痛快! 男達の幻想郷 (豊之丞)
しおりを挟む

妖怪なんて食っても美味くない

主人公は、またぎです。


「ふぅ…、今日の収穫はこれだけか」

 

猟銃を肩に担ぎ、仕留めた獲物を引きずりながら呟く男。

 

男の名は、近藤祐助。

幻想郷の人里に住む人間である。

 

「まあ、これだけデカけりゃあ、そこそこ金にはなるだろう」

 

仕留めた獲物というのは、猪の事であった。 しかも、それなりに大物である。

 

「日が暮れる前に帰るか、せっかくの獲物を妖怪に横取りされちゃ、敵わんからな」

 

独り言を呟きながら歩く男。

 

鬱蒼として森を、来た道を戻る。

自分の足音と、鳥の鳴き声が時々する以外は、とても静かであった。

 

しかし、不意に足を止める。

 

「……噂をすればか……」

 

「ガルルルル……」

 

男の目の前に現れたのは、熊とも狼とも言えない、巨大な妖怪であった。

見た目は大きいが、まだ下級妖怪であり、本能でしか動かない妖怪であった。

 

「おい…、こいつは俺が仕留めた獲物だ、横取りは厳禁だぞ?」

 

男は警告するが、その妖怪は徐々に近付いてくる。

 

「それとも…、狙いは…俺か?」

 

「グォォォォ!!」

 

突然、妖怪が雄叫びを上げて突進してきた。

 

「やっぱりか…」

 

獲物を置いた男が、素早く避ける。

 

「ガァァァァ!」

 

執拗に襲い掛かる妖怪。

 

「どうした、遅いぞ?本気で来い!」

 

男は、正確にその攻撃を手慣れた様にかわす。

 

『ブォン!』

 

「おっと!?」

 

妖怪から繰り出される、素早い爪の攻撃をかわすも、僅かに服を切り裂かれた。

 

「よぅし、燃えて来たぜ!」

 

男は不敵に笑い、構え直す。

 

妖怪と少し距離を取ると、懐のポケットから札を取り出す。

 

「これを食らいな!」

 

数枚の札を妖怪目掛けて投げる。

 

『ズドーンッ!』

 

「ギャァォォォ!」

 

札が妖怪に命中した瞬間、爆発を起こし悲鳴をあげた。

 

「まだまだぁ!」

 

男が取り出したのは、収縮が出来る金属の棒。

外の世界で言えば、警戒棒である。

 

それを構えた瞬間、男は一気に妖怪との間合いを詰め攻撃を畳み掛ける。

 

「お前は、食っても不味そうだからな、食用にしようなんて端っから考えちゃいねぇぜ!」

 

爆発で仰け反っていた妖怪に、その一撃を加える。

 

「悪」

 

銅に一突き

 

「鬼」

 

腕に一撃

 

『バギィ!』

 

「ギャォォォ!」

 

妖怪の腕の骨が折れる音が響く。

 

「退」

 

両手で振りかぶり、棒で妖怪の足を払う。

 

「散!」

 

足を払われ倒れた妖怪の脳天を警戒棒が貫いた。

 

「ガォァァァ……!!」

 

血飛沫と同時に、妖怪は断末魔の叫びを上げ、動かなくなった。

 

「封印!」

 

動かなくなった妖怪に、数枚の札を貼り付けた。

 

「ふう…、一丁上がりっと…」

 

それを確認した男は、戦闘体勢を解いた。

 

「悪く思うなよ、こっちもそんな簡単には殺されたくないんでね。無闇に襲ったお前が悪いんだぜ…」

 

物言わぬ妖怪に、男はそう言った。

 

「さてと、余計な時間を食っちまった…、早く帰ろう」

 

男は、再び獲物を持ち、歩き出した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「おお、村長!お帰りなさい!」

 

「村長は止めろよ…」

 

人里の入り口で、里の若い人間にそう呼ばれ、男は不満そうに答えた。

 

「恥ずかしがらなくてもいいじゃん!貴方は村長みたいなもんなんですからさ」

 

「村長って役職は正確には無いんだかな…。それに、俺はそういう堅苦しい事は好きじゃ無いんだ」

 

「またまた遠慮して!」

 

「頼むから勘弁してくれ…」

 

若い男に弄られ、祐助はバツが悪そうであった。

 

「しゃーねぇな、ところで……今日は大物を採って来たんですね!」

 

「おう! 久しぶりの大物だ。 尤も、これだけだけどな」

 

「こんだけ大きけりゃ、十分っすよ!」

 

「そうかい?」

 

二人はそう雑談していたが、不意に祐助がその若い男に言う。

 

「そうだ…、さっき向こうの森で妖怪を仕留めたんだ。 自警団の連中に後始末をお願いしておいてくれ」

 

「えっ、妖怪を? 近藤さん1人で?」

 

「何だよ…、信じられないのか?」

 

「い、いえ、そういう意味では…、よくご無事で」

 

「そう見えるか? 実はな…」

 

そう言うと、切り裂かれた服を若者に見せた。

 

「服が…! 大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ問題ない、服だけだよ」

 

「マジすか…」

 

「とにかく、確かに伝えたからな、後は頼んだよ」

 

「分かりました!」

 

そう言うと、祐助は里へと消えて行った。

 

 

 

その後、祐助は仕留めた猪を精肉屋に売りに来ていた。

 

「…はいよ、これだけで良いかい?」

 

「どれどれ…、うん! 久しぶりに儲けさせて貰いました!」

 

肉屋の店主から渡された金をチェックして、祐助から笑みがこぼれた。

 

「今回は、なかなかデカかったからね、それだけの価値はあるよ」

 

「ありがとうおじさん、助かりますわ」

 

「また、次回も頼むよ」

 

「こっちこそ、毎度!」

 

店主に礼を言うと、祐助は店を出た。

 

「さぁて、今回は収入が多かったし、おやっさんとこに飲みに行くか…」

 

「おーい、祐助!」

 

「うん…?」

 

声のした方向を向くと、向こうから1人の女性が小走りで近付いてきた。

 

「慧音さんか、どうした?」

 

「お前が、妖怪に襲われたって聞いたから、急いで来たんだ」

 

「大袈裟だなぁ、見ての通り、俺はピンピンしてるよ。服は切り裂かれちまったけどな…」

 

祐助は笑いながら答えたが、慧音の方は少し怒っていた。

 

「馬鹿もん! 相手は下級とはいえ、歴とした妖怪なんだぞ? 甘くみるな!」

 

(あれ…、怒ってる…?)

 

慧音に叱責され、祐助は戸惑ってしまう。

 

「大丈夫だって、あの程度の妖怪、何でも無いよ」

 

「だか、しかしな…」

 

慧音が続けて話そうとすると、祐助は笑うのを止めて言う。

 

「あんただって、分かってるだろ? 俺の家系は代々『そういう』家系だって事を」

 

「それは…、そうだが…」

 

「慧音さんも、里の守護者だから心配してくるのは嬉しいが、俺はそんなにヤワじゃないよ」

 

「……っ」

 

「最も、最近は博麗の巫女やその他大勢の勢力にお株を持ってかれてるけどな、ハハハハ…」

 

祐助は、軽く笑いながら話していた。

 

「…そうだな、最近は他のヤツらが動いてくれるから、私達の出番が少なくなってはいるが…、だがな、お前の家系が代々そうであっても、お前は普通の人間なんだ、無理はしないでくれ」

 

慧音は、祐助の肩を掴みそう嘆願した。

 

「…分かったよ慧音さん、善処はするよ」

 

祐助は、慧音の腕を手で肩から離した。

 

「お願いだから、私達を悲しませないでくれ、あの時みたいに…」

 

「慧音さん、あの時の幻想郷とはもう状況が変わったんだよ。 もう、あんな事は繰り返さないだろうし、俺もあんなしくじりは二度と御免だからな」

 

祐助は少し俯いた。

それを見た慧音は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「す、済まない…、ツラい事を思い出させてしまったようだな…、一番辛かったであろうはお前だと言うのに…」

 

(しまった…、慧音さんに無用な心配をさせてしまった)

 

「…気にするな、これもまた現実だ、現実を受け入れなければ、先には進めないよ」

 

(それに…、もう昔の話なんだ…。頼むから忘れさせてくれ…)

 

「…祐助?」

 

「…何でもない、聞いたと思うけど、俺がやった妖怪の後始末だけは頼みましたよ」

 

「ああ、分かった。 明日の朝一番で其処へ向かうよ」

 

「ありがとう慧音さん、俺は帰るよ」

 

そう言って、祐助は慧音に背を向けた。

 

その背中は何処か寂しそうであった。

 

「祐助……」

 

慧音は、彼にそれ以上声を掛ける事が出来なかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「今日はアイツも誘うか…」

 

そう呟きながら、祐助はとある鍛冶屋の前へと来ていた。

 

「慶治、居るか?」

 

店の戸を開け、名前を呼ぶ。

 

「……祐さんか? どうしたんすか?」

 

「いきなりで済まんが、飲みに行かないか? 今日はガッツリ儲けたんでな」

 

「そうですか…、待ってて下さい、今嫁に話して来ますから」

 

そう言って、男は家の奥へと消えて行った。

 

慶治と呼ばれた男の名は、『酒井慶治』

里でも、1位、2位を競う腕の立つ鍛冶職人である。

 

祐助とは3つ年下で、幼い頃から遊んだり悪さをしたりした、幼なじみであり、後輩であり、悪友であった。

 

「…お待たせ、祐さん!」

 

「…で、千代ちゃんのお許しは出たかい?」

 

「簡単に出たよ、実はさ…」

 

―聞くとこによると、さっき嫁さんと喧嘩したらしい。それで、夜飯が出なかったとの事で―

 

「ふぅん…、何時まで経ってもアツアツだなぁw 俺に見せつけてんのかテメェは」

 

「違うってば! そうじゃないですよ」

 

「良いなぁ、仲良し夫婦は(棒」

 

「だーかーら!違うって!」

 

ジト目でからかう祐助、それに顔を真っ赤にして反論する慶治。

 

「はいはい、お熱いのは俺の居ない所でやってね( ̄ω ̄)」

 

「もう、止めてくれ…」

 

「それより慶治、飲みに行く前にコイツを見てくれ」

 

祐助は、自分の猟銃を慶治に渡した。

 

「…随分使い込んだね」

 

「コイツは、俺の商売道具だからな、ついつい酷使してしまってさ」

 

その猟銃を見ながら、慶治が言う。

 

「前回、保全をしたのが半年前でしたっけ?」

 

「半年か…、持たないなぁ…」

 

「祐さん、本業と副業でコイツを使い込んでるからねえ、俺がメンテナンスしても、直ぐにガタが来るんだよな」

 

「悪い、また修繕頼めるか?」

 

「構わないけど、前に仕事が溜まってるから、1、2週間程後にあるけど、良いですかい?」

 

「ああ、それで構わないよ」

 

「それから…、このスコープはどうします?」

 

慶治は、猟銃に付いていたスコープを外した。

 

「ああ、コイツは河童特製のもんだからな、この長筒との相性は抜群なんだ」

 

慶治からそれを受け取った祐助は、マジマジとそれを見ていた。

 

「しかしなぁ、これも随分と照準が合わなくなってきたんだ、そろそろにとりに見て貰わないといかんかな?」

 

「ついでだから、このタイミングで見せに行ったら良いんじゃないですか?」

 

「そうだな…、明日にでも妖怪の山に行って来るか」

 

「1人で行くんですか? 危ないよ…」

 

「だからといって、誰か鋤けてくれるのかい?」

 

「そ、それは…」

 

慶治は、顔を逸らし言葉を濁す。

 

「だらしないなあ、お前の家系だって代々…」

 

「べ、別に、ビビっちゃいねぇよ、ただ無用な騒動は起こしたく無いだけさ、嫁や慧音さんに怒られるからさ」

 

それを聞いて、祐助は軽く笑った。

 

「何でぇ、昔は悪さした仲じゃねえか。タコ妖怪なんざ蹴散らしちまえ!」

 

「俺だって、そんじょそこらの妖怪に負ける気はしないよ、たださ…」

 

「…分かってるよ、お前には家族もいるしな。 俺1人で行って来るよ」

 

「祐さん…、済まない」

 

慶治は、祐助に頭を下げた。

 

「いいさ、それより、早くおやっさんとこに行こう。ヒデの様子も見たいしさ」

 

「はいよ!」

 

身支度を済ませた慶治は、祐助と共に馴染みの居酒屋へと向かった。

 




オリキャラ紹介

名前:近藤祐助
性別:男
年:30代半ば
職業:猟師

人里に住む人間、猟師で生計を立てている、独身。
温厚(多少短気?)で面倒見が良く、里の人間からも慕われている。
多少悪戯好きで、よく人をからかったりもしている。
じっとしていられない性格で、暇さえあれば何処かへ出掛けている。
外の世界の物マニアで、収集しに無縁塚に行ったり、香霖堂へ買いに行ったりしている。

武術の使い手で、里の人間の中では一番強いとの噂。

主に、猟師として生計を立てているが、副業は実は…。


ネタバレになるんで、詳しいプロフィールは、そのうち追加します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

居酒屋で働く幻想入りした青年

居酒屋で、世間話をする男4人

オリキャラは全て男のみという、非常に男臭いお話になってます^^;




二人は、馴染みの居酒屋へ到着し、勢い良く戸を開けた。

 

「こんばんは、おやっさん」

 

「おお、祐助と慶治か、いらっしゃい」

 

「カウンター良いですか?」

 

「ああ、構わないから座りな」

 

「それじゃ…、いつもの肴を頼みますよ」

 

「今日は、冷でつけて下さい」

 

「あいよ!」

 

二人から注文を受けた店主が、早速調理に入った。

 

「いらっしゃいませ!」

 

すると、横から元気良い声が響いた。

 

「よう、ヒデ!」

 

「元気にやってるか?」

 

「祐助さんに慶治さん!ご無沙汰してます!」

 

二人にヒデと呼ばれた男の名は、『秋山秀嗣』

半年程前に幻想入りをした、二十歳を少し過ぎた青年である。

 

祐助は、幻想郷の事や妖怪との接し方等、此処で住むためのイロハを彼に教えたのだ。

また、住む所の無い秀嗣に自宅の空き部屋を提供したり、馴染みであるこの店を斡旋したのも彼であった。

 

「元気そうで何よりだ」

 

「はい、親方にも良くして貰ってますし、毎日楽しいです!」

 

「そうか、そう言ってくれりゃ、紹介した甲斐があったってもんだ」

 

「本当に、祐助さんには何とお礼を言うべきか…」

 

3人が雑談していると、店主が声を掛けた。

 

「ヒデ、喋ってないで仕事しな! ほら、上がったぞ」

 

「はいっ!すみません!」

 

ヒデは、出来上がった酒と肴を持ち、2人の元へ持って行った。

 

「お待ちどう様です」

 

「サンキュー」

 

「俺に、注がせて下さい」

 

「おう、悪いな」

 

そう言って、ヒデは祐助のお猪口に酒を注いだ。

 

「慶治さんもどうぞ!」

 

「ありがとよ」

 

そして、慶治にも注いだ。

 

「後はお願いします」

 

「はいよ」

 

青年は厨房の方へと入って行った。

 

 

 

 

その後、店主を含めた4人が酒を交わしながら世間話をしていた。

 

「…それにしても祐助よぉ、あんまり皆に心配掛けちゃいかんぜよ?」

 

「何の話ですか、おやっさん?」

 

「昼間の事よ、妖怪を残滅したんだって?」

 

「祐さん、またやったんですか?」

 

「祐助さん、強すぎっすよ」

 

「またって…、副業をこなしたまでよ……ってか、誰から聞いたんですか?」

 

 

「こういう商売をしてると、自然と耳に入って来るものよ」

 

「わざわざご忠告ありがとうございます。 でも、あんなの大したことでは無いですよ」

 

「そりゃ、祐さんなら大したこと無いだろうけど、里の人は結構心配してるんですよ?」

 

「お前は、親父さん以外に家族が居ないから、やりたい放題なんだろうが、その度にやきもきしてる人間が居ることを忘れるなよ?」

 

「そういうおやっさんだって、昔は上級妖怪相手に、大立ち回りを繰り広げたっていうじゃないですか」

 

「ああ、聞いたことあるよそれ。あの博麗の巫女も真っ青な立ち回りだったらしいですね」

 

「止めてくれ、もう昔の話だ…。あれは、若気の至りというか…」

 

「まあとにかく二人とも、俺は大丈夫たから。しかしなあ慶治…」

 

そこから、祐助の目つきが変わる。

 

「お前は、そういう事を言える立場なのか?」

 

「そ、それは…」

 

「今でこそ、酒井の家は鍛冶職人で名を馳せているが、元は俺の家系と同じ、同業者だろうが」

 

「うっ……」

 

「お前もしっかりしてくれなきゃ、いざって時にヤバいぞ?」

 

「俺は大丈夫ですよ…、普段から鍛冶で鍛えてますから…」

 

「本当か?力任せだけじゃ、退治は出来ないぞ? まだ、ちゃんと呪術は使えるのか?今度テストするぞ」

 

「えぇぇぇっ!?」

 

「祐助さん…、俺には話が見えないんですけど…」

 

話の内容が分からず、秀嗣は祐助に尋ねる。

 

「そうか…、そう言えば君にはまだ話していなかったかな?

俺が猟師だって事はご承知の通りだが、本来、近藤の家系は猟師じゃないんだ」

 

 

「えっ!? 猟師じゃない? じゃあ…」

 

祐助は、懐から取り出した煙管に葉を詰め、マッチで火をつけながら言う。

 

「近藤の家の本来の姿、それは…」

 

 

 

 

 

 

「妖怪退治を生業にする家系なんだ」

 

 

 

 

 

 

「よ、妖怪退治ですか!?」

 

 

「そう、俺はその末裔なんだ」

 

 

「それは知らなかった…」

 

 

「そして、此処にいる酒井慶治も、元々は妖怪退治を生業にしていた、酒井一族の末裔なんだよ」

 

「そ、そうなんですか、親方?」

 

「ああ、かつてはこの幻想郷で、それなりに名を馳せた妖怪退治の達人、外の世界で言えば、『スペシャリスト』だな」

 

「まあ、達人とは言っても、結局は博麗の巫女には敵いませんでしたけどね」

 

「博麗の巫女は、格が違い過ぎますよ…」

 

店主の話に、二人は苦笑いをしていた。

 

「へぇ…、てっきり妖怪退治は博麗の巫女の専売特許だと思ってましたが…」

 

「確かに、今ではそうなってるが、かつては俺達の出番も、それなりに多かったんだぜ?」

 

「今の様な状況になったのは、やっぱりスペルカードルールが制定されたのが大きいな」

 

「良く言えば、そのおかげで幻想郷は昔より平和になったし、悪く言えば博麗の巫女以外で妖怪退治を生業していたヤツらの技術は、急激に廃れていったのさ」

 

「な、なるほど…」

 

「本来は殺し合いの決闘が、スペルカードルールによって遊び感覚で出来るようになったんだから、平和にもなるだろう」

 

「特に、霧雨さんとこの娘は、それを大いに活用してるみたいですよ、おやっさん」

 

「…そう言えば祐助さん、この前あの娘の弾幕ごっこを生で見たけど、凄かったよ。『弾幕はパワーだぜ!』なんて言ってたけど、強ち間違いでは無さそうだ」

 

「魔理沙のヤツも相変わらずだなぁ…」

 

「しかしなぁ…、あの娘は親不孝もんだ…」

 

店主がボソッと呟くと、秀嗣が再び2人に尋ねた。

 

「魔理沙って、あの金髪で魔女みたいな格好した子ですか?」

 

「そうだ、ああ見えて幻想郷縁起にも名を連ねる強者だからな、甘く見るなよ?」

 

「マスタースパークで、ぶっ飛ばされちまうぜ?」

 

二人は笑いながら言い、酒を飲んだ。

秀嗣は、先程から圧倒されっぱなしであった。

 

「やっぱり、幻想郷は外の世界の常識は通用しない場所なんですね…」

 

「そうビビる事はねぇよ、少なくても人里に居れば安全だしな」

 

「妖怪の賢者のお墨付きだからな」

 

「里の人間に何かあれば、博麗の巫女が黙っちゃいないだろう」

 

「………っ」

 

「…どうした? ヒデ?」

 

何かを考えている様子の秀嗣に、祐助が声を掛けた。

すると、突然表情を変えて詰め寄った。

 

「祐助さん、慶治さん、格好いいです!」

 

「「……はぁ?」」

 

「俺にも、武術や妖怪退治のやり方教えて下さい!」

 

「お、おい…、何だよいきなり…」

 

「そんな事に首を突っ込まない方がいいぞ、命が幾つあっても足りなくなるからな」

 

「慶治の言う通りだ、お前はこの幻想郷って土地にもっと慣れて、勉強するのが先だ」

 

「だ、だけど、親方…」

 

「ヒデ、おやっさんの言う通りだ、君はまだまだ幻想郷って場所を知らな過ぎる。 ちゃんとその心構えが出来たら、少しは特訓してやるよ」

 

渋る秀嗣に、祐助とは優しく諭した。

 

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!特訓して貰えるまで、俺は待ちますから!」

 

秀嗣の顔に笑顔が戻った。

 

「全く、単純なヤツだなぁ…」

 

それを見ていた店主が、軽く溜め息を付いた。

 

「まぁ良いじゃないですか、おやっさん」

 

「それより、もう一本付けて下さいよ」

 

「あいよ!」

 

 

「ふう…、酒を飲みながらの一服は、うめぇ〜♪」

 

煙管を吹かしながら、とても幸せそうな表情をする祐助。

 

そうして、4人の世間話は夜更けまで続いた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「おやっさん、ご馳走さんでした」

 

「また来ますよ」

 

「おう、何時でも来な。 だがな慶治、嫁さんはもっと大事にするもんだぞ?」

 

「分かりましたよ、もう耳にタコが出来ましたよ…」

 

「まあ、おやっさんの言う事は間違い無いよ」

 

「またお待ちしてます! 次は平九郎さんも連れて来て下さいよ」

 

「ああ、平九郎か…、今アイツは忙しい時期だしな…」

 

「今度来る時は誘ってみるよ」

 

「はい!では、またの御来店お待ちしてます!」

 

秀嗣に元気良く送り出され、二人は所々にだけ灯る薄暗い街灯を頼りに、里の中へと消えて行った。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

翌朝、俺は山に行く為の準備をしていた。

 

「服装は、これでよしっと…」

 

普段は着物を来ているが、またぎや運動等をするときは、紺色の服を着る。霖之助さん曰わく、外の世界の作業服らしい。

香霖堂で買いました。

 

「博麗札…、よし!」

 

これは、以前霊夢に金を渡して大量生産して貰ったお札だ。

一枚一枚に霊夢の霊力が込められており、護身用にも妖怪退治をする時にも、とても重宝する。

 

昔は、うちでもこの手の札は作れたのだが、いつの間にかその伝承は途絶えてしまっており、博麗札に頼らざる得ないのが現状である。

 

まあ、特に問題は無いからいいが。

 

「警戒棒…、よしっと」

 

これも、香霖堂で見付けて買ってきた物だ。

自在に収縮出来て、持ち運びが大変便利。

伸ばせば、1メートルオーバーの長さになり、それでいて頑丈で、妖怪をこれで叩きのめしても、ほとんど傷も付かない凄いアイテムである。

俺の妖怪退治スタイルには欠かせない武器だ。

 

外の世界の技術は凄いわ。

 

「拳銃…、よしと」

 

いつも愛用する猟銃を慶治の所に預けてあるから、しばらくはこれで代用。

コイツも、香霖堂で見付けて買ってきた物だ。

何でも、「コルトパイソン」っていうのが正式名称らしい。

これに合う弾薬も大量に買い込んで、備えあれば憂い無しだ。

 

こんなものまで拾って来るとは…、流石は霖之助さんだ。

外の世界の物マニアの俺にとっては、香霖堂は正にお宝の宝庫だ。

金が幾らあっても足りない(苦笑

 

…何にせよ、コイツは懐に閉まっておける点が便利なのだが、猟銃ほど射程距離が無く、また妖怪相手では若干役不足である。

 

だが、無いよりはマシと言うしな。

それに、ちょっとした裏ワザを使えば、破壊力は倍増するから、なかなか捨て難い。

 

だが、あくまでも飛び道具は最終手段として使用している。

 

「後は、水筒に弁当に、ロープやピッケルと…、地図も用意完了っと」

 

背中に担ぐ鞄に必要なものが入っているか確認。

 

「スコープも入ってるな」

 

これが無ければ、にとりに渡せない。

 

「その他の持ちの物はっと……よし、とりあえず、こんなもんか」

 

持ち物を確認した俺は、鞄を担ぎ、外へと出る。

 

まだ、朝早くって事もあり、朝日が眩しかった。

 

 

「フンッ!ハァッ! ウラァ!」

 

準備運動がてらに、シャドーボクシングを行う。

 

以前、にとりに見せて貰った「動画」というもので、ボクシングという武術に触れ、俺の中ではカルチャーショックを受けた。

 

俺が使う武術は、いわゆる「古武術」で、弾幕ごっこみたいなスポーツ感覚の物では無く、確実に相手を仕留める為の武術である。

最も、スペルカードルール制定で無用な殺生はしなくなった事によって、妖怪退治以外では使う事もあまり無くなったが…。

 

…とにかく、今の俺はこのボクシングというものにハマっている。

 

動画の中に映っていた、具○堅○高とかいう男が、とてもカッコ良く見えたのだ。

 

正に、男の中の男とは彼の事を言うのだろう。

 

「よし、身体も温まってきたし、そろそろ行きますか!」

 

 

そして、俺は歩き出した。

 

 

いざ、妖怪の山へ…!

 




多少の勘違い要素がありましたね^^;

オリキャラ紹介2

名前:酒井慶治
性別:男
年齢:30代前半
職業:鍛冶職人

主人公とは、先輩後輩の仲であり、幼い頃から遊び回ってきた幼なじみでもある。
普段は、腕の良い鍛冶職人で里の中でも上位の腕前である。
毎日、力仕事をしているので、かなり厳つい身体つきである。
祐助と同様、古武術の使い手だが、彼の場合はどちらかというと大雑把で、力任せで振り回す癖があり、隙が大きいのが難点である。
そのせいで、祐助と勝負しても勝てた試しが無いらしい…。

既婚者で、二児の父親。

今は鍛冶職人である彼も、もう一つの顔は、祐助と同じ…。


このプロフィールの続きは、また追加していきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修理依頼と出会った妖怪の少女

猟銃に使用するスコープの修理を依頼する為に、妖怪の山へ向かう祐助。

そして、1人の妖怪の少女と出会う。


人間の里を出て、妖怪の山へと向かう男。

 

道中、魔法の森を通らなければならないのだが、何故か彼は平然と歩いていた。

 

何故なら…

 

「へへっ、やっぱりこの防毒マスクってのは便利だな。 普通じゃ耐えられない瘴気を完全に遮断してくれてる」

 

(髑髏みたいな見た目が、たまにキズだが…)

 

防毒マスクのおかげで平気だったからである。

 

(おっ! あれは…)

 

道中、上空で魔法の森に住んでいる人形遣いと、白黒の魔法遣いが、弾幕ごっこを繰り広げていのを見掛ける。

 

(恐らく、またアイツが余計な事をしたんだろう、気にしない気にしない)

 

歩みを止めずに、その場を通過。

 

里から歩く事一時程で、山の麓へと到着。

 

「こいつは、もう良いだろう」

 

魔法の森を抜けているの確認して、マスクを外す。

 

「さぁて、此処からはちょいと山登りだな」

 

そう呟きながら、山を登り始める。

 

しかし、登り始めて10分程、不意に声を掛けられる。

 

「其処の人間、待ちなさい」

 

「おっ…?」

 

聞き覚えのある声に、祐助は足を止めた。

 

「椛さんか…、俺だよ」

 

「あっ、貴方でしたか…」

 

椛と呼ばれた女性は、祐助の事を確認すると、その場へと降り立った。

 

「御役目御苦労! って言いたい所だが、此処はまだ天狗のテリトリーじゃないぞ?」

 

「ええ、分かってます。 とりあえず、これは警告です。 そして、我々の領域へ入ったら攻撃します」

 

椛は、はっきりとそう言った。

 

「心配するな、天狗の領域に不用意に侵入するほどバカじゃないよ。 全く、相変わらず天狗は堅苦しいなぁ」

 

「申し訳ない、だが、これも役目なもので…」

 

「分かってるさ、それが天狗の社会だって事もな。 しかし、こうも睨みを利かされるとな…、守矢へ参拝客が来ない訳だ」

 

「守矢神社への参道はちゃんとありますが…、分かりにくいかもしれないです」

 

「誰のせいだよ」

 

「うっ…、私に言われても…」

 

(おっ、椛さんが口籠もってる、可愛いとこあるじゃん)

 

それを見た祐助の顔が少しだけニヤける。

 

「…ところで、今日は何の用で山へ?」

 

「今日は、河城にとりに用事があって来たんだ」

 

「にとりにですか?」

 

「丁度良かった、椛さん呼んで来てくれないか? 山を登る手間が省ける」

 

「…分かりました、そこで待っていて下さい。 不用意に我々の領域に入ったら…」

 

「入らねえから、さっさと行け」

 

「ムッ…!」

 

椛は少々不機嫌そうな顔で飛び去って行った。

 

「天狗は何で、あんなに排他的なんだろうねえ…」

 

そう呟くと、近くにあった岩に腰をかけ、煙管で煙草を吸い始めた。

 

 

 

待つこと、数十分。

 

 

 

(……待たせるなあ……)

 

黙って煙管を吹かす祐助。

 

『パンッ! パンッ!』

 

煙草を吸い終え、煙管内の灰を落とす。

煙管入れに煙管を閉まった時であった。

 

『ガサガサガサ…!』

 

突如、背後で物音がした。

 

「……っ!」

 

祐助は、咄嗟に博麗札を構える。

 

「そんなに身構える事無いだろ? 私だよ」

 

「…遅いぞ、にとりさん」

 

にとりを確認すると、祐助は札を閉まった。

 

「椛に聞いたけど、私に用だって村長?」

 

「……村長って…、誰がそんな事言ってた?」

 

「えっ? みんな言ってるけど?」

 

それを聞くと、祐助は深く溜め息をついた。

 

「…とにかく、俺は村長じゃないし、そんな役職は無いから、その呼び方は止めてくれ」

 

「へっ? でも、あんた村長…」

 

『ガシッ!』

 

にとりがそう言いかけた瞬間、祐助は胸ぐらを掴み睨み付けた。

 

「止めろって言ってんだろ…」

 

「ごごご…、ごめんなさい……もう言いません…」

 

にとりは、言いかけていた言葉を飲み込み、詫びを口にした。

 

それを聞いた祐助は、掴んでいた手を離した。

 

「全く…、今日あんたに会いに来た理由はこれだ」

 

そう言うと、鞄からスコープを取り出した。

 

「これは…、私が作ったスコープじゃないか」

 

「ああ、500メートル離れた妖怪の頭に置いたミカンを撃ち落とすだけの精度があるって豪語してたよな? だが、最近は200メートル先の標的を外す位に照準の精度が下がって来たんだ」

 

「何だって!? どれどれ…」

 

祐助の言った事に驚き、にとりは早速その原因を調べ始めた。

 

「ああ…、なるほど、これはダメだ」

 

「何が原因だ?」

 

「スコープのピントがズレてるんだ、これでは目標までに弾丸の軌道がズレるだろうな。 それから、スコープの台座も曲がってるよ、 これでは正確な照準は合わないな」

 

「そうか……まぁ、何となく予測はしていたが」

 

「良く此処まで使い込んだな」

 

「あんたの作ったコレは、俺の商売道具とはすこぶる相性がいいんだ。 使い込んでるのは間違いない」

 

「でもさ、これってまだ半年も経ってないだろ?」

 

「俺は激しい使い方をするんでね、これが無いと狩りの成功率がグッと下がってしまうんだよ」

 

「へえ、やっぱり私の作った物は間違い無いって訳だね!」

 

「まぁ、それは否定しないが…。 それ、直してくれないか」

 

「それは構わないけど、コイツは精度が命だからね、少々時間が掛かるぞ?」

 

「全然構わないが…、報酬は胡瓜100本でどうだ?」

 

「えっ!? 100本も!?」

 

それを聞いた瞬間、にとりの目つきが変わり、涎を垂らしていた。

 

(汚ねぇな…)

 

「前金代わりだ、まずは50本だ」

 

祐助は鞄から、胡瓜50本を出して、にとりに渡した。

 

「おおお! しかもデカいなぁ!」

 

「結構重かったわ…、残り50本は修理が終わったら、物々交換でいいな?」

 

「それでいいよ、村……」

 

「あぁぁ!!?」

 

「あ……いや………その……、祐さん……」

 

祐助に思いっ切り睨まれ、冷や汗が止まらないにとり。

 

「それじゃ、よろしくな!」

 

彼は鞄を担ぎ、元来た道を戻って行った。

 

「出来たら、里まで来てくれ」

 

「ああ、分かった」

 

それだけを伝え、山を下り始めた。

 

「いやぁ、ラッキー♪ 椛さんのおかげで、用事が早く終わったぜ。 ついでだから、香霖堂へ行こう!」

 

鼻歌混じりに、香霖堂へと向かった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「そろそろ見えて来る頃だが…」

 

そう呟きながら、歩いていると

 

(あれって…)

 

開けた原っぱの中で、本を読む1人の少女らしき姿が見えた。

 

「…おい」

 

「ひぇぇぇぇ!? いきなり何よ!?私は妖怪だけど本を読んでただけよ? 何もしてないんだから! 止めてぇぇぇぇ!!」

 

「待て待て待て! 俺は何もしてないし、無抵抗な妖怪を退治するほど無慈悲じゃないぞ!?」

 

慌てふためく妖怪を相手に、祐助は必死で宥めた。

 

 

それからしばらく、ようやく落ち着いた彼女に祐助が話を聞いていた。

 

「…それでね、私は本を読んでただけなのに、あの鬼巫女は私を不意打ちで退治して、本3冊とも奪ったのよ! 悔しくて悔しくて……ひっく…」

 

「そ、そっか…(霊夢のヤツ…)」

 

その妖怪の話を聞いた祐助は、流石に同情していた。

 

「でも…、相手は博麗の巫女だから、取り返す事も出来なくて…」

 

「まあ、そうだよな…」

 

(ぱっと見、力の強そうな妖怪じゃなさそうだよな)

 

「あの本、大好きだったのに…」

 

「何処にあるんだその本は?博麗の巫女が持ってるのか?」

 

「それは…、香霖堂って店で売り物にされてるらしいの」

 

「何、香霖堂!?確かなのか?」

 

「うん…、多分間違いない」

 

「…よし、俺が買い戻してやるよ」

 

「…えっ!?」

 

「丁度、今から香霖堂へ行く所だったんだ。 君の話を聞いていたら、余りにも可哀想に感じたからな」

 

「本当!? うぅ…、ありがとう……」

 

妖怪は、しくしく泣き出した。

 

(全く霊夢のヤツ…、まあ、そういう所は俺の影響を受けたのかもしれん…)

 

「但し、売れていたら諦めろよ。 奪われてから何年も経ってるなら、売れてる可能性もあるからな」

 

「それは…、分かってる…」

 

妖怪は静かに頷いた。

 

「よし、それじゃ行こう!」

 

「う、うん!」

 

「そう言えば、君の名前は?」

 

「私は…、朱鷺子って言うの」

 

「朱鷺子か、俺は近藤祐助ってんだ、よろしくな」

 

「はい!よろしく!」

 

そう言って、二人は握手をした。

 

 

そして、しばらく二人は雑談をしながら香霖堂を目指していた。

 

「ああ、やっと見えてきた。 歩くと時間が掛かりやがる…」

 

「空を飛べば良いじゃない?」

 

「それが出来たら苦労しねぇよ…」

 

「やっぱり、貴方って普通の人間なのね♪」

 

「悪かったな、普通で…」

 

楽しそうに話す朱鷺子、祐助は少々ムッとした表情をしていた。

 

そして、香霖堂まであと50mの距離の所で、祐助は足を止めた。

 

「……どうしたの?」

 

「…仕事だ」

 

「えっ? 仕事!?」

 

先ほど違い、祐助の目は鋭いものになっており、それを見た朱鷺子も、ただならぬ予感を感じた。

 

「出て来いよ…」

 

その言葉に反応したのか、数体の妖怪が唸り声を上げて出て来た。

 

「……5体か、厄介だな」

 

「うわっ…、ヤバくない?」

 

「朱鷺子、闘えるか?」

 

「ええっと…、出来ない事は無いけど…、戦闘は苦手かも…」

 

「そうか、一体でも倒してくれると手間が省けるんだが、無理はするな」

 

「ええ? 貴方まさか…」

 

「ああ、やれるだけやってみるさ」

 

「無茶よ! 相手がいくら下級妖怪だったとしても、普通の人間じゃ太刀打ち出来ないわよ!」

 

「そんな事は無い、人間その気になれば、不可能を可能に出来るもんなんだぜ?」

 

「何を言ってるの? 貴方気が触れたの!?」

 

この状況でも、祐助の口元は笑っており、朱鷺子はおかしいのではないかと疑っていた。

 

「そうかもしれんな…、職業柄、感覚が麻痺しているかもしれない」

 

「職業柄…?」

 

「そう言えば、君にはまだ言ってなかったな。俺の職業は猟師なんだが、その実は……」

 

「ガァァァァ!」

 

突然、一体の妖怪が襲ってきた。

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

「下がってな!」

 

妖怪の一振りが、二人の居た場所を切り裂く。

 

だが、その場に二人の姿は無かった。

その妖怪の横へと飛ぶように回避したのだ。

 

「朱鷺子、お前弾幕は撃てるか?」

 

「う、うん…、少し位なら…」

 

「それで十分だ、何時でも撃てるように待機していてくれ」

 

「貴方はどうするの?」

 

「俺か? 俺は……」

 

朱鷺子の前に出た祐助は、鞄から長い針を取り出し構える。

 

 

「グァァァァ!!」

 

 

「コイツを葬る」

 

 

突進してきた妖怪が、再び祐助を切り裂こうとする。

 

 

「そんな程度…」

 

 

それを、左前転しながらかわし

 

 

「後ろが、がら空きだ!」

 

 

数枚の博麗札を投げつける。

 

 

『ドォーン!』

 

 

札が妖怪に触れた瞬間、爆発を起こした。

 

 

「ガァァァァ!?」

 

 

思いの外、強力な爆発に妖怪が怯む。

 

 

「動きが止まってるぞ?」

 

 

祐助が妖怪の背中を取り、

 

 

「オラァァ!!」

 

「ウガァァァ!?」

 

 

ありったけの力を込め、後ろから妖怪の首を掴み上げた。

 

 

「トドメをさしてやる」

 

 

持っていた針を構える。

 

 

「いい子で……」

 

 

妖怪の首の後ろ『延髄』目掛け

 

 

『グサッ!』

 

 

針が突き刺された

 

 

「――――!!?」

 

 

妖怪は、声にならない悲鳴を上げ、その場へと倒れた。

 

 

「地獄に行きな…」

 

 

二度と起き上がる事の無いその妖怪に、祐助はそう言い放った。

 

 

「えっ…、えぇぇぇ!?」

 

それを見た朱鷺子は、驚きの声を上げた。

 

「これでも、綺麗な殺り方だったんだぜ? これから、本格的に血生臭くなるぞ」

 

「あ…あ……、貴方は…、一体…?」

 

朱鷺子は、震えながら祐助に尋ねた。

 

「猟師っていうのは、俺の表の顔だ」

 

「お、表の顔!?」

 

「俺の裏の顔は……、いや、俺の本来の職業は…」

 

「………っ」

 

 

「博麗の巫女と御同業、妖怪退治なのさ」

 

 

「な…、なんですってぇぇぇぇぇ!!!?」

 

朱鷺子の叫び声は、幻想郷中に木霊するかの様な超絶叫であった。

 




主人公が、段々とチートっぽくなってきてる様な…。

なりすぎないように気を付けますが、何とも言えない…。

あと、分かる人は分かるでしょうが、『藤枝梅安』他、時代劇ネタが多数入っております^^;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後に始末をつけたのは…

前半、ほとんど戦闘描写です。
残酷描写も多いので、ご注意下さい。

それでは、どうぞ。


「貴方の仕事が…、妖怪退治だったなんて…」

 

(あっ…、逆に警戒されてしまったか…)

 

「心配するな、今君を退治しようなんて、これっぽっちも考えちゃいないよ」

 

「…本当に?」

 

朱鷺子は、恐る恐る祐助に聞いてきた

 

「本当だって! それよりも、油断するなよ。 まだ4匹居るんだからな」

 

「あっ…、うん…」

 

4匹の妖怪相手に、2人は身構えた

 

「良いか朱鷺子、お前は俺が合図したら弾幕を撃ちまくれ。 3匹は俺が相手をする。 お前は1匹だけ相手をしてくれればいい」

 

「えっ、貴方が3匹も!? 大丈夫なの?」

 

「君は戦闘が苦手なんだろ? だが、1匹なら何とかなるだろ?」

 

「まあ…、1匹位なら何とかしてみるけど…」

 

「よし、恐らく奴らの狙いは『人間』である俺だ。 君は、そのついでなんだろう…」

 

「何よそれ…、迷惑千万じゃない!」

 

「まあ、文句もあるだろうが…、話の続きはこいつらを殺ってから聞こう」

 

「もう……」

 

若干涙目の朱鷺子

 

 

「ガァァァァ!!」

 

ついに、4体の妖怪が動き出した

 

「朱鷺子、ぶっ放せ!!」

 

「ええい! 行くわよぉ!」

 

祐助の掛け声で、弾幕を展開する朱鷺子

 

「はぁぁぁ! 当たれぇぇぇ!」

 

一心不乱で、弾幕を撃つ

 

「グワァァァ!」

 

数発の弾幕が、妖怪達にヒットし動きが鈍る

 

「いいぞ朱鷺子、その調子だ!」

 

弾幕が展開される中、隙を見て祐助が飛び出した

 

走りながら、警戒棒に博麗札を巻く

 

「先ずはお前からだ」

 

先頭に居た妖怪に狙いを定め、襲いかかる

 

「はぁぁ!!」

 

警戒棒の一撃を、顔面へと叩き込む。

 

「ガァァァァ!?」

 

『グシャッ』っという鈍い音、妖怪の顎の骨が砕けた。

 

「ラァァァ!」

 

そして、間髪入れずに妖怪の心臓目掛けて、棒を突き刺した

 

「ウガァァァ!!」

 

妖怪は悲鳴を上げながら倒れた

 

「まず一匹と…」

 

血で汚れた腕を気にすること無く、すかさず残り三体の妖怪をけしかけに入る

 

「何処を見ている? こっちからも来るぞ!」

 

三体の妖怪目掛け、博麗札を投げつける

 

「1…2…3…4…」

 

カウントしながら、縦横無尽に動き回る

 

「5…6…7…」

 

妖怪達に触れる度に、札は爆発を起こす

 

それを見ながら、祐助は確実に妖怪の動きを封じていた

 

「8…9……」

 

次のカウントに入る瞬間、祐助の動きが妖怪の方へと向いた

 

「10!!」

 

一気に、一体の妖怪との間合いを詰める

 

その動きは、もはや人間離れしている様な機敏なもの

 

「先ずは右腕だ」

 

妖怪の懐に潜り込み、先ずは右腕を突く

 

「ガァァァァ!」

 

『バギッ!』骨が砕ける

 

「お次は左ぃぃ!」

 

その勢いで、左腕を串刺しにする

 

「ウガハァァァ!!」

 

両腕を封じられたら妖怪は悲鳴の様な叫びを上げる

 

「お前は…」

 

祐助は、最初に倒した妖怪に使った針を手に持ち

 

「そこで、一生寝てなぁぁ!」

 

『グサリッ!』

 

顎下から針を突き通す

 

針先は、妖怪の脳天を貫通し、それは正に『串刺し』であった

 

あれほど暴れ狂っていた妖怪が、静かに倒れる

 

「す…、すっげぇぇぇ…」

 

その衝撃的な光景を、朱鷺子は唖然として見ていた

 

「スリーダウン!残り二匹!」

 

再び狙いを定めるも、予想外の事態が起きる

 

爆発から復帰した一体の妖怪が、朱鷺子目掛け突進し出したのだ

 

「ああ!? 私のところに!?」

 

「いかん! 朱鷺子、弾幕を撃ちまくれ!」

 

祐助は直ぐに朱鷺子に指示を出す

 

「来るなぁ! 来たら殺すわよ!」

 

朱鷺子は、がむしゃらに弾幕を放った

 

「大丈夫かアイツ…」

 

横目で見ながらも、祐助は体勢を崩さない

 

「グルルルル…」

 

目の前には、まだ一体の妖怪が今にも襲わんとばかりに唸り声を上げていた

 

「チッ…、針と棒を回収する間は無さそうだ…」

 

そう呟くと、祐助は懐ポケットから短刀と札を取り出し、札を短刀に巻き付け始める

 

「グォァァァ!!」

 

それを待つこと無く、妖怪が奇襲をした

 

「甘い!」

 

素早く横へと回避し、妖怪に札を投げつける

 

「ガァッ!」

 

妖怪は、飛んで来る札を全てかわしてしまった

 

「ほう…、少しは学習した様だな…」

 

「ガルルル…」

 

札を避けた妖怪が、再び祐助を睨み付ける

 

「だが…」

 

「グォォォォ!」

 

祐助目掛け猛ダッシュする妖怪

 

 

「足下だぁぁ!」

 

 

祐助が叫んだ瞬間、爆発が起こった

 

 

「ガァァァァ!?」

 

 

あの僅かな時間で、妖怪の足元に複数の博麗札が撒かれていた

 

 

「終わりにしてやる…」

 

 

彼は、短刀の鞘を抜くと、爆発で怯む妖怪目掛けて全力疾走した

 

 

「ガルルル!!」

 

 

怒り心頭する妖怪

 

 

「その身に刻め…」

 

 

だが

 

 

「ガァッ!?」

 

 

再び、祐助の姿を捉えた時

 

 

「紫電……」

 

 

既に、目の前に迫り飛び上がっていた

 

 

「一閃!!!」

 

 

祐助の叫び声と共に、刃先が妖怪の頭目掛けて振り下ろされた

 

 

「ギャォォォォォ!!」

 

 

頭から真っ二つに切り裂かれた妖怪は、断末魔の叫びと共に血飛沫を上げ、果てた

 

辺りは、既に血の海と化していた

 

「迷う事無く地獄に行きな…」

 

短刀に付いた血を振り払いながら、祐助は言い放った

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

すると、少し離れた場所から朱鷺子の叫び声が聞こえた

 

「朱鷺子!?」

 

すぐさま、彼女の元へ向かう祐助

 

「ガァォォォ!」

 

最後に残った妖怪は、朱鷺子を執拗なまでに攻めていた

 

「何で、コイツは弾幕が効かないのよ!?」

 

朱鷺子から放たれた弾幕は、妖怪にヒットするも全くダメージを与えられていない

朱鷺子のスタミナが、限界に近付いていたのだ

 

「どうしよう、何か手を……うわぁ!?」

 

慌てていたせいで、石に躓いてしまう

妖怪は、その隙を見逃さなかった

 

「グォァァァァ!!」

 

妖怪から繰り出された一撃が、彼女を捉える

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

強烈な一撃に、朱鷺子は吹っ飛ばされた

 

「朱鷺子!? この野郎ぉぉ!」

 

それに激怒した祐助が、妖怪の背後から博麗札を投げつけた

 

「ガァァァァ!?」

 

爆発により妖怪を足止めし、朱鷺子の元へ駆け寄る

 

「朱鷺子! 大丈夫か!?」

 

「ゆ、祐助…、痛いよぉぉ…」

 

彼女の身体は、妖怪の一撃によって、腕と腹部が切り裂かれ、血が流れていた

 

「…大丈夫だ、傷はそこまで深くはないぞ」

 

「で、でも…、私…限界……」

 

「グォァァァァ!!」

 

二人の会話を遮る様に、妖怪が再び迫ってきた

 

「来やがったな…!」

 

構え直し、懐に手をやる

 

しかし…

 

「……っ!? しまった!!」

 

先程の妖怪との戦闘で、博麗札を使い果たしてしまっていたのだ

 

「朱鷺子! 危ない!!」

 

祐助は、庇う様に朱鷺子の前に出る

 

「ゴァァァ!」

 

「うぉぁぁぁぁ!!」

 

妖怪の放った一撃に、今度は祐助は吹き飛ばされてしまう

その衝撃で、持っていた短刀を離してしまった

 

「ゆ、祐助ぇぇぇ!!」

 

朱鷺子は悲鳴を上げながら祐助の元へと駆け寄った

 

「クソ…、俺とした事が…」

 

「祐助! しっかりしてぇぇ!!」

 

切り裂かれ傷からは、朱鷺子以上の血が流れ、紺色の服を赤く染めていた

 

「仕方ない、飛び道具を…」

 

「グァァァァ!!」

 

祐助が拳銃を出そうとした時には、妖怪が迫って来ていた

 

「きゃぁぁぁ! 来ちゃうぅぅぅ!?」

 

「クソ、間に合わない! 朱鷺子ぉ!」

 

彼は庇う様に、朱鷺子を抱いた

 

 

その瞬間であった

 

 

「ギャォォォォォ!?」

 

 

その妖怪は、何者かによって切り裂かれたのだ

 

「…へっ!?」

 

「な、何が起こった…?」

 

 

「ふう…、ギリギリ間に合ったようだね」

 

「り、霖之助さん!?」

 

妖怪の骸の後ろから現れたのは、草薙の剣を持った森近霖之助であった

 

「助太刀が遅くなって済まない、大丈夫かい?」

 

「「た、助かった…」」

 

助かった事を実感した二人は、その場にへたり込んでしまった

 

――――――――――――――――――

 

「…全く、危ない所だったね」

 

「いやぁ、今回はマジで死ぬかと思いましたよ…」

 

「君ともあろう者が…、僕が居なかったら間違い無く死んでいたんだよ?」

 

「面目ない…」

 

霖之助に傷の手当てを受けながら説教を受け、祐助はうなだれていた。

 

「そんなに怒らないで、彼は命がけで私を助けてくれたんだから!」

 

先に傷の手当てを済ませた朱鷺子が、祐助を庇護した。

 

「…君がそこまで言うなら仕方ない、説教はこれ位にしておこう」

 

「霖之助さん、本当に恩に着る…」

 

手当てを終えた祐助は、霖之助に頭を下げた。

 

「…ところで、君達は今日は何をしに店に来たんだい?」

 

「ああ、それなんだが…」

 

 

祐助は、これまでの経緯と事情を霖之助に説明した。

 

 

「…なるほど、霊夢が売りに来た本は、その妖怪から奪った本だった訳だね」

 

「そうなんですよ、霊夢のヤツ、今度説教してやらないと…」

 

「もう何年も前の事だから、彼女は忘れてるんじゃないかな?」

 

「可能性は十分にありますね……で、その3冊の本はまだありますか?」

 

「どうだろう? 売れた記憶は無いのだが…、その本棚を調べてみるといい」

 

「分かりました、朱鷺子、探してみな」

 

「う、うん」

 

霖之助の許可を貰い、彼女は本を探し始めた。

 

「うーん、これは違うし…、これも違う…」

 

「俺も手伝ってやりたいが、今は休みたいから…」

 

「ううん、大丈夫! 私が探すから」

 

朱鷺子は笑顔で応えて、本を探し続けた。

 

 

探す事、約30分…。

 

 

「えっと……あっ…、あった―――!!」

 

「あったか!?」

 

「うん! これで間違い無い! あったよぉ!」

 

彼女は満面の笑みを浮かべ、その本を見せた。

 

「これか………ほう…、君はこんな難しい本を読んでいたのか」

 

「うん、とっても面白いのよ!」

 

「そっか…、ていう事で霖之助さん、この本を買い取りますよ」

 

「買ってくれるのは嬉しいけど、良いのかい? 君自身の買い物はしていないが」

 

「良いんですよ、自分の買い物は次回にでも出来ますし、彼女の笑顔を見てたら苦労した甲斐があったってもんです」

 

「祐助…、ありがとう……ありがとう…、この恩は一生忘れない…、うぇぇぇん…」

 

朱鷺子は、祐助の手を取り泣きじゃくっていた。

 

「おい、もう泣くなよ、面倒くせえなぁ…」

 

「全く、君もお人好しだね…」

 

祐助は戸惑い、霖之助は苦笑いしながらも、何処か温かい眼差しで二人を見ていた。

 

 

しばらくの間、二人は香霖堂で過ごし、日が傾きかけた頃に店を出た。

 

「また来ますよ、霖之助さん」

 

「君は大切なお客だからね、何時でも歓迎するよ」

 

「あっ…、店の前を荒らしてしまい、すみません…」

 

「気にしなくていいよ、後で片付けておくから。霊夢に退治依頼をしようかと思っていた所だから、手間が省けたよ」

 

「そ、そうですか…」

 

「今日はありがとね!」

 

「ああ、今度は霊夢に奪われないようにするんだよ」

 

「うっ…」

 

「「ハハハハ…」」

 

そうして、店を後にした二人。

 

「私、行くね」

 

「ああ、気を付けて帰れよ」

 

そう言って朱鷺子は背を向けたが、もう一度祐助の方を向いた。

 

「ねぇ…」

 

「…うん?」

 

「今日は、助けてくれて本当にありがとう…」

 

「気にするな、困った時はお互い様だ」

 

「うん……ねぇ、今度遊びに行っても…良い…?」

 

「ああ、いいとも。 何時でも来な」

 

「ああ……、嬉しい…」

 

「…どうした?」

 

「祐助、だ――いすき―――!!!」

 

朱鷺子は、思いっ切り祐助に抱き付いて来た。

 

「ちょ、おい! 何だよ!? 痛えよぉ!」

 

「約束だよ! また遊ぼうね!」

 

そう言って、彼女は飛び去って行った。

 

「…何だったんだ? 今のは…」

 

突然の出来事に、祐助は呆然としていた。

 

「はぁ、帰るか…」

 

仕事道具が入った鞄を担ぎ直し、里へと歩き出した。

 

 

しかし、後に慧音達に怪我の原因を追及され、こっぴどく怒られたのは言うまでもない

 




朱鷺子って、可愛いですよね!
書いているうちに、そう思うようになってきました^^

でも、メインヒロインは朱鷺子ではありません。
今後も、それなりに出番はあると思いますが…。

本作は、「男臭い」がウリの小説ですから。


……やっぱ、無理かな?(爆


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忘れられない過去の非道

大怪我を負い、慧音達からもキツく言われ、大人しくしている祐助。

子供達の姿を見て、「あの出来事」を思い出してしまう…。


「暇だ……」

 

例の一件から2日。

 

俺、近藤祐助は家に引きこもりがちな生活をしている。

 

あの日、そのまま家に帰れば良かったのに、ついでだからと夜飯の買い出しに商店に言ったのが悪かった。

 

何と、偶然にも慧音さんと稗田の当主が居合わせており、鉢合わせとなってしまったのだ。

 

「しまった!」と思った時には、時既に遅かれし。

 

俺の姿を見るや否や、彼女達は早速怪我の事を追及してきた。

 

よく考えれば、当たり前な事だ。

 

妖怪退治をした時の形のままで来ていたのだから。

 

包帯だらけの身体。

切り裂かれてボロボロになっている服。

おまけに、返り血を浴びて血だらけになっている。

体の方は、香霖堂で拭き取ったのだが、服までは拭き取れていなかった。

 

そんな状況で、何事も無かったような顔して買い物をしている自分。

 

普通の人間なら、当然ビビるだろう。

 

よく考えれてみれば、そこに居合わせた他の客や店員も、俺を見て青ざめてたっけ?

 

夜飯の事に気を取られていたせいで、すっかり失念していた。

 

何とか誤魔化そうと言い訳を考えたが、やはりあの二人を誤魔化す事は容易な事では無かった。

 

当然というか、やっぱり無理だった…

 

誤魔化しきれないと観念した俺は、5体の妖怪に襲われた事、退治はしたが居合わせた妖怪を庇って怪我を負い殺されかけて、霖之助さんに助けられたという事を素直に話した。

 

『何でもねえよ!こんなの妖怪退治の勲章みないなもんだ!』的に、平静を装いサバサバ話したら…、

 

あーら大変

 

慧音さん大激怒!

 

店の外に引っ張り出され、大々的にお説教。

何せ、昨日も危ない目に遭っておいて、今日は大怪我ついでに殺されかけたと来たんだ。

我慢の限界を超え、ついに噴火してしまったんだよな。

 

仕舞いには、阿求のお嬢にも泣きながら怒られる。

小一時間程、説教されました…。

 

二人の剣幕に圧倒され、俺は俯いて、ずっと黙って聞いていた。

 

二人とも、俺の事を心配してくれてるのは、よく分かったのだが…、

 

うん、ぶっちゃけ泣きそうだった。

 

それを知った、慶治達やおやっさんにも怒られたよ。

 

次の日は、稗田の家に呼び出され、半日みっちりとお説教。

同じ事を何度も何度もクドクドと言われ、いい加減ウンザリした。

 

流石に、あれはキツいぞ…。

 

そして、俺に下された処分は、傷が完治するまでは、里の外に出る事は禁止。

怪我が治らないうちからの激しいトレーニングも禁止、またぎの仕事など以ての外だと切り捨てられた。

 

そりゃ無いよ、俺の仕事を取らないでくれ…。

 

だが、不幸中の幸い、仕事道具は修繕に出しており、どちらにしても仕事は出来ない。

 

だから、こうして家に引きこもって暇を持て余している。

 

怪我の度合いも、思った以上に酷く、必要最低限の動きにも差し支える程痛んだ。

 

「受けた時は、そこまで痛くなかったんだが、時間を追うごとに痛みが増してきやがった。 やっぱり妖怪の一撃は甘くみちゃいかんな…」

 

そんな独り言を呟きながら、部屋の中をゴロゴロしていた。

 

「いい天気だなぁ…」

 

そんな一言が、口から出る。

 

縁側付近で寝転がっていたので、外の様子が見えた。

 

 

『(♪)通りゃんせー 通りゃんせー

こーこはどーこの 細道じゃー

天神さまの 細道じゃー』

 

 

表から、子供達の童歌が聞こえた。

 

…そうか、今日は日曜日だったな。

何時もなら、寺子屋にいる時間だもんな。

 

 

「(♪)ちーっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お礼を納めに まいります……っと」

 

 

…つい、口ずさんでしまった。

 

俺も子供の頃は、ああして遊んでたっけ…。

 

 

「あの子が生きていれば……」

 

 

あの時、どうして守り通せなかったのだろう…

 

 

もっと早くに動いていれば…

 

 

あの子だけじゃない、

 

 

彼女だって、死なずに済んだはず……

 

 

「…そう言えば、もうすぐ十三回忌なんだっけな……」

 

 

時間の流れとは早いものだ

 

 

あの頃の俺は

 

 

しばらくは悲しみに暮れ

 

 

まともに食事すら出来なかった

 

 

『お前のせいじゃない』

 

 

慧音さんや、おやっさんはそう言ってくれた

 

 

周りの人達も、励ましてくれたが

 

 

そんな簡単には割り切れなかった

 

 

妖怪を恨んだ、激しく恨んだ

 

 

その悉くを残滅してやった

 

 

満たされる事が無い日々

 

 

荒んだ日々

 

 

そんな、血に染まった毎日

 

 

毎日、妖怪を一匹以上は殺していたっけ

 

 

襲われようが、襲われなかろうが

 

 

抵抗しようが、無抵抗だろうが

 

 

目の前に妖怪が居れば、殺す

 

 

気が付けば、自分の目の前には妖怪の屍の山が出来ていた

 

 

そんな光景が当たり前になっていた頃

 

 

いつしか下級、中級妖怪達に恐れられるようになっていた

 

 

上級妖怪ですら、まともに俺とは関わろうとはしなかった

 

 

一端の人間如きが、格上の妖怪を無惨に惨殺していた

 

 

誰であろうと、妖怪と分かったなら、それこそ無差別で殺していた

 

 

まさに、殺戮そのものだ

 

 

情け容赦など、微塵も無かった

 

 

誰一人として、俺を止めなかった

 

 

いや、止められなかったと言った方が正解だ

 

 

いつしか、里の人間ですら俺の事を恐れていた

 

 

毎日のように、全身に妖怪の血を浴びて、真っ赤に染めて帰ってくる自分の姿

 

 

そんなものを見れば、誰だって戦慄するだろう

 

 

結果的に、里を襲う妖怪が極端に減った

 

 

それだけ、俺を恐怖の対象として見ていたんだろう

 

 

だが、それでも俺は止めなかった

 

 

あの時の俺は…

 

 

間違い無く、気が触れていた

 

 

慧音さんは泣いていた

 

 

血に染まる俺を止める事が出来ない自分に腹が立っていたのだ

 

 

慶治や他の友人は、恐れから口出しが出来ず

 

 

おやっさんですら、諦めたかのように俺のやる事に口出ししなくなっていた

 

 

気が付けば

 

 

多くの妖怪から恨みを買い

 

 

人間達からは恐れおののかれていた

 

 

 

孤立無援

 

 

 

まさに、そんな状況だった

 

 

今考えれば、よく生き延びる事が出来たもんだ

 

 

殺されていてもおかしくない状況だったのに

 

 

奇跡としか言いようが無い

 

 

 

いや……、

 

 

 

「あの子」のおかげかもしれないな

 

 

 

「あの子」の存在が、俺を救ってくれたのかもしれない…

 

 

 

そうでなければ、俺はとっくに三途の川を渡っていたであろう

 

 

だが、本当の所は自分自身でも分からない

 

 

妖怪に対して、あれだけの惨い仕打ちを行っておきながら

 

 

未だに、五体満足でいられる自分が不思議でならない…

 

 

もう、あれから10年以上は経つのか……

 

 

 

 

 

「(♪)行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせー…」

 

あまり思い出したくない過去の出来事…。

 

…いかんいかん、俺の悪い癖だ。

 

出来るだけ、思い出さないようにしなきゃ。

 

 

「軽く、身体を動かすか…」

 

むくりと起き上がり、軽くシャドーボクシングを初めてみる。

 

「フッ…、ハァッ…」

 

身体は動くが、やはり傷が痛む。

力を込めると、なお痛みが増す。

 

「……止めとこ、慧音さん達にシバかれちまう」

 

傷を庇いながら座り、湯呑みにお茶を入れる。

 

「ああ〜、冷てえぇ…」

 

朝入れたお茶は、すっかり冷えていた、当たり前だよな。

 

「煙草を……」

 

卓上に置いてある煙管に手を出そうとしたが、

 

「あっ…、傷に差し支えるから、しばらくは吸うなって言われてたっけ…」

 

ニコチン中毒の俺に煙草を吸うなって、マジ拷問だよ…。

 

 

吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい………

 

 

我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢………

 

 

気分が悶々としてきた。

 

 

「どっか散歩に行くか…、近場位なら……」

 

立ち上がろうと、足に力を入れた時であった。

 

『グキッ!』

 

「うおっ!? 痛ってぇぇぇぇ!?」

 

不覚にも、足を挫いてしまった。

 

激痛のあまり、しばらくその場で悶絶。

 

おまけに、怪我をした傷も激しく疼き、二重三重の苦しみに襲われる。

 

「うぅぅぅ…、情けねえ…」

 

情けなくて、涙が出てきた…。

 

ツキが無い時ってのは、とことんこんなもんだわな…。

 

「…そろそろ、厄神様のとこに行って来んとあかんかな…」

 

きっと、俺には厄が溜まってるんだ。

それこそ、雛さんが喜ぶ位の。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

…………………………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 

「…ごめんくださーい!」

 

 

…………っ?

 

 

いつの間にか、寝てしまったらしい。

 

 

「こんにちは! 祐助さん居ますかあ!?」

 

 

……この声は!

 

 

「はいよ! 少し待ってて」

 

傷に配慮してゆっくりと起き上がり、玄関へと向かった。

 

「あっ! こんにちは、祐助さん」

 

「やあ、鈴仙さん。こんにちは」

 

「お薬の入れ替えに来ました!」

 

「お疲れさん……って、今日は私服なのかい?」

 

「はい、何時もの服は洗濯して、間に合わなかったので」

 

鈴仙さんが、里へ来る時は甚平のような着物を来て、編み笠にうさ耳と長い髪を隠しているが、今日は何時も永遠亭で見る服装、外の世界で言えば女子高生の制服みないな服装である。

 

やっぱり、彼女にはこの服が似合ってるし、可愛い…。

 

「…どうしたの?」

 

「…いや、何でもない」

 

危ねえ…、ちょっと下心が出そうになった。

いやあ、この姿を見て下心が出ない男は居ないって。

 

だが、彼女はあくまでも妖怪だ、それ以上の事は無い。

 

少なくとも、俺はな。

 

「一応、他の所は回って来たので、此処が最後です」

 

「そうか…、その言い方だと、何か言われたな?」

 

「はい………ええ、慧音に薬の入れ替えついでに、貴方の怪我を見て欲しいって言われたわ」

 

「そうだったか…、悪かったな、使いっぱしりみたいな事になってしまって」

 

「気にしないで、私も貴方には何時もお世話になってるから」

 

鈴仙さんが、俺の身体をジロジロと見ている。

 

「怪我は、酷いの?」

 

「直に見て貰えれば分かるさ、とりあえずこんな感じだ」

 

包帯だらけの身体を見せると、彼女は驚いていた。

 

「うわ…、派手にやられたのね…」

 

「相手は妖怪だからな、手加減なんてしてはくれないさ」

 

「……とにかく、その傷は、今から見させて貰うわ」

 

「ありがとな、まあ上がってくれ」

 

「うん!それじゃ、お邪魔します」

 

彼女は、木箱を背負ったまま家に上がってきた。

 

 

慧音さんに言われたとは言ってたが、うちは永遠亭のある方角にあり、彼女が立ち寄るには丁度いい立地らしい。

 

さっき、「最後」なんて言ってたが、実はうちに寄るのは毎回最後なのだ。

 

ぶっちゃけ、此処は彼女の休憩所も兼ねている。

 

一見、厚かましくも感じるが、俺は彼女の苦労を良く知っているので、文句も言わないし、邪険にするつもりも無い。

 

正直なところ、俺としては彼女の姿を見れるのは嬉しい。

 

目の保養になる……(ニヤニヤ

 

これで、人間ならば文句なしなんだが…。

 

 

…って、妖怪相手に色目は不要だよな。

 

 

さて、とりあえず、お茶でも出してやりますか…。

 




今回は、残酷描写に加えて「闇」描写も入ってます。

童歌「通りゃんせ」が、アクセントになってるかと。

後半は、コミカルに仕上げましたが、どうですかね?

次話は、コメディ中心な話になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖怪兎は人参に弱い

怪我を負った祐助を手当てする鈴仙。
そこで、色々なやりとりがされた。

更に予想外な出来事も…。


「うわ…、これ、結構酷いじゃないの…」

 

祐助の家に上がった鈴仙は、早速祐助の怪我の傷を確認しているが、予想以上の深手で表情が曇った。

 

「この傷の直りの遅さは、妖怪にやられたせいなんだろう」

 

「多分そうだろうけど、無茶し過ぎよ」

 

「油断していたとはいえ、手痛い一撃だったよ。 だがな、あの判断は間違いではなかったと思う」

 

「えっ…、どういう事?」

 

「あそこで朱鷺子を庇ってなければ、間違い無く彼女が致命傷を負っていた筈だ」

 

(どうして、この人間は自分を犠牲にして…)

 

祐助の身体に巻かれた包帯を交換しながら、鈴仙はそう思っていた。

 

「…それは、貴方がどうなっても良いと思ってやったの?」

 

「ほどんど咄嗟だったんだ、そこまで考えてる余裕は無かった」

 

咄嗟とはいえ、自分の命も顧みない行為に、鈴仙は憤りを感じていた。

 

「…何でよ」

 

「れ、鈴仙さん…?」

 

「どうして、貴方は自分を犠牲にしてまで、弱小妖怪を助けようとするのよ!」

 

「えっと……どうしてって言われてもな…」

 

何事も無いように話す祐助に、鈴仙はついに怒り出してしまう。

 

「もっと自分を大事にしなさいよ! 大体これが初めてじゃないでしょう! 以前だって、妖怪退治で大怪我したじゃない! 何で懲りないのよ!?」

 

「そう言われても、俺の仕事はまたぎ兼妖怪退治だからな。 怪我を恐れてちゃ、この役目は勤まらんよ」

 

「そんなの、霊夢に任せれば良いじゃない! 貴方は普通の人間だって事を忘れないで!」

 

「霊夢にばかり任せてたら、アイツの仕事が増えるだろ? 雑魚位俺達で何とかしないとな」

 

「その雑魚相手に大怪我したのは誰よ!?」

 

「だから、これは……」

 

「庇ったなんて、ただの言い訳じゃないのよ! 貴方の事を心配している人達の事を考えた事があるの!?」

 

「…済まない……」

 

「いい加減にしてよ…」

 

「鈴仙さん…」

 

「現に、私だって…」

 

鈴仙は、そこまで叫ぶように喋ると、俯き今にも泣きそうな表情をしていた。

 

「君も、心配してくれてるのか?」

 

「……っ! それは…その……」

 

祐助の問い掛けに、ハッと我に返った鈴仙は、顔を赤くして更に俯いてしまった。

 

「…ありがとな、鈴仙さん」

 

「……っ!」

 

祐助は鈴仙の手を握り、優しく微笑んだ。

 

「……とにかく、手当ての続きを…」

 

「ああ、頼む」

 

鈴仙は、再び包帯を巻く作業を始めた。

 

 

それからしばらく、手当てを終え、二人は縁側で会話をしていた。

 

「鈴仙さんも、随分と変わったな」

 

「ええっ!? そうかな…?」

 

「そうさ、初めて会ってからしばらくは、ガチガチの敬語で、しかも小声でしか喋らなかったからな」

 

「それは…、あの頃はまだ慣れてなかったし、私って臆病だし人見知りもするから…」

 

「そんな鈴仙さんも、今じゃ普通に会話も出来るし、結構ズケズケと物言うようになったよな」

 

「ちょ、ちょっと! 止めてよ! 恥ずかしいじゃない…」

 

恥ずかしさから顔を赤くして、持っていた湯呑みのお茶を一気に飲み干してしまった。

 

「私の態度…、気に障った…?」

 

鈴仙が、そう恐る恐る祐助に尋ねる。

 

「いや、逆だよ。そんな人見知りだった鈴仙さんと、こうして普通に会話が出来る位に打ち解けたのは、俺としては光栄さ」

 

祐助は、笑いながらそう答えた。

 

「光栄だなんて…、私の方こそ貴方にお世話になりっぱなしで…。 里の人間との仲裁にも入ってくれたし、案内もしてくれたし、此処で休ませてくれるし…、感謝してもしきれないわ」

 

「鈴仙さんは苦労人だからな、何だか放っておけなかったんだ」

 

「祐さん…、本当に……」

 

彼女は、小声で何かを言っていた。

 

「…何か言ったか?」

 

「あ…、いや……何でもないわ…」

 

祐助には、其れが聞こえてはいなかった。

 

「…まあいい。 それより、薬の入れ替えがまだだっけな、薬箱を取って来るよ」

 

「ええ、お願い」

 

そう言って、祐助は立ち上がり、居間の方へと歩いて行った。

 

 

「何でかな…、以前なら人間の1人や2人、怪我しようと殺されようと、あんまり気にも止めなかったのに、今は…」

 

彼女は複雑な心境ではあったが、何処かで彼への恩義を感じていた。

 

「あれだけ苦痛だった師匠の遣いも、今こうして普通に出来るのは、全て貴方のおかげよ…、ありがとう……」

 

1人になった縁側で、彼女はそう呟いた。

その表情は、とても穏やかであった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「えっと…、これでよしと。 薬の入れ替えは終わったわ」

 

「お疲れさん」

 

入れ替えを済ませた薬箱を手に取り、祐助は再び居間の方へと薬箱を片付けに行った。

 

「今回の怪我の塗り薬を入ってるから、マメに塗ってね」

 

「ああ、ありがとうな」

 

片付けを終え、縁側へと戻ると鈴仙の後ろ姿が日に照らされいるせいか、眩しく見えた。

 

本人は、とてもリラックスしているのか、脚を組み、床に手をついて伸び伸びとして、目を瞑って上を向いていた。

以前なら、まず見れなかった鈴仙の素の姿があった。

 

(服装もそうだが、鈴仙のあの兎の耳は特徴的だよな…、でも、耳では無いって言ってたっけ?)

 

「良い天気だよな…」

 

「そうね…」

 

そんな事を考えながら、鈴仙の隣に腰掛けた祐助は、湯呑みにお茶を注いだ。

 

「ほら、お茶だよ」

 

「うん、ありがとう」

 

彼女は湯呑みを受け取ると、逸れをゆっくりと飲み始めた。

それを見た祐助も、静かに茶を飲んでいた。

 

「貴方の傷の事は、お師匠様に伝えておくわ。 また、新しいお薬を処方してくると思うから」

 

「世話掛けてすまない、永琳さんにも宜しく伝えておいてくれ」

 

「…そう言えば、『たまには遊びに来い!』って、姫様が言ってたわよ?」

 

「げぇっ…、あの我が儘姫に捕まったら、当分帰れなくなるんだよなぁ…」

 

「まぁ…、分かるけど…」

 

二人は、苦笑いしていた。

 

「…そうだ! 君に土産があるんだった」

 

「えっ、お土産?」

 

「去年辺りから、小さいながら家庭菜園を始めてみたんだ。 うどんげは人参は好きか?」

 

「人参……」

 

人参というキーワードを聞いた瞬間、鈴仙の表情が変わる。

 

「何を言ってるんですか! 大大大好きに決まってるでしょ!? 私は兎よ!」

 

「そ、そうか…」

 

(正確には、妖怪兎なんだが…)

 

いきなりの豹変に、祐助の顔が引きつる。

 

「…とにかく、そんな君にコレをやろう」

 

そう言いながら、祐助は台所へと向かう。

そして、何かが入った箱を持って戻ってきた。

 

「……何コレ?」

 

其れを見た鈴仙が、不思議そうに尋ねる。

 

「何って、人参さ」

 

箱を開けると、そこには大量の人参が詰まっていた。

 

「うわぁぁっ! こんなにあるの!? しかも大きいわね!?」

 

「ああ、コイツは所謂『風見幽香スペシャル』ってんだ」

 

「はぁっ!? 風見幽香スペシャル!?」

 

何故そこで、その名前が出て来るのか、鈴仙は戸惑っていた。

 

「実はな、この人参の元の苗も、もっと言えばうちの花壇の土も、幽香直々の特別ブレンドが為された、正にスペシャリティな仕様なんだ」

 

「その……あの妖怪も、貴方の家に出入りしてるの?」

 

「まぁ、滅多に来ないがな。 それでも、時々抜き打ちとか称して庭の様子を見に来るんだ。 何か問題があればシバかれるんだ…」

 

「そ…、そうなんだ…」

 

祐助のその話に、鈴仙は冷や汗をかいていた。

 

「だかな、流石はフラワーマスターだ、その二つ名は伊達じゃないぞ。 この人参、メチャクチャ甘くて旨いぞ」

 

そう言うと、祐助は人参を一本取り出し、鈴仙に渡した。

 

「そのままで食ってみ」

 

「えっ!? 生で?」

 

「大丈夫だよ、ちゃんと洗ってあるから」

 

「いえ、そうじゃなくて…」

 

「とにかく食ってみ、食えば分かる!」

 

「そ、そう…」

 

鈴仙は、その人参を凝視しながら、いざ食べる事にした。

 

 

「それじゃあ、いただきます…」

 

 

『バリッ、バリッ、バリッ…』

 

 

口にした人参を、音を立てながらかじる。

 

 

「(なかなか良い音を立てて食べるな…)」

 

 

『モグ モグ モグ……』

 

 

「…………」

 

 

「…………っ」

 

 

彼女は丸ごと一本を平らげてしまった。

 

 

「…お味は、どうかな?」

 

 

「…………っ」

 

 

「…………っ?」

 

 

「…………お」

 

 

「……おっ?」

 

 

「美味しい……」

 

 

そう呟いた鈴仙の目つきが変わる。

 

 

「こんなに甘くて美味しい人参を食べたのは初めてよ! 月でもこんなボリュームがあって美味な人参は無かったわ!」

 

 

「あ、あの……うどんげ……?」

 

 

「お代わりぃぃぃぃ!!」

 

 

「うおぉぉっ!?」

 

 

人参の入った箱を奪い取り、人参を貪り出す妖怪兎。

 

 

「あ……あの……」

 

 

『バリッ!バリッ!バリッ!バリッ!』

 

 

「(な、何だあの食欲は…)」

 

 

「これ美味しい! もっと!もっとぉぉぉ!」

 

 

何かに取り憑かれたかの様に、人参を手に取り口に頬張る妖怪兎。

 

これには、祐助も開いた口が塞がらなかった。

 

 

『バリッ!バリッ!バリッ!ボリッ!!』

 

 

「(うわぁ…、これはとてもじゃないが、『見せられないよー!』的光景だ…)」

 

 

完全にキャラ崩壊している妖怪兎を目の前に、彼の顔は引きつっていた。

 

 

「うま――い! この人参は全部私のモノよ! 他のヤツらに食わせるなんて勿体ない!特にてゐなんかに渡してたまるかぁぁぁぁ!!」

 

 

「(マジすか…)」

 

 

それは、何時もの彼女では無い有り様であった。

 

 

気が付けば、箱一杯だった人参が、半分位まで減っていた。

 

 

「あーあ、美味しかった! ご馳走さま!」

 

「………っ」

 

大満足と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべる鈴仙。

祐助は、直ぐは言葉が出なかった。

 

 

「…どうしたの、祐さん?」

 

「お前…、良く食ったなぁ…」

 

「そりゃそうよ! こんなに美味しい人参、他のヤツらなんかに…………っ!!?」

 

そこまで言った鈴仙は、ハッと我に返った。

 

「…そんなに、美味かったかい?」

 

「あっ…! あ……ああ………あ…あああ………」

 

先程までの笑顔とは打って変わって、彼女の表情は急激に青ざめていった。

祐助の方は、笑みを浮かべて鈴仙を見ていた。

 

「うどんげ…」

 

「その……あの……これはね………その……あれなのよ………これがそれで……甘いあれこれ……うさ……えええ…とび……かん……りん……まるって……」

 

全く日本語になっていない意味不明な言い訳をする妖怪兎。

 

完全に動揺する鈴仙に、祐助が笑いながらトドメの一言を言い放った。

 

「なんかさ…、小動物を見てるようで、とっても可愛かったぜ!?」

 

「――――っ!?」

 

「まぁ、気にすんな。 所詮、兎だもんな」

 

 

「い………」

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

余りの恥ずかしさに、鈴仙は頭を抱えて超絶叫した。

 

彼女の絶叫は、家どころか、里中にも聞こえるかという位で木霊した。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

「ゆっくり帰りなよ」

 

日が傾きだした頃、祐助は鈴仙を見送ろうと表へ出ていた。

 

「うぅぅ…、あんな醜態を見られちゃうなんて…、恥ずかしい…」

 

目と頬を真っ赤にし、彼女は半泣きになっていた。

 

「そんな事もあるさ、誰にも言わないから心配しなさんな」

 

「…本当?」

 

上目遣いで祐助を見る鈴仙。

 

(そんな目で見るなよ…、惚れてまうやろうがぁぁぁ!!)

 

彼は、心の中でそんな事を叫んでいた。

 

「約束するよ、また何時でも来いよ」

 

「……っ! うん!」

 

それを聞いた鈴仙の表情は、パァッと明るくなった。

 

「じゃあ、私行くね。 人参ありがとう!」

 

「おお、みんなに宜しくなぁ」

 

薬の入った木箱を担ぎ、人参の入った箱を持つと、鈴仙は飛び上がった。

 

竹林の方へ飛んで行く彼女を、祐助は手を振って見送った。

 

「いやぁ、楽しい一時だった。 明日は何しようかねえ?」

 

1人そう呟きながら、家へと入って行った。

 




鈴仙、可愛く描けたかな?
なるべく、彼女の魅力を引き出す様にしたんですが…。

キャラ崩壊も仕様ですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

寺子屋の教師と貸本屋

主人公が、適度にブラブラするお話。


それから数日が経った。

永琳先生が処方してくれた薬を鈴仙さんが届けてくれて、それを飲んだら怪我の回復が早くなった。

まだ完治はしていないが、里の中なら普通に歩き回れるようになった。

 

やっぱり、月人の技術は凄いわ。

 

「ハァッ! オラァァ!!」

 

久しぶりに、シャドーボクシングで汗を流す。

 

「ハアッ!シュッ!フンッ!」

 

多少傷は痛むが、身体は動く。

 

「よし…、まだまだぁぁ!」

 

パンチに加えて、キックも繰り出すなど、完全復活目指してトレーニングに熱が入ってしまう。

 

「イテテテテ…、ちょいと無理し過ぎたかな?」

 

完治した訳では無いから、リハビリ程度にしておかないとな。

 

「ふう…、やっぱり鈍ったな…」

 

一週間は、まともに出歩いていないので、筋肉が贅肉になってしまっている感が半端ない。

 

ちなみに、その間は慧音さんが身の回りの世話をしてくれて、時々阿求のお嬢が様子を見に来る程度。

また、酒井一家が夜飯を携えて来てくれるなど、皆の親切には本当に感謝している。

 

「少し歩くか…」

 

久しぶりに、里を歩く事にした。

禁止されてるのは、里の外に出る事だけであって、里の中なら自由だからな。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「おや祐助さん、もう出歩いていいのかい?」

 

メインストリートを歩いていると、団子屋の女将に声を掛けられた。

 

「ええ、随分と良くなったんで、リハビリがてらに散歩してるんですよ」

 

ちなみに、今俺は杖をついて歩いている。

別に無くても問題ないが、傷を庇いながら歩くにはこれは便利なのだ。

 

「無理しちゃダメだよ?」

 

「ありがとうおばさん、ついでだから団子下さい」

 

「はいよ!」

 

久しぶりに、此処の団子を食った。

 

涙が出る位、美味かった。

 

生きている事を、改めて実感。

 

「あ〜、美味い! 久しぶりの団子は最高ですよ」

 

「それは良かったわね!」

 

少しの間、手作りの団子に舌鼓を打つ。

 

あっという間に、団子を平らげお茶を流し込んだ。

 

「…そろそろ行こうかな、お代は置いときますね」

 

「毎度ありがとうございます!」

 

団子屋を出て、再び里の中を歩く。

心地よい風が吹き抜けていく。

 

しかし、上空を見ると見覚えのある鴉天狗が飛んでいくのが見えた。

大凡、何かのネタを掴んだんだろう。

 

気にしないで、歩こう。

 

「そういえば、もう直ぐ寺子屋だっけ…」

 

せっかくだ、寺子屋まで行くか。

しばらく振りに、アイツの顔も見たいし。

 

自分の足が、自然と寺子屋の方向へと向いていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「はい、次は……」

 

(おっ、やってるねぇ)

 

祐助が、寺子屋に着いて様子を伺う。

寺子屋は、戸が開け放たれており、中の様子が良く見えていた。

 

(平九郎、真剣に授業するからなぁ…、こっちに気付かないかだろうか…)

 

 

祐助が平九郎と呼ぶ人物、『木村平九郎』とは、祐助の幼なじみであり後輩である。

鍛冶屋の酒井慶冶とは、同い年の友人でもある。

 

表の顔は、寺子屋の教師を勤めているが、彼も実は…。

 

 

(よーし、面白い事してやらう♪)

 

すると、真剣に授業をする平九郎の気を逸らす為に、祐助は軽い悪戯を始める。

 

「ラーララーラララーラーララ♪」

 

何故か、勝○にシ○ドバッドを歌い出す祐助。

ついでに、踊りまで踊り出す。

 

「うん…?」

 

平九郎はそれに気が付く。

 

「(祐さん…、何やってるんだよ…)」

 

チラッとその方向を見るも、気付かない振りをして授業を進める。

 

「それで、ここは…」

 

(む、無視しやがったなぁ…)

 

そんな事で諦める彼では無い。

 

(ならば…!)

 

「みんなー!チルノのさんすう教室、始まるよー! あたいみたいなさいきょー目指して頑張っていってね――!」

 

何故か、チルノのパーフェクトさんすう教室を踊り出す。

 

「バーカバーカ!バーカバーカ!」

 

平九郎を指差しながら踊る祐助。

 

「……ブッ!」

 

思わず吹き出してしまう。

 

「(ヤバい…、祐さん止めてくれ…)」

 

必死で笑いを堪えながら授業を続ける平九郎。

 

(よしよし、いい感じだ♪)

 

一通り踊り終えると、次のパフォーマンスへ。

 

「(次は何すんだよ、祐さん…)」

 

「オーレ――、オーレ――…♪」

 

「(うわっ、それマジすか!?)」

 

「『チャチャチャチャチャ♪』マツケンサンバー♪」

 

「ブッ!」

 

(ようし、アヘ顔効果あり!もう一息だぜ!)

 

「オーレ――、オーレ――…『チャチャチャチャチャ♪』

マツケンサァンバァァァァァァ↑↑!!」

 

「ぶふほぉ!?」

 

アへ顔で踊る祐助を見てしまい、ついに盛大に吹き出してしまった。

 

(よっしゃぁぁぁ!大成功!)

 

「どうしたの、先生?」

 

「何1人で笑ってるの? 気持ち悪いよ?」

 

「なっ!? 違う! これは……」

 

平九郎は、慌てて祐助の居た方向を指さしたが、

 

「あっ…、あれ……?」

 

何処を見ても、彼の姿は既に無かった。

 

「に…、逃げやがったなぁ……!」

 

「先生? あそこがどうしたの?」

 

「幽霊でもいたの?此処は命連寺じゃないよ?」

 

「それとも先生、幻覚でも見たの?」

 

「永遠亭に行った方がいいんじゃないの?」

 

「病なら、もう人生詰んだよね?」

 

「今日の授業は出来ないよね?もうゴールしても良いよね?」

 

 

「ひ、酷い……君達酷すぎる……」

 

 

子供達からの容赦ないツッコミに、涙目の平九郎。

 

 

「(祐さん、覚えてろよぉぉぉ!!)」

 

心の中で、そう叫んでいた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ふっ…、まだまだ青いぜ、平九郎…」

 

久しぶりにしてやったりだったな。

 

全く以て愉快、愉快♪

 

 

さぁて、散歩を再開しようかね。

 

「そうだ、本屋でも行くか」

 

まだ暇を持て余しているんだ、この機会に読みたい本でも買っておくか。

 

幻想郷の人里にある本屋は一軒だけ。

 

貸本屋、『鈴奈庵』だ。

 

外の世界から流れてきた本が多くあり、俺も時々此処で読み漁っている。

 

だが、あそこはそれだけじゃないんだよな…。

 

そんな事を考えているうちに、鈴奈庵に到着した。

 

「ごめんよー」

 

出て来たのは、鈴奈庵の店主だった。

 

「いらっしゃい……って、祐助君じゃないか、怪我は大丈夫なのかい?」

 

「ああ、おじさん。今日は店にいたんですか」

 

「さっき、外回りを終わらせてきたところだ」

 

「そうでしたか、俺の方は大丈夫っすよ、この通りね」

 

軽く身体を動かして、順調である事をアピールしておいた。

 

「仕事とはいえ、あんまり無茶はするなよ? 妖怪にやられたなんて聞いたら、心臓が縮むぜ」

 

「お気遣い感謝します、でもね、俺もこれが仕事ですから。 多少の怪我は覚悟しないと…」

 

「もう、博麗の巫女に任せれば良いじゃないか?」

 

「そうはいきません、表向きは猟師であっても、近藤の家の本来の仕事は妖怪退治なんですから。 俺の代で絶やす訳にはいきません」

 

「君も頑固だなぁ…」

 

「親父に似たんですよ」

 

「「ハハハハハ……」」

 

俺と店主、二人して談笑をしていた。

ここの店主は良い人だよ、普段は余り店には居ないけど。

 

「…ところで、新しい本は入りましたか?」

 

「ああ、それなら小鈴に聞いた方が早い」

 

「なるほど…」

 

店主は、店の奥へと入って行った。

 

「小鈴! お客さんの相手をしてあげなさい」

 

「はーい!」

 

店主の代わりに出て来たのは、この店の売り子をしている『本居小鈴』である。

 

なかなか、可愛い娘さんだ。

 

だが、騙されちゃいけない。

 

この子の能力は、なかなかずば抜けているんだ。

 

「いらっしゃいませー…」

 

「よう小鈴ちゃん、元気してたか?」

 

「あっ! 祐助さーん!」

 

俺の姿を見るなり、いきなり飛びついてくる小鈴ちゃん。

この子が幼少の頃、面倒を見ていた事もあり、俺にはよく懐いている。

 

「おいおい…、嬉しいのは分かるが、こっちは病み上がりなんでね、お手柔らかに頼むよ」

 

「もう…、心配したんですよ!」

 

「ああ…、悪い……」

 

少し怒った表情で、俺を見上げる小鈴ちゃん。

怒った顔も可愛いとは、こういう事か。

 

「祐助さんは、大事なお客さんなんですから、無理をしないで下さいね!」

 

「その台詞は、みんなから言われて、耳にタコが出来たよ…」

 

「当たり前です! こんな事を何回も繰り返してるんですから!」

 

「分かったよ…、ところで、新しい本は入ったかい?」

 

「はいっ、何冊か入りましたよ。 ちょっと待ってて下さい」

 

そう言うと、彼女は店の奥へと向かって行った。

少し待った後、何冊かの本を抱えて戻ってきた。

 

「とりあえず、こんなものですかね…」

 

「どれどれ、ちょいと拝見…」

 

彼女が持ってきた本を手に取り、読み始めた。

そうして半時程、小鈴ちゃんと談笑しながら本を読んでいた。

 

「…よし、全部読み終えたっと」

 

「どうでしたか?」

 

「この三冊は面白かった、買うよ」

 

「毎度ありがとうございまーす!」

 

そうして、本の会計を済ませた。

 

「なぁ、小鈴ちゃん…」

 

「何ですか?」

 

「好きとはいえ、これは頂けないなぁ…」

 

俺は、そう言って一冊の本を手に取った。

 

それは、所謂『妖魔本』である。

 

特殊な字のせいで内容は分からないが、こういう稼業をしていると、これが危険な本だというのがヒシヒシと伝わってくる。

 

「その本、私はちゃんと読めますから。 内容はちょっとした呪術的なものでしたよ」

 

「それ、尚更ダメだろ…」

 

「大丈夫ですよ、問題があれば霊夢さんにお願いしますから!」

 

「他力本願かよ、尚悪いぞ…」

 

「それに、目の前にも信頼出来る人が居ますから…」

 

そう言うと、小鈴ちゃんは俺の手を、ギュッと握ってきた。

 

「祐助さん…」

 

俺の名前だけ呼ぶと、彼女は俯いてしまった。

 

まだまだ、子供だな。

 

「…大丈夫だよ小鈴ちゃん、俺はいつだって君の味方だ。困った事があったら相談に乗ってやるよ」

 

彼女の頭を撫でながら笑顔で答えてやると、小鈴ちゃんの表情も再び明るくなった。

 

「…ありがとう」

 

顔を赤くしながら、そう一言だけ呟いた。

 

「俺はもう帰るから。お父さんに宜しくな」

 

「…はい、またのご来店をお待ちしております!」

 

最後に、彼女は元気良く挨拶をしてくれた。

やっぱり、彼女には笑顔が似合う。

 

そして、俺は店を後にした。

 

 

彼女は寂しかったのだろうか?

どうも、あの表情が印象に残ってしまっている。

 

恐らく、阿求のお嬢が余計な事を吹き込んだのだろう。

そうなると、事を大袈裟にするんだから尚悪い。

 

これだから、稗田の家とはあんまり関わりたく無いんだよ。

だが俺の立場上、そうはいかないのがツラい。

 

「はぁ…、早く帰ろ…」

 

俺は、買った本を片手に杖を付きながら家路についた。

日はまだ高かったが、今日は帰りたかった。

 

しばらく動いていなかったせいか、体力が落ちているのが、はっきりと分かる。

 

リハビリ続けなきゃな…。

 




ギャグを書いたつもりですが…。

自分は、センスが無いのかもしれない…orz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖怪、助けました

傷が良くなり、トレーニングを再開する祐助。
しかし、その途中で予想外の出来事に出会す…。

注意!
暴力描写、胸糞描写が含まれます。
閲覧の際には、注意して下さい。


「さぁて、今日はランニングをするかな」

 

今日の祐助の姿は、所謂ジャージ姿である

 

怪我の方も大分良くなり、鈍った身体に渇を入れるべく、里の中をランニングする事にした

 

「フンッ! シュッ! シュッ!」

 

何時ものように、シャドーボクシングで準備運動をこなす

 

「…よしと、水筒と博麗札は持って行こうかね」

 

里の中とはいえ、妖怪が襲って来ないとも限らない

最低限の装備だけは、準備する

 

「…よっしゃ! それじゃ、行きますか!」

 

そうして、ランニングを開始する

 

彼の走るルートは、人里の外周を沿うように回るルートで、境界ギリギリを縫うように走るのだ

 

普通に歩けば2時間以上は掛かるのだが、普段の彼はそれを1時間以内で走破する

 

しかし、今はまだ病み上がりなので、1時間弱を目指して一定のペースで走る

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…」

 

息を切らせながら走り続ける祐助

 

(いやぁ、マジで鈍ってる……、こんな早い段階で息切れとか有り得ねぇ)

 

少しペースを落とすも、何とか走り続けた

 

 

 

 

ようやく里を一周し、腕時計で時間を確認する

 

「はぁ…はぁ…はぁ……ざっと…、1時間10分か…、おっせーなぁ…」

 

時間を確認した彼の表情が曇る

 

「はあ…、しばらく休んでたツケが回って来たか…、くそったれが…!」

 

近くにあった石を思いっ切り蹴っ飛ばす

 

「まあ仕方ないか………よし、少し休憩したら、もう一度アタックしてみるか」

 

そう呟くと、祐助は近にあった岩に腰を掛けた

 

「グッ…グッ…グッ……ぷはぁ!

一汗掻いたあとの冷たい茶は最高だな!」

 

水筒のお茶を一気飲みし、心地よい疲労感に浸っていた

 

 

 

 

「フッ フッ フッ…」

 

再びランニングを再開する祐助

今度は時間を気にせず一定のペースで走っていた

 

しかし、里の外れの命連寺の墓地の近くを通りがかった時、異変に気が付く

 

「――――っ」

 

(………っ?今寺の方から声が聞こえたような…)

 

微かに声が聞こえたように感じた祐助は、立ち止まり耳を澄ます

 

「………っ!」

 

「…た………て………や……て……!!」

 

「……せ!………やる……!!」

 

微かに聞こえた声は、怒声と悲鳴が混じり合っているように聞こえる

 

(何だ…? まさか……里の人が妖怪に襲われてる…!?)

 

そう思った祐助は、居ても立ってもいられず、声のした方向へと駆け出した

 

しかし、其処で見たのは、彼が考えていた事とは真逆の事態が起こっていた

 

 

 

そこは、命連寺から程近い墓地付近の茂みであった

 

「オラァ! オラァ! オラァ!」

 

「ぎゃぁぁぁ!止めてぇぇぇ!!」

 

「やかましい! 雑魚妖怪の分際で俺達を脅かそうなんざ、100年早いんだよ!」

 

「思い知らせてやる! オラァ!」

 

「二度と舐めた真似出来ないように痛ぶってやるから、感謝しやがれ!」

 

「「「「オラッ! オラッ! オラッ! オラァッ!!」」」」

 

其処では里の若い男4人が、1人の妖怪に殴る蹴るの暴行を加えていた

 

「ぎゃぁぁぁ! ごめんなさーい! もうやらないから、許して下さい!!」

 

「うるせえ! 黙れクソがぁ!」

 

男が、妖怪の顔を思いっ切り殴りつけた

 

「ぐはぁ!?痛ぁ――い!!」

 

「オラァ! 逃げんなぁ!」

 

 

バギッ! ドガッ! バギッ!

 

 

4人は、執拗に暴力を振るう

 

「やめてぇ! やめてぇぇぇ!! 痛いよぉぉぉぉ!!」

 

妖怪は泣きじゃくりながら嘆願するが、男達は全く聞こうとはしない

 

「驚かした相手が俺達だった事を、後悔させてやる!」

 

「何時もは人間が妖怪に殺されてるんだからな、今日は妖怪が人間に殺される番だぁ!」

 

「私驚かしただけだよ? それ以上は何もしてないよ!?」

 

「じゃかぁしい! 妖怪に情けは無用だ!」

 

「早く死ね! オラァ! オラァ!」

 

「ウリャァ! ゴラァ!」

 

 

バギッ! バギッ! ゴギッ!

 

 

「いゃぁぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇ!!」

 

「泣こうが喚こうが、誰もテメェなんかを助けに来るヤツはいねぇんだよ!」

 

「諦めて、さっさっとくたばれ!」

 

「「「「オラァ!オラァ!オラァ!!」」」」

 

「うわぁぁぁぁぁん!! 痛いよぉぉぉぉ!!」

 

泣き叫ぶ妖怪を気にかける事無く、男達は暴行を続けた

それは、集団リンチそのものであった

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

「もう動けなくしてやる!」

 

男が、妖怪の脚を思いっ切り蹴り飛ばす

 

『ボキッ!』

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

鈍い音と同時に、妖怪が絶叫した

 

「骨が折れやがったか、ざまぁねぇなぁ!」

 

「ああ、いい音したな! もう一本いっとくか?」

 

「次は腕の骨やるか?五体満足でいられない身体にしてやる!」

 

「やめてよぉぉぉぉ!! もう痛いのは嫌だよぉぉぉぉぉ!!」

 

「後悔しても遅い、お前は此処でくたばるんだ!」

 

「うわぁぁぁぁ!! 嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁ!!!」

 

全身痣だらけになり、至る所から流血している妖怪

 

「さてと、そろそろ仕上げといくか?」

 

「そうだな、流石に疲れてきた」

 

「さっさと、トドメ刺すか!」

 

「へっへっへっ……」

 

男達が不気味に笑い出す

 

「ごめんなさーい! もうやらないから!ひっく……絶対にやらないからぁぁ! ひっく…ひっく……もう許してぇぇぇ!!」

 

妖怪は、まともに動かせない身体を必死で起こし、許しを乞う

 

「うるせえ! これまで死んでいった人らの恨み、ここで晴らしてやる!」

 

「私はそんな事してないよ!? 何で私がこんな目に遭わなきゃならないの!?」

 

「妖怪はみんな同じだ! うざうざ言ってねえで、早くあの世に行けぇ!」

 

ひとりの男が、近くにあった石を持ち上げる

 

「これで終わりだ、ぶっ殺してやる!!」

 

「いやぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇ!! 死にたくないよぉぉぉぉぉ!!!」

 

妖怪の頭上目掛けて、石を振り落とそうとした瞬間であった

 

 

ガシッ!

 

 

「なっ? ……イテテテェ!?」

 

何者かに左手首を掴まれ関節を決められてしまい、男は石を落とし痛みで顔を歪めた

 

「いい加減にしろ、このクソ共 が…!」

 

「「「……っ!?」」」

 

他の男達が、声のした方向を見ると、そこには祐助の姿があった

彼は、鬼の様な形相で男達を睨み付けていた

 

「大の大人の男4人が、寄ってたかって無抵抗な妖怪を痛ぶるとは…、お前等恥ずかしくはないのか?」

 

「うるせー! おっさんは引っ込んでろ!」

 

「そいつはなぁ、俺達を驚かそうとしていきなり現れやがったんだ」

 

「そうしたら見ろ! 買ったばかりの草履の鼻緒が切れちまったんだ!」

 

「…それだけの為に、こんなに痛めつけたって言うのか?」

 

「そうだ! 妖怪は人間の敵だ! テメェは妖怪のカタを持つつもりかぁ!?」

 

「そんなつもりは無い、確かに妖怪は人間の敵だ。 だがな…」

 

「だったら引っ込んでろ!」

 

「いくら、それが原因で新品の草履の鼻緒が切れたからって、此処までする必要があるのか?人間の品格も随分と地に堕ちたもんだな」

 

「うるせえ! さっさと離し……イデェェェェ!!」

 

祐助は抵抗しよとした男の腕を捻り、背中に押し当て固め技を決める

 

「お前等、自分より弱い相手を痛ぶって楽しいか?」

 

「やかましい! そいつを離しやがれぇぇぇ!!」

 

1人の男が、祐助目掛けて殴りかかって来る

 

「フンッ…」

 

祐助は、殴りかかって来た男の腕を左手で掴む

 

「なっ…!?」

 

だが、掴んだのは一瞬

 

すぐに、その腕を払うと

 

 

ガシッ!

 

 

「うがぁぁっ!?」

 

男の首を掴んだのだ

 

「言っておくがな、こちとら妖怪を相手にする事を前提に鍛えてるんだ。 テメェらみたいな普通の人間になんざ負ける気すらしないが?」

 

「う…嘘だ…、そんなハッタリが…」

 

「ほうぉ…」

 

祐助の眼光が更に鋭くなる

 

「オラァァァ!!!」

 

「がぁぁぁぁっ!?」

 

祐助が叫ぶと、右手で男を抑えた状態で、その男を左腕だけで持ち上げてしまった

 

「「ひ、ひぃぃぃぃ!?」」

 

それを見た2人の男は、度肝を抜かれ尻餅をついた

 

「ハッタリじゃねえぞ…、その気になれば、今すぐに貴様の首をへし折る事だって出来るぞ」

 

「が……あがぁぁぁ……」

 

持ち上げられた男は、懸命に何かを喋ろうとするが、喉を封じられ喋る事が出来ない

 

「おい……」

 

「「ひぃぃ?」」

 

「どうするんだ? 仲間見殺しにするのか?」

 

祐助は、2人の男を睨みながら聞いた

 

「か、勘弁してくれぇぇ!」

 

「頼む、許してくれぇ!」

 

2人は、手をついて祐助に詫びを入れた

 

「バカ共が…!」

 

それを聞いた祐助は、2人の男を解放した

 

「がはっ! ゲホッ…ゲホッ…!」

 

「イテテテテ……」

 

「だ、大丈夫か?」

 

2人の元へ男達が駆け寄る

 

「いくら妖怪が相手でも、貴様達がやった事は弱い者イジメに等しい! 自分より格下の相手を痛ぶるなんざ、屑がやることだ!」

 

怒りを露わにする祐助は、更に続ける

 

「今回は、慧音さんには黙っててやる。もし話せば、貴様達には制裁が科せられるだろうからな」

 

「そ、それだけは勘弁を…」

 

「特にお前だ! 大店の笹子屋さんのドラ息子! こんな事が表沙汰になってみろ、笹子屋さんの暖簾に傷が付くんだぞ!?」

 

「な、何故俺の事を!?」

 

「おい…、まさかお前は俺の顔を見忘れたのか?」

 

「えっ………あっ! 貴方は!?」

 

「お、おい…誰なんだよ?」

 

「この人は…、近藤祐助さんだ!」

 

「何!? あの凄腕の妖怪退治人って噂の…」

 

「その通り、俺が近藤祐助だ」

 

「ひぇぇぇ!? 申し訳ありませーん!」

 

4人は、祐助の前で土下座して謝った

 

「全く…、自分より弱い相手にはリンチして、格上の相手には土下座ときたか…最低だな、まるで天狗だ」

 

祐助が彼らを見る目は、非常に冷たいものであった

 

「今回は見逃してやる。だがな、今度同じ事をしているのを見たら、次は俺が貴様達をぶっ潰す! 分かったか!?」

 

「「「「は、はい…」」」」

 

「ふざけるな!大声出せぇ!!」

 

「ひぇぇぇぇ!!」

 

祐助の一喝で、4人は一目散に逃げ出した

 

「…ったく、どうしよもないバカ共が…」

 

呆れた表情で、その様子を見ていると、横から啜り泣く声が聞こえた

 

「ぐす…ぐす……ひっく…」

 

「酷くやられたな…。 君、大丈夫か?」

 

祐助は、血だらけの妖怪に手を差し伸べるが

 

「い…いやあ……!」

 

怯えながら後退りをした

 

(よほど怖かったんだろな…)

 

妖怪の心中を察した彼は、優しく笑みを浮かべながら静かに諭した

 

「大丈夫だ、何もしないよ。俺は君の味方だ」

 

「み、味方…?」

 

「そうだよ、もう大丈夫だから、おいで」

 

「あ…、痛いっ!」

 

「どうした?」

 

「あ、脚が…」

 

祐助が妖怪に駆け寄り、怪我をした所を触る

 

「これ…、折れてるじゃないか!? アイツ等がやったのか?」

 

「う、うん…」

 

「…クソがぁ!」

 

想像以上の仕打ちに、怒りを抑えられなかった

 

「ひぃぃ!?」

 

「ああ…、済まない。 君に怒った訳じゃないんだ」

 

「ほ…、本当…?」

 

「本当だ、約束する」

 

「う…うぇぇぇぇん…、怖かったよぉ…痛かったよぉ…」

 

「可哀相に…、よしよし…」

 

泣き出す妖怪を祐助は抱き寄せ、背中を軽く叩いてやった

 

「…とにかく、怪我の手当てをしないとな。寺子屋まで行こう」

 

「寺子屋…?」

 

「ああ、其処に行けば道具も揃ってるからな。 抱っこしてやるよ」

 

「うん……あっ、傘…」

 

「傘?」

 

妖怪が指差した方を見ると、唐傘お化けを思わせる傘があった

 

(なるほど、あれで驚かせたのか…)

 

何となく納得する祐助

 

「ほらよ」

 

傘を妖怪に渡すと一気に抱き上げた

 

「い、痛いよ…」

 

「ゴメンな…だけど、少しだけ辛抱しな」

 

妖怪を気にかけながら、ゆっくりと歩き出した

 

「君、名前は?」

 

「私は小傘…多々良小傘っていうの」

 

「小傘さんか、俺は近藤祐助だ、よろしくな」

 

「うん…、よろしく…!」

 

小傘は安心したのか、祐助の胸に顔を埋めてしまった

 




妖怪を抱っこして里へ向かう主人公は、とても妖怪退治を生業にしている人間には見えないですね…。

小傘ゴメンね、かなり痛い描写になってしまった。

簡単にやられる事は無いんだろうけど、そんなに強くは無いからなぁ…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

唐傘妖怪のお泊まり

人間が唐傘妖怪を連れて、寺子屋に駆け込んで来ました。


「慧音さん、居るか?」

 

怪我を負った小傘を抱いた祐助が、寺子屋へと駆け込んできた。

 

「…祐助か、珍しいな………って、どうしたんだその妖怪は!?」

 

「ああ、見事にやられた」

 

「一体、誰がやったんだ!?」

 

「詳しい話は後だ、薬や包帯を準備して欲しい!」

 

「分かった! 中に入れ!」

 

慧音に導かれ、彼は妖怪を抱いたまま中へ上がった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「少し痛いからな、我慢しろよ」

 

「うぅ…、痛いよぉ…」

 

慧音が血塗れの小傘の身体を拭き、怪我の箇所には塗り薬を施し絆創膏を貼っていった。

 

「骨が折れてる所を矯正するからな、ちょっと痛いぞ」

 

「えっ…、どうするの?」

 

「…それっ!」

 

(コキッ!)

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 

折れた箇所を真っ直ぐに矯正するが、少々強引だった為か激痛が走り、小傘は痛みで絶叫した。

 

「ゆ、祐助、少し無理矢理過ぎるぞ…」

 

「痛かったか? ごめんな…、だが、もう大丈夫だ」

 

祐助は、小傘の脚に添え木をし、包帯を巻いた。

 

「今のは、とっても痛かったよぉ…」

 

「ごめんごめん、これで終わりだからな」

 

包帯を巻き終え、固定されている事を確認する。

 

「よし…、これでしばらく様子見だな」

 

「妖怪だから、3日程すればある程度は治るだろう」

 

手当てを終え、安堵する二人。

 

「横になりな」

 

小傘を寝かせると、祐助はお茶 を淹れる。

 

「これを飲め、少しは楽になる」

 

「う、うん……」

 

彼女は、祐助の言うとおりに湯呑みのお茶を一気に飲んだ。

 

「いい子だな」

 

「あ…あれ…、急に眠くなってきた……」

 

そう口にした小傘は、静かに意識を手放した。

 

「流石は永遠亭の薬だな、直ぐに効き目が出て来た」

 

「あのお茶に、何を混ぜたんだ?」

 

「鎮痛剤と睡眠薬を混合した永遠亭独自の薬さ、しばらく眠れば痛みも多少は和らげるだろう」

 

「そうか、なるほどな…」

 

祐助の説明に、慧音は納得の様子だった。

 

「慧音さん、あんたはこの妖怪の事を知ってるか?俺は見覚えはあるが、何処の妖怪だったかは思い出せないんだ」

 

「ああ、コイツは多々良小傘って言ってな、命蓮寺に出入りしてる妖怪なんだ」

 

「…命蓮寺か!道理で見覚えがあると思ったんだ」

 

「尤も、本人は信者では無いと否定してるがな」

 

「なるほどな…」

 

「…ところで祐助、この妖怪の怪我の事だが…」

 

「そうだったな、何でこの妖怪がこんな目に遭ってたかは…」

 

 

祐助はありのままを話した。

 

墓地の外れで、人間達に暴行を加えられていた事。

もう少しで、殺されていた事。主犯格が、大店の息子だった事。

間一髪、彼が助け出した事を。

 

 

「そうだったのか…」

 

それを聞いた慧音は、全てを把握した。

 

「あの、バカ共がぁ…!!」

 

慧音もまた、怒りに震えていた。

 

「まあ、今回は見逃してやってくれ。 ちゃんと俺から制裁は加えておいたから」

 

「し、しかし…」

 

「俺だって、緊急とはいえ怪我が完治してないうちから里の外に出てしまったんだ。 余り大きい顔は出来ない」

 

「………っ」

 

「今回だけは頼む。ただし、次やったら遠慮無く制裁を加えればいいからさ」

 

「…お前がそう言うなら、そうするよ」

 

「ありがとな、慧音さん」

 

彼は、軽く頭を下げた。

 

「だが、アイツ等はしばらく要注意だな。 自警団の人達にも一言伝えておく」

 

「そうだな、下手すれば事を大きくしかねないもんな」

 

「全くだ、仲間の妖怪共の報復が無かっただけでも良しとしないとな」

 

「仮に攻めて来た所で、俺が退治してやるよ」

 

「相変わらずだな」

 

「「ハハハハハ…」」

 

二人はしばらくの間、眠っている小傘の横で談笑していた。

 

「そう言えば、平九郎の姿が無いが?」

 

「ああ、平九郎は今子供達を連れて近場へ野外授業をしてるよ」

 

「そっか…」

 

(アイツにも謝っておかなきゃなぁ…)

 

 

――――――――――――――――――

 

 

それから一刻程、小傘が目を覚ました。

 

「…あ……あれ…、私…寝ちゃったの…?」

 

「おっ、お目覚めか?」

 

「どうだ? 傷は痛むか?」

 

「……まだ痛い………けど、さっきよりはマシになったかな…」

 

「そうか、それを聞いて安心したよ」

 

祐助と慧音は小傘の様子を見て、少しだけ安堵した。

 

「しかし、お前も運が悪かったな。 あんなロクでもない人間に捕まってしまって」

 

「うん…、もう懲りたよ………でも、私は誰かを驚かさないとお腹いっぱいにならないの…」

 

「君はそういう妖怪だったな、どうしたものか…」

 

少し考え込む祐助であったが、其処に慧音が声を掛ける。

 

「どうするかを考えるのはいいが…、彼女をどうする?」

 

「ああ、そうだな…、しばらくは俺が預かろう」

 

「預かるって、いいのか?」

 

祐助の一言に、慧音は驚きの声を上げる。

 

「問題無いだろう、怪我をしてるうちは何も出来ないだろうし、このまま放り出したら、またアイツらが仕返しをしないとも限らない」

 

「まぁ、確かにそうだが…」

 

「心配しなさんなって」

 

慧音を説得すると、今度は小傘に聞く。

 

「小傘さん、君さえ良ければ俺の家に来ないか?」

 

「えっ…、いいの?迷惑じゃない…?」

 

「ああ、構わないさ。怪我が治るまでは置いてあげるよ」

 

「うん…、行く……」

 

弱々しいながらも、小傘は首を縦に振った。

 

「決まりだな、それじゃあ、そろそろ帰るか、晩飯の支度もあるしな」

 

祐助が立ち上がると、小傘の元へと近付き

 

「抱っこしてやるから、掴まりな」

 

「は、はい…」

 

ひょいと抱き上げた。

 

「私も送ろう」

 

「ありがとな」

 

3人は寺子屋を出て、里の中を歩いた。

 

 

 

道中は、祐助が小傘を抱っこしたまま歩き、慧音が声を掛けながら横を歩いていた。

 

行き交う人々も見てはいたが、特段気にしている様子は無かった。

 

 

 

「…それじゃ、私はもう帰るよ」

 

「悪いな、こんな所まで送ってくれて」

 

「気にするな、大した距離じゃないよ」

 

「それじゃあ慧音さん、お休み」

 

「ああ、お休みなさい」

 

そうして、慧音は帰路についた。

 

 

「…よし小傘さん、此処が俺の家だ、立てるか?」

 

「うん、大丈夫…」

 

抱きかかえた小傘をゆっくりと下ろし立たせた。

 

「無理するな、掴まれ」

 

片足で立つ小傘を横から支え、家の中へ上げた。

 

「そこでしばらく横になってな、今から飯の準備をするからな」

 

「あ、ありがとう…」

 

座布団を枕代わりにして横になる小傘。

それを確認した祐助は、台所へと行った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「さあ出来た! 今日は小傘さんの為に腕を振るったんだ。食べようか」

 

「うわぁぁぁぁ…」

 

食卓に並べられたご飯やおかずを見て、小傘は感嘆の声を上げた。

 

「どれもこれも武骨な男料理で済まない、これで勘弁してくれよな」

 

「そんな事無いよ、とっても美味しそうだよ!」

 

「そうか、そう言ってくれると助かるよ」

 

笑みを浮かべる小傘を見て、祐助もつられて笑みを浮かべた。

 

「これは、何て言うの?」

 

「これは、うちの庭で採れた野菜と、牛肉は無かったから、代わりに猪の肉を辛めの味付けで炒めた、外の世界では回鍋肉と呼ばれてるやつだ。こっちは、鶏の肉とネギを串で刺して焼いたねぎまってやつだ。 味は食べてみてのお楽しみだ」

 

「へぇ…、色々知ってるんだね…」

 

「ああ、俺は外の世界のマニアでね、この献立も外の世界の料理本を参考にしてみたんだ」

 

「そうなんだ…」

 

食卓の料理を、目を輝かせながら見ている小傘。

 

「さぁ、食べようか」

 

「うん!」

 

 

「「いただきます」」

 

 

箸を取り、おかずを一口頬張る。

 

「モグモグモグ……」

 

「………っ」

 

祐助も気になるのか、その様子を伺っていた。

 

「………っ」

 

「…味はどうだ? 辛くは無いか?」

 

「…美味しい……」

 

「そうか…、良かった」

 

それを聞いた彼は、笑顔になった。

 

「美味しい……美味しいよぉぉぉ………うえぇぇぇぇん……」

 

「…えっ? 何故に泣く訳?」

 

食べながら大粒の涙を流し泣き出した小傘に、祐助は戸惑ってしまう。

 

「だって……ぐす……私の為に、こんなに美味しいご飯を……作ってくれたんでしょ?……ぐすっ…ぐすっ……こんなに優しく接してくれた人間は、貴方が初めてだったから……嬉しくて……嬉しくて……、うわぁぁぁぁん!!」

 

彼女は感極まり、ついに大声で泣き出してしまった。

 

「嬉しいのは良いんだが…、そんなに泣くこと無いだろう? 弱ったなぁ…」

 

どうしたものかと、祐助は頭を抱えた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その後、小傘を宥めどうにか夕食を済ませ片付けをする祐助。

 

「よし、片付けは終わったし風呂入るか」

 

そう呟き、着替えとタオルを準備し風呂場へと向かう。

 

ちなみに、小傘は居間で静かに本を読んでいた。

 

 

 

 

「ふう…小傘か……、あの子はもっと強い筈だよな? 確か幻想郷縁起にも名前が載っていた筈だし…、弾幕ごっこより驚かす方が良いのかな?

しかし、あの野郎共にボコられてたのを見ると、驚かし方も下手なんだろうなぁ…。

何か、良い指南の仕方は無いかものねぇ……」

 

1人呟く祐助は、湯船に深く顔を沈めた。

 

 

 

 

「はぁ、さっぱりした!」

 

風呂から上がり、祐助は冷たいお茶を一気飲みする。

 

「……ふう、風呂上がりの一杯は最高やねぇ♪」

 

そして座敷に座ろうとすると、小傘がお願いをしてきた。

 

「ねぇ…、私もお茶が欲しい…」

 

「おっ、分かったよ。 待ってな」

 

彼女用の湯呑みにお茶を淹れ、彼女に渡した。

 

「ありがとう…」

 

「ゆっくり飲みなよ」

 

そう言って、祐助は座り煙管で煙草を吹かし始めた。

 

「ふぅ…」

 

「ねぇ、お兄さん…」

 

(お兄さんか、悪くない)

 

「どうした?」

 

「今日は、助けてくれてありがとう…」

 

「あんなの、何てこと無いさ」

 

「ねえ…」

 

「うん?」

 

「何であの時…、私を助けてくれたの?」

 

「何でって言われるとなぁ…、そうだなぁ…」

 

煙草を吹かし、ふうっとひと息つきながら答える。

 

「無抵抗な相手を寄ってたかって暴行するヤツを見ると腹が立つんだ。 大抵そういうヤツは1人じゃ何も出来ない弱いヤツでな、ああいったヤツら程、徒党を組んでやりたい放題するんだ。そういうのを見ると、虫酸が走るんだ」

 

彼は静かな口調で語ったが、微かに怒りも含まれていた。

 

「私が妖怪だって知ってて助けたの?」

 

「勿論だ、妖怪だろうと妖精だろうと、あんな状況を見過ごす事は出来ないよ。 だが…」

 

「……っ?」

 

「一昔前の自分だったら、違っていただろう…」

 

彼は、何処か遠い目をしていた。

 

「…お兄さん?」

 

「…小傘、君さえ良ければ、その怪我が治ったら武術を教えてやろうか?」

 

「えっ? 私に武術を?」

 

「そうだ、あんなヤツらに見下されちゃ悔しいだろ? 強くなって見返してやれ」

 

「で、でも、私に出来るかな…?」

 

「大丈夫! 先ずは手解きから教えてやるよ」

 

「うーん…」

 

「自分で言うのも何だが、俺はそりなりの使い手だ。里の人間同士なら負け知らずだし、先代の博麗の巫女も、ボコってやったからな」

 

「へっ?博麗の巫女に勝てるの?」

 

その言葉に、小傘は目を丸くした。

 

「単純な武術勝負なら勝てる、だが博麗の巫女が総合的な術で攻めて来たら勝てないだろうなぁ」

 

「へぇ…」

 

(この人、実は凄い人間なのかも…)

 

「…それで、どうする?」

 

「私に出来るなら、やってみたい…!」

 

小声ながらも、力強く答える小傘。

 

「よし分かった! 怪我が治ったら簡単な練習から始めよう」

 

「は、はい!」

 

祐助は小傘の頭を撫でながら、煙管内の灰を落とした。

 

「それじゃ、寝るか」

 

彼は二人分の布団を用意し、

小傘は隣の部屋で寝させた。

 

「じゃ、お休み」

 

「はい、お休みなさーい」

 

そうして、部屋の行灯の火が消された

 




本作の小傘は、これがターニングポイントになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘と童歌

怪我が治るまでの間の、簡単なトレーニング…?


翌日、夜明けと共に目が覚めた。

俺は、さっと顔を洗い着替えを済ませる。

 

隣の部屋を静かに覗くと、小傘がまだ寝息を立てていた。

 

「ちょっと、出掛けて来るからな」

 

そう呟き、家を出た。

 

今日もランニングから始めよう。

 

まだ、人気の無い里の中をシャドーボクシングをしながら走った。

 

清々しい朝の風、こうして見れば実に平和である。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

昨日出来なかった分まで走ろうかな。

 

とても気分が良い、身体も軽く感じる。

今日は、里一周一時間以内で回れるかな?

 

腕時計を確認し、アタックを開始した。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ……、時間は………57分か、少しは短縮出来たかな?」

 

それを確認し、笑顔がこぼれた。

 

そこからは、ゆっくり自宅へ戻るつもりだった。

朝風呂に朝食の支度もしなきゃな…。

 

「祐さん、おはようございます」

 

「うん…?」

 

声のした方向を見ると、其処には木村平九郎の姿があった。

 

何となく、負のオーラを纏っているようにも見える。

その理由に心当たりがある俺は、軽く冷や汗を掻いた。

 

「平九郎か、おはようさん。今朝は早いねぇ」

 

「今日は早番でしてね、ところで祐さん…」

 

「…何だ?」

 

「よくも、この前は授業中に笑わせてくれましたね、俺は恥をかいたんですよ?」

 

「べ、別にいいじゃないか、何も問題無い」

 

「問題無い訳が無いでしょ!? あんなの勘弁して下さいよ! 生徒達に散々弄られたんですよ!?」

 

「いやぁ、悪いねぇ(ニヤニヤ」

 

「全然詫びになってませんよ!」

 

「まあそう怒るなって…、今度おやっさん所で奢るからさ」

 

「そんな手には乗りませんよ!」

 

「おやっさん所が飽きたんなら、ミスティアさんの屋台で八つ目鰻でも食べるか?」

 

「や、八つ目鰻……」

 

フッ、貰った(ニヤリ

 

コイツは八つ目鰻が大好物で、1人で4、5人前を普通に平らげてしまうほどの熱狂振りなのだ。

 

「…マジで奢ってくれるんですか?」

 

「あたぼーよ! 慶冶と三人で行こうぜ」

 

「はい! 喜んで!」

 

こうして、平九郎は鼻歌混じりに寺子屋へと行ってしまった。

先程までの不機嫌モードは、何処へやら…。

 

分かりやすいヤツだ。

 

俺も、一旦帰ろう。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「よし、朝飯の準備はOKと」

 

自宅に戻ってからは軽く汗を洗い流し、手早く朝食の準備をこなした。

 

「まだ小傘は寝てるのか?」

 

様子を見に部屋へ行くと、やはり小傘はまだ寝ていた。

 

「昨日の影響かな? だが、そろそろ起こさなきゃな」

 

まだ、気持ち良さそうに寝ている小傘を起こすのは気が引けたが、味噌汁が冷えてしまってはよろしくない。

 

「小傘さん、起きな。朝だぞ」

 

「ううん……もう朝…?」

 

「ああ、もうすぐ8時になるぞ? 朝飯も出来てる」

 

「えっ…? もうそんな時間なの?」

 

「そうだ、布団は片付けてやるから顔洗ってきな」

 

「うん……」

 

彼女は欠伸をしながら立ち上がり、怪我した足を庇いながら洗面所へと向かった。

 

「さてと…」

 

それを確認すると、素早く布団を片付けてしまう。

 

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

今日も、二人で食卓を囲む。

静かに朝食が進んだ。

 

「…小傘さん、脚は大丈夫か?」

 

「うん、骨はもう大丈夫みたい、まだ少し痛いけど…」

 

「早いなぁ、昨日の今日だぞ?」

 

「それが妖怪の特権みたいなものだからね!」

 

「さいですか…」

 

羨ましい、こんな時だけは妖怪の体が羨ましい。

 

 

 

朝飯を終わらせ、片付けを済ませる。

 

「ふう……あっ、そういえば、今日の新聞を読んでなかったな」

 

その事に気が付き、家の前の郵便受けを確認しに外へ出る。

 

「花果子念報……はたてさん、ありがとな」

 

1人でお礼の言葉を呟き、家へと入る。

 

幻想郷の情報確認や退治依頼、今日の安売り情報など、生活に直結する部分を隈無くチェック。

 

「よし、今日は此処と此処へ買い物しに行くか」

 

「…ねえ、何読んでるの?」

 

縁側に座っていた小傘が、俺の横に近寄ってきた。

 

「何って、新聞だよ」

 

「新聞かぁ………花果子念報?」

 

「知ってるだろ? 姫海棠はたてって天狗が発行してる新聞だ」

 

「ううん、知らない…。 文々。新聞なら知ってるけど」

 

「やっぱりそうなるか…、以前は定期購読をしてたんだがな、トラブルがあってからは定期購読は切ってやったんだ。代わりに花果子念報を定期購読してるんだ」

 

「へぇぇ、そうなんだ…」

 

「読むか?」

 

「うん、読んでみる」

 

ちょうど読みたい記事は見終わったし、そのまま小傘に新聞を渡した。

 

「さて…、ちょいと道具の手入れでもするかな」

 

以前の怪我の影響で、全く仕事道具に手を付けていない事に気が付いた。

あんまり放っておくと、錆が出るからな。

 

部屋の奥から、仕事道具の入った鞄を引っ張り出し、中身を確認っと。

 

「拳銃……特に問題無し、弾もそっくりそのままだな。警戒棒………動作確認よしっと、短刀………うわっ、まだ血が付いてるじゃないか、滅茶苦茶匂う……」

 

妖怪の血は、時間が経つとなかなかに悪臭を放つ。

それを半月も放置すれば尚更だ。

 

「てことは、針もヤバいかな…?」

 

嫌な予感を感じ、鞄の底になっていた針を確認した。

 

「…やっぱり、錆びてやがる……」

 

これまた、異様な匂いを放っていた。

たまらず、窓を開けて換気をする。

 

「拭き取った筈だったんだがな、まだ残ってやがったか…。こりゃ、待った無しだ、早いとこ手入れしましょうか」

 

短刀と針を先ずは軽く水洗い。

それから、研石で錆びた部分をやする。

これを、数回繰り返す。

 

妖怪の血はなかなか厄介で、こびり付くとかなり頑固である。

焦げ付いたフライパンより手強い。

 

だが、短刀と針は大事な仕事道具だ、手抜きは出来ない。

 

 

洗いを数回繰り返して、ようやく匂いが収まり切れ味が戻ってきた。

 

全く骨が折れるぜ、ちゃんと手入れはしなきゃダメだねぇ。

 

「ふう…、新聞読んだよー」

 

小傘が新聞を読み終えたらしい、何か参考になる記事はあったのだろうか?

 

「そうか、其処に置いておいてくれ」

 

「うん! それより……さっきから何してるの?」

 

「仕事道具の手入れさ、半月程前に大怪我負ってから、治療とリハビリに専念しててな、こっちは手付かずだったんだ」

 

「へえぇぇ………って、何で短刀と針なの? しかも、短刀にはお札…!?」

 

小傘の表情が青くなってきた、恐らくこの博麗札が原因なんだろうが。

 

「どれも大事な仕事道具さ、相手によって使い分けている。まぁ、短刀や針の出番はそれ程無いがな」

 

「短刀に針に使う仕事って…」

 

「どっちも、一撃で相手を昇天させる程の殺傷能力を持ってる。ちなみにこの針は、博麗の巫女が持っている物と、ほぼ同等品だ」

 

それを聞いた彼女の顔が更に青ざめていた。

 

「それじゃ…、貴方の仕事って…」

 

「…お察しの通りだ、俺は博麗の巫女とは御同業だ」

 

「ひぇぇぇぇぇ!?」

 

物凄い勢いで後退りする小傘。

そんなにビビる事無いじゃんか…。

よっぽど、霊夢が怖いと見えた。

 

「驚いたか? そんなつもりで言った訳では無いんだが…、ごめんな」

 

「あ、貴方…妖怪退治をする人間……私を退治するの? だから、此処に連れて来たの?」

 

「そんな訳ねぇだろ」

 

「えっ…?」

 

「退治するんだったら、わざわざ飯を食わせたり、泊めたりすると思うか?」

 

「そ、それはそうだけど……違うの…?」

 

「その様子だと、よっぽど博麗の巫女が怖いと見えるな。 心配するな、俺はアイツほど無慈悲に誰構わず退治する事はしないって」

 

「…本当なの?」

 

朱鷺子と同じ事を聞いてくるな、コイツは。

 

「本当だって安心しな、ただし…」

 

「ただし…?」

 

「相手が刃向かって来ようなら、俺も容赦はしない。 その妖怪は即死する事になる」

 

「ひぃぃぃ…」

 

軽く脅かしてみたが、予想以上のリアクション。

やりすぎてしまったかな?

 

「…だが、君はそんな事は無いよな?」

 

「う、うん…、絶対…絶対に刃向かったりはしないよ…」

 

「よろしい、なら…ゆっくりしていってね!!!」

 

「………っ」

 

…あれっ? 何か寒い事言ったかな俺?

 

 

――――――――――――――――――

 

 

道具の手入れを済ませ、次は何をしようかねぇ…。

 

「ねえ師匠、そろそろ何かしたいよ」

 

師匠か、悪くないな。

 

「そうだな、まだ怪我が完治してないから、無理なトレーニングはやれないし……そうだ!」

 

ある事を思い付き、部屋の奥へと行き、ある物を押し入れから取り出してきた。

 

「はい、これだ」

 

「これって…、手鞠?」

 

「そうだ、これでリズム感を養うんだ」

 

「リズム感…?」

 

「弾幕ごっこも武術も、一定のペースが大事だ。 自分のペースを保つにはリズム感も大切なんだ。 弾幕ごっこが出来る君なら、言ってる事は分かるだろ?」

 

「な、何となく…、相手のペースに惑わされたら調子狂っちゃうよね」

 

「基本は単純なんだが、以外と肝心な事でもあるんだぞ? ボクシングでもそうだ」

 

「ボクシング…?」

 

「まぁ、その話は置いといて…、まず手本をお見せしましょう」

 

「どうするの?」

 

「所謂、童歌に合わせて上に投げて受け止めるを繰り返すんだ。 『無花果人参』って童歌は知ってるか?」

 

「ごめん…、分からない……」

 

「よし分かった。 見てな、こうするんだ」

 

分かりやすい様に、ゆっくりテンポでやってみるか。

 

「無花果(いちじく)、人参(にんじん)

山椒(さんしょ)に、椎茸(しいたけ)

牛蒡(ごぼう)に、無患子(むくろじゅ)

七草(ななくさ)、初茸(はつたけ)

胡瓜(きゅうり)に、冬瓜(とうがん)」

 

一通りの実演を披露すると、小傘はとても興味深そうに見ていた。

 

「どうだ? これなら座りながら出来るし、無理せずにやれるだろ?」

 

「へえ、面白いね! やってみたい!」

 

「ほらよ」

 

彼女に手鞠を渡してやると、早速始めるようだ。

 

「わぁぁ…、早速やってみるね!」

 

「おお、最初はゆっくりやればいいからな、歌を覚えるのも大事だ」

 

「はーい、それじゃ………

無花果…人参……何だっけ?」

 

「山椒」

 

「そうだった……山椒に…椎茸…牛蒡に………えっと……」

 

「無患子」

 

「無患子…七草…初茸…胡瓜に………ううん、忘れたぁ!」

 

「…冬瓜だ」

 

「そうだ、冬瓜だった! 難しいなぁ…」

 

そんなに歌詞は長くは無いんだがなぁ。

 

「やっぱり、2ついっぺんにやるから難しく感じるのかもしれない。 まずは歌を覚えていきな」

 

「うん、分かった!」

 

「よし、俺は今から買い物に行ってくるからな、留守番してる間に覚えな」

 

「えぇぇ!? 嫌だ! 私も行くぅ!」

 

「ええ〜!? 夜飯のおかずを買ってくるだけだ、そんなに時間は掛からないって」

 

「嫌だ!私も師匠と一緒に付いて行く!」

 

「此処に居れば心配無いって、怪我は完治してないんだから、大人しくしてな」

 

 

「嫌だよぉ! お願い……1人に…しないで……寂しいよぉ……」

 

小傘は俺の着物の裾を掴み、今にも泣き出しそうな顔で上目遣いで見つめていた。

 

クソ…、女の武器使いやがって。

 

「はぁ………分かったよ、そんなに言うんなら好きにしな」

 

「し、師匠…、ありがとう…」

 

「はいはい、それじゃあ出掛けるから準備しな」

 

「はーい!」

 

俺も甘いなぁ…、妖怪が相手なんだから少しは厳しい態度を取っても良いんだが、目の前のこの子を見るとそんな気になれん。

 

「これを使え、少しは楽になる」

 

「うん、そうする!」

 

彼女に杖を渡してやる、この前までは俺が使っていたが、もう不要だしな。

 

そして、二人揃って家を出た所までは良かった。

 

それは、突然来た…。

 

「見つけたぞ! 近藤祐助!」

 

「げぇ! お前、秦こころ!?」

 

「貴方に聞きたい事がある!」

 

「…何だよ?」

 

「アタシ、キレイ?」

 

「出たぁぁぁ…」

 

コイツ、シバくか…。

 




この作品には、童歌や手鞠歌と言った要素が多数含まれます。

童歌って味わいがありますよね。


オリキャラ紹介3

名前:木村平九郎
性別:男
年齢:30代前半
職業:寺子屋教師

主人公とは先輩後輩の仲であり、幼なじみでもある。
酒井慶冶とは、同い年の親友であり、また幼なじみである。
上白沢慧音と同じく寺子屋の教師で、教鞭を振るっている。
少し内気な性格で、弄られたり批判されると直ぐにショックを受けるタイプ。
幼い頃から祐助達と付き合っており、色々と引っ張り回され巻き添えを食らうことも多々あった。
武術と喧嘩は、それ程強くなかったが、彼等との付き合いで強引に鍛えられ、普通の人間相手なら負けない位強い。
剣道が得意で、木刀を持たせたら無敵化する。
もちろん、それでも祐助には勝てないらしい…。

未婚者、ついでに彼女居た歴も無し。

彼もまた、裏の顔は祐助や慶冶と同じ…。


オリキャラに関しては、この3人が中心になります。
三バカトリオって言うのがふさわしいw
それに、複数のオリキャラが関わってくる形です。

もちろん、原作キャラも多数関わって来ますよ。


では、また次回に!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼は知り合いが多い

お買い物する人間と、連れ添う妖怪、こき使われる付喪神。


「…で、君は何が言いたいのかね?」

 

「祐助! キレイって言え!」

 

「言ってどうする?」

 

「それが、闘いの合図だ………ぐぇぇぇ!?」

 

すると、間髪入れずに祐助がこころに近付き、両手でこころの頬を引っ張り、指を口に突っ込んだ。

 

「口が裂けるとキレイになるのか、それなら俺が手伝ってやるよ!」

 

「あがい…! あきぃぃ、はかぁぁあぅ……(痛い! 痛い! 止めてぇ!)」

 

「まだ足りないなぁ…ほら、もっと伸びるだろ? 力抜いて楽にしろ!」

 

「あ゛あ゛あ゛……ぎぃぃぃくぅぅぅはぃぃぃぁじい゛い゛!(止めて! 本当に口裂けちゃうよぉ!)」

 

「ああ? 何てか? 何言ってるか分からんから、もう一回言えや!」

 

容赦ない攻めに、こころの面が火男から蝉丸の面に変わる。

 

「ぎゃぁぁぅぁぇぇぇぃぃぃしぇぇぉぉ……(ごめんなさい! もうしません、許して下さい…)」

 

無表情の顔から、大粒の涙が流れ始めていた。

 

「ねぇ、師匠…、もう止めようよ……十分懲りたと思うよ…」

 

「そうか? コイツはアホだから、何回言っても同じ事繰り返すんだ、付喪神だから仕方無いよな、なぁ!?」

 

「(私も付喪神なんだけどなぁ…、今は口が裂けても言えない…)」

 

「うぎ…うぎぇぇぇ……ひでぶぅぅぅ…(痛い! 止めて! 後生だから…)」

 

ボロボロ泣きながら、許しを乞うこころ。

だが、はっきりと言葉に出来ない為、何時までも祐助に攻められていた。

 

「ねぇねぇ…、もういいよ、早く買い物に行こう?」

 

「はぁ…分かったよ、しゃーねーなぁ…」

 

小傘に促され、ようやくこころを解放した。

 

「痛ぁぁい……、うぇぇぇぇん……」

 

無表情で泣き続けるこころ、頬は真っ赤に染まり腫れ上がっていた。

 

「うわぁぁ…、痛そう…」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

「……っ」

 

「…大丈夫な訳無いだろ! とっても痛かったんだから!」

 

泣きながら抗議するこころ。

 

「オメェがバカ言うからそうなったんだろ?」

 

「お前は鬼だ! 鬼畜だぁ!」

 

「何? 何なの? 喧嘩する?」

 

黒い笑みを浮かべながら、警戒棒と御札を取り出しスタンバイ状態に入る。

 

「いや…あの……これは……、違うの…」

 

それまでの強気な態度が一変し、急に狼狽え出すこころ。

 

「おいっ! またお前は騒動でも起こしたんじゃ無いだろうな? まだ懲りてないとか?」

 

「い、いや……私は何もしてないよ?」

 

「嘘付け! その口裂け女の真似事も、この前の異変の時に身に付けたんだろうが! このバカタレがぁ!」

 

「あの、それは……そうじゃなくて……」

 

「また、前みたいにボコボコにされたいのかな、こころちゃんは?」

 

「ひぃぇぇぇ…、待って……どうか御慈悲を……」

 

指の関節を鳴らし出す祐助、こころは冷や汗が止まらない。

 

「博麗の巫女も容赦無かったかもしれないが、俺の場合は血反吐を吐くまで打ちのめすぜ?」

 

「ご、ごめんなさい! どうか許して…」

 

こころが恐怖から土下座して謝っていた。

 

「どうしよっかなぁ…?」

 

札をちらつかせながら、考える振りをする祐助。

 

「許してやってもいいよ」

 

「本当? ありがとう…」

 

「ただし…、それっ!」

 

祐助は、また別の札をこころに貼り付けた。

 

「な、何をしたの……あ、あれ……何だか力が…?」

 

「今貼った御札は、君の能力を封印する御札だ。 今の君は人間以下程度の能力だ」

 

「そ、そんなぁ!?」

 

「あっ、ちなみにその札を君が剥がそうとしたら、手が吹っ飛ぶ事になるから気を付けろよ」

 

「はぁ!?」

 

「博麗札の霊力を利用して俺が作った術式だ、俺にしか剥がせない仕様だ」

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

「そんな訳だから、今日は1日付き合って貰おうかねぇ! さぁ小傘さん、行こうか」

 

「は、はい…(怖いよぉ…)」

 

「な、何でこうなるのぉ!?」

 

嫌がるこころの手を強引に引っ張りながら、里の中心部へと向かう一行。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ええっと…、お次は果物を買いに行こうか」

 

「うん………山椒に椎茸……」

 

「お、重いよぉ……少しだけ持ってよぉ…」

 

メモを見ながら、次の店へ向かう祐助。

 

後ろから付いて行く小傘は、歩きながら童歌『無花果人参』の練習を繰り返している。

 

こころは、荷物持ちにされ、こき使われている。

 

「次行くから、キビキビ歩け!」

 

「ええ〜!? まだ行くの?」

 

「勿論、あと3、4件は回るぞ」

 

「うっそ!? まだそんなに回るの? もう帰ろうよぉ…」

 

「荷物持ちは大変だねぇ、頑張ってねぇ!」

 

「こらぁ! 遊んでないで貴女も手伝えぇぇ!」

 

「遊んでないもん、これは特訓だから」

 

「特訓? どう見たって遊びにしか見えないんだけど?」

 

「そんな事は無い、それは立派な特訓だ」

 

「えっ!? てことは、これは貴方が仕込んだの?」

 

「ピンポーン! 大正解!」

 

「くぅぅぅ! おのれぇぇぇ! 覚えてろよぉぉぉ!!」

 

こころの絶叫が虚しく里中に響いた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「よし、目的は達成したし、お昼にするか!」

 

買い物を終えた一行は、とある蕎麦屋へと入った。

 

「こころちゃん、お疲れさん」

 

「うぅぅぅ…、疲れたよ…」

 

「お疲れちゃん! 重かったよねぇ!」

 

「お前は、何もしてないだろう!?」

 

涼しい表情の祐助と小傘、こころ一人だけが汗だくになっていた。

 

「そう怒るな、蕎麦を食わせてやるから。 ざるそば三人前お願いしますよ」

 

「はいよー!」

 

祐助の注文を受け、店主が蕎麦を打ち始める。

 

 

 

 

 

「お蕎麦、美味しいね!」

 

「うむ、確かにこの蕎麦は美味しいな、気に入ったぞ!」

 

「分かったから、静かに食え」

 

ズルズルと音を立てながら、ざるそばに舌鼓を打つ三人。

 

「ふう………おや?」

 

祐助が窓際から外を見ていると、ある『彼女』の姿を目撃した。

 

「――――っ!?」

 

(何だかエラく焦ってるなぁ、どうしたんだろう?)

 

その様子を見て、気になった祐助が立ち上がった。

 

「二人共、食いながら待っててくれ、野暮用が出来た」

 

「へっ? 何処行くの?」

 

「私は、お金は持ってないよ?」

 

「知り合いに挨拶をして来るだけだ、直ぐに戻る」

 

そう言い残し、彼は店を出た。

 

 

 

「今日はこれしか無いのだ、何とかして欲しい!」

 

「ダメです、今日は小銭が不足してるんですから、そんな大きな金を出されても釣りは出せないんです!」

 

「其処を何とかしてくれ! 今日安いうちに買っておかなきゃいけないんだ」

 

「釣りはありませんよ?」

 

「それはダメだ、紫様からお台所を預かっている以上、金銭は細かく管理しなきゃ駄目なんだ」

 

「幾ら賢者様の式神様でも、ダメなものはダメです、うちも商売なんですから!」

 

「そこを何とか…」

 

「…うるせぇ狐だなぁ」

 

「なっ!? …お前、祐助?」

 

「しっかも、買ってる物が見事な位に油揚げだけじゃないか、紫さんが泣いて喜びそうだ」

 

「い、いや…これは…、その…」

 

「おじさん、ナンボですか?」

 

「ええっと…、全部でこんだけだけど……良いのかい? 祐さんが立て替える形にして?」

 

「良いんですよ、この狐とは腐れ縁なんでね」

 

「く、腐れ縁…」

 

祐助が腐れ縁と言っている相手は八雲藍である。

 

彼女が何かを言っているのを無視して、祐助が代わりに代金を払った。

 

「毎度ありがとうございます!」

 

「…ほらよ、藍さん」

 

「あ…、ありがとう……何と礼を言えば良いのか…」

 

「礼なんていい、この分はツケにしておくからな」

 

「な、何!? ツケだと!?」

 

「当たり前だ、俺はそこまでお人好しじゃねぇ! ナメたらえかんぜよ!」

 

「お前、誰に口を聞いているんだぁ!?」

 

「何だ? 紫さんに告げ口しても良いのかい?」

 

「くっ!? そ、それは…」

 

その一言に、藍は歯軋りをして俯いてしまった。

 

「そんじゃ、俺は行くからよ、紫さんによろしくな!」

 

「ま、待て…! おのれぇ…屈辱だ…」

 

どちらの立場が上か分からなくなる光景であった。

 

「…何だか、凄いモノを見ちゃった様な…」

 

「やっぱり、祐助は凄い人間なのだ! 私の目に狂いは無い!」

 

「何だかなぁ…」

 

こころが自慢気に話すのを見て、小傘は溜め息をついた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

食事を終えた一行は、祐助の家に向かって歩いていた。

 

「…どうだ? 少しは楽になったか?」

 

「うん、さっきよりは軽くなったかな?」

 

今度は三人で分担して荷物を持っていた。

 

「私は杖付きの状態だから、あんまり持てなくて、ごめんね…」

 

「気にするな、無理したら治らないからな」

 

「ありがとう、師匠…」

 

「な、何なのこの差は? エゴ贔屓過ぎるよぉ!」

 

「君は怪我をしてないだろ?」

 

「うぅぅ…」

 

そんなやり取りをしていると、ある無人販売所に差し掛かる。

 

 

「おっ!珍しい顔が居るな」

 

そこには、赤いリボンに緑髪、ゴスロリ調の服装をした少女が、人形の整理をしていた。

 

「おーい、雛さん」

 

「うん? ……あっ、祐さん!」

 

祐助を確認した雛が、嬉しそうに近寄ってきた。

 

「今日は、また雛人形を置きに来たのかい?」

 

「ええ、新しいのを作って来たのよ、それから流された雛人形も回収して手直しをしたから、また販売するの」

 

「そうか、売れ行きの方はどうだ?」

 

「まあまあかしらね…、少しは売れてるわ」

 

「それは良かった、俺も販売所の整理を手伝おう」

 

「えっ!? そんな悪いわよ…」

 

「良いって事よ、それに無人の時は良く掃除をしてるしな」

 

「まさか…、何時も綺麗にしてくれてるのは貴方だったの?」

 

「…問題あったか?」

 

「問題なんてとんでもない! 寧ろ助かってるわ」

 

「それなら良いんだが…、始めますか……二人とも手を貸してくれ」

 

「「はーい」」

 

「祐さん、ありがとう…」

 

販売所の整理を始めた祐助を見て、雛は小声で感謝を伝えた。

 

 

 

「…もういいんじゃね?」

 

「そうだね、人形も綺麗に鎮座したし、後はみんなが買ってくれればいいね!」

 

「此処でお面を売れば、少しは売れるかな?」

 

「共同販売したいなら、雛さんに言え」

 

「みんな、本当にありがとう、助かったわ」

 

「困った時はお互い様さ。それより雛さん、俺の厄を取り除いてくれないか? 最近、溜まってるっぽいんだ」

 

「そうね、少し溜まってるわね……それじゃ…」

 

すると、雛は祐助に向かい手を向けた。

 

「……はい、これでお終い。 貴方から厄は消えたわ。 これから良い事が起これば良いわね」

 

「ありがとう、雛さん」

 

祐助は、雛の手を取って感謝を伝えた。

 

「あっ……あんまり私に触れたら、また厄が戻っちゃうわ…」

 

「それは大丈夫だろ? あんたは厄神様なんだから」

 

「あっ…」

 

「何時も人間に厄が行かないようにしてくれて…そして、幸せを願ってくれて、ありがとう」

 

笑顔で言う祐助だが、彼女の表情は違った。

 

「うぐ……ぐす……ぐす…」

 

「あ、あれ…? 何で泣く訳?」

 

「だって…、みんな私の事…無視するのに……貴方だけ、優しい言葉を掛けてくれて…ぐす…こんなに嬉しい事は無いわ…」

 

「俺は、女を泣かせるのが趣味じゃ無いんだけどなぁ…」

 

「師匠が、優し過ぎるからだよ! 隅に置けないなぁ♪」

 

「恥じることは無い! 祐助のその心の優しさ、感動したぞ!」

 

「止めろ! こっ恥ずかしい事言うんじゃねぇ!」

 

「ひっく……うわぁぁぁん…」

 

妙に祐助を弄る小傘とこころ、シクシク泣き続ける雛。

 

「ああもう! 何なんだよ、このシチュエーションは!?」

 

彼は、頭を抱えて大声を上げていた。

 

そんな様子を、里の人間達がジロジロと見ており、人だかりが出来ていた。

 

「妖怪退治を生業にしてるのに、妖怪に好かれる様じゃ、シャレにならないな……これじゃあ、霊夢とさして何も変わらないじゃないかよ……はぁ…」

 

三体の、人外の少女を眺めながら、祐助は憂鬱になっていた。

 




日常を描くのも、なかなか難しいものがありますね。

そんな中でも、物語は動いて行きます。

主人公は基本、顔が広いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あの時、彼女は見ていた

祐助宅での、楽しい夕食タイム。


「やっと帰って来たな、早速準備するか」

 

「お願いね、師匠!」

 

「招待してくれて嬉しいのだ!」

 

「でも…、本当に良かったの?」

 

祐助の家には小傘の他に、こころと雛も付いて来ていた。

 

「いいって、鍋はみんなで囲まなきゃ楽しく無いもんな」

 

「そう…、それじゃあ、お言葉に甘えて…」

 

一同は、家の中へと上がった。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

祐助が1人台所で調理を進める一方で、残りの3人は今でカードゲームをしてワイワイ寛いでいた。

 

小「それ! ……やったぁ!私の勝ちね!」

 

こ「またやられちゃったよぉ…」

 

雛「貴女強いわね」

 

すっかり打ち解けた感じの3人は、仲良さそうにゲームを楽しんでいた。

 

祐「おーい、準備は出来たぞー」

 

大きな鍋を持って祐助が居間へと入ってきた。

そして、卓袱台に置かれた焜炉に鍋を置くと専用の油に火を付けた。

 

小「もう出来たの?」

 

祐「まだだ、グツグツ煮えるまで、もう少し待ちな」

 

こ「早く食べたいなぁ…」

 

祐「食べる前に、みんな、こっちに来な」

 

彼は3人を手招きする。

 

雛「何をするの?」

 

祐「これさ!」

 

祐助が部屋の片隅から出して来たのは、酒の一升瓶であった。

 

祐「この前買ったんだ、なかなかに高かったんだぜ? みんなで飲もう」

 

「「わーい!」」

 

雛「高かったって…、良いの? 私達で飲んだりして?」

 

祐「こういうのは、みんなで飲んだ方が楽しいだろ? さあさあ、遠慮しなさんな!」

 

そうして、各自に杯を渡し、1人ずつ、酒を注いでいく

 

祐「みんな、今日はお疲れ様でした!」

 

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 

食卓を囲んだ4人、祐助の一言が乾杯の合図となった。

 

祐「ぐっ…ぐっ…ぐっ…、 ふぅぅ、この酒は美味いな!」

 

雛「何だか幸せだわ…」

 

こ「祐助! 私にもっと注げ!」

 

祐「慌てんな、もっと味わって飲め」

 

小「師匠の家に来て良かった♪」

 

祐「言っておくが、うちは居酒屋じゃないからな」

 

小「そんな固いこと言わずに、師匠ったら♪」

 

祐「小傘、まさか…お前もう出来上がってるのか?」

 

小「ううん♪ まだまだこれからだよ!」

 

祐「うわぁ、マジか!?」

 

 

酒の勢いが増して来たのか、そんな問答がしばらく続けらた。

 

祐「酒もいいが、そろそろ…」

 

そう言いながら、鍋の蓋を開ける。

 

 

グツグツ……

 

 

何とも食欲をそそる匂いが立ち込めていた。

 

祐「おっ! 良いね良いねぇ! 鶏鍋の出来上がりだ」

 

「「「おお――!」」」

 

それを見た3人も、感嘆の声を上げた。

 

こ「お、美味しそう…」

 

雛「これは、食欲をそそるわね」

 

小「早く食べたいよ!」

 

祐「おい、小傘にこころ、涎が垂れてるぞ」

 

そう言いながら、小皿と箸を配る祐助。

 

祐「よし、食べようか!」

 

 

「「「「いただきます」」」」

 

そうして、夕餉が始まった。

 

雛「うんうん…、何これ…この出汁、とっても美味しいわ!」

 

祐「そうだろ? 調味料の分量なんかを色々試しながら試行錯誤して作った、俺の自信作だ。 居酒屋のおやっさんにも誉められたんだ」

 

雛「す、凄いわ…」

 

感心しながら、箸を進める雛。

 

こ「凄い美味しいよ、祐助の料理が大好きになっちゃうよ!」

 

小「そりゃ、私の師匠だもの! 武術も料理もとっても凄いんだよ、ねぇ!」

 

祐「ちょっと、買い被り過ぎだと思うが…」

 

こ「よぅし、この鶏肉は私が頂くのだ!」

 

小「あっ! それ私が狙ってたのに! 返して!」

 

こ「もう遅い! 私の物なのだ!」

 

小「あんた、さっきからそればっかり食べててズルいわよ!」

 

こ「何が悪い? 早い者勝ちなのだよ!」

 

小「くぅぅ! このバカこころぉぉぉ!」

 

こ「やるのか? このへっぽこ唐傘妖怪!」

 

小「こ、こいつぅぅぅぅ!!」

 

肉の取り合いを挙げ句、掴み合いの喧嘩を始める二人。

 

祐「こら止めろ! 飯中に喧嘩すんじゃねぇ!」

 

雛「何だか疲れるわねぇ…」

 

そうして、ワイワイ大騒ぎしながらの楽しい夕食で、夜が更けていった。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

賑やかな夕食タイムも終わり、鍋の中身はすっかり空っぽになっていた。

食べ尽くし飲み尽くした小傘とこころは、その場で腹を出して寝ていた。

 

祐助と雛は、お互いに酌をしながら語り合っていた。

 

「今日はありがとね、祐さん」

 

「なぁに、雛さんこそ腹一杯食ったか? あの二人に遠慮してたんじゃ無いのか?」

 

「そんな事は無いわ、残りのだし汁で作ったおじやは、とっても美味しかったわ」

 

「そうか、満足してくれたんなら良いんだが…」

 

そう言って、杯の酒を飲み干した。

 

「………」

 

「…どうした、雛さん?」

 

「…あっ、何でも無いわ、どうぞ」

 

「おうっ」

 

雛が祐助の杯に再び酒を注いだ。

そして、彼女は徐に口を開いた。

 

「実はね、今の祐さんは変わったなぁって思ってたの」

 

「俺が?」

 

「ええ、随分と丸くなったなぁって…」

 

「そりゃ、人間歳を取れば多少は性格も丸くはなるさ。 寧ろ昔の俺が尖り過ぎてたんだろうな」

 

祐助は笑いながら酒を飲み干すと、煙管を取り出し葉を詰め火を付けた。

 

「だって、今じゃ妖怪からも好かれてるじゃない」

 

「まぁ、ぶっちゃけ面倒ではあるが…」

 

「昔の祐さんなら、絶対有り得なかったと思うわ」

 

「そうだな…、特にあの『血の1年』の時期だったら、あの2人も抹殺の対象だっただろう…」

 

「私ね…、実は見てたのよ…」

 

「ええっ…!?」

 

「あの時の貴方、毎日の様に血に塗れてたわよね」

 

「………っ」

 

「貴方とは仲良くしてたつもりだったけど、あの時の貴方には恐怖を感じたわ。 人間とは思えない程の殺気と威圧感。近付けば私とて殺しかねない殺伐とした雰囲気…、あの時の貴方は『貴方』では無い何者かだったわ。私は悔しかったわ、厄神として何も出来なかった自分が、ひたすらに殺戮を繰り返す貴方に手を差し伸べられなかった事を…」

 

「雛さん…」

 

そこまで離すと、雛は俯いてしまう。

祐助は、煙草を吹かし一息入れると、酒の入った瓶をもって酌をする

 

「…ほら、雛さん」

 

「あっ、はい…」

 

雛は杯を持ち酌を受けた。

 

「雛さん、今あんたとこうして会話が出来るのも、あの時あんたが下手に手を出さなかったからだよ」

 

「祐さん…」

 

「…なあ雛さん、俺は妖怪退治と称して多くの妖怪を手に掛けて来た。それも100や200では効かないと思う。そしてあの1年…、それこそ無差別に大量殺戮をした。 今考えれば、彼処までする必要があったのか?と自問自答してるし、激しく後悔もしている」

 

「でも、それは貴方の周りで起きた不幸がきっかけであって、貴方ばかりを責める事は出来ないわよ」

 

「だがな雛さん、俺は無抵抗で無害な妖怪、生まれたての妖怪ですら手に掛けたんだ、正に鬼畜の極みだった」

 

「そういう事になったのは私にも責任があるの、ちゃんと私が厄を取り払っていれば、貴方の妻子は…」

 

「止めてくれ…、あの時の事は辛い思い出しか無いんだ、思い出すだけで胸が張り裂けそうになる…」

 

「………っ」

 

2人の間に重苦しい空気が流れる。

 

だが、先に口を開いたのは祐助だった。

 

「だからな、懺悔という訳では無いが、今は比較的無害な妖怪や友好的な妖怪に関しては、何もせず極力仲良く接して行こうって決めてるんだ。 そりゃ、妖怪退治を生業にしている以上、どうしても手に掛けなきゃならない場面もあるが、極力は必要最低限に抑えているつもりだ」

 

そこまで話すと、彼の表情が少しだけ明るくなった様に見えた。

 

「そのおかげか、最近じゃ妖怪側の知り合いも多くなったし、それなりに顔も利くようになった。それに、何より打ち解けてみて思ったんだ」

 

「…何を思ったの?」

 

「妖怪は人間の敵である事に変わりは無い。 だが必要以上に敵視する必要は無いってね。 特に紳士的に接してくれる上級妖怪なら、仲良くした方が得策なのさ」

 

「あ……」

 

「勿論、此は俺の持論だから、みんながみんな同じ様に接したら危険かもしれないが、俺はそれで上手くやってるよ。多くの縁を築いた事で、向こうから良くしてくれる場合もあるしな」

 

そこまで話すと、彼は煙管内の灰をパンッ、パンッっと落とした。

 

「あの時の事を許してもらったとは思ってはいない。だが、困っている妖怪が居たら手を差し伸べる様にしている、せめてもの罪滅ぼしの為に…」

 

「そう…、祐さんはやっぱり変わったわ…」

 

「確かに、そういう意味では変わったかもな…」

 

彼は笑ってはいたが、何処か寂しそうであった。

 

「さてと…」

 

不意に立ち上がり、寝ている2人の元に行った。

 

「おい、起きろ、此処で寝てたら風邪を引くぞ?」

 

「「うううん……」」

 

祐助の声に反応するも、起きる様子が無い小傘とこころ。

 

「しゃーねーなぁ…」

 

すると、祐助は奥の部屋に行き布団の用意をする。

そして、小傘とこころを順番に抱き抱えて同じ布団に寝かし毛布を掛けた。

 

「「スゥ…スゥ…」」

 

「寝顔だけ見てると可愛いもんだが…、2人共弾幕ごっこが出来る強者だからなぁ…」

 

2人の寝顔を見ながら苦笑いをする祐助。

そこへ、雛が祐助の隣に座った。

 

「優しいのね、祐さんは」

 

「意味の無い親心ってヤツかな?」

 

「そんな事無いわ、この2人の表情を見て、とても穏やかじゃないの。 貴方の事を信頼してる証拠だわ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ、でなきゃ此処で寝込んだりなんかしないわ」

 

「それは、そうだが…」

 

「まぁ、いいわ…」

 

そこまで言うと、雛は立ち上がった。

 

「私、もう帰るね」

 

「何だい、今日はもう遅いから泊まってくれても良いんだぜ?」

 

「そうはいかないわ、夕食やお酒まで頂いておいて、これ以上は世話掛けれないわ」

 

「そんなに気を使う事は無いんだが……まぁ、無理に引き止めはしないよ」

 

「ありがとう、祐さん」

 

「表まで送ろう」

 

2人は玄関へと向かう。

 

彼女がブーツを履いている時、祐助は河童製手元ライトで照らしていたのだが、ある事に気が付く。

 

「おい雛さん、そのブーツの紐、切れてるじゃないか」

 

「えっ? ……本当だ、全然気付かなかったわ…」

 

「ちょっと見せてみ」

 

祐助は近寄り、ライトを使って紐の状況を確認する。

 

「うわぁ…、数ヶ所切れてるな。 しかも、両足共切れてるし」

 

「そ、そんなに!?」

 

「まさか…、あんた自分の靴の状況も気付かなかったのか?」

 

「………っ(汗)」

 

「鈍感だなぁ…」

 

「それは余りに酷いわよ!?」

 

祐助のキツいダメ出しに、若干涙目の雛。

 

「仕方無いなぁ、直してやるから脱ぎな」

 

「へっ…?」

 

「確か、赤い紐ならあった筈だからな」

 

「そんな、悪いわよ…」

 

「構わんよ、今直さないと後々に影響あるだろ?」

 

「で、でも…」

 

「代わりに、下駄でも履いとくか?」

 

「この格好で下駄は…無いわ…」

 

「だろ? まぁ、とにかく今日は泊まりな、アイツ等と同じ部屋で良いな?」

 

「うん、大丈夫…」

 

「布団だけ引いてやるから、先に寝なよ」

 

「祐さん…、何から何までありがとう…」

 

「良いさ、雛さんには世話になってるからな」

 

そう言って、彼は部屋へと戻り雛の布団を用意した。

 

「…もう良いぞ、ブーツの方は今夜中に仕上げてやるから、お休み」

 

「祐さん、本当にありがとう…」

 

雛が寝床に入ったのを確認すると、祐助は静かに襖を閉めた。

 

「さぁて、手際良く付け替えるか」

 

雛のブーツを手に持ち、自室へ向かおうとする。

 

すると

 

『コンッ』

 

表から何か音が聞こえた

 

「何だ…」

 

玄関の戸を開け周囲を見ると、柱に紙の巻き付いた小柄を見付ける。

 

「これってもしや…」

 

小柄を引き抜き、紙を広げるとこう書いてあった。

 

 

[明日、道場にて待つ 蔓]

 

 

その手紙を見た祐助の表情が曇る。

 

「雛さんにあんな話をした直後にこれかよ…、また面倒な依頼が舞い込んで来たな…」

 

手紙の内容の真相とは…

 




次回より、少しだけストーリーが動きます。

多人数での絡みは難しいです。
特に、こころの描写がくせ者だったりします。


主人公の過去に何があったのか?
いずれ、その辺りも描写していきます。

はっきり言って、重いです…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依頼

手紙で呼び出された祐助は、ある場所へと向かう。


「ん……朝なの…?」

 

雛が目を覚ますと、既に外は明るくなり、鳥のさえずりがうるさく感じられた。

 

「「ぐー…ぐー…」」

 

その隣では、小傘とこころがまだ寝息を立てていた。

 

「お寝坊さんねぇ…」

 

その様子を見てクスッと笑う雛。

そして、起き上がり衣服を着る。

 

「祐さん、おはよう…」

 

「おっ、起きたかい、おはよう」

 

居間に行くと既に祐助は起きており、朝食の準備を進めていた。

 

「早いのね…」

 

「何言ってるんだ、時計見てみな」

 

「えっ? ………は、8時!?」

 

雛は、壁に掛かっている時計を見てびっくりした。

 

「良く寝てたみたいだが、アイツ等に邪魔されなかったか?」

 

「それは大丈夫、全く平気だったわ」

 

「それなら、いいんだが」

 

「そ、それより祐さん…」

 

「あぁ、ブーツだろ? 出来てるぜ」

 

彼は、奥の方から雛のブーツを持ってきた。

 

「ちゃんと、仕上がってるからな」

 

「あ、ありがとう!」

 

それを見た雛の表情に笑みが零れた。

だが、彼女はある事に気付く。

 

「あれっ…? 何だか艶が凄いんだけど…」

 

「ん? ああ、昨晩紐を通しながら見てたら、結構汚れが目立っていたんでな、試しに靴用のワックスで磨き込んだら、かなりピカピカになったで」

 

「へっ…!?」

 

「ほらよ、長く使ってくれよ」

 

「あ、ありがとう…、ありがとう…!」

 

異様なまでにピカピカになったブーツを手渡され嬉しい反面、疑問も感じていた。

 

(これだけ、綺麗にするのにどれだけ時間が掛かったのかしら…?)

 

「ねえ祐さん、ちゃんと寝たの?」

 

「ああ、二時間は寝たかな?」

 

「に、二時間!?」

 

「なぁに、今日の夜はゆっくり寝るから大丈夫さ!」

 

「そう言われても…、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だって、それよりも、もう飯が出来るから、其れを置いてきたら2人を起こしてくれないか?」

 

「わ、分かったわ…」

 

そう言って台所へと戻る祐助、雛は少し心配そうにその様子を見ていた。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

4人揃っての朝食。

 

祐助と雛は普通に食べていたが、小傘とこころは眠たそうに食していた。

 

「2人は寝起きが悪いんだな」

 

「何だか寝足り無いよう…」

 

「もっと寝てたいよう…」

 

「あれだけ寝て、まだ寝足り無いってか? 体が鈍るぞ」

 

「大丈夫、私達妖怪だから!」

 

「だから、寝ていい?」

 

「…往復ビンタして良いか?」

 

「「それだけは御勘弁を!」」

 

わざとらしく頭を下げる2人に、祐助は呆れ顔で見ており、雛は笑っていた。

 

 

 

 

 

朝食を終えると、雛は妖怪の山に帰る為、外へと出た。

 

「一晩、本当にお世話になりました」

 

そう言ってお辞儀をする雛。

 

「また、遊びに来なよ」

 

「みんなで、またお酒飲もうね!」

 

「また遊んでよね!」

 

「ええ、みんなありがとう。 それじゃあね」

 

3人に笑顔で手を振りながら、雛は飛び立って行った。

3人もまた、彼女の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「行っちゃったね…」

 

「彼女にも、住む家があるからな」

 

「祐助は行った事あるの?」

 

「何回かあるが、余り頻繁には行かない方がいい。 厄災が降りかかるかもしれないからな…」

 

「「……っ?」」

 

彼は、何処か遠い目で語った。

小傘とこころは、意味が分からず祐助の方を見つめていた。

 

「さて…、2人共家で適当に遊んでてくれ。 俺は用事があるから出掛けて来る」

 

「何処に行くの、師匠?」

 

「仕事の話だ、そんなに時間は掛からないと思う」

 

「仕事かぁ…、それじゃあ仕方ないね」

 

「物分かりが良くて助かる、帰ってきたらまた鍛錬しような、小傘さん」

 

「うんっ!」

 

祐助は、元気良く返事をする小傘の頭を撫でた。

 

「それまで、小傘さんの相手を頼むよ、こころちゃん」

 

「うん、祐助の言うことはちゃんと聞くよ!」

 

「よしよし…」

 

小傘と同じ用に、こころの頭を撫でる祐助。

 

「それじゃ、行って来る」

 

「「行ってらっしゃーい」」

 

2人に見送られ、その場を後にした。

 

(本当は、行きたくは無いんだがな…)

 

2人に気付かれない様に、彼は溜め息をついた。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

家から歩くこと約20分。

 

彼は、ある場所へと到着した。

それは立派な門構えの屋敷であった。

 

門の前に掲げられたら看板には、

 

[一刀流兼武術指南 近藤桐次郎道場]

 

と、大きく書かれていた。

屋敷と道場が併設されており、中からは、多くの門人の掛け声が響いていた。

 

 

『せいっ!』

 

『はあっ!』

 

『えいっ! やぁぁっ!』

 

 

「みんな、やってるねぇ」

 

そう呟きながら、祐助は門を潜る。

 

「あっ、若先生!」

 

「よう!」

 

彼の姿を見た門下生が声を掛けて来た。

 

「今日は稽古を付けに来たのですか?」

 

「そうしたいのは山々だが、俺はまだ病み上がりなんでね」

 

「あっ……そうでしたね…、申し訳ありません」

 

「謝る事は無いさ、それより、親父は居るかい?」

 

「先生ですか? 只今呼んで来ますので少々お待ちを」

 

門下生は、走って道場の中へと消えて行った。

 

それから少しして、その門下生が戻って来た。

 

「先生が、客間にお通ししろとの事なので、どうぞお上がり下さい」

 

「そうか、なら遠慮無く上がらせて貰おう」

 

門下生の後を追い、祐助は屋敷の奥へと入って行った。

 

 

 

 

客間で待つこと10分程、祐助はお茶を飲みながら待っていると、其処へ1人の男が入ってきた。

 

「悪かったな、わざわざ呼び出したりして」

 

「全くよ、こっちは病み上がりなんだぞ?」

 

「すまん、最近は門下生が増えて道場が忙しくてなぁ」

 

「…らしいな、随分と賑わってるじゃないか」

 

「みんな、お前に憧れて入門して来るんだ」

 

「俺に? 一体どういう事なんだ?」

 

「お前が、1人で格上の妖怪を相手にして退治する所を見てな、自分もあんな風に強くなりたいってヤツらが入門してくるんだ」

 

「いい事じゃないか、妖怪に負けない強い人間を育めるし、これなら道場の遣り繰りも心配無さそうだ」

 

「だが、多過ぎるのも考えものだ。お前もたまには稽古を付けに来てくれ」

 

「まぁ…、気が向いたらな…」

 

「全く…」

 

「…それで、今日は何の用件で呼び出したんだ、親父? ……いや、元締」

 

そう言った瞬間、祐助の表情がそれまでとは打って変わって、真剣なものになった。

 

それを見た男、近藤桐次郎も真剣な表情で語り出す。

 

「…お前も、ひと月前の里の人間の拐かし未遂事件は覚えているな?」

 

それは、里の女性が妖怪に連れ去られそうになるという事件だった。

その時は、慧音や自警団が近くに居合わせた事もあり、すぐに妖怪は取り押さえられ事なきを得た。

 

「ああ、新聞で見た。 あれは俺の知り合いの美咲さんが拐かされそうになったんだってな?」

 

「そうだ、だがあくまでも未遂で終わったんだ」

 

「犯人は捕まったんだろ? 妖怪になりたてのヤツだと聞いたが…」

 

「だがな…、此には続きがあってな」

 

「続き…?」

 

「実は 別に主犯が居てな、その妖怪は使い捨ての下っ端に過ぎなかったんだ」

 

「…主犯は何人居るんだ?」

 

「ワシの配下が調べた限り、6人はいる。 それなりに力の強い妖怪だ」

 

「…要するに、その妖怪を懲らしめれば良いのか?」

 

「最後まで話を聞け。これにはまだ続きがあってな……実は…」

 

桐次郎が其処まで言うと、何故か言いにくそうにしていた。

 

「…何だよ? どうしたってんだ?」

 

「美咲っておなごは…、先日殺された」

 

「な…、何だと!?」

 

それを聞いた祐助は驚愕した。

 

「丁度、夕暮れの買い物帰りだったらしい、一瞬の隙に奴らが拐かしたんだ。そして、辱めを受け殺されたのだ」

 

「……っ!」

 

「それだけじゃない、彼女のお腹には赤子がいたんだ」

 

「そ、それじゃ…」

 

「彼女が変わり果てた姿で発見された時、赤子は腹からえぐり出され、滅茶苦茶にされていたそうな…」

 

「な…何て惨い事を…!!」

 

「そして、かなりのショックを受けた旦那は、その日のうちに自害された…」

 

「……っ! 美咲さんが、そんな事になっていたなんて…、何てこった……どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ!?」

 

「お前は妖怪に大怪我を負わせられて療養中の時だったんだ、あの時のお前の身体ではどうしよも出来なかっただろ!」

 

「くっ……!」

 

祐助は何も言い返せず、歯噛みし怒りに震えていた。

 

「知らなかった…、新聞にも載ってなかったし…」

 

「余りにも凄惨な事件だったんでな、表沙汰にはなって無いんだ」

 

「悲劇だ…、さぞ無念であっただろうな…」

 

「気の毒に…、親御さん達は嘆き悲しんでいたよ」

 

「…博麗の巫女には伝えたのか?」

 

「ああ、巫女や自警団の人達が血眼になって下手人を探したが、結局見つからなかった」

 

「…だが、見付けたんだよな?」

 

「つい昨日だ、無名の丘にある大きな廃屋にヤツらが居るのを、配下の者が見付けたんだ」

 

「……っ」

 

「お前に頼みたいのは、懲らしめるなんて生易しいものじゃない。 ヤツらを仕掛けて貰いたい」

 

「…その仕掛け、引き受けよう…」

 

彼は、そうはっきりと答えた。

 

「そう言ってくれると思った。 これは半金だ」

 

そう言って桐次郎は祐助の目の前に50円(外の世界で50万円)を差し出した。

 

「……確かに、受け取っておく」

 

「それと、これは奴らの根城の大まかな地図だ」

 

それを確認した祐助は、金と地図を懐へと閉まった。

 

「無茶はするなよ、相手は6人も居るんだし、お前は病み上がりの身だ、誰か助けても良いんだぞ?」

 

「まぁ…、先ずは様子を見てみるさ」

 

「…直ぐにやるのか?」

 

「居場所は分かってるんだ、2、3日で吉報を持って来る」

 

そう言って祐助は立ち上がり部屋を出ようとすると、後ろから桐次郎が声を掛けた。

 

「出来れば、病み上がりのお前にこんな依頼はしたくは無かったのだが…」

 

「そんな事、今更言うか? それに…俺をこういう風に仕込んだのは、何処の誰だっけな?」

 

「………っ」

 

それだけを言い残し、彼は部屋を出て、そのまま道場を後にした。

 

 

 

 

家に戻った時には、既に昼近くになっていた。

 

「ただいま」

 

「あっ、お帰り師匠!」

 

「…あれっ?こころは?」

 

部屋には小傘しか居らず、こころの事を尋ねる。

 

「こころは、神霊廟の人達に引っ張られて行ったよ?」

 

「マジかよ…、大丈夫かな…?」

 

何故か、こころの身を案じてしまう祐助であった。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

その日の真夜中、祐助は居間で横になり、目を瞑っていた。

 

ボォーン…ボォーン…

 

柱時計が、夜中12時の鐘を鳴らす。

 

「…さてと」

 

目を開けた祐助が立ち上がり、着替えを始めた。

上着もズボンも全て黒で統一した「黒装束」を纏い、その上から薄手の黒コートを羽織る。

 

着替えを済ませた彼は、小傘がいる部屋へ入った。

 

「スゥ…スゥ…」

 

静かに寝息を立てる小傘の布団を直し、頭を撫でた。

 

「良い子にしてなよ…」

 

そう呟き、部屋を出る。

 

そして居間の戸棚を開け、大量の博麗札をポケットへと仕舞う。

 

そして、今度は台所へと向かう。

其処には、警戒棒、針、短刀と、何時もの仕事道具が揃えてあった。

 

「久しぶりの、お勤めだ…」

 

彼は、用意してあった一升瓶の酒を開け、順番に道具に掛け流した。

 

「……っ」

 

それが終わると、道具の水滴を払い、警戒棒と針を懐に仕舞い、短刀は腰のベルトに挟む。

 

そして、湯呑みを取り、その中に酒を注ぐ。

 

「グッ…グッ…グッ……はぁ…」

 

湯呑みの酒を一気に飲み干す。

その瞬間に、目つきが鋭くなる。

 

「さぁ…、繰り出すぜ…」

 

彼は静かに家を出た。

 

すっかり人気の無くなった里を歩く。

 

「幻想郷の禁忌を破った愚か者には、死の制裁を…!」

 

1人、敵の本拠地、無名の丘へと向かう。

 

少し欠けた月の明かりだけが、彼を照らしていた。

 




彼の、更なる裏の顔が明らかになる。

いよいよ、東方の世界とは違う展開になってくる…予定。

ちなみに、主人公が持つ短刀ですが、匕首では無く、忍びの者や御庭番が持っている位の長さの物と同じとイメージして貰えればいいです。
見た目は、居合い刀のそれです。


オリキャラ簡易紹介

名前:近藤桐次郎
性別:男
年齢:もうすぐ還暦
職業:道場主(師範)

近藤祐助の父親
今は、里の端で道場を開いていおり、門下生もそれなりに多い。
また、里唯一の剣術と武術の道場でもある。

他人にも自分にも厳しい性格だが、時として他人を気遣ったり、細かな所まで面倒を見る等、人望は厚い。

道場では師範を勤めるが、裏では『元締』と呼ばれ、幻想郷の裏社会(特に人間の里)の一部を担っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

必殺! 妖怪仕掛人

悪行を働いて来た妖怪達に、死の鉄槌を下す!

注意!
全編全域、グロ&残酷描写です。


無名の丘にある、古びた廃屋

もはや、誰も住んでいない筈のこの場所に、6人の妖怪が潜んでいた

彼らこそ、今回の里の女性を辱め、殺した張本人達である

 

今、彼等は酒盛りをして騒いでいた。

 

「さぁ、今日も飲みまくれ!」

「ヘィ!」

 

首領と思われる男妖怪を中心に、酒を酌み交わす妖怪達

盛り上がる一方で、先日の一件での話題になる

 

「ところで頭、そろそろ此処からズラかった方がいいんじゃねぇですか?」

 

「そうですよ、博麗の巫女も血眼になって探してるって、専らの噂ですし」

 

「何だ何だ、ビビり過ぎぞ? 此処に移ったのは最近だし、こんな辺鄙な所まで探しに来る奴はいねぇよ」

 

「でも、気を付けた方がいいですよ、俺達は幻想郷のルールを犯したんですから、念には念を…」

 

「だが、折角地底から上がって来て自由に出来ないのは癪だろ?」

 

「確かに、そうだけど…」

 

「そう心配するな、今度また人間の女一匹犯したら、故郷へ戻ろうや」

 

「まだ、やるんですか…」

 

「何弱気な事言ってるんだ! テメェらだって随分と楽しんだだろ? もう後戻りは出来ないんだよ!」

 

首領の怒声が周囲に響き渡った

 

 

だが、彼等はまだ知らない

1人の人間が、外からその様子を伺っている事に…

 

 

 

 

 

 

「此処だな、奴らの根城は…」

 

河童特製手元ライトで地図をチェックし、妖怪達のアジトであることを確認する

 

屋敷内からは灯りが漏れており、彼らの騒ぐ声が聞こえる

 

「それじゃぁ、ショータイムと参ろうか…」

 

ライトを消し、地図と入れ替える様に博麗札を手に取る

 

すると、灯りの点った障子戸が開かれる

 

「おおい、何処に行くんだ?」

 

「用を足しに行くだけだ」

 

1人の妖怪がそう言い、部屋を出た

 

「………っ」

 

それを見た祐助は、静かに後を追う

 

 

「ふう…」

 

屋敷の敷地内の隅で用を足す妖怪

ついつい気を抜いた時であった

 

 

ガサガサガサガサ…

 

 

「……っ!?」

 

物音に驚き、身構えようとした瞬間

 

『シュッ!』

 

闇の中から小柄が飛んで来るのが見えた時には、妖怪の掌を貫いていた

 

「ぎぇぇぇぇ!?」

 

妖怪の叫びと同時に、草むらから人影が飛び出し

 

「ウオラァァ!」

 

持っていた針を、妖怪の額に突き刺す

 

「―――っ!?」

 

突き刺した針は屋敷の壁にまで到達、串刺しにされた

妖怪は、白目を剥きピクリとも動かなくなった

 

それを確認した祐助は、小柄と針を妖怪から引き抜く

それが倒れるのも見ずに、その場を後にする

 

既に、次の標的を定めていた

 

 

「うん? どうした?」

 

その物音に気付き、1人の妖怪が障子戸を開け、呼び掛ける

 

だが、返事は無い

 

「またフラついてコケたのか? ちょっと様子見てくる」

 

仲間にそう伝え、妖怪は部屋を出る

 

「おいっ、何処に行った?」

 

仲間を探すも姿が見当たらない

警戒しながらも、物音がした方へと歩みを進める

 

すると、廊下の奥で倒れている仲間を発見する

 

「……っ! どうした…」

 

慌てて駆け寄ろとした時

 

「なっ…、何だこれ…!?」

 

妖怪の足下には無数の札が撒かれており、それを踏んだ妖怪の足を拘束していた

 

「どうなってんだ! 誰かこんなものを…………はぁっ!?」

 

後から殺気を感じ、振り向いた瞬間

 

「うおぁぁっ!」

 

 

ベギィッ!

 

 

「ゴォヴァァッ!?」

 

妖怪目掛けて飛び掛かった祐助は、振りかざした警戒棒を頭上に叩き込む

鈍い音と共に頭蓋骨が陥没し、血が吹き出す

妖怪は倒れ、そのまま絶命した

 

勿論、その叫び声は仲間のいる部屋にも届いていた

 

「な、何だ? 今の悲鳴は!?」

 

「おい、お前ら見て来い!」

 

「「へいっ!」」

 

異変を察知した妖怪達が動き出す

 

 

「おい、どうした? 何かあったのか!?」

 

「何処に居るんだよ?」

 

2体の妖怪が暗い廊下を進むと、奥に人影が見えた

 

「……! 誰だテメェ!」

 

「俺達の根城に入り込むとは、いい度胸だな!」

 

2体は、その人影に向かい突進する

 

「オラ、死ねぇぇ!!」

 

妖怪が、その人影を切り裂く

 

だが

 

「なっ……!?」

 

「こ、これは…?」

 

其処には、誰も居なかった

そう、彼らは残像を切り裂いていたのだ

 

「何をやってるんだ、マヌケ」

 

「「……っ!?」」

 

声のした方向を向いた瞬間、既に祐助の攻撃が妖怪目掛けて繰り出されていた

 

「オラァッ!」

 

「ぐはぁぁっ!」

 

一匹の妖怪の首筋に一撃を叩き込み

 

「おありゃぁっ!!」

 

「ぐへぇっ!?」

 

すかさず、もう一匹に回し蹴りを浴びせる

それは、人間とは思えない一撃で、妖怪が吹き飛ぶ

 

「はぁぁっ!」

 

仰け反る妖怪に、博麗札を投げつける

 

 

ドォーンッ、ドォーンッ!

 

 

「うぎゃぁぁぁ!」

 

妖怪に触れた瞬間、次々と爆発を起こし、妖怪の身体を抉る

 

「そこで寝てろぉ!」

 

祐助から放たれた小柄が、その妖怪の心臓を貫く

 

「―――っ!?」

 

一撃で仕留められた妖怪は絶命、即死であった

 

「この野郎! よくもやりやがったなぁぁ!」

 

残っていたもう1体が怒り狂い、物凄い勢いで祐助に襲い掛かる

 

「次はおのれか」

 

それを横目で見た彼は、退く事無く、逆に懐に飛び込む

 

「殺してやるぅぅぅ!」

 

妖怪の牙が、目の前に迫った瞬間

 

「フンっ!」

 

「がぁぁぁ!?」

 

逆に祐助の手が妖怪の首を捉え、締め上げた

人間が妖怪を締め上げる、もはや異常とも思える光景であった

 

「な…何者だ……貴様……?」

 

「…黙れ」

 

苦し紛れに問う妖怪に、彼はそう一言 言い放ち

 

「うらぁ!」

 

「うがぁぁぁ!?」

 

足払いを繰り出し、妖怪は倒れ込む

 

その時には既に、祐助は警戒棒から針に持ち替えていた

 

「貴様は、成仏出来ないと思え!」

 

倒れた妖怪目掛け跳び掛かり、針を心臓へと突き立てた

 

「ぎゃぉぉぉぉぉ!!」

 

断末魔の叫びを上げる妖怪

少しの間ジタバタしていたが、やがて息絶えた

 

「………っ」

 

それを見届けた祐助は、針を抜き取る

そして、もう一匹に刺さっていた小柄も抜き取り、血を振り払う

4体の妖怪を仕留めるまでに、数分しか掛かっていない

 

その時の彼の表情は、まるで別人の様に冷酷であった

 

 

 

 

「一体、何が起こってるんだ!?」

 

その状況に焦ったのは、残された2体の妖怪であった

 

「お前も行け、舐めた真似をする奴をぶち殺して来い!」

 

「分かりました、頭!」

 

命令を受け、その妖怪が部屋をる

そして、その部屋には首領妖怪1体が残るのみとなった

 

「まさか、もう居所がバレたってんのか? そんな筈が無い…! クソッ…、ふざけやがって…!」

 

得体の知れない恐怖に、首領妖怪は苛立っていた

 

 

「何処だ…何処に居やがる…」

 

まだ姿を見せていない相手に対し、恐怖を感じながらも辺りを見回す

 

だが、その妖怪が見たのは敵では無く、骸と化した仲間の姿であった

 

「そ、そんな……アイツ等がやられるなんて……一体何者が………博麗の巫女!?」

 

 

『残念、博麗の巫女はこんな回りくどい事はしないぜ』

 

 

「何……っ!?」

 

 

バシーンッ!

 

 

突然、横の部屋の障子戸が破壊され、妖怪に倒れ掛かって来た

 

「く、クソッ…何が起こっ…………っ!?」

 

障子戸を退けた妖怪の視線に、男の姿を確認した瞬間

 

『ズドーンッ!』

 

「うぐぁぁぁ!?」

 

博麗札が妖怪目掛け飛ばされ、触れた瞬間に爆発した

 

「これは一体……」

 

「休んでんじゃねぇ!」

 

「なっ…うがぁぁっ!?」

 

怯んだ隙を逃さず、祐助が妖怪の脇腹に鋭い蹴りを入れ

 

「ウォオラァ!」

 

「ゴォハァァァ!?」

 

腹部に渾身のパンチを叩き込み

 

「下がガラ空きだ!」

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

思いっきり足を踏みつけ

 

「ウラァ! オラァ!」

 

「ぐぅぇぇぇっ!」

 

妖怪の髪の毛を掴み、顔面に膝蹴りを二発かます

 

そして、戦意を喪失しかけている妖怪の顎を掴み、すかさず後に回り込み首に針を突き付けた

 

「な、何を…?」

 

「言え、貴様の首領は何処に居る? 何処なんだ!?」

 

「か…頭は…、この先の突き当たりの部屋に居る…」

 

「突き当たりの部屋だな?」

 

「そうだ……頼む! 命だけは……」

 

「助けねぇよ」

 

 

ザクッ!

 

 

「――――っ!?」

 

振り上げた針を、力一杯妖怪の盆の窪目掛け突き刺す

 

声にならない悲鳴を上げた妖怪は、やがて大人しくなる

 

「残るは、あと一匹…」

 

そう呟き、首から針を引き抜く

同時に妖怪は倒れ、骸と化した

 

 

 

 

「アイツ等…、まさかやられたのか?」

 

完全に動揺する首領妖怪

すると、足音が聞こえてきた

 

 

コツ…コツ…コツ…コツ…

 

 

「……っ!」

 

無意識に、身構えながら後退りをしていた

 

そして

 

『バンッ!』

 

勢いよく、障子戸が開け放たれた

そこには、多少の返り血を浴びた近藤祐助の姿があった

 

「テメェ! 何者だぁ!?」

 

首領妖怪が叫ぶが、祐助は顔色一つ変えない

 

「俺は、地獄よりの御遣いだ」

 

「何だと…」

 

「おのれに殺された、親子に依頼を受け、推参致し候…」

 

「親子だと…?」

 

「よもや忘れたとは言わせぬぞ。 おのれが犯し、殺した人間の女と、腹からえぐり出した赤子の事を。 そして、それが原因で女の夫までもが命を絶った…」

 

「くっ…!」

 

「その所業、正に悪鬼の極み! 断じて許せん!!」

 

「……っ!」

 

「よって、この場にて…貴様の首を貰い受ける」

 

「貴様…、人間だな?」

 

「…だとしたら、どうする?」

 

「人間の分際が…、舐めるなぁぁぁぁ!!」

 

首領妖怪が、絶叫しながら祐助に迫る

 

「これは…」

 

祐助から、瞬時に無数の博麗札が放たれる

 

「ぐぁぁ…!」

 

首領に触れ爆発し、攻めて来ようとする動きが鈍る

その隙に、祐助が妖怪に向かい踏み込んだ

 

「自害した夫の分!」

 

警戒棒で首領の腕の骨を叩き折り

 

「うぎゃぁぁ!」

 

「次は、美咲さんの分!」

 

首領の股間に、蹴りを繰り出し

 

『バギッ!』

 

「ぐえぇっ!」

 

警戒棒を持った手で

 

「オラァァ!」

 

「ぶほぉぁぁぁ!?」

 

顎にアッパーをぶち込み、その反動で壁に叩き付けられ、顎の骨も砕ける

 

「これは、貴様にえぐり出しされた赤子の分だぁ!」

 

『グサッ!』

 

懐から取り出した針を、首領の目玉に突き刺し抉った

 

「ぎゃぁぉぉぉぉ!!」

 

針が刺さったまま、首領はのたうち回る

 

 

「貴様に殺された親子の無念、悲しみ、そして怒り…、今この場にて晴らそうぞ!」

 

 

彼は、ついに短刀に手を掛け、鞘から抜いた

 

 

「幻想郷の禁忌を破った罪は重い…」

 

 

首領妖怪目掛け、凄まじい速さで駆け出す

 

 

「貴様の命も、今宵限り…」

 

 

「……っ!?」

 

 

首領妖怪が、祐助の姿を捉えた時には

 

 

「冥土への土産だ」

 

 

短刀を首に、押し当てられていた

 

 

「この地獄の痛みを抱いて、逝けぇぇぇぇ!!!」

 

 

『ザッ!』

 

 

絶叫と同時に、力一杯短刀を引いた

 

 

「ぎぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

動脈にまで達していた傷口から、噴水の様に血が噴き出した

その血は部屋中を、そして祐助をも、真っ赤に染めた

 

断末魔の叫びを上げた首領妖怪は、静かに倒れ息絶えてしまった

 

祐助は、その様子を無表情で見つめていた

 

そして、一言こう言った

 

 

「浮き世の許せぬ悪鬼、今宵もまた 葬りました…」

 

 

だが、それでも構えを解かない

 

「おのれには、まだ役目があるぞ」

 

刀をゆっくりと、振り上げ

 

「はぁぁぁっ!」

 

絶命した筈の首領妖怪に目掛け、思いっ切り振り下ろされた

 

 

 

全て終わった

 

1人の人間によって、悪行を働いて来た妖怪達全員が残滅した

 

しかも、たった一晩で

 

これが、近藤祐助の裏の顔である

 

 

 

事が全て終わり、彼が廃屋から出た時には、空は明るくなり始めていた

 

「はぁ………結局、今日も寝れなかったな…」

 

そう呟く彼の表情は、隠しきれない疲労に満ちていた

 

そして、フラつきながら来た道を人里へと戻って行く

 

赤く染まった、風呂敷を片手に持ち…

 




仕掛人は、地獄よりの御遣い。

主人公は本当に人間なのでしょうか?

多分人間です…。

でも、チート気味かもしれない^^;



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

みんなの笑顔の為に

彼の本当の思いは…


その日の朝の事であった。

 

「先生!」

 

「何だ、朝っぱらから騒がしい!」

 

ドタバタと廊下を走って来て、部屋に入る門人を叱責する桐次郎。

 

「も、申し訳ありません……しかし、若先生がお見えになってますので」

 

「何、祐助が?」

 

「はい、先生にお会いしたいと申しておりまして…」

 

「そ、そうか…」

 

「客間にお通ししておけば良いでしょうか?」

 

「そうしてくれ、儂も直ぐに行く」

 

「はい!」

 

桐次郎の返事を聞くと、門人は部屋を出た。

 

「こんな朝から何の用だ? ……まさか………な」

 

若干怪訝な表情をしながらも、桐次郎は自室を出た。

 

 

 

 

 

客間に着くと、既に祐助が座って待っていた。

 

「どうした? こんな朝っぱらから」

 

「悪いな元締、もう少し後にしようと思ったが、一度寝たら起きれなくなりそうで、すぐに来た」

 

そう言う祐助の表情は、疲労の色が濃く、眠そうであった。

 

「疲れたって表情をしてるな」

 

「本当に疲れてるんだよ…」

 

「昨晩は何をしてたんだ? 徹夜で段取りを組んでたとか…」

 

「…コイツを見な、説明の手間が省ける」

 

彼は、側に置いてあった風呂敷を差し出す。

それは、もう何十にも包まれていた。

 

「何だこれは? 何が入ってるんだ?」

 

「開けてみなよ……」

 

祐助に促されるままに、風呂敷を開ける。

 

一枚、また一枚と風呂敷を開けていくと、風呂敷が赤くなり始める。

 

そして

 

「………っ!!!」

 

中身が見えた瞬間、桐次郎は思わず後ろへ飛び跳ねてしまった。

 

その中身は、あの首領妖怪の生首であったのだ。

 

「よーく確認してくれ、ソイツで間違い無いんだろ?」

 

「あ…、ああ……待ってくれ……」

 

素っ気なく言う祐助、桐次郎の方は脂汗を掻いていた。

そして、桐次郎は改めて、その生首を確認する。

 

「……間違い無い、コイツだ」

 

「それを聞いて安心した、万が一間違いがあったら、目覚めが悪いからな」

 

「まさか、こんなに早く片を付けるとは思わなかったんでな…。 昨日の今日だぞ?」

 

「思い立ったが吉日って言うだろ?」

 

「1人でやったのか?」

 

「勿論」

 

「呆れた奴だ…、病み上がりだって自覚はあるのか?」

 

「わざわざ呼び出しておいて、この仕掛け依頼をしたのは誰だっけか?」

 

祐助の堂々とした返事に、桐次郎は呆れ顔であった。

 

「それよりも、その臭い生首……早く仕舞えよ」

 

「分かった分かった、全く……わざわざ首を持って来んでも、お前の仕事ぶりは信用してるんだぞ?」

 

「念の為さ」

 

妖怪の生首を風呂敷に包み、部屋の隅に置くと、戸棚から包み紙に入った物を取り出した。

 

「ほれっ、残りの半金だ」

 

「ちょっと失礼…………確かに、毎度!」

 

金を受け取った祐助は、その金を手提げ鞄に仕舞う。

 

「それから、これは骨折り賃だ」

 

「骨折り賃?」

 

桐次郎から封筒を受け取った祐助が、中身を確認する。

 

「……30円もくれるのか?」

 

「相手が相手だったからな、それで我慢してくれ」

 

「とんでもない、かなりありがたいぜ」

 

それを確認すると、また手提げ鞄へと金を仕舞った。

今だけで80円、外の世界で80万円を貰った事になる。

 

「さてと…、長居は無用だから帰るわ」

 

立ち上がろとする彼に、桐次郎が声を掛ける。

 

「もう帰るのか? 少しはゆっくりして行け」

 

「そうしたいんだがな…、早く帰って寝たいんだ。 2日程まともに寝てなくてさ」

 

「2日って…、何をしてたんだ?」

 

「色々さ」

 

そう言って立ち上がり、障子戸の方へ向かう。

 

「…風呂には入ったのか?」

 

「ああ、一応洗い流して、着替えもして来たが、何でだ?」

 

「臭うぞ…、血の臭いが…」

 

「………っ」

 

桐次郎の一言に祐助は何かを言い掛けたが、それを飲み込み、障子戸を開ける。

 

そして、桐次郎の方を向き、口にした。

 

「こんな稼業をしてりゃ、血生臭くもなるだろう」

 

「何時までも、こんな生活をしてたら、長生きは出来んぞ」

 

「今更言うかよ…、それに元締……親父が言う台詞じゃないだろ?」

 

自虐的に笑いながらも、祐助は続けた。

 

 

「長生きなんて、出来る気はしないな。 それに、こんな稼業をしてるんだ、遅かれ速かれ…」

 

 

「……っ?」

 

 

「俺達の行き着く先は………地獄さ…」

 

 

彼は、空を見上げそう言った。

 

 

「……儂等のやってる事は、幻想郷の人間の為だ、少しでも妖怪に怯えなくても良いように、彼等に安心して生活して貰いたい、それが儂等の目的でもあるんだ」

 

 

「そうだ、みんなの笑顔を守る為に、俺はこの仕事をするんだ。 今回の様な悲劇を繰り返さない為にもな…、地獄に行くのは俺1人で十分だ」

 

 

そう言って、彼は部屋を出て行った。

 

「祐助……許せ…」

 

誰も居なくなった部屋で、桐次郎は詫びの言葉を口にした。

 

「歴史は繰り返される……か」

 

 

 

 

「あらっ、若先生! もう帰るのかい?」

 

「あっ、おばさん、おはようございます。 用事は済んだんで今から帰るんですよ」

 

声を掛けて来たのは、道場で雑用をする近所の女性であった。

祐助とも、顔馴染みである。

 

「何だい…せっかく、お茶とお菓子を用意したのに」

 

「すみません、わざわざ……って、これは最近流行りの大福じゃないですか!」

 

「これ、なかなか美味しいのよ!」

 

「ちょっと頂きます」

 

その女性が持っていた皿の大福を1つ、口に頬張る。

 

「……旨い、噂通りの味ですね!」

 

「でしょ? 持って帰る?」

 

「ありがとうございます、幾つか頂いていきます」

 

手に幾つかの大福を持ち、笑顔で礼を言う。

 

「…それじゃ、俺は帰りますから」

 

「何時でも、遊びに来てよね!」

 

「はい!」

 

疲れた表情ながらも、足取り軽くその場を後にする。

彼女も、それを笑顔で見送っていた。

 

しかし、祐助の姿が見えなくなると、彼女の表情は一転して悲しげになる。

 

「また、やったのね……あんなにも血の臭いが……先生も罪なお人です、あんなに優しい若先生に何故、あれほどの残酷な事を…!」

 

彼女は俯きながら、桐次郎のいる部屋へと向かって行った。

 

 

 

 

 

道場を出た祐助は、今後の事を思案していた。

 

「このまま、手ぶらで帰るのも何だし、小傘に土産でも買って帰るか」

 

そう考え、町の方へと向かった。

 

「さっき食べた大福は旨かった、あれを買おう」

 

独り言を呟く道中で、知り合いと会う事になる。

 

「…おやっ、蛮寄さんじゃん、おはよう!」

 

「あら祐さん、おはよう」

 

人間の里に住む妖怪、赤蛮寄。

色々あり、祐助とは顔見知りである。

 

「…そうだ! 丁度良かった蛮寄さん、前に言ってた野菜だけど、出来てますよ」

 

「ええ!? ちょっと早すぎない?」

 

「そんな事は無い、ちゃんと収穫してあんたの分は残して置いてあるよ」

 

「流石は、風見幽香スペシャル…」

 

それを聞いて、蛮寄は苦笑いをしていた。

 

「取りに来なよ、切開の新鮮野菜が腐っちまうからよ」

 

「そうしたいんだけど、今日は用事があるのよ……明日でも良い?」

 

「構わんよ、午前中に来てくれ」

 

「分かったわ、ありがとう」

 

「何でも無いさ、それじゃあ、よろしく!」

 

そう言って、祐助は彼女の横を通り過ぎて行った。

 

「……っ!?」

 

しかし、彼女もそれに気が付いた。

 

「な、何で…血の臭いが…?」

 

穏やかに会話をしていた筈なのに、彼から僅かに臭う血の香り。

蛮寄は、驚きを隠せず、その場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

「えっと…、この店だな」

 

お目当ての店に辿り着き、目的の物を買う。

 

「すみません、今話題の大福を下さい」

 

「はいよ、幾つ欲しいですか?」

 

「では、10個頂きます」

 

「毎度ありがとうございます!」

 

大福の入った袋を受け取り勘定を済ませると、店の外へと出る。

 

「これで、小傘も喜んでくれるかな? さて、もう少し買い物回りをしてから帰るか」

 

彼は、市場の方へと足を向けた時だった。

 

「おはようございます、祐さん」

 

「うん…?」

 

背後から声を掛けられ振り向くと、そこには見知った女性の姿があった。

 

「おお、咲夜さんか。 おはようさん」

 

「こうして顔を見るのは、久しぶりですわ」

 

「そうだな、約3ヶ月振りかな?」

 

「そうなるわね」

 

「朝から買い出しかい?」

 

「ええ、必要な食材と調味料を買い求めに来ましたの」

 

彼女は既に幾つかの荷物を持っていた。

 

「君も大変だな…」

 

「いいえ、これも仕事ですから」

 

「そうか…」

 

(どうせ、あの我が儘な主の言い付けだろうな、俺は無理だな……しかし、この子のメイド服は相変わらず目立つよなぁ。里の人間は着物ばかりだからな…、スタイルの良いこの子には良く似合う。鈴仙さん程じゃないが、スカート丈が…)

 

「…どうかしたの?」

 

「…あっ、いや……何でも無い…」

 

「そう…?」

 

そうして少しの間、2人は立ち話をしていた。

 

「そう言えば……丁度良かったわ、お嬢様から伝言がありましたの」

 

「レミリアさんから?」

 

「『3ヶ月以上も私の前に顔を出さないとは何事だ、早く話し相手をしに来い』っとの事です」

 

「………っ」

 

それを聞いた祐助は、苦笑いしか出来なかった。

 

「…行ってやりたいんだかな…、知ってるとは思うが、俺は現在謹慎中の身なんでな、里から出る事を禁じられてるんだ」

 

「やっぱりだったのね…、噂では聞いていたけど」

 

「そう言う事だから、レミリアさんに伝えてくれ、謹慎が解けたら行ってやるから、もうしばらく待ってくれってさ」

 

「分かりました、お嬢様にはそう伝えておくわ」

 

「よろしくな、俺はそろそろ行くから」

 

「ええ、私も失礼します」

 

そう挨拶を交わし、お互いすれ違った時であった。

 

「祐さん…」

 

「…どうした?」

 

すれ違いざまに、咲夜が声を掛けた。

 

「臭いますわ…、血の臭いが…」

 

「………っ!?」

 

その一言に、思わず振り向いたが

 

彼女の姿は、既に無かった。

 

「時間、止めやがったな…」

 

彼女の能力を知ってる彼には、彼女が何をしたのか直ぐに分かった。

 

「早いとこ買い物済ませて帰ろう…」

 

そうして、祐助は足早に市場へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

食料や家の消耗品の買い出しを終え、自宅に帰って来たのは、昼近くになっていた。

 

「ただいまぁ! 遅くなってゴメンな」

 

家に入ると、食材を台所に置き、居間へと向かう。

 

「小傘さん、お土産だぞ。 今里で話題の大福……って、どうした?」

 

祐助が目にしたのは、何処か怯えた表情で彼を見つめる小傘であった。

 

「し、師匠…」

 

「どうしたんだよ? 何かあったのか?」

 

「どうして…、そんなに血の臭いがするの…?」

 

「……っ!」

 

その言葉に、彼はハッとした。

 

(やっぱり、気付いていたのか…)

 

「師匠は、やっぱり私を……」

 

「違う!!」

 

小傘の言葉を遮り、祐助が大声で叫んだ。

 

「俺は守りたいんだ!」

 

「えっ…!?」

 

「君や、君の様な子達の笑顔を!」

 

「し、師匠…」

 

「みんなの笑顔を脅かす奴は、妖怪だろうと人間だろうと俺は許さない! だから、そいつらに鉄槌を下して来たんだ…」

 

「……っ!」

 

「小傘、君は俺の大切な弟子だ、君の事は俺が護ってやる」

 

「師匠…、そんなにも私の事を…」

 

「だから、何も怖がらなくてもいいよ。 さあ、おいで」

 

小傘を安心させる為、祐助は笑顔で手招きをした。

 

「し、師匠……うわぁぁぁぁぁん!!」

 

小傘は泣きながら祐助に飛びついてきた。

 

「小傘…」

 

「ありがとう…、ありがとう師匠……うぇぇぁぁぁぁん!」

 

泣きじゃくる小傘を、祐助は優しく抱き締めた。

それはまるで、本当の親子にも見えた。

 

 

 

 

 

そうだ…、俺は……

 

 

みんなの笑顔を守りたいんだ

 

 

人間だろうと妖怪だろうと関係無い

 

 

誰かが、悲しむ姿なんて見たくは無いもんな

 

 

そんな人達の為に、俺はこれからも…

 

 

その為なら、俺は…

 

 

悪魔にでもなる!

 




如何だったでしょうか?

今回はシリアス満載でしたが、今後もまだまだストーリーを盛り上げていきますよ!

本当は、幻想録を仕上げたいのですが、只今行き詰まってます…。

ですので、書ける方から書いていきます^^;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由って素晴らしい!

お呼び出しを受けた祐助と慧音は、稗田邸へ…。


「ほれっ、これを避けろよ」

 

今日も小傘の特訓、ゴムボールを投げて、僅かな動きだけでかわす訓練だ。

 

「はっ! やぁっ!」

 

それを、俺のリクエスト通りにこなす。

最初は、うまくかわせず何発も顔にぶつけていたが、今ではきっちり避けている。

 

流石は弾幕ごっこをしてるだけあって、飲み込みが早い。

 

「いいぞ、上手いもんだ」

 

「ううん…、まだまだかなぁ? まだ当たっちゃうから…」

 

「まぁ、慌てる事はないさ、まだ身体が硬いから、ストレッチをやるか」

 

「はーい!」

 

柔軟な身体作りは、俺の中では基本だ。

色んな動きにも対応出来るし、何よりも怪我をしにくくなる。

俺が人に指導する時は、何よりも身体の柔軟さを要求するのだ。

 

「はい、開脚してベタッと寝る」

 

脚を180度に広げて、そのままうつ伏せになる、これは基本中の基本。

 

「やっぱり凄いなぁ、私はまだ出来ないよ…」

 

俺が実演してやると、小傘の表情が曇る。

 

「よし、次は小傘がやるんだぞ」

 

「うん…」

 

小傘も真似て開脚するが、

 

「これ……限界……」

 

「何だ、まだ60度程しか開いてないじゃないか、もっと開かんのか?」

 

小傘、身体硬いなぁ、妖怪の身体はこんなもんなのか?

少し、無理やり開かせてやろう。

 

「痛いよぉ、これ以上は無理だよ!」

 

「これが限界か…、だがこれでも70度ってとこか。 これが直角に開けるようになるまで、繰り返していこう」

 

「結構厳しいなぁ…」

 

「はい、次はそのまま伏せてみ」

 

小傘の背中を押し、前屈をさせる。

 

「あぁ…、これ以上無理! 痛い痛い!」

 

「ええ〜、これしか曲がらないのか? 硬い体だなぁ…」

 

「だって、こういう運動は初めてだから…」

 

「そうか、それじゃ仕方ないな。 まぁ、繰り返してるうちに柔らかくなってくから、ゆっくり体を慣らしていこう」

 

「はい、師匠!」

 

「よし、次は…」

 

お次は何をしようか考えていた時だった。

 

 

ガラガラガラ…

 

 

「うん?」

 

「御免下さい、祐助は居るか?」

 

玄関の戸が開く音と同時に、聞き慣れた声が届く。

 

「はい、今行きます」

 

玄関へ向かうと、やはり其処には慧音さんがいた。

 

「こんちは慧音さん、どうした?」

 

「ああ、突然で済まないが、私と一緒に稗田の家に来てくれないか?」

 

稗田の家…、マジすか…

 

「…それって、阿求からの呼び出しなのか?」

 

「そうだ」

 

「俺、何かしたっけ…?」

 

「それは、私にも分からん。 とにかく、行けば分かるさ」

 

「そっか……それじゃ、支度するから少し待っててくれ」

 

「ああ、分かった」

 

嗚呼、稗田と聞いて一気に気分が重くなった。

極力関わりたくないんだよね。

アイツは小言が煩いから。

 

でも、呼ばれたからには行くしか無いだろ。

 

 

 

とりあえず、小傘に一人で練習出来る項目を伝え、留守番をさせる。

 

俺と慧音さんは、町中を稗田邸に向かって歩く。

道中、何だか行き交う人々が騒がしく感じられた。

 

「何だか、偉く騒がしい様だが、何かあったのか?」

 

「ああ、お前は美咲って女性が殺された事は知ってるか?」

 

「それは聞いたよ、美咲さんを犯して、お腹の中の赤子を抉り出されたんだよな、何て惨い事を…」

 

「あぁ…、私も腸が煮えくり返る思いで、下手人を探していたんだが…」

 

「……だが?」

 

「今朝、そのやった妖怪達が見付かったんだ」

 

「ほう、見付かったのか。 それで?」

 

「それがな…」

 

其処まで話すと、慧音さんは複雑な表情をしていた。

 

「全員、死んでいたんだ」

 

「死んでた?」

 

白々しいが、その先の事は大抵分かっている。

 

「見事なまでに、急所を突かれていてな。 オマケに、ヤツらの首領と思われる妖怪の首が……切り落とされてたんだ…」

 

「あんた、見たのか?」

 

「あぁ、第一発見者と見て来たのだが…、あれは凄惨なものだった…」

 

「……きっと、残忍な事を仕出かしたそいつらには、天罰が下ったのさ、しかし…誰がやったんだろうねぇ?」

 

「最初は霊夢がやったのかと思ったが、本人はきっぱり否定をしてな」

 

俺がやったとは、絶対に口が裂けても言えねぇよな。

 

「そうか……ともあれ、残忍な殺され方をしようが、可哀想だとは思わないな、ざまあみやがれだぜ」

 

「悪い事は出来ないものだな…」

 

そうして、しばらく雑談しながら歩いているうちに、稗田邸へと到着した。

 

 

 

 

屋敷へ入り、使用人に客間へと案内され、しばらく待っていると、当主である阿求が入って来た。

 

「お二人共、突然呼び出して申し訳ありません」

 

「私は構わないが、今日は何の用向きなんだ?」

 

「例の美咲さん殺害の件に関しまして、慧音さんに聞きたい事がありまして…」

 

「その件か、分かった、今から話そう」

 

そうして、慧音さんは阿求に現場の状況や、下手人である妖怪達が殺されていた事、死んでいた妖怪の様子を細かに説明していた。

 

俺…、何で呼ばれたのかな?

 

まさか、仕掛けがバレたとか?

そんな筈は、無いのだが…。

 

平静を装いながら、煙管で煙草を吸っていた。

 

「――――そういう事なんだ。まだ、後始末が残っている」

 

「なるほど…、大体の状況は分かりました、ご苦労様でした。……ところで、祐助さん」

 

「ふう……って、ああっ?」

 

何で、ジト目で見てるんだよ?

 

「随分と、暇そうにしてますね…」

 

「ああ、暇だよ。 その件なら慧音さんに聞いてたから、同じ事を聞いても飽きるしなぁ。 それに、俺には直接関係無いしな」

 

「そんな事はありません! 他人事じゃ無いんですよ!?」

 

これは、放っておいたらお小言が始まりパターンだから、切り返しておくか。

 

「その妖怪達は、許されない所業をした故に、何者かに制裁を受けて死んだんだ、死んで当然の連中だったんだろ? とりあえず、悪の芽は摘み取られたんだから、安心してもいいだろう」

 

「確かにそうですが…」

 

「余りしつこいのは嫌いだぞ、なあ阿求」

 

「うっ…」

 

軽く一睨みしてやると、阿求は静かになった。

 

実は以前、同じ様な状況でガミガミ言ってきたもんだから、ムカついてガツンと文句を言ってやったら、ガチで泣き出しやがった事があってなぁ。

 

あの時の、周りの目が痛かった…。

 

それ以降は、余程の事が無い限り、俺には強く言わなくなったのだが。

 

「まあ、それはともかく……今日、俺を呼び出したのは理由があるんだろ?」

 

「そ、そうでした…、申し遅れてすみません…」

 

本当におせーよ

 

「今日、貴方をお呼びしたのは…」

 

「………っ」

 

「本日を持って、貴方の謹慎を解きます」

 

「……っ! やっとか」

 

それを聞いて安心した、仕掛けの事じゃなくて良かった。

顔が綻ぶのが分かる。

 

『パンッ、パンッ』

 

煙管の灰を落とし、煙管入れへと仕舞う。

 

「ざっと1ヶ月だったかな? 長い長い謹慎生活だったよ」

 

「元はと言えば、貴方が悪いんですよ、無茶をしたばかりに大怪我をして…」

 

「油断しちまったんだよ、あの時は…」

 

「言い訳は聞きたくありません! 怪我をした事には違い無いでしょ!?」

 

「祐助、阿求の言う通りだ。 みんなお前の身を案じているんだぞ?」

 

やっぱり説教が始まりそうだ。

 

「本当に済まない…、みんなが心配してくれるのは有り難い。 だがな…」

 

「やはり…、続けるのか?」

 

「…そういう事だ」

 

「どうして、そこまでして妖怪退治をするのですか!?」

 

「それが、近藤家の仕来りだからな」

 

「そんなの、博麗の巫女に任せれば…」

 

「そうはいかん」

 

やっぱり、ちゃんと言っておかなければ。

 

「今更説明の必要は無いが、うちは代々妖怪退治を生業にしてきた家系なんだ。 それこそ、博麗大結界が出来て、幻想郷が外の世界から切り離される遥か前から、我が先祖達はこの地で妖怪と共にして来たんだ。 自慢じゃないが、その当時は博麗よりもウチらの集団の方が勢力があったんだぞ?」

 

「ええ、覚えてますよ。 あの当時は、博麗より勢力があった集団でしたよね。 近藤、酒井、木村、宮原、そして愛新覚羅…、どの家も一時期は名を馳せた妖怪退治の名門で、力のある妖怪も、その家の者には恐れを為したと言われてます」

 

「言い伝えでは、その御五家があった当時が、一番の全盛期だったみたいだな」

 

「でも、それはもう昔の話です、今は違うんですよ! 昔のような勢力はありませんし、かつての名門は今や風前の灯火…」

 

「だからと言って、近藤の家を俺の代で終わらせる訳にはいかない、この伝承は今後も受け継がなければならない。 今辛うじて残っている、酒井、木村、愛新覚羅の家も同様にな」

 

「今は、霊夢さんが幻想郷を守ってくれてますし、スペルカードルールが制定された事で、殺し合いが激減して平和になったじゃないですか!」

 

「確かに、一昔前に比べれば平和になったとは言えるな、随分と幻想郷も綺麗になったもんだ。 だが、それでも幻想郷の平和なんて危ういもんなんだよ」

 

「そ、それは…」

 

「それが証拠に、つい最近だって、あのオカルトボールの一件があっただろ? その異変を起こしたバカタレは、結界を壊そうとしたんだってな? そうなったら、幻想郷はヤバい事になるんだぜ?」

 

「「………っ」」

 

「平和になったと言っても、そんなの紙一重なもんだよ」

 

「だから、博麗の巫女がいるんだろ? その一件も、既に解決済みだそうだし」

 

「慧音さん、霊夢にばかり頼りすぎたらダメだろ? 出来る所は俺達の手で何とかしなきゃな。 仮に霊夢達が異変解決に向かっている最中で、他の奴らが人里に攻めて来たら何とする?」

 

「それは…、その時は…」

 

「…言わなくても分かるよな?」

 

長々と下らない話をしてしまった、そろそろ終わるか。

 

「まあ、そんな訳だし、俺はこの生業を止める気は無い。 表向きは猟師なんだけどな」

 

「祐助さん…」

 

「心配するな、俺の目が黒いうちは、妖怪共に好き勝手な事はさせないよ」

 

笑いながら立ち上がり

 

「要件はそれだけだろ? 俺は行くよ」

 

部屋を出ようとするが、阿求が止めた。

 

「えっ、何処に行くんですか?」

 

「用事を思い出してな、謹慎が解けたんだから、色々と挨拶まわりをしないとね。 迷惑を掛けっ放しじゃ、申し訳無いからよ」

 

「…分かりました、また呼び出す事もあるかもしれませんので、お願いしますね」

 

「了解だ、それじゃ慧音さん、お先に」

 

「ああ、またな」

 

そうして、俺は部屋を出た。

 

 

「………っ」

 

「阿求…」

 

「やっぱり、あの人を止める事は出来ませんでしたね…」

 

「気にするな、仮に私が言った所でアイツは聞いてはくれないだろう」

 

「何も出来ない自分が、悔しいわ…!」

 

「阿求…、確かにアイツは頑固な所はあるが、話は分かる男だ。 今は静かに見守ってやろう」

 

「は、はい…」

 

「私もな、口ではああ言ってはいるが、彼には感謝してるのだよ」

 

「慧音さん…?」

 

「里の守護者と言われてはいるが、私1人ではどうしよも無い事も多々あってな、そんな時に手助けをしてくれたのが祐助なんだ」

 

「……っ」

 

「面倒な役目を押し付けた事もあったが、アイツは嫌な顔一つしないで全てこなしてくれた。 おかけで、人里の秩序は護られたんだ。 感謝しても仕切れない…」

 

「そうでしたね…、あの人が協力してくれたお陰で、里の平穏が守られてますしね」

 

「アイツは、人里の……いや、幻想郷の縁の下の力持ちなんだ」

 

「でも…、祐助さんがそうするのは、過去の自分への戒めなのかもしれません…」

 

「…あの出来事は、祐助にとっても、幻想郷にとっても悲劇であった…、アイツはまだその悲しみを何処かで引き摺っているのかもしれないな…」

 

「………っ」

 

 

―――――――――――――――――

 

 

やったぜ、ようやく謹慎が解けたよ!

また自由に、出歩けるぜ!

身も軽く、心も軽く〜♪

 

 

…だが、はしゃいでばかりもいれない。

 

花を買いに行こう。

 

『彼女』の弔いをしなきゃな…。

 

そんな思いを胸に、俺は里の中を歩いた。

 




今回も、シリアスメインでした。

次回も、前半はシリアスになるかな?
それ以降は、話の幅が拡大していきます。

今回の話の中にあった伏線も、今後語られます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの思い

仇は、取った…


「この度は、本当にご愁傷様で……」

 

「うぐっ……ひっく……」

 

「わざわざ来て貰って悪かったね」

 

俺が来たのは、美咲さんの実家である。

両親は農業を営んでおり、畑を荒らす妖怪を退治する依頼を何度か受けており、昔からの馴染みである。

 

家の中へ招かれ、位牌が置かれた仏壇の前で手を合わせた。

 

両親はまだ、悲しみが癒えていないのだろう、父親は言葉少なく俯いており、母親は啜り泣いていた。

 

「こうなっている事を早くに知っていれば、もっと早くに来ていたんですが…」

 

「そんな事は無いさ、こうして君が来てくれた事を、娘も草葉の陰から喜んでくれてるさ」

 

「自分がもっと早く察知していれば…!」

 

美咲さんの位牌を前に、俺はまた歯がゆい思いに駆られた。

 

「終わってしまった事は仕方ありませんが、娘が可哀想で…」

 

「………っ」

 

ただ泣き続ける母親に、俺は何て声を掛ければ良いのか…。

沈黙が、その場を支配した。

 

「…本当に、美咲さんはお気の毒な事に……しかし、その下手人である妖怪達が、何者かに成敗されたのが、せめてもの救いです」

 

「ああ、今朝聞いたよ。 随分と凄い有り様だったらしいな」

 

「まさに、天誅とでも言うのでしょうか…」

 

「でも…、娘の仇が取れた所で、美咲は帰っては来ませんわ……うぅぅ……ぐす…」

 

重苦しい雰囲気に、差し出されたお茶を一気に飲み干した。

 

「おばさん、あんまり気を落とさないで下さい。 それが原因でおばさんまで体調を崩したら、みんな心配しますからね?」

 

今、俺はこんな気の利かない事しか言えないのか。

 

「あ、ありがとう…、祐助君…」

 

「おじさんも、くれぐれも御自愛下さい。 また、畑を荒らされたら直ぐに知らせて下さいよ、直ぐに妖怪退治に伺いますから」

 

「ああ、ありがとう」

 

「…ところで、美咲さんのお墓は?」

 

「美咲の墓は、命蓮寺の共同墓地に立てたよ」

 

「そうですか、では其方にも行かせて貰います」

 

お暇するため立ち上がると、父親が声を掛けてきた。

 

「もう、行くのかい?」

 

「はい、自分も今日は謹慎明けなんで、挨拶廻りをしているんです」

 

「そうか、それなら仕方ない。 君もくれぐれも気を付けて仕事をしてくれよ、君まで美咲みたいな事なったら、俺は…」

 

「はい、ありがとうございます。 気を引き締めて勤めます」

 

「よし、表まで送ろう。 ……ほらっ、お前も来いよ」

 

「え、えぇ…」

 

そうして、二人は表まで送ってくれた。

 

 

………っ!

 

そうだ、忘れるところだった。

 

「おばさん、これ……お返しします」

 

「これって………美咲と子供のお守り!?」

 

「な、何故、君が此を!?」

 

「確かに、返しておきましたよ」

 

あの時、あの首領が懐に隠し持っていたお守りを見付けて、すぐに取り返しておいたのだ。

 

これを見付けた時は、改めて怒りが湧き上がったっけ。

 

「返すって、祐助君……まさか…」

 

「それでは、これで失礼します」

 

「貴方…、貴方がまさか……美咲の…」

 

「さあ? 何の話ですかね?」

 

多くを語らず、俺は静かに笑顔を振りまきながらその場を後にした。

両親は驚いた表情をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 

仕掛けの仕事は、他人には知られちゃいけない、見られてもいけない。

 

誰に感謝される訳でも無く、何時も危険と隣合わせ。

 

金で妖怪に手を掛け、時には無慈悲な殺生だってしなきゃならない。

そんな稼業をしてる以上、お天道様の下を、まともに歩ける身分じゃない。

 

だが、俺はそれでもこの仕事を続ける。

 

それが幻想郷の……いや、人間の為になると信じて。

 

少しでも妖怪に怯えずにすみ、

 

より良く、より暮らしやすい世になると信じて。

 

博麗の巫女だけでは手に余るなら、俺が処理してやる。

 

 

 

 

命蓮寺の共同墓地へ着き、美咲さんの墓の前に立っていた。

真新しい墓標だったので、すぐ分かる。

 

用意しておいた桶から水を掬い、墓に掛け流す。

そして、花を添えて手を合わせた。

 

「美咲さん…」

 

生前の彼女の姿が走馬灯の様に脳裏に蘇り、胸にこみ上げるものがあった。

 

気が利く可愛らしい女性であったなぁ。

 

彼女は料理上手で、うちにもよくお裾分けしに来てくれてたっけ。

昔は、一時期ではあったが身の回りの世話をしてくれた事もあり、可愛がってやったもんだ。

 

また、子供の頃は身体が弱くて、虐められていた事もよくあった。

何かと、俺が手助けしてやった事も、今ではいい思い出だ。

 

そんな彼女が、婚礼を挙げると知った時は、実の娘の様に嬉しかった。

 

そして、新しい命を授かっていた事を…。

 

たが、その彼女は今、墓の下で眠っている。

産まれて来る我が子を見る事無く…。

 

無念だっただろう

 

苦しかっただろう

 

痛かっただろう

 

悔しかっただろう

 

「仇は……取ってやったからな…」

 

知らず知らずに、俺は涙を流していた。

 

 

『おじちゃん! おじちゃん!』

 

俺の姿を見た彼女が、そう呼びながら駆け寄って来る姿が、昨日の様に思い起こされる。

 

「旦那と子供と、向こうでも家族で仲良く過ごしなよ」

 

いかん…、せっかく彼女達の為の報告をしに来たのに、こんなに湿っぽくなっちまった。

 

涙を拭い立ち上がると、その場を後にした。

 

彼女は、天国に行けたのだろうか?

 

地獄に行くなんて、有り得ないよな?

 

もし、あんな非業の死を遂げ、地獄に行こうものなら…、

 

俺は、映姫さんを本気で恨むぞ。

彼女に、何を言っても結果は覆らないとしてもだ。

 

俺は、地獄でも何処でも行ってやる。

 

だが、彼女は……

 

死後の世界が必ずあるのならば…

 

家族水入らずで、居させて欲しい…

 

もし、生まれ変わるなら

 

来世こそ、幸せになって欲しい

 

 

「寂しく……なったな……」

 

 

俺は、もう墓標を振り返る事はしなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ただいま」

 

俺が、家に帰ったのは昼過ぎがりであった。

 

「あっ、お帰りなさい師匠!」

 

小傘が元気良く出迎えてくれた。

 

「待たせたな小傘、お土産だ、食べなよ」

 

「わーい、ありがとう!」

 

俺が渡した包みを持って大はしゃぎで部屋へ戻っていく小傘。

 

可愛いもんだ。

 

 

 

その後は、2人で縁側でお菓子を食べ、お茶を飲んでいた。

 

「…ところで師匠、今日は何の話だったの?」

 

「ええっとな…、実は今日を持って俺の謹慎が解けたって話だったんだ」

 

「本当なの?」

 

「本当だ、謹慎になった理由は以前話したよな? 約1ヶ月の謹慎がようやく解けたんだ」

 

「そっか…、良かったね、師匠」

 

「ありがとな」

 

何故か、小傘の表情が引っ掛かった。

嬉しそうにしたと思ったら、何か考え込んでいる様な仕草が。

 

「…どうした?」

 

「…へっ!?」

 

「何か、悩み事でもあるのか?」

 

「えっと……その……あ…」

 

「言ってみな、聞いてやるから」

 

「うん…」

 

そうして、小傘は徐に口を開いた。

 

「私、師匠の家にお世話になって、一週間近く経つよね?」

 

「ああ、それで?」

 

「命蓮寺のみんな、心配してるかなって思って…」

 

「…たが、君は命蓮寺の信者では無いのだろ?」

 

「そうだけど…、彼処にはよく顔を出してたし、住職にもお世話になってたから…」

 

「…心配してる、かもと?」

 

「うん……」

 

言われてみればそうだ、毎日の様に顔を出していた筈の彼女が、突然一週間も姿を見せなければ、誰でも心配するだろう。

恐らく、聖白蓮はそういう人物だから、尚更であろう。

 

「心配なら、帰ってやれ」

 

「えっ!? 師匠…?」

 

「小傘、君にも帰るべき場所があるんだ、俺に気を使わず行ってやれ」

 

「で、でも…」

 

「信者じゃないとはいえ、君は命蓮寺に世話になってるんだ。これ以上、無用な心配をさせてはいけない」

 

「う……うん…」

 

彼女は、悲しそうに俯いていた。

 

この子は、生真面目な面があるから、深く考え過ぎているのかもしれない。

 

俺は、小傘を拒絶するつもりは無い。

 

「そんな顔するな、君を追い出すとか、そんなつもりは無いんだからさ」

 

「ほ…本当なの?」

 

「言っただろ? 君は俺の大事な弟子だ。 特訓だってまだ始まったばかりなのに、これで終わりじゃ話にならんだろ?」

 

「それじゃ…」

 

「ああ、君が都合がいい時に何時でも来い。 もっとビシバシしごいてやるからよ!」

 

「し、師匠…」

 

俺の話を聞いて、小傘はまたも涙目になっていた。

綺麗なオッドアイが、充血するのは見てられん。

 

「ありがとう、師匠!」

 

案の定、泣きながら飛びついてきた。

 

しゃーねーな…。

 

「また泣きやがって、本当に泣き虫だな、小傘は」

 

「だって…、だって嬉しいんだもん!」

 

「嬉しい?」

 

「私を助けてくれた時だって、ちゃんと手当てしてくれたし、美味しいご飯も食べさせてくれたし…、此処まで面倒見てくれた師匠には、とっても感謝してるのよ」

 

「そうか、そう言ってくれると嬉しいな」

 

「だからね、今度は私が恩返しをする番! 困った事があったら何でも言ってね、出来るだけ何とかするから!」

 

小傘の言う何とかは、何処までが許容範囲なのだろうか?

 

「ありがとよ、だがな、君が俺にする恩返しは、強くなって、あのバカ共を見返してやる事だ。 まだまだ先は長いぞ?」

 

「うん! 私、頑張るよ!」

 

「ハハハ、良い子だ」

 

抱き付く小傘の頭を、優しく撫でてやった。

 

彼女は妖怪だ、本来なら退治すべき存在なのに…、

何時しか、実の娘に接するような気持ちになっていた。

 

何というか、複雑な心境だ。

 

「よし、それじゃあ、今夜は宴会だな!」

 

「えっ、宴会?」

 

「そうだ、俺の謹慎明けの祝いと、君の快気祝いを兼ねてな!」

 

「でも、2人っきりじゃ…」

 

「心配無用、俺のダチを連れて来るから、きっと盛り上がるぞ?」

 

ダチと言うのは、もちろん慶治と平九郎の事である。

出来れば、ヒデも呼びたいが、今日は仕事だった筈だ。

 

「でも、私が居ても大丈夫かな…?」

 

「大丈夫さ、俺が上手く言うからよ」

 

平九郎は、恐らく慧音さんから事の次第を聞いている筈だ。

慶治も、ちゃんと話をすれば、下手に警戒する事は無いだろう。

 

「それじゃ、私も何か手伝わせて」

 

「よし、それじゃ野菜とか食材を切って貰おうかな?」

 

「うん! 任せてよ!」

 

「俺は、その間に買い出しと、彼奴等に声を掛けて来るからよ」

 

「はーい、分かったよ!」

 

そうして、小傘にやるべき事の指示を出し、後の事は彼女に任せた。

 

俺は、買い出しの為に、里へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「――――そういう事なんだ、今夜は俺の家で宴会しようぜ」

 

「祐さん、またそんな厄介事に首を突っ込んでたんですか?」

 

「その小言は後で聞いてやるから必ず来いよ、慶治!」

 

「…分かりました、嫁に一言伝えておきますよ」

 

「何なら、家族で来たって構わないぜ? 宴会は大人数の方が楽しいからな!」

 

「他に誰か来るんですか?」

 

「平九郎は誘うつもりだ、慧音さんも呼びたいが……今日は満月なんだよな…」

 

「ああ…、なるほど…」

 

「とにかく、日が暮れたら来てくれ、それまでに準備しておくから」

 

「分かりましたよ」

 

慶治はOKと、次は平九郎だな。

 

 

 

 

 

「――――そういう事だから、今夜は家に来てくれよ」

 

「謹慎明けで、早速ですか?」

 

「固い事言うなって、必ず来いよ、序でに手土産の一つでも持って来てくれると嬉しいな♪」

 

「…分かりました、何か持って行きます」

 

「大変結構! ところで……慧音さん、気は立ってるか?」

 

「ええ、今日はアレですからね…、随分と荒れてますよ」

 

「やっぱりか…、もうすぐ角が生え出すな」

 

「その前に、避難しますよ」

 

「まぁ、また後でな」

 

「はい」

 

平九郎を誘い寺子屋を後にした。

 

後は、酒やつまみといった買い出しをしてっと。

奮発して、高い酒と八つ目鰻でも買うか。

 

今夜は騒がしい夜になりそうだ!

 




宴会という名の、送別会です。

色々、掘り下げていく物語は好きです^^


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祝いの宴

仲間を呼んでの、どんちゃん騒ぎ!


その夜、近藤祐助の家には、数人の仲間達が集まっていた。

 

集まったのは、木村平九郎、酒井慶治と妻の千代、そして酒井夫婦の二人の子供達である。

 

 

「――――てな訳で、今夜は盛り上がっていきませう!」

 

「祐さん、完全復活おめでとう!」

 

「「「おめでとうございます!」」」

 

「ありがとな、この1ヶ月長かったが、ようやく自由行動が出来るようになった。 これで、また狩りが出来るぜ!」

 

「祐さん、その猟銃なんだけど…、もう少し待って貰えます?」

 

「構わないよ、明日からしばらくの間は挨拶周りも控えてるからな、慌てなくてもいいさ」

 

「それなら、助かります」

 

「それから、これは俺だけの祝いじゃない、こっちにいる多々良小傘さんの、快気祝いも兼ねておりまーす」

 

「「小傘お姉ちゃん、おめでとう!」」

 

「みんな、ありがとう! 今日は私の芸達者な所も御披露目するからね、楽しんでいってよ!」

 

「それじゃ、今夜は盛り上がっていこう。 乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

そうして、宴が始まった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

それからしばらく、大人達は酒を飲み、子供達は食事をしながらはしゃいでいた。

 

「今日は、わざわざ来てくれてありがとな、千代ちゃん」

 

「いいわよ、うちの人ばっかり楽しんでちゃ、面白く無いからさ。 それに、たまには祐さんとお喋りもしたくてね」

 

「そっか…。嬉しいねぇ、千代ちゃんみたいな綺麗な女にそう言って貰えるとさ!」

 

「ダメよ、酒の勢いでそんな事言っちゃ!」

 

「大丈夫、まだ酔ってねぇよ。 ほらよ」

 

「あっ、ありがとう」

 

祐助が千代に酌をしていと

 

 

「ほーらほら、これでどう?」

 

「すごーい、傘の上でこんなに物を操れるなんで凄いね!」

 

「ふふーん、まだまだ、こんなもんじゃ無いよ!」

 

「もっとやってー!」

 

「では、ご要望にお応えして、もっと回しまーす!」

 

「「わ――い!」」

 

小傘の芸に、二人の子供が歓喜していた。

 

 

「楽しそうだな」

 

「そうね、連れてきて良かったわ」

 

「小傘は子供をあやすのが得意なんだよな、ベビーシッターを名乗るだけの事はあるな」

 

「始めた頃は、相当悪名高かったんだけどね…」

 

「まぁ、妖怪だしな…」

 

微笑ましい光景を見ながら、二人は酒を酌み交わしていた。

 

「そう言えば……二人は、幾つになるんだっけ?」

 

「長男の磐次は五歳、長女の御夏は三歳よ」

 

「へぇ、そんなになるんか…、俺達も歳を取る訳だ」

 

「あらっ、そんな事は無いわ。 祐さんはまだまだ若いわよ」

 

「若いって言ってくれるのは嬉しいが、未だに独り身なんでね」

 

そう言って、祐助は苦笑いをしながら酒を飲んだ。

 

「また、きっといい人が見つかるわよ」

 

「そいつはどうだろうな? もう、この歳になると望みは薄いよ。 外の世界だと、晩婚化してるみたいだが、幻想郷じゃあ無理だろうなぁ…」

 

「そんな事は……」

 

「それに、またあんな悲しい思いはしたくないからな。 あんな思いをする位なら、独り身の方が気楽でいいよ」

 

「………っ」

 

若干重苦しい雰囲気が漂ってしまい、祐助が咄嗟に話題を変える。

 

「…おっと、すまんすまん。 今日は楽しい宴なんだ。 湿っぽい話は無しにして、なっ!」

 

祐助が、自分の杯を千代の前に出す。

 

「…そうね、ごめんなさい。今夜は楽しい宴会ですもんね!」

 

祐助の心情を察知した千代は、笑顔で酌をした。

 

慶「おい、平九郎!」

 

「「………っ?」」

 

祐助と千代の視線の先には、すっかり出来上がった慶治と平九郎の姿があった。

 

慶「お前、相変わらず生徒達に弄られてるんだってなぁ!? ちゃんと躾はしてんのか!?」

 

平「うるせーな! ただ躾すればいいってもんじゃねぇよ! 何が良くて何が悪いかをちゃんと説明出来なきゃならないんだ。 口で言うだけなら簡単よ!」

 

慶「そんなんだから、オメェはナメられるだ! たまには有無言わさずガツンと言わんかい!」

 

平「知った風な口聞くんじゃねぇ! テメェみないな鍛冶と筋肉バカに、教師の苦労が分かってたまるかぁ!」

 

慶「何だと、ゴラァ!! へっぽこ教師が粋がってんじゃねぇぞ!」

 

平「うるせぇ、この単細胞野郎! そのバカ面は昔と何も変わっちゃいないなぁ! テメェの様なむさ苦しい奴に、教師というスマートな職業は勤まらねえよ!」

 

慶「何をホザきやがる!? 生徒のケツにキスしてる教師の何処がスマートなんだ? 笑わせるんじゃねぇ、ボケが!」

 

平「誰がケツにキスするって? それはテメェの事だろうが! 嫁さんの尻に敷かれてるテメェに言われたかねぇ!」

 

慶「んだと、ゴラァ!」

 

平「やんのかぁ! 舐めんじゃねぇぞ!」

 

 

千「ねえ二人共、そろそろ止めなさいよ…」

 

慶「うるせぇ! 引っ込んでろ!」

 

平「これは、俺達の勝負なんだ! 手出し無用!」

 

千「あっちゃぁぁ…」

 

祐「はぁ、しょうがない…」

 

溜め息をついた祐助が立ち上がり、二人の元へ行く。

 

慶「表出ろや!」

 

平「上等……」

 

本格的に喧嘩を始めようとする二人の肩を、祐助が掴む。

 

 

祐「二人共、止めにしようか?」

 

顔は笑顔であったが、ドス黒いオーラを放っていた。

 

慶「あっ…あの……祐さん…?」

 

平「祐さん! 元はと言えばコイツが喧嘩を売ってきたんだよ!」

 

慶「何言ってやがる!? テメェのその弱腰な性格に忠告と渇を入れてやったんだよ。 それなのに、テメェは反抗してきやがって!」

 

祐「まあまあ、もう落ち着きなって…」

 

平「黙れ! そんな事必要もねぇし、頼んでもねぇよ!」

 

慶「こいつぅ! ぶち殺してぇ!」

 

平「やってみろ、クソ野郎が!」

 

慶「ああっ!?」

 

祐「チッ…」

 

喧嘩が収まらない二人に、我慢の限界が来る。

 

 

「二人共……」

 

 

「「………っ?」」

 

 

「さっきから、うるせぇんじゃ、アホンダラァァァァァ!!!」

 

「「ひぃぃぃ!?」」

 

余りにもバカバカしい口喧嘩が続き、遂に祐助がキレた。

 

「子供達が見てる前で、ガキレベルの喧嘩してんじゃねぇ! お互いの仕事にケチ付けて楽しいのか!? バカバカしいにも程がある!!」

 

「いや、ケチだなんて…」

 

「俺は忠告しただけで…」

 

「黙れ! あれの何処が忠告だ!? 誰が見たって、いちゃもんだろうが!!」

 

「いや……あの……」

 

「祐さん……まぁ、落ち着いて……俺達も、頭冷やすから…」

 

「そうそう、俺達も悪かったからさ……」

 

「いいや、勘弁ならん! 久々にお前等にヤキ入れてやる!」

 

「「か、勘弁して下さーい!」」

 

それまでの態度を翻し、二人は手を付いて謝る。

 

しかし、大声を出したせいで、余計な事が起こる。

 

「うぅぅ…、おじちゃん、怖いよ…」

 

「し、師匠……そんなに、怒らないで…」

 

その様子を見ていた小傘と子供達が、涙目で怯えていた。

 

「し、しまった…つい……」

 

それを見た祐助が、申し訳無さそうに頭を掻いた。

 

「ごめんな…、つい大声を上げしてしまって、君達に怒ってる訳じゃないから安心していいよ」

 

「…本当?」

 

不安そうに訊ねる長女の頭を優しく撫でながら、笑みを浮かべた。

 

「本当だよ、だか安心して、みんなで遊んでな」

 

「「「はーい!」」」

 

それを聞いて安心した3人は、再び遊び出した。

 

「千代ちゃん、悪いが3人の事を頼む。 ちと外へ行って来る」

 

「ええ、分かったわ」

 

「ふぅ…、やっぱり祐さんは子供の扱いが上手いなぁ」

 

「寺子屋の教師になるべきですよ!」

 

「おーい、話を反らすなー?」

 

「「えっ…!?」」

 

「さぁ、表出ようか」

 

「ひぃぇぇぇ!?」

 

「どうか、ご勘弁を!」

 

「いいから出な」

 

「「は、はい…」」

 

祐助の迫力に圧され、慶治と平九郎は外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

祐助の後に着いて、外に出た慶治と平九郎。

その雰囲気に、すっかり酔いが醒めていた。

 

「慶治、平九郎…」

 

「はい…」

 

「何でしょうか…?」

 

「仲がいいのは結構だが、あんな大人気ない喧嘩は止めてくれよ」

 

「「すんません…」」

 

「酒が入ってたからと言って、子供達の前であれはマズいよな?」

 

「仰る通りです…」

 

「言い訳の余地がありません…」

 

「慶治、平九郎の頼りない教師ぶりに文句を付けたくなるのは分かるが、平九郎だって真面目にやってるんだ。 其処んとこは分かってやれ」

 

「は、はい…」

 

「(結局、祐さんもそう見てたのね…)」

 

「生徒達に弄られてはいるが、平九郎の授業は面白いって評判だぞ。 特に実地での授業は面白いし楽しく勉強出来るって、よく耳にするよ」

 

「ゆ、祐さん…」

 

「だからさ、平九郎もよ、自信を持ってやりなよ。 それで生徒達が付いてくるなら、お前の教え方は間違っちゃいないんだからさ」

 

「は、はい…」

 

「慶治も、里一番の鍛冶職人なんだ。 俺はお前の作る道具には絶対的な信頼を寄せてる」

 

「あっ…!」

 

「大雑把な所はあるが、俺はお前の事を只の筋肉バカだなんて思ってはいない。 お前の鍛冶技術には目を見張るものがある、誰にでも真似出来るもんじゃ無い」

 

「ゆ、祐さん…」

 

「俺達は、幼い頃からの仲間であり、先輩後輩の間柄で、親友じゃないか!」

 

「「祐さん…」」

 

「俺はお前達と長く付き合って来たから、お前達の良い所も悪い所も熟知しているつもりだ。だからよ、二人がいがみ合うのを見ていると、俺は悲しいよ…」

 

その時の彼は、とても悲しそうにしていた。

それを見た二人は、祐助に頭を下げた。

 

「祐さん、すみませんでした!」

 

「酔った勢いとはいえ、やり過ぎました!」

 

「だから、そんな悲しい顔しないで下さい…」

 

「そんな顔されたら、俺達まで悲しくなりますから…」

 

二人は必死で祐助を宥めていた。

そんな思いが通じたのか、祐助の表情がまた少しずつ明るくなってきた。

 

「分かってくれれば良いんだ。 二人は俺にとって、かけがえのない後輩であり、親友だ。 昔、凶行をしていた時も、お前達は俺の味方をしてくれた。 俺はお前達に恩義がある、それを返さなきゃならないからな!」

 

「そんな、恩義だなんて…」

 

「俺達は、ずっと祐さんの背中を追って此処まで来たんです。 祐さんが居なかったら、今の俺達は居なかったと思います」

 

「そうですよ、俺達には祐さんは無くてはならない絶大な存在なんです。 だから、俺は一生祐さんに付いて行きますよ!」

 

「俺もですよ! 祐さんを超えるまでは、食い付いて離れません!」

 

「……バァカ!」

 

祐助は、笑いながら二人の頭を小突いた。

 

「お前達には、まだまだ負けないよ。 まあ、歳食っちまって全盛は過ぎたがな」

 

「いやいや、昔の祐さんより今の祐さんの方が強いですよ」

 

「むしろ、今の祐さんの技術は洗練されていて、隙が無いです」

 

「そうか? 俺の身体もまだ錆び付いちゃいねえのかな?」

 

「もちろんです!」

 

「煽てるのが、上手いなぁ…」

 

「「ハハハ……」」

 

夜風に当たりながら、3人は談笑していた。

そこには、当初の重苦しい雰囲気は全く無かった。

 

「さて、家に入る前に一服しようかね…」

 

そう呟くと、祐助は煙管を出し、葉を積め出す。

 

「俺が点けます」

 

「おっ、スマン」

 

慶治がマッチで火を点けると、祐助の持つ煙管の先を火に近付けた。

 

「ふぅ…、やっぱり煙草はいいなぁ」

 

煙草の煙を吐き出すと、実に幸せそうな表情をしていた。

 

「…ほら、慶治も吸え」

 

「俺は、もう止めましたから…」

 

「良いから、吸えよ」

 

「わ…、分かりました」

 

祐助から煙管を渡され、慶治も煙草を吸った。

 

「……あぁ、久しぶりの煙草はうめぇ」

 

「だろ?」

 

「でも、もう良いです。 これ以上吸ったら止めれなくなりそうなんで(笑)」

 

「律儀なもんだな、平九郎も吸え」

 

「いや、俺は煙草は吸えないから…」

 

「そっか…、そういえば、お前は昔から煙草はやらなかったよな」

 

「すみません…」

 

「謝る事は無い、煙草なんて身体に良い事なんて無いからな」

 

そんな事を良いながらも、祐助はプカプカと煙草を吸っていた。

 

「祐さん、身体に悪いって自分で良いながら、吸いまくってるじゃないですか…」

 

「しゃーないじゃん、俺……ニコチン中毒だもん♪」

 

「「はぁぁぁ……」」

 

そんな様子を見て、二人は若干呆れていた。

 

「まぁ、この話はこれで終わりっと」

 

((話を反らしたな…))

 

二人がそんな事を内心思っていたが、あえて口には出さなかった。

 

パンッ、パンッ、っと煙管の中に溜まった灰を落とし煙管入れへと仕舞う。

 

「よし、改めて飲み直そうぜ!」

 

「「はい!」」

 

そうして、3人は家の中へと入って行った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

夜も更けた頃、大人4人は酒を飲みながら談笑していたが、子供と小傘は、はしゃぎ過ぎたのか、寝息を立てていた。

 

「すっかり、寝ちまったなぁ…」

 

「そうね、大分夜も遅くなったわ」

 

「お開きにするか」

 

「ですね、片付け手伝いますよ」

 

「ありがとな、それじゃあこれらを台所に運んでくれ」

 

「了解ですよ」

 

「洗い物は、私がするわ」

 

「ありがとよ千代ちゃん、俺は小傘の寝床を準備するから、やっておいてくれないか?」

 

「任せて下さい!」

 

そうして、慶治と平九郎と千代は分担して片付けを始め、祐助は布団を引き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴会の片付けが終わり、酒井夫婦は眠っている子供をお振り、平九郎は簡単な補助をしていた。

 

「それじゃあ祐さん、俺達は帰りますから」

 

「ああ、道中気を付けてな」

 

「また、宴会する時は呼んで下さいな」

 

「おう、またやる時は是非とも来てくれよ!」

 

「それじゃあ、お休みなさい」

 

「ああ、お休み」

 

帰路に就く3人を、祐助は玄関先で見送った。

 

 

 

 

帰り道、千代は二人に気になっていた事を聞いてみた。

 

「ねえ、あんた」

 

「…何だ?」

 

「さっきさ、外で祐さんと何を話してたの?」

 

「何って…、お説教だよ」

 

「嘘、だって中に入って来た時は、あんなに楽しそうにしてたじゃない?」

 

「それは、気のせいさ」

 

「そんな筈無いわ! ねぇ平ちゃん、本当は何の話をしてたの?」

 

「そうだねえ…、説教ついでに、男の友情の話をしてたのさ」

 

「何それ…」

 

「嘘はついてないよ」

 

「むぅぅぅ…」

 

「千代、コイツの言ってる事は本当さ。ついでに祐さんの懐の深さを改めて思い知らされたんだよ」

 

「懐の…深さ…?」

 

「あの人は、過去にあれだけの悲しい出来事に遭い、そして、血にまみれた事だってあったのに、今はそんな事は全く感じさせない温厚な人になったよ」

 

「俺は、あの人には心底敬意を払っているよ」

 

「俺も、ああなれるんかなぁ…」

 

「そうだなぁ…」

 

二人は何処か遠い目をして、夜空を見上げていた。

 

「男の友情、っか………何だか、羨ましいなぁ…」

 

二人の様子を見ていた千代が、ボソッとそう呟いた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ふぅ、さっぱりした!」

 

3人を送った後、風呂に入り、1日の疲れを癒やした祐助。

 

冷たいお茶を一気飲みし、そのまま布団へと潜り込んだ。

 

「さて、今日も続きを読もうかね…」

 

彼が手にしたのは、鈴奈庵で入手した、ロー○ンメ○デンの初期の単行本である。

 

最初は何気なく読み始めたのだが、今ではその独特の世界観に、すっかりハマってしまったのである。

 

「おお…、やっぱり翠○石は可愛いな! このツンデレ具合が良いな! 何だか霊夢みたいで、なかなかリアルだ…」

 

独り言を呟きながら、読書に耽っていた。

 

 

 

 

それから、半時程経った頃であった。

 

 

「……よし、今日は此処までしておくか。 寝よう」

 

電気行灯に手を伸ばそうとした時であった。

 

 

『スゥゥゥ…』

 

 

「……っ?」

 

襖の開く音が聞こえ、振り向いて見ると

 

「師匠…」

 

枕を持った小傘が、立っていた。

 

「どうした小傘? 目が覚めちまったのか?」

 

「師匠…、お願いがあるの…」

 

「お願い?」

 

「あの……その……一緒に…、寝てもいい?」

 

「俺とか!?」

 

その申し出に、祐助は若干戸惑ってしまう。

 

「お願い…、今日で最後だから……最後くらい一緒に寝たいの……ダメ…?」

 

うるうるした目つきで、祐助を見つめる小傘。

 

(ち、畜生……相変わらず、それはセコいなぁ…)

 

案の定、彼は断る事が出来なかった。

 

「はぁ…、分かったよ。 添い寝するだけなら…ほら、入りな」

 

溜め息をつきながらも、彼は手招きした。

 

「わーい! ありがとう!」

 

それを見た小傘は、打って変わって元気良く布団の中へ入って来た。

 

「師匠の布団の中、暖かいね!」

 

「入ってから時間が経ってるからな」

 

添い寝する二人は、布団の中で会話していた。

 

「ねぇ、師匠」

 

「何だい?」

 

「今日は、本当にありがとう。 とっても楽しかったよ!」

 

「喜んで貰えたなら、大いに結構!」

 

「みんな、優しくて良い人間だったね!」

 

「彼奴等は、信頼出来る仲間だからな。 間違い無い連中だよ」

 

「へぇ…、そんな信頼出来る仲間が居るって、羨ましいなぁ…」

 

「そういう君にだって、命蓮寺の仲間が居るじゃないか」

 

「そうなのかなぁ…? みんなは私の事、どう思っているのかは分からないから…」

 

「そんな心配はしなくても良いんじゃないかな? 彼処の妖怪達は悪いヤツらじゃないと思う。 一時期は苦楽を共にしたんだろ? 大丈夫さ、特に聖白蓮なら君を仲間だと認めてくれるさ」

 

「だと…いいけど……でも、私は、あの時は偶々居合わせただけで、星輦船の異変には関係無かったから」

 

「ああ…、そうだったな……すっかり失念してた…」

 

「それでも、命蓮寺のみんなには、お世話になってるのは確かだけどね…」

 

「…もしかして、明日の事で悩んでいるのか?」

 

「うん…、一週間以上も突然居なくなったから、怒ってるかぁって……ちょっと、怖いんだ…」

 

「そうか…、そうだよな…」

 

それを聞いた祐助が少し考え込むと、思い付いたように口を開いた。

 

「…よし、明日は俺も一緒に命蓮寺に付いて行ってやろう」

 

「えっ、本当に!?」

 

「ああ、俺からも今回の経緯を説明しよう。 話の筋を通せば、先方も分かってくれるだろう」

 

「師匠…、私の為に…其処までしてくれるの…?」

 

「なぁに、可愛い弟子の為なら、何も問題無いさ」

 

「う、嬉しい…」

 

小傘は嬉しさからか、また目を潤ませる。

 

「師匠、だ――いすき――!!」

 

「うおっ!?」

 

勢いよく、祐助に抱き付いて来たのだ。

 

「こらこら…、嬉しいのは分かるが、はしゃぎ過ぎだ」

 

「エヘヘへ…、ゴメンね! でもね、本当に嬉しかったんだよ! 私ね、師匠に会えて、本当に良かったと思ってるのよ!」

 

「そっか…」

 

祐助もまた、小傘を優しく抱きしめた。

彼女も、とても幸せそうな顔で、彼にずっと抱き付いていた。

 

 

「寒くはないか?」

 

「大丈夫、とっても暖かいよ」

 

「良かった。 さぁ、もうお休み、明日は朝食を食べたら送ってあげるからな」

 

「うん! それじゃあ、お休みなさい!」

 

「お休み」

 

 

祐助が行灯の電源を切り、部屋は暗闇に包まれた。

 

だが、それからしばらくの間、二人の間では、まだ会話が続いていた。

 

その会話は、二人だけしか聞こえていない…。

 

二人が完全に眠ったのは、それからまだしばらく後の事であった。

 

 

 

 

 

小傘……

 

 

君は大事な弟子だ

 

 

それは変わらない

 

 

だが……

 

 

やっぱり、君と俺とでは…

 

 

住む世界が違う……

 

 

生きれる時間も違い過ぎる

 

 

それが、妖怪と人間なんだ……

 

 

どうしたって、変える事が出来ない運命……

 

 

ずっとは、側には居てあげられない…

 

 

ごめんな……小傘……

 




さて、如何だったでしょうか?

今回から「花果子念報~」同様、裏テクを使いまして、一話に対する文字数を大幅に増やしました。
これまでは、携帯投稿による文字数制限によって、細かい描写はカットしていましたが、今後は心置きなく掘り下げた描写が書けます!

最後のシーンですが、主人公と小傘は、添い寝しただけです。
ただ、添い寝しただけです。

大切な事なので、2回言いましたw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘の帰還

小傘が、命蓮寺へ戻りました。

※余話。
11月1日の東方紅楼夢、最高に楽しかったです!
この話の一部は、イベント開催中に執筆したものです。




翌朝、朝食を食べ終わった2人は、慌ただしく出掛ける準備を進めていた。

 

「忘れ物が無い様に、ちゃんと荷物の確認をするんだぞ」

 

「はーい」

 

小傘が自信の荷物の整理をしている間に(とは言っても、簡単な手土産と唐傘しか無いのだが)、俺も準備を始めた。

 

「えっと……とりあえず、『道具』は持っていくとして…」

 

人里の外へ出るんだ、仕事で無くても道具は必要だよな。

 

で、今日はリュックでは無く、肩から担げる、中位の鞄を使う、それで上等だ。

 

「それから………あっ! そうだ……」

 

ちょっと思い出した事があり、押し入れをガサゴソ。

 

「………あったあった!」

 

それは、随分と前に香霖堂で見つけた物だった。

無縁塚辺りで見付けて来たらしく、なかなかの優れものアイテムらしい。

値段を聞くと、11円(11万円)という高額商品(ぼったくりかもしれないが)

その代わり、オマケとして取り替えカートリッジを10個も付けてくれたので、思い切って買ってやった。

 

あんなに、高い買い物をするのは久しぶりだったぞ…。

こんな小さな物に、それだけの価値があるのか?

 

今日、それを確かめてやる。

 

「試そう試そうと思ってて、今まで日の目を見なかったんだっけな、今日は使ってやろう!」

 

そうと決まれば、鞄に詰め込むっと。

 

「よし、着替えて…」

 

基本的に、出掛ける時は着物では無い。

 

外の世界で言う、背広というモノを着る。

見た目もすっきりしており、以外と動きやすく気に入っている。

 

ただ、ネクタイは締めない、ちと苦しいのだ。

ネクタイをすれば、もっとシャキッとするのだが、少しラフな格好の方が気楽である。

 

「着替えよしと…」

 

ポケットに、博麗札を数十枚入れる。

 

「……こいつもっと」

 

相棒の警戒棒を、内ポケットに収納し、有事には何時でも出せるようにセット。

 

「短刀は…、鞄に入れとけばいっか」

 

それほど大きな鞄では無いが、短刀位は入る。

 

「拳銃は…、今日はいいや」

 

よし、準備完了!

 

今は、それ程荷物の入っていない鞄だが、手土産やら何やら買ってたら、すぐにいっぱいになる。

 

「後は、財布だな」

 

財布が無きゃ、買い物が出来ない。

金は…………何の問題も無い!(ニヤリ

 

「…よっしゃ、準備万端!」

 

俺の方はよしと、小傘はどうなったかな?

 

「おーい小傘、そっちはどうだ?」

 

「うん、もう大丈夫だよ!」

 

「そうか、それじゃあでようか」

 

「はーい!」

 

家の戸締まりだけはちゃんと施して…

 

それでは、出掛けますか!

 

 

――――――――――――――――――

 

 

命蓮寺に行く前に、手土産としてお菓子と酒類を問屋で大量購入しておいた。

みんな女の癖に、大食らいに大酒飲みなヤツばっかりだから、これ位買っておかないと間に合わない。

あれだけ軽かった鞄が、もういっぱいいっぱいになっていた。

 

うん、結構重い…。

 

これだけで、随分と出費をしたが、まだまだ余裕あるわ(フッ

 

「師匠、命蓮寺のみんなは、お酒は飲まないよ?」

 

「それは、聖さんだけだろ? 他のメンバーは裏でこっそり飲んでるって聞いたぞ?」

 

「そ、それは……」

 

「まぁ、流石に堂々と渡すのは拙いから、お菓子を渡した後に、さり気なく渡すつもりだ」

 

「大丈夫かな…?」

 

若干不安そうな小傘だったが、多分大丈夫だろう。

村沙か一輪に辺りに渡せば、後は勝手にやってくれるだろうし。

 

 

 

 

 

里から歩く事しばらく、命蓮寺の本堂が見えてきた。

 

「見えてきたな」

 

「うん…、何だか凄い久しぶりって感じだわ…」

 

「…行き辛いか?」

 

「う、うん…少し……」

 

「心配しなさんな、俺が付いてるからさ」

 

「ありがとう、師匠…」

 

そうして、俺達は命蓮寺に続く石段を登って行く。

 

登り始めて、直ぐに聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

「ぎゃーてー、ぎゃーてー!」

 

元気が良いな、あの山彦は。

 

「オッス! 響子ちゃん!」

 

「うん? ………あっ! 祐さんだぁ! こんにちは!」

 

「声が小さ――い!!!」

 

「ひぃぃっ!? こ、こんにちはー!!!!」

 

へへっ、してやったりだお!

 

「はい、良く出来ました!」

 

「もう! それは私の台詞よ!」

 

「ハハハ、俺もやってみたかったんだ」

 

「むぅぅぅぅ…」

 

むくれる響子ちゃん、なかなか可愛かったりする、妖怪だけどな。

 

「まあ、そう膨れるなよ、それより、誰か上層部を呼んで来てくれないかな?」

 

「えっ…?」

 

すると、俺の陰から小傘が顔を出した。

 

「お…お久しぶり……響子ちゃん……」

 

「あれっ…? 小傘ちゃん!?」

 

小傘の姿を見て、驚く響子ちゃん。

 

「一体、今までどうしたの? 急に姿を見せなくなったから、みんな心配してたんだよ?」

 

「ご、ごめんね…、ちょっと色々あったんだ…」

 

「色々…?」

 

「まあ、そこんとこも俺から説明するから、誰か呼んできてくれ」

 

「うん、分かったよ!」

 

早速、誰かを呼びに駆け足で本堂に向かう響子ちゃん。

 

一体、誰が応対するのだろうか?

 

「あら……祐さんじゃないの」

 

おや…? 呼びに行った割には早過ぎる。

 

声のした方向を見ると、紺色の頭巾に白い長袖上着姿の彼女、『雲居一輪』が近付いて来た。

 

「……何だ、一輪さんか、久々じゃないかな?」

 

「ええ、そうね。 此処最近は出歩いて無かったから」

 

「奇遇だな、俺も先日まで謹慎の身で、出歩いて無かったんだ」

 

「謹慎って…、何をしたの?」

 

「色々あって、話せば長くなる」

 

「まさか…、あの噂は本当だったの?」

 

「えっ……それって、俺が怪我したってのが、広まってる訳?」

 

「大体の妖怪達には、広まってますわよ?」

 

「……誰だよ、広めたヤツ…」

 

色んなヤツの顔が、脳裏に浮かぶ。

多過ぎて、誰の仕業か把握出来ない。

 

「でも、元気そうで何よりだわ」

 

「おかげさんでこの通り、全快さ!」

 

「また、勝負してくれるの?」

 

「雲山さん抜きなら、相手になるぜ」

 

「それはダメよ、雲山とのコンビネーションは私のスタイルですからね」

 

「だよな」

 

別に、雲山さんありでも勝負は出来るが、あの当たり判定のデカさは、結構パネェ。

 

今思い出せば、初めて会った時は、この女にいきなり襲われて、訳も分からず戦闘になったっけ。

説得しようにも、人の話を聞こうとせずに攻撃して来たもんだから、かなりムカついてな…

 

躊躇わずに、思いっ切りぶん殴ってやったんだ。

 

雲山さんも、札の猛攻と警戒棒の一撃で、真っ二つにしてやった。

 

他の命蓮寺メンバーが、呆気にとられていた光景は笑えた。

 

その後は、聖さんが頭を下げ謝り、彼女は腫れた顔で半泣きで睨み付けていたのが印象的だった。

俺も、流石にやり過ぎたと思い、何度もお詫びをして、どうにか許して貰えた。

今では、気さくに話し合える仲になった。

あの口数が少ない雲山さんとも親しく会話が出来るのが、密かな自慢だったりする。

 

数年程前の話なのに、何故か懐かしい。

 

「……どうかしたの?」

 

「…ああ、ゴメン。 何でも無い」

 

いかんいかん、思い出に耽ってしまった。

 

「……っ? まあ、いいわ。 今日は何をしに来たの? 入門する気になったとか?」

 

「まさか、そうやって誘ってくれるのは嬉しいが、寺に縛られるってのは性に合わないんだ。 俺は自由人なんでね」

 

命蓮寺からの勧誘も、何十回断った事か、とにかくしつこい。

 

「それじゃ…」

 

「あの……私の事で、なの…」

 

小傘が申し訳無さそうに、俺の後ろから姿を出した。

 

「貴女…、小傘じゃない!? 今まで何処に行ってたの? 聖様が心配してたのよ?」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

心配だったのだろう、一輪さんが食って掛かろうとしていたので、俺が助け舟を出した。

 

「まあまあ一輪さん、落ち着きなって。 これには訳があるんだ」

 

「どういう事…?」

 

「それはな……」

 

「お待たせしました、祐助さん」

 

一輪さんに説得をしようと思った所で、タイミングよく『聖白蓮』住職が現れた。

 

「聖さん、こんちは。 お変わり無いようで」

 

「ええ、こんにちは。 今日は小傘の事で来たと伺いましたが…」

 

「そうなんだ、その事だが……話すと、少々長くなるんでな、中で話せないかな?」

 

「…分かりました、では案内しますわ」

 

聖さんに案内され、俺達は本堂に向かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

本堂には、俺と小傘が二人だけ並ぶ。

そして、それに相対して、聖白蓮、寅丸星、雲居一輪と雲山、村沙水蜜、幽谷響子、二ッ岩マミゾウ、偶々命蓮寺に来ていたナズーリンが座っていた。

 

うん、なかなか豪華な面子な事で。

 

他にも、信者がいる筈だが、今日は姿が見えない。

その中で、秦こころも信者の筈だが、アイツの居所は知っている。

 

神霊廟しか無いだろ。

 

……そういえば、封獣ぬえの姿も見えない。

まあ、アイツは基本的に普段は行方知れずだから、気にしない。

 

それからは、俺は小傘に起こった出来事、彼女が人間達にリンチされていた事、俺が助けて怪我の手当てをした事、怪我が治るまで自宅で預かっていた事…。

 

それまでの経緯を、全員に説明していた。

 

 

「―――――そういう事だったんだ」

 

「そうでしたか…」

 

俺の話を、一同は静かに聞いてくれていた。

何処かの神社とか、紅い館とか竹林の屋敷とは大違いだな。

 

「だから、小傘さんを余り責めないで欲しい。 今まで、あんた達に繋ぎを付けなかった俺にも非があるんだからな」

 

「祐助さん…」

 

「そういう事だから………本当に申し訳無かった!」

 

俺は正座をし、手を付いて謝った。

 

…土下座だよ。

 

「えっ…!?」

 

「し、師匠!?」

 

「祐助さん、何故貴方が謝るのですか?」

 

聖さんも星さんも、そして小傘も驚き、他のメンバーも驚きを隠せない様子であった。

 

「元はといえば里の人間による所業、だから里に住む者として責任を感じている。あんなヤツらが居るから、小傘さんはあんな目に遭ったんだ、何と詫びて良いものか……だから…」

 

「祐助さん、顔を上げて下さい!」

 

「そうだよ、何も祐さんが謝る事無いよ!」

 

「みんなの言う通りだから、顔を上げなさいよ…」

 

「………っ」

 

星さん、村沙さん、一輪さんが必死で説得している。

しかし、俺は土下座の体制を崩せなかった。

 

「祐助さん…、貴方の言う事は良く分かりましたわ。 小傘の事をこれ以上責めるつもりはありません。 ですから、頭を上げて下さい」

 

「…本当に、済まなかった…」

 

聖さんの一言を聞き、ようやく頭を上げる事が出来た。

 

「師匠…、ありがとね……」

 

「いいって事よ」

 

申し訳無さそうにしている小傘に、ウィンクして和ませてやる。

 

「でも小傘、今までみんなを心配させたんですから、しばらくは住み込みで手伝いをしなさい」

 

「えっ…」

 

「小傘、聖さんの言う通りにしな」

 

「うん…、分かったわ」

 

「よしよし…」

 

不安げな小傘の頭を優しく撫でてやり、落ち着かせた。

 

「随分と手懐けましたね」

 

「そうか? まあ、しばらく一緒に暮らしてれば、多少はな…」

 

緊張が和らいだせいか、煙草が吸いたくなった。

鞄から煙管箱を取り出し、煙管に葉を摘める。

 

「ほれ、火はこれを使うといい」

 

「マミゾウさん、おおきに!」

 

マミゾウさんに火種を渡され、煙草に火を点けた。

 

「ふぅ…、とりあえず皆さん、話を聞いてくれてありがとな」

 

「いえ、お礼を言うのは私の方です。 小傘を危ない所から助けてくれまして、ありがとうございます」

 

「その上、土下座までされては、我々の立場がありませんよ」

 

「君は本当に律儀な人間だな、呆れてしまうよ」

 

煙草を吸いながら、そんな雑談が続いた。

 

「祐助さん、やはり貴方に普通の日々を過ごさせるには惜しい人物です。 是非とも信者になって…」

 

「聖さん、前にも言っただろ? その話は断るって」

 

「し、しかし……」

 

「俺はな、そんな事は出来ない身なんだよ、色んな罪を背負い過ぎてしまってな…」

 

「その、お主の罪とは、何じゃ?」

 

マミゾウさんが、怪訝な表情で聞いてくる。

 

「口に出すのもおぞましい事をして来たのよ、そんな俺が仏門に入るなんて、罰当たりな事は出来ない」

 

パンッ、パンッ!

 

煙管の灰を落とし、煙管を片付けると立ち上がった。

用事は済んだし、次の目的地もあるからな。

 

「貴方の罪とは…」

 

「別に仏教が嫌いな訳じゃないよ、俺も信仰心は持ってるもつりだ。 しかし、信者にはなれない」

 

「それはどうしてなの?」

 

「それはな…、俺が今まで殺してきた妖怪の御霊に、詫びなきゃならないからだ」

 

「………っ!?」

 

その一言に、一同は目を見開き俺に注目した。

まだ、あの事は、多くは語りたくない…。

 

「信じられないだろうが、今でこそあんた達や他の妖怪達とは仲良くしているが、一昔前の俺は、ほぼ毎日の様に血に染まっていた。 妖怪と名の付くヤツらは見境無く叩き殺した。 骨を砕くのは当たり前、首を切り、手足をもぎ取り、上半身と下半身が二つに別れたり、時には肉片になるまで叩いた事もあった。 手に掛けた妖怪は100や200では利かないだろうな、そんな血で血を洗う殺戮を平然とやり通してきた俺に、仏門に入る資格など無いんだ」

 

「あっ……」

 

「今更だが後悔しているよ、酷い事をしたもんだ………地獄行きは間違い無い。 でなきゃ、殺したヤツらに顔向け出来ないじゃないか」

 

俺は、みんなとは違う方向を向き、語っていた。

自虐的な笑いしか出なかった。

 

本当は、まだまだ酷い事をしてきたが、とても口には出来ない。

それこそ、美咲さんを犯し殺した妖怪の事を言えない位の事を。

 

 

「……もう行くわ」

 

「………っ」

 

一同は、誰も声を発さず黙っていた。

 

「それからな…」

 

「えっ……」

 

「ウラァァァ!!」

 

 

『スパーンッ!』

 

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

「………っ!!?」

 

気配がした方向に、思いっ切り小柄を投げつけた。

それに驚いた一同も、悲鳴のした方を向く。

 

「…何時まで、其処に居るんだ?」

 

「へっ……気付いてたの?」

 

「つい、さっきだがな」

 

「……こいし!?」

 

俺が小柄を投げた先には、古明地こいしがいた。

彼女には命中していない、命中したのは、彼女の帽子だ。

 

「何で、其処で隠れてやがる…」

 

「いや…、隠れては無いけど…」

 

「嘘だな……テメェ、俺に何かしようとでもしていたのか?」

 

「そんな!? 何もしてないよ?」

 

「どうだかなぁ…」

 

こいしに近付き、顎を掴む。

ちょいと、意地悪してやるか。

 

「うぎゃぁっ!?」

 

「大袈裟だなぁ、まだ力は入れてないぞ?」

 

「あ…ぁぁぁぁ……」

 

「なぁ、こいし。 俺が一番嫌いな事は何だか分かるか?」

 

「き、嫌いな…こと…?」

 

「テメェのように、コソコソと隠れて何かを企むヤツが、一番腹が立つんじゃ、ゴラァァァァ!!!!!」

 

「ひぃぇぇぇぇ!? ごめんなさい! ごめんなさーいぃ!!」

 

少しやり過ぎたかもしれないが、コイツがトラウマになる位の怒声と殺気を当てておいた。

こんな事を繰り返さない為にも…、彼女の為だ。

 

まぁ、無意識で行動してるうちは、無理だろうけどな。

 

「ゆ、祐助さん!」

 

「……心配するな、何もしやしない」

 

聖さんが直ぐに宥めに入って来たが、元から俺はどうするつもりは無い。

それまで放っていた殺気を引っ込め、手を引いた。

 

「運が良かったな、こいしちゃん。 命蓮寺の敷地内で殺生はしない。だが…、それ以外の場所だったら………その首、飛ぶかもしれませんぜ?」

 

「ひぇぇぇぇぇん……」

 

こいしちゃん、腰が抜けて泣き出してしまいました。

やり過ぎてしまったな…、流石に罪悪感を感じてしまう。

 

…ありゃっ、粗相してるよ…。

こりゃ、いかんな……。

 

「……冗談だよ、本気にするなよ!」

 

小柄で貫いていた帽子を取り、彼女に被せてやった。

 

「……へっ!?」

 

「悪かった、ごめんな こいしちゃん。 でも、無意識でも、あんまり人の後を着けたりはいかんぞ?」

 

「う、うん……」

 

「よしよし、分かればいい(分かっちゃ居ないだろうけど) せめてものお詫びだ、これをあげるよ」

 

「何コレ………お菓子だ! いいのこんなに?」

 

「ああ、好きに食べな」

 

「やったぁぁ!」

 

少しは、機嫌を直してくれただろうか?

お菓子で釣るなんて、安易な方法過ぎたかもしれないが。

謝ってはおいたが、こいしちゃんはどう考えているのか。

 

俺もバカだ、つい昔の性格が出てしまった。

極力、人には見せない様にしていたのに。

 

「皆さん、済まなかった。 邪魔者はさっさと消えるよ」

 

「あ、あの…」

 

「詮索無用」

 

「うっ……」

 

睨みはしなかったが、そう一言だけ言ったら、誰も何も言わなかった。

 

「……おっと、その前に……小傘、こっち来な」

 

「えっ…、どうしたの、師匠…?」

 

「さっさと来い」

 

「は、はい……」

 

さっきのを見ていたせいか、ビクビクしながら俺の元へ来た小傘。

 

「ちょっと、ジッとしてな」

 

「な、何を……」

 

小傘の額を指を触れ、呪術を唱える。

 

「―――――――っ!」

 

その瞬間、僅かだが小さな衝撃波が本堂中を襲い、一部の物が倒れてしまった。

 

「あ、あの……師匠…?」

 

「祐助さん、一体何を…?」

 

聖さんが驚きの表情で訊ねて来る。

 

「ああ…、皆さんを驚かせて済まない、今やったのは小傘に掛けていた拘束術式を解いたんだ」

 

「拘束術式?」

 

「人里に置く以上、念の為だったんだ、悪く思うなよ小傘」

 

「ぜ、全然……知らなかった…」

 

「その代わり、今君の妖力は以前より倍増している。 今度、弾幕ごっこで試してみるといい」

 

「ふ、増えてるって…」

 

「特訓の成果が少しは出たみたいだな。 流石は俺の弟子だ、将来は有望だぞ?」

 

「ぁぁぁぁ…! ありがとう! 嬉しいよ師匠!」

 

抱き付いて来る小傘を、優しく撫でてやる。

やっぱり、可愛いよな。

 

「それじゃ皆さん、ごきげんよう」

 

鞄を持ち、一礼して本堂を出る。

何だか、ようやく解放された感じだ。

 

「あっ……星、お見送りをして来て」

 

「は、はい、分かりました」

 

聖さんの指示で、星さんが追って来た。

正に、目論見通りだ(ニヤッ

 

「祐助さん! 待って下さい!」

 

「…待ってたよ、星さん」

 

「へっ!? 待ってたって…」

 

「こっち来な」

 

「な、何をするんですか!?」

 

「いいから、早く」

 

星さんの手を引っ張り、本堂の死角になる場所に連れて来た。

 

「祐助さん、一体何を…」

 

「あんたに渡したいものがあるんだ」

 

そう言って鞄から出したものとは、そう……

 

「これだよ」

 

「……っ!?」

 

酒の入った一升瓶を二本渡してやった。

 

「俺からの土産だ、みんなで飲みな。 呉々も聖さんには見付かるなよ?」

 

「祐助さん…、ありがとうございます!」

 

それを見た星さんの表情に笑顔と、何故か安堵感が見れた。

 

俺、何もしないよ……。

そんな表情を見ると、何だかショックだわ…。

 

まぁ、渡したい物は渡したし、いっか。

俺は星さんに手を振って、命蓮寺を後にした。

 

さて、次の目的地を目指しますか。

その目的地はもちろん……

 

 

 

 

 

博麗神社だ!

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

祐助が居なくなった本堂では、聖とマミゾウのこんなやり取りがあった。

 

「のう……」

 

「どうしました?」

 

「あの男、やはりただ者では無いな」

 

「何故、そう思いますか?」

 

「あの、こいしという妖怪に向けられた殺気…、一瞬ではあったが、本物じゃった」

 

「やはり、貴女も気付きましたか…」

 

「当然じゃ、あの殺気はビリビリと感じたぞ。 弱い妖怪なら一目散に退散するじゃろうな」

 

「確かに、あれは尋常ではありませんでした。 本当に人間なのか、疑いたくなる程です」

 

「あやつは人間じゃよ、間違い無く。 じゃがな……」

 

「…どうしましたか?」

 

「殺気以上に、あの男の目……とても、悲しげじゃった…」

 

「えっ…!?」

 

「あんなに悲しい目をした男、儂は……初めて見たのう…」

 

「………っ」

 

その時、聖は感じた。

 

彼が背負っているものを、マミゾウが薄々気が付いている事に…。

 

「お主は、何か知っているのじゃろ? あの男に何があったのかを」

 

「……私の口からは、言えません…」

 

「そうか……」

 

それを聞いたマミゾウは、立ち上がり本堂から出て行った。

 

「………っ」

 

聖は、それを止める事無く、黙って彼女を見送った。

 

 

 

続く。




主人公は博麗神社へ向かいますが、その道中は…。


前書きにも書きましたが、東方紅楼夢に参加してきました。
ああいったイベントに行くと、かなりの刺激がありますね。

作品的にも、体力的にもw

他の作者様の二次創作作品、かなり参考になります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルーミアをイジメてみた

お待たせしました、最新話です。
ネタ満載でお送りします^^


命蓮寺を後にし、博麗神社へ歩みを進める俺氏。

 

相変わらずの、獣道みたいな参道を歩く。

足元だけはしっかりしているが、草は伸び放題、周りの視界も宜しくない。

妖怪が潜んでいても、これでは気付くのは難しいだろう。

 

「…全く、霊夢のヤツ……あれほど手入れをしておけって言ったのに…」

 

実は以前、余りの荒れ放題な参道を見かねて、俺と慶治と平九郎の3人で、数日掛けて参道の整備をしてやった事がある。

 

 

もちろん、タダでやる訳が無い。

 

期間中は、三食、風呂、寝床付きという条件を押し付けて承諾させてやった。

現ナマ要求しないだけ、有り難いと思いやがれってんだ。

まぁ、要求した所で無いだろうけどな(笑)

 

それで、3人で苦労してようやく整備を済ませ、たまの手入れだけはするようにと、念を押したのだが……。

 

この有様である。

 

アイツは、普段から里に来る時は空を飛ぶって邪道な手段を使うから、参道が荒れ放題でも分からないんだろうなあ。

 

せっかく、一時期は参拝客が来るようになったのに、これでは客足がまた遠退いてしまう。

仮に俺が無力な人間だったら、こんな道を通ってまで参拝に行くなど、御免被りたい。

俺だから何とか進めるが、他の人間なら妖怪に襲われかねない。

最も、あの神社は霊夢の代になってからは、妖怪ばかりが集まって来る『妖怪神社』なのだが。

 

 

……とにかく、こればかりは幾度も説教してやったが、未だに直らん。

アイツの持病みたいなものだ。

 

今日も、そんな話をしなきゃならないのかねぇ…。

 

ちなみに、今のところ、未だ野良妖怪とは遭遇していない。

偶々か、向こうが避けているのかは分からない。

 

「………っ?」

 

そう思っていたら、9時の方向から何やら気配を感じた。

 

「……よっと!」

 

反射的に、茂みに身を隠し、その存在を確かめてみる。

 

「あれって…」

 

その周辺だけ闇に包まれたものが、此方に近付いてきた。

 

「……あれっ? こっちの方から人間の匂いがしたような気がしたんだけど…」

 

やっぱり、ルーミアか。

 

さて、どうしようかね?

ただ、目の前に現れて驚かすのも芸が無いし…。

 

…そうだ! アレを使おう。

今こそ、アレを使う絶好の機会じゃないか!

 

そこで、鞄の中から例のブツを取り出し、何時でも発射出来るようにセットする。

 

「……よし、準備万端! 遊んでやるぜ、ルーミア…!」

 

物音を立てずに、静かにルーミアの背後へと移動する。

 

「……あれぇ? 確かに此処から気配を感じたんだけど??」

 

さっきまで俺が居た場所で、ルーミアは辺りをキョロキョロしている。

俺が背後に回った事には、全く気付いていないようだ。

 

さぁて、どのタイミングで仕掛けようかねぇ、へっへっへっ……。

 

「絶対に、この辺りにいる筈なのだー、何処にいる…」

 

「…こっちだよ、バァァァカ!!」

 

 

カチッ…

 

 

パァァァァン!!

 

 

「へっ!? ……きゃぁぁぁぁ!?」

 

凄い破裂音と共に、網状の物がルーミアを覆った。

 

「な、何なのだこれはぁぁぁ!?」

 

「ああ、それはな、『ネットランチャー』って言ってな、お前のような妖怪に襲われそうになったら、その相手目掛けてこのスイッチを押すと、瞬時に網が飛び出して、相手の動きを封じるっていう非常に便利なアイテムなんだ」

 

俺は、丁寧にそのアイテムの説明を、現物を見せながらしてやった。

もちろん、彼女がそれを理解しているとは到底思えないが。

 

「ゆ…、祐助!? それより、ねっとらんちゃーって何なのだー!? 全然分かんないよー!?」

 

「言っておくがな、その網は収縮性に優れていて、簡単には破れない素材なんだ。 それにな、その網には巧みに錘が付いてるから、もがけばもがく程に絡まってしまい、終いには自力で脱出出来なくなるまでになってな、動けないまま人生オワタ\(^0^)/になっちまうんだぞ?」

 

「えぇぇぇ!? そんなぁ、嫌だよぉぉぉぉ!!」

 

必死で網から抜け出そうと、もがきまくるルーミア。

だが、それは逆効果であり、既に見るからに自力での脱出は不可能な位に絡まってしまっている。

 

…そう、俺が香霖堂で大金叩いて買ったってのは、このネットランチャーの事である。

強い上級妖怪相手でも、上手く使いこなせれば、逃げる猶予を与えてくれる、正に弱者の味方!

殺傷能力は無いが、逃げの一手に転じるには、これ以上のアイテムは無い。

 

本来は俺では無く、無力な人間が使ってこそ威力を発揮するのだが、これはこれでまた面白い。

 

さて、ルーミアさんはまだ悪あがきをしてるのかな?

 

「うわぁぁぁぁ! どうしようぅぅ! 全然取れないよぉぉぉ!?」

 

「バ――カ、そのまま死ね!」

 

「あぁぁぁ!? 待って!待ってぇぇ! 行かないでぇぇぇぇ!!」

 

ルーミアの滑稽な姿が悪戯心を擽ってしまい、わざとその場を後にしようとする。

案の定、ルーミアは必死で俺を呼び止めようとする。

 

「お願いだから、これを何とかして欲しい……うわぁぁっ!?(ドテッ!」

 

追い掛けようとしたら、網が足に絡まったらしく、見事にコケた。

 

「プッ……アッハッハッハッ……! 情けねえ姿だな、ルーミアさんよお! そのまま他の妖怪の餌になるのが、お似合いだぜ」

             ・・・ ・・・

「嫌だぁぁ!お願いだから、とって、とってぇぇ! うわぁぁぁぁぁん!!」

 

ついに泣きし出したルーミア、良いツラしてやがる。

     ・・・

仕方ない、とってやるか。

鞄の中から、カメラを取り出してっと…。

 

「ちょっと…、何してるの?」

 

「何って、『撮ってる』んだが」

 

「違―――う! その『撮る』じゃなぁぁい! この網を『取って』欲しいのだー!!」

 

泣き顔で必死に訴えるルーミアを無視して、カメラのシャッターを切る俺氏。

無縁塚で拾ってきた外の世界の『ポラロイドカメラ』を、河童に魔改造して貰い、連写が出来るという凄い仕様なのだ。

 

「見ろルーミア! 綺麗に写ってるだろ? 凄いだろ!?」

 

「きぃぃぃぃ! そんなのどーでもいいのだー!! この気持ち悪いの早く取ってよぉぉぉ!!」

 

「ううん、写真を撮るって面白いな。天狗の気持ちが少しだけ分かったぞ。 もう少し撮るか」

 

「ひぇぇぇぇん! お願いだから、これ取ってよぉぉっおぉぉぉ………うぇぇぇぇ…っぇぇぇあぁぁ……」

 

あっ、今度という今度は、ガチで泣き出してしまったな。

 

……流石に可哀想だから、これ以上虐めるのは止めてやるか。

 

「…分かったよ、今取ってやるから、動くんじゃないぞ」

 

ポラロイドを仕舞い、小柄で絡まっていた網を丁寧に切り落としてやった。

 

それから、ルーミアに絡まった網を取り除くのに、さほど時間は掛からなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ほらっ、網はちゃんと取れたんだし、泣くのを止めろよ」

 

「グスッ…グスッ……うぐっ……ひっく…ひっく……」

 

解放してやってからしばらく、ルーミアはまだ泣き止まなかった。

よほど怖かったのか、いいようにやられたのが悔しかったのかは分からないが、なかなか泣き止んでくれなかった。

 

「さぁ、涙を拭きなよ」

 

「ふぅんっ!」

 

俺が差し出したハンカチを、引ったくるように取ると、涙や鼻水を拭き出した。

 

「はぁぁ……ぶぅぅぅぅん!!」

 

「……それ、返さなくていいからな…」

 

鼻をかみ終えたルーミアは、少し落ち着いたのか、不機嫌そうに話し出した。

 

「酷いよ祐助! 私何もしてないのに、あんな目に遭わされて、酷いのだー!」

 

「悪かったよルーミア、そう怒るなって、それにな……何もしてないって言い切れるのか?」

 

「えっ…?」

 

「君は、この数日以内に人間を食ったんじゃないのか?」

 

「なっ…!? 何で分かるのだー!?」

 

「匂うんだよ、血の匂いがな…」

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

そう言って俺が立ち上がると、ルーミアも釣られて立ち上がる。

 

しかし、その表情は恐怖で固まっていた。

 

「…誰をやった?」

 

「誰ってその……」

 

「正直に言え、誰なんだ?」

 

「えっと……」

 

睨みを利かせ、ルーミアを問い詰める。

 

「その…多分……外の人間だと思うよ…」

 

「本当に、そう言えるのか?」

 

「格好から見て多分そうだよ……あっ、それにね、私が見つけた時には死んでたのだー」

 

「…野垂れ死にしてたって訳か」

 

「そーなのだー」

 

その外来人は、幻想郷に迷い込んで、右も左も分からずに彷徨って、野垂れ死にしたんだろうな。

せめて、妖怪に惨殺されなかっただけでも、運が良かったかもしれない。

幻想郷では、特に珍しい事では無いとはいえ、不憫なものだ…。

 

恐らく、コイツは嘘は言ってはいまい、嘘を言う様な妖怪で無い事は、俺も良く知っている。

 

「…ねぇ、祐助……本当だよ? 私、嘘は言って無いよ?」

 

「…あぁ、よく分かったよ。 疑って悪かったな」

 

睨むのを止めると、ルーミアも安心したのか座り込んでしまう。

 

「どうした? 疲れたのか?」

 

「うん…、お腹空いたのだー」

 

彼女の腹の虫が鳴くのが、はっきりと聞こえた。

 

「そうか、腹が減ったのか。 よし、丁度良かった、君にあげたい物がある」

 

「あげたい物?」

 

そう言って、鞄を開けて中からお菓子の入った箱を取り出した。

 

「今、人里で人気のお菓子だ。 食いな」

 

「うわぁ…、こんなに良いの?」

 

「ああ、いいとも。 さっきのお詫びもあるからな」

 

「わーい! やったのだー!」

 

お菓子の箱を受け取ると、笑顔で貪り出した。

こういう所は、やっぱり子供っぽいよな。

俺より長く生きているなんて、俄かに信じられん。

 

「旨いか?」

 

「うん、美味しい! 甘くて香ばしくて私好みなのだー!」

 

「そうか、喜んで貰えて何よりだ」

 

その様子を見ていると、自然と顔が綻ぶ。

人食い妖怪とはいえ、可愛いとこあるじゃんか。

 

だが……

 

今でこそこんな感じだが、昔はコイツを半殺しにしてやった事もあったっけか。

本人は、覚えてるかどうかは分からないが。

 

……いや、多分覚えてるな。

 

さっき、睨んでやったら青ざめていたから、きっとそうだ。

こんな頭の悪いヤツでも、あれはトラウマになったんかな?

 

「…どうしたの?」

 

「いや、何でもない。 少し考え事をしてただけだ」

 

「考え事…?」

 

「それより…、口の周りにアンコが付いてるぞ、ほらっ!」

 

「うううん……」

 

ルーミアの口の周りに付いていたアンコを拭き取ってやる。

少し嫌そうな顔をしたが、特に抵抗する事は無かった。

 

「…さて、そろそろ行くかな」

 

「行くって、何処に行くの?」

 

「博麗神社だ、あのグータラ巫女に渇を入れに行くんだよ」

 

「へえ…」

 

「君は其処でゆっくり食べてな、其れは全部やるから」

 

俺は立ち上がり、鞄を担ぎ直すと神社の方角へと歩こう。

 

……そう思ったのだが……

 

「待って、私も行くのだー」

 

「…はぁ?」

 

「私も祐助と行きたいのだ、一緒に行こう?」

 

「別に着いて来なくても良い、其処にいろ」

 

「嫌だ! 着いて行く!」

 

「面倒臭いから来んな」

 

「絶対着いてく!」

 

「来なくていい」

 

「行く!」

 

「来んな」

 

「行くのだー」

 

「来るな…」

 

「嫌だ!」

 

「…シバくぞ」

 

「いーきーたーいー!!」

 

「…………っ」

 

何なんだよ、コイツ…。

 

さっきあんな目に遭わされたのに、お菓子の一つでもう忘れたとか言うんじゃないだろうな?

 

だとしたら、とんだ⑨野郎だ。

 

「はぁ……好きにしろ…」

 

「やったー!」

 

結局は俺の根負けだ…、最近こんなのばっかな気がする…。

 

「精々、博麗の巫女に退治されないようにしなよ」

 

着いて来るのは勝手だから、気にせず歩こうとした時であった。

 

「………っ(ジ――)」

 

突然、ルーミアが俺の前に出て来て、上目遣いで見ていた。

 

「……何だよ?」

 

「…抱っこ」

 

「はぁぁ!!?」

 

「抱っこして欲しいのだー」

 

「何で俺がお前を抱っこしなきゃならないんだ!?」

 

「だって…、こんな事お願い出来るのは、祐助しか居ないのだー!」

 

「自分で歩けよ、厚かましいぞ!」

 

「ねえお願い! 抱っこ! 抱っこぉ!」

 

目を潤ませ、俺を見つめるルーミア。

頼むから、そんな目で見ないでくれ…。

 

「だ、ダメだって……」

 

「うぅぅぅぅ……」

 

今にも泣きそうな顔で指を咥えている。

 

ち…畜生! 俺が何したってんだよ!

女の武器を使うな! こんな時だけ卑怯だぞ!

俺が、それに弱いの知ってて使いやがって、シカトも出来やしねぇ!

 

 

もうヤダもうヤダもうヤダもうヤダもうヤダ…

 

 

「ゆーすけー……」

 

「うぅぅぅ………」

 

何で俺の知り合いは、こんなヤツばっかりなんだ?

そういえば、弾幕ごっこするヤツって女しか居なかったっけ?

 

で、何かあれば色目使ったり上目遣いで憂いを秘めながら見つめたりって…、女の武器に物言わせるなんてセコ過ぎる!

 

こんなのに付き合ってたら、身の破滅だ。

よっぽど、俺の人生の方が終わってるじゃんか!

 

「はぁ……しょうがない」

 

「えっ…?」

 

「……ほらよ」

 

仕方無く、両腕を開いて構えた。

 

「わぁぁぁ……、わっは――!!」

 

「うぉぉぉっ!?」

 

それを察知した彼女は、大喜びで俺の胸に飛び込んできた。

 

見た目は少女だが、騙されてはいけない。

こやつは妖怪だ、飛び込んで来る力は人間の大人か、それ以上の威力があるから、しっかり身構えてないと吹っ飛ばされてしまう。

 

「ほうら、こうしてやる」

 

「わーい! お姫様抱っこ!」

 

少しサービス心を出してやったら、とってもご満喫の様子で俺の胸に頬擦りしやがる。

 

結局は、俺が折れてしまうのか。

意志弱すぎるだろ俺!

 

時々、人からは『祐さんは女の知り合いばっかり多くて羨ましいな』なんて言われる事があるが、冗談じゃない。

 

大体のヤツらは、俺を見ると我が儘を言ったり無理難題押し付けたりと、妖怪とは名ばかりのガキンチョばかりだ。

それでいて、ちょっと突っぱねてやると、すぐに不機嫌になって、俺はお前の機嫌取りなんてしたくもねーよ。

 

羨ましいとか思ってるヤツ、代わってやるよ、お前らに相手が出来るもんならな!

 

相手は吸血鬼だぞ? 鬼だぞ? 月人だぞ? 天狗だぞ? 河童だぞ? 魔法使いだぞ? 尸解仙だぞ? 付喪神だぞ? 幽霊だぞ? 妖精だぞ? 神様だぞ? 死神だぞ? 名のある妖怪達なんだぞ?

 

…もう、考えるのも面倒臭ぇ。

 

「さぁ、行くぞ」

 

「はーい!」

 

お姫様抱っこしたルーミアを連れて、再び博麗神社へと向かった。

 

「それにしても、ルーミアは軽いな」

 

「そうかなぁ?」

 

「軽い軽い、ちゃんと食べてるのか?」

 

「もっと、人間食べたいなぁ…」

 

「おい…、俺の前で次に同じ事を言ってみろ、お前の首と胴体がお別れする事になるぞ?」

 

「ひぇぇっ!? ごめんなさい! もう絶対言わないのだー!」

 

「バカタレが……」

 

 

 

 

 

――閑話休題――

 

 

 

 

 

「―――――でね、だったらまた勝負しようって言われたから、魔理沙と勝負したんだぁ。 そしたら、コテンパンにやられちゃったのだー」

 

「ハハハ…、そうだろうな…」

 

コイツが、魔理沙に勝つのは多分無理だろうな。

何だかんだ言って、アイツも強いからなぁ。

 

博麗神社までの道中、俺はルーミアの話をずっと聞いていた。

 

「コテンパンに負けるのは、君の努力が足りないからだ。 どうすればアイツに勝てるか、もっと突き詰めて考えなきゃな」

 

「うーん……どうすれば勝てるんだろう…?」

 

「恋符『マスタースパーク』は、ビームが発生するまでに隙があるんだが、その前に畳み掛けるって事をしたか?」

 

「隙があるのか? 全然分からないのだー。 それに、畳み掛けるって何をするのだ?」

 

「ガクッ…」

 

そんな事言ってるんじゃ、勝てる訳がねぇな。

ちゃんと話が通じるんだったら、対魔理沙戦の攻略法を細かく教えてやるんだかなぁ。

 

動きは早いが、それにもの言わせ過ぎなんだ。

派手な魔法に拘り過ぎて、肝心な所がお留守になってたりするし。

俺は、それを初見で見抜いて、速攻でシバき倒してやったがな。

 

ただ、それは昔の話であって、今はどうかは分からない。

魔理沙も、かなり実力を付けたからなぁ…。

久しぶりに、魔理沙とバトルがしたくなってきたな。

 

「祐助…?」

 

「…スマン、また考え事だ」

 

「変なの…」

 

「君が、その気があるんなら、魔理沙との戦い方を教えてやるぞ。 俺はアイツを攻略してるからな」

 

「わー、魔理沙に勝てるなんて凄いのだー、霊夢にも勝てるの?」

 

「勿論だ、ただの武術勝負だけなら、アイツは俺の前でひれ伏せるだけだ」

 

「武術勝負だけ?」

 

「そういうこった。 そこに呪術を入れたら、逆に俺がピチュられるわ」

 

「へぇ…、そうなんだー」

 

こんな会話、楽しいのかな?

少し疑問に思っていると、博麗神社に繋がる長い石段が見えてきた。

 

「さぁ、そろそろ到着だな」

 

「え〜、もう着いたの?」

 

「残念だが、そのようだ。 さぁ、降りな」

 

「はーい…」

 

名残惜しそうにしていたが、素直に従い、俺に抱かれた状態から離れた。

 

「どうする? 一緒に来るか?」

 

「ううん、私はもう行くね!」

 

「そう言うと思った」

 

「祐助、お菓子ありがとうなのだ!」

 

「ああ、今度遊びに来いよ。 また、旨い物を食わせてやるからな」

 

「本当? わーい!」

 

「うぉっ!?」

 

また、勢いよく抱き付いてくるものだから、衝撃が…。

 

「私、祐助の事、大好きなのだー!」

 

「そう好きになられても困るんだが…」

 

「えへへ♪ じゃあ私は行くのだ、バイバーイ!」

 

そう言って、満面の笑みで手を振りながら、ルーミアは飛び立って行った。

相変わらず、自身の周りだけ闇に包まれながら。

 

「はぁ、用が済んだらどうでもいいってか、何だかなぁ…」

 

本当、アイツと付き合うのは疲れる。

 

ていうか、何で俺は遊びに来いなんて言ったんだよ?

 

マジで、バカだよな…。

 

「愚痴ってても仕方無いか…」

 

言ってしまったものは仕方無い。

気持ちを切り替えて、霊夢の所に行こう。

 

俺は、博麗神社へと続く石段を見上げていた。




とにかく、主人公は顔が利くって設定です。
何かと、苦労人だったりするしね。

次回も、お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

博麗の巫女に喧嘩を売ってみた

あけましておめでとうございます。
2016年も宜しくお願いしますm(_ _)m

今年一発目は、この小説からです。


「よい、よいっと!」

 

長い石段を、鼻歌混じりに上がって行く。

 

昔は、この石段をよく登り博麗神社へ遊びに行ったものだ。

その頃から、この石段は全く変わっちゃいない。

 

今は、時々しか利用しなくなったが、この石段を上がる度に昔の事を思い出す。

 

「……ふぅ、到着!」

 

長い石段を登り切ると、見慣れた鳥居と境内が見えた。

 

「うーん、やはり誰も居ないか…」

 

予想通りというべきか、妖怪の一匹すら居ない。

 

「まあ、いっか。 折角来たんだから、参拝しますかね」

 

財布から賽銭を漁りながら、本堂へと向かう。

 

本堂の方は、何時もの事ながら小綺麗にされている。

そこら辺の掃除は、しっかりやっているようだ。

 

「さて、どうしようか…」

 

ただ、賽銭を放り投げて霊夢を呼ぶだけじゃ面白くない。

 

 

よし、それなら……。

 

 

ちょいと意地の悪い事をしてやるか。

普通の人間なら怪我は必至だが、霊夢なら大丈夫だろう。

 

 

「…この位置からなら、賽銭箱に届きそうかな?」

 

ダッシュで母屋に行ける距離に立ち、賽銭箱に向けて構える。

 

「さぁ、出て来いよ、霊夢!」

 

 

カウントダウン!

 

 

5…

 

 

4……

 

 

3………

 

 

2…………

 

 

1……………

 

 

「それっ!」

 

 

賽銭箱に向けて投げた賽銭が、綺麗な放物線を描いて一直線に入る。

 

 

『チャリーン!』

 

 

どうすれば、あんなに良い音を奏でながら賽銭が入るのか。

賽銭箱に何か細工でもしてあるのかと、勘ぐってしまう。

 

 

「さあ、来い来い!」

 

 

ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…

 

 

『ダッダッダッダッダッ!!』

 

 

 

キタ―――(゜∀゜)―――!!!!

 

 

 

さっと玄関前に移動し、霊夢を待ち構える。

 

「誰っ!? 素敵な賽銭箱にお賽銭を……」

 

「オラァァァァ!!」

 

「……っ!?」

 

勢いよく玄関から飛び出してきた霊夢の顔面目掛け、拳を繰り出す。

 

「フッ! ハァァ!」

 

俺の拳をギリギリでかわし、肘うちを繰り出して来る。

 

「ヤァ!」

 

その肘をチョップで弾き、そのまま腹部に拳が入る。

 

「ぐっ!」

 

かわし切れずに、少しダメージを受ける。

一応、少しだけ加減はしておいたつもりだが。

 

「いやぁぁぁっ!」

 

踏ん張りを効かせ、霊夢の右脚が俺に繰り出される。

 

「フッ!」

 

何となく来る予感がしたから、仰け反りながら蹴り上げを放つ。

 

「うわっ!?」

 

蹴りのモーション中だった霊夢は、避けきれずに脚を掬われて倒れる。

 

「セイヤァァ!」

 

その隙を逃さず、体制を一気に立て直し、追い討ち攻撃を繰り出しながら飛び込み。

 

「ハァァァ!」

 

霊夢は、またもギリギリでかわすが、

 

「甘い!」

 

「……っ!? きやぁぁ!?」

 

飛び込むフリをして、霊夢との間合いを一瞬で詰め、巫女服を掴み、背負い投げを決める。

流石の霊夢も、一瞬悲鳴を上げた。

 

「くっ…、えいっ!」

 

だが、流石は霊夢。

俺の背負い投げの途中で体勢を直し、上手く着地し、

 

「うぁぁぁぁっ!」

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

俺の顔面目掛け本気の拳を繰り出してきた。

俺もまた、霊夢目掛けパンチを炸裂させようとした。

 

お互いの拳が交差し、互いの顔数センチの所まで迫った時。

 

 

『ピタッ』

 

 

どちらからと無く、動きが止まった。

 

 

「「…………っ」」

 

 

それから数秒程、動かないまま睨み合う。

 

 

先に口を開いたのは、俺の方だった。

 

 

「……へへっ、流石は霊夢だ、ソツがないな。 普通の人間なら、確実に被弾してるんだがなぁ」

 

「…こういう風に仕込んだのは、何処の誰だったかしら?」

 

「フッ、それを言われると何も言えないな」

 

「ふふふ……」

 

俺が笑みを浮かべると、ようやく霊夢も笑ってくれた。

 

だが、彼女は不満そうに言った。

 

「でも、酷いわよ! 出て来た所をいきなり奇襲するなんて!」

 

「悪かった悪かった…、だがな、弾幕ごっこばかりに現を抜かして、喧嘩のやり方を忘れてるんじゃないかって思ってな」

 

「……で、どうだった?」

 

「まだ詰めが甘いが、あれなら何の心配も無さそうだ。 言われた事はちゃんとやってるみたいだしな」

 

「修行とか努力は嫌いだけど、教えられた事は、ちゃんと守ってるわよ」

 

「それは結構、教えた甲斐があったってもんだ」

 

「フフフフ、お久しぶりね……『お父さん』」

 

「ああ、久しぶりだな、霊夢」

 

「さあ入って、お茶出すから」

 

「はいよ」

 

霊夢に導かれ、俺は母屋へと入った。

 

 

 

博麗霊夢、今代の博麗の巫女。

そして、スペルカードルールを制定した張本人。

異変が起これば、真っ先に飛び出し異変解決に動く。

幻想郷の平和は、彼女が守っているて言っても過言では無い。

 

そして…、

 

 

彼女は、俺の娘でもある。

 

 

……言葉が足りなかったな。

 

実際には、霊夢とは血の繋がりは無い

実の親子では無く、義理の親子だ。

 

昔、霊夢の母親である先代の博麗の巫女が死んだ時、まだ幼かった霊夢を俺が引き取った。

 

簡単に言えば、俺は彼女の育ての親である。

 

幼少の霊夢を男で一つで育て、それなりに愛情を注いできたつもりだ。

 

時には武術の稽古もつけてやった、博麗の巫女としてのたくましさも備えなければならなかったから…。

 

そして、博麗の巫女として独り立ちしてしばらくの間は、裏方でサポートしてやった事もあった。

 

その甲斐あってかは分からないが、周囲からは誰にでも優しくも厳しくも無い、親しい友人である魔理沙が相手でさえ、滅多に本音や素顔を出そうとはしないクールなイメージがある。

妖怪退治は無慈悲で、一部の妖怪からは鬼巫女とも呼ばれ恐れられている。

 

しかし、超クールに見える彼女だが、俺の前では彼女は年頃の女の子らしい素顔を見せてくれる。

作り笑いで無く、心の底から笑ってくれたり、愚痴を聞かされたり、悩み事があれば相談しに来たりも来る。

 

俺にだけ見せてくれる本当の素顔、

それだけで俺は親として嬉しい。

 

…尤も、最近は霖之助さんにお株を取られ気味なんだけどな。

 

まだ俺は、霊夢の親を名乗る事は出来るかな?

 

 

「……何を考えてたの?」

 

「…何でもない、いい天気だなぁって、のんびりしてたのさ」

 

「そう…、ほらっ」

 

「おっ、ありがとよ」

 

縁側に座っていた俺の横に湯飲みを置き、そのまま横に座ってお茶を飲む霊夢。

どことなく淡白な所もあるが、それもまた「霊夢」なのだ。

 

「…そうそう、ちゃんとお土産も持ってきたぞ」

 

「本当?」

 

「今、人里で人気のお菓子だ。 以前欲しがってたよな? 食いなよ」

 

「ああ! これ、食べたかったのよね! ありがとう!やっぱりお父さんは私の事を分かってるわ♪」

 

「ケッ、良く言うぜ…」

 

霊夢はお菓子を食べ始め、俺は煙管を取り出し葉を詰めた。

 

「そういえば……お父さん、怪我は大丈夫なの?」

 

「大丈夫じゃなかったら博麗神社まで来ないし、あんな激しい動きは出来ないだろ? 十分に養生と謹慎はしてたよ」

 

「あんまり変な事しないでよ! 心配したんだから…!」

 

一応、怒ってるみたいだな…。

 

「その割には、一度も見舞いには来なかったな?」

 

煙草に火を付け、苦笑いをしながら突っ込んでやった。

 

「そ、それは……仕方無かったのよ…、異変の解決で忙しかったから…」

 

「異変? あのオカルトボールの一件は解決済みじゃ無かったのか?」

 

「違うわ、それとはまた別の異変が起こったのよ」

 

「別の異変か…、それは知らなかった」

 

「だから行けなかったのよ。 本当は行こうとしたんだからね?」

 

「本当かよぉ?」

 

「本当だって!」

 

「まぁ、そういう事にしといてやるよ、ハッハッハッ…」

 

「もう…!」

 

むくれる霊夢も可愛いもんだ。

 

しかし、俺が養生してる間に異変があったとはな…。

ふうっと、煙を吐き出しながらそんな事を考える。

 

「…ところで、その異変の話、聞かせてくれないか?」

 

「ええっ!? 話すの?」

 

「いいじゃないか、時間はあるんだし、菓子でも食いながら土産話と思って話してくれよ」

 

「あんなの土産話でも何でも無いわ、ろくでもない出来事だったんだから!」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

「……分かったわよ」

 

渋る霊夢を何とか説得して、ようやく異変の全容を聞く事が出来た。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

それから1時間程、霊夢から先の異変の事を聞いていた。

地上の一部が月の民に侵攻されていた事。

その原因は、純狐という女の復讐で月の都を侵略する騒動だったという事を。

 

 

月か……

 

 

本当、彼処が関わる一件はロクな事が無いな。

 

まぁ、以前の場合だと、こっちから仕掛けに行ったんだから、返り討ちに遭っても仕方は無かったんだかな。

 

しかし、そんな奴を相手に異変を解決してしまったんだ。

 

改めて、霊夢って凄いよな。

 

他にも、魔理沙や早苗も動いていたらしいな。

それに、鈴仙さんも動いていたとは…。

そういえば、一時期里で見掛けない時があったが、そのせいだったのか、納得…。

 

 

「――――今ので、大体全部話したわ」

 

「なるほどね…」

 

ぶっちゃけ、最後の方は霊夢の愚痴り大会になっていた気もするのだが。

 

「もう、月の奴らとは関わりたく無いわ!」

 

「今回の異変は、なかなかに滅茶苦茶な一件だったみたいだな」

 

「こっちはいい迷惑よ! あいつ等の都合で幻想郷に手を出すなっての!」

 

「全くだ…」

 

パンッ! パンッ! っと、煙管の灰を落とし煙管を仕舞う。

 

「しかし、やっぱり霊夢は大したもんだ、何だかんだ言いながらもバッチリ異変を解決したんだ。 尊敬するぜ」

 

「止めてよ…、私は博麗の巫女として当然の事をしたまでよ」

 

「その当然の事が出来るってのが、やっぱり凄い事なんだよ、流石だ」

 

「そんな当然の事が出来るのは、私の力もそうだけど、根本はお父さんに鍛えてもらったおかげでもあるんだから…」

 

「そんな事は無い、お前は博麗の者として天性の才能に恵まれている。 俺はその才能を引き出す為の手助けをしただけだ」

 

「そんな事は…」

 

「そうさ、現にお前に教えてやった武術は、普通の人間なら1ヶ月程度では習得出来ないものなのに、お前はあっという間だったからな、流石は博麗の血筋だと驚いたものだ」

 

「でも、私が博麗の巫女になりたてだった頃は、何かとお父さんに頼りっぱなしだったし…」

 

「そんな時だってあるさ、特に博麗の巫女なんて大役なんだからな、それも仕方なかったんだよ」

 

ふと、昔の事を思い出しながら、茶を飲み干す。

 

「でもな、スペルカードルールが出来てからの異変は、お前や魔理沙の力だけで解決して来たんだ、俺は助けてない」

 

「………っ」

 

「それはな、俺が手助けしなくたって、お前はちゃんと確実に解決してくれるし、俺はお前の事を心から信頼している」

 

「あっ……」

 

「今更言うのも何だが、霊夢は誰もが認める立派な博麗の巫女だ、もっと自信持ちな」

 

「お父さん…」

 

「お前は俺の自慢の娘だ、例え血は繋がってなくてもな!」

 

俺は安心させてやろうと、霊夢の手を取った。

 

少しは落ち着いた、そう思いたいのだが…。

 

「お父さんの手、温かい…」

 

「そうか?」

 

「うん……」

 

そう言って、霊夢は両手で俺の手を摩っていた。

その表情は、何処か憂いを秘めているようにも見える。

 

霊夢の手、何故だか冷たかった。

こんなに良い陽気だっていうのに。

 

 

「……それより霊夢、お前今朝鏡は見たか?」

 

「へっ…?」

 

「寝癖が酷いぞ」

 

そう、今まで言わなかったが、こいつの今の頭の状態は酷いものだ。

 

その状態を、手鏡で見せてやった。

 

「えっ…、嘘……こんなに?」

 

「はぁ…、ちゃんと身なりは整えろって何時も言ってるだろ?」

 

「ち、違うわよ! さっきお父さんとやり合ったから、その時に…」

 

「それは違うな、ちゃんと俺は見てたんだぞ。 さっき玄関から出て来たお前の姿を」

 

「うぐっ…」

 

「全く…、少しは鏡くらい見ろってんだ」

 

「そんなの、一々見てないわよ! 別に誰かに会いに行くわけじゃないし…」

 

「それがダメなんだ! そういう所を疎かにすると生活リズムが崩れるんだからよ、お前は昔からそういう所はズボラなんだから、自分で女子力を低めてるようなもんなんだぞ?」

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

「はぁ、仕方ない……しばらくの間、ジッとしてな」

 

鞄の中から、携帯用の櫛を出した。

 

準備が良いよな、俺って(笑)

 

「リボン取るぞ」

 

「うん…」

 

霊夢の特長である赤い大きなリボンを外す。

そうすれば、長い黒髪が全容を現す。

 

ゆっくりと静かに、髪に櫛をいれた。

 

 

「ちょっと癖があるが綺麗な髪だな、霊夢は美人さんなんだから、もっと容姿にも気を遣いなよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「ああ、それに歳を追うごとにお前は母さんに似てきてるよ」

 

「お母さんに?」

 

「そう、髪もそうだが、顔立ちなんかも母さんにそっくりだ。 瓜二つと言ってもいい位だ」

 

「そう言われても、私あんまりお母さんの記憶が無いのよね…」

 

「お前もまだ幼少の頃だったからなぁ、家の押し入れを探せば、写真があったかもしれないが…」

 

「ねえ、お父さんってお母さんとは長い付き合いだったんでしょ?」

 

「ああ、いいライバル関係でもあった。 彼女とは子供の頃から切磋琢磨しあった仲だ。 当時の俺と先代と慶治と平九郎は、なかなかの有名人だったよ」

 

「へぇ……」

 

「それ故に、アイツの最後の姿は………」

 

「えっ……?」

 

「……この話は止めよう、思い出す事自体が辛いから……」

 

「………っ」

 

つい、あの時の事を思い出してしまい、黙り込んでしまった。

 

あの時の…彼女の無惨な姿が、脳裏に焼き付いて離れない…。

 

霊夢には余計な心配は掛けさすまいと思っていたのに、バカだよな、俺って。

 

 

しばらくの間、沈黙が続いた。

 

 

「……あっかとばい かなきんばい

あっかとばーい かなきんばい

オランダさんから もろたと

バーイバイ……」

 

重苦しい空気の中、霊夢の髪を解かしながら、無意識のうちに口ずさんでいた。

 

「…昔、よく歌ってわね、その歌」

 

「年甲斐も無く、童歌が好きなんだ。 何というか歌いやすいっていうか…」

 

「分かるわ、それ」

 

「童歌は昔から伝わる歌だからな、幻想郷と外の世界とが自由に行き来出来てた頃に伝わって来た歌は、今でも受け継がれている」

 

「そうね…」

 

霊夢には、どれだけの童歌を聞かせた事か、彼女も嫌になる程聞いた筈だが、童歌に関しては嫌な顔もせずに聞いてくれる。

 

「お父さんの歌う童歌、私は好きよ」

 

「ありがとな、霊夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、髪は解かしたし、リボンを付けるかね」

 

また、元のように、霊夢の髪にリボンを通す。

昔は、これも俺がよくやってやったっけな、懐かしい。

 

「…よし、バッチリだ! これで、霊夢の女子力は倍増したぞ!」

 

「あ、ありがとう……」

 

何故か恥ずかしそうにする霊夢。

他人には滅多に見せない表情に、我が娘ながら萌えた////

 

「さて、ここで俺からも霊夢に依頼する事がある」

 

「依頼?」

 

「博麗札のストックが少なくなってきたんだ、また量産しておいてくれ」

 

「ええ〜、また量産するの!? めんどくさいわよ…」

 

「博麗札が無いと、俺も仕事にならないんでね……ほら、これは依頼金だ」

 

そう言って、金の入った封筒を渡してやる。

 

「依頼金? (ガサガサ…)…………嘘!? 5円(5万円)も!?」

 

「それだけじゃ、不満か?」

 

「とんでもないわ! お父さんって最高よ!」

 

「ならいいんだが…、それから、特殊札も2、3枚作ってくれ」

 

「ええ〜!? アレも作るの? 冗談抜きで、アレは作るのにかなりの労力が要るんだから…」

 

「スマン…でも、アレも必要不可欠なアイテムなんだ。 家にはまだ数十枚ストックはあるが、それだけじゃ、あっという間に無くなっちまうからさ」

 

「どうしよっかなぁ……」

 

「…しゃーねーな………ほら、もっと課金してやるよ」

 

財布から、更に5円を出し霊夢に渡してやる。

 

「毎度あり! 喜んで量産するわ♪」

 

「コ、コイツ……」

 

俺からせびる為に、演技しやがったな…。

でも、札が無いと妖怪退治は難しくなるから、やむを得ない。

 

父親は娘に甘いとは言うが、俺も例外では無かったみたいだ(苦笑)

 

「金は渡したんだから、なるべく早く作ってくれよ」

 

「分かったわ、一週間ほど時間をちょうだい」

 

「了解だ」

 

「…それにしてもお父さん、随分と景気が良いのね?」

 

「お前と違って、ガッツリ稼いでるんでね( ̄∀ ̄)」

 

「……何かムカつく…!」

 

 

しばらくの間、霊夢とそうした談笑をしていた。

 

娘とゆっくり話が出来るってのはいいね

気持ちだけは、若返るような気がする。

 

 

「……さて、そろそろお暇しようかね?」

 

「もう行っちゃうの?」

 

何処か寂しそうに訊ねる霊夢。

そんな顔するなよ、余計に後ろ髪引かれるだろ…。

 

「もう行くって、二時間以上はゆっくり雑談しただろ? まだ行くとこがあるんだよ」

 

「そう……」

 

「まあ、そういう事だから行くな」

 

「うん…、また来なさいよ」

 

「分かったよ、霊夢の方も博麗札の量産頼むぜ」

 

「出来たら、家まで持って行くわ」

 

「よろしくな!」

 

立ち上がり、鞄を担ぎ、再び石段の方へと向く。

 

「ちなみに、次は何処へ行くの?」

 

「紅魔館の予定だが」

 

「紅魔館!? また何で?」

 

「お呼ばれしてるんだよ、あの我が儘吸血鬼にな」

 

「あんたって、本当に物好きなのね…」

 

「行かなきゃ、後で何言われるか分かったもんじゃないからな」

 

「フンッ…」

 

何故かそっぽを向く霊夢。

紅魔館に恨みでもあるんかよ?

 

「行くからな、霊夢」

 

「勝手に行けばいいでしょ!」

 

…ああ、やっぱりそういう事か。

素直じゃないな、フフフ…。

 

まぁ、あれが霊夢らしくもあるんだが。

 

 

「…そうだ!」

 

「まだ、何かあるの?」

 

「純狐って言ったっけな? 今回の異変の首謀者は」

 

「それがどうしたのよ?」

 

「こんな物騒な異変を起こした事は、褒められたもんじゃないが、ただな……」

 

「ただ……?」

 

「俺には、その女の気持ちが、分かるような気もするんだ…」

 

「えっ…?」

 

 

「………いや、何でもない……俺の独り言だ、気にしないでくれ、ハッハッハッ……」

 

思わず本音を言いそうになったが、グッと飲み込み石段を降りた。

境内で立ち尽くしている霊夢の方を、敢えて振り向かなかった。

 

 

その純狐という女に、色々と感じるものがあったのは確かだ。

どうしてか、彼女の事が胸の奥底で引っ掛かっていたのだ。

 

「夫に息子を殺された」その言葉が、余計にそれを助長させた。

 

 

霊夢は勘の鋭いヤツだ、きっと何かを感じたかもしれないが、その事には触れないでおこう。

 

きっと本人に会えれば、その理由が分かるだろう。

 

 

 

それよりも、次は紅魔館だ。

 

レミリア・スカーレットのお守りをしなければならないと想うと、頭が痛くなる。

 

それだけならまだしも、きっと妹も絡んで来るだろうしなぁ…。

 

それ以前に、すんなりとは行けないような気がする。

何せ、彼処に行くまでに、幾つもの「障害」があるから…。

 

…愚痴っててもしゃーない

 

その障害を一つずつクリアして、目的地に行きますか!

 

独り言をブツブツ呟きながら、俺は鬱蒼として森の中を進んだ。

 

方向は、確実に霧の湖へと向かっていた。

 

 

「あっ、此処まで来たのに、あの三妖精に挨拶するの忘れてた・・・・。 まあ、いっか!」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

彼の姿が見えなくなった神社の境内で、霊夢が1人呟いた。

 

 

「お父さん…、どうしてそんなに……悲しい顔、するの…?」

 

 

彼女もまた、悲しそうな表情で、石段の先を見つめていた。

 

 

「私にだけは、隠し事なんてしないでよ…」

 

 

その声は、誰にも聞こえては居ない…。




主人公と霊夢の関係は、独自設定、独自解釈って事で…。

それから、色々と伏線も増やしました。
これからの展開は、色々な出来事が予想されると思います。

こういうのって、執筆している側も楽しいですね!


次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会話だけでは済まなかった

霧の湖まで来た祐助。

ここでも、色々ありました。


「無花果、人参、山椒に、椎茸、牛蒡に……」

 

数え歌を口ずさみながら、森を進む俺氏。

 

博麗神社から紅魔館までは、最短の道を歩いても二時間は掛かる。

 

まあ、慌てる訳でもないから、のんびりと散策しながら歩いている。

 

まだ野良妖怪とは出会してはいない

今日は本当に、タイミングがよろしいみたいで。

 

ただし、弾幕ごっこしている所を目撃している。

 

最初は、神社から程無い所でドンパチしていた。

 

やっていたのは、てゐとミスティアだった。

何であの2人が、弾幕展開しているのか理由が分からなかったが、敢えて関わらない事にした。

 

まあ、妖怪同士、色々あるんだろ。

 

少し経ってから悲鳴が聞こえたが、どちらの悲鳴かは知らん。

 

それから魔法の森の開けた所で、名も知らぬ妖精達によるドンパチ。

妖精って何時も元気だよな、へこたれてる所を見た試しが無い。

 

何にしろ、こういった所で弾幕ごっこが見れるってのは、平和な証拠でもある。

 

 

 

 

 

……そうこうしてるうちに、霧の湖が見えてきた。

此処まで来れば、紅魔館は目と鼻の先だ。

 

「…よし、ちょっと休憩しよう」

 

湖の畔にある、手頃な大きさの岩に腰掛ける。

少しばかり足が痛くなるのは、年を取った証拠か。

昔は、これより歩いたってへこたれてる事すら無かったのになぁ。

 

「煙草吸いてぇ…」

 

早速、煙管に手を出し葉を詰め始める。

 

「スパッ、スパッ………ふぅ…」

 

煙草に火を付けて一服、最高に幸せな瞬間である。

 

天気は快晴、鳥の囀る声しか聞こえない。

 

実に、長閑である。

 

「…………っ」

 

昼寝がしたくなるが、そういう訳にもいかない。

休憩をしながら、考え事をする。

 

「チルノをどうしよっか…」

 

やはり霧の湖と来れば、あのバカ妖精との勝負は避けられないだろう。

 

誰構わず勝負を挑み、返り討ちに遭うの繰り返し。

少しは強くなればまだしも、ほとんど進化していない件。

 

俺なんて、何回ピチュッた事か、両手の指だけでは足りない。

 

それでも挑んで来るんだから、勇敢というか学習能力が無いというか…。

 

「はぁ、めんどくせ……」

 

煙草を吸いながら、溜め息を漏らした。

 

「何ていうか、まともな奴と会話がしたいも……」

 

「(バシャ!)じゃん!!」

 

「うおわぁぁぁぁ!!?」

 

突然、水の中から何者かが姿を現し、驚いた拍子に岩から転げ落ちてしまった。

 

…ダッセー俺……。

 

「あっはははは…! やったぁ♪ 大成功!」

 

「わ、わかさぎ姫!?………クソ、まんまとやられた…」

 

水面から出て来たのは湖に住む人魚、わかさぎ姫である。

 

「フフフ、ごめんなさいね。 でも、こんなにも見事に成功するなんて思ってなかったから♪」

 

「くぅぅ…、俺の負けだよ…」

 

悔しかったが、周囲警戒を完全に怠った俺のミスだ。

 

「ふふっ、お久しぶり、祐さん」

 

「ああ、久しぶりだね、姫」

 

一応、この人魚とも顔見知りである。

ただ、彼女とは人魚という性格上、なかなか会えないのだが。

 

「そんな所に居ないで、こっちまで上がって来なよ」

 

「ええ」

 

再び岩に腰を下ろし煙管を拾っている間に、姫は俺の横に器用に飛び移った。

 

「よっと…!」

 

「器用なもんだ」

 

「私には足が無いから、こうするのが一番簡単なのよ」

 

「なるほどね」

 

俺はまた煙草を吸っていたが、彼女はニコニコと笑顔を振りまいていた。

 

「こうやって、二人きりでお話するのは久しぶりね」

 

「そうだな、なかなかこっちの方に来る事が無いからなぁ…」

 

「私はこんな姿だから湖からは出られないの、出来るだけ祐さんの方から来て欲しいわ! 毎日退屈なのよ?」

 

「スマンスマン、そう怒るなよ」

 

パンッ、パンッ!っと煙管の灰を落とし煙管入れへと仕舞う。

 

「そうだ、あんたにも土産をやるよ」

 

「えっ? お土産?」

 

鞄の中から、ガサガサと例の如く、お菓子の入った箱を取り出した。

 

「今、人里で一番人気のお菓子だ、姫も食べてみなよ」

 

「うわっ…、こんなにいいの?」

 

「もちろん、ただし、あんたの口に合うかは分からないがな」

 

「それじゃあ、一つ味見をしてみるわ」

 

「どうぞ」

 

箱を開けた姫が、お菓子を一つ頬張る。

 

「………っ」

 

「…どうだ? そんなに甘すぎもせず、絶妙な味付けだと思うのだが」

 

「……うんっ」

 

「うんっ?」

 

「美味しいわ、とっても好みの味よ!」

 

「そうか、ならいいんだが」

 

「これ、全部貰っても?」

 

「いいとも、好きなだけ食いな」

 

彼女は嬉しそうに、お菓子を食していた。

人魚も、普通にお菓子とか食えるんだな。

 

「お茶飲むか?」

 

「あるの?」

 

「ああ、熱々のお茶を淹れてやるよ」

 

「熱々…?」

 

わかさぎ姫が不思議そうな顔をしている。

それが、当たり前だろうな。

 

俺は、鞄の中から水筒を取り出し、蓋をコップ代わりにお茶を汲む。

 

「はい、どうぞ」

 

「うわっ、本当に熱そう……いただきます」

 

ゆっくりとコップを口へ運ぶ。

 

「……あつっ! 本当に熱々だわ!」

 

「気を付けな、火傷するから、ゆっくり飲みな」

 

「え、ええ………でも、どうしてなの?」

 

「それはな、この水筒が魔法瓶っていう特殊な構造になってるからだ」

 

「魔法瓶?」

 

「ああ、詳しい仕組みは俺にもよく分からないんだが、外の世界の発明品でな、暑い飲み物をいれて時間が経っても、淹れた時と同じ温度を保てるっていう優れものなんだ」

 

「へぇぇ、外の世界の物って凄いのねぇ…」

 

「最も、河童に頼めば同じような物を作製してくれるがな」

 

「祐さんって、本当に顔が広いのね…、そこら辺に知り合いがいるじゃない」

 

「なぁに、伊達にこの稼業を長くやっちゃいないんだぜ」

 

「ふーん…」

 

こうして、俺とわかさぎ姫との会話は、しばらくの間続いた。

 

人里での出来事や、ここ最近の流行り、異変の事なんかを話してやった。

ついでに、俺が怪我した話もしておいた(苦笑)

 

彼女は、興味津々で尚且つ楽しそうに聞いていた。

 

 

「……まぁ、色々とあった訳よ」

 

「へぇぇ…、色々な出来事があったのね、ちっとも知らなかったわ…」

 

「湖にいるだけじゃ、分からない事も多いよな」

 

「いいなぁ、私も自由に歩き回って楽しんでみたいわ…」

 

「気持ちは分かるが、その下半身ではなぁ…」

 

「そうよねぇ…」

 

「………そうだ! いい事思い付いた、今度遊びに行こうぜ!」

 

「えっ!? 遊びに? どうやって?」

 

「何てこと無い、簡単な事よ!」

 

「簡単な事?」

 

「それは、その時のお楽しみって事にしておくよ」

 

「………っ?」

 

わかさぎ姫は、またも不思議そうな顔をしていたが、そうなるわな。

 

実に単純明解な方法だが、わかさぎ姫を湖から連れ出す良い方法を思い付いた。

こいつは、ある意味楽しみだな。

 

「…ところで、今日は影狼ちゃんは来ないのか?」

 

「影狼? 今日は来てないけど、影狼がどうかしたの?」

 

「いやさ、この土産を結構買い込んで来たから、お裾分けしようかなって思ったんだが、居ないなら仕方ない」

 

「何なら、私が預かるわよ?」

 

「いや、こいつはそうはいかないんだ。 生物だから時間が経つとよろしくない、アイツにはまた別の機会に何かしてやるよ」

 

「そ、そう……」

 

「心配しなさんな、アイツを仲間外れにするなんて事は絶対にしないからさ」

 

「………! それならいいんだけど!」

 

一瞬落ち込んだように見えたが、直ぐに明るい表情に戻ったな。

 

俺は、仲間外れなんて絶対しない質なんだ。

そういうのは、俺自身が一番大嫌いな事だから。

 

「友達想いなんだな、姫は」

 

「それは…、当然よ!」

 

「そんな友達を持って、幸せ者だな、影狼ちゃんは」

 

「祐さんも、影狼の事が好き?」

 

「もちろんだ、彼女は憎めない性格だよな、話をしていても楽しいよ」

 

「でしょ? 影狼って一緒に居るだけで楽しいのよ! 話のネタも多いし、綺麗な石を拾って持って来てくれたりしてくれてね……」

 

影狼ちゃんの話になると、生き生きとしているな、姫は。

本当に仲良しなんだな、あの2人は。

 

俺も、慶治と平九郎の事を大切にしなきゃならないな。

もちろん、他の仲間達の事も。

 

「…ところで、あんた達はまだあの活動はしているのか?」

 

「あの活動?」

 

「ほら、アレだよ、何て言ったっけなぁ? えっと………うーん…………何とかネットワーク…?」

 

「ああ、草の根妖怪ネットワークね?」

 

「そうそう、それだ! その草の根妖怪ネットワークはまだやってるのか? 全然噂を聞かないが」

 

「失礼ね! ちゃんと活動してるわよ! ……一応だけど……」

 

「因みに、メンバーは増えた?」

 

「い、いいえ…」

 

「…てことは、あんたと影狼ちゃんと蛮奇さんだけか」

 

「は、はい……」

 

「……なぁ、あれから2年近く経ってるだろ? 何も進展が無いように思うのは俺だけか?」

 

「し、仕方ないじゃない! そう簡単には集まらないわよ!?」

 

「そうかな? 俺だったら手当たり次第声を掛けてみるがな」

 

「例えば誰に?」

 

「そうやねぇ…、あんまり強い妖怪はまず引き込めないだろうから、あんた達と同等位の妖怪を引き込めればいいかな」

 

「誰か、そんな妖怪が居るの?」

 

「居るじゃないか、鳥頭ミスチーとか、リグル厨とか、ダークミアとかさ」

 

「…誰それ?」

 

「まぁ…今のは冗談だが、ミスティア・ローレライやリグル・ナイトバグやルーミアなら、上手く言いくるめて入れられるんじゃないか? 他にも九十九姉妹や雷鼓さんとか、命蓮寺にいる一部の妖怪とか、上手く引き込めるんじゃないのか?」

 

「うーん…、みんな名前は知ってるけど、面識は無いのよね…」

 

「そんな事言ってちゃ仲間は増えないよ、最初の一歩を踏み出さなきゃな!」

 

「それはそうだけど…」

 

「何なら、俺から声を掛けておいてやろうか? そいつら全員、知り合いだからな」

 

「本当に?」

 

「ああ、だだし、なかなか会えないし、話した所で入ってくれるかは分からないぞ?」

 

「その場合は…、仕方ないわね…」

 

「まぁ、どいつもこいつもパープリン揃いだから、適当に言いくるめれば何とかなりそうだがな!」

 

「そ、そう……」

 

実際、昨日言った事すら忘れるバカタレ共である。

ミスチーとリグルさんは、一度頭を殴ってやったら、尚更悪化した経緯があったが(笑)

 

「とりあえず、一度始めた事だ、気長にやってみなよ」

 

「祐さん…、ありがとう!」

 

俺に向けられる彼女の笑顔が眩しい…。

 

「…そうだ、あんたにって思って買っておいた髪飾りがあるんだ」

 

「えっ、私に髪飾りを?」

 

「ああ、半年前に買っておいて、そのまま放置プレイだった」

 

「は、半年前って……呆れた!」

 

本当に呆れているのか、ジト目で見つめている姫。

 

「本当に忘れてたんだよ…、渡そうと思って、この鞄に入れっぱなしだったのをすっかり失念していたんだ」

 

「まぁ…! 祐さんにとって私はその程度の存在なの!?」

 

「悪かったって……」

 

そう謝ってはおいたが、彼女も妖怪。

俺にとっては、それ以上でもそれ以下でもない。

 

本人には言わないでおくが。

 

「えっと…、どこ行ったぁ…………あ、あったあった!」

 

これを見つけた時、わかさぎ姫には良く似合うと、直感的に感じたのだ。

 

何だかんだ言って、妖怪と言えども、仲間と認めたら色々と世話を焼いてしまう。

 

俺の悪い癖でもあるな。

 

「…これなの?」

 

「ああ、綺麗な髪飾りだろ? これを発見した瞬間、あんたに似合うだろうって思った訳よ」

 

本音としては、微妙に魚っぽい形をしてたのがツボだったりして…、わかさぎ姫のイメージにピッタリなんだよな。

 

「わあ、嬉しい! これを私に?」

 

「うん、あげるよ」

 

その髪飾りを彼女に渡すと、とっても嬉しそうに隈無く見ていた。

 

「綺麗ねぇ……こんなに素敵な形の髪飾り、初めて見たわ!」

 

「なんせ、人里の職人が仕上げた逸品だからな、完成度は高いよ」

 

「へぇ…、とにかく、ありがとう、祐さん!」

 

「礼なんていいよ、俺達だって友達だろ?」

 

「ふふふ…、祐さんにそう言って貰えるなんて、何だか光栄だわ」

 

「よせよせ、俺はそんな大層な人間じゃないよ」

 

そうして、俺とわかさぎ姫との談笑は続いた。

彼女との会話は、何故か楽しい。

 

 

「……あっ、みーつけた!」

 

 

「「………っ!?」」

 

元気な声が聞こえ、その方向を見ると、

 

「やっほー、わかさぎ姫! それに、祐さんも居たんだぁ!」

 

「よう! 久しぶりだな、チルノさん」

 

「こんにちは、チルノ」

 

「ねぇねぇ、せっかく会ったんだから遊ぼうよ」

 

「今会ったばかりなのに、せっかちだなぁ」

 

「それじゃあ祐さん! あたいと勝負だー!」

 

「はぁ、やっぱりか……そう来ると思ったよ…」

 

予想通りの展開に、頭を抱える。

 

「チルノちゃん! いきなり勝負を仕掛けるのは失礼だよ!」

 

そこへ、また聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あら、大ちゃんも一緒だったのね」

 

「こんにちは、わかさぎさん。 それから、祐助さんもお久しぶりです」

 

「やあ、こっちこそ久しぶりだね、トリル」

 

チルノと仲良し大妖精が、チルノを宥めに入った。

 

「一方的に進めちゃダメだよ? 一応、相手の事も考えなきゃ…」

 

「いいの! 祐さんには何時も負けてるから、今日こそ負かしてやるんだから!」

 

「お前に出来る訳無いだろ…」

 

「えっ? 何か言った?」

 

「いや、何も」

 

ここで、あーだこーだ言うと面倒だから、黙ってよっと。

 

「ところでわかさぎ姫、何を持ってるの?」

 

「ああ、これね。 祐さんから貰った髪飾りなのよ」

 

「へぇぇ……」

 

「とっても綺麗な細工ですね!」

 

「うふふ、これは私の宝物なんだから!」

 

「ねぇ、ちょっとだけ、あたいに貸して!」

 

「ええっ!? これを?」

 

「いいじゃん! ちょっとだけ!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

その髪飾りに興味津々なチルノは、半ば強引に姫から取り上げてしまった。

 

「おいチルノ、それ壊れ物だから、扱いには注意しろよ」

 

「大丈夫よ! あたいに扱えないものなんて無いんだから!」

 

「信用出来ねぇよ…」

 

俺の心配を余所に、髪飾りを振り回して遊ぶチルノ。

 

「チルノ! あんまり乱暴に扱わないでよ!」

 

「チルノちゃん! あんまり振り回すと、壊れちゃうよ!」

 

「大丈夫だって!」

 

「ああ、見てられん…」

 

髪飾りを振り回して、何が楽しいのだろうか?

全く、危なっかしいぜ。

 

「チルノ、そろそろいい加減にしないとマジで……」

 

「えいっ!」

 

「へっ…!?」

 

チルノが髪飾りを放り投げ、

 

「やぁぁっ!」

 

『カチッ カチッ…!』

 

何と氷らせてしまった。

 

「氷らせてみたよ、もっと綺麗に見えるでしょ?」

 

「え〜!?」

 

「チルノちゃん、そんなの必要ないよ」

 

「こんなの何でも無いよ! よっと…」

 

氷った髪飾りを取ろうとした時だった。

 

 

パリーンッ!

 

 

「へっ…?」

 

「「あっ!」」

 

「なっ…!?」

 

何と、その髪飾りは粉々に砕け散ってしまったのだ。

俺は、これを一番恐れていたんだ…。

 

「壊れちゃった…」

 

「あぁぁぁぁ!? 祐さんから貰った髪飾りがぁぁぁぁ! 私の大切な宝物がぁぁぁぁ!!」

 

「そんな、大袈裟だぞ…?」

 

「チルノちゃん! わかさぎさんの大事な物を壊しておいて、そんな言い方は無いでしょ!?」

 

「で、でも……あたい、ワザとやった訳じゃないし…」

 

泣き出すわかさぎ姫、怒る大妖精。

そして、あくまでも開き直るチルノ。

 

「酷い……貰ったばかりなのに……そんなの…あんまりよ……うぁぁぁ……ぇぇぁぁぁ……」

 

泣き崩れるわかさぎ姫。

 

「そんなに泣かなくたって、いいじゃん…」

 

さして悪びれる様子が無いチルノ。

 

 

それを見た俺は、一気に頭に血が上った。

自身の中で『プッツン!』と音がするのが聞こえたような気がした。

 

「おいチルノ…、テメェ何て事してくれたんだ…」

 

「えっ、祐さん…?」

 

「気安く呼ぶんじゃねぇぞ、クソ妖精が…!」

 

「えっ……えぇぇ…!?」

 

「せっかく俺が姫に送った物を、一瞬で破壊したな。 あれほど気を付けろと言ったのに、貴様ってヤツは…」

 

「あ…あの……祐さん……落ち着いて……(ガタガタ)」

 

「しかも、謝るどころか開き直るとは…、見下げ果てたカス妖精だな」

 

「あ、あたい…、謝ったつもりだけど…」

 

「今日という今日は勘弁ならん! 落とし前付けてもらうぞ」

 

「は、はへぇ……」

 

「今日を貴様の命日にしてやる、何か言い残す事はあるか?」

 

「い、いや……ぁぁぁぁ……」

 

「何だって? おい……おぃぃぃっ!!!」

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

―わかさぎ姫視点―

 

「ゆ、祐さん…!?」

 

完全に怒り浸透の祐さんは、恐ろしい程に殺気立ち、戦闘モードに入っていた。

そして、チルノは完全に恐怖で固まっている状態だった。

 

「さて、覚悟しろ…」

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

チルノが氷の塊を飛ばし攻撃するが、彼はそれをかわし前へと進む。

 

「相も変わらず、貴様の攻撃は単純明解だな。 そんなものを俺に当てられるとでも思っているのか?」

 

「く、来るなぁぁぁぁ!!」

 

何を血迷ったのか、チルノがスペルカードを取り出した。

 

しかし、私は見てしまった…。

 

「凍符『マイナス………」

 

「おせーんじゃ、ゴラァァァァ!!」

 

一瞬で間合いを詰めた祐さんの蹴りが、チルノに炸裂。

 

「うがぁぁぁぁっ!?」

 

吹き飛ばされたチルノは、大木に叩き付けられ倒れ込む。

彼は、凄まじい早さで追っかけてきて、

 

「ウラァァァ!」

 

「うげぇぇぁぁ!?」

 

倒れたチルノの首を掴み上げ、そのまま投げ飛ばす。

 

「かはぁぁぁ!?」

 

再び地面に叩き付けられたチルノが、口から血を吐く。

 

「ハァァ!」

 

「アガァァァ!」

 

立ち上がろうとした彼女の腹部に左ストレートが入り、顔面に膝蹴りが入る、その反動で浮かんだ体を左回し蹴りで掬うように蹴り上げ、またも大木に叩き付ける。

 

「うがぁぁぁ…」

 

チルノは、また力無く倒れてしまった。

 

私は、それを見て震えが止まらなかった。

 

あれは、本当に人間なの?

圧倒的な力で妖精をねじ伏せている光景は、本気で恐怖を感じたわ。

 

普通の人間なら、チルノに勝つのは難しいだろうに、彼は全く彼女を寄せ付ける事無く、フルボッコにしていた。

 

あれが祐さんの、もう一つの顔……。

 

「おい、まだ終わっちゃいないぞ…」

 

「ゴゴゴゴ…ゴメンナサイ! ……あたいが悪かったよ! 許して下さい!」

 

血だらけの彼女が、本気で許しを乞うていた。

あんなチルノ、私は見た事が無い。

 

「さっき言ったよな? 今日は貴様の命日なんだ、これから本物の地獄の苦しみを与えてやる」

 

「ゴメンナサイ! ゴメンナサーイ!! 助けてよぉぉ!」

 

だが、彼は無慈悲に彼女の髪を掴み、強引に顔を上げる。

 

「これまで、貴様がやってきた罪を一つずつ数えろ、それが数え終わった時には貴様は地獄にいるからな」

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 

拙いわ! このままじゃ本当にチルノが…!

 

「あわわわわわ……チルノちゃんが…、どうしよう…」

 

恐怖の余り、オドオドして動けないでいる大ちゃん。

 

「大ちゃん、彼を止めましょう!」

 

「止めるって、どうやって…」

 

「止めなきゃ、チルノが…!」

 

 

 

私は咄嗟に彼の元へと飛び出したが、既に攻撃のモーションに入っていた。

 

 

「さぁ、10秒間、神に祈れ」

 

 

「いやぁぁぁぁ…!」

 

 

「待って祐さん! もういいわ! もう十分だから!」

 

 

「祐助さん! お願いです、チルノちゃんを許してあげて下さい! 私からも謝ります! だから……だから、チルノちゃんを…」

 

 

「5……4……3……2……1……」

 

 

「………っ!?」

 

 

「…時間切れだ」

 

 

「祐助さん!!」

 

 

「祐さん!!」

 

 

「ハァァァァァ!!」

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

チルノ目掛け、彼の手刀が繰り出された。

 

 

もう終わった!

 

 

本気でそう思った。

 

 

「………っ」

 

 

「ひぇぇぇぇぇ………(パタッ」

 

 

だが、彼の手刀はチルノを捉える事無く、後ろの木を貫いていた。

極上の恐怖を味わった彼女は、そのまま失神して倒れた。

 

 

「ゆ、祐さん…?」

 

「…全く、馬鹿野郎が…!」

 

「祐助さん! チルノちゃんは!?」

 

「大丈夫だよトリル、ピチュッては居ないから」

 

「よ、良かった………って、チルノちゃん!?」

 

大ちゃんが一直線で、チルノに駆け寄った。

 

 

彼は元の場所戻り、頭を冷やすかのように水筒のお茶を飲んでいた。

 

「グッ…グッ……はぁ……すまない、迷惑掛けてしまったな…」

 

「祐さん…」

 

「でも、さっきのチルノの態度は許せなかったんだ、久しぶりにキレちまったよ…」

 

「貴方はそんなにしてまで…、私はそれだけで嬉しかったわ…!」

 

「だけど、それでチルノを半殺しにしてしまったんだ、誉められた事じゃない」

 

それだけ言うと、彼はチルノの元へと向かった。

 

「チルノ…チルノ、大丈夫か? 今手当てしてやるからな」

 

「うわぁぁぁ…!」

 

意識を取り戻していたチルノは、彼の姿を見るなり怯えていた。

 

「さっきはすまなかった、もうしないから安心しな」

 

ハンカチを取り出し、血を拭き取ってあげている光景は、何時も祐さんに戻ったって感じね。

 

「…大丈夫だ、しばらく時間を置けば、その怪我は治るよ!」

 

「あ…あぁぁぁ…」

 

「君が悪いんだぞ? 姫の大切なものを壊してしまったんだから、後でちゃんと謝りなよ?」

 

「う、うん…」

 

「トリル、後は頼むわ」

 

「は、はい!」

 

大ちゃんに後を任せ、祐さんは私の元へと来た。

 

「ごめんな姫、俺がついていながら、あんたの髪飾りを壊させてしまった。 はぁ……」

 

彼は上を向き目を閉じた。

 

「…気にしないで、貴方は何も悪くないわ」

 

「何て言うか、凄いやるせない気持ちで一杯だ…」

 

「祐さん…」

 

「…もう行くわ、次の目的もあるんでね」

 

「え、ええ…」

 

彼は荷物が入った鞄を担ぎ上げ、歩き出した。

 

「…祐さん!」

 

「うんっ?」

 

「また、遊びに来てね!」

 

「もちろんだ、必ず行くよ。 次は違う場所へ行くんだからな!」

 

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

「それじゃ、ご機嫌よう」

 

そうして、彼は湖を出立しょうとしたが、妖精達の前で足を止めた。

 

「うぅぅぅ…、大ちゃん、怖かったよぉ…」

 

「当たり前でしょ! あんな事したら、祐助さんだって怒っちゃうよ!」

 

ベソをかくチルノを、大ちゃんが絶賛説教中だったが、そこへ祐さんが声を掛ける。

 

「二人とも」

 

「「はぇぇぇっ!?」」

 

「そんなに驚く事無いだろ…、お菓子をあげるよ」

 

「えっ…、一箱も良いんですか?」

 

「ああ、遠慮せずに食べな、チルノ分も、はい」

 

「あ、あたいにも? いいの?」

 

「もちろんだとも!」

 

「あ…、ありがとう…」

 

「よしよし…」

 

祐さんは、チルノの頭を優しく撫で、乱れていたリボンも直していた。

 

「俺は行くからな、チルノ! 次はちゃんと弾幕ごっこで勝負しような!」

 

「あぁぁぁ…、うんっ!」

 

チルノの表情に笑顔が戻る。

 

何ていうか、祐さんって妖怪や妖精の扱いが上手いわね。

妖怪達に顔が利くってのも、納得だわ。

 

本当に、不思議な魅力がある人間ね…。

 

そうして、私は彼の姿が見えなくなるまで、森の方を見つめていました。

 

 

ー再び近藤祐助視点ー

 

許せなかったとはいえ、やりすぎてしまったな。

俺としたことが、妖精相手に大人気ない・・・。

 

一応、反省はしている。

 

わかさぎ姫には、また新しい小間物でも買ってやるか。

選ぶ時間だけは、十分にあるからな。

 

チルノの方も、何か考えておくか・・・。

 

さて、気を取り直して、今度こそ紅魔館へ向かいますか!

 

既に、あの特徴的な時計台を視界に捉えていた。

 

 

「本当の地獄は、これからだったりして・・・」




わかさぎ姫との会話シーンは、色々と構想がありましたが、現状で落ち着きました。

また、チルノがフルボッコにされましたが、また懲りずに喧嘩を売ってくる予定ですw

ある程度、主人公に対する恐怖心は植えられたと思いますが…。

この作品が、一番ネタが思いつきます^^;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅魔館の住人達 前編

やっと紅魔館まで来ましたが、此処でも色々あるんです。


紅魔館に向けて、せっせと足を運んでいる途中であります。

 

「今度は、ちゃんと落ち着いていかないとな…」

 

さっきはついブチキレて、チルノをボコってしまったが、今度はそうならないようにしないと。

最も 、そんな平然と物を壊す事を仕出かすヤツは居ないとは思うが。

 

 

歩く事数十分……

 

 

ようやく、紅魔館の門が 見えてきた。

 

「はぁ………よし!」

 

深呼吸をしてから、入り口へと向かう。

相変わらず真っ赤な建物だ、目に悪い…。

 

そして、門の目前で立ち止まると、やはり見慣れた光景があった。

 

「zzzz…………」

 

「……………っ」

 

美鈴さん…、やっぱりなんだな…。

 

まあねぇ、年中門の前で突っ立ってるだけじゃ退屈だろうし、今日みたいに良い天気じゃ、居眠りもしてしまうってものだろう。

現に、俺もさっきは睡魔に襲われそうになったし。

 

でも…、仕事は仕事だろ?

 

しゃーない、起こしますか。

 

「美鈴さん…メイちゃん…?」

 

「…………っ」

 

起きねー。

 

「メイちゃん、仕事はどうした? 起きなよ」

 

「………っ」

 

何処までが本気で寝てて、何処までが警戒をしているのか、俺にも分からん。

 

以前、無視して入ろうとしたら、手痛い一発を食らった事があってな

それ以来、素通りはしないようにしている。

 

「仕方ない、咲夜さんに代わってお仕置きしてあげるわ…」

 

博麗札を彼女の足元に散りばめて、俺自身は札とカメラを持ちスタンバイ。

 

「さぁ メイちゃん、面白いリアクションを見せてくれよな!」

 

霊夢に仕掛けた悪戯より、悪質かもしれない(笑)

 

 

「せ――の……」

 

「あぁ、咲夜さん、お久しぶりでーす!!」

 

「へっ…!? 咲夜さん!?」

 

その一言で一瞬にして目を覚ます美鈴さん。

 

「掛かったな!」

 

「えっ……ぎぇぇぇぇっ!?」

 

 

チュドーン!

 

 

動揺した美鈴さんが思わず博麗札を踏んだ瞬間、爆発を起こす。

 

その連鎖反応で次々と爆発を起こす。

 

 

『チュドーンッ! チュドーンッ!』

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

爆発音と悲鳴が、交互に聞こえる。

俺は、連写モードでシャッターを切る!

 

 

…まだ、爆発してる……。

 

 

「な、何なのコレ……おぎゅぇぇぇ!?」

 

こりゃ、断末魔の叫びだな。

 

早くもボロボロのメイちゃん、

霊夢でも此処まではしないだろうな。

 

「そろそろだな…」

 

カメラ片手に腕時計で時間を確認。

 

「……それっ!」

 

「うえっ…!?」

 

爆発が終わった隙に、彼女の背中に拘束術式の札をベッタリ貼り付けてやった。

 

「おはようメイちゃん、最高の起こし方だったろ?」

 

「ゆ、祐さん!? 貴方の仕業だったんですか!?」

 

「大正解、おさぼり門番にヤキを入れてやったんだ」

 

「ひ、酷いですよ! 居眠りしてただけで連続爆破するなんて、普通死にますよ!?」

 

「心配するな、お前さんはそんな柔な身体じゃないだろ?」

 

「そりゃ………」

 

「だがな、今は違う」

 

「えっ……ぐはっ!?」

 

ちょっとの隙に、彼女の腹部に三割程度の力のパンチを入れてやった。

 

だけど、メイちゃん悶絶。

 

「痛かった?」

 

「当たり前です! 痛くない訳が………って、あれ!?」

 

「…気がついたか? 俺は大して力は込めてないぞ?」

 

「な、何で? 気が操れない…? ていうか、力が入らなくて怠い……」

 

「さっきの爆発の直後に、君に拘束術式を掛けておいた。今の君は、人間並みの力も出せないよ」

 

「ええ〜!?」

 

「てことはだ、今なら思う存分に君をど突き回せるって訳だ(ニヤニヤ」

 

「そんな!? それはご勘弁を!」

 

「前から、君には一度本格的にヤキを入れたいと思っていたんだ、この機会にやってやる! さあ、其処に直りなさい」

 

「ひぃぃぃぃ! 祐さん、貴方は鬼ですか!? 悪魔ですかぁ!?」

 

「鬼も悪魔も個別にいるじゃん、俺は人間だ」

 

「い、いや、そうじゃなくて…」

 

「やかましいんじゃぁぁぁ!」

 

「ひぃぇぇぇぇぇ!?」

 

 

顔面目掛けてパンチを繰り出す!

 

 

 

 

 

………振りをした( ̄∀ ̄)

 

 

 

 

 

「あわわわわわ………」

 

「……なに本気にしてるんだよ、バーカ!」

 

「祐さんがやったら、シャレにならないですよ…」

 

緊張が解けたのか、涙目の彼女はへたり込んでしまった。

いやぁ、悪戯が過ぎたかな?

 

「美鈴、少しは身に染みたかしら?」

 

「さ、咲夜さん!?」

 

振り向くと、其処には身形の整ったメイド長が立っていた。

時間を止められるって、地味にプレッシャー掛かるんだよなぁ。

 

「オッス、咲夜さん!」

 

「こんにちは、祐さん。 それにしても、悪戯が過ぎますわ」

 

「いやぁ、スマン。 でも、退屈してるだろうメイちゃんに、刺激を与えてやったのさ」

 

「そんな刺激は要りません!」

 

「そうね、私が手を下す手間が省けたわね」

 

「そんな! 咲夜さんまで!?」

 

「美鈴、彼にやられたいか、私にやられたいか、どっちがいい?」

 

「ひぇぇぇぇ……」

 

「まあまあ咲夜さん、それ位にしておきな」

 

この女は、それ以上の事をやりかねん、ストップを掛けておかないと。

 

「祐さんがそう言うなら…」

 

「メイちゃん、立ちなよ」

 

へこたれている美鈴さんに手を差し伸べる。

 

「あ…ありがとうございます…」

 

しかし、拘束術式のせいで怠そうにしている。

仕方ない、解いてやるか。

 

「メイちゃん、少しの間、ジッとしてな」

 

「えっ、何をするんですか?」

 

「いいから!」

 

「は、はい…」

 

彼女の額に手を当てて解除術式を唱える。

 

「―――――っ!」

 

 

ドンッ!

 

 

「痛っ!?」

 

鈍い衝撃音と共に、彼女に貼られた札が剥がれ落ち、燃えて灰になった。

 

「もう大丈夫だ、いつも通りになったぞ」

 

「いつも通りって………あっ! 力が入る! ついでに、気が練れる!」

 

「拘束術式一つで、妖怪はどうにでもなるもんだな」

 

「勘弁して下さいよ…」

 

「でも、良かったわね美鈴。彼が本気だったら、今頃は五体満足な身体じゃなかったかもよ?」

 

「怖い事をサラッと言わないで下さい!」

 

「本当よ? 私だって、祐さんにはボコボコにされた口なんだから」

 

「あれは、君が調子に乗り過ぎてたからだろ…」

 

「お嬢様の命令でしたからね♪」

 

「………っ」

 

この女の考えが読み切れん。

 

「それで 祐助様、今日は何のご用で?」

 

「ああ、レミリアさんが呼んでるって言ってただろ? だから、こうして土産を持参して参上したのよ」

 

「やはりそうでしたか、お嬢様はお部屋でお待ちです」

 

「…どうやら、来る事は分かっていたみたいだな」

 

「ええ、それでは、お部屋まで案内しますわ」

 

「よろしく頼むよ」

 

メイド長の後について館へと向かおとするが、足を止めた。

 

「咲夜さん、ちょっと待ってくれ」

 

「何か…?」

 

「メイちゃん!」

 

「は、はい! 何ですか?」

 

そうそう、思い出した。 彼女にも土産を渡さないとな。

 

「君に土産だ、役目の合間にでも食いなよ」

 

「これって…、お菓子じゃないですか! いいんですか、こんなに?」

 

「もちろんだ、君用に買ってきたんだからな。 良いだろ? 咲夜さん」

 

「ええ、祐さんの差し入れだから、今回は許すわ」

 

「ありがとうございます! 祐さんはやっぱり天使です!」

 

「さっきは鬼だとか悪魔とか言ってなかったっけ?」

 

「そんな事言いましたっけ? 気のせいですよ…」

 

「嘘付け、どっかの鳥頭みたいにさっき言った事も忘れたとかホザくんじゃないだろうな、このバカタレが!」

 

「そ、そんな怒らなくたって…」

 

「咲夜さん、行こうか」

 

「はい」

 

何か言いたげなメイちゃんを後目に、館へと入った。

 

「祐さんって、難しいなぁ…」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

館内の廊下を、咲夜さんに案内されていた。

時々、妖精メイドとすれ違う以外は静かなものである。

 

 

しかしだ―――――

 

 

「きゃー!祐助さーん!」

 

 

とか

 

 

「祐さん、お話ししようよ!」

 

 

とか

 

 

「来てくれたのね! 後で部屋に来てね♪」

 

 

とか

 

 

「ねえねえ、一緒に遊びましょうよ♪」

 

 

などと、何故か妖精メイドからは人気のある俺氏。

 

もちろん、本気で相手にするつもりは無い、妖精だから。

 

しかし、俺は何か特別な事でもしたんだろうか?

特に覚えは無いんだが……。

 

強いて言えば、以前妖精メイド達が大きなミスをして、レミリアお嬢やメイド長がガミガミ言っていたのを、偶々居合わせた俺が宥めて、後始末を手伝ってやった位か。

あの時は、丸一日掛かってしまい偉く疲れたものだ。

 

妖精メイド達にも声掛けとかして、何とか上手く纏めたが…。

咲夜さんが1人で仕事をする意味が分かるような気がした。

 

 

「随分と、アイツらから人気があるのね」

 

「そうか? 特別な事をした覚えは無いが…」

 

「…貴方って、以外と無自覚でフラグを立てる人なの?」

 

「フラグ? 何の事だか…」

 

「呆れるわね………でも、その面倒見の良さが彼女達に信頼されている要因かもしれないわね」

 

「妖精メイドに気に入られてもなぁ、何にもメリットにはならないよ」

 

「それは言えてるわ」

 

「ハハハハ……」

 

咲夜さんとの談笑は、しばらく続いた。

 

「そうそう、君にも渡しておくよ、これを」

 

「えっ? これって…さっき美鈴にも渡したもの?」

 

「君も知っているだろ? 今人里で一番人気の粒餡最中だ。 メイちゃんだけじゃない、君の分も確保してあるんだから」

 

「まあ、嬉しいわ、後で食べさせて貰いますわ」

 

「ああ! …………ってあれ?」

 

今渡した筈の、お菓子の箱がもう無くなっていた。

 

「一つだけ味見をしましたが、確かにあの最中は美味しかったわ、後でゆっくり楽しませて貰います」

 

「もう食べたのか? 残りは?」

 

「部屋に置いてきたわ」

 

「そうか…」

 

わざわざ、時間止めなくたっていいじゃん…。

彼女は、能力に頼り過ぎでは無かろうか?

時々、そんな心配をしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたわ」

 

「何時も思うが、玄関から此処まで、地味に長いよな…」

 

レミリアさんがいる客間へと到着。

久しぶりの対面になるな。

 

 

『コンッ、コンッ』

 

 

「お嬢様、近藤祐助様をお連れしました」

 

「入れ」

 

ノックをして呼び掛けると、中から聞き慣れた子供っぽい声が聞こえるも、違和感を感じた。

 

「…なぁ、咲夜さん」

 

「どうかしたの?」

 

「彼女、もしかして機嫌が悪いのか?」

 

「もしかしてではなく、本当に機嫌が悪いのよ」

 

「また何で?」

 

「この時間は、何時もならお休みになってる時間だからね。 それから祐さん、貴方自身にも原因があるわ」

 

「俺にって………はぁ、面倒くせー…」

 

「とにかく、入るわよ」

 

「君は平気なのか?」

 

「よくある事ですわ」

 

「よくあるって…、強いんだな……」

 

この女の心臓はかなりデカいんだな。

普通ならビビって当たり前なのに、そんな仕草すらない。

 

主の事を、よく分かってますな。

 

「やっと来たな」

 

戸を開け客間が見えると、少し奥の方にある手すり付きの椅子に、頬杖をして、脚を組み、ゆったりと座っている、何時もの服装をしたレミリア・スカーレットの姿があった。

 

ああして座ってはいるが、何処までが本気なのか、イマイチ分からない。

少々乱暴な口調だが、これもまた、よくある事なのだ。

 

「久しぶりだな、レミリアさん」

 

「随分と待たせやがって…、お前は自分の立場が分かっているのか?」

 

「立場? 何の事だかな?」

 

「コイツ…! 咲夜、貴女は外しなさい」

 

「はい」

 

レミリアお嬢の命で、咲夜さんは一瞬で居なくなってしまった。

 

今、部屋には俺とレミリアさんの二人だけ。

 

「そんなに苛立つ事無いだろ? 色々あったんだよ」

 

もちろん、こんな言い訳が通じるとは思っていない。

 

「そんな言い訳は聞きたくない、お前は以前こう言ったな? 『今度、美味しいお菓子を持参して来るからな、ひと月後のお楽しみだ』と、そう言ったな?」

 

「…確かにそう言った」

 

「なのに何だ、3ヶ月以上も音沙汰無しで、先日咲夜に会っていなかったら、まだ放置していたつもりか?」

 

「いや、そうじゃないんだよ、本当に怪我してて行けなかったんだって。 回復したからこうやって来たんだろ?」

 

「フンッ! 何を言うかと思えば、そんな下らない言い訳ばかりしやがって…、少し痛い目に遭わないとダメか?」

 

「だから、話を聞けって…」

 

「黙れ! 私を怒らせるようなヤツはどうなるか、その身体に教えてやる!」

 

「……ほうぉ、やってもいいが、貴様の命の保証は無いぞ……」

 

お互いの殺気、妖気と霊気がぶつかるかのように空気を震わせる。

 

一触即発、まさにその雰囲気。

 

部屋中の置物がガタガタと音を立て、第三者がいれば即座に逃げ出してしまう位のものが、部屋を覆う。

 

やっぱり、レミリア・スカーレットは凄いな。

 

そんな睨み合いの状態が数分続くが、お互いに動かない。

 

………当然である。

 

「……もういいだろ? あんたにその気が無い事は、最初から分かってるんだから」

 

「…フッ、やっぱり貴方に偽りを貫くのは無理ね……」

 

そう呟いた彼女から殺気が消え、見た目相応の少女らしい雰囲気になっていた。

 

 

「久しぶりに会っていきなりこれだなんて、よっぽど暇だったんだな」

 

「でも、怒っているのは本当よ? 3ヶ月以上も放置だなんてさ!」

 

「悪かったよ、お詫びとして、前言っていた物を余分に買ってきたんだから」

 

「フフフ………さあ、こっちに座ってよ、祐助」

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

レミリアさんが指差した椅子へと座る。

丁度、対角線上の形の場所である。

 

「へえ、これが今噂のお菓子なの?」

 

「そう、人里で一番人気の粒餡最中だ、なかなかの美味だぞ?」

 

「さっそく、戴くとするかねぇ」

 

「どうぞ、紅茶を淹れてやろう」

 

「お願いね」

 

彼女が、一口食べている間に、俺がカップに紅茶を淹れる。

 

何で紅茶が淹れれるかって?

 

咲夜さんに仕込まれたからさ。

 

「…なかなかイケるわね」

 

「だろ? 人気があるのには理由があるんだよ」

 

「ふーん…」

 

食べ終わると、彼女が紅茶を飲む。

何て言うか、貴族だけあってか、紅茶の飲み方一つも優雅に見える、流石である。

 

「やっぱりそうしている方が、あんたらしくていいよ。 乱暴な素振りや口調は似合わないぜ」

 

「どちらも私は私よ? 相手によって態度が違うのも、紅魔館の主として当然の事」

 

「俺にもか?」

 

「貴方は試しただけよ、やっぱり貴方はただの人間じゃないわ」

 

「よく言われる」

 

「フッフフフ……」

 

静かに笑うレミリアさん。

彼女との会話は、何となく気を使ってしまうな。

 

「今日は泊まって行くんでしょ?」

 

「端からそのつもりだ、今夜はあんたの相手をしなきゃダメなんだろ?」

 

「分かってるならいいのよ、今夜は寝かさないわよ?」

 

「ははは、そいつは楽しみだ…」

 

今夜は、長い夜になりそうだ。

 

「ねぇ…」

 

「どうした?」

 

「もう少し、こっちに来て…」

 

「あ、ああ…」

 

そういう要望だから、椅子ごとレミリアさんの横へつける。

 

「見せて……」

 

「…………っ?」

 

彼女は、静かに俺の顔に触れ、ゆっくり撫でていた。

 

「レミリア…さん?」

 

「…心配…したのよ……」

 

「えっ…?」

 

「貴方が怪我をしたと聞いた時、びっくりしたんだら…」

 

「あっ………」

 

「お見舞いにも行きたかったけど………私の立場上、そう簡単じゃないのよ、人里に行くのも…」

 

「俺に用事があると伝えれば、簡単に通してくれるぞ?」

 

「その認識が甘いのよ、あいつらは貴方が弱っているのを狙って殺しに来たなんて思うわ」

 

「そんな事は無い、俺とあんたが比較的仲がいい事は、里の人達は知っている」

 

「で、でも……」

 

「それに、あんたは吸血鬼らしく残酷な所はあるが、嘘のつける性格で無い事は俺は良く分かってる」

 

「ゆ、祐助……」

 

「馴れ馴れしいかもしれないが、俺はあんたの事を信頼のおける友人だと思っている」

 

「えっ……!?」

 

「過去に異変を起こした張本人でも、俺は今のあんたしか見ていない。 あんたは俺に良くしてくれた事もあったよな? だから、俺に出来る事であれば協力も惜しまないぞ?」

 

「………っ!」

 

「なぁ、レミィ……」

 

俺の顔に触れていた彼女の手を取り、両手で握ってやった。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

彼女は顔を赤らめて俯いてしまう。

 

うん、可愛いな

 

カリスマオーラ全開の彼女も魅力的だが、こういう少女らしい素顔の方が俺は好みだ。

 

「…おや、帽子のリボンが解けかかっているぞ?」

 

「へっ…?」

 

「どうやらお気付きじゃないみたいだから、結びなおしてやるよ、貸してみな」

 

そう言って、彼女から帽子を取り、リボンを直してやる。

何というか、こういうのを見ると、無性に放っておけない質みたいだ。

何でも良いから、直さなきゃ気が済まないというか…。

 

お節介な性格だよな(苦笑)

 

せっかくだから、結び方に一工夫してと…。

 

「……よし、出来たっと。 動くなよ」

 

「…………っ」

 

ジッとしている彼女の頭に、帽子を被せてやる。

 

「……あれ………角度が悪いな……………いや、こうじゃないな…………」

 

「………(ジトッ」

 

「………違うなぁ…………ダメだな…………これじゃ、気に食わん…!」

 

「……あんたって、以外に細かい性格してるのね…」

 

「やっぱりさ、身形はちゃんと整えなきゃダメだろ? 誰が相手でも、それだけは譲れない」

 

「そ、そう……」

 

時間にしてみれば、2、3分程であったが、彼女にすれば長く感じたかもしれない。

 

「……これで、いいかな?」

 

「やっとか…」

 

「レミィは綺麗な顔立ちだから、帽子一つでも雰囲気が変わってくるからな、美しさとカリスマを備えてこそ、レミリア・スカーレットの真骨頂だと思うな」

 

「何よ…、随分と褒めてくれるのね」

 

「お世辞じゃないよ」

 

「………っ」

 

フッと笑ったかと思ったら、また俯いてしまうレミリアさん。

 

「ねえ、祐助…」

 

「どうした?」

 

「こっち……」

 

彼女が手を差し出すから、俺が手を出すと、

 

「……うわっ!?」

 

突然、俺の手を取り懐へと身体を乗り出して来たのだ。

 

「はぁ、眠くなってきちゃったわぁ……」

 

「そっか…、何時もなら寝てる時間だったんだよな?」

 

「そうよ、貴方が来るのを待って、無理に起きてたのよ?」

 

「そんな無理せんでも、今夜幾らでも相手になったのに…」

 

「嫌よ、私にとっては……その………」

 

「えっ、何てか? 聞こえなかった」

 

「……な、何でも無いわよ、バカ!」

 

「はっ…?」

 

言いたい事があれば、はっきり言えばいいのに、誰かさんに似てるな。

 

「私の事をレミィと呼ぶのを許しているのは、パチェと貴方だけよ、分かってる?」

 

「ああ、光栄な事だな、君とそういう間柄になれたってのは、里の人間では俺が初めてじゃないか?」

 

「そうよ、だから光栄に思いなさいよ」

 

「分かったって! 少しばかり恩着せがましいぞ…」

 

「当たり前だろ? 私は誇り高きスカーレット家の当主なんだぞ?」

 

「俺に寄りかかった状態でそう言われても、説得力がな…」

 

「う〜…」

 

フッ、そういうセリフはさっきの脚を組んで座っている状態の方が似合ってるのに、タイミングを逃したな(笑)

 

「祐助…」

 

「何だい?」

 

「しばらく、こうさせてよ…」

 

「まあ…、それは構わないが」

 

 

「………っ」

 

 

彼女は目を閉じ、程なくして寝息を立て始めた。

 

俺の胸に寄りかかっただけで寝れるなんて、器用なもんだ。

転げ落ちないように、軽く抱き締めてはいるが、背中の翼が邪魔だったりする。

 

レミリアさんとは、まだ数年の付き合いだが、此処まで気を許してくれる関係になるとはな…。

 

初めて出会った頃は、どうしたものかと随分と手こずったものだ。

紅霧異変の少し後だったな、慶治と平九郎の三人で、挨拶するという名目で紅魔館に乗り込んだのは。

 

本当に挨拶するだけが、腕比べと称してバトルになってしまい、

仕舞いには、俺とレミィとの闘いはガチの殺し合いにまで発展していた。

 

今考えてみれば、実に無茶苦茶であったな(苦笑)

 

そんな事があってか、お互いの実力を認め合ったおかげか、その後の紅魔館の住人との関係は良好である。

 

 

「はぁ、煙草吸いたいなぁ…、今吸ったら怒るかなあ?」

 

そろそろニコチンが切れそうで、煙草が吸いたい衝動に駆られ始めた時であった。

 

 

 

『コンッ、コンッ』

 

 

「どうぞ」

 

 

『ガチャ…』

 

 

「…あらっ、お休みになってしまいましたか」

 

扉が開くと、咲夜さんが替えのティーポットを持って入って来た。

 

「申し訳ありません、貴方に負担を掛けてしまったようで…」

 

「気にするな、これが初めてじゃないだろ?」

 

「しかし、祐さんはお客様だから、それは…」

 

「大丈夫だって、でも、このままじゃよろしく無いよな」

 

寄りかかっているレミィをそっと起こし、お姫さま抱っこしてやる。

 

軽々と持ち上がるんだけど、身体は大丈夫なのか…?

 

「大丈夫なの?」

 

「俺は大丈夫だが、レミィは大丈夫なのか? やけに軽いんだが…」

 

「お嬢様はそんなものですわ、私でも軽く抱っこ出来るから」

 

「そーなのかー」

 

「………っ」

 

スベった感が半端ない…orz

 

「……まぁ、ともかく、部屋まで送って寝かせておくよ」

 

「1人で大丈夫?」

 

「そこも心配ご無用、勝手知ったる他人の家だ。君は仕事に戻ってくれればいい」

 

「そう…」

 

「それじゃ、失礼するよ」

 

寝ているレミリアさんを連れ、客間を出ようとすると、後ろから声を掛けられる。

 

「ねえ、祐さん」

 

「うん…?」

 

「後で……時間ある…?」

 

「予定は無いけど?」

 

「良かったら……私と………その……」

 

「あっ、何だって? よく聞こえなかったんだが?」

 

「あ……あの………別に………」

 

「はっきり言えよ…」

 

「………っ」

 

何かを言いかけたのだが、俺が素っ気ない返事をしたら、寂しそうに俯いてしまった。

 

少しばかり、意地悪が過ぎたかな。

 

「君の時間が空くのは、夕方の前だっけな?」

 

「えっ…?」

 

「その時間になったら、君の部屋に伺うよ。 ゆっくり世間話でもしようや」

 

「あ……ええ!」

 

それを聞いた咲夜さんは、寂しそうな表情から一転、とても明るい表情で答えた。

 

全く、素直じゃないな…。

 

難しい年頃なんだな、霊夢や魔理沙にも同じ事が言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…、此処だったよな」

 

館内を歩くこと5分、ようやくレミリアさんの部屋に到着。

咲夜さんよ、術解いてくれないかな?

無駄に広すぎて、訳が分からなくなるわ。

 

扉を開けると、豪華な装飾が成された内装が見える。

 

一つ、掻っ払いたい位だ。

 

「よいしょっと…」

 

彼女を、ベッドに寝かせる。

 

寝間着にさせた方がいいのだが、後が怖いから靴だけ脱がせてやる。

 

「帽子は取ってと…」

 

掛け布団を掛けてやって終了です。

 

何事も無かったかのように眠り続けるレミリアさん。

 

「寝顔は可愛いもんだ、とても500年以上生きているなんて思えない」

 

彼女に限った話では無いが、幻想郷の人型妖怪、特に女は、何奴も美女揃いだ。

 

鈴仙さんもそうだし、紫さんや藍さんもだ。

他にも、雛さんも秋姉妹もそうだし、はたてさんもなかなか。

聖さんや神子さんも良かったし、天子も美形だったな。

鬼なら、萃香さんや勇儀さんもそうだよな?

 

言い出したらキリが無い。

 

普通に考えれば、おかしいよな、このシチュエーションは。

 

それとも、俺の知り合いの妖怪が、美女揃いなだけなのか?

 

「まあ、深く考える必要も無いか…」

 

そう、これは偶々なんだ。

 

共通してるのは、過去に異変や騒動を起こして、霊夢に粛正されたヤツらって事か。

中には、巻き添えを食らった可哀想な妖怪もいたが。

 

その事で、霊夢と魔理沙に説教してやった事も数知れず。

 

「フッ…、俺も物好きだよな…」

 

何故か自虐的な笑いが出た。

今のこんな状況、あの頃の自分には想像が付かなかっただろうな。

 

「レミリアさん…」

 

眠っているレミリアさんに、無意識のうちに歌を歌っていた。

 

 

「通りゃんせー 通りゃんせー

こーこはどーこの細道じゃー

天神さまの細道じゃー

ちーっと通して下しゃんせ

ご用のないもの通しゃせぬ

この子の七つのお祝いに

お札を納めにまいります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも通りゃんせー 通りゃんせー……」

 

 

……ダメだ、自分で歌っておきながら、まただ……

 

 

あの時の悪夢が、脳裏に……

 

 

この感じ……嫌だ…!

 

 

思い出すな!

 

 

気が滅入るだけだ…。

 

 

耐えきれなくなり、俺は駆け足で部屋を出た。

 

外の空気を吸おう、落ち着こう。

 

今は、楽しい事だけを、考えよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐助……」

 

 

「どうして貴方は………その歌を歌う時の貴方は…………」

 

 

「そんなに、悲しい顔を……するの……?」

 

 

彼が出て行った部屋で、1人呟くレミリア。

 

その声は、誰にも届いていない。

 

彼女は、布団を握り締め、悲しみの表情で、その方向を見つめていた。

 

 

 

続く・・・。




この主人公って、フラグ体質なんだと思う。
無意識ってのが、質が悪いかもしれないw

ご都合主義な展開になっているのは、否定しない^^;

でも、執筆している側は楽しいっすw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅魔館の住人達 中編

まだまだ、祐助の苦難は続く…。


妖メ「……それでね、そのトラブルを美鈴さんに見て貰ったら、同じミスしちゃってさー…」

 

妖メ「あれは凄い有り様だったよねー」

 

妖メ「メイド長には大目玉だったし、散々だったわよ…」

 

妖メ「任せた相手が悪かったのかなぁ…?」

 

妖メ「ホフゴブリンの方が使えるなんて、失礼しちゃうわ!」

 

祐「ふーん…、みんな苦労してるんだなぁ」

 

 

あれから俺は、気分転換に外へ出て、玄関付近で煙管を吹かしていた。

適当な所で吸うと、咲夜さんが怒るから、場所はちゃんとわきまえている。

 

そうしていると、俺の姿を見た妖精メイドが寄って来て、雑談が始まった。

最初は1人2人だったのが、気が付けば、10人近くに囲まれていた(汗)

 

みんな妖精らしく容姿は可愛らしいのだが、会話の内容は以外というか、結構腹黒い。

普通の雑談が、何時の間にか愚痴り大会に暴露大会、悪口連発になっていた(滝汗)

 

 

何でも、メイド長やお嬢様のせいにするなよ。

自分達が仕事が出来てないから、怒られるんだろ。

 

そう突っ込んでやったが、あー言えばこう言うで、埒があかない。

 

やっぱり、妖精なんだな…。

 

そんな話を、煙管を吹かしながら黙って聞いていたが、いい加減ウンザリしてきた。

 

でも、こんな時でなきゃ、こんな話は出来ないんだろうな。

 

…ええ、最後まで聞いてやりましたよ、俺ってお人好しだから(苦笑)

 

 

祐「…まあ、君達の言い分も分かるが、何故メイド長が怒るのかも考えなきゃダメだよ」

 

妖メ「何でだろう…」

 

妖メ「ちゃんとやってるつもりなんだけど…」

 

妖メ「私、分かんなーい」

 

祐「真面目に考えろよ…」

 

咲夜さんの苦労がよく分かるわ。

 

妖メ「でも、祐さんは私達の味方だよね!」

 

妖メ「そうよね! 前の時は私達の為に一肌脱いでくれたもんね!」

 

妖メ「だから、祐助さん大好き!」

 

祐「はぁ、都合のいいヤツらめ、そういう事は覚えてるんだな…」

 

そんな口車に乗せられる自分も、どうかとは思うが。

 

 

…気が付けば、30分以上は妖精メイド達と話をしていた。

そろそろ、次の所へ行こうかね。

煙管の灰を落とし、煙管入れへと仕舞う。

 

祐「さあ、お喋りは終わり。 お開きにしようか」

 

妖メ「ええー、もう終わり?」

 

妖メ「もっとお話しようよ!」

 

妖メ「祐さんとのお話楽しいから、もっとしたーい!」

 

祐「出来れば、ずっと談笑してたいところだが、一応君達は仕事中だろ?」

 

全員「うっ…」

 

祐「何時までも、こんな所で油を売ってると、メイド長にピチュられるぞ?」

 

妖メ「それは、嫌です…」

 

祐「だろ? また相手になってやるから、仕事に戻った戻った!」

 

妖メ「はあ、仕方ないわ…」

 

妖メ「でも、また話し相手になってね!」

 

祐「ああ、またな」

 

妖メ「約束だからね!」

 

全員「じゃあね、祐さん!」

 

俺に手を振りながら、妖精メイド達は館へと入って行った。

 

さっき、ピチュるってキーワードで、彼女達の表情が変わったが、どうやら思い当たる事があったらしいな。

 

咲夜さん、こえーわ(棒)

 

…少しは、気分転換になったかな?

 

「さてと、俺も行くか」

 

玄関の扉を閉め、次の目的地へと向かう。

 

紅魔館に来たからには、やっぱり大図書館には行っておかなきゃな。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「着ーいた」

 

この大図書館までの距離も、地味に遠い。

もう少し、館の設計考えろよ…。

 

大図書館の入り口は、大きな扉になっているが、思いの外軽く開くのだ。

きっと、体の弱いパチュリー専用設計になっているに違いない。

 

「そんじゃ、お邪魔しますっと…」

 

ゆっくりと扉を開くと、既に陳列された本棚が天高く聳えていた。

 

「ひんやりしてる…」

 

外の陽気とは裏腹に、この場所は冷たい空気で覆われている。

 

ちなみに、夏場は避暑地として活用したりもしている俺氏。

だって、此処って真夏でも涼しいんだもん(^ω^)

逆に、冬場はかなり厳しい環境に化する。

 

そんな下らない事を考えながら、図書館の中を歩く。

 

コツッ、コツッと、靴音がよく響く。

 

「さて、そろそろ彼女のお出ましかな?」

 

此処に来ると、何時もハイテンションで歓迎してくる悪魔がいる。

 

 

「祐さ―――ん!!」

 

 

噂をすれば、来やがった!

 

 

「捕まえた!」

 

「うおっ!?」

 

俺が振り向ことした時には、後から抱きついてきた。

 

「待ってたのよ! 今日来るか、明日来るかって、指折り数えて疲れたんだから!」

 

「そうか、それは悪かったな」

 

「ううん、こうして祐さんの顔が見れたから、私は嬉しいわ!」

 

「ああ、俺も君の綺麗な顔が見れて嬉しいよ、リトル」

 

彼女は小悪魔、パチュリーさんの使い魔で図書館の司書である。

皆からは「こあ」という愛称で呼ばれているが、俺はリトルと呼んでいる。

深い意味は無い、多分…。

 

「それより、ちょっと抱き付き過ぎだ、胸が当たってるって…」

 

「フフフッ、私の身体って魅力的でしょ? プロポーションには自信があるんだから!」

 

「ま、まぁ、確かに魅力的ではあるが…」

 

「でしょ? だから、私と付き合ってよ! そしたら、毎日好きなだけ抱きつけるわよ?」

 

何を言い出すんだ、この悪魔は。

しかも、その台詞は聞き飽きたし。

 

「何回言わせるんだよ、俺は人間だ、悪魔と乳繰り合う趣味は無いんだ」

 

「そんなあ! 私は悪魔だけど、同時に女よ? 私に女の魅力が無いって言うの?」

 

「いや、そうじゃないが…、それとこれとは別問題だし…」

 

あーもう、面倒くせー。

 

「悪魔だって恋するの、私は貴方に恋してるの…」

 

「あっそう…」

 

「あっ、待ってよぉ!」

 

何かバカバカしい…

さっさと行こ……

 

「ねぇ〜、待ってったらぁ!」

 

「おい、あんまり抱き付くなよ…」

 

懲りもせず、俺の腕に抱きついてくる嫌らしい悪魔。

悪い気はしないが、人外って時点でいけない。

 

いずれ、成敗しなきゃならないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー様、祐助さんが来ましたよ」

 

「あらっ、随時久しぶりね………って、貴方達……」

 

久しぶりに会ったってのに、パチュリーさんにジト目で睨まれた。

 

そりゃそうだ…

 

小悪魔は、俺にベタベタと体を引っ付けてきており、まるで恋仲……

 

………違う! それは違うぞ!?

 

「何ですかパチュリー様? 仲のいい2人を見て嫉妬してます?」

 

「そ、そんな訳無いでしょ!」

 

「またまたぁ…」

 

「おい、リトル! 誤解を招くような事を言うな!」

 

「本当の事でしょ? 私と祐さんは仲良しだって事は!」

 

「それは、あくまでも友人としてだ、決して君が考えているような…」

 

「またまた祐さんったら、恥ずかしがらなくたって…」

 

「だーかーら! 違―――う!!」

 

この勘違い悪魔を何とかしなければ…。

しかし、相手は色気の攻撃だけで俺にけしかけている。

暴力で対抗する訳にもいかない。

 

「小悪魔、いい加減にしなさい! 祐助が困ってるでしょ!?」

 

「困ってなんかいませんよ! ねえ祐さん♪」

 

「えっと………実は言うと…」

 

「えっ? 何か言ったかしら?」

 

「うえっ…、何でもない…」

 

否定しようとしたら、恐ろしい程の威圧的な笑みを浮かべて俺を見つめていた。

正に悪魔と言うべきものであり、これが彼女本来の姿なんだろう。

 

はぁ…、否定するのは止めて、話題を逸らそう。

 

「なあ…、リトル」

 

「なぁに?」

 

「この前読んでた本の続きが読みたい、持って来てくれないか?」

 

「もちろんです! 喜んでお持ちします!」

 

いとも簡単に、言われるがままに本を取りに飛び上がって行った。

それを見届けた俺、力が抜ける思いであった。

 

「とりあえず、助かった…」

 

「貴方も苦労するわね…」

 

「何故こうなったのか、俺にも分からん…」

 

「あの子の性癖も困ったものね…」

 

「全くだ…」

 

パチュリーさんの目の前で気まずかったが、とりあえず普通に接した。

 

「まあ、それはともかく、久しぶりだね、パチュリーさん」

 

「ええ、お久しぶりね、祐助」

 

「しかし…、魔法の研究も良いが、偶には外に出なよ、今日は快晴だぜ?」

 

「そうみたいね……けど、今は大事なところなのよ、そうもしてられないわ」

 

「それは研究熱心な事で…、此処座らせて貰うよ」

 

「ええ、どうぞ」

 

パチュリーさんの正面にある椅子に座り、山積みにされた魔導書を手に取りに、パラパラと目を通してみる。

 

 

……やはりというか、全然読めない。

 

実を言うと、以前に小鈴ちゃんに英語を教えて貰い、多少は読み書きが出来るのだが、この魔導書は英語では無いみたいで、全く解読が出来ない。

 

まあ、俺みたいな只の人間には、出来ない方がいいのかもしれない。

 

「…さっきから魔導書ばかり読んでるけど、分かるの?」

 

「読めてるように見えるか?」

 

「いいえ」

 

「やっぱり、俺みたいな凡人には、この内容を理解する事は出来ないみたいだ」

 

「大丈夫よ、貴方が本気で魔術を学ぶ気があれば、すぐに開花するわ。 魔理沙だって出来たんだから」

 

「遠慮しとくよ、魔法使いも結構苦労しそうだからな、君やアリスを見ていると、本当にそう思ってしまう」

 

「苦労するなんて事は無いわ、体は弱くなるかもしれないけど…」

 

「それは困る、健康な体は一生の宝物だぞ? 健康は疎かにしてはなりませんよ」

 

「平気よ、その為の魔法でしょ?」

 

「そういう割には、君の身体は相変わらず、ひ弱なままに見えるんだが?」

 

「失礼ね! ちゃんとその為の研究はしてるわ!」

 

「本当に?」

 

「本当よ! 現に今その実験をしようとしていたのよ」

 

「……えっ!?」

 

「知っての通り、私は喘息持ちだけど、それを改善し尚且つ肉体強化を図る魔法があるの。 その実験に成功すれば魔法だけでなく、貴方みたいに格闘技も出来るようになるわ」

 

「何? 格闘技だ? ……プッ!」

 

それを聞いた瞬間、笑いを堪える事が出来なくなった。

 

「な、何よ? 私おかしい事でも言った?」

 

「ハッハッハッハッ…! おかしいも何も…、君に格闘技なんて似合わねえよ!」

 

「むきゅ〜!」

 

「だってさぁ、『緋想天』の時だって、みんな弾幕と体術を駆使していたのに、君は大した体術も使わず魔法で凌いでいたじゃん? それが、今頃になって肉体強化に格闘技だって? マッチョな体で飛び蹴りを繰り出す君を想像出来ないんだが? 違和感あり過ぎてマジで似合わん。ていうか、今更遅過ぎはしませんか、パチェ?」

 

「くぅぅぅぅ…、好き勝手言ってくれるわねぇ…!」

 

「君は、今まで通り精霊魔法を使った弾幕戦法が、お似合いだよ」

 

「そういう訳にもいかないわ! それだけじゃ、何も進歩が無いじゃない! 魔法使いは新しいものをどんどん取り入れて行かなきゃ、それでお終いなのよ!」

 

「それで、肉体強化な訳?」

 

「これは、その一環よ!」

 

そう言うと、彼女は一つのフラスコ瓶を目の前に置いた。

中には、何やら怪しい色をした液体が入っている…。

 

「何だそれ…?」

 

「私が作ったマジックポーションよ、これを飲めば肉体強化が出来て妖力や霊力も強化出来る優れものよ」

 

「へえ………あ、あのさ………嫌な予感しか、しないんだが……」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「えぇぇぇ……」

 

知らねえぞ、マジで。

 

「試しに、貴方飲んでみる?」

 

「遠慮しとく、そんなモノを飲まなくても、普段から鍛えてるから不足は無いし、魔法に依存はしたくない」

 

「その鍛えた体を更に強化出来るのよ? そしたら、貴方は無敵になるかもしれないわよ?」

 

「うわぁ……如何にも胡散臭せえ……」

 

はっきり言って、俺は魔法の類を信じていない。

どちらかというと、呪術的なものをずっと使って来たから、肌に合わないのだ。

 

「何よ胡散臭いって! いいわ、其処まで言うなら私が飲んでやるわ!」

 

「おいおい、無理すんなよ…」

 

「無理なんてしてないわ! 自分の作ったものには自信があるわ! 今からそれを証明してあげる!」

 

「いやさあ…、そんなに熱くならんでも…」

 

「私は冷静よ! よく見てなさい!」

 

普段は物静かな、あのパチュリーさんが、これほど熱くなっているのは珍しいかもしれない。

 

「そう言えばさ…君は以前、魔法薬の調合は苦手だなんて、言ってなかったっけ?」

 

「確かに得意では無いけど、出来ないとは言ってないわ」

 

「そんな事を言われたら、尚更不安要素しか無いんだが…」

 

「後で覚えてなさいよ…」

 

彼女は俺を睨みながらそう言って、フラスコ瓶の蓋を開ける。

 

……開けた瞬間から、凄い匂いがするんですけど?

 

「まさか…、それ全部飲む訳?」

 

「全部飲まなきゃ、効果は出ないのよ」

 

「……しつこいようだが、本当に大丈夫なのか? 見た目からしてヤバそうだから、止めた方が良いと思うんだけど…」

 

「クドいわ! 実行あるのみよ! この実験が終わったら、成果を見る為に勝負して貰うわよ!」

 

「えぇぇぇ!?」

 

成功を前提にしている時点で、どうかと思うが。

 

「さあ、行くわよ!」

 

「…………っ」

 

「せいっ!(グビッ、グビッ!」

 

「あっ……」

 

マジで飲んじゃった…。

 

「………ぐっ…ゲホッ、ゲホッ…!」

 

「…それ、味はどうなんだ?」

 

「美味しい訳無いでしょ! このリアクションが美味しそうに見える!?」

 

「そんなに怒るなよ…」

 

人が心配してるのに、酷い物言いだよな。

 

「………うぅぅ……」

 

「効果が出るには、少し時間が掛かるのかい?」

 

「いいえ…、そんなに時間は掛からない…はず………」

 

「………?」

 

「………っ」

 

「………パチェさん?」

 

「………ぐぇぇぇ……」

 

「あの…ノーレッジさん、大丈夫かい? 何だか顔色が優れないように見えるんですが?」

 

「うぉぉぉ……」

 

「お、おい…、大丈夫かよ…」

 

明らかに、彼女に異変が起きている。

 

「パチェ…?」

 

「ぶふほぉぉぉ!!(ドテッ」

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

何かに耐えれなくなったかのように、パチェは激しく嘔吐し卒倒してしまった。

 

「あの……パチュリーさん…? パチェ…?」

 

「…………」

 

「お…、おい! パチェ! どうしたんだよ? しっかりしろ!おい!」

 

「…………」

 

倒れたパチェを抱き起こし声を掛けるが、反応が無い。

 

「パチェ!パチェェェェ!! 起きろ! 目を開けろ! 本当にどうしちまったんだよ!? おい!おいったら!!」

 

「…………」

 

「あぁぁぁぁ……だから言わんこっちゃない! どうしよう…これはヤバい、ヤバ過ぎるぞ!?」

 

みるみるうちに顔色が青くなり、生命反応が薄れていく彼女を見て、流石の俺も動揺してしまう。

 

「あ、あぁぁはぁぁ………パチェ、死ぬなよ……自分の作ったマジックポーションで三途の川を渡るなんて、笑えねえだろ……どどどどどなんしよ……」

 

何とか落ち着こうとしても、目の前の状況にあたふたするばかり。

 

俺、何て情けないんだ…。

 

「落ち着け…こんな時は……そうだ! リ――ト――ル――――!!!」

 

「は―――い!! 今行きま―す! 少々お待ち下さ――い!!」

 

そうだよ、こんな時こそ使い魔に何とかして貰おう。

 

大声で呼んでから少し間が開いて、小悪魔が本を抱えて降りて来た。

 

 

「お待たせしました祐さん! これで私達水入らずで……」

 

「それどころじゃないんだリトル! パチェが…」

 

「へっ? パチュリー様が………って、えぇぇぇぇ!?」

 

その状況を把握したリトルの表情が、青ざめる。

 

「パチュリー様! 一体どうなされたのですか!?」

 

俺の代わりに彼女を揺さぶるが、パチェの反応は全く無い。

 

「祐さん! パチュリー様はどうしちゃったんですか!?」

 

「えっとな…、肉体強化のマジックポーションを飲んだら、吐き出して卒倒してしまったんだ…」

 

「えぇっ!? あれを飲んだの?」

 

「あ、ああ、そうなんだ…、一応止めたんだがな……」

 

「もう! あれは失敗したかも知れないから、作り直さなきゃって自分で言ってたのに!」

 

「な、何? 失敗!?」

 

「そうなのよ、あれを作る工程で、調合する材料を間違えたみたいで…、私は見てなかったからハッキリとは分からないけど、失敗かもしれないからって、使わずに保留にしてたんです」

 

「それじゃ、何でそんなものを飲んだんだよ?」

 

「恐らくだけど、何かの手違いで…」

 

「何かの手違いって、モロ自分のミスじゃねぇか…」

 

「…とにかく、このままじゃいけないわ! 私は治療の用意をしますので、祐さんはパチュリー様を部屋に運んで下さい!」

 

「よし、分かった!」

 

一刻を争う事態に、リトルの言う通りに彼女を部屋に運んだ。

 

パチェも軽いな、大丈夫なのかよ…。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

それからしばらくの間、リトルはパチュリーさん治療に躍起になっており、俺は彼女の手伝いをしながら部屋の片隅で静かに見守っていた。

 

解毒薬と魔法を使い、彼女の様態を安定させているのだと思う。

少しだけ、顔色が良くなってきているように見える。

 

ざっと、1時間以上は掛かっているだろう。

 

 

「…………ふぅ、どうにか落ち着きました…」

 

「そうか…、いやぁ、大変だったな…」

 

「もう! パチュリー様もせっかち過ぎるわ! ムキになって失敗作の薬を飲んじゃうなんて…」

 

「全く、一時はどうなるかと、冷や汗掻いたぜ…」

 

「もう大丈夫だとは思うけど、しばらくは安静が必要ね」

 

「そうか、そういう事なら少しは安心したよ、それじゃ……」

 

頑張った彼女に、紅茶を淹れてやろう。

ささやかな労いって事でな。

 

「リトル、ご苦労さん。 紅茶を淹れてやったよ、座って飲みな」

 

「えっ? 祐さんが、私に……?」

 

「何だよ、俺が紅茶を淹れちゃ、おかしいのか?」

 

「………はっ!? そんな事無い! 嬉しい! 本当に嬉しいわぁ!!」

 

一瞬恍惚な顔をしていたが、直ぐに正気に戻った彼女は満面の笑みでティーカップを受け取り、椅子に腰掛けると、静かに飲み始めた。

 

「美味しい…、祐さんの淹れた紅茶、とっても美味しいわ…!」

 

「大袈裟な…、俺は淹れただけだ、茶葉のブレンドは咲夜さんの仕様だよ」

 

「いいえ、祐さんの淹れ方には愛情がこもってます! こんな紅茶が飲めて私、嬉しくて涙出そうです…」

 

「お前ってヤツは…」

 

ニコニコしながら目に涙を溜めるリトルを見て、複雑な気分になる。

 

べた褒めしてくれるのは嬉しいが、それはやっぱり勘違いから来ているものなんだろうな。

 

「…一旦、俺は出るからな、煙草が吸いたくなった」

 

「えぇぇぇ!? 行っちゃうの〜!?」

 

「此処は禁煙なんだろ?」

 

「当然です! パチュリー様は喘息持ちなんですよ!?」

 

「それじゃ、尚更外に出なきゃならないよな」

 

「うぅぅぅぅ……」

 

さっきまでの笑顔とは対照的に、今度はとても寂しそうに俯き目を赤くしている。

 

何で、そうやって後ろ髪を引くようなリアクションをするんだよ。

 

ワザとやってないか、コイツ?

 

「そんな顔するなよ、今日は泊まっていくつもりなんだから、後で相手になってやるよ」

 

「ほ…、本当なの?」

 

「もちろん。但し、友人して付き合うだけで、決して君が考えているような事は………」

 

「嬉しいぃぃ! 祐さ――ん」

 

「うぉっ!? おい、最後まで話を聞けって…」

 

「ううん、聞かなくたって分かってるぅ♡」

 

俺に抱き付き頬擦りする破廉恥な悪魔。

此処まで来ると、もはや勘違いとかの問題では無い。

 

はっきり言って、変態である。

 

「…もういい! それ位にして、パチュリーさんの看病に戻ってくれ」

 

「は――い!」

 

ようやく俺から離れてくれた悪魔。

クソッ…、良い香りだけ漂わせやがって…。

 

邪念を振り払い、急いで部屋を出ようとすると、またリトルが声を掛けてくる。

 

「パチュリー様が回復したら、また来てね! 待ってるわ♪」

 

「………………知らねっ」

 

相手にしたくないから、ボソッと捨て台詞を吐いて扉を閉めてやった。

 

 

やっと解放された俺は、館の長い廊下を歩いていた。

 

「もう疲れたよ……」

 

数少ない窓から外を見ると、お天道様はまだ高い位置にある。

まだ夜にもなってないのに、この疲労感…。

 

冗談じゃねーよ!

 

ここの住人は、俺を殺すつもりなのか?

 

だったら行くなよっと突っ込まれそうだが、俺のお人好しは死なんと直らないらしい(苦笑)

 

なるようになるか…。

 

「とにかく、早いとこ一服したい…」

 

足早に廊下を進む…

 

ひたすら長い廊下を歩く…

 

妖精メイドとも、ホフゴブリンともすれ違いもせず、館内はとても静かだ。

 

まさに、今は自分だけの空間。

 

鼻歌でも歌いたくなる気分を何とか抑え、玄関へと向かう。

 

そして、出口までもう少しという所、廊下の曲がり角を曲がった時であった。

 

 

「やっと一服出来る………………っ!!?」

 

 

視界に入って来た光景に、俺は驚愕し絶望した。

 

 

「あっ………」

 

 

「嘘だろ………」

 

 

何故だ……

 

何で、このタイミングでなんだよ!

 

 

「祐……助………?」

 

 

目の前に居たのは

 

 

「フ…フ……フランドール……」

 

 

最凶の我が儘吸血鬼の妹だった。

 

どうしてだ? 今、寝てる時間じゃないのかよ!?

ウロウロしてないで、布団に入ってくたばってろよ!

 

 

「祐助だぁぁぁぁぁ!!」

 

 

「ま、まさか……」

 

 

悪夢の光景が脳裏を過ぎる。

 

 

「祐助! 会いたかったよぉぉぉぉ!!」

 

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 

やっぱり、来やがった!

 

ここで、トドメ刺されるのか?

 

「ち、チクショー!」

 

もういい、どうにでもなりやがれ!

 

「ゆ―すけ――!」

 

「それに対抗するには…」

 

突進して来るフランを抑えるには、結界しか無い。

 

 

「フランドール専用、多重防御結界!!」

 

 

即座に、懐から博麗札を出し、その霊力を利用した結界を発動する。

 

一応、説明をさせて貰います。

 

これは俺が使える最大の防御結界だ。

こいつを編み出すには、結構な苦労を要した。

その甲斐あって、今では霊夢でも簡単には破れないご立派な仕様に仕上がっている。

 

こんなものを作るハメになったきっかけ、原因は…、

 

もちろん、目の前の吸血鬼である。

 

 

「わ―――い! ヒャッハ―――!!」

 

 

『バキーンッ』

 

 

頼むぜ、抑えてくれ!

 

 

『バリーンッ!』

 

 

うわっ、厳しいなぁ…。

 

 

「トイェェェェイ!」

 

 

『バカーンッ!』

 

 

おいおい、マジか!?

 

 

『ドゴーンッ!』

 

 

何事も無いかの如く、結界を破りながら突進して来る悪魔の妹。

 

冗談キツいぜ…。

 

 

「祐助、抱っこぉぉぉ!!」

 

 

『バコーンッ!』

 

 

何だよ! 全然スピード落ちねー!

 

 

『ドカーン!』

 

 

「わ―――い!」

 

「そんな…、こんなに固い結界を破壊して来るって、お前何なんだよぉ!?」

 

「抱っこしてぇぇぇぇ!」

 

「やべぇ! 来ちまう!?」

 

 

何故だ? 何時もならもっと抑えられる筈なのに、今日に限って全然効いてない?

 

残された結界はあと数枚。

 

奴の勢いは、まだまだ衰えていない。

このままでは、間違い無く死亡フラグだ。

 

 

「祐助ぇぇ! 遊ぼ―――!!」

 

 

「それ、遊びじゃねぇ! 殺人だぁ!」

 

 

どうするよ俺!

 

こうしてる間にも、奴は迫ってきている。

 

ピンチだ! 最大の大ピンチだ!!

 

此処からの反撃は、かなり難しい。

 

間合いを取ってかわすのが精一杯だ。

何とか、動きさえ封じ込めれば…。

 

 

 

 

 

間合いを取る…?

 

 

 

 

 

動きを封じ込める…?

 

 

 

 

 

その瞬間、ある考えが俺の脳内で閃いた

 

 

 

 

 

「………フッ!」

 

 

 

 

 

どうしよう! 今日最大の大ピンチだぁぁ!!

 

 

 

 

 

……………ってか!

 

 

 

 

 

「フランちゃん……」

 

 

『ズドーンッ!』

 

 

「祐助ぇ! 祐さ――ん!」

 

 

もう、フランドールは目の前までに迫っている。

 

 

 

 

「舐めたら、えかんぜよ…!」

 

 

 

やっちゃえ、オッサン!!

 

 

 

 

 

続く……




やっちゃえ、オッサン!

忘れがちですが、主人公は30代半ばの設定ですが、自分の中では20代中頃の若々しい風貌のイメージです。

ついでに、鍛えているのでそこそこ厳ついです。

しかし、「酒井慶治」の 方がムキムキですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅魔館の住人達 続・中編

フランドールへの思い付いた対抗策とは?

残酷描写は無し、シリアスとS要素あり!


「わーい! 祐助ぇぇ!」

 

「これは、ギリギリだな!」

 

残り結界はあと3つ、一瞬の判断ミスが命取りになる。

持っていた鞄に手を突っ込みながら回避行動を取る。

 

 

『バリーンッ!』

 

 

「うおっと!」

 

最後の一枚、全ての結界が破られた瞬間に、フランの視界から消えてやる。

 

「ちょっと! 何で逃げるの?」

 

「逃げて当たり前だろ? そんなタックルまともに食らったら、即死だ! ……まぁ、他にも理由はあるがな」

 

「理由…?」

 

「直ぐに分かるぜ、その理由ってのはな……」

 

その時には、フランに向けて『それ』を構えていた。

 

「俺の勝ちだぁぁぁぁ!!」

 

 

カチッ!

 

 

パァァァァンッ!!

 

 

「へっ……きゃぁぁぁぁ!?」

 

見事に、罠に掛かった如くフランは網に掛かった!

 

そう、『天下の宝刀』ネットランチャーを使ったのだ。

 

「何これ!? ネバネバぁぁ?」

 

「君は初めてだったな、それはネットランチャーって言ってな、君のような狂暴なヤツの動きを封じる力がある便利アイテムなんだ」

 

「それって何? 私動けなくなるの?」

 

「現実に動けないだろ? しかも、その網は収縮自在でな、只単に力ずくだけは外せないし、下手に動くと逆に絡み付いて抜け出す事が出来なくなって悪循環に陥る仕様なんだ」

 

「うっそ!? そんなの嫌だよぉぉぉ!」

 

「言っておくがな、それは網の形状をしているから、君お得意の『きゅっとして、ドカーン』は通用しないと思うからな?」

 

「何それ、信じられない! 何でこんなものを持ってるのよ!?」

 

「決まってるじゃん、これもまたフランドール・スカーレット対策さ」

 

「ひどーい! 祐さんに騙されたぁ!」

 

何に騙されたんだよ。

まあ、フラン対策ってのは半分嘘だけど。

 

「さあ、脱出出来るもんならやってみな! ゆっくりギャラリーさせて貰うぜ」

 

「くぅぅぅ! こんなもの! えいっ! え―――いっ!!」

 

何とか脱出しようとするフラン。

 

しかし、既に自力での脱出は不可能と見た。

それに加えて、あの特殊な翼の形状が仇となり、恐ろしい程の絡まり具合になっている。

 

間違い無く、ルーミアと同じ末路を辿るだろうな。

 

「何なのよコレ! 全然解けなーい!?」

 

「フッフッフッ…」

 

悪い事を思い付いたぜ( ̄∀ ̄)

 

「…あと3分だな」

 

「あと3分? 一体何の話なの?」

 

「ああ、その網には酸化の作用があってな、一定の時間が経過すると酸化し出して、どんな妖怪でも骨の髄まで溶かしてしまうって、恐ろしい仕組みなんだ」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

「それでだ、その網が溶け出すまでのタイムリミットはあと3分だ。 早く脱出しないと……死ぬぞ?」

 

「いいいい嫌! そんなの嫌だよぉぉぉぉ!!」

 

嘘とは気付かず、顔が青ざめるフラン。

まんまとハマったな(ニヤニヤ

 

「早くしなよ! 残り2分20秒しかないぞ?」

 

「ひぇぇぇぇ!」

 

「頑張れフランちゃんよぉ!」

 

腕時計を見ながら、それっぽい雰囲気で急かしてやる。

真っ赤な嘘とも気付かず、慌てふためく彼女の姿はウケる。

 

少し考えれば、難しい事では無いのになぁ、妖怪は精神面がお留守だ。

 

「…このっ、このぉ! 何よこれ!? 祐助! そんな所で見てないで、手伝ってよぉ!」

 

「何で俺が手伝わなきゃならないだい? バカじゃねぇの?」

 

「この、裏切り者ぉぉぉ!」

 

「知らんがな!」

 

いいねえ、面白いぜ!

あたふたするフランを見るのは、実に愉快だ。

 

「おーい、あと1分13秒だぜ? そろそろ網が熱くなってきただろ?」

 

「そんなぁ! 嫌だ、死にたくないよぉ!!」

 

「あっ…、網が溶け始めたな、フランちゃんよ、君も終わりだな、 バイバーイ!」

 

「嫌だぁ! 祐さん助けて! 熱いよお! 溶けちゃうよぉ」

 

うわぁ、マジで真に受けてやがる。

 

……超ウケる(笑)

 

「俺、煙草吸いたいから行くわ」

 

「ああ! 待ってよ! 行かないで!」

 

「退きなフラン! ほな、さいなら!」

 

「きゃぁ!? お願いだから祐助……うわぁっ!?」

 

俺に寄り付こうとしたフランを押し退けて、玄関へ向かう振りをしてみる。

後を追おうとした彼女は、ルーミア同様に足を絡めてずっこけた。

 

「大丈夫だ、骨は拾ってやる」

 

「それじゃ遅すぎるよ! 骨になる前に助けてよ! お願いだから………うわぁぁぁぁぁん!!」

 

ついに泣き出したか

それじゃ、仕上げだな。

 

「しゃーねーなぁ、お前を助ける方法は1つある」

 

「えっ!? 助かる方法があるの? 何でもするから教えてよぉ!」

 

「何でもするんだな?」

 

「うん、する! 約束するからお願い!」

 

「本当だな?」

 

「本当だってば!」

 

「それじゃあ、地面に両手を付いて『近藤祐助様、私が悪うございました。ですから、この網を取り除いて私を助けて下さいませ!』って言え」

 

「はぁぁぁ!? 何で私がそんな事言わなきゃならないのよ!? ふざけるなぁ!!」

 

「嫌ならいい、そのまま死ね」

 

「あっ! 待ってぇ!」

 

立ち去ろうとする俺を、彼女は必死で止めようとする。

これほど、上手く行くとはなぁ。

 

「…どうする? 言うか?」

 

「くぅぅぅ…………分かった!分かったわよ! 言えば良いんでしょう!!」

 

「分かったならやれ」

 

「………こ、近藤…祐助様……私は悪い子です……悪さばかりして…申し訳ありませんでした……ですから……この網を取り除いて私を助けて下さい……お願いします!」

 

「はい、よく出来ましたー!」

 

「うぅぅぅ…くっそー! もうやだやだやだやだやだやだぁぁぁ!!」

 

俺に言われるままにそう言ったフランは、悔しさからか羞恥心からか、両手で地面を叩きながら悔し泣きしていた。

 

うん、いい気分だ。

 

「こんな所、みんなに見られたら、私もう生きて行けないぃぃぃ!!」

 

「それは大丈夫だろ? みんな君の事をそんな風には見てないだろうからな」

 

「それって、どういう意味よ!?」

 

「あっ、網が溶けてる」

 

「へっ!? 嫌だぁ! 熱いよぉぉ!?」

 

「……バァカ!」

 

「……えっ?」

 

「そんな訳ねぇだろ? 網をよく見てみな」

 

「網………あれっ? 溶けてない? 何で?」

 

「当たり前じゃん、嘘なんだから」

 

「そ…、そんなぁぁぁぁぁ!!!」

 

フランの絶叫が館中に木霊し、ガラスが割れた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ほらっ、何時までも怒ってるんだよ、機嫌直せって」

 

「………フンッ!」

 

あれから、俺はフランに絡み付いた網を小柄で切り落として解放してやった。

 

解放された途端、彼女は泣きながら俺の胸にバタバタとパンチしてきた。

 

力は入れてないんだろうが、吸血鬼のパンチは痛い…。

 

そして、フランの部屋に行き宥めているのだが、彼女は相当ご機嫌斜めで、そっぽを向かれていた。

 

「あんなに上手く行くとは思わなかったんだよ、君もしっかり確認せずに真に受けたのが悪かったんだぞ?」

 

「そんなの分かる訳無いじゃない! あんな風に言われたら、誰だって信じちゃうよ!」

 

「フッ、世間知らずなんだな」

 

「もう、酷い! 祐助なんて大嫌い!!」

 

「そうか、別に嫌いになるのは構わないが…」

 

此処で一発、鞄から例のブツを取り出す。

 

「…うん、これは美味いな」

 

「えっ……?」

 

「人里で今流行りの最中だ、とっても美味しいのになぁ〜」

 

「あ…あぁぁぁ…ぁぁぁぅ…… 」

 

それを見たフランが、物欲しそうな顔で眺め始める。

吸血鬼は、基本的に食い意地を張るから、ちょろいもんだ。

 

「…何見てるんだよ、気持ち悪い」

 

「酷い! 私可愛いんだから! 気持ち悪くないもん!」

 

「あっそ」

 

「それでね……あ、あの………祐助……」

 

「うんっ?」

 

「た……食べ………たい……」

 

「何てか? もう一回言えや」

 

「わ、私も、それ食べたいぃぃぃ!!」

 

「俺の事が嫌いなんだろ? それじゃあ、お前にやるものは無い」

 

「うぐっ…」

 

この吸血鬼は、徹底的にイジメた方が面白かったりする。

 

「さっきは、折角だからってあげようかなって思ったが気が変わった、そんじゃあな」

 

「あっ、祐さん!?」

 

部屋を出ようとする俺を、フランが止める。

 

「何だよ、うるせーな」

 

「ち、違うの……違うのぉ!」

 

「何が違うんだ、はっきり言え」

 

「私、祐さんの事、嫌いじゃない、大好きなのよ!」

 

「……で?」

 

「だから…、そのお菓子食べたいなぁ……」

 

「お願いしますは?」

 

「――――――――っ!!」

 

何か言葉にならない悲鳴を上げたように思えたのは、気のせいか?

 

「あーもう! 私もそれ食べたい! お願いします、食べさせて下さい!」

 

「なんだ、ちゃんと言えたじゃないか、それじゃあご褒美だ」

 

「も―――!! 祐さんの意地悪! 意地悪ぅぅぅ!!」

 

俺が差し出した箱を奪い取ると、涙目で貪り出すフラン。

姉とは対照的であるな。

 

「むぅぅぅ! 美味しい! 美味しいわぁぁ!」

 

「おい、ゆっくり食えよ、喉に詰まる…」

 

「…………っ!? グホッ! ぐぇぇぇ!?」

 

あーあ、だから言わんこっちゃない…。

 

「おーい大丈夫か? 今お茶飲ませてやるからな」

 

「ぐぇっ、うげぇ…!(早く、お茶頂戴!)」

 

仕方ないから、水筒の緑茶を飲ませてやる。

 

「うぐっ、うぐっ……ぷはぁぁ……危なかった…」

 

「怒りに任せて目一杯口に詰め込めば、そうなるに決まってるだろ? 少しは冷静になれ、このバカタレが!」

 

「だってぇぇ…」

 

「だってもクソもない、フランちゃんは大人だろ? 少しはレミリアを見習って冷静な対応が出来なきゃダメだ」

 

「だけど、アイツも子供っぽいとこあるよ?」

 

「そ、それは……」

 

しっかり見てるんだな、そういう所は。

 

「…まあ、アイツを見習えってのは言い過ぎたが、せめて咲夜さんみないに物腰が落ち着いた女にならんとな」

 

「咲夜の真似は難しい…」

 

「そんな事は無い、君は最近じゃ、狂気が表に出る事も少なくなったし、その気になれば出来る子なんだよ」

 

「そうかな?」

 

「そうさ!」

 

彼女の頭を撫でながら、笑顔で応えてやる。

 

「現に、さっきあれだけ苛められても、最後まで狂気が出なかっただろ? 以前の君なら、間違い無くブチ切れていただろうが、それも無かった。随分と成長したな」

 

「あう……」

 

「ごめんなフラン、あんな悪戯してしまって…」

 

俺は、そっとフランを抱き締めた。

彼女は抵抗する事無く、静かに受け入れてくれた。

 

「ううん、祐助がそんな事する筈が無いって思ってた。 やっぱり、ただの悪戯だったんだね! 安心したよ!」

 

「ありがとな、フランちゃん」

 

俺とフランは笑顔で見つめ合っていた。

真正面から見られると、ちと恥ずかしい…。

 

「お詫びとして、今日は遊んでやるからな」

 

「えっ! 本当?」

 

「本当だとも、本日はお姉様の御要望で泊まり込みだ」

 

「わーい、やったー!」

 

「おいっ!? あんまりキツく抱きつくな!?」

 

彼女は大喜びで、俺に飛び付いてきた。

吸血鬼の馬鹿力で抱きつかれると、かなりツラい。

 

「約束だからね、弾幕ごっこしようね!」

 

「弾幕ごっこは嫌だ」

 

「ええ〜!? 祐さんとの勝負は面白いのにぃ!」

 

「こっちは全然楽しく無いんだよ、やる度に死ぬ思いしてるんだぞ?」

 

「ねぇ、少しだけでいいからやろうよぉ!」

 

これ以上は断りきれそうもないか、やむを得ない…。

 

「はぁ、しゃーねーな………それじゃあ、久しぶりにスペルカード攻略という弾幕ごっこをさせて貰いますかね」

 

「うん、いいよ! 何にする?」

 

「この前は、クランベリートラップを撃破したよな?」

 

「うん、見事にやられちゃった…」

 

「そんじゃ…、今日は禁忌『カゴメカゴメ』を攻略しようか」

 

「よーし、本気で行くからね!」

 

やべっ…、その気にさせてしまったかもしれない。

 

「分かったよ、その前に少し寝な。 今の時間は吸血鬼は寝る時間だろ?」

 

「別に眠たくないよー」

 

「ダメだ、後で相手になってやるから、寝なさい」

 

「むぅぅぅ…、はーい…」

 

そうやって、彼女をベッドに寝かしつけた。

 

この場は、何とかやり過ごせたな…。

 

「また、後でな」

 

「うん! お休み!」

 

手を振って見送られ、俺はようやく部屋を出れた。

 

「はぁ…、吸血鬼の相手は疲れるなぁ…」

 

やっぱり、人間相手の方が気楽でいいや。

 

さて、今度こそ煙草吸ってこよっと。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「………それでね、また魔理沙がマスタースパークで館の壁を破壊しちゃって、後片付けが大変だったのよ」

 

「アイツ、またそんな事をやったんか……しょうがねぇなぁ!」

 

「アイツは、何回言っても何か盗んで行くんだから、お嬢様もお冠よ」

 

「ははは…、君達の苦労が目に見えるわ…」

 

 

あれから、夕方前の約束の時間に咲夜さんの部屋に行くと、丁度部屋の前で鉢合わせした。

 

何という、グッドタイミング。

 

それからは、彼女と世間話をしたり、日常の愚痴を聞かされたりと、会話に花が咲いた。

 

俺と二人きりでいる時の咲夜さんは、何時ものメイド長の雰囲気とは違い、少女っぽい雰囲気で、砕けた話し方をし、脚を組んでリラックスした感じゆったり座っていた。

レミィの前や、来客がいる時にはまず見ることが出来ない、素の彼女が見れている。

 

 

「メイド長の仕事も大変だな。 只でさえ館の管理が大変な上に、君はこの先もずっとあのお嬢様に尽くして行くんだろ?」

 

「当然じゃない、私の理解者はお嬢様だけよ…」

 

「俺も、一応それなりに理解してるつもりだが?」

 

「祐さんは別よ、私が本音で話が出来る数少ない人だから」

 

「何だ、俺はストレス発散の的かよ…、でも少しは頼りにしてくれてるってか?」

 

「もちろんよ、お嬢様やパチュリー様相手にこんな内々な話は出来ないし、美鈴では話にもならないし」

 

「そ、そうか…」

 

メイちゃんの扱い、酷くないか?

 

「でもね、時々だけど、私も分からなくなる事があるの」

 

「分からなくなる?」

 

「その…、館の取り仕切り方でお嬢様は満足しているのかとか、仕事の進め方、館内の整理整頓、料理の味や来客の接待とか…」

 

「レミリアさんは、何か言ってたのか?」

 

「いいえ、余り大胆なお茶を淹れると突っ込まれる事あるけど、それ以外は何も……でも、時々冷たい位素っ気ない態度を取ることがあって、何かやらかしたんじゃないかって、不安になるのよ」

 

「……少し、考え過ぎじゃないのか? 咲夜さん」

 

「そうかな…?」

 

「そうさ、彼女はあんまり我慢をするような性格じゃないだろ? 不満があるなら、真っ先に君に言う筈だ」

 

「…………っ」

 

「俺は、君やレミィ達と付き合い出して、さほど長い時間は経っては無いが、良いところも悪いところも見て来たつもりだ、君はよくやってると思うな。だからさ、あんまり根を詰めすぎも良くないぞ?」

 

「でも……時々、寂しさを感じるの…、仕事に打ち込んでいる時は何も思わないのだけど、一段落して1人になった時に、無性に……」

 

「言いたい事は分かるよ、此処に人間は君しか居ないからな、後は吸血鬼だったり、魔法使いだったり悪魔だったりと…、そんな中で君は本当によくやってるよ、誰にでも勤まる仕事じゃないぜ」

 

「本当に大丈夫なのかしら…? 絶対に大丈夫だって自信が無くなる事が多々あって…」

 

彼女は俯いたまま、体が小刻みに震えているように見えた。

 

「心配しなさんなって、瀟洒なメイドだって所詮は人の子、ミスをする事だってある。 レミィはそんな細かい事を気にするヤツじゃないさ」

 

「で、でも、私は……」

 

「咲夜」

 

「えっ…?」

 

「レミィはな、以前こう言っていたんだ。『あの子の仕事ぶりはなかなかのものよ、あんな出来た人間とはこの先何百年経とうと、まず出会え無いでしょうね。 だから、咲夜との出会いはきっと私にとっては運命だったのよ、吸血鬼の狗だと蔑まれても、あの子は私に尽くしてくれる、何も言わずに私について来てくれてる。 そんな従者がいてくれて私は運が良いし幸せ者よ、きっと…』と、そんな事を漏らしたんだ。君がどれだけの期間彼女に尽くして来たかは俺は知らないが、少なくともレミィはちゃんと君の事を見ているんし期待もしているんだ、心配する事など何も無い」

 

「………っ!」

 

そこで、彼女の両手を握ってやる。

今の彼女の心理を考えれば、こうしてやれば多少は気持ちが落ち着くだろう。

 

「だから、これからも今まで通り、堂々と仕事をこなせばいいんだよ」

 

「お嬢様が、そんな事を……」

 

「もし、お嬢様に言えないような悩みや心配事があるなら俺が聞いてやる、俺に出来る事など僅かなものだが、それで解決出来るものなら、幾らでも協力してやろうじゃないか」

 

「ゆ、祐さん……」

 

「なぁ、咲夜」

 

「………っ!」

 

そう言ったら、彼女の表情が少しだけ緩くなった。

少々、キザな事を言ってしまっただろうか?

 

「……少しは、落ち着いたか?」

 

「うん…、祐さん…ありがとう…」

 

彼女は、顔を赤らめて礼を言った。

 

素直な所もあるじゃないか。

 

「咲夜の頑張りは俺も見てるんだから、誰にも文句なんて言わせんよ」

 

「は…はい……」

 

「それでいい」

 

握っていた手を離し、座り直す。

 

「ちなみに…、さっきの話はレミィには内緒だからな? 咲夜には言うなって念を押された話だったからな」

 

「言うなって言われて、喋っちゃったじゃない?」

 

「つい、口が滑っちまったよ」

 

「フフフフ……」

 

「ハハハハ……」

 

彼女にも笑顔が戻り、和やかな雰囲気になった。

やっぱり、咲夜には笑顔が良く似合う。

 

「約束しますわ、絶対にお嬢様には言わないから」

 

「頼むぜ」

 

「うん!」

 

「……それにしても、随分話し込んだな?」

 

チラッと腕時計を見ると、1時間は話していただろうか?

 

「あらっ、もうこんな時間になったのね、そろそろお台所へ行かなくちゃ!」

 

「そうか、これからまた大変だな…」

 

「ううん、祐さんとお話出来て、十分に気晴らしになったし、楽しかったわ、ありがと」

 

「喜んで貰えたなら、それでいいんだがな」

 

「また、話し相手になってくれる?」

 

「ああ、いいとも!」

 

その返事に、笑顔が零れる咲夜。

 

……不覚にも、萌えてしまった。

 

「では、私は仕事に戻りますから」

 

「仕事に戻る前に、部屋にだけ案内してくれないか? 荷物も置きたいし、汗も掻いたからシャワーも浴びたい」

 

「あっ! 申し訳ありません! まだ案内してませんでしたね…」

 

「なに、気にするな。 夕食までにはまだ時間あるだろ?」

 

「ええ、しばらくは掛かりますわ」

 

「その間に、色々済ませるさ」

 

「畏まりました」

 

そうして、咲夜さんの後を追って来客用の部屋へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「……ふぅ、いい湯加減だった、さっぱりしたぜ」

 

シャワーを浴び、汗を洗い流し、ベッドの上に寝転がる俺氏。

部屋にシャワールームが併設されてるとか、マジ羨ましい。

幻想郷は基本的に、外の世界で言う『インフラ』は整備されていないのだが、此処は外の世界のように快適に過ごせる。

パチュリーさんの魔法のおかげで、何の不足も無い。

 

うちも、無縁塚で拾ってきた電化製品を河童に魔改造してもらったり、河童の技術を活用して(無理矢理やらせた)現代的な生活が出来る環境を整えたが、これには及ばない。

 

それから、このベッド。

とってもフカフカで寝心地最高!

 

………ヤバい、一気に眠気が……

 

今日1日、色々あったからなぁ……

 

 

…………………………

 

 

………………………

 

 

……………………

 

 

…………………

 

 

…………助…

 

 

祐……助…

 

 

「ゆ――すけぇぇぇ!!」

 

「…はえっ!?」

 

「もう、何時まで寝てるの? もうご飯出来たよ!」

 

「はぁ……フラン…? ……飯……」

 

寝ぼけている所為で、頭が回らない…。

眠気眼で、今の状況を考える。

 

目の前にフランが居る、そして飯……

そっか、何時の間にか寝ちまってたんか。

 

「……スマン、すっかり寝込んでしまっていたようだ」

 

「もう、しょうがないなぁ…」

 

「申し訳ありません、祐さん」

 

「咲夜さん…?」

 

「夕食の準備が出来たから呼びに来ましたら、妹様と鉢合わせしてしまいまして…、お休みの所を強引な起こし方になってしまいました…」

 

「そういう事だったのか…、いやぁ俺も悪かったよ、全然気付かなかった」

 

「早く行こうよ! お姉様も待ってるよ!」

 

「妹様、強引に引っ張ってはいけません」

 

「構わんよ、行こうかフランちゃん」

 

「うん!」

 

そうして、フランに引っ張られ、3人で食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂に着くと、既にレミリアさんが座っていた。

 

「あらっ、やっと起きてきたの?」

 

「いやぁ、すまない。 すっかり寝ていた、待ったか?」

 

「ああ、凄い待ってたぞ? 怒鳴り込んでやろうかと思っていた所だ」

 

「そうか、それは悪かった…」

 

「ウッフフフフ……冗談よ、私もさっき来た所だから」

 

「うっ………全く、質が悪いぜ…」

 

「お姉様は、今日はずっとあんな感じなのよ、祐さんが来たから、ウキウキしてるっていうか」

 

「こらっ、フラン! 余計な事は言わないの!」

 

「本当の事じゃない?」

 

「だから…!」

 

「よせよ2人とも、もういいから」

 

「「むぅぅぅぅ…」」

 

姉妹で、火花散らしてんじゃねーよ。

仲が良いのか悪いのか、よく分からん。

 

「さあさあ飯にしようや、咲夜さんお願いするよ」

 

「はい、畏まりました」

 

咲夜さんが動き出すと、それにつられて妖精メイドも動き出す。

 

そして、料理が次々と目の前に置かれていく。

見るからに、美味そうな数々である。

 

「うおっ、美味そう! これが食いたくて紅魔館に来たようなもんだ!」

 

思わず声が出てしまう。

 

「何よそれ、まるで夕食だけ食べに来たように聞こえるわよ?」

 

「間違ってはいないよ、だってよぉ、こんな上手い晩飯、滅多に食えないだ、今日は最高だな!」

 

「当然じゃない、咲夜が作ったのよ」

 

「咲夜さん、ありがとう」

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

思わず、咲夜さんに頭を下げるが、仕事モードの彼女は素っ気ない返事であった。

 

しかし、彼女の作る料理は絶品だ。

これまで、永遠亭や命蓮寺、神霊廟や守矢神社、白玉楼や八雲家、神様の住居や、果ては地霊殿まで、色んな所で夕食をご馳走になって来たが、未だに紅魔館以上の美味しい夕食を俺は知らない。

 

最も、俺の好みの問題かもしれないが。

 

「それじゃ、いただきます…」

 

一応、周りの様子を伺いながら食事を始める。

既にレミリアさんとフランちゃんは食事を始めていた。

 

レミリアさんはともかく、フランちゃんも食事の時は上品な食べ方をする、そこら辺は流石である。

 

そして、彼女達が飲むものはワインであるが、勿論ただのワインでは無い。

人間の血入りの、吸血鬼専用のものである。

 

あれを見る度に、気分が萎えてしまう。

出来るだけ、気にしないようにはしているが…。

 

「……うんっ、美味いわこれ…」

 

一口、口に入れた瞬間に広がるこの味!

涙出そうになる位、美味しい。

 

紅魔館の住人と仲良くなって良かったと思える瞬間である。

 

「あらっ、パチェ?」

 

「うんっ?」

 

不意に聞こえたレミリアさんの声に顔を上げると、昼間卒倒した筈のパチュリーさんが丁度席に座った所であった。

 

「咲夜、私にもお願い」

 

「畏まりました」

 

「珍しいわね、貴女が夕食を食べに来るなんて」

 

「今日は特別よ、気が向いたっていうか…」

 

「パチュリーさんよ…」

 

「あっ……」

 

俺の呼び掛けに彼女がこちらを向くが、何処か気まずそうな感じだった。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「え、えぇ……大分良くなったわ……」

 

「ふーん……なぁ、リトルに聞いたんだが、あのマジックポーションは失敗作なんだってな?」

 

「ギクッ…」

 

「失敗作って、何の話なの?」

 

「パチュリー、また変な薬作ったの?」

 

「2人とも、少し黙っててくれ」

 

「「…………っ」」

 

多少、睨みを利かせたら、2人は静かになった。

 

「俺に突っ込まれて熱くなっていたからって、確かめずに間違って失敗作を飲んだのか?」

 

「あ、あの……それは……ちょっとした手違いよ……」

 

「あれから、どれだけ俺達が苦労したと思ってるんだい?」

 

「えっと……そんなに苦労したの…?」

 

 

『ドォーン!』

 

 

「ふざけんなテメェ!! この馬鹿たれが!!!!」

 

「ひぃっ!?」

 

余りにも白々しい態度に腹が立ち、思いっ切り机を叩き付け怒鳴りつけてやった。

 

「テメェがよく確認もせずに失敗作を飲んだせいで、どれだけ心配したと思ってんだ!? あの直後のお前は、冗談抜きで死にかけたんだぞ? それをリトルが必死で蘇生したんだ、一時間以上付きっきりでだ! もし処置が上手くいってなかったら、貴様は本当に死んでたんだぞ! 少しは自覚してんのか!? 自分のミスが原因で大事な従者を悲しませる事するんじゃねぇぞ! 分かってんのか、この馬鹿たれがぁぁぁぁ!!!」

 

「ご…ご……ごめんなさい……」

 

力一杯罵倒雑言を並べてやると、彼女は俯きながら掠れそうな小声で詫びを口にした。

 

「「「………………っ」」」

 

その様子を見ていたレミリアさん、フランちゃん、咲夜さんは、唖然として見ていた。

ていうか、ちょっと引き気味だった。

 

僅かな時間だったが、沈黙がその場を支配した。

 

「……別に、俺に謝らなくてもいいから、リトルを労ってやれ」

 

「え、えぇ……本当にごめんなさい……」

 

「…俺も、大きい声出して悪かった」

 

「………っ」

 

「リトルはどうした?」

 

「私が起きた時には横で眠ってたから、ベッドに寝かしておいたわ」

 

「そっか、ならいいんだが………食べなよ」

 

「ええ……」

 

俺がそう言うと、彼女は出された料理を静かに食べ始めた。

 

「皆さんお疲れ様でーす! 私も夜ご飯食べさせて………って、あれ…?」

 

そこへ、タイミング悪くメイちゃんがやって来た。

場の空気を読んだのか、さっきの元気よさが一瞬で消えた。

 

「あ…あの……何か、あったんですか…?」

 

「……いや、何でもない。 終わった事だ、君は気にする事は無い」

 

「は、はぁ……」

 

恐る恐る訊ねて来たから、何でも無いとだけ伝える。

メイちゃんには直接関係無いって事は確かだからな。

 

「ほら、そこで立ってないで、俺の横 座りなよ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

また、何時もの元気に戻った彼女が俺の隣に座る。

 

「咲夜さん、メイちゃんの分も頼みますわ」

 

「はい、畏まりました」

 

「咲夜さん、お願いしますね!」

 

「仕方ないわね…」

 

そう言いながら、彼女は準備をしに奥へと消えて行った。

 

「美鈴…」

 

「はい、何ですかお嬢様?」

 

「誰が祐助の隣に座って良いと許可した?」

 

「へっ…?」

 

「彼は良くても、私は許して無いわよ?」

 

「えっ、それって…」

 

「美鈴、私も許してないんだから〜!」

 

「い、妹様まで!?」

 

吸血鬼姉妹の殺意に満ちた視線が、美鈴に注がれる。

メイちゃん、冷や汗が止まらない様子。

 

「何か、別の意味で気まずくなってきたな…」

 

「放っておきなさいな、今に始まった話じゃないんだから」

 

「パチュリーさん、冷てぇなぁ…」

 

食事をしながら、無表情で言うパチェ。

 

本当にこれでいいのだろうか?

全く、何なんだよ此処の連中は…。

 

 

その後は俺が間に入り、何とか我が儘姉妹を宥めてやった。

 

そこから後は、和やかな雰囲気で食事が進んだ。

日頃の世間話に、それぞれが夢中で俺に振って来る。

 

俺は、それを静かに聞いて応えてやる、それだけで彼女達は満足してくれる。

 

 

…………疲れた。

 

 

美味い料理を食いながら疲れるって、おかしいだろ?

 

 

『常識に捕らわれてはいけないんですね!』

 

 

誰かさんの台詞が、脳裏を過ぎった。

 

だが、この疲労感がまだ序の口だという事を、この時の俺はまだ知らない…。

 

 

 

続く。




さて、如何だったでしょうか?

書いてて思いましたが、主人公は ゆうかりん並のドSかもしれないw


次回は、若干の戦闘やその他要素があるかも?

お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

攻略せよ!「カゴメカゴメ」

主人公が、吸血鬼相手に「遊び」に付き合わされます。



「……そいつは、またまた厄日だったなぁ」

 

「まさか、フランが魔理沙に焚き付けられて、私に仕掛けてくるなんて、大変だったわ…」

 

あの夕食の後、俺とレミリアさんは、客間でチェスを打っていた。

 

はっきり言って、チェスはまだ慣れていない。

将棋なら、そこそこ自信があるのだが、チェスはちと勝手が違う。

 

何せ、紅魔館が幻想郷に来るまでは、やった事すら無かったんだから。

 

「だけどさ、フランちゃんの相手を真っ向から出来るのは、あんた位だよ……それ!」

 

「けど、あの子の一撃はキツいのよ、同じ吸血鬼でも荷が重いわ………甘いわね!」

 

「えっと、そうなると………げぇ! これって…」

 

「チェック…メイト!」

 

「……参りました………」

 

「ハッハハハハ…! これで2連勝ねぇ!」

 

「くぅ…、やっぱり将棋じゃないと勝てないぜ…」

 

「将棋は私が分からないわ」

 

「だったら覚えろよ、そんなに難しくは無いんだから」

 

「考えておくわ」

 

「適当なヤツめ……」

 

多分覚える気は、無いんだろうなぁ。

 

「どう? もう一戦やらない?」

 

「…よし、やってやる!」

 

このままでは、終われない。

もう一戦やるために、駒を直す。

 

「それにしても、さっきの話だけど…」

 

「さっきの話?」

 

「パチェを怒鳴りつけた貴方、凄い迫力だったわ。 思わず、びっくりしちゃったぁ」

 

「ああ、さっきのパチェは余りにも平然としてやがったからな、腹が立ったんだ。 本当に危なかったのが分かってなかったんだろうよ」

 

「普段は物静かな彼女が、そんな事になるなんて、貴方って意外とパチェに気に入られてるのかもね」

 

「だからと言って、そんなんで熱くなるとは…、そんな事でよく弾幕ごっこに生き残れたもんだ」

 

「あの子の心魂は熱いのよ、それになかなかの強者だし、簡単に負ける訳無いじゃない?」

 

「知ってるよ、俺も彼女と一戦交えた事があるんだからな」

 

過去に、パチュリーさんとバトッた事があり、結果は辛勝だった。

魔理沙の助言が無ければ、負けていただろう。

 

そう考えると、あれを初見で撃破した魔理沙は凄いよな。

改めて、その凄さを実感したのだ。

 

「…後で様子を見に行ってやるかな、まだ落ち込んでるかもしれないし」

 

「大丈夫でしょ、彼女もそんな事で引きずるタイプじゃないんだからさ」

 

「そうかな? アイツ、普段は感情を顔に出さないが、案外繊細な所あるんだぜ」

 

「私だって、繊細よ?」

 

「良く言うぜ、あんたはなかなかの女傑だよ」

 

「それは、褒めてるのか?」

 

「好きな様に解釈してくれ」

 

「むぅぅぅぅ……」

 

少しむくれたレミィも、また可愛い。

 

「ねぇ〜、まだぁ?」

 

其処へ、順番を待ちかねたフランが入ってきた。

 

「悪いな、まだ勝負がついてないんだ、もう少し待ってな」

 

「もう、早くしてよ! 体がウズウズしてるんだから!」

 

「ダメだ! レミィとのチェスが一段落するまでは、大人しくしてろ」

 

「うぅぅぅ……」

 

「フフッ、残念だったわね、フラン」

 

「あーもう、早くしてよー!」

 

フランのおねだりを横目に、俺達はチェスを再開した。

 

 

その後、三回戦続けたが、結局一回も勝てなかった。

それに気を良くしたレミィ、俺を見下ろすように笑いやがった。

 

悔しすぎる!

 

見てろよ、このままじゃ終わらんぞ…。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「やっと、弾幕ごっこが出来るね!」

 

「出来れば、やりたくは無かったんだが…」

 

レミリアさんとのチェス勝負が終わり、次はフランちゃんとのスペルカード攻略という名の弾幕ごっこが始まる。

 

場所は、紅魔館内にある大広間。

普段はパーティーに使われているが、弾幕ごっこにも使われる場所で、とにかく広い。

 

レ「私達は、傍観させて貰うわ」

 

パ「私も、祐助の闘いぶりを見せて貰うわ」

 

咲「祐さん、頑張ってね」

 

美「祐さん、ファイトです!」

 

祐「おのれら…、人の事だと思って…」

 

紅魔館メンバーが、ギャラリーを決め込んでいる。

俺は、見せ物かっつーの。

 

「そう言えば、祐さんはまだスペルカードは持ってないの?」

 

「残念だが持ってない、作る予定も無いんだよな」

 

「え〜、つまんないのー」

 

「大体な、俺と君とでは理念が違うんだよ」

 

 

 

 

 

スペルカードルール

 

博麗の巫女が作ったとも言われているが、あの八雲紫もそれに携わったのは間違いなかろう。

 

弾幕ごっこってのは『命名決闘法案』に基づくものであり、本気の殺し合いではない。

魔理沙曰く、殺し合いを遊びに変えるルールであり、最も無駄なゲームだなんて言ってたっけな。

 

とはいえ、闘いの方は本気であり、場合によっては死者が出る場合もある。

 

弾幕ごっこは、見た目の美しさを重点に置かれているため、精神的な勝負の面が大きい。

 

「女の子の決闘」なんて、言われる事もある。

 

だからこそ、このスペルカードルールが制定されてから、俺は弾幕ごっこには、あまり携わっていなかった。

 

基本的に、傍観するだけにしていた。

寧ろ、弾幕ごっこは見ている方が楽しめる。

 

俺が参戦しないのには理由がある。

妖怪退治に、その様な生温いものは不要だ。

殺るか殺られるかの世界、そのようなものに付き合えない。

 

男の闘いは一撃必殺だ、如何に短時間で確実に相手を仕留めるかが勝負なのだ。

俺の使う古武術は、それを徹底的に極めた、間違い無く『殺人拳』なのだ。

これは、慶治と平九郎、そして、先代の博麗の巫女の4人で作り上げた、対妖怪戦の為の究極技である。

実戦では、それに呪術を組み合わせている。

 

そんな血生臭い拳法を使う俺が、弾幕ごっこなんて出来る訳が無いと思っていた。

 

実は、以前霊夢にスペルカードの素紙を何枚か貰ったのだが、未だに白紙のままで部屋の飾りになっている。

『お父さんも実力あるんだから、弾幕ごっこしない?』なんて直接誘われた事もあったが、もちろん断った。

因みに、慶治と平九郎もスペルカードの素紙を持っているが、俺と同様、手付かずになっている。

 

しかし、苦手だとか、肌に合わないと言って避けているだけでは、それを理解する事は出来ない。

 

だから、俺なりにスペルカードルールを把握する為に、最近は少しだけ弾幕ごっこに付き合うようにしている。

 

その一環が、スペルカード攻略である。

 

俺の場合、スペルは持たないし、弾幕も撃てないし(代わりに札を放っている)、空を飛ぶのも極限定的である。

札の霊力を、特殊な術で体内に吸収し、多少の肉体強化をする程度である。

 

……弾幕、撃てるかもな?

 

とにかく、その条件で何処まで頑張れるか?

弾幕ごっこの付き合いも兼ねて、自分自身の修行にも利用している。

 

一つずつ、地道に攻略中である。

 

そのおかげか、最近では弾幕ごっこに対する考え方が変わって来た。

 

 

 

 

 

「……どうしたの? そんなにぼうっとして、まさか体調が悪くなったとか言うんじゃないでしょうね?」

 

「あっ…悪い、弾幕ごっこに関しては、俺も色々思う所があってな」

 

「思う事って、何か分かんないよ」

 

「すまん、気にするな」

 

「ふーん……まぁいいや、そろそろ行くよ!」

 

「よし! それじゃ……」

 

俺は、斜め前に構えフランを見つめる。

何時もの仕事道具を身に付け、一応反撃出来るようにしておく。

それを見たフランも、あの特徴的なグネグネと折れ曲がった棒を構える。

 

 

「禁忌『カゴメカゴメ』、来い!!」

 

「行っくよー! 禁忌『カゴメカゴメ』!」

 

フランから、一気に弾幕の嵐が襲ってきた。

 

「魔理沙の言っていた通りだな…」

 

魔理沙から聞いていたものと同じパターンで弾幕が放たれる。

光弾に囲まれながらも、僅かな合間を縫って回避に出る。

 

「きゃっは! いいよー! もっと動いてよぉ!」

 

「ふっ……」

 

軽いジャンプで、さっと向こう側まで回避するも、そんなに慌てる必要が無い。

 

何でだろう……遅く感じる。

 

地上での回避は厳しいかと思ったが、そうでもないな。

ギリギリで避けるのが、難しくない。

 

しかし、フランが手抜きをしているとは思えないのだが。

 

「フラン、一つ聞いていいか?」

 

「何?」

 

「それは、本気か?」

 

「えっ…!?」

 

「言っちゃ悪いが、遅く感じるんだよな…」

 

現に、光弾に包囲されながらも、あの弾幕の嵐の中を歩きながら回避している。

 

「うっそ、そんな…」

 

「次に来る弾幕のパターンは…」

 

魔理沙が言っていた、コイツのスペルのパターンは、全て頭の中に叩き込んである。

 

「見えたぜ!」

 

まさに、予想通りの展開なのだ。

事前に知識を得ておいて、良かった(フッ

 

 

 

 

 

美「嘘…、妹様の弾幕をいとも簡単にかわしている…」

 

咲「多分、魔理沙から妹様のスペルの事を聞いているんでしょうけど、それにしても凄いわ…」

 

パ「普通なら、もっと慌てふためいてる筈なのに、あの余裕は…」

 

レ「まだまだよ、これからどうなるか、見物ね…」

 

 

 

 

 

「まだまだよ! 絶対に攻略なんてさせないんだから!」

 

「その意気だ、フランちゃん」

 

あえて、フランちゃんを本気にさせる。

でなければ、本当の意味での攻略にはならない。

 

弾幕の間を前転したり、側転したり、身体をクネらせたり、宙返りしたりして回避する。

 

弾が干渉し、制御不可能な感じになっているようにも見えるが、回避出来ない程では無い。

 

下級妖怪が束になって襲って来るのを退治している事を考えれば、楽勝である。

 

 

「(♪)ずいずいずっころばし…」

 

「へっ…?」

 

「(♪)ごまみそ ずい

茶壺に追われて トッピンシャン…」

 

「な、何で歌ってるの!?」

 

「(♪)抜けたら ドンドコショ

俵のネズミが米食ってチュウ

チュウチュウチュウ…」

 

「バカにしてるの!!?」

 

ちょこまかと動きながら歌を歌ってみる。

相手にとっては、これは屈辱ものである。

 

「……おい、そろそろ制限時間じゃないのか?」

 

「クソ…! このままじゃ終わらないんだから!」

 

俺の心理戦に、見事に掛かってくれたな。

 

その瞬間から、最後の猛攻が始まった。

どうやら、仕上げに入らないといけないみたいだな。

 

「やっと来たな! 君が本気になったのなら、俺はそのスペルを時間内に攻略してやろう」

 

「出来るもんならやってみなさいよ! 絶対にさせないんだから!!」

 

「…なぁ、本物のカゴメカゴメは知ってるか?」

 

 

「何よそれ!? 言いたい事が分からない!」

 

 

一歩踏み出す。

 

 

「(♪)かーごめ かごめ…」

 

 

懐から博麗札を取り出し、

 

 

「(♪)かーごの中の鳥は…」

 

 

霊力を込めた警戒棒で、弾幕を弾く

 

 

「えっ……弾幕が…?」

 

 

「(♪)いーつーいーつー出やるー」

 

 

札を周囲にばらまき

 

 

「な、何を……」

 

 

「(♪)夜明けのー晩にー」

 

 

俺が手を上げた瞬間に、札は飛び上がり、光弾にぶつかり爆発を起こす。

 

起きた爆発で埃が立ち、一時的に視界が遮られる。

 

 

「うはっ…前が…見えない……」

 

 

動揺するフランの声が聞こえる。

 

 

「(♪)つーるとかーめがすーべったー…」

 

 

その隙に、博麗札をフランの居る方向へ飛ばす。

 

 

「………きゃぁっ!?」

 

 

敢えて霊力を弱めにした札を使う事で、フランは仰け反る程度の衝撃しか感じていないはず。

 

これで、終わりだな。

 

 

「(♪)後ろの正面 だあれ…?」

 

 

「………………っ!!?」

 

 

フランちゃんが振り向こうとした時には、既に遅し。

彼女の後ろを取り、首に小柄を突きつけてやった。

 

「勝負ありだな」

 

「うわぁ…あああああ……」

 

恐怖に引きつったフランちゃんの横顔が、はっきり見える。

 

「この小柄には霊力をたっぷり込めてある、少しでも君の肌に傷を付ければ、地獄の痛みを伴う事になるが、それでもよいか?」

 

「う、う、うぅぅ………また負けちゃったよぉぉぉ……」

 

抵抗出来ないと察したフランちゃんは、ガックリとうなだれ、座り込んでしまった。

 

「…それでいい、下手に抵抗して君を傷付けたく無いからな」

 

「く…悔しい! 祐さんにまた負けるなんて、悔しいよぉ!」

 

「…禁忌『カゴメカゴメ』、攻略大成功!」

 

やっと終わりましたか、

マジで疲れたわ…。

 

 

 

 

 

美「い、妹様が…負けた……」

 

咲「一体、何がどうなってたのか…、さっぱり…」

 

パ「まさに、頭脳プレーってヤツかしらね…」

 

レ「やってくれるじゃない、祐助……しかも、フラン相手に血を流すこと無く綺麗な勝ち方だった、凄い人間だな…」

 

一同は驚愕していた。

美鈴と咲夜は開いた口が閉まらず、

パチュリーとレミリアは苦笑いしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「そう落ち込むな、なかなか手強いスペルだったぜ、フランちゃんよ」

 

「で、でも……あんな簡単に攻略されたら、自信無くしちゃうよ…」

 

「ならば、次こそ負けないように、努力すればいいんじゃないのか?」

 

「えっ…?」

 

「努力の積み重ねが大切なんだ、それが自信にも繋がるんだからな」

 

「………っ!」

 

「そうじゃないのか? フランちゃん!」

 

 

「……うん! そうだよね!」

 

泣き顔になっていたフランの顔が笑顔に戻り、頭を撫でてやる。

 

「また相手になってやるよ、今度は勝てるように、しっかり頑張れよ!」

 

「うん! 次こそ負けないんだからね!」

 

「よし、その調子だ!」

 

彼女の手を取り立たせてやる

軽いなあ、この子も。

 

 

「なかなか良い勝負だったわよ」

 

「おっ?」

 

傍観していた4人が近付いて来た。

 

美「凄いです、あんなにあっさり攻略しちゃうなんて…」

 

咲「私だって、妹様相手に弾幕ごっこをしたら、多少の怪我はするわ」

 

パ「上手い具合に心理を突いてきたわね、そういう闘い方、貴方は得意ね」

 

祐「これも、君達や他の人妖のおかげさ。 弾幕ごっこってのがどういうものなのか、ようやく理解出来てきたからな」

 

レ「それにしたって、なかなかやるじゃない、スペルカードも持たない人間が、フランのスペルを撃破するなんて」

 

祐「これまでの経験ってやつだよ、生きてきた時間こそ、あんたの半分以下にも満たないが、潜ってきた修羅場の数だけは、負けてないつもりだ」

 

レ「そう……」

 

祐「さて、少し休憩させてくれ、流石に疲れた」

 

俺は、休憩の為に大広間を出た。

 

煙草吸いに行こうっと!

 

 

レ「さあ、私達も戻りましょう」

 

レミリアの一声で、他のメンバーも散っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「次は何する?」

 

「まだまだ夜は長いわよ?」

 

「待てって…、慌てさせんな…」

 

玄関先で煙管を吹かしていると、フランとレミィが抱き付いてきやがった。

フランは何時も通りとして、レミィは従者が居なくなった途端に態度が変わり、幼くなる。

 

上手く、人払いしやがったな。

 

本当に500年以上生きてるんかよ?

この精神的幼い所を見せられると、マジで疑ってしまう。

 

「煙草位吸わせろよ………ふう〜」

 

「「ゲッホ! ゲッホ!」」

 

わざと、煙をコイツらにかけてやった。

 

フ「ちょっと、わざとやったでしょう!?」

 

祐「うん、やった」

 

レ「酷いじゃないのよ!」

 

祐「君達、はしゃぎすぎだ」

 

フ「早く遊びたい!」

 

祐「うるせーよ!」

 

レ「早くしなさいよ!」

 

祐「ゆっくり煙草も吸えないよ……」

 

何かストレス溜まる。

 

祐「はぁ………分かった、相手になってやる」

 

『パンッ、パンッ』と煙管の灰を落とし煙管入れへと仕舞う。

 

フ「ねえ、何して遊ぶ?」

 

レ「また、弾幕ごっこでもする?」

 

祐「ふざけんな」

 

そう言った次の瞬間、隙を突いて二人の背中に、お札を貼り付けてやった。

 

レ「ちょっと、何を…」

 

フ「あれ……力が抜けていく…」

 

祐「やっぱり、吸血鬼にも拘束術式は有効なんだな」

 

「「拘束術式!?」」

 

祐「間違っても札には触るなよ、腕が吹っ飛ぶからな………それっ!」

 

レ「あっ!?」

 

フ「私の帽子?」

 

祐「さぁ、ゲームを始めようか」

 

フ「ゲーム?」

 

祐「そう、これからやるのは、本当の『吸血「鬼」ごっこ』だ」

 

レ「お、鬼ごっこ!?」

 

祐「今の君達は、吸血鬼の力は封印され人間並みの力しか出せない。 もちろん、飛ぶことだって出来ない」

 

フ「えぇぇぇ!?」

 

レ「そんな状態で、私にどうしろって言うのよ!?」

 

「簡単だ、吸血鬼の能力が無くたって走る事は出来る。 その状況で俺から帽子を取り返してみな!」

 

レミィの帽子を被り、フランの帽子を指で回しながら、軽く挑発してやる。

 

フ「お姉様…!」

 

レ「所謂ハンディキャップってやつね………良いわ、やってやるわ、能力を使えなくたって絶対に取り返すしてやるんだから!」

 

おっ、その気になったな!

 

祐「よし、吸血鬼のスピードが出せない君達が、俺の韋駄天に付いて来れるかな?」

 

レ「それは、やってみなければ分からないわね。 でも、その前に……」

 

祐「どうした?」

 

レ「貴方から帽子を奪い返したら、何かご褒美でもくれるの?」

 

なるほど、そう来たか。

 

祐「褒美か、何が望みだ?」

 

フ「えっとね、私は…」

 

レ「私は…」

 

「「貴方の血が欲しい」」

 

祐「俺の血!?」

 

レ「貴方の血、以前少しだけ味見したら、なかなか美味しかったのよ」

 

祐「味見って…、俺は味見などさせた覚えは無いぞ…」

 

フ「私もね、味見したんだ! 祐さんの血って、濃い口で美味しかったよ!」

 

祐「な、何を言っているんですか貴女達は…、意味が分かりません」

 

まさかの、吸血鬼姉妹からの逆襲か?

何気に、死亡フラグが立ってるんですが。

 

レ「どう? その条件、乗る?」

 

祐「………っ」

 

フ「やろうよぉ!」

 

祐「……大量に吸わないだろうな?」

 

レ「大丈夫よ、そこはちゃんと加減するわ」

 

フ「飲み過ぎないようにするよ、約束するからさ!」

 

祐「……………っ」

 

条件に乗るべきか、乗らないべきか…。

 

祐「……1時間だ」

 

レ「えっ…1時間?」

 

祐「そうだ、1時間以内に俺から帽子を奪い返したら、その条件を飲もう」

 

フ「本当だね?」

 

祐「もちろんだ、男に二言は無い。 ただし、1時間を超えても奪い返せなかったから…」

 

レ「うっ……」

 

祐「君達が二度と吸血鬼の能力が使えないように、永久拘束術式を掛けてやるからな」

 

フ「ひぃぃ……」

 

レ「くっ………分かったわ、私達もその条件を飲みましょう、良いわね、フラン?」

 

フ「へっ? 本当にやるの? ヤバくないかな?」

 

レ「やるわよ、私もスカーレット家の当主として、この勝負、受けて立つ。 貴女も同様よ」

 

フ「…わ、分かった……」

 

レミィは少し体が震えているようにも見えたが、その瞳は力強く、確かな決意が感じられた。

フランちゃんは、若干嫌々だったが。

 

祐「よし……これでお互い、勝負に真剣味が増した訳だな」

 

意を決して、腕時計を見る。

時計の針は、もう直ぐ11時を指そうとしている。

 

祐「それじゃあ、ジャスト11時になったら、ゲーム開始だ」

 

レ「分かったわ」

 

フ「…よし!」

 

腕時計を見ながら、その瞬間を待つ。

 

そして、いよいよその時が迫る。

 

祐「時間だ……行くぞ」

 

レ「ええ……」

 

フ「うん……」

 

時計の針が、真上を指した瞬間だった。

 

祐「オラァァァ!!」

 

「「へっ……きゃぁぁぁぁ!?」」

 

俺は、2人を思いっ切り張り倒し、速攻で館へと駆け込み、逃走を開始する。

 

スタートダッシュ成功(笑)

 

レ「ちょっと………そんなの卑怯よぉぉ!!」

 

フ「いったぁぁい……、もう! 許さないわよ! 待てえ、祐助ぇぇ!!」

 

痛みを堪えながら、レミィとフランが立ち上がり、物凄い形相で俺の後を追って来た。

 

 

 

俺は、1時間逃げ切れる事が出来るのか?

 

吸血鬼の能力が使えない彼女達は、俺から帽子を取り返す事が出来るのか?

 

紅魔館を舞台とした、吸血鬼ごっこの始まり始まり!!

 

 

 

続く。




紅魔館を舞台にした「逃走中」が、始まります!

祐助は、最後まで逃げ切れるのか?
レミリアとフランドールは、帽子を取り返せるのか?

その先に、待っているものとは…!?


本来の予定だと、続けて書くつもりでしたが、あからさまに長くなるので、一旦区切りました。


次話の展開がどうなるか、更新まで気長にお待ち下さい。

次回もお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

吸血鬼ごっこ、その結末は…

続きになります。
無駄に長編になりました^^;

※注意!
中盤より、際どい性的表現があります。
また、盛大なキャラ崩壊ございます。
苦手な方は、注意されたし!


―近藤祐助視点―

 

さあて、二匹の吸血鬼を相手に逃げきれるか?

 

舞台は紅魔館内

 

この歪んだ空間を有効的に利用して、1時間逃げ切ってやるぜ。

 

もっとも、拘束術式のおかげで彼女達は、普通に走る事しか出来ない。

 

楽勝だろ?

 

「あそこまでダッシュ!」

 

ただ走り回るだけでは、体力を消耗する。

様子を見ながら、休息も取らないとな。

 

「祐助! 何処行ったぁぁぁぁ!!」

 

おっ、この声はフランちゃんか。

 

チラッと見てみる。

 

「う〜…!」

 

あんな所にいるんか、移動しますか。

 

二階へ行こう、追っ手は…

 

「あっ、祐さん!」

 

「うおっ!?」

 

……何だ、妖精メイドかよ

 

「何してるの?」

 

「吸血鬼に追われてる」

 

「お嬢様に?」

 

「頼むから、俺は向こうに行ったと言ってくれ」

 

「そんなに不味いの?」

 

「まぁ、ちょっとしたゲームなんだかな」

 

「ふーん……」

 

「言われた通りにしてくれたら、後で土産をやるよ」

 

「本当に?」

 

「本当だ、後で部屋に来な」

 

「嬉しい! 約束だからね?」

 

「分かったよ、とにかくフランちゃんを言いくるめてくれ」

 

「い、妹様を!?」

 

「頼んだぜ!」

 

「げぇ……」

 

妖精なら大丈夫だ、ピチュられてもな。

 

……そっか、能力は封印してあるから、『きゅっとして、ドカーン』は、出来ないんだっけな?

 

 

『ダッダッダッダッ……』

 

 

えっ? もう二階にも来てるのか?

 

そろーり、覗いて…

 

 

「……何処行った?」

 

「レミィ……」

 

向こうは無理だな、逆へ行くか。

 

 

 

 

 

―レミリア視点―

 

此処を何処だと思ってるの?

逃げれはしないわ!

 

しかし、能力が使えないのは、厄介ねぇ…。

 

 

『ダッダッダッダッ…』

 

 

「んっ?」

 

足音のする方へ向かってみると、

 

「あっ、祐助!?」

 

見つけたー!

 

「待ちなさい! 逃がさないわ!」

 

「うわっ、見つかったか!」

 

一目散に逃げる祐助を追いかける、

 

その先は迷路の様に入り組んでるから、逃げ切るのは容易じゃないわよ。

 

 

…………って、あれ?

 

 

もう、見失った!?

 

「何処に行ったの……」

 

「何処見てるんだよ、こっちだ!」

 

「へっ……」

 

逆方向から姿を見せた祐助が、全力で逃げていった。

 

「しまった! 待ちなさ―い!」

 

そう叫んではみたものの、どうやったって、あの走りには追い付けない。

何時もの自分なら、あの程度、余裕で追い付けるのに…。

 

忌々しいわね!

 

「鬼さん、こっちだお!」

 

「ムカつく…! 絶対に捕まえてやるわ!」

 

「残り55分だからな」

 

こうなれば、意地でも取り返してやるわ!

 

 

 

 

 

―フランドール視点―

 

「あれ……何処行ったのかな…?」

 

さっきまで見えていた祐さんの姿を、もう見失ってしまった。

 

一時間しか無いのに、それはヤバいよ!

 

 

「あっ……」

 

「うんっ?」

 

曲がり角から出て来たのは、妖精メイドだった。

 

「ああ、丁度良かった! 貴女、祐さんは見た?」

 

「祐さんですか?」

 

「見たなら、どっちに行ったか分かる?」

 

「は、はい………祐さんでしたら…」

 

恐る恐る、逃げたと思われる方向を指さす。

 

「さっき、あちらへ逃げていくのを見ましたよ」

 

「本当? ありがとう!」

 

「い、いいえ……」

 

すかさず、その方向へ走り出す。

もう逃がさないんだから!

 

 

「これで、良かったのかな…………って、いっけない! 逃げた方向指差しちゃった!?」

 

 

 

 

 

 

「……むっ! 足音がする!」

 

慎重に、そこへと近付く。

 

能力が使えないから、何時ものように行かない。

 

とにかく、慎重に、慎重に……。

 

 

「オラァァ!」

 

「へっ…?」

 

 

『ドガッ!』

 

 

「うげぇぇぇ!?」

 

突然現れた祐さんに、タックルを食らわされ、吹っ飛ばされる。

 

「いったーい…」

 

「残念、バイバーイ!」

 

「ま、待てぇぇぇ!」

 

直ぐに追い掛けようとするも、体が言うことを聞いてくれない。

 

「もう! そんなのありなの!?」

 

だったら、私も本気になるんだから!

 

 

 

 

 

―近藤祐助視点―

 

フランドール、ダウン!

此処までは作戦通りかな?

 

だが、まだまだ油断は出来ない。

幾ら吸血鬼の能力を封印してるからって、どんな手を使って来るか。

 

とある一角で一休み…。

 

ずっと走りっぱなしでは、流石に体力が持たない。

 

 

『ダッダッダッダッ』

 

 

……うんっ? 誰か来るな。

 

 

「…本当に何処行ったのよ?」

 

レミィが追い付いてきやがったか。

 

さて、次の一手をお見舞いするか。

 

「よっと!」

 

「……あっ! 見つけたわ!」

 

「やべっ、タイミング悪いぜ」

 

「今度は逃がさないわ!」

 

一気に距離を縮められる。

本来なら、もうお手上げかもしれないが…。

 

これも、作戦通り。

 

 

「あっ……見ろぉ! 何だあれ!?」

 

「へっ…?」

 

大声で叫びながらその方向を指さすと、彼女も釣られてその方向を振り返る。

 

 

チャーンス!

 

 

「そらよぉ!」

 

「うひゃぁ!?」

 

 

余所見をした隙に、服を掴み上手投げを決める。

 

「うがっ!?」

 

地面に叩き付けられて、悶絶している。

 

「おっと、手加減はしておいたからな」

 

「ちょっと……」

 

すぐに起き上がれないレミィを横目に、さっさと逃げる!

一応、加減したが、あれは痛かったんじゃないかな?

 

「ま、待ち……」

 

「ま・た・な・い!」

 

「きぃぃぃぃ!」

 

歯軋りするレミィも、可愛いもんだ。

 

……えっ? 身体に触れたんじゃないかって?

俺から帽子を奪い返さなきゃならないから、問題無い( ̄∀ ̄)

 

 

 

 

 

あと、42分…。

 

 

 

 

 

 

広い紅魔館を走り回る俺氏。

 

目の前にある部屋に隠れたり、ちょっとした仕掛けを利用したりして、2人の目を誤魔化していた。

 

そのおかげで今のとこ、あの二人には出くわしていない。

このまま逃げ切れれば、楽なんだがな。

 

「……こっち行くか」

 

再び歩き出した時だった。

 

「……あっ、祐さん?」

 

「おっ、メイちゃんか…」

 

角から美鈴が現れる。

 

「どうしたんだ? こんな所で」

 

「はい、夜の見回りをしてました」

 

「そうか…、丁度良かった、レミィとフランちゃんを見掛けたか?」

 

「お嬢様ですか? そういえば…………祐さんを探してましたよ」

 

「まぁ、そうだろうな…」

 

「血眼で探してましたが、一体どうしたんですか?」

 

「いや、大した事は無い。 遊んでるんだよ、吸血鬼ごっこして」

 

「吸血鬼ごっこ!?」

 

「そういう事だから、くれぐれも俺を見たとか言うなよ」

 

「は、はい、それは………でも、お嬢様に責められたら…」

 

「チクったら、シバくからな…」

 

「は…はい……」

 

口では笑いながらも、ちゃんと睨みを利かせておいた。

これで、少しは安心感が増したかな?

 

「それじゃあな!」

 

「は、はぁ…」

 

長居は無用。

 

「一体、何をやってるんだろう…」

 

「あっ、美鈴!」

 

「い、妹様!?」

 

 

 

 

 

―フランドール視点―

 

あっ、美鈴がいた!

もしかしたら、祐助を見たかもしれないね。

 

「美鈴、良い所にいたね、聞きたい事があったんだ」

 

「聞きたい事ですか?」

 

「祐助見なかった?」

 

(やっぱり……)

 

「…美鈴?」

 

「……はぃっ!?」

 

「祐助を見たの? 見なかったの? どっちなの?」

 

「は、はい! えっとですね……見て………」

 

「見て……?」

 

「…………ません」

 

何か怪しい…。

 

「本当に…?」

 

「は、はい……」

 

「嘘ついてない?」

 

「嘘…なんて……」

 

やっぱり、何かある。

 

「何か隠してるね!」

 

「ひぃぇっ!?」

 

「そうなんだね?」

 

「な、何を根拠に……」

 

「だって、何時もの美鈴はもっとハキハキ物言うのに、祐助の事を聞いたら態度を変えちゃってさ」

 

「べ、別に…何時も通り……ですよ…?」

 

「………嘘だ」

 

「―――――っ!?」

 

顔色が変わった、やっぱり間違いない!

 

「『きゅっとして、ドカーン』やっちゃうよ?」

 

「げえっ!?」

 

美鈴は、私が今能力が使えない事を知らない。

だから、あんなにビックリしてるのよね。

 

「祐さん、ごめんなさい…、妹様をこれ以上欺くのは無理です…」

 

「正直に話した方が楽になるよ?」

 

「は、はい……祐さんは……」

 

「どっち行った?」

 

「あちらの方です…」

 

美鈴が指差した方向を見ると…

 

「……あっ、いたぁ!」

 

祐さん発見!

 

「ありがとう美鈴! 後でご褒美あげるね!」

 

「は、はぁ…」

 

ぜーったい、帽子を取り返してやるわ!

 

 

「あぁぁ…、祐さんに殺されるかもしれない…」

 

 

 

 

 

―近藤祐助視点―

 

「裏切り者め…!」

 

念を押したすぐ側からこれだ!

あの野郎、後でヤキ入れてやるからな。

 

しかし、こうしちゃいられない!

早く逃走しないとな…。

 

 

「よし……」

 

誰も居ない方向へ猛烈ダッシュ!

 

「祐さん、見つけたよ!」

 

「見つけただけじゃダメだ、ちゃんと奪い返してみな!」

 

多分、この声は聞こえてはいないだろう。

何故なら、フランとの距離は一気に100m以上に広がったからだ。

 

「祐さん早すぎるよぉ、ちょっと待ってよ!」

 

「待てって言われて、待つヤツがいるか!」

 

見よ! この華麗なる走りを!

 

そんな余裕をかましながら逃走していると、左右の分岐に差し掛かる。

 

「確かこっちは…」

 

左に行くと突き当たりで行き止まり。

つまり、右に行くしか無いのだ。

 

 

「時間は……」

 

腕時計を確認すると、残り28分。

やっと折り返しの時間が過ぎたか、まだまだ長いな…。

 

そう思い、右に曲がった時だった。

 

「よし、イケる……………っ!?」

 

その瞬間、足が止まった。

 

「見つけたわ…!」

 

「なっ…!」

 

その先にレミィの姿があったのだ。

 

「マズい……」

 

速攻で引き返そうにも、

 

「祐助待て――――!!」

 

後ろからはフランが迫ってくる。

 

「しまった! 挟み撃ちだ!」

 

これは万事休すか?

辺りを見回し、打開策を模索する。

 

 

「…………っ!」

 

 

………いや、まだだ!

何とか、なりそうだぜ!

 

 

「もう追いつめたわよ!」

 

「私の勝ちだね!」

 

2人の吸血鬼が迫ってくる。

 

 

 

まだまだ………もう少し…。

 

 

「さあ祐助! これでゲームオーバーよ!」

 

「祐さん、血飲ませてぇ!」

 

 

 

フッ……

 

 

「2人とも、勝った気になるのは、まだ早いんじゃ無いのかな?」

 

「「えっ……!?」」

 

 

次の瞬間

 

 

「それっ!」

 

床に引かれていた絨毯を引っ張り上げる。

 

「うわっ、ちょっと……」

 

「きゃぁ、転んじゃう?」

 

いきなりの事に、2人は走りながらバランスを崩す。

 

その隙に、俺は空いた場所に身を引いて逃げ。

 

そして……

 

「あっ、フラ……」

 

「お姉さ……」

 

 

『ゴツンッ!』

 

 

「「いだぁぁぁぁぁ!?」」

 

 

2人は、出会い頭に衝突しましたとさ!

 

うん、最高。

 

 

フ「いったーい……」

 

レ「もう……一体何なのよ…!」

 

よほど痛かったんだろう、想像に難くない。

2体の吸血鬼はその場でうずくまり、絶賛悶絶中。

 

 

「おぉ、痛そうだな、お気の毒!」

 

それだけ言い残して、再び逃走!

 

「くぅぅ……こうなったら、戦争よ!」

 

「お姉さま、やっちゃお!」

 

 

 

 

 

残り25分。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

あれから、走り続けて逃走をはかっているが、そろそろ体力が限界に近付いて来た。

 

30の坂を超えたおっさんは、瞬発力はあっても持久力が著しく低くなっている。

 

マジで、大丈夫だろうか?

 

 

レミィとフランちゃんからの逃走は、思っていた以上にキツい。

能力は使えなくとも、館内の事を熟知しているだけに、ゆっくり隠れてもいられない。

 

 

「残り時間は……」

 

汗を拭いながら、腕時計の時間を確認する。

 

「あと14分か……」

 

いよいよ正念場が近付いてきた。

 

すげー水が飲みたくなってきたが、我慢我慢…。

 

此処まで来たら、逃げ切って見せる。

人間の意地、見せてやらぁ!

 

 

 

 

 

 

―レミリア視点―

 

「ハァ…ハァ…ハア…祐助……」

 

息を切らしながら、祐助を探すも、何処にも居ない。

この程度で疲れるなんて、何時もの私なら絶対に有り得ない。

 

改めて、吸血鬼って偉大よね。

逆に、人間って何て脆弱なのかしらね…。

私と戦った霊夢も、こんな感じなのかしら?

 

……そんな事、思ってる場合じゃなかったわね。

 

「ハァ…ハア…ハア……このままじゃ、終われない!」

 

私はスカーレット家の当主として、何としてもアレを奪い返す!

 

後10分、絶対に大逆転があるわ!

この運命は、私に味方するんだ!

 

 

 

 

 

―フランドール視点―

 

「ヘェ…ヘェ…ヘェ……もう走れないよ……」

 

能力封印されるって、こんなに弱っちくなるの?

 

私、吸血鬼で良かったわ。

人間なんてなりたくない!

 

「そんな場合じゃなかった……祐さん…何処に居るの…?」

 

もう気力だけで歩いている、走る事すらままならない。

こんなに体力を限界まで使うなんて、何時以来だろう?

 

そんな事を思っている、その時だった、

 

「こっち」

 

「あっ…?」

 

見つけた!

 

「追い掛けてきなよ!」

 

「待てぇ!」

 

これが最後のチャンスかもしれない!

そう思い、必死になり追い掛けるも…、

 

 

 

 

 

―近藤祐助視点―

 

「おい、どうした? こっちは三割程度でしか走ってないのに追い付け無いのか?」

 

「ひぃ…ひぃ…ひぃ…ひぃ………もう無理!」

 

フランちゃんは、走りながら力無く崩れ落ち、両手を付き激しく息切れしていた。

また、額から大量の汗が流れ落ちているのも見えた。

 

「大丈夫か? あと7分しか無いぞ?」

 

「ハァ…ハア…ハア……う……うぅぅ……」

 

「吸血鬼の能力を封印されると、君は腑抜けになるんだなぁ」

 

「私……人間じゃないもん!」

 

「そうか、それは残念だったな。 このゲームが終わったら、君は死ぬまでその状態で過ごさなきゃならないんだぞ?」

 

「嫌だ……そんなの…嫌だよ……」

 

「悪いが、慈悲は無いと思ってくれよな!」

 

喋ってないで、さっさと逃げよう。

 

「祐さ―ん、お願い! いい子になるから許してよぉ!」

 

おやおや、苦し紛れに命乞いをしてきたか。

 

だが……

 

「聞こえない聞こえなーい!」

 

無慈悲にそう返答してやった。

 

そして、逃げながら時計を確認する。

 

 

「残り4分!」

 

 

「待ち……な…さい……!」

 

「おや……?」

 

視界の先には、激しく息切れしながらもすっごい形相で走って来るレミィを発見!

 

「おい、大丈夫かレミィ? 凄い汗だくだぞ?」

 

「うるさーい! さっさと私に捕まれ!」

 

「捕まえて見ろよ、出来るもんならな!」

 

此処からはラストスパートだ!

 

怒涛の勢いで、ダッシュを決めると、見る見るうちに彼女達との距離を広げた。

 

 

レ「えぇぇぇ!? 何でそんなに早く走れるんだよ? どこにそんな体力があるの!?」

 

祐「これが人間の底力だ、吸血鬼の君には到底理解出来ないだろうがな」

 

レ「う〜……祐助ぇ! 私はもう限界よ! 手加減してよぉ!」

 

祐「嫌なこった!」

 

フ「嫌だよぉ! 負けたくないよ〜!」

 

祐「さあ来いよ! 吸血鬼の意地を見せて見ろ!!」

 

辺りを警戒しながら、二人を挑発する。

 

レミィは、ついに弱音を吐き、フランは半泣きになっている。

 

レ「もう…ダメか……スカーレット一族も最早これまで………」

 

フ「吸血鬼でいられなくなる位なら私……死んだ方がいい……」

 

あの2人に、最早戦意は無いと見た。

 

 

「………イケるな」

 

 

残り2分!

 

人間様の大勝利まで、後僅か!

脳内に、あの「音楽」が鳴り響く。

 

2人との距離は十分ある。

タイムアップを待つばかりだ。

 

後ろを気にしながら、歩を進める。

 

周りにいる妖精メイドも、ホフゴブリンも俺の視界には入っていなかった。

 

 

残り1分!

 

 

ついに、その時は近付いてきた!

自分の勝利を確信していた……はずだった。

 

偶々厨房の近くへと差し掛かった時であった。

 

 

「あっ、祐さん?」

 

「さ、咲夜さん…?」

 

 

や、ヤバい……これは嫌な予感しかしない!

 

咲「何をしてるの?」

 

祐「何をしてるって、遊んで……」

 

咲「……あら、それはお嬢様と妹様の帽子じゃない?」

 

祐「あっ……これには、訳があってだな……」

 

レ「しゃーくやー!! 帽子取ってぇぇぇぇ!!」

 

 

祐「あっ、しまっ……」

 

 

気が付いた瞬間には……

 

 

咲「はい、どうぞ」

 

祐「あっ……」

 

レ「フッ……」

 

レミィとフランちゃんの帽子は、咲夜の手によって返されていた。

 

 

祐「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

正に、悪夢の瞬間であった。

 

咲「えっ? 祐さん!?」

 

祐「咲夜の馬鹿野郎ぉぉぉ!!!」

 

咲「???」

 

レ「……フッハッハッハッハッハッハッ!! やはり、運命は最後には私に味方したのだー!」

 

フ「やったぁぁぁ! 見事なまでの逆転サヨナラ勝ちだね!」

 

 

祐「そんなのありかよぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

その後、客間へと移動した俺達。

 

 

「咲夜の大馬鹿たれが……もう僅かで大勝利だったのに、このアホンダラが!」

 

「祐さん、そんなに怒らなくたって…」

 

「うるせー! このカスメイドが! テメェが最後まで話を聞いてればこんな事にはならなかったんだ! こっちは一世一代の大勝負をしていたのに、テメェのせいで全部ぶち壊しだ、どう落とし前付けてくれるんだ!? このクソッタレが! 瀟洒なメイドだ?笑わせんな! ビッチメイドがテメェにはお似合いだ! そんなヤツの話し相手なんて二度としてやらん! ボケナスが!!!!」

 

「そんな………」

 

俺は怒りの余り、あれからずっと、咲夜に罵倒雑言を浴びせていた。

咲夜は俯き、しょんぼりとしていた。

 

「祐さん、落ち着いて下さいよ、咲夜さんだってわざとやった訳じゃないんですから…」

 

「黙れ、このチンカス中国野郎!」

 

「ひ、酷い…!」

 

この怒り、何処にぶつければいいんだ!?

 

「まぁ、とにかく……何にしても私達の勝ちよ、祐助」

 

「そうだよ! ちゃんと約束守ってくれるよね?」

 

2人の姉妹吸血鬼は、勝ち誇ったように、椅子に深く腰掛け、偉そうに脚を組んでやがった。

その二人の目の前で、俺は正座してうなだれていた。

 

ちなみに、既に拘束術式は解いてある。

 

「……あぁ、約束だからな。 ちゃんと守ってやるよ」

 

「やったぁ! 祐さんの血が飲めるぅ!」

 

「フフフ…、久し振りに貴方の血を堪能させて貰おうかねぇ…」

 

「頼むから、程々にしてくれよ…」

 

「大丈夫よ、ちゃんと加減してあげるから」

 

「はぁ……正に悪夢だ………」

 

「それじゃ、私から吸うね!」

 

フランが俺の前へと出る。

 

「ダメよフラン、私が先よ」

 

そこへ、姉がにゅいっと顔を出し阻止する。

 

「いいじゃない、先に吸わせてよ!」

 

「ダメだ! こういうのは私から飲むと決まってるんだから!」

 

「何よ! お姉様ばかりズルいわよ! 私が先なんだから、祐さんは私が先の方がいいよね?」

 

「えっ……」

 

「フラン! そうやって誘導するな! 私が先の方が良いわよね、祐助?」

 

「いや……それは……」

 

フ「私が先よ!」

 

レ「私の方が先よ!」

 

フ「だったら、お前なんかねじ伏せてやる!」

 

レ「面白い! やってみろ!!」

 

血を吸う位の事で、不毛な姉妹喧嘩をしやがって…。

吸血鬼は、そんなに血を飲む事が大切なのかね?

 

「止めろ二人とも!」

 

「「…………っ!」」

 

「そんな事で喧嘩しやがって、ガキかお前ら」

 

「ガ………!?」

 

「吸血鬼にとって、血を吸う行為は大事な事なのよ!」

 

「だからといって喧嘩する事無いだろ? それ以上喧嘩するなら、吸わさないぞ?」

 

「「そんなぁ!?」」

 

2人の悲鳴に似た叫びが響く。

 

「しゃーねーな……」

 

ここは、俺も覚悟を決めるか…。

 

「咲夜、濡れたタオルを持って来い」

 

「タオル? 何をするの?」

 

「いいから持って来い!!」

 

「は、はい!」

 

彼女が返事をした瞬間には、濡れたタオルを持って俺の前に立っていた。

 

「これで、いいの?」

 

「ああ、これで十分だ」

 

そして、汗でベタついた首筋をタオルで拭く。

 

「……これで良いかな?」

 

「祐助…?」

 

「どういう事?」

 

「2人同時に来な……」

 

首筋を見せて、そう一言。

 

「2人同時?」

 

「そうだ、それなら公平だろ?」

 

「良いの? そんな事して」

 

「どうせ、吸われる量は一緒だろ? なら同じ事だし、早く終わらせて欲しいしな…」

 

「……良いのね?」

 

「今更、後には戻れないだろ…」

 

「それじゃ、遠慮無く! お姉様!」

 

「ええ、じゃあ祐助、首を出しなさい」

 

「はいよ……」

 

いよいよ、拷問が始まりやがる……。

 

咲(祐さん、大丈夫かしら…)

 

美(よく、あんな事出来るなぁ…)

 

「一応確認するが、これで俺が吸血鬼化するなんて事は、無いだろうな?」

 

「その心配は無いわ、大量に吸い尽くさなきゃ吸血鬼化はしないわ」

 

「だから、安心してね!」

 

「安心なんて、出来るかよ…」

 

「さぁ、行くわよ…」

 

「………ああ、来やがれバカヤロー!」

 

「いっくよー!」

 

二人の顔が、俺の目の前にまで近付く。

 

そして……

 

『カプッ!』

 

「うぐぁぁっ!?」

 

2人の牙が、首筋を貫通したのを感じた。

 

「うわっ……ひぃぃぃっは!」

 

「むぐっ……(動いちゃダメよ)」

 

「あはっ、はぁぁぁぁ!!」

 

自分でも情けないが、悲鳴を止める事が出来ない。

痛いのは一瞬だったが、言葉では説明出来ない劣情が起きていた。

 

 

「むにゅ…ぐっぐっ……」

 

「いやっ、は、は、激しい!?」

 

 

咲「祐さん……!」

 

美「大丈夫ですか?」

 

 

「うはっ……はうぁ……あっあっ…ひぐぅ…あ……!!」

 

 

吸血鬼からの攻めはまた終わらない。

 

「ひゃうわぁ? は、激しい! 激しく吸いすぎ……だ…!」

 

 

「(じゅー…)」

 

「ちゅー!」

 

 

「あっはぁぁぁぁ! ダメだ! もう…無理だ! それ以上激しく吸われたら………い……イッちまうよぉぉぉぉ!!」

 

その瞬間、自分の背筋が反り返るのを感じた。

 

「はぁ…あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

2人の拷問そのものの吸血が約1分近く続いた後……

 

「………ぷはぁ!」

 

「ふう…、ごちそうさま」

 

「うがぁぁ…はぇぇぇ……」

 

 

ようやく2人から解放され、その場に倒れ込んでしまった。

 

「や…やっと、終わったか……(ガタガタ…」

 

体が震える

寒い訳でも無いのに、震えが止まらなかった。

 

意識も朦朧とし、方向感覚が無い。

 

「祐さん、大丈夫?」

 

「しっかりして下さい!」

 

そこへ、咲夜さんとメイちゃんが駆け寄って来たが、2人の声は余り耳には入っていない。

 

「ふう…、美味しかったわ、祐助」

 

「祐さんの血、とっても美味しかったわ、ありがとね! また飲ませてよね!」

 

朦朧とした意識の中で俺が見たのは、艶やかに笑みを浮かべる2人の吸血鬼だった。

 

レミリアさんのカリスマに溢れた笑みに凄みを感じ、

フランちゃんは、普段の少女っぽい雰囲気では無く、妖艶な大人の笑みを浮かべていたのが、強烈な印象に残った。

 

血を吸っただけで、吸血鬼ってあんなに雰囲気が変わるものなのか?

 

「そ…そうか……それは…よかった……」

 

「一応、これでも十分加減したんだから、感謝しなさいよ」

 

「へ…へえ……涙出る位嬉しいわ……」

 

もはや、文句を言える余裕も無い。

ていうか、自分で何を言っているかすら、訳が分からなくなっていた。

 

「はぁぁ………血を吸ったら、急に眠くなってきちゃった…」

 

「そうね、さっきよく運動したから、尚更ね」

 

「じゃあ私、部屋に戻るからね! バイバイ祐さん!」

 

「私も部屋に戻るわ、咲夜、後はお願いするわ」

 

「はい、お嬢様…」

 

そう言い残し、2人は客間から出て行こうとした。

俺の心配は無しかよ!?

 

レ「……そうだ、言い忘れてたわ」

 

祐「…何だよ?」

 

レ「吸血鬼にとって、首筋から血を吸う行為って、どういう事か分かる?」

 

祐「えっ…? 首筋が吸いやすいからじゃないのか?」

 

レ「それだけじゃないわ……」

 

フ「私達にとっては、とってもエッチーな事なんだよ?」

 

祐「………はっ?」

 

レ「吸血鬼が首筋から血を吸うっていうのは、性行為も同然の事なんだよ」

 

祐「なっ……! せ、性……」

 

フ「だから、言うなれば、私とお姉様は、祐助と3P………」

 

祐「言うな! それ以上は言うな! お前の口から卑猥な言葉は聞きたくない!」

 

レ「あら、顔が赤くなってるわよ祐助? かわいいねぇ……アッハハハハ……!」

 

フ「きゃははは! 祐さんいい顔してるー!」

 

2人は笑いながら部屋を出て行った。

 

……屈辱だ、これほどの敗北感を感じたのは、かなり久し振りである。

 

「ク、クソ……アイツら………震えが止まんねぇ……」

 

ふと、咲夜さんとメイちゃんの方を見ると、顔を赤らめて視線を逸らしていた。

 

「おい…、ちょいと手を貸してくれよ……」

 

「えっ…えぇ………とにかく、手当てしましょう。 美鈴、手を貸して」

 

「は、はい!」

 

「悪いな…、2人とも…」

 

二人に起こされ、メイちゃんの肩を借りて別室へと移動した。

 

だが、悪夢はまだ終わっては無かった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「あぁ……ダメだ、まだ震えが止まらん…」

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

「大丈夫と言いたい所だが、本当に吸血鬼化しないか、そっちの方が心配だ…」

 

別室に移動し椅子に座っていたが、まだ震えは止まらない。

メイちゃんが横に座り、心配そうにしてくれている。

 

「薬箱を持って来たわ、処置を……………っ」

 

「……咲夜さん?」

 

「どうしました?」

 

俺を見て一瞬フリーズする咲夜さん

 

一体、何が起こった?

 

「…おーい、咲夜?」

 

「祐さん……」

 

何故か艶やかな表情をした咲夜の顔が俺に近付く。

 

「さっきはごめんなさい、そんな事とは知らなかったの……だから、お詫びというか……」

 

「お、おい……君は一体何を言っているんだ? お詫びって何をする気なんだよ…?」

 

彼女は、先程吸血鬼に咬まれた傷口を眺めていた。

 

「まだ血がこんなに…」

 

「えっ……」

 

彼女は、流れる血を指で掬うと、

 

「うむ……」

 

口に含んだ。

 

「おい、咲夜よ……何をやっているんだ…?」

 

「咲夜さん、一体どうしちゃったんですか?」

 

「祐さん、私………もう我慢出来ないわ……」

 

「だから、何を……」

 

「戴くわ……」

 

彼女は首に顔を近付け、舌で傷口をペロッと舐めたのだ。

 

「―――――っ!?」

 

「これは………お嬢様が美味しいって言ってたのも分かるわ…」

 

そして、ついに傷口を口で含んでしまった。

 

「お、おい、咲夜!? 何の冗談だ? 止めろ!」

 

「冗談じゃないわ、これは私からのお詫び…」

 

まるで、吸血鬼のように血を吸い始める咲夜。

 

一体どういう事なんだ? 咲夜に何が起こっているんだ?

違う! これは何時も彼女じゃない!

きっと、何かの間違いだ!

 

パニックになりそうなのを、何とか抑えようとするも、更に追い討ちを掛けられる。

 

 

「祐さん………咲夜さんにそんなものを見せ付けられたのでは……私ももう限界です…!」

 

「へっ? メイちゃん……何を……」

 

顔を赤くしていたメイちゃんは帽子を取り、俺の目の前まで近寄って来た。

 

「さっきバラしちゃったお詫びです、私も……」

 

そう言って、メイちゃんはもう片っぽの吸血鬼の咬み傷に口を含んだ。

 

「むぐ……」

 

「ひぃぃぃぃぃ!?」

 

一体、何が起こってやがる!?

 

「や、止めろ2人とも! 吸血鬼の真似事はよせ!」

 

遠のきそうになる意識を何とか制御し、声を上げるも、

 

「静かにして、すぐ終わるわ…」

 

「どうです祐さん? これが良いんですか?」

 

「う、うぉぁぁぁぁ…!」

 

右から左から、両脇から2人の美女に傷口を攻められている図。

ふらつく身体では、2人を跳ね退ける事すらままならない。

 

何という屈辱だ!

どうしてこんな辱めを受けなきゃならんのだ!?

 

「うぁぁぁ……もういい! 頼むから止めてくれ!」

 

「……ダメ」

 

「……止めません!」

 

何故に、こうなるんだよ?

こんな事をしに来た訳じゃないのに…。

 

「ねぇ、祐さん……私達と、しましょうよ?」

 

「一瞬に、楽しみましょうよ…、夜は長いんですから……」

 

「もう、止めてくれ……」

 

 

余りの羞恥に、一気に頭に血が上る。

 

 

「お前ら……」

 

 

茶番は終わりだ。

 

 

「「えっ……?」」

 

 

 

 

 

「いい加減にせんか―――い!!!!」

 

 

『ゴッツン!』

 

 

「「いっだぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」

 

 

頭に来てしまい、瞬時に2人から首筋を放し、

そして、咲夜と美鈴の頭を掴み、ゴッツンコしてやった。

 

遠退きそうな意識の中でも思いっ切りやったので、2人は白目を剥いて気絶してしまった。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ………とんでもねぇ阿婆擦れ共だ…!」

 

 

ふらつく身体を何とか制し、部屋を出た。

 

こんな所にいたら、また襲われかねん!

早いとこ、この場を放れないと…。

 

今、襲われたら、殺される自信がある。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「………そう、貴方もとんだ目に遭ったわね…」

 

「本当に、冗談じゃねーよ…」

 

あれから、俺はパチュリーさんに助けを求めて図書館にやって来た。

命からがら逃げて来たと言った方が正しいかもしれない。

 

彼女に回復魔法を掛けて貰い、ようやく震えが収まってきた。

 

「しかし、本当に何だったんだろうな? あの豹変の仕方は何時もの彼女達からは想像出来ないんだが…」

 

「それ、何時頃だった?」

 

「えっと、30分程前だったから……丑の刻?」

 

「なる程、多分その時間はそういう雰囲気っていうか、ムードになってしまうのよ」

 

「なんだよそれ? 意味が分からん…」

 

それ、何てエロゲ?

 

そんな情欲を、俺に向けないで欲しいものだ。

 

「………さあ、これで8割は回復した筈より、後はゆっくり休んで頂戴」

 

「ありがとよ、随分楽になったぜ」

 

「それにしても…、貴方もお人好し過ぎるわ、幾らゲームに負けたからって、レミィとフランに血を吸わせるなんて、自殺行為そのものよ?」

 

「スマン……全くその通りだ、言い訳は出来ん……」

 

「しょうがないわね……それじゃ、今から私の手伝いをしなさい」

 

「手伝い?」

 

「実験したい事が2、3あるのよ、付き合って貰える?」

 

「昼間の様な事にはならないだろうな?」

 

「大丈夫よ、今度は準備万端よ」

 

「それならいいんだが……なら手伝ってやるよ、さっきは助けてくれたんだからな、お返しだ」

 

「そう言ってくれて助かるわ、それじゃあ……」

 

それから、俺はパチュリーさんに言われた道具や薬物(?)の段取りや運ぶ作業、実験の助手をして手伝ってやった。

 

 

今考えれば、何の実験をするのかを聞いておくべきだった…。

 

 

 

 

「さあ、このフラスコの液体の匂いを嗅いでみて」

 

「………勘弁してくれ」

 

「ダメよ、ちゃんと手伝うって約束したでしょ?」

 

「いやさ、さっきまで十分にしたじゃないか」

 

「まだよ、これからが本番なんだから」

 

「何の効果があるんだ?」

 

「それは、後のお楽しみよ」

 

「大丈夫なんだろうか…」

 

仕方なく、フラスコ瓶の蓋を開け、瓶の口を鼻へ近付ける。

 

「…………ほのかに甘い香りがするが………」

 

それ以外は何も感じない。

……あれっ? ただの香水か?

 

そんな筈はないだろう、パチェがただの香水なんか作るかよ?

ていうか、香水なら俺じゃなく、咲夜かレミィに実験させるだろうよ。

 

「なぁ、何も起こらないんだが…」

 

「…………っ」

 

「パチェ、これは一体何の薬なんだ? 魔術に関連があるのか?」

 

「……………っ」

 

パチュリーさん、何故か顔が赤くなっていた。

……非常に、嫌な予感がする。

 

「……パチェ? どなんした?」

 

「祐……助……」

 

「えっ…?」

 

「貴方の事……前から……その……」

 

「おい……何の話をしてるんだ…?」

 

「むきゅう!」

 

「うおぉぉぉぉ!?」

 

突然、抱きつかれて来たらビビるだろ!?

 

「フンッ!」

 

「むごっ!?」

 

そして、俺の口に何かを入れた。

 

「な、何だ……飴玉? これって……(コロコロ…」

 

「フフフ……それはね………」

 

「………ぶふほぉ!!?」

 

突如として襲ってきた強烈な味に、卒倒してしまった。

 

そこから先の記憶は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チュン…チュン…』

 

 

「…………う……ん…?」

 

あ…朝か? 鳥の鳴き声が聞こえる。

 

気が付くと、何時の間にかベッドに寝かされていた。

腕時計を見ると、朝の6時を回っていた。

 

「あれから…どうなったんだったけ?」

 

寝ぼけているせいか、まだ状況が把握出来ていない。

 

 

「とりあえず、起きる………か……」

 

 

起きようとして横を向いた瞬間、俺は凍りついた。

 

「すぅ…すぅ…すぅ…」

 

「……リトル…?」

 

俺の横で、リトルが幸せそうな顔をして寝息を立てていたのだ。

しかも、妙に良い香りを漂わせてやがる。

 

「な…何で…?」

 

混乱しそうになるが、何とか抑える。

 

「この状況はよくな……」

 

「ううん……祐さーん♪」

 

「うおっ!?」

 

寝ているリトルが、俺の首に腕を回してきたのだ。

 

「ちょ、ちょっと……それはダメだろ……」

 

よく見れば、彼女は寝間着を着てはいるが、結構はだけている。

 

も、もしや……

 

すかさず、自分の服装を確認。

 

「………大丈夫だな」

 

服はちゃんと着ており、脱がされた形跡も無かった。

 

とりあえず一安心。

 

何とかベッドから出ようと、リトルの腕を解こうとしたが、

 

「うううん……」

 

「はっ…?」

 

後ろからも手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。

 

恐る恐る後ろを見ると…、

 

「パ…パチェ……」

 

それを見て、2度凍り付いた。

パチュリーが…、パチュリーが薄着で寝ていたのだ。

 

「てことはだ……」

 

俺は、人外の女に挟まれて寝ていたって事になる。

 

一体、あれから何があったんだ?

誰か説明してくれる人はいませんかね?

 

それを悟った瞬間、悲鳴を上げそうになる。

 

「………………っ!!!」

 

口を押さえ、必死で堪える。

訳の分からない汗が体中から出始めていた。

 

「落ち着け俺……とにかく出よう」

 

2人を起こさないように、そっと腕を解き、布団から出る。

 

「まだ起きてくれるなよ…」

 

直ぐに布団を掛けてやる。

何とか、起こさずに切り抜けられたが……

 

 

『……こあ! 邪魔よ、退きなさい!』

 

『……パチュリー様こそ……離れて下さい!』

 

 

「な、何だ…?」

 

突然始まった2人の寝言に、またも衝撃を受けた。

 

 

『祐助は私のものよ…! 貴女なんかの勝手にさせない』

 

『違います! 祐さんは私と付き合うんです! パチュリー様はお呼びじゃありません!』

 

『させないわ! 彼は私の男よ! 貴女なんか眼中に無いのよ!』

 

『そんな事絶対に許さない! 彼は私のもの、誰にも邪魔させないわ!』

 

 

「……………っ」

 

彼女達の寝言の会話を聞いて、鳥肌が立ってきた。

 

恐らく、コイツらは本音で話してるんだろう。

ていうか、夢の中までリンクしてやがるのか?

 

本当に本音ならば、冗談じゃねぇぞ…。

 

ドレミー・スイートってヤツに頼んで、何とかして貰うか?

 

そんな事を思いながら、静かに部屋を出た。

 

 

長い廊下を歩く道中、数少ない窓から外の様子を見る。

 

桜の花弁が散っているのが見えた。

 

 

「……春、真っ盛りだな………」

 

 

こういう陽気は、人妖を狂わせてしまうものだろうか?

昨晩は、紅魔館メンバーの有り得ない素顔を見てしまったのは、そのせいか?

 

何かの間違いだと思いたい…。

 

途中、何人かの妖精メイドに声を掛けられたような気がしたが、全く耳に入っていなかった。

 

また、ホフゴブリンに周りを付きまとわれた気がしたが、全く気にならなかった。

 

朝っぱらからこれかよ…。

 

満身創痍とは、まさにこの事だな。

 

そうやって俺は、荷物の置いてある客室へと向かっていた。

 

「早く帰りたい……」

 

その事ばかりで頭がいっぱいであった。

 

 

「みんな揃って……馬鹿たれ共が…!」

 

 

 

 

続く。




盛大なるキャラ崩壊がありました。
今後のストーリー展開に影響があるかは、まだ分からない…。

本当は、2つに分割しようと思いましたが、紅魔館編を早く終わらせる為に、一気に書き上げました。

次話で、紅魔館編は終わりです。

ちなみに、作中に出て来た「あの音楽」とは、「逃走中」のクライマックスで流れるあの音楽です^^


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅魔館の住人達 後編

お久しぶりです!
すっかり間が空いてしまいました(汗)

それでは、どうぞ!


「ふぅ……」

 

荷物の整理を終え、俺はバルコニーで煙管を吹かしていた。

 

昨晩の羞恥には、ホトホト参ってしまった。

本当に、此処の住人の神経を疑ってしまう。

 

「早いとこ、帰らなきゃな…」

 

あんな思いをしたなら、普通の人間はとっくに逃げ出しているだろう。

未だにこの場所に居る自分は、我ながら大したもんだぜ。

 

「おはようございます、祐さん」

 

「………?」

 

振り向くと、何事も無かったかのように、咲夜が立っていた。

服装も、何時もの様に整ったメイド服、少しめかしつけている様にもみえるのだが。

 

「あの、朝食の準備が出来ました…」

 

「…………っ」

 

俺は何も答えずに、煙管を咥えたままジト目で睨んだ。

 

「えっ……あの………祐さん…?」

 

「お前さぁ…、昨晩あんな事をしておきながら、よくも俺の前に平然とツラを出せたものだな」

 

「祐さん…あれは、その……」

 

「ああっ!?」

 

俺の問いに口ごもり、俯き目が泳いでいる。

普段の咲夜さんなら、絶対に有り得ないだろう。

 

「すぅ………ふうぅぅ……」

 

「ゴホッ!……ゲホッ、ゲホッ……」

 

わざと、煙草の煙を咲夜さんに吹きかけてやった。

ささやかだが、昨日の仕返しだ。

 

『パンッ、パンッ!』

 

「朝飯は要らねえ、俺はもう帰る」

 

煙管をしまうと、客室へ向かおうと歩き出した。

 

「祐さん、待って!」

 

後ろから咲夜に声を掛けられるが、最早振り向く気もしない。

そのまま、歩き続けた。

 

「昨日は……その………ごめんなさい……」

 

後ろから追って来る咲夜さんから、ようやく詫びの言葉が出た。

 

「昨晩のあれは………本当にお詫びがしたいと思って……その場の雰囲気っていうか、つい…」

 

「その結果はどうだった? 俺は非常にムカついたんだが?」

 

「そ、それは…」

 

「あれはな、変態がやる所業だ、まともな人間がやる事では無い。 俺は変態と友人になった覚えは無い」

 

「うっ……」

 

「寧ろ、男として屈辱を受けたぜ。三十余年生きて来たが、あんな事は初めてだったぞ」

 

「………っ」

 

「あんな屈辱、そう簡単に忘れられる様な出来事では無いだろ? こんな事があるのなら、もう紅魔館には来ない。 そんじゃ、あばよ」

 

客室に到着し、自分の荷物を担ぐと、直ぐに玄関へと向かう。

 

「待って、祐さん!」

 

そこで初めて、咲夜に腕を掴まれた。

振り向くと、彼女は涙目で俺を見つめていた。

 

「本当に…本当にごめんなさい! 貴方が屈辱を受けたというのなら、私は手を付いてでも謝ります! 許して欲しいなんて言いません、しかし……」

 

「しかし…?」

 

「私の事は嫌いになってもいい、でも、紅魔館やお嬢様を嫌いにならないで!」

 

「何故お嬢様が出てくる? これは君の問題だろ?」

 

「それは……貴方は大事なお客様です、お嬢様にとっても私にとっても……だからまた……来て欲しいの! お嬢様の為にも!」

 

そうやって自分の事を蔑ろにするのか、コイツは。

 

「…自分はどうなっても良いっていうのか?」

 

「はい……」

 

「この馬鹿たれが!」

 

「………っ!?」

 

「お前がいるからこそ、紅魔館は機能してるんだろうが! お前が居なくなったら何にも無くなるんだよ! 主を大切するのは結構だが、自分の事も大事にしろ! 俺はそういうのが嫌いなんだ!!」

 

「ゆ、祐さん…!」

 

俺を見つめる彼女の目から、一筋の涙が流れた。

全く、俺ってこういうのに弱いんだよな…。

掴まれた腕をほどき、彼女の涙を拭ってやった。

 

「はぁ………もう良いよ、今回は水に流してやる」

 

「えっ…?」

 

「今回はな、次またやったらキレますよ?」

 

「………はい!」

 

やっと彼女に笑顔が戻ってきた。

咲夜さんには、笑顔がよく似合う。

 

「あの…それで……」

 

「分かったよ、朝飯を食べさせて貰うよ」

 

「はい! では、案内しますわ」

 

彼女は俺の手を取り、食堂へと案内した。

 

場所は分かってるんだけどなぁ…。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「ふぅ、朝から食った食った!」

 

朝っぱらから、鱈腹飯を食ってしまった。

やはり、咲夜さんの作る飯は美味い。

 

さっきの発言は撤回しよう、そう思ってしまった。

本当、甘いよなあ、俺って。

 

ひと息入れたら、今度こそ帰ろう。

このまま居座ると、面倒な事になりそうな予感がするのだ。

 

特に、パチェとリトルには会いたくない。

あの寝言を聞いた後だ、リアルで何か起きそうな気がする。

 

鞄を担ぎ玄関へと向かう。

 

扉を開けた瞬間、眩しい日差しが入ってくる。

 

「朝日が眩しいな…」

 

一瞬目が暗むが、直ぐに元に戻る。

 

すると、視界の先に

 

「えっと、水やりはこんなもなかな?」

 

美鈴が、花壇の花に水やりをしている最中であった。

 

「あの野郎……」

 

彼女を見た瞬間、怒りが沸々と沸き上がって来た。

 

「………あっ、祐さん! おはようございます!」

 

「…………っ」

 

昨晩の事があるから、返事はせずに睨んでいた。

 

「あの……祐さん……?」

 

「美鈴…、昨晩はよくもやってくれたな、それでいて今朝は何事も無かったかの様に挨拶か、良い根性してるよなぁ」

 

「あ…!………あれは…その……咲夜さんがあんな事をするから…つい……」

 

「人の所為にすんな!」

 

「いや……だから……」

 

「オマケに、フランに俺の居場所を教えたな?」

 

「あれは、えっと……仕方無かったんですよ…妹様に責められたら、嘘は通せないですから……」

 

「あの時のフランは、能力を封印してあったんだ。 お前は黙ってたって無事だったんだよ」

 

「そんな!? そんなの聞いてませんよ! 初耳ですよ!」

 

「じゃかぁしい! 居場所をバラしたらどうなるかって、ちゃんと言ったよなあ?」

 

「ごごごごめんなさい! どうか許して下さい!」

 

「聞く耳持たん! 表出ろや!!」

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

「貴様のその腐った根性、叩き直してやる!」

 

「ど、どうかご勘弁を…」

 

「いいから来い!」

 

「や、止めて下さぁぁぁぁい!!」

 

激しく嫌がる美鈴の手を掴み、無理矢理引きずりながら門の方へと向かった。

 

しっかり、ヤキ入れてやるからな。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「さあメイちゃんよぉ、此処まで来たら覚悟を決めな!」

 

「祐さん…、お願いですから止めましょうよ…」

 

「おいっ! お前は紅魔館の門番だろ? そんな弱気でどうする!? 仮に俺が侵入者だったら何とするつもりだ!?」

 

「だって……祐さんと闘うと、ボコボコにされちゃうんですから…」

 

実は、以前何度か稽古と称してメイちゃんと勝負をして、全て俺が彼女をフルボッコにしているのだ。

 

本人にしてみれば、トラウマものであろう。

 

「勝てるように努力しろって、何時も言ってるだろう?」

 

「祐さん強過ぎですよ! 博麗の巫女を育てた実績は、伊達じゃ無いんですから!」

 

「それとこれとは話は別だ、苦手意識は捨てて、さあ掛かって来い!」

 

「うぅぅぅ……」

 

渋るメイちゃん、逃げ場は無いぜ。

 

「仕方無い………祐さん! 手加減出来ませんよ!」

 

「いいとも、本気で来い!」

 

「すぅぅぅ……」

 

ようやくその気になったメイちゃんが気を練り出し、一気に臨戦態勢に入る。

 

「はいやぁぁ!」

 

「ふんっ!」

 

美鈴が打ち込んで来るのを見定め、次の一手を決める。

 

「はぁぁ……」

 

蹴りのモーションに入ったのを見逃さない。

 

「そらぁ!」

 

「ふぇっ!?」

 

両手で脚を止め、

 

「オラァ!」

 

『ドガッ!』

 

「ぐへぇぇぇぇ!?」

 

俺の膝が、美鈴の鳩尾にクリーンヒット。

メイちゃん、うずくまり悶絶。

 

「おい、何だそのシケた攻撃は? 本気で来いって言っただろ!?」

 

「い…いえ……本気ですから……」

 

「立て! まだ終わりじゃ無いぞ!」

 

「は、はい……」

 

何とか立ち上がると、再び気を練り出す。

 

俺も少しだけ霊力強化しとくか…。

懐に忍ばせた札を取り出し、術式を唱える。

 

「行きます! 虹府『彩虹の…………うがぁぁぁぁ!?」

 

彼女がスペルを宣言しようとした瞬間には、一気に踏み込み、またしても鳩尾に一撃を叩き込んだ。

 

メイちゃん、またしても倒れ込んで悶絶。

ついでに、のたうち回っていた。

 

「今、何をしようとした?」

 

「す…スペルの宣言を……」

 

「遅い、遅過ぎる!」

 

「そ、そんなぁ!?」

 

普通の人間じゃ、彼女を伏せる事など出来はしない。

だが俺は…、それが可能である。

 

普通じゃないから(笑)

 

「(どうしよう…、このまましゃ、絶対負ける…!)」

 

「おいおい、俺は人間だぞ? そして君は妖怪だ。 人間なんかに負けて悔しくは無いのか?」

 

「悔しいけど……けど、祐さんは別格です」

 

「人間に違いはねぇよ、そんな弱気じゃあまた負けるぞ。 今度こそ本気で来い!」

 

「く…クソ……!」

 

立ち上がった可能から、一気に妖気が溢れて来た。

いよいよ本気になってくれたか?

 

「はぁぁぁぁあ!!」

 

「あれは……」

 

「華符『彩光蓮華掌』!」

 

「来たな…」

 

米粒のような弾が、拡散しながら俺へと向かって来た。

 

「こりゃ、勝負というよりスペル攻略だな…」

 

なかなか、いい弾幕だ。

 

弾の動きを見極め、右へ左へと回避する。

地上で回避するのは難易度が上がるが、俺にしてみればこれは普通だ。

 

そうしている間にも、メイちゃんも動き回っている。

彼女のスペルの特徴でもあるな。

 

これでカメラでも持ってりゃ、切り取り撮影してやるのだが。

 

「なあ、全く当たらないんだが…、ワザとか?」

 

「そ、そんな……」

 

「俺も色んなヤツのスペルカードを見てきたからな、これ位はそよ風が吹いてるみたいで心地良いな、それっ!」

 

地上での回避が面倒になったので、軽く飛び上がってみた。

 

「あれっ、祐さん飛べるんですか?」

 

「おや?以前見せなかったっけ? 一定の条件下なら短時間だけ飛ぶ事も可能だが?」

 

「し、知りませんでした…」

 

「最も、俺が空を飛ぶなんて超希少なんだがな」

 

やっぱり飛ぶと疲れるから止ぁめた。

ゆっくり地上へと降りると、

 

「…今だ!」

 

「………っ?」

 

「それを待っていたわ! 隙ありぃ!」

 

狙っていたかと言わんばかりに、飛び蹴りを繰り出してきた。

あれで、隙があるように見えたのかね?

 

大した眼力だ(笑)

 

「フンッ!」

 

美鈴の脚を僅かに避け、直ぐに胸倉を掴む。

 

「なっ……!」

 

「はいっ!」

 

そのまま、投げ飛ばしてやるが、

 

 

「ふぁぁぁ!」

 

 

態勢を取り直した美鈴は、そのまま着地する、流石だ。

 

だが………!

 

 

「隙ありってのはな…」

 

 

「えっ……」

 

 

彼女が顔を上げた時には

 

 

「こうするんだぁぁ!」

 

 

『ドゴッ!』

 

 

「うがぁぁ!?」

 

 

俺の右フックが炸裂し

 

 

「はぁっ!」

 

 

『ガッ!』

 

 

「がはぁぁ!?」

 

 

そのまま連続攻撃!

次に左裏拳!

 

 

「オラァァァ!!」

 

 

『バギィッ!』

 

 

「ごばぁぁぁぁ!?」

 

 

最後は右アッパーで締め!

俺のお得意の3連続攻撃。

通称、ガ○リングアタック!

 

それを食らった美鈴は、盛大に吹っ飛んだ。

 

大抵の相手は、これでKOだ。

幻想郷の強者もこれを受けたら、しばらくは立ち上がれない。

 

 

「あーあ、スッキリした……」

 

「うぎぎぎ……痛い……もうダメ……」

 

立ち上がる事も出来ず、満身創痍の美鈴。

ちょいと、本気を出し過ぎたかな?

最後の方、骨が砕けた音がしたような…?

 

「おーい、生きてるかー?」

 

倒れたメイちゃんに声を掛けるが、弱々しい返事が返って来た。

 

「な…何とか……生きてる……みたい………です……」

 

「まだ続けるかい?」

 

「もうダメです………勘弁して下さい……私、死んじゃいます……」

 

「心配するな、君はこの程度では死にはしないさ」

 

「祐さん、酷いです……ていうか、全く手も足も出ませんでした……」

 

「言っとくけど、そこまで本気で攻めてなかったんだぞ? 最後の一撃は本気だったが」

 

「あれで本気じゃなかって……悔しい過ぎるぅぅぅぅ!!」

 

彼女は寝たまま泣き始めた。

 

こりゃ、本当に悔しかったんだろうなあ。

 

「悪いが、修羅場を潜ってきた数は君より多い筈だ。 それこそが、俺を鍛えた一因でもある」

 

「……どうすれば、そんなに強くなれるんですか…? 私ももっと……強くなりたい……」

 

「強くなりたいなら、武者修行の旅をオススメするよ、幻想郷を歩いていれば幾らでも妖怪が襲って来るからな、それを片っ端からぶちのめして行けば、自ずと実力がついて来る」

 

「でも、そんな事で……」

 

「修行あるのみだ!」

 

俺は、メイちゃんに手を差し伸べた。

 

「………っ!」

 

彼女も、俺の手を掴んだ。

そして、起こしてやった。

 

「大分怪我したな、手当てしてやるよ」

 

「祐さん…」

 

近くに置いておいた鞄を取り、中から治療道具を取り出す。

これは何時も持ち歩いているものだ、何かあった時はとても役に立つ。

何てたって、永遠亭の八意永琳の作った薬だからな、信頼性は高い。

 

「ちょっと染みるぞ、我慢しな」

 

「あ………いぃぃぃぃ…!!」

 

消毒液を傷口に付けると、メイちゃんは苦悶の表情で、歯を食い縛っていた。

 

「此処も傷があるな、ちょちょっと…」

 

「し、染みるぅぅぅ…!」

 

「もう少しだ、我慢我慢!」

 

「ぐぅぅぅぅ……」

 

手早く傷口の消毒をして、薬を塗り付けた絆創膏を貼り付ける。

 

「こ、これは……痛いぃぃぃ!!」

 

「………よし、もう終わりだ。 妖怪の君なら明日には完治するさ」

 

包帯を巻き終え、今度は薬と水を用意する。

 

「何ですか、コレ?」

 

「痛み止めだ、これを飲めばしばらくは痛みを和らげてくれる。 さあ、ぐっと飲め」

 

「はい……うぐっ…うぐっ…」

 

俺が渡した薬と水を一気に飲み干すメイちゃん。

 

「ふう…、ありがとうございました」

 

「もう大丈夫か? 立てるか?」

 

「はい…、何とか…」

 

俺の手を借りて、痛そうにしてたが立ち上がる事が出来た。

 

「何とか大丈夫そうだな」

 

「はい、お陰様で。 祐さんは、こんな治療も出来るんですね!」

 

「俺の稼業は怪我が絶えないからな。 これ位の応急処置はお手の物さ」

 

まあ、大体は鈴仙さんに教わったんだがな。

 

「それから…気を付けろよ、肋骨が砕けてるかもしれないからな」

 

「えっ……」

 

「さっき吹っ飛んだ時に、鈍い音がしたからさ」

 

「あう……」

 

それを聞いてショックを受けたのか、ガックリと肩を落とした。

 

…敢えて、見なかった事にしよう。

 

「さて、そろそろ……」

 

「あ、あの……」

 

今度こそ帰る支度をしようとすると、メイちゃんに声を掛けられる。

 

「うん? どうした?」

 

「また…、勝負してくれますか?」

 

「もちろんだ、次こそ俺を手こずらせてくれよ?」

 

「は、はい!」

 

「よし! そろそろ帰ろうかな……」

 

「待ちなさい」

 

「……っ?」

 

不意に声を掛けられる。

そこには、日傘を差して立っているレミリアさんと咲夜さん、リトルがいた。

 

レ「面白い余興だったわ」

 

祐「何だ、見てたのか」

 

レ「最初からじゃないけどねえ」

 

咲「やっぱり、美鈴じゃ歯が立たなかったわねぇ」

 

美「見てたんなら、止めて下さいよ…」

 

咲「無理よ、ああなったら私じゃ止められないもん」

 

祐「いや、君なら止められるだろ…」

 

小「祐さーん!」

 

祐「うおっ!?」

 

リトルがいきなり抱き付いてきやがった。

 

小「次はいつ来るんですか?」

 

祐「さあ…、いつになるかまだ分からないが……」

 

小「えぇぇぇ!? 私、寂しいよぉぉ! 出来るだけ早く来てね! 次こそ祐さんをモノにするんだから!」

 

祐「おいリトル! 誤解を招くような言い方は…………っ!?」

 

ふと、辺りを見ると、3人が俺をジト目で見つめていた。

 

レ「祐助…、これは一体どういう事なの?」

 

祐「どういう事って……小悪魔に聞いてくれないか?」

 

小「ウフフ♪ 祐さんは私とお付き合いするんですよ!」

 

『はぁぁぁぁ!?』

 

一同は驚きの声を上げる。

 

一番驚いているのは、俺だっつーの。

 

レ「お、お前! 一体誰に許可を得てそんな事を言っているんだ!?」

 

小「あら、お嬢様。 妬いてるんですかぁ?」

 

レ「そ、そんな訳無いでしょ! 祐助は貴女のモノじゃないのよ!?」

 

小「いいえ、お嬢様のものではありません。もちろん、パチュリー様のものでも無いわ」

 

祐「そう言えば、そのパチュリーさんは?」

 

小「まだ寝てますわ、今日はもう起きないかもね?」

 

「……………っ」

 

何をしたんだコイツは…。

まさか……そんな事は無いよな?

 

レ「……とにかく、そんな事は許さないわ!」

 

小「横取りはいけませんよ?」

 

レ「うるさーい! 横取りも何も無いでしょうがぁ!」

 

レミリアさん、顔を真っ赤にして怒っている。

何とかしないと、本当に殺し合いが始まりそうだ。

 

祐「リトル、 それ位にしな。俺は君と付き合うつもりは無いって言っただろ?」

 

小「そんなぁぁ!?」

 

レ「……なぁんだ、ちゃんと分かってるじゃないの、祐助」

 

祐「かと言って、君でもないからな?」

 

レ「う〜〜…!」

 

そこら辺は、はっきりさせておかないといかんからな。

 

「さて、後は君達で話し合ってくれ。 俺はお暇させてもらう」

 

 

鞄を持ち湖の方向を向くと、そのまま歩き出す。

 

レ「また、必ず来なさいよ。 色々と相手になって貰うから」

 

咲「祐さん、来てくれたらまた夕食をご馳走しますわ」

 

美「次は絶対、一矢報いてやりますから!」

 

祐「おう、期待してるぜ。 じゃーなー」

 

俺は、振り向く事無く手だけ振って、その場を後にした。

この後はきっと、修羅場になるんだろうな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

小「ウフフフフ……祐さん、次はいつ来てくれるのかなぁ?」

 

レ「小悪魔……話がある、今から図書館へ来なさい」

 

小「何ですぅ? やっぱり嫉妬してるんですか、お嬢様?」

 

レ「違うと言っているだろ!? 一度お前は躾をし直さなきゃならないようだな!」

 

小「いやだ、こわーい♪」

 

レ「コイツぅ……!」

 

咲「お嬢様、何故そこまでムキになるのですか?」

 

レ「へっ? 咲夜…?」

 

咲「彼はモノではありません、ましてやお嬢様1人のモノでは無いのです」

 

レ「さ、咲夜? 貴女まで何を言い出すの?」

 

咲「彼は私の……」

 

美「祐さんは、私と勝負するんです! だから、誰にも手出しさせませんよ!?」

 

咲「美鈴…、どさくさに紛れて何を言っているの?(怒」

 

美「祐さんの相手は私です、お嬢様でも咲夜さんでもありません!」

 

レ「ふーん…、大した度胸ねぇ…」

 

咲「貴女がそんな事をホザくなんて、思ってもいなかったわ…」

 

美「やる気ですか? 受けて立ちますよ!」

 

レミリアは爪を向け、咲夜はナイフを構え、美鈴も直ぐに踏み込める態勢に入った。

 

小「ちょっと! 私を差し置いて何を勝手な事を言ってるの? 祐さんは私の……」

 

レ「うるさい! みんな纏めて痛い目に遭わせてやる!」

 

そこへ、思わぬ横槍が入る。

 

フ「わーい! 何か面白そうだから、私も混ぜてぇぇ!」

 

レ「フ、フラン!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズド―――――――ン!!

 

 

 

 

 

「うん………何だ……?」

 

 

何か、もの凄い爆発音がしたので振り返ってみる。

 

紅魔館の方角から、凄い煙が上がっているのが見えた。

 

 

「あいつら…、やっぱりやっちまったか………放っとけ、気にしない気にしない」

 

もう、あそこに行くのは懲り懲りだ。

出来れば、もう行きたくは無いな。

 

……でも、また行くんだろうなあ、きっと………。

 

お人好しな性格は、これだから困る(苦笑)

 

「そう言えば、土産物のお菓子が少し残ってたな、誰かに渡さなきゃ…」

 

鞄の中を確認すると、粒餡最中の箱が幾つか残っていた。

ちと、買いすぎたか…。

 

「はぁ…、渡すたってなぁ……誰に渡そうか……」

 

森を歩きながら、その事で悩む俺。

 

 

『グォォォォォォォ!!』

 

 

「……お前には、これをやる」

 

 

 

シュッ…………チュドーン!

 

 

 

『ギャオォォォォォ…!!』

 

 

不意を突いて来る悪い妖には特別サービス。

博麗札では無く、守矢札をお見舞いしてやる。

 

「どうだい? 霊力ばかりじゃ詰まらないだろ? たまには神力で退治されるのも最高じゃないか?」

 

『……………っ』

 

だが、その妖はピクリとも動かなかった。

 

「おやっ、即死か………お気の毒様」

 

博麗札も十分凄いが、守矢札もなかなかの威力だ。

流石は、あの二柱が力を込めてるだけはあるな。

 

「一応、封印しておくか…」

 

屍になった妖の身体に博麗札を貼り付け、封印術式を唱える。

これで、復活する事は二度と無いだろう。

 

別に殺してしまう事は無かったか?

仕方ない、これは不可抗力だ。

守矢札が凄すぎるんだ。

 

それに、身に降る火の粉は振り払わなければならない。

コイツも、襲う相手が悪かったな…。

 

しかし、よく考えてみれば、今回の外出で初めて妖に襲撃されたんだよな。

 

……何かこう、もっと骨のある妖は居ないもんかねぇ?

 

「慶治や平九郎の方がよっぽど手応えあるぜ…」

 

まあ、あの2人と比べたらダメか。

 

 

その場を離れ、再び森の中を歩き出す。

 

 

「(♪)春は名のみの 風の寒さや

谷のうぐいす 歌は思えど

時にあらずと 声も立てず

時にあらずと 声も立てず〜…」

 

 

早春賦を口ずさみながら、森を散策して歩く。

童謡を歌うと、何だか気持ちが落ち着く。

 

さっきの様な殺伐とした妖怪退治をした後でも、童謡を口ずさむと気持ちが和むものである。

 

 

「(♪)氷融け去り 葦はつのぐむ

さては時ぞと 思うあやにく

今日も昨日も 雪の空

今日も昨日も 雪の空〜……

 

………昔を思い出すなぁ…」

 

 

柄にもなく、黄昏ってしまった。

 

すると、遠くの方から何か音が聞こえた。

 

「うん……?」

 

『ドドドドン!………ドンドンドン……ドガガガガ……!』

 

「何だか、激しいリズムだな……」

 

『ドガガガガ! ドドドドドドドドドンドガ!………ヒャッハ―――!!』

 

「………プリズムリバーの音では無いな……」

 

こんな激しいドラムのリズム……、ビートを奏でるのは幻想郷じゃ、1人しかいない。

 

「堀川雷鼓め……」

 

昼間だからいいものの、こんな音を真夜中に放たれては、近所迷惑もいいとこだ。

 

「せっかくだし、行ってみるか…」

 

お土産のお菓子も残ってる事だし、丁度良い。

 

そんな訳で、俺は激しいビートを奏でるライブ会場(笑)へと、向かってみるのであった。

 

 

 

 

 

続く…。




紅魔館を離れても、また一騒動の予感が……?


すっかり、失踪常習犯になってしまいました、皆さんお元気ですか?

ペースは上がらなくても、どうにか続けてはおりますw
執筆ペースが上がらないのは、単に自分のモチベーションに問題があるんですが…。

暑い日々が続きますが、少しずつ進めていきます。。。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

付喪神に嫌われているのか?

輝針城キャラとの交流です。


『ズンズン…………ドガドガドガドガッ!』

 

 

誘われるように、騒がしい音が聞こえる方向に向かってみる。

 

しかし、近付くにつれ、何やら違和感が。

 

 

『ベンベン………バラン……』

 

 

うん…? 他にも音聞こえる…?

 

一応警戒しながら、ゆっくりと近付く。

そして、ようやくその音源の場所に辿り着いた。

 

弁「ちょっと雷鼓さん! 飛ばし過ぎだって言っただろ!?」

 

雷「えぇぇ!? さっきよりペースは落としたわよ?」

 

弁「それでも、全然ついて行けないんだよ!」

 

八「本当に、頼むわよ…」

 

……相変わらずやってるなぁ。

 

 

アイツらを見てると何時も思うが、あの組み合わせでは無理がある。

雷鼓さんの和太鼓(ドラム)、弁々さんの琵琶、八橋さんの琴、ジャンルが違う楽器で合わそうという方が無理だと思うが。

 

雷「とにかく、もう一回やりましょうよ」

 

弁「…分かったわ、今度はお願いよ、雷鼓さん」

 

八「また同じ事になりそうね…」

 

別に無理して合わせる必要無いじゃん。

 

そう思いながらも、演奏の様子を見てようと少し近づこうとしたが、

 

 

『バキッ』

 

 

「ヤバッ…!」

 

落ちていた木の枝を踏んでしまい、盛大な音がした。

当然、それを見逃す奴らでは無い。

 

雷「……っ!? 誰!そこに居るのは!?」

 

弁「隠れてないで出てこい!」

 

八「痛い目に遭いたいのかしら?」

 

一斉に、俺の方へと敵意が向けられる。

これ以上、隠れていても無駄だな。

 

「…まあまあ落ち着きなよ、俺だよ」

 

雷「な、何だ、祐さんか…」

 

弁「驚かさないでよ!」

 

八「…それで、何か用なの?」

 

 

「スマンスマン、そんなつもりは無かったんだが、森を歩いていたら君達の楽器の音が聞こえたんで来てみたら、お取り込み中だったようで声を掛けづらかったんだ」

 

雷「別に遠慮なんてしなくて良いわよ、祐さんなら歓迎よ!」

 

弁「私も別に構わないけどさ…」

 

八「私はちょっと……」

 

三人のリアクションは、それぞれに違い、なかなかに面白い。

 

 

因みに、この三人との出会いは、あの鬼人正邪が起こした異変のしばらく後だ。

見た目と性格が合わないと思っていたら、付喪神として生れたてで、精神だけが成長し過ぎいるのが原因であった。

 

霊夢に聞いていた話では、ちょいと凶暴だったらしいが、俺が対面した時にはそうでも無かった。

恐らく小槌の魔力が抜けた影響だと思われる。

 

しかし、そこからが一筋縄ではいかなかった。

 

雷鼓さんは比較的サバサバした性格で、仲良くなるまでにはそれほど時間は掛からなかった。

 

しかし、九十九姉妹はくせ者で、なかなかそうはいかなかった。

何分、姉妹揃って性格がキツい。

 

姉の弁々さんはまだ良い、

何度かぶつかったが、今では随分馴染んできた。

しかし、妹の八橋さんはいけない、

未だに毛嫌いされている節がある。

 

雷「…どうしたの?」

 

「何でもない、今日はちょっと疲れてるんだ」

 

弁「疲れてる? まだ昼前だよ? 一体何してたんだよ?」

 

八「どうせロクな事してないんでしょ? あんたの事だから」

 

「それは酷い物言いだな八橋さんよ、訳を聞いたら君達はビックリするだろうな」

 

弁「まーたかよ、その手には乗らないわよ!」

 

「ふーん…、それじゃあよ、君達も紅魔館の事は知ってるよな?」

 

雷「そりゃ知ってるわ、あそこのメイドとは闘ったんだから…………って、えぇっ!? あの吸血鬼が住んでるっていう赤い館の事?」

 

「そうだ、俺はその紅魔館に一泊して吸血鬼の相手をしていたって言ったらどうする?」

 

弁「ちょっと……マジで言ってるの?」

 

「マジさ、嫌になるほど付き合わされたぜ」

 

八「ていうか、嘘じゃないでしょうね? そんな証拠があるの?」

 

「見せてやろうか?」

 

シャツのボタンを外し首元を見せてやった。

パチェに回復魔法を掛けては貰ったが、傷跡はまだはっきり残っている。

 

「首筋左右2ヶ所に咬み傷があるだろ? それは昨晩、吸血鬼姉妹にガブッとやられたんだ」

 

雷「うわっ、本当だ……」

 

弁「なかなかにエグいわねぇ…」

 

八「よく死ななかったわね?」

 

「死にかけたが、後の処置がよくてな、何とかなったのさ」

 

その後の、『情事』については黙ってよう、突っ込み所満載だからな。

 

八「そのまま死ねば良かったのに」

 

「お、おい……」

 

さらっと酷い事言うなあ、コイツは。

 

弁「ちょっと八橋、それは言い過ぎだよ!」

 

八「別に良いじゃない、私は困らないわ」

 

弁「そりゃそうだけど…」

 

「ハハハ…、こりゃ相当に嫌われてるな」

 

弁「祐さん、あんまり気にしないでね、八橋はこういう性格だから」

 

八「……フンッ!」

 

やっぱり、八橋さんとは相性が悪いみたいだな。

 

「どうだ? 今度は君達も紅魔館に来ないか? 紹介してやるぞ」

 

「「「断る」」」

 

見事なまでの即答だな

ちょいと挑発してやるか。

 

「何だよ、ビビってるのか?」

 

雷「えっと…、ちょっと怖いかも…」

 

弁「別にビビってなんか……でも……」

 

「どうした?」

 

弁「紅魔館って、吸血鬼以外にも魔法使いや悪魔、時間を操るメイドがいるんじゃ、流石に多勢に無勢なんじゃないかってね…」

 

「心配するな、君が束になったところで到底勝てんから」

 

弁「な、なんだとぉぉぉぉ!!?」

 

八「姉さんを愚弄するなら、私も許さないわよ!」

 

おやおや、ムキになってるよ。

本当の事を言っただけなのに。

 

 

「そんなに言うなら、勝負してみればいいじゃん? それで白黒はっきりするんだからさ」

 

弁「うっ……それは………」

 

八「やっぱり何でも無いわ…」

 

「何だよ、二人揃って腰砕けだな。 最も、俺に勝てなきゃ、アイツらにも勝てないだろうけどな」

 

弁「そんな事は無いぞ! 次こそあんたに勝ってやる!」

 

八「あれが本気だったなんて思わない事ね! 人間の分際相手にいきなり本気出す訳無いでしょ!?」

 

「へぇ……そうなんだ……」

 

今の物言いには、イラッとした。

少しだけ殺気を二人に向けてみる。

 

 

弁「うわっ………えっと……」

 

 

ほんの僅かな殺気なのに、急に弁々さんの顔色が変わる。

 

「あれは本気じゃなかったんだよな? もう一回やってみるか?」

 

八「えっと……その……やってやるわよ…!」

 

そうは言っているが、八橋さんの腰が完全に引けているのが、はっきり分かった。

 

雷「二人とも止めなさいよ、どう足掻いたって祐さんには勝てないわよ」

 

八「で、でも……」

 

「俺は構わないよ、コイツらの気が済むまで幾らでも相手になるが、でも…」

 

弁「……でも?」

 

「あんまり調子に乗るようだったら、命の保証はしないぞ?」

 

 

「「……………っ!」」

 

二人の顔が青ざめる。

 

 

この九十九姉妹とは、初めて対面した時にバトルになっている。

まるで、処かの誰かみたいに、人の話も聞かずに攻撃してきやがってな。

 

最初は手加減してやるつもりだったが、余りにも執拗に狙ってきやがるから、つい本気になってしまい、最終的には弱音も吐けない位にぶちのめしてやった。

その様子を見ていた雷鼓さんは、腰を抜かしていた。

 

『わっほーい! 悔しいけど、博麗の巫女より強いかも!?』

 

あの時の八橋さんの一言は、今でも印象に強く残っている。

 

 

「ほらっ、来なよ………お望み通りシバいてやるから」

弁「あ…あの………さっきの発言……撤回します……」

 

八「わ、私も………ごめんなさい……」

 

せっかく俺が道具を構えてやる気を出してやったのに、やる前から戦意喪失ですか。

誰だったけな? 他にもこんなヤツが居たな。

 

「はぁ…、君達には付喪神としての意地は無いのか? ボコボコにされても立ち向かって来る位の度胸はよ?」

 

弁「いや…だって……無理だし……」

 

八「あの時だって、本気で道具に戻されるかと思った訳だし……」

 

「情けねえ…、少しは鬼人正邪を見習えよ、アイツはどんなに打ちのめされたって不死身の如く這い上がって来るんだぞ? 実際にヤツは君達を含め、回避不可能な弾幕を繰り出して来る奴らをアイテムを駆使して振り切ったんだ、その手腕と根性だけは評価出来る」

 

弁「でも、アイツがやった事はロクでも無い事だったんだぞ?」

 

八「そうよ、小槌のお陰で私達はこうして生れたけど、同時に多大な迷惑を掛けてるんだから!」

 

「もちろんそれは分かってる、評価はしても別に許した訳では無い。 特にアイツは人を利用するだけしておいて、状況が悪化すると平然と自分だけ逃げる卑怯者だ、その一番の被害者は針ちゃん………いや、針妙丸だろう。それを針妙丸から聞いた時は、やり場の無い怒りを覚えた」

 

雷「へ、へぇ………」

 

「だから、俺はアイツを見付けたら只では済まさん、殺しはしないが、半殺しにして二度と五体満足な身体で生きていけない様にしてやる…」

 

「「「…………っ」」」

 

静かに怒気を含めながら語ったら、三人は誰も口を聞いて来ようとはしなかった。

 

ちょっと、空気が悪くなったかな?

 

「……おっと、君達だって被害者だったんだよな、君達が悪い訳でも無いのにこんな暗い話して済まなかったな、つい熱が入っちまった」

 

雷「まぁ……気にしないで……」

 

「ありがとよ」

 

此処は食い物で誤魔化しますか。

 

「お詫びと言っちゃ何だが、お菓子を持って来てるんだ、今 人里で一番人気の最中に落雁もある、食べなよ」

 

鞄からお菓子の入った箱を取り出し、実物を見せてやる。

それを見て、雷鼓さんが真っ先に食い付いて来る。

 

雷「ウッソ!? 今話題の最中があるの?」

 

「知ってるのか?」

 

雷「ええ、前にこっそり人里に行った時に、人間達が美味しそうに食べてるのを見て……自分は食べれないのが口惜しかったわ!」

 

「何だ、それなら俺んとこに来れば買ってやったのに」

 

雷「そこまで考えなかったわよ!」

 

アホかコイツ。

 

「…まぁ、とにかく食べなよ、弁々さんに八橋さんも食べようや」

 

弁「やりぃ! 実は私も食べたかったのよねぇ!」

 

八「ちょっと姉さん! 本当に食べるの?」

 

弁「何で? こんなに美味しそうなもの、見逃す手は無いじゃない?」

 

八「だって…、毒とか入ってたらどうするの?」

 

「そんな事するか! この馬鹿たれが!」

 

八「分かんないじゃない、人間なんて信用出来ないし!」

 

「あっそ、勝手にしろ。 それじゃ、俺達だけで食べようか」

 

雷「そうね、遠慮なく戴くわ」

 

弁「要らないなら、八橋の分は私が戴くね!」

 

八「ちょっと……何よ……」

 

何か言いたそうな八橋さんを後目に、俺達は菓子を食した。

 

 

雷「うむっ………うわっ、この最中、最高に美味しいじゃん!」

 

弁「ホントよね! そこまで甘ったるく無いし、絶妙な味加減が何とも言えないね!」

 

「そんなに美味いか、まだまだあるからもっと食え」

 

弁「遠慮なく戴きぃ!」

 

八「あっ………あぁぁぁ…………」

 

雷鼓さんと弁々さんが旨そうに食っているのを、少しはなれた場所から八橋さんが見ている。

 

 

涎を垂らしながら。

 

 

雷「この落雁も良いわね、この歯応えが何とも言えないね」

 

弁「こんな美味しい物を食べないなんて、勿体無くてバチが当たっちゃうわ!」

 

八「う…うぅぅぅぅぅ……!」

 

 

何か一匹唸ってるように聞こえるが、気にしない方向で。

 

弁「まだある?」

 

「あるぞ、ちょっと待ちな」

 

鞄から残りのお菓子を取り出す。

よし、これで全部消化する事が出来たな。

 

「これで終わりだ、味わって食べなよ」

 

雷「はーい! 」

 

弁「残さず食べるわよ!」

 

 

八「―――――――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

八「ちょっと、待ちなさいよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

八橋のさんの絶叫が木霊する。

いよいよ我慢の限界に来たか。

 

「どうしたんだ?」

 

八「……………食べたい」

 

「えっ? 何だって? もう一回言って」

 

八「私も……それ……食べたい……」

 

雷「八橋、何って言ってるの? 本当に聞こえないわよ?」

 

八「だから……!」

 

いよいよ涙目になってきた八橋さん。

さあ、どうなる?

 

八「私も食べたぁぁぁぁぁい!!!!」

 

「やっと聞こえたよ、最初からそう言えば良いんだ」

 

八「言ってたじゃないのよ!?」

 

「全然聞こえなかった」

 

八「きぃぃぃぃぃ!」

 

弁「八橋、あんたも素直じゃないねぇ」

 

八「姉さんまで何よ!」

 

吹っ切れたかのように、八橋さんがダッシュで駆け寄り、お菓子の箱を奪い取った。

 

「おいおい…」

 

八「むぐむぐ……何よこれ! 美味しいじゃないのよ! あんた達だけ楽しむなんてズルいわ!」

 

「食べなかったのは自分だろうに、何言ってるんだよ」

 

八「うるさーい!」

 

「全く…」

 

雷「面白い子ねぇ、八橋ったら」

 

弁「見てる分には、面白いよねぇ!」

 

ガツガツ食べる八橋さんの様子を、楽しそうに見る二人であった。

 

やはり、妖怪の類いは食い意地を張る傾向にあるらしい。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

その後は、四人で他愛の無い雑談をしていた。

話の内容は、最近の事がほとんどであったが、やはりこの面子だと音楽の話題が多い。

 

雷「――――それで、先日の真夜中のライブ合戦は熱くなったのよ!」

 

弁「向こうもムキになって演奏してたから、私の琵琶演奏にも熱くなっちゃってさぁ…」

 

八「プリズムリバーの楽団には負けないんだから!」

 

「そうか、あの真夜中の騒音は、やはり君達の仕業だったんだな」

 

八「騒音って何よ! 演奏って言ってちょうだい!」

 

「遠くから聞いていても、合って無かったように思えたんだが?」

 

弁「私達のせいじゃないわよ、雷鼓さんが突っ走り過ぎなんだよ!」

 

雷「何でも私のせいにしないでよ! あんた達が鈍いだけでしょうに!」

 

弁「鈍いとは何だ!? 私と八橋の演奏は甲乙付け難い位完璧だったのよ、あんたが先走るからバラついてしまうんだよ!」

 

 

八「そうよ! 大体ね、雷鼓さんは合わせる気なんて全く無いんでしょ!?」

 

雷「そんな冷めたビートじゃ、プリズムリバーには勝てないわ! あんた達は甘いのよ!」

 

弁「コイツ! 言わせておけばぁぁぁ!!」

 

「はぁ…、何でコイツらってこう熱くなるんだろうねぇ…」

 

八「あんたも黙ってないで、何とか言いなさいよ!」

 

「何とかって………俺は音楽の事、特に演奏に関しては全くの素人だ、口出し出来る立場に無い」

 

雷「でも、素人でもアドバイス位は出来るでしょ? 私達では分からない事もあるんだし」

 

「そうだなぁ……、強いて言えば君達は自分の楽器の役割を見直した方が良いかもしれない」

 

弁「役割? どういう事?」

 

「思い出してみな、ルナサはバイオリンで鬱の音を演奏し、影響を受け過ぎると鬱になる、メルランはトランペットで躁の音を演奏し、聞く者の気持ちを高揚させ、リリカは鍵盤楽器、キーボードって言うんだっけな? それで、幻想の音を演奏して、鬱と躁の音を聞きやすくしているらしい。 俺も詳しい事は分からんが、これが上手いこと出来ていてな、ソロで聞くととんでもない音だが、3姉妹での演奏だと、なかなかに素晴らしいんだ。 そういう意味では、見事にそれぞれの役割を果たしていると言って良いんじゃないかな?」

 

雷「なるほど…、そこまで深く考えた事は無かったわ」

 

「まあ、その領域に達するには、相当の時間が掛かるだろうがな」

 

弁「それはそれで、どうなんだろう?」

 

「幸い、君達には時間だけはたんまりとある。 何事も慌てない事だな」

 

八「あんたの話、何だか難しいわね…」

 

「自分で言うのも何だが、俺も良く分からん。他に説明のしようが無いしな」

 

八「それで良いの?」

 

「いいんじゃないかなぁ」

 

八「……………っ」

 

こんなオチで締めたら、何かジト目で見られてるし。

俺には、笑いのセンスが無いのかな(涙)

 

「……さて、話はこれで終わり、帰ろうかな」

 

雷「あらっ、帰っちゃうの?」

 

 

「今帰れば、いい時間に人里に着けるからな、あんまり遅くなると野良妖怪が怖いぜ」

 

弁「よく言うわよ、あんたの実力なら近寄る事も出来ないでしょ?」

 

「かもな!」

 

俺は立ち上り、すっかり軽くなった鞄を担ぐ。

 

「もう行くな、たまにはそっちからも遊びに来いよ」

 

八「人間の里になんか行きたくないわよ、みんな冷ややかな目で見るんだし」

 

「俺の名前を出せば、誰も文句は言わんよ」

 

弁「それでよく里に住んでられるね? 妖怪の味方をするのか?だなんて比喩されない?」

 

「確かにそういう風に言って来る奴もいる。だが、今の所は問題は無い、何かと里ではそれなりに貢献しているからな、多少妖怪を庇護しようとも、誰も文句を言う奴は居ないな」

 

雷「それは、祐さんには人望があるからじゃない?」

 

「そうかな? 過去には色々残酷非道な事もやったから、人望があるとは思わないのだが」

 

弁「非道って、何をしたんだよ?」

 

「聞きたい?」

 

雷「うーん…、私は遠慮しとくわ…」

 

弁「やっぱり止めとく…」

 

八「私は興味無いわ」

 

「それでいい、気分の良い話じゃないからな」

 

『……………っ』

 

知らぬが仏って、よく言うだろ?

 

そして、里の方向を向き、歩き出そうとした時であった。

 

雷「待って、祐さん!」

 

「うん?」

 

雷「そういえば、言い忘れてた事があったわ」

 

「何だ? 言い忘れてた事って?」

 

雷「噂で聞いた話だから、何処まで本当かは分からないけど、地底からならず者の妖怪が出て来てるらしいわ」

 

「地底の妖怪?」

 

何故だ? この前俺が片付けた筈なのだが…。

 

雷「その妖怪達の狙いは、人間の里なんだとかって聞いたわ」

 

「何だと……?」

 

弁「それなら私も聞いた事があるよ、人間の里って何かと妖怪同士の支配争いがあるって聞いてるからねえ、大凡その妖怪達もそれに乗っかるつもりじゃないかな? 何が楽しいのかは分からないけどさ」

 

「そうか…」

 

俺も、その話は以前に姫海棠はたてさんから聞いており、大雑把ではあるが把握はしている。

 

人間の里を巡る妖怪同士の権力争い。

表面上は仲が良さそうな妖怪同士も、水面下では醜い争いを繰り広げている。

それが、人間の生活にさして影響が無いにしろ、そんな脅威がこうも隣り合わせだと、人間にとってはたまったもんじゃないな。

 

この争いが表沙汰にならないのは、博麗の巫女が動き出す事を恐れているのだろう。

どの勢力にとっても、博麗の巫女は最大の脅威なのだ。

 

流石は霊夢、やるな(フッ

 

それに、余り勝手な事をすれば、あの八雲紫だって黙ってはいないだろう。

 

人間の里を支配するってのは、思いの外ハードルが高い。

 

「…何にしても、そんな話を聞いた以上、放ってはおけないな。とんだ命知らずが舞い込んで来たもんだ」

 

雷「気を付けてよ祐さん、地底の妖怪は荒くれ者が多いって聞くから」

 

「知ってるよ、旧都には二度ほど行ってるから、彼処の妖怪の怖さはよーく分かってる」

 

弁「それでも、やっぱりやるの?」

 

「俺も里に住む者として、そういう脅威は排除しなければならない、それが俺の務めでもあるからな」

 

八「よく分かんないけど、あんたも大変ね…」

 

「何だ八橋さん、心配してくれるのか?」

 

八「そ、そんな訳無いでしょ!? 変な事言わないでよ!勘違いするなバカ!」

 

「勘違いでも嬉しかったんだけどな」

 

八「もう…、調子狂うわね…」

 

「しかし、こうも地底の妖怪の狼藉があると、勇儀さんの面目丸潰れだな」

 

雷「勇儀?」

 

「星熊勇儀、実質旧都を支配している鬼だ」

 

弁「お、鬼!?」

 

「まあ、これには色々あったんだよ、俺は彼女にはちっとは顔が利くから、その妖怪の事を聞けば教えてはくれるだろうが、旧都に行くには時間が掛かり過ぎる、今の話を聞く限り悠長にもしてられないからな」

 

弁「(何でこの人間は、こんなに顔が広いんだろう?)」

 

「何にしても、情報ありがとよ。 里に戻ったら早速聞き込みをしてみるよ」

 

雷「何事も無ければ良いけど……本当に気を付けてよ…」

 

「ありがとな雷鼓さん、君達も気を付けなよ、彼処の奴等は見境無く喧嘩を吹っ掛けて来るからな」

 

弁「その時はその時さ、売られた喧嘩は買ってやるよ!」

 

八「私達の怖さを見せ付けてやるわ!」

 

「頼もしいな! ……………そうだ、俺からも一つ言い忘れてた事がある」

 

雷「何かしら?」

 

「草の根妖怪ネットワークを宜しくだぜ」

 

雷「草の根妖怪ネットワークって、あのわかさぎ姫って人魚がやってるっていうあれ?」

 

「その通り、俺は訳あってそこの広報をしているんだ。 君達も入りなよ、きっと楽しいぞ?」

 

弁「楽しいって、何をしてるの?」

 

「分からん」

 

「「「ぶふほぉ!? 」」」

 

三人とも、ずっこけそうになる。

 

八「分からんって…、ちょっと無責任過ぎはしない?」

 

「俺が仕切ってる訳じゃないからな、活動内容はわかさぎ姫か今泉影狼に聞いて貰えれば助かる」

 

雷「うーん……今の話を聞く限りじゃ、微妙かも…」

 

弁「ちょっと考えちゃうわね…」

 

「そう言うなよ、かつての異変の時は一緒に暴れた仲だろ?」

 

八「別に一緒には暴れては無いわよ、小槌の影響で同時期に暴れてただけであって、直接の面識は無いわ」

 

「まあ、強制はしないよ。 入るか入らないかは君達次第だ、彼女達は悪い妖怪では無いから、入ったって大丈夫だとは思うぞ?」

 

雷「そうねえ……」

 

「今すぐに返事はしなくていい、気が変わったら俺か当人達に言ってくれ」

 

雷「分かったわ」

 

弁「活動次第かしらねえ…」

 

八「名前からして、何だか期待出来ないんだけど…」

 

「……話は以上だ。 御機嫌よう、お三方」

 

弁「おう、気を付けて帰りなよ!」

 

雷「バイバーイ!」

 

八「……………っ」

 

八橋さんだけは、無言で手を振っていた。

何を思って何を考えているんだろうねえ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見えて来た……」

 

 

それから歩く事半刻程、遠くに人里の門が見えた。

 

たった一晩空けただけなのに、まるで1ヶ月ぶりに帰ってきたかの様な感覚である。

それだけ、昨日は長い長ーい1日だった訳である。

 

 

「もう一息だ…」

 

 

そう言い聞かせ、再び歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、着いた………」

 

 

ようやく門の前まで到着した。

 

まだ、夕暮れ前という事もあり、扉は開け放たれていた。

 

「さて、一旦家に帰ったら、もうひと仕事しなきゃな」

 

夜飯の買い物もそうだが、さっき雷鼓さんに聞いたあの一件の事がどうも気になる。

 

「……よし、行くか」

 

少しの間、立ち止まっていたが、里の中へ入ろうとする。

 

 

すると…………

 

 

?「…………あっ! 祐さーん! お帰りぃぃぃぃ!!」

 

「えっ…?」

 

聞き覚えのある声がした方向を不意に向く。

 

満面の笑みを浮かべた『彼女』が迫って来ていた。

 

 

また、なんてタイミングの悪い…。

 

今日中に聞き込みが出来るか不安になってきた。

 

 

 

 

 

続く……。




作中の雷鼓の一言がきっかけで、近々物語が動きます。
少しネタバレですが、次回はオリ妖怪が登場します。

すっかり失踪常習者に成り下がりましたw
次の投稿はいつだろうねえ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖怪犬登場!

人間のオリキャラは多数登場していますが、妖怪側のオリキャラは初めてになります。


「祐さん! 待ちくたびれちゃったよぉ!」

 

「はぁ…、誰かと思ったら、やっぱり君か」

 

そう呟きながら、足をふんばり身構える。

 

何故なら………

 

「ワァォォォン!」

 

「ぐへぇぇぇぇ!?」

 

抱き付くとい名の体当りをかましてくるからである。

疲れた身体には、この一撃は堪える(>_<)

 

「朝からずっと待ってたんだよ! 遅すぎるよぉ!」

 

「別に今日は約束をしていた訳じゃないし、他にも付き合いってものがあるんでね」

 

「酷い! あちきだって久しぶりに遊びに来たんだから、相手になってくりゃれよー!」

 

「今日来るなんて知らねぇよ、慶治か平九郎に相手になってもらえ」

 

「もう行って来たよ」

 

「………やっぱりか」

 

「慶ちゃんは忙しそうだったから微妙だったけど、平ちゃんはいっぱい遊んでくれたよ!」

 

「そうか、流石は平九郎、面倒見が良いな」

 

「楽しかったよ! 平ちゃんと遊ぶと笑っちゃうわね!」

 

「笑う…?」

 

「リアクションが面白いのよ!」

 

「あぁ、なるほど…」

 

要は、平九郎は弄ばれたって訳か。

 

「ねえ、今度は祐さんが相手になってよ!」

 

「勘弁してくれ、今帰ってきたばかりで、マジ疲れてるんだよ。 それに、まだやることも残ってるし…」

 

「あちきも手伝うよ、だからお願いだよ!」

 

「…帰ってくれないか? 」

 

「いいじゃんいいじゃん! 祐さんお願い!」

 

「はぁ…………分かったよ、家に帰って一息ついてから動くから、それからな」

 

「はーい! 全て祐さんに従いまーす!」

 

「はいはい、それじゃあ行こうか、和子」

 

「ワンワン!」

 

家までの道中、彼女は俺の腕に抱き付いてはしゃいでいた。

近所の人から好奇な目で見られていたが、気付いていないフリを装っておいた。

 

 

 

さて、一応紹介しておこう。

 

今、俺に寄り添っている彼女の名前は、『犬養和子』

言動からも分かる通り、犬の妖怪だ。

彼女の話だと、元々は外の世界で普通の『犬』として生活していたらしい。

それが、住んでいた場所で災害が発生し、それに巻き込まれたという。

そして、気付いたら幻想郷に居たとう。

 

いわゆる、幻想入りである。

 

おまけに、人型の妖怪になっていたのだという。

犬のままでは無く妖怪化するとは、幻想郷の仕様だな。

 

彼女と初めて出会ったのは、俺がまだ10歳の時である。

人里から程近い場所で、ふらついている彼女を見付け、最初は警戒したが、目の前で倒れてしまい放ってはおけず、実家の道場に運び込んだ。

当初は酷く窶れていたが、しばらく看病していると、みるみる元気になっていった。

 

格好もボロキレ一枚羽織っていただけだったが、何時も世話になっているおばさんのお古の着物を貰い、彼女に与えた。

それを着て、とっても喜んでいた和子が今でも印象に残っている。

 

約2ヶ月程道場に居候し、その間に親父が護身術を教えた、幻想郷で身を守る最低限のものではあったが。

俺も、彼女に手解きはしている。

 

全快して道場を出ていった後も、俺達との交流は続いた。

訳ありで何度か命の危機に晒された事もあったが、俺や親父、慶治に平九郎が助け舟を出して護った。

彼女に関しては、本当に色々な出来事があったのだが、それはまた別の話である。

 

そのせいか、今では俺にとてもなついている。

それこそ、ウザい位に付きまとわれる事も多々ある。

 

気がつけば、かれこれ20年以上の付き合いである。

 

 

 

 

「お茶が入ったぞ」

 

「ありがとう!」

 

家に着き、冷たいお茶を淹れる。

和子は、冷たいお茶が好みなのだ。

 

「……………ぷはぁ! 冷たいお茶は美味しいねぇ!」

 

「よく冷えてたか?」

 

「全然大丈夫、渇いた喉を直撃したっちゃ!」

 

「そうか…」

 

尻尾を激しく振り、喜びを表現する妖怪犬。

 

この女、容姿はなかなか可愛い。

肩甲骨辺りまで伸びた栗色の髪、頭には所謂 犬耳が生えているが、普段は先端が少し垂れているのがチャームポイント。

 

現在の服装は、ブレザーにミニスカートである。

これは、鈴仙さんの影響をまともに受けているからである。

 

それまで着物しか知らなかった彼女だったが、ある日偶々俺が鈴仙さんを紹介したのだ。

しかし、紹介するやいなや、和子は『何その服? 超可愛いぃぃ!」と、目を輝かせて飛び付いた。

いきなりの事に、鈴仙さんはガチでビビっていた。

 

そして、いつの間にか誰に仕立ててもらったのか、鈴仙さんに似た服装なっていた訳だ。

御本家とは違いは、ブレザーが色違いで、下に着るブラウスやスカートにフリルをあしらい、独自のアレンジが施されており、彼女のセンスを感じる。

 

それ以来、鈴仙さんの事を「うどんげ様」と呼び慕っている。

本人は困惑していたがな。

 

しかし、御本家に負けない位にスカート丈が短く、目のやり場に困るわ。

本人曰く、尻尾対策だと言っているが、実際はどうだか。

 

「……どうなはりましたかや?」

 

「いや別に………和子ちゃんは何時も元気があるなあって思ってたんだよ」

 

「同然だよ! 犬は走り回ってなんぼ、元気な事は基本中の基本でありんす!」

 

「でも、人型だと疲れるだろ? 二足歩行は勝手が違うからな」

 

「全然平気! 慣れたし二足歩行の方がスタイル良く見えるからね。 それに、疲れたら飛べばいいだけやね!」

 

「そうかい…」

 

疲れたら飛ぶって発想が妖怪らしいな。

 

それから、容姿にも気を使っているみたいだ。

初めて会った時は、人間の子供位の体格だったのが、みるみる成長して、今や霊夢より少し背が高い位にまで成長した。

しかも、女を主張する場所もしっかり発達してしまった

それこそ、霊夢と魔理沙が嫉妬する位に。

何を食べればこんなに発育が良くなるのか、謎が多い。

 

「 ……ところで和子、服が汚れているが、何かしたのか?」

 

「えっ? …………あっ、本当だ。 さっき平ちゃんと遊んだ時にヘッドスライディングしたからかなぁ?」

 

「何? ヘッドスライディング!?」

 

「うん! ビーチフラッグで勝負したんだよ」

 

「…………なぁ、俺の記憶が確かなら、ビーチフラッグってのは、海辺でやるスポーツだよな? 幻想郷には海も砂浜も無いぞ?」

 

「うん、出来たよ、公園の砂場で」

 

「公園の砂場…」

 

人里には何ヵ所か公園的なものはあるが、砂場ってまさかあんな小さな場所でか?

 

「砂場の真ん中に棒立ててやったんだよ」

 

「それってさ、危なくないか?」

 

「全然平気だったよ! 思いっきりヘッドスライディング出来て、とっても楽しかった!」

 

ぜってー危ねえだろ。

 

「…………それで、結果はどうだった?」

 

「10回勝負して、10回ともあちきが勝ったでっせ! パーフェクト勝利ぃ!」

 

「平九郎、見せ場無しか…」

 

「平ちゃんさぁ、最後なんて思いっきり突っ込んじゃって、鼻血出してたんだよ、笑っちゃうよねぇ!」

 

「残念過ぎるだろそれ…」

 

「楽しいよぉ! 今度は祐さんもやろうよ!」

 

「嫌なこった」

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

平九郎の二の足は踏みたくない。

 

「やりたいなあ………あちきは祐さんとやりたいなぁ…」

 

「そんな目で見たって無駄だ」

 

「ちぇっ…」

 

膨れる和子は、これまた可愛い。

 

「………煎餅でも食べるか?」

 

「もちろん! 食べさせておくんなせい!」

 

やっぱり、妖怪は食い意地を張るな。

台所から、煎餅の入った袋を持ってくる。

 

「今日は醤油味の煎餅だ、なかなか美味いぞ」

 

「わぁー! いただきまーす!」

 

それを合図に、バリバリと貪り出した。

 

「ウムウム……美味しいね! あちきは甘い煎餅も好きだけど、これも好きだよ」

 

「分かった分かった、粉を溢すなよ」

 

「はーい!」

 

本当に元気の良い妖怪だ、こっちの元気を持っていかれそうな勢いだ。

 

「そういえば、君はしばらく里に姿を見せなかったが、何処に行ってたんだ?」

 

「えっとね、地底に遊びに行ってたんよ」

 

「地底に?」

 

「火焔猫燐って火車妖怪と偶々喧嘩になっちゃってね、その時あちきが勝ったらなら、あの子が自分の宝物を1つあげるって約束をしたの」

 

お燐の宝物って…、ろくでもない物しか思い浮かばんのだが。

 

「……それで、結果は?」

 

「あちきの圧倒的勝利でありんす! お燐を泣かせちゃった!」

 

「………聞くまでもない結果だな」

 

 

子供っぽいところがある彼女だが、実は見掛けに合わず滅法強い。

体術は、俺が直々に仕込んでやったのだが、彼女は素質があるようで、教える程にメキメキと腕を上げた。

霊夢との稽古を兼ねた体術勝負でも、最初のうちだけは互角に闘える位だ。

 

まあ、あくまでも最初だけなんだが(苦笑)

 

弾幕ごっこも、霊夢と魔理沙にとことん鍛えられ、それなりに強い。

少なくとも、弾幕勝負に関しては俺より上である。

 

彼女をナメて掛かると、痛い目に遭うぜ。

 

 

「……で、宝物は貰えたのか?」

 

「………止めた」

 

「…理由は聞かないでおく」

 

お燐の宝物って、アレしか無いじゃん。

きっと、その時の和子はドン引きだっただろうなあ。

 

「それでね、しばらくの間、地霊殿でお世話になってたんだ、さとりさんって良い妖怪だね!」

 

「思っている事を読まれただろ?」

 

「うん、最初はびっくりしたけど、会話しなくてもあちきの考えてる事が通じたから、楽しかったよ」

 

「……心を読まれるのを楽しむとは……コイツなかなかの大物だな……」

 

「へっ? 何か言った?」

 

「別に」

 

「さとりさんと祐さんって知り合いだったのね、そっちの方がびっくりしちゃったよ!」

 

「まあな、さとりさんはああ見えて良識がある妖怪だからな、心を読まれるのを恐れなければ、気さくに話が出来るんだ」

 

「へえ……」

 

しかし、地霊殿に行ってたから、しばらく姿を見せなかったんだな、納得。

 

「しかしだ、だからだったんだな、俺が怪我して寝込んでる間も、全く家に来なかったのは」

 

「そ、それは………」

 

その瞬間、和子は悲しい顔をして俯いた。

 

「それを知ったのは…………今日だったの」

 

「今日?」

 

「うん、慧音に聞いて初めて祐さんがそんな事になってたって知ったのよ」

 

「今の今まで知らなかったって訳か」

 

「祐さんが怪我した日は、私はもう地霊殿に居たから……」

 

「そっか…、そうだったのか……」

 

「ごめんね………」

 

「えっ…?」

 

「そうと知ってたら、真っ先に駆け付けたのに、何も知らずに地霊殿に居候してた私って、何してたんだろうって…」

 

「和子……」

 

「明るく振る舞ってみたけど、やっぱり駄目よね? 私の事、嫌いになった?」

 

彼女が恐る恐る上目遣いで聞いてくる。

 

………しょうがないな。

 

「そんな訳無いだろ?」

 

「……えっ?」

 

「情報が伝わってなかったんだから、知らなかったのは仕方の無い事だ。それに、怪我したとは言ったが、命に別状は無い訳だし、そこまで気遣う必要は無いよ。まあ、随分と怒られたけどな」

 

「祐さん…」

 

「俺と君は長い付き合いじゃないか、こんな事で嫌いになる訳が無いだろ?」

 

「あっ………!」

 

「和子は俺の事が嫌いか?」

 

「そ…そんなこと無い!!」

 

その言葉に、彼女は激しく叫んだ。

ちょっとびっくりしてしまった。

 

「私は祐さんに恩義があるわ。私の事をずっと…ずっと大切にしてくれた、感謝してもし尽くせない……だから、嫌いになるなんて絶対に有り得ないわ!」

 

「……それを聞いて安心した、だったらまた遊ぼうじゃないか」

 

「………うん!ありがとう!」

 

彼女の頭を優しく撫でてやると、また何時もの笑顔に戻った。

悲しい顔より笑顔の方が、彼女には似合う。

 

 

…………そうだ!地底に居たのなら、あの噂の事を聞いてみるか。

 

「話は変わるが、和子は噂話は好きか?」

 

「うん、好きだけど、急にどうしたの?」

 

「とある情報筋からの話で、最近地底のならず者が地上に出てきたって話を聞いたんでな、その辺の話を聞いてないかなって思ってさ」

 

「ならず者が? うーん………そういえば…」

 

「何か心当たりが?」

 

「それに該当してるかは分からないけど、旧都を歩いている時に横からこんな話が聞こえたの」

 

「どんな内容だ?」

 

「えっと……」

 

 

『あいつらやっぱり行ったんだな』

 

『「今度こそ地上の人間達を支配し、俺達の天下を築くんだ!あの時から数十年、再び野望を果たす時が来た!」なんて言ってたぜ』

 

『懲りない奴等だぜ、地上にはあの博麗の巫女や妖怪の賢者が居るのに、勝算はあるんかねぇ?』

 

 

「…………そう聞いたわ」

「噂は本当だったか…」

 

「どうするの、祐さん?」

「人間に害を為す妖怪は退治しなきゃならない、場合によっては……」

 

「…………やっちゃうの?」

 

「人里の平和の為には仕方の無い事だ、身に降る火の粉は振り払う」

 

「………あのっ………」

 

「どうした?」

 

「あちきも手伝うよ」

 

「手伝う? 相手は妖怪だぞ、仮にも君とは同じ妖怪仲間だ」

 

「例え同じ妖怪でも、何もしてない人間や弱い妖怪を虐めるなんて許せない、それに……」

 

「それに……?」

 

「祐さんの敵は、あちきにとっても敵だから!」

 

「和子……」

 

「だから、その妖怪退治、あちきも喜んでお手伝いしやす!」

 

和子は力強い目で俺を見ていた。

本心で言っているのかは、彼女を見れば分かる。

 

長い付き合いも、よし悪しってな。

 

「…分かった、何かあったら是非とも手伝って貰おうかな?」

 

「はーい! 仰せのままに!」

 

「大袈裟だ…」

 

「エヘヘ…」

 

彼女は限り無く人間の味方をする妖怪だ。

犬と人間は、切っても切れない間柄なのかもしれない。

 

「さて、夜飯の買い出しに行くか……ついでに聞き込みもな、和子も来るか?」

 

「喜んでお供しまっせ!」

 

激しく尻尾を振りながら俺に寄り添う和子。

 

まあいい、早いとこ行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり収穫は無しか…」

 

晩飯の買い出しの合間に、その妖怪の噂の真相を確める為、人々に聞いて回ってはいたが、全くと言っていいほど、それを知る者は居なかった。

 

しかし、よく考えてみれば、その方がいいのかもしれない。

下手に里人の不安を掻き立てると、また厄介な事になる。

 

特に有力な情報も無く、陽が暮れようとしていた。

 

「予想はしていたが、まだまだ聞き込みが足りないのかな?」

 

 

「……祐さーん」

 

別行動で動いていた和子が戻ってきた。

 

「おお、お疲れ。 そっちはどうだった?」

 

「やっぱり、知ってる人間は居ないみたいね」

 

「そっか…、それじゃあ仕方ないな…」

 

「どうしようか?」

 

「明日、道場に行ってくる」

 

「道場って、先生の所に?」

 

「そうだ」

 

「そういえば、先生の所にもしばらく行ってないなぁ…」

 

「明日、一緒に来るか? たまには顔出すと親父も喜ぶぞ?」

 

「……ごめんなさい、明日は約束があるから……」

 

「約束?」

 

「サニー達が新しい仲間を紹介してくれるって言うからから、明日絶対来るようにって言われたんやね」

「新しい仲間? 誰だろう…?」

 

「それが誰なのかは、また報告しちゃるけ!」

 

「分かったよ」

 

コイツはコイツで、多方面から人気がある妖怪だからな。

引っ張り回されてるが、大変結構な事だ。

 

さて、収穫が無い以上、彷徨いていても仕方ない。

帰って晩飯の準備をするか。

 

「それじゃ、俺は帰る。 君も気を付けて帰れよ」

 

「えっ…………」

 

和子が何か言いたそうな表情で見つめている。

 

「………何だよ」

 

「あ、あの………今日………」

 

「言っておくが、お泊まりはダメだぞ? 今日はマジで疲れてるんだ。 飯食ったらバタンキューするつもりだ」

 

「うっ……」

 

みるみるうちに、涙目になっていく和子。

 

「クゥゥン…クゥゥン……」

 

犬の様に鼻を鳴らす。

 

それに俺が弱いのを知ってて、やってやがるな。

この確信犯め……。

 

それを断りきれない自分も、我ながら情けない…。

 

 

「祐さーん………」

 

「…………分かったよ、夜飯だけ一緒に食べるか?」

 

「わ―――――――いっ!!」

 

「うへぇ!?」

 

彼女は、思いっきり俺に抱き付いてきた。

やっぱり、確信犯だったんだな(棒)

 

「全く……本当に夜飯だけだからな」

 

「うん! あちき、祐さん大好き!!」

 

「はいはい…」

 

そして、二人揃って家路につくのでありました。

 

ただ単に俺の意志が弱いだけです、はい。

 

 

 

「祐さん、昨日は紅魔館に行ってたんでしょ? 話を聞かせてくりゃれ!」

 

「そんな、君が期待するような面白い話じゃないぞ?」

 

「いいの! レミィさんは元気だった?」

 

「絶好調さ、飯の時にでもじっくり話してやる」

 

「はいですぅ!」

 

 

 

その夜は、二人の楽しい談笑が食卓を挟んで続いた。

俺の話より彼女の話の方が色々と面白く、ひたすら静かに聞いていた。

 

そのお陰で、寝る時間が削られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、戻ってきたか……」

 

「積年の怨み、晴らそうぞ…!」

 

 

「絶対に仇を……!」

 

 

「今度こそ本懐を……」

 

 

 

今再び、運命の歯車が動き出そうとしていた…。




次回より、物語が動く予定です。

オリキャラっていいですね。
自分の好みでキャラ設定が出来るのでw
原作キャラだとそうはいきません。
多少味付けは変えれても、大幅な改変は自分的には出来ないっす…。


オリキャラ紹介
名前:犬養和子(いぬかいわこ)
種族:妖怪(犬)
性別:♀

元々は外の世界で暮らしていた犬だが、とある事がきっかけで幻想入りする(おまけに妖怪化)
弱っていたところを、少年時代の主人公に助けられる。
その後しばらく、主人公達の元で世話になったので、祐助を始め、周りの仲間にとてもなついている。
命を助けられた事もあり、祐助には特別絶対的な信頼を寄せている。

容姿は、栗色の髪を肩甲骨付近まで伸ばした長髪に、頭には犬耳。
この犬耳は、普段は先端が垂れているのがポイント。
集中して音を聞く時と怒っている時は、ピンと立つ。
また、尻尾も生えている(茶色に先端は白)
身長は霊夢より少し高い、容姿端麗でスタイルもいい。
普段は子供っぽい雰囲気であるが、時々大人の色気を醸し出す事も(妖怪ですからw)

服はブレザーにミニスカート姿。
ブレザーの色は黒に近い焦げ茶色、下に着る白いブラウスはフリルをあしらっており、襟や袖からはみ出している。
スカートはグレーで、裾は白いフリルが同じようにあしらわれており、彼女なりのお洒落なアレンジが施されている。
しかし、尻尾を出す部分だけはフリルが無い。

足元は少し長めの子供靴下にストラップシューズの、幻想郷では定番の装備w

これは、鈴仙の影響を多大に受けてた結果である。
こういう服が着たかったという彼女の感性にドンピシャだった。
それ以後、鈴仙の事をうどんげ様と呼び慕っている。

性格は明るく陽気で人懐っこい、誰とでも仲良くなれそうな感じ。
口調は子供っぽい口調と女性口調を合わせて、所々で花魁口調になる事も。
しかし、怒ったり悲しい時は完全に女性口調になる(素に戻る)
本気で怒っている時は、凄まじい男口調になってしまう。
但し、そこまで怒る事は滅多に無い(怒らせたら相手の命は無い)

一人称は「あちき」あるいは「私」

ちなみに、本人曰く、「雑種」らしい。



絵心が無いので、細かい設定を書いて見ました(^^;)
後は、これを見ている読者様のご想像にお任せします。

オリキャラ犬養和子、発進します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりは突然に…

お待たせしました(汗

それでは、どうぞ!


「……………うん」

 

朝、小鳥の囀ずる声で目が覚める。

目覚ましをセットしていたのだが、約30分も早く起きてしまった。

 

「もう少し寝たいような……」

 

一瞬、そんな事も考えたが、やっぱり起きる事にした。

 

布団を片付けて、服をジャージに着替える。

洗面所に行き、顔を洗い歯磨き。

 

そして簡単な身支度をして家を出ると、そのままランニングを開始。

何も無ければ、ほぼ毎日行っている自分の日課だ。

 

「ハッ、ハッ、フッ………」

 

まだ、人通りが無い里の中を朝日を浴びながら走る。

実に清々しい気分である。

 

時折、腕時計を確認しながら、ペースを調整。

 

一日の始まりを、一人で走りながら過ごすのは、俺にとっては大事な事だと思っている。

 

「そう言えば、まだ何にも情報が無いよなぁ…」

 

例の妖怪の一件、1週間経ったが何の進展も無いままであった。

相手も、よほど警戒しているのか、なかなかシッポを出さない。

何か事が起こってからでは遅いのだが、手掛かりが無ければどうしよもない。

 

困ったものだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………56分…?」

 

 

里を一周し、腕時計を見て一瞬目を疑った。

 

それまで、どう頑張ったって、59分を少し超える位が最高記録だったのが、何と3分も短縮。

 

…………そうだ、ここ最近は少しずつだが、走るペースが早くなっている気がする。

 

これは素直に喜ぶべきなのか?

 

 

だが、この時の俺は、自分の身体の異変には気付いていなかった。

これに気付くのは、もうしばらく後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、さっぱりした!」

 

家に帰り、朝風呂で汗を流す。

これがまた、至福の時でもある。

 

「さて、朝飯の準備っと……」

 

朝飯の準備の為、台所に向かおうとすると、

 

『ドンッ、ドンッ』

 

玄関の戸を叩く音がした。

 

「うん? こんな朝早くから誰だろう?」

 

やむ無く玄関の方へと向かう。

 

「はい、鍵は掛かってない、開いてるよ」

 

それを聞いた相手が、戸を開ける。

 

「おはよう、祐さん!」

 

「おお、はたてさんか、おはようさん」

 

鴉天狗の新聞記者、姫海棠はたてが現れた。

 

「今日は、新聞代の徴収に来たんだけど、大丈夫?」

 

「こんな朝っぱらからか?」

 

「だって、中途半端な時間に来たって、居ない事あるじゃん?」

 

「そうだな………今は急ぐのか?」

 

「大丈夫よ、一応新聞はある程度配ったから、時間はあるわ」

 

「そうかい、それじゃあ、茶でも飲んでくか?」

 

「待ってましたー!」

 

「やっぱりか………まあいい、上がりな」

 

「はいよ!」

 

俺に言われるままに彼女は一本足の下駄を脱ぎ、家に上がってきた。

 

 

 

 

「はいよ、熱いお茶」

 

「ありがと」

 

卓袱台の前に座った彼女に、とりあえず熱い緑茶を淹れてやる。

彼女も、それを静かに飲んだ。

 

「今、金を取って来るから、お代は何時もと同じかい?」

 

そう訊ねると、彼女は少し申し訳なさそうに答える。

 

「ゴメン、今月から少し高くなったのよ」

 

「ええ!?」

 

「紙の値段が上がっちゃってさあ、前の値段じゃ利益が出ないのよねー」

 

…ていうか、花果子念報って利益出てるのか?

 

「河童がサボってるのか?」

 

「それも無いとは言えないけど、入手ルートとか色々ね……」

 

「ふーん…」

 

こいつら、きっと外の世界と何かしらのパイプラインがあるに違いない。

その外の世界でも、材料の値が上がっているんだろうな。

 

「仕方無い、言い値を払うよ」

 

「助かるわ、ちょっと値段が上がっただけで、文句を言うヤツが多すぎてさ」

 

「読者ってのはそんなもんだ、少しでも安い方がいいじゃんよ?」

 

「そうだけどさ、こっちだって利益が出なきゃ発行出来ないわよ」

 

「そりゃそうだ」

 

会話をしながら、財布から代金を取り出す。

 

「はい、今月分だよ」

 

「確認させて貰うわね……………はい、確かに、毎度どうも!」

 

金を確認したはたてさんの表情が、満面の笑みになる。

 

「そうそう、私からも………これが今回の新刊ね、これだけで良い?」

 

「はい、確かに。 しっかり販売させて貰うよ」

 

実は、うちは人間版花果子念報の販売所になっているのだ。

売り上げが伸び悩んでいた彼女の新聞を見て、少しでも売り上げを伸ばす手助けになればと、俺がその役を買って出たのだ。

その為に、俺自身も里中に宣伝や貼り紙広告をして、花果子念報の名前を広げて回った。

鈴奈庵では、人間版文々。新聞を販売しているのに対抗して、ありとあらゆる横の繋がりを利用して、花果子念報を売り込んだ。

そのおかげで、花果子念報の名はそこそこ知られるようになり、販売部数も確実に増えていった。

 

霊夢には、何で天狗の新聞なんか売るのかって、睨まれた事もあったっけ(苦笑)

 

ちなみに、原版の花果子念報も取り扱っている。

ただし、こちらは人間版より値が張るし、天狗文字で書かれてるから、普通の人間では読めない。

これを読めるのは、俺か小鈴位なものだ。

 

「先月分の販売部数は、この紙に書いておいた」

 

「どれどれ………えっ、全部完売したの!?」

 

「何だよ、完売しちゃ悪いのか?」

 

「いや、そうじゃないけど…」

 

「俺の手に掛かれば、弱しょ………どんな新聞でも売り切ってやるさ」

 

「……今、弱小って言わなかった?」

 

「いや? そんな事は言ってない、気のせいだよ…」

 

「そう…?」

 

はたてさんがジト目に睨んでいた。

つい、以前の癖では口が滑りそうになった。

 

まあ、少々強引に売り付けた節もあるのだが。

 

「…とにかく、完売はしたんだ、少しは売り上げに貢献してるよな?」

 

「そりゃもう、ありがたいわー!」

 

「これは、その売り上げ分だ」

 

毎月の新聞代とは別に、売り上げ金を彼女に渡す。

 

「流石は祐さんね! 貴方の所を販売所にして良かったわー!」

 

「何言ってるんだ、俺は自称、花果子念報の大ファンなんだ、これくらい当たり前だし、その花果子念報の売り上げに貢献出来るなんて光栄だよ」

 

「フフフ、嬉しい事言ってくれるじゃない!」

 

「文々。新聞より断然、花果子念報だよな!」

 

「当然じゃない! あんないい加減な新聞、目じゃないわ!」

 

実際は、文々。新聞の方が、知名度は上なのだが。

 

「その為にも、もっとあんたには面白い記事を書いて貰わないとな」

 

「わ、分かってるわよ」

 

「でないと、読者に飽きられるからな、宣伝する俺も心苦しい」

 

「大丈夫よ………きっと……」

 

えらく、歯切れが悪くなったな。

 

「…まあ、俺も出来るだけネタの提供はするから、これからも頑張ってくれよ」

 

「頼りにしてるわ!」

 

「頼りにされすぎても困るが…」

 

「へへっ! それじゃ、そろそろ行くわ。 お茶、ごちそうさま!」

 

「おう、またゆっくりしに来なよ」

 

「また時間がある時にでも来るわ」

 

彼女は立ち上がり、玄関へと向かう。

俺も見送るため、後を追う。

 

「……そうだ、はたてさんよ」

 

「何?」

 

下駄を履くはたてさんに、声を掛ける。

 

「例の頼んでいた件だが、何か分かった事はあるか?」

 

「ああ……ゴメン、まだ何も分からないのよ、色々調べてはいるんだけどね」

 

「そうか…」

 

「貴方の言ってたキーワードで念写しても、何も出てこないのよ、余りにも漠然としてるのかも…」

 

「確かにな……これは聞いた話だし、どこまでが本当かすら分からないからな」

 

だがこの前、和子が言っていた事が引っ掛かる。

彼女が嘘を付くとは思えない。

 

それが本当なら、該当の妖怪達はもう……。

 

「………どうしたの?」

 

「あっ、何でもない。 もし何か分かったら、真っ先に俺に知らせてくれないか?」

 

「分かったわ、私の方もまだ見落としてる所があるかもしれないし、調査を続けるわ」

 

「そうして貰えると助かる」

 

「それに、記事のネタにもなりそうだしね!」

 

「そう言うと思ったよ」

 

会話を交わしながら、外へと出た。

 

「じゃあね、色々ありがとねー!」

 

「それじゃ…………あっ、それからな!」

 

「うん?」

 

「先日の暴風の時、また頑張ってくれたんだろ?」

 

「…………っ!」

 

「あんたら天狗が頑張ってくれるから、人里の被害が少なくて済むんだ、ありがとな」

 

「そう言って労ってくれる人間は、貴方だけよ?」

 

「俺は、あんた達の役割を心得てるからな、天狗も河童も大変だと思う」

 

「それも仕方ないわ、私達の力を維持するには必要最低限の人間は必要だから」

 

「人間が居なければ、妖怪は存在出来ないからな」

 

「そういう事」

 

そう言う彼女は、屈託の無い笑みを浮かべていた。

 

うん、これは萌える。

 

そして、彼女は手を振りながら飛び立って行った。

 

………相変わらず早いな、もう姿が見えなくなった。

流石は鴉天狗っていったところか。

幻想郷最速は射命丸だが、俺からすれば彼女も十分速い。

 

彼女には言わなかったが、小鈴ちゃんの一件も、きっと天狗(恐らく射命丸文)が関わっていたんだろう。

 

「………………さてと」

 

【花果子念報最新版、入荷しました】の看板を玄関前に置き、家に入った。

 

飛び上がった瞬間、彼女スカートの中が見えてしまったのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ…フッ…」

 

飯の後は筋トレに励む。

 

腕立てや腹筋、スクワットと定番から倒立歩きにそのまま倒立腕立てとか、自分なりのやり方も含めてね。

下手に回数を重ねないのも俺のやり方だ。

バランスよく回数を重ねる方がいいと思うのが持論だ。

 

そして、桶に水を張って、足において倒立のまま家中を歩いてみたり、バランスを保ったまま微動だにしなかったりと、集中力を高めるトレーニングも欠かせない。

 

また、サンドバッグ風な錘を蹴り上げ、何時まで宙に浮かせてられかという、ちょっとしたお手玉みたいなトレーニングも俺流。

 

仕上げに、ストレッチ運動、柔軟な身体作りには欠かせない。

最近は外の世界で言う、ヨガも用いている。

 

『ミシミシ……ボキッ』

 

身体中の骨が軋む、若い頃はこの程度何とも無かったんだが。

 

「くぅぅ……効くなぁ……」

 

180度開脚は当たり前、そのまま前へと寝そべり、次はエビ反りして足を顔の横へ置く。

そして、上体を起こして、そのまま立ち上がる。

 

此処まで来ると、妖怪すら顔負けの柔軟さであると自負している。

真似できるヤツがいるのなら、ぜひともお目にかかりたいものだ。

 

 

そうして、半日程のトレーニングは終了。

毎日は出来ないが、時間がある時は欠かさず実施している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

 

トレーニングを終え、汗を洗い流した後は、最新の花果子念報を見ながらゴロゴロ。

 

『妖怪の山で奇妙な地震、守矢神社が関与か』

 

へぇぇ、地震ねえ……

 

どうせ、あの二柱が何時ものように喧嘩してただけだろ?

神奈子さんがオンバシラを投げれば、いい感じで地震が起こるんだよな。

諏訪ちゃんは逃げ足が早いから、その繰り返し。

 

ホント、あの二人は仲がいいよな。

 

 

さて、昼飯何にしようか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………祐……さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……祐さん!!

 

 

 

 

「はひぃっ!?」

 

 

耳元で怒鳴られ、飛び起きてしまう。

 

「もう! 今日は迎えに行くって言っておいたでしょ!?」

 

「れ、鈴仙さん…………あっ、そうだった……」

 

少し怒った様子の妖怪兎が、横に座っていた。

眠気眼でそれを見て思い出した、今日は永遠亭の姫様にお呼ばれしていたんだ。

 

「スマン…、すっかり寝込んでいたよ」

 

「もう…!」

 

「そう怒るな、準備はすぐ出来る、お菓子でも食って待ってな」

 

「そう…、なら良いけど…」

 

俺が差し出した大福餅を、彼女は早速食べ始めた。

怒った素振りをしているが、大福を食べている時の彼女は、幸せそうな顔をしていた。

 

ホント、分かりやすいよな。

 

 

 

その間に、俺は自分の部屋で外出用の背広に着替える。

 

着替えが済んだら、鞄に準備した物を入れる。

着替えに仕事道具、永遠亭メンバーへのお土産と……。

 

 

 

「さて、忘れ物は無いかな?」

 

「うぐっ………祐さん……」

 

「うん? どうした?」

 

「お…お茶……」

 

苦しそうな彼女の声が聞こえたので行ってみると、顔が青ざめて脂汗を掻いている鈴仙さんが。

 

「喉に詰まらせたのか、ちょっと待ってろ」

 

すぐさま水を汲み、彼女に渡してやる。

 

「ゴクッ…ゴクッ……はぁ、助かった…」

 

「一気に食うからだろ?」

 

「だって……この大福美味しかったんだもん…」

 

「別に誰も取りはしないんだ、ゆっくり食え」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「もういいよ、それより、俺は準備は出来たから何時でも行けるよ」

 

「分かったわ、もう1つだけ…」

 

そう言って、大福を頬張る鈴仙さん。

永遠亭では、そんなに横取りとかされてるのか?

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

「ああ、それじゃあ、出掛けましょうか」

 

「うん!」

 

荷物を持ち、戸締まりを施し、家を出た。

 

 

 

 

 

 

人里を出て、ゆるりと歩きながら竹林へと向かう。

飛べばあっという間なんだろうが、俺は飛ばない。

鈴仙さんもそれに付き合ってくれる。

尤も、彼女も薬を売りに来る時は歩きなのだが。

 

今日は薬売りでは無いから、ブレザー姿である。

 

道中は、鈴仙さんの愚痴を聞いてあげていた。

 

「――――――そういう事があったから、今度は上手く避けれたと思ったら、また新しい罠を仕掛けられてて、私、宙吊りにされちゃって……もう、最悪だったわ」

 

「てゐさんめ…、新手の罠を考えたな」

 

「恥ずかしかったわ……偶々近くにいた妹紅に見られるし、散々よ…」

 

「君もさ、てゐさんとは長い付き合いなんだろ? もう少し彼女のやりそうな事を予測出来なきゃダメだろ?」

 

「それが出来れば苦労しないわよ! アイツはいつだって色んな罠を仕掛けてくるんだし、それで何かあったらすぐ私のせいにされて、師匠にお仕置きされるし、嫌になっちゃう…」

 

「うっ、大変なんだな…、本当にそう思うわ」

 

永遠亭での彼女の扱いは大丈夫なのだろうか?

特に永琳さんの彼女へのお仕置きの仕方には、些か疑問を感じる。

 

「はあ………」

 

彼女のため息が全てを物語っていた。

 

「なあ鈴仙さん、あんまり溜めすぎるなよ、ストレスは美容にも良くないしな」

 

「別に私……」

 

「君は十分綺麗だ、ストレスでそれを台無しにしちゃいけない」

 

「えっ…」

 

「まあ、俺は所詮部外者だし口出し出来る立場に無いが、愚痴があれば聞いてやるし、困った事があったら相談に乗ってやるよ」

 

「祐さん……」

 

「そりゃ、君との付き合いはそれほど長くは無いが、それでも愚痴を聞いたり、遠慮無く話が出来る間柄だろ?」

 

「うん……そうよね」

 

「それが、友達ってもんだろ? 違うか?」

 

「………うん、ありがとう!」

 

「そうそう、君には笑顔がよく似合う」

 

彼女の笑顔を見て安心した。

 

裏で何らかの手を打ってやるか…。

 

そうこうしているうちに、竹林が見えてきた。

此処まで来れば、永遠亭はもうすぐである。

 

「ようやく竹林まで来たな、少し一服しよう」

 

「ええ」

 

近くにあった岩に腰掛け、煙管を取り出そうとした時だった。

 

 

 

『ぎぇゃぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

「「!!?」」

 

突然、悲鳴の様な叫び声が聞こえ驚いた。

 

「まさか………鈴仙!」

 

「ええ!」

 

すぐさま、悲鳴が聞こえた方向へと駆け出した。

 

 

それが、全ての始まりだった……。

 

 

 

続く。




これは、まだ始まりに過ぎない…………。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無念の仇討ち

いよいよ、本編に入って参ります!

*注意!
残酷、流血描写がかなりあります。
閲覧する際には、ご注意下さい。


それは、祐助と鈴仙が悲鳴が聞く少し前の事。

 

 

 

とある集団が、原っぱを散策していた。

 

「こんな所ですが、どうでしょうか?」

 

「悪くないな、この辺りに新しい拠点を作れば、人里も近いし、いざという時は逃げるにももってこいだ」

 

「ならば、早速段取りを…」

 

「ああ、今度こそ抜かるなよ?」

 

「はい。親方の期待に応えられるように………」

 

 

その時であった。

 

 

「見付だぞ! 黒蛇の世多一!」

 

『………っ!?』

 

一人の人間が声を上げ、その者達の前に立ちはだかった。

その人間は、白装束を纏い、腰には日本刀を差していた。

 

「何だ、お前は?」

 

「忘れたとは言わさんぞ! 26年前、お前達に殺された我が娘とその夫の事を!」

 

「26年前だ!?」

 

「フンッ、俺たちが人間を殺すなんざ日常茶飯事なんだ、一々覚えてなんか無いな!」

 

「待て」

 

男達がざわめく中、「親方」と呼ばれた男が前へ出る。

 

「貴様、その人間の親族か?」

 

「その通りだ、我が娘、歩美はお前に殺されたのだ!」

 

「…………そうか、思い出した。 お前があの出来損ないの夫婦の親だったのか」

 

『ハハハハハ……!』

 

「何を……よくもヌケヌケと……!」

 

男の馬鹿にする言い草に、怒りを露にする。

 

「それで、この俺に何か用か?」

 

「知れたこと! 此処で会ったが百年目、今こそ娘と婿の仇、此処で討つ!」

 

「仇を討つだぁ? ………アッハハハハハ!」

 

その一言に、男は大笑いする。

 

「みんな聞いたか? 人間の分際で仇を討つだってよ? しかも、こんなヨボヨボなババァがよぉ!!」

 

「ええ、聞きましたよ、この人間、どうかしてますよ! 親方に楯突こうなんて10000年早えんだよ!」

 

「おかしくて、笑いが止まらねえや!」

 

『ハハハハハ…!』

 

子分と思われる男達も、みんな彼女の事を笑った。

 

「何を戯けた事を!? 26年もの間、地底に逃げ込んでいた卑怯者どもが!」

 

「何だと…?」

 

「最早逃しはせぬ、覚悟せよ!」

 

淡化を切った彼女は、腰に差していた刀を抜いた。

 

「本気でやるのか?」

 

「言うまでもない!」

 

「フンッ、老いぼれが! 大人しくしてれば、長生き出来たものを…」

 

「今さら命など惜しくは無い、お前を討てばそれで本望だ!」

 

「そうか、そこまで言うなら…」

 

その瞬間、男から膨大な妖気が溢れ出す。

 

「娘の所に送ってやる」

 

少しずつ、彼女に近づく。

 

「…………っ!」

 

彼女も、刀を構え、ゆっくりと動く。

 

「………覚悟ぉ!!」

 

一瞬の間合いから踏み込み、男に斬りかかる。

 

「フッ……」

 

だが、男はそれを涼しい顔でかわす。

 

「エイッ! ヤァ!」

 

それでも、彼女は攻めの手を緩めない。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

何度も刀を振り、男に立ち向かう。

それはもう、鬼気迫る気迫であった。

 

しかし、

 

「……小賢しいわ!」

 

一振りを避けた男が、彼女に手刀を繰り出す。

 

「うがはぁっ!」

 

それを背中に受け、倒れてしまう。

 

「くぅぅぅ……まだ…まだ……」

 

何とか立ち上がろうとするが、受けたダメージが大きく、体がふらついてしまう。

 

「無駄な抵抗は止めな、最初からこうなるのは分かってたんだ」

 

男の圧倒的な力に、彼女に最初から勝ち目は無かった。

 

「さあ、そろそろ茶番は……」

 

「キッ…!」

 

しかし、それでも男の一瞬の隙ををつき、

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

渾身の力を込め、刀をを突きだした。

 

だが……

 

「オラァ!」

 

 

『スパーンッ!』

 

 

「…………っ!?」

 

鈍い音と共に、刀は弾き飛ばされた。

その反動で、彼女もまた飛ばされ倒れる。

 

全力を出し切った身体は、立ち上がる事はおろか、もう起き上がる事も出来なかった。

 

「フン、無駄な足掻きよ…」

 

男が、飛ばされた刀を拾い上げ、彼女の方へと近づく。

 

「これが妖怪と人間との差だ。 最初から、お前に勝ち目など無かったのだ」

 

「くっ………おのれ………!」

 

「むざむざと自分で命を捨てたようなものだ、馬鹿な奴め!」

 

「…………最早これまでね………歩美………哲榛さん………ごめんなさい………貴方達の仇討ち………果たせませんでした………」

 

「さあ、お望み通り、あの世に送ってやる。自分の刀で死ねるなんて幸せだろ?」

 

 

男が、彼女目掛け刀を構える。

 

彼女は、一切の抵抗をせず、目を瞑った。

 

 

「今………私も……そっちへ………」

 

 

 

「死ね」

 

 

男が、腕を振り下ろした瞬間、

 

刃先が彼女を貫いた。

 

 

「ぎぇゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

その叫びは、遠く、遠くまで轟いた。

 

 

貫かれた刃先から血が伝い、彼女の白装束が真っ赤に染まり出す。

そして、周りを真っ赤な血の池へと変えた。

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

それでも、まだ彼女は息があった。

 

流れ出す夥しい出血で衰弱しているのに、まだ男を睨んでいた。

 

 

「このババァ、しぶとく生きてやがるな」

 

それを見た男は、怒りを滲ませながら、彼女を貫いた刀に手を掛ける。

 

「そんな目で俺を見やがって、楽には死にたくないみたいだな!」

 

 

「ぐぁぁぁぁぁ!!」

 

 

刺した刀で彼女の傷口を抉る。

 

 

「だったら、苦しみまくれ! そして、絶望の中で死ねぇ!」

 

 

「あぎぇゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

男が執拗に傷口を抉り、瞬く間に血の池が広がった。

 

 

「さあ、もう終わりだ!」

 

 

そう言って、手に力を込めようとした時だった。

 

 

「親方! 誰か来ます!」

 

子分の一人が声を上げた。

 

「マズいですよ、こんな所を見られちゃ我々の正体が……」

 

「チッ、間の悪い…!」

 

それを聞いた男が、彼女への攻めを止める。

 

「よし、お前ら見られる前にズラかれ! またいつも通りにな!」

 

『はいっ!』

 

それを合図に、妖怪達は一斉に散らばった。

それは時間にして、僅か数秒程であった。

 

残されたのは、串刺しにされた彼女だけであった。

 

「む……無念…………歩美………」

 

辺りの草花を彼女の血が真っ赤に染め上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっちだ………」

 

悲鳴が聞こえた方向へやってきたが、まだ見つけられない。

 

「…………っ?」

 

すると、鈴仙さんが何かを察知した。

 

「どうした? 何か分かったのか?」

 

「いいえ、そうじゃないわ。 この先にあった波長の集まりが、いきなり散々になったのよ」

 

「俺達の事に気付いたのか?」

 

「多分………」

 

その時、吹き抜ける風と同時に鼻をつく匂いを感じた。

 

「…………っ!? これは!?」

 

「血の…匂い!?」

 

「まさか……」

 

「祐さん! こっちよ!」

 

「ああ!」

 

匂いがした方向へ、全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、少し開けた原っぱへと出た。

 

 

 

 

 

 

 

「……………っ!!」

 

 

 

その瞬間、鈴仙さんの顔色が変わる。

 

 

「鈴仙…さん……?」

 

 

「ゆ……祐さん………あ、あ…あれ………」

 

 

鈴仙さんが指差した先には……

 

 

「……………っ!?」

 

 

 

変わり果てた老婆が、刀で串刺しにされているものだった。

 

辺りは血で染まり、凄惨を極めていた。

 

 

「お……おいっ!」

 

直ぐに、彼女の元へと駆け付ける。

 

「あ………ああぅぁぁぁ………」

 

「ひ、酷い…!」

 

「何て事を……今抜いてやるからな!」

 

彼女に刺された刀を、思いっきり引き抜く。

 

「がはぁぁぁぁ!!」

 

彼女の叫びが響く。

 

 

「早く止血を………」

 

 

「ああ…………か………はっ…………」

 

 

「………えっ?」

 

 

何かを言いたげに、老婆は血塗れの手で俺の腕を掴んできた。

 

 

「…………そんな…! おばさん!?」

 

 

「わ……わ…………若…先生……?」

 

俺は、彼女の顔を見て驚いた。

 

何時も、道場の雑用をこなしているおばさんだったのだ。

 

「祐さん…? 知り合いなの?」

 

「な、なんで………どうしてだ……どうしてですかぁ!!?」

 

叫ばずにはいられなかった。

 

「若…先生………貴方が…私を……私の最期を………」

 

「一体誰が……誰がやったぁぁぁぁ!!!?」

 

「祐さん、落ち着いて!」

 

「嬉しいです………若先生になら…私は………」

 

「おばさん! ダメだ! しっかりしてくれぇ!!」

 

「祐さん!」

 

取り乱す俺に、鈴仙さんが声を掛けた。

 

「お願いだから、落ち着いてよ!」

 

「………っ! 済まない…つい………とりあえず止血を」

 

何とか落ち着いて止血をしようとする。

しかし、出血が酷く、噴き出す血を全く抑えられない。

重ねたガーゼが、直ぐに赤く染まる。

 

「クソ……全然血が止まらねえ…!」

 

「傷口が深くて、これ以上は無理よ!」

 

俺も鈴仙さんも、自分の服が血で汚れるのも気にせず手当てを続けるが、全く効果が無い。

 

気が付けば、二人とも返り血を浴びたかのように赤く染まっていた。

 

「祐さん、このままじゃいけない!早くこの人間を永遠亭に運ぶわ!」

 

「分かった!」

 

永遠亭に運ぶべく、俺はおばさんを担ぎ上げる。

 

「うがはぁぁ!」

 

おばさんの呻き声がしたが、それを気にしているどころでは無かった。

 

「おばさん、苦しいだろうが耐えてくれ! 直ぐに永遠亭に連れて行くからな!」

 

「わ…若先生………」

 

「鈴仙さん、君は飛べ! 先に行って永琳さんにこの事を伝えるんだ。そして、治療の準備をしてくれ!」

 

「で、でも…祐さんは……」

 

「俺に構うな! 早く行けぇ!!」

 

「わ……分かったわ!」

 

俺の叫びに圧倒された鈴仙さんは、永遠亭に向かって飛び立っていった。

 

「おばさん、頼む……死なないでくれ……」

 

「若先生……いいんです……もう私は…いけない……」

 

「ダメです! 弱気な事を言っちゃいけません!」

 

「もう……ダメなんですよ………だから…このまま……」

 

「もう喋るなぁぁぁ!!!」

 

「…………っ!?」

 

 

分かってはいる、分かってはいるんだ…。

 

だけど……だけど………!

 

 

「このまま……終わらせやしない!!」

 

「若……祐助さん………!」

 

 

彼女をおぶったまま、俺は全速力で竹林へと駆け出した。

 

今は、彼女を助ける事だけを考え、がむしゃらに走った。

彼女から流れ出す血が身体を伝い、道に血痕を残していた。

 

 

頼む、死なないでくれ…!

 

水智江さん!!

 

 

 

 

 

続く。




この後に待ち受ける、厳しくも悲しい現実……。

彼女の過去に、一体何があったのか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の約束 1

彼女から告げられた、知られざる事実。

*全編シリアス展開


「おばさん………」

 

 

あれから、傷を負ったおばさんを担ぎ込み、永琳さんによる緊急手術が始まった。

 

俺は一人、広い座敷で静かに待った。

 

今は、永琳さんを信用するしかない。

 

不安と苛立ちから、煙草を吸いっぱなしだった。

 

何度も煙管に葉を詰め、火を付け、灰にし、灰皿に灰を落としてはまた葉を詰め火を付けを繰り返す。

 

もう、一刻以上は経っているが、永琳さんも助手の鈴仙さんも、まだ出て来ない。

 

「遅いなぁ………」

 

その時間が、恐ろしく長く感じた。

何時まで続くのかと思ってしまう位に。

 

「祐さん…」

 

その時、背後から声を掛けられる。

 

「…………輝夜さんか」

 

永遠亭の主、蓬莱山輝夜が部屋へと入ってきた。

 

「煙草ばっか吸ってちゃ、体に悪いわよ?」

 

「……………っ」

 

「それから…、服が血だらけだけど、大丈夫?」

 

「ああ………これは俺の血じゃない、彼女の血だ」

 

「さっき担ぎ込まれた人間がいたって聞いたけど、その人間なの?」

 

「そうだ」

 

「そう…………ほらっ、これで少し拭いておきなさい」

 

「ありがとな、姫」

 

輝夜さんからハンカチを渡され、体に付いた血を拭き取った。

 

「ねえ、聞いてもいい?」

 

「何だい?」

 

「貴方とその人間は、どういう関係なの?」

 

「あの人はな、俺にとっては………」

 

 

『ガラガラ…』

 

 

その時、襖が開き、奥から永琳さんと鈴仙さんが出てきた。

 

「永琳さん!」

 

「祐助………落ち着いて聞いて頂戴」

 

「おばさんは…おばさんはどうなった!?」

 

不安と苛立ちが重なったせいで、思わず永琳さんに突っ掛かろうとしてしまうが、鈴仙さんが間に入る。

 

「祐さん、お願いだから冷静になって!」

 

「あっ…………すまない、つい逸ってしまった」

 

「………とにかく、そこに座って」

 

永琳さんに促され、座り直した。

 

飯台を間に置き、永琳さん達と向かい合った。

 

「それで、どうだったんだ?」

 

「……………っ」

 

彼女の表情は、これまでに見た事が無い位に曇っていた。

それが、全てを物語っていたのだ。

 

「まさか……」

 

「………ごめんなさい…………」

 

「…………っ!?」

 

「彼女は、助からないわ」

 

「そ、そんな……!」

 

「残念だけど、急所を突かれ、しかも深く抉られてしまっていて、それでいて出血が多過ぎて手の施しようが無かったの。 あとほんの僅かでも急所を外れていれば、何とか戻す事も出来たのに…」

 

「…………っ!」

 

永琳さんの話に、俺は震えが止まらなかった。

 

「でもね、彼女が今の時点で生きている事自体が奇跡なのよ、本来ならとっくに絶命していてもおかしくないのに、まだ生きている。 あの人間、思いの外、心臓が強いわ」

 

「…………っ」

 

そう言われても、返す言葉が無かった。

 

「出来る限りの延命処置はしておいたわ、止血も施したし、出血で足りなくなった血は、薬で賄っておいた」

 

「そ、そうか………」

 

「私が出来る最善を尽くしてはおいたけど……それでも長くは無いわ…」

 

「長くない………あと、どれだけだ?」

 

「私の見立てでは……………」

 

「師匠! それ以上は……」

 

「良いんだうどんげ、永琳さん、言ってくれ」

 

「……………3日よ」

 

「み……3日………」

 

それを聞いた瞬間、体中の力が抜けるような感覚に陥った。

 

「彼女がもっと若ければ、もう少し長らえたかもしれないけど……あの年齢では、体力的にそれが限界よ…」

 

「な、何てこった……」

 

俺の脳内に、絶望の二文字が過る。

 

どうして、あんな優しい人がこんな事に……。

 

「祐さん……大丈夫?」

 

「………す、すまない、気が動転してしまって……」

 

「無理も無いわ…」

 

しかし、滅入ってばかりもいられない、今は彼女に……、

 

「永琳さん、今 おばさんに会えるか?」

 

「ええ、今は意識も戻ってるし、少し位は話せるわ」

 

「そうか……彼女に話があるんだ、良いか?」

 

「……分かったわ、でも、傷に障るから余り長話はダメよ?」

 

「ああ、ありがとう」

 

永琳さんに許しを貰い、俺は彼女のいる部屋に行く。

 

「悪いが、しばらく二人きりにさせてくれ」

 

それだけを言い残し、部屋へと入った。

みんなは、何も言わずにそのまま座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おばさん………水智江さん……」

 

「祐助…さん……」

 

部屋には、おばさんが布団で横になっていた。

確かに意識はあるが、明らかに弱々しい。

 

薬品と血の両方混ざり合った異様な匂いが、部屋中に充満していた。

 

「ありがとう、祐助さん………まさか、彼処で貴方に会えるなんて…思っても無かったわ……」

 

「おばさん……」

 

俺は、彼女の横に座り、差し出して来た彼女の手を両手で握った。

 

「温かい……そして…大きい……いつの間にか、こんなに立派になっていたなんて………私ったら……何時も、すぐ近くにいたのにねえ……」

 

「おば……水智江さん……どうして……ぁぁ………こんな事に…?」

 

水智江さんの手は冷たかった。

いつもあんなに温かく感じた彼女の手。

今日は、その温もりが殆んど無かった。

 

彼女の変わり果てた姿、冷たい手に、尚一層悲しみが込み上げ、溢れる涙を抑えれなかった。

 

「そんなに……泣かないで………貴方に、涙は…似合わないわ……」

 

彼女は俺に手を差し伸べたが、俺は違う方向を向き、手で涙を拭った。

 

「……ごめんなさい……こんな姿の水智江さんを見てたら、悲しくなって……」

 

「良いんです…………これも…仕方無かった事……」

 

「仕方無かった…?」

 

「はい…、敵討ちをする以上……返り討ちにされる事も覚悟せねば………」

 

「敵討ち? 一体どういう事ですか?」

 

「………………」

 

彼女はしばらく目を閉じ、黙りこんだ。

 

 

そして、少しの沈黙後、彼女は口を開いた。

 

 

「…………分かりました、貴方には、全てをお話します」

 

「はい……」

 

「これは…この話は………今から26年前に遡ります」

 

「26年前………」

 

 

「私には娘が居ました、歩美と言いまして、一人娘でした。 よく気が利く子で幼い頃から家の手伝いをしてこなしてくれました。私達夫婦が共働きで不憫な思いをさせていた筈なのに、愚痴1つ言う事はありませんでした。夫が病で亡くした時だって涙1つ溢さず私を気遣ってくれました。本当は自分だって泣きたい位に悲しかった筈なのに………そして、あの子が19の時にある男性に会いました。 名前を哲榛と言いまして、私の兄が営むお店で働いていたのを歩美が見て、あるきっかけで付き合うようになり、二人はいつしか思い合うようになりました。 先方の家族からは、次男坊だから養子に出しても良いと言われました。 兄もその気なら自分が仲人になってもよいとまで言ってくれまして、晴れて祝言を挙げる事が決まったのです。 その時の私は、嬉しくて嬉しくて…………苦労ばかり掛けてきたあの子が、今度こそ幸せになれると、そう信じておりました……………しかし、26年前のあの日…………ぅぁぁぁっぁぁ……!」

 

 

おばさんは、堪えていたものが抑えられなくなった様に、泣き出した。

 

 

「26年前、一体何があったのですか?」

 

「ぐすっ……………あの日、二人は近くの河原へ出掛けると言い残し、出掛けて行きました。 しかし、夕暮れになっても戻っては来ず、里中の人達が探してくれましたが、その日は見つかりませんでした。そして、翌日…………二人は、近くの森で……無惨な姿で見つかったのです」

 

「…………っ!」

 

「もう、翌月には祝言を挙げ、晴れて夫婦になる二人がどうしてこうなったのか? どうして、あの時引き留めなかったのか? 何度も何度も…自分を責め、後悔しました……」

 

「そ、そんな事が……」

 

「うぐっ……あの二人の最後の姿は、昨日の様に思い出せます。 あんなに綺麗だった娘の顔が………惨い事に……」

 

 

衝撃的だった。

 

おばさんの過去に、そんな悲しい事実があったなんて…。

知らな過ぎたのは、俺の方だったんだ……。

 

しかし、同時に疑問も感じた。

 

 

「……しかし、おばさんはどうして仇の事を?」

 

「それは……二人の通夜の時でした。 外の空気を吸おうと表に出た時に……」

 

 

 

 

 

――――あの時、突然数人の男達が私を囲みました。

 

『おい、少し話がある。 俺達に付き合ってくれないか?』

 

『貴方達は、何者ですか?』

 

『黙ってついてくれば、怪我はしないで済むぜ』

 

『な、何を………ぐわっ!?』

 

 

その時、腹部に男の一撃を食らい、意識を失いました。

 

そして、意識を取り戻した時には、里の外の雑木林に居ました。

周りには、逃がさないとばかりに大人数の男達が、私を囲ってました。

 

その多数の男達の中に、一際体の大きな男が座ってました。

 

『一体貴方達は何者ですか? 何故この様な真似を!?』

 

『お前が、あの娘の母親か?』

 

『歩美の事を言ってるのなら、そうよ!』

 

『そうか、やは貴様が母親か……』

 

『それがどうしたと言うの?』

 

『あの男も、そうなのか?』

 

『哲榛さんは、娘の婿よ!』

 

『フンッ、何だ夫婦か……なら、都合が良かったな』

 

『どういう事なの? 説明しなさい!』

 

『あの二人はな…、知り過ぎたんだよ』

 

『知り過ぎた?』

 

『俺達の正体と、秘密をな……』

 

すると、人間の姿をしていた筈の男達が、みるみるうちに変貌していった。

そうはもう、口で語るのもおぞましい姿でした。

 

『お、お前達は……妖怪!?』

 

『そうだ、俺達は妖怪だ』

 

『ヘッヘッヘッ………』

 

周りの妖怪達が、気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

『あの二人はな……俺達が殺した』

 

『な、何だと!? 何故そんな事を!?』

 

『言っただろ? 知り過ぎたとな…』

 

『何を知り過ぎたというのだ!?』

 

『俺達の正体も然ることながら、俺達の最高の計画をな』

 

『最高だと? お前達は何を企んでいる?』

 

『それを聞いたら、貴様は生きては帰れんぞ?』

 

『…………どうせ、そうほう共は私を生かしてはおかんだろ!?』

 

『フンッ、読まれたか。 まあいい、それならば、冥土の土産に教えてやろう、その計画をな!』

 

『一体何を……しようとしているの?』

 

『人間の里をな……我が渦中に収めるのよ』

 

『な、なんだと!?』

 

『天狗や河童、狐に狸と、色んな勢力が人間の里を狙っているが、奴ら等に人間の里を渡す訳にはいかん。俺達が乗っ取ってやるんだ!』

 

『な、何故そんな事を?』

 

『知れた事よ、人間達を俺達の配下に置き、もっと信仰させるのよ、そして、俺達の力をもっと高め、幻想郷で一大勢力を築くんだ』

 

『…………っ!』

 

『そうすれば、人間を食らおうが犯そうが自由だからなあ! まさに、俺達の天下だ!』

 

『な…なんと、恐ろしい事を……!』

 

『それが幻想郷の摂理よ、人間は妖怪を恐れて生きる、貴様ら人間はそうして生きるしかないのよ…』

 

『そんな事……』

 

『貴様に何が出来る?』

 

『賢者様や巫女様が許すとでも思っているのか?』

 

『八雲紫か、フッ………奴かて所詮は妖怪、人間を食らう事など、屁とも思っちゃいないさ』

 

『くっ……』

 

『まあ、確かに博麗の巫女は手強いが、手が無い訳では無い。 あの女が目ん玉ひんむく様な手立てがちゃんとあるんだ!』

 

『……………っ!』

 

何と恐ろしい!

 

私は、全身に寒気を感じ、震えが止まりませんでした。

この者達に、人里を支配されては里は破滅する。

 

こんな奴らに娘や婿が殺されたのかと思うと、激しい怒りが込み上げてきました。

 

『その為に、お前達は娘と婿を殺したというのか!?』

 

『そうよ! しかも、その一部始終を覗き見しやがって、おまけに博麗の巫女にチクりに行こうとまでしていたんだ』

 

『それで、手に掛けたと…?』

 

『そうだ、ああいう惨たらしい殺し方をした方が、見せしめになると思ってな!』

 

『ハッハッハッハッハッハッ!!』

 

『おのれ……貴様達……!』

 

私は、持っていた懐刀を手に取り構えました。

敵わないと分かっていても、許す事が出来なかった!

 

『ほう…、自分から死にに来るとはなあ……馬鹿な女だ』

 

『黙れ! この恨み、貴様の死を以て晴らす!』

 

『出来るのか? 貴様ごとき人間風情が……』

 

『…………っ!?』

 

その時の、妖怪から滲み出る妖気に、私の身体は恐怖で竦んでしまい、動けなくなりました。

 

『どうした? 俺の妖気に怖じ気づいたか?』

 

『くっ……あぅぁ……!』

 

『フンッ、所詮人間などそんなものだ』

 

どうする事も出来ない自分に、あの時程絶望した事はありませんでした。

 

『さあ、無駄話もそろそろ終わりにしようか……話を全て聞いた以上、生かしては帰さんぞ』

 

『……このっ…………!』

 

動かない身体を、何とかしようと必死になっていた所、男が一瞬隙を見せたように見えました。

 

 

『…………はぁぁぁ!!』

 

 

その瞬間、無我夢中で妖怪に刺し掛かった、一矢報いる為に。

しかし、それは無駄でした。

 

『無駄な足掻きだ! さっさと死ね!!』

 

『なっ…………がはぁぁぁ!?』

 

その一撃を意図も簡単に躱された瞬間、髪の毛を掴まれました。

そして、膝蹴りを受けてしまったのです。

余りの強烈な一撃に、体が言う事を利かず、吐血してしまいました。

 

『うっ……うぉぇ……!』

 

『フンッ、大して力も入れてないのにそのザマか、人間は脆いなあ………ハッハッハッハッ!』

 

『う…うるさい!…………早く殺せ!』

 

『言われなくても、あの世に送ってやる!』

 

妖怪が大きく腕を上げ、私目掛け振り落とそうとするのを見て、私は思いました。

 

(これで、二人の元へ……)

 

そう覚悟を決め、目を瞑った時でした。

 

その瞬間、凄い衝撃音が聞こえ、妖怪達が怯みました。

 

『そこの妖怪ども! 待てぇ!!』

 

博麗の巫女が、私を助けにやって来たのです。

 

『しまった! 博麗の巫女だ! ズラかれ!!』

 

そこで、私の意識は途絶えました――――

 

 

 

 

 

「気が付いた時は、診療所の布団で寝かされていました。 聞く所によると5日は眠っていたとの事でした…」

 

「ギリギリの所で、助けられた訳ですね…」

 

「………でも、どうせなら、あのままあの妖怪の手に掛かった方が、娘に会えたかもしれないのに………」

 

「そんな……」

 

「……それで、怪我が完治してからは、仇の正体も分かっていたので、巫女に退治依頼をしました。しかし…………」

 

 

 

 

 

『な、何故? 何故出来ないのですか!?』

 

『申し訳ありません………リーダー格の者と仲間共は地底へと逃げ込んでしまいました…』

 

『逃げた場所が分かっているなら、是非……』

 

『それが、出来ないのです!』

 

『ですから、何故ですか!?』

 

『強力な結界が張られているからです』

 

『結界?』

 

『あの妖怪どもが、どうしてその結界を超えれたかは分かりません。 しかし、それを私が破ろうとすれば、博麗大結界にまで影響を及ぼす事になります。 幻想郷を護る者として、それだけは出来ない……』

 

『そんな……このまま泣き寝入りしろと言うのですか? それでは、あの二人が余りにも不憫じゃないですか!!』

 

『申し訳無い………諦めて下さい………』

 

 

 

 

 

「先々代は、私に深々と頭を下げて詫びました。どうしても、仇討ちは出来ないと。 それだけではありません。祝言の仲人を買って出てくれた兄が、掌を返したかのように冷たく接して来たのです」

 

 

 

 

 

 

『博麗の巫女に勝手に退治依頼とは、余計な事をしてくれたな!』

 

『余計な事とは何ですか!? 私は娘を殺されたのですよ? 仇を討ちたいと思うのは当たり前ではありませんか?』

 

『そんな事をして、変に妖怪達を刺激したらどうする? 里の人達にまで被害が及ぶかもしれないのだぞ! そこまで考えたのか!?』

 

『しかし、それではあの二人が余りにも可哀想だとは思いませんか? もうすぐ夫婦になれる筈だったのに……』

 

『人間は妖怪には敵わないんだ、幻想郷で生きる以上仕方無い事なんだ、あの二人は運が無かったとしか言い様が無い』

 

『兄さんは悔しくは無いんですか? 後継ぎだった筈の哲榛さんを殺されて、口惜しくは無いのですか?』

 

『私だって悔しいさ!私には息子が居なかったからね、哲榛の事を実の息子のように思っていたよ。 しかしだ、相手が悪過ぎる! 其奴は只の妖怪では無いのだぞ、人里を支配しようとしていた凶悪な妖怪だ、我々が逆立ちしたって勝てっこ無いんだよ!』

 

『ですから、兄さんからも巫女様にお願いして下さいよ! 今頼れるのは巫女様しか居ないんですよ!?』

 

『その巫女からは、出来ないと断れたのだろ? ならば、何回言ったって無駄だ、博麗の巫女の手をこれ以上煩わせるな、この事は早く忘れるんだ!』

 

『そんな理由で、泣き寝入りなんて嫌です! 何とかなりませんか?』

 

『ええい、しつこい! これ以上この事件を引き摺る事はお店の商いに影響するんだ! 今後この話を持ち込む事は許さん!』

 

『兄さん! そんなのあんまりじゃないですか! 哲榛さん事を目に掛けていたんじゃないのですか? 仲人を真っ先に引き受けたのは兄さんじゃないですか! どうして、そんなに冷たくするのですか!?』

 

『うるさい! 主はこの私なんだ、これ以上私に楯突くなら、今後うちの敷居は跨がせないないよ!』

 

『兄さん! お願いですから力を貸して下さい!』

 

『くどい! 最早、お前とは兄弟では無いわ! 誰か、この女を摘まみ出してくれ!』

 

『兄さん! お願いだから……兄さーん!!』

 

 

 

 

 

 

「信頼していた兄さんから絶縁され、頼れる人も居なく、私は毎日泣いていました。その後は、慧音先生がよく慰めてくれまして、少しずつ落ち着きは取り戻しましたが、やはり二人を失った悲しみはなかなか癒えませんでした。その間に近藤先生を始め、多くの人達が色々と動いてくれていたみたいです。皆さんのご協力には感謝してもしきれません。しかし……それでも、仇に辿り着く事は出来ませんでした。それ故に失望と無気力が支配した事もありましたが、何時かきっと二人の仇を討てる日が来ると信じて生きて来ました。そして……以前起きた異変で、地底の妖怪達が地上に現れるようになったと聞いた時は、もしやと思い、頻繁に探りを入れてました。 そして、その仇が見つかった時、ようやく26年前の仇討ちが出来ると信じ、準備をしてきました。でも、結果は……………返り討ちだったわね………フフフフ………」

 

最後、彼女は自虐的に笑った。

こんな惨めな姿を恥じているのだろうか。

 

「おばさん……さぞ、辛かったでしょう………俺の前ではちっとも、そんな素振りは見せなかったけど、おばさんはずっと、そんな過去を背負って生きて来たんですね……」

 

「祐助さん………貴方には分かりますか? 私の口惜しい日々が……」

 

「えっ………?」

 

「祐助さん、答えて下さい! こんな事が許されて良いのですか? 私の娘は殺された一方で、殺した下手人は今この瞬間も、のうのうと生きているんですよ? こんな理不尽が許されるのですか!?」

 

「そんなの………許される訳が…………無い!!」

 

「……っ!? ……………ごめんなさい、貴方に訴えたって、どうにもならないのに……」

 

「い、いえ………………」

 

それ以上、何も言えなかった。 彼女の悲しみを考えれば、そう責められたって仕方が無かったのだから。

 

「………だから、貴方が血に染まっていた時期、私は貴方を責める事は出来ませんでした」

 

「…………っ!?」

 

「貴方の妻子の事を聞いた時、私は自分の娘や哲榛さん事と重ねてしまいました。 そして、貴方が妖怪相手に残忍な行為をしていた時も、私だけは貴方を庇護しました。 むしろ、もっとやれ! もっと殺せ! とも思ってましたから」

 

「お、おばさん……」

 

「……ねえ祐助さん、私が貴方にその事で怒った事を覚えてる?」

 

「ええ、覚えてますよ。 おばさんは『今日はどれだけ殺したの?』と聞いてきたから、俺は『今日は10匹だった』と言ったら、おばさんは……」

 

「『全然甘いわ! もっと殺しなさい! 50や100なんかじゃ生温い! 服が汚れる事や里の人達が言う事なんて気にしなくていい! 徹底的に叩き殺しなさい! 血に染まった服は私が洗ってあげる、貴方に陰口叩くヤツがいれば私が黙らせてあげる、貴方は余計な事は何も考えずに妖怪を殺しまくれば、それで良いのよ!!』 そう言いましたね……」

 

「あの時は、驚いた以上に………何故そこまで捲し立てるのか分かりませんでした。 しかし、今やっとその理由が分かりましたよ」

 

「それが、貴方を更に追い詰める結果になったなんて………私は本当に浅はかでした……ごめんなさい……」

 

「いいんですよ、もう終わった事です……」

 

「…………っ」

 

少しの間、水智江さんは黙っていた。

何かを考え、思い出しているかのように。

 

「……敵に返り討ちにされた事を悔しく思ってたけど、良く考えてみれば当然の結果ね……貴方を支援した事で、私もまた妖怪達に恨みを買っていた、その怨念が自分に付きまとい、敵討ちが返り討ちになる結果を招いてしまった。 馬鹿ね、私ったら……」

 

「おばさん、それは違います!」

 

おばさんの言葉に、俺は反論をした。

あれは………そうじゃない!

 

「あの行為は、俺が勝手にやった事なんです! おばさんは何もやっちゃいないんですよ! 全ては俺の責任なんです!」

 

「祐助……さん………」

 

彼女は、目を見開いて俺を見つめていた。

 

そうだ、あれは俺の仇討ちみたいなものだったんだ………恨みを買うのは俺だけなんだ。

 

 

「水智江さん…、仇の名を教えて下さい」

 

 

「仇の名は………黒蛇の世多一……」

 

 

「黒蛇の世多一、ですね?」

 

 

彼女は静かに頷いた。

 

その名前、確かに耳に焼き付けた。

 

そして、ゆっくりと顔を近付け、水智江さんの耳元で囁いた。

 

 

「――――――――――――――――――――」

 

 

「――――――――っ!!?」

 

 

その瞬間、彼女表情は驚きに満ちた。

 

 

「ゆ、祐助……若先生…! それは…本当ですか?」

 

 

「はい……必ず………約束します」

 

 

「はっ……! あぁぁぁっぁぁぅぁ……祐助さん………ありがとう……ございます………!」

 

 

彼女は俺の手を力一杯握り、涙を流した。

俺もまた、彼女の手を握り返した。

 

その時の彼女の手は、とても温かかった。

俺の知っている、水智江さんの手の温もりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………っ」

 

彼女との話を終えた俺は、部屋を出た。

 

「祐さん…」

 

座敷では、永遠亭のメンバーが俺を待っていた。

 

「話は済んだの?」

 

「ああ……少しばかり時間が掛かったな、すまなかった」

 

外の空気が吸いたく、縁側の方へ向かおうとすると、永琳さんに止められた。

 

「祐助」

 

「うん…?」

 

「話の内容は聞かないでおくけど、これだけは聞かせて」

 

「何だい?」

 

「貴方とあの人間はどういう関係なの?」

 

 

そうか、まだ話してなかったな。

さっき、輝夜さんにも同じ質問をされていたのに。

 

 

「あの人はな、俺にとっては………母親も同然の人なんだ」

 

 

「えっ…、母親!?」

 

 

一同は驚きを隠せない様子であった。

 

 

 

 

続く・・・・・・。




祐助の口から出た、母親も同然とは一体どういう事なのか?


本当は、一気に書き上げる予定でしたが、これ以上長くなるのも考えものだったので、一旦区切る事にしました。

どういう事になるのかは、次話を読んで下さいね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の約束 2

皆さん、こんちは!
失踪したと思ってたでしょ?
しぶとく戻って来ましたw

その久しぶりの最新話は、シリアス全開です・・・。

それでは、どうぞ!



「俺が今あるのも、彼女のお陰と言っても過言では無い」

 

「そんな話、初めて聞いたわ…」

 

「そうだろうな、これは余り他人には話してはいない事だ」

 

鈴仙さんは少し戸惑っていた、無理も無い。

そして、今度は輝夜さんが訊ねてくる。

 

「祐さん、彼女が母親代わりって言ったけど、貴方の本当の母親は……」

 

「…………殺された」

 

『……………っ!?』

 

その一言に、全員が驚きの顔に変わる。

 

「これも、あまり他人には話しては無いんだが…、俺の実の母親は妖怪に殺されたんだ」

 

「また何で……?」

 

「お袋は、農作業の為に人里の近くの畑に行ったらしい。 その時に野良妖怪と出会してしまい、餌食になっちまったんだ」

 

「…………!」

 

「運が悪かったとしか言いようがないよな、畑仕事をしてて妖怪に襲われるなんて…」

 

「……それから、どうなったの?」

 

「親父と博麗の巫女が、すぐに見付け出して殺したらしい」

 

「そ、そう……」

 

「俺がまだ二つの時の出来事だった、だから俺は自分の母親の顔を全く覚えちゃいない。 実家には何枚か写真が残っていて、これが母親なんだと確認は出来るが、自分の記憶の中には母親の顔も、彼女と過ごした日々も何も思い出せないんだ」

 

「祐さん……」

 

「そんな時、水智江さんは母親代わりに俺の面倒を見てくれた人なんだ」

 

「彼女が?」

 

「ああ、昔はよくうちの道場に来ては、身の回りの世話をしてくれたんだ。 それこそ、掃除、洗濯、備品の調達、俺達の食事の用意、門弟達の世話まで多岐に渡って仕事をこなしてくれた。 幼い頃からそれを見てきたから、おばさんは本当の母親みたいに感じていたんだよ」

 

「そうだったのね…」

 

「俺は彼女の身辺に関してはあまり知らなかったが、娘さんがいたらしい。 そして、26年前に妖怪達に殺されたんだ、祝言を挙げる筈だった旦那さん共々に…」

 

「そ、そんな………!」

 

鈴仙の表情が曇る。

 

「おばさんは、その仇討ちの為にその妖怪達に一人で立ち向かったんだが………やっぱり力の差は歴然としていた、返り討ちにされ、あのような無惨な事に……」

 

俺は、無意識のうちに拳を握り締めていた。

その拳からは、少し血が滲んでいた。

 

「……そうだったのね、そんな事があったのね」

 

状況を理解した永琳さんが、静かに呟いた。

 

「祐助、手から血が出てるわ」

 

「あっ…、すまない……」

 

永琳さんから差し出された手拭いを受け取り、血を拭った。

 

「今考えてみれば、26年前あの時、色々とせわしなかったり、おばさんの様子も変だったように思ったが、ガキの俺には何も分からなかったんだ、誰も教えてもくれなかったしな」

 

「そうだったの……」

 

こんな話をすれば、やっぱり場の雰囲気が重苦しくなっていた。

そんな中で、鈴仙さんが口を開く。

 

「やったヤツは分かってるの?」

 

「ああ、おばさんの話では、黒蛇の世多一という妖怪らしい。

知ってるか?」

 

「私は、知らないわ…」

 

「私も……」

 

「永遠亭は長い間、術でこちら側とは繋がりが無かったから…、26年前といえば、まだ術を解く前だから、何も分からないわね……」

 

輝夜さんも鈴仙さんも何処と無く目を逸らし、永琳さんは静かに茶を啜った。

 

「……それだよな、聞く方が間違ってたよな」

 

苦笑いしか出来なかった。

 

「これから、どうするの?」

 

「知れた事……」

 

輝夜さんの一言に、外を向いたまま答える。

 

「娘さんやその旦那になる筈だった人、そして…おばさんにまで手に掛けたんだ、生かしちゃおけねぇ……!」

 

怒気を含んだ俺の言葉に、誰もが息を飲んだ。

 

「……少し、一人にさせてくれ。色々考えたいんだ……」

 

それだけを伝え、自分一人縁側へ行った。

誰も止める者は居なかった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、永琳……」

 

「分かってるわ輝夜、大ごとになりそうね…」

 

祐助を見送った輝夜達の間で、そんなやり取りがされていた。

 

「彼、相当参ってると思う、あの雰囲気は尋常じゃなかったわ。母親も同然の人間がああなってしまっては仕方は無いだろうけど、あんなに悲しみと怒りを含んだ彼を、私は初めて見たわ…」

 

「そうね、知られたくなかったとはいえ、私たちは彼の事を知らなすぎたかもしれない…」

 

「お師匠様、私たちはどうすれば……」

 

「何もしなくていいわ」

 

「えっ……!?」

 

「例え、彼にとっては重大な問題であっても、私たちには関わりの無い事、下手に介入なんてしない方がいいのよ」

 

「し、しかし……」

 

「余計な事はしちゃダメよ」

 

「うっ……」

 

永琳の威圧的な一言に、鈴仙は言葉が出なかった。

 

「でもね…、ウドンゲ」

 

「………?」

 

「仮にだけど、彼はもしかすると…………その時は構わないわ」

 

「えっ、それって……」

 

「何度も言わせないで」

 

「は……はいっ!」

 

永琳のその意図を理解した鈴仙の表情は、少しだけ明るくなった。

 

「とりあえず、夕食の支度をして頂戴、もちろん……祐助と患者の分も追加でね」

 

「分かりました!」

 

返事と同時に鈴仙は台所へと向かって行った。

 

「………貴女も素直じゃないわね、最初からそう言えば良いのに」

 

「勘違いしないで、これは私たちには関係の無い事だから何もしない。けど、患者に関わる事ならば話は別。彼女に何かあるなら、私も黙ってはいないわ」

 

「そう……やっぱり素直じゃないわね、永琳は」

 

「…………っ」

 

輝夜がクスクスと笑っているが、永琳の方は特に表情を変える事は無かった。

 

「私、ちょっと祐さんの様子を見てくるわ」

 

「ええ、私も患者の様子を確認したいし……」

 

輝夜が立ち上がりその場を後にするのを確認すると、永琳もまた患者のいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「……………っ」

 

俺は日が暮れた空を見上げ茫然としていた。

 

そして、ずっと考えていた。

 

ガキの頃、よく世話を掛けてしまった。

ワルガキだった俺は、彼女によく叱られたものだった。

 

ぶたれた事だって多々あった。

 

そして、親身になって俺の手助けをしてくれた。

 

勉強、稽古、そして一人で生きていく為のいろはを。

 

家事、炊事、掃除、編み物、人付き合い…。

 

まるで本当の母親のように……

いや、それ以上に…………

 

あの当時の事が走馬灯のように、脳裏を過った。

 

そして、同時に過った二文字。

 

 

『後悔』

 

 

おばさんの軽い身体を背負った瞬間から、ずっと……ずっと………

 

 

「祐さん…」

 

「……………っ!」

 

ふと、後ろから姫に声を掛けられ、はっと我に帰った。

 

「大丈夫……?」

 

「ああ、すまない……考え事に耽ってしまった」

 

「そう………隣、いいかしら?」

 

「構わないよ」

 

そう訊ねた輝夜さんは、俺の隣に腰掛けた。

 

「輝夜さん……」

 

「何?」

 

「これから喋る事は俺の一人言だ、聞こうと聞くまいとあんたの勝手だ」

 

「…………一応、聞いておくわ」

 

「……………っ」

 

輝夜さんが、じっと俺の方を見つめていた。

 

「ガキの頃の俺は大したワルガキでな、命知らずな事も平然とやっていた。弱小妖怪の退治くらいなら寺子屋に通ってた頃からやってた。道場の稽古じゃあ同じ世代の奴ら等、足元にも及ばない位に強かった。だからさ、よく度胸試しとか称して妖怪退治をしたんだよ、みんなで。今考えれば、よくそんな無謀な事が出来たものだと我ながら関心する。でも、誰も俺に逆らう奴は居なかった、逆らえなかったんだ。稽古では誰も俺には勝てなかったから。 そんな時、退治にしくじった慶治が怪我をしてしまってな、その事でこっぴどく怒られてな、親父にもぶん殴られて散々だった。でも、おばさんに怒られたのが一番怖かった。『どうして他人を巻き込むの?死ぬんなら貴方一人で死になさい!』とな。おばさんの剣幕に俺は震えが止まらなかったよ。 何より、何故か彼女にぶたれた痛みは親父に殴られた以上に感じたんだ。そして、こう言ったんだ。『貴方は妖怪を退治するという事を理解しているの? 例え人間より頑丈とはいえ妖怪だって痛みを感じるのよ?貴方は相手に与える痛みを考えた事はあるの?とっても辛い事なのよ。妖怪退治の意味と本質を知らなければ、貴方は一人前の妖怪退治人にはなれないわ』てさ。ガキの俺には全く理解出来なかった。だから、その後も無謀な妖怪退治を繰り返した、まだ博麗の巫女を継ぐ前の先代や慶治と平九郎とな、時には危ない橋も渡ったもんだ。その度におばさんに怒られてな、ぶたれた回数だって両手の指だけでは足りない。それを俺は鬱陶しいなんて思った事だって多々あった。しかしな、歳を重ねるにつれ、おばさんの真意ってものが分かってきた。あの時、おばさんが俺に伝えたかったのはそういう事だったのかってさ。結局俺は未熟者だったんだ。昔な、一時期ではあったが俺と酒井慶治、木村平九郎、そして、先代の博麗の巫女の四人で、『人間の四天王』なんて呼ばれた頃があってな、有頂天になったんだ。だが、それが災いして、大切な人を失い、悲しみ、絶望、怒り、殺戮、虚無感、色んな出来事を体験してようやく、おばさんの伝えたかった事に気付いたんだ。まぁあの時点で既に遅すぎたんだけどな。なのに、今また大切な存在を無くそうとしている。歴史は繰り返されるとはよく言ったものだよ、本当にバカだよな……」

 

「………………っ」

 

「あの人は、俺にとっては母親も同然なんだ、生きるため術を手取り足取り教えてくれた恩人なんだ。俺……いや、近藤の家や道場は彼女のおかげで成り立っていたようなものだ、縁の下の力持ちだよ。そんな立派な人がどうして……」

 

「…………………っ」

 

俺の一人言を、彼女はただ黙って聞いていた。

 

「はぁ…………何やってるんだろうな俺は………笑ってやってくれよ」

 

「いいえ、笑えないわ……」

 

自虐的に笑う俺に、彼女はそう言った。

 

「私はね、昔育ててくれたおじいさんとおばあさんには今でも感謝してる。でも、後悔している」

 

「後悔?」

 

「月からの使者が来た時、私はロクなお礼も言えずに二人の前から去った。でも、月には帰らずに永琳が使者達を殺した。そして、術を使って月の民から逃げた。 その先は貴方にも以前話したわよね?」

 

「………ああ」

 

「その時、いっそのことおじいさんとおばあさんも一緒に連れて暮らそうなんて思った事もあったわ、育ててくれた二人への恩返しだと思ってね……でも、それは私たちの事情が許さなかった………」

 

「……………っ」

 

「風の便りに、おじいさんが今際の際に『輝夜姫にもう一度会いたい』と繰り返していたという事、そして、おじいさんが死んでおばあさんもすぐに後を追うように死んでしまった事を。 それを知った時、私は涙が枯れるまで泣いたわ」

 

「そうか………あんたもさぞ辛かっただろう………」

 

彼女は今にも泣きそうな顔で語った。

 

輝夜さん、俺が知らなかっただけで、色んな辛い出来事があったんだな、それをこれからも永遠に繰り返すと考えたら、余計に胸が痛んだ。

 

「ぐす………だからね、貴方の事が少し羨ましくて…」

 

「羨ましい?」

 

「確かに、あの人間はあんな事になってしまってとても残念だけど……でも、貴方は彼女の最期を見届ける事が出来る、手を握って涙を流す事だって出来る、私はそれが出来なかった…」

 

「…………っ!」

 

「だから…、これ以上後悔しないように、貴方のやるべき事をやりなさい、彼女に残された時間は短くても、出来る事はある筈よ」

 

「輝夜……さん………」

 

こんな形で彼女に励まされるとは思いもしなかった。

 

「ありがとう………うっ………何でだろうな………励ましてくれたのに………涙が…止まらねえよ………」

 

「祐さん……」

 

「………くそったれが!」

 

抑えようにも、色んな感情が沸き上がり、涙を堪える事が出来ない。

 

そんな時…、

 

(ギュッ)

 

「………えっ?」

 

輝夜さんが、俺の手を握り締めてきたのだ。

 

「祐さん……いいのよ、泣きたい時は泣いたって……付き合ってあげる」

 

「…………!」

 

彼女の握り締め手は力強かった。

でも、優しかった。

 

「うう…………あぁぁぁぁぁ………!」

 

抑えていたものを吐き出すように、声を上げて泣いた。

恥ずかしいとか、そういう感情は無く、ただひたすら泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぐすっ………はぁ………」

 

「祐さん、大丈夫…?」

 

僅か数分だったが、ありったけ泣いたせいか、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 

「す、すまない………みっともない所を見せてしまって……」

 

「構わないわ、男だからって泣いちゃいけないなんて、そっちの方がおかしいわ」

 

「…………ありがとな」

 

握り締めていた彼女の手を、ゆっくりと離した。

 

「そういえば…、鈴仙さんは?」

 

「鈴仙は、今夕食の準備をしてるわ、貴方の分も用意してるわよ」

 

「そうか…、ならば少し手伝いに……」

 

「待って」

 

立ち上がろうとした俺の腕を、輝夜さんが掴んだ。

 

「夕食の準備は、他の因幡達も手伝ってるから、わざわざ行かなくても大丈夫よ」

 

「で、でも……」

 

「ねえ……」

 

すると、彼女は俺の腕に寄り掛かってきたのだ。

 

「か、輝夜……?」

 

「夕食が出来るまでまだ時間が掛かるみたいだし………もうしばらく、こうしてましょうよ?」

 

「あ、あぁ……」

 

「もう少しだけ、お話しましょ? いいでしょ?」

 

「……分かったよ、今度は俺が付き合うよ」

 

「フフッ、よろしい」

 

彼女の微笑む顔を見て、俺もいつの間にか笑顔を取り戻していた。

 

しかし、これから自分のやるべき事を考えると、笑ってもいられない。

残された時間は少ない、何としてでもおばさんの為に……。

 

 

でも今は…、彼女のお喋りに付き合ってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………っ」

 

 

その様子を遠くから見ている者がいた。

 

「あの様子なら、大丈夫そうね」

 

そう呟くと、彼女は再び患者の居る部屋へと消えていった。




次回は、いつ投稿できるでしょうか?

失踪する可能性は非常に高いw

気長にお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の約束 3

投稿ペースが下がる一方です・・・。

遅くなりましたが、2018年も宜しくお願いします。


翌朝、永遠亭の面子や兎達との静かな朝食を食べていた。

 

昨晩は、もう遅いからと永琳さんから寝床を提供され、一泊した。

 

やはり昨日の事があったせいか、どことなく重い雰囲気が漂っていた。

 

こんなことになったのは自分にも責がある。

申し訳無い気持ちになりながらも、食事をした。

 

「祐さん、昨日はちゃんと寝れたかい?」

 

「ああ、一応はな。 お気遣いありがと」

 

近くに座っていたてゐさんに声を掛けられる。

いつもは、直ぐに何かしらの悪戯をしようとするのだが、今日はその様子は無い。

 

「永琳さん、少し頼みがある」

 

「何かしら?」

 

「俺は、一旦里に戻る。 彼女に縁のある人達にこの事を伝えなければならない。 しばらくおばさんをお願いしたい」

 

「大丈夫よ、彼女は私の患者。 責任を持って面倒見るわ」

 

「ありがとう、恩に着る」

 

「それから、ウドンゲを連れて行きなさい」

 

「えっ…?」

 

「し、師匠?」

 

「貴方一人で動くのは大変でしょ? 今日はウドンゲを使ってくれていいわ」

 

「永琳さん………スマン……」

 

表情をあまり変えなかったが、彼女の気遣いに俺は頭が上がらない思いだった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「とりあえず、これからどうするの?」

 

朝食をすませ、俺と鈴仙さんは人里に向かって竹林を歩いていた。

 

「君には、まず寺子屋に行ってほしい」

 

「寺子屋に?」

 

「慧音さんに伝えなければならない。 平九郎も居るだろうから、ヤツから慶治にも伝えて欲しいんだ」

 

「それで……?」

 

「みんな集まったら、近藤道場に来てほしい」

 

「道場に行けばいいんだね?」

 

「ああ、お手数掛けるが頼む」

 

「分かったわ」

 

彼女は、俺の頼みを承諾してくれた。

本当に助かる、いづれはお礼をしなくては。

 

「みんな、あの人間には所縁があるの?」

 

「そうだ、慶治も平九郎も、昔は おばさんにはお世話になったんだ。 そして何よりも、うちの道場は彼女が居なくては成り立たなかった事もあったから、親父とも長い関係なんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「さて、どうやって打ち明けようか……」

 

あと2日の命だなんて………どう言えばいいんだよ……。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「………………っ!」

 

「……………………」

 

鈴仙さんと別れた俺は、すぐに道場に赴き、この事を親父に伝えた。

 

「なんという事だ……!」

 

親父の顔が悲痛に歪んでいた。

 

「全然知らなかったぜ、おばさんにそんな事があったなんてよ」

 

「ああ、話しにくい事件といのもあってな……あれは儂もよく覚えておる、26年前のあの日、悲しい日であったわ……」

 

そうして、親父は静かに語りだした。

 

「前日の夕方に二人の行方が分からなくなったから遅くまで探したが結局見付からなかった。 そして翌日、偶々釣りをしに行ったうちの門人が、二人を発見したのじゃ。儂もすぐに駆け付けたのじゃが……それはもう惨たらしい有り様でのう……」

 

「そして、通夜の夜、おばさんは下手人の妖怪に殺されそうになった」

 

「儂も、あれには頭に来てな、徹底的に探したのじゃが、結局は見付からなかったんだ」

 

「地底に逃げたんだってな?」

 

「そうじゃ、八雲紫がそう伝えてきたと先々代が言っておった」

 

「そして、それが原因でおばさんは兄から勘当されてしまった」

 

「それに関しては、儂も彼女の実家の方に再三抗議したのじゃが、一切聞き入れてもらえなんだわ…」

 

親父も昔の事を思い出したのか、苦い表情をしていた。

 

「それでは、あまりにも彼女が不憫でな、だから儂が周りの面倒を見てやったのじゃ、水智江さんには以前より世話になっていたからのう…」

 

「そうか……」

 

「しかし、水智江さんも全く無謀な事を………何故儂に相談してくれなかったんだ!」

 

「きっと、娘夫婦の事だから、自分でケリを付けたかったんだろう……」

 

「それにしたって、相手が悪すぎる。 段平振り回したって勝てる相手では無いんだ」

 

「今更言っても仕方無い、だから親父には頼みたい事がある」

 

「黒蛇の世多一だったな、探すんじゃろ?」

 

「そうだ、俺はおばさんに約束したんだ」

 

「何を…?」

 

「それは……」

 

 

その時だった

 

 

「先生、皆さんが来られました」

 

「そうか……構わん、通せ」

 

「はいっ」

 

 

親父がそう伝えると、門人はすぐに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

鈴「祐さん、みんな来たわ」

 

「ありがとう、鈴仙さん」

 

慧「祐助、一体何事だ?」

 

慶「みんな呼び出したりして、どうしたんですか?」

 

桐「まあ落ち着け、みんなそこに座れ」

 

平「はい……」

 

 

親父に促され、皆が座る。

 

 

「これから話す事は重大な事だ、落ち着いて聞いてほしい」

 

俺は皆に向かって、これまでの経緯を語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――大体のいきさつは、こんなものだ」

 

『……………………っ』

 

俺が話し終わると、やはり皆は沈んだ表情になっていた。

 

慶「あのおばさんが、そんな事に…!」

 

平「昔そんな事があったなんて……」

 

慧「何て事だ……またあの悪夢を繰り返してしまうのか…!」

 

やはり、皆の表情は悲痛であった。

とりわけ、慧音さんは当時の事を知っているだけに、尚更であった。

 

「悲しい気持ちは分かる、俺だって昨日は………」

 

『………えっ?』

 

「………いやっ、何でもない。だが、悲しんでばかりもいられない、おばさんを手に掛けた奴等はきっと人里にも害を及ぼす。 対処しなければ……」

 

桐「そうじゃ、彼女のような犠牲者をこれ以上出してはならん」

 

平「でも、奴等の居所は……」

 

桐「今探索させておる、もう少し待つのじゃ」

 

『はい………』

 

「平九郎……慶治……」

 

俯いたままの二人に声を掛ける。

 

「直ぐに永遠亭に行け、これがきっと………最期になるから……」

 

「「…………っ!」」

 

「鈴仙さん、案内してやってくれ」

 

「分かったわ」

 

「慧音さんも………」

 

だが、慧音さんは申し訳無さそうに俺を見る。

 

「すまない……私はまだ授業があるから……」

 

「そうか……」

 

「祐さんはどうするの?」

 

「俺は準備があるから、一旦家に戻る、後から行く」

 

「道は大丈夫?」

 

「大丈夫だろう、不安だったら妹紅を呼ぶ」

 

「そう……」

 

「それじゃ、俺達は先に…」

 

「ああ!」

 

そうして、慶治、平九郎、鈴仙は立ち上り、部屋を出た。

 

「私は寺子屋へ戻る、出来たら後で行くつもりだ」

 

「分かった」

 

そう言って、慧音さんも出て行った。

 

「儂も行きたいのじゃがな……」

 

「分かってる、親父は道場を空けれないからな」

 

「出来ない事も無いが…」

 

「俺が行くよ、そっちの方は頼んだぜ」

 

「うむ、何か分かったら繋ぎをつける」

 

「おう!」

 

俺もまた、そうして道場を出た。

 

 

 

 

色んな思いが頭の中を交錯し、道中どの道で自宅に戻ったか覚えてなかった。

 

 

 

 

 

そして、自宅に戻り真っ先に着替えをし、風呂を沸かす。

 

僅かだがおばさんの血の臭いが、部屋中に漂う。

それが堪らなくなり、直ぐに縁側の引き戸を開けて換気する。

 

もう、この服は着れない。

おばさんの血の臭いがする服なんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし………」

 

風呂から上がり、身支度を整える。

仕事道具もしっかりと鞄に詰め込み、封をする。

 

冷たい茶を一杯だけ飲み干し、鞄を担ぎ玄関に向かう。

 

そして、靴を履こうとした時だった。

 

(ドンドン)

 

「祐さーん!」

 

外から聞き慣れた声が聞こえる。

 

「和子か」

 

戸を開けると、何時ものように元気いっぱいな妖怪犬がいた。

 

「遊びに来たんやよ、今日は何して……」

 

「スマン和子、今日はそんな気分じゃないんだ」

 

「へっ?どうして?」

 

「ちょっとな、重大な事が起きてよ…」

 

「何それ?重大とか言ってまた一人で抜け駆けする……」

 

「人一人が死にかかってるんだ、抜け駆けもあるかぁぁ!!」

 

「…………っ!!?」

 

気持ちに余裕が無かったせいで、つい怒鳴ってしまった。

 

「…………ゴ、ゴメン、つい大声出してしまった………今、本当に一大事なんだ」

 

「祐さん………一体何があったの…?」

 

「君にも少しは関わりがある話だろうから、ついて来い、話してやる」

 

「う、うん……」

 

和子も、おばさんとは面識がある、ちゃんと話しておかなければ。

ツラい現実を直視する事になるが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――そういう事なんだよ……」

 

「うぐっ…………ひっく………ぐすっ……」

 

道中、これまでの経緯を話終ると、彼女はずっと泣き続けていた。

 

「私………あの人間にはよくしてもらったから………妖怪だと分かっても優しくしてくれた、着物もくれた……私嬉しかった………絶対恩返しするって決めてたのに……ぐすっ……あと二日で死んじゃうなんて………うえぇぇぇん………」

 

「悲しいだろうが、気をしっかり持てよ……」

 

泣きじゃくる和子の肩を叩いて慰めてやった。

この様子だと和子にとっても水智江さんは大切な存在だったと想像出来る。

 

「さあ、そろそろ竹林だ、俺の側から離れるなよ」

 

「ぐすっ………うん……」

 

そうして、竹林に入り一路永遠亭へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

永遠亭に到着すると、慶治と平九郎が客間で座っているのが見えた。

慶治はずって俯いたままで、平九郎は声を押し殺して泣いていた。

 

 

「おかえりなさい」

 

「ああ……」

 

直ぐに永琳さんが出迎えてくれた。

すると、直ぐに和子が切り出す。

 

「あの………あちき……私もおばさんに会わせて!」

 

「貴女が?」

 

「私も、あの人間にはお世話に……」

 

「………っ」

 

「永琳さん、会わせてやってくれないか?」

 

「…………分かったわ」

 

そう言って、永琳さんは和子をおばさんのいる部屋へと案内した。

 

「はあ……」

 

何故か分からない、溜め息が出てしまう。

 

そして、二人のいる客間へと向かった。

 

「祐さん………」

 

「…………っ」

 

「おばさんには会ったか?」

 

「はい、話も出来ました」

 

「そうか……」

 

「うぐっ………」

 

平九郎は尚も泣いていた。

 

「平九郎、もう泣くな。 最後に二人の姿を見れただけでもあの人は幸せだと思うよ」

 

「で、でも………」

 

「俺だって、どうしてこうなってしまったのかと思うと…、どうかしちまいそうだよ……」

 

「祐さん…」

 

「でも、今しっかりしなきゃ、何も出来ないだろ?」

 

「あっ……」

 

「二人とも、頼むから気をしっかり持つんだ」

 

「……はい」

 

弱々しいが、確かに返事は聞こえた。

 

すると、

 

「祐助、ちょっといいかしら?」

 

「うん?」

 

部屋の奥から、永琳さんが俺を呼んだ。

 

「どうしたんだい…?」

 

招かれるままに、永琳さんの元へと行く。

 

「貴方に話があるの」

 

そう言って彼女は俺を別の部屋へと案内した。

 

「……それで、話ってのは?」

 

「貴方やあの二人の様子を見てたら居た堪れなくなって………でも、私の独断では出来ないから、貴方に判断して欲しい」

 

「何の話だよ?」

 

「あの人間の余命はあと二日なのは言うまでも無いわね?」

 

「分かってる」

 

「でも………彼女を助ける方法が1つだけある」

 

「えっ…………それは本当か!?」

 

それを聞いた時、微かな希望が見えたように思えた。

 

「ええ、でも…………」

 

「でも何だよ? 方法があるんなら教えてくれ!」

 

すると、彼女は目を閉じ黙り込む。

 

 

そして、徐に口を開く。

 

 

「蓬莱の薬を飲ませるのよ」

 

 

「ほ……蓬莱の……薬……!?」

 

 

それを聞いた瞬間、俺の中の希望の光は一瞬で絶たれた。

 

 

 

 

続く。




次回、迫られる選択・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の約束 5

交差する、それぞれの思い・・・。


「永琳さん、あんたそれは……!」

 

「今さら、説明の必要は無いでしょ?」

 

「分かってる、でもそれは………余計に俺の中に迷いを生じさせる事になるよ」

 

「慌てなくていいわ、よく考えて頂戴……」

 

おばさんを助ける事が出来る、だがそれは、同時に永遠の苦痛を与える事にもなる。

 

どうすればいい…?

 

「これよ……」

 

そう言って、永琳さんはポケットから紙に包まれた物を開け、差し出した。

 

「こ、これが……」

 

「ええ、蓬莱の薬よ、探してみたら僅かに残ってたから…」

 

いつも飲む風邪薬等とは一回り大きな錠剤。

これがその……蓬莱の薬………。

 

「……まだ、あんたが持っててくれ、皆に話す」

 

「…………」

 

そう伝え、皆の居る客間へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐助……」

 

部屋に戻ると、真っ先に慧音さんが声を掛けてきた。

 

「慧音さん……来てたのか」

 

「ああ、今着いた所だ」

 

「そうか……」

 

みんな集まっているなら、都合がいい。

 

「みんな、落ち着いて聞いて欲しい」

 

ゆっくりと深呼吸をし、この事を話した。

 

「今、永琳さんと話して来たが、おばさんを助ける方法が一つだけある」

 

慶「えっ? それは本当ですか!?」

 

「ああ……」

 

平「ならば、早速その方法を……」

 

「平九郎、話は最後まで聞け」

 

急かそうとする二人を、何とか宥める。

 

「確かに助ける事は出来る、だが俺は…………俺には出来ない……」

 

震える身体を抑えられない…。

 

平「ちょ………な、何ですか!?」

 

その言葉に、納得出来ないと言わんばかりに平九郎が詰め寄る。

 

慧「ま、まさか、祐助……それは………」

 

「お察しの通りだ」

 

その理由を察した慧音さんの顔色が変わる。

 

「あの人に、蓬莱の薬を飲ませるんだ、そうすれば100%おばさんは助かる」

 

慶「蓬莱の薬って……あの藤原妹紅も飲んだっていう、不死になる薬ですか?」

 

「そうだ、それがどういう事を意味するかは、今更説明しなくてもいいよな?」

 

慶「…………はい」

 

「蓬莱の薬を飲ませれば絶対に助かる、だがその代償として彼女の人生を根本から変える結果になる、そんな事は俺には出来ないし、そんな資格も無い…」

 

慶「…………っ」

 

慧「……………」

 

二人が黙り込む中、平九郎が口を開く。

 

平「でも、それで助かるなら飲ませる価値はありますよ!」

 

「本当にそう思うのか、お前は?」

 

平「そうですよ! 今助けれれば、これからもずっとおばさんの元気な姿が……」

 

「今は良くても、その先はどうするんだ? 薬を飲ませたら最後、あの人は不死になるんだぞ? それこそ俺達が死んだ後も……極端な話、幻想郷が無くなったって生きていかなきゃならないんだぞ!?」

 

平「でも、こんな所で死んだって……俺、何も恩返しだって出来てないし……!」

 

「それは俺だって一緒だ、まさかあの人がこんな事になるだなんて、予想だにしなかったんだからよ」

 

平「祐さんお願いです! 薬を飲ませて下さい!」

 

「簡単に言うな! それが出来れば苦労はしない!」

 

次の瞬間、詰め寄る平九郎の態度が変わる。

 

平「………そうやって、あんたはおばさんも殺すのですか?」

 

「………何だと?」

 

平「あんたは、おばさんに散々世話になったんじゃないのか? 世話になっておきながら、何もせずに見殺しにするつもりか!?」

 

「ふざけんな……もう一回言ってみろ………」

 

慶「止めろ平九郎! 祐さんも落ち着いて……」

 

「慶治、少し引っ込んでてくれ…」

 

慶「…………っ!?」

 

威圧的な雰囲気に慶治は引いてしまう。

 

「平九郎、俺が何も考えずにこんな事を言ってると、本気で思ってるのか?」

 

平「そうじゃないですか! 助けられる命をみすみす……」

 

「それは、本当の意味での助ける事にはならない! 不死になることがどれだけ辛い事か、お前だって妹紅を見て良く分かっているだろう?」

 

平「そ、それは……」

 

「彼女だけじゃない、永琳さんや輝夜さんだってそうだ。 それにな、おばさんはこう言ってたんだ。『あのままあの妖怪の手に掛かった方が、娘に会えたかもしれない』って……ここで不死にでもなってみろ、あの人のそんな願いも潰えるんだぞ?」

 

平「だからって……そんなの………今生きてる人間より、死んだ娘の方が大切なんですか!?」

 

「おばさんにとって、本当の子供は殺された歩美さんだけなんだ、どんなに母親代わりになってくれたって、俺達は所詮他人の子なんだよ」

 

平「だったら祐さん、霊夢とはどうなんですか? あんたらも親子と言ったって、元を辿れば赤の他人じゃないか! 仮に霊夢がこんな事になったら、あんた同じ事が言えるのか!?」

 

「そ……それは………」

 

平「あんたは人間の味方じゃないのか? 妖怪どもにあんなにされたおばさんを見て、何とも思わないのか?」

 

「…………っ」

 

平「…そうやって、おばさん一人死んだって何も思わないんだな、あんたは妖怪を殺し過ぎて感覚がおかしくなってる狂人だ!」

 

「……今何て言いやがった?」

 

平「あんたが、おばさんに薬を飲まさないのは殺された娘の為なんかじゃない、あんたのエゴだ!!」

 

「………っ! 何だと貴様ぁ!!」

 

その罵倒に激昂し、平九郎の胸ぐらを掴み上げる。

 

慧「止めろ祐助! 二人とも落ち着くんだ!」

 

慶「お願いだから、冷静になってよ……」

 

二人が止めに入るが、揉み合いは収拾がつかなくなる状況になろうとしていた。

 

 

だが、その瞬間であった。

 

「止めて、二人とも!」

 

『…………っ!?』

 

その一言に、一同は声のした方向を向いた。

 

「私の為に…、喧嘩はしないで………」

 

鈴「ダメよ! 寝てなきゃ…」

 

和「おばさん、動いちゃいけないよ!」

 

そこには、弱々しく立つ水智江さん、そして、横から支える鈴仙さんと和子が居た。

 

「いいの……お願いだから、言わせて……」

 

和「おばさん…」

 

俺達と水智江さんが相対する形になっていた。

 

「貴方達の私への気持ち、思いやり………本当に嬉しかった………祐助さん、平九郎さん、そして、慶治さん………私は貴方達の事を本当の子供のように思う事がありました。もちろん、今でも…」

 

「…………っ」

 

「そんな仲良しな貴方達が喧嘩をする姿は、私は見ていられません」

 

「おばさん……」

 

「平九郎さん、貴方の私を助けたい気持ちは痛い程分かりました、それだけで私は嬉しい……」

 

「そ、それなら……」

 

「でも………ごめんなさい……私は……私は薬は………飲みません」

 

『……………っ!? 』

 

その一言に、その場にいた全員に衝撃が走った。

 

「このような結果になってしまったのは残念でなりません、未練も多く残ってます。 しかし……私が永遠を生きるなんて考えられません。 それならば、この人生に終止符を打ち、娘の元に参ります……」

 

「そ、そんな……おばさん……!」

 

「そんな悲しい顔しないで、平九郎や……」

 

「…………!」

 

思わずおばさんの元に寄る平九郎に、彼女は頭を撫で優しい笑みを浮かべた。

 

「これは自分は決めた事、誰の責任でもありません」

 

そして、彼女はそれまでの弱々しい感じから、力を込めて言った。

 

「貴方達にお願いがあります……私の最後の願いと思って聞いて欲しい……」

 

「はい……」

 

「私の、死に水を……取って欲しいのです……」

 

「…………っ!!」

 

分かってはいた。

でも、動揺を隠せなかった。

 

「貴方達に看取って貰えるなら……私は本望………」

 

 

もう、何も言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あぁ………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

現実を受け入れられず混乱したかのように、平九郎が絶叫しながら、屋敷を飛び出して行った。

 

「へ、平九郎!?」

 

「慶治、放っておけ! しばらく一人にさせてやれ」

 

「で、でも……」

 

「あいつも、今は混乱してるんだ、俺達だって同じなんだ」

 

「………っ」

 

再び、重苦し空気が支配する。

 

「平九……うっ……!」

 

おばさんが、また苦しみ出す。

よく見れば、傷口の箇所から血が滲んでいた。

 

「あっ、だから言ったのに!」

 

「いけない…、ウドンゲ、早く彼女を部屋に戻して寝かせて頂戴、傷口を手当てしないと……」

 

「はい、師匠!」

 

永琳さんの指示で、鈴仙さんがおばさんの部屋に連れて行った。

 

「和子、貴方は此処に居なさい」

 

「はい……」

 

そうして、永琳さんも部屋へと入っていった。

 

「慧音さん……」

 

「……何だ?」

 

「これで…、良かったんだよな……?」

 

「……分からない……すまない、こんな事しか言えなくて……」

 

「……………っ」

 

当たり前だ、慧音さんだって分かる筈が無い。

歴史を食べる程度の能力とは別問題だ。

 

「祐さん……」

 

「今は……耐えるしかない……」

 

「ぐすっ………うぁぁぁぁん……」

 

再び泣きじゃくる和子を見ても、手を差し伸べる事も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……ぐすっ…………くそぉぉぉ!」

 

永遠亭から離れた竹林の中で、平九郎は一人嗚咽を上げ荒れていた。

 

「どうして……どうしてこんな事に………何も出来ないなんて………俺は、俺は………うぉぁぁぁぁぁ!」

 

ありったけの力で、竹を折る。

 

一本、また一本と。

 

目を入った竹を、何本も叩き折った

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「もう、それ位にしておきなよ」

 

「………っ!?」

 

背後から聞こえた声に驚き、振り向く。

 

「竹は何も悪くないんたからさ、八つ当たりはどうかと思うな」

 

「あんた……因幡てゐ」

 

本人も気付かないうちに、てゐが後ろに立っていた。

だが、彼女は悪びれる様子も無く、フラフラとしていた。

 

「そんな怖い顔しないでよ、背後から襲うような事はしないし、そんな事をしたって私に勝ち目が無いのは良く分かってるんだからさ!」

 

「…………………………」

 

「あんたの気持ちも分からないでも無いけど、これもある意味運命なんじゃないかな?」

 

「聞いてたんですか……」

 

「一応はね」

 

そう言って、てゐは軽いステップを踏みながら、彼の前に来た。

 

「悲しいだろうけど、あの人間の意思は尊重すべきだと思うな」

 

「そんな事……」

 

「生きてりゃ、いづれは死ぬ。 早かれ遅かれ人間だろうと妖怪だろうと、避けては通れない」

 

「…………っ」

 

「ねぇ、こういう話があるんだ」

 

「えっ……?」

 

「昔さ、ある兎が『私は今日で此処から出ていきます。探さないで下さい』って、置き手紙があったんだ。だからみんな探さなかった、そいつの意思を尊重してね。色々あるんだろうし出ていくのは勝手だ、とやかく口出しはせずにいた。けど、そいつはね、ひと月程して急に帰ってきたんだ。そして、第一声が『どうして探してくれなかったんだ?』ってさ。勝手なもんだね、自分で探さないでくれって言っておきながら、いざ帰って来ると何で探してくれなかった、だなんてさ」

 

「…………それで?」

 

「そいつはね、戻って1週間もしないうちに死んだよ」

 

「し、死んだ……?」

 

「病だったらしい、師匠に見せれば何とか処置出来ただろうに、あいつは師匠を信用してなかったんだ」

 

「そう…なんだ………」

 

「それで、彼女の遺品を整理してたら、手紙が出てきたんだ。

何て書いてあったと思う?」

 

「さあ……?」

 

 

「『私はもうすぐ死にます。

 

自分の死期が近い事は自分が良く分かってます。

 

本当は一人で死のうと思いましたが、やっぱり出来ませんでした。

 

探さないでくれと置き手紙をしておきながら、のこのこと帰ってきて…

 

わがまま言って、みんなに迷惑掛けて

 

恥ずかしい限りです。

 

一人で死ぬのは怖い

 

誰も居ない場所でひっそり死ぬなんて…

 

でも、みんなが看取ってくれるなら怖くないかな?

 

みんなが側にいて欲しい……

 

でも、怖い

 

死にたくない

 

あの永琳って先生にお願いすれば助かったのにね

 

私、怖かったから、ずっと拒否してた

 

みんなの言う事を聞かずにずーっと突っぱねてた

 

その結果がこれ

 

本当に私ったら、何やってるんだろうって…

 

私が悪いんだもの、仕方ないよね?

 

もっと、みんなと遊びたかった

 

もっと、みんなとおしゃべりしたかった

 

みんな、ごめんね

 

本当に、ごめんなさい……

 

先に行きます』

 

ってさ…」

 

「遺言……か……」

 

「それを見て後悔したよ、あいつは本当は寂しかったんだ、一人で抱え込んで、そして…最後は…………………っ!」

 

後ろ姿でてゐの表情は見えないが、僅かに嗚咽をするのを平九郎は目を見開いて見ていた。

 

「…………仕方ないよね、あいつはそれをひた隠していたんだから、それが分かってれば放ってなんかおかなかったし、苦労もしなかったよ」

 

「てゐ……さん……」

 

「でも、あの人間は違う。あんたが蓬莱の薬を飲ませるべきだと言っても彼女は拒否した、それは彼女の明らかな意思表示なんだ」

 

「そんな……」

 

「あんたの頭を撫でてる時のあの人の顔を見たかい? 痛みで立っているのもままならない状態だっただろうに、そんな事を全く感じさせない穏やかな表情、嘘偽りの無いものだったじゃないか」

 

「おばさん……!」

 

「だから、あの人間の意思は尊重すべきだと思うな、誰のものでも無い、彼女自身の人生なんだから」

 

「け、けど……」

 

「ねえ、恩返しなんて本当はもっと簡単なもんじゃないのかな?」

 

「えっ…?」

 

「余計な言葉は要らない、何かをする事も無い、もちろん何か欲しい物を無理にあげる必要も無い。 ただ、彼女の言う通りにして、側にいてあげて、手でも握ってあげて、静かに看取ってあげる。 それだけで十分恩返しになるんじゃないかな?」

 

「……………っ!」

 

「今あの人間が求めてるものは何か、付き合いの長いあんたなら良く分かってるだろ?」

 

「うっ……」

 

「まあ、あんたがどういう選択をしようと、私の知ったこっちゃ無いけどね!」

 

まるで、てゐに全てを見透かされてるような気になり、平九郎は声が出なかった。

 

「……おっと、いけないいけない……私とした事が、柄にも無い事を喋っちゃったねぇ、今のは聞かなかった事にしておくれ!」

 

「べ、別に俺は……」

 

「それでいいよ」

 

そこまで言うと、てゐは平九郎の方を向いた。

いつものように、悪戯っぽい笑みを浮かべて。

 

「私は先に戻るよ、あんたも早く戻って来なよ。 この辺には狼の妖怪が住み着いてるみたいだから、注意しなきゃね!」

 

そう言い残して、てゐは竹林へと消えて行った。

 

「俺は……一体………」

 

一人残された平九郎は、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったの?」

 

「うん、ちゃんと話はしてきたよ」

 

「彼、大丈夫かしら……?」

 

「きっと大丈夫さ! まあ、バカな事をしでかさないか、念のため一応見張りは付けて来たけどね」

 

「そう……抜かり無いわね、てゐ」

 

「そういう姫様も、あの人間の事が気になるの?」

 

「どうかしら? 彼、祐さんに比べると頼りない所があるし…」

 

「人は見掛けによらないよ、確かに頼りない所はあるけど……あいつは強いよ、見た目以上にさ」

 

「あら……貴方、随分と平九郎の事を買ってるのね?」

 

「まぁ……嫌いでは無いかな?」

 

「ふーん……」

 

縁側に腰掛けた輝夜は、てゐと会話をしながら夜空を見上げた。

 

雲ひとつ無い夜空に、三日月が僅かに屋敷を照らしていた。

 

 

 

 

続く。




恩義のある人を助けたい、けどそれは同時に・・・。
その思いから衝突する彼ら。

その気持ちは、同じはずなのに・・・。



毎度の事ですが、投稿ペースが上がらなくてすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の約束 6

それぞれの思いが交錯し、その時が近づく・・・・。


翌日、早起きをし鈴仙さんの朝食の準備をしていた。

 

昨晩は、時間が遅いとの事で、永琳さんの好意でみんな永遠亭に泊まった。

 

自分の場合は特に二日連続だから、何もしないのは忍びない。

だから、せめて出来る範囲での手伝いをしている。

 

 

「まだ、やる事はあるかい?」

 

「もう大丈夫、部屋に行ってていいわ」

 

「そうか、じゃあお先に」

 

「うん」

 

後を任せ、台所を出る。

 

 

「祐さん………」

 

「うん?」

 

廊下に出た所で、平九郎に出会う。

彼は、申し訳無さそう感じでこっちに近付いて来た。

 

「おはよう……ございます……」

 

「ああ…、おはよう」

 

「祐さん、昨日は……すみませんでした……」

 

「………気にするな」

 

神妙に詫びて来たから、笑みを見せて肩を叩いた。

 

「こんな状況なんだ、混乱しても仕方ない。 みんな、水智江さんを助けたいって気持ちは一緒だっんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「………平九郎、決心は決まったのか?」

 

「はい………あれから色々悩みましたが………おばさんの言う通りにしようと思います」

 

「そっか……分かってくれて、ありがとよ」

 

「祐さん、本当にごめんなさい…」

 

「もう言うな」

 

俯く平九郎に、静かに声を掛けた。

 

「さあ朝飯だ、みんな待ってるから早く行こうぜ!」

 

「……はい!」

 

そうして、皆の待っている部屋に向かった。

俺と平九郎の間に重苦しい雰囲気は、もう無かった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

朝食を済ませ、男三人は後片付けの手伝いをしている。

 

慧音さんと永琳さんは何かを話していたが、何の話だろうか?

 

 

「これで全部だ、後はよろしく」

 

「うん、ありがとう」

 

洗い物は鈴仙に任せ、客間に戻る。

 

 

「二人とも、そして和子」

 

「どうしたの、祐さん?」

 

客間に居る三人に今日の事を伝える。

 

「三人は此処に居てくれ、俺は道場に行ってくる」

 

「道場ですか?」

 

「一応、親父にも………な」

 

「…………」

 

「分かりました」

 

親父にも水智江さんにという思いが、脳裏に過った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、寺子屋に戻る為に慧音さんが、薬売りの格好をした鈴仙さんが、ほぼ同時に永遠亭を出た。

 

「また、夕方には来るからな」

 

「分かった」

 

「私も薬売りが終わったら、すぐ帰るようにするから」

 

「ああ、ありがとう」

 

彼女達が出ていくのを確認し、自分も準備に入る。

 

「貴方も行くの?」

 

「ああ、なるべく早く戻るようにするから、あいつらの事を見ててくれよ輝夜さん」

 

「大丈夫よ、任せといて」

 

近くにいた姫に後をお願いし、立ち上がる。

 

「三人とも……」

 

「祐さん……」

 

「今日で最後だ、心行くまで名残惜しめよ……」

 

「はい……」

 

「祐さんも後で…」

 

「ああ、分かってる」

 

彼らに後を任せ、屋敷を出る。

 

 

「さて、早いとこ親父のとこへ……」

 

「祐さーん!」

 

「うん…?」

 

声がしたので振り向くと、和子が駆け足で追ってきた。

 

「あの……私……」

 

「お前もみんなと居てやれ、気にする事は無い」

 

「私ね……何か出来る事は無いかって、昨日からずっと考えてたけど……」

 

「何もすることは無い、静かに側にいてやればいい、それで十分だ」

 

「で、でも……」

 

「もういいから戻りな、俺が戻るまでちゃんと番してるんだぞ?」

 

「う、うん…」

 

「よしよし……さあ、戻った戻った」

 

軽く彼女の頭を撫でて、屋敷に戻るよう諭す。

 

「祐さん、早く戻って来てね」

 

「ああ、行って来る」

 

和子に見送られ、竹林の中を進んだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

それからしばらく歩き、ようやく人里へとたどり着いた。

ここまで来れば、道場は直ぐだ。

 

 

そして、道場に近付くと、異変に気付く。

 

「………今日は静かだなぁ……」

 

いつもなら、遠くからも聞こえる門人達の掛け声が、全く聞こえない。

 

道場に到着するも、やはり人気は無かった。

 

「ゴメンよ、誰か居るか?」

 

「ちょっと待っててくれー」

 

奥から声が聞こえたから、留守ではないようだ。

 

「…………何だ祐助か」

 

「どうしたんだよ? 今日の稽古は?」

 

「ああ、昨日のあれから色々思うとこあってな、とても稽古を見る気にはなれなんだ。だから、今日は休みにした」

 

「そっか……」

 

確かに、そんな気分にはなれないよな、現状では。

 

 

「親父、行って来なよ……」

 

「し、しかし……道場が………」

 

「道場は俺が留守を預かるからさ、早く」

 

「祐助……」

 

「これを逃したら、きっと後悔する事になるぞ?」

 

「そうか……すまん」

 

親父は直ぐに身仕度をし、道場を出ていった。

その間、俺が道場を預かる形になる。

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ!」

 

誰も居ない道場で、自分一人木刀を振っていた。

 

じっとしているより、稽古をしている方が気が紛れる。

 

「ふっ…………はぁぁぁ!!」

 

ただ無心で稽古を続ける。

ただただ、ひたすらに……。

 

少しの間に、すっかりと汗だくになっていた。

 

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」

 

静かな道場に、自分の息遣いだけが響く。

 

 

 

 

「……………っ?」

 

 

その時、外から気配を感じる。

 

「誰だ……?」

 

「先生」

 

声のした方を向くと、

 

「………あっ」

 

「おっ……!?」

 

「………わ、若先生!? 」

 

そこには見覚えのある人物が居た。

 

「一也……一也じゃないか!」

 

「若先生! ご無沙汰してます!」

 

相手が分かった瞬間、警戒が解け、互いに笑顔になった。

 

俺が一也と呼んだ人物は、徳田一也。

かつては、この道場の門人であった。

 

「久しぶりじゃないか、今まで何処に行ってやがったんだ? しばらく見掛けなかったから心配したぞ?」

 

「申し訳ありません、色々と仕事をこなしてたもので……」

 

「そうか……まあいい、そんなとこに居ないで、中に入れ!」

 

「はい!」

 

彼を手招きし、居間へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかい、今は親父の隠密になってたのか」

 

「はい」

 

それから、居間でこれまでの経緯を彼から聞いていた。

一也は、道場を辞めたのでは無く、親父専属の隠密として活動していたのだ。

 

「全然知らなかったぜ……親父のヤツ、水くさいなぁ、俺に位は知らせてくれたっていいのによ」

 

「はい、自分も若先生には言おうと思ってましたが、隠密の事は他人には知られてはならないって先生から言われてまして、今まで黙ってました」

 

「姿を見せなかったのも、そのせいか?」

 

「はい、表向きは今でも道場の門人として通ってます。しかし、実際は諜報活動で幻想郷中を飛び回ってます」

 

「なるほどな、あまり噂にはなってなかったが、いつの間にか姿を見なくなってたんでな、何かあったんかと思ったよ」

 

「本当に、ご心配をお掛けしました…」

 

「はあ、もういいって……」

 

一也は深々と頭を下げ詫びた。

だが、そういう事情なら怒るつもりは無い。

むしろ、親父に文句を言いたくなった。

 

「ところで一也、今日こうして道場に来たって事は、何か話があったんだろ?」

 

「あっ……はい、そうでした! 若先生と話し込んでしまいつい……」

 

「ははは……」

 

お互いに軽く笑いあったが、次の瞬間には彼の目付きが鋭くなった。

 

「若先生ならば、丁度良かったかもしれません」

 

「丁度良かった?」

 

「黒蛇の世多一の事です」

 

「な、何!?」

 

それを聞いた瞬間、穏和な雰囲気が一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷のとある場所で、ある妖怪達の動きがせわしなくなっていた。

 

 

 

「親方!」

 

「どうだった?」

 

「あのババア、まだ死んでなんかいません、永遠亭で保護されてました!」

 

「何、永遠亭だ!?」

 

「何者かが、あの直後に運び込んだそうです」

 

「クソっ、厄介だなあ………運の良い人間め……」

 

「相当な重症で死にかけてはいるみたいですが………今、俺達の事を喋られたら……」

 

「不味いな、博麗の巫女に知られたら、全て水の泡だ」

 

「どうしますか? そうなったら、もうどうにも出来ませんよ?」

 

「だが、せっかく此処まで練り上げた計画をドブに捨てる訳にはいかない」

 

「しかし、相手が永遠亭の奴等と絡んでるとなると、下手に手出しが出来ませんよ……」

 

「……………」

 

親玉が腕を組み、何かを考え込む。

 

「………やるぞ、今夜」

 

「こ、今夜!?」

 

「そうだ、あのババアに生きていられちゃ俺達は終わりだ、その前に始末する!」

 

「しかし、あの人間は永遠亭に居るんですよ? あそこの連中は相当な手練れだって噂だし、無茶ですよ!」

 

「永遠亭の連中などどうでもいい、あのババアさえ死ねばそれでいいんだ!」

 

「し、しかし………」

 

「うるさい!早く皆を集めろ! 今夜の討ち入り備えて準備するように伝えるんだ!」

 

「は、はい!」

 

親玉に脅され、子分は直ぐ様にその場を離れた。

 

「ここまで計画を進めたんだ、このままでは終わらさん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜、奇襲だと………!?」

 

「はい、間違いありません」

 

今夜、奴等が攻めてくると聞き、もう気が気では無くなった。

 

「奴等の密談、しかと聞き届けましたから」

 

「そうか……でかしたぜ!流石は親父が見込んだだけあるな!」

 

「いえ、そんな……」

 

「隠密の仕事の方が、お前さんには向いてるかもしれないな」

 

「こう見えて、結構命懸けなんですよ?」

 

「はっはっは…、ありがとよ、だがそうと分かればこっちも今夜の段取りをしないとな…」

 

「若先生、呉々も気を付けて下さい、奴等はかなりの頭数で奇襲してくると思われます」

 

「どれだけいる?」

 

「おおよそですが、30はいると思います」

 

「30か…、まあ何とかなるだろう」

 

「えっ……!?」

 

「永遠亭には慶治と平九郎が控えてるし、それに八意永琳を始め強者が揃ってるんだ、戦力なら十分過ぎる位だ」

 

「しかし、本当に大丈夫でしょうか…?」

 

「謂わば、奴等は永遠亭に喧嘩を売りに行く訳だ、自殺行為そのものだ」

 

「そ、そうですか……」

 

一也は苦笑いを浮かべるばかりだった。

 

「だが、もしかすると人里にも影響を及ぼすかもしれないな」

 

「その件は、自分から先生にお伝えしておきます」

 

「ああ、頼む」

 

「分かりました、では自分は任務の続きがあるのでこれで…」

 

彼が立ち上がり、直ぐに部屋を出て行こうとする。

 

「一也」

 

「はい…?」

 

「今度時間が出来たら家に来い、一緒に飲もうや!」

 

「はい! その時は、喜んでお付き合いします!」

 

笑みを浮かべそう返事し、一也は道場を出た。

 

「さてと……」

 

今夜か………

 

おばさんの為にも、この機会を逃す訳にはいかない。

 

黒蛇の世多一一味を、俺は絶対に許さない。

 

自分の中に、怒りの炎が静かに燃え上がってきた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「そうか…!」

 

昼過ぎになり、親父が戻って来た。

俺は、一也からの報告を行った。

 

「いよいよ動き出したか」

 

「ああ、後で一也からも報告があるだろうが、親父は念のため人里の方を頼む」

 

「分かった、お前は永遠亭に行くんじゃな?」

 

「ああ、これから直ぐに行く」

 

「よし、水智江殿の事を……頼んだぞ……」

 

「……分かった」

 

そして、部屋を出ようとしたが、ふと思い出した。

 

「………水智江さんに、挨拶は出来たのか?」

 

「ああ、ちゃんと話してきた。悲しいが……これで、思い残す事は無いわ…」

 

「そうか……それからもう一つ」

 

「何じゃ?」

 

「この件が終わったら、一也の事で文句を言わせてもらうぞ」

 

「その事か、後日じっくり聞いてやるわい」

 

「忘れるなよ」

 

まだ言いたい事はあったが、親父の心境を考え、ぐっと飲み込み、道場を出た。

 

 

 

一路、永遠亭へ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったよ」

 

どうにか、日が暮れる前に永遠亭に辿り着く事が出来たら。

 

「あっ、祐さん!」

 

真っ先に和子が俺の元へとやって来た。

 

「変わりは無かったか?」

 

「えぇ、特には無かったわ。 でも、先生が……」

 

「来たんだろ? 俺が行くように促したんだ」

 

「そうなのね……先生、悲しそうだったから…」

 

「この状況だ、仕方無いだろ」

 

屋敷に入り、皆のいる部屋まで話ながら進んだ。

 

「祐さん…」

 

「今戻った」

 

部屋には、慶治と平九郎だけが居た。

 

「よく、話したか?」

 

「はい、後悔が無いよう、ずっと一緒にいました」

 

「先程まで、先生も居まして…」

 

「そうか……」

 

二人の所に荷物を置き、腰を下ろす。

 

「二人とも、重大な話がある」

 

『えっ………!?』

 

「重大な話って何?」

 

「和子、お前もよく聞いておけ」

 

「は、はい……」

 

三人に話をしようとした時であった。

 

「ただいま、今帰りました!」

 

「鈴仙さんか、丁度良かった」

 

タイミングよく、鈴仙が帰ってきた。

 

「帰って来て早々悪いが、永琳さん達を呼んで来てくれないか? 大切な話がある」

 

「えっ………わ、分かったわ」

 

言われるままに、彼女は皆を呼びに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、集まったな」

 

「祐助、話って言うのは?」

 

「永琳さんすまない、先に言っておく。 あんた達に迷惑を掛ける結果になってしまうと思う」

 

「迷惑……?」

 

「水智江さんを襲った黒蛇の世多一の事でだ」

 

「黒蛇の世多一が? 一体何が!?」

 

「慶治、まあ慌てるな」

 

「落ち着きなって」

 

「あ、あぁ……」

 

早まる慶治を平九郎と宥め、話を進める。

 

「奴等、今夜来るぞ」

 

『…………!!?』

 

その一言に、一同の顔色が変わる。

 

「隠密からの知らせでな、奴等おばさんを殺す為にかなりの頭数で奇襲してくるらしい」

 

慶「マジですか!?」

 

「ああ、何故だかはよく分からんが、奴らはおばさんを殺すのに躍起になってる」

 

平「それじゃ……」

 

「やるぜ、俺は…」

 

拳を握り締めて言う。

 

「そういう事だ永琳さん」

 

「……私にどうしろと?」

 

「手を貸してほしい、奴らは30人程の頭数で来るらしいんだ」

 

「……………っ」

 

彼女は目を閉じ、何かを考えていた。

 

「師匠! ここは……」

 

「…………分かったわ祐助、貴方に手を貸すわ」

 

「永琳さん………!」

 

「それに、あの患者は私の患者、彼女の命を脅かすのなら私も黙っている訳にはいかない」

 

「し、師匠……」

 

「ありがとう、永琳さん…」

 

「ウドンゲ、てゐ、準備しなさい、今夜は忙しくなるわよ」

 

「はい!」

 

「私は、他の因幡達に伝えて来るね!」

 

二人が同時に立ちあがり、部屋を出た。

 

「ねえ永琳、私にも何かやらせてよ」

 

「ダメよ、貴方は部屋に居なさい」

 

「だってこれは永遠亭の問題でもあるんでしょ? だったら私だって……」

 

「輝夜、貴方はダメよ」

 

「うぅぅぅ……」

 

不満そうにしている姫を見て、助け船を出す。

 

「まあ永琳さん、そう邪険にするなよ、輝夜さんだって実力者なんだから」

 

「で、でも……」

 

「ふふっ、永琳より祐助の方が見る目があるかもしれないわね!」

 

「………分かったわ、でも、前線には出せないわよ」

 

「それじゃあ、意味が……」

 

「待ちなよ、あんたには打ってつけの役目があるんだ」

 

「えっ、本当!?」

 

「ああ、後で説明するよ」

 

そう言って、再び慶治達の方へ向く。

 

「みんな、これから作戦を言う。 よく聞いてくれ」

 

和「どうするの? 弾幕ごっこで勝負を………」

 

「弾幕ごっこなんかに応じるような相手じゃない、奴らは本気で我々を殺しに来る連中だ」

 

平「それじゃ………」

 

「だったら、こっちもそれ相応のやり方で迎え撃たなきゃならんだろ?」

 

慶「祐さん、それって……」

 

「霊夢には、後で俺から言っておく。 幻想郷のルールを無視した相手だったとな、だから………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一匹も逃すな、皆殺しだ」

 

 

 

 

 

 

『……………っ!!』

 

 

 

 

その一言に、全員が息を飲んだ。

 

 

今夜、必ず決着を付ける。

 

 

そして、おばさんにいい知らせをしたい。

 

 

自分が出来る恩返しは、こんながさつなものだ。

 

 

だけど、それしかもう…………。

 

 

 

俺は立ち上り、縁側から空を見上げた。

 

空はまだ明るかったが、うっすらと月が見えていた。

 

 

 

 

 

続く。




刻一刻と近付く運命の時。

次回、熾烈な戦闘へ・・・!



*オリキャラの紹介は、後日します。
投稿ペースは遅いままです・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。