やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 (hossiflan)
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序章 ~出会い編~ LEVEL.1 やはり背後から迫る女は怖い

まずは様子見です。
俺ガイルの文章を意識して書きましたが、これでいいのか全く分からないままです。
感想、意見よろしくお願いします。


 人生とは山あり谷ありと言う。

 それは俺もそう思う。しかし、少しだけ言い方が違う。

 人生は山と谷しかない。そして、そんな人生が楽しいという奴はきつい傾斜を笑顔で登るマゾか暗い谷底に微笑みながら落ちるドMだ。

 まぁ、そう言った性癖を持った人を除くとして人は皆、苦しいことは嫌いだ。俺だってそうだ。

 じゃあ、どうすれば苦しまずに済むのか。決まっている。

 歩みを止めればいい。進むことを止めてその場で座り込むのだ。そうすればきつい山を登らずに済むし、暗い谷底に落ちることもない。

 ……だが、決して安全ではない。

「ハチマン、待ってえええええ!」

「来るんじゃねえええええ!!」

 背後から歩いて来る人に蹴られるかもしれないからだ。

 いや、今は後ろから走って追いかけて来てるんだけどね。え、なにこれ。俺の人生って進んでも止まっても危険なことばかりなの? 死ぬの? 小町が嫁に行くまで死ねないんだけど。あ、小町が嫁に行くわけないから俺、不死の存在だわ。

「このっ! 待ってって!」

 そう叫びながら走って追いかけて来るのは小学低学年生ほどの女の子。黒くて真っ直ぐな長い髪。目はとても綺麗な群青色。容姿は可愛らしいと言った方がいいか。将来、可愛くなるだろう。普通にしていれば。

 今は鬼のような形相で追いかけて来ているので恐怖しか湧かないが。

(何で付いて来られるんだよ……こっちは自転車だぞ!)

 何よりすごいのが自転車で逃げている俺に喰いつく……いや、すでに追い付こうとしていることだ。“あの話”は本当なのかもしれない。

「大人しく私のパートナーになって!」

「誰が……なるかああああああ!!」

 彼女は言った。“魔物の王を決める戦い”に参加していると。

 そして――彼女のパートナーに選ばれたのが俺だということ。

(なんでこんなことに……)

 死にそうになりながら俺は少し前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 平塚先生に言われ、『奉仕部』というよくわからない部活に強制的に入れられた俺は雪の女王こと雪ノ下雪乃と一緒に由比ヶ浜というクラスメイトらしき人の依頼を完了させた。その後、少しトイレに行っている間に部室は閉められ、俺の荷物が廊下に放置されていた時はさすがの俺でも引いたが。え、何これ。そう言う扱い? いや、踏ん張っていた俺も悪いんだけどさすがにこれは泣いちゃうぞ。

 荷物を回収した後、もう誰もいなくなってしまった校内を歩き自転車置き場に到着する。そのまま、自転車を押して校門から出た。

「ん?」

 そろそろ自転車に乗ろうかと思っていると校門に背中を預けて俯いている女の子を見つける。黒くて真っ直ぐな長い髪。背中には青いリュックサック。顔は見えないが見た目はいいところのお嬢さんだ。

(何でこんな時間に?)

 今の時刻はすでに5時を過ぎている。まだ学校に残っている生徒の妹だろうか。

「……」

 まぁ、声でもかけておまわりさんを呼ばれたら洒落にならない。先生ですら普通にしていただけで『生意気だ!』と怒るのにこんな小さな子に声をかけたら最悪、泣かれる。関係ないと言わんばかりに無視して自転車に乗り、ペダルを漕いだ。

「ちょっと」

 さて、家に帰って何をしようか。昨日買った本の続きでも読もう。

「ねぇってば」

 それにしても今日は散々だった。ついこの前に入れられた部活で雪の女王に毒を吐かれ、ビッチの黒焦げクッキーを食べさせられる羽目になる。どうにかしてあの部活から逃げなくては。

「聞いてるの?」

「何だよ。今考え事を……」

 ペダルを漕いでいた足を止めて振り返る。

「あ、やっとこっち見た」

 そこには先ほどの女の子が荷台に座っていた。綺麗な群青色の瞳に俺の呆けた顔が映っている。

「……は?」

「その腐った眼……うん、やっぱり」

 彼女も俺の目を見ていたようでうんうんと頷いて微笑んだ。その笑顔に思わず、ドキッとしてしまう。ボッチの俺には小学生の笑顔でもハートにダイレクトアタックされるのだ。

「これ読んで」

 彼女はリュックサックから取り出した群青色の本を差し出す。意味がわからないまま、それを受け取る。

(何だこの本)

 表紙には不思議なマークが施されており、文字らしき記号が書かれていた。でも、全く読めない。どこか外国の文字だろうか。

「ほら、開いて」

「あ、はい」

 群青の女の子に指図されて本を開く。だが、やはり読めない。ペラペラとページを捲り読める部分を探して――。

 

 

 ――一文節だけ読める箇所があった。その文字は他のページの文字と違って群青色に染まっている。

 

 

(『サルク』?)

 しかし、その読めても文字の意味はわからない。首を傾げていると群青の女の子がよしとガッツポーズを取った。

「読めんだよね?」

「読めたには読めたが……これ、なんて意味だ?」

「今は読めただけでいいよ。あ、でも口に出したら駄目。詳しい話がしたいからどこかのお店に入らない?」

 何だろう。ものすごくぐいぐい来る。

「あー、すまん。今から家に帰って病気の妹の看病をしなくちゃならなくて」

 なので、断る。どうして知り合ったばかり……いや、知り合ってもいない奴の後に付いて行かなきゃならない。怪しさ満点だ。

「嘘吐かないで。コマチ、元気だったじゃない」

「……おい」

「ね? 詳しい話、したくなったでしょ?」

 ニヤリと笑う女の子。それに対して俺の心は冷えていく。仕方ない。詳しい話を聞こう。

「適当なファミレスでいいか?」

「うん、サイゼで」

「……はいはい」

 本を女の子に返し、彼女を荷台に乗せたまま俺たちは近くのサイゼへ向かった。

 



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LEVEL.2 比企谷八幡は彼女の事情を知る

 サイゼに到着した俺たちは店員の訝しげな表情を掻い潜り、席に着いた。小学生みたいな女の子と一緒に店に入るだけで犯罪者を見るような顔を向けないで欲しい。八幡泣いちゃう。

「ここは私の奢りでいいから好きなの頼んで」

「金持ってるのか?」

「うん、コマチから少し貰ったから」

 小町ちゃん、この子に弱みでも握られているのかしらん? お兄ちゃんが助けてあげなくては。

「それで話ってなんだ?」

「ちょっとそんな低い声出さないでよ。目もすごい腐ってるし」

「いやね? 声は意識したけど目は何にもしてないよ? そんなに腐ってる?」

「ドロッドロだよ」

「何……だと……」

 だって、小町は言っていた。『お兄ちゃんは格好いいと思うよ、目と性格以外! あ、今の小町的にポイント高い!』。あ、駄目だ。実の妹にも受け入れられてないわ。ちょっと整形して来る。あ、でも目の整形ってどうやるんだろう。眼球取り出すの?

「とりあえず、注文しよ?」

 慣れているのか群青の女の子はボタンを押して店員さんを呼ぶ。そのままテキパキと注文し、俺に笑顔を向けた。

「お兄ちゃんは何にする?」

「あ、ああ……じゃあ――」

 動揺しながらいつも頼んでいるメニューを頼み、いつの間にかドリンクバーに行っていた彼女からコーラの入ったコップを受け取る。何、この子。すごい気配りが出来る。俺じゃなかったら惚れていた。

「まず自己紹介からしようかな。私はサイ。貴方のパートナーだよ」

「は? パートナー?」

 ドリンクバーに行っている途中で頭でも打ったのだろうか。それともあれか。これが結婚詐欺なのか。まさか小学生詐欺師が出て来るとは。この世界も住み辛くなったものだ。

「目のドロドロ具合が増したけど絶対違うからそれ」

「俺の考えてる事がわかるのか?」

「だって、いきなりパートナーだと言われて『はいそうですか』ってならないじゃん。質問して来ないってことは勘違いしてるってことでしょ」

「……なるほど」

 質問しないのは自己解決しているからだ。そして、それを読んだ上で彼女はそう指摘した。

「それで俺とお前はどんなパートナーなんだ?」

「あれ? なんか急に真剣になったね」

 俺の雰囲気が変わったのを感じたのか意外そうに目を丸くしながらサイ。

「もうお前を子供として見ないことにした」

「その理由を聞いても?」

「……そうだな。とりあえず、気配りが出来過ぎる」

「空気の読める女の子なので」

「じゃあ、そんな空気が読める女の子は店に入った瞬間、店員さんの訝しげな顔を見て事情を察し、俺の妹を演じることで店員さんを納得させるんだな」

 だからこそ『気配りが出来過ぎる』。相手の表情のみで考えていることを察するなど子供に出来るわけがない。もし、出来るとしたら“そのスキルが必要な暮らし”をして来たことになる。それはつまり――。

「――親、もしくは周囲の大人の顔色をうかがいながら生きて来た。違うか?」

「……それが何?」

 目を鋭くさせたサイは低い声で問いかけて来る。それだけで彼女の逆鱗に触れたことがわかった。

「別に何もねーよ」

「え?」

「だって、今更だろ」

 育った環境が悪い。育ての親が悪い。確かに本人の努力次第でその状況を変えられたかもしれない。だが、サイは行動力のある子だと思う。じゃなかったら見知らぬ人の自転車の荷台に乗ったりなんかしない。

 でも、彼女は身動きが取れず、歪んだ子供になってしまった。

「それに相手の感情を読み取るスキルは便利だぞ? 言葉の裏に隠された意味を察することができる」

「……」

「俺なんか相手の視線だけでその感情が読めるんだぞ? これがもし犯罪なら今頃、俺は死刑だな」

 俺だってまだ子供だ。人のことなんか言えたもんじゃない。

「つまり、お前がどれだけ表情で考えていることを察することが出来ても俺の方がすごい」

 ほら、見てみろよ。右斜め前の席に座っている奥様方が俺をすっごい目で見てるんだぜ? あれ、絶対犯罪者を見る目だな。そろそろ誤解を解かないと店内で職務質問されそうだ。

「まぁ、そんなことより……っておい!」

 本題に入ろうとしたがいつの間にか俺の隣に座っていたサイを見て驚いてしまう。あ、ちょっとそこの奥様方、携帯を取り出さないでください。冤罪です。

「……」

 そして、サイ本人は俺の目をジッと見上げていた。

(それにしても……)

 こいつの目、ものすごく綺麗だ。群青。その色は何でも吸い込んでしまいそうなほど澄んでいた。

「あ、あの……」

 その時、注文した料理を持って困惑している店員さんに声をかけられた。このままでは本当に職務質問されてしまう。だって、目が腐っている怪しさ満点の高校生と可愛らしい小学生が見つめ合っているのだ。俺だったら速攻で警察に連絡している。

 どうやってこの危機を切り抜けようか悩んでいると不意にサイが俺の目元に手を逃す。反射的に目を閉じた。

「……取れたよ、お兄ちゃん。もう目、痛くない?」

 本当にこいつは気配りが出来過ぎる。

「お、おう。サンキュ。あ、すみません。ちょっと目にゴミが……」

「そ、そうでしたか。拭く物でもお持ちしましょうか?」

「いえ、もう大丈夫です」

 『わかりました』と首を傾げながら料理をテーブルに置き、店員さんは去って行った。

「……助かった」

 『目にゴミが入ってしまった兄のためにゴミを取ってあげた妹』を演じたサイにお礼を言う。咄嗟にできるとはこいつ、女優とか向いている。

「元はと言えば私が変なことしちゃったからね。じゃあ、食べよ?」

 ニッコリと笑って彼女は料理にスプーンを伸ばす。

(え、ここで喰うの?)

 まさか俺の隣で食べ始めるとは思わず、困惑してしまう。なんでこんなに距離が近いんだ。逃げ出さないように見張っているのか?

「食べながらでもいいから話せよ」

「うん。えっと、何から話せばいいんだろ。まずは私の正体から話そうかな」

 オレンジジュースを一口飲んで俺の方に顔を向けた彼女の目はとても真剣だった。

 

 

 

「私は魔物なの」

 

 

 

「……はい?」

 何を言っているのだ、この群青少女は。俺は鼻で笑って誤魔化そうとするが――。

「……」

 ――彼女の群青はそれを許さなかった。

「……冗談だろ?」

「冗談のためだけにサイゼで奢ると思う?」

「証拠は?」

「後で体力テストでもする? 人より握力もあるし足の速さだって世界記録を塗り替えちゃうかも。何より……」

 自分の隣に置いてあったリュックサックから群青色の本を取り出して俺に見せつけた。

「この本に書かれている呪文を唱えてくれれば一発だと思う」

「……呪文だと?」

 『サルク』。先ほど見た意味のない文字の羅列を思い出して俺は思わず、顔を歪めてしまう。

「『サルク』、だったか?」

「あ、ちょっと危ないでしょ。もし、本を持ったまま呪文を唱えたらどうなってしまうかわかったもんじゃないって。『サルク』は周囲に影響のある呪文じゃないからいいけど」

「……続きを話せ」

 喉の渇きをコーラで誤魔化しながら続きを促す。情報が足りな過ぎる。

「信じてくれたの?」

「お前の話を全部聞いて判断する」

「それでも十分。さて、私が魔物だって言ったけど、この本は魔本。私が術を使うために必要な物。それでもう1つ必要な物があって……それが貴方なの」

「……」

「この本に書かれてる呪文を読めるのは私のパートナーのみ。『サルク』って文字だけ色が違ったでしょ?」

 彼女の言う通り、『サルク』だけ群青色だった。

「貴方がこの本を持ち呪文を唱えて初めて私は術を使える」

「待て」

 矛盾を発見し止める。それすら見越していたのか『どうぞ』と俺に発言権を与えた。

「さっきお前は『サルク』がどんな術が知ってたよな? だが、俺とお前が会ったのは今日が初めて。その術がどんな物か把握する機会なんてない。その辺はどうなんだ? お前はお前が使える術を全て把握してるのか?」

「ううん。してないよ。成長すれば呪文は増えるんだけど使ってみるまで私ですらどんな術かわからないの」

「じゃあ、何で知ってる?」

「……それは貴方が使ったからだよ」

「はぁ?」

 意味がわからず、首を傾げた。そんな覚えなど全くない。群青色の本を持ったことも、『サルク』って言ったことなど一度も――。

「――あれ?」

 いや、ある。一度だけあった。

 入学式の日、1時間も早く登校してしまった俺が自転車に乗っていると道端に本が落ちていたのだ。何だろうと拾って中身を開き、そこに書かれていた文字列を読んだ。その直後に道路に飛び出した犬を見つけて本を放り投げてそのまま――。

「……思い出した?」

「……ああ」

「あの時はありがと。おかげで助かったよ。もう少しで負けちゃうところだった」

 その一言で俺は全てを察する。

 これは面倒なことに巻き込まれた、と。

「じゃあ、本題に入るね。私は今、1000年に一度開かれる魔界の王を決める戦いに参加してるの。ルールは簡単。魔物の子供と人間が手を組んで他の魔物の子の魔本を燃やすだけ。そして、100人の魔物の子がたった1人になるまで戦う。最後に残った1人が王となる」

 グッと両手を握り、俯きながら語るサイの横で俺はテーブルの下に潜り込んだ。

「お願い、私と一緒に戦って! あれ?」

 隣にいたはずの俺がいなくなっているのに気付いて変な声を漏らすサイを置いて脱出した俺は店員さんに『あ、連れが残ってるんで』と言ってサイゼから抜け出した。

 




えー、ここで設定を一つ。
八幡が事故に遭ったのは1年前です。なので、サイが人間界に来たのは1年前となります。
ですが、それだとガッシュ側と矛盾してしまうので『人間界に送り込まれた魔物たちはそれぞれ召喚される時間軸が若干違う』という設定を付けました。
サイは結構早めに召喚された魔物です。ガッシュたちは遅めです。範囲は1年ほど。早めに召喚された魔物は不利ですが、それも試練の一つとしてます。

詳しい内容は少しネタバレになってしまうので本編をお待ちください。


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LEVEL.3 彼は理不尽にも戦闘に巻き込まれる

「待ってえええええ!!」

 時刻はすでに6時を過ぎており、暗くなって来た。それなのに俺はまだ魔物に追われている。てか、そろそろ限界なんだが。

「はぁ……はぁ……」

 人気のないところを目指して走っていたがそのかいもあって周囲に人はいない。小学生ほどの女の子が自転車並みのスピードで走るところなど見られたら騒ぎになるに決まっている。

「こうなったらっ!」

 さすがに自転車に追い付けないと判断したのかそんな大きな声を発したサイ。気になってチラリと後ろを見るとサイは近くの建物の壁を走っていた。その姿はまさに忍者。

「なッ……」

 驚愕している間に大きく跳躍した群青少女は自転車の荷台に着地した。凄まじい衝撃が自転車を襲い、コントロールが効かなくなり顔を引き攣らせる。

「くそ……」

(このままじゃ)

 いずれ転倒もしくは壁に激突するだろう。やはり人生とは山と谷しかない。

「ハチマン! 前!!」

 だが、俺はまちがっていた。

 

 

 

 人生とは山と谷……そして、槍が突っ込んで来る。

 

 

 

「『ギランズ』!!」

 前方で何かが光ったと思った刹那、鋭い槍が俺たちに向かって飛んで来ていた。

(あ……)

 死んだ。このまま槍に貫かれて俺は死ぬ。そう思った刹那――。

「――ああああああああああああああ!!」

 俺の肩を踏んでサイが槍に突進する。その途中で体を俺の方に……いや、勢いよく一回転させて槍に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。槍の軌道は逸れて俺のすぐ横を通り過ぎていく。

「のわっ」

 ただでさえバランスを崩していたのに肩を踏まれたり自転車の横を槍が通り過ぎて行ったりすれば誰だって転ぶに決まっている。俺だって例外ではない。自転車から放り出された俺はそのまま、地面に叩き付けられる、はずだった。

「大丈夫、ハチマン?」

 いつの間にか俺はサイに横抱きにされていた。やだ、惚れちゃう。もし、俺が女の子だったら一発だった。

「あ、ああ……」

 しかし、生憎今はそんなことを考えている場合ではない。彼女に降ろして貰いながら周囲の様子をうかがった。とりあえず、自転車は壊れていなかった。

「……」

 そして、先ほどの槍は地面に突き刺さっており、見事に抉っていた。あれをまともに喰らったら怪我ではすまされないだろう。

「ほう、あれを避けるか」

 声が聞こえ、そちらを見ると2つの影があった。暗くてよく見えないが1人はサイよりも少し大きいぐらいの影。もう1つは俺よりも背が高かった。

「おい、これってまさか……」

 俺が呟いた時、月が俺たちを照らす。どうやら、今まで雲に隠れていたようだ。そのおかげで2人の正体が明らかになった。

「サイ。もう逃げられないぜ?」

 目の前にいる子供がそう言った。髪はぼさぼさのショート。色は少しくすんだ金髪。見た目は子供のようだが、彼から溢れる気配は今までに感じたことのないものだった。

 背の高い男の手には青紫の本。色は違うがサイの群青色の本と瓜二つだ。

「もう少し待ってくれてもよかったのに」

 俺の隣で本を取り出しながら言うサイだったが、その額には汗が滲み出ている。

「知り合いか?」

「最近ずっと狙われてたの。だから早く貴方と協力関係になりたかったんだけど……どう?」

 俺を見上げながら群青の本を差し出す彼女。群青の目は懇願の色に染まっていた。一緒に戦ってくれと願っていた。

「……」

 だが、俺はその本に手を伸ばすことができなかった。先ほどの槍がフラッシュバックする。鋭利な先端が俺の命を貫こうと光っていた。それは恐怖の証。このまま一緒に戦っても身動きできずに役立たずの烙印を押されるに決まっている。

「……そう」

 俺の顔を見て“読み取った”のだろう。サイは諦めたような表情で本をリュックサックに戻し、俺を置いて前へ歩き始めた。

「じゃあ、やりましょ? でも、この人は部外者だから巻き込まないでね」

「本の持ち主ではないのか?」

 敵の本の持ち主が俺を睨みながら質問して来る。

「関係ないわ。戦う意志の無い人なんか」

 俺を否定するように吐き捨てながら彼女はチラリと俺を見る。

 

 

 

 ――逃げて。

 

 

 

 群青色の瞳にそう書いてあった。そして、もう1つの色がそこにあった。

 

 

 

 ――ありがと。

 

 

 

 それは感謝の色だった。俺じゃなかったら読み取れないほど薄い色。

「……くそっ!!」

 悪態を吐きながら俺は自転車とサイを置いてその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(無理に決まってんだろ!!)

 呼吸を忘れるほど全速力で走りながら俺は心の中で悪態を吐いた。

 何が魔物の王を決める戦いだ。

 何がパートナーだ。

 何が私と一緒に戦って、だ。

 何が――。

 

 

 

「――ありがとう、だ」

 

 

 

 俺は何もしてない。何もできない。戦いの『た』の字も知らない俺がパートナーになったってサイの脚を引っ張るだけだ。

(本当にそれだけか?)

 そうだ。これはサイのためなのだ。俺がサイを間接的に助けたのは入学式の日だ。それは1年ほど前の話だ。つまり、彼女は1年間、ずっと独りで戦って来たのだ。今更、俺が手を貸したって。

(独りでどうすることもできなかったからじゃないのか?)

 内なる俺が俺の考えを否定する。だが、否定するだけじゃ俺は動けない。俺が逃げないほどの何かがなければ弱い俺は動かない。

(まだお礼してないだろ)

 何のお礼だ。こんな戦いに巻き込んでくれたお礼か。

 

 

 

(サイゼで奢ってくれたお礼だ)

 

 

 

「……そうだな」

 動かしていた足を止めて空を見上げる。俺の将来の夢は専業主婦である。家事はもちろん、養ってくれる人が稼いだお金を管理しなくてはならない。奢られっぱなしでは専業主婦になれるわけがない。お金は大事だからな。

「……」

 これでいい。俺は踵を返してサイの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 現場に戻ると体中から血を流しながら肩で息をしているサイとその目の前で右手を翳している金髪の魔物がいた。魔物の後ろにはニヤリと笑っている本の持ち主もいる。

「どうした? サイ、いつものように逃げないのか?」

「戦うって……言ったでしょ?」

「俺は嬉しいんだけどさ。もうちょっと抵抗してくれてもいいんだぜ」

「……」

 無理だ。サイの身体能力が高くても飛んで来る槍を受け流すので精いっぱいだろう。それに加え――。

「あ、そうか。さっきの腰抜けが逃げる時間を稼いでたのか」

 ――そう、俺を逃がすためにわざと逃げなかったのだ。それどころか俺を突き放すような発言をして俺が逃げやすいようにしてくれた。本当に気遣いで出来過ぎる。

「うるさい」

 サイは目を鋭くして背中のリュックサックを庇うように腰を低くして構えた。まだ彼女の心は折れていない。

「いいだろ? もうあんな腰抜けなんか放っておけば」

「……」

「それにしても滑稽だったな。兎のように逃げて。いやぁ、やっぱり人間は腰抜けばかりだな」

「おいおい、バンガ。私だって人間なのだぞ?」

「おお、そうだったそうだった。誠以外の人間だったな」

 バンガと呼ばれた魔物が笑うと誠という人間も一緒に笑う。

「笑うなッ!!」

 そんな2人にサイは初めて怒った。そのあまりの絶叫に俺ですらビクッと肩を震わせてしまう。

「ハチマンは私のパートナーだ! 大人の顔色をうかがって生きて来た私を見ても何も感じてなかった!」

 サイの両手から血が滲んでいる。手の皮膚が破けるほど力強く手を握りしめているのだろう。

「私たちの話を聞いて疑わなかった。私の目を見て話を聞いてくれた。逃げる前も私の脚を引っ張るって思って私の手を掴まなかった。賞賛してもバカになんてできない!! 私は……私はハチマンのパートナーなんだああああああ!!」

「じゃあ、そんなクソパートナーのために死ね」

「『ギランズ』!」

 無慈悲にもバンガの右手から放たれた槍はサイの右肩を掠る。サイが直前に左に体を傾けて回避したのだが、躱し切れなかったのだ。槍はサイのリュックサックの肩ひもを引き千切り、そのままリュックサックが破け群青色の本が零れる。

「これで……」

 飛び出した本に左手を向けるバンガ。誠も勝利を確信したのか醜い笑みを浮かべていた。

「ぬおおおおおおおおおおお!!」

 だが、そうはさせない。奢ってくれたお礼をしなくてはならないから。

(絶対に、本を守ってやる)

 俺らしくない考え。でも、今はそんなこと気にしている場合じゃなかった。

 建物の影に隠れていた俺は群青色の本へ突進する。そんな中、本が群青に輝きながら開いた。そこには群青色の文字が書かれている。だが、『サルク』ではない。

「『ギランズ』!」「ハチマン!」

 槍と俺の間にサイが躍り出た。

(ばッ……)

 このままではサイは槍に貫かれて、死ぬ。それだけはあってはならない。何としてでも彼女を、今までたった独りで戦って来た少女を守るのだ。独りは俺だけで十分だ。

 それと同時に俺は群青色の本を掴んで叫ぶ。本の輝きがより大きくなる。

 

 

 

「『サシルド』!!」

 

 

 

 サイの足元から群青色の盾がせり上がった。大きさはサイの約2倍。俺の背丈ほどだ。盾の形は湾曲しており、範囲は半径。受け止めるのではなく、“受け流す”ための盾。

 槍は盾の右側にぶつかり、盾をなぞるように後方へ流された。

「くそっ! まさか帰って来るとは。誠!」

「『ガンギランズ』!」

 新しい呪文を使ったようで盾に何かが連続でぶつかる。いくつかは受け流しているようだがどんどん盾がひしゃげていく。

「ハチマン!!」

 この後、どうするか考えようとするもサイに抱き着かれて本を落としそうになった。

「お、おい! 離れろって!」

「信じてた! 戻って来てくれるって!」

 興奮しているのか俺の話なんか聞かずにものすごく嬉しそうに笑っている。

「こんな時に……何やってんだか」

「だって、ハチマンが帰って来てくれたんだよ。嬉しいに決まってるでしょ!」

「……はぁ。まぁ、いい。とにかくこの状況を」

「大丈夫」

 何とかしなくてはいけないのだが、サイは自信満々にそう断言した。

「いや、今はこの盾で防いでるからいいとして……その後はどうするんだよ」

「あんな奴ら『サルク』さえ使えれば何とかなるよ。槍一本ぐらいなら術なくてもいいんだけど、今使ってるあれは辛いんだよね」

「……大丈夫なんだな?」

「うん」

 彼女の目はキラキラと輝いている。楽しそうだ。

「何でそんなに楽しそうなんだよ」

「今まで独りだったから。初めて人と協力して戦えるのが嬉しくて」

「……とにかく、後はまかせた」

「オッケー。10秒後に盾消して『サルク』お願い」

「了解」

 俺は本を抱えるように持ちながら後退する。サイも屈伸運動してウォーミングアップしていた。

(3……2……1!)

「『サルク』!」

 盾を消してすぐに呪文を唱えた。サイに向かっていくつもの小さな槍が飛んで来る。

「じゃ、行って来るね」

 だが、何の心配もしていないのか彼女は俺の方を見て笑う。その目は群青色に輝いていた。

「サイ!」

 すでにそこまで迫っていたので叫ぶが、前を向いた群青少女は体を傾けるだけでそれを避ける。そして、次に迫っていた槍を右手で掴んで俺に向かって飛んで来ていた槍にぶつける。

「さぁ、ここからだよ」

 弾丸のように前に跳んだサイは体を捻って槍を躱し、時にはそれらを踏ん付けて速度を上げ、俺を守るようにいくつかの槍を蹴飛ばしながらバンガたちに接近する。

「なんで、何で当たらないんだ!?」

「『サルク』は目の強化! 今なら音速で飛んで来る弾丸も欠伸をしながら手で捕まえられるよ!!」

 眼力強化。そして、サイ本人の身体能力を駆使して槍の弾幕を突破しバンガの懐に潜り込んだ。その時、チラリと俺の方を見た。その目はいつもの群青色に戻っている。

(そう言うことかよ)

「『サシルド』!!」

 あえて『サルク』ではなく『サシルド』を唱えた。この呪文はサイの足元から盾が“せり上がる”。じゃあ、もしその出現場所に人がいたら?

「ガッ!?」

 もちろん、盾のアッパーカットを喰らうことになる。バンガは群青色の盾に高く突き上げられた。

「さっすがハチマン!」

「『サルク』!」

 俺を褒めるサイを無視してもう一度、眼力強化の術を使用する。彼女は強化された眼でバンガの着陸地点を予測しそこへ走った。

「『ガンギランズ』!」

 しかし、相手も黙って見ているわけがない。また槍の弾幕を張った。

 斜め上から降りそそぐ槍を一瞥し姿勢を低くする。それはジャンプする人の構えだ。

(上手くやれよ)

「『サシルド』!」

 すでにサイはバンガの軌道を確認している。少し目を離したって空中の軌道は変わらない。だからこそ、俺は『サルク』を解除して盾を出現させた。

「本当にさいっこう!!」

 そう嬉しそうに叫びながらジャンプしたサイは出現した盾に着地し、もう一度ジャンプ。槍の弾幕を眼下にバンガの頭上まで迫った。

「うらあああああああ!!」

 空中でクルクルと縦回転を始め、そのスピードが最高潮に達し一気にバンガの脳天に踵を落とす。

「ッ……」

 踵を落とされた魔物は声にならない悲鳴を上げて地面に叩き付けられる。そのまま、気絶したようでピクリとも動かなかった。

「ひ、ひぃ」

 相棒がやられたことに恐怖したのか誠は本を捨ててその場から逃げ去った。

「……」

 スタッと華麗に着地したサイを横目に捨てられた本を拾って彼女を見る。丁度、彼女も俺を見ていた。

「ハチマン! すごいすごい! 私たち、コンビネーション抜群だね!!」

 ピョンピョンと俺の周囲を飛び回りながら喜びの舞を踊る群青少女。

「あ、ああ……」

 無我夢中で呪文を唱えていた。彼女の目を見たら彼女が何を考えているのかわかった。何としてでも彼女を勝たせてやると似合わない思考を巡らせていた。

「ああ、もうこんなに楽しかった戦いは久しぶり! ハチマン、これから一緒に――」

「あ、れ」

 ぐにゃりと視界が歪んでサイの声が遠くに感じる。

(まず……)

 俺は嬉しそうに笑っている群青色の瞳を持った少女を見ながら気を失った。

 




ちょっと八幡の言い訳は強引だったかなと思っています。もう少しなんか出来たのではないかと。
後、八幡のバトルセンスは結構高めに設定しています。ご了承ください。


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LEVEL.4 群青少女は目が腐っている彼の家に転がり込む

 深い深い海の底からゆっくりと浮上する感覚。これはあれだ。深い眠りから覚める直前の感覚だ。

『ねぇ、ハチマン』

 その時、群青少女の声が聞こえた。その声はとても嬉しそうだった。

『私と一緒に、戦ってくれる?』

 ――お前は何で戦うんだ?

 気付けばそんな質問をしていた。これは夢だ。答えるわけがない。

『決まってるよ。私は――』

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 ゆっくりと目を開けて電気の眩しさに思わず、唸った。

「あ! ハチマン!」

 近くにいたのかサイは心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。すでに傷はなくなっていた。

「……ここは」

 だるい体を起こそうともがきながら周囲を見渡す。俺の部屋だ。時計を見れば午後10時となっている。4時間ほど眠っていたようだ。

「大丈夫?」

 そっと俺の背中に手を添えて支えてくれたサイ。おお、気遣いがすごい。俺の心がピョンピョンしてしまいそうだ。

「ああ……相手は?」

「本を燃やしたから魔界に帰った」

「そうか」

 後処理をしてくれたようだ。

「サイちゃーん!」

 ドタバタと階段を駆け上がる音が響いたと思ったら小町がノックもせずに俺の部屋に突入して来た。

「お? お兄ちゃん、起きたんだ」

「うん」

 サイは嬉しそうに頷く。そんなに嬉しいものなのだろうか。まぁ、パートナーが死んだら戦えないもんな。そこ重要だよな。

「そっかそっか。お兄ちゃん、やるねー!」

 よくわからない賞賛を残して小町は『お風呂の準備して来るー』と言って出て行ってしまった。

「何だったんだ?」

「あー、私の言い訳のせいだと思う」

「言い訳?」

「ハチマンが倒れちゃってここまで運んで来たんだよ? 『魔物との戦いで疲れて倒れました。なのでここまで運んで来たんで家に入れてください』なんて言えないでしょ」

 全くのその通りである。そんなこと言われても信じられるわけがない。

「じゃあ、なんて言い訳を?」

「そのー……私が悪いおじ様たちに虐げられてたところを助けて貰ったって」

「……信じたのかあいつ?」

「ほら、私の服ボロボロだったでしょ。しかも、私の事情も知ってたし……あれよあれよと」

 サイの事情――もしかして魔物だと小町も知っているのだろうか。

「あ、コマチは知らないよ。ただ私が路頭に迷ってたって」

「路頭? なんでまた」

「私が人間界に来て1年ほど経ってて。最初の頃はこっちに知り合いなんかいなかったし。それこそ路頭に迷ってたんだけど。召喚された場所の近くに駄菓子屋があってそこのお婆ちゃんに拾われて。ここの近くにある駄菓子屋」

 その駄菓子屋は知っている。俺も小さい頃、よく通っていたからだ。だが、あそこのお婆ちゃんは1か月ほど前に老衰している。

「そっか」

 事情を察した俺はそれしか言わなかった。俺が察したことを察したようでサイも頷くだけで止まる。

「それでお葬式の時に常連さんだったコマチも来てね。路頭に迷ってた私に少しだけお金くれたの。3000円だったけど」

 まぁ、うん。小町のお小遣いじゃそれが限界だろう。だが、サイゼで言っていた小町からお金を貰った件は把握できた。よかった。小町ちゃん、弱み握られてなかったのね。お兄ちゃん、安心したよ。その代わり、変な戦いに巻き込まれそうになってるけど。

「お前の事情はわかった」

「え、まだ大事なこと話して――」

「そんなことはどうでもいい。何で俺は気絶した?」

 何か言おうとしているサイを遮って一番気になっていた事を質問した。確かにずっと緊張していたが気絶するなんてありえない。それに何か体の力がスッと抜けていく感覚があった。

「それは心の力を使い過ぎたからだよ。まさか気絶するとは思わなかったけど」

「心の力?」

「うん。呪文を唱える時、人間は心の力を消費するの。ゲームで言うMPみたいな感じ」

「へぇ」

「使い過ぎたら術は発動しないし、下手したら動けなくなっちゃう。ハチマンみたいにね」

 なるほど。俺はガス欠で倒れたのか。なんか変な病気なのかと思って焦って損した。それにしてもMPか。ゲームっぽいな。攻撃が一撃でも当たれば人間なら即死するレベルだが。

「サイちゃんサイちゃん! 許可降りたよ!」

 その時、また部屋に突入して来た小町が満面の笑みを浮かべて叫んだ。

「あ、ホント!? ありがと!!」

「ううん、困った時はお互い様だよ! じゃ、お兄ちゃんよろしくね!」

「は?」

 俺は一体何をお願いされたのだろうか。この子のお守り? この子の場合、自衛はおろか人を殺せるほど強いのだが。

 俺が首を傾げる中、小町は鼻歌を歌いながら出て行ってしまう。え、俺の不思議そうな顔見てたよね? なんで頷いたの?

「サイ、説明してくれ」

「もう、人の話は最後まで聞いてよね。私が襲われたのが路頭に迷ってたって思ったらしくて……ここに住むことになりました」

「……は?」

 何言ってんだこの群青は。頭でも打っておかしくなったか。

「私だって吃驚してるんだよ? そうなればいいなーって思ってたけどまさか本当にそうなるなんて……」

「もうわけわかんない。でも、なんで小町は俺によろしくって言ったんだ?」

「私、この部屋で寝るから」

「……何で?」

「……内緒」

 まさかの黙秘権である。魔物にも人権があるとは思わなかった。

「ちょっと小町にかけあって来る。お前だって男の部屋と一緒とか嫌だろ?」

「え、あ、いや……」

 何か言いかけた彼女だったが結局何も言わなかったのでフラフラする体に鞭を打って部屋を出た。

「小町」

「およ? もう大丈夫なの? 頭打ったんだよね?」

 お風呂掃除が終わったところだったのか濡れていた手をタオルで拭いていた小町が問いかけて来る。どうやら、俺はサイを助けるために脳震盪を起こしたようだ。便利だよね、脳震盪。

「あ、ああ。それより聞いたぞ。サイがこの家に住むって」

「うん、そうだよ」

「何で俺の部屋で寝ることになってるんだ。サイも嫌だろ」

「え?」

 なんでそこで不思議そうな顔をするんですかね。普通嫌に決まっているだろう。

「あー……なるほど。そういうことね」

「何勝手に納得してるんだ」

「お兄ちゃん、そこは察してよ。小町だよ?」

「いや、知らんよ」

 小町だからなんだ。あ、妹だからわかるだろ、みたいな感じかな。これは兄として当てなくては。

「とりあえず、今日のところはサイちゃんと一緒に寝てあげて。布団も出してないし」

「……一緒にって俺は床で寝ればいいのか?」

「内緒」

 こいつも黙秘権を使って来た。じゃあ、俺も人権を使おう。何使おうかしらん。やっぱり生存権か。

「あ、それとお兄ちゃん」

 悩んでいると小町がちょいちょいと手招きしながら俺を呼んだ。

「ん?」

 内緒話のようなので耳を小町の口元に近づける。

「サイちゃんを守ってあげて」

「……」

「小町、1年前ぐらいからあの子知ってたけど……最初の頃は本当に不安定だったの。今じゃ明るいけど何かあった時はお兄ちゃんに任せるね」

「何で、俺なんだ?」

 確かに先ほど魔物との戦いで異常なまでのコンビネーションを発揮したが、それとこれとは話は違う。メンタルケアは俺よりも小町の方が適していると思う。俺にはそんな気遣いできないから。

「お兄ちゃんが一番適してるって思ってるから。あ、今の小町的にポイント高い!」

「はいはいそうかい」

「でも、本当にそう思ってるから」

 おお、小町が俺をそんなに評価しているとは思わなかった。この子、俺にくれませんか。あ、できませんか。そうですか。

「それじゃサイちゃんをよろしくね」

「出来る限りのことはしてみるよ」

 まぁ、俺にできるようなことはないが。

 そう思いながら自分の部屋に戻る。今日は色々あって疲れた。風呂は明日の朝に入ろう。

「あ、ハチマンおかえり」

「……」

「ん? どうしたの?」

「俺のいない間に何があった」

「パジャマに着替えただけでしょ」

 いや、そのパジャマが問題なんだよ。なんで怪獣パジャマなんだ。フードが怪獣の顔になっており、被ればあら不思議。たちまち可愛らしい怪獣さんになるあのパジャマだ。

「コマチから貰った」

「そう言えば昔、そんなパジャマ着てたような……」

「ほら、ハチマン! 早く寝ようよ!」

 そう言いながら俺のベッドに潜り込むサイ。何だか楽しそうだ。

「俺は床で――」

「――早く来て」

 その声は微かに震えていた。表情は明るいのに声だけは悲しそうだった。

「……おう」

 床で寝るとは言えなかったので寝間着に着替えた後、ベッドに入る。

「消すぞー。真っ暗でいいか?」

「うん、大丈夫だよ」

 サイのお許しも出たので電気を消して枕に頭を預けた。その直後、俺の左腕に何かが絡みついて来る。サイの腕だ。

「おい」

「何?」

「暑い」

「少しぐらい我慢して」

 暑いものは暑いのだ。それに小学生のようだとは言え彼女は美少女である。ドキドキして眠れない。更に文句を言おうとするが、俺は気付いてしまった。

 

 

 

「お願い、このままでいさせて」

 

 

 

 彼女の体が震えていた。何かに怯えるように。

「……」

「ハチマン……今日はゴメンね」

 驚愕のあまり言葉を失っているとサイが言葉を紡いだ。その声はとても弱々しく、先ほどの彼女とは全く違った印象を受ける。

「怖かったと思う。あんな戦いにいきなり巻き込まれて。でも、戻って来てくれて嬉しかった。新しい術も増えて、私の考えてることが面白いようにハチマンに伝わって……すっごく楽しかった」

 サイは言っていた。人間界に来てからすでに1年ほど経過していると。1か月前まで駄菓子屋のお婆ちゃんのところでお世話になっていたと。

「嬉しさのあまり貴方の疲労に気付かなかった……倒れるほど頑張ってくれたのに私、自分の力に酔ってた。誰よりも強くなれるって思ってた」

「俺は呪文を唱えただけだ」

 『サシルド』は守りの術だし、『サルク』も眼力強化というだけで攻撃力が高くなるとかスピードが速くなるとかわかりやすい肉体強化ではなかった。どれだけ相手の攻撃が視えてもそれを活かせる身体能力、バトルセンスがなければ宝の持ち腐れである。

「それは違うよ」

 しかし、彼女はそれを否定した。とても優しい声音で。

「ハチマンが戻って来てくれたから私、頑張れたの。こんな私を心配してくれるんだって。私と一緒に戦ってくれるんだって。貴方と一緒ならどんな相手でも勝てるって」

 ギュッと俺にしがみ付くサイ。まるで、俺と言う存在を確かめるように俺の腕を抱きしめていた。

「ハチマン……お願い、これからも私と一緒に戦って。独りにしないで……もう、独りは嫌なの」

 彼女はこの1年間、独りで戦って来た。お世話になっているお婆ちゃんに迷惑をかけないようにして来たのだろう。サイは強い。戦い方を知っている。だからこそここまで独りで戦って来られた。

 しかし、だからと言って独りでも平気だとは限らない。

 彼女は仕方なく独りで戦っていたのだ。独りで戦うしかなかったのだ。どれだけ苦しくても誰にも相談できずにたった独りで敵と対峙して来たのだ。

「……俺は」

 正直言ってしまうと彼女の気持ちは理解できたが、共感できなかった。だって、俺は現在進行形でボッチなのだから。何でも独りで熟して来た俺は独りでいることが当たり前だった。

「俺は、お前の気持ちに共感することはできない。俺だってボッチなんだ。それを苦しいと思ったことがない」

「寂しくないの?」

「寂しくないね。だって俺には小町がいるから」

 こんな駄目な兄を見て『仕方ないなー』と呆れた顔で笑ってくれる小町。俺にとってそれだけで十分だ。

「……」

 彼女は小さく息を吐いた。俺に断られると思ったのだろう。

「だが……その、なんだ」

「え?」

 歯切れの悪い言葉を聞いて意外そうに声を漏らすサイ。

 

 

 

「小町は……お前のこと気に入ってるみたいだから。なんだ、お前が魔界に帰ったら悲しむと思うし、勝手に消えたら後々説明が面倒だから……協力、してやる」

 

 

 

「……ぐすっ」

 群青少女は唐突に泣き始めました。

「え、ちょ、マジでやめて。何か悪いことでも言ったか?」

「違うの……私、嬉しくて」

「……あの、俺の話聞いてた? お前の安否より小町のことを優先してるんだけど」

 聞く人によっては傷つくだろう。まぁ、わざとそう言った言い方したのだが。

「コマチから聞いてるよ。ハチマンは捻デレだって。だから本当は私の心配してくれてるんでしょ?」

「……」

 明日小町には説教が必要みたいだ。久しぶりにお兄ちゃん、怒っちゃうぞ。

「ハチマン」

「お、おう。なんだ?」

 

 

 

「よろしくね」

 

 

 

 小町が心配するから。説明が面倒だから。もちろん、これらは本心である。

 でも――きっと、俺は嫌なのだ。こいつが俺のように独りになってしまうのが。

 サイは言っちゃなんだが、少し歪んでいる。気遣い、感情の読み取り、バトルセンス。それらは子供が取得していいスキルではない。このまま放っておいたらいつか壊れてしまいそうだった。そして、壊れてしまったらこいつの大切な物まで壊してしまいそうだった。それが、嫌だった。俺でもあまりよくわかっていないが、これだけははっきり言える。

 

 

 

「おう、よろしく。サイ」

 

 

 

 俺はこいつのパートナーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、お互いに抱きしめ合うように眠っていたらしく、こっそり俺の部屋に侵入した小町に写メを取られて俺とサイはその写真を消すようにお願いするのだった。

 




八幡が戦う理由でした。こんな感じでいいんでしょうか。自信ありません……。
次は日常系のドタバタを書こうかなと思っております。奉仕部の2人も出せたら嬉しいです。
後、今日まで連続で投稿して来ましたが次から一気に更新が遅くなると思いますのでご注意ください。
では、次回もお楽しみに!


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第1章 ~すれ違い編~ LEVEL.5 群青少女は彼の居場所に足を踏み入れる

「ハチマーン、起きてー」

 そんな眠たそうな声で俺の意識はゆっくりと浮上する。目を開けると布団の中から俺の顔を覗き込むように見上げているサイの姿を捉えた。

「おはよ」

「おう」

 お互いに挨拶を交わし、ほぼ同時に体を起こして伸びをする。最初は何だか照れ臭かったが数日も経ってしまえば慣れたものである。小町も『仲良すぎてからかう気にもなれないよ! ロリいちゃん!』と怒っていた。いや、それだと俺がロリっ娘になっちゃうからね。『はちまん、しょうがくいちねんせい! すきなたべものはいちごさん!』みたいな。もちろん、お供はMAXコーヒーでどうぞ。

「よっと」

 俺の体をジャンプで軽く飛び越えてカーテンを開けるサイ。いい天気だ。

「ハチマン、今日は早く帰って来る?」

「いつも通りだ」

「ふーん、結構遅くない? ぼっちなのに」

「俺だって色々あんだよ」

 よくわからない部活とか。

「それってホウシブとかいう組織だよね」

「おう、奉仕部な。アクセントが違う」

「ほ、ほうしぶ?」

「平仮名表記なのが目に見えてわかるな」

 そんな言い合いをしながら1階へ降りる。それから制服を着たり朝食を食べたりして小町を荷台に乗せて学校へと向かった。

「いってらっしゃい」

 家を出る時、いつも寂しそうな表情で手を振るサイを見るとものすごく心に来るものがあって退学してしまいそうになるのが最近の悩みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でお前いるの?」

 放課後。奉仕部の部室で全くご奉仕せずに俺、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣の3人は各々好きなことをしていたのだが、何故由比ヶ浜結衣がここにいるのだろうか。部員でもないのに。入りたいの? じゃあ、代わって。

「だって、あたし暇じゃん?」

「いや知らねーよ」

 何、『じゃん』って。広島弁? ここ千葉ですけど。でも、広島弁の女の子って可愛いよね。

 ――コンコン。

「どうぞ」

 そんな会話をしていると不意にノックの音が部室に響く。由比ヶ浜以来の訪問者だ。今度はどんな面倒な依頼を――。

「こんにちはー」

 ガラガラと音を立てて入って来たのは小学生ほどの女の子だった。

 髪は長くて真っ直ぐな黒。目は吸い込まれそうなほど澄んだ群青色。

 サイだった。

「しょ、小学生?」

 まさかこんなところで小学生ほどの女の子を見るとは思わなかったのだろう。由比ヶ浜は目を丸くして携帯を落とした。俺だって読んでいた小説を落としそうになったよ。

「あら、可愛らしいお客様ね。こんなところでどうしたのかしら?」

 一見、柔らかそうな言い方だが声が無機質……いや、氷のようなので逆に怒っているようにしか聞こえないのだが。

「あ、大丈夫大丈夫。シズカには許可貰ってるから」

「シズカ……それって平塚先生のことよね?」

「うん、そうだよ」

「へぇー、しっかりしてるねー!」

 いやいや、由比ヶ浜さん? 感心している場合じゃないですよ。俺の心臓が今、とんでもないことになっているんですよ。

「そう……平塚先生がここに来るように言ったの?」

「ここなら君の願いを叶えてくれるって言ってたから」

「少し違うわ。奉仕部はあくまで手助けをするだけよ」

 スッと目を細めてサイの言葉を否定する雪ノ下。そこは譲れないらしい。由比ヶ浜が来た時もそう言っていた。

「なるほどね。戦ってくれるんじゃなくて戦い方を教えるって感じだね」

 そう言いながらサイはニッコリと笑う。あれ、何か違和感。サイさん、もしかしてものすごく不機嫌だったりします?

「か、変わった小学生だね……」

 俺の傍まで来てそっと耳打ちする由比ヶ浜。その声は若干震えていた。サイの異常性を本能的に感じ取っているのだろう。

「一先ず、座ったらどうかしら。相談者を立たせたまま相談に乗るわけにも行かないもの」

「うん、わかった。お言葉に甘えるね。あ、でも――」

 嬉しそうに歩き始めたサイはそこで言葉を区切り、俺の目の前まで来るとピョンと軽くジャンプして膝に座った。

「――願いは叶ったもん」

 子供らしからぬ微笑みを浮かべながら俺の首に腕を回す。

「「……」」

 おお、人が絶句するところを間近で見るとは思わなかった。俺もものすごく顔を引き攣らせているし。

「……説明、してくれるかしら。ロリ谷君」

「それだと俺がロリになってるぞ」

 小町を同じ間違いをするんじゃありません。動揺し過ぎにも程があるでしょうに。

「……はぁ。サイ、いい加減にしろ」

「えー」

「え? ええ?」

 俺たちのやり取りを見て由比ヶ浜が首を傾げる。

「あー……まぁ、なんて言うか。こいつはサイって言って俺の親戚なんだよ。事情があって数日前から俺の家で暮らしてる」

「サイです。よろしくお願いしまーす」

 わざと子供っぽい声音で挨拶するサイ。もうこの子、怖いよ。魔物とか関係なく怖いって。

「親戚……てっきり、貴方の家系は目が腐っている家系なのかと」

「生憎、俺の目は突然変異だ」

「あ、やっぱり他の人から見てもハチマンの目って腐ってるんだね」

「すっごい仲がいいんだね……」

 何故か落ち込んだ様子で由比ヶ浜は呟く。いやまぁ、サイは俺に懐いていると思うが何で落ち込んでいるのだろうか。

 

 

 

「もちろんだよ。だって、私とハチマンはパートナーだからね」

 

 

 

 再び、世界が凍りついた。あの雪の女王ですら口元をピクピク震わせている。

「比企谷君、光源氏気取りかしら?」

「そんな計画を立てたつもりはない」

「ヒカルゲンジ?」

 源氏物語を知らないのかアホの子は首を傾げて雪ノ下を見る。しかし、聞いた相手がまずい。主に俺にとって。

「気に入った小さな子を調教して自分好みに育てた後、手を出すことよ」

「……ヒッキー、さいてー」

「人の話を聞け」

 サイがこの部室に来た時からこうなるような予感はしていた。だが、迂闊に魔物のことは言えないためどう説明しようか悩んでしまう。

 そのせいで事態は更に悪化するとは知らずに。

 

 

 

「わ、私……ハチマンならいいよ?」

 

 

 

「もしもし? 警察ですか?」「あたし、平塚先生呼んで来る!」

 2人の行動は迅速だった。俺……生きて帰れるかな。

 

 

 

 

 

 

 

「面白かった!」

 何とか2人の誤解を解き、俺とサイは自転車に乗って帰っていた。因みに最終的には『お兄ちゃんが大好きな群青少女』という設定になり、雪ノ下と由比ヶ浜はそんな病気にかかってしまったサイを治療しようとカウンセリングをしていた。その間、病原菌の俺はずっと2人に絶対零度の視線を向けられ続けていたので凍傷になるかと思った。

「面白くなんかねーよ……何で来たんだよ」

 そのせいで危うく滅菌されそうになったわ。『サイさん。この人だけは駄目よ。きっと後悔するわ』。『ヒッキーは……ほら! 最低だからやめておきなって! うざいしキモいし!』。そんな言葉の消毒液をかけられ続けたのだ。

「だって」

 荷台に座って俺の腰に腕を回していたサイの声は少しだけ低かった。

「……ハチマン、帰って来るの遅いんだもん」

「……」

「ハチマンは私のパートナーでしょ。私の傍にいてよ」

 ギュッとサイの腕に力が入る。

 1年前、サイは人の温かさを知った。お婆ちゃんの体温を感じて生きて来た。例え、たった独りで戦って来たとしても帰る場所が……背中を預けられる人がいた。

 だが、それは1か月前になくなってしまった。また独りになった。

 そして――つい先日、再び人の温かさを知ることになる。しかも、今度は一緒に戦ってくれるパートナーだ。

「……いなくなったりしねーよ。少なくともこの戦いが終わるまでは」

 彼女は恐れているのだ。自分の知らない間に帰る場所がなくなってしまうのを。若い俺は老衰することはないだろうが、この人生、何が起こるかわからない。1時間早めに家を出てしまったがために事故に遭い、ぼっちになることだってあるのだ。

「……うん」

 俺の背中に顔を埋めてサイは頷いた。ほんのり背中が温かくなる。それはとても心地の良い温度だった。

「ハチマン」

「ん?」

「お腹空いた」

「……サイゼでも行くか?」

「うん!」

 チラリと後ろにいる俺のパートナーを見れば満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。

 




サイちゃん、ヤキモチを焼くの巻。
実際、部室を覗いてみて女の子しかいなかったため、少しだけ不機嫌になり、ハチマンを困らせてやろうと企てました。因みに作戦を考え付くまで時間は約1秒。


今回は俺ガイルサイドのキャラを出したので、次回はガッシュサイドのキャラを出したいなと思っております。マンガだと4巻?のお話しだと思います。



追記
雪ノ下がサイのことをちゃん付けだったのをさん付けにしました。こっちの方が雪ノ下らしいかと思ったので。


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LEVEL.6 彼はすでに群青少女を妹だと認識している

時系列関連の連絡


ガッシュサイド:マンガ4巻。LEVEL34の最後辺り。
俺ガイルサイド:単行本2巻と3巻の間。職場見学の翌日。


サイと出会ってから早くも2か月が過ぎました。その間、特に目立ったようなことは起きていません。材木座や戸塚、川崎(本人が依頼したわけではないが)の依頼を完了したぐらいです。
少し話が飛びましたが、ここから俺ガイルサイドとガッシュサイドのお話しをどんどん書いていきますのでお楽しみに。
なお、俺ガイルもガッシュも本編と少しだけ台詞が違いますのでご了承ください。確か丸々書き写すのはNGだと書いてあったと思うので。


「『サルク』」

 俺が呪文を唱えるとサイの目が群青色に光った。その群青色の瞳はすでにボロボロの敵をジッと見つめている。

「『マ・バクルガ』!」

 やけになったのか本の持ち主は何の対策もなしに攻撃して来た。

「がああああああああああ!」

 相手の魔物は口からエメラルド色の光線を放つ。その光線は螺旋を描いているので最初に使った『バクル』よりも貫通力があるだろう。

 しかし、サイの前ではそんな小細工、無意味だ。

「ッ――」

 『サルク』による眼力強化で光線の軌道を読み、持ち前の身体能力で軽々と躱した。

「『サシルド』」

 その後、地面からせり上がった盾を足場に大きく跳躍し、敵の背後を取る。魔物と本の持ち主が慌てて振り返った頃には彼女の手にあったライターに火が灯っており――。

「はい、お終い」

 ――簡単にエメラルドの魔本は燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、お前はあまりにも面白すぎる夢を見て……いてもたってもいられなくなり、妄想に耽った結果、眠れなくなってしまったと」

「はい、そうです」

 何とか職場見学も無事に完了した翌日。俺は平塚先生に呼び出しを喰らった。昨日の夜に魔物と戦ったせいで寝不足になり、あろうことか平塚先生の授業で居眠りしてしまったのである。不覚。

「……比企谷。お前、少し疲れてるんじゃないか?」

 嘘の報告を聞いた彼女は声を低くしてそう言った。

「え?」

「いや、何故かそう思ってしまってな。根拠はないのだが」

 首を傾げながら不思議そうに話す先生。よく人を見ている。ただの寝不足だけど。

「よし、そんなお前にこれをやろう」

 妙案を思い付いたとばかりに鞄の中から2枚のチケットを取り出して俺に見せつけた。

「大海恵コンサート?」

 それは人気のあるアイドルのコンサートチケットだった。男だけでなく女にも人気のあるアイドルで小町もファンの1人だ。サイもちょっとハマりそうになっていたりする。たまに部屋で歌いながら踊っているし。もちろん、隠れて携帯で録画しましたよ。

「ああ、商店街のクジ引きで当てたんだ。しかし、生憎行く人もいないしそのアイドルには興味がなくてな。譲ってやる。楽しんで来い」

「いや、でも……こんなの生徒に渡していいんですか?」

「まぁ、よくはないが別にいいだろ。私が持っていてもゴミにしかならないからな」

 ゴミって。オークションにでも出せば結構な値になるのに。あ、でもオークションにこう言ったチケットとか出したら駄目だったような。なら遠慮なく貰おう。小町とサイにでも渡せば喜んでくれるに違いない。

「それじゃ失礼します」

 チケットを折れないように財布に仕舞い、職員室を後にした。

(部室にでも行くか……)

 今頃、奉仕部の部室にはいつものメンバーの他にサイがいるはずだ。まさか平塚先生からお許しを得て頻繁に部室に遊びに来ることになるとは思わなかった。雪ノ下も由比ヶ浜もサイのこと、気に入っているみたいだし。サイ専用のマグカップがあるくらいだ。おかしいなー、俺は紙コップなのに。まぁ、淹れてくれるようになっただけありがたいのだが。後、サイが俺の膝の上で本を読んでいると二人からの視線が痛いので止めて欲しい。そろそろ消毒されそうだ。

 そう思っていると不意に鞄から群青色の光が漏れ始める。もしかしてと慌ててトイレに駆け込み、鞄の中から魔本を取り出した。

(新しい術? いや、違う……)

 ペラペラと捲っていくが読める場所が見つからず、結構後ろのページまで来ていた。

「ッ……」

 そして、見つけた。

『おめでとう、人間界に生き残った諸君よ! この時点をもって残りの魔物の数は70名となりました。これからも魔界の王となるべく、頑張って戦い合ってください』

「70名?」

 すでに30人の魔物が消えたことになる。それが早いのか遅いのかわからない。俺とサイが出会ってまだ2か月ほどしか経っていないし、そもそも魔物と戦ったのは昨日のも含めて2回しかないのだ。

「……はぁ」

 だが、そんなの関係ない。目の前に魔物が現れたのならば戦わなくてはならないのだ。戦わなくてすむなら速攻で逃げるけど。でも、サイは戦うことは好きらしい。昨日とか満面の笑みを浮かべて戦っていたし。ちょっと怖くて夜眠れなかったよ。だって俺の腕にさっきまで笑いながら戦っていた女の子がくっついているんだから。

「さてと」

 すでに光が消えた本を閉じて鞄に仕舞い、部室に向かう。

 

 

 

 ……その日、由比ヶ浜結衣は部室に来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチマン! 早く早く!」

 その数日後、俺とサイは件のコンサート会場に来ていた。最初は小町にチケットをあげたのだがすでに予定を入れてあったらしく涙を流しながら出かけて行った。哀れ。

「もう楽しみだよ! あのアイドルのメグちゃんに会えるんだから!」

「いや会えるって言っても見えるだけだぞ?」

「そんなの知ってるって! あ、ジャンプすればステージに登れるかな」

 止めておけ。警備員さんに連れて行かれ……あ、この子ならそれすらはねのけるわ。それどころか大海恵を攫って行きそうだ。誘拐は犯罪だぞ。

「ねぇねぇ! 席ってどの辺だっけ」

「あ? えっと、Lの16と17だったか?」

 念のためにチケットを取り出して確認するが合っていたようだ。

「ぬおおおおお! 何をする! 私も入るのだあああ!」

 会場の入り口に到着すると緑色のバックから両手両足を生やした金髪の子供がスタッフの手によってドナドナされていた。

「何だ? 今の」

「ん? ハチマン、どうしたの?」

 チケットをスタッフに見せていたサイが問いかけて来る。あの騒ぎに気付かないとはそんなに楽しみなのか。

「いや、何でもない」

「それじゃいこ!」

 俺の手を握って走り出すサイ。あまりにも力が強すぎて振りほどくことすら出来ず、俺は引きずられるように建物の中に入った。

 

 

 

 

 

 

「……」

 さて、こんな経験はないだろうか。

 クラスでお喋りをしている時に全く興味のない話で盛り上がっている中、苦笑いを浮かべつつ相槌を打つ。『あー、そうだよねー』とニマニマ笑いながら頷くのだ。俺? 俺はないよ。だって、話す友達いないもん。

 しかし、俺は今まさにその感覚を味わっていた。

「うわぁ……」

 ステージに大海恵が現れた瞬間、俺はこの世界から弾き飛ばされていた。サイも黄色い声を上げて手を振っている。てか、よく見えるな。『サルク』唱えてないのに。

「す、凄え……これがアイドルの力か」

 そんな声が辛うじて隣から聞こえる。そちらを見ると少し大人っぽい男の人が周囲の反応を見て呆然とした。どうやら、俺と同じ待遇らしい。

「ん?」

 向こうも俺が騒いでいないことに気付いたようで目と目が合った。

「「……」」

 数秒間の沈黙。なんかすごい気まずい。会釈でもした方がいいのだろうか。

「ねぇ、ハチマン! 肩車して!」

「他の客の迷惑になるからダメだ」

 サイの我儘を一刀両断しながら隣の男の人に会釈する。これなら『すみません。連れがうるさくて』と言う意味合いも込められるだろう。向こうもそう受け取ったのか少し微笑んで会釈した。

(あ、やべ……)

 その時、突然尿意を催す。会場に入る前にMAXコーヒーを飲んだのがまずかった。コンサートが始まる前、サイに『トイレ行かないの?』と言われた手前、なんか恥ずかしい。

「ハチマン、どこ行くの?」

 移動しようとしたらサイが首を傾げて問いかけて来る。

「少し人に酔った。帰って来なかったら魔物に襲われてると思っていい。助けに来てくれ」

 小さな声でサイに言いながらサイの前を通った。こうでも言わないと『だから始まる前にトイレ行っておけばよかったのに!』と罵倒されるに違いない。

「もう、そんな冗談笑えないよ? さっさと行ってさっさと帰って来てね」

「おう」

 魔本の入ったカバンを肩にかけながらホールを出た。漏れそう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 間に合ってよかった。ちょっと危なかったからひやひやした。

 そう思いながら静かな廊下を歩く。会場はあんなにうるさいのに廊下だとここまで静かとはこの会場の防音はすごい。

「……いや」

 のん気に考えていたが、静かすぎる。まるで『コンサートが終わってしまった』ような。

「ん?」

 不思議に思っていると目の前を何かが通り抜けた。影からして子供のようだったが、こんなところにいるわけがない。

「……」

 チラリと子供が来た方向を見ながら耳を澄ませた。微かにだが、日常生活では聞かない音が聞こえる。この音は――。

 

 

 

 ――戦闘の音。

 

 

 

 さて、この音からして十中八九、魔物同士の戦いが行われている。そこで俺が取るべき行動は3つ。

 1つは無視。このまま見て見ぬふりをしてホールに戻る。

 2つ目は様子を見に行く。戦闘が終わったと同時にサイと共に奇襲して弱っている相手を倒すために少し覗いて情報を得るのが目的だ。

 最後は――。

「……仕方ない」

 サイはこのコンサートを楽しみにしていたのだ。もし、魔物同士の戦いで会場が破壊されてしまったら中止になってしまうかもしれない。

「――巻き込まれるか」

 良心的な魔物ならば一般人の俺が戦闘を目撃した時にやめてくれるかもしれない。まぁ、こんなところで戦っている時点でそんな可能性はないのだが。やってみる価値はありそうだ。俺は駆け足で現場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に到着したのはいいものの、俺の想像以上にまずいことになっていた。俺が巻き込まれれば何とかなるかもしれないと考えていたが、まさか戦っているのが大海恵本人だとは思わなかった。それに相手の攻撃を喰らったのか地面に倒れて動かない。パートナーらしき女の子はまだ動けそうだがすでに満身創痍だ。

(どうするか)

 俺の目的はコンサートを中止させないことである。だからこそ、巻き込まれて戦いを止めさせるなり、会場から遠ざけるように誘導したりすればよかった。だが、大海恵本人が戦っているとなると早急にこの戦いを終わらせなければならない。

 曲がり角で様子をうかがいながら考える。その間に赤い髪の女の子がフラフラと立ち上がった。パートナーを守りたいのだろう。

(仕方ない、か)

「うわぁ、すっげー。映画みたいだー」

 そんなことを言いながら俺は曲がり角から出た。棒読みなのは見逃して欲しい。

「え……」

 両手を広げていた女の子が俺を見て呆然とし、顔を引き攣らせる。あの引き攣った理由って一般人を巻き込んだからですよね? 決して俺の目が腐っていてドン引きしたわけじゃないですよね?

「おいおい、一般人がこんなところに来ちゃ危ないだろぉ」

 女の子と対峙していた男の魔物がニヤリと笑って呟く。あ、こいつら一般人にも平気で攻撃して来るタイプだ。気を付けよう。

「え? これ、何の撮影ですか? 映画?」

「だ、駄目! 逃げて!」

 何の警戒心もなく近寄る俺に女の子が叫んだ。まぁ、向こうからしたらバカな一般人にしか見えないだろう。

「へー! すごいっすね。壁の損傷具合とかリアルですし。あ、大海恵さんが主演ですか? すごいっすね。スタントマンもなしにアクション映画を撮影するとか」

 まだ気絶しているのか大海恵の顔を覗き込む。これならファンがアイドルの顔を近くで見ようとしているようにしか見えない。

(傷は……そこまで酷くないか。頭でも打って脳震盪を起こしたんだろ)

「ん……」

 あ、目を開けそう。そして、俺を見ている。やだ、アイドルに見られてる。少しだけ顔を背けた。だって恥ずかしいじゃない。

「め、恵から離れなさい!」

 肩で息を切らしながら俺のところまで女の子が駆け寄って来た。その間、向こうにいる魔物の方を気にしていたので油断はしていないらしい。

「俺が時間を稼ぐ。隙を見て逃げろ」

「え?」

「あ、そっちの人たちも有名人とか? 俺、あまり詳しくないんですけど、一応握手とかお願いしてもいいですかね」

 女の子にそっと耳打ちして男たちに近づく。俺の体が邪魔で後ろにいる2人は見えないはずだ。出来るだけ時間をかせ――

「いいぜ。ほら握手」

「『エイジャス――』!」

 ――げそうにない。右手を俺に翳した瞬間、本の持ち主が呪文を唱え始めたのだ。作戦は中途半端だが、わざわざ攻撃を受ける必要はない。てか受けたら死ぬ。だが、相手が使ったのは長めの呪文だ。躱す時間はある。急いで俺は右へ飛んだ。

「『ザケル』!」

 それと同時に俺の横を何かが通り過ぎて行った。

 




何とか八幡をガッシュサイドの話にねじ込めました。ですが、ちょっと無理矢理だったかなと思っています。いかがだったでしょうか?
続きはありますのでもし、変な場所があったら感想などで教えてください。出来る限り、修正しますので。


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LEVEL.7 彼は客観的に己を見て自分の過ちに気付き始める

「ぐがああああああ!」

 通り過ぎて行った何かを喰らって目の前にいる魔物は吹き飛ばされる。振り返ると俺の隣の席の人が赤い本を持って立っていた。その隣には金髪の男の子。なるほど、助っ人か。あれ、俺必要なかった? すっごい恥ずかしいんだけど。

「そこのあんた! 早くこっちに来るんだ!」

 そろそろ退散でもしようかと考えていた赤い本を持った青年に声をかけられる。仕方ない。もう少し付き合うか。それにしても颯爽と現れたな、この青年。まるで主人公じゃん。もちろん、俺は噛ませ犬。

「お、おう」

「ガッシュ! 奴らから目を離すんじゃないぞ!」

「ウヌ!」

 俺が彼らの傍に来たのを確認し、青年は大海恵の容態を確かめる。あ、その人は大丈夫ですよ。俺、確認したんで。

「う……ティオ」

 丁度その時、大海恵が気絶から立ち直ったようで赤い髪の女の子に声をかける。ティオって名前らしい。

「恵!」

 ティオは安心した表情を浮かべて大海恵に手を貸した。

「どこか痛む場所はないか?」

「あ、あなたは?」

 さて、そろそろ目を離してもいいか。すごいラブコメの波動を感じるから目が腐ってしまいそう……あ、すでに腐っている。どうしよう。

「落ちこぼれめぇ!」

 金髪の男の子の攻撃を受けた魔物は何かブツブツと言った後に絶叫した。それと同時に呪文を唱えようとしている。

「『ザケル』!」

「なっ……」

 赤い本の青年は振り向くことなく呪文を唱え、金髪の男の子の口から雷撃が射出された。攻撃しようとしていた魔物とその本の持ち主は外まで吹き飛ばされていく。

「丁度いい。外まで吹っ飛んだか……そこのあんた」

「あ、はい」

 急に話しかけられたのできょどってしまった。いやぁ、ビックリだよ。まだ俺の存在を忘れていないなんて。

「この2人を安全な場所までお願いできるか?」

「お、おう……任され――」

「――ま、待って!」

 俺の返事を遮ってティオは青年に待ったをかけた。

「なんで……なんで助けてくれるの!?」

「……オレにはなんで君らがそんなことを聞くのか不思議だよ。その怪我、早く手当てしてもらいな」

 ティオの疑問を聞いた時、一瞬だけ顏を歪めた青年だったがそれだけ言い残し外に出て行った。

「……さてと」

 あの青年に2人のことを任されたが生憎、女の子と会話したことがほとんどない俺にとってそれは難しい。小町とサイは別だ。あれは女の子じゃない、妹だ。雪ノ下と由比ヶ浜に関してはただ罵倒されるだけだから会話ではない。後は戸塚ぐらいか。

「うん……そのハズ……」

 考え事をしていたため、大海恵とティオの会話を聞き逃してしまった。この後どうするんだろうと2人を観察していると何を思ったのか2人は立ち上がって外に出ようとする。

「行ってどうするんだ?」

 気付けば俺はそう問いかけていた。

「どうするって……放っておくわけにも行かないでしょ!」

 俺の存在を思い出したのかティオが少し不機嫌そうに言う。さっきまで震えていたのに。ツンデレって奴か。

「お前、言ったよな? どうして助けてくれるのかって」

「う、うん」

「それってお前たちはあの金髪の子と青年を信じてないってことだろ?」

 こいつらは人のことを信用できないのだ。何があったのかはわからないが魔物同士、潰し合うのが当たり前だと思っている。

「そんなことっ」

「それじゃ、あいつらと手を取り合って戦うのか。その後、戦うことになるかもしれないのに」

「ッ……」

 俺の言葉を聞いて2人は俯いてしまった。無理もない。さっきまで一緒に戦っていた人たちが一瞬にして敵になるのだ。辛いに決まっている。

「それでも……これは私たちの戦いだから最後まで見届けないと」

「他力本願だな。私たちじゃ手に負えないから他の人に任せます。あ、その後攻撃するんで覚悟してくださいってか」

 大海恵の発言を木端微塵に砕く。だって、そうだろ。都合が良すぎるのだ。

「くっ……」

 何の反論もできず、ティオはギュッと両手を握って涙を零しながら奥歯を噛み締めた。大海恵もアイドルとは思えないほど暗い表情を浮かべている。

「……はぁ。これは友達の友達の友達から聞いた話なんだが」

「「え?」」

 突然、語り出した俺を2人は目を丸くして見つめる。こっち見んな、惚れるだろ。

「H君はいつも独りだった。学校に行くのも授業を受けるのも。家に帰れば可愛い妹はいるがそれだけ。ぼっちって奴だな。そんなぼっちの前に一人の女の子が現れた。その女の子も独りだった。たった独りで戦い続けて、たった独りで苦しんで……でも、その女の子はぼっちだったH君と出会ってすごく楽しそうだった。まぁ、俺……あ、いやH君が見た感想なんだけど。つまり……」

 ああ、何だ。サイと出会って変わったのは彼女だけじゃないようだ。俺だって少し変わっている。だって、ぼっちだった俺が――。

 

 

 

「手を貸し合うってのはまぁ、それなりにいいもんだってことだ」

 

 

 

 ――手を取り合うことを勧めているのだから。

(それに……)

 今、わかった。こいつらは俺に似ているのだ。人の優しさを信じられず、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。しまいには拒絶する。

 それこそ、数日前の職場見学の時――俺が由比ヶ浜結衣を拒絶した時と同じだ。あいつが俺に優しくしてくれたのは俺が事故に遭う原因の作ったことに対する罪悪感だと。俺になんか優しくしてくれる女の子なんていないはずだと。だからこそ、何か裏があるに決まっていると……決めつけていた。

 でも、こいつらを見て俺に似ていると思ってその考えは間違っているのではないかと思い始めた。確信はないし、今でも半信半疑だがもっと別な方法があったのではないのかと後悔している。拒絶するには何もかもが早すぎたのだ。まだ、俺と由比ヶ浜は出会ったばかりなのだから。

「……恵!」

「ええ!」

 俺の話を聞いた大海恵とティオは頷き合って外へ向かった。よかった。『え、何きもっ』とか言われなくて。

「え、何きもっ」

「思考を読むんじゃない」

 振り返るとニヤニヤ笑っているサイがいた。約束通り俺を探しに来てくれたらしい。

「私、読心術使えるから」

「え、何それめっちゃ怖いんだけど」

「もうビンビン伝わって来てるよ。ハチマンの私に対する愛が」

 愛は愛でも妹愛だけどな。もうお前のこと、俺の妹としか見れないし。

「さて、どうする? 帰る?」

「いやぁ、実はティオって私の知り合いなんだよね。危なくなったら助けてもいい?」

「珍しいな、バトルジャンキー。人を助けるなんて」

「すっごい不名誉な二つ名ありがとう。でも、外れ。私は人を助けるために産まれて来たんだよ。それに私が好きなのはハチマンと息を合わせることだから」

 やだこの子、俺のこと好き過ぎるじゃないですか。サイルート突入している感じですかこれ。

「残念ながら今日は息を合わせることなんてなさそうだ」

「そうだといいけどね」

 念のために本を取り出しながらサイと一緒に会場の外へ出た。

「『ギガノ・ガランズ』!!」

「『マ・セシルド』!!」

 丁度、敵の攻撃をティオの盾が防いだところだった。頑丈そうな敵の技が消滅して行く。盾系の技でも使う子によって違うようだ。

「あれ、弱虫ガッシュもいるんだ」

 金髪の男の子を見てサイは意外そうに呟く。

「知り合いか?」

「うーん、知り合いって言うかクラスメイトって言うか……ティオもたまに話す程度だったし」

「……お前、向こうでもぼっちだったんだな」

「ぼ、ぼっち違うでしょ! ハチマンみたいに目腐ってないでしょ! あ、因みに戦ってる相手はマルスだよ。ティオと仲良くしてたみたい。今じゃあの頃の友情なんかあったもんじゃないけど」

「『ガンズ・ガロン』!」

 ガッシュがマルスの懐に潜り込もうとするも両手からいくつものトゲトゲの付いた鉄球を発射され、仕方なく後退する。しかし、鉄球はまだガッシュに向かって来ていた。

「『マ・セシルド』!」

 それをティオが防ぐ。あの盾、優秀だな。当たった呪文を消滅させる効果でもあるのだろうか。こっちの盾とか何度も殴られたら凹むし。

「『エイジャス・ガロン』!」

 マルスの右手から飛び出した鎖が地面へ突き刺さった。

「気を付けて! それは下から来るわ!」

 大海恵の忠告を聞いてなるほどと1人納得してしまう。これならばあの盾の下を通過して攻撃できる。だが、それは叶わないだろう。

「せいッ!」

 何故なら、俺の隣にいたはずのサイが地面から飛び出したトゲトゲ付きの鉄球を蹴り飛ばしているのだから。

 突然、乱入して来た女の子を見て俺以外の人が驚愕する。そして、その中で一番早く我に返ったのは青年だった。

「SET! 『ザケル』!」

 マルスに向かって右手の人差し指と中指を突き出し、呪文を唱えた。狼狽えていたガッシュは急いで青年が指した方向を見て雷撃を飛ばす。距離が遠かったせいか雷撃はマルスに直撃するも大したダメージにはなっていない。あの2人、戦い慣れている感じだ。

「さ、サイ!?」

 目の前に現れた群青少女を見てティオは声を荒げている。まぁ、無理もないか。

「やっはろー、ティオ。元気してる?」

 部室に突入して来て以来、何度も部室を訪れていたので由比ヶ浜が使っていた変な挨拶がサイに移っていた。しかし、こんな場面でそれを使わなくてもいいだろうに。本の持ち主として恥ずかしいわ。

「『ガンズ・ガロン』!」

 さすがに3人に増えたので焦ったのか全体攻撃を放って来る。3人まとめて吹き飛ばすつもりなのだろう。しかし、サイには無意味だ。

「恵、盾を――」

「『サルク』」

 お返しと言わんばかりにティオの言葉を遮って呪文を唱えた。サイの目が群青色に光る。

「二人とも私の後ろに付いて来てね」

 チラリと俺と目を合わせたサイは笑いながら鉄球の弾幕へ突っ込む。進む順番はサイ、ティオ、ガッシュだ。

「あ、危ない!」

「いや、大丈夫だ」

 大海恵が大声で注意するが俺はそれを否定した。俺が隣にいたのに気付いたのか彼女は少しだけ悲鳴をあげる。あ、今ので心の力が半分くらい減ったわ。本の輝きも一気に弱くなった。

「よ、ほ、や!」

 鉄球を躱し、鉄球を蹴って、鉄球に鉄球をぶつけて進む。その姿は本当に無駄がなく華麗だった。さすが俺の妹。あ、いやパートナーだったわ。

「すごい……」

 少しずつだが着実に前に進んでいるのを見てアイドルは声を漏らす。

「お、大海、ちょっといいか」

 ちょっと噛んでしまったが何とか声をかけることができた。よし、これでもう安心だ。地獄は通り過ぎたぞ。

「え?」

「俺の合図で攻撃呪文を放ってくれ」

「でも……ティオの攻撃呪文は弱くて」

「それでいい。そこの青年は――」

「大丈夫だ。だいたい把握した。決めろってことだろ」

「お、おう……」

 何だよ。格好つけさせろよ。恥ずかしくなっちゃうだろう。

「行くぞ……3……2……1!」

 心の力を溜めて俺と大海は同時に呪文を唱えた。

「『サシルド』」「『サイス』!」

 サイは群青色の盾を足場にして上空へ避難。それを見ていたマルスがサイに向かって鉄球を飛ばそうと上に手を伸ばす。敵の目が逸れた隙に急いで術をキャンセルし、盾を消した。

「ガッ!?」

 消えた盾の向こうからオレンジ色のエネルギー刃がマルスの顔面に直撃する。どんなに攻撃が弱くても不意打ち……しかも顔面に直撃したならばいつもより効くだろう。それに目くらましにもなる。

「ガッシュ!」

「ウヌ!」

 青年がガッシュの名前を呼ぶとそれだけでわかったのかガッシュがティオの横を通り越してマルスに肉薄した。

「させるか! 『ガロ――』」

「私のこと、忘れてたでしょ」

 上空からマルスの本の持ち主の背後に回ったサイがパシッと本を持っている右手を叩く。それだけで本が零れ落ちた。生憎、今日はライターを持っていないので直接、本を燃やすことは出来なかったのだ。

「チェックメイトだ」

 マルスがパートナーの方を振り返ろうとするがガッシュに両腕を掴まれて顔を歪ませる。

「『ザケル』!!」

 凄まじい雷撃を間近で受けたマルスは悲鳴を上げながら吹っ飛ばされた。

 




『サシルド』が『セシルド』になっていたので修正しました。


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LEVEL.8 群青少女はすでに壊れ始めていて彼はまたしても間違える

昨日、ランキングに乗ることができました!
これからも頑張って書きますので応援よろしくお願いします。


「よくやった。ガッシュ」

 パタンと赤い本を閉じて青年がガッシュを褒める。特に相談もなしに連携っぽいものしてみたが何とか上手く行ったようだ。

(サイもよくもまぁ、あんな連携を思い付くもんだ)

 自分を囮にしてマルスの気を引き、ティオの攻撃を当ててガッシュが接近する時間を稼ぎ攻撃呪文を当てる。そんな作戦を視線だけで送って来るとか俺のこと信用し過ぎじゃないかな?

「ふざけるなああああ!」

 呆れていると突然、マルスが絶叫した。その声量にサイですら目を丸くして驚愕する。

「何で俺様がガッシュごときに倒されなきゃならん! 俺様は王様になるんだ! てめえら落ちこぼれとは格が違うんだ! レンブラント、何している。もう一度攻撃だ!」

「お、おう! 『エイジャス・ガロン』!!」

 いつの間にか本を拾っていたようでレンブラントと呼ばれた男が呪文を唱える。それと同時に青年も本を開く。しかし、俺はただ一点だけを見ていた。マルスの視線である。

(おい、まさか……)

 憎しみで顔を歪ませている魔物はこっちを見ていた。その視線は人を殺そうとしているものだった。

 マルスは魔界でティオと仲が良かった。だが、人間界に来て敵対した。ティオなどすぐに倒せると思ったから。

 ガッシュは『弱虫ガッシュ』と呼ばれていた。つまり、弱かったのだろう。

 そんな奴らにここまでされてあいつは何を考えるのだろうか。決まっている。一泡吹かせてやろうと思うはずだ。最も彼らが苦しむことをしてやると思うはずだ。

 じゃあ、それは一体何なのだろう。俺ならどうする? 俺なら。

 チラリとサイを見る。彼女も俺を見ていた。そして、俺の顔を見て察したのだろう。顔を引き攣らせる。

「ハチマン、駄目ええええええええ!!」

 サイが俺に手を伸ばしながら凄まじいスピードで近づいて来る。でも、間に合わない。

(俺なら……苦しめたい奴の一番大切な物を壊す)

 じゃあ、ティオやガッシュの一番大切な物は何なのだろうか。きっと、“パートナー”だ。魔物にとってパートナーはいなくてはならない存在である。攻撃されるのはあの青年か大海だ。そして、青年と大海の大きな違いは男か女。それを踏まえて狙われるのはどちらなのだろう。それこそ――決まっている。

「ッ!」

 俺は自分のパートナーを無視して大海に向かってタックルをかました。それと一緒に魔本を抱えるように持って攻撃から守る。

「『ザケル』!」

 青年が呪文を唱えた。だが、俺はその行く末を見ることができない。

「ぁッ……」

 地面から飛び出して来た鉄球を真正面から受けたから。気絶する直前に見たサイの泣き顔が印象的だった。まるで――この世の終わりを見たような顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッシュの放った『ザケル』はマルスに直撃し、後ろにいたレンブラントが持っていた本も一緒に燃えて彼は魔界に帰った。

 しかし、オレたちは喜ぶことなどできなかった。

「ハチマン! ハチマンってば!」

 マルスの攻撃から大海さんを守るために自分の身を犠牲にした群青色の瞳を持った魔物の本の持ち主。ハチマンと呼ばれている人はまともに鉄球攻撃を受けて傷だらけで地面に倒れている。命に別状はないようだが、それよりも魔物の方が心配だった。

(何だ……この子……)

 颯爽と現れてオレたちに力を貸してくれた優しい子。それが今、この世の終わりを迎えたような顔でハチマンさんの体を揺すっている。パートナーが心配なのはわかるがこの反応はあまりにも異常だった。

「お、おい……あまり揺すらない方が――」

「うるさいッ!!」

 無意識の内に声をかけたが彼女の絶叫で遮られてしまう。その絶叫は大気を震わせるほどの声量だった。

「私は……私はハチマンを守るんだ」

 ハチマンさんから手を離し、フラフラと立ち上がる。そして、オレたちの方を見た。

「ッ――」

 ただ見られているだけなのに背筋が凍りついてしまう。群青色の目がオレの心臓を鷲掴みにした。その異常性に当てられたのかティオは体を震わせて半歩、後ずさる。ガッシュですらも声をかけられずに呆然と彼女を見ていた。大海さんは責任を感じているのか俯いたまま。

「私が守る。守る守る守る守る。そう誓ったのに……何があってもハチマンを傷つけさせないって誓ったのに」

 群青の目はとても澄んでいた。見ているこっちが恐怖を抱いてしまうほど綺麗だった。その綺麗さはあまりにも異常だった。

「それなのに何、この結末。結局私は誰も守れない。誰も、誰も守れないんだッ!!!」

 八つ当たり気味に己の右拳を地面に叩き付ける群青少女。殴りつけられた地面はその威力に耐え切れずに陥没する。

(術なしでこの破壊力……)

「ねぇ、貴方たち」

 血だらけの右手を見ながらオレたちに声をかける彼女から嫌な気配を感じた。俗に言う殺気というものだろう。

「もし……貴方たちもハチマンを傷つけるなら――容赦しないから」

 群青少女は初めてオレたちを睨んだ。彼女から漏れる威圧で呼吸ができない。今まで出会って来た魔物の中でも……一番、強い。きっと戦えば一瞬にして負ける。

「バカたれ」

 凄まじい威圧を放つ群青少女の頭を魔本で叩き、乾いた音が響いた。

「あいたっ」

 叩かれた彼女は威圧を解いて振り返る。そこには肩で息をした目の濁った男がいた。そう、先ほどまで倒れていたハチマンさんである。

「余計な敵を作ってんじゃねーよ。庇い切れないわ」

「は、ハチマン!? 大丈夫なの!?」

「いや、全然大丈夫じゃない。今すぐにでも眠れそう。だからこれ以上、戦うなアホ」

「痛いッ! 痛いから叩かないで!」

 ぺしぺしと連続で頭を叩かれて涙目になる群青少女。先ほどまでのあれは一体……。

「ティオ、知り合い?」

 疑問に思っていると大海さんがティオに質問した。結構、小さい声だったので今も騒いでいる彼らには聞こえていないだろう。

「……あの子の名前はサイ。私とガッシュが通ってた学校にいた子よ」

 そう語るティオだったが、声が震えていた。何か恐ろしい物を見ているような。

「あの子は……『孤高の群青』って呼ばれた。多分、戦闘能力だけならトップクラスの魔物よ。でも……魔界にいた頃とちょっと雰囲気が違ったから驚いちゃって」

「どんな感じだったんだ?」

 思わず、質問を重ねてしまう。まさか質問されるとは思わなかったようでオレの方を見て目を丸くしながらティオは答えてくれた。

「魔界にいた頃はずっと独りで何をしても優秀な成績を修めていたの。でも、さっきの戦いではすごく楽しそうだった……だったんだけど」

 先ほどの威圧。独りになることを恐れ、全ての物を拒絶する。まるで――。

 

 

(――鳳仙花)

 

 

 『私に触れないで』。それがその花の花言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね。ハチマン……」

 大海恵コンサートも無事に終わり、家に帰っているのだが隣を歩くサイはずっと俯いたままだった。

「別にもういいだろ。協力してくれるって言ってたし」

 目を覚ますとサイがとんでもないことになっていて驚いた。正面から顔を見たわけではないがあの威圧はまずい。人を殺せるレベルだ。

「うん……」

 そして、サイが高嶺(あの後、名前を聞いた)たちに謝った後、何故か皆で優しい王様を目指そうみたいな話になった。よくわからないがその協定に俺とサイも含まれている。まぁ、戦わなくてすむなら全然いいけど。あ、危なくなったら手伝ってくれるのかしらん。じゃあ、サイは俺が抑えておくから魔物の相手、よろしくね。

「……ハチマン」

 不意に立ち止まったサイは俺の目を真っ直ぐ見つめた。その目は後悔の色に染まっている。

「ゴメン。守ってあげられなくて」

「……」

「私、魔界では結構優秀だったの。そのせいで友達とかできなかったけど、あの頃は全く気にしてなかった。独りでもやっていけるって思ってた」

 ギュッと彼女は自分の着ているワンピースを掴む。相当力を入れているのだろう。元々、真っ白な手が余計、白くなっていた。

「でも……人間界に来て本当に独りになって怖くなったの。周囲にいる人は皆、敵。私を倒そうと襲って来る。そう思って何もかもが怖くなって。その時に駄菓子屋のお婆ちゃんに出会った。それからは楽しかったよ。たまに魔物とか襲って来たけど。すっごく楽しかった」

 “楽しかった”。彼女の話は結局、過去形なのだ。

「でね。ある日、魔物を何とかやり過ごして家に帰ったの。そしたら……お婆ちゃん、冷たくなってた。私の知らない間に死んでたの」

 サイの声は震えている。彼女の瞳から一粒の涙が零れた。

「ねぇ、ハチマン。貴方は私の知らない間に消えたりしないよね? 勝手に無茶しないよね?」

「……」

「今日、メグちゃんを守る前、私と目が合った時、ハチマンの顔すごく無表情だった。すっごく危ないことしようとしてるのに何にも感じてなかった。それが“当たり前”だって言うように」

 当たり前だ。この世界は弱い者と強い者がいる。弱い者は強い者の踏み台にされ、いいように扱われる。必要とされる命が危険ならさほど必要性のない命を犠牲にする。だから、俺の行動もそれと同じ。俺が大海を庇ったからコンサートを続けることが出来た。当初の目的は達成出来たのだ。

 だが、どうして彼女はとても辛そうなのだろうか。俯いて悔しそうに奥歯を噛み締めているのだろうか。

「ハチマン……ゴメンね」

 俺は彼女に謝って欲しくて戦ったわけではない。じゃあ、何故こうなってしまったのだろうか。俺は――何か間違ってしまったのだろうか。

「……気にすんな。ほら、帰るぞ」

「……うん」

 しかし、俺の疑問に答えてくれる人はいなかった。でも、俺とサイの間に何か小さな亀裂が入ったような気がしてサイの方を見ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 鼻歌を歌いながら濡れた赤い髪をドライヤーで乾かすティオ。その表情はとても嬉しそうだった。

「ティオ、嬉しそうね。コンサートの途中で寝ちゃってたし」

「ね、寝ちゃったのは疲れてたからよ! それに嬉しくないし!」

 そう言いながらそっぽを向いた。本当にこの子は素直じゃない。本当は仲間が出来て嬉しいくせに。

「それにしてもガッシュの他にサイも仲間になってくれるなんて思わなかったわ。ガッシュはともかく、サイは私なんかよりもずっと強いし」

「そうね。2人ともすごく強かったから頼もしい限りね」

 あの時の威圧には驚いてしまったが、八幡君が起きてからとても明るかった。どこか無理しているようにも見えたけれど。

「……でも」

 ティオはドライヤーの電源を切ってテーブルに置いた。その顔は少しだけ曇っている。それを見て私も思わず、俯いてしまった。

「サイ……大丈夫かな。八幡と話してる時はすっごく楽しそうだったけど」

「相当、八幡君に懐いてたみたいね。サイちゃん本人も言ってたけどずっと独りだったらしいし」

「……何があの子をあんな風にしちゃったのかな」

 魔界では優等生だったサイちゃん。人間界に来てたった独りで戦い続け、やっと八幡君に出会った。だから少し依存しているのかもしれない。ただ――。

(私は……サイちゃんよりも)

「恵?」

「え? な、何?」

「どうしたの? 浮かない顔して」

「ううん、何でもない。ほら、早く寝ないと朝起きれなくなっちゃうわ」

 首を傾げているティオから顔を逸らして携帯の画面を見る。そこには『比企谷八幡』と書かれており、その下に電話番号やメールアドレスが書かれていた。

 ――俺が時間を稼ぐ。隙を見て逃げろ。

 あの時、彼は1人だった。相手が魔物だって知っていた。それなのに何の躊躇もなく囮になった。

 それだけじゃない。いち早く相手の攻撃を見極めて私を庇った。当たり前のように。それが運命だと悟っているかのように。

(私が一番、心配なのは……八幡君)

 いつか彼は自分で自分の身を滅ぼしてしまうのではないか。そんな予感しかしなかった。

 




何とかガッシュたちと仲間になることができました。まだ少しぎくしゃくしていますが、これから仲良くなっていく予定です。
それと、八幡とサイの間に亀裂が入りましたね。この後、どうなってしまうのか。


後、清磨目線と恵目線の場面を書いてみました。何か違和感などがありましたら教えてください。
なお、清磨は恵のことを大海さんと言っていますが、いずれ恵さんと呼ぶことになります。
あと、八幡の携帯に『高嶺清磨』と『大海恵』のアドレスが増えました。やったね!


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LEVEL.9 彼は少しだけ前に進む

 コンサートから数日後、まだ痛む体を何とか動かして俺は奉仕部の部室に到着した。こんな時でも律儀に来る俺、偉い。そう自画自賛しながらドアを開けて中へ入る。そこには夏服を来た雪ノ下雪乃が珍しくファッション誌を見ていた。雪ノ下はブレザーではなく学校指定のサマーベストを着ており、よく学校指定の物はださいと言われているが雪ノ下が着ると不思議と清楚感が漂っている。本人は氷のように冷たいけど。あ、もちろん、俺だけにね。

「うす」

「……何だ、比企谷君か」

 一瞬だけ俺の後ろを見てため息を吐き、また雑誌に視線を落とす。

「……」

 彼女が俺の後ろを見たのかはすぐにわかった。少し前まで嬉しそうに俺の後をついて来る群青少女の姿を探したのだろう。

「由比ヶ浜さんだけじゃなくサイさんまで……何かあったの?」

 俺が椅子に座ったのを見計らってそう質問して来る。いつもなら軽い(俺にとって顔面ストレート並みの威力だが)言い合いをするのだが、今日は唐突に本題に入った。まぁ、今の発言も鳩尾に一撃貰った時ぐらいの衝撃はありましたけどね。

「……いや、何も」

「何もなかったら2人が来なくなったりしないと思うけれど……それで、何があったの?」

 雪ノ下は雑誌を閉じて俺の目をジッと見つめた。サイとは違った威圧の視線。早く言いなさいと促して来る。

「別に大したことじゃない」

 由比ヶ浜の優しさを否定しただけ。

 サイに余計な心配をかけさせてしまっただけ。

 たったそれだけ。

(……でも)

 俺にとってはそれだけのことでも、本人からしたらどうなのだろうか。例えば、ティオ。あいつは魔界で仲の良かったマルスに裏切られ、人を信じられなくなっていた。そこに一緒に戦ってくれる仲間――ガッシュが現れた。ガッシュにとって共に戦うのは当たり前だったかもしれないが、ティオは違う。最初はその優しさを疑い、拒絶しようとした。そして、気付いたのだ。自分が間違っていることに。マルスのような魔物は確かにいる。また、ガッシュのような魔物もいる。そのことに気付き、仲間になった。

「……すれ違いって奴だ」

 そう、俺たちはただすれ違ってしまっただけなのだ。お互いの価値観、正義感、事情。その全てを理解することなど不可能である。ましてや、気持ちなどわかるわけがない。食べ物の好き嫌いと同じだ。好きな人は嫌いな人の気持ちなど理解できないし、その逆も然り。きっと、俺は彼女たちにとってしてはならないことをしてしまったのだ。

「そう。何とかできるの?」

「無理だな」

 俺は確かに間違えたのかもしれない。でも、俺自身その間違いを認めていない。俺は正しいことをしたと思っている。だからどうすることもできない。間違えた個所を知らないと赤ペンで修正することすらできないのだから。

「そう……人と人との繋がりって呆気ないものね。簡単に壊れてしまう」

「だが、結ばれもするのだよ、雪ノ下。諦めるにはまだ早い」

 ドアを開けながら語る平塚先生。部室を一瞥し俺の方を見て目を細めた。

「……授業の時にも少し気になってたのだが、どうして怪我を負っている? 青春でも謳歌したのか?」

「俺に青春なんて似合いませんよ。階段から落ちたんです」

 魔物との戦いで怪我をしましたとか言えるわけない。

「後先生、ノックを……」

「それにしても由比ヶ浜が来なくなって1週間。サイは数日か」

 雪ノ下の言葉を無視して先生は意外そうに呟く。因みにサイは部室に来ないだけで学校の敷地内に潜んでいる……と言うよりそこの窓から見える屋上でこちらを監視している。部室に来ない理由はわからないが。

「今の君たちなら自力で何とかすると思っていたが……ここまで重症だったとは。さすがだな」

 その先生の言い方に俺は何故かイラッとしてしまった。理由はわからない。でも、『どうして、自分の過ちに気付かないのか? 今のお前なら気付けるはずなのに』と言われているような気がしたのだ。

「先生、何か用事があったのでは?」

「ああ、そうそう。比企谷。以前、君には言ったな。例の勝負の件だ」

 確か、どっちがより人に奉仕できるかという勝負だったはずだ。魔物とか色々あって忘れていたわ。

「その勝負で新しいルールを設けようと思ってな。その名もバトルロワイヤル!」

 平塚先生はドヤ顔で言い放つ。しかし、俺たちは何の反応も示さなかった。だって、この人のテンションに付いていけないんだもの。

「……ん、んん! とにかく! この勝負はバトルロワイヤルルールを適用する。もちろん、共闘するのもあり。裏切るのもあり。はたまた弾丸で相手を論破するのもあり」

 あ、先生あのゲームやったんだ。結構、先生の趣味って古いから意外だわ。

「と言うことは、比企谷君が圧倒的に不利になると思いますけど」

「だよな」

 だって、普通に想像出来るもん。俺VS.後2人とか。大人数なんて卑怯だぞ!

「私はそう思わないがな。それに今後は新入生部員の募集も積極的に行っていく。まぁ、勧誘するのは君たちだが。自分たちの手で仲間を増やすことは可能だ」

「どちらにしても比企谷君には不利なルー……」

 そこでハッとする雪ノ下。なんか語尾に『ルー』を付ける萌えキャラみたいになってるけど。ちょっと可愛いと思ってしまった俺が憎い。

「……しかし、勧誘をだらだら続けるのも面倒だろう。そこで、次の月曜日までにやる気と意志を持った者を確保して人員募集したまえ」

「月曜までって……出来るわけがない」

「それは違うよ!」

 先生がその台詞言っても全く似合わないのですが。ほら、いきなり口調が変わった先生を見て雪ノ下が訝しげな顔になっているじゃないですか。

「……比企谷、お前はこの部活に入ってどれぐらいになる?」

「え? 普通に2か月じゃないですか?」

「ああ、そうだ。2か月だ。お前はそれを聞いて長いと思ったか? 短いと思ったか?」

「……」

「さて、そろそろ部活を終えるとしよう。今日は帰って作戦でも練ることだ」

 そう言って先生は俺たちを部室から追い出して施錠する。

「平塚先生。一つ確認なのですが『人員補充』をすればいいんですよね?」

「その通りだよ、雪ノ下」

 雪ノ下の質問に頷いて先生は去っていく。頷いた時の先生は少しだけ笑っているような気がした。

「それでどうするんだ?」

「勧誘なんて一度もしたことないけれど、入ってくれそうな人なら2人ほど知ってるわ」

 え、こいつぼっちじゃなかったの。そんな人がいるなんて聞いてない。あ、もしかして。

「戸塚か? 戸塚なんだよな? 戸塚と言ってくれ」

「彼も入ってくれそうだけれど、違うわ。もっと簡単な方法があるでしょ」

 簡単な方法? お金で買収?

「本当にわからないの? 由比ヶ浜さんとサイさんよ」

「は? だって、由比ヶ浜はやめるんだろ? それにサイは元々、部員じゃない」

「だったら入り直せばいいし。先生は人員補充と言ったの。つまり、部員じゃなくてもいいのよ」

 一瞬納得しかけたが、サイに関しては完全に揚げ足取りだ。そんなんで大丈夫なのかしら?

「とにかく、私はいつも通りの由比ヶ浜さんが戻って来る方法を考えるからサイさんは任せたわ」

「お、おう……に、してもえらいやる気だな」

 『人員補充? 私1人で十分だと思いますけど。そこの生ごみも焼却炉に入れておいてください』とか言うもんだとばかり思っていた。

「ええ、最近気付いたのだけれど、この2か月……それなりに気に入っているのよ」

「……」

 2か月。奉仕部に入れられて、サイと出会って、魔物の王を決める戦いに巻き込まれて。もうそれほどの時間が過ぎた。

 放課後になって部室に入ると雪ノ下雪乃が本を読んでいる。そして、由比ヶ浜結衣が嬉しそうに足をパタパタさせながら携帯を弄ったり、雪ノ下に向かって話をしている。俺の膝の上で楽しそうに本を読んでいるサイは時々、俺の顔を見上げてニコッと笑う。それを見て俺は呆れたような笑みを浮かべ、それに対して雪ノ下と由比ヶ浜に罵倒される。

「……ああ。そうかもな」

 たった2か月。されど2か月。俺にとってこの2か月は意外にも楽しいと思える期間だった。そして、長いとも思った。毎日がそれなりに楽しかったから。

「あら、意外。貴方がそう思っているなんて」

「俺だって吃驚してるぞ。ぼっち力が低下してるからそろそろ修行しないと駄目かもしれん」

「修行する時間があったらサイさんと仲直りしなさい」

 俺とサイは喧嘩などしていない。すれ違ってしまっただけだ。

 それが今回の問題点なのである。

 俺は正しいことをした。サイはそれで傷ついた。

 サイは部室に来なくなった。俺はそれを寂しいと思った。

 つまり、俺が自分の身を挺して大海を助けたことが間違っているのか。それを見て傷つき、部室に来なくなったサイが間違っているのか。それがわからないから俺たちはすれ違ってしまったのだ。お互い、自分が正しいと思ったことをしたのだから。

 もしかしたら、どっちも間違っているのかもしれない。どっちも合っているのかもしれない。でも、一つ言えるのはこのまま黙っていても何も変わらないことだ。

「じゃあ、先帰るわ」

「ええ、わかったわ」

 俺と雪ノ下は部室前で別れる。部室を出る前、屋上を見たら彼女の姿はなかった。急いで合流しよう。そして――。

(まずは……)

 ――サイと一緒に考えよう。俺たちの間違いについて。

 




念のために言いますと彼はまだ自分の身を犠牲にして大海を助けたことは正しかったと思っています。ただ、サイの反応を見てどこか間違っていたのではないかと考え始めている感じですね。まぁ、どこをどう間違えているのかわからないからこんな状況になっているのですが……。


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LEVEL.10 彼女は最期まで彼のことを想い続ける

長くなってしまったので途中で切りました。



 自転車に鞄を入れてサイを探そうと歩き始めた時、ポケットに入っていた携帯が震える。久しぶりに感じる振動に吃驚しながらディスプレイを見た。

「何っ?」

 そこには『☆★ゆい★☆』と書かれていて目を疑った。まさか由比ヶ浜から電話が来るとは思わなかったからである。

「……もしもし?」

 少しだけ低い声で電話に出た。彼女と話すのは久しぶりなので少しぎこちない。

『あ……ひ、ヒッキー?』

 向こうも同じようで引き攣った声音で俺を呼ぶ。いや、俺の携帯に電話したんだから俺に決まっているだろう。

「おう……何だ?」

『えっと、気のせいかもしれないけど。さっきサイちゃんを見かけたの』

「サイを?」

『うん。サイちゃん、部室にいるはずなのにどうしてこんなところに1人でいるんだろって思って……で、サイちゃんの後ろを追いかけてく2人組もなんか怪しいし』

 『2人組』という言葉を聞いて俺は頭を金槌で殴られたような衝撃を受ける。これはまずいことになった。

「おい、それはいつの話だ」

『何時くらいだろ……でも、そんなに経ってないよ。10分ぐらい前かな?』

「どこで見た?」

『学校の近くのサイゼだよ。前、サイちゃんとヒッキーが行ったって言ってたとこ』

 そこのサイゼまでここから自転車で10分ほどかかる。サイの身体能力なら不可能ではない。だが、問題がある。

(どうして、俺に知らせなかった?)

 経緯は知らないが十中八九、サイは魔物と遭遇してしまい、逃げたのだろう。しかし、ずっと部室を監視していたのなら俺に伝えることもできたはずだ。それに屋上にいて魔物と遭遇することなどありえない。つまり、あいつは“自分から魔物と遭遇してここから離れるように逃げた”と考えるべきだ。

「あのバカっ……」

『え、どうしたの?』

「由比ヶ浜、そこにいてくれ。詳しい話は直接会って聞きたい」

『え!? で、でも……』

 由比ヶ浜は動揺しながら口を閉ざす。無理もない。拒絶された相手から会いたいと言われたのだ。どのような顔をして会えばいいのかわからないのだろう。俺だって“まだ”会いたくなかった。でも、そんなこと言っている場合ではない。

「頼む。嫌だと思うが、今回は我慢してくれ。サイが危ないんだ」

 どうしてあいつがこんなことをしたのかわからない。だから、直接会って話を聞きたい。魔本は俺が持っているから魔界に帰されることはないが、魔物だと言ってもサイは生きている。生きているのなら怪我などで死ぬことだってあるはずだ。あのサイでも攻撃呪文をまともに受けたら一溜りもないのだから。

『う、うん! わかった! じゃあ、サイゼの前で待ってるね!』

 俺の必死さが伝わったのか由比ヶ浜は頷いてくれる。

「ありがとう、由比ヶ浜」

 無意識の内に俺は彼女にお礼を言っていた。それはサイのことを教えてくれたからなのか、拒絶した俺に電話を掛けて来てくれたからなのか。今の俺にはわからない。でも、感謝の気持ちだけは確かである。

『え、ひ、ヒッキー――』

 何か言っていたが無視して通話を切り、自転車に乗ってサイゼへ向かった。

(サイ……待ってろよ)

 孤独を恐れる群青少女を想いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「由比ヶ浜!」

 7分ほどでサイゼに到着した俺は由比ヶ浜の前に自転車を停める。すぐに漕げるようにサドルに乗ったままだ。

「ヒッキー、早っ!? 大丈夫? すっごい息切らしてるけど」

「い、いいんだ……それで、サイは?」

「う、うん……えっと、あたしが見た時には向こうに走って行ったよ。すごい焦ってる感じだった。それでその後すぐに2人組の人がその後を追って……」

「その2人組の内、1人は子供だったか?」

「え、何でわかったの?」

 やはり、魔物だ。サイは独りで戦っている。あんなに独りは嫌だと言っていたのに。俺に一緒に戦ってくれとお願いして来たのに。あいつは独りで戦うことを選んだ。

「ヒッキー……何が起きてるの? あの2人組って悪い人たちなの?」

「……すまん。話せない」

 魔物のことは知らない方がいい。非現実的な話だしすぐに理解できないだろう。それにサイがいない今、証拠を見せられない。言ったところで信じるわけがない。

「それはあたしだから?」

 だが、何を勘違いしたのか由比ヶ浜は悲しそうに問いかけて来る。

「いや、関係ない」

「……そっか」

「由比ヶ浜……」

「何?」

「……いや、何でもない」

 彼女に声をかけるがその後が続かなかった。それは由比ヶ浜も同じようで何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。

「教えてくれてサンキュな。もう行くわ」

「ひ、ヒッキー!」

 ペダルを漕ごうとした時、左袖を掴まれて止められる。振り返ると彼女は泣きそうな顔で俺を見ていた。

「信じられないかもしれないけど……あたし、ヒッキーが事故に遭ってその原因があたしにあるから優しくしてたわけじゃないんだよ」

「……」

「だって、そんな優しさなんて優しさじゃないもん……上手く言えないけど、嫌な優しさだと思う」

 由比ヶ浜は空気を読むのに長けている。友達同士の会話を聴き、その場の空気に合わせて頷いたり発言したりする。人との関係を壊さないように“流される”。だからこそ、打算的な優しさを感じ取ることが出来るのだろう。同情や罪滅ぼしから生まれる優しさの醜さがわかるのだろう。空気を読むのは人の心を読むのと同じなのだから。今まで醜い心を何度も感じ取って来たのだ。

「……そうか」

「だから、ね……何と言うかゴメン」

「何で謝んだよ」

「だって……あたし、ヒッキーのこと何も知らなかったから」

 それは俺の台詞だ。俺は由比ヶ浜のことなどほとんど知らない。知っていることと言えば空気が読めるのと料理が少々いただけないぐらいだ。それだけで勝手に決めつけて拒絶して。勝手に彼女を傷つけた。

「由比ヶ浜、俺は――」

 そこまで言葉を紡いだ時、少し遠くの方から轟音が聞こえた。そっちはサイが走って行った方向だった。

「ッ……すまん! 後で話す!」

「ちょ、ちょっとヒッキー!!」

 確かに由比ヶ浜のことも大事だ。だが、今はサイである。由比ヶ浜を無視して俺はとある場所に向かった。あいつならあそこにいると確信していたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 視界が歪む。さすがに攻撃呪文を至近距離で受けたのは堪えた。足もふらつくし、心臓も爆発しそうなほど激しく鼓動している。

「もう諦めて本の持ち主に泣きついたら?」

 私の目の前で腰に手を当てながら言う魔物。その姿は普通の男の子に見えるが唯一、人間と違うのは額に小さな角があるところだ。

(まずい……)

 こいつの呪文は2つ。1つは口から熱線を放つ攻撃呪文。これはいい。確かに発射から着弾までのスピードは速いが軌道は読みやすいので躱せる。だが――。

「『モルパ』!」

 彼の本の持ち主が呪文を唱えると前にいたはずの魔物の姿が消える。相手の“魔力”は私の後ろに移動していた。そう、この術だ。かなり距離の短い瞬間移動の呪文。この術のせいで一瞬にして背後を取られてしまうのだ。

「くっ……」

「『ガモル』!!」

 振り返った頃にはすでに魔物の口から熱線が放たれている。この距離じゃ躱せない。攻めて直撃だけは避けないと。

「――」

 強引に体を右に倒して熱線の軌道上から逃げる。だが、左腕が熱線に飲み込まれ、私の皮膚を爛れさせた。

「あ、ああああああああッ!」

 左腕を襲う激痛に悲鳴を上げる。失いかけた意識を気力で引き戻し、地面を転がって魔物と距離を置く。

「『モルパ』!」

 しかし、その距離も一瞬で詰められる。懐に潜り込んだ魔物は私の左腕を掴んで一気に捻る。先ほどとは比べ物にならない痛みが私を襲った。悲鳴すら上げられない。呼吸もままならない。このままでは――。

(でも……)

 ハチマンだけは巻き込んではならない。メグちゃんを庇った時の彼の顔を見てそう確信した。彼は平気で自分を犠牲にできる人だ。多少、自分を犠牲にするのはいいかもしれない。でも、魔物との戦いではそれが命取りになる。いつか彼は死んでしまう。

「『ガモル』!」

 痛みで硬直してしまった私の脚に向かって熱線が射出された。逃げようにも左腕を掴まれているので逃げられない。片足だけは守ろうと左足を振り上げる。

「ッ……」

 右足に力が入らなくなり、その場に倒れてしまった。

「あーあ、無様だね。見栄を張るからそんなことになるんだよ」

 左腕から手を離し、私を見下ろしながら魔物が笑う。確かに今の私は無様かもしれない。左腕と右足は爛れ、地面に這いつくばることしかできない。でも――ハチマンを守れるのならばそれでいい。いっそのことこのまま殺してくれても構わない。元々、私は産まれてはいけない存在なのだから。

「ハ……チ」

 それなのに私は何を言おうとしているのだろうか。覚悟していたはずだ。独りで戦えばこうなると。いくら身体能力が高くても限界が来ると。わかっていたはずなのに。

 

 

 

「ハチ、マ、ン……」

 

 

 

 私は何故、彼の名前を呼んだのだろうか。

「やっとパートナーが恋しくなったの? でも残念だね。これで終わり」

「『ガモル』」

 このまま焼かれて死ぬのだろう。なら、せめて最期にハチマンにお礼を言いたかった。こんな私と一緒にいてくれてありがとう、と。

 顔を上げると魔物は口を開けようとしていた。そして、熱線が――。

「よっと」

「がッ……」

 ――放たれる直前で横から突如現れた物体に激突し吹き飛んで行った。

 




次回、決着。


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LEVEL.11 群青少女は彼を受け入れ、心の底から願う

戦闘中のBGMは『カサブタ』でお願いします。
後、今まで投稿して来た話で由比ヶ浜の一人称が『私』だったので原作通り『あたし』に修正しました。


「うおっ」

 魔物に激突した物体から聞き覚えのある声が聞こえるが、すぐにバランスを崩して騒音を立てながら倒れてしまった。

(な、何?)

 こんなところに一般人が来るとは思えない。まさかと思いながら痛む体に鞭を打ってそっちを見る。

「いって……さすがに自転車で突っ込むのは得策じゃなかったか」

「え……」

 そこには私のパートナーがいた。ここにいてはいけない人だ。このままじゃ彼はあの熱線の餌食になってしまう。

 

 

 

 でも、何でこんなに嬉しいのだろうか。彼を見た瞬間、安心したのはどうしてだろうか。

 

 

 

「ハチ、マン?」

「サイ、大丈夫か?」

 倒れている私の傍に来てくれた彼は相変わらず目が腐っていた。しかし、その目に心配の色が視える。私が生きているのを確認したからかハチマンはすぐに敵の方を見た。

「何で、何で来たの!? 貴方を巻き込まないために独りで――」

「『サシルド』」

 文句を言う私の言葉を遮って呪文を唱えた。私たちの前に群青色の盾が地面からせり上がる。

「『ガモル』!」

 その直後、敵が熱線を放ったらしく群青の盾がそれを受け流す。熱線が左右に分かれて背後へ流れていくのが見えた。そんなことより私が驚いたのは“相手の呪文よりも早く唱えた”ことである。ハチマンは相手の攻撃を予測したのだ。

「巻き込まない? 何を言ってんだお前は」

「いはいいはいいはい!」

 受け流され続けている熱線を驚愕しながら見ていると私の両頬を引っ張るハチマン。結構、本気で引っ張っているようで痛い。

「お前は俺が傷つくのが嫌なんだろ。俺だってそうだ。お前が傷つくところなんか見たくねーんだよ」

 私の頬から手を離して少しムッとした表情で彼は言う。

「でも、ハチマンは自分を犠牲にしちゃうでしょ! 傷つきそうな人がいたら助けちゃうでしょ!」

 あの時と同じように。私が止めたにも関わらずメグちゃんを助けたように。

「何勘違いしてんの? そんな自己犠牲するわけないだろ」

 しかし、私の予想とは反して彼は不思議そうに否定した。

「え、でも……メグちゃんを守るために」

「あの時はお前が楽しみにしてたコンサートが中止になるかもしれないって思って大海を庇ったんだよ。誰が好き好んで痛い思いしなきゃならん」

「私の、ため?」

「そもそも俺はぼっちだぞ。他人のために犠牲になるとかありえない」

 それは、つまり――私は他人じゃない、ということなのだろう。それがものすごく嬉しかった。そして気付いてしまった。

(私は……ただ嫉妬してただけなんだ)

 止めた私を無視して他人のために傷ついたのが許せなかった。パートナーである私より他人を優先したのが悔しかった。でも、それは全て私の勘違い。

「……もう、ハチマンってバカでしょ」

「あ? 何でいきなり罵倒されたの、俺」

 彼は本当に馬鹿だ。メグちゃんのコンサートが中止になるより貴方が傷つく方が嫌なのは当たり前なのに。

「ハチマン、お願いがあるの」

「嫌だ」

「……へ?」

 まさか断られるとは思わず、目を丸くしてしまう。こんな状況で断る人なんていない。ましてや、ちょっといい雰囲気だったのに。

「どうせ、一緒に戦ってくれって言うんだろ?」

「そ、そうだけど……嫌なの?」

 私の質問に答えずにチラリとハチマンが群青の盾を見る。受け流しやすい形だったとしてもずっと熱線を受け続けたら盾の温度が上がり、溶解してしまう。その証拠に盾が赤熱していた。あまり時間は残っていない。まぁ、相手が意地になって熱線を放ち続けてくれているおかげで彼と話せるのだが。

「お前が戦いたいって言えば戦う。お前が術を使えって言ったら呪文を唱える。今まではそうだった。それって本当に一緒に戦ってることになるのか? それでいいのか?」

 盾の様子を見ながら彼はそう問いかけて来た。

「……」

 それは私の操り人形になっているだけだ。一緒に戦っているとは言えない。私はハチマンを利用していただけだった。

「……そんなの嫌だ」

 私はハチマンと一緒に戦いたい。利用するなんて嫌だ。これからもずっと一緒にいたい。一緒に戦ってくれると頷いてくれたから。

「嫌だよ……ハチマン。私は、どうすればいいの!?」

 今までのままでは駄目だ。何も変わらない。変わらなくちゃならない。

「俺だって知らん。『一緒に』なんてこの先ずっと俺には関係ないことだと思ってたし。今更、一緒に何かするとか出来るとは思えない」

「……なら」

 私にもわからない。ハチマンにもわからない。私たちは独りでいた時間が長すぎた。間違っているとわかってもそれを修正することができない。そもそもわかっているのなら間違えない。間違っていても他人に答え合わせをお願いできない。正解を教えてくれる人がいない。答えを出せない。

 じゃあ、こうすればいい。

 

 

 

「一緒に、答えを探そ? いっぱい間違えて、いっぱい喧嘩して、いっぱい悩んで、いっぱい笑って……独りぼっちだった私たちなりの答えを見つけよ?」

 

 

 

 もう私たちは独りじゃない。私にはハチマンがいるし、ハチマンには私がいる。意見が食い違うことも、すれ違うこともあるだろう。お互いに間違えてしまうだろう。じゃあ、その度に答え合わせをすればいい。もし、答えが違ったら話し合ってお互いの意見を取り入れよう。答えすら出せなかったら2人で結論を出そう。そうすればきっと、答えは見つかる。

「……まぁ、それぐらいなら」

 私の提案を聞いたそっぽを向きながら彼は頷く。その顔には『素直になれなくてきまずい』と書かれている。

(そっか……)

 それを見て私は確信してしまった。

 “彼は生き方を変えられない”。“変えることが出来てもそれまでにすごく時間のかかる人”だと。だからこそ、捻デレ。捻くれながら人を助けてしまう、優しい人。どんなに周囲の人が嫌だと言っても自分を犠牲にしてしまうだろう。誰が何を言ったって彼は変わらないのだから。

(だからこそ、私は――願う)

 私は悔しかった。彼が鉄球に吹き飛ばされていくのを見て。

 私は悲しかった。彼が私よりも他人を優先したことが。

 私は情けなかった。守ると誓ったのにも関わらず、彼は傷ついてしまったから。

 そして、願った。どうか……どうか、私に力をください。自分を傷つけながら人を助けてしまう彼を守るために。彼に危険が迫った時、守れるように。誰よりも早く駆けつけられるように。私に、力をください。どんなに私が傷ついていても目の前でそっぽを向いている捻くれたパートナーを、彼が守りたいと願った人を守る術(すべ)をください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイの提案に頷く。でも、正直きまずかった。普通の人ならあそこで素直に頷くだろう。だが、俺はしなかった。いや出来なかった。普通に頷いてしまったら答えが見つかると――期待してしまうから。

「ん……ハチマン! 本が!」

「え?」

 手に持っていた魔本を見ると群青色に輝いていた。この光は術を使っている時の光とは違う。

「まさか」

 急いで本を開けて確認し、見つけた。

(新しい、呪文……)

「ハチマン、唱えて」

 本から顔を上げるとサイはふらつきながらも立ち上がっていた。動けないほどの怪我を負っているのに。

「お前っ……」

「大丈夫。無理はしてないよ。そんなことより私、今ものすごく幸せなの」

「幸せ?」

「ハチマンがまた助けに来てくれたから。さ、唱えて!」

「……おう」

 『サシルド』はもう限界だ。盾を消した瞬間に新呪文を唱えて決着を付けるしかない。

「行くぞ――」

「ヒッキー? どこにいるの?」

 呪文を唱えようとした時、後ろから今一番聞きたくなかった声が聞こえた。由比ヶ浜だ。

「っ……」

 そして、気付いてしまった。熱線が止んでいることに。相手は俺たちよりも早く由比ヶ浜の存在に気付いたのだ。彼女が俺の知り合いだとわかったのだろう。俺と同じ学校の制服を着ている女子が都合よくこんな人気のない場所に来るなんてあり得ないから。

(くそっ)

 魔物が攻撃を止めた理由はただ一つ。由比ヶ浜を攻撃するためだ。殺しはしないだろうが怪我させて俺に降参するように要求するのだろう。それをされたらサイは……。

「ハチマン!!」

 サイの声が俺の脳に響く。それだけで俺のすべきことを理解した。

(由比ヶ浜を助けたのは偶然だ。彼女の犬だったから助けたわけじゃない。由比ヶ浜だったから助けたわけじゃない。知りもしない人を好き好んで助けるわけがない……でも、今は……今なら彼女を助けたいを想える!)

 何故なら、俺と由比ヶ浜はすでに知り合っているのだから。

 

 

 

 

 

「『サウルク』!!」

 

 

 

 

 

「『ガモル』!」

 盾が消え、魔物の姿が見えるようになった。しかし、すでに魔物は熱線を放つ直前だった。間に合わない。

「由比ヶ浜あああああ!」

 夢中になって彼女に手を伸ばす。俺の悲鳴でこちらに気付いたのだろう。彼女は驚いた様子で俺を見た瞬間、魔物の口から熱線が放たれた。それと同時に俺の前を群青が通り過ぎる。それが何か確認しようとするが、熱線が地面を抉って小さな爆発を起こす。

「くっ……」

 爆風に煽られ、思わず両腕で顔を守ってしまう。風が止んで目を開けると由比ヶ浜がいた場所には何も残っていなかった。

「ゆい、がはま……」

 彼女は俺を追ってここに来てしまった。あんな中途半端な別れ方をしてしまったから。彼女が焼失してしまったのは全て俺の――。

「何で……」

 呆然としていると何故か魔物が顔を歪ませて呟く。彼の視線は俺の後ろに向いていた。

「何で、動けるんだッ!」

 魔物の悲鳴を聞きながら振り返る。そこには目を白黒させながら驚愕している由比ヶ浜と両足と左腕に群青色のオーラを纏わせたサイがいた。

「サイ……由比ヶ浜……」

 2人の無事がわかって安堵のため息を吐く。本当によかった。

「ハチマン、ユイをお願い」

 右足の怪我など最初からなかったような足取りで彼女は俺の前に立つ。その背中はとても頼りになった。

「……おう」

 彼女の言う通り、地面に座り込んでいる由比ヶ浜を守るように移動する。

「どうして動けるのかわからないけど……僕の瞬間移動はどうすることもできないはず!」

「『モルパ』!」

 魔物の姿が消えてサイが“いた”場所より少し後ろに瞬間移動した。こうやって常にサイの背後を取り続けていたのだろう。身体能力の高いサイでも苦戦するはずだ。

 でも、それはもう無意味である。

「シッ」

 サイの左足が魔物の右側頭部に直撃し、思い切り蹴飛ばした。不意打ちを受けた魔物は抵抗などできるわけもなく、吹き飛ばされて地面に転がる。

「すげ……」

 俺はそれを見てそう呟くしかなかった。

 相手が術を使った瞬間、サイの姿もすでにその場になかった。しかし、サイは瞬間移動などしていない。ただ目にもとまらぬ速さで移動しただけだ。しかも、先ほど放ったただの蹴りも凄まじいスピードで蹴ったのでとんでもない破壊力を持っていた。普通の人間だったら怪我じゃすまされない。

「な、にが」

 フラフラしながら立ち上がり、困惑した様子で魔物がそうごちる。

「ずっと不思議だったの。どうして貴方は『サシルド』に熱線を撃ち続けたんだろうって。瞬間移動で盾の裏側に移動すればいいのにって。そして、気付いた。貴方、“瞬間移動する時、転移先を目線で捉えていないと駄目”なんでしょ?」

「ッ……」

 図星だったのか目を見開いて顔を歪ませた。あの魔物は『サシルド』に熱線を撃ち続けて溶解させ、開いた穴を利用して転移しようとしていたのだろう。

「でも、もう諦めた方がいいよ。私は貴方が転移した瞬間に貴方の背後に回れるから」

「そんな……怪我してるのに」

「それも術のおかげでね。この術が発動している限り、“私がどんなに傷ついていたって無傷の時と同じように動ける”」

 『サウルク』。サイの移動速度を上昇させ、更に痛みや傷による動きの阻害を一時的に失くすドーピング効果を持つ術。

「例え、この体が引き千切れたって、動けなくなったってハチマンやハチマンが守りたいと願った人を守るために駆けつけられる。それがこの術の効果だよ」

 そう語る彼女は群青色のオーラを纏っている左腕を見ながら心の底から嬉しそうに微笑んだ。戦闘中だと言うことを忘れて俺はその微笑みに見とれていた。

「ふざけるな……ふざけるなああああああ!!」

「『ガモル』!」

 また魔物の口から熱線が放たれる。だが、すでにサイは魔物の懐に潜り込んでいた。

「うらあああああああ!!」

 左手をギュッと握り相手の顎にアッパーカットを放つ。群青色のオーラが下から上へと彗星のように流れた。

「ッ――」

 熱線の反動で動けなかった魔物はまともにそれを受けて口を閉じてしまう。そして、彼の術はまだ生きている。そんな中、口を閉じてしまったらどうなるのか。決まっている。大爆発だ。

「ぁ……」

 口から黒い煙を昇らせながら魔物は背中から地面に倒れる。白目を向いているのでこれ以上の戦闘は不可能だろう。

「これで終わり、でしょ?」

 自分のパートナーがやられて硬直していた本の持ち主の傍で移動してライターを突き出す。誰が見たって詰みだった。

 




次回で一度、話が区切れます。多分、由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買う描写はカットするかと。だいたい原作通りのことが起きたと思ってくださいな。


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LEVEL.12 東京わんにゃんショーには色々な人が訪れる

終わるって言いましたが、長くなったのでまだ2分割しました。


 パチパチと本が燃える音が響き渡る。すでに敵の本の持ち主は逃げていた。まぁ、魔物が消えたらどうすることも出来ないからな。

「ハチマン」

 スッと魔物が消えたのを確認してサイが俺を呼ぶ。その顔はとても晴々としていた。悩みが解消されたような顔。

「おう、お疲れ」

「うん……おつか、れ……」

 彼女が頷いた時、群青色のオーラが消え、サイはその場に倒れてしまう。

「さ、サイ!?」

 急いで駆け寄り、倒れている彼女の容態を確認する。苦しそうに顔を歪ませているが意識はまだあるらしい。

「は、はは……無理しちゃったかな」

 『サウルク』が発動している間、彼女はどんな怪我を負っていても普段の数倍速く動くことができる。しかし、怪我が治ったわけじゃない。術が解けた瞬間、一気に負荷がかかるのだろう。

「大丈夫か?」

「うん。少し休めば元気になるよ。さすがに怪我は2~3日かかるけど」

 逆にこの怪我が数日で治る方がすごいのだが。俺たちが初めて一緒に戦った時の傷も数時間で完治していたし。やっぱ、魔物の治癒力ってすげー!

「寝てろ。家まで運んでやるから」

「……うん」

 限界だったのかサイは素直に目を閉じて眠ってしまった。寝息を立てている彼女を横抱きにして立ち上がる。気絶しているので負んぶだと俺にぶら下がることになる。それに負傷している右足を曲げなくてはならない。まだ横抱きの方が負担はかからないだろう。サイ、軽いし。

「ヒッキー……」

 後ろから由比ヶ浜の震えた声が聞こえた。そう言えばいたな。

(……あれ、やばくね?)

 無我夢中だったから忘れていたが、由比ヶ浜に全てを見られた。言い訳しようにも実際に相手の魔物は熱線を放っていたし、サイだって人間が出せないスピードで移動していた。

「あー……その」

 どうしたもんかと振り返ると由比ヶ浜は俺たちを見て酷く困惑していた。無理もない。目の前で非現実的な戦いが繰り広げられていたのだから。

「なにこれ……意味わかんない。ヒッキーが変な言葉言ったらサイちゃんが青く光って……その本も光って。あの子の口からビーム出て……本が燃えたら消えちゃって……意味わかんない!!」

 キャパが超えてしまったのだろう。彼女はその場に蹲って叫んだ。このまま放っておくのはまずい。

「由比ヶ浜……さっき言ったよな。話せないって」

「……」

「こう言うことなんだよ」

「……どういうことなの。あたしにもわかるように言ってよ」

 涙目になって俺を見上げる由比ヶ浜の目は懇願の色に染まっていた。大丈夫だって。ちゃんと話すから。

「歩きながら話す……でも」

「でも?」

「……自転車、押してくれね?」

 生憎、俺の両腕はパートナーで埋まっているので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道。俺は全てを由比ヶ浜に話した。魔物のこと。魔本のこと。サイとの出会い。これまでのこと。それを由比ヶ浜はずっと黙ったまま、聞いていた。すっかり日が暮れて周囲は薄暗い。そのせいで彼女の表情は見えなかった。

「……ヒッキーはずっと戦って来たんだね」

「いや、今まで戦った回数はさっきのも入れて3回だぞ。それにほとんどサイが戦ってるし。俺は呪文を唱えるだけだ」

「……そっか」

 そこで俺の家が見えて来た。それだけで俺はホッとしてしまう。帰って来たのだと安堵のため息を吐いた。

「じゃあ、小町ちゃん呼んで来るね」

 自転車を家の前に停めた由比ヶ浜がそう言って玄関の方に向かう。小町を驚かせないために怪我のことを説明して貰うのだ。もちろん、魔物のことは極力話さないように。これは由比ヶ浜の提案だ。

(本当に……)

 彼女は『気遣いが出来過ぎる』。すごく混乱しているのに由比ヶ浜は空気を読むことを忘れられない。

「サイちゃん!」

 しばらく待っていると小町が玄関から飛び出して来た。そして、俺の腕の中で眠っているサイを見て顔を青ざめさせる。そりゃ、左腕と右足が爛れているのだから無理もない。

「すまん……」

 無意識の内に俺は謝っていた。

「ううん。結衣さんに聞いたよ。お兄ちゃんが駆けつけなかったらサイちゃんは……ありがと、お兄ちゃん」

「怪我してるところ、一応タオルで覆っておいてくれ。俺のベッド使っていいから」

「うん」

 サイを小町に預けて自転車をいつもの場所に仕舞う。あんなに乱暴に扱ったのに少し凹んでいるだけで乗るには問題なさそうだ。

「ヒッキー」

 玄関前まで戻ると由比ヶ浜は俺に声をかけて来た。その表情は暗い。

「……何だ?」

「さっきの話だけど……もう少しだけ、考えさせて。やっぱり、いきなりだとわけわかんなくて」

「ああ……」

 それだけでもありがたい。サイは魔物。人間じゃない。それだけで恐怖し拒絶する人もいるだろう。ましてや由比ヶ浜は魔物に襲われたのだ。あの時、サイが助けなかったら今頃――。

「じゃあ……あたし帰るね」

「……送るか?」

「ううん。独りにさせて」

 彼女はぎこちなく笑うと去って行った。

「……はぁ」

 結果的に俺とサイは仲直りすることができた。まだ答えはわからないけど一緒に考えることを選んだ。

 しかし、由比ヶ浜とは余計、ぎくしゃくしてしまっている。雪ノ下が何か対策を立てているようだが、俺はそれに関わらない方がいい。これ以上、あいつとの仲がこじれたらどうすることもできないと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチマンハチマン! あれ何!? あれなんて動物!?」

「あれはペンギンだ。ラテン語で肥満って意味らしい」

「そうなんだー! ホントに太ってるー!」

「お兄ちゃんの無駄知識のせいでサイちゃんのペンギンのイメージが太ってるになっちゃったよ……」

 東京わんにゃんショー。千葉の幕張メッセで開催されている犬や猫の展示即売会である。犬や猫だけでなくちょっと珍しい動物の展示もあってなかなか楽しい。

 今朝、チラシで発見した時は小町と一緒に騒いだ。すっかり元気になったサイが首を傾げているのを見て小町が説明するとサイも目をキラキラさせて大騒ぎ。そのせいで母ちゃんに怒られた。八幡悪くないもん。東京わんにゃんショーが楽し過ぎるのが悪いんだもん。

「ハチマーン! 早く早く!」

 少し離れた場所で俺を手招きするサイ。本当に楽しそうだ。さすが東京わんにゃんショー。

「それにしても……ホントに治っちゃったねー」

 元気なパートナーの姿を見て小町が呟く。小町は俺たちに詳しい話を聞かなかった。さすがに2~3日で治るとサイから聞いた時は半信半疑だったが。

「ああ、そうだな」

「……これからもああいうことあるの?」

「……かもな」

「そっか……」

 あ、サイ転んだ。完治したとはいえ、『サウルク』の後遺症がまだほんの少しだけ残っているからあんなに騒げば転ぶだろうな。怪我をしていないなら後遺症は残らないのだが大怪我を負った時に使うとサイの治癒能力でも数日間、体を起こすことすら出来なくなる。マジで大変だった。腕すら動かせないからあーんさせなきゃ駄目だったし。小町が嬉しそうに写メ取るし。サイも嬉しそうだったし。何で俺、サイにばっかりラブコメしてるんだろう。色々間違っていると思う。

「でも、帰って来てくれるならいいよ。小町は」

 そう言う小町は笑っていた。

「……サンキュ」

「お? おお! サイなのだ! 清磨、サイがいるぞ!」

 俺のお礼の言葉を掻き消すような大声が聞こえる。そして、サイの元に駆け寄る金髪の子供の姿。

「ガッシュ? 何でこんなところに?」

 そう、大海恵コンサートで協定を結んだ1人のガッシュだ。まさかこんなところで会うとは思わず、驚いてしまった。サイも吃驚しながらガッシュに問いかけている。

「うぬ、面白そうな祭りが開かれると聞いて清磨に強請ったのだ! ティオもいるぞ!」

「そ、そう……」

 おっと、サイが人見知りを発動しているぞ。あの時は緊急だったから平気だったのか。

「あの子誰?」

 少し遠いところで話している2人を見ながら小町が聞いて来た。

「あいつはガッシュって言ってサイの……友達、かなぁ」

 あんなに仲良さそうに話すほど仲良くなったわけじゃない。協定を結んだだけだ。

「ガッシュ君の方はすっごいフレンドリーだよ?」

 だが、小町の言う通りガッシュは嬉しそうにサイと話している。サイはガッシュの勢いに負けておろおろしながらこっちをチラチラ見ている。ヘルプ出しているな、あれ。

「サイ、ぼっちだから慣れてないんだろ」

「ああ……お兄ちゃんに懐くぐらいだからね」

 それ、類は友を呼ぶ的な意味ですかね。でも、知っているかな、小町君。ぼっちは群れてもぼっちなんだよ。1+1=2でもぼっちはぼっち+ぼっち=ぼっちなんだよ。ぼっちがゲシュタルト崩壊しそう。

「ぬ? おお! 八幡もいるのか! 相変わらず、仲がいいのだな!」

「そうでしょ! 私とハチマンは仲がいいんだから!」

 俺に気付いたガッシュがサイに言うとさっきまでのおろおろはどこへ行ったのか突然、笑顔になって話すサイ。お前、本当に俺のこと好き過ぎるだろ。ちょっとキュンって来ちゃったよ。何この年の離れた親戚のお世話をしていたら『将来、お兄ちゃんと結婚する!』みたいなことを言われた時のような気持ち。まぁ、実際に言われた事なんてないけど。

「こら、ガッシュ! 勝手に歩き回るな!」

 その時、人ごみの中から1人の青年が現れる。ガッシュのパートナーである。高嶺清磨だ。それと彼と手を繋いでいるティオの姿もある。こんな人ごみだ。はぐれないように手を繋いでいるのだろう。

「清磨! サイと八幡だぞ!」

「え? あ、どうも」

「ど、どうも」

 お互い、ぎこちなく挨拶する。そりゃ、そうだろうよ。協定は結んだと言ってもサイは一度、高嶺たちを脅している。今も少し警戒しているようだし。え? 俺? 俺はぼっちだから慣れてないんだよ。挨拶って難しいね。

「こんなところで奇遇ね、サイ」

「うん、ホントに奇遇だね」

 一応、魔界で話したことがあるからかティオに人見知りは発動していないご様子。友達だったわけじゃないから単なる顔見知り程度だが。

「そうだ! サイたちも一緒に見て回らぬか? 皆で回ればきっと楽しいぞ!」

「「え……いや」」

「いいね、一緒に回ろう! あ、妹の小町です! 兄とサイちゃん共々よろしくお願いします!」

 俺とサイが同時に断ろうとするが小町に邪魔されてしまった。え、何で頷くの? めっちゃきまずいじゃん。ほら、サイだって涙目だぞ。ぼっちなめんな。

「ウヌ、よろしく頼むぞ、小町! ではサイ行くぞ!」

「あ、ちょっと引っ張らないでよ!」

「ガッシュ! もっと女の子には優しくしなさいよ!」

「……はぁ」

 走って行ってしまった3人を見てため息を吐き追いかける高嶺。なんか苦労していそうな奴だな。まぁ、ガッシュの様子を見ると当たり前か。

「お兄ちゃん、これはチャンスだよ」

「チャンス?」

 追いかけようとした時、小町が俺だけに聞こえるような声で囁いた。しかし、その言葉の意味がわからず聞き返してしまう。

「サイちゃんってお兄ちゃんに依存してるでしょ? だからああやって友達と触れ合う時間を作ってあげた方がいいって!」

「あー……」

 確かにサイは俺に懐いていると言うより依存していると言った方がいいかもしれない。何故、依存しているのかはわからないがさすがに今のままではまずいだろう。

「ん?」

 その時、視界の端で黒い2本の尻尾が揺れた。反射的にそっちを見ると東京わんにゃんショーのパンフレットを持った我が奉仕部の部長様がキョロキョロしている。

「あれって……雪乃さん?」

 小町も気付いたようで雪ノ下を不思議そうに見ていた。それにしてもどうしたんだ、あいつ。迷子か? ホールの表示番号を確認してパンフレットに視線を落とした。それから周囲を見渡してため息を吐き、歩き出す。壁に向かって。

「そっち壁しかないぞ」

 思わず声をかけてしまった。だって、あのままじゃ壁にぶつかっておでこに手を当ててしゃがみこむ姿を見てしまいそうだったから。そして、見ていたところを見られて『ロリコンだけじゃなくストーカーでもあったのね、囚人谷君?』と言われそう。あれ、俺捕まるの確定してるの?

「あら、珍しい動物がいるわね」

「人をホモ・サピエンス・サピエンス呼ばわりするのやめて……俺の人間性が否定されちゃってるだろ」

「間違っていないわ」

「正しすぎるだろ……」

 迷子乃下さんはいつも通りでした。すでに心が折れそう。

「それで? 何で壁に向かって歩いてんの?」

「……迷ったのよ」

 いや、だからって壁に向かうなよ。どんだけ方向音痴なんですか。

「にしても意外なところで会ったな。何か見に来たのか?」

「……まぁ、色々と」

 少し目を逸らす雪ノ下。チラリとパンフレットを見ると猫コーナーに大きく赤丸を付けていた。猫目当てか。

「それにそれはこっちの台詞よ。こんなところに“1人”で来るなんて。てっきり家に引きこもってるのかと」

「は? 何言ってんの? 小町とサイが一緒に……って」

 振り返って我が妹の姿を探すがいなかった。神隠し?

「……幻覚でも見てたのかしら。もしくはやっと気が狂ったか」

「おい、やっとってなんだ。やっとって」

 そう言いながら携帯を確認すると小町からメールが来ていた。

『サイちゃんたちを見失いそうだから先に行ってるね! お兄ちゃんは雪乃さんとごゆっくり!』

「……だ、そうだ」

 携帯を彼女に見せて正気であることを証明する。それを見た雪ノ下は少しだけ残念そうに頷く。何で残念そうなんですかね。

「……雪ノ下」

「何かしら?」

「案内がてら少し話がしたい」

「……案内は必要ないけれど話がしたいなら仕方ないわね」

 いや、貴女絶対案内必要でしょ。おっと、思わずサイの口癖が移ってしまった。

「それじゃ、行くか」

「ええ、行きましょう。猫コーナーに」

 あ、やっぱり猫コーナーなんですね。

 




清磨が難し過ぎる件について。
いや、本当に難しいです。もう少し仲良くなればいいんですが、まだぎこちない感じだと思うのであんな風になりました。


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LEVEL.13 群青少女は彼と彼女の背中を押す

結構長くなってしまいました。
なお、話の展開は若干変わっておりますのでご注意ください。


「皆の者! よく聞け!」

 群青色の瞳を持つ少女が目の前にいる彼女の部下たちに向かって叫ぶ。

「今、我々は窮地に陥っている。それは大将である我の責任だ。しかし、まだ負けたわけではない! 行け、今こそ我々の本当の力を見せる時だ! さぁ……かかれええええええ!!」

 彼女の絶叫に激昂する部下たち。そして、目の前にいるガッシュに向かって突撃した。

「ぬおおおおおおお!! サイ、やめるのだ!! やめるのだああああああ!!」

 戦いにおいて力量差や大きさは確かに重要だ。しかし、最も大事なのは数である。大勢で襲い掛かって来られたガッシュはなす術もなく群青少女の部下たちに蹂躙された。

「ふっ……我の指揮力にかかればこのぐらい造作もない。さて、次は……」

「ひっ」

 群青少女が次の標的に選んだのは小町だった。普段の群青少女とは全く違った雰囲気に涙目になっている。その時点で勝負はついていた。

「かかれええええええ!」

「きゃあああああああ!」

 小町、敗退。これで残ったのはティオのみだ。だが、ティオは腕を組んで余裕をかましていた。

「サイ……確かにアンタの指揮力はとんでもないものだわ。まさかそんな才能まであるとは思わなかった。でも、どれだけ数が勝っていようと私には通用しな――」

「かかれええええええええ!」

「きゃあああああああ!」

「……ほどほどにしとけよ、お前ら」

 いや、全くその通りだよ高嶺君。本当に何やってんの、あいつら。

「あれは……小町さんとサイさんよね?」

「……ああ、そうだな」

 猫コーナーまでもう少しというところでふれあいコーナーにて騒いでいるサイたちを見つけた。それにしてもサイ、すごいな。ハムスターやウサギを統一しているぞ。ガッシュにはフェレット。小町にはウサギ。ティオにはハムスターが群がっている。高嶺は避難したのか柵の外でカメラを構えていた。多分、ティオに写真を取るように言われたのだろう。おお、今度はハムスターに曲芸をさせ始めたぞ。ハムスターがチューチュートレインしてる。

「まるでサーカスね」

「サーカスってレベルじゃねー。ほら、なんか一匹のウサギを持ち上げて話してるぞ。相槌も打ってる」

「動物の言葉がわかるのかしら……」

 そう言えばサイは時々カマクラとにらめっこしていることがある。あれ、会話してたのか。何でできるんだろう。魔物だからか?

「ティオ、この子耳の裏をくずぐられるのが好きなんだって」

「え? ホント?」

 どうやら本当に会話できるようでサイの言う通り、ティオがウサギの耳の裏をくすぐると気持ちよさそうに目を細めた。

「ガッシュ、その子苦しがってる。離してあげて。後、高いところが好きだから頭の上に乗りたいみたい」

「ぬ? そうか。これでいいかの?」

「コマチ、今持ってる子ばかりじゃなくて足元にいる子も構ってあげて。そろそろ我慢できなくなって飛びかかられるよ」

「いやいや、そんなまかきゃあああああああああ!」

 サイさん、無双。高嶺も唖然としている。もちろん、俺と雪ノ下もだ。

「ん? はいはい、わかったわかった。ここが気持ちいいんでしょ?」

 よしよしとハスムターの頭を撫でるサイの微笑み。それがとても絵になっていた。俺はその光景に思わず、見とれてしまう。どこか儚げで一瞬でも目を離せば消えてしまいそうだったから。

「……そろそろ行くか」

「声かけなくてもいいの?」

「邪魔するのも悪いだろ」

 俺、小動物に嫌われるんだよ。近づいてもすぐに逃げられる。この目か? この目から何か威圧的なオーラが噴出しているのか?

「ええ、そうね。邪魔にしかならないもの」

「そこまで言ってませんよ、雪ノ下さんや」

 何、俺の存在ってそんなに邪魔なのかしらん。そろそろ自分の存在価値が……いや、サイと一緒に答えを見つける約束したからまだある。まだ、俺のライフフェイズは終了してないぜ?

「そんなことより早く猫コーナーに……」

 そこまで言いかけで言葉を失くす雪ノ下。一体どうしたのだろうと彼女の視線を追うと犬ゾーンの文字が目に入った。

「……念のために言っておくがここ子犬ばっかだぞ?」

「子犬の方が……い、一応言っておくけれど苦手ではないのよ? あまり、得意ではないってだけで」

「それを苦手って世間では言うんだけどな」

「それぐらい誤差範囲よ」

 さいですか。

「ところで……比企谷君は、犬派?」

「無派閥だ。派閥とか入らないって決めてんだよ」

「入れて貰えないの間違いではなくて?」

「もうそれでいいから行こうぜ」

 ずっとゲートの前で立ち止まっていたら他の人の迷惑だ。もしいちゃもんとか付けられたら財布を差し出す自信がある。大声でサイを呼んだらハムちゃんたちと共に駆けつけてくれるかな。『サウルク』使うのも視野に入れておこう。

「てっきり犬派だと思っていたけれど……」

「はぁ? 何で?」

 後ろで呟いた彼女に問いかける。何がどこをどうやってそうなったのん?

「……あんなに必死だったからよ」

 彼女の答えは俺に理解出来ないものだった。俺が必死になったのは戸塚のテニス勝負の時とこの間のサイと仲直りした時ぐらいだ。

「あ、そうだ。サイと仲直りしたぞ」

 わんわんゾーンと書かれたゲートを潜り抜けながら報告する。ふれあいコーナー辺りで言おうと思っていたのだが、思わぬ伏兵のおかげで忘れていた。

「そう……まぁ、さっきの様子を見てだいたい察していたわ。でも、なんですぐに来なかったの?」

「色々あってな。だが……その。問題が発生した」

「問題?」

「……由比ヶ浜と余計こじれた」

「はぁ。貴方は本当にごみ……じゃなかったゴミね」

 何の変化もないんですが。真のごみってこと? そろそろ焼却処分されそう。

「だから……お前が何か対策立てても俺は関わらない方がいいと思う」

「……どうしてそうなるのかしら?」

「……色々あったんだよ」

 今、由比ヶ浜と会えば絶対、あの時のことを思い出すだろう。あれは由比ヶ浜に取って思い出したくもない記憶だ。下手したら死んでいたのだから。

「確かに顔を合わせ辛いと思うけれどそんなこと言っている場合ではないわ。実は――」

 彼女が何か言おうとするがその時、トリミングコーナーから一匹のロングコートのミニチュアダックスフントが欠伸をしながらとことこと歩いて来る。飼い主の姿はない。

「さ、サブレ! って、首輪壊れてるし!」

 飼い主らしき人の制止の声で一瞬だけ止まるミニチュアダックスフントだったが無視してこちらに向かって駆け出した。

「ひ、比企谷君……い、ぬが……」

 俺の背後にいつの間にか回り込んでいた雪ノ下が声を震わせてあわあわしていた。珍しい。まぁ、放っておいたら後々面倒だと思うのでミニチュアダックスフントの首根っこを押さえた。カマクラで慣れているからこの手の動物を捕まえるのは得意だ。

 犬は悲しげな声で鳴くが俺を見上げて匂いを嗅ぐ。そして、凄まじい勢いで俺の指をぺろぺろしだした。まさか舐められるとは思わず手を離してしまう。

「あ、バカ。手を離したら……」

 雪ノ下が焦ったように言うが件の犬は逃げることなく俺の足元にじゃれついてからおもむろに転がった。俺に腹を見せてはっはっと舌を出している。

(懐きすぎじゃねーか?)

「この犬……」

「ごめんなさい! サブレがご迷惑を!」

 駆け付けた飼い主が犬を抱き上げて頭を下げた。そして露わになる纏められたお団子髪。これはまさか。

「あら、由比ヶ浜さん」

 雪ノ下が声をかけると飼い主は不思議そうな表情で顔を上げ、目を丸くする。

「へ? ゆ、ゆきのん?」

 そのまま機械的に隣にいた俺を見て顔を強張らせた。

「あ……ヒッキー」

「……うす」

 俺たちの間に嫌な空気が流れる。だが、俺は少しだけ安心していた。由比ヶ浜の目には困惑の色しかないからである。拒絶は視えない。それだけでも十分だった。

「こんなところで奇遇ね」

 俺たちの空気なんかお構いなしに雪ノ下が由比ヶ浜に話しかける。もうちょっと空気詠むこと覚えようか。由比ヶ浜の爪の垢を煎じて飲ませたい。そして、由比ヶ浜には雪ノ下の爪の垢を煎じて飲ませたい。俺はMAXコーヒーが飲みたい。

「そ、そだね。ゆきのんと……ヒッキーも。でも、なんで二人一緒なの? め、珍しいよねー」

 チラリと俺の方を見て目で語りかけて来る。『ゆきのんはあのこと知ってるの?』と。俺は小さく首を振る。伝わったようでホッと安堵のため息を吐いていた。やはり、あのことは由比ヶ浜にとって嫌な思い出になっているようだ。

「……由比ヶ浜さん」

 さすがに俺たちの間に生まれた亀裂に気付いたようで雪ノ下は由比ヶ浜を呼んだ。

「私たちのことで話があるから月曜日……部室に来てくれないかしら?」

「……あんまり、行きたくないかも」

 犬をキュッと抱きしめる由比ヶ浜の表情を見ることはできなかった。

「……私、こういう性格だから上手く伝えられなかったのだけれど……貴女にはきちんと伝えておきたいから」

「……うん」

 由比ヶ浜は短く頷いてそのまま踵を返して去っていく。それを俺たちは黙って見送った。

「由比ヶ浜に話ってなんだ?」

 彼女の姿が見えなくなって雪ノ下に質問する。サイのことではないのは確かなのだが。

「6月18日、何の日か知ってる?」

「……祝日じゃないのは確かだな」

「由比ヶ浜さんの誕生日よ……多分」

 少し自慢げに答えを発表する雪ノ下だったが、語尾に余計な物が付いていた。

「多分、なのか?」

「ええ、アドレスに0618って入っていたから、多分」

「確認は、してないよなぁ」

 そんなコミュ力、こいつにあるとは思えない。俺にもないけど。

「だから、誕生日のお祝いをしてあげたいの。例え、今後由比ヶ浜さんが奉仕部に来ないにしても……今までのお礼は言いたいから」

 雪ノ下にとって由比ヶ浜は初めてできた友達なのだろう。だから、感謝を伝えたい。そして、彼女たちが築き上げた友情を失くしたくないのだろう。

「……俺、いない方がいいんじゃないか?」

 もちろん、サイもだ。俺とサイは今の由比ヶ浜にとって爆弾の導火線に等しい。今はまだ拒絶していないが、いずれそうなるかもしれない。

「いえ……貴方も奉仕部の一員。一緒に祝う義務……いえ、そんな言葉で縛るのは駄目ね。一緒に祝う権利があるの。そして、サイさんにも」

「……」

 俺は彼女の言葉を聞いて少し驚いた。この2か月、俺たちはあの狭い部室で時間を共有した。だが、まさかここまで雪ノ下がこの関係を崩したくないと思っているとは思わなかった。

(俺は……)

 どうすればいいのだろう。その答えは見つからない。

「だから、その……つ、付き合ってくれないかしら?」

 思考の海にダイブしていると不意に雪ノ下がか細い声で囁く。

「……は?」

 それに対して俺は首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと由比ヶ浜の誕生日プレゼントを一緒に買いに行く誘いだった。混乱していた俺は頷いてしまい、雪ノ下と小町と共に買い物に出かけた。サイはガッシュたちと遊ぶ約束をしてしまったらしく、少し悔しそうに朝早く遊びに行った。さすがに遠いからな。

 その誕生日プレゼントを買う過程で様々なことがあった。小町の失踪。パンさんのぬいぐるみを取ったり、雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃に遭遇したり。まぁ、俺も雪ノ下もプレゼントを買えたからいいとしよう。雪ノ下はふりふりのエプロン。俺は犬用の首輪。

「ねぇ、その荷物は何かしら?」

「……別に何でもねーよ」

 俺の手にあった小さな箱を見て雪ノ下は首を傾げているが何となく答えたくなかったから誤魔化した。見られたら買った理由も話さなきゃならなくなる。

 そして、月曜日。誕生日会をやろうとしたのだが、材木座の依頼のせいで遅くなってしまった。部室に着いて窓の外を見ると夕日が東京湾へとゆっくり沈んでいくところだった。

「けど、どうしようかしら……せっかくケーキを焼いて来たのに」

「へ? ケーキ?」

「ああ、まだ話していなかったのよね。今日は由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしたくて呼んだのよ」

「誕生日……あ」

 忘れていたのか由比ヶ浜は口を開けて声を漏らした。まぁ、最近色々あったからな。自分の誕生日まで気が回らなかったのだろう。

「ハチマン、私プレゼント用意してないよ?」

「お前は俺と一緒ってことにするから安心しろ」

「うん、ありがと」

 他の2人に聞こえないように会話する。『俺と一緒』というのが嬉しかったのかサイは幸せそうな笑顔を浮かべていた。やだ、この子天使。いや、妖精かな。

「ゆきのん、ケーキも焼けるんだ!」

「ケーキだけではないのだけれど……」

「まさか、プレゼントも!?」

 雪ノ下のコミュ力の低さを知っている由比ヶ浜は目を丸くして驚愕していた。無理もない。俺だって驚くよ。

「……私だけが用意しているわけではないわ」

「え……それって」

 それを聞いて今日、初めて俺たちと目を合わせる由比ヶ浜。まだ、その瞳は拒絶ではない。

「あ、あはは。まさかヒッキーたちもプレゼント用意してくれてるなんて……その、少し微妙だったし……」

「……ああ、そうだな」

 俺たちはすでに前のような関係には戻れない。すでに知ってしまったのだ。それを消すことはできない。だから――。

「……別に、誕生日だからってわけじゃない」

「え?」

 戻れないのなら――。

「少し考えたんだけどよ。これで……チャラってことにしないか?」

 ――終わらせてしまえばいい。

 由比ヶ浜が拒絶しないのは俺が事故に遭う原因があるからだ。罪悪感で拒絶できずにいる。こいつは気遣いが出来過ぎるのだ。

 もちろん、こんなの間違っているとは思う。俺ですら気付くような間違いだ。でも、こうでもしないとこいつはいつまで経っても俺たちから目を逸らすことができない。

「だいたい、お前に気を遣われるいわれがないんだよ。怪我をしたのだって相手の入ってた保険会社から金貰ってるし。弁護士とか運転手とかが謝りに来たらしいし」

 これでいい。由比ヶ浜を楽にしてやるにはこれしかない。そのせいで雪ノ下に友達がいなくなっても、部室に前のような騒がしさがなくなっても……由比ヶ浜が壊れるのを防げるのならそれでいい。

「それに……由比ヶ浜だから助けたわけじゃない」

 その言葉を聞いた由比ヶ浜は顔を俯かせてしまう。

「俺が個人を特定して恩を売ったわけじゃないからお前も個人を特定して恩を返す必要はないんだ。けど……今まで気を遣ってくれた分とか迷惑をかけた分は返しておきたい。だから……これで終わりだろ」

 そう、これで終わるのだと思っていた。でも、それは間違っていた。

 

 

 

「それは違うでしょ」

 

 

 

 そんな声が部室に響く。振り返るとサイが笑っていた。その顔は『難しい問題の答えがわかった子供』のようだった。

「ハチマンの言う通りだよ。ユイの犬を助けたのはただの偶然。でもね」

 

 

 

「この間は、ユイを助けたいって心から想ってたよ」

 

 

 

「ッ……」

 由比ヶ浜は信じられないことを聞いた様子で俺を見つめた。俺だって驚いている。誰にも話していないのにサイが知っていたからだ。

「伝わって来たんだ。『ユイを助けたい』って。だから私もユイを助けられた。ハチマンが事故に遭った時はまだハチマンとユイは出会ってなかったけど今は違う。2人はもう出会って、知り合ってるんだよ」

「……ええ、その通りよ」

 サイの言葉に続いたのは雪ノ下だった。

「貴方たちは始め方を間違えただけ……いいえ、始まった時を勘違いしてただけよ。比企谷君が事故に遭った時はまだ始まってすらいなかった。貴方たちの始まりは貴方たちが知り合った時なの」

 俺と由比ヶ浜は黙って雪ノ下の言葉を聞いていた。

「だから、終わり方も勘違いしてるだけ。きっと、その終わり方を見つけるのは大変だと思うけれど、ちゃんと見つけられるわ……貴方たちは」

 そう言った彼女は穏やかで寂しげな笑顔を浮かべる。その瞳が何を映しているのか、俺にもわからなかった。

「じゃあ、私は平塚先生に人員補充の報告をして来るわ」

 そして、思い出したように言って部室を出て行ってしまった。

「……ヒッキー……サイちゃん」

 数秒の沈黙の後、由比ヶ浜が俺たちを呼ぶ。彼女の目に覚悟の色が視えた。

「正直言って……まだわかんない。魔物だとか戦いだとか……やっぱ、わかんない。けど……このままじゃ嫌。また、この部室で皆と一緒にいたい」

「……いいの?」

 サイは不安げに問いかける。孤独を恐れる彼女にとって拒絶は耐え切れないことだろう。しかし、それと同時に無理をさせたくないと思っている。だから、不安なのだ。

「うん。サイちゃんはいい子だし!」

「それだけかい」

「そ、それに……ヒッキーがあたしを、その……助けたいって思ってくれたのが……う、嬉しくて」

 目を逸らしながら由比ヶ浜。聞いているこっちが恥ずかしくなりそうなのだが。

「だから……これからもよろしくお願いします」

「あ、ああ」「うんっ!」

 頭を下げる彼女に俺は戸惑いながら、サイは満面の笑みを浮かべて頷く。

 俺たちはやっぱり間違っていた。勘違いしていた。

 俺は由比ヶ浜が罪悪感で拒絶できないと思っていた。

 由比ヶ浜は俺が彼女を助けたいと願わないと思っていた。

 だから、俺は終わりにしようとしたし、由比ヶ浜は俺たちを受け入れることができなかった。

 それを群青少女が正した。俺たちの背中を押してくれた。

「……ね、これ開けてもいい?」

「お好きにどうぞ」

 俺の許可が下りたからか由比ヶ浜が包み紙を丁寧に開くとその中にあった首輪を見て目を輝かせる。だてに小町の誕生日プレゼントを買わされていない。

「ちょ、ちょっと待って」

 そう言って俺たちに背を向ける由比ヶ浜。30秒もしないうちに前髪をいじりながら顔をあげた。

「に、似合うかな?」

「……」

 いや、確かに似合うんだけどさ。それ、犬の首輪なんだよね。え、これ言わなきゃ駄目? すごく言い辛いんだけど。

「……それ、犬の首輪でしょ」

 さすが猛獣マスターサイ。すぐに気付いた。俺の口から言ったらなんか変態扱いされそうで言いたくなかったからホッとする。

「さ、最初に言ってよ! バカッ!」

 顔を真っ赤にした由比ヶ浜が包み紙を俺に投げつけた。ちょ、目に入った。痛い痛い!

「ホントに、もう! ゆきのんにこの後のこと話して来る!」

「この後?」

「もう遅いからどっかの店に行こうって。サイちゃんも来るよね?」

「うん、行く!」

 手で目を覆っている内に何か決まったようで由比ヶ浜は部室のドアを開け――。

「――ありがと。バカ」

 そう言って出て行った。

「……サイ、サンキュ」

 俺とサイ以外誰もいなくなってしまった部室で俺はパートナーにお礼を言った。こいつがいなかったら俺はまた間違えるところだった。

「ううん、気にしないで。一緒に答えを見つけるって言ったでしょ? 私が間違えた時はハチマンが正してね」

 本当に、こいつは気遣いが出来過ぎる。実際のところ、拒絶されるか心配でずっと震えていたくせに。

「ああ……だからってわけじゃないんだが……ほれ」

 鞄の中から小さな箱を取り出してサイに軽く放る。危なげなくキャッチして首を傾げるサイは俺に視線を向けた。

「その、なんだ……これからもよろしくってことだ」

「っ! あ、開けてもいい!?」

 やっとそれがプレゼントだとわかったのか目をキラキラさせて聞いて来る。ちょっと照れくさかったのでそっぽを向きながら頷く。

「これ……」

 箱を開けたサイの手にはジッポライターがあった。ちゃんと火も点く。少し高かったがこれを見た瞬間、サイに買おうと即決した。

「100円ライターじゃ嫌だろうって思って。そんなんでいいのか知らんけど」

 攻撃呪文を持たないサイにとって唯一の武器はライターだ。でも、100円ライターだとすぐに故障して点かなくなったりしてしまう。だからと言ったわけではないのだが、ジッポライターを買った。これが俺たちの絆の証になると思ったから。

「……いい」

「え?」

「すごくいい……」

 ジッポライターをうっとりした表情で見つめるサイ。子供のように喜ぶか、ごみを見るような目でジッポライターを捨てるかの2択だと思っていたので驚いてしまった。

「ハチマンが……私のために買ってくれた」

「お、おい? サイ?」

「私、幸せだよ。これ、一生大事にするね」

「お、おう……オイルの交換だけはしろよ?」

 肝心な時に点かなかったら洒落にならない。

「うんっ!」

 ジッポライターを胸に抱き、笑顔で頷くサイは夕日に照らされていてとても幻想的だった。

 




これにて第1章は終了です。
本来なら恵とティオを出す予定でしたが、やむを得ず断念。次の章で出そうかなと思っています。
後、活動報告で言おうと思いますが、1週間ほど更新が止まると思います。第1章までは駆け足で投稿して来ましたが、レポートなどがあり時間が取れない状況に陥っております。なので、1週間ほど時間をいただいてプロットを書いたり書き溜めをしたいなと思っていますのでご了承ください。


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LEVEL.14 こうして、比企谷家に彼女たちが訪れる

なんか書けちゃったので投稿します。
後、活動報告にこの小説について書いたので一度、目を通していただけると幸いです。アンケートもあります。


 初夏。どんどん気温が高くなり、学校に行くのも億劫な季節。サイ曰く、俺の目の淀み具合で今日の最高気温がだいたいわかるらしい。俺、気象予報士になろうかな。働きたくないから無理だな。

 由比ヶ浜の誕生日以来、以前のようなぎこちなさはなくなり至って平和な日々を暮らしていた。まぁ、雪ノ下に罵倒されたり、由比ヶ浜に罵倒されたり、サイにため息を吐かれることもあるけどね。

 あれから変わったことはサイが料理にハマったことぐらいだ。どうやら、“俺のために”お弁当を作りたいそうで雪ノ下に色々聞いて家で練習している。そして、つい先日、お弁当第1号が完成し、俺はいつもの場所で食べた。マジで美味かった。それからお弁当は学校生活の数少ない楽しみになっている。なっているのだが。

「……」

 その楽しみを家に忘れて来て俺は絶望していた。いくら鞄の中を探してもお弁当らしき物がどこにもないのだ。

「八幡、どうしたの?」

 珍しく教室に残っているので気になったのか戸塚が可愛らしい声で問いかけて来る。ああ、少しだけ元気出た。

「いや……弁当忘れた」

「お弁当? そう言えば最近、八幡お弁当だったね」

「ああ……」

 せっかくの戸塚とのお喋りなのに返答ができない。俺の中でサイのお弁当はそれほど大きい存在になっていたということか。サイ、家に帰ったらちゃんと食べるから許してくれ。

「今、食べてくれなきゃ許してあげなーい」

「……」

 何で目の前にサイがいるんでしょうかねぇ。おかしいですねぇ。ここ、学校ですよねぇ。ニヤニヤ笑ってお弁当持って俺を見てるのは何ででしょうかねぇ。そして、俺が呆然としている間に膝の上に乗るの止めて貰えませんかねぇ。

「は、八幡! この子は?」

 さすがの戸塚も目を見開いて驚いていた。そりゃ、いきなり小学生みたいな奴が教室に現れて俺の膝を占領すれば驚くわ。

「俺の親戚みたいな奴。今、家で預かってんだ……おい、勝手に来るなって言っただろ」

「だって、今日はティオたちと遊ぶ約束してなかったし。家にお弁当忘れるいけない子もいたでしょ?」

 首を傾げながら言われても困ります。ほら、見てみろよ。教室にいる全員がお前を見ているぞ。『え、何あの人……幼女、攫って来たの?』。あ、これ俺に向けられている目線だわ。

「こんにちは。ぼく戸塚彩加。八幡の友達だよ」

「こんにちは。私サイ。ハチマンのパートナーだよ」

「「よろしくねー」」

 何このほわほわした空気。今すぐにでも飛んで行っちゃいそう。サイは俺の上にいるから飛んで行かないけど戸塚はまずい。急いで確保しなければ。どうやろうかな。よし、俺の背中に括り付けよう。

「あ、ハチマン! お弁当食べよ! 今日の卵焼きは自信作なんだー」

 思い出したのか俺の机にお弁当を乗せて広げ始める。ちょっとサイさん。ここじゃ目立つんでいつもの場所に移動してもいいですか?

「八幡、今日は教室で食べるの? じゃあ、ぼくも一緒にいいかな?」

「ああ、いいぜ。一緒に食べよう」

 ……あ。

 こうして俺はサイと戸塚と一緒にお弁当を食べた。その後、平塚先生を呼んでサイを引き取って貰った。だって、サイってば一緒に授業受けたいって言い出すんだもん。さすがにそれは無理だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変わったことと言えばもう1つ。

「ハチマーン。携帯貸してー」

 サイがメールを覚えた。どうやら、ティオと仲良くなったそうで結構頻繁に俺の携帯を使ってティオにメールを送っている。まぁ、実際に見たわけではない。だって、サイすぐにメール消すからフォルダに残ってないんだもの。何で消すのか聞いたら『八幡の……エッチ』って誤魔化された。前、一回だけサイがいない時にメールが来たので宛先を見たら『大海恵』と書いてあった。ティオも携帯持ってないからな。必然的にそうなる。俺と大海は一度もメールのやり取りなどしたことないが。

「サイ、楽しそうだな」

 ニコニコと笑いながらメールを打っている群青少女を見て無意識の内にそう言っていた。

「うん! 楽しいよー」

 メールを打ちながらサイ。あれ以来、魔物と遭遇していないから退屈しているかと思ったがそうでもないようで安心した。

「そう言えば……あの時、どうして魔物と接触できたんだ?」

「あの時?」

「ほら、お前が屋上で奉仕部の部室を監視してた頃だ。さすがに屋上で魔物と鉢合わせるなんてあり得ないしお前から魔物に接触したと思ったんだが」

「うん、私から接触したよ」

 メールが打ち終わったようで携帯をソファに置いて俺を見たサイは頷いた。

「どうやったんだ? 双眼鏡で見つけたとか?」

「ううん。魔力を感知したから」

「……はい?」

 魔力を、感知? そんなことできるんですか?

「学校じゃまだ習わないけどね。この1年間、トレーニングをサボってたから勘が鈍ってたんだけどあの頃になってようやく魔力感知ができるようになったの。今も前みたいにできないからもっと練習が必要だけどね」

「学校で習ってないのにできるもんなのか?」

「私は編入生だからそこら辺はわからないよ。学校に編入してすぐにこの戦いが始まっちゃったし」

 そこまで言ってサイは俺の携帯を手に持った。メールの返信が来たらしい。

「つまり、編入する前に魔力感知のトレーニングを始めたってことか」

「そういうこと。トレーニングというより……ん?」

「どうした?」

 言葉を区切って携帯をマジマジと見る彼女に問いかけた。一体、その画面に何が書いてあるのかしらん?

「ねぇねぇ。今度の休みにティオたち、家に呼んでもいい?」

「いいんじゃねーの? 親父たちは仕事だし小町もどっか出かけるって言ってたしな。でも、あんまりうるさくするなよ?」

 注意してもガッシュは聞かないだろうけど。高嶺も一緒に来てくれないかな。

「ハチマンも一緒に遊べば大丈夫でしょ」

「……ゲームぐらいしかできないぞ?」

「そう言えば、ティオってあまりゲームやったことないらしいからやろうかな。どんなゲームあったっけ?」

「あー、基本的に1人用だぞ」

 ポケットでモンスターな奴とか。

「でも、赤い帽子のおっさんがレースに出る奴もあるよね? あれでいいかな」

 そう呟きながらサイはメールを打つ。今から一緒に遊ぶのが楽しみなのだろう。頬が緩んでいる。

(小町の言う通りだな)

 今、サイには俺の他にティオやガッシュという友達がいる。まだ俺に依存しているがいずれ俺がいなくなっても大丈夫な日が来るだろう。

「……」

 その日が来るまで俺はあの群青の本を燃やされないようにしなければならない。もし、その日が来る前に本が燃やされ、サイが魔界に帰ってしまったら多分彼女は――壊れてしまうだろうから。

「ハチマン、さっきの遊ぶ約束土曜日になったから」

「おう。わかった」

 とりあえず、今はこいつとの暮らしを楽しむとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しむと言ったな? あれは嘘だ。

「サイー、ハチマーン、遊びに来たわよー!」

 土曜日。ティオたちが遊びに来る日。俺は1つだけ勘違いしていた。

「おはよう、八幡君」

「お、おはようございます……」

 ティオたちの『たち』はガッシュではなく――。

「ティオ、メグちゃん! いらっしゃーい!」

 ――あの人気アイドルの大海恵だったのだ。眼鏡を装備して俺に笑顔を向けている。ま、眩しい。

(何? 何この状況)

 家にいたらアイドルが遊びに来たでござる。いや、落ち着け。そう、ここは俺の家ではない。サイの家に遊びに来たのだ。俺はただの同居人。きっと、サイは俺の部屋で遊ぶはずだからそこに案内して飲み物とお菓子を持っていけばリビングに避難することは可能である。さすが俺。完璧なさくせ――。

「ほら、ハチマン! 私、お菓子と飲み物持って行くから部屋に案内して!」

 よりにもよってパートナーに作戦を潰されるとは思わなかった。

「お、おう……じゃあ、付いて来てくれ」

 自分の家のはずなのに緊張しながら2人を俺の部屋に案内する。サイ、早く助けて。『サウルク』唱えちゃいそう。

「へぇ、結構綺麗にしてるのね」

 部屋に入ったティオが感心したように呟く。まぁ、置く物がないからな。

「まぁ、適当に座ってくれ……」

 サイが用意していたのだろう。部屋の隅に置いてあった座布団を2枚取って渡した。受け取ったティオはテレビの前に座布団を置いてキョロキョロと辺りを見渡している。それを大海が苦笑いを浮かべながら見ていた。

「ごめんね。ティオってばあんなにはしゃいじゃって。よくガッシュ君の家に遊びに行くんだけどやっぱり一番仲良しなのはサイちゃんだから」

「そ、そうなんすか……」

 俺、アイドルと会話してる。後で小町に自慢しよう。あ、信じて貰えないわ。

「緊張してるの?」

 目を逸らしているとそちらに回り込まれて俺の顔を覗き込んで来る大海。や、やめてー! ぼっちの目を見ないでー! 目と目が合う瞬間、好きだと気付いちゃうからー!

「そ、の……まぁ、はい」

「そんなに緊張しなくてもいいんだよ? 今日はティオの保護者として遊びに来たんだから」

「ハチマーン! ドア、開けてー!」

 サイさん、遅いですよ! 俺、もう限界だったんだよ!

「あ、ああ!」

 大海から逃げるようにドアへ向かい、出来るだけゆっくり開けた。少しでも時間を稼ぐ。

「お待たせー! 冷蔵庫の中から飲み物出すの手間取っちゃって」

 身長が足りないから椅子を運ばないと冷蔵庫の上の段から物を取り出せないのだ。いつも冷蔵庫の中身を取る度に俺に抱っこを要求して来る。両手を挙げて『だっこー』とお願いして来るのだ。お兄ちゃん、頑張っちゃうぞーってなるよね。でも、サイさんならジャンプして取れそうだよね。この前、俺の肩にジャンプで跳び乗って来たし。もちろん、俺が立っている状態でだ。

「ありがと、サイ……で、その」

 サイが床に飲み物とお菓子を乗せたお盆を置くのを見ながらティオがもじもじとしている。どうしたのだろうか。

「ゲーム、でしょ?」

「そ、そうよ! 早くやりましょ!」

「今準備するからちょっと待ってねー」

 興奮気味のティオを抑えながらサイはテキパキとゲーム機とテレビを繋ぐ。

「仲良さそうね」

 いつの間にか俺の隣にいた大海が嬉しそうに呟く。気配を全く感じなかった。こいつ、忍者か。

「そ、そうっすね……」

「……ねぇ、八幡君。少し、話がしたんだけどいいかな?」

「はい?」

 呆然としながら隣にいる大海を見ると彼女は真剣な目で俺の目を見つめていた。

「……じゃあ、リビングで」

「うん、わかったわ」

 俺と大海はゲームを操作しているサイとそれを見て目をキラキラさせているティオに声をかけてからリビングに向かった。

 




次回、八幡と恵の会話。


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LEVEL.15 大海恵は彼の目を見つめる

この前、第1章終了と言ったな? あれは嘘だ。

書き終わってみてものすごくいい感じに終わったのでこのお話で本当の第1章、完結とさせていただきます。

なお、恵の台詞、八幡の言動に違和感を覚えるかもしれませんのでご了承ください。


 リビングに着いた俺は大海をソファに座らせ、飲み物の準備をする。大海には普通のコーヒー、俺には――。

「れ、練乳?」

 偽MAXコーヒー用の練乳を見て彼女は顔を引き攣らせて問いかけて来る。

「コーヒーに入れるんだよ。いるか?」

「遠慮しておく……」

「勿体ない」

 ドン引きされた。でも、美味しいんだよ? 偽MAXコーヒー。じゅるると練乳を入れていると不意に大海が噴き出す。

「何だよ」

「ううん。もっととっつきにくい人かと思ったけどそう言うところもあるんだなって」

「俺は基本、ぼっちだからな。普段は人避けオーラを放ってんだよ」

 放ちたくない時も何故か放ったままだけど。この能力、いつになったら解除されるんだろう。

「……やっぱり」

「は?」

 大海の呟きは何か確信を得たようなものだった。しかし、今の会話から何を得たのだろう。俺のぼっち力を自慢しただけなのだが。

「それにしても、緊張はもうしてないのね」

「真剣な話なんだろ?」

「……まずはお礼を言わなきゃね。あの時はありがとう」

 コンサートの時の話だろう。大海は頭を下げてお礼を言った。

「いや、気にすんな」

「気にするに決まってる。私のせいで怪我して……それで」

 そこで言葉を区切る。彼女は今までずっと気にしていたのだろう。俺が怪我をしたことでサイが壊れそうになったのを。

「サイは大丈夫だ」

「……私、あの時のサイちゃんが怪我をした親犬を守ろうとする子犬に見えたの」

「子犬?」

「どんなに強い敵にも親を守るために自分の身を擲つ様な……八幡君を守るためだったらどんなことでもしてしまいそうな」

 大海の目が揺れる。その瞳に不安の色が視えた。

「それに八幡君も」

「俺、が何だよ」

「私を助ける時、何の躊躇もしてなかった。それが運命だって悟ってる感じで」

「……」

 こいつは、人を良く見ている。あの一瞬でそこまでわかるなんて。でも、一つだけ違う点がある。

「俺は別にお前を助けたわけじゃない」

「え?」

「お前が大怪我をすればサイが楽しみにしてたコンサートも中止になる。だから俺はお前を助けた。それだけ」

 そう、たったそれだけ。確かに俺はあの時、間違えてしまった。結局、怪我をした俺を見てサイは傷ついた。だが、俺の行動は全て、サイのためだ。それだけは間違いない。

「……そっか。あなたたちはお互いを信頼してるんだね」

 俺の言葉を聞いた大海は少し嬉しそうに微笑んだ。まだその顔から心配の色は消えていないが。

「でも、だからこそ……あなたたちはパートナーを助けるために自分を犠牲にするんじゃないの?」

「っ……」

 俺はサイのために大海を助けた。

 サイは俺を巻き込まないために死ぬ覚悟で魔物と戦った。

 そして――『サウルク』。サイがどんなに傷ついていてもそれを誤魔化して普段の何倍ものスピードで動くことのできる術。つまり、サイは願ったのだ。そう言う力を。

 もし、俺の身を犠牲にしてサイを助けられるなら――俺は躊躇することなくサイを助ける道を選ぶだろう。

「サイちゃんはまだ魔物だから……体は頑丈だし、ティオが言ってたけど魔界じゃ戦闘能力もずば抜けてたみたいだから多少の無茶はできるよ? でもね? 八幡君は人間なの。魔物の攻撃を受ければ簡単に怪我をするし、下手をすれば死んじゃうの」

「……」

「パートナーを大事に想うのはいいことだけど。助けるのと無茶をするのは別。自分の身を犠牲にして助けて貰っても何も嬉しくないの」

 ああ、そうだ。大海の言う通りだ。俺が怪我をして倒れればサイはまた壊れてしまう。死んでしまえば彼女もその後を追うかもしれない。それほど彼女は俺に依存している。一緒に寝ている時、トイレに起きて少しベッドを開けただけであいつは目を覚まし、涙を零していた。俺の名前を呼んで泣いていた。『独りにしないで』と小さな声で呟いていた。それから俺の姿を見つけるとホッと安堵のため息を吐いて気絶するように眠る。これを異常と言わず何を異常と言うのだろうか。そんな彼女の目の前で俺が死ねば……どうなるかわかったもんじゃない。

「そうだな。俺が死ねばサイはきっと壊れる」

「じゃあ、もうあんな無茶は――」

「でも、俺は止めない」

 大海の言葉を遮って俺は宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何で……」

 私は思わず、聞き返していた。彼は全てを理解している。サイちゃんがどれほど八幡君のことが好きなのかも。もし、彼が傷つけば彼女はどうなるかわからないことも。無茶をすれば死んでしまうかもしれないことも。

 しかし、それを全て理解している上で彼は首を横に振ったのだ。

「そもそも傷つく前提なのが間違ってる」

「だって、あなたは実際に!」

「お前、俺にティオを重ねてるだろ」

「ッ……」

『助けてくれたのは礼を言うわ! でも、私とこれ以上いると迷惑がかかるの! だから、早く本を返して! 私といても悪いことしか起きないのよ!!』

 彼の言葉であの時のティオの言葉が私の脳で響いた。泣きながら本を返してとお願いして来た赤髪の女の子。それを見て私は――。

「俺は言ったよな? 手を貸し合うのは悪いもんじゃないって」

 練乳入りのコーヒーを啜りながら八幡君が続きを語った。でも、何で話す度に目を逸らすのだろう。まだ緊張してるのかな?

「その時、俺はお前たちに俺を重ねてた。人の好意を信じられず、疑い、拒絶する。だから、何となくお前も俺とティオを重ねてるのかと思ってな」

 思わず、感心してしまった。たったあれだけでそこまで察するとは思わなかったのだ。ましてや、彼も私たちに自分を重ねているとは。

「でも、それとこれとは……」

「話は別だって思うのか?」

「……」

 読まれている。主導権はいつの間にか八幡君の手にあった。

(すごい)

 マルスと戦った時、サイちゃんと八幡君はアイコンタクトだけであの作戦を伝え合っていた。サイちゃんが作戦を考え、八幡君がそれを読み取る。多分、彼は表情などから人の思考を読むのに長けているのだろう。それを純粋に凄いと思った。

「確かに俺はサイが傷つきそうなら助けるだろうし、サイだって同じだ。だがな。俺たちは“パートナー”なんだよ。一緒に戦うためにその答えを一緒に探すって約束したんだ」

「一緒に戦うため……」

 マルス戦での彼らのコンビネーションは正直、あり得ないほどだった。だが、あれだけコンビネーションが良くても彼らにとってそれは一緒に戦っていることにはならない。

(八幡君たちは――)

「――本当にお互いのことが好きなのね」

 私はジッと彼の目を見ながら呟く。八幡君の目はお世辞にも綺麗な目だとは言えない。よくティオが見せてくれるサイちゃんのメールには『目が腐ってる』と書かれていた。実際、そうだった。彼の目は濁っていて……本当に大切な物しか映らない。大切な物しか見えないから彼は間違える。大切な物が傷つきそうなら自分のことすらその目に映らなくなる。だからこそ、彼は自分の身を犠牲にしてでも大切な物を守ることができる。

「おう、大好きだぞ。あいつの作る弁当、めっちゃ美味いんだ」

 茶化そうとしているのか八幡君は早口で自慢する。

「それにいつも一緒に寝てくれるから大好き。ハチマーン! 愛してるよー!」

「「……」」

 いつからいたのだろうか。サイちゃんが八幡君の背中に抱き着きながら叫ぶ。さすがに八幡君も目を丸くして驚いていた。

「サイ……いつからそこに?」

「『確かに俺はサイが傷つきそうなら助けるだろうし、サイだって同じだ。だがな。俺たちは“パートナー”なんだよ。一緒に戦う――』」

「サイさん、本当にすみません。止めて貰えませんかね?」

「ダーメ。スマホにも録音しちゃったし」

「それ、俺のなんだけど」

 サイちゃんは微笑み、八幡君はそれを見て苦笑いする。その光景がとても……幸せそうだった。いや、幸せと言うより――。

「――『信頼』してるからこそ、あんな顔が出来るのね」

 いつの間にか隣にいたティオが私の手をギュッと握りながら呟く。もしかして、ちょっとだけ彼らの関係に妬いているのだろうか。

「あら、私たちの信頼関係は八幡君たちにも負けてないと思うけど?」

「当たり前じゃない!」

 私たちはまだ出会ったばかりで数回しか戦ったことはないけど、きっとこれから彼らのような絆を築ける。私はそう確信している。だって――。

「あ、そうそう。ハチマン、ゲームしようよ。あれ、4人対戦できるでしょ」

「コントローラーがねーよ」

「買っておいた」

「……さすがっす、サイさん。でも、そのお金はどこから?」

「ハチマンのお財布」

「……まぁ、仕方ねーか」

 ――独りで戦って来たティオに自分を重ねた彼があんな風に楽しそうにじゃれ合っているのだから。

「八幡君」

「お、おう? 何だ?」

「これからよろしくね」

 まだ私たちと八幡君たちは他人だった。でも、これからは違う。

「あ、ああ……よろしく」

 彼は大切な物しか見ることができない。サイちゃんを助けるためだったら自分の身すら擲ってしまう。

「私たちの力は守る力……だから」

 そこで私はティオに目配せする。ティオも最初からそのつもりだったようで頷いて口を開いた。

「アンタたちのことも守ってあげる! だから、思う存分暴れなさい!」

 これからは――一緒に戦う仲間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねー、ハチマン」

 あれから俺たちは4人でゲームをして遊んだ。何で、ゲーム機の持ち主である俺が一番、弱いんだ。ティオにめっちゃバカにされた。大海も楽しそうに笑っていたし。まぁ、それなりに楽しかったが。

「あー?」

 夏が迫っているのか今日は蒸し暑い。ソファに横になってだらだら過ごしているとサイが俺に携帯を差し出した。

「メールだよ」

「あ?」

「メグちゃんから」

 ……はい?

 

 

 

『大海恵:今日はありがとう。とっても楽しかったよ。それに色々教えてくれて嬉しかった。この前は助けて貰ったけど、今度は私たちが助けるからね!』

 

 

 

「なぁ、サイ」

「んー?」

「小町にこのメール見せたら驚くと思うか?」

「多分、自演だって思われてごみを見るような目で見られると思う」

「……だよなー。ん?」

 メールの返信に困っているとまだ続きがあることに気付いた。画面をスクロールさせる。

 

 

 

 

『後、私は八幡君の目、好きだよ』

 

 

 

 

「……」

 いや、これどう受け取ったらいいのん? この俺が勘違いしそうになったよ。

「ハチマンの目に気付くとは……メグちゃんもやるねー」

「俺の目にどんな秘密があるんだよ。魔眼か? とうとう魔眼が開放されるのか?」

「ハチマンにはわからないよ」

 それだけ言い残してサイはリビングを出て行ってしまった。そろそろ小町がお風呂から上がるのでお風呂に入る準備をしに行ったのだろう。

(そう言えば……お風呂は一緒じゃなくていいんだな)

 まぁ、ベッドで一緒に寝るのと裸は別か。お願いされたら本気で困るから助かるけど。数分かけてメールの文章を考え、無難に返しておいた。

 

 

 

 

 

 ……この日を境に、ちょくちょく大海からメールが届くようになるのだが、それはまた別の話。

 




ティオたちと本当の仲間になるお話しでした。

次回から第2章です。夏休みのお話しですね。
ここからしばらくガッシュキャラは出ませんのでご了承ください。


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第2章 ~千葉村編~ LEVEL.16 比企谷八幡は身内に騙され、連行される

「ハチマーン。遊びにいこー」

「……面倒」

 夏休みが始まって2週間。本を読んでいる俺の背中に貼り付くサイはとても暇を持て余していた。学校がないから俺と一緒にいられるのは嬉しいらしいがそれとこれは話が別。むしろ、奉仕部活動が無い今、学校があった頃より暇なのだ。唯一の遊び相手であるガッシュとティオとも遊べないし。高嶺たちはガッシュの秘密(ガッシュは魔界にいた頃の記憶がないらしい)を探るためにイギリスへ。大海たちは仕事で忙しい。大海はともかく高嶺すごいな。イギリスだぞ。英語話せんだぞ。吃驚だぞ。

「いこーいこーいこーいこー!」

「面倒うるさい暑い面倒」

「ぶー!」

 サイは俺の肩に顔を乗せて膨らませている頬をペチペチと俺の頬に当てる。鬱陶しい。そう思っていると不意に携帯が震えた。すぐにサイが手を伸ばして携帯を手に取る。ティオとメールでもしていたのだろう。

「……なーんだ、シズカかー。はい、ハチマン」

「シズカ? ああ、平塚先生か」

 サイから携帯を受け取り、中身を見ずにテーブルに置いた。

「あれ? 見なくていいの?」

「ああ、電源でも切れてたって言う」

「いや、そう言うことじゃないでしょ……」

 呆れているサイは俺から離れて部屋を出て行く。どうしたのだろうと思っているとまた携帯が震える。しかも長い。電話か。もちろん、無視です。出られなかった理由は蟲のしわざにしよう。あ、電話切れた。

「うわ……」

 だが、本当に蟲のしわざなのか携帯が何度も震え始める。なにこれ、怖い。誰か蟲師呼んで! 絶対蟲だよ!

 さすがに怖くなりおそるおそる一番新しいメールを開いた。

「平塚静:夏休みの奉仕部活動について連絡があります。折り返し連絡をください。もしかしてまだ寝ていますか(笑)。先ほどから何度もメールや電話しています。本当は見てるんじゃないですか? ねぇ、見てるんでしょ? 電話、出ろ」

 完全にヤンデレ彼女からのメールじゃないですか! もうやだこの人! 絶対、彼氏にもこんな感じのメール送ってるよ!

 先生の話を要約するとボラティア活動に参加しろ的なものだった、夏休みは休むための期間だ。働くとか負けだと思う。すぐに携帯の電源を切った。

 何とかヤンデレ先生の魔の手から逃れることができた俺はホッと安堵のため息を吐く。その時、小町が2階の自室から下りて来た。サイの姿はない。

「休憩か?」

「うん。感想文と自由研究以外はほとんど終わったよー」

「お疲れさん。何か飲むか?」

「あ、お願ーい」

 ソファでダレている小町にキンキンに冷えた麦茶を差し出す。小町は笑顔でそれを受け取り、一口飲んでふぅと息を吐いた。

「さて、お兄ちゃん」

 麦茶のコップを手に持ったまま、俺に視線を向ける。おや、そんな真剣な眼差しでどうしたんだい、我が妹よ。

「小町はすごく頑張って勉強しました。なので、ご褒美があってもいいと思います。色々検討した結果、お兄ちゃんは小町とサイちゃんをつれて千葉に行かないといけなくなりました」

「え、何がどうなってそうなったの?」

「小町はご褒美が欲しい! サイちゃんはお兄ちゃんと出かけたい! お兄ちゃんは可愛い妹たちと一緒にいたい! 三段論法!」

 おお、すごい三段論法だ。何も繋がってない。でも、納得できちゃう不思議。

「まぁ、それなら仕方ないな。どこに行くかは知らんが一緒に行くことくらい別にいいぞ」

「おお、ありがと。それじゃ、小町たちは準備して来るから。お兄ちゃんも動きやすい恰好に着替えてね!」

 はて。動きやすい恰好とな? 何かスポーツでもやりに行くんかね。そう思っていると小町は嬉しそうに部屋を去って行った。じゃあ、俺も準備しますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹たちを信じた結果がこれだよ」

「元はと言えば私のメールを無視した比企谷が悪い」

 俺の隣で車を運転している平塚先生が不機嫌そうに言う。千葉駅に着いて小町とサイに引きずられるように向かった先にいたのはあのヤンデレメールを送って来た平塚先生と雪ノ下、由比ヶ浜。そして、戸塚だ。もう戸塚だけでいいよ。いや、小町とサイも必要か。はっ! 今思えばこの車に2人の天使と1人の妖精さんがいるじゃないか。

「それにしてもサイまで連れて来てよかったんですか?」

「ああ、君たちの両親はよく家を空けるのだろう? さすがに少女を1人置いていくわけにはいかないからな」

 確かにサイを独りにしたら本当にどうなるかわかったもんじゃない。夏になっても俺の腕にくっ付いて寝てるし。めっちゃ寝苦しい。けど、可愛いから許しちゃう!

「でも、1日ぐらいなら大丈夫じゃないですか?」

 本当は無理だけど。平塚先生の本心が聞きたかった。

「ん? 何を言っているんだ? 今回は2泊3日の予定だぞ?」

「……はい?」

 待って八幡聞いてない。あ、だからあんな大きな荷物持って来たのか。いや、そんなことよりも重要なことが。

「あの……寝る場所ってどうなってます?」

「普通に男と女で分かれる予定だが?」

 じゃあ、俺1人……いや違う! 戸塚いる! やべ、本気で間違えた。

「あー……」

 しかし、問題が浮上した。そう、サイである。チラリと後ろの座席にいる彼女を見た。ウノで遊んでいるようで楽しそうに笑っている。

「何か問題でも?」

「サイが……ちょっと」

「何だ、1人で寝られないのか? 安心しろ。大部屋だから皆で寝られるはずだ」

「いや……あいつ、俺としか寝られないんですよ」

「……何を言っているんだお前は」

 ナチュラルにその台詞を聞くとは思わなかった。まぁ、気持ちはわかるけど。

「先生、冗談抜きで話してます。あいつは俺と一緒に寝ないと本当にまずいことになるんです」

「ははは、まさか君がロリコンだとは思わなかったぞ」

「……サイ」

 やはり信じて貰えなかったようで強硬手段に出ることにした。

「んー? 何ー?」

 手札に視線を落としながらサイが返事をする。その様子から俺と先生の会話は聞いていなかったようだ。

「2泊3日って聞いたんだけどお前知ってた?」

「知ってたよー。私も着替え持って来たし」

「寝る場所、男と女で分かれるみたいなんだが、大丈夫か?」

「……え?」

 目を見開いて俺を見るサイはとても動揺していた。バックミラーでその様子を見たのか先生も驚いている。そのことを知っていたのか小町は『あちゃー』と言ったような表情だ。サイの依存を治すために黙っていたのだろう。

「嘘でしょ?」

「いや、本当だ。ですよね? 先生」

「え、あ、ああ……」

 先生の返答で真実だとわかったようで群青少女は手に持っていた手札を落としてしまう。さすがに他の奴もサイの異変を無視できなくなったらしい。

「小町ちゃん、どういうこと?」

「あー……その、サイちゃん、色々あったみたいで……毎晩、お兄ちゃんと一緒に寝てるんです。前、お兄ちゃんから聞いたんですけど、トイレに起きて少しサイちゃんから離れるだけで泣いてしまうそうで」

 由比ヶ浜の質問に小町が答える。それを聞いて由比ヶ浜も魔物関連だと察したのだろう。それ以上何も言わなかった。

「……ハチマン。お家帰ろ?」

 涙目で俺を見るサイの声は震えている。他の奴がいるとは言え、俺の傍を離れるのが怖いのだ。いつ、敵が襲って来て俺の身に危険が迫るかわからないから。いつ、彼女が独りになるかわからないから。

「……今回、頑張ってみたらどうだ?」

「頑張る? 何を?」

「ずっとこのままじゃいられないの、お前だって気付いてんだろ?」

 魔物の王を決める戦いは魔物の子が1人になるまで続く。逆にサイがその1人になった時点でサイは魔界に帰る。俺たちは必ず、別れてしまうのだ。

「……でも、まだ!」

「何が起こるかわからない。それが人生だ」

 1時間早く家を出て車に轢かれることもある。同級生の犬を偶然助けることもある。魔物の王の戦いに巻き込まれることもある。人生とは小説よりも奇なり。俺はその言葉を今なら信じられる。

「……我慢できなくなったら、部屋に行ってもいい?」

 今にも零れ落ちてしまいそうな涙を必死に我慢しながら不安そうに問いかけて来るサイ。俺は先生に向けて頷いてもいいのか確認した。

「まぁ、そう言うことなら仕方ないだろう」

「だってさ」

「……うん、頑張ってみる」

 頷くサイだったがそのせいで一粒の雫が彼女の頬を濡らす。それを見た他の奴がサイを褒めた。まぁ、傍から見ればお兄ちゃん離れを決心した妹みたいだからな。実際、俺もそう感じたし。サイ、頑張れ。

「……すまん、比企谷。私が軽率だった」

「いえ、俺もメールを見るべきでした」

「珍しいな。君が自分の失敗に言い訳しないなんて」

「……サイは本当に危ないんですよ。言い訳してる余裕ありません」

「そんなに、なのか?」

 バックミラーでサイの様子を見るとさっきまでの涙など忘れたように笑っていた。それがすでに異常だった。

「見ていればわかりますよ。あいつの異常性が」

「……ああ、気を付けるとしよう」

 俺の言葉の裏を読んでくれたのか先生は頷く。俺だけじゃ見落とす点もあるだろうから気を遣ってくれる人が増えるのは喜ばしい。

 そう思いながら何となく外を見た。

『「……」』

 なんか見たことある赤髪の女の子が目を丸くして俺を見ていた。

「……っ!?」

 俺も遅れて驚愕する。だって、まさか知り合いが隣の車に乗っていてほぼ同じスピードで走っていて何となく外を見たら目が合ったとか誰も思わないでしょ。サイの口癖が移るぐらい俺は動揺している。

 その知り合い――ティオは車(多分、ロケバス)の中に一度引っ込んで大海の携帯を俺に見せて来た。電話を掛けろと言いたいらしい。

「……はぁ」

 仕方なく、携帯を取り出して画面を操作する。

「どうした比企谷。私の隣で堂々と携帯を弄るとは。私と話したくないのか?」

「いえ……ちょっと外に知り合いがいまして。そいつが電話を掛けて来いと要求して来るもんですから」

「外に知り合い?」

 首を傾げている先生を横目に大海の携帯に電話を掛けた。

『八幡、こんなところで奇遇ね』

「奇遇にもほどがあんだろ……仕事か?」

『うん、恵のね。あ、ごめん。恵、今寝ちゃってて』

「いや、いい。疲れてんだろ? 寝かせてやれ」

 ここで代わられても俺が困る。てか、絶対きょどる。

『夏だからイベントが多くて忙しいのよ。あ、そうそう! アンタがいるってことはサイもいるの?』

「ああ、今代わる。サイ」

「んー?」

「ほれ」

 携帯を渡してやる。

「もしもし? あ、ティオ! どうしたの? え、外?」

 サイが窓の外を見てティオを見つけるとすぐに窓を開けて手を振った。ティオも答える。

「ねぇ、比企谷君。どうして、あの子の携帯番号を知っているのかしら?」

 俺の一連の動きを見ていたのか雪ノ下が絶対零度の視線を送って来ながら質問して来た。

「サイとあいつ……ティオって言うんだが、こいつら携帯持ってないだろ? だからティオの保護者と俺が携帯番号を交換したんだよ。メールとかよくしてるみたいだし」

「……そう」

「え? あー、止めておいた方がいいかも。皆、ビックリしちゃうし。うん、うん。わかった。はい、ハチマン」

 不意にサイが携帯を差し出した。しかし、まだ通話中である。一応、携帯を耳に当てた。

『もしもし、八幡君?』

 何となく予想していたが、大海が起きてしまったようだ。多分、サイは大海が窓から顔を出すのを止めたのだろう。正解だ。こっちはただの一般ピープルだからな。

「お、おう……久しぶりだな」

『ええ、久しぶり。元気にしてた?』

「ぼちぼちな。そっちは? 仕事、大変なんだろ?」

 この前来たメールにそんなことが書いてあったような気がしなくもない。いつも当たり障りのないメールしか送っていないのでほとんど覚えていないが。

『大変だけど嬉しい方が大きいかな』

 仕事が大変なのは幸せなこと。仕事があるってことはそれだけ人に必要とされているから。アイドルとかまさにそうだ。

「まぁ、そのなんだ……無理はすんなよ」

 倒れでもしたらティオが大海の看病をしなくてはならなくなる。そうしたらティオと遊ぶ機会が少なくなってサイが悲しんでしまうからな。べ、別に大海の心配とかしてるわけじゃないんだからねっ!

『っ……うん、ありがとう。それじゃ、また』

「あ、ああ……また」

 電話を切ってため息を吐いた。未だに緊張する。

「もういいのか?」

「はい、ありがとうございました」

 俺とサイが電話している間、先生と向こうの運転手は俺たちに気を使って走る速度を合せてくれていたのだ。

「それはいいだが……後ろを見ろ」

「ん?」

 先生に言われて振り返ると疑惑の視線を送る3人と友達とお話しできて嬉しかったのか満面に笑みを浮かべる妖精さんと『八幡ってやっぱり優しいなー』と呟きながらカードをシャッフルしている天使がいた。そう言えば、まだ小町にも話していなかったような気がする。

「……はぁ」

 面倒なことになりそうだと、俺は携帯をポケットに突っ込みながらため息を吐いた。

 




ここで皆様に連絡です。
色々作業がありまして小説を書く時間があまり取れません。
不定期にしたら皆様に迷惑をかけそうなので余裕を持って毎週日曜日更新にしようかと思っております。
ご了承ください。


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LEVEL.17 群青少女にも苦手な物はある

日曜日更新に変わって初めての更新。


 何とか大海たちのことを誤魔化した(サイも手伝ってくれた。芋づる式で魔物のことがばれたら面倒だから)俺は無事に千葉村に到着した。後ろからの視線が後頭部に突き刺さって陥没するかと思った。でも、戸塚だけは尊敬の眼差しで見てくれたからプラマイゼロ……いや、プラスか。八幡、元気出て来た。

「んー! きもちいいー!」

 車から降りた由比ヶ浜が伸びをしながら叫ぶ。そりゃ、あんだけ寝ていたら気持ちいいだろうよ。

「人の肩を枕にして寝ていれば気持ちいいでしょうね」

 枕ノ下さんがジト目で由比ヶ浜を見ている。由比ヶ浜は必死に謝った。なんかコマンドっぽくなったな。

「うわぁ、本当に山だなぁ」

 マイエンジェル戸塚も山に感動している。都会で暮らしていればやっぱり山などに憧れるものだ。確かに心地よい木漏れ日と涼しい風が気持ちいい。俺、ずっと山で暮らして引きこもろうかな。買い物とか通販で済ませばいいし。

「ハッチマーン!」

「ッ……っと」

 車から降りてすぐサイが俺の肩に跳び乗った。さすがサイ。ジャンプで俺の肩に乗るとは。もげるかと思ったぞ。慣れたけど。すぐにサイの小さなおみ足を掴んで固定。肩車である。

「本当に仲がいいんだな。君たちは」

 『うわー! すごーい!』と騒いでいるサイを宥めていると平塚先生が煙草を吸いながら感想を漏らす。それを聞いた群青少女が俺の頭をギュッと抱きしめてにへらと笑った。見えないけど笑い声でだいたい把握できる。

「さて、ここからは歩いて移動する。荷物を下ろしておきたまえ」

「……サイ、頭掴んでろよ?」

「大丈夫! ハチマンのハートごと抱きしめておくから」

 この子、俺のこと大好き過ぎて逆に心配だわ。小町に依存しているって言われても『じゃあ、ハチマンを守ればいいんだね』とか言って治そうともしなかったし。

 サイを肩に乗せながら荷物を下ろす。家でもよく肩車しているからこれぐらい造作もない。

「ひ、ヒッキー……器用だね」

「そうなんですよ。最近、サイちゃんのブームだそうで。家にいる時もよくああやって……それにほら、これ見てください」

「え!? これ、何!?」

「サイちゃんが初めて家に泊まった次の朝、部屋に忍び込んで撮りました。まさかあのお兄ちゃんがサイちゃんをここまで受け入れるとは思わなくて。サイちゃんに頼まれて色々念を押したのは小町なんですが……」

 なんか後ろで小町と由比ヶ浜が話しているけどサイがあれこれ指示して来るせいで聞こえない。後、隣で一生懸命荷物を下ろしている戸塚が可愛くて集中できない。

「さ、サイちゃん!」

 荷物を下ろし終えたところで由比ヶ浜が真面目な顔でその名を叫ぶ。

「「ん? 何?」」

 そして、振り返る天使と妖精さん。そう言えば、由比ヶ浜ってサイのことも戸塚のことも『サイちゃん』って呼んでいたような。

「あ……そっかー。被っちゃったんだ。どうしよ?」

 今気付いたようで先ほどまでの真面目な雰囲気はどこへやら。困ったような顔でサイと戸塚を見比べている。

「じゃあ、私のことはサイでいいよ」

「うん、じゃあそうするっ! えっと……あれ? 何だっけ?」

「結衣さぁーん……」

 首を傾げている由比ヶ浜に小町は涙目でくっ付いた。何だろう。その涙は憐みの涙のように見えるのだが。由比ヶ浜のアホ度は最早手の施しようがないほどだから仕方ないか。

「由比ヶ浜さん、サイさんに何か言いたいことが……ん?」

 由比ヶ浜の隣でため息交じりに答えを教えようとしていた雪ノ下は何かに気付いたらしく、そちらに視線を向ける。丁度、1台のワンボックスカーがやって来るところだった。こんなところまで一般のお客が来るとは思わなかったので少し驚いた。

 のん気に適当なことを思っていると人が降りて来た。そして、車はそのまま来た道を引き返して行く。ただの送迎だったようだ。因みに降りたのは若い男女4人。こんなところまで来てバーベキューか。もしくは登山か。まぁ、ああいった奴らは川とか山を甘く見て痛い目に遭うんだよな。

「や、ヒキタニ君」

 そんなことを考えているとその一団の1人が俺に話しかけて来た。そう言えば、こいつ見覚えが……。

「……葉山か?」

 意外にも一団の1人はクラスメイトの葉山だった。あ、いやクラスメイトって言っても正直、関わりなんてないですよ? この前のチェーンメールの依頼の時ぐらいですよ。

「……」

 ぎゅうううう、と俺の頭を両腕で締めるサイ。あ、やばい。この子、人見知り発動して力加減が出来ていない。このままでは俺の頭が熟れたザクロのように弾け飛んでしまう。そう言えば、チェーンメールの時、サイは部室にいなかったから葉山と遭うのはこれが初めてだった。

「さ、サイ。落ち着けって。俺のクラスメイトだ」

「う、うぅ……」

 痛い痛い痛い! これ、冗談抜きで痛いって! 潰れちゃう。八幡の頭が潰れりゅうううう!

「君はこの前、クラスに遊びに来た子だね。こんにちは、俺は葉山隼人。よろしくね、サイちゃん」

 爽やかな笑顔と共にサイに向かって手を差し伸べる葉山。あ、葉山さん。それ、逆効果です。

「ッ! にゃああああああ!」

 俺の頭部から緊急脱出したサイは空中で後方宙返りして小町の方へ避難する。多分、葉山のリア充力に恐れをなしたのだろう。ガッシュの場合、魔界で知り合っていたしすぐに俺の話題を出したから仲良くなれたが、葉山は人見知りする子にすぐ手を伸ばしてしまった。それに俺の名前は間違えたことにより、余計サイの心を閉ざすことになってしまったようだ。普通の女の子なら多少人見知りしていようが葉山スマイルの前に陥落するだろう。しかし、サイは普通の女の子ではない。その結果、葉山から逃げ出した。

「あ、あはは……嫌われちゃったかな」

「あいつは人見知りするんだよ。で、何でここに? バーベキューか?」

「いや、バーベキューじゃないよ。それにただのバーベキューならここまで親に車出してもらわないさ」

 苦笑しながら葉山が否定する。チラリと葉山の後ろを見ると葉山のグループメンバーが揃っていた。三浦、戸部……そして、何故か俺と葉山を見てハアハアしている海老名さん。やめて。こっち見ないで! 葉山とはそう言う関係じゃないの!

「ふむ、全員揃ったようだな」

 その時、先生が腕を組みながらうんうんと頷いている。じゃあ、葉山たちも何かに参加するのかしらん。てか、まだ何をするのか聞いていないな。後、サイは小町の肩から下りなさい。小町が苦しそう。仕方ないのでサイを回収し、俺の肩に乗せる。

「は、ハチマーン……」「お兄ちゃーん……」

 サイは俺の頭を抱きしめ、小町は自分の首を擦りながら俺の名前を呼んだ。サイはともかく、小町は完全にとばっちりだな。後でシップとか貼らないといけないかもしれない。持って来ていないけど。

「はいはい……逃げるほどだったのか?」

 小町の頭を撫でながら頭上にいるサイに問いかけた。

「あの人、苦手ぇ……ぐいぐい来るぅ」

 おぉ、あのサイが弱っている。この子、今日俺なしで寝られるのか? マジで俺の寝床に潜り込んできそう。そして、ロリコン扱いされそう。冤罪です。

 それから『君たちにはボランティア活動をして貰います』と言った先生の後を追って本館を目指して移動を開始した。もちろん、俺の肩にはサイがいる。何だろう、某マサラ人の気持ちが理解出来たような気がする。パートナーだし。

「あの、何故葉山君たちまでいるのでしょうか?」

 俺の隣を歩いていた雪ノ下が少し陰鬱な表情で先生に問いかけた。

「ん? ああ、私に聞いているのか」

 まさか質問されるとは思わなかったのか振り返った先生は意外そうに言う。

「敬語なんでそうなんじゃないですか?」

 雪ノ下が敬語を使う相手はこの中で平塚先生ぐらいしかいないし。

「そうとも限らないでしょう? 目上の相手でなくても距離感を出すために敬語を使い場合もあるかと存じますがいかがでしょうか、比企谷さん」

 妙に晴れやかな表情で雪ノ下が笑みを浮かべながら聞いて来た。

「いやまったくおっしゃる通りですね、雪ノ下さん」

「……君たちは相変わらずだな」

「ハチマンとユキノ、仲良いねー」

 いやいや、サイさん。これは仲がいいって言うんじゃないんですよ? お互いに相手を貶し合って……違いますね。俺が一方的に袋叩きにされているだけでした。

 どうやら、先生によると葉山たちは掲示板の募集を見て参加したそうだ。普通、参加しないでしょ。先生も最初から来るとは思っていなかったようだし。

「ハチマン!」

「んあ?」

 先生から『コミュニケーション能力を向上させよ』的なお達しを受け、どうしようか悩んでいると頭の上からサイの元気な声が聞こえる。葉山から受けたダメージはすでに回復したようだ。

「楽しみだね!」

「……ああ」

 サイの笑顔が見られるならコミュニケーション能力なんかどうでもいいや。

 



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LEVEL.18 比企谷八幡は群青少女の将来を心配し、鶴見留美は現実を見る

ごめんなさい、今回は難産で上手く書くことができませんでした。なので、ところどころ変な部分があると思いますが、見逃してください……。


 本館に荷物を置いた俺たちを待っていたのは100人近い小学生たちだった。もう、圧巻だよ。全員が一斉に喋っているから騒がしいのなんの。平塚先生、よくこんな子たちとコミュニケーション取れって言ったな。あの由比ヶ浜ですらドン引きしているぞ。

 『みんなが静かになるまで○分かかりました』という伝説の台詞を聞いた後、小学生たちは5~6人のグループに分かれてオリエンテーリングが始まった。

「さて、このオリエンテーリングの仕事だが、ゴール地点での昼食の準備だ。弁当と飲み物の配膳を頼む」

 そう先生に言われた。ゴールまで車で連れてってくれませんか? あ、駄目ですか。そうですか。

 

 

 

 

 

 

 

 小学生たちを追いかけるように歩き始めた俺たちだったが、小学生たちはチェックポイントを経由して行くので結構、余裕がありそうだ。そのためか葉山や三浦たちは小学生たちに話しかけ始める。

「ふふーん……ん? あ、ハチマン、ちょっと降ろして」

 それを遠巻きに見ていると鼻歌を歌っていたサイ(もちろん肩車している)がお願いして来た。断る理由もないので降ろす。

「さぁー、出ておいでー」

 ちょこちょこと草むらの方へ歩いて行った群青少女の胸に小さな生き物が飛び付いた。どうやら、リスのようだ。

「ハチマーン! ほら、リスー」

「……お前、本当にすごいな」

 リスに懐かれるのもそうだが、どうやって見つけたのだろう。『サルク』使っていないのに。それからリスを肩に乗せたサイだったが、手当たり次第に動物たちを懐柔させていく。おい、そこら辺にしておけ。小学生共が俺たちをキラキラした目で見てるから! 葉山たちもめっちゃ驚いてるから!

「サイ、すごい……ね、リス触ってもいい?」

「由比ヶ浜さん、止めておいた方がいいわ。野生動物にはどんな病原菌が付着しているかわからないから」

「だねー。私は病原菌なんかへっちゃらだけど」

 まぁ、魔物ですからね。でも、イノシシに乗るのは止めて貰えない? 結構、威圧感すごいのよ?

「あ、お願いねー」

 俺のお願いを聞いてくれたのかイノシシから降りたサイは飛んで来た小鳥に何かお願いしたようだ。飛んで行く小鳥に手を振って俺の肩に戻って来た。それと同時に周囲にいた動物たちも解散する。あの、サイさん。あなたのプリティーなヒップにイノシシの病原菌が付着しているのではないでしょうか? 八幡、感染してゾンビ化しちゃうよ?

「じゃあ、ここのだけ手伝うけど他の皆には内緒な?」

 頭の上にいる群青少女に呆れていると葉山が女子5人の小学生グループにそう言っていた。何があったからわからないけど手伝うらしい。

「……」

 そして、俺は見つけてしまった。その班が他の班に比べて少しだけ歪なことに。

「……ハチマン」

 ギュッと俺の頭を抱きしめながらサイが俺を呼ぶ。どうやら、彼女も見つけたようだ。

 だいたいの班は1つにまとまっているか、2つに分かれている。だが、この班は4対1。つまり、1人だけあぶれているのだ。紫がかったストレートの黒髪、身長はサイより大きい。そのせいか他の小学生よりも大人っぽい印象を受ける。どことなくサイと雰囲気が似ていると言うべきか。でも、決してその雰囲気はいいものではない。

 可愛らしく笑う異常なサイと似ているということは少なくともこの子も他の子とは少し違うのだから。

 件の少女はデジカメを首から提げていて時々、手持ち無沙汰にそれを撫でた。

「はぁ……」

 雪ノ下が小さなため息を漏らす。我が部長様も気付いたようだ。ぼっちはぼっちを見つける能力でもあるのだろうか。

「ハチマン、どうにかできない?」

「無理だ」

 サイの苦しそうな声を一刀両断する。それとほぼ同時に葉山が少女に話しかけて名前を聞き出し、4人のところへ連れて行った。だが、それを見た他の4人の間に少しだけ緊張感が走る。

「……あまりいいやり方ではなかったようね」

「ああ、全くだ」

 多分、あの4人はわざと少女を孤立させている。そう言う遊びなのかどうかわからないが、正直見るに堪えない。

「小学生でもああいうのあるんだな」

「小学生も高校生も変わらないわ。同じ人間なのだから」

「……なら私は人間じゃなくていい」

 俺と雪ノ下の会話を聞いていたサイは小さく呟く。目の前にはチェックポイントを見つけたらしく、俺たちにお礼を言って次のチェックポイントを探しに行く4人の少女達とその後ろをただ黙ってついて行く孤独な少女の姿があった。

 

 

 

 無事にゴールに着いた俺たちは梨の皮を剥いたり(サイが両手に包丁を持って梨を空中に投げてほぼ一瞬で全裸にしたり。いやーん)、カレーを作ったり(サイが両手に包丁を持ってジャガイモを空中に投げてほぼ一瞬で全裸にしたり。あはーん)してあとじっくりコトコトコンポタージュのように煮込むだけだ。

「暇なら見回って手伝いでもするかね?」

 えー、嫌だよー。面倒じゃん。俺の頭の上でジュースを飲んでいるサイのお世話もしなきゃならないし。サイさん、水滴! 水滴落ちてるよ! 俺の前髪が濡れてるよ!

「小学生と話す機会なんてそうそうないしな」

 まぁ、話しかけたらロリコン扱いされるからな。葉山は乗り気みたいだが面倒なので拒否させて貰おう。

「いや、鍋、火にかけてるし」

「そうだな。だから近いところ1か所くらいかな」

 な、何。まさかそう言う解釈をされるとは思わなかったぞ。で、でもまだ俺には手札がある!

「俺、鍋見てるわ」

「気にするな比企谷。私が見ていてやろう」

 な、何……だと……。逃げ道を的確に塞いできやがった。しかも、先生の表情を見るに俺が逃げようとしているのを把握した上で潰して来た。ニヤニヤしているし。これは『うまくやる』ための訓練らしい。

 

 

 

「カレー好き?」

 小学生たちを見ていると葉山が例の孤立していた少女に話しかけた。

「……はぁ」「え……何やってるの?」

 それを見ていた雪ノ下がため息を吐き、サイはあり得ない物を見たような目で葉山を見ていた。俺だって同じ気分だ。あの人、本当にぼっちの扱い方、間違っているわ。

 ぼっちに話しかける時は秘密裏に、密かにやるべきなのだ。しかも、葉山の場合、目立つ高校生。それは体育の授業で組む人がいなくて先生と組まされるのと同じこと。つまり、めちゃくちゃ目立つ上にぼっちという特性が引き立ってしまうのだ。

『うわぁ、あの人先生と組んでるよ?』

『ださーい』

『あー、あの人。高校生に気を使われちゃってかわいそー』

『あんな格好いい人に話しかけて貰うためにぼっち気取ってんじゃないのー?』

『調子乗ってるよねー』

 まぁ、だいたいこんな感じになるだろう。手を差し出されても差し出された時点で詰んでいるのだ。差し出されない方がマシである。ましてや差し出された手を掴んで握手などしてみろ。それこそ悪手だ。

「ねぇ、ハチマン。あの人ってバカなの? 死ぬの?」

「ちょ、お前、落ち着けって……」

 ぼっちだったサイにもわかるのだろう。人目に晒される恐怖を。ぼっちだと無音の言葉で言われる苦痛を。ぼっちから脱出できない悔しさを。だからこそ、葉山の行動に怒りを覚えているのだ。

「……サイさんも、なのね」

 俺たちの様子からサイも異常だと気付いたのか雪ノ下が呟く。それに答えようとするが逃げて来たのか件の少女が俺たちの近くで立ち止まった。お互いがなんとなく視界に入る程度の距離である。

 葉山は少し困ったような寂しげな笑顔を浮かべて少女を見ていたがすぐに他の子たちの相手に戻る。なんか隠し味をどうのとか言っているけど、入れない方が美味いと思うよ。あ、由比ヶ浜がなんか喚いている。小学生に混じって何やってるんだ、あいつ。しかも、葉山にやんわりと邪魔者扱いされて肩を落として俺たちの方に歩いて来てるし。

「バカか、あいつ……」

「ホント、ばかばっか」

 俺の隣でボソッと呟く少女。その声はとても冷たく響いた。

「世の中は大概そうだ。早めに気付けて良かったな」

「……」

「あなたもその大概でしょう?」

 少女の値踏みするような視線を受けていると雪ノ下の氷のような毒が飛んで来た。

「あまり俺を舐めて貰っては困るな。大概とかその他大勢でも1人になれる自信がある」

「それを誇らしげに言えるのはあなたくらいでしょうね……。呆れるのを通り越して軽蔑するわ」

 え、そこ尊敬じゃないの?

「名前」

 俺たちの会話を聞いていた少女が不意に言った。何言ってんだろうこいつ。

「そう言い方じゃ駄目だよ。名前を聞く時は自分から言わなくちゃ」

 俺の頭の上からサイの注意が飛ぶ。まさか年下にそんなこと言われるとは思わなかったのか少女は少し気まずげに視線を逸らす。

「鶴見留美」

 普通、小さな子に注意されると小学生なら拗ねるのだが、自分が悪いと理解したのか留美は素直に小さい声で自分の名前を言った。留美か。あだ名はルミルミだな。

「私の名前はサイだよ。よろしくー」

 俺の肩から下りて留美に手を差し出すサイ。まさか手を差し出されるとは思わなかったのか留美は目を丸くしてそれを見ていた。

「大丈夫。ここはぼっちしかいないから」

 あの、確かに事実なんだけどもう少しオブラートに包んであげて。雪ノ下さんが少しムッとしていますから。

「……よろしく。サイ」

 少し遠慮がちにサイの手を握る留美だったが、何だろう。本当に雰囲気似ているな、こいつら。

「……なぁ、雪ノ下。ちょっと頼みがあるんだが」

「何かしら?」

「ルミルミの隣に立ってくれない?」

「ルミルミ言うな、八幡」

 どうやら、サイが俺たちのことを紹介してくれたようだ。

「……これでいいのかしら?」

 訝しげな表情を浮かべて留美の隣に立つ雪ノ下。丁度、留美を挟んで右にサイ、左に雪ノ下が立っている構図だ。

「おい、由比ヶ浜」

「ん? どったの?」

 丁度、俺たちのところに到着した由比ヶ浜を呼ぶ。不思議そうな顔で俺の隣まで来た。

「これを見てどう思う?」

「これ? うわあ!」

 並んだ3人を見て由比ヶ浜は目を輝かせる。無理もない。この3人、髪型が似ているからまるで3人姉妹のように見えるのだから。

「なにこれ! 可愛い!」

 携帯で写真を取る由比ヶ浜。ちゃんと許可取ってから撮ってね。

「早くしてくれないかしら?」

「まぁ、待て。ここで解説を入れたい」

「解説?」

 見世物にされていると理解したのか雪ノ下は不機嫌そうに呟く。しかし、構わない。どうしてもこれだけは言いたいのだ。因みに留美は逃げようとしているがサイに捕まっていて逃げられない。あ、肩を落として諦めた。

「まず、サイだな。小学1年。これからできる友達に夢を膨らませ小学校に入学した」

「友達できるかなー!」

 空気を読んで一言述べるサイ。その表情も楽しそうだ。

「……しかし、小学6年生になって現実が見え始めた。それが留美。現実とは厳しいもので全てが上手く行くわけではないと理解し始めたのだ」

「……バカなの?」

「そして……時は流れ。高校生になった雪ノ下雪乃は現実を受け入れ、孤高の存在になった。周りの人? そんなもの捨て置け。間違っていることは間違っている。合っていることは合っている。相手の気持ちなんか知らない。私が正しい」

「そこまで考えてないわ。事実を言っているまでよ」

「……何だろう。3人を見てるとサイの将来がものすごく、心配に」

 結論を述べたのは由比ヶ浜だった。いや、本当にサイの将来が心配になって来る。ぼっち三姉妹だから仕方ないね。

「……もういい?」

「ああ、サンキュ」

 留美が俺を睨んでいるのでいい加減、ふざけるのを止める。他の2人にも謝っておいた。怖いし。

「でも……なんかそっちの3人はあのへんの人たちと違うような気がする」

 唐突に留美が俺たち(由比ヶ浜以外)を見ながら言う。まぁ、ぼっちだしな。

「私も違うのあのへんと。周りはみんなガキばっか。その中で上手く立ち回ってたけどなんかそういうのくだらないから止めた。1人でもいいかなって。別に中学に入れば余所から来た人と仲良くすればいいし」

 確かに留美は現実を見始めている。だが、まだ見始めたばかりなのだ。だからこそ、そんな希望などないことを“見ようとしない”。

「残念だけどそうならないわ」

 ぼっち代表として雪ノ下が留美の言葉をぶった切る。それを見てサイが少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

「あなたの通っている小学校からも同じ中学に進学する人もいるのでしょう? なら、同じことが起きるだけよ。今度は余所の人も一緒になって」

「……やっぱり、そうなんだ」

 それを聞いた留美は諦めたような声で小さく呟く。それから彼女は教えてくれた。誰かがハブられることは何度かあり、しばらくしたらまた話し始める。誰かが言いだすと他の子もそういう雰囲気になり、また誰かを孤立させる。そして、留美の番になっただけ。

「中学校でも……こんな風になっちゃうのかな」

 嗚咽が入り混じった震える声音。それが印象的だった。

 




来週のお話しは少し短めです。本当は2話続けて投稿しようと思ったのですが、今週から期末テストが始まるので執筆時間が取れないと思い、2話目は来週分の更新に回します。ご了承ください。


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LEVEL.19 群青少女は比企谷八幡を求めるが他の人は拒絶する

この小説には章ごとにテーマがあったりします。
序章は『サイとの出会い』
第1章は『サイとのすれ違い』
そして――第2章は『サイの異常性』です。

序章、第1章で見え隠れしていたサイの異常さが第2章で明らかになる、ということなのですが……そのため、サイの短所が多々出て来ます。
まさに今回のお話しでその短所が出て来ますのでご了承ください。


 さて、カレーも完成して後は食べるだけなのだが、1対のベンチで食べることになった。だが、問題は誰がどこに座るかである。いや、別に争いごとは起きなかったよ? 起きなかったけどさ。

「あ、私、ハチマンの膝の上がいい!」

 この子の発言のせいで全員から凄まじい目で見られた。あ、でも! 戸塚だけは違うよ! 『本当に八幡ってサイちゃんに懐かれてるなー』みたいな微笑ましい感じで見られただけだよ!

「……はいはい」

「お礼にあーんしてあげるね!」

 止めて! 八幡のライフはもう零よ!

 それから皆の前であーんされたりしたりしているといつの間にかカレーがなくなっていた。味なんかわからなかったよ。

 それから時は過ぎ、留美の話になった。まず、助けるか助けないかの話になり、結局助けることになった。しかし、そこからが問題だった。

 三浦の『他の子に話しかければオールオッケー作戦』、海老名さんの『趣味に生きよう! 出来れば、腐腐腐作戦』などすでにカオスだった。お願いです、海老名さん、雪ノ下とサイにBLを勧めないでください。特にサイは俺の持っている本を手当たり次第に読んでいるからすでにBLという言葉の意味を知っているので本当に止めてください。染まってしまいます。

「やっぱり、皆で仲良くできる方法を考えないと根本的に解決できないか」

 不意に葉山がそう呟く。それを聞いて俺は思わず、乾いた笑いを漏らしてしまった。そんなことできるわけない。『皆仲良く』なんて言葉はただの呪いだ。『ほら、皆で仲良くしようよ!』、『皆で問題を解決しようよ!』、『“皆であの子をハブろうよ”!』。つまり、『皆』に入れなかった人は結局、ハブられる。今回は留美を『皆』の中に入れる、もしくは『皆仲良く』という鎖を断ち切る方法を見つけなくてはならない。それをこいつは理解していない。

「バカなの?」

 そんなことを考えていると俺の膝の上にいたサイが低い声で葉山を侮辱した。他の皆は目を丸くしてサイを見る。

「皆で仲良く? そんなことできるわけないでしょ。もう少し現実見てよ」

「え、えっと……サイちゃん? 急にどうしたの?」

 葉山が顔を引き攣らせてサイを宥めようとするがサイは止まらない。止まるわけなかった。

「考えてみてよ。今回の問題は『皆で仲良くルミをハブってること』でしょ? 皆で一緒になって1人の子を孤立させているのが問題なの。それなのに『皆で仲良くしましょう』? ふざけるのも大概にしてよ。ただでさえ、ハヤトのせいでルミの立場が悪くなってるのに。これ以上余計なことしないで」

 そう、留美の立場はあろうことか葉山のせいでオリエンテーリングが始まる時よりも悪くなっている。だからこそ、『余計なこと』なのだ。

「ちょっと、年上の人に対して失礼じゃない?」

 そこでサイに噛みついて来たのは三浦だった。まぁ、年上を侮辱する子供がいれば文句も言いたくなるだろう。サイは黙って三浦を見つめる。それを受けた彼女は捲くし立てるように言葉を紡いだ。

「せっかく皆で仲良く出来る方法を探そうとしてんのになんでそういうこと言うわけ? まだ子供なのに何がわかるの?」

 サイは子供だ。魔物でも歳は6歳である。三浦の言う通り子供だ。だが、子供だからこそわかることがある。サイだからこそ言えることがある。何の考えもなしに文句を言えば――。

「じゃあ、ユミコはハチマンと仲良く出来る? 一緒にお昼食べて一緒に遊びに行くことできる?」

「あ? なんであーしがヒキオなんかと」

「ほら、“仲良く出来ない”」

「ッ……」

 ――ほら、論破された。

「『皆仲良く』なんて妄言を聞いてると本当に虫唾が走る。人間誰だって好きな物や嫌いな物があるんだよ。皆で手を繋いで笑って歩こう、とか不可能なの。もし、そんなことできたら今頃……」

 ギュッと自分のワンピースを握るサイ。彼女は今、魔物の王を決める戦いの真っ最中だ。100人の魔物の子が戦い、たった1人になるまで戦う。仲良くなんてできない。それこそ、ガッシュやティオなんて例外中の例外なのだ。上手くガッシュやティオ、サイが生き残っても最後は戦わなくてはならない。仲良くなんて――できないのだ。

「だからもうそんなこと私の前で言わないで」

 それだけ言い残してサイは俺の膝から下りて歩いて行ってしまった。静まり返ったベンチで話し合いなんかできるわけもなくすぐに解散になった。

 

 

 

 この時、俺は間違えていた。サイがどうして『皆仲良く』という言葉が嫌いなのか。何故、あそこまで拒絶したのか。俺はサイの本当の気持ちを知らずに知ったようなことを考えていた。だからこそ、俺たちは自分たちでは認識できないほど少しずつすれ違っていった。それがわかるのはずっとずっと後――消滅の力を操る魔物と戦う頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから脱衣所で戸塚に大事なところを見られたり、恋愛話っぽいものに参加したりしたが俺はサイのことが気になって眠れなかった。1人で眠れずにすぐ俺のところに来ると思っていたのだが、来る気配がない。頑張っているのだろうか。我が子の成長を感じる。あ、俺の子供じゃないや。妖精さんだった。

「……」

 このまま横になっていても眠れそうにない。仕方なく、少しだけ夜風に当たろうと思い、3人を起こさないように魔本の入ったバックを持って外に出た。

 さて、ここは千葉村という辺鄙な土地だ。そのため、めちゃくちゃ暗い。一寸先は闇と言うがまさにそれである。正直に言うととても不気味で怖い。周囲にビビりながら進むが、心が折れそうだった。ふぇぇ、サイ、助けてー。『サウルク』で飛んで来てー。怖いよー。

 そんなことを考えながら歩いていると雪ノ下が独りで歌っているところに出くわしてしまった。邪魔しては悪い、と帰ろうとしたが小枝を踏んでしまって簡単に見つかった。なんてベタな見つかり方。

 何故こんなところにいるのか聞いたらどうやら、氷の女王様は突っかかって来た炎の女王様(三浦のこと)を30分かけて論破してしまい、泣かれたそうだ。氷の女王様強い。でも気まずい空気には勝てなかったよ。

「そんなことより……サイさんのことよ」

「……何かあったのか?」

 深刻そうな顔で俺を見る雪ノ下。やっぱり、何かあったか。あのサイがこんな時間まで独りでいられるわけがないからな。

「まず……お風呂ね。あの子、1人で入るって言ったわ」

「まぁ、家でも1人で入ってるしな」

「でも、由比ヶ浜さんがちょっとしつこく誘ったのよ。あんなことがあった後だし、心配だったのでしょうね……サイさんはそれを断った。泣きながら」

「……はい?」

 泣いた? たかがお風呂に誘ったぐらいで?

「『お願い……お願いだから1人で、入らせて』って。それを見て由比ヶ浜さん、懸命に謝ったわ。何か心当たりはない?」

「……いや、ない」

 お風呂に関しては全くノータッチだった。1度、小町に誘われていたがその時も断っていたし。何か、あるのだろうか。

「それに……寝る前にも」

「泣いて喚いたか?」

「……そっちの方がよかったかもしれないわね」

 何か嫌な予感がする。

「サイさん、布団の中で震えていたわ。たった独りで。誰も布団に近づけさせないように」

「何?」

 てっきり、小町か由比ヶ浜あたりが添い寝すると思っていたので驚いてしまった。

「小町さんも由比ヶ浜さんも『一緒に寝ようか』って聞いたわ。でも、それすらもサイさんは断った。お風呂の件もあったし、2人はすぐに諦めたわ」

「……」

 まだ俺は本当のサイを知らないのかもしれない。普段は俺にくっ付いて笑い、1人になれば体を震わせ、何かに怯えている。そして、俺を見つけると安心した表情を浮かべて息を吐く。だが、俺以外の人を求めない。まるで――“俺”だけしか見えていないようだった。何となく、ホログラムという言葉を思い出した。目では見えているのに実体はないただの映像。サイは俺以外の人をホログラムと認識し、寄りかからない。寄りかかればすり抜けて倒れてしまうから。だから、実体のある俺だけに寄りかかる。サイの世界で触れられるのは俺だけだから。

「……それじゃ、私はそろそろ戻るわ」

「……ああ」

 雪ノ下が去った後も俺はその場から動けなかった。バックから取り出した魔本を手で撫でる。群青色の魔本。サイと俺を繋ぐ絆の証。でも、俺とサイを引き裂く証でもある。

「サイ、俺は……」

 お前に何ができるのだろう。お前と一緒に戦うって決めたのに。俺はまだお前を知らない。どうすれば教えてくれるのだろう。俺は、何をすべきなのだろうか。

「『――』」

「え?」

 不意に声が聞こえたと思った刹那、見えない何かが俺へと向かって来る。

「がッ……」

 躱すことすら出来ずに衝撃波が直撃した。後方に吹き飛ばされて地面を転がる。

(ま、まさか……)

 魔本を抱きしめるように持ってフラフラしながら立ち上がった。ジンジンと体が痛む。呼吸も上手く出来ない。

「はは、まさかこんな辺鄙なところで魔本を持った人間に遭うとはなぁ。微弱な魔力を辿って来てよかったぜ」

 薄暗い森の中、頼りになるのは月明かりのみ。その光源が映し出したのは茶髪の子供とその隣に立つ腕組みをした男だった。

(魔物ッ……)

 どうやら、俺のすべきことはこの逆境を乗り越えることらしい。パートナーなしで

 



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LEVEL.20 暗い森の中で比企谷八幡は逃げ惑う

 シン、と静かな部屋の中、私は布団の中で震えていた。

「……」

 今まで寝る時はいつも傍にハチマンがいた。いつも彼の腕に抱き着いて寝る私を見て苦笑いを浮かべるハチマンがいた。でも、今日はいない。

(怖い……)

 こうやって寝ている間に彼が消えたらどうしよう。私の知らない間に彼が怪我をしていたらどうしよう。私が寝ている間に彼が泣いていたらどうしよう。そんな思考が頭の中でグルグルと渦まき、私の心を蝕む。

「……」

「あれ? サイちゃん、どうしたの?」

 布団から出た私に声をかけたのはコマチだった。お風呂上りなようでドライヤーで髪を乾かしている。

「ちょっと風に当たって来る」

「……気を付けてね。暗いから」

「うん」

 少しだけ心配そうに見ていたが、コマチは止めなかった。ちょっと色々あったので気を使ってくれたのかも知れない。まぁ、十中八九私がハチマンのところへ行こうとしていると思っているのだろう。当たっているけど。

 コマチに手を振りながら外に出る。外は真っ暗だ。でも、“暗視”能力を持っている私には関係ない。

「ねぇ」

 誰もいない虚空に声をかける。すると、近くの建物の屋根にいたのか一羽のフクロウが私のところまで飛んで来た。

「周囲の状況はどう?」

 昼間、野生動物たちを集めてこの辺に魔物らしき人物がいないか聞いていた。その結果はグレー。数頭の動物が魔物らしき人物を見かけたらしいが、その詳細は不明。なので、小鳥にこの辺にいる動物たちに注意するように呼びかけて欲しいとお願いした。小鳥も頷いてくれた。だからこそ、目の前にフクロウがいるのだろう。

「……そう、ありがと」

 フクロウからの報告によるとまだ魔物らしき人物は見つかっていないらしい。

(あの時……気が動転しなかったら……)

 普段私は自分の魔力を隠して暮らしている。そう散々、“訓練”された。この技術は魔界の王を決める戦いでかなり有効だった。私もそうだが、魔物の子の中には魔力を感知できる子もいる。そのせいで不意打ちを受けて魔本を燃やされた魔物だっているはずだ。

 それを私は警戒してずっと魔力を隠し続けている。その成果もあってほとんど魔物と出会うことなく今日まで生きていた。しかし、魔力を隠すのは結構骨がいる。特に私の気が動転した時とか魔力を隠すことは愚か、放出してしまうのだ。

 そして、今日ハヤトに挨拶されて私は思わず、魔力を放出してしまった。しかも、結構な量と勢いで。

「あら、サイさん?」

 後悔しているとユキノが声をかけて来た。そう言えば、部屋にいなかった。

「どうしたの?」

「それはこっちの台詞よ……フクロウ?」

 私の目の前にいるフクロウを見て目を丸くする。『じゃあ、引き続きお願いね』と言ってフクロウを開放した。

「……本当に動物と話せるのね」

「話せるって言うか……動物の心を読むって感じかな?」

 読心術を覚えようとして何故かこの技術を習得してしまった。習得出来た理由は自分でもよくわかっていないが、便利なので放置している。

「私は風に当たりに来たの。眠れないから」

「……そう。そう言えば、さっき比企谷君に会ったわ」

「ハチマンに!?」

 興奮のあまり、ユキノの脚に抱き着いてしまった。ハチマンとは違って細い。少しでも力を入れたら折れてしまいそうだ。

「ち、近い……離れてくれるかしら」

「どこに!? どこにいたの!?」

「……はぁ。教えるから離れて」

「うん!」

 それからユキノにハチマンと会った場所を教えて貰った。

(ハチマン、今行くよー!)

 先ほどまで沈んでいた気分なんかどこかへ飛んで行った。彼に会うのが楽しみで仕方ない。彼はきっと私と一緒に戦ってくれるから。

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 彼はきっと泣きながら私に最期のお別れの言葉を言わないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 群青色の魔本を胸に抱えて俺は真っ暗な森の中を走っていた。

「『ギケル』」

 しかし、後ろから飛んで来た衝撃波に煽られてバランスを崩してしまう。何とか態勢を立て直して走るが後ろから迫る魔物たちとの距離は縮まってしまった。

「くそ」

 魔物たちを出会ってからまだ数分しか経っていない。でも、たったそれだけなのに俺はすでに満身創痍だった。今のところ躱しているけど当たったら走れなくなってしまい、魔本を燃やされてしまう。そうならないためにも今は走って逃げるしかない。

「おー、頑張るねぇ」

「『ギケル』」

 魔物の子の呟きと共に聞こえる呪文。すぐに右へ飛んで衝撃波を躱した。奴らは俺の足を狙っている。なら、呪文を唱えた直後に左右に躱せばいいだけのこと。

(問題は……)

 こちらに対抗手段が全くないことだ。幸い、携帯は持って来ていたので由比ヶ浜に連絡しサイを呼ぶことは可能だ。しかし、問題が二つ。

 まず、繋がるかどうか。ここは森の中なのでもしかしたら電波が届かないかもしれない。確認しようにもそれどころではない。

 そして、もう1つが由比ヶ浜も一緒について来てしまうかもしれないことだ。サイが止めてくれることを祈るしかない。まぁ、携帯を取り出すことすらできないこの状況で助けを呼ぶなんてできるわけがないのだが。

「おいおい、逃げるだけかぁ? 助けを呼びに行かなくてもいいのかぁ?」

 魔物の挑発には乗らない。確かにそんなに離れていないから森を脱出して助けを求めることはできる。しかし、そうすれば由比ヶ浜はもちろん、他の奴らも巻き込んでしまうだろう。それだけは避けなければならない。

(頼むぞ、サイ)

 今、最も期待するのはサイの“魔力感知”だ。彼女の魔力感知がどの程度の性能なのかわからないが、魔物の魔力を感知してくれればすぐに駆けつけてくれるはず。それに期待するしかない。

「『ギケル』」

 その時、また呪文が聞こえた。左に回避。

「ガッ!?」

 だが、それを読まれていたのか俺の右足に衝撃波が直撃し、転んでしまった。痛みで魔本を落としそうになったが気合で抱え直す。

「あーあ、当たっちゃったぁ」

「これで逃げられない」

 振り返ると魔物とそのパートナーが俺を見下ろしながら笑っていた。このままでは魔本を燃やされてしまう。

「……最後に聞かせてくれ」

 時間を稼げ。何か思いつくまで時間を稼ぐのだ。

「何だぁ?」

「さっき魔力を感知したって言ってたけど……どういう事だ?」

 目だけで周囲の状況を確認しながら質問する。彼は言っていた。『微弱な魔力を辿って来た』と。サイと同じように魔力を感知できるのだろうか。

「ああ、最後に教えてやるよぉ。俺はな、魔力を音波として感知できるんだ」

「音波?」

「ああ、魔力特有の波長って言うのかなぁ。そう言うのを感知する。今日の昼間に結構でかい魔力を感知したんだけどよぉ。ここに来たらすでにその魔力はなくなってたんだ。だからこの辺をうろうろしてたってわけぇ」

 多分、その魔力はサイの物だ。どうしてそうなったのかはわからないが、こいつらを除いてこの辺にいる魔物と言えばサイしかいない。

「それにしても最期までお前のパートナーは現れなかったなぁ。逃げたのかぁ?」

「あいつに限ってそれはないと思うぞ」

 なんたってバトルジャンキーだからな。

(さて……そろそろ頃合いか)

 右をチラリと見てタイミングを計る。

「なぁ? 知ってるか?」

「あ?」

 俺の問いかけに魔物は首を傾げた。

「俺のパートナーは『孤高の群青』なんだ」

「なっ!?」

 まさかこんなところで『孤高の群青』という名前を聞くとは思わなかったのだろう。魔物は目を丸くして驚愕する。

(『孤高の魔物』を知ってる奴で助かった)

 ティオ曰くサイの二つ名は結構有名らしい。少なくともサイたちが通っていた学校で知らない人はいないほどだ。だからこそ、ティオはサイを見て驚いていた。それを利用したのだ。

「じゃあな」

 そして、俺は痛む足に鞭を打って右に飛んだ。その飛距離はたったの1メートルほど。でも、それだけでいい。何故なら――。

(サイ、すまん)

 ――右は急な斜面になっているからだ。

 俺の体は空中へ投げ出され、真っ暗な闇の中に落ちて行った。

 




感想ですが、8月11日まで家を空けるのでPCがいじれないため、11日以降に返信します。ご了承ください。


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LEVEL.21 こうして、群青少女は間違え成長する

「あれ?」

 ユキノに教えて貰った場所に着いたがハチマンの姿はどこにもなかった。あれから結構、時間が経っているしもう帰ってしまったのだろうか。

(……このまま突入しちゃおうかな)

 やっぱり、まだ怖い。多分、このまま帰っても眠ることなどできないだろう。ハチマンに迷惑をかけてしまうが、彼ならきっと苦笑しながら布団の中に入れてくれるに違いない。

 そうと決まれば早速、行動しよう。来た道を戻ろうと踵を返したその時、私は見てしまった。

「……嘘」

 地面を何かが抉ったような痕跡を。急いで駆け寄ってよく観察する。確証はないが人の力では不可能な抉られ方だった。その他にも人の足跡が3つ。“見覚えのある足跡”と見たことのない足跡が2つ。その内の1つは私と同じぐらいの体格の子。つまり――。

「っ!」

 大声を上げそうになったが何とか踏み止まった。ここは森の中。どこに敵が潜んでいるかわからない。まぁ、私の魔力感知が反応を示さないということはこの付近にはいないだろうけど。

(そんなことよりも今はハチマン)

 足跡の様子を見るに魔物の攻撃を躱しながら逃げているようだ。時々、足跡が左右にぶれている。また、ぶれた足跡の近くの地面は先ほど見たような抉られ方をしていた。もし、体を狙っているならぶれた足跡の近くではなく、もう少し先の地面が抉れるはずだ。

(魔物はハチマンの足を狙ってる……急がないと)

 周囲を警戒しながら足跡を辿る。その間に近くにいた夜行性の動物に声をかけてハチマンらしき人物と魔物たちの捜索を頼んだ。

「ハチマンっ……」

 足跡を見失わないように気を付けながらパートナーの名前を呼ぶ。貴方は今、どこにいるの? 無事なの? 怪我とかしてない? 死んでないよね? 私を置いていかないよね? 最期の言葉を残さないよね?

 そんな問いかけを頭の中で繰り返していると突然、ハチマンの足跡が消えた。見失ったのかと思って地面を観察するがやはりない。その代わり、誰かが倒れたような形跡がある。どうやらここでハチマンは足に攻撃を受けてしまったようだ。

(でも、ハチマンはここにいない……となると)

 ハチマンならこんなところで諦めたりしない。私と一緒に戦う方法を見つけてくれると約束してくれたから。捻デレな彼ならきっと――。

「まさか!」

 森を観察して右側が急斜面になっているのに気づき、息を飲んだ。大切な物を守るために自分が傷つくのを躊躇わない彼なら何の躊躇もなく右に跳ぶだろう。

「誰か……誰かいない!?」

 暗視能力があると言っても真っ暗な森の中でこんな急斜面に飛び込むのは無謀である。はやる気持ちを抑えて森に向かって叫ぶと猪が出て来てくれた。

「お願い! この斜面の下に行きたいの。他に道はない?」

 私のお願いを聞いて猪は一度鼻を鳴らすとノシノシと歩き出した。案内してくれるようだ。しかも、とっておきの近道らしい。だが、少し険しいため大丈夫かと心配してくれた。

「大丈夫。もっと険しい道を通って来た」

 それを聞いた猪は少しだけ笑って振り向きもせずに歩き続けた。

(ハチマン……待ってて。今、行くから)

 例え、彼が今どのような状況でも救ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上していく。しかし、はっきりとしない。今どこにいて何時なのかもわからない。

「っ……」

 激痛が走って声を漏らしたが掠れていたので音にならなかった。あー、人生で一番痛い思いしているな、これ。目を開けるがぼやけている。そんな視界で周囲を見渡すと森の中だった。あの魔物たちはいない。まだ見つかっていないようだ。魔本も無事。

(何とか……なったか)

 しかし、この状況は少しまずいかもしれない。体に力が入らないのだ。それに少し鉄臭い。もしかしたら、出血しているのだろうか。そう言えば、お腹がジンジンと痛む。震える右手でお腹を触り、チラリと見ると赤い液体が付着していた。斜面を転がり落ちている間に尖った岩か木でお腹を切ってしまったようだ。

「――っ! ――!」

 そんなことを考えていると何か音がした。いや、声だろうか。

「――ン! しっ――! ――マ――!」

 俺の顔を覗き込んでいるようで泣きそうな表情を浮かべながら俺の傷の具合を確かめている。見覚えのある長い髪と特徴的な群青色の目。ああ、そうか。来てくれたのか。ぼやけた視界でもわかるぞ。

「サ……ィ」

「――、――――! だ――」

 頼む。もう少し大きな声で話してくれ。聞き取れない。意識が朦朧としているんだ。

 俺の意識がはっきりしていないとわかったのか。サイは着ていたワンピースの裾を細長く破って俺のお腹をきつく縛った。止血しているらしい。今度は右足に木の枝をあてがい、こちらも縛る。

「ハチマン! しっかりして!」

 応急処置してくれたからかサイがそばにいてくれたからかやっと彼女の声が聞き取れるようになった。

「大丈夫だよ。お腹は裂傷してて右足は折れちゃってるけど応急処置すれば何とかなるから。もう少し頑張って!」

「……あ、あ」

 掠れた声で返事をするとホッとしたのか安堵のため息を吐くサイ。しかし、すぐに顔を歪ませて右の方を見た。

「……ハチマン、ここにいて」

 きちんと止血できているか確認した後、立ち上がったサイは無表情だった。そして、何より群青色の目が不気味なほど澄んでいた。それを見て彼女の魔力感知に敵が引っかかったのだと察する。

「気を、つけろ、よ……」

 このままあいつらを放っておけば面倒なことになる。そう思って独りで倒しに行くのだろう。一緒に行ってやりたいが今の俺は動けない。こうやって声をかけてやることしかできない。

「っ……うん、行ってくるね!」

 声をかけられるとは思わなかったのか目を丸くした彼女だったが、すぐに笑って森の中へ消えていった。

「……」

(サイ、すまん)

 俺は心の中でサイに謝る。もう、限界だった。

 

 

 

 

 微かに見えるパートナーの背中を見送りながら俺は再び、闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 魔物が舌打ちをした。獲物を見つけられず、イライラしているのだろう。それをパートナーらしき人物が宥めていた。

 ここは森の中。光源は空に輝く月のみ。そして――私が最も得意とする戦場だ。

「ん? おい、あそこ揺れたぞ?」

 魔物が何かを見つけたらしい。ガサガサと揺れている草むらに手を向けた。

「『ギケル』」

 そして、呪文を唱える。見えない衝撃波が草むらに直撃した。それとほぼ同時に草むらの中から猪が現れ、逃げていく。

「なんだぁ、猪かよ」

 そう悪態を吐く魔物。今度は右側の草むらが揺れた。

「『ギケル』」

 もう一度、呪文を唱えた。現れたのは小さな熊だった。熊も逃げていく。

「……なぁ、おかしくないかぁ?」

「何がだ?」

「どうして、こんなところに猪や熊がいる? 森の中だがぁ、民宿がある。普通、出てこないと思うがぁ?」

 魔物の言うとおりだ。野生動物は基本、臆病である。そのため、人が集まるような場所には行かない。行ったとしても食べ物がなくてどうしても獲物が欲しい時か間違って紛れ込んでしまった時ぐらいだ。

(そろそろか)

 私は手に持っていたジッポライターの蓋を開けて、閉めた。ジッポライター特有の音が森に響く。

「な、なんだぁ? 今の音」

「ジッポライターのようだが……」

 カチ、カチ、カチと一定のリズムを刻むジッポライター。それを続けながら空いた右手を挙げたフクロウに合図を送る。魔物の後ろの草むらが揺れた。すぐに振り返って魔物たちはその草むらに向かって攻撃した。

「『ギケル』!」

 草むらから出てきたのは小さなリスが2匹。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 ジッポライターの音が響く。

「くそ! どこからだぁ!?」

 キョロキョロと周囲を見渡す魔物だが、それでは駄目だ。そんな闇雲に探しても私は見つけられない。また右手を挙げた。今度は木が揺れる。

「『ギケル』!」

 また外れ。サルが逃げていった。また草むらが揺れる。

「『ギケル』!!」

 外れ。そこには――何もいない。ただ、風で草むらが揺れただけだ。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 さぁ、惑え。踊れ。お前たちの悪趣味なダンスを見ていてやる。ほら、また草むらが揺れたぞ?

「『ギケル』!!」

 今度は木だ。

「『ギケル』!!」

 外れ。お前たちはもう私の術の中。このジッポライターの音が響く限り、踊り続けるしかない。お前たちは私の操り人形なのだから。

「どこだぁ! 出てこい! 出てこおおおおおおおい!!」

「『ギケル』! 『ギケル』! 『ギケル』!!」

 いい音色だ。もっと響かせろ。ジッポライターのリズムに合わせて。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 ジッポライターの音が響く。

「はぁ……どこだ……どこに……」

 カチ、カチ、カチ――。

 不意にジッポライターの音が途切れた。

「あは……あはははは! なんだ、拍子抜けかよぉ! びびったのか!? ああ!?」

 操り人形は狂ったように笑う。自分を縛っていた糸が切れて喜んでいる。

(馬鹿でしょ)

 知っているのかな。操り人形の糸が切れたら――操り人形はその場に崩れ落ちちゃうんだよ?

「こんばんは」

 木の上から飛び降りて二人の背後を取った私が声をかけると勢いよく振り返る操り人形だち。そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 魔物たちを片付けた私は急いでハチマンの元に向かっていた。

(やった。やったよ、ハチマン!)

 今すぐ魔物たちを倒したと伝えたかった。そして、褒めて欲しかった。『よくやった』、『さすが俺のパートナーだな』。そんな言葉が欲しかった。“あの頃”と同じように誰かに褒められたかった。

「ハチマン!」

 ようやく彼の姿を見つけて叫んだ。全速力で来たので肩で息をしているが気にしなかった。

「ハチマン、やったよ! 私、魔物倒したよ!」

 駆け寄りながら勝利の報告をする。きっと、彼はすぐに――。

「……ハチマン?」

 ハチマンは何の反応も示さなかった。

「ねぇ、起きてよ。ハチマンってば」

 恐る恐る彼の体を揺するが応答なし。呼吸も乱れている。顔も白い。

「あ……」

 そこでやっと私は我に返った。どうして、私は魔物を倒して喜んでいた? ハチマンが死にそうなのに勝利の喜びを噛み締めていた? 何故……何故、ハチマンが死にそうなのを忘れていた?

「あ、ああ……」

 そうだ。私は楽しんでいたのだ。あいつらを追い込むのを。面白いように踊り狂う彼らを見て笑っていた。ハチマンのことなどすっかり忘れていた。素早く彼の容態を確認するが後数分で死ぬ。そう判断できた。

 

 

 

 

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 

 

 

 

 焼けた森の中。焦げ臭い匂いと血の匂いが充満している。周りにはたくさんの魔物の死体。そんな中、私は1人の少女を抱えて叫んでいた。そんな光景がフラッシュバックする。

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 また私は繰り返すのか。また私だけが生き残るのか。もう嫌だ。独りで生き残るなんて。大切な人たちが目の前で死んで行くなんて。私の知らないところで傷つくなんて。

「ふざけんなっ! ふざけんなああああああああああああああああ!!」

 誓ったのだろう? もう、失わないと。

 決めたのだろう? もう、間違えないと。

 願ったのだろう? 目の前に倒れている彼と一緒に戦うと。

 でも、私は間違えた。あの頃の私に戻っていた。傷つけることを快楽とし、笑いながら返り血を浴びる私に。大切な人を蔑ろにし、自分のためだけに戦っていた。

「私は何のために戦ったんだ! なんで守りたい物を守れないんだ! こんな……こんな力いらなかった!」

 人を傷つけることしかできない力。あの時も今も私にはそれしかなかった。

 でも、本当に求めたのはそんな力ではない。私が求めたのは――。

(大切な人を守ることのできる……癒すことのできる力!!)

 今まさに目の前で死にそうになっている私の大切な人を癒す力が欲しい。

 その時、不意にハチマンが抱えていた魔本が群青色に輝き始めた。

「……まさか!?」

 急いでハチマンの腕から魔本を抜き取り、ページを捲る。そして、見つけた。新しい呪文。この呪文を唱えればもしかしたら、ハチマンは助かるかもしれない。

「ハチマン、目を開けて! この呪文を……私の新しい力を使って!!」

 新しい呪文が書かれたページをハチマンに見えるように掲げ、彼の左手を魔本に触れさせた。

「ハチマンっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い海の底。目を開ければ群青色の世界が広がっていた。遠いところで光が揺れている。俺は沈んでいく。深い深い海の底へ。

『――』

 誰かの声が聞こえる。

『ハチマン』

 この声は……サイだ。悲しそうな声で俺の名前を呼んでいる。

 ――なんで、悲しそうなんだ? 何が悲しいんだ?

『私はハチマンと一緒に戦うって決めたのに……結局、独りで戦ってたから』

 その声音はとても辛そうだった。

 ――そんなことないだろ。お前は俺のために最善を尽くしてくれた。

『ううん。魔物と戦ってた時、私は貴方のことを忘れてた。そんなの一緒に戦うって言わないよ』

 ――なら、俺だってお前に助けを求めなかった。お互い様だろ?

『……ハチマンは優しいね』

 なぁ、サイ。

『もう……無理だよ。私、もう戦えないよ』

 どうして、お前は。

『ごめんね……ごめんね、ハチマン』

 そんな、悲しい声で謝るんだ? 俺はお前にそんな顔して欲しくないんだ。

 ゴボ、と俺の口から気泡が出た。沈んでいた意識がクリアになっていく。

 これまでサイは独りで戦って来た。俺は後ろで呪文を唱えるだけだった。

(そうか。そうだったのか)

 また俺は間違っていたようだ。サイと一緒に戦う。その答えを見つけると彼女と約束した。でも、約束しただけで行動に移していなかった。

(待っているだけじゃ駄目だ)

 沈んでいた体が突然、浮上し始めた。どんどん揺れる光に近づく。俺は必死になってその光に向かって右手を伸ばした。

 光の向こうに群青色の文字列が見える。唱えろ。その呪文は俺とサイが再び、歩き始めるきっかけになる呪文だ。さぁ、唱えろ。前に進むために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『サル……フォ……ジ……オ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハチマンがつっかえながら呪文を唱えた。

「っ?!」

 その刹那、群青色の魔本が強い光を放つ。その光はとても暖かかった。

「お願い! ハチマンを救って!!」

 祈りながら本能的に両手を上に伸ばす。すると、私の頭上が光り輝き、巨大な注射器が出現した。

「はあああああああああ!!」

 大声を上げて両手を振り下ろし群青色の液体が入っている注射器を思いっきり、ハチマンの体に突き刺した。一瞬だけ顔を歪めるハチマンだったが群青色の液体が彼の体に流れていくにつれ、どんどん傷が癒えていく。

(これが……)

 私の新しい呪文。ずっと……ずっと欲しかった癒しの力。

 注射器の中身がなくなった時にはすでに彼は完全に回復していた。腹部の裂傷も右足の骨折もすっかり元通りである。

「ハチマン!」

 注射器が消えると同時に彼に飛びつき、容態を確認した。呼吸も安定している。出血のしていない。顔色もいい。

「……あ、ああ」

 助かった。ハチマンは助かったのだ。

「よかった……よかったよぉ」

 安心したからかボロボロと涙が溢れていく。何度も拭うが止まる気配はない。

「……う」

 その時、うめき声を漏らしたハチマン。顔を上げると彼はゆっくりと目を開けた。

「あ、れ……」

 自分の体を見て傷がないのに気づき、首を傾げるハチマン。

「ハチマン、大丈夫?」

「ああ……でも、なんで」

「それは後で説明するよ……ねぇ、ハチマン」

「なんだ?」

「ありがとう。生きていてくれて」

 私の顔を見て目を丸くする彼だったがすぐに苦笑してポンと私の頭に手を乗せた。

「こちらこそ、守ってくれて……さんきゅな」

「うんっ!」

 そっぽを向いてお礼を言うハチマンに抱きつきながら私は頷く。もう、私の目から涙が消えていた。

 




第4の術 『サルフォジオ』
・回復呪文。サイの頭上に群青色の液体が入った巨大な注射針が出現し、刺した対象の傷を回復させる。少し痛い。??????


???の部分は検証した後に公開します。なお、心の力は一切回復しません。


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LEVEL.22 2人は共に前に進もうと覚悟を決める

 新呪文『サルフォジオ』のおかげで元気いっぱいになった俺はサイの案内で森を脱出することができた。元気になったと言っても疲労感までは解消されず、結構フラフラだった。まぁ、俺の隣でニコニコ笑っているサイの笑顔でそんなのも吹き飛んだが。

「何で、そんなに笑ってんだ?」

 とりあえず、カレーを食べたベンチに座った俺は隣に座ったサイに問いかける。無茶したので怒られると思ったんだが。え、許してくれるの?

「だって、回復呪文だよ!? ずっと願ってた力を手に入れたんだよ!?」

 俺の腕に抱き着きながら興奮するサイ。もう、目がキラッキラだよ。親指と人差し指と小指を立ててポーズを取ってもおかしくないほどだ。

(そんなに嬉しかったのか……)

「それにこの力でハチマンを助けられたのがすごく嬉しいの」

「……その、すまんかった。無茶して」

 彼女の言葉を聞いて謝らなくちゃならないと思った。その理由はわからない。でも、群青色の瞳の奥に何かを感じ取ったのだ。

「ホントだよ! ユイに電話かければもっと早く駆けつけられたかもしれないのに」

「由比ヶ浜に連絡したら付いて来そうだったからな。それに電話かける暇なかった」

「それでもだよ。ハチマン、もう無理はしないでね?」

 サイは瞳を揺らしながらお願いして来る。後少しでパートナーが死ぬところだったのだ。そう願うのも仕方ないだろう。だが、それでは駄目なのだ。

「……そう言えば『サルフォジオ』ってどんな感じだったんだ? ほとんど覚えてないんだけど」

 あえて考えていることを告げずに質問した。なんかすごい衝撃だったのは覚えているのだが、それ以外はさっぱりだった。

「んとね。注射器だった」

「は? 注射器?」

「そうそう。大きな注射器で中に群青色の液体が入ってたの。それでそのまま、ドスッと」

「ドスって何?! プスっじゃないの!?」

 急いで体を触って穴が開いていないか確認する。穴は開いていないらしい。

「あ、ハチマン!」

 その時、俺の右腕を見たサイがにやっと笑って指をさす。

「ここ切れてるよ? きっと森の中を歩いてる時に切っちゃったんだね」

「……おい、待てよ」

「これは急いで治療しなきゃー。でも、ここに医療器具はないしー。あ、そうだー。『サルフォジオ』があるじゃないかー。よし、ハチマン、『サルフォジオ』だ!」

「単に使いたいだけじゃねーか……」

 まぁ、念願の回復呪文だったから使いたいのだろう。それに“実験”もできる。

(これで異常がなければ……)

「早く早く!」

 ベンチから立ち上がったサイは両腕をブンブンと振って促して来る。それを見て苦笑しながら群青色の魔本を取り出し――。

「『サルフォジオ』」

 ――第4の術を唱えた。

「やぁ!」

 両手を真上に掲げるサイ。その両手の先に巨大な注射器が出現した。サイの言った通り、中には群青色の液体が入っている。

「……でかくね?」

 だが、問題は注射器の大きさだった。何用なのか問いかけたくなるほどでかい。人間に刺せば普通に穴が開くレベル。え、俺これで回復したの? 1回死んで蘇ったとかじゃなくて?

「それじゃ行くよー!」

「ま、待て! これはマジでヤバい奴だから!?」

「えいっ!」

「ぎゃあああああああ!」

 本当にドスっと刺された。痛みが走り、顔を歪ませる。痛い! 我慢出来るけど痛いって!

「はーい、ジッとしててねー」

 満面の笑みを浮かべながらサイが言う。まぁ、動いて針が折れたら困るので頷こうとするが、“体が動かない”。

(な、何!?)

 首どころか指一本動かなかった。それに声も出せない。まるで金縛りにあったようだった。

「はい、おしまい!」

 困惑している間に注射器の中身がなくなったようで注射器は消える。その瞬間、体を動かすことができた。

「……」

「うん、傷も治ってるね。ハチマン、すごい? ねぇ、すごいかな?」

「あ、ああ……こりゃスゲー」

 確かに右腕の切り傷はなくなっていた。

「でしょでしょ? よーし、もっと強くなって新しい呪文覚えるぞー!」

「……サイ、集合」

「へ?」

 テンションマックスなサイを座らせて先ほどの現象を話した。

「えっと……つまり、注射器が刺さってる間、『声すら出せないほどの硬直』があるってこと?」

「そうなるな」

「あー……じゃあ、敵の前でドスドスするのは止めておいた方がいいかもね」

 あの。その効果音はどうかと思うんですけど。いや、合ってるんだけどね?

「それに傷の治療はできるけど疲労感や心の力は回復しなかった。心の力に関しては本の持ち主だからないのかもしれないけど」

 つまり、まとめると『サルフォジオ』は巨大な注射器を出現させる呪文でそれを刺された人の傷を治す。そして、痛い。更に『声すら出せないほどの硬直』があり、疲労感や心の力は回復しない。

「んー、想像していたより使いにくいかもね」

「回復できるって時点ですでにやばいけどな。怪我しても逃げて注射器刺せばいいし」

 めっちゃ怖いけど。

「あ、そうだ。なぁ、サイ」

「ん? 何?」

「あの魔物が言ってたんだけど、魔力が一瞬だけ感知できたらしい。どういうことかわかるか?」

「あー……やっぱり、そのせいか。実は私、自分の魔力を隠せるんだよね。でも、ハヤトに初めて会った時に驚いて放出しちゃって」

 ああ、あの時か。サイ、すごいビビってたからな。

「魔力を隠せるって……結構すごいことなんじゃね?」

「んー、訓練してないとできないだろうね。呪文使う時とかは隠せないけど」

「……」

 俺は思わず、サイを見つめてしまった。今までサイを基準に考えていたが、もしかしたらサイは異常なのかもしれない。魔力を感知できる、動物と話せる、魔力を隠せる。これらの技術は一体、どこで得たのだろうか。

(ティオ辺りに聞いてみるか)

 サイに黙ってメールでもすればばれないだろう。送信してすぐにメールそのものを消せばいいし。

 さて、そろそろ本題に入ろうか。

「サイ、話を聞いてくれ」

「どうしたの? 改まっちゃって」

「……俺に戦い方を教えてくれ」

「……え?」

 俺のお願いを聞いた彼女は目を丸くして硬直し、すぐに首を横に振った。

「駄目……駄目だよ! 戦い方を知ったらハチマン、絶対無茶するでしょ!?」

「まぁ、しょうがない時はするだろうな」

「じゃあ、教えてあげない! 私はもうハチマンが傷つくところなんて見たくないんだから!」

 さっきまでご機嫌だったサイはもういない。いるのは大切な物を守ろうと駄々を捏ねる子供だけだった。

「……なぁ、俺たちは一緒に戦うって約束したよな」

「……」

「でも、俺たちは一緒に戦うってことを知らなかった。だから一緒にその答えを探そうって約束したよな」

「……うん」

「じゃあ……今の俺たちは一緒に戦ってるって言えるか? 俺はお前に頼ろうとせず無茶をして死にかけた。お前は俺が傷つくところを見たくないから戦いから遠ざけようとしてる」

 それは果たして――共闘と言えるのだろうか。共に肩を並べて戦っていると胸を張れるのだろうか。

 

 

 

 答えは否である。

 

 

 

「俺は今回の件でわかったことがある」

「わかったこと?」

「俺たちは確かに約束した……でも、動いていなかったんだよ。答えを見つけようとしなかった。それどころか問題文すら読もうとしていなかった」

 でも、俺は問題文を読んでしまった。俺たちに何が足りないのかわからない。俺たちに何が必要なのかわからない。だが、間違っていることだけはわかる。だから、俺はもう動くしかない。問題文を読んで答えを見つけようと思考回路を回し始めてしまったのだから。

「……戦い方を教えるのは難しいんだよ? 私、自慢じゃないけど天才型だから感覚でやってるし。教えるとなったら組手しか思いつかない」

「それで十分だ」

「でも、それでハチマンが傷ついたら!?」

「『サルフォジオ』」

「ッ!?」

 俺の一言で全てを理解したのだろう。そして、反論できないことも。

「でもでも……私は、ハチマンが傷つくところを――」

「――それは俺も同じなんだよ」

 サイの言葉を遮って伝えた。

「俺だってお前が傷つくところなんて見たくない。後ろで魔本を抱えて呪文を唱えてるだけじゃ嫌なんだよ。その……」

 俺の悪い癖だ。真っ直ぐな言葉を伝え切れない。俺自身、そんな言葉を伝えて貰ったことがないから。しかし、ここで言わなかったらきっと後悔する。言え。比企谷八幡。

 覚悟を決めてサイの目を真っ直ぐ見ながら俺は思いを伝えた。

 

 

 

「俺はお前を守りたいんだ」

 

 

 

「ッ……」

「だが、人間が魔物に対抗できるとは思えない。術とか使われたら即死レベル。でも、少しでも対抗手段が欲しい。せめて……俺が魔物に狙われてもお前が気にせず戦えるほどに」

 基本的に人間は魔物に劣る。そのため。人間が狙われることだってあるだろう。もし、俺が狙われたらサイは俺のことを気にして本気で戦えなくなってしまうのは明白。だからこそ、俺は戦い方を学びたい。足手まといにならないために。

「頼む、サイ。これは俺たちにとって重要なことなんだ。“俺たちが前に進むために”」

「……」

 サイはギュッと両手を握る。

「……約束して」

「え?」

「……もう私の前からいなくならないって」

 顔を上げた彼女の目に覚悟の色が視えた。決心したのだろう。俺と一緒に前に進むことを。

「ああ、約束する」

「なら……いいよ。教えてあげる。でも、覚悟してよ? 私は厳しいんだから」

 少しだけ涙目になっていたサイだったが笑顔で俺にウインクする。

「お、おう。望むところだ」

「とりあえず、朝の組手100本。お昼に筋トレとか色々なトレーニング。寝る前に組手200本ね」

「……は?」

「ふふ。今のハチマンもいいけど。強くなったハチマンもいいかも! 私を守ってね、ナイト様!」

 嬉しそうに微笑むサイを見て俺は少しだけ後悔していた。

 




第4の術 『サルフォジオ』
・回復呪文。サイの頭上に群青色の液体が入った巨大な注射針が出現し、刺した対象の傷を回復させる。少し痛い。刺されている間、声すら出せないほどの硬直がある。


???の部分は『声が出せないほどの硬直がある』でした。


また、どうしてルミルミに魔本を持たせなかったのかはご存じの通り、魔物たちがすごい酷い目に遭うからです。


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LEVEL.23 群青少女の瞳に彼は違和感を覚える

今回、あまり先に進みません。いや、今回で終わらせようとしたんですけど……冒頭部分が意外に長くなってしまって……。30日までに朗読動画を8本ほど作らなくてはならなくて書く時間もなくお粗末なものとなっていると思いますが、ご了承ください。
因みに朗読動画は8本中4本完成しています。残り4本、頑張って作ります!


 体が動かない。何かに締め付けられているのだろうか。それにしてはすごく温かい。

「ん……」

 その声でよく耳を澄ませてみると可愛らしい寝息が聞こえる。サイか。

「八幡、サイちゃん、起きて。朝だよ」

 それとほぼ同時に天使の囁きが俺の耳を通り抜けた。ああ、幸せだ。そうかここが天国なのか。俺を抱きしめるように寝ている妖精さんとそんな俺たちを微笑ましそうに見ている天使さんに囲まれる場所なんて天国ぐらいしか考えられない。よかった。俺は天国に来られたのか。

「八幡ってば。そろそろ起きないと朝ごはんに間に合わないよ」

 おお、天使さんの手作りご飯か。それはもう天にも昇る美味しさなのだろう。メニューは何だろうか。MAXコーヒーはあるとして甘く味付けしたスクランブルエッグだろうか。付け合せにサラダとか。想像しただけで涎が出そうだ。

「……」

 そこまで考えて目を開ける。視界に入ったのは綺麗な黒髪だった。ゆっくりと視線を下に向けると幸せそうに眠っているサイを見つける。もう離さないと言わんばかりに俺に抱き着いて顔を胸に沈めていた。そこでやっと昨日のことを思い出した。

 サイに戦い方を教えて貰う約束をした後、俺たちは寝ようとしたのだが、さすがにボロボロなまま寝るわけにも行かず、一度着替えることにした。俺の服は血だらけだったし、サイのワンピースも止血するために破っていたのだ。着替え終わり、服を小さく千切り、ゴミ袋に入れてゴミ捨て場に捨てた。そのまま捨てた場合、見つかってしまう恐れがあるとサイが言ったからだ。後はいつも通り、サイが俺の傍を離れたがらず、一緒に寝ることになった。サイが着替えに帰った時に『ハチマンと一緒にねる!』と置き手紙を残すと言う徹底ぶりだった。

「あ、ハチマン、おはよ」

「……おお」

 思いに耽っていると俺の顔を覗き込んでいた戸塚が挨拶して来る。その神々しさに思わず、息を呑んでしまったが何とか返事はできた。

「ふふ。サイちゃん、幸せそうだね」

「あ、ああ……そうだな」

 今の会話、眠る我が子を見ている夫婦みたいな感じだったな。やっぱり、俺と戸塚は結婚する運命だったようだ。一緒にサイを育てよう。

「ハチマン……」

 その時、サイが寝言を漏らした。それを見て俺たちは顔を見合わせ、苦笑する。

「ハチマンはサイちゃんを起こしてあげて」

 戸塚はそう言いながら俺たちが使っていた掛布団を回収して畳み始めた。おお、夫婦っぽい。

「サイ、起きろ」

「……にゅ?」

 ナチュラルに『にゅ』って言ったぞ、こいつ。さすが妖精さん。あざといはずなのにあざとくない。ああ、胸がキュンキュンするんじゃぁ。

「朝だぞ」

「あ、さ?」 

 やっと目が覚めたサイは目を擦りながら俺を見上げ、にへらと笑う。八幡にクリティカルヒット。八幡は悶えた。

「ハチマーン」

 まだ寝惚けているのか抱きしめていた両腕に力を入れてぎゅーとして来る。止めてー。吐血しちゃう。これ以上、ライフポイントを減らされたら八幡、血を吐いちゃうからー。あと、力入れ過ぎて背骨が折れそうです。

「ぬ、お、おぉ……」

 俺の口から情けない声が漏れ始めた頃、やっとサイが力を抜いてくれた。

「ハチマン、おはよー」

「おう。とりあえず、離れろ。起きれない」

 サイは俺の腕ごと抱きしめているので身動きが取れないのだ。

「えー」

「早くしないと朝ごはんがなくなるぞ」

「ハチマン! 早く起きないと朝ごはんがなくなっちゃうよ!」

 目にも止まらぬ速さで立ち上がったサイ。本当にこの子の身体能力はどうなっているのだろうか。

「あ、サイちゃん。おはよ」

 畳み終わったのか戸塚がサイに声をかけた。

「サイカ、おはよー!」

 妖精さんが天使さんに笑顔で返事をする。その光景を見て反射的に目を背けてしまう。あのまま見ていたら俺の目が浄化されてしまいそうだったのだ。

「それじゃ、飯食いに行くか」

「うん!」

 サイが笑顔で頷きながら床に置いてあった携帯を手渡してくれる。

「あ!」

 それを見た戸塚が何か思いついたようで声をあげた。

「どうした?」

「ハチマン、連絡先交換しない? 昨日の夜、長い時間八幡帰って来なかったから心配だったんだよ」

 俺の心配をしてくれていた、だと。

「でも、寝てたはずじゃ?」

「目が覚めた時、八幡の姿がなくて……帰って来るのを待ってみたけどいつの間にか寝ちゃってて」

 やだこの子天使。

「昨日、サイが眠れないって言って少し外で運動しててな」

 咄嗟に嘘を吐く。戸塚の様子を見るに着替えに帰って来たところは見られなかったようだ。

「もう、夢中になるのはいいけどちゃんと連絡しなきゃ駄目だよ?」

「わ、悪い……」

「それじゃ交換しよ?」

 八幡は戸塚の連絡先を手に入れた。テンションが上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝ごはんを食べた後、平塚先生から今日の予定を聞いた。好きだよな、キャンプファイヤーとか肝試しとか。苦い思い出しかないから嬉しくないけど。それから色々と準備を進めた。サイも元気そうに女子たちと話している。昨日のことはもう引き摺っていないようだ。俺も一時的に怪我したとは言え、無事だったし何より『サルフォジオ』を習得した。

(危なかったけど……結果的にはよかったのか)

 しかし、あくまで『結果的に』なのだ。悪く言えば運が良かっただけ。

 サイが雪ノ下と会わなかったら。

 俺が魔物に捕まっていたら。

 飛び降りて即死したら。

 俺をサイが見つけられなかったら。

 魔物が強かったら。

 『サルフォジオ』を習得できなかったら。

 全ては『たられば』。それでも次に同じようなことが起こり、取り返しのつかない結末を迎えるかもしれない。可能性があっては駄目なのだ。そんな楽観的では生き残ることは出来ない。

「ヒキタニ君?」

 キャンプファイヤーの土台を作っていると一緒に作業していた葉山に声をかけられる。考え事をしていて手が止まっていたようだ。

「何でもない」

 一言だけ言って再び、作業に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えを導くためには何が必要だろうか?

 まず、問題を読む。どんな条件で、何が問題で、どんな答えを求めているのか把握する必要があるからだ。

 じゃあ、問題を読んだ後はどうすればいい?

 もちろん、解き方を考える。国語でも数学でも英語でも、何かしら解き方はある。国語であれば問題の中に答えはあるし、数学の場合、公式だ。英語も単語の意味を思い出して英文のルールにのっとり、和訳する。

 俺は今回の事件で問題を読んだ。そして――解き方をサイに提案した。一緒に戦うために俺を鍛えると言う少し荒い解き方だ。これが合っているかはわからない。だが、どんな問題でもシャープペンシルを動かさなければ答えを導くことはできないのだ。もし、間違えてしまったら消しゴムで消してまた解き直せばいい。まだ、テストが終わるチャイムはなっていない。まだ、解き直せる。

「はぁ……」

 そこまで考えてそっとため息を吐いた。

 何とか作業を終わらせ、俺は1人で歩いていた。少しだけ1人に……いつも1人だったな。まぁ、最近だとサイがいたから1人だって感覚はなかったが。

(本当に救われてたのは俺だったのかもな)

 どれほど歩いていたのだろうか。気付くと川のせせらぎが聞こえた。そう言えば、先ほどの作業で汗だくである。川の冷たい水でも被って涼もう。音の聞こえる方へ向かうと綺麗な河原に出た。なかなかいい場所じゃないか。そんなことを考えつつ川沿いを歩いていると騒がしい声が聞こえ始める。

「つめたーい!」

「気持ちいいですねー」

 そちらに目を向けると小町と由比ヶ浜が川に入ってはしゃいでいた。水着を着ている。何で水着着ているんだ、あいつら。

「あ、ハチマーン!」

 不思議に思っていると真新しいワンピースを来たサイが走って来た。少しだけ重心を低くし、構える。

「ドーン!」

「ぐふっ……」

 身構えたのを見て遠慮しなくてもいいとわかったのかいつもよりタックルの威力が高かった。でも、何とか持ち堪える。

「お、お前なぁ……」

「ふふ、鍛えるんでしょ? これぐらいの衝撃で音をあげてたら耐えられないよ」

 含み笑いを浮かべて俺を見上げるサイ。その顔にはもう迷いはなかった。

「あんなに反対してた奴の台詞じゃねーな」

「私を守りたいって言ってくれたから……すごく、嬉しかったんだよ?」

「……え?」

 俺は彼女を見て声を漏らしてしまった。

「そんなに意外だった?」

「え、あ、いや……そう言うわけじゃ」

「私だって女の子だよ? 男に守りたいって言われてキュンって来ないわけないでしょ」

 『まぁ、パートナーとしてだけどねー』と笑うサイだったが俺はそれどころではなかった。

(今……一瞬)

 

 

 

 

 サイの目の色が群青色じゃなくなったような気がしたのだ。一瞬だけだったからどんな風に変化したのかまではわからなかったが。

 

 

 

 

「それよりお前は水着着て川に入らないのか?」

「あー……水着持ってないし。今日はいいや」

 少しだけ誤魔化すように断ったサイは俺の手を引いて木陰に座った。俺もその隣に座る。小町たちは俺が来たのに気付いているようだが、昨日のサイの様子も関係しているのか声はかけて来なかった。サイの精神を安定させる方が重要だからだろう。まぁ、すでにその問題は解決しているけどな。てか、いつの間にか人増えてるし。

「さて、ハチマン君」

「あ?」

 突然口調が変わったので声を漏らしてしまう。

「これから君は私の元で訓練するのだが、まずは訓練メニューを決めなくてはならない。今、決めてしまおう」

「……え、その口調で行くの?」

「こういうのは形が大事なのだよ。私の考えたメニューは朝にランニング。昼に筋トレ。夜に軽い組手だ。どうだろう?」

 口調は気になるが仕方ない。気にしないようにしよう。

「朝のランニングはいいと思うぞ。今回で体力が圧倒的に足りないってわかったしな。だが、問題は昼と夜だ」

「ほぅ、その心は?」

「……昼の筋トレは休日ならまだしも平日はどうするんだ? 学校があるぞ」

「え? 夏休みの間だけじゃないの?」

 どうやら俺の訓練は夏休みの間しか行わないと思っていたらしい。

「いや、こういうのって長く続けるのが大事なんじゃないのか?」

「あー、確かにそうかも。うん、そうしよう。それじゃ、筋トレは朝のランニングの後に行うってことで。夜の問題点は?」

「場所がない。小町にばれるわけにも行かないからな」

「あちゃー、そう言えばそうだった。それは家に帰っていい場所がないか調べようか」

「それが妥当だな」

 それから『ランニングはどのくらい走るのか』とか、『筋トレのメニューは』とか、『組手の細かいルールは』とか、色々話し合った。

「ん?」

 その途中で不意にサイが草むらの方を見る。それに釣られてそちらを見ると丁度、鶴見留美が草むらから出て来るところだった。

 



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LEVEL.24 比企谷八幡の胸はアロマセラピー的な効果があるらしい

すみません、今回もほとんど進んでいません。
ですが、やっぱりルミルミのお話しは大事なので丁寧に書きました。



「あ、ルミ!」

 草むらから出て来た鶴見留美を見てサイが笑顔を浮かべた。ぼっち仲間だからな。

「よっ」

 俺も軽く挨拶しておく。留美はじゃれつくサイを鬱陶しそうにしながら頷いてくれた。少しは心開いてくれたのかしらん。それにしてもサイったらあんなにはしゃいじゃって。ルミルミが迷惑そうにしていますよ。離れて差し上げなさい。

 注意しても珍しく言うことを聞かなかったので引き剥がして俺の膝の上に乗せた。するとあら不思議。安心したように俺の胸に背中を預けたではありませんか。

「どうした?」

 だが、さっきのサイはいつものサイっぽくなかった。俺以外にはあんな風にじゃれつかないのに。留美に聞こえないように小さな声で問いかけると彼女は川で遊んでいるリア充(1人だけどうしたらいいのかわからないからかキョロキョロしている)たちを見ながら答えた。

「……何か嫌な感じがしたから」

(嫌な感じ?)

「何で2人は泳がないの?」

 サイの言葉に首を傾げているといつの間にか隣に座っっていた留美が質問して来る。

「水着持って来てねーんだよ」

「私はー……泳ぎたい気分じゃないからかなー。ルミは?」

「今日自由行動なんだって。朝ごはん終わって部屋に戻ったら誰もいなかった」

 お、おふ。それはまたえぐい。自由行動だからこそやることが容赦ない。そして、何よりタチが悪いのはやっている本人たちはさほど気にしていないこと。ただ普通に遊びに行っただけなのだ。最初から留美と遊ぶ選択肢がなかった。

「じゃあ、私たちと遊ぶ? 川で泳ぐ以外ならいいよ」

「……やめておく」

「そんなこと言わずにほら!」

 いつもより強引にサイは留美の手を引く。魔物の怪力で引っ張られた留美はそのままサイの隣――つまり、俺の膝の上に乗った。

「……おい、サイ」

「いいでしょ? 余ってるんだし!」

 そう言う意味じゃないんですよ! 色々とアウトなんですよ! 小学1年ほどの少女と小学6年生の少女を侍らせているのは犯罪なんです! やっぱり、小学生は最高だぜとか叫ばないから!

「ちょ、ちょっとサイ!」

 留美も顔を真っ赤にして俺から離れようと暴れる。その拍子に何度も殴られているのでちょっと痛い。だが、サイは留美の体に抱き着いて離れない。

「落ち着いて……」

 そして、優しく留美の頭を撫でた。

「ッ……」

「大丈夫、私たちは離れないよ。ハチマンだって口では文句言ってるけど無理矢理引き剥がさないでしょ?」

 接触するのもNGだからなんですけどね。ただ、ここはサイに任せておいた方がよさそうだ。そう思って視線を川に戻すと由比ヶ浜が俺たちを見て不安そうにしていた。すぐに口を動かして何か伝えようとする。読唇術は覚えていないが、何か出来ることはないかと言っているらしい。首を横に振って拒否した。それだけで由比ヶ浜もわかったのか頷いて皆のいる方へ戻る。

「ほら、ゆっくりハチマンの胸に背中を預けてみて」

「で、でも」

「大丈夫。ハチマンってあったかいんだよ?」

「……うん」

 お、ルミルミがデレたぞ。サイの指示通り、俺の胸に背中を預ける。小学6年生ということもあってサイより重い。さすがに口にはしないが。

「どう?」

「普通」

「でも安心するでしょ?」

「……うん」

 やだ、俺の胸にそんなアロマセラピー的な効果があったなんて知らなかった

「こうやってハチマンとくっついてると落ち着くの。ハチマンって捻くれてるけど……私の気持ちを汲み取ってくれるから。今だってルミを落ち着かせる役目を任せてくれてる」

 おお、ばれてーら。なんだ、ものすごく恥ずかしいぞ、これ。

「2人は仲がいいんだね」

 留美は俺たちを見て少しだけ羨ましげに呟いた。

「羨ましいの?」

「……」

 サイの質問に無言を突き通す留美。

「私は違うと思うよ」

「え?」

「確かに私とハチマンは仲がいいよ。でも、私たちはぼっち。私の言いたいことわかる?」

 留美は首を横に振った。俺もよくわからない。

「つまり、ぼっちっていうのは友達がいない、もしくは少ない人のことを言うの。私もハチマンも友達少ないし、他の人と一緒に何かするという行為に慣れてない。そんな私たちをルミは羨ましがった。おかしいと思わない? ルミがなくしちゃった友達を持っていない私たちを羨ましがるなんて」

「サイと八幡は友達じゃないの?」

「うん、友達じゃないよ」

 サイの言う通りなんだが、そんなはっきり言われちゃうと傷つくんだけど。

「私たちは一緒に並んで歩くパートナーなんだよ。上辺だけの関係じゃない。お互いに必要としていてお互いに答えを求めて一緒に答えを考えるパートナーなの。ルミはそんな関係に憧れてるんじゃない?」

「パートナー……」

「私、少しだけ表情から相手の考えてることを読み取れるんだけど……ルミは一度、友達から見放された。シカトされてるよね」

「……」

「だからこそ、仲良くなっても見捨てたり、見捨てられたりしない……そんな関係を築きたいんじゃないの? 簡単に壊れない友達が欲しいじゃないかな?」

 シカトされているのに動こうとしないのは諦めてしまったから。どうせ、仲良くなってもいつかまた裏切られる。だから、もう仲良くならない。仲良くなって裏切られたらまた傷ついてしまうから。

「私もずっと独りで生きていくんだと思ってた」

 唐突に語り出したサイを留美は真剣な眼差しで見つめていた。

「大切な友達が皆、いなくなっちゃって……こんな苦しい思いをするならいっそのこと作らなきゃいいって。だから独りだった。そんな私に……手を差し伸べてくれた人がいた」

 駄菓子屋のおばあちゃんだ。こっちに来てからも独りだったサイに笑顔で手を差し伸べてくれた人。だが、もうその人はいない。

「それで、手を差し伸べてくれた人――おばあちゃんが死んじゃって。本当に辛かったよ。やっぱり仲良くならなきゃよかったって後悔もした。ずっと胸が痛くて苦しくて……でも、わかったんだ」

 そこでサイは俺の手をギュッと握って留美に笑顔を向ける。

 

 

 

「この胸の痛みは生きてる証拠なんだって」

 

 

 

 痛いのは人の温もりを求めているから。

 苦しいのは人と関わりたいから。

 悲しいのはこれからも仲良く出来ると思っていたのに裏切られたから。

 それすら感じられなくなったら死んでいることと同じ。感情のないただのロボットだ。

「だから、ルミ。怖がらないで手を伸ばして。絶対に手を伸ばしてくれる人がいるから」

 そう言いながらサイは隣に座っている留美に手を差し伸べる。

「……私は、見捨てちゃったから。無理だよ。そんな資格ない」

 しかし、彼女はその手から目を逸らしてデジカメを握りしめた。

「それ何?」

 デジカメを見たことがなかったのかそれを指さしながら問いかけるサイ。

「お母さんから貰った……臨海学校でたくさん写真撮って来なさいって。いつも友達と仲良くしてるかって聞いてくるし」

「ふーん。それでデジカメって何?」

 サイが聞きたかったのはデジカメそのものについてだった。まさかデジカメを知らないとは思わなかったのか留美は少しだけ目を丸くしながら『カメラだよ』と教える。

「へー! ねぇ、試しに撮って!」

「え?」

「コマチに小さかった頃のハチマンの写真を見せて貰ったけどどんな感じで撮るのか知らないんだよね」

 おい、小町さん、勝手に見せるんじゃないよ。恥ずかしいじゃないか。

「じゃあ、俺が撮ってやるよ」

 サイと一緒に撮れば留美ママも安心するだろう。いやまぁ、サイは小学1年生ほどだから何で一緒に撮ることになったのか説明しなきゃならないけど。

「ハチマンも一緒に撮ろうよ!」

「は? いやいいよ」

 友達の写真が見られると思ってデジカメの中身を見たら小学1年生ほどの女の子と目が腐っている高校生と一緒に撮った写真があるとか吃驚しちゃうでしょ。しかも、他の友達と撮った写真はないから余計、目立つし。

「駄目! ユイー!」

 大声で由比ヶ浜を呼ぶサイ。聞こえなくてもいいのに聞こえたのか由比ヶ浜は近くのブルーシートに置いてあったタオルを取り、体を拭いながら俺たちの方へ歩いて来た。

「どうしたの?」

「ルミのデジカメで私たちを撮って!」

「いや、それは――」「だから、それは――」

「うん、いいよー!」

 俺と留美がサイを止めようとするがその前に留美からデジカメを奪って(首から提げていたのに目にも止まらぬ速さで奪っていた)由比ヶ浜にデジカメを渡してしまう。急いで立ち上がって阻止しようとするが俺の膝の上にサイと留美がいるので動けない。留美も留美で俺に体を預けていたのでワンテンポ遅れてしまった。

「それじゃ、行くよー!」

 こうして、目を見開いている俺。手を伸ばして止めようとする留美。満面の笑みを浮かべて笑っているサイが写った奇妙な写真がデジカメに残った。

 




このお話を書いていて思ったのが『原作の部分はナレーションだけで進めるべきなのか?』でした。
今回で言うと八幡とサイが魔物を倒した後、ルミルミの事件を全てナレーションで済ませてしまうと言うことです。
そうすればかなり早いペースでお話を進めることはできます。まぁ、多分薄っぺらくなりますけど。
私的にはこんな感じで丁寧に書きたいのですが、読者様はいかがでしょう?
感想を書く時にでもチラッと書いてくれれば幸いです。
あ、決してアンケートではないのでご理解の方、よろしくお願いします。


後、おかげさまでニコニコ動画に投稿する動画、完成して無事に投稿することができました。
これからは執筆に集中できます!


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LEVEL.25  鶴は檻から羽ばたき、狐は檻から顔を出す

今回、原作キャラの言動に違和感を覚えるかもしれません。ご了承ください。


「「「ぎゃああああああああ!!」」」

 小学生たちの悲鳴が暗闇に響く。その近くでサイがウシシと声を殺して笑っていた。因みにサイの頭には小町の衣装(化け猫?)の別パーツである狐耳と狐の尻尾を付けている。何だ、この可愛い生き物。急いで保護しないと。ほら、るーるるるー。

「ハチマン、どうしたの?」

 猪の頭を撫でながらサイが問いかけて来た。

「いや、何でもない……それにしても絶好調だな」

「うん、私の力じゃないけどね」

 現在、小学生たちは肝試しの最中だ。そして、俺たちは驚かせる役なのだが、そのために用意された衣装はコスプレみたいな物ばかりで呆れてしまった。巫女服やら魔法使いやら小悪魔衣装やら。え? 一番怖かった衣装? 雪ノ下さんの雪女に決まっているじゃないですか。何あれ、あの人の周りだけ寒冷前線なんじゃないの?

 ただ色々あったコスプレ衣装だが、サイの体に合う物がなかった。仕方ないので狐耳と狐の尻尾だけを装着したのだ。もちろん、携帯のカメラで何枚も撮影したよ。一番のお気に入りは魔法使いの戸塚、化け猫の小町、狐娘のサイのスリーショット。待ち受けにしましたけど、八幡に何か落ち度でも?

「あ、次のグループが来たね。じゃあ、行って来る!」

「お、おう」

 猪の頭をポンと叩いて現場へ向かうサイ。それを俺は遠巻きに見守ることにする。サイは魔物だが、見た目は普通の人間の子供に見えるため、保護者として俺も一緒にいなくちゃならないのだ。

「肝試しって言うから怖いのかと思ったけど暗いだけだな」

「ああ、期待して損したぜ」

 ターゲットの小学生たちが見えてきた。男子だけで構成されたグループだ。ああ、生贄が来てしまった。

「ん? 何だ?」

 雑談しながら歩いていた男子たちだが、その内の一人が草むらに懐中電灯を当てる。

「どうした?」

「いや……何か揺れたような」

 男子たちは草むらを凝視した。すると、草むらが揺れる。それを見てビクッと驚く男子たち。そして――草むらから狐娘が顔を出した。

「へ? お、女の子?」

 まさか自分たちより小さな女の子が出て来るとは思わなかったようで声を漏らす。

「こんばんは!」

 それに構わず、狐娘改めサイが満面の笑みを浮かべて挨拶した。

「「「こ、こんばんは……」」」

「お兄ちゃんたち、何してるの?」

「え? あ、き、肝試しだよ。お前こそどうしてこんなところに?」

「私? 私はね……」

 男子の問いかけを聞いてサイは顔を俯かせながら草むらから出て来る。サイの下には大きな猪。ブフー、と鼻息を漏らした。一番前にいた男子の前髪が鼻息で乱れる。

「「「……は?」」」

「私の森で騒いでいるお前たちを懲らしめるためさあああああああああああ!」

 サイの絶叫と共に木の上からリスと猿が落ちて来た。サイの背後には大きな熊が両手を振り上げてこんばんは。トドメにサイが乗っている猪が吠える。

「「「ぎゃああああああああああああああ!!」」」

 男子たちは悲鳴を上げて走り去っていく。サイと動物たちはそれを見て満足そうに頷いた。

「……俺の知ってる肝試しと違う」

「比企谷君」

 猪に乗って動物たちと一緒に次の作戦を練っているサイを見ていると不意に声をかけられた。振り返ればそこには雪女。

「……あ、雪ノ下か」

 凍死させられるのかと思ったぞ。死んだフリするところだった。

「何だと思ったのかしら……そろそろ時間よ」

 実はここ、雪ノ下の担当箇所なのだ。しかし、雪ノ下は体力に問題があり、念のためにサイと俺が交代で担当することになった。

「わかった」

 雪ノ下の休憩時間も終わったと言うことは残りのグループが少なくなって来た証拠だ。また雪ノ下がここの担当になり、俺たちは作戦のために動くことになる。

「うんうん……わかった、ありがと。引き続きよろしくね」

 サイに声をかけようとするが、すでにフクロウが残りのグループが少ないと報告していた。頷いたサイは飛び去って行くフクロウに手を振り、周囲の動物たちに解散するように言っている。

「それじゃハチマン、行こっか」

 いや、その前にその下にいる猪も解散させてください。その子でかいから動く度に結構大きな音が出るんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチマン、今のグループが最後から2番目のグループだよ」

 報告しに来たフクロウを肩に乗せて言うサイに頷いてみせてカラーコーンを移動させ、祠へ続く道を封鎖し葉山たちが待機している場所へ続く道を開放した。

「そろそろ時間だ、頼む」

「了解……って、サイちゃんの肩に乗ってるフクロウは?」

「……協力鳥(きょうりょくちょう)だ」

 俺の答えに葉山は苦笑いを浮かべて近くの岩に腰掛ける。そばに侍るように三浦と戸部も続く。フクロウも飛んで行った。先ほど、カラーコーンを移動させた分岐点で留美たちのグループを監視して貰うためだ。

「……ハチマン、ゴメンね」

 近くの草むらに身を潜めていると不意にサイが謝った。黙って彼女に視線を向けると目を伏せてジッとその時が来るのを待っていた。その姿はとても儚げで今にも消えてしまいそうだった。

「何がだ?」

「多分、否定するだろうけど……ルミを助けるのは私のためでしょ?」

 ずるい言い方だ。俺が肯定しても否定しても全て『肯定』になる。『はいはい、恥ずかしいから否定したんでしょ。ハチマン、マジ捻デレ』とサイは考えるだろう。

「……半分正解だ」

 だからこそ、俺は正直に話した。

「半分?」

「そう、半分」

 サイは留美と知り合った。友達関係にはなっていないと思うが、彼女は身内を贔屓する傾向にある。その代わり、敵だと判断した場合、牙を向ける。いい例は葉山だ。彼はサイに敵だと認識され、警戒されている。きっと不用心に近づけば痛い目をみるだろう。

 じゃあ、留美は? あいつはサイの身内に含まれているのだろうか。

 

 

 

 

 

 答えは『YES』だ。

 

 

 

 

 

 今日の昼間、留美と偶然会った時、サイは『嫌な感じ』と言った。留美に向けられている悪意を感じ取ったのだろう。しかし、もしその悪意が葉山に向けられていたら? 彼女は『嫌な感じ』だと言うだろうか。多分、言わない。だって、葉山は敵なのだから。それじゃあ、身内でも敵でもない場合はどうだろう。それでも言わないはずだ。ぼっちは周囲のどうでもいい奴らから無視されて――どうでもいい奴らを無視して生きているのだから。

「半分は私だとして……もう半分は?」

「さぁな」

 俺はただ、気に喰わないだけだ。あんな薄気味悪い関係の中に、現実を見て悪意に触れて己の過ちを後悔して未来を諦めそうになっている少女がいることが。

「ふふ、捻デレさんだね」

 少し驚いた表情を浮かべていた群青少女は嬉しそうに呟く。全てお見通しのようだ。

「何のことかわからないな」

 まぁ、見通されていても俺は誤魔化すけど。

「それじゃ私のため、留美のために壊そうか」

「ああ、粉々に粉砕してやろう」

 俺が考えたのは『この世で怖いのは何? それは身近な人だよ大作戦』だ。留美がハブられているのは周囲の人が一緒になって留美をターゲットにしているからである。じゃあ、壊してしまえばいい。一緒になっているのならその“一緒”をバラバラにしてしまえばいい。薄気味悪い檻に捕らわれている鶴を逃がしてやる。

「来たみたいだよ」

 頭上を見上げたサイがそう言った。上を見るとフクロウが木にとまっている。そろそろ来る時間だ。

「……ヒッキー、サイ」

 その声に振り返ると由比ヶ浜と雪ノ下がいた。留美たちが最後のグループなのでお化け役の彼女たちはすでに仕事を終えている。だからこそ、ここに来たのだろう。

「そこじゃ見つかる。姿勢を低くしてろ」

 俺の言葉を聞いて2人は俺たちの近くまで来て姿勢を低くし息を潜めた。

「あ、お兄さんたちだ」

 それとほぼ同時に留美たちのグループが到着する。見知った顔を見て緊張感が途切れ、これまで以上に砕けた言葉で話しかける小学生たち。留美は後ろでその様子を見ているだけだった。

「あぁ? 何タメ口聞いてんだよ」

 戸部が低い声で小学生たちに吠える。それだけで檻たちは顔を引き攣らせた。

「ちょっとあんたらチョーシのってんじゃないの? 別にあーしら、あんたたちの友達じゃないんだけど」

 そして、三浦の言葉で動きを止める。何が起きているのかわからないような表情を浮かべていた。作戦通り、留美のグループを怖がらせた戸部と三浦。きっと、彼女たちは後悔しているはずだ。数分前の自分の行為を。

「葉山さん、こいつらやっちゃってもいいっすか?」

「……こうしよう。半分だけ見逃してやる。そして、半分だけ残れ。誰が残るかは自分たちで決めろ」

 戸部の問いかけに葉山は皮肉げに口の端を吊り上げて魔法の言葉を言い放った。

 それからは酷いものだった。

 まず、留美が生贄に指名された。留美もわかっていたのか特に何も言わずに受け入れた。サイはそれを見てグッと奥歯を噛む。ここまでは予想通りだが、わかっていても悔しいのだろう。

 その後、檻たちは罪を押し付け合い、軋み始めた。

(そう、それでいい)

 一度、歪んだ関係は簡単には戻らない。軋みだした檻はただ崩壊するのを待つのみ。

「30秒だけ待ってやる」

 更に葉山が追い打ちをかける。檻は軋み、崩れ、中に光が射し込む。お前を閉じ込めておく檻は壊れ始めた。後はお前次第だ。留美。

「あの……」

 カウントダウンをしていた葉山の声を遮って留美が手を挙げた。全員が留美に視線を向けた瞬間、世界が白く塗りつぶされる。同時に響くのはシャッター音。留美が持っていたデジカメだ。

 

 

 

「走れる? こっち、急いで」

 

 

 

 

 チカチカする視界の中、檻から羽ばたいた鶴の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な炎をぐるりと囲み、小学生たちが歌っている。元気なもんだ。一部、俺の隣で歌っている狐娘を見てすごく怯えているけど気のせいだろう。『もののけがいるぞ』、『まだ怒ってるのかな?』、『食べられちゃうぅ』、『あの祠にいた巫女に祓って貰おうよ……』とか聞こえるけど空耳だ。

「サイ、なんでまだ狐耳付けてるんだ?」

 歌が一段落したところで問いかけた。確か、コスプレしていた女子(魔法使いも含む)と一緒に着替えに行ったはずなのに。

「なんか外れなくなっちゃって」

「……はぁ!?」

「ふふ、うっそー。気に入っただけだよ」

 そう言いながら狐耳を外してみせるサイ。なんだよ、ビックリしちゃったじゃん。

「今日、一緒に寝てやんねー」

「すみませんでした。許してください!」

 俺の足にしがみ付いて頬をスリスリしながらサイが叫ぶ。勝ったな。

「それにしても……何だ? その紙袋」

 グリグリして来るサイを引き剥がして質問した。ここからじゃ中身はよく見えない。

「ん? ああ、これ巫女服だよ」

「……何だって?」

「巫女服。貰っちゃった」

 いや、貰ってどうするの? 君、着られないでしょ。

「んー……私もよくわかんないんだけどこれ見てるとなんか……」

 そこで言葉を噤んだ。

「どうした?」

「なんて言うんだろう……言葉が思い付かないけど、これを見てると胸がもやもやって言うかそわそわって言うか……変な感じがするの。それでジッと見てたらくれるって言われて。それで貰ったの」

 サイ自身、よくわかっていないのだろう。もどかしそうに胸に手を当てて俯いた。

「……家に帰ったら洗濯しろよ。海老名さんが着てたからそのままにしてたら俺が変態扱いされかねないからな」

「っ! うん!」

 頷いた彼女は『これ置いて来る!』と言って走って行ってしまった。狐の尻尾が揺れる度、小学生の悲鳴が小さく聞こえる。サイ、怖がられすぎだろ。

(それにしても……)

 さっきのサイに違和感を覚えた。悩んでいると言うか踏ん切りがついていないと言うか。

 うーんと唸っていると留美たちのグループを見かけた。全員、浮かない表情を浮かべている。まぁ、無理もない。あんなことがあったのだから。グループ内の全員がお互いを無視している。でも、時々留美に目を向けていた。もしかしたら今夜あたりから話し始めるのではないだろうか。

 それから平塚先生を見つけて話したが、途中から会話に乱入して来た雪ノ下のあまりにもひどい解釈(小学生を集団で泣かせて友情に皹を入れる)のせいでなんか変な空気が流れた。

「よくわからんが、見る限りでは孤立してる感じではないな。仲良くなったとも言えないが……まぁ、いいだろう。君たちらしいしな」

 そう言い残して去って行ってしまう。残されたのは俺と雪ノ下だけだ。目の前では小学生たちがフォークダンスを踊っている。

「……ねぇ、比企谷君」

 雪ノ下が言いにくそうに俺を呼んだ。

「何だ?」

「昨日、私と別れた後、何かあったの?」

 その質問に俺は顔が引き攣りそうになった。グッと堪えてポーカーフェイスで答える。

「あ? いや、普通にサイと合流したけど」

 嘘は言っていない。その過程を話していないだけだ。

「……そう」

 雪ノ下は頷くだけだった。どうしてそんなことを聞くのか質問しようとした時、フォークダンスが終わり、小学生たちが解散し始める。その中には留美の姿もあった。俺たちのすぐそばを通り過ぎた時、チラッとこっちを見た。その視線の意味は問いかけ。

 『何かしたの?』

 留美の視線を俺は目を閉じて受け流した。すでに八幡コールセンターの営業時間は過ぎているのだ。また後日、お問い合わせください。

「ルミー!」

 サイの声で目を開けると小学生たちが左右に分かれる。まるで、モーゼが海を割ったかのようだった。小学生たちの中でサイがどんな扱いを受けているのか気になる。

「さ、サイ?」

 突然、現れたサイに目を丸くする留美。

「こっち来て!」

「ちょ、ちょっと!」

 サイは留美の手を掴んで小学生の波から抜け出した。雪ノ下と目を見合わせて頷き合い、ついていくことにした。ついていくと言ってもそこまで離れているわけではないが。

「サイ、どうしたの?」

「え、えっとね……その」

 言いにくそうにしてモジモジしているサイ。

 ああ、そうか。やっとわかった。

 檻に閉じ込められていたのは留美だけではなかったのだ。サイも過去という檻に閉じ込められていた……いや、違う。檻の扉はすでに開いていたのに引き籠っていたのだ。

 過去に何かあって檻に閉じ込められていたサイは一度、駄菓子屋のお婆ちゃんの手によって檻から出ることができた。しかし、お婆ちゃんは死にその苦しみや後悔で彼女はもう一度、檻に閉じ込められてしまった。

 そこへ現れたのが俺だ。俺は檻の扉の鍵を開けるだけだった。サイはその開いている檻の扉から俺へと手を伸ばしたのだ。それを俺は掴んだ。そして、俺とサイはパートナーとなった。簡単に崩れることのない関係を築きあげた。

 じゃあ、他の人は? 檻の周囲にいる小町や由比ヶ浜、雪ノ下はどうだ? 檻のせいでサイには触れられない。サイも檻から出ようとしない。俺と言う存在で満足していたから。だからこそ、サイは俺にしか心を開かない。直接触れられるのは俺だけだから。他の奴らは見えるけど触れられない。ホログラムのような存在。

 しかし、檻の中で震えていた狐は今日、同じように閉じ込められていた鶴が羽ばたくところを目の当たりにした。そして気付いたのだ。手を伸ばすことを恐れていたのは自分だと。檻の奥で震え、俺だけを見て、俺だけに触れて満足していた。でも、気付いてしまったらもう戻ることなどできない。サイは前に進むしかない。

 その結果があれだ。

「……」

 モジモジしているサイを留美は訝しげな顔で見つめ、ハッとする。

「ねぇ、サイ」

「う、うん?」

「私は……もう恐れないよ。手を伸ばすこと」

 狐はあの時、確かに手を伸ばすことができた。それは同じ檻に閉じ込められていたから。だから狐は自分と同じ苦しみを知っている鶴に手を伸ばせた。じゃあ、今は? 檻から出た鶴に檻の中にいる狐は手を伸ばせるのだろうか?

 

 

 

「っ……あ、あのね!」

「何?」

「わ、私と……友達になってください!」

「うん、いいよ」

 

 

 

 その答えは今、証明された。檻から出たのはまだ顔だけだろうけど。檻から脱出できるのはもうしばらくかかりそうだ。

「あ、ヒッキー!」

 留美に抱き着いたサイを見ていると後ろから由比ヶ浜に声をかけられる。

「ん? 何だ?」

「花火! やらない?」

 由比ヶ浜の後ろでは戸塚と小町、平塚先生も花火で遊んでいた。でも一番楽しそうなのが平塚先生ってどういうことなの? あの人、すごいお茶目だよね。ちょっとグッときちゃうじゃない。

「俺なんかよりも雪ノ下を……ってあれ?」

 隣にいたはずの雪ノ下はいつの間にか消えていた。本物の雪女だったのか。

「え? ゆきのんなら先に休んでるって行っちゃったけど」

「そんなに体力ないのかあいつ……」

「あはは……ん? あれはサイと留美ちゃん?」

 そこで由比ヶ浜もサイたちに気付いた。改めて見ると留美がサイを引き剥がそうと躍起になっているがサイの怪力のせいで上手く行かないらしい。でも、2人とも楽しそうだ。

「あれって……もしかして?」

「……さぁな。それより花火、やるんだろ?」

「う、うん!」

 嬉しそうに俺に花火を渡した由比ヶ浜は平塚先生にライターを借りに向かった。その後を俺も追いかける。

 まぁ、今日は疲れたし少しぐらい遊んでもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 由比ヶ浜結衣から花火に誘われたがそれを断った雪ノ下雪乃は手に持っていた小さな袋を一瞥し、顔を顰めた。そして、それをゴミ箱に捨てる。その袋には赤い染みのついた布切れが数枚、入っているだけだった。

 

 

 

 そのゴミ袋は亀裂の一つに過ぎない。

 




千葉村編はここで完結です。
ですが、後日談としてもう1~2話投稿して文化祭編に移りたいと思います。


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LEVEL.26  群青少女は産まれて来たことを祝福される

今回……八幡がデレます。
かなりキャラ崩壊してると思いますのでご注意ください。


 千葉村での合宿からしばらく経った頃、俺とサイの生活はがらりと変わった。

「ハチマン訓練生。今日も訓練を行う」

「……」

「ハチマン訓練生? 返事は?」

「さー」

「……まぁいい。今日のメニューは昨日と同様、朝のランニングからの筋トレだ。その後、教官である私とあそ……んん、お遊びと行こうではないか」

 早朝、家の前で俺に向かってサイが言う。最後、素が出そうになって慌てて言い換えたが、内容がすでにアウトだ。遊んで欲しいだけじゃん。

「教官殿、少々よろしいでしょうか」

 手を挙げて発言権を求める。初日に勝手に発言したらボディブローをもらったのだ。あれは痛かった。

「何だ、ハチマン訓練生」

「今日は用事があるので教官殿とのお遊びには参加できません」

 今日、発売の新刊がある。それを買いに行きたい。しかも、少し遠出するつもりなので移動に時間がかかるのだ。許せ、サイ。

「えー! 遊ぼうよー!」

 しかし、サイは許してくれなかった。素に戻って頬を膨らませる。

「……教官殿、口調」

 初日に訓練中、今のような口調で話せと言ったのはサイだ。サイも結構、様になっているがすぐに素に戻ってしまうのが残念なところである。

「あ……んん! ハチマン訓練生、用事とは何なんだ?」

「本を買いに行きます」

「本を? では、午前中に買いに行って午後からあそ……お遊びをすればいいではないか」

「目的の物は少々、遠いところにあるため午前中から移動を開始しても帰還する頃には夕方になってしまいます」

「……そうか。残念だ」

 教官口調だが、すごい涙目になっているサイ。声も振るえているし。妖精さん妖精さん、泣かないで? 八幡はここにいるよ?

「……教官殿。なので、代案があります」

「代案? それは何だね?」

「はい、幸い明日も夏期講習がないため、夜の訓練後、短い時間ですが自由な時間があります。そこでお遊びをするのはどうでしょう?」

 夜の訓練は死にそうになるから癒しが欲しい。最初の頃は夜の訓練が終わってベッドに横になった瞬間、朝になっていたくらいだ。

「なるほど……仕方ない。そうするとしよう。だが、お遊びの内容は私が決めるがいいか?」

「それは構いませんが、短い時間で出来るものでお願いします。長いものだとおそらく、途中で脱落してしまいますので」

 主に居眠り的な意味で。

「ふむ、善処しよう。では、そろそろ出発するとしようか」

「……さー」

 ああ、地獄が始まる。

 町内ランニング50周、はっじまっるよー! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチマン訓練生! きびきび動け!」

「さ、さー!」

「甘いッ! もっと大きな声で!」

「さ、さあああああああ!」

 いや、声関係なくない?

 早朝のランニングが終わると次に待っているのは筋トレ地獄だ。この訓練は決まった回数をこなすのではなく、サイが止めるまで続ける。だからこそ、辛い。マラソンで例えると『3km地点までこのスピードで行こう』といったようにペースを考える。だが、この訓練ではそれが通用しない。常に全力。少しでも手を抜けばサイの喝が飛んで来る。もし、それでも駄目ならば――。

「このウジ虫野郎! そんなことで生き残れるとでも思っているのか! 腕立て伏せ追加!」

「さー!」

「声が小さい! 腹筋追加!」

「さああああああ!」

「うるさい! なんかこう……両手をグーパーってやるやつ追加!」

 理不尽な追加注文が入る。しかも、冗談ではなくガチで追加するからもう死んじゃう。初日はまだ優しかった方だ。今じゃサイが鬼に見える。

「背筋やめー! 次、縄跳び!」

「さー!」

 因みに筋トレの内容はその日によって変わる。昨日はサイをおんぶしてスクワットだった。こっちはすごい辛い思いしているのに背後から『ハチマンの背中、あったかーい』とか小さい声で聞こえるからやる気出ちゃう……じゃない。とにかくとても辛いのだ。

「二重飛び!」

「さー!」

「三重跳び!」

「さー! いでっ!」

「私をおんぶしてスクワット追加!」

 それ気に入ったんですか?

 その後、『ハチマンの汗の匂い……いいかも』とか聞きながらめちゃくちゃ筋トレした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 シン、と静まり返っている。俺の周りには誰もいない。聞こえるのは風の音や虫の鳴く音。それ以外は全く聞こえなかった。

「……」

 ここは俺たちが住む町から少しだけ離れた空き地だ。夜の訓練に使える場所を探してようやく見つけた。ここなら誰にも見つからない。遠いのが難点だが、『サウルク』を唱えてサイに抱っこして貰って移動すればすぐに着く。毎回、お姫様抱っこされるのは恥ずかしいがサイがやりたいと言うので仕方なく頷いている。

「ッ――」

 不意に背後から音が聞こえ、振り返った。しかし、そこには何もいない。あるのは石だけ。それを見た瞬間、しゃがんだ。頭上で何かが通り過ぎた。横目で確認すると後ろ回し蹴りを放っているサイを見つける。急いで右に転がった。

「へぇ」

 一撃目を躱したのが意外だったのかニヤリと笑うサイの拳が先ほどまで俺がいた場所にめり込んだ。あれを喰らえば骨の一本ぐらい簡単に折れるだろう。だからこそ、当たってはいけない。受け身を取って予め持っていた小石をサイに向かって投げる。

「……」

 首を傾けて回避するサイ。それどころか一瞬で距離を縮められて懐に潜り込まれる。右腕を引いた。正拳突きが来る。咄嗟に左腕でガード。

「ぐ、ぁ……」

 骨の砕ける音を聞きながら乱暴に腕を払う。力の流れを変えられてサイの体が俺の左側を通り抜けていく。冷や汗を流しつつ、それを視認していると群青色の瞳が俺を見つめていた。『少しはできるようになったね』と言いたげな視線。すぐに前に跳んで距離を取った。

「はい、チェックメイト」

 態勢を立て直そうと顔を上げると目の前にサイの貫手が迫っていた。ギリギリで止めてくれたので怪我はない。左腕は折れたけど。

「はぁ……はぁ……」

「うんうん、最初はよかったよ。でも、その後が駄目だったかな。石を投げるにしても1個じゃなくて2個投げて相手が躱したところに向かって3個目を投げるとかしないと。そうすれば相手は動きを止めてガードするしかなくなるし無理に突っ込んで来ても少しは態勢も崩れているだろうから対処法もある。それに私の怪力を知ってるんだから受け止めるんじゃなくて私の拳を横から叩くとかして横に体をずらすとか――」

「――あ、後で聞く……『サルフォジオ』」

 痛みを我慢しながら近くに置いておいた魔本に触れて呪文を唱えた。

「ゴメンゴメン。はい、どうぞ」

 苦笑いを浮かべながら巨大な注射器を俺に刺す。その途端、身動きが出来なくなるが骨や擦り傷が嘘のように消えていった。

「……はぁ」

 術の効果がなくなってため息を吐く。怪我は治っても少しの間、痛みは残る。その痛みが消える間、先ほどみたいにサイから駄目だったところを教えて貰うのだ。

「いい、ハチマン。戦いって言うのは力だとか受け止めるだとか色々な方法がある。その中でも有効なのは“不意を突く”ことなんだよ」

「不意?」

「そう、身構えてる時と突然攻撃された時じゃ全然違うの。不意打ちされたらまず、状況を把握しなくちゃならない。どこから攻撃されて、どれほどの被害を受けて、次に何をすればいいのか。そんなたくさんのことを考える間に敵は次の行動に移ってる。それじゃ遅いの」

 そう言えば、夜の訓練中、よくサイは俺の不意を突いて来る。石を投げてその音に反応した瞬間、攻撃して来たり。一番吃驚したのは地面の下から出て来た時だ。話によると俺が夏期講習に行っている間に俺の足元まで続く穴を掘っておいたらしい。『いつだって戦いは何が起きてもおかしくないと知って貰うため。後、敵が罠を仕掛けて来ないとは限らないでしょ?』とのこと。

「まぁ、確かにどんなことが起きてもいいように準備しておくのは大事だよ? でもね。どんなに準備しても予想外のことは必ず、起きる。だからハチマンには不意打ちされてもすぐに動けるように慣れて欲しいの」

「そんなことできんのか?」

「じゃあ、なんで一撃目を躱せたの?」

「それは石が囮だってわかって攻撃して来るだろうから咄嗟に躱しただけ……ああ」

 そうか。あの時、俺は石が囮だと“一瞬にして判断した”。何が起きているのか把握するのに時間がかかっていたら一撃目で俺は倒されていただろう。

「理解出来た?」

「ああ……でも慣れるまで大変そうだな」

「大丈夫大丈夫! その間にハチマンには痛みにも慣れて貰うから」

「……因みにその理由は?」

「痛みで動けなくなっちゃったらその時点でその人は死ぬ。怪我をしたり腕が引き千切れても気絶しないでどこか治療できるところまで移動しないと追い打ちをかけられちゃうからね。それにハチマンの性格を考えるとすぐに怪我しちゃうだろうから今の内に痛みに慣れておけば何かと便利でしょ?」

 結構、バイオレンスな理由だった。そのおかげで初日に右腕をへし折られて悲鳴を上げていたのに今じゃ腕が折れる程度じゃ悲鳴を上げなくなった。サイの訓練は順調らしい。

「でも、もう少し攻めに転じてもいいんじゃない? ずっと防戦一方でしょ?」

「お前に隙がなさすぎんだよ……こっちは防ぐので精いっぱいだ」

「……魔物相手だと仮定して攻めに転じれるわけないからいいか」

 そうそう、無理は禁物だ。下手に攻撃手段を得て相手を殺してしまったら俺は犯罪者になってしまう。俺が相手するのは魔物だとは限らないのだから。

「それじゃ続き、しよっか」

「……ああ」

 この訓練は俺の心の力――つまり、『サルフォジオ』が唱えられなくなるまで続く。帰りの『サウルク』分は取っておくが日に日に心の力も増えているようで訓練時間も長くなっている。その分、俺の怪我の数も増えるけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁー」

「ハチマン、大丈夫?」

 心の力がないことから来る脱力感と訓練の疲れから睡魔が俺を襲う。家の前に着いた時、サイがそれに気付いて不安そうに問いかけて来た。

「大丈夫だ……教官殿、お遊びと行くんでしょう?」

「っ……うん!」

「じゃあ、行こうぜ」

 俺が玄関に向かって歩き出すとサイが嬉しそうに手を掴んで来る。振り払う理由もないのでそのままにしながら玄関の扉を開けた。

 

 

 

 ――パンッ!

 

 

 

「「ッ!?」」

「お兄ちゃん! 誕生日おめでとー!」

 突然の破裂音に身構えてしまった俺たち(訓練の成果)の前にはクラッカーを持った小町がいた。そう言えば、今日の夜の訓練は日付が変わるまで続いたので俺の誕生日である8月8日になったようだ。

「ああ、さんきゅ」

「最近、何かと大変そうだからねー。疲れてるお兄ちゃんに癒しをあげようと思って」

「はいはい、癒されてる癒されてる」

「んもう、適当過ぎ! 小町的にポイント低い!」

 いやだってお前が鳴らしたクラッカーの残骸が俺とサイの頭に乗っているんだぞ? しかも、結構汗かいたから肌に引っ付くし、これ誰片づけるの?

「……」

 そこで俺の隣にいたサイが何が起こっているのかわからないような表情を浮かべているのに気付いた。

「どうした?」

「えっと……タンジョウビって何?」

「「え?」」

 どうやら、サイは誕生日を知らないらしい。意外だったので俺と小町は声を漏らして顔を見合わせる。

「誕生日ってのはその人が産まれた日で、それを祝う日だ」

「産まれた日? 産まれた日に何でお祝いするの?」

「え? あー……」

 そう言えば、何で誕生日はあるのだろうか。俺にとって誕生日はクラスで人気の奴が『誕生日会開くよ』って告知しまくってそれを遠巻きに見ているだけの日だった。そして、その後、『誕生日会面白かったねー!』、『そうだねー! クラスの皆集まったよねー!』という会話を聞く。俺、行ってませんけど? それどころか呼ばれてませんけど? もしくは小町にプレゼントをあげる日。あ、でも、由比ヶ浜の誕生日会は行ったか。あの時、サイが演歌歌ったのには驚いた。お婆ちゃんと暮らしていたからそうなったんだろうけど。しかも、吃驚するほど上手かった。さすが妖精さん。こぶし効いてるぅ。

「産まれて来てくれてありがとーって意味だよ!」

 俺が言葉に詰まっていると小町がニコニコ笑いながらサイに教えた。

「産まれて来てくれて……ありがと……」

 サイは少しだけ辛そうに繰り返す。

「そう! お兄ちゃん、小町のお兄ちゃんに産まれて来てくれてありがとー!」

「お、おう」

 え、何でもう一回言ったの? お兄ちゃん、ドキッとしちゃったよ。

「……ハチマン!」

 ぐいぐいと俺の手を引いてサイが俺を呼んだ。すぐに下に顔を向けると少しだけモジモジしているサイの姿がある。何だ、この可愛い生き物。

「あ、あのね」

「あ、ああ……」

「ハチマン……産まれて来てくれて……そして、私のパートナーになってくれて、ありがと。本当に、ありがと……」

 そう言った後、恥ずかしさから俺の足に抱き着いた。そのまま、グリグリ。そのせいか足と顔が熱くなる。

「おう……」

 何だかサイを見ていられなくて顔を背けながらサイの頭を少し乱暴に撫でた。後、小町。ニヤニヤすんな。

「それにしても……誕生日を知らないとはねー。もしかして自分の誕生日も知らない?」

「……うん」

 俺の足から少しだけ顔を離してサイは頷く。その姿を見て理由を聞く気にはなれなかった。あまりにも悲しそうだったから。

「そっか。じゃあ、サイちゃんも今日が誕生日だ!」

「え?」

「だって、誕生日って言うのは産まれて来てくれてありがとって言う日なんだよ。だから、誕生日を知った今日こそサイちゃんの誕生日! そうでしょ、お兄ちゃん?」

 ウインクしながら俺にバトンタッチする小町。

「ああ、誕生日ってのは1年に1回、必ず来るもんだ。本当の誕生日から少しぐらいずれてたって誤差だ、誤差」

「いや、そう言うことじゃないよ……」

 俺の言葉に小町は呆れた様子で呟く。あれ、そう言う意味で言ったんじゃないの?

「こんなお兄ちゃんは放っておいて! サイちゃん、産まれて来てくれてありがとー!」

「え、あ、う、うん……どういたしまして……」

 まだ実感が湧かないのか困った顔でサイは頷いた。理由はどうであれ、彼女は自分が産まれて来てもよかったのかと疑問に思っているのかもしれない。過去に色々あったみたいだし。

「ほら、お兄ちゃんも」

「……ああ」

 多分、これも彼女を閉じ込めている檻なのだろう。サイ本人は自分の存在を良く思っていない。目を見ればわかる。悪いことをしたと思っているのにそれを褒められて困惑している子供の顔だ。でも、それは間違いだ。サイは――いや、産まれて来る子供全てに言える。産まれて来てはならない命などない。どんなに悪い奴だったとしても産まれて来た時は祝福されるべきなのだ。だから、俺が間違っていると教えなくてはならない。そう約束したから。

「サイ」

 しゃがんでサイと同じ目線になる。

「ハチマン?」

 その行為が意外だったのかサイは首を傾げながら俺を見た。少しだけ群青色の瞳が澄んでいる。俺はあまりこの状態のサイの目は好きじゃない。あまりにも澄みすぎているからだ。

「サイは自分が本当に産まれて来てよかったのかって疑問に思ってるだろ」

「……うん」

「理由は?」

 俺の質問に首を横に振った。話したくないのだろう。でも、構わない。それぐらい予定調和だ。

「過去に何かあったのかはわからない。そのせいでどんな目にあったのかも。でもな? 俺はお前と出会ってこうやって一緒に過ごすことができて……よかったと思ってる」

「っ……」

「だから……な。産まれて来てくれて。俺と出会ってくれて。俺と一緒にいてくれて……俺のパートナーになってくれてありがとう」

 本当にサイと出会って俺は変わった。前の俺はこんなこと言う奴じゃなかった。でも、悪くないと思う。これもサイが産まれて来てくれたからこそ起きた変化だ。

「……私、産まれて来ても良かったの?」

「ああ」

「わ、私……色々……」

 そこで言葉を区切ってしまう。言えないことがあるのだろう。

「言わなくてもいい。でも、どんなサイでも俺は何度だって言う。産まれて来てくれてありがとう」

 俺のジッと見ていたサイの目から1粒の涙が零れた。それがきっかけになったのか呆然としていた彼女の顔がどんどんくしゃくしゃになっていく。

「よかったんだ……私、産まれて来てもよかったんだ……」

「そうだよ、サイちゃん! こんなに可愛くていい子が産まれて来ちゃ駄目だったらお兄ちゃんどうなっちゃうの! 消滅しちゃうよ!」

 小町ちゃん、今それ言わなくてもよくない?

「う、うぅ……」

 ワンピースの裾をギュッと掴んで涙を流すサイ。その姿は泣かないように我慢しているようだった。

「ほら、サイ」

 腕を広げてサイを呼んだ。

「……いいの?」

「逆に何で駄目なんだよ。ほら」

「……うん」

 サイはおそるおそる俺の体に抱き着く。俺も彼女の背中に腕を回して優しく撫でてやった。

「ありがとな、サイ」

「ぅ、あ……ああああああああああああああああああああああああああ!!」

 そう言えば、サイが声を上げて泣いたところを見たことがなかった。泣いたとしても声を殺していた。声を上げて泣くことを禁止されていたかのように。

 それからサイは今まで我慢していた涙を消費する勢いで泣いた。その間、俺と小町は優しく声をかけ続けた。強くて優しくて幼い群青色の瞳を持つ少女に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え? 誕生日、プレゼント?」

 サイが泣き止んだ後、小町が『プレゼント何がいい?』と聞き、またサイは首を傾げた。

「お祝いなんだからプレゼント渡さないと! 何が欲しい?」

「……何でもいいの?」

「うん、大丈夫! お兄ちゃんが買うから!」

「おい」

 いや、まぁ、その意見には賛成なんですが少しぐらい手助けしてくれてもいいんですけど。

「……カメラ」

「え? カメラ?」

「うん……写真撮れるあれが欲しい」

 泣いた後だからかいつもの元気がなく少しだけしおらしい。

「買って来る」

 そのせいかな。気付くと財布を持ってドアノブに手をかけていた。よーし、八幡がとびっきりのカメラを買って来てやるぞー!

「ちょ! お兄ちゃん、深夜にお店開いてないって!」

「そうか……じゃあ、明日買いに行くか?」

「……うん!」

 俺の問いかけに頷いたサイは満面の笑みを浮かべていた。

「じゃあ、今日のところは……ん?」

 サイも落ち着いたし夜も遅い。このまま玄関にいるわけにもいかない。そう思って移動しようとしたのだが魔本を入れてあった鞄が群青色に輝いているのに気付いた。

「まさか……」

 急いで鞄を開き、魔本を取り出す。それを見たサイが小町を居間の方へ連れて行く。その隙に本をペラペラと捲る。

「あった」

 

 

 

 ――第5の術『サグルク』。

 

 

 

 そこには新しい術が書かれていた。

 




これにて千葉村編は本当の完結です!
術の習得のスパンが短いとは思いますが、第6の術習得は遅くなりますので見逃してください!
なお、『サグルク』の説明は次の文化祭編の冒頭でします。


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第3章 ~文化祭編~ LEVEL.27 初めて使いどころに困る術を得て2人は困り果てる

今週、こんなに更新が早いのは夏休みで比較的暇だからです。
9月末まではこんな感じになると思いますが、それ以降は通常通りの更新となります。


なお、今回から文化祭編です。文化祭編と言っても千葉村編では語れなかった夏休みの話をナレーション気味に説明しているので少しわかりにくいかもしれませんが、原作とほぼ同じ展開だと思ってくれれば問題ありません。


「「……」」

 あの天国のような夏休みが終わってしばらく経った。それでも俺の訓練は夏休み同様、続いているのだが、現在俺とサイは夜の訓練を一時中断して地面に直接座って沈黙していた。あ、サイは俺の膝の上に座っている。妖精さんを地面に座らせるなんてできるわけがない。

「なぁ、サイ……『サグルク』って」

「言わないでっ!」

 8月8日に発現した第5の術『サグルク』。最初は新しい呪文に喜んだ俺たちだったが、次の日に唱えてみてすぐに首を傾げた。術の効果が『サイの肉体強化』だったのだ。確かにサイのスピード上昇とドーピング効果のある『サウルク』とは違い、スピードはもちろん力や防御力も上がったのだが、第5の術にもなってそれだけなのかと拍子抜けしてしまった。上がると言っても『サウルク』みたいに跳ね上がるのではなく、『おお、上がったな』ぐらいの印象しかない。具体的な数値で言うと1.5倍から2倍ぐらいか。サイがティオに聞いてみても『さすがにおかしいんじゃない?』と返され、夜の訓練の合間に『サグルク』について研究することにした。

 その結果――。

「何これ!? こんな術、戦闘中使えるわけないでしょ?!」

 ――サイが発狂することになった。

「お、おい……落ち着けって」

「これが落ち着いてられると思う!? だって、だって!」

「いや……まぁ、便利だからいいじゃねーか」

「便利なのは認めるけどさぁ! それでもハチマンがいないと使えないし、使っても私が攻撃喰らったら全部“吐き出しちゃう”んでしょ!?」

 因みに検証の結果、石ころがサイの頭に当たっただけで『サグルク』の本来の効果は無効化させた。肉体強化は解けなかったけど。

「あー……それは面倒だな」

「だから本当に困った時しか使えない……しかも、転んだだけで無効化されちゃうから神経使うし……あぁ、まさかここに来て外れを引いちゃうなんてぇ」

 頭をガシガシと掻き毟るサイ。本当に発狂していらっしゃる。

「もしかしたら、今後術が成長するかもしれないだろ? 『サシルド』だって前よりでかくなったし」

 『サグルク』の研究中、全ての呪文を唱えたのだが何故か『サシルド』が大きくなっているのに気付いた。範囲は変わらないのだが、以前より高くなったのだ。これで『サシルド』を利用したサイジャンプがより高くなる。いや、需要あるかどうか知らないけど。

「うぅ……せめて、爆撃の中を走り回っても無効化されないぐらいじゃないと使えないよ」

「お前は戦争中の異国にでも行く気か?」

 そりゃ魔物との戦いは戦争と同等かそれ以上に激しくなるけど。

「しばらくは『サグルク』を使うとしても副産物である肉体強化目的だな」

「そうだね……まぁ、それだけでもありがたいんだけどさ」

 『術を使いこなしていないって感じでなんか嫌だぁ』とサイは嘆く。確かにサイの呪文はどこか使いにくい。無条件で使えるとしたら『サルク』だけだ。『サシルド』は地面からせり上がって来るので空中では使えない。『サウルク』はサイが怪我している時に使うとその後、サイが動けなくなってしまうので却下。『サルフォジオ』も敵がいないところで回復するのはいいが、敵の目の前で使えば身動きが取れずに隙を突かれてしまう。『サグルク』肉体強化は便利だが、本来の効果はひ弱。俺は『サグルク』好きだけどな。俺も使えるようになりたい。箪笥の角に小指ぶつけただけで“吐き出しちゃう”のは嫌だが。

「それにしても、お前の呪文、重ね掛けできるのは利点なんじゃねーか?」

「私も吃驚した。まさかそんなことができるなんて思わなかったよ」

 そう、『サルク』、『サウルク』、『サグルク』は同時に唱えられる。『サシルド』と『サルフォジオ』を唱える場合、『サルク』などの肉体強化系の呪文を一度、解除しなくてはならない。唱えようとしても発動すらしないのだ。だが、最初に言った3つの呪文は連続で唱えられる。例えば、『サウルク』を唱えた後に『サグルク』を唱えたとする。すると、仮の数値だが、『サウルク』によってサイのスピードが3倍になり、そこに『サグルク』の効果が加わってサイのスピードが3×1.5で4.5倍になるのだ。その分、呪文を唱えようとすると通常時より心の力を消費するがこれはかなり強力だ。

「後は攻撃呪文を覚えられればいいんだが……」

「っ……」

 俺の呟きを聞いてサイは少しだけ顔を強張らせる。

「どうした?」

「う、ううん! 何でもない! ほら、研究も終わったんだし訓練再開だよ!」

 誤魔化すように立ち上がって俺に手を差し出すサイ。それを見て俺は頬を掻く。

「ハチマン?」

「あー……すまん。しばらく夜の訓練は少な目にしてくれ」

「何かあるの?」

「文化祭実行委員になった」

 とある国語を担当する教員のせいでな。

「何それ?」

「まず、文化祭って知ってるか?」

「ううん。でも、私の名前が入ってるんだね!」

 まぁ、知るわけないよな。あと、そんなに嬉しそうに言わないで。そこまでいいもんじゃないから。

「簡単に言うと俺の学校が開くお祭りだ。ほら、夏休みの時、行っただろ?」

「……うん」

 そこでサイは顔を曇らせた。無理もない。

 夏休みの途中で俺はサイと一緒に夏祭りに行った。正確には最初、由比ヶ浜と二人きり(なんか行くことになった)だったが、花火の音に驚いてサイが俺を助けに来てしまったのだ。てか、よく俺の居場所わかったな。俺も由比ヶ浜も途中で合流した雪ノ下陽乃も吃驚していたぞ。

 元々、サイはその日、ティオの家で遊ぶ約束をしていて俺と一緒に夏祭りに行けなかった。悔しがっていたが、夏祭りは人が集まるので合流するのは困難だと判断し、サイには諦めて貰った。そして、花火が上がる頃には家に帰って来ていて微かに聞こえる破裂音を聞き付けて飛んで来たのだ。

 その後、陽乃さんを迎えに来たハイヤー――いや、あの入学式の日、俺を轢いたハイヤーを見ながら陽乃さんが誤魔化せない一言を言ってしまった。あの日、俺と由比ヶ浜はもちろん、サイもこのハイヤーを目撃している。なんせ、俺とサイが初めて会った日なのだから。まぁ、会ったと言うよりはニアミスしたと言った方がいいか。だからこそ、俺たちは知ってしまった。あの日、あのハイヤーに乗っていたのは雪ノ下雪乃だと。

「もういいって言ってるだろ? お前は魔物と戦ってんだから」

 その事実を知った俺たちの中で一番落ち込んだのははっきり言って部外者のサイだった。『あの時、魔物の相手なんかせずに魔本を取りに行けばハチマンと会えたのに。そうすればハチマンは事故に遭わなかったのに』と悔しがっていた。もし、そうなっていたら俺はサイと会話するのに精いっぱいで由比ヶ浜の犬を助けられなかっただろう。それに加え、今の奉仕部も成り立たなかったはずだ。皮肉にもあの部活はあの事故の当事者全員が属しているのだから。

「うん……あ! そう言えば、ユイから部活しばらくなくなるってメールが来てたような」

 そうそう、それそれ。でもね、サイさん。そのメール、俺の携帯に来た奴だよね? 由比ヶ浜もサイに伝えようとして送ったんだろうけど、俺から伝わるって考えなかったのかしらん。

「まぁ、俺と雪ノ下が文化祭実行委員になったからな。由比ヶ浜も由比ヶ浜でクラスの出し物の準備あるし」

 そう言いながら相模の依頼のことを思い出して顔を顰める。サイはそれを見て怪訝な表情を浮かべるがすぐにハッとした。やべ、気付かれたか。

「ハチマンとユキノが同じって……大丈夫なの? 最近、2人おかしいし」

「うぐっ……」

 さすがサイ。見破っておられる。何故か夏休み明け以降、俺と雪ノ下はよくわからないがぎこちない。いや、俺は知っているのだ。俺が原因だと。

 雪ノ下だって嘘を吐く。『実は貴方を轢いたハイヤーに乗っていたの。でも、元気になったし慰謝料は払ったから今までどおりでいいわよね?』などと易々と言えるわけがない。雪ノ下だって人間だ。例え、ぼっちだとしても罪悪感は抱くし躊躇することだってある。

 でも、俺は彼女が嘘を吐いたことを許容できなかった。

 更に雪ノ下も雪ノ下で俺とサイに対してどこかぎこちない。何と言えばいいのだろうか。“何かを探っている”ような視線を時々、向けて来る。

(これは……あれだよな)

 合宿の時、雪ノ下が俺に質問したことを思い出してため息を吐いた。どこで知ったのかはわからないが、あの夜俺とサイに何かが起きたことを感じ取っているらしい。だが、これに関してはおいそれと教えるわけにもいかない。由比ヶ浜の時だって相当、混乱していたし。

「まぁ、何とかなるだろ。それより、そろそろ帰ろうぜ」

 これは俺と雪ノ下の問題だ。それに俺たちの関係がぎくしゃくしていても文化祭実行委員には関係ない。俺は自分の仕事をできるだけ少なくする努力をしなくてはならないのだ……由比ヶ浜に頼まれたから少しぐらい気にする程度だ。

「……」

 適当に誤魔化して魔本の入った鞄を取りに行ったから俺は見ていなかった。サイが不安そうに俺の背中を見ていることに。

「あ、そうだ。じゃあ――」

 そして、俺は気付かなかった。サイの脳内に2つのアイディアが浮かんでしまったことに。

 




『サグルク』についてですが、感想の返信でも言いましたが、本体の効果はしばらく秘密にしておきます。一応、ヒントは書きましたので思い付いた方は感想かメッセージなどで教えてください。もし、正解ならば白状しますwww
……でも、読者様って本当に勘の鋭い方ばかりなんですよね。今後の展開を何度も言い当てられてますし。今回も当てられないか心配です。


因みに今回のお話しは俺ガイル原作6巻の途中からです。文化祭は10月頃だと思いますのでだいたい9月初旬か中旬頃でしょうか?


あと、文化祭編では……ガッシュの原作のお話しも登場します。原作だと……確か、8巻のお話しでしょうか。6巻で清磨たちが外国から帰って来て7巻の冒頭で学校が始まってますからもしかしたら時期的に少々早いかもしれませんがご了承ください。


追記

予想通り、感想にて『サグルク』の効果、言い当てられましたw
一応、ネタバレに含まれますので気になった方だけ探してみてください。


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LEVEL.28 相模南のせいで比企谷八幡の仕事が増え、群青少女は作戦を開始する

「ただいま……」

 疲れ切った体に鞭を打って何とか帰って来られた。あー、しんどい。これはあれだな。心労ですね。明日、学校休まなかったら死にますね。お薬出しておきます。

「ハチマン! おかえりー!」

 居間に入ってソファに倒れ込むと同時に2階から降りて来たサイが俺に飛び込んで来た。サイのブームで横になっている俺に飛び込み、それを俺がキャッチするというものだ。だが、精神的に疲れていて反応が遅れ、サイをキャッチしそこねてサイの頭が俺の鳩尾にクリーンヒットした。

「ぐ、ぐぉぉ……」

「だ、大丈夫!?」

 呼吸困難に陥り、悶えていると顔を上げてサイが叫んだ。まさか俺がキャッチできないとは思わなかったのだろう。日頃の訓練のおかげで俺もそれなりに強くなったからだ。多分、何か武道を習っている人相手でも一方的にやられはしないだろう。まぁ、サイとの訓練ではほとんど防御しかしておらず、攻め方を知らないので硬直状態になるだろうけど。その代わり、防御に関してはサイにもお墨付きを貰っている。サイ曰く、『ハチマンはよく人の表情とか周囲の状況を観察しているから戦闘にも向いている』とのこと。俺からしたらあまり戦いたくないけどね。

「げほっ……しばらくこれ禁止な」

 これからもキャッチは出来ないと思う。訓練に加えて文化祭実行委員の仕事もあって毎日、くたくただからだ。

「あー……ゴメンね。疲れてたんだ」

「ああ……文化祭実行委員長殿が余計なことを言ったせいでな」

「どういう事?」

 首を傾げるサイに愚痴るように教えた。数日前、文化祭実行委員長である相模から『文化祭なんだから楽しまないと。仕事のペースもいい感じだからクラスや部活の方にも行ってもいいよ!』という帰農令ならぬ帰組令が出された。そのせいで遅刻する委員や欠席する委員が増えてちょっとずつ崩れ始めている。俺の仕事も増えたのだ。

「うわぁ……」

 それを聞いたサイは相模に引いていた。6歳ほどの子供にすら引かれる相模には同情……しないわ。自業自得というやつである。

「それに雪ノ下も疲れてるみたいだし」

「え? ユキノが? そこらへんもどうにかできそうだけど」

「さっき言った相模の依頼で補佐……にしちゃやりすぎなほど補佐してるし、陽乃さんも来てるから肉体的にも精神的にも疲れてんだろ」

「そのサガミって子、無能なんだね」

 辛辣ですね、サイさん。だが、実際にそうだ。俺から見ても相模はリーダーに向いていないと思う。それ以上に雪ノ下が有能すぎるのだ。だからこそ、相模南という人間はそれに甘える。誰だって目の前に好物があって食べてもいいと言われれば食べるだろう。俺はまず疑うけど。

(でも……)

 何と言うか雪ノ下は一体どうしてしまったのだろう。いつものやり方と違う。今回はあまりにも助けすぎている。いつもならとりあえず相模に仕事をさせ、ミスがあれば毒を吐きながら丁寧に教えて冷気を置いていくのに。

「……」

 そっとため息を吐いていると俺の腹の上に乗ったまま、サイは考え事をしていた。傍から見たら色々ヤバいからそろそろ降りてくれませんか。

「おい、何を考えてる」

 嫌な予感がしてジト目で問いかける。何を企んでいるんでしょうね、この娘は。

「いや、ハチマン大変だなーって」

 しれっとした顔で感想を漏らすサイ。答える気はないらしい。

「……まぁ、な。今はまだ何とかなってるけど今後どうなるかわかったもんじゃない。猫の手も借りたいぐらいだ」

「ふむふむ、なるほどねー。猫の手も借りたいんだー。でも、カマクラは手伝ってくれないと思うよ? サイの手ならあるけど」

 そう言いながら『にゃん』とサイが呟いた。サイにゃんならずっと抱きしめながら撫で続けたいわ。できれば縁側でお茶でも飲みながら。

「いや、無理だろ」

 確かにサイは奉仕部の一員だ。平塚先生も認めている。だが、これは文化祭実行委員の出来事だ。依頼が無い限り、サイは手出しできない。相模の依頼もあるがこれは雪ノ下が個人で受けたため、奉仕部は動けないのだ。

「むぅ。それはそうだけど……」

 そう言うと頬を膨らませてそっぽを向いた。手伝いたかったらしい。しかし、さすがに6歳に運営の仕事はできないだろう。今回は諦めて貰おう。

「その気持ちだけで十分だ」

 そんなサイの頭を撫でて俺の上から降ろす。そろそろ夜の訓練の準備をしなくてはならない。俺の方をジッと見ている彼女を放って俺の部屋に向かう。

「……ふふ」

 なんか居間の方からそんな笑い声が聞こえたけど、関わったら面倒なことになりそうなので無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。放課後になり、今日も雑用を片づけるロボットにならなくてはならない。

「ん?」

 鞄の中に教科書類を仕舞っていると鞄の奥底に見覚えのない物を発見した。取り出してみる。

「これ」

 サイの誕生日に家族全員(両親含む)で買ってあげたデジカメだった。普段ならサイが持っているのに何故こんなところに。魔本を入れる時に紛れてしまったのだろうか。

(……まぁ、何とかなるか)

 グルグルと思考を巡らせた後、一つの結論を出して俺はそのまま教室を後にした。文化祭までもう2週間もない。廊下で生徒たちが笑顔を浮かべながら行き来している。そんな中俺はただ1人ため息を吐きながら歩き続けた。この後に待っている面倒事に頭を抱えながら。

「どうした比企谷。いつもより目が濁っているぞ」

 その道中で平塚先生とエンカウントする。元はと言えば貴女のせいなんですけど。

「文化祭実行委員の仕事を喜んでやる人なんていませんよ」

「そうとは限らないだろう。少なくとも私は嬉々としてやる」

「先生、こういうの好きそうですもんね……」

「ん? 何でデジカメなんて持っているんだ?」

 そこで俺の手の中にあったサイのデジカメを見つけたのか不思議そうに問いかけて来る。何となく鞄に仕舞っておくのも気が引けたのだ。壊したら泣きそうだし。

「これサイのですよ。なんか鞄の中に入ってたんです」

「ふむ……確か比企谷は記録雑用だったよな」

「そうですけど」

 ビビビッと八幡レーダーが面倒事を察知した。今すぐにでも逃げ出したい。

「なら、文化祭実行委員の仕事ぶりを記録しておこう。何かに使えるかもしれん」

「……あ、わかりました。適当に写真撮ればいいんですよね」

「ん? いつもなら捻くれた発言の一つでも吐くところなのに今回は素直だな」

「だって、写真撮るって言えば仕事断れるかもしれないじゃないですか」

「お前って奴は……まぁ、いい。話は私の方からしておく。サイにはお前から言っておいてくれ」

 サイに? 何を? あ、そうか。俺が持っているのはサイのデジカメだ。少しの間、借りると言っておかないと。

「わかりました」

 俺が頷いたのを見て先生は颯爽と去っていた。あの人、去り方格好いいな。

 それから少し歩いて会議室に到着した。扉を開けて中を見ると昨日よりも人がいない。こりゃ大変だ。

「やっほー、比企谷くん」

 いつもの席に座るとスッと陽乃さんがやって来た。こりゃ面倒だ。

「……ども」

「今日もサボらず来たんだね。えらいえらい」

「俺だってサボりたかったんですけどね。仕事がありますから」

 そう言いながら置いてあったお茶を飲む。うむ、美味い。

「君が真面目に仕事、ねぇ……どんな仕事?」

「記録雑用の仕事ですよ」

 適当に陽乃さんに返事をしてそっとデジカメを置いた。

「なるほどね、皆の仕事ぶりを写真に残すわけだ」

 いや、なんでこれだけでわかるんですか。

「ええ……まぁ、そうですけど」

「じゃあ、はい」

 何故か俺に向けてピースをする陽乃さん。これでそう言うことですか。

「……いや、仕事してる様子を撮るんですって」

「仕事してるじゃない。ほらほら、早く早く」

「はぁ……はい、ぽーず」

 パシャ、と一枚。それで満足したのか陽乃さんは手を振って離れて行った。それを見送っていると突然、背中が凍りつくような悪寒に襲われる。

「……仕事しに来たのよね?」

 振り返るとものすごい量のファイルを持った雪ノ下がいた。その眼は人を凍りつけられるほど冷たい。凍傷になっちゃいそう。

「あ、ああ……」

「じゃあ、何で姉さんといちゃいちゃしてたのかしら?」

「いちゃいちゃなんてしてねーよ。仕事だ仕事」

「いちゃいちゃすることが?」

「……平塚先生にここで働いてる奴らの写真を撮れって言われたんだよ」

 手に持っていたデジカメを見せながら教える。最初は訝しげな表情を浮かべていた彼女だったが、納得したのかため息を吐きながら俺の前にドンとファイルの束を置いた。

「これ、よろしく」

「……」

 え、ちょ、これはさすがに無理じゃないですかね。

「写真もお願いね」

 やめて! これ以上仕事増やさないで!

「はぁ……」

 ため息を吐いていつもの席に座ってお茶を一口飲んだ後、仕事を再開した雪ノ下をデジカメで撮る。こう見ると絵になるな、こいつ。

「比企谷くーん、私にもお茶ー」

 お茶を飲みながら仕事をしているとそれを見たのか陽乃さんがお願いして来た。

「いや、雑用ってそう言う仕事じゃないと思うんですけど、多分……」

 だが、この人に何を言っても無駄だろう。一気にお茶を飲み干した後、仕方なく、別の容器にお茶を淹れて渡した。

「……」

 お茶を受け取り、飲んでいるのだが何故か俺から目を離さない陽乃さん。お茶、美味しくなかったのかしらん。

「ねぇ、比企谷くん」

「は、はい……何ですか?」

「何か武道習ってる?」

「……はい?」

「んー、歩き方が素人っぽくなかったと言うか。戦い慣れてる人の歩き方だった」

 それがわかるってことはこの人も何か武道をやっているのだろうか。そんな疑問の視線を向けているとそれだけでわかったのか陽乃さんは頷いた。

「私、合気道習ってるからね。わかるんだよ。それで? 君は何で戦ってるの?」

 スッと目を細めて陽乃さんが言葉を紡ぐ。逃がさないよ、と言いたげな瞳。俺がどんなに誤魔化しても見抜いて追究して来るだろう。なら、誤魔化さなければいい。誤魔化すだろうと高を括っているのならその不意を突く。それがサイの教えだ。

「俺は自分のために戦ってる、それだけですよ」

 俺がサイと一緒に戦うと決めたのはサイのためではない。俺自身が一緒に戦いたいと思ったからだ。人のためとか言って動くのは人に理由を押しつけているだけだ。そんな物、何の価値もない。そんなの俺は認めない。

「……ふーん」

 俺の答えを聞いた彼女はつまらなそうな表情を浮かべて視線をずらす。それにつられてそっちを見ると雪ノ下がこちらを睨んでいた。

「……おたくの妹さんに氷漬けにされそうなんで仕事に戻ります」

「うん、教えてくれてありがと」

 陽乃さんから離れて自分の席に戻る。そして、お茶を一口。ああ、落ち着くわぁ。

 それから時々、写真を撮りちゃんと写っているのか確認してそっとため息を吐いた後、雑用を片づけて行った。

 



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LEVEL.29 休日に群青少女の作戦が決行され、訓練の成果が予期せぬところで発揮される

色々と無理があると思いますが、一応あとがきで解説するのでとりあえず読んでください。
なお、今回登場する人物の言動が原作とは少し違うかもしれませんがご了承ください。


 文化祭実行委員の仕事に追われ、疲れていたが休みは必ず来る。そう、土日だ。土日の訓練は俺の疲労を考慮してくれたのか中止にしてくれた。そのおかげで昨日はゆっくり休めた。日曜の今日も存分に休むぞー!

「ハチマン、遊びに行きましょう」

「……まず降りろ」

 存分に惰眠を貪ろうとしたが、凄まじい衝撃が腹部を襲って目を覚ました。すると、俺に馬乗りになったサイが笑いながらそう告げたのだ。どんなことをすれば腹部にあんな衝撃を与えられるんでしょうかね。おかげでおめめがパッチリだよ。

「ハチマンは昨日、たっぷり休みました。ええ、訓練もなければ文化祭実行委員の仕事もなかったからです」

「いやいや、サイさん? まだ疲れは取れていないんですよ? さっきので増加しましたよ?」

「それはきっと精神的に疲れているのです! そう、貴方はストレスがマッハなのです!」

「使い方間違えてるぞ」

 それにしてもテンション高いな。何を企んでいるのだろう。

「なので、8時半にここに集合です。では、私はこれで」

 俺に折りたたまれた紙を渡してそそくさと部屋を出て行った。あの子、なかなかの策士だな。俺はサイを悲しませたくない。もし、この紙の場所に行かなければサイは悲しむ。何とか話し合いで説得し、サイに諦めて貰えばそうはならないが、すでに彼女はここにいない。詰んでいる。

「はぁ……」

 まぁ、サイも俺をリラックスさせるために色々と動いているのだろう。それを踏み躙るわけにもいくまい。

 そう考えながら紙を広げた。

『駅へ行けばわかるよ!』

 それしか書かれていなかった。

「……はい?」

 暗号か何かですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へーい、お兄ちゃん! 待ってたよー!」

 自転車を漕いで駅の入り口に到着すると小町が出迎えてくれた。何してるの君。

「はい、次のヒントだよー」

「お、おう……」

「それじゃ楽しんでねー!」

 俺に紙を渡して小町は去って行った。本当になんなのこれ。ため息を吐きながら紙を広げてヒントを確認する。

『線路沿いにひたすら走ってね!』

 こんな一言と走る方向だけが書かれていた。

「……ただのサイクリングじゃん」

 明らかに情報を隠している。しょうがない、漕ぐか。ペースについては書かれていないし気長に行こう。サイがどこに俺を連れて行こうとしているのかわからないが、線路沿いに行けば合流できるはずだ。

 こうして、いつまで漕げばいいのかわからない地獄のサイクリングが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 かれこれ1時間半ほど経った。時刻は10時。サイとはまだ合流できていない。途中、交通規則のせいで仕方なく、線路沿いから離れることが何度もあったのでそのせいかもしれない。まぁ、駅で集合すると判断し近くの駅にいちいち寄っているので大丈夫だと思うが。

「通行止めか……」

 工事のせいで通れないらしい。仕方なく右折した。線路沿いから離れるように繁華街の方へ向かう。携帯のGPSで地図を確認したところ、繁華街を突っ切った方が早いかもしれない。途中本屋にでも寄ろうかな。そんなことを考えながら漕いでいると突然、路地から誰かが飛び出して来た。

「っ!?」「きゃっ!?」

 慌ててブレーキをかけて飛び出して来た人を睨む。そして、目を見開いた。豪華なドレスを着ていたからだ。

「は、八幡君?」

「はい?」

 その声でドレスから視線を外し、相手の顔を見る。どこかで見たような。

「大海?」

 ティオの本の持ち主で今、大人気のアイドル大海恵だった。何かの撮影だろうか。

「待てっ!」

 お互いに呆然としていると大海が出て来た路地の方から男の声が聞こえた。やはり撮影だったか。

「や、やばっ……」

 路地の方を見て彼女は顔を青くさせる。おお、すごい演技力。

「何かの撮影か? あ、俺もしかして邪魔?」

 じゃあ、早急に離れなければならない。サイとの約束もあるし急いで駅の方へ――。

「撮影じゃないの! 色々あって追いかけられてるのよ!」

「は、はあ?」

 よくわからず、自転車から降りて路地の方を覗いてみる。そこには黒いスーツを着た男が鬼の形相でこちらに向かって来ていた。その手には拳銃。え、これが撮影じゃないならあの手に持っている物は本物なの?

「邪魔だ!」

 今、俺は大海と黒いスーツの男に挟まれるような場所にいる。そして、男の狙いは大海。そのせいか俺を排除しようと襲い掛かって来た。さすがに拳銃では攻撃して来ないらしい。右拳を握って引いた。

(右ストレートか)

 それを視認しながらあえて一歩前に出る。大海の様子から本当に狙われているのは確かだ。知り合いが目の前で傷つくところを見逃すほど俺は落ちぶれちゃいない。

 男の右ストレートが俺に迫る。後ろから大海が俺を呼んだ。タイミングを見計らって姿勢を低くして拳を躱し、振り返りながら男の体に背中を当てる。丁度、男の前に俺がピッタリとくっ付いている状況だ。流れるように伸び切っている男の腕を掴んで前に引っ張りながら腰を後ろに突き出す。そのまま、一気に持ち上げて男を地面に叩き付ける。一本背負いだ。

「う、嘘……」

「大海!」

 男から離れて自転車に乗りながら叫ぶ。

「は、はい!」

「乗れ!」

「え?」

「早く!」

 路地の方を見ると男が呻き声を漏らしながら悶えていた。急いでここから離れた方がいい。しかし、大海はドレスを着ている。走り辛いだろう。なら、俺が自転車に乗せて走った方がまだマシだ。

「うん……」

 戸惑いながら大海が荷台に座り、俺の肩を掴んだ。サイとの特訓で培った筋肉をフルに使い、ペダルを踏む。ドレスのせいで空気抵抗が大きく、漕ぎにくいがそれだけだ。出来るだけ揺れないように気を付けながら道を進む。

「どうして八幡君、自転車に乗ってるの?」

 その途中で後ろから大海が問いかけて来る。まず、俺がいることに疑問を持たないのだろうか。

「サイと遊ぶために移動してたところだけど」

「移動って……まさかここまで自転車で来たの!?」

「あ、ああ……」

「すごい遠いのに……あ、そっか」

 何か思いついたのか呟いていた彼女は勝手に納得してしまう。

「サイちゃん、本当に黙ったままここまで誘導したんだ」

「おい、誘導って何だ」

 そして、お前は何を知っている。

「え、えっと……今はとにかく逃げないと――」

「見つけたぞ!」

 先ほどの男が前から迫って来ていた。迂回して近道でもしたのだろう。急ブレーキをかけてドリフトした。サイの訓練に自転車を乗りこなすメニューがあり、ドリフトぐらいなら簡単にできるようになった。因みにサイ曰く『自転車に乗っている時に襲われるかもしれないから念のため!』とのこと。

「きゃあああああああ!」

 だが、唐突なドリフトに驚いた大海が俺の腰に腕を回し、俺の背中に抱き着いた。ちょ、大海さん、止めて! 八幡、そういうの慣れてないから!

「くっ……」

 前の男、後ろのアイドルのせいで転倒しそうになり、奥歯を噛んで体重を移動させてバランスを保つ。そのまま、男から逃げるために少し狭い路地へ突入した。路地の道はガタガタしていて揺れる度に大海が悲鳴を上げ、腕に力を込める。それと同時に俺たちの密着度もどんどん上がっていくぅ。八幡の鼓動も早くなっていくぅ。ペダルを漕ぐスピードも速くなっていくぅ。

「は、八幡君! だ、大丈夫なの!?」

「知らねー!」

「ちょっと!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら路地を進んでいると広い場所に出た。どうやら、空き地らしい。だが、問題があった。

「ここ行き止まりか?」

 正面に道路は見えるがフェンスがあってあれを越えなくては向こう側に行けない。左右は建物の壁。いつもならフェンスを越えればいいが、ドレスを着たままあのフェンスを越えられるとは思えない。急いで引き返そうとする。

「へへ、追い詰めたぜ」

 しかし、その前に男が路地を塞ぐように現れた。自転車を走らせて距離を取り、降りた。大海も俺の隣に並ぶ。

「マリル王女、覚悟しな」

「はぁ? マリル王女?」

 大海さんってばどこかの国の王女だったの? でも、顔立ちは日本人のそれだし。そう思いながら横目で大海を観察する。

「私はマリル王女ではないわ! 服を交換したのよ!」

「ふ、服? なんで?」

「……少しの間、服を交換しようって向こうに提案されて服と鞄をそのまま持って行かれたのよ。ティオが今、マリル王女を探してる」

 騙されてるやん。でも、だいたい把握できた。あのスーツの男はマリル王女という人の命を狙っていた。だが、その件のマリル王女は理由まではわからないが、大海に服の交換を提案し、服と鞄を手に入れてまんまと逃げた。そして、男はマリル王女のドレスを着た大海をマリル王女だと勘違いして追いかけ回していたのか。

「な、何!?」

 今更気付いたのか男は目を見開いて驚く。気付くの遅くね? 

「大海、お前携帯は鞄の中にあるのか?」

「え、ええ……」

「じゃあ、これでお前の携帯に掛けろ。王女が出るかもしれない」

 そう言いながら俺の携帯を手渡した。大海が受け取ったのを見てそのまま前に出る。

「何をする気なの?」

「時間稼ぎだ。王女とティオが一緒にいればここに来てくれるだろう」

 大海とティオが合流できれば呪文が使える。もしもの時、切り札になるはずだ。

「お前、マリル王女の場所を知りたいか?」

 どこかに電話を掛けようとしていた男に声をかける。仲間を呼ばれるのはあまり嬉しくない。まだ、1対1しか経験したことないし。

「知っているのか?」

「さぁ、どうだろうね。俺を倒せばわかるんじゃないか?」

 これで男は俺に攻撃して来るはず。マリル王女の居場所のヒントがこんな目の腐っている普通の男子高校生が持っているのだから。

「後悔するなよ、ガキ」

 男がニヤリと笑い、拳銃を構えた。

 

 

 

 

 

 拳銃は卑怯じゃないですか……。

 




サイの作戦1『精神的に疲れている八幡を誘ってティオたちと一緒に遊ぼう!』

・サイが八幡のために考えた。ティオから遊園地に遊びに行こうと誘われたことで思い付いた作戦。だが、普通に誘っても八幡なら渋ると思い、黙って誘導することにした。
その誘導は駅まで自転車で移動させ、そのまま集合場所であるモチノキ遊園地直通電車の駅で合流すること。8時半に駅に行かせたのは八幡がどれくらいのスピードで自転車を漕ぐのかわからないため、余裕を持たせたから。
現在、サイは駅の前でキョロキョロと辺りを見渡ながら八幡を待っている。ガッシュ達は遊園地の前でティオたちを待っているため、別行動。原作通り、10時半ごろに遊園地に入る。
因みにサイの魔本は八幡が持っている。



こんな感じになっております。他に気になったことがあれば感想なので質問してください。


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LEVEL.30 かくして事件は何とか解決したが、王女の勘違いで場が乱れる

今回、地の文が多いので読みにくいかもしれません。
魔物同士の戦いなら呪文が入るので台詞を違和感なく入れられるのですが今回はなかなか難しかったです。


 男との距離は数メートルある。だが、奴の手には拳銃。引き金を引いてしまえば1秒たらずで俺の体を銃弾が貫くだろう。『じゃあ、銃弾を躱せばいいじゃない』とサイに言われそうだが、射出された瞬間に銃弾の軌道を読んで回避するなど加速装置がないと無理だ。

(なら……)

 小さく深呼吸して集中する。視るのは拳銃ではない。男の顔だ。俺には相手の表情を読む才能があるとサイにも褒められた。それをフル活用すれば――。

「大海、自転車の籠に入ってる鞄頼む」

 あの鞄には魔本が入っている。何かの拍子に銃弾が魔本に当たってしまったらサイが消えてしまうので大海に保護して貰おう。

 それだけ言いながら足元に落ちていた小石を左手で拾い、彼女の返事も待たずに一気に前に駆け出した。男はニヤリと笑い、少しだけ視線を俺から見て右下に向けて引き金を引く。

「ッ!!」

 その直前に俺は軽く左に跳ぶ。すると、銃弾が地面に当たり砂や小石が弾けた。俺が躱したのが意外だったのか目を丸くする男だったが、すぐに顔を引き締める。走っている俺をよく狙っているようで口で呼吸をし、止めた。急いで前にダイブする。もちろん、受け身を取るのを忘れない。

「なっ……」

 銃弾は俺の後ろの地面を抉り、彼は声を漏らして驚愕する。その隙に男との距離を縮めた。何も驚くことではない。ただ単に男がわかりやすかっただけだ。発砲するタイミングさえわかればそれに合わせて銃口から逃げればいい。

「くそ!」

 悪態を吐きながらもう一度、俺に銃口を向ける。だが、もう遅い。俺はすでに攻撃可能範囲に突入している。態勢を低くして右手を軽く伸ばし、銃を持っている手首に向かって手刀を落とす。手首を打たれたからか簡単に銃を落とす男。すかさず、銃を蹴って遠くまで飛ばした。しかし、男もすぐに冷静になったようで銃を諦めて俺に殴り掛かって来た。銃を蹴ったせいですぐには動けない。このままでは男の拳を貰うことになる。なら、時間を作ればいい。そう、この左手に持っている小石で。

「ッ――」

 軽く放られた小石に驚いた男は大きく仰け反った。急いで態勢を立て直し、男の出方をうかがう。それを見て訝しげな表情を浮かべた男だったが、すぐにジャブを繰り出す。あの一本背負いを警戒しているのか大振りではない。軌道は男の視線や腕の動きで予測できるのでその軌道上に左腕を置き、タイミングを合わせて受け流す。サイに注意されて何度も練習した。まぁ、普通に腕で受け止めて外に向かって振り払うぐらいの動きなのだが、なかなか難しい。タイミングが早かったらそもそも受け止められないし、遅すぎても衝撃をダイレクトに受けてしまう。そのせいでガードした腕が痺れて使い物にならなくなってしまうかもしれない。サイが言っていた。戦闘中、何が起こるかわからない、と。慢心駄目絶対。

 何とか受け流しが成功し、男の態勢が崩れた。その場にしゃがみ込んで足払いを仕掛ける。男は声を上げながら背中から倒れた。仕掛けた俺が言うのも何だが、簡単に倒れてしまって逆に驚いてしまう。

(えっと……)

 サイとの戦闘ではこんなこと起きなかった。そもそもサイと男の強さが天と地ほど差があって俺自身、戸惑っているのだ。彼女の一撃は受け流そうとすればそのまま腕を砕かれるし足払いなど仕掛ければその場でジャンプし、踏み潰されるだろう。

 俺の動きが止まっていることに気付いた男は首を傾げながら立ち上がる。多分、大きな隙が生まれていたのに一切、攻撃してこなかったのが不思議なのだろう。俺だって攻撃したいが、今までサイから学んで来たのは相手の攻撃をいかに上手くやり過ごすことだけだ。攻め方など知らない。もし、下手に攻めればそこを突かれてしまうだろう。

「……なるほどな」

 俺が一向に攻めないことから察したのか男は笑いながら立ち上がる。

「ただ身を守ることしかできないってか。なら、それができなくなるまで攻めるまでよ」

 何か言い返したかったが男の言葉は本当なので構えることで返答した。

 それから俺は何度も男の攻撃をあしらい続けた。受け流し、回避、足払い、不意打ち。使える物は何でも使った。どれほど時間が経っただろうか。多分、そんなに経っていない。しかし、向こうも殺し屋の端くれなのか僅かでも隙を見せればそこを攻めて来る。気が抜けない。

「ッ! 八幡君!」

 その時、唐突に大海が俺を呼んだ。それとほぼ同時に男が攻撃の手を止めて足元に落ちていた何かを拾う。俺が蹴飛ばした銃だ。戦っている間に銃があった場所まで移動していたらしい。

「お前は強かったよ。でも、これで形勢逆転だな」

 確かに銃を拾われたのは辛い。1つのミスが死に繋がるからだ。だが、先ほどの攻防で俺でも銃を回避出来ることは知っている。落ち着いて行動すれば――。

「おっと、動くなよ。あいつがどうなってもいいのか?」

 俺の顔を見てニヤリと笑いながら大海に銃口を向ける。彼女は小さく悲鳴を上げた。

「……」

 それを見て俺は男に聞こえないように息を吐く。俺が動けば大海が撃たれる。今の大海はドレスを着ていてとてもじゃないが銃弾を躱せるような状況じゃない。いや、そもそも人間が銃弾を躱せること自体、おかしいことなのだ。俺もサイの訓練がなかったらあんなことできなかった。

「これだけ近ければ避けられないだろ?」

 大海に銃を向けながら俺の前まで来た男はそう言った後、俺の額に銃を突き付ける。

(やばい……詰んだ)

 少しでも動こうとすれば男は引き金を引くだろう。俺を殺しても大海から王女の情報を聞けばいい。俺を生かしておくメリットがない。これは完全に詰み。

「私の命を狙う者よ! マリル・カルノアはここにおる! その者は関係ない! 早くその薄汚い手を離すのじゃ!!」

 冷や汗を流していると路地の方から女の声が響く。目だけでそちらを見ると少し大海に似た女性がいた。あれがマリル王女なのだろうか。その後ろに目を見開いているティオもいる。

「何っ!?」

 男は声を漏らして王女を凝視し、本物だと判断したのだろう。俺から離れて王女の方へ向かう。

「出ちゃ駄目! 離れて!」

 大海が大声でそう呼びかけるも王女は動こうとしない。

「ちょっと、あなた!」

「ティオ、下がれと言ったであろう」

 ティオが王女に手を伸ばして駆け寄ろうとするが王女はその一言で止めた。そして、男を睨む。

「私とて半端な覚悟で誇り高き王位を受け継いだわけではない。我が命愛しさに関係なき者を盾にしては末代まで馬鹿にされる」

 王女の目は鋭い。それを見ただけでどれほどの覚悟で王位を受け継いだのかがわかる。他の人が傷つくぐらいなら自分の命など惜しくないと思っているのだ。彼女の威圧にあてられたのか男は体を震わせていた。

「さぁ、撃つなら私を撃て。我が血に流れる誇りは何者にも汚されぬ。それとも……王の首を取ることに今更ながら怯えたか?」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべる王女。

「ぐ……おおおおおお!!」

 挑発されて男は震える手で銃を構えた。それを見てティオが大海に魔本を投げる。呪文で王女を守るつもりなのだろう。だが、あれでは間に合わない。咄嗟に地面の土を掴んで駆け出した。

(一瞬でもいいから隙をッ……)

 ある程度、距離を縮めて思い切り土を上に撒く。撒かれた土は男に降りかかった。いきなり土が上から落ちて来たので一瞬だけ体を硬直させるが、すぐに発砲。銃弾が王女の命を貫こうとする。しかし――。

「『マ・セシルド』!!」

 ――それをティオの盾が全て受け止めた。どうにか間に合ったようだ。

「『サイス』!」

 続けて攻撃呪文を唱え、ティオの両手から生じた衝撃波が男を捉えた。『サイス』はそこまで攻撃力は高くないが人間を気絶させるほどの威力はある。男も例外ではなかったようで背中から地面に落ちて気を失った。

「……はぁ」

 ため息を吐きながらその場に尻餅を付く。見れば大海とティオもその場にへたり込んでいた。どうにかなったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大海と王女の衣装チェンジも終わり、そろそろ解散しようとなって最後の挨拶をしている。まぁ、俺は少し遠くの方でMAXコーヒーを飲んでいるのだが。よかったー、鞄に入れておいて。疲れた脳に糖分が行き渡っているのがわかる。俺、生きてる。死ぬかと思った。もうやんない、あんなこと。

「八幡君」

 ため息を吐いていると大海が声をかけて来た。どうやら、今はティオと王女が話しているらしい。

「聞かなくてもいいのか?」

「ここでも聞こえるわ」

 確かに、聞こえるけど。別にここに来なくてもよくない?

「今日はありがと。助けてくれて」

「いや……別に大したことじゃねーよ。それに最後は死にそうになったし」

「……ごめんなさい。私のせいで」

「お前のせいじゃない。攻め方を知らなかった俺のせいだ」

 もし、俺が攻め方を知っていたら男を倒せたかもしれない。それこそ大海に銃が向けられることもなかったはずだ。

「でも、貴方が動けなかったのは私がいたからで」

「いいんだって。誰かのせいとか言ってたらキリがない」

 それにいつもは俺のせいにされるからこういうのは慣れていない。すごいんだぜ? その日、風邪で休んでいたのにいつの間にか俺のせいになっていたからね。先生の出席簿を見せたら何故か俺、出席になっていたし。先生すら俺の存在がうやむやってどういうことなの。

「じゃあ、何か困ったことがあったら言ってね。初めて会った時のお礼もまだできてないし」

「別にいいって」

「駄目よ。私の気がおさまらないんだもの」

「……今度な」

 そう返事をした時、丁度MAXコーヒーがなくなったので近くのゴミ箱に捨てた。

「それよりなんで一人で戦おうなんて無茶したの? そっちの方が許せないわよ!」

 ティオの声が自然と耳に滑り込んで来る。いや、君少し前まで独りで戦おうとしていたじゃないですか。

「ふふ」

 少しだけ呆れていると大海が小さく笑った。何だろうと視線を向ける。

「私、王女様を見た時、誰かに似てるって思ったの」

 俺の視線に気付いて彼女は唐突に語り始めた。茶々を入れる場面ではないので黙って聞いておく。

「わかったの。王女様は出会った頃のティオにそっくりだって。八幡君たちと会った頃は私も一緒に戦ってたけど最初なんて私ですら協力させて貰えなかったのよ?」

「へぇ……意外だな」

 大海たちに出会った時、少なくとも大海のことは信頼していた。それは大海がちゃんとティオの心の扉を開けたから信頼関係を築けたのだろう。

「まぁ、それでも他の魔物の子は敵だって言ってたけどね。でも、八幡君たちに出会って……あの子、よく笑うようになったわ。今じゃ私が学校とか仕事の時とかはガッシュ君の家に遊びに行くほどなの。少し前まで独りで戦ってたのに今じゃお説教する側なのね」

 そう言いながらティオを見る大海は笑っていた。パートナーが人を信じられるようになって本当に嬉しいのだろう。

「もう独りでは戦わぬよ」

「そう、それなら安心ね!」

 そこで王女との別れは済んだのかティオがこちらにやって来る。

「そこの者も助かった。危険な目に遭わせてすまぬ」

「あ、いや……気にしないでください」

 ちょっと王女様、いきなり声をかけないでくださいよ。吃驚しちゃって声、裏返っちゃったじゃないですか。

「大切な人を守るために戦っている姿、格好良かったぞ。末永く幸せにな」

「……はい?」

 あれ、この人とんでもない勘違いしているんじゃ?

「わ、わわわ私と八幡君はそんな関係じゃないわ!!」

 王女の言葉を聞いてその意味を察したのか大海は顔を真っ赤にして叫ぶ。事実だけどそんなに否定されると心に来るものがあるんですけど。ティオも大海の慌て振りを見て少しだけ呆れているし。

「照れなくてもよい。お似合いじゃぞ?」

「てぃ、ティオ、八幡君! 早く行きましょ! 待ち合わせの時間、すぎてる!」

「え!? 嘘、大変! それじゃマリル、また会いましょう!」

「……待ち合わせって何? あ、それでは」

 サイが何か仕組んでいるのは知っているのだがその内容までは知らない。先を行く大海とティオを追うために王女たちに頭を下げてから自転車を押し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、恵! 携帯で八幡と偶然会って協力して貰ったって言ってたけど何かあったの?」

「せ、説明するほどのことはなかったわ……」

「じゃあ、何で顔を赤くしてるのかしら? 八幡、教えてくれるわよね?」

「……勘弁してくれ」

 待ち合わせの場所に向かう間、俺と大海はニヤニヤ笑っているティオの質問攻めに苦しんだ。

 因みに2人は電車に乗るらしいので駅前で別れて待ち合わせ場所である駅まで自転車で向かうことになった。戦った後に自転車漕ぐの辛いんですけど。

 




なお、本当なら八幡のカッコいいシーンを入れる予定でしたがそこまでしたら八幡がハチマンになってしまうので最後だけ少し情けなく終らせてみました。
それでも大海を守るために自分の身を犠牲にしようとしてるのでカッコいいっちゃカッコいいんですよね。

因みに、大海は最後の王女を見て少しだけ八幡に似てると思いましたが本人に言うことでもないので黙っています。


まだ大海に恋愛フラグは立っていないので安心してください。今、建設工事のための足場を作っている状況です。


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LEVEL.31 群青少女の危機に彼は颯爽と駆けつける

できるだけガッシュ原作のバトル展開にしつつ、サイがいることによって展開が変わった場面などがありますのでぜひガッシュの漫画を開きながら読んでみてください。

ただ……一言いいですか?





めっちゃ難しかったです!特に台詞入れる場所!
原作にある台詞もあれば無い台詞、削った台詞もありますのでご了承下さい


「遅いっ!」

 時刻はすでに午前11時になり、私は小さく叫んだ。いつまで経ってもハチマンは来ない。こうならないように早めに家を出るように仕組んだのにまさかここまで遅くなるなんて思わなかった。それに待ち合わせは11時だったのにティオたちも来ていない。彼女たちは電車で来ると言っていたのでここで待っていれば会えると思ったのに。

 因みにガッシュ達は10時半に来たのだが、少し中の様子を見に行くと言って遊園地に入ってしまった。結局、ここには私しかいない。

「はぁ……」

 文化祭実行委員で疲れているハチマンをリフレッシュさせるために黙っていたのはまずかったかもしれない。途中で何かあったのだろうか。

(しょうがない。近くにいる鳩たちにハチマンを探して貰おう)

 そう思い、周囲を見渡したが運悪く鳩はおろか雀や烏もいない。でも、ここを離れている隙にハチマンが来てここを素通りしてしまうかもしれないから離れるわけにもいかないのだ。どうしたものか。

「それにしても……ガッシュ達、帰って来ないつもりなのかな?」

 待ち合わせまでには戻って来るつもりだと言っていたのに11時を過ぎても来ない。どこら辺にいるのだろうと魔力を探ってみた。常に魔力を探っているがまだ前のようにできないので集中しないと遠くの方は探せないのだ。目を閉じて遊園地の方に意識を向ける。

「ッ!?」

 ガッシュの魔力を感知すると同時に知らない魔力反応を2つ見つけた。魔物だ。不幸にも遊園地で魔物と遭遇してしまったのだろう。魔力の動きを視るにガッシュ達を1人の魔物が追いかけている。もう1つの魔力もゆっくりだが、その後に続いていた。ガッシュ達は他の人を巻き込まないように安全な場所に移動しているのだ。

「急がないと!!」

 ハチマンはいつ来るか分からない。でも、このままガッシュ達を放っておくわけにもいかない。私はもう誰も失いたくないのだから。

 私は遊園地に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力を探りながら走っているとプールエリアに到着した。今の季節は秋なのでプールエリアは使用されていない。さすがキヨマロ、頭いい。

「いた!」

 やっとガッシュ達を視認できた。だが、それと一緒に相手の魔物――金髪に小さな王冠を被っている男の子から強い魔力を感じた。呪文を使う気だ。

「ガッシュ、キヨマロ! 避けて!」

「『ダレイド』!」

 急いで2人の元に駆け付けようとするがその前にアフロの女の人が呪文を唱えてしまう。男の子の口から紫色の液体が飛び出した。ハチマンならともかくガッシュとキヨマロじゃ躱せない。2人を守るために液体の前に躍り出た。そのまま液体に背中を向ける。

「ぐっ……ん?」

 背中に直撃したのに何も起きなかった。だが、私の体が小さくて全ての液体から2人を守ることができず、ガッシュの靴にもかかってしまったらしい。

「サイ、ガッシュ、大丈夫か!?」

 慌てた様子で具合を聞いて来るキヨマロ。

「う、ウヌ。痛くはないぞ」

「こっちも何でもないよ」

「くそ……サイ、守ってくれたのは助かったが無理はするな」

「ご、ごめんなさい」

 少し怒った様子で説教されてしまった。冷静にならなくちゃ。謝った私を見て頷いたキヨマロは魔本を開き、ガッシュに目配せして――。

「『ザケル』!」

 ――呪文を唱えた。ガッシュの口から電撃が飛び出して王冠の子に向かう。しかし、素早いのか簡単に躱されてしまった。そして、背後から魔力を感じる。ゆっくり来ていた魔物だ。

「キヨマロ、ガッシュ! 後ろにいる!」

「何!?」

 急いで振り返るとトカゲのような魔物とヒゲの男が私たちを見ていた。その手には魔本。しかも、すでに心の力を注いでいる。

「小僧、私を忘れてはおらぬか? 『ドグラケル』!!」

「しまっ――」

 トカゲの口から大きな球体が飛び出す。でも、ものすごく遅い。驚いていた2人も球体の遅さに唖然としていた。

(あれは……やばい!)

「早く逃げて!!」

「っ! ガッシュ!」

「ウヌ!」

 あの球体に込められている魔力量を感じ取って顔を青くする。人間ならあれに掠っても大けがを負うだろう。それほどの威力がある。私の悲鳴を聞いたキヨマロとガッシュが避難し始め、私もその後を追った。すぐに球体が地面に当たり、爆発。凄まじい衝撃波が私たちを襲う。

「きゃああああ!」

 体重の軽い私は3人の中で一番後ろにいたから爆風に煽られて吹き飛ばされてしまった。地面をバウンドしてプールの壁に背中から叩き付けられる。だが、そこまで強く叩き付けられたわけじゃない。まだ戦える。

「……え?」

 急いでガッシュ達の傍に行こうとするが身動きができない。まるで磔にされたような感じだ。

「何これ!?」

 叫びながら何とか動こうと力を入れる。しかし、体勢が変なせいで上手く力が入らない。その時、立ち上がったキヨマロが私の方を見て目を見開いた。まさか私が壁に磔にされているとは思わなかったのだろう。

「サイ、どうした!?」

「な、なんか背中がくっ付いちゃって離れないの!」

 しかし、原因がわからない。あのトカゲの呪文は確かに強力だが相手を拘束するような術じゃないだろうし。

「……まさか!」

 そこでキヨマロが何かに気付き、ガッシュの足元に視線を向ける。

「気付いたか……だが、もう遅い! 『ドグラケル』!」

 ヒゲの男がガッシュ達に向かってもう一度、呪文を唱えた。今の私は動けないので彼らを先に倒すつもりなのだろう。

「ガッシュ、動けるか!?」

「き、キヨマロ!? 動けぬ! さっき浴びた液体が固まってるのだ!」

 ガッシュは懸命に足を引っ張って地面にくっ付いている靴を剥がそうとしている。

(あの紫色の液体……時間差で固まる接着剤みたいな効果!)

 そのせいで私もガッシュも動けなくなってしまった。キヨマロもいち早く気付いたが、あの接着剤は相当頑固なようでいくら引っ張っても外れない。どんどん破壊球が2人に迫る。

「ガッシュ! キヨマロ!」

 私の絶叫を掻き消すように破壊球が地面を抉り、爆発した。爆発した時に生じた煙のせいで2人の姿が見えない。

「や、やった……」

「勝ったぞ……」

 いつの間にか並んでいた相手4人は勝利を確信しているようで涙を流して感動していた。

(いや、まだやられてない!)

「『ザケル』!」

「「「ぎゃああああああああ!」」」

 その時、煙の中から電撃が飛び出し、4人を襲う。あの煙の中にガッシュの魔力を感じられた。無事でよかった。

「ぐ……な、何!? 避けてたか!」

 まさか避けられるとは思わなかったようでヒゲの男は驚愕している。他の3人も驚いていた。

「ガッシュ、動けるか?」

「ウヌ」

「よし……今、サイは身動きが出来ない。狙われないように相手の注意をこちらに向けるんだ。二手に分かれて相手の注意を分散させる」

「わかったのだ」

 何とかガッシュ達の声は聞こえるがそれを聞いて奥歯を噛み締めた。今の私は役に立つことはおろか足を引っ張っている。急いで脱出しないと。

「ん、んんんんん!!」

 思い切り力を両腕に込める。だが、接着剤が強力過ぎてビクともしない。後頭部も壁にくっ付いているので余計、力が入らないのだ。

「『ポレイド』!」

「ヌオオオオオオ!」

 ガッシュの悲鳴を聞いて視線を前に戻すと王冠の子の口からさっきとは違う液体が吐き出されて掴まれていたガッシュがそれをもろに浴びてしまっているところだった。キヨマロも魔本をアフロの女に叩き落とされたのか拾っている状態だ。

「ガッシュ!」

 キヨマロがガッシュを助けに行こうとした瞬間、アフロの女がキヨマロを掴んで思い切り投げ飛ばした。その先にはトカゲとヒゲの男。何をするつもりなのかすぐにわかった。

「ガッシュ、キヨマロが!」

「『ドグラケル』!」

 液体を浴びて怯んでいるガッシュに声をかけたがその時にはすでにトカゲの口から破壊球が発射されている。

「清磨おおおおおおお!!」

 液体まみれになりながら全速力でキヨマロの元に向かい、彼をタックルして何とか破壊球から逃れられた。ホッと安堵のため息を吐く。

(それにしても……あの人たち、強い)

 元々手を組んでいる魔物なのだろう。コンビネーションがとにかくすごかった。動きに無駄がない上にちゃんと考えられている。あの人たちを倒すにはガッシュ達だけでは厳しいかもしれない。

(早く来てよっ……ハチマン、ティオ、メグちゃん!)

 このままじゃ私の目の前でガッシュ達がやられてしまう。それだけは嫌なのだ。何も出来ずにやられていく友達を見るのは。もうあの時だけで十分だ。

「ガッシュ、上だ!」

「ウヌ!」

 突然、空に向かって指を差すキヨマロ。ガッシュも空を見上げて――。

「『ザケル』!」

 ――電撃を放った。

「空中に? ハハ、追い詰められて狙いも付けられなくなったか?」

 ヒゲの男がそれを見て笑う。いや、そんなはずはない。キヨマロとガッシュはまだ目が死んでいない。諦めていない。なら、どうして空に向かって電撃なんて。

「あっ……」

 そうか。あれはメッセージだ。ティオたちが遊園地に来ていることを信じてここにいると知らせた。急いで目を閉じて魔力を探る。

(この魔力は……ティオの魔力!)

 ティオの魔力は真っ直ぐこっちに向かって来ていた。あのメッセージに気付いたのだ。私は魔力しか探れないのでハチマンがいるかどうかわからないが、ティオたちが来れば勝機はある。もう少しだけ耐えることができれば。

「『ラシルド』!」

 キヨマロの声を聞いて目を開けた。しかしすぐに爆発。トカゲの破壊球を盾で防ごうとしたが、破壊球の威力に耐え切れなかったらしい。キヨマロとガッシュが吹き飛ばされた。何もできない自分に腹が立つ。

(もうちょっと……もうちょっとだから耐えて!)

 ティオはもうすぐそこまで来ている。だから頑張って。

「ハハハ、もう一息だよ!」

「ああ、今よりも心の力を溜めて撃ってやる! さっきの盾じゃ防げないほどにな! 『オル・ドグラケル』!」

 さっきよりも大きな破壊球が撃ち出された。でも、最初に見た攻撃とはちょっと違う。形は似ているけど魔力の性質が異なるのだ。

(あの感じは……追尾!)

 過去に追尾性能を持った魔法を受けたことがあるからわかる。そして、追尾性能を持ったあの破壊球は冗談抜きでまずい。『ラシルド』では防げないのだ。走って逃げて時間を稼ぐことしかできない。キヨマロもそれがわかっているのか顔を歪ませて走って逃げようとする。

「清……麿……」

 だが、ガッシュがその場に倒れていた。動けないらしく痙攣している。

「体が、痺れて……動か、ぬ」

「な、何!?」

 まさかの事態に急いでガッシュの容態を確認した。そう言えばガッシュは清磨がアフロの女に投げ飛ばされる前に接着剤とは別の液体を浴びていた。あれは神経を麻痺させる毒だったのだろう。

「くっ……ガッシュまだだ! まだ負けたわけじゃない!」

 痺れて動けないガッシュの体を支えるように座ってキヨマロは魔本に心の力を溜める。『ラシルド』で防ぐつもりなのだ。

「しかし、あの攻撃……さっきよりも強く……」

「ああ、『ラシルド』ごと吹っ飛ばされるかもしれん。だが、俺も心の力を強く込める」

 破壊球が2人に迫る中、清磨はジッと破壊球を見つめ言葉を紡ぐ。心の力は気持ちを込めれば込めるほど強くなる。彼は言葉にして気持ちを魔本に込めているのだ。

「安心しろ! お前をかついででも勝利へと導いてやる! あいつらの隙を見つけて反撃に出る! だから絶対に諦めるな!!」

(そうだよ、キヨマロ、ガッシュ……まだ負けたわけじゃない)

「あひゃひゃひゃひゃ! ガキ背負って戦うだとよ、かっこわり!」

「まだ勝てる気でいるぜ! バカだよ、あいつら!」

 王冠の子とヒゲの男がキヨマロをバカにする。

「この攻撃でボロボロになるお前らが俺たち4人相手に勝てるわけねーじゃねーか!」

 確かにすでに破壊球は2人の目と鼻の先にある。たとえ心の力を強く込めた『ラシルド』でもあれを防ぐことはできないだろう。でも、私たちには――。

 

 

 

 

「あら、それはどうかしら?」

 

 

 

 

 ――仲間がいる。

「『マ・セシルド』!!」

 1つの盾が破壊球を受け止めた。そう、ティオの盾だ。

「な、何いいいいい!?」

「ふぅ、変な爆発音が続くと思ったら……いきなり空に電撃が上がるんだもん。でも、そのおかげでここの場所がわかったわ」

 よかった、何とか間に合ったみたいだ。本当にギリギリだった。

「……って!? サイ、どうしたの!?」

「ティオ、説明するから落ち着け。それと巻き込んですまない……できれば俺たちだけで何とかできればよかったんだが」

「何言ってるの。当然のことよ。さ、一緒に戦いましょ」

「そうよ! あいつら許さない……本当にケチョンケチョンしてやるんだから! サイ、今助けてあげるからね!」

 なんかいつもよりティオの怒りが激しいような気がする。何かあったのだろうか。でも助けてあげるって言ってくれた。すごく嬉しい。私も仲間だって認めてくれている証拠だから。でも、それは今は駄目だ。

「私のことは気にしないで! そいつら強いから今は戦闘に集中して!」

「でも……」

「ティオ、サイの言う通りだ。油断してると痛い目を見る」

 それが今の私たちだ。私は壁に磔にされていてガッシュは痺れて動けない。キヨマロも相当疲れている。

「うぐぐ……もうちょっと待ってて! すぐにこんな奴ら倒すから!」

「おい、お前ら! 仲間が来たからって勝った気でいるんじゃねーぞ! どうせ俺たち以上のコンビネーションなんざできやしねーんだ!」

 ティオの発言を聞いて髭の男が怒りを露わにする。それと同時に王冠の子とアフロの女が同時に走り始めた。また何か仕掛けて来るつもりなのだろう。

「ぐ……ガッシュ、まだ痺れは取れないのか!?」

「う、ウヌ……」

 キヨマロの問いかけにガッシュは動き辛そうに頷いた。少しぐらいなら体を動かせるようだが、逃げられないのだろう。

「ここはまかせて」

 それを見てティオとメグちゃんが2人の前に出る。しかし、ティオの攻撃呪文はさほど強い物ではない。渡り合えるのか心配だ。

(ハチマン……早く来て!)

 この場所のことを教えていないのに私はそう願ってしまった。目を閉じて強く願う。お願い、ハチマン。

『サイ』

「ッ――」

 その時、頭の中でハチマンの声が聞こえたような気がした。

(何、今の……)

 幻聴? いや、それにしてははっきりと聞こえた。それに何となくわかる。この近くにハチマンが――。

「ゆ、油断したわ!」

 アフロの女の声が聞こえた。視線をティオたちに向けるとどうやら何とかやり過ごしたらしい。王冠の子の首が何かに絞められたようにすごい伸びているけど。

「おい、ルーパー」

 ヒゲの男の元まで戻ったアフロの女――ルーパーにヒゲの男が何か耳打ちをする。

「なるほど、それはいいアイディアね! パピプリオ、行くわよ!」

「おう!」

 王冠の子――パピプリオはガッシュ達がいる方を向き、そのまま斜め上を見上げた。

「『ポレイド』!」

 そのまま呪文を唱える。するとパピプリオの口からガッシュを痺れさせた毒が空に向かって撃ち出された。

「な……曲射!?」

 キヨマロはそれを見て目を見開く。

 曲射は矢などの武器を真っ直ぐ前にではなく斜め上に向かって放ち山なりに敵を狙う技だ。矢の時は攻撃が点なので避けられるが、パピプリオが吐き出したのは液体。液体は空中で霧散し、雨のようにガッシュ達に向かって降り注ぐ。

「ティオ、手を上に!」

「ええ!」

 素早く状況を理解したメグちゃんがティオに指示を出して魔本を開く。ティオも指示通り、手を真上に向けた。

「『マ・セシルド』!」

 真上に盾が展開され、毒をガードする。確か『マ・セシルド』は物体が触れた瞬間、消滅させる効果を持っているので防いだ時、盾の淵から毒が垂れる心配はない。

「バカめっ! 本当の狙いはこっちだ!」

 声が聞こえた方を見るとヒゲの男が魔本を開いていた。ヒゲの男とトカゲの視線の先には――私。

「サイ!!」

 ティオが私の名前を叫ぶが毒を防いでいるので動けない。キヨマロも魔本を開いて呪文を唱えようとしている。

「『ドグラケル』!」

 しかし、その前に破壊球が撃たれた。ゆっくりと私に向かって破壊球が向かって来る。さすがの私でもあの破壊球が直撃したらたたではすまないだろう。

「『ザケル』!」

 ガッシュの口から射出された電撃が破壊球に命中するが相殺することはできなかった。

 

 

 

 ――ぐ、あ、あああああああああああああ!!

 

 

 

 迫り来る破壊球を見てあの時の出来事がフラッシュバックする。何も出来なかった私に向かって迫る理不尽。それがとても恐ろしかった。

「い、いや……」

 あの時の恐怖が私を襲い、声を震わせる。ガッシュ達が私の名前を叫んでいた。

(助けて……ハチマンッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『サシルド』」

 

 

 

 

 

 

 破壊球が何かにぶつかる音がし、その後すぐに崩れる音が続く。おそるおそる目を開けて前を見ると私を守るように両腕を広げてこちらを見ている人がいた。

「ハチ、マン?」

「……おう。助けに来たぞ、教官どの」

 『サシルド』の破片でも当たったのかすでに傷だらけのパートナーがそこにいた。その姿は目が腐っていてもとても格好良かった。

 




八幡がハチマンしてます。


なお、私の小説では普段の八幡は俺ガイル原作の八幡で戦闘やガッシュ原作になるとハチマンになると思います。
こんな格好いいハチマンがいてもいいじゃない、というコンセプトで書いていますのでどうか受け入れてあげてください……私も予想以上に恰好いい存在になっちゃってるんです、ハチマン。


これからもハチマンする場面があると思いますが、その時は格好いいハチマンを楽しんでいただけたら幸いです。一応、根は八幡のままなのでww


あと、『マ・セシルド』を上に展開したことですがファウード編で相手の攻撃が真上から来た時、『マ・セシルド』を唱えようとしましたが『そのまま押し潰される』と言って拒否していたので、真上に展開は可能だと判断しました。


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LEVEL.32 群青少女の実力に彼以外、目を丸くする

とりあえず、何も言わずに読んでください。
あとがきで色々解説します。


 午前11時30分。俺はいつもより早く自転車を漕いでいた。大海たちの話ではモチノキ遊園地に11時待ち合わせらしいから30分も遅れていることになる。サイのことだから俺が来るまで駅で待っているだろうし急いで行かないといつまでも待たせてしまう。まぁ、遅れた理由もあるからサイも怒りはしないだろうけど。八幡、何も悪くない。冤罪駄目絶対。

「ん?」

 そろそろ遊園地に着く頃、不意に空に何かが撃ち上がった。そちらに目を向けると雷が消えていくところだった。こんな昼間に雷が落ちたのかと思ったがそれにしては雷鳴は聞こえなかった上、件の雷は下から上へ昇って行ったのだ。そんな自然現象は聞いたことない。俺が聞いたことないだけかもしれないが。

 じゃあ、あれは何なのかという話だが、一つだけ心当たりがある。ガッシュだ。聞いた話だとモチノキ遊園地には俺とサイ、大海とティオ、そして高嶺とガッシュが来るらしい。その中でガッシュの術の主体が電撃なのだ。まずあの電撃がガッシュの口から出たものだと考えていいはず。問題は“何故、そうする必要があったのか?”だ。ガッシュは意味もなく暴れ回らない魔物である。多分。そんなに話したことないから知らないけどこの前、俺の家に遊びに来た時はそう感じた。暴れると言っても子供らしくやんちゃする程度である。これらのことから考えられるのは1つ。

「……はぁ」

 魔物に遭遇でもしたのだろう。そして、その途中で真上に撃ってしまった。

「……」

 あれ、でもそんなこと起きるのか? 飛び回る相手であればあり得る話だが何だか腑に落ちない。もしそうなら電撃が一発だけ撃ち上がるのはおかしいからだ。魔物相手であの電撃一発で終わるとは思えない。飛び回る相手ならなおさらだ。空を自由に飛んでいる相手に術を当てるのは困難だし、確実に当てるには術を連発して誘導するしかない。自転車を漕ぎながら空を観察しているがあれから電撃は一度も見ていないので相手の魔物が飛び回っているという仮説は成り立たない。

(じゃあ、どうしてだ……高嶺は頭がいいってサイが言ってたし。意味もなく空に術を放つとは思えない)

 そもそもあんな目立つことは避けるはずだ。魔物同士の戦いに一般人を巻き込みかねない。電撃を目にして好奇心で近づいて来る人もいるだろう。しかし、あれじゃ俺以外にも電撃を見られるに決まって――。

「……あー、そうか」

 答えに行きついたからか思わず、声に出してしまった。なるほど、状況は芳しくないわけだ。それに加え、俺も急いだ方がいいらしい。もし、ガッシュと高嶺が遊園地で魔物と戦っているとしてサイがそれを見逃すとは思えない。魔力感知はまだ扱い切れていないと言っていたが魔物同士の戦いであれば気付くだろう。術を放つ時、魔力は普段よりも高まるからだ。サイなら気付く。そして、助けに行く。

 ここで問題となるのはサイが助けに行ったのに空に電撃が昇ったことだ。あの電撃は遊園地に来ているであろう俺や大海たちに高嶺たちがいる場所を教えるためである。そのおかげで俺もここまで推理することができた。じゃあ、どうして自分たちのいる場所を教えたのか。答えは救助要請。高嶺たちではどうすることも出来ず、助けを求めたのだ。“サイが助けに行ったのにも関わらず”。まぁ、サイがまだ到着していないとも考えられるが、高嶺が最初から救助要請を出すとは思えない。自分たちで何とかしようとするはずだ。サイなら戦いが始まってすぐに気付く。魔力感知で場所もわかるからものの数分で現場に辿り着けるだろう。つまり、『救助要請を出す』前にサイは高嶺たちに加勢できるのだ。それなのに救助要請が出た。すなわち――あのサイですらお手上げ状態、ということだ。

 もう一度、ため息を吐いて俺は自転車を漕いでいる両足に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 11時35分。遊園地に到着して俺はすぐに入場して困り果てた。電撃が昇った場所がわからないのだ。急いでパンフレットを開く。高嶺とガッシュなら一般人を巻き込まないところで戦っているはずだ。それに該当する場所を探せばいい。遊園地の人に使われていない場所を聞けば早いがそこはボッチとしてのプライドがある。人と関わりたくない……てか、絶対噛む。『い、今使われてにゃい場所はどこでしゅか!』ってなっちゃう。それにそんなこと聞く奴は絶対怪しまれる。そのままどこかにしょっぴかれてもおかしくない。囚人谷君にはなりたくない。

「……」

 どこだ。この遊園地で今使われていない場所は。探せ。きっとすぐにわかるはずだ。そう自己暗示しながら1つの施設が目に留まった。

「……プールか」

 9月にもなってさすがにプールもないだろう。プールがある方に視線を向けた瞬間、不自然な爆音がそちらから聞こえる。魔物同士の戦い特有の音だ。パンフレットをポケットに突っ込み、鞄から魔本を取り出して脇に抱えた。いつでも呪文を唱えられるようにしておくのだ。サイがいるのにまだ戦闘が続いていると言うことはきっとサイでも苦戦する相手だと判断したから。

 俺は人の隙間を縫うように目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いた……」

 11時40分。軽く息を切らせながらプールエリアに到着する。物陰から様子をうかがうと大海とティオに向かって王冠を被った魔物とそのパートナーらしき女がものすごい形相で走っているところだった。うわ、何あれ。めっちゃ怖い。大海たちの後ろにはボロボロになっている高嶺と地面に座り込んでいるガッシュ。サイの姿はない。その代わり、ヒゲの男とトカゲみたいな魔物は見つけた。

(どこだ……どこにいる)

 目を動かしているとプールの壁に何かが貼り付いていた。両手両足と頭がぺったりとくっ付いていて動けないらしい。

「……何やってんだ、あいつ」

 それはサイだった。顔を歪ませて戦っている他の皆を見ている。何がどうなってああなったのかはわからないがサイは身動きが取れない状況らしい。ため息を吐いていると王冠の魔物が液体を吐き出しているところだった。しかも、山なりに。ああすれば空中で液体が散らばり、広範囲に攻撃できる。

「『マ・セシルド』!」

 だが、それはティオが真上に展開した盾で防ぐ。あれなら液体がかかる心配もないだろう。そう判断してサイに視線を戻した時、ヒゲとトカゲがサイに近づいていくのが見えた。

「ッ……」

 それを見た瞬間、俺は走り出していた。ここからサイのところまで距離がある。術を撃たれたらその時点でアウトだ。

(サイ!)

 心の中でパートナーの名前を叫ぶ。間に合え。

「『ドグラケル』!」

 だが、俺の願いは通じなかったようでトカゲの口から大きな球体が撃ち出された。

「……?」

 撃ち出された術を見て思わず、立ち止まってしまう。あまりにも術の進むスピードが遅かったのだ。あんな攻撃では当たるわけがない。右か左に躱せばいいだけだ。でも、サイは今動けない。多分、あの王冠の魔物が何かしたのだろう。向こう、手を組んでいるみたいだし。急いでサイのところに向かった方がいいと考え、再び走り出した。

「『ザケル』!」

 そこで高嶺が呪文を唱え、ガッシュの口から電撃が放たれる。電撃は球体に直撃するが相殺することはおろか軌道を逸らすことすらできなかった。プールはすでにボロボロでその中でも大きな穴がいくつか存在している。あの球体のせいだろう。それほどあれの破壊力が凄まじいと言うことだ。あれが直撃でもしたらサイでも大けがは免れない。

 そこまで推測して俺はやっと彼女の前に辿り着く。すでに球体は目の前まで迫っていた。さすがのサイでも怖かったのかキュッと目を閉じて震えている。もしかしたら泣いているかもしれない。

 

 

 

 

 そう考えただけで脇に抱えている魔本から凄まじい光が漏れた。

 

 

 

 

「『サシルド』」

 呪文を唱えると目の前から群青色の盾がせり上がる。しかし、いくら心の力を溜めたとしても『サシルド』程度の盾ではあの球体を防げるとは思えない。急いでサイを庇うように『サシルド』に背中を向けた。そのまま魔本を右手に持って両手を広げ、その時が来るのを待つ。案の定、背後から『サシルド』が破壊される音が聞こえ、その破片が俺の背中に当たる。鋭い痛みが走った。破片が背中に刺さったのかもしれない。でも、これぐらいの痛みなら慣れている。

 いつまで経っても衝撃が来ないのが不思議だったのかおそるおそる目を開けたサイが俺を見つけて大きく目を見開く。その拍子に一粒の涙が彼女の頬を伝った。

「ハチ、マン?」

 そして、震える声で俺を呼ぶ。“頬を赤くしながら”。

「……おう。助けに来たぞ、教官どの」

 少しおどけた感じで言うとサイは更に顔を赤くして口をわなわなさせ始める。あれ、なんか予想していた反応と違う。いつものサイなら泣きながら俺のことを呼ぶのに。

「え、あ、そ……なんで、ここに……」

「いや……お前が危なかったから助けに来たんだけど」

「そ、そう……」

「お、おう……」

 なんか気まずい。何というか、サイがサイじゃないというか。普段と違うのでどうしていいのかわからないのだ。

「って、ハチマン! 背中、大丈夫!?」

 その時、心配そうな顔をしながら叫ぶサイ。今にも泣きそうだ。

「痛くないって言えば嘘だけどお前との訓練の方が痛いし」

 普通に腕へし折るからね、この子。しかも、俺が油断した時とか音もなく近づいて来て俺の顔を1回見てニッコリ笑った後、バキってして来るからね。『油断したよね? はい、お・し・お・き♪』みたいな感じで。折った後、その部分握り潰したこともあったし。あれはヤバい。意識失いかけたもん。サイもそれを見て握り潰すことはなくなったけど。俺が気絶したら『サルフォジオ』を唱えられないからだ。

「あ、そうだね……なんかゴメン」

「そのおかげで今、動けてるって言えるけどな」

 申し訳なさそう……というか顔を青くして謝るサイにそう言ってから振り返る。そこには防がれたからか驚愕しているヒゲたちと俺の登場に安堵のため息を吐いている高嶺たちがいた。

「くそ、本の持ち主が来たか……作戦変更だ! そっちの奴らからやる! どうせあの女は動けない!」

「ええ、わかったわ! フォーメーション2よ!」

 ヒゲとアフロが叫ぶとアフロとトカゲ、ヒゲと王冠に分かれて動き始める。それを見て俺はそっと息を吐いてサイに向き直った。

「サイ」

「は、はぃ!」

「……いや、そんなに吃驚しなくても」

 名前呼んだだけじゃん。どうしちゃったのかしら、この子。そんなに顔を赤くしちゃって。磔にされているのが恥ずかしいのかしらん。

「まぁ、いいや。今の内に何があったか教えてくれ」

「う、うん」

 それからサイは手短に状況を説明してくれる。途中でティオの『サイと一緒にジェットコースターに乗るのよおおおおおお!』という怒鳴り声が聞えたが振り返らなかった。絶対、怖いもん。見ない方がいいよね。サイも顔を引き攣らせていたし。

「とりあえず、サイを開放しないとな」

「でも、上手く力が入らなくて……ハチマンに引っ張って貰っても駄目だと思う」

「……もっと簡単な方法あるだろ」

 確信はないけど、多分いけるはずだ。

「え!? どうやって!?」

「逆になんで思い付かねーんだよ……『サウルク』」

 呪文を唱えるとペリッとサイは壁から剥がれて地面に立った。『サウルク』はサイがどんな状況でも動くことのできるドーピング効果がある。つまり、拘束されていてもサイは動けるようになるのだ。あくまで俺の予想でしかなかったが、サイ本人が言っていた。『例え、この体が引き千切れたって、動けなくなったってハチマンやハチマンが守りたいと願った人を守るために駆けつけられる。それがこの術の効果だよ』と。

 何とか成功したのを見て『サウルク』を解く。ずっと発動しておく必要もあるまい。

「……剥がれたね」

 腕を回したりジャンプしたりして体の具合を確かめて頷いた後、サイは苦笑する。彼女の背中を見てみると原因となった紫色の液体すら付着していない。術の効果で動けなくなったらその術を無効化するらしい。手錠とかの場合は知らないが。

「行けるか?」

「うん! 足手まといになった分、挽回するよ!」

「おう、そのいきだ」

 笑顔を浮かべるサイの頭に手を置くとピシリと硬直してしまった。あれ、いつもなら少し恥ずかしそうに笑うのに。

「『マ・セシルド』!」

 首を傾げていると大海の声が聞こえて振り返った。丁度、破壊球をティオの盾が受け止めたところだ。

「ッ……サイ!」

「行って来る!」

 俺の呼びかけでサイも気付いたのか駆け出した。俺が見たのは盾で防いだティオに迫るヒゲ。そして、そのヒゲごと攻撃するつもりなのか、魔本に心の力を溜めているアフロだった。それに気付いていないヒゲはティオに向かって拳を振るう。しかし、それを毒の効果が切れ始めたのかガッシュが顔面で受け止める。

「さぁ、あのヒゲごと痺れさせるわよ!」

「やっちゃえ、ルーパー!」

「『ポレイド』!」

 そこへ王冠が再び、毒を放った。ヒゲの図体はでかいがあのままではガッシュやティオにも毒がかかってしまう。ヒゲも目を見開いて後ろを見ていた。まさか仲間に攻撃させるとは思わなかったのだろう。サイの話を聞きながら後ろの音を聞いていたが、何やらヒゲたちは仲間割れをしていたからやりそうだとは思ったが。

「『サシルド』」

 毒が3人に当たる一歩手前でサイがその間に割り込む。俺も呪文を唱えて群青色の盾を出現させる。毒は盾にぶつかって防がれた。それに加え、サイはせり上がって来た盾を足場にして大きくジャンプしている。サイにも毒はかかっていない。

「『サルク』」

 すぐに『サシルド』を消して第1の術を唱える。これでサイの目は強化された。そこへ更に術を重ねる。

「『サグルク』」

 先月、発現した第5の術。本来の使い方はできないが、副産物の肉体強化はかなり助かる。体が群青色のオーラに覆われたサイはジッと下を見て状況を確認し、目的の場所へ降下を開始した。それを見て何となく彼女の思惑を察する。まず、サイが攻撃を仕掛けたのはアフロたちがいる場所へ戻っているヒゲだ。そいつに向かって真っ直ぐ落ちている。

「く、来るなっ!」

 まさか上から来るとは思わなかったのかヒゲは叫びながら走る。だが、それで止まるサイではない。頭を下にして落ちていたサイはその場でくるっと1回転し、踵落としの体勢に入った。

「せいっ!」

 タイミングを合わせて踵を落としたサイ。元々当てるつもりはなかったようでヒゲのすぐ後ろに落とした。その刹那、地面が粉々に砕けて小さなクレーターができる。さすがにそこまで威力があるとは思わなかったのか俺以外の人は声を失っていた。狙われたヒゲも冷や汗を流しながら自分の真後ろにできたクレーターを見ている。

「ふふ、早く逃げないと壊しちゃうぞ」

 パンパンとワンピースに付いた汚れを手で落とし、ヒゲたちに向かってサイは笑いかけた。その無邪気な笑みとその足元にできたクレーターのギャップにやられたのか相手の4人は涙を流しながら悲鳴を上げて逃げ始める。

「『サウルク』」

 しかし、そうはいかない。『サウルク』で速くなったサイはいつの間にか4人の目の前にいた。

「逃がすわけないでしょ?」

 そう言って右拳を地面に叩き付ける。たったそれだけで地面が陥没した。また4人が悲鳴を上げて右へ逃げる。サイもその後を追って地面を殴ったり蹴ったりしていた。

「おい、高嶺、大海」

 その隙に唖然としている2人に近づく。

「は、八幡さん……あれは、一体?」

 高嶺はサイを指さしながら問いかけて来る。今、彼女は笑いながら4人を追いかけていた。

「あいつは時間稼ぎをしてる。今の内に攻撃呪文で攻撃しろ」

 サイのスピードなら相手の背後に回り込んでジッポライターで魔本に火を付けられるだろう。しかし、それは魔物が1人の場合だ。もしかしたら2人同時に相手できるかもしれないが、時間がかかる。

「でも、それだとサイちゃんが……」

 俺の指示に待ったをかける大海。今、攻撃呪文を唱えればサイにも当たってしまうかもしれないと危惧しているのだろう。

「サイは大丈夫だ。あいつなら躱せる。急いでくれ、時間がない」

 現在、サイに重ね掛けしている呪文は3つ。そのせいで俺の心の力の消費が激しいのだ。その証拠に俺の持っている魔本は今までとは比べ物にならないほど輝いている。そろそろ限界だ。

「……わかった。ガッシュ、やるぞ!」

「ティオ、私たちもよ!」

 それを見て高嶺と大海は察してくれたのか未だにサイの暴挙を見て硬直している2人に声をかけた。ビクッと肩を震わせて振り返った2人は一度、顔を見合わせて頷く。サイなら躱すと信じているのだろう。

「タイミング、まかせていいか?」

 魔本に心の力を込めながら高嶺が問いかけて来る。サイの動きは出鱈目でタイミングが掴めないのだろう。魔力感知で高嶺たちが術を放とうとしているのがわかったのか俺の方を見たサイはウインクする。そろそろガッシュとティオの正面に敵を誘導するのだろう。

「わかった」

 頷いた俺はジッとサイを観察する。何度も地面を殴って敵をどんどん追い込んで行く。

「今だ!」

「『ザケル』!」「『サイス』!」

 俺の声に合わせて高嶺と大海が呪文を唱え、ガッシュの口からは電撃が、ティオの両手から衝撃波が発生し、4人に向かって飛んで行く。そのまま直撃した。

「成功だね!」

 俺の隣に移動したサイは笑顔を浮かべて頷く。すでに彼女の体から群青色のオーラは漏れていない。さすがに心の力が限界だったのだ。

「お疲れさん」

「え、あ、うん……ありがと」

 パートナーを労ったらお礼を言われながらそっぽを向かれた件について。俺、何かしたっけ。首を傾げながら視線を前に戻すと丁度、ガッシュとティオの傍に高嶺たちが到着したところだった。俺たちもその後を追う。

「ゾボロン……ゾボロオオオオオオン!!」

 どうやら、トカゲの名前は『ゾボロン』と言うらしい。魔本が燃えてもう消えたのであまり意味のない情報だが。

「ほほほ! まだよ! まだ私たちには新呪文が残ってるわ!」

 その時、アフロの女が叫ぶ。あの攻撃から魔本を守ったらしい。すごい根性だ。

「く、恵! 防御を!」

「うん!」

 新呪文と聞いて警戒したティオと大海が前に出て呪文を唱える準備をする。一応、俺も高嶺の隣に移動して対処できるようにしておいた。

「第3の術、『モケルド』!」「『セウシル』!」

 俺たちの周囲にドーム状の盾が展開される。するとその盾の周囲が黒い煙に覆われた。

「え!? こ、これは……煙幕!?」

 ティオが目を丸くして叫んだ。まさかこのタイミングで煙幕を使うとは思わなかったのだろう。

「ふふ、ふはは! これは逃げるにはうってつけねええええええ!」

 そう言いながら凄まじいスピードで逃げていくアフロと王冠。警戒したせいでまんまと逃げられたわけか。

「はぁ……」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいるティオを見てそっとため息を吐いた。逃げられたが何とかやりすごせたのだ。いやー、一時はどうなるかと思ったわ。特にサイが磔にされている時。

「ハチマン、怪我見せて!」

 煙幕が晴れて『セウシル』が消えると同時にサイが泣きそうになりながら俺の背後に回った。それを聞いて高嶺たちも俺の傷の具合を確かめる。

「これは……酷い。急いで病院に行った方がいいな。破片が刺さってる」

 高嶺が冷静に診断してくれた。この人、医学の知識でもあるのかしら。てか、一番最後に駆け付けた俺の怪我が一番酷いってどういうこと?

「いや、大丈夫だ。サイ、頼む」

「うん!」

 その場に胡坐を掻いて魔本を開いた。頷いたサイは高嶺たちに少し離れているように言った後、俺の背後に回る。

「『サルフォジオ』」

 サイの頭上に大きな注射器が出現し、俺の背中に突き刺さった。すでに慣れてしまった『サルフォジオ』特有の痛みと硬直を乗り越え、俺の傷は完全に治った。破片も無事に抜けたみたいだ。

「すごい……回復呪文ね」

 立ち上がって背中の調子を確かめていると大海が感心したように呟いた。

「まぁ、体力とか心の力は回復しないけどな」

 でも、もし体力と心の力も回復したら夜の特訓は一生終わらないことになるからよかったかもしれない。

「八幡さん、もう大丈夫なんだな?」

「ああ、疲れた以外は大丈夫だ」

「八幡も無事だったし……これでやっと遊べるわ!」

 高嶺の質問に頷いた俺を見てティオが笑顔を浮かべた。ガッシュも毒がほとんど抜けたのか『ウヌ!』と喜んでいる。

「……遊ぶ?」

 あ、そう言えば遊園地に集合するつもりだったのか。つまり、今日の予定は俺を含めたこの6人で遊ぶことだったのだろう。魔物との戦いですっかり忘れていた。

 ……え、これから遊ぶの? 疲れたから帰りたいんですけど。

「ハチマン……一緒に観覧車、乗ってくれる?」

 俺の手を握ったサイはもじもじしながら聞いて来る。顔も少しだけ紅いし、何より上目使いは反則だと思う。目をそんなに揺らしちゃって。君は恋する乙女ですか! こんなの誰でも頷いちゃうでしょ! もう少しでロリコンになるところだった。俺じゃなきゃ危なかった。でも、俺は疲れているんだ。今日は、今日だけはサイのお願いは聞けない。すまん、サイ。

「ああ、一緒に乗ろうな!」

 

 

 

 

 

 

 …………あ。

 




トゥンク……


というわけでサイが自分の気持ちに気付くお話しでした。元々、恋愛フラグは立っていた……というより好感度MAXだったのできっかけがあればすぐに落ちてました。


まさかサイが落ちるとは思わなかった方、サイには純粋無垢でいて欲しかった方、申し訳ありませんでした。ですが、サイが八幡に恋するのはどうしても必要なことで、これについてはサイの過去に関わってきます。後、成長ですね。まだ芽吹いたばかりの気持ちですが、サイ自身ものすごく戸惑っています。ずっと独りで生きて来た彼女にとって初めて抱いた感情でしたし。


因みに八幡に夜の特訓について聞いて顔を青くしたのは『私……今までなんてことを』と後悔している感じです。そりゃ、好きな人の腕を折ったりその部分を握り潰せば、ね。


これからサイちゃんには恋愛的な気持ちに戸惑ったり空回りして貰うつもりなので……素生暖かい目で見守ってくれたら幸いです。


なお、八幡はまだ気付いていません。『え、何この子。急にどうしたの?』程度です。
八幡だから仕方ないよね。多分、はっきり言えばわかると思うんですけど、八幡の場合、そういう素振りを見せても『まさかあいつ俺のこと……なんて、その手にはもう乗らないぜ。そういうのないってわかってるよー』と決めつけているので……。
私自身、そう決めつけて泣かせてしまったことがあるので皆さんも気を付けてください。


では、最後に一言だけ……



ラブコメの波動を感じるッ!!


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LEVEL.33 群青少女はその時、彼が朴念仁だと悟る

 遊園地には様々なアトラクションがある。有名な物を挙げるならば『観覧車』や『メリーゴーランド』、そして『ジェットコースター』。しかし、絶叫系のアトラクションの中に身長制限を設けているものもある。

「いやよ! サイと一緒にジェットコースターに乗るんだからああああああ!」

 その身長制限にサイ、ガッシュ、ティオが見事に引っ掛かった。その事実を知ったティオが駄々を捏ねて暴れている。

 因みにティオの背中にはガッシュの黒いマントがくっ付いている。後で聞いた話だが、神経毒で身動きの取れなかったガッシュを敵の目の前まで運ぶ為にティオの背中にあの紫色の接着剤を付けて合体したらしい。ティオに危険が迫った時にガッシュが咄嗟にマントを脱いで守ったのだが、マントは取らないまま放置されている。時刻もお昼を過ぎているしマントを剥がすのに時間が取られるのは明白なので遊ぶ事を優先したのだ。マント取ってもよかったのに。その間に俺は自転車に乗って逃げるわ。あ、でもそうするとサイが悲しむから出来ない。詰んだ。

「恵、たんこぶよ! これで私の頭を殴って!」

「よしなさい」

 どこからか金槌を取り出したティオを大海が止める。そのままティオを引き摺って別のアトラクションへ向かった。高嶺とガッシュもその後を追う。

「ねぇねぇ!」

 その途中で全員に聞こえるようにサイが叫んだ。その手にはデジカメ。

「私、最近カメラ買ったの! で、写真いっぱい撮りたいから皆で順番にカメラ持って皆の写真撮ろっ!」

「よし任せろ。カメラを渡せ」

「ハチマンにカメラを渡すつもりはありません。どうせ『俺が写真撮るからアトラクション乗って来いよ。下から撮ってやる』とか思ってるんでしょ」

「くっ……」

 こいつ、やりおる。まさか俺の思惑を見破るなんて。

「はは、八幡さんの考えはサイにお見通しなんだな」

 俺の表情で図星だとわかったのか高嶺は笑いながらからかって来る。なんか気恥ずかしくなったのでそっぽを向いた。

「おお、カメラか! どうやって撮るのだ?」

 サイのデジカメに興味が湧いたのか目をキラキラさせてガッシュが使い方を聞く。サイも丁寧に教えた。

「ちょ、ちょっと! 私にも教えてよ!」

 そこにティオが突入し、魔物組がわいわいとカメラで遊び始める。遊園地、関係なくね?

「じゃあ、まずは全員の集合写真を撮りましょ? それじゃ誰かに頼んで――」

「恵さんは駄目だって! ばれたらどうするんだ!」

 そう言えば普通に話していたが大海は人気アイドルだった。普通に忘れていたわ。こんなところで大海恵が男2人、子供3人と遊びに来ているなんてばれたらスキャンダルものだ。高嶺もそれを危惧したのかデジカメをサイから受け取って近くにいた人に声をかける。すげー、他人に話しかけるのに躊躇してない。俺なら噛む自信がある。

 交渉が成立したのかネゴシエーター高嶺が戻って来たので急いで皆、集まり始める。

「ほら、ハチマン! こっち!」

「お、おい!」

 サイが俺の手を取って何故か高嶺と大海の間に押し込んだ。何でセンターなの? 端っこがいいんだけど。あれか、逃がさないためか。

「よっと」

 そして、いつものように俺の肩に跳び乗る。俺も反射的に肩車体勢に入った。それを見ていた高嶺たちが小さく歓声を上げる。曲芸じゃありませんよ。

「そ、それじゃ撮りますよー!」

 デジカメを持った女の人は驚いた表情を浮かべながらシャッターを切る。すぐに高嶺がデジカメを受け取りに行った。やだ、あの子すごく気が利く。お礼を言って帰って来た。

「じゃあ、カメラ係を決めて早くアトラクションに乗りましょ!」

「ウヌ、楽しみなのだ!」

 ティオの提案にガッシュが笑顔で頷く。とりあえず、カメラ係は持ち主であるサイに決まり、サイたちでも乗れるアトラクションを探す。

「うん、これなら乗れるわ」

 そこで見つけたのが飛行機型の乗り物が高いところまで上ってグルグル回るアトラクションだった。確かに全員乗れるけどこの歳になってこれに乗るのは少し恥ずかしいぞ。

「えー、こんなの幼稚じゃない!」

 ティオが文句を言うがとりあえず乗ることになった。そこで問題となるのが誰と誰が一緒に乗るか、である。このアトラクションは2人乗りみたいで子供だけでは危ないから大人組の俺、高嶺、大海と子ども組のサイ、ガッシュ、ティオに別れてジャンケンをし、勝った順番通りに乗ることにした。簡単に言っちゃえば1番に勝った人同士、2番に勝った人同士、残った人同士で乗るのだ。その結果――。

「おー! 高いのぅ!」

 ――ガッシュと乗ることになった。後ろの飛行機ではティオが高嶺の服にしがみ付いて叫んでいる。逆に前の飛行機でサイと大海は話しながら景色を楽しんでいた。

「八幡、すごいのだ! 空を飛んでるのだ!」

「おう、そうだな」

 あまり話す機会はなかったがガッシュは満面の笑みを浮かべて話しかけて来る。

「それにしてもサイと八幡はすごいのだ」

「あ? 何がだ?」

 不意に褒められて首を傾げた。今日の戦いのことを言っているのだろうか。

「お互いを信頼している感じがするのだ! それにあんなに高くジャンプした後でも八幡はサイの考えを感じ取って行動していたのは本当にすごかったぞ!」

 すごさをアピールしたいのか両手を振るガッシュ。確かに俺とサイは目を見るだけでだいたいお互いの考えていることは読める。しかし、それはあくまでも“俺とサイの考え方が似ているからこそ予測できる”だけだ。俺がサイの立場ならこうすると考えて行動しているに過ぎない。

「そんなんでもねーよ。それこそお前と高嶺だって最後まで諦めずに戦ってたじゃねーか」

 俺とサイの信頼関係は一本しかない繋がりだ。他の人とはできない。それは俺が他の人のことをそこまで信頼していないからだ。

 だが、高嶺たちは違う。今日だって遊園地にいるかもわからない俺たちに救援を求めた。戦いの中、来るかもわからない救援を待ちながら戦うなんて精神的に辛いものがある。『今、味方はここにいるのか?』、『いたとしてこの救援信号に気付くのか?』、『気付いたとして助けに来てくれるのか?』。そんな不安要素に押し潰されてもおかしくない。

「私は信じておったぞ。八幡たちが来てくれると」

 そのプレッシャーを耐え抜いたのが高嶺とガッシュだ。心の底から俺たちを信じて助けを求めた。だからこそ、生き残ることができた。俺には到底、真似できない。いるかもわからない味方に助けを求めるなど。

「……そうか」

「お、八幡! サイがこっちに向かってカメラを向けているのだ! 一緒に写ろうではないか!」

 ガッシュの言葉を聞いて前を見るとサイが手を振ってカメラを向けていた。黙って写真に撮られようと思ったが、ちょっとした悪戯心が湧き、手元にあったハンドルを動かす。飛行機が左右に揺れ始めた。

「ぬおおおおおお! 八幡、止めるのだ! 揺れるのだあああああ!」

 カメラに気を取られていたガッシュが大声を上げながら慌てている。その瞬間をサイが写真に残した。後で見たら俺も少しだけ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!? まさかお弁当作って来てくれたの!?」

 レジャーシートを敷いてお昼ご飯をどうしようか話していると大海がお弁当を作って来てくれたらしい。高嶺も知らなかったようで叫んで驚いていた。

「もちろんよ! あ、もしかしてアイドルは家事なんてできないと思ってた?」

 お弁当を広げながら俺と高嶺の反応を見て問いかけて来る大海。腕を組んで『少し怒っていますよ』アピールをしている。まぁ、冗談だろうけど。

「へぇ、大変そうだな」

 確か大海はティオとの2人暮らし。学校と仕事に加え、家事までやっているとは思わなかった。でも、2人暮らししているなら家事をしていてもおかしくないか。

「え、えっと……ハチマン、お弁当どうぞ」

 適当に返事をしたらサイが俺にお弁当を差し出した。今日も作って来てくれたらしい。ありがたやありがたや。

「おう、サンキュ」

 お礼を言っていつも使っているお弁当箱を受け取る。他の人もサイのお弁当がどんな物か気になるのかジッと俺の手元に注目していた。蓋を開けると玉子焼きやミニハンバーグ、小さくまとめたサラダなどが入っており、ご飯の上には桜でんぶで作られたハートマークが――。

「……あれ」

 そこまで確認した瞬間、俺の手からお弁当箱が消えた。ついでに隣に座っていたサイも消えた。何が起こったのかわからず、高嶺たちに視線を送るが向こうもよくわかっていないらしく、首を傾げている。仕方なく、サイのお弁当は諦めるか。

「すまん、俺にも弁当分けてくれ」

「う、うん……たくさんあるから大丈夫だけど……サイちゃんはどうしたの?」

「俺も何が何だからわからん」

 肩を竦めながら早速おにぎりを食べる。あら、美味しい。大海さんは将来いいお嫁さんになりそうね。

 適当なことを考えながら食べているとティオもお弁当を作って来たそうでレジャーシートに広げた。だが、正直美味しそうには見えない。不器用な子が頑張って好きな人のために初めてのお弁当に挑戦してみました、的なお弁当だ。ティオは高嶺に食べるように言っているが、何度かガッシュに視線を向けている。ああ、そう言うことか。

「ちょっとサイ探して来るわ」

 おにぎりを飲み込んで俺は立ち上がった。

「え、どうしたのよ。急に」

「このまま帰って来なかったらあいつだけ飯抜きだろ。そんなに遠くに行ってない内に見つけておかないと面倒だ」

 ティオの質問に答えながら靴を履いてその場を後にする。ある程度、離れた後、丁度高嶺と大海が立ち上がる所だった。さて、サイはどこに行ったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイ」

「ッ!!」

 レジャーシートを敷いた場所から数分。見覚えのある白いワンピースが木の影から出ていたので声をかけるとわかりやすいほど見えていたワンピースが跳ねた。

「は、ハチマン?」

 おそるおそると言ったように木から顔を覗かせたサイ。

「何やってんだ、こんなところで」

「何もやってないでござるよ」

「ベタなネタで誤魔化そうとするんじゃない」

「うにゃっ!?」

 軽めにサイの脳天にチョップをかます。痛みよりも驚きの方が大きかったようだ。俺はそのままサイの隣に座った。

「で、どうしたんだ?」

「……何でもない」

 おや、ここまで言って話さないと言うことは本当に話したくないってことか。これ以上、聞いても無駄だろう。

「とりあえず戻ろうぜ」

 何があったのかまではわからないが早く戻らないとあいつらに心配されてしまう。慰めるようにサイの頭に手を置いてそう提案した。

「うぅ……」

 するとサイは顔を俯かせて呻き声を漏らす。本当に今日のサイはいつもと違う。どうしちゃったのかしらん。首を傾げているとサイの近くにお弁当が置いてあるのに気付いた。それに手を伸ばして蓋を開ける。

「あ、駄目!」

 その時、彼女は俺の手を掴んで止めた。どうやらこのお弁当が原因らしい。しかし、どこもおかしいところはない。目立つのは桜でんぶのハートマークだけだ。

「あー、そうか」

「ッ……な、何がでしょうか!?」

 俺が呟くとサイが声を荒げた。顔も真っ赤だ。

「いや、恥ずかしかったんだろ? これ」

 ハートマークを指さしながら問いかけると図星だったのかまた顔を下に向けて小さく頷いた。

「まぁ、高嶺たちに見られたら恥ずかしいか」

 サイはいつもお弁当を作る時、ご飯の上に桜でんぶでハートマークを作る。今回もいつもの慣れでハートマークを作り、俺が蓋を開けた時に高嶺たちにも見られることに気付いて俺の手からお弁当箱を奪い去ったのだ。まぁ、確かに恥ずかしいかもしれない。

「……ん?」

 俺の言葉を聞いてサイが顔を上げて首を傾げていた。『え、何言ってるのこの人』みたいな表情だった。

「違うのか?」

「ち、違くない! そうだよ、そう! いやぁ、恥ずかしかった! これからはハートマーク作らないようにしなくちゃね!」

 俺の推測が外れているのかと思ったが合っていたらしい。何故か必死に肯定しながらサイはお弁当箱の蓋から箸(蓋の部分に箸を収納する場所がある)を取り出してハートマークを崩そうとする。それを俺がサイの手から箸を奪うことで阻止した。

「勿体ないだろ? こんなに綺麗にできてるのに。それに俺は好きだぞ、これ」

 桜でんぶは甘いから好きなのだ。これがなくなってしまうのは結構、悲しい。桜でんぶとご飯を一緒に口に入れて咀嚼する。うん、甘くて美味い。

「す、好き!?」

「ああ、好きだぞ。桜でんぶ」

「……へー」

 正直に答えたらサイの目から光が消える。なんか話しかけ辛かったので俺は黙ってお弁当を食べ続けた。美味い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよね……意識してた私がバカだった」

「サイ? どうした?」

「ううん、何でもないよ!」

 木の影でお弁当を食べた後、サイが何か呟いていたがその後に浮かべた笑顔はいつも通りの笑顔だった。

 




サイの乙女モード終了。次回から頭を撫でられてもちょっと恥ずかしそうにするだけです。固まらないのは期待するのを止めたからです。『あー、これは子どもとか妹とか相手してる時の手だわー』とすでに悟っています。



次回で遊園地編は終了。その次から文化祭編に戻ります。


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LEVEL.34 高嶺清磨は初めて比企谷八幡を知る

清磨の口調はこんな感じだろうか……と首を傾げながら書きました。


 レジャーシートに戻って大海のお弁当を少しだけ貰い(その時にはサイもいつも通りに戻っていた)、再びアトラクションへと向かった。

「皆こっち見てー」

 いくつかのアトラクションに乗った後、移動している途中で不意にカメラ係だったティオが声をかけた。振り返るといきなりシャッターを切られる。ちょっと吃驚した。不意打ちはずるい。

「あ、ハチマンすごい吃驚してる。これは永久保存だね」

 いや、サイさん。俺の吃驚している顔にそんな価値はないと思いますよ。消していいです。出来れば早急に。

「それじゃ次のカメラ係の人ー」

「ウヌ、私なのだ!」

 ティオからガッシュにデジカメが渡った。なんかすごい不安。壊さないよね? 大丈夫だよね? 結構高かったんだよ、それ。

「おおー、すごいのだ……ちゃんと写真が撮れているのだ!」

「ガッシュ、デジカメにも容量があるから意味ない写真は消してね」

「ヌ? ヨウリョウ? 写真を消す?」

 壊す以前に操作方法がわかっていなかった。すぐにサイがフォローに入る。

「恵、あれ何?」

 ティオが何か発見したのか大海に質問していた。その視線の先にはクレープ屋がある。

「ん? ああ、あれはクレープよ。甘くて美味しいスイーツね」

「スイーツ!?」

 クレープを食べたそうにジッと見ているティオ。彼女たちの会話が聞こえたのかサイとガッシュもクレープ屋をジッとみていた。

「……サイ、ほれ」

 財布から500円玉を取り出し、サイに手渡す。それだけで俺の言いたいことがわかったのか満面の笑みを浮かべて大海の方へ飛んで行った。どうやらティオたちもクレープを食べるらしい。

「き、清磨……私も食べたいのだ……」

「……はぁ。しょうがないな。恵さんにお金渡して買って貰え」

「ウヌ! ありがとうなのだ!」

 涎を垂らしているガッシュにお金を渡す高嶺。ガッシュはお礼を言いながらカメラを高嶺に預けて大海たちの方へ走って行った。

「はぁ」

 待っている間、立っているのも疲れるので近くのベンチに腰掛ける。

「なぁ、ハチマンさん」

 俺の隣に座った高嶺が唐突に話しかけて来た。おおう、なんだ急に。吃驚しちゃったじゃないか。

「なんだ?」

「ハチマンさんたちは今日の戦いを抜かして今まで何人の魔物と戦った?」

「あー……5人ぐらいか? そっちは?」

 結構前のことなので曖昧だが、確かそれぐらいだったと思う。正直、これが多い方なのか少ない方なのかまではわからない。それよりも高嶺の質問の意図が読めない。俺たちの戦力を確かめたいのか、それとも比較したいのか。

「オレたちは10人ほど倒した」

「10人って……ダブルスコアじゃん」

 俺たちは少ない方だったか。いや、高嶺たちが多いのか。1人の魔物が10人も倒していたらすぐにこの戦いは終わってしまう。多分、彼らが極端に多いのだろう。

「その中の1人にコルルって奴がいた。すごく優しい魔物でガッシュとも仲がよかった」

「あ? でも、倒したって……」

「コルルは戦いが好きじゃなかったんだ。だからこそ、戦わされた」

 高嶺は俺の方を見ずに前を見ていた。その視線を追うとクレープ屋の列に大海たちが仲良く並んでいる姿があった。あの様子だと買うのにもう少し時間がかかるだろう。

「コルルは術を唱えると別の人格と入れ替わった。凶暴な性格で魔物だけじゃなく周囲の人や物を無作為に傷つけた。それを止めるためにオレとガッシュは戦って……」

 その後はすぐに予想できた。すでに高嶺が答えを言っていたから。

「その時、コルルが言ったんだ。『魔界に優しい王様がいたらこんな辛い戦いもしなくてよかったのかな?』って」

「それで『優しい王様』か」

 ガッシュが優しい王様を目指すきっかけだったのだろう。そして、高嶺もそれに応えようとしている。心の底からガッシュを王様にしようと決意している。そんなの目を見ればすぐにわかった。

「ああ。なぁ、ハチマンさん。あんたたちは……本当はどんな王様を目指してるんだ?」

 そう言って高嶺は顔をこちらに向けて俺の目をジッと見る。その目はとても真っ直ぐだった。

「……質問の意味がわからん」

「恵さんのコンサートの日、オレたちが優しい王様を目指してるって話したよな? そして、皆で優しい王様を目指せばこの辛い戦いもなくなる。その時はそれでよかった。ただ……今日の戦いを見て思ったんだよ。『何故、サイは戦いながら笑ってたんだ?』って」

「……」

 高嶺の言葉に俺は何も答えなかった。事実だったから。サイは戦闘の時、いつも楽しそうに笑っていた。夜の訓練はもちろん、魔物との戦いでもピンチの時以外は本当に楽しそうに顔を“歪ませる”。

「おかしいと思わないか? この戦いを止めるために王様を目指してるのにどうしてこの戦いを楽しんでる? 普通、必死になって戦うだろ。それなのに今日、あの魔物たちを追いこんでる時のサイは……言葉は悪いけど異常だった」

「……俺たちが初めて会った日にお前たちは見ただろ。あいつの目」

 群青色の瞳。それはとても澄んでいて綺麗だ。でも、俺は好きじゃない。理由ははっきり言えないが、あの目だけはどうしても気に喰わない。普段は可愛いんだけどね。笑っている時の目は好きだ。ただ、サイが追い込まれた時の群青色の目は嫌いだった。あまりにも澄みすぎていて。

「あいつは元々、異常なんだよ。夜とか俺と一緒に寝てる時、トイレとかで少し離れただけで泣いたり、俺以外の奴とは寝ようともしない。あいつは……もう壊れてるんだよ」

「壊れてる? あの子が?」

 俺の言葉が信じられなかったのか彼はもう一度、クレープ屋に並んでいるサイを見た。丁度、メニューを見てどれにしようか悩んでいるところだ。あの姿を見ただけではわからないだろう。

「俺はあいつのことを何も知らない。過去に何があったのか。どんな王様を目指してるのか。そもそも、王様を目指してるのかさえわからない。あいつは頑なに話そうとしないからな」

「ハチマンさんでも知らないのか? あんなに息が合ってるのに」

「息が合ってるからって何でも話すわけじゃないだろ。それに俺たちの息が合ってるのは考え方が似てるのとお互いに表情を読み合ってるからだ。俺たちは人の表情を読み取るのがそれなりに上手いからな」

「じゃあ、ハチマンさんは何のために戦ってるんだ?」

「俺のため」

 高嶺の問いかけに俺は即答する。前にもこんな質問されたな。あ、陽乃さんか。

「俺のため……サイのためじゃないのか?」

 俺の言葉が信じられなかったのか。彼は目を見開きながら聞いて来る。

「んなわけないだろ。誰かのためって言うのはその人に理由を押し付けてるだけだ。そんなの偽善にしかすぎない。人のためって言いながら人助けするのは『見逃した自分が許せない』とか『人を助けて優越感に浸りたい』とかそんな感情から生まれるもんだ。結局は自分のためなんだよ。俺とか常に自分のために動いてるし。他の人とか気にしてられないわ」

 俺が気にしても他の人が俺を気にしないから。俺はどこまで行ってもぼっちなのだ。誰かのために働くとか無理。

「俺は自分のために戦ってる。俺がサイと離れたくないからな。ぶっちゃけ、魔物の王とかどうでもいい」

「ど、どうでもいいって……」

 さすがに呆れてしまったのか、高嶺はため息交じりに俺の言葉を繰り返した。まぁ、待てよ。俺の言葉はまだ続くんだぜ。

「まぁ、サイが王様になりたいって言うなら協力する。俺があいつの願いを叶えてあげたいからな」

 サイは何も話してくれない。その理由はまだわからないし無理に聞くつもりもない。ただ、サイがどんなことを話しても俺はそれを受け入れる自信がある。過去のサイはどこまで行っても過去のサイなのだ。俺が知っているサイではない。俺が好きなのは今のサイなのだ。だから、黒歴史とか知らない。俺は何も覚えていない。過去の俺とか知らない。そう、あれはただの過去の残骸だ。八幡、もう忘れた。

「……自分のため、か。そうだな。コルルのためじゃない。オレたちがコルルのような優しい魔物にこれ以上辛い思いをさせたくないからオレたちは優しい王様を目指すんだ」

 プルプルと震えていると高嶺が急に立ち上がった。お、おう。なんだ急に。どうした。

「ハチマンさん、色々助かった。これからもよろしく頼む」

「お、おう?」

 なんかよくわからない内に高嶺の中で俺の株が上がったみたいだ。別に何もしてないんですけど。

「ハチマーン!」

 首を傾げているとクレープを持ったサイが駆け寄って来た。あらあら、はしゃいじゃって。転んでクレープを台無しにしてももう買ってあげませんよ。

「はい、あーん」

 そう言いながら俺に向かってクレープを差し出して来た。本当に楽しそうだ。

「……あーん」

 断る理由も気力もないのでクレープを一口。イチゴの味が口に広がる。なかなか美味いな。感心していると不意に横からシャッター音。高嶺が俺とサイを撮ったようだ。

「おい……」

「はは、いい感じに撮れたぞ」

 なんで俺のにらみつける攻撃を受けても笑っていられるんですか。睨んでいるわけでもないのに女子に悲鳴を上げられた俺の眼力がががが。

「清磨ー!」

「ごふっ」

 だが、俺の代わりに口の周りにクリームをべっとりと付けたガッシュが高嶺にタックルをかましてくれた。高嶺、哀れなり。

「こら、ガッシュ! 清磨が死んじゃうじゃない!」

 遅れてティオがクレープを持ったまま、ガッシュを叱る。その後ろには苦笑を浮かべている大海の姿があった。クレープは持っていないので買わなかったらしい。

「はい、ハチマン! あーん」

「……あーん」

 サイさん、俺はもういいんでそろそろ自分もクレープ食べたらどうですかね。見たところ、一口も食べてないじゃないですか。

「ハチマン、美味しい?」

「ああ、美味い」

「よかった!」

 まぁ、喜んでいるみたいだし別にいいか。

 




次回で遊園地編は終わると言ったな?
あれは嘘だ。


ということで、次回で本当に遊園地編が終わります。ここで区切った理由は最後から2番目に乗る(最後はメリーゴーランド)観覧車で八幡ともう1人……つまり、2人きりの状態にしたいなと思ったのですが、サイか恵のどっちかで悩んだ末、とりあえず、区切りました。
他にもダークホースとして清磨と二人きりにしてものすごく気まずい感じにするのも面白そうだなと1人で笑ったりw
最悪、観覧車はなくす場合もあります。
うーん、サイか恵か清磨か……悩む。

文字数的には観覧車がなくても家に帰る途中でサイとの会話を入れる予定なので足りると思います。


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LEVEL.35 比企谷八幡のラブコメはやはりただではすまない

ちょっと納得していませんが投稿します。
なので、色々と違和感はあるかもしれませんが許してください。


 クレープも食べ終わり、再びアトラクション巡りが始まった。因みに高嶺はあの後、普通に復帰してガッシュの脳天にチョップを落としていた。慣れた手つきだったから普段からガッシュはやんちゃして怒られているみたいだ。

「ハチマン、あっち!」

 サイを肩車しながら歩いていると急にサイが俺の頭を両手で掴んで右に向ける。下手したら首の骨が折れるから止めて欲しい。一言、サイに注意してからそっちを見るとトイレがあった。

「トイレか?」

「違うよ、ベンチだよベンチ! ちょっと写真の整理したいんだってば!」

 そう言えば今のカメラ係はサイだった。さっき、皆を上から撮りたいとサイが言って肩に乗って来たし。もちろん、頷く前にすでにサイは俺の肩の上にいた。早すぎて気付くのが遅れた。サイ、また腕を上げたな(肩車的な意味で)。

 俺たちの会話が聞こえたのか皆も頷き、トイレの近くに設置されていたベンチで休憩することにした。トイレに行きたい人はトイレへ。休みたい人は自動販売機で飲み物を買った。余談だが、MAXコーヒーがなかった。凹んだ。

「こんなところにMAXコーヒーあるわけないでしょ……」

 そのことをデジカメを操作していたサイに報告すると呆れた様子で言われてしまった。最近、サイさんが冷たい。何かしたっけ?

「これでよしっと。はい、キヨマロ。カメラ係ね」

「了解」

 高嶺がカメラを受け取ると皆でどこに行こうか話し合い始めた。その間、俺は自動販売機に売っていた微糖の缶コーヒーをちびちびと飲んでいた。ああ、MAXコーヒーが飲みたい。

「ほら、ハチマン! 行くよ!」

 ぼーっとしているといつの間にか話し合いは終わっていたのかサイが俺の肩に乗ってペチペチと頭を叩き始める。ちょっと痛い。いや、手加減してくれているのはわかっているんだけどね。でも、せめて缶コーヒーを飲み終えてからで……あ、飲み終っちゃった。そっとため息を吐いた後、ベンチ横にあったゴミ箱に投げ入れる。ナイスシュート。

「八幡君、行くよ!」「八幡、早く来なさい!」

 その時、俺の右手を大海が、左手をティオが掴んで引っ張った。さすがに立ち上がらないわけにも行かず、困惑しながら立ち上がる。前を見れば高嶺とガッシュが俺たちの方を振り返って笑っていた。そして、カメラを構える高嶺。

(お、おい……まさか……)

 心の中でやめろと叫ぶが高嶺に聞こえるわけもなく、写真を撮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、時間的に後2つしか乗れないな」

 園内にあった時計を見て高嶺が呟く。すでに太陽も茜色に光っている。別に今から帰ってもいいんだけど。帰るって選択肢ない? あ、ないんですかそうですか。

「じゃあ、観覧車乗りたい!」

 手を挙げたサイが興奮しながらそう提案した。そう言えば、乗りたいって言っていた。楽しみを最後に取っておいたのだろう。特に拒否する理由もないので全員で観覧車の列に並んだ。夕方なので観覧車は意外にも混んでいた。あの高さから眺める夕日は綺麗だからだろう。

「楽しみだね!」

 俺の右手を握っているサイが俺を見上げながら叫ぶ。そんなに楽しみなのか。喜んでいるようで俺も嬉しいよ。

「サイ! またデジカメの容量が無くなりそうよ!」

「え!? そんなに撮ったっけ!?」

 ティオの声にサイは慌ててそちらへ駆け寄った。観覧車から写真を撮りたいのだろう。サイとティオがデジカメの画面を見ながらどれを消そうか話し合っている。そこへガッシュが乱入し、騒いでいる魔物組を高嶺が叱った。高嶺の保護者力がパない件について。

「ふふ、皆楽しそうね」

 いつの間にか俺の隣に立っていた大海が嬉しそうに言う。楽しそうだけど羽目を外し過ぎて何かやらかしそうで怖い。特にガッシュ。

「本当に……明日からまた学校なのに疲れた……」

「そう言ってる割に嫌そうじゃないけど?」

「……サイの弁当は美味かった」

「素直じゃないんだから」

 なんか見透かされているような気がする。ため息を吐きながらポケットに手を突っ込もうとするが、その拍子に携帯が地面に落ちてしまった。さっき取り出してポケットに入れたが奥まで入っていなかったらしい。しゃがんで拾おうとすると誰かの手と重なってしまう。反射的に顔を上げると大海も驚いた表情を浮かべて俺を見ていた。俺の携帯を拾おうとしてくれたらしい。数秒ほど見つめ合って慌てて手を引っ込める。向こうも同じように手を引いていた。

「わ、わりぃ……」

「う、ううん……」

 何とも言えない空気が流れ、携帯を拾い立ち上がる。そして、気付いてしまった。

「……あ」

 いつの間にかゴンドラに乗っていたサイがドアにへばりついて俺たちを見ていた。口をパクパクさせているが残念ながらここまで声は届かない。そのまま、ゴンドラは上に進んで行った。

「次の方、どうぞー!」

「……とりあえず、乗るか」

「……そうね」

 置いて行かれてしまったのは仕方ない。今から抜けるとしても他の人に迷惑をかけてしまいそうだ。俺と大海はゴンドラに乗り込んで対面に座る。

「では、行ってらっしゃいませー!」

 ものすごくワクワクしたような目で俺たちを見ていた係りの人(女の人)がドアを閉めた。ゴンドラはゆっくりと昇って行く。

「「……」」

 まさか大海と2人きりで観覧車に乗ることになるとは思わず、黙り込んでしまう。彼女も少し居心地が悪いのかそわそわして黙っている。ものすごく沈黙が重い。助けてサイえもん! 八幡、この空気耐えられないよ!

「あ……」

 不意に大海が横を向いて声を漏らす。そちらを見ると夕日が輝いていた。だが、俺の座っている場所から夕日を見ると丁度、遠くに建っているビルと重なって感動を台無しにしている。きっとあのビルがなければもっと綺麗に見えるのだろう。ちょっと残念だ。

「ん? どうしたの八幡君」

 微妙な顔をしていたのに気付いたのか不思議そうに大海が問いかけて来た。

「いや……夕日は綺麗なんだけどビルと重なってるんだよ」

「え、そう? こっちは綺麗に見えるけど……ほら、こっち来て」

「お、おう……」

 俺の腕を引っ張って夕日を見るように促す大海。立ち上がって彼女の傍に移動すると夕日が綺麗に見えた。たった数歩でもかなり印象が違う。ゴンドラ自体、動いているのでそれのおかげもあるだろう。

「へぇ、綺麗だな」

「ええ、本当に綺麗ね」

 夕日に見とれているとふと我に返り、大海の方を見た。結構、距離が近い。向こうもそれに気付いたようでこっちを見たので俺たちは至近距離で見つめ合うことになってしまった。

「あ、悪い……っと」

 咄嗟に離れようと足を引くがその瞬間、観覧車が突然、止まって揺れる。そのせいでバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。まぁ、このまま倒れても尻餅を付くか悪くても背中を打ち付けるだけ。だから俺は特に対処しなかった。

「八幡君!」

 しかし、大海はそう思わなかったようで俺の手を掴んで支えようとした。その瞬間、止まっていた観覧車が再び動き出す。またゴンドラが揺れて今度は大海がバランスを崩した。その結果、俺は尻餅を付き、大海が遅れて俺の胸に倒れ込んだ。彼女の変装用の眼鏡がゴンドラの床に落ちて音を立てる。

「「……」」

 驚いた表情で俺を見上げて来る大海の顔は夕日に照らされていてとても綺麗だった。今の状況に頭が追いつかず、『やっぱり大海ってアイドルなんだな』とのん気に思い、すぐに頭を振って思考を切り替える。危なかった。もう少しでトゥンクしてしまうところだった。

「ご、ごめんなさい」

 慌てた様子で大海が俺から離れて謝る。落ちていた眼鏡を拾った後、座っていた場所に戻って行った。

「い、いや……気にすんな」

 俺も自分の席に戻り、顔を夕日の方に向けた。何とも言えない空気が流れている。まぁ、あんなアクシデントがあったのだ。黙ってしまうのは仕方ないだろう。大海に聞こえないようにそっとため息を吐いていると視線を感じて大海の後ろに視線を向けた。

「……」

 前のゴンドラからサイが満面の笑みを浮かべて俺を見ている。でも、俺は知っていた。あれは笑っているのではなく、怒っているのだと。目を見たらわかる。それに高嶺とガッシュがサイを見てブルブルと震えていた。サイの威圧に怯えているのだろう。ティオだけは呆れたようにサイを見ていたが。

「大海……」

「な、何?」

「……俺、死ぬかも」

「え、えええええ!? どこかぶつけたの? 大丈夫?」

 そう言いながら俺の隣に移動して来て怪我の有無を確かめ始める。や、やめて! こっち来ないで! 今、サイが首を切るジェスチャーしたから!

 震えていると不意に口パクを始める群青少女。俺はそれを見て後悔した。

『後でお・し・お・き♪』

 ……腕の一本で済むかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 両腕を折られて『サルフォジオ』で回復した(見られないようにトイレの裏で術を使った)後、メリーゴーランドに乗った。その時、ティオの弁当を食べたガッシュが『ブリの方が美味しかったのだ』と問題発言をしてティオに首を絞められて終わった。また来ようね、と皆話していたが俺は勘弁願いたい。下手すればサイに腕を折られる。さっきも『八幡ともう一回、観覧車に乗る!』と我儘を言っていたし。観覧車は今、かなり混んでいるため並んでいる時間はもうない。それを聞いてサイは渋々、観覧車を諦めた。ものすごく悔しそうだったが。

 遊園地を出た後、俺は自転車を回収したのだがそれを見て高嶺が目を丸くした。

「は、八幡さん……もしかしてここまで自転車で来たのか?」

「ああ、そうだけど」

「ハチマンは鍛えてるからね!」

 サイさん、貴女の訓練のせいで俺は彼に得体の知れない物体を見るかのような目で見られているんだよ? 普通できないもんな。ここまで自転車で来るなんて。

 それから高嶺とガッシュは徒歩で、大海とティオは電車で、俺とサイは自転車で帰った。サイは荷台に座って俺に抱き着いている。今日、荷台に人を乗せるのはサイで2人目だ。あの事件が今だとすごい昔のように感じる。

「ねぇ、ハチマン」

 どんどん暗くなっていく道をひたすら漕いで進んでいると唐突にサイが話しかけて来た。

「何だ?」

「今日は……ごめんなさい」

 弱々しい彼女の声を聞いてチラリと後ろを見るとサイは俺の背中に顔を埋めていた。

「何で謝る」

「だってハチマン、すごい疲れてるのに自転車でこんなところまで誘導して……しかも、色々と大変な目に遭って……ごめんなさい」

 サイが俺をここに呼んだのは疲れている心をリラックスさせるためだ。しかし、俺は殺し屋や魔物と戦った。そのせいで余計、俺を疲れさせてしまったと後悔しているのだろう。

「謝んなよ」

「え?」

「俺は今日、ここに来てよかったと思ってる」

 俺の言葉が予想外だったのかサイが顔を上げた。走りながらだと話し辛いので一度、自転車を停めて彼女の方を向く。

「サイが黙って俺を誘導しなかったら大海はあの殺し屋に殺されていたかもしれない。俺がここに来なかったらあの魔物たちにガッシュとティオがやられていたかもしれない……全部『たられば』のたとえ話だけどな。そう考えれば……ここに来てよかったと思える。確かに疲れたけどな」

 それだけ言って再び自転車を漕ぎ始める。ちょっと照れくさかったのだ。

「……ハチマン」

 俺を呼ぶ声は弱々しいものではなかった。

「おう」

「今日はメグちゃんを守ってくれてありがとう。私のことを守ってくれてありがとう……一緒に遊園地で遊んでくれて、ありがとう。大好き」

 ギュッと俺にしがみ付いてお礼を言うサイ。それに対して俺は何も言い返さなかった。いや、言い返せなかった。

「さ、サイ……苦し、い……」

 俺の腹部を締め上げているサイに言うが更に力を込められる。ちょ、やばい。色々な物が出ちゃう。

「でも、あの観覧車の八幡は大っ嫌い。私と乗るって約束したのに……それなのにメグちゃんといちゃいちゃして」

「いちゃいちゃなんてしてないって言っただろ? たまたまゴンドラが揺れて……」

「だーめ。許さない。帰ったらおしおきだよ」

 明日、俺学校行けるのかな……あ、それを理由に休もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハチマンへのおしおきも終わり、私はリビングのソファに座ってデジカメを操作していた。因みにハチマンは部屋で倒れている。これもメグちゃんとイチャイチャしていた罰だ。『サルフォジオ』はハチマンが起きたらブスリと刺せばいい。今回は苦痛を重視したので外傷はさほどないから大丈夫だ。

「あ……」

 デジカメの写真を見ていると思わず、声を漏らしてしまった。そこにはハチマンの手をメグちゃんとティオが引っ張って私がハチマンの肩の上ではしゃいでいる写真だった。よく見るとハチマンの口元が引き攣っている。

「……ふふ」

 ハチマンのノートパソコンを開いてデジカメのデータを移す。また私の思い出が増えた。

「それじゃ、頑張りますか」

 明日からまた文化祭実行委員の仕事が始まる。ハチマンが少しでも楽できるように私も動くとしよう。やっぱり私はハチマンのことが大好きだから。

 



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LEVEL.36 雪ノ下の家で群青少女は忍び、静かに反論する

夏休みが終わったので日曜日更新に戻ります。


 休みも終わり、また面倒な文化祭実行委員の仕事が始まった。サイからデジカメを借りてたまに会議室の光景を記録し、押し付けられた仕事を熟す。因みに『写真撮るからお仕事無理です作戦』は不発に終わった。『あ、じゃあ写真撮った後でもいいからやっておいて』と言われて分厚いファイルを俺の席に置くだけだった。しかも、俺が写真を撮るために席を離れている隙に小さな仕事を置いているようでいつの間にか仕事が増えていることもある。これも全て相模のせいだ。委員の人もどんどん少なくなっている。そのせいで何故か、葉山と一緒に仕事する羽目になった……てか、何で君ここにいるの? クラスの方はいいの? 君、クラスでやる星の王子様のミュージカルで『ぼく』役だったよね?

 ため息を吐きながらお茶を一口、口に含んで周囲を見渡す。今日は今まで以上に忙しい。執行部の人たちもてんやわんやで色々な対応に追われている。こんな日に限っていつも手伝いに来ていた陽乃さんはいない。俺の隣で作業している葉山も疲れているのか笑顔が引き攣っていた。会議室に作業している人の悲鳴のような声が響く。『誰かわからないけどコピーありがと!』、『有志の書類今、誰持ってる!?』、『何で今日に限って雪ノ下さんがいないのおおおお!』、『誰かこの書類まとめておいて!』などもうカオスだ。

「雪ノ下さん、今日はどうしたの?」

「さぁ」

 生徒会長の城廻めぐり先輩が何故か俺に問いかけて来た。いや、知りませんって。あいつの連絡先さえ知らないんだから。多分、俺だけじゃない。ここにいる全員、答えられないだろう。その時、会議室のドアが開き、平塚先生が入って来た。

「比企谷」

「はい?」

 何ですか、また新しい仕事ですか。そう思いながら先生の顔を見るとその表情は神妙であることに気付いた。別件か。

「今日、雪ノ下は体調を崩して休みだ。学校には連絡はあったんだが、こっちには伝わってないと思ってな」

 まぁ、そうだろうな。雪ノ下から連絡を受ける奴がいないから伝わるわけがない。それに昨日、決裁印を押し忘れるなど凡ミスをしていた。相当疲れていたのだろう。

「あれ、あいつ1人暮らし……」

 そこで雪ノ下は1人暮らしだったことを思い出して声を漏らした。大丈夫なのか、あいつ。俺の声が聞こえたのかめぐり先輩が見に行った方がいいと言ってその役目は俺になった。葉山の方が気遣いが出来る分、こういうことに適しているだろうがこの場所に必要なのも葉山だ。なら俺が行った方がいいだろう。

「そうか、では行きたまえ。ただ生徒の住所を教えたりはできないのだが……」

「それは大丈夫です」

 雪ノ下の家を知っている奴を知っている。急いで荷物を纏めて立ち上がった時、葉山と目が合った。すっと細められた眼光が鋭い。

「じゃあ、よろしく頼む。俺から一応陽乃さんに連絡しておくから」

「……ああ、助かる」

 それだけ言って俺は会議室を後にし、携帯を取り出した。歩きながら電話を掛ける。コール音が響く。7コール目辺りでやっと電話相手が出た。

『ど、どしたの? いきなり電話とか……』

 弱々しい声音で言ったのは由比ヶ浜結衣だ。こいつなら雪ノ下の住所を知っている。

「雪ノ下が今日、休んでるのは知ってるか?」

『え……知らな、かった』

 雪ノ下が休んでいることがショックだったのか、雪ノ下が休んでいることを知らなかったことがショックだったのか。由比ヶ浜の声は掠れていた。

「体調を崩してるらしい。今からあいつの家に行くつもりだ……お前も行くか?」

『うん、行く』

 即答。こいつなら頷くと思った。

「じゃあ、校門前で」

『わかった』

 それから校門前で由比ヶ浜と合流し、雪ノ下の家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜の案内で雪ノ下の家に着いた。彼女の家は高級で知られるタワーマンションだった。やはり、実家はかなり裕福なのだろう。由比ヶ浜が事前にメールや電話で行くことを伝えたが応答はなし。今もベルを鳴らしているが出なかった。

「居留守か?」

「それならいいんだけど出られないほど体調が悪かったら……」

 そう言いながら由比ヶ浜はもう一度ベルを鳴らした。すると、一瞬だけスピーカーからノイズが聞こえる。

『……はい』

 すぐに消えそうな声で雪ノ下が応答した。声だけで辛そうなのがわかる。

「ゆきのん!? あたし、結衣! 大丈夫!?」

 飛び付くように由比ヶ浜も答えた。本当に心配していたのだろう。

『……ええ、大丈夫だから』

「だから、なんだよ。開けろ」

 面倒くさくなったので割り込んで雪ノ下に言った。

『……どうして、いるの?』

「頼まれたんだよ。それと話がある」

『……10分だけ待ってもらえるかしら』

「わかった」

 とりあえず、待っている間、エントランスのソファにでも座っているか。

 

 

 

「どうぞ、あがって」

 雪ノ下がドアを開けながらそう言った。俺と由比ヶ浜は彼女の後に続いて中に入る。雪ノ下の家は3LDKのようだ。こんな広い家に1人で住んでいる。それを知った時、一瞬だけ彼女の背中とサイの背中が重なった。たった独りで努力し、目の前に立ち塞がる壁を乗り越えて来た孤高の背中だった。

「そこへかけて」

 リビングに通された後、2人掛けのソファを勧められた。素直に由比ヶ浜と一緒に座る。雪ノ下はそのまま近くの壁にもたれかかる。

「座れば?」

「いいえ、ここでいいわ。それで話って何かしら?」

 由比ヶ浜の言葉を拒否して話を促して来た。いつもの威圧はどこへ行ったのだろう。彼女は視線を下に向けていた。

「え、えっと……ゆきのん、今日休んだって聞いたから」

「1日ぐらい休んだからって大げさよ。連絡もしていたのだし」

「1人暮らしだからな。心配もされるだろ」

「それにまだ体調悪いんじゃない? まだ顔色悪いし」

 由比ヶ浜の指摘に雪ノ下は顔を隠すように下を向いた。だが、その仕草は『調子が悪いです』と言っているようなものだ。

「多少の疲れがあったけれど、問題はないわ」

「……それが問題なんじゃないの?」

 これは痛いところを突かれたな。体調がいいならそもそも休んだりしない。

「ゆきのん1人でしょい込むことないじゃん。他のひとだっていたんだし」

 そう言いながらチラリと俺の方を見る由比ヶ浜。こっちみんな。俺はそんな気遣い出来るような人間じゃない。それどころか俺に回って来る仕事が多すぎて雪ノ下まで気にしてられなかった。

「わかっているわ。だからちゃんと仕事量は割り振ったし、負担を軽減するように――」

「できてないのに?」

 そこで由比ヶ浜が雪ノ下の言葉を遮った。今の由比ヶ浜はいつもと違って迫力がある。

「あたし、ちょっと怒ってるからね」

 雪ノ下はその言葉を聞いて小さく肩を震わせた。由比ヶ浜が怒るのも無理はない。1人でやると言ったのにこうして体調を崩しているのだから。

「ヒッキーにも怒ってるから。困ってたら助けるって言ったのに」

 他人事のように2人を見ていると突然、由比ヶ浜が俺に向かって言う。ここまで来る間、ずっと黙っていたのはそのせいか。弁解の余地はない。俺がどんなに仕事をしようとも雪ノ下が倒れたのには変わりないのだから。

 

 

 

「ユイ、貴女が怒るのはお門違いでしょ」

 

 

 

 その時、ここにいるはずのない人の声が部屋に響いた。俺も含めた全員が目を丸くして周囲を見渡す。しかし、声の主はどこにもいない。

「ここだよ」

 そう言いながら天井から下りて来たのはやはりサイだった。え、何でいるの? てか、天井から下りて来たけどどうやったの?

「サイ……何でここに?」

「ハチマンたちの後を付けて来たんだよ。この部屋に入ってからは天井に貼り付いてた」

 アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

「簡単だよ。角であれば手と足で体を支えられるから。そんなことより、ユイ」

「う、うん……何?」

「貴女は……文化祭実行委員がどれぐらい忙しいかわかって言ってるの?」

「それは……」

「わかるわけないよね? だって文実じゃないんだから」

 サイの指摘に由比ヶ浜は顔を引き攣らせた。由比ヶ浜が知っている情報は『雪ノ下雪乃が文化祭実行委員の仕事が忙しくて倒れた』、『比企谷八幡は雪ノ下雪乃を助けられなかった』のみである。

「考えてみてよ。あの『雪ノ下雪乃』でさえも倒れたんだよ? それにユキノ自身が言ってたでしょ。『仕事は割り振った』って。それはハチマンにも含まれるんだよ。それだけじゃない。ちゃんとユキノが割り振った仕事を他の文実の人は『記録雑用』っていう曖昧な役職であるハチマンに仕事を押し付けてたんだよ。雑用って付いてるからハチマンに仕事が集まって来るの。ハチマン、デジカメ」

「お、おう……」

 珍しく怒った表情を浮かべているサイの気迫に逆らえず、彼女にデジカメを渡した。サイはすぐにデジカメを操作してとある写真を由比ヶ浜に見せる。

「これは?」

「ハチマンが撮った会議室の写真。ここがハチマンの席」

 サイが見せたのは会議室の全体を収めた写真だった。すぐに俺が使っている席を指さす。

「え……なにこれ」

 それを見た由比ヶ浜は目を見開いて声を漏らす。俺の席には山積みになったファイルで溢れ返っていた。あー、懐かしい。この時はさすがに死ぬかと思った。サイの訓練がなかったら俺も倒れていたかもしれない。

「多分、ユキノの次に仕事してるのはハチマンだと思う。こんなに仕事があったからユキノを助けたくても助けられなかった。それどころか倒れたのはユキノじゃなくてハチマンだったかもしれないんだよ」

「なんで、こんなことになってるの?」

 さすがの由比ヶ浜も違和感を覚えたようで怪訝な表情で問いかける。まぁ、今の運営は正直言って異常だ。遅刻もサボるのも自由。参加している奴だって可能であれば人に仕事を押し付けようとする。『自分の仕事が忙しいから代わりにやっておいてね。どうせ、暇でしょ? 雑用なんだから』と言うように。

「とある実行委員長様が遅刻とサボりを許容したんだよ。『文化祭なんだから楽しまなくちゃ。クラスの方にも出ていいよ』ってね」

「っ……だから、さがみん、クラスの方に出てたんだ」

「あれが出てたって言うの? ただ友達と話してるだけで」

 由比ヶ浜の呟きを容赦なく叩き潰すサイ。その目は鋭くかなりイラついている。

「由比ヶ浜に当たっても仕方ねーだろ。それに仕事が少なくても雪ノ下を助けられたわけじゃない。遅かれ早かれ運営が崩れるのは目に見えてたしな」

 サイの頭に手を置いて宥める。今日、雪ノ下がいないだけであれだけ荒れたのだ。これからもっと酷くなる。それぐらい容易に想像できた。

「比企谷君、今日の様子はどうだったの?」

 俺の言葉を聞いて察したのか雪ノ下は静かに問いかけて来る。隠すようなことでもないので包み隠さず教えた。

「え……ちょっと待って! 確かヒッキーがゆきのんの次に仕事したんだよね? じゃあ、今、運営はどうなってるの?」

「……由比ヶ浜さん、確か葉山君の連絡先、知っていたわよね?」

「う、うん」

「ちょっと状況を聞いてみてくれないかしら?」

「わかった!」

 急いで携帯を操作し、メールを送信した。すると、すぐに返信が返って来たようで由比ヶ浜は顔を引き攣らせ始める。

「……酷いって。仕事はたまるし、雑用を熟す人もいないからめちゃくちゃになってるみたい。ヒッキーに戻って来て欲しいって言ってる」

「まぁ、そりゃそうだよね。皆、今まで楽して来たんだもん。このままじゃ文化祭自体、なくなっちゃうかもね」

 サイは呆れたように言葉を吐き捨てる。だが、言っていることは合っていた。この状態が続けば文化祭は良くて日を改めて開催される。最悪のケースは――文化祭がなくなる。さすがにそこまで行かないとは思うが、総武高校の歴史の中で最も酷い出来の文化祭にはなるだろう。

「……」

 雪ノ下は顔を下に向けて考え事をしている。どうやって乗り切ろうか思考を巡らせているのだろう。

「おい」

 そんな彼女に俺は声をかけた。

「……何かしら?」

「今の問題は仕事をさばけなくなって来た――いや、相模の提案でサボりが増えたからだよな?」

「ええ、そうね」

「……俺に考えがある」

 

 

 

 

 

 

 目の前にサボっている人がいます。どうやって仕事をさせますか?

 その答えは簡単です。

 罪悪感を抱かせましょう。

 



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LEVEL.37 文化祭実行委員会は群青色に染まっているからこそ真実に気付かない

今回、八幡の行動が少しだけ支離滅裂かもしれません。
それには一応、理由があるのでとりあえず最後まで読んでください。


 あの後、俺は一度学校に戻った。雪ノ下の家をお暇しようとした時、由比ヶ浜が雪ノ下にもっと頼って欲しいと言い、雪ノ下も今回のことで少しは反省しているのか『いつか頼る』と約束していた。まぁ、何とかなったみたいでよかったよかった。因みにサイはいつの間にか消えていた。少しだけ学校で仕事して家に帰って来たら普通にリビングでノートパソコン弄っていたけど。

 次の日から雪ノ下も復活し、荒れ始めた運営もそれなりに持ち直した。だが、結局は“それなり”なのだ。まだまだ安全圏とは言えない。そんな日々が続き、昨日、文化祭のスローガンにいちゃもんが付いた。雪ノ下が休んだ日にスローガンを適当に決めたらしく、さすがにあれはないと文句を言われたらしい。因みに『面白い! 面白すぎる! ~潮風の音が聞こえます。総武高校文化祭~』だ。いや、これ埼玉やん。

 そのため急遽、会議を開いてスローガンを決めようとなったのだが、会議は一向に始まる気配はない。この場を取り仕切るはずの相模がホワイトボードの前で書記に任命した友達とお喋りしているからだ。

「相模さん、雪ノ下さん……皆、集まったけど」

 さすがに見かねためぐり先輩が声をかけた。相模はすぐそれに気付いて雪ノ下の方を見るが雪ノ下はぼうっとしているのか議事録を見つめている。やはり、まだ疲れがとれていないのだろう。

「雪ノ下さん?」

「え……?」

 相模に呼ばれてやっと状況を理解したのか雪ノ下は顔を引き締めた。

「それでは委員会を始めます。本日の議題ですが、城廻先輩から連絡があったように文化祭のスローガンについてです」

 それから会議が始まった。しかし、挙手制で意見を求めるが誰も手を挙げない。もともと委員のモチベーションは下がっているのだ。やる気のある奴なんていない。そんな奴らに自主的に意見を出せと言っても無駄だ。

 そんなことを考えていると俺の隣に座っていた葉山が紙に書いて意見を出して貰い、後で説明する、という代案を出した。雪ノ下もこのままじゃ会議は進まないと踏み、彼の意見を受け入れ、紙を配布した。だが、それでも紙に書いている奴なんて少数だ。しかも、書いている奴も仲のいい友達と見せ合って笑うだけ。ただのネタ。提出する時には素知らぬ顔で紙を隠していた。

「はぁ……」

 ホワイトボードに書かれる数少ない意見もどこかの週刊漫画雑誌の3大テーマのような綺麗事ばかりだ。ただ1つだけ異質だったのが『八紘一宇』。もう誰が書いたか想像出来るね。あーあ、陽乃さん、すごくつまらなさそうにお茶飲んでる。俺の淹れた奴なんだが、もうなくなりそうだ。会議中でも淹れてと要求されるのかしらん。

「それじゃ最後にうちらの方から『絆 ~ともに助け合う文化祭~』っていうのを」

 そう言いながらホワイトボードに自分たちで考えたスローガンを刻む相模。

 ああ、そうだ。お前はそう言う奴だ。自分が一番じゃないと気が済まない。そのためには誰かを陥れ、利用し、笑顔で『ありがとう』と心にもないお礼を言う。そんなお前はこう言った公の場ではいい顔しようとお前の『偽善』が顔を出す。今までの自分の行いを忘れて。

 じゃあ、今こそ教えてやろう。この時が来るのをずっと待っていたのだから。

「うわぁ……」

 意図的に委員たちに聞こえるように声を漏らした。俺の思惑通り、会議室に沈黙が流れすぐにざわつき始める。皆も気付いたのだろう。『どの口がほざくか』と。特にサボらずに委員会に参加していた奴らが不満げだ。

(まぁ、お前らも同罪だけどな)

「……何かな? なんか変だった?」

 ざわついている奴らを見ていると相模が顔を引き攣らせながら俺に質問した。このざわつきの原因である俺に矛先を向けたらしい。

 ここで動いても意味はない。べらべらと話をしても他の奴らはただ困惑するだけだ。『え? いきなりどうしたのこの人。おかしくなった?』と思われて終わる。望ましいのは第3者によって俺が動かざるを得ない状況を作ること。

「いや、別に」

 だから俺は誤魔化すように視線を逸らした。これが一番腹の立つ反応だろう。無意識にやっていて友達を失くした俺が言うのだから間違いない。

「何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 ほら、釣れた。

「いや、まぁ別に」

 更に追加。見るからに相模のヘイト値が上がって行く。俺、タンクとか向いているかも。今度、サイを誘ってMMOでもやろう。あ、駄目だ。ぼっちだからソロだわ。ソロでタンクとか意味ないわ。サイ、2人パーティーでも許してくれるかな。

「ふーん、そう。嫌なら何か意見出してね」

 その言葉を待っていた。俺はここでトラップカードオープン! 『八幡の意見』!

「はぁ……じゃあ――」

 わざとらしくため息を吐き、切り札を使用する。

 

 

 

 

 

「――『群青 ~群れる青は蒼には気付かない~』」

 

 

 

 

 

 俺のスローガンを聞いた全員が首を傾げた。そりゃ、そうだろう。何の脈略もないのだから。

「……比企谷。説明しろ」

 我に返った平塚先生が説明を要求して来た。

「え、わからないんですか? こんなにわかりやすいスローガンなのに。今の運営にはピッタリですよ?」

 そうだ。普通、気付くはずなのだ。俺だからじゃない。真剣に仕事をしていたら誰だって気付いてもおかしくないのだ。

「あー……お前と私以外にはわからないだろうから説明してやってくれ」

 どうやら、平塚先生は知っていたらしい。

「はぁ……こういうことですよ」

 もう一度、ため息を吐いて手元のお茶を全て飲み干す。そのままコップをテーブルに置き、すぐにその場で手を動かす。そして、俺が置いたコップに伸ばしていた少女の手を掴み、他の人に見えるようにぐいっと上げる。

「あっ……」

 まさか掴まれるとは思わなかったのかサイは目を見開いて声を漏らした。

「サイ、さん?」

 突然現れたサイを見て硬直する中、雪ノ下だけサイの名前を呼ぶ。彼女も驚きを隠せないようで唖然としていた。

「あ、あはは……ばれちゃった、にゃん」

 冷や汗を流しながらずれた猫耳を掴まれていない手で直すサイ。確かに猫の手も借りたいとは言ったが、サイにゃんになる必要はなかったと思うにゃん。

「とりあえず、これは没収」

「ああ、私の猫耳が! ペット虐待!」

 それ、かなり際どい発言だから止めて欲しい。猫耳を鞄に突っ込んだ後、相模に視線を戻す。

「その子……前、教室に遊びに来てた子だよね? 何でこんなところに連れ込んでんの?」

 やっと復帰したのか変態を見るような目で相模が言った。どうやら、俺が勝手にサイをここに連れて来たと思っているらしい。

「はぁ……そう言うことだったのね」

 だが、その隣で雪ノ下が額に手を当てて呟いた。俺じゃなくてもショックを受けているのがわかる。雪ノ下ならすぐ気付くと思った。サイも嬉しそうである。

「え、雪ノ下さん? どうしたの?」

「ここまでしても気付いたのは雪ノ下だけか」

 まぁ、雪ノ下はこの前、彼女の家でサイが運営について話したから他の人よりもヒントがあったので気付くに決まっているのだが。

 俺が吐き捨てた失望の言葉に相模が目を鋭くさせた。わけがわからないまま失望されれば誰だってむかつくだろう。だが、その分、真実を知った時のダメージは大きい。そんな奴に限って自分の犯した罪に気付いていないのだから。

「相模、いくつか質問するぞ」

 だからこそ、自分で気付くべきだ。己の過ちを。

「……勝手にすれば?」

「それじゃ、遠慮なく。文化祭実行委員長は誰だ?」

「はぁ? うちだけど」

「次。この委員会の中で一番、仕事をしてる奴は誰だ?」

「それは……雪ノ下さんじゃないの?」

 少しだけ顔を歪ませながら答える相模。実行委員長である自分よりも副委員長の雪ノ下の方が仕事をしているという事実にやっと気付いたようだ。しかし、きっと彼女は『自分が補佐を頼んだから仕事してるだけだ』と思っているに違いない。

「じゃあ、お前も飲んでるお茶は誰が用意した?」

「え?」

「お前の目の前に置いてある資料をコピーしたのは誰だ?」

「……」

 答えられない。そりゃそうだ。相模はずっと委員会の仕事をサボっていたのだ。雑用を熟している人が誰かわからないだろう。

「はーい、私のお茶を用意したのは比企谷君でーす」

 そこで陽乃さんが野次を飛ばした。そう言えば何故か陽乃さんのお茶だけ俺が用意していた。チラリとサイを見るとプイッと顔を背けられる。話すことはないらしい。

「それは例外です……相模だけじゃない。陽乃さん以外の人が飲んでるお茶は誰が用意したか分かる人いるのか?」

 俺の問いかけに答えられる人はこの中で2人しかいない。1人は平塚先生。だが、彼女は黙って見ているつもりなのか答えない。そして――。

 

 

 

 

 

「サイさん……よね?」

 

 

 

 

 

 ――残る1人は雪ノ下だった。

「そうだ」

「待って……あり得ないでしょ? そんな小さな子がここいる全員分のお茶を用意したなんて。普通、気付――」

「――だからおかしいって言ってるだろ。気付かないお前たちが」

 相模の言葉を遮って俺は現実を叩き付けた。

「委員会中、この子を見た人はいるのか? いるわけないよな? だって、遅刻やサボって委員会に出ることが少ないんだから。こんな小さな子供がお茶を配ってるのを見る機会なんてほぼないだろうよ」

 そこで一度、呼吸を整える。どうやら、俺の予想以上にイライラしているらしい。冷静になれ。言葉を選べ。ここにいる全員が最も苦しむ言葉を紡げ。

「まぁ、サイも気配を消して素早くお茶を配ってたから適当に仕事してたら気付けないはずだ」

 つまり、気付けなかったお前たちは真剣に仕事をしていなかった。誰でも俺の言いたいことがわかっただろう。よくサボっていた奴らは顔を俯かせた。その分、少しだけ得意げになったのはちゃんと委員会に出ていた奴らだ。『サボっているから今、あんな奴に正論を叩き付けられているんだよ』と言いたげに。それを見て俺はそっとため息を吐く。お前らだってこいつらと同罪なのにまだ気づかないのか。

「この資料をコピーしたのは誰だって質問もあったな? 知ってる奴はいるか? この資料だけじゃない。この数日間、コピーをしたのは誰だ?」

 ここまでくれば俺の質問の答えがわかる人もいるだろう。ほとんどの人がサイを見た。

「ファイルを整理したのは? 必要な資料を準備したのは? ちょっとしたミスを修正したのは? 決裁印が押されていないことに気付いて代わりに押したのは? 誰も気付いてないのか? 誰もこの子がして来たことを見てなかったのか?」

「ハチマン……?」

 俺の様子がおかしいことに気付いたのか不思議そうにこちらを見るサイ。ハッとして頭を振った。まだだ。まだこいつらは何も気付いていない。冷静に、心を抉れ。

(落ち着け……落ち着け……)

 深呼吸して怒りを鎮める。そもそもどうして俺はこんなに怒っているのだろうか。

「自分だけが忙しいって決めつけて。他の奴に仕事を押し付けて。被害者面でサボってた奴らを見下す……そんな奴らが被害者? 勘違いも大概にしろよ」

 そう言ってやっと気付いた。許せないのだ。こんなに頑張っている子がいるのにそれに気付かず、我が物顔で手柄を持って行こうとしていたこいつらが。俺は知っている。サイがどれだけ委員会のために働いていたのか。平塚先生もサイの頑張る姿を見て勝手に手伝っていることを指摘しなかった。雪ノ下も真実を知ってショックを受けていた。それなのに他の奴らはまだ理解していない。

「本当に……終わってるな、ここ」

「……どういう意味? そもそも証拠は?」

 ここに来て反論する相模。この俺が証拠を用意してないとでも思ったのだろうか。鞄からある物を出して相模のところに移動する。

「これを見ろ」

「……デジカメ?」

 そう、サイのデジカメだ。平塚先生に頼まれて委員会の様子を記録することになったのは全員知っている。素早く操作して1枚の写真を彼女に見せた。雪ノ下がノートパソコンに情報を打ち込んでいる写真だ。気になるのか雪ノ下も写真を覗いた。

「これが、何?」

「……気付けよ、いい加減に」

「サイさん……」

 相模よりも早く雪ノ下が気付く。この写真には雪ノ下しか写っていないように見えるが、実は画面の端に紙の束を持って走っているサイの姿が少しだけ写っているのだ。雪ノ下の言葉でやっと相模も気付き、急いで別の写真にする。今度は会議中の写真だ。

「う、嘘……」

 写真に写っている相模の近くにお茶を置こうとしているサイがいた。次の写真には整理するためにファイルを持ち出そうとしているサイ。次は誰にも気づかれないようにサイが慎重に決裁印を押そうとしている姿が写っている。次も、その次も、他の奴らにばれないように仕事を片付けているサイの姿ばかり。まぁ、サイの写っていない写真ももちろんあるが今は必要ないので俺のノートパソコンに移したのだが、それでも3分の1の確率でサイが写っていた。

「い、いつから?」

 声を震わせながら問いかけて来るめぐり先輩。この人なら気付くかもしれないと思ったが、委員会の仕事が忙しかったから周囲に気を配れなかったのだろう。

「この委員会を記録するようになった日からですよ。撮った写真を見てサイが紛れ込んでるのに気付きました」

「え……最初から気付いてたの!?」

「逆に気付かれないとでも思ったのか……」

 注意深く見ていたらサイが仕事している姿は視えた。平塚先生も委員会に来た時は全体を見ていたので突然現れたお茶やコピーの束に違和感を覚えたのだろう。少しでも変だと思えばサイの存在に気付けるのだ。

「で、でも……その子が勝手にやったことでしょ!? うちは関係な――」

「あ? 何言ってんの? 実行委員長さん」

 ここまで来て言い逃れられるとでも思ったのか、こいつ。相模はビクッと肩を震わせて半歩後ずさった。

「ハチマン……落ち着いて。怖い顔してるよ」

 その時、俺の手をそっと握りながらサイが教えてくれた。おっと、そんなに怖い顔していたのか。さて、サイのおかげでそれなりに落ち着いたのでトドメといこう。

「葉山」

「あ、ああ……何だ?」

「雪ノ下が休んだ日、運営はどんな状況だった?」

「……正直めちゃくちゃだった。雪ノ下さんのお見舞いにヒキタニ君が行ってから崩れた感じかな。ヒキタニ君が戻ってからも雑用が溜まって……そう言えば、お茶もなかったな」

「そりゃ、私がハチマンの方に行ったからね。その後、家に帰ったし」

 サイの言葉で葉山は納得したらしい。その後、何かに気付いたようで顔を青ざめさせる。雪ノ下とめぐり先輩も察したらしく、肩を落としていた。平塚先生がそっとため息を吐いた。

「相模、お前はまだ気付かないのか?」

「気付くって何を!? その子が働いていた事ならもう十分わかってる!」

 本当にこいつは無能すぎて笑える。いや、もしかしたら俺たちが無能にしてしまったのかもしれない。あの日……相模が奉仕部に依頼しに来た日、彼女の依頼を断ればよかったのだ。そうすれば、雪ノ下が過剰なほど仕事をせず、倒れることもなかった。相模も頼ることのできる人物がいないから自分で何とかするしかなく、仕事をしたかもしれない。俺だって仕事を押し付けられず、家に帰ってからサイと一緒に遊べたかもしれない。由比ヶ浜も雪ノ下の心配をすることもなく、文化祭の準備を心の底から楽しめただろう。そして――サイがたった独りで、誰にも気づかれることなく雑用を片づけずに済んだ。

 自分が出来もしないこと実行委員長に立候補した相模も悪ければ、俺たちの意見を聞かずに勝手に依頼を受けた雪ノ下も悪い。そして、そんな雪ノ下を止められなかった俺と由比ヶ浜も悪い。

 じゃあ、あの日、雪ノ下が相模の依頼を受けるのを黙って見ていた俺はこの後、何をなせばいいのだろうか。

「違う」

 正解は俺にもわからない。でも、間違っていることだけはわかる。なら、指摘してやればいい。本当は相模自身に気付いてほしかったが、もう無理だ。俺が代表して教えてやる。

 

 

 

 

 

 

「この運営は……サイが抜けただけで崩れる。こんな小さな子1人だけ抜けてもな。高校生が10歳以上年下の女の子1人に支えられてるんだよ」

 

 

 

 

 

「……え」

 それを聞いた相模は目を丸くし、サイを見る。サイは元々、相模のことを嫌っていたので無表情で見つめ返していた。いや、無表情ではない。その群青色の瞳は憐れみと失望の色に染まっていた。

「つまり、サイ1人いないだけで文化祭がなくなったかもしれない……というより、子供が手伝わないと成り立たない運営と言う時点でアウト。ですよね、先生」

「……そうだな。この事実が教師たちに知られれば文化祭を中止にするべきだと言う意見が出るかもしれない」

 もう少しで文化祭がなくなっていたかもしれない事実を知ってショックだったのか脱力して椅子に座った相模。でも、俺は止まらない。

「ショックだよな? あんなに楽しもうって言ってた文化祭がなくなるかもしれなかったんだから。『クラスの方を手伝ってて運営の仕事が手に付きませんでした』とでも言い訳すれば助かるかもしれないぞ?」

「やめて……」

「他の奴らも『実行委員長がクラスの方に出ていいって言ったんでサボっちゃいました』とか『実行委員長がサボってもいいって言ったせいで仕事が増えまして人に押し付けちゃいました』とか『自分のことで精いっぱいで小さな女の子に気付きませんでした』って言えば大丈夫なんじゃないか? それが“事実”なんだから」

 俺の言葉を聞いてここいる全員が顔を強張らせる。だからこそ、こいつらは“群青”なのだ。群れているから――皆、一緒に悪いことをしているから()に気付かない。群れずにたった独りで問題を解決しようとする(サイ)には気付かない。だから、『群青 ~群れる青は蒼には気付かない~』。ピッタリじゃないか、こんな運営が仕切る文化祭のスローガンに。

「そ、そういうアンタは……どうなの?」

「ハチマンは自分の仕事を片づけながら私の手伝いもしてくれたよ。今、気付いたけどね……コピーが必要な書類がいつも決まった場所にあったのハチマンやってたんだね。整理が必要なファイルも私の手が届く場所に移動してくれてたし」

 相模の脆弱な反撃もサイの手によって無効化された。サイさん、ちょっと恥ずかしいから言わなくてもいいんだよ、そう言うこと。おかげで助かったけど。

 俺が助かった代わり、委員会の空気は重くなった。そりゃ、子供に支えられていたとなればかなり心に来るだろう。

(それじゃこれでおしまいだ)

「サイ、お疲れ様。独りで大変だっただろ? ゴメンな、手伝わせて」

 そう言ってサイに視線を送る。それだけで彼女は俺の求めている返事を把握してくれたらしく、微笑んだ。

「ううん、いいよ。だって、“これからは皆、ちゃんと仕事してくれるんでしょ?” 私はハチマンが大変そうだったから手伝っただけだし。他の人も“お仕事、頑張ってね”。文化祭、楽しみにしてるから!」

 静まり返っている会議室にサイの嬉しそうな声が響く。これでもうこいつらはサボることなどできやしない。罪悪感で心が抉れそうになるからだ。やはり無垢な子供の言葉が一番、効果がある。これテストで出るから覚えておけ。

 




今回の八幡はかなり怒っていたため、あまり冷静ではありませんでした。
そのため、少しだけ支離滅裂な感じになっています。


もうそろそろ文化祭編も終わりです。文化祭編が終わった頃にもう一度、アンケートを取るつもりなのでその時はご協力よろしくお願いします。


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LEVEL.38 相模南は肩身の狭い思いをし、由比ヶ浜結衣は比企谷八幡の手を掴む

 会議室に委員たちが仕事をする音が響く。ある者はパソコンで文字を打ちこみ、ある者はファイルをまとめ、ある者はちまちまと書類に必要事項を書いて行く。だが、誰もしゃべらない。たまに聞こえる声も業務連絡ぐらいだ。

「……」

 それは俺も例外ではない。ただひたすら積まれた仕事を片付けていくロボットになっている。あぁ、俺はいつから社畜になってしまったのだろうか。

(これは……やっちまったか)

 ファイルから書類を取り出しながらそっとため息を吐く。

 あの日以来、委員たちは真面目に仕事をしている。あの相模でさえ雪ノ下に頼らず、自分が出来る仕事や実行委員長にしか出来ない仕事をしていた。これだけならば俺の『罪悪感を抱かせて仕事させちゃおう作戦』は見事、成功したと言える。しかし、結果から見ると俺は失敗した。失敗したと言うより、『やりすぎた』。罪悪感を抱かせるだけならサイが皆に隠れて仕事をしていると言えばある程度の罪悪感を抱かせられただろう。だが、あの時の俺は怒りに身を任せ、必要以上に相模たちを追い込んだ。そして、今のロボットのような運営が出来上がった。楽しそうな雰囲気なんてどこにもない。ただ目の前の仕事を片付けていくだけ。

(それに)

 チラリと視線をずらして相模を見る。丁度、一枚の書類を持って近くにいた委員の元へ歩いて行くところだった。

「あ、あの……これってどうやるんですか?」

 おそるおそる相模が上級生の委員に問いかける。ずっとサボって来た相模ははっきり言って戦力外だ。仕事のやり方がわからないのだ。一度、相模を実行委員長から降ろそうと言う意見が出たほどである。まぁ、その意見は雪ノ下の『そんな暇はないから早く仕事をしてください』の一言でなくなったが。いや、本当にギリギリな状況なので正直、相模の処分(今回の事件の原因を作った責任)を決めている暇などないのだ。

「……はぁ。そこは――」

 上級生は深いため息を吐いた後、かなり大雑把に仕事のやり方を教え、相模を追い払った。とぼとぼと自分の席に戻って行く相模は泣きそうな表情を浮かべている。

 これが一番の問題。相模に対する委員たちからの憎悪だ。

 あの日、俺は相模だけではなく他の委員たちも糾弾した。サボることのできる環境を作ったのは相模だが、サボろうと決めたのはお前たちだ。自分だけが忙しいと思い込み、人に仕事を押し付けたのはお前たちだ、と。多分、本人たちもそれは自覚している。しかし、そう簡単に自分の罪を認められる人間は少ない。大半が原因である相模に怒りや憎しみを抱いている。『お前があの時、余計なことをしなかったら俺たちはあんな奴に糾弾されることなどなかった』、と言うように。そのせいで相模は肩身の狭い思いをし、仕事を教えて貰う度に醜い感情を見せつけられる。でも、委員会を休めば更に追い詰められるだろう。逃げ道を塞いだのは俺だ。

(まずいよなぁ……)

 このままでは相模が何をしでかすかわからない。今のところ、サイが運営を手伝っていたことは公に発表されていないから文化祭は普通に開催される。だが、相模が密告すれば文化祭がなくなる可能性も高い。こんな辛い場所なんか壊してしまえと思えば、いつでも壊せるのだ。我慢の限界に達した時、彼女がそれを実行しないとは言い切れない。追い詰められた人間がすることなど予想できるわけがなかった。だからこそ、早く何とかしなければならないのだが、俺にはどうすることもできない。この状況を作ったのは俺だし、人を助けることなどぼっちには不可能だ。やり方を知らないからだ。証明終了。

 そんなことを考えながら俺は目の前に積まれたファイルをまた1つ、片づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 総武高校文化祭。開催日は土日の2日間。土曜日は一般公開されず、校内のみだ。その代わり、日曜日は一般の人たちにも公開され、かなり賑わう。ぼっちの俺には関係ないが。

 あれから何も変わらないまま、文化祭が始まってしまった。オープニングセレモニーも無事に終わった――とは言えない。運営の雰囲気は最悪なのであまり連携が取れず、かなりグダグダになってしまったのだ。俺はタイムキーパーだったのでひたすら腕を回して『巻き』のサインを送り続ける地獄を味わった。明日は筋肉痛になるだろう。まぁ、幸運だったのは会場に集まった生徒たちがそれを見て笑いながら『頑張れー!』と応援してくれたことだろう。そのおかげで委員たちは文化祭を成功させようとやる気が出たみたいだ。もう、“相模なんかに憎悪を向けている暇などない”、と言わんばかりに。言い換えれば相模はとうとうハブられたのである。少しだけ相模の顔を見た時、それがわかったのか顔を青くして震えていた。あぁ、可愛そうに。タイムマシンに乗って過去の自分をぶん殴ってやりたいだろうな。まぁ、助けられないけど。

「比企谷君」

 オープニングセレモニーが終わった後、不意に雪ノ下に呼び止められた。

「何だ?」

「はい、これ。文化祭のプログラム」

「あ? もう持ってるけど」

「貴方のだけ偽物なのよ」

 え、何でそんなことしたんですか? やる必要あります?

「……見ればわかるわ」

 俺の視線で言いたいことがわかったのだろうか、ため息交じりに渡して来たプログラムを受け取り、中身を見る。ほとんど内容は変わらないが一箇所だけ違った。2日目の体育館でのステージ内容。そこには――。

 『サイの動物ショー!』

 ――マイパートナーの演目が書かれていた。

「……おい」

「何も言わないで……サイさん、雑用を熟している間に勝ってにエントリーしちゃったみたいなのよ。しかも、ちゃんと必要事項も書かれていた上、後で私に許可を取ると言う徹底ぶり。本当に油断の隙もないわ」

 そう言う雪ノ下の頬は少しだけ緩んでいる。もう一度、サイのステージ内容を確認したところ、どうやら犬や猫と一緒に何かをやるらしい。油断も隙もあったのは雪ノ下さんじゃないですかー。猫にやられちゃっているじゃないですかー。

「サイが俺に偽物のプログラムを渡すように言ったんだな?」

「ええ、自作のプログラムを私に渡してお願いして来たの」

 あ、だから最近、ずっとノートパソコンを弄っていたのか。目的は多分、俺に邪魔をさせないため。まぁ、ステージをやりたいって言って来たら止めただろうし。サイは魔物だが、見た目はただの子供だ。そんな子にステージパフォーマンスをさせるなどあまり世間体はよくない。

「帰ったら叱っておくわ」

「お願いね」

 要件が済んだからか雪ノ下はすぐにどこかへ行ってしまった。さて、俺も移動しますかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭1日目は基本的に委員会の仕事はない。細々とした仕事はあるが、後回しにしてもいいレベルだ。校内の見回りは生徒会役員たちと数名の委員がやっているため、下っ端である俺は暇になる。そのため、クラスの方を手伝っていた。明日は記録係の仕事があるのでクラスの手伝いは今日しか出来ないのだ。まぁ、ほとんどクラスの方には出ていなかったのでやることもなく、仕事をしているふりをしていたら海老名さんに見破られ、受付を任された。開演時間とか聞かれたら答えてって言われたけど、でかでかとポスターが貼ってあるから聞く人などいないだろう。ラッキー。

 後、受け付けは留守番の意味合いもあるらしい。公演していない間、クラスメイトが休んだり別の場所へ遊びに行っている中、ただ座って待っている。ハチ公かな? まぁ、こんな楽な仕事でクラスの出し物に参加しているとなるならありがたい。公演前に円陣を組んだ時(俺は参加しなかった。由比ヶ浜は不満そうにしていたが)、相模がものすごく肩身の狭い思いをしていた。クラスの方にあまり参加しなかったのと自分のせいで文化祭そのものがなくなっていたかもしれないと思っているのだろう。

 二兎を追う者は一兎をも得ず。結局のところ、相模はクラスの方にも委員会の方にも参加して自己アピールしたかったのだ。『実行委員長も熟してクラスの方にも貢献する私、すごい!』みたいな。だが、それはあまりにも無謀で無様な考えだった。結果は運営をめちゃくちゃにし、自分の顔に自ら泥を塗り、中途半端にクラスに参加していたからあんな場所で肩身の狭い思いをしている。自業自得とは相模のために生まれた言葉かもしれない。

「おつかれ」

 考え事をしていると不意に上から声が聞こえる。そちらを見ると大きなビニールを持った由比ヶ浜が俺を見下ろしていた。そのまま、立てかけてあったパイプ椅子を組み立てて座る。若干、距離が近い。もう少し離れてもいいのよ?

「どうだった? ミュージカル」

「……まぁ、よかったんじゃねーの? お客さんも喜んでたし」

 歌っても踊ってもいなかったけどな。ただの演劇やん。

「皆ずっと頑張ってたからね……それに、ヒッキーも」

 少しだけ声を小さくした由比ヶ浜。その表情は暗い。

「ゴメンね、ヒッキー。あたし、何も知らないのに怒っちゃって」

 雪ノ下の家に行った時の話だろう。ずっと気にしていたのかもしれない。あれから委員会が忙しく(前から忙しかったが)なったのでほとんど会話出来なかったから謝るタイミングがなかったのだろう。

「気にすんな。お前は悪くねーよ」

 そう、由比ヶ浜は何も……と言えないが、悪くない。それよりずっと俺の方が悪い。感情的になって人を糾弾し、追い詰め、今の状況を作ってしまった。今のところ、何も起きていないが嫌な予感がする。何か起きてしまった場合、俺がどうにかしなくてはならない。それがこんな状況を作ってしまった俺の責任の取り方だ。

「また何かあったの?」

 俺の表情を見てわかったのか彼女は心配そうに聞いて来る。それに対して俺は首を横に振って答えた。由比ヶ浜には関係の無い話だ。話す必要もない。

「……ヒッキーもそうなんだね」

 だが、由比ヶ浜は寂しそうに呟いた。

「あ? どういう意味だよ」

「ゆきのんもヒッキーもそうだった。大変なのに何も言わずに何とかしようとして……ゆきのんは倒れちゃって。ヒッキーも大変な思いをして……それにサイから聞いたけど、委員会の人たちを怒ったんでしょ?」

 サイさん、余計なことは言わなくていいんですよ。

「……まぁ、な」

「多分、ヒッキーそのことを気にしてるんだよね? サイが言ってたもん。『あの日からハチマン、後悔してる目になってるって』」

「……」

「あたし、あまり委員会の仕事とかわからないけど、手伝うよ。ううん、手伝わせて」

「別にお前が気にするようなことじゃ――」

 そこで俺は言葉を区切った。いや、遮られた。由比ヶ浜が俺の手を握ったから。

「わかったの。ゆきのんとヒッキーは差し出された手を無視して自分独りで解決しようとしちゃうって……だから、伸ばすんじゃなくて掴む。待ってるだけじゃなくて自分から手を掴めばいいんだって。サイも言ってたもん。『知ろうともせずに怒るのはオカドチガイだ』って」

「……お前、お門違いって意味知ってんのか?」

「と、とにかく! ヒッキーが困ってるんだったら助けるってこと! だから、何でも言ってね。あたしにできることがあれば何でもするから!」

「……おう」

 俺が頷いた時、大きな笛の音が廊下に響く。突然のことだったので俺と由比ヶ浜は仲良く肩を震わせて驚いた。

「な、何?」

「あー…隣のクラスで何かあったみたいだな」

 E組の方を見るとめぐり先輩が生徒会役員に指示を出して何かしている。見たところ、E組の出し物に行列が出来てしまって収拾がつかなくなってしまったらしい。

「E組の代表はいるかしら」

 そんな中、雪ノ下の姿を発見する。すると、彼女も俺たちの方を見た。

「……」

 一瞬だけ雪ノ下は顔を強張らせ、視線を逸らす。そのままE組の代表らしき生徒の方へ行ってしまった。

「ゆきのん、どうしたんだろ?」

「……多分、これだろ」

「これ?」

 由比ヶ浜の視線は下に移動し、繋がれている俺たちのお手々を捉えた。そりゃ、知り合い同士が仲良く手を繋いでいたらあんな顔になるわ。

「ぁ……」

「後で誤解だって言っておけよ」

「……はい」

 顔を真っ赤にして手を離す由比ヶ浜。気まずい空気が流れる中、不意に由比ヶ浜が持って来たビニール袋が目に入る。

「なぁ、それなんだ?」

「え? ああ、そうだった! ヒッキー、お昼まだでしょ? だから持って来たの!」

 そう言って袋から取り出した物をテーブルに置く。紙パックだった。更にその紙パックから何かを取り出した。マトリョーシカか。

「じゃーん! ハニトー!」

 紙パックから出て来たのは食パンだった。しかも、1斤まるまる。そんな食パンに生クリームやらチョコソースやらカラフルなチョコがぶっかけられている。

「一緒に食べようと思って。えいっ」

 由比ヶ浜は笑顔で食パンを引き千切る。なんか怖いよ。俺の腕を笑顔で折るサイを彷彿とさせる。引き千切られたハニトーを紙皿に置いて俺の方に差し出した。軽くお礼を言って食べ始める。パンが固い。はちみつも中まで染みていない。

「うまっ!」

 俺がそんな感想を抱く傍ら、美味しそうにハニトーを食べる由比ヶ浜がいた。いいのか、これで。まぁ、美味そうに食べているのなら無粋なことを言う必要もあるまい。俺も黙ってハニトーを食べ続けた。

 1斤まるまるあった食パンを2人で食べ終え、そっと息を吐いた。まぁ、文句は色々あったけど、美味かったかなと思える程度には満足した。

「そう言えばいくらだった?」

 これほどのボリュームなら結構、高いだろう。財布を取り出しながら問いかける。

「いいって、別にこれぐらい」

「いやそういうわけにもいかんだろ」

「いいの!」

 由比ヶ浜の意志は固そうだ。何でわざわざ奢ろうとするんかね。俺なら絶対にしない。それに奢られるのは気に喰わない。俺は養われる気はあるが施しを受ける気はないのだ。そう言うと由比ヶ浜もどうしようか悩み始める。

「んー…じゃあ、困ったことになったらあたしに言う」

「関係なくね?」

「もう決めたから駄目! 言わなくても勝手に助けるからね!」

「……せめて何かする前に言えよ」

 この子、アホだから変なことしそう。八幡、心配なのよ?

「うん、わかった。ねぇ、何か困ったことない?」

「早速かよ……」

「言えって言ったから言ったのに言ったら文句言うじゃん!」

 もう『言う』がゲシュタルト崩壊しそう。

「……まぁ、何かあったら言う」

 ほら、ゲシュタルト崩壊しちゃったらから柄でもないこと言っちゃったよ。俺は悪くない。ゲシュタルト崩壊と文化祭特有の変な空気のせいだ。

「っ! うん!」

 俺の言葉を聞いた彼女は嬉しそうに頷いた。

 こうして、文化祭1日目はとりあえず、無事に終わった。

 でも、2日目が残っている。まだ油断はできない。俺は猫に隙を突かれた雪ノ下とは違うのだ。まず、家に帰ったらサイが勝手にステージパフォーマンスにエントリーしたこと。それを俺に黙っていたことについてお説教しようか。こちょこちょの刑である。

 



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LEVEL.39 彼と彼女はハイタッチを交わし、一世一代の大勝負に出る

 文化祭2日目。今日は一般公開の日で生徒の他に様々な人が訪れる。だからこそ、トラブルも多くなるのだが、そのために文化祭実行委員全員が働く。そう、この俺でさえ働かされるのだ。もうゴールしていいよね? 俺の仕事はカメラで文化祭の様子を記録するというもの。最初は適当にパシャパシャ撮ればいいと思っていたのだが、そう簡単には行かず写真を撮ろうとすると『……あの写真とかやめてください』とマジトーンで拒否られる。その度に『文実・記録』と書かれた腕章を見せなければならないのだ。そろそろ泣いてもいいと思う。

「お兄ちゃん!」

 その時、唐突に背中に衝撃。振り返ると小町が俺に抱き着いていた。やだ、この子。可愛い。お持ち帰りしてもいいですか?

「おお、小町」

「久々の再会! 最近、お兄ちゃん忙しかったからね!」

「それだと家でも顔合わせてないみたいな感じになるぞ」

 まぁ、家に帰っても文実の仕事とかあってあまり話せなかったけど。

「そうそう! お兄ちゃん、これどういうこと!」

 俺の背中から離れた小町がプログラムを勢いよく突き出して来た。後数センチ近かったら顔面に直撃していた。あ、危ねぇ。

「プログラムがどうしたんだよ」

「ここ! どうして、サイちゃんがステージパフォーマンスすることになってるの!」

「あー……俺も昨日知ったんだよ。しかも、サイが雪ノ下を懐柔して無理矢理、企画を突っ込んだらしい」

 因みに懐柔方法は猫である。俺も試してみようかしらん。

「むー、じゃあお兄ちゃんが無理矢理、ステージに立たせたとかじゃないんだね?」

「むしろ、俺は止めたかったぞ」

 あんな小さな子がステージに立てばどこからクレームが来るかわからないからな。『あんな小さな子を働かせるなんてどうかしてるザマス!』とか。

「そっか……サイちゃんのことよろしくね?」

「ああ、わかってる」

「それじゃ、小町そろそろ行くね。またね、お兄ちゃん」

 そう言って小町は去って行った。サイのことも心配だったが、文化祭を楽しみたい気持ちもあったのだろう。あれでも小町は受験生だ。しかも、志望校はここ総武高校である。志望校の文化祭は色々と刺激になるはずだ。頑張れ、受験生。

「あれ? 八幡じゃない」

 不意に後ろから名前を呼ばれ、そちらを見るとティオが俺を見上げていた。まさかこんなところにいるとは思わず、驚いてしまう。

「何でいんの?」

「いいじゃない、私がどこにいたって。サイに呼ばれたのよ。『ステージでパフォーマンスするからおいで』って。ガッシュと清磨も来てるわ。ガッシュに引きずられてどっか行っちゃったけど……」

「ああ……」

 その姿が容易に想像できた。高嶺、頑張れ。でも、騒ぎが起きる前にガッシュを何とかしてくれ。仕事が増えるから。

「じゃあ、お前1人なのか?」

「……恵は仕事で遅れて来るのよ。べ、別に1人になっちゃってどうしようかうろうろしてたら知り合いに会って安心したとかじゃないから!」

 ティオさんや。見栄を張るならせめて涙目を隠せ。ツンデレ乙。まぁ、知らない場所で1人になったら寂しいよな。遠足の時とかいつの間にか独りになっていたからわかるよ。あれ、かなり心に来るよな。

「とりあえず、一緒に行動するか? 俺、仕事中だからそんなに構ってやれないけど」

「どうしてもって言うなら」

「じゃあ、どうしても」

「なら、しょうがないわね。ついて行ってあげるわ。ねぇ、クレープとか売ってる場所知らない?」

 完全に文化祭満喫する気じゃないですか。俺、仕事あるって言ったでしょう。俺と並んで歩きながら問いかけて来る。

「プログラム見ればいいだろ。どのクラスがどんな店やってるのかわかる」

「ぷろぐらむ?」

「……ほれ」

 持っていなかったようなので少しくしゃくしゃになったプログラムを渡す。別に必要ないし。サイのステージの時間だけ覚えていれば大丈夫。

「色々な店があるのね。あ、ここ面白そう! ミュージカルだって!」

 それ、俺のクラスだな。

「今、公演時間じゃないから見れないぞ」

「えー、なら何時からやってんのよ!」

「確か……って、プログラムに書いてるだろ」

「……あ」

 自分が見落としていたのに気付いたようで顔を赤くしてそっぽを向くティオ。サイとはまた違った可愛さだな。

「あー……魔界にも昔話とかあるのか?」

「え? あ、うん。あるわ。魔界のお姫様のお話とか。後は人間と魔物の恋の物語とか」

「へぇ」

 それからティオから魔界の昔話を聞いた。途中でお昼になったため、適当な店に入ってお昼ご飯を済ませ、ブラブラと校内を回る。一応、仕事中なので適当に写真を撮ったのだが、隣にティオがいたからか変な目で見られることなく写真を撮ることが出来た。まぁ、ティオに指示されて写真を撮る羽目になったのだが。大海の仕事について行くことがあったからかティオはかなりセンスがいい。撮った写真から文化祭の賑やかさが伝わって来る。ティオ、マネージャーにならない? もしくはプロデューサー。アイドルのマスターになれるよ。あ、すでに大海がアイドルだったわ。

「八幡、ティオ!」

 次はどこに行こうか話していると前から見覚えのある男の子が走って来る。ガッシュだ。その後ろから疲れ切った様子の高嶺が駆け足でガッシュを追いかけている。高嶺、マジでお疲れ様。

「あ、ガッシュ、清磨! もうどこに行ってたのよ!」

「色々な場所へ行ったのだ!」

 ガッシュの見当違いな返答にティオの怒りゲージが高まる。近くにいたら火の粉が飛んで来そうなのでちょっと距離を取るために高嶺の方へ移動した。

「八幡さん、こんにちは」

「うす。大変だな」

「……ああ。そっちは?」

「文化祭の仕事。ティオと途中で会ってな。さすがに放っておくわけにも行かなかったし。仕事も手伝って貰った」

 腕章を見せながら言うと状況を理解したのか高嶺は頷く。後ろからガッシュの悲鳴のような呻き声が聞こえるが知らない。首を絞められるような音も聞こえるが知らない。高嶺も見てはいるがガッシュの自業自得なので無視する方向のようだ。

「それにしてもまさか文化祭に来るとは思わなかったぞ」

「サイに誘われて。恵さんも来る予定なんだが、間に合うかわからないらしい」

「まぁ、忙しいからな。この前の遊園地の時も苦労したみたいだし」

 メールでそんなことを言っていたような気がする。確か『無理してスケジュールを詰めてよかった』とかだった。

「でも、恵さんも楽しみにしてるってティオが言ってたぞ。新曲のレコーディング一発で終わらせて駆けつけるって」

「……ただの文化祭なのにな」

「『八幡さんが通ってる学校の』文化祭だな」

 そう言った後、高嶺がティオに話しかけて『首絞め』を止めさせる。その隙に携帯で時刻を確認するとそろそろサイのステージが始まるところだった。

「もう少しでサイのステージパフォーマンスが始まるけど体育館まで案内するか?」

 俺の提案に3人は頷いて一緒に体育館へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイの動物ショー!」

 マイクを通じて体育館にサイの可愛らしい声が響く。観客も拍手をして場を盛り上げた。だが、すぐに皆、気付く。ステージに立ったサイの傍に動物など1匹もいないことを。

「皆さん、こんにちはー! 文化祭、楽しんでますかー?」

 ピンマイクの位置を調節しながらサイが問いかける。歓声が上がった。それを聞いてうんうんと頷き、満面の笑みを浮かべるサイ。なかなか様になっている。とりあえず、写真を1枚ぱしゃり。

「さて、タイトルでわかると思いますが私、サイが動物さんたちと一緒に色々な出し物をしますので楽しんで行ってくださいね! では、さっそく呼びましょう! 動物さーん!」

 サイが叫ぶと体育館の出入り口が開き(開ける担当の人がいる)何十匹もの犬や猫が登場した。お客さんの足元や通路を通ってステージへ上がる。まさかそんな登場の仕方をするとは思わなかったようで観客たちは驚いていた。

「よしよし、集まってくれたね。それじゃまず何からやろうか?」

 近くにお座りした子犬の頭を撫でながらサイが動物たちに問いかけると1匹の子猫がにゃーと言いながら手を挙げる。その愛くるしい仕草を見て女性客が『可愛いー!』と声を漏らす。

「お、意見があるのかな? ふむふむ、合唱ね。よし、まずは合唱にしよう! 整列!」

 すると、動物たちは綺麗に横に並ぶ。しかも、きちんとパート分けされているのかソプラノ、アルト、テノール、バスで集まっている。動物たちが整列したのを見て指揮者担当のサイは手を振るう。それから動物たちがタイミングを合わせて鳴き始めた。曲名はすぐにわかった。『きらきらぼし』である。基本的に猫の『にゃー』が主旋律。犬の『ワン』が合いの手だ。サイの指揮に合わせてにゃーにゃーわんわんと鳴くと『きらきらぼし』の歌詞が思い浮かぶ。それほど上手かった。

 合唱が終わると次の演劇が始まる。犬の勇者が猫魔人を倒す旅の物語だ。サイがアテレコして動物たちが演じる。終盤の勇者と魔人の戦いなどサイは途中から解説になるほど燃えるような戦闘シーンになった。

「おーっと! ここで勇者ドッグの尻尾ビンタだー! しかし、デーモンキャット、猫パンチで勢いを相殺! キャット、すかさず猫パンチの連打! 勇者ドッグ大ピンチ!」

 観客からも動物たちを応援する声援が飛び、ものすごく盛り上がった。俺も写真を撮ることを忘れて夢中になって見ていたほどである。

(そろそろ準備しないとな)

 サイの持ち時間も減って来たので俺は舞台裏に向かった。サイのステージは最後から2番目。次のステージが終わったらエンディングセレモニーが待っている。その準備の手伝いだ。

 舞台裏に着くともうそこは戦場だった、エンディングセレモニーの準備やら葉山たち(ステージパフォーマンスのトリ)の準備でてんやわんやだった。そんな中、雪ノ下だけはあっちに行ったりこっちに行ったりして落ち着きがない。たまに人に話しかけているが求めていた解答を得られなかったようで渋い顔をしている。あ、こっち来た。

「ねぇ、相模さん見てないかしら?」

「いや……見てないけど、なんかあったのか?」

「エンディングセレモニーの最終打ち合わせしたかったのだけれど」

 それから電話を掛けてみたり、放送で呼び出しても相模を見つけられなかった。平塚先生も放送を聞いて駆けつけてくれたが、正直言って状況は絶望的だった。実行委員長である相模はエンディングセレモニーで挨拶、総評、賞の発表をする。しかも、賞の結果を知っているのは相模のみ。集計結果を断片的に知っている人はいるものの、それをまとめたのは相模なのだ。

「……」

 おそらく相模は逃げた。実行委員長のプレッシャー。罪悪感。実行委員たちからの憎悪。ストレスが積りに積もってエンディングセレモニーから逃走。ここに来て耐え切れなくなったのだ、逃げたくても逃げられない罪悪感の重みに。そして、その罪悪感を抱かせたのは他でもない。俺である。

「時間を稼ぐしかないな」

 俺の呟きは不思議と空気が冷え切った舞台裏に響く。

「時間を稼ぐと言ってももうステージは葉山君たちのしか……」

「ちょっと待ってろ」

 雪ノ下の発言を遮って舞台袖に移動し、軽く床をノックした。動物たちにサーカスのような曲芸をさせていたサイが俺の方を向く。そして、1つ頷いた。

「では、最後に! お客さんにも楽しんで貰えるようなことをしたいと思います。参加したい人は手を挙げてください!」

 そう、サイのステージを引き延ばす。これで5分から10分は稼げるはずだ。急いで、舞台裏に戻る。

「サイに引き延ばすように合図して来た」

「……声を一切出さずに?」

「視線だけでだいたい伝わる」

 だから、雪ノ下さん。そんなあり得ない物を見た時の様な目で見ないで。

「これで10分稼げたとしましょう。でも、そんな短い時間で見つけられる保証はない」

「……副委員長、プログラムの変更申請をしたい。もう1曲、追加でやらせてくれないかな? 時間ないし口頭承認でいいよね?」

 葉山が更に時間を稼ぐらしい。彼によると最大でも10分が限界らしい。これで20分。しかし、これでも足りない。例え、見つけられたとしてもまだエンディングセレモニーの最終打ち合わせすらしてないのだ。そんな状況で上手く出来るとは思えない。

(……やるしかないか)

「……平塚先生、ちょっといいですか?」

「ん? 何だ?」

 腕を組んでいた先生に近づいて思い付いた案を話す。

「……それは可能なのか?」

「さぁ。上手く行けばって感じです。一応、許可取っておいてください」

「わかった。雪ノ下も時間稼ぎの方法を思い付いたようだ。私も動くとしよう」

 そう言って先生は舞台裏から消えて行った。さて、俺も行動しようかね。舞台裏から出て携帯を取り出しながらチラリとステージの方を見る。

「動物さんたち、やっておしまい!」

「ぬおおおおおおおおお!!」「うわああああああああああ!」「きゃあああああああああ!」

 ステージでガッシュと高嶺、ティオが動物たちに襲われていた。なるほど、観客をステージに上がらせて動物たちのもふもふを文字通り、全身で味わうのか。サイも楽しそうだ。体育館から出て電話を掛ける。これが俺の責任の取り方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ヒッキー」

「うす。どうした?」

 舞台裏に戻ると由比ヶ浜が少しだけ顔を青くさせていた。こんな短時間に何があったのかしら。因みにすでに葉山たちがステージに立って演奏している。サイには頼みごとをしたのでもう少ししたらここに来るだろう。

「な、なんかあたしもステージに立つことになっちゃって。うぅ、緊張する。でも、ゆきのんの頼みだから頑張るよ!」

「……おう、頑張れ」

 なるほど、葉山の後にもう1組ステージに立たせて時間を更に稼ぐつもりなのか。これで30分。まだ微妙か。

「比企谷」

 その時、先生が帰って来た。そして、1つ頷く。許可は取れたらしい。

「雪ノ下」

「何かしら」

 ギターを持って確認するように弾いていた雪ノ下に声をかける。由比ヶ浜と一緒にステージに立つのだろう。他にもドラムスティックを持っている陽乃さん。ピアノを弾くように膝を指で叩いているめぐり先輩。最後にベースを手に持ってチューニングしている平塚先生。そこに由比ヶ浜を含めた5人でステージに立つようだ。

「正直言って今から相模を見つけてもエンディングセレモニーが上手く行くとは限らない。そもそも、30分足らずで見つかる保証もない」

「……それでもやるしかないのよ」

 ああ、そうだ。文化祭を成功させるためには藁にもすがる思いで時間を稼ぐしかない。見つかるかもわからない。見つかっても上手く行くかもわからない。そんな賭けのような勝負。そんな勝負は勝負とは言わない。賭博だ。賭けるのは時間。報酬は文化祭の成功。倍率は低い。まず、当たらないだろう。だからこそ、更にベットする。

「そうだ。やるしかない……だから、時間稼ぎのための時間を稼いでくれ」

「それは、どういうことかしら。他に時間稼ぎの案が?」

「おう。とびっきりの時間稼ぎだ」

「ハチマン! 連れて来たよ!」

 珍しく肩で息をしているサイが舞台裏にやって来た。その後ろにはもう1人。

「八幡君、許可取れたよ。これから色々な学校の文化祭にも出ることになったけど」

 ゆっくりとその人は俺の傍に近づいて来る。その途中で気付いた人が目を丸くして驚愕していた。

「それに関してはマジですまん。お前しか頼れるのいなかった」

「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな。でも、気にしないで。今度は“私が助ける番”だよ」

 そう言いながら、彼女は右手を挙げる。すぐにその仕草の意味を把握して俺も同じように手を動かす。

「それじゃよろしく頼む。大海」

「ええ、こちらこそ」

 俺たちは軽くハイタッチを交わした。さぁ、一世一代の大勝負だ。

 




アイドルがそう簡単に文化祭でゲリラライブ出来るかよ!ってツッコミはなしの方向で……一応、前々からここのシーンを書きたくてたまらなかったんです。許してください。


次回、最初に大海との関係について聞かれた後、例のシーンに移ります。
さぁ、皆さん、心が痛くなる覚悟は出来ていますか?


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LEVEL.40 比企谷八幡と群青少女は共に傷つき、お互いを抱きしめ合う

 俺の目の前で微笑んでいる大海。その周囲には突然現れたアイドルを見て驚愕する委員たち。そして、俺はものすごく居心地が悪かった。いや、ハイタッチしたから俺と大海が知り合いだとばれているわけで。さっきから由比ヶ浜と雪ノ下の視線がものすごく痛い。サイは用事があってすでにここにはいない。早く帰って来て。八幡、もう耐えられない。

「ひ、ヒッキー……もしかして、その人は……」

 おそるおそると言ったように由比ヶ浜が質問して来た。さすがに信じられないのだろう。この場で驚いていないのは俺とステージで大海がライブをするための許可を取りに行った平塚先生だけである。まぁ、先生も本当に連れて来るとは思わなかったようで意外そうな表情を浮かべていたが。

「……えっと、大海恵って言って……その、なんだ。アイドルだ」

「こんにちは。今日はよろしくね」

「え、えええ――」

 驚きのあまり悲鳴を上げそうになったのを雪ノ下が寸前で止める。ここで大声を出せば観客に聞こえるかもしれない。押さえた雪ノ下も信じられないような目を俺に向けている。さすがの雪ノ下も大海の存在を知っていたようだ。

「それで八幡君、残り時間はどのくらいなの?」

 ある程度事情を説明していたので大海が腕時計を見ながら問いかけて来た。

「稼いだ時間はだいたい30分。大海を呼ぶのに15分かかったから後半分だな」

 サイが稼いだ10分。葉山たちが稼いでいる10分。そして、雪ノ下たちが稼ぐ10分。計30分の時間稼ぎ。すでに葉山たちが演奏を初めて5分ほど経っている。残り15分だ。

「うん。わかった。えっと、音響さんとか……そう言った役割あるの?」

「……比企谷君には色々説明して貰いたいのだけど、今はそんな時間ないわね。大海さん、貴女はこちらの事情を知っているのかしら?」

 俺に絶対零度の視線を向けた後、大海に質問する雪ノ下。

「ええ、ある程度は。時間稼ぎをすればいいのよね?」

「その通りよ。15分で準備出来る?」

「今日はレコーディングして来たからすぐにでも歌えるわ。今、ティオ……私の知り合いに衣装を持って来て貰ってるからそれが届けば私の準備は大丈夫よ。後は歌う曲とか音響さんと相談したいんだけど……」

「わかったわ」

 それを聞いた雪ノ下はギターを持ったまま、委員たちに素早く指示を出す。すぐに委員たちの数人が一箇所に集まり、大海と打ち合わせを始めた。委員たちはアイドルを目の前にしてかなり緊張しているが、今の状況を理解しているのか真剣に取り組んでいる。

「ハチマン、ただいまー!」

「はぁ……はぁ……」

 その時、衣装を取りに行っていたサイとティオが戻って来た。

「おう、お疲れ……特にティオ」

「何あれ……死んじゃうかと思ったじゃない」

 サイの最大速度――『サウルク』と『サグルク』の重ね掛けを経験したティオは大きな袋を抱えながら肩で息をしていた。

 サイが稼いだ10分で俺は大海に電話をし、事情を説明した。その近くに大海のマネージャーもいたようでそのまま、ゲリラライブについて交渉。マネージャーだけでは判断できなかったようで事務所に連絡を取っている間、今日の仕事はなくなった大海を交渉の結果がどうであれここに連れて来るべきだと判断し、ステージパフォーマンスを終えたサイを呼んで物陰で呪文を2つ唱えて迎えに行って貰った。5分ほどで往復したと考えるとかなり時間短縮できただろう。

「でも、大海は息を荒くしていなかったな」

「あー、途中でメールが来たからそれを見るために止まったんだよ。その時はティオと同じ感じで満身創痍」

 本当にいくらお礼言っても足りないかもしれない。因みに衣装を取って来て貰うためにサイはティオを背負って(家や衣装の場所を教えて貰うため)大海の家に行った。サイの最高速度に加え、おそらく道路ではなく家の屋根や電柱から電柱へ飛んだりと、かなりアクロバティックな移動をしたのだろう。夜の特訓の帰り道とかよく屋根の上を走っているからあの恐怖はよくわかる。めっちゃ怖い。

「ティオ、すまんがそれを大海のところに」

「ええ、わかってるわ。恵も八幡に恩返しできるってはりきってるみたいだし」

 大海の方を見て嬉しそうにティオが呟く。つられてそちらを見ると大海は笑顔で打ち合わせをしていた。

「比企谷君」

 後ろから雪ノ下に声をかけられて振り返る。そこには由比ヶ浜と雪ノ下がいた。

「貴方の言っていた時間稼ぎには吃驚させられたけれど……まだ根本的な解決にはなっていないわ」

「ああ、知ってる」

 例えアイドルのゲリラライブで観客を満足させてもエンディングセレモニーで躓けば全てが無駄になる。何としてでも相模を見つけなくてはならない。それもただ見つけるじゃない。相模にエンディングセレモニーに出るように説得しなくてはならないだろう。打ち合わせをするとして出来るだけ早めに見つけたい。

「大海。ライブの時間はどれくらいになる?」

 打ち合わせ中の大海に質問した。

「そうね。いくらでも……って言いたいけど、多分30分から1時間かな。それ以上となるとお客さんから文句出ちゃうかも」

 そりゃそうだ。ただでさえ時間稼ぎをして終わる時間を遅らせているのに更にそこから数時間もアイドルのライブがあったら帰る人や文句を言う人が出て来る。

「エンディングセレモニーの打ち合わせの準備しておけ」

 この場で暇なのは俺だけだ。他の人は大海のライブ準備がある。それに“こうなったのも半分ぐらいは俺の責任なのだ”。俺がやるべき仕事である。

「……よろしくね」

 雪ノ下が頷いたのを見て俺は体育館を出るために彼女たちに背を向けて歩き始めた。

「ヒッキー!」

 ずっと不安そうに俺を見ていた由比ヶ浜が俺を呼ぶ。振り返らずにその場で立ち止まる。

「頑張って!」

 由比ヶ浜の声に手を挙げるだけで答え、そのまま体育館の外へ出た。

「ふふ、ハチマンったら恰好付けちゃって」

「……サイ」

 体育館から出てすぐに俺の肩に乗って笑うサイ。

「ハチマン、よくできました」

「何の話だよ」

「メグちゃんに頼んだことだよ。少し前のハチマンだったら絶対に頼らなかった」

「……そうかもな」

 思い出されるのはこの前の遊園地での戦い。あの時、俺は初めて高嶺たちと共闘した。大海とティオに出会った時にも一緒に戦ったが、今回の場合、はっきりと『仲間』として戦った。そう、初めて仲間を頼った日。

「さて、ハチマン訓練生。推理の時間だ。あのクズはどこにいると思う?」

「今わかってるのは探しても見つからない場所だけだ」

 逆に見つかりやすい廊下や店には近寄らないだろう。ましてや今回相模は本気で逃げるつもりである。見つかってしまった瞬間、委員たちの憎悪が爆発する可能性が高い。一度、逃げ出した彼女は決して見つかるわけにはいかない。見つかった瞬間、相模の高校生活が終わるのだから。

「これ完全に詰んでね?」

 文化祭を成功させるためにはエンディングセレモニーを無事に終わらせる必要があって、そのために相模がエンディングセレモニーに出なければならない。しかし、逃げて他の委員たちに迷惑をかけた彼女を委員たちが許すわけもなく、相模がエンディングセレモニーに出ようと思っても委員たちの憎悪が彼女の心を粉々にする。はい、詰んだ。

「とりあえず、クズの居場所を探そうよ。それから色々考えよ?」

「あー……いや、相模のいる場所はだいたいわかる」

「へ?」

 かなり簡単だ。相模がいる場所の条件はただ1つ。誰にも見つけられない場所。

 じゃあ、誰にも見つけられない場所の条件はなんだろうか。

 1つ目は人が近寄らないこと。人がいなければ発見される可能性はグッと下がる。これにより、体育館はもちろん先ほど言ったように廊下や店には近寄らない。

 2つ目はそもそも人に知られていないこと。行列が出来るほど美味い店をオープンしたとしても誰も知らなければ客など来ない。それと同じだ。

 3つ目――意表を突くこと。サイが言っていた。どんなことでも隙を突くのは大事だと。相模は絶対に見つかってはならない。どんなことをしても発見されてはいけない。だからこそ、罪を重ねる。そう、1度は考えてあり得ないと否定すること。例えば、“職員室の鍵を盗む”。だが、今はどの教室も模擬店で使っている。そんな中、使われていない教室は数えるほどしかない。その中でも俺たちの意表を突ける場所が1つだけ。

「この3つの条件が揃う場所は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭特有の喧騒は遠くの方から聞こえる。俺はただ黙って廊下を歩いていた。サイはいない。俺の推測が外れていた場合のことを考えて持ち前のスピードで校内を見て回っている。携帯を取り出して時刻を確認した。そろそろ雪ノ下たちの演奏が始まる。その後は大海のゲリラライブ。果たしてその間に俺は相模を説得できるのだろうか。そう思いながらメールの送信が完了したことを告げるメッセージを見て携帯をポケットに仕舞った。

(やるしかないんだよなー)

 正直言って面倒だ。相模を見つけることが出来ても説得しなくてはならないし、委員たちの憎悪もどうにかしなくてはならない。まぁ、相模の自業自得なのだが、悪化させたのは俺だ。それぐらいわかり切っている。多分、サイは気にする事じゃないと言うだろう。でも、そのせいでこの文化祭が失敗に終わってしまうのはいただけない。

 目的の場所に着いた。人が近寄らず、知っている人自体が少なく、意表を突くような場所。あらかじめ平塚先生から借りたスペアキー(やはり鍵が盗まれていたが、先生がスペアキーを持っていた)で鍵を開ける。教室の中から物音が聞こえた。やはりここだったか。

「開けるぞ」

 一応、そう言ってから扉を開けた。

「なんで……ここが……」

 中を見ると椅子に座っていた相模が目の周りを赤くしながら俺を見て驚愕している。泣いていたのだろう。

 ここは――奉仕部の部室。人も近寄らず、奉仕部自体、知られていない上、奉仕部に所属している俺と雪ノ下がいるのにも関わらず、ここに逃げ込むという意表を突くような行動。奉仕部の部室の鍵を盗み、鍵を開けて中に入った後、内側から鍵を締めれば見つかっても時間を稼ぐことができる。よく考えられた逃げ場所だった。それほど必死だったのだろう。

「少し考えればわかる。ほら、行くぞ。エンディングセレモニーが始まる」

 俺がそう言うと相模はビクッと肩を震わせて立ち上がった。その顔には恐怖の色。今、自分が委員たちの前に姿を現せばどうなるかわかっているのだ。

「む、無理……今更行けるわけない」

「お前が出ないと意味ねーんだよ。集計結果知ってるのお前だけだし」

「集計し直せばよかったじゃん。皆でやればそれぐらい」

「無理だ。そんな時間はもうないし、そもそもこんな時間帯に暇な人なんていない」

 それほどエンディングセレモニーというのは大事なのだ。

「だ、だって……うち、皆から嫌われちゃったし。オープニングセレモニーの時に皆の視線でわかっちゃったから。『お前みたいな文化祭実行委員長が偉そうに話すな』って。うちはもう……」

 ああ、これは完全に心が折れている。相模を説得させるためには折れた心をどうにかしなければならない。

 励ます? ぼっちの俺に励まされたところで何も変わらない。いや、そもそもこうなったのは俺のせいなのだから俺にそんな資格などない。

 罵倒する? 逆効果だ。罪悪感程度ならまだしも心が折れている奴を罵倒したところで前向きになるわけがない。なったらそいつはただの変態マゾヒストである。

 集計結果だけ受け取って雪ノ下に代役をやって貰う? それでは意味がない。相模の依頼は文化祭実行委員長の補佐だ。もし、集計結果だけ貰って雪ノ下に届けても依頼の解決にはならない。そうなれば依頼を受けた本人である雪ノ下のして来たことを否定することになる。

 他の人を呼ぶ? 俺が一番初めに見つけた時点で他の人がここに来てもあまり効果はないだろう。それにすでに人は呼んである。由比ヶ浜にメールしたからきっと本人に伝えられているはずだ。由比ヶ浜が出番前にメールを確認していてくれていればの話だが。

(どうする? どうすれば相模は動く?)

 完全に心が折れていて、憎悪に恐怖し、こんな場所で震えている文化祭実行委員長を動かすには――。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 自分の体を壊してまで仕事をした雪ノ下。

 雪ノ下と俺のことを心配してくれた由比ヶ浜。

 だらけ切った運営を見ながらも俺たちを信じて報告することなく待っていてくれた平塚先生。

 サイがステージパフォーマンスをすると知ってわざわざ俺にそのことを聞いて来た小町。

 時間稼ぎのためだけにこんなところまで来てくれた大海。

 そして――俺が疲れているのを見て委員たちに隠れて運営の仕事を手伝ってくれたサイ。

 罪悪感を抱かせるためにサイの努力を利用し、まるで自分のことのように語り、怒りのまま説教して、こんな事態を招いた。少し考えれば相模に憎悪が集中することぐらいわかるのにも関わらず、感情的になってしまった。だからこそ、俺がどうにかしなくてはならない。

 何より、サイが言っていたのだ。『文化祭、楽しみにしているね』と。たったこれだけで俺が動く意味となる。

 

 

 

 

 

「本当に……お前のせいで計画が台無しだ」

 

 

 

 

 

「え?」

 突然、呟いた俺を相模は目を白黒させながら見つめる。ダルそうな声を漏らしながらポケットに手を突っ込み、ため息を深く吐く。

「まさかこんなことになるなんてな。全部お前のせいだ」

「何を、言って……」

「あ? 決まってんだろ。“俺がサボるための計画”」

 励ましも駄目。罵倒も駄目。代役も駄目。なら、これしかない。

 

 

 

 

 

「せっかく、あのクソガキを利用して手の込んだ写真まで撮ったのに」

 

 

 

 

 

 そう、“敵を作る”ことだ。

「ッ……どういうこと?」

 心が折れていた相模の目に少しだけ光が宿り始めた。それでいい。

「だから、俺がサボるために色々仕組んだってことだよ」

「仕組んだ……じゃあ、あの写真は!?」

「言っただろ? サイを働かせてわざわざ写真の端っこに写るように撮ったんだよ。そうすれば皆、サイが自分から働いているように見える」

 どんどん相模の顔が険しくなっていく。両手を強く握っている。

「あ、あんたッ……まさかあの子を働かせてあの写真を撮ったの!?」

「そう言ってんだろ? 途中まではよかったんだけどな。お前の心が折れなかったら今頃エンディングセレモニーも終わってやりたくもなかったこの仕事も終わる」

 今、相模の中で俺は『自分が楽したいからそのために子供に働かせて計画に協力させているクズ』みたいな扱いをされているはずだ。

「最低……」

「何とでも言え。まぁ、おかげで途中までは楽できた。ほら、集計結果寄越せよ。持って行ってやる」

「あんたなんかに渡さない!」

 そうだ、それでいい。こんなクズに渡すな。きっと、相模は自分のことを『文化祭実行委員の中で唯一、クズの計画を知っている救世主』だと思っているに違いない。そして、サイはこんなクズに協力させられている被害者。文化祭を成功させられるのも、サイを救えるのもクズの計画を知っている自分だけだと。

(でもな、相模。それは違う)

 鏡でも渡せば一発でわかるだろう。今、相模が浮かべている表情は怒りではなく、憎悪であると。結局、人間は自分が可愛いのだ。俺の計画のせいで自分がどれだけ酷い目に遭ったのか思い出しているだろう。それを文化祭を成功させるだの。サイを救うだの。言い訳を頭の中で繰り返して自分を欺く。この感情は憎悪ではない。怒りなのだ。うちはこのクズをどうにかできる特別な人間なのだ。あの子を助けないと。このままではクズの計画が露見せずに文化祭が終わってしまう。どうにかしないと。正義感。自分にしかできない。決してこいつのせいで自分が酷い目に遭ったからではない。うちは特別。選ばれた人間。主人子はうち。

「……っ」

 だからこそ、相模は考える。勘違いしたまま、俺の計画を潰すために。でも、何も思いつかないようで悔しそうに奥歯を噛んでいる。

(本当に……面倒だ)

「おっと」

 ポケットから手を出した拍子に携帯を床に落としてしまう。相模に見せつけるようにゆっくりと拾って何度か操作して壊れていないか確認してからまたポケットに仕舞う。

「ッ……」

 それを見て気付いたのだろう。相模は急いで携帯を取り出し、操作し始めた。

「何してるんだ?」

「え、えっと……今何時か確認しようと思って」

 そう言った後、長机の上に携帯を置く。こいつはバカなのだろうか。やるならもっと考えて欲しい。通話中だと画面に出ているし、通話相手の声も漏れている。この会話を通話相手に聞かせようとしているのだろう。俺がわざと落とした携帯を見て思い付いたようだ。まぁ、そう仕向けたんだけど。でも、相模はそれに気付かない。自分は主人公だから。これはうちが活躍するために神様がヒントを与えてくれたのだ。そう、自分に言い聞かせて。とんだ中二病だ。自分だけが特別だと思っているところなどまさにそうである。材木座と仲良く出来そうだ。

「そ、それで? あんたの計画って何なの?」

 震える声で問いかけて来る相模。バカか。本当にバカなのか。もう少しぼかして聞き出せばいいのに直球で質問した上に先ほどから携帯をチラチラ見ている。

「……だから言ってんだろ? 俺が楽するために計画だって」

 だが、俺はあえて気付かない振りをする。相模だけ説得しても意味などない。委員たちの憎悪もどうにかしなければならないのだ。そのための茶番。さぁ、ここからは俺のオンステージだ。

「だから、あの子を脅して協力させたってわけ!?」

 おお、迫真の演技ですなぁ。脅したなんて一言も言っていないのに。でも、どうして俺はその言葉を聞いた瞬間、“心が痛んだ”のだろうか。

「……ああ、そうだ。いやぁ、大変だった。あのクソガキ、全然言うこと聞かねーんだから」

「最低……他に何したの!?」

「そうだな……お前に委員たちの恨みを集中させたとか? そうすれば俺がサボっていてもお前に憎悪が集中してるからばれないし」

 すでに相模の携帯から声は聞こえない。こちらの状況を理解し、黙って聞いているのだろう。

「でも、お前が逃げ出したせいでこうやって働く羽目になった。本当に面倒なことをしてくれたな。奉仕部の部室に隠れるなんて。早く終らせたいんだよ。集計結果、寄越せ」

「……あんたなんかに集計結果、渡さない」

 紙束を抱きしめて相模が後退する。

「はぁ……仕方ない。無理矢理にでも奪って終わらせよう」

 そう言いながらゆっくりと相模に近づいて行く。

「やめて! 来ないで!」

 ここぞとばかりに叫ぶ相模。俺だって近づきたくないわ。

「待て!」

 その時、勢いよく部室の扉が開き、葉山が入って来る。その後ろには相模の友達2人。由比ヶ浜にメールして葉山にここまで来て貰ったのだ。まさか相模の友達まで連れて来るなんて思わなかったが。だが、俺は運がいい。友達の1人が携帯を耳に当てている。相模が電話した相手だったのだろう。

「葉山君……」

 相模が涙目になりながら葉山を呼ぶ。その姿はヒロインのピンチに駆けつけたヒーローのようだった。

「まさかそんなことを考えていたなんて思わなかったよ」

 葉山が俺を睨みながら呟く。

「あ? 何の話だ?」

「あんたの計画は全部聞いたんだからね! さがみんが携帯繋いでたんだよ!」

 友達1が叫んだ後、携帯を見せつけた。それを見て目を見開き、長机に置かれた携帯を見て舌打ちをする。おお、俺ってば俳優になれるかも。でも、なんで葉山さん。相模の携帯を見た瞬間、首を傾げているんですかね。

「相模さん、集計結果を持って体育館に行って。時間稼ぎしてる間に雪ノ下さんとエンディングセレモニーの打ち合わせをするんだ」

「う、うん! 葉山君ありがと!」

 お礼を言った相模は友達2人に連れられて部室を出て行った。その途中、『まさかあいつあんなこと考えてたなんて、サイテー!』、『さがみん、手柄だよ! ゴメンね、ずっと無視して』という声が聞こえた。これでいい。俺と言うクズの計画を見破った相模は委員たちからヒーロー扱いされ、よくやったと肩を叩かれるだろう。ほら、これで任務完了だ。相模は俺に対する対抗心でエンディングセレモニーに出て、委員たちはヒーローを敬う。誰も傷つかない世界の完成だ。

「……どうして、そんなやり方しかできないんだ」

 部室から出る直前で葉山が俺を見ながら言う。それに対して俺は沈黙を貫いた。

「いや、違うな……そんなやり方をさせた自分が許せないだけか」

 葉山は良い奴だ。頭もいい。何より正義感に溢れ、傷ついている人を見過ごすことの出来ないヒーロー体質。だからこそ、俺の行動を見過ごす。もし、俺の行動を見過ごさなければ多くの人が傷つくから。そして、その傷つく人の中に俺も含まれる。ここまでして成功させたかった文化祭が失敗に終わる。それが俺が一番傷つくことなのだ。それを察しているからこそ、葉山は拳を握りしめ、自分を責める。

「何の話だ?」

「……これだけは覚えていて欲しい。ヒキタニ君が傷つけば傷つく人だっているんだ」

 そう言い残して部室を後にする葉山。遠くの方から歓声が響き渡る。大海のライブでも始まったのだろう。もしくはすでに始まっているのかもしれない。いつもの場所に座ってそっとため息を吐いた。

(作戦は成功した、はずなのに……)

 俺の心はどこか冷めている。上手くいったはずなのに。詰んでいた戦況をひっくり返したのに。

「ハチマン」

 不意に後ろから抱きしめられる。でも、抱きしめている奴は小さいからか引っ付いているようにしか見えないだろう。

「……」

 だが、俺にとってその温もりはとても心地よかった。凍りついた心を融かしてくれる。

「ハチマン、お疲れ様。よく頑張ったね」

「……別に」

 俺は当たり前のことをしただけ。これが一番手っ取り早かっただけ。ただそれだけなのだ。

「ううん、よく頑張ったよ。自分の心を押し殺してやりたくもない悪役を演じて見事、皆を騙した。まぁ、数人にはばれるだろうけどね。でも、そのおかげであのクズは前に進んだ。抱いた感情は醜くても彼女は前を向いて歩き始めた。委員たちはその彼女の背中を見て一緒に歩いてる」

「……」

「でもね。ハチマンだけはそんな人たちの後ろでただ立ってるだけ。独りで皆の背中を見てるだけ。それはちょっと寂しいかな。だから――」

 俺の背中にサイが顔を押し付ける。少しだけ背中が濡れた。

 

 

 

 

 

「――私も一緒にいるよ。ハチマンがどんなことをしたって。世界中の人に嫌われたって。私が傍にいる。ハチマンの隣で笑っててあげる。だから、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるのか教えて欲しいかな。ハチマンが傷ついた理由、教えてくれるかな?」

 

 

 

 

 

 その声はとても優しかった。まるで、悪いことをした子供に理由を聞く母親のようだった。

(俺が、傷ついた理由……)

 委員たちに嫌われたから?

 相模に憎悪を向けられたから?

 葉山に演技がばれたから?

 いや、違う。俺はそんなことで傷ついたりしない。ぼっちだから。他人の意見なんてどうでもいい。他の人なんて知ったこっちゃない。じゃあ、どうして俺はこんなに傷ついてしまったのだろうか。

「……ああ、そうか」

 俺は――。

 

 

 

 

 

「――サイを利用したことが嫌だった。あんなに頑張ってくれたのに……俺の気持ちをすっきりさせるために写真を撮って、皆にばらして、サイに罪悪感を抱かせるようなことを言わせて……最後の最後までお前を利用したことが、嫌だった」

 

 

 

 

 

 きっと、委員たちの中でサイは被害者になっているだろう。可愛そうな子だと同情されるだろう。そうさせてしまった自分が許せなかった。

「すまん」

「いいよ。私のために悲しんでくれてありがとう」

 背中から飛び降りて俺の膝に座ったサイはギュッと抱きしめて来る。俺も静かに彼女の背中に腕を回す。俺を見上げるサイの目から涙が零れた。今更、葉山の言葉を理解する。サイを泣かせたのは俺だ。俺が傷ついたからサイも傷ついた。本当に、俺は駄目な奴だ。一番泣かせなくなかった奴を泣かせてしまったのだから。

「すまん……すまん……」

 利用したこと。被害者にしてしまったこと。傷つけてしまったこと。泣かせてしまったこと。どれに対する謝罪だったのかは俺にもわからない。ただ俺はサイに謝っていた。

「大丈夫だよ。私はハチマンの味方だから。許してあげる。これからもずっと一緒だよ」

 その度にサイが笑顔で許してくれた。満面の笑みを浮かべながら涙を流していた。

 そんな部室に大海の歌声が微かに響く。それを聞きながら俺たちは長い間、お互いの温もりを抱きしめ合った。お互いの傷ついた心を癒し合うように。

 




因みに舞台裏で八幡は鞄を肩にかけて魔本にこっそり触れていました。鞄に手を突っ込んでる感じで。




あのシーンでしたが、私的にはあまり納得できていなかったりします。もう少し八幡の傷ついている描写をしたかったです。
なお、葉山が気付いた理由は長机に置いていた携帯を見て『なんであんなわかりやすいところに置いたんだ?』、『普通気付くよな』、『あれ、そもそもヒキタニ君、仕事すごいしてるよな』、『もしかして――』といった感じで疑い始めたらすぐにわかるようなことでした。まぁ、他の人はそんなことにも気づかずに相模を褒め称えると思いますが。そもそも、葉山を奉仕部に呼んだのは八幡(部室に行く前に由比ヶ浜にメールを出しておいた)ですし。


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LEVEL.41 彼女たちは彼を守ると再び、心に誓った

ものすごく難産でした。それを踏まえて読んでください……。


「あーあ、メグちゃんのライブ見たかったなー」

 文化祭もつつがなく……とは言えなかったが、無事に終わり俺の隣で少しだけ不貞腐れているサイがボソッと呟いた。その声をかき消すように文化祭実行委員たちがわいわいと盛り上がっている。途中、相模が逃亡した事実はすでになかったことになっているようだ。じゃなかったら、委員たちの中心で笑っていられないだろう。さすがシュジンコウ様だ。

 大海のライブが終わった後、体育館に戻った俺たちが見たのはエンディングセレモニーで挨拶している相模の姿だった。その姿は自信に溢れていた。まぁ、そのためにあんなことをしたのだ。成功してくれなきゃ報われない。

「上手く行って良かったね」

 俺の手を握っていたサイがこちらを見上げながら笑みを浮かべる。しかし、その目は泣いたせいで少しだけ赤かった。

「……ああ、そうだな」

 何とか返事をしたが、罪悪感がやばい。サイのために動いたのにサイを泣かせてしまったのだ。だが、あの状況で相模を動かすにはああするしかなかった。

 笑っている相模を見ながら俺は人知れず、唇を噛んだ。でも、これはきっと後悔ではない。サイを泣かせてしまった自分が情けないだけだ。そんな俺の心の中を見抜いたのか、それとも他に原因があったのかはわからないが、サイはギュッと俺の手を強く握りしめた。そんな俺たちの横を委員たちが話しながら通り過ぎていく。解散するのだろう。打ち上げの話も出ているようだ。まぁ、俺は呼ばれないだろう。委員たちの中で俺はサイを利用し、相模を陥れた極悪人だ。そんな奴を呼ぶ人なんているわけがない。俺もその方が楽だけど。

 ほとんどの人が通り過ぎていく中、ただ1人俺の前で立ち止まった人がいた。めぐり先輩である。

「……お疲れ様」

 挨拶をしてくれためぐり先輩だったが、その表情は険しい。まるで、裏切り者を見るかのような顔だった。

「おつかれさまっす」

「……君は真面目でいい子だと思ってたけど、違ったみたいだね」

 その言葉を聞いた瞬間、チクリと胸が痛む。きっと相模たちから俺の計画について聞いたのだろう。だから働きたくなかったのだ。頑張ってちゃんとやると期待され、そのうちボロが出て失望させてしまうから。特に俺は相模たちを説教して真面目に働かせた本人である。そんな奴がサボるために動いていたとなったら失望するのも無理はない。

 言いたいことを言ったからかめぐり先輩が俺の隣を通り過ぎようとした。

 

 

 

「勝手すぎるでしょ」

 

 

 

 だが、それを止めたのはサイだった。

「え?」

「勝手に期待して、周りの人に流されて、勝手に失望して……誰が貴女に期待してくれと頼んだの? 誰がハチマンは真面目だって言ったの? 人の話だけで判断するとか貴女は一体、何様なの?」

「え、えっと……」

「それに……生徒会長が気付かないなんて本当に終わってるでしょ。もっと周りを見なよ。自分の目で」

 それだけ言ってサイは俺の手をグイッと引っ張った。

「自分の目で……ッ!」

 サイに引っ張られたまま、ちらっと振り返るとめぐり先輩は目を見開いて俺たちの方を見る。その後、絶望した表情を浮かべた。どうやら、わかってしまったらしい。わからなきゃめぐり先輩も楽だったろうに。それほど彼女にとってこの事実は受け入れたくないことだったのだ。文化祭の成功は俺の犠牲の上で成り立っているのだから。

 少しだけ申し訳なく思いながらも俺たちは体育館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイと一緒に来たのは奉仕部の部室だった。本当はホームルームがあるのだが、俺が行っても空気を悪くするだけである。サイもそれがわかっているのだろう。まだスペアキーを持っていてよかった。そう言えば、相模は部室の鍵をちゃんと返したのだろうか。まぁ、関係ないか。怒られても八幡しーらね!

「はい、どうぞ」

「サンキュ」

 サイから紅茶を受け取ってずずっと飲む。美味い。サイも俺の膝の上でホッと一息ついていた。記録雑務がまとめなければならない報告書があるが後でいいだろう。他の記録雑務から預かったメモをまとめるだけだし。

「あ、こんなところにいた」

 サイとまったりしていると突然、部室の扉が開き、大海がひょこっと顔を覗かせた。その下にティオもいる。あれ、まだいたの? てっきりもう帰ったかと思ったわ。

「メグちゃん、ティオ、やっはろー!」

「や、やっはろー……で、何でこんなところにいるのよ。結構迷っちゃったじゃない」

 中に入って来たティオが俺たちに文句を言って来た。まず、どうやってこの場所がわかったのか私、気になります!

「平塚先生って人に八幡君たちがどこにいるのか聞いてみたの。帰っていなかったら教室かここだって。教室に行ったら多分、騒ぎになっちゃうからここに来てみようって話になってここまで来たってわけ」

「そ、そうっすか……」

「二人とも立ってないでほら座って座って!」

 俺の膝から飛び降りて椅子を2つ持って来たサイ。いつも依頼者が座る場所に大海とティオが腰を下ろす。すかさず、サイが紅茶を淹れて2人に渡した。

「ここが八幡君の部活かー。奉仕部だったっけ? どんな部活なの?」

 紅茶を一口飲んだ後、部室を見渡ながら大海が質問する。

「あー、簡単言うとお腹を空かせてる人に魚をあげるんじゃなくて魚の捕り方を教えるみたいな感じだ」

「何よそれ。魚あげた方が早いじゃない」

「でも、そうするとその人は一生、魚をあげた人に依存することになっちゃうでしょ? だから、捕り方を教えて自立させるの」

 納得していないティオにサイがそう説明する。それを聞いたティオはまだ納得し切れていないのか微妙な表情を浮かべながらも頷いた。

「大海、今日は助かった」

 そんな彼女たちを放って俺は大海にお礼を言う。大海が来てくれなかったら文化祭は成功しなかっただろう。

「ううん、気にしないで。私も途中から夢中になってたから。でも、よかった。無事に文化祭成功して」

「……無事じゃないよ」

「え?」

 サイが呟いた内容が意外だったのか大海とティオは目を見開いて俺を見る。詳しく話せと目で訴えていた。

「……いや、別に何もなかっ――」

「――ハチマン!」

 誤魔化そうとした俺を止めるサイ。キッと睨む目には少しだけ涙が溜まっていた。話さなくてもいいじゃないか。文化祭は成功した。大海もライブを楽しんだ。これでいいじゃないか。なのに、どうしてそんな顔をする?

「お願いだから……もう少し頼るってこと、覚えてよ。見てるだけってすごく、辛いんだよ?」

「……」

「私たちはパートナーなんだよ。メグちゃんやティオも仲間なの……辛かったら辛いって言っていいんだよ。そのために仲間がいるんだから」

 そう言ってサイは俺の手をまた握った。その手は震えている。

「……わかんねーよ」

 でも、俺はサイの言葉を理解出来なかった。ずっと独りでやって来た。今回だって独りで何とかなった。もう問題は解決しているのに今更、仲間を頼ってどうしろと言うのだ。

「話して、八幡君」

 いつの間にか俺たちの傍まで来ていた大海が俺たちの手に自分の手を重ねた。

「話しなさいよ。仲間じゃない、私たち」

 そこへ更にティオも重ねた。3人の手は温かった。

「……気分のいい話じゃないぞ」

 こんな言葉じゃ折れないことを知りながらも一応、確認する。頷いた大海とティオを見て俺は今まであったことを話した。

「何よ……それ。八幡は何も悪くないじゃない!」

 話を聞き終えてまず、ティオが吠えた。眉間に皺を寄せて地団駄を踏んでいる。やめなさい。うるさいですよ。

「あの時はああするしかなかったんだよ。相模をあそこまで追い詰めたのは俺だし」

「それでも、もっとやりようがあったでしょ! 無理矢理連れて行くとか!」

「ティオ、落ち着いて」

 暴れているティオを大海が宥める。しかし、大海の表情も暗かった。

「八幡君、ごめんね。君が辛い思いをしてたのに私、文化祭成功してよかったなんて言っちゃって」

「別に気にしてねーよ」

「ううん、そんなことない。君はすごく辛い思いをしてる。目を見ればわかる」

 ジッと俺の目を見つめながら大海が断言する。いつもならすぐに視線を逸らしているのに今は逸らせなかった。

「文化祭を成功させるために八幡君は傷ついた。それはもうどうすることも出来ないし、今更本当のことを言っても意味がないこともわかってる。だから――」

 大海はニッコリと笑って鞄の中から魔本を取り出す。そのまま、本を胸に抱いた。

 

 

 

「――もうこれ以上、八幡君が傷つかないように私たちが守るってここに誓うわ。大切な物を守るためなら自分が傷ついても構わないと思っているなら、傷つく前に私たちが守ればいい。そうよね、ティオ」

「ええ、そうよ。サイも八幡を守るためなら自分の身を犠牲にしちゃうぐらいだし! まとめて私たちが守ってあげるわ!」

 

 

 

 その言葉を聞くのは2度目だ。1度目は大海が初めて俺の家に来た日。だが、その時と今の大海の目は何もかも違った。覚悟を決めた目。何を言っても無駄だとすぐにわかった。彼女たちは俺たちを守るためならどんな時だって駆けつけてくれる。そう考えた瞬間、何故か俺の心に刺さっていた棘が抜けた。

「……頼んでないぞ」

「頼まなくたって勝手に守るわ。ずっと待ってても意味ないってわかったから。貸し借りとか関係ない。仲間が困ってたら助けるのは当たり前だもの」

 お、おう。これはどうすればいいんだ。ぼっちの俺にはわからないよ。助けて、サイえもん。

「ふふ、ハチマンったら。こういう時は素直にお礼を言えばいいんだよ」

 あ、駄目だ。完全にサイも向こう側だ。

「いや、そうは言っても……」

「何が不満なの? 私たちが守ってあげるって言ってるのに」

 俺の態度が気に喰わなかったのかティオの目が鋭くなった。子供なのに迫力があるな。怖い怖い。まぁ、ここまで言われたのだ。頷いてしまうのも仕方ないだろう。ああ、そうだ。仕方ないのだ。俺は悪くない。

「じゃあ……よろしく、頼む」

 

 

 

「うん、任せて!」「ええ、任せなさい!」

 

 

 

 もしかしたら、俺は今日初めて仲間というもの得たのかもしれない。まだ仲間とは何なのかわからないが、意外と悪い気はしなかった。

「ヒッキー、いるー?」

 その時、ノックもなしに扉が開き、由比ヶ浜が現れた。その後ろには雪ノ下の姿。

「あー、やっぱりここにいた! 何でホームルー……へ?」

 俺を見つけた彼女は少しだけ怒った様子で何か言いかけたが、大海を見て目を丸くして硬直してしまう。

「……そう言えば、忘れていたわ。比企谷君、説明してくれるかしら?」

 そして、その後ろから絶対零度の視線。あ、これ、やばい奴だ。

 




次回、修羅場


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LEVEL.42 やはり俺の部活仲間とアイドルが修羅場るのはまちがっている。

お待たせ、皆大好き修羅場だよ。



後、先週の話を投稿した後にいただいた感想のほとんどに修羅場が楽しみですって書いてあったのですが……私も修羅場が大好きです。
ただ今回のお話しもなかなか難産でした。もっと修羅場らせたかった……。


 部室に夕日が射し込む。それはとても綺麗でまるで青春の1ページを照らしてくれるライトのようだ。

「……」

 でも、その青春はとても静かで冷やかなものだった。空気が重い。大海たちも自己紹介が終わった後、急に黙ってしまった俺たちを見て何と言っていいのかわからないのか困惑している。サイだけは俺の膝の上に座って優雅に紅茶を飲んでいるが。

「さて、比企谷君……説明してくれるかしら」

 いつもの定位置で紅茶を啜っていた雪ノ下がカップを置いて絶対零度の眼差しを俺に向けた。その近くで由比ヶ浜はちらちらと大海の方を見ている。由比ヶ浜と雪ノ下が部室に来てすぐに大海は魔本を隠したが見えたのだろう。おそらく、俺たちの関係をわかっている。だからこそ、言えないのだ。近くに雪ノ下がいるのだから。

「別にサイとティオが友達でティオの保護者が大海だっただけだ」

 そう、ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。てか、仲間とか言ったら魔物のこと言わなきゃならん。由比ヶ浜はともかく雪ノ下に言うわけにはいかないだろう。

「え? 私は八幡君と友達だって思ってるけど」

 だが、裏切ったのは仲間発現した本人である大海だった。ああ、そんな事言ったら――。

「友達? あの比企谷君に?」

 ほら見ろ。雪ノ下が訝しげな表情を浮かべた。俺だって八幡に友達が出来たって聞いても信じない。こんな目の腐ったぼっちに友達が出来るわけがないのだ。俺がうんうんと頷いているのを見たのか大海は首を傾げている。

「でも、この前一緒に遊園地に行ったし……」

「ゆ、遊園地!?」

 彼女の呟きを聞いて由比ヶ浜は目を見開いて立ち上がった。え、そんなに驚くことなの? 雪ノ下も口をぽかんと開けているし。後、大海さん? どうして彼女たちを見て少しだけ笑ったんですか?

「ええ。八幡君、ちょっと疲れてるみたいだったから一緒に遊ぼうと思って」

「で、でも……あのヒッキーが遊ぶなんて」

「おい」

 俺だって遊ぶぞ。外ではなく家で遊べること限定だけど。それに最近は外にも出ている。主に訓練だが。あー、今日の夜もサイの特訓があるのかー。今日、何回『サルフォジオ』唱えるのかしらん。

「私が誘導したんだよー。ハチマンってば普通に誘っても来ないし」

 カップに紅茶を注ぎながらサイが嬉しそうに言った。遊園地で魔物と戦ったとは言え、サイにとってあれはいい思い出なのだろう。

「それによく八幡君の家にも行くし……私たちって友達じゃないのかな?」

 確かめるように俺の方を見ながら問いかけて来る大海。そんな不安そうにしないで。頷きそうになってしまう。早く助けてサイえもん。いや、親指立ててグッてやっても何も変わらないんだってば。

「ヒッキーの家にも……」

 どうしようか悩んでいると由比ヶ浜が力尽きたように席に座った。いや、家に来るって言ってもティオを迎えに来るだけなんですけど。しかも、そこまで来ていないし。

「……?」

 サイは助けてくれなさそうなのでティオに視線を移すが彼女も彼女で大海を見ながら首を傾げていた。誰でもいいから早く助けてください。

「大海さん」

 そこで大海に声をかけたのは雪ノ下だった。助けてくれたのはいいんだけど何でそんなに大海を睨んでいるの? 怖いよ? あ、いつもだったわ。

「どうやら、比企谷君は友達とは思っていないようなのだけれど?」

「でも、ハチマンって捻デレだから素直に頷かないと思うんだけど」

 雪ノ下の指摘を真正面から叩き潰したのはサイだった。君、どっちの味方なん?

「それにハチマンは今までぼっちだったんだよ? 友達の基準を知ってるわけないでしょ」

「あの、サイさん? それ結構、心に来ますからね?」

 おかげで八幡のライフはもう0よ。このままバーサーカーソウルされてしまうん?

「じゃあ、今から私と八幡君は友達ってことでいい?」

「そんな簡単に決められることかしら? 私、その言葉を何度も聞いて来たけれど、最後は皆、離れて行ったわ」

 俺が返事をする前に否定する我が奉仕部の部長様。俺の意見を聞いてからでもよくね? 後、雪ノ下重いから。そんなヘビーな話を淡々と話さないで。由比ヶ浜がうるっと来てるから。

「んー、私と八幡君に限ってそれはないと思うわ」

「その根拠は?」

「だって、私たちなか――」

「――大海、ストップ」

 『仲間』と言いそうになった彼女を止める。まさか遮られるとは思わなかったようで大海はキョトンとした様子で俺を見た。ちょいちょいと手招きして近寄って貰う。

「どうしたの?」

「仲間って言った後、どんな仲間か説明する気か?」

「……あ」

 やっと自分の失態に気付いたのか顔を引き攣らせる大海。

「私たち……何かしら?」

 そんな俺たちを追い込むように雪ノ下が先を促す。由比ヶ浜も気になるのか真剣な眼差しをこちらに向けていた。これは逃げられない。どうする、大海。そんな助けて欲しそうな目を向けられても俺にはどうすることも出来ないぞ。ティオとサイも顔を逸らした。薄情な仲間達である。

「私たちは……えっとその、何と言うか」

 大海が言葉を紡ぐ度に雪ノ下の視線の温度が下がって行く。呪文でも唱えてるの? 目から冷凍ビームとか出ちゃうの? 目からビームを出すのはデ・○・キャラットだけじゃないの?

 俺も相当、焦っているのか訳の分からないことを考えていると何か思いついたようで大海が雪ノ下を見ながら口を開けた。

 

 

 

 

 

「そ、そう! 友達以上の関係なの!」

 

 

 

 

 

 世界が凍りついた瞬間を俺は目の当たりにした。雪ノ下や由比ヶ浜はもちろん、サイまでも呼吸を忘れたかのように動きを止めていた。唯一、ティオだけはため息を吐いていたが。

「……ハチマン、どういうこと?」

 数秒ほど沈黙が続いたが、サイが俺を見上げながら低い声で問いかけて来る。群青色の目がどんどん澄んでいく。これ、やばくね?

「友達以上の関係って……ま、まさか!?」

 由比ヶ浜も顔を真っ赤にして絶叫する。彼女の言葉を聞いて大海は自分の発言の意味に気付いたのか由比ヶ浜に負けないぐらい赤面してあわあわし始めた。お前のせいなんだからお前がどうにかしてくれよ。どうすんの、この状況。

「……比企谷君、大海さんとは友達以上なのかしら?」

「……全くの誤解だ。俺と大海はそんな関係じゃない」

 だからそんな鋭い眼光を向けないで。

「じゃあ、彼女の発言の真意は何なのかしら? エロ谷君」

「やめろ。俺は何もしていない」

「こんな男がいるから泣く女がいるのね。そしてそんな父親の血を引く子供を独りで――」

「実はお前も結構、混乱してるだろ」

 この後、めちゃくちゃ落ち着かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、仲間って言いたかったのね」

 混乱していた奴らを落ち着かせた後、大海が言いたかったことを正直に話した。やっと納得してくれたようで雪ノ下も頷いてくれた。

「でも、仲間ってどういう仲間なの?」

 そして、魔物について知っている由比ヶ浜が何故かそんな質問をして来た。まぁ、魔物の戦いを知っているからこそ疑問に思うかもしれない。最後の1人になるまで戦うのだから。

「大海ってアイドルだろ? たまに意見を聞かれるんだよ。それで仲間って言いたかったんじゃねーか?」

 混乱している間に考えておいた言い訳を述べた。少し無理があるかもしれないが、魔物のことを言うわけにはいかない。

「なら、はっきりそう言えばいいじゃない。どうして言葉を濁したの?」

「あまり言っちゃ駄目なんだとさ。特に異性である俺に意見を聞いてるって噂になったらスキャンダルになるかもしれん」

「……そう」

 何か言いたそうだったが、雪ノ下は何も言わずに紅茶の入ったカップに目を落とすだけだった。だが、すぐに顔をあげる。

「最後に聞いてもいいかしら」

「何だよ」

「……このままでいいの?」

「……」

 おそらく、俺がやらかしたことについてだろう。

「別にいいだろ? 誰か困るだけでもないし」

「貴方が困るじゃない。今じゃこの学校一の嫌われ者よ?」

「え……どういうこと?」

 まだ一般生徒まで噂は流れていないのか状況を飲み込めていない由比ヶ浜。サイが少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら説明しに彼女の方へ向かう。

「元々、嫌われ者だっただろ。それにそのおかげで文化祭も成功したんだ。万々歳だろ?」

「ええ、そうね。逃げたことで責められるはずだった相模さんは今じゃ英雄扱い。先生の話では大海さんのライブがあったから歴代の文化祭で最も盛り上がったと言っても過言ではないそうよ。あんなに暗い顔をして仕事をしていた委員たちも笑顔になった。そして、私も……」

「……」

「皆、救われたわ。貴方が自分を犠牲にしたおかげで」

「犠牲じゃねーよ。あれが一番手っ取り早かった……だけだ」

 『誰も傷つかない』とは言えなかった。俺はすでにサイを泣かせているのだ。もうあんな気持ちを抱くのは勘弁である。

「そうね。そんな理由だけで貴方は全てを救ってしまう……でも、そんなやり方、私は認めない」

 そう吐き捨て、雪ノ下は立ち上がり鞄を持って部室を出て行こうとする。

「それと……お願いだからもう見せ付けないで」

 部室を出る直前、こちらを振り返らずにボソッと呟いた。その言葉の意味はわからない。だが、最近雪ノ下の様子がおかしかった原因なのかもしれない。そんなのん気なことを考えていると不意に俺の袖が引っ張られた。

「ヒッキー……」

 そちらを見ると由比ヶ浜が泣きそうな顔をして俺を見ていた。

「何で……そんなことしたの?」

「……だから、手っ取り早かっただけで」

「ううん、違う。ヒッキーはそんな理由だけじゃ動かない。もっと……理由があったんだよね? 誰かを救うためなんだよね?」

 懇願するような眼差し。それに対して俺は無言を貫く。それを肯定とみなしたのか少しだけ微笑む由比ヶ浜。でも、相変わらずその表情は暗い。

「うん……そうだよね。ヒッキーは優しいもん。誰かのために動いて、皆を救っちゃう。でもね?」

 

 

 

 

 

「ヒッキーも救われなかったら、意味がないんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 由比ヶ浜が去った部室で俺は魔本を机に置いてその表紙を撫でていた。結局、由比ヶ浜には俺と大海たちの関係を話した。魔物同士、手を組むとは思っていなかったようで彼女は驚いていた。その後に『ヒッキーをお願い』と頭を下げたのには吃驚したが。俺、そんなに信用ないん?

「ハチマン、そろそろ帰ろ?」

 サイの声を聞いて顔を上げると大海とティオが不安そうに部室の入り口から俺を見ていた。大海たちはライブでステージを使わせて貰ったお礼を言いに職員室に行っていたのだ。すぐに向かわなかったのはまだ生徒がたくさんいたため、見つかってしまう可能性が高かったからだ。そうなればパニックになるだろう。

「なぁ、サイ」

「ん? 何?」

「俺のしたことって……意味あったのか?」

 雪ノ下は俺のやり方を認めないと言った。

 由比ヶ浜は俺のやり方は意味がないと言った。

 俺は何のために――間違えたのだろうか。

「……」

 俺の疑問にサイは答えなかった。でも、嬉しそうに微笑んでいる。何もかもわかっているかのように。

「何だよ……」

「ううん、何でもない。ほら、帰ろ?」

 腑に落ちないが仕方ない。帰ろう。外もすでに暗くなって来ている。

「八幡君、大丈夫?」

 部室の鍵を閉めて職員室に向かっている途中、隣を歩いていた大海が声をかけて来た。

「ああ、別に何ともねーよ」

「……いつでもいいから私にも相談してね」

「それは……仲間だからか?」

「ううん、私が八幡君の力になりたいから」

「……いつか、な」

 俺の返事を聞いた彼女は少しだけ嬉しそうに頷く。俺も大海になら相談していいかと思えた。『仲間だから』と言う義務ではなく『大海 恵』がそう思ってくれているのだから。

「ちょっと私にも相談しなさいよ! 私だけのけ者とか許さないんだから!」

「はいはい、いつかいつか」

 仲間外れは嫌なのか必死になってアピールして来るティオをあしらいつつ、職員室で平塚先生に鍵を返す。

「今年の文化祭は君の力があったから成功したようなものだ……しかし、あのやり方はあまり褒められたものじゃない。君がいくら傷つくのに慣れていたって傷つく君を見て傷つく人もいるんだ」

「……さっき身を持って知りました」

「はは、そうか。なに、人は失敗して成長していくものだ。これからも励め、少年。青春は今しかないのだから」

 そんな言葉を先生から貰い、俺たちは校舎の外に出た。外はすっかり暗くなっており、とても静かだ。

「あ、そうだ。メグちゃんたち、家に寄って行ってよ。晩御飯食べてって! いいよね、ハチマン」

 急なサイの提案に反対する人はおらず、すぐに可決された。別に拒否する理由もない。あ、でも小町にはなんて言おう。また大海が変なこと言わなきゃいいが。

「比企谷君!」

 すると、突然後ろから名前を呼ばれた。何だろうと後ろを見ると息を切らしためぐり先輩の姿。こんな時間まで残っていたらしい、生徒会長も大変ですね。

「や、やっと見つけた……学校中、探し回ったのに全然見つからなくてどうしようかと……」

 俺のせいでした。ごめんなさい。

「なんかすみません……」

「あ、ううん! 気にしないで! 比企谷君は何も悪くないから!」

「……で、何ですか?」

「ご、ゴメン。どうしても言いたいことがあって」

 そう言った後、呼吸を整えるためにめぐり先輩は深呼吸を繰り返す。もしかして怒られるのだろうか。まぁ、文化祭は成功したものの色々とやらかしているからなぁ。痛いのは勘弁です。骨とか折らないで!

 

 

 

 

 

「ありがとう! そして、ごめんなさい!」

 

 

 

 

 

 だが、俺の予想とは反対に頭を深々と下げながら彼女は感謝と謝罪の口にした。

「君がいなかったら文化祭は成功しなかった。それなのに私は……周りの話を聞いただけで君に偉そうなことを言って……ごめんなさい。比企谷君がいてくれて本当に良かった。ありがとう」

「……」

 俺は言葉を失ってしまった。まさかお礼を言われるとは思わなかったのだ。そんな俺を見たからかギュッと手を握るサイ。こいつ、めぐり先輩がずっと俺を探しているのに気付いていながら言わなかったな。

「……いえ、そう言って貰えただけで十分です」

 ああ、そうか。よかった。

「ううん、それだけじゃ駄目だよ! 比企谷君の悪い噂は生徒会が責任を持って対処するから!」

「あ、それはしなくていいです」

「え!? な、何で!?」

「気にしませんし。やるだけ無駄ですよ。それに……」

 めぐり先輩の言葉を聞いてホッとしたのだ。

 俺のしたことに意味などなかったかもしれない。やり方は褒められるようなものではなかったかもしれない。でも、無駄ではなかった。こうやって、感謝してくれる人がいた。

 それだけでも十分――俺は救われたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん、サイちゃんおかえ……お、お客さん!? お兄ちゃんが友達、しかも女の人を連れて……って、メグちゃん!?」

「あ……」

 大海たちと共に家に帰って来たのだが、小町のことをすっかり忘れていた。

 まぁ、文化祭は家に帰るまでが文化祭だ。騒がしくてもいいかもしれない。それが祭りってものなのだから。

 




これにて文化祭編は完結です。
次回は体育祭を吹っ飛ばして修学旅行編へと移ります。


なお、新しく活動報告にアンケートを用意しましたのでよろしければお答えしてください。よろしくお願いします。


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ぼーなすとらっく1 私たちはようやくスタートラインに立つ

閑話として恵さん視点です。
恵さんの言動に違和感を覚えるかもしれませんが、見逃してください。



なお、土日はちょっとでかけますので感想の返信は遅れます。ご了承ください。


 部屋に夕日が射し込んでいる。それはとても綺麗でまるで青春の1ページを照らしてくれるスポットライトのようだった。

(でも……)

 しかし、それとは真逆に部屋を支配する空気はとても重くて冷たかった。部外者である私とティオはどうすることも出来ずに八幡君たちの出方をうかがうしかない。サイちゃんだけは優雅に紅茶を飲んでいるけれど。

「さて、比企谷君……説明してくれるかしら」

 そっと紅茶の入ったカップを長机に置いた黒髪の女の子――雪ノ下雪乃さんが鋭い眼で八幡君を見据えながら問いかけた。一瞬だけビクッと肩を震わせた彼はそっと視線を逸らす。どうやら、八幡君は彼女のことを恐れているようだ。

(そして)

 私が一番気になるのはチラリと私を盗み見ているもう1人の女の子――由比ヶ浜結衣さんだった。この教室に入って来た時、私の持っていた魔本を見て目を見開いていたのだ。もしかしたら魔物のことを知っているのかもしれない。後で八幡君かサイちゃんに聞いてみよう。

「別にサイとティオが友達でティオの保護者が大海だっただけだ」

 すると目を逸らしていた八幡君が吐き捨てるように説明した。魔物のことを素直に言うわけにもいかないのであんな説明をしたのだろう。しかし、私は八幡君の説明を聞いて寂しい気持ちになってしまった。

「え? 私は八幡君と友達だって思ってるけど」

 そう、出会ったあの日からずっと八幡君のことを友達だと思っていたからだ。それなのにそんな突き放すようなことを言われてしまったら悲しくなってしまう。なので思わず、口を出してしまった。

「友達? あの比企谷君に?」

 だが、私の発言が意外だったのか雪ノ下さんは訝しげな表情を浮かべて呟く。それを聞いて何故か八幡君も雪ノ下さんに同意するように頷いていた。どうして、頷いているのだろう。確かに八幡君は目が腐っていて少し捻くれているけれど、話してみれば普通の男の子だとわかる。彼の目や雰囲気のせいで話しかけ辛いとは思うけれど一度話せば友達だって出来るはずだ。

 そして何より――。

「でも、この前一緒に遊園地に行ったし……」

 ――遊びに行っているのに私は彼に友達だと思われていないことが問題だ。あの時はサイちゃんが八幡君を誘導して強制的に連れて来たが、遊園地で遊んでいる間、彼は嫌そうにしていながらどこか楽しそうだった。やっぱり、彼は捻くれているのだろう。サイちゃん風に言えば捻デレ。そう言えば、捻デレってどういう意味なのだろう。これも後で聞こう。

「ゆ、遊園地!?」

 そう心に決めた時、由比ヶ浜さんが目を丸くして叫びながら立ち上がる。見れば雪ノ下さんもぽかんと口を開けて呆然としていた。そんなに意外だっただろうか。

(あれ? もしかして……)

 由比ヶ浜さんの反応を見て私は何となく察した。八幡君も隅に置けない。友達はいないと言っていたが、ちゃんと八幡君を見てくれている人はいる。それが何だか嬉しくて、ちょっぴり寂しくなってしまった。どこかで私は八幡君を『友達がいない寂しい人。私がいないと駄目な人』と自惚れていたのかもしれない。少し反省だ。

 ただ雪ノ下さんの方は由比ヶ浜さんとは違う。彼女は八幡君に友達がいることを受け入れたくないと思っているような気がする。ただの勘だけれど、これでも私はアイドル。人の見る目は他の人よりあると思う。よし、少しだけ揺さぶってみよう。ふふ、どんな反応をするのかしら。

「ええ。八幡君、ちょっと疲れてるみたいだったから一緒に遊ぼうと思って」

「で、でも……あのヒッキーが遊ぶなんて」

「おい」

「私が誘導したんだよー。ハチマンってば普通に誘っても来ないし」

 顔を引き攣らせて呟く由比ヶ浜さんにツッコむ八幡君。さすがに見逃せなかったようだ。そして、そんな彼らに自慢するようにサイちゃんがカップに紅茶を注ぎながら言った。その頬は緩んでいる。魔物と戦うことになってしまったけれどちゃんといい思い出になっているようで安心した。さて、そろそろ本格的に揺さぶってみよう。

「それによく八幡君の家にも行くし……私たちって友達じゃないのかな?」

 私の問いかけを聞いて八幡君は少しだけ冷や汗を流しながらサイちゃんの方を見る。本当に友達になりたくないのだろうか。もしそうだったら悲しい。仲間にはなるけれど友達にはなれないのは何だか、他人行儀な感じがする。義務で一緒に戦うのは嫌だ。仲間として、友達としてお互いを守り合いながら戦いたい。それが八幡君とサイちゃんの言う『一緒に戦う』ことだと思うから。

(もしかしたら)

 本当は私が彼の真意を知りたいだけなのかもしれない。揺さぶるとか言い訳しておいて気にしているのは彼女達ではなく彼の反応なのだから。

「ヒッキーの家にも……」

 由比ヶ浜さんは力が抜けたように椅子に座る。ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。ティオも不思議そうに首を傾げていた。しかし、雪ノ下さんは由比ヶ浜さんとは違い、ジッと私の方を見ている。その目は少しだけ嫌な感じがした。

「大海さん。どうやら、比企谷君は友達とは思っていないようなのだけれど?」

 そして、鋭い指摘。それを聞いて何も言い返せなかった。八幡君は一度も私を友達だと言ってくれなかった。雪ノ下さんの言う通り、友達だと思っていたのは私だけだったのかもしれない。

「でも、ハチマンって捻デレだから素直に頷かないと思うんだけど。それにハチマンは今までぼっちだったんだよ? 友達の基準を知ってるわけないでしょ」

「あの、サイさん? それ結構、心に来ますからね?」

 だが、雪ノ下さんに反論したのはサイちゃんだった。その言葉は辛辣だったが、私はそれを聞いて少しだけ微笑んでしまう。サイちゃんは八幡君のことを理解しているのだとわかってしまったから。彼らこそ理想のコンビだと思う。戦い方もそうだが、お互いを必要とし、お互いが納得できる戦い方を模索する。それはお互いを信頼していないとできないことだ。なら、私もここから――八幡君と友達になるところから始めよう。

「じゃあ、今から私と八幡君は友達ってことでいい?」

 少々、強引な言い方になってしまったが、友達の基準がわからない彼にははっきりと言った方がいいだろう。

「そんな簡単に決められることかしら? 私、その言葉を何度も聞いて来たけれど、最後は皆、離れて行ったわ」

 そこへ割って入ったのは雪ノ下さんだった。やはり、彼女は八幡君に友達が出来て欲しくないらしい。彼女にも何か事情があるみたいだが、友達を作るのを邪魔するのは身勝手すぎると思う。それに――。

「んー、私と八幡君に限ってそれはないと思うわ」

 ――私たちは仲間だ。彼らを守ると誓った。それを雪ノ下さんに否定されたような気がして少しだけカチンと来た。思わず、言い返してしまう。

「その根拠は?」

「だって、私たちなか――」

「――大海、ストップ」

 『仲間』と言おうとしたら八幡君に止められてしまった。どうして止めたのかわからず、首を傾げながら彼を見る。するとちょいちょいと手招きをした。何か内緒の話があるらしい。素直に顔を彼に近づける。

「どうしたの?」

「仲間って言った後、どんな仲間か説明する気か?」

「……あ」

 そうだった、すっかり忘れていた。そっと雪ノ下さんの方を見る。

「私たち……何かしら?」

 いきなり内緒話を始めた私たちを睨むように見ながら先を促した。マズイ、言い訳が思い付かない。チラッと八幡君を見るが知らん顔で黙り込んでいる。私たちって仲間じゃなかったっけ。それにティオとサイちゃんも私から顔を逸らしている。この先の戦いが少しだけ不安になってしまった。

「私たちは……えっとその、何と言うか」

 下手な言葉を使えば必ず、雪ノ下さんはそこを突いて来る。かといって本当のことを言っても信じて貰えないだろう。信じて貰えたとしてもそのせいで彼女たちが八幡君から離れてしまうかもしれない。それだけは避けないと。

(友達よりも深い仲で……仲間以外の言葉……えっと)

 グルグルと思考を巡らせるがいい言葉が見つからない。どんどん雪ノ下さんの視線が鋭くなっていく。とりあえず、何か言わないと。大事なのは友達よりも深い仲だと伝えること。別に具体的な関係を言わなくてもいい。じゃあ、少しだけ言葉を濁して――。

 

 

 

 

「そ、そう! 友達以上の関係なの!」

 

 

 

 

 ――言葉を濁し過ぎてとんでもない発言になったのを私は数秒経ってからやっと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は色々なことがあった。レコーディングが終わって急いで八幡君の高校へ向かおうとしたら本人から電話が掛かって来て『文化祭でライブをして欲しい』と頼まれるし、サイちゃんが迎えに来て死にそうな目に遭うし、ライブ後に八幡君が参加している部活――奉仕部の部室で彼らと仲間になったし、八幡君の部活仲間である雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと話したり、ちょ、ちょっとパニックになったり。ティオに出会ってから濃い日々を送って来たと思っていたが、今日ほど色々なことがあった日などあの遊園地の日ぐらいだろう。でも、そんな1日ももう少しで終わる。そう思っていた。

「あ、お兄ちゃん、サイちゃんおかえ……お、お客さん!? お兄ちゃんが友達、しかも女の人を連れて……って、メグちゃん!?」

 しかし、もう少しだけその1日は続くみたいだ。

 サイちゃんに誘われて八幡君の家で晩御飯をご馳走になることになり、暗い道を八幡君と話しながら歩いているといつの間にか彼の家に着いていた。普段、あまり話さない八幡君だったがこちらが話を振れば話してくれる。それが何だか楽しくて夢中になって話してしまった。

「あ……」

 八幡君の家に入って出迎えてくれた彼の妹さん――小町ちゃんだったが、八幡君は私のことを説明し忘れていたようでとても驚いていた。八幡君も小町ちゃんの反応を見て思い出したようで声を漏らす。とりあえず、自己紹介しておこう。

「初めまして、大海恵です。八幡君には色々お世話になってます」

「お、お世話!? お兄ちゃんがお世話になってるんじゃないんですか!?」

「ねぇ、小町さん。君の中で俺ってどんな扱いされてるの?」

「だって、お兄ちゃんだよ!? ぼっちで捻デレで引きこもりで八幡なんだよ!?」

「八幡は悪口じゃねーよ」

 突然始まった漫才のようなやり取りを前にして思わず、笑ってしまった。唐突に笑い出した私を八幡君と小町ちゃんが不思議そうな顔をしながら見る。

「ごめんなさい、面白くてつい。ふふ、仲がいいのね」

「ハチマンとコマチっていつもあんな感じだよ。ね、ティオ」

「ええ、そうね。兄妹って感じがするわ。私、兄弟いないから本当の兄弟があんな感じなのかわからないけど」

 私たちの言葉を聞いて2人は顔を見合わせた後、少しだけ照れくさそうにする。その姿があまりにも似ていて本当に兄妹なのね、と今更ながら納得した。それから私たちが来た理由やティオの保護者だということを説明する。まさかティオの保護者が私だとは思わなかったようで目を丸くして驚いていた。

「あ、ライブ見ました! すごかったです!」

「あら、ありがとう。でも、お礼を言うならお兄ちゃんに、ね?」

「え? どういうことですか?」

「私が文化祭でライブをしたのって八幡君に頼まれたからだもの。八幡君がいなかったらライブなんてしなかったわ」

「お、お兄ちゃんに頼まれたから!? まさかそんなに仲が良かったなんて……もしかしたら新たなお義姉ちゃん候補!?」

 小町ちゃんは何か呟いているが声が小さくて聞こえなかった。どうしたのかしら?

「……ほら、メグちゃん。あがってあがって」

 不意にサイちゃんが私の手を掴んで引っ張る。慌てて靴を脱いで廊下に足を乗せた。そのままリビングに連れて行かれる。何だかサイちゃんの様子がおかしいような気もするけれどあまり触れない方がいいかもしれない。チラッと後ろを振り返って八幡君に目で問いかけたら首を横に振ったのだ。彼もあまりよくわかっていないようだけれど。

「それじゃパパッと作っちゃうからそこで待っててね」

 私とティオを椅子に座らせて軽く手を洗いながらサイちゃん。冷蔵庫の中身を見て素早くエプロンを付けた。

「え? サイちゃんが作るの?」

 まさかサイちゃん本人が晩御飯を作るとは思わず、鞄を床に置いていた八幡君に問いかける。

「ああ。うちの両親、仕事で夜遅くなるからサイが来るまで小町と適当にすませてたんだが……サイが料理を始めてからいつの間にかあいつが料理担当になってな。さすがに全部任せるのは気が引けるからたまに手伝うけど」

 そう言えば、遊園地の時もサイちゃんはお弁当を作って来ていた。チラッとしか見えなかったがとても美味しそうなお弁当だったので料理の腕は相当、上手いはずだ。

「……サイって何が出来ないの?」

 料理をしているサイちゃんのうしろ姿を見ながらティオが顔を引き攣らせながら質問する。

「あー……しいて言えば独りで寝られないぐらいか?」

「独りで寝られない? どういうこと?」

「サイちゃん、お兄ちゃんがいないと寝られないんですよ。確かお兄ちゃんがトイレに行くために少しだけサイちゃんから離れただけで泣いちゃったって」

 私たちの前にコーヒーの入ったカップを置きながら小町ちゃんが説明してくれた。その表情を見てサイちゃんを心配しているのがわかる。

「そう、だったの……でも、勝手に言ってよかったの? 気軽に話しちゃ駄目な気がするけど」

 あまり人に言わない方がいい内容だ。サイちゃんも気にしているだろう。

「……いや、俺もそう思うんだが、サイが話せって言うから」

「「はい?」」

「だって、ハチマンと一緒に寝てるって言ったら私たちの仲の良さがわかるでしょ?」

 こちらを振り返らずにそう言ってのけるサイちゃんだったが、私たちは無言のまま顔を見合わせる。

(サイちゃん……)

 少しだけサイちゃんのことが心配になった。前から八幡君と仲がいいとは思っていたが、彼女の場合、『依存』していると言っても過言ではない。

「もう少しで出来るから待っててねー」

 嬉しそうにそう言った彼女の背中がとても小さく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイちゃんが作った晩御飯を食べ、お喋りしていたらすっかり長居してしまった。慌てて帰る支度をしてお礼を言い、八幡君の家を後にする。

「……ねぇ、本当に良かったの? 送って貰っちゃって」

 しかし、家を出る直前になって八幡君が駅まで送ってくれることになった。もう遅い時間だし、文化祭で色々あったから最初は遠慮したのだが、小町ちゃんがどうしてもとお願いして来たので頷いてしまったのだ。お願いするのはこちらなのにどうして小町ちゃんはあんなに必死になったのだろう。

「ああ、別に。この後用事あるしな」

 あっけらかんと答えた彼だったが、こんな夜遅くに用事なんてあるのだろうか。

「用事? 何かあるの?」

 私と同じ疑問を抱いたのかティオが八幡君に質問する。

「サイと訓練するんだよ。最近、文化祭実行委員の仕事で忙しかったから久しぶりなんだ」

「訓練って……どんなことしてるの?」

 何となく予想は出来るが、聞かずにはいられなかった。

「普通にサイと組手するだけだぞ」

「ば、バカじゃないの!? 相手は魔物よ!? 普通の組手が出来るわけないじゃない! ただのパンチでも骨とか簡単に折れちゃうのよ!」

「そこは……ほら。『サルフォジオ』で治るから」

 ティオの指摘に視線を逸らしながら彼は答える。ああ、やはり八幡君は無理をしていた。魔物との組手など無謀にもほどがある。

「大丈夫なの?」

「かれこれ1か月は続けてる。サイも手加減してるし、ちょっと前から守るだけじゃなくて攻め方も教えてくれてる。この前みたいに防戦一方じゃ勝てないってわかったからな」

 この前――マリル王女の命を狙った殺し屋と戦った時だ。もうあの時の戦いの反省点を把握し改善しようとしている。でも――。

「何よ……結局、自分たちだけでどうにかしようとしてるんじゃない」

 ――私たちは本当に必要なのかと不安になってしまう。サイちゃんのバトルセンス。八幡君とのコンビネーション。そして、八幡君自身の戦闘技術。遊園地で魔物と戦った時、八幡君たちが戦いに参加してから相手は一度も攻撃できずに終わった。その事実が彼らの強さを物語っている。ティオも悔しそうに顔を歪ませながら呟いた。

「まぁ、自分たちにできることはできるようにしないとな」

「じゃあ、私たちは必要ないって言うの!?」

「……はぁ。違うわアホ」

「あいたっ!?」

 声を荒げたティオの頭にため息を吐きながらチョップを落とす八幡君。ティオがちょっとだけ涙目になっていた。

「言っただろ。『自分たちにできることは』って……だから、お前たちにしかできないことをすればいい。守ってくれんだろ?」

「「あ……」」

 そうだ。私たちの力は『守る力』。比べる方が間違っている。それに八幡君の戦闘技術が高くなったとしても攻撃呪文を防ぐ術はない。それを私たちが防げばいい。彼らが思う存分、暴れられるように後ろから守ればいいのだ。

「ふふ、あんなに友達になるのは嫌がってたのに仲間になるのはいいのね」

「友達? 何それ美味しいの? ぼっちの俺には難易度高すぎるわ」

「簡単なことよ」

 そっぽを向いて答える彼に手を差し出した。

「握手して友達だって言えばいいの。ね?」

「いや、『ね?』って言われても……」

「じれったいわね。さっさと友達になりなさいよ!」

「それ脅迫って言うんじゃないの? まぁ……手を掴むことぐらいなら」

 そう言いながら八幡君は私の手を掴んだ。これが私たちのスタートライン。今まではずっと助けられて来たけれど、これからは助け合おう。私は八幡君の目を見ながらそう心に誓った。

 

 

 

 

 

 こうして、私と八幡君は友達になった。この先、どんな敵が現れるかわからないけれど、思いっきり戦ってね、八幡君、サイちゃん。私たちが必ず、守ってみせるから。

 



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第4章 ~修学旅行編~ LEVEL.43 城廻めぐりは人知れず企み、笑顔で隠す

今回から修学旅行編の始まりです。



なお、申し訳ありませんが、来週の更新はテスト期間のため、できない可能性が高いです。もし、更新されたら『あ、こいつ諦めたな』と思ってください。
……一応、推薦は貰っているので進学は大丈夫なのですが、さすがに単位を落としたら卒業できないのでテスト頑張ります。


追記

すみません、修学旅行の日程が間違っていたので修正しました。


「修学旅行事前学習レポート。2年F組、比企谷八幡」

 俺の拳がサイの頭上を通り過ぎる。勢いを付けすぎたせいでバランスを崩してしまい、そこへすかさず彼女は足払いを繰り出す。払われる直前で前に跳び、転んで大きな隙を作るのを防いだ。

「調査テーマ……無記入」

 今度は大振りにならないように小さくジャブを繰り返す。だが、それを軽々と躱すサイ。

「修学旅行とは3泊4日という日程で教科書にすら載っていない歴史。親元を離れ、友達だけで行動する協調性の向上など学校では教えられない様々なことを学ぶ行事だ……と、字面だけはいいが俺はあまりいいとは思えない。教科書に載っていない歴史が知りたいなら1人で行った方がじっくり見られるし、協調性など社会人になれば自然と身に付く。じゃあ、修学旅行でしか手に入れられない物とは何か? 決まっている。友達との交流だ」

 そこまで読んだ時、サイはジャンプしてくるっと回転し、俺が突き出した腕に足を乗せてそのまま地面に叩き付ける。腕から嫌な音がした。

「だが、ここで考えて欲しい。生徒全員に友達がいるとは限らない、ということを。特に俺のような協調性スキル皆無な奴に友達が出来るわけがない。では、修学旅行で友達がいない奴は一体何を学べと言うのだろうか。結論を述べれば何も学べない」

 急いで後ろに転がってサイから距離を取るが、予測していたのか彼女はすでに追い掛けて来ていた。鋭い蹴りが俺の顎を捉え、吹き飛ばされる。

「何も学べない修学旅行に行くことに意味はあるのだろうか。いや、ないだろう。無駄にお金と時間を消費するだけだ。なら、家で協調性スキルを得るために家族と一緒に過ごした方が遥かに有意義になるだろう」

 背中から地面に落ちて口から空気が漏れた。

「なので、修学旅行を欠席し、家でサイと遊びます。俺たちの桃源郷はすぐ目の前にあったんだ!」

 息を荒くして大の字で寝ている俺を見下ろせる位置まで移動して来たサイはプリントから目を離し、俺に向かってニッコリと笑って見せる。俺もそれに対して笑って答えた。多分、引き攣っているだろうけど。

「はい、却下」

 そう告げた後、ビリッとプリントを破いた。せっかく書いたのになんてことをする。傑作だったのに。

「ハチマン……さすがにこれはないよ。まず、事前学習レポートって書いてるのに学習してないし。『サイと一緒に遊びます』? いつも遊んでるでしょ。“今みたいに”」

「これを遊びって言っていいなら俺、いいパパになれそうだな」

 子供に腕をへし折られても笑って許すとか仏様レベル。仏様でも怒りそうだわ。

「なら、私がママね」

「いや完全に子どもだろ」

「パパー」

 そんな甘えたような声を出しながら折った腕を踏まないでくれますか。ものすごく痛いです。バキバキってヤバい音してるから。

「私のこと心配してくれるのは嬉しいけどさすがに修学旅行は行って来てよ。2日ぐらいなら大丈夫だから」

「……」

 どうやらばれていたらしい。サイは俺がいないと眠れない。少し離れただけで不安になって起きてしまうのだ。そんな彼女を置いて修学旅行に行く気にはなれなかった。こうなったら修学旅行数日前に学校の窓ガラス全部割って停学処分を貰うしかないか。いや、退学になるか。

「独りで寝れるのか?」

 眠れないのを知っていながら聞かずにはいられなかった。

「多分無理。だから寝ない」

「……はい?」

「3日ぐらい寝なくても大丈夫だよ? あ、3日間でどれだけゲームを全クリできるか挑戦してみようかな」

 見栄を張っているわけではないようだ。だからこそ、気になる。俺とサイが出会ってから彼女が徹夜した覚えはない。つまり、魔界にいた頃に徹夜を経験していたことになる。だが、幼い子が徹夜などできるのだろうか。まぁ、魔物だから人間の常識が通用しないだけかもしれないが。

「家にあるゲームほぼクリアしただろ」

「あれ、そうだっけ? まだ数本あったはずだけど」

「あるのはクリア概念がない戦争ゲームとかだぞ。スコアを競う奴」

「あー……そうだったね。じゃあ、新しいの買わないと」

「……そろそろ腕治していいか?」

 痛みで視界がチカチカしているのでお願いします。魔本の上に座らないでください。呪文が唱えられないんです。

「えー、どうしよっかなー?」

 ニヤリと笑って破ったプリントをチラつかせる。それだけ言いたいことはわかるがこちらも頷くわけにはいかない。痛みを我慢してジッとサイを見続ける。サイも俺を見ていたので自然と見つめ合うことになった。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……何か、言ってよ」

 少しだけ顔を赤くしてそっぽを向くサイ。勝った。だからもう許して。泣いちゃう。

「とにかく! ハチマンは修学旅行に行くこと! じゃないと……」

「……じゃないと?」

 

 

 

「――学校で授業中、ハチマンの膝に座ってずっと甘えてやるんだから」

 

 

 

 結局、修学旅行に行くことになった。ロリコンにはなりたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭から早くも2か月が過ぎた。だが、俺は相変わらずぼっちだ。それが問題だった。文化祭で悪の権化として君臨したはずの比企谷八幡の噂はすでになくなっている。いや、噂そのものはなくなっていないがその内容があまりにも意外なものに変わっていた。

『比企谷八幡は本当に悪なのか?』

 そんな声が時々聞こえる。『働かない文化祭実行委員たちを叱り、雪ノ下の次に仕事をしていたはずの男があんな計画を企てるだろうか』と一部の人が疑問に思い、それが広まって『比企谷八幡は悪派』と『比企谷八幡は善派』に分かれたらしい。ぼっちだった俺がこんなに注目される日が来るなんて思いもしなかった。面倒だから真実を聞きに来た奴は無視したけど。

「はぁー」

 そして、この事態に陥った原因がもう1つ。

「……何でいるんすか?」

「えー? だって、ここ落ち着くから」

 サイが淹れた紅茶を美味しそうに飲んでいるのは城廻めぐり先輩だった。ものすごく馴染んでいる。あ、サイが作ったクッキーを食べて笑った。さすがサイ。お菓子の腕前も相当なものである。

「……城廻先輩。依頼がないのであればここに来る必要性はないと思うのですが」

 さすがの雪ノ下も戸惑った表情を浮かべていた。彼女の依頼はこの前終わったばかりだ。もうここに用事はないはず。

「んー、そうなんだけど何となく来たくなっちゃって。あ、そうそう。比企谷君、この前はありがとう。体育祭運営委員会の“委員長”引き受けてくれて」

「……あれ、ほとんど強制だったじゃないですか」

 めぐり先輩の依頼は『体育祭を盛り上げたいので何かアイディアください!』というものだった。『千葉県横断お悩み相談メール』というかなり胡散臭い相談窓口に送られて来たのだが、返信が待ちきれなかったのか直接、部室にめぐり先輩が来たのだ。

 そこで体育祭の話をしていたのだが、まだ体育祭運営委員会の委員長が決まっていないと言われ、俺たちも何人かに声をかけた。しかし、その結果は空振り。そろそろ決めないと本当にマズイとなり、仮として誰かの名前を借りることになった。そこでめぐり先輩にお願いされたのが――俺だった。最初は断ろうとした。したのだが、めぐり先輩がサイたちに何か小声で言った途端、サイと由比ヶ浜がめぐり先輩の案に賛成し、雪ノ下は賛成もしなければ反対もしないと言い出した。何がどうなってそうなった?

「でも、ヒッキー途中から乗り気だったじゃん」

「……まぁ、やるからにはやらないとな」

「最後の棒倒しとかハチマン無双だったもんねー」

 目玉競技として男子は海老名さんが考えた棒倒し。女子は材木……何とか座が考えた千葉市民対抗騎馬戦、略してチバセンが行われた。チバセンの前の段階で白組150点。赤組100点で赤組が負けていた。奉仕部は仲良く全員赤組だったのだが、負けず嫌いで有名な雪ノ下が本気を出して空気投げで三浦を打ち取った。その勢いでそのままチバセンは赤組が勝ち、30点加算され点数差は20点。棒倒しで赤組が勝てば逆転優勝できる、という何ともお約束な展開になったのだ。

 問題の棒倒しだが、見に来ていたサイに『優勝してね!』と応援されたおかげか俺のキラ付けも完了し、いつでもカットイン攻撃できる状態だった。更に赤組の大将が戸塚だったこともあって柄にもなくはしゃいでしまったのだ。迫り来る敵を躱し、いなし、飛び越え、ただひたすら前に進む。白組の大将だった葉山すらも追い付けないほどの速度で白組の棒に辿り着き、サイ直伝のタックルで棒を倒して速攻で終わらせた。棒が倒れた後も静まり返った会場の空気を今も忘れることは出来ない。

「あの時は吃驚したよー。比企谷君、すごい動きしてたから」

 思い出したのか嬉しそうに言うめぐり先輩。あの体育祭で『委員長を務め、棒倒しで無双した人が文化祭でサボろうと色々企てたのか?』と思った人がいたようで前から少しだけ流れていた『比企谷八幡は働き者』説の信憑性が高まったのだ。そのせいで噂と噂がぶつかり合い、訳の分からない状況になった。俺もわかんない。誰が収拾するの? 俺はやらないよ?

「……話を戻してもいいでしょうか?」

 いつの間にか体育祭の思い出話になっていたが、雪ノ下が冷たい目で修正を図る。おお、怖い怖い。

「あ、ごめんね。これ飲んだら帰るから」

「えー、まだいてもいいんだよ?」

 帰ると言っためぐり先輩を引き止めようとするサイ。体育祭が終わった頃から何故かサイはめぐり先輩に懐いていた。べ、別に寂しくないし。今も俺の膝の上で紅茶飲んでるし。腕折られるし。あ、最後のご褒美じゃないわ、体罰だわ。

「そろそろ生徒会も解散するからね。その準備もあるから最近、忙しくて。あ、そうそう。比企谷君、生徒会長やってみない? 推薦しておくよー?」

 まるで冗談のように言った彼女だったが目は真剣だった。なるほど、今日の目的はこれか。文化祭以来、妙に気に入られたと言うか付きまとわれていると言うか。『あれ? もしかして俺に気でもあるの?』的な自惚れ思考になりそうだ。まぁ、ならないけど。

「さすがに……と言うより、俺が選挙に出ても『誰こいつ?』とか言われちゃいますって」

 そもそもこんな目の腐った奴が生徒会長になったら学校崩壊が起きそうだわ。それに生徒会に入ったら忙しくなって夜の訓練出来なくなりそうだ。

「気が変わったらいつでも言ってね。それじゃまた」

 紅茶が入っていたカップを長机に置いてめぐり先輩は笑いながら帰って行った。おかしいな。俺の予想だとそれなりに嫌われているはずなのに。学校でも変な扱いを受けるわ。めぐり先輩には目を付けられるわ。最近の俺はどうしたのかしら。明日、大海たちと遊ぶ約束もしているし。本当にぼっちが聞いて呆れる。クッキーを口に運んでそっとため息を吐いた。

「ハチマン、美味しい?」

「ああ、美味い」

「そっか。それならよかった!」

 まぁ、サイの笑顔が見られるなら俺がどう思われていようとどうでもいいがな。

 




文化祭以降に起きたことをナレーション風にしてみました。
だいぶ原作とは話が変わっています。
因みにめぐり先輩がサイたちに言ったのは『ここで比企谷君が活躍すれば噂、なくなるかもね?』という感じです。原作の相模と同じ感じで委員長に仕立て上げられました。
今後、ナレーション風にする場合はこのような感じになると思います。



そして、しれっと重要な伏線を入れておきましたが気付いた人、いるのかな?


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LEVEL.44 結局のところ、群青少女も捻くれぼっちもお互いのことが好きなのである

ものすごく難産でした。
納得できないままの投稿です。なので、変なところもあると思います。
もっと頑張りますです……。



え?テスト?
知らない子ですね。


「今日のおやつはシフォンケーキでーす!」

「わー!」

 俺の鞄からシフォンケーキの入った箱を取り出して叫ぶサイと両手を上げて喜ぶ由比ヶ浜。なんか見覚えのない箱だと思ったらシフォンケーキだったのか。甘い香りがしたからサイが何か作ったんだろうとは思っていたけど開けなくてよかった。開けていたら普通に食ったわ。

「いつからここは喫茶店になったのかしら」

 騒いでいる2人を見ながら雪ノ下は小声でため息交じりに呟く。しかし、その頬は少しだけ緩んでいるようにも見えた。素直じゃないのね。もっと自分に正直になっていいのよ?

「はい、ハチマン!」

 シフォンケーキを切り終えたサイは紙皿を俺に差し出す。由比ヶ浜や雪ノ下にあげた奴より少し大きめだ。

「おう、サンキュ」

 本を鞄に投げ入れて紙皿を受けとる。手に持っただけで甘い香りが俺の鼻を擽った。とりあえず、一口。

「どうかな?」

 それを黙って見ていた彼女は少しだけ不安そうに問いかけて来る。毎度毎度そんな不安そうにしなくても大丈夫だってのに。

「……美味い」

「ふふ、それならよかった」

 美味いと聞いたからか照れくさそうに笑うサイ。軽く彼女の頭を撫でた後、シフォンケーキの攻略に戻る。口の中の水分が取られるがそこは紅茶でカバー。甘いシフォンケーキと少しさっぱりとした紅茶はよく合う。普通に喫茶店とかで出せるレベル。うちの子は天才のようだ。

「そういや、もうすぐ修学旅行だねー」

 幸せそうな表情を浮かべていた由比ヶ浜がポロッと俺たちにとってデリケートな話題を振る。サイも表情には出さないようにしているが一瞬、肩を震わせていた。

「もうどこに行くか決めた?」

 だが、俺たちの様子に気付かなかった由比ヶ浜は更に聞いて来る。ちょっともういいんじゃないですかね? サイちゃんが俺の袖を掴んでいるんですよ。俺には行って来いって言ったけど寂しいに決まっているじゃないですか。サイマスターの俺がわからないわけがない。ただどうして行って来いって言ったのかはわからない。サイマスターの名が傷つくぜ。

「これから決めるところよ」

「……」

「ヒッキー、どうし……あ」

「……そう、だったわね」

 何も答えない俺を彼女たちは不思議そうな表情を浮かべて見てすぐにサイの様子に気付いた。その視線を受けてぷいっとそっぽを向くパートナー。修学旅行に行って欲しい気持ちと俺を引き止めたい気持ちがぐちゃぐちゃに混ざっているのだろう。魔物と言ってもまだ子供だ。

「修学旅行は別にいいんだが……やっぱり、な」

「むぅ。私のことなんか気にしなくていいのに」

「確かサイさんは……比企谷君と一緒じゃないと眠れないのよね?」

「あー。そういやそうだった。サイ、どうするの?」

「徹夜」

 2人の質問にたった漢字2文字で答えた後、俺の紙コップに紅茶を注ぎ始める。いや、そんなことしなくていいから。もうちょっと話し合おうよ。

「て、徹夜って……もしかして3日間も?」

「そうだよー。3日ぐらいなら何度もしたことあるし。それ以上の徹夜も経験済み。まぁ、ゲームして暇を潰すよ」

 『何のゲーム買おうかなー?』とぼやきながら俺の膝の上に座り直す。その様子からこれ以上、答える気はないと察することが出来た。まだ聞きたそうにしている2人に首を横に振ってみせて止めさせる。サイの機嫌が悪くなったら夜の訓練が激しくなるのだ。昨日だって小町に問い詰められて不機嫌のまま訓練したら記録更新したし。え? 何の記録かって? 俺の骨が折れた回数に決まっているじゃないですかやだー。

「なぁ、サイ。やっぱり――」

 骨が折られるのを覚悟で話しかけたがその途中でノックの音が聞こえた。

「……どうぞ」

 ちらっとサイの方を見た雪ノ下だったがすぐに入室の許可を出す。今は来客の方が優先だからだ。その来客はすぐに扉を開ける。そこには『ただしイケメンに限る』が通用するサイの苦手な人の1人、葉山隼人。その後ろから葉山がいつもつるんでいる戸部、大和、大岡の3人。ちょくちょく部室を訪ねて来る葉山はいいとして後ろの3人は物珍しそうに部室を見渡し、俺とサイの方を見て視線を止めた。その視線の意味は『困惑と疑問、そして納得』。

 困惑――奉仕部にあの比企谷八幡がいるとは思わなかった。

 疑問――どうして、ここにあの比企谷八幡がいるのだろう。

 納得――ああ、子供を陥れたのはやっぱり嘘だったのか。

 おそらくそんな感じだろう。葉山が入って来たのを見てサイが小さく悲鳴を上げながら俺に抱き着いて来たし。おーよしよし、あのイケメンは怖くないよー。ただ爆発すればいいとは思っているけどねー。

「何かご用かしら?」

 葉山+3人を見て少しだけ冷ややかな声音で問いかける雪ノ下。由比ヶ浜も4人が一緒に来るとは思わなかったようで意外そうな表情を浮かべていた。

「ああ、ちょっと相談事があってね。連れて来たんだけど」

 そう言いながら振り返って戸部たちの方を向く。つまり、後ろの3人の誰かが相談師に来たのだろう。

「ほら、戸部」

「言っちゃえよ」

 すると大和と大岡が戸部を促す。じゃあ、戸部が今回の依頼者か。何となく嫌な予感。警戒心を強めたのかギュッと俺の服を掴むサイ。俺たちが見守る中、戸部は何度か口を開きかけ、俺の方を見てまた閉じる。あー、これはあれですわ。完全に警戒されていますわ。

「……もしかしてハチマンがいるから言えないの?」

 サイもそれに気付いたようで子供とは思えない低い声で戸部に問いかけた。あまりの迫力にサイを見た戸部たちは半歩後ろに下がる。

「おい、ビビらせるんじゃねーよ。先に進まんだろ」

「あいたっ!?」

 ベシッとサイの額を平手で叩き、正気に戻す。本当にこいつは俺が関わるとすぐに我を忘れる。その気持ちは嬉しいが暴走するのはいただけない。これも今後の課題だろうか。

「まぁ、俺がいて言いにくかったら出てくけど」

 そう言いながら立ち上がる。俺、空気読みました感を醸し出しつつ、颯爽と部室から出て逃走するこの作戦。完璧である。

「いや……ヒキタニ君には夏休みに話してるから関係ないわー。ただ、そのー。言い辛いと言うかー、まぁ、結構デリケートな話っつうかー」

 そう言えば、千葉村の時に何か話したような気がしなくもない。あの日は魔物に襲われて死にそうになったからそっちの方が印象強くてほとんど覚えていないけど。

「……それで、結局何の話なのかしら?」

 何故か俯き気味の雪ノ下は先を促した。それから戸部は本当に言い辛そうに話し始める。簡単にまとめると『海老名さんが好きだから修学旅行で告白して付き合いたい』。つまり、その手伝いが今回の依頼だ。正直言って無理。第3者が関わった恋愛は十中八九失敗する。それが世の常。世界の真理。テンプレート。

 雪ノ下も上手く行くビジョンが思い浮かばなかったようで俺に視線を向けて首を傾げた。『どう思う?』と言いたいらしい。それに対して首を振って無理だと答えた。そんな俺を見て雪ノ下は頷く。

「悪いけどお役に立てなさそうね」

「だな」

「私も反対」

 俺たちに加え、サイも反対だった。まぁ、妥当だな。それこそ“デリケート”すぎるから関わらない方がいい。触らぬ神に祟りなし。

「えー、いいじゃん。手伝ってあげようよ」

 しかし、由比ヶ浜は手伝うことに賛成のようだ。由比ヶ浜は優しいし年頃の女の子はこう言った話が大好きである。関わりたくなるのも無理はない。戸部たちも由比ヶ浜に便乗してお願いして来た。これで反対3、賛成4。葉山は中立の立場なのか黙って俺たちを見ている。

「ゆきのん、とべっちも困ってるみたいだし」

 更にそこへ由比ヶ浜の追撃。目をうるうるさせた会心の一撃は雪ノ下にとって効果はバツグン。急所にも当たって倍率は通常時の8倍以上。

「……まぁ、そこまで言うなら考えてみましょうか」

 雪ノ下は陥落した。

「……やめておいた方がいいと思うけどなー。私には関係ない話だけど。修学旅行行かないし」

 ここでサイも反対意見から中立の立場へ移動。これで俺は孤立した。いつも俺って少数派だよね。しょうがない。俺も折れるしかないようだ。

「じゃ、やりますか……」

 こうして、『ドキドキ! とべっち告白大作戦!』が開始された。俺は何度か戸部に止めておいた方がいいとか、リスクが高いとか言ったけど聞く耳持たれず。結局、やるしかないらしい。触らぬ神に祟りなし。でも、お供えをしなくては祟られる。触っても触らなくても祟られてしまうのだ。不機嫌なサイに骨を折られるのと同じ。人生って言うのは理不尽の積み重ね。全てが上手く行く人なんていない。たとえ、完全無欠の魔物っ娘、サイであっても。修学旅行に付いていけないと言う理不尽には勝てないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから戸部を交えて何度か告白プランを考えた。一応、戸部と海老名さんを同じ班にすることには成功した(男子グループを俺、戸塚、葉山、戸部。女子グループを由比ヶ浜、三浦、海老名さん、川崎)。しかし、正直言って厳しい。戸部と海老名さんとの関係がただの友達……いや、それ以下かもしれないのだ。由比ヶ浜も誤魔化していたぐらいだし。

 そんなこんなで明日から修学旅行である。時間は経つのって早いね。サイもどんどん不機嫌になっちゃってゲームも大量に買い込んでいるし。小町も親父たちもサイの事情を知っているからゲーム代は出してくれたけど。平塚先生にもサイを連れて行ってもいいか聞いてみたが、やっぱりダメらしい。そりゃそうだ。因みに魔本はサイに預けることにした。人間の俺が持っているより安全だろう。

 そして、今は出発前の最終打ち合わせ。どこに行こうか3人(サイは俺の膝の上でゲームをしている。話し合いに参加する気はないらしい)で話し合っている。だが、その途中でサイがピクっと体を震わせ、扉の方を見た。それにつられて俺たちもそちらを向いた瞬間、トントンと扉が叩かれる。え、サイさん。どうして叩かれる前にわかったの?

「どうぞ」

「失礼します」

 雪ノ下の声が聞こえたのか若干、噛み気味で挨拶をしながら扉が開かれる。そこにいたのは戸部が恋している海老名さんご本人。

「あれ、姫菜じゃん」

 由比ヶ浜が椅子を鳴らしながら立ち上がる。海老名さんも由比ヶ浜の存在に気付いたのだろう。笑みを浮かべた。

「結衣、はろはろー」

「やっはろー!」

 俺には大抵理解できない言語でコミュニケーションを取る2人。これを相手にする三浦って結構、大物……いや、女王様だったわ。

「雪ノ下さんもヒキタニ君、サイちゃんもはろはろー」

「どーも」

「お久しぶりね。どうぞ、適当にかけて」

 海老名さんの挨拶に適当に答え、雪ノ下は冷静に対処する。しかし、サイは海老名さんを一瞥した後、ゲームの視線を戻した。

「あれ? サイちゃんどうしたの?」

「あー……明日から修学旅行だから寂しいみたいで。サイ、ヒッキーのこと大好きだから」

「別に寂しくないし。眠れないだけだし」

「それ結構重症だと思うけど……ヒキタニ君、大丈夫なの?」

「……こればっかりは、な。俺も修学旅行休もうとは思ったんだが、サイがそれを拒んで」

 そう言った瞬間、サイが俺の膝から降りて部室の出口の方へ向かう。

「サイ?」

「……バーカ」

 それだけ言い残して出て行ってしまった。サイの行動に戸惑う俺たちだったが空気を読んだ由比ヶ浜が引き攣った笑みを浮かべて海老名さんの方を向く。

「え、えっと! 姫菜、何かあったんじゃないの?」

「そ、そう! ちょっと相談したいことがあったんだ」

 サイのことも気になるが仕方ない。こっちに集中しよう。

「あ、あのね……とべっちのことで、相談があって」

「と、とととととべっち!? なになに!?」

 由比ヶ浜の食いつきっぷりがやばい。まぁ、戸部の気持ちを知っているこちら側からしたら『もしかしたらもしかする?』というこの展開は意外に思う反面、『おお?』と思うだろう。戸部、まさかの大勝利か? 『戸部だいしょうりいいいいいい!』と言って叫びながら走り去るのか? 絶対に許さない。

「言い辛いんだけど……とべっちが」

「とべっちが!?」

「……とべっち、最近隼人君とヒキタニ君と仲良くし過ぎてて大岡君と大和君がフラストレーション! 私はもっと爛れた関係が見たいのに! これじゃトライアングルハートが台無しだよ!!」

 ……こいつは一体、何を言っているのだろうか。

 海老名さんの話を訳すと戸部が最近、俺と仲良くなっていて修学旅行のグループ分けもちょっと不自然だったし、大岡と大和とちょっと距離が出来ているのが気になった、とのこと。めっちゃ疑われているじゃないですか。まぁ、クラスの奴らも今回のグループ分けに疑問を抱いているだろうけど。大岡も大和も納得していることだが、それを言うわけにもいかない。なんと説明しようか悩んでいると海老名さんが皆まで言わずともわかっていると言わんばかりに首を振った。

「ヒキタニ君、あのね。誘うなら皆誘ってあげて欲しい。そして、受け止めて欲しいの。率直に言うと誘い受けて欲しいの」

「嫌だ……無理だ……」

 一瞬だけ想像してしまい、小鹿のように震えながら拒否する。ああ、恐ろしかった。あんな絶望、苗木君でも論破できない。

「そっか……そうだよね。ヒキタニ君、誘い受けじゃなくてヘタレ受けだもんね。無理言ってゴメンね」

「いやいやいや違うから。全然違うから」

 もうやめて。超高校級の絶望になっちゃう。感染しちゃう。由比ヶ浜も諦観めいた表情でそっとため息を吐いていた。

「つまり、どういうことなのかしら? 説明して貰えるとありがたいのだけど」

 唯一、堪えた雪ノ下が詳細を聞く。後は頼む俺では何を言っても海老名さんを興奮させるだけだ。

「うーん、なんかね。今までいたグループがちょっと変わって来ちゃったかなって感じがして」

 海老名さんは少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら呟く。グループ内の変化を敏感に察知したのだろう。それを見た由比ヶ浜がすかさずフォローに入る。

「ほ、ほら! 大岡君も大和君も男子同士で……こう何か複雑なことあるんじゃないかな? 人間関係とか」

「男同士の複雑な関係? やだ、結衣ったらはしたない」

「え!? あたし、変なこと言った!?」

「いや、まともなこと言ってたぞ。大丈夫だ」

 おかしいのは海老名さんの脳内である。腐海でも広がっているのだろうか。覗きたくないけど。

「まぁ、色々あるからな。人の思ってることなんてわからんだろ。表に出してないだけで仲良いのかもしれないし」

 サイが今、何を考えて何を思っているのかわからないのと同じように。

「それはそうかもね。でも、やっぱり何かが違うのは確かで……違ったままでいるのはちょっと嫌かな。だって、今まで通り、仲良くやりたいもん」

 そう言った彼女の顔は腐臭も邪気も一切ない自然な笑みだった。皆仲良く。俺とサイが嫌いな言葉。しかし、皆と仲良くしたいと願う人もいる。だが、何と言うか海老名さんの言ったことはそういう単純なことなのだろうか。どうしても彼女の人間性が見えて来ない。どこか誤魔化しているような、隠しているような感覚。だからこそ、彼女の言葉の真意を確かめたくなる。

(……いや)

 止めておこう。相手の言葉の裏を読もうとするのは俺の悪い癖だ。そのせいでサイの行動の意味がわからないのだから。サイの言葉、行動、性格、癖。その全てを把握し、裏を読むなど不可能に近い。だから、俺はサイが何を考えて俺に修学旅行に行って欲しいのかわからないのだ。子供なら子供らしく我儘を言えばいい。行かないでと泣けばいい。そうすれば俺は喜んで修学旅行をサボってサイと家でにゃんにゃん――遊ぶのに。どうして、“我儘を言ってくれないのだろうか”。

「あ、でも! ヒキタニ君が男子グループに加わって仲良くしてくれる分には全然オッケー! むしろ、参加して私の目の保養になって!」

「いや、参加しねーし。もっと目、大事にしろ。今度、サイにブルーベリークッキー作って貰えよ。めっちゃ美味いから」

「ふふ、ヒキタニ君ってサイちゃんのことが大好きなんだね。じゃ、そういうことで。サイちゃんといちゃいちゃするみたいに修学旅行でおいしいの、期待してるね」

 笑いながら立ち上がった海老名さんが俺にウインクする。期待しないで。サイがいない時点で俺のテンションだだ下がりだから。

「ヒキタニ君、よろしくね」

 去り際、俺に一声かけて部室を後にした海老名さん。それを見届けた後、俺たちは顔を見合わせて首を傾げた。まぁ、とりあえず戸部の依頼をクリアしよう。そうすれば仲良く出来るはずだ。元々仲がいいグループだし。それこそ、今回の依頼は彼らの友情の証ではないのだろうか。仲の良いグループを2つに分けるほどだ。彼らの絆が深くないと出来ないことである。俺たち奉仕部の懸念事項は戸部の告白のみ。俺の懸念事項はサイのことのみ。つまり、修学旅行に関してはそこまで心配しなくていいだろう。サイのことは胃に穴が開きそうになるほど心配だが。

 ただ、俺の頭の中で海老名さんが去り際に残した言葉が何度も反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の廊下はとても静かだ。特に奉仕部の部室があるこの校舎はあまり人も来ないため、足音が不気味なほど響く。そして、声も。

「ねぇ、ちょっと待ってよ」

 だからこそ、私はヒナの後を追いかけた。部室からハチマンたちの声が聞えたから。

「っ! さ、サイちゃん?」

 まさか“天井から落ちて来る”とは思わなかったようで目の前に着地した私を見てヒナが目を丸くする。簡単なことだ。天井を移動して追い抜いたのである。

「ヒナ、私がどうして追いかけて来たか、わかる?」

「……ゴメン。わかんないや」

 私の問いかけに彼女は首を振って答えた。

「それが答えだよ」

「え?」

「はっきり言わなきゃ伝わらないでしょ。言わずにわかって貰おうなんて卑怯だと思うな」

 私は常に人の言葉や表情の裏を読む。それが癖になっているから。もう“騙されたくないから”。だからこそ、気付いた。

「……」

「色々わかってるんでしょ?」

「それは……そうだけど」

 ヒナはそれだけ言って黙ってしまった。わかっているからこそ言えないのだ。言ったら変わってしまうから。変えたくない日常を自分の手で変えてしまうから。だから、言えない。言えないからわかって貰うしかない。

「でも、ハチマンを巻き込まないで」

 だからと言って他者を巻き込んでいいわけじゃない。だから、卑怯。自分の手じゃどうにもできないから他人を頼る。そんな安直な考えが嫌いだ。常に誰かに頼れると高を括っていることが……大っ嫌い。

「っ……ごめん」

「別に謝って欲しいわけじゃないの。ただ、ハチマンが気付かなくてもハチマンを責めないでね。それこそお門違いだから」

「それはもちろん……でも、やっぱり期待しちゃうかな」

「……はぁ。しょうがないか」

 ため息を吐きながらハチマンのポケットから拝借した携帯を操作する。最初はハチマンに迷惑をかけちゃうから断ったけど、間に合うだろうか。

(それに……)

 ハチマンにはもっと学校行事を楽しんで欲しい。トベの依頼はもちろん、ヒナの依頼なんか気にせず、楽しく、自由に。だからこそ、行って欲しいと言ったのだが彼はずっと私の心配ばかり。私がいるだけで八幡の迷惑になっている。それが何だか悔しくて情けなかった。好きな人の枷になるのって本当に、辛い。だから、枷の私がハチマンの役に立てばいい。少しでも彼の役に。そのせいで彼に怒られることになったとしても。

「サイちゃん?」

「……あ、それともう1つ」

 携帯を操作しながら言いたいことを思い出してヒナの目を真っ直ぐ見る。彼女は生唾を飲み、私の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチマンはヘタレ受けじゃなくて捻くれ受けだと思う」

 

 

 

 

 

「サイちゃん詳しく」

 ハチマン、ごめん。余計なこと言っちゃったかも。

 



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LEVEL.45 比企谷八幡は群青少女の代わりに戸塚彩加を摂取する

何故かいつもの書き方が出来ず、本当に自分で書いた文章なのか!?と思うほど違和感ありまくりの45話です。



あ、テスト終わりました。
ですが、今度は12月22日までに動画を2本作らないといけないので多忙な日々が続きます。
はい、頑張ります。


 そんなこんなで修学旅行当日。京都に行くために一度、故郷の千葉を離れ、東京に行かなければならない。朝、サイとこれでもかとじゃれ合ったせいで家を出る時間がギリギリになってしまった。でも、家を出る直前までサイが笑顔だったのは気になる。そんなにゲームが楽しみなの? 俺のVitaちゃんを過労死させないでね。

 東京駅に着いたのは集合時間まで後もう少しというところだった。あぶねぇ。急ぎ足で集合場所に向かい、クラスメイトが集まっている場所にそっと気配を消して近寄る。サイとの特訓で強化されたステルスヒッキーを舐めるな。今では真後ろにいても気付かれないほどにまで気配を消せるようになった。忍者になった気分だ。いつかサイのように天井を移動できるようになるのかしらん?

 どうでもいいことを考えているといつの間にか集合時間となり、集合させられ並ばされ行進させられた。引っこ抜かれて働いて食べられちゃいそう。社畜の極みだな。

「あ、八幡!」

 気配を消していたせいで危うく欠席にされそうになったが、戸塚が俺の名前を呼んでくれたから元気になりました。これが癒しか。

「おはよう、戸塚」

「うん、おはよう。ずっと探してたのにどこにいたの?」

「わ、悪い……ギリギリに来たから」

 そんな会話をしながら俺たちが乗車予定の新幹線に乗る。それにしても新幹線の座席ってなかなか不思議な作りだと思う。一列が五席あり、三席と二席に分かれている。座席を決めにくくて仕方ない。他のクラスメイトも様子をうかがって動く気配もないし。そこへ葉山たちもやって来た。

「あーし、窓側がいい」

 そんな女王様のお言葉を筆頭にぞくぞくと(海老名さんが由比ヶ浜と川崎を座らせて)座席が決まって行き、最終的に葉山、戸部、川崎。葉山の正面に三浦、その隣に由比ヶ浜。そして、戸部の想い人、海老名さんが座った。あの川崎さん、もう少し愛想良くしてください。戸部がものすごくビビっています。

「八幡、どうしよっか?」

 それを見ていると不意に戸塚が俺の袖をくいっと遠慮がちに引っ張った後、そう問いかけて来た。とりあえず戸塚で。

「そうだな」

 上目使いの戸塚から目を逸らすように車内をぐるりと見渡す。葉山たちが真ん中の方に座ったため、他の人たちも真ん中に集まっていた。空いているのは前後の席か。

「前の方が空いてるし。そっちかな」

「うん、そうしよっか」

 天使が頷いたのを見てそちらへ向かう。ちょこちょこと戸塚が俺の後ろをついて来るのをチラリと見ながら極めてゆっくりと歩く。一生この時間が続けばいいのに。あ、でもそれだとサイに会えないから駄目だわ。

 一番前もそれなりに人がいるので前より少し後ろの列を選び、上の棚に荷物を入れた。俺の荷物は少ないからまだスペースはある。戸塚の荷物も入りそうだな。

「ほれ」

 そう思い、戸塚に向かって手を伸ばすと戸塚は不思議そうに首を傾げた後、何故か俺の手を握った。やだ、何この柔らかくて小さくてすべすべのお手々。いつまでも触っていたくなる。

「いや……そうじゃなくて荷物を」

「あ、ご、ごめん!」

 自分の間違いに気付いた彼女――いや、彼は慌てて手を離す。それから真っ赤な顔を俯かせながら荷物を俺に渡した。このまま荷物だけじゃなくて戸塚も抱き上げてしまいそうだわ。戸塚の荷物を棚に入れた後、まだ恥ずかしがっている戸塚を窓側に誘導してその隣に俺も座る。それからすぐ発車ベルのメロディが鳴った。

 サイのいない修学旅行が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。まぁ、昨日は夜遅くまでサイと遊んでいたし。朝も早く起きてサイと遊んでいたから寝不足なのだ。大きな欠伸をしていると通路側の席からくすりと笑い声が聞こえた。

「寝過ぎ」

「……由比ヶ浜か」

 そっち側に気配を感じるとは思っていたが、由比ヶ浜だったとは。何でここにいるの? それにここにいるってことは俺の寝顔を見ていたってことになる。恥ずかしいじゃないですか、やだー。思わず、涎が出ていなかったか確認してしまったわ。

「だいじょぶだいじょぶ。口閉じてたし、すごい静かに寝てたよ」

 お前、いつから見ていたん? 結構、長い時間見てないとわからなくない?

 そんな疑問を抱きながら戸塚の姿を探すと俺の肩に頭を乗せて寝ていた。こ、これは……あの『隣の席の男子の肩に乗せながら寝ちゃって起きたらドキドキしちゃう!』と呼ばれるラブコメシチュエーション! しかもそういう時に限って隣の席の男子が片思いの相手で余計、ドキドキしちゃうって奴! もしくはすごい怖い男子だと思っていたけど肩に乗せて寝ていたのに文句を言われなかったことに気付き、『あれ、この人優しい……』とトゥンクする奴! これで戸塚が目を覚まして俺と目が合えば戸塚が俺にトゥンクするはずだ。戸部、悪いな。お前より先に俺がエデン行きになりそ――。

「ヒッキー、どうしたの?」

「ッ……い、いやなんでもない」

 あ、危ない。危うく戸塚エンドを迎えそうだった。

「でも、いつもよりなんか元気ないように見えるよ?」

「そうか? 俺は至って普段通りのつもりなんだが」

 ちょっと戸塚にトキメキやすいだけだ。ほら、見てみろよ。こいつ、男なんだぜ? 見えないだろ?

「んー……何と言うか、空回りしてる感じ? いつものヒッキーよりきもいし」

「きもいの関係なくない?」

 しかも、普段から俺がきもいってことだよね、それ。俺ってそんなにきもいかな。教えて、サイえもん。『サウルク』と『サグルク』唱えるから超特急で俺のところに来て。

「やっぱり、サイがいないから?」

「……」

 ああ、そうか。サイに俺が必要なように俺もサイが必要なのか。サイニウムを求めるように代わりとなる戸塚ニウムを吸収し、戸塚酔いをしていたらしい。使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使いくださいってことか。中毒性もあるから十分注意しないと。

「んゅ……」

 だからこんな可愛い寝言なんて聞こえない。なに、『んゅ……』って!? 初めて聞いたわ。録音するからもう一回、言ってくれませんかね。

「それと……あっちは大丈夫なの?」

 声を小さくして問いかけて来る由比ヶ浜。戸部の依頼のことだろうか。

「そっちは大丈夫じゃないか? 適度にサポートして2人きりにしたりすればいいだろ。2人きりにしたところで何も起きないだろうけど」

「へ? あ、そっちじゃなくて……魔物の方」

 おっとそっちか。後、由比ヶ浜さんや。君が受けようって言ったのだからもう少し戸部の方を心配してあげて。今も川崎の威圧にビビっているだろうから。

「……まぁ、相手次第だな。それに今、魔本持ってるのはサイだし」

「え? そうなの?」

「俺が持ってても意味ないしな。ある程度、戦えるようになったとは言えサイの方が強いから向こうの方が安全だ」

「そんなもんなんだ……って、戦えるようになった!? ちょ、ちょっとヒッキーどういうこと!?」

 突然、由比ヶ浜が叫んだ。やべ、口滑らせた。サイがいない上、寝起きだからポロッと言ってしまったわ。口は災いの元ってことね。

「おい、声が大きい。戸塚が目を覚ましたらどうするんだ」

「そこ!? 気にするとこそこなの!?」

「……ふわぁ。あ、あれ? 僕、寝ちゃってた?」

 由比ヶ浜のツッコミがトドメになったのか戸塚は俺の肩から頭を上げて小さく欠伸をした後、呟いた。いつもより舌足らずでとても可愛らしい。まずい、戸塚ニウムが勝手に体の中に!? このままでは戸塚中毒になってしまう。

「ほら、起きちゃっただろ」

「あ、さいちゃん。ゴメン……じゃなくて! だから、その!」

 戸塚が起きたから『魔物』とか『戦い』とか言えなくなりしどろもどろになり始めた。このまま誤魔化してやる。

「戸塚、すまん。起こしちゃったみたいで」

「ううん、気にしないで。それより結衣ちゃんはいいの?」

「ああ、大丈夫だ。もうちょっと寝ててもいいぞ? 俺が起こすし。また肩使うか?」

「え!? ぼ、僕八幡の肩使っちゃってた!? え、えっと……それなら今度は僕の肩使って寝てもいいよ? ちゃんと起こすから」

 戸塚ニウムが入ってくりゅうううう! 八幡駄目になりゅうううう!

「いやいや二人とも寝過ぎだから。修学旅行始まったばっかなのに今からそんなんでどうするの?」

 とりあえず、先ほどの件は後回しにしたようで由比ヶ浜が会話に参加して来た。これからのために寝ておくのだよ、ワトソン君。多分、夜とか眠れないから。主に戸塚にドキドキする的な意味で。あ、そう言えばお風呂……ごくっ。楽しみが増えたな。

 それから戸塚も交えて(普通に由比ヶ浜と戸部たちについて話していたら速攻でばれた)『戸部をプロデュース! ドキがムネムネの告白大作戦』の作戦会議を開いた。開いたと言ってもすぐに富士山が見えてうやむやになってしまったのだが。後、由比ヶ浜よ。富士山を見るために俺に触れるな。思わず、ドキッとしちゃうだろう。由比ヶ浜ニウムはお呼びではない。戸塚ニウムでいっぱいいっぱいなのだ。

「八幡、本当に背中大丈夫?」

「おう」

 由比ヶ浜に気を取られて戸塚に迫るような体勢だったのを思い出し、急いで離れたせいで背中を手すりに強く打った。まぁ、普段からサイに骨を折られているため、そこまで痛くはなかったのだがなかなかいい音がしたせいで戸塚に心配されている。戸塚、そろそろ俺の背中を擦るの止めようか。色々と我慢できなくなる。

「っと。すまん、トイレ行って来る」

 唐突に訪れた尿意。戸塚にそう言ってから立ち上がり、一番近いトイレへ向かう。

「う、うぅ……わ、我としたことが昨日、食べ過ぎたか。く、くくく。だが、こんなことで我を倒したと思ったら大まちが――お、おぉ……」

「……」

 男女兼用のトイレから聞き覚えのある声が漏れている。どうやら長そうだ。心の中で材木某座にエールを送りながら別のトイレを目指す。結構、ギリギリなので急ぎ足で進む。

「あ……」

 何とか間に合ったが不運なことにトイレのドアノブ付近に使用中を示す赤い印が見えた。しかし、別のトイレへ移動するのは些か不安である。主に漏れる的な意味で。『待ってる人がいるよ! 早くして』と言わんばかりにコンコンと扉をノックした。すると、扉の向こうから衣服の擦れる音が聞こえる。おお、これは間に合いそうだ。そわそわしながら待っていると扉が開かれ――。

 

 

 

 

 

「……は?」「……え?」

 

 

 

 

 

 ――制服姿の大海恵が出て来た。

 俺たちはお互いに目を見開きながら硬直する。まさかこんなところで会うとは思わなかったからだ。数日前に俺の家で遊んだ以来である。向こうは向こうで顔を真っ赤にして慌てているし。誰だってトイレから出て来たところを知り合いに見られるのは恥ずかしいものである。しかもそれが異性で――そして、本人が女の子であればなおさらだ。き、気まずい。

「は、はちま――」

「待て」

 何か言おうとした彼女を止める。まずは早急に解決しなければならないことがあるのだ。

「すまん。まずはトイレをさせてくれ……限界」

「う、うん……じゃあ、ここで待ってるね」

 ……え? ここで待つの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 車両と車両の間の空間で俺と大海は黙ったままお互いを見ていた。何か、言ってくれませんかね。後、何でそんなに冷や汗を掻いているのだろうか。俺と会ってマズイことでもあるのかしら? このままじゃ埒が明かない。仕方ないのでこちらから話しかけよう。

「そっちも、修学旅行か?」

「ッ……う、うん。明日から」

「へぇ、明日から……明日?」

 じゃあ、何で新幹線に乗っているの? 楽しみすぎて日程、間違えちゃった?

「今日、京都で仕事があるから私だけ一足先に。でも、そのおかげで明日、学校の皆と現地で集合できるようになったの。これもマネージャーのおかげね」

 大海はアイドルである。そのアイドルの仕事のせいで学校の行事に参加できないこともあったのだろう。それを不憫に思ったのか大海のマネージャーが頑張って仕事を調節してくれたらしい。

「へぇ、いいマネージャーだな。文化祭の時も動いてくれたみたいだし」

「ええ、あの人がマネージャーで本当に良かったと思う」

 それにしてもアイドルって大変だな。学校も仕事のせいで休まなきゃならないし、その分、補習とかあるのだろう。それに加え、大海はティオとの2人暮らしだから家事とかも――。

「そう言えばティオは? 2人暮らしだから家に置いて来たわけじゃないんだろ?」

「……き、清磨君の家に預けたわ」

「……」

 何で今、大海は嘘を吐いた? 何か隠したいことでもあるのだろうか。それに俺と会ってからどこか落ち着かない様子。うむ、これはあやしい。俺は大海の横を通り過ぎて俺が来た車両ではない車両へ向かった。

「は、八幡君!? ちょっと!」

 ワンテンポ遅れて俺に向かって手を伸ばした大海だったが何となく気配で手の動きがわかったので振り返らずにひょいっと躱し、歩みを進める。この車両は総武高校が指定した車両ではない。そのため一般客がいる。なら――。

「あ、ティオそっち行った」

「え、ちょ、ちょっと待って! 今、研いでるから!」

 車両の真ん中付近にて。新幹線の座席に隣り合って座っている少女たちはモンスターをハントするゲームをしていた。なるほど、雌火竜か。

「ティオ、レイアはエリチェンした方が安全だぞ。突然火球が飛んで来るし。エリチェンする時間なかったら盾になるようなオブジェクトの裏にでも隠れろ」

「う、うん。わかった」

「ハチマン、次入ってー。早くティオのランク上げしちゃいたいから」

「おう、いいぞ」

「ありがと! これで3人で出来るね! やっぱり人数いないと効率が……こう、りつが……」

 ギギギという効果音が出そうな動きでこちらを見上げたのは家にいるはずの俺のパートナー。そして、その隣でレイアにボコボコにされて半分涙目になっているティオ。後ろで『あちゃー』と言う大海の呟きが聞こえた。

「色々、お話しした後、レイア狩りに行こうか。サイさん?」

「……あい」

 久しぶりに涙目のサイ見たわー。いやー、可愛いわー。もっと虐めたくなるわー。だから、こっち見ようね。震えていると余計、虐めたくなっちゃうよ?

「もうサイ! 何やって――ひっ!」

 動かなくなったサイに文句を言おうとしてやっと俺に気付いたティオが悲鳴を上げた。後で聞いた話では俺の顔がサイでも震え上がるほど怖かったらしい。

 




前書きで違和感ありまくりと言いましたが、きっと八幡の調子が悪かったので私にも影響があったんだと思います。
次回はサイと一緒にいられるのできっと次話は大丈夫だと思いますです。


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LEVEL.46 心配と信じる気持ちの中で群青少女はもがき、彼に引っ付く

「……」

 俺の対面に座っているサイはワンピースの裾を掴んで俯いている。そんな俺たちを大海とティオが心配そうに見ていた。因みに大海は俺の隣。ティオはその前に座っている。

「さて……サイ、事情を説明して貰おうか?」

 腕を組んだまま、サイに問いかける。別に怒ってなんかない。ただどうして俺に何も言わず、ついて来たのか気になるだけだ。

「……その、ね? ハチマンが心配でついて来ちゃった」

 目に涙を溜めて震える声で教えてくれた。おお、ビクビクしている。そんなに俺、怖いか?

「俺が、心配? どうしてまた」

「だって……今回の修学旅行でトベの告白を手伝うんでしょ? 他にも色々起きそうだし。だから、来ちゃった」

 いや、『来ちゃった』じゃないから。彼女が突然、彼氏の家に来た時みたいに『来ちゃった(ハート)』しなくていいから。

「八幡君、ごめんなさい。実は誘ったの私たちなの」

 そこへ大海からの新情報。どういう意味なのかわからず、横に座っている彼女に視線を向けた。後、見た瞬間、ビクってしたけど何で? そんなに俺、怖いか?

「え、えっと……修学旅行の日程と私の京都入りの日が同じだってわかった時、サイちゃんに『一緒に行けるけどどうする?』って聞いたの。サイちゃん、八幡君がいないと眠れないらしいから」

 まぁ、仕事の関係で京都入りするならばサイとティオを連れて行っても問題はないだろう。『今、預かっている子たちがいるから一緒に連れて来た』と言えば通るはずだ。大海も明日から修学旅行だが『前日の仕事の都合上、仕方なく預かっている子も一緒に連れて来た』という免罪符がある。実際にサイとティオがここにいると言うことは事務所と学校の許可は得ているはずだ。

「なら、そう言えばよかっただろ? 俺だってサイが心配だったから大海に頼んだかもしれんし」

 まぁ、その時の俺がどう判断したかまではわからないが。

「サイは一度、断ったの。『ハチマンに迷惑かけちゃうから』って言って」

 ティオが少し不貞腐れながら言った。それを聞いて大海の方を見ると彼女も頷く。本当に断ったらしい。じゃあ、何故ここに?

「昨日、頼んだの。やっぱり一緒に行くって」

「……どうして急に? 前日になって我慢できなくなったわけじゃないんだろ?」

 あれだけゲームを買い込んだのだ。サイは本気で3日間、寝ずに過ごすつもりだったはず。昨日、何かあってそれのせいでサイが俺を心配し、ついて来た。

 じゃあ、その何かとは? サイが心配するほどのことが昨日、あっただろうか。いつも通り、学校の授業を受けて奉仕部の部室で戸部の依頼について話し合って海老名さんが来て――。

「八幡君、大丈夫? やっぱり寒い?」

 黙り込んだ俺の顔を心配そうに大海が覗き込んだ。ち、近い。もう少し離れて。

「別にそこまで寒くない。ちょっと考え事してただけだ」

 まぁ、11月にもなって“Yシャツ姿”だったら寒そうに見えるかもしれない。今、俺は制服の上を脱いでいる。大海は逆にコートを着ていた。

 俺と大海は別々の学校である。もちろん、制服も違う。そのため、俺と大海が一緒にいるところを誰かに見られたら『総武高校の男子生徒が別の学校の女子生徒と一緒にいる。しかも子供連れ』と密告される可能性がある。それを回避するために制服の上を脱いだ。男の制服は上を脱いだらパッと見、スーツにも見える。そして、大海はコートを着て制服を隠した。これで『Yシャツ姿の男とコートを着ている女。しかも子供連れ』になる。薄着の男と厚着の女が隣り合って座っている時点で十分怪しいが制服を見られるよりマシである。なお、大海が制服を着て来た理由は少しでも荷物を少なくするためらしい。サイの荷物が増えたから慌てて荷物を減らしたそうだ。なんかすまん。

「まぁ、サイがついて来た経緯はわかった。問題は何故、俺に言わなかったのか、だ。教えてくれないか?」

「……だって、私がハチマンを信じてないみたいだったから」

 目を逸らしながら寂しげに言うサイ。確かに俺の心配をすると言うことは俺自身の力では解決できないと決めつけているようなものだ。それを自覚しているからこそ、目の前で震えている。パートナーを信じ切れなかった自分を恥じている。

「んなこと、気にしてんじゃねーよ。俺だって一緒だ」

「え?」

「お前が3日間、徹夜するって聞いてものすごく心配したんだぞ? それこそ平塚先生にサイを連れて来てもいいか聞くほどにな」

 俺が先生に頼んだとは知らなかったサイは目を丸くして驚いた。言ってないからな。恥ずかしいもん。どんだけサイのこと好きなのって思われちゃうし。好きだけど。

「なら、お互い様だ。お前が俺を心配したように俺もお前を心配した。それでいいじゃねーか。信じるのも大事だけど、心配するのも大事だと思うぞ」

 信じる。心配する。この2つの気持ちは相反しているかもしれない。

 信じられないから心配する。

 信じているから心配しない。

 だが、この2つの気持ちの出発点は必ず、相手を想う気持ちだ。相手が心配だから。相手を信じているから。それは決して恥ずかしいことでも恥じることでもない。誇るべきだ。まぁ、俺に言っても失望されないと信じて欲しかった気持ちもあるが。

「俺とお前はパートナー同士なんだ。心配するのも信じるのも当たり前だ。心配してくれてありがとな」

「……うん!」

 サイの頭を撫でながらお礼を言うと彼女は1粒だけ涙を零した後、嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、サイ」

「んー? 何ー?」

「……いや何でもない」

「そう?」

 俺に呼ばれてこちらを見上げたサイだったが用事がないとわかるとまた俺の胸に顔を埋めた。それを見てため息を吐いた後、大海とティオに視線を向ける。視線の意味は『救助要請』。

「あはは……」

 俺の視線を受けた大海は苦笑を浮かべて首を横に振る。要請拒否。

「全く何やってるんだか……あ、ちょっと! 採取してるんだから邪魔しないで! 虫の分際で生意気よ!」

 ティオもサイに呆れながらゲームをしていた。要請拒否。まぁ、ランゴスタはうざいよな。たまに麻痺るし。

 あの後、安心したのかサイは笑いながら涙を流し続けるというよくわからない状態になってしまった。さすがにこのまま放っておくわけにも行かず、試しにサイの体を持ち上げて俺の膝の上に置いた。すると磁石のように俺に抱き着いて顔を俺の胸に埋めたのだ。それからずっと離れてくれない。一応、戸塚には『ちょっと知り合いに会ったから話して来る』と連絡は入れておいたがそろそろ戻らないとマズイ。

「あ、そうだ。ねぇ、京都ではどうする? サイちゃん、こっちで預かった方がいいよね?」

「ああ、そうして貰えると助かる。ただ夜だけはこっちに来るだろうな」

「行くよー」

 だそうだ。後、サイさん? その状態で話すとくすぐったいから顔を上げてください。

「でも、ばれちゃうんじゃ……」

「サイに限ってそれはないな。術を使わなくても余裕で不法侵入できる。皆が寝静まった後、部屋に侵入して俺の布団に潜り込めば大丈夫だろ」

 朝は起きる前で部屋を出ればいいだけだし。

「そんな簡単に……サイちゃんなら出来そうね」

「ええ……サイなら出来るわ」

 大海とティオは顔を青くして納得していた。それほど怖かったのだろうか。サイの全速力宅急便。俺も体験したいとは思わないが。

「まぁ、昼間は頼む……って、今日はいいが明日とかどうするんだ?」

 明日は大海も修学旅行に参加する。その間、サイたちはどうしているのだろう。

「先生に預かって貰う予定よ。ホテルに閉じ込めておくのも可哀そうだから」

 サイたちも京都まで来てホテルでお留守番は嫌だろう。今の様子を見るとゲームでもして暇を潰していそうだが。

「ッ――」

 その時、いきなりサイが顔を上げてキョロキョロと周囲を見渡し始めた。そして、すぐに舌打ちをする。

「どうした、サイ」

「ううん、何でもない。気にしないで」

 舌打ちまでして何でもないことはないと思うが追究する前にまた顔を押し付けて来たので質問できなかった。魔物関係ではなさそうだが一応、今の反応を覚えておこう。

「サイー、そろそろ手伝ってー。ゴリラ、案外強くて……」

「んー? いいよー」

 ティオのお願いを聞いて顔を上げるサイ。そのままくるっと膝の上で体を回転させ、俺の胸に背中を預けた。離れるという選択肢はないらしい。京都に着くまでまだ時間はある。満足するまで放っておこう。俺も大海と話し合いたかったし。

「大海、ちょっといいか?」

「ん? どうしたの?」

「ちょっと、な。念には念を入れて――」

 使わなければ御の字。使うことになっても慌てなくて済む。転ばぬ先の杖だ。

 

 

 

「――俺たちの戦い方を決めておこう」

 

 

 

 コンビネーションの確認。俺たちが今、一番考えなければならないことだった。

 



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LEVEL.47 京都にて雪ノ下雪乃は比企谷八幡に問いかけ、真相の欠片を目の当たりにする

ものすごく駆け足になりましたが、ほぼ原作通りの動きをしたと思ってください。
なお、原作を読んでいない方もそこまで重要なことではないので安心してください。




12月22日までに動画を一本、作らないといけないのでものすごく急いで書きました。本当にごめんなさい……。


 サイたちと新幹線の中で別れた後(別れる直前、サイは泣きそうになっていた)、京都に着いた。

 修学旅行1日目の予定はクラス全体で行動する。この時に発生するイベントとして集合写真があったりするのだが、ぼっちにはハードルが高い。しかも、強制イベントなのでスキップすることはできない。マジこのゲームクソゲー。

 さて、このイベントを回避する方法は3つほどある。

 1つ目はアウトレンジスタイル。簡単に言ってしまえば、自ら他の奴らと距離を取る方法。しかし、デメリットは自分に固定ダメージが入ることだ。卒アルとかで自分だけ離れている写真を見れば誰だってダメージを受けるだろう。

 2つ目はゲリラスタイル。はしゃぐクラスメイトに混じり、あたかも『自分もはしゃいでいますよー』、『超楽しー』と自分を偽り、写真上でぼっちには見えないように偽装工作する。だが、偽装するために撮影の前後に精神的疲労が襲う。しかも、撮った後に『写真撮る時だけ近づいて来たよね』と言われ、追い打ちをかけられる可能性がある。

 最後はインファイトスタイル。

 あえて間合いを詰め、零距離で戦いを仕掛ける。その結果、誰かの陰に入る、もしくは被って見切れたりする。完全に写らず、半分ほど写るので一応、思い出にもなるだろう。ただカメラマンに見つかると注意され、仕切り直しさせられるため、そこには注意だ。

 これが今までの経験で得た対処法だ。

 しかし、今の俺は違う。サイとの特訓の成果を発揮する時が来た。

 そう第4のスタイル――ニンジャスタイルである。

 今の俺ならば隣を歩いても完全に気配を消せば気付かれない。それを利用するのだ。スッと誰かの隣に立ち、写真を撮った後、サッと消える。しかし、誰でもいいわけではない。俺と言う異端分子が紛れても大丈夫な場所――そう、グループとグループの間を陣取る。そうすればAのグループの人は『あれ、この人Bのグループの人だっけ? ま、いっか』となり、Bのグループの人は『あれ、この人Aのグループの人だっけ? ま、いっか』となるのだ。問題は俺自身が誰がどのグループなのか把握していないことである。やばい、詰んだ。

 そんなことを考えていたらいつの間にか写真を撮られていて気配を消していたせいか、体半分ほど写真の外に見切れることになった。これはこれで面白いからいいか。

 さて、仁王門をバックに集合写真を撮った後はクラス単位での移動だ。しかし、移動したのはいいが清水寺拝観入り口は既に入った生徒たちと観光客でごったがえしていた。入るのに時間がかかりそうだ。その証拠に未だ団体入場口には複数のクラスが待っていた。

「ヒッキー」

 大人しく並んでいると由比ヶ浜が列から離れて俺の隣に来ていた。い、いつの間に。忍者か、お前も忍者だったのか。そもそも気配を消していたはずなのに何故、わかったのだろう。もっと努力しないと。

「どうした? 抜かされるぞ」

「抜かされる以前に、前に進まないから……ここで待ってるより面白そうなとこ見つけたからちょっと行ってみようよ。ここで待ってても暇だし」

「後でな」

 しかし、俺の言葉が気に入らなかったのか、由比ヶ浜は軽く睨んで唸った。

「……仕事忘れたの?」

「旅行なんで仕事なんか忘れました」

 旅行に来てまで仕事をする社畜になんかなりたくない。あ、でも文化祭とか体育祭ですでに社畜になっていたわ。もう駄目だ、死のう。でも、今ならトラックに轢かれても無意識の内に受け身しそう。そして、軽傷で助かりそう。これもサイのおかげね。

 それから由比ヶ浜によって『胎内めぐり』なるものを体験した。これも戸部と海老名さんをくっ付ける作戦らしい。その時に真っ暗な道を歩いたのだが、気配を読めるようになった俺にとって暗闇など恐るるに足らず。前にどっちかって言うと由比ヶ浜に触れられた方が怖かった。やはり忍者か。俺を動揺させる忍術でも使っているらしい。

 その『胎内めぐり』は暗い道の先に大きな石があり、それを回しながらお願い事をするそうな。願い事ねぇ。

「お願い事、決まった?」

「ああ」

 由比ヶ浜の問いかけに頷いた。まずは小町の受験合格。そして――。

「よし、じゃあ一緒に回そう」

 そう言って由比ヶ浜と一緒に石を回した。

 

 

 

 ――サイが俺なしでも生きていけるようになりますように、と願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから清水寺やその境内にある神社を見て回った。その途中で『恋占いの石』(俺はやってない)やおみくじ(俺は引いてない)なんかをした。戸部も自分から海老名さんにアピールのようなことをしている。俺たちいなくても大丈夫じゃね? 失敗するかもしれないけど。まぁ、依頼だから仕方なく俺も時々アシストっぽいことをしつつ、清水寺を堪能した。その後は南禅寺まで行き、何故か銀閣寺まで歩かされ、強制的に運動させられた。修学旅行って合宿だったっけ? まぁ、紅葉とか綺麗だったし、戸部と海老名さんもいい感じだった。だったのだが――。

「知らない天井だ」

 気付けば見覚えのない天井を見上げていた。何がどうなってこうなった?

「あ、八幡、起きた?」

 困惑していると不意に声をかけられる。このエンジェルボイスは戸塚か。俺の隣で体育座りをしていたらしい。今は俺の顔を覗くために立ち膝になっているが。

「あ、ああ。これは、一体どういう……」

 そう言いながら周囲の様子を確かめるとクラスメイトの男子たちが麻雀をしていた。ああ、なるほど。宿に着いた後、飯を食ってすぐに寝てしまったらしい。家に帰って来たらまず寝るという生活リズムが仇となったようだ。

「もうお風呂の時間過ぎちゃったけど内風呂使っていいって」

「な、何!?」

 お、おい。それはどういうことだってばよ。俺は何のために修学旅行に来たのだ。戸塚とお風呂に入るためであろう。それなのに……こんなことになるなんて。この気持ちを誰にぶつければ。そうだ、サイに電話しようそうしよう。戸塚ニウムの代わりにサイニウムを摂取せねば。

「あ、ユニットバスはあっちにあるよ」

 電話をかけようとしたが戸塚が部屋の出口の方を指さしながら教えてくれた。そうだ、落ち着け比企谷八幡。まだ修学旅行は始まったばかり。チャンスはまだある。楽しみは後にとっておくものだろう。それにサイニウムは皆が寝静まった後にでも摂取すればいい。慌てる必要などないのだ。サイ、早く来ないかな。

「そっか。サンキュ」

 教えてくれた戸塚にお礼を言ってうきうき気分でシャワーを浴びる。今日はたくさん動いたので汗も掻いた。サイと一緒に寝る時に汗臭いとは言われたくない。まぁ……サイはそれが好きみたいだが。特訓の休憩中、よくすり寄って来るし。犬っぽい。サイワンコの誕生だ。

 そんな適当なことを考えながら風呂から上がり、部屋に戻ると戸部が寝転んでいて俺と目が合った。どうやら負け続けているらしい。

「お、ヒキタニ君起きてたん? 麻雀やんね?」

「あ? 何で俺?」

「みんな強くてつまんねーんすわ」

 それは俺が弱いからカモにしようってことか、おい。喧嘩売ってんのか。

「悪い、点数計算わかんねーからパス」

「そっかー」

 断るとそれ以上、深追いして来なかった。実際、計算出来ない。点数はCPUが勝手に計算してくれたからな。チラッと麻雀組を見ると戸塚の姿があった。やり方を教わっているらしい。俺の視線を受けたからかこちらを見た戸塚は嬉しそうに手を振る。誰かカメラ下さい。天使を写真に閉じ込めます。

 さて、冗談はこれぐらいにして何をしようか。寝るか。でも、サイが忍び込んだ時に俺が寝ていたら悲しませてしまうかもしれない。コーヒーでも買って来るか。

「はっちまーん! ウノやろ……む? どこへ行くのだ?」

 財布や携帯、魔本が入った鞄(新幹線で受け取っておいた)を持って部屋を出ようとするが何故か材木座が現れた。お前、自分のクラスはいいのかよ。

「眠気覚ましにコーヒーでも買って来る。じゃあな」

「え……ま、待て八幡! 我を置いて行くな! おい、聞いているのか? はちまあああああああん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「MAXコーヒーがない、だと……」

 何と言うことだ。おいおい、京都よ。一体、どうした。お前はそんな奴だったのか。京都なら色々な場所から観光客が来るだろう。ならば、色々な土地の名産品とか置いておけよ。千葉と言えばMAXコーヒー。コーヒーと言えばMAXコーヒー。つまり、全国の自動販売機のコーヒーは全てMAXコーヒーにするべき。はい、論破。

 ない物は仕方ない。妥協案としてカフェオレを買ってロビーの端っこに置かれていたソファに座る。部屋に帰ってもよかったのだが雀荘となった部屋に戻ろうとは思えなかったのだ。

 しばらくまったりしているとロビーに見覚えのある人影が現れた。雪ノ下雪乃である。湯上りなのか髪をアップし、ラフな格好だ。そんな彼女はお土産コーナーへ直行し、真剣な目で棚を凝視している。まぁ、雪ノ下が真剣に見る物なんて決まっているのだが。

 しばらく棚を見ていた彼女だったが想いを決したようにそっと商品に手を伸ばす。だが、その途中で周囲を警戒するように見渡した。

「「……」」

 もちろん、ずっと雪ノ下を見ていた俺と目が合う。目が合った彼女は伸ばしていた手をそっとしまうと素知らぬ顔で来た道を戻って行く。なかったことにしたようだ。いつものパターンだな。心の中で『おやすみ』と告げ、残りのカフェオレを啜る。だが、何故か雪ノ下はつかつかとこっちへ戻ってきた。おお、どうした?

「……あら、こんな夜中に奇遇ね」

「それはさっき言うべき言葉だったな」

 俺の前で腕を組んでいる雪ノ下にそう言った。どうして戻って来たのだ。しかも、偉そうだし。

「……ねぇ、何のつもり?」

 ため息を吐いているといつもより冷たい声音で問いかけられた。

「何の話だ?」

「何って……決まって――」

 そこまで言った後、何かを見つけたのか言葉を区切った。何だろうとその方向を見ると平塚先生がどこかへ行こうとしている。スーツの上にコートを羽織り、もう夜中なのにサングラスをかけていた。俺たちの視線でこちらに気付いたのか明らかに狼狽し始める。

「な、何で君たちがここに?」

「飲み物を買いに……先生こそどうしたんすか?」

「う、うむ……他の誰にも言うなよ? 絶対に秘密だぞ?」

 それから先生は今からラーメンを食べに行くと白状した。しかも、あろうことか口止め料としてラーメンを奢ると言って来た。あんたそれでも教師か。いいぞ、もっとやれ。主にラーメンを奢る的な意味で。それから雪ノ下も巻き込んで3人でラーメンを食べに行くことになった。サイニウムを摂取するために夜更かしをしようと決心し、MAXコーヒーを買いに行ったらラーメンを食べに行くことにあった不思議。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラーメン美味しかったです。ご馳走様でした。

「私はコンビニで酒盛り用の酒を買って来る。気を付けて戻れよ」

 帰りのタクシーを降りた先生はそう言って颯爽と去って行った。去って行った理由は気にしないようにしよう。そろそろ部屋に戻らないと戸塚が心配する。さて、帰るか。

「待って」

 歩き出そうと足を出したその時、後ろから呼び止められた。振り返ると俺の目を真っ直ぐ見つめて来る雪ノ下の姿。

「……何だよ」

「さっき言いかけたことよ。何のつもりか聞いたじゃない」

「だから何の話か聞いてんだろ」

 いつもとは違う会話。皮肉めいた小言ではなく真っ直ぐな怒り。だが、雪ノ下が怒るようなことをした覚えなどない。

「……サイさんのことよ」

「あ?」

「どうして連れて来たの。しかも、大海さんたちまで」

「……そう言うことか」

 新幹線の時、サイは舌打ちをした。一瞬、魔物のことかと思ったがどうやら雪ノ下の気配を感じ取ったらしい。新幹線の中でも迷子になったのだろうか。自分の車両とは逆の方へ向かってしまったのだろう。

「説明してくれるかしら?」

「説明するも何も――」

 そこまで言って俺は口を閉ざした。

「……どうしたの?」

 急に黙った俺を不審に思ったのか目を鋭くさせる雪ノ下。だが、そんな彼女を無視してその場にしゃがみ込んだ。その直後、俺の頭上を何かが通り過ぎる。その正体を確かめる前に前に跳んで受け身を取り、雪ノ下の隣まで移動した。

「ひ、比企谷君!」

 いきなり襲われた俺の名前を叫ぶ雪ノ下だったが構っている暇などない。急いで立ち上がり、敵を見る。

「へぇ、楽しめそうじゃない。ねぇ? 『孤高の群青』のパートナーさん?」

 サイと同じぐらいの女の子が月を背に笑っていた。そして彼女の下には魔本を持った男。

(これ、ヤバくね?)

 マイパートナー、サイ。応答お願いします。

 

 

 

 

 

 

 また魔物に襲われました。『サウルク』+『サグルク』で駆けつけてください。ピンチです。魔物相手でもあしらえるぐらいにはなったつもりですが、さすがに“空を飛んでいる魔物”を相手にあしらえるとは思えません。しかも、雪ノ下を守りながら。

 



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LEVEL.48 比企谷八幡は正直言って人間を止めている

お・ま・た・せ。
冬休みです。執筆し放題。更新し放題です。
えっと、つまり、日曜日の更新に加え、書き終え次第、更新するというフィーバータイムです。


ですが、この冬休み中に書いておきたい短編がいくつかあるのでさほど更新できないかなーと思います。


後、メリークリスマスです。



なお、今回のお話しで八幡がハチマンして人間を止めている描写があるのでご注意ください。さ、サイとの特訓の成果だよ!


 俺たちを見下ろしながら微笑んでいる飛行型の魔物。その見た目は完全に吸血鬼である。しかも、ゴスロリ着ているし。後、魔物の真下にパートナーいるけどパートナーが上を見たらパンツ丸見えじゃね?

「ふふ、恐怖で言葉を失っているのかしら? 脂汗が見えるわ」

「……」

 どうやら現実逃避しても意味がないらしい。パンツ云々は本当にそう思うけど。

「比企谷君……私は、夢を見ているのかしら」

「安心しろ。これは現実だ」

「……これが現実だとしてどうやってあの子が飛んでいるのか説明してくれると助かるのだけど」

「この世界には不思議なことがたくさんある。以上」

「……眩暈がして来たわ」

 雪ノ下はやっと目の前で飛んでいるゴスロリが本物だと理解したらしい。チラリと彼女を見ると少しだけ顔を青くしていた。雪の女王様でもこの状況を理解するのは些かSAN値を削る行為だったようだ。SAN値ピンチ、俺たちピンチ。

「さぁて。『孤高の群青』のパートナーさん? 大人しく魔本を渡してくださるのなら傷一つなくお家に返してあげるけれど、どうする?」

「……生憎、その言葉を信じるほど俺は素直じゃない」

「あらあら……折角チャンスをあげたのに残念。そこの娘と一緒に仲良く死になさいな」

「『ガウルク』!」

 敵が呪文を唱えた瞬間、ゴスロリが消える。しかし――。

「きゃっ……」

 ――俺もほぼ同時に雪ノ下の腕を引っ張って横に跳んだ。いきなり引っ張られた雪ノ下は小さく悲鳴を上げながら倒れそうになるがその前に左腕で彼女を抱き寄せる。今は緊急事態なので許して欲しい。

「……へぇ?」

 先ほどまで俺たちがいた場所でゴスロリがニヤリと笑った。その足元には小さなクレーター。速度アップの呪文だったようだ。後1秒でも逃げるのが遅れていたら俺たちは粉々にされていただろう。その証拠に俺が持っていた鞄がゴスロリの攻撃の余波で破けてしまった。鞄から魔本を取り出し、鞄を投げ捨てる。

「さっきのはまぐれじゃなかったようね。ただの人間が2回も偶然であれに反応できるわけないもの。本当に人間?」

「人間だ。お前の言う『孤高の群青』のパートナーだけどな。そっちこそ何で『孤高の群青』を知ってるんだ?」

 魔本を背中に隠しながら問いかけた。今は少しでも時間を稼ぐ。サイがこちらに向かって来ているのならば魔力感知でゴスロリに気付くはずだ。しかし、問題はサイがこちらに向かっていなかった場合である。どうにかして俺たちのピンチをサイに知らせないと。

(携帯を取り出したら止めに入るだろうし。どうすっかな)

「……そうね。あの子のパートナーには教えておこうかしら」

 ゴスロリはそう言うと翼を広げてお辞儀をした。おお、様になっている。

「初めまして。私、ツペ家当主ハイル・ツペと申します。親しみを込めてハイちゃんって呼んでください」

 そう言った後、ニッコリと笑うハイル。その目は『早く呼べ』と言っていた。

「……ハイちゃん」

「よろしい。さて、貴方は私とあの忌まわしき群青の関係を聞いて来たけれど……はっきり言ってしまうとライバルね」

 あ、やばい。何となく展開が読めた。

「魔界にいた頃、私はとても優秀な生徒として周りからちやほやされていたわ。特にこの美しい容姿なんか歩けば10人中10人が振り向き、微笑めば失神する人はもちろん、鼻血を出す人なんて珍しくなかった。クラスでも私の人気は常にトップ。成績もトップ……ですが、そこに現れたの。あの群青がっ!!」

 悔しそうに地団駄を踏むゴスロリ。その度にクレーターが大きくなっていく。おい、お前のパートナーもドン引きしているぞ。

「いきなりクラスに編入して来た彼女はとても不思議な人だった。この私が話しかけても完全無視。この私が! 話しかけて! 上げているのに! それだけでも忌々しいのに。あの子……魔法が全く使えなかった癖に戦闘技術だけは異常に高くて他の人はもちろん、私でさえ足元に及ばなかった。ですが? 私は高貴なるツペ家の当主ですから? 素直に負けを認め彼女に声をかけたわ……そしたらあの子、なんて言ったと思う?」

 『聞け。早く』とハイちゃんの目が言っている。彼女のパートナーも『早く聞いてあげて』みたいな視線を送って来ていた。すごい震えている。臆病なのだろうか。

「……何て言ったんだ?」

「『誰?』ですって……このツペ家当主ハイル・ツペに対して『誰?』。あはははははは!! ふざけんなっ!! ハイちゃんを無視するなんて絶対許さない! 許さない! 許さないいいいい!!」

 ハイルが思いっきり地面を踏む。地面が割れた。

「その日から私は『孤高の群青』のライバルとなり……今日、やっと彼女に一矢報いることができる! あはははは!!」

 狂ったように笑っているハイルだったがものすごく涙目だった。それほど悔しいらしい。彼女のパートナーもビビっているし。気の毒だな。

「あの忌まわしき群青は今、ここにはいない。確かシュウガクリョコウ、だったかしら? 貴方たちが離れるタイミングをずっと待っていた! これで、これで勝てる! 私が勝つのオオオオオオオオオ!」

 つまり、ハイルたちは俺とサイが離れる時をずっと待っていた。それがこの修学旅行だった。そして、京都に彼女のライバル(仮)であるサイがいることを知らない。

(それを上手く利用すれば……)

 なら、なおさらハイルたちに悟られることなくサイに伝えなければならない。今だってあんな風にペラペラと話しているのはサイがいないと思っているからだ。

「なぁ、ハイル」

「ハイちゃん」

「……」

「ハ、イ、ちゃ、ん」

 この子の『ハイちゃん』に対するこだわりは一体、何なのだろうか。

「ハイちゃん」

「何?」

「本当にサイのライバルなのか?」

「……何が言いたいの?」

 俺の言葉を聞いたハイルは目を鋭くさせる。イラッとしたようだ。

「お前が勝手に言ってるだけでサイはお前のことどうでもいいと思ってるんじゃないか?」

「ッ……ど、どうしてそう思うのかしら?」

 顔を引き攣らせながらも何とか笑顔を保とうとしている。おお、怒ってる怒ってる。

「いや、なんかお前、小物っぽいし……サイからしたらお前は周りで騒いでいる猿くらいの認識だと思うぞ。サイの目には周りの奴なんか入らないからな」

 特に魔界にいた頃は『孤高』と呼ばれるほどだ。ハイルのことなんか心底どうでもよかっただろう。

「さ、猿? この私が猿? あは、あはは……」

 よほどショックだったのかハイルは顔を俯かせながら笑う。体はバイブレーションの如く震えていた。

「雪ノ下」

 それを見ながら隣で放心していた雪ノ下に声をかける。

「な、何かしら?」

「すまん」

 一言謝った後、魔本を押し付ける。いきなり本を持たされた雪ノ下は目を丸くして驚いた。その隙に彼女の肩と膝の裏を持ち上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。

「ひ、比企谷君!?」

「非常事態なんだ。お前の体力じゃすぐに追いつかれる。我慢しろ。後、その本は絶対に守ってくれ」

 俺だって我慢しているのだ。後で慰謝料とか請求されないよね? 大丈夫だよね?

「いい度胸だ、人間……まずは貴様からズタズタに引き裂いてくれるわあああああああ!!」

 堪忍袋の緒が切れたのかハイルは凄まじい形相で俺たちを睨み、絶叫した。さて、もう一押ししておこうか。

「わー、お猿さんが怒ったー」

「ユウトオオオオオオオ!! 呪文を唱えろおおおおおお!」

「は、はい! 『ガウルク』!」

 暴走状態のハイルの姿が消える。目にも止まらぬ速さで移動しているのだ。

「――ッ!」

 だが、俺には通用しない。その場にしゃがむと頭上をハイルの足が通り過ぎた。

 戦闘で大事なのは冷静さを失わないこと。我を忘れてしまえば攻撃が大振りになる。それに加え、攻撃の軌道も読みやすくなる。言ってしまえば、こちらからすると躱しやすくなるのだ。そりゃ、あれだけ殺気を放っていれば振り返らなくても躱せるわ。最初の不意打ちも殺気を感じて咄嗟に躱したほどだし。蹴りを躱されて相手が体勢を崩している間に俺は敵に背を向けて走り出した。

「ちょ、ちょっと! 比企谷君!」

「喋るな、舌噛むぞ!」

 珍しく声を荒げる雪ノ下に忠告した後、今度は右にステップ。すると、左側をハイルが通り過ぎ、近くの塀に突っ込んだ。あれに掠っただけでも骨が折れそうである。それにここだと色々とマズイ。今は人がいないからいいものの通りすがりの通行人にハイルが攻撃を仕掛けない保証はない。それにハイルが突っ込んだところにたまたま人がいる可能性もある。どこか広い場所に行かないと。

「雪ノ下。この辺に広い場所とかないか?」

「……河川敷があったはずよ。方向は――」

「いや、そこまではいい」

 方向音痴のお前じゃナビゲートは無理だわ。後ろから感じるハイルの殺気を探りながら考える。確か河川敷は――。

「『ガル・ガ・ガルルガ』!」

 河川敷の場所を思い出そうとしたがその前にハイルのパートナーが新しい呪文を唱える。チラリと後ろを見るとハイルが体を回転させながらこちらに突っ込んで来ていた。しかし、『ガウルク』の効果が切れているのか速度は目で追えるほど。これなら躱せる。もう一度、右に跳んだ。だが、躱した直後、ハイルが翼を大きく広げ、衝撃波が発生した。急いでハイルに背中を向ける。

「ガッ……」

「比企谷君!」

 背中に鋭い痛みが走り、呻き声を漏らすが足は止めない。止めたら殺される。

(面倒な術だな)

 『ガル・ガ・ガルルガ』は自分の体を回転させて相手に突っ込む術。それに加え、翼を広げると自分の周囲に衝撃波を発生させることができるのか。厄介だ。基本的に俺が回避するとなると紙一重になる。衝撃波まで躱せない。さすがにサイの特訓で痛みに慣れているとは言え、何度も衝撃波を受けていたら俺の体が壊れてしまう。

「『ドルガルル』!」

 冷や汗を掻いているとそこにハイルがドリル状の弾を放って来た。顔だけで後ろを見ながらドリルの軌道上からずれる。しかし、ドリルが地面に着弾して道路だった物が俺たちの方へ飛んで来た。いくつかの石が俺の体に当たり、鈍痛が俺の体を蝕む。さすがに挑発し過ぎたかもしれん。でも、希望はまだある。この通りを抜ければ――。

「『ギガノ・ガソル』!」

「死ね」

 その時、俺たちの目の前に大きな剣状のエネルギー体を持ったハイルが現れた。上空を移動して先回りしたらしい。剣を振るうハイルの顔は歪んだ笑みを浮かべていた。このまま放っておけばハイルの剣は俺と雪ノ下を真っ二つにするだろう。だが、何とかするにしても今の俺は雪ノ下を抱えているから両手は使えない。いや、使えないからこそ何とかできる。サイが言っていた。『ハチマンは常に魔本を持ってるから両手は使えないと思った方がいい』と。じゃあ、どうすればいいのか? 魔物の攻撃をいなすためには何を使えばいいのか? 決まっている。手が使えないなら足を使えばいい。

「う、うおおおおおおおおお!!」

 気合を入れるために絶叫しながら雪ノ下を強く抱きしめ、その場でくるりと回転し、後ろ回し蹴りを放つ。狙うのは剣の腹。普通の剣とは違い、剣そのものがエネルギーでできているため、無傷では済まないだろう。

「なっ!?」

 まさか立ち向かって来るとは思わなかったようでハイルは目を見開く。その視線の先では剣の腹と俺の踵がぶつかっていた。

「ぐっ……おおおおおおおおおおッ!」

 踵から血が吹き出し、顔を歪ませる。立ち向かってはいけない。俺はひ弱な人間なのだ。魔物の怪力に――術を跳ね返すのはもちろん、軌道をずらすことなんてできるわけがない。そう、俺の狙いは軌道をずらすことではない。“剣の腹を足場に思いっきりジャンプする”ことだ。軸となっていた左足で軽く跳び、体を浮かせた後、右足に力を込めた。すると、慣性の法則により力を込めた反動で宙に浮いていた俺たちの体がわずかに左にずれる。それだけで十分。ハイルの剣は俺の体を掠めながら通り過ぎ、地面を抉った。それを見届けながら俺は背中から地面に倒れる。雪ノ下を抱えながら術に向かって後ろ回し蹴りを放って軌道上から逃げた後、華麗に着地できるほど人間を止めているつもりはない。急いで立ち上がり、背中と右足の踵の痛みを無視して走る。

「ふ、ふふ……あーはっはっは! 面白い……面白いぞ、人間! 今のをやりすごすとは!」

 後ろからハイルの楽しそうな声が聞こえるが俺は全然楽しくない。そんなことを考えながら走っていると通りを抜け、やっと河川敷に着いた。急いで河川敷に降り、振り返る。

「でも……これで終わり。さよなら」

「『ギガノ・ドルガルルガ』!」

 そこにはハイルの両手から撃ち出された巨大なドリルだった。今から左右に跳んでも躱せない。先ほどのように術を足場に跳ぶにしても攻撃した瞬間、ドリルによってひき肉にされる。雪ノ下が俺の服を掴んで小さく悲鳴を上げた。

「……」

 背中は衝撃波でズタズタにされ、右足の踵は血だらけ。石が当たったせいで体中が痛い。少しでも気を抜けば痛みで気絶しそうだ。でも――。

 

 

 

 

 

 

 ――目の前に現れた中央に羽の紋章が刻まれた円形の巨大な盾を見て笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ドリルが盾に当たった瞬間、消滅していく。声は聞こえなかったが大海たちが来てくれたらしい。何とか間に合っ――。

「きゃあああああああああ!」

 安心した束の間、俺たちの前をティオが悲鳴を上げながら通り過ぎ、川に突っ込んで行った。え、何が起きたの?

「あ、ごめんティオ。強すぎた」

 その光景を見て呆然としているとサイが俺たちに駆け寄りながら謝る。川で溺れているのか騒いでいるティオを大海が助けに向かった。

「……サイ」

「全く。ハチマンってば私がいない時に魔物に襲われ過ぎでしょ……まぁ、余計なのまでいるみたいだけど」

 俺の腕の中で震えている雪ノ下を見てため息を吐くサイ。そして、突然現れたサイを見て驚愕しているハイルの方を向く。

「『孤高の群青』が何故、ここに……さすが私のライバル! 私の襲撃を予知してここに来ていたのね!」

「……」

「あら、どうしたのかしら? まさか私が襲って来るなんて思いもしなくて驚いているのかしら。いえ、喜びで声も出せないのね。ライバルであるハイル・ツペが目の前にいるのだから!」

 満面の笑みを浮かべて叫ぶハイルに対し、サイは困惑した表情で俺を見た後、口を開いた。

 

 

 

 

 

「……あの、どちら様?」

 

 

 

 

「うがああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 質問。ハイル・ツペは本当にサイのライバルなのですか?

 

 答え。いいえ。サイの目にハイル・ツペは入ってすらいませんでした。

 




ハイル・ツペのコンセプト

・ガッシュの原作に出て来そうな魔物。なお、小物。書いている内に某弾幕シューティングゲームのかりちゅまにしか見えなくなった。ごめんなさい。



因みに作中で八幡がサイにSOSを出しています。
……まぁ、わかりやすいので気付いていると思いますがわかりましたか?


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LEVEL.49 比企谷八幡と群青少女は大海恵とティオと共にコンビネーション技を繰り出す

まさかの連続更新。
戦闘シーン書くの楽しいです。
今回の戦闘シーンはちょっと無理あるかもしれませんが。


「殺すううううう! ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅ! ユウトオオオオ! 最大呪文の準備いいいいいいい!」

「は、はいっ!」

 怒り狂うハイルの怒声に悲鳴を上げながらパートナーのユウトが心の力を溜め始める。サイに覚えられていなかったことがそれほど許せなかったらしい。今なら攻撃し放題なのだが、サイは攻撃呪文を覚えていないし、ティオの『サイス』も魔物相手には効果は薄い。まぁ、ティオ本人は川で溺れているから攻撃すら出来ないのだが。

「ね、ねぇ。何であの子あんなに怒ってるの?」

 さすがのサイも修羅となっているハイルを目の当たりにして困惑しているようだ。

「……お前が覚えてないからだ」

「え? 私、あんな子と知り合いじゃないんだけど……」

「があああああああああ!! ユウトオオオオ! まだかあああああああ!」

「も、もうちょっと!」

 サイの呟きが聞えたのか更に怒りのボルテージを上げるハイル。止めて! 君のパートナーが恐怖で死にそうだよ! 足とかガクガクしてるよ!

「さ、サイ……あんたねぇ」

 その時、ずぶ濡れになったティオが戻って来る。その後ろには苦笑している大海。

「あはは。ごめんね、ハチマンのピンチでちょっと焦ってた」

「気持ちはわかるけどいきなりぶん投げるのは止めなさいよ!」

 どうやら、サイたちが河川敷に到着した頃、俺たちは『マ・セシルド』の召喚可能範囲外にいたようだ。なら、ティオを投げて強引に『マ・セシルド』の召喚可能範囲に俺たちを入れればいい。そう考えたサイが思いっきり投げたらしい。そのおかげでティオはずぶ濡れになったが。

「サイ……相手が心の力を溜めてる内に回復したい。大海は雪ノ下に簡単に説明してやってくれ」

 どうせ攻撃しても簡単に弾かれる。サイに至っては飛んでいるハイルに攻撃すらできないのでこちらの体勢を立て直した方が得策だ。

「あ、ごめん」

 俺の傷に気付いたサイは俺の後ろに回り込む。俺も雪ノ下から魔本を返して貰い、その場に座り込んで呪文を唱える。

「『サルフォジオ』」

「そいやっ!」

 群青色の液体が入った注射器が俺に突き刺さり、傷が綺麗になくなった。まだ痛みは残っているものの動く分には支障などない。痛みに襲われながら動く特訓ならほぼ毎日している。体の調子を確かめた後、チラリと雪ノ下たちを見た。説明はある程度終わったようで雪ノ下は顔を青くしている。そんな彼女を不安そうに見ていた大海だったが俺の方に近づいて来た。

「一応、魔物について説明したし、これから戦いになることも言ったけど……あまり長引かせるのはまずいかもしれないわ」

「わかってる……が、新幹線でも言ったように俺たちに決定打はない。雪ノ下には我慢して貰うしかないな。さて、新幹線で考えたコンビネーションのお披露目会といこう」

「ハチマン、不安だからってキャラを崩してまで茶化さなくていいんだよ」

 サイが俺の前に移動しながら笑った。おーう、バレテーラ。実際、ハイル相手に勝てるか不安だ。こちらの攻撃呪文は『サイス』のみ。それに対して向こうは回転攻撃+衝撃波を放つ呪文や剣を出現させる呪文、巨大なドリルを放つ呪文まである。何より、空を飛んでいるのが厄介だ。サイの専売特許である身体能力の高さがほぼ無効化される。まぁ、今は攻め方よりも――

「ハイちゃん! 行くよ!」

 ――敵の最大呪文を防ごうじゃないか。コンビネーションとやらで。

「大海、ティオ頼む。雪ノ下は下がってろ」

「ええ!」「もちろんよ!」

 大海たちが笑顔で頷きながら俺の前に――サイの後ろに移動した。雪ノ下も震えながら俺の後ろに隠れる。俺と大海が魔本に心の力を溜め始めた時、向こうの魔本の光が一気に大きくなった。

「来るぞ!」

「『ギガノ・バル・ガルルガ』!!」

 ハイルの手から8つのレーザーが撃ち出される。レーザーは一度、膨らむような軌道を描くが一斉に俺たちに向かって来た。俺たちに当たる直前で1つにまとまるのか。この呪文を攻略するにはレーザーが一箇所に集まる前に8つのレーザーを個々に無効化する必要がある。だが、俺たちはあのレーザー1本でさえ処理するのは難しい。なら、真正面から受け止めるまで。

「『マ・セシルド』!」

 俺たちの目の前に円形の巨大な盾が出現する。それとほぼ同時に8つのレーザーが1つにまとまり、巨大なレーザーとなって盾に直撃した。

「ぐっ……恵、出来るだけ堪えるわよ!」

 レーザーを受け止めた盾に皹が入るがティオはそれを見ても諦めることなく叫んだ。

「わかってる!」

 頷いた大海の手にある魔本が更に光を増した。すると、皹割れていた盾が綺麗になる。だが、それでもレーザーの勢いはなくならない。

「大海、消せ! 『サシルド』!」

 俺の指示を聞いて大海が呪文を消し、タイミングを見計らって呪文を唱える。サイの前から群青色の盾がせり上がった。今度はその盾がレーザーを受け止める――否、受け流す。群青の盾をなぞるようにレーザーが後方へ流れた。

「下がれ!」

 ちゃんとレーザーが受け流されているのを確認した後、次の指示を出す。レーザーを受けて赤熱している群青色の盾から距離を取った。

「大海!」

「『マ・セシルド』!」

 『サシルド』を消すと同時にまた『マ・セシルド』が出現する。再びレーザーを受け止めたが今度は皹割れない。

 そう、これがフォーメーション1――『デュアルシールド』である。真正面から受け止める頑丈な『マ・セシルド』。そして、受け流して威力を半減させる『サシルド』だから出来る防御方法である。『マ・セシルド』で敵の攻撃を出来るだけ受け止め、大海の心の力が尽きかけたら『サシルド』で時間を稼ぐ。その間に大海がまた心の力を溜めて再び『マ・セシルド』で防御。これをひたすら繰り返して敵の呪文を受け切る。条件としては『サシルド』で受け流せる尚且つ数秒でもいいから耐え切れないと成り立たないのだが、受け流せるのならば敵の術の威力も半減できるのでかなり使える戦法だと思う。『マ・セシルド』で受け切れない術は十中八九心の力を大量に消費する術なので――。

「は、ハイちゃん……もう、心の力が……」

 ――敵の心の力を大幅に削ることも可能。しかも、こちらは相方が攻撃を受け止めている間に心の力を溜められるのでほとんど被害はない。

「心の力を溜めろ! 『サシルド』!」

 大海の心の力を溜める時間を稼ぐためにもう一度、交代する。受け流されたレーザーの威力はどんどん落ちて行き、最終的に消えた。それを見届けた後、『サシルド』を消す。

「むきいいいいいいい! 2人がかりなんて卑怯よおおおおおおお!」

 受け切った俺たちを見てハイルが宙に浮きながら地団駄を踏む。器用だな。

「あ、誰かと思えば『孤独のハイル』じゃない。またサイに突っかかってるの?」

 そんなハイルを見てティオがそう言った。サイと知り合いならティオが知っていてもおかしくない。しかし、『孤独のハイル』とな?

「お前……周りからちやほやされてたって言ってなかったか?」

「はぁ!? あのハイルが!? そんなわけないじゃない! お昼ご飯の時、いつもトイレで食べてたのよ?」

「ぐっ……『首絞めティオ』! 貴女は一体何を言っているのかしら? 私は高貴なるツペ家当主ハイル・ツペなのよ? そんな便所飯だなんて――」

「じゃあ、友達の名前言ってみなさいよ!」

「くうううううううう!」

 ハイルはぼっちだったらしい。なんか急に親近感が湧いた。ティオに指摘されて涙目だし。そんなことよりティオの二つ名が気になる。何だよ、『首絞め』って。文化祭でガッシュの首を絞めていたがあれが関係しているのか? まぁ、あんなろくろ首のようになるほど首を締められたらそんな二つ名も付くわ。

「え、えっと……『首絞めティオ』さん。説明してくれない? もうわけがわからないよ……」

「ちょ、さ、サイ! あれはハイルの嘘だからね? 私は首を絞めたりなんか!」

「でも、この前、ガッシュの首絞めてたでしょ。ウマゴンも泣くほどの形相で」

「あ、あれはガッシュが!」

「無視するなああああああああ!」

 人間組は魔物組の会話に入って行けません。今の内に心の力溜めておこう。大海も俺が心の力を溜め始めたのを見て同じように溜め出した。向こうはハイルのキャラ崩壊を見て放心しているが。

「そもそも、あの人間は一度も外部に連絡してなかったのにここがわかったの!?」

「え? ハチマン、どうやって『サルク』唱えたの? てっきり、ハイルの目の前で堂々と唱えたのかと」

「んなことするかよ。向こうはお前が京都にいるって知らなかったみたいだし。会話に『サルク』って単語を紛らわせて唱えた」

「い、いつの間に?」

「……サイからしたらお前は周りで騒いでいる猿くらいの認識。猿くらいの。『サルク』らいの」

 正直言ってばれてもおかしくはなかった。呪文を唱えれば魔本から光が漏れる。今は夜のため、その光はかなり目立つ。挑発したのもハイルの注意力を削ぐためだったが、何とかなってよかった。因みに今、『サルク』と言ったが術は発動していない。サイとの特訓の中に『魔本を持ちながら術を唱えても勝手に術が発動しないようにする』というものがあった。事故を防ぐためって言っていたが魔本を手放さずに会話できるのはかなりありがたい。それも見越していたのだろうけど。

 もちろん、術を唱えただけでサイが俺たちの場所を特定できるわけではない。だが、俺たちがピンチだと知られる。それだけでも違う。サイなら俺がピンチだと知れば血眼になって探すだろう。そして、俺たちに近づけば魔力感知ですぐに敵の居場所がわかる。後はそこへ向かうだけだ。さすがに間に合わなくてティオは投げられる羽目になったが。

「……ユウト、気付いてた?」

「ひっ……だ、だってハイちゃん、僕の声聞こうともしなかったし、怖かったし」

「ユウトオオオオオオオ!」

「ご、ごめんなさあああああああい!」

 しかし、どうやらユウトは気付いていたらしい。ハイルが怖すぎて声をかけられなかったようだが。

「ねぇ、『孤独のハイル』ってどういうこと?」

 ハイルとユウトがごちゃごちゃやっている間にサイはティオに事情を聞き始める。俺たちの心の力もまだ溜めている最中だから暇なのだろう。レーザー受け止めるのに結構、心の力使ったからな。

「……あの子、あんな性格だから友達が出来なかったのよ。でも、成績だけはよかったからそれを支えにしてたらしくて……そこにサイが来ちゃって」

 唯一の長所がサイに取られたのか。魔界にいた頃、魔法は一切使えなかったが戦闘技術だけはずば抜けていたので抜かされてしまったのだろう。多分、座学の方もサイなら楽々満点とか取りそうだし。

「こら、ティオ! 変なこと吹き込まないで!」

「事実じゃない……あれ、でもハイルがサイに突っかかり始めたのって班分けの時、サイと一緒になってからじゃ――」

「あああああああ! 言わないでええええええええ!」

「班分け……あ、そう言えばいつだったか筆記用具忘れた子にペンとか貸してあげたような……」

「きゃあああああああああああ!」

 顔を真っ赤にしたハイルが地面に降りてその場でゴロゴロと転がり出す。おおう、黒歴史黒歴史。簡単に話をまとめると孤独だったハイルはサイに優しくされてコロッといってしまい、友達になるべく近づくが、どうしていいのかわからなくてとりあえず、突っかかってみた。こんな感じか? ツペ家当主はかなり不器用な子だった。

「もういいもん、怒ったもん! ハイちゃん、マジギレしちゃったもん!! ユウト!」

 赤面しながら立ち上がったハイルだったが、恥ずかしさからか完全に子供口調に戻っている。もしかしたらこっちが素なのかもしれない。

「……ご、ごめん。心の力が」

「ああ、もう! もう! もう! もおおおおおおお!! ユウトは心の力溜めてなさい! 私独りでやるから!」

 そう言った後、ハイルが翼を広げて低空飛行でこちらに突っ込んで来た。

「大海、フォーメーション2で」

「……」

「大海?」

 指示を出したのに動こうとしない大海を見ると少しだけ不満そうにしていた。新幹線の中でもフォーメーション2について話した途端、猛反対して来たし。

「時間がない。頼む」

「……無理だけは、しないでね」

「わかってる」

「はぁ。本当に……心配ばかりかけさせるんだから」

 すまん。でも、俺たちが勝つためにはこうするしかないのだ。頷いた大海に心の中で謝った後、サイの隣に並ぶ。

「ふふ、何だかわくわくする。ハチマン、頑張ろうね」

「俺は全くわくわくしないけど頑張りまーす」

「死ねっ!」

 ハイルが標的にしたのは俺だった。まぁ、そりゃそうだろう。魔物は人間より強いのは当たり前なのだから。タックルでもするつもりなのか右肩を前に突き出すような体勢を取った。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸して腰を低くする。右手に持った魔本をギュッとしっかり掴んでハイルに向かって駆け出す。

「『サウルク』」

 ハイルとぶつかる直前に術を唱え、ハイルのタックルを受けると同時に体を左側に引きながら彼女の服を掴み、後方へ投げ捨てるように払う。イメージするのは闘牛士が闘牛をいなすシーン。いなされたハイルは悔しそうに俺の方を振り返る。

「こっちだよ」

「ガフッ……」

 その隙に高速移動したサイのドロップキックがハイルに直撃した。だが、これだけでは終わらない。

「『セウシル』!」

 大海が術を唱えると俺とサイ、ハイルを囲むように半透明のドーム状のバリアが出現する。ドロップキックで吹き飛ばされたハイルは『セウシル』に背中から激突して口から空気を漏らした。

「くっ……まだまだあああああ!」

 痛みで顔を歪ませるが雄叫びを上げながら俺の方にまた突っ込んで来る。確かに人間は魔物には勝てない。術を使われたら自分の体を犠牲にしないとやり過ごせないし、ただのパンチでも骨が折れてしまう。だが、それを知っているからこそ対策できる。

「よっと」

 突っ込んで来たハイルの動きに合わせて後ろに倒れ込む。そのまま彼女の服を左手だけで掴み、背中を地面に付けた後、両足でハイルの体を上に持ち上げながら後方に向かって投げる。ちょっと変わった巴投げだ。投げられた彼女は目の前の光景に顔を引き攣らせた。何故なら――。

 

 

 

 

「お待ちしていました」

 

 

 

 

 ――いつの間にか空中で待ち構えていたサイを見たからだ。

 フォーメーション2――『セウシルリング』。これは俺とサイと敵を『セウシル』の中に閉じ込めて強制的に戦わせる戦法だ。閉じ込められたことに気付いた敵はまず、俺を狙うだろう。しかし、俺にはサイとの特訓で編み出した柔の技がある。柔能く剛を制す。とにかく俺は相手の攻撃をいなし、躱し、受け流す。無傷とはいかないがハイルのように心の力を使い切った状態で突っ込んで来るならば結構、簡単にやり過ごせる。そして、その隙を突いてサイが攻撃する。

「はい、ドーン」

「ガッ」

 サイの踵落としを受けたハイルは地面に落とされる。サイは『セウシル』の壁を“走って”登り、ハイルの前まで移動したのだ。さすがサイ。

 『セウシルリング』にも弱点はある。まず、『セウシル』が脆いこと。攻撃呪文一発でも受けたら壊れてしまうだろう。まぁ、その場合、攻撃呪文を放った瞬間、サイが思い切り攻撃し、敵が怯んでいる間にもう一度、『セウシル』を唱えるだけなのだが。

 他にも『セウシル』の範囲が狭いのでかなり窮屈であること。言ってしまえば俺たちも戦い辛い。まぁ、基本的に俺はカウンタータイプだし、サイも『サウルク』のおかげで一瞬にして移動できるからあまり関係ないのだが。

 最後は俺がいなし切れない攻撃をされた場合、正直言って詰みである。一撃でも受けたら『サルフォジオ』で回復するまで俺は戦闘不能になってしまうだろう。そうなるとティオたちに守って貰うしかない。もし、大海の心の力がなければ総崩れだ。そうならないためにも細心の注意を払って――。

「さぁ、ハイちゃん?」

「私たちと一緒に遊びましょ?」

 ――挑発しようではないか。

「く、くそおおおおおおお!」

 『セウシルリング』はあまり長い時間持たない。だからこそ挑発するのだ。怒りに我を忘れ、単調な攻撃を繰り出し、俺にいなされ、サイの重い一撃を受ける。それが『セウシルリング』。ハイルのような高飛車でプライドが高い奴にこそ真の力を発揮するフォーメーションだ。軽い挑発で怒り突っ込んで来るから。

「ぐはっ」

 突っ込んで来たハイルを一本背負いし、地面に叩き付けられたところへサイが蹴りを放つ。捕食者はお前じゃない。俺たちだ。さぁ、踊れ、舞え、散れ。籠の中に閉じ込められた蝶々さん?

 




正直、『セウシルリング』にクレームが来そうで怖いです……。
狭すぎんだろ!とか……。
ガクブルしながら感想お待ちしています。
お、お手柔らかにお願いします!


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LEVEL.50 公式を知らない者は問題文を読むことしかできない

「ぬべっ……」

 俺に足払いをかけられ、顔から地面に突っ込むハイル。その隙を見逃すサイではなくハイルの背中に飛び乗り、逆エビ固めをかける。

「いたたた! ギブ! ギブ!!」

「魔物同士の戦いにギブアップはないでしょ!」

「のおおおおおおおお!」

「は、ハイちゃあああああん!」

 プロレス技をかけられているハイルを見てユウトが叫ぶ。心の力を溜めているようだが、ハイルのことが気になって上手く行っていないようだ。

「大海! 『セウシル』、解除していいぞ!」

 それを見て俺はすぐに大海に指示を出す。

「え!? で、でも!」

「向こうは心の力を溜め切れてない! なら、お前も今の内に心の力を溜めておけ! 今のハイルならプロレス技で動けない! げほっ」

 あー、久しぶりに大声を出したから喉が痛い。『セウシルリング』中だと会話しにくくて仕方ない。距離も離れているし『セウシル』越しだから聞こえ辛いのだ。俺も『サウルク』消しておこう。

「ゆ、ユウ、ト……ま、まだなの? じゅ、術を……は、早、く」

「え!? ハイちゃん、聞こえないよ! 何て言ったの!?」

 まぁ、向こうも会話できていないので良しとしよう。『セウシルリング』の新しい利点に頷いていると『セウシル』が消えた。

「今度はコブラツイストだー!」

「いたたたたた!! ゆ、ユウト! 早く、早くぅぅぅぅぅぅ!」

 サイも大海の方を見て状況を把握したのか別のプロレス技でハイルを虐めている。その顔はとても楽しそう。実際、魔物同士の戦いなどではなくただのプロレスごっこをしている幼女たちにしか見えない。ハイルも痛そうに顔を歪めているが振り解こうとしていないし。もしかしたら友達同士で遊んでいる気分でも味わっているのだろうか。まぁ、振り解こうとしても完璧に技が決まっているので抜け出せるわけもないのだが。

「ハイちゃん! 行けるよ!」

「え……あ、そ、そう! 早くしなさい!」

 今、残念そうな声、出したよな? マゾというわけではないようだがものすごく残念そうである。そんなに友達が恋しいのか。

「『ガル・ガ・ガルルガ』!」

 術を唱えた後、ハイルが翼を自分の体を包むように動かした。あれは衝撃波を放つモーション。このままでは至近距離にいるサイに直撃してしまう。

「ッ! 『サグルク』!」

 『サウルク』を唱えて怪我でもしたらマズイので『サグルク』を選択した。俺が術を唱えたことで自分の身に危険が迫っていると気付いたのかハイルの体を離し、バックステップで距離を取るサイ。それとほぼ同時にハイルが翼を大きく広げ、衝撃波を放った。

「くっ」

 両腕をクロスして顔を庇ったサイだったが衝撃波に煽られ、吹き飛ばされてしまう。バックステップ中だったから体が宙に浮いていたのだ。

「『ギガノ・ガソル』!」

 そこへ更に追加の呪文。大きな剣を持ったハイルはサイの方へ突っ込んでいく。今、俺に突っ込んでも意味がないと理解しているのだろう。絶対に対処できない俺に向かって来たら大海が『マ・セシルド』を唱えるから。だからこそサイに向かった。サイは術なしでも『ギガノ・ガソル』を何とか出来てしまいそうだ。今、大海は心の力を消費しているので出来るだけ温存しておきたいはず。そのせいで術を唱えるのを躊躇うだろう。その間に攻撃してしまえばいい。俺ならそうする。絶対に守られる方より少しでも可能性がある方を選ぶ。だが、ハイル。お前は間違えた。

「へぇ?」

 サイは絶対的強者なのだ。ほら、今だって自分に向かって来たハイルを見て笑っている。『私の方に来るんだ? いいよ。遊んであげる』と言わんばかりに。

「ティオ、パス」

「え、ええ?」

 ティオに魔本を投げて俺は駆け出す。サイたちの元へ。この後の展開を先読みして。

「やぁ!!」

 大きな剣をブンと横薙ぎに振るうハイル。それを見て体の角度を横にしてくるっと回転し、大剣を躱すサイ。ただその場でくるりと回転しただけだ。それだけで躱せる。逆らわず、受け入れているだけ。大剣によって発生した風に乗ったのだ。体を回転させるのは風に乗りやすいようにするため。サイだからこそできる不可能に近い回避方法。

 そして、絶対的強者はそれだけで終わらない。ハイルは走りながら剣を振るった。じゃあ、躱された後、彼女の体はどうなる? 剣を振るったことで前方につんのめってしまうだろう。そう――サイが回転しているところへ。引き寄せられるように。それが運命だと言わんばかりに。

「ッ――」

 クルクルと回っていたサイはニヤリと笑って蹴りを放つ。狙うのはハイルの手元。剣を蹴落とす気だ。

「きゃっ」

 サイの思惑通り、彼女の足はハイルの手に当たって剣を手放してしまう。

「ハチマン!」

 ここで1つ、呪文について考察しよう。

 魔物の使う術には様々な種類がある。

 単純に敵を攻撃する攻撃呪文。

 敵の攻撃から何かを守る防御呪文。

 速度を上げたり攻撃力を上げたりする肉体強化。

 敵の動きを阻害したりする支援呪文。

 傷ついた体を癒す回復呪文。

 武器を生成する武器生成。

 じゃあ、武器生成の呪文の場合、持ち主の手から離れた場合、どうなるのか? 決まっている。消えるはずだ。その証拠に俺の目の前でハイルの大剣は今まさに消えようとしていた。そう、俺の“目の前で”。

「わかってる」

 だが、消えるまでには必ずタイムラグがある。その間に持ち主ではない人がその武器を持てばどうなるのか。答えは――。

 

 

 

「う、嘘!?」

 

 

 

 ――消える数秒の間なら扱える。今、俺がハイルの大剣を掴んでいるのがその証明。ハイルの大剣は俺が想像しているよりも重かった。多分、普通に振り回そうとしてもできない。じゃあ、普通に振り回さなければいい。それこそモンスターをハントするゲームに出て来るハンマーをぶん回すように。

「ぶ、ちかませええええええええ!」

 腰を低くし、大剣の柄を両手でしっかり掴み、柄にもなく大声を上げて体ごと回転させながら力任せに振るった。

「ぐふッ……」

大剣はハイルの体を捉え、凄まじい勢いで吹き飛ぶ。地面を2回ほどバウンドした後、ハイルはやっと止まった。

「おー、ハチマンカッコいいー!」

「はぁ……はぁ……無茶振りさせんな」

 サイがニヤリと笑ったのはこの作戦を思い付いたからである。あの状況で群青少女がニヤリと笑うほど面白い作戦など数えるほどしかない。その中でも俺が一番、“活躍”するのがこれだっただけ。大剣が消えたのを見届けた後、急いでティオの元へ走り、魔本を返してもらった。

「八幡君……」「八幡……」

「おい、そんな目で見るな。俺だって出来るとは思ってなかったんだ」

 その時、大海たちに『うわ、この人……人間やめてる』みたいな視線を向けられた。解せぬ。俺はただサイの作戦通りに動いただけなのに。

「おい、ハイル。もういいだろ。お前たちの負けだ」

 肩を落としながら未だに地面に倒れ伏しているハイルに声をかけた。しかし、彼女の反応はなし。あれ、やり過ぎちゃったか。魔物は頑丈だから本気でやったけど。

「……だ」

 少しだけ心配しているとボロボロのハイルは震えながら体を起こす。その拍子にお尻のあたりに尻尾らしき物が見える。その尻尾の先はハートマークのような形をしていた。とある電気ネズミのメスの尻尾のようだ。

「まだ……」

 掠れた声で何か呟いている少し距離があるから聞こえにくい。しかし、その声音は本当に悔しそうで、悲しそうで、寂しそうだった。このままは嫌だと訴えかけて来ているような。

「まだ……ない」

「ハイちゃん……」

 そんなパートナーの姿を見てユウトが彼女の名前を呼ぶ。そして、彼の目が鋭くなった。何かする気なのだろうか。

「まだ……なってない」

 ユウトの動きに注意を払っているととうとうハイルが立ち上がった。彼女が着ているドレスはところどころ破けている。彼女自身も傷だらけだ。綺麗な金髪も少しだけくすんでいるように見える。でも、ハイルの目は死んでいなかった。ギラギラと太陽のように燃え、俺たちを――いや、サイを睨んでいた。

「私は……まだ……諦め、ない。だって、まだ……」

 傷だらけの拳を握り、目から涙を零して、しっかりと地面を踏みしめ、慟哭する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ、サイちゃんと友達になってないんだからああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き間違いかと思った。だってハイルの目的は魔物の王になることではなく『サイと友達になること』なのだから。友達になろうとしている子にあんなに傷つけられてもそう想い続けているのだから。

「私はサイちゃんと友達になるまで倒されるわけにはいかないんだ! やっと……やっと、見つけた友達候補なんだもん! 絶対に、ひぐっ……絶対になるんだから……サイちゃんの、友達に……なる、もん」

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらドレスの裾を握るハイル。きっと彼女にも何か事情があるのだろう。だからこそあそこまでサイに固執する。見向きもされず、忘れ去られていても。ボロボロになるまで傷つけられても。彼女はたった1回の親切を大切にし、思い出にしてサイへ歩み寄る。1匹の蝙蝠が檻の中で震えている狐へと手を差し出す。

「……」

 じゃあ、サイの事情は? 魔界では孤高と呼ばれ、今では俺に依存している――歪んでいる群青少女は?

「サイ、どうするんだ?」

 その答えは俺の隣でハイルをジッと見ているサイしか知らない。だから聞く。その答えを。

「……私に、友達を作る権利なんてないよ。私は……もう友達を作る勇気なんてない」

 彼女の答えは拒否だった。風の音で掻き消されてしまいそうなほど小さな声だったがしっかりとハイルの耳に届いたようでハイルは顔を青くした。

「な、なんで……駄目なの? 私が、ツペ家だから?」

「関係ないよ。ハイルは何も関係ない。私が悪いだけ。私が弱いだけだから。こんな私よりもっといい人いるでしょ。こんな……化物なんかより」

「私はサイちゃんがいいの! サイちゃんじゃなきゃ嫌! いや、なの……だから――」

「――ごめんね」

 サイは徹底的に拒否した。ハイルがどんなに泣いていても彼女は頷かない。たとえ、ハイルがサイの全てを受け入れてもサイがハイルを受け入れないから。受け入れるほどこの狐さんは他人を信用していないから。ハイルの問題じゃない。これは最初から最後までサイの問題なのだ。魔界でハイルを視界に入れなかったのも、忘れたのも、拒否したのも。

「そんな……じゃあ、私はどうすれば……」

 何を言っても無駄だとわかったのか蝙蝠は後ずさりする。傷のせいか、それともショックだったからか足がおぼつかない。すぐに転んで尻餅を付いてしまった。可愛らしいハートの尻尾がハイルの右手首に絡みつく。自分の体を抱きしめるかのように。

「さ、サイ? 友達ぐらいなってあげてもいいんじゃない?」

「それにもしかしたら仲間になってくれるかもしれないわ……悪いことなんかないと思うけど」

 ハイルの落ち込みっぷりを見てティオと大海がサイを説得し始める。

「……こればっかりは私も譲れないの。ハイルには悪いけど」

 だが、サイは真っ直ぐハイルを見ながら拒絶した。崩れ落ちているハイルから目を逸らしてはいけないと言わんばかりに。

「八幡君からも何か――」

「――いや、俺は何も言わない」

 だって、友達になりたいのはハイルの事情なのだから。それはただの我儘。サイの事情など無視して一方的に歩み寄っているだけ。きっと、サイに何か言っていいのはハイルの事情も、サイの事情も知っている人物のみ。だが、そんな奴はこの世にいない。それは俺も例外ではない。ハイルの事情も知らなければ、パートナーであるサイの事情すら知らない。そう、この問題の公式を俺は知らないのだ。公式を知らなければ問題を解くことも出来なければ考えることさえ出来ない。許されない。俺に出来るのは問題文をただ眺めていることだけ。たったそれだけ。証明終了。問題の答えは出ない。それが答えだ。

「……ハチマン、ありがと」

「……」

 感謝の言葉を述べたサイを見て俺はただ空を仰ぐ。空には綺麗な月が浮かんでいる。お礼を言われているのに空しかった。俺に出来ることなど数え切れるほどしかないのだとはっきりと証明されてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、動くなぁ!!」

 

 

 

 そんな夜空の下で1人の男の怒号が響き、全員がそちらを見る。いや、全員ではない。たった1人だけ動かなかった奴がいる。違う。動かなかったのではない。動けなかっただけだ。

「う、動いたらこの子がどうなるかわ、わからないぞぉ!」

 俺たちの視線の先では足をガクガクさせているユウトが雪ノ下の喉にナイフを突きつけていた。どうやら、証明はまだ終わっていないようだ。

 




雪ノ下が簡単に捕まった理由は精神的に限界だったからユウトが近づいて来ているのに気付かなかったからです。後、サイたちの方を見ていたのもあります。




因みに今回のお話しの地の文がいつもとちょこっとだけ違うのはとあるアニメを見た影響です。忍ちゃん、可愛いよね。
まぁ、そこまで変化はないんですけどねw


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LEVEL.51 群青少女は笑って、嗤われて、哂い、大空に手を伸ばし――

今回……グロ注意です。



「ゆ、ユウト!?」

 まず、叫んだのはユウトのパートナーであるハイルだった。彼女も彼の行動は予想外のものだったらしい。

「何やってんのよ! その子は関係ないんだから放しなさい!」

「嫌だ!」

「ッ……」

 あの臆病だったユウトがはっきりと拒否した。今までそんなことなかったのだろう。ハイルは目を見開いて驚愕している。

「僕は……ずっと君を見て来た。ずっとサイちゃんと友達になることを夢見て来た君を。それを見てすごいと思ったよ。だって、魔界で見向きもされてなかったのに諦めず追いかけ続けてたんだから!」

 ナイフを持つ手が震えている。雪ノ下はそれを見て動かそうとしていた手を止めた。もう少しだけ様子を見るらしい。

「一回ぐらいはっきりと断られたっていいじゃないか。今まで見向きもされなかったんだから進歩したじゃないか。ちゃんと君の目を見て拒否したんだから!! もう、君はサイちゃんの目に入ってるんだよ! やっと君はスタート地点に立ったんだ! なら、ここからまた頑張ればいいじゃないか。諦めるな、ハイル・ツペ! 君はツペ家の当主なんでしょ!? なら……最後まで諦めるなああああああああ!!」

「……お願いだから耳元で騒がないで貰えるかしら?」

「へ……ッ!?」

 ユウトが一通り叫んだところで雪ノ下が動いた。ナイフを持っていた手を掴み、手刀でユウトの手首を打つ。その衝撃でナイフを落として怯んでしまったユウトに足払いして転ばす。不意打ち気味からか思い切り背中を地面に叩き付けた彼は痛みで顔を歪ませる。その隙に雪ノ下はこちらへ避難して来た。

「雪ノ下、大丈夫か?」

「ええ……でも、もうやりたくないわ」

 緊迫した空気の中であれだけの動きをしたのだ。雪ノ下の顔には疲労の色が見える。これ以上、何かあったら対処できないだろう。

「いたた……ひっ」

 体を起こしたユウトだったがすぐに顔を引き攣らせた。

「……」

 目の前に真顔でユウトを見下ろすサイがいたから。目を群青色に染め、ジッと彼を見ている。

「今、貴方何をしてたかわかる?」

 そして、問いかけた。いつもより低い声。遠くで聞いている俺でさえも背筋が凍りついた。

「な、何って……」

「そんな覚悟で人に凶器を突き付けないで。覚悟がないなら人を傷つけないで。ビビりならビビりらしく震えてなさい」

「覚悟なら僕にだって――」

 ユウトはそこで言葉を区切った。いや、区切らされた。サイがユウトの目の前で地面を思い切り殴ったから。殴った地面は陥没している。すげー、怪力だな。俺、いつもあの威力で殴られているのか。そりゃ骨も簡単に折れるわ。

「ひ、ひいいいいい!?」

「これだけで悲鳴を上げてるようじゃ……覚悟があるとは言えないでしょ。ふざけないで。私たちはお遊びでやってるわけじゃない。本気で、殺し合ってるんだよ。殺してもいいのは殺される覚悟がある奴だけ。そうじゃないと……すぐに潰れるよ」

 そう言いながらユウトへ手を伸ばす。さすがにこれ以上はマズイ。サイの目が不気味なほど“澄んでいる”。あれはヤバい時のサインだ。

「やめろ、サイ!」

「……何で止めるの? ハチマン」

 俺の制止の声でやっと止まったサイは首だけをこちらに向けて質問した。ヤバい。あれは――壊れ始めている。サイの中にある『触れてはならない部分』に何かが触れたのだ。このまま放っておいたらユウトを殺してしまいそうだ。

「雪ノ下は無事だったんだ。そこまでしなくてもいいだろ」

「しなきゃ駄目でしょ。誘拐犯が罪を償うのと同じ。それとも『ハイルと友達になって欲しいから思わず、ナイフを突き付けちゃいました! てへ』で許されるとでも?」

「だからと言ってお前がユウトを傷つけていい理由にはならない。お前に刑を執行する権利なんてない。しかるべき場所で償わせるべきだ」

「……命拾いしたね、ユウト」

 伸ばしていた手を引っ込めてサイはこちらへ戻って来る。な、何とかなった。

「ユウト、大丈夫!?」

「は、はははははハイちゃぁん……」

 咽び泣いているユウトの元へハイルが駆け寄る。もうユウトの顔がぐちゃぐちゃだ。まぁ、サイの殺気を間近で受けたのだから仕方ないか。俺でもちびる自信がある。

「もう……ニートの癖に無茶するから」

「ニートは、関係ないんじゃない?」

 ユウトはニートらしい。俺たちより年上だったようだ。顔はかなり子供っぽいのだが。

「でも、目が覚めたわ。サイちゃん!」

 震えているユウトからサイに視線を移したハイル。その目は生き生きとしていた。先ほどまでサイに拒否されて泣いていたハイルとは思えない。

「……何?」

「ユウトなんかに諭されたのはものすごく嫌だけど……私は諦めない! どんなにサイちゃんに否定されたって、蹴られたって、無視されたって! 絶対に友達になってやるんだから!!」

 不機嫌そうなサイにも臆さずに堂々と宣言した。本当に変わったな……ってことはもしかして?

「っ! ハ、ハイちゃん、新しい呪文出てるよ!」

 その声を聞いてユウトの方を見ると彼が持っている魔本は恐ろしいほど輝いていた。

(マズイ……)

 今まで新しい呪文が出た時、決まって何かサイに変化があった時だ。

 俺のピンチに駆けつけたいと願った加速の力――『サウルク』。

 俺が瀕死になった時に願った癒しの力――『サルフォジオ』。

 『サシルド』と『サグルク』は今でもわからないがこの2つの呪文はサイが強く願ったことで発現した。おそらく、呪文が発現する条件は魔物が成長したり力を求めること。だからこそサイが使う呪文は全て彼女の味方になる。彼女が願い、祈り、求めて得られたから強い力を引き出せる。

 それはサイだけではない。他の魔物にも言えることだ。

「サイちゃん! もし、この力で貴女を倒したら友達になって貰うわ! ユウト、唱えなさい!」

 ハイルは今、成長した。サイに断られても諦めない心を手に入れた。彼女の『サイと友達になる』という夢を叶えるための術。それは――。

 

 

 

 

 

「『ディオガ・ガルジャ・ガルルガ』!!」

 

 

 

 

 

 ――凄まじいほどの威力を秘めているだろう。

「あれは……骸骨?」

 大海が小さく呟いたようにハイルの背後に巨大な骸骨の上半身が現れた。その手には鎖。紅いオーラを纏っている。骸骨がゆっくりと右腕を引き、鎖を投げる体勢に入った。

「『デュアルシールド』だ! 俺たちから先に防ぐ! サイ、斜め前を見ろ!」

 あれをまともに喰らえばヤバい。下手すると『サシルド』では防げないかもしれない。でも、やるしかないのだ。

「さぁ、行きなさい!」「『サシルド』!」

 骸骨が1本の鎖を投げると同時に目の前の地面から群青色の盾が出現する。そして、鎖と盾が衝突。鎖を真正面ではなく側面で受け止めたから鎖は盾をなぞるように後方へ飛んで行った。

「なっ……」

 しかし、その光景を“見た”俺は絶句してしまう。そう、見たのではなく“見えた”のだから。

(盾が……消滅しただとっ)

 鎖が当たった部分が消えてしまった盾。つまり、あの鎖には――消滅の効果がある。触れた部分を消してしまうのだ。掠っただけでも致命傷。しかも、消えただけじゃない。消滅した部分から徐々に群青色の盾が消えている。浸食されている。急いで『サシルド』を消した後、冷や汗を掻きながらハイルへ視線を戻す。その時にはすでに鎖が何本も飛んで来ていた。躱せるわけがない。

「『マ・セシルド』!!」

 咄嗟に呪文を唱え、鎖を防いだ。『マ・セシルド』にも消滅の効果がある。そのおかげなのか鎖の消滅の効果では消えなかった。だが――。

「ぐっ……もう、駄目っ……」

 ――立て続けに盾に鎖をぶつけられてしまい、簡単に破壊されてしまう。目の前で崩れゆく盾の向こうに紅いオーラを纏った鎖が見えた。

(何本あるんだよッ!!)

「ハチマン!」

 心の中で悪態を吐いているとサイが叫ぶ。その目には覚悟の色。この状況を打破する為には傷つくしかないと言う諦めの色。そして、謝罪の色。

「くそっ! 『サグルク』!!」

 少しでもサイへのダメージを抑えるために術を唱える。群青色のオーラを纏ったサイはジャンプして紅い鎖を蹴った。

「あッ……」

 何かが溶けるような嫌な音がサイの足から聞こえる。あの絶対的強者のサイも痛みで顔を歪ませる。だが、気合で鎖を弾いた。鎖は俺たちの遥か後方で地面に着弾し、抉る。

「比企谷君、横から!」

「ッ――!!」

 雪ノ下の悲鳴で周囲の様子を確かめると今度は左右から同時に鎖が迫っていた。片方を『マ・セシルド』で防いでももう一本でやられてしまう。雪ノ下を右脇に抱えて叫ぶ。

「全体防御!」

「『セウシル』!」

 俺の指示を聞いた大海が無我夢中で呪文を唱えた。ドーム状の盾に2本の鎖がぶつかり、消滅させる。しかし、時間は稼げた。サイが大海を担ぎ、ティオの服の襟を掴む。

「ハイルを見ろっ! 『サシルド』!」

「ティオごめん!」

「またあああああああ!?」

 群青色の盾が出現すると同時に真後ろへティオをブン投げた後、大海を抱えながら走るサイ。それに続くように俺も後ろへ向かう。『サシルド』は前と左右を守るような構造をしている。逆に言えば後ろだけ空いているのだ。それを利用して左右から襲って来る鎖を防ぎながら後方へ逃げる。それしか防ぐ方法がない。

 群青色の盾を消滅させた鎖が地面にぶつかった。その衝撃波で俺たちは吹き飛ばされ、地面に倒れてしまう。急げ。すぐに体勢を立て直せ。急がないと鎖が――。

 

 

 

 

「チェックメイト」

 

 

 

 

 ――俺たちの首筋へ突き付けるように制止していた。俺の、サイの、大海の、ティオの、雪ノ下の――何故かユウトの首筋へ。これは完全なる詰み。俺たちの、負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チェック、メイト。ハイルは嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 ――そこは×××××。私は×××で皆のとこ×××。でも、皆……皆、×××。皆は××××。私が、私が××だったから私の、私のせいで。私がいたから×××、皆、××××。

 

 

 

 

 

「……は、ハイちゃん!? 僕は味方だよ!?」

「あらごめんなさい。思わずやってしまいましたわ。おーほほほ」

 目の前で自分のパートナーとじゃれ合っている。勝利を確信しているのだろう。まだ“私は動けるのに”。

 

 

 

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 

 

 

 ――バキッ

 そう、“動ける”。足は痛いけど動ける。負けたわけじゃない。動ける動ける動ける。大丈夫。笑えている。うん、動けるし笑える。

 ――バキッ

「お、おい……サイ」

 ハチマンの声が聞こえる。けど、気にしない。気にしちゃいけない。気にしたら動けなくなってしまいそうだから。動けなくなったらそこで終わりだから。

 ――バキッ

 ああ、痛い。痛い。すごく痛い。でも、動かなきゃ。死んじゃう。殺される。殺されちゃう。ハチマンが殺されちゃう。嫌だ。それだけは嫌だ。また嗤われる。また失ってしまう。

 ――バキッ

「っ……さ、サイちゃん! 何やってるの!?」

 ハイルの悲鳴が聞えた。何で、貴女が慌てているの? 貴女は私の敵でしょ? 貴女がハチマンを殺すんでしょ?

「ユウト、消して!」

「う、うん!」

「……」

 ユキノの首筋に突き付けられていた鎖を“握ろう”としたけど消えちゃった。何で消したの? 勝ちたいんでしょ? なら、消さずにユキノを“殺せば”よかったのに。何で? 何でなの? 私は血だらけの“右手首”をハイルに向かって伸ばす。でも、届かない。あいつは飛んでいるから。何で飛んでいるの? 何で私は飛べないの?

「あはっ」

 あ、そっか。私はワタシだった。なーんだ。それが正解だった。答えだった。

「あはは」

 じゃあ、どうやって落とそうかな? この辺りには木がないからよじ登った後、ジャンプして蹴り“殺せない”。どうしようかな、どうしようかな?

「ハチマーン」

 そうだ。『サシルド』があった。あれを出して貰おう。そして、蹴落とそう。そうしようそうしよう。

「『サシルド』だーして!」

「……」

 あれれ。何でハチマン動かないんだろう? 何で私を見ているのにワタシを見ていないんだろう? あはは、あははは。あははははは。なんだ、つまんないの。

「んー、もういいやー。別の方法考えよー」

 『サシルド』は使えないから今度は誰かを踏んで飛ぼうかな? あ、じゃあ、あの人間でいいか。どうせ“殺す覚悟”もないビビりだからいいよね? 戦場にいらない人だからいいよね? いいよね?

「こんばんはー」

「ッ――」

 どうして驚くのかな? 私はただ後ろに回り込んだだけなのに。そんなに驚かないでよ。そんな驚いた顔で“死ぬ”なんて嫌でしょ? ほら、哂って。うふふ。ワタシを見て?

「ユウトおおおおおおおお!」

 ジャンプして今まさに人間を殺そうとした時、景色が変わった。あれれ? 何で変わったの? 何で地面があんなに遠くにあるんだろ? どんどん遠くなっていく。おかしいな? 何でだろうな?

「サイちゃん、どうしたの!? ねぇ、ねぇってば!」

 なんかうるさい声が耳元で聞こえる。うるさいなー。私は今すごく気分がいいのに。ワタシはすごく不機嫌なのに。もう、どうしてくれるの? 私が不機嫌になったら――。

「あはっ」

 ――ワタシになっちゃうのに。

「サイ!! 目を覚ませ!!」

「っ……ハチ、マン?」

 “気付いた頃”にはハチマンが遠くに見えた。ティオもメグちゃんもユキノもユウトも。

「サイちゃん!」

 耳元でハイルが叫んだ。どうやら、私を抱えて飛んでいるらしい。でも、何で飛んでいるのだろう。鎖を突き付けられた時点で私たちは負けたはずなのに。

「あ、れ……」

 そこで気付いた。

「右手が、ない」

 まるで最初からなかったかのように右手がなかった。右手首から血がダラダラと流れている。そして、左手もズタズタになって今にも手首から取れてしまいそうだった。『サルフォジオ』で治るとはいえ、さすがに痛い。アドレナリンが分泌しているおかげで気絶するほどではないが。早く治療しないと血を流し過ぎて死んでしまいそうだ。まぁ、私は『そんなことで死ぬほど軟じゃない』けど。

「よかった……本当によかった……」

 ポロポロと泣いているハイル。何で泣いているのだろう? それにこんな空高く飛ぶほどのことがあったのだろうか?

「あ……」

 ああ、そうか。また、“やっちゃった”のか。

「サイちゃん……ごめんなさい。どうしてもサイちゃんに友達なって欲しかったから……やりすぎちゃったの。本当にごめ――」

「――ねぇ、ハイル」

 私は彼女の言葉を遮った。どうしても確かめなくてはならない。

「さっきまでの私は受け入れられるの?」

「ッ……それは」

 ほら、やっぱり怯えた。そんな覚悟で“私を受け入れるとか安い言葉、言わないで”。

「ハイル、お願いがあるの」

「へ? な、何かしら?」

「私、飛ぶの初めてなの。もうちょっと高く飛んで欲しいな。お願い」

「う、うん」

 私のお願いを聞いてくれたハイルは少しずつ高度を上げていく。もうハチマンたちが見えなくなった。でも、私はハイルを止めない。もっと高く飛んでとお願いする。

「サイちゃん、どう?」

「うん、すごく気持ちいいね。ハイルはいいなー。自由に空が飛べて」

「言ってくれればまた一緒に……一緒に飛んであげてもいいのよ!」

 ふふ、ハイルったら急に恥ずかしくなったのかツンデレが出ている。素直な子じゃないなぁ。でも、とてもいい子。だから――。

 

 

 

 

 

「ごめん。次はないや」

 

 

 

 

 

 ――私なんかと関わるべきじゃない。まだ辛うじて動く左腕を動かしハイルの鳩尾に肘打ちを放った。

「うっ……」

 不意打ちを受けたハイルの腕から力が抜ける。すかさず体を回転させてハイルの腕から脱出した。

「ッ!? サイちゃん!」

 自由落下を始めた私に向かって手を伸ばすハイル。じゃあ、私も最期くらい手を伸ばそう。そう思って左手を伸ばす。それを見た彼女は嬉しそうに笑って私の左手を掴んだ。

「それじゃバイバイ」

 彼女が左手をしっかり掴んだのを見た後、思い切り左腕を引く。ブチッと嫌な音が響く。

「……え?」

 手に残った“私の左手”をハイルは放心した様子で見ている。そこへ更に追撃。右腕を振るって私の血を彼女の顔面に向かって飛ばした。運よく目に血が入ったのかハイルは私の左手を持ちながら目をごしごしと擦っている。しかし、なかなか目を開けられないようだ。

(もう、大丈夫かな?)

 また私がああなってしまったら誰かを殺してしまう。じゃあ、その前に私が死ねばいい。この高さから地面に叩き付けられればさすがの私も死ぬだろう。

「うん、これでいい」

「――し! ――ウト! サイ――」

 遥か上空でハイルが叫んでいる。何をしているのだろう? まぁ、関係ないか。

 私は何となく大空に向かって手を伸ばす。もう手はないけど。もし……もう一度、生まれて来るなら。もう一度、生まれ変われることを許して貰えるのなら――。

(――自由に飛べる鳥になりたい)

 ハイルのように大きな翼を広げて夢に向かって飛びたいな。もう叶わない夢だけど。

「あーあ……」

 後数十秒……いや、数秒で私は頭から地面に落ちる。これは私が望んだこと。でも、これだけは伝えたかったな。

 

 

 

 

 

「ゴメンね、ハチマン。さようなら」

 

 

 

 

 私の初恋の相手に。

 




ハイルの新しい呪文は『ディオガ』級の呪文です。
『え? 早すぎね?』と思うかもしれませんがツペ家自体が結構、由緒正しき家で入る自身、サイほどではありませんが天才なので発現しました。



次回、自殺しようとするサイに対して八幡はどうするのか?
こうご期待。

……出来れば年内に投稿したいと思いますが出来るかわからないので期待しないでください!


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LEVEL.52 ――比企谷八幡は魔本に彼女の自由を願う

今回、感嘆符が多めです。後、八幡が珍しく叫びます。ご注意ください。



結構、好き勝手書いてしまったので受け入れてくれるかものすごく心配です。
え、こんな気持ちで年を越すの?


 俺たちの首筋に鎖が突き付けられている。さすがにこの状況から逆転するのは不可能だ。まさかたった一つの呪文でここまで追い詰められるとは思わなかった。こうなるならサイがユウトに近づいた時、魔本を回収させれば――。

(待て……何で、サイはあの時、魔本を回収しなかった?)

 あり得ない。あのサイが魔本を回収し忘れるなんて。何手先も読んで行動するあのサイが。つまり、“魔本のことを忘れるほどあの時の彼女は普通ではなかった”。それほど彼女の精神状態は不安定だった。何か嫌な予感がする。何か、取り返しのつかないことが起きているような。

「っ――」

 後ろにいるサイに視線を向けようとするが、持っていた魔本が群青色に輝き始める。俺の右脇に抱えられている雪ノ下も目を丸くしてそれを見ていた。

 

 

 

 ――そこは×××××。私は×××で皆のとこ×××。でも、皆……皆、×××。皆は××××。私が、私が××だったから私の、私のせいで。私がいたから×××、皆、××××。

 

 

 

(な、何だ?)

 不意にサイの声が頭の中で響く。いや、頭の中ではない。魔本から伝わって来る。サイの震える声が。

 

 

 

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 

 

 

 今度は聞き慣れない女の子の声。とても弱々しい声。まるで、“今にも命の炎が消えてしまいそうな”声だった。

 ――バキッ

 今もなお輝き続けている魔本を見ていると後ろから何かが壊れる音が聞こえ、振り返った。そこには右手を血だらけにしたサイの姿。そして、最も近くにいた大海を無視して俺の方に歩いて来る。満面の笑みを浮かべて。右手が血だらけになっているのに笑っているサイを見て思わず、息を呑んでしまう。

 ――バキッ

 硬直する俺に一度笑いかけた後、紅い鎖を右手で掴み握り潰した。その瞬間、紅い鎖が消えてしまう。先端を破壊されたら鎖そのものが消えてしまうようだ。

「お、おい……サイ」

 また歩き出したサイに声をかける。今のサイは正直言って異常だ。早く正気に戻さないと。俺の声が聞こえたのか一瞬だけ動きを止めたサイだったがこちらを振り返ることなくティオのところへ向かった。そこで気付いてしまう。“サイの右手がない”。急いで彼女の足元を見ると右手だった肉が落ちていた。紅い鎖には消滅の効果がある。そんな鎖を素手で握り潰せば肉はズタズタになり、やがてただの肉塊になるだろう。そう、サイの右手のように。

「サイ、止めろ!」

 ――バキッ

 俺の制止の声が聞こえていないのかティオの鎖を左手で破壊する。ティオの顔にサイの血が付着した。

「さ、サイ……左手が……右手も」

「……」

 ティオの声も聞こえていない。ただ黙々と鎖を破壊して回っている。しかも、優先順位を付けて。

 ――バキッ

 大海の鎖を破壊し、残った雪ノ下の鎖へ向かう。その間も俺とティオは声をかけ続けるが全く効果がない。大海などあまりの光景に言葉を失っていた。そりゃ、目の前でサイの左手がボロボロになるのを見たのだ。絶句するのも無理はない。やっとこちらの騒ぎに気付いたのかハイルもサイを止めようと叫んでいる。

「サイさん……貴女……」

 サイが目の前に来た時、雪ノ下は顔を青くして震えていた。それでもサイは止まらない。ゆっくりと今にも取れてしまいそうな左手を紅い鎖に手を伸ばし――。

「ユウト、消して!」

「う、うん!」

 ――紅い鎖が消え、空を切った。あのまま紅い鎖を握っていたら左手もなくなっていただろう。『サルフォジオ』でサイも治せるとは言え、さすがに無茶し過ぎだ。

「サイ! おい、聞こえないのか!」

「……」

 駄目だ。聞こえていない。どんどんサイの目が澄んでいく。不思議そうな表情を浮かべながら紅い鎖があった場所を見ている。それからハイルへ右腕を伸ばす。もう、伸ばすべき右手はないから。

「サイ!」

 喉が痛い。こんなに叫んだのは久しぶり――いや、初めてかもしれない。でも、俺は叫ばずにはいられなかった。この群青色の魔本から伝わって来る何かがどんどん大きくなっているから。早くサイを正気に戻さなければ取り返しのつかないことになる。いや、もうなっている。だから、早く何とかしないと。

「あはっ」

 だが、もう何もかもが遅かった。短く笑ったサイがカクンと首を傾ける。それは首を傾げているようにも見えるが違う。何かが外れてしまったのだ。

「ぐっ……」

 それと同時に魔本の光が一際強くなり、俺の頭に何かが流れ込んで来る。その全てが感情。今、サイの中で蠢いている負の感情。怒り、悲しみ、憎しみ、恨み、悔しさ、後悔、懺悔。そして――殺意。

「八幡君!?」

 俺の様子に気付いたのか大海が駆け寄って来るが返事をしている余裕がない。意識を保つだけで精一杯だ。体を支えきれなくなり、その場に蹲ってしまった。急いで魔本から手を離そうとするが何故か離れない。逃がさないと言わんばかりに。

 ――僕たちは×××。さぁ、×××。ね? サイ?

 ――あはは。そうだ。そうだよ。僕たちは×××だ。ねぇ、サイ? 君は×××だろ? なら、こんなところで泣いている暇なんてないんだ。早く×さないとね?

 ――×××だよ、お前は。

「あはは」

 サイの笑い声が聞こえる。だが、それ以上に頭の中で響き渡る声がうるさい。ノイズが混じって上手く聞き取れない上、聞こうとすればするほど得体の知れない何かに引っ張られる。引きずり込まれる。

「八幡君! しっかりして!」

 ――私は××××。一緒に来るかい?

 ――お前、×××を無視してんじゃねぇ!

 ――おめでとう。貴女はもう×××よ。

 くそ。やめろ。やめてくれ。ああ、わかっている。これがサイの抱えている闇の一部だって。あんな小さな体にこんな大きな闇がある。それを理解しようとするだけで意識が持って行かれそうだ。

「ハチマーン。『サシルド』だーして!」

 ――ウヌ、私たちは×××だぞ!

 ――私の×××にしてあげるわ! この×××当主×××の!

 サイの言葉に返事をしてやりたいが顔を上げただけで声が出て来ない。待て。サイ、行くな。俺の方へ来い。頼む。来てくれ。そうでもしないと“俺が壊れてしまいそうだ”。

「んー、もういいやー。別の方法考えよー」

 俺の願いは彼女に届かなかった。つまらなさそうに俺から視線を外したサイは少しだけ考えた後、ニヤリと笑う。それと同時に殺気が漏れる。

(動け……今、動かないと)

 サイが誰かを殺してしまう。震える手でサイへ右手を伸ばすが届かない。俺の左手の中で群青色に輝いている魔本が邪魔をする。俺の体を見えない何かで縛り付ける。鎖で雁字搦めにされた気分だ。

「こんばんはー」

「ッ――」

 『サウルク』も唱えていないのに一瞬にしてユウトの背後へ回ったサイはニッコリと哂う。その笑みを見た瞬間、背中が凍りついた。あいつ、ユウトを殺すつもりだ。サイはその場でジャンプしてユウトの顔面へ足を向ける。魔物の脚力で顔面を踏みつけられたら首の骨が折れてしまう。死んでしまう。

「ユウトおおおおおおおお!」

 サイの足がユウトの顔に激突する直前で絶叫しながらハイルがサイへ突っ込み、その体を抱きしめて空高く飛び上がる。ユウトは涙を流しながら尻餅を付き、放心していた。元々、臆病な性格だったし殺されそうになったのだ。無理もない。

「サイちゃん、どうしたの!? ねぇ、ねぇってば!」

 ハイルが大声でサイに声をかける。しかし、サイの反応はなし。いや、少しだけ迷惑そうな表情を浮かべている。まだサイは正気に戻っていないのだ。でも、ハイルに気を取られているからか、魔本から伝わる負の感情が少しだけ弱くなった。それだけでも俺は安心してしまう。あのままだったら俺はいずれサイの闇に――。

「あはっ」

 安心した刹那、またサイが笑った。また闇に縛られる。その前に……動け。今しかチャンスはない。頼む、動いてくれ。もう後がないんだ。だから、頼む!!

「サイ!! 目を覚ませ!!」

「っ……ハチ、マン?」

 やっと正気に戻ったのか少しだけ呆けた様子でサイが俺たちの方を見下ろしている。でも、何で魔本から伝わる嫌な何かは消えない? どうして、今もなおサイを、俺を引き摺り込もうとする?

「よかった、サイちゃん元に戻っ――」

「――いや、まだだ」

 俺の背中に手を置きながら安堵のため息を吐く大海の言葉を否定した。まだ終わっていない。魔本から漏れる群青色の光が消えない内は安心できない。早くサイを……あの子を安心させないと。サイが溜め込んでいる何かを吐き出させないと。

 だが、サイを抱えているハイルが高度を上げた。その時の彼女の顔を見て俺は血の気が引く。

「何で……」

「八幡君?」

「何で、あんな顔してんだよっ!」

 思わず、叫んでしまった。叫ばずにはいられなかった。

(どうしてそんなに嬉しそうに笑ってんだよ)

 何故、やっと地獄から抜け出せると安心したような表情を浮かべているんだ。ふざけんな。

「八幡、どうすんのよ! サイ、すごい怪我してるのに!」

 ああ、そうだ。ふざけんじゃねーよ。ざけんな。何、しようとしてんだ。お前は今、何を考えてんだ。お前は――何を覚悟してるんだ。

「ねぇ、聞いてるの!?」

「うるせー!! それどころじゃねーんだよ!!」

 まさか俺がティオに向かって怒鳴り声を上げるとは思わなかったのかティオはもちろん、大海も雪ノ下も目を見開いた。

「サイは……ガチでマズイ状況なんだよ。あんな怪我どうだっていい!」

「どうだってって……右手がないのよ!? 重症に決まって――」

 

 

 

 

 

「サイは死のうとしてんだよ!! 今、まさにあいつは自殺するつもりなんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 魔本から伝わって来る後悔と懺悔の気持ち。そして、悦び。相反する気持ちを抱いている理由はただ一つ――やっと、あの闇から解放されるからだ。俺たちに迷惑をかけた後悔と懺悔。自分が死ねばこれ以上、迷惑をかけることもない。それに……自分も楽になれる。

 

 

 

(ふざけんじゃねーぞ……)

 

 

 

 誰が自殺なんかさせてやるか。お前はもっと俺といるべきなんだ。俺がお前を必要としているんだ。やっと、やっと見つけたかもしれないんだ。俺でさえわかっていない何かをお前が持っているかもしれないんだ。だから……行くな。逝くな。お前はまだ生きていていいんだ。俺がお前の全てを受け入れてやるから。頼む、逝かないでくれ。

「っ! も、もしもし!? ハイちゃん!?」

 奥歯を噛んでいるとユウトの携帯が鳴った。通話相手はハイル。

「ユウト、スピーカーにしろ!」

「う、うん!」

『――イちゃんが! サイちゃんが死んじゃう! ユウト、何とかして!』

 俺の指示でスピーカーモードになった直後、ハイルの悲鳴が聞える。声が震えていることから泣いていると推測できた。当たって嬉しくない推測だが。

「サイは身を投げたのか!?」

『ッ……サイのパートナー! どうしよう! 私、私!!』

「答えろおおおおおおお!」