ちなみにやられるのは勘弁だけど、やる側なら私は問題ない。

 

 

  「つれないな~。じゃあ、無理矢理にでも」

 

 

  動きは一瞬、目の前に辿り着いた傷女はこっちが動き始めるより早く、私の首を掴み、地面に引き倒される。

 

  だが、この身に染みついた甲河の業は見事に動いて見せた。傷女の腕を軸に飛びつき、腕を抱き込む様に固定し両足で首を挟みこんで締め上げる。

 

  こいつの怪力は真っ当な対処が難しくなっているがこれで何とかなるか?

 

 

  『虚さん、こちら碧。目標を確保したわ。すぐに合流しましょう』

 

 

  私と傷女の根競べの最中に掛かってきた通信。でもこっちには通信に出る余裕はなかった。

 

 

  『虚ちゃん?どうしたの?応答して?」

 

 

  無理です。インカムを弄るどころか、声を出すのさえ無理。異常に気付いただろうから、早く来てくんないかな。

 

  少しづつ意識が落ちていくのが分かる。だが相手も表情を蕩けさせながらも、だんだんと白目を剥いていく。どっちが先に締め落とされるかの勝負。

 

  その結果は……

 

 

 

 

 

 

  「結局同時に落ちたらしくって、後で峰麻さんに回収されたそうです」

 

 

  虚の供述通り、彼女とベルベットの出会いは殺し合いであり、その後も幾度か出会うことがあり、いつの間にか無銭飲食が許されるような間柄になっていたという訳である。

 

 

  「情報収集にも使えますし、結構重宝しますよ?」

 

 

  本来アサギの同棲祝いの筈が、いつの間にか話題は虚とベルベットの出会いの話題になっていた。尤も、虚を心配した不知火が強引にその話題に持って行ったのだが。

 

 

  「まあ、そんなことより、です。アサギさん同棲っすけど、相手とはもうヤったんすか?」

 

 

  「「ブフォ!?」」

 

 

  思わず吹き出したアサギと不知火。逆に訊いた虚は何故狼狽えるのか、どう考えても聞かれない筈がないだろうに、と不思議に思った。

 

 

  「い、いや、そ、それは、その……」

 

 

  「う、虚ちゃん……そう言うの、虚ちゃんの歳にはまだ早いと思うな」

 

 

  「……この業界にいて早いも何も……」

 

 

  エログロ両方共、目にする機会には事欠かない仕事である。虚としてはエロは見る方なら嫌いじゃない、自分に被害が来なければ。

 

  結局の所、アサギが恋人とどの段階まで行ったのか聞き出せなかった。いい歳の大人がそこまで恥ずかしがるものか、と虚は呆れもした。同居までいってるのに。

 

  だが、所詮は他人事。好奇心以上の意味はなかった。本命はベルベットのタダ飯タダ酒。そっちは十分堪能した。

 

  ただ、虚にとって平凡な日々はこれで終わる。この翌日に、対魔忍が暗殺されるという事件が起きた。

 

  任務中の殉職ではなく、暗殺。プライベートの情報を、固く守られている筈の対魔忍が、である。

 

  虚は気付いた。そろそろか、と。

 

 

 



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第六話

 

 

  暗殺とかする側の対魔忍が暗殺されるという非常事態、組織のお偉い方が色々と騒がしくなっている。

 

  然も有りなん。対魔忍の個人情報は固く守られている。表向きのカバーも含めて。それが闇討ちされ、それも複数回続けば、どっかから情報が漏れたと考えるのが自然だろう。

 

  ……洒落にならねー。四六時中狙われるかもって、気を張り続けるとか無理だし。

 

  で、私ん所にも来るってのは当然予想の範囲内で。

 

 

  「何だい、折角お姉さんが久しぶりに会いに来たんだ。嬉しそうにしてくれてもいいじゃないか」

 

 

  無理です。下手打ったらフルボッコリョナコースでしょ、この姉の相手するってことは。

 

 

  「ウン、ソウデスネ。ウレシイウレシイ。序でに今日はお互い出会わなかったことにしてくれれば妹はもっと嬉しい」

 

 

  死んだ筈の姉が、原作知識通りに蘇って、手勢十数人引き連れてやってきた。なるべく外出しないようにしてたんだけどさ、ちょっと出頭命令出されて行ったらこれだ。情報が漏れたのか、誰ぞが流したか、そもそもスパイ的な立場の奴が仕込んでくれやがったか。

 

  そういやアサギの爺ちゃんだっけ、一作目のスパイ。

 

 

  「折角の姉妹の再会だってのに、表情一つ変えやしない。驚かし甲斐のない子だねえ、相変わらず」

 

 

  それは私のせいじゃない。こうなると分かっていたことが、分かってた通りになっただけだし。まあ、本当に驚いても私の鉄面皮じゃあな。

 

 

  「まあ、いいわ。今日は貴女に良い話を持ってきたの」

 

 

  朧の持ってきた話は、まあ分かり易く勧誘だった。対魔忍抜けてノマド、っつか姉の下に入れと。

 

  私としてはそれで安全確保できればそれも手ではある。でも、原作的にルート如何じゃ普通に姉も触手リョナだし、結局安全確保されねーんだよな。寧ろアサギやら原作メンバーとやりあうリスク考えたらマイナスだよ。

 

 

  「ああ、うん、分かった。帰って考えとくから返答は後日ってことで」

 

 

  今は最低限の装備しかないし、私服だからカバンから出さなきゃだし。で、当然向うさんも素直に帰してくれるわけもなし。後ろに下がろうとしたら何人かに道を塞がれた。見た目は人間と殆ど変らないタイプの。まあ、東京キングダムとか、そういう場所以外でオークみたいな明らかにおかしいやつ、堂々と連れてくるわけにもいかないだろうしね。

 

 

  「それは無理。耳に入ったら面倒な奴らだっているしねえ」

 

 

  ああ、うん、アサギね。他に姉に勝てる奴、対魔忍に誰がいるかな?不知火……はちょっと無理かな、サシだと。当然私が無理に突っ込んでもリョナ展開以外の未来が見えない。つまり逃げの一手以外ない訳で。

 

 

  「放っておいてくれるんなら誰にも何も言わないっての」

 

 

  主な武器もギミックブーツも、通信用インカムもカバン中。どれも出したまま外を歩き回ることはできないから。けど一手も用意していない訳じゃない。

 

  上着のポケットの布地の中に仕込んだ、小型のスタングレネード。軍用のそれと比べて、半分以下の体積まで小型化されたもので、サイズの都合上機能的にも劣る代物だ。実際音の方は本来のものと比べ物にならない程小さい。だが、光量は損なわれちゃいない。

 

  機を見て、これで一先ずスタコラだ。

 

 

  「そんじゃ、実家にも黙っとくから、バイバイ!」

 

 

  朧に背を向けしゃがみ込む。私の戦い方を知っている姉なら、私のこの体勢の意味は分かっている。

 

 

  「逃がすな、殺しても構わないよ!」

 

 

  容赦ないな。まあ、私が姉の立場なら同じこと言うけどさ。けどま、このタイミングかな。しゃがんだ姿勢のまま、スタングレネードを上に投げる。軽い破裂音と、背後からの強烈な光で目の前にはっきりとした自分の影が映る。そのまま両足で同時に地面を蹴る、所謂ロケットダッシュで一気にこの場を離れる。目の前の一人の首をもののついでに蹴り折りながら。

 

 

 

 

  包囲を突破した虚は、若干離れた位置にあるビルの屋上でカバンから持っているだけの装備を出し、使えそうな物を身に着けていく。

 

  虚は逃げ切ろうという心算はなかった。と言うより、朧の実力が裏切る以前のままなら逃げ切れる筈がない、という判断である。寧ろ復活してからは触手や再生能力などが付く分、パワーアップしていると言えなくもない。

 

  逃げに回ろうものなら散々っぱら遊ばれてから捕まるのが容易に想像できた。

 

  幸い通信用に携帯しているインカムにはGPS機能がある。SOS信号を出しておけば、誰かしら来てくれるかも知れない。その間に一人でも多く敵を潰して時間を稼ぐ。朧が本気になる前に誰かしら来れば逃げ切る可能性も出てくる。来なかったり間に合わなかった場合は、舌でも噛む他あるまいと。彼女はヤるのはかまわないが、ヤられるのはなしなのである。

 

  兎も角時間との闘いである。朧が本気になる前に取り巻きをどれだけ殺せるか。そして救援が来るか、である。尤も伊賀の人間や、甲賀の中でも甲河の政敵連中とかが居る為、結構な割合は当てにならない。寧ろ状況が伝わっていたら止めを刺しに来ても虚は驚かない。

 

 実際にはそこまで酷くはないのだが、そう思える程度には、あからさまな態度の人間が多すぎた。

 

  それはさて置き、カバンから取り出した武器はギミックの仕込まれたブーツだけ。他は逃げ出す際のどさくさに紛れて敵の小太刀を一本拝借したくらい。虚の専門ではないが、ないよりはましだろう、と。

 

  見られてもコスプレ的な感じで言い逃れできそうにない物は持って来ていないので、これが戦力の全てである。

 

 

  「本気になられるまでが勝負だな」

 

 

  虚は小さく深呼吸すると、数瞬後に頭上にオーバーヘッドキックを打ちこんだ。それは背後から跳びこんで忍者刀を振るった敵にカウンターで入り、その首を圧し折っていた。

 

  忍者の腕としては、特筆できるものが見つからない。まあ、使い潰しても惜しく感じないことが利点と呼べるなら、それが利点である。

 

  朧の行動にはどうにも『遊び』が混じるきらいがある。最初から全力でやればいいのに、敢えて相手に対処できるかもしれないレベルで相手に手心を加えるのだ。虚はそれは姉のサドっ気から来ているものだと思っている。希望を与えてからプチっとするのだ。他人の命を使い捨てる形でやったことはなかったが、虚に稽古をつけていた頃から若干その傾向はあった。尤もこれ程悪辣なものではなかったことが虚には違和感であり、今の朧こそ虚にとっては『らしい』と感じるが。

 

  殺した相手をそのまま放置し、ビルの手すりを足場に跳び上がる。死体は雄弁とは言ったもので、専門的な知識と技能があればそこから有益な情報を得ることもできる。故に味方の死体は回収かその場で処理するのがセオリーである。相手が問題ないと判断しない限りは、一時的に相手の数が減らせることになるのだ。

 

  次のビルの着地間際、漏れ出る気配。項に奔る電流のような感覚。前世では感じたことのない、対魔忍の訓練で備わった殺気を察知する技能。対魔忍に限らず、ある程度のレベルの戦闘要員は備えている感覚だが、姉の性格の悪い鍛錬によって虚はそれがかなり鋭い方だった。

 

  相手の技量にもよるが、今相手にしている程度ならば、攻撃の数瞬前に方向くらいは掴める。空中で体を捻って体勢を変え、殺気の方向に小太刀を投げる。それは虚の着地際を狙って手裏剣を投擲しようとした敵の喉を貫いた。敵はそのまま絶命したのだろう、自由落下していった。場所が悪かったこともありそのまま地面に一直線であり、翌日には自殺者のニュースでも流れるだろう。

 

  その様子を見て、少し失敗したかな、と虚は思った。衆目に晒されやすい場所に死体を作ってしまったのだから、生きて帰れても説教が飛んでくるだろうな、と。

 

  そのまま勢いに任せ、虚はビルとビルの間を跳び回っていく。その間に一人また一人と虚は処理していく。実力の差は明確で、朧の連れてきた手勢の中に虚をどうにかできる手段はない。せいぜいが虚がミスを犯すまで粘ることくらいしかない。つまり基本的に打つ手がないと言うことだ。

 

  これでも退かせないということは完全に使い捨てている。寧ろいらない人材の処理をやらされているのではという疑問さえ湧いていた。

 

  そして最初の場所からかなりの距離を移動し、人気の少ない郊外エリアに辿り着く。ビルの数はまばらとなり、背も低い物ばかりになっていく。

 

  ここまでは、運は自分に味方していると虚は感じている。

 

  先ずは姉が本気で動き出す前にここまで来れたこと。

 

  今回の戦い、虚にとって一番の問題点は不意を打たれた結果の準備不足にある。実力の差は如何ともし難いが、分かっていればやりようがなかった訳ではないのだ。少なくとも逃げる為の手くらいは準備した。成功するかは別として。そういう意味で、この場所は虚にとって、何かあった場合利用できる者があるとチェックしておいたポイントの一つである。

 

  次いでここまでブーツのギミックを温存できたこと。仕込み刃と棒手裏剣は兎も角、このブーツの切り札である炸裂ボルトは一回だけで弾切れである。そうでなくとも仕込み刃や棒手裏剣も、知られているかどうかで奇襲効果に差が出る。

 

 

  「さて、これで漸く目が出てきたかな」

 

 

  実力では比べ物にならない相手であり、姉への対策を練る暇もなかったが、これで僅かばかりの希望が希望が出てきた。尤も、助けが来てくれれば、という前提条件があるが、そこばかりは賭けである。

 

 

  「ま、ダメなら終わればいい」

 

 

  もう一度得た人生、虚は惜しむことができないでいる。世界を自分の生きる現実と認識できず、全てが作り物と感じてしまう。だから恐怖という感情も希薄で、結果大抵の状況で冷静さを維持でき、それが彼女が危険な任務でも生き残る一助となり続けてきたのは皮肉である。

 

  今とていざとなれば自害すればいいと、捨て鉢とも言える考えだからこそ逆に一切の焦りがなかった。

 

  独り言を呟きながら、虚は更に敵からの剣による斬撃を反らし、挟み打とうとした別の敵の腹に突き刺す。そして動揺して隙を晒した二人の首の骨を蹴り折る。

 

  これで敵の増援がなければ、後は朧だけ。物事の一つの区切りがついたことによる無意識の気の緩み。それを朧は待っていた。

 

  虚の実力を朧はよく理解している。虚に甲賀の基礎と甲河の秘伝を叩きこんだ記憶と、対魔忍共から盗み出した虚のこなしてきた任務の情報。どの程度成長したか、想像がつくというものである。

 

  だからこの瞬間を待っていた。彼女の記憶の中で、『愛しくも奇妙な妹』として残っている少女を生け捕るために。部下に殺しても良いと言ったのも、殺せる筈がないという確信があったから。殺してしまっても使いようはあるが、それではもったいない。

 

  だから捨て駒用の部下を惜しみなく使い倒した。無意識の隙。朧やアサギを含め、それが隙足り得ない実力者もいるが、虚は未だその領域には到達していない。

 

  背後から、虚の肝臓目掛けての、爪先に体重を込めた蹴り。短時間でのスタミナ回復を行うこの臓器の機能を奪えば、真っ当な抵抗は難しくなる。そうすれば、後はじわじわゆっくり嬲るだけだ。

 

  あの鉄面皮が涙に歪む所が見られれば尚良しである。

 

  その一撃を虚は、間に腕を挟んで辛うじて受けてみせた。朧の攻撃を読み切った訳でも、ましてや察知できた訳でもない。ある意味条件反射に近い。

 

  『朧が虚に施した訓練』で行われ続けた、必然的に気が緩んでしまうタイミングでの、強烈な苦痛の伴う攻撃。自身の生死にすらリアリティの感じられない虚の、精神ではなく肉体に覚えこまされた恐怖。『朧』が、『幼少の頃から精神的な不感症を患っていた妹を守る為に』その体に仕組んできた絡繰。それが『朧』の思惑を阻んだのだ。

 

  盾にした右腕を痛めながらも、虚は勢いを利用して自ら吹っ飛んでいく。そのまま右腕を抱えながら、虚はある雑居ビルの一室の窓を突き破って屋内に逃げ込んでいった。

 

  朧は僅かに逡巡する。追撃すべきか否か。虚の動きは目的有ってのものだった。断じて適当に目についた場所に逃げ込んだ様子ではなかった。恐らくは、部屋に何かしらの罠が待っている。

 

 

  「いいわ、乗ってあげる」

 

 

  代わりは幾らでもいるレベルとはいえ、部下をここまで使い捨てたのだ。このまま退くのは、流石に勿体ない。

 

  朧はすぐさま動き出す。余り時間をかけて、虚に時間を与えたくなかった。

 

  朧は窓の外までくると、すぐに入らず気配と音で中の様子を探る。中でがさごそ聞こえてくるが、隠す必要がないのか、隠す余裕がないのか。

 

  だが次の瞬間朧は咄嗟に逃げ出した。部屋から僅かに漏れ出てきた匂いで、虚がやっていることが分かったからである。

 

 

  「隠す気ないのかい、あのガキ!」

 

 

  思わず口にした悪態。次の瞬間、文字通りの意味で部屋が爆炎を伴い吹き飛んだ。無論、アクション映画で見るような派手なものではないが、吹き飛んだガラス片も含めて人間に致命傷を与え得る威力はある。

 

  それを距離を置いてやり過ごすが、その余りの派手さに眩暈を感じた。

 

 

 

 

  この世界と、私の生前の世界の相違点は幾つもあるが、その内に一つが日本の治安の悪さである。表に出てくる大都市は、わりと安全だけど、裏側は大分アレな感じになっている。

 

  お隣のでかい国からの工作員とか、同盟国からの工作員とか。更にはテロリストや、武装難民なんていうものまで潜んである。だからそいつらがため込んでる武器を少し拝借しました。返さないけど。

 

  まあ、手に入るものはせいぜいが第三世界に出回る代物。ソ連系のアサルトライフルやサブマシンガンだ。高価なスナイパーライフルとかは見たことない。でも爆弾関係は割と豊富に手に入る。やっぱテロの基本は爆破なのかな。

 

  それは兎も角として、連中から拝借した爆弾を都内の幾つかの場所に隠してある。まあ、見つかってもこっちは足着かないから、労力が無駄になる程度だし。

 

  今回使ったのもその内の一つ。部屋ごとドカンと派手にいってみた。直前に反対の窓から逃げ出したが、思ったより規模がでかかった。まあ、それでも朧は倒せないだろう。でなければ楽ができるのに。

 

  さて、私がこんなテロリズムそのものな方法を取ったのには理由がある。私自身がこの窮地から逃げきるために。

 

  対魔忍も、闇の勢力と呼ばれる連中も、世間には存在を秘匿するのが暗黙の了解となっている。対魔忍なんてもろに法律上アウトな存在だし、魔族とかは存在が表向きになったら種族間戦争起きかねないし。なったらなったで魔族が負けるとは限らないけど、向こうもタダじゃすまないだろう。だから向こうも多くの場合は人間の権力者を取り込んで影から色々やってるのだろうし。

 

  そんな訳でこんな派手にぶちかませば、警察やマスゴミが出張って来る訳で。そんで対魔忍の中の、甲河と悪い連中にSOSを無視される可能性(私の憶測に過ぎないが)も、これで大分減ったと思う。情報操作とかいろいろやる必要でたから、色々把握しないとだろうし。

 

  そんでうちの姉も引いてくれれば理想的ではあるんだけど。ま、残念ながらそうはならなかったけど。

 

 

  「やってくれるじゃない。あんたこんな派手好きだった?」

 

 

  「いや、ギャラリー増えればね。姉さんに実は恥ずかしがり屋の隠れ属性があって、帰ってくれないかな、と」

 

 

  隣の背の低いビルの屋上で姉と対峙する。

 

 

  「お蔭で本当に時間が無くなったわ。もう遊んでやれないよ」

 

 

  朧が駆ける。速い。横薙ぎに振われた鉤爪を身を屈めて避ける。その不十分な姿勢の状態を狙って回し蹴りが来る。痛めた右腕で防ぐ。鈍く痛むが多分折れてはいない。更に振るわれる鉤爪を後ろに下がって避ける。胸元の薄皮を持って行かれる。

 

  速さが違う。その上、相手の方が上手い。後ろに飛び退いて距離を稼ごうとしたけど、その前に踏み込まれて腹に膝を入れられる。吐き気と共に、肺の中の空気が無理矢理吐き出され、体の自由が一瞬利かなくなる。そのまま後ろに回り込まれ、裸締めに持ち込まれる。

 

  咄嗟に首と腕の間に手を差し込んで完全に極まるのは止めることはできた。頸動脈をキュっとやられて即ブラックアウトは防げたけど、これじゃその内意識を持って行かれる。

 

  だが同時に、この体勢は私にとってチャンスでもあった。

 

  技の掛かりが深くなるのを覚悟で首を上げて、朧の顎に後頭部を押し当てる。そしてブーツの金属パーツ同士を接触させる。靴底の炸薬が爆発し、スパイクが床を壊すことで一部のエネルギーを無駄遣いしながらも私の体を宙に飛ばそうとする。

 

  ガツン、と私の後頭部を通して朧の顎に衝撃が伝わる。そして二人ともが吹っ飛ばされるような形で、拘束が解かれる。

 

  だがぶつける場所が悪かったのか、頭がくらくらして立ち上がる所か、方向の感覚さえ覚束ない。倒れたまま動かない朧の姿を目線の先に収め、私は気を失った。

 

 

 

 

  倒れ伏す二人、先に立ち上がったのは朧だった。少なくとも顎を砕いているだろう、場合によれば首の関節が外れる威力の頭突きを受け、それでも短い時間で立ち上がってきた。

 

  その上、口から血を吐きながらも、顎が砕けているようには見えない。

 

 

  「まったく、実力の割には妙な粘りを身に着けて。面倒くさい娘だねえ」

 

 

  虚からの反撃は先の一撃のみ。故あって常人と比べ物にならない回復力を得ている朧は気を失っている妹を連れて行こうと近づいていく。だが、虚の手前で朧は止まる。

 

 

  「仲間たちを何人も殺してきたのは貴女、かしら?今度は子供の誘拐?」

 

 

  声の方向に振り向くと薙刀を構えた対魔忍、不知火の姿。それも一人ではない。寸分違わぬ姿の不知火が五人。

 

 

  「分身か」

 

 

  朧は舌打ちした。分身の術を使う者は、それなりにいる。だが、どういう理屈で分身しているのか、それが分からなければ破るのは容易ではない。感じ取れる力量から判断すれば、負ける相手ではないが、戦いながら術の正体を見破るには時間が掛かりそうだった。

 

  退くべきか、無理を通すか。僅かな逡巡。次の瞬間に感じた首筋を掛ける電流のような感覚。咄嗟に背後に向けて鉤爪を振った。

 

  第六感に頼った一撃はただ宙を切り裂く。たがその先には後ろに跳び退いた体の対魔忍が一人。緑掛かった黒髪の対魔忍、峰麻 碧である。

 

  穏行に長けているのか、それともそういう術を持っているのか、朧は知らないがこの距離に近づかれるまで気付けなかった。

 

 

  「どういう心算かは知らないけど、その娘は渡さないわ」

 

 

  実力で言えば、朧は碧単体に対してそれほど脅威を感じなかった。だが、不知火を相手にしながら彼女の穏行を無視するのは危険すぎる。

 

 

  「潮時ってやつかしらね」

 

 

  実りは殆どなかったが、仕方がない。戦って勝ち目がなとまで言わないが、勝てても時間を掛けすぎる。

 

 

  「いいわ、今回は引いてあげる。でも、次があるとは思わないことね」

 

 

  不機嫌そうに鼻を鳴らすと、朧は二人に背を見せ、ビルの合間を跳びはねて消えていった。それを対魔忍二人は追わなかった。より正しくは追えなかった。

 

  無防備に晒されている筈の背中に一切の隙がなかったのだ。無理に追撃しても、手痛い反撃を喰らうだろう。

 

 

  「碧、虚ちゃんの様子は?」

 

 

  「後頭部に出血、派手に出始めてるけど多分傷は大きくない筈よ」

 

 

  周囲を警戒する不知火に対し、虚の様子の具合を見ていた碧はそれを伝える。気を失ってはいるが、命に係わる怪我はない。近頃対魔忍を暗殺して回っているのは恐らく先の敵だろう。虚と同じ髪の色の忍びだった。

 

  二人は甲河 朧と面識はなかった。だからあれが虚の姉だと気付くことはなかった。

 

 

 

 

 




  後書き

  梅雨らしく雨が多くなってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回漸く本編と掠りました、対魔忍です。と言ってもアサギが朧の襲撃を受ける前、本編始まっているというには微妙な辺りです。これから漸く東京キングダムのメインの部分になります、と言ってもエロはないので原作部分はざっくり行くと思います。詳しくやったら十八禁にしかならなさそうですし、うちは健全な小説ですので。

  今回は主人公と姉(?)との再会、そして何故か一緒に使いやすい気がする人妻コンビ。多分次回は桜を出せると思います。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。


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第七話

 

 

  姉に襲われてから数日経ち、私は漸く自宅に帰ることができた。

 

  あの後人妻ーズに助けられたらしく、気が付いたら組織の息のかかった病院だった。そして数日の安静の後、包帯やテープに塗れた状態で戻ってきたわけだ。頭にはメロンとかを包むのにも使うアレに似た奴も被っている。鏡見てみると割と悲惨だわ。

 

  まあ、怪我の方もそうなんだが、その後対魔忍見習いのガキ共がお見舞いと言う名の襲撃を行ってきたのも鬱陶しかった。私のお見舞いって話だったのに何時の間にか私の任務の話を強請られてたし。怪我人に負担を強いるな。ガキか。いや、ガキか。

 

  ついでにこいつら対魔忍の仕事に憧れ持ち過ぎ。まあ、良い部分だけ切りだせば、アクション映画そのままな任務とかあるけどさ。

 

  兎も角、騒がしかった退院一日目を乗り切り、全く予定が詰まっていない二日目となった。この機会に積んだままになってしまっているラノベやゲームを崩しておこうと思ってたんだが、この日は昨日以上に厄介なお客が現れた訳で。

 

 

  「お願い!お姉ちゃん助けに行くの手伝って!」

 

 

  井河さくら、アサギの妹で私とは初対面なんだが、こいつ何で私の家を知っているんだ。多分アサギ経由なんだろうけど。

 

 

  「そこで何で私に声掛けるっすかね」

 

 

  初対面で敬意なんて微塵も感じていないが、一応年下だ。それでも表には出さない。一応謙ってしゃべることはしているが、態度に敏感な人間なら、それが見て取れただろう。

 

 

  「お姉ちゃんのパートナーやってたんでしょ?だったら結構強いんでしょ?」

 

 

  そりゃ、それなりに実力はある心算だよ?けどあんたの姉と比較するな。あんたの姉に殺された、うちの姉にフルボッコされる実力だぞこっちは。

 

 

  「無理、怪我人っすよ、私。それに勝手に動くのも問題っす」

 

 

  対魔忍は日本政府管轄下の、武力を保持した超法規機密機関だ。その扱いは立派な戦力な訳である、法律上認められていないけど。当然そんなもんが暴走すれば事な訳で。前回姉に襲われた時のような自衛以上の武力行使は原則認められていない。

 

  まあ、仕事の内容が内容なんで、ある程度勝ってしても、後から報告してその理由が妥当と判断されりゃ、追認されることもあるけど。そんなもん、私に出るかどうか、色々睨まれてる立場だし。

 

 

  「んじゃ、上に報告しましょう。アサギさんもう引退して対魔忍じゃない扱いだから、組織が動いてくれるか知らないっすけど」

 

 

  「言っても動いてくれる様子がなかったから虚ちゃんに所に来たんだよ!」

 

 

  あ、もう伝えてきたんだ。思ったより考えて動いてた?後年下だからって初対面でちゃん付けするなし。

 

 

  「だったら余計私は動けないっすよ。下手なことしたら実家にも関わってきますから」

 

 

  それはそれ、これはこれ、って訳にいかないのが政治の面倒なとこだ。現場にしわ寄せ来ない、私に迷惑かけないやり方なら好きにしていいけどさ。

 

 

  「むう、結局ダメってこと?」

 

 

  「って言うより私じゃ無理って話っす」

 

 

  それに、口には出せないけど、果たして助けに行くべきなのか、助けは必要なのか、だ。原作だとルート次第でこれからとっ捕まるさくらと一緒に勝手に脱出してくる。で、次の話でなんかデビルアサギみたいな感じのモードを手に入れてた訳で。これも含めて、助けてしまって大丈夫なのか、と。

 

  更に言えば少なくともアサギの捕まっている東京キングダムには少なくとも姉が、タイミング如何ではエドウィン・ブラックまでいる訳で。ついでにエドウィン居たらあの色黒の女剣士もだよな、名前なんだっけ?

 

 

  「もう、お姉ちゃん助け出せば文句も出ないよ。お姉ちゃんまだ対魔忍で人気あるんだし」

 

 

  まあ、成功すればね。でもかなりの確率で失敗して性交することになりかねんのがね。

 

  兎に角、私は行きたくない。行くとしてもちゃんと組織だった、人数掛けて作戦でも立ててもらわないと嫌だ。

 

 

  「兎に角、子供二人で行くにゃ無謀すぎるっす。大人しく偉い人らが動くのを待つっす」

 

 

  まあ、本当に大人しくされたら大丈夫か分からないから、焚き付けといた方がいいか。こいつの様子見るに、そんなことしなくても勝手に東京キングダム突っ込んでいきそうだけど。

 

 

  「うっちゃん薄情!今は新しいパートナーがいるからって、昔のパートナーはどうでもいいの!?」

 

 

  待て、なんだその、まるで私が古い女を捨てた浮気男みたいな物言いは。後だれがうっちゃんか。ダンスに現を抜かす相方持ったお笑い芸人か。

 

 

  「見捨てるっつってる訳じゃないっす、ちゃんとしたバックアップなしだと無駄死にしそうだって言ってるんすよ」

 

 

  姉一人でもこの前一方的に虐められたのだ。下手したらそれと同等と、それ以上の化け物がいる。それに他もどんな連中がいる事か。アサギで強キャラの印象のないレスラーっぽい連中だって、さて、私らと比べてどれくらいの実力か。

 

  あれ、一人やばいのが混ざってたっけ?

 

  兎も角、実力も見たことない上に、実戦まだな奴と二人で、とかマジで無理。

 

  そんな感じで言い争っていたら玄関のドアからブザー、また来客だろうか。事前連絡もなしで来るような知り合い、記憶にないんだけどな。

 

 

  「はいはい、どなたですか?」

 

 

  ドア越しに相手を尋ねる。まさか朧来てないよなと内心ビビりながら。まあ、今頃アサギを「あへぇ!おほう!」させるのに忙しいだろうから来るはずがない、と思う。

 

 

 

 

  甲賀の重鎮であり、私の実家でもある甲河家は、里を統括する甲河の分家である。

 

  歴史ある名家、って呼ばれるものに偶に聞く、本家分家というものがうちにも存在する。んで、本家を中心に、その血縁である分家が信頼できる部下みたいな感じで盛り立てていくってのが多分普通なんだと思う。この手の制度に詳しくないから、多分、だけど。

 

  で、甲河にも幾つか分家がある訳だけど、うちはちょっと特殊な立場にある。

 

  本家甲河より、うちの方が権勢を握っているのだ。

 

  何代か才能に恵まれない当主が続いた本家甲河家。それを最も近くで支え続けてきたのがうちの実家。その結果権勢が高まって行き、今里を采配しているのが実質うちって状況。まあ、信長の親父の代の織田家みたいな感じ。

 

  で、このまま行けばうちの次代、まあ朧の予定だったんだけど、頭首を乗っ取ることもできた筈だった、らしい。その為の政治工作もほぼ完了していたらしい。

 

  が、それも雲行きが怪しくなった。まあ、要はうちの姉である朧の裏切りが問題なんだけどね。

 

  朧が裏切る前、ふうまと呼ばれる(風魔ではないらしい)一族が対魔忍に対しクーデターを起こした。あくまで忍の中での権力闘争の一環だったから国も見て見ぬ振りしたらしいが、こいつらもうちと同じく甲賀の一族だったからからね。

 

  朧とか、甲賀の他の家系が鎮圧側に回ったこともあって、大事にはならなかったようだけど、当然身内から裏切り者を出した甲賀の立場は悪くなる。鎮圧に血を流したから、それ程の事にはならなかったけど。

 

  だけどそこに朧の一件だ。有る意味、粛清で禊を果たせたふうまの反乱と違って、これを解決したのは伊賀の出の井河の頭領の孫娘。つまりはアサギだ。甲賀は政治的にとんでもない失点をしてしまい、それを挽回する機会を伊賀に奪われる形になった。

 

  で、甲河の話に戻ると、元々時期頭領は朧が最有力だった。実力は文句ないし、もう本家の次代は私より年下で、余程の才能でもない限り時期的な問題で本家の次代は脅威足り得ない筈だ。

 

  そして朧の裏切りの後、うちの次代は私なんだが、裏切り者を出してしまって突き上げ喰らってるうちを次期頭領にしていいのか、という話が出ているのだ。

 

  私は別にいい。というより面倒だから他の人が頭領やってくれるなら文句はない。けどうちの親っつうか、家はそうはいかないようで、わざわざ人を寄越して私は甲河の隠れ里の実家に呼び出された訳だ。ノマド関係でなくて本当に良かった。厄度はあんまり変わらない気がするけど。

 

  私の実家はそれなりに大きな日本屋敷だ。というより隠れ里全体がやや時代掛かった雰囲気がある。まあ、切り開いた山の中にある村なんざ、今の世の中どれだけあるか。

 

  そして屋敷の一室で、私は久方振りに父と面を合わせた。

 

  話は、対魔忍組織から来た、次の大仕事に関して。親子らしい遣り取りはない。まあ、仮にやれと言われても私の方が慣れないけど。

 

  それはさて置き、次の仕事、東京キングダムのノマドのアジトを襲撃するというもの。さくらがアサギの救助を要請する前に、二人で独自に動き出していたらしく、その時にオークの情報屋から聞き出した情報らしい。

 

  つまりはカオス・アリーナ襲撃。

 

  アサギたちが自力で生還してきた後だったらいいな、動くの。ゲームは基本ストーリー飛ばしてたの、今では後悔してる。

 

  さて、この仕事に関して、組織として参加するのとは別に、甲河頭領の娘としての仕事を与えられた。即ち、姉を殺せ、というものだ。身内の恥は身内で、であってるのかな?この場合。

 

  兎も角、うちの親はまだ自分の家系で頭領連荘する気まんまんってことだ。

 

  内心はかっ怠くて仕方ないが、表では謹んで受けてきた。一応、親ではある訳だし、育ててもらった義理ある。ただ、作戦実行までは時間があるらしく、実家に二日ほど逗留することになった。無論、家族の交流のためではない。里の他家との交流に乏しい私のPRのためだ。

 

  で、あちこち挨拶回りに行って、ようやく落ち着けたのは日が沈んでからだった。

 

 

 

 

  虚にとってノマドもエドヴェン・ブラックも、そして甲河の家もさして意味があるものではない。ただ、自分を育ててくれた両親に、人として義理を感じなければまずいだろうという一応の良識に沿って、親の敷いたレールに従っているに過ぎない。

 

  そんな彼女にとって、親の野心は面倒くさいとしか感じない。彼女にとって所詮作り物の世界であり、作り物の他人なのだ。殊更何かに、誰かに欲するほどの価値を見出せないでいるのだから。

 

  そんな彼女に、父親は積極的に里の子供たちに接触させていた。彼女の同世代、及び下世代の世代の評価はきれいに二分される。即ち裏切り者の妹か、現在最年少の現役対魔忍、である。

 

  政治的な理由も含めて、親の意思で虚と関わりを持たない子供はいるが、それ以外からはちょっとしたヒーローなのだ。今の内に築いた交友は将来の布石となる。無論、今仲良くなった所で、将来味方でいるとは限らない。それでも無駄とは言えない。大人とは感情だけで誰かの味方になれる者は少ないが、感情だけで誰かの敵となれるものは意外といるのだ。

 

  将来の敵を減らし、運が良ければ味方も増やせる。形になるのには、大分時間が掛かるだろうが。

 

  そんな子供の面倒を見て、更には政治的にあちこち回り続け、虚は大分精神的に疲弊していた。

 

  その疲れを癒すために、虚は一人山から流れる小川に来ていた。だが、疲弊は彼女の想定以上だったらしい。自分に向かってくる気配に気付いた時には、かなり距離が縮まっていた。

 

 

  「妙な感じだな。野犬や狐か?にしちゃあ……?」

 

 

  気配は人間のものより、動物のそれに近いと感じた。敵意とも違う感じ。見られているのは分かるが、場所が分からない。

 

  まるで観察されているような感覚。もし、虚が『この世界の人間』を『人間』として見ることができれば、警戒と不安を感じ、里に戻っただろう。里の戦力を壁として利用するために。

 

  だが虚にはそれができない。彼女は今、『原作本編に出番すらないだろう、モブキャラ』に品定めされているのだ。『モブキャラである親』の命令で『モブキャラである子供たち』の相手をして疲れている上でこの状況である。

 

 

  「うぜぇ……」

 

 

  不快感からくる苛立ちが勝ってしまっていた。とは言え、頭に血が上り切った訳ではない。自身と、気配の相手に関して分析もこなしている。

 

  気配の隠し方、感じ方からすれば、格上という程のものではない。仮に正面からやりあっても、勝負にはなるだろう。

 

  虚自身にしても、朧の襲撃の時と比べれば大分状況が良い。ここに来る前に動き易い服に着替えているし、ギミックブーツはないが棒手裏剣と釵は持って来ている。更にこの場は彼女、甲河のホームグラウンドである。地形や対侵入者用の罠の位置も把握している。

 

  彼女としては珍しく、自分から動くことにした。手の届かない敵なら逃げていただろう。冷静なままなら相手にしなかっただろう。幾つもの些事の積み重ねが、彼女を攻撃的にしていた。

 

  まあ、そもそも彼女がこの世界の人間を人間として見れていれば、そもそも起きえなかったことでもあるが。

 

  ともあれ、虚は釵を取り出す。そして気配の正体を見つけるために歩き出した。

 




  雨が梅雨並みに多い気がする今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回はアサギがアヘアヘしている裏での出来事です。一応時間軸的には本編中なのですが、作品の内容が内容だけに、余り戦いの数がないので、割とあっさり終わりそうです。

  尚、原作やってる方は分かると思いますが、拙作に於いて甲河関連の設定が、原作と違います。まあ、原作通りならそもそも主人公が話に関わる理由がなくなってしまいかねないので。

  そしてアリーナに向かうまでは、恐らくあと二話ほどかかりそうです。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。


ちょっとまずいミスがあったんで修正しました。半分寝てしまってるような状態で文を書くのはいけませんね。


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第八話

 

 

 

  後悔先に立たず、という言葉がある。後悔は先にできないから後悔なのだが、蘇我紅羽(そが こうは)にとって今の状況は正にそれである。

 

  この褐色の肌の少女は、近くに正式に対魔忍に任じられたばかりの新米である。

 

  彼女の戦闘能力は低くはない。が、それでも初陣前の新米、今の時点では決して高いと言う程でもない。正式に対魔忍として任務を与えられる、一応の合格ラインにいる程度のものである。

 

  まあ、如何に才能が有ろうと、形になるまではそんなものである。

 

  そんな彼女は今、逆さ吊りの罠に捕えられ、木の枝から宙ぶらりんになっていた。

 

 

  「で、組織からの指令書届けるついでに、私を探ってみた、と」

 

 

  逆さ吊りになった、その背後からは、目的の少女の声。感情の乗っていない筈の声色から、何故か確かな怒気が紅羽には感じられた。

 

 

  「はい、その通りです。一応ちゃんとした使いなんで下していただければ嬉しいな~、なんて」

 

 

  悪戯を咎められた子供のような、引き攣った笑いを浮かべる紅羽。虚は黙って釵でその尻を突っついた。褐色の肌がそれに合わせて、弾力有る臀部に僅かに沈み込む。

 

 

  「ちょっ、当たってる当たってる、お尻に刺さる!?」

 

 

  「当ててんのよ、ってやつ。嬉しいでしょ」

 

 

  「嬉しくないよ!?」

 

 

  歳の割には豊満な体は、同性でも嫉妬を覚えるだろう見事さだが、苛立った今の虚には虐める相手でしかない。

 

  紅羽は探知能力に優れた対魔忍である。彼女の忍術は、嗅いだ匂いの対象の身体能力を、一時的に得るというもの。普段は忍犬の匂いで嗅覚と敏捷性を強化している為、匂いで相手の位置を察知し、素早く追跡することができる。

 

  尤もそれも使いよう、風下にいけば反応が鈍ることから、その絡繰りは早い段階で虚に感づかれていた。それでも本来の能力ではなく、超嗅覚などの探査系忍術だろうという誤解をしたままだが。

 

 

  「下手な動きするなよ。後ろの穴、これで拡張されるか穴増やすかされたくなけりゃな」

 

 

  「はい、大人しくしてます」

 

 

  この後、紅羽は事情を話し、本来の任務であった密書を虚に渡した。

 

  中身を検めた虚はその内容に舌打ちした。東京キングダムのノマド施設への攻撃、その参加命令である。当然拒否権など存在しない。虚は密書を持って里に戻り、父親に報告する。密書を読んだ父親は言葉短く、裏切り者に出会わば斬れ、とだけ命を下した。

 

  さて、命令を受けた虚は早速荷造りし、里を後にした。途中わざと吊るしたままにしていた紅羽を回収してから。

 

  尚、この一件以来二人の間の上下関係が確立されてしまったりする。

 

 

 

  姉を殺せ、というのは私にとって正直無茶振りだ。っつか私以外の誰にとっても無茶振り。

 

  やれってのは、分からんでもない。甲河の立場は余り良いとは言えない。当然うちの姉のせいだ。だがうちだけでなく、甲賀そのものの立場もよろしくない。姉が裏切るよりも前、ふうまがやらかしたからだ。

 

  抜け忍というのは珍しくはあるが、別に他所だって起きている。問題なのはこの二回ともがえらい実力者の離反で、被害的にも洒落にならないものだったそうな。

 

  まあ、ふうまの一件はちょっとした戦争みたいな感じになったそうだが、甲賀以外の参戦もあったとは言え、自分たちでふうまを粛清できた(主な連中には逃げられたそうだが)訳で、政治的にはまだいい。けれどうちの姉の件はアサギが解決して、甲賀は解決に貢献できなかった。

 

  つまり、身内の不始末の尻拭い、よりによって仲の悪い伊賀に奪われた(してもらった、ではない)訳で。これはいけません、だ。

 

  お蔭で自分らで裏切り者を粛清出来なかったから発言力低下。で、裏切り者始末した伊賀の発言力アップ。二段階分発言力に差が付いた。

 

  で、親に見せた命令の書かれた密書、ご丁寧に姉の生存の可能性が書かれてた訳で。うん、余計な情報寄越しやがって。お蔭であの無茶振りですよ、コンチクショウ。

 

  そして一度東京に戻り、作戦に投入予定の対魔忍一同の顔合わせ。と言っても、敵の居場所が断定できていない今、それは暫定的なものである。これが軍隊とかならこんなタイミングでミーティングとかはないんだろうけど、対魔忍は戦闘スタイルのばらつきが激しい。準備に時間が掛かるのもいるから、大仕事の予定は例え未確定でも早めに伝える必要があったりするのだ。

 

  このメンバーの中に八津 紫(やつ むらさき)もいた。原作キャラの一人で強キャラだから、戦力的には有り難い、と思うべきなんだろうけど。でもアレ初陣らしいからな、この作戦が。

 

  後、個人的にちょっと脳筋な印象がある。誰かが上手く操縦してくれればいいけど、原作だとさくらがソレやってた筈。

 

  んで、正式に作戦決まるまで、猶予は不明瞭だけど、とにかく準備を整えてその時を待て、と。

 

  と、言う訳で準備である。

 

  今回の攻撃、運が良ければ原作通り、アサギ達が朧を始末してくれた後のなんとかアリーナを襲撃することになる。これが多分一番マシな状況。けど、その通りに行かなかったら。最悪、朧の他にもラスボスとかも来てるタイミングで仕掛けることになるかも知れない。紫の敵の褐色魔界騎士も多分朧と同格だろうから、正面からやったら無駄死に以外の未来が見えないのばっかだ。

 

  そんなの相手にしたくないが、そこらは運だ。だから万が一を考えて、せめて逃げられる可能性くらいは作らないと。もしくは確実な自殺手段。

 

  まずはバージョンアップしたギミックブーツの受け取り。私の機械装備は米連の横流し品以外は対魔忍の典田という一族の試作品が殆ど。実戦データの提出を対価に提供してもらっているものだ。だんだんと厳ついデザインになっていくギミックブーツを受け取って、改良点の説明を受けた。

 

  だが、卸したての装備をそのまま実戦で使う馬鹿はいない。虚は準備ついでに慣らしもしてしまうことにした。

 

 

 

 

  新装備の使い勝手は悪くなかった。ギミックブーツは威力を維持したまま、炸薬を使った時の反動が軽くなっている。新しく貰った籠手のギミックも隠し手としては中々だと思う。

 

  私が新装備の慣らしに選んだ相手は、ベルベットの店の近くに流れてきた下級魔族の一団のアジト。組織と言える程の規模も組織力もない、チンピラに毛が生えた程度の連中である。武器を持っただけの素人だ、動く的とあんまり変わらない。

 

  ただ、この一団は武器の横流しに関わっている連中であり、爆薬とかの調達もついでにやる。横流し品買うには、今月は厳しいので。

 

  この死体漁り染みた行為も、定期的に行える辺り、この世界に於ける日本の治安の悪さが見て取れる。

 

  ちっ、スタングレネードがない。屋内戦闘とか近距離戦だと手榴弾より出番が多くて重宝してるのに。家の在庫も怪しくなってきたのに。あ、スモークグレネード見っけ。でも同じ感覚では使えないよね。

 

 

  「屍肉漁りの真似事が堂に入っているな」

 

 

  「お行儀よくして生き残れる実力なんて持ってないっすからね」

 

 

  色々見繕っている私の背後から掛けられる声。それに振り返らず、私は応える。顔を見ずとも知ってる声。アサギ信者の代表格、え~と、何紫だっけ?

 

 

  「お前に聞きたいことがある」

 

 

  「一応、仕事の上じゃ私が先輩なんすけどね」

 

 

  私が年下だからかな、言葉遣い。

 

 

  「アサギ様が捕らわれた一件、お前が関わっているのではないか?」

 

 

  あぁ?ああ、なるほど。私は物色した物を用意してきたリュックに詰めてから振り返る。鋭い眼差しで睨みつけてくる、対魔忍スーツ姿の紫が部屋の出入り口の前に仁王立ちしている。得物の大斧を持って来ていないのは、事を荒げる心算はないから、だったらいいな。

 

 

  「私がアサギさんの情報を売った、ってことっすか」

 

 

  「そうだ。お前はプライベートでもアサギ様と親しくしていたと聞く。ご住まいにも招かれたとな」

 

 

  対魔忍の情報は例え味方であっても基本は非公開。それを直接本人から私は招かれたことがある。寿一歩手前退職の後に引っ越した家に、だ。で、やったのはうちの姉と判断された。更にアサギが捕まる前に私と朧は接触している。

 

  いや、うん、言いたいことは分かるんだけどさ。

 

 

  「いや、無理っすよ。露骨過ぎて私が身の安全を確保できないっす」

 

 

  この場合、私の命が完全に使い捨てだ。私はやらないよ、絶対。少なくとも逃げ道は用意しとかないと。

 

 

  「それはノマドの動き次第でどうとでもなる」

 

 

  ああ、なるかもだね。でも確実なもんじゃない。少なくとも対魔忍内部に協力者でもいないと私は絶対にやらないよ。

 

 

  「だったらお偉いさんに申し出りゃいいっす。取調べ程度なら大人しく受けるっすよ」

 

 

  流石にいきなり身内に拷問とかないだろう。尋問までなら我慢する。ついでにそれで今回の任務から外されるなら尚良し。

 

 

  「んじゃ、私は用は終わったんで、帰りますね」

 

 

  この部屋の武器弾薬は、特に処理しなくてもすぐにハイエナが湧いて処理してくれる。わざわざ対魔忍の組織の方に処理を頼むまでもない。

 

  扉から出るために紫の横をすれ違おうと。

 

 

 

 

  部屋を出ようとする虚の目の前を、紫の腕が遮る。

 

 

  「それで納得できると思うか?」

 

 

  「納得させられる方法は思いつかないっすね」

 

 

  虚はアサギの一件には関わっていない。だがそれを証明する方法などない。だから、後日組織の上層でもどこでも、尋問なりしてもらえばいいと考えた。

 

 

  「ここで知っていることを洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

 

  「吐けるものなんてないんだけどな~」

 

 

  どうしたものか、虚は悩む。彼女も流石に強引な手段には出たくなかった。目の前の相手、八津 紫(やつ むらさき)も生半可な相手ではない。少なくとも馬鹿正直に正面から当たれば、七割負けるだろう程度には。

 

  更に口八丁で丸め込もうにも、虚とて口が達者な訳ではない。何よりも紫は虚がアサギの件に関わっていると『確信』している。脳筋気味ではあるが、そこまで酷い訳ではない筈の紫の行動、恐らくは同調されたか、もしくは諭されたか。兎に角誰かか悪意を持って紫を嗾けてきたのだろう。

 

  虚は強引に通り抜けようとする。だが紫の腕は虚の胸元を掴んだ。力任せに放られる瞬間、虚は紫の肩を右手で軽く叩いた。

 

  そのまま力任せに投げ飛ばされる虚、紫はそのまま追撃に移ろうとし、首に奔った熱さを伴ったような痛みに動きを止めた。

 

  その痛みはすぐに消える。痛みの奔った右側の首筋に手を当てると、多量の血だけが残り、血の流れ出た筈の傷は微塵も残っていなかった。

 

  傷がないのは当然のことだ、紫の忍術の特性を知っていれば。問題は紫が、どうやって首を傷付けられたか、分からなかったこと。

 

 

  「今、何をした」

 

 

  「一つ忠告しとく」

 

 

  紫の問いには答えず、先ほどまでの形だけ謙った口調も改めて虚は告げる。

 

 

  「実力で上だからって確勝だと思うなよ。あんたと正面からやり合えば私が十中八九負けるだろうけどさ。曲がりなりにも何年も鉄火場を渡ってきてるんだ。初陣前の新人未満に負けると思うなよ」

 

 

  受け身を取って瞬時に立ち上がった虚は潜めていた苛立ちを晒す。紫も虚の動きに警戒しながら、無手に構える。先の攻撃の正体も不明なのだ。

 

  そして虚は右手を掲げ、タクティカルベルトの後ろに隠していたスモークグレネードを左手で叩き落とした。安全ピンがベルトに括り付けられているため、その時点で地面に落ちてすぐに大量の煙を噴出させる。

 

  煙幕で閉ざされた視界。咄嗟のことに紫はどの方向からの攻撃にも備えられるように構える。だが、それを無意味だと嘲笑うかのような一撃が彼女を襲う。

 

  相手の影も気配も察せず、右足の腿に熱を感じた次の瞬間には床に倒れ伏していた。数瞬の後、彼女の忍術、『不死覚醒』による発光現象と共に足が復元され、すぐさま跳び起きる。

 

  自身の右足を断ち斬ったのは、恐らく刀や剣の類ではない。少なくとも斬られたことに気付かない程の剣術、もしくは業物を虚が持っているという話は聞いたことはない。

 

  少しの間、周囲の警戒を続けるが、煙が薄れてくると紫は忌々しげに舌打ちをした。部屋に虚の姿はすでになかった。

 

 

 

 

  戦利品の詰まったカバンを背負い、セーラー服の上にジッパーを下したパーカーといういつもの服装に着替え、廃棄都市の路地を進んでいく。

 

  不必要なまでに疲れ、虚は不機嫌だった。

 

  紫を嗾けてきたのは誰か。甲賀の弱体化を望む伊賀のどこかか、それともうちの増徴で立場の危うい甲河本家か。どっちにしろ、内側にいる敵が動いてきた。

 

  虚は携帯電話を取出し、ベルベットに連絡を取る。

 

 

  「あ、ベルベット?私だよ、私。詐欺じゃない、虚。今夜飲みに行って良い?ってか奢れ」

 

 

  どうせ政治的に動ける能力は自分にはないのだ、ストレスだけ貯めこまないようにしよう。虚はそう開き直った。

 

  だがその夜、ベルベットとの酒の席での、不知火からの連絡でその日の不運の帳尻はついた。 井河姉妹、自力の生還。つまり、朧の死。少なくともカオス・アリーナ襲撃には出てこないだろう。

 

  久しぶりに、心底喜ばしいニュースだった。

 

 

 

 




  まだまだ寒い今日この頃、皆様如何おすぎ氏でしょうか?どうも、郭尭です。

  最近体調崩してしまい、トイレから離れられない日が数日続きました。お蔭でパソコンの前に座る時間も余り確保できない有様でした。

  漸く次回から戦闘回です。時間軸の都合上対魔忍の若手組って出し辛かったりするんですよね、年齢的に。

  あと皆様に質問、対魔忍側で悪者役の合う人って誰でしょう?一人候補いるんですが、在り来たりすぎるかなと、少し悩んでいます。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。


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第九話

 

 

 

  対魔忍にとって過去最大規模と呼んでもいい規模の人員が投入されるカオス・アリーナ襲撃作戦。その詳細は、そこから脱出してきた井河姉妹の提供してきた情報を元に作られた。

 

  細かい情報に関しては決して周到とは言えないが、敵地の正確な位置、井河姉妹が脱出した際に把握した限りの見取。それらを頼りにすぐさまカオス・アリーナの強襲が決定されたのである。

 

  決して充分な量の情報が出揃ったとは、間違っても言えない状況ではあるが、例えそうでも拙速に事を進める理由があった。

 

  単純明快。居場所を特定されたノマドが次にどういった行動に出るか。

 

  人員と設備を運び出して逃げ出すか、守りを固めて迎え撃つか。

 

  ノマドがどちらを選択するにせよ、時間を与えるのは悪手である。そう、強く進言したのは他ならぬ井河アサギである。理由は、ノマドに情報を流している裏切り者の存在である。そこから敵に作戦の情報を流される前に事を決着させたかったのである。

 

  そういった上層部の事情はさて置いて、虚にとって重要なのは任務に参加するメンバーである。

 

  虚の任務は、基本的に不知火とのコンビで行ってきたが、今回は特別多くの戦力が動員されることもあり、臨時に班に分けられて行動することになっている。

 

  大きくは、先んじてカオス・アリーナを攻撃する陽動組、内部に侵入しての掃討を行う突入組、そして逃げ出した敵を仕留める組に分けられる。虚は突入組に属する班に組み込まれ、不知火は陽動組で班を一つ率いることになった。

 

  この三つの組の中で、最も強敵とぶつかり易いと想定されるのは突入組である。ために相対的に他の組より戦闘向きの対魔忍が配置されている。

 

  虚が組み込まれた班もその点では例に漏れない実力者が選ばれている。少なくとも上層部はそう判断している。だが虚にとっては文句を垂れ流したくなるような陣容だった。

 

 

  「殆どヒヨッコのお守りじゃん、これ」

 

 

  内務省庁内の地下にある、各組ごとに割り当てられたミーティングルームで班の内約が発表された際、虚はそう口にした。

 

  虚の属する班六人の内、四人がこの任務で初陣を迎える新人だったからである。だが、それは初仕事にして大仕事を前に意気込んでいる新人たちにとって、それこそ他の班の新人にも聞き捨てならないものだった。

 

 

  「おう、ヒヨッコって誰のことだ、ええ?」

 

 

  その言葉に反応したのは赤いロングヘアの対魔忍、神村 舞華(かみむら まいか)。

 

  気の強さが滲み出ながらも歳からくる愛らしさを僅かに残した容貌を、怒りに歪ませている。虚が私服替わりに着ている、中学のセーラー服の襟を掴んで無理矢理立たせた。

 

 

  「忍術も使えない七光りが調子に乗ってんじゃねえぞ」

 

 

  周囲の人間からの虚のイメージは差が極端である。政治から遠い立場にある若年層にとっては、自分たちと同じくらいの歳で実戦に参加している、ある種のヒーローに見ている者もいる。対して不知火など、数少ない比較的親しい付き合いの人間からすれば、家の柵と政争に翻弄される哀れな少女である。

 

  だが、最も多くを占めるのが、家の力で強者の後ろをついて回り、戦績を水増ししているいけ好かないお嬢様である。

 

  対魔忍の、特に若手は総じて傲慢な部分がある。対魔の力と呼ばれる超常の力に目覚めた対魔忍は、魔に属する者たちに対して凄まじい攻撃力を発揮するだけでなく、純粋な身体能力も強化される。表の世界のトップアスリートを優に超える能力を容易に身に付くのだ。優越感を抱くことは理解できる。

 

  また、仕事の都合上魔族だけでなく、人間を殺す必要も出ることがある。故に敢えてその辺りを矯正しないことで、他者を殺す罪悪感を薄める狙いもある。殺しに慣れる頃には、経験則的に分別も身に付くと。

 

  結果、若い対魔忍は総じて無駄に血の気が多く、プラスして実力主義的な考えが広がっている。

 

  そんな考え方が根底にある人間が、年功だけのガキにコケにされた、と感じた。反発が起きない訳がない。

 

  事実、他班も含めた新人たちも、表情が虚の言葉に対する不快感が見て取れる。既に一度実力差を叩きこまれたことのある紅羽を除いて。

 

  さて置き、格下と判断した相手を見下す、という意味では虚も割と似た傾向にある。というよりむしろ彼女の方がひどい。実力の劣る相手を見下すのではなく、他人を人としてすら認識していない。ゲームの世界の創作物「ごとき」でしかない。自分以外等しくモノ、つまり存在そのものが格下なのだ。加えて虚は舞華を、地力だけならともかく、勝てない相手とは見ていない。その程度の相手である。周りに聞える程度の声量で発したお守り発言も、その無自覚な発露である。

 

  ために、舞華の振る舞いは、非常に虚を苛立たせるものだった。

 

  虚は舞華の手を振り払うでなく、舞華の後頭部に手を回し、額と額がくっつくまで引き寄せる。

 

 

  「なにガンくれてんのさ。教育必要?」

 

 

  方向性は違えど、美少女と呼んで差し支えない二人だが、やっているのはチンピラのメンチの切りあいに近い。というより、やっているのがフード付きジャケットの下にセーラー服を着た虚と、黒いロングスカートと臍の見える丈のセーラー服の舞華である。チーマーVSスケバンに方が正解かも知れない。

 

  一触即発な空気に、紅羽はどうしたものかと班長の立場にある、この場で再年長の人物に目を向けた。

 

  肩に掛かる程度の、ふわりとした質感の、濃い紫の髪。細く開かれた眼と、貼り付けられた薄い笑みがうすら寒いものを見る者に与える。東雲 音亜(しののめ ねあ)、まだ若手と呼べる立場だが、確かな実力者として名を挙げつつある。

 

  そんな彼女はどうやら睨み合う二人を仲裁する気はサラサラないようだ。うっすらと貼り付けた微笑を崩さず、事を見守る構えだった。他班の何割かも遠巻きにその様子を眺めるだけである。虚の言葉が、ミーティングそのものは終わってからのタイミングだったために、話が阻害されることだけはなかったのが不幸中の幸いだろう。

 

  睨み合う二人は周囲の目など気にまるで気にせず、既にいつでも攻撃に移れる状態になっていた。虚はポケットからバタフライナイフを手にしており、舞華も裾からリリアン棒を取出し、一瞬小さく「やべっ」と呟き戻して警棒を取り出している。

 

  そんな二人を止めるために、ようやく動き出した人間がいた。

 

  三つ編みに纏めたボリューミーな、黒に近い紫の髪。眼鏡をかけた大人しめな容貌。そして容貌と裏腹に自己主張する巨乳。舞華と同じく初陣を迎える、美濃部エンジ。

 

  流石にこれ以上は任務に差し支えると考えてのことだった。だが、正しい行動も相手を見なければならない。

 

 

  「「あ゛?」」

 

 

  苛立ちを隠そうともしない舞華の怒りの形相と、感情が読み取れないのに威圧感だけはある虚の冷えた目線。

 

 

  「ひぇっ、その、ごめんなさい」

 

 

  一切間違っていないのに、つい謝ってしまうエンジ。見た目はヤンキーとチーマーでも、振りまかれている威圧感は比べ物にならない。すぐさま退散しようとしたエンジは、しかし誤って近くの椅子にぶつかってしまう。

 

  ガタン、と。

 

  その音を切っ掛けに、虚と舞華は動き出す。舞華が警棒を振り上げ、虚はナイフを振うために腕を動かす。相手の脳天と喉笛。致命の部位を狙った一撃、されど互いに届くことはなかった。

 

 

  「いい加減にしろ。これ以上は冗談では済まないぞ」

 

 

  女性としては長身に属する身長と、エンジにこそ劣るが豊満と呼べる胸。だがやや男性的な容貌。

 

  佐久 春馬(さく はるま)。無手に限れば、恐らく班の中では最も秀でているだろう人物でもある。

 

  何時の間にか近づいていた春馬は、武器を振う二人の肩に手を当てていた。込められた力は僅かだが、確かに二人の動きを鈍らせる。この時点で二人は腕を止めた。振り切った所で、落ちた速度では確実に当たらないからだ。どうせ、避けられる。

 

  だが、これで二人の苛立ちは邪魔をした春馬に向けられることになった。流血沙汰こそ免れたが、今度は三人の睨み合いとなった。エンジのように、気圧された様子はない。結果、三つ巴の状況となり、端から喧嘩まで発展させる気のない春馬だけでなく、虚や舞華も迂闊に手を出せない状況となった。基本的に状況はかえってややこしくなっただけである。

 

  そして、この膠着を破ったのは、この班の外部の人間だった。

 

 

  「こら、いい加減にしなさい!」

 

 

  虚と舞華の頭に振り下ろされる拳骨。互いに殺せる会心の一撃を狙っていた二人はそれに反応できずにもろに受けてしまった。

 

 

  「っつ!」

 

 

  「いってぇ!?何すん……あ、不知火様」

 

 

  脳天に響いた痛みに虚は下手人を睨み付け、舞華は怒鳴ろうとして相手が誰なのかに気付く。

 

 

  「もう、ミーティング、終わったみたいなのにいつまでも出てこないと思ったら。ダメでしょ、後輩を苛めてちゃ。舞華ちゃんも年下相手に大人げないわよ」

 

 

  虚たちとは違う組に配属された、虚の相方、水城 不知火であった。

 

 

  「配置に着く前に渡しておきたい物があったから来てみれば。東雲さん、遊びが過ぎますよ?」

 

 

 不知火は腰に腕を当て、虚の班の班長である音亜を半目で見やる。たいして音亜は悪びれた様子もなく、変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべている。

 

 

  「不知火さんは過保護だと思いますよ?こういうのは後腐れなくした方がいいんです」

 

 

  不知火は音亜とは、仕事を含めて余り関わりを持っていない。実力はあるが性格的に癖のある人物だという噂くらいは知っていたが、成程普通ではないと思った。

 

 

  「他に用事がないのなら虚ちゃん借りていきたいんだけど」

 

 

  不知火の言葉に音亜は頷いた。

 

 

  「はい、じゃ、仲直りしてからね。虚ちゃんは神村さんに、ごめんなさい、ね」

 

 

  まるで大人が子供を諭すような言葉と態度。まあ、虚の年齢を鑑みれば子供ではあるが、それでも子供扱いが過ぎる。どうにも、自身のや秋山家の子供たちに対するものと同じに扱っている節がある。

 

  虚からすれば不満のある扱いであるし、何よりも舞香に謝る必要性が感じられなかった。が、そんな思っている通りの対応をすれば七面倒な説教が待っているのを虚は知っている。嫌々ながら、頭を下げる虚。

 

  そして舞華はある意味保護者付きの子供の謝罪を、例えそれが心の籠っていない物でも、受けない訳にはいかなかった。

 

 

 

 

  同じ班になったヒヨッコとの喧嘩は、まあ私自身の言葉も一因ではあるのだろう。だけどまあ、あいつらなんかのために言った言葉を撤回する心算はなかった。ただまあ、不知火が来ちゃったわけで。面倒の方が御免だったので舞華に頭を下げておく。

 

  それとは別に、私にも反省すべきところはあった。思ったことを撤回する心算がないのは変わらないけど、口に出すべきではなかった。班員ということは、いざという時の壁役に使える相手な訳で。

 

  基本的に私は周りから敬遠される立場にある。私の無表情と性格、そして政治的立場のせいで。

 

  表情と立場は仕方がない。少なくとも私に解決方法はない。性格の方は、これも厄介。もっと社交的であったほうが色々と都合が良いんだろう、というのは理解している。ただ、そう理解した上で、自分を変えようと言う気が微塵も起きないのは置いといて。

 

  兎も角、自分から孤立を深める結果ような結果になってしまったのは、正直失策だった。

 

  まあ、なってしまったものは仕方がない。仲直り、って気にもなれないから必要以上あのヤンキー女と関わらないようにしよう。

 

  ついでに班長とかも喧嘩止める心算はなかったみたいだし、信用しない方がいいか、実家のいざこざ的な意味で。

 

  さて置き、不知火に連れ出された私は廊下で何かが入った小さな巾着を渡された。

 

 

  「これは?」

 

 

  「虚ちゃんの友達の皆から預かったの」

 

 

  何故か嬉しそうにそういう不知火。ってか、友達って言えるような相手に心当たりがないんだけど。

 

  巾着を開けてみると、中は一センチ未満大の黒い丸い物。ニンジャレーション、兵糧丸か。いや、匂いからすれば変わり味噌玉か。

 

 

  「あの子たち、まだ任務に参加させてもらえないから、せめてこうやって役に立ちたいって」

 

 

  ああ、楪や蓮たちね。あれ、友達扱いだったんだ。本人たちも、周りからもそう見えるんなら、連中デビュー後は動かし易いかも知れないな。組む機会があればだけど。

 

  私は一つ摘まんで、少しだけ齧る。しらすとか海苔と……まあ、その他色々。悪くないけど、ちょっとしょっぱいかな。

 

 

  「まあ、小腹空いた時に頂きます。お礼言っといてもらえますか?」

 

 

  そんなに会う機会が多い相手じゃないし、子供の相手は面倒くさいし。

 

 

  「だ~め、そういうのはちゃんと自分で言いなさい」

 

 

  「はぁ……」

 

 

  なんか諭すような言われ方した。ちょっとイラっとしたけどさっきの今だ、我慢する。仕方ないので了解を伝えると何故か嬉しそうに微笑んだ。

 

  まあ、次に会ったらその時に礼を言おう。ついでにできれば水渇丸(兵糧丸のガム版のようなもの)が良かったな。戦闘前に胃に入れずに済むし。

 

  まあ、いいわ。さて、大仕事、生き残れりゃいいなぁ、っと。

 

 

 




  ここ数年の中では花粉が大人しいと感じる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は班員決定に割と迷いました。決戦アリーナがエロゲー本編とは違う世界線なので原作イベントがやや速足で起きているらしいのですが、それでも決戦アリーナの時期は五年以上は後かと仮定。で、決戦アリーナのキャラの年齢をデザインから推測して、五年前くらいに登場してもよさそうな年齢と外観のキャラを選んでいます。

  今後、設定資料でこっちの年齢推察が間違っていても、出してしまったキャラはそのまま突っ切ります。

  こういう意味では魔族キャラは制限緩いんですよね、年齢と外観が繋がらないので。

  さて、敵はどう都合付けるかな。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。


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第十話

 

  ジクジクと、ズクズクと。

 

  自分の奥のどこかに酷く淀んだものが溜まり続けている。吐き出す場所を見つけられないまま、流れ込む元だけが次々と増えていく。

 

  人が一時の愉しみを得る為に作られた、無数の娯楽作品の一つ。あまり一般的とは言えないジャンルの中では、一定の知名度を持っている作品。そんな自分の知っている作品の世界に生まれ変わったからなのか、それとも生まれ変わったという時点で全てが決定的だったのか、兎に角世界の全てが嘘っぽく感じられて仕方がない。

 

  事実、ここは嘘の世界だ。少なくとも私にとっては。所詮はフィクションの中。風景に、出来事に、人間に。掛けられる言葉も、向けられる感情も、自分に対するものなのに、そうだと感じられなくて。

 

  この世界では姉がいた。物心がつく頃に徐々に蘇ってきた前世の記憶と自我、私が私として確立した時には既に姉がいるという事実は私の中に浸透していた。この世界の重要キャラクター、甲河 朧という姉が。

 

  朧は立場としては血の繋がった姉であると同時に、父親に次ぐ師でもあった。朧は熱心に指導してくれていたが、今でも私は彼女を家族と思っていない。私が知っている朧という人物と、実際眼前にした彼女の違いが大きすぎた事への疑問の方が前に来ていて、彼女と人並みの姉妹関係に至る事すらなかった。

 

  結局の所、確かなものが何も見つからず、そしてこんな嘘の世界に存在する自分さえ、果たして本物かどうか。

 

  私の中に溜まり続ける苛立ちの疑問。苛立ちは怒りに繋がり、疑問は恐怖に繋がる。だけど私の中の非現実感が自分の感情さえ猜疑の対象となり、怒りとして、恐怖として、昇華され消費されることもなく、ただただ蓄積されていく。

 

 

 

 

  東京キングダムと呼ばれる人工島は正規の手続きを経て建造された人工島である。島内の建造物も基本的にちゃんとした届出が提出されて建てられている。

 

  諸々の理由で開発計画が頓挫し、政府の管理が届かなくなって以降の建造物以外は、探せば建設計画書などの資料がある程度保存されている。

 

  魔界からの勢力の一つであり、現在の東京キングダムの大部分を掌握しているノマド。彼らがカオス・アリーナとして使用していた建造物群も大凡の計画書が残されている。巨大地下街で繋がった複数の高層ビルで構成される複合商業施設。東京の建造物で例えるならば池袋のサンシャインシティを更に大規模化したものと考えれば大凡正しいだろう。

 

  そんなド級の施設の計画書と、アサギの証言から制作された見取り図。地上部分はアサギが行く機会がなかったため、どうなっているかは定かではない。地下も彼女の記憶にある部分は限られている。分かっている部分の方がはるかに少ないという、本当にないよりマシだとしか言えない代物である。

 

  計画書に添付されている完成予定図を、アサギの証言から判明した変更点を上書きしただけなので、突入するカオス・アリーナ突入組にとっては手探りに近い探索を余儀なくされることになる。

 

  故に、陽動組がカオス・アリーナからどれだけの敵を釣りだせるのか、それが突入組の生存性に多大な影響を及ぼす。何せ正確な情報に不足している状況下で敵陣深くに斬りこまねばならないのだ。単純な敵戦力の他に、科学的、超常的トラップ、常に精神を擦り減らせながらの戦いを強いられることとなる。

 

  そういったこともあり、陽動組はあかたもカオス・アリーナの建造物群周辺で銃声や悲鳴が続いている。

 

  そんな中、一人の対魔忍を追う一団があった。

 

  闇の勢力は、表の世界に対してはその存在を秘匿されている。これは魔族という常識の埒外の存在が一般に明らかになった場合の混乱を避けるためであり、この一点に於いては各国政府などと闇の勢力、双方にとっての暗黙の了解が出来上がっている。

 

  だがここ東京キングダムは、人間界に於ける闇の勢力の領域。そんなことを気にせず大っぴらに魔族を投入できる。

 

  この一団をはじめ、オークと呼ばれる人外の存在が大々的に投入されているのにはそういった理由がある。

 

  さて、オークは言葉を話し、文明の利器を利用することができるなど、その知能は人間に近いレベルにある。だが全体的に粗野で欲望に忠実である。そのため上がどのように命令を言い聞かせても、暴走の危険はなくならない。彼らの一団も御多分に漏れず、後退を始めた対魔忍の一団を、持ち場の防衛という命令をやぶって追撃していた。

 

  彼らに追われているのは男好きする豊満な女性。金髪のロングヘアをツインテールに纏め、眼鏡をかけている。彼女の振う武器は鞭。だが彼女の繰り出す攻撃に、オークたちは然程怯む様子もなく追いすがっていく。

 

  前線に出るような対魔忍ならばその実力は、悉く常人の及ぶものではない。この金髪の女性も同様であり、その鞭捌きは敵の皮膚を割り、肉を裂く威力がある。だがオークたちはそれを恐れた様子はない。

 

  元来殺すことを目的に作られていない鞭は、どれほど威力があろうとそれは肉体の表層を傷付け痛みを与える物である。或いは先端に色々と括り付けることでその性質を変えることは可能だが、彼女の持っている鞭はその手合いではない。

 

  そして女性を捉えた後のお楽しみを考えれば、つまり欲望の暴走と熊並みの打たれ強さも相まって、ポテンシャル以上の能力を発揮している。……仕事をこなす、と言えない辺り慰めにもならないが。

 

  兎も角、オークたちの一団は多少の流血を伴いながらも、対魔忍の女性を追い、近くにあるビルの一つに突入する。やがて彼女はビルの一室にこもる。

 

  本来はオフィスビルとして使われていた、もしくは使われる予定だったのだろう、そういう間取り。部屋の中にも長らく手入れされていないだろう机が幾つも放置されている。椅子が見当たらない辺り、恐らくは運び入れの作業が中途半端なタイミングで放棄されたのだろう。

 

  その奥に、机の一つに体を屈めて隠れる女性。オークたちは彼女の位置を見失い、だが部屋にいることは確信し、銃を構えゆっくりと部屋へと踏み入っていく。最早逃げ道はない。虱潰しにして、その後は楽しみが待っていると信じて疑わない。

 

  仮にこの一団の誰かが、この部屋に違和感を感じられたならば、或いは逃げ出せた者もいたかも知れない。

 

  部屋に僅かにそよぐ風、そして花弁と香り。だが、風に気付く細心さは元よりなく、花弁を視界に入れても気にする冷静さもない。そして香りは自分たちの流した血の匂いによって嗅覚に届くことさえなく。

 

  何人かのオークが唐突に倒れこむ。倒れなかったオークも、漸く自分たちの体の異変に気付く。

 

  四肢に力が入らず、深い呼吸ができない。理屈は分からないが、自分たちが罠にかかったのだと言うことだけは理解できた。

 

  兎に角逃げなければならない。力の入らない身体ではあの女を弄ぶどころか、敵に襲われれば自分の身を守ることさえできない。

 

 

  「あら、もうお相手してくれないのかしら?」

 

 

  いつの間にか、身を隠していた金髪の対魔忍が姿を現していた。最早、隠れている必要はなくなったのだろう。手に持っている鞭も、今まで振っていたものではなく、まるで茨の蔦のような物になっている。これが本来の彼女の武器なのだろう。

 

 

  「手加減してお相手してあげてたら喜び勇んで追いかけてくれるなんて、ホント脳ミソの足りないおバカは楽ができて嫌いじゃないわ」

 

 

  そう言って金髪の対魔忍は茨の鞭を振う。その攻撃は、まだ動くことのできるオークのアキレス腱を狙い、茨の棘で腱を削ぎ取っていく。オークたちの野太い悲鳴に金髪の対魔忍は見下すような笑みを浮かべる。

 

  だがそんな言葉は彼らに届いていない。

 

  何にしてもこの場を生き残るのだ。生きていれば後はどうとでもなる。相手は一人。逃げようとしている仲間は数人。オークは打たれ強い。処理には時間が掛かるだろう。運悪く最初の一人に選ばれなければ、逃げられる目は充分ある、と。

 

  結論から言えば、そんな考えは甘い幻想に過ぎない。この場には、追い詰めたのではなく誘い込まれたのだ。ならば退路となる場所に、何もない筈があろうか。なんとか扉から這い出たオークたちの、目線の先に立っている人間の足。顔を挙げた先にはガスマスクを被った対魔忍たちの姿があった。

 

  各々の得物が振るわれ、オークたちは抵抗など出来ないままその命を刈り取られていった。

 

 

  「まるで毒ガスだな。効率的ではあるが、ぞっとしない」

 

 

  生きている敵がいないことを確認して、班の指揮官である男の対魔忍が呟いた。

 

 

  「そういう使い方が一番分かり易いのは否定しませんけど、それしかできない訳ではありませんよ」

 

 

  金髪の対魔忍は抗議というより軽口に近い口調でそう言う。

 

  彼女の忍術「花散る乱」は、木遁術に属する忍術で、植物を操る能力の一環で植物に含まれる成分の製造に優れている。今回は毒素の製造に使われたが、逆に治療に応用することもできる。使う側の発想によって性格の変わる術である。

 

  ともあれ、男はこの初陣の女対魔忍の慢心の見える態度に思うところがあった。とは言え、そうである理由を知っている彼としてはうまい諭し方も分からないため、口にすることもないが。

 

  懸念はさて置き、彼らの任務は概ね上手くいっている。彼らが敵を始末するほど、外郭の敵が手薄になり、突入組の侵入の難易度が下がるのだ。

 

 

  「それじゃあ、次を釣りに行きましょう。班長も、突入組の妹さんが心配でしょうしね?」

 

 

  「それがないとは言わないが、私情で動きはしない」

 

 

  彼、八津 九郎(やつ くろう)は、金髪の対魔忍と同じく今回初陣を迎える八津 紫の兄である。対魔の力を生まれ持っていなかったため、自衛軍のレンジャー部隊を経験したという稀有な経歴の持ち主である。訓練中の事故で視力を失った際に対魔の力に目覚め、軍を退役し対魔忍となった。

 

  彼とて対魔忍としては経験の浅い人間だが、任務の特性上連携の経験を積み辛い中、軍という連係プレーの重要視される所を経たという経歴を買われ班長任務に就いていた。

 

  九郎はマスクを外し、やや強面の素顔を晒す。両目を隠すサングラスのようなゴーグルが残っているため、完全な素顔でもないが。

 

 

  「俺のことはいい。とにかく次だ」

 

 

  「了解です。班長の妹さんが楽できるように頑張ります」

 

 

  目の見えない九郎だが、今の彼女の表情くらい見ずともわかる。得意になっているのが隠せていない笑顔だ。

 

  後に「花の静流」と呼ばれることになる高坂 静流(こうさか しずる)の初陣は順風なものとなった。

 

 

 

 

  カオス・アリーナへ直接侵入して攻撃を行う突撃組。その方法は班の編成や予定された侵入経路によって違う。

 

  十数個ある班の中で、取り分け派手に始まったのが虚の属する班であった。

 

 

  「それじゃ手筈通り、お願いね」

 

 

  班長である東雲 音亜の言葉に、虚は口の中に含んでいた兵糧丸を飲み込んで動き出す。

 

  鞄一杯に詰め込まれた手榴弾。カオス・アリーナとして使われている巨大地下街へと繋がるビルの一つ。そのエントランス前にバリケードを敷いている魔族の一団に向け、在庫処理かのような勢いでばらまかれていく。

 

  尚、前回の武器調達でスタングレネードが殆ど手に入らなかった代わりに多くの手榴弾が手に入ったが、置き場所に困りだしたので本人にとっては本当に在庫処理であったりする。

 

  さて置き、爆発物による分かり易い面制圧で敵の動きを阻害しその動きをコントロールすることができる。この攻撃も敵を打撃することではなく、敵の位置を誘導するためのものである。

 

  とは言え、虚にそこまで的確に集団の動きをコントロールするほどのスキルはない。にも拘らず、敵をうまく一か所に集めていっているのは、当然それを誘導している人間がいるからである。

 

 

  『次は右のバリケードの手前に落としてください』

 

 

  美濃部 エンジ、この班において最も爆発物に造詣の深い人物である。

 

  虚の使う装備の多くは米連の横流し品である。彼女の使う手榴弾も同様である。そして先の紛争で相対的に地位が下がったとは言え、腐っても世界最強の軍事組織で採用されている代物である。一定以上の本質と豊富な実践データを有する。エンジは正確にその性能を把握して、虚に指示を出し続ける。

 

  爆発に煽られ、何人かは破片で動けなくなっているが、多くは巧妙に一定のエリアに集められていく。

 

 

  『音亜さん、そろそろ……』

 

 

  『了解。じゃ、甲河さんは下がって。神村っさん、予定通りにね』

 

 

  エンジの意向が、班長である音亞を通して班員に通達される。虚はその場を離れようとし、付近の雑居ビルの一室に身を隠していた神村 舞華は窓からその身を晒す。

 

 

  「あいよ!吹っ飛びな!」

 

 

  肩に担いだ、バズーカ砲のような火砲を狭い範囲に集められた敵集団に向ける。

 

 

  「冥土バズーカ!ぶっ飛べ!」

 

 

  彼女の忍術、火遁「愚麗寧怒(グレネイド)」。凄まじくヤンキー臭漂うネーミングセンスと単純な爆発を起こすという火遁としては非常にスタンダードな術である。で、あるのに固有の名を与えられているのはその威力である。

 

  出力の制御が難しく、現在の舞華自身の制御ではどうやっても広範囲殲滅攻撃としかなり得ず、使い所が限られてしまう。そしてその威力を制御するために開発されたのが彼女の専用装備「冥土バズーカ(舞華命名)」である。

 

  実弾を装弾するなど、実弾兵器としての機能を持たず、純粋に舞華の火遁の出力、範囲、指向を操るだけの、完全な制御装置である。ために、技術的な価値はさて置き、他人には武器としての価値は皆無である。

 

  その冥土バズーカから発射されるバレーボール大の火球。それは敵陣の中央に着弾する。瞬間、強烈な衝撃とともにその体積からは想像もつかない巨大な火柱が上がる。火柱は敵を飲み込み、文字通りの火達磨ににしていく。

 

  この一撃によって、この場の敵はほぼ殲滅された。虚たちの班は突入の準備が整ったことになるのだが、

 

 

  「おい、時代遅れのスケバンモドキ。てめえわざとか」

 

 

  予定より強い威力で放たれた舞華の攻撃の余波により、吹っ飛ばされた虚は抗議の声を上げた。

 

 

  『ああ、悪いな。俺の愚麗寧怒は威力ありすぎてコントロール難しいんだわ。ま、忍術使えない奴には縁のない悩みか』

 

 

  「ああ、つまり専用に装備作ってもらったうえで扱いきれてないわけ。分不相応な力を持っちゃってかわいそうに」

 

 

  『ああん?喧嘩売ってんのか、こら!』

 

 

  舞華の嫌味に虚が皮肉で返し、二人は口喧嘩に突入しそうになる。

 

 

  『はいはい、作戦中に喧嘩しないの。舞華ちゃんも、そういうのは訓練中にやるものよ』

 

 

  『お、おう……』

 

 

  一応たしなめる音亜の言の、ついでのように発せられた一言に流石の舞華も頬を引き攣らせた。虚にもだが、通信の向こうで浮かべられているだろう薄ら笑いが容易に想像できた。

 

 

  『それじゃあ春馬君、先陣はお願いね』

 

 

  『承知した』

 

 

  そして露払いを終えた戦線に現れたのは寸鉄纏わぬ、下着に近い対魔忍スーツの姿の佐久 春馬。彼女の忍術は佐久の血筋に代々受け継がれる忍術、『対魔殻』。ここに合わせて形成される、対魔の力を固形化した完全密閉型の鎧を生み出し纏うものである。

 

  純粋な攻撃力と、装甲に留まらない各種攻撃に対する高い耐性。そしてそれらが術者の動きを阻害することは一切ない。高い格闘術の技量も受け継いできた佐久の家系にとって、これほど相性の良い術は他にあるまい。

 

 

  『対魔殻、夜叉髑髏!』

 

 

  先陣を切り、春馬は突貫する。彼女の後を追うように他の班員たちも駆ける。

 

 

  「覚悟完了、と強殖装甲、どっちだろうね」

 

 

  カオス・アリーナ、充分と言い難い状況で強行されたこの戦い。虎穴に他ならない。それでも虚は恐怖を抱くことができないでいた。

 

 

  「紅羽、あんた何もしてないんだからアレと一緒に突貫してきなよ」

 

 

  『無茶言わないでよ!死んじゃうって』

 

 

 

 

 






  後書き

  梅雨なのに雨が少なく、水不足が心配な今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?そうも、郭尭です。

  今回はだいぶ遅れて申し訳ありません。言い訳させてもらえば、自分のパソコンが壊れてしまい、新しいのを買うのに時間がかかってしまいました。

  さて、今回は主人公あんまり出番ありませんでしたが、次回から本格的に戦闘になります。あまり活躍を見せる機会が少ないキャラも出るでしょうが、できる限り出番は作る予定です。

  後、虚の性格で色々ご意見が出ていますが、ぶっちゃけ対魔忍のキャラで性格に難のないキャラがどれ程いるいるのか、と思って意図的にアレな部分を作っています。なので不愉快にさせたらやりすぎたかもですが、善人に見えない、素直に応援し辛い感じになっていれば意図した通りです。

  それでは今回はこの辺で。また次回お会いしましょう。


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第十一話

 

 

  対魔殻の効果は極論すると『なんか凄い鎧』を顕現させる能力である。体を隙なく覆う鋼鉄に勝る防御力、そして身体能力の補正もあり、攻撃力のみならず機動力まで増強する。果ては毒ガスなどにも耐性を持ち、必要に応じ酸性の液体を分泌し拘束するものを溶解する。最新のパワードスーツにも劣らぬ生存性を誇り、その上で、質量がほぼゼロというとんでもない代物である。

 

  そんなものを纏った達人が暴れまわればどうなるか。それはもう凄まじいものである。人間型の魔族をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、である。ぶっちゃけカオス・アリーナ侵入前の爆破戦法いらなかったのでは?と大部分が思う活躍っぷりである。

 

  尤も、実際の所はそんなことはない。対魔殻を纏い先陣を切る佐久 春馬が主に相手取っているのはオークの類ではなく、人間に近い外観の種族たちである。その手から放たれる炎や雷光。魔法と呼ばれる、対魔忍の扱うものとは異なる異能。

 

  一人一人が違う能力を発現させる、機能である対魔忍の忍術と異なり、魔法は体系化され、相応の適正と条件さえ整えば会得できる技能である。だが、そのどちらも結局のところ、どんなことができるか分かったものではない、という共通項がある。

 

  虚の手榴弾攻撃も、ここの魔法を扱える魔族では何かしらの対処を行われる可能性があるが、先ほどまでのオークにそんな心配はなかった。少なくとも班長である東雲 音亜はそう判断し、春馬を温存していた。

 

  そんな訳で敵の注目は春馬に集中し、虚たちは比較的余裕をもって立ち回ることができていた。

 

  攻めは順調。エントランスにいた敵は後退を始め、既にだいぶ押し込んでいる。虚も動きづらくなる手榴弾入りリュックを、爆発物の扱いに秀でた美濃部 エンジに押し付け、自身も敵の掃討を行っていく。

 

  やがて分が悪いと見たのか、敵は後退し始める。指揮を執っている者が優秀なのか、兵士の半数近くを切り捨てる形で地下街への入り口をシャッターで封鎖して逃げ切る。

 

  このシャッター自体は一般的な建物に使われるような、何の変哲もない代物であった。故に対魔殻を纏った春馬を止められる筈もなく、簡単に突き破られる。そこから足止めに降ろされたシャッターを破壊しながら、事前に用意していた完成予定図に沿って下っていく。

 

  そして地下四階に差し掛かった所で通路の雰囲気ががらりと変わる。内装が終わらないままに放置された地下街、ではなく割とSFチックな雰囲気のある通路になった。新しく追加で作られたエリアであるのは見て取れる。

 

  このエリアに入ってすぐに、通路が隔壁で閉じられていた。先のシャッターと違い、どれだけの厚さがあるのかはわからない。舞華の忍術の火力なら、或いは容易に隔壁を破壊できるかもしれないが、彼女の術は燃焼性の高い爆発である。ある程度制御が利くとは言え、壁抜きの類など行えば、立ち回るなら二人同時が限界であろう、狭い空間しかないこの通路では寧ろ味方が危ない。ために対魔殻という強固な装甲を纏った春馬が先行し、直接近づいて調べることになった。

 

  そして近づいたタイミングで壁や天井が展開して現れる複数の小型ターレット。機銃などを搭載したそれらはすぐさま春馬へと集中砲火を開始した。仮に銃撃だけなら、対魔殻という超常の鎧に守られた春馬はせいぜい衝撃で前進を阻まれる程度だっただろう。だがこの内にグレネードランチャーを搭載したターレットが混ざっていたため、榴弾の衝撃で春馬を後方に吹き飛ばした。

 

  さて、銃撃を避けるため通路の影まで後退した一同。このまま撤退という筈もなく、如何にして隔壁を突破するか。春馬は再度自身が突破を試みると提案した。先の攻撃で、何とかターレットの位置は把握した。突破は不可能ではない、と。

 

  が、それは音亞が却下した。如何に隔壁まで辿り着いたとしても、対魔殻の発揮しうる破壊力は、纏った者の身体能力に依存する。無事辿り着けても、事を解決できるかは怪しい。

 

 

  「虚ちゃん、出来る?」

 

 

  音亞は虚に向かって蟀谷を指差すジェスチャーを送る。虚のその位置には米連性の多目的ゴーグル。虚はゴーグルを被るとボタン操作、赤外線モードを起動し、通路を見やる。視界に移ったのはレーザーによるセンサー網。

 

 

  「行けます」

 

 

  見えさえすれば、彼女たちなら充分躱していける密度のものだった。対魔忍のルーツからくる方向性からこの手の装備を使う者は少数派であるが、大抵の対魔忍には対処できるレベルである。

 

  ただ、問題はセンサー網を突破してからである。一応隔壁の横にコントロールパネルはある。が、それが素直に使えるということはないだろう。ハッキングやらなんやらの非正規の手段を行う必要があるだろう。とは言え、虚にそのレベルの技能はない。辿り着いても無駄になる可能性があった。本来こういった事態にも対処するため、地上にはある程度の管制能力を持った指揮車を置きそこと連絡を取り合っているのだが、地下に入ってからは通信が繋がらなくなっている。

 

 

  「あ、それなら私も……」

 

 

  こういった方向の知識も有る美濃部 エンジがおずおずと名乗り出る。彼女の眼鏡は簡易センサーと、そこから分析された情報を表示するディスプレイの機能が搭載されている。それを虚の多目的ゴーグルと同期させ、エンジから必要な指示を送ることとなった。

 

 

  「あ、これ預かってろ」

 

 

  虚はいつも背負っている可変コンポジットボウを蘇我 紅羽に押し付ける。

 

 

  「ええ、なんで私が」

 

 

  「いいから持ってろ。何が起きてもなくすなよ」

 

 

  流石にこれからセンサーを躱しながらの動くのに、体積を増やす装備は極力減らしたい。取り敢えず、切り札を預けても変な細工をしなさそうな人間に押し付けることにした。

 

 

  「あら、だったら私が預かろうかしら?」

 

 

  若干嫌がる紅羽の様子に、音亞が自ら提案する。が、虚は班長でもある彼女を一瞥すると、やっぱり紅羽にボウを押し付けた。

 

 

  「班長さんにやらせるもんじゃないでしょう。こういうのは新人の仕事と相場も決まってますし」

 

 

  「あら、虚ちゃん意外と体育会系だった?」

 

 

  音亞のおどけるような物言いに、だが虚は曖昧な反応だけ返して先に向かう。見えてさえいれば、少なくとも対魔忍である彼女らにとって難しくない密度のレーザー。それをゆっくり確実に避けながら進んでいく。

 

  難なくコントロールパネルにたどり着いた虚はエンジの指示を受けて、パネルを弄り出す。ハッキング、という手段が取れれば格好もいいのだろうが、実際そんなことができる装備はない。デジタルな手段に早々に見切りをつけ、アナログな方法に切り替える。外装を釵でこじ開け、内部の配線の様子をマスクのカメラ経由でエンジに送る。そしてその指示通りに配線を切ったり差し替えたりする。

 

  最後に、切断した二本の配線をショートさせ、隔壁の機構を誤作動させる。火花と焦げ臭い匂いと共に、障壁のロックが外れたのが音で分かった。

 

  が、少しばかり問題も残った。ロックが外れ、隔壁が少しばかり上に昇った所で止まってしまった。もう一度配線を弄っても、ショートさせた際に完全にイカレたのか、今度は何の反応も起こさなかった。

 

  同時にセンサー類もダウンしたので他の班員たちを呼び寄せる。幸いなのはある程度持ち上がってから停止したこと。立って、しゃがんでは無理でも、這ってはいけるだろうと。

 

  「曽我、弓返して。ついでにあんた前に出て」

 

 

  とは言え自ら先が見え辛い場所に先陣を切る心算はなかった。鼻の利く紅羽なら坑道のカナリア役にならずに先導できるだろうと考えた。

 

 

  「ええ!?なんで私がっ……あ、鼻?」

 

 

  虚の言い方に、紅羽は反感を覚えたが、一応筋が通っていないこともない。そうでなくとも、彼女の方は虚に対し苦手意識が生まれてしまっている。中々逆らえないのだった。

 

 

 

 

  東雲 音亜にとって、今回の任務は単純な掃討作戦ではなかった。

 

  元来彼女は前線で戦うような任務に就く人間ではない。無論、それは彼女の実力が低いからではなく、その忍術の特性の問題である。

 

  対象の思考を読む、読心の術。その使い手である彼女は捕虜などからの情報収集の任が多い。相手に直接触れない限りは思考の表面しか読めないが、本職以外に先読みとして戦闘にも応用の利く術である。

 

  今回は班長を務めてこそいるが、対魔忍としては虚の後輩ですらある。

 

  にも拘らず虚が班長ではないのは適性だけではなく、政治の問題が多分に絡んでいる。

 

  現在対魔忍界隈で最も力を持っているのは伊賀であり、同程度の規模を持つ甲賀がふうまの反乱から始まる一連の混乱や、朧という裏切により大きく発言力がそがれている状況である。

 

  そんなパワーバランスが伊賀に傾いている現状、大昔の黴の生えた怨恨を今こそ晴らそうと考える者たちがいる。

 

  そんな者たちの策謀の一環として、音亞には虚の監視と、可能であれば処分が言い含められていた。

 

  伊賀の中でも特に勢いのある、井河の一派に属する彼女はこれを拒絶しなかった。元より後ろ暗い任務が主である彼女はこの手の謀略には拒絶反応はない。同時に、この手の物事に深入りしすぎては身を滅ぼすことも、よく知っている。だから彼女は一つ条件を付けた。彼女自身が虚に積極的に危害を下すことはしない。あくまで虚には敵の手にかかって死んでもらう。彼女が行うのは、そうなり易くなりそうな采配を執る、ということを。

 

  彼女の忍術は読心術、敵の行動を読み、危険を虚に知らせず、送り込めばいい。

 

  今の所、上層部が憂慮している裏切りの兆候は読み取れないが、それはそれ。裏切らなくても、虚が死ねば甲賀の再起が一歩遠のくのだから。もはや名分でしかない。単なる政治だ。それも血腥いものが関わる類の。

 

  おまけに、音亜自身、能力上後ろめたい物事にガッツリ関わってきている。今更抵抗など感じはしない。

 

  ただ、自分の保身を考えて、逃げ道は残してある。上からもあくまで「やれれば、やれ」という程度のニュアンスだった。ここで失点を作って甲賀との力関係を盛り返されては割に合わない、と。

 

  だから彼女は自らどうこうする心算はなく、わざと虚が危険に近づくような指揮をするに留め置くことにしている。だから、隔壁の向こうに近づいてきている悪意の存在を黙っていた。

 

  そんな彼女にとって、予想外だったのは紅羽の索敵範囲の広さと、

 

 

  「何か来るっ!甲河さん!」

 

 

  虚が実の姉に仕込まれた条件反射に近い防衛反応だった。紅羽の声に、気付かれたことを察したのか、障壁の向こうから重量のある生き物が着地した音が響く。そして隔壁の隙間から延びる、人間の頭など一握りで潰せてしまうだろう剛腕が伸びる。だが紅羽の声で気付いた虚には簡単に対応できる。虚は壁を蹴り隔壁と壁の角にはりつく。そして腰のホルスターから、二本ある釵の片方をぽいっと落とす。そして先端を下に落ちる釵の柄の部分を足の裏に踏むように飛び降りる。

 

  虚の全体重を乗せた釵は、剛腕の手の甲を貫く。隔壁の向こうで起こる、獣の叫び声。虚はそのまま後ろに飛び退き、味方の近くに移動する。

 

 

  「結構でか物みたいですね」

 

 

  「あれ吹き飛ばしちゃダメですか?今の内に」

 

 

  隔壁を無理矢理持ち上げ始めた両腕を見て、舞華は音亜に尋ねる。あの両腕のサイズで、本体が小さいということはないだろうと考えた。

 

 

  「やめろよ、こんな狭い場所で。あんたの火で窒息とか冗談じゃない」

 

 

  「あんでてめえが応えてんだよ」

 

 

  すかさず駄目出しした虚との間に不穏な空気が流れるが、隔壁から響く金属同士のこすれる不快な音に、二人ともすぐに切り替える。両の腕の力だけで無理矢理こじ開けられていく隔壁、その奥から姿を現す巨体。

 

  額から湾曲した一本角を生やした狼のような頭、ゴリラと四足の肉食獣の中間にある体躯。背筋から尾にかけて甲羅のような、鱗のようなものに覆われ、他の部分は濃い体毛。垂直に立ち上がれば三メートルに届きそうな巨体は、今まで相手してきたオークの集団とは比較にならないほどの存在感を漂わせている。

 

  そんな存在が牙を剝き出しにし、息を荒げて一同を睨みつけている。左の手の甲には、虚の釵が刺さったままになっている。

 

  獣の荒々しい殺意が、対魔忍たちに向けられる。

 

  班員たちが各々得物を構え、眼前の魔獣の動きに備える。そんな中、班長である音亜はこう言った。

 

 

  「虚ちゃん、足止めだけでいいから、この場お願いできる?」

 

 

  それに対し虚は数瞬逡巡し、

 

 

  「曽我を貸してもらえれば」

 

 

  取り敢えず巻き込んだ。

 

 

  「OK」

 

 

  即決だった。

 

 

 

 





  一気に冷え込んだ今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回、最後の方に出てきた敵は、ゲームやってた方は知ってるかもしれませんが、ソシャゲ版のレイドボスの一体、魔獣です。うまく伝わっていればいいですが。

  今回間が開いた理由は戦闘シーンの躓きです。

  他の部分はどうにかなるのに、戦闘シーンに限っては、何故か一度躓くと立て直しができない。数日かけて書いたのを消して、数日かけて書き直してまた消しての繰り返しで。待たせてしまっている立場であれですが、中々心折れそうな感じでした。こう、書いてるというよりホント作業してる感覚といいますか。

  申し訳ありませんが、まだ戦闘シーンが続くので更新速度は保証できません。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。


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第十二話

 

 

  ノマドを肇とした闇の勢力は、時に魔界の住人たちだけでなく、魔界の生物を戦力として扱うこともある。

 

  人の世とは違う環境に於いて、当然異なる進化を遂げてきたそれらは、常識外れの力を有するものも少なくない。加えて昨今は遺伝子工学などの先端技術で、改造もしくは生み出された生物兵器の報告も上がり始めている。

 

  眼前のデカブツがどれに属するのかは、虚は興味はないが、その能力を知らないのは若干の不安材料ではある。

 

  それでも、命令されればやらねばならないのが下っ端である。

 

 

  「曽我、私が前に出るから」

 

 

  他の班員たちより前に出て、虚は手元に一つだけ残っている釵を弄ぶ。その様を、眼前の魔獣によく見えるように。

 

  魔獣にも、彼女の武器が先ほど自分の手を貫いた物と同じ物だと理解するだけの知性はあったようで、その注意を完全に虚に注がれる。剥き出しの怒りが彼女に集中する。今この瞬間、魔獣の、他の班員への注意は薄れたということでもある。

 

  魔獣は上半身を地に伏せ、下半身の方が高い、四足獣が獲物に跳びかかろうという構えを見せた。だがすぐに攻めかかることはなく、その姿勢のまま牙を剥き、低く唸り威嚇する。

 

  存外高い知性の片鱗を見せる魔獣の様子に、虚は出来ればどれ程のものか見れた方がいいだろうと考えた。そして幸いと言っていいのか悪いのか、相手はそれを理解するだけの知性があった。

 

  虚は空いてる左手で棒手裏剣を魔獣の顔面めがけて投擲。捻りのない攻撃に、魔獣はそれを払い落とす。そして背を向け一目散。他の班員たちもそれに続き、その後ろを魔獣が追う。そしてターレットの銃撃を避けた丁字路に滑り込むように飛び込む。虚以外は反対側の通路に身を躱し、魔獣は虚だけに注意を向け、他はその隙に奥に向かう。

 

 

  「お前は残れよ、曽我」

 

 

  ちゃっかり班員たちに着いていこうとした紅羽に釘を刺し、結果的に前後で魔獣を挟み撃ちする形になる。

 

 

  「あ~、勿論。逃げようなんてしてないよ」

 

 

  バツの悪そうにそう言う紅羽。無論虚はそれを信じはしないが、言っても仕方がない。

 

 

  「私に殺されたくなければしっかりやりなさい」

 

 

  「イエス、マム」

 

 

  そも紅羽から見た虚がどうなのかはさておき、虚から見た紅羽は今回の班員の中で一番裏がなさそうだからに過ぎない。それでさえ数回話をしたことがある程度、消去法に近い。仮に一つだけポジティブな理由があるなら、それは一度だけとは言え虚が、この戦いの前に直接その動きを見たことがあるということか。

 

  兎も角、幸い他の目は離れた。

 

  只でさえ姉の一件で低い自分の評価。それを更に下げずに肉壁候補を残せただけ良しと考えた。

 

 

  「挟んで殺す、合わせろ!」

 

 

  「時間稼ぎでいいって言ったのに!?」

 

 

  重心を下げて駆け出す虚に、口答えしながらもしっかり行動は合わせる紅羽。突っ込んできた虚に四足獣のような動きで跳びかかる魔獣を虚がスライディングで躱すと、空振りした魔獣の背に向かって紅羽は苦無を放つ。しかしそれに対応して魔獣は尾をぶつけ、尾の背にある甲羅状の組織で弾き落す。

 

  振り返り、次は紅羽に跳びかかるために魔獣は身を屈めようとする。だがその動きに合わせて、スライディング中に釵でブレーキしてうまく魔獣の足元に留まっていた虚が逆立ちの要領でその顎を蹴り上げる。

 

  仰け反る魔獣から、蹴り上げた反動のままに距離をとる。

 

 

  「時間かけた方が多分死ぬ」

 

 

  「そんなに?」

 

 

  「そんなに」

 

 

  自分の横まで跳んできた虚の言葉に、紅羽はうんざりとした表情を見せる。少なくとも紅羽は虚を自分より上の実力者と認識している。彼女が言うのなら、簡単な相手ではないのだろう。

 

 

  「まあ、あんたは好きに動け。こっちでうまく合わせるから、無理に私に合わせる必要ない」

 

 

  そもそも虚と紅羽の間にちゃんとした連携を可能にするほど付き合いはない。ならばアサギや不知火といった明らかな格上と組み、相手に合わせることに慣れている虚がアドリブで合わせた方が現実的だと判断した。それでも前に出るのは虚の方であるが。

 

  虚は釵を逆手に、釵の間合いを隠すように持ち、いつものしゃがみ込むような姿勢をとる。

 

 

  「やって」

 

 

  紅羽に苦無を投擲させ、魔獣がそれを払ったのに合わせて跳びこむ。額の角の付け根を狙っての跳び蹴り。重い金属の靴底の齎す威力は、人の顎を粉砕するに十分な威力を有する。だが相手の魔獣はやはりよろめく程度にしか見えない。四足獣らしい、首の頑丈さも備えているようだ。

 

  これがアサギなどなら簡単に首を落とすくらいするのだろうな、と虚は若干の苛立ちを覚える。早めに殺さなければ、地力の差が出て不利になるのは確実なのだ。高いとは言え獣の域を出ない知能と数の差で互角に渡り合っているに過ぎない。

 

  自ら前に出て、紅羽による背後からの援護をこれまでの短い時間の観察だけで予測し、これに合わせて動き続ける虚。他人に合わせて戦うことは得意ではあった。何せ今までの戦いは、ほぼ全て味方という名の監視と共にあった。常に闇討ちの可能性の含まれる中で、僅かな間の観察と気配察知によって例え背後からであったとしても、ある程度の実力者までなら動きを予測して合わせることも十分に可能となっていた。紅羽の忍術への理解など完全に把握できているわけではないが、この場に限ればうまくやれている。

 

  とは言え、その上で互角なのだ。二人のどちらかの集中力が乱れれば、すぐにこの均衡は崩れる。となれば危険を冒してでも今すぐに仕留めに掛からねばなるまい。

 

 

  「曽我!目だ!」

 

 

  虚の指示に、紅羽は魔獣の目に向けて苦無を投擲する。それまでそうであり続けたように、当然の如くそれは魔獣が翳した腕に防がれる。だが、魔獣の動きもまた、何度も繰り返してきた捻りのないもの。その手の位置によって作られる死角の範囲を、虚は把握していた。

 

  低い姿勢で駆け寄り、首周りの毛を引っ掴みながら、乗っかるように背に回る。そして籠手の手首の小さな穴に差し込んでいた、反対の手の人差し指を引き抜く。

 

  指の先から生えているかのように繋がっている極細の糸。それを一連の動きの中で魔獣の首に引っ掛けていた。そして魔獣の項にあたる部分を踏みつけ体を仰け反らせながら糸を引く。

 

  瞬間、魔獣の首から吹き出る大量の血。典田の作品である、虚の籠手には高い剛性と切断性を持つ糸を出すギミックが施されているのだ。対魔忍に於いて戦闘ではなく武具作成に秀でた一族の手によって、魔界の蜘蛛型妖魔の糸を参考に開発された、蛋白性の液体。空気に触れることで固体化し、籠手からの出口の細さの糸となる。

 

  まるでアメコミ蜘蛛男みたいだと虚は思ったが、実態はそこまで便利なものではない。固体化後は粘着性がないので拘束や移動道具としての機能はなく、液体状態では逆に高すぎる粘着性で目標に射出という訳にもいかない。そして何より空気との接触による劣化が凄まじく、実用的な強度を維持できるのが僅か十秒にも満たないためトラップにも使えない。

 

  それでも人間の体を骨ごと切断できる代物である。隠し手の切り札としては価値がある。だから今回も魔獣の首を刎ね飛ばす心算の攻撃だった。だがその攻撃は魔獣の首の骨で止まる。

 

 

  「ちっ!?」

 

 

  そのため痛みにもがく魔獣の動きに虚はバランスを崩す。更に魔獣の血によるものか、想定より早く虚の糸が劣化して千切れ、その背から振り落とされる。これまでの戦いで疲労が蓄積されてきた彼女は、体勢を立て直すのが一瞬遅れてしまった。

 

  食道と気道を切り裂かれた魔獣が痛みと苦しさに悶え、やみくもに体を捩り狂う。その無軌道な動きはで振るわれた腕は偶然にも振り落とされた虚を壁に叩きつける格好になった。

 

  肺の中身を無理矢理吐き出される。咄嗟に右腕を体と魔獣の間に差し込んで直撃は防いだが、それでも魔獣の膂力は凄まじく。

 

 

  「甲河さん!」

 

 

  叩きつけられたままに倒れ込んで動かない虚に、紅羽はすぐさま駆け寄って抱きかかえて魔獣から距離をとる。

 

  魔獣の方にそれを追撃する余裕はない。通常の動物なら確実にその首が胴体と泣き別れする筈の傷である。彼女たちにとって幸いなことは、対峙した魔獣の体の造りが尋常の生物の範疇にあったことである。結果として致命傷を受けた魔獣は、されどその強靭な生命力によってすぐさま死ぬこともできず、斬られた激痛と呼吸を断たれた苦しみにのたうち回る。お陰で彼女たちが追撃を受けることもなく、この場を離れる余裕ができた。

 

 

  「このまま上に戻る。胸の骨を痛めたっぽい」

 

 

  呼吸の度に鈍い痛みが走る胸を押さえ、虚は紅羽に告げる。少なくとも今の虚は戦力として心許ない。まだ先の魔獣と同等の敵が潜んでいる可能性を考えると、虚はこの場に留まりたくはなかった。 

 

 

  「う~ん、しょうがないかな」

 

 

  班のメンバーと合流しないことに対する不安もあったが、それでも紅羽は虚に同意した。虚に肩を貸し、来た道を戻ろうとする。未熟な自分では負傷した人間を連れて上手くやる自信はなかった。一旦地上に戻って管制から指示を貰いたかった。

 

  虚は呼吸を可能な限りゆっくりとすることで痛みを鎮める。鼻の利く紅羽が先導するが、すぐに二人の足が止まることになる。

 

 

  「怪獣大決戦かよ……」

 

 

  増設エリアを抜け、本来の地下街エリアに戻ってきた二人の目の前に現れた光景。

 

  怪力無双の対魔忍、大戦斧を振り回す八津 紫。両手に盾を構え、弾丸のように暴れまわる顔の上半分を覆う覆面の蛇神族の女。

 

  漸くたどり着いた広間で二人は縦横無尽に暴れまわり、周囲の壁や柱をも粉砕していっている。

 

 

  「ここ通っていくの?」

 

 

  紅羽の問い。

 

  幸い、紫もその相手をしている蛇神族、セラステスも二人の存在には気付いていない。

 

 

  「無理、死にそう。っつか死ぬ」

 

 

  その破壊の嵐の内を通り抜けようなどという気が起きるほど、虚は無謀ではなかった。

 

  仕方ない、と巻き込まれる前に別ルートを探そうか、それとも奥に隠れて怪獣大決戦が終了するまでやり過ごすか。少し悩んでいた所、二人は無理にでも元の通路の奥に逃げ戻ることになった。

 

 

  「ぶっ飛べ対魔忍!」

 

 

  セラステスが両手の盾を合わせて一つにする。戦闘機に描かれるようなノーズペイントを連想させる顔のような絵図が現れる。そして五メートルはあろう長大な蛇の下半身をくねらせ、砲弾のように紫へと突撃する。

 

  それを紫は戦斧で受け止めるが、セラステスの大質量を止めきれず、フロアの支柱の一本を粉砕する。

 

 

  「こっち飛んできた!?」

 

 

  そうして砕かれた柱が巨大な瓦礫となって、通路に飛び込んできた。

 

 

  「あんクソバカ力!」

 

 

  脱兎の如く通路の奥に逃げる二人。瓦礫は通路の入り口の大半を埋め、隙間こそあるがそれは人が通れる程のものではなかった。

 

  取り敢えず、怪我をせずに済んだことに安堵する紅羽。エントランスから帰るという方法は物理的に潰れてしまったので、班員たちと合流しようと虚へと顔を向ける。彼女は背負っていた可変弓を展開していた。

 

 

  「ちょっ、何を!?」

 

 

  鏃の部分を爆弾に換装した矢を番え、瓦礫の僅かな隙間を狙って放つ。矢は瓦礫の向こう側に消えていき、すぐに爆発音が響いた。

 

  瓦礫の向こうで響く二人分の叫び声。

 

 

  「私は八津紫に火力支援したんだ。そうだろ?」

 

 

  「……そっすね」

 

 

  虚の攻撃が確実に紫を巻き添えにする心算で放たれたのは紅羽にも明らかだったが、敢えてそれを口にすることもなかった。どうせ、彼女の忍術もあって死にはしないことは明らかだったので、虚の苛立ちが飛び火してくる可能性は避けたかったのだ。

 

  ついでに言えば紅羽自身危険に晒された怒りというのは勿論あったが。

 

 

 

 

 

  対魔忍による襲撃に対し、誰もが反撃に出ているわけではない。それはその者たちが惰弱であったり、臆病だったりということとは違う。無論そういう者たちもいるが、そもそもカオスアリーナには非戦闘員も多くいる。

 

 

  「そっちの資料はいい!それより向こうの臨床データを急げ!そんなこと言わなくても分かれよ!重要度の違いも判断できないなんて何のための脳みそだ!」

 

 

  カオスアリーナに設置された個人ラボの一つ。その主であり、撤収作業の指揮を執っている男もそういった非戦闘員である。

 

  ノマドに於いて、狂気の魔科医として悪名高いフェルストの高弟として高い地位にある。

 

  魔界由来の、医療や人体改造などを扱う技術者を総じて魔科医と呼ぶ。この男、桐生(きりゅう) 佐馬斗(さまと)も天才と評するに相応しい技量と才覚を持っているが、傲慢且つ短気な人格もあって身内に敵が多い。

 

  そんな彼だが、部下は割と有能な人材がそろっていた。佐馬斗の人望、などでは全くなく、ノマド内でエリートとして出世が早く、吸える甘い蜜が多いからである。

 

  持てるだけの荷物を部下たちに持たせ、佐馬斗たちは部屋を後にする。向かう先はより地下に。一部の幹部のみに知らされている脱出路へと。

 

  荷物運びを除き、武装した護衛が先行して通路の安全を確認する。幹部の護衛を任されるだけあり、比較的優秀な者たちで編成された護衛たちは油断なく四方に注意を向ける。

 

  訓練された兵士たちは四方を警戒し、佐馬斗を護送する。だがそれを無駄にする事態。

 

  先導する数人の警戒の埒外、突如崩れ落ちる天井。

 

  落ちてくる瓦礫と、その原因となった超質量の蹂躙によって、その能力を発揮する機会さえなく押しつぶされた兵士たち。

 

  砲弾のような衝撃、次いで暴風のような質量の暴走。金属の盾と十メートル近い大蛇の体躯。それは周りの壁などを破壊しながら駆け去っていく。

 

 

  「おい!なに勝手に死んでんだよ!お前たちの仕事は俺を脱出させることだろ!?無責任だろ、役立たずども!」

 

 

  轢き潰された部下たちを悲しむでもなく、役割をこなす前にこの世から退場したことに対して、ヒステリックに喚き散らす佐馬斗。自身を中心に世界が回っている彼に、他者に対する労りや憐憫は微塵もない。

 

  そんな彼の前に、先の怪物が作った天井の穴から落ちてくる人影が一つ。巨大な戦斧を持った、長髪の対魔忍。体のあちこちに傷を作り、痛みで表情を歪めている。だが、その傷はすぐさま復元され、スーツにだけ傷が残る。

 

  傷が消えた対魔忍は、佐馬斗たちに気が付き、立ち上がり彼らと相対する。

 

  佐馬斗は目を奪われた。目の前の女の美しさとその生命力に。

 

  この日、桐生 佐馬斗は運命と出会った。

 

 

 

 

  ……なんてことになってたりするんかな、今頃。まあ、そうだとしてもすぐに首チョンパされるんだけどな、あの白衣。

 

 

  「ん?なんか言いました?」

 

 

  前を歩かせている曽我が振り返る。

 

 

  「別に、それより索敵はしっかりやれよ」

 

 

  早く同じ班の、それがだめでもせめて誰かしら味方と合流しないと。打ったあばらや腕だけでなく、気付かないうちにぶつけたのか左目がひどくズキズキする。

 

  ああ、早く帰りたい。

 

  そのために、私は曽我の後ろをついていく。このカオス・アリーナの地下をより深くに。

 

 

 

  後書き

 

  台風の影響で大分温度が下がってきた今日この頃、皆様お久しぶりです。どうも、郭尭です。

 

  長らくお待たせして申し訳ありませんでした。魔獣との戦闘シーンで行き詰まり、その後新しい就職先に慣れるまで時間も取れず、そのまま文に触れる機会が減っていったわけで。

 

  兎も角、今後も少しづつ書き続けていこうと思います。それではまた次回、お会いしましょう。

 

 



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第十三話

 

  東京キングダムに於けるノマドの一大拠点、カオス・アリーナ。そこは広大な地下施設を利用した多用途構造物である。

 

  科学や魔術、錬金術などの高度な研究施設、違法薬物の製造工場、VIPのための高級宿泊施設。そして何よりもその名の由来となっている現代のコロッセオ、カオス・アリーナである。

 

  カオス・アリーナで戦う闘士たち。彼ら、彼女らのアリーナに所属する理由も千差万別であり、同様に実力もピンキリである。見世物としてカオス・アリーナの収入の一画を担う部署ではあるが、その闘士の殆どがノマドにとっては替えの利く消耗品に過ぎない。わざわざ戦力を投入して彼ら、彼女らを逃がすのに労力を割こうという考えはない。

 

  とは言え、闘士たちを無為に対魔忍たちにくれてやるのも面白くない。ノマドにとって警戒するほどの情報など与えていないので囮として放出されることになった。

 

  カオス・アリーナを包囲している対魔忍たちに見つかり易いルートから逃がされた、という名目で囮にされた面々の中には彼女の姿もあった。

 

  カオス・アリーナに於いて三本の指に数えられる女闘士、パワーレディのリングネームで知られる実力者。

 

  コスチュームの際どいデザインの白いレオタードではなく、逃げ出せた後人混みに混じり込むための女性物カジュアルスーツを身に着けている。そんな彼女は、カオス・アリーナからの抜け道の一つから出た地下街で対魔忍に遭遇した。

 

  カオス・アリーナの闘士は一種のショー・レスラーと言えなくもない。ただ、そう呼ぶには戦いの後の出来事のせいで憚られるものがあるが。なので、闘士たちも必死で戦い、パワーレディはその中を生き残ってきた。その実力は決して伊達ではない。

 

  地下街の閉店した飲食店まで逃げ込んだパワーレディはカウンターの物陰に隠れながら次の行動を考えていた。

 

  相手は人外の力を持つ対魔忍、カオス・アリーナに於いて魔族にも勝ったことのある彼女にとっても勝機の薄い相手。共に脱出してきた闘士たちは既にばらけて逃げ、生きているのかもわからない。

 

  パワーレディは拳を握る。近づいて来る対魔忍は殺す。自信があるわけでも、そうしたいわけでもない。そうせざるを得ないのだ。少なくとも彼女に今近くにいる対魔忍をうまくやり過ごせるとは思えなかったのだ。

 

  彼女を追う対魔忍の足音は非常に小さい。下手をすれば自分の息の音にさえかき消されそうなほどに。だが、それでもそれを聞き逃さないのは、対魔忍の初陣故の未熟さという幸運に因るところが大きい。そしてその幸運を活かせるくらいには、彼女も実力者であった。

 

  カウンターのすぐ裏まで近づいて来た対魔忍に対し低空ドロップキック。薄いベニヤ板を突き破り、相手の膝を狙う。

 

  対魔忍の分かり易い脅威の一つが、対魔粒子による底上げされた身体能力である。それを封じる最も手っ取り早い方法、それが関節などの人体破壊である。膝を痛めれば、ほぼあらゆる動きを制限できると言っても過言ではないだろう。

 

  素早く立ち上がったパワーレディはカウンターを飛び越え、彼女の一撃で片膝をついた対魔忍へフライングエルボーを繰り出す。わずか数瞬しかない目視時間で正確に相手の蟀谷を打ち抜く。

 

  アリーナで見せる戦闘スタイルから誤解され易いが、彼女は分かり易く頭の悪いパワーファイターなどではない。パワーを活かし、見栄えのする戦いをブックなしで熟すには、相応の技量がなければできるものではない。

 

 

  「貴さっ……!?」

 

 

  「ちょっと黙ってろ」

 

 

  よろめいた相手を素早くチョークスリーパーに捕らえる。それも試合などで使う気道を締めて苦しめるためのではなく、すぐに意識を奪うための首の両側を通る動脈を締めるタイプのそれである。

 

  脳への血液供給を断たれた対魔忍は意識を朦朧とさせる。ここで完全に意識を失わない辺りこの対魔忍の驚くべき部分なのかもしれないが、それでもこの場では救いとはならなかった。まともに体を動かせない状態で必要な抵抗などできる筈もなく、そのまま首を捩じり折られる。

 

  かつて井河アサギはパワーレディの攻撃を「驚くほど遅い」と評した。だがそれはあくまで最高位の対魔忍であり、且つ「速さ」に秀でたアサギだからこそのものでもあった。一般的な対魔忍相手なら、作戦と工夫で何とか対抗し得る力が彼女にはあると、パワーレディは証明したのだ。

 

  ただ速やかに殺す事だけを目的とした一連の攻撃は、見事に相手の反撃を許さず、一方的に無力化することに成功した。

 

  とは言え、それは奇襲に成功したからのもので実力によるものではない。それを見誤るほどの余裕は彼女にはない。嘗て最強の対魔忍、井河 アサギを一方的に嬲った過去を持つが、それが甲河 朧の忍術あってのものだと、彼女も理解できているのだ。

 

  ともかく、今殺した対魔忍は他にも仲間がいた。それが戻ってくる前に逃げ出さないといけない。そう思い、足音を押さえながらフロアから出ようとし、壁を砕いて現れた対魔忍と対峙することになる。

 

  薄茶色の髪を後ろで纏め上げ、前髪は片方に寄せている。眼鏡の下には知的さと厳格さを感じさせる容貌。豊満な体躯とはち切れそうな太腿。パワーレディの手に掛かった対魔忍の班長として参戦していた対魔忍、三好 桔梗(みよし ききょう)と言った。

 

  桔梗はパワーレディの背後で斃れている部下の死体に、一瞬だけ目を伏せる。敵の掃討のため班を分けたが、ツーマンセルを徹底するようにも言い含めていた。つまりパワーレディの手に掛かった対魔忍はそれを破った結果である。

 

  殺された部下の仇を執ることを優先するか、それとも部下と組んでいた筈のもう一人を探すか。だが、その判断がつく前に、パワーレディが動いた。

 

  近くにあった椅子の背を掴んで、桔梗に叩きつけようとする。それは勝機を見つけたからではなく、純粋に他の選択肢がなかったからに過ぎない。

 

  桔梗の忍術は異能系、鬼神脚。脚力の強化というシンプルなものだが、その威力は凄まじい。先の壁破壊に加え、空中で空気を蹴って軌道修正さえして見せる。そんな脚力は移動に使えないと考える筈もなく。逃げるのは現実的ではないと、咄嗟の一撃だった。

 

  桔梗はそれを蹴りで迎撃する。その一撃はただ椅子を破壊するだけでなく、強力な衝撃波を発生させ、咄嗟に椅子を放して伏せたパワーレディの後方の壁に亀裂を入れる。直撃していれば、人間の頭くらいは確実に粉砕していただろう。

 

  桔梗の蹴りをやり過ごしたパワーレディだが、事態はよくない。一瞬の隙を突いた攻撃を撃ち落とされた結果、桔梗の思考は完全に敵の排除に定まった。

 

  振るわれる蹴撃。パワーレディはそれを砲弾でも避けるかのように大きく身を屈める。実勢桔梗の蹴りから放たれる衝撃波は一般人にとって砲弾と大差ない。

 

 

  「畜生、本当に人間かよっ」

 

 

  さらに椅子を引っ掴み、投げつける。これも相手に届く前に撃ち落される。戦闘能力では圧倒的に桔梗の方が優位にあった。だが、彼女にも余裕があるわけではない。早くもう一人の部下を探して来なければならない。そこに焦りがあったのだろう。この場に入り込んだ三人目に気が付けなかった。

 

  砲撃のような攻撃が続き、やがて周りを豪快に破壊しながら、少しづつパワーレディを捉えていく。そしてとうとうパワーレディの頭を、桔梗の蹴りが捕らえようとしたその時だった。

 

 

  「ハイ、そこまで。そういういじめみたいなの、感心しないわ」

 

 

  パワーレディの代わりにその一撃を受け止めた浅黄色の髪の女。いつの間にこれ程近づかれたのか、桔梗は戦慄する他なかった。桔梗の鬼神脚に依って強化された脚力は、例え魔族であっても純粋な防御力だけで耐え得る者は多くない。それを目の前の女はいとも簡単に片手で受け止められたばかりでなく、桔梗は掴まれた足を動かす事すら出来ずにいる。

 

 

  「あんたは……」

 

 

  パワーレディを救った女は、彼女にとってよく知っている顔だった。カオス・アリーナの絶対王者、不敗の女王、スネークレディの名で知られる女闘士。パワーレディからすれば苛立たしいことではあるが、彼女の実力はパワーレディの遥か上の実力者である。とは言えそれがこれ程のものだったとは想像の埒外ではあったが。

 

 

  「この娘の言ってた先生って貴女のことかしら」

 

 

  スネークレディのリングネームを冠する蛇神族の女、カリヤ。リングコスチュームではなく、豊満な体のラインを魅せつけるかのようなドレスを纏った彼女の、もう片方の手に持つもの。人の石造の頭だけもぎ取ったような物。

 

  桔梗は気付いた。その石の首級が今回部下として連れてきた彼女の生徒のものであると。

 

 

  「貴様、それは!?」

 

 

  「ん?ああ、さっきまで遊んであげてたんだけどすぐに終わっちゃって。貴女はもっと永く遊んでくれるかしら?」

 

 

  カリヤは情欲と嗜虐に頬を歪ませ、小さく舌なめずりをした。

 

 

 

 

  味方との合流に向かったのは、あくまで脱出の成功率を上げるためのもの。例え誰かと合流できたとしても、相手が任務を続行、つまり戦闘を継続するなら私は別行動を試みる心算だった。

 

  蹴散らされたオークや魔族の死体を辿って班と合流し、入ってきたルートが物理的に潰れたことを伝え、他の脱出路を探すことを提言した。敵の殲滅が任務だとは言え、退路の確保は重要だし。

 

  ただ、この提言は却下され、敵の殲滅が優先された。こっちが退路の探索に時間を使えば、その隙に逃げ出す敵も増えていくという理由で。まあ、道理がないでもないが、メリットデメリットの帳尻があっているとは思えない。

 

  仕方ないので次に戦闘でわざと逸れ、一人で逃げ道を探そう。肉盾がいなくなるが、そこは仕方がない。いい加減左目の痛みも奥に進むほどに強くなり、無視できなくなってきたし。

 

  そう思っていたんだけど、出会った相手が悪すぎた訳で。

 

 

  「弱いな対魔忍。その程度の力でブラック様の御身に傷の一つも付けられると思ったのか」

 

 

  紳士然とした姿の、灰色の髪の男。ノマドの頂点にして最強の吸血鬼、エドウィン・ブラック。そしてそいつを守るように仁王立ちしている緋色の髪と褐色の肌の妖艶な魔族の美女、イングリッド。

 

  いや、ホント何でいるのかな。ブラックの足元に置いてあるケース、人の頭くらい入りそうな感じだから、或いはうちの姉の一部でも入ってるかもだけど。

 

  この遭遇戦、対魔忍六人掛かりでイングリッド無双です。開始2分と経たずに班長、変身ヒーロー、曽我の三人しか残っていない。

 

  基本パラが低い私や、火力特化のスケバン、工作向けの眼鏡はしょっぱなダウンして、私以外気絶している。今やりあってる三人だって割と一方的に押されてる、っつうか変身ヒーローやってる佐久が積極的に盾になってギリギリ保てているようなもの。多分そろそろ終わる。

 

  倒れたまま、薄目で戦況を確認する。体の痛みが若干引いた。なんとか体を起こそうとする。左目が痛い。お陰で体の痛みに鈍くいられる。いや、体の痛みから意識が逸れるほどに左目が痛いのか。思考も鈍っているのか?

 

  何とか片膝を突きながらも、上体を起こす。それに気が付いたのかイングリッドがこちらに目線を向ける。

 

  『掴める』

 

  何を『掴める』のか、分からない。どうやって『掴める』のか、分からない。ただ、確信だけがあった。今この瞬間、私は『掴める』んだと。

 

  その確信も一瞬だけ。完全に立ち上がれていない私は脅威ではないと思われたのか、すぐに視線を外し他の三人との戦いに集中する。同時に、『掴める』という感覚も消える。

 

  やがて佐久の対魔殼の守りが突破される。重火器程度ならほぼ無力化できる防御力も、イングリッドの魔剣を抑え込むことはできなかったか。そこから均衡はすぐにも崩れだした。

 

  探索系の曽我と、忍術を見せる様子のない班長(名前忘れた)。追い詰められても見せる様子がないということは直接的な攻撃系能力ではないのだろうが、ともかくこの二人が相次いで倒される。呼吸は一応途切れていないので死んではいないが。

 

  最後に佐久がダメージのせいか、対魔殼を維持できなくなり、殴り合いの間合いから、剣の柄で殴り倒される。彼女も気を失った様子なので、気が付いているのは私だけということになってしまった。

 

  左目が痛い。何とか立ち上がる。イングリッドの目線が私に注がれる。超然とした様子で薄く笑みを浮かべているエドウィン・ブラックの目線も私に向けられているが参戦してくる様子はないから一先ず置いておく。

 

 

  「ほう、立ち上がるか。だが、貴様一人では私に勝つどころか、逃げることも叶わんぞ。潔く死を受け入れるがいい」

 

 

  イングリッドが私に剣を向ける。

 

  目が合う。

 

  今なら

 

 

 

  『掴める』

 

 

 

  私は

 

 

 

  『掴んだ』

 

 

 

  この日以降、私の左目が光を映すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

  エドウィン・ブラックの命で、イングリッドは共に、いけ好かない朧の遺体を回収したその帰り、遭遇した対魔忍の一団。

 

  ブラックの手前、手早くカタを付けようと彼女は弱い順に敵を薙ぎ払っていく。眼鏡の棒使い、いけ好かない朧に近い何かを感じる小娘、赤髪の威勢だけはいい奴の三人は、ほぼ一撃で沈めていく。

 

  他の三人は少し手間取ったが、これも数分で終わらせる。このまま止めを刺そうとした時、そのうち一人が立ち上がった。

 

  立ち上がったのは何処か朧を彷彿とさせる、この場では最年少だろう対魔忍。

 

 

  「ほう、立ち上がるか。だが、貴様一人では私に勝つどころか、逃げることも叶わんぞ。潔く死を受け入れるがいい」

 

 

  逃げる様子を見せない対魔忍に剣を向け、イングリッドは口上を告げる。対して対魔忍はただ視線を向けるだけ、武器を構えすらしていない。

 

  イングリッドは魔剣を構える。瞬間、胸の奥に何かが刺さったような感触がした。そして同時に対魔忍がその体を覆うように黒い、滲み出るように現れた黒い『色』とでも形容すべき何かに覆われていく。

 

  何かしらの忍術か、と察したイングリッドは、先の戦いで相手がそれを使用しなかった理由を敢えて思考から外して斬りかかる。忍術が効力を発揮する前に斬り伏せるために。

 

  だが、イングリッドの、黒い『色』に覆われ尽くした敵に向けて放たれた斬撃は、『色』を突き破って現れた剣によって切り払われた。

 

 

  「なんだと!?」

 

 

  イングリッドは驚愕する。なぜなら彼女の斬撃を払った剣は、間違いなく彼女が手に握っている炎の魔剣、ダークフレイムに他ならない。そして空間に溶けていくように消えていく『色』の向こうから現れたのはまるで鏡写しの如き、もう一人のイングリッドの姿だった。

 

 

  「ほう、これは……」

 

 

  ただの姿真似ではないと察したエドウィン・ブラックは興味深そうに呟いた。

 

 

 




  大分涼しくなって来た今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は序盤のパワーレディ関連が難産でした。シリーズ通して恐らく最大規模の作戦なので、並行した別戦闘が書ける機会が他にあまりなさそうなのでやり続けてるんですが、皆違いを出そうとすると結構難しくなりますね。

  今回ようやく出せた虚の忍法の詳しい内容はまた次回。やってることは御屋形様に似てますが、ちゃんと朧の妹だと納得いただけると思います。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。



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第十四話

 

 

 

  響き渡る剣の音。世に無二である筈の炎の魔剣がその身を削りあう、在り得ない現実。そして目の前でそれを振るうのは、自分の現身とさえ呼べるほどの似姿。

 

  その容貌も、その体格も、その声さえも。何より永年の研鑽の末に身に着けた太刀筋でさえ、完全に模倣されていた。

 

  ならば、とイングリッドは魔剣ダークフレイムの機能を起動、黒い炎が沸き上がる。それに合わせるように、虚の変化したイングリッドも同様に手に持つ魔剣から黒炎を生み出す。

 

  双方の魔剣から放たれる炎の斬撃。炎は混ざり合い、爆発を起こし、衝撃で二人の距離が開く。

 

 

  「貴様、その力はなんだ!」

 

 

  ドッペルゲンガーの能力なら、実力の向上には限度がある。動きを一目で覚えられる者も存在するが、その場合何処か動きが『軽い』のだ。

 

  だが、目の前の『もう一人の自分』の剣技には間違いなく、数多の鍛錬と実戦でしか培えない『重み』がある。

 

 

  「何を驚く。『私』は『イングリッド』なのだ。これくらいは出来て当然だろう」

 

 

  「馬鹿な!偽物風情が何を言う!」

 

 

  二人のイングリッドは同時に駆け出し、再び互いの魔剣が交差する。数合のぶつかり合い、そして鍔迫り合いになる。

 

 

  「偽物は少し違う。『今の私』は間違いなく『イングリッド』だ。この姿も、この魔剣も、技も心も何もかも!」

 

 

  虚の変化したイングリッドは本物のイングリッドを突き離す。

 

 

  「お前が自分の心の中だけに留めていることとて例外ではない。やれ、あの部下が不真面目だとか、やれ、ダークフレイムの名前実は少しダサいと思っていることも……」

 

 

  焦りの表情を浮かべる本物と対照的に泰然とした態度の虚イングリッド。その頬を仄かに赤らめ、どこか陶酔したものに変える。

 

 

  「この胸の内に燃えるブラック様への恋ご「うわあああああああ!?黙れ貴様ああああああ!!」

 

 

  ウツグリッドが口にしてはいけない言葉を口にしようとしたのでイングリッドは全力で斬りかかる。だが動揺して乱れた太刀筋でどうにかできるほどイングリッド自身の剣技は温くない。身体能力、武具の性能、それらを操る戦闘技能。全てが完全に同じ二人の戦いにそれは致命的な隙となる。

 

  振り下ろされる一撃を横に逸らし、その喉元に剣を突きだす。それをイングリッドは咄嗟に身を捻って、魔剣の柄でウツグリッドの魔剣の軌道を逸らす。

 

  二人のイングリッド、意外にも優位に立っているのは虚の変化したイングリッドだった。姿のみならぬ現身に対する動揺は大きかったということだろう。

 

  だが、イングリッドも伊達に歴戦の戦士ではなく、徐々に均衡を取り戻していく。それでも、最初に動揺していた頃の消耗もあり、イングリッドの表情に余裕はない。

 

  だが、それは誰にとっての幸運か、或いは不幸か。それまでの戦いは、甚くこの場にいる唯一の男の興味を引いてしまった。

 

  パチ、パチ、とゆっくりとした拍手の音。

 

 

  「面白い力だ。相手の姿や能力に留まらず、その経験や知識も模倣しているのかな?」

 

 

  イングリッドとウツグリッドの斬り合いから、取り敢えずそこまでは推測できる。であれば、彼は期待した。楽しめるのではないか。

 

  強すぎる力を持ってしまったが故の、無聊。それを埋めてくれるかも知れない者。井河アサギが或いは何時しかと思っていたが、まさか今を期待できる存在が現れるとは。思わぬ幸運にブラックは期待を隠せなかった。

 

 

  「その術は私も模倣できるのかな?」

 

 

  「ブラック様のお望みならば」

 

 

  ウツグリッドは仰々しくブラックに礼をし、あてつけがましくイングリッドに視線を向ける。あたかも自身こそがブラックに仕えている騎士だとでもいうかのように。イングリッドは忌々しげにそれを見ながら、しぶしぶ剣を収める。

 

 

  「それは素晴らしい。是非お願いしたい」

 

 

  自身の言葉に頷くウツグリッドの様子を横目に、ブラックは傍(側)まで下がってきたイングリッドに小声で何かを耳打ちする。イングリッドは頭を下げるとブラックから二歩ほど下がった位置に、剣を握ったまま待機する。

 

 

 

  実感だった。今生で足りなかったもの。例えそれが他人のものであっても。

 

  イングリッドの姿が解けていくのを理解できる。『掴んで』いたのを『手放した』から。

 

  霧散していく記憶と感情。愛しいという想いが急速に冷めていく。借りてきた記憶は空白になっていく。『私』は私へと回帰する。してしまう。

 

  そしてエドウィン・ブラックと目を合わせる。右目からの光学情報、そして左目に映る魂魄の姿。形も大きさも揺蕩い続けるそれだけしか映らない世界が私の左目に宿っていた。

 

  そして私はブラックの『揺らぎ』を『掴む』。それを『引っ張って』きて『私』の『揺らぎ』の上に『纏う』のだ。

 

  自分の魂の表面を相手の魂の一部で覆い隠し、『私』が一歩引いた場所に沈む。目線の高さが変わる。経験したことのない過去を脳裏に浮かび上がる。他人の感情が『私』には有り得ない実感を伴って芽生える。

 

  エドウィン・ブラックの寂寥感。それが愉快でたまらない。イングリッドの時の秘めたる恋心と同じ。それがポジティブであろうとネガティブだろうと、確かな実感を伴って感じられる。

 

  私はエドウィン・ブラックという『私』へと変化するのだ。

 

 

  「ほう、自分と対峙するとなると、不思議な感覚だな」

 

 

  「ああ、その感覚は私も分かる。今は私も君なのでな」

 

 

  彼が感じているだろう期待は、今は私が感じているものでもあるのだから。

 

  生死を懸けた戦いをこそ求める吸血鬼の王。同等の力を有する存在はいない訳ではない。だが、誰も彼の前に敵として対峙しようとはしなかった。

 

  死霊の王、淫魔の王、ブラックと同等の力を持つと言われる者たちもいる。だが何れとも相対する機会には恵まれていない。最も身近にいるカリヤは一応味方である。故にこの戦いは非常に心躍らせているのだ。『二人とも』。

 

 

  「では、始めようか、本物」

 

 

  口火を切ったのは私だ。自身の周囲に複数の黒い球体型の空間が現れる。ブラックの重力を操る力による攻撃。『私』が見たことさえない力。だが、『ついさっき熟知した』力。

 

  ブラックも同様に黒い空間を発生させる。私の作りだしたのと同じ数だけ。

 

  双方の作りだした重力弾は完全に相殺される。威力は互角、私は再度重力弾を発射、その後ろに続くように駆け出す。ブラックが重力弾を相殺したのとほぼ同時に私の徒手の間合いに辿り着く。吸血鬼の身体能力に任せた拳。私自身では断じて発揮できない怪力。

 

  ブラックは、同等の一撃を以ってこれを迎撃。だが、意外なことに本物のブラックの拳が一方的に破壊される。すぐさま傷が再生を始めているとは言え、拳の骨が砕け、皮膚を突き破り露出している。

 

 

  「驚いたな、この姿でも対魔の力が活きているとは」

 

 

  私は自身の拳を見やりながら口にした。目覚めたばかりの忍術、私自身、能力を完全に把握しきれていない。

 

  一方で本物のブラックもしげしげと壊された自身の拳を握る。再生が遅いようだ。対魔の力は魔族の生命力を侵す力である。自身の力に更にそれを上乗せされた一撃は、ブラックにとって初めての一方的なダメージである筈だ。

 

 

  「ああ、素晴らしいな。初めての経験だよ、只の一撃とは言え、一方的に押し負けるなど」

 

 

  吸血鬼という種族は基本的に怪力ではあるが、魔族の中では比類する者がいない訳ではない。だがそれは通常の吸血鬼なら、である。ブラックの場合は純粋な膂力でも私たちが少し前に相手取った魔獣を引き裂くことも容易である。

 

  膂力だけならばブラックを超える敵ともまみえた経験はあるが、その場合の多くは重力弾で圧倒できてしまうでくの坊が殆ど。その身に触れるに至れた者など片手で数えられてしまう。

 

 

  「では、続けようか、本物よ。君の感じていた感情も、今抱いているモノも、今は私のものでもある。存分に楽しもう」

 

 

  自身の忍術の把握という実利もあるが、私の言葉に嘘はない。私の魂の表層に他人の魂の一部を引っ張り、シーツを被るように覆い、結果物質である肉体と精神を変容させる。

 

  空蝉の術、魂纏心(こんてんしん)。この戦いの後、私がそう名付けた忍術。今この瞬間に限ってではあるが、間違いなくエドウィン・ブラックを理解しているのは私に他ならない。

 

  故に、次の攻撃はブラックの方からというのも、読めてはいた。だが、それを敢えて受ける。あばらを奔る激痛。思わず片膝を突く。すぐには立ち上がれない。迫る危機が楽しい。

 

  だが追撃はなかった。不思議に思い、ブラックに目を向ければ、私同様本物も片膝を突いて、私と同じ個所を押さえていた。

 

 

  「……殴った私の方にも同じダメージとは、これも君の忍術の能力かな?」

 

 

  ゆっくりと立ち上がるブラック。吸血鬼の再生能力故か、既に引き始めた痛みを無視して私も立ち上がる。

 

 

  「成程、相手の魂の一部を纏ってのこの姿。繋がっているのならこちらの身に起きたことはそちらにも降りかかる、ということだろうか」

 

 

  本物あっての現身?であり、本物の魂の一部を纏うのが魂纏心である。そして纏っている魂は本体と繋がりを保ったまま。謂わば本物の皮膚と肉が偽物の体を覆っているようなもの。自分の魂を傷付ければ、只で済む道理はない。それが肉体的なダメージとして現れる理屈までは分かっていないが、兎に角そういう能力だということだと。

 

  自身と完全に同等の地力、経験、能力。そして対魔の力による優位性。挙句に与えたダメージが丸々返ってくるという理不尽。

 

  エドウィン・ブラックの脳裏には敗北の二文字が過っているのだろう。楽しそうに口元を釣り上げているのだから。

 

  だが、この戦いに彼の敗北はない。『私』にとっても、彼にとっても、残念なことに。ああ、私にとっては喜ばしいことではあるのだが。

 

 

 

  吸血鬼の王同士の戦いの決着は僅か数分であった。

 

  片や肩で息をしながら片膝を付き、片や仰向けに倒れている。どちらも満身創痍には違いないが、倒れている方の傷は目に見える速度で癒えていく。だがすぐその姿は黒い色が溶けていくように消えていき、少女のものに変わっていく。

 

  その様子を視界に収めるブラックの表情はどこか満足気なものだが、その眼には僅かばかりの口惜しさが見て取れた。

 

 

  「楽しいひと時だった。これで終わるのが惜しいと思うくらいだよ」

 

 

  ブラックの位置からは、虚の表情は前髪に隠れてよく見えない。見える口元も、何時もどおり、感情を見せずに荒い呼吸を繰り返すだけである。

 

  相手と全く同じ戦闘能力、対魔の力による魔族特効、そしてダメージの共有。これ程の優位がありながら、虚はブラックに敗れた。

 

  ブラックに変化したことで気付いたことであるが、虚の忍術は対魔の力を消費していき、その量は相手によって変わる。まだ、その対象が二人だけという現状、その減り具合がどういう法則があるのかは虚には分からないが。

 

  兎も角、今の彼女に戦う力など残されていない。

 

 

  「終わりね、すっぱり殺してもらえるってこと?」

 

 

  「残念ではあるがね」

 

 

  短い時間ではあったが、確かな享楽を得ることができたことには、ブラックは本気で感謝していた。もし虚に逃げるための一手を残されていたら、次を楽しむために見逃してやろうかとも考えるほどに。

 

 

  「そうか、だったら急いでくれ。今死ねれば、それで私の勝ちが完成する」

 

 

  「ほう、それはどういう意味かな?」

 

 

  他者が聞けば負け惜しみとしてもお粗末な言葉。だが、その言葉はブラックの興味を引いた。

 

 

  「覚えてねえよ、あんたの感性なんて。アンタだった私がそう感じた。理由が知りたけりゃ自問でもしてろ。ただそうだってことだけが、まだ私の中で消え切っていないだけだ」

 

 

  目を瞑る虚にはもはや抵抗の意志さえない。他人の、借り物のものであるとはいえ、転生してから初めて感じた充実感。これが消えぬ内に死んでこの世界から退場できるなら、これ以上ない終わり方だと感じていた。

 

  一方でブラックも虚の言葉の意味を、それまで自身が感じていたものを照らし合わせて理解する。確かにこのまま彼女を殺しては、彼女の勝ち逃げとなる。

 

  ならば、次の楽しみに生かしておくのも一興か。

 

 

  「イングリッド、先に荷物を持って戻っておいて欲しい。私は少しここに残る。知人も来ているようなのでな」

 

 

  その言葉に、思うところのあったイングリッドは少し顔を顰めたが、それを口に出すことはなく、朧の頭部が入ったケースを持ちその場を離れる。時折壁などにぶつけているのは多分わざとだろう。

 

  ブラックは湧き出る笑いを堪えきれない様子で、小さく笑った。

 

  彼女の気持ちには、彼も気付いている。答える心算は微塵もなく、その想いが反転してくれれば、面白くなりそうだとすら考えている。そう思う程度には、イングリッドの力を認めているのだ。

 

  そのイングリッド以上に認めている人間、アサギ。そしてアサギに出会う以前は最も好敵手として期待していた相手。嘗て捉えて見せた時、抜け殻と化した身体だけを残して、如何なる手段かノマドの手から逃れて見せた女。今は妖魔をその身に宿らせ、記憶を受け継がせた現身を用いている。

 

 

  「久しぶりだな、良ければ君に頼みたいことがあるのだが」

 

 

  「……貴方に何かを頼まれるような間柄だったかしら」

 

 

  ブラックの背後から現れた、一人の女。対魔忍らしいぴったりとしたスーツを身に纏い、顔の上半分を覆うマスクを被った紫の髪の女。

 

 

  「そう言えばそうだったかな?では仕方ない。どれ、私自ら彼女らを外まで運んでやろう」

 

 

  どこか楽しそうに宣いながら、ブラックは虚を抱えようと彼女に近づいていく。そして手を伸ばしたところで仮面の女はブラックを追い抜き、虚を抱き上げる。

 

 

  「そうか、そうか。では、彼女たちは君に任せよう」

 

 

  ブラックは仮面の女から距離を取るように後退する。そして通路の陰に溶けるように姿を消し、残ったのは虚を抱えた女と、気を失ったままの対魔忍たちだけだった。

 

 

  「全員をここに置いてくんじゃないわよ……」

 

 

  仮面の女は消えていったブラックに対し、忌々し気に呟くと、取り敢えず人手を増やすために怪我の少ない順に背を蹴って気付けをしていった。

 

  甲河 虚。本人の意に反し、今回も無事生還。

 

 

 





  花粉が舞い始めた今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  今回も戦闘シーンで躓きました。あっさりした描写なのに時間をかけ過ぎました。また、どうしようもない構成上のミス、というか最後に出てきた人に対する伏線を出しておくべきでした。やはり急なシナリオ変更はミスが出やすいですね。

  出した理由?RPGXの方でガチャで最初に来たRもSRもこの人だったんですよ。これはもう出さないといけないような気がして……

  次回は多分RPGX版(エロがあるとは言ってない)をやってから本編の予定です。

  あと主人公の忍術の詳細はそのうち機会を設けて解説入れる予定です。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



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RPG編短編

 

  彼女の朝は冷蔵庫で冷やされた炭酸飲料で始まる。強炭酸の刺激で無理矢理意識を覚醒させ、そして前日の残り物のカレーを朝にガッツリ腹に入れる。そして高校の教科書の仕舞ってあるカバンを手に借り家のアパートから出る。

 

  関東某所にある五車町。長閑な田園風景さえ存在する、日本の古き良き田舎を連想させる小さな町である。尤も年頃の少年少女には娯楽の少ない、極めて退屈な場所でもある。

 

  その町内に存在する五車学園。その閑散とした街には似合わない、山一つを含む広大な敷地を持った、鉄筋コンクリートの豪華なキャンバスを持った、表向きは一条校。

 

  その実態は政府の特務機関である対魔忍の育成機関である。その生徒である甲河 虚は学生では比較的少ない、実際に任務を任されるレベルの対魔忍である。そして学校に到着した虚は教室に寄りもせず、校舎の屋上のベンチに寝そべる。

 

  校舎やグランドから流れてくる生徒たちに由来する、いつも通りの喧騒に、虚はいつも通り鬱陶し気に深く息を吐く。

 

  甲賀忍者が最大派閥甲河の分家筆頭にして、甲河家頭領代行である彼女に取って通常授業の時間は専ら昼寝に費やされている。

 

 

 

  五車学園に於いて不良と言ったら、多くの人間はまずある三人組を思い浮かべるだろう。通称制服着ない三人衆。

 

  厳密にはそれぞれ五車学園に通う以前の制服を頑なに着続けている三人である。

 

  中学の頃からのセーラー服の上にフード付きパーカーの甲河 虚。改造スケ番黒セーラーの神村 舞華、可愛いからという理由だけで他校のブレザーを煽情的に着こなす千賀崎 リリコの三人である。

 

  そしてこの三人、世の不良のイメージ通り勉学には不真面目であり、一時間目の開始チャイムが鳴る頃には、大体屋上に揃うのである。昼食時には多少人数も増えるが、基本的にこの三人は学内でセットみたいに認識されている。

 

  とは言え、三人の仲が良いのかと問われれば、なんとも言えない。

 

  まず、虚からして二人に自分から声を掛けることは滅多にない。舞華は過去に故有って虚の実力を評価しているが、性格的に衝突も多い。そんな二人をリリコが家猫のように人懐こさと奔放さで取り持ったり、振り回したりして纏めている形となっている。

 

  そんな三人はいつも通り、対魔忍関連以外の全ての授業をぶっちする。虚はベンチで昼寝し、舞華は早弁し、リリコは虚の膝に俯せてファッション誌を捲る。

 

  そしてグランドでぼちぼち部活動の声が響き始めたころ、学園の内外に潜んでいた悪意が動き出した。

 

  真っ先に気付いたのは、最も実戦経験の豊富な虚であった。空気が変わったことに反応して目を覚ました虚は思考するより先に反射で膝上のリリコを突き落とし、カバンから愛用しているギミック付きの籠手とブーツを身に着け始める。

 

  その行動に驚き、訝しみながらも周囲に気を向ける。

 

  授業態度は兎も角、実力は折り紙付きのメンツである。舞華とリリコもすぐさま学園内外からの不穏な気配に気付く。

 

  リリコもカバンから得物の短刀二振りを取り出す。

 

 

  「なあ、こういう時お前らずるくね?」

 

 

  「私だって弓とか持ってきてないぞ」

 

 

  普段の武器が大物過ぎて携帯できない舞華は不満げに二人を目線を送る。

 

 

  「てめえはあの剣も有るだろうがよ」

 

 

  「……痛いから使いたくねえんだよアイツ」

 

 

  そして動き出す悪意。学園の内外から響く爆音と悲鳴。次いで戦闘音と怒号。敵は外だけでなく、内側にも潜まされていたと。とは言え、学園に向けられた悪意に気付いた時から、内部に何らかの工作がされているのは想定出来ていた。問題はこの襲撃の中、何を目的とするかだった。

 

  状況を見極めるために敢えて屋上で待機していた三人。彼女らの前に最初に現れたのは、実戦用の忍び装束に身を包んだ者たちだった。

 

  この状況でフル装備ってことは十中八九敵であると彼女たちは判断したが、政治的な立ち位置的に、どんなことも上げ足取りされかねないこともあり、虚は慎重に対処しようとする。

 

 

  「我らはふうま正義派!政府の犬へと成り下が「ありがと、死ね」……ッ!?」

 

 

  ご丁寧に名乗りを上げる相手に対し、敵であると明白になった時点で、口上の途中で棒手裏剣の投擲でその喉を突き刺す。敵はふうまの一派。目の前のは敵。この二点が確定したなら取り敢えず行動は出来る。

 

 

  「なっ!?貴様、卑怯な真似を!」

 

 

  「一人生かしときゃいい。後は殺していいから」

 

 

  喚きたてる敵を無視し、他の二人にそう告げる。

 

 

  「ハイハーイ、了解でーす」

 

 

  「お前が仕切ってんじゃねえよ!」

 

 

  それぞれ異なる反応を見せながら武器を構えるリリコと舞華。万全ではないとはいえ、二人とも対魔忍全体から見て、既にかなり上位の実力者である。数のハンデが加わったとしても、寧ろ優位にあるのは彼女らの方だ。

 

  甲河と同じく甲賀に連なる血筋であり、邪眼と呼ばれる忍術に目覚めやすいというのが(あくまで相対的に、ではあるが)特徴の血族であるふうま。諸々有って、その前当主が日本政府の下に着いた対魔忍という体制そのものへ反旗を翻したのが数年前の事。その反乱が鎮圧されて終わったが、以来対魔忍内での彼らの地位は非常に低いものであり、虚から見ればわざと不満を溜めさせて暴発させる謀略なのではと思うほどであった。

 

  故に彼女に取って今回の騒動、ふうまが爆発したというのなら、一応は納得できるものだった。

 

  対魔忍内部に於いて、政治的優位に立っている伊賀勢力の増長(アサギも頭を抱えてはいる)。脳無し(虚は敢えて能無しとも目抜けとも呼ばない)頭領のやる気のない振舞い。爆発自体は虚でも時間の問題だと思ってはいた。

 

  だが、完全に彼女の想定外であったのはわざわざふうまが学園を襲撃対象に選んだことであった。長い目で見れば次代の育成機関である五車学園襲撃は対魔忍にとって確かな痛手となるだろう。だが、今を担う者たちはほぼ無傷で残る。

 

  明確に敵対したふうまに、次代を担う者たちを奪われた各派閥がどういった行動に出るか。上層部の欲の皮の突っ張った老人共は、同時に政治の化け物共である。数的に決して多い訳ではないふうまを、権力闘争の余力で殲滅することとて決して不可能ではない。

 

  故に彼らは自分たちの生存のためにまずその老人共を真っ先に皆殺しにして対魔忍の意思決定機関を麻痺させるべきである筈だと、虚は考えている。

 

  ではこの学園襲撃そのものが陽動で本命は別か、とも考えるが、果たしてふうまにそれだけの数があるのか。

 

  屋上に現れた敵を殲滅し終えた虚は手摺りから周囲を見回しながら思考を回転させる。その様子をリリコは退屈そうに眺め、仲間を助けに行きたい舞華は苛立たし気に待っている。

 

  考える労力を惜しむリリコと、頭の悪さを自覚してはいる舞華。何だかんだで虚の判断には一定の信頼を置いている。舞華は口に出して認めることはないだろうが。

 

  だが、現在の最良を判断するには情報が足りない。敵はふうま。それはいい。状況証拠に過ぎないがやるかも知れない立場に追いやられているのは事実である。では誰がふうまなのか。有名処ならば虚でも多少は顔を知っている。だが下忍など末端まではそうはいかない。乱戦にでもなれば本当に手が付けられなくなる。

 

  そこまで考えていた虚の視界に見知った顔を見つける。

 

  彼女らのいる校舎とは違う棟の一階廊下を駆ける三人。そのうち一人は、確実に殺していい相手だと彼女は判断した。

 

 

  「ここは任せた、私ちょっと行くから」

 

 

  そういうと返事も聞かず、彼女は屋上の手摺から跳び下りる。そして校舎の壁に足をつけてブーツのギミックを発動、余波で壁を破壊しながら弾丸のような勢いでその三人組が入っていった部屋へと跳んで行った。

 

  五車学園最高責任者にして対魔忍最強の使い手、井河アサギのいる校長室に。

 

  校長室のドアを廊下の窓ガラスごと蹴り抜きその勢いのままダイナミック入室。折れ曲がり弾け飛んだドアはそのまま校長席の後ろの窓を突き破っていった。もしアサギが座っていたら顔面があるであろう位置を通り過ぎて。尤も、仮にそこに人が座っていても、アサギだったら傷一つなくやり過ごすだろう。故に虚は状況把握に視線を奔らせる。他の人が座っていた場合どうなるか微塵も考えずに。

 

  部屋には虚を除いて五人。校長席の横に紫の対魔忍スーツの長髪美女、学園の校長でもある最強の対魔忍、井河アサギ。アサギと対峙する、顔の右半分を仮面らしき物で覆っている赤髪の男。その後ろに右目を閉じた優男と連れらしい二人。そして結果として出口を塞ぐ形で虚である。

 

  他の面々に心当たりがほぼない虚であったが、今守るべき対象(必要とは言ってない)であり上司でもあるアサギともう一人。

 

  ふうまの現当主、同じふうまにすら目抜けなどと蔑まされてきた少年。ふうま小太郎。虚と近い立ち位置にありながら、徹底的に違うスタンスで生きてきた、彼女に取って気に食わないクソガキである。

 

 

  「反逆者共に告ぐ、降服して極刑になるか、抵抗して殺されるくらいは選ばせてやる。さあ、決めろ」

 

 

  アサギがいるこの場で、自分の出る幕があるかは別として、取り敢えず虚は偉い人への点数稼ぎを始めるのだった。

 

 

 

 

  一応の事態の収束。反乱の首魁であった二車 骸佐の逃亡、自営軍から出向してきていた保険医に化けていた禿げた魔族の暗躍。

 

  まあ、禿げで魔科医な魔族は、『揺らぎ』は覚えた。生きている生き物を体の外に纏うくらいしなければ、どんなに姿形を変えたところで意味はない。相手はノマドの大物らしいので収穫ではある。

 

  まあ、それはいい。過ぎたこと、取り敢えずは置いておく。

 

 

  「私はこれにして~、舞華ちゃんはこれで~、あっ、蛇子ちゃんはこれでいい?」

 

 

  ふうまの三人組を自分家に入れなけりゃならんとは。

 

 

  「……で、ふうまちゃんはこれでいいk「ふうまの脳無しにくれてやる物は何もない。てめぇもいい加減、人の冷蔵庫の中身を勝手に高い順に出すのやめろ、マジで」

 

 

  自室で取り敢えず送られてきた書類の選別だけ終えて、リビングに出てリリコが勝手に東京から送らせたケーキたちが配られるのを、特にふうまの分を止める。

 

  リリコが周りに配ったやつ、最後にふうまに回した一番安いイチゴのショートケーキですらソースのついた七百円超える奴だぞ。この場に出てるのだけで四千超えるんだからな?

 

  私は冷蔵庫から自分の分の飲み物を用意してリリコの隣に座る。

 

  これでリビングの机には六人。私、リリコ、舞華。対面にふうま、相州、上原。

 

  相州は元からふうまの派閥だったから、彼女が味方にいるのは分かるが、上原は井河だったと思ったが。

 

 

  「取り敢えず、話をしようか、ふうまの脳無しご当主」

 

 

  非常に不本意なことながら、私と「脳無し」とは同僚関係とされてしまったのだから。

 

 

 

 

  甲賀忍者にとって、甲河 虚は中々に有名人だったりする。対魔忍に所属する甲賀忍者の名目上の纏め役。多くの甲賀忍者を取り纏める立場である甲河家の分家であり、その中でもう一つの甲河を名乗ることを許された家系。

 

  その分家甲河に於ける彼女の肩書は次期頭領後見代理という長く裏の事情が透けて見えるもの。

 

  ノマドとの戦いで甲河の里が滅び、ノマドに対する姿勢の違いで生き残っていた甲河当主が米連側に出奔。そしてその後見人の立場であった虚の姉が、甲河傘下の有力戦力の多くを率いてその元に馳せ参じに行ってしまったのは、俺の親父のふうま弾正(だんじょう)がやらかした後の事だった。

 

  ふうまが割れ、次いで甲河が割れ、甲賀の対魔忍内での勢力は大きく衰え、今の伊賀の名門、アサギ先生率いる井河一派の一強時代になった。

 

  一勢力への集権は意思決定の高速化も期待できるから一概に否定もできないけど、今の状況は甲賀勢以外にも不満が蓄積されている。

 

  それはさて置き、彼女も俺と同じで名ばかりの指導者だと思っていた。だが、さっきまでの短い時間だったけど、自室で何か書類仕事をしていたみたいだし、アサギ先生と甲河とのパイプ役を果たしているらしい。

 

  魔眼に目覚めやすいふうまの当主の血筋でありながら、未だ開眼しない俺のことを「目抜け」と罵るけど、彼女は俺を「能無し」と呼ぶ。明らかに嫌われている俺が蛇子たちと彼女の家にいるのは、骸佐の反乱が関わっている。

 

  今回の一件で俺と蛇子、鹿之助でアサギ先生直属の独立遊撃部隊を創り、俺はその隊長として指名された。

 

  そしてその場に居合わせ、アサギ先生に反対意見を口にしたのが彼女、甲河虚だった。それに蛇子が噛みついたが、

 

 

  「二車骸佐を中心とした、ふうまの一部の謀反による被害は甚大であると予想されます。これに対し相応の罰もなく、実績のない人間に地位と戦力を与えるのは他の反発は必至、暴走する者も出かねないかと」

 

 

  被害を受けた側に立っての言葉で蛇子も黙り込むしかなかった。ただその罰の内容が処刑一択だったから、また噛みついてたが。

 

  兎も角、処刑云々は置いといて曲がりなりにも甲賀の一派閥の旗頭の言葉、俺たちと同じ年の学生でもあるが、アサギ先生でもまるっきり無視はできないようで。そうして出てきた妥協案が、

 

 

  「じゃあ、虚さんがお目付け役として遊撃部隊に参加すればいいわ」

 

 

  その一言で虚と、彼女といつも一緒にいる不良組も加わって、機動遊撃部隊はまずは六人からのスタートとなった。

 

  そしてリリコ発案で虚の家で親睦会となったわけで。リリコが勝手に冷蔵庫から取り出した高そうなケーキで皆で舌鼓を打って(俺の分だけ没収されたけど)、これならやって行けそうだと思って、

 

 

  「いいか、脳無し。今回のことを償う気があるなら早めに死ね。その方が対魔忍全体にとっての利益だ。任務中の殉職ということなら、残ったふうま閥の評判も多少は持ち直すように働きかけることも出来るから」

 

 

  不気味なほどに感情を映さない表情に、背筋が寒くなる。怒りも殺気も感じられず、だけど殺意だけは確かにあって。横で鹿之助が「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。

 

 

  「悪いけど、そういう訳にはいかない」

 

 

  今回の反乱は、俺の浅慮も大きな要因になっている。俺が当主としての責務を果たしていれば、今回みたいなことにはならなかった筈だから。

 

 

  「俺はふうまの当主として、骸佐たちを止めなきゃいけないんだ」

 

 

  アサギ先生に言われたように、逃げ続けていた責務を果たすんだ。

 

  けれど、俺の答えは彼女の望んだものではなかったのだろう。表情こそ動かなかったけど、露骨に舌を鳴らされた。

 

 

 

 

  ふうまの連中とバカ二人が帰った後、食器を片付けながら考えた。

 

  どうしてこうなった。

 

  反乱を起こした一派の、未然に防げなかった脳無し当主へ新しく作られた役職が与えられた。おかしい。

 

  それに反対したら目付け役として責任の一部をおっ被せられる立場にされた。おかしい。

 

  ああ、推測は付く。アサギが何を狙っているのか。私とふうまの脳無しをとおして甲河とふうまを接近させ、連立野党的な感じにして井河に対抗、以て井河一派の襟を正させ、対魔忍の運営の健全化を促したい、と。

 

  うん、そうね。確かにそれが成れば理想的だろう。だがアサギは分かっているのだろうか?まだ最終的な報告は上がってきていないが、ふうま造反組の被害はうちら甲河も受けている。死者重傷者が出てないって奇跡があればまだしも、やらかした連中と仲良くしろと、私が取り纏めろということだよな。

 

  そして何より、周りがアサギと同じ認識を持つのか。

 

  二度目になる反乱を起こしたふうまと、当主込みで大量離反やらかしたことのある甲河だぜ?

 

  多分、こう解釈して動く連中が絶対出る。

 

 

 

  『井河アサギが厄介者たちを一纏めにした、つまりはそう言うことだ』と。

 

 

 

  あったま痛えわぁ。

 

 

 





 感染症のせいで外出もままならない今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

 色々と家のことでゴタゴタがありまして、随分長い間作品を放置してしまい、作品を楽しんで下さった皆様には実に申し訳ありません。ですが更新がないにも関わらず、感想を送ってくださる方もいて、再び筆を執る心持になりまして、まずは書きかけで止まっていた短編を完成させました。

  ブランクもあり以前ほどのクオリティが維持できているかは分かりませんが、これからも色々と書いていこうと思います。またご感想頂ければ幸いです。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



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