精霊の世界再生 (柚奈)
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シルヴァラント編
1-1 出合い


 懐かしいと、思った。

 何かがおかしいだとか、変だとか、あり得ないとか。

 そんな事の前に、何よりも懐かしいと。

 

 

 

 

 

 

「このっ、来るな! ロイドに、触るなー!」

 必死になって紡いだファイアボールを放って、ジーニアスは息を切らせた。

 後、四体。

 ウルフとラビットが一体ずつ、ビーが二体。六体いたうちどうにかして二体倒したが、ジーニアスは典型的後衛タイプ。前衛がいなければ、盾を失った彼等は余りに弱い。

 ――ロイド。

 ちらりと、横目で後ろを見る。そこには地面にばったりと倒れたロイドがいる。

 やっぱり無理させちゃったんだ。イセリアで戦って、ちゃんとした手当てもせずに村を出て、そのあともずっとボクを庇ってくれてたから――!

「グルル……ガゥ!」

 はっとして視線を戻すが、遅かった。

 ついさっきジーニアスに倒された仲間の死体を越えて、ウルフの一匹が飛び掛かってくる。

「うわあぁぁあ!」

 とっさに頭を抱えて身を縮こまらせる。

 ごめん、ボクのせいだ。ボクのせいで、ロイドは!

 しかし、いつまでたっても痛みは来なかった。おそるおそる目を開けて見えたのは――十五、六歳の少年。

 少年はウルフを地面に蹴りつけて、腰の剣に手をかけたまま魔物達を睨み付ける。

「――去れ!」

 そう怒鳴るが早いか、魔物は震えて一目散に逃げていく。少年の足下のウルフもまた、林のなかに飛び込んで見えなくなった。

 しばらく耳を澄ませ、近くに何もいないのを確認したのだろう。やっと少年は剣から手を離して肩の力を抜いた。

「あ、ありがとう、助けて……くれて」

 ゆっくり立ち上がると、少年が笑った。

「怪我は無い? こっちの人は?」

「ボクは大丈夫。でも、ロイドが!」

 知らない人と話すな、とかそんな姉の忠告は頭から吹き飛んで、考えるのは親友の安否。

 少年はロイドのそばにしゃがみこむと慣れたような手つきでロイドを診ていく。そしてパニックになりかけているジーニアスをやさしく撫でた。

「死んだりするような傷じゃないから大丈夫。きっと日頃から鍛えてるからだね。……でも、少し休ませた方が良いかもしれない」

「休ませるって言っても……」

 ここは森の中だ。森は見通しが悪いし魔物も多い。街道に出たら見通しはいいが、野盗などに会う確率は高くなる。

「ここから一番近い町とか村は?」

「イセリアだけど……ボクたちは入れないんだ」

 正しくは、“入れてもらえない”。

 ロイドとジーニアスはイセリアを追放された身だ。怪我をしていようが子供だろうが、追放処分の二人はもうイセリアの門をくぐることは許されない。だからジーニアスもロイドも村に戻ろうとはしなかった。

 村を出て南。それしか知らなかった二人は、道に迷ってしまったのである。

 少年は暗い顔をするジーニアスをみて不思議そうにはしたものの、何かを聞いたりはしなかった。考え込む素振りをみせ、少し待っててと言い置くと一人で森のなかに走っていく。

 親友を置いて動けるはずもない。待っている間は止血をしたりして過ごす。

 長い数分だった。少年は無傷で戻ってきて、言った。

「あっちに竜車があったよ。怪我人がいること話したら、休ませてくれるって」

「え? 竜車がこんなところに?」

 竜車というのは、移動手段としてよく使われる乗り物である。車を引くのは特殊な方法で手懐けられた竜族の魔物。竜車の数は少なく、人気のないところにはほぼ来ない。

 ましてやこんな森のなかにいるとは思えなかった。

「あ、ちょっとなにす……!」

 少年がロイドを背負おうとしているのを見て慌てて止める。

「でも、君じゃ運べないでしよ? 大丈夫、何もしないから」

 そのまま、ジーニアスが何か言うのを、少年は待っているようだった。

 だが、さっきはつい頭に無かったが、簡単に人を信じる訳にはいかないのだ。

 姉はよく言っていた。どんなときでも簡単に他人(ひと)を信じてはだめよ。でもひとを疑うのではないの。よく、見なさい。その人がどんな人なのか、ちゃんと自分で見極めなさい。

 じっと目を見つめる。なんか考えてるやつは目を見りゃ分かる、とはロイドの言だったが、この少年は悪いひとではない気がする。

「ホントに?」

「ほんとほんと。ほら、こっちだよ」

 そう言うと、少年はロイドを背負ったまま歩き出した。

 

 

 

 

 少年は、本当に人を背負っているのかと思うほど速かった。

 木々の間をするりと抜け、岩をひょいと飛び越える。走っているわけでもないのにジーニアスは追い付けなかった。時々立ち止まってくれていなければ、きっと見失っていただろう。

 肩で息をし、もう歩けないと――殆ど走っていた上、ジーニアスの体力があまりないことも原因ではあるが――思った頃にようやく、少年が言っていた竜車についた。

「サラさん、言ってた人を連れて来たんですけど……」

 サラ、と呼ばれて出てきたひとは優しそうな女性だった。彼女はロイドを見るやはっとした。

「あらまあ、大変だわ! すぐに中へ!」

 

 

 

「……これでもう大丈夫。あとはゆっくり休めば怪我もすぐに治ると思うわ」

「サラさん、本当にありがとうございます!」

 ここに運び込んで一時間あまり。サラはその間ずっとロイドに付きっきりだった。少年もサラを手伝って動き続けていて、ジーニアスは何もできなかった。

 なに、ひとつ。

「いいのよ、お礼なんて。怪我の手当ては慣れてるもの」

 サラは家族であちこちを旅しているらしく、その一環として手当ては一通り出来るのだそうだ。

「こんなところでよければ休んで行ってね。一晩くらいなら大丈夫だから。今すぐ休む?」

「いえ、僕はもう少し外を見てきます。またあとで」

「ええ分かったわ。気を付けて」

少年はまた林のなかに走っていった。

「君はどうする?」

「あ、ボクは――」

 休みます、と言いかけ、少し考えて首を振った。

「ボクももう少ししたら休みます」

「そう、じゃあ私は近くにいるから、何かあったら呼んでね」

 サラはそう言って、ジーニアスと倒れたままのロイドを残して竜車から出ていった。

 一息ついて、ジーニアスは唸った。

 あの人――魔物を追い払ったあの少年。いったい何者なのだろう。

 見たところ、年は十五、六歳。ロイドより、ほんの少し背が低いくらいだろうか。腰に剣を差していたから旅人か、もしかしたら傭兵かもしれない。あれだけロイドが手こずった魔物が、戦わずに逃げていくくらいだもの。

 でも。変わったひとだった。年はロイドとそう変わらないのに(ロイドは十七歳だ)、正反対の、でもとても近いところにいるような。そしてあの傭兵、クラトスとどこか似ているようで、全く似ていない。

 どちらかと言えばコレットの方に似ている気がする。

 コレット・ブルーネル。今回の神子。この世界、シルヴァラントの命運を背負った、幼馴染みの少女。

 ジーニアスが知る限り、コレットは明るい子だ。ロイドとはまた違う笑顔が似合う子で、いつでも皆の真ん中で笑っているような子だ。よく転ぶのに、怪我をしたことは一度も無かった。

 ボクは転ぶといっつも怪我するのに……。

 そこまで考えて、ふと首をかしげる。

「何で似てると思ったんだっけ……? 髪の色が同じだから、じゃあないよなぁ……」

 正確に言うと、あの人の方が少し薄い、淡い色をしている。目の色は全く違う色だ。服はコレットを一言でいうなら白。あの人は黒、もしくはそれに近い青。ついでにコレットは女で、あの人の方が背もずっと高い。

「あれ? あー、うぅ……」

 あーでもないこーでもないと考えれば考えるほど思考はどんどん違う方に進んでいって、最初に何を考えていたか忘れてしまった。

 となれば思い出そうとするのは当然で、しかし何を思い出すのかわからない。だが思い出さなければならない気がする――

「……え、じー……す、ジーニアスったら!」

「っ、うわあ!」

 心臓が跳ねた。落ち着いて振り向けば、さっきの少年が竜車を覗き込んでいた。

「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて。……大丈夫?」

「う、ん。うん、大丈夫。どうしたの?」

 少年は満面の笑みで、

「ご飯、食べる?」

 

 

 

 

「じゃあ、さっき出ていったのはこれをとってくるため?」

「うん。あんまり大きいものは仕留められなかったし、作ってくれたのはサラさんだけどね」

 そう言いながら少年は鍋を軽くかき混ぜた。

 竜車は森の中のちょっとした広場に停めてあった。そこで、少年が採ってきた材料で夕食をつくっているのだ。

 いつのまにかかなり時間がたっていたらしく、既に頭上は満天の星空である。

「僕が採ってきたのって、殆どが果物とかキノコとかだし」

「あらそんなことないわ。ちゃんと肉だってあるじゃない」

 調味料の類いを持ってきたサラが笑った。少年は慌てたように立ち上がる。

「大勢で食事するなんて本当に久しぶり。一人で食べるのはあまり美味しくないもの」

 だから気にしなくていいのよ。そう言われても、少年はどこか気まずそうだった。

 だが。

 ジーニアスは知っている。知らない森で、しかも魔物がうようよいる森で、食べられるものを探すのが、どれだけ難しいか。

 イセリアを知らないから、この辺りに来るのは初めてなのだろう。町単位村単位でどうにか生き延びているのが現状であるシルヴァラントにおいては、生まれ育った地域以外を知らないのは珍しくも何ともない。

 むしろ、この少年のような旅人の方が珍しい。

 裏を返せばそれは、この少年は一人で旅が出来るほど強いと言うことになる。

「う、うぅ?」

 その時だ。竜車の中から呻き声が聞こえたのは。

 反射的に立ち上がり、ジーニアスは竜車の中へ駆け込んだ。

 間違えるはずがない。物心ついてから、ずっと一緒にいたのだ。

「ロイド!」

「うぉっ!?」

 名を呼んで抱きつく。よろめいたものの倒れなかったのは、日頃の鍛練の賜物だろう。

「ジーニア、ス?」

 何事もなかったかのように笑うロイドをみて、目の奥がじんとする。黙って腕の力を

強め、顔をロイドの体に押し付けた。

「倒れちゃったときは、もう……ダメかと思った……っ」

 始めこそ顔を赤らめていたロイドもその言葉を聞いて微苦笑を浮かべた。そしていつもしていたようにジーニアスの頭を撫でてやる。

「ありがとな、ジーニアス。でももう大丈夫だから」

 何度も平気だから、大丈夫だから、と繰り返してようやく、ジーニアスはほっとしてロイドから離れた。

 ロイドに肩を貸し、支えながら竜車の外に出る。

「あら、起きたのね。気分はどう? どこか痛むところはない?」

「大丈夫、だけど……」

 サラに声をかけられてロイドが目を白黒させた。

「あのね、ここはイセリアの近くの森だよ。で、こっちのひとがサラさん。この竜車のひとで、ロイドを手当てしてくれたんだ。あっちにいるひとが魔物を追い払ってくれたんだよ」

 ジーニアスの紹介に合わせて少年は軽く会釈した。サラが近づいてきてロイドの顔を覗き混んだ。

「………大丈夫みたいね。初めまして、私はサラ」

「ロイド・アーヴィングだ。助けてくれてありがとう」

「いいのよ、別に取り敢えず――」

 ぐうぅー。

「ロイド?」

「いや、なんでもな」

 ぐうぅー、ぐーぎゅるる。

「……腹へった……」

「ふふふ。まあ」

 サラはひとしきり笑って、二人を火の方に促した。

「先にご飯にしましょうか?」




 こんにちは。柚奈と申します。
 前書きにある通り、これは現在Pixivに投稿している作品ですが、こちらにもマルチ投稿することになりました。
 作者の漢字が違いますが同一人物です。


 なんとか完結には漕ぎ着けたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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1-2

 ラタトスクでは食事を食べるのが魔物だけなのでエミルとマルタの好物が不明です。


「うめー!」

 そう言いながら口一杯に食事を頬張る青年に、彼は何処か懐かしさを感じていた。

 会うのは初めてだ。それは間違えようがない。これほど個性的な人ならば、決して忘れるわけがない。

 似たような人物に会ったかと記憶を手繰ってみても、覚えているなかではそんな人物はいなかった。

 まあ、いいか。そう結論付けて少年は、空になった自分の皿になべの中身を足し入れた。

「ねえ二人とも、お代わりは……」

 いるの、と問いかけようとして。

 見れば、ジーニアスは『それ』を凝視していた。ロイドの方はそれを見守っている。

 

 

 

 

 ジーニアスは戦っていた。

 相手は赤い丸太――実際はかなり小さいが。大きさにあまり意味はない。どちらにしろ、ジーニアスにとっては天敵にも等しいものだった。

 そう、食物というグループの、それは敵だった。

「…う……っ!」

 意を決して相手に挑み、ジーニアスは最高奥義をもって相手に打ち勝った。……即ち、丸飲みである。

 しかし、止めを差していないせいで後悔するのは当人な訳で。

「ぐ、……っ、水、水っ」

 むせて咳き込むと待ってましたとばかりにロイドが水を差し出した。水を流し込んでようやく一息つく。

「噛みたくない気持ちはわかるけど、固いんだから喉つまらすぞ」

 苦笑を漏らしつつロイドが言う。

「ロイドはいいなあ、柔らかいし」

「柔らかいから、うまく飲み込まないと口のなかに残るんだよ」

 いかに自分のそれを食べるか、に始まり、噛まずに食べるか、食べるふりをして誤魔化すか、そしてだんだんいかに自分のそれが不味いかという話になっていく。

 苦笑しながら口を開く。

「そんなに食べたくないの? ……トマトと人参」

「食べたいわけあるか!」

「食べたいわけないでしょ!」

 両側からぴったり揃った怒号。もはや呆れることしかできない。

「あれは悪魔だ、赤い悪魔っ」

「キミは嫌いなものないの!?」

「うーん……」

 さて、なんと答えたものか。

 あると答えたらこの会話に引きずり込まれそうだが、それは困る。かといって無いと答えれば即座に「嘘だ」と帰ってきそうだし、何より二人の目がそれを許さない。

 どう答えれば一番穏便にすませられるだろうなどと考えていた少年は、ふと、左右に目を滑らせた。目を止めたのは、ロイドの後ろの辺り。

 なにか、いる。

 人ではない。獣でもない。魔物か、いやそれも違う。何かが、それらとは決定的に違っている。

 何か。そう、自分はそのなにかを知っていたはずなのに。

 ロイド達がそれに気づいた。それぞれ視線で会話し合図を送ると、ロイドがおそるおそるそこに近づいた。

 あと5メートル。3メートル。1……。

 がさっ!

 茂みが、動く。なにかいる。剣に手をかけ、ジーニアスも静かに魔術を紡ぐ。

 茂みを手をかけた、その瞬間。

 

「わふっ!」

「………は?」

 我ながら情けない声を出したものだが、ロイドもジーニアスも目を白黒させていたから、多分聞こえていないと思う。

 数秒フリーズして、ロイドがはっとして笑いかけた。

「の、ノイシュ?! お前、無事だったのか!」

 

 

 

 

 

 ノイシュ。

 その不思議な生物は、ノイシュというらしい。

 ジーニアスがノイシュに駆け寄っていって、頭や喉の辺りを撫でてやる。

「ノイシュ! いなくなっちゃって心配したんだよ?」

 喉や耳の後ろを掻いてやる度、ノイシュは甘え声を出す。

 でも。

「こ、このコは……一体……?」

 何者ともつかないその生物を見つめて、少年がそう問いかける。

「ん、ああ、こいつはノイシュだ」

「そうじゃなくって、その……魔物じゃ、ないよね?」

 魔物は総じて狂暴で、人を襲って食べるものすらいる。見たこともない獣は、たいてい魔物であることが多いのだ。

 ロイドは少し呆けたあと、自信たっぷりに言いきった。

「いや、ノイシュは犬だぞ」

「……………………―――犬?」

 長い耳に、四つ足。うん、確かに鳴き声も犬っぽい。毛並みはライトグリーンの縞模様。

 だが。

 それが人間二人乗せられる程に大きいのはどうしてだ。

 通常、ここまで大きいと魔物に分類される。しかしこれは魔物ではない。獣でもない。

 百歩譲っても一万歩譲っても、少なくとも、犬ではない。

「……あの、ええと……ノイシュは、犬じゃないと、思うんだけど……」

「そんなことないぞ! コレットだって『ワンちゃんだ』って言ってるし」

「もう、またそんなこと言って」

 ノイシュを座らせ、水を飲ませてやりながら、ジーニアスは呆れたように息を吐いた。

「ノイシュを犬だって言ってるのはロイドとコレットだけでしょ!」

「コレット?」

 首をかしげる少年に、ジーニアスがはち切れんばかりの笑みで応える。

「ボク達の友達だよ。ボク達、コレットを追いかけて旅をしてるんだ」

「え、じゃあそのコレットって子も旅をしてるの?」

 心底驚いた。ジーニアスはおそらく12、ロイドは17、8。その友達なら、まだ子供のはずだ。

 するとロイドがすねたように鼻を鳴らした。

「コレットなら平気だろ。先生がいるし、……クラトスもいるし」

 成る程、護衛つきか。だとすると一体どういう子なのだろう。子供に護衛をつけるなんて普通は考えられない。

 ちょっと待て。――――?

 思い出せない。なにか、忘れてはならないことがあった気がしたのだが。

「そう言えばクラトスさん強かったもんね。……ロイド、まさかまだ納得出来ないの?」

 むっとした表情のまま、ロイドは答えなかった。しかし眉間によったシワがそれを物語っている。

 ジーニアスはため息をついて続けた。

「仕方ないでしょ、コレットを守るためには強くないとダメなんだから。ロイドもクラトスさんが強いのはわかってるでしょう?」

「っ、それは……!」

 食って掛かろうとしたロイドは、ジーニアスを見つめて口をつぐんだ。

 言いたくても言い返せない。理屈とは違うところでロイドにはロイドなりの言い分があったのだろうが、それすらも己で間違いを認めていて、しかし感情が追い付かない――そんな顔だった。

 ジーニアスにはわからないだろう。“同類”でないジーニアスにわかれと言うのも無理な話だ。

「じゃあさ、そのコと合流するの?」

「まあ、な」

 少年の問いにロイドは星空を仰いだ。

「他に行くところはないし、ついてから考えるさ。でも……絶対、コレットは守って見せる。クラトスよりも強くなって、俺があいつを守ってやるんだ」

 真摯な面持ちで言いきって、ロイドはぐっと拳を握りしめた。

 ……大丈夫、ロイドなら。

「なるよ。凄い、本当に凄い剣士になる」

 少年の口から言葉が漏れた。

 ロイドが目を瞬かせる。そんなことを言う人もいなかったのだろう。いくら強くなろうとしても、大人たちには子供の戯言にしか写らないのだから。

 腰に差すのは木刀。よく手入れされているが、魔物と戦うには頼りない。真剣を持っていてもこのご時世、笑われて終わりだろうが。

 ロイドには剣の素質がある。

 やや荒削りな面があるが、我流であれば仕方ない。鍛えれば十分に戦えるし、剣士として名もあげるだろう。

「ロイド凄いよ!」

 ジーニアスは我が事かのように喜んでいる。少年は再度口を開いた。

「君だって、歴史に残るくらいの魔術師になるよ」

「え?」

「君はエルフの血族でしょう?」

 ジーニアスも虚をつかれて目を丸くした。

 魔術はマナを紡いで形と成すもの。エルフの血を引かなければ使うことのできないもの。今やエルフはお伽話の中の存在である。

 ジーニアスはその数少ないエルフの血族だった――しかも、かなり優秀な。

 ジーニアスはまだ子供。このまま成長したならば、きっと歴史に名を残す大魔術師になることだろう。彼の記憶のなかでも、この年でここまでできる者はいなかった。

 いや、敢えて名をあげるとするならば……

「本当に、そう思うか?」

「うん」

 即答。心の底からそう思っている。そうなるだろう。なにしろ、彼等は。

「なるよ、絶対」

 少年は鮮やかに、笑って見せた。

 

 

 

 闇――――真の、闇。

 サラに考えていることを伝えると、彼女は嫌な顔ひとつせずにそれを聞いてくれた。

 本当に優しいひとだと思う。それでも申し訳なさそうに、少年は告げた。

「もし、あったらでいいんですが……」

 サラは快く承諾してくれた。さっきそれを終えて休んだばかりだ。

 ジーニアスとロイドはとうに寝入っており、焚き火の火も消えている。

 休まないのかと問われて、彼は是と答えた。夜には昼よりも手強い魔物が出ることが多い。一晩止めてもらう代わりに、寝ずの番を申し出たのだった。

 闇は、嫌いではない。確かに少しイラつくけれど、それすらも楽しかった。

 今はいない。常に共にあったのに。

「―――――」

 名を呟くと闇のなかに溶けていく。

 小うるさいあの声が、なぜだかとても懐かしく感じた。



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1-3

 ロイドの朝は早い。

 早朝、まだ日も昇らぬうちからロイドの一日は始まる。母に挨拶をして手を合わせ、明るくなるまで剣を降るのが日課だった。

 魔物が出る森を毎日通らねばならなかったから、剣を覚えるのは身を守るためには必要なこと。それが分かっていたから、飽きっぽいロイドもこれだけは一日たりとも欠かしたことはない。

 そして、旅に出たとしても――旅に出たからこそ、それを変えるつもりはなかった。

 今日も横でジーニアスがぐっすりと眠る中、剣を片手に竜車をそっと抜け出した。

 あまり竜車を離れても危ない。すぐそばに開けていた所があったのを思いだし、そちらに足を向ける。そして――思わず息を止めた。

「はあっ!」

 刃が空を裂く。剣を振るう度に風が音をたて、空気がうねる。僅かな日の出の光が反射して煌めき、それが踊るように宙を舞う。

 一連の動作は流れるように隙がなく、水のように澱みがない。

「すげぇ……」

 型にはまった動きではない。感覚のままに剣を振るうのでもない。今までに見たどれとも違うその剣は、決まったものがあるようでいて同じ動きは二度と現れず、しかし常に変化するのと言えばそれも違う。

 戦いの中の動き。その場に応じて形を変える、戦うための技。

「たぁ!」

 彼はその流れのまま、剣を横に振り抜いた。剣は衝撃波を産み出し、遠くの木に当たってかき消える。しかし当たった証拠に、木の葉が数枚はらはらと落ちた。

 彼はようやく力を抜き、剣を鞘に納めた。

 気が付けば、ロイドは少年に拍手を送っていた。少年は鞭で打たれたかのように振り返り、ロイドを認めて剣から手を離した。

「ロイド? ……ビックリしたぁ……」

 肺の中の空気を全て吐き出して、少年は些かひきつった笑みを浮かべた。

「ロイド、もしかして、ずっと見てた?」

「ああ、途中からな。俺もほら、稽古しようと思って来たんだけど……もう、戻らないと」

 空を仰げば、太陽も顔を出し、ジーニアスたちも起き始める時間だ。当然魔物も活動を始める。そんな時間に長く竜車を離れるのは危険だ。

 と、少年が目を伏せた。

「ご、ごめん」

「お前は悪くねぇよ。な? ほら、いいから戻ろうぜ。ジーニアスが心配する」

「あ、うん」

 少年とロイドは二人そろって竜車に引き返した。

 

 ――このとき、ロイドは気が付かなかった。

 少年と、少年の剣技に、なんの疑問も抱いてはいなかった。だから少年が影で安堵の息を吐いたのにも、少年がいくら強いといっても朝早くから――夜行性の魔物もいるなか、たった一人で稽古していられたことにも、考えすら及ばなかった。

 ロイドはまだなにも知らない、子供だったのだ。

 

 

 

「二人とも、どこ行ってたのさ?」

 戻るとジーニアスはもう起きていて、二人を見つけるや否や声を張り上げた。

 何でも起きたのはロイドが竜車を出ていってすぐらしく、何かあったのかと心配したジーニアスは、ノイシュと一緒に辺りを探していたらしいのだ。

「でもノイシュは魔物がいると怯えるし、ボクは一人じゃ戦えないし……」

 サラを起こすのも気が引けて、できる限り耳を澄ませて目を凝らし、広いところから探すしか出来なかった。ロイド達がいたのは近くとはいえ森のなか、木々に遮られて広場からは見えるはずもない。

 魔物がいつ出てくるかもわからない。何かあったらと気にしだすと気ばかり焦って、知らぬ間に心臓が早鐘を打つ。

 しかし二人は何事もなく現れた。寝不足と合間ってジーニアスを不機嫌にするには十分すぎる。

 結果、二人はすこぶる機嫌の悪いジーニアスに、こってりと絞られることとなった。

「うぅ、足が……」

 正座でいたので、経験がないのか少年は立てなくなったらしい。木に腰かけて足をさするそれを見ていると、とてもあんな剣技を見せた少年とは思えない。

「なんでロイドは平気なの? 二人して同じように座ってたのに」

「ああ、俺はいっつもリフィル先生――ジーニアスの姉さんだな――に怒られてるから」

 だから慣れてるんだ。ついでに先生のはジーニアスより長いしな。

 そう言うと少年は少しぎょっとして、そうかとだけ返した。

 実際、ロイドが立たされたり正座で説教を食らうのは日常茶飯事だった。その足で魔物のでる森を抜けて帰らなくてはならなかったから、耐性もつくというものだ。……怒られる原因は、大抵忘れた宿題や居眠りなのだけれど。

 そんなときにロイドが頼るのは、決まってイセリア一の天才少年、ジーニアスだ。ジーニアスにはいつもそういう辺りで迷惑をかけている。普段はあまり怒ったりすることはないから――あっても、友達の付き合い以上のものではなかったから――ああして感情をむき出しにして怒ったりしてくれることは、ロイドにとっては少し嬉しいものだったりする。

 そのジーニアスはと言えば、現在出発の荷造りに忙しい。ロイドが必要最低限のものしか持ってきていないのに対して、ジーニアスは自分の体と同じくらいおおきな鞄に色々詰め込んできたのだ。

 考え込んでいたロイドの前で、少年があ、と声をあげた。

「どうした?」

「ううん、何でもないんだ。……危ない、忘れるところだったよ……」

 ぶつぶつ言いながら立ち上がり(若干よろけて)竜舎の横に立て掛けてある包みをとって戻ってきた。少年はその包みを―――まっすぐ、ロイドに差し出した。

「?」

「開けてみて」

 言われるままに、包みをとる。

 とってロイドは……あんぐりと口を開けた。

「ロイド、これから旅するんでしょう? だったら木刀じゃ限界があるもの」

 少年はにこにこと笑みを崩さない。

 ロイドの養父はドワーフだ。その仕事上、ロイドは何度か父が作った剣を見ていた。剣の良し悪しくらい分かる。―――そこらの剣より、一段上。

「前に、旅の人が使ってて、置いていったものなんだって。持ってても使わないからって、サラさんが」

「いいのか? これ、売ればそれなりだぞ」

 質素に暮らせば一月どうにかなる位には。魔物が凶暴化して武器の需要が上がっている今は、尚更だろう。放っておかれたものにしては手入れもされている。今すぐ使っても問題ないはずだ。

 しかし少年は首を降る。

「貰ったものだし、売れないよ。それにこれ双剣だし、僕のは形が違うし」

 ほら、と少年は剣を見せた。

 片刃剣。持ち手が変わった形をしていて、ロイドはそれに見覚えがあった。たしか、ターンドグリップ。

 ロイドの剣は片刃双剣。持ち方から剣の振り方、基本からしてまるで違う。

「使わないよりは使った方が剣も喜ぶっていうし、木刀じゃこれから大変だし。貰っておいたら?」

 無言で鞘から抜いてみる。見れば見るほど良い剣だ。

 躊躇い、答えかねたとき、そこにジーニアスが姿を見せた。背には自分の体ほどもある大きな荷物を背負っている。

「お待たせ、ロイド」

「あれ、もう行くの?」

 サラからは朝早く出るよりは昼くらいになって出た方がいいと言われている。その方が魔物が少ないから、と。長年旅をしていた彼女の知恵だった。

 少年が問うと、ジーニアスは胸を張って答えた。

「うん。早くコレットに追い付かなくちゃね。なんたって二日分も遅れてるし――」

 後半は、どこか言い聞かせているようにも聞こえた。

 ごめんな。心のなかでジーニアスに頭を下げる。本当なら、ジーニアスは来なくても良かったのだ。全てはロイドの行動のせいで、ジーニアスには何も責はなく、ロイドと共に追放されることもなかった。

 暗い雰囲気を感じ取ったか、気分を変えるようにジーニアスが明るく言った。

「そう言えばキミは何処に行くつもりなの?」

「ここから北の方。うーん、何て言ったら良いのかな。神殿、みたいなもの、なかった?」

 ロイドはジーニアスと顔を見合わせた。

「……マーテル教会の聖堂があるけど、多分今は入れないぞ」

 首をかしげた少年に、簡単にイセリアのことを説明する。聖堂に一般人は入れないこと、ディザイアンの襲撃で村は壊滅状態であること。

「だから、今村に行っても聖堂には――もしかしたら村にすら入れてもらえないかもしれない」

「えっ? そうだったの? ……じゃあ、仕方ないか」

「いいのか?」

 割りと本気で困っていたように見えたので思わず聞き返す。

「うん、どうしても今すぐって訳じゃないから。となると、ここから近いのは、トリエットの方かなあ」

 トリエット。

 ジーニアスの方を向き、目が合う。……同じことを考えたらしい。

「なあ、良かったら、俺たちと一緒に行かないか?」

 少年は呆然としてロイドを見返した。ぽかんとしている少年にジーニアスが説明してやる。

「コレットが向かったのが、トリエットらしいんだ」

「俺たちだけじゃちょっと心配だったし、どうせ行く場所が同じなら、一緒に行かないか?」

 ジーニアスもロイドも、少年が強いのは知っている。おそらく、旅慣れているだろうことも。

 イセリアからここまでの、ほんの少し。旅とも言えないような距離でさえ、二人は危なかった。ここからトリエットまでは、それこそ何倍もある。

 旅慣れた少年が一緒なら、少しでも早くコレットに追い付けるかもしれない。

 少年がため息をついた。

「普通、初めて会った人に言う言葉じゃないよ?」

「そ、それはそうだけど……」

 命を救われ、一晩共に過ごして、どうしても悪人とは思えなかったのだ。それどころか、もっとずっと前から知っているような。

「一緒に行ってくれる……?」

 ジーニアスが少年を見つめる。

 数秒、あるいは数十秒して、少年が耐えかねたように大きく息を吐いた。

「何処まで一緒かは分からないよ。少なくともトリエットまでは行くけど、それでもいいなら」

 ロイドほ答える代わりに笑顔で手を差し出した。

「なあ、お前名前は?」

 

 

「僕は…………エミル。エミル・キャスタニエ。よろしく、二人とも」




 原作でも竜車はありますが、止まっても剣は貰えません。
 エミルの剣の名称は攻略本の設定画から。……実はあっているのか不安です。は、はっきり読めない……


追記
 遅れましたが、拙作へのお気に入り登録ありがとうございます!


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2-1 再会

 平原も終わりに差し掛かった頃。エミルがふと、足を止めた。

 少し遅れてその後ろを歩いていたジーニアスが荷を下ろし、ロイドが剣に手をかける。

「―――魔神剣!」

 剣を抜くと同時、エミルが衝撃波を放つ。衝撃波は先にあった大岩を砕き、その陰から何かが数匹飛び出した。速すぎて、ロイドはその全てを捉えることは出来なかった。最低でも三匹、いや四匹。

 ぐっと剣を握ったとたん、後ろでも音がした。

「不意討ち?!」

「マジかよ!」

 ジーニアスの声を聞き付けて後ろを向くと、後ろにも三匹。ロイドは咄嗟にジーニアスを背に庇った。

「くるよ!」

 エミルが声を張り上げると同時、魔物達が一斉に走り出した。

 

 

 死体、小型キノコ、ウサギ、狼。

 それらはイセリアの近くで見る魔物達と同じだったが、強さが確実に違っていた。

「っぐ!」

 剣を盾にして防ぐ。少しでも前に出すぎるとこれだ。ジーニアスはエミルが守っているが、もしくらえばただでは済まないだろう。それほど、一撃が重い。

「だあっせいっ! 瞬迅剣!」

 突きで敵を吹き飛ばす。すぐさまバックステップで距離をとり、そのままジーニアスのところまで戻ると、入れ代わりにエミルが飛び出した。

「はっ! ふっ! たぁっ! 崩蹴脚! 穿吼破!」

 それぞれに違う一匹を斬っていく。エミルはロイドとは全く違うタイプの剣士だった。

 ロイドは敵を倒す剣。エミルは敵を引き付ける剣。

 エミルはロイドと同じくらい――いや、ロイドよりも速い。エミルが敵を引き付けて相手をしてくれているため、ロイドは近づいてきた敵だけを相手すれば良かった。

「切り裂け! ウインドカッター!」

 ジーニアスの魔術が発動し、エミルに後ろから襲いかかろうとしていた魔物を切り裂いた。

「ありがとう、ジーニアス!」

「へへっ、どういたしまして!」

 ジーニアスに笑い返し、エミルはその一匹に止めをさす。

「……ん?」

 何かが引っ掛かって、ロイドは動きを止める。エミルの方をじっと見つめ、それに誰かが重なって―――

「ロイド!」

 ジーニアスの悲鳴で我に帰る。

 すぐ目の前に狼の牙があった。咄嗟に剣をその口に押し込んで防ぎ、もう一方の剣で腹の辺りを斬りつける。

 肉を断つ感触が剣を通じて伝わってきた。次いで、鼻につく鉄の臭い。

 それに顔をしかめたのも一瞬のこと、すぐ剣を引き抜いて次の標的を見定める。初め十ほどいた魔物が、今では五以下になっていた。

「潰れちゃえっ! ストーンブラスト!」

 地面から岩石の塊が飛び出した。しかし地面にはなんの変化もない。それもそのはず、その岩石はマナが集まって生み出された、岩の形を模したマナなのである。

 マナとはいえ固さは石と変わりない。それで強か体を打ち付けたウサギは丸くなって動かなくなる。

 ジーニアスが倒したウサギが最後の一匹だった。他は全てエミルが倒していて、もう剣の血を振り落とし、鞘に納めている所だった。

「もう倒しちまったのか? エミルやっぱり強いなー」

 双剣を納めながら笑うと、エミルが照れ臭そうに頭を掻いた。

「そ、そうかな。ロイドも凄いと思うよ。……あ、新しい剣はどう?」

「ああ、まだ使いこなすには掛かりそうだけど、木刀とは比べ物にならねぇよ」

 実際、そうだった。木刀は剣の形をしているとはいえ木だ。打ち、昏倒させることはできても斬ることはできない。ロイドが木刀で魔物を斬っていたのは、ひとえにエクスフィアのお陰だった。

「この調子ならコレットに追い付くのもすぐかもな。エミルがいてくれてよかったぜ」

「ホントだよね。ボクたちだけじゃ、ここまで来るのにどれだけ掛かったか」

 何度も出会った魔物と戦ったのは数回だけだ。ほとんどが魔物の方から逃げていったのである。それが誰を恐れてか、考えなくても分かる。戦いにしてもたいていはエミルがあっという間に倒してしまい、やることがないとジーニアスがボヤいた程だった。

 本当に、エミルがいなければここまでの五日半の道のりは十日以上かかったに違いなかった。

「ありがとうな、エミル」

 エミルはにっこり笑って、先を示した。

「見えたよ。―――トリエット砂漠だ」

 

 

 

 

 白の海。

 正にそう表現するに相応しい景色だった。

 辺り一面が白い砂。風が吹く度に形を変える砂丘は、まるでよせては返す波のように留まることがない。

 だが、忘れてはならない。ここは砂漠である。

 全て白いということは、それだけ光を反射するということで。

「あちぃ……」

 まずロイドが初めにダウンした。エミルはまだ余裕があるように見えるが、ジーニアスはややバテぎみだ。

「だーっ! 何でこんなに暑いんだ!」

「言い伝えによると、この地方の何処かに、イフリートに通じている門があるんだってさ。この辺が暑いのは、イフリートの影響なんだ」

 授業でやったでしょ! というジーニアスの言葉はロイドには届かない。

 エミルの言う通りに、砂漠手前の小屋でマントを買っておいてよかった。服を重ねて着るよりも、日差しの方が暑いなんて。

「ジーニアス、よく知ってるね。……でも、そんなに暑くないよ?」

「うえぇえ? これでかよ!」

「うん。本当ならもっと暑いはず。……マナが少ないせい、かな?」

 ジーニアスが頷く。

「ディザイアンが人間牧場でマナを使ってるから、世界中マナが減っちゃってるんだもん。自然を形作っているのはマナだから、可能性はあるかも」

「そっか」

 エミルは納得したらしく話を切り上げたが、ロイドにはまるで意味がわからない。

 エルフであるジーニアスは大気のマナを感じ取れるらしいが、ロイドは人間だからマナが少ないと言われてもピンと来ない。ただマナがないと世界が可笑しくなる―――そんな漠然としたことしか知らないのだ。

 マナが少ないと作物が育たなくなる。すると食べ物が減ってみんなが困る。そしてディザイアンが人間牧場でマナを使い続ける限り、世界のマナは減り続け、人々はディザイアンに虐げられる。だから再生の神子であるコレットが、ディザイアンを封じてマナを復活させるために、女神復活の旅に出る―――それが、世界再生だ。

「なあ、ジーニアス」

「なに、ロイド」

「何で、ディザイアンなんか居るんだろうな。奴等さえいなければ、みんな幸せに暮らせるのに」

 ディザイアンがいなければ、マナが減ることもない。コレットが旅に出ることもなく、今でもあのイセリアの教室で授業を受けていたはずだ。そして何よりも、マーブルさんやロイドの母も、死ぬことはなかったはずだ。

 マーブルさんを思い出したのか、ジーニアスの手が左手に――マーブルさんのエクスフィアに伸びる。

「そうかな……ほんとにみんな幸せに暮らせるのかな……?」

「ジーニアス、どうかした?」

 エミルがジーニアスの顔を覗きこんだ。

「顔色が悪いよ。大丈夫? 水飲む?」

 エミルが自分の水筒を(砂漠に入る前、マントと一緒に一人ひとつ買ったのだ)差し出すと、ジーニアスははっとして笑顔を作った。

「あ、ゴメン。大丈夫だよ、ありがとう。――そうだね、ディザイアンが悪の元凶なんだよね」

「んなこと、決まってるだろ。だからコレットが旅に出たんだ」

「……うん、そうだよね」

 何度も確認するように頷くジーニアス。そのことに僅かな疑問を覚えつつ、口を開く。

「コレット達、どこら辺に居るんだろうなぁ……」

「トリエット砂漠は広いから……街には立ち寄ってる筈だけど」

 簡単には見付からないかも、とエミルは言った。トリエット砂漠はこの大陸の半分を占める巨大な砂漠である。確かに何か手懸かりがないと難しいかもしれない。

「うーん……コレットが立ち寄ったに違いないって証拠を残しておいてくれるといいんだけどな」

「学校の壁みたいにね」

 ジーニアスが苦笑混じりに言う。たしかに、コレットなら無くはないけれど。

「さすがにそれはないだろ」

「……だよね」

「学校の、壁……?」

「ああ、コレットの――あ、いや、みたら分かるさ。……多分」

「あはは……あれはなんと言うか……その、奇跡だよね」

 二人の若干引きつった笑みを見て、エミルはさらに首をかしげるのだった。

 




 術に関する記述は捏造です。
 というかシンフォニアとラタトスクで出現する魔物に同じ奴がいないとはこれ如何に。
 ソードダンサーに至ってはボスから仲間に格下げ。やろうと思えばソードダンサー225体なんてのも……ま、やらないけどね!


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2-2

「ああ、これか……」

 なるほど、とエミルは妙に納得した。

 確かに、これは奇跡だ。―――何故髪や服の形がくっきりと残っていて、その少女が怪我をしていない(らしい)んだろうとか、そんなことは考えてはいけないのだろう、きっと。

 

 

 トリエットについたのは、その日の昼頃のことだ。

 バテて倒れかけの二人を休ませるため、別行動で先に町に入り、買い物などを済ませたのだ。待ち合わせ場所は宿屋である。

 両手に荷物を抱えて宿につき、宿の人にロイド達のことを尋ねたのだが……

『まだ見てませんねぇ』

 きっと珍しい光景にはしゃいでいるのだろうと、ロビーで待つことにする。荷物の整理を初めようとした、とたん。

 大きな音をたてて扉が開く。見れば、ジーニアスが後ろで息をしながら立っている。ジーニアスはエミルを見るや、声を張り上げた。

「大変なんだ! ロイドが……!」

 ロイドが、拐われた。

 

 

 

「っ、その場所、覚えてる?!」

「大丈夫! でも、先にコレット達を見つけなきゃ……きっと姉さんの力がいるよ!」

 ノイシュに跨がったジーニアスと並走しながら、エミルは魔物を一太刀で斬り伏せる。慣れない砂地に足をとられ、それでもエミルの足は止まらない。

「その、建物っ、ディザイアンの基地なんでしょ!?」

 魔物を見るとノイシュが怯えてしまうから、視界に入った端から剣の間合いに入ると同時に倒す。ジーニアスもときどき魔術を放つが動きながらの詠唱は難しいようで、ほとんどエミルが倒していた。さすがに息を乱してエミルはジーニアスに問いかけた。

「それを何で、わざわざリフィルさんを、探すのっ?」

「確かにエミルは強いからディザイアンにも負けないと思うけど……ディザイアンは、ボクたちが見たこともないような、機械を持ってるんだ。姉さんはそういうのに、詳しいから!」

「そっか、じゃあノイシュ! 頼むよ!」

「ワォーン!」

 ノイシュが鳴いてスピードを上げる。

 ジーニアスが言うにはノイシュは犬並みに(犬だと信じているのはロイドとコレットなどの極一部らしい)鼻が利くそうで、何故かリフィルとジーニアス、ロイドの三人を見つけられないことは無いらしいのだ。

 広大な砂漠でリフィルを探すなら、ノイシュに付いていった方が早い―――そう主張したジーニアスの判断は間違っていなかった。魔物に怯えるのを見かねて、エミルが剣を抜いた後は、の話だけれど。何度置いていこうと思ったことか。

 ノイシュは走れば馬並みに早く、小柄なジーニアスを乗せて走ってもそのスピードはほとんど落ちない。足には自信のあるエミルも、ノイシュの全力にはついていくのがやっとだった。

「―――いたっ!」

 ジーニアスが叫んだ。照り返しがきつく眩しい砂漠のなかで、目当ての人物を見付けたらしい。嬉しそうに手を降りながら、更に声を張り上げる。

「おーい、コレットー! 姉さーん!」

 そこで、エミルにも漸くその人々の姿が見えた。みんなエミルたちと同じマントを着ている。

「み、みんな……わっ!」

 身を乗り出しすぎてノイシュから落ちたジーニアスを、エミルが受け止めると短く礼を言い、砂の上をまろぶように駆けていく。

「よ、良かった! ようやく追い付いたよ……」

「ジーニアス!」

 荒い呼吸でそれだけ言い、ジーニアスは砂の上で座り込んでしまった。橙色の法衣のような服を纏う、ジーニアスと同じ髪と目の色をした女性が、慌てたように水筒をジーニアスの口許に当てた。こくこくと嚥下し、水筒をエミルにも渡してくる。

「エミルも……飲んで」

「ありがとう、けど僕は大丈夫。まだ自分のがあるから」

 だからジーニアスがもっと飲みなよ、とそのまま返す。後ろでノイシュが一番小柄な……金髪の少女に頭を押し付けると、少女はノイシュの耳の後ろを掻いてやる。

「ノイシュ、どうして……?」

「ジーニアス、どうしてこんな所に居るの?! それに、このひとは……?」

 女性がエミルを見た。それだけで、エミルは身を竦ませる。睨まれている訳でもなく、ただ見ているだけの筈なのに、エミルは動けなくなった。

 ジーニアスが少女の言葉を遮った。

「姉さん、後で説明するから。今はロイドが………ロイドが大変なんだ!」

 ロイドの名前が出たとたん、少女がきつく手を握りしめる。

「ロイドが、トリエットでディザイアンに拐われて……ボクだけじゃ、どうしようもなくて……!」

 泣きそうになるジーニアスを女性は優しく撫でる。少女が一歩、力強く進み出た。

「―――行きましょう、先生、クラトスさん。ロイドを、助けなきゃ」

「……あなたって子は……ええ、分かったわ。ロイドにお仕置きをしなくてはね」

「神子が言うのであれば、私はそれに従うまでだ」

 女性と男が頷くと少女がはい、と笑う。女性がジーニアスを助け起こした。

「後で事情を聞かせてもらうわ。貴方も、後で良いかしら」

「はい。けど、今は」

「分かっています。早くロイドを助けなくてはね」

 少女はノイシュを抱き締めた。

「ノイシュ、お願い」

 

 

 ジーニアスと少女をその背に乗せるや、ノイシュは四方を見回しある方向目掛けて真っ直ぐに走り出した。エミルがそれに並走し、女性と男があとに続く。

 そうして終始無言で走り続けて数十分。

「ジーニアス、ここ?」

「間違いないよ。ディザイアンはここを“ベース”って呼んでた」

 巨大なドーム状の建物を見上げ、ジーニアスが頷く。

「ここは……人間牧場のようなものでしょうか」

「いいえ、トリエットの近くに牧場は無いはずよ。恐らくは基地ではないかしら」

 少女の疑問に女性が応じる。女性が考え込むそぶりを見せると、少女が先生、と少し強い口調で女性を呼ぶ。

「私、ロイドを助けに行きます」

「ボクも! ロイドが心配だもん」

「神子が行くのならば私も行こう」

 次々に名乗りを上げる。女性は全員を見回して頷いた。

「……良いでしょう。けれど気を付けて。クラトス、あなたがいれば大丈夫だとは思うけれど……私は残って退路を確保します」

「じゃあ僕も。戦える人は居た方が良いでしょう?」

「エミル、といったかしら。あなたは……」

「ロイドの、友達です」

 女性がじいっとエミルを見つめた。ややあって、女性の目がふっと和らぐ。

「分かりました。よろしく頼みます。―みんな、怪我の無いようにね」

 その言葉を合図にして、三人がベースのなかに飛び込んでいく。

「私たちも行きましょう」

「はい!」

 三人が入っていったのとは別の出入口から中に入る。

 そして通路に踏み込むと同時―――剣を抜き、横一線に薙いだ。右手で爆発音、見回りの機械が壊れる。

 剣を納めると女性が目を丸くしていた。

「ロイドより年下と思っていたけれど……」

「えぇと、どうかしましたか?」

 エミルにしてみれば敵の気配を関知して排除しただけのことである。驚かれるようなことはなく、きっとあの男でも同じことが出来るだろう。

 あ、ロイドには無理かな、と本人が聞けば失礼だぞ! と騒ぎ出すようなことを考えながら問いかける。

「素直に驚いているのよ。正直、ここまでとは思わなかったから。……まあいいわ。先を急ぎましょう。何処かにシステムを管理しているコントロールパネルがあるはずよ」

「コントロー……?」

 ダメだ。分からない。ジーニアスが協力を仰ぐわけだ。

「あれば言うから、あなたは敵に対処してくれれば良いわ。パネルを操作してからロイドの所に行きましょう」

「はいっ!」

 後ろから殺気。返事をして、跳躍。

 足の下すぐのところを剣が通り抜ける。相手が呆然とこちらを見上げる中、天井を蹴って敵――仮面を被った男とその後ろの機械との間に着地する。

 男が振り向こうと体を捻る。機械も素早くエミルに照準を合わせる。が、遅い。

 左足で頭を蹴り飛ばして壁に叩きつけ、回転の勢いのままに振り向く。後ろを斬りつければ、爆発音と共に機械は木っ端微塵に砕け散る。

「あら」

「大丈夫です。……殺しては、いませんから」

 にっこり微笑むと、女性は何故か罰が悪そうに微笑んだ。

「ええ……ありがとう」

 




 ジーニアスはコレットに転び方を教わるべきだ!

 コレットの髪や服は鉄で出来てるんだよ、きっと!
 地味に素手でチャクラム持ってるコレットの手が凄いと思います


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2-3

 原作と同じところはさっさと飛ばしたので、今回いきなりトリエットの宿屋からです。
 ちゃんとボータ倒してエクスフィアは回収してきてます


「……っていう訳で、ボクたちここまでエミルと一緒に来たんだ」

 夜。トリエットの宿屋“オリーブ亭”にて。

 ジーニアスとロイドが、これまでの経緯を説明しているのだ。

 エミルのことになるとロイドが(実はジーニアスもだったりする)目を輝かせて語るものだから、長引いてしまった。

 ロイドを救出してトリエットに戻ってきたのは夕方のこと。

 全員――エミルとクラトスも戦いで疲れきってしまったので、トリエットに戻るまで会話らしい会話が無かったのである。

 ようやく話を締め括ると、エミルは照れくさそうだ。コレットは目を輝かせる。

「じゃあ、エミルさんは……」

「エミルでいいよ、えぇと、コレット」

 コレットは少しきょとんとした。イセリアにいたころ、名前で彼女を呼ぶのは家族と、ここにいる数名だけだったからだろうか。知らない人から神子様、と呼ばれているとき、コレットは何処か寂しそうだったから。ふわりと、コレットが笑む。

「うん。コレット・ブルーネル。よろしくね、エミル。えっと、それでエミルはトリエットになにか用事があって来たんだよね? 行かなくていいの?」

 今度はエミルのほうがきょとんとした。コレットからしてみれば急ぐのならと気遣っただけなので、不思議そうに首をかしげている。

 エミルは困ったなあとぼやいて頭を掻いた。

「トリエットに用があるんじゃ無いんだよ。トリエット砂漠の中の、うーん……ここから南西、かな。そっちの方に用があって」

 ジーニアスは頭の中で地図を辿ってみたが分からなかった。この辺りの地理には詳しくない。リフィルが口を開く。

「……ということは、エミルは旧トリエット跡に行きたいのかしら」

「旧トリエット、ていうんですか? えーと」

「リフィル・セイジ、ジーニアスの姉よ。――旧トリエット跡はかつてイフリートの業火で滅んだ街の跡よ。ここから南西というと、そこくらいだと思うけれど」

「じゃあ多分そこです。……実は場所は分かるんですが、肝心の名前が分からなくて。人にも聞けなくて困ってたんですよ」

 場所が分かるなら行けば良いだろうにと思ったが、砂漠に入る前にエミルに言われたことを思い出す。旅に出ると目的地の情報が大切で、情報も無しに動くのは危険なことなのだと。だから急かすロイドに砂漠の危険性をこんこんと説き、情報が大事なんだよ、と言ったのだ。

 実際エミルに言われなければ準備も無しに砂漠に入って、干からびていたかもしれない。

 リフィルとクラトスがじっとエミルを見る。

 二人の気持ちも、分からなくはない。何せエミルは、エクスフィアを持っていないのだ。

 エクスフィア――身に付けることで潜在能力を引き出す、小さな石。シルヴァラントが衰退して魔物が凶暴化し、旅に出るには必要不可欠とまで言われるその石を、持っていない。それだけでも驚くべきことなのに、エミルはロイドよりも、もしかするとクラトスよりも強いのだ。

 エミル・キャスタニエ。十六歳。旅をしている。それ以外一切不明の少年を、姉やコレットの護衛であるクラトスが信用する筈もない。

 加えて、目的地は旧トリエット跡。

 普通十六歳の少年が行くような場所ではない。更に言えばベースの中で聞いたところによるとそこは、コレット達が目指す封印の地でもある。

「あんな所に? あなた一人で?」

「あんなって……はい、一人、です。本当なら他にも居るんですけど、今はいなくって」

 そう、とリフィルが呟く。ジーニアスはエミルの仲間のほうが気になった。どんな人だろう? きっと、物凄く強いんだろうなぁ。

「エミルの仲間って、今はどうしてるの?」

「あちこちにいるよ。ちょっと前までは一緒に居たんだけど……今は少し、別行動中、かな」

「あ、じゃあ」

 ぱん、とコレットが手を打った。

「ねぇ、一緒にいこ? 砂漠で一人は危険だよ」

「お、いいなそれ。なぁ、行こうぜ! ここまで一緒なんだ、もう少しくらい良いだろ? な、ジーニアス」

「うん! ねぇ、行こうよエミル!」

「えぇえ?!」

 そこまで言われるとは思っていなかったか、エミルが反射的に半歩後ずさる。

「あの、でもコレットたちも用があるんじゃ……」

「うん、だいじょぶだよ」

「いや何が……?」

 救いを求めてコレットを見るも、エミルにとっては不幸なことに、こうなったコレットはテコでも動かない。

「でも僕、一人でへい……」

「ダメだぞー、エミル。砂漠でぶっ倒れたらどうするんだ?」

「まず倒れないからだいじ」

「どうかしたか?」

「な、なんでもありません……」

 ロイドは満面の笑みである。有無を言わせぬ口調にエミルががっくりと項垂れる。

「ジーニアス……」

 エミルが助けてとでも言わんばかりにこちらを見る。涙目に見えるのはきっと気のせいだ。

「ごめんね、エミル。ボクも二人と同意見」

「そんなぁ……!」

 次にエミルが見たのはリフィルとクラトスだった。

「二人は、どう思います?」

 ジーニアスには反対してくれますよねと言っているようにしか見えなかった。目が据わっているもの。眼光に気圧されて、リフィルがたじろぐ。

「ええ………こほん。クラトス、あなたの意見は?」

「異存はない」

「えぇ、そうね。ほらあなたたち、クラトスもこう言って――……クラトス?」

「彼が同行することに、異存はないと言っている」

 それきり、クラトスは我関せずを貫いている。エミルが恨むような、若干殺気も混ざりかけた視線を向けてもお構いなしだ。

 こうなると、子供三人は止まらない。

「なぁ先生、クラトスもこう言ってるし」

「ねえ先生」

「姉さん」

「……――ああ、もう! 分かりました。クラトスが言うのならば腕も問題ないようですし」

 ただし、とリフィルは続ける。

「彼には彼の事情があるのだから、邪魔はしないこと。よろしい?」

「はーい!」

 きゃいきゃいと騒ぐ三人に囲まれて困り果てたエミルを見て、リフィルは本当に分かっているのかしらとため息をついた。

 

 

 

 

 トリエットは、トリエット砂漠の中央にあるオアシスの畔に作られた町である。

 砂漠の中にある以上昼夜の寒暖の差は激しく、夜は上着がなければ外を歩けないほどに冷え込む。

 ロイドはその寒い夜、宿屋の外に居た。

 コレットは宿の部屋に居た。ジーニアスはもう眠っていたし、リフィルはさっきエクスフィアの制御装置“要の紋”を届けたとき、宿題と称してモンスター図鑑とやらを渡された。そしてクラトスと宿の前で話をして、エミルを見ていないことに気がついた。

 エミルはモンスターにも詳しかった。図鑑を書く前に話を聞きたい。

 探してたどり着いたのが、オアシスだった。町の入り口付近に宿はあるから、いつの間にか町の反対側にまで来てしまったらしい。

 仕方ない、戻ろう。明日も早い。戻って眠らなくては、またリフィルに小言を食らってしまう。

 踵を返したそのとき、オアシスの畔に金色の髪が見えた。道からは外れた、木の陰に。回り込んで見ると、エミルが座っていた。夜空を見上げていたのだ。

「……エミル、どうしたんだ? こんな所で」

 風邪引くぞ、と声をかければエミルはちらとだけロイドを見、また夜空に視線を戻した。

「ロイドこそ、どうしたの? もう寝たのかと思ってた」

「エミルがいないから、探しに来たんだよ」

 そう、と言っただけだった。ロイドはエミルと同じようにオアシスの方を向いて座り込んだ。

「何してるんだ?」

 改めて問えば、今度は答えが返ってくる。

「ちょっと、さ。星を見てたんだ」

「星?」

 エミルは空と、目の前のオアシスを示した。

「ほら、空が澄んでるから星が湖に写ってる。あんまり綺麗だったから見たくなって、宿を出てきちゃったんだ。ビックリさせたんなら、ごめん」

「いや良いって」

 まさか一人で旧トリエット跡に行ったんじゃないかと疑ったから探していたなんて、言えないもんな。

「ロイド、口に出てる」

「はっ!?」

 慌てて口を押さえると、堪えきれぬとばかりにエミルが噴き出す。

「……大丈夫、行かないよ。一度付いていくって言ったのは僕なんだから。もし行くときが来ても、ちゃんと一言言ってから行くよ」

「……そうしてくれ。ジーニアスもコレットも、お前といたら楽しそうだからさ」

 ジーニアスはロイドを二度までも危険な目に、と。コレットは始めての旅と、神子としての責任に。それぞれとても苦しそうで、出来ることと出来ないことがあるのだと思い知った。

 けれどエミルなら、まるで張り詰めていた糸がほぐれるように。

「あのね、ロイド」

 エミルが少し困り顔でやんわりとロイドを遮った。

「二人が楽しそうなのは、ロイドがいるからだよ。二人とも……ううん、リフィルさんもクラトスさんも、ロイドがディザイアンに拐われたって聞いたとき、本当に心配そうだった。コレットなんかノイシュの背中でずっとお祈りしてた。ロイドを連れて戻ってきたときには、皆ほっとしてたもの。

 ……きっと、皆ロイドと旅ができるのが、嬉しくて堪らないんだよ」

「そう、かな」

「きっとそうだよ。僕も、旅は楽しみだから」

 きっと楽しいよ、と笑うエミルを見て、ふと気になったことがある。

「……そう言えばさ、エミルはなんで旅に出たんだ?」

 エミルは強いから、旅に出ても大丈夫、ではなく。魔物の対処にも手慣れていたのは、それだけ経験があるということ。

 ロイドも旅に出て分かった。訓練と実戦はまるで別物だ。実戦で戦えるようにするには、実戦で、もしくはそれに近い状況で鍛えるしかない。

 こんなに若いのに、何故魔物と戦う一人旅をしているのだろうか。手慣れる程に魔物と戦いを繰り返し、それでも旅をするのは何故なのか、と。

 しばらく、答えがなかった。やがてそっとエミルが囁くように答える。

「――――見たいものが、あったから」

 大事に大事に、エミルは言葉を紡ぐ。まるで言葉が盗まれることを心配しているように。

「見たいものがあって、それを探して旅に出たんだけど。……何かが違うんだ。この空も、僕が見たかった空じゃない」

「……ああ、それ、分かるよ」

 小さい頃に誰かと見た空は、もっと大きくて、近かった。

 それこそ、手を伸ばせば届きそうな位に。

「でもね、なんとなく思うんだ。あの空は何処に行っても見られない。けど、“あの場所”に行けば――見たいものが見られる。もう一度、会えるって」

 空に手を伸ばし、伸ばした手で何かを握るようにして、エミルはその手を胸元に当てる。

「だから、僕は旅をする。見付けるために。……不思議だね、ロイドと居たら、見つかるような気がしてるんだ」

 ロイドは返答に窮した。何かを言おうかと口を開くも、魚の口のごとく開いては閉じるだけ。

「あはは、ごめんね。答えなくてもいいよ。……あれ? もうこんなに経ってたんだね。寝ないとリフィルさんに怒られちゃう。僕、もう戻るね」

 エミルはさっさと立ち上がると宿の方に引き返していった。

 残されたロイドは、空を見上げて呟いた。

「見たい、もの………か」

 自分が見たいものってなんだろう。

 考えかけて頭を振り、ロイドも宿への道をゆっくりと戻り始めた。



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3-1 封印

 かつて、世界の中心にマナを生む大樹があった。

 しかし争いで樹は枯れ、代わりに勇者の命がマナになった。

 これを嘆いた女神は、天へ消えた。

 このとき女神は天使を遣わした。

“私が眠れば世界は滅ぶ。私を目覚めさせよ”

 天使は神子を生み、神子は天へと続く塔を目指す。

 これが、世界再生の始まりである。

 

 

 旧トリエット跡はトリエットから南西、この大陸の端にある。かつては人の住む都市として栄えていたが、今では地元の人でも詳しい場所を知らなかった。

 というのも、旧トリエットが栄えていたのはずっと昔のことで、魔物が凶暴化した現在、よっぽどの物好きでなければ知ることすらない場所である。

 ロイドたち一行はそのよっぽどの物好きが居たお陰で、無事に到着することが出来た。ノイシュもエミルのお陰で魔物に怯えることもなく、コレットとジーニアスの横を歩いてきた。

 そして。

「ふははは―――!!」

 リフィルの豹変を、目の当たりにすることとなった。

「見ろ、この扉を! 周りの岩とは明らかに性質が違う! …………くくくく……思った通りだ。これは古代大戦の魔術障壁として開発されたカーボネイトだ! ああ、この滑らかな肌触り……!」

 遺跡の床に膝をついて石板(彼女曰くカーボネイト)に頬擦りしているこの女性が、常に冷静沈着、一行の頭脳を担うリフィル・セイジであると、一体誰が思おうか。

「……いつもこうか?」

 いつも通り無表情の(心なしか呆れたような)クラトスがロイドに。

「……そうなのか?」

 いつもいつも教室でリフィルのチョークを食らっていたロイドがジーニアスに。

「ああ……隠してたのに」

 リフィルの弟ジーニアスが、やんわりと二人の視線を受けながら肯定した。

 イセリアの聖堂では誤魔化せたのに!

 いや、待て。世界再生の旅は精霊を復活させる旅。精霊がいるのはシルヴァラント各地の遺跡であると言われているから……なんだ、何れバレたのか。

 まあ、彼らにも慣れて貰うしかない。慣れれば大丈夫。現にジーニアスは何ともないし、エミルだって動じていない。ほら、どちらかと言えば感動して……!

「……ってエミル?」

「あ、うん。なんかね、昔……こうして力説されたなあって思うと、ちょっとしんみりしちゃって」

 ジーニアスは本気で同情してしまった。エミルも大変だ。ジーニアスは身をもってこういう人の対処が大変なのを知っている。

「エミルも、大変だったね……」

「え? あ、うーんと、大変って言うか……」

「大丈夫、言わなくても分かるよ。僕も姉さんで経験してるから」

「あのね、ジーニアス。そうじゃなくって」

「良いんだ。けどごめんね、旅に加わるなら、これからも姉さんの遺跡モードは何回も経験することになると思う」

「おお! これは!」

 そんなジーニアスの心配はどこ吹く風で、リフィルは遺跡の調査に忙しい。何かに気が付くやいなや、手帳を取りだし猛然とペンを走らせ、かと思えば小さな石を拾い上げると頬擦りし。

「遺跡マニア……」

 エミルの呟きに、コレットを除いた全員が同意した。

 やがてさっきのカーボネイトとやらの石板の隣、コレットが家の紋章が書いてある、と言った石板が調査対象になる。

「ん? このくぼみは……」

 リフィルは石板をまじまじと見つめると、一つ納得したように頷いた。

「“神託の石板”と書いてあるな。コレット、ここに手を当てろ。それで扉が開くはずだ」

「ホントかよ」

「これは神子を識別するための魔術がかけられた石板だ。間違いない」

 そんな魔術があるとは、ジーニアスは初耳だった。しかしかつて古代対戦の時代は今よりもずっと魔術文化が発展していたそうだから、こんな魔術もあったのかもしれない。

「じゃあ、やってみるね」

 未だに懐疑的なロイドの横から、コレットがそっと石板の窪みに手を乗せた。

 その瞬間。

 カーボネイトの石板が、ガコッ! と大きな音をたて、ゆっくりとスライドし始めた。そしてそこには、地下階段が闇の中へと伸びていたのである。

「うわぁ……」

「開きました! 凄い、私、本当に神子みたいです」

「みたいじゃなくて、神子なんでしょ。もー」

「よーし、ワクワクしてきたぞ! 早く中に入ろうぜ!」

 いち早く階段を駆け降りていくロイドの後に、ジーニアスが続く。

「あ、ロイド! 走ると危ないよ」

「へーきへーき、さあ魔物でもなんでもどんとこい!」

 コレットがニコニコと階段に足をかけ、リフィルは目を輝かせてあちこち見ながら進む。

「………その集中力が、続けば良いがな」

 クラトスがため息をつきながら、ノイシュを連れて降りていく。

 最後に残ったエミルは奥の建物の方をじっと見つめていたが、やがてロイドに呼ばれて階段を降りていった。

 

 

 

 

 途中までは真っ暗で何も見えなかったが、少し進むと明明と松明が焚かれていた。

 松明に照らされて、ロイドには何かが通路を塞いでいるのが見えた。

「………? 何だ?」

 近付いてみると、それは大きな木だ。……いや、木がこんな所に生えているわけもない。よく見れば、僅かに動いている。

「わぁ……おっきいねぇ」

「木の、魔物?」

 丈はジーニアスの倍ほどもあるだろうか。大きな体は木の幹のよう、細い腕らしきものが横から生えていて、その全てが濃い赤色をしている。

 エミルが進み出て、その木に手を当てた。

「このコは、デナイドだよ」

「デナイド……聞いたことがないわね」

 博識のリフィルでも知らないことがあったのか、とロイドは変なところに感心した。

「余り人前に出ないから。普段は暑いところに住んでるんだ。砂漠とか、火山とか。……外が寒いから中に入り込んじゃったみたい」

「寒いって、外も十分暑いよ!」

 確かに、遺跡の中は外の何倍も暑い。だからといって、外が寒いようには感じなかった。

 ――確か、エミルが前に言っていた。ロイドが砂漠は暑いと言うと、それほどは暑くない、マナが少ないからだろう、と。

 じゃあ、ここはマナが濃いのだろうか。人間のロイドには分からないから、後でジーニアスにでも聞いてみようとロイドは思った。

「この魔物にとっては寒かったのだろう。……しかし困ったな。こう道を塞がれては」

 まるでデナイドを知っているような口振りだ。傭兵だから、どこかで会ったことがあるのだろうか。

「ん? 何でだ? どけて進めば良いだろ?」

「デナイドは、寒くなると休眠する。私の記憶が確かならば、休眠中はいかなる攻撃も吸収してしまう筈だ」

「じゃあ起こせないし退かせないってのか?」

 そう言うことだ、とクラトスは頷く。

 近くで見ても、とてもそうは思えない。大きな体は兎も角として、細い腕は簡単に折れてしまいそうにも見える。

「うーん……隙間は通れそうにないし……他の道も無いみたい」

 巨体は通路にギリギリ収まっているサイズ。横に隙間はなく、乗り越えようにも高すぎて、ロイドやクラトス、エミルならば余裕だろうがジーニアスやコレットでは乗り越えられまい。

 コレットが通れなければ、意味はないのである。

「大丈夫、任せて」

「エミル?」

 エミルはちょっとごめんね、と断ってジーニアスの荷物をほどき、中から氷付けにしてある魚を取り出した。暑さで氷が溶けそうなものだが、ジーニアスの魔術の氷なので冷気すら放っている。

「僕が合図したら、一斉に走って」

 エミルは魚を振り回す。やがて勢いをつけて放り投げると、魚はデナイドの向こう、横道の通路に落ちる。

 瞬間。

 木がわさわさと動き出した。細い腕で体を持ち上げ回転し、腕で這うように魚の方へと向かって行ったのだ。

「――今だっ!」

 エミルの合図に合わせて、一斉に通路を駆け抜けた。

 

 

 

 デナイドがいた通路から真っ直ぐの所に扉があり、駆け抜けて扉を閉めると体力のないジーニアスが息も荒く床に膝をつく。

「な、何をしたの?!」

 というか、起こせないんじゃなかったの?!

 エミルはジーニアスの荷物を持ってくれていて、その中からジーニアスの水筒を取り出し渡してくれた。

「デナイドは淡水の魚や魔物が好物なんだよ。それで魚を投げて、目を覚まさせたんだ」

 あれは本当なら晩ごはんになる筈だったんだけど、とエミルが言うとロイドはひどく残念がった。エミルの料理は美味しいのだ。

「エミル、詳しいんだねぇ。さっきの魔物さん、エミルを見て逃げていったよ。凄いね」

「え、あ、うん……でも、魚ですんで良かったよ。そうじゃなかったら魔物を連れてこないといけなかったし」

「あいつの食い意地が張ってて良かったな!」

 最後に、ロイドがそう笑い飛ばした。

 エミルは苦笑した。

「――それにしても、クラトスさん。よくあのコの事知ってましたね?」

「……ずっと昔の仕事で、一度見たことがあるだけだ。行くぞ」

「あ、ちょっと待てよ! 行くぞジーニアス、コレット!」

「う、うん」

 ジーニアスはエミルがクラトスをじっと見つめているのが気になったが、リフィルが遺跡に興奮したので掛かりきりになり、その事は忘れてしまった。

 

 何故エミルがデナイドを知っていたか、そんな事は全く気にならなかったことにも、気が付かなかったのだった。



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3-2

 呼んでいる。呼ばれている。弱々しく、しかしはっきりと。

 それが何の声か、彼は知っている。

 

 

 

 どん、と。

 もうもうと土煙を上げながら、封印を守る魔獣、クトゥグハの巨体が倒れた。直後金色の光がその体を包み、弾けると、そこにクトゥグハの体は無く。

「マナに、還った……?」

「……勝った」

「勝った、んだよね?」

「―――勝ったぞ!」

 クラトスとエミルが剣を納める。壁際に隠れていたノイシュが、そろそろと出てきてクラトスにすりよった。

 長かった。仕掛けを解くのに苦労し、ソーサラーリングに気が付くまでが長かった。部屋を出入りする度にあの木の魔物が邪魔をして、その度にエミルが退けてくれた。

 ようやく封印の間に辿り着くと魔獣との戦い―――クラトスとエミルがいなければ、ロイドは三回は死んでいる。

 ほっと息をついたとき。

 

「再生の神子よ。祭壇に祈りを捧げよ」

 

 どこかからか、声が響いた。

 コレットが祭壇に近付き、祈るように手を組み目を閉じる。

「大地を守り育む大いなる女神マーテルよ。御身の力を、ここに!」

 そして、教えられた通りの文言を口にする。

 とたん。

「な、何だ!?」

 空気が、震えた。ジーニアスは思わず腕をつかむ。

 なにか、そこにいる。恐ろしいような、優しいような、不思議ななにか。

 祭壇に目を凝らすと、一瞬紅い男性の姿が見えたように思ったが、すぐに溶けるように消えてしまう。同時に辺りを覆っていた威圧感とでも呼ぶべきものが消え失せた。

「今のが……イフリート?」

 ジーニアスの問いに答えるものは無かった。答えるよりも早く、天使が舞い降りたのだ。

 イセリアの聖堂にも現れて、コレットに神託を下した天使―――レミエル。

「我が娘コレットよ、見事な働きだった」

「はい、ありがとうございます。……お父、さま」

 コレットの声音は硬い。まだ二回しか会ったことがないから緊張しているのだろうか。それに反してレミエルの方は薄い微笑を浮かべている。

「お父さま……?」

 エミルが横で呟くのが聞こえた。ジーニアスは小声で神子の本当の親は天使だと言われていることを教えてあげた。その言い伝えは、どうやらイセリアだけらしい。

 エミルはそれでも難しそうな顔をしていた。……仕方ないだろう。長年イセリアで共に過ごしてきたジーニアスも、内心は未だに信じられないのだから。

「封印を守護するものは倒れ、第一の封印は解かれた。程なくイフリートも目覚めよう。――クルシスの名の元、そなたに天使の力を与えよう」

「はい、ありがとうございます」

 レミエルは聖堂でそうだったように、片手を静かにコレットの方に差し伸べる。

 伸ばした手の先から細かな光が降り注ぎ、コレットの胸元――クルシスの輝石に吸い込まれる。クルシスの輝石が紅い光を放ち……

「わぁ……」

 そっと。音もなく、動きもせずに。

 祈る姿勢のままのコレットの背中に、いや、背中から、まるで―――花びらが、開くように。

「コレットに、羽が……」

 淡い桃色の羽が、鮮やかに広がった。

 ジーニアスはあまりの光景に言葉を失う。コレットはそのまま、ふわりと浮き上がった。

 飛んで、いる。

「天使への変化には苦しみが伴う。耐えることだ」

「試練なのですね。わかりました」

 淡々としたレミエルに答えるコレットの声は、思ったよりもしっかりしていた。元々、そう教えられていたのかもしれない。

 コレットは、神子は天使になる。そして女神マーテルがおわす天に昇るのだ。

「次の封印はここより遥か東。海を隔てた向こうにある。彼の地の祭壇で祈りを捧げよ」

「はい。レミエルさま」

 ばさり、と羽ばたく音がする。レミエルの翼はコレットと違って、白い、鳥のような翼だ。羽ばたく度に羽が数枚落ちていくが、それはすぐにマナに溶けて消えて行く。

 マナの光に包まれながら、レミエルは天へと昇っていく。

 

「次の封印で待っている。我が最愛の娘コレットよ」

 

 コレットは浮いたままそれを見送り、ロイドとジーニアスはコレットの羽に目を奪われていた。

 ……だから、気が付かなかったのだ。

 リフィルが辛そうな顔をしていたことに。

 エミルがレミエルを睨み付けていたことに。

 そんな二人を、クラトスがじっと見ていたことに。

 ジーニアスもコレットもロイドも、リフィルでさえも、全く気が付いていなかったのだ。その時は、まだ。

 

 

 

 

「はい、ロイド」

「お、サンキュ、エミル」

 スープをよそってロイドに二つ。一つはロイド、もう一つはノイシュの分だ。

 星空の下、全員揃っての野宿である。

 旧トリエット跡を出て直ぐに、コレットが倒れた。……天使への変化に伴う苦痛。それは普段ちょっとやそっとの痛みではおくびにも出さない彼女でも、思わず膝をつく程のもの。

 動かさない方がいいというクラトスの意見にしたがって、旧トリエットの近くでキャンプをすることにしたのだ。

「今日のスープはボクとエミルが作ったんだよ!」

 えへん。誇らしげにジーニアスが胸を張った。二人とも料理は上手い。一口そっと掬って口に運ぶ。

「……お、うまい!」

「これは……」

「本当。ジーニアス、腕を上げたのね」

 三人が三人とも美味しいと言って、ノイシュも口をつけてわふ! と鳴く。

「ノイシュも“旨かった”ってさ」

「本当?! やった!」

「良かったね、ジーニアス」

「うん。エミルのお陰だよ」

 ロイドは旅の間、毎日こんな美味しい食事が食べられるのかと嬉しくなった。

「……ほら、コレットも食えよ。旨いぞ」

 ほとんど手をつけていない食事を見て、ロイドがコレットに微笑んだ。食べないと元気出ねえぞ、と。

「あ、私は……ごめんね、ちょっと食欲がわかなくて。折角作ってくれたのに」

 確かにこのスープは体調が悪いコレットを気遣って作ったものだ。けれど食べられないものを無理強いする訳にはいかない。

 エミルがにっこり微笑む。

「ううん、いいんだよ。料理なら、またつくればいいから。ね?」

「うん、ごめんね。……私、ちょっと風に当たってくるね」

 コレットはそう言って、火の側から離れていく。

 ―――あれは、無理している。一緒に行こうか、と声をかけようかとも思ったが、かけられなかった。

 器を持つ手に力が入る。エミルはロイドがいるから皆は楽しそうだ、なんて言ってくれたけど、肝心なところで無力なのだ。

 その時、エミルが器を片付けて、そのまま火から離れていこうとしているのが見えた。

「……どこ行くんだ?」

「うん、ちょっと遺跡の中に」

「――危険だよ!」

 ジーニアスが立ち上がって叫んだ。が、エミルは動じない。

「うん。分かってる。大丈夫だから」

「でも……」

「問題あるまい」

 尚も言いつのろうとしたジーニアスの言葉を、クラトスが遮る。

「彼の力量は、見たところこの辺りの魔物では相手にならないだろう。それはロイド、お前も分かっていると思うが?」

 ぐ、と言葉に詰まる。反論できない。ただでさえ、何度も命を救われた身では。

 エミルは、強い。けれど一人で行かせるなんて、頭では分かっていても納得できない。なら、せめて。

「………俺も行く」

「ううん。ロイドは皆を守ってあげて。クラトスさんだけじゃ、何かあったときに全員は守りきれない」

 僕なら大丈夫だから、と。

 リフィルとジーニアスは後衛、コレットは中衛。ノイシュは戦えず、今はコレットも戦えないと考えた方が良いだろう。ならばクラトス一人で守りきれるか、と聞かれれば、ロイドにだって分かる。……否、だ。

 エミルなら出来るかもしれない。強いし、敵を自分に惹き付けることが出来るから。敵の間隙を掻い潜り、誰一人傷つけることなく。

 けれどクラトスでは、ロイドでは。分かっていたから、そう言われれば引き下がるしかなかった。

 けれどジーニアスはまだ納得していなかった。不安げに、エミルの服の裾を引く。

 エミルはジーニアスに目線を合わせて微笑む。

「大丈夫、早めに戻ってくるから」

 そしてそのまま行ってしまう。ジーニアスは裾を掴み損ねて、伸ばした手をさ迷わせた。リフィルがジーニアスの肩を抱く。

「大丈夫よ、ジーニアス」

「うん。……うん、大丈夫、だよね」

 ジーニアスはよくコレットがそうするように、祈るように手を組んだ。

 ロイドも自分に言い聞かせる――エミルは大丈夫。あんなに強いんだ。それに、大丈夫だと笑っていたじゃないか。

 それにしても。

 その笑顔がどこか、コレットに似ていたのは、ロイドの気のせいだったろうか。

 

 

 

 

 

 あつい。

 あつい、体の芯が、胸の奥が、あつい。

 とめどなく溢れてくる力が、大気の中で荒れ狂っている。風が体にまとわりつく。ああ、気持ち悪い。こんなに乱れていたとは思わなかった。

 反転するならば、この辺りは雪国にならなければならない。なのに外はまだ暑く、中も凍りついてはいなかった。

 マナが少ないから。異常気象はマナに影響を与える。影響される程のマナも、ここには残っていないのだ。

 八百年の弊害は、大きい。

 呼ばれている。呼んでいた。

 それに引き寄せられて、足が動く。

 先ほど彼等と解いたのとは少し違う手順を踏んで、迷うことなくさっきの部屋に辿り着く。

「灼熱の業火……紅の巨人」

 呟くと、檻のなかに姿がうっすらと浮かび上がる。影が、彼に向かって訴えるのだ。

 声なき声。けれど彼にははっきりと聞こえていた。

「……悪い。それは、できない」

 そう言って、目を伏せる。すると影は少し揺らめいて、また消えていった。

「あぁ……わかってるさ」

 そうして、檻を通り抜けて、その奥へ。

 彼が触れると、そこはあっさりと開く。……爆弾まで持ち出しても開かず、諦めたものが居ることを、彼は知らない。

 開けたとしても、その奥の住人が只では済まさないだろうが。

 住人達は、彼を待っていた。

 顔を歪めて歯を食い縛りながらも、住人達は彼を出迎える。間違っても、主に手をあげるなんてバカな真似をしないために、痛みで意識を保ちながら。

「そうか、お前たち……待っていたのか」

 声をかけられた住人は恍惚の表情を浮かべ、ただ静かに頭を垂れた。

 彼は住人達に囲まれて、そこに、それの前に立った。

「お前も、待たせたな」

 さあ、始めよう。これからは大仕事だ。その前に。

 はやく起きろ。寝坊助が。

 彼はゆっくりと、それに手を、触れた―――。

 




 エミルが手を加えたためスープは美味しくなりました。
 因みに原作プレイ中でも仕掛けに気がつくまで三十分くらいうろうろしていた私。ソーサラーリング変換装置がないんだもの!

 あのまま起こすとリフィルの餌食になるため、エミルも自重したようです。


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3-3

 

「あ」

 ノイシュが、エミルの横に座っていた。

 エミルはノイシュの耳の後ろを掻いてやった。

「ゴメンね、ノイシュ。忘れてた訳じゃないんだ。あの時のコだって分からなかっただけで。大きくなったね」

 ノイシュがまるで気にするな、とでも言うように、一声ないた。

 空はもう白み始めている。

 

 

 

 オサ山道に差し掛かった頃だった。

「この中にマナの神子はいるか?」

 見たこともない変わった服をまとった女が、小高い崖の上に立っていた。

 不思議なのはその声がやけに固いことで。

「あ、それ私です~」

 呑気なコレットに一行が溜め息をついた。いや、それでこそコレットと言えばコレットなんだけど。

「あのねコレット。そこはホントでも名乗っちゃ駄目だよ、一応……」

 エミルが呆れつつそうコレットに教える。

 そのとき襲撃者の女が、エミルを見て目を丸くした。 

「覚悟―――アステル?!」

 構えをとるのも忘れて、女は崖を飛び降りる。

「知り合いかエミル?」

 ロイドがエミルに問いかける。が、答えるより早くエミルは襲撃者に捕まった。

「あんた、なんでここに……生きてたんだね?!」

 襲撃者がエミルの肩を掴んで揺さぶり、その拍子にコレットが「きゃっ」と小さく悲鳴をあげながら倒れ。

 がこんっ。

「――がこん?」

 気がついた時には既に遅く。

 ぽっかりと、エミルと女の足下に、穴が。

 

『………あ』

『うわああぁあーっ?!』

 

 突然すぎて、手を伸ばすことも出来なかった。尻餅をついていたコレットが、しゃがみこんで穴を覗き込む。

「あ~! やっちゃった、どうしよう」

「エミルー、大丈夫かー?」

 ロイドもコレットの横から覗くが、穴は思ったよりも深いのか暗くて底が見えない。

 落ちて気絶したならまだ良い。下には魔物もいるかもしれないから勿論起きている方が良いが、骨でも折って動けないか、死んでいるかも……。

 なかなか返事がない。ジーニアスも心配して穴の側にしゃがんだ。

「十メートルくらいか。重力加速度を9.8として……うん、死ぬことはないと思うけど……」

「よくわかんねぇけど、生きてるんだな。―――おーい、エミルー!」

 もう一度叫ぶと、ようやく返事があった。

『うん、大丈夫ー!』

「待ってろ、今助ける! あー、ロープ! ロープ何処だ?」

 ジーニアスが慌てて荷物を下ろして中身を覗く。リフィルは既に辺りを探し終えていたのか、首を降った。

 けれどそれを止めたのは意外にもエミルだった。

『ロイドー! 僕は大丈夫だから、先に進んで!』

「そうは言われてもなぁ……」

『この先に道が続いてるみたいなんだ。抜けられそうだから、山の向こうで会おう!』

「落とし穴に、道ぃ?」

「落とし穴ではなくてよ。山道管理用の隠し通路ね。どこかに繋がっていたとしても可笑しくないわ」

「彼ならば大丈夫だろう。我々は進んだ方がいい」

 コレットが頷いた――エミルなら大丈夫。それは最早彼等の口癖になりつつあるような気がする。

 だからといって一人で行動するのは良くない。良くないのだが、ここでロイドも穴に飛び込む訳にはいかないから仕方ない。

 コレットとジーニアスが頷いたのを見て、ロイドは声を張り上げる。

「ああ、分かった! 気を付けろよ」

『ロイドもね!』

 横でノイシュがクゥンとないた。

 

 

 

「………という訳なので行きましょう?」

 手を差しのべる少年に、襲撃者、しいなは混乱していた。

 知り合いに、よく似ている少年。……性格までそっくりで、これが別人だなんて信じられない。彼も、しいなが神子を殺そうとしていたのを、見ているはずなのに。

「あんた……あたしは敵だよ? 助けなんかいらないサ」

 お人好し。けれど敵だ。弱味なんか見せられない。伸ばされた手を払って立ち上がろうとして――

「っ……!」

 足を挫いたらしい。しばらく休めば治るだろう。痛みをこらえて立ち上がる。多少ふらつくが、痛みは顔に出さない。何ともないように振る舞う。

 睨み付けながら符を構えると、少年が困ったような顔をして、やっぱり手を伸ばしてきた。

「怪我してるんでしょう? 手当てするから、見せてください」

「うるさい! ほっといとくれ!」

 叫んだが、実は歩けなかった。……これはひびでも入ったか。

 コリンがしいなを庇うように小さな体で少年の前に立ちはだかる。

「し、しいなに触るな!」

「………精霊? いや、でもそれにしては……」

 少年は数度目を瞬かせて、コリンを掬い上げた。ぬいぐるみを見るようにコリンをぐるぐる回している。

「あんたコリンに何するのさ!」

「ん? え、あああすみません!」

 少年はあっさりとコリンをしいなに返した。腕の中で、コリンが「しいなぁぁ~……」と目を回している。

 少年はすみません、ともう一度謝った。

「しいなさんと、コリン? このままここにいると危ないから、一緒に行きましょう」

「はっ、ごめんだね。馴れ合いはしない。あたしは神子を殺しに来たんだ。その神子の護衛と、なんだって仲良くしなきゃならないんだい」

 ぷい、とそっぽをむくと。

「でも……道、分かるんですか?」

「……………。あんたは、わかるのかい」

「えーと、教えてもらえば」

「教えてって、誰に……」

 言い差してしいなは、口をつぐむ。

 ………暗かったからよく見えていなかったが。闇に目が慣れれば、うようよと、この辺りに生息する魔物が、しいなと少年を取り囲むようにびっしりいる。

 その中の一匹の蜥蜴のような魔物が、何かを少年に訴えた。

「え? ダメだよ! この人悪い人じゃ無さそうだし。……ダメ。食べるものなら他にあるでしょう? ダーメ! ――あぁあ!」

 魔物は少年が止めるのも聞かず、未だに目を回しているコリンをしいなの横からぱくっと食べた。―――コリンが食べられた?!

「コリン!」

「こら! 食べちゃダメだってば!」

 少年が剣の柄で頭の後ろを叩き、魔物はコリンを吐き出した。ぐったりしてはいるが無事だ。……ああ、よかった。

 少年が叩いた魔物はしゅんとした。少年はなんだかなぁ、と頭を掻いて溜め息をついてから、言った。

「あの、本当にこのままにしてたら食べちゃいそうなので、一緒に来てください。この坑道を抜けるまでで良いですから」

 周りの魔物がヨダレを垂らしているのを見て、しいなは一も二もなく頷いた。

 

 

 

 少年は手早くしいなの手当てをすると(かなり手慣れていた)、さっきコリンを食べた魔物に何か言った。すると魔物は少年の肩に乗り、しいなには理解できない言葉で少年に道を教え始めたのだ。

「あんた、魔物と話せるのか」

 しいなは魔物を操る存在なら知っている。そういう機械があることも。けれど少年のそれは。

 魔物の言葉がわかっていて、操るというよりも、協力させる、従えると言う方がしっくりくる。

 少年は振り返らず――どっちにしろ魔物が肩に乗っているので振り向けない――視線だけしいなの方に向けて答えた。

「話せるって言うか……何となく。何となく彼らが言ってることが分かるだけで、話してる訳じゃないです」

「ふーん……」

 そう言えば霊の声が聞こえるなんて人もいた。それを考えれば、そんなに不思議でもないのかも……

 考えながら歩いていたので、少年が立ち止まったのに気が付かなかった。鼻をぶつけ、思わず涙目になる。

「っ! どうしたんだい」

「しっ、静かに」

 先程とは打って変わった険しい声。身ぶりで下がるよう示して、少年は声を潜める。

「この先に、とても強い魔物がいます。多分僕の言うことも聞いてくれない。これ以上近付いたら気付かれて、襲われます」

「強いったって魔物だろ? なら倒せば良いじゃないか」

「このままかかっても勝てません。せめて術を使える人がいたら良いんだけど……なんであんな奴がこんなところに」

 しいながそっと通路から身を乗り出すと、黒い、骨のようなものが動いていた。なんだ、あの魔物は? ……いや、そもそも魔物なのか?

「他に道はないのかい?」

「出口に繋がってるのは、あそこ一本だけだそうです。あそこを抜ければすぐ出口があるって。迂回も出来ないの?」

 しいなには魔物の言葉は分からないが、少年の反応を見れば分かる。他に、道はない。

 そして立ち振舞いを見ればどれくらい強いのかも、大体なら分かる。だとするとしいなに勝ち目はない。

 それでも、ここを抜けなくてはならないのだ。神子を殺すために。

「ここは、あたしにまかせときな」

「え?」

 そう、しいなは忍。魔物の意識をそらす事ぐらい片手で出来なくては、神子の暗殺なんて夢のまた夢。

 胸元から符を取り出す。……今回の任務のためにと、受け取った三枚のうちの一枚。

「頼むよ……」

 念じつつ、符を放る。

 いでよ式神壱・紅風―――!

 

 

 

 

 ロイド達が、オサ山道を抜けたとたん。

「うわああぁあーっ!?」

 叫び声と共にエミルとさっきの襲撃者が、壁を突き破って出てきたのだ。

「……すげー、追い付いてきた」

 エミルは少し汚れているが、襲撃者の方は少しなんてレベルじゃない。身体中ホコリまみれ泥まみれだ。

 ロイドは改めてエミルのスゴさを実感した。

 コレットがエミルと襲撃者を見て顔を輝かせた。

「ああ、よかった!」

 二人に向かって一歩コレットが足を踏み出す。すると。

「う、動くな! 物に触るな!」

「……賢明な判断ね」

 過剰に反応していると言えばそうだけれど。確かにコレットのドジは次に何が起こるか予想もつかない。だからこそ奇跡にもなるが……襲撃者にとってはトラウマになったらしい。

 叫んだ襲撃者が突然膝をついた。エミルと、さっきは見当たらなかった小さな狐が襲撃者に駆け寄る。

「ぐ……!」

「し、しいなぁ~」

「大丈夫ですか?」

「う、うるさい……今日のところは退いてやるが、覚えていろ! 次は必ずおまえたちを殺す! おまえも! 次は油断しないからな!」

 襲撃者は後ろに大きく飛んだ。着地と同時に地面に何かを叩きつける――煙幕。

「待て!」

 ロイドが叫んだが、その時には既に煙と共に襲撃者の姿は消え失せていた。

 ロイドは目を伏せた。

「どうして俺たちが狙われるんだ」

「……いつの世にも、救いを拒否する者がいる。我々は常に狙われている。それだけだ」

 クラトスはいつものように、淡々とロイドに応じた。

「あの人……エミルのこと知ってた風だったけど」

「うん。人違いだったみたい。……けど悪い人じゃ、ないと思うよ」

 だってあのこがついてるから。

 エミルはそう言って、楽しそうに笑っていた。

 

 




 本来ソードダンサーがいるのはもっと奥、丁度落っこちた辺りです。

 落っこちたエミルが無事なのは魔物達が助けたからだったりする。


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4-1 アリスとデクス

 実はこっそりPixiv版から加筆してたりします。
 ほんとにちょっとだけですが。


「え、船は出ない?」

「ああ、海が大シケで、出そうにも出せないんだよ。最近は魔物も増えてるし、お陰で加工品も満足に作れなくてな……」

 悪いな、と言われて引き下がるしかなかった。

 

 

 

 レミエルが、解放の時に言っていた言葉。

『次の封印は遥か東、海を隔てた向こうにある』

「ということは、パルマコスタだろう」

「ええ。――困ったわね」

 船は出ないと突っぱねられて、リフィルとクラトスが地図を睨んで唸っていた。

 そこに、腕一杯に抱えた食材を買い込んだエミルとジーニアスが戻ってきた。

「あら、ジーニアス。お帰りなさい。よくこんなに買えたわね」

 一行の財布を握っているのはリフィルである。食材を買うために渡した金額は、とてもではないがこれだけの食材を買うには足りない。

 シルヴァラントは現在マナを失い衰退している。マナの恵みを受けて育つ作物は勿論、魚や肉も不足しているのだ。いくらイズールドがシルヴァラントではパルマコスタに次ぐ漁獲量を誇るといっても、エミルとジーニアスが二人がかりで両手に抱えるほどの食材を、あれだけのお金で買えるわけがないのである。

「もしかしてエミルに……」

「違うよ! 向こうでねこにんがゲームをしててさ。その報酬でグミを貰ったんだ。それを売って」

 ほら、と開いた袋にはアップルグミだけでなく、黄色のグミもあった。レモングミ、アップルグミよりも高価なグミである。それだけではなく、青いボトルも何本か見受けられた。ライフボトルと呼ばれる、一種の気付け薬だ。

 魔物が凶暴化している現在、グミはお菓子ではなく旅の必需品だ。リフィルやクラトスのように治癒術が使えない者は――ほとんどの者が当てはまる――グミで体力や精神力を回復させるしかないのだ。

 なるほど、ならばグミを売れば結構な金額になったに違いない。グミも決して安いものではないから。

「ねこにんに、もらったの? 買ったのではなくて?」

「う、うん。あっちで“ゲームをして勝ったら景品お差し上げ~”ってやってたんだ。無料だったし、簡単そうだったからやってみたら意外と良いものくれたよ」

 ジーニアスは三回勝負のうち後半二回を勝ち、ライフボトルとアップルグミを五個ずつ貰った。それでジーニアスは切り上げようと(それだけでも2800ガルドの節約である)したのだが、ねこにんのほうが「も、もう一回ニャ!」と挑み続け、ジーニアスは連戦連勝。ついには景品が無くなるまで二人の勝負は続き、エミルは何度となく欠伸が出そうになった。

 ジーニアスは景品のグミとボトルが高価なのを知っていたので返そうとしたのだが「ぐっ、敗者に情けは無用なのニャ!」とかなんとか叫んで脱兎のごとく走り去ってしまったので、ある程度を残して売り払った、と言うわけだ。

「そんなわけで、お金は余ったから返すよ」

「ありがとう。助かるわ、ジーニアス」

 リフィルは礼を言って金を受け取り、また地図を眺める。ジーニアスのお陰で多少足を伸ばしても大丈夫そうだ。だがコレットやジーニアスに余り長距離を歩かせるのも……いや、しかし………。

 エミルがリフィルの手元を覗き込んで聞いた。

「北に、行くんですか?」

「え、ええ……」

「? どうしたのさ姉さん。あんなに船で行くのは嫌がってたのに」

 嬉しくなさそうだね。リフィルが瞬時に否定した。

「違います! 嫌がっていた訳では……――こほん。ここ以外でパルマコスタに船を出している港が無いのよ」

 パルマコスタはシルヴァラントで最も栄えたと言っても過言ではない大都市。ここから海を挟んだ場所にある、港町である。

 次の封印は恐らくパルマコスタの近くにある。

「他にパルマコスタに行く方法は無いんですか?」

 話を聞いていたコレットが訪ねると、クラトスか答えた。

「いや……北上し、ルイン、アスカードを経由してハコネシア峠まで行けば陸路でパルマコスタに行くことも可能だ。ただしその場合」

「かなりの回り道ね。ほぼシルヴァラントを一周することになるわ。それに北は魔物が凶暴だから……大丈夫かしら」

 本気で心配するリフィル。しかしロイドがエミルの背中をバンバン叩いて笑い飛ばす。

「大丈夫さ! エミルもいるんだからな」

「………そういえばエミル、トリエットまでって約束だったね。ねえ、エミルはこれからどうするの?」

 エミルはロイドに叩かれて涙目だったが、ジーニアスに問われると少し遠くを見て懐かしそうな顔をした。

「僕は……そうだね、シルヴァラント一周しようかと思ってるんだ。あと、古い友達に会いに」

 古い友達。ジーニアスは口の中で繰り返す。古い友達。きっとそれが、エミルの言っていた仲間のことなんだ。

 シルヴァラントを一周するならば、封印解放の旅に着いてきても問題ない。

「なんだ、じゃあしばらく一緒だね」

「うん、よろしくねコレット。ジーニアス、ロイドも」

 

 

 

 

 イズールドを出て四日目。

 ひたすら北上し、海らしき場所を越えたのが昨日の昼過ぎのこと。そこから急に魔物が強くなり、ロイドの剣では敵わない魔物が増えた。

 勿論ロイドの剣が至らないこともあるが、それだけではない。そもそも剣が通らない魔物が増えたのである。

 クラトスとエミルはそんな魔物でも切る術を知っているから何の問題もない。リフィルは治癒術が基本だし、ジーニアスが使う魔術は相手がどれだけ硬かろうとも難なく屠る。ロイドは最近防戦一方なのだった。

 そんな過酷な戦場にあって、疲れない訳がない。コレットもジーニアスも疲れ果てノイシュに乗って暫く経つ。ノイシュも流石に疲れを見せていた。

 何時もならそんな一行を然り気無く気遣い休憩をとるクラトスは、今回はただただ口を閉ざしたまま先を急いでいる。

「な、なあクラトス。どこに向かってるんだ?」

 そろそろ休もうぜ、とロイドは訴えたが、返ってきたのは否の答え。その代わり何処に向かっているかは分かった。

「ハイマだ」

 と、言われてもロイドにはさっぱり分からない。反応したのはエミルだった。

「ハイマって、あの冒険者の町? 山の中にある、あの?」

「エミル、知ってるの?」

「うん。知ってるというか……なんというか」

 複雑な顔をして遠い目をしたエミルを遮って、クラトスは淡々と――その間も足を緩めない。競歩をしているようだ――語る。

「この辺りには村がない。日が暮れるまでにハイマに着かねば、凶暴な魔物たちの中で野宿する羽目になるぞ」

 死にたくなければ急げ、と言われている気がした。

 

 

 

 

「ここが、ハイマ?」

「何て言うか……寂れてるね」

 急いだお陰でどうにか昼過ぎにはハイマに到着した。切り立った山の中にあり人は疎らで、いる人の顔も何処と無く暗い。

 エミルが悲しげに応じた。

「六年前の事件で、住んでた人が逃げ出しちゃったからね。別の峰を登れば、まだ人はいる筈だけど」

「六年前?」

「うん。ちょっとね」

 ジーニアスの記憶には何もなかった。情報がイセリアまで届いていなかったのかもしれない。

 辺りを見回す。山道を登ってたどり着いたそこは、小さな古い小屋があるほかは何もない、集落とも言えない場所だ。

 突然、エミルがはっと振り向いて、腰の剣に手をかける。

「エミルどうし――魔物っ?!」

 次に反応したのはコレット。すぐさまクラトスが彼女を庇い構える。

 そこにいるのは竜車に使われるような竜と、ウルフやホークなどの見慣れた魔物。それから、巨大なニワトリのような、コカトリスという魔物。

「何で! ここは町の中だよ?!」

「良いから蹴散らすぞ!」

 ロイドが剣を抜いて突っ込んで行く。ウルフと竜の足を切りつけて足止めし、けれど深追いはせずに一旦引く。逆上してロイドに噛み付こうとするも、怪我で足をもつれさせ、そこをロイドの剣が確実に仕留める。

 エミルの戦い方をずっと見て、ロイドが覚えた戦い方だ。闇雲に突っ込むのではなく、守りながらの戦い方。

 その頃にはもう大抵の魔物がエミルやクラトスに切り伏せられ、ジーニアスの魔術で一掃されていた。

 しかし敵はそれだけではなく、次から次へと新手が現れる。

「あれは……ベア?」

「違う、オーガだよ! ロイド危ない!」

 叫んでも、ロイドはすぐには反応出来ない。

 エミルが遂に剣を抜き、オーガとロイドの間に滑り込む。直後、オーガが力任せに振るった棍棒がエミルをまともに打ち付けガードごと吹き飛ばした。

 壁に打ち付けられたエミルが呻くのが見えた。エミルは、それほど体は強くないのだ。力で押してくるタイプには、どうしても弱い。なのにロイドを助けるためとはいえ、攻撃をまともにくらった。

 ぐったりとするエミルの体が、うっすらと紅く見えて。

「―――エミル?!」

「今助けます!」

 リフィルが癒しの術を紡ぎ出す。クラトスはコレットを守るのに忙しく、此方まで手が回らない。オーガに一番近いのはロイド。まだ動けないロイドが―――危ない!

 かつん、かつん。

 剣玉を手にマナを練る。描くのは水流。大地のなかに染み渡り、時に全てを吹き飛ばしてしまう、激流のうねり。

「水に飲まれろ――スプレッド!」

 突如として発生した間欠泉が、オーガの棍棒を弾き飛ばした。その勢いでオーガはバランスを崩し後ろに倒れる。

「姉さん、今のうちにエミルを!」

「任せなさい!」

 ロイドが体勢を立て直して剣を構えた、が。

 オーガは敵をジーニアスに定めた。……感覚で分かる。オーガの目には今、ジーニアスしか写っていない。武器を弾いたことで標的にされてしまったらしい。

 そろそろと、後ずさる。オーガは武器を拾い上げ、足元のロイドを素通りして、真っ直ぐにジーニアスに向かってくる。

 足が、腕が震えてマナが紡げない。怖い。怖い怖い怖い。

 やられる―――!

 

「アイシクルレイン!」

 

 凛とした、少女の声がした。

 




 ねこにんのミニゲームは良い資金源になってくれました。ミニゲーム中、後ろにこっそりロイドの手配書があるのがお気に入り。
 ううむ。にしてもシリーズを追うごとにねこにんが進化している気がする。二十周年作品に至っては尻尾に魚が食い付いてるし……アレ、食べられるの?

 里(Z)の入り口のねこにん曰く。
「ねこにんのルールはただ一つ。《突っ込んだら負け》!」


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4-2

 この辺りから捏造が入ってきますので、御注意下さい。


 

 聞こえたのは、少女の声。

 

「アイシクルレイン!」

 

 瞬時にマナが集束し、空中で氷結。それがオーガの上で、砕けて降り注いだ。

「ほらボサっとしないの!」

「任せろ!」

 少女の声に応えたのは青年。体ほどもある大剣を軸にして、独楽のように蹴りを繰り出す。そこから大剣を振り回し、地面に魔物ごと叩きつける。

「トロンベ! ラヴィーネッ!」

 ……魔物だけでなく地面まで抉り、土砂を巻き上げた。いや、それで魔物は倒せたのだけれど。

 ロイド達が呆然としていると、青年は土煙のなかから現れてバッ! と手を広げ。

「見ててくれたかい、アリスちゃん!」

「見てないわ」

 即答である。しかし青年はまるでこの世の終わりかのようにがくっと膝を折り、よろめきながら天を仰いで。

「そっ、そんなあああ!!」

「デクスうざーい」

 少女はぷいとそっぽを向く。しかしあまり本気にも見えない。何処と無く、二人とも分かっていてふざけているような。

 ロイドが剣を納めて、少女に近付いた。

「あの、助けてくれてありがとな」

「別に助けたんじゃないわ。アリスちゃんの邪魔だったから倒しただけだもの」

 そっけない少女は、しかしどこか優しそうだなとジーニアスは思った。お礼を言うべく、一歩踏み出す。

「ボクからも、ありがとうござ」

「――出ていけ!」

 ………身が、すくんだ。自分に言われたのかと。ついこの前――イセリアを追放された時にも言われた言葉だったから。

 けれどそれはジーニアスに対して言われたのでは無かった。いつの間にか辺りには人がいて(それまで何処にいたのだろうと思うほどに沢山)、そのほぼ全員が青年と少女を睨み付けている。

「出ていけ! この疫病神、化け物が!」

「あんた達のせいでこのハイマは……!」

「出ていけ!」

 少女が顔を歪めた。苦痛や悔しさではなく、呆れとか怒りで。

「言われなくても出ていくわよ」

 そう、吐き捨てて、少女は人々に背を向ける。デクス、と名を呼ぶと青年も当たり前のように少女に続いた。

 人々の中から、女性が一人駆け出して二人を呼び止めた。

「あの、待って、待ってください!」

「良いから、宿にいなさい」

「大丈夫、必ず見付けてくるからな」

 そっけない少女とは反対に、青年は朗らかに笑う。それで泣きそうになっていた女性はようやく微笑んで、二人は睨まれながらハイマの出口に――ロイド達の方に近付いてくる。

 クゥンとノイシュの声がした。オーガに吹き飛ばされた、エミルの治療が終わったのだろう。エミルはリフィルに礼を言い、そのままジーニアスの隣に立つ。

「……エミル、もう大丈夫なの?」

「あー、うん、多分一応は。ジーニアスこそ大丈夫? 無理したでしょ」

「ボクは大丈夫だよ。ほら、あのひとが助けてくれたんだ」

 少女を示してあのひとだよ、と教えると。

「―――え?」

 エミルが、何故か固まっていた。

 その時、横を通りすぎようとしていた少女がエミルを見て足を止める。少女の後を歩いていた青年もまた、それに習う。

「―――あら?」

「ん?」

 何度も目を瞬かせる。そして。

 

「―――少年?」

 

 青年は真っ直ぐにエミルを見つめて、そう言った。

 

 

 

「で、デクス?」

「おお、少年じゃないか。久しぶっ」

 デクス、と呼ばれた青年の声が途切れたのは、少女がいきなりデクスを押し退けたので舌を噛んだせいだ。

 少女はすぅっと目を細め、エミルのことを頭から爪先までじっくり見つめた後で。

「………えい」

「―――――っっ?!」

 いきなり、エミルの頬を捻り上げたのだ。エミルは声も出せず叫んだ。

 ジーニアスはあわててエミルと少女との間に滑り込んだ。少女がぱっと手を離す。

「何するのさ!」

「あら本物だったのね。偽者かと思ったわ」

 少女があまりにも鮮やかに笑うから、ジーニアスは言葉に詰まった。

 ていうか偽者って何のことだ。エミルの顔をつねる必要があったのか。

「ま、偽者ならアリスちゃんが見抜けないわけないけど」

 いや――それよりも、この気配は。

 まさか?

「えーと、エミルの知り合い?」

「いや違」

「ええ、そうよ」

 エミルが答えるより早く少女が答えた。エミルは固まった。そのエミルに少女が詰め寄る。

「ねぇ、ちょーっといいかしら? 色々と、聞きたいことがあるのよね。色々と」

「え」

 濁音つきで呻いて、エミルは目を泳がせた。

「い、いまは……今は、ダメ。無理」

 ジーニアスは少し驚いた。こんなに狼狽えているエミルを、初めて見たから。

 少女はロイド達をゆっくり見回して、コレットとクラトスに目を止める。その口が動くのを、ジーニアスは見た―――みこさま。

 背中が寒くなるのを感じた。今のは、敵意? それともただ見ただけ? あの目が怖くて堪らなかったのは、気のせい?

 視線がエミルに戻ると同時、ジーニアスの体から冷や汗が吹き出た。

「ふぅん……まぁ、いいわ。折角会ったんだし、ちょっと頼みがあるんだけど」

「はい?」

 満面の笑みの少女。ジーニアスは思わず皆を見回して、ロイドやリフィルと目があった。

 物凄く嫌な予感がしたのは、どうやらジーニアスとエミルだけではないらしい。

 

 

 この峰に一件しかない宿屋。少女――アリスは、入り口に立つ男が顔を歪めるのにも構わず扉を開けて中に入る。その後に、ロイド達が恐る恐るといった風に続いた。

 階段の横で何かを書き付けていた女性が、アリスに気が付いて腰を上げる。

「あ、アリス、さん。デクスさんも」

「ピエトロに会わせてくれ」

 女性の顔に、明らかな動揺が浮かんだ。

「え? で、でも」

 視線がロイドたちに据えられているのに気が付いて、ジーニアスは僅かに身を固くする。探るような視線。決して友好的とは言えない。

 しかしアリスが女性の視線を遮った。

「平気よ」

「わかり、ました。アリスさんがそう言うなら」

 女性が漸く身を引いた。アリスはそのまま、デクスは軽く会釈して階段を上る。エミルがそれに続いたのを皮切りに、リフィルとコレット、ジーニアス、クラトスの順に二階に進む。

 二階のベッドには、一人の男性が寝ていた。

「…………これは」

「――っ!」

 リフィルとエミルが呟くのが聞こえた。ジーニアスは吐き気すら催した。

 エルフの血族たるジーニアスは、マナの流れが分かる。普段は意識していないために見えないが、違和感を感じて『目』を凝らせばマナを視ることなど雑作もない。それは一種の才能であり、ジーニアスが天才魔術師たる所以でもあった。

 しかし今回ばかりはジーニアスはその力を呪った。

 マナは本来輝いている。白や虹色に輝き、それはとても美しい。

 けれど、男性に纏わりつくそのマナは。

 汚れたなんて言葉では言い表せない、黒い、それは純粋な黒いマナ。

「彼はピエトロ。ルインの近くにある人間牧場から、脱走してきた人なんです」

「脱走?!」

 人間牧場から、脱走。よくそんなことが出来たな、とジーニアスは思う。見つかれば唯では済まないし、よくこんな状態で逃げてきたと、感心すらした。

 男性を直視できなくなって、ジーニアスは顔を背けた。コレットが不安そうにジーニアスの顔を覗き込む。

「エミル、どうしたの? 先生、ジーニアスも」

「…………呪いね」

 息を飲む気配がした。

 呪い。そう、あそこまで汚れた黒いマナは見たことがない。明らかに悪意をもって紡がれた、呪いのマナ。

「ええ。それもかなり強い、ね。―――ねぇ、ボルトマンの術書に心当たりはある?」

 エミルとリフィル、クラトスが同時に反応した。一番に口を開いたのは、やはりというかリフィルだった。

「ボルトマン……マスター・ボルトマン? 治癒術の創始者の?」

「そうだ。そこに記された伝説の治癒術、レイズデッドなら、ピエトロを助けられるかもしれないんだ」

 それはあくまで可能性でしか無いけれど。試す価値はあるのだと、デクスがそう言った。

 

 

 

「意外だなぁ……アリスが人助けをするなんて」

 宿屋を出て、エミルの最初の一言はそれだった。アリスが鼻をならす。

「目的は報酬よ。エクスフィアがなければヒュプノスも使えないから」

「とかいって、アリスちゃんはあいつらが可哀想だから無償で助けようとしてるんだ。なんたって、オレたちに唯一まともに接してくれた―――」

 ビシッと音がして、デクスがつんのめった。いつの間にかアリスの手にはレイピアにも似たムチが握られていた。

「デークス?」

「ご、ごめんアリスちゃん」

 それ以上何も言うな、という事だろう。デクスもそれが分かったのか、素直に謝って口をつぐんだ。

 エミルがクラトスに向き直る。

「クラトスさん、心当たりはありませんか?」

「………何故私に聞く」

「クラトスさんが一番詳しそうだからです」

 納得。確かに一番に学識があるのはリフィルだが、知識がありそうなのはクラトスだ。何せリフィルでも知らなかったデナイドのことも知っていたし、ハイマの正確な場所も知っていた。

 伊達に傭兵として各地を旅していたわけではない、というのがクラトスの言い分だったが。

 しかし、とジーニアスは思う。知っていそうと言うなら、エミルもそうなんだけど。

 クラトスが僅かにため息をついた。

「…………マナの守護塔には古今東西の書物が集められていると聞く」

 マナの守護塔。それならジーニアスにも聞き覚えがあった。ルインの北にある巨大な塔。マーテル教会の聖堂の一つだが、一般人は立ち入れないはずだ。

「マナの守護塔かぁ……そこも封印なのかな」

 封印はいくつあるのかも分からない。これまで旅に出た神子達は神託にしたがって各地を旅したが、彼らがどこに行ったか伝わっていないのだ。

 ……何しろ、ここ八百年、再生を成功させた神子がいない。全員世界再生の旅の途中で、ディザイアンに殺された。護衛として同行した筈の司祭たちも然り。だから封印の場所、数などについてはイセリアの伝承には残っていないのだ。

 唯一現存する記録はシルヴァラント王朝時代の遺物で、パルマコスタに保存されている再生の書のみ。

 それが見られない以上それらしい場所を探すしかない。

「取り合えず、ルインまで行きましょう。マナの守護塔に行くにしても、アスカードに行くにしても、ルインは通り道ですからね」

 リフィルが地図をなぞりながら言うと、エミルが何故か一瞬顔をひきつらせたように見えた。

 




 アイシクルレインは、シンフォニアには存在しない。ラタトスクにはアイストーネードは存在しない。個人的には、アイストーネードの方が使い勝手が良かった……っ!
 アイシクルレイン敵に当たらないよ!
 いや、アビスに比べればマシなんだけど、発動直前に敵が動くんだよ……



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4-3

 アリスの耳は尖り耳、らしいです。残念ながらゲーム内では確認できませんが……
 尖り耳だからこそ隠す者。丸耳だからこそ隠す者。どちらも同じ、ハーフエルフ。

 因みにデクスの剣は暗黒邪神剣ゴールデンドーン(ラタトスク本編で使っているもの)ではありません。


 

 

「荒れ狂う流れよ――スプラッシュ」

 また一匹、アリスの魔術で魔物が潰される。魔術を耐え抜いた魔物もいたが―――

「ぶっ飛びなぁ!」

 デクスの大剣で地に沈む。討ちもらした魔物はエミルがすぐさま切り伏せ、戦いはクラトスやジーニアスが出るまでもなく終わった。

 アリスとデクス。ハイマで出会った彼等は、あれから同行していた。

『私たちも付いていくわ。そこのコに興味もあることだし』

 そんな一方的な宣言でエミルが仰け反ったのは二日前の事。

『ボルトマンの術書が見付かるまでで良いからさ。見付けた術書も、そっちのもので構わない。オレたちが欲しいのは中身なんだから』

 それをデクスが取り成して、期限を区切られたことでリフィルもしぶしぶ同意したのである。

 ボルトマンの術書は治癒術師にとってはお宝だ。申し出はリフィルにとって、満更でもなかったのだろう。

「アリスちゃん、愛してる!」

「はいはい」

 そして魔物を蹴散らす度に行われるこの台詞にも、そろそろ皆飽きていた。

 ロイドが抜きかけていた剣を納めた。

「アリスは強いんだなあ。魔術も使えるし」

 ロイドからしてみれば、それは単純にアリスを誉めただけだった。ロイドでは敵わない魔物をほぼ一方的に蹴散らす、自分よりも年下の少女を。

 アリスはふふ、とにっこり笑って。

「だってハーフエルフだもの」

 さらりと、爆弾を投下した。

「………は? 人間じゃなくてか?」

「人間が魔術を使えるわけ無いじゃない。……まあ、例外もいるみたいだけど?」

 クラトスの方を見ながらそう言った。

 アリスの言う通り――人間が、魔術を使える筈がないのである。

 クラトスが言うにはエクスフィアで使えるようになった、らしい。エクスフィアの効果は人によって違うのでそういう物だと思っていた。

 だからロイドはアリスもエクスフィアを装備しているのを見て、アリスも人間なのだろうと思っていた。

 いたのだが。

「それがどうかしたのか?」

 重い沈黙を、デクスの声が破る。

「アリスちゃんはアリスちゃんだろ?」

 ハーフエルフだろうがエルフだろうが、そんなものは関係ない。デクスにとってはそれが全てで、怖れる理由などありはしない。

 アリスはアリスだから。

 意図せず一行(エミルと常に無表情のクラトスは除く)が呆気に取られる。

 ハーフエルフ差別の思想は、ディザイアンの被害を受けるシルヴァラントにおいてはかなり根深いモノだ。ディザイアンはハーフエルフ。ならば憎むべきディザイアンであるハーフエルフは憎むべき存在―――そんなはっきり言って馬鹿げている考えが、シルヴァラントでは一般的だ。

 ロイドはドワーフに育てられたのでそういった思想には染まりきっていないが、ここまで言い切ることは出来ないだろう。多少なりとも、ディザイアンが、ハーフエルフが憎いと思う。母の仇と知ってからは尚更。

 けれどデクスは。

「デクス、その考え随分珍しいからね?」

 他所で言ったらとんでもないことになるよ、とエミルが――あまり驚いていない――忠告した。しかしその口調は反対しているわけではなく、恐らくはエミルもそう思っているのだろうことが伺えた。

「分かってるさ。けど、助けてもらったあの日から――オレの残りの命はアリスちゃんのものだ」

 デクスの顔はとても純粋で、真っ直ぐで、眩しいくらい。けれどアリスはそれをばっさりと切り捨てた。

「バカなこと言わないで。私は自分しか信じないわ。誰かに頼りたくないの。私は私を取り巻く世界を変える。その為には、自分が動くしかないのよ」

 だから。その先を、ロイドは聞き取れなかった。アリスはさっさと先に行ってしまう。デクスも走ってアリスを追いかけた。

 後には、ロイド達だけが残される。

「凄いな………」

「ジーニアス……」

 リフィルがそっと、ジーニアスを抱き締めた。

「ねえ、ロイド。もし、もしも――」

「ん? どうした?」

 顔を近付けると、ジーニアスは慌てて両手を振った。言いかけていた言葉があったはずなのにそれを飲み込んで、ぎこちない作り笑顔を浮かべるのだ。

「! ううん、何でもない!」

 ロイドは首をかしげながらも先に進む。こういう時のジーニアスは、無理に聞こうとしないほうが良いと、ロイドは長年の付き合いで理解していたから。

 後ろでリフィルに肩を抱かれたジーニアスは小さく呟いた。

「何でも、無いんだ」

 

 

 

 

 

 ルインはシノア湖という湖の上に建つ町である。町に出入りするには二ヶ所ある橋のどちらかを渡らねばならないため、敵から身を守るには適していると言える町だろう。

 しかし最近は魔物に襲われることが増えたのだという。

「シノア湖の水量も減ってるし、何かの前触れじゃなきゃ良いけどな」

 直接口にする人は少なかったが、皆の顔が沈んでいるのは確かだった。そしてコレットが神子と知るや、口々に頑張って下さいと激励を受けたものだった。

 しかし封印らしきマナの守護塔には入れなかった。

「はー、アスカードかぁ」

 宿屋で机に突っ伏して、ロイドが呻いた。

 因みにアリスとデクスはルインに入ると止める間もなく何処かに行ってしまった。明日の朝には戻ってくるわ、とのこと。

 戻ってくるなら構わないと言うのがリフィルの言葉で、ルインにいる間は自由行動となったのだ。

 そしてアリスとデクスを除いた一行は、取り合えずマナの守護塔のカギを管理するという司祭に会いに行った、のだが。

「仕方ないよ。間が悪かったんだ」

「そだよ、ロイド。行き先が分かって良かったよ。ね?」

 コレットはそう言ったが、ジーニアスだってロイドに同意したい。

 誰だって、三日かけて漸く辿り着いた遺跡はカギがかかっていて入れず、カギを管理している人に会いに行っても丁度出掛けていて、それがここから十日近くかかる遠方と聞けば、そりゃあ気落ちするだろう。

 仕方ないと言えば仕方ない。探し人はマーテル教会の司祭だから。

 マーテル教会の教えの一つに旅業がある。『生きることは即ち旅すること。人は皆、旅をせよ』と。

「アスカード……やはり遠いわね。出発は明日の朝のほうが良いかしら」

「妥当だろう」

 クラトスが同意すると、エミルが席を立つ。

「あ、じゃあ僕少し出掛けてくるね」

「うん、気を付けてね」

 ルインは湖の上の町。危険なこともないだろう。ジーニアスは笑顔でエミルを見送った。

 

 

 

 ルインから、少し離れた平原。

 鳥の鳴き声にも似た、鋭い音が空に響き渡る。指笛だ。

 やがて彼は指笛を吹くのを止め、空の一点を凝視した。

 彼の見る遥か彼方から、真っ直ぐに向かってくるものがいる。それは小さな点になり、みるみるうちに近付いて来て、彼の前に降り立った。

 本来なら砂漠にいるはずの――赤い、小さな鳥の魔物だった。

「ここまで来させて悪かったな」

 魔物は鳴く。いいえ、とんでもありません。呼ばれれば何処にでも参ります。主からも、王の助けになるようにと言われておりますから。

「そうか。助かる」

 はい、何時でもお呼びください。……所で、今回はどのような御用でしょうか?

「あそこの塔に行きたいんだが……大丈夫か?」

 この系統は総じて体が小さいのだ。現にこの魔物も彼の頭と同じくらいの大きさしかない。魔物だから鳥よりは力は強いが、同じ種族の違う系統と比べれば遥かに弱い。

「お前には乗れないな……」

 さてどうしたものか。腕を組んだとき魔物はくっと震えると、翼をバタバタさせた。

 大丈夫です! 頑張ります! 何処かを掴んでぶら下げれば飛べますから!

「そうか、その手があったな。……頼めるか?」

 魔物は人間で言うところの感極まった状態だ。……何か言ってはいるのだが、聞き取れない。

「どうした?」

 なっ、なんでもございませんっ! 大丈夫です!

「? ならあそこまで頼む。日の出までには帰ってきたい」

 魔物は甲高く一声鳴いて、彼をぶら下げ飛び立った。

 やがて見えたのが、マナの守護塔。

 そんな塔を見るのは初めてだった。さっきロイド達と来たとき、あまりにも記憶と景色が違いすぎて戸惑ってしまった位だ。彼が覚えている限り、ここは小高い丘があるばかりだったのだから。

 さっきは正面の入り口だけ見て、カギがかかっていたので早々にルインに引き返したのだ。

「ま、ロイド達はこっちには気が付いて無かったけどな」

 彼がいるのはマナの守護塔入り口から横道に逸れ、林のなかを少し歩いたその先。草木に飲み込まれた一角に、やたら水晶がある場所があった。

 彼はそれを見て頭を抱えた。

「まさかこれ程とは……」

 早めに来て正解だった。

 水晶がある辺りに向けて手をかざす。ほんの少し力を解き放つと――それに呼応して、地面のなかから階段が現れる。

 魔物が、苦しげな声を上げて踞った。

「お前にはここはキツいんだろう? 良いから、ここで待っていろ」

 魔物は反論したそうだったが、やはり辛いのか申し訳ありません、と言ってその場に留まる。

 彼はその頭を軽く撫でてやると、一人階段の中に降りた。

 中は外と同じか、それ以上の水晶がある。全て、マナが歪に集まって出来たものだ。

 彼は歩く。歪められたマナの奔流の中を。

 ここには魔物もいない。本来ここでこれを守るはずの魔物たちはマナに当てられて弱り、いなくなってしまったのだろう。

 シルヴァラントが八百年も衰退していたせいもある。魔物もひとも、命の源はマナだ。マナが少なければ生きられない。

「だから」

 トリエットでそうしたように、それに手を伸ばす。

「二つ目―――」

 ゆっくりと蕾が、花開く。

 

 

 宿屋で剣の手入れをしていたクラトスは、手元に影が落ちたことで顔を上げた。

 そこに、ロイドが立っていた。

「どうした。神子達と出掛けたのでは無かったのか」

「コレットならジーニアスと先生と一緒にいるよ。本屋に行くってさ」

 なるほど、ならばロイドは興味がないはずだ。

 彼等の所に行こうかと考えて、それを否定する。いくらなんでも町のなかで何かあるわけもないだろう。

「ならば行くと良い。シノア湖は観光の名所にもなっているからな」

 ふと、昔を思い出して口元が緩む。しかしすぐに気を引き締めた。良い思い出ばかりではないのだから。

 観光名所と言えば食い付くかと思ったが、予想に反してロイドは動かない。

「……頼みが、あるんだ」

「頼みだと?」

 クラトスの鳶色の目が鋭くなる。その視線を受けて、ロイドもまた真っ直ぐにクラトスを見た。

 ロイドは何かを言おうと口を閉じたり開いたりを繰り返し、一向に話そうとしない。

 少しして、決意したのか一つ息を吸った。

「俺に―――俺に剣を教えてくれないか」

 

 




 ボルトマンルートだと剣術指南イベントが発生してくれないのです………。
 でも壊滅前のルインが見られるから、クラトスの好感度を捨ててでも、ライフボトルにガルドを注ぎ込んででも北に向かって行くのです。

 ラタトスクの掛け合いは結構好きでした。アリスとデクスのも欲しかったなぁ……どっかに没ボイス眠ってないかな……


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5-1 謎

 それは、本当にずっと昔の話。

 もう記録も残っていない、言い伝えの欠片に僅かに残る、人々の昔話。

 そして彼にとってはほんのついこの前の事。

 誰も知らない、けれどとても大事なことで。

 

 彼だけがそれを、知っている。

 

 

 

 

 随分と、風が強かった。

 そんなのはお構いなしで、リフィルの瞳が煌めく。

「おお……アスカード遺跡だ……ロイド。この遺跡の歴史的背景を述べよ」

「え、えっ。えーと……」

 ロイドは目を泳がせる。

 クラトスは傍観に徹しているし、アリスとデクスも呆れたようにリフィルを見るばかり。ロイドにとっては何度目かの遺跡モードでも、彼らにとっては――特にアリスとデクスにとっては初めてなのだから、仕方ない。

 後ろ手にジーニアスの服の袖を引くと、ジーニアスが溜め息をついた。

「クレイオ三世が一週間続いた嵐を鎮めるため、風の精霊に生け贄を捧げる儀式を執り行った神殿」

「……です」

 ……ジーニアスが知っていてリフィルがロイドに聞くということは、授業でやったことがあるらしい。しかしロイドの記憶にはこれっぽっちも残っていない。

 リフィルの授業は寝ていたりすると容赦なくチョークが飛んでくる。ただ遺跡や歴史の話になると途中から、語るのに夢中になったリフィルが注意をしなくなる。ロイドにとってその時間は、数少ない寝こけていても怒られない時間なので睡眠に費やしていたのだ。

 ああ、不味い。このままだと説教突入コース。リフィル先生の青空教室が始まってしまう!

「ああ……この五年間、貴様は一体何を習ってきたのだ!」

「何って体育と図工と……」

「もういい!」

 ほっとしたその時、エミルが遠慮がちに手を挙げた。

「あのー、すみません、クレイオ三世って誰ですか?」

「あ! エミル、それは……っ!」

 折角授業回避したのに! ロイドとジーニアスが止めようとするも虚しく、リフィルが遺跡から目を離して振り返った。

「む。エミルは知らないのか」

「はい。僕、学校に行っていなかったので」

「では仕方ないな。――エミル。かつてこのアスカード地方にはバラクラフという王朝があったのだ。クレイオ三世はその最盛期の王の名だ」

 逃げ出そうとしたらジーニアスに捕まり、折角だから聞いておいたら、と言われた。アリスが大あくびしたが、リフィルは気がつかない。エミルはリフィルの言葉を繰り返す。

「バラクラフ……」

「風を祀る民だったそうだ。例えばこの石舞台の模様。この微妙な曲線は、風の精霊が空を飛ぶ動きを表すとされ――」

 しばし、リフィルの解説があり。

「――さて何か質問は?」

「あの――え?」

 エミルが手を挙げかけたのを、今度こそジーニアスはエミルの手首を捕まえて止めた。代わりにコレットがいつものように進み出る。

「すみません、よく分からなかったのでもう一度説明してください」

「フ……良いだろう。このフォルムは……」

 いよいよ気分よく語り始めたリフィルと、分かっているのかいないのか、聞いているのかいないのかよく分からないコレットを残して、ジーニアスとエミルは少し遠ざかった。

「はー、良かったぁ………姉さん、あの調子じゃきっと夜まででも喋り続けるよ」

「……なに、あれ」

 アリスが呆れていた。付き合いきれなかったのか、アリスもデクスも避難してきていたのだ。……クラトスだけが逃げるタイミングを失いリフィル達を見守っていた。

「えーと……姉さんの、病気? 遺跡とか歴史とか、そういうのを見るとああなっちゃうんだ。遺跡マニアなんだよね」

「まにあ……って、なんだ?」

 デクスがぽかんとし、アリスが教えてやる。

「何か一つのことに熱中してるおバカさんのことよ」

「なーんだ、じゃあオレだって『まにあ』さ!」

「ふーん?」

 デクスはぐっと親指をたてて、

「アリスちゃんマニア!」

「キモい」

 瞬殺。

 デクスは所謂体育座りで落ち込んでしまった。それを更にアリスが鬱陶しいと渇を入れる。

 漫才に近いやり取りを始めた二人を横に、ジーニアスはほとほと感心した。

「……エミル、よく姉さんに付いていけるね」

「あはは……きっとここだからだよ」

 予想とは違う答えが返ってきた。エミルはとてもやわらかく、微笑ましくアリス達やリフィルを見守っていた。

 ジーニアスは気が付く。リフィル達だけじゃない。風景を、見守っている。

「? ここは何かあるの?」

「うん。古い友人の……故郷なんだ。僕にとっても大事な場所だし。だから、知りたいって思うのかも」

 途中言い淀んだのは、相応しい言葉を探しているみたいだった。こきょう。その人が、生まれ育った土地。

 ………そう言えば、エミルが仲間の事を喋るのは、これが始めてなんだ。

「友人、か。ねぇエミル、前にも言ってたけど……」

 言いかけて、ジーニアスは口を止める。何故かエミルが、石舞台の方をじっと睨み付けていたのだ。

「エミル?」

「――んなこと、させるか」

 俯き、髪で顔が隠れてよく見えない。どうしたの、と問いかけて返ってきたのは地を這うような低い声。ジーニアスはそれがエミルの声だと気が付くのに数秒かかった。

「え? あ、ちょっとエミル?!」

 エミルは全速力で石舞台の裏手に走っていった。

 ――アリス達が、エミルをじっと見詰めていたのには気付かずに。

 

 

 

 

 

 ロイドがその二人を見付けたのは、本当に偶然だった。

 リフィルの話が詰まらなくなって、リフィルの視界に入らないようにこっそり抜け出して、そうするとふと、声が聞こえたのだ。

 石舞台を、破壊すると。

 とたん、リフィルがすっ飛んできた。

「この遺跡を破壊するだと!?」

 

「「お前たちにはこの遺跡の重要性がまるで分かっていない!!」」

 

 ? ……今、リフィルの声に交じってなにか聞こえたような?

 リフィルも遺跡モードではなく、あら、と首をかしげていた。ロイドの聞き間違いじゃ、ないらしい。……が、なかなかに信じられないのも事実だ。

 何故なら――――怒鳴っているのは、駆け付けて来たエミルなのだから。

「いいか、ここは遥か昔から風の民が住む場所だ! 風の精霊を祀る風の民が、神殿を破壊するとは何事だっ!」

 だんっ! と、一歩踏み出したその衝撃で。

『あ』

 爆弾らしき塊の、レバーが下がった。

 ―――空気が重い。しかしここで教えなければ、あとでどうなることか!

 ロイドは勇気を振り絞って、ひきつった喉を動かした。

「エミル、先生」

「…………」

「なんだ」

「………爆弾の、スイッチが入った」

「――………――――なんだとっ?!」

 反応まで少し間があったのは恐らくエミルに驚いていたからと、遺跡が破壊される事に頭が真っ白になってしまったからだろう。

 リフィルは遺跡モードで慌てて振り返り、爆弾に目を向けた。それを見てようやく我に帰った二人のうちの一人が、リフィルとエミルを示して叫ぶ。

「お前たちのせいで爆弾が作動してしまったのだ!」

「ひとのせいにするな! それでも貴様人間か!」

 リフィルの蹴りが叩き込まれた。……ロイドは、身をもってその威力を知っているから、見ただけでも顔をしかめてしまった。

 男性はすぐに飛び起きて、

「おれはハーフエルフだ!」

「そんなことより、解除スイッチはないのか!」

 叫んだリフィルの前で、男性はぐっと胸を張り。

「そんなものはない!」

「「いばるな!!」」

 今度はリフィルだけでなく、エミルまでもが手を……じゃない、足を出した。

 戦いに足技も使うエミルの蹴りをくらって石舞台に強か叩き付けられた男性は、それでも意識があった。……よほど体が丈夫らしい。

 さて困った。

 爆弾を爆発させるわけにはいかない。けれど止めるスイッチはない。爆弾は機械仕掛けで、秒読みがゼロになると爆発する仕掛けらしい。爆発までは、まだしばらく残されている。

 どうしようかと唸る、ロイドの横で。

 エミルがすらりと、腰の剣を抜いた。

「―――って待てエミル! 何をする気だ!?」

「壊す」

 ああそうなのか。

 ………待て、エミルは今何と言った?

 爆弾を、壊すと言わなかったか?!

「待て待て待て! そんなことしたら衝撃で爆発――!」

 爆弾ならばほんの少しの火花でも引火して、爆発するはずだ。部品同士がぶつかるとき、或いは剣と当たるとき。僅かでも火花が散らないなんて、そんなことがあり得ないのはロイドが一番知っていた。まして魔物を何度も切った剣なのだ。

 エミルは剣先を爆弾に向けて構える。

「大丈夫だ。舞台に傷ひとつつけない。一瞬で消滅させる」

 エミルの声に、欠片の躊躇いも無かった。それが当たり前かのように。

 そして――とても恐ろしい、怒りの声。

 いつも穏やかなエミルがこんな声を出すなんて。ロイドは固まって、動けなくなった。動いたら、ダメだ。動いたらきっと、自分が消える。

「ダメだ! そんなことをして万が一の事があれば……!」

 リフィルはこの圧力を感じていないのか、エミルに叫ぶ。

 エミルは動かない。爆弾を見据えて、剣を抜いたまま。リフィルも退かない。エミルを見つめて、腕を組んだまま。

 ロイドは動けなかった。エミルが、怖い。

 しばらくずっと、そのままで。

 爆弾の秒読みが進む度にリフィルがそわそわしだした。

 このままではいけない。

 俺が解体するよ、とロイドが宣言したのは、秒読みが一分をきった頃だった。

 

 

 

 あの後騒ぎを聞き付けた村長がやって来て、ロイドたちは石舞台から追い出されてしまった。というのも、あそこは現在立ち入り禁止だったらしい。

 ……だったらちゃんと戸締まりくらいしとけよ。

 彼ら二人もどこかに逃げ出してしまったが、石舞台には今度こそ誰も入れないように見張りがたてられた。

 あれで石舞台が破壊されることもないだろう。

「ああ……良かったぁ……!」

 心底ホッとしたのか、エミルの体から力が抜けた。

「もう、ビックリしたんだよ。エミル急に走っていっちゃうんだもん」

「う……ごめんなさい……石舞台が壊れると聞いて、つい」

 エミルはジーニアスの追及に、素直に謝罪した。が、リフィルがエミルに詰め寄る。

「そうだ、エミル! さっきの話を聞かせろ! バラクラフの民が風の民とはどういう意味なのだ! 神殿とは何のことだ!? 詳しく話せ!」

 遺跡モード、再発。

 エミルのマフラーを掴んで揺するリフィルには、エミルの声はきっと聞こえていない。

「た、たすけ、助けてジーニアスっ」

「ごめん、ムリ」

 こうなったリフィルは止まらないのだ。

 それをじっと見ていたデクスがぽん、と手を打った。

「そうか、分かった!」

「どうしたのよ、デクス」

 アリスの問いにデクスは一つ頷いて、満面の笑みをたたえながら。

 

「少年は、遺跡マニアの弟子だったんだな!」

 

 ………。

 ああ、なるほど。さっきの石舞台の説明を聞いていた事といい、遺跡の事で顔色を変えた事といい、弟子に見えなくもない、かもしれない。

 リフィルがふと手を止めた。

「ふむ……確かにさっきの遺跡を守ろうとした行動。そして遺跡に対する考察……エミル! お前には考古学者の才能があるかもしれん」

 エミルはじりじりと後退るが、そこをリフィルががっしりと腕をつかんだ。

「さあっ、私と共に学問の高みへ登るのだ!」

 随分嬉しそうなリフィルと、顔をひきつらせるエミル。ああ、こっちの声なんて聞こえちゃいない。完全に自分の世界だ。

 そこにデクスが良かったな、とばかりに指を立て。

 

「そんなの嫌だあぁぁ―――!!」

 

 リフィルにぐいぐい引っ張られ、デクスに背中を叩かれながら。

 エミルの悲痛な叫び声は、風薫るアスカードの青い空に、高らかに響き渡ったのだった。

 

 




 エミル は 称号『遺跡マニアの弟子』 を 手に入れた!
 デクス は 称号『アリスちゃんマニア』 を 手に入れた!


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5-2

『危なくなったら……また、助けてくれる?』



「は? 生け贄?」

 話を聞いて一番に、何故かエミルが仰天した。

 あの後。

 エミルを問い詰めるよりもあの二人を探した方が良いんじゃないのか、とロイドが言ったおかげでエミルは解放されたが、代わりにリフィルの頭は「遺跡破壊阻止」で埋まってしまった。

 遺跡の危機の前にリフィルが止まる筈もない。

 結局ぼやくアリスとデクスにまで手伝わせて、あの二人――ハーレイとライナーを見つけ出したのだった。

 正確には、彼らがいるアイーシャという、女性の家を。そしてアイーシャは風の精霊の生け贄にされるというのだ。

 アイーシャの兄だというライナーが頷く。

「はい。あの石舞台は元々風の精霊を祀るためのものなのです。毎年巫女の儀式を……石舞台で踊る儀式を行っていたのですが、その……」

「この馬鹿が石舞台を調べようとして封印を開いちまったんだ。おかげで風の精霊とやらが甦って、生け贄を要求してきたのさ」

「精霊さまが甦ってから、アスカードにはずっと強い風が吹くようになりました。岩が落ちてきたり、風でお婆さんが飛ばされそうになったり……私が行かなければ困るのはこの街の人たちなんです」

「外の瓦礫はそのせいなんだね」

 古い町であるアスカードは遺跡や古代にまつわるものが多く、美しい観光地として有名だ。なのに外は崩れた瓦礫や土砂が散乱し、見る影もなかった。人も少ないし、言われてみれば確かに風が強かったように思う。

「なるほど。では生け贄というのが――」

 

「――そんなの、ウソだ」

 

 言いかけていたリフィルが、思わず口を止めて振り返るほど。クラトスやアリスまでが、表情を変えるほど。

 その声は、固くて、暗かった。

 エミルは白くなるまできつく手を握りしめていた。顔は真っ青になっている。

「あり得ない。精霊が――シルフ達が、生け贄なんか求めるわけない。ましてこの石舞台でなんて……ここに封印なんか」

「封印……?」

 コレットが反応した。精霊の封印なら、それは世界再生の封印だ。

 リフィルが目を輝かせた。

「それはまさか……!!」

「はい! 貴方もバラクラフ遺跡を研究されているのなら、風の精霊を祀る祭壇のことをご存知でしょう。伝説通り、封印は存在したんです!」

「バラクラフピラーの象形文字は、伝説ではなかったのか!」

 学者の間でだけ相通じる何かがあるのだろう。リフィルとライナーは何を言っているのかわからないくらい早口で、楽しそうに話している。

「……俺たちが探してる封印じゃないみたいだな」

「姉さん……旅の目的、忘れてない……?」

 呆れつつ、ふと後ろを振り向くと。

 

「―――あれ? エミルは?」

 エミルが、いなくなっていた。そしてアリスとデクスも、いなかった。

 

 

 

「いいから、そこを通してください!」

「ならん」

 ああもう、さっきからその一点張り。なぜならんのか説明してくれるならまだしも、説明もなにもなしだ。

 苛立ちを極力抑えて、出来るだけ静かに告げる。

「生け贄のことなら聞きました。町の皆さんには迷惑をかけないとお約束します。だから通してください! この先に用があるんです」

 彼らを全員叩きのめして押し通るのは容易い。けれどそれをしたら、きっとロイド達が困る。だから、どんなに腹が立ってもちからは使わない。

 でも。

「ダメだ! これ以上風の精霊さまの怒りを買うわけにはいかん。そんな約束が信用できるか。この舞台に上がれるのは精霊の躍り手だけだ」

 どんなに我慢しても、我慢の限界というものがある。

 口にこそしないが、彼の心中はとても穏やかではない。このわからず屋、頑固頭! 風の精霊はここにはいないと、何回言えば分かるんだ!

「だから! ここにいるのは精霊なんかじゃありません! 躍り手でも殺されるだけで、異変なんか収まらない!」

「だったらなんだ、お前はこの異変を収められると言うのか!」

「―――っ」

 答えに、詰まる。

 出来ないと言えば嘘になるが、答えるわけにもいかない。……嘘をついてはいけないから。

 異変を収めるために行くんだと言えたら、どんなに良いだろう。

 いっそのこと全員気絶させてやろうかと考え実行しかけたその時、後ろから声がする。

「だったら、私が躍り手になります。それなら舞台に上がっても良いですね」

 振り返れば、そこにリフィルが。いや、リフィルばかりではなく、ロイドやコレット達、クラトスやアリス達までがそこにいた。

「先生………危険です。殺されるかも知れないんですよ?」

 かもしれないというか、確実に死ぬ。風の精霊というのが彼の考え通りなら、殺される。

 生け贄を求めるほどに切羽詰まっているとしたら。早く行かなければならない。そしてここは、入り口になるのだ。

 だからそういう意味でも―――彼らを近付かせたくないというのが、彼の本音だった。

「けれどここが封印かも知れないわ。風の精霊が求めている生け贄は、マナの神子のことかもしれないじゃない」

 その時、エミルには見向きもしなかった町長が、僅かに眉を動かしたのに彼は気がついた。

「マナの神子――?」

「それにもしも危険だったら……助けてくれるのでしょう?」

 その顔に、何かが重なった。誰だ。分からない、きっと大切なことなのに――気が付けば、エミルは頷いていたのだ。

 

 

 

 

 かんっと、音が響く。

 石舞台の模様の上で、巫女装束のリフィルが杖を打ち付ける音だ。中央で祈り、東西南北に刻まれた模様に杖を打ち付ける。そして中央で、祈る。

 それを繰り返している。

 ジーニアス達はリフィルを見守っているが、アリスとデクスはかなり暇そうにしていた。

 ―――良かった。彼はほんの少し、ホッとする。あれは、違う。あれなら扉は完全には開かない。

 永い時を経て、儀式が変わってしまったのだろうか。あれでは精霊をこの地に繋ぎ止めることはできても喚ぶことは出来ない。あれに精霊は応えない。応えてしまったら囚われる。

 そしてあれになら、彼が応えることもない。

 あれに応えるとしたら―――

 石舞台が、光を放つ。マナの光。一瞬だけ開いた扉の隙間から、漏れ出してきたマナ。

 マナの奔流は数秒で収まる。けれど、そのなかに。リフィルが祈る、その前に。

 風を纏った何かが、いる。

『娘を貰い受けに来た』

「――っ、違います、先生! それは精霊でも、封印の守護者でもない!」

 コレットが叫ぶ。天使になりかけだからこそ、人間なのに気が付ける。その通り、これは―――魔物ですら、ない。

「崩蹴脚!」

「狂乱せし地霊の宴よ」

 彼が飛び出し飛び上がるのと、アリスが魔術を紡ぎだすのは、ほぼ同時。

 マナを込めた焔の蹴りがそれを捉える。風で実体が無くても、彼はマナを捉えることが出来るから。

 地のマナが、揺らぐ。

 はっとして、リフィルを抱えて後ろに飛ぶ。直後。

「ロックブレイク!」

 アリスの魔術が発動し、風の精霊モドキを貫いた。それで力尽きたのか、風の精霊モドキはマナに溶けて消え、後には小さな石板が残る。

「えー、もう終わり? つまんない」

「さっすがアリスちゃん!」

 あの二人は、相変わらずだから放っておくとして。

「い、今のは、一体……?」

「見たか、あの儀式は擬似的ながらフィラメント効果をもたらしたぞ!」

「ああもう、姉さん!」

 彼等もまあいつも通りなので放っておくとして。

 彼は石板を拾い上げて、それを見詰めた。文字が刻んであるが、擦りきれていたりして文字が読めない箇所が多い。それに、文字そのものも彼の知るそれとは微妙に異なっている。

「トゥ……トゥグー、ツァグ? 違う、えーと」

 エミルの知る文字とは少し違う。だからエミルにはそれが読めなかった。あれの名前だろうか。

 その時、リフィルが走ってきてエミルの持つ石板を覗き込んだ。

「む! エミル、それをよく見せろ!」

「は、はい」

 リフィルはしばらくそれを見ていたが、石舞台の下、待っているロイド達の所に戻っていく。

 古代バラクラフ文字が刻まれているとかで、リフィルとライナーは嬉々として家に帰っていく。

 彼は空を見上げてため息をつく。

 今も昔も、学者の考えることは分からない。

 

 

 

 

 リフィルとライナーが石板の解読に夢中になってしまったので、一行は宿に止まることにした。

 それも清風館――アスカードで一番の高い宿屋に。

「エミル、ほんとーに、良いのか?」

「良いって。みんな疲れてるでしょ。結局一日歩きっぱなしだったし、十日ぶりの宿屋なんだから。それにほら、お金なら僕沢山あるから」

 結局それで押しきられてしまったのだ。けれどジーニアス達は折角エミルが用意してくれたんだから、と思いっきり寛ぐつもりらしい。

 そしてロイドは剣を持って出ていくクラトスに、俺もいくよと声をかけたのだ。ハイマのように。

「前よりはマシになっただろ」

 一通り剣を合わせて、クラトスが笑ったのを見たロイドは、嬉しくなった。けれどはしゃがないように気を付けながら息を吐く。

「そうだな。しかしまだまだ未熟だ」

「ちぇっ、なかなか上達しねえな」

 アスカード地方に来て、ロイドは大分戦えるようになってきた。魔物が少し弱くなった代わりに、数が増えたのだ。

 でもまだ弱い。クラトスやエミルのように皆を守れない。もっと強く、強く。

「いや、私の教え方にも問題があるのだろう。私は二刀流ではないからな」

 クラトスが珍しく少し暗い表情をした。

 そういえば、前にエミルも言っていた。剣が違えば戦い方も違う。だからその双剣はロイドが使って、と――この剣を貰ったときに言ったのだ。

「でも、クラトスのお陰で基本の大事さとか色々勉強になったぜ。――――なあ、クラトス」

「何だ?」

「クラトスと、エミルは何が違うんだろうな。同じ剣士でも違うんだ。けど何が違うのかなって」

 剣の構えかたや足運び、そんなものは全然違う。ロイドが言っているのはそんな事ではない。

 戦い方が似ている。でも同じではないのだ。違うことは分かるのに、どこが違うのか分からない。

「彼は―――彼は、私とは違う。同じではない。ただ……」

 急にクラトスの声が途切れた。

「ただ、どうしたんだ?」

 重ねて問うと、首を振って答えが帰ってきた。

「……ただ、戦い慣れているだけだ。魔物相手ならば自ずと戦い方も似てくるのだろう。……ロイド、お前は強くなれる。精進することだ」

 今日はここまでだ、とクラトスは剣を納めてしまった。

「戦い慣れているだけ、か……」

 それだけなのだろうか。―――本当に?

 ロイドも剣を納めて、空を見上げる。

「本当に、エミルって、何なんだろうなぁ……」

 謎は、尽きない。

 そして答えの糸口すらも、見えてこないのだ。




 何でか剣術指南は一番高い宿屋でしか発生してくれません。くっ、ガルドが飛んでいく……!

 ラタトスクとシンフォニアでは微妙に儀式が違います。別物なのか、正しく伝わっていなかったのか……
 拙作では正しく伝わっていなかったと考えています。きっと旅が終わったあとに、リフィルかライナーが正しい儀式を復活させたのに違いない!(まて


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5-3

 後の世に伝わるものが、正しいとは限らない。

 間違ってはいないけれど、真実ではないもの。真実だけれど、誰も信じないもの。真実が隠された、嘘であるもの。

 後の世の人々からしてみればそれはロマンであったり、ややこしい話だったりするけれど。

 

 本当に、大切なことは。

 

 

 

 

 

 リフィルの解読によれば、あの魔物――ツァトグは、古代バラクラフを襲っていた厄災らしい。それを当時の召喚士が封印し、石舞台を作ったのだそうだ。

 そして本当の風の精霊がいる場所が、アスカードから更に北東、バラクラフ王廟だと分かったのだ。

 マナの守護塔の鍵を持つルインの司祭も、どうやらそこに向かったらしい。

 そんなわけで現在ロイド達一行は王廟に向かって、てくてくと歩いていた。

「今回ばっかりは先生に感謝しないとな。お陰で封印の場所がわかったんだから」

 ロイドの言葉に、ジーニアスは同意する。リフィルが石舞台に興味を持ち、あそこでハーレイを見付けなかったら。彼等は未だに真の封印が分からず立ち往生していたかもしれない。

 だって誰一人、精霊がいる正確な場所を知らな――――あれ?

「そう言えば……ねえエミル。どうしてあそこに精霊は居ないって知っていたの?」

「え?」

「町長さんに言ってたよね。『ここにいるのは精霊なんかじゃない』って」

 とたん、エミルがしまったとでもいうような顔をした。ジーニアスも振るんじゃなかったかもと思ったがもう遅い。

「――む。そう言えば」

「げ、遺跡モード」

 即座にロイドはリフィルに叩かれた。…口は災いの元である。

 それで笑いかけてリフィルに睨まれたエミルは、慌てて説明を始めた。

「あ、えーと、その……昔、聞いたことがあって。石舞台はここを守るために作られたもので、精霊の力が宿っている。だから年に一度儀式を行って、精霊を喚ぶんだって。―――喚ぶ、ってことは、あそこに精霊はいないはずでしょう?」

 なるほど、それなら納得。儀式は、きっとその為のものだったのだ。ならばツァトグが出てくる少し前に石舞台が光ったのも、精霊と間違えてツァトグを喚んだのだろうか。

 しかしリフィルの興味は別のところにあるらしい。

「ほう。エミル、お前はどの地方に住んでいたのだ? そんな伝承など聞いたこともない」

 エミルの顔はぴくりとも動かなかった。

「孤島でした」

「孤島? というと、ソダ島?」

「いいえ、違います。もっと人は来なかったし、多分誰も知らないと思います。だからどこ、と聞かれても答えられません。名前がないから。……けどあそこの住人たちは皆、昔の事は詳しかった」

 そのときのエミルの顔は、どこか遺跡を見るリフィルの顔に、どことなく似ていたような、気がした。

 

 

 

 

「へぇ! ここがバラクラフ王廟……」

「可笑しいわね。ルインの司祭長が来ているはずなのだけれど……」

 はしゃいでいるのはリフィルではなく、ジーニアスとデクスのほうだった。デクスもここに来るのは初めてらしい。向こうでアリスが呆れつつもそれを見守っていた。

 遺跡の横、少し広くなった場所にいた商人が顔をあげた。

「ん? あんたたち、司祭様を探してるのかい」

「ええ、そうなんです。どこにいらっしゃるか、ご存知ですか?」

 ルインの司祭長、ピッカリングはかつてイセリア聖堂で修行していたとき、神子コレットと面識がある。

 商人はそりゃ間の悪い、と苦笑する。

「司祭様は確かに昨日までいらしたよ。けど今日になってアスカードに戻られたんだ。今朝出発したから、今からアスカードに向かえば追い付けるかもしれないね」

「そう、ですか……じゃあ行き違いになったのね」

「ん、あんたたちアスカードから来たのかい」

「ええ……」

「うーん、まだアスカードにはいるはずだけどなぁ」

 それ以上の事は知らないらしい。丁寧に礼を言って。

 さて困った。渋面を作るみんなを見て、アリスがふとため息をついた。なにをやっているのよ、とでも言いたげなため息を。

「ならアリスちゃんが行ってくるわ。カギはその司祭さんが持ってるんでしょ?」

 ジーニアスが明らかに動揺した。

「え、でも……」

「大丈夫! オレもいる!」

「この程度の魔物に、アリスちゃんがどうにかなるはずが無いじゃない」

 頭では、理解できる。しかし心配なものは心配なのだろう。ジーニアスはしばらく唸って、ようやく小さく頷いた。

 アリス達が行ってしまうと、こんどはノイシュがそわそわし始めた。

「どうしたんだ、ノイシュ?」

「怯えているな。遺跡の中から魔物の気配がする」

 イセリアの森でも、旧トリエット跡でもそうだった。魔物に怯えて入ろうとしないのだ。旧トリエットではエミルとクラトスが居るからか、なんとか入ってくれたのだが……今回は何故かテコでも動かない。

 このまま置いていくわけにもいかないし、けれど中には入らないといけないし。

 唸ったとき、エミルが手を打った。

「あ、じゃあ僕がここで待ってるよ。それなら皆も安心できるでしょう?」

 ロイドは考える。ノイシュのこと、エミルのこと。アリス達が抜けたこと。戦いでコレットを、ジーニアスを守れるか。

 考えて、ロイドは決断を下す。勿論、リフィルとコレットに視線で確認してから。

「頼むな、エミル」

「うん。いってらっしゃい」

 ロイド達はこうして、遺跡のなかに入っていった。

 

 

 

 ロイド達が見えなくなると、エミルは鋭い目で辺りを見回して、悲しそうに顔を歪めた。そして入り口の近く……瓦礫に塞がれた小屋の辺りに目を止める。

 横のノイシュを軽く撫でる。

「さて、と。ノイシュ、ゴメンね。やっぱりちょっと行かなくちゃ」

 ノイシュが魔物に怯えているのは本当だ。それを置いていくとなると心苦しくもあるが―――

 歩き出して、ノイシュがエミルのマフラーを咥えていた。大きな耳をパタパタさせ、何かを訴えている。ロイドなら全然分かんねぇよ、と言うところだろうが、エミルはノイシュの言葉が理解できていた。

 つまり、一緒に行く、と。

「危ないよ?」

 しかしノイシュの決意は揺らがない。エミルは小さく笑った。

「うん、ありがとう。じゃあ早く行って、早く戻ってこないとね」

「わふっ!」

 エミルは小屋の裏手に回り込むと、ノイシュも通れそうな隙間を探して小屋に入る。

 小屋の中には―――旧トリエット跡などにあった、円盤があった。転送装置だ。

 エミルが円盤に手をかざすと、止まっていたそれが動き出す。ノイシュとエミルがそれに足をのせると、彼らの姿は跡形もなく消え失せていた。

 

 

 

 

 神殿の中を、彼は歩く。

 封じられた神殿。人間達が入り口を見つけられなかった神殿。長いときの中で儀式が忘れられ、誰も入れなかった、神殿の中を。

「ノイシュ。それ以上、来るなよ」

 彼は少し歩いたところで振り返り、ノイシュに警告する。ノイシュもそれが理解できるから、大人しく言うことを聞いてそこに立ち止まった。

 祭壇の上に、雫のような形の石が、浮いていた。

「ツァトグ、か。何やってるんだお前は。いくら霊に刺激されたからって、お前は“汚れを祓う”のが仕事だろう」

 “それ”に手を伸ばしながら、彼は昔を思い出す。

 遥かな昔。ここ一帯に巨大な国があった。国は代々風の精霊を崇める風の民。

 彼等は独自の信仰を持っていた。風は彼等にとって崇め感謝するものであり、仲間であり、家族だった。死ねば体から魂が抜けて風となり、永遠に精霊と共に生き続けると。

 そのために風の精霊の祭壇のすぐ近くに、墓を建てた。死後、迷わず精霊のもとに行けるように。

 やがて、人間たちの魂が汚れるようになった。

 魂はマナだ。マナは風と世界を巡る。風が汚れては世界が汚れる。

 だからここに―――アスカードに祭壇があり、精霊の力が宿っていて、アスカードに巫女の伝承が残った。

 汚れを祓えるように。汚れたマナを浄化して、世界が滞りなく巡るように。精霊が力を失わないように。

 しかし何時しか伝承は途絶え、精霊と、精霊の力の一部は混同された。信仰も変わった。儀式すらも歪んでいた。

 ならば――――その中核を成す存在が歪んでしまうのも、仕方のないことかも知れなかった。

「でももう終わりだ。お前にも働いてもらう」

 そっと、包み込むように。力を込めれば、ゆっくりと。

 蕾が開く。

 マナが押し寄せた。汚れていない風のマナ。彼の手のなかに集まって、開いた蕾が光を放つ。

 降り立ったのは、小さな鳥に似た何かだった。小さいと言っても鷲くらいの大きさがある。白と緑の美しい羽で、尾羽が長い。

 それは、本来の姿ではない。体を休めるときに取る、仮の姿だ。

「――申し訳、ありません……」

 鳥が頭を垂れてそう言った。

 まだ力が戻っていないのだ。けれど他のモノたちに比べればまだいい。即座に実体化できるだけ、力がある。

 彼は一つ考えて、指示を出す。

「急ぎ、縁を結び直せ。取りあえずはこの辺り一帯でいい」

「は」

「それが終わったら―――いや、その頃にはあいつらも目覚めるか。あいつらが起きたら連携して縁の強化とマナの調停にあたれ」

「は。……あの、主」

「なんだ」

 良いから言え、と言外に促せば、鳥は少しためらった後で彼をまっすぐに見る。

 

「未だ大樹の気配がしないのは、何故でしょうか? 世界も別れたままで、同朋の気配が、とても弱い」

 

 彼はしばらく答えなかった。

「―――今、それを調べている」

 鳥が顔色を変えた。翼を広げて彼の目の高さに飛び上がりながら叫ぶ。

「その気配、ヒトに混じっているのですか?! 危険です主!」

「分かっている。大丈夫だ」

 ヒトに混じるのは、これが初めてではないから。

 それを、彼らも知っている。

「しかし……」

「大丈夫だ。ほら、さっさと行け。魔物との縁は尽く切れている」

 事は一刻を争うのだ。しかし行けと言いながら、彼はそれを呼び止める。

「――― 一つ、聞くが」

「はい、何でしょう?」

「お前、最近―――いや、今、魔族の波動を感じるか」

 すると鳥はしばし目を閉じた。けれどやがて目を開くと力なく首を振る。

「………、いえ。感じません。もしや、痕跡など」

「瘴気で汚された奴がいる。それもごく最近だ」

 ハイマに居た、ピエトロ。あの汚れたマナ――間違うはずがない。

 あれは、魔族の瘴気だった。

 彼等が気付いていないということは、契約を交わした恐れがある。そうなれば厄介だ。……魔物も、引きずられて暴走するかもしれない。

「急ぎ、縁を。何か分かればすぐに連絡しろ」

「――は」

 鳥は一礼すると、大気に溶けた。

 

 

 

「アリスちゃん」

「なによデクス」

 前を、向いたまま。足も止めず、緩めず、前を歩き続けるその背中を見て、デクスは嬉しくなる。

 自分の呼び掛けに、必ず応えがある。それがどれほど喜ばしいか。顔を向けてくれなくてもいい。聞いてくれるだけで、応えてくれるだけで、いい。

 しかしここではしゃぐと叱られるので、声に出ないように気を付けて。

「あれ、少年だったな」

 出てくる魔物――ロイド達と居たときに比べればかなり多い――を蹴散らして、デクスは言う。アリスも同じように魔物を氷漬けにしながら応えた。

「さてどうかしら。あのコが本当にそうかは分からないわ。たとえ似ていて、そっくりで、同じでも。……デクス、あんただから分かるでしょ?」

 ああ、分かっている。分かっているとも。

「だからこそさ。……オレたちが今、こうしているように、少年もかも知れないじゃないか」

 可能性でしか、ない。けれどその可能性は、確かにある。もしもそうだったら。そうだとしたら。

「だったら―――」

「デクス」

 アリスが、振り返った。そして前とは違って真っ直ぐに、アリスはデクスを見てくれた。

「私たちは、私たち。もしそうだったとしても、それで何が変わるの?」

「――ごめん、アリスちゃん。その通りだ」

 デクスが素直に謝ると、アリスはまた前を向いて歩き出す。

「分かったら行くわよ。早くエクスフィアを手に入れないと」

 アリスの後ろ姿をみて、デクスは思う。

 

 アリスちゃんは、なにも変わらないと言うけれど。

 オレたちがこうしているその事こそが、変わった何よりの証拠なんじゃないだろうか。

 口には出さない。顔にも出さない。けれどデクスは思うのだ。

 確かにアリスがアリスであることも、ハイマで生まれ育ったことも、何一つ変わらなかったけれど。

 アリスはデクスを受け入れているし、何よりも少し、優しくなった。

 それだけでいい。

 大事なのは今を生きること。今このとき、生きていること。

 ならどこだろうと、アリスがいるならデクスにとっては、結局なにも変わらないのだ。

 




 転送装置はラタトスクで使ったあれですが、シンフォニア時代は近くの小屋にあったということで。

 途中出てきた鳥は、イメージ的にはシムルグの小さいバージョン。
 役割云々も完全に捏造です。


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6-1 人間牧場

 本来ルインが滅びるのは、封印を三つ解放した後。
 ここからかなりの捏造が含まれます。御注意下さい


 

 ――――ルインが、滅びていた。

 

 

 バラクラフの封印を解放して、コレットはまた体調を崩した。一晩野宿して、翌朝にアリス達と合流。無事に鍵も手に入ったのでひとまずルインに戻ることになった、のだが。

「なに、これ…………酷い……!」

 家は壊され、地面はえぐられ、美しかった町は見る影もない。整地された石畳の上には誰のものともしれない血がべっとりとこびりついている。

 ジーニアスは思わず目を背ける。コレットは尚いっそう手を強く握りしめ、白い手に爪が食い込んでいた。

 半ば呆然としながら、エミルが駆け出した。崩れた家の隙間をぬって、だれか人は居ないかと瓦礫の下を覗いている。……だれもエミルを止められなかったし、手伝えなかった。

 そんな時だった。

「だれも、いないよ。みんな、みんな連れてかれちゃった、もん」

 甲高い子供のような声と、鈴の音。

「コ、リン?」

 コレットを襲ってきた暗殺者の側にいた、小さないきものが、傷だらけでそこにいた。

 

 

 

「みんな、お願いだよ。しいなを、しい、なをたす……」

 よろめいて、石畳に倒れ伏す。エミルが直ぐに駆け寄り両手で抱えた。……抱えられるほど小さくて、それは前に見たときよりも小さいような気がした。

「コリン! ―――リフィルさん、治してあげてください!」

「エミル。……それは、あの暗殺者の仲間ではなくて?」

 暗殺者は神子の命をねらっていた。ならば神子の仲間もそうだと考えるのが自然。神子を守るのがリフィル達の役目だ。

 怪我をしているなら止めをさせる。これ以上、神子達に危害を加える前に。声に出さないそれを聞き取って、エミルはそれでも一歩も退かなかった。

「それでも、悪いコじゃありません」

 一触即発。二人の間に見えない火花が散る。ロイド達が声をかけられずにいると、アリスが横から口を挟む。

「ねぇ、このコがこのまま死んじゃったら、ここで何が起きたか分からなくなっちゃうんじゃない?」

「そうだよ先生! 助けてやろうぜ」

「先生、お願いします」

「姉さん」

「リフィルさん」

「ああもう、分かりました!」

 四方から言い寄られて、リフィルはため息をついて杖を構えた。

「ファーストエイド!」

 淡い癒しの光がコリンの体を包み込み、瞬時に収束する。光が収まると、コリンが呻いて目を開ける。

「コリン、大丈夫?」

「う、エミル……お願い、しいなを、助けて!」

「しいなさんを? コリン、何があったの?」

 エミルが子供をあやすように言うと、コリンはわっと泣き出した。

 ようやく泣き止んだコリンが語ったのは、次のような話だった。

「しいなはあのあとお前たちを追いかけて、こっちに来たんだ。けどお前たちを見失って、ルインに来て……」

 魔物との戦いで疲弊しきったしいなは傷だらけで、ルインの人たちはそれを治療してくれて、一晩泊めてもらった。お礼に子供達と遊んでやったり、力仕事を手伝ったりしていたのだ。だが。

「いきなり魔物が襲ってきたんだよ! しいなはみんなを守って戦ったけど倒れちゃって……ルインの人たちと一緒に牧場に連れてかれたんだ」

「そんな、どうして? ルインの人たちはなにもしてないのに!」

「分かんないよ! ただ逃げたやつを匿ったんだって言ってた。脱走者に味方するならお前たちも罪人だ、って」

「脱走者――ピエトロだな。あいつはルインからハイマに逃げてきた」

 デクスの言葉にエミルが頷く。

「しいなはコリンだけ逃がしたの。だから、ここまで戻ってきて……お願い、しいなを助けて! 戦って、まだ怪我したままなのに牧場の中で、一人で頑張ってるんだ!」

 隠密行動に長けたしいなは、未だ牧場の中で一人、内部を探っているらしい。ある程度まとまった情報を得ると、それをコリンに託して逃がしたのだ。

「牧場の中はどうだった?」

「機械だらけでよく分からない。コリンは小さいからちょっとの隙間から出てきたんだけど、人間が通れそうな所には四人か五人は必ずいたよ。……捕まった人たちは一ヶ所に集められてて、その鍵も機械で動かしてるみたい」

 それぞれ顔がしかめられた。……それほど酷い環境であることに対して。あるいは救出の困難さを思って。

「あと……」

 コリンの口から語られたのは、信じたくない事実だった。

 

 

 

 

 人間牧場はディザイアンの施設。人間が連れていかれて、強制労働させられる。ディザイアンはハーフエルフで、優れた技術を持っている。

 牧場にこっそり潜入するにも無理があるだろう。

「ピエトロを助けましょう。逃げてきたというなら、何か知っている筈よ」

 だから当初の目的通り、ボルトマンの術書を求め、鍵を手にいれたマナの守護塔に来ているのだ。中に入るとクラトスが言った通り沢山の書物が収蔵されている。

「石板がある……やっぱり、ここも封印なんだね」

 感慨深げなコレットの横で、リフィルは遺跡に興奮している。

「おおお! 私の研究意欲をそそる本がこんなに沢山!」

「姉さん、目的を忘れないでよ!」

「分かっていてよ。マスター・ボルトマンの術書を探せば良いのでしょう? ――ああ、もしやこれは再生の神子スピリチュアの弟子が記したという『精霊ノ書』! こちらはかつて失われたと言われる『書記官の手帳』っ! 現存するものがあったとは! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」

「あーもー、言ってる側からー!」

 暴走するリフィルと、それを止めようと追いかけていくジーニアス。

「……手分けして探した方が、良さそうだね」

 ああなれば手がつけられないのはみんなアスカードの一件で理解していたから、エミルの提案に反対するものはなかった。

 

 

 本は、塔の一階の内壁に据え付けられた本棚いっぱいにあった。手分けして見ていたのだが、いつの間にか日も暮れ、手元が薄暗くなってきたのでジーニアスは一度顔をあげる。

 すると丁度エミルや上の方を見ていたアリス達も作業を中断して戻ってきたところだった。

「あった?」

「ごめん、見つからなかった。アリスは?」

「無いわ。デクスあんたは?」

「ごめんよアリスちゃん」

 クラトスも戻ってきて頭を降る。

 半日探して彼らが得たものは、リフィルによる遺跡と文献の知識と極度の疲労だけだった。

「これだけ探して見つからないとなると……」

「だいじょぶだよ、みんな。きっと見つか……きゃっ」

 大量の本を抱えて来たコレットが、床の段差に躓いてコケた。……持ってきた本と、コケた拍子にぶつかった本棚の本を撒き散らしながら。

 いつものように顔面から床に激突したのだが、初めてコレットがコケる所を見たエミルは大きく目を見開いて、慌ててコレットに駆け寄って助け起こした。

「コレット! 大丈夫? 怪我は?」

「うん、だいじょぶ。ありがとう、エミル」

 えへへ、と笑いながら立ち上がるコレットは、毎度のことながら傷ひとつない。……顔面からコケたのに、どうして鼻血も出ていないんだろう? ジーニアスは考えるだけ無駄だと分かっていても考えずにはいられなかった。

 アリスが、コレットのドジで床に散乱した本の中の一冊に目を留めた。

「………あら?」

 それは本というよりもノートみたいだった。ずいぶんくたびれてボロボロ、使い込んだ手帳のような、そんなもの。しかし綴じ目はしっかりしていて、アリスが拾い上げてもばらばらにはならなかった。

 アリスは何頁か捲って目を細める。

「『この術は魔術ではない。故に人でも扱えるはずだ。これは本来誰しもが持つ力なのだから』………もしかして」

 表紙は磨り減っていて、そこに刻まれていたであろう題名と著者名は読めない。アリスは本をめくり、裏の見返しを開いた。デクスがそれを覗き込む。

「……間違いない。これがボルトマンの術書だ」

「え? ええ?!」

「うーん、流石コレット」

 ジーニアスの呟きに同意して頷くのはロイド。クラトスは相変わらずの無表情……けれど何処と無く、呆れている? エミルは目をぱちくりさせるばかり、アリスとデクスもまた驚愕の表情を浮かべている。

 この幸運を引き起こした当のコレットは、服の埃を払うとほんわかと笑った。

「えと、よかったね。見つかって」

「あ、うん。そう、だね……」

「これでピエトロを助けられるんだな、アリスちゃん!」

 嬉しそうなデクスの声に、アリスの応えは無かった。不思議そうに、というか不安そうに、デクスがアリスを呼ぶ。

「アリス、ちゃん?」

 アリスはやっぱり応えずに、丁度戻ってきたばかりのリフィルに本を譲り渡した。リフィルは目を輝かせて読み進め……やはり、アリスと同じように黙ってしまう。

「……どうしたんだ、二人とも」

 ロイドの問いかけに、リフィルが顔をあげる。しかしその顔は暗い。

「今の私たちの治癒術では、この術を使いこなせないのよ」

 治癒術は魔術とは違う。理論的には人間でも使える術だ。しかし魔術と同じで習得者が未熟であれば使えなかったり、効果が薄かったりする。

 書かれているのはレイズデッド――治癒術の奥義。

 ふとエミルが手を打った。

「二人が協力したらどうですか? アリスもリフィルさんも、治癒術を使えるでしょう?」

「……それでも難しいわね。せめて体内のマナを増幅させるものがあれば……」

 ユニコーンの角。エルフの薬草マナリーフ。リフィルが例にあげたのは、伝説にかろうじて出てくる、あるかどうかも分からないものばかり。

 アリスは踵を返した。

「―――いくわよデクス」

「え、良いのかい?」

「術書の中身が見られただけでも収穫よ。約束通り、その術書はあなたたちにあげるわ。見つけてくれてありがと、じゃあね」

 アリスがさっさと塔の扉に手をかけると、隙間からコリンが顔を出した。コリンの体ほどもあるおおきな白い結晶を抱えている。

「あ、ねえねえ、見て! コリンこんなの見つけたよ!」

 つま先立ちでよたよた歩くコリンから、アリスがそれを取り上げる。

「これは……マナの結晶? なんでこんなものがあるの? シルヴァラントはマナが減少してるのに」

「わかんないよ! けどあっちにたくさんあったの。何かに使えるかと思って」

 そこに案内しなさい、とリフィルが言った。

 

 

 

 コリンに案内されて着いたのは、守護塔の正面入り口からは少し外れた林の中だった。その一角に、コリンが抱えてきた結晶が沢山ある場所があった。

 それを見て、普段無表情のクラトスが珍しく目を見張った。

「驚いた……まさかこれほど純粋な光のマナの結晶が存在するとは」

「えぇ?! これがあの?!」

 驚いたジーニアスを見て、エミルとロイドがぽかんとした。……エミルは学校に行っていなかったらしいから仕方ないとして。

「? どうしたんだよジーニアス。何をそんなに驚いてるんだ?」

「ロイド……習ったでしょ? 大気に満ちるマナは、長い時間をかけて結晶化する事がある。結晶化したマナは術の媒介になる。けど結晶化するには豊富なマナと、安定した力場が必要で……」

「えーと?」

 ああ、ダメだ。ロイドには詳しい理屈を言ってもしょうがない。

「つまり、これがあれば、ピエトロさんを助けられるかもしれない、ってこと!」

 ジーニアスの乱暴な説明に、ロイドは納得してくれた。

 リフィルが顎に手を当てる。

「しかし……結晶がここにだけ集中しているな。随分と塔からは離れているが……ん?」

「こんなところに、階段?」

「――っ!」

 コレットがそう言ったとたん、エミルの肩が跳ねた。

「少年、どうした?」

「な、なんでもない!」

 いや、なんでもなくはないだろう。汗も流してるし、その慌てようはちょっと普通ではない。

 大丈夫かと尋ねようとしたとき、リフィルが見つけた階段を降り始めていた。

「ちょっと姉さん?!」

 呼び止めても聞こえていないらしく止まらない。仕方なく後を追って階段を降りる。

 降りた先は洞窟だった。さっき見た結晶があちこちから生えていて、地下のはずなのにぼんやりと明るい。

 少し広くなった所の中央には何かの台座のようなものと、それにかじりついているリフィルがいた。

「これは……祭壇か? 精霊の祭壇と似ているが……む、こんなところに天使言語―――いや、違うな。エルフ文字か」

 エルフ文字は天使言語よりも古い文字。ジーニアスは知識としては知っていたが見るのは初めてだった。勿論、読めない。

 リフィルは小さな手帳を取り出して、祭壇の文字と見比べ始めた。

「先生、リフィル先生?」

「ルー、ルーメン。センチュリ………センチュリオン、ルーメン。《扉》……《扉の守護者》の八つの御手?」

「先生」

「《太陽の鳥》と《月の乙女》の眷属――」

「先生ってば!」

 三度目で、ようやく小声でぶつぶつ言っていたリフィルがロイド達の存在に気がついた。しかしすぐに眉をひそめる。

「む、なんだロイド、邪魔をするな! ここは劣化が少ない、恐らくは新発見の遺跡なのだぞ! しかも天使言語ではなくエルフ文字が刻まれた祭壇など、世界的にも例がない、貴重な……!」

 と、興奮するリフィルの腕にコレットがしがみついた。

「そんなことより、ピエトロさんです!」

「姉さん、調査は後! 早くピエトロさんを助けないと」

 反対の腕をジーニアスがつかんで、未だ興奮冷めやらぬリフィルを連行していく。

「ああっ、そんな、せめてあと少し! 壁画の解析だけでも……!」

「先生の少しは少しじゃないだろ」

 アスカードでバラクラフの石板を解読するときも少し時間をちょうだい、とか言っておいて結局一晩かかったのだから。

「………本当に、信じて良いのか? あれ」

 デクスが不安で仕方ない、というように横目でリフィルを見る。

「大丈夫、だと思うよ。腕は確かだから。大丈夫。……多分」

 多分をつけなくてはならない実態に、エミルは苦笑せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 そこからは、大急ぎで。

 ルインに引き返し、朝を待ってすぐにハイマへ。前は二日かけた道のりを、今度は一日半で踏破した。

 ハイマに踏み込むと、やはりアリス達に恨みのこもった視線が向けられた。それを無視して宿屋に入ると、前と同じように女性が立ち上がった。

「ソフィア!」

「アリスさん、デクスさん!」

「ピエトロは?!」

「奥の部屋に。あの、もしかして助ける方法が見つかったんですか?」

「これから試すわ。入るわよ」

 女性――ソフィアは大人しく道を譲ってくれた。

 奥の部屋に入ると、ピエトロが寝ていた。まだ体の回りに黒いマナが漂っている。前よりも黒いマナの量が多い。増えている。――ジーニアスはまた吐きそうになり、顔を背けた。

 リフィルとアリスが術書を広げて、それぞれ術を使うときのようにリフィルは杖を、アリスは鞭を構えていた。

「準備はよくて?」

 アリスが頷いたのを確かめて、二人は術を紡ぎ出した。

『彼の者を、死の淵より呼び戻せ』

 清らかなマナが立ち上るのが見えた。しかし黒いマナに比べるととても少ない。あれではダメだ。

 リフィル達もそれが分かっている。僅かに顔を歪めた。

 その時。

「え、あ、結晶が……」

 コリンが持っていた結晶が輝き出したのだ。強いマナが放たれている。それはエルフの血が無いロイド達にも見えているほど、強く汚れていないマナだ。

 そのマナが、リフィル達にも纏わりつく。しだいにリフィル達のマナも強くなっていった。

 アリスとリフィルが目配せした。互いにマナを練り上げる速度を上げて行き―――

『レイズデッド!』

 マナは、ピエトロに向かって収束する。再びマナが拡散したとき、ピエトロの回りに漂っていた黒いマナも同時に空気に消えていく。

 みんなが見守る前で、ピエトロはゆっくりと目を開けた。




 シンフォニア本編では塔の地下に洞窟なんてありません。ていうか、そんなのあったの…?
 再生の神子の仲間だからって、知らないことはあるんだよ、マルタ。

 出てくる書名は禁書の名称をちょっと弄ったもの。元ネタは一応あります。
 結晶云々は本当に捏造。
 大量のマナが安定した力場のもと結晶化したもの。マナが少ないシルヴァラントにおいてはとてもとても珍しいものです。属性が合えば魔術法術全般の性能が強化されます。
 因みに元ネタはヴェスペリアの聖核。

 ヴェスペリアも面白かったですが、ラタトスクにも衣装替えが欲しかった……。防水防シワ防カビと各種加工が施されていても、ずっとあの格好っていうのは………ねえ?


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6-2

 どうしようか迷ったのですが、結局分割に。代わりに元々一話分だったので同時に上げます。
 というわけで、前編。

 例によって例のごとく捏造だらけなので、御注意を。


 

「本当に行っちゃうの?」

「元々そういう約束でしょう」

 アリスは振り返りもしない。

 確かにアリス達の同行は術書が見付かるまで、という約束だった。しかしあれから約一ヶ月。それだけ長期間共にいれば、いない方が違和感を覚える。

 実はロイドはバラクラフ王廟で、ついエミル達がいるつもりで動いて大怪我をした。リフィルの治癒術で僅かな痕しか残っていないが、危ないところだったのは事実である。

 名残惜しげにするジーニアスとロイドと、デクス。しかしアリスがさっさと歩き出したので、デクスもまたその後を追う。

「じゃあな、少年!」

 デクス達がいなくなると、途端に辺りが静かになった。

 

 

 

 ピエトロが目覚めて意識を完全に取り戻したのは、翌朝のことだった。

 ピエトロは起き上がれるようになってすぐに、ロイド達をよんで小さな宝玉を手渡した。

「これは?」

「この宝石、これはディザイアンが落としたものなのですが……どうやら牧場の外れにある大岩を動かせるようなんです」

 コリンがピョコン、とベッドの上に跳び乗って、片手を挙げた。

「コリン、見たよ。確かに、端っこの方にでっかい岩があった。案内できる!」

「そこから牧場の地下に入れます」

「中の様子は?」

「……すみません、よく覚えていないのです。かなり入り組んでいて、扉がいくつもあったのは覚えているんですが……」

 ではきっとトリエット砂漠にあるベースと似たような施設だろう。命からがら逃げ出してきた人にこれ以上聞くのは酷というもの。リフィルは顔色一つ変えずに頷いた。

「そう。ありがとう、助かったわ」

「いいえ、どうぞお気をつけて」

 未だ後遺症か立てないピエトロは、ベッドの上で深々と頭を下げた。

 

 

 

 

「……ねえ、牧場を壊せないかな?」

 ルインに戻る道すがら、エミルが突然足を止めてそう言った。

 ジーニアスとロイドが即座に青ざめる。

「エミル、何言ってるか分かってるの?! そんなことしたらディザイアンが」

 イセリアのように、今度こそルインを壊滅させてしまう。今度は跡形も残らない。それに牧場は大きくて、中にはそれだけ多くのディザイアン達がいる。

 エミルはジーニアスの肩に手を置いた。

「そんなことしなくても、ルインの人を助けるんでしょ? ならいっそのこと、牧場を壊してディザイアンがいられないようにしてしまえば」

「そうか! ルインの人たちが襲われることもなくなる!」

 ロイドの顔が一転、輝いた。

 ルインはディザイアンの襲撃が多い地域だ。何度も何度も滅ぼされ、その度に残ったもの達が再建してきたルインは、『希望と絶望の街』と呼ばれている。

 それにルインの人たちを助ければ、間違いなくディザイアンは追ってくる。今度は捜索範囲を広げてハイマや、アスカードまでも破壊するかもしれない。

 ロイドは当然そこまで頭が回っていないが、ジーニアスにはエミルの提案は一石二鳥の名案に思えた。

 しかしリフィルは慎重だ。

「あなた達………これから行くのはディザイアンの基地だってことを忘れてないかしら。ここをイセリアの二の舞にしたいの?」

「けどここはイセリアとは違うだろ、先生。不可侵条約も何もないんだ。それに、二度と同じ間違いは繰り返さない。叩き潰してやるさ」

「私も、困っている人を見過ごすなんて出来ません!」

 ロイドと、コレットにまで言われてリフィルは折れた。クラトスは神子の意志を尊重すると以前明言していたから反対しないだろう。

「ああ……もう、バカな子達ね」

「ありがとう、先生!」

 リフィルの許可を得て笑うロイドの顔が、憤怒に染まる。

「待ってろよ、クヴァル……!」

 ロイドが忌々しげに吐き捨てたその名は、アスカード人間牧場の主の名だった。

 

 

 

 ノイシュをルインで待たせておいて、彼らは出発した。

 ピエトロがくれた宝玉のお陰で牧場に潜入し、班を分け。

 システムを解除する方に回ったエミル、ジーニアス、リフィルは、牧場のなかを歩き回っていた。と言っても当てもなく歩いていた訳ではない。

 コリンの案内で、牢を探していたのだ。

「しいな!」

 牢がある一角に辿り着くと、それまでエミルの肩に乗っていたコリンが床に飛び降りて駆け出した。鉄格子の隙間を抜けて、真っ直ぐに牢の奥に進んでいく。

 そこに、あの暗殺者―――しいなが横になっていた。他の人たちが質の悪そうな囚人服なのに対して、しいなだけは元の服のままだ。

「しいな!」

「コリン?! うぅ……」

「しいな、無理しないで」

 しいなは体を起こそうとするも、途中で呻いてまた横になる。……ディザイアンにやられたのだろう、身体中傷だらけ、服もボロボロだった。

 灰色の囚人服の女性が格子に近づいた。

「あなたたちは……しいなさんのお知り合いですか?」

「えーと……」

 知り合いと言えば知り合いではある。が、刺客だったことを考えれば知り合いと言っても良いものか。

 ジーニアスが言い淀むと、リフィルが咳払いを一つして皆を見回した。

「私たちはマナの神子を守るものよ。神子が貴方達を助けに来たの」

 リフィルの言葉に、牢の中の人々がどよめいた。

「神子様が!」

「じゃあ、じゃあ私たち助かるのね!」

「落ち着いてちょうだい。今牢を開けるから」

 リフィルが近くの機械を操作すると、鉄格子が床と天井に引っ込んだ。

 中からわらわらと人が出てくる。思っていたよりも牢が広かったのか………いや、狭い牢に、無理矢理押し込んでいたのだ。

 エミルが剣で鎖を断ち切る。手足に付けられた枷までは外せなかったが、それでも人々は喜んでいた。

「皆さん、僕が外まで案内しますから、付いてきてください。捕まったのは、ここにいる人で全員ですか?」

 ここにルインの、アスカードの人たちを全て押し込んだのか。しかしそれにしては少し人数が少ない。

 するとエミルが問いかけた男性は、俯いてそうだ、と答えた。

 ジーニアスは唇を噛んだ。―――遅かった。そして、今来てよかった。もう少し遅ければ、もっと沢山の人が。

 リフィルがジーニアスの背中を軽く叩いた。見上げると、姉が薄く微笑んでいた。

「白き天の御使よ……」

 リフィルは目を閉じてマナを紡ぎ、広範囲治癒術を発動させた。各々の体力に応じてではあるが、大幅に回復させる術、ナース。

 これほどの人数にかけるのはかなり大変だっただろうに、リフィルは疲れている素振りを見せない。

「エミルは一度彼らを脱出させて」

「はい」

「ジーニアスと私は、そのままシステムを解除するわ」

「二人で大丈夫?」

 ジーニアスもリフィルも両方後衛。戦うよりも、術を中心として戦う者。

 ジーニアスは胸を張った。

「大丈夫、姉さんは、ボクが守るからね!」

「あら、頼もしいわね、ジーニアス」

 いざとなれば戦えないわけではない。それに詠唱時間がさほど掛からない術を使えばなんとなかなる、はず。

 ジーニアスもエクスフィアを装備してから強くなった。……ジーニアスは決めている。この力は、守るために使うのだと。

 エミルは少し迷うそぶりを見せて、やがて頷いた。

「リフィルさん、ジーニアス、気を付けて。ルインに送り届けたら、すぐに戻ってきますから」

 

 

 

 

「きゃああっ!!」

 後ろで悲鳴。エミルは咄嗟に機動力を強化して、駆ける。

「っ、穿孔破!  雷神、烈光刹!」

 駆け付けると同時に剣を振るい、相手の考慮もせずに切り捨てた。手加減などしていられない。

 熱くなる感情を抑え込んで、エミルはぎこちない笑みを浮かべながら襲われていた女性に振り返る。

「大丈夫、ですか?」

「ありがとう……」

「走って! あそこを抜けたら出口です」

 女性が走り出すのも見ず、エミルはまた駆ける。今度魔物に教われているのは子供。間に合わない!

 

「炸力符!」

 

 瞬間、投げ付けられた符が爆発した。吹き飛ばすほどの威力はないが、魔物の四肢から力が抜けた。そこにエミルの剣がうなる。

 符を投げたしいなが手を貸して子供を立ち上がらせた。

「ほら、行きな」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「礼はいいから走れ! 魔物は待っちゃくれないよ」

 走っていく子供と、しいなを見てエミルは顔を歪める。

「しいなさん……」

「しいなでいいよ。はー、にしてもあたしも鈍ったもんだね。たったこれだけ動いただけで息が上がっちまう」

 それは、まだ傷が治っていないからだろうに。リフィルの治癒術で多少は回復したにしても、治癒術は体力を回復させるものではない。

 なのにしいなは動けるからと、エミルを手伝ってくれている。まだ傷が痛むだろうに、そんな素振りはちっとも見せず。

 エミルには分かる。隠してもふとした素振りがおかしいのが、エミルには分かってしまう。口にこそ出さないが、しいなもそれに気がついていた。

 なら、少しでも早く。

「あと少しなんだろ? 踏ん張りな」

「はい!」

「みんなーっ、あと少しだよ! あそこを抜けたら外だよっ」

 コリンがみんなの回りを走り回り元気付けている。エミルは先頭に向かった。

 目指している出口は入ってきた場所ではなく、正面入り口だ。これだけの人数が通れる場所となるとそこしか無かったのだ。

 そして正面ならばどれほどの守りが敷いてあるか。

 覚悟はしていたのに、その光景を見てエミルは、剣を取り落としそうになった。

 蟻の這い出る隙間もない、とは正にこの事。ディザイアンがおよそ五十、機械が大小合わせて二百以上。魔物はさらに多い。

「そんな………多すぎる……っ!」

「あいつら、手勢を正面に固めてたのか! ったく、道理であっさり通れたと思ったよ!」

 しいなが悪態をついて符を構える。上級兵らしきディザイアンが号令を出す。

「さあ、脱走者を取り押さえろ!」

「そうは行くか……っ!」

 こうなれば、ちからを使ってでも。

 視界が段々と紅く染まる。ちからを抑えても溢れ出る。察しの良い魔物は尻込みし始めた。さあ、あと少し。あと少しちからを解放すれば。

 そのとき。

 彼は、近付いてくる沢山の気配を捉えた。これは人ではない。ヒトも混じっているが多くは魔物。それも不自然に歪められた―――

 

「ヴィンブルヴェド!」

 

 右手の壁が、凍りついた。

 直後氷が砕け散り、そこから魔物がなだれ込んできた。その魔物は彼らの目の前に迫り―――素通りして、ディザイアン達を蹴散らし始めた。

「な、何? 何なんだこいつら!」

 しいなを始め、牧場に捕まっていた人たちは目を白黒させるばかり。彼も練り上げていたちからが四散してしまう。

「おお、居た居た。しょうねーん、無事か?」

 そこに場に合わない呑気な声が聞こえてきたとなれば、彼も思考が停止する。

 エミルはいる筈の無い人物達を認めた。

「あ、アリス?! デクスまで。なんでここに?」

「こっちにも色々と事情があるのよ!」

 浮いている鯨のような魔物に乗ったアリスが叫び返した。

 ………何か、やけっぱちになってないか?

 デクスがまたディザイアンを一人倒した。アリスの魔術と魔物たちによって、ディザイアン勢力はほぼ全滅している。

「町の人たちはオレたちに任せろ。オレたちが責任もってルインまで送り届ける」

「え、けど」

 瞬間。

 

 

 

「――――!!」

 エミルとアリスが同時に同じ方向を向いた。

 その表情は、あまりにも切迫していて。

「アリスちゃん? 少年?」

 何も感じ取れないデクスとしいなだけが、理解できずに呆然としている。

 エミルは黙ってその方向を睨み続けた。アリスが何時になく真面目な顔でデクスの名を呼んだ。

「あんたも行きなさい」

「でもオレはアリスちゃんを」

「行って。私は平気。私もすぐ行くから」

 有無を言わせぬ口調。心なしか、アリスの声音が固い。デクスはたじろいだ。

「あ、アリス……ちゃん」

「行きなさい」

 流石に何かあるのを理解したデクスは、アリスに向かって目礼する。

 そしてエミルに向き直る。エミルは未だに牧場の方を向いたまま、微動だにしない。

「少年、待たせた」

 エミルとデクスが歩き出す。それをしいなが引き留める。

「ちょっと待っとくれ、あんた達は一体……?」

「しいな。この人たちの、言う通りにした方がいい」

 けれどそれをコリンが止める。

「コリン……?」

「しいなは疲れてる。戦えない。ルインに避難した方がいい」

 コリンがしいなに意見することは、これまでにもあった。しかししいなの意見を聞かず、無視して自分の意見を言うのは、初めてだった。

 した方がいい、と意見の形はとっていても、それは命令に等しい。

「気を、付けてね」

 コリンがそう言うと、エミルは振り向くことなく元来た道を戻っていく。

「安心しなさい。ここの人たちはルインに連れてくわ。ちゃんと、ね」

 アリスはそう、何時ものように笑った。

 内心が、どれだけ荒れ狂っていようとも。

 

 

 





※タイトル修正しました


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6-3

 どうしようか迷ったのですが、結局分割に。代わりに元々一話分だったので同時に上げます第2段。
 というわけで、後編。

 また、相変わらずの捏造祭りですので、御注意を。


 それが何なのか、誰も知らない。

 少なくともシルヴァラントでは、おとぎ話の片鱗にしか残らないそれについて、言い伝えは何一つ残っていなかった。

 しかし、人々は知らない。

 それがつい六年前、人々を脅かしたのだということを。

 知っているものは口を閉ざし、知らないものも語りたがらないために、それは誰も知らないままに、歴史の闇に消えていく。

 その、筈だった。

 

 

 

 

 システムが解除されるまで、ロイドは気が気でなかった。

 なにせ、あっちにはリフィルとジーニアスがいるのだ。エミルも解除班だが、途中からはルインの人たちの脱走を手伝う方に回ると言っていたから、今はあの二人だけの筈だ。

 しかし無事にシステムは解除された。ならばロイドがするべきことはただ一つ―――クヴァルを討つ。

 ロイド、コレット、クラトスの三人は、クヴァルがいる筈の部屋に踏み込んだ。そこは他の部屋に比べて明かりが少なく、薄暗かった。

「おや、侵入者というからレネゲード共かと思えば、薄汚い劣悪種でしたか」

 声が聞こえてロイドは振り返る。暗闇のなかに人影があった。しかし暗いせいで、よく見えない。

「何者だ!」

「ロイド、何時もとは逆だね~」

「あのなぁコレット……」

 何時もなら『人の名前を聞くときは自分から名乗れよ』と言うところ。

 クラトスが早くも腰の剣に手をかけながら答える。

「五聖刃クヴァル。ここアスカード人間牧場の主だ」

 進み出た人影、クヴァルが鼻をならした。

「私の名を知っていましたか」

 クヴァルは笑みを浮かべたが、ロイドはその笑みに嫌なものを感じた。細い目、柔和な物腰。しかしそれは、ヒトをヒトと思わない軽薄な笑み。

 軽蔑と嘲りの込められた笑み――ロイドが一番嫌いな顔だ。

「こいつが……こいつが、エクスフィアを……ルインの人たちを!」

 コリンの口から語られた、信じたくない事実。エクスフィアは、人の命を吸い上げて作られるということ。

 正確には、人の苦痛や悲しみ、怒りといった感情を受けて、宿主となったヒトと共に成長、覚醒する。

 成長は要の紋があると妨げられて覚醒には至らない。しかし覚醒したエクスフィアは既に宿主の一部、宿主以外は使えない。

 それをディザイアンは無理矢理に引き剥がすことで――つまりは宿主を殺すことで、使えるエクスフィアを作っている。

 ロイドには詳しい理屈は分からなかった。

 エクスフィアは大気中のマナを取り込む窓口みたいなもので、そのマナが身体中を循環すること。マナを強制的に取り込むせいで、体はマナに耐えきれずに歪むこと。エクスフィアは宿主と共生しているから、その歪みから宿主を助けようと活性化し、さらに悪循環を生むこと。

 説明されても分からないから、エクスフィアは便利だけど人の命を使っていることだけが頭に残った。……これは、母さんのいのち。

「覚悟しろよ、クヴァル!」

 ロイド達は一晩考え抜いて、エクスフィアを使うかどうかを決めた。人の命を背負っても、成し遂げることがあるから。

 しかし許せるわけは、決してない。

 ロイドは双剣を抜き放ち構える。クヴァルはロイドの左手の甲、ロイドのエクスフィアを見つめて薄く開いていた目を細める。

「聞いていた通り、ロイド、君のエクスフィアは、私の開発したエンジェルス計画のエクスフィア。培養体A012が私のもとから盗み出したものです。返してもらいますよ」

 ジーニアスのエクスフィアはマーブルさんのもの。リフィルとクラトスのものはディザイアンから奪ったもの。

 そしてロイドのものは、母アンナの形見。

「なに……言ってるんだ? これは母さんの……」

「ええ、君の母、人間名アンナは、このアスカード人間牧場から脱走したのですよ、父と共に。そして………その罪は死で贖った」

 ロイドの頭に血が上る。

 ロイドは知らない。母がどこの人だったのか。どんな人だったのか。顔も声も、もうすっかり忘れてしまっているから。

 ロイドは知らない。母がどうして、死んだのか。

 知っているのはディザイアン達から逃げていたこと、命と引き換えに、ロイドとノイシュを助けてくれたこと。

「お前が母さんを……!」

「勘違いされては困りますね。アンナを殺したのは君の父親ですよ」

「うそをつくな!」

「うそではありません。君もイセリアで見たはずです。要の紋も無しにエクスフィアを引き剥がしたらどうなるか。そして君の父親に殺された」

 さあっと、ロイドの血の気が引いた。

 思い出すのはマーブル。化け物になって、ロイドはそれをマーブルと知らずに斬った。

 ああなれば殺すしか手は無いと、ロイド達も思ったのではなかったか? それと同じことが母に起こったとしたら?

 抜いた剣が迷いで揺らいだ。

「くくく、所詮は二人とも薄汚い人間、生きている価値もないウジ虫どもよ」

「死者を愚弄するのは止めろ……!」

 クラトスが地の底を這うような声を出した。

 クヴァルが武器を構えた。何処からか、緑色の駒のようなものも現れる。

「さあ、そのエクスフィアをよこしなさい! それがあれば私は五聖刃の長になれる!」

「知るか! お前が居なければ、母さんは死ななかったんだ!」

 父が母を斬ったというのが本当だとして、そうなった原因はディザイアン。ディザイアンが、母のエクスフィアを引き剥がしたから!

「許さない!」

 ロイドとクラトスが、ほぼ同時に地を蹴った。

 

 

 

「ぐ……」

「見てくれてたか、母さん……母さんの、仇をとったぞ!」

 ロイドは左手のエクスフィアを撫でる。これはルインの人たちのための戦いであり、母のための戦いであり、母のお陰の戦いだった。

 ロイドは母を覚えていない。ロイドがノイシュと共に養父ダイクに発見されたとき、ロイドはまだ三歳だった。母はその時亡くなったから、ロイドは母の顔も、声も覚えていない。

 けれど母は、アンナは、十四年間、ずっと共に居た。誰よりも近くで、見守ってくれていたのだ。

 満身創痍のクヴァルが呻く。

「みと、めん。誇り高きハーフエルフである、この私が、劣悪種如きに、敗れる、など……!」

 普通ならその傷で死んでいる筈なのに。クヴァルはふらつきながらも立ち上がった。ゆらゆらと、覚束ない足取りでロイドに近付いていく。

「な、まだ生きてるのか?!」

「お前のエクスフィアは、ユグドラシル様への……捧げ物……私は……私は、こんなところで、死ぬわけにはっ!」

 クヴァルの体が。

 あり得ないほどに膨れ上がり、巨大な長い四肢が床に垂れ下がる。面差しは似ても似つかないものに変貌し、爛々と輝く眼は赤く光っている。

 まるで魔物の、オーガのようなその姿。

「渡シテ貰ウゾ!」

 声はもう、クヴァルのそれではなく。しゃがれた、老人のような声が混じっている。

 クヴァルがロイドに肥大した腕を伸ばした。ロイドが後ずさればそれだけ、のろのろと近付いてくる。

「なんなんだ?」

「ロイド! 離れて、危ない!」

 コレットはそう叫んでいるが、これがそんなに危険なのか?

 体は大きいが動きは遅い。避けるのは簡単だし、何よりも危険な感じがしない。危険だと思えない。

 コレットは尚も悲痛な叫び声をあげる。

「逃げてロイド! その人は……もうヒトじゃない!」

「え? 何言って……」

 ロイドはその時忘れたのだ。

 ここが未だ戦場であることを。それは敵であり、敵は決して侮ってはいけないことを。敵を見た目で判断することの愚かさを。

「ロイド!」

「伏せろ!」

 今度叫んだのはコレットとクラトスで、動いたのはクラトスの方が早かった。

 クラトスはロイドを突き飛ばし、いつの間にか振りかぶっていたクヴァルの攻撃をまともにその体で受け止めたのだ。

 クヴァルの巨大な腕は、鈍く見えて攻撃を繰り出すのは一瞬だった。加えて巨大ゆえの攻撃力は凄まじく、クラトスでも吹っ飛ばされる。

「―――クラトスっ」

 壁際まで吹っ飛ばされ、腹から血が滲んでいた。

 ――それが、ハイマでのエミルに重なって。

 ロイドは思わず動きを止めた。そのロイド目掛けて、またクヴァルが腕を振りかぶる。

「避けてロイド!」

 コレットの警告も間に合わない。反応できずにロイドも殴り飛ばされ、ロイドは受け身がとれなかった分派手に吹っ飛んだ。コレットはロイドとクラトスに駆け寄った。

「ロイド……クラトスさん……!」

 コレットは治療の術を持たない。このメンバーの中で治癒術が使えるのはクラトスのみであり、コレットは精々グミを口に押し込んでやるくらいだ。

 惜しげもなくアップルグミではなくレモングミを取りだし食べさせる。が、グミは怪我を治してはくれるが体力までは回復しない。怪我も、完治するわけではない。

 どうしよう。

 あれは、ヒトではない。コレットの目は天使の目だから、それを正確に写し出す。

 どうしよう。

 コレットは中衛で、直接攻撃を受けるのは弱い。前衛であるロイド達が――クラトスまでも吹っ飛ばされるほどの相手に、ロイド達を護りながら戦うなんて、コレットには出来ない。

 どうしよう。

 クヴァルは今もロイドから視線をそらさない。正確には、ロイドのエクスフィアから。このままでは冗談ではなく殺されてしまう。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう―――!

 コレットは強く強く目を瞑る。

 先生、ジーニアス、エミル。お願い、助けて!

「死ねぇェェエ!!」

 クヴァルが腕を持ち上げた。上で拳を握って、ロイド達を叩き潰そうと―――

 

「降魔、穿光脚!」

「シュタインハーゲル!」

 

 いる筈の無い人の、声がした。

 

 

 

 エミルは光のマナを込めた蹴りを、デクスもまた自分の全力を込めて大剣を振るった。

「エ、ミル。デクスも……」

 何でここに、とはコレットも言わなかった。言えなかった。

 クヴァル――だったもの――は顔を歪めた。恐らくは、笑ったのだ。

「ははは! こんな所で会えるとはな! わざわざ毒溢れる人間界まで来たかいがあった!」

 毒? 人間界? 意味が分からない。

 ただクヴァルの声はいつの間にかしなくなっていて、混ざっていた老人の声だけが響いている。

 エミルは、いつもとは何か違った。顔が険しい。温かくない。いつものエミルがどこまでも包み込んでくれる安らぎなら、いまのエミルは守るべきものを守るためなら他の全てを切り捨てる剣。

 コレットには何が違うのか分からなかった。違うのはわかる。けど、何が。

「お前………契約したな?」

 それに反応したのはデクスだった。驚愕に目を見開き、エミルとクヴァルを何度も見る。

「一目で見抜くか。ああ、もとは西の山村の小娘とと思ったが、あの娘は契約を断った。だから滅ぼしてやったのよ」

「じゃあ……じゃあ、六年前は……アリスちゃんが、あんなに言われてたのは……!」

 おまえの。

 最後は声にならなかった。コレットの耳はその音すらも聞き分ける。

 ここから西の山村といえば――ハイマ。六年前の事件で人々が逃げ出したと、エミルはそう言っていた。

「何で生きてる! お前はあの時」

「そうとも。お前たちに滅されかけた。忌々しい魔物風情に! だが、こいつは気が付いた。そしてこいつは―――そうとも、こいつの方から契約を持ち掛けた。その時はそうするしかなかったが、こうなれば最早関係無い!」

 魔物風情、と言うところでエミルが一瞬動いたような気がした。

 クヴァルはこいつ、と自らを示して、クヴァルの得物だった杖ではなく、壁にかけてあったダブルセイバーを手に取った。ただのダブルセイバーではない。片方の刃が、ロイドと同じくらいある巨大セイバーだ。クヴァルの体が巨大化していなければ、持ち上げることすら出来ない代物。

「ここでお前を殺せば、こんなモノのなかに留まる必要もなくなる。全ては我等に満たされ、ここはあるべき世界に、力こそ全ての魔界に還る」

「はっ、マナから逃げるためにひと様の体に居座ってんじゃねえよ」

 それがエミルの声だと、コレットはすぐには分からなかった。デクスかと思ったのだ。

 低く、思わず体が跳ねてしまうような恐ろしい声だったから。

「その体がなければすぐにマナに喰われて死ぬくせに、その体で俺を殺すって?」

 くくく、とエミルは喉の奥で笑った。そして急に一切の表情が消える。すうと目が細められて。

「身の程を知れ、魔族風情が」

 クヴァル――の姿をした魔族――が、憤怒の表情を浮かべて、エミルに突っ込んでいった。

 

 

 

 エミルとデクスはクヴァルの攻撃をを軽く躱す。すれ違い様に剣を抜き太い四肢を切りつけるが、表面に薄い傷痕を作っただけだった。

 クヴァルが何度もダブルセイバーを振るう。それらは二人に当たらない。しかし二人の攻撃も巨大化した鋼鉄の如き筋肉に阻まれて通らない。通ったとしても、向こうの動きはあまり変わらなかった。

 やがてエミルの方が防戦一方になる。あるいは躱し、あるいは弾き、けれどエミルと巨大化したクヴァルとでは体格差がありすぎる。

「くはは、どうした? さっきのは口だけか?!」

 まともに食らってはいない。しかしこちらは向こうに決定的な攻撃を入れられず、向こうの攻撃は一撃でこちらを死に至らしめるのだから、どう考えても分が悪すぎる。

 エミルが足を取られた。ダブルセイバーがせまる。やられる!

「オレを忘れてくれるなよ!」

 その時、デクスがエミルに迫る凶刃を弾いた。

「悪いがお前には腹が立ってるんでね。アリスちゃんの敵はオレの敵、アリスちゃんの怒りはオレの怒りだ。手加減しないぜ?」

 その間に体勢を立て直したエミルと、デクスがそれぞれに技を繰り出す。

 エミルは炎をまとった蹴りを。

 デクスは大剣を振り回し。

「デクス!」

「おう!」

 二人が同時に構えをとる。ユニゾンアタック――これまでの旅でも、何度か使ったことのある技だった。

 エミルの炎を、デクスの大剣が巻き込んでいく。やがてそれは炎の竜巻となり。

「「アークウィンド!」」

 全身を包み込んで、尚も炎の刃は止まらない。

 炎が収まったとき、向こうは全身が火傷と裂傷でボロボロだった。

「な、なぜ……番人は兎も角、人間などに……浄化の炎が……」

 番人、というのはエミルの事だろうか。

 ―――その時コレットは見た。エミルの全身と、デクスの手の甲から、何かの光のようなものが立ち上っているのを。

 そしてその光は、どこかで見たことがある。それはそう、例えるならトリエットで一瞬だけ見えた、紅の巨人………。

 後ろから、ウィン、という転送装置独特の音がした。

「あら、もう終わってたの?」

 手に鞭を軽く打ち付けながら颯爽と歩いてきたのは、ハイマで別れた筈のアリス。

「アリスちゃん!」

「小娘!」

 それまで穏やかな微笑を浮かべていたのに、とたん背筋が寒くなるような満面の笑みを浮かべる。

「このアリスちゃんを小娘呼ばわりするなんて、いい度胸じゃない」

 呟いた言葉は小さすぎて、クヴァルの耳には届かなかったらしい。

 クヴァルはボロボロの体でアリスに近付く。すかさずデクスが間に割り込むが、それも目に入っていない。

「小娘、よい所に来た。どうだ、もう一度契約せぬか? 今度はお前に全ての力を託そう。制約も対価も要求せん。力が欲しくはないか? この世の全てを屠る力が!」

「そうね、力は欲しいわ。私は少しでも強い力が欲しい」

 目を閉じたアリスの言葉に、クヴァルは喜んで両手を広げた。

「そうであろう、そうであろう。では契約を……」

「けどね」

 また、にっこりと笑って。

 

「もうあなたの力はいらないの」

 

 クヴァルが固まった。

「私は力を手に入れる。けどそれはこんな風に誰かに与えられる力じゃないわ。私は私の手で力を手にいれるのよ」

「力が……なければ、虐げられるぞ。お前は狭間の者。受け入れるものなど、いるわけが」

「オレがいる」

 即答だった。デクスはいつもみたいにヘラヘラ笑うこともなく、至極真面目な顔で。

 決して、嘘はない。

「オレの命が尽きるその時まで、オレの全てはアリスちゃんのものだ。オレはアリスちゃんを裏切らない。オレはアリスちゃんを拒絶しない。たとえ他の誰がアリスちゃんを否定しても、オレだけはアリスちゃんの全てを肯定するよ」

 一息で言い切ったのは、前にも聞いたことのある台詞だった。

 考えていった言葉ではない。なのに変わらないということは、間違いなく本心からの言葉。

 今度は少しだけ照れ臭そうにしながら、アリスは肩をすくめた。

「……もう、デクスのくせに。―――そう言うことよ。あなたは要らない。あなたは力がないからここで死ぬのよ。それだけ」

「そ、そんな! ここまで来て……っ!」

 絶望。咄嗟に浮かんだのはその表情。

 それまで黙って事を見守っていたエミルは、普段からは考えられないくらい凄絶に笑んだ。

「魔界の掟は“力こそ全て”、だろ?」

 そして剣を掲げる。光と、炎が入り交じったような不思議な色をした剣を。

 エミルがその剣を降り下ろすと、クヴァルの全身は不思議な色の炎に包まれる。しかしその体を焦がすのではなく、包み込んでゆっくりと溶かしているようにも見えた。

 炎のなかで、クヴァルが最後に天に手を伸ばした。

「申し訳……ありませぬ、王よ………先に……参ります……」

 その言葉を最後にクヴァルの体は燃え尽きて、消えた。

 

 

 

 コレットは全身の力が抜けた。

「お、わった……」

「まだよ」

 そう言って、アリスは壁の機械を弄り出す。

 クヴァルも倒した。捕まっていた人たちも解放した。これ以上、何があるというのか?

「アリス?」

「ここを爆破するのよ。二度と、使われないように」

「そんなこと、出来るの?」

 コレットの問いに答える代わりに、アリスはふと後ろを振り返った。と、床の転送装置が光り、起動する。

「丁度来たみたいね」

 今度現れたのはジーニアスとリフィル。

「あ、おーい、ロイド、コレット! エミルも、大丈夫だった?」

「ジーニアス! 先生!」

 リフィルはクラトスとロイドを見て顔色を変えた。

 治癒術を使おうと杖を構えるリフィルに向かって、エミルが叫ぶ。

「リフィルさん、ここを爆破できますか?」

「爆破っ?!」

「いきなりね、エミル」

 リフィルは驚かなかった。代わりにアリスがいじっていた装置とロイド達を何度も見比べた。

 アリスが装置から身を引いてロイド達に近付いた。近くにしゃがみこんで、マナを紡ぎ出す。

 それを見てようやく、リフィルは装置の方を調べ始めた。

「……まあいいわ。自爆装置くらいついている筈です」

 リフィルは幾つかのボタンを操作した。

「今から十分後にセットしたわ。早く逃げましょう」

 一斉に動き出す一行のなかで、ジーニアスだけが立ち尽くす。

「ね、姉さん」

「忘れないでジーニアス。私たちは彼らとは違う。……違うのよ」

 

 

 

 十分後。

 脱出したロイド達が見守る向こうで、牧場は自爆し、壊滅した。

「これで……よかったんだよな」

 ロイドは呟く。

 これでこの辺りの人たちはもうディザイアンに怯えなくてもいい。もうルインは襲われない。

 けれど、どうしてもスッキリとしなくて。

「良かったん、だよな」

 ロイドの呟きに答えるものは、いなかった。




 因みに作者は外伝小説をもっておりませんので、内容が多少異なっているかもしれませんが、ご了承下さい。

 ラタトスクの参加する魔物によって変わるユニゾンアタックも好きでしたが、シンフォニアの術技の組み合わせも面白かったです。順番を入れ換えるとhit数変わったりするのが特に。
 アークウィンドは本来紅蓮剣+裂旋斧系統。拙作では崩襲脚(イグニスver)+D.ラヴィーネ。
 ほんとにさ、せめて一回で良いから共闘無かったの……?


《設定の違い》
・アリスが魔族と契約していない
・代わりにクヴァルが契約  …………etc.



※タイトル修正しました


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6-4

 ――胸の奥で、燻り続けるものがある。

 決して消えることのないそれは長い時を経て弱くなり、もう昔のように体を引き裂くほど強い衝動をもたらすものではなくなっていた。

 けれど。

 最近、何故かそれが再び疼く。

 気が付かなければ何ともないが、一度気になってしまえば忘れられない。ふとしたときの表情が、仕草が。胸の奥の、しまっておいた筈の心を逆撫でる。

 しかしそれを閉じ込める。

 旅はあと少しで、終わるのだからと。

 

 

 

 

 

 ルインに戻ると、そこは逃げ出してきた人で一杯だった。

 壊滅したとはいえ、ルインは立派な町だった。湖の上の立派な基盤があり、そこに石組みで作られた町は、ちょっとやそっとの地震なんかではびくともしない。何よりも湖の中にあるから、魔物の害を受けにくい。

 だから人が沢山居たのには、あまり驚かなかった。だだ。

「――ピエトロ!?」

 ルインで寝ているはずのピエトロが瓦礫を持ち上げているのを見て、流石に仰天した。

「何でここに? もう動いて平気なのか?」

「ええ、一日も早くルインを復興しなくては」

 そう言って崩れた木材を担いで運ぼうとして、ピエトロは足をもつれさせた。すかさずエミルとデクス、ロイドが動いて木材とピエトロを支え、大惨事は避けられる。

「無理しない方が良いよ。まだ病み上がりなんだから」

「ええ、――ですが急がなくては。折角解放された皆さんを何時までも野ざらしには出来ません。それに幸い私は怪我らしい怪我もありませんし、皆さんよりは健康体ですから」

 確かに牧場にいた人たちよりは健康だが、ロイドたちに比べれば体が弱っている。当然だ。彼もまた、牧場から逃げてきたのだから。

「エクスフィアがあればと思うこともありますが……」

 そう言ってピエトロは左手をさする。

 ピエトロのエクスフィアは、リフィルとアリスが治癒術を使ったときに消えてしまった。理由はわからない。リフィルも首をかしげていたが、あれは日常生活には必要ないものだ。《要の紋》があるならば尚更に。

 ルインの復興は力仕事だ。エクスフィアは身体能力を向上させるから、瓦礫をどけたりするのには役立つに違いない。が、エクスフィアをつけた牧場の人たちを働かせるわけにも――

「あぁあ! しまったロイド、忘れてた!」

「? どしたの、ジーニアス。急に大声出して」

 コレットは相変わらずだ。ロイドまで小首をかしげている。

「エクスフィアだよ! 牧場に居た人たちには、《要の紋》が付いてない」

 とたんに顔色を変えたのはロイドだ。マーブルと母アンナのことを思い出したのだろう。

「どうしよう……ここの人たちもマーブルさんみたいに……」

「いや、エクスフィアを引き剥がしたりしなければ、まだ暫くは平気だよ。その間に抑制鉱石で《要の紋》を作って、アクセサリーみたいにつけてればいい。……って、親父が言ってた」

 ロイドは落ち着いた顔でそう言った。……いや、落ち着いてなんかいない。その証拠に強く手を握りしめているし、顔もどこか青白い。

 ただ、そうしていないと倒れてしまいそうな、そんな感じがした。

「親父に手紙を書くよ。親父なら抑制鉱石も持ってるだろうし、《要の紋》の加工も出来るから」

 エミルが目を瞬かせる。

「あれ、ロイド加工出来るんじゃないの?」

「俺に出来るのは紋を直すことで、一からの加工はまだ出来ないんだ。先生のも、元々加工されてて擦りきれてた紋を刻み直したくらいだろ?」

 なるほど、とジーニアスは納得した。

 《要の紋》はドワーフの技術だ。ロイドの養父ダイクはドワーフで、ジーニアスのつけている《要の紋》もダイクの手によるものだ。しかしリフィルの物はトリエットでロイドが手直ししたもので、ロイドが作ったものではない。

 手先が器用で紋が刻めても、それだけでは《要の紋》にはならないらしい。

「しかしいかにダイク殿と言えども、これだけの数の抑制鉱石があるのか?」

「そうだなあ……抑制鉱石なんか、普通の細工じゃ使わないもんなぁ……」

 クラトスの問いにロイドは腕を組んだ。牧場から助け出した人は軽く百人を超える。その一人一人にエクスフィアがつけられているのだから、その分だけ抑制鉱石も必要となる。

 が、抑制鉱石は《要の紋》を作るためのもの。エクスフィアは全てディザイアンから奪うしかないから、必然《要の紋》も付いている。だから基本的に抑制鉱石は使われない。ダイクが細工師を生業にしていると言っても手持ちには限りがある。

「えーと、抑制鉱石って何処でとれたっけな……」

「それよりもロイド、私たちの旅の目的を忘れているのではなくて?」

「忘れてないって! マナの守護搭と、パルマコスタだろ?」

 ピエトロや、アリス達が反応する。

「パルマコスタに行くんですか?」

「うん。イズールドから船に乗ろうとしたら海がシケてて、それで北に向かったんだ」

 ジーニアスの説明にピエトロはきょとんとしたが、アリス達は納得したように手を打った。エミルと同じように旅をしていたのか、海のことを知っていたらしい。

「ああ……でも、通行証はあるの?」

 ロイドやコレットだけでなく、旅慣れているエミルにクラトス、知識豊富なリフィルさえも首をかしげる。

「通行証?」

「ハコネシア峠には検問があって、通行証を持ってないと通れないぞ。因みに一人百万ガルド」

「高っ!? ぼったくりじゃないかそれ!」

 検問でそんなにとられるなら旅なんか出来ない。百万ガルドなんて大人が一年働き通してようやくだ。そんなにぽんと出せる金額じゃない。

 再生の旅は基本節約だ。旅の途中で襲われるかもしれないから現金はあまり持ち歩かない。貴重品も身に付けておけるものくらいで、荷物は少な目で身軽な旅だ(ジーニアスは準備してきたので例外と言える)。

 町に入ればそれぞれの町のマーテル教会に協力してもらえるが、お金がもらえるわけではない。教会だって経営が苦しいのだ。その協力だって精々が一晩泊めてもらうとか、一食分けてもらうとかその位。

 それ以外は大抵が野宿。食料は大半が現地調達だ。この旅でジーニアスは食料の遣り繰りを、ロイドは狩りのやり方を学んだ。

 因みに彼らの収入源となるのは倒した魔物の皮や爪、それを加工したロイド作の雑貨と、エミルが引き受けてくるねこにんギルドからの依頼である。

 ――何が言いたいかというと、そんな貧乏生活を送っている彼らは通行証など持ってもいないし、手に入れられる訳もないと言うことだ。

「けど他に行くとしたらそれこそ船くらいよ。空でも飛べれば、話は別だけど」

 ちらっと、アリスがエミルの方を見た気がした。

 一行の最終決定権はコレットにあるが、基本方針を決めるのはリフィルである。

「………考えても仕方ないわ。私たちは私たちのやるべきことを果たしましょう」

「マナの守護搭、ですね」

 コレットが了承したので、目的地は決まった。ここから北、ボルトマンの術書を見付けたマナの守護搭。

 準備を始めた皆の中で、エミルだけが動かない。

「すみません、僕はルインに残ります」

「え、エミル来ないの?」

 てっきり一緒に来てくれるものと思っていた。しかしよくよく考えてみれば、エミルは一緒に行動しているだけで、再生の旅には関係ないのだ。

 あからさまに不満を露にしたジーニアス。それを宥めるようにエミルが笑う。

「うん。ルインの人たちが心配だし……力仕事なら手伝えるから。ピエトロさんたちは僕に任せて、みんなは守護搭に」

「分かった、気を付けてな」

 アリス達はエミルを一瞥して町の外に行ってしまい、ロイドたちも持っていた毛布などで寝る支度をした。

 エミルだけは夜もずっと守護搭の方を見つめていたが、それに気が付いたのはクラトスとコレットだけだった。

 

 

 

 翌朝。

 自爆した人間牧場跡にアリス達はいた。

 爆発しても何となく形が残っているのは、それだけ牧場が丈夫に作られていた証拠か。しかしそれは二人にとっては有りがたいことだった。

 なぜなら――どの牧場でも、エクスフィアを保管する場所は大抵決まっているからだ。

「アリスちゃん、あったよ! エクスフィアが三つ、要の紋っぽいのが五つ」

「ご苦労様。ううん、やっぱりあると思ったのよね」

 満足そうに微笑むアリスを見て、デクスも頬が緩む。元々ピエトロを助けようとしたのも、牧場に潜入しようとしたのも、全てはエクスフィアを手に入れるためである。色々と紆余曲折経たものの、これで当初の目的は果たした。

 が、腑に落ちないものがある。

「……アリスちゃん、良いのか?」

「何よデクス」

「本当は、“完全に破壊する”んじゃ」

「良いのよ」

 珍しく、本当に珍しくアリスは微笑んでいた。何時ものような裏のある笑みではなく、心からのそれを。

「何もこのまま放っておく訳じゃないわ。見付けるものを見付けたら、ちゃんと破壊するわよ。……それに、まだ正式に命じられてないもの」

 最後だけ、ほんの少し嫌そうな顔をして。

 デクスはそうかと答えて、また瓦礫をどかす作業に戻った。

 ―――その日デクスが見付けたエクスフィアは十七。抑制鉱石は、壊れたものを含めると四十三個だった。

 

 

 

 数日後、牧場は魔物の大群と何者かに襲われ跡形もなくなった。

 後にそこは土が剥き出して、それだけがそこに牧場があったことを示す唯一の証拠になる。付近に瓦礫の残骸はなく、辺りを掘り返してもなにも見付からない。光と氷と火のマナが強く残っていて、それも理由は分からなかった。

 人々はそれを神子の奇跡と呼んだが、真相は永遠に闇の中である。

 

 

 

 

 ふうっと息を吐いて、コレットは地面に降り立ち羽をしまった。

 くるりと振り替えると、コレットの胸に光る神子の輝石があかく光っている。封印を解放する度にそうなっているから、きっと天使の力はあそこを通して与えられるのだと、ロイドはそう考えていた。

「これで、コレットは天使に近づいたってことか……」

「うん。新しい力もいただいたし、旅ももうすぐだって」

 ジーニアスはレミエルの言葉を思い出す。

「孤島に浮かぶ清き場所―――ソダ島、かな」

「ここから南東となればそこしかあるまい」

 クラトスが同意したならそれは正しい可能性が高い。ソダ島はパルマコスタの東にある孤島だ。間欠泉で有名な観光地でもある。

 が、まずは大きな街を目指すべきだろう。

「じゃあ後はパルマコスタを目指すのみ、だな。ルインに戻ろうぜ」

「何を言っているロイド! まだ行くところがあるだろう!」

「げ、リフィル先生、また遺跡モードなのかよ」

「妙な名前をつけるな」

「はっ、はい!」

 思わずロイドが気をつけの姿勢で固まった。

 リフィルはそんなことは気にせず、あの結晶がたくさんある遺跡の方に向かって高笑いする。

「さあ、行くぞ! ふふふ……あの遺跡、見たところ作りは旧トリエット跡に似ていた。となると恐らく二千年は昔……いや、風化具合を見るとそれ以上……!」

「先生……そんなこといいから戻ろうぜ。エミルだって待ってるし」

「そんなこととはなんだ! 仮にあれが四千年前の遺跡ならば、失われた古代大戦以前の記録が残っているかもしれんのだぞ! 教会の伝承にしかない記録が見つかれば、偉大な歴史の……!」

 

「姉さん! コレットが!」

 

 行動は早かった。すぐさまコレットに駆け寄るや脈を取り、熱を確かめマナを探る。リフィルは教師であり、考古学者であり、治癒術士だった。

「これは……天使疾患ね。動かすのは危険だわ。今日はここで休みましょう」

「遺跡はいいのか?」

「バカなこと言うんじゃありません!」

 ロイドが叩かれた。確かにリフィルは遺跡を優先するけれど、人の命には代えられないことを知っているのだ。

 コレットが弱々しく微笑む。

「すみません、先生……」

「謝ることはないわ。貴方も辛いのだから」

 リフィルに蹴飛ばされて、ロイドが夜営の準備を始める。

 クラトスは、陰でこっそりと息を吐いた。あそこを調査されなかったこと、あるいは遺跡モードが終わったことに。

 

 

 

 

「エミルさん、こっちも頼みます!」

「はい!」

 呼ばれたら走っていって、ピエトロと一緒に瓦礫を持ち上げる。そこから決めた場所に瓦礫を運んで、使えそうなものは磨いて汚れを落とし、そのまま町の基礎に使う。磨くのは牧場の人たちに任せ、エミルは瓦礫を運ぶのを手伝っていた。

「ここで良いですか?」

「ええ。……すみません、結局手伝っていただいて」

「気にしないでください。ここは僕も……」

 僕も、なんだ?

 今自分は―――何を言おうとした?

「何か言いました?」

「いえ。……ルインは、早く復興させるべきだと思います」

「しかし資金も資材も足りません。舗装に使われていた石畳はそのまま使えそうですが」

 溜め息をついて、ピエトロとエミルは木の橋を見る。ボロボロになり穴だらけで、一部腐りかけの所がある、その橋を。

「こっちの橋は作り直さないとダメですね」

 今は橋を使わなくてもすむ道を使って行き来しているが、それでは余りに不便だ。ルインは湖に浮かぶ町。橋がなければ孤立してしまう。

「はい。こうなると、湖の水が減っているのは有り難いことです。最近は湖底も見えるようになりましたし」

 エミルは答えられなかった。

 ルインを復興させるなら水がないのは有り難い。橋の土台は普段水のなかに沈んでいるからだ。

 が、彼にしてみればそれは大問題である。こんなところまで影響を及ぼすとは、他の同胞が目覚めたせいで活性化したか、それとも目覚めつつあるせいで無理をしているかのどちらかだ。

 前者ならば目覚めさせればすぐに収まる。後者ならば、後々歪みが出る。どちらにしても、急がなければ世界が歪む。

 しかしエミルは迷っていた。せめて橋ができるまで待つべきだろうか?

 考えても結論は出ず、従って少しでも早く復興させるため手伝っている、というのが現状である。

 それに元はと言えば、ルインが襲われたのはもしかしたら、彼のせいかもしれないのだ。……多分、十中八九、半分は彼のせいである。残り半分はアリス達のせい。それも使命を優先した結果だった。

 さて使命と心。どちらを優先したものか。

 その時、瓦礫の上を伝ってコリンが駆け寄ってきていた。

「エミル!」

「コリン、どうしたの?」

「あのねあのね、しいなが起きたよ!」

 しいなは、あのあと倒れてしまった。無理もない。たった一人で牧場の中を探り、人々を元気付け、ディザイアンと渡り合っていたのだから。

 コリンにはしいなが起きたら知らせるよう、頼んでいたのだった。

「そっか。知らせてくれてありがとう」

「うん!」

 頭を撫でてやり、ピエトロに軽く会釈して歩き出す。コリンはエミルの肩にのった。

 暫く歩いたところで、コリンが肩から滑り降りてエミルの前に立った。

「……ねえエミル、どこか痛いの?」

「え?」

 どこも痛くない。怪我もしていない。なのにどうしてそんなことを言うのだろう?

「しいながね、痛いときそんな顔するの。痛いのに、痛くないって自分に言い聞かせてる顔するの。エミルもその顔してる。ねえ、どこか痛いの?」

 エミルは舌を巻いた。流石は心の精霊。

 力は弱くとも精霊は精霊。しかもそれがずっと人と共に過ごしてきたとなれば、それ以上に人の感情には敏感になっているのだろう。

 が、エミルの方も長いことヒトを相手にしてきた。そうそう簡単には見抜かれない自信があった。

 コリンは見抜いた訳ではない。何となく、そんな感じがするだけだ。が、何となくが正しいことを、コリンは本能で悟っている。

「うん、……ちょっと、ね。責任感じるというか、罪悪感というか」

「エミル、何か悪いことしたの?」

「悪い――うん。悪いこと。した、ね」

「そしたらね、いっぱいごめんなさいするんだよ」

 肩が、跳ねた。喋るのに夢中のコリンは気が付いていない。

「ごめんなさいして、良いことたくさんするの。しいなが言ってた。悪いことするのも悪いけど、悪いことをしたって自覚してないのが一番悪いって。悪いことしたら、反省して許して貰うしかないんだって」

 エミルはコリンを抱き上げて、そっと肩にのせてやった。

「ありがとう、コリン」

 きっと、その時間は無いけれど。

 エミルは、彼は感じていた。旅の終わりを、全ては分からないままに終わりが来るのを―――そしてそれが、彼の求めているモノへの、唯一の道なのだ。

 




 普通に考えて、魔物がお金を落とすわけがない。だから夜な夜なロイドは細工をしてお金を稼いでいるのです。………きっと。


※タイトル修正しました


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7-1 パルマコスタ

 長いので、分割。というわけでまた二話同時にあげます。


 ハコネシア峠の検問兵は、今日も今日とて暇だった。

 一人一億ガルドという法外な通行料を吹っ掛けたせいで、人の往来が途絶えてしまっているのだ。

 昔は、こうではなかった。

 ここは通行の要所。人々は活気に満ち溢れ、通る人皆が笑顔で通っていく。中には声をかけ差し入れをしてくれた人もいて、再び無事にその姿を見られただけでほっとしたものだ。

 今は違う。人々の視線が突き刺さる。恨みがましげな目を向けられても、こちらもどうしようもないのだ。下手に人を通したら首が飛ぶのはこちらなのだから。

 しかし一億ガルドをぽんと支払えるような猛者は存在せず、ここを通るのはマーテル教会縁の司教と教会兵だけ。そして彼らは何故か総じて愛想が悪い。

 だからハコネシア峠の検問兵は、暇で立ってるだけで給料がもらえる(立ちっぱなしの足の痛みを我慢できるなら)という仕事になってしまったのである。

「ふぁあ………」

 欠伸を噛み殺す。大口開けて大欠伸をしているところを誰かに見られでもしたら減俸されかねない。

 が、暇なものは暇。このまま微睡んで……

「ねえ、ちょっと」

「!」

 心臓が破裂するかと思った。通行料が上がってからこっち、話しかけられることすら無くなっていたのだ。

 慌てて目を擦ると、白い少女が満面の笑みでこちらを見ていた。……何でだろう、背筋が寒い。

「は、はい! なにかご用ですか?」

 すると少女はまたにっこりととても良い笑顔で、何か紙をこちらに差し出した。――実はさっきからずっと差し出されていたが、検問兵の目に入っていなかっただけである。

 恐る恐る受け取って中を確かめる。

「―――えええ?!」

 びっくりして思わず大声を出してしまった。少女の後ろの方にいた銀髪の少年が、姉らしき銀髪の女性の後ろで震えた。

 辺りの人からも変な目で見られそうだったので、一度深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 よし、もう大丈夫。それからもう一度、ゆっくりと紙を開いて―――

「………あぁ……」

 やっぱり間違ってなかった。

 中身は、通行証だ。一人一億ガルドもするはずの通行証が、八人分。動物は無料なので構わないのだが。

 八人分、つまり八億ガルド!

 どんだけ金持ちなんだこいつらは! とてもそうは見えないのだが……はっ! そうか、偽造通行証かもしれない。

 こういうときのために、検問兵には通行証の見本が渡されているのだ。見比べる。

「ほ、ほほ本物――――っ!?」

「当たり前だろう。偽物を使って何になる」

 暗い赤茶色の髪の男がそう言う。

 見比べる。何度も、何度も。けれどそれが本物だと言うことは変わらない。

 ということは、本当に八億ガルド払って通行証を手に入れたのか?!

「すみませんでしたっ! どうぞお通り下さい!!」

 通行証を差し出したまま、深々と頭を下げて道を開ける。しばらくして通行証が手から離れて、誰かが通っていくような感覚があった。けれど怖くて頭を上げられない。

 彼が顔を上げたのは彼らが全員通っていって、足音も何も聞こえなくなってからだった。彼は後ろ姿を見ながら、しみじみと呟く。

「はぁ……いるんだなぁ、本当の金持ちってのは……」

 

 

 

 ハコネシア峠を越えて暫くして、ジーニアスがぽつりと呟く。

「ホントに良かったの?」

 ロイドも頷く。あの許可証は全て、アリス達の物だったのだから。

 牧場脱出から七日たっていた。

 封印解放により天使疾患を起こしたコレットは、二、三日寝込んでいた。その間にルインの復興は進んで瓦礫を片付け終わったり、何故か牧場が跡形もなく消えていたりとか色々あったのだが、まあそれは置いておくとして。

 彼らは困っていたのだ。

 唯一の道であるハコネシア峠を越えるために一人一億ガルドなんて――アリス達が知らないうちに値上がりしていた――払えるわけもなく、海は相変わらずの大シケとなれば、もはや彼らに為す術はなかった。こうなれば多少危険でもイズールドから海を越えて、と心を決めたとき、デクスに良ければ一緒に来ないかと言われたのだ。

 許可証はあるから、と。

 アリスは事も無げに言う。

「別に良いわ。許可証ならあと三枚持ってるから」

 ロイドは絶句した。デクスが苦笑する。

「オレたちはパルマコスタに雇われてるんだ。ハイマやルイン、アスカードを回って物資や手紙を届けてるのさ。その関係で許可証は多めに渡されてるからな、気にするな」

「そうそう、気にしてたら旅なんか出来ないよロイド」

 呆気に取られるロイド達をそう言って宥めたのはエミルだった。珍しい。エミルは基本相手に気を使わせることを嫌う。相手の親切には最大限自分も親切で返すような優しいひとだ。

 ここまであっけらかんとしているのは、本当に珍しい。

「……少年はもっと気にしようぜ」

「気にするな、何でも言ってくれって言ったのはデクスでしょ。別に無理なことは頼んでないよ」

 するとデクスはけどなぁ、と言葉を濁してため息をついた。

「手伝う代わりにパルマコスタまで連れていけって、かなり無茶だぞ」

 エミルが笑みを浮かべると、デクスが肩を落とす。エミルの笑顔がアリスに似ていたような気がしたのは気のせいだ。

 と、歩いていたエミルが前方を見て立ち止まった。遠くを見るように目を細めて、突然目を見開くと駆け出していく。

「っておいエミル!? 何処行くんだ!」

「ごめん先行く!」

 エミルはそのまま走っていき、あっという間に見えなくなる。

「何なんだ……? コレット?」

 ロイドが振り向いたとき、コレットが目を閉じていた。

 コレットは天使化に伴い―――超人的聴力がある。それはたとえ家一つ隔てていても人々の話し声を聞き取るほどの力。

「女の子の………声………?」

「魔物に襲われている!」

 クラトスの言葉で、一行は駆け出した。

 

 

 

 

「あーもうっ、あっち行ってよ!」

 よりにもよって武器を持ってきていないこの時に!

 こんなことなら少し外に出るだけでも、せめて武器は持ってくるべきだった。手持ちは僅かなグミと、使えもしない自警団の長槍。それも長らく街道に放置されていたらしい、サビだらけの代物だ。

 戦えないなら、何においてもまず逃げろ。逃げて、生き延びることだけ考えろ。

 叩き込まれた言葉が頭のなかでぐるぐる回る。こんな時、訓練は本当に訓練でしかないと思い知る。

 ―――けれどこんなときなのに、何処か頭は冴えていく。

 敵が踏み込む瞬間、同時に横に飛び、攻撃はすぐ横を掠めていく。心臓が飛び出そうなくらいなのに体が勝手に動いて、そのまま走って距離をとる。

 が。

「――邪魔だよ!」

 槍を振り回した。後ろから魔物が飛びかかってきて、その鼻っ柱を打ち据える。それで槍は柄が真っ二つに折れて、使い物にならなくなる。

「なら……飛燕流舞! どうだ!」

 使える技のなかで、唯一武器を介さず使える足技。そこから一歩離れて、一気に間をつめ蹴り飛ばす。

 一匹は倒せたが、魔物はまだまだ沢山いる。こんな数、武器があっても勝てるかどうか―――

「きゃあぁっ」

 いきなり背後から衝撃。転んで、そこで背中に乗られてしまった。これじゃ身動きがとれない!

 

「退けって言ってるのが………分からねぇのか!」

 

 低い声と共に、背中の重みがいきなり無くなった。

 顔をあげると、さっきまで背中に乗っていた魔物が吹っ飛んでいた。そしてすぐ目の前に、少年が一人立っていた。

 年は同じくらいか、自分よりも少し上。自分よりも背が高い。黒い服は動きやすそうで、首元にはマフラー。肩に届くくらいの髪は柔らかな淡い金色。

 少年が振り返った。綺麗な目。

「立てるか?」

「う、うん。大丈夫……」

 ぶっきらぼうだけど、然り気無く手を差し伸べてくれた。それに捕まって立ち上がれば、彼は腰の剣を――気が付かなかったが、彼は使い込まれた剣を腰に差していた――抜いて魔物の方に向ける。

「ふん、雑魚どもが。蹴散らしてやるよ」

 そう言って魔物たちに突っ込んでいく少年を見ながら、彼女――マルタ・ルアルディは思った。

 彼こそが、私の王子様だ!

 

 

 

 ロイド達が駆け付けたとき、戦いはもう終わっていた。

 エミルは一人の少女を背に剣を納めていた。辺りの血痕は少女のものではなく、魔物の血だ。少女は折れた棒を握りしめていて近くに槍の穂先が落ちているから、少女の仕業だろう。エミルはあまり魔物を傷付けないから。

 エミルが少女に振り返る。

「あ、大丈……」

「ああん、やっぱりカッコイイ! 流石私の王子様っ!」

「えええぇ?!」

 いきなり少女が棒を放り出してエミルに抱き付いた。エミルが目を丸くするが、少女の方はお構いなしだ。

 エミルがロイド達に気が付いて顔をあげる。ロイドは頭を掻く。

「あー、知り合いか?」

「えーと……?」

 反応したのは、意外なことにアリスとデクス。

「あら、マルタちゃんじゃない」

「げ、アリス……」

 少女はあからさまに嫌そうな顔をした。が、すぐに笑顔になるとエミルから離れ、膝を払って立ち上がる。

「あ、ごめんなさい。私はマルタ、マルタ・ルアルディ。よろしくね!」

「俺はロイド。マルタ、エミルと知り合いなのか?」

「エミルっていうんだね。エミルと会ったのは今日が初めて」

「は?」

 普通、初めて会った人に――たとえそれが命の恩人だとしても――抱き付くだろうか?

 唖然とする一行。少女、マルタは目を輝かせて両手を胸の前で組んだ。

「だけど感じたの! 颯爽と現れて魔物から私を助けてくれた、彼こそ私の夢に見た王子様だって!」

「うぅっ……」

 エミルが半歩後ずさる。マルタはそのまま距離をつめるとエミルの右腕にしがみついた。

「エミルが来てくれなかったらどうなってたか……ホントにありがとう、エミル!」

「あー、マルタは怪我してない?」

 そろそろ話題を変えようとしただけだが、返って逆効果だったらしい。マルタはますます頬を緩ませる。

「真っ先に他人のことを心配するなんてエミル優しい! エミルのお陰で無事だよ。あ! そうだ、私パルマコスタに帰らないと」

 それでようやくエミルはマルタから解放された。クラトスが少し驚いたように目を見張った。

「パルマコスタの人間か」

「うん。そう。私、パルマコスタの総督府で働いてるの。だからそこの二人とは顔見知り」

「ま、オレ達の雇い主の一人だからな」

「雇ってるのは私のパパだけどね」

 ちょっとだけいたずらっ子のように笑って、マルタは肩をすくめる。

「えーと、アリス達が一緒ってことは、パルマコスタに行くの?」

「ああ、そうだ」

 するとマルタは良いこと思い付いた、と言わんばかりの顔で手を打った。

「あ、じゃあ、一緒に行かない?」

 

 

 

 

「すげぇ……ここが港町パルマコスタか!」

 ロイドは歓声をあげずにいられなかった。

 これまで通ってきたどの街よりも大きく、どの街よりも人がいて、どの街よりも活気があった。ディザイアンがいるこの時代、これだけ人々の笑顔に溢れた街も珍しい。

 到着までもマルタが誇らしげにシルヴァラント最大の街、と言っていたが、確かにその通りだとロイドは思った。

 ロイドと同じようにきょろきょろと辺りを見回すコレットとジーニアスを見てクラトスが無言で頭を振った。

「さて、まずはマーテル教会を……あら?」

「エミルは?」

 ジーニアスの問いに答えたのはクラトスだった。

「エミルなら街に着くなりマルタに引っ張られて行ったが」

「え、それホントかクラトス!?」

 全く気がつかなかった。クラトスが気づいていて自分は気が付けなかったとか、ちょっと悔しい。

 クラトスによれば、有無を言わせずに引っ張っていったらしい。右手の住宅街に向かったようだが、その先は入り組んでいるらしく分からないようだ。

 エミルを追いかける訳にもいかない。

「仕方ないわね。私たちは私たちのやることを済ませましょう。まずはマーテル教会よ」

 そう、ここパルマコスタのマーテル教会に、かつての世界再生の記録が残っているらしいのだ。再生の書――八百年前の再生の神子スピリチュアが書いたとされるものだ。

 元々彼らがパルマコスタを目指していたのはその書を見るためであった。

 いざ街に入ろうとなったとき、アリスとデクスが脇道にそれていくのをジーニアスが捕まえた。

「あ、アリス、待って」

「何? アリスちゃんはこれから用事があるんだけど」

 一応振り返ってくれたので、ジーニアスは姿勢を正した。

「あの、通行証とかのお礼が言いたくて。牧場で助けてくれたり、ここまで連れてきてくれてありがとう」

 アリスはしはらく頭を下げたジーニアスを見ていたが、やがて何も言わずに踵を返した。

「あ、アリスちゃん! ……ごめんな、アリスちゃんはシャイだから。こっちも色々助かった。ありがとな」

「デクス、何やってるのよ。行くわよ」

 路地に入る少し手前で、アリスが鞭を叩きながら待っている。

「うん、すぐ行くよ! ――ま、そういうわけだ。じゃあな! 縁があればまた」

「ああ、またなーっ!」

 ロイドやジーニアスは笑顔で手を振った。二度あることは三度ある。きっとまた会えるだろう。

「我々も行くぞ」

 クラトスが先に歩いてしまったので、ロイドたちも急ぎ足で後を追う。

 そのとき。

「あ、はい………きゃっ」

 コレットが転んで、誰かにぶつかる。その拍子に相手が持っていた瓶が落ち、ワインが道に撒き散らされたのだった。

 

 

 



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7-2

 長いので、分割。というわけで、投稿二話目。


「ごめんね、マルタ。道案内させちゃって」

「いいのいいの、私はエミルと二人で町を歩けて大満足! けど、ソダ島に何の用があるの?」

「ちょっとね。けど封鎖してるとは思わなかったんだ」

 そう、最近の海のシケのせいで定期船も漁も全面運航停止状態なのだ。

 しかもシケはソダ島に近ければ近いほど酷く、なんとかソダ島にいた人たちは救出できたものの、それから一本も船が出ていないらしい。

 一刻も早くソダ島に行きたいエミルとしては大変に困った状況だ。ソダ島に行くにはシケが収まらなくてはならない。しかしシケの原因は――恐らくソダ島にある。

 シケを収めるにはソダ島に行くしかなく、ソダ島に行くにはシケが収まるしかないのだ。八方塞がりである。

 それでもなんとか出来ないものかとマルタに尋ねると、ドア総督に会わせると言ってくれたのだ。

「ごめん、力になりたいけどドア総督の許可がないとどうにもならないの」

 広場に面した、大きな建物。その前に来るとマルタは軽快に階段を登り、くるりとこちらに向き直る。

「着いたよ。ここが総督府。さ、入ろ」

 エミルはマルタに手を引かれて階段に足をのせ……一瞬硬直する。それに気が付いたマルタが階段を下りてきて心配そうな顔をする。

「どうしたの?」

「あ、ううん、なんでもない。ちょっと普通に入ってくから驚いただけ」

 マルタは拍子抜けして吹き出した。

「だって私はここで働いてるんだもん。それにパルマコスタ総督府は市民に開かれた場所だから安心して」

 改めて、階段を登る。マルタはやはり躊躇いもなく大きな両開きの扉に手をかける。

 総督府の中はそのまま応接室兼執務室のようだ。真っ直ぐに赤い絨毯がしかれ、そこを囲むように細い机が台形に置かれている。突き当たりには男性が二人いて、一人は椅子に座って書類に目を通し、もう一人はそれを補佐している。

「では………おや?」

 椅子の男性が、マルタに気が付き手を止める。

「ただいま戻りました、ドア総督」

「マルタ! 帰ってきたのか。ブルートが帰りが遅いと心配していたが」

「ご心配お掛けしました。彼のお陰で無事です」

 そこでドアは初めてエミルをちゃんと見た。

「む? そちらの少年は?」

「彼はエミル、私の命の恩人です」

 紹介に合わせ、エミルは軽く会釈する。命の恩人とは少し大袈裟だとも思ったが、あえて口を挟むことでもない。

「そうだったのか。初めまして、私はドア、ここパルマコスタの総督を勤めている。マルタを助けてくれて感謝するよ」

「いいえ、当然のことをしただけですから」

 ますますドアは顔を綻ばせた。マルタはよほど大切にされているようだ。

「あの、総督。彼はソダ島に行きたいそうなんです。許可を出してあげられませんか?」

 優しげだった顔が、すっと引き締まる。鋭い目で見詰められ、しかしエミルは動じなかった。クラトスの方が何倍も怖い。

「……あそこに何の用かね?」

 エミルは答えなかった。マルタが横で狼狽えるのが見えたが、彼は口を開かない。目的はある。あるが、それは他人に教えられるものではなかった。

 エミルが話さないと見ると、マルタが弁護しようとする。それを片手で遮って、ドアは机の上で手を組んだ。

「あそこは確かに間欠泉で有名だ。しかしこの荒れた海の中、命を懸けてまで行く理由は」

 彼は内心で舌打ちした。全く、やはり面倒くさい。正規の手段で行こうなんて考えなければよかった。

 けれど、胸の何処かがそれを否定する。

 僕は『  』だ。

 そう考えると、口が勝手に動く。嘘はつかないし、本当のことも言えないけれど、それでも。

「あそこが、僕にとってとても大切な―――」

 言いかけて口を閉ざしたのは、後ろから覚えのある気配が近付いたからだ。

 扉が開いて、彼らが入ってくる。

「ロイド!」

「エミル? 何でここに?」

「それはこっちが聞きたいよ。教会に行ったんじゃなかったの?」

 するとロイドやジーニアスが遠い目をする。

「ああ、そうなんだけど―――」

「貴方がドア総督ですか?」

 改まってコレットが尋ねた。礼儀正しい姿に、ドアは鷹揚に頷く。

「いかにも、私がドアだ。そちらは旅の方ですな? 旅するものにマーテル様の慈悲がありますよう」

 エミルは頬がひきつった。どの口がいうんだ、どの口が。

 しかしロイドは律儀にお辞儀を返す。

「あ、どうも。それより教会で聞いたんだけど、再生の本とかいうのここにあるんですよね?」

「ロイド、再生の書」

「そうそう、それ」

 エミルは小声でジーニアスに話しかけた。

「教会にあるんじゃ……」

「それが今は総督がもってるって」

 ドアは胡乱気に眉根を寄せた。

「再生の書? 確かに我等一族の宝だがそれがなにか?」

「それを貸してほしいんだ」

「不躾な……」

 呟いたのはドアではなかった。ドアの後ろでドアの補佐をしている青年だ。かなりの小声ではあったが、静まり返った総督府の中では聞こえてしまっている。

 リフィルが進み出て礼をとった。

「確かに今のは失礼でしたわ。私たちはここにおられる神子の世界再生を手伝っています。世界の未来のために導師スピリチュアの足跡が知りたいのです」

 導師スピリチュア――マーテル教の創始者の、再生の神子。

「ドア総督」

「うむ」

 側の男に呼ばれて、ドアはひとつ頷くと音もなく片手をあげた。とたん、いつの間にか控えていた兵士たちが、コレットたちに向けて槍を構えたのだ。

 エミルはマルタの後ろにいた為に無事だが、それでも共に旅をした人々が殺されかけて平静ではいられない。

「なっ、何するんですか!」

「神子様ならばつい先程我らのもとにお越しくださったわ! この恥知らずめ! 神子様の名を語るふとどきものめ、即刻捕らえ、教会に引き渡せ!」

 突然エミルがはっとして叫ぶ。

「コレット、羽! 羽出して!」

「え? あ、うん」

 首をかしげながらも言われた通りにコレットが羽を広げると、辺りを取り囲んでいた兵士たちに動揺が走る。

 しかし道中戦闘でコレットの羽を見ていたマルタは驚かない。兵士の間をすり抜けてコレットの前に立つ。

「総督、見てください。この羽こそが神子の証。彼女は本物の再生の神子です! 全員武器を納めて!」

 マルタの言葉では兵士たちは武器を下ろすまでには至らなかった。しかし迷いが生じて穂先が下がる。

「皆、武器を下ろせ! その方は本物の神子様だ!」

 指示を飛ばしたのは補佐の青年。どうやらかなりの地位にいるようで、兵士たちは素直に従い槍を納める。どこかホッとしたように見えるのは、やはり神子に武器を向けたことでの不安か。

 ドアが立ち上がり、深く頭を下げた。

「天使の翼は神子の証………どうか我らの無礼をお許しください」

「あの、どうかお顔を上げてください。ええっと……別にいいんです。わたしもよく本物の神子らしくないって言われるし」

 気にしていない、と言われて兵士たちは改めてほっとすると、ドアと、神子に一礼して戻っていく。

 やはりマーテル教の信者だった。

 

 

 

 兵士たちが全員いなくなると、改めてリフィルは問い掛けた。

「では総督、本物の再生の書は、今どこに」

 ドアは申し訳ないと繰り返す。

 ――再生の書は、もう神子を名乗る者に渡してしまった、と。

「もしかしてあの人たちじゃない? ほら、コレットがワイン割っちゃったあの人。家宝をくれるなんてちょろいですわーとかなんとか言ってた」

「ああ、あいつら!」

 あいつらのせいでパルマコスタワインを求めて町を半周する羽目になったのだ。

 始めに訪れた雑貨屋ではワインは品切れ。ワインの在庫があるというパルマコスタ学門所に向かうとコレットがウェイトレスに間違われ、コレット人生初のアルバイト。奇跡的にコレットは一度も転ぶことなく仕事を終え、そのときようやく本題を言い出しワインを譲ってもらったのだ。

 ロイドは渡すことなんかないと主張したのだが、コレットはぶつかったのだからとワインを渡してしまった。そのあと直ぐに彼等は町を出たはずだから、今から追いかけても間に合わない。

 エミルが聞くと、ドアは苦々しい顔をした。

「その再生の書の中身は覚えてないんですか? 覚えてなくても、写しとか」

「あれは天使言語で書かれているので教会の人間でなくては読めないのだ………マルタはどうだ?」

 いきなり話を振られたマルタは少し考えて、ああ、と手を打った。

「えっと、再生の書ってあの古びた変な記号のやつですか?」

「何か知ってるのマルタ」

「知ってるも何も、あれ元々家にあったものだもん。それを教会に渡して、神子様が再生の旅に出たって聞いたから総督府で保管してたの」

 だから小さいときはあれで悪戯してたんだーと暴露した時点で、リフィルと補佐の青年がくらりと傾いた。世界の遺産で何を、とか呟いている。

 しかし遊べるところに置いてあったのなら、持ち主はそれを何度も見たことがあるはずだ。

「じゃあ内容は……!」

「ううん、パパでも読めなかったみたい。だから確か、文字の形だけ写したものがあったと思うんだけど……」

 ロイドはパチン、と指をならした。

 文字の形さえあれば大丈夫。こっちには再生の神子コレットがいるのだ。

「それだ! マルタ、何とかそれを見せてもらえないか」

「うん、いいよ。けど家から持ち出すのはちょっと……」

 当然と言えば当然。マルタの父の持ち物だから、勝手に持ち出すわけにはいかないのだろう。

「じゃあ僕たちがマルタの家まで行くよ。迷惑でなければだけど」

「エミルが来てくれるなら大歓迎!」

 喜び方の変わりようにエミルが苦笑する。マルタは一度ちゃんとドアに頭を下げる。

「では総督、失礼します」

「うむ。マルタ、頼んだぞ」

「はい!」

 

 

 

「おお、マルタ様。こんにちは」

「こんにちは、腰の具合は良くなった?」

「おやマルタ。今朝釣れた魚だ、持ってきな!」

「わ、良いの? ありがとう!」

「マルタ姉ちゃーん! お母さん元気になったよーっ、ありがとうーっ!」

「うん、キミも気を付けるんだよ! お大事に!」

 三歩歩けば声をかけられ、五歩歩けばお辞儀され、十歩歩けば物を貰う。

 様付けで呼ばれている辺り、慕われているのだろうなと分かる。

「うーん、コレットを見てるみたい」

「うん、確かに」

 コレットもイセリアでは似たようなものだった。両手に荷物を抱えるとコレットの場合転ぶので何かを渡されることはなかったが、歩くごとに声をかけられるのは日常茶飯事である。

「マルタ、スゴいんだねぇ」

 にこにこ笑って言うのはコレット。マルタは神子様に言われると恥ずかしいな、なんて言いながら先を歩く。

「私じゃなくて、私の家だけどね。昔から続く名家らしいんだ。パパも色んなこと知ってるし、ドア総督とも仲良くしてるし。昔からパルマコスタの為に尽くしてきた家だから人々からも慕われる………らしいよ」

「らしい?」

「だってよく分かんないんだもん。パパはそういう話してくれないし、ママも大きくなったらとしか言わないし。あと私そういうの苦手だから覚えてないの」

 と、マルタが急に駆け出し、少し先の大きな家の前で立ち止まる。

「着いたよ。ここが私の家」

「で、でけぇ……」

 それは総督府並みに大きな家だった。入り口には装飾が施された柱が立ち、扉の取っ手もよく見れば細かな模様がある。しかし辺りから浮いてしまうほど華美ではなく、どこか品があった。

「さ、入って」

 招かれて中に入ると、家のなかも綺麗だった。特別な調度品があるわけではない。掃除が行き届き、家具は大切に使われているのが人目で分かる。あちこちに生けてあるちょっとした花が彩りを添えている。

「ほら、パパの書斎はこっちだよ」

「勝手に入って良いのかよ」

「平気平気。パパは今別の仕事で居ないんだけど、ママはいるはずだから。ママー?」

 何度も母親を呼びながらマルタは奥に入っていく。ロイドは辺りを見回して、床に小さな紙が落ちているのに気が付いた。拾い上げれば表面に文字が。

「マルタ、書き置きがあるぞ」

 呼べばマルタは直ぐに戻ってきた。

「ありがとう! えーと、『夕飯の買い物に行ってきます』か。じゃあいいや。あとで断っておくから皆入って」

「お、お邪魔しまーす」

 家に上がり、マルタに座って待つように指示された。

「ちょっと待っててね。パパの資料とってくるから」

 そしてさほど待たずに、マルタは数枚の紙を手に戻ってくる。

「これだけしか見つからなかったの。ごめんね」

 リフィルはそれを受けとるとざっと眺めて頷く。

「いえ、これだけあれば十分よ。コレット」

「はい。封印のところ以外は飛ばしますね。

 荒れ狂う炎。砂塵の奥の古の都にて町を見下ろし、闇を照らす。

 清き水の流れ。孤島の大地にゆられ、あふれ、巨大な柱となりて空に降り注ぐ。

 気高き風。古き都、世界の……、巨大な石の中心に祀られ邪を封じ聖となす。

 煌めく……。神の峰を見上げ世界の柱を讃え、……古き神々の塔の上から二つの偉大なる……ええと、所々途切れてしまっています」

「……マルタ、資料はこれで全て?」

「えっと、多分。その記号……じゃない、文字が書かれてるのはそれしかなかったんです」

「そう……ありがとう、助かったわ」

 リフィルは明らかにガッカリしたようだ。

 しかし封印の場所はわかった。

「やっぱりソダ島に行くしかないな」

「あ、それなんだけどシケで行けないんだって。総督の許可がないとダメだって。それで許可を取ろうとしたんだけど……」

 エミルがそう言っていた、そのとき。

 けたたましく扉が開いた。

 

「大変だ、ブルートさん!」

 

 駆け込んできたのは自警団の一人。

「どうしたの? そんなに血相変えて」

「ああ、マルタさん。ブルートさんは居ないのか?」

「仕事で出てるけど……?」

 そのひとはこんなときに! と悪態をついて、やはり興奮したまま話し出す。

「とにかく大変なんだよ、広場で! 広場で!」

「落ち着いて、広場がどうしたの?」

 

 

「広場でマグニスが、公開処刑を始めるって言うんだ!」




 ルアルディ家ってどういう立ち位置なんだろうか。と迷ったので、多少捏造が加えてあります。
 再生の書は本来総督家の宝ですが、拙作ではルアルディ家のもの、と言うことになっています。『書』って良いながらあれ書じゃないよね。石だよね。

 因みにしいなはルインで療養中です。

《設定の違い》
・アリスとデクスはパルマコスタ総督府(正確にはブルート)に雇われている。
・マルタがパルマコスタ総督府で働いている
・ルアルディ家はパルマコスタでは慈善家で有名な名門。
・再生の書はルアルディ家のもの。
・その流れでハコネシアはカット。


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7-3

 1、2が元の一話、3、4が二話、5、6が三話。
 分割したためPixiv版とは話数が違います。

 というわけで、二話同時投稿です。


 

 

「どけ! マグニス様がお出ましだ!」

 赤い髪。鍛えられた体。尖った、しかし短い耳。そして左目に走る、一本の傷。

 シルヴァラント・パルマコスタ人間牧場の長にして五聖刃の一人マグニスは、ディザイアンに先導されながら、人混みのなかを悠々と歩いていた。

 目指す先には処刑台。そこには一人の女性が首に縄を繋がれて立っていた。左右にはディザイアンが控えている。

 それを見て、誰かがぽつりと呟く。

「東の牧場のマグニスだ……」

 なんでこんなところにいるんだという単なる呟きだったのに、マグニスは突如身を翻すや人混みの中から一人の男性の喉元を掴んだ。

「マグニス様、だ。豚が……」

 そのまま首をへし折るべく力を込めて―――

 

「魔神剣!」

 

 邪魔が入ったのだ。

 

 

 

 

 横から放たれた衝撃波は地を這い、マグニスに直撃、マグニスは男性を取り落とした。

「っ、何しやがる!」

 衝撃波を放った少年―――エミルはマグニスを一瞥すると剣を納め、男性を助け起こした。完全に無視されたマグニスがエミルに向かって斧を降り下ろそうとしたそのとき。

「何しやがるはこっちの台詞よ、マグニス!」

 高らかにマルタの声が響き渡る。

「もう先月で規定殺害数は越えた筈でしょ! 用がないならさっさとパルマコスタから出ていって!」

 規定殺害数というのはディザイアンの決まりのことで、一年に殺してもいい人間の数が決まっているというものだ。なんとも人間をバカにした制度である。

 マグニスが高笑いした。

「用ならあるぜ? ――おい!」

「はっ! この女は偉大なるマグニス様に逆らい、我々へ資材の提供を断った。よって規定殺害数は越えるものの、この女の処刑が執り行われることとなった!」

 この女、というところで処刑台に控えるディザイアンが女性の髪を掴んで顔をあげさせた。

 その女性というのは――

「ロイド、あの人カカオさんだ! 雑貨屋にいた人!」

「本当だ! くそっ、この街の兵士はどうしたんだ?」

 パルマコスタには反ディザイアンを掲げる自警組織がある。ドア総督によって集められた義勇兵は魔物とも戦えるレベルに達しており、彼等がいるならばディザイアンにも屈さない筈だ。

 しかしマルタが歯噛みして答える。

「演習があって、ほとんど出払ってるの。私がパルマコスタを離れていたのも義勇兵の演習場に届け物をしてたからなんだ。一応連絡はしたけど………」

 遠いから、来るまでには時間がかかる。

「母さん、母さんっ!」

「ショコラ?!」

 人々の中から女の子が一人走り出る。処刑されそうになっているカカオの娘である。

 それを見て、マグニスは鼻で笑った。

「おい、やれ!」

「はっ!」

 指示を受け、処刑台で控えるディザイアンがレバーを引いて―――

 

「獅子戦孔!」

「レイトラスト!」

 

 ロイドとコレットが同時に技を放つ。

 獅子の形をした闘気はディザイアンを吹き飛ばし、コレットのチャクラムがカカオの首の縄を切り裂く。すかさずエミルが走って、落下したカカオを受け止めた。

 マグニスが舌打ちした。

「次から次へと……っ!」

 斧を振りかぶるマグニスに、ロイドもまた剣を構える。

 だがリフィルがロイドの前に立ちはだかった。

「ロイド! だめよ、ここをイセリアの、ルインの二の舞にしたいの?」

「分かってる。そんなへまはしない。アスカードのように、牧場ごと叩き潰してやる!」

 マグニスが目を眇める。

「アスカード? ……ほお、お前がロイドか。クヴァルをヤったのがどんな奴かと思えば、てんでガキじゃねえか。者共、かかれ! こいつのエクスフィアを奪うんだ!」

「そこまでだよっ!」

 マルタがロイドの前に立った。ロイドを庇うように両手を広げて、マルタはディザイアンをまっすぐに見据える。

「彼等はパルマコスタの客人。これ以上の狼藉は、パルマコスタ総督府が許さない!」

 マルタの足が、震えていた。声はどこまでも気丈なのに、よく見れば手足が震え、武器がカタカタと音をたてる。

 ロイドはマルタの前に出た。

「目の前の困ってる人を救えなくて、世界再生なんかやれるかよ!」

「私もこんな処刑を見過ごすなんて出来ません!」

 クラトスがコレットに迫るディザイアンを切り捨て、声高らかに叫ぶ。

「神子の意思を尊重しよう!」

 神子。

 言葉に真っ先に反応したのは、マーテル教会の司祭だった。

「おお、神子様!」

「神子様だ! マルタ様もいらっしゃるぞ!」

 

「――――おおおぉお!!」

 

 雄叫び。

 地を駆けてくる、人々の足音。

 振り替えれば、大通りを人の波が押し寄せてくる。

 その、先頭には。

「皆、無事か!」

 馬に乗る一人の男性。

 黒いマントを纏い、髪をひとつに束ねた背の高いその人は。

「ブルートさん!」

「パパ?! 何で……演習に行ったんじゃ……!」

「嫌な予感がしてな、途中で切り上げた。さて……これは何事か?」

 マルタの横で馬を止めて男性は微笑み、マグニスを鋭い目で一瞥した。

「ブルートか。あいつが相手じゃ分が悪い。引き上げだ、野郎共!」

 ディザイアン達の体が光に包まれる―――転送魔術。光が消えるとマグニスやディザイアンの姿は何処にもない。基地に戻ったのだろう。

「追え!」

「止めろ、深追いするな。怪我人の手当てを急げ!」

 辺りの人に指示をだし、ブルートと呼ばれた男性は馬から降りる。

「パ、パ」

「偉いぞ、マルタ。よくみんなを守ってくれた」

 その笑みは暖かく、マルタはみるみる瞳を潤ませる。

「パパぁ……!」

 抱きついたマルタをブルートは優しく受け止めた。

「マルタ……無事でよかった……!」

 そんな二人を、人々が見守っていた。

 

 

 

 

「改めてお礼申し上げます、神子様。民を救っていただき、ありがとうございました!」

 総督府に呼ばれ、ロイドたちはドア総督に頭を下げられていた。

「本来ならば総督府総出で歓迎したいのですが……何分忙しく、どうかお許しを」

 深々と頭を下げるドア。

 忙しいのは本当なのだろう。ドアばかりかブルートも、ドアの側に控えていたニールも居ない。

 マルタだけはこの場にいるがそれは事情を聴くためで、そうでなければマルタもあちこちを駆けずり回る羽目になっただろう。

 コレットは困ってしまっていた。

「お顔をあげてください。出来ることをしただけですから」

 ドアは躊躇いがちに頭を上げて、そっと椅子に腰を下ろした。

「そう、仰るのでしたら。……ところで神子様、再生の書はどうなりましたか?」

「はい、マルタのお父さんのお陰で封印の場所も分かりました」

 封印の場所について、コレットは詳しいことを言わなかった。

 ドアはホッとした。しかしすぐに険しい顔をして。

「そうですか………神子様、折り入ってお願いがございます」

「はい? 何でしょう」

「再生の旅、暫しお待ちいただけませんか」

 反応が早いのはリフィル。

「それは何故でしょうか。世界再生の旅はシルヴァラントを救うためのもの。一刻も早い再生が望まれる筈です」

 世界を救う事よりも優先されることがあると言うのか? 神子に何かあれば世界は救われないというのに?

 そんな副音声が聞こえてくる。ドアは片手をあげてリフィルを制した。

「分かっております。しかし、神子様の力をお借りしたいのです」

 コレットがリフィルの袖を引いた。瞳で先を促せば、リフィルも強くは言えない。

「我がパルマコスタは遥か昔からディザイアンと戦ってきました。自警団を組織し、義勇兵を募り……ようやくそれが実を結び、今ではディザイアンに怯えることも少なくなりました」

「はい。少しでも早く皆さんが安心して暮らせるよう、私も頑張ります」

 再生が終わればディザイアンは封印される。マナが増えて精霊が目覚め、異常気象も止まる。

 だからコレットは――再生の神子は望まれる。

「ええ、皆再生の日を待ち望んでおります。……しかし、今はそれを待っている余裕がない。実は……ショコラがディザイアンに拐われたのです」

「ショコラが?!」

 ジーニアスは驚愕した。さっき雑貨屋で母を助けてくれてありがとう、とお礼を言われたばかりなのに!

「ハコネシア峠に向かう途中だったようです。ディザイアンは彼女を無事返して欲しければ神子様と、五年分の資材、人質を差し出せと言うのです」

 五年分。ディザイアンが要求する資材はその街の生産能力ギリギリの量だ。搾り上げる、という言葉が正にぴったり。大きな街ほど要求する量も多くなり、パルマコスタ程の街なら他のところの倍はある。

 それを一気に五年分など、街が滅びかねない。

「そんな要求……!」

「勿論飲めるわけがありません。そこで我々は人間牧場を襲撃し、ディザイアンを壊滅させることにしました」

 ロイド達は驚いた。

 ディザイアンと戦うだけでも大変なのに、壊滅させるなんて。そんな戦力も気合いも他の所は持ち合わせていない。

 マルタは違うところで驚いたらしい。

「出来るんですか? 確かこの前まだ戦力が足りないって……」

「ああ、今日の演習で全員の訓練が終了した。このままならば十分牧場を壊滅させられるだろう」

 そうですか、とマルタは一歩下がった。両手を胸の前で組んで、目を閉じて何度も呟いている。

 しかし、ロイドは苛立っていた。

「それとこれと、どういう関係があるんだよ? ショコラはどうなるんだ?」

 牧場壊滅は別に構わない。ディザイアンと戦ってみんなが無事か気になるけれど、それ以上に気になるのはショコラの安否なのだ。ディザイアンが壊滅しても、ショコラが死ぬなら意味はない。

 ドアは落ち着いてください、とロイドを宥めた。

「はい。牧場を襲うにしても、先に人質となったショコラと、収容されている人々を助け出さねばなりません。しかし、我々にはそこまでの余裕がない。ですから、それを神子様達にお願いしたいのです」

 義勇兵を救出組と壊滅組に分けて行動すれば皆を助けられる。しかし分けて行動するとなるとディザイアンに負けてしまうかもしれない。どちらも成功させるために、戦いなれている神子様の力をお借りしたい―――と、そういう事だった。

「厚かましいこととは承知の上です。しかしどうか、ショコラや人々のため、どうかご協力を」

 もう一度、ドアは立ち上がって頭を下げた。やがて、コレットがふっと微笑んだ。

「……分かりました。お引き受けします」

 元々お人好しのコレットだ。知り合いの窮地を知って助けにいかない訳がない。

 リフィルやクラトスは暗い顔をしたが、もう諦めているのかグミは足りるかしら、なんて考えている。

「! 本当ですか! ありがとうございます! では早速我々は準備を致します。神子様達はどうか先に」

「私もパパに知らせてきます!」

 マルタが挨拶もせずに総督府を駆け出していった。マルタの父ブルートは今は自警団の本部で仕事をしているから、そこに行ったのだろう。

「牧場はここから東、山を越えた向こうにあります。どうぞお気をつけて」

 そうドア総督に見送られて、彼等はパルマコスタを出た。

 

 ―――疑念を抱いたまま。

 

 

 

 

 パルマコスタは広い平野の海沿いに作られた。海を挟んでイズールドがあり、そことの貿易と漁業、観光で栄えた街だった。

 しかし東に向かえばそこには険しい山々が広がっている。

 カミシラ山地を初めとする山脈の中、森に隠されるようにして、パルマコスタ人間牧場はあった。

「パルマコスタの人は……まだ着いてないみたいだね」

 兵士たちが来てしまうと救出どころではない。なんとか先につけたようだ。

 先に進もうとしたその時、コレットが足を止める。

「待って。誰かいる」

 言ったのはコレット。しかしクラトスとエミルも同時に反応する。

 各々すぐにでも戦えるように準備して―――

「流石だな、神子に少年! あとそこの剣士! オレに気が付くとは中々だ……っ痛!」

「バカデクス。声が大きいのよ」

 茂みのなかで人影が立ち上がり、もう一人に叩かれる。その正体は。

「アリスにデクス! なんでここに……それから、ええと、ニールさんも」

「神子様、お待ちください。そこでは目立ちます。こちらへ」

 言われるままに手を引かれて茂みに入った。

 やがて少し開けた、しかし回りからは見えないような所に来る。

「どうしたんですか?」

「神子様――なぜいらっしゃったのですか!」

 コレット達は顔を見合わせた。

 なぜ、とは。拐われたショコラを助けるために決まっている。

 しかしニールは絶望的な顔をした。

「神子様、どうかこのままパルマコスタ地方を去ってください。これは」

「罠か?」

 クラトスの言葉にロイドは狼狽えたが 、エミルもリフィルも動じなかった。

「クラトス?」

「嫌な方の想像が当たったようね」

「先生も、一体どういうことなんだよ?」

 ロイドは人を疑うことを知らなすぎる。信じきっていたらしい。エミルはため息をつかなかった。知らないなら、知ればいい。

「ロイド、何かを守るときに、完全に守るものから離れるなんて、あり得ると思う? 守るものを放置して、戦える者が全員離れるなんて」

 分かりやすい例え話。物事を複雑に考えるから分からないのなら、単純にしてやれば。ロイドは頭の回転は早い。理解すれば分かる筈だ。

「エミル、どういうことだよ? なにを言ってるんだ。そんなの可笑しいだろ」

 コレットを守るのにコレットから離れるようなものだ。コレットを一人で砂漠に放り出すようなもの。

 そんなこと、ありえるわけがない。

「だよね、可笑しい。……だから変だと思ってたんだ。いくら訓練でも、街に残った兵が少なすぎた。それを見計らったような公開処刑――」

 罠だとしか思えない。

 クラトスが頷く。

「私もディザイアンが軍隊をもった街を放置していることが疑問だった」

 他の町であれば反乱の意思ありと疑われたその瞬間に滅ぼされている。……ルインが、そうだったように。

 リフィルも同意する。

「ええ、その通りだわ。反乱の芽を潰さないのはそれが有害ではないから。力がないから放置されているのか……あるいは、有益存在だから」

 クラトスとリフィルがニールを横目で見た。ニールは力なく首を振る。

「私も詳しくは分かりません。しかし……その通りです。ドア総督はディザイアンと通じています。そして神子様を罠にはめようとしているのです」

「それに気がついたブルートがオレたちを差し向けたって訳さ」

 なるほど。二人の雇い主はブルート。慈善家で人々に慕われ、自警団を纏めるブルートならば気がついても可笑しくはない。

「ショコラたちのことは私たちが何とかします。ですから、神子様達はこのまま、」

「待って」

 止めたのは、それまで黙っていたジーニアス。

「ショコラたちって、他にも誰か拐われたの?」

 ほんの僅かな言葉尻。けれどジーニアスには引っ掛かったらしい。

 ニールは不味いことを聞かれたといった風情で目を逸らし、何度も口を開閉させた。

「大変申し上げにくいのですが―――」

 マルタ様が、拐われました。

 

 

 



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7-4

 投稿二話目です。


 彼は駆ける。微かなマナを追って。

 ああ、力が完全に戻っていたならば、この程度雑作もないのに!

「――――来い!」

 叩きつけるように力を放ち、遥か彼方のモノたちを呼び寄せる。

「探し出せ。何としても、一刻も早く!」

 叫べば、彼等は辺りに散る。

 マナの反応が弱い。意識がないか、体力が著しく低下しているからだ。マナだけを辿るよりも探させた方が早い。

 やがて彼のもとに、一羽の赤い鳥が舞い降りる。ルインで彼を運んだ、あの鳥だった。

「また、運んでくれるか」

 鳥は答える。勿論です!

「なら頼む」

 彼が即答すると、鳥は一声鳴いて彼のマフラーを掴み、空へ舞い上がった。

 しばらくして、山々の隙間に暗い穴があるのが見えた。……洞窟、だろうか。いや、柱がたっているからなにかの建造物。

「ここが、カミシラ山地の王朝跡………随分雰囲気が変わったな」

 かつて――遥かな昔、ここにあったのは豪華な城。パルマコスタのみならず、シルヴァラント全土を支配した広大な王朝。バラクラフなんて比較にならないくらいの大きな国、その都。

 しかし八百年前に王朝が滅びた今となってはそれも虚しい。住むものはおろか知るものもなく、ただ水の侵食に飲み込まれる、滅びを待つだけの遺跡。

 彼は鳥を振り返った。

「お前はここにいろ」

 何故! 鳥はバサバサと翼を忙しなく動かした。何処までもお供します!

「ここから先はあいつの管轄じゃない。お前は眷族が違うから、来ても辛いだけだぞ」

 それでも構いません。ここで退いたら、何も役目を果たせませんから。

 しばし、睨み合う。やがて彼の方が折れた。

「分かった、好きにしろ」

 彼等が王朝跡に踏み込むと、前に魔物たちが立ちはだかった。

「………ああ、そうか。寝てるんだから縁も切れてるんだったな」

 ここの魔物程度、今の彼にとって敵ではないが、縁が切れているのは困る。そして今は時間がないのだ。

「仕方ない―――」

 紅の目を、開く。

 魔物たちが立ち尽くす。そしてガタガタ震え出した。

「退け」

 海が割れるように彼の前に道ができた。

「よし。……ん?」

 が、一匹の魔物が進み出る。伝説の人魚に良く似た、人間たちからはメローと呼ばれる魔物だった。

 メローはお辞儀をして語り始める。しかし言葉は人間のそれではないから普通は理解できないが。

 彼にはなんの支障もない。

「――それは本当か?」

 メローが言ったのは、この先に人間がいる、というもの。特徴を訪ねれば根っこのような色の長い髪の毛だという。例えは悪いが、それは恐らく彼の探し人に相違ない。

「他に人は見ていないか?」

 問うと他の魔物が答えた。オルカという大きな魚の魔物と、壺に足が生えたようなシーモンクという魔物だ。それぞれ仮面を被った男を見たという。

「他は見ていないんだな? 確かだな?」

 それならば、まだ時間はある。彼は案内しろ、と命じた。魔物が先を競うように彼を奥に連れていく。

 彼がこんなにも急いでいるのにも理由がある。マルタが誘拐されたことを受け、パルマコスタ総督府はディザイアンに要求されるままに身代金を払ってしまったようなのだ。

『しかし身代金を受けとればマルタ様を、殺すつもりだと聞きました。身代金が届く前に、マルタ様が殺される前に、マルタ様をお助けしなければ――!』

 血を吐くような声で懇願されて、コレットが黙っているわけもなかった。

 一行のなかで一番機動力に優れるのは彼だ。しかしそれでも、先につけるかどうかはほとんど賭けだった。

 やがて水路だらけの細い道に入ったとき、通路の奥から話し声がした。片手をあげて魔物たちを制し、彼は声に耳を澄ませる。

 話し声は二人の男のものだった。

「全く、こんな小娘のお守りとは……ついてねえぜ」

「そう言うな。これもマグニス様のためだ」

 片方は剣を履いた男。もう一方は杖をもった、恐らくは術師の男。どちらも仮面を被り、赤い衣装を身に纏っている。

 マグニス様、と聞こえたことからも、彼らがディザイアンで間違いない。

「そろそろ身代金が届くんだろう? 今のうちに片付けちまおう」

「おい、あまり体に傷を残すなよ。死んでるのがバレたら金は手に入らない」

「分かってるよ。ちゃんと体内で術は収めるさ。……にしても気の毒になぁ、親父のせいで娘が死ぬとは」

「まあ、これでブルートも大人しくなるだろう」

 話が見えた。見せしめだ。

 パルマコスタで反ディザイアンの中心は総督府とドア、そしてブルートだ。しかしその実ドアはディザイアンの内通者であり、そのドアに従う総督府もまた、脅威にはなり得ない。

 ならば実質的脅威はブルート・ルアルディただ一人。

 だからこれは見せしめだ。ディザイアンに逆らえば街の有力者といえども無事ではないと。

「――」

 全く、何時もヒトというものは。

 目を閉じた拍子に浮かんだ言葉を、彼は即座に振り払う。

「行け!」

 彼の合図で、魔物が大群で二人のディザイアンに押し寄せる。爪で引き裂き、牙で武器をへし折って。

 魔物が退いて彼がそこに立ったとき、ディザイアンは傷だらけで意識は失っていたが、まだ息はあった。殺すな、と彼が命じたのだ。

 二人を見下ろし、彼は顔を歪めた――ハーフエルフ。

 これなら、昔と何も変わっていないではないか!

「ん、んぅ……」

 彼はうめき声をあげたマルタに近づいた。マナを探って異常が無いかを確かめる。……幸い、ただ気絶したところを縛られていただけだ。

 エミルはほっとして、彼は魔物を下がらせる。エミルはマルタの両手や両足の縄をほどいてやった。

 ほどき終わるのとほぼ同時に、マルタが目を開けた。

「やあ、おはよう。気分はどう?」

 未だ状況をのみ込めていないマルタに、エミルは鮮やかに微笑んで見せた。

 

 

 

 

「おや、ニールさん。アリスさんにデクスさんも。お忘れものですか?」

「そんなところです。通していただけますか?」

 総督府を守るために控える兵士は、呆気なく納得して総督府に入れてくれた。

 ニールは総督府で働いているし、アリスとデクスもプルートに雇われているから何度も総督府には出入りしている。

 だから、コレットは彼らに頼んだのだ。

「ドアの真意を確かめてほしいとはね」

 拐われたマルタは機動力に優れるエミルが。

 ショコラの救出と牧場の破壊はロイド達が。

 そしてドアの真意を確かめるのは、ニールの希望もありアリス達が。

「面倒ねぇ……」

 アリスからしてみれば面倒以外の何物でもない。ドアの真意が何処にあろうが、アリスには何の関係もないからだ。雇い主はブルートであり、そこにドア総督は含まれない。今もブルートから神子様を頼むと言われ、その神子から頼まれたから動いているだけだ。

 本音が漏れて、ニールがアリスに目を合わせてきた。

「アリスさん、私からも改めてお願いします。昔はこんな方ではありませんでした。街のことを考えておられたのです。なにが総督を変えてしまったのか……私は知りたいのです」

 本音を言うならば、だからどうした。

 が、アリスは雇われて動く。目的のためでもあるし、ブルートには借りがある。

 返事はせず、アリス達は総督府に足を踏み入れた。

 誰も、いない。

 働いている職員も、普段控えている兵士すらも。誰一人――ドア総督その人も。人がいる気配がしなかった。

「これは……一体何が。少なくとも総督はいらっしゃる筈なのに」

 ニールはこの作戦のほぼ全てを知っている。大まかな人の配置も、作戦の時間も、少しなら裏の事情でさえ。

 そのニールの記憶によれば、まだドア総督は総督府にいる筈だった。緊急時に備え、何かあれば必ず連絡が入る総督府に控えることになっていたのだ。

 驚き、愕然とするニール。それに対してアリスの反応は驚くほど淡白だ。

 何故ならば、アリスはハーフエルフだから。人には感じられない、マナの気配を辿るから。

 だから地下に誰かがいるのにも直ぐに気が付く。

「―――」

 マナを頼りに壁沿いに歩く。近いところ、或いは階段を探すために。ニールは何か言おうとしたがデクスに止められ押し黙る。

 やがてアリスは地下への階段を見つけた。無言のまま、彼等はそれを降りていく。

 そして一つの扉の前までやって来た。

 アリスは手の鞭で扉を示して。

「デクス」

「任せろアリスちゃん!」

 名を呼んだだけ。それでもデクスは正確にその意味を汲み取って、大剣を構えた。

 そして。

 一気に降り下ろした。扉がすっぱりと両断される―――赤い液体を撒き散らしながら。

 扉の向こうで声にならない悲鳴と、耳を塞ぎたくなるような断末魔が響いた。ニールは思わずきつく目を閉じたが、アリスとデクスは眉一つ動かさなかった。

 扉だった木片を踏みしめて、アリスはその部屋に入る。地下牢のようなその部屋にはドアと側には幼い子供の姿。そして扉ごとデクスが叩っ斬ったディザイアン。

 デクスはディザイアンに一瞥くれたがアリスはドアを見据えたまま動かない。

「な、何故お前達がここに!」

 デクスは口の端を吊り上げた。

「まるで幽霊でも見たような顔だなぁ?」

「ありがちよ、その台詞」

 実際はいない筈の人間がいたからではなく、分厚い扉を一刀両断し、更には扉の前にいたディザイアンをも斬った事に対してである。

 ドアははっと我にかえった。

「何故ここにいる! ここには誰も入れるなと命じていた筈だ!」

 その通り。ここに来たのがロイド達であれば追い返されたに違いない。

 しかしアリス達は昔から総督府に出入りしている。その上――

「総督……ディザイアンと手を組んでいたなんて……」

 ドア総督の側近、ニールが同行している。

「くっ、裏切ったなニール!」

「何故です、総督! かつてのあなたは違った! 街の事、民のことを第一に考えていたのに! なにが貴方を変えたのですか! 奥様が亡くなられたときも……!」

 ドアは鼻で自嘲ぎみに笑った。

「クララが、亡くなっただと……? クララならば、ここにいる!」

 ドアの後ろ。壁にかかった大きな布。それを取り払うとそこには、人成らざる異形のものがいた。

 緑色の、大きな体。肥大した足や大きく盛り上がった肩。腕は両手で抱えるほどに太く、爪は剣のように長く、鋭い。頭の中心で光る赤い玉は目だろうか。どうにか原型を留めている服だけがそれが人間だったことを示していた。

 化け物。なんとかニールはその言葉を飲み込んだ。

「それが、奥様?」

「そうだ! 我が妻クララの変わり果てた姿だ!」

 クララ夫人は数年前に死んだ。そういうことに、なっている。ドア総督は妻を殺され、妻の忘れ形見のキリアを男手一つで育て上げながら、妻の仇をとるためディザイアンとの徹底抗戦を誓った――そういうことに、なっている。

 しかし、真実は違った。

「父がおろかだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために、先代の総督だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。私はクララを助けるために」

「だから、ディザイアンと手を組んだと言うのですか? 貴方は……貴方はパルマコスタの民の信頼を何だと思っているのですか! 貴方を信じて戦い、死んだ者もいるというのに!」

「この街の者は私のやり方に満足しているではないか。ただ、私がディザイアンの一員と知らぬだけだ」

「それが、それが……っ!」

 どれだけ大切なことか。

 ニールが憤怒と悲しみに顔を歪めて叫ぼうとしたそのとき。

 

「どっちでもいい、そんなの」

 

 それまで黙っていたデクスが冷ややかに二人を見た。

「生きていくには力がいるんだ。誰かを助けるのも、守るのも。力を求めて何が悪い」

 武器を持ち戦うのも、学問を学び修めるのも、ディザイアンの協力者になるのも、全ては力を求めたから。

 力がなければ強いたげられ、力がなければ疎まれ、力がなければ死んでいく。弱肉強食がこの世の摂理だ。デクスもアリスも、それを咎めたりはしない。弱者の立場が嫌なら強くなるしかないと、知っている。

 だからディザイアンと共犯だろうが街の人の信頼を踏みにじろうが、そんなことはあまり関係ない。

「ですが、」

「でも!」

 言い募ろうとするニールを遮って、デクスは語意を荒げ、大剣を突き付ける。

「それはアンタの力じゃない。アンタが持っている、アンタの手に入れた力じゃない。他人を助けるんなら、せめて自分の力で立ち向かえば良いだろう! 奥さんを助けたいなら、力があったとしても、無かったとしても、自分の手で助けてやれば良いじゃないか!」

 かつて、デクスはそうした。

 力がなかった。何の力も持たない子供だった。けれどデクスは命を懸けた。何と引き換えにしても守りたい少女のために。他人に頼らず、なにも持たないまま、その身一つで立ち向かった。

 ドアが怯んだ。アリスが一歩進み出て、デクスの剣を下げさせる。

「アリスちゃん……」 

「私は、デクスみたいに他人の生き方にとやかく言うつもりはないわ。けどね、力が欲しいなら全てを捨てて立ち向かうものよ。例えば――――そこの貴方みたいにね」

 アリスが鞭と共に視線をくれるのと、ほぼ同時。

 

 ドアの体から、鋭いものが生えた。

 

 刺され、血を吐いて、ドアは横目で後ろを見た。痛みで頭部を動かせないから録に見えてもいないが、後ろに誰が居たのかは分かっている。

 ――見えなくて良かったかもしれない。

 娘が、娘だったものが、紫色の異形に姿を変えたのを。

「き、りあ……?」

「見破られていたか……流石は同族だな」

 ふっと笑って、キリアだったモノはドアの体から己れの爪を抜いた。ドアの腹部を貫いていた、槍のような爪を。

 ドアが床に倒れ付し、ニールが青い顔で駆けつける。

「私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマ様の僕。五聖刃の一人マグニスの新たな人間培養法を観察していただけ。優良種たるハーフエルフである私にこんな愚かな父親などいない」

 ハーフエルフ。そう、このマナは確かにハーフエルフのもの。

 けれどその形はどうだ。

 ハーフエルフは決して化け物ではない。寧ろ見た目では人間や変わらない。違うのはエルフよりは耳が短く、人間には使えない魔術が使えるという一点のみ。

「キリア様……違う、キリア様はどうした!」

「こいつの娘ならばとうの昔に死んでいる! そして、一度発芽した悪魔の種子を取り除く術など存在しない」

 悪魔の種子というのは暴走したエクスフィアのこと。無理に剥がせばそのまま死ぬ。剥がさなくても、このままならば一生人間には戻らない。

 ニールの腕のなかでドアが震えた。閉じる瞳から一筋、涙が流れる。

「では……私は、何のために……」

「だから愚かだと言うのだ! あははははは!」

 天を仰いで高笑いをしていたそのハーフエルフはピタリと笑うのを止めると、真っ直ぐにアリスに向かって手を差し出した。

「我が同族よ、共に来い。人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差しのべてくださることなど有り得ないが、人間ごときとつるんでいたとしても、マーテル様は我らハーフエルフを救ってくださるだろう」

 だから、とハーフエルフは尚も言葉を続けようとして。

 体が凍りついていることに気がついた。

「な、に……」

 よくよく見れば、ニールやデクスも気が付けたかもしれない。アリスの足元に、魔術を使うときに浮き出る陣がうっすらとあることに。

「私はね」

 

「あなたたちが死ぬほど嫌いなのよ」

 

 術が完成する。

 それは氷。絶対零度の名を関する、上級魔術。

 足、太股、腰。胴、肩、腕、そして頭部。

 段々と凍りついてゆき、やがては全てが氷のなかに閉じ込められる。 

「助けてもらわなくても構わないわ――私は私の力でこの世界を生き抜いて見せる。じゃあね、さようなら。命まで削って、無駄な努力御苦労様」

 アリスはそのハーフエルフに背を向けて、それきり振り返らない。やがて彼女は体がすうっと透けて行き、彼女を閉じ込める氷ごとマナに溶けて消えた。

 アリスはふう、とため息をつく。倒れるドアと檻の中のクララを見比べて。

 まったく、面倒なことになった。

 




 キリアに化けていたハーフエルフは、どうしてあんな姿になったのだろうか。実験か何かの副作用か……?
 シンフォニアとラタトスクでは微妙に地形が違うため、ラタトスクでは町から南にある王朝跡もシンフォニアでは何処にあるのか分かりません……だってパルマコスタの南に山はないし。


《設定の違い》
・自警団を束ねるのはブルート・ルアルディ
・ブルートはドアの裏切りに気がつく


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7-5

 分割したので、前編です。


 

 

 神子様。

 神子様、どうか世界をお救いください。神子様、どうか世界再生を。神子様、どうか我々をお助けください。

 誰も彼も、口を開けば神子様、神子様。

 それがとても誇らしくて、それがとても悔しくて、それがとても馬鹿らしい。

 でも世界を救えるのは神子しかいないから。

 

 だから誰も、その神子本人のことなんか、考えちゃいないのだ。

 神子は生きてさえいれば、世界再生を成し遂げさえすれば、どんな状態だろうとも。

 

 

 

 

 

 

 ロイドは複雑だった。

 ――結論から言えば、牧場は壊滅した。避難させる人たちが居たので大規模に爆発させるわけにはいかなかったが、それでも十分だろう。

 マグニスでさえもロイドの敵ではなかった。大振りで隙が大きいパワータイプの相手ならハイマの方でいやと言うほどしてきたから。

 けれど。

 

『おばあちゃんの仇になんて頼らない! それくらいなら、ここで死んだ方がましよ!』

 

 耳の奥で、ショコラの声が響いて離れない。

 ――ロイドがイセリアを追放された日。ロイドは、一体のエクスフィギュアを手にかけた。その時は当然それが人間だなんて知らなかった。が、最後の最後で意識を取り戻し、そのエクスフィギュアは……マーブルは、ロイド達を助けてくれたのだ。

 ショコラは、そのマーブルの孫だった。

 マーブルが死んだのはロイドのせいだ。ロイドが人間牧場に近付き、ディザイアンに顔を見られたから。ロイドが何も知らず、疑わずにエクスフィギュアを斬ったから。ロイドが未熟で、ディザイアンに殺されそうになったから。

 そのどれもがロイドのせいではない。顔を見られたと言ってもそれはディザイアンの機械のせいだ。エクスフィギュアを斬らなければこっちが死んでいた。村から出たことのないロイドでは未熟なのも当然だ。

 何一つロイドのせいではなくて、全てがロイドのせいだった。

 だから。

 

「辛気くさい顔だねぇ」

 

 ロイドが顔をあげたとき、クラトスはもう剣を抜いていた。リフィルはコレットを後ろに庇い、ジーニアスの方からは魔術だろう冷気が漂ってくる。

 クラトスに剣を喉元に突きつけられ、焦ったのは声をかけた方――しいなだった。しいなは両手をあげる。

「ちょ、ちょっと待った! 今は神子を殺しに来たんじゃないんだよ!」

 そうか、ならいいんじゃないのかと口を開けたとたん、リフィルが言う。

「ダメよ。今は、ということは、まだ神子を殺すのを諦めたわけでは無いのでしょう?」

 ロイドははっとする。しいなは否定も肯定もせずに、ただ笑った。それが、答えだ。

「ほんと、いけすかない女だねぇ」

「何とでも」

「けど、本当に今は何もしないよ。エミルの居場所を聞きたいだけだから」

「エミル? 何で……まさかエミルを!」

 ロイドまで殺気だったのでしいながまた慌てて首をブンブンふった。

「違うってば! エミルから頼まれてるんだよ、ルインの復興がある程度進んだら教えてくれって。それと、ルインの奴らから伝言も預かってるのサ」

 ぽん、としいなの肩口で煙が上がり、コリンが現れた。コリンはしいなの体を滑り降りて、皆の前で立った。

「そうだよ! しいなはまだちゃんと治ってないのに、ルインの皆に大丈夫だってウソついて。まだ魔物と戦うのも辛いのに――」

「ああっ、余計なこと言うんじゃないよ」

 しいなはコリンの口を塞いだ。しいなの腕の中でコリンが暴れる。

「ま、そんなわけで今は殺したくても神子を殺せない。それに、エミルに手出すつもりはないよ」

 しいなはその時変な顔をした。何かを思い出すような、苦々しいような、変な顔を。

「で、エミルは?」

 

 

 

 

 しいなと共にパルマコスタに戻ると、入り口の側ではニールが義勇兵に指示を出していた。怪我人や牧場に収容されていた人々を捌き、不安がる市民を勇気づけ、的確な指示を下していく。

 ロイド達が町に入るとニールとエミルはいち早く気がついて走ってきた。勿論エミルの方が早いが。

「おかえりなさい、無事で良かった」

「エミル! マルタは助けられたんだな」

 エミルは何故か遠い目をしながらうん、まあねと煮え切らない返事をした。ロイドから目をそらして、後ろのしいなに気が付く。

「あれ、しいな? なんでここに」

「なんでじゃない! あんたが知らせてくれって言ったんだろ!」

「あ、あああ、そうだった。ルインはどうなったの?」

「殆ど片付けたよ。橋もかけたし、あとは町を作り直すだけサ。みんな感謝してた」

「そっか。……そう、か。うん、分かった。ありがとう、しいな」

「神子様、ロイドさん! 無事のご帰還何よりです」

 ニールは目の前に来ると呼吸を整え、軽くお辞儀する。コレットが目を伏せる。

「あの……ショコラは」

「神子様」

 ニールは微笑んだ。よく見れば無理をしているのだろう、顔がひきつったぎこちない笑みだったが、そうと思ってみなければ恐らく誰も気が付くまい。

「立ち話も何ですから、座ってゆっくり話を致しましょう。……どうぞ、総督府へ」

「ええ、分かりました」

 ニールは近くの人に二、三言何かを言い付けて、先頭にたって歩き始めた。

 町を歩くとニールもコレットも有名人だから人が集まってくる。ニールはそれをやんわりと、あるいはぴしゃりとあしらい、総督府にたどり着く。

 中に入ればそこはしんと静まり返っていて、誰も、兵士の姿もない。

「皆出払っています。収容されていた人々の受け入れや、治療、仮設住宅の設置で猫の手も借りたい状況ですから。それに、ここは今、必要ない場所なんです」

 ニールは一人で椅子や飲み物なんかを用意して、椅子に―――総督の隣に座った。

「ここを守る必要はありませんし、そんな人手もありません。ここに兵や市民は来ません」

 だから、何を話しても構わないと。

 コレットが頷いた。

「分かりました。……牧場は、壊滅しました。でも、ショコラは助けられませんでした」

 ニールは大きく、目がこぼれ落ちるんじゃないかと思うくらい大きく目を見開いて、ふっと目を閉じた。

「そう、ですか。……神子様、改めて御礼申し上げます。パルマコスタを救っていただき、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、ショコラを助けられなくてすみません」

「神子様が謝られるようなことはありません! 元はと言えば、我等パルマコスタ総督府の失態です」

「ドア――さんは、どうなりましたか」

 何故かコレットは総督、と言わなかった。

 ニールはぽつぽつと語りだした。やはり総督はディザイアンの内通者であったこと。死んだと思われていたクララ夫人は異形の姿に変えられていたこと。娘キリアもディザイアンの一員で、もはや別人であったこと。

 そしてドア総督はそのキリアだったものに刺されて重症であり、現在ドア総督に変わりブルートがパルマコスタの指揮を執っていることを。

「総督は、今はマルタ様の家に」

 人の集まる総督府や、マーテル教会ではダメだった。ドア総督は現在侵入してきたディザイアンの一人に刺されたことになっている。キリアもその時殺されたということに。

 人が集まらず、しかし医療設備が揃っているとなるとマルタの家、ルアルディ家しかなかったのだ。

 その時扉が開いて、人が入ってきた。

「エミルただいま!」

「お、おかえりマルタ……」

「アリスさん、マルタ様! 総督の容態は?」

「何とか死んでないわよ。傷も一応塞いだし。……あーあ、疲れちゃった」

 ジーニアスとコレットが心底安心したようにへたりこんだ。

「良かった……」

「ま、あとは安静にしとけば治るわよ。勿論放っといたら衰弱死するけど」

 うふ、って笑い事じゃない、笑い事じゃ。

 例えディザイアンと通じていようとも、ドア総督は確かにパルマコスタの中心だった。真実を知ってもまだ、ニールが従っているように。

 マルタもまた真実を知る一人だった。

「あの……アリス。総督を助けてくれて、その、ありがとう」

「雇い主の命令だったからよ。貴方のためじゃないわ」

「それでも、ありがとう」

 アリスはそっぽを向いたが、マルタはそれで納得したように笑った。

「じゃああとは、クララさまだね」

「なあアリス、先生。またピエトロみたく治してやってくれよ」

「そうだよ! あの術――レイズデッドなら!」

 乱れたマナを正し、もとに戻せるはず。異形化はエクスフィアの暴走による体内のマナの乱れ。

 しかし。

 

「ダメよ」

 

「またあの結晶を使うつもりでしょう? アレはそう簡単にホイホイ使っていいものじゃないのよ」

「ええ。アレは元々大気を巡る筈だったマナ。使いすぎれば世界のマナが乱れるわ。今のシルヴァラントでは、それは避けるべきではなくて?」

 言われてしまうと、ロイド達は何も言えない。けれど今のリフィル達ではレイズデッドを使いこなせない――つまり、見捨てるしかないのだと。

 ―――その時、黙っていたエミルが口を開いた。

 

「なら、ウンディーネの力を借りたら?」

 

 

 

 

「ほ、ホントに渡れた……?!」

「……やっと着いた……のね……」

 ジーニアスは目を輝かせたが、水が苦手なのが判明したリフィルはぐったりしていた。

「たらいで海って渡れるんだねぇ……」

 しいなは何処か感心したように言った。

 そう、ソダ島には船ではなく、たらいで来たのである。マルタも一緒に。

『総督府の誰がが行かないと船は出ないよ』

 ドアとブルートは動けず、アリス達もパルマコスタでの応対に追われていた。比較的自由なのは、マルタしかいなかったのだ。

 それなら頼む、となったのだが……絶対エミルと一緒に居たいからだと誰もが分かった。くっつかれてエミルは迷惑そうだったけれど。

「嘘みたい、あんなに海が荒れてるのに……」

 今も波が高いのに、不思議なくらい何ともなかった。まるで海のなかに海流があって、それがたらいを運んでくれたように。

(そんなわけ、無いよね)

「――あれ、何?」

「えっ?」

 エミルが島の中央部、窪地になっていて柵がたっている方を指差した。

「ほらあそこ。水の向こう。何か落ちてる」

「水……?」

 覗き込んだ、その時。

 目の前を水柱が吹き上げた。

「うわぁぁっ?!」

 間一髪で身を引いたら無事だったものの、もう少し遅ければ当たっていた。

「これは、間欠泉ね」

「かんけつせん?」

 ロイドとマルタが同時に首をこてん、と傾げた。……ロイドは、習ったはずなのだけど。その証拠に、ほら、リフィルが肩を震わせる。

 答えたのはエミル。

「熱湯が噴き出してるんだよ」

 よっと声に合わせて柵に乗り、エミルはその上を走り出す。曲芸を見ている気分だ。観客がいれば拍手喝采ものである。

 が、ここは危険な間欠泉なわけで。

「エエエエエミルッ?! 危ないよ! 早くこっちに……ああっ!」

 ジーニアスはとても感動なんてしている場合ではなかった。エミルが落ちやしないか、間欠泉が吹き上げてエミルに当たらないか、そればかりを心配している。

 なのにその心配を余所に、エミルは窪地に降りていく。ひょいひょいと噴き出す熱湯を避けてあっという間に向こう側に辿り着くと、さっき示した何かを拾い上げ、こっちに戻ってくる。

 ――しかし、それが重いのか、足を滑らせたのか、エミルは途中で体制を崩す。間欠泉は周期的に噴き出す熱湯で、ジーニアスはその周期を計っていた。……あのままだと、当たる!

 ジーニアスは殆ど無意識で術を紡いだ。

「凍っちゃえ! アイシクル!」

 魔術により急激に冷やされて、間欠泉の噴出孔が塞がった。……一時的だ。こうしている今も、気を抜くと氷が溶けて噴き出してしまう。術は集中力で持続時間が決まる。もう一つ凍らせるのは無理だ。

 幸いにしてエミルはそのあと転ぶことも足を踏み外すこともなく、無事に戻って来た。

 エミルが柵を越えて地面に足をつけてから、ジーニアスは術を解いた。

「ふぅ、ありがとう、ジーニアス」

「ありがとうじゃないよ! 何考えてるのさ、直撃したら全身大火傷じゃすまないよ」

「ご、ごめん。……あ、これ落ちてたよ」

 エミルが差し出したのは、腕ほどの大きさの像。法衣をまとい、羽の生えた女性の姿の、精巧な造りの像だった。

 ……はて、何処かで見たような。

「ねえ、これスピリチュア様の像じゃないかな。救いの小屋に置いてある」

 確かに、シルヴァラント各地の救いの小屋にはマーテル教の正像が祀られているけれど。

「……コレットが言うならそうなんだろうけど、何でこんなところに? 近くに救いの小屋なんて無いでしょ」

 正像は基本的に小屋から動かさない。数年に一度、旅業の時にだけは持ち運ぶこともあるが、何かあれば地方をまとめる町の協会に連絡がいくはずだった。

 そしてパルマコスタではそんな話は聞いていない。

「そういや、パルマコスタ地方の司祭が像を探してるって聞いたよ。何の像かは知らないけど」 

「まあ、取り合えず持っておくか。持ち主が見つかったら返せばいいだろ」

 封印の石板が見つかったのは、その少しあとだった。

 

 

 



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7-6

 ノーディスとヴーニス。

 封印を守る守護者を倒すと、これまでと同じようにマナに溶けて消える。そのマナの光が祭壇に注がれて、精霊の祭壇が光を放つ。

 ロイドは剣を納めて成り行きを見守った。

 コレットは緊張した面持ちでそっと羽を広げ、祭壇の上に浮かんだ。

「大地を守り、育む、大いなる女神マーテルよ。……御身の力を、ここに」

 コレットの言葉で精霊の祭壇は解放される。光が浮かんで、それが明滅を繰り返す。光は祭壇から出ようとして出られず、祭壇の中をくるくると回っていたが、やがて落ち着いたのか中央に留まり動かなくなる。

 それと同時に、光は上の方にも延びて行く。眩い光の柱の中を、天使レミエルが降りてくる。

「長き道のりだった。よくぞここまで旅を続けたな、再生の神子コレットよ。我らから、そなたに祝福を授けよう」

「……はい」

 また、差し伸べられたレミエルの手から、光がコレットのクルシスの輝石に注ぎ込む。

「―――何が祝福だ」

 ぽつりと、横でエミルが呟くのが聞こえた。

「浮かない顔だな。また天使に近付いたというのに」

「いえ、とても嬉しいです」

 コレットの声は、堅い。

 レミエルは僅かに顔をしかめた。

「しかし神子よ、ようやくそなたの旅も終わりを迎えようとしている。……喜ぶがよい」

 さっと両手を広げて、笑みを浮かべた。

「いまこそ救いの塔への道は開かれる! 救いの塔で再生の祈りを捧げよ。その時神子は、天の階に足を乗せるであろう!」

 ――天へと続く階を登り、神子が祈りを捧げたとき。世界は救われる。神子が天使となることで。

 神子が天使となることで。

「救いの塔……」

「いよいよ世界再生なんだね」

「もうすぐ……救われる……?」

 マルタなどはディザイアンと戦うパルマコスタの住人だから感慨もひとしおだろう。しいなだけが、顔を曇らせる。

「ホントに再生されちまうのか……」

 エミルやリフィルは何か言いたげにしていた。しかしコレットが―― 一切の感情を殺したような声で――答える。

「レミエルさまの御心のままに」

 そういえば、とロイドは気がついた。

 何時からだろう、コレットがお父様とかではなく、レミエルさまと呼ぶようになったのは。

 レミエルは満足したように頷いて、また天へと上っていく。

「救いの塔で待っている。再生の神子コレットよ」

 コレットは黙って、それを見送った。

 何時もなら、それで終わり。封印は解放され、精霊は目覚めた。ここには用がない。

 けれど。

 

「……驚きました」

 

 澄んだ声。一つ高みから落ちてくるような、そんな声。静かで大声でもないのによく通り、ロイドは全身に鳥肌がたった。

 祭壇の上で何かが集まり、形をとった。青い女性。

 水の精霊ウンディーネ。

「私はミトスとの契約に縛られるもの。契約の資格を持つ者よ、貴方は何者ですか」

 ウンディーネは真っ直ぐにしいなを見て、言った。召喚士である、しいなを。

 

 

 

 

 

 しいなが召喚士と分かったのはつい半日前のことだ。エミルがウンディーネの力を借りればいい、と言ったとき、しいなは自らが召喚士であることを明かした。

『エミルはあたしとコリンの恩人だ。その恩を返すよ』

 だから、神子の暗殺を中断してまで付いてきてくれたのだ。

 しかししいなは契約の詳しい手順までは知らず、エミルとクラトスが助言してくれた。どちらも「昔精霊に詳しい友人がいたから」としか言わなかったが。

 資質を問う、と戦いになり、ロイド達はなんとかウンディーネを下した。

 マナに消えたはずのウンディーネは、一瞬の後に何事もなかったかのように祭壇の上に現れていた。

「………見事です。私との契約に何を誓いますか?」

「今この瞬間苦しんでいる人たちがいる。その人たちを救うことを誓う」

「良いでしょう。我が力を契約者しいなに」

 ウンディーネはしいなの手に小さな指輪を残し、またマナに還って消えた。

 ほうっとマルタが息を吐き出した。

「……これでクララさまを助けられるんだよね?」

「ユニコーンに会えればな。……戻るぞ。ここにはもう用がない」

「あ、待ってください、クラトスさん!」

「神子さま!」

 クラトスが踵を返し、転送装置に足をのせる。そのあとをコレットとマルタが小走りに追いかける。

「はーっ、すげえなあ。早くウンディーネを召喚する所が見てえっ!」

「もう、はしゃぐんじゃありません!」

「ま、見てのお楽しみサ」

「すぐに飽きなきゃいいけどね……」

 ロイド、リフィル、しいな、ジーニアスもまた装置に乗り、景色が変わる。神殿の内部に戻ったのだ。

「あれ、エミル?」

 マルタが辺りを見回すが、ロイド達が戻ってから転送装置は動かない。

 

 ―――エミルだけが、戻ってこない。

 

 

 

 

 

 

「――俺を残したからには、話してくれるんだろうな? ウンディーネ」

 振り向く彼の瞳は、紅。

「やはり、貴方でしたか。見間違えましたよ」

 消えたように見せていたウンディーネが顕現する。どこか、呆れたように。

 彼はくく、と喉の奥で笑った。 

「お前が気が付かなければ他のやつにもバレなさそうだな」

 ウンディーネは水の精霊。水は生命に繋がり、命はマナに繋がる。ウンディーネが彼を人間と見間違えたなら、他の精霊は彼を人間だと思うだろう。

 ウンディーネはかっと目を見開くや、珍しく声を荒げて彼に詰め寄った。

「笑い事ではありません! なぜここにいるのですか!」

 彼がいなければ世界は回らない。彼がいなければ世界が滅ぶ。冗談じゃなく。彼にしかできないことが多すぎる。

 しかしその前に、なぜ“今”、ここにいるのか。何故“こっち側”のここにいるのかと。

「あー、うるさいうるさい。怒鳴らなくても聞こえてる。……その辺りはあいつらにたっっっぷり言われてるからな。ちゃんと役目は自覚してるから安心しろ」

 彼は自嘲気味に頬を緩ませる。昔もよく、こうして怒鳴られたものだった。

 堅物のイフリートとウンディーネはその代表で、フラフラするな、早く帰れと何度も苦言を呈されたものだ。それは精霊の役目を重く受け止め、自覚していればこそだから、彼も咎めたりはしなかったが。

 長い付き合いだ。こう言うとき、彼がその忠告を聞き入れた例がないのはウンディーネも分かっている。彼女はため息をついて続けた。

「しかし……いえ、だからこそ、どうしてここに? なぜ人間と一緒にいるのです?」

 貴方は人間が嫌いなのではなかったのですか―――? すんでのところでウンディーネはその言葉を飲み込んだが、彼には伝わってしまう。

 彼が眠りにつく少し前、彼の半身とでも言うべきものが、人間の手で滅ぼされた。その時……いや、その前から、彼は何度も言っていた。

 人間など、いっそ滅びてしまえと。その気持ちに、今もあまり変わりない。

「成り行きだ。たまたまあいつらの目的地が祭壇のある地だっただけで他意はない」

 ウンディーネはほっとした。

「そう、ですか。私はてっきり、問い質すためかと」

 

「―――なんだと?」

 

 ウンディーネは失言を悟った。口をつぐむが、もう遅い。

 彼は精霊の口から出る言葉が、全て真実であると知っている。何気なく聞こえる言葉でも、視点を変えれば穿った真実であると。

 精霊は多くを語らない。精霊は世界に干渉しない。だから、精霊の言葉には意味がある。

「ウンディーネ、お前は知っている筈だな? 答えろ。何故、“こんなこと”になっている。あいつに何があった!」

 こんなになっても、彼はまだ、心の奥底で希望を捨てられない。頭では分かっていても。

 ウンディーネはそっと目を伏せた。

「お答え、出来ません」

「何故だ」

「契約だからです」

「今のお前はしいなと契約しているだろうが」

 新たな契約を成せば、古い契約は破棄される。今、ウンディーネはミトスとの契約に縛られていない筈だった。

 けれどそれは、ヒトとの契約の場合。

「ミトスとではありません。翁との契約です。“もしも貴方が目覚めても、決して伝えるな”と。これは王からの命令だ、と」

 王から。精霊にとって、抗えないモノの一つ。例えそれが王が直接下したものでなくても、精霊は嘘をつかない。問いただそうにも、王は、今。

「あの野郎……命令なら仕方ない。直接あいつらに聞く」

 ウンディーネは彼の目を見て、それから改めて頭を下げた。

「申し訳ありません」

「良い。そういう風に出来てるんだ。……じゃあ、なんで俺を残した? 話をするためじゃないだろう?」

「まあ、それもあるのですけれど―――彼女を、目覚めさせて欲しいのです」

 ウンディーネの手元には、水色の、雫のような形をした宝玉が。

「それは……」

「確かに今、水のマナは私の管理下にあります。しかし私たち精霊は、あなたたちのように届けることは出来ません」

 精霊の役目はマナの属性変換と、世界を巡るマナの流れにそのマナを乗せること。そしてその流れを見守り、導くこと。だから精霊が眠っては世界のマナは巡らない。

 けれど、マナの流れは世界中を全て巡る訳ではない。そして流れが淀んだり、片寄ることもある。

 そういう所で調整するのが、他ならぬ彼の役目だ。

「変換し、流れに乗せることは出来ても、流れの通らない土地までは届かない。……だから、俺たちがいるんだ」

 例えば、ソダ島近くで海が荒れているのは暴走に引きずられたせいもあるが、ウンディーネがより遠くに力を届けようとした為だ。ルインの湖も、元を辿ればウンディーネの力。それを届けようとして失敗し、しわ寄せが海に来た。

 本来ならば彼らが動いて、何事もなく世界は回るはずだった。

 彼は“それ”を受け取り力を込めた。音もなく雫が開いて、珠になる。と同時、彼の中に力が流れ込んでくるのを感じた。

 ――これで、ようやく半分。

 少しして、珠が本来の輝きを取り戻す。マナが少なく実体化こそ出来ないようだが、ようやく“こっち側”は全て目覚めた。

 彼はふっと笑った。

「手間をかけたな。半端に目覚めたせいで引きずられたらしい。これでじきにおさまるだろ」

「……申し訳ありません。いつも、貴方ばかりに」

 仕方のないことだ。

 マナの調節も、魔物を従えることも、扉や封印を守るのも、『侵入者』と戦うのも、全ては彼にしか出来ないことだ。

 そも、彼と精霊達とでは作りからして違う。役目が違うのだ。彼の仕事は精霊の誰であろうとも変わることは出来ないし、精霊の仕事は彼では上手く回らない。

 ……今は、何故か無理矢理に彼の仕事を精霊達がしているけれど。

「良い。これは俺の仕事だからな。―――さて、こっちは終わった。またしばらく、お前達に任せる」

「! 行くのですか」

「ああ。あの塔は門だろう? 彼処からなら、対して力を使わずに行けるからな」

 そして彼処に、彼が求める答えもある。

 彼が歩き出した。転移装置に足を乗せると、今度こそ動き出す。

 転移直前、ウンディーネは彼の背中に向かって声をかけた。

「御武運を」

 彼は答えず、目を閉じた。

 

 

 

「コレット……コレット!」

 神殿を出ると、コレットの容態が急変した。

「また、天使疾患ね。早く休ませなくては」

「じゃあ早く大陸に戻ろうよ!」

「ダメだ。まだエミルが来てない」

 いくらエミルが強くて何でもできそうでも、乗り物成しに帰れるわけがない。………本当は乗り物がない方が早かったりするのだが、ロイドは勿論リフィルも知らない。

 ロイドがじっと神殿の出口を見つめていたら、マルタがおずおずと質問する。

「ねえ、神子様は……いつも、こんな風に?」

「ん、ああ……封印を解放する度にな」

 マルタはぎゅっと唇を引き結んだ。そしてそっとコレットの側にしゃがみ、手をかざす。

 その手から暖かな光が注いでいく。――治癒術の、光。

「こんなんじゃ、気休めにもならないかもしれないけど」

「……、……」

 コレットが弱々しく微笑み、口が動いた。ありがと。

「マルタ、貴方治癒術が使えるの?」

「はい。ファーストエイドだけなんですけど」

「何処で覚えたのかしら?」

 治癒術は人間も使える。しかしそれを知るものは少なく、人の身で治癒術を使える人をロイド達は知らなかった。世界を半周しても、まだ。

「夢で」

 マルタはコレットに手をかざしたまま答えた。

「小さい頃から、夢を見るんです。大きくなるとあまり見なくなってしまったけど―――私は夢の中で術を使ってました。……不思議な夢です。大切な夢で、思い出したくないのに、忘れられなくて」

 光が収まり、マルタは顔を上げた。それまで一緒にいて信じられないくらい、大人の顔をしていた。

「エミルのことも、夢で見たんです。私に背を向けて私を庇ってくれるひと。私を守ってくれるひと。……エミルに助けてもらったときに分かったんです。ああ、私はこのひとを探してたんだなって」

 あ、勿論エミルが格好いいのは事実ですよ、と付け加えた辺りはマルタらしかったけれど、ジーニアスはマルタが二歳も三歳も年をとってしまったように見えた。

 その時。

 荒れ狂っていた海が、嘘のように鎮まった。

「――今、マナ、が」

 代わった。神殿の方から何かが駆け抜けて、遠くまで伝わっていく。波紋のように。

 一度しかなかったがジーニアスもリフィルも……コリンも反応した。今までも、何度か感じたことはある。精霊の解放に伴うものかと思ったが、今回は違う。既に精霊は目覚め、契約まで交わしているのだから。

 その時ようやく、エミルが神殿から出てきた。

「エミル! どこいってたのさ、遅いから心配したよ」

「ごめん、なんだか転送装置が誤作動して――コレット?!」

 リフィルに抱かれているコレットを見て、エミルははっとする。天使疾患は一晩の事。しかし辛いことにかわりはなく、こんな潮風が当たるところでは休みようがない。

「急いで戻るぞ。神子を休ませねば」

 エミルが戻ってきたとあれば、反対する理由はなかった。

 またたらいに乗り込み、陸地を目指してこぎ出す。来たときとは違って誰も喋らない。

 

 

 ―――旅の終わりは、目前に迫っている。

 

 




 よくたらいで海を越えようと思ったよね。近くにパルマコスタがあるんだから、船の一隻でも貰えば良いじゃないか。最新式の蒸気機関船があるんだから。

 さて、精霊に関する私的な考察ですが、個人的にはウンディーネとイフリートが苦労人筆頭だと思っています。何だかんだでラタ様の後始末してたり苦言を呈したりするのは彼等。他はまあ、止めになんて来ないでしょうし。
 精霊が嘘をつけないと言うのも個人的設定です。

 因みに、カミシラ山地の魔物たちがたらいを運んだ、という裏設定があったりなかったり。


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8-1 救いの塔

 

 

 

 ハイマの夜空は、パルマコスタのものよりも格段に美しい。明かりが少なく、山の上だから空気も澄んでいるせいたろう。

「綺麗だな……なぁ、コレット」

 ロイドの声に返事は返らない。代わりにコレットがロイドの手をほんの少しだけ強く握った。

 それだけで、ロイドは泣きそうになってしまった。

 

 

 

 

 ―――人間性の欠如。天使になる代償。

 味覚を失い、睡眠を失い、触覚を失い、ついには声まで失う。

「誰かの手を握っても何も感じられないなんて……世界再生なんかやめちまいなよ!」

 正面からそう言えるのは、しいなくらいのものだ。他は、口が裂けても言えない。コレットは、神子だから。

 シルヴァラントにはもう、後がない。

 神子に護衛を雇うことだって、ロイド達の同行だって本当なら例外だ。神聖な世界再生の儀式は一般人は見てはならないとされているから。通常神子の護衛は司祭が担う。

 しかし規範を曲げてまで、イセリアは神子を送り出した。

 八百年失敗し続けている世界再生。次の神子はいつ生まれるか分からない。マナの減少はもう、生活に影響するほどになっている。

 真実、シルヴァラントはここで失敗したら滅ぶ。

 だからユニコーンの角を手にいれた後も、コレットは自分のためではなくクララのためにそれを使うようにと笑ったのだ。

『わたしは世界を再生するために生まれたんだから、ちゃんと自分の仕事をするよ。ね?』

 コレットの症状は、術で治せるかもしれない。しかし治せば天使にはなれずに世界再生を成し遂げられないかもしれない。

 一行は、結局救いの塔を目指すしかなかった。

 しかしここで問題がある。シルヴァラントの救いの塔は、険しい山脈の中にあるのだ。

 

 

 

 

「本当にありがとうございました、神子様」

「いえ、お礼を言われるようなことではありません。神子様のご意志ですわ」

 声の出ないコレットに代わり、リフィルが返答する。

 総督府はようやく、元のように人々が出入りするようになった。……クララとドアは未だ療養中なので、ニールとブルートが代理を勤めているが。

 だから総督の席は空けて、その隣の椅子にニールは座っていた。

「それでは、救いの塔へ向かわれるのですね」

 ニールにはユニコーンのことも説明してある。水の封印を解放し、ウンディーネと契約できればクララを助けられる、と。クララが助かった今、それは即ち再生の旅の終わりを意味する。

 ニールは知らない。コレットは声がでないことも、痛みを感じないことも、人として当たり前の睡眠すら出来ないことも。

 だからニールの笑顔は世界再生を純粋に喜んでいるものだった。故に、リフィルは一瞬答えに詰まった。

「……ええ、お世話になりました」

「ところで救いの塔にはどうやって行くつもり?」

 横からアリスが口を挟んだ。なにをするわけでもないのに何故か総督府にいるアリスは、デクスが入れた紅茶を飲みながら足を組む。

「どうって……」

 ジーニアスが答えようとしたとたん。

「因みにあの辺りはハイマの人間でも立ち入らない山岳地帯だ。海は荒れて熟練の漁師でも無事には帰れないとまで言われてるし、お前達が行ったら骨で見つかるぞ。――あ、違った。骨すら見つけて貰えないぞ」

 デクスの現実を突きつける言葉に、今更ながらジーニアスは青くなった。

 再生の旅は救いの塔で終わる。逆を言えば、救いの塔に行かなければ世界は救われない。

 山を越えれば何とかなるだろうと甘いことを考えていた。……前にも、砂漠越えのときにエミルにも言われたのに。情報もなしに未知の土地に入ることは自殺行為だ、と。

 ロイドもリフィルも黙りだ。彼らも方法を思い付かなかったのだ。頼みの綱のエミルとクラトスはハイマに行ってみようとしか言わなかった。

 それを見て、アリスがため息をついた。

「………はあ、そんな事だろうと思った。アリスちゃんに任せなさい」

 マルタが目を見開いた。

「珍しい……アリスが自分からそんなこと言い出すなんて、明日は槍でも降るんじゃないの?」

「こっちにも、色々と事情があるのよ。仕方ないじゃない、仕事なんだから」

「仕事?」

 アリスは一瞬無表情になっただけだが、隣のデクスがしまった、とでも言いたげな顔をしていた。

「………何でもないわ。それじゃ、先にハイマに行ってるから」

 固まったデクスを引きずって、アリスは颯爽と総督府を出ていった。……はて、アリスは総督府に雇われている身ではなかったか。

 ロイドが頭を掻いた。

「行ってるから、って言われてもなぁ」

「けど確かにボクたちには方法がないよ。救いの塔に目指すって行っても行き方なんか分からないし」

 悩む一行に、マルタが声をかける。

「あの、大丈夫だと思います。アリスはひねくれてるけど、ああいう言い方をしたときはなんだかんだ言ってもちゃんとやってくれるから」

「そうだね。腕は確かだし、大丈夫じゃないかな」

「……まあ、マルタとエミルがそう言うなら」

 嘘をつきそうにないマルタと、信頼できるエミルの言葉ならば信じられる。コレットも、ロイドもそうだろう。

 旅の決定権は神子たるコレットにある。

「じゃあ取り合えずハイマに行ってみましょう。ニールさん、お世話になりました」

「はい。またいつでもいらしてください」

 

 パルマコスタを出てから、そう言えばマルタは見送りに来なかったな、と思い出した。

 

 

 

 

 

 街道を歩けば、何度か魔物とは出会う。そのどれもが理性を失ったように、我武者羅に突っ込んでくる。

 今のロイド達の敵ではなかった。

 最近ではエミルもクラトスも剣を抜くこと無く、ノイシュも怯えずにロイドとジーニアスの援護のみで倒せていた。

 だからだろうか。

 魔物との戦いの最中に小さな悲鳴が上がるまで、その人物の存在に気がつかなかったのは。

 それも偶々数が多いので全員武器をもって魔物と対峙しノイシュの回りには誰もいなくなったとき、ノイシュがその人物の頬を舐めたせいで驚いた、小さな悲鳴が上がるまで。

「え、ま、マルタ? 何でここに――いや、どうやってここに? ……まさか」

 大急ぎで魔物を蹴散らし、問い詰めると、マルタはあっけらかんと頷いた。

「うん、ずっと後ろに」

「魔物は?」

「襲ってこなかったよ? それに、ほら」

 マルタは腕を振り、手のスピナーの刃を出して見せた。……それで撃退したらしい。

 だったら尚更に何で気が付かなかったのだろう? 魔物の襲撃に対応するために、常に気を張りっぱなしにしていたのに。まるでクラトスのような、圧倒的な上位者を相手にしたときのように、気が付けなかったのだ。

 ともあれ、判明したならやることがある。

「取り合えず、パルマコスタに戻ってマルタを送って――」

「待って!」

 急に大声を出すものだから、コレットは危うく転びかけた。

「私も行く」

「は?」

「アリスが行くなら私も行く!」

「え、ええぇぇえ!?」

 いや。いやいやいや、それは何か可笑しいだろう!

「あのねマルタ、それとこれとは話が別」

「同じだよ! これでも、私だって武器さえあれば戦える。足手まといにはならないよ。それに……」

 それ以上何も言えないような、苦しそうな顔でマルタは唇を噛む。

「それに、神子様だけにこんなことさせるなんて、間違ってるんじゃないかって……私も何か手伝いたいの。ほら、私はパルマコスタ政府の一員なんだし、一緒にいけば何か出来るかもしれないし」

「でもマルタ、お父さんは……ブルートさんは良いの?」

 ブルートとは一度だけ会ったことがある。牧場から戻ってきた後で、マルタを助けてくれてありがとう、と礼を言われたのだ。

 しかし、ブルートは―――重度の親馬鹿だった。目に入れても痛くないほどに可愛がっているマルタが旅に同行するなんて聞いたらどうなることやら。少なくとも許可をとらなければあとが怖い。

 が、マルタは胸を張る。

「大丈夫、昨日の晩に話してあるから」

 ……話しはしても、許可は取れたのだろうか?

「けど………」

「……仕方ない」

 嘆息と共に一番に賛同したのは、意外なことにエミルだった。

「え、エミル本気?」

 エミルはマルタと一緒にいるのを苦手にしていた節がある。そりゃあことあるごとに「さすが私の王子さま!」とはしゃがれてくっつかれていれば、誰でも苦手にはなるだろうが。

「だって、ここからだとルインの方が近いよ。まさか一人で帰らせるわけにもいかないし、ルインには置いていけない。連れていくしかないもの」

「そうかも、しれないけど………」

 渋るジーニアスの袖を、コレットがくいと引いた。目が合うとコレットはにっこりと微笑んで見せる。

 しつこいようだが、旅の最終決定権は神子たるコレットにある。

「………もう、コレットったら」

「やった! エミル、神子様、ロイド! これからよろしくね」

 そんなわけで、マルタも交えて一行は歩を進める。

 ………コレットが何故同行を許可したのか、ジーニアスもロイドも、リフィルでさえも知らない。

 

 

 そうして歩く――意外なことにマルタは音を上げなかった――心なしか、ゆっくりと。

 誰もが分かっていたから。旅の終わりがすぐそこだと。だから必要のないお喋りに興じ、歩いていてなにかを見つければ足を止める。その度にコレットが笑い、その度にコレットが先を促すのだ。

 旅の終わりはすぐそこだから。

「皆、聞いてくれないかな。話しておきたいことがあるんだ」

 しいながそう言い出したのは、ルインを越え、ハイマまであと一日となった夜営の時だった。

 

 

 

 

 

 ハイマにようやく到着したのが昨日のこと。アリスは考えがあると言って昨日の夜から出掛けている。

 彼は宿屋の屋根から『それ』を眺めていた。

「救いの塔………ねえ」

 天高くそびえ、雲に包まれ高さも判然としないほどの白い影。天への階。人々の希望の象徴にして、マーテル教の聖地。神子の旅の最終目的。

 けれど彼にしてみれば、単なる変なモノでしかない。

「彼処だけ次元がずれてるんだよなぁ……ある筈なのに無いし、無いと思ったらあるし」

 徒人には感じとることもできない違和感だが、彼にとっては西から日が上るくらいの感覚。存在するはずのないもの達を相手にする彼は、そういったものの感知に長けていた。

 シルヴァラント各地を旅し、同胞の気配を辿れば、“もうひとつ”はあの向こうにある。

「……やっぱり、彼処から行くか」

 一つため息をついて、屋根から飛び降りた。

 山道の途中に構えられたねこにんギルドの横を通りすぎた所で、彼は慣れない、しかし懐かしい気配をとらえた。一気に山頂まで駆け上がる。

 山頂にはロイドとジーニアスと、コレット、リフィルが居た。それからアリスと、大きな生き物。

「な、え、ええぇ?!」

「そそれ魔物じゃないかっ」

 慌てふためくロイド達とは対称的に、エミルは僅かに目を見開いた。

「飛竜? ………まだ生き残りがいたんだ」

 アリスの後ろにいるそれは、人二人が乗れるほど大きな竜。大きな翼と鋭い爪、とても攻撃性の高い魔物であり、人里ではまず見ない魔物。かつて人間の乱獲で数を減らし、山奥などに僅かに生息するのみとなった、飛竜の成体だった。

 長らくまともに仕事をしていないので把握していなかった。……しかし生き残りがいたとは嬉しい誤算だ。種が絶えるのは喜ばしくない。一匹でも生き残りがいるならば、彼はその種を助けてやれる。

 リフィルはエミルとはまた違った意味で驚いた。

「アリス、貴方魔物使いなの?」

「違うわよ、あっちが懐いてきただけ。元々飛竜使いが飼ってたんだけど、魔物が多くなってルインに引っ越しちゃったのよね」

 そういえば、いた。あのルインでは魔物なんて連れていけないから置いてきた、とか言ってた、髭もじゃのおじさんが。

「いいの? このコその人のものなんでしょう?」

「いいのよ。許可はもらってるから。けどこれで救いの塔まで行けるでしょ?」

 確かに飛竜は高地に巣を作り、雲の上を翔ぶ魔物だ。加えて力も強い。山脈を越え塔に行くくらい造作もないことだろう。

 いつの間にか、明日出発に決まったようだ。ロイド達は思い思いに最後の夜を過ごすべく山を降りていく。

 エミルはそこに残った。アリスが飛竜の鼻先を撫でている。

「どうしてここまでするの? アリスが得することは何もない筈なのに」

「あら、自分の世界の危機だもの。協力するのは当然じゃない?」

「アリスが?」

 しばらくエミルとアリスは睨みあった。ややあって、アリスが目をそらす。

「仕事、って言ったでしょ。ちゃんと連れていくわよ。安心しなさい」

 アリスはそう言って山を降りていく。 

 飛竜が彼を見て、おもむろに頭を下げた。エミルは近寄り頭を撫でてやる。

「明日はよろしくね……」

 

 

 

 



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8-2

 

 

 エミルが降りてこないことに気がついたしいなは、一人で山を上っていた。足音を消してしまうのは、忍の性だろうか。

 けれどエミルは、しいながどれ程気配を殺して近付いても気付いてしまう。

 今回もあと十数歩と迫ったところでエミルが振り向いてしまった。

「あ、しいな。もう怪我は良いの?」

「ああ。マルタの治癒術の練習台にされてね」

 悔しさはおくびにも出さず、しいなは笑う。

 マルタが治癒術を使えることを知ったリフィルは、道中徹底的にマルタを鍛えている。……気に食わないのは、その練習台にしいなを選んだことだ。確かに怪我は治ったけれど、なんというかこう、気に食わない。

 エミルは魔物を撫でながら苦笑した。

「……不思議だねえ、あんたの前だと魔物も何処と無く嬉しそうに見えるよ。やっぱり機械じゃないからかねぇ」

「機械?」

「ん、ああ。テセアラじゃ、機械で魔物を操るのさ。と言っても使ってるのは闘技場くらいだけどね」

 シルヴァラントでは、エクスフィアは人間が戦うために体につけて使うもの。しかししいなの故郷テセアラでは、機械につけて使うのが一般的だった。

 リフィルならばそれはどんな機械だと始まるだろうが、エミルの関心は違うところにあるらしい。

「テセアラにも魔物使いがいるんだ」

「いないよ。少なくとも、あたしは知らない。機械で操るのも、大人しくさせるくらいしか出来ないんだ。言うことを聞かせるなんてのは無理さ。……だから、あんたはどっちの世界でも珍しいよ、エミル」

 そう。しいなは、魔物とはただの害悪でしかないと思っていた。人間を殺し、本能しか持たず、ただ暴れるしかないものだと。

 理性があるように見えなかった。文化も知性も無かった。一緒に戦っていた仲間すらも簡単に見捨てていた。仲間を助けるような真似は見たこともなかった。

 けれど―――エミルを見ていると、その考えが揺らいでくる。

 もしかしたら魔物も人間を恐ろしいと思っているのだろうか? だから子供が恐怖で暴れるように、我武者羅になっているのではないか? もしかしたら分からないだけで、魔物にも知性があるのだろうか?

 エミルの前では、魔物は決して牙を剥かない。他種族であろうと助け合う。そして……エミルを守る。

 それはまるで、エミルが魔物の―――

「テセアラは、どんな国?」

 エミルに問われて、我に帰った。

「そうだねぇ……」

 テセアラは国と言うよりも世界の名だ。あそこには人と、ハーフエルフと、エルフとが暮らしていて、不可侵のところもあるが基本的にはテセアラ王家の下にある。

「人はこっちよりずっと多いよ。技術も発展してるし、街も大きいし。……でも……」

 シルヴァラントよりも良いかと問われたら、即答できない。

 シルヴァラントにはテセアラのような富と繁栄がない。けれど人はシルヴァラントのほうが暖かい。

 シルヴァラントにはテセアラのような安全な場所というものが存在しない。けれど人はシルヴァラントのほうがたくましい。

 肩口でコリンが姿を現した。

「コリン、こっちの人の方が良いな。ぐちゃぐちゃしてない。真っ直ぐだもん」

「ぐちゃぐちゃ、か……そうだね、そうかもしれない。あたしだって――」

「しいな?」

 甦りかけた嫌な記憶に蓋をして、しいなはやるべきことを思い出す。神子の暗殺――本来ならば今この時に、世界再生が目前に迫ったこの時に殺さねばならなかった。祖国テセアラのために。

 けれどしいなは、忍でありながら情に絆された。

「なあ、本当になんとかならないのか? コレットも世界も――シルヴァラントもテセアラも救われるような、そんな道は」

 そうしたら、しいなは神子を、コレットを殺さずにすむ。テセアラも救われるように天使にお願いしてみると言ってくれた優しい少女を。

 そうしたら、テセアラを裏切らずにすむ。テセアラを衰退させないためにここにいるのだから。

 そんな優しい道が、あってもいいとしいなは思う。誰よりも優しい少女のため。向こうにいる腐れ縁や、恩人のため。

 それを見つける時間は、残念ながらシルヴァラントには残されていないけど。

「――昔ね、僕の友達がそんなことを言ってたよ。全部まるごと救えるような方法はないのかなって」

 瞬間、エミルが誰かにダブった。

 それはテセアラにいる誰か。昔からよく会っていた、誰かの目。

 今は会うことが叶わぬ何かを、見ることのできない何かを思う人の目。

「結局、最高の方法は見付からなかったけど………ロイドなら、その方法を見つけるんじゃないかって思うんだ。あれかこれかの選択じゃなくて、どれでもない道を、見つけ出せるんじゃないか、って」

 

 

 

 

 クラトスはノイシュを撫でていた。そのノイシュが突然吠えたので、クラトスは山を降りてくるエミルに気がついた。そう言えば、心なしかノイシュは嬉しそうだった。

 クラトスは足を揃え、礼をした。……昔、よくそうしていたように。

「……礼を、言わせてほしい。旅はもうすぐ終わる。これも」

「クラトスさん」

 下げかけた頭を、エミルの一言で止める。じっとみられている気配があった。顔を上げる。

 そこにあるのは、森のように深い翠色の瞳。

「本当に、これで良いんですか?」

「………」

 クラトスは答えなかった。答えられなかった。瞬きすら出来ず、エミルから目を反らせなかった。二人の間で、ノイシュが二人を見比べて困っていた。

「クラト―――」

 口を開きかけ、エミルは腰の剣を抜いた。

 咄嗟のことに動けないクラトス、ではなく。

 転移術で現れた、襲撃者に向かって。

 恐らくはマナの揺らぎを正確にとらえた為だろう。寸分違わず現れた襲撃者を斬りつけた。

「ぐ……っ!」

 呻き声と共に青い影が踞り、瞬時に消える。一撃離脱。連続で高位術である転移を使えるからこその作戦。

 クラトスは礼を言うべくエミルに向き直り、エミルの後ろから駆け寄ってくる赤を見た。とたん、エミルから鋭さが消え失せる。

「クラトスさん、大丈夫でしたか?」

 クラトスが答えるより早く、慌てたロイドが走ってきた。

「クラトス! 無事か?! 怪我してないか!?」

「あ、ああ、問題ない。……どうしたのだ、ロイド」

「だ、だっていきなりコレットがクラトスが襲われるなんて言うから、上から見たらクラトスが後ろから刺されそうになってるのが見えて……」

 本気で心配しているらしかった。そう言えばロイドはエクスフィアのお陰で目が良いのだ。よくもまあ山頂近くからここが見えたものだと軽く感心する。

 クラトスは混乱しきっているロイドの頭に手をのせた。

「大丈夫だ。エミルが助けてくれた。私は何ともない」

「ほ、ほんとだな?」

「ああ」

「本当に本当なんだな?」

「しつこいぞ」

「だって、あんたは自分に関することじゃ嘘つくから。砂漠でもノイシュが心配して飲ませようとしなかったら自分は大丈夫だとか言って一滴も水飲まないし、戦いでも自分の怪我よりもジーニアスや俺の怪我の方を優先するし。それに夜営の時もあんた殆ど寝てないだろ! 当番決めたのに起こさないし!」

 エミルが横で笑う気配があった。全くもってよく見ている。

「……本当だ。何ともない」

「なら、いいんだ……って子供扱いするなよっ。俺はもう十七なんだからなっ」

 頭のクラトスの手を払いのけて睨み付けるロイド。つい口許が緩みバカにするな! とさらに怒鳴る。

「十七にしては行動が子供じみているが?」

「ぐぅ……!」

 ついに堪えきれずエミルが吹き出した。

「あっ、エミルまで!」

「ふふふ、ごめん、ロイド。……ねえ、コレットは山頂にいるの?」

「あ、ああ、その筈だけど」

「じゃあ、僕はコレットの所に行ってるね」

 そう言ってエミルはロイドが通ってきた道を行く。

「ロイド、お前はもう良いのか。神子と話をしていたのだろう?」

「いや、良いんだ。もう話は終わってたから。――あいつ、ごめんとか、世界のためだからとか、そんな事しか言わないんだ。………情けねぇよな。俺、あいつを守るって言ったのに」

 守る、か。

 クラトスは、それがとても難しいことを知っている。例えクラトスほどに強くなっても、完璧に守るなんてことはほぼ不可能に近いことも。

 体を守るだけならば腕をあげればいい。けれど守るというのは、究極的には相手の心のすべてまでもを守る事だ。

 けれど。

「守りたければ強くなれ。もっとも、それで全てを守りきれるとは限らんが」

「そーだよなぁ……俺、まだまだ弱いもんなぁ。クラトスにも、エミルにも結局一度だって勝てなかった」

 旅の途中、何度となく模擬戦をした。クラトスとエミルの戦績はほぼ均衡しているが、ロイドはいつも負けていた。

「クラトス、俺強くなったかな?」

「ああ」

 旅の始めから見れば、見違えるように強くなった。模擬戦で、つい手加減を誤ることがあるほどに。

「だが――」

「『油断と慢心が隙を生む』、だろう?」

「……その通りだ」

「へへっ、いつも言われてたからな」

 戦闘が終わる度、何度もそうロイドに言った。いつも聞き流していたように見えたが……ちゃんと、覚えていたらしい。

 嬉しそうに笑ったロイドは、不意に顔を曇らせる。

「なぁ、本当にこれで良かったのか?」

 コレットの犠牲でしか救われない世界。

 人の命を吸って作られるエクスフィア。

 助けられなかった命。

 旅の途中、彼等は選択してここまできた。何かを選び、他の何かを切り捨てて。

 クラトスの脳裏に、とある光景が浮かび上がった。遥かな昔、木漏れ日の下で休息を取っているときのこと。

「過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。人は時を遡ることはできん。それに……人生の正否は、誰も知ることができない。たとえ、精霊でも。だから精一杯生きるしかない………古い、友人の口癖だ」

 友人。……友人。まだ、友人と思っていてくれるのかは知らないが。

 クラトスは宿に足を向け、ロイドに言った。

「お前は……間違えるな」

 頼むから、どうか同じところには来ないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 山頂で、コレットは全てを聞いていた。

 ジーニアスが悩んでいるのも、リフィルが何度も謝るのも、ロイドがクラトスと話しているのも、全て。

 世界の音。彼女にとって一番大切な音。ほんの少しだけ、天使になれたことを感謝する。

 イセリアにいたときから、コレットの世界は限定されていた。司祭と、家族。それ以外の人はコレットに、神子に関わろうとしなかった。してはいけないと思っていた。

 けれどそこに、ロイドが現れた。

 コレットを“神子さま”ではなく“コレット”にしてくれた。そこから子供たちもコレットと遊ぶようになり、ようやくコレットは普通の子供のように遊ぶことができた。ジーニアスも、リフィルも、コレットをコレットとして扱ってくれた、数少ない人物だった。

 コレットの世界は、ロイドのお陰で広がった。そして広がった全ての場所に、ロイドがいる。

 コレットの世界は彼らでできている。世界再生は世界のため。―――彼らの、ため。彼らの生きる世界のため。

 彼らのために捧げよと、そう教えられて育ったことを、ロイドたちは知らない。

 最近は、コレットの世界にはいろんな人が加わった。アリス。デクス。しいな。コリン。マルタ。そして―――

 足音が近くなる。コレットが振り向くと、エミルが少し遠くから手をふって来た。

「コレット、少しいい?」

 もちろんだよ、とコレットは頷いた。

 とっさに言葉を返しそうになってしまうのは、それが体に染み付いた性だから。

 神子は希望。神子は救い。つらくても苦しくても、神子は笑っていなくてはならなかった。だいじょぶ、と言い続けるのは、そうするしかないからだ。

 コレットは、神子だから。

 コレットはエミルの手を取り指を滑らせる。

『ごめんね』

「どうして謝るの?」

『最後なのに、喋ることが出来なくて、ごめんね』

「そんなの、気にしなくていいんだよ。コレットがコレットなのには変わりないんだから。………コレット、どうして笑うの?」

 ロイドと全く同じことを言ったから。さっき、ロイドも言ったのだ。どんなになってもお前はお前だ、と。

 何でもないよ、と首を降りながら、コレットは笑っていた。エミルも仕方無いと苦笑する。

 やがて、エミルが笑うのを止めた。

「ねえコレット、聞きたいことがあるんだけど」

 小首をかしげ、先を促す。

「あの天使………レミエルがコレットのお父さんだって、本当?」

 手が、震えてしまったのに、エミルは気付いただろうか。エミルに聞かれるとは思わなかったのだ。

 エミルが封印解放に立ち会ったのは二度。旧トリエットの火の封印。そしてソダ島の水の封印。最初と、最後の二回だけ。

 コレットが答えられずにいると、エミルはじゃあ、と重ねて問うた。

「コレットは、それを信じてる?」

 

 

 

 

 

 エミルが宿に戻ると、ジーニアスが飛び出してきた。

「あ、エミル! 良かった、帰ってきてくれた!」

「ジーニアス、どうしたの? ロイドたちは、まだ帰ってないの?」

「うん、まだだよ―――って、それどころじゃないんだ! 助けて! もうボク一人じゃ止められないんだ!」

 未だ状況をのみ込めていないエミルを、ジーニアスは宿に押し込んだ。とたん、鼻をつく臭い。

「姉さんとマルタを止めて! ボクは応援を呼んでくるから!」

 そう言い置くや否や、ジーニアスは宿屋を駆け出していく。

 その臭いが何の臭いかわかった瞬間、さあっと、エミルの顔から血の気が引いた。

 恐る恐る、奥に進む。途中、誰一人いない。

 ようやくマルタとリフィルを見つけると、マルタがエミルに気が付いた。

「あ、エミルお帰り!」

「うん、ただいまマルタ………リフィルさん、マルタ? あのー……何を、してるんでしょうか?」

 つい敬語になる。すると何気なくリフィルが言った。

「料理を作っているのよ」

 エミルは倒れそうになった。が、臭いで意識が引き戻される。

「私はその手伝いをしてるの。エミルー! これどうぞ!」

 マルタが鍋に入ったどす黒いナニカを差し出した。

「こ……これは?」

「シーフードシチューだよ。ちょっと失敗しちゃったけど」

(………これは少しじゃない。ちょっとって言わない)

 マルタのちょっとは随分と意味が広いらしい。

 初めリフィルが料理をしようとして、マルタが手伝いを申し出た。マルタが一緒ならばとジーニアスが目を離したところ………マルタの料理の腕もアレだった、というのがマルタとリフィルの話を総合した結果である。

 ――流石に、これはエミルとジーニアスでも食べられるものにするのはムリだ。

「あの、リフィルさん? 夕食なら僕が作りますから」

「いいえ、明日は大切な日なのよ。あなた達にはゆっくり休んでもらわなくては」

(料理を食べたらそれこそ一生休むことになりますって!)

 声に出せない辺り、エミルは気弱であった。

「で、でも普段なれないことをすると疲れませんか? 僕は毎日作ってますし、大丈夫ですよ」

「あら、私も料理くらいしていてよ。いつもはジーニアスが絶対自分がやると聞かないのだけれど、今日くらいは」

「私も、エミルに料理を食べてもらいたくて」

「あー…………因みにお二人とも料理の経験は?」

「たまにジーニアスと作るくらいね」

「ママの手伝いをしてたよ」

 エミルはジーニアスとマルタの母を心から尊敬した。とても大変だったに違いない。

 リフィルの料理は殺人料理と渾名される程凄まじい。マルタのほうも所謂名家のお嬢様だったので、料理をしたことはないらしい。味見はした? ときいて「なにそれ?」と返ってきた時点で、エミルは頭が痛かった。

 まずは、食べられるかどうかを知ってもらおう。

「お二人とも、味見をどうぞ」

 それぞれのつくった料理をスプーン一杯掬って渡す。

「料理は作ってる途中につまみ食いしちゃいけないんだって聞いたけど」

「つまみ食いと味見は違います。さあ、どうぞ」

 二人は顔を見合わせ、ぱくっとスプーンを口に含み。

『―――!』

 二人揃って、ぱたりと倒れた。それを見てエミルは半ば真剣に思案した。

「毒でも入れたのかな……」

 

 

 結局、毒は入っていなかったが何故かパナシーアボトルやらリキュールボトルやら謎の物体やらが含まれていたので、鍋の中身は厳重に密封した上で、後でアリスに頼んでリカバーをかけながら森に散布した。……森が枯れたような気がしたのは気のせいである。

 因みにそんな作業をしたエミルとリフィルたちに料理を教えようと奮闘したジーニアスに夕食を作る気力体力はなく、その日の夕食はクラトスとロイド作のビーフシチュー(トマト抜き)であった。

 




 遂に終わりは目前に。
 しかしシルヴァラントの救いの塔って険しい山の中にあるんですが……歴代の神子達はどうやって入っていたんだろう。はっ! もしかして、ハイマの飛竜使いって伝統ある職だったのか?!
 掛け合いの中では作中の台詞が出てくるものが一番好きです。二番目は「ドワーフの誓い第七番!」

 ××料理人の称号をもつリフィルとマルタの合作料理とか想像するだけで恐ろしいんですが。これを機に上手くなってくれ、マルタ。
 クラトスとロイドはトマトに関してだけは息ピッタリでしょうけど、肉ばかり入れようとするロイドと栄養バランスを考えようとロイドをたしなめるクラトス………わいわい楽しそうな、立派な親子ですよね!


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8-3

 

 予感は、していた。

 あってほしくない可能性のひとつとして。

 

 

 

 

「――――!!」

 鳴き声で、エミルは目を覚ました。

 聞き覚えのある魔物の鳴き声。独特ゆえに間違えることはない。

 外はまだ薄暗い。早朝と夜の間くらいだろうか。宿のなかを見回せば、ロイド達はまだ寝ていた。……しかし、空の、やけにきれいに整えられたベッドが二つ。

 クラトス―――そしてコレット。

「まさか――ロイド! ジーニアス! しいな!」

「ん、あぁ……もぅあさか……?」

「むー……ねぇ、さん……」

「んん………」

「寝惚けてないで起きて! コレットが居ない!」

 未だに寝惚け眼の二人。しいなはなんとか目を覚ましたが、それでもまだ頭は働いていない。しかしコレットという単語に反応して、マルタとリフィルが目を覚ます。

「まさか……! 起きなさい!」

 叩いても叫んでも起きないロイドたちにしびれを切らしたか、マルタが術を唱える。

「あーもうっ、邪悪なる力よ退け! ディスペル!」

 状態異常回復の術。それで強制的に眠気を吹き飛ばす。

「ロイド! ジーニアスっ! しいなっ! コレットがいないの、起きてっ!」

 

 

 

 

 急いで支度をし山頂にかけあがると、そこには飛竜が四頭。昨日は五頭いたはずだから。

「一匹いないっ……!」

 先に救いの塔に行ったとしか考えられない。

 その時、アリスとデクスが登ってきた。二人は宿ではなく、別の場所に泊まっていたのだ。

「アリス、コレットが………!」

「分かってる! 行って!」

 アリスは呆然とするロイド達を竜の背中に押し上げた。ロイドとジーニアス。リフィルとしいな。そしてエミルとマルタ。

 珍しくアリスは慌てていた。心なしか着衣も乱れ、髪も何時もの艶がない。デクスもかなり疲れていたようだが、それでも武装は完璧だった。

「行け! 急がないと間に合わなくなるんだ!」

 アリスが鋭く指笛をふくと、飛竜がふわりと飛び立った。エミルがアリスに叫ぶ。

「アリスは?!」

「やることがあるわ。………行きなさい! 操作は出来るでしょ?」

「わかった―――お願い!」

 みるみるハイマが遠くなる。アリスたちも点のように小さくなる。もうアリスの声も聞こえない。風は耳元で唸り、目も開けていられないほどの突風が吹き付ける。

 しかし飛竜は真っ直ぐに進んでいる。先頭を行くエミルとマルタの飛竜を、迷わず追っているのである。

 雲の中を突っ切る。そして、抜けた。

 いきなり風が穏やかになる。ロイドはそっと目を開けた。

「………すげぇ……これが……救いの塔……」

 日の光を受けて煌めく白き塔。雲の上を飛んで尚頂上が見えない、天まで達する塔。

 その半ばに飛竜が一匹留まっていて、その横に彼等は降り立つ。ロイドは一匹だけいた竜を見た――間違いない、アリスが連れていた飛竜だ。尻尾にリボンがついた飛竜なんて他にいない。

 数歩下がれば雲の中。前に進めば見慣れた転移盤。

「行こう」

 そうして、救いの塔に足を踏み入れる。

 

 

 

 箱。―――棺。

 一番最初に目に飛び込んできたのは外から見たよりもずっと広いその空間や、宙に浮いている透明な足場、見たこともない作りの柱や床では、ない。

 そこに浮いている数十、或いは数百もの、棺だった。

「なんで……どうしてこんなところに棺がこんなに……」

 戸惑いの声を上げたのはマルタ。それもそうだろう、救いの塔はマーテル教会の聖地だ。そこに遺体があるなんて考える訳がない。まして、パルマコスタはマーテル教信者が多いのだ。

「今まで世界再生に失敗した神子……なのかも知れないわね」

「コレットも失敗したらここに並ぶってか……くそっ!」

「行こう、コレットが心配だよ」

 そこは一本道で、突き当たりにはまた転移盤がある。

 足を乗せると、慣れた感覚を覚える。体が引き伸ばされ、細かくなり、そして何かに乗って引っ張られる感覚。それが収まったとき、彼等は違うところにいる。

 そこはさっきよりも広く、正面には剣が突き立てられている。そこからは段になっていて、段の上で―――コレットが祈るようにしゃがんでいた。

 

「コレット!!」

 

 それで振り返った、コレットの目は。

 紅く、染まっていた。

「こ、れ……と?」

「無駄だ。その娘に、もうお前たちに応えるような心は残っていない」

 柔らかな、それでいて冷たいその声は、聞き覚えのある声だった。

 見上げると、上にレミエルが浮かんでいる。……ただし、それまでとは比べ物にならないくらいの、嘲笑をその顔に浮かべて。

「え……」

 だからジーニアスが呆然としたのは、言葉と、レミエルの様子との両方だった。

 何故なら、レミエルは今までコレットを我が娘と呼ぶ優しげな父親だったから。

「お前たちがそう望んだのだろう? 神子に、世界の再生を」

「それとコレットが心を失うのと、何の関係があるんだよ?!」

 ロイドは苛立っていた。分かりたくない。考えたくない。

 なのに、現実は常に残酷だ。

「コレットは、ここで人としての死を向かえ、そして……天使として再生する。コレットが心と記憶を失ったのは、世界を再生するためよ」

「どういう事だよ、先生……!」

 リフィルの淡々とした声が、ロイドの神経を逆撫でる。

 そんな言葉が聞きたい訳じゃない。そんな理由を説明されたい訳じゃない。

 ロイドが聞きたいのは、そんなことではない!

「ごめんなさい。コレットに口止めされていたの」

 ああ、そう言われてよくよく思い出してみれば、コレットとリフィルの顔が、顔が。あの微笑みは。あの悔しげな表情は。

 隣で青ざめるジーニアスにも知らされていなかった。知っていたのはリフィルとコレットと――恐らくはクラトスと。

 レミエルが両手を広げて高らかに叫んだ。

「今、神子コレットは天使となった。よくぞ世界再生を成し遂げた、神子よ! ここに天使コレットは我らクルシスの一員となり、その体はマーテル様に捧げられる。これこそが世界再生! マーテル様の復活が世界の再生そのもの」

「そ、そんな……?!」

 こんな事のために?

 こんな事のために、これまで旅をして来たのか? 辛い天使疾患に耐え、人々に希望を託されて、ディザイアンと戦い。ロイドがあちこちを見て笑って、泣いたこの旅は。

 コレットにとっては、死への道のりだったというのか?

「待ちなよ、レミエル! 本当に他の方法は無いのかい? コレットの犠牲の上の再生なんて悲しすぎるよ! アンタだって、コレットの親なんだろう!」

 しいなの声がロイドに突き刺さる。

 それでも何とか抑えていた感情は、次の一言で爆発する。

「親だと? 笑わせる。お前たち劣悪種が、守護天使として降臨した私を勝手に父親呼ばわりしたのだろう」

 

「ああ、そうだろうとも」

 

 レミエルの体から、剣が生えた。

 

 ロイドは怒りでどうにかなりそうだった。けれどその光景に呆気に取られて、動けなかった。

 レミエルを後ろから刺し貫いていたのは、エミルだったから。

「コレットは気付いてたさ。お前が父親じゃないって。それでも、シルヴァラントのために、黙ってることを決めたんだ。テセアラも、シルヴァラントも救いたいってな」

「ぐぅ……な、にを……!」

 流れる紅が、レミエルの緑の法衣を染めてゆく。天使の血も紅いのかと、ロイドはそんなことも考えた。

 何故エミルは彼処にいる? 何故エミルはそんなことを知っている?

 何故エミルの瞳が、コレットのような真っ赤に染まっている――?

「てめぇのような下衆が、コレットの親な訳ねぇだろうが!」

 怒号とともにエミルはレミエルから剣を引き抜き、近くの柱へと蹴り飛ばした。

 どさりとレミエルが目の前に倒れて……ようやく、ロイド達の時間が動き出す。

「出てこい! 何処かで見てるんだろう!」

 エミルは空に、上に向かって大声で怒鳴る。

 やがて、レミエルが上段に向かって手を伸ばした。

「く、らとす、さま………」

 倒れたレミエルの口から出た名前に、ロイドは思わず肩を震わせる。

「クラトス様……お慈悲を……私、に、救いの手を……」

「忘れたか。私も元は劣悪種……人間だ。お前の言う最強の戦士は見下した相手に救いを求めるのか?」

 レミエルの顔が絶望に染まり、そのまま力が抜けて動かなくなる。

 段上のコレットの隣に―――レミエルがいたその場所に立つ、クラトスを見て。

「クラトス……お前、何でそこにいるんだよ……? お前は、誰なんだ?!」

「私は、クルシスに属するもの。神子を監視するため、差し向けられた四大天使の一人」

 言いながら、クラトスは左手の要の紋を外した。その背に、コレットと同じような透き通った蒼色の羽が広がる。

「――神子は、貰い受けるぞ」

「俺たちを騙してたんだな……っ」

「騙すとは? 神子がマーテルと同化すればマーテルは目覚め、世界は救われる。それに不満があるのか? お前達が望んだことだろう」

 ロイドは剣を抜いた。覚悟を決めた。

 例え相手がクラトスでも、退けない。

「コレットは俺たちの仲間だ! 何が天使だ、何がクルシスだ! コレットを返せ!」

 

 

 



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8-4 ※

 

「クラトス・アウリオン―――っっ!!」

 

 エミルがクラトスに突進する。しかしクラトスは剣の一振りでエミルを吹き飛ばし、すかさず走ってきたロイドに一太刀。

「させるかっ!」

 が、柱を足場に再びエミルがクラトスに突っ込んだことで、ロイドへの追撃は叶わない。その間にリフィルがロイドに治癒術を唱え始めた。

 勿論黙ってやらせてくれるほどクラトスは甘くない。

「魔神――」

「させないよ! 破魔濤符!」

 リフィルの詠唱を止めるべく腰を落としたのを見て、しいなが符を放った。符はクラトスの目の前で光を帯びて――爆発する直前で、符ごと両断される。

「クラトス……最初から、こうなるって分かってたな?!」

「だからどうだというのだ。私は金で雇われた傭兵だ。神子を無事に救いの塔に送り届けるために」

「それでコレットを見殺しにするってのかい! 天使になれば……コレットは死んじまうんだよ!?」

 エミルについで叫ぶしいなに、クラトスは冷静に言い返す。

「死ぬのではない。マーテルと同化するだけだ。それに、その方がお前にとっては都合がいいのではないか?」

「それは……! あたしは、あたしはそんなことっ!」

 動揺したしいなは、急に距離を詰めたクラトスの攻撃に対処しきれない。剣の柄を押し込まれそこを蹴り飛ばされては、まだ牧場での怪我が癒えていないしいなは起き上がれない。

「し、しいな! ……癒しの力よ――」

 倒れ込むしいなをみて、呆然としていたマルタは術を紡ぐ。治癒術。最近リフィルに鍛えられ、ファーストエイドくらいなら十分に使いこなせるようになったのだ。

 術を使うのは、リフィルやマルタだけではない。

「ファイアボール!」

 クラトスの術が、しいなと、しいなの側にいるマルタに迫る――!

「スプラッシュ!」

「獅子戦孔!」

 水柱が上がって術をかき消した。その隙に傷が癒えたロイドが、術で生まれた死角からクラトスに闘気をぶつけて吹っ飛ばす。

 合図もなにもなしに見事な連携を見せたジーニアスがマルタの側に走ってきた。

「ありがと……ジーニアス」

「マルタは下がって」

「そ、んな――私も戦うよ!」

 ジーニアスは微笑んだ。

「そんな青い顔して大丈夫なんて言っても聞かないからね。……ごめんね、巻き込んじゃって。きっと混乱してるだろうから――自分の身を守ることに集中してて」

 言うなり、またジーニアスは場所を移すべく走っていった。術は遠くからでも使えるが、相手がはっきり見えた方が精度が増すからだ。前に出過ぎはしないが、クラトスの攻撃が緩い中衛まで出る。

「そうだ……アンタはここにいな」

 目覚めたしいなも立ち上がりながらジーニアスとおなじように笑う。

「あたしたちと違って、アンタは一般人だ。それも普通にマーテル教を信じていたんだろう? いきなり目の前で天使だ何だって、混乱しても仕方ないよ。大丈夫、アンタのことはあたしたちが守るから。怪我治してくれて、ありがとう」

 そうして、またしいなも前線に戻ってゆく。

 マルタはそれを見送るしかできなかった。

 パルマコスタは敬虔なマーテル教信者が多い。天使を神聖なものとし、神子を希望の象徴とする教えは、骨の髄まで染み込んでいるのだ。

 けれど。

 どこかでこんな雰囲気が懐かしいと感じる。

 確かにクルシスの天使様がこんなだとは思っていなかったから戸惑いはある。しかし何処かで納得してもいる。やっぱり、と思うこともある。

 何よりも、戦いそのものは戸惑うことがない。

「戦いなんて、知らない筈なのに……」

 考えるよりも先に体が動いている事がある。反射的になにかをしようとして、力が足りないと思ったことがある。

 何故か分からないけれど、マルタは戦いを知っている。

 思い出せそうで思い出せないもどかしさを、マルタは感じていた。

 

 

 

 前線の戦いは激しさを増していた。

 エミルとクラトスが激しい剣撃で渡り合う。二人は旅の途中何度も模擬戦をしていたのだが、双方体の動かし方が違う。

 ロイド達はその隙を縫って攻撃を仕掛けるのだが、そのどれもが一太刀でかき消され、反撃される。するとリフィルが治癒術を唱え、クラトスはそれを阻止するべく一歩踏み込む。そこに体勢を立て直したエミルが剣を振るい、またエミルとクラトスが剣を交える。

 エミルが居なければ、ロイド達は正しく瞬殺されていた。

 しかしその均衡も長くは続かない。

 次第にロイド達が押され始めた。ロイド達の動きが鈍り、リフィルの術も途切れがちになる。

 一気に決めないと、こちらが負ける!

「―――皆、頼むぜ!」

「! 分かった、行くよ!」

 全力でやろうというロイドの号令に反応して、それぞれが動き出す。

「虎乱蹴、鳳翼旋! 虎咬裂斬刺!」

 エミルは時間稼ぎに回る。手数の多い技でクラトスを封じ、それでいて攻撃を食らわないように立ち回る。

 その後ろから、ロイドが走る。

「閃空――」

「アンタの相手はこっちだ、風刃縛封!」

 迎え撃とうとしたクラトスを、しいなの符が取り囲んで動きを止める。

「援護するわ、シャープネス!」

「サンキュー、先生! 虎牙破斬、裂斬風! 獅吼、翔破陣!」

 リフィルの術が上乗せされた、ロイドの今出来うる最高の攻撃だ。斬り、吹き飛ばし、叩き付ける。

 そして後ろに飛び退いた瞬間。

「ビリビリだよ、サンダーブレードッ!」

 雷の剣が、クラトスを貫いた。

「やったか?!」

 術が解けて晴れた視界の中、立ち上がる人影がある。……あの攻撃を、防ぎきったのだ!

 のみならず、低い声で唱えるその術は。

「地を這う穢れた魂に……」

 強力な天使術のなかでも高位とされる――

「安息に眠れ、罪深き者よ」

 無慈悲にも降り注ぐ断罪の光。

 

「ジャッジメント」

 

 視界が白く染まった。

 

 

 

 光が収まって、立っているのはエミルとクラトスだけだった。他はジャッジメントの直撃で意識はなく、ロイドだけが意識はあれど立ち上がる体力は残っていなかった。

 構えを解き、クラトスは口元に笑みを浮かべる。

「やはり、貴方には効かぬか」

「分かっててやった癖に。手加減したな? 殺すだけならいくらでも機会はあった。それといい、こいつといい……お前らしくないな、クラトス?」

 クラトスは答えない。エミルはクラトスを睨み付けた。

「らしくないと言えば“あいつ”もそうだ。答えろよ、クラトス。あいつは何処にいる?!」

「………それは」

 クラトスが顔を歪めた。

 そして。

「やはり、いかなお前でも本気で対峙するには至らなかったか」

 新手。表れた人物に、クラトスは膝をついた。

「ユグドラシル様」

 エミルは目を見張った。

「ユグ、ドラシル……? まさか!」

 金色の髪。青みがかった緑の目。そして胸元に光るクルシスの輝石と、背中の羽。

 似ても似つかないが、それでも――面影はある。

 エミルの驚きは他所に、そのユグドラシルと呼ばれた天使は羽を広げ高らかに宣言する。

「愚かなる者達に、死に行く手向けとして教えよう。我が名はユグドラシル。クルシスを――ディザイアンを統べるものだ」

「っっ……ユグ、ドラシル―――!!」

 エミルが、その天使に斬りかかった。が、間にクラトスが滑り込んで受け止める。

「ちっ、退けっ! てめぇに用はねぇ!」

「そうもいかん。ユグドラシル様に手は出させん」

「お前がっ! お前がそれを言うのか! よりにもよって、お前が!」

 強引に鍔迫り合いを押しきって、蹴り飛ばそうと足に力を込めた、その瞬間。

「退かれよ。貴方に勝機はない」

 耳元で囁かれた言葉に、エミルは蹴りを鈍らせた。

 足を捕まれ、逆に投げ飛ばされる。下へ、足場の外へ。

 いくらエミルが空中戦に長けると言っても、足場もなしに戦えない。エミルは空が飛べるわけではないのだから。

 ああ。ここまでか。

 落ちる途中、エミルはウィン、という機械音を聞いた――転送装置の作動音。

 

「サブロー!」

 

 何かに拾われたような感覚。四肢を投げ出して何とか乗っかっている状態で、彼はそっと、目を開ける。

 すると白と、金色とぶつかった。

「全く、無茶するわね」

 鞭をしならせ、足を組んで、彼の目の前に座るその少女は。

 ここに、居る筈の無い――

 

「あ、りす……?」

 

 ハイマで別れた筈のアリスがいた。

 アリスは何故か上を見上げてとても苛立った顔をしている。

「………」

 上に、何があるというのだろう。上にはロイド達とあの天使と、クラトスくらいしか居ない筈なのに―――いや。

「アリスちゃぁぁーん!!」

 ……あの喧しい声は。

 耳を澄ませれば、他にも複数人の声がする。その中で、誰かが大声で叫んだ。

「神子を確保しました!」

「よし、引き上げだ!」

 良かった。彼はほっと息を吐いた。コレットをあの天使達に渡せば、きっと殺されてしまうから。

 しかし引き上げだと言われたのに、アリスは動こうとしない。

「アリス! 急げ!」

「……サブロー!」

 また浮遊感を覚える。アリスと彼を乗せた魔物が上昇したのだ。

「くっ、薄汚いレネゲード共め……」

 ロイド達が担がれていたのが視界の端に見えた。天使が呟いたその一言と、転移装置の機械音を最後に。

 

 そこで彼の意識は途切れた。

 




※さくろみさんが、挿し絵を書いてくださいました!!


【挿絵表示】


 本当に本当に本ッ当にありがとうございます……!!


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8-5

 さて、これにてシルヴァラント編完結となります。
 テセアラ編に入ると更新速度がガタ落ちしますが、完結はさせるつもりですので、どうかお付き合いよろしくお願いいたします。

 あ、でももう少しだけ隔日更新は続けます

 デクスが使っている大剣はラタトスク本編で使っているものではありません。


 

 待て。

 待ってくれ。行くな。頼むから。

 おいていかないでくれ―――

 

 手を伸ばして、けれどどうしても届かなくて。

 

 ……いつもそこで、目が覚める。

 

 

 

 

 はっと目を開くと、目の前には獣の顔があった。

「は? え?」

 ノイシュではない。ノイシュというよりは、魔物のような―――魔物?!

「お前、もしかしてアリスの……うわっ!」

 ピンク色のリボンをつけた尾を元気よく振りながら、魔物は彼の上にのし掛かった。襲っているのではない。じゃれているだけだ。

 しかし魔物にとっての“じゃれる”は人間にとっては“暴れている”ことと変わらないわけで。

「―――っあ……!」

 息が、詰まった。

 全身が悲鳴をあげる。救いの塔での激闘が、今になって響いてきた。

 彼が剣豪に値すると言っても相手は英雄に名を連ねる、しかもクルシスの天使。対して此方はまだ半分しか力を取り戻しておらず、本調子でもなかった。

 痛みに彼はベッドに倒れ込んだ。流石に魔物もしょげて彼の上から降りた。そうしてベッドの脇から子犬のようにくぅ、と啼いた。

 少しして何とか痛みが収まると、視線だけ動かして魔物を見やった。……魔物は獣だけでなく、ウサギに似たものもいた。やっぱり体のどこかにピンクのリボンが結んである。

 それから、どうしてかハイマに置いてきたノイシュも居る。ノイシュは彼を見てくぅ、と一啼きし、彼の手を舐めた。

 腕をそろそろと動かして――鈍痛が走ったが素振りも見せず――彼は魔物達を撫でてやった。

「大丈夫……お前は悪くない。心配させて、悪かったな」

 魔物は嬉しそうに目を細める。

 

「目が覚めたか、少年」

 

 隣の部屋から入ってくるデクスが、見えた。

「そいつら、ずっと少年から離れなかったんだぜ。感謝しろよ、そいつらが少年に治癒術かけ続けてたんだから。……あ、ノイシュはアリスちゃんが連れてきたぞ」

 咄嗟に跳ね起きた。

「――っ! デクス?! なんで……いやロイド達は?! コレットはどう……!」

 拍子に咳き込むと、それだけで体のあちこちに痛みが走る。

 デクスが慌てて駆け寄ってきて、咳き込む彼をベッドに戻した。

「あ、おいおい、大人しくしてろよ。一応絶対安静なんだからな? 寝てろ重病人」

 彼は半眼でデクスを睨めつけた。

「ふざけるな。ここは何処だ。ロイド達はどうしたんだよ。どうやって彼処に来やがった」

「自分の状態は聞かないのか?」

 デクスが近くの机から椅子を引っ張ってきて、ベッドの横に座った。……手の届くところに悪趣味な大剣を立て掛けるのも忘れない。彼の剣はと言えば、入り口横の机に置いてあった。

 その入り口は随分変わった扉だ。取っ手がない。手をかける場所もない。一枚の鉄の板で、継ぎ目も見当たらない―――そう、トリエット砂漠で見たような。

 トリエット砂漠の、ディザイアンの基地のような。

「お前………ディザイアン、だったのか?」

 デクスは頭をかいた。

「うーん……ま、しょうがないか。同じハーフエルフだしな。……確かにここはトリエット砂漠にある、俺達の基地だよ。ロイド達や神子も別の部屋にいる」

 

「ただ、俺達はディザイアンじゃない。――レネゲードだ」

 

 

 

 

「ディザイアンじゃ、ない……?」

 ロイドが目を白黒させると、アリスが憤然として腕を組んだ。

「当然よ。どうしてアリスちゃんがあんな奴等の仲間にならなくちゃいけないの」

 ロイドは混乱していた。

 まず目覚めたら知らない場所。コレットが立っていたから帰ってきてくれたのかと思いきや、心を失って何を言っても反応しない。再度リフィルから説明を受けて、ようやくロイドは“世界再生”の真相を理解した。

 次に隣の部屋に来るように呼ばれ、伝令に付いていったらそこにアリスと、トリエット砂漠で見た青い髪の男と、ボータが居た。

 そこでロイドは知ったのだ。

「我々はディザイアンではない。似た格好はしているがな。我々はレネゲード。ディザイアンに、クルシスに対抗するための地下組織だ」

 ディザイアンはマナを食い荒らすもの。かつて勇者ミトスによって封じられた厄災。

 しかし真実は単なるハーフエルフに過ぎず、人間を拐い痛め付けるのも、それすらも定められた―――造られた役割であるという。

「じゃあ……やっぱり、ディザイアンとクルシスは、同じものなのか」

 ボータが即答した。

「その通りだ」

 何となくそうと察するのと、正面切って言われるのではやはり違う。特にマルタの衝撃はかなりのものであったろう。然り気無くしいながマルタを支えた。

「部屋に、戻ってるかい?」

「守られてきたマルタちゃんには、ちょーっとキツイ話だったかしら。何時もみたいに部屋に戻ってていいのよ?」

 アリスがくすくす笑いながら茶化すと、顔色を悪くさせながらもマルタは確りと首を振った。

「ううん。ここにいる。………知らなくていいことだとは、思わないから」

 旅業に付いてこなければ知るはずのないことだった。知らなければ、笑って何時ものように家族と過ごせていたかもしれない―――神子一人の命と、引き換えに。

 マルタは思い出す。事あるごとにバカみたい、マーテル教なんか嫌い、と公言して憚らなかった二人のこと。パルマコスタはマーテル教の街だから、随分影では色々あったためブルートが手を回したことを、マルタはまだ知らない。

「マーテル教は……嘘、だったの? だから、アリスは皆が嫌いなの?」

「―――そうよ」

 掠れた声に返答したのは、ふざけた気配が一切無いアリスだった。どこか不貞腐れたような、感情を殺したような、そんな声。

「マーテル教なんて、クルシスが作った方便だわ。マーテル様なんて嘘っぱち」

 それきり、アリスは顔を背けた。言葉を継いだのは青い髪の男。

「天使も特殊なエクスフィアで進化したハーフエルフに過ぎない。クルシスもディザイアンも……そして我々も、只のハーフエルフだ」

「……クルシスは何が目的なんだ?」

「少しは自分の頭を使うんだな」

 ふん、と嘲るように男が鼻をならす。それにぴくりと肩を震わせたロイドを横目で見て、リフィルはため息をこらえた。

「女神マーテルの復活かしら? マナの血族に信託を下して、婚姻を管理し器となる神子を作り上げる……かなりまだるっこしいやり方なのが気になるけれど」

「ほう、見事ですな」

 男はすっと目を細めた。それから、試すように笑って語り始める。

「シルヴァラントには、互いにマナを搾取しあうもうひとつの世界がある」

「テセアラだな」

「そう。そしてその歪な関係を作り上げたのが、クルシスの指導者ユグドラシルだ」

「世界を作った? そんなことできるわけないよ」

「そう思うならここでこの話は終わりだ」

 あっさりと背を向けた男は背を向けた。説明しようと言うよりも、説明はしてやるが理解させるつもりは無いらしい。

 が、バカにされてもなんでも、気になることもある。確かめなければならないことが。

「待てよ。二つの世界を作ったのがユグドラシルなら、そんな奴相手にお前たちは何をしようとしてるんだ? それに俺やコレットの命を狙っておいて、どうして助けた。アリスたちもレネゲードだって言うなら、どうして俺たちに手を貸したんだ?」

 ロイドだって知っている。善意だけで助けるには、限度があること。何の目的があって助けたのか――分からない内は、警戒しなければならない。

 真っ直ぐ男を見つめると、やがて男はフッと笑った。面影はある、と言ったときと同じ顔で。

「……まんざらバカでもないらしい」

「リーダー、言ったでしょう? バカだけど頭の回転は早いって」

 アリスの言葉はフォローしてくれているのか貶されているのか。ロイドは怒りを覚えるよりも少し悲しくなった。

「私たちが貴方達を助けたのは偶然よ。あとは貴方達を監視していたから」

「我々の目的はマーテル復活の阻止。その為には、マーテルの器となる神子が邪魔だったのだ」

「もっとも、神子は完全に天使と化してしまった。今の神子に下手なことは出来ん。が……」

 一度言葉を切り、男はロイドを指差し叫ぶ。

「今我々に必要なのはお前だ、ロイド! お前がいれば、もう神子など必要ない!」

「俺?! 俺なんかに何の用があるってんだよ?」

「お前が知る必要はない。ロイドを捕らえろ!」

 何処からともなくディザイアン……ではなく、レネゲード達が現れる。すかさず一行は武器を構えた。

 ロイドに向かって、リーダーらしい男が手を伸ばす―――

「っ、そう簡単に……捕まってたまるか!」

 剣を抜き、柄で男を思いきり殴った。そのままバックステップで距離を取り、魔神剣!

「逃げるぞ皆!」

「く……アリス、追え!」

 即座に踵を返して逃げ出すと、後ろからリーダーらしい男の声と、大勢の足音が聞こえてきた。が、ロイド達の足は止まらない。

 幸い一度捕まった施設。大体の構造は覚えている。

 まずはエミルと合流するのだ。

 

 

 

 

「じゃあ、お前たちは始めからレネゲードの指示にしたがっていたのか」

「始めからってのは語弊があるな。少なくとも、ハイマで会ったのは偶然だ。まさか北に来るとは思ってなかったんでね」

 デクスは肩をすくめながらも彼に紅茶をいれてくれた。……旨い。

「指示で動いてたのはルインからだな。牧場ぶっ壊しに行ったときはひやひやしたぜ」

 彼はアリスの言葉を思い出す。

 仕事だから仕方ない、と頻りにそう言っていなかったか?

「じゃあ牧場を消したのは……」

「いや、そっちは独断。ま、少年に頼まれなくても最後まで付いていくつもりではあったけど」

 レネゲードは神子が天使になるのを防ぐため、殺してしまうつもりでいた。しかしクラトスが護衛についたこともあり、直接の手出しは控えた。

 アリス達がハイマに居たのは全くの偶然で、その時はまだアリス達には何の命令も出されていなかった。だから純粋に術書を求めて協力出来た。後で神子を監視せよとの命が下り、そこからは仕事での同行だった。

「本当は最後……ハイマで神子を行かせるな、って命令もあったんだけど。その命令を受けとる前だったから、神子達に飛竜を貸したんだ。悪かった」

 命令を受け取ったときにはもう遅く、ロイド達を行かせて時間稼ぎをする位しか出来なかった。その間にレネゲード本部に連絡し、一団となって雪崩れ込んだ、というわけである。

「成る程、な。道理で何もかも“らしくない”と思った。―――デクス、ロイド達は何処にいる?」

「違う部屋にいるけど、もう行くのか?」

「ああ」

「一応、少年は重傷者なんだが?」

 彼はふん、と鼻を鳴らした。

「俺をその辺の奴等と一緒にするな」

 力が戻れば、彼は単なる人間ではない。……いや、人間からかけ離れる、と言うべきだろうか。

 この体は確かにただの人間と同じ。怪我もするし病気にもかかる。腹が空くことも暑さ寒さで動けなくなることもある。

 しかし彼の力は“人間ではない”モノだ。器が人間でも、中身が人間ではない以上、彼は人間ではなくなっていく。

 それも本当は元に戻るだけ、なのだけれど。

「あまり激しく動かなければ問題ない。ロイド達のところに行くだけだろう。……ありがとう、デクス」

 腰に剣を差し、緑色の目でエミルは微笑んだ。

 デクスはそれを見てあっさり引き下がった。立て掛けていた大剣――相変わらず趣味が悪い――を片手で担いで外に出ると、こっちだ、と先導し始めた。

 エミルが外に出れば、ノイシュも後を追ってくる。

「……ねぇデクス、似たような部屋ばかりで迷わない?」

「そりゃあ、来たばっかりの頃はな。けど馴れれば良いぞ。砂漠だってのに暑くも寒くもないし、食い物は旨いし」

「そういえば、紅茶美味しかったよ」

「だろう! ふっふっふ、流石は少年。アリスちゃんにも『まあまあね』と誉めてもらったんだ!」

「あ、あはは……そうなんだ。よかったね……」

 まあまあは誉め言葉に入るのか否か。

 本人がいいなら良いだろう。……多分。

 デクスは上機嫌で言葉を続ける。

「それにここならアリスちゃんが嫌な思いをしなくて済むからな。ほら見ろ少年! この素晴らしい笑顔の数々!」

 どうだっ! と言わんばかりに広げて見せたのは鮮やかなアリスの姿絵。……いや、絵じゃない。小さな一枚一枚に、あらぬ方向を向いた、穏やかな微笑や年相応の子供のような表情を浮かべたアリスの顔。

「惜しむらくは目線が合わないことだな……けど撮ってるって気が付くとアリスちゃん笑ってくれないし………なあ少年、どうしたらいいと思う?」

 そんなのこっちに聞くな。

 本音を言うなら、アリスが気が付いたら殺されるだろう。しかしデクスなら殺しても死なないような気が、物凄くする。

「………これもレネゲードの技術?」

「ああ。少年も一枚やるよ。ふっ、俺の事は心配するな。『アリスちゃんファンクラブ』の有志たちが増刷してくれるからな!」

 

 いらないと言ったのに、結局一枚押し付けられた。……ああ、もしもマルタに見つかりでもしたら!

 エミルは厳重にそれを荷物の底の方に仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 レネゲード兵を避けながら基地のなかを走り回っていると、見慣れた黒と金が見えた。

「ああっ、エミル!」

 ジーニアスが叫ぶと皆足を止め、エミルに駆け寄った。エミルも嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ジーニアス、ロイド! ………何で走ってるの?」

「うん、ちょっとあって……ノイシュとデクスは何でいるの?」

「なんか僕を見てくれてたみたいなんだ。ノイシュはアリスが連れてきてくれたんだって。それで、ロイド達のところに行こうとしてたんだけど……」

 マルタがエミルの手をとった。

「ってことは怪我はもういいんだね? 重傷だから面会謝絶って会わせてくれなかったの」

 マルタやロイドだけでなく、リフィルやしいなまでもが心配そうな顔をした。

 ロイドが目覚める前、マルタ達は見張りのレネゲードにエミルの事も聞いたのだ。するとここに居るけど会わせられない、の一点張り。理由を聞けば重傷だから別室で治療中だ、と言われたのである。

 逃げ回る事になってもエミルを置いて逃げるつもりは、彼等には無い。しかし無理をさせる訳にも行かず、かといって十分に休めるわけでもない。

「うん。ロイドやマルタ達こそ、大きな怪我をしなくて本当によかった」

 この言葉を聞いたとき、リフィルがほっと息を吐いた。これで気にするべきはただ一つ。幸いデクスは何も知らないようだ。

 リフィルとしいなは一瞬で目配せし、しいながデクスに問う。

「なぁデクス、レアバードは何処だい?」

「レアバード? 何でそんなもん……ま、いいか。此方だよ」

 また先導するデクスを一行は追いかける。

 歩きながらエミルが小声で尋ねた。

「レアバードって何?」

「時空を越えられる機械なんだって。テセアラに行けるのは、それだけだって」

「テセアラ……? あそっか、コレットだね」

 エミルは最後尾を歩くコレットを見ていた。瞳は赤く、普段は仕舞っていた桃色の天使の羽は出したまま。誰よりも早く敵に気が付いて、チャクラムを手に敵を殲滅する――普段のコレットからは考えられないその姿。

 レネゲードのリーダーはこの状態を殺戮兵器と称した。

「テセアラで、コレットが助かる方法が見つかるといいね」

 エミルはそう笑ったけれど。

「ねえエミル―――」

 マルタが思わず足を止めて、口を開いた、その瞬間。 

「おーい少年? ついたぞー」

 見れば既にエミルとマルタ以外は通路の先にいて、デクスが扉の前で手を振っていた。

「うん、今行く! 行こう、マルタ」

「あ、待って、エミル!」

 怪我人とはとても思えない、軽々とした身のこなしでエミルはさっさと行ってしまう。マルタは急いであとを追いかけた。

 

 

 

 

 レアバードの格納庫に着くと、しいなが制御版を操作し始めた。デクスは不思議そうにしたまま、それを見ているだけ。

 この中で操作出来るのがしいなとリフィル位のものなので、他は自然と暇になる。何かしていなければ落ち着かなくて、ロイドやマルタは周囲を警戒していた。

 と、ロイドよりも早く、コレットが手を後ろに―――服の背中にしまったチャクラムに手を伸ばす。

 ロイドが構えると同時、格納庫の戸が開いた。アリスと、何人かのレネゲードが部屋に入ってくる。

 デクスが目を輝かせた。

「あ、アリスちゃん! 少年が目を……」

「バカデクス! 早くその子たち捕まえなさい!」

「捕まえ……?」

「いいよ、乗りな!」

 丁度しいなが操作を終えた。ロイドがコレットの手を引いてレアバードに乗り込む。

 それを見て、ようやくデクスがはっとした。

「まさかレアバードで?!」

「気が付くのが遅いっ!」

 アリスが指示してレネゲードがロイド達を取り囲む。が、一定の距離を保ってそこからは近付いてこない。

 コレットに敵と認識されるのを恐れてのことだろうか。何にせよ、かかってこないのはありがたい。

「ありがとうデクス! お陰で助かった!」

「あんた、ありがとね」

 マルタとしいなが、それぞれデクスの肩を叩いて横をすり抜ける。

「こ、こら待て――! 卑怯だぞ!」

「卑怯も何も、案内してくれたのは貴方でしょう」

 今度はリフィルとジーニアスがレアバードに乗り込んだ。

 それに反応したのはアリスだ。米神をひくつかせつつ、アリスは満面の笑みで手の鞭をしならせる。

「デ・ク・ス?」

「ごめんアリスちゃんっ!」

「謝らなくていいから――――早く止めなさい!」

 アリスが術を唱え出す。デクスはここで大剣を振り回すわけにも行かず、一番近くでノイシュをレアバードに乗せようとしていたエミルを止めようとした。

 が、エミルの方が僅かに早い。デクスの手は宙を掻き、勢いのままにスッ転んだ。

「コリン!」

 しいなが呼ぶと、コリンがしいなの肩口に現れる。体を駆け下り、先程しいなが弄っていた機械の所まで辿り着くと、一際大きな赤いボタンを踏みつけた。

 どうやら起動スイッチだったらしい。直後マルタ達が乗るレアバードが機械音をあげて唸り始める。

 コリンが跳躍してマルタに飛び乗るのと、アリスが術を完成させたのはほぼ同時。

「ストーンブラストっ!」

 発進していたレアバードの後ろの方を、アリスの術が掠めた。

 それに慌てたのがノイシュだ。元々不安定な足場に、不快な機械音。そこに揺れまで加わって、大人しくはしていられなかったのだ。

「エミル!」

「こらノイシュ暴れるな!」

 エミルが何とかバランスを取るべくハンドルを握るも、ノイシュは体が大きい。傾いたバランスはそうそう簡単には戻らない。

 ロイドは離れたところから呼び掛けるが、パニックを起こしたノイシュは止まれない。

 

 そして発進したレアバードも止まらない。

 エミルとノイシュが乗るそれだけが大きく傾きながら、レアバードはどんどん加速し――ロイド達からは離れて行く。

 

「エミル、エミル――――!」

 

 手を伸ばしても届かない。非情にもエミル達との距離は開くばかり。

 ぐにゃりとそのまま空間は歪んで、あとは転送の時に似た感覚と共に、辺りが光に包まれる。

 

 そうして彼等は、時空を越えた。

 

 




 そういえば、ノイシュ、シナリオ的にはハイマにいる筈なんですが、普通にテセアラでも乗れるしイベントにも出てくるしどーなってるの?!
 そもそもあの大きさでレアバードに乗れないだろっていう突っ込みは無しの方向でお願いします。

 デクスが持っていたアリスの写真は、レネゲードの技術でした。多分ファンクラブ会長はデクスで、レネゲードの大半が加入しています。だから隠し撮………げふんげふん、映像提供者は沢山いるのです。
 ………デクス、死ぬなよ。


《設定の違い》
・アリス達はレネゲード
・術書を探していた時はアリスの私用、その後はレネゲードの指示


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テセアラ編
9-1 テセアラ


 その日。

 ヒトではないモノ達が、一斉に空を見上げた。

 

 

 

 

「エミル! エミル、エミルッ!」

 もう見えないエミルに向かって、マルタが必死に手を伸ばす。レアバードから落ちそうになるのを、しいなが渾身の力で引き戻す。

「マルタ落ち着きな!」

 慌てて騒いで、ここで落下する方が危険なのだ。

 既に時空は越えている。エミルも到達点こそズレたものの、無事に時空を越えている筈だった。

 それぞれ別々に越えてしまった以上、エミルが何処に居るのかは誰にも分からない。ましてテセアラは広い。闇雲に探すのは、それこそ雲をつかむよりも難しいことだ。

 そう諭しても、マルタは泣きそうになるばかり。

「だってしいな、エミルが! ロイド、早く助けに行かないと!」

「よし、すぐに追いかけ……ん?」

 ロイドは、ふと風が弱くなったような気がした。ここは空の上。超高速で飛翔するレアバードの上。向かい風はそれだけ早く飛んでいる証。

 そこで風が弱まる筈が、無い。

 見れば、レアバードは作動音とともに………黒煙をあげており。

「―――! 皆、落ちるぞ! 気を付けろ!」

 とっさにコレットを抱き抱え、皆に叫ぶ。

 直後、レアバードは動きを止め、落下した。

 

 

 

 そして、現在に至る。

 

「……これじゃもう使えないな」

 山らしき場所に不時着した一行のレアバードは、動力源に当たる箇所が完全に大破していた。

 薄暗いために煙は見えない。が、爆発こそしなかったものの動かせるような状態ではないだろう。

 はぁ、とため息をついたとき、後ろから悲鳴にも似た声が上がった。

 

「―――ジーニアス! リフィルさん!」

 

 マルタが膝をつく二人に駆け寄る。手をかざし治癒術を唱え出したので、ロイドは青ざめた。

「どうした? まさか怪我したのか?!」

「違い、ます。ロイド……貴方は、なんともないみたいね。しいな、ここがテセアラ、なの?」

 リフィルの問いに、しいなは一瞬戸惑って、答えた。

「ああ………ああ、そうサ。ここがテセアラ―――あたしの世界だ」

 辺りを見回して、それから悲しそうな顔をする。そしてしいなはため息をついた。

「やっぱり、あんたたちにはキツかったか」

「どういうこと? しいな」

 その言い方だと、体調を崩すことを知っていたみたいだ。マルタに問われてしいなは肩をすくめた。

「簡単にいうと、マナに当てられちまったのサ。あんた達は人間だから分からないだろうけど、こっちのマナはシルヴァラントよりもずっと濃いんだ」

 シルヴァラントは八百年衰退している。言い換えれば、テセアラは八百年繁栄し続けている。

 シルヴァラントとテセアラが本当にマナを搾取し合っているのなら、シルヴァラント八百年分のマナがテセアラに存在することになる。

 二人はエルフの血族だ。人間と違ってマナを感じとれる、古い民の血を引いている。

「うん。ちょっと、びっくりしただけ、もう、大丈………っ!」

 立ち上がろうとして、ジーニアスがふらついた。すかさずマルタがそれを支える。

「ジーニアス、無理しないで」

「うん、ごめん……マルタ……」

「ロイド。クローナシンボルかアミュレットがあったら出してやりな。それで少しはましになるから。……ったく、ここまで酷くなってるとは思わなかったよ」

 ぼやきつつもしいなは手早い。ジーニアス達の胸元を寛がせ、精神を落ち着かせるボトルを含ませてやる。

 ロイドとマルタはその間にアミュレットを二つ探しだして二人の腕につけてやった。一つはロイドが作ったもの、一つは宝箱から見付けたものだ。

 アミュレットをつけると二人の顔色が目に見えて良くなった。ほっと一息ついて、リフィルが改めて辺りを見回す。

「テセアラは、シルヴァラントと比べて随分とマナが偏っているのね」

「マナの絶対量の差だって聞いたよ。シルヴァラントも同じようにマナが偏ってる筈サ」

 言いながら、薄暗い中を歩いて崖まで行く。

 やはり暗い。夜明け程の明るさ。暗がりに慣れているロイドにはぼんやりとだが回りが見える。

 切り立った崖。雲が下に見えるからかなりの高地。空には月にしては明るい何かが浮かんでいて、雲でもあるのか星が見えない。

「ここは……フウジ山岳か。ロイド。この山を降りて、北に向かうとメルトキオがある。テセアラの首都だ。大きくて明るいからすぐ分かるよ。あんたたちは、そこに行きな。これ地図」

 手渡された地図はシルヴァラントのものより陸地が大きいような気がした。………違って当たり前だ。世界が違うんだから。

 ―――いや、待て。地図を渡されたと言うことはつまり。

「え、しいなは? エミルはどうするの?」

 唯一テセアラ出身のしいなが、一緒に来ないと言うことだった。

「エミルのことはあたしに任せとくれ。なあに、土地勘がないあんたたちが探すより、あたしが一人で探した方が早い。それに、任務失敗の報告もしないとならないし、協力要請も含めて一旦ミズホの里に戻るよ」

 ミズホ、というのはしいなの故郷で、“隠密”と呼ばれる者達の集落だそうだ。

 そもそもシルヴァラントの神子―――コレットの暗殺は、ミズホに依頼された重要な仕事。しいながコレットを殺せなかった以上、任務は失敗だ。

「あなた一人で行くつもり? 報告に行けば、あなたもただではすまないのではなくて?」

 隠密にとって、任務失敗とは信用を失う行為であり、絶対に許されないこと、であるらしい。

 が、しいなはそれを笑い飛ばした。

「あたしを誰だと思ってるんだい? 探し物や隠密行動はミズホの民の専売特許だ。……必ずエミルを見付けるよ。信じて任せておくれ。陛下に宛てて手紙を書いておいたよ。これを見せてミズホのしいなからだと言えば、すぐに面会出来る筈だ」

「…………分かった。しいなも気を付けろよ」

「あんたたちこそ」

 しいなの肩口でぼわん、と煙があがる。

「しいなは大丈夫。コリンがついてるから! コリンがしいなを守るから」

 小さな体で胸を張る姿に、皆の顔が綻んだ。

「そういうこと。じゃあね。上手くやりなよ」

 それを最後にしいなは険しい山道を駆け下りて行った。

 

 

 

 

 

「…………しいな」

 疾走するしいなの肩で、コリンが心配そうにしいなを見上げた。

 大丈夫さ、とロイド達の前では言ったけれど、やっぱり心配だし心細い。神子暗殺任務がしいなに下されたのには色々と事情があった。

 しいなの存在。才能。血筋。テセアラ上層部の思惑。ミズホの里の風習。掟。シルヴァラントとテセアラの関係。

 そんな事情を全てわかった上で、ミズホの里はしいなをシルヴァラントに送り込んだ。生きて帰れないかもしれない場所へ。

 成功すればそれでよし。失敗しても、それはそれでよし。

 しいなも、わかった上で引き受けた。覚悟して、シルヴァラントに行った。

 だから。

「分かってる。大丈夫だよ、コリン。あたしは大丈夫」

「けど」

 尚も言い募ろうとしたコリンを撫でると、コリンは口をつぐんだ。

「大丈夫。……大丈夫。昔とは、違うんだ」

 そう。昔とは違う。何もかも。

 今のしいなは、昔とは背負うものが違う。

 しいなは笑った。昔とは違って無理矢理ではなく、自然な笑顔だ。

「ほら、それよりエミルを探さないと。何か気が付いたらすぐに言っとくれ」

 頼りにしてるよ。その一言で、コリンはぱあっと顔を輝かせた。

「うん!」

 

 

 

 

「…………うぅ……」

 彼は“目”を開いた。

 とたん強烈な吐き気を催して、即座に閉じる。そして今度こそ目を開くと、青空が見えた。

 辺りは森。シルヴァラントよりも格段に大きく育った木々の、一振りの枝に彼は引っ掛かっていたのだった。

「テセアラ……」

 昔と同じ空なんだなあと、そんなことを呆然と考える。シルヴァラントではシルヴァラントの。テセアラではテセアラの空。歪んだ世界の一端。

「本当に、テセアラに来たのか……」

 シルヴァラントを旅して、レアバードで時空を越えて。

「―――そうだノイシュ!」

 共にテセアラに来た存在を思い出して、彼は枝の上で身を起こした。

 慎重に体勢を変えて下を見下ろせば、かなりの距離の土が抉れている。それを辿った先には、大破したレアバード。斜めに突っ込んだせいか、半分地面にめり込んでいた。彼のいる場所も鑑みるに、どうやら落ちた反動で吹っ飛んだらしい。

 とすればノイシュは。

「………ああ、畜生、面倒くさい」

 反射的に“目”を使おうとして止める。目視で探す他ない。

 決めれば行動は早かった。荷物があるのを確かめ、一思いに枝から飛び降りる。そして。

「空牙衝!」

 水のマナを地面に叩きつけて衝撃を殺す。立ち上ったマナの水流に支えられて、彼は無傷で地面に降り立った。

「っと。……ノイシュ! ノイシュー! 何処に居る!」

 大声で名を呼びながら彼は歩く。

 ほんの少しでも応えがあれば、それだけで場所が分かる。ノイシュのマナは独特だ。世界のマナがこうも乱れていなければ“目”を使わずとも見つけられるほどに。

「ノイシュ! 聞こえたら応えろ! ノイシュ!」

 ―――クゥーン

 応えた。

 彼はほんの少し足を早めた。走るには場所が悪いし、怪我も辛い。せめて治癒術のひとつでもかけてもらうんだったと後悔する。

 木々の隙間を抜けると、ノイシュがぐったりと地面に倒れていた。

「ノイシュ!」

 近寄って、血が出ていないことにほっとする。が、背中を強く打ち付けた他、右の前足が妙に腫れている。……折れたか。

「ノイシュ、ノイシュ。聞こえるか? 分かるか?」

 顔を覗き込めば、ノイシュがうっすらと目を開けた。意識はあるらしい。

「痛いかも知れないが、少しだけ我慢しろよ」

 近くの枝と蔦を拾ってそっとノイシュの足を持ち上げる。呻くノイシュを撫で、手早く枝で固定した。

「さて、どうしたものか………」

 本来なら応急措置に治癒術でもかけておけば良いのだが、生憎と彼は治癒術が使えなかった。

 マナが乱れていなければ、彼に扱えない術はない。術は全てマナを紡ぐものであり、マナを紡ぐことは彼の仕事でもあるからだ。

 だが、今は。

「下手に術を使えば暴走するかもしれないからな……治癒術が暴走したら事だ」

 治癒術はかなり精密な扱いを必要とする。体内マナを使うのでもない限り、この乱れたマナの中で治癒術を使うのには、彼には経験が足らなかった。

 しかも今の彼は管理者ではなくただの人間。頼りにすべきモノ達はシルヴァラントで、ここにはいない。

「取り合えず、近くを見て来る。ノイシュはここで――――」

 言い差して、振り返る。………茂みの中で動くのは、巨大な蟷螂。緑色の体が草むらに紛れてここまで近付かれるまで分からなかったのだ。

 蟷螂は彼とノイシュに向かって、その鎌を振り上げる。

「はっ、面白れぇ」

 鼻で笑って腰の剣に手を掛ける。

 と、蟷螂が突っ込んできたので難なく避けて、生い茂る木々と蔦に捕まり後ろに回り込んだ。反応しきれない蟷螂の、無防備な背中目掛けて全体重を乗せた蹴りを叩き込む。蟷螂は吹っ飛んでごろごろ転がった。

 彼は首をかしげる。

「………?」

 この蟷螂はこの系統の中でも、割と進化した方に入る種だ。

 なのに、やけに弱い、ような気がするのは、気のせいか?

 蟷螂は尚も怒りに目をギラつかせ、鎌を持ち上げようとした。

 が。

 

「――――止まれ」

 

 彼の言葉に、固まった。

 大きな声ではない。よく通る声でもない。単に呟いた程度の、小さな声だ。

「こいつはお前が襲って良い奴じゃない。お前の獲物でもない。分かったら大人しくしろ。わかったか?」

 震えながら、蟷螂は肯定の意を示した。これが人なら千切れんばかりに首を振っているだろう。本能で、従うべき存在を知覚したのだ。

「お前はこの辺りのモノか。ここはどの辺りだ?」

 鎌を下ろした蟷螂は、身を低くして答えた。

 ここはノームの大地の森です、と。

「ノームの――ああ、地の神殿か。近くにあるのか」

 案内しましょうか?

「そうだな………いや、良い。それより、ノイシュを頼みたい。守ってやってくれ」

 蟷螂は鎌を擦り合わせて答えた。お任せください、と。

「頼んだぞ。……行ってくる」

 彼がそう言うと、ノイシュと蟷螂がそれぞれに応えた。

 

 

 

 地の神殿。ノームを祀る祭壇。それはテセアラの山奥深く、大地の裂け目の中にある。

 その壁や床は完全に土が剥き出しで―――そもそも、人が手を加えた様子が見られない。

「まあ本当は、危険で手を加えられないんだろうけど」

 手を置いただけで崩れて行く壁を伝いながら、彼は神殿のなかを進んでいた。

 道は道の体を成しておらず、落盤で塞がっている道も数多くある。何より、こうして進む間にも、地面が揺れる度に天井からハラハラと土が落ちてくる。これでは、作業中の事故で死人が出かねない。

 中にいるのも動物ではなく、土に潜れる昆虫族や、固い装甲を持つ竜族、あとはそもそも形を持たない軟体族の魔物。

 そんな魔物たちの間を縫って、彼は奥へ奥へと進んでいた。

 いたのだが。

 

「やんのか、こらー」

 

 小人に出会して、足止めを食らっていた。

 さて突然だが、精霊にはそれぞれ眷族となる存在がいる。ノームの眷族は小人―――大地の恵みを受け大地に暮らす、クレイアイドル達である。

 ヒトの膝ほどの背丈しかなく、丸い頭に三角帽子を被り、そのつぶらな瞳は可愛らしいの一言に尽きる。

 なのに。

「どうしてこう口が悪いか……」

「なにごちゃごちゃやってんだー?」

「いや何でも」

 彼等はこれが標準装備だ。何事も慣れである。

 気を取り直して、彼はクレイアイドルの前にしゃがみこんだ。目線を合わせるにはそうするしかないのだ。

「ノームの所に行きたいんだが」

「お前変わったやつだなー。地震ばっかで人間も魔物もみーんな逃げちまったのに。………まー、いいや。こっちだ、案内してやるー」

 クレイアイドルはぴょん、と少し高い崖の中腹辺りに跳び移った。……小さな、人間一人がやっと通れそうな穴が開いている。

「一応聞くが、人間が通れるのか?」

「さあー?」

「さあって、あのな……」

 クレイアイドルは小さいから通り放題だろうが、彼は人間である。案内してもらっても通れなければ意味がない。

「普通の道は塞がったから。ノームのとこ、行くんだろー?」

 クレイアイドルは地の眷族。神殿を住処にする小人。神殿のことなら誰よりも詳しいだろうし、まあ、何とかなるだろう。

「わかった、頼む」

「よーし、出発ー」

 クレイアイドルは、崖をよじ登った彼の肩に飛び乗った。

 

 

 

 クレイアイドルが教えてくれた道は、とんでもない道だった。

 狭い、暗い、埃っぽい。しゃがんでいるのは当たり前、時々這って進まなければならない所まである始末。

 だがその分頑丈で、崩れてはこない安全な道だった。

 祭壇に近付くと道もちゃんとしたものになる。

「こっちだぞー!」

 急に走り出したクレイアイドルを追いかける。と言っても、この辺りまで来ると彼の記憶にある道と殆ど変わらないから、案内の必要も無いのだが。

 地震で崩れ落ちたのだろう橋を渡れば、その先にはシルヴァラントで見慣れた精霊の祭壇。シルヴァラントとの違いは――精霊が目覚めていると言うこと。

「案内ご苦労だったな。助かった」

 クレイアイドルに礼を言い祭壇に彼が近付くと、祭壇の上でマナが集まり、何かを形作った。例えるなら大きな丸いモグラ。頭の後ろには赤いリボンらしきものも見える。

 それ―――ノームは大きく伸びをして、彼を見た。

「ふぁぁあ………ん? んんんー? なんだお前」

 祭壇の上から降りてきて、彼の回りをぐるぐる回る。

「お前変なやつだなー。人間にしては変わってるし、なんかアイツに似て………ん、んんんん?」

 と、ノームが目を見開き、彼を指差して。

「お、お、お前何でここに! 寝てたんじゃないのか?!」

 彼は舌打ちしそうになったのを堪えた。一目でバレるとは……人間から遠ざかったせいだろうか。

「…………よう、ノーム。相変わらずだな。取り合えずそこを通してくれるか? すぐに戻ってくるから」

 耳元で叫ばれて正直うんざりしていた彼がそう言うと、ノームは一瞬きょとんとした。

「へ? あ、そっか。この先だったっけ」

 あまり細かいことを考えないおおらかさと楽観的がノームの特徴である。ひとつ納得したように頷くと、素直に道を譲ってくれた。

「じゃあな。その先も崩れてるかも知れないから気を付けろよ」

「ああ」

 精霊の祭壇に乗り、彼の力をほんの少し解き放てば、古い機能が動き始める。転送装置が起動して、彼の姿は掻き消えた。

 

 

 

 戻ってくると、ノームがすぐ側で待っていた。

「お、終わったのか?」

「ああ」

 探しものは見つかって、彼の用事も終わった。………予想外だったのは、未だに目覚めないこと。まあ、少し待てば起きるだろう。

 彼が祭壇から下りると、祭壇の転送装置も停止した。それを見て、ようやくノームが祭壇の上に戻る。

「ノーム、聞きたいことがある」

「ミトスの事なら話せないぞ」

 ここでもか。内心情報が得られないかと思っていた彼は、少しだけ落胆した。あのくそじじい。これで下らない理由ならぶん殴ってやる。

 そんな心の内はおくびにも出さず、本来の用件を切り出す。

「分かってる。聞きたいのはこっちのマナのことだ。……荒れすぎていて“目”が使えない」

 理由を聞いて、ノームはああ、と体を震わせた。

 彼は今、宿るものがないし、力も完全ではない。荒れていることは分かっても、どう乱れているのかは分からないのである。一方で、精霊は世界と直接繋がっている。

「そうだなあ、お前のとこのに引きずられてるのが多いかなぁ。……セルシウスはお前のとこのを止めようとして逆に暴走しちまうし、シャドウは相変わらずで止めようともしない。ヴォルトは―――なんか自棄になってるみたいに感じるけど」

「そしてお前は地震、か。責めてるんじゃない。よく止めたと誉めたいくらいだ」

 つまりテセアラの精霊は全員暴走状態にある、と。ノームはなんとか抑えようとしていたようだが、広い世界だ。ひとりでは何も出来ない。

 彼ではないから。

「悪ぃ……」

「お前が謝ることじゃ無いだろう。元はと言えば、仕事をしてない俺が悪い」

 と、ノームが伏せていた顔をがばっと上げた。

「ってそれだ! お前何なんだよその姿! お前寝てたはずなのに、何であのじいさんが言った通り起きてるんだ?!」

 

「――――言った通り?」

 

 彼が反応したことに気が付かないまま、ノームは喋り続ける。

「そうだよ、あのじいさん、お前が起きるかも、て言ってたんだ。芽吹いてないから有り得ないと思ったのに―――何でここにいるんだ?」

「偶然だ。あいつらを起こして回って、シルヴァラントは終わったからテセアラに来たら、ここの近くだった」

 真実、それだけなのである。古くからある道ならまだしも、ヒト達が作った道の先を彼が知るわけがない。

「あ、てことはさっきの森に落っこちたのはお前だな。何と一緒だったんだ? 随分懐かしいと言うか、珍しいと言うか………」

 ノームが唸る横で、彼はふと目を伏せた。

「そうか、こっちにはもういないのか……」

 元々他に比べて数が少なく希少な存在ではあった。成長にとてつもない年月がかかる。生活環もエルフでさえ気の遠くなるものだった。

 だからそれは、ヒトの営みとは少しだけ外れた場所で、ずっと命を紡いできた。

 ある意味では彼に寄り添える存在であったかもしれない。

「………ノイシュで、最後か」

 頭を振って考えを追い払い、彼は踵を返した。すかさずノームが呼び止めてくる。

「おいどこ行くんだよ!」

「森に戻る。待たせてる奴がいるんでな。マナの方は任せた」

「はぁっ?! ちょ、ここまで来たなら代わってくれよ! マナの調停ってとんでもなく面倒なの、知ってるだろ!?」

 俺もう飽きた代われー。

 喚きかたはまるで聞き分けのない子供。そう言えばノームは面倒くさがりで飽きっぽかった。

 彼だって、代われるものなら代わりたい。その方が色々と楽だからだ。……が、そうする訳にもいかない理由があって。

 

「代わるも何も、お前契約切れてないだろう」

 

 ため息混じりにそう言えば、ノームはむ、と唸った。

 契約。精霊とっては何よりも重んじられるモノ。違えることは許されない。だから彼が代わるわけには、違える訳にはいかない。

 ノームもそれは重々承知の上である。

「そりゃそうだけどよ……」

「まあ、もう少し頑張るんだな。資格を持つ奴が来ない限り、マナの調停はお前の仕事だ」

「わかったよ。………所で待たせてる奴って、怪我してる奴だろ。そいつら連れてけよ」

 そいつら、とノームが顎をしゃくって見せたのは。

「クレイアイドルを? 良いのか?」

 彼等はノームの眷族。地の神殿が住み処だ。その住み処から離れることは、あまりない。

「ああ。お前ら、よろしくー」

「「おうよ、任せろー!」」

 ノームに呼ばれ、いつの間にか三人に増えていたクレイアイドル達が跳び跳ねた。そのまま彼を案内してくれた初めの一人を除いて、壁の穴に飛び込んでいった。……おそらくは抜け道を使って先に地上に戻ったのだろう。

「………悪いな、ノーム。助かった」

「良いってことよ。お互い様だ」

 屈託なく笑うノームを見て、久しぶりに彼も心からの微笑を浮かべた。他の含みを持たない、作り笑顔でないそれ。

 残ったクレイアイドルに促され、彼も出口に足を向けた。今度はまともな道だと良いが。

 と、またもノームが声をかけてきた。

「そう言えば、何でそんなかっこしてるんだよ。なぁ、ラ―――」

「………さてな」

 ノームの言葉を遮る。

 答えようとしたが彼も分からなかった。人間なのは、ヒトに紛れるため。エルフでないのは、目立たないため。

 けれど、この姿なのは?

 別に他の姿でもよかった。何千年とヒトを見てきたから、象る対象がいなかったわけでもない。

 けれど、この姿を選んだのは?

 

「単なる、気紛れだ」

 

 それっきり、彼は何も言わなかった。

 そのままノームに背を向けて歩き出す。その足元を、クレイアイドルがひょこひょこ歩いていた。

 

「じゃあな、また来いよ」

 

 穴に戻る寸前に、そんなノームの声が聞こえた、気がした。




 テセアラ編突入。もう少しだけ隔日更新です。

 クレイアイドルはたとえ彼に気が付いていたとしても、敬語なんて使うところが想像できない……。
 プロトゾーンはノイシュで最後。ノイシュが唯一の生き残り。……みたいですが、本当の所どうなんですかね? オライアスとかシムルグはカラーリング的にはノイシュにそっくりなんですが。

※追記
設定の違い
・メルトキオ、闇の神殿、地の神殿がある大陸は昼でも薄暗く、辺りがはっきり見えない。地の神殿の近くは他よりは暗くないが、やはり通常に比べれば暗い。


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9-2

 完全な捏造が含まれます。御注意下さい


 森に戻れば、そこは魔物で溢れていた。

「あー……」

 ノイシュとさっきの蟷螂を中心に、数えるのも大変な数の魔物たちが輪を作っている。その何れもが彼を見ると道を譲り頭を垂れた。

 その時ようやく魔物たちの隙間からクレイアイドルが見えた。ノイシュの体の回りをぐるぐる回って、手当てをしてくれていたらしい。彼が来たのに気が付くとぴょんと跳び跳ねて帰っていった。……どういうことだろう?

 彼を出迎えたのはさっきの蟷螂だった。

 終わったのですか?

「ああ。もう終わったよ」

 ノイシュの側に腰を下ろしてやれば、ノイシュは嬉しそうに体を起こす。

「こら、まだ寝てなくちゃダメだろう」

 たしなめても聞くようなノイシュじゃなかった。それはそれは元気に彼の顔を舐め、耳をぱたぱたと動かす。そこで、ノイシュの怪我が綺麗に治っていることに気がついた。クレイアイドルが帰ったのはこのせいか。だが、あれだけで傷が薄くなるほど治るわけはなく。

「……そうか、お前たちも治してくれたのか」

 彼を取り囲む魔物の中には治癒術の使い手もいた。きっとその魔物たちのお陰だろう。

 安心したら急に気が抜けた。

 それと同時に、何かに力が吸い上げられて―――彼が倒れる寸前で、彼の前で具現した。

 黄と茶色の艶やかな毛並みをした、中くらいの獣。ぱっと見るとキツネかネコにも見えるが、その頭には小さなツノが生えている。なによりその体はふわふわと宙に浮いているのだ。

 それはネコがやるようにぐっと体を伸ばした。

 

「ぷはぁ! おはよーございます、主! ……って主ー?!」

 

 彼が倒れたのを見て、それが悲鳴をあげる。が、あまりに疲れた。そもそもハイマを出てからまともに休んでいない。

 ああ、相変わらず騒がしいな。

 小さな子供のようなそれの声を最後に、彼の意識はぷっつりと途絶えた。

 

 

 

 

 メルトキオへの道中は困難を極めた。

 まずもって、方向が分からないのである。地図はある。現在地も目的地も分かる。道筋も、なんとか分かる。けれど―――方角が分からない。

 始めこそ山との位置関係で進むべき方角も分かったが、魔物との連戦で気がつけば方角を見失っていた。改めて探そうにも道標など存在しない獣道で、薄暗く見通しが悪い。星か太陽でもあれば良いのだが、生憎と常に曇りで空が満足に見えない。

 ………いや、見えても意味はなかったかもしれない。ここは異世界、テセアラなのだから。

 それから、行程が遅々として進まなかった最大の理由は。

 

「―――!」

 

 いきなり真ん中辺りを歩いていたコレットが立ち止まり、羽を出した。チャクラムを取りだし、両手に構える。一拍遅れてリフィル達が荷を下ろし、ロイドとマルタが武器を構える。

 コレットがチャクラムを投げる。続けて二つ。どちらもが真っ正面にいた魔物の両足を切り裂いて、そこをロイドの剣が確実に仕止めた。

 コレットは自由になった両手を組む。祈るような仕草に合わせて、コレットの羽が光を放った。声が出なくても、心を失っても、そんな仕草は変わらない。そしてコレットは少しだけ体を折り曲げて――

「―――――!」

 光が、コレットが示した空から降り注ぐ。

 ジャッジメント。塔でクラトスが使ったそれと、全く同じ天使術。

 光の束に照らされて、敵の姿がはっきり見える。一瞬でロイドはその種類と数を頭に叩き込んだ。エッグベアが二匹と、ナイトレイドが数匹。

 術が終われば元の薄暗さが戻ってくる。

 すぐにコレットが動き出し、一拍遅れてロイドも動いた。

 ロイドが狙うのはジャッジメントを食らってまだ生き残っている魔物。確実に一体ずつ仕留め、数を減らすことがなにより重要だ。まともに戦えるのは、ロイドとコレットしかいないから。決して深追いはせず、攻撃よりは回避優先。後ろに行こうとする魔物が最優先。

 コレットが狙うのは脅威となる魔物。今回はベアの亜種だった。

「――――――!」

 声は出なくとも口は動く。レイシレーゼ。両手のチャクラムを続けて力強く投げ付ける。そのチャクラムは硬い毛皮や筋肉をものともせずに、エッグベアの片腕を切り飛ばした。

 エッグベアが咆哮する。残った片腕をコレットに向かって伸ばす―――

「コレット危ないっ! ………うっ」

 後ろでジーニアスが叫んだ。恐らくは術を紡ごうとしたのだろう。が苦しげな呻き声をあげただけで術は発動しなかった。

 その間にコレットはその攻撃を難なく躱し、どこからともなく取り出した玩具のハンマーを放り投げる。見事脳天に直撃、一瞬目を回したその隙にコレットがエッグベアを仕留める。

 ここ数時間ではよくある光景だったが、ロイドは初めてそれを見たときのように、やっぱり目を丸くした。

 あのコレットが、ああも躊躇なく戦う姿を見ることになるとは。

 ロイドがコレットに意識をとられていると、ロイドの横を何かがすり抜けていった。ナイトレイド、という狼の魔物だった。

「っ、しまった……! マルタ!」

「任せて!」

 ぐっとマルタが一歩踏み込んだ。

「烈風燕波!」

 右手のスピナーを振り回し、最後に左手にためた闘気をぶつける。それは見事ナイトレイドに命中して、ぎゃん! と鳴いて動かなくなる。

「どうだ!」

「うまいぞ!」

「ふふっ、でしょ!」

 誇らしげに胸を張るマルタ―――の、その後ろに。

 ぬっと現れたのは、残っていたもう一匹のエッグベア。

「マルタ! 後ろだ!」

「え? ………きゃぁあっ!」

「マルタ!」

 駆け付けようにもナイトレイドが飛び掛かってきて手が放せない。ロイドは歯噛みする。まただ。守れない。ここにクラトスやエミルは居ないのだ。守れるのは、自分だけなのに………!

 

「――――――!!」

 

 後ろから飛んできた光の羽が、マルタに襲いかかろうとしていたエッグベアを吹き飛ばした。

「え? 今のは……?」

 ロイドが手早く他の魔物にも止めをさすと、コレットが羽をしまって地面に降り立つ。辺りにもう魔物が居ないことを確かめてロイドはマルタに駆け寄った。

「マルタ、無事か?!」

「あ、うん。大丈夫………ねえ、今のは何?」

「今のは、………コレットだ。コレットの天使術、エンジェルフェザー」

 見たことがあるのは数度だ。そもそもコレットを戦闘に参加させることが少なかった。しかし時々絶妙な間合いで援護してくれることはあり、その時に使っていたのがこの術だった。

「じゃあ神子様が、助けてくれた………ってこと?」

「そういう事に………なるのかなぁ」

 ジーニアスが首を捻った。今のコレットは心を失っている。敵と見なしたものを殲滅する殺人人形―――とは、レネゲードのボスの言葉だが。

 荷物を背負い直したリフィルはそれに首を振る。

「分からないわよ。ただ単に敵を倒しただけかもしれないわ。今のコレットが、私達を味方と認識しているか……」

「そんなことないぞ、先生! 俺たちが術の巻き添えを喰らわないのは単なる偶然じゃないだろ」

 天使術は強力で、当たれば大抵の魔物に致命傷を与えられる。戦いになってからコレットは何度も天使術を使っていたが―――中にはかなり広範囲の術も―――ただの一度も、ロイド達に当たった事はなかった。偶然と言うには出来すぎている。

 ならばつまり。

「きっとコレットも俺たちを仲間だと思ってくれてるんだよ。だから助けてくれたんだ」

「なら、絶対に神子様を助けないと。ね?」

「おうっ!」

 腕を突き上げ、コレットの手を引いて意気揚々と、ロイド達は先へ進む。

 

 ………因みにその賑やかさで魔物を刺激し、戦闘を繰り返す羽目になっていることは、クラトスもエミルも居らず、ジーニアスとリフィルも調子が悪い一行は、気付く筈もないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、え、うぇぇ?! 主? 主だよね? 何で人間? 何で倒れてるのー?!」

 それ――――ソルムの頭は混乱していた。

 何百年(或いは何千年)かぶりに起きてみれば、そこは見知らぬ土地。回りには見知らぬ魔物たち。そして唯一の知り合いである主は何故か人間の姿をしていて、これまた何故か倒れていた。

 理由は分からない。分からないことだらけでも、優先順位は決まりきっている。

 取り合えず辺りの乱れまくったマナを整えにかかる。主が倒れるなんて、マナ関係のせい以外あり得ない! どうやらここはノームの土地に近いらしく、地のマナが多かったのが救いである。

 ソルムは辺りの魔物を見渡した。

「あんたたち………契約して貰うわよ」

 魔物達に選択権はない。そもそもこれは名誉な事であるから、気が狂ってでもない限り魔物が拒否することなどあり得ないのだが。当然のことながら彼等も拒否するどころか喜んで受け入れた。

 契約が済めば、本格的なマナ調停作業に移る。世界全体の調停には他の同胞にも手伝ってもらわねばならない。取りあえずは独断で許されるこの森の一部のみの調停に留める。

「よしっ、あとは…………」

 主が過ごしやすいように寝床でも、と思った時だった。

 ソルムの感覚は、何か妙な気配を捕らえた。二つ。一つは人間、もう一つは人間だが人間ではないもの。

 その気配たちは、真っ直ぐに。

「こっちに……近付いてきてる………?」

 マナを強め警告するも、その歩みは止まらない。寧ろ加速している。まさか警告が通じていない? いやそんな訳はない。一度は動きが止まったのだ。

「それでも近付いて来ると言うなら、迎え撃つまで」

 ソルムが主を背後に臨戦態勢をとると、縁を結んだ魔物たちもそうした。主を守るために側に控えるもの、それを守るために構えるもの、ソルムのように迎撃体制をとるもの、様々いるが、主を守るという一点において彼等は強い連帯感があった。

 さあ、来るなら来い。

 いつでも術を放つべくマナを紡いで、茂みから現れるのを今か今かと待ち構える。

 ――――そして。

 

「ほら、早く! 今ならかなり珍しいマナの反応が…………え?」

 

 人間が一人、現れた。

 人間、そう人間である。ここに人間なんて星の数ほどいる。人間なんてそう珍しいものではないのだが、その人間だけは、彼らにとって特別だった。

 何故なら。

 

「ある、じ………?」

 

 その人間は主にそっくりだったからだ。

 

 

 



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9-3

『貴方が、大樹カーラーンの――、―――――ですね』


 少年たちが“それ”に気が付いたのは、元々マナの調査目的で来ていたためと、マナに敏感なエルフの血のお陰だった。

 友人はその血を酷く嫌っていたけれど、魔術が使えない純粋な人間からしてみればそれは羨ましい限りだ。

 そう言えば、やっぱりお前は変わった奴だと言われてしまった。

 変わっているつもりはない。あの町の学者達と同じように、自分の知的好奇心に正直なだけだ。ただ少し彼等とは研究テーマは違うけれど、国の下で保護され、最終的には国の為になるよう研究していることに変わりはないのだから。

 けれどそれを伝えれば、そういうことを言ってるんじゃない! と怒られてしまったので、そこで話を切り上げた。代わりに漸く取り付けてきた(半ば押しきった)外出許可証を見せると、友人は酷く驚いた顔をした後で本当に変わった奴だと、もう一度笑われた。

 しかし友人を連れてこなければこの発見はあり得なかったのだから、やはり友人には感謝せねばなるまい。

「………ん?」

 地の神殿を目指して歩いていると、突然友人が森の方向を睨んで立ち止まった。

「どうしたの?」

 少年自身は戦えず、気配を感じることも出来ないから、魔物との戦闘は全て友人に任せきりだった。その友人が立ち止まったのだから、少年が同じように足を止めるのは必然だった。

「いや………この森の先から、何か……妙なマナを感じた」

「妙なマナ?」

「ああ、何と言うか……彼処だけ整っているというか………あ、おい?!」

 整っている、と聞いたとたん、少年は最低限の検査機器を抱えて駆け出していた。

「急ごう! もしかしたら僕たちの仮説を裏付けられるかもしれない!」

「だからと言って魔物がいる所で―――ったく!」

 友人の小言は舌打ち一つで収められた。代わりに残った機械と――― 一応貴重な、という修飾語がつく類いのものである―――荷物を背負い、後を追い掛けてきた。何だかんだ言いながら付き合ってくれる友人に、少年は心から感謝した。

 しかし身軽な分、少年の方が早い。

 森のなかに駆け込んで簡易検査機器を作動させ、少年は驚嘆した。

「何、これ………こんなの、あり得ない……!」

 この世界では、あり得ないマナの反応だった。自然に出来得るものではなく、有りとあらゆる偶然が味方したとしても、こんなに安定したマナはあり得ない。

 数年前、局地的に見られた反応ではあった。しかしそれきり同じ反応はなく、観測ミスだと言われていた。

 それが、目の前で、今ここで起きているなんて!

「おい、先に行くな!」

「早く来て! 夢じゃないんだ………この目で見られるなんて! ほら、早く! 今なら、かなり珍しいマナの反応が………!」

 息を切らせて駆け込んで―――――

 

 そこに、ひとが横たわっていた。

 柔らかな金の髪、黒のマフラー。紺地に黄色い縁取りの動きやすそうな服。

 ――――自分と、同じ顔。

 

「え?」

 少年が驚いたのは不思議と『どうして倒れているのか』であって、『何故同じ顔なのか』や『どうしてこんな所にいるのか』ではなかった。

 そして敵意のこもった視線を向けられて、初めてそのひとの回りには魔物が沢山居ることに気が付いた。

 真っ直ぐそちらを見れば、どうしてか魔物たちはどよめいた。

「ある、じ………?」

 言葉。理解できる言語。ここにいるのは魔物だ。魔物が人の言葉を話すなんて。

 いや―――人の言葉を話す魔物がいるとしたら、それはもしかすると。

「っこら! 先に行くなとあれほど………!」

 少し遅れてやって来た友人は、その光景を見た瞬間担いできた機器を落とした。そのまま腰の剣と斧を構えて――――

 少年は慌てて友人と魔物たちの間に滑り込んだ。

「あ、待って待って! なにもしないから! ほら剣と斧しまって!」

「バカを言うな! こんな街から離れた森の中で魔物に囲まれてる奴を見て、警戒しない方がおかしいだろう!」

「これだけの魔物を倒せるつもりなの? 刺激しない方が良いに決まってるでしょ!」

「魔物の縄張りに踏み込んでおいて刺激も何もあるか! 相手は魔物だぞ!?」

「でも言葉が通じるんだよ。魔物だからって知性がない訳じゃない」

「それはお前の仮説であって―――」

「その仮説を証明するために来てるんじゃないか。一度は納得してくれたでしょ」

「それは魔物を統率する存在がいるのが前提だろう。マナが荒れている今の状況を考えれば統率されているとは言い難いぞ」

「そうだけど、さっきのマナの反応は『虚偽反応』のものに良く似てたよ。あのときは一時的とはいえマナの偏りが正されたんだから、今回も同じように………」

「いやしかし――――」

「うん、だからね――――」

 

 二人は、半ば魔物の大群の真っ只中にいることを忘れていた。

 そして、魔物たちも口論を始めた二人を呆然と眺めているだけで手だしはして来なかった。……呆れていただけかもしれないが。

 こうなってしまえば二人は学者だ。とことんまで意見を言い合わねば収まらない。ここが人目を憚ることのない森の中であることも災いして、二人の口論は加熱すると同時に主張にも熱が入る。

 

「いや、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ。自然現象でも説明はつく」

「ううん、それでも辻褄は合わないよ。じゃあフラノールの雪が溶けたのはどう説明するの?」

「溶けたとしても一日だろう? あの日は天気もよかった。それに丁度『向こう側』の日とも重なるなら、それが原因じゃないのか」

「確かに天気は良かったけど、たった一日で地面が見えるほど溶けて、次の日からは例年以上の冷え込みっておかしくない? それに向こうのせいなら一日で終わるのはおかしいよ」

「だが――――」

 

 ここがどこか完全に忘れている。

 まあ、ここがいつもの研究室なら問題はなかった。もう一人の友人がいつの間にかコーヒーをいれてくれて、口論では決着がつかないからと徹底討論に入るのが常だった。

 しかしここは研究室ではなく魔物の大群の真っ只中で、二人を見ているのは二人をよく知る友人ではなかった。

「っ、ちょっとあんたたち――――」

 少女の声が、二人を止めようとした。その程度では二人の集中力は途切れない。

 が、魔物の集中力は持たなかった。

 咄嗟に気がついて剣と斧を手に取るも、やはり反応は遅い。そのまま鋭い爪は彼等を――――

 

「そこまでだ」

 

 引き裂く寸前で止まった。

 二人はその声が誰のものか分からなかった。目の前のひとが魔物の一匹に背中を預けて体を起こし、そのひとに向かって、魔物たちが一斉に頭を下げるまで。

「そいつらに手を出すことは俺が許さん。下がれ」

「でも主、」

「聞こえなかったか?」

 そのひとの声を聞いた瞬間、魔物たちは冗談みたいにぴたりと止まった。浮いている角のある獣が少女のような声で食い下がったが、それすらすぐに黙らされ、そのひとの隣に降り立った。

 魔物たちも自然と二人に道を譲る。襲ってくる気配はない。唸り声をあげる魔物もいたけれど、そのひとが紅い目で睨むととたんに大人しくなる。二人はそろそろとそのひとに近づいた。二人が通った後で、魔物たちは道を塞いでしまう。

 ―――魔物を統率する存在。

「あなたが………大樹、カーラーンの………?」

 半信半疑で尋ねると、そのひとは僅かに目を見張り、傍らの角のある獣が殺気立った。しかしそのひとが片手をあげるとすっと収まる。

「…………そう、呼ぶ奴等もいたな」

 当たりだ。少年は身を乗り出して訴えた。

「貴方を探していたんです」

「俺を?」

「はい。魔物を操り世界を守るという、貴方を」

 古い伝承に出てくる存在だ。

 魔物の王、世界の守護者、魔を狩るもの。異なる名で呼ばれるその存在が一つだったのではないか、という仮説をたてたのは少年だった。

 そうして辿り着いたのが、大樹カーラーン。

 それに宿るという存在。

「ほぅ」

 そのひとは自嘲するように笑った。

「俺を知るやつがまだいたとは思わなかった。お前、《扉》の所にも来たな。変なところに来るやつだ………それで、俺に何の用だ?」

「お前、知って―――?!」

 友人と同じように少年は驚きを隠せなかった。 

 だが追求しようにも黙って見詰められ、先を促されれば本題に入る他無い。相手が話を聞いてくれそうな内に。

「………貴方に、世界を救ってほしいんです」

「ほぉ?」

 それはそれは面白そうな声で、とても不愉快そうな顔で。

「テセアラを、か?」

「いいえ、世界を、です」

 震えそうになる体を叱咤して、強張る口を動かす。

「テセアラには、裏と表のように寄り添う、もう一つの世界があります。今テセアラはその世界とマナを搾取しあっているのです」

「ああ、知っている。シルヴァラントはこの目で見た」

 ほんの少し、声に険が混じった。

「それがどうした。お前には関係のないことだろう。テセアラはマナも豊富な繁栄世界だ。シルヴァラントが滅びようと構わないんだろう?」

 神子を暗殺しようとしたくらいだからな。

 それを聞いて、ああそう言えばそんな話もあったな、と思い出した。

 過去形なのは、彼女が失敗したからだろう。送り込まれたのが彼女だったことは、彼女が旅立ってしまってから知った。向いてない、と思ったものだ。情に篤い彼女には、暗殺者は向いていない。

 しかし少年は、暗殺にはそもそも反対だったのだ。

「―――これは僕の仮説なんですが」

 言ってみろ、と無言で示され、唾を飲み込む。

 

「シルヴァラントが滅びれば、テセアラは滅びます。例え、マナが無限にあったとしても」

 

 そこで初めて、相手の目が大きく見開かれた。少し考え込むように目を伏せて、一つ息を吐いて。

「………座れ。長い話だろうからな。聞いてやるよ。話してみろ、お前の考えを」

 それにはい、と頷いて、少年は友人を促して魔物の真ん中に座り込んだ。

 

 

 

 

「―――――話は、分かった」

 長い長い話を聞き終えた頃には、もう昼を大分過ぎていた。殆ど四半日話していたことになる。相変わらず薄暗くて森のなかでは昼も夜も大して変わらないのだけれど。

「結論から言えば、それは無理だ。まだ、な」

「まだ? それはどういう意味だ?」

 友人の問いには答えがなかった。その代わり思っていたよりもずっと穏やかな顔で、真っ直ぐにこちらに目を会わせる。 

「今はできない。しかし時が来ればお前の言うようにも出来る。……約束は、悪いが出来ない」

「いえ、それで十分です。無理を言って、すみませんでした」

 少年は素直に頭を下げた。

 無茶を言ったのはこちらだ。偶然出会っただけの人間の話を最後まで聞いて、それを信じてくれた。それだけでも有り難い。本来なら此方から出向き、礼を尽くした上で頼むべき事だった。

「勝手に押し掛け申し訳ない。話を聞いていただき感謝する」

「構わない。お前たちの話は中々に面白かったからな」

 そう微笑む顔は少年と同じもの。が、笑顔はまるで似つかない。同じ顔でもこうも違うのか。

「所で、お前たちはこれからどうするんだ?」

「そうですね………取り合えずメルトキオに戻ります。報告も、しなければなりませんから」

 この調査は、内々にではあるが国王陛下直々の依頼だ。王立研究所サイバックの研究者である少年がここまで街を離れられたことや、その同行者として友人を連れ出せたのもそれが大きい。

 仮説をある程度裏付けられた今、一刻も早い帰還と報告の義務がある。

 と、そのひとが立ち上がった。

「なら、“俺も連れていけ”」

「――――――は?」

 無遠慮にも感想をそのまま口に出したのは友人だったが、少年は口に出さなかっただけで同じことを思った。

「あの、………人間だらけでマナも乱れまくってる所ですよ?」

「知っているさ――――ソルム」

 それまで大人しくそのひとの側に居た獣が、勢いよく跳び跳ねた。

「はい! 何ですか、主?」

 そのひとは子供のように笑って、言った。

「お前に、やってもらいたいことがある」

 

 

 

 

 

「―――――ほんっっっとーに、大丈夫? 無茶しないよね?」

「分かってる。無理無茶は慎む」

「約束ですよ! 嘘ついたら針千本だよ!? 用意して待ってるからね?!」

「わかったわかった、ほらさっさと行け。待たせるだろうが」

「ううぅ~~~約束したからね!」

 

 そんな長い長い別れの挨拶を経て、彼等は今、空の上にいる。

「へぇ、レアバードって便利なんだね」

 因みにこれは彼等のレアバードで、あの森で大破していたレアバードはウィングバックというレアバードを収納するものの中に収容済みである。

 もう一つ因みに、ノイシュはアステルのもう一つのウィングバックに収納されている。怪我が治りかけだから無茶をさせたくないと言われたのだ。

「別れてから口調が変わったな」

 友人の半ば呆れたような声。それに笑って返答される。

「それは、人間のなかに行きますから。郷に入っては郷に従え、って言うでしょう?」

「――――」

「あ、今何か失礼なこと思いませんでしたか。お前がいうなとかなんとか」

「思ってない!」

 ムキになる辺り、多分図星だな、とレアバードを操作しながら少年は思った。

「あのー、所で、自己紹介ちゃんとしてませんでした。僕はアステル・レイカー、彼はリヒター・アーベントと言います。貴方の事は、何とお呼びしたらいいですか?」

 まさか真の名前を街中で呼びまくるわけにはいかないだろう。一応。

 すると前々から考えてあったのかすぐに答えがあった。

「敬語は要りませんよ、アステルさん。僕のことは……エミルと呼んでください。エミル・キャスタニエです」

「――――」

「リヒター、今名字があるのかとか思わなかった?」

「いや、よくすらすら出てくるなとは、思った」

「伊達に長生きはしてませんよ」

 エミルはニコニコと笑っている。……あ、これは同じ顔だ、とアステルは思った。

「じゃあエミル、僕たちにも敬語は要らない。アステルでいいよ」

「分かった。宜しくね、アステルさん」

「さんも要らないよ?」

 しかしそれで少し困ったような顔をしたので、じゃあ追々で、と話を切り上げる。どうせ暫く一緒にいるのだ。後から慣れてもらえばいい。

「あ、見えてきた。あそこがメルトキオだよ」

「へぇ……大きな街だね」

「テセアラの首都だからね。降りるよ、捕まってて」

 レアバードには本来無事に着地できる機能があるのだが、マナの乱れのせいか上手く働かない事が多い。よって着地時衝撃が来る。

 素直にアステルの背中にしがみついたエミルを確かめて、アステルは出来るだけ静かにレアバードを着陸させた。場所はメルトキオの正門から少し離れた場所。直接の乗り入れは禁じられているのだ。

 乗ってきたレアバードをウィングバックにしまって、正門を潜る。

 

「ようこそ、テセアラ・メルトキオへ」

 

 アステルが手を差し伸べれば、エミルはとても嬉しそうにその手をとった。




 作者は限定小説も外伝小説も持っていませんでした。ようやく、最近古本屋で外伝の下巻だけ見つけたので買えました。
 そんなわけで、書いた当時は資料がほとんど有りませんでしたから、あの人とかあの人は完全な捏造です。

 あとはソルムも。グーナに似てるような、猫に似てるような。それくらいの体格に、頭に生えた小さな角。某陰険ブラエのように宙に浮かべます。

 因みに、作中の戦闘シーンの大半は、プレイ中実際にあった展開だったりします。奇跡のタイミングでコレットのエンジェルフェザーが飛んできた時はもうテンション上がりすぎて止まらなくなっておりました。

 リヒターさんは魔物が凶暴化しているため旅は止めたのですが、………例の言葉で押しきられた模様です。


※三人称を大幅に訂正。ちょっとした拘りですが、この話だけ例外になってたので。
 アステルの三人称を彼→少年
 アステルとリヒターの二人の三人称を彼等→二人
 アステルにそっくりのひとの三人称を少年→そのひと

 あと、気付いた誤字もちょっぴり訂正。


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9-4

 

「ここ、が………王都メルトキオ、だよね……?」

 ジーニアスが自信なさげに言うのも仕方ない。

 高い塀に囲まれて、大きな家が立ち並ぶ見事に舗装された路を歩いていても、ロイドには、そこが人の暮らす町だとはどうしても思えなかったのである。

 何故だろう。ロイドは辺りを見回す。

 暗いから、では無い。昼の筈なのに夕方過ぎの薄暗さでも、辺りには煌々と明かり取りの棒が立っている。それが辺りを照らしているから、視界には困らない。

 並んでいる家々もパルマコスタのルアルディ家並みに立派で、それが一般的な庶民の家だというのだから、文明の差をまざまざと見せつけられた思いだ。

 違うのは、そうではなく。

 シルヴァラントと、決定的に違うのは。

 マルタが呟いた。

「皆私たちをじろじろ見てきて……やな感じ」

 そうだ。それで気付いた。

 町行く人々が、ロイドたちを見る度にひそひそと会話している。何なのあの格好は、なんてみすぼらしい、見て武器を持ってるよ、まあ危険ね野蛮だわ、近付いちゃいけません。

 と、ロイドたちにも聞こえる声で、これ見よがしにこちらを横目で見ながらこれである。

 そうか、それでか。

 考え込んでいたロイドは―――前を行くコレットに気が付かなかったのだ。

 

 

 

 

 その後で、コレットが犬を蹴飛ばしたり、紅い髪の青年にコレットがぶつかったりと色々あったのだが、何はともあれ城へと辿り着くことは出来た。

 ただし、門の前まで。

「なんだ、お前たちは」

「ああ、王さまに手が……――っ!」

「国王陛下に謁見したいのですが」

 余計なことを口走りかけたロイドは、マルタに背中を抓られて声にならない悲鳴をあげた。代わりにリフィルが申し出る。

「申請はしたか?」

「いいえ、ですが急を要するものですから」

「ならば許可証はもっているか?」

「残念ながら紛失してしまいまして……」

 ジーニアスは何とか笑顔を保った。よくもまあこんな口八丁の出任せをこうもすらすらと……やはりこの姉、敵に回したくない。

「陛下はお忙しく、近頃は体調も崩されている。許可の無いものをそう簡単に通すわけにはいかないのだ」

「何とか通していただけませんか? 出来るだけ早く、直接お渡しせねばならないものを預かっているのです」

 リフィルは食い下がったが、門番は頑なだった。

「すまないが、規則でな。そこのマーテル教会で謁見の申し込みをしているから、行ってみるといい」

「そうですか……すみませんでした。ありがとうございます」

 後ろで交代の声を聞きながら、その場はそのまま大人しく引き下がる。

 

 

 ―――が、教会に入った所でマルタが頬を膨らませた。

「もう! 頭固いなぁ。良いじゃないの、通してくれても」

「仕方ないよ。あの人たちだって仕事なんだから」

「でもパルマコスタ総督府なら追い返したりしないよ。そもそも総督に会うのに申請なんかいらないし」

 追い返すにしたってあの態度は無いでしょあの態度は! 愛想悪い!

 何故かマルタにしては珍しく、怒髪天を衝く勢いで怒り狂っている。まあまあ、とジーニアスが宥めるも収まる気配がない。マルタも政府機関で働く者として思うところがあるのだろうか。

「マルタ、少し落ち着きなさい。ここは教会よ」

 リフィルにそう言われて、ようやくマルタは声を抑えた。

 静まり返った教会の中、ロイド達の足音だけが響く。パルマコスタのそれとは比べ物にならないほど大きな教会。長椅子がいくつも並べられ、見事なステンドグラスが煌めく美しくも立派な教会には、しかし人がいなかった。

「……誰もいないな。シルヴァラントだったら皆お祈りしてるのに」

「そうだよね。司祭様もいらっしゃらないのかな? すみませーん、誰かいませんかー?」

 マルタの声に答えはなかった。

 シルヴァラントでのマーテル教会といえば信仰の対象であり、神聖な場所だ。それこそ世界の運命は真実マーテル教しだいである。

 故に、日々の祈りを欠かす者など存在しない。ドワーフに育てられたロイドですら、日に一度は(コレットに付き合ってではあったが)教会で祈っていたのだ。コレットが無事に旅を終えられるように、イセリアの皆が元気であるように、と。

 そんな人が集まる教会では、必ず昼夜交代で司祭が最低一人は詰めていた。シルヴァラントでは教会は簡単な病院も兼ねる。誰もいない、なんて状況はシルヴァラントならば有り得ない。

「困ったな、どこで申し込みしたら良いんだろう」

「待ちなさい、ジーニアス。そもそも申し込んだところでいつ会えるかは分からないのよ。何日も待たされるかもしれないわ」

「あ、そっか………今は一刻も早くコレットを救うのが先決だもんね」

 その発想はなかった。確かにテセアラ全土を統べる国王なら仕事も忙しいだろうし、会えたとしてもきっと極々僅かな時間しか無いに違いない。

 向こうからしてみれば些末事。しかし、こちらは世界とコレットを天秤にかけ、そしてコレットを選んだのだから、なんとしてもコレットを救うのが何よりも優先だ。

「じゃあやっぱり王様に手紙を渡すしかないな。……なあ先生、どうしてさっき止めたんだ? 門番に手紙を渡して貰えば良いだろ?」

 それくらいならば明かしても構わないだろうと眉を潜めるロイドにリフィルはため息をついた。純粋なのは良いことだが、単なる考えなしならばそれは馬鹿と呼ぶ。

「門番ではちゃんと手紙が届くか不安だわ。いいことロイド、私たちははっきりいって身元不明の不審人物なのよ。そんな人たちがいくら緊急で手紙を届けてほしいと言ったところで、真面目に取り合ってくれる訳がないでしょう」

 言われてみれば至極当然のことである。

「話を聞いてもらうためには、多少強引な手段でも構わない、直接、国王陛下にしいなの手紙を渡すことよ」

「多少、って言っても………城に入れないんじゃ謁見もなにもないよ」

 と、その時教会の奥でぎぃ、と重い扉が開くような音がした。奥から司祭と、少女が一人、何かを引き摺りながら出てきた。

 ピンク色の髪を耳の上辺りで二つに結い上げた、ジーニアスと同じくらいの、女の子。しかし引き摺るのはロイドではとても運べないような重そうな荷物。

「………いや、助かった。ではプレセア、これを陛下の元へお届けしてくれ」

「わかりました」

 無表情で、淡々と。すれ違うとき、ロイドはその少女の胸元に光るものを見た。

「今の子……」

「可愛かったね……」

「エクスフィアを装備してた―――え? ジーニアスなにか言ったか?」

「な、何でもないよ!?」

 慌てるジーニアス、それを見てにまにまするマルタ。

「ジーニアス、もしかして………」

「貴方もそういう年頃になったのね」

「ち、違うよ! 姉さんもマルタも何か勘違いしてない?!」

「? 顔赤いぞジーニアス。熱でもあるのか?」

「ロイドのバカっ!」

 ジーニアスは顔を真っ赤にしてロイドを叩いた。まるで分かっていないロイドの横で、リフィルがため息をついた。

「丁度良いわ。あの子に協力して貰いましょう。あの子は国王陛下の下に行くと言っていたわ。上手くいけば陛下に会えるかもしれない」

「さ、賛成! 大賛成!」

「貴方は違う理由で賛成なのでしょう?」

 またジーニアスが顔を赤らめる。またも首を捻るロイドを見て、苦笑するのがマルタだ。

「取り敢えず追いかけよう? 話すだけ話してみて、話はそれからだよ」

 

 

 

 

 

 少女―――プレセアの協力を取り付け、なんとか口裏を合わせて貰い城へと入った。プレセアが運んでいたのは神事に使う神木で、謁見の間まで持っていくらしい。

 謁見の間前でプレセアは神木を置き、衛兵に預けた。

「私の仕事はここまでです」

「ごめんなさいね、プレセア。もう少し一緒に来て頂戴」

 プレセアは無言で頷いたが、それきり喋らない。こうしてみるとコレットとそっくりだな、とロイドは思った。

「すみません、大至急陛下にお目通りしたいのですが………お渡しするものがあります」

「………少し待っていろ」

 リフィルが衛兵にそう告げると、衛兵は扉の奥に行ってしまった。恐らく取り次ぎに行ったのだろう。城の中へ入るのはあんなに大変だったのに、中に入ってしまえばこのザル警備。ジーニアスは頭を抱えたくなった。

 と、リフィルが振り返り。

 

「ではマルタ、交渉はお願いするわね」

「―――はい?」

 

「でも、そういうのはリフィルさんがやった方が良いんじゃ……?」

「あら。この中では一番適任だと思うのだけれど。私は一介の教師。ロイドとジーニアスはただの子供。コレットは神子だけれど、今は話せる状態ではないわ。その点貴女は正式な、シルヴァラント唯一の政府機関を持つパルマコスタ総督府の一員。シルヴァラント代表を名乗れるのは貴女だけだわ」

 そう言われてみれば、確かにマルタならば―――というか、マルタ以外は無理だ。

 しかしマルタはリフィルに詰め寄った。

「そんなの無理です! 確かにパルマコスタ総督府の一人ですけど、そんな王様なんて偉い人に会ったことなんかありませんよ!」

 それは皆も同じことよ。

 リフィルが声には出さず口だけ動かしてそう言った。というのは、中から兵士が顔を出し、入れ、と言ったからだ。

 マルタを先頭に一行はその中へと足を踏み入れた。

 玉座の間。入り口の扉から真正面の玉座までは真っ赤なふかふかの絨毯で覆われ、歩いても足音ひとつしない。玉座は二つあり、一つは空っぽで、もう一つに男性が座っていた。立派な身形からして、おそらくはこの人がテセアラ国王。

 その横にはごてごてした司祭のような人がいて、こちらを睨み付けている。玉座を挟んで反対側には――――さっき会った赤毛の青年が控えている。彼の方は始めに目を少し見開いた以外は、驚いた風な態度は見せなかった。

 あまりじろじろ見るのは失礼に当たる。ジーニアスは先頭のマルタとリフィルが跪いたのを見て、同じように膝をついた。横でロイドがそれに倣い、コレットを座らせる。

「そなたらは………?」

「御前失礼致します、テセアラ王陛下。私はシルヴァラント政府の一員、マルタ・ルアルディと申します。こちらは私の仲間で、共にシルヴァラントより参りました。どうか、私達をお助けください」

 王が口を開くのを待ってから、マルタは口上を述べた。………あんなに無理だと言っていたのに、とても滑らかに言葉が出る。

 反応したのは国王ではなく、ごてごてした司祭の方だった。

「シルヴァラントだと?!」

 ひぃ! と悲鳴をあげて仰け反り、まるで溝鼠でも見たかのように顔を歪めた。

 マルタはちっとも動じなかった。王も顔色ひとつ変えず、真っ直ぐマルタを見下ろした。

「助ける、とはどういう意味だ」

「そのことについて、ミズホの民のしいなから陛下に当てた手紙を預かっております」

 マルタが懐に手を差し込むと、赤毛の青年はほんの少し身構えた。マルタはとてもゆっくりと手紙を取りだし、赤毛の青年に渡す。青年はそれにざっと目を通すと、そのまま国王に手渡した。

 それを見て、ジーニアスは驚いた。余程信頼されているのか、或いは余程位が高いのか。

「………なるほど。そなたらが、シルヴァラントの神子と、その護衛か」

 テセアラ王は手紙を読んで青年に渡した。今度は青年もちゃんと読み進める。

「へぇ? シルヴァラントの、ねぇ」

 しいなが残してくれた手紙の中身を、彼等は知らない。だがしいなはコレットを助けるために、テセアラの技術が借りられる様口添えしてくれた筈だった。

「シルヴァラントの神子とは、その娘のことか?」

 国王はコレットを見ながら訊ねた。隣の偉そうな司祭と違って、恐怖や忌避の感情は感じられない。

 なるほど―――王とは、こういうものかもしれない。

「はい、彼女がシルヴァラントの神子です」

 マルタが答えた瞬間、ごてごてした司祭が狂ったように叫び出した。

「衛兵! 殺せ! シルヴァラントの神子を殺せ!」

 衛兵達の混乱はそれで最高潮に達した。衰退世界の人間、というだけで随分怯えていた人も多く、その言葉を引き金に感情が爆発したのだ。

 王の御前だというのに武器を構える衛兵達と、その殺気に反応して動こうとするコレット、それをロイドが全力で抑えている。そうしなければコレットはなんの躊躇もなく彼らを殺してしまうだろう。

 ―――コレットが、羽を広げた。

「ひいいいぃっ! は、早くしろ! 殺せ!」

 衛兵の一人が、言われるままに槍をコレットに向けて振りかぶった、その時。

 

「お待ちください」

 

 鋭い声が、謁見の間に響き渡った。



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9-5

「お待ちください」

 

 鋭い声が、謁見の間に響き渡った。

「お待ちください。その少女を、シルヴァラントの神子を殺してはなりません」

 言いながら、歩いてくるのは。

 白いコートに、黒のブーツ。金色の髪。

 そして優しげで涼やかな―――翡翠の瞳。

「え、エミル……?! 良かった、無事だったんだな!」

 ロイドは顔を輝かせて立ち上がった。ジーニアスも腰を浮かせる。

 しかし。

「違う……」

 真っ先に飛び出しそうなマルタが、泣きそうに顔を歪めた。

「違う。エミルじゃ、ない」

「おお、戻ったかアステル!」

 代わりに腕を広げたのは国王。アステルと呼ばれた彼はロイドの隣辺りまで進み出ると、立ったまま、深くお辞儀した。

「はい、陛下、神子様。アステル・レイカー、ただいま戻りました。………教皇様、神子には手出ししない方が宜しいかと」

 ごてごてした司祭―――教皇がきっとアステルを睨み付ける。

「何故だ。テセアラは衰退してしまったのだぞ。テセアラはもうお仕舞いだ!」

「猊下、落ち着いてください。テセアラはまだ完全には衰退しておりません」

 テセアラ側の人間たちばかりでなく、ロイド達も驚いた。それは即ち、シルヴァラントが救われていないという事なのだから。

「なに! アステル、それは真か」

「はい。私は帰ってくる途中に救いの塔を見ました。伝承によれば、救いの塔は繁栄世界に現れるもの。未だ消えぬ塔こそが、テセアラが衰退していない証で御座います」

 それが本当だとすると、シルヴァラントに救いの塔があるのはどういうことだろう。シルヴァラントは衰退世界なのに。もしも今のシルヴァラントにも塔があるのなら―――シルヴァラントも衰退していないのかもしれない。

 完全に、と言ったのもそれで説明がつく。

 赤毛の青年が腕を組む。

「なるほど。何らかの事情があって世界再生は行われず、しいながこいつらを連れ帰った、ってわけか。なら、こいつらの言い分も間違ってないな。―――神子が天使になることで世界は再生される。逆に言えば、天使にならなければ世界はこのままだ」

「その通りです。……それからもう一つ。彼女が本当にシルヴァラントの神子であり、天使であるならば、下手に手を出せばメルトキオごと消滅する可能性があります。今の彼女を殺すのは不可能です」

 確かに。

 今のコレットはロイド達の誰よりも強い。天使術の威力なら、都市一つ滅ぼすのは雑作もないこと。敵と認定したもの全てを殲滅するのが、今のコレットだ。

 コレットは元々はそんな事をしない、優しい子なのに。

「つまり、我々が神子を救えばテセアラも救われる。そういうことだな。………しかしその話が真であれば、お前たちはシルヴァラントを見捨てることになるのだぞ」

「構いません」

「ま、マル――――」

 何か口走りそうになったロイドは、リフィルが何処からともなく取りだし投げつけたチョークによって黙らされた。

「今は彼女を救うことが先決です。その為に……私達はテセアラまで来たのですから」

 ………覚悟が出来ているのは、マルタの方だったらしい。マルタの方がよほど、ロイド達よりも事態を理解していた。

 テセアラまで来た理由、それがどういうことなのか。

「―――よかろう」

 それまで黙って事を見守っていた国王が、顔を上げた。

「陛下! 宜しいのですか! 彼等は衰退世界の」

「しかし神子は殺せないのだろう? ならば、一度神子を救わねば始まらぬ。……アステル。サイバックに正式に依頼しよう。シルヴァラントの神子を救う方法を見つけ出せ」

「御意」

「し、しかし陛下! シルヴァラントの神子が救われた後で、こやつらが世界再生の儀式を行う可能性も……!」

 いや、それはあり得ない。

 と言い切れるのはロイド達だけ。世界再生の真実を知るのはロイド達だけだから。

 テセアラからしてみればロイド達が危険人物なのにかわりはない。

「なら俺様が監視役につきますよ。どっちにしろこいつらがシルヴァラントに戻らなければ世界は再生されないんだし。それなら良いだろう、教皇?」

「神子様が……そこまで仰るのでしたら」

 神子。神子――――

「み、神子ぉ?!」

 あんな赤毛でちゃらちゃらしていてこんなときなのにマルタや姉さんに色目を使うようなかっるい奴が、よりにもよって神子?!

 いや、それで納得がいった。神子はマーテル教会においてかなり高い位を持つ。テセアラの権力階層でも高位の人物なのだろう。だから、国王に対してあんな態度がとれるのだ。

 そしてその神子がこちらの味方をしてくれたということは。

 コレットを助けられると、いうことだ。

「そなたらには、テセアラを旅する許可を与えよう。ただし、神子の監視の下で」

「ありがとうございます!」

 監視されていようが構わない。これでコレットを助けられる!

 ロイドもこの時ばかりはそろって、深く頭を下げた。

 

 

 

 謁見の間を退室して、テセアラの神子がエミルによく似た人に話しかけた。

「全く、お前も無茶するなぁ」

「神子様に言われたくありませんよ。神子様だって、彼等を庇ったでしょう?」

「俺様とお前じゃ立場が違うっての。……まあいいや、俺様も準備がある。聖堂で落ち合おうぜ。じゃあな、アステルにゴージャスなお姉さまと可愛い神子ちゃんとちっちゃな美少女とキュートな子猫ちゃん、あとその下僕どもー」

「はい、ではまた後程」

 神子が行ってしまうと、今度はロイドが口を開く。

「ええと……」

「話は後で。まずはこちらに来てください」

 一方的に歩き出す。顔を見合わせ、ロイド達はその少年の後を追った。

 

 

 城を出て、さっきの教会まで戻る。さっきとは違って礼拝堂には人がいた。

 テセアラの神子よりも暗い赤毛の背の高い青年と、………フードをすっぽり被って、顔どころか体まで隠している小柄な誰か。

 アステルが近づいたことで、その人が顔を上げた。

「――――エミル!!」

「え? …………うわぁっ?!」

 一番に叫んだのはマルタで、駆け寄ったのはジーニアスだった。ジーニアスはそのままそのひとに飛び付き、その拍子にフードが外れた。

 現れたのはアステルと全く同じ、しかし彼らにとっては、見慣れた顔。

「エミル、良かった……! 心配したんだよ!」

「あ、うん、ごめん」

 困ったようなそれは、間違いなくエミルの笑顔。抱きつくマルタを離そうとしながら無理矢理には引き剥がさないのも、ジーニアスの頭をぽんぽんと叩くのも。

 リフィルが珍しく驚愕を顕にする横で、全然状況を理解していないロイドがぽかんと口を開けた。

「エミルが………二人?」

 アステルとエミルが、同時に吹き出した。二人の横の青年はため息をつく。

「ロイド……彼はエミルではないわよ。よくご覧なさい、エミルの方が少し背が高いでしょう?」

 リフィルに言われてよく見ると、確かにほんの少し、言われなければ気がつかない程度に、エミルの方が背が高い。

 しかしその他は声も顔も笑い方も、全く同じ。

「さっきは挨拶しなくてごめんね。説明するより会わせた方が早いと思ったから………学園都市サイバックの研究者、アステル・レイカーです」

「こっちの人はリヒターさん。二人とも、僕を助けてくれたんだ」

「助け………そうだエミル、あの後どうなったんだ? ノイシュは?」

 エミルは手短に、ロイドたちに地の神殿の近くに不時着した事、そこで二人に会い、メルトキオに連れてきて貰った事、ノイシュは怪我はしたものの命に別状はなく、今は休ませていることを話した。

 ノイシュもエミルも元気なのを聞いて、ようやく一行の顔には安堵の表情が浮かんだ。

「そうだったんだ。ボクはジーニアス、ジーニアス・セイジ」

「姉のリフィル・セイジよ」

「私はマルタ・ルアルディ。よろしくね、アステルさん、リヒターさん」

「僕もリヒターもさんはいらないよ。君たちがエミルの仲間だった人?」

「ああ、俺はロイド・アーヴィング、こっちの娘がコレット・ブルーネルだ」

「コレット………彼女が神子、なんだね」

 アステルが近付いてもコレットはチャクラムに手を伸ばそうとはしなかった。……敵と思われていないのだろうか。

 リヒターというらしい青年がアステルの顔を覗き込む。

「どうだ、アステル」

「うーん…………多分このクルシスの輝石のせいで体が無機生命化してるんだと思うけど……専門外だからなあ。リヒター、こういうのに詳しいの、誰だっけ?」

「………“下”でケイトがエクスフィア関連の研究をしていた筈だが……これはクルシスの輝石というよりも要の紋の方じゃないのか? それならたしか……」

 ロイド達をそっちのけで議論を始める二人。

「なんか……何処と無くリフィルさんに似てるような」

「学者って、皆こうなのかな……?」

 アスカードのライナーもこんな風にロイド達を放置してリフィルと語っていたし。こうなったら議論が一区切りしなければ終わらないのを、ジーニアスは知っている。

 もう仕方ないから気がすむまでやらせておこうとしたとき、ふと途切れた会話の隙間で―――誰かがアステルの肩に手を置いた。

「まーまー、堅苦しい話は後にして、取り敢えずはサイバックを目指そーぜ、お二人さん」

 長い赤毛を白のバンダナで止め、腰に短剣を差したその青年は。ジーニアスは思わず指を突きつけた。

「あ、テセアラの神子!」

「おうよ。テセアラの神子、ゼロス・ワイルダー様だ。気軽に『ゼロスくん』って呼んでね」

「軽いやつだな………ほんとにこいつが神子なのか?」

「おいおい俺様を疑うわけ? せっかくこんなものも用意してきたのに」

 ゼロスが取りだした紙を広げ、ロイドが読み上げる。

「えーと、なになに? 『神子ゼロスの下、シルヴァラントの神子一行がテセアラを旅すること、及びサイバックへの立ち入りを許可する。サイバックはこれに全面協力を命ずる。テセアラ十六世』」

「あっ、忘れてた!」

「どうしたの、アステルさん?」

 エミルの問いに答えたのはゼロスだった。

「サイバックは王立だから、立ち入りには王家の許可がいるんだよ。アステルの事だから王立研究院の立ち入り許可なんてさっぱり忘れてるだろうと思って、先に繋ぎつけといたぜ」

「ほー、気が利くな」

「だろ? これからしばらくは一緒に旅しなきゃならないんだ。仲良くしようぜ。えっと、野郎二人とアステル達はいいとして。ゴージャスな美人がリフィルさまだろ、クールなかわいこちゃんがコレットちゃん。そちらのキュートな子猫ちゃんがマルタちゃん。んで、そのおチビちゃんは?」

「プレセアだよ。城に入るとき協力してくれたんだ」

「プレセア? ああ、神木の。ってことはあのいな………オゼットの子か! 丁度いい、サイバックに行くついでに送ってってやろうぜ」

 サイバックもオゼットも橋の向こうだしな、と笑うゼロスの袖を、アステルが引いた。

「神子様、オゼットはガオラキアの向こうですよ。最近のガオラキアの噂を聞いてないんですか?」

「あそこは魔の森になった、ってあれか? ま、なんとかなるでしょーよ。元々魔の森、って呼ばれてたんだし………んで、そこのアステルのそっくりさんは?」

「エミルと言います。エミル・キャスタニエです」

 キャスタニエ、と聞いてゼロスが怪訝そうな顔をした。エミルを見る目も、探るようなそれに変わる。

「兄弟とか親戚じゃありませんよ。彼はシルヴァラントから来たんです」

「へぇ! 不思議なこともあるもんだが……ま、いっか」

 鋭い目付きから一転、さっきまでの軽いへらへらとした笑みになった。ロイドが呆気に取られる。

「い、良いのか?」

「だってほら、世界には同じ顔のやつが三人は居るって言うしな。マルタちゃんたちみたいな美少女がたっくさんいるなら俺様大歓迎! っていうかコレットちゃんの笑顔のためなら!」

「…………なあアステル、ほんっとーに、こいつが神子なのか……?」

「ええ……」

 ロイド達は不安になった。本当にこいつ、大丈夫なんだろうか。

 ロイド達ばかりかアステルとリヒターまで苦笑する中、エミルだけがにこにこと笑っていて。

 ゼロスが高らかに腕を突き上げた。

 

「んじゃサイバック目指して出発~!」

 

 

 

 そんな、ある日の午後の事。

 人ならざるモノ達は、世界が変わった音を聞いていた。

 

 氷の中で、闇の中で、地の底で、空の上で―――あるいはとある、森の中で。

 

 何時もと何も変わらない、薄暗く、地震があった、そんな普通のある日の午後の事。

 けれどそれは、確かに世界が変わった、そんなある日の午後の事。




 次の話を投稿したら更新速度がガタ落ちします。月一くらいに。
 よろしければ気長にお付き合い下さい。


《設定の違い》
・テセアラ国王は床に伏すほど体調は悪くない
・アステルとテセアラ上層部は顔見知り


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10-1 仲間

 ようやくpixiv版に追い付いた……
 この話で隔日更新は終了となります。今後は多分月一くらいの不定期更新です。

 それからスマホの調子が悪いので、しばらく更新出来ないと思います。

 気長にお付き合い頂けると幸いです。


「………これは……また」

 白い息を吐いて、それを見上げる。

 氷の塊。

 氷の神殿は、フラノール南の洞窟の奥にある。洞窟はセルシウスの影響か常に氷点下で、等身の氷塊など珍しくもない。中に住む魔物も、自然と寒さに強い性質のモノが多かった。

 しかし今その洞窟は。

 入り口どころか、洞窟の存在する丘もろとも氷に閉じ込められていた。遠くからみれば氷山かと思うに違いない。空中を飛んでいたのだろう鳥類の魔物は、羽を羽ばたかせたその姿勢のまま、全身氷付けになっている。

 これでは最奥の祭壇に行くどころか、神殿にすら入れない。

「―――ホオリ」

 地の神殿からついてきた魔物の名を呼べば、横に控えていたカマキリの魔物が進み出る。

 ランバージャック、という種族だ。マンティス系の中では氷に強い特性があり、本来の生息地はこのフラノール大陸の筈だった。しかしマナの乱れによりフラノールにいられなくなり、地の神殿近くまで逃げてきたのだという。

 任せろとばかりに胸を張り、前足のカマを閃かせる。が。

 氷を切り裂く事は出来ず、表面に薄い傷をつけたのみ。その傷もみるみる薄くなる。ムキになってさらにカマを振るおうとしたホオリを制すると、今度はエルダードラゴンのコーラルを喚んだ。

「グォォォオァ……!」

 胸いっぱいに空気を吸い込んで、炎を吐き出す。竜の炎はあらゆるものを焼き付くす煉獄の火炎。氷など竜の前では水と同じだ。

 けれど流石は精霊と言うべきか、コーラルの火炎でもその氷は溶けなかった。コーラルはそれ以上むやみに炎を吐こうとはせず、申し訳なさそうに退いた。

「さて……どうしたものか」

 竜の炎でも溶けないとなると、魔物の術程度では相手になるまい。イフリートの炎か、ここにいない眷族の力を借りればなんとか出来るかもしれないが。

 数歩下がって、洞穴を見上げる。それで分かったことは上からも入れそうにない、ということだ。鋭い氷柱が何本も突き立っている。そして下は凍り付いた地面――

「!」

 思い出す。とある魔物のこと。

 地面に潜る、巨大なワーム種。その彼等の上に存在する、人間たちの間では伝説として語り継がれている存在。最も有名なのはトリエット砂漠のサンドワーム。シルヴァラントを旅していたとき噂を聞いたから、まだ生き残っているはずだ。

 そしてマナの少ないシルヴァラントで生き残りがいたのなら。

「もしかしたら」

 身を翻し、銀色の世界に躍り出た。雪に足を捕られながらもその足は緩まない。後を追って魔物たちも付いてきた。

 並走するホオリが語りかけてきた。何か手伝えることはありますか。

「なら………―――避けろ!」

 叫ぶと同時、後ろに飛ぶ。と地面が盛り上がった。声を聞いてなんとか間に合った魔物たちも皆無事だ。

 長いシワが幾重にも刻まれた巨大な体。ワーム種とは異なり細い腕がないが、大きなギザギザした口はワーム種のそれと同じ。

 巨大獣サンドワームの亜種。サンドワームが砂漠に生息するなら、彼等が生きるのは銀世界。

「シルルス……!」

 咆哮するシルルスに向けて、魔物達はそれぞれに構え。

「取り合えず、大人しくさせるか!」

 合図に会わせて一斉に突撃した。

 

 

 

 

 

 テセアラにはロイド達が想像も及ばないようなものが存在した。

 例えば、巨大な家。光り続ける街灯。それから―――大陸同士を結ぶ橋、グランテセアラブリッジ。

 三千個ものエクスフィアを制御に使った、巨大な跳ね橋である。

「三千人の命か……」

 薄暗い中、エクスフィアの赤い光が橋の輪郭を浮き上がらせている。巨大。ロイドが今まで見たもののなかで、救いの塔の次に大きい。

 不思議がるゼロス達に、リフィルは話した。エクスフィアの作られ方を、エクスフィアが人の命を吸って出来ることを。

「それ……マジなのか」

「こんなうそ、つくかよ」

 ゼロスは流石に青ざめていたが――プレセアはコレットのように表情に変化がない――リヒターとアステルはまるで驚いていなかった。

「“エクスフィアは、生きている”………か。まさかそんな意味だとはな」

 リヒターが嘲るような笑みを浮かべた。それに気が付いたリフィルが顔をしかめると、アステルが苦笑し、解説した。

「テセアラではエクスフィアの研究が進んでいて、その研究結果によればエクスフィアは“無機生命体”なんです。他者に寄生し融合する性質を持った」

「なんですって!?」

「その寄生を制御するのが要の紋。だから要の紋なしでエクスフィアをつけるとエクスフィアに寄生され、体内のマナのバランスが崩れる、と言われている」

 なるほど。だから要の紋なしのエクスフィアを引き剥がしたり、エクスフィアに適合しなければエクスフィアが暴走するのか。

 と、そこでマルタが首をかしげた。

「ねぇ、ちょっと待ってよ。エクスフィアって石じゃないの? 鉱山から出てくる石とは違うの?」

 そういえばマルタはエクスフィアをちゃんと見たことがなかった。……というか、マルタはエクスフィアを持っていない。

 更に言うならエミルもそうだし、アステルとリヒターも、アリスとデクスもそうだった。……まあアステルの場合は戦わないからいらないのかもしれないが。

「どうだろう。実は僕たちはエクスフィアの原石を見たことがないんだ。原石を調べられれば何か分かると思うんだけど……」

「じゃあテセアラってエクスフィアをどう手に入れてるのさ?」

「えーと………鉱山から出てきて……あれ?」

 よくよく考えれば、色々とおかしい。

 シルヴァラントではエクスフィアはディザイアンが持っていて、人間牧場で作られている。しかしそのエクスフィアの原石が何処から来ているのかはわからなかった。

「まあ、そうは言っても今更死んだ人間が生き返る訳でナシ。人間、ポジティブに生きようぜ~」

「前向きなのか軽薄なのか……」

「なあゼロス、お前もプレセアもエクスフィアを装備してるけどさ、テセアラでは当たり前なのか? しいなの話だとそんな感じはしなかったけど」

 もしテセアラでエクスフィアが一般的なら、テセアラにも人間牧場がないとおかしい。人間牧場でしか、覚醒したエクスフィアは作られないからだ。テセアラに人間牧場のような非人道的施設が他にあるなら話は別だが。

 ゼロスは少し考えて、いや、と首を振った。

「これはレネゲードって奴等から貰ったのさ。しいなとか、教皇騎士団とか、結構な分分けて貰った筈だぜ」

「プレセアも?」

「さあ、どうなんだ? おチビちゃん」

 プレセアは橋の向こうを見詰めたまま動かない。ゼロスが振り返って肩を竦めた。

「ダメだこりゃ。なぁ、アステルー」

「すみません神子様。僕最近はずっとサイバックの外にいたから、よく知らないんです」

 以外にもあっさりとゼロスは引き下がった。

「んじゃ仕方ねぇな。ま、兎に角行こうぜ~!」

 

 

 

 

 橋も半ばを過ぎると辺りが明るくなり始め、渡り終えたときには空は青く、明るかった。

「うーん、青い空は久しぶり~!」

 マルタが気持ち良さそうに伸びる横で、リフィルがメルトキオがあるフウジ大陸の方を見ながら呟く。

「暗いのは向こうの大陸だけなのね」

「ボク、テセアラはずっとあんなもんなのかと思ってたよ」

「ずっとああだよ―――闇の神殿がある大陸はな」

 以外にも暗いその声の主は、ゼロスだった。

 さっぱり訳がわからないロイド達に解説してくれたのはリヒターだ。

「テセアラには精霊を祀った四つの神殿がある。フウジ大陸中央部に闇の神殿、北には地の神殿。フラノール大陸南に氷の神殿」

「そしてこのアルタミラ大陸、これから行くサイバックの近くには雷の神殿があるんだ。………って訳で、サイバックの“あれ”は見物だぜ~」

 途中から急に明るい声で、ゼロスはニタニタと笑っている。アステル達が苦笑しているから悪いことではないのだろうが。

「何があるんだよゼロス?」

「でひゃひゃ、ついてからのお楽しみだよロイド君」

 

 

 

 

 サイバックは雷の町だった。

 というのはひっきりなしに雷が落ちているのだ。びくっと肩を震わせるジーニアスにアステルが微笑む。

「大丈夫。絶対に当たらないから。ほら見て」

 アステルに示されたように上を見ると……町の一番上に、大きなカサのようなものがあった。じっと見ているとまた近くに雷が落ち――――そのカサに吸い寄せられた!

「あれ、どうなってるの?」

「ふっふっふ、あれはアステルの発明品なんだよ。この雷は神殿から漏れてる雷のマナでな、アステルはそれを効率的に回収運用する画期的システムを作り出したのさ」

 何故か得意気なゼロスと、はにかむアステル。へー、とそれを聞いていたジーニアスが、ふと何かに引っ掛かった。

「マナ、なの? なら普通の材質なら壊れちゃうんじゃ」

「あ、それは大丈夫。紫精石が練り込まれたナビメタルを使ってるから」

 アステルはさらっと言ったが。

 ナビメタルというのは希少な鉱石で、長い時間をかけて回りの物質と結合する性質がある。別名成長する鉱石。

 紫精石は雷属性の鉱石。雷を宿し、雷の力を付加させる力がある、不思議な鉱石だ。

 ………いや、材料は問題なのだがそれよりももっと問題なのは。

「か、加工できたのか……!?」

 ロイドには分かる。ナビメタルも精石もとんでもなく加工が難しい鉱石だ。少なくともシルヴァラントに加工技術はない。精石だけならロイドの義父ダイクが加工方法を知っていたが、それはドワーフに伝わる秘伝だからだ。

 それをアステルが、一人の研究者が成し遂げるなんて!

「メルトキオの街灯もアステルの技術を使ってるんだぜ」

 それを聞いてマルタがぽん、と手を叩いた。

「じゃあエクスフィアを使わなくてもいいんじゃない? エクスフィアと同じことができるんでしょう?」

 エクスフィアは、テセアラでは機械につけて制御したり燃料代わりに使ったりするのが一般的だ。しかしエクスフィアの真実を知るものとしては、エクスフィアを使うのはあまり歓迎できることではない。

 が、アステルは目を伏せる。

「ううん、マルタ。まだダメなんだ。出力も弱いし、何よりもマナの変換効率が悪すぎる」

「それに加工に手間がかかる分、量産できないからな。まだまだやることは山積みだ」

 リヒターもアステルも口ではそう言っているが、どちらも楽しそうだった。若く見えても、やはり学者らしい。

 そうして、サイバックの入り口でゼロスが取り付けてくれた許可証を見せ、中央広場を抜けた頃。

 アステル達が足を止め、顔の前で手を合わせる。

「えーと、ごめん。僕たち少し用事があるから先に行ってて? 王立研究院の本棟はあっちにあるよ。用事が終わったらすぐ行くから」

「分かった。じゃあ後でな、アステル、リヒター」

 そのまま二人は広場の反対にある大きな建物に入っていった。示されたのは広場を抜けた更に奥の方向だ。

「よーしエミル! 早く行こう!」

「あっ待ってよマルタ!」

 エミルの手を引いてマルタが走っていく。拍子にフードが外れているが、それに気がついていないほど先を急いでいるようだ。リフィルとジーニアスはやれやれと言わんばかりに微笑んで、少し足を早めた。

 そしてアステルが示したらしい建物に入ると。

 一瞬で、辺りが静まり返った。

「え? あれどうしたの?」

 紙を、本を、ペンを、何かの機械を、落とす。

 一番近くにいた研究員の青年がエミルに近付くと、震える手でエミルを指差す。

「……い」

「い?」

 

 

『生きてた――――っ?!』

 

 

 とたん、一斉に回りの人たちがエミルに詰め寄った。

「おいアステル! お前《異界の扉》に行ったって聞いたから心配してたんだぞ」

「そうよ、それっきり連絡もないし、教皇の私兵があんたを探してくるし!」

「良かったよーっ! アステル弱っちいから魔物にでも襲われて野垂れ死んでないかってもう仮眠しかできなかったんだよ?」

 力強く背中を叩く者、頭を掻き回す者、抱きついて泣きわめく者。反応は様々だが、皆一様に再会を喜んでいるのだろうことは窺える。

 そういえばエミルと初めて会ったときのしいなも似たような反応をしていたのを思い出した。

「あ、あの―――」

「なんだよいっちょ前に剣なんかぶら下げて。使えもしないのに邪魔じゃないのか?」

「ようやくリヒターの苦労が報われたのですね? 護身用に武器を持てと再三言われてましたもの」

「そうねそうだよね、今のご時世武器の一つもないとねぇ」

「すみません、僕は―――」

「もうっ、申請だけしてさっさと行っちゃうんだもん。リリーナが気にしてたわよ」

「ったく心配させやがって。お前の思い切り良いとこは嫌いじゃないが、ひやひやさせられるぜ」

「そうですよ、よりにもよって《異界の扉》に行くなんて。黄泉の国に引きずり込まれなくて本当に良かったです!」

「んで研究はどうなった? 陛下の御依頼は?」

「精霊の神殿を見に行ったんだよな。魔物の様子はどうだ。確かついでに魔物の王を探しに行くとかなんとか………」

 質問の嵐と腕の拘束が緩んだ一瞬で、エミルは人々の輪を脱け出した。

「あのっ! ぼ、僕はアステルさんじゃありません!」

「―――――へ?」

 ぽかん、とした表情になった後、研究員達は猛烈に否定し始める。

「いや、いやいやいや。そんなわけあるか。アステルだろ、お前。だって見た目も同じだし声も同じだし」

「だから違うんです。顔とか声とか見た目とかは同じでも、僕はエミルです、アステルさんじゃないんです別人なんです!」

「お前らその辺にしてやれよ。エミル君が困ってるじゃねーの」

 エミルが半泣きで説明しても一向に分かってくれそうにない研究員達を見て、ゼロスが助け船を出した。その隙にエミルはフードを被り直す。ゼロスの声を聞くなり彼らは姿勢を正した。

「神子様?! いらしてたんですか!」

「おうよ。で、だ。そいつはエミル・キャスタニエって奴で、シルヴァラントの人間だ。アステルとは別人。アステルならさっき図書館の方に向かったぜ。もうすぐ………」

 と、ちょうどその時研究所の扉が開いて、アステルとリヒターが入ってきた。

「ただいま―――ってみんなどうしたの?」

 不思議そうに小首をかしげるアステル。……確かに自分を見て全員固まっていれば誰でもこんな反応を返すだろう。

 誰も動かないなか、誰かがぽつりと呟いた。

「アステル……? 本物?」

「少なくとも偽物ではないけどそれがどうした………うわあっ?!」

「アステルーっ!」

 飛び掛かられ、エミルと違って耐えられずに倒れこむ。起き上がろうにものし掛かられていて動けないアステルの首根っこを掴んで、リヒターがアステルを猫のようにぶら下げた。

 それでようやく、他の研究員達もリヒターに気が付いたようだ。

「や、やあ、リヒター………か、帰ってたのか」

「……俺はアステルの護衛だからな」

「あー、リヒター、ありがとう………とりあえず、下ろして?」

 リヒターが手を離すと、アステルは見事に姿勢を立て直し着地、近くで呆けている研究員に声をかけた。

「―――もう連絡は来てるよね? 担当者は誰?」

「あ、えーっと、第三研究室にいる」

「だそうです、神子様」

「さんきゅー、アステル。んじゃ行こうぜ」

 颯爽と立ち去るゼロス達に自然と誰もが道を譲る。

 心なしか不機嫌そうなアステルを先頭にして、ロイドたちは研究院に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 クルシスの輝石。

 神子が生まれたときに握っている石。神子が神子たる証。

 それが――――エクスフィアだという。正確には“エクスフィアの進化系”らしいのだが、細かいことは置いておく。

 重要なのは、エクスフィアならば要の紋で制御できる、ということだ。

「まじないを刻むくらいなら俺にも出来るよ」

 要の紋をバザーで見つけ、少しばかりお話(脅迫とも言う)して。ゼロスの協力もあってそれを譲り受けた後、ロイドが研究室に籠って作業を始めた。

 以外なのは、アステルがそれに興味を示したことだ。

「ねえねえっ、作業するところ、見ててもいい?」

「良いけど………なにも面白いことなんかないぞ?」

「ううん! 要の紋はこれまで完成品しか見たことがないんだ。それを作る過程を詳しく見られるなんて、ああ夢じゃないかな!」

 何でも要の紋はエクスフィア諸ともレネゲードに分けてもらったものらしい。そうでなくても要の紋の加工技術はドワーフしか知らない。確かにテセアラでは珍しいものだろう。

 アステルがロイドと研究室に入ると、他の面子は暇になってしまった。

 といってもリフィルとリヒターはエクスフィアや魔物について議論しているし、ジーニアスとマルタはコレットに付きっきりだ。

「じゃあ、僕は少し外を見てくるね」

「あ、なら私も……」

「ううん、一人で大丈夫。町の外には出ないから。行ってきます」

 マルタの申し出をやんわり断り、先程よりもしっかりとフードを被って研究院の外に出た。外にも研究員らしき白衣の人が大勢いる。全員人間だ。

 少しだけちからを解放し、気配を探ろうとして――――妙な気配をとらえた。町の中。それほど遠くない。それはそう、丁度さっきアステル達と別れた、図書館の方。

 フードを被ったまま、誰に呼び止められる事もなく、その気配を追って辿り着いたのはやはり図書館で、妙な気配の正体は一冊の本だった。

「………ああ、そういえばそんなこともあったなぁ………」

 そういう本があったのは覚えている。封印のとき力を貸したから。

 腰の剣に手を伸ばす。やれるか。……いや、ダメだ。力が足りない。それにあまり目立ったことはしたくない。ただでさえこのマナの乱れで力が出ないのだ。

 後で知らせるだけ知らせておくことにして、ほんの少しばかりその封印に力を注いでおいた。今出来ることはこれくらいだ。これをどうにかする力は、残念ながら、ない。

 大人しく図書館を出て、研究院に戻る。

 すると丁度ロイドがコレットに要の紋を加工したペンダントをつけているところだった。……が、コレットの目に光は戻らず、紅い瞳は感情を映さない。

「………ダメ、だったんだね」

「エミル! ………ああ、やっぱり俺の腕じゃ……」

 エミルが後ろから声をかけると、ロイドたちは意気消沈していた。

 やはり、間に合わせのまじないではダメらしい。こうなれば本職にお出ましいただくしかないだろう。リフィルがダイクに力を借りたらどうかしら、と言えば、ゼロスが慌てた。

「おいおい、俺様はお前たちの監視役なんだぞ? シルヴァラントに戻るなんて許すわけないだろーが」

 元々テセアラで勝手をさせない、シルヴァラントに戻らせないためについてきている監視役、それがゼロスだ。テセアラを衰退させないために。

「なら、ついてくればいいじゃない? シルヴァラントまで」

「え? ………マルタちゃん、それマジ?」

「要は私たちが世界再生をしなければ良いんでしょ? ならシルヴァラントについてきて監視すれば解決。ね?」

 マルタがリフィルに目配せすると、リフィルもマルタに加勢した。

「あなたはフェミニストなのでしょう? 協力して下さるわよね、慈悲深い神子様?」

「そうそう、コレットを救うためだもん。黙っててくれるよね?」

「うわぁい……」

 アステルが横で顔をひきつらせていた。……凄い言い方。これでは女性に優しく野郎に厳しくをモットーにするゼロスは引き下がれない。

「………そこまで言われたらチクる訳にはいかないでしょーよ」

 と、その時。

 

「聞きましたぞ、神子様!」

 

 武装した兵士達が、研究院に雪崩れ込んできた。

「テセアラの滅亡に手を貸した反逆者として、神子様とその者達を反逆罪に認定します」

 兵士の鎧の紋様を見て、ゼロスとアステルはすぐにそれが何処の者か分かったらしい。

「―――ちっ、随分とタイミングが良すぎるじゃねぇか、教皇騎士団さんよぉ」

「どうせ教皇の命令で監視していたのでしょう。神子様に王家への反逆の疑いありとかなんとか、言いがかりをつけて」

「ふん、どちらが反逆しようとしているのやら」

 リヒターがそう言うと、あからさまに騎士達が殺気立つ。

「このっ……!」

「よせ! それより検査しろ。天使には手を出すな。殺されるぞ」

 偉そうな騎士が命令を出すと、他の騎士達が一斉に動いた。皆の腕を捕まえ―――ロイドだけはコレットを恐れてかおっかなびっくりで―――何かの機械を数秒押し付ける。

 ロイドとマルタとアステル、ゼロスは何も起こらない。

 しかしジーニアスとリフィルに向けられた途端、その機械はけたたましい音をたて始めた。

「照合しました! 間違いありません、ハーフエルフです!」

「お前ら、ハーフエルフだったのか?!」

 ゼロスが思わず身を引いた。騎士団も同じだ。

「違う、そんなはずない! 先生もジーニアスも……」

「ええ、私たちはハーフエルフよ。……今更、隠しても仕方のない事だわ」

「待てよ、ハーフエルフだから何だってんだ。お前らより二人の方が、よほど―――」

 その後ろで、エミルとリヒターが検査を受けていた。しかしエミルを検査していた騎士は動きを止め、リヒターの方はリフィル達と同じように音がなる。

「ん? お前は……?」

「貴様もハーフエルフか!」

「待って!」

 アステルが、リヒターと兵士の間に滑り込む。

「彼は僕のモノだ! 連れていくのは許さない」

「何だと……?!」

 アステルにまで槍を振りかぶろうとした兵士は、寸前で他の兵士に止められた。

「おい! よく見ろ、こいつは……」

 小声で何かを話している。あからさまに舌打ちし、兵士は槍を下ろしてリヒターから手を引いた。

「ハーフエルフ二名を連行しろ!」

 手錠をし、ジーニアスとリフィルが連れていかれる。アステルとリヒター、エミルの前に他の兵士が立ちはだかり、槍を突きつけた。ロイドたちは別の一団に囲まれている。

「神子達は地下に来てもらうぞ」

 槍に脅されながらもこちらを心配そうに見てくるロイドに、エミルは穏やかに微笑んで見せた。

「アステル。貴様は研究室で大人しくしていて貰おうか。ハーフエルフも一緒にな………おいお前、フードをとれ!」

 兵士はエミルのフードを乱暴に毟り取った。その顔を見るなり、兵士は固まってしまう。

「双子がいたのか? ――まあいい。念のため別室にご案内しろ」

 エミルもまた、乱暴な手つきで連れていかれる。

 彼等の後ろ姿を見ながら、アステルは小声で繰り返していた。

 

「ごめん、ごめんね………」

 

 ごめん。

 リヒターしか助けられなくて。

 分かっているのに動けなくて。

 何も出来なくて。

 

「ごめんなさい、ロイド、エミル、神子様―――ジーニアス、リフィルさん……っ!」

 




 魔物の名前はラタトスク攻略本から。
 実はまだプレイしてて見たことのない名前もあって、へーそうなんだと感心することしきり。語源は分かっても「イス」とか「バルバトス」とか見つけてニヤニヤしてました。「クンツァイト」とか「ヒスイ」とか「ヴィクトル」とかとか。

 テセアラでのエクスフィア流通は、というかエクスフィア流通の全ての原因は、エクスフィアを掘り出すレザレノにあるんじゃなかろうかと思ったり。
 シンフォニアのEDで「もう新たなエクスフィアが掘り出されることはない」とかなんとか言っていながらふつーに発掘されてるし。いや、地の神殿からトイズバレーまで掘り抜いた誰かさんを誉めるべきか?


 禁書や検査機器については捏造です。
 本来禁書はこの時期ユミルにあります。検査もこんなに簡単にすむものではありません。
 ………因みに検査機器に関してはアステルの研究成果を下地にしてたりする。

 カスタマイズでナビメタルを使えるのはフラノールなどテセアラの都市だけ。精石を使えるのはダイクとアルテスタだけ。
 つまりナビメタルの加工技術はテセアラのみ、精石の加工技術はドワーフの秘伝と見た!
 ………という妄想からの設定ですので、本編にそのような事実は存在しません。ナビメタルも精石も本編には一切説明が無かったので、捏造盛り込みました。


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10-2

 ようやく投稿。
 ここから不定期更新ですので、多分次の更新まで一月くらい空くと思います。


 

 

 

 あぁ―――くだらない。

 やっぱり人間なんてくだらない。欲深くてすぐに戦を起こす。受け入れられないモノを拒絶して差別する。

 くだらない。人間もエルフもハーフエルフも何が違うというのだ。何も変わらないではないか。違うとすればそれはそう、天使だけ。

 

 あり得ない力で、あり得ないように理を曲げた、愚かなヒトが作り出した、天使だけ。

 

 

 

 

 

 サイバックの己に与えられた研究室で、アステルは鬱ぎ込んでいた。

 ―――守れなかった。何も出来なかった。

 リフィルとジーニアスがハーフエルフだと分かって連行されるあの時に、エミルが連れて行かれたあの時に、驚きのあまり思考が停止して。

「動けなかったんだ………!」

「そう、自分を責めるなアステル」

 そのアステルの肩にリヒターが手を置いた。

「俺だって気がついていたのに何も言わなかった。それに………お前は俺を助けてくれた」

「リヒター……そうだよね、落ち込んでいても仕方ない。何とかして、二人を助けないと」

 よーし! と元気を取り戻したアステルを見て、リヒターはふっと微笑んだ。

 そこでハーフエルフを助けよう、という発想に行き着くあたり、やっぱりアステルは変わり者だ。けれどそれがリヒターを友達だと笑って言い切るアステルなのだ。

 ………ところで、天才ゆえかアステルは時に突拍子もない行動をとる。

 今回も真っ直ぐに扉に向かうと、あろうことかトントンと叩いて扉の向こうにいる兵士に声をかけた。―――軟禁中なのに!

「すみませーん、ここを開けてくださーい」

「おいこらアステルっ?!」

 アステルは今現在軟禁中の身である。

 連行されるときに罪状はなんだ、と問えば陛下を謀りテセアラを危機に陥れた罪だ、と返された。

 ………教皇の指金だろう。

 アステルは、教会と―――正確には教皇と仲が悪い。それには色々、色々、ほんっとうに色々理由があるのだが、ここでは割愛するとして。

 アステルは正式に陛下から直接神子に協力せよ、と言われて行動しているわけだから、ロイド達がシルヴァラントに戻ろうかと話していたとしても、嫌な言い方をするが、アステルに責はない。監視の責任者は神子ゼロスだ。

 ――――まあ、どうせその前の、王城で神子を殺すな、と止めた方で罪状を吹っ掛けているのだろうが。

 教皇騎士団は、あわよくばアステルも連行するつもりだった。しかしハーフエルフの連行という予想外の事態が起こったことと、神子様一行も捕まってしまったため、一時的に処分は保留となり研究室に軟禁されていた。

 因みにエミルだけが一人別室で調査を受けていると聞いている。…………何もなければ良いのだが。

 とまあそんな状況であるからして、見張りに立つ兵士から返事が帰ってくる訳がない。

 筈だったのに!

「!?」

 ガツンッという金属のぶつかるけたたましい音が響いたかと思えば、一気に廊下が静まり返る。

 流石にアステルも息を殺して固まっているなか、控えめな音がして、扉のノブが回り。

 

「あ、いたいた。おーい、アステルさんとリヒターさんがいたよー」

 

 普通に、平然と、当たり前のように、エミルが入ってきたのである。

「なっ、何――――何で、ここに……?!」

 別室で検査中じゃ、とも言えず唇を震わせエミルを指差すアステルに、エミルは満面の笑みで。

「僕を誰だと思ってるんですか?」

「あー…………そう、だね。うん。そうだった」

 エミルの真の力を発揮すれば、それくらい雑作もあるまい。廊下を覗くと鎧を着たままの兵士が扉の前で倒れている。アステルはほんの少しだけ兵士たちに同情した。

「………容赦ないね………」

 と、その時エミルの後ろから別の声がした。

 それはアステルにとってとても懐かしい声。

「しいな!」

 呼ぶとしいなはアステルを認め、一瞬おいて顔を輝かせた。

「アステル! 生きてたのかい!」

「わーい、アステルだー!」

 しいなの肩口で煙が上がりコリンが現れる。コリンはそのまま肩を蹴り、アステル目掛けて飛び込んだ。

「コリン! しいなも、シルヴァラントに行ったって聞いたから心配してたんだよ?」

「それはこっちの台詞だよ! あたしはあんたが《異界の扉》に行ったって………よかった、あの噂はデマだったんだね」

「ううん、《扉》には行ったんだけど」

 それを聞いたしいなは頬を引きつらせ、リヒターに詰め寄った。

「リヒター! あんた何で止めなかったのサ?!」

「一応止めた。が、こいつがそんなことを聞き入れると思うか?」

 ―――否。

 笑顔で大丈夫だよ、とか言いつつ色々と理由を上げ連ね、最終的にはうやむやにして意思を通す。

『だってリヒター、勇気は夢を叶える魔法なんだよ?』

「勇気じゃなくて無茶だよそれは………」

 口癖が耳の奥に蘇って、しいなはがっくりと項垂れた。アステルは何時もと変わらない笑みを浮かべる。

「しいな、ロイドさん達を頼むね」

 は? と反論しようとしたしいなより先に、アステルと同じ顔が口を挟んだ。

「アステルさんとリヒターさんは僕に任せてください。それよりロイド達の方が心配です。ジーニアスとリフィルさんも早く助けないと」

「アステルはどうするのさ?」

 神子ゼロス一行だけでなく、アステルも今は犯罪者として狙われる立場にある。ロイド達は戦えるから強行突破という道もあるだろうが、アステルは戦えない所か、学者らしく体力がなかった。

 ここにアステルを放っては行けないのだろう。しいなはそういうひとだ。どちらかのために、何かのために、他の何かを切り捨てられない。

 だからこそ、暗殺者なんてのには向いてない。

「メルトキオに行く。陛下への正式な報告もしないといけないし、必要な資料が向こうにあるんだ。僕はコレットさんを救うために全力を尽くすよ。それが僕の仕事だもの」

「それはそうだけど、でも………」

 まだ逡巡するしいなを見て、リヒターが一つため息を溢した。

「グランテセアラブリッジは跳ね橋だ。急がなければ間に合わなくなるぞ。助けられたとしても、恐らくそのままサイバックの方には戻れない」

 つまり、間に合わなければしばらくの間フウジ大陸には渡れない。その間に二人は死刑で終わりだ。

 そのことを思い出したか、しいなの顔から一気に血の気が引いた。

「じゃあ、あたしは行くよ。気を付けてね、アステル、リヒター、エミル」

 踵を返しロイド達のところへ向かおうとしたしいなを、アステルは呼び止める。

「あ、そうだ。しいな、ロイドさん方が乗って来たっていうレアバードを回収して来られる? 少し考えがあるんだ」

「え? ああ、それくらいは出来ると思うけど……?」

 一体何をする気だろうかと目を瞬かせるしいなだったが、すぐに考えても仕方ないと考えるのを止めた。どうせアステルが考えていることは教えて貰ったって理解できない。

 だから、しいなはアステル達に口を出さないことに決めた。アステルが大丈夫だというなら大丈夫だ。リヒターもいるのだし、―――何よりエミルも一緒にいる。

 アステルはそんなしいなの顔から何を考えているのか正確に読み取っていた。失笑し、微笑む。

「じゃあ、メルトキオで待ってる。だから………ちゃんと来てね。リフィルさんと、ジーニアス君も一緒に」

 言外に必ず二人を助けてね、と言えば、一瞬呆けたあと、しいなは満面の笑みで応えた。

「っ、ああ―――ああ、任せときな!」

 

 

 しいなが行ってしまった後で。

「―――で、どうやってサイバックを脱出するつもりだ? 監視されてるんだぞ。まさか監視を全員気絶させるとか言うんじゃないだろうな」

 リヒターの冷ややかな視線を受けて、エミルはしれっと言い返す。

「まさか。さっきやって分かりましたけど、鎧の隙間を縫って気絶させるのとんでもなく疲れますよ」

 ………やはりか!

 とんでもなく疲れる、ではなく普通は出来ない。其処らにいるような冒険者の鎧とは訳が違う。相手は教会の、教皇直属騎士団。装備も最高級品、構成員も生え抜きのエリート達である。その鎧の隙間なんて、剣の刃がようやく入るかどうかと言うくらいだ。

「…………えーと、エミル、もー少し、騒ぎにならない方法でお願いシマス……」

 

「ええ、分かってます。実力行使は最期の手段ですから。そうじゃなくて―――“ソルム”の力を使うんですよ」

 

 



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10-3

 前の話から分割。


 

 

 

 ロイドは心配で心配で仕方なく、うろうろと狭い部屋の中を歩き回っていた。

 いつもなら落ち着きなさい、と諭すリフィルとジーニアスはいない。マルタも二人のことに動揺し、コレットとプレセアは声をかけるようなことはしない。

 そして大丈夫だよ、と笑うエミルも、ここにはいない。

 別室に連れていかれたのだと、この地下室に連れてこられる途中に小耳に挟んだ。それがますますロイドを不安にさせる。

『大丈夫だよ、ロイド』

 別れる前のエミルの笑顔が甦る。穏やかで、綺麗な笑み。けれど、ロイドはその笑みが恐ろしかったのだ。きっとコレットと似ていたから。……それだけでは、無い気もするが。

「エミル……」

「そんな顔するなって、ロイド君。あのエミル君は人間なんだろう? ハーフエルフならともかく、人間ならそこまでの扱いは受けないはずだ」

 それだ。さっきの騎士たちも、ジーニアスとリフィルがハーフエルフと知るや態度が一変した。

 それが、ロイドには納得いかない。

「何でハーフエルフだけなんだよ。ハーフエルフも人間も同じだろう?!」

 確かにシルヴァラントでもハーフエルフは虐げられていたけれど、それはハーフエルフがディザイアンだからだ。テセアラにはディザイアンはいない、筈なのに。

 が、ゼロスはふと暗い顔になった。

「シルヴァラントじゃどうか知らないが、テセアラじゃハーフエルフは身分の最下層なんだよ。罪人は例外なく死刑だ。……リヒターが連れていかれなかったのは、アステルが守ったからさ」

「そんな――――貴方は神子なんでしょう! どうして二人を……助けて、くれなかったの……!」

 マルタが泣きそうな顔でゼロスを叩いた。ロイド相手とは打って変わった優しげな声で、ゼロスはマルタを慰めにかかる。

「ごめんよ、マルタちゃん。俺様も罪人扱いされた以上、何も出来ないんだ。アステルは国王の命令で協力しただけだったから、見過ごしてもらえたんだよ。そうじゃなければ、今頃は二人と一緒にメルトキオに連行されてる筈だ」

 連行。ハーフエルフは死罪。

 一気に色々な情報が頭の中を駆け巡り、ロイドは蒼白になった。マルタがはっとゼロスの腕を抜け出して、ドアに駆け寄った。

「―――出して! ここを開けて、ここから出して! ねえ、誰か! 誰かいないの?!」

 

「ムダよ。その扉は、中からは絶対に開かない」

 

 後ろから、部屋の奥から、その声は聞こえた。ロイド達が連れてこられても黙って作業をしていた研究者の女性が、こちらに近寄ってきていた。

 緑色の髪を一つに束ね、眼鏡をかけた、アステルと同じ研究者の衣服を纏うその女性の耳は、短く、そして明らかに尖っていた。

 ハーフエルフ。

「貴方たちも馬鹿なことをしたものね。せっかく人間に産まれたのなら、大人しくしていればいいのに」

 呆れたような―――いや、実際呆れているのであろうため息と共に、女性はロイド達を見ていた。

 何故か居たたまれなくなって、ロイドは叫んだ。

「お、俺たちはなにもしていない!」

「シルヴァラントに帰ろうとはしてたけどな」

「う、うるせーな。お前だって見逃そうとしたくせに」

「そりゃかわいらしーコレットちゃんの為だもの」

 軽口を叩く二人の後ろで、それまで無表情だったプレセアが、震えていた。マルタが心配そうにプレセアの顔を覗き込む。

「い、いや……こないで……」

「プレセア、どうしたの?」

「プレセアですって?! どうして貴方まで……」

「プレセアを知ってるのか?」

「そ、それは……」

 ロイドの問いに、女性は明らかに動揺した。ゼロスの目が細められる。

「王立研究院のハーフエルフが人間の子供と知り合いねえ? おかしいじゃねえか」

「どうしてだ?」

「言ったでしょーよ。この世界じゃハーフエルフはゴミ同然だ。王立研究院で働くハーフエルフは、一生研究室から出してもらえない。………一生な」

 一生。

 ロイドはイセリアから出たくて堪らなかった。コレットを連れ出してやりたかった。イセリアとダイクの家を往復する日々。村の門から一歩も外に出られないコレット。

 一度コレットをこっそり連れ出したときには三日間一切の外出を禁じられ、部屋に籠って細工物をするしかなかった。

 それだけでも、苦痛で堪らなかったのに。

 ここには窓もない。空も見えない。

 そんな場所で…………一生?

 沈むロイドと、逆にマルタはふっと顔をあげる。

「リヒターは……? リヒターもハーフエルフだったんだよね?」

 答えたのはゼロスではなく、女性だった。

「あれは例外中の例外よ。リヒターはアステルの物だもの。だからアステルの護衛として外出を許された。……でも、他のハーフエルフにはそんな幸運は巡ってこない。報奨にハーフエルフを貰いたがる人間なんて、アステル以外にいるわけがないもの」

 ハーフエルフは、単なる道具でしかないのだから。

 必要とされるのはその頭脳。人間を遥かに凌ぐと言われる知恵と、エルフの血がもたらすマナを感じとるその力。

「じゃあ、なんで貴方はプレセアを知ってるの? プレセアは王立研究院の人……って訳じゃなさそうだし」

 マルタの問いは至極当然のものだ。しかし女性は数秒躊躇い……ゼロスに睨まれ観念したのか口を開いた。

「その子が………プレセアが、うちのチームの研究用サンプルだからよ」

 研究。研究サンプル。決していい響きではないが。リヒターのメルトキオでの言葉が脳裏にちらつく。

『“下”でケイトがエクスフィア関連の研究をしていた筈だが』

「まさか、エクスフィアの―――あなたが、ケイトさん?」

「? ええ、そうよ。アステル達から聞いたのかしら。私がしているのは、エクスフィアをクルシスの輝石に変える研究」

「クルシスの輝石なんて作れるのか?」

 シルヴァラントではクルシスの輝石は神子が産まれながらにして持つという石のこと。テセアラに来るまでは、それがエクスフィアであることも知らなかった。

 ケイトは事も無げに答えた。

 

「エクスフィアもクルシスの輝石も理論的にはあまり変わらない。だからエクスフィアと同じように人間にゆっくりと寄生させて………」

「ふざけるな!!」

 

 マルタはあまりの大声と迫力に思わず体を震わせた。マルタは知らない。ここまで怒りを露にしたロイドを。

 マルタは直接見ていない。機械に並ばされ、死にに行く牧場の人々を――――ディザイアンの、エクスフィアの被害者の、最期を。

「そんなの………それじゃ、ディザイアンがやってたのと同じじゃねえか!」

「ディザイアン? 何を言っているの?」

「人の命をなんだと思ってるのかって言ってるんだよ!」

 ケイトはテセアラの生まれだから、ディザイアンを知らない。しかしロイドの最後の言葉は癇に障った。

「………その言葉、そっくりそのまま返すわ。あんたたち人間は、ハーフエルフの命をなんだと思っているの」

 恐らくは、他では吐き出すことの出来ない思いだったのだろう。口調は淡々としたものでありながら、籠められたのは静かな激情。

 ロイドは即答した。

「同じだよ。そんなの同じに決まってる。人間もハーフエルフも」

 ジーニアスもリフィルも、ハーフエルフだったから何だって言うんだ。ジーニアスはロイドよりずっと頭がいいし、努力家だ。リフィルは怒ると怖いけれど、怪我をしたときは手当してくれる優しいひとだ。

 ハーフエルフだから、何だ。それよりももっと汚い人間は、あちこちにごろごろしている。

 ハーフエルフだから悪だというのは間違ってる。確かにディザイアンみたいな奴等もいるけれど、ハーフエルフにも良い奴は―――ハーレイや、ジーニアス達のように―――いる。

 人間もエルフも、ハーフエルフもドワーフも。

「生きてるってことに変わりはないだろ」

 ロイドの言葉にテセアラの人々(無表情のプレセアは除く)が面食らった。

 大体、ハーフエルフだからと殺されるようなことがないシルヴァラントですら、ロイドのような思想は珍しい。

「あなた…………気は確か?」

 思わずケイトが呟いた、その瞬間。

「―――そいつはテセアラの人間じゃない。シルヴァラントでハーフエルフやドワーフと一緒に育った変わり種だよ」

 何処からともなく、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「ジーニアス! 先生!」

 目の前に立ちはだかる教皇騎士団を蹴散らして、ロイドは二人に駆け寄った。

 グランテセアラブリッジを渡りきり、もうすっかりと薄暗くなった(と言ってもまだ日は落ちていない時間である)フウジ大陸で、彼等は二人に追い付いたのだ。

 持ち前の手先の器用さで二人の手枷を外してやり、ロイドはようやくほっと息を吐いた。

「良かった………本当に、良かった……!」

「ロイド……皆も、助けに来てくれたのね」

「でも、良いの? ボク達、ハーフエルフ、なんだよ」

 下を向く親友の顔を上げさせて、ロイドは破顔した。

「だからどうした? お前が俺の親友な事に変わりはないだろ」

「そうだよ! アリスだってハーフエルフだけど、ちょっとだけ性格はアレだけど――――悪人って訳じゃないしね」

 マルタまでもがそう言うと、ようやくジーニアスはとても歪んだ、けれど嬉しそうな笑みを浮かべた。

「テセアラ組は? 私達が同行することに異論はないの?」

 いつになく、リフィルの目は弱気だった。聡いリフィルの事、テセアラでのハーフエルフの扱いに気が付いているのだ。

 差別が当たり前の環境ならば、それから外れた思想は異端となり、逆に差別される。その締め付けは、身分制度がはっきりして、違いをはっきりさせているほど強い。

 ―――が、ここにいるのは少なからず“普通”からは程遠い連中ばかりだ。

「あたしだってミズホの民っていう毛色の変わった一族サ。あんた達と変わらないよ」

「正直全く平気って訳じゃないが……俺様も天使の血を引くとか言われてるしな。お互い様だ」

 片や隠密として長年王家につかえ、遥か古代大戦の時代から存在する歴史の影に潜む一族。

 片や天に選ばれた者として、天使の血を引くとされる人であって人でない世界に縛られる存在。

「私は………帰りたいだけ」

 もう一人はそんな事情の関係ない―――或いは理解できない、一人の少女。

 思う所はあれどハーフエルフだからと見殺しにする非道な輩はここにはいない。むしろハーフエルフだからどうした、と世界に喧嘩を売ってしまえるおバカさんが数名。

「あなたたち………」

「そうそう、ここにはいないけど、アステルもそういうの気にしないから安心しな。多分エミルもね」

 それで反応したのはマルタだ。途端に肩を怒らせる。

「そういえば、アステルさんとリヒターさんとエミルはどこ? さっきは急いでたから話は後、って言ってたけど………まさかまだサイバックに?!」

 だとしたら急いで戻らないと、ああでも橋が! と慌てるマルタを、しいなは肩を掴んで止めた。

「落ち着きな! エミル達なら無事だよ。メルトキオに行く、って言ってたから」

「けど橋はもう封鎖されてるし……それにどうやってサイバックを出たんだ? 捕まってた筈だろ?」

「それは勿論――――ん? 言われてみれば………」

 今更考え込むしいなを見て、ロイドまでも呆気に取られた。

「おいおい、しいな、大丈夫か? 頭に行く栄養がみんな胸の方にいってるんじゃねぇの?」

「うっさいね、殴るよ! だ、だって仕方ないだろ。その時は何も違和感を感じなかったんだから! エミルが一緒なら大丈夫だ、て」

「あー、その感覚分かるなあ。ボク達もそう思うことよくあるもん。実際、ボク達がコレットに追い付けたのってエミルのお陰だし。ね、ロイド」

 ロイドは大きく頷く。

「ああ! オサ山道で穴に落ちた時も無事だったし、マルタを助けたのもエミルだし、一番先に魔物に気が付くのもエミルだったよな」

 他にもエミルのおかげで魔物を倒せた話等を幾つかする。ゼロスは口笛を吹いた。

「へえ、あいつそんなに凄い奴だったのか」

「うん! もうエミルってば強くて格好よくて優しくて、何でも知ってて料理も出来て……」

 いかにエミルが凄いか指折り数えて行くマルタを見て、僅かにゼロスの笑顔が固まった。………うん、これでマルタはゼロスに絡まれることもないだろう。

 ジーニアスはそれを見ながら、笑顔で。

 

「でも、エクスフィアを使ってないんだよね。それなのにクラトスさんよりも強かった」

 

 ――――今、何か引っ掛かったような。

 ロイドが何か気になったのと同時に、マルタとしいなが暴走する。

「ってことはエミル、もしかしたらまだ………」

「そ、そうだよ! あああ、あたしは何やってるんだ!」

「お前が落ち着け、しいな」

 ゼロスに脳天をチョップされて、しいなは我に帰った。

「エミルくんがどうかは知らないが、アステルが居るなら多分大丈夫だ。お前も知ってるだろ? アステルは滅多な事が起きない限りは手出しはされないし、出来ないことは言わない。メルトキオに行くってんならメルトキオにいる筈だ」

「そう………だね。そうだった。それじゃ、急いでメルトキオに行こう」

「よーし!」

「ちょーっと待った」

 すっかりその気になっていた一行は(特にロイド、マルタ、ジーニアスの三人は)ゼロスに止められてガクッと肩を落とした。

「何だよゼロス。まだ何かあるのか?」

 不満気にロイドが口を尖らせると、ゼロスはまあまあ、とロイドを嗜めて、グランテセアラブリッジを見やった。

 跳ね橋はあげられ、向こう側は見えやしない。来る途中も、ウンディーネの力がなければ海に真っ逆さまだったのだ。

「グランテセアラブリッジが封鎖されただろ? それならメルトキオも封鎖される筈だ。今は警備が厳しくて近付けもしねえぞ」

 そもそもグランテセアラブリッジから一番近いのがテセアラの王都メルトキオ。検問が厳しくなるのは当然とも言えた。

「ええ? どうにかならないの?」

「マルタちゃんの頼みでもこればっかりはなあ」

 神子にも出来ないことはあるのだ。しかも犯罪者として追われる立場ならば尚更だ。

「あ、それなら先にレアバードの回収に行かないか? フウジ山岳にあるだろ」

「レアバード? 何で? 壊れちゃってるよ?」

 しいなの言葉に首をかしげるのはマルタだ。レアバードを放置することを提案したのはしいなだった。壊れていて動かせないし、大きいし重いし嵩張るしで仕方ないから置いていこう、と。

 それを何故、今更?

「アステルに頼まれてるのさ。ロイド達の乗ってきたレアバードを回収してきてほしいって」

 理由は、と尋ねるとよく分からないらしい。が、アステルが―――あの少しだけ一緒にいた少年が、意味の無いことを言うようには、ロイドは思えなかった。

 リフィルやしいなが顔をしかめる一方で、ゼロスは頭の後ろで手を組んだ。

「このままここで突っ立っててもしょうがないしな。先にアステルの頼みを終わらせるか。帰って来る頃にはメルトキオも少しは警戒緩んでるだろ」

 すかさず、しいながゼロスを横目で睨んだ。

「まさか例の抜け道じゃないだろうね?」

「他に無いだろ? ―――でえっ! 何しやがるしいなっ!」

「こんのアホ神子ぉっ!」

 拳を固めてゼロスを殴ろうとするしいなと、それを腕をつかむことで軽くあしらうゼロス。

 しばらくして、その攻防はしいなの息が切れたことで終わりを告げた。ロイドはジト目でゼロスを見た。

「なあゼロス、ほんとーに、大丈夫なんだろうな?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、俺様に任せとけって」

「本当かなあ………?」

 

 僅かな不安を覚えつつ、一行はフウジ山岳目指して歩き始める。




 シルヴァラントでハーフエルフが怖れられるのは、ディザイアンだから。
 ディザイアンが怖れられるのは、ヒトを襲うから。

 けれどシルヴァラントでハーフエルフが堂々と生きていられるのは、人間牧場の中―――つまり、ディザイアンでいるだけなのです。
 人間牧場は確かに許せない。でももしも人間牧場が壊滅したら、ゲーム本編のように壊すだけだったら。
 シルヴァラントのハーフエルフたちは、何処に行くのでしょうか。

 テセアラとシルヴァラントのハーフエルフは、どちらが幸せなのでしょうか?


※追記
設定の違い
・リヒターはアステルの所有物。アステルが昔とある褒美で所有権を貰った。そのため、リヒターだけはハーフエルフでありながら「アステルの護衛」という名目でアステルと一緒ならあちこち出歩ける。


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10-4

 お久し振りです。長期放置してすみません。
 だって途中でデータ吹っ飛んで………それにしても遅いですね。すみません。

 今回も長いので分割します。


「はあっ!」

 掛け声だけは、気合いの入ったそれ。

 声に合わせて振るわれるのは、彼女の身の丈以上の大きな斧。重力も味方につけて降り下ろされたその斧は、魔物の頭だけでなく、大地すら割る。砕けた岩が強かに魔物を打ち据えた。

 魔物はそれで最後だった。神子様――コレットが羽をたたみ、プレセアが臨戦態勢を解く。

 見通しが悪い山道では二人の索敵が便りだ。コレットが反応しなければ大丈夫、というのが現在の判断基準となっていた。マルタもほっと息を吐いたその瞬間、気の抜けた拍手が響く。

「おお、やるねえ、プレセアちゃん。俺様びっくり」

 しいなの額に青筋が浮かぶ。完全に他人事の口調にロイドもあのなぁ、と声を荒げた。

「お前も戦えよ、ゼロス!」

 この男―――ゼロス・ワイルダーと来たら!

 コレットやロイド、しいなにマルタは勿論、プレセアも、今は戦えないリフィルとジーニアスでさえも魔物が出れば身構えるというのに、ゼロスは腰の剣に手をかけることすらしないのだ。

 魔物には気が付いている。コレットとプレセアが武器に手を伸ばす瞬間、まだ現れてもいない魔物の方をちらと見るのがその証拠だ。戦いの心得もある。体はそれとなく鍛えられているし、何より身のこなしや足運びは一般人のそれではない。

 なのにいつも最後尾をふらふらと歩き、戦いになればさっさと引っ込み頑張れロイドくーんと気の抜けた声援を送るくらいだ。

 リフィルとジーニアスが、更にエミルも抜けて実はかなり厳しい今、戦力は一人でも多く欲しいのに。

「リフィルせんせーかマルタちゃんがキスしてくれるなら」

「こんのアホ神子っ!」

「ってえ! 何しやがるしいな!」

「この大変な時に何冗談言ってるんだい! 殴るよ!」

「だから殴ってから言うなよ!」

 このやり取り自体、既に四、五回目である。

 はあ、とため息を付いた時、急に視界が開けた。山頂に到達したのだ。

「お、着いたみたいだな」

「ってあ、こら! 先いくと危ないぞ!」

 ゼロスを追ってロイドが走る。赤い二つの後ろ姿を見て、ジーニアスが笑った。

「こうして見てるとロイドの方がお兄さんみたいだよね」

 

 

 

 

「あちゃー、こりゃ見事だ」

 フウジ山岳山頂で大破したレアバードを見、ゼロスが茶化すようにそう言った。

 確かに見事なものだ。動力部だけでなく、よくよく見れば翼や水平安定尾翼も壊れている。残骸が散らばり、煙こそ上がっていないものの、こんな大きながらくたを運ぶ余裕はとてもない。

 が、そもそもレアバードの持ち運びは任せておけ、と請け負ったのはゼロスで。

「おいゼロス、どうやって運ぶんだよ」

「おう、とりあえずこっちこっち」

 言われるままにゼロスに近づき――――

「?!」

 ―――突如として展開された術式に、ロイド達は閉じ込められた。最後尾を歩いていたコレットだけが、結界の外に立っている。

 と、近くの岩の影から何かが飛び出した。

「ふははは! まんまと俺様の罠に引っ掛かったな、ロイドっ!」

「…………ふん、愚か者め」

 影は二つ。一つは偉そうに腕を組んで胸を張り、もう一つはマントを翻してその隣に立つ。その二人と言うのは。

「で、デクス?! と、………えーと、誰?」

「何だったかな。イワンだかフアンだか………」

「ユアンだっ!」

「あ、それだ」

 しいなとマルタの言葉に怒鳴り返し、こほん、と咳払いを一つ。全く取り繕えていない状況で、真面目くさった顔をして指示を出す。

「デクス、お前達はレアバードを運べ」

「了解、リーダー」

 デクスと一緒に現れたレネゲード達が、レアバードを持って山を降りて行く。そこらに散らばる細かな残骸まで残さず拾っていく念の入れようである。

 隣を横切ったデクスがちらとマルタに目を向けてきた。

「―――― 一人なんだね」

 マルタの小さな、本当に小さな呟きを聞きつけ、デクスの足が止まる。

「ああ。テセアラだと、アリスちゃんが辛いからな。…………あんた達なら、分かるだろう?」

 呼び掛けられたのはリフィルとジーニアスで、二人は瞬きした程度で表情に変化はない。デクスは軽く肩を竦めて、そのまま山を降りて行った。

「さて………今度こそ、貴様を貰い受けるぞ、ロイド!」

 小さな舌打ちを漏らし、ロイドは身構えた。剣を抜くには結界の中は狭い。何故かは分からないが、この男の狙いは神子たるコレットではなくロイドなのだ。

 ユアンの手にマナが収束し、目に見える光を放ち始めた。そして今にも、その手から解き放たれようと―――――

「おや、ユアン様ではありませぬか。何故このようなところに?」

 瞬間ユアンはマナを散じ、ロイド達はそれぞれに力を込めた。

 現れたのは、女だった。緑色の髪、露出の多い格好。マントのように広がった、幾つもの黄金色の細長い盾。その女は、宙に浮いている。

 マルタは首を傾げた。こんなひと、見たことはない。でも―――この声、何処かで。

「それはこちらの台詞だ、プロネーマ! 貴様らディザイアンは、衰退世界を荒らすのが役目だろう!」

 女に向けて、ユアンが怒鳴る。女はおお、とわざとらしく肩を竦めて、微笑する。

「私はユグドラシル様の勅命にて、コレットと………“塔”でユグドラシル様に斬りかかった少年を追っておりました。さ、ユアン様、コレットをこちらへ」

 エミル。それは、エミルの事だ。マルタは不安で堪らなくなる。エミルが、クルシスに狙われている?

 しかしユアンはエミルを知らないのか、眉根をよせた。

「少年だと………? いや、わかった。よかろう。だが神子を渡す代わりにロイドはこちらで預かる。それでよいな?」

「そやつに関しての命令は受けておりませぬ故、ユアン様のお好きになされませ」

 コレットとプロネーマの丁度間に立っていたユアンが身を引けば、プロネーマは浮いたまま、コレットの下に近付いた。

 プロネーマが近付いても、コレットは身動ぎもしない。

「コレット、行くな!」

 叫んだロイドの声にも、やはりコレットは動かない。………当然だ、今のコレットには、心と言うものがないのだから。

「ほほほ、無駄なことよの。心を失った神子に、お主らの言葉など届かぬぞえ」

 プロネーマはロイドを嘲笑い、コレットに手を伸ばして、ふと顔をしかめた。

「なんと。クルシスの輝石にかような粗雑な要の紋とは?」

 粗雑な、と言われてロイドが思わず手に力を込めたのが、視界の端に見えた。あれは、ロイドがコレットのために、何とかして作り上げたものだから。

「愚かじゃのう。このような醜きもの、取り除いてくれようほどに」

 コレットが纏う神子の衣装。その開いた胸元にはクルシスの輝石、すなわちエクスフィア。首に下げたペンダントの台が、ロイドが作った要の紋。

 プロネーマがつと、コレットの胸元に指を伸ばす―――

「………て」

「なに?」

 人形のように無表情だったコレットの、口が動く。そのまま、コレットの全身に血が通う。

 紅から青に。硝子の瞳に光が戻る。

 

「―――………めて、やめてっ! これはロイドが―――ロイドが私にくれた、誕生日のプレゼントなんだからっ!」

 

「コレット……声が!」

 叫ぶと同時、コレットは腕を振り払った。

 今のコレットは天使―――即ち、ヒトにあるまじき身体能力を持つ、戦闘種族。無意識のうちに振るった腕は、並の人間を遥かに越える怪力を誇る。

「きゃっ!」

 結果、プロネーマは振り払われて吹き飛び、しかし空中で受け身をとって着地する。

 コレットはといえば体勢を崩して尻餅をつき、丁度そこにあった結界の制御装置を破壊。

「あ、あああ! またやっちゃった~!」

 どうしよう、直るかな? 壊しちゃってごめんなさい、と狼狽えるコレットを見て、ジーニアスとロイドとゼロスが思わず吹き出した。

「っ、ぷぷ、あっははは! やるじゃねえの、コレットちゃん。俺様惚れちゃいそ~」

「あはははは! それでこそコレットだよね!」

「相変わらずねぇ」

「え、ええ? 神子様!? 大丈夫なの?!」

「悪夢が甦るよ……」

 十人十色の反応を返す一行の顔に、もはや先程までの切迫感は無い。

 しかしユアンとプロネーマは驚きを顕にする。

「バカな、あんな子供騙しの要の紋で、クルシスの輝石を抑え込める訳が……!」

「―――しかし所詮は粗悪品。長くは持つまい。さあ、来やれ!」

 プロネーマがコレットの腕を掴もうとする寸前、ロイドが間に割り込んだ。

「そうは行くかよ! コレットは連れていかせないぜ!」

「おのれ、邪魔立てするか! 小癪な………! 覚悟をし! 妾を愚弄せし罪、購って貰おうぞ!」

 互いに武器を構える。プロネーマは杖を、ロイドは双剣を抜き、コレットがチャクラムを両手に掴んだ。マルタがスピナーの刃を出して、その横でしいなが符を手に身構える。戦えないリフィルとジーニアス、そして参加するつもりのないらしいユアンが少し離れる。相変わらず、ゼロスだけがなにもしようとしない。

 両者の闘気が膨れ上がり、互いに機会を窺いながら、少しずつ、少しずつ近づいて。

 

「そこまでだ」

 

 反応が一番早いのは、ロイド。その次にユアンとプロネーマが同時に気付き、追ってコレット達も気付く。

 そこにいたのは、騎士だった。

 見たことのない制服に身を包みながらも、腰に下げる剣は見慣れた実用剣。鋭い目も、低い声も、何一つ変わらないのに、彼らの関係は変わらずにはいられないのだ。

 その男、クラトスは、ロイド達にとっては裏切り者。

「クラトス……!? 貴様、何をしに来た!」

「退け、ユアン。プロネーマ、お前もだ」

「しかしクラトス様、私はユグドラシル様の勅命にて、神子を追っております。いくらクラトス様の命といえど……」

「そのユグドラシル様が、お前たちを呼んでいる。神子は一時捨て置けとのこと。―――例の疾患だ。今のままでは使い物にならんのだ………三度は言わん。退け」

 プロネーマは無表情の葛藤の後、静かに頭を垂れた。

「…………御意」

「ユアン、貴様も良いな」

「仕方あるまい。ロイド! 勝負は一時預けたぞ!」

 言うなり、ユアンとクラトスは羽を広げた。レミエルのような鳥のそれではなく、コレットのような光の羽。

「あ、くそっ、待て!」

 反射的に追いかけようとしたロイドの前をクラトスが遮った。

「お前は、何をしている。何のためにわざわざテセアラまで来たのだ」

 鋭い目で見据えられ、ロイドはたじろぐ。この目が、ロイドは何故か苦手だ。

「それは、コレットを助けるために」

「神子を助けて、どうなる。結局二つの世界の有り様に変わりはない。マナの流れが逆転したとしても、神子の儀式は終わっていない。あれを見ろ」

 クラトスが目を向けた先、暗い闇の向こう。黒の空にあって、唯一ぼんやりと光るもの。

 天を突くほど高くそびえる、天への階。

「あれは………救いの、塔?」

「テセアラの塔だ。あれが存在する限り、テセアラは繁栄を続ける。神子がマーテルの器となったとき、ようやくテセアラから塔は消え、シルヴァラントが繁栄を迎える」

 繁栄するのは塔が存在する片方のみ。マナが流れ込む世界は繁栄し、流れ出す方は衰退する。砂時計のような世界の姿。

 マルタは目の前が暗くなった。からだの奥底から、なにか熱いものが込み上げてくる。ああ、感情が抑えられない。

 そんなの、そんなのって。

 まるで。

「そんな………じゃあどちらの世界も助かる方法なんか、無いってことじゃない! こんな世界、歪んでる……!」

 あんなにしいなが苦しんでいたのは、神子様が辛い目にあっていたのは、テセアラとシルヴァラントの両方を救いたいからだった。

 それが、決して叶うことのない願いだったと言うならば。それが、世界の理ならば。

 

 誰かや何かを犠牲にして永らえる世界など、歪んでいると言わずに何と言う!

 

 クラトスの顔が、少し暗くなった気がした。

「ユグドラシル様にとっては歪んでなどいない。そうしなければ、世界はとうの昔に滅んでいる」

「? それは一体どういうこと?」

 リフィルの問いに答えず、クラトスはロイド達に背を向けた。

「ふ………せいぜい頭を使うことだ。もう間違えないと言うならばな」

 今度こそクラトスは羽を広げ、飛び立った。プロネーマもロイドを睨み付けるとクラトスの後を追ってか転移して姿を消す。

 ロイドが剣を納めると同時、ジーニアスがコレットに駆け寄った。

「コレット! 良かった、元に戻ったんだね! ………あ、声以外は? ちゃんと感覚ある?」

「うん、だいじょぶ。ジーニアスの手があったかいのも、ちゃんと分かるよ。凄く久し振りに、お腹も空いてきた気がするし、……羽は、まだ出るみたいだけど―――みんな、ありがと。心配かけてごめんね」

 微笑むコレットを見て―――誰かと重なる―――思わずマルタは声を荒げる。

「神子様が謝ることじゃありません! 誰だって、その………心配します。神子様が神子様じゃなくっても。だって、ええと―――」

 だって、なんだろう。知り合いとか友達と言うのは失礼な気がするし、仲間、と言うにはマルタは半ば成り行きで一行に加わった。

 言葉が続かず唸っていると、コレットが笑顔でマルタの手を取った。

「……ねぇマルタ、一つお願いしてもいいかな?」

「は、はい」

「良ければ、コレットって呼んでほしいな」

 ぽかん。

 今のマルタを一言で表すならそれがふさわしい。

 だって相手は神子様だ。世界の――シルヴァラントの運命を背負う神子様だ。自分には手が届かないような別世界に生きる神子様だ。天使となる敬うべき人と教わった神子様だ。

 その、神子様を。

「え? え、ええ?! で、でもその、神子様は神子様ですし、友達ならともかく、神子様に対してそんな」

「あ、そっか。えへへ、忘れてた」

 コレットはマルタの手を離し、ぺこりと一礼した。

「始めまして、コレット・ブルーネルです」

「ま、マルタ・ルアルディです」

 つられてマルタも頭を下げる。良く良く思い返せば、ちゃんと挨拶していなかったのだ。出会ったときはエミルのことで頭が一杯だったし、その後は誘拐されたり総督が大怪我したり、落ち着けたと思ったらコレットは声が出なかった。

 今更ながらその事に思い当たってかあっと顔が赤くなる。体は起こしたものの、恥ずかしさで真っ直ぐ前が見られない。

 すると。

「ふふ。じゃあ、これでお友達だね。――お友達だから、名前で呼んでくれると嬉しいな」

 にっこりと、それはそれは良い笑みを浮かべるコレット。

 それを見ていたジーニアスとロイドが思いっきり吹き出した。

「ぷ、ふふふ、あはは! 諦めなよマルタ。こうなったらコレットは聞かないよ」

「そうそう。あ、ついでにこっちの神子にも敬語はいらないからね。勿体無い」

「おいおいしいな、勿体無いとは何だ。けどま、そうだな。堅苦しいのはナシにしようぜ。今は一緒に旅してるんだしさ」

 マルタは半分くらい話を聞いていなかった。

 ―――友達など、初めてだったから。

 幼い頃は両親に(特に父に)守られ愛され過保護に育った。少し成長すると、何故か人と話をするのが苦手になった。それから少しして、マルタは総督府で働くようになったから、友達など、まして同年代の友達は、初めてだ。

 良いなぁと、思ったこともある。自分が働いている間、外で遊び回る子供たちを見て、羨ましくなったこともある。

 けれどそれ以上に、何かしなければならないと言う気持ちばかり募って、それどころではなくて。まして大人に混じって子供が働くには、遊ぶ暇などとてもなくて。

 でも、今なら。

 お友達なら、敬語を使うのは、ヘンだよね。

「おとも、だち。………はい、じゃない。うん、わかったよ、コレット。―――おかえり!」

「………うん! ただいま!」

 その時のコレットの笑みは、とてもとても嬉しそうな、見ているこちらまで嬉しくなるような、そんな笑みだった。

 

 

 何故だか、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

 

 

 



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10-5

 

 マンホールから外に出て、マルタはぐっと背筋を伸ばした。

 メルトキオの裏道、家々の裏にひっそりと、そのマンホールはあった。

「よ、ようやく出られた………!」

「ほんとだよ………全く、とんでもない出入り口を教えてくれたね!」

 マルタの前に出ていたしいなが、辺りに注意を配りつつマルタの後ろを睨み付けると、ゼロスがでひゃひゃ、と笑った。

「そう言うなよ。ちゃんとメルトキオには入れたろ?」

「だからってさ、他の道は無かったの? 暗いし臭いし、マルタなんてネズミに悲鳴あげるし」

「し、仕方ないでしょジーニアスっ! まさか小さくなるなんて思わないし、何より自分より大きな溝鼠なんて見たことないんだから!」

 身長が低いことからくるリーチの短さで苦労しながらマンホールから這い出したジーニアスと、同じような身長にも関わらずあっさりと出てくるプレセア。

 そのさらに後にコレット、リフィル、ロイドと続く。

「でも凄いよね、ソーサラーリングってあんなことも出来るんだね」

「うむ。どういう仕組みなのだ? 興味深い……」

「ちょっ、先生! 分解なんかしないでくれよ」

 リフィルはわかっていてよ、と返したが、実はそうしたいのは目に見えていた。ソーサラーリングが数少ない貴重品でなければ嬉々としてその仕組みやマナの流れや、刻まれた術式を解析にかかったに違いない。

「………ところで、さ」

 ジーニアスがちらとマンホールに目をやる。

「良かったのかな、放っといても」

「大丈夫じゃねーの? 一応あの辺には踏んだら元に戻る床もあるし、一応あれだけ動けるなら溝鼠に見付かっても何とかなるだろ」

「そうかもしれないけど………もう、ロイドが悪いんだからね!」

「俺かよ?!」

 突然矛槍を向けられたロイドは、半分くらいは自分が悪いと思っていたために反論はしない。

 

 何が起こったかと言えば、ソーサラーリングの事故、である。

 

 ソーサラーリングは世界再生の為に、イセリアの聖堂で保管されていた貴重なものである。これまでシルヴァラント各地の封印や遺跡ではソーサラーリングの機能を特殊な装置により変換し、遺跡の謎を解いてきた。

 ある時は炎で火を灯し、ある時は電気で装置を動かし、ある時は水を産み出し、またある時は風を起こす。リフィルが言うには装置がソーサラーリングの術式を一時的に書き換えることで機能が変わっているらしいが、ロイドにとっては行く場所によって機能が変わる面白指輪、くらいの認識だった。

 そのソーサラーリングであるが、テセアラにも同じ変換装置が存在している。このメルトキオ地下水道にも、その一つがあったのだ。

 その機能は、『小さくなること』だった。

 文字通り、ソーサラーリングを使えば小人もかくやというくらいに小さくなれる。その機能を利用して細い小道や小さな穴を潜り抜け、人目を忍んでメルトキオに入ろうとした。

 下水道故の異臭に鼻を摘まみ、溝鼠に悲鳴をあげながらも、何とか出口近くまでたどり着いたその時、暗がりからいきなり敵が現れた。

『待っていたぞ……』

 後から思い返せば囚人らしい彼等の、その登場の仕方と薄汚れた衣服(単に疲れていたのと下水道にいたせいである)。

 が、考えても見てほしい。薄暗い地下水道。異臭漂う下水道。そこに汚ならしい格好の、くたびれたぼろぼろの服を着た、生気の無いふらふらの男が数名。

『いやぁぁぁ!! お化けぇえ!』

 幽霊と勘違いして驚いたマルタがゼロスを突き飛ばし。

『うぉっ?!』

 よろめいたゼロスがロイドを押し。

『うわ! 何するん………あ』

 気が付いた時にはロイドが機能を変換させたソーサラーリングを、囚人達に向けて使っていた。

 小さくなってしまえばまともな武器もない彼等は恐ろしくも何ともない。これ幸いと小さい襲撃者達をその場に放置し、下水道を抜けた、という訳である。

 

「ごめん、ロイド………ビックリしちゃって、つい」

「あー、もう良いって! 怪我もしてないし、それのお陰で戦わなくて良くなったんだしな」

 敵はその囚人数名だけだったようで、小さくなれば元々見分けが付きづらかったと言うのにますます違いがわからなくなってしまった。新手が現れることも特に特別なことも無く、無事メルトキオ浸入完了である。

「えと、何処に行ったら良いのかな?」

 しいなとゼロスはメルトキオに行こうとしか言わなかったし、アステルの伝言でもメルトキオで、としか言われなかった。

 しかしメルトキオはテセアラの首都。闇雲に探すには広すぎる。

「メルトキオで、アステルがいそうな所か……」

「城か、あそこくらいだろ」

 あそこ、と聞いてしいなが顔を歪めた。城の方を見て何度も溜め息をつく。ゼロスが先に立って歩き出した。

「決まりだ。俺様たちは城には入れないからな」

「……仕方ないね。まぁ、アステルの事だから伝言くらいは残してくれてると思うけど。……皆、こっちだよ」

「何処に行くのさ、しいな?」

「良いから、ついといで」

 しいなとゼロスは平然と歩き出す。しかも大通りを。ゼロスは有名人だから道行く人が「まあ神子様、ごきげんよう」とか「神子様、最近はお姿をお見かけしませんでしたね」とか声をかけてくる。ゼロスはそれを軽く相手しあしらいながら、迷いなく進んでいく。

「………ねえ、私たちって、一応衛兵から逃げてるんじゃなかったっけ?」

「………普通に、衛兵とも話してるんだけど」

 一応反逆者として追われる立場の筈。にこやかに手を振り衛兵に敬礼されるような状況では、ない、筈なのだが。

「あいつらは教皇騎士団じゃないからね。普通の奴なら神子に手は出せないサ。あいつもああ見えて人気があるから。……ああ、ついたよ」

 道の突き当たり。回りの家々よりも一回りか二回り大きな建物。

「メルトキオ精霊研究所。アステルの仕事場で、―――コリンが生まれた所だよ」

 

 

 

 

 

 目の前が、開けた。

 差し込んできた光に思わず手をかざす。光に慣れて目を開けば、そこは洞窟の―――氷の神殿の中だった。

 後ろの壁には大人五人が横にならんで通れそうな大きな穴が空いており、巨大獣シルルスが穴の中からこちらを見下ろしていた。

「ありがとう。おかげでここまで来れた」

 シルルスは丸い目を数度光らせて、そのまま穴の奥へと戻って行く。直後足下から鳴き声がしたかと思うと壁の穴は崩れ、瓦礫だけがそこに残った。

 苦笑し、しゃがんで、足下でぐったりしている仔達を撫でてやった。

 デーモン系ピットフィーンドのベティルと、ハーピー系セイレーンのメイ。

 どちらもまだ幼い、両手で抱き抱えられるほど小さな仔どもだが、土と氷を操る力がある魔物たち。本来ならばすぐ崩れてしまうであろうシルルスが掘った穴を、通れるように維持してくれていたのがこの仔達である。

「……お疲れ様。休んでる?」

 成体をつれていこうかと思ったのだが残念ながら成体は神殿から動けないため、仔ども達を連れてきたのだった。

 かなり無理をさせてしまった。ぐったりしているから休んでいるかと聞くと、とんでもない! と言いたげに飛び起きた。大丈夫、元気です。だから、一緒に行く! まだ仔どもなのもあって必死にピョンピョン跳ねる姿は愛らしい。

 目を細めていると、――――奥から、マナが流れてきた。

「お前たちはここにいろ。いいか、絶対に奥には来るな。戻ってくるまで、ここで待ってるんだ。わかったな」

 元気の良い鳴き声が返ってくるのを確認して、駆け出した。

 奥へ。

 外とは違い、洞窟の中は完全には凍りついていなかった。長年精霊のマナに当てられたからか、もしくは正式な神殿の一部だからか。奥に進むほどに寒くはなるが、凍っている所は減っていく。通れない所は少なかった。あれば蹴り飛ばして無理矢理にでも押し通る。

 奥から、マナが流れてくる。乱れたというよりも暴走した氷のマナ。

 記憶にあるものとは道が変わっていたが、目的地は見失うことがない。暴走の源。恐らくは精霊の

祭壇。

「セルシウ―――っ?!」

 神殿の最奥に駆け込んで、思わず息をのむ。

 大きな灰色がかった銀の狼が二匹、巨大な氷塊――中に女性が凍り付いている――を前に、頭を垂れていたのだ。

 微動だにしないため死んでいるようにも見えるがそうではない。極限まで代謝を低下させながらも、最低限の生命保持はしているし、朧気ながら意識もある。

 フェンビースト。精霊セルシウスの眷族であり、この氷の神殿の守護者である。

 許可なく最奥まで踏み込んできた無礼者を退ける最後の盾。魔物の王に敬意は払えど従うのは彼等の主セルシウスただ一人。そういう存在だ。

 フェンビーストたちは目だけをこちらに向けてきたが、攻撃はしてこなかった。……この身に宿る精霊の力を感じたからだろうか。

「……聞いて。用があるのはその奥で、貴方達の主じゃない。だから、その祭壇にも、貴方達の主にもなにもしない。そこを通して」

 少し待つと、フェンビースト達は目を閉じ動かなくなった。

 目礼し横を通り抜ける。祭壇の裏まで回り込んで力を解放すると、壁の一部に亀裂が入る。

 目的地は、その更に奥。数千年秘められた、世界最古の神殿の中。

 

 

 ――――また、一つ。

 

 

 

 再びそこに“それ”が戻ってきた時、フェンビースト達は祭壇に倒れた主を覗き込んで不安げにうろうろしていた。

 目を開かない。精霊に眠りなどというものは必要ないから、こんなことがあり得るはずはないのに。

「大丈夫だよ。多分、もう少ししたら目を覚ますから」

 そう言いおいて、“それ”はさっさと祭壇の間から出ていった。去るものは追わない。それが、彼らの流儀だ。

 目を覚ますというのだから待つしかあるまい。

 しばし主を見つめていると、ふっと主が起き上がった!

 主、主よ!

「……お前たちか。私は一体………?」

 フェンビースト達は話した。ありのまま、見たままのことを主に語った。

 主―――セルシウスは、それを聞くと随分と長い間沈黙し、“それ”が出ていったという先を見つめた。

「すまなかったな、お前たち。早速で悪いが、神殿の回りを見てきてくれ。力を調節せねばならん」

 命じられ、フェンビースト達は祭壇の間から出て行く。祭壇から動けぬ主に代わり、神殿を守るのは彼らの役目だ。

 セルシウスはそれを見送り、そして、後ろの壁に空いた大穴を見て、天を仰ぐ。

「………時が、来たか」

 セルシウスは目を閉じ、マナに溶けた。




 シンフォニアのソーサラーリングってかなり色んな事が出来ますが、使う相手を選べればもっと色んな事が出来ますよね。
 シャボン玉とか使いたい。あと小さくなるやつ。あれを使えば重たい荷物もらーくらく―――ってそう簡単にはいかないか。

 フェンビーストというのはファンタジアで氷の魔剣を守る魔物です。シンフォニアにもラタトスクにも出てきません。
 個人的にはあれ、フェンリルの最終進化系ではないかと思っております。

※追記
設定の違い
・地下水道ではリーガル戦はなし。
・氷の神殿は現在氷に包まれており、出入りが出来ない。その氷は竜の炎でも魔術でも溶かすことは出来ない。


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11-1 ガオラキアの森

 遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
 エレカーはマナを噴射したその反発力で浮いている。ならば空が飛べたとしても可笑しくはない……っ!
 バンエルティア号が空を飛ぶんだから、エレカーが飛んでも良いじゃない!

 結晶云々は完全なる捏造ですので、ご注意下さい。


 さて、次はどうしたものか。

 氷の神殿から供をしてくれているワイバーン系ヴィーヴルのガレナの背の上で、彼は考える。

 ――“向こう”はもう全て終わった。覚醒していなかったモノ達もそろそろ全員動いている頃だろう。“こっち”では土と氷を回り終え、残るは闇と雷。

 世界への影響力を考えるならば、優先すべきは決まっている。神殿のある大陸全てを包んでいる闇の方。あれは精霊だけの力でも“あいつ”だけの力でもない。精霊の力が歪んだところに、その歪みを調整すべき存在までもが歪みを生み出した、その相乗効果でああなっているだけだ。

 どちらかを収めれば大陸を包むほどの歪みは止まる。勿論、そのあとに細かな調整はする必要があるだろうが。

 ただ――――ただ。

「口うるさいからなぁ………」

 いなければあの声が懐かしくなることもある。ふとしたときにあの声が誰かの声に重なって聞こえるときがある。他とのやりとりが、物足りなく感じることもある。

 ある、が。

 誰より忠誠心が高く、誰より頭が回って、誰よりも頼もしいあれは。その一方で誰よりも口喧しく姦しく、ひとをからかったり煙に巻く事にかけて、あれと張り合えるモノを彼は数えるほどしか知らない。

 今起こしたりしたら、絶っっっ対面倒なことになる。

 昼夜問わず何処からともなく耳元で延々と囁き続けられるのがありありと想像できた。あれがいれば仕事が大変楽にはなるが、代わりにこっちの精神がもたない。

「…………後にしよう」

 現実逃避、なんて言葉は頭の中の辞書からはすっぱりと消えている。

 視線の先に、雷が轟く塔が見えてきていた。

 

 

 

 

「エレカー楽しみだな!」

「楽しみだねー」

『ねー!』

 先を行くロイドがはしゃぎ、コレットが笑う。その光景を見て、ジーニアスとマルタが声を揃える。

 薄暗いグランテセアラブリッジの側で、賑やかな四人を見、リヒターが頭を押さえていた。

「緊張感のない………」

「まあ、いいじゃないリヒター。コレットさんが助かって嬉しいんだよ、きっと」

 そも彼等はコレットを助けるためだけに時空まで越えてこのテセアラまでやって来たのだ。故郷シルヴァラントを半ば見捨てて、敵である筈のしいなの言葉をただ信じて。

 見ていて本当に仲が良く、聞けばロイドとジーニアス、コレットは同じ村で育った幼馴染みだという。しいなやリフィルもロイド達ほどあからさまではないものの、にこやかに彼等を見守っている。

 と、はしゃいで走ったジーニアスがつんのめって転び、あわててリフィルが駆け寄っていった。全く気を付けなさいと言ったでしょう、なんて声も聞こえてくる。

 少し位騒がしいのは許容範囲だろう。

「それにさ、」

「?」

 きょとんとするしいなとリヒターの前で、アステルはつと指を伸ばし。

 

「神子様がいる時点で、目立つの確定だと思うよ?」

 

 苦笑しつつアステルが指差した先で、ゼロスが女性に囲まれて困ったような顔で笑っていた。

 ゼロスの行く先では――主にメルトキオでは、よく見られる光景である。王家に次ぐ家格を持ち神子と言う立場でありながら、ゼロスは女性と仲が良い。それは貴族のみならず、平民や研究者果ては貧民街ですらも女性と見れば声をかけまくる。そうでなくとも、ゼロスの回りには人が集まる。ただでさえゼロスは有名だし広く顔を知られているのだ。

 集まった女性達をフェミニストであるゼロスが無下に扱う訳もなく、ああなったゼロスはしばらく動けないだろう。無理矢理連れ出さない限り。

「………ったくあのアホ神子は………っ!」

 それができる数少ない一人であるしいなが、肩を怒らせゼロスの所に行ってしまった。

 近くに誰もいなくなって、リヒターは声を低めアステルに耳打ちした。

「で、本当のところどうなんだ?」

 リヒターが気にしているのは、未だ彼等は教会に、ひいては国に追われる立場であり、ここが封鎖されたグランテセアラブリッジだからだ。

 封鎖しているからには監視する兵が居て、追われているからには見つかれば捕まってしまう。捕まれば、ハーフエルフであるリフィルとジーニアスは死罪である。

「大丈夫。エミルが力を使ってくれてるから……その証拠に、兵も飛んでこないでしょ?」

 エミルはいつもの笑顔。よくよく見れば、さりげなく全員の中央辺りに立ち、全員に気を配っているらしいのが伺えた。

 それに。

(―――コレットさんは、多分)

 

 

 

 

 

 時は昨日まで遡る。

 

 マンホールを通じてメルトキオに侵入したロイド達一行が、アステルを探してメルトキオ精霊研究所に向かう頃。

 アステルはその精霊研究所の自分の机で、大量の書類と格闘していた。

「終わらないよリヒターっ!」

「黙って手を動かせ。そこにあるのはお前の署名が必要な書類なんだからな」

「うぅー、うー、ゲシュタルト崩壊してきた……」

「だからいつも書類を溜めるなと言っているんだ」

「今回は終わらせて行ったよ。帰ってきたら増えてたんだ!」

「半分はな。もう半分は締め切り寸前まで放置していたのが溜まっているだけだろう」

 自業自得だ。リヒターは冷ややかに切り捨てた。

「うわーんエミルー! リヒターが冷たい!」

「えーと………頑張って下さい」

 エミルは軽く会釈し、アステルが署名した書類を抱えて何処かに走っていった。リヒターにお前も手伝えと書類運びに駆り出されたのだ。因みにリヒターは署名前の書類を整理分類し、アステルの署名が要らないものはリヒターが片付けている。それなのにアステルの書類が一向に終わらないのは、アステルが作り出した技術に関する書類と、共同研究を持ち掛けられた案件に関する書類が多いからだ。それだけアステルが優秀だという証である。

(若干七歳にして王立研究所からスカウトされた天才少年。ハーフエルフを側におく変わり者………)

 リヒターはアステルの噂を思い出す。

 古代大戦の時代に失われた“精石”の加工方法を復活させるなど多くの功績を残しており、アステルの研究で、テセアラの精霊とマナの研究は少なくとも十年分は前進したといわれている。

 更にはかつてテセアラ王女ヒルダ姫をその類稀なる頭脳で救ったこともあり、最近では国王直々にアステルを指名しての依頼もあるほどだ。

 噂を聞くばかりだった頃は一体どんな奴かと思っていたが。

 出会ってみれば初対面で馴れ馴れしくこっちの名を呼ぶわ、リヒターが書いたレポートに対して数十分も話し込むわ、ハーフエルフ風情と話してなんの価値があると言い放った監視に猛然と反発して論破するわ―――全くもって想像の斜め上を行く奴だった。

 それだけでも十分に変わり者なのに、功績を認められて何でも好きなものを望めば与えられた状況で、一切の迷いもなくリヒターが欲しいと言ったらしい。それ以来リヒターはアステルのモノで、アステルの助手として研究を続けている。リヒターがハーフエルフの身でサイバックを自由に出歩けるのも、サイバックから出られたのも、全てアステルのお陰である。

 あるが。

「……俺を連れていく書類をやるくらいなら他の書類を片付けろ。どこかの教授に頼まれてた書類、そろそろ期限じゃなかったか」

「あー、うん、あれね。良いの良いの。ちょっと図書室からデータを引っ張ってくれば終わるから―――よし! 終わった!」

 よっしゃーと両手を掲げて意気揚々と出発準備を始めるアステル。と、エミルが部屋を振り向き、こてん、と首をかしげた。

「………書類、まだ残ってますけど……?」

「ア・ス・テ・ル?」

 リヒターはアステルに詰め寄る。なにもリヒターは鬼ではない。アステルが書類仕事が嫌いでフィールドワークの方を余程楽しみにしていることも分かっている。しかし仕事を溜めるとなると、それは別問題である。

 何とかしてアステルに仕事をさせなければと使命感に燃えるリヒターの前で、アステルは何時ものように―――何時ものように、微笑んだ。

 優しく、柔らかに、どこまでも無邪気に、そして、どこか儚げに。

「良いんだ。これでおしまい。あんなのやるだけ無駄だから。それに」

「? アステル、どうした?」

「そろそろ皆さんが来るんじゃないかなーと思って」

 だからもう切り上げるんだ、と言われて、リヒターは腕を組んだ。

「確かに、フウジ山岳ならそろそろ来ても良い頃だな」

 アステルは一枚の紙をひらひらさせながら笑った。

「でしょ? あとこれだけ終わらせてから行くから、リヒターは先に入り口に行っててね。あ、エミルはちょっと残って手伝ってくれる? なるべく早く行くから」

「はい」

「……分かった」

 アステルと別れてフロントに向かうと、話し声が聞こえてきた。

「なあしいな、さっきコリンがここで産まれたとかなんとか言ってたけど、それってどういうことだ? コリンは精霊なんだろ?」

「あ、ああ、あんたは知らないんだったね。コリンは人工精霊なのサ。ここの連中が精霊を研究して、人工的に作り出したのがコリンなんだ」

「テセアラでは精霊も研究対象なのね」

 リフィルが軽く驚いたような声を出した。シルヴァラントでは精霊は自然の一部や信仰の対象と考えられているらしい。精霊を奉った遺跡を研究する者はいても、精霊そのものを研究しようなどという者はいなかったのだろう。

「ああ。マナをエネルギーとして利用するには精霊そのものを研究したほうがいいのさ」

「興味深いわ。精霊という存在は、どう誕生して、どう世界に影響を与えているのか」

 と、しいなの肩口でぼわん、と煙が上がった。

「コリンは精霊の研究には反対! 反対の反対!」

「どうして?」

「どうしてもっ!」

 コリンはぷいと顔を背けると、出てきた時と同じように唐突に姿を消した。しいなは肩の辺りを見ながら苦笑した。

「コリンは、実験の段階で色々と、辛い思いもしてるからさ。―――リフィル、詳しく知りたきゃアステルに聞きな。アステルは精霊の専門家だから。あんたと話が合うと思うよ? あんたと同じことを言ってたからね」

「同じ?」

「精霊はどのように生まれたのか。精霊は世界にどんな影響を与えているのか。………アステルはそれを調べているのサ」

 コレットがジーニアスの袖を引き、問いかける。

「アステルさんって、エミルに似た人だよね?」

「うん、そうだよ。にしてもボクびっくりしたよ。あんなにそっくりな人がいるんだね」

「しいなが初めてあったときに見間違えたのも分かるよ」

「だろう?」

 そこは胸を張って言うな。リヒターは呆れた。仮にも王室直下の隠密だろう。

 はぁ、と思わず溜め息が漏れて、それで彼等はリヒターに気がついた。

「あ、リヒター! アステルさんは?」

「書類と格闘中だ」

 端的に告げればアステルをよく知る二人が遠い目をした。

「またか……」

「おいおい、大丈夫か? ぐずぐずしてたら流石に見つかっちまうぞ」

「大丈夫、だと思うが。あと一枚仕上げたら来ると―――」

 言いかけたその時、奥からアステルが姿を見せた。隣にはフードを目深に被り、目元どころか顔の半分を隠した青年――エミルがいる。

「お、アステル。仕事はもういいのか?」

「はい神子様。ここでやれる事はもう済ませましたから――」

 

「だ、誰?」

 

 コレットの言葉に、一瞬空気が止まる。

 直後ああそう言えば、アステルにコレットが会ったのは“人形”状態だった時だったと思い出し、ジーニアスはアステルをコレットに紹介した。

「コレット、この人がアステルさん」

「えと、……そうじゃなくて」

 何と言って良いものかと言い淀むコレットを見て、アステルが苦笑した。

「始めましてですね、コレットさん。僕はアステル・レイカー。こっちはリヒター・アーベント」

「隣のフードを被ってる人がエミルだよ!」

 マルタの言葉に合わせ、エミルがフードを被ったままに会釈する。

 コレットは何度も瞬きし、エミルとアステルとを見比べてから、ふっと微笑みこう返した。

「始めまして。コレット・ブルーネルです。よろしくね」

 

 

 

「本当、天使って凄いなぁ………」

 先でコレットが向こう岸に雷が落ちてる、と言ったことにロイド、ジーニアス、マルタの三人がはしゃぐのを見つつ、アステルはしみじみとそう呟く。

 向こう岸―――つまりはアルタミラ大陸まで見えるとは、現代テセアラの科学力を遥かに超えている。それを生身でこなしてしまうのだから、アステルは心の底から思っている。その仕組みが分かれば良いのに、と。

「そうすれば、こんなに……」

「? 何か言ったかアステル」

「ううん、何でもない。リヒター、ロイドさんたちを呼んできてくれる?」

 昨日はエレカーの準備が出来ていなかった為、一日貴族街のゼロスの屋敷に泊まったのだ。そして今朝改めて研究所に寄り、エレカーの入ったウィングバックを持って橋までやって来た、という訳である。

 リヒターが離れていくのと入れ違いに、ゼロスとしいな、リフィルと、一足先にジーニアスが戻ってくる。

「もう姉さん! 仕方ないでしょ? タライよりはマシだと思えば」

「おいおい、シルヴァラントじゃタライで海を渡るのか?」

「ああ……タライのことを思い出したら気分が悪くなってきたわ……」

 何故かぐったりしたリフィルをジーニアスが宥めている。――後で聞いたところによると、リフィルは水が苦手らしい。お風呂も怖いのかなぁなんて言ったらリヒターに叩かれた。ちょっと痛かった。

「エレカーかぁ、早く乗りてー!」

「呑気だねぇ、ロイドくんは」

 楽しそうなロイド、コレット、マルタ(とジーニアス)。

 大なり小なり不安そうなリフィル、ゼロス、しいな。

 プレセアとリヒターだけが相変わらずの無表情で、アステルとエミルはにこにこ笑っていた。

 橋の横の細道に入り、突き当たりのフェンスをアステルの持つカギで開けて進んだその先に、人工の波止場があった。しかし船は一隻もなく人もいない。橋の上からも見えにくい場所だ。

 そこまできて漸く、アステルはエミルにもういいよ、と声をかけた。エミルが大人しくフードを取る。

「えー、ここが待ち合わせ場所です。もう少ししたら―――」

「すまない、待たせた」

 何処からともなくしいなに似た赤い服をまとった青年が現れる。昨日メルトキオ精霊研究所で会った、くちなわというしいなと同郷の忍だった。くちなわは両わきに抱えていた箱を、アステルの前で下ろした。すぐにアステルが中身を確認する。

「これで良いだろうか」

「……はい。ありがとうございました。――リヒター、エレカー出して!」

 言われリヒターが使ったウィングバックに、ロイド達から歓声があがる。

「な、早く乗ってみようぜ!」

「あもうロイドってば!」

「楽しみですね、先生」

「え、ええ……」

 箱を持ち、真っ先に乗り込んだリヒターに続き、次々と乗り込んでいく一行を見て、アステルは知らず口元がゆるむ。

 昔は自分もこうだったなぁ。新しいことを知るのが楽しくて、もっと色んなことを知りたくて、研究を続けていた。一つ物事を明らかにすれば十の疑問が生まれる。それがたまらなく嬉しくて、どこまでも研究にのめり込んでいたのだ。昔は。それこそ、向けられる妬みやっかみに気が付かない程に………

「おーいアステルさーん! コレどうやって動かすのー?」

 中から自分を呼ぶ声に、アステルは頭を切り替える。何はともあれ今はコレを動かすこと。それも一種の実験だ。

 アステルもまたエレカーに乗り込もうとして、しいながくちなわと何か話したまま動いていないことに気付く。

「おーいしいなー? 早くー」

「あ、ああ、今行くよ!」

 何かを受け取り此方に走ってくるしいなを確かめて、アステルはエレカーの中へと身を滑り込ませた。

 

 

 

 

 エレカー、もといエレメンタルカーゴは、見た目に反して中は広い。蒸気機関と違い、エンジンが然程大きくないからだ。アステル含め十一人乗ってもまだ余裕がある。

 エレカーが進む仕組みは単純だ。大気中のマナから取り込んだ地のマナを吹き出して反発力を産み、その推進力で進む。マナの制御にエクスフィアが使われた、テセアラでは一般的な陸上移動手段である。

「――ここで重要なのは吹き出した力で推進力を産んでるってこと。つまり、それが必ずしも地のマナである必要はない」

「だから動力に水のマナを使えば、波乗りカーゴの完成~ってか。よく思い付いたな」

 エレカーを運転するアステルに、ゼロスが備え付けのソファで寛ぎながら笑う。

 フウジ大陸グランテセアラブリッジ横を出発し、アルタミラ大陸を目指す航海の途中である。

「考えそのものはずっと前からあったんですよ。理論上は空だって飛べる筈なんです。ただ、テセアラでは水や風のマナの研究があまり進んでいなくて……」

 テセアラにおけるマナの研究は、精霊を研究する所から始まる。正確には精霊の神殿周辺のマナを研究することから。神殿は特定のマナが強く集まる世界でも珍しい場所の一つ。しかしそれは裏を返せば神殿のない―――テセアラにいない精霊の属性のマナに関しては、他に比べて研究が遅れるということでもある。

 ………ちなみにこのことから伝説でしかないシルヴァラントの存在が現実のものとなったのだが、それは割愛するとして。

「エレカーを動かすなら出来るだけ純粋なマナ。だから不純物が含まれる海のマナを、そのままエレカーの動力として転用することは出来ません。マナから不純物を取り除く技術もありませんしね」

「なるほど、だからウンディーネというわけね。確かに精霊のマナなら純粋な水のマナに違いないもの」

 同じくソファに腰かけて、リフィルがコーヒーに口を付ける。

「ええ。ただ精霊の召喚は術士に負担がかかる。一時的なら兎も角、エレカーに乗ってる間、ずっとウンディーネを喚び続けてもらう訳にもいかないでしょう?」

 成る程、とシルヴァラントから来たエミルを除く五人は納得した。しいながあまりウンディーネを喚ばなかった理由はそれか。戦いの途中ではしいながウンディーネを喚んだことは一度もない。ちょっと疲れるからね、と笑っていたが、実はそんな苦労があったとは。

 と、そこまで考えて、ジーニアスは首を捻った。

「じゃあこのエレカーは今、何で動いてるの? ウンディーネを喚んだのって、最初の一回だけだったよね?」

 エレカーを動かす最初に動力部に向かってウンディーネを喚びよせ力を使っただけで、その後はなにもしていない。海のマナを動力として使えないのなら、いったい何のマナで動いていると言うのか。

 アステルはあっけらかんとこう言った。

 

「それはほら、動力部に入れたあの結晶ですよ。あれば僕とリヒターが作った疑似結晶で、前にリヒターに水のマナを込めてもらったんです」

「何だとっ?!」

 

 ソファから立ち上がったリフィルが、アステルに詰め寄った。がしっと肩を掴み激しく揺する。

「うわ遺跡モード」

「妙な名を付けるなロイド。……それよりアステル、あれにマナを込めたと言ったか!?」

「は、はい、そうです、けど」

 リフィルはもうアステルの首を締め上げんばかりの勢いだ。ロイドとリヒターが然り気無く二人の距離を離した。

「どんな方法を使った? マナを物質に込める技術は、古代大戦の折りに失われたはずだ」

「ええとですね、ナビメタルと精石を使ったんです。ナビメタルにはマナを吸収して成長する性質がありますから―――」

 ナビメタルと精石の何とかの差を利用してどうたらこうたら、なんたかの原理を元にしてうんたらかんたら。

「えーと、つまりどういうこと?」

 すっかり学者としての話し合いになり専門用語が飛び交う議論についていけるのは、一緒に研究をしていたリヒターくらいのもの。すっかり置いてけぼりになっているロイド達はぽけーっとしている。

「簡単に説明するとだな」

 なぜ俺がこんなことをという顔をしながらも説明してくれるあたり、リヒターも結構なお人好しだと、一行は思った。

「特定のマナを吸収するよう仕掛けをした疑似結晶に向けて魔術を使う。結晶は術を構成するマナを吸収、成長しようとするが、それを精石で防止している。よってナビメタルにマナが保管される仕組みだ」

「そっか! ナビメタルは他の物質よりもマナの浸透率がたかいから、他の物質よりも長期間マナを貯めておけるんだ」

 理解が早いのはジーニアスとゼロスくらいのものだった。他はやはり、首をかしげている。

「えーとね、あの結晶にむけて術をつかうと、その分のマナがあれに貯まってくれる、てこと」

「貯まったマナは後で他の色々なことに使えるって訳だ」

「それってすごいのか?」

「すごいのか、だと? ああロイド! いいか、そもそも自然界にマナを内包した物質というのは数えるほどで、それを人工的に再現するというのはだな! 古代カーラーン大戦の頃の技術をもってしても特殊な加工が―――」

 遺跡モードのリフィルは、喋りだすと長い。そしてその察知が一番早いのは、弟たるジーニアスではなく勉強の苦手なロイドだった。

「あ、あー、向こう岸はまだかなー?!」

「こら逃げるな!」

 こういうときのロイドはほぼ確実に逃げ出す。今度もまたリフィルの手をすり抜けて、甲板へと走っていった。追いかけようとするリフィルは、エミルのあまり走ると揺れますよ、という言葉で肩を震わせ大人しくソファに座り直した。水の怖さが勝ったらしい。

「おーい陸地が見えたよー!」

 甲板で見張りをしていたしいなの声が響き、アステルはエレカーを陸につける準備をした。

 




※タイトル修正


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11-2

 前の話から分割です


 

 

 エンジェルス計画。

 それはロイドの母アンナが関わっていた計画であり、プレセアもまた、その計画の被害者だった。

 本来数日で終わるエクスフィアの寄生を特殊な要の紋で数年単位に引き伸ばすことで、クルシスの輝石を人工的に作り出す。しかしその代償として寄生された方は感情というものが極端に薄くなり、天使化したコレットとほとんど同じ状態になるらしいのだ。

 そしてそれを治すには、プレセアの要の紋をテセアラにいるドワーフ、アルテスタに直してもらうより他になく。

 

「ここが、魔の森ガオラキア……?」

 

 植物が生い茂る深い深い森入り口に、ロイド達は立っていた。

「ああ、別名迷いの森だ」

 ロイドとジーニアスの肩に手を置いて、ゼロスが自棄に真面目な顔をした。

「………昔はな、このガオラキアの森も普通の森だったんだ。だがな、ある日盗賊が、盗んだ財宝を森の奥に隠したんだ」

「へぇ、どんな財宝なの?」

 マルタはどこか楽しそうだ。

「時価数十億ガルドって宝石だよ。で、盗賊はそれを狙う連中を、片っ端から殺していったんだ。いつしか森は地で汚れ、殺された人々の怨念が巣くう呪われた森になった」

「そ、それで迷いの森………!」

 及び腰になるロイドの後ろで、しいなが頭を抑えてため息をついた。ゼロスはとってもノリノリである。

「今じゃ森に入ると盗賊の霊が旅人を殺そうとするんだ。怨念のせいか、一度迷えば二度と外には出られない。森をさ迷い続けた旅人は知らない間に怨霊と化し、新たな旅人を森に引きずり込むという………!」

『ひいぃぃっ!』

「きゃーっ、エミル、怖ーい!」

 ロイドとジーニアスは揃って悲鳴をあげ、マルタはあまり怖がっているようには見えない態度でエミルの腕に抱き付いた。

 アステルとリヒター、しいなの冷たい視線がゼロスに向けられる。

「―――神子様?」

「いやだって、今どき三歳児でも信じねぇぞこんな話」

 因みに今の話は完全なる大人の作り話だ。アルタミラ大陸の三分の一を被うガオラキアの森は、成長した木々に光が遮られ昼でも薄暗く、同じような道が多いために距離感や方向感覚が狂うのだ。間違って子供たちが迷い込まないようにとの戒めとして作られたのがこの話である。

 ある意味純粋なロイドとジーニアスとは違って、昔から幽霊系の怪談に強いのはコレットである。

「アルテスタさんは、この先に住んでいるんですか?」

「ああ。それからプレセアが住んでいるオゼットも、ガオラキアを抜けた先にある」

 さあっと青ざめた二人を見て、しいなやゼロスは思わず吹き出した。

「大丈夫大丈夫、あたしは小さい頃からこの森を何度も通ってるけど、死んだやつが化けて出たことなんてないよ」

「そだよ、ロイド。もしも幽霊さんが出てきても、ちゃんと話せば分かってくれるよ!」

「……そういうことじゃないんだけどさ。ま、確かに少し暗くて広くて木ばっかで迷いやすいけど、道順さえ間違わなければちゃーんと抜けられるから」

「よしじゃしいな、案内任せた!」

 力強くしいなの背を叩いたゼロスに、「しいなに何するの!」と現れたコリンがしがみついた。髪に毛が絡まったのか、コリンが動く度にゼロスが悲鳴を上げる。

「あいてっ! そこ引っ張るな……いでで!」

「わわ、えーと、あ、あれ? あれれ?」

「コリン、動かないで!」

「ししいなー!」

 ゼロスの髪は長い上に癖っ毛だから、あっという間にコリンの体は赤い毛まみれになる。

 結局エミルとロイドの手でコリンは救出され、ゼロスの髪も元に戻ったものの、出発の時間は大きく遅れることとなった。

 

 

 

 

 しいなを先頭にして森を歩き続けて、暫くたった頃。

「なぁしいな、一体いつまで歩けばいいんだ? 俺様棒が足になっちまったぜ」

「それを言うなら足が棒に、でしょ。……ねぇ、ここさっきも来なかった?」

「そかな……しいな、あとどれくらい?」

「こんな道あったっけ―――あんな木見たことないし……」

「しいな? おーいしいな、し、い、なー!」

 ぶつぶつ口のなかで何事か呟いているしいなは、ロイドに耳元で呼ばれて漸く我に帰った。

「へ?! あ、ああ! えーと、大丈夫! もうすぐだから! あと少し―――……の筈」

「もしかしてしいな、……迷った?」

 う、と言葉につまり固まる。図星らしい。

「えーっとあーっと、あ、こういう時は『右手法』だよ!」

「なんだそれは」

 なんとか言葉を捻り出したマルタは顔を輝かせるが、リヒターはばっさり切り捨てた。

「おやおや知らないのかね? 深い迷宮に挑む時の基本であり、伝統のある方法! それが『右手法』だよリヒターくん!」

「こうやって右手を壁に伝えて歩いていけば、必ず攻略出来るようになっているんだよリヒター!」

「でもマルタ、それは入ったときからずっとやってないと意味がないんじゃない?」

「それにここは森だ。それは壁がある迷路でなければ使えないんじゃないのか?」

「それに気付くとはやるな! ジーニアスくん、リヒターくん!」

 一同はため息を堪えたが、一気に気が抜けた。いつのまにか一行の足は止まっている。

 太陽や枝で方角が分からないかと試してはみたが、森が深く光がまともに届かないためかムダだった。ノイシュの動物的カンに頼ろうにも、長くウィングバックの中にいたせいで感覚が狂ってしまったらしい。ノイシュにはマルタが治癒術をかけ、またパックの中で静養させる事にした。

 八方塞がり、である。

「あー、こうなったら適当に枝が倒れた方向にでも真っ直ぐ……エミル?」

 エミルが突然顔をあげ、辺りを見回したかと思うと、ある一方向に向け、黙って歩き出した。

「エミル、一人で先に行ったら……! コレット?」

「だいじょぶだよ。いこ?」

 呼び止めようとしたのもコレットに止められ、更に大丈夫と断言される。コレットまでエミルについていってしまえば、他の一行は顔を見合わせながらもエミルについていくしかなかった。

 エミルが選ぶ道は細かったり足場が悪かったりしたところはあったものの、迷いはなかった。そうしているうちに見たことのない道の中央が少し広がった場所に出たのである。

 そしてそこに出たとたん、エミルは足を止めた。そればかりか剣を抜けるように構えたのだ。

「出て来て。来ないならこっちから行く」

「……分かった」

 木の影から現れたのは囚人らしき、青い髪の男だった。手には丈夫な手枷。足にレガース。逞しい体躯ながら、どこか気品を感じるような男である。

「貴方、途中からずっと僕たちを見てましたよね」

「気付かれていたか……」

 ロイドは目を剥いてエミルと男を見た。ロイドはまるで気が付かなかったからである。しかしコレットは対して驚いていないようなので、どうやら気がついていたらしい。

「襲うなら何時でも出来た。そうしなかったのは何故ですか」

「私はお前たちの命など狙っていない。私が教皇に命じられたのは、コレットという娘の回収だ」

「私?」

「また教皇かよ……」

 ゼロスが小声でそう言ったのは、メルトキオ下水道で襲ってきた囚人たちが教皇の差し金だったからだ。コレットを拐いゼロスたちを倒す代わりに、刑期短縮を持ちかけたらしい。……どこまでも汚い、というのはリヒターの言である。

「だが今の私にお前たちと戦う意思はない。その少女と話をさせて欲しい」

 その少女、と目をやったのはプレセア。すると驚きで固まっていたジーニアスが再起動した。プレセアと男の間に滑り込み男の前に立ちはだかったのだ。

「プレセアに何の用だ!」

「何もしない。本当にただ、話をさせて欲しいだけなのだ」

 一歩、その男はプレセアに近付く。プレセアが反応してオノを構え―――胸元が、プレセアのエクスフィアがあらわになる。

「エクスフィア?! お前も被害者なのか!?」

「近付かないで下さい」

 尚も近付いた男をプレセアが掴んで投げ飛ばした。男は空中で受け身をとって着地する。

「待て! そのエクスフィアは一体誰に……!」

 

「静かに!」

 

 突然、エミルが叫んだ。あまりの深刻さに全員……その男すらも口をつぐむ。

 森の奥をじっと睨むエミルの頬を、汗が伝った。

「え、エミル?」

「……逃げて」

「え?」

 顔を覗き込んだマルタの肩を掴み、エミルは叫ぶ。

「逃げて! 早く。早く! 走って戻るんだ!」

「どうしたのさエミル。何かあったの?」

「いいから早くっ! じゃないと――」

「もうダメだよ! 見つかっちゃった!」

 コレットが顔を歪めながら羽を出し、チャクラムを構えた。エミルはマルタを背後に庇い、既に剣を抜いている。

「先生とジーニアスは下がっててください! アステルさんも、早く!」

 

「―――来るよ!」

 

 エミルの声に、彼等がエミルの見ていた方向を向いた、その瞬間。

 

 木々の間から、黒い大きな骨が飛び出して来たのだ。




※追記
設定の違い
・アステルがサイバックに来た時期が違う。原作だと九歳でスカウトされているが、拙作では七歳の時。また、アステルは数々の功績を残しており、テセアラの技術は原作時のそれよりも少し高い。
・精石の加工方法が古代大戦時に失われた云々は捏造。ちなみにドワーフの秘伝云々も完全な捏造。詳しくは10-1の後書きをご覧ください。


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11-3

 お久しぶりです。半年ぶりですが、書き方忘れたらしくぐだぐだです………

 例によって二つに分けました。


 森の奥から、大きな骨が飛び出して来た。

 

「避けて!」

 ロイド達は後ろに飛んだ。エミルはマルタを、リフィルはジーニアスを、そしてリヒターがアステルを抱えて、全力でその場から退避する。直後、彼等がいた場所が陥没する。

 プレセアと襲撃してきた男は反応が遅れ、攻撃の余波をくらって大きく吹き飛ぶ。咄嗟に男がプレセアを庇ったが、落下したときの辺りどころが悪かったのか、気を失って倒れてしまった。

 エミルの声に反応できたのは、単にこれまでの戦いでエミルとコレットには敵の察知において全幅の信頼があったからである。

 飛び退いて、構え直し、改めてそれをみれば、それは人の骨とは思えない姿をしていた。

 骨の色は白ではなく黒。その大きさは常人の倍はあるだろうか。腰骨の辺りから細い尾が生え、耳の辺りには黄色の角。そして何よりも目を引くのが、その四本の腕。それぞれの手に形状の異なる剣や刀を持っており、四本が別々に動く。

 符を構え、ぎっとそれを睨み付けながら、しいなが呻くように言った。

「くそ……なんでこいつがここに……っ!」

「なんだよ、しいなの知り合いかぁ?」

「ああ、シルヴァラントでね。その時はおじいちゃんの《符》で――」

「よけてしいな!」

 ジーニアスの悲鳴に応える余裕など、しいなにはない。四本のうち右二本の剣が、しいなに向けて振り上げられていた。しいなが出来たのは咄嗟に防御姿勢をとることだけ。

 寸前でロイドがしいなとの間に滑り込み剣を受けるが―――二人まとめて吹っ飛ばされ、地面を転がった。

「っ、穿孔破! 砕覇、双撃衝!」

 尚も追撃しようとするそれの左側の剣を、エミルが斬り払い、突き上げ、衝撃波をぶつけて押し戻す。

「マルタ! 二人の手当てを!」

「わ、分かった!」

 マルタが木を背にしてぐったりしている二人に駆け寄る間、エミルは迷わず“それ”に向かって突進した。

 四本の剣を弾き、大振りの攻撃を木々を利用して立ち回りながら避け、死角から――骨に視界があるのかどうかは別として――関節などを狙って攻撃を仕掛けながら、巧みにロイド達から注意を逸らす。

「お前の相手はこっちだ!」

 ちょこまかと動き回るエミルが鬱陶しくなったのか、骨はエミルにばかり攻撃し始めた。とエミルは回避に徹する。攻撃を一度も喰らっていないのは、流石と言うべきか。

 が、しかし。

「ダメだ、あれじゃ効いてない……!」

 後方から見ているアステルは歯噛みする。

 エミルの攻撃が牽制程度なのを抜きにしても、相手の剣と身、もとい、骨が硬すぎるのだ。斬り裂ける肉もなく、ただただ硬い骨だけのそれには、痛覚などまるでないようにも見える。

「空牙衝!」

 大きく飛び上がり、下方に向けて放った衝撃波の雨にも堪えた様子はなく。空中で身動きが取れないエミルの体に、剣が叩き付けられる―――

 

「今だコレット!」

 

 エミルがひたすら時間稼ぎに徹した後ろで、ずっと術を練っていたコレットは。

 エミルが叫んだその瞬間、ひときわ羽を輝かせて、高らかに天を示す。

「……聖なる祈り、永久に紡がれん、光あれ!」

 にわかにそれの足下が光りだす。凄まじい速度で広がった光は、一つ一つがマナでもって紡がれた高度な術式。それが幾つも交わり重なり、一つの強大な術となる。

 

「グランドクロスッ!」

 

 浮かび上がるのは、十字。あまりの眩しさに誰もが目を眇めた。

 天使術、グランドクロス。並みの相手ならばあの光だけで消し飛んでしまうほどの、天使術の中で最も威力が高い術である。それだけにコレットはあまり使おうとしなかった術、なのだが。

 その術をもってしても、尚。

 光の中から現れたその骨には、傷一つ、ついていなかった。

「嘘っ!?」

「そんなのあり?!」

 今度はコレットに向けて、それが動き出す。

 エミルは体勢が悪く直ぐに動けない。マルタはロイドとしいなの治療がまだ終わらない。当のコレットは、強大な術を放ったあとの後遺症でまだ身動きが取れない。

 故に、動いたのはロイド達ではなく。

 

「―――ロックブレイク!」

 

 地面が突然隆起し、『それ』の剣を跳ね上げた。反動で『それ』は大きく仰け反り、一瞬遅れたエミルの追撃で背中から地面に衝突する。

 なんてことのない中級魔術。かつてシルヴァラントのアスカードでアリスが偽シルフに向けて使ったこともある―――そう、魔術だ。マナを紡いで放たれる、エルフの血族にしか使えぬ筈の。

 けれど、それを放ったのはハーフエルフたるジーニアスとリフィルではなく、アステルを守るリヒターでもなく。

「神子……?!」

 紅の髪をマナの風に揺らしながら、抜くことのなかった剣を片手で弄び、驚くリフィルとジーニアスの横から進み出たのは―――紛れもなくテセアラの神子ゼロスその人で。

「なっ、なん、え、だって、……ええ?!」

「うるせーぞ、がきんちょ。コレットちゃーん。大丈夫ー?」

「あ、うん、だいじょぶだよ」

 ジーニアスには辛辣に。コレットには満面の笑みで。

 この瞬間、本当にこの人は神子ゼロスなのだろうかと疑いかけていたアステルはおもいっきり納得した。この方は何時でも何処でも通常運転だ。

「神子様」

 リヒターの背から身を乗り出して、アステルは問う。

「戦力に数えて、良いんですね?」

 返事はないり代わりに剣を握り直して一歩踏み出したのが見えた。

 『それ』はまだ地面に倒れて動かない。治癒が終わったのか立ち上がるロイドとしいなの横に、エミルとコレットが、マルタを守るように武器を構える。

 ならば。

「リヒター、リヒターも行って。あいつをなんとかしないと」

 その為には、きっと彼らだけでは足りない。それが分かっているから、リヒターは断らない。けれど納得はしていないから、答えない。

「僕なら大丈夫。逃げ回るくらいなら出来るよ。僕の逃げ足の速さは良く知ってるでしょう?」

「………………、お前は、言い出すと聞かないからな」

 長い長い葛藤の末に、リヒターが折れた。

「で、勝算はあるんだろうな? シルヴァラントの神子の術でも無傷となると、こちらの攻撃は殆ど通らないと見て間違いないぞ」

「うん、それなんだけどね―――」

 ロイドとエミルの剣は通らず、しいなの符も効果が薄い。コレットの天使術でも無傷。傷付く彼らにマルタとゼロスが治癒術をかけるが、新たな傷が多すぎて回復が追い付いていない。

 そんな状態でも―――活路はある。

 アステルが考えを述べると、リヒターは目を見開き、しばらく考え込んだ後、口を開いた。

「……わかった、それでいこう。だがお前は絶対に前に出てくるなよ、アイテムを投げるのも禁止だ、いいな!」

 何度も何度もそう念を押して、リヒターは戦場に向かっていった。

 さて、そうなれば戦えず参加を禁止されたアステルに出来ることはもうない。エミル達の戦いを見守るくらいだ。だから、アステルの思考は段々と違う方向へ変わっていく。

(魔の森ガオラキア。世界の異変。エミルに、コレットさん。『あいつ』もそうだけど………さっき現れた襲撃者の人と、その人が気にしてるプレセアさん)

「なかなか、面倒なことになりそうだなぁ」

 僅かに口元を緩ませて、戦うエミル達を見つめながら。アステルは一人、そう呟いた。

 

 

 

 

 あぁ、面倒くさい。

 エミルは心の中でぼやいた。本当に、面倒なことこの上ない。

 なぜこんなところに『これ』がいるのか。それは一旦置いておくとして、倒すだけならエミル一人で十分だ。ものの数分で片が付く―――本来の姿で全力を出せば、の話だが。

 それが出来ない以上、“真っ当な方法で”『これ』を倒す他ないのだが………ないのだが。

「散力符、幽幻翔―――っ!」

「虎牙破斬!」

 近付きすぎたしいなに向けられた『それ』の剣を、しいなもろとも大きく吹き飛ばされながらもロイドが二段切りで払いのけた。しかし完全にいなすことは出来ず右腕に傷を負い、直ぐ様ゼロスと駆け寄ったマルタの治癒術が二人の傷を癒した。

 いくら治癒術が怪我を直し体を癒すものであっても、急激な治療はやはり体に負担を強いている。しいなも今しがた治療を受けたロイドも完全には怪我が治っていない。数秒間、動きが止まる。

 その間『それ』の相手をするのは前衛で唯一残ったエミルである。が。

「鳳翼旋! 天衝、裂空撃!」

 真っ当な方法では傷一つ付けられないとなれば、面倒以外の何物でもない。

 方法はある。エミルでもロイドでも使えて、かつ『それ』に有効な手段があるが―――それに必要なものが、ここにはない。

「牙連轟天襲ッ!」

 怒りを露にする訳にもいかず、苛立ちを『それ』にぶつける。

 空中に飛び上がりながら連撃を浴びせ、『それ』の振るう剣を防ぐ反動で近くの木に着地。そこから木々を飛び移って後ろに回り込むと、首の後ろを全力で蹴る。

 その程度で『それ』が堪える筈もない。体勢を崩したが、上半身を回転させて―――骨だからか人体ではあり得ない動きをする―――四本の剣を振り回す。

 初見なら見切れないだろうが、もうすでに何度か見た動きだ。エミルは冷静に剣の軌道を把握し、最小限の動きで安全地帯である足の下に潜り込み。

「秋沙雨―――閃光墜刃牙!」

「エンジェルフェザー!」

 両足の膝裏目掛けて剣を突き上げる。同時にコレットの術が命中し、『それ』は膝を折り仰向けで倒れ込んだ。

 そこでようやく、一息付く。

 エミルでも、全ての感覚を研ぎ澄ませ目の前の『それ』に集中してなんとか、ここまでやりあえる。

 ロイドやしいな達ではまだ無理だ。コレットも動きの止まった時に援護してはくれるが、肝心の術が効かない。マルタは『それ』の一撃を受けることも避けることも出来ない。

 悪戯に長引いて先にこちらの体力が尽きれば、結果は火を見るよりも明らかだろう。かといって『それ』を放置することは、本来の役目を考えれば有り得ない。

 もういっそこのまま見なかったことにしてしまおうか。

 だんだん考えるのも面倒になってきた。というか他の連中はどうなっているんだ、と後ろに目を向けると。

 

 何故か、森にセイジ姉弟と隠れているはずのアステルと、目があった。

 そして、笑顔で手を振られた。

 

 何も言わず何も返さず、そのまま少し横に目を滑らせる。同じものを見たらしいリヒターは、アステルの側ではなくロイドの側に居た。リヒターは何もなかったかのようにロイドに何かを持たせて此方に送り出す。マルタとしいなは向こうに残り、ロイドが戻る途中話しかけられたコレットもリヒター達の元へ向かって行く。

 『それ』がまだ動かないことを確かめてから、エミルはロイドに近寄った。

「ロイド、大丈夫? 怪我は」

「リヒターが治してくれたから大丈夫だ。………エミルこそ大丈夫か? ほとんど一人で支えてくれてるだろう」

「うん、大丈夫」

 正直なところ味方のフォローを考えず敵に集中できる分、一人の方がかなり戦いやすかったから。なんてことは、心の中だけに留めておくが。

「ただこのままだとこっちが負ける。攻撃が効かないんじゃどうしようもないよ」

「それなんだけどな。エミル、これ、何か分かるか?」

 ロイドがそう言いながら開いた手の中には―――幾つかの、白い石があった。

「どこで、それを?」

「リヒターが、エミルなら使い方を知っているから持っていけって。アステルが見せればわかると言っていた、って言われたんだけど」

 ああ、分かるとも。むしろそれがあればと考えていたのだ。なるほど、アステルならば持っていても不思議はない。これで攻撃は通る。

 が、そこまでだ。これだけでは決定打にならない。

「ほかに、リヒターさんは何か言ってた?」

「アステルが活路を見つけたって。俺とエミルで時間を稼げば、あとは何とかする、って………あ、あと治癒術かける余裕は多分無いから期待するなとか、そんなことも言ってたような」

 エミルは僅かに“目”を開く。乱れたマナと、その隙間を縫うように広げられたマナの―――そこで耐えきれず、“目”を閉じる。

 やはり短時間でもこの中で“目”を使うのは無理があった。気持ち悪い。だが、エミルはアステルの考えを理解した。

「………そういうこと」

「え、エミル今ので分かったのか!?」

「うん。ロイド、それ一つ頂戴」

 言われるままにロイドが差し出した白い石。手の中でくるくる回る。“目”を使わずとも分かる、感じ馴れた力。同時にひどく懐かしいものでもあった。

 一度握り締めて―――それを、地面に落とす。

「ロイド、これはね、特殊な魔物の体内で精製されるんだ」

 剣先をその石に向け、構える。

「周囲のマナを取り込んで、体内で圧縮して、そうして出来るのがこれだ。結晶は自然に出来るけど、これはわざわざマナを圧縮するから、少し変わった性質があってね。こうして何かにぶつかると―――」

 剣を、石に突き刺す。

 石は一撃で細かな破片に砕け散り、………次の瞬間白い光に変わって、エミルの持つ剣に吸い込まれた。

「こうして、ぶつかったものに吸収される。元々がマナの塊だから、より安定した物質と結合しようとするんだ。マナを留めておく加工がされていないから徐々にマナは抜けていくけど、この石を形作っていたマナが尽きるまで、この剣はマナの加護を受けたことになる。時間稼ぎなら、これで十分だ」

 マナの加護を受けた剣を一振りすれば、その軌道をなぞるように光の帯が宙を走る。僅かずつ漏れ出るマナが、薄暗いガオラキアの森ではよく見えるのだ。

 これならば問題ない。残念なことに―――残念な? ―――エミルでも対処可能だ。

「よし、じゃあ注意を引き付けつつ時間稼ぎしようか。ロイドは攻撃というよりもあいつから離れすぎずに回避優先で。あ、あとグミも渡しておくね。ロイドの方が必要でしょう?」

「ああ、助かる………じゃなくて!」

 グミの入った袋を受け取ったその姿勢のまま、ロイドが可笑しな顔でこちらを見つめる。

 

「なんで、そんなこと知ってるんだ?」

 

 何故。何故、か。エミルは言葉に詰まった。

 昔はそう珍しいものでもなかった。少し旅慣れた者ならば知っていて当然の知識。それにアステル達も知っていたから、てっきりロイド達も知っているものだと思っていたが………はて。

 どう説明したものか。知らなければ“仕事”のしようがないから、などとは言えないし。というかそれをロイドに話して良いものか。

 つらつら考えていると、後ろで『それ』が立ち上がる気配がした。

 ああ、もう。

 何から何まで腹が立つ。まどろっこしい手段しか取れないこの状況も、ここで好き勝手している『それ』にも、―――戦いの途中でここまで意識をそらすような、大馬鹿者のロイドにも。

「………」

 獣招来、と。

 声は出さず、瞬時に辺りの地のマナを取り込み再構築。地面から突き出すように具現した岩石が『それ』の剣を阻む。

「ロイド、」

 名を呼べば、固まっていた顔にはっと表情が戻る。停止していた思考が動き出す音まで聞こえてきそうな、そんな顔で。

「話は後だ。今は」

「あいつを何とかする、だよな」

 エミルの真似をし小石を両の剣で砕いて、ロイドはエミルと並び立つ。

「………後で、ちゃんと聞かせてもらうからな」

 小声で付け足された言葉には、聞かなかったふりをして。

 岩石がマナに溶ける。視界が開けて、止めていた『それ』の剣が降ってくる―――

「行くよ」

 おう、とロイドの声が聞こえた瞬間、それぞれがその場から飛び出し『それ』を迎え撃った。

 

 




※誤字修正


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11-4

 

 

 

 エミルが『それ』の正面でひたすら剣を捌き続ける。避けるというよりは受け流す。体勢が崩れたところを見計らってロイドが横や背後から攻撃を仕掛け、『それ』が苛立ち剣を振り回せば直ぐ様飛び退く。

 その光景を、マルタはずっと見ていた。

「………」

 後ろではしいなと、リヒターとゼロスが目を閉じひたすらに“なにか”を“操って”いる。

 それがなにか分からないのに、知っているような気がして。見ていることしか出来ないのに、ふと何かをしようと勝手に体が動いていて。

 ―――足りない、と。

 何が、どれだけ足りないのかは別にして、ただ足りないことだけははっきりしている。それは見つけ出して手に入れるようなものではなく、自分の力ではどうしようもないことも。

 隣で佇むコレットも、ちらと見えたジーニアスとリフィルも、マルタと同じような顔をしていた。

 

 自分の持っているものでは、“足りない”。

 

 自分の無力さを痛感する。一緒にいても何も出来ないなら、ついてきた意味がない。例え他の誰が許してくれたとしても、いくら気にするなと言葉を重ねてくれたとしても、それだけなのは、嫌なのだ。

 ―――アステルの作戦は単純だった。

『しいなの符術と、リヒターの術を“重ね”ます』

 コレットの術は効かなかった。並みの術の威力を遥かに凌駕する、古代の天使術。一方でゼロスの術としいなの符術は効いた。

 違いは一つ。

 それこそがリヒターとゼロスがテセアラで魔術を使えて、ジーニアスとリフィルが使えない理由だとリヒターは言った。

『恐らくシルヴァラントの神子も理屈がわかれば使える筈で、そうすれば術もあれに効く筈だ。だがそれをここで解説してやる時間はない』

 だから。

 コレットとマルタは静かに周囲に気を配る。「集中する間は術を使わないでくれ」と言われたから。術を使わなければコレットもマルタも『あれ』を相手に出来ない。近づいてくる魔物がいないか警戒するくらいしか出来ない。………何故か、魔物の影も形も無いけれど。

 ―――と、その瞬間。

「!?!」

 マルタは全身がぶわ、と震えるのを感じた。

 感じたままに振り返れば、ゼロスとリヒター、しいなを包む“なにか”が見えた。目に見えるほど集まったマナ。

「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊」

 マナがうねる。『それ』が気がついたように身動ぎした。エミルとロイドを無茶苦茶な動きで振り払い、リヒターに向かって剣をのばす。二人は受け身を取って再度突っ込もうとした。

 が、二人の動きが、止まる。

「エミル、ロイド。ありがとね。………十分だ!」

 しいなの符が、既に『それ』を囲んでいた。時を同じくしてリヒターの術が完成し、ゼロスが走る。

 

「散力淒符!」

「セイントバブル」

「雷神剣!」

 

『それ』の頭上で、水が弾ける。衝撃を伴い破裂する水泡が『それ』の全身に絡み付き動きを封じ、直後ゼロスの剣と雷がそれを貫く。

「――――――!!」

『それ』の叫ぶ音が森に響き渡る。絡み付く水を伝って、雷は『それ』を捕らえて放さない。身を捩れば捩るほどに水はさらに強く『それ』を締め上げ、雷はバチバチと火花を散らす。

 けれど、倒せない。倒すにはまだ足りない―――それだけなら。

「合わせろしいな!」

「外すんじゃないよ!」

 しいなの符が広がる。黒い陣。丁度『それ』とゼロスの中間に、まるで鏡のように立っている。

 ゼロスが切っ先を『それ』に向けて構えた。突きの構え。

「―――逃げるなよ?」

 ゼロスが不敵に笑んだ。

 

「斬魔―――」

「―――空牙衝!」

 

 しいなが放った魔方陣を、ゼロスが強力な突きで『それ』ごと貫く。白の突風を伴って、一瞬でゼロスが『それ』の後ろを駆け抜ける。

 パキ、と音がした。ヒビが入る音。何かが折れる音。『それ』から。

 そして。

 ゆっくりと『それ』は膝をつき、黒い霧となって四散したのだった。

 

 

 

「お、終わった………?」

 マルタは知らず止めていた息を吐いた。

「い、まのは」

 ユニゾンアタック。未だマルタは見たことのなかった、本当に息があった相手でなければ発動すら出来ないと言われる秘技。

 それを放ったのは、これまで戦おうとしなかったゼロスで。

 アステルに続いて、リフィルとジーニアスが茂みから出てくる。アステルは難しい顔をして腕を組んでいるが。

「これが魔の森の原因、なのかな」

「さてな」

 リヒターはロイドとエミルの方に目をやりながらアステルの問いに答えた。

「だが少し“整った”。多少は関係していたのだろう。それだけではないだろうがな」

 そこへロイドとエミルが剣を納めながら戻ってきた。ロイドはそのまま、ゼロスに詰め寄る。

「おお、ロイドくん。俺様の活躍見てた? 俺様に惚れるなよ? ………なんてな! でひゃひゃ!」

 ロイドはそのゼロスの声にぴく、と筋を立て。

「言いたいことは、色々あるけど、まず言わせろ。―――――やっぱり戦えるんじゃねえかお前は!」

「っていうか何で術使えるの?! 人間………いや、人間、だよね?」

 ジーニアスの首が傾いていく。

 これまでちっとも戦おうとしなかったが、そこそこ強いのは分かっていた。ただ、ここまで強いとは思ってもみなかったというか。

「まあまあがきんちょもロイドくんも、落ち着いて。話はこの森を抜けてからだ。そうだろ? アステルのそっくりくん」

「エミル、です。………でも、確かにあんまりここには長居しない方が良いと思う」

「そうね、その意見には私も賛成だわ」

 エミルもリフィルもそう言い、リヒターとアステルも同意を示したことでロイドも渋々ながら納得した。

 残る問題は。

「で、あいつ、どうしようか。なんか出てきたけど、戦おうとはしなかったし、―――プレセアも守ってくれたみたいだし」

 エミルに見破られて現れた、囚人らしき男。プレセアと話がしたいのだと言い、戦いが始まれば真っ先にプレセアを庇った。プレセアもその男も気絶しているようだが、死んではいないらしい。

 凄いなぁ、とマルタは思った。体を張って誰かを助けるなんて、まるでお話に出てくる英雄みたい。大切な人を守れる人。悪い人ではないような気がした。

「連れていって良いんじゃないかな。どっちにしても、ここには残していけないでしょう? この人がずっとわたしたちの後をつけてきてたんなら、襲おうと思えば襲えたはずだもん」

「けどプレセアに何かしようとしたんだよ! プレセアのむ、むむ胸見てたし!」

 いや、それは胸元のエクスフィアを見ていたんだろう、という突っ込みは全員が飲み込んだ。恋は盲目。まあ頑張れジーニアス。先は長そうだけど。

 唯一呆れを隠しもしないリヒターが提案する。

「ではとりあえず捕虜にしてはどうだ。後で話を聞き出せるかも知れん」

「………そうだな。こいつはプレセアのことを知ってるみたいだったし」

 アステルもリヒターも知らないプレセアを知っているのなら、プレセアがどうしてこうなったのかも知っているかもしれない。

 話が決まれば早く動いた方がいい。

「コレット、辺りに何かいる?」

「………まだ遠いけど、足音が聞こえる。鎧の音も。こっちと、あっちから。………近付いてきてる。このままだと追い付かれるかも」

「教皇騎士団だな。こんなところまでご苦労なこった」

 コレットの耳は天使の超聴覚。ヒトの耳では聞こえない音すらも聞き取る。コレットが指したのは元々ロイド達が来た方向と、ここから伸びる道の方向だった。

「あっちは………」

「オゼットの方だな。アルテスタの家も向こうにある」

 今から向かえば鉢合わせる。騎士団に会えば、きっと捕まってしまう。せっかくここまで来たのに。

 しいなが、皆の顔を見回した。

「―――仕方ない。里に案内するよ」

「里………ってミズホの里? いいの? 隠れ里なんでしょう?」

「だって戻っても進んでも騎士団に捕まるだけだろう。里に逃げ込むしかないじゃないか。………大丈夫だよ、アステル。あたしなら大丈夫だから」

 ロイドは一拍考え込んで、言った。

「分かった、頼む。しいな」

「任せときな。ここからなら道がわかる」

「やっぱり迷ってたのかよしいな」

「―――っうるさいアホ神子! ほら、そっちの男を運んどくれ!」

「プププレ、プレセアは、ぼ、ボクが!」

 張り切ってプレセアを背負ったジーニアスだったが、しかし。

 悲しいかな、ジーニアスの体力では、背負ったは良いが動けない。そこまで力がない訳ではない筈だが、ジーニアスとリフィルはテセアラに来てから体力が低下している節がある。

「………ジーニアス」

「………………、ロイド、お願い」

「ああ」

 代わりにロイドが軽々とプレセアを背負うのを見て、がっくりと項垂れるジーニアス。ボクはまだ成長期前なんだ、未来がきっと! とかぶつぶつと言っているが、まあがんばれ、ジーニアス。マルタは心のなかで応援した。マルタの知り合いの男の子も成長期に入ると急に背が伸びた。マルタはちっとも成長しなかったが。………どこがとは言ってない。ちゃんと順調に成長してる。まだ途中。

「………ってあれ、ゼロスは?」

「おーい、俺様一人でこんな大男持ち上げらんないって!」

「あ、私手伝うよ~」

 横をコレットが走っていってマルタは我に帰った。

「いやコレット、いくらなんでも女の子じゃ………」

 一応大の男であるゼロスが運べないなら、いくらエクスフィアをつけていようとコレットじゃ無理だろう。手伝うべく動こうとしたマルタは、振り返って固まった。

 コレットが、片腕一本で男を担いでいたから。

「え、こ、コレット。その、重くない?」

「思ったより軽いみたい。私一人でだいじょぶだよ」

「はは……そ、そう?」

「天使って凄いねぇ。ね、リヒター?」

「俺に振るな」

「昨今の男性ときたら………嘆かわしいこと」

 ちら、とリフィルがジーニアスも見たのは気のせいではあるまい。

 うーん。マルタは唸った。リフィルの言うようにゼロスが非力なのか、アステルが言うようにコレットが怪力なのか、どっちだろう。

「じゃあミズホの里に案内するよ。付いてきな」

 森に入ったときとは比べ物にならないほどしっかりと迷いのない足取りで、しいなは先頭を歩き出した。ジーニアスとリフィル、プレセアを背負ったロイドと、その後ろにアステル、リヒター、コレットとゼロス。

 エミルだけが、いつぞやのように一番後ろで森の奥を見つめていた。その後ろ姿が怖いような、………楽しそうなような。

 近寄り難いのに何故か放っておけなくて、マルタは意を決してエミルに声をかけた。

「ねぇエミル、行こう?」

「―――うん」

 振り返って微笑み、先を行くエミルの顔に。

 

 一瞬寒気を覚えたのは、何故だったのだろう。




 ゼスティリアアニメ見ました。
 相変わらず画質最高です!
 設定も少し変わっているみたいだし、今度こそ正史世界のお話なんですよね? アリーシャ離脱しませんよね………?


 ユニゾンアタックの組合せ、実は雷神剣じゃなくて瞬迅剣系統なんですが、同じ突きだし発動しても良さそうなものなんだけどな。


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11-5

 自己設定の説明回。マナや術に関してなど、完全な捏造だらけなのでご注意ください。


 

 しいなの案内で森を抜け、やって来たミズホの里。意外なことに一番はしゃいでいたのはアステルだった。

「楽しそうだな、アステル」

「うん。ミズホの里はテセアラでも独自の文化と歴史を持つ里なんだ。探求心がそそられるというか、研究者の血が騒ぐって言うか、一度来てみたかった場所なんだ!」

「へ、へぇ、そうなんだ………」

 ロイドの問いに答えたアステルが、遺跡モードのリフィルに重なる。思わず腰が引けてしまったのはロイドだけではないだろう。

 そこに忍が一人現れた。しいなの顔から笑みが消える。

「しいな! 外部の者を里に招き入れるとは何事だ!」

「ああ、処罰は覚悟の上サ。副頭領に伝えてくれ。シルヴァラントの仲間を連れてきたって」

「シルヴァラントの………貴公らは衰退世界シルヴァラントの人間か」

「俺様とアステル達は違うけどな」

 忍はロイド達を見回してしいなを見、言った。

「………わかった。しいな、お前は俺と来い。貴公らはしばしここで待たれよ。迎えを寄越す」

 大人しくついていこうとしたしいなの帯を、マルタが掴んだ。

「しいな。死んじゃったりしないよね?」

 マルタがフウジ山岳での話を思い出しているのだと気がついたしいなは、そっとマルタの手を取り微笑んだ。

「大丈夫だよマルタ。まあ皆とここで待ってな」

 しいなが行ってしまうと、一応里の門は潜らせて貰えたがそこから先には進めなかった。さりげなく里の人に見張られているのだ。

 とりあえず背負ったままの男性とプレセアを下ろし、マントを広げてその上に寝かせる。気絶したまま、目覚める気配がない。

「どうしよう。プレセアを置いては行けないよ」

「連れていくってのもなぁ」

 気を失っている人間をそうそう動かす訳にも、人に会う場所に連れていく訳にもいかない。ジーニアスとゼロスが言う通り、連れても置いてもいけないのだ。

 迷っていると忍が一人駆け寄ってきた。

「副頭領がお会いになるそうだ。ついてこられよ」

 ついてこられよと言われても。

 互いに顔を見合わせる。どうしようか。どうしよう。連れていこうか。いやでも―――

「ロイド達は行っておいでよ」

 固まった空気をエミルの言葉が動かした。

「二人は僕達が見ておくから安心して。ね、リヒターさん?」

「ああ、アステルの事は俺が捕まえておく」

「リヒター、僕は猫じゃないんだけど?」

 確かにエミルが見てくれるなら安心だ。それでいいのかと忍を見れば、あまり動き回らないのならと条件付きで許可をもらった。

「………ああ、頼む。早く戻ってくるからな」

 ロイドはそう言い置いて、皆と共に里の奥へと入っていった。

 

 

 ロイド達が完全に見えなくなり、アステル達が動かずに待つのだと分かると、監視は少し緩んだ。最も完全に警戒が解けたわけではなく、遠くから監視されているが。話す分には聞こえない筈だ。

 アステルは一応辺りに人がいないのを確かめて、念のために小声でエミルに話しかけた。

「エミル。さっきのあれは、ソードダンサー?」

「あれ、アステルさんは、ソードダンサーを知ってるんですか?」

 心底驚いたように、エミルが目を丸くした。

「《魔物の王》を探すために、古書はだいたい目を通したから。古い………古代大戦時代の書に名前があったんだ。四本腕の骨の剣士の魔物」

 戦場の武具に取り憑き、戦いを求めてさ迷う亡霊の剣士。大きな戦の跡地ほど記録が残る魔物。

 内容を諳じたアステルの言葉を聞いて、エミルはもう一度目を見張った。

「よく知ってる、と言う他ないけど、ちがう。彼等の体は紅いんだ。………あれは魔物じゃない。魔物じゃないけど、魔物に近い」

 ソードダンサーという魔物は存在する。けれど彼等の体は黒くない。見た目も、骨というより甲冑に近い。

 あれは、魔物というよりも。

「………あれは、本当に単なる魔物か?」

 エミルはにっこり笑った。何時もはそれだけで、答えないときの顔だった。

「リヒターさんが、考えてる通りです」

「リヒター?」

 アステルは黙りこんでしまったリヒターの袖を引いた。アステルは何も気が付かなかった。説明してくれなければ分からない。

「あいつ………さっきの骨の魔物から、マナを感じなかった」

 この世界の全ての生命はマナを持っている。無機物は幾つかの例外を除いてマナを持っていないが、それ以外はヒトも、魔物も、植物も、大なり小なりマナを含んでいるものなのだ。なのにあんなふうに意思らしきものを持ち、動き回るモノが、マナを持っていない?

 そんなことはありえない―――あれが、この世界の住人ならば。

「! そんな筈ないでしょう? だって、だって貴殿方が―――何より、マナ溢れるこっちの世界には、出てこられない筈じゃ」

「出てこられない訳じゃありませんよ。出てこないように封じ込めてるだけで。封印が緩めば多少強引な方法を使えば出てこられる。奴等にとってマナは毒だけど、すぐに死ぬって訳でもない。何かと契約したり、何かに入ればけっこう長く存在できますし。………森は、多分あれのせいですね」

「あいつに反応して、マナのバランスが崩れたのか」

「じゃあ、森の異変はもう止まる?」

 ガオラキアは魔の森だ。昔から迷いやすく、妙な言い伝えが沢山あったからだ。そのほとんどは迷信の類いだが、事実も僅かに含まれる。

 最近は違う意味で魔の森と呼ばれ始めた。木々は急成長し、どんなに歩いても道に迷って抜けられない、森に入れば薄気味悪い雰囲気で、ナニカが動き回っているのを見た、等々。

 それらの異変が『あれ』の影響なら。アステルはそう思って問いかけたが、エミルの顔は暗いままだった。

「そうとも言えない。マナのバランスは放っておいても直らない。………誰かが出向いて正さないと、一度生まれた歪みは、そうそう消えるものじゃない」

 だから《魔物の王》を探してたんじゃないのかと言われ、アステルはむむむ、と唸った。

「というか、そもそも『あれ』があそこにいることそのものが大問題なんだけどな。普通は、本来なら出てこない筈だ。ただでさえマナが多いテセアラに。シルヴァラントならともかく」

 リヒターがはっとした。アステルの血の気が引く。

「ということはつまり―――」

「………時間が、ない」

 

 

 

 シルヴァラントとテセアラ。互いを犠牲にして繁栄する世界のあり方。かつてユグドラシルが作り出したこの仕組み。

「だったら仕組みを変えれば良い。人やエルフに作られたものなら、俺たちの手でも変えられる筈だ! 俺は嫌なんだ。誰かや何かを犠牲にするのは」

 奇しくもフウジ山岳でマルタが叫んだ言葉。誰かや何かを犠牲にして永らえる世界は歪んでいると。

 ロイドには細かいことは分からない。何故ユグドラシルがこんな世界を作ったのか。何故世界はこうなったのか。

 わからないけれど、この現状が間違っていることだけははっきりとわかる。

「人間とかハーフエルフとか、シルヴァラントだテセアラだって、そんなこと関係無い。皆が普通に暮らせる世界があればいいと思うんだ。誰かを犠牲にしなくても、皆が普通に生きられる世界が―――俺はそうしたい」

 それが、ロイドの答え。クラトスにテセアラまできて何をしているのか、と問われて、シルヴァラントとテセアラをこの目で見たロイドが、出した答えだった。

「ドワーフの誓い第一番。平和な世界が生まれるように皆で努力しよう、だ」

 ミズホの民副頭領タイガは、ロイドをじっと見る。ロイドが本気で言っているのだと分かると、徐に笑い出した。

「………ふ、ふははは! お前はまるで勇者ミトスだな」

「ミトス………ミトスって、古代大戦を終結させた英雄ミトス?」

「そうだ。決して相入れなかった二つの国に、争いではなく共に生きる道があると諭し、大戦を終結させた気高き理想論者。お前はミトスのようになれるというのか?」

 ミトスの名はロイドも知っていた。名前と世界を救った英雄ということだけではあったけれど、知らない者のいない勇者の話。

 ロイドはゆっくりと首を横に振った。

「………俺はミトスじゃない。ミトスにはなれないし、同じことはできない」

 ミトスは世界を救ったけれど、ロイドがしたいのはコレットや、ジーニアスやリフィルや、目の前の誰かを助けること。その為に犠牲を出したくない。故郷シルヴァラントも、繁栄するテセアラも、仲間の命も、何一つ譲りたくない。卑怯なことはしたくない。嘘をつくのも、言い訳をするのも嫌だ。方法が無いからと諦めたくない。

「だから俺は俺のやり方で、仲間と一緒に、二つの世界を救いたいんだ」

 長い沈黙が流れた。やがて、タイガは険しかった顔を緩ませた。

「古いやり方にはこだわらないということか。………ならば我らも新たな道を模索しよう」

「副頭領! じゃあ………」

「ああ。我らは我らの情報網を以てお主らに仕えよう。お主がいう世界、見てみたくなった―――だがその代わり、二つの世界が共に生きる道が成ったとき、我らは我らの住処をシルヴァラントに要求する」

「え。でも俺村を追放中の身だし………なぁマルタ」

「えっ。要求するっていわれても………」

 本気で困った。確かにマルタはシルヴァラント唯一の政府パルマコスタ総督府の一員。だがそもそもそんな権限は誰も持ち合わせていないのだ。

 テセアラと違って、シルヴァラントには土地の所有権というものが存在しない。利権で騒ぐ前に皆で生き残るのが優先だからだ。町や村を離れればそこは魔物とディザイアンの領域だ。もしかしたらロイドやマルタが知らないどこかで生きている村があるかもしれない。

 所有していない土地の使用を、いったい誰が許可できようか。

 どうしたら良いんだと本気で悩むロイドとマルタを見て、タイガは優しく微笑んだ。

「なに。その時は我らミズホの小さな引っ越しを、お主が手伝えばそれで良いのだ」

 元々ミズホは隠れ里。誰も知らないような場所にひっそり住む民。里ごと引っ越すのも訳はないのだと笑われて、ようやく二人は驚きつつもほっとした。それくらいなら。

「………皆、良いか? ミズホと手を組んでも」

 振り返れば、思い思いの場所に座る仲間がロイドを見返していた。

「それで、二つの世界の関係が変わるなら」

「まあ悪い取引ではないわね」

「さっさとまとめてプレセアを助けてあげようよ」

「俺様はテセアラが無事なら、あとはお前らの好きにすれば良いと思うぜ。アステル達も納得するだろ」

「―――私も見たい。ロイドの言う世界」

 その場の全員が頷くのを確認して、ロイドはタイガに向き直った。

「よし決まった。協力しよう。二つの世界を救う方法を探すために」

 

 



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11-6

 改めてしいなの同行が決まり、ミズホの協力を取り付けた一行は、一晩ミズホに泊めて貰うことにした。

 森とオゼット方面の兵士が引く気配がなく、加えて夜にガオラキアを抜けるのは止めた方がいいと満場一致で決まったからである。

 未だ目覚めないプレセアと男を宛がわれた家に担ぎ込み、一行は思い思いに過ごすことにした。

 

 

 

 ミズホの入り口、門の所で。マルタとコレットは森の方を見ながら座り込んでいた。

「………だいじょぶ? マルタ」

 コレットがマルタの手をとり顔を覗き込んできて、マルタは自分が爪を食い込ませるほどに手を握りしめていることに気が付いた。

 休憩でグローブも外していたので、掌に血が滲んでいる。

「神子さ―――コレット。大丈夫だよ。ちょっと………」

 言い差して、自分でも何が言いたいのか分からなくなった。悔しい? 悲しい? 丁度良い言葉が見つからず、誤魔化すように笑う。

「情けないなあって、思っただけ。役に立つよって言って付いてきたのに」

「そかな。マルタはすっごく頑張ってくれてるよ? マルタのお陰で王様とも話が出来たんだし」

 にこにこと笑うコレットを見ていると、ふっと気が楽になった。そうであればいいと、思う。けれどどこか、その為に来た訳じゃない、とも思った。じゃあ何のためかと聞かれれば、その答えはわからないとしか言いようがないけれど。

 マルタは半ば以上強引に、成り行きでここまでついてきた。神子様だけに背負わせるのは間違ってると思ってきたけれど、それが世界を変えることになるなんて思っても見なかった。

「………役に、たちたいんだけどな」

「マルタは役に立ってるよ。でも心配なら………マルタはマルタの出来ることをすればいいんだよ」

 マルタが出来ることと言えば。

 戦いは出来なくはないけれど現状足手まといで。アステル達やリフィルのように頭が良いわけでもないし、しいなやゼロスのようにコネがあるわけでもなく。自信をもって言えるのは料理と(何故かジーニアスとしいなに必死の形相で止められた)、後は治癒術くらい。

 はっと、天啓が降りてきた。そうだ、治癒術。

「コレット! 出来ること、あったよ!」

 ロイドもエミルもしいなもコレットも、そしてジーニアスも。彼らに出来なくて、マルタが出来ること。マルタにも出来て、彼らの役に立てること。

「リフィルさんに、治癒術を教えて貰いに行ってくる!」

 

 

 

 

 

 ミズホの外れ。川のほとりで、しいなは夜空を見上げていた。

 変わらない空。子供のときから同じ。シルヴァラントでは見られなかった、テセアラの星々。世界の隔たりのひとつ。

 そういえば、シルヴァラントに向かう少し前にも、こうして夜空を見上げたのだった―――しいなの後ろに立った、少年研究者と共に。

「………死んだと思ってたよ、アステル」

 アステルがしいなの横に来ても、しいなは振り返らなかった。アステルが笑ったのが気配でわかった。

「しいなもね」

 そうしてアステルは、しいなの横に座り込んだ。

「ロイドさん達に聞いたよ。シルヴァラントの話。エミルと僕のこと見間違えたんだって?」

「う。だ、だって本当にアステルに似てたし、………アステルが、《異界の扉》に行ったと聞いたから」

 しいながシルヴァラントに行くと決まった頃、アステルとリヒターは学術調査に出掛ける準備をしていた。ハーフエルフであるリヒターの同行許可をもぎ取るのに、随分と無茶苦茶な交渉をしていたのを、しいなは覚えている。小耳に挟んだしいなが、シュナイダー院長に同情したほど。

 そうして会うこともなく互いに準備に追われ、しいながシルヴァラントに出発する数日前になって、しいなはアステルが《異界の扉》に向かったと聞いたのだ。

 《異界の扉》は黄泉の国に通じる場所。満月の夜扉は開く。飲み込まれたものは黄泉の国へ―――シルヴァラントへたどり着く。

「だから、アステルもシルヴァラントにいるかもしれないって、ずっと心配してたんだよ」

「でも、シルヴァラントは黄泉の国なんかじゃなかった。でしょう?」

 しいなは反論できなかった。自分の目で見たシルヴァラントは、衰退こそしていたが普通に人々が住む世界だった。黄泉の国ではなく、もう一つの世界だった。

 だからしいなは、神子を、コレットを殺してシルヴァラントを滅ぼすのが正しいのか、わからなくなったのだ。

 顔を見ていないのに、アステルはしいなの考えていることが分かっていたらしい。膝を抱えて、ぽつりとアステルは呟いた。

「やっぱりしいなに、ああいう仕事は向いてないと思うよ」

「っ、あたしは! だって、あたしは」

 ミズホの忍だ。テセアラ王家に使え、歴史の影に生きる隠密集団の一員。命じられたのならば果たさなければならなかった。自分の命と引き換えにしても、祖国テセアラのため、過去に犯した、罪のために。

 行けば死ぬかも知れなくても―――いや、死ぬとわかっていても。しいなは、シルヴァラントに行かねばならなかった。

 何故ならしいなは、役目を果たすこともできないでき損ないの。

 

「そんなの気にしなくていいよ」

 

 沈み続けていたしいなの思考が、アステルの声で浮上した。

「しいな、しいなのお陰で分かったことや進んだことは沢山ある。しいなはしいなだ。大丈夫。それに、今回は僕もついてくから」

「ああ………ん? はあっ?! ちょ、アステル! アンタ何言ってるか分かって………?!」

 その時やっと、しいなはアステルを見た。見て、目が逸らせなくなる。翡翠色の瞳。エミルと同じ色。

 ハイマで話したときのエミルと同じ目。

 覚悟を決めた、揺るがないヒトの目。

「………ちゃんと、守られとくれよ」

「うん」

 しいなに応えたアステルの声は、とても元気だった。

 

 

 

 

 ミズホの里、ロイド達一行に貸し与えられた家で、ロイドとゼロスは剣の手入れをしていた。その横で、ジーニアスとリフィル、リヒターの三人が輪になって座り込んでいる。

「………違う。マナを取り込むんじゃない。自分のマナに大気のマナを反応させて、それを使うんだ」

「うー、うん? こう?」

「違う」

 ジーニアスが何かしてみせると、リヒターが即座に手を振り何かを払い除ける仕草をした。

「あぁぁ! ちょ、何も吹き飛ばすことないでしょ!」

「暴走する前に四散させただけだ。また何かを壊されては堪らないからな」

「もう、五月蝿くてよ! せっかく上手くいきそうだったのに」

 横でジーニアスと同じように唸っていたリフィルに一喝され、リヒターもジーニアスも言葉に詰まった。リヒターがリフィルの手元をちらと見て、珍しく目を見張った。

「………流石に、治癒術を使うだけあるな。マナの扱いが上手い」

「お世辞は結構。貴方のようにはいかないもの。テセアラのマナは、随分扱いづらいのね。制御しようとしても、まるで暴れ竜を相手にしているみたいだわ」

「そうか?」

 リヒターは軽く片手を振り、数秒で術の陣を発生させる。術の発動こそしていないが、ほぼ完成された状態。最も安定した術の待機方法。

 先程からジーニアスとリフィルが唸っているのは、その段階がどうしても出来ないからだ。だからテセアラでの術の使い方を教えてくれとリヒターに頼んだのだ。

 が、二人とも上手くいかずに、ジーニアスは何度かマナを暴走させて大惨事になりかけた。リヒターが止めるようになって暴走はなくなったが、始めてからほぼ一時間。未だ二人ともマナの制御には成功していなかった。

「そこまで、難しくもないが………」

 むしろなぜ出来ないのかと首をかしげながら、何度か術を組み上げてはマナを四散させる。教えようにもマナの扱い方は感覚に近く、元から出来ていたためにリヒターはやり方を考えたことがなかったのである。

 考え込みながら組まれた術を食い入るように見つめていたジーニアスは、突然はっとしてリヒターの手首を掴んだ。

「! 今のもう一回! もう一回やってみせて!」

「あ、ああ………」

 ジーニアスに言われ、リヒターはもう一度、今度は気持ちゆっくりと術を組み上げる。

 最後までそれを見届けたジーニアスは手を叩いて立ち上がった。

「そっか、分かった! 反応したマナを、取り込むんじゃなくて通すんだ!」

「? だからそう言っていただろう」

「シルヴァラントはマナが薄いから、大気のマナを自分のマナと混ぜないと術が完成しないんだよ」

 言われてリヒターは少しばかり気まずげにそうか、と答えた。

 剣の手入れを終えたロイドはこてん、と首をかしげた。

「………なぁ先生、そんなに違うのか?」

「そうね。シルヴァラントのマナは小川のせせらぎ、テセアラのマナは氾濫した濁流、かしら」

「術を使うのはその川の中に入っていくみたいなもんかな」

 言われてもロイドにはやっぱりわからなかった。トリエット砂漠でもジーニアスとエミルが話していたことがまるでわからなかったように、ロイドにはまるでピンとこなかったのだ。

「………うーん? 全然分からん」

「ま、仕方ないだろ。ロイドくん人間だし?」

 同じように剣の手入れを終えたゼロスが、抜き身の剣を手の中で弄んで笑った。てっきり護身用で飾りの剣なのかと思ったら、装飾も見事だが実用的な剣で、よく手入れもされていたらしく一片の曇りもないものだった。………全く、戦う支度もしていたのならもっと早くから戦ってくれればいいものを。

「ゼロス、お前術が使えるんだからマナも感じられるんじゃないのか?」

「多少はな。けどエルフやハーフエルフ程じゃない。ま、お陰で調子悪くもならないけど」

「ってそうだよ! 何で人間が術使えるのさ?!」

「クラトスも使ってただろ? あれと同じじゃないのか? それにコレットも使えるし」

「それは天使だからでしょ! 治癒術ならまだしも、攻撃術はエルフの血がないと使えない筈なのに」

 きっとジーニアスに睨まれて、ゼロスは驚き、悔しがった。

「なにぃ! 俺様みたいに術が使えるやつ他にもいたのか? くっ、術でハニーたちに手品をしてみせるってのは却下か………」

 聞こえてきた内容を聞いて、ロイドとジーニアス、リヒターはがくっと肩を落とした。

「神子………何時ものことだが、………はぁ」

 術をそんなことに使おうなんて考える人はいないだろう。ジーニアスもイセリアにいた頃術が使えることを最初は隠していたのだから。

 そして何よりも。

「ゼロス………クラトスがそんなことするわけないだろ!」

「え、そっち?」

 ジーニアスの驚くような声は、ロイドには聞こえていない。

 あのクラトスが女性を口説いている所が想像できなかった。いや、そもそもクラトスと女性が結び付かない。無口で無表情で、実は女性や子供には気遣いを欠かさない男ではあったけれど、旅の途中声をかけてきた女性にも反応していなかったのだ。クラトスは見目もいいしあの寡黙さがいい、という女性に密かに人気があった。しかしその一切を頭から無視していたのがクラトスだ。………うん、ゼロスとは真逆だな。

 けれど。

(なんとなく、似てるような似てないような………?)

 姿から性格までまるで似ていなくて、同じなのは武器や戦闘スタイルくらいのものなのに。

「っとまぁ、俺様は治癒術もいけるし剣の心得もある。頼りにしてくれていいぜ」

 ウィンクまでしてみせたゼロスを見て、ロイドはそんな考えが吹き飛んだ。クラトスとなんか全然似てない。絶対に気のせいだ。

 そう結論付けて、ロイドは双の剣を鞘に納めた。

 

 

 

 

 

 

 プレセアと男は、ロイド達が今いる部屋の、一つとなりの部屋に寝かせられていた。

 音もたてず襖を明け、その部屋に滑り込んだエミルは、眠っているプレセアと男を見つめた。プレセアは、エミルが側に来てもピクリともしない。

 男は両手に枷を嵌めているため、眠っていても窮屈そうに見える。よくよくみれば中々に整った顔立ちをしており、着ているものこそ粗末だが、髪や肌はそれなりに手入れしているのが見受けられた。

 二人とも打ち所が悪かったのか、それとも疲れが貯まっていたのか、いっこうに目覚める気配がない。特に怪我や内出血が無いのはリフィルとリヒターが太鼓判を捺したので、そこに関しては心配していない。相手が悪かったことも考慮して、一応エミルも“視”てみたが杞憂だった。二人とも本当に気絶しているだけ。

 だからエミルが心配しているのは、もっと他の所だ。

 エミルはプレセアに手を伸ばし、目を瞑って、やがて顔を歪めた。何とかしてやりたいが―――

「………」

 要の紋に触れる。プレセアに変化はない。

「ごめんね、これくらいしか、してあげられなくて。僕だけじゃなかったら、もっと色々やりようはあるんだけど」

 けれどやっぱりプレセアは眠り続ける。

 エミルは立ち上がって、静かに部屋を出た。

 

 そして、誰にも気がつかれないようにして、一人里の外に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 雷の神殿から出てきた彼を見て、屋上で控えていた魔物たちはほっとした。

 神殿内部はあちこち放電しておりとても入れるような状態ではなかったので、魔物たちは待機を命じられていたからだ。

 誰もが共についていこうとしたのだが、体が大きければそれだけ落雷に当たる。体が小さいものは、残念ながら仔どもたちしかいなかった。仔どもではこの荒れ狂うマナの中を行けない。

 結果、不本意ながら、非常にとてつもなく不本意ながら、彼の帰りを待ち続けていたのである。

「待たせたな。お前たちは大丈夫だったか?」

 はい! 勿論! 口々に叫び、体を揺する。誰一人怪我もすることがなかったのは、実は密かに術を使える魔物たちが頑張って大気のマナを制御していたからなのだが、そんなことは言わなくてもいいことだ。

 それよりも。

 そこから来たものから伝え聞いたことと、彼らも感じて不安になっていたことを訴えると、彼はその方向を見て遠い目をした。

「―――あぁ、それのことか」

 気が付かない筈がなかった。まして今は契約中の身。『それ』の気配には特に敏感になっている。

 手を打つべきか、それとも放置しても良いものなのか。魔物たちには判断が付かなかった。自分達では敵うはずがないと分かっているから尚更だ。

「『あれ』は………そうだな、もうしばらく、様子見だ。他に優先すべき事があるからな。追わなくていい。今は捨て置け」

 わかりました、と、其々が其々の方法で頭を垂れた。彼がそう言うのならば否はない。

「よし、じゃあ行くか。次は………アイツか。気が重いが………」

 半分くらいは本気でそう思っているらしい事が窺えて、魔物たちは反応に困った。魔物たちは彼のいうアイツに会ったことはない。ないが、最初の場所を出発してから何度もため息をつかれていれば心配にもなるのだ。

 しばらくお前がどうにかしろ、いやあんたがと意味のない押し付け合いをし、それに負けたマンティス系ランバージャックのホオリは、おずおずと彼に近づく。

 あのぅ。

「あ、ああ、なんだ」

 その、一応森を見るだけ見てみませんか。どんな状態かは把握しておいた方が後々楽だと思いますし。

「! そうだな、『あれ』が出たとなれば調整もしなくてはならない。見れば何故あんな所に現れたかもわかるかも知れないしな! よし行くぞ」

 彼は急に元気になって、来たときと同じようにワイバーン系ヴィーヴィルのガレナの背に乗った。

 乗られたガレナは慌てた。え! 良いんですか、神殿に向かうのでは。

「構わん。『あれ』はあいつらが倒したらしいから暫くは放っておく。だが影響を受けた森はそうもいかないだろう。また『あれら』を招くことにもなりかねないからな。確かにアイツのことも早めに対処する必要があるが、今はこっちの方が優先―――そう、これは仕方ない事だ」

 魔物たちは思った。嬉しそうだ。物凄くいい笑顔だ。………そんなに会いたくなかったのか。いったいアイツって、どんな奴なんだろうか。

「行くぞ。夜の間に終わらせる。鉢合わせするのは御免だからな」

 はい、と答えて。

 

 彼らは夜闇のなかを、ガオラキアの森に向けて飛んでいった。

 




※追記
設定の違い
・ソードダンサーについて。シンフォニアでは三回戦える特種ボス扱いですが、ラタトスクでは魔物のことです。拙作では「ソードダンサー」とは魔物の方を示し、あのボスのソードダンサーは魔物ではなく別物です。
・ジーニアスとリフィルの不調と術について。二人はテセアラに来てから術が使えず、体調も悪いです。つまりこの話まで戦闘には参加していません。術の使い方や感覚がシルヴァラントとテセアラでは違う、というのはマナの濃度差によるもの。シルヴァラントの方は術を使うにもマナが不足している、というわけです。勿論完全な捏造ですので、あしからず。


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12-1 エクスフィア

 一年ぶりですが、あまり進んでません


 一息ついて、辺りを見回す。

「片付いたな」

「はい、主」

 半日前まで魔族のいた森、ガオラキア。辺りには元々この森に生息する魔物と、神殿からついてきた魔物たちが彼とソルムを囲んで控えている。

 一応もう一度辺りを“視”て、マナの流れに不自然な所がないのを確認する。澱みはないか、流れていない場所はないか。

 整えたマナの中だからか、テセアラに来てすぐの時よりかは幾分か楽だ。なんとか倒れる前に目を閉じる。

 と、横に控えていたソルムが彼を睨んでいた。

「主! 約束忘れたんですか! 無理するなら針千本飲ませますよ」

「無理はしてない。―――ほら、これで一応当面はなんとかなるぞ。そんなに持たないけどな」

「あーるーじー! 誤魔化さないで下さい! ちょっと目を離すとこれなんだから………さっさとあの陰険叩き起こせばいいんですよ。あいつを起こせば、テセアラの面倒事の半分は片付くんです」

「俺達の面倒事は倍増するけどな」

 否定できなかったのだろう。ソルムは言葉に詰まる。

 ソルムは他をからかって遊ぶのが大好きだ。面白いことは大好きだし、いたずらして驚く他の反応を見るのは何より楽しいと思っている。

 だがしかし。

 他をからかったり煙に巻いたり騙したりすることにかけてソルムの上をいくヤツがいる。なまじっか有能で頭も回るので、その悪戯は驚かせて遊ぶソルムよりもかなり陰湿で質が悪い。しかし誰より彼を助けられるし、実際忠誠心は誰より高い。彼にたいしてそれとなく助言をして、むりやり休ませることも出来るのはそいつか、シルヴァラントにいるウェントスくらいだ。―――つまり、彼にもそいつは止められない。

 確かに問題は片付くだろう。彼らの心労を度外視すれば。

「いや、山のように仕事押し付ければ」

「あいつがその位で止まるとでも?」

「………絶対やらないといけない仕事だけ最速で片付けて、主をおちょくりに来ますよね、多分………」

 それでいて仕事に手抜きも遅れもあるはずはないのだ。ムカつくことに有能だから。

 はぁ、とため息が重なる。

「と、とにかく、この森はあたしとアイツの管轄ですから、あたしだけでも維持くらいなら出来ます。ついでに他の所の地属性の魔物と契約を済ませてしまえば、テセアラでのある程度の地震も抑えられる筈です」

 ふむ、と考え込んで、問う。

「どのくらいかかる?」

「………3日あれば、最低限は」

 3日。ソルムの属性は地属性。影響力も大きい。氷や雷と違って魔物の生息範囲が広く、数も多いことを考えれば3日で何とかするというのは、決して長くない、むしろ少し短いとすら思える期間だった。

「分かった。終わったら連絡を寄越せ。それまでは魔物との契約に専念しろ」

「………や、あたしは構いませんけど………主、その間どうするつもりですか」

「ロイド達の所に行く。面倒といえば面倒だが、約束だからな。勝手にいなくなる訳にもいかないだろう」

「主、その辺結構いい加減ですよね」

「―――何か、言ったか?」

「いえなんにも。―――あんたたち、手伝ってくれる?」

 ソルムが回りに控える魔物たちに声をかけると、魔物たちは各々の方法でソルムに応えた。

 

 

 

 

 

 

 剣を、振るう。

 まだ日も昇っていない早朝。ミズホの里から程近い草原で、ロイドは一人、剣を振る。

 振り返ればミズホの里の門が見え、横に視線を向ければガオラキアの森が広がっている。見晴らしの良い草原。

 ロイドの剣は我流で修め、実戦で鍛えた。基本の型を繰り返すような、そんな鍛え方はしていない。そもそもロイドが戦う相手は魔物だ。魔物相手にキレイな剣術では殺される。むしろいかに臨機応変に、その時に合わせた行動ができるか、それが一番重要である。

 しかし。

「っ、ああ、くそ………!」

 不意に動きを止めて、膝をつく。

「また負けた」

 一気に汗が吹き出した。呼吸も荒くなり、肩で息をする。

 何度やっても、勝てない―――想像のなかですら。一撃一撃を確実にと思えば的確に受け止められて反撃される。逆に手数を活かして攻め立ててみれば全て躱され、一瞬の隙を突かれて押し負けた。相手の動きを読み対応することに全力を注げば、ロイドの読みを一枚も二枚も上回り、予想外の、しかし無茶苦茶ではない動きで反応しきれずに負けた。考えるから悪いのだとばかりに本能で動いてみれば、気が付かないうちに誘導されて負けた。

 模擬戦でも、イメージでも、―――実戦でも。

 ロイドは、その相手に一度も勝てなかった。

「底が見えない、って、こういうこと言うんだろうなぁ………」

 草原に座り込んで、ロイドは星空を仰ぐ。

 クラトス・アウリオン。

 ロイド達の仲間で、ロイドの師匠(そう呼んだことはないけれど)で、ロイド達を裏切った、いつか戦うかも―――いや、必ず戦うであろう、敵。

 なのに毎日鍛練を繰り返しても、一向に勝つイメージどころか、隙すら見つけられない。わかっている。クラトスは強い。ずっと隣で戦っていたのだ。そんなことはロイドがよく知っている。それこそ剣を振るう呼吸も、間合いの取り方も。

 けれど―――勝たなければコレットを助けられない。

「………、どうやったら、強くなれるんだよ………」

 

「ロイドの場合、地力を上げるしかないかなぁ」

 

「、―――っうわ! エミル、いつからいた!?」

 急に横から聞こえた声に、ロイドは心臓が止まるかと思うほど驚いた。

「ロイドがクラトスさんに手数で攻め始めた頃からかな」

「見られてたのか………って、エミル、良くわかったな」

「そりゃあ何度も手合わせしてるもの。ロイドとも、クラトスさんとも」

 そう、シルヴァラントではロイドが頼んで何度も模擬戦をした。初めは稽古を頼んだクラトスとロイドが、やがて旅の途中でエミルとも剣を合わせるようになり、その流れでエミルとクラトスの戦いになったこともある。ロイドは一度も勝てなかった。クラトスにも、エミルにも。因みにクラトスとエミルは大抵決着がつかず、時間切れで引き分けである。

「ロイドの利点は二刀流で手数が多い事だって言うのは正しいけど、その分一撃の威力はそこまででもないでしょう? クラトスさんには軽いから、捌くのは簡単なんだよ。逆に一撃に集中しすぎると、太刀筋が素直だから見切り安くなる。読みは経験がものを言うから、今のロイドじゃクラトスさんには勝てない」

「うっ………」

 的確に欠点を指摘されて何も言えなくなった。しかも以前クラトスに指摘されたことだったのだ。二重の意味で反論できない。

 するとエミルが微笑む。

「そんな顔しないでよ、ロイド。ちゃんとロイドは強くなってる。むしろロイドは発展途上なんだから、伸び代があると思えば良いんだよ。その為には日々鍛練と、実践経験を積んで、地力をあげるしかないんだ。それが一番本当に強くなる近道だからね」

「そう、だよな。まずは目の前のことから一つずつ、だ」

 ―――目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ!

 かつて自分が叫んだ言葉だ。ロイドは何時だってそうやって進んできた。何時だって何事にも全力で。それがロイドの信念だ。

「じゃあ、そろそろ戻るか」

「そうだね。みんなも起きてくる頃合いだろうし―――」

 

 その時。

 ミズホの里で、爆音と共に土煙が上がった。

 

 続いて二度、三度。

 エミルとロイドは一瞬視線を交わし、全速力で里に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ! 止まってくれ!」

 咄嗟に首を後ろに反らすと、直前まで目のあった場所を斧が通りすぎて、横にあった石の塔を崩れさせた。返す刃は後ろに飛び退いて躱すが、巻き上げた土砂までは避けきれない。目元を手錠で繋がれた手で覆って防ぐ。

「止めてくれ! 戦う意思はないのだ、話を聞いてくれ!」

 叫び声も空しく、襲ってくる少女に感情は見られない。嫌に透き通った瞳はまるで機械のようだ。淡々と狙いも正確にこちらを狙ってくる。

 しかし男―――リーガルは避け続けることしか出来なかった。紳士として女性を、まして愛しい女性の面影がある女性を蹴ることなど出来ない。

 避ける度、村らしき見知らぬ場所が壊れていく。少女の一振りは地面を抉り、岩を粉砕し、木を斬り倒し、家を倒壊させる。どこにそのような力があるのかと思うほどに強力な一撃だ。そうでなければ体を張ってでも手を止めさせている。

 なるべく人のいない場所、なるべく周囲に物がない場所を狙って逃げていたリーガルは、いつの間にか広場らしきところまで来ていた。そこまで来る頃には辺りには人が集まり、遠巻きにこちらを伺い戸惑っている。

「―――プレセア! どうしたの?!」

 人だかりの一角が割れ、風変わりな一行が現れた。

「プレセア、プレセアッ!」

「何、何が起きてるの?!」

「これは一体なんの騒ぎだい!」

 子供が数名、辺りの人々と同じ変わった衣装の女性に、見覚えのあるテセアラと標的だったシルヴァラントの神子もいる―――

 振り回していた斧が突き出されるのを、リーガルは咄嗟に斧を蹴ることで止めた。天月旋。リーガルの技の一つ。

 反撃で一瞬止まった攻撃は、更なる猛攻で再開される。一撃は遅いが、威力は絶大。確実に避けるためにリーガルは回避に集中せざるを得なくなった。最早周囲は気にしていられない。

 避ける。避ける避ける―――。

「っ何があったんだ?!」

「ああロイド、エミル! 何がなんだか分かんないんだけど兎に角プレセアが!」

「ジーニアス、落ち着いて。ほら、大丈夫だから」

「アステルの言う通りだ。まずは落ち着け」

 突き、払い。振り下ろし。それで抉れた地面の岩が、衝撃波で吹き飛んで。

「こう激しくちゃ手が出せねぇな」

「ゼロスッ! あんたこれをほっとくのかい!」

「まさか、俺様がレディーを見捨てるわけがないだろう?」

 吹き飛んだ瓦礫は目眩ましだ。今度は防御には回らず上空に飛べば、斧を振り上げて攻撃してきた。さらにもう一度。二度めの攻撃を足場にさらに上空へ。

「けど………どうしてプレセアはあの男の人ばかり狙うんだろう」

「どういうことなの、マルタ?」

「リフィルさん。えーと、さっきまで忍びの人たちがプレセアを止めようとしてすぐ近くまで近づいてたのに、プレセアはずっとあの男の人ばかり攻撃してるんです。あの人しか見えてないみたいに」

 そのまま空中で身を捻って遠くに着地―――しかしすぐに距離を詰めてくる。

「! もしかしたら―――」

「エミル、どしたの? なにか思い付いたの?」

「うん。多分、だけど」

 ………いかん。これ以上は下がれない。これ以上下がると、回りの人々に危害が及んでしまう。

 そう思ったとき、視界に赤い何かが飛び込んできた。誰だ?!

「ロイド、言った通り―――」

「分かってる! 狙いは斧だろう!」

 赤い何か、ロイドと呼ばれた青年は木刀を手にしていた。そのままリーガルと少女の間に滑り込んだ。

「何をしている!? 逃げろ!」

「いいから任せろ!」

 ロイドは木刀を閃かせると、一瞬の隙を狙って猛攻をしかけ、少女の手から斧を弾き飛ばした。

 と、少女がぐったりとその場に倒れ込む。

「しっかりしろ!」

「プレセア! ―――先生、マルタ! 早く!」

「任せなさい!」

 銀髪の女性と先程見た子供のうちの一人が駆け寄ってきた。ロイドは素直に少女を二人に任せて離れる。二人の手つきは確かで、リーガルもまた、少し離れて辺りを見回す。

 抉れて穴だらけになった地面。壊れた橋や、家や、石の塔。畑は岩や崩れた瓦礫を被って作物は駄目になってしまっていた。

 これを、あの少女がやったのだ。

 信じたくないが、事実だ。リーガルがその光景と少女を見ていると、ロイドがリーガルに声をかけてきた。

「………なぁ、あんた。ええと」

「リーガルだ」

「リーガルか。何があったか聞かせてくれ。俺たちも何がなんだか分からないんだ」

「私の知ることで良ければ、話をしよう。私も状況を整理したい」

 正直言って、リーガルも困っているのだ。見知らぬ場所で目が覚めて、―――いきなり、あの少女に襲われたのだから。

 

 

 

 



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12-2

 いつものように、分割。ということで投稿二話目です


「………つまり、プレセアが起きていきなりあんたを襲ったって言うんだな?」

「ああ。誓って私は彼女になにもしていない」

 ミズホで一行に与えられた部屋に戻り、そこで聞いたリーガルの話を総合すると、次のような話だった。

 リーガルとプレセアは気絶して目覚めなかったので部屋で寝かせていた。因みに二人きりにするわけにもいかないから同じ部屋でロイドも寝ていたのだが、早朝の鍛錬に出掛けてしまったのでリーガルが目覚めたときには二人きりだったのだ。ロイドはジーニアスに脛を蹴られた。

 起きたのはリーガルの方が先で、見知らぬ場所に混乱しているとプレセアが目覚めたらしい。森で庇った記憶が最後だったリーガルは大丈夫なのか、と声をかけたが無反応で、淡々と起き上がり、枕元に置いてあった斧を掴むと―――そのまま襲ってきたと言うのだ。

「見知らぬ場所とはいえ、無闇に物を壊すのは私の望むところではない。だからなるべく周囲に物や人のいない場所に向かったのだが………あとは、お前たちの見た通りだ。教えてほしい。彼女に一体何があったのだ?」

 リーガルの質問には誰も答えなかった。ロイドも答えられなかった。その代わりにエミルを見た。そのエミルも、目を閉じて腕を組んだまま扉近くに立ったまま動かない。

 代わりに声をあげたのはアステルだった。

「彼女のエクスフィアのせいじゃないでしょうか」

 プレセアの要の紋は普通の要の紋ではない。そうして制御されているエクスフィアも、普通のエクスフィアではないらしい。

 ケイトもプレセアを助けたいならアルテスタに会えと言っていた。だからロイド達はここにいる。

「ただでさえエクスフィアが人間に寄生したときの反応は解明されていません。それが特殊なエクスフィアなら、もう専門家に頼る他ないでしょう」

「………そなたでも分からぬのか。テセアラ王立研究院が誇る天才でも」

「僕は天才じゃありませんよ。知らないこと分からないことばかりです。さっきだってエミルが先に気付いたんです」

 アステルの視線につられるように、リーガルやロイド達の視線もエミルに向く。全員に見つめられて、エミルは肩を竦めた。

「エクスフィアが原因だって分かっていた訳じゃないよ。ロイドに斧を狙えって言ったのは武器がなければ大人しくさせるのも楽になると思っただけ。プレセアを倒すつもりなんて、皆には無かったでしょう?」

 まさか斧を弾き飛ばした途端に気絶するなんて思わなかった、と。

 プレセアはまだ目覚めない。隣の部屋で寝かせている。隣と言ってもしいなの助言で壁になっている扉―――フスマを取り払ったから、少し離れたところでマルタとリフィルがプレセアの側についているのが見える。

「斧はジーニアスやリヒターさんが“視た”けど何ともなかったんでしょ?」

「特に変わったところはなかった………筈だ」

「筈、ねぇ。まあ仕方ねぇか。肝心の斧がコレじゃぁな」

 ゼロスが顎で示したのは、布袋。

 ロイドが弾き飛ばした斧はエミルが持ち帰ってきた。………正確には“斧だった欠片”だが。

 エミルが言うには、見つけたときに斧はヒビが入っていて、拾おうと触った途端に粉々になってしまったらしい。

 原型も留めていないものから正確な情報を読み取るのは至難の技だ。本当のことは分からない。

「―――とにかく! プレセアの事はアルテスタさんに会ってみてからにしませんか? エクスフィアの影響なら要の紋を直せば解決するし、現状ではどれだけ議論を重ねても前には進まないと思います」

 テセアラの天才と名高く、マナや精霊に関する専門家であるアステル。その助手を勤め、エルフの血でマナを感じとるリヒター。同じくエルフの血族であり、間違いなくシルヴァラント最高峰の知識を誇るリフィルと、マナを操る事にかけては桁違いの才能を持つジーニアス。

 彼らの知識をもってして、事実が分からないのだ。これ以上となるとロイドは二人しか思い付かない。一人はクラトス。もう一人はエミル。だがここにクラトスは居ないし、エミルも分かっていたわけではないと言っている。

 つまり、手詰まりだった。

「アステルの言う通りかもしれんな。………ロイド、と言ったか。私も同行させてくれないか。何度も言っているように、私はプレセアと話がしたいだけだ。お前達に危害を加えるつもりはない」

 リーガルが静かに姿勢を正し、ロイドをまっすぐ見詰めてそう言った。

 ロイドは一秒の半分考えて、答えた。

「………分かった」

「ロイド、本気?! こいつは教皇の命令でコレットを狙ってたんだよ!」

「でも襲ってこなかっただろ。プレセアも守ろうとしてたし」

「そうだけど、そうなんだけど!」

「それにな、ジーニアス」

 下を向いてしまった親友の前に膝を付き、顔を覗き込む。

「あいつの目は嘘つきじゃなかった。―――言ってるだろ、なんか考えてるヤツは目を見りゃ分かるって」

 悩んでいるなら悩んでいるように。辛そうなら辛そうに。完全とは言わないまでも、ある程度は分かる。少なくともロイドはそう信じている。そしてほぼ勘でありながら、それは何度も当たったことがある。

「けどロイド、コレットの隠し事には気づかなかったじゃん」

「う………そりゃそうだけどな、ドワーフの誓い第18番『騙すより騙されろ』だ。俺はプレセアを助けたリーガルを信じる」

 誰より真っ直ぐで、誰より誠実な目。

 ロイドは嘘をつかない。と言うより、人を騙す嘘は壊滅的に下手だからすぐバレる、という方が正しいか。ともかくロイドは………何というか、純粋なのだ。

「はぁ、仕方ない」

「お? ガキんちょ、良いのかよ。あれだけ反対してたくせに」

「しょうがないでしょ。こうなったらロイドは聞かないんだから。ボクはロイドを信じてる。ロイドが信じてるものを嘘だとは、あんまり言いたくない。だから言っておくけど―――妙な真似をしたら黒こげにするからな」

「よかろう。我が名とこの手の戒めにかけて、決して裏切らぬと誓う」

「よしっ、じゃあアルテスタさんの家に行こう」

「ねぇ、その前にプレセアを家に送ってあげたら? プレセアの家族も心配してるだろうし」

「あ、そっか。じゃあ先にオゼットによろう。プレセアの斧も壊れちまったし」

 よーし! と方針を決めたロイド、ジーニアスの二人は、準備のために家を飛び出していった。その後をリヒターとしいなが慌てて追いかけ、微笑ましげなアステルとエミル、コレットがそれに続く。

 

 ………後に残ったゼロスは頭を掻き小声で呟く。

「単純すぎるんじゃねーの? 大丈夫かねロイドくんは。仲間と思ってたやつが実は裏切り者でしたーとか、考えねぇんだろうなぁ………」

 なのにきっと最期の顔は恨みではないのだ。恐らくは驚きや泣きそうなそれ。怒りでもないだろう。絶望もしない。きっと最期の最期のその瞬間まで、ロイドは仲間と受け入れた相手を疑うことを知らないのだろう。

「でもあれがロイドですもの。皆お人好しなんだから」

「確かに、ロイドはすぐに人を信用するよね」

 聞かれていないと思っていた独り言に返事が返って、ゼロスは一瞬ピクッとした。が、すぐ笑顔で振り向き手を広げる。

「リフィルせんせー、マルタちゃん! お疲れ様」

 ささどーぞ、なんて大仰に振る舞ってミズホのクッション―――ザブトンを勧めた。

「プレセアちゃんは?」

「プレセアなら大丈夫よ。きっともうすぐ目を覚ますでしょう。―――所でゼロス」

「はい?」

 普段から理知的なアイスブルーの瞳が、すうっと透明度を増して。リフィルの笑顔に、背筋を氷が滑り落ちる。

 

「ロイドを裏切ったら………命は無いわよ」

 

「い、いえっさー………」

 いっそ清々しいほどに綺麗な笑顔だった。なのに目だけが笑っていない。………本気だ、これは。

 雰囲気にのまれて咄嗟に棒読み気味に返事を返せば、リフィルはよろしい、と言って、マルタと一緒にロイド達を追いかけて外に出ていった。

 ゼロスは数秒固まって。やがて張り詰めていた息を全部吐き出してから、何時ものふざけたような雰囲気を纏って、外でリフィルに叱られているロイドの所へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 ミズホから西へ、森の中を進んだ先に、オゼットはある。

 そこに着いたとき、ロイドはただただ圧倒された。

「うわぁ………! 森と村が一つになってる!」

 マルタがはしゃぐのも無理はない。

 シルヴァラントはマナを失いつつある世界だ。マナは命の源で、作物もマナが少なければ育たないから食糧難になりかけている世界だ。皮肉にもディザイアンが人々を牧場に連れていくことが口減らしになり、なんとかやっていける所もあるほどに。

 そんな世界で、これほど大きく育った植物を見られる筈がないのだから、マルタもジーニアスも、あとは好奇心を唆られると言う意味でリフィルも目を輝かせるのは、仕方がないことだった。

「テセアラでもここまで大きな植物は珍しいんだよ。オゼットは昔から自然豊かで独自の生態系があって、ここにしかない希少種も多いんだ。………ね、リヒター?」

「…………ああ、そうだな」

 様子がおかしいリヒターに対して、アステルはいつも通り………否、いつも以上にはしゃいで話し続けた。

「神木もその一つでね、オゼット周辺にしか無いんだって。神の創り給うた神秘の木とか言って教会が神事に使ってるけど、少しでいいからサイバックにも分けて欲しいなぁ。通常の数十倍の火力で燃える神木なら、上手いこと使えば普通じゃ溶かせないような物も溶かせるってことなんだから、研究が進みそうなものなのに。数が限られているとか何とか言ってるけど、教会の神事でそこまで大量に使う訳じゃないのに。どうせただの権威付け………むぐ」

「はいはい、そこまでアステルくん。お前さんが教会嫌いなのは知ってるが、『ここ』ではちょっと気を付けようか?」

 ゼロスに口を抑えられて暫くむごむご何かを訴えていたアステルだが、やがて息が苦しくなったのかぶんぶん首を振りゼロスの腕をバシバシ叩き始めた。ようやくゼロスに解放されて、アステルは大きく深呼吸する。

「あのですね、普通は口と鼻を塞がれると死ぬんですよ。止めてくれたのはお礼を言いますけど、次からはご自分の手の大きさと力加減をよくよく考えてからにしてください!」

 ………次からって、次があるのか。あっちゃ不味いだろう、普通は。

 軽く応じるゼロスは何時ものこと、のような顔をしているけれど。しいなはアステルを殺す気か! とゼロスに掴みかかり、ロイドとマルタは慌てて逆にゼロスを殺しそうな勢いのしいなを宥めた。

「………ったく、ほんとにあんたって奴は! 言っとくけど、次アステルに手を出したら殴るからね!」

「だからもう殴ってるだろ! ………って、あのおチビちゃんは何処行った?」

「本当だ、プレセアがいない?!」

「彼女なら、神子達が騒いでいる間に奥に行ったが」

「えっ」

 リーガルに言われるまで気がつかなかった。一応気を配っていたつもりだったのに。

「こうしちゃいられないよ。ロイド、急いで追いかけよう!」

「そうだね、ジーニアス。ロイド、早く早く!」

「え? あ、ああ………」

 マルタとジーニアスに引っ張られ、アステル達も早く、と声をかけようとしたその時だった。

「俺は行かないぞ」

「リヒターさん?!」

「オゼットに入るつもりはない。行くならお前たちだけで行け」

 そう言って動かないばかりかそのままくるりと向きを変えてオゼットから離れようとするリヒター。アステルが呼び止めたがその足は止まらない。慌ててエミルがその後を追い、腕を捕まえて止めさせる。

 それを見ていたアステルが、申し訳なさそうに微笑した。

「すみません、先に行ってください。プレセアの家は多分一番奥の、森に近い小屋です。そこに神木の樵が住んでいると聞いたことがあります」

「詳しいのね」

「ええまぁ、何度かオゼットには来たことがあるので………後から別の道で追いかけますから」

 戸惑って迷って答えが出ない。良いのかそれで。ああでも、無理に連れていくのも違う気が。というか別の道なんかあるのか。けどプレセアを放っておく訳にも―――。

 混乱して良くない頭で必死に考えていれば、見かねたようにゼロスがいいんじゃねーの? と声を出した。

「アステルなら迷ってはぐれることもないだろうし、アステルのそっくりくんがいれば万が一魔物が出ても大丈夫だろ」

「それはそうかもしれないけど………」

「んじゃプレセアちゃんの家の前で集合ってことで。行くぞロイドくん」

「あ、こらゼロス! 勝手に行くなよ!」

 じゃあね、とアステルとエミルに見送られ、ゼロスを追いかけマルタとジーニアスに引っ張られ、ロイドはオゼットの村を歩きだす。

 

 そうして、ふと気がついた。

 ゼロスがアステルの口を抑えた時、何時もならアステルに何かあれば真っ先に怒りだすリヒターが、どうしてか黙りこくっていたことに。

 

 

 

 エミルに腕を捕まれ止められて、不機嫌丸出しのリヒター。ロイド達が完全に行ってしまって声が聞こえなくなると、アステルが顔をしかめた。

「………リヒター」

 アステルはいつも言っている。もう少し人間とも仲良くしよう、と。ハーフエルフだろうが人間だろうが、態度が柔らかくなれば自ずと相手の対応も柔らかくなるものだ。一部例外はいたとしても、剣呑な態度を隠しもしなければ、相手の態度は少なくとも良くはならない。

 せっかくロイド達と良い雰囲気を創り始められていたのに。それをいきなりあの態度はないだろう、とアステルは言いたいのだ。

「お前の言いたいことは分かっている。だが、事実だ。俺とお前はオゼットには入れない」

 入らない、ではなく入れない。

 その言い回しに、エミルは出会ったばかりのジーニアスとロイドを思い出した。

「どういうことですか」

「それは………」

 

「オゼットはハーフエルフを受け入れない」

 

 アステルが言い淀んでいると、リヒターが吐き捨てるように言った。

「そういう村だ。テセアラ全土でハーフエルフは差別されるが、オゼットはそれが特に酷い。ハーフエルフであるというだけで、何をされても文句は言えない」

 頭に血が昇ったのが、自分でもはっきり分かった。

 必死にそれを抑え込む。ここで感情を爆発させてはならない。己の役目を思い出して、周囲のマナに影響を与えかねないほどの怒りをなんとか落ち着かせる。

 ようやく出た声は、随分掠れていた。

「だから、リヒターさんとアステルさんは………?」

「僕もリヒターも顔を知られてるから」

 リヒターがハーフエルフで、そのハーフエルフと一緒にいるアステルがハーフエルフを差別しないことは知られてしまっているのだと。人間であり王家とも関わりがあると知られているアステルを表だって非難することはなくても、良い顔はされない。

「僕たちといれば、聞ける話も聞けないでしょう。リフィルさんとジーニアスはまだハーフエルフだって知られてない」

 アステルが曖昧に笑う。それはジーニアスがディザイアン達を見て、ロイドにどうかしたのかと聞かれて何でもないと答えるときの顔だった。諦めて、誤魔化して笑う顔。

 かつて何度も見たことのある顔。

「………これだから、ヒトは」

 再び怒りがこみ上げてきて―――いきなり乱暴に着ていたマントのフードを被らされた。リヒターに。エミルの頭を上から押し付けるような事が出来るのはリヒターしかいない。

 これまで一度もエミルに触れようとしなかったのに。何事だろうと見上げれば、リヒターはふんと顔を反らした。

「俺もアステルも、ロイドや神子もヒトだ。―――そしてお前も、今は、ヒトだ」

「分かってます。………大丈夫ですから」

 ならいい、とリヒターは取り出したマントを被り、アステルにもそれを被せた。

「お前も一応ここでは顔を隠せ。アステルと間違われたらまた面倒事に巻き込まれるぞ」

「ああ………そうだね。ここ、教皇の………」

 アステルがマーテル教会、特に教皇と仲が悪いのはそこそこ有名な話らしい。理由までは知られていないが。しかしそのせいで、アステルは熱心な教会の信者にはあまりよく思われない。

 オゼットは教皇と関わりの深い、マーテル教信者が多い村なのである。

「リヒターさん、ありがとうございます。心配してくれてるんですね」

「違う! 勘違いするな、俺はお前の心配などしていない」

 お前が面倒なことに巻き込まれたらアステルにまで迷惑がかかるから、とか、お前が妙なことをしてそれがアステルだと思われても困る、だとか。

「だからお前も十分な注意を―――なぜ笑う」

「いえ、何でもないです」

 見ていて微笑ましくなってきたのだ、なんて言えるわけがない。言ったらきっと拗ねるだろうなぁ、とエミルは思う。口に出さなくても伝わってしまったらしく、やっぱり拗ねてしまったようだけど。

 アステルが隣に来て苦笑した。

「大丈夫、怒ってる訳じゃないから。意地っ張りなんですよ、リヒターは」

 あのリヒターを意地っ張りなどと表現してしまえるのはこの世でアステルだけだ。アステルほどリヒターのことが分かっている人もいるまい。

 後ろから先を行く二人を見れば、何故かとても胸が苦しくなった。………何故か。

 何となく隣を歩けなくて、足が止まる。

「分かっているんです、ちゃんと」

 ヒトの全てが愚かだとは思わない。だが。

 

 彼は心のなかで呟く。何時までもヒトが変わらないから、我らはヒトが嫌いなんだ、と。

 




※追記
設定の違い
・プレセア戦。勿論原作には存在しません。これによって、リーガルが同行する理由がちょっぴり変わってます。ちなみにプレセアが装備していた斧は魔装備ではなく普通の斧。ガオラキアの森でもバッサバッサ魔物を狩ってたやつです。
・オゼットについて。ハーフエルフ差別が厳しい、というのは原作でも語られていましたが、ハーフエルフを擁護するアステルもあまり良くは思われていません。アステルはテセアラではよくも悪くも有名なのです。


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12-3

 

 ふと、脳裏をよぎるものがある。

 思い出すのは彼らの笑顔。楽しそうな、聞いているこちらも笑顔になるような、そんな笑い方だったのは覚えている。

 暖かくて、楽しくて。彼等は酷く苦しく大変な世界で生きているのに、それを忘れてしまうほどに明るい。彼は何時もそれを見ていた。

 だが、声だけが思い出せない。

 

 もう二度と、聞くことはできないのに。

 

 

 

 

 エミル達がオゼットの一番南にある小屋に着いたとき、ロイド達はもうそこにいて、丁度小屋から出てくる所だった。

 プレセアは一緒にいない。泣きじゃくるマルタを支えながら、ロイドが最後に小屋から出てくる。

「うぅっ、あんなのってないよ。自分のお父さんのこともわからないなんて………!」

 声をあげて泣いているのはマルタだけだったが、ジーニアスもコレットも俯き、しいなやリフィルも顔が暗い。

 ―――恐らくは、コレットと同じような状態なのだろう。心、感情と言うものが欠落し、目的を淡々とこなすだけ。完全に意思も消えてしまったコレットと違い、僅かに残っているようにも思えたが………程遠かったのだと、マルタの言葉で悟る。

 何とかマルタを慰めようとしていたロイドが、アステルを見付けてその名を呼んだ。アステルは小声でやっぱりか、と呟いて、ロイド達に近づく。

「すみません、遅くなりました」

「大丈夫だ。けど、その………」

「言わなくていいよ、察しはついてるから――プレセアは?」

「仕事があるって、それで、」

 とその時、マルタがばっと顔をあげるや否や、エミルの手を取り顔を近づけた。

「絶ッッ対! プレセアを助けてあげよう! ね!」

「う、うん、分かったからマルタ、落ち着いて。ね?」

 さっきまで泣くほど落ち込んでいたのに、もうこんなにやる気に満ちている。―――いや、行動しないと落ち着かないのかもしれない。

 元々神子様に背負わせるのは間違ってると強引に着いてきたマルタだ。知らないことから目を背けたくないのだと、マルタはいつもそうしている。

 ああ、眩しいなぁなんて、思っても口には出さないけれど。

「アルテスタさんなら、プレセアを助けられるんだよね?!」

「あ、ああ。要の紋さえちゃんとすれば、コレットみたいに元に戻る筈だ」

 リヒターがコレットをちらりと見た。

「………シルヴァラントの神子の要の紋はお前が作ったんだろう? お前が直せないのか」

「んー。俺が知ってる紋の形と、似てるんだけど微妙に違うんだよなぁ」

 全く同じなら見比べて余分な部分を削り、足りない部分を補えば良い。だがどうやらそもそもの基本となる紋から、ロイドが知るものとは別物らしいのだ。

 正直、何処がどう違うのかもわかんねぇ、と。

「それに、一から要の紋を作るのは、俺じゃまだ出来ない。手直しくらいなら何とかなるけど、下手に必要な部分削っても不味いだろうし―――俺なんかより、ちゃんとした職人に見せた方が良い」

 エミルからしてみればロイドの腕も中々のもので、職人と名乗っても差し支えないであろうレベルに達していたけれど、本職のドワーフに育てられたロイドからすればその差は明らかなものであるらしい。

 ふむ、とひとつ頷いて、リヒターが踵を返す。

「………なら、行くぞ。アルテスタの家はあっちだ」

「あら、貴方場所を知っているの?」

 リヒターはまあな、と返事を濁した。………アステルも微妙な顔をしている。

 直ぐ様出発ということにあわてて準備を始めたジーニアスやマルタを見て、リヒターはため息をつく。

「行くなら早くしろ。行って、話を聞いてくれるかは分からんがな」

 

 

 

 

 アルテスタの家は、ドワーフらしく岩壁をくり貫いた家だった。

 外見だけなら粗雑な造りに見えるが、その実細かな部分で高度な技術が使われた家である。たとえばドアノブやノッカーの細工。例えば寸分の誤差もなくぴったりと岩壁に嵌まっているドアや窓。手先が器用な職人のドワーフならではだ。

 それらにロイドは目を奪われた。なんと見事な造りだろうか。

 動かないロイドの代わりにエミルがノッカーを鳴らした。二度、三度。三度目で中から扉が開いた。

「はい、どちらサま―――」

 

「マー、テ………?」

 

 その時エミルが呟いた声は余りに小さすぎて、隣にいたロイドでさえはっきりとは聞き取れなかった。しかし気のせいでなければ、「マーテル」と言ったように聞こえた。

 エミルは中から出てきた少女を見て呆然として、少女のほうも不思議そうに首をかしげた。

「あの、どうかなサいまシたか?」

 エミルは珍しいことに、本当に驚いていたようだった。数秒して、我に返ったエミルがしどろもどろになりながら頭を下げる。

「………あ、いえ、知り合いに、とてもよく似ていたもので………すみません」

「いいえ、お気になサらズ。ところで、みなサま、なんの御用でシょうか?」

「俺達ここにドワーフが住んでいるって聞いて来たんですけど」

 ロイドが用件を告げれば、少女は扉を大きく開けてロイド達を中へと促した。

「マスター・アルテスタにご面会でスね。こちらへどうゾ」

 中に入れば外観からは想像できないほど立派な部屋だった。壁も天井も丁寧に磨かれて、過ごしやすいように整えられた家具もよく見れば細かな細工が施されている。下の方へと続くスロープには手摺がつけられていて、それもささくれも引っ掛かりもないくらい滑らかな見事な曲線を描いていた。

 それを見て、ロイドは養父ダイクとアルテスタが同じドワーフであることに納得した。ドワーフなのに片や岩と土の家、片や木の家。だがどちらも職人であることは確かだ。家具も恐らくアルテスタが作ったのだろう、ダイクと同じように。

 少女の後をついていけばその先には炉があって、プレセアやジーニアスよりも小柄な老人が、金槌を持って炉と向かい合っていた。

「マスター、お客サまでス」

「客だと?」

 振り上げた金槌がピタリと止まり、老人がこちらを見た。

 が、すぐに老人は手元に視線を戻し、金槌を振り上げ、振り下ろす。かん、かん、と響く金音。

 あの、と声をかけようとしたジーニアスをロイドは止めた。無視しているわけではないのが分かったからだ。火を入れている途中に作業を中断してしまうと取り返しがつかなくなるような材料もある。ダイクに後にしろ! と怒鳴られたこともあるロイドは、それをよく知っていた。

 と同時に、老人のやり方をもっとみたいと思った。炉に入れている時間、炉の温度。叩くタイミング、場所、角度、力加減。金槌の材質や形。それらの感覚の何か一つでも違ってしまえば完成品の質は一つ落ちる。故にその技術は教えられるものではなく、見て学ぶものだったのだ。

 剣の稽古と同じかそれ以上に集中していたせいだろうか、あっという間に時間が過ぎたような気がした。

 やがて老人―――アルテスタが手を止め金槌を置き、立ち上がってロイドたちの方に歩いてきた。

 アルテスタは立ってもジーニアスと同じか少し下、という身長だった。ドワーフは成人でもそのくらい小柄なのだ。ダイクもそうだったから間違いない。

「ワシに用か?」

「アステルといいます。僕たち、貴方に見て欲しいものがあって」

「見て欲しいもの?」

「プレセアの要の紋です。サイバックのケイトから、貴方があれを作ったと聞いて―――」

 

「帰れ!」

 

 アステルが最後まで言い終わらないうちに、アルテスタは叫んだ。

「あの子のことはもうたくさんじゃ! 出ていってくれ!」

 つい先程までは話を聞いてくれそうな穏やかな雰囲気だったのに、急に聞く耳を持たなくなった。背を向けられ戸惑うロイド達を、少女はやんわりと家の外へと促した。

 外に出ると、マルタとジーニアスが憤慨する。

「もう! いきなりなんなの?」

「スみまセん。マスターはプレセアサんに関わるのを嫌がっておられるのでス」

「じゃあプレセアがどうなっても良いっていうの?!」

「ソうではないのでス。マスターは後悔シておられるのでス」

「だったらプレセアを助けてください。要の紋を直せば、プレセアは助かるんでしょう?」

 コレットにも言われ、少女の顔が少し暗くなる。

「……ソれが本当に彼女の為になるのか、私には分からないのでスが」

 ロイドは即座に言い返した。

「あのままじゃ死ぬと分かっていて、なにもわからなくなって……あんな酷い暮らしをしていて、このままにするのが良いことなもんか」

 だからロイドはコレットを助けたかったのだ。だからロイドはディザイアンに怯える人たちを助けたかったのだ。

 助ける方法があるのに、今の現状を変える方法があるのに、それをしないなんてことはロイドには出来ない。

 助かるのに、助からない方が良いかもしれないなんて理屈はロイドは受け入れられなかった。

「ソこまで仰るのなら、抑制鉱石を探スといいでス」

「待て、プレセアの要の紋は抑制鉱石じゃないのか?」

「はい、あれは……」

「タバサ! 何をしている! 奴等を追い返せ!」

 奥からアルテスタの怒鳴り声が響いた。

「スみまセん、戻らないと! また今度来て下サい。アルテスタサまを説得シてみまスから」

 頭を下げ、タバサと呼ばれた少女はパタパタと扉の奥に戻っていった。

 



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12-4

 

 最初に口を開くのはアステル。

「………また、骨董屋を探しますか、神子様?」

「いや、アステル。あのときは偶然見つかったけどな、普通ならそんなもん売ってないだろ。そもそもテセアラじゃエクスフィアは機械の動力であって、人間には使わないんだから」

「あたしらはレネゲードに分けて貰ったんだから、あいつらなら持ってるだろうけど………」

 敵対している以上、協力は見込めない。

 はっとエミルが顔を上げる。

「! そうだ、アリスとデクスは?」

「ダメ。向こうにメリットもないのにあの二人が協力してくれるとは思えないし、そもそも居場所が分からないもん」

 ダメか、とマルタの回答を聞いてエミルとロイドの肩が落ちる。

「ねぇアステルさん。サイバックに抑制鉱石置いてないの? エクスフィアの研究してるんでしょ?」

「無理だろうな。機械関係でなら研究はしているが、人体に対する研究はされていない。ケイトが特殊なんだ」

 ジーニアスの疑問には、代わってリヒターが答えた。

 そのケイトと組んでいたのがアルテスタ。おそらく要の紋関係はアルテスタの仕事だったのだろう。そう考えれば、おそらくサイバックにも抑制鉱石の在庫はない。

 機械につけて使うなら要の紋は使わないのだ。

 黙ってしまったゼロス、しいな、アステル、リヒターのテセアラ組。エミル、マルタ、ジーニアスも良案は思い付かず、意見を求められたリフィルも首を振った。

「ロイドは何か知らない? ダイクさんに何か聞いてたりとか」

「うーん………大抵はディザイアンが持ってるし、けど親父が作れたってことは親父は抑制鉱石を手に入れられたってことだよな………?」

 コレットの問いにも生返事を返して、必死にロイドは記憶を手繰る。だがダイクとて抑制鉱石の細工をしていたのは本当に数える程度で―――ロイドは記憶力は然程悪くないはずなのに、全く思い出せない。

 八方塞がり、手掛かりなし。

 どうしたものかと途方にくれた時に、黙っていたリーガルが口を開いた。

 

「………抑制鉱石の場所なら私が知っている」

 

「え?」

「抑制鉱石がエクスフィアの働きをある程度抑える鉱物のことなら、エクスフィア鉱山の比較的表層で発掘される鉱石の一部がそうだ………と、聞いたことがある」

 ジーニアスが目だけでロイドに問う―――そうなの?

 ロイドは数度瞬きを繰り返して、たぶん、と口だけ動かして答えた。

「よく知ってるな、あんた」

 ロイドが知っているのは、抑制鉱石は要の紋の材料であること。そして抑制鉱石そのものがある程度エクスフィアの働きを抑える効果があり、まじないを刻んで加工することでエクスフィアを制御できるようになること。どこで取れるのかなんて知らないし、そもそもエクスフィアの鉱山が存在することも知らない。

 アステルたちはエクスフィアが採掘される石だということは知っていたが、抑制鉱石のありかまでは知らなかった。

 だからすげえな、というつもりで言ったのだが、リーガルは何故か表情が曇った。コレットが不思議そうに首を傾げる。

「リーガルさんは、プレセアとどういう関係なんですか?」

「いや………関係はない。だがプレセアを助けるためなら協力させてほしい。鉱山はアルタミラからユミルの森にかけての山岳地帯の中―――ここからだと海を越えた南の大陸だ。私が知っている場所でよければ案内しよう」

 ロイドはリーガルの目をじっと見て、答えた。

「わかった。あんたに頼む」

 物言いたげなジーニアスは、ミズホでの会話を思い出したのかため息を堪えて口をつぐんだ。

 話がまとまった頃、アステルがうぁぁ………と呻き声をあげた。

「―――ってことは、またガオラキアの森を抜けるんですね………あんなところもう二度と通りたくないよ………」

「大丈夫ですって。『あいつ』はもういませんし、一度通ったから道も覚えましたし」

 呆れて見るリヒターと違って、エミルはすかさずアステルを励ましにかかった。その内容は、半分くらいはロイドには理解できなかったけれど。

 だがガオラキアの森をあまり通りたくないというのは同意できる。薄暗いし迷いやすいというのもあるし、あそこの魔物がグールなどの死霊系で不気味というのもあるが――― 一番は、何となく居心地が悪いから。何というか、怖いというより気持ち悪い。長居したくないというか、気が滅入るというか、あまり近付きたくないのは確かだ。

 と、そこまで考えて。

 ロイドが首をかしげるとほぼ同時に、ゼロスがアステルに訊ねた。

「ん? なぁアステル、お前、前にも何度かオゼットに来たんだろう? 森を通ったことないのか?」

「はい、神子様。僕普段はふね―――あぁぁあ!!」

「なに? なに、どうした?」

 叫んで、苦々しげな顔をして、前髪をぐしゃっとつかんで、下を向いて、声を出さずに唸って。リヒターもそんなアステルの隣で一度目を瞬いて、あぁ、と遠い目をした。

 その反応に慌てたロイドが狼狽えて、しいなはアステルと同じようにあ、と苦い顔をする。

「あの、船、で、来てました」

「船………船?」

「オゼットの北に桟橋があって、そこまで、船で」

 エレカーは桟橋がある場所にしか停まれない。メルトキオがあるフウジ大陸にはグランテセアラブリッジの横にしか桟橋はないが、アルタミラ大陸にはいくつかの桟橋がある。

 オゼットの北にある桟橋なら、サイバックから南下してグランテセアラブリッジ横の桟橋からエレカーに乗り、アルタミラ大陸の南側をぐるっと回って行けば着く。

 そして、海には魔物は殆ど出ない。

「ってことは………俺たちはあんな思いをして魔の森を抜けなくても、エレカーで簡単にオゼットに来れたのか?」

「っっおいこらアステル――ッ!!」

「ごめんなさいすみません忘れてたんですわざとじゃないです神子様ーっ!」

 しいなとリヒターもすっかり忘れていたらしい。まあしいなの場合は『表』の定期船なんてあまり使わないし、今回は追われているから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 ただエレカーがあれば定期船には乗らなくても良いので、指名手配されていようが、あまり関係なかったりする。

「ま、まぁまぁ、良いじゃない。エクスフィアの鉱山まで行くのに、森を通らなくて良くなったとおもえば」

「そだよ。ね、早くいこ?」

「あー、よしっ。じゃあ鉱山に向かおうぜ!」

『おー!』

 ロイドとコレット、ジーニアスとマルタが、真っ先にオゼット方面に歩き出す。微笑ましげに一息ついてリフィルとしいなが後を追い、次いでエミルとアステル、リヒターもそれに続く。

「なぁ、そういえばさっきのタバサって人、少し変わってたな」

「変わってた?」

「うーん、何て言うか、ほら、コレットが天使になって正気じゃなかった頃に、少し似てた気がするんだよ」

 ああ、と頷いたのはしいなだけで、ジーニアスとマルタは首を傾げる。

「そうかなぁ。あの人はちゃんと自分の意思もあったし、普通に見えたけど」

「そうなんだけど、そういうことじゃなくってさ。なぁエミル、エミルはどう思う―――エミル?」

「―――え? あ、うん、何?」

 ロイドが隣を歩くエミルの肩を揺すって、それで初めてエミルがロイドをちゃんと見た。

「どうしたんだ? さっきから様子が変だぞ。具合でも悪いのか?」

「いや、体調はなんともないから大丈夫。ただちょっと、あのタバサって人が気になって」

「ああ、知り合いに似てたって言ってたな。そんなに似てたのか?」

 ロイドが問えば、何故だかエミルは顔を暗くさせた。

「………どうなんだろう。分からない」

 エミルの目が、ここではないどこかを見ている。

「最初に見たときは確かに瓜二つだと思ったけど、あの娘の方がずっと柔らかい目をしてたし………けど笑い方はそっくりで、………ううん、でも同じじゃない。と、思う、んだけど」

 どんどん声が小さくなって、エミルがどこかに行ってしまいそうで。

 ここにいるエミルが、どうしてか全く知らない人のように思えた。何も変わらない。なのに、どうしてか、何かが違うのだ。

 どうだったかなぁ、と。ほとんど掠れた小さな声で―――それが、少しだけ泣きそうに聞こえて。

 マルタが、慌ててエミルの手をとった。

「エミル………えーと、あの、その人、エミルの大事な人だったの?」

 声をかけたのが咄嗟の事で、その後で無理矢理言葉を捻り出したらしい。本人もどうしてそんなことをしたのか後になって首をかしげていた。

 エミルの方は何時ものようにちょっとだけ困ったように笑って、頬を掻く。

「大事というか―――うん、好きだったよ」

「えぇっ?!」

 好き? というか過去形?!

 日頃マルタに抱き付かれようが少し慌てるだけで色恋沙汰の話はしたことがなかったエミルだけに、衝撃は大きかった。マルタは違う意味でもショックを受けてふらつき―――

「だって、大事な友達のお姉さんだったから」

「友達………の、お姉さん?」

 続いた言葉でぽかんとした。

 余りに予想外過ぎて、一行の誰もが口を動かすことを忘れてしまったほど。何とか聞き返せたのはアステルだった。

「うん。あの娘と友達って言うよりは友達の家族だったから親しくしてた、って言った方が正確かな。あまり話したことはなかったし、友達と僕が話してるのを隣で笑いながら見守ってた方が多かったし」

 友達がまたその姉と仲が良くて、互いに互いを大切に思っているからお互いがお互いに対して少し過保護で、お互いが相手のためになら自分を犠牲にしてしまうくらい優しくて。友達の方は少し突っ走ってしまう事も多くて、なのにそれをむしろ応援して支えようとするヒトだった、と。

 珍しく、エミルは饒舌に語る。エミルがここまで他人を誉めるのは初めて聞いた。

「へぇ、なんか先生とジーニアスみたいだなぁ」

「けど姉さんよりも優しそうなヒトだね」

「ああうん、そっくり。ただあの娘よりリフィルさんの方が少し怖―――」

「あら。何か言って?」

『勿論何も言ってません!』

 エミルとロイドとジーニアスの声が揃った。

 彼等にはしいながボソッと小声で「おっそろしい女だねぇ」なんて言ったことなんか聞こえない。それで気温が数度下がった気がしなくもないが、そんなのは気のせいのはずなのである。

 たとえ彼らを挟んでリフィルとしいなが笑顔で睨み合っていようとも、気のせいに違いないのである。

 

「ふふふっ」

 

 笑い声がして、ほんの少しばかり剣呑になりかけていた空気は穏やかなものになった。

 その笑顔は、随分と久しぶりだったから。

「ちょ、コレット何で笑うの?!」

「だって、昔の話するエミル、とっても楽しそうだったんだもん」

 ずっと張り詰めていた。くらい顔ばかりしていた。穏やかに微笑みこそすれ、それはコレットが神子だからであって、一度だって心から笑ったことはなかった。

 けれど今のコレットの笑顔は、作られたものではなかった。思わず漏れ出てしまった、久しぶりに見たコレットの笑顔。ロイドも、ジーニアスも、リフィルも知っている。

 なにも知らないエミルは少しばかり照れ臭そうにはにかむ。

「そう、かな?」

「うん。………ねぇエミル、私もエミルのお友達に会ってみたいな」

 エミルは―――何時ものように、困ったような笑みを浮かべた。

 その時どうしてか、ロイドは違和感を覚えた。髪の先に何かが触れたような、剣の手入れをしていてふと後ろに気配を感じたような、感じたのかも分からないくらい幽かな違和感を。

「どうだろう。会えるか分からないよ。僕も前にあったのは、ずっと昔だから」

「じゃあいつか会えたら紹介してね」

「……うん。会えたら、ね」

 エミルがそう答えたときに、後ろからリーガルとゼロスが追い付いてきた。

 何をしていたのかしいなが怒ったけれど、ゼロスは悪い悪い、と軽く応じて、一行を先に促す。

 皆がしいなとアステルの案内でオゼット北の桟橋を目指して歩き始めた時。

 

 エミルの背中を見ていたロイドはふと、気が付いた。

 

 シルヴァラントを殆ど回ったのに、エミルの知り合いや家族には一度も会わなかったこと。エミルがロイドと会うより前のことはあまり口にしないこと。

 ロイドが知っているのはほんの少しだけ。

 孤島に住んでいたらしいこと。エクスフィアを使っていないのにこれほどに強いこと。アリスとデクスの二人とは知り合いらしいこと。シルヴァラントの知り合いに会いに行くために旅をしていたらしいことも。

 そういえば、エミルは知り合いには会えたのだろうか。結局成り行きもあってずっとエミルとは一緒だけれど、本当は再生の旅業にエミルは関係なかったのだ。テセアラまで連れてきてしまったけれど、エミルにもきっと、シルヴァラントで用事があったはずなのだ。

「ロイド? 行くんでしょう?」

「ああ、ごめん、すぐ行くよ」

 問いかけてくるエミルはいつも通りだったから、ロイドも止めてしまっていた足を動かす。

 ただ、ロイドが気になっているのは。

 

『見たいものがあったから』

 

 エミルの見たいものは見られたのだろうか。

 あのトリエットの夜に言っていた『そこに行けば見られる場所』を、エミルは見つけられたのだろうか。



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12-5

 

 エレカーで南の大陸に渡り、そこから陸地を西へ西へと歩いて。

 やっとたどり着いた鉱山の入り口には、大きな機械が鎮座していた。

 

「ここか! 閉鎖された鉱山ってのは! 何か出そうだなぁ? なぁ?」

「あーもう! 少しは黙ってられないのかい!」

 何故かテンション高めなゼロスが騒ぎ、しいなに怒鳴られる。

 子供っぽい神子ゼロスに、アステルは危うく吹き出すところだった。寸前で腹に力をいれて耐えたが。

 神子はいつもああだ。軽薄で飄々として、何処までが本音で何処までが冗談か分からない。わざとなのか………いや、ほとんどわざとだろう。だがたまに子供のようにはしゃぐときがある。その時は本当にどちらなのか、アステルには分からない。

 アステルとゼロスはかれこれ九年前からの付き合いだ。サイバックにスカウトされて入ったアステルと、王立研究院付属学問所に通っていたゼロスが偶然に出会ってから、今に至るまでずっと親交がある。

 そのアステルから見て、しいなとじゃれている時のゼロスは、七割方本気で遊んでいるように見えた。

 いつか、自分もあんな風に遊べるんだろうか。

 そんなことを考えていたら、先頭を歩いていたリーガルが突然足を止めた。

「―――いかん」

「どうしたんだ、リーガル?」

「扉のガードシステムが暴走している。何者かが無理に侵入しようとして破壊したのだろう」

 言われてよくよく見てみれば、入り口の機械のランプが不自然に明滅している。少し近づくと、レンズらしき場所がウィーン、と音をたてて、何処からかアームが出てきた。

「………これ、私たちの事も襲ってくるってこと?」

「解除できないかしら」

「出来なくはないが………かなり時間がかかる。ここは元々古代の採掘場で、機械も当時のものを使っているのだ」

 少なくとも半年、長ければ数年。作られた年代によってはそれ以上かかるだろう。

 古代の技術は八百年繁栄を続けたテセアラのそれよりも遥かに高い。下手をすると現代の技術では手に負えない可能性もある。そして古代技術を専門に研究している学者は意外と少ないのだ。

 リフィルも古代技術の操作までは出来ないのだろう。制御している装置をちらりと見て首を振った。

 と、踏み出したエミルが腰の剣に手をかけて。

「だったらいっそ、もっと壊して止めちゃえば?」

「! それだエミル! よし、行くぞ!」

「あああ、待て! 古代の遺産に何ということを―――!」

 飛び出したのはエミルとロイド、ああもう、と追いかけたジーニアス。その後をリフィルが追う。残りはリフィルの剣幕や貴重なものを壊すと即決したエミル達に驚いて行動が遅れた。

 叫ぶリフィルもそれが穏便に止まるとは思っていない。見れば開き直ったのか、責任者を出せ――! と叫びながらロイド達に指示を出し、被害がなるべく少なくなるように最小限の場所だけ壊すことにしたらしい。

「ロイド! そこのカバーを外して下から出ている線を切れ! ―――エミル! そのアームには手をつけるな! くっ、こんなことが許される筈はない! 歴史への冒涜だ! ―――ジーニアス! 雷系の魔術は使うなと言っただろう!! あぁ、何故古代の貴重な遺産を浪費しているのだ! 保護して然るべきだろう! 全くここの責任者は一体何を考えている!」

 口調は荒ぶりながらも繊細な治癒術を意図も容易く織り上げるその技術は見事なものであるが、その勢いに呑まれて傍観している一行は少し引いている。

「………何だこれは」

「えーと、遺跡マニア? らしくて」

 説明するマルタも見るのは二度目だそうだ。前にみたのはシルヴァラントの、ソダ島の水の神殿で。

「でもその時は、もう少し大人しかった気がするんだけどなぁ………何でだろう。こっちのほうがしっくりくるような………」

 因みにアステルは知る由もないが、ソダ島ではコレットの天使疾患とパルマコスタのクララ夫人の事が気掛かりで、無意識に遺跡マニアの血が抑えられていただけである。

 一方、黙ってロイド達の破壊工作を見ているリーガルは、心なしか顔色が悪い。

「ねぇリヒター、この辺りの管理者って」

「レザレノ、だろうな」

 アステルはレザレノ・カンパニー会長と直接の面識はないが、研究の出資者の一人であるから名前くらいは知っている。

「………リフィルさんには、黙っておこうね」

「賢明だ」

 指示も虚しくただのガラクタと化したガードシステムにリフィルが悲鳴をあげ、エミル達が怒られるのは、数分後のことである。

 

 

 

 

 

 鉱山の中を進んでいたとき、エミルがふらりと倒れかけた。

 受け止め、支えたのはゼロスだった。

「………っと、大丈夫か? アステルのそっくり君」

「エミル、です。すいません、大丈夫です」

 支えを押し返すが、すぐに壁に手を着く。そんな調子だから、ジーニアスやマルタが顔をしかめる。

「大丈夫じゃ無いでしょ。そんなに真っ青な顔して」

「あはは………、本当に大丈夫。体は何ともないし」

 体が何ともないなら倒れるはずはない―――“普通”なら。

 アステルとリヒターはエミルの正体を知っている。ミズホの里を出るときに話をしたからだ。

「エミルの大丈夫はたまに信用ならないからな。取り合えずエミルは暫く休憩。戦いは俺たちに任せてくれよ」

「え、でも」

「平気だって! ボク達も戦えるようになったし、ね?」

「そうそ、前衛はいざとなったらそこのアホ神子もいるんだからサ。エミル、テセアラに来てからろくに休んでないだろう? いいから下がってな」

 何も知らなくとも心配は本当だ。

 ジーニアスとリフィルはミズホでリヒターに術のコツを教わり、何とかテセアラでも術を使えるようになった。未だに大きな術は制御しきれずにいるようだが、徐々に慣れつつあるようだ。

 そもそもエミルが戦い続けていたのは守る人数に対して戦える人数が少なすぎたから。

 アステルはリヒターが守るとしても、リフィルとジーニアスは完全に戦えなかったし、マルタも治癒術以外は殆どからきしだ。エクスフィアもつけていないし、リフィルの代わりに治癒が出来ることから守る対象だった。ゼロスはガオラキアまで戦おうともしなかった。

 対して戦えるのはロイド、コレット、しいなの三人。プレセアがいたときはプレセアも戦力になったが協力出来るような状態ではないため、守る戦力にはならなかった。

 が、今はアステルとマルタ以外は全員が戦える。エミル一人が休んでもどうにかなるのだ。

 この辺りの魔物の強さと皆の強さを瞬時に計算して、エミルはふっと表情を緩めた。

「分かりました。皆の言葉に甘えます」

 こうして守る側から守られる側になったエミルは、アステルやマルタと一緒に一行の真ん中辺りを歩くことになった。

 アステルはマルタが側から離れた時を見計らって、小声でエミルに聞いた。

「………ねぇ、本当に大丈夫?」

「正直ちょっと辛いです」

「! まさかここにも」

「あ、いえ、“そっち”方面の理由じゃなくて、」

 否定されて、ほっとした。まさかここもガオラキアと同じなのかと身構えてしまったのだ。

 ならもう一つの方か。リヒターに目だけで確認するが、特にマナには異常なし。リヒターはここ最近その調査のためにテセアラ中を回っていたので、その感覚は信頼がおける。

「ならどうしたの?」

 するとエミルはしかたないなぁ、とでも言いたげな表情をした。

 

「ここは少し『声』が響くから」

 

「声?」

 確かに鉱山の中は吹き抜けだったりして声が響くが、具合が悪くなる程ではない。話し声だって響くほど大きくもないはずだ。

 アステルの内心が聞こえたのか、エミルはやっぱりね、と溢した。

「本当はとっても小さな声なんですけど、何でか騒いでて、反響して響くんです。普通ヒトには聞こえないもので、だから説明するのも面倒で。………ロイドの言う通り、少し大人しくしてます」

 

 

 

 

 が、エミルの調子は一向に良くならなかった。

 奥に進めば進むほどエミルの足元は覚束なくなり、ついには支えがなくては歩けなくなった。

「ご、ごめん………」

「もうお前の平気は聞かないからな。兎に角引き返すぞ」

「ま、待って! 待って、抑制鉱石を探さなくちゃ」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! コレット、俺の剣を持ってくれ。俺がエミルを背負う」

「駄目だよ! 僕は大丈夫だから、」

 

「そんなわけないだろ!」

 

 言ってしまってから、ロイドの目がはっと揺れた。エミルは少しだけ驚いて、それだけだ。

 きっと、ロイドはあんな大声を出すつもりじゃなかったし、エミルもこんな大事にするつもりなどなかったのだろう。

 ロイドは目を泳がせて、俯いた。エミルはただロイドを見ているだけだけれど、声をかけるでもなくただじっと、ロイドを見ていた。

 空気が気まずい。

 この空気には覚えがある。アステルが現地調査に行く、とリヒターに打ち明けた時だ。あの時リヒターはロイドのようにアステルに怒鳴って、今のロイドのようにあたふたして、その後リリーナが呼びに来た時には部屋から走って出ていってしまった。

 きっと今のアステルは、その時のリリーナと同じ顔をしている。

「ねぇ、ロイドさん。ロイドさん達は奥に進んでください。僕とリヒターがエミルを連れて引き返します」

 しいなと、ジーニアスがはっとする。

「リヒターだけじゃ戦力が足らないだろう。あたしも残るよ」

「私も。エミルが心配だもん」

 マルタは恐らく純粋にエミルを心配して、しいなは戦力を鑑みて、残ると申し出た。

 ロイドが答えずにいると、ジーニアスがそっとロイドの袖を引いた。

「………ロイド。行こう。行って、プレセアを助けよう。抑制鉱石がある所までもうすぐなんでしょ?」

「あ、ああ、そう遠くはない筈だ」

 全員が静かにロイドの言葉を待った。

 やがて、ロイドは勢いよく踵を返す。

「~~~っ、リーガル、案内してくれ。急ぐぞ!」

 

 

 

 ロイド達が行ってしまって、いきなりふらりと倒れたエミルを支えたのはリヒターだった。

 アステルは顔を険しくしてエミルの前に立つ。

「―――エミル」

「ごめんなさい。足手まといになっちゃって」

「そんなことよりも、どうしてロイドが怒ったか分かりますか?」

 笑顔が崩れて、エミルの目が泳ぐ。さっきのロイドと同じように。

「心配、かけたから………?」

「それもあります。けど一番は―――エミルが他人に頼ろうとしないからです」

 あれは怒って大声を出した訳ではない。悲しかったのだ。

 そんなに頼りないのか、そんなに信用ならないのか。どうして、頼ってくれないのか。

 仲間じゃ、ないのか。

 アステルはロイド達からシルヴァラントでの大まかな出来事は聞いている。きっとロイドはコレットと同じことを繰り返すことを恐れている。仲間だと思っていたのに、力になれずにいたこと。なにも知らなかったこと。

 エミルもコレットも、何時だって自分よりも他を優先して、自分は何てことのないように笑うから。どんなに辛くても、決して弱音を吐かないから。

「エミル、ロイドは、弱い?」

「そんなこと! ロイドは、強いですよ。僕なんかより、ずっと。けど」

 言わずに飲み込んだ言葉を、きっとアステルは知っている。アステルとリヒターだけが分かっている。

 でも、なにも知らなくても気が付かない訳じゃない。

 しいなが、エミルの頭に手を置く。

「言えないことがあるならそれでも良い。けど今は仲間なんだ。そこを忘れないでおくれ」

「………はい」

 エミルの返事には力がない。

 仲間ということは理解しているし、ロイド達を信用していない訳ではない。それとこれとは別なのだと、知っているのはアステル達くらいだ。エミルはきっと何も言わないだろう。いつか本当のことをロイドたちに話す時が来るまでは。

 だからきっと、その時までエミルはこのままだ。

 アステルは結局のところ、エミルもロイドも似た者同士だと思う。

 



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12-6

 いつの間にか眠ってしまったエミルは、リヒターが背負うことになった。

「エミル………」

「どうしたんだろうね。あたしたちは何ともないのに、どうしてエミルだけ」

 リフィルとジーニアスがテセアラで体調を崩したのはマナの濃度差のせい。コレットはおそらく天使化の影響があるのだろう。

 だが、エミルだけというのはどういうことだろう。

「疲れが出たんじゃないでしょうか。エミルはまだ怪我が完全に治った訳じゃないのに、ガオラキアでも無茶をしてたから」

 ああ、としいなとマルタから納得の声が上がった。

 治癒術で怪我は治る。だが普通に治すよりも体には負担がかかるし、無理に動かせば傷が開くこともある。完全に治るまでにはやはりそれなりに時間が必要なのだ。

 エミルはテセアラに来る前から怪我をしていた。なのにガオラキアでの謎の骨を相手にした立ち回り。疲労で倒れても仕方のないことだろう。

「そういえば、あの骨みたいなやつのこと、知ってるの、しいな?」

「知ってるというか、似たような奴を見たことがあるのサ。シルヴァラントでね。その時は何とか逃げ出したんだけど、あんなにヤバい奴だとは思わなかったよ」

「シルヴァラントにいたんなら、別の奴かな」

「多分ね。シルヴァラントで見た奴には尾がなかったし」

 二人は二人で納得したようで、そこで話は終わった。

 が、リヒターとアステルはちらりと互いに視線を交わした。シルヴァラントにいたモノがテセアラに来ているとしたら。

 マルタが小声で呟く。

「やっぱり、強くならなくちゃ。エミルに守ってもらうばっかりは嫌だもん」

 せめて―――。

 言いかけて、エミルが唸った。マルタははっとして、リヒターの背にいるエミルに駆け寄った。

「うう………ここは」

「エミル! 駄目だよ、休まなくちゃ」

「何か……妙な……?」

 マルタの声が聞こえていないように、どこか焦点の合わない目で辺りを見回す。ぐるり一周して、少し後ろ―――トイズバレー鉱山の奥の方を見て、止まる。

「リヒターさん、ちょっと、向こうに」

「どこ行く気だい? 出口はあっちだよ」

「ええと、………雉を撃ちに?」

 まず全員がぽかんとした。次にしいながじわじわと顔をわずかに赤らめて、少し遅れてアステルが苦笑いする。最後までぽかんとしていたのはマルタとリヒターだ。

 しいなはやや慌てぎみにマルタの背を押した。

「マルタ、アステル、行くよ」

「ちょ、しいな?!」

「エミル、僕たちそこの角の向こうに居るからねー」

「どうして? エミルから離れたら」

「あー、マルタは知らないんだね」

「?」

「さっきの言い回しはねぇ………」

 気配が離れると、エミルはリヒターの背から降りた。その動きは俊敏とは言い難く、まだ本調子ではないのがすぐにわかる。

「………おい」

「すみません、リヒターさん。僕の言う通りに」

 真剣な声音にリヒターは溜め息を一つ返した。エミルはそれを返事と受け取って、倒れかけたときよりは幾分かしっかりとした足取りで先を目指す。

 さっき奥に向かった時は通りすぎた場所で足を止め、しゃがみこむ。

「―――やっぱり、これか」

 眉間のしわを濃くしてエミルが拾い上げたナニカは、リヒターから視てもかなり厄介そうな代物だ。エミルがさっさと布で覆ってしまったからはっきりとは見えない。

「皆には黙ってて下さいね。僕が持っていれば皆に影響は出ない筈だから」

「黙ってて欲しいなら答えろ。『それ』は何だ」

 僕が持っていれば、ということは普通なら他のヒトに影響がでるナニカということ。リヒターはあくまでもアステルの護衛だ。万が一にもアステルに危険が及ばないようにするのが役目なのだ。

 一歩も譲る気がないことを声から悟ったか。

 エミルが布を退けた下には―――

 

「遥か昔の、負の遺産、って所です」

 

 気配も見た目も禍々しいチャクラムが、ぎょろりと目を剥いていた。

 

 

 

 

 ロイド達が抑制鉱石を手に入れて戻ると、エミル達は別れた場所と入り口との丁度中間辺りで休んでいた。

「エミル!」

「ジーニアス、ロイド、皆」

 立ち上がろうとしたエミルを手で止める。さっきよりは随分体は楽そうに見えるが、何時もほど俊敏ではない。

「体はどうだ」

 なんと切り出したものか迷って、かなりそっけない声になってしまった。が、エミルの方は普段通りに応じる。

「うん、大分よくなったよ。やっぱり疲れてたみたい。ごめんね、心配かけて」

 さっきのことがなかったかのような振る舞いに、ロイドは戸惑った。良かったと思うのに素直には喜べない自分がいる。さっきまで怒って悪かった、と謝るつもりでいたのに。

「なら、良い。けど当分無茶するなよ。戦闘も参加しなくていい。というか、するな」

 これくらい言わないと無茶をしかねないだろうが、それにしたって言い方がきつくなってしまい、内心ではうああぁ!! と叫んでいる。

「うん。抑制鉱石は?」

「見つけた。これにまじないを刻んで要の紋の代わりにするんだ。加工はすぐできるから、後でやる」

 要の紋の加工はドワーフの秘伝。方法も知らず、技術も足りていないロイドでは要の紋は作れない。だがコレットの時のようにまじないを刻むくらいなら出来るし、それだけでも効果はある筈だ。勿論早めに完全な要の紋を手にいれる必要はあるが。

「早くここを出ましょう。有害なガスが出ているとかではないのでしょうけれど、用心に越したことはないわ」

「………待って」

 コレットが目を瞑って耳を澄ませていた。自然と皆黙って大人しくする。

「声がするの。出口の方」

「! まさか騎士団がこんなところまで?」

「ううん、騎士の音じゃないの。鎧や武器みたいな音はするけど………」

「何人?」

「二………三人、かな。まだ鉱山には入ってきてないよ」

 相変わらず凄まじい聴力だ。コレットが騎士ではないというのだから教会の追っ手ではないだろう。普通の王国兵なら神子ゼロスに敵対はしない。賊程度ならロイド達の敵ではない。

「騎士じゃないなら行こう。鉢合わせる前に鉱山を出ればいいんだから」

 と、急ぎ出入口に向かっていたが、鉱山の中は入り組んでいるし出入口は一つだけ。加えて体調が良くないエミルもいて、総勢十一人というちょっとした大所帯だ。

 結局、コレットの言う誰かとは鉢合わせてしまった。

 気がついた時点で物陰に隠れたため、向こうはまだロイド達には気が付いていない。相手は小太りの男と、傭兵らしい武装した男が二人。コレットこ言う通り騎士ではなさそうだ。

 彼等は近くを物色してはひっくり返し、散らかしながら何かを探している。

「くそっ、ここにもエクスフィアは無い………」

「ヴァーリ!?」

 隠れていた筈が、リーガルが思わずといった様子で立ち上がる。

「っ、お前はリーガル! そうか、外のシステムはお前が」

「誰だ?」

「エクスフィアブローカーのヴァーリだ。エクスフィアは機械の動力になるからな。けど、なんでこんなところに………?」

 ブローカーというのは仲介者のことを言うのだとアステルが小声で教えてくれた。つまり売り手と買い手の間を取り持つ存在。それがどうして鉱山に、それも閉鎖されたエクスフィア鉱山にいるのか。

 リーガルとゼロスの言葉は同じだが、意味が違う。ゼロスはあくまでも疑問であり、リーガルは怒りが含まれている。

「何故貴様がここにいる? 教皇はお前を野放しにしているのか? 私との約束が違うではないか!」

「はっ、人殺しの罪人との約束を教皇様が守ると思ったのか? それにお前こそ、コレットを連れてくるどころか仲間になってるじゃねぇか!」

「黙れ! 教皇が約束を果たさぬと言うならば、私自らお前を討つ!」

 一喝し、すっと構えるリーガル。本気であの男をやるつもりだ。感じたのは憎悪と鋭い殺気。思わず鳥肌が立つ。

「冗談じゃねぇ! おい、ずらかるぞ!」

 恐れをなしたか、ヴァーリは情けない悲鳴をあげて逃げ去った。残った傭兵二人もリーガルの一睨みで尻尾を巻いて逃げて行く。

 誰もいなくなって、ようやくリーガルの雰囲気がいつものそれに戻った。

「リーガルさん、今のひとは………」

「人殺しの罪人とか言ってたけど」

「私は人を殺めた罪で投獄中の身だ。軽蔑してくれて構わん」

「何があったんだ?」

「………言えば言い訳になる。私は罪を背負ったのだ。それでいい」

 否定も肯定もせず、ただ事実だけを語る。

 ロイドはどうしてか、ハイマでのアリスたちを思い出した。迫害され、それを受け入れながらも、納得しているわけではないだろう彼等。きっと事情があるのだろうに、それを語らずにいるのは何故なのか。

 本人が良いと言っている以上、もうこれ以上誰も追求はできない。

 だが軽蔑して構わないと言われても―――。

 

「気にすることないですよ、リーガルさん。人殺しというなら、僕も、『そう』ですから」

 

 エミルの言葉にリーガルがはっとした。エミルは真っ直ぐにリーガルを見ている。微笑みすらした。

 そうだ。ロイドとて、―――殺したことが無いわけではない。

「………俺も、バカな行動でたくさんの人を………殺しちまった。罪は消えないけど、苦しいときに苦しいって言うくらいはいいと思うよ」

 イセリアの時や敵対したディザイアン、レネゲード。ロイドが殺した相手は沢山いる。死なせてしまった人もいる。

 

 だが。

 ロイドは気が付かない。

 エミルが言った言葉の本当の意味に気が付くのは、まだまだ先のことである。

 

 

 

 

 鉱山の外に出たときにはもう夜も遅かったため、一晩野宿をした。夜のうちにロイドは抑制鉱石のまじないを仕上げ、エミルの体をリフィルが診察した。リフィルの結論も、アステルと同じく疲労によるものだろうという結論になった。エミルはもう大丈夫と主張したが、リフィルに暫く戦闘参加禁止令を出された。

 そうして朝を待ってエレカーを繰り、オゼットへたどり着き。

 真っ先にプレセアの家に駆け込んで行ったのはマルタだ。

「プレセア、プレセアー!」

 対してロイドやエミル達他の面々は家の前で待機する。が、数秒もせずにマルタだけが出てきた。

「ねぇ、プレセアがいないよ?」

「仕事をしているんだろう。帰ってくるまで待てばいい」

 リヒターの一言で、じゃあここで待とうか、と腰を落ち着け始めたとき。

「うっ、痛い………!」

「コレット!」

 いきなりコレットが体を抑えて苦しみだし、すかさずエミルが支えに入った。

「先生! コレットが!」

「熱があるわ! でもこの痛がりようは………?」

 コレットは大抵のことなら我慢してしまう。怪我をしてもずっと言い出さないこともあったし、天使化の試練も誰にも何も言わずに耐えた程だ。

 そのコレットがこうまで痛みを訴えるとは、尋常ではない。

 痛みの原因が分からなければ治癒術も使えない。リフィルが痛み止めの薬を取ろうと荷物に手を伸ばす。

 すると近くの茂みから出てきたプレセアが―――まるで気配がなく、ロイドは気が付けなかった―――真っ直ぐコレットの所に向かった。

「私に………任せて下さい」

「プレセア? え、ええ………」

 思わずリフィルが道を譲る。何かを企んでいるようにも見えなかったし、どこか確信ありげな声だったのだ。

 が、何故かコレットまであと一歩、という所で、プレセアが片手で引きずっていた斧を握る手に力を込めて。

「! 危ない!」

 ロイドは寸前でリフィルの服の裾を引っ張った。リフィルは後ろに倒れ、その眼前をプレセアの斧が通りすぎる。

「リフィルさん! プレセア!? ―――きゃあ!」

 近付こうとしたマルタに向けても威嚇するように斧を一振り。しいなが腕を引いて、マルタもなんとか助かる。

「これは、ミズホの時と同じ―――これもエクスフィアのせいかい!?」

「違います! 同じじゃない、近付けさせないようにしているだけ―――」

「アステル! 近寄るな!」

 プレセアは普通なら扱えないような斧を軽々と振り回し、ロイドたちはそれを避けてどんどんと下がった。

 気がつけばコレットとエミルからは随分と離れてしまった。

「うぅ………!」

 未だ苦しむコレットはついに膝をついて呼吸も荒く体が震えだした。冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。

 まさかコレットのクルシスの輝石に何か………いや、ちゃんと要の紋はつけたはず。不備があった? それとも壊れてしまったのか? とにかく早く何とかしなくては―――!

 焦るロイドは飛び出そうとして、それを押し返すかのような突風に腕で顔を覆って目を閉じる。風が弱まり目を開き、ロイドは絶句した。

「なっ、飛竜?!」

「コレット、エミル!!」

 目の前に居たのはシルヴァラントの救いの塔へ向かうときに使った飛竜………ではない。それに似ているように思えるが、鋭い鉤爪にシルヴァラントのものより一回り小さい体つき。恐らくはより戦闘に特化した種族だ。

 それが二匹。一匹は足でエミルと気絶したコレットを掴んでおり、もう一匹の背中には誰かが乗っている。

「ふぉっふぉっ、よくやった、プレセア」

「誰だ!」

 飛竜の背から身を乗り出したのは、以前プレセアの家の前で会った、ハーフエルフの男。

「わしはロディル! ディザイアン五聖刃随一の知恵者!」

 ロディルと名乗った男の合図で飛竜が上昇を始める。

「ディザイアン? っ、このっ………! 皆! ―――ぅああ!!」

 エミルは飛竜の爪の中でもがいたが、締め付ける力が強まったか傷に触れたか、エミルも大きく叫んで気絶する。

「再生の神子はいただいて行きますぞ! ふぉっふぉっふぉっ!」

 高笑いするロディル。追い掛けようにも飛竜の羽ばたきで生まれる突風が、ロイドたちをその場に縫い付ける。

 ようやく風が止み、動けるようになったときには、既に飛竜の影はそこに無い。

 また、守れなかった。今度はこんなにも近くにいたのに!

 

「っくそ、エミル、コレット―――!!」

 




※追記
設定の違い
・アステルとゼロスについて。アステルがサイバックに来たのが九歳→七歳と二年早まってます。その時期にゼロスがサイバックの学問所に通っていたという描写はありませんが、ゼロスは当時13歳なので、おかしくはないだろうという捏造です。というわけでアステルとゼロスが九年前からの付き合い、というのは捏造です。


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13-1 契約

 今回かなりの捏造あり。
 ほぼオリキャラ状態のキャラが出張ります。
 無理な方はブラウザバックでお願いします。


 コレットとエミルが拐われ、ほぼ反射的にそれを追いかけようとしたのは、マルタとロイドの二人。

 が、それぞれジーニアスとしいなに引き留められて、先に当初の目的であったプレセアの要の紋をどうにかすることになった。

 エレカーの中で既に作ってあった抑制鉱石を、プレセアのエクスフィアに合うよう微調整して取り付ける。

 程無くして目に光が戻ったプレセアは、気が付くや否や家に飛び込み、ベッドに残された父親を見て、悲鳴をあげた。

 

 

 落ち着くまでに、少し掛かった。

 全員で手伝ってプレセアの父親の埋葬を終えると、墓に手を合わせていたプレセアが振り向き、まっすぐにロイドを見た。

「ロイド………さん」

「覚えてるのか?」

「大体は。皆さんに会ってから………いえ、ここ数日のことはかなりはっきりと覚えています。私、皆さんにご迷惑を………」

「良いんだ。エクスフィアと、あのロディルって奴のせいなんだから」

「どうしてあんなエクスフィアをつけていたの?」

「ヴァーリという人に貰いました」

「やはり………」

 リーガルが唸った。

「病気のパパを助けたかったんです。パパの代わりに働きたくて、斧を使えるようになりたかった。そうしたらヴァーリがロディルを紹介してくれて、サイバックの研究院に連れていかれたんです」

 その言葉で、アステルは分かってしまった。

 サイバックは王立研究所だ。研究の全てはテセアラ王家の管理下に置かれ、通常一般人は入ることができない。付属学問所も特権階級の一部しか入学できないのだから、プレセアが関わる筈など無かったのだ。本来なら。

 入れるとしたらロイド達のように王家からの許可を受けた者か、リヒターのようなハーフエルフの研究員か。

 或いは―――人体実験のための生け贄。

 アステルはその制度を使ったことなどない。だが研究というのはある意味果てなき実験の成果であり、時に命の危険も伴う。そういうときに『死んでもいい』実験対象に囚人を使う制度が、公にはされていないが、あることは知っている。

 その対象は、禁じられているが時に貧民と呼ばれる者達が選ばれることがあることも。その制度を使うときにはテセアラ王家の許可が必要であることも、国王陛下はその非人道的な制度を本心ではあまり好んでいないことも。

 そして、最終的に許可を出すサインをするのはテセアラ国王と、その娘であるヒルダ姫と、現国王の弟である教皇の三人しかいないことも。

「ケイトの研究は、教皇に命じられたことだと言っていたな」

「つまり、教皇もグルってことだ」

「………人のことを散々国賊だとか言っておいて、結局自分も裏切り者じゃないですか」

 自分の為に、他人を蹴落とす。国益ではなく己の利益のために。そういう自分の保身の事しか考えていないような、その為にどんな相手でも犠牲にしてしまえるような奴が、アステルは好きではない。

 リーガルが問う。

「プレセア。君には姉がいなかったか」

「いいえ。妹が一人。奉公に出てそれきりです。ママは私が子供のときに亡くなったから………」

「? 今でも子供でしょ?」

 マルタが素で不思議そうに聞き返すと、聞き返されたプレセアの方が目を瞬かせる。が、すぐにああ、と小さく頷いた。

「………ああ、そうですね。そうでした」

 その仕草はエミルに似ていた。

「あの、ロイドさん。私も連れて行ってくれませんか? コレットさんとエミルさんが連れ去られたのは私のせいです」

「プレセアのせいじゃないってば! エクスフィアと、あのロディルって奴のせいでしょ」

「いいえ、私のせいです。私がロディルに聞かれるまま、エミルさんのことも話してしまったから………」

 否定するマルタの言葉も遮って、プレセアは頑なに自分のせいだと繰り返す。

 エミルが拐われたのは不運にもコレットの側にいたからではなく、そうするように命じられたのだと。

「? エミルも狙われてたってこと?!」

「はい。ロディルはエミルさんに強い興味を持っていました。理由までは分かりません………私はロディルに何かを聞かれて………なんと答えたのか覚えていませんが、答えるとロディルは私に、余裕があればコレットさんと一緒に連れていくと言ったんです」

 最優先はコレットであることは間違いなかった。だが出来るならエミルも、と。どちらになっても構わないような口振りではあったが、気にはしていたのだと。プレセアがリフィルとコレットを引き離すように斧を振るった時に、エミルには一切の手出しをしなかったのはそう命じられていたからだ。

 エクスフィアの寄生が進んで命じられれば逆らえなくなっていたとはいえ、その時の意識は確かにあった。それをやったのは自分だ、という意識はあるのだ。

「お願いします。私にお二人を助けるお手伝いをさせてください」

 リーガルがプレセアの隣に並ぶ。

「………ロイド、便乗するようだが、私も改めて同行したい。お前たちの敵は………私の因縁の相手でもあるようだ」

 その更に隣に、意外なことにマルタが立った。

「ロイド、私からもお願い。リーガルさんは悪いひとじゃないし、プレセアがこの村の人にされてること見たでしょ? 置いていけないよ」

 マルタの言う通りだ。

 リーガルは多くを語らないが、少なくともミズホから行動を共にして、その僅かな期間でも誠実な人柄であることが知れる。

 プレセアはオゼットの住人から化け物と罵られ、気味悪がられていた。このままはっきりと自我の戻ったプレセアがここにいても、辛い思いをするだけだろう。

 ロイドがにっと笑って、答えた。

「ああ。二人の力を貸してくれ」

 良いよな? と振り返るまでもなく、他の面々はロイドの答えを受け入れている。

「はい。必ず!」

「ありがとう。感謝する。我が力の全てを以て、お前の信に応えよう」

 二人が頷き、しいなは笑って、しかし腕を組んでうなる。

「って行っても、何処に連れていかれたか………検討もつかないよ。どこを探せばいいのか……―――!」

 その時真っ先に反応したのは、やはりと言うかロイドであった。次いでゼロス、しいな、リフィル。ほかの面々も次々に気付く。

 全員がその茂みを睨み付けていると、影からゆらり、と人影が表れる。

 

「神子を奪われたか」

 

 一緒に旅をしていた頃の姿そのままで、クラトスはそこに立っていた。警戒するロイドたちに構えてか、一定の距離からは近付いてこないし片手は常に腰の剣に添えられている。

「クラトス………! コレットたちを何処へやった!」

 同じく刀に手をかけて、こちらは抜きかけているロイドが怒りも露にクラトスを威嚇する。

「ロディルは我らの手を離れ暗躍している。私の知るところではない」

「内部分裂と言うわけ? 愚かね」

 リフィルの言葉には答えず、クラトスは視線を左右に走らせ、心なしか何時もよりも濃いシワを眉間に寄せた。

「………エミルはどうした?」

「コレットと一緒に、浚われて」

 ロイドが答えないので、マルタが代わりに答えた、瞬間に。

 

「何?!」

 

 クラトスはシルヴァラントを旅していた時にも見たことがないほどに大きく目を見開き、ゆっくりと目を閉じる。少ししてまたゆっくりと目を開いたときにはいつものクラトスに戻っていて、そのまま踵を返した。

「おい、何処に行くんだ! まだ話は終わってない!」

「急用が出来た。お前たちと遊んでいる暇はない」

「なんだと………?」

 我慢の限界に達したのだろう、ロイドが一呼吸のうちに剣を抜き、クラトスに切りかかる―――が、やはりというか、容易くクラトスの剣で受け止められていた。そのまま押さえ込まれたか、ロイドの動きが止まる。

「言った筈だ。冷静になれと」

「ぐっ」

 ロイドが剣を引けば、クラトスはあっさりとロイドを解放した。

「神子は捨て置いても、問題なかろう。あのままでは使い物にならん。ヤツも放棄せざるを得ないだろう」

「そんな言い方!」

 今度はマルタが一歩踏み出す。

 クラトスはそんなマルタを一瞥して、オゼットの外へと足を向けた。

 ………数歩歩いて、立ち止まる。

「レアバードを求めろ。そして東の空へと向かうがいい。………だが、二人を助けたいなら急ぐことだ。あまり時間は残されていない」

 こちらに背を向けたまま、言うだけ言ってクラトスは去っていった。

 気配が完全に消えてからようやく、各々が体の力を抜いた。

「なんなんだ、あいつ………くそっ」

「ロイド、今はエミル達を助けないと」

「ええ。クラトスはああ言っていたけれど、コレットが無事だと言う保証もなくてよ」

 そして、エミルも。

「一度ミズホの里に戻ろう。もうレアバードを見つけているかもしれない」

「今のところ手掛かりはそれくらいだしな」

 マルタの言葉にゼロスが同意し、方針は決まった。それでもロイドは動かない。動けない。

 だって、目の前に居た。手の届くところに。コレットの時とは違って、エミルは手を伸ばしてくれたのに。

 ―――何も、出来なかった!

「ロイドさん、落ち着いて。今は出来ることを一つずつやりましょう。―――大きな事をしたいなら、小さな事こそを丁寧にやらないとダメなんです」

 論文だってそうなんですよ。

 笑うアステル。………その顔を見て、ようやくロイドは少しだけ落ち着けた。アステルの笑顔に、エミルとコレットのそれが重なったから。

 二人なら、きっとアステルと同じことを言う。

「………ああ。しいな、案内頼む」

「任せときな!」

 

 

 

 

 ミズホの忍は流石と言うか、すでにレアバードを見付けていた。場所は分かったがそこに行くためにはまだ準備が足りず。けれどそれも数日のうちに完了すると。

 ああこれで二人を助けに行けるとホッとしたのもつかの間。

「その前に―――しいな。お前に試練を与えねばならぬ」

 ミズホの副頭領タイガが、居住まいを正してしいなに向き直る。

「あたしに?」

「レアバード奪取の前に、ヴォルトと契約せよ」

 空気が張り詰めるのが分かった。

 特にしいなの狼狽えようは尋常ではなかった。後ろから見ているだけでも震えているのが分かるほど。

「副頭領、あたしは―――あたしには」

 しいなの手にアステルが触れた。しいなの手を両手で包み込み、笑う。

「しいな」

 名を呼んだだけ。

 しいなの震えが止まって、一つ大きく息を整えてから、真っ直ぐに前を見る。

「分かり、ました。やってみます」

「………そうか。レアバードの所在は追っておろちを神殿に向かわせる。詳しくはおろちから聞くがよい」

「はい」

 やはり声が堅い。マルタはしいなに尋ねる。

「しいな、大丈夫?」

「ああ。………準備をしてくる。皆は里の入り口で待ってておくれ」

 しいなが出ていってから、タイガはアステルに向かって目礼した。

「アステル殿。すまないが………しいなをお頼み申し上げる」

「はい。しいなはきっと、大丈夫です」

 その言葉にタイガがもう一度礼を返し、アステルは笑顔で応じた。ロイドが二人を見て戸惑う。

「? 何かあるのか?」

「ちょっとね。さ、行こう」

 笑うアステルに促されて、ロイドたちは頭領の家を出た。

 

 



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13-2

 捏造&オリキャラ状態のキャラが出張ります。
 ご注意!

※追記
 これまでの話の後書きに、設定の違いの欄を追加。ちまちま追記してますのでよろしければご覧ください。


 雷の神殿は、巨大な塔だった。

 マナの守護塔よりもずっと大きい。北の孤島にそびえる塔は雷雲に包まれ、絶えず落ち続ける雷に照らされて薄暗い空にぼうっと浮かび上がる。

 明らかに人工的に作られた塔の筈なのに、どこか荘厳ささえ感じるのは、それが現代ではあり得ないほどに高度な技術で作られた古代の遺産だからか、それともここが精霊の居る場所だからだろうか。

 塔の中は思っていたよりも広く、屋内だと言うのに外と同じかそれ以上に雷が落ちている。今も踏み出そうとしたロイドの数歩先に雷が落ちた。

「うおっ! ………このままじゃ進めないぞ。この雷を何とかしないと」

 入り口の辺りには不思議と雷は落ちてこないが、そこから少しでも奥に進もうとするとこれである。幸いにして自然の雷よりも遅いので、ロイドやしいなは反応できる。だがジーニアスやアステルは。

「これ、自然の雷じゃありませんね。落ちる直前に床が光りますし、多分、床や壁のマナに反応してるんだと思います」

 アステルの言葉にジーニアスが同意したので、多分そうなんだろう。

「神殿には簡単に入れたのになぁ。神託の石板も見当たらないし」

「テセアラは繁栄世界だ。封印としては機能していないのだろう。………だが、そうだな。ここも封印ならば、何かの仕掛けがある筈だ」

 シルヴァラントの神殿がそうだった。ここだって、きっとテセアラが衰退世界ならば神子の試練として使われる場所だ。乗り越えられるように出来ている筈なのだ。

「よし。じゃあまずは雷に気を付けながらその仕掛けを―――」

 

 気が付けたのは、ジーニアス、リフィル、リヒターの三人だけ。

 動けたのは一番近くに居たジーニアス。

 

 ジーニアスはだっと駆け出し、マルタに飛び付いて押し倒し―――直後、マルタが立っていた場所に雷が落ちた。

「あ、りがと、ジーニアス」

「お礼はいいから早く立って!」

 何故か、さっきまでほとんど落ちなかった入り口近くに、雷が落ち始めた。

 ロイドたちはさっきのアステルの言葉を思い出してそれを避け、避けられないジーニアスとリフィルは避ける代わりに術を展開して防御する。

 雷の次は突風。前方から強風が吹き付けてその場から動けなくなる。

「なんだこの風は………っ!」

「これ、マナを―――含んで―――!」

 前触れもなく吹き荒れた風は、同じように前触れなく止んだ。同時に雷も落ち着く。

 そして。

 

『立ち去れ』

 

 何処からともなく、声が聞こえる。

 直接頭に響くような声だった。人とは思えない、ゾクッとするような声。精霊を相手にした時と似ている。

「っ、誰だ?! 何処にいる!」

「ロイド! 上だ!」

 リーガルが示した先を見上げれば―――そこには、竜がいた。

 飛竜よりも一回りか二回り大きい。飛竜とは違って四足で、大きな翼と長い尾を持つ虎か獅子のような、しなやかな竜。

 それが、上階の手すりの上にいたのだ。まっすぐにロイドの方を見ている。

 竜は驚くほど軽やかに手すりや柱を跳び移り、ロイド達から少し離れた場所に降り立った。通路の先、ロイド達の行く先を塞ぐように。走れば届く距離だと言うのに、あの巨体が降り立った衝撃は伝わって来なかった。

『警告だ。立ち去れ』

「?! また! この声、お前か!」

 返事はない。だが竜の目が、値踏みするように細められた。

『この地に踏み入るものは、その命を保証しない。去れ』

「そうはいかないの! 私たちはヴォルトに用があって来たんだから!」

 声を張り上げたのはマルタだ。他の皆は固まって動けない中で、何故かマルタだけは何ともないらしい。ヴォルトの名が出た瞬間、竜の気配が鋭くなる。

『ヴォルト殿に? ………そうか、お前達が―――』

 一拍目を閉じ、竜は体を揺らした。笑ったようだった。

『答えは変わらん。何人もこの地に立ち入ることは許さない。どうしてもというなら、力を示してここまで上がって来い。来られるものならな』

「上等よ! 首洗って待ってなさい!」

 マルタが叫べば、竜はまた体を揺らして、―――また突風が吹いた。風が収まると、竜は何処にも居なくなっている。あの妙な威圧感も消えていた。

 

 ロイドは、詰めていた息を吐いた。マルタ以外は皆そうだ。

「何だよあいつ………あれがヴォルトか?」

「違うよ。あんなヤツ知らない―――あいつはヴォルトなんかじゃない」

「そうだね。あいつ『ヴォルト殿』って言ってたし」

 ヴォルト本人ならなら殿なんてつけないだろう。しいなとマルタの言う通り、あれはヴォルトではないのだ。

「何だったんでしょうか。魔物………では無いようですが」

「うむ、人の言葉を解する魔物など聞いたこともない。まして意思疏通が可能など」

「あの竜は魔物より精霊に近い存在よ。けれど精霊ではないわ。何者かしら」

 博識のリフィルとリーガルでも知らないらしい。魔物のようで魔物ではない、精霊のようで精霊ではないあいつ。

「さっきの雷と風、あれもあいつの仕業だった。あいつがマナを操ってたんだ」

「………来るなら来い、って言ってたね」

 それはつまり、妨害するのを抜けて見せろ、ということで。いつさっきのような雷が落ちるかわからないということなのだ。 

「行くしかない」

 リヒターはあっさり言った。

 ゼロスが笑う。

「ああ。ヴォルトと契約する為にも、まずはヴォルトに会わなきゃ話にもならん。そうだろ? アステル」

「ええ。大丈夫、来て見せろ、というなら行く方法はあります」

 一行を促すのは、しいなだった。

「………行こう、みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、もう大変だった。

 遺跡の仕掛けならリフィルとジーニアスとアステルが居たので然程時間もかからなかった。力が必要ならプレセアとリーガルもいた。

 が、大変だったのはその他だ。

 まず魔物がひっきりなしに襲ってきた。時には謎解きに頭を使っているリフィル達を背に大量の魔物を相手しなければならなかったし、必要な機械の所に辿り着くまでには大抵魔物の山を乗り越えなくてはならなかった。………ある程度攻撃を加えれば逃げていくのだが、追いかける余裕もない。襲ってくるのを相手するだけで精一杯だった。

 次に、これは予想外だったのだが、仕掛けが壊れている場所があった。流石に長年の月日には敵わなかったのだろうか。リフィルたちが仕掛けを解くのに時間がかかったのにはこれもあった。というかよく解けたと思う。普通ならお手上げのはずなのに、壊れた機械で壊れる前の『正解』と同じ結果をもたらす。一緒にいたのがリフィルとアステルでなければ泣く泣く引き返す羽目になった筈だ。

 そして忘れた頃に来るのがあの雷と突風だった。マナによるものだから直前でリヒターかジーニアスが気付けるのだが、直前すぎて毎回苦労した。何度かジーニアスやプレセア、マルタが足を滑らせて下に落ちかけたときには肝が冷えた。

 そんな困難の数々を乗り越えて、ようやく辿り着いたのが、ヴォルトの祭壇らしき場所。最初にあの竜が居た、その場所だった。

「―――ロイドさん、ソーサラーリングであの最後のブロックを撃ってください。それで仕掛けは解ける筈です」

「ああ。………何度も何度も行ったり来たりしたけど、いよいよなんだな」

 ロイドは一行を見回した。そしてしいなに目を留める。

「しいな」

「大丈夫………大丈夫だよ、ロイド。―――やっとくれ」

 しいなが頷いたのを確認して、祭壇の上に鎮座する最後のブロック目掛けてソーサラーリングを構えて。

 

 瞬間、リヒター、ジーニアス、リフィルの三人がマナを紡いで、降り注いだ雷の束を防ぐ。そして見上げると目の前のブロックの上にあの竜の顔があって、ロイド達を見下ろしていた。

『やるじゃんか、お前ら』

 竜は面白そうに目を細め―――瞬き一つする間に。

 ジーニアス位の少年に姿を変えた。

「―――な、なななっ、なん………!?」

 驚きのあまり言葉も無くしているジーニアスやマルタをそっちのけにして、少年はブロックに腰かけて足をぶらぶらと揺らしながら、それはそれは楽しそうに愉快そうに笑う。

「この雷のマナの中で水のマナを操るその正確さ。そして瞬時にこの人数を守れるだけの強度と範囲を備えたバリアーを張れるその技術力と素早さ。そっちのお前らも魔物相手の動きは悪くない。ちょっと見くびってたな」

「お前さん、何者だ?」

 何時になく真剣な声でゼロスが問う。今のゼロスは本気だ。何時でも剣を抜けるように構えつつ、少年を睨んでいた。

 その視線を真っ向から受けて、少年はストン、とブロックから降りた。ロイド達の目の前に立ち、やや大仰な仕草で礼をする。

「俺は我が主の命により、この地とヴォルト殿を守るもの。お前達を試させてもらった」

「試すだと?」

「もしかして、あの魔物や雷は」

「うん、俺だね」

 あっさりと。白々しいほど、表情一つ変えずに。

 死ぬかも知れなかった。もし雷に当たっていれば、魔物にやられていたら、あるいは魔物をアステル達の所へ通してしまっていたら。そんなことは気にしていない。………もしそれで死んでいたとしても、きっと何とも思わないのだろう。

 人間の姿をしていても、言葉が通じても、ヒトではないのだ。

 苛立ちながら、マルタが問う。

「じゃあ試練は合格ってことで良いの?」

「ああ。力も資質もある。頭も悪くない。十分及第点だな」

「なら、早くヴォルトに会わせてよ。私たちが用があるのはヴォルトであんたじゃないんだから」

 乱暴なマルタの言葉も気にしていないらしい。寧ろ何処かその反応を楽しんですらいるようで。

 

「良いぜ。―――そこの召喚士以外は、な」

 

 名指しされて、しいなの肩が跳ねた。

「お前をヴォルト殿に会わせるわけにはいかない」

 俯き黙りこくってしまったしいなの代わりに、ロイドは吠えた。

「何で、どうしてだよ!」

「神殿に入ってから戦ってるときも移動してるときもずーっと俯いて、雷が側に落ちる度に死にそうな顔するし。仲間に庇われてばかりだ」

 そこまでずっと笑顔だったのに、急に背筋が寒くなるような鋭い目に変わる―――竜の時、値踏みされるような心地がしたあの目に。

「今のヴォルト殿は大変に機嫌が宜しくない。昔色々あったから、ヴォルト殿は唯でさえ召喚士が嫌いなんだ。そこにヴォルト殿の機嫌をさらに損ねそうな奴を通す気はない」

 他の奴等は合格だから通ってもいい。ただ召喚士だけは通さない。

 端的にそれだけ告げてあっさり踵を返したそいつを、今度はジーニアスが呼び止める。

「ちょっと待ってよ! 召喚士が居なかったら契約が出来ないよ?!」

「ヴォルト殿は召喚士ではなくても、人と関わることそのものを厭うておられる。ヒトと契約することも、望んではおられない。どうせ契約なぞ成る筈がないんだから、召喚士は必要ないだろ。召喚士だけ置いて進むか、もしくは全員で帰るかだ。俺はどっちでもいいが?」

「それじゃ困るんだ!」

 符を取りだし構えて、しいなが悲鳴をあげるように叫んだ。声も体も震えている。ロイドには泣いているように聞こえた。

「あたしは、あたしは何としても、ヴォルトと契約しなくちゃ………!」

 

「黙れ人間!」

 

 大人しかったそいつが、目を見開いて大喝する。

「お前達はいつもそうだ。それはお前達の都合だろう! お前達のヒトの都合に我らを、我が主や御方方を巻き込むな!!」

 

「違うッ!」

 

 しいなの前で小さな四肢を踏ん張りながら、コリンが叫び返す。

「しいなはそういう奴らとは違う! しいなはコリンを助けてくれた。コリンを道具じゃないって言ってくれたッ! しいなは、しいなは自分勝手な臆病者じゃないんだからぁっ!」

「コリン………」

「―――ならば何故、貴方はそんな姿をしている?」

 今度はとても、静かな声だった。穏やかにも聞こえるほど。けれど確かに怒りの籠った、それを理性で抑えて表面に出ないようにしているような、そんな声。

 言われたコリンは心底何を言われているのか分からないというように戸惑った。

「え?」

「違うというなら何故だ。本体にも還れずそのような弱った姿―――人間達に無理矢理『引きずり出された』からだろう」

 コリンは精霊だ。ただし普通の精霊とは違って、メルトキオの精霊研究所で『人工的に作られた』精霊。

 アステルが働く、その施設で。

 ロイドはアステルの方を見たが、アステルの表情はいつも通りに見えた。

 誰も何も言い返せず、沈黙が流れる。

 しばらくして、そいつは不意に竜の姿に戻った。

『如何に貴方が彼等を庇おうと、俺の答えは変わらない。覚悟のない奴をヴォルト殿には会わせん。帰れ、人間。その御方に免じて命はとらない。帰れ』

 言うだけ言って、竜は翼を広げた。羽ばたきで風が起こる。―――それはそう、雷の前後で吹いた突風のように。

 風で目が開けていられなくなって、目を閉じる。目を開けるとやっぱり、竜は居なくなっていた。

 




 お久しぶりです。
 続きは書き上がっていないんですが、とりあえず投稿。

 続きはまたしばらくお待ちくださいませ。


※追記
設定の違い
・人体実験云々は捏造。王家の許可云々も捏造なので原作にはそんな描写はありません。
・雷の神殿について。シンフォニアよりも雷が酷いです。ラタ騎士のゲームのように、モタモタしてると雷に当たります。この雷の範囲はサイバックまで及んでいますが、サイバックの町はアステルの発明により守られているためサイバックでは雷には当たりません。
・雷の神殿の仕掛けについて。ゲームではリセット機能がありましたが拙作ではありません。さらに経年劣化か何かの影響で壊れている部分もあり、ゲームと同じ手順では仕掛けを解除できていませんでした。
・竜の少年について。少年の外見は考えてませんのでご自由に。ただ外見年齢はジーニアスくらいです。


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13-3


 相変わらず捏造過多。オリジナル多し。
 苦手な人、無理な人はブラウザバックで。


 ようやく伏線をいくつか回収できた……!
 思い付いた時期が6:人間牧場を書いてた頃なので、なんとなく繋がってるようなないような。


 

 竜が去った後、ロイド達は雷の神殿を出て、雷があまり降ってこない原っぱで夜営することにした。

 

 神殿の仕掛け―――最後のブロックには手出しできなかった。

 というのもブロックの回り、祭壇を囲むように雷の薄い膜のようなものが張られていたからだ。リフィルが言うには結界の一種らしい。おそらくあの竜が張っていったものだろう。

 あれから竜は一向に戻ってこなかったし、結界はどうしようもない。日も遅くなったので、取り合えず今日の契約は諦めて夜営することにしたのである。

「あたしは昔………十二年前、ヴォルトと契約しにここまで来たことがあるんだ」

 食事の後、しいなが覚悟を決めた顔で話し出した。

「頭領にヴォルトとの契約を命じられたあたしは、ミズホの忍びと一緒にここまで来た」

 しかし契約は失敗し、里の忍の四分の一近くが死んだ―――。

「それで、ヴォルトと契約しろって言われたとき変な顔してたんだね」

「里でしいなが遠巻きにされてたのもそういうことか………」

 その時の遺族が、その事件の原因となったしいなを恨んでいる可能性は高い。………ロイドがイセリアでそうなったように。

「あの時、ヴォルトの言葉がまるで分からなくて………また、またあの時みたいに皆に何かあったら………!」

 しいなは両手で目元を覆う。

 ずっとそんな事を考えていたのか。それで、ずっと様子がおかしかったのだろうか。

 だが、ロイドも覚えがあった。自分のせいで人を死なせてしまったこと。自分のせいで、犠牲になってしまった人のこと。………忘れられないイセリアを出たあの日。

「馬鹿馬鹿しい。そんなことで悩んでいたのか」

「リヒター!」

 アステルに咎められてもリヒターは続けた。

「この旅が危険なのは今に始まったことじゃないだろう。危険だとしても契約するところが見られるなら俺たちにとっては願ったりだ。それに、そもそも今のお前と昔のお前は同じなのか? 同じだというならこの十何年、お前はいったい何をして―――ぐっ」

「はいストップ!」

 座っていたリヒターは後ろからアステルにのし掛かられて口を止めた。リヒターの頭に顎をのせ、肩に腕を回すなんてこと、アステル以外にはできない芸当だ。

「リヒター、言い過ぎ。………でもまぁ、そうだね。しいなはコリンだけじゃなくて、ウンディーネとも契約できたんだから、自信もって。ね?」

「アステル………」

「死なないよ。ていうか死んでられないよ。僕の研究はまだ完成してないからね。やることはまだまだあるんだから!」

 シルヴァラントの精霊も研究したいし、この旅で思い付いたことも試したいし―――指折り数えるアステルは死ぬことなんてまるで考えていないように見える。絶対に死なない自信があるのではなく、何があっても生きてやる、とでもいうような。

「で、でもまた失敗してヴォルトの力が暴走したら………」

「その時はアステルに害が及ぶ前に、ヴォルトを斬って終わりだ。俺のすることに何も変わりはない」

 リヒターはアステルの護衛役だ。それは相手が精霊であっても変わらないと。

 余りに潔くて、思わずしいなも笑みを漏らす。

「はは、歪みないねぇ、あんたは」

「そもそも契約の結果など気にしていないからな。成功しようが失敗しようが、どちらであっても構わない」

 一行が目を見開いて、誰かが行動するより先に、アステルが飛び上がってリヒターの頭をはたいた。

「もう、リヒターったら! 素直に『成功すると信じているから心配してない』って言えばいいのに」

「勝手に余計な副音声をつけるな!」

 こうなると怒鳴り返すのも照れ隠しに見えてくる。………世界広しと言えどもリヒターをこんな風にしてしまうのはアステルだけだ。

「っ、それよりもだな! お前はとっとと立ち直れ! 契約が上手くいくか以前に、あの竜に認められなければ契約に挑むことすら出来ないんだぞ」

 話題が変わると興味も関心もそちらに移る。

 竜、と聞くやむすっとした表情で腕を組んだのはマルタである。

「ああ、あの偉そうな竜。何様のつもりか知らないけど、しいなに言いたい放題言ってくれちゃって!」

「お、落ち着きなよマルタ。あいつの言ってたことは、最もだし………」

「あんな奴の言うこと気にしない! それに、例えそうだとしても合ってたら何言っても良いって訳じゃないでしょ! なぁにが『契約は成る筈がないんだから召喚師は必要ないだろ』、よ! やってみもしないで―――!」

 

 一瞬の白い稲光。

 

 遅れて、頭上で何かが爆発でもしたかのような轟音。………いや、本当に、木々の向こうで何かが爆ぜた。

「! 何だ、今のは」

 リーガルが腰を浮かせかけた、と同時。

 ―――今度は同じ方から、獣か何かの咆哮が響いた。

「この声は、あの竜の声です!」

「近いぞ!」

 一行は顔を見合わせて頷き、手早く支度を整えると、竜がいるであろう場所に向けて、出発した。

 

 

 夜だというのに、暗さには困らない。何故ならひっきりなしに落ちる雷が、稲光が辺りを照らしているから。むしろその眩しさに目を細め、光を直視しないように努めなければならなかったほどだ。

 だからロイドたちは、その光景をはっきりと見ることができた。

 あの竜が、大量の魔物相手に戦っている光景を。

 竜が吼える。同時に雷が大量に落ちて、辺りの魔物たちを焼いた。それでも雷に当たらなかった魔物が他の魔物の焦げた死体を乗り越え竜に飛びかかり、竜は尻尾や前足でそれを叩き落とす。

 が、一向に魔物は減らない。

「あの魔物、変だよ」

 様子をうかがっていると、ジーニアスが呟く。

「あれ、魔物じゃない………?」

「いいえ。あれは魔物の中になにかが………」

 ジーニアスの目が、不思議な色に光って見えた。リフィルの目も同じだ。

 エルフの血族の目は、マナを視る。

 ジーニアス、リフィル、リヒターの三人が、一斉に振り向いた。

「っ!? マルタ、伏せて!」

「え?」

 戸惑いながらもマルタの体が先に動く。言われた通りしゃがんで頭を下げ、その頭上をリヒターの剣が走った。

 どさり、と音をたててマルタの横に転がったのは。

「きゃ―――っ!?」

 狼の死体である。それも目を剥いて、口のはしには泡立った唾液がついている、そこから長い舌がだらりと伸び、心なしか瞼や前足がピクピクして―――眼球がぎょろりと、マルタを見た。

 マルタは後ろに飛び退き、スピナーを構える。

「こいつ、まだ生きてる!」

「何!?」

 死体だ。それは間違いなく死んだはずだ。リヒターの剣は間違いなく急所を切り裂き、仕留めた筈だ。

 なのに、まるでゾンビのようなふらふらとした動きで、その狼は確かに立ち上がる。

 動く度に傷口から血が吹き出し、血が地面に染み込むほどに大量に流れ出ているはずなのに、意に介した様子もなく。

「陽流・丙!」

 リヒターが手斧でそれの頭を叩き斬った。振りかぶった上段から叩きつけられる斧と、立ち上る火柱。頭蓋骨を陥没させるほどの攻撃を受けてからだを焼かれては、流石に息絶えたと見えてそれも動かなくなる。

「あ、りがとリヒター」

「早く立て! 次が来る!」

 全員が、戦えないアステルを中心に構えた。そして。

 竜の方から、森の中から、次々に襲ってくる魔物に、立ち向かった。

 

 

 

「あーもうこいつらしつこいっ!」

「ホントだよ―――イラプション!!」

 叫びながら、マルタがまた魔物を蹴り飛ばし、その魔物をジーニアスの魔術が焼いた。灰になるまで燃やし尽くし、それで魔物は動かなくなる。

 向こうではロイドが闘気をぶつけて木々に打ち付けたり、リーガルやプレセアが頭を砕いたりした魔物を、リフィルとリヒターの術が焼滅させている。

 しいなと、そしてゼロスは前衛と後衛のフォローに走り回りながら、アステルを庇って魔物と渡り合う。

 辺りは一行が倒した魔物の焦げたりぼろぼろになったりした骸で埋まり始めていた。

 相変わらず少し先で竜も魔物を倒し続けているのに、だ。

「あーくそ埒が明かねぇぞ!」

「文句を言う暇があったら手を動かせ神子! ―――ネガティブゲイト!」

 大声で叫びながらも、一行は目の前の魔物を相手する。

 しかしただの魔物ではなく、不死身かと思うほどにしぶといのだ。嫌になるのも無理ないこと。

「おーいジーニアス! こいつら纏めて魔術でなんとか出来ないのか?!」

「エアスラスト! 無茶言わないでロイド! 魔力が保たないよ―――スプラッシュ!!」

 ジーニアスの術で産まれた水が、魔物を飲み込む―――。

 それを見たマルタが、はっと閃いた。

「しいな! 精霊を喚んで! ウンディーネに頼んで、こいつらまとめて押し流して貰おう!」

「それだ!! しいな!」

「任せな!」

 しいなは一枚の符を取り出した。

「おじいちゃん………」

 一枚はオサ山道で骨の魔物を退けるのに使い。

 もう一枚はバラクラフ王廟でのロイドたちとの戦いに使い。

 使わずにこれまでとっておいた、最後の一枚。

「最後の一枚、使わせてもらうよ」

 水の眷族に当たる、式神・蒼雷。それを術の核にして、しいなは契約の証、アクアマリンの宝石を握りしめた。

「清廉より出でし水煙の乙女よ」

 しいなは、目を閉じたまま、集中する。

「契約者の名において命ず―――出でよ、ウンディーネ!!」

 名を呼ぶ。喚ぶ。編まれた術が収束し、弾けた。力の奔流。その中から、その奔流を道にして。

「………お呼びですか、契約者しいな」

 しいなの目の前に顕現したのは、水の精霊ウンディーネ。

「ウンディーネ! こいつらまとめて、押し流しとくれ!」

「お任せを」

 ウンディーネはしいなに向かって微笑み―――魔物たちを見渡した。

「哀れな………歪んだお前たちを、我等では救うことが出来ません。せめて、苦しまぬよう葬送って差し上げます!」

 ウンディーネが手をかざせば、ジーニアスやリヒターのそれとは比べ物にならない力が渦巻いた。

「! 何かに掴まれ!!」

 リヒターの声になんとか全員が従った、次の瞬間。

 辺りを、凄まじい水が飲み込んだ。

 

 

 飲み込まれ、マルタは意識が飛びかける。

 港町パルマコスタ出身のマルタは、海と共に育った。水の力強さと恐ろしさは、よくよく知っている。

 だって、あの時も。“あの日”の津波は、あっという間に街をのみ込んで―――。

 

「………?」

 

 今、何を。

 今のイメージは、パルマコスタが、何かに―――いや、それよりも………“あの日”って、何時?

 

 

 

 

 

 

 ウンディーネはきちんとロイドたちを守った上で水流を呼び起こした。

 アステルはマルタに呼び掛ける。

「マルタ、マルタ?!」

「………大丈夫、気を失っているだけよ」

 マルタだけが驚いたのか気絶してしまったが、ロイドたちはなんともなかった。ただ魔物だけが、竜が戦っていたものも含めて全てが綺麗さっぱり消えていた。

『………水の、御方?』

 竜がウンディーネをそう呼ぶ。ウンディーネは竜に向き合った。

「貴方は“彼”の眷族ですね。安心なさい。あの魔物たちは皆、私がおくりました。海が彼らの骸を受け止め、やがて大いなる流れへと還すでしょう」

『ありがとう、ございます』

 竜がウンディーネに向かって頭を垂れると、ウンディーネはしいなに向き直る。

「では、しいな。私はこれで」

「あ、ああ、ありがとう、ウンディーネ」

 ウンディーネがマナに溶け、消える。

 と、竜はしいなを見下ろす。

『………お前は、水の御方と契約を交わしていたのか』

「そうだよ! しいなはちゃんと、精霊と契約してるんだから!」

 起きていたらマルタが言ったであろうことを、ジーニアスは叫ぶ。ジーニアスも、竜の言葉には頭に来ていたようだったから。

 が、ジーニアスの言葉に怒るでもなく、謝るでもなく、竜は何かに納得したように何度も頷く。

『………そうか。………そうか』

 しきりに頷いて、ロイド達を見回して、しいなを見て。

『明日、そろって神殿まで来い。………ヴォルト殿に会わせてやる』

「あら、良いのかしら?」

 ヴォルト殿の機嫌を損ねそうな奴を通す気はない、と明言していたでしょうに。そんなリフィルをしいなが嫌そうに見た。ほんと、性格悪いと呟くのが聞こえる。

 竜も心なしかうんざりしたような、むすっとしたようは、そんな雰囲気だ。

『今も正直言えば会わせたくない。が、水の御方と契約を交わしたのなら、お前は“楔”を抜けるかもしれない』

「“楔”??」

 アステルは首をかしげた。ジーニアスもリフィルも知らないらしい。竜が気まずげにそっぽを向く。

『………なんでもない。こっちの話だ』

「もう一つ。あの妙な魔物は何?」

『あれは当てられて“歪んだ”魔物だ。殺してやるのが一番良い。安心しろ、水の御方がほぼ全て祓われたから、お前たちが寝込みを襲われることはない』

 またも意味がわからない答えを返されたが、アステルははっとした。顔をあげる。

「! まさか、ガオラキアと同じ―――」

『深入りするな、人間』

 竜が、アステルを見下ろしている。

『それは、お前たち人間は知らなくても良いことだ。人間が関われば命を落とす。………それを、我が主は望まないだろう』

 アステルは押し黙った。警告だ。それもアステルを巻き込まないがための警告なのだ。

 言うだけ言って、竜は翼を広げる。

『じゃあな。明日神殿で待ってるよ』

 姿勢をぐっと低め、反動で空に飛び出し。

 竜が見えなくなって、ロイドが聞いた。

「………どうする?」

 答えたのはしいな。

「行く。行くに決まってるだろ。やっと契約に挑めるんだ。―――早く、コレットとエミルを助けてやらないと」

 相変わらず、手は震えていた。それでも目に力が戻っていた。

 だから。

 

 その夜、皆が寝静まってから。

 アステルは持ってきていた荷物から、とある機械を取り出して、調節を始めた。

 

 





・しいなの符について
 三枚のうち、一枚はソードダンサーから逃げるのに使用(式神壱、ゲームではオサ山道戦で使用)。
 一枚はエミルとは別行動してたバラクラフでロイドたちと戦うのに使用(式神参、ゲームではアスカード人間牧場からの離脱に使用)。
 なので、一枚は使わずにとってありました。


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13-4


 ツインブレイヴのネタを使ってます。
 機能は別物ですが、見た目はあれです。


 

 

 

 

 気がつけば、知らない場所だった。

 強いて言うならレネゲードの基地に似ているだろうか。少なくともシルヴァラントにはもう存在しない超技術でもって作られた場所なのは確かだ。

 朦朧とする意識。体が酷くだるい。目を開けているのも億劫なほど。

 それでもなんとか辺りを見回し―――少し離れたところに、ドームがついた寝台に寝かされているコレットを見つけた。

『コレ―――』

 呼ぼうとして、声が出なかった。

 自分の体を見下ろせば、両手足に鎖が繋がれている。手の鎖は壁に伸びていて、あぁ、肩が強張って痛かったのは吊り上げられているからだったのだ。腕を伸ばして床に膝がつくかどうかという長さ。かといって立ち上がる気力と体力は無い。

(………この鎖は)

 マナを吸っている。そういう仕掛けがあるようなのは、視れば分かった。体がだるいのもマナを吸われているからだ。

 

「ようやく目覚められましたかな?」

 

 顔は上げたが、視界はぼやけていた。痛む頭を堪えて焦点を合わせれば、そこにいたのはハーフエルフの男。眼鏡をかけて緑のマントを着た―――そこで、一拍遅れて頭が回った。

 自分とコレットは、こいつに拐われたのだ。

「お、まえ」

 ようやく出た声はかすれて酷く聞き取りづらい。だから聞こえていないのかそれとも無視しているのか。ともかくそいつは彼に構わず、にいっと笑う。

「あなたが悪いのですよ。意識を失っているというのにあなたがあまりに暴れるから、その囚人用の鎖を使う羽目になったのです。それは衰退世界の人間牧場で使われているもの………人間が発するマナをギリギリまで吸い上げる鎖。まぁあなたのそれは“天使”すら捕らえる特別製ですがの」

 聞いてもいないことをペラペラと。だが、納得もした。

 

 マナは生命の源だ。一部の無機物を除き、全ての命が持っている。少なくなれば体は弱り、完全に枯渇すれば死ぬ。

 マナは食事や呼吸で自然に少量ずつ回復するが、それは普通に生活して消費するマナを補う程度でしかない。一度に大量のマナを失えば、回復が追い付かずに衰弱、やがては死に至る。

 

 つまりこの鎖はその衰弱するギリギリまでマナを吸い上げるものなのだろう。鎖を付けている間は常にマナが吸われ、体の回復まで回らないのだ。

 人間牧場に捕まっていた人々が彼処まで弱っていたのは、労働の過酷さやエクスフィアのせいだけではなく、この鎖でマナを吸われていたからだ。

「しかし、あなたは非常に興味深い。普通の人間ならば、天使用の鎖など使えば確実に死ぬ。………あなたのどこに、それほど膨大なマナがあるのでしょうね?」

 彼は答えない。答える気力もないしつもりもない。

 体内のマナを必死に制御してこれ以上マナが漏れないようにしているのに、それでも少しずつマナが吸われていく。

「ご安心を。殺しはしません。あなたの体をじっくりと研究させていただくまでは………ユグドラシルに気付かれる前にどこまでやれるか―――」

 

 ああ、意識が。

 

 

 

 

「―――とか―――………ンテナに―――」

「ええ、あり―――」

「―――………んでしょ?」

「……グド―――………れより―――」

 

 声が聞こえる。

 霞の奥、幕の外側。

 気付いて意識すると、少しずつ声が会話として拾えるようになり。

 

「………じゃあ、これが最後よ」

 

 その聞き覚えがある声に、はっとした。

 ―――アリス?

 

「依頼された品は、確かに貴方の牧場まで運んでおくわ」

「ええ、頼みましたよ。こちらは今動けませんからね。あの品さえあれば、あとは完成させるだけです。あなた方のお陰だ。もうすぐ―――もうすぐ“トールハンマー”は完成する」

「あとは確か、ハイエクスフィアだったわね」

「輝石ばかりはどうにもできませんからな」

「こっちでも探してはいるんだけど―――ねぇ。神子のものはダメなの?」

「フォフォ、あれはダメですよ。テセアラの神子に手を出せばすぐにユグドラシル様にバレてしまう。シルヴァラントの神子は―――使い物になりませんな。何故ユグドラシル様はあのような者たちに執着するのか………まるで分からぬ」

 呆れたような馬鹿にしたような、そんな声。アリスの返事は少し遅かった。

「………―――まぁ、良いわ。こっちでもし見つかれば連絡する。そうじゃなければ予定通りこの先互いに干渉はしないってことで」

「ええ、よろしくお願い致しますぞ。………アリス殿」

「何?」

「何度も申し上げておりますが―――“こちら”に来ませんか?」

 にたり、と笑う音が聞こえそうなくらい、嫌な声。優しげで、嫌な声だ。レミエルのような。

「あなたのような方がそんなところに居るのは惜しい。私と―――」

「このアリスちゃんを誘おうだなんて、百年早いわよ。出直してらっしゃい」

 足音が聞こえる。少し遠ざかり、ウィン、という音がして、止まる。

「じゃあ、約束通り荷物は私たちが貰っていくわ」

「送りましょうか?」

「いらない。何度も来てるし、道はわかるもの」

 またウィン、という音。扉が開閉する音。

 それで雰囲気が変わったのとアリスの声が聞こえなくなったことで、彼はアリスが部屋から出ていったことを知った。

「………あの小娘。まぁ良い、今はなによりトールハンマー―――魔導砲だ」

 彼は驚く―――魔導砲、だと?

 まさか、そんなはずが。動揺で体が動き、鎖が音をたてた。

「おや、起きていたのですか。まったくもって不思議ですなぁ、普通なら目覚めるはずなどないのに………もうマナが回復しているのか」

 マナが回復した、というよりは周囲の大気のマナを集めて吸収した、という方が正しいのだが、勿論そんなことを教えてやる義理などない。

 見上げれば何やら文字と数字が踊る板の前で、あいつがニタニタと笑っていた。

「お前、魔導砲なんぞ、つくって、どうするつもりだ?」

 魔導砲。かつての魔科学の産物。その威力たるや凄まじいが、その分相応にマナも消費する。魔科学兵器が台頭した結果は―――かつての、大樹があった世界であれだ。今のマナが枯渇しかけた世界でそんなものを使えばどうなるか。

「あれは、ヒトが扱うモノじゃない。そもそも、今の世界じゃ、動かせないだろう」

「………一つ、よいことを教えて差し上げよう」

 そいつの指が動く。板の数字と文字が変わり、何度か点滅して、映像が映った。そこは海の底らしい場所で、何十人もの人間が働かされている。

 人間牧場。

「人間牧場は四つ存在するが、いずれも衰退世界にある。マナの少ない衰退世界にね。我らの道具はマナで動く魔科学の一種。しかし我らはマナ不足に困ったことなどないのですよ―――囚人どもがいる限り」

 映像の人間たちはエクスフィアがつけられ、ボロボロの姿で働かされている。魔物やディザイアン兵に監視され、首輪をつけられ、―――両手足には鎖を繋がれて。

「! まさか!」

 鎖。彼をつなぐそれと同じもの。

 マナを吸いとる鎖。

「囚人のマナを動力にしてるのか!?」

 この世で一番純粋なマナとは、生命力そのもの。命そのもの。この鎖が容赦なくもぎ取り吸いとるもの。

 確かにそれなら魔科学兵器も動かせるかもしれない。

 だが。

「そんなことしたら、囚人全員マナの枯渇で―――!」

「ええ。我が魔導砲の肥やしとなれるのですから、感謝してほしいものですね」

「っ、お前は………!」

 こんな鎖がなければ、ぶん殴ってやるものを。

「しかし、あの神子は本当に出来損ないでした」

 神子。そうだ、一緒にさらわれて。

「輝石としても使えぬ。魔導砲の肥やしにもならぬ。そもそも与えられた使命も果たせぬ」

「―――………まれ」

「そこから逃げて、こんなところまで来ている。ユグドラシル様が放置しておるわけだ。あんな失敗作の小娘」

「黙れっ………!」

 彼の感情に反応して、大気が―――大気のマナが、ごう、と震え。

 世界のためにならと笑って死ねる娘だ。

 武器を突きつけられても相手を思って笑える娘だ。

 狂っているわけでもなく、穢れを知らぬわけでもなく、それらすべてを飲み込んで、誰かのために笑える強い娘だ。

 かつて世界の終わりを食い止めた娘と、同じものを願える娘だ。

 あの優しさと強さがどれだけ価値のあるものか―――こいつのようなヤツにはわかるまい。こいつはコレットだけではない、かつての英雄たちまで貶したのだ。それが彼にとってどれほど意味のあることか、こいつには決してわかるまい。

 

「お前なんぞが、あの娘を語るなッ!!」

 

 ぴし、と、何かにヒビが入る音。と、両腕を吊っていた鎖がマナの圧力に耐えられずに砕ける。

「これは………素晴らしい! まだこれほどの力を秘めていたのか!」

 嬉々として機械を弄くるそいつに向けて、彼はマナの塊をぶつけようと………―――した、寸前で。

「―――!!」

 これまでとは比べ物にならない勢いでマナが吸い上げられ、彼は床に倒れた。腕の鎖は壊れたが、足の方がそのまま残っていたから。

 彼にとってマナは力そのもの。あれば魔族とでも戦えるが、なければ最悪体すら保つことが出来なくなる。

 なんとかこの体を保てる程度にはマナを残さねば。こいつの目の前で“戻る”のだけはごめんだ―――………マナの制御に集中すると、意識が遠退く。眠い。疲れた。体が重い………。

 

 

「あなたは本当に優秀だ。マナの質は極上、あなたにエクスフィアを植え付ければさぞかし良いエクスフィアが得られるでしょうなぁ。輝石にも匹敵するやもしれぬ………このままプロネーマに引き渡すのは癪でならぬが、わしだけなら兎も角、こやつらを連れてシルヴァラントに渡るには………神子をクルシスに差し出せばあるいは―――」

 

 

 

 

 

 

 コレットは、とある部屋に放り込まれていた。

 最初目が覚めたときには何かの検査の途中のようで変なベッドに寝ていたけれど、痛みに気絶して、次に起きたらこの場所だった。

 武器は取り上げられて、天使の羽は出せたが天使術は使えず、壁や扉らしき場所を叩いてみたが天使の腕力でもびくともせず。どれだけ声を出しても呼んでみても誰も来ないし何もされない―――というか、放置されていた。

 だからコレットは一人床に座り込んで、考える。

(こんなの、言えないよ―――)

 旅の終わりに『天使になる』ことをロイドに隠していたのとは、違う。だってそれは怖くはあっても、恐怖ではなかった。それでロイドが生きられる、ジーニアスが、リフィル先生が、お父様やお婆様が、生きられるのなら。そのために生まれたのなら。だから怖くても、それと同じくらいやり遂げようとも思えたのだ。

 でも。

 そっと、肘を掴んでいる腕を動かし、自分の肩に触れてみる―――触れた。触れている。なのに。

「………っ………!」

 どうしたらいいのだろう。

 神子として、マーテル様のために世界のためには死ねない。だってそれを、ロイドは喜んではくれないから。悲しませてしまうから。

 でもこのまま生きていて良いのだろうか。死ぬために産まれたのに、世界のために死ぬことが自分の役割なのに、………世界よりも、自分のやりたいことを優先するなんて。

 コレットはよくよく分かっている。シルヴァラントは本当にギリギリで生きている。摩り減って、摩耗して、たった一本の糸で辛うじて繋がっているような縄。それがシルヴァラント。―――ロイドが生きる世界。だから世界再生が行われる。その一本の糸が切れたら皆死んでしまう。そしてその糸は今、コレットが握りしめているのだ。

「ロイド、みんな………」

 叶うなら、皆が幸せであるように。皆の生きる世界が、優しく穏やかであるように。皆が笑っていてくれるように。

 してはいけないこと、やらなければならないこと。やりたいことよりもずっと重くて、苦しくて―――でもその遥か先にほんの僅かな唯一の希望は、あるのを知っていて。

 なのにそこに踏み出せない。

 それでいいのだと、ロイドは言うけれど。言ってくれるけれど。

 でも。

 無駄かもしれない。ならばせめて、彼らが生きる、この世界は………ああ、違う。それを彼等は望まない。でもその彼等だって。

 纏まらない思考。終わらない自問自答。結論など出ない問いを繰り返し。

 どうしたらいいのだろう………?

 ウィン、と音がした。

「―――!」

 扉が開いた。入ってくるのはヒトではなく、機械だ。担架のような物を持っていて、そこには。

「―――エミル!?」

 コレットが動こうとすると、機械の片方が武器をコレットに突き付けた。動きを止め、大人しくしていれば機械は担架ごとエミルを床に下ろし、部屋を出ていく。

 機械がいなくなってまた扉が閉まってから、コレットは担架で運ばれてきたヒトに駆け寄った。

「エミル………?」

 動かない。様子がおかしい。触ってみればひどく冷たい。脈はある。弱いけれど。髪はボサボサで、服も汚れて、何よりも顔色が悪い。

 そしてエミルの右腕に、見慣れない腕輪がついていた。

「?」

 ごつごつした、変な模様の書いてある腕輪だった。いや、腕輪と言うよりもリーガルの手枷に似ているように思う。

 コレットは、外そうとそれに手を伸ばし―――。

「………触、るな」

 微かな声だ。声と言うよりも吐息。しかし天使の超聴覚を持つコレットはそれを聞き分けた。

「下手に………弄ったら、不味い、ことになる」

「外しちゃダメ、ってことだね」

 返事は返らなかった。返事も出来ないほどに疲れているのだろう。

 少しして、今度はちゃんと普通に聞こえる声で、聞かれた。

「ここは………?」

「わからないの。多分、まだテセアラにいるはずだけど」

 どれくらい時間が経ったのかも、わからない。四方を壁に囲まれ、ずっと明かりがついていて、食事さえ与えられないこの部屋では。

 確かに空腹を感じるようにはなったが、食べなくても問題ない体であることに変わりはないから。

「休んでて。何かあれば起こすから」

 微かな声。頼む、と。そのまま気絶するように眠りにつく。

 

 エミルが起きたのは、それからしばらくしてから。

 呼吸の音が変わったのに気がついて顔をあげると、エミルが壁を背にして起き上がったところだった。

「エミル、もういいの?」

「………うん。少しは休めたから」

 顔色はやっぱり悪い。でもエミルの翡翠の目が、少しだけいつものそれに近くなっている。休めた、というのは本当らしい。

 だからコレットは、ずっと言おうとしていて言えていなかったことを、言った。

「エミル、おかえりなさい」

「え?」

「ミズホで、ちゃんと言えなかったから」

 エミルの目が丸くなった。そう言えば、エミルが驚くのを初めて見た気がする。

 エミルは泣きそうな、悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をして、腕輪がついていない左手で顔を覆った。

「………ははは。すごいね。天使ってそんなこともわかるのか」

 コレットは答えなかった。うまく笑えたかもわからない。

 エミルはどこか晴れ晴れとした様子で、顔をあげた。

「うん。………ただいま、コレット」

 それで、ようやくコレットは心からの笑みを浮かべることができた。

 エミルの目が、すうっと深くなった。見透かされるような、目。

「コレット………“それ”は」

 咄嗟に手が腕に伸びる。エミルが見ているのはその肩と、腕。それから胴体。

 コレットは知っている。エミルは、ジーニアスたち以上に感覚が鋭いこと。視えているのか、それとも気配を感じているのかまではわからないけれど、人間であるはずのエミルは、“それ”が分かること。

「だいじょぶだよ」

「大丈夫じゃ………!」

「いいの。だいじょぶ。―――大丈夫、だから」

 体が震える。それでもなんとか、笑顔で。慣れている。痛みや自分の感情を抑え込んで笑うことには。

 エミルが自分のことのように顔を歪める。

「痛くない?」

「平気。それよりエミルこそ、こんな―――」

「僕はそれこそ大丈夫。気にしないで」

 コレットには、分かる。自分が浮かべる笑みによく似ている笑顔だから。

「でも、わたしのせいで!」

「コレットが悪いんじゃない。それは絶対違う! そうじゃなくて………!」

 言いかけて、コレットの肩を掴もうとして、エミルははっと、動きを止めた。

「エミル………?」

「―――うして、いや、どうやって………違う、それよりこれは―――」

 囁くような声の独り言。けれどコレットの耳にはすべてがはっきりとした音として聞こえる。

 エミルの目が、ずっとずっと深くなった。目の前のものではないナニカを視ている目。それが凄い早さで動き続けている。コレット、床や壁、エミルの腕輪と―――上の方を。

 エミルにつられてコレットも何も、窓もないはずの天井を見上げる。見上げて、そこで、天井近くの壁の一部が光り、人の姿を映し出したのを、見た。

 プレセアに仕事を頼みに来た相手―――自分とエミルを連れ去った相手。名も知らないハーフエルフ。

「あいつッ!」

『さぁて、実験といきましょうか』

 そう、鳥肌がたつほど機嫌が良さそうな声で宣言して、何かのスイッチを押した、瞬間に。

 

「あ、―――あぁぁああッッ!!」

 

 力が抜けた。

 いや、抜け出ていくのはマナ。命の源。天使術を使うとき大気と反応するそれ。

 それが、すさまじい勢いでエミルに向かって、流れ込む。

「エミル、エミ―――お願い! 止めて! このままじゃ、エミルが………!」

『何を言う。そやつを苦しめておるのは神子よ、お前ではないか。止めたければ自分で止めればよかろう』

 出来るものならば。そうして、高笑い。

 そんなの、分かっている。エミルが苦しんでいる理由くらい、それがコレットのマナが原因であることくらい分かっている。だが自分の意思でそれを止められない。息を止めるようにして力を押さえようとすれば、逆に流れ出る。

 と、エミルの手がコレットにむけて伸ばされ。

「………ぇは、………く、な………」

 お前は、悪くないから。

 

(………ごめんね、エミル、ごめんね………!)

 あんなに助けてくれたのに。あんなに力を貸してくれたのに。あんなに気遣ってくれたのに。あんなに、守ってくれたのに。

 使命も果たせず、足手まといで、逆に自分のせいで危険な目に遭わせて。

(………わたしが、わたしの)

 

 コレットが最後に見たのは、倒れているエミルと、嫌な顔で笑う、あのハーフエルフの姿だった。

 




・人間牧場の鎖
 着けている者のマナを吸い上げます。目的は囚人を弱らせることと、吸い上げたマナを牧場の動力として使うこと。
 囚人を弱らせることで脱走を防ぎ、なおかつエクスフィアの覚醒を早めていた。

 人間用、ハーフエルフ用、エルフ用、天使用などランクがあり、上のものほど大量のマナを吸う。


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13-5

 注意!

・捏造多い
・オリジナル展開あり。

・原作とストーリーが変わってます。
 嫌な人、苦手な人、あの名シーンが好きなんだ!っていう人、ごめんなさい!
 先に謝罪しておきます………


 

 いつだって、世界は狙われている。

 けれどそれをもうほとんどのヒトが忘れてしまった。覚えて、伝えているのはほんの一欠片。でもそれも、何度も失われかけたり、変わったりして、真実を知っているのは、主と、精霊の御方方だけになってしまった。

 ―――主は、それでよいと言う。

 知らなくても良いのだと。覚えているべきものがちゃんと覚えているならば。

 

 ………でも。

 覚えている。主に向かってたった一人、そんなの違うと言ったヒト。

 

『だってそんなの寂しいでしょう?』

『ねぇ、一緒に行こうよ。きっと楽しいよ』

『え、今はここから離れられない? うーん……』

 

『あっ、じゃあさ、全部終わったら―――』

 

 覚えているのだ。

 もう二度と果たされない約束。

 

 それをほんのすこしでも残念だと思うのは、そのヒトと一緒だった主が、とてもとても楽しそうで嬉しそうだったから。後にも先にもあんなに柔らかく笑う主を見たのはあの一度きりだった。

 どうかまた、なんて願うのは不敬だろうか。

 

 

 それでも世界は、今日も狙われていて。

 今日も主と我らは、人知れず世界を守っている。

 

 

 

 

 

 翌日、雷の神殿に向かうと、入り口の所に竜が少年姿で立っていた。

「来たな。行くぞ」

 昨日はあれだけ苦労したのに、今日はあっさりしたものだ。魔物が襲ってくることもなく、落ちる雷は一行を避けていく。少年がマナを操り雷を逸らしているのだ。

 昨日引き返したあのブロックの間に来て、少年は竜に戻った。

『………今から封印を解除する。古の契約に従い、ヴォルト殿は必ず姿を見せるはずだから、お前は再契約を望め。………だが、昨日も言ったように、ヴォルト殿はヒトとの関わりそのものを忌避しておられる。その覚悟だけはしておけよ』

 しいなは唾を飲み込み、頷く。それを確認して竜は翼を軽くはためかせた。

 ブロックを守っていた雷の結界が弾けとぶ。それはブロックも同時に破壊し―――祭壇の上に、ヒトの目にも分かるほどの濃密なマナが満ちた。

「―――っ!」

 閃光。

 一行が目を開けたときには、祭壇の上にそれがいた。

 紫色の、雷が丸い形をとり、それに目がついているような。

「あれが―――」

「―――ヴォルト………」

『………………』

 チリチリという、雷が何かを焼き焦がすような音がした。それと弾けるような音も、振動しているような音も。それが同時に鳴っているような、そんな音。

「! まただよ! 昔と同じだ………こいつが何を言っているのかわからない!」

「大丈夫、私が訳すわ。―――私はミトスとの契約に縛られるもの。お前は何者だ」

 ウンディーネの時と同じ言葉。同じ順番。

 一度経験したからだろうか。ほんの少し、緊張が和らぐ。

「我は、しいな。ヴォルトがミトスとの契約を破棄し、我と契約を交わすことを望む」

『………………』

「ミトスとの契約は破棄された。しかし私は契約を望まない。立ち去れ―――」

 ヴォルトの姿が揺らめいた。今にもマナに溶けてしまいそうに見える。竜が、吼えた。

『ヴォルト殿、お待ちを!』

『………………、………』

「あれの配下が何用だ………お前には分かるだろう………?」

『ええ、分かっております。故に重ねてお願い申し上げます。この娘は、水の御方と契約を交わしているのです。ですから―――』

『………………、………………』

「だから何だ、ヒトは何時も変わらない。我はヒトとはもう関わらない。だから契約も望まない」

 リフィルが律儀に竜との会話も訳してくれた。竜が言っていた通り、契約を交わす気はないようで。

「………っ」

 しいなは、唇を噛んだ。

 昨日までのしいななら、ここでそれじゃ困る、と叫んだかもしれない。だが、昨日竜に言われたことが頭をよぎる。

 ―――それはお前たちの都合。巻き込むな。

 精霊はあくまでも力を貸してくれる存在であって、こちらの頼みをなんでも聞いてくれるわけではないのだ。

 しいなはゆっくり進み出る。

「………頼む。ヴォルト。仲間のためなんだ。力を貸して」

『………………!』

「我はもう惑わされない―――危ないっ!」

『―――くそっ!』

「しいなっ!」

 リフィルの警告より竜が何かをするより、しいなに向けられたヴォルトの雷の方が一瞬早い。しいなが反応するより、ポン、としいなの肩口に現れたコリンがしいなを庇おうとする方が早い。

 

 けれどそれよりも、ずっと構えていたアステルの方が、もう一瞬だけ早かった。

 

「っ!」

 寸前でアステルがしいなの前に割り込んだ。何を、と思う間もなく、アステルがバッと右手を突き出す。

 ヴォルトの電撃が放たれた。

 けれどそれは一行を襲うことはなく―――アステルの右手に向かって、まるで吸い込まれるように。

「―――アステルッ?!」

 アステルがしいなに向けて吹っ飛んできた。慌てて受け止める。

 体を見ても無傷。少なくとも焦げたようなあとは何処にもない。右手を見れば、何やら妙な装置を握っている。

 しいなはそれを見たことがある。シルヴァラントに向かう前、サイバックにある、アステルの研究室で。

「それ、サイバックの雷を集めてる………」

 確か試作品だと言っていた。雷を吸収するために、そしてそれをエネルギーに変えるために、その機能を小型のもので試しているのだと。

 今ではその装置は完成し、サイバックの街の上空に設置されている。

「えへへ、僕の発明も、役に立つでしょ………?」

 へにゃり、と笑ってアステルは、しいなの腕の中で、くたり、と力が抜けて。

「アステル………アステル、アステルッ?! いやぁあ!!」

 あの時も。あの時もしいなの前で、仲間が、仲間だったものが、ヴォルトの雷で。目の前が暗くなる。音が遠くなる。いるはずのない忍達の姿が、ぼやけた視界にちらつく。

 その視界に、暗い赤が―――

 

「バカかお前は!!」

 

 怒号に、しいなは我に帰る。

 赤は赤でもそれは血のどす黒い赤ではなく、リヒターの髪の色だった。

 しいなが呆然としている間にリヒターはアステルをあれこれ調べ、………アステルの胸に手を当て、術を編む。

「?! リヒター、なにやって―――」

「黙っていろ」

 額に汗が浮くほど集中して、リヒターは。

 と。

 アステルを抱き抱えていたしいなにまで、何かの衝撃が伝わってきた。

「うっ、………げほっ、っ、あ、はぁ………」

 アステルが息を吹き返した。

 しいなの体は痺れが残っている。この感覚は雷の神殿に来てから呆れるほど感じた―――雷に撃たれたときのそれだった。

「電のショックで一時的に心臓が止まっていただけだ。術で心肺蘇生をしたからちゃんと生きてる。まったく、普通の人間が録な対策もしないで高密度のマナを浴びればどうなるかくらい、わかってるだろうに―――」

 生きてる。

 その言葉にほっとし、浅くとも確かに呼吸をしているのを見て気が抜けて………今度はふつふつと、怒りが湧いてきた。

「―――これが、お前たちのやり方なのか」

 こんな、なにもしていない相手を殺しかけるのが。

 確かに昔は間違えたのかもしれない。言葉も通じず、一方的だったかもしれない。

 でも、今回はちゃんと通じた。言葉も尽くした。

 なのに。

「一方的なのはあんたたちじゃないか! 話も聞かないで、頑なに心を閉ざして………あんたになにがあったか知らないけど、そんなのはあんたの都合だろう!」

 ここに来て、しいなは恐れより不安より、怒りの方が上回った。

 

「“あたし”を見ろ、ヴォルト!」

 

 今相対しているのはしいなだ。ミトスではなく、かつてヴォルトと契約した召喚師ではなく。

 後ろで、ロイド達が構える気配がした。昔とは違う。皆―――生きている。

 皆はしいなが契約を成功させると信じてくれた。疑わなかった。頼んだ、と言ってくれた。

 大切な仲間なのだ。

「あたしは誓う! あたしを信じてくれた皆のために、あたしに託してくれた仲間のために! だからヴォルト―――あたしに力を貸せっ!!」

「皆、行くぞ!」

 ロイドが真っ先に飛び出し。

 

 そうして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ヴォルトが倒れてマナに溶けた。

 それは前にも見たことがある。ウンディーネと契約したとき、ウンディーネも一度こうしてマナになり、そしてもう一度現れたのだ。

「ヴォルトが、誓いをたてろと言っているわ」

「さっきいった通りだよ。あたしを信じてくれた皆のために。あたしは皆が生きる二つの世界を助けたい。仲間を助けたい。そのために、あんたの力を借りたい」

 ヴォルトの目が、閉じた。そのまましばらくして。

『………?』

「良いのだな………?」

 え、と思った、とたん。

 ヴォルトの目が開いて、またあの不思議な音がする。

『………………』

「契約は成された。我が力、契約者しいなに預ける………!」

 

 瞬間、世界が、変わった。

 

 マルタは、何故か目眩がして膝をついた。

 胸が苦しい。あたまがぐらぐらする。マルタはガオラキアでのゼロスたちを思い出した。あの時も、見えない何かがそこにあるのを感じた。今はその時とは比べ物にならない。

 例えるなら、嵐の夜に海辺に立っているような―――今にも波に浚われそうな、吹き飛ばされそうな。苦しくて、体が重くて、息が出来ない。

 皆。より苦しそうなのがジーニアス、リフィル、

リヒターの三人。でもロイドもプレセアも皆苦しんでいる。

『お前ら! くっそ………!』

 竜が何かをした。それで少しだけ楽になるけれど、でもやっぱり気持ち悪い。竜は何度も何かを繰り返す。でも変わらない。終わらない。

『っ、多すぎる、俺だけじゃ………!』

 

『ならば、手伝いましょう』

 

 あっけなく、一気に楽になった。拍子抜けするほど。あれ、と辺りを見回せば、やっぱり皆も不思議そうな顔をしている。

 そんな中で、リフィルとしいなが上を見上げていた。マルタもその視線を辿って、見る。

 ヴォルトの祭壇の上に、ウンディーネとヴォルトが並んでいるのを。

「二つの世界の楔は放たれた」

『………………』

「待って、訳すわ。相対する二つのマナは……今、分断された?」

 精霊達は語った。シルヴァラントとテセアラ二つの世界には、対となる精霊同士で繋がるマナの流れが存在していること。それは精霊が眠っている世界から、起きている世界へと流れる。

 だから二つの世界で同時に対となる精霊が目覚めたことで、二つの世界を繋いでいたマナが消滅し、世界は、切り離されたのだと。

「ってことは、精霊を目覚めさせれば二つの世界でマナのやりとりをしなくてよくなるってことか」

「精霊の封印にはそのような役目があったのだな」

「この二つの世界において我らに与えられた役割はその通りですが、本来の役目ではありません。故に」

 ウンディーネとヴォルトが竜を見た。

『御方、方』

「トニトルス。“彼”との盟約です。私達は貴方方にマナを“返し”ます」

 トニトルス、というのが竜の名なのだろう。竜は翼をたたみ、頭を垂れた。

『分かり、ました。元々は俺達と、我が主の役目ですから。………ウンディーネ殿、あいつには』

「貴方の対には、私から伝えておきます」

『はい。お願いします』

 何がなにやら分からない。知らないところで知らない話が進んだらしいことだけは分かる。なぜかそれに口をはさんではいけない気がして、マルタは声を出せなかった。他の皆もそうだったのかもしれない。

 竜との話が終わり、ウンディーネはもう一度しいなに微笑みかけた。

「しいな。私たちの力を、どうか正しく使ってください。誓いが守られる限り、私達は貴方に従いましょう」

 

 

 

 

 竜に送られて神殿から出ると、あの放電にも似た凄まじい雷は少し収まっていた。やはり如何に神殿と言っても、あれは異常なことらしかった。

 リヒターに背負われていたアステルが呻いた。

「………ん、ぅ?」

「起きたか」

 リヒターはアステルの体を気遣ってできるだけそうっと地面にアステルを下ろした。横になったアステルの顔を、マルタが覗く。

「アステル! 体は大丈夫? なんともない?」

「マルタ………? ! しいなは! 契約はどう」

 体を無理矢理起こしたアステルを支えながら、しいなは微笑む。

「ちゃんと契約できたよ。あんたのお陰だ。ありがとね、アステル」

「………よ、よかったぁ………!」

「全く良くない!」

 ほっとしたのも一時のこと、リヒターが元々鋭い目をさらに吊り上げアステルを怒った。

「バカかお前は! 夜中に何を弄ってるかと思えば、あんな無茶をして! というより、どうして避雷装置の試作品を持ってきてるんだ!? あれじゃマナである雷そのものは吸収できても、その衝撃までは吸収出来ないだろうが! 容量だって、精霊の術と神殿の放電を一緒にするな!! 吸収しきれなければ、今回のように体の方に影響が出るんだぞ―――聞いているのかアステル!!」

「うん、聞いてるよ。でね、リヒター、精霊の契約を見たんでしょう? どうだった? やっぱり予測は当たってた?」

「~~~~アステルッ!!」

 一行は二人を放っておくことに決めた。

 アステルの体なら一応神殿を出る前にリフィルと、それから竜が診て問題なし、と分かっているし、リヒターは怒鳴りながらアステルの手当てをしている。あの様子ならアステルのことはリヒターが何とかしてくれるだろう。

 それにリヒターがまくしたてたことで、アステルが何をしたかは大体把握できた。

 夜中、ということは恐らくは昨日の夜から準備をしていたのだろう。リフィルよりしいなより先に動けたのも、こういうことになるかもしれないと予測して、電撃の予備動作を確認したと同時に動いていたから。

 しかし、もしアステルが倒れたときにリヒターが治癒術を織り込んだ雷の術で心肺蘇生しなければ、アステルはあのまま死んでいたかもしれないのだ。リヒターの怒りは正当なもので、アステルを助ける者は―――というかあのリヒターに意見できるものはここにいなかった。

 けれど。

 あのアステルのこと、一応でも勝算があったからやったのだ。アステルが話を逸らすのはリヒターを安心させるためでもあるし、リヒターが怒るのはほっとしたその反動だ。多分リヒターはわかってないが、アステルはきっとわかっていてわざとやっている。………勿論、研究のためや好奇心が疼いたのも、大きな理由の一つだろうけれど。

 つまりは二人のあれは無事だからこそ笑い話で終われるじゃれあいだ。

「………なにはともあれ、目的は達成だ。これであとはレアバードさえ手に入れば、コレットとエミルを助けに行ける」

「連絡役は神殿に来るって言ってたし。もう少し待ってみようよ。しいなもちゃんと休ませてあげないと」

「あたしは平気―――」

 ポン、としいなの足元で煙が上がった。

「本当はけっこう我慢してるから休ませてあげて」

「こらコリン! 余計なことを言うんじゃ」

 遅かった。むっとしているマルタに引きずられ、しいなも近くで休むことになった。

 ゼロスが苦笑する。

「しばらくここで待機だな、こりゃ」

「ふむ、ならばちょうど良い―――おい、貴様、トニトルスと言ったな。少し話を聞かせてもらおうか!」

『………お前、もうちょっと理性的な感じじゃなかったか?』

「ああ、姉さんの悪い癖が………」

 遺跡モード再発。しばらく見ていなかったというのに。初めて見るテセアラ組は目を白黒とさせている。

「“楔”、魔物の“歪み”、そして精霊の役割。お前の主はヴォルトかとも思ったが、そうではないらしいな。それにお前は精霊でも魔物でもない。お前は何者だ。知っていること、洗いざらい吐いてもらおう」

『断る』

 ジーニアスとロイドが顔をひきつらせた。遺跡モードのリフィルに逆らうなどと、二人からしてみれば命知らずな行為だったのだ。

 案の定、リフィルの気配がずん、と重くなったのを感じる。

「却下だ。とっとと説明しろ」

『やだね。俺は忙しいんだ。それに言っただろ。ヒトが深入りしていい事じゃない。………あと、多分お前が考えてることは大雑把に合ってるよ。詳しく知りたけりゃ主に直接聞くんだな。あんた相手なら、答えてくれると思うぜ、主は』

 大雑把に合ってる、と言われてリフィルは口をつぐんだ。それは、どう受け止めるかだ。どこまで合っているのか、どこが間違っているのか。リフィルの問いに答えてヒントをくれているようでいて、その実何も答えていない。むしろ謎が深まった。

 リフィルが黙ると、竜は目を細めた。笑ったらしい。そうして、首を伸ばす。

『おい、召喚師』

「?」

 竜はしいなと目を合わせた。

『いいか、精霊は嘘をつかない。精霊に嘘は通じない。お前が怯えれば相手もそれを感じるし、お前が誠実であればそれは通じる。そしてそれは精霊に限ったことじゃない―――だから、お前は精霊に認められたということをもっと誇れ。そしてそのことを忘れるな。精霊は、絶対に嘘をつかないんだから』

 ………認めて、くれているらしい。

 何が言いたいのかいまいちよくわからなかったけれど、しいなはその言葉を噛み締めた。精霊は嘘をつかない。その通りだ。コリンは嘘なんかついたことがない。

「………わかった。覚えとくよ」

『そうか。じゃあ、俺は行く。お前たち、休むんならもう少し西の方に行けよ。あっちなら雷もほとんど落ちないから』

「ああ、ありがとうな」

 竜は翼を広げ、飛び去った。

 

 

 ミズホからの連絡役としておろちが来たのは、その日の昼前の事である。

 フラノール大陸の南西、フィヨルドのような場所にある、レネゲードの基地。そこにレアバードはあるらしい。

「レネゲードって?」

 マルタはレネゲードを知らないアステルとリヒターに簡単に説明した。

「ディザイアンの親玉がクルシスで、そのクルシスに反抗するために活動してる組織。ディザイアンと同じようなすごい技術を持ってるの」

 すごい技術、と聞いて傍目にも分かるほどアステルがうずうずし始めた。

「僕もい―――」

「お前は残れ」

「あぅ」

 手を挙げたアステルだが、瞬殺でリヒターに首根っこを掴まれた。

「だってリヒター、」

「だってじゃない。お前さっき死にかけたんだぞ。無茶はするなと何度いったら分かるんだ?」

 むぅっとしたアステルは膨れっ面でリヒターを睨んだが、今度ばかりはリヒターも譲らない。と、やがてアステルが折れた。

「………はぁい」

「良し。―――と言うわけだ、ロイド。俺とアステルはサイバックに戻りたいんだが」

「わかった。じゃあ二人をサイバックに送ってからそのレネゲードの基地に行こう」

 

 

「………待ってろ、コレット、エミル」





・アステルの機械
 紫精石を練り込んだナビメタルで出来ている。雷のマナを集め吸収する機能があり、集めたマナは他に転用できる。完成品はサイバックで避雷針として機能している。
 10-1(ハーメルンでは10-2)で出てきたあれです。

・コリン
 生きてます。ので、このあとも出てきます。


 本当にごめんなさい………!
 批判は受け付ける、と言いたいんですが豆腐メンタルなのでお手柔らかにお願い致します………


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14-1

 レネゲードの基地につき。

 何度かレネゲードと交戦し、やがてくぐった扉の先で待っていたのは。

「―――何だ、侵入者ってお前達のことか」

「で、デクス………」

 デクスは一行を見るなり構えていた大剣を下ろし、警戒を解いた。

「安心しろ、戦う気はない。アリスちゃんから話は聞いてる。再生の神子と少年を助けに行くんだろ? 通れ」

「あんた、良いのかい? 一応敵同士じゃ」

「リーダーはロイドを捕まえるのにやっきになってるみたいだけど、オレとアリスちゃんはリーダーとは少し考え方が違うんだよ。神子が天使になったらオレたちも困る。それにアリスちゃんはあのロディルとかいうやつが嫌いだからな。アリスちゃんが嫌いなやつはオレも嫌いだ」

 デクスはあからさまに顔をしかめた。相変わらずらしい。と思えば急にいつもの調子に戻り、何かをマルタに向かって放る。

「というわけで、お前らにこれをやろう」

 かなり小さいが、なんとかマルタが両手で受け止める。小さなバッジ。

「何、これ」

「『アリスちゃんファンクラブ』――略して『AFC』の会員証だ」

 どや顔だった。

「会員ならこれを見せれば、レネゲードだろうがディザイアンだろうがお前たちにも協力してくれる筈だ。あ、勿論会員じゃないやつも居るし、そいつらは普通にリーダーに従ってるから気を付けろよ」

 ―――レネゲードだけじゃなくてディザイアンにも会員がいるのか。とは、誰も突っ込めない。なんかそういう雰囲気だった。というか遺跡モードのリフィルと同じだ。関わってはいけないやつ。

 因みに、一行の勘は正しい。以前それについて突っ込んだ者は、如何にアリスが美しく可憐で強く優しく素晴らしいか、長々とデクスに語られたからだ。三時間耐久コースで。ただしそれで相手は嫌になるどころかアリスファンクラブに喜んで入ると言うのだから、呆れれば良いのか感心すれば良いのか。

 と、最後を聞いてジーニアスが待ったをかける。

「え、いや気を付けろって、どう見分ければいいのさ」

「んー、そうだな。会員は皆会員証を持ってるのと………あぁそうだ、武器とか服の何処かにピンクか白っぽい布を巻いてるな」

 なんでもアリスが使役している魔物にピンクのリボンをつけているのを見たものが始めたのだとか。白っぽいのがあるのは、アリスの服の色がピンクと白、あるいはそれに近いクリーム色だからだ。

「もし無事に再生の神子を助け出せたら、オゼットの東の森で待ってるからな。必ず来いよ」

 そんなことを最後に言い置いて、デクスは何処かに行ってしまった。

 

 

 

 レアバードがある格納庫に入るためには、パスコードが必要であるらしい。

 三人のレネゲードが持っていると言うそのパスコードを求めて、一行はレネゲードの基地を徘徊していた。

 その基地の一角にて。

「む、それは」

 襲ってくるかと思いきや、マルタの手のひらに乗っている小さなバッジを見て動きを止めるレネゲード。よく見れば剣の柄の根本に白い紐のようなものが巻き付けてある。ロイドの紐みたいな。

「お前たち、もしや」

「そっそうだよ、あたしたちも会員なの。だから協力してくれない?」

「………怪しいな。よし、お前たちが本物の会員かどうか試させてもらう」

「どうやってよ」

「ふっ、簡単なことだ。―――今から出す問題に答えられたら、お前たちを認めて協力してやろう」

「え、ちょっと待っ」

「ではいくぞ。………ズバリ、アリス様は紅茶派? それともコーヒー派?」

『………はい?』

 一行の声が揃った。いやだってそんなの知るわけがないだろう。でもファンクラブと言うからには知っていて当然? いやいやいや………。

 と、自然と一行の視線はマルタに。

「えええっ、私?!」

「お願い、マルタ!」

「パルマコスタで二人と仕事をしてたお前だけが頼りだ!」

 実際、この面子のなかで多少なりともあの二人を知っているのがマルタしかいないのだ。

「っていわれても―――あ、そういえばよくデクスが淹れた紅茶を」

「正解だ」

 ―――そう言われて思い返せば、確かにパルマコスタを出るときもデクスの紅茶を飲んでいたような。

「うむ。怪しいが、会員であれば協力せざるを得んだろう。―――お前達の望みは格納庫のパスコードだな? これがその一つめだ。持っていけ」

「あ、ありがと!」

 そんなこんなで、パスコードゲット。

 

 また別の一角にて。

「アリス様の年齢は!」

「16歳」

(ええええ嘘だろ………!!?)

 パスコード二つ目ゲット。

 

 また別の一角にて。

「アリス様に気に入られている証は!」

「男ならくんづけして貰ったら。逆に女のちゃんづけはアウト」

(………つまりマルタも嫌われてるのか?)

(あれ、デクスは?)

(あれは例外みたいよ)

「よし、お前にはアリス様検定二級を与えよう!」

「なっ!?」

「因みに最高はデクス殿の六段だ。お前は中々に見込みがある。精進しろよ」

「い、いらないわよそんなもんっ!!」

 やけに嬉しそうな会員から、とある部屋へのカードキー(と不本意ながら称号)ゲット。

 

 

「これ、どこの部屋の鍵だろう………」

「うーん、どこも同じように見えるからなぁ。よし」

 ロイドは一つ頷いて、一行がたまたまいた場所からたまたま一番近かった扉にカードキーを差し込んだ。

 すると。

「ひ、開いた?!」

「んなアホな………」

 あり得ないとゼロスが呟こうが、リフィルがロイドの浅慮に頭を抱えていようが、開いてしまったものは開いてしまったのだ。

 ロイドを先頭にして、その部屋に入る。

 そこは、実験室のような、資料室のような、倉庫のような、なんともごちゃごちゃとものが溢れた部屋だった。

 左奥の机になにやら計算式のようなものが書かれた紙が積まれているかと思えば、右手の一角は体を鍛えるのに良さそうな機械がごろごろと転がり。本がびっしりと詰まった本棚が並んでいるかと思えば、その向こうの開けた場所にはなんだか良く分からないものがきっちりと仕舞われていた。

「なんだここ………なんだここ」

 頭がいいんだか悪いんだか几帳面なんだか大雑把なんだか、わからなくなる部屋である。

 と、プレセアが何か板のようなものを拾ってきた。

「ロイドさん。これがドアの横の壁に立て掛けてありました」

「ん? どれどれ………」

 

『第二格納庫 管理者:工作班長 デクス』

 

「あいつの部屋かっ!」

「へぇ、デクスって偉かったんだねぇ」

「しいな、そこじゃない。っていうか何でここの鍵をデクスじゃない奴が持ってたんだ?」

「あ、ゼロス、裏になんか書いてあるよ?」

「どれどれ?」

 ジーニアスの言葉に従って板をひっくり返すと。

 

『第二格納庫 掃除係の心得

 一、掃除はサボらない。

 二、班長のアリス様グッズには触れてはならない。

 三、班長のトレーニンググッズは増えるものと心得るべし。

 四、資料の位置はずらさないこと。

 

 以上を踏まえ、鍵の管理者に第二格納庫の掃除係を任ずる。』

 

「………なぁ、あいつやけに嬉しそうに俺たちに鍵を渡さなかったか?」

「大方、掃除を私たちに押し付けられるとでも思ったのでしょうね」

「………確かに、この部屋の掃除は少々骨が折れそうではあるな」

 なんせ、元が倉庫だから広い。そこに本棚が並びトレーニンググッズが並び、ひとが二人並べるかどうかと言う隙間が通路代わり。その上配置をいじるなものを壊すなと言われたら、かなりの神経を使っての作業になるだろう。

 想像して遠い目になっていると、いきなりロイドの袖をマルタが引っ張った。

「ロイド、あれ! あそこ、ほら、奥の机の上!」

 言われるままに目を凝らす。物陰にあって見辛いが、ちょこちょこ首を動かしてやっとそれが何か見ることができた。

 それは、丸いカバンだった。

「んん……どっかで見たような………?」

「エミルだよ! あれ絶対エミルのカバン!」

 断言されて、ロイドは記憶を手繰る。

 エミルのカバン。腰についてるやつで、剣を納めるホルダーの代わりにもなっていて、いつもエミルがアイテムを取り出していた―――丸いカバン。

「―――えぇ?! な、なんでこんなところにエミルのカバンが」

「確かなのか、ロイド?」

「わかんねぇ。遠くてはっきり見えないんだ。それっぽくはあるんだけど」

 もしここにコレットがいたら、それが何か教えてくれるのに。

「取りに行くのは………無理そうね」

「じゃあ、ここはあたしに任せときな。―――コリン!」

「うん、任せて!」

 煙と共に現れたコリンは、本棚や数々のグッズの隙間を潜り抜け、軽やかに上を駆け抜け、あっというまにカバンの所に辿り着くと、カバンをくわえて戻ってきた。剣も鞘に納められたまま、コリンの体では引きずるような形になっているけれど、それでも下の方の隙間を掻い潜って。

 コリンが取ってきたカバンと剣を抱き締めて、マルタが膝をつく。

「………間違いない。エミルのだ………!」

 あれだけ事あるごとにエミルにくっついたりエミルが好きだと公言して憚らないマルタだ。エミルの持ち物を見間違えることもないだろうから、本当にエミルが持っていた剣とカバンなのだろう。

 ロイドはマルタの肩に手を置いた。

「助け出せたら、渡してやれよ。それまでマルタが持ってればいい」

「ロイド………ありがと」

 

 

 

 パスコードを求めてとある倉庫に入ると。

「侵入者ぁぁあ!!」

 入ると同時、叫び声がした。咄嗟にそれぞれ防御の姿勢をとるが、エミルの剣とカバンを抱えていたマルタだけが、僅かに反応が遅れ。

 レネゲードの一人が振りおろした剣は、エミルのカバンを掠めて床を砕いた。

「こいつ、白い布ないよ!」

「ってことは会員じゃないのか!?」

「兎に角倒すぞ!」

 

 

「………倒せたは、良いけど………」

「こいつ、パスコード持ってないっぽいな」

 ロイドとゼロスが男の持ち物を漁ったが、パスコードのようなものは見つからず。………というか、ここまてトントン拍子に見付かったのが凄いのだ。さてここからどうやって探したものか―――。

 ウィン、と扉が開く音。

 とっさに振り返り構えた一行だが、入ってきた相手はロイドとマルタを見て動きを止めた。

「―――む」

 正確には、ロイドの首もとの白い布と、マルタの手にあるバッジを見て。

「お前達は会員か。そうか、なるほど。会長が言っていた侵入者とはお前たちだな?」

「そっ、そう、です! ええっと私たち会員で、格納庫に行きたくて」

「聞いている。が、どうしたものか………」

「なんか問題あるのか?」

「問題、というわけではないがな。今、リーダー達がお前たちの侵入を知って格納庫で待ち構えているのだ。俺も立場上、すんなりとお前たちを通す訳に――――?!」

 腕を組み、考え込んでいたそいつが、床に落ちていたモノを見付けて驚愕した。ヘルメットでよく見えないが、恐らくは目を剥いているに違いない。

「こっ、これはまさか………!?」

 視線を辿って、見ているのが小さなアリスの絵―――にしては少し違う気もするが―――であることに気付く。

「何これ?」

 マルタがそれを拾い上げた。どこからこんなものが、と首をかしげたときに、マルタが持っているエミルのカバンからグミの詰まった袋がぽとんと落ちた。

「え、まさかこれエミルの―――」

 いきなり、レネゲードの男がマルタの手を取った。

「頼むそれを譲ってくれ! 代わりに俺に出来ることならなんでもしよう!」

『は?』

 一行の声が揃った。

「………こんなので?」

 マルタがそれをひらひらとさせると、男は凄い顔で悲鳴をあげた。

「やめ、止めろ! お前たち、それがどれだけ貴重なものか………! いいか! それは、我々『AFC』の中でも一部の古参しか持っていない限定品! しかもおそらくは会長から直接渡されでもしない限りお目にかかることの出来ない『笑っているアリス様』………っ! くっ、存在は知っていたが、まさかこの目で見る日が来ようとは………!」

 泣いてた。しかも本気で。ロイドたちはちょっと(かなり)退いた。

「くれって言われても………それ俺たちの物じゃないし」

「………エミルの事だから、デクスに押し付けられたんじゃないかい? ほら、シルヴァラント側のレネゲードの基地で、エミルはデクスと一緒だったろう」

 しいなに言われて記憶を辿る。ぁあ、言われてみればそうだったような。

 互いに目線だけを交わして、頷き合う。リフィルが代表で進み出た。

「あなた、何でもすると言ったわね? ならまずは格納庫へのコードを教えて頂戴」

「いいだろう。コードは、」

 教えられた通りにメモを取る。これで三つ揃った。

「よし、じゃあ―――」

「それからメインサーバーにアクセスするためのコードも」

 ロイドを遮って続いたリフィルの言葉に、男は明らかに躊躇った。ロイドたちも戸惑った。パスコードさえ手に入れられれば、それで良い筈なのに。

 だがリフィルのすることだ。何か意味があるのだろうと、誰も口は出さない。

「い、いやそれは………」

「何でもする、のではなくて?」

「うっ、ぐ………わ、わかった………だが、俺のコードで閲覧できるのはレベルBまでだぞ。それでもいいのなら」

 リフィルが頷いた。男はリフィルに早口でコードらしき記号を呟く。聞き取れなければ良いとでも思ったのだろうか。しかしリフィルはしっかりと一発で聞き取って、確認し、男にアリスの絵姿を渡した。

 男が部屋を立ち去ってから、リフィル。 

「ロイド、悪いのだけれど、少し寄りたいところがあるの」

「先生が言うんなら何かあるんだよな? 何処に行けば良い?」

 

 

 

 

 

「………なぁ、まだなのか?」

「姉さんに聞いてよ………」

 近くの部屋で何かの機械を見つけて数十分。リフィルはその間ずっと機械と格闘し、残りのメンバーはそれを見ていることしか出来ない。正直、暇である。

 ロイドが何度目かのあくびを噛み殺した頃、リフィルの手際を見ていたリーガルが、ほう、と息を吐いた。

「―――リフィルは随分とこう言った機械に詳しいのだな。我々テセアラの人間ですら、十分な教育を受けていなければ操作できないと言うのに」

「そりゃまぁ、先生だからな!」

「答えになってないよ、ロイド」

 マルタに突っ込まれたが、しかしそうなのだ。

 ディザイアンの基地でも機械操作をしたのはリフィルであり、ロイドたちには真似できなかった。

(ああでも、―――あいつなら)

 クラトスなら、同じことが出来たのかもしれない。あいつはクルシスの天使だったのだから。

 そういえばあいつ、やけにエミルのことを気にしていたな、と思い出した辺りで、リフィルが機械から離れた。

「もういいのか?」

「ええ。あのコードで出来ることはもう終わったから」

 もういいと言いながらも納得してはいない様子で。けれど格納庫に意識が向いているロイドが気付くことはなく。

 

 

 

 

――――――

――――――

 

 

 

 コレットは必死に逃げようとしていた。

 鎖を壊して、この陣から逃げなくちゃ。そして早く、エミルを助けないと。

 が鎖は天使の力でもびくともしない。辺りは空に浮く岩石と魔物たち。空中でも、コレットなら天使の羽で空を飛べる。逃げなくちゃ。なのに逃げられないのだ。

(早く………じゃないと………!)

 鎖だけでなく、コレットの周囲を囲む術の檻も、その足下の術式も。内部からは何も出来ないように作られたそれらは、コレットにはどうしようもないものだ。

 ………けれど間に合わず、コレットは声を聞く。

「コレット!!」

 顔を上げれば、天使の超感覚がそれを捉えた。

 何よりも会いたくて、ほっとして、大切で、嬉しくて―――だからこそ絶望の切っ掛けとなる彼らを。

 レアバードから降りて、岩石の上を駆け寄ってくるロイドに、コレットは叫ぶ。

「………ロイド、来ないで! 罠だよ!」

「え………?」

 駆け寄ってきた笑顔が戸惑いに変わり、ロイドがコレットまであと数歩、というところで足を止めた。

 そのロイドの隣にあのコレット達を拐ったハーフエルフが姿を現す。

「ロディル………っ!」

「今まで私を利用してきたこと………許せません。コレットさんを返しなさい!」

 プレセアが駆け寄り斧を振り降ろす―――が、ロディルは避けもしない。どころかプレセアの攻撃はその体をすり抜ける。

「幻………!?」

「フォッフォッフォッ。そんな出来損ないの神子などくれてやるわい! 道理でユグドラシル様が放置しておくわけじゃ」

「出来損ないだと!?」

「そうじゃ。その罪深い神子では我が魔導砲の肥やしにもならんわい。世界も救えぬ。マーテル様にも同化せぬ。挙げ句仲間を危機に陥れる。神子はまさに愚かなる罪人と言うわけですなぁ」

 皆の目に力が入っている。怒りで肩が震えている。

 ―――あぁ、わたしのせいで、こんなことになった!

「コレットさんにありもしない罪を擦り付けないで………!」

「そうよ! 悪いのはそうなるように仕組んだそっちでしょ!」

「そうだ。罪を背負うのは私だけで良い。私とそして愚劣な貴様こそが罪そのもの! 愚かなる者よ、私と共に地獄に落ちるがいい!」

 プレセア、マルタに次いでリーガルも叫んだ。何があったのか。プレセアの感情が戻っていることに気づき、ほっとして、けれどそれに笑顔になる余裕なんてない。

「わしが愚かだと? ふざけるでない、この劣悪種どもが!」

 ロディルが何かをした。その何かに真っ先に気付くのはコレットだ。足元のそれが震えたのが分かる。それと同時に、遠くでカチリと、機械の音もした。

「みんな、逃げて!!」

「わしの可愛い子供たちよ。劣悪種どもを食い散らかすが良い」

 ロディルの姿が空気に溶けて消える。入れ替わるように遠くから飛んできたのは、コレットとエミルを拐ったあの飛竜だ。それが数体。

 だがコレットには分かる。それも、罠だ。

「戦っちゃダメ! 逃げて!」

 逃げて。ここから離れて―――それが出来ないように、ロディルは周到に飛竜を差し向けたのだ。

 目の前でロイド達が武器を構えて、飛竜たちと戦い始めた。その間にもコレットの足下の術式は稼働し続け、―――残り時間はあと僅か。

 鎖を引っ張り、術の檻を叩き、けれどこれまでと同じようにその全てが無駄だ。何をやってもびくともしない。

「もうだめ………間に合わない………!」

 ロイド達が飛竜を倒したのが早いか、コレットの足下の術式が光るのが早いか。

 一気に広がった光は巨大な術式を描き出す。それはそう、あの白く何もない部屋で、コレットとエミルを包んだものと全く同じ。

「っ!!」

 抜けていく―――流れ出ていく、それがどんなものかは、エミルを見て知っているのに!

「この光は一体………!?」

「か、体が………動かないよ!」

「コレットだ! コレットの体内のマナがボクたちの方に逆流して来てるんだよ!」

 その通り。

 ヒトのマナは個個人で異なる。他人のマナが流れ込むということは異物を流し込まれているのと同じ。ましてや、天使のマナは独特なのだ。

 つまりこの術式は、彼らを。

「コレット、そこから離れろ!」

「ダメ………鎖で繋がれて動けないの………!」

 だから逃げてと叫んだ。だから来ないで欲しいと願った。でも―――同じくらい、助けて欲しかった。きてくれたことが嬉しかった。

 仲間の身よりも、世界よりも、自分の細やかな願いを優先してしまったから!

「ごめんね、皆………わたし、世界を救うことも、皆を助けることも出来ない、中途半端な神子だったよね。ロディルの言う通り、罪深い神子なのかも………」

 神子でありながら私情を挟んだ。ロイドを巻き込み、シルヴァラント世界再生の使命も果たせず、世界を見捨てて逃げ出した。そうして異世界テセアラまで来て、ここでも仲間を自分のせいで危険な目に合わせて。

 ロディルの言葉を何一つ否定できない!

「―――順序を取り違えたら、ダメです!」

 プレセアが叫ぶ。

 小さな体で、斧を支えに、盾にして。

「あなたは悪くない………悪いのは、神子に犠牲を強いる、仕組みです!」

 プレセアが振り降ろした斧が、コレットを繋いでいた鎖を断ち切った。

 

 

 

 

 コレットを助けだし、崩壊するあの場所からどうにか逃げ出して。

 気を失っていたプレセアが目覚めて、それでもコレットの顔は晴れない。

「でも、エミルが………」

「そうだ。エミルは一緒じゃないのか?」

 一緒に拐われたから一緒にいると思っていたのに、クラトスの言葉の通りに東の空を探して見付けたのはコレットのみ。

「エミルは、何処か別のところに連れていかれて―――早く助けなくちゃ! エミルが………!」

「落ち着きな、コレット」

 しいながコレットを宥めるが、コレットの体は震えが止まらない。

「しかし、探すにも手掛かりが無くてはな………」

 コレットの事だって、クラトスの言葉があったから見付けられたのだ。何もなしに探すには、テセアラはあまりに広い。

 ………と、ジーニアスが。

「そう言えばさ、デクスが『終わったらオゼット東の森まで来い』って言ってなかった?」

 正確には『もし無事に再生の神子を助け出せたら、オゼットの東の森で待ってるからな。必ず来いよ』だったか。

「今のところそれくらいしかないか。よし、行くだけ行ってみよう。レネゲードのあいつなら、ロディルのことも知ってるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 オゼット東の森、という大雑把な言葉でも辿り着けたのは、プレセアが案内してくれたからに他ならない。

 そこに辿り着くと、デクスが一人、腕を組んで立っていた。

「デクス! エミルは」

「あっちあっち」

 デクスが示した方向を見ると、木の影に。

「―――エミル!!」

 マルタとコレットがエミルに駆け寄っていく。

「無事に再生の神子を助け出せたみたいで何よりだ。悪かったなぁ、俺とアリスちゃんは、あいつに関しては大っぴらには動けないことになってるんだ」

「どうやって見付けたんだ………?」

「そりゃ、企業秘密ってことで。かなり参ってるから、ちゃんと休ませてやれよ」

 話は終わった、とばかりに立ち去ろうとしたデクスが、少し歩いてあ、と声をあげて。

「そうそう、少年の腕についてるそれ、あんまり弄らない方がいいぞ。下手すりゃ少年ごと吹き飛ぶから」

「吹き飛………!?!」

 触りかけていたマルタは熱いものに触ったときのように手を引っ込めた。他の面々もそれぞれに驚きを顕にする。が、デクスだけはそんな空気を作り出しておきながらあっさりと。

「じゃあな」

「ああぁ、ちょっと! 待ってよデクス! 話は終わってない―――」

「こっちの話は終わりだ。俺も早く戻らないとアリスちゃんに怒られる」

 歩き出すデクスの前に、リフィルが立ちはだかる。

「いいえ、待って貰うわ。何故、ロディルに連れ去られた筈のエミルのカバンが、あなたの部屋にあったのか。何故、貴方はエミルを見付けられたのか。―――貴方は、何者?」

 デクスは即答した。

「俺はアリスちゃんの味方だ。アリスちゃんが望むのなら世界だって敵に回すし、そうじゃないなら俺は何処までもアリスちゃんについていく。レネゲードもクルシスも関係ない。言ったろ? 俺たちはレネゲードに所属してはいるが、俺とアリスちゃんの目的は、リーダーとは別にあるって」

「ならその目的は何?」

「あんたらと同じだよ。俺たちは世界が滅んでもらっちゃ困る。だからこうしてあんたたちを助けただろ?」

 リフィルの眉間に皺が寄る。デクスは答える気がないのだ。デクスは馬鹿ではない。馬鹿っぽく見えるが、あれでかなりの常識人だ。

 だからマルタはそれ以上を聞くのを早々に諦めた。

「デクス、一つだけ聞かせて。二人は、世界を救おうとしてるんだよね? シルヴァラントもテセアラも、滅ぼそうなんて考えてないんだよね?」

 それだけはあってもらっては困る未来だから。

 するとデクスは何故かヘンな顔をした。

「………ああ。もう俺もアリスちゃんも、そんなことに興味はない」

 困ったような、戸惑ったような、諦めたような、悲しそうな、そしてどことなくほっとしたような、そんな変な顔をして、それからデクスはふっと笑った。

「俺はさ、アリスちゃんが笑って生きていてくれるんならそれで良いんだ。だからアリスちゃんが生きていく世界が滅んでもらっちゃ困る。………それで答えになるか?」

 マルタは頷いた。

「十分だよ」

 デクスは、アリスが関わることでは絶対に嘘をつかない。アリスのため、が理由ならそれを疑う必要はない。

「まぁ、そういうわけだ。『AFC』会員にもお前達に協力するよう連絡しとくから、何かあればそのバッジを使えば良いさ。―――じゃあな」

 そう言って、今度こそデクスは森を後にした。

 




『AFC』
 アリスちゃんファンクラブ、の略。
 会長はデクス。レネゲードのみならず、ディザイアン、はたまたシルヴァラントテセアラ両世界の一般人の一部にさえ会員がいるというとんでもない秘密の非公式会。
 会員は体か武器の何処かに白、ピンク、クリーム色の紐や布を結んでおり、会員証代わりのバッジをしているのが特徴。会員であると証明する方法はアリスに纏わるクイズに正解すること。会員はアリスの(隠し撮り)写真を大切に隠し持っている。
 


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14-2

 相変わらずの捏造祭り。自己解釈で突っ走っております。


 

 倒れたままのエミルを休ませるために、一番近いオゼットに運び込む。

 

 オゼットの人はハーフエルフを、そしてプレセアとアステルをよく思っていない。つまりロイドたち一行は、平たく言えば嫌われている。そんな状況でオゼットの宿屋にアステルそっくりなエミルを担ぎ込める訳もなく。

「私の家を、使ってください」

 そう言ってくれたプレセアに甘えて、一行はプレセアの家にエミルを運び込んだ。

 

 

 

「………」

 声を出さず、リフィルは一つ、息を吐く。

 エミルはまだ目を覚まさない。

 容態がとんでもなく悪い………というわけではない。倒れた原因も、多くが極度の疲労によるものだ。シルヴァラントでの旅、救いの塔での激戦、そこでの怪我。それが治らぬうちにテセアラに渡り、ここでも戦いを重ねてきた。敵味方に気を配り、戦えない者たちも守るために戦場を駆け回るエミルは、同じく戦っているロイド達よりもその負担が大きかったのであろう。

 ―――と、言うのがロイド達に話した建前である。

「どうしたら、良いのかしらね」

 本当の原因は別にある。

 それはデクスの言葉通り、下手に弄れば暴発しかねない量のマナを、エミルの体が内包しているからだ。

 デクスは『エミルごと吹き飛ぶ』と言っていたが、エミルを診察したリフィルは人間よりも遥かにマナに敏感なエルフの血族。その目が理解した。………恐らくは、天使術より上。魔科学兵器に匹敵する、地形が変わりかねないほどの大量のマナ。

 普通なら、それほどまでにマナの密度は上がらない。マナは空気や水と同じだ。高きから低きに、濃いところから薄いところに、マナは自然に拡散する。それを留めておこうと思えばエルフの血でマナを意図的に制御したり、特殊な加工をした道具を使わねばならない。

 例えば―――エミルの左手首についている、妙な腕輪のような。

(………この腕輪がその道具、と言うことらしいけれど、困ったわ)

 弄ってみなければ腕輪に込められた術式が分からない。術式がわかれば対策も立てられるし解除も出来る。だが弄って暴発する危険性を思えば、下手に触れない。

 そしてマナによる不調ならば、治癒術さえかけてあげられない。

 結局のところ、エミルが目を覚ますのをただ待っているしか―――。

「………ん、」

 リフィルが顔を向けると、丁度目を開けたエミルがベッドの上で天井をぼんやりと見上げていた。

「起きたわね。気分はどう?」

「大丈夫………じゃ、ないです」

「でしょうね」

 アレだけのマナに、酔わないわけがない。ましてそれが常に体内にあり、体外に流れようとするのをあの腕輪で強制的に抑えているのだ。

「エミル、『それ』は」

「あのディザイアンにつけられました。デクスもお手上げみたいなので、気にしないでください」

「気にしないで、って」

 それに対する答えは、言葉ではなく無言の笑み。リフィルは同じような笑顔を何度も見たことがあった。

 仕方ない、とため息を一つ。そして、

「エミ」

 

「―――あっ、エミルが起きてる!!」

 

 窓から首を突っ込んで叫んだのは、ジーニアス。

 とたんバタバタと騒がしくなったと思ったら、部屋の扉がばんっと開いて、ジーニアス、ロイド、そしてコレットが入ってくる。

「よかった、もういいのか?」

「………貴方達、もう少し静かに入ってきなさい」

 はーい、と元気だけは良い返事。まったく。

「エミル、だいじょぶ?」

「うん、だいじょぶ。心配かけて、ごめんね」

 表情を緩めるのはジーニアス。コレットの表情は固いまま。

「あの、ごめんね。わたし―――わたしの、」

「コレットは悪くないよ」

 俯いていたコレットの背がぴんと伸びる。

「悪くない。何一つ。悪いのはコレットを利用しようとしたあいつ」

 ロイド達と、プレセアと。同じことをはっきりと言い切られ。

「ありがと、エミル………」

「コレットこそ、大丈夫?」

「―――うん。だいじょぶ、だよ。エミル、ゆっくり、休んでね」

 右腕で左腕を掴みながら、コレットは泣きそうに笑った。

 

 

 

 リフィルに「まだエミルは療養が必要なのだから」とロイド達が退室させられ、リフィルも席を外すと、入れ替わりに入ったのは、しいな。

「起きたのか。体はどうだい」

「うん、だいぶ。しいなこそ、疲れてるみたいだけど………」

「まぁ、ちょっとね。アステル達に会いに、サイバックまで行ってたのサ」

 しいなは、一人でガオラキアの森を抜けてサイバックとオゼットを往復したのだ。

「アステル達とは、明日、グランテセアラブリッジの桟橋で待ち合わせることになった。桟橋でアステル達を拾って、そのまま地の神殿に向かう」

「地の………あぁ、ノームと契約するんだ。頑張ってね、しいな」

 いつもの笑顔。いつもの笑み。

 コリンがしいなの肩口に現れて、ぴょんとエミルのベッドに飛び降りた。

「………ねぇ」

「なに? コリン」

「あの………その、」

 何かを言おうとして口ごもり、エミルを見上げては俯き、辺りをきょろきょろとしては七色の尾を揺らめかせる。

 何時にも増して落ち着きのないコリンに向かって、エミルは。

「コリン」

 優しい声だった。けれどはっきりと凛として、思わず聞いている方の背が伸びるような。

 コリンがそうっとエミルを見上げると、エミルは微笑んだ。撫でようとしたのかコリンに手が伸びて、空中をさ迷って布団に降りる。

 代わりにエミルはベッドの上で体を折って、なるべくコリンに視線を近付けて、笑った。

「コリンはコリンだ。それは間違いない。だから、キミはキミの心に従えば良い。そうやって、悩んで選ぶことに価値がある」

「コリンのこころ………」

「そうだよ。キミは何にも縛られてない、自由なんだから」

「エミル………?」

 その時しいなに向いた顔は体調が悪いなんて信じられないくらいに、見る者に不安を微塵も感じさせない、暖かい笑顔だった。………そして冷たい顔だった。

(一線を引かれた………って、事なのかねぇ)

 踏み込ませてくれない。関わってくれるなと、その笑顔が言っている。

 と。

「しーいな」

 声と同時に肩に置かれた手。しいなは思いっきりその肩を跳ねさせ、咄嗟にその手を取って捻り上げた。そのまま振り向き様に相手に蹴りを叩き込み―――そこで、その人物の正体に気が付いた。

 床に尻餅をついて手首を押さえているその人は、誰あろう、テセアラの神子ゼロス。

「いきなり出てくるんじゃないよ!」

「だから蹴るこたないだろう!」

 いやいきなり気配を殺して肩に手を置いたゼロスも悪いだろう、とは思ったが、それにしても過剰防衛の感は否めなかったので、しいなはゼロスに手を貸して助け起こした。

「で、何しに来たのサ!」

「飯だからお前を呼びに来たんだよ」

 そういえばもうそんな時間だ。食事は外でとることになっている。その前にと、しいなはエミルに会いに来たのだ。

 しいなをぐいぐいと部屋の外に押し出し、ゼロスが振り向く。

「後でお前の分は持ってくる。捕まってたんなら、胃が弱って普通のもんは受け付けないだろ?」

「………うん。ありがとうございます」

 

 

………………………………

 

 マルタが部屋に入ったとき、エミルはぼんやりとした目で窓の外を見て、ここではないどこかを見詰めていた。

 食事を済ませてどうしても気になって、静かに部屋に入ったマルタは、そんなエミルを見て静かにベッド横の椅子に腰掛ける。

 エミルは時々こんな目をする。

(何を見てるのかな………パルマコスタの、総督府に入る前もこんな感じだったけど)

 ガオラキアの森でも、トイズバレー鉱山でも、同じ目をしていた。この目をしているエミルは、少し怖い。でも同じくらいひかれてしまう。目が離せなくなる。

(どうしてか、キミがとっても遠くて、近くて………)

 どうしてかそのエミルを見ていると、目の奥が熱くて、胸が苦しくて。

 

 なにかが、訴えてくるのだ。

 ―――どうか、どうか、と。

 

………………………………

 

 リーガルが胃に優しい食事を作ってエミルが休んでいる部屋を訪れた時。

 寝ているかと思っていたエミルは起きていて、逆にエミルの様子を見に行ったマルタが、ベッド脇の椅子に座ったまま上半身をベッドに預けて眠っていた。

「………」

 エミルはとても、とても穏やかで優しげに、そんなマルタをそっと撫でていて、リーガルに気付くと人差し指を口の前に立てた。リーガルは頷き、マルタを起こさないように気を付けて、マルタとは反対側のベッド脇にあるサイドテーブルに、まだ湯気のたっている食事のトレイを静かに置いた。

「ありがとうございます、リーガルさん」

「いや。食べられそうか?」

「はい、後でいただきますね」

 会話は小声で、囁くように。それでもしっかりとリーガルに礼を言うこの少年が、リーガルに言った言葉をリーガルは覚えている。

 ―――気にすることないですよ、リーガルさん。人殺しというなら、僕も、『そう』ですから

 トイズバレー鉱山で、微笑んで、そう言いきったのを、覚えている。

「………お前は、自分が私と同じ人殺しだと言ったが、私には、とてもそうは見えぬ」

「それならリーガルさんこそ、僕にはそんな風には見えませんよ」

 間を置かず即答された。

「貴方がそう言うんなら人を殺したのは本当なんだと思います。でも、きっとその本質は僕とはまるで違う。――― 一緒にしたら、失礼でしたね。すみません」

 あまつさえ、謝られてしまった。

 そんな意味ではなかったのに。でもリーガルが言葉を重ねてもエミルに聞く気がないのは分かった。自己完結しているのが、分かった。

 そしてリーガルも、上手く誤解を解いて説明できる気がしなかった。

「いや………すまない、失言だったようだ。とにかく、今は体を休めてくれ」

 はい、と返事をして、エミルはまた、マルタに視線を落とした。マルタの頭がエミルの足に乗っているから、動けばマルタを起こしてしまうからだろう。

 けれどリーガルはそんなエミルにそれ以上声をかけることもできなくて。

 外で自分を呼ぶロイドの声に、そちらの方に足を向けた。

 

 

 

 

 

 翌日。

 オゼット北の桟橋からエレカーに乗って、アルタミラ大陸をぐるっと半周。グランテセアラブリッジの脇にある桟橋で、サイバックから来ていたアステル達に合流し。

 ロイドは満面の笑みのアステルに、ウイングバックを渡された。

「アステル、これ、何が入ってるんだ?」

 ウイングバックはエレカーをしまっているものでもあるから、中身があるのだということはロイドも分かった。しかしその中身が何かは、出してみないと分からない。

 ただこの狭い桟橋ではそんな場所の余裕がない。

 するとアステルは「ふっふっふ」と得意気に。

「実はね! 昨日しいなにレアバードを届けてもらって、皆さんのレアバードに改良を加えてみましたー!」

「おおお! お、お?」

 ロイドはアステルのノリにつられて「なんかすごそう」は分かったが、考えてみるとどの辺りがどうすごいのかは欠片も分からない。

「エレカーで理論は実証できたからね。レアバードはマナを燃料にして動くけど、それにヴォルトのマナを使うにしたってしいなの負担が大きすぎるもん。だからこっちにも精召石とナビメタルのあれを使って、より効率的にマナを運用できるように弄ってみたんだ」

「んー………よくわかんねぇけど、これで楽にレアバードを動かせるようになった、てことで良いんだよな?」

「うん」

 リフィルとリヒターががっくりと項垂れる。アステルはお構い無しで、ぐっと親指を立て。

「サイバックで蓄えてた余剰マナを既にチャージしてあるから、すぐにでも動かせるよ」

「じゃあさ、地の神殿まではレアバードで行こうぜ! な!?」

 ロイドが楽しそうに言えば、その方が速いのも事実で、一行はサイバック前の平野に向かい。

 そこからレアバードで空に飛び立った。

 



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14-3

 更新二話目。


 

 

 地の神殿は、神殿と言うよりも地下に続く大洞窟という感じで。

「ここ本当に神殿なのか?」

 ロイドが知る神殿はどれも立派な作りだったり、昔からある場所。シルヴァラントでは封印の地だったけれど、精霊が居る場所というなら同じだろう。

 なのにここは人工的に作られたようにも見えず、壁や床に装飾や仕掛けがあるわけでもなく、むしろ土がむき出しのボロボロで。

「ただの穴みたいに見えるし、というか魔物が沢山居そうなんだが………」

「魔物が居るということは、それだけマナが濃いということよ。ここが神殿で間違いないわ」

「ええぇほんとかよ………」

 思いっきり疑いを露にしたロイドはリフィルに叩かれ、そんな様子を見ていたアステルが苦笑する。

「リフィルさんの言う通りだよ。ただ最近地震が頻発しているから、危険だって立ち入り制限されてるけど」

「えっそれ大丈夫なの?」

「大丈夫! ………多分」

「そこは断言してくれ、アステル………」

 リヒターとゼロスに呆れられたアステルは、持ってきていた鞄からなにやら機械を幾つも取り出し、そのまま一行の先頭に立って―――

「ってこら、どこに行く気だお前は」

「え? 勿論、神殿調べに行くんだよ? 何言ってるのリヒター。その為に来たんだよ」

「精霊と契約しに来たんだ!! お前の調査のためじゃないっ!」

 すかさずリヒターがアステルの首を掴まえた。がしかしアステルは全く悪びれる様子もなくさも当然かのように言い放ったので、今度こそリヒターの雷が落ちた。

「おい、ロイド。こいつのことは気にするな」

「でもまぁちょっとくらいなら………」

「甘やかさなくていい。こいつの好きにさせると、時間がいくらあっても足りやしないんだ」

「でもリヒター、結局ここの神殿の調査は出来てないんだよ?」

「お前のためだけに来たんじゃない。自重しろ」

「うううっ………」

 リヒターにしっかりと確保され、アステルは母猫に運ばれる仔猫のようになっていた。

 呆然とそれを見送った一行の中で、ゼロスが頭を掻き。

「………まぁ、アステルのことはあいつに任せとけば大丈夫だ。実際これまで、あいつは一人でアステルを守ってきたし」

「そう、なの?」

「リヒターが護衛につくって条件で、アステルの外出許可は下りてるのサ。ほんとは騎士団の護衛をつけるって話もあったんだけど、アステルが断ったんだよ。リヒターの方が百倍頼りになる、ってね」

 しいなもゼロスもアステルを止めようとはしなかった。だからロイドも深くは考えない。これまでと同じように、何かあれば守れば良いのだ。

 今はエミルも戦えないのだし、自分がしっかりしなければ。

 腰の剣を確めるようにぐっと握って、ロイドはアステル達を追いかけて、神殿に入る。

 

 

 

 

 

 洞窟のようと思った神殿は、中に入ればまさに天然のあな、と言った様子で。

「こ、ここ本当に道………?」

 瓦礫がごろごろと転がる狭い所を、なんとかどうにか通り抜けて。小柄なジーニアスやマルタは瓦礫を避けるだけでも一苦労だ。

「ねえロイド、ここさっきも通らなかった?」

「ん? そうか?」

 ジーニアスの言葉にロイドは首をかしげたが、リフィルとリヒターが同意する。しかし他の面々は何も感じていないらしい。

「また、あの竜みたいなのが邪魔でもしてるのかなぁ」

 マルタが何気無く呟いた。

 素早くアステル、リーガル、リフィル、リヒター、そしてゼロスが視線を交わす。

「なるほど、一理あるな。我々と三人の違いは、おそらくエルフの血。つまりマナを感じることが出来るか否か、ということだろう」

「ならば、ここでも俺たちを精霊に会わせたくない何かがいる、ということになるな」

「あくまでも可能性だけどな。で、お三方。何か他に感じるか?」

 ゼロスに聞かれ、三人はそれぞれ首を振る。

「いえ、違和感はあるのだけれど………なんと言ったら良いかしら。空気を掴むように、はっきりとしないのよ」

「うん。霧の中を歩いてるみたいで、スッキリしないんだ。でもどこがどう違うのかは分からなくて………」

 ただひたすらに、居心地が悪いのだと。

 気にしなければ気にならない。でも一度気になってしまえば、その違和感はそこらじゅうで感じる。そういう類いのものらしかった。

 

 それから十数分、ぐるぐると神殿の中を歩き回った一行だが………全く、景色が変わらない。

 こうなるとさっきのマルタの言葉が信憑性を増してくる。つまり何かがこちらの邪魔をしているのだ、と。

「コレットやエミルは何かわからない?」

 二人は申し訳なさそうにするばかり。だがなにか切っ掛けでもないと、これはどうにもならない。

 あの竜のように、姿を見せてくれるのならまだ良い。だが姿も見せず、何がしたいのかも、そもそも何の仕業なのかも分からないこの状況では、竜の時のように対策を考えることさえ出来ないのだ。

 はぁ、と、誰となくため息がもれた時だった。

 

「おめーら、こんなところでなにやってんだー?」

 

 ひょこ、と、何かが岩影から顔を出した。

 それはせいぜいロイドの膝くらいまでの身長で、とんがりぼうしを頭に被った、小人だった。

「なんでおめーら、おんなじところをいつまでもぐるぐるしてるんだ? 精霊に会いたいんなら、向こうだぞ?」

 向こう、と示されたのはこれまで進んでいたのとは真逆の方向で。素でマルタは聞いた。

「えっと、あなた、なあに?」

「何とはなんだ、やんのかこらー」

 ぴょいこらと跳ねて地面を踏み鳴らすけれど、小さな体ではそれは微笑ましいものでしかなくて。

 コレットが一歩進み出る。

「あの、私たち精霊さんに会いたいんです。どこにいるか、教えてもらえませんか?」

「んー………別に良いけどよー、代わりに何くれる?」

「何、って………」

 逆に何が欲しいのか分からん。

「あげられるものって言っても、今は手持ちのアイテムも食材もないし………」

 ううむ、と揃って一行が唸ってしまったとき、エミルが後ろから進み出て、小人の前にしゃがみこんだ。

「ねぇ、これあげるから、ノームのところまで案内してくれないかな?」

「ん? んん? なんかうまそーなにおいが……」

 小人はエミルが差し出した瓶をくるくると回し、きゅぽん、と栓を抜くと、くいっと瓶を傾けて。

「む。む。………ん、良いぞー、案内してやるー」

「うん、ありがとう」

「良いってことよ~、あんた良いヤツだなぁ」

 エミルは苦笑い。

「じゃあ、よろしくね」

「がってんしょうちー」

 ぴょん、と一度跳び跳ねた小人が、ちょっと待ってろよ、と何処かに行ってしまう。その間にロイドは戻ってきたエミルに尋ねた。

「エミル、何渡したんだ?」

「あぁうん、お酒だよ。ミズホで売ってたヤツ」

 しいなとリーガルが目を見張った。

「ま、まさか『大吟醸和誉』………?!」

「? 良い酒なのか?」

 未成年のロイドには分からず聞いたが、後で詳しく聞いたところによれば、酒の中でも手間をかけ、じっくりと作った、言わば高級酒なのだそうだ。しかも隠れ里のミズホの、その更に特殊な一族しか製法を知らない、知る人ぞ知る酒が『和誉』。しいなが驚くのも無理はなかった。

「確かに、神や妖に願うときに酒を供えるって言う文化がミズホにはあるけど、まさかあんなみょうちくりんにも効果があるとはねぇ」

「みょうちくりんは酷いよ。彼等は立派な、精霊の眷族なのに」

 むっとアステルは唇を尖らせる。

「知ってるのかアステル」

「多分、クレイアイドル、って呼ばれる種族だと思います。大地に住み、大地にいきる土小人。地の下で彼らが知らないことはない―――と」

 そこで小人が戻ってきて、こっちだぞー、と少し離れたところで飛び跳ねる。

「なーにやってんだー? 行かないのかー?」

「あ、今行きます~!」

 コレットが、マルタが、小人を追いかけて先に進む。

「何はともあれ、これで精霊には辿り着けそうだな」

 

 

 

 

 

 精霊の祭壇は、他の神殿と同じように最奥にあった。

 辺りは土がむき出し、自然のままに見えるのに、その祭壇だけが人工的に作ったのがありありと分かって、逆に妙な感じがする。

「よし、頼むぜしいな」

 頷いたしいなが祭壇に近付くと、その上で光が集まり、大きな、ずんぐりとした土竜のような鼠のような、なんだかよくわからないモノの形をとった。なぜか頭にはリボン、手にはスコップ。

 それは、辺りをぐるんと見回して、ロイド達を見てんー、と首(頭?)を傾ける。

「おお、お前―――」

 が、なぜか途中で言葉を切った。苦い顔をしてそっぽを向いて、指で口の横辺りを引っ掻く。

 そうして、咳払いをひとつ。改めて祭壇の上からしいなを見下ろして、

「おまえ、召喚士だな? 俺はミトスと契約しちゃってるぞ」

 またミトスの名前が出た。ウンディーネの時も、ヴォルトとの時もそうだった。

 古代大戦の英雄ミトスと、同じ人物なのかは分からない。その英雄ミトスにあやかって、子供にその名をつける親は多いのだ。ただ分かるのは、かつて精霊と契約した『ミトス』と言う名の召喚士がいたということだけ。

 そして、しいながやることも変わらない。三度目ともなれば焦ることもなく、しいなはしゃきんと背筋を伸ばしてまっすぐにその精霊―――ノームを見つめる。

「我はしいな。ノームがミトスとの契約を破棄し、我と契約することを望む」

 それを聞いて、ノームが嫌そうな顔をした。何か間違えたのか………と思った瞬間、ノームが頭(?)の後ろを掻いた。

「おまえ………かたっくるしいしゃべり方するなぁ」

「うっ、だ、だってこういう風にしろって習ったんだよ」

 しいなの口調が砕けると、ノームはふーん、と雰囲気を緩めた。そうしてしばらくしいなを見詰めて何やら考え込んでいたが、ふいに、にっと笑って。

「ふーん。ま、いいや。じゃあちょっと揉んでやるからよ、かかってこい!」

 戦えない、戦わないアステル、エミルとその護衛にリヒターが少し離れて、そうして、試練が始まる。

 

 

 

「うー、うー! お前ら汚ねぇぞ。よってたかってボコにしやがって。ミトスは一人だったのによー」

 ノームはボヤいたが、ロイドたちはそれどころじゃなかった。流石は精霊と言うべきか、その見た目から想像も出来ないほどに、ノームは強かったのだ。八人で力をあわせて、なんとか勝てた、程度。

「まぁいいや。誓いをたてやがれ!」

「………なんかやりにくいねぇ。二つの世界がお互いを犠牲にしなくて良い世界を作るために、あんたの力を貸しとくれ」

 しいなの言葉にノームは頷き。

「良いぜ。俺の力を姉ちゃんに貸してやる」

 その宣言と同時に、しいなの前でマナが集まり、小さな宝石に姿を変える。それが契約を交わした証であり、これまでもそれを手にしていたのだ。

 と、ノームは大きく、大きく伸びをして。

「っはー、やっと面倒な仕事から解放された! よし、じゃあ俺も『マナを返す』からな! これでやっとスッキリした!」

 

 そのとき何かが変わったのを、ロイドも、マルタも感じ取った。

 

 だが雷の神殿で感じたそれと、似てはいるけれど同じではなかった。あそこまで苦しくない。ロイドは倒れることもなく、何か変だな、と思ったくらいだった。

「まさか本当に召喚士が来るなんてなぁ。あいつ、知っててあんなこと言ったのか? ま、いいや」

 ノームは大きな独り言を溢して、すうっと体が透けていく。

「じゃーな。俺の力が必要になったら喚べよ~」

 そしてついにその体はすうっと消えてマナに溶け。

 直後その場に吹き荒れたマナの風に、一行は腕で視界を庇った。風が辺りの土埃を舞い上げるのだ。

 どこまでも勝手で自由だったノームが姿を消したとき。

「っマルタ!」

 ふらり、と倒れるマルタを、ロイドは咄嗟に支えた。

「先生!」

「分かっていてよ。………可笑しいわね、特にどこも悪いようには、見えないのだけれど………」

「でも姉さん、マルタが倒れるの、これで二回目だよ」

 一度目は雷の神殿近くの戦いで、ウンディーネの水流に巻き込まれたとき。そして今回はノームが起こしたマナの風に倒れた。どちらも精霊に関わるときだ。

「………そうね。一度、本職の医者に見せた方が良いかもしれないわ」

「なら、フラノールに行ってみないかい? 腕の良い医者を知ってるんだ。それにあの辺りには、氷の精霊を祀った神殿もある」

 しいなの申し出に一行は方針を決め。

 倒れてしまったマルタをロイドが背負って、来た道を引き返していった。



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14-4

 

 フラノール。

 雪と氷の大地フラン大陸の、中央に位置する雪景の街だ。敬虔なマーテル教徒の街でもあり、高台には大きく立派な教会が建っていた。

 

 

 

 しいなが知る医者は、そのフラノールに住んでいた。

 多くの患者に混ざって列に並び、ようやく順番が回ってきた頃には日暮れだった。

「おや、しいなさん。お久しぶりで。お元気そうで何よりです」

 まだ若い男性である。腕の良い医者と聞いて老人を想像していたロイドは少し驚いた。

「あんたも相変わらずみたいだね。………早速で悪いんだけど、この子を診てやってくれないか」

 ロイドはしいなに促されるまま、背負っていたマルタを診察室のベッドに寝かせた。その様子をエミルやリフィルが見守っている。

「ふむ。見たところ外傷はなし、熱は………微熱程度、呼吸も安定している………しかし意識は無し、と。ふむふむ、ほほぅ………」

 その手付きは素早く、正確だ。医者はマルタを触り、みて、そして何かを紙に書き付けていく。

「ふむ。しいなさん、このお嬢さん、少し私に預けてくれませんか? 少し気になることがありまして。悪いようにはしません。それに………少し、休ませてあげた方が良いでしょう」

 言われて、納得する。

 なにしろマルタは、パルマコスタを出たときに成り行きで同行してから、救いの塔から時空を越え。テセアラに来てからは戦えないジーニアスとリフィルを守って戦列に加わり、戦いに不慣れながらも治癒術でロイドたちを支え続けてくれたのだ。

 元々戦闘訓練を受けているというわけでもなく、更に言うならばエクスフィアを持っていないマルタは、本当の意味で一般人、なのだ。

「ならその間に私たちは神殿に行ってみましょうか。精霊の神殿は、この近くにあるのでしょう?」

「あぁ、ここから南の洞窟がそうだよ」

 リフィルの言う通りそうした方がいいだろう、と話がまとまりかけた時、エミルが手を挙げた。

「あ、なら僕ここに残ります」

「そうだな、エミルも少し、休んだ方が良い」

 エミルから言い出さなければロイドがそうしろ、と言うつもりだった。………思えば、イセリア近くの森でエミルと出会ってから、ロイドはエミルに頼りっぱなしだ。

「エミル、マルタのこと頼むぜ」

「ロイドこそ、頑張ってね」

 エミルとマルタをフラノールに残し、精霊との契約に興味があると言うアステルとリヒターを伴って、ロイドたちはフラノールの南にあるという氷の神殿に向かった。

 

 

 

 

 ………向かった、のだが。

「これは―――」

 ようやく辿り着いた、精霊の神殿があるはずのその場所は、巨大な氷の壁に覆われていた。

 氷は凄まじい冷気を放っており、しっかり防寒対策をして来たのに近くに立てば身震いがする。今日は晴れて太陽が暖かい陽射しを投げ掛けているのに、氷は溶ける様子もない。

「この場所で間違いないのか?」

「それは僕が保証します、ロイドさん。こんな風になる前に、僕たちはここに来たことがありますから」

「なる前、ってことはこの氷の壁は元々無かったってことか?」

「無い。確かに氷の神殿と言うだけあって内部の冷気は相当なものだったがな」

 リヒターが断言した。というのもアステルとリヒターの二人は、研究のため各地の精霊の神殿を回ったことがあるらしい。

 アステルが氷の壁を見上げて唸った。

「フラノールはいつも通りに戻ってたけど………ここも異変が起きてたんだ」

 アステルが取り出して捲った手帳には、ちらりと見えただけでびっしりと書き込まれた文字数字。

「アステルは精霊の神殿を調べて回ってたんだっけ」

「ええ、陛下の依頼で」

 メルトキオがあるフウジ大陸が闇に包まれたのも、各地で地震が頻発しているのも、サイバック付近で雷が酷いのも。

 その原因がマナにあるのではないか、と、二人は精霊を調べていたのだ。

「そういえば、しいながヴォルトと契約した後、サイバックの雷は収まったんですよ」

「えっそうなのかい?」

「ビックリするくらい、ぴたっと」

 サイバック付近は、元々が他の地域に比べて雷雲が発達しやすく、やや落雷が多い地域ではある。がしかし、雷の神殿から離れたサイバックの街にまでひっきりなしに雷が落ちるというのは明らかに異常気象。

 それが、ある日を境にピタリと収まった。

「マナを計測したら過去数百年無かった反応が出るし、サイバックは今大騒ぎですよ」

「まぁ、そうだろうねぇ」

 二つの世界の精霊が同時に目覚めるのは初めてだ、と精霊達が言っていた。ならば世界がこの形になってから、初めての事態ということだ。

 世界と精霊は、深く関わっている。

「………となると、やはりこれもセルシウスの影響、と考えられるわね」

「はい。おそらくは。………………だから、きっと六年前も」

 後半は小声で聞き取れなかった。

「アステル、今何か言ったか?」

「いいえ。とにかく、これが精霊の影響であることは、ほぼ間違いないと思います」

 と、そこでリフィル、アステル、リヒター、ジーニアスが揃って嘆息。

「困ったわ………」

「うん………」

 この異変の原因は精霊で、その異変を収める為には精霊と契約すれば良い。しかしその精霊と契約するためには神殿の中に入る必要があり、神殿に入るにはこの氷の壁を何とかしなくてはならない。

 ロイドは氷の壁を覗き込む。

「氷の向こうは空洞になってるみたいだな。何かの影が中で動いてるのが見えた」

 しかし見えるのは影だけで、『なにかがいる』ことは分かってもそれが何なのかは見えない。氷の壁はそれなりに分厚いということだ。

「………皆さん、少し、離れていてください」

 プレセアが斧を構えた。言われた通りに皆が下がったのを確かめて、プレセアは斧を振りかぶり、思いっきりその壁に斧を叩きつけ―――

「―――っ!」

 その手から、斧を取り落とした。

「プレセア!」

「だい………じょうぶ、です。少し痺れただけですから」

 しかし氷の壁には傷ひとつ無い。エクスフィアの影響で、プレセアの力は一行の中でも頭ひとつ抜ける。

「プレセアでもダメなんて………」

「よし、物理攻撃でダメなら魔術でどうよ」

 ゼロスが目を閉じる。ばさ、と髪やマントの裾が翻り。

「受けてみな―――ファイアボール!!」

 マナを以て紡がれた術が、火の玉という形で具現化した。数個の火の玉は全く同じ場所に連続で当たり、………しかし壁には何の変化も見られない。

「全然ダメじゃないか!」

「ぐぬぬぬ、じゃーもう一発でかいのを―――」

「止めろ。精霊の氷だぞ。普通の魔術でどうこうできるはずがないだろう」

「ならどうするんだよ。俺たちはこの壁をどうにかしないことには精霊に会うこともできないんだぞ」

 ゼロスの言う通り。

 さてどうしたものか。魔術でもダメ、物理攻撃でもダメ、なら合わせ技でどうだ! とジーニアスとプレセアがリフィルの補助術をかけたうえでやってみたがそれもダメ。やはり精霊の力は桁が違うらしい―――と、考えたところで。

「なら、精霊の力を借りたらどうだ?」

「精霊って、ウンディーネやヴォルトかい?」

「いや、イフリートの。イフリートは火の精霊だろ、なら精霊の氷も、イフリートなら溶かせるんじゃねえかな」

「―――それです、ロイドさん!」

 アステルがすごい勢いで食い付いた。

「そうだよ、シルヴァラントには他の属性の精霊がいるんだ!! ねぇリヒター、そこを調べられたら―――あうっ」

「落ち着け、阿呆」

 額を指で弾かれ、アステルはむぅと頬を膨らませる。が、リヒターはどこ吹く風。

「そもそも、どうやってシルヴァラントに行くつもりだ? 第一、反逆罪で追われる身だってことを忘れてるだろうお前は」

「なんとかなる!」

「勢いで何とかしようとするな! 無謀だ!」

「じゃあ他に方法があるの? この氷、多分闇の神殿と同じだよ。ブルーキャンドルを作るのに、どれだけかかったか知ってるでしょ」

「ぐ………だが、世界を越える方法がなければ机上の空論に過ぎないんだぞ」

 言いくるめられたのはリヒターの方である。が最後の一言に、アステルもそこなんだよねぇ、と腕を組む。

「そういえばロイドさんたちは、どうやってテセアラに?」

「ディザイアン―――じゃない、レネゲードのレアバードで来たんだ」

 しいなに言われるがまま、あの時は夢中だった。………そういえば、どうやって時空を越えたのだったか? ロイドは思い出そうとしても思い出せなかった。だってあの時は、エミルとノイシュが心配で。

 状況を見守っていたゼロスが、頭の後ろで手を組んだ。

「ってーことは、あのファンクラブの力を借りれば良いんじゃねーの?」

「そういや、あいつも何かあれば頼れ、って言ってたしねぇ」

「ほらねリヒターなんとかなる!」

「………だから胸を張るな!」

 何故か得意気なアステルがまたリヒターに怒られて。

 くしゅんっ、とジーニアスがくしゃみをした。

「とにかく、一度フラノールに戻らない? エミルとマルタも気になるし、それに………ここ、寒いよ」

「ジーニアスのいう通りだ。議論を重ねるにしても、街に戻ってからの方が良かろう」

 リーガルもジーニアスに賛同した。

 いくら防寒対策をしていようと、長時間雪原を歩き続けては体も冷える。ましてやここは他の場所よりも一段と寒いのだ。

「………そうだな。一度戻るか」

 帰りはレアバードで急いで帰ろう、ということになり、それぞれが自分のレアバードを取り出した、その時。

 

「――――――!?!」

 

 一瞬、視界が真っ白に染まった。

 数十秒遅れて、ドオンッ!!! と天が爆発したかと思うほどの轟音が鳴り響く。

「今のは!?」

「すごい雷………」

 フラン大陸ではない。別の大陸に落ちた、すさまじい落雷。

「あれは―――オゼットの方です………!」

 プレセアが呆然と数歩踏み出す。踏み出して、戸惑ったように、足を止める。

 その肩をリフィルが掴む。

「とにかく、今はフラノールへ。エミルたちと合流しだい、オゼットに行ってみましょう」

 



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14-5

更新二話目です。


 

 マルタが目の前でベッドに寝ている。

 医者の家から宿屋に運んで、その間もずっと、こんこんと、眠り続けている。

『諸々ありますが、まず第一に疲労ですね』

 処置を終えた医者によれば、休ませるしかない、ということだった。

 彼の目から見てもそれは正しい。マルタは、マナにあてられた状態だ。大量のマナに体内のマナをかき乱され、それで体調を崩した。マルタは人間らしくマナへの抵抗力が低く、それでいてマナの感受性が高いのだろう。

 時間が経てばかき回されたマナも元に戻る。休ませるしかないのだ。

「―――頑張ってたもんね」

 顔に落ちた髪をそっと指で直してやる。そのまま頭を撫でて、ふっと、彼は笑みを漏らす。

 その、背後に。

「終わったか」

「はい、主様」

 音もなく、気配もなく、小さな獣が降り立った。

「粗方終わりました。残りは竜種で―――」

「それは仕方ないな」

 竜種はおしなべて強力で、こちらの命令に従わないこともある。力が完全ならばまだしも、未だ本調子でない彼等では、結べる縁にも限界があることはわかっていた。

「他はほぼ契約済みですから、単純なマナの乱れによる地震はほぼ抑えられる筈です。ただその………契約に伴う方は」

「あれは地の震えじゃないからな。契約を書き換えることの弊害だ」

 マルタが倒れたのも、ノームが契約の更新でマナの管轄を手放して発生したマナの奔流によるもの。あれは、あの契約は、世界を変えるのだ。文字通りの意味で。

 彼は振り向き、背後を見て、笑った。

「ソルム。地の神殿でのあれは、お前だな?」

「はい。あのとき契約されると間に合わなかったので」

 魔物と契約し、縁を結ぶことで世界を安定させる。それが彼等の役目だ。だからこそ彼は精霊の契約が書き換えられる前に、魔物と縁を結べと命じたし、ソルムたちもそれに従った。

 ソルムの能力は幻。ソルムがロイドたちを惑わせたのは、ギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際だったから。

「主があっさりあいつらを祭壇に連れてっちゃうから、あたし大変だったんですからね! 結果的に間に合ったから良いんですけど!!」

「あぁ、あれはよく間に合わせた」

 間に合ったから、契約の反動があの程度だったのだ。

 まぁ彼の方も、ソルムなら間に合うだろうと考えたからこそ、あのタイミングでロイド達を案内したのだが。あそこでクレイアイドルが声をかけてこなければ、もう少し時間は稼げたかもしれない。………が。

「ノームもクレイアイドルも、あれ以上放置すると余計なことを言いそうだったからな」

 彼等は総じて裏表が無い。精霊の掟とは関係なく、そもそも性格として嘘がつけないのだ。

「否定はしません。けど、主様、ノームを脅すのはどうかと………」

「人聞きの悪いことを言うな。ちょっと『余計なことを言うなよ』っていう意思を込めて目で会話しただけだ」

 ソルムはそっと目をそらした。それは一般的にはガンを飛ばすと言うのではなかろうか。

 だがソルムが前もって口止めをしておいたにも関わらず、主と会った瞬間に口を滑らせたのはノームだ。ならば仕方ない、これはノームが悪い。

「………狭間はどうだ?」

「今は、だいぶ落ち着いてます」

 ヴォルトに代わり、トニトルスが。ノームに代わり、ソルムが。そしてウンディーネに代わり、アクアが。

「それぞれ御方々に代わり“籠”を支えています。ですが―――」

「分かっている。いつまでも、俺達がそれを維持できるわけではない」

 彼等は精霊の眷族ではあるが、精霊ではない。魔物よりは精霊に近いが、精霊と言うには魔物に近い。そういう存在だ。だから、精霊と全く同じことは、出来ない。

 今の世界は歪んでいる。歪んで、それを歪めて、精霊の契約で強引に固定させているだけ。元々が歪んでいる以上、どこか一画でも欠ければ―――結果は。

 解決法はいくつかある。例えば現在の契約者の手で世界を本来の形に戻すこと。例えば一度、全てをまっさらな状態に戻して、“奴等”に干渉されるより早く新たな形を成立安定させること。―――例えば、今現在精霊を縛る『契約に逆らえない』という理を、世界の要を、根本からそもそも変えてしまうこと―――

「主様、」

「ダメだ。………今、強引に理を書き換えることはできる。だがそれでは、狭間に負担がかかりすぎる。下手すれば、世界は千切れるぞ」

 ソルムは押し黙った。その通りで、そうなることは分かっているからだ。………せめて、彼等の力が完全ならば、主が完全ならば、もっと色々とやりようがあるのに。

「幸か不幸か、あいつらは全ての精霊と契約する気でいる。だから………今は、待て」

 ソルムはすべて、全て飲み込んで、ただ目を伏せ、頭を下げた。

「………主様が、そう、仰るのでしたら」

 

 

「じゃあ、また頼む」

「はい、お任せください」

 

 

―――――――――

―――――――――

 

 

 

 夢を見る。いつもの夢だ。いつもと同じ、知らない場所、知らない景色の夢。

 でも、その知らない景色に、いつもと違って見覚えがあった。

(そっか。テセアラ、だったんだ)

 ふとそう理解した。そりゃあ、パルマコスタしか知らないマルタに見覚えがあるはずがない。

 

 ………昔から、夢を見る。

 

 

………………………

………………………

 

 

 小さいときから、夢を見る。

 昔は夢から覚めたら両親の所に駆け込んで、今日はこんな夢を見たよ、あんな夢を見たよ、と話していた。まだ小さかったマルタは、普通の夢と、そのいつもの夢との区別がつかなかった。

 台所に立つ母の背中に抱き付いて、無邪気にマルタははしゃぐ。

「あのねママ! きょうもね、おうじさまのゆめをみたんだよ!」

「まぁ、良かったわねマルタ」

 いつも隣にいて、笑って、守ってくれるその誰か。目が覚めたら顔も声も忘れてしまうけれど、自分がその『誰か』を大切に思っていたことは忘れない。

「わたしね、わたしね」

 満面の笑みで、声を弾ませて、マルタは言った。

「いつか、あのひとをさがしにいくの!」

「―――っ!!」

 後ろのリビングで、父が噎せた。

「パパ? だいじょうぶ?」

「っげほ、はぁ、だ、大丈夫だよマルタ」

 少しばかりひきつった笑みを浮かべる父だったが、幼いマルタはよかった、と素直にそれを信じた。そんな二人を見て、母が肩を震わせる。

「さぁマルタ、朝ごはんを運ぶのを手伝ってちょうだい」

「はーい!」

 台所から、皿やコップを運ぶ。まだ小さいマルタにはたったそれだけのことが重労働だ。台所のテーブルは大人の腰辺りでマルタの身長とほぼ同じ。父があつらえてくれた踏み台を使って、マルタは一つずつ、そうっと母の料理を運ぶのだ。

「ふ、ふふっ………」

「笑うなよ」

「だって」

 父ほど子煩悩な親は居ない、というのが、思い返せば母の口癖だった。そして今でもそう思う。親バカの過保護だ。

「うちの娘は嫁にはやらんぞ………!」

「まだずっと先の話よ。それにマルタを行き遅れにするつもり?」

「ぐう………」

 母と二人で全てを運び終え、いただきます、と食事が始まる。親子三人、笑顔で食事をするのが、本当に幸せだった。

 そういえば最近は揃って食事も出来ていなかった。再生の神子の旅立ちとともにディザイアンの動きが活発になって、父も、総督府で働くマルタも忙しかったから。

「なぁマルタ? その王子さまっていうのは………」

「いつもわたしをたすけて、まもってくれるおとこのこ。とっっても、カッコいいんだから!」

 父はその返事に思いっきり狼狽した。

「ど、どうして………?!」

「だって、」

 マルタは思い出す。

 夢の中、いつも最後には自分に背中を向ける彼の、その後ろ姿は。

「あんなに、かなしそうなんだもん」

「悲しそう?」

「うん。かなしそうで、さみしそうなの」

 顔も声も夢から覚めれば忘れてしまうくせに、その雰囲気だけは忘れられない。

 叶うなら、その背に飛び付いて抱き締めたかった。出来ることなら、その手を取って大丈夫だよ、って言ってあげたかった。

 ―――でも夢の中で、マルタの声は彼に届かない。

「だからね、つぎはわたしがみつけるの。わたしが、まもってあげるの」

 だって、わたしは。

 父は話を聞いて、とても穏やかに、笑った。

「………そうか」

 なぜか父は、他の話の時は『そんなのダメだ!』と必死に説得してくるくせに、その時だけは微笑んで頭を撫でてくれた。

「じゃあ、強くならないとな」

「つよく?」

「そうだ。誰かを守るなら、強くなければ何も守れない」

 その時のマルタはまだ小さくて、父の言葉は難しかった。首を傾げたら、父と母は苦笑する。

「まだわからないか」

 父は、マルタの頭をくしゃり、とかき回して、ぽんぽん、と頭に手をのせる。

「とにかくマルタ、―――その男、見つけたら必ず連れてきなさい」

「? わかった!」

「あなた………」

 母は頭を抑えたが、父は、ものすごく真面目に本気で言っていたと、今なら分かる。

 

 

 そのうち、なぜか同世代の友人と話すのが苦手になった。楽しくない訳ではない。付き合いが出来ないわけでもない。………ただそれよりも、強烈に襲ってくる焦燥感が、胸を焼くだけで。

 何かしたくて、何か出来るようになりたくて、マルタは父の仕事を手伝い、総督府と自警団に顔を出すようになった。

「なんでそんなことするの?」

 まだ子供なのに、遊んでいればいいのに、と言われたとき、マルタは決まってこう返す。

「強くなりたいの」

 少しでも早く、少しでも強く。

 そういえば、治癒術を覚えたのもその頃だ。もっとも、夢の中の感覚を思い出しながらうんうん唸っていたら偶然出来るようになった、という感じだったけれど。

 理論や技術は、ロイドたちと旅をするようになってからリフィルに教わった。それまでは感覚だけで術を使っていたのだ。………リフィルには驚かれた。その感覚を覚えるのが、一番難しいのだと。

 

 ロイドたちの旅に半ば無理矢理同行して、マルタはいろんなものを見た。いろんなことを知った。

 なら。

 

 なら、この旅を続けたなら、いつか、あの知らない場所にも行けるのだろうか。

 知らない、でもとてもとても胸が苦しくなる、あの街に、マルタは辿り着けるのだろうか―――

 

 

 

………………

………………

 

 

 何かでくっついてしまったようなまぶたに力を入れて、ゆっくりと、目を開ける。

 ぼやけた視界、窓から差し込む陽の光。逆光に照らされた影が見えた。自分が寝ているベッドの横に、誰かがいる。

 その誰かというのは――――

(………デクス?)

 マルタが身動ぎしたのに気付いて、その誰かがマルタの顔を覗き込んだ。

「目が覚めたんだね」

「え、ぁ、エミ、ル………?」

 デクスじゃなかった。いつもの笑みを浮かべたエミルだった。

「どうかした? 気分が悪いの?」

「う、ううん、平気。ねぇ、ここはどこ? ロイドたちは?」

 辺りは、それこそ知らない部屋だ。間取りからして宿の一室らしいのは分かるが、窓の外を見れば一面の雪景色。

「ここはフラノール。覚えてる? マルタ、地の神殿で倒れちゃったんだよ。それで、医者にみせた方が良いんじゃないかって、ここに。ロイドたちは少し出掛けてるけど………多分、もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」

 そう、そうだ。しいながノームと契約した直後、体の中がめちゃくちゃになって、苦しくて辛くて、そうして、………意識を失ったのだ。

「皆に迷惑をかけちゃった」

「気にしなくて良いと思うよ。………そうだ、起きたなら、お腹空いてるでしょう? 今、何か食べるもの持ってくるから」

「あ、いいよ、」

「良いから。マルタは休んでて。ね?」

 ベッドから起き上がろうとしたマルタを手で制し、エミルは部屋を出ていってしまった。

 部屋で、一人。

 久しぶりだ。パルマコスタを出発するロイドたちに無理矢理くっついて旅に加わってから、いつも、マルタの近くには誰かしらがいたから。

 だから、人の気配なんてものも分かるようになった。ろくに回りが見えてないのに誰かいる、なんてわかるようになったのもそのお陰だ。

「わたし………つよくなれたのかなぁ」

 足りない。こんなんじゃ足りない。いつもいつも、そんな漠然とした不安にかられている。

 でも気配が感じられるようになったのだから、少しは進歩していると思いたいものだ。

「………あ、れ?」

 つらつらと考え事をしていたマルタは、ふと気付く。そばについていてくれたのは、エミルだった。なのに。

 

(なんでわたし、デクスだなんて思ったんだろ………?)





 とりあえず一言言わせて下さい。


 ――――――レイズまじでありがとう!!!
 ラタ騎士はいいぞ!!!


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