ハイスクール&パンツァー (鈴木大佐)
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再会


登場人物
鈴木正弘:大洗学園普通科Ⅱ類2年。
南本唯:普通科Ⅱ類2年。昨年も正弘と同じクラスだった。
西住みほ:正弘の古い友人。ワケアリで大洗学園に転校してきた。
武部沙織:普通科Ⅱ類2年。
五十鈴華:普通科Ⅱ類2年。
笹原孝治:普通科Ⅱ類2年。
清水七海:普通科Ⅱ類2年。



 造船技術が発達した現代、人類は洋上に都市を建設するまでになった。

「学園艦」と称されるそれは航空母艦に酷似した外見をしており、飛行甲板に相当する位置に街が建設されている。

 学園艦は、その名の通り学校を中心として構成されている。街の中心に学校が存在し、住宅地、コンビニ、公園があり、山林まで人工的に整備されている。道路も整備されていて、普通に乗用車が走っているのだ。

 移動可能な洋上都市のため、住民の戸籍などはその学園艦が所属(母港としている)市町村の飛び地という扱いになっている。茨城県立大洗学園は茨城県大洗町の飛び地という扱いだ。

 学校の規模によって学園艦の大きさは大小さまざまであり、今では全長20キロメートルもある学園艦もあると聞く。比較的初期に建造された大洗学園は、学園艦の中では小さい部類に入るが、それでも全長八キロメートルある。そこに3万人以上の人々が生活している。

 大洗学園普通科の俺―――鈴木正弘もその3万人のうちの一人だ。

 季節は4月、そう俺は一つ学年が上がり2年生になる。

 今日は早めに起きた。早く学校に行くためだ。クラス分けの発表の掲示が行われている場所はいつも混むのだ。

 さっさと準備を済ませ自宅を出る。多くの生徒が寮で生活をしている中で、俺は一人暮らしをしている。3階建てのマンションだ。特に学生向けだとかそういうのではないのだが、ほとんどの部屋の住民が大洗学園の生徒。なぜ寮ではなくて一人暮らしなのかというと、門限やらいろんな規則に縛られるのが嫌だからだ。他の住民も同じ理由で住んでいるようだ。

「おはよう~。鈴木くん」

マンションを出たところで声を掛けられた。

「おー、おはよう南本さん」

声を掛けてきたのは南本(みなもと)(ゆい)だ。1年の時に同じクラスで、最初は話すことはなかったが、何度か席替えで隣の席になることがあり仲良くなった。

おっとりとして優しい性格。いつも俺の心を癒してくれる存在だ。確か男子生徒有志(?)による非公式の人気投票ではベスト8に入ってたはず。今では毎日学校で彼女に会うのは俺の楽しみの一つとなっている。かといって恋愛的な意味で好きといわれれば・・・・・・よく分からないんだよなあ。

「一緒のクラスになれるといいね」

「ああ、そうだな」

 おっといかん。また素っ気ない返事をしてしまった。南本と話すときはなんだか緊張してうまく話せないんだよなあ。本当はもっと話したいんだが。

 

「……」

 

「……」

 

 その後俺たちは何も話さぬまま校門の前まで来てしまった。

 くそーっ! 俺のバカ!! 南本絶対退屈してたよなぁ。話し上手じゃないとモテないと言うのに。上手く会話を続けられないのが俺の欠点なんだよなあ。

 学校までは徒歩で15分ほど。比較的近いほうだ。全長8キロメートルの大洗学園艦の中央に大洗学園は立っているが、学園艦の端に住んでいる者は徒歩で40分もかかるという。そういったやつらはほとんどが自転車で通学している。そして俺は今貴重な15分を無駄にしてしまった。

 すでに新クラスの掲示場所には多くの生徒が集まっていた。おいおい、まだ7時45分だぞ。普段ならみんなもっと遅く来るのだが、みんな俺と同じ事考えて来たのだろう。

 新たな教室に向かう生徒と入れ替わりながら俺たちは掲示板を見る。

「ええと…」

 見つけるのは難しくはなかった。

「2組…」

 昨年と同じクラスだ。

「……わたしも2組」

「えっ……!?」

マジか!? 俺はもう一度掲示板を見る。

「ホンマや!? やったなぁ!!」

いかんいかん。興奮しすぎて関西弁が出てしまった。南本もびっくりしている。

 まあ、今年も南本が一緒のクラスでほっとした。他の仲のいいやつも同じクラスだ。

「じゃあ、教室行こうか」

 さっそく2年2 組の教室へ向かう。

 2年1組の教室は高等部普通科棟3階にある。1年のときより2フロアー上だ。

 えっと、ここだな。

 教室の前に立つ。中からは話し声は聞こえない。

 …ということは、俺たちが一番乗りかな。

 

 がらっ

 

「えっ……?」

 ドアに手をかけたとき、いきなりドアが開いた。

「あっ……?」

 目の前にドアを開けた人の姿が現れる。

 

 女子だった。

 

「あれ……?」

 どこかで見たことがある。

 1年で同じクラスであった奴じゃない、去年他のクラスで見たことがあるわけでもない。しかしどこかで会ったような気がする―――

「……みほ…ちゃん……?」

 思わず出た言葉にその女子はぴくんと反応する。

「え……正弘くん……?」

 新学期が始まろうとしていた。

 

 

 

「なるほど……ね」

俺はよっこいせ、と椅子に腰かけた。ちょうど右には教室に一番乗りしていた女子、みほちゃん―――西住みほが座っている。

「もう『戦車道』はやりたくないと…」

「……うん」

俺が聞くと、みほはこくんと頷いた。

 

 西住みほ、彼女は俺の小さいころからの知り合いだ。

 大阪出身である俺だが、3歳頃から小学校3年までは親父仕事の都合で熊本に住んでいたことがあった。その時に出会ったのが西住みほであった。

  みほの家は「戦車道」と呼ばれる武道の家元であり、陸上自衛隊の戦車部隊に所属する俺の親父と交流があった。そのため俺は父に連れられて西住家にお邪魔することがよくあり、そこでみほと出会った。あまりはっきりとは覚えていないが、よく遊んだことは覚えている。戦車道の訓練を一緒にしたこともあった。

 小学校4年になり俺が大阪に戻ってからは年賀状のやりとりはしていたが、中学に上がるときに北海道へ引っ越してからは途切れてしまった。その後は一切連絡をとりあっていなかった。

 俺が彼女を見たのは去年のことだ。何となく見ていた戦車道の番組でみほが映っていたのだ。彼女は高校生戦車道の中では一番の実力を持ち、全国大会9連覇の実績を誇る黒森峰学園に進学していた。そして、みほの姉の西住まほが隊長を務める戦車道チームの副隊長を務めていた。

 そして、10連覇がかかった去年の大会で―――――

 うむ、俺もあまり思い出したくない。

 それで戦車道にトラウマを抱え、戦車道のないこの大洗学園に転校してきたのか。

 

「…………」

 みほはそれっきり黙ってしまった。俺も話しかける言葉がない。

「…………」

 うーん、これは気まずい。どうしたものか。

「ええと、鈴木くん・・・・・・」

「あ、ごめんごめん」

 おっといかん、南本を放置したままだった。

「俺がちっちゃい頃、熊本に住んでいたことがあるのは話したっけ?」

「うん、聞いたよ」

「そん時の友達だ」

 戦車道の話は伏せておこう。まあさっき聞かれてたけど。

「そーなんだぁ。えっと西住さんだっけ? わたし、南本唯っていいます。よろしくね」

「・・・えっと、よろしくお願いします!」

 みほがあわてて頭を下げる。おいおい大げさだなあ。昔からこんな感じだったが。

 

がらっ

 

 教室のドアが開いた。

 

「あれ?鈴木じゃない」

「……武部か」

 教室に入ってきたのは武部沙織と五十鈴華だ。

 武部は1年の時も同じクラスで女子の中では割と仲が良かった。明るく社交的で、やたらと色恋沙汰に興味がある。しかし自身は恋愛経験はない(らしい)という変わったやつだ。

 五十鈴も1年の時同じクラスであった。長く美しい黒髪が特徴でおしとやか。誰かが大和撫子とか言っていたがまさしくその言葉が当てはまる。実家が華道の家元で、花を生けるのが趣味だという。

武部は俺たちを一瞥するなりこう言った。

「南本さんもい一緒なんだ~。あれ? ねえねえそのコは? 鈴木の新しい彼女? って、これって修羅場!?」

 色校沙汰に敏感な武部が目を輝かして言う。

 何を言ってやがる。

 そもそも新しいってなんだ?俺は高校入ってから一度も彼女なんていたことねえよ。

「「ふぇっ?」」

 奇声を発したのはみほと南本だった。「彼女」という言葉に反応したのか、若干顔が赤くなっている。

「えと……ええと……」

「そんな……わたしが……鈴木くんと……!」

南本なんかかわいそうなくらいしどろもどろしている。

「冗談はよせ武部。ふたりが困ってるじゃないか」

「そうですよ沙織さん。初対面の人に失礼です」

 ナイスだ五十鈴。

「ああ、ごめんごめん。私、武部沙織っていうの。よろしくね」

 気を取り直して武部が言う。

「わたくしは五十鈴華と申します。よろしくお願いしますわ。ええと……」

「わ、わたし!に、西住みほっていいます!」

 がたんと席を立ちあがってみほが言う。その様子に武部と五十鈴は驚いたようだ。

「こ、こちらこそ……よろしくお願いしますっ!」

 みほが深々と頭を下げた。思わず俺たちも「お願いします」と頭を下げてしまう。

 しかしよかった。みほは引っ込み思案な性格だった。今はどうだか知らないが、さっきの様子からまだその性格は変わっていないようだ。社交的で誰とも仲良くなれる武部と友達になれば、その後も交友関係も広がるだろうし良かった。

 

 

 

 時刻は8時15分。教室の中に次々と生徒が入ってきた。俺はその中に知った顔を見つけて声をかける。

「笹原」

 一年時も同じクラスであった笹原孝治だ。

「…なんだ、鈴木か」

「なんだとはなんだ」

 新学期早々失礼な奴だ。

 笹原は俺のツッコミを無視し、教室の一点を見つめている。

「おい……」

 俺は笹原の横腹を小突く。

「なんだよ」

「よかったじゃないか」

「なっ……!」

 いつも冷静な笹原がいつになくあわてた様子になる。

「いつになったらいくのかな~?」

「お、お前に言う必要はないだろ!」

 笹原が見つめていたのは武部だ。1年の夏ごろから彼女に惚れているらしい。

「ま、期待してるよ」

 俺は笹原の肩をポンポンと叩き、自分の席に戻る。

「よっこいせ…っと」

「あれ?鈴木君じゃない」

「おう、清水か」

 俺の前の席に座っていたのは清水七海、こいつも1年の時同じクラスだった。このクラス、俺と同じクラスだったやつ多いな。

「今年もよろしくね」

「おう」

  清水は俺と同じ大阪出身だ。小学校4年から6年の間同じクラスであった。中学は違ったが割とメールをしたりとやり取りはしていた。彼女は勉強はできるほう だから、俺は大阪に母港がある大阪湾岸大付属高校に進学すると思っていた。だから、大洗に進学して彼女と同じクラスになったときは心底驚いた。

 しかし、武部や清水がいてくれてよかった。これなら新クラスにもすぐ馴染めそうだ。新学期早々これから始まる2年生の学園生活が楽しみだ。

 

 

 

 始業式で学園長の長い話を聞き、校内の掃除をし、新学期テストを受け、新しい教科書を回収し、ホームルームで自己紹介をし、なんとか初日を終えた。

「お前今年は必修選択科目どうするんだ?」

 帰り道。笹原は俺にそんなことを聞いてきた。

「必修か?そーだなー、去年は剣道だったから、今年もそーなるかな」

「戦車道は?」

「は?」

 こいつなんて言った?

「戦車道があったら履修するか?」

「まあ……すると思うけど」

 戦車道は好きだし、親父や兄弟の影響でやっていた。戦車道が履修できるのならやりたい。

「しかし大洗には戦車道はないんじゃ……」

「それが、生徒会の先輩の情報によると、どうやら復活するらしい」

「復活?」

「20年前に廃止になったらしい。それで、復活させるんだとよ」

 笹原は生徒会の役員をやっている。と言っても末端の専門委員とかいう役職らしいが。しかしそんな内部情報を俺なんかに言っても良いのだろうか。

「お前、戦車道やってたんだろ?」

「そうだが、お前はどうするんだ?」

「戦車道をやろうと思う」

「なら、俺もやろうかな」

 まさか、大洗で戦車道ができるなんて思ってもいなかった。一つばかり懸念事項があるが、今年の履修に関しては大丈夫だろう。

 だが―――――

 みほはどうするだろうか?

 




こんにちは、鈴木大佐です。
実は昨年パソコンが大破しまして旧作「ハイスクール&パンツァー」のデータがすべて吹っ飛んでしまいました。また日常生活の忙しさから再執筆作業も進まず、思い切って一からやり直すことにしました。といっても基本的には変わっておりません。登場人物が変わっただけです。
久しぶりに書いたので文章がおかしかったり、誤字があったりするところがありますがそこは指摘していただくとうれしいです。

スローペースの更新になると思いますがよろしくお願いします。


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1DKの侵略者

笹原に戦車道の話を持ち出された帰り道、ファミレスに寄ろうと言われて付き合っていたら、すっかり帰宅が遅くなっていた。笹原はやたら俺を家に帰らそうとしなかった。笹原はそれほどお喋りでないが、今日に限っては良く喋っていた。いつもの笹原らしくないと疑問には思っていたのだが、武部と同じクラスになれて嬉し過ぎてテンションがおかしくなっているのだと思い追究はしなかった。

 笹原と別れた後、タイミングを見計らったようにスマートフォンが振動した。電話のようだ。画面を見ると母からの着信であった。

「もしもし」

「あ、正弘くん? ちゃんと学校行った?」

「第一声がそれですか・・・。ちゃんと起きたし、学校も行った」

「よかった。次帰ってくるのは夏休みよね。成績、楽しみにしてますよ」

 ふっ、といやな笑い声が聞こえた。

「うん、わかった」

 特に言うこともないので、適当に返事をする。

「じゃあ、あとは『優子』の事、任せますね。それじゃあおやすみなさい」

「あいつは大丈夫だと思う。おやすみ」

 通話時間一分弱、実家からの電話はあっけなく終わった。相変わらず丁寧語なのが慣れない。まあ、まだ母とは『8年』ほどしか一緒に過ごしていないからだ。

 俺を産んでくれた実の母は小学校2年生の時に病気で死んだ。病名は長すぎてよくわからなかった。そして、翌年には親父は再婚していた。それが今の母さんだ。最初はすでに物心ついている歳でもあり、かなり抵抗はあった。が、いつも気を使ってくれて、丁寧で、優しく接してくれた。相変わらず心配性で丁寧語なのは慣れないが、最初よりはるかに自然に接している。

 親父に止められていることもあってほとんど追究しないでいるが、母さんは前の夫にひどいDVを受けていたらしい、そして逃げるように離婚し、今の親父と再婚したとか。過去の経験から男性恐怖症にでもなるのではないかと思うのだが、その辺りは本人のみぞ知るところだ。それよりも実の母が死んで一年もたたないうちに再婚した親父の当時の心境が知りたい。聞かないではいるが。

 そして『優子(ゆうこ)』は、現在大洗学園2年の俺の妹だ。同い年だが双子ではないし血のつながりは全くない。義理の妹というやつだ。さらにもう1人2歳下の妹もいる。彼女も義理の妹だ。

 両親の再婚当時、親父側の子供である俺と1歳上の双子の兄貴、そして母側の2人の娘が一緒になって俺たちは5人兄弟になった。当然教育費はかなりかかるし、俺はともかく兄貴たちは当時情緒不安定で両親に反抗的であったこともあり、母は相当苦労しただろう。さらに両親は共働きで家族サービスにも十分時間が割けなかったので、もっぱら妹たちの相手は俺がしていた。そのため妹たちとの関係は良好なのだが、一方兄貴たちと妹たちの関係は依然として溝があるように思える。

 優子は俺にくっつくようにして大洗に入ったが、彼女は寮で暮らしており、クラスも違うこともあってほとんど会わないし話すこともない。

 任せたとは言われたが、優子はそこそこできるやつなので去年と同じようにしても問題はないだろう。

 

 自宅マンションの前まで来た頃には時刻は午後7時になっていた。なぜか俺の部屋のある2階フロアが騒がしい、小走りに階段を上がっていると、隣の部屋の玄関前に段ボールが積まれていた。

「あ、スズッキーじゃん。おかえりー」

 段ボールの間から顔を出したのは。隣に住む河内(こうち)文子(あやこ)先輩だ。

「先輩、お久しぶりです」

「今日って始業式でしょ?遅かったじゃない」

「友達に付き合わされてですね。先輩もしばらく見かけませんでしたが」

 河内先輩は俺よりふたつ上、今年卒業したばっかりだ。東京の美容専門学校に通うとかなんとか言っていたのだが、ここ1週間姿を見ていなかったのだ。

「さっき東京から帰ったとこ。ホントは一昨日ここに戻って、荷物とか全部向こうに持っていく予定だったんだけど忙しくて。ホントは昨日新しい人が入る予定だったんだけど、明日まで待ってくれることになったのよ」

「それ、相手の人、大丈夫なんですか?」

「学園の2年生らしいわよ、寮から移るんだって」

 同学年か。俺みたいに自由気ままに過ごしたくなったのだろうか。

「女の子よ。あんた、手ぇ出すんじゃないわよ」

 なんで先輩にそんなこと言われなければならないのだろうか。

「そんなことしませんよ」

「そうでしょうね、あんたもう彼女いるんだし」

 ・・・・?

「なんすかそれ」

「わたしが帰ってきたとき、すっごく可愛い娘があんたの部屋入っていったわよ」

 まさか・・・・・・!

 すぐに誰か見当がついた。というかほぼ間違いない。俺はあわててドアに手をかける。鍵はあいていた。

 出るとき消していった明かりがついており、玄関からは死角になっている台所から物音が聞こえる。

「あ、まさ(にい)おかえりー」

 台所から顔を出したのは、制服エプロン姿の美少女・・・・・・

「・・・・優子」

 ああ、さらば俺の一人暮らしライフ。

 

「優子、どうやって入った?」

 予想通りだった。俺の目の前にいるのは鈴木優子。俺の妹だった。

「春休みに一緒に帰ったときに、お母さんからもらったのー」

 なるほど母さんも共犯か。今『任せた』の意味が分かった気がする。

「なんでその時に言わんかってん?」

 思わず関西弁になる。

「言ったら、嫌って言いそうだったから」

 おそらくそうだろう。拒否していたに違いない。

「でもなんで・・・・」

「だって、お母さんが同じ学校行ってるんだからお金がもったいないって」

 確かに、別々に住んでいればその分金はかかるけれども。

「でも私はまさ兄と一緒に暮らせるようになってうれしいよ」

 よくそんな恥ずかしいことが言えたもんだ、兄妹で。

「恥ずかしいこと言うな」

「だってまさ兄最近冷たいんだもん。学校で見かけても全然話してくれないし、一緒に出かけてもけれないし・・・・」

「ぐ・・・・」

 事実ではある。照れくさいというのもあるが、俺達は義理の兄妹だ。このことがばれたら変な噂になることは必至だ。なぜなら義理の兄弟は、法的には『セーフ』だからである。このネット社会でこのことを知っている男子高校生は少なくないだろう。しかも一緒に住んでいるとなれば、思春期真っ直中の男子高校生が見逃してくれるはずがない。

 また、俺が言うのもなんだが、優子は学校の中でも有数の美少女だ。優子がモテている事は校内の噂で1年の頃から聞いている。去年の非公式人気投票では、確か1位に入っていた。まあ俺も優子に投票したんだがな。

 しかしもうこうなった以上は仕方がない。追い出すわけにもいかないし、校内で広まらないようにすれば問題ない。そう、去年と同じように接すれば。

「明日、笹原君にお礼言っとかなくちゃ」

「はい?」

 どういうことだそれは。

「晩御飯できるまで、まさ兄の足止め頼んどいたの~」

なるほど。どうりで笹原の様子がおかしかったわけか。

・・・・て、なんてこった! もう第三者に情報が渡っている! 

「てかお前、笹原と面識あったんか?」

「ないよ。でも、この写真見せたら、妹だってすぐ信じてくれたよ」

 優子はそう言って、自分のスマートフォンの待ち受け画像を俺に見せてきた。

「ちょっと待て。お前、それを待ち受けにしてるのか?」

「そだよー。入学してからずっとそう」

 その待ち受け画像とは、入学式の時に校門の前で撮った写真なのだが、優子が俺の腕に抱きついている画像だったのだ。

「お前、ほかのやつに見せてないよな?」

「見せる機会がないもん。誰にも見せてないよ」

 笹原以外はな。

 今まで、武部沙織ネタでからかってきたが、笹原も俺を攻撃する材料を手に入れたことになる。まあ、だからどうしたと言うものだが。

「で、ねーねーまさ兄ぃ」

「なんや?」

 優子が半ば強引に俺の鞄を奪い取る。

「まず、ご飯にする? お風呂にする? それとも・・・」

「あー、その先は言わんでいい」

「えー、せっかく夜の分までシミュレーションしておいたのにー」

「やめんか!」

 もう、新学期初日から波乱の予感しかいない。

 

 

 




こんにちはお久しぶりです。鈴木大佐です。
昨年忙しかったリアルライフが落ち着き始めたので久しぶりの投稿です。
といっても、忙しいことに変わりはないので投稿ペースは極めて遅めです。

今後もよろしくお願いします。


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戦車道、やります!

 重い。左半身に異常な重みを感じ、目を覚ますと、体中が汗でびっしょりだった。左腕が痺れる。ピリピリ、チクチクとした嫌いな感覚だ。

 原因はすぐに分かった。左に目をやると、優子が俺の左腕をしっかりと抱きながら寝ていたのだ。痺れで触覚がおかしくなりながらも、左腕にしっかりと押し付けられたふくらみの感触を感じ、眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 優子を起こさないよう、そっと腕を引き抜き起き上がる。

 午前4時、普段の起床時刻が7時なのであまりにも早い。もうしばらくは寝れる。と、その前に、汗でぬれた服を着替えなければならない。本当はシャワーも浴びたいと思ったが、面倒くさいのと、優子を起こすのは悪いと思いやめておいた。といっても、着替える原因を作ったのは優子なのだが。

 しかし、失敗だった。友達や家族が泊りに来た用だとかなんとか理由をつけて、もう1人分そろえしておくべきだった。うちには布団は一人分しかないのだ。

 そのことに気付いたのは昨晩の寝る直前だった。家の1DKの1部屋は6畳の和室だったので、俺は畳の上で寝ると言ったのだが、

『なら、わたしも畳の上で寝る』

『それじゃあ、布団譲った意味ないだろ』

『じゃあ、一緒に寝よ?』

 俺が優子を放って1人で布団で寝ることはないと見抜かれているようであった。一緒の布団で寝たことは昔何度かあったが、やはりこの年になると抵抗があった。

着替えを終え、今度は優子に背を向けるようにして横になる。これだと右肩に負担がかかるが、1、2時間程度ではたいしたことはないだろう。

俺が再び眠りにつこうとしたとき、背後でごそごそと音がした。優子が寝返りでも打ったのだろうか。

すると背後から2本の腕が伸びてきて、俺の胸の前で交差する。背中に幸せなふくらみの感触を受け、俺は抱きつかれたと理解した。

「・・・・優子」

 あまりにも不自然なので、声を掛けてみる。

「・・・・・・スー」

 こいつ絶対起きてる。寝息がわざとらしいぞ。

「優子、起きてるだろ」

「・・・・スー、スー、スー」

 そうか、寝たふりを決め込むか。そっちがそうなら、

「今すぐ話さないと、今日から口きかない」

 この一言はかなり効いたらしく。俺の前からするすると腕が離れていく。ん、今鼻をすする音が聞こえたような。

「まったくどうしたんだよ」

 俺は少しばかり優子に説教しようと、優子の方へ体を回転させる。すると、目の前に半泣きになりながら、俺をじっと見つめる優子がいた。

 いかん、初弾にしては言い過ぎたか。

「悪い、言い過ぎた! 汗びっしょりで、腕痺れてイライラしてただけなんや!」

 あわてて取り繕う。

「ごめん、まさか泣くとは思わなかったから・・・・」

「ううん、まさ兄にそんなこと言われたの初めてだから・・・・びっくりして・・・・」

 そう言って顔を背けてしまう。あー、まずいなこれ。

「そ、そうっやっけ?」

 俺は、過去の優子への接し方を振り返ってみる。確かに、兄貴たちの優子への当たりは強かったから、俺は優子に対してかなり優しく接していたが。

 と、そんなことより今の優子を何とかしなければ。あまり良い手段ではないが、何かで釣るか。そういえば、確か昨日、一緒に出掛けてくれないとかで文句言っていたな。

「お詫びとしては何なんやけど、今度どっか一緒に出掛けようか?」

「ほ、本当・・・・?」

 よし、うまくいった。優子の顔が再び俺の方へ向く。

「じゃあ、今度入港したときに、アウトレット行きたい・・・・」

「わかった、行こう」

「本当に?」

 さっきの悲しそうな顔はどこへ行ったのか。表情は明るくはないが、目は明らかに嬉しそうだ。

「ああ、約束する!」

「じゃあ、指切り・・・・」

 俺たちは指切りをし、約束を誓う。

 案外簡単に機嫌戻してくれたな。なんかちょろすぎてちょっと心配だが。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 しかし、どうしたものか。

「完全に目、覚めちゃったね」

「ああ、もう寝れんわ」

 

 

 

 4時間後、学校に行く時間になり、俺たちは家を出た。本当は、優子との同居がばれないように時間差で家を出ようと思っていたのだが、今朝の一件があったのでさすがにそんなことはできず、普通に2人で出た。

 階段を降り、マンションから出るとすぐに優子が腕に抱きついてきた。こいつ、今なら何をしても許されると思っているな。俺はそんな彼女の額を人差し指で小突く。

「外ではそんなにくっつくな」

「えー、なんで?」

 なんでって、そりゃあ、

「恥ずかしいからだろうが」

 優子の過度なスキンシップは今朝のでお腹いっぱいだ。これ以上されると俺の理性が崩壊しかねない。

 優子がむーっとふくれてこっちを見てきたので顔をそらす。今日はあまり強く抵抗できないからなぁ。また釣るか。

「代わりにいくらでもどっか連れてってやっから」

「ほんとに? やったぁ!」

 ちょろい。本当にちょろいわこいつ。まあ、いいや。扱いやすいことに越したことはない。

「ねえ・・・・」

 今度は優子が袖をつかんできた。今度は何だよ。

「ん?」

「あれって・・・・」

 俺は優子が指差したほうを見る。あれは、

「・・・・みほ?」

 俺たちの前を歩いているのは、みほだ。だが何か様子がおかしい。なぜかふらふらしていて危なっかしい。まるで魂が抜けてしまったようだ。

「おーい、みほー」

「ふぇっ!?」

 俺が後ろから声を掛けると、みほは体をびくんとはねつかせた。相当驚いたようだ。

「おはよう」

「おはよう、正弘くん。・・・・あれ? 優子ちゃん?」

「みほちゃん久しぶり~」

 優子とみほが互いの事を覚えていたのは少しびっくりだ。確か、小学校3、4年の間しか一緒にいなかったはずだ。

「みほちゃん大洗に来てたんだ。知らなかったよー」

「う、うん。正弘くんと同じクラスなの」

 それを聞くなり優子が俺の方へ迫ってくる。

「なんで、まさ兄教えてくれなかったの?」

「いや、そのだな・・・・」

 言う必要が無かっただとか、その発想はなかったなんて言えば怒られるだろうし、良い言い訳が思いつかない。

「えっと、どうしたんだ? そんなふらふらして」

 優子の追及は流すこととする。

「あのね、昨日ちょっといろいろあって・・・・」

 昨日、確かみほは武部たちと一緒に帰ったはずだ。俺は笹原と帰ったから放課後の何をしてたかは全く知らない。基本誰ともフレンドリーに接する武部や五十鈴が意地悪するとも思えない。

「武部さんたちと学校出る前に生徒会の人に声を掛けられて、必修選択科目に戦車道取るように言われて・・・・」

 なるほど。必修選択科目に戦車道が復活するのは、昨日笹原から聞いている。生徒会が勧誘するのも謎だが、経験者はなるべく選択して欲しいのだろう。しかし、みほはもう戦車道をしたくないといっていた。

 みほの様子から見て、かなり強引な勧誘をされたのだろう。うちの生徒会はかなり強引なことで有名だからなあ。みほの方も、曖昧な返事しかできなかっただろう。

「たしか、必修選択の希望調査って今日だよな?」

「うん、だからどうしようか迷ってて・・・・」

 あくまで噂ではあるが、生徒会に逆らった人はいろいろと大変な目に遭うとか。正直のところ厄介事はごめんだが、かといってみほを放っておくわけにもいかない。

「経験者いるんだったら俺だけでもいいだろうし、みほは好きなの選べよ」

「正弘くん・・・・」

「もし生徒会に何か言われたら、俺が意見してやっから」

 できるかどうか分からないけど。

「・・・・ありがとう」

 みほがほっとした表情を見せる。素の笑顔に少しどきっとしてしまう。

「ほら、早く行こうぜ。もたもたしてると遅れちまう」

 

 

 1、2限終了後、休み時間もそこそこに俺たちは体育館へ集められた。クラス別、二列縦隊、名簿順。

「何が始まるんやろ?」

 前方に座る清水が関西弁で聞いてきた。

「さあ。てか、おまえ学校では関西弁控えとるんとちゃうんか?」

「べ、別にええやんか。自分かて関西弁でとるくせに……」

 大阪人である清水であるが、学校では関西弁を控えている。周囲が標準語で話しているから、浮いていると思っているのかもしれない。

 俺の場合、大阪出身ではあるが、大阪で過ごした期間が短い上、バリバリの大阪人である両親と兄貴達は、仕事や学校の寮生活でいないことが多く、関西弁に触れることが少なかったため、関西弁が出ることは少ない。

 清水はそれっきり前を向いてしまったので、俺は後ろに座っている武部のほうへ向く。

「なに?」

「みほは大丈夫か?」

 みほは俺たちよりずいぶん前の方に座っているので、顔をうかがうことができない。

生徒会の件を武部達に話したら、ちょうど勧誘の現場に居合わせていたらしく、昨日もふらふらなみほのフォローに必死だったとか。

「なんとか大丈夫そう。『生徒会なんか気にするな!』って言っておいたし」

『静かに!』

 突然、鋭い声が体育館のスピーカーから流れた。体育館は一瞬にして静まり返る。

 俺が前を向き顔を上げると、ステージ上に3人の女子が立っていた。朝会った生徒会の3人だ。

 河嶋先輩がマイクを持っている。さっきの鋭い声は河嶋先輩だったようだ。

『これより、必修選択科目のオリエンテーションを行う。しっかりと聞くように』

 河嶋先輩はそう言うと、ステージから降りて行った。会長の角谷先輩と副会長の小山先輩も後に続く。

 3人の姿が見えなくなると、体育館の照明が落とされた。するとステージ上につるされたスクリーンが明るくなる。

 映し出されたのは――――――戦車だ。

 

『―――戦車道ー。それは文化であり、伝統的な武道でもあります!』

 

『戦車道~!それは伝統的な文化であり、古来より世界中で、男女問わず人々の嗜みとして受け継がれてきました』

 薄暗くなった体育館の中、軽快な音楽と共に、スクリーンに戦車の映像が映し出される。

『礼節のある、たくましくて教養のある人材の育成を目指す、武芸なのです!』

「ほあ・・・・か、かっこいい・・・・」

 後ろからそんな声が聞こえた。武部か?

 確かにスクリーンに映る軍服を着た男女は、凛々しくかっこよく見える。彼らが側にある戦車に乗り込むと、戦車―――《Ⅲ号戦車J型》はエンジン音を震わせて走り出した。

『戦車道を学ぶことは、人としての道を極めることでもあります―――』

 大げさだな、おい。

『―――鉄のように熱く強く、無限軌道のようにどんな道でも乗り越え、それでもってかたかたと愛らしい。そして大砲のように情熱的で必殺命中!』

 ズドン!《Ⅲ号戦車》が戦車砲を撃つ。その音に驚いたのか、一瞬体育館内がざわめいた。

『それが戦車道をたしなむと、自然と身につくのです!』

 数十両の戦車が隊列を組み、行進をする。《Ⅲ号戦車》、《Ⅳ号戦車》、《シャーマン中戦車》に《クロムウェル巡航戦車》。第二次世界大戦中に世界中で戦った戦車達だ。戦車から身を乗り出している戦車道選手やその戦車の威容に周囲のみんなは圧倒されているようだ。

『さぁ!皆さんもぜひ!戦車道を学び、心身ともに健やかで、美しくたくましい人になりましょう!』

 

・・・・

 

「私、やる!」

 教室への帰り道、武部が急に言った。

「私、戦車道やるよ!だってモテるんでしょ?」

「しらねぇよ、そんなこと」

「わたくしも戦車道やってみたいです。何かアクロバティックなことをやりたいと思っていたものですから」

 五十鈴もか。てか、お前実家が華道の家元だったよな?それに戦車道はそれほどアクロバティックなものでもないぞ。それを言うならアクティブだろ。

「みほもやろうよ!戦車道!」

「ふぇ?」

 ・・・・・・

「やろーよ。それにみほ、家元なんでしょ?いろいろ教えてよー」

「そうですね。みほさんがいると助かります」

 おい、お前ら・・・・

 2人とも事情は知っているはずなのだが。

「え、えと・・・・わたし・・・・」

 うーん。これは、断りにくいよな。

「・・・・おい」

俺はみほにばれないように2人にコンタクトを取る。頼むから意味を理解しろよ。

「「・・・・あっ」」

ふう、ようやく気付いたか。

「や、やっぱり教室戻ってからゆっくり決めよっかぁ!」

「そ、そうですね。ほかにもたくさん科目はありますし!」

慌てて取り繕ってる感丸分かりだな、おい。

 

 教室に戻った後の希望調査で、みほは必修選択科目を香道にして提出した。武部も五十鈴も彼女の事情を思い出したのかわからないが「だって、一緒の方がいいじゃん」などと言って、みほと同じ香道を選択した。

 俺はもちろん戦車道。笹原も同じだ。

 驚いたのは、清水が戦車道を選択したことであった。理由を聞いても「別にええやん」の一点張りで、理由は教えてくれなかったが。

 さて、最大の懸念要素は、みほが戦車道を選択しなかったことについて生徒会がどのような反応をするかだ。わざわざ本人のところまで行って、戦車道を取るように言ったのだ。それに応じなかったのであればそれなりの対応はするであろう。

 ま、経験者の俺が選択してるんだ。見逃してくれるのを期待するが……

 

 

 

 

 ・・・・・・

「これは、どういうことだ?」

 ・・・・・・

 昼休み、俺は生徒会室にいた。

「なんで、せんたくしないかな~」

 角谷会長がふてくされた様子で言う。

 生徒会は見逃してくれなかった。4時限終了後、俺とみほは放送で生徒会から呼び出しをくらった。武部と五十鈴が心配してついてきてくれた。

 河嶋先輩が香道に丸印がつけられているみほの科目選択用紙を俺たちにつきつけ、角谷会長の方を振り返って言う。

「我が校、鈴木・西住両名を除いて戦車道経験者は皆無です」

「終わりです。我が校は終了です!」

「勝手なこと言わないでよ!」

 真っ先に反論したのは武部だ。

「そうです。どうしてやりたくないと言っているのに、無理やりやらせようとするのですか?」

 続いて五十鈴も言う。

「生徒会に逆らった場合、どうなるか分かっているのか?」

「そんなの知らないわよ!」

「あんたたち、学校にいられなくしちゃうよ~」

 さっきから頬杖をついてふてくされて様子の会長が言った。

「脅すなんて卑怯です!」

「脅しじゃない、会長はいつだって本気だ」

「そんなの横暴です!」

「横暴は生徒会に与えられた――――」

 河嶋先輩と武部・五十鈴の言い合いになっていて、俺の立ち入る隙がない。みほはずっと俯き黙ったままだ。

「あんたたちが何言おうと、みほは絶対戦車道やらないから!」

「西住さんのことはあきらめてください」

「何度も言うが、生徒会の命令は絶対だ。逆らった場合――――」 

 このままでは解決しない・・・・どうすれば……

「あ、あのっ!」

「!?」

 さっきまで俯いていたみほが、突然ばっと顔を上げて、

「あの!わたし―――」

 生徒会室にいた全員の視線がみほに集まる。

「―――わたし・・・・戦車道、やります!!」

 なっ!?

「「「えええええええぇぇぇ!?」」」

 

 

 




3話に到達してなお戦車(実車)登場せず・・・・。ようやくアニメ第1話95%相当消化。
次回はようやく戦車(実車)が登場します。お楽しみにです。


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捜索と戦車の洗車

 放課後、戦車道のオリエンテーションがあるというので、戦車道履修者は、グラウンドの奥にあるレンガ倉庫の前に集合させられた。

「しかし、いいのか?」

 俺は隣に立つみほに言った。

「えっ?」

「戦車道、あんなにやりたくないって言ってたのに」

「・・・・うん、やっぱりちょっと不安だけど、今は―――――」

 そう言いながら、みほは武部や五十鈴の方を見て、

「友達が、いるから」

「そうか・・・・」

 みほが自分で決めたことだ。俺がなんやかんや言うことではないか。

 正直のところ、みほが戦車道を選択してくれて助かったと思っている。戦車道経験者なんてたぶん俺とみほを除いていないだろうし(本格的に戦車道をやるのは高校生から。中学生の戦車道人口は少なく、戦車道ができる中学校は5校程度である)、経験者はおそらく指導教官からこき使われるからだ。

「あとさ、先輩らと言い合っているとき、何もできなくてごめん」

 俺はみほに生徒会から何か言われたら意見してやると言っていた。が、俺はそれを実行することができなかった。有言実行できなかったわけだ。

「そう言えばそうだったね」

 あははとみほが笑う。まあ、根に持つタイプでは無いはずだから、おそらく許してくれているだろう。本人も忘れていたみたいだし。

みほが武部達の方へ行ってしまったので、俺は辺りを見回しこれから一緒に戦車道を行うクラスメイトを確認する。パッと見た感じ、知った顔がいくらかいたのでほっとする。

 必修選択科目は3学年合同で行われる。これは体育祭などの学校行事やクラブ活動以外でも別学年の交流を進めたいとの学園長の方針である。

「よう中村」

 俺は男子生徒の中で知った顔を見つけてそいつに駆け寄る。

「おー、鈴木。体育祭以来だな」

 彼は中村(なかむら)(ひで)。工業科の生徒で、自動車部に所属している。去年の体育祭で同じチームで一緒の競技に出たこともあって仲良くなった。

 見た目はいわゆる爽やか系イケメン。下級生からはかなりモテているとか。俺も噂で聞いただけで本人確認したわけではないのだが、ものすごい変態らしく、それが原因で1年の頃二度も彼女と別れたらしい。その元彼女2人は、表面だけで人を見てはいけない、とそろって言っていたそうな。同級生女子にはこの噂が浸透しているらしいが、下級生はほとんどこの話を知らないらしい。

「そう言えば吉井は?」

「ああ、あっちで自動車部(うち)の女子と喋ってる」

 俺は倉庫入り口そばでつなぎを着た女子と喋っている男子を見つける。彼も自動車部だ。名前は吉井(よしい)海翔(かいと)。俺とは直接的な接点は無かったのだが、中村と絡んでいるうちに仲良くなったのだ。

「2人がいて助かるよ。なんか男子少ないみたいだし」

「そうだよなぁ。なんで女子ばっかなんだ?」

 男子生徒は俺を含めて4人だけで女子生徒の方が圧倒的に多い。女子の割合が高い大洗学園であるが、この比率は明らかにおかしい。最近の男子はこういう油くさい事は嫌いなのだろうか。工業科だとかから結構履修者が来ると思ったのだが。

「工業科から来なかったのか?」

「うちの学科ってさ、工業科とは言うけどほとんどが電気工学系を希望してるんだよね。機械系志望は俺と吉井だけだし」

「マジかよ」

 なんでそんなに偏りが出るんだ? やっぱりこのご時世、電気とか情報系の方が人気があるのだろうか。

 それにしても、戦車道は力仕事が多いので、男子が4人しかいないのは心許ない。

 いや、5人かな。俺はそう思いながらある1人の女子の方を見る。その女子は他の女子と話していたが、俺の視線に気付いたようで、こっちに向かってきた。

「何よ、じろじろ見て」

 彼女の名前は上杉綾子(うえすぎあやこ)。中学時代からの知り合いだ。高校に入ってからは別々のクラスになってしまったのでほとんど話すことは無くなってしまったが。

というか、

「じろじろなんて見てねぇし」

「嘘、やらしい目で見てた」

「誰がそんな目で見んねん!」

 誰がてめえなんかやらしい目で見るか! と言ってやろうと思ったが、さすがにそれは怒られると思ってやめておいた。

 上杉はいわゆる『スレンダー体型』であり、その胸部は断崖絶壁(ぺったんこ)である。これは本人もかなり気にしているようで、絶対に触れてはいけない。

 しかし、上杉の凄いところは男子顔負けのパワーの持ち主であることだろう。腕も太くないし、筋肉がついているとかそんな感じはしないのに、俺よりパワーがある。力仕事もなんのそのだ。おそらく上手い力の入れ方でも知っているのだろう。

「やっぱりやらしい目で見てる」

 上杉が俺をジト目で見てくる。うわー、やだなー。今すぐこの視線から逃げたい。

 何か逃げ場はないかと辺りを見回していると、さっきまで上杉と話していた女子が目に入る。なんかこちらの様子をすごく気にしている様子だが。

 いや、待てよ。彼女どこかで見たことがある。あ、目が合った。

「なあ、上杉。あの子って・・・・」

「えっ? ああ、(まな)よ。中2の時一緒だったでしょ」

 そうだ、思い出した。中学2年の時に同じクラスであった水原愛(みずはらまな)だ。あまり印象に残っていなかったが、かろうじて覚えている。まさか大洗に進学していたとは。1年の時は全く気付かなかった。

「まなー」

 上杉が手招きすると、水原はなぜかおどおどした様子でこちらへやって来る。どうしたのだろうか。

「水原さん、久しぶり」

「す、鈴木くんっ。・・・・久しぶり」

 な、何だこのぎこちない感じは。初対面ではないのに。男子が苦手なのだろうか。

 しかし、何だろう。水原ってこんなに可愛かっただろうか。中学の頃はもっと地味だったような気がするのだが。『垢抜けた』とか『高校デビューして変わった』とか言うやつなのか。

 まあ、男子が少数派の中で知り合いの女子が一人でも多いのは助かる。それもまた美少女とは、俺にとっては得でしかない。

「これからよろしk・・・・!?」

 何だろう、背後から殺気を感じる。いや、殺気というか、なんかこう『ねっとりとした』視線。だいたい正体は分かっている。

 後ろを振り返ると優子が・・・・て、あれ? 南本?

 俺も後ろにいたのは優子だけではなかった。俺の『癒し』、南本までいたのだ。

「優子、それに南本も・・・・」

「よ、よろしくね。鈴木くん」

 あ~、癒される~。けど、2人って知り合いだったっけ?

「ああ、よろしく」

 なんだろう。さっきから優子の視線が怖い。さっきのも優子のだったのか。

 優子が俺の傍まで来て、顔を耳元まで近づける。

「・・・・まさ兄、鼻の下伸びてる」

 いつもと同じトーンなのに物凄い威圧感がする。めちゃくちゃ怖い。

「そ、そんなことないよ」

 思わず後ずさる。怖い怖い。こんな優子は初めてだ。

「おい、オリエンテーション始まるみたいだぞ!」

 笹原が注意するような口調で俺の背中を叩いてきた。いつの間にか例の生徒会の三役が倉庫前に立っている。

「これより、戦車道のオリエンテーションを始める!」

 河嶋先輩はそう言って、半開きになった扉から倉庫に入って行った。俺たち戦車道履修者もぞろぞろと続く。

 倉庫の中は暗かった。誰かが照明を付け明るくなる。

「げっ」

 誰かが言った。

「うっ・・・・」

 俺も思わず唸ってしまった。

 目の前にあったのは、ぼろぼろになった戦車だ。形状から《Ⅳ号戦車》とかろうじて分かる。覆帯は外れ、錆と油でドロドロ。さらにそれらのにおいが猛烈に鼻孔を刺激した。

「何? これ・・・・」

「なんか臭い~」

「思ってたの違う~」

 俺だって思ってたのと違う。

 すると、みほがゆくっりと戦車へ歩み寄って行き、戦車を見渡し始める。

 その様子を俺たちは黙って見守る。

「転輪も装甲も大丈夫そう。これなら、いける」

 おおーっ、と小さく歓声が上がる。しかし、その感動より倉庫内の劣悪環境の衝撃の方が圧倒的に強い。

 長い間使われていなかったらしく、倉庫の中は鉄と油と錆びの匂いで充満していた。

「それにしても酷いな」

 倉庫の中に1両だけ置いてあった《Ⅳ号戦車D型》は、覆帯が外れかなり汚れた状態だ。内部はかなりひどく、埃と錆び、さらにカビまで生えていて、大規模な整備が必要だ。

「1両しか、ないな」

 隣で笹原が俺が思っていた事を口にする。

 そうなのだ、戦車が1両しかないのだ。

 ざっとみたところ、戦車道履修者は俺達を含めて30名以上。1両当たり4、5人乗るとしても7、8両は必要だろう。

「それじゃあ、今から戦車探そっか」

 ふいに角谷会長がそんなことを言った。はい?

「「「えええ?」」」

 驚きの声が上がるのも無理はない。

「我が大洗学園は20年前まで戦車道が盛んに行われていた。その頃に使われていた戦車がまだどこかにあるはずだ。お前達には今からそれを探してきてもらう」

「それじゃあみんな、レッツゴー!」

 おいおいマジかよ。

 しかし、戦車がなければ戦車道は始まらない。みんなぶつぶつ文句を言いながらも、それぞればらばらになって歩きはじめた。

「えー、なんか思ってたのと違うよ~」

 側では武部ががっくりと肩を落としていた。

「土曜日にカッコイイ教官来るよ」

 そんな武部に対し会長が干し芋を食べながら言う。

「ほ、本当ですか!」

『カッコイイ』の言葉に反応したのか、武部は目を輝かせて会長の方へ向き直る。

「ほんとほんと。だから頑張ってね」

「はーい、いってきまーす♪」

 会長に上手く乗せられた武部は、そのまま軽い足取りで倉庫から出ていった。

 

 

 

 数分後。

「一体どこにあるってゆーのよーっ!」

 駐車場に武部の大声が響く。

 俺達は主に教職員の車が停められている大駐車場にいた。メンバーは、みほに武部に五十鈴、清水に、同じクラスの佐倉美咲(さくらみさき)、優子、上杉、水原。男子は全員。つまり俺と笹原、そして中村と吉井だ。

「さすがに駐車場には停まってないと思いますが」

 確かに駐車場に停めてあったら生徒会が既に見つけているだろう。

 しかし、この人数でまとまって探すのは非効率的だ。いくつかに分かれて捜索しないと----ん?

 駐車場の奥に気になる建物を見つけた。

「どうした?鈴木」

「いや、あの車庫みたいな建物なんだけど…」

 大駐車場の一番奥に横長の車庫があった。かなり古そうで入口はシャッターで降ろされいる。車庫前はいつも車が止められていて開いているのを見たことがない。

 もしかしたら、1両くらいあるかもしれない。

「笹原、あの車庫の鍵ってどこにあるんだ?」

「職員室か事務室か……生徒会室にもあるかもしれないな。取ってくる」

 

 

 数分後、笹原が車庫の鍵を持って戻ってきた。

「ふんぬぅぅぅ!!」

 さびていたのか、隙間にごみが詰まっていたのか、シャッターがなかなか開かず、俺と笹原と中村の3人がかりでシャッターを持ち上げる。

「おおー」

 なんとまあ当たるとは思わなかった。

 俺達の目の前には戦車があった。かなり大型の戦車だ。

「こいつは……」

 第二次大戦後期の独軍の主力戦車《Ⅴ号戦車パンター》にも見えるが、何か違う気がする。ええと、こいつは…

「《M10パンター》じゃないですか!」

「それだぁっ!!」

 ってあれ?

 誰だ?今の。

 俺は声のした方を振り返る。

 そこにいたのは、見知らぬくせっ毛の女子。ええと、誰?

「秋山さんじゃないか」

「吉井、知ってるのか?」

「知ってるもなにも、同じクラスだ」

「ってことは3組?」

「うん、そう」

 なるほど。

「あと、ええと、私普通科2年3組の秋山優花里といいますっ!」

「あ、どうも2組の鈴木です」

 互いに自己紹介する。

 で、話を戻して、

「良く偽装パンターだったなんてわかったな」

  偽装パンター、別名《M10パンター》は独軍が米軍部隊の潜入を図る『グライフ作戦』のために少数のみ作られた戦車だ。パンター戦車に薄い軟鉄製の偽装車 体を被せて、米軍の《M10駆逐戦車》に、似せようとしたものだ。実際は英軍型M10の《アキリーズ》に似ていたといわれ、足回りはどうしようもならな かったが、そのリアルさは米軍の情報士官も評価したほどだ。しかし、作戦は諸事情で失敗したそうだ。

「かなりレアな戦車です!」

 秋山は目を輝かせて《M10パンター》に見とれている。おそらく彼女は戦車が好きなのだろう。

 とりあえず、これで戦車を見つけるという目的は達せられた。あとはのんびり探すと……

「ねえ、なんか奥にもあるよ」

 なんだと!?

 武部が奥の方を指差して言う。暗くてよく見えないが戦車がある。見たことのない戦車だ。主砲は短砲身。Ⅲ、Ⅳ号戦車にも見えなくないが、違うような気がする。

「こ、これは! 《トゥラン》戦車じゃないですかぁっー!」

「《トゥラン》? 聞いたことないな」

一通り車種は知っているつもりでいるが、こいつは初めて見る戦車だ。

「ハンガリーの戦車ですよ! 今じゃもう絶版のモデルです!」

「まじか! なんだここは? レア戦車の宝庫か?」

 まあ、この2両しかないようだが。

「まさか《トゥラン中戦車》に出会えるとは!感激です~!」

 さっきまで《M10パンター》に見とれていた秋山さんは、今度は《トゥラン》に抱きついて肌をすり寄せていた。

 捜索開始から30分とたたぬうちに、2両の戦車を見つけてしまった。あとはのんびり探そう。

 

 その後、何となく入った山林でもう1両を見つけて、俺たちは集合場所だった倉庫前に戻った。

 

 

 

 他のメンバーも戦車を見つけたようだ。聞いたところによると、池に沈んでいた車両や、ウサギ小屋にあったものもあったという。いったいどんな放棄のされ方をしたのか。

「ご苦労であった。戦車の回収は自動車部に今日中に行ってもらう。あしたの授業では洗車および整備をやってもらうから。必ず出席するように」

 並ぶ俺たちの前で、河嶋先輩が諸連絡を言う。そうか、明日は金曜日。6、7限目に必修選択科目がある日だ。

 俺の隣で中村ががっくりと肩を落としていた。彼にはこれから戦車の回収という、地獄の作業が待っているのだ。

「おつかれさん」

 俺は中村の肩をたたいてやる。

「あんな重いの移動させるの大変なんだぞ」

「仕方ないだろ。戦車なんだから」

 《M10パンター》は45トン、《トゥラン》でも20トン近くある。移動させるためには自走させるか、重機を使用してトレーラーで運ぶかしなければならない。かなりの期間放置されていたから自走させるのは無理だろう。

 俺たちも明日、汚い戦車達を洗車するという重労働が待っているのだ。

「質問は無いな。それじゃあ解散!」

 こうして戦車道の1回目の授業(?)は終わった。

 

 

 

 

 翌日、戦車道の授業のために俺たちが倉庫前に行くと、発見された戦車達が並んでいた。

 

 Ⅳ号戦車D型

 M10パンター

 40Mトゥラン中戦車

 38t軽戦車C型

 八九式中戦車甲型

 Ⅲ号突撃砲F型

 M3リー中戦車

 

 合計8両。全員が戦車に乗るには十分な数だ。

 さらにチーム分けも行われた。

 俺は中村と優子、上杉、水原の5人で《M10パンター》に乗ることになった。笹原と吉井、南本、清水、佐倉は《トゥラン》に乗る。戦車を扱うのは力仕事なので男子は半々に分けたのだ。南本と同じチームになれなかったのは残念だ。

 みほ達は武部、五十鈴、秋山さんとⅣ号戦車に乗る。ほとんどは発見者がそれぞれ見つけた戦車に乗ることになった。

「さあて、始めるか!」

 体操服に着替え戦車の洗車が始まった。

「中村、スポンジ取ってくれ・・・うおぉぉっ!」

 車内を掃除していた俺は、ハッチから頭を出すといきなり水をぶっかけられた。

「ちょっ!てめぇ・・・・・・なんてことを」

 ホースを持っていた中村が俺に水をぶっかけたのだ。

 これは中村に限ったことではなく、他のグループでも水のかけ合いが始まっていた。大体こうなることは分かっていた。海パンを持ってきたら良かった。体操服でこんなことやってると・・・・

「ちょっ!やめてよー!」

「透けちゃう~!」

 ほらほら、下着が透けて見えちゃうじゃないか。

「おい、中村」

「・・・・・・なんだ?」

「いつまで見ているんだ」

 中村は俺に水をぶっかけて以降、ずっと女子の方を見ている。いや凝視と言った方が良いのか、目の中に『●REC』と文字で出てきそうなガン見っぷりだ。

「そんなに見てたら・・・・・・ばれたら殺されるぞ」

「それなら問題ない」

 なにが問題ないんだろうか。

 俺だったら上杉か清水に殺されるだろうな。

 そんなことを考えていると、隣で《トゥラン》を洗車していた清水と目があった。彼女も佐倉に水をぶっかけられびしょびしょになっていた。

「・・・・・・(キッ)」

 鋭い目で睨まれた。

 俺は知らないふりをして、視線を逸らす。見ていない、俺は見ていないぞ。なんかピンク色の物が見えたけど・・・・・・

「・・・・・・見たでしょ」

 背中から、低い重い声が聞こえる。

「な、なんのことでしょうか・・・・・・」

 俺はゆっくりと振り返る。目の前には殺気に満ちた目をした清水がいた。

「ど、どうしたのかな・・・・・・清水さん?」

「・・・・・・見たでしょ」

「見てない!見てないぞ!」

「絶対見た!」

「俺はそんなこと・・・・・・うおっ!」

 胸ぐらを捕まれた。

「ちょっと・・・!清水さん!?」

「記憶が飛ぶまでどつき回す・・・・・・!」

「いや、下着が見えたぐらいで・・・・・・ってぎゃあああああぁぁぁぁっ!!」

「やっぱ見たやんかぁっ!」

 この日は頭の痛みに耐えながら、洗車を終えた。

 

 




こんにちは。読んでいただきありがとうございます。
一通りオリジナル登場人物が揃ったので、活動報告にキャラプロフィールを次話投稿時に載せておこうと思います。
また1話「再会」の後半部分を修正しました。

また次回。


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いきなり実戦です!‐前編‐

登場人物プロフィール
鈴木(すずき)正弘(まさひろ)
身長:170cm,体重:54㎏,血液型:B型
誕生日:2月25日
出身:大阪府大阪市
クラス:普通科Ⅱ類2年2組
好きなもの・事:妹
苦手なもの・事:苦い食べ物
好きな戦車:T-90S

鈴木(すずき)優子(ゆうこ)
身長:161cm,体重:56㎏,血液型:O型
BWH:85/58/84、髪型:長めのサイドテール
誕生日:2月27日
出身:熊本県熊本市
クラス:普通科Ⅱ類2年6組
好きなもの・事:まさ兄
苦手なもの・事:まさ兄以外の男の人。特に大人。
好きな戦車:PT-91 トゥワルディ

中村(なかむら)(ひで)
身長:178cm,体重:66㎏,血液型:O型
誕生日:4月20日
出身:茨城県鹿嶋市
クラス:工業科2年17組(自動車部)
好きな戦車:ルクレール

上杉(うえすぎ)綾子(あやこ)
身長:159cm,体重:53㎏,血液型:A型
BWH:70/56/79、髪型:ロング(運動するときはポニーテール)
誕生日:5月2日
出身:北海道千歳市
クラス:普通科Ⅱ類2年2組
好きな戦車:チャレンジャー2

水原(みずはら)(まな)
身長:152cm,体重:49㎏,血液型:A型
BWH:74/57/78、髪型:ツーサイドアップ
誕生日:6月8日
出身:北海道札幌市
クラス:普通科Ⅱ類2年6組
好きな戦車:Ⅳ号突撃砲



 洗車の後、戦車道履修者の自己紹介や諸連絡、連絡先の交換、戦車道連盟への会員登録申請書類の記入などをしていたら最終下校ぎりぎりまで残ってしまった。中村達自動車部は明日までに戦車を動かせるようにするため作業している。おそらく徹夜になるだろう。

「じゃあ優子、俺は買い物してから帰るから」

「えー、わたしも行くよ」

「何のために当番決めたんだよ」

 昨日、家事の分担を決めておいたのだ。今日俺は買い物&夕飯担当だ。

「じゃあ、鞄持って帰ってあげる」

「おう、すまん」

 中から財布とスマホとペットボトルのお茶を取り出し、鞄を優子に渡す

「じゃあ、行ってくるわ」

 校門で優子や笹原、みほ達と別れる。スーパーは学校を出て学園艦の艦首側、家は艦尾側にあるのだ。さらに学園の寮のほとんどは艦尾側にあるので気付けば俺の周りには佐倉と上杉しか残っていなかった。

「あれ? 佐倉さんって艦首側に住んでるの?」

 スーパーに向け歩きながら俺は佐倉さんに話しかける。

「うん。艦首側って、ひとつしか寮がないんだけど、そこに住んでるの」

 佐倉は同じ2組のクラスメイト。1年の時も同じクラスだった。割と誰とでも気兼ねなく話せる性格で、入学してすぐ仲良くなった。彼女は南本と仲が良くてよく一緒にいる。

「ねえ、鈴木くん。ちょっと気になったんだけど・・・・」

「ん、何?」

「6組の鈴木さんと付き合ってるの?」

 思いがけない質問に、俺は飲み始めていたお茶を吹いてしまった。

「悪い、びっくりした。でもどうして?」

「だって鈴木さんのこと名前で呼んでたし、鞄を預けるなんてまるで同棲してるみたいじゃない」

 疲れててつい忘れてしまっていた。俺はみんなに優子との関係を隠すつもりでいるんだった。何という大失態。今頃優子の方も武部達から追及を受けている頃だろう。変なこと言ってないと良いが。

 ここは変に嘘をつくより、正直に言った方が良さそうだ。

「いや、付き合ってないよ」

「え、じゃあどういう関係?」

 俺はスマホから家族写真を表示し佐倉に見せる。

「・・・・兄妹だ」

「・・・・・・・・!」

 佐倉がぽかんと口を開けている。まあ、いきなりこんな事言われたら無理もない。

「・・・・え、えっと・・・・双子?」

「いや、義理だ」

「えぇっ! そうなの!? 上杉さんは知ってた?」

 佐倉は俺たちの後ろにいた上杉の方を振り返りながら聞く。上杉はちょっとむすっとした様子だ。何かあったのだろうか。

「知ってるわよ。中学一緒だったし。・・・・というか同棲ってどういう事よ!」

 上杉が鋭い目つきで俺に迫る。

「・・・・兄妹なんやから、同棲じゃないやろ」

「で、でも一緒に暮らしてるんでしょ? 優子ちゃんに変なことしてないでしょうね!」

「し、してねぇよ」

 するというより向こうからしてくるのだが。勿論そんなこと言えるはずがない。

「・・・・怪しい」

 またジト目。俺ってそんなに信用なさそうに見えるだろうか。もうやだ、逃げたい。ここは佐倉さんへ避難しよう。

「・・・・ね、ねえ佐倉さん・・・・」

「ご、ごめんね。わたしこっちだから・・・・」

「・・・・え?」

「じ、じゃあまた明日ね・・・!」

 そういって佐倉さんは丁度差し掛かった角を曲がって行ってしまった。

 え、もしかして逃げられたのか。確かに佐倉さんの行った方向には学生寮があるが。

「えっと、上杉さんのお宅は・・・・」

「私は艦尾方向のマンションよ」

「じゃあ、何でこちらに?」

「私もスーパーへ夕飯買いに行くのよ」

「さいですか」

 なんだか微妙な空気の中、俺達はスーパーに向け再び歩き出す。並んで歩いてはいるのだが、上杉との間には人2人分程の間が開いている。中学の頃は家が隣同士だったこともありよく一緒に帰ったりしていたのだが、その頃はこんなにに距離を開けられていなかった。

「あの・・・・上杉さん」

「・・・・何よ」

「この微妙な距離感は何でしょう?」

「別に良いでしょ。というか何でそんなによそよそしいのよ・・・・・・馬鹿」

 理由は分からんがどうやらご機嫌斜めなようだ。ここはあまり変なことは言わない方が良いだろう。

 そのまま俺達は微妙な空気のままスーパーに着く。

「それじゃあ、また後でね」

 ああ、帰りも一緒なんですね。

 

 

 明日は土曜日。午前中に土曜授業が行われるのだが、新年度が始まってすぐなのでない。が、戦車道の特別授業が丸一日行われるので俺達戦車道履修者は明日登校しなければならない。他授業の5倍の単位なので授業時間が増えるのは多少予想していたが、いきなり一日授業をぶっ込んでくるか。俺はともかく、他の素人達にはかなりしんどいだろう。戦車道は他の選択科目に比べて、準備や後片付けやらにかなり時間がかかるのだ。十分な練習時間を確保するには授業時間を増やすしかないのは仕方のないことだが。

 なので明日は多分ヘトヘトで買い物なんて行けないだろうから(明日の当番は優子だが)、明日の夕飯分の食材も買っておいた。

 両手に袋を下げてスーパーを出ると、入り口の側で上杉が立っていた。

「おまたせ」

 帰り道では、上杉は俺の真横についた。買い物をして少しは機嫌を直してくれたか。

「結構買ったのね」

「今日明日の分だ。そっちはかなり少ないな」

 上杉の持っている袋の中身はかなり少なそうだ。何が入っているのか良く覗いてみる。

「・・・・・・・・」

 そこに入っていたのはいわゆる『コンビニ弁当』。浅い容器にご飯や鮭とかが入っているやつだ。

「・・・・自炊はしないのか?」

「私の料理の腕、知ってるでしょ」

「ん・・・・まあ」

 上杉は勉強も運動も平均以上にこなすのだが、料理の腕前に関しては壊滅的だ。たしかそれを知ったのは中2の冬頃だったかな。

「中2のバレンタインのアレは凄かったな」

「も、もう! あれはもう忘れてって言ったでしょ、馬鹿!」

 中2のバレンタインデー。上杉は手作りチョコをくれた。いつもツンツンしている上杉から初めてチョコを、しかも手作りを貰ったこともあり当時の俺はかなり喜んだのだが、そのチョコの味があまりにも酷かったのだ。

 上杉のいない場所で食べていたらあとでおいしかったよなどと言うこともできただろうが、あの時は嬉しさのあまりその場で食べてしまった。男なら不味くても隠すところであるが、食べたときの俺の顔が酷かったのか上杉にはすぐばれてしまった。

「最初は新手の嫌がらせかと思ったよ」

「そ、そんな事するわけ無いでしょ!」

 いけない、ちょっとからかったつもりだったが怒らせてしまったようだ。帰りぐらいは仲良く帰りたいところだったが余計なことを言ってしまった。

「冗談だって」

「冗談でも言って良いことと悪いことがあるのよ」

 そっぽを向かれてしまった。そしてまた俺との間に距離ができる。まずい、ここは何か言って機嫌を取らないといけないのだが。

・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・

 何も思いつかぬまま、家の前まで着いてしまった。

「あれ? 上杉は(うち)どこだ?」

 機嫌取りの方法を考えていたので普通に俺の家までのルートを通ってしまっていた。

「どこも何も、私もここよ」

 え? 今なんと・・・・

「ホンマに?」

「ほんとは春休み中に引っ越すつもりだったんだけど、前の人が出て行くのが遅れて今日になってしまったのよ」

 あれ、この話どこかで聞いたような。もしかして・・・・

 俺は階段を上がりつつ、一昨日の河内先輩との会話を思い出す。

「ここよ」

 2階段傍の玄関前で上杉が立ち止まる。

 やっぱり。そこは河内先輩が依然住んでいた部屋であった。

「鈴木君はどこなの?」

「・・・・俺は、隣」

 俺はそう言いながら隣の部屋の玄関を指さす。

「そ、そう。じゃあまた明日ね」

 そう言って上杉はさっさと自分の部屋に入ってしまった。が、すぐまたドアが開いて、「言っとくけど、別にアンタの隣だからって、この部屋にしたんじゃないんだからね!」と言ってバタンとドアを閉める。やれやれ。相変わらずのツンツン台詞だ。にしても隣に上杉が引っ越ししてくるとは予想外だ。明日から『面倒な事』にならなければいいが。

 

「ただいま」

「まさ兄おかえりー」

 玄関で優子が出迎えてくれた。さっき買ったものを優子に渡す。

「これ冷蔵庫に頼む。明日の分も買っといたから」

「ほんとに? じゃあ明日は頑張って作らないとねっ!」

 優子は張り切っているようだが、明日は多分ヘトヘトになるだろうから大したものは作れないだろう。

「ご飯はもう炊き始めといたよ」

「サンキュー」

 制服のブレザーを脱ぎ手洗いをし、俺は晩飯の準備始める。

「もう面倒くさいから簡単なのでいいか?」

「まさ兄の作るものなら何だっていいよっ!」

 まったく嬉しいことを言ってくれる。これが彼女が言ってくれたらなあ。彼女いないけど。

 さて夕飯を作るわけだが、俺は料理には割と自信がある。少なくとも上杉より上手いのは確かだ。去年は最初は適当にコンビニ弁当や近くのパン屋で買った総菜パンばかりだったのだが、夏頃からはちゃんと自炊するようになった。理由は『料理ができる男はモテる』という情報を入手したからだ。

 まあ、去年は家庭科の授業で調理実習はなかったし、家に呼べる彼女も女友達もいなかったけどね!

 俺が作る料理のほとんどはインターネットで調べたレシピを基に作っている。さすがにまだオリジナルとか大幅なアレンジを加える自信はない。これから作る二ラ丼もインターネットで知ったものだ。餃子の中身と同じものをご飯の上にのせて食べるというものだ。ニラや白菜、挽肉を炒めご飯にのせる。元々餃子は好きだったし、簡単だったこともあってすぐにはまった。忙しかった日の時はいつもこれを作っている。

「ほら、出来たぞ」

「わぁ! 美味しそう!」

 小さな折りたたみ式テーブルに向かい合うように座り、夕食が始まる。

「そう言えばまさ兄」

「ん、何?」

「武部さん達、わたし達が一緒に住んでるの知ってるみたいだね」

 ああ、やっぱりばれていたか。校門を出るときの様子を見てたら大体そう思うよなあ。

「変な事言ってないだろうな?」

「うん、まさ兄と一緒の布団で寝てることは言わないでおいたよ!」

「そりゃ言っちゃいかんやろ!」

そんな事が学校中に知れてみろ。俺はこれから『変態シスコン野郎』として白い目で見られながら学園生活を送らなければならなくなる。

「武部さんは興奮してたけど、他のみんなは普通の反応だったよ」

 そうか、昔からの知り合いのみほや清水、それに笹原も既に俺達が兄妹だって知っている。

「武部は何に興奮してたんだよ」

「なんか『憧れの同棲生活』とか『禁断の愛』とか色々言ってたよ」

 あいつほんとそういう妄想好きだな!

「でもまさ兄ぃ」

「なんだよ」

「これで外でイチャイチャしても問題ないよねっ!」

「ぶほっ!」

 な、何言ってるんだこいつは!

「な、なんでやねん!」

「だって、みんな知ってたら隠す意味無いでしょ」

 いや、そうじゃなくてですね。

「だからと言ってイチャイチャして良いわけじゃないだろ」

「えー、違うの?」

「ちげーよ」

「・・・・・・」

 そんなにしょんぼりされても困るのだが。

「あ、そうだ」

 優子が突然何かを思い出したように手をぱんと叩く。そしてテーブルの下から何かを取り出す。

「もうこれは必要ないよねっ」

 そ、それはっ!!

 優子が取り出したのはコミックとゲームのパッケージ。タイトルはコミックが『最○、妹のようすがちょっとおかしいんだが』でゲームが『あ○ね色に染まる坂』だ。前者は義妹とドキドキする話、後者はエロゲー(※全年齢版)で攻略対象に妹も含まれる。ちなみにゲームの方は妹ルートのみ攻略済み。とと、そうじゃなくてだな。

「そ、それを何処で?」

「えへへ、押し入れに荷物しまってたら見つけちゃったっ!」

 畜生! 優子に見つからないよう、昨日優子が風呂入ってる間に本棚から押し入れに移したのだが裏目に出たか!

「た、頼む。ポイするのは勘弁・・・・」

 優子はふふっと微笑むと、今度は大きな束を取り出す。

「・・・・マジかよ」

 隠しておいたはずのギャルゲーやコミック全巻接収済みかよぉ。しかも具合の悪いことにほとんどが妹ものだ。釈明の余地はない。妹に妹萌えがバレるとか最悪この上ない。

「これは全部処分しとくねっ!」

「や、やめて下さいっ! お願いします!」

 俺は咄嗟に土下座をする。揃えるのに結構金がかかったんだ。そう簡単に捨てられる訳にはいかない。

「じゃあ、わたしの言う事何でも聞く?」

 ニコニコ笑顔から漂う意地悪臭。もしかしたらとんでもない要求を突き付けてくるかもしれない。

しかし、背に腹は代えられない。ここはおとなしく言う事を聞く事にしよう。

「わかったよ、聞くよぉ」

「じゃーあー、毎日おはようとおやすみのチューを・・・・」

「却下だ」

 頼むから出来るのにしてくれ。そこまで行くとまずいような気がする。

「何でも聞くって言ったのに」

「いや、できることとできないことがあるだろ」

「うーん」

 優子はしばし考えるポーズをしたのち、再び口を開く。

「じゃあ、毎日お昼一緒に食べるのと、一緒に登下校する」

「まあ、それなら・・・・」

 現実的な要求になりホッとする。俺の大事な資産を守れるならそれくらいやってもいいだろう。

「じゃあ、来週から実行ね!」

「分かったよ」

 一番の要求は却下されたものの、さっきの意地悪オーラは消え、すっかり上機嫌モードだ。ちょろいというか素直というか。まあ、優子のそういうところは良い所でもあるし俺も好きではある。

「じゃあ、これは元の場所に戻しておくね」

「ああ、それは俺がやっとくよ」

 かくして俺は財産を守ることに成功したわけだが、妹に妹萌えがバレるという大失態を犯してしまったのであった。

 

 

 

 翌日、俺たちは戦車道の授業のため平日と同じように家を出る。優子は昨日から変わらずの上機嫌だ。兄貴が妹萌えの変態とか知ったら普通は引いて態度変わるだろうに。やっぱり優子はよく分からない。

 俺たちが家を出るのと同時に上杉も出てきたので3人で学校へ向かう。上機嫌の優子に反して上杉は終始むすっとしていた。何かあったのかと聞けば「知らない、バカ」と言われる有様。優子といい上杉といい、女子の考えることはよく分からんなあ。

 土曜日というのは金曜授業が終わった後の解放感のせいでだらけがちで遅刻者が出るかと思ったのだが、時間までに全員が集合した。河嶋先輩に小言を言われるのが嫌だったのだろう。ちなみに一番遅かったのはみほだった。理由は聞かなかったがみほは真面目な一方で結構おっちょこちょいなところがあるのでたぶん寝坊でもしたのだろう。

「・・・・にしても教官遅いね」

 整列して5分が経ったが教官が姿を現さない。武部が「ここまで焦らすなんて大人のテクだよね~」とか言っているが、戦車道の教官に限って時間通りに来ないなんてありえない。

 戦車道の教官は戦車道連盟に指導教官として加盟し資格を得ることで指導を行うことができる。戦車道を実施している学校には資格を持った教員が2、3人いるのだが、大洗学園は長らく戦車道を行っていないので資格を持った教員がいない。そのため協会から教官を派遣してもらうのだ。ちなみに派遣される教官の多くが戦車道という競技の特性上、現役の陸上自衛官もしくはOBだったりする。だから時間には厳しいはずなのだが。

「はやくはじめよー」と誰かが言った。しかし教官抜きで戦車道を行うことはできない。安全のために戦車道は教員の監督の下、しなければいけないからだ。戦車道の関しては他のスポーツや競技と違って厳しいルールが多い。たとえばいかなる理由があろうと戦車道をやるためには連盟への会員登録が必要なのだ。他のスポーツなら公式大会出場資格を得るために会員登録をすることはあろうが、ただ趣味でやっていたりする場合は登録の必要はない。だが戦車道はその場合でも登録が必要になるのだ。

 周りが騒がしくなったところに河嶋先輩の一喝が飛ぶ。その時だった。

 ごぉぉぉーーーーん

 響く低い轟音。はじめは高空を飛行する旅客機だと思ったが音から低空を飛行してると分かった。こっちへ向かってきている。

 大洗学園には小型機が離発着可能な短い滑走路とヘリポートしかなかったはずなのだが。

 その音の正体はすぐに姿を現した。

 艦尾方向から現れた機体は高翼配置でT字尾翼、明るい灰色のカラーリングが施された大型の双発ジェット機だった。こいつは。

「航空自衛隊の大型輸送機ですか? まさかC-2改!?」

 秋山さんが飛来する機体を指しながら機体の形式を叫ぶ。

 C-2改、航空自衛隊で使用されている輸送機である。現在自衛隊で主力輸送機として配備が進んでいるC-2輸送機の拡大版であり、戦車の搭載を可能としている。

 C-2改は俺たちの頭上を通過する直前、開いていた後部の貨物扉から何かを投下した。

 パラシュートを展開して落ちてくる板の上に乗っかるのは、戦車!?

「《10式戦車》!?」

 みほが戦車の形式を言う。10式は陸自の新しい主力戦車だ。

 空中投下された《10式戦車》は職員用駐車場を滑るように着地し、赤いスポーツカーを吹っ飛ばして停止した。

「あれは・・・・もしかして学園長の車!?」

 小山副会長の顔が青ざめている。一方の角谷会長は「あー、やっちったねー」とかのんびり言っているけれども。

 《10式戦車》はその場で旋回し台座(パレット)から降りようとする。さっき吹っ飛ばされたスポーツカーが今度はポテチのようにひしゃげてぺちゃんこになる。

「い、一応本番、訓練を問わず、戦車道での周囲の損害は補填されますが」

 いつも冷静そうな河嶋先輩も呆気にとられながらも呻く。これも訓練のうちに入るのだろうか。あまりにも衝撃的すぎてみんなあんぐりと口を開けて呆然としている。

 そんな中《10式戦車》が俺達の目の前で停車して砲塔上のハッチが開き誰かが出てくる。

「こんにちは!」

 ヘルメットを外し爽やかに挨拶をしてきたのは・・・・女の人!?

彼女は軽々と慣れた感じで戦車から降り立った。

「戦車教導隊、蝶野亜美一尉です! 初めまして、大洗学園のみなさん!」

 

 

「よろしくお願いします。戦車道は初めての人が多いと聞いていますが、一緒に頑張っていきましょうね!」

 ・・・・・・

 先ほどのサプライズイベントから早3分。蝶野教官が俺達の前に立ち挨拶をしている。まださっきの衝撃が抜けず、呆然と話を聞いているやつもちらほらいる。武部ががっくり肩を落としているが、あれは多分教官が『イケメン』ではなかったからだろう。まあ、会長は『カッコイイ』教官とは言っていたけど男とは言ってなかったからな。ただの武部の勘違いだ。

 しかし俺も教官には男の人が来るだろうと勝手に思っていたからびっくりだ。確かに会長の言ったことは間違ってはいない。蝶野教官は綺麗で、とてもかっこよく見える。

 教官は挨拶をしながら俺たちを見回していたが、「あら?」と言いながら俺の方・・・・いやみほの方へ歩み寄る。

「もしかして西住師範のお嬢様じゃありません?」

『師範』という言葉を聞いて周囲がざわめく。

「お姉さまも元気?」

「・・・・は、はい」

 どうやら教官はみほが大洗(ここ)にいる理由を知らないらしい。みほは戸惑った様子で元気なく返事をする。

「・・・・師範って?」

「西住さんってすごいの?」

 みんなみほがただものじゃないと知って興味津々のようだ。俯いてしまったみほの代わりに教官が誇らしげに答える。

「西住流は、戦車道の中でも最も由緒ある名門なのよ」

 おおお、とさらにまわりがざわめく。『最も由緒ある名門』と言われるあたり、みほの家って本当にすごいんだなあと思う。

 しかし当の本人は元気なさそうに俯いている。まあ当然だろう。みほは実家から、戦車道から逃げるために大洗に来たのだから。みほの横顔を見てるとかわいそうで見てられない。

「は、はいはーい! 教官!」

 みほの後ろに立っていた武部が突然手を挙げた。

「えーと、教官はやっぱりモテるんですか?」

 ざわめきは消え、俺たちは何言ってんだこいつという視線で武部を見る。教官も虚を突かれてぽかんとしている。

「うーん、モテるというより・・・・そうね、狙った的は外したことないわ」

 教官も真面目に答えるのか。そこはさすが自衛官といったところか。

「撃破率は120パーセントよ!」

 なんとまあ、100パーセント越えですか。

 とそうじゃなかった。教官は恋愛指導に来たのではなく戦車道の指導に来たんだ。みほの話題からも離れたし、さっさと戦車に乗りたい。俺はここぞとばかりに手を挙げる。

「教官! 今日はどんなことをするのですか?」

「そうね、今日は本格戦闘の練習試合。早速やってみましょ」

「「え!?」」

 びっくりしたのは俺だけじゃないようだ。小山先輩が「い、いきなりですか?」とおろおろしている。

「大丈夫よ、何事も実戦実戦! 戦車なんてバーッと走って、ダーッと操作して、ドーンと撃てばいいんだから!」

 さっきのカッコいい雰囲気はどこへ行ったのやら、擬音語を使った大雑把な説明にみんなぽかんとなる。

「それじゃ、みんな決められたスタート地点に向かってね」

 そういって教官は各チームの先頭にいる人に地図を配り始めた。なんだこりゃ。何かの冗談か? なにもレクチャーなしでいきなり練習試合なんて。

「よし、それじゃ気をつけっ!」

 教官は突然ピシッと姿勢を正した。俺たちも反射的に列を正す。

「戦車道は礼に始まり、礼に終わるの。一同、礼!」

「「よろしくお願いします!!」」

 

 

 蝶野教官は10式戦車に乗り込み学園艦の艦橋へ行ってしまった。残された俺たちはとりあえず以前決めたチームごとに分かれて各々の戦車に乗り込む。

《M10パンター》は全チームの中で最も車体が大きい。車体も高さがあるので乗り込むのが大変だ。洗車の時は脚立を使って上っていたが、実戦時は脚立なしで乗り降りしなければならない。多くの戦車にはタラップが付いているはずなのだが、なぜかこの戦車には付いてなかった。俺は慣れた手つきで側面から履帯を脚立の踏桟(とうざん)のように使って上る。優子たちはまだ初めてなのでとりあえず中村以外は先に上った俺が引っ張り上げてやる。

 みんなを俺が昨日考えておいた配置通りに座らせて、俺も車長席に収まった。

「うわー、暗い」

「今のうちに目を慣らしておけよ。実戦中は揺れてもっと大変だからな」

 戦車では防御力を高めるために弱点となる窓はとても小さい。基本的に運転手は前しか見えないし、砲手も照準器を除いた先の狭い風景しか見られない。装填手に至っては外の視界なんてほぼゼロだ。

 そのため俺の座る車長席にいる人間は外の状況を収集し、それぞれに指示を出す重要なポジションとなっている。

『さあ始めるわよ! 戦車前進(パンツァー・フォー)!』

通信機から蝶野教官の声が聞こえてくる。それを聞いて俺は中村に車長としての最初の指示を出した。

「中村、エンジン始動!」

「はいよ!」

 中村がイグニッションボタンを押し込むと、700馬力のエンジンが轟音をあげて始動する。実際の戦車は、エンジンが温まるまで暖機運転をしなければならないが、戦車道の戦車では暖機運転の時間はとても短く、すぐに行動することができる。

「よし、スタート地点まで移動するぞ」

《M10パンター》はゆっくりと動き始め、スタート地点に向かう。俺は頭上のハッチから頭を出し、周囲を見回す。みんな四苦八苦しながらも頑張って動かしているようだ。生徒会チームの《38(t)》が俺たちより先に車庫から出ていく。《M10パンター》もこれに続いた。そのままグラウンドの端を進み、裏山に入る。

学園の隣にはそこそこ広い山林がある。かつて戦車道が行われていた時代には練習場として使われていたらしいが、廃止されてからはほとんど放置された状態らしい。地図を見たところ橋があるみたいだが崩れたりしないか心配だ。

「よし、ここら辺だな。中村、ストップ」

 俺は中村に停止するよう命じる。《M10パンター》は周囲を雑木林に囲まれた小さな草原の真ん中に停止した。ここが俺達のスタート地点のようだ。

 各チームのスタート地点はそれぞれの戦車の能力に応じて決められているようだ。全車両の中で最も能力の高い《M10パンター》は開けて目立つ場所、攻守共に能力の低い《八九式中戦車》は木の生い茂っていて地形的にも待ち伏せるのにちょうど良い場所に配置されている。

『みんな位置に着いたわね。今回は殲滅戦ルールで行くわよ。要は見える相手を全部倒したらおしまいってわけ。では、戦闘開始!』

 上空に信号弾が打ち上げられ弾けた。試合開始の合図だ。

「どうするの?」

「とりあえず移動しよう。ここにいたら目立つし」

 装填手席に座る上杉の質問に対し俺は地図を見ながら答える。今いる場所は周りより低く窪地のようになっており、開けていて目立つし狙い撃ちされやすい。とりあえず林に移動して身を隠した方が良いだろう。

「左の林に入ろう。中村、前進」

 俺が指示を出すと《M10パンター》はぎこちなく旋回し進み始めた。

「一番近いのは八九式と三突か・・・・」

《八九式中戦車》はバレー部、《Ⅲ号突撃砲》は歴女が乗っていたはずだ。車両能力的には《Ⅲ号突撃砲》の方が上だし、確かドイツ軍服っぽい恰好をしたやつがいたから三突の戦い方も知っているはず。先に歴女チームを倒した方が良さそうだ。

 と、その前にみんなにそれぞれの役割についてレクチャーしておいた方が良いだろう。戦闘が始まってから説明したのでは遅いからな。

「上杉、徹甲弾をマニュアル通りに装填してみて」

「わ、わかった」

 上杉が砲弾ラックから赤い線の目印がついた徹甲弾を取り出し装填する。マニュアルを見ながらのぎこちないものであったが、なんとか装填した。

「優子は敵戦車が出てきてから教えるとして、水原さん」

「は、はいっ!」

 水原が座っているのは中村の右隣の通信手席だ。

「今回は前の方の見張りをお願い。障害物とかあったら中村に教えてあげて」

 本来通信士は味方との通信や戦場の状況把握をやるのだが、今回は単独行動だし、戦場把握なんていきなり素人には無理だろうから今回は見張りに専念してもらおう。

「うん、頑張る!」

 水原は元気よく返事をする。次は中村だな。自動車部だからその辺りの心得もあるから基本は大丈夫だろうし、さっきもここまでちゃんと《M10パンター》を運転した。ただ、戦車は車と違って視界が狭いし重い。また戦闘時には複雑な起動をする。誤って崖にでも転落されたら一巻の終わりだ

「中村は大丈夫?」

 一応聞いておく。

「ああ、大丈夫だ!」

 頼もしい返事が返ってきた。

「よし、このまま前進。しばらくしたら道に出るから右に転回。まずは歴女チームを倒すぞ!」

 やるからには本気でやらしてもらおう。みほがどう出てくるか心配だが、車輌の性能差で多分何とかなるはず・・・・だ。

《M10パンター》は雑木林を抜け細い道に出た。俺はハッチから頭を出し周囲の警戒を行う。周囲に敵影なし。このまま歴女チームがいると予想した地点へ向かう。《M10パンター》はゆっくりと道を進む。

「次の分かれ道を右に・・・・!?」

 どぉーん!

 突然鳴り響いた轟音に俺は慌てて頭を引っ込める。砲撃音、距離は遠くない。おそらく近くで戦闘が始まったようだ。俺は再び頭を出して周囲の状況を確認する。

 砲撃音は前方から複数。歴女やバレー部、そしてみほ達がいる方向だ。

「どうしたの?」

 上杉が不安そうに聞いてくる。無理もない。装填手席からは外の様子を確認することが出来ないからだ。

「もうどこかで戦闘が始まったみたい」

 辺りは木々に囲まれているので戦闘による土煙などは確認できない。

「どうする、このまま進むか?」

 このまま進んで下手に乱入すると流れ弾を食らうかもしれない。迂回して戦闘の様子を肉眼で確認してから参戦した方が良いだろう。

「中村、やっぱ速度上げて左に曲がって! 水原さんは右側の見張りをお願い。優子はいつでも撃てるように、上杉は次の弾持っといて!」

 俺はみんなにぱぱっと指示を出す。1年間以上戦車道から離れていたとはいえ体はちゃんと覚えている。次の瞬間には双眼鏡を手に取り、周囲を見回していた。

 さっきの砲撃音を聞いてから体中の血が騒いでいる。みほや素人の皆さんには悪いがここは全力で勝たしてもらう。

 俺は1年以上ぶりとなる台詞を口にした。

「よし、行くぞ! 戦闘開始(パンツァー・フォー)!!」

 




ようやく戦車が動きました。次回からやっと戦闘シーンがはいります。
次回の登場人物紹介はトゥラン搭乗チームです。また活動報告に大洗学園についての解説(学科についてとか)を載せておこうかなと思います。


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いきなり実戦です!-後編-

「捜索と戦車の洗車」前半のみんなが倉庫前に集合する場面で正弘と中村の会話シーンを加筆しました。

登場人物プロフィール(40Mトゥラン チーム)
清水(しみず)七海(ななみ)(車長)
身長:158cm,体重:51㎏,血液型:A型
スリーサイズ:81/57/83
誕生日:8月30日
出身:大阪府大阪市
クラス:普通科Ⅱ類2年2組
好きな戦車:九五式軽戦車

吉井(よしい)海翔(かいと)(操縦手)
身長:165cm,体重:54㎏,血液型:O型
誕生日:5月17日
出身:茨城県土浦市
クラス:普通科Ⅰ類2年3組(自動車部)
好きな戦車:ビッカースMBT

南本(みなもと)(ゆい)(砲手)
身長:157cm,体重:50㎏,血液型:O型
スリーサイズ:80/57/82
誕生日:6月15日
出身:千葉県千葉市
クラス:普通科Ⅱ類2年2組
好きな戦車:KV-2

笹原(ささはら)孝治(こうじ)(装填手)
身長:180cm,体重:67㎏,血液型:A型
誕生日:7月3日
出身:茨城県つくば市
クラス:普通科Ⅱ類2年2組
好きな戦車:74式戦車

佐倉(さくら)美咲(みさき)(通信手)
身長:145cm,体重:42㎏,血液型:O型
スリーサイズ:75/56/78
誕生日:3月27日
出身:東京都三鷹市
クラス:普通科Ⅱ類2年2組
好きな戦車:T-26 1933年型




 突然砲撃音がして近くの地面を吹っ飛ばす。俺は慌てて頭を引っ込めた。

「ふええええー、何なにっ!?」

 びっくりした優子が外が見えないにもかかわらず左右を見回す。中村もびっくりしたのか《M10パンター》ががくんと停止する。

「敵や! 総員戦闘用意!!」

 俺は再び頭を出し周りを見回す。周りは雑木林で隠れるにはちょうど良い。待ち伏せ(アンブッシュ)かと思ったが、その砲撃の(ぬし)は自ら姿を現した。

「《M3リー》、一年生チームか」

 全車両の中で唯一、砲を2門搭載しているのが《M3リー》の特徴だ。そこそこ強力な75ミリ砲を車体右側に限定旋回式で装備、上部の砲塔には37ミリ砲を装備している。アメリカ製戦車であるが、『リー』という愛称は第二次大戦中に供与を受けたイギリス軍によるもので、アメリカ型砲塔車輌が『リー』、イギリス型砲塔搭載型が『グラント』という愛称がつけられた。

その《M3リー》との距離は25メートルほど、角度は俺達の車輌に対してほぼ正面を向いている。M3の75ミリ砲は強力だが、《M10パンター》はその攻撃に十分耐えうる装甲を持っている。側面や後部を撃たれなければ大丈夫なはずだ。

「どうする、撃つ?」

 優子はもう照準口を覗き込み引き金に手を掛けている。

「おっきい三角の上に敵が入れば良いんだよね?」

《M10パンター》のようなドイツ系車輌の照準器内には、真ん中に大きな三角がありその両側に3つずつ小さい三角が並んでいて、これと『シュトリヒ』という単位を用いて相手との距離を計算する。相手戦車のサイズを覚えないといけないし、慣れないとこの計算は大変だが、今回は相手が至近距離だしこのままで良いだろう。

「オッケーや! 向こうが動かんうちに仕留めんぞ!!」

《M3リー》が75ミリ砲を発砲した。今度は《M10パンター》に命中し、衝撃によって狭い車内が大きい音とともに振動する。しかしパンターの80ミリの傾斜装甲は75ミリ弾をしっかりと弾いた。

「・・・・きゃっ!」

 上杉が小さな悲鳴とともに首をすくめる。砲弾の跳弾音など慣れてしまえばどうということはない。というかむしろ直撃じゃなくてよかったとホッとする音だが、初めての人はやっぱり怖いのだろう。俺も最初のうちは怖かった。

 そんな上杉を一瞥し俺はすぐに視線を《M3リー》に戻す。車体の揺れが収まるとすぐに命令を出した。

「撃て!」

 優子が引き金を引くと、《M10パンター》の70口径75ミリ戦車砲が火を噴く。主砲の口径はM3と同じ75ミリだがこっちの方がより長砲身で弾の初速も威力も段違いに高い。車体正面に直撃を受けた《M3リー》は大きく揺れ煙に包まれる。煙はすぐに晴れ、M3に戦闘不能を表す白旗がぴょこんと立つのが見えた。

「よし! 敵車輌撃破!」

「・・・・やった!」

 俺は照準器から顔を離しこっちを向いてきた優子とハイタッチを交わす。近距離とはいえ、初めて扱う砲を見事命中させた。優子を砲手にして正解だったかな。

 おっと、1輌撃破したくらいで喜んではいられない。まだ5輌の敵戦車がいるのだ。

「よし、この調子でいこう。周囲を警戒しつつ前進。上杉は次の弾の装填をお願い」

「了解っ!」

「分かったわ!」

《M10パンター》はすぐに移動を開始した。さっきから聞こえている砲声はだんだんと近づいてきている。戦闘音はこの辺りに集中してくるのでほかのチームが集まってくるかもしれない。断続的に聞こえてくる砲撃音のする方向を地図で確認すると、唯一橋のかかっている細長い沼地のあるエリアだ。遮蔽物はほとんどないので後から参戦すれば狙い撃ちできるかもしれない。

「よし、次の目的地は橋だ!」

「了解っ!」

《M10パンター》はスピードを上げ、撃破した《M3リー》のそばを通り過ぎ橋につながる道に入る。

 しかし、少し進んだ後、俺達は砲撃とは違う衝撃に襲われた。

「「うぉぉぉぉぉぉっ!?」」

「「きゃああああああ!?」」

 体がふわっと浮き上がり、そして重力によって自由落下する。

「いってぇ!」

 座席に思いっきり尻を打ちつけられる。戦車の座席は硬いのでものすごく痛い。

「おい鈴木っ! 全然前が見えねえぞ!」

「と、とりあえず停止!」

《M10パンター》はがくんと停止した。今度は前に吹っ飛ばされそうになる。

「なんやねん、もう」

 車体はまだ傾いている。どうやらかなりのガタガタ道に入ってしまったらしい。   「ちょっと外見るから待ってて」

 ハッチから頭を出し、下の様子を確認する。

「・・・・なんじゃこりゃ」

 目の前に伸びていたのは、わざとらしくガタガタにされた道だ。普通の車なら腹がつっかえて立ち往生してしまいそうだ。

「うわぁ、これはヒドいな」

 操縦席から頭を出した中村も困惑している。

「どうする? 行けそう?」

「うーん、ゆっくり行けば行けないことはないと思うけど・・・・」

 自動車部の中村も困った様子。さっきの衝撃を思い出せば走りたくはないだろう。

「まあ、見た感じあと100メートル位みたいだし。頭出しながらなら・・・・」

「じゃあそれで頼む。周りは俺が見張っとくから」

 俺は頭を引っ込めて、「もうちょっと揺れるから、何かにつかまっといて」とみんなに注意しておいた。さっきは大丈夫だったが、次飛び跳ねたときに頭とかぶつけたら大変だからな。

「・・・・行くぞ」

《M10パンター》が再び進み始める。相変わらずの不整地を何度も吹っ飛ばされそうにされながら何とか突破した。揺れが収まりとりあえずほっとする。この間に敵戦車が来ていたらひとたまりもなかったからな。襲撃がなくて本当に良かった。

「よっしゃ、サンキュー中村!」

「・・・・・・(ぐっ)」

 中村はこっちも向かずにただ親指を立ててすぐに操縦席に潜ってしまった。このかっこつけめ。

「・・・・よし、見えた!」

 俺の視界に4輌の戦車が入る。1輌はすぐ傍、2輌は橋を挟んで大きな池の対岸。そして1輌は橋の上にいた。対岸の2輌は既に白旗が上がっている。歴女の《Ⅲ号突撃砲》とバレー部の《八九式中戦車》だ。おそらく橋の上の《Ⅳ号戦車》か傍の《38(t)軽戦車》に撃破されたのだろう。

「優子! 砲を左に! まずは生徒会の38(t)をやるぞ!」

《M10パンター》の主砲が左に旋回する。しかし、照準を合わせる前に《38(t)軽戦車》は煙に包まれ白旗が上がった。《Ⅳ号戦車》が先に撃破したのだ。

「マジか! やっぱり右へ! 目標Ⅳ号!」

《Ⅳ号戦車》は橋を渡り終え、まっすぐこちらへ向かってくる。ここで臆せず向かってくるところはさすがみほといったところか。《Ⅳ号戦車》の短砲身75mm砲は《M10パンター》の正面装甲を撃ち抜く力はない。とすると、

「側面に回りこむ気やな・・・・させるか! 右斜め後ろに後退!」

「りょ、了解・・・・うぉう!?」

「「うわわわわ!?」

車内が激震し、金属の割れるような音がして《M10パンター》は停止する。ひ、被弾した!?

「う、動かねえぞ!」

 さっきの金属音・・・・まさか!

「畜生! 履帯をやられた! 」

「はやくて狙いが追いつかないよ~!」

「うわわ、来るぞ来るぞ!」

「何? どうなってるの!?」

 さっきので車内は大パニックに、《Ⅳ号戦車》は俺達に接近戦を仕掛けようと左右に小刻みに蛇行しながら向かってくる。あの動き、どう見ても素人の操縦じゃねえぞ!

「優子、砲を動かさないで! 照準そのまま、十分引きつけて照準口に相手が入ったら撃って!」

 捉えられなければ待てばいい。蛇行してるのだから絶対照準自分からに入るはず!

「えいっ!」

 優子が引き金を引いた。発砲による煙で一瞬Ⅳ号が見えなくなるが、Ⅳ号が停止しているのは見える。

「やった・・・・・・あれ?」

《Ⅳ号戦車》に白旗は上がっていなかった。よく見るとⅣ号の下の地面が深く抉れている。急ブレーキを掛けて回避したのだ。

急ブレーキによる回避は回避運動の基本だが、さっきのはめちゃくちゃ上手い。立派な車長と操縦手がいないと出来ない技だ。片方はみほとして、もう一人は誰だ?

「次弾、急いで!」

んな事を考えている暇はなかった。《Ⅳ号戦車》は再び動き出し、目前まで迫る。《Ⅳ号戦車》の砲塔が左に旋回している。俺達の右側に回り込む気だ。優子が砲を右に向けようとするが、間に合わない!

《Ⅳ号戦車》は《M10パンター》の右隣にぴたっと付き、停止した。

「・・・・来る!」

 車内がこれまでで一番の衝撃と轟音に見舞われ、《M10パンター》に白旗が立った。

 

 

 試合終了後、俺たちは唯一自走可能な《Ⅳ号戦車》の上に乗せてもらい、倉庫前に戻った。ほかのチームは歩いてきたとか。《40Mトゥラン》だけ所在が分からなかったのだが、合流してきた笹原達の話によれば、《Ⅳ号戦車》と突然正面から遭遇しすれ違った際、Ⅳ号の後ろからやってきた《Ⅲ号突撃砲》の攻撃を受け撃破されたそうな。

「みんなグッジョブベリーナイス!」

 ドロドロヘトヘトになって戻ってきた俺たち(まあ、俺たちはⅣ号に乗せてもらっていたが)を蝶野教官が出迎えてくれた。

「いきなりあそこまでガンガン動かせたらもう十分よ! 特にⅣ号のチーム。途中で動きが変わったわね。すごかったわ!」

 それには俺もびっくりした。なんせ途中で人員を補充してるんだもの。学年成績トップの冷泉(れいぜい)麻子(まこ)がいつの間にかしれっとⅣ号のチームに混ざっていた。あいつ最初はいなかったぞ。

「あとは日々、走行訓練と砲撃訓練に励むように。来週からは学校の先生が見てくれるけど、私もたまに覗きに来るから。分からないことがあったらメールしてね」

 あ、学校の先生で教官免許持ってる人いたのね。いったい誰だろう。

「気を付け!」

 疲れてヘナヘナになった俺たちの姿勢を、河嶋先輩が正す。

「今日はここまで。礼!」

「「ありがとうございました!!」」

 終了の挨拶。やっと終わった。自動車部はこれから戦車の回収に向かう。中村と吉井も大変だなあ。

「おい鈴木」

 帰ろうとする俺を中村が止める。

「なんや?」

「今日はお前にも手伝ってもらうぞ」

 は?

「え、マジで?」

「まじで。人が足りねえんだよ。少しは手伝ってくれ」

「わっかったよ。手伝ってやるよ」

 疲れてるから正直手伝いたくなかったのだが。断ったら悪いと思ったのでここは手伝うことにしよう。

 ということなので、

「優子、そういう訳だから先に帰っといて」

「わたしも手伝うよ」

「いや、優子は帰って晩飯よろしく。帰ってすぐ食べたいし」

「わかった。じゃあ、帰るときは連絡してね」

「おうわかった」

 優子は上杉たちとともに帰って行った。さて俺も行くか。日が落ちないうちにできるだけ回収しておきたい。暗くなってからの作業は危ないからな。

「おーい、鈴木。行くぞ」

 俺は自動車部の運転するトレーラーに乗り込み、再び山林に入った。

 

 

 

 

 

「じゃあ、これ必要な部品の注文書。よろしく!」

自動車部の部長、ナカジマさんから書類の束を受け取り、一通り目を通す。今日の練習試合で損傷した戦車の修復に必要な部品の注文書だ。損傷した戦車の修復にかかる費用は校内戦、対外戦で割合が変わるものの、連盟が一部(いや相当)費用を持ってくれる。そのため詳細な書類の提出が必要になるのだ。

「ありがとう。じゃあこれは生徒会に出しておくから」

「うん。私たちは明日までに走らせられるよう頑張ってみるよ」

 戦車を探した時といい、自動車部の整備能力は本当にすごいと思う。初めて扱うであろう戦車、しかも7両をたった6人で整備してしまうのだからもうプロレベルである。

自動車部に別れを告げ俺は書類を提出するために校舎へと向かう。もう下校時間は過ぎているので部活動をしていた生徒はとっくに帰宅していてグラウンドには誰もいない上、廊下の照明が消されているところもあるので、薄暗い外の風景と相まって結構怖い。

 照明の落とされた校舎内は外よりもはるかに暗く静かだ。お化けとかそういうのは信じていないのだが、この環境は気分が悪い。俺は足早に一般棟最上階の奥にある生徒会室に向かった。

 

「失礼しまーす」

 俺は恐る恐る生徒会室に入る。会長室には以前みほが生徒会に呼び出しを受けた時に入ったが生徒会室に入るのは初めてだ。こっちは生徒会役員が事務作業をなどを行う部屋であり一般教室6部屋分はあるだろう広さだ。

「失礼しまぁす?」

 もう一度声をかけてみたものの返事がない。部屋を見渡すが人気(ひとけ)はない。みんな帰ってしまったのだろうか。でも部屋の明かりはついているので誰かいるはずなのだが。

 明日出直そうかな。先輩にはメールで連絡入れておいて、自動車部にも明日出しておくと言っておこう。

 俺はそう思い踵を返そうとすると、

「あら? どなたかしら?」

 突然、背後から声をかけられ、俺は心臓が飛び跳ねそうになった。おかしい、背後にはさっきまで気配が無かったのに!

 俺は超信地旋回のごとく振り返る。入り口のそばに2人の女子が立っていた。役員の人だろうか。

「ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」

 背の低いほうの女子がくすっと笑う。俺の反応がよほど面白かったらしい。

「えっと、戦車道の書類を出しに来たんですけど」

「ああ、それなら小山ね。ちょっとそこで待っててくれる? もうすぐ戻ってくると思うから」

 良かった、今日中に出せるのか。正直のところ、先輩たちに連絡するのが面倒くさいなと思ってたところだったのだ。

 俺は案内されたソファに座る。すると小さい方の女子が何故か俺の隣に座ってきた。もう一人は奥の部屋に消えていった。

「えっと、役員の人ですよね?」

「そうよ。私は3年2組の宮本(みやもと)凪紗(なぎさ)。あっちは同じクラスの水原(みすはら)美月(みつき)よ。私は会計、美月は書記をやっているわ」

 やっぱり先輩でしたか。もう見た感じで2年と3年の違いって分かるんだよな。雰囲気が全然違う。けど水原って、うちの水原さんと同じ苗字だな。

「俺は2年2組の鈴木正弘です」

「ふふ、知ってるわよ。鈴木くん」

 え?

「えっと、何で知ってるんですか?」

 すると彼女はにやりとして、

「ふふ、あなたに興味があるからよ」

 いきなり何言い出すんだこの人!? まだ出会って3分も経ってねえぞ。

 しかしよく見ると、この人めっちゃ美人だな。背は佐倉と同じくらいで結構小っちゃいけどなかなか『イイモノ』をお持ちでいらっしゃる。こっちは優子と同じくらいかな。背の低さもあってボリュームがある。

「あら、もしかしてあなたも同じだった?」

 まずい! 俺の不埒な視線が気付かれてしまったようだ。慌てて視線を明後日の方向へ吹っ飛ばす。

「い、いえ。そんなことは・・・・」

「そうね、あんな可愛い妹がいるものね」

「はい、まあ・・・・・・って、あれ?」

 何でこの人俺に妹がいるって知ってるんだ?

「なんで、妹がいるって知ってんですか?」

 すると彼女は今度はふふっと笑って、

「あなた、生徒会じゃ結構有名なのよ」

「マジですか」

 俺、何かやらかしただろうか。記憶にないのだが。

 俺がうーんと頭を抱えていると、もう一人の先輩、水原先輩がおぼんを持って戻ってきた。

「もう凪紗、あんまり鈴木くんをイジメちゃだめよ」

 あんたも俺のこと知ってるんかい! 俺ってもしかして本当に有名人なのか?

「えっと、なんで俺って有名なんです?」

 変な噂だと嫌だぞ本当。何か宮本先輩の表情見てると嫌な予感しかしない。

「そうね。本人にはちゃんと言っておいた方が良いわね」

 水原先輩が俺の前にお茶の入ったコップを置きながら言う。うん、変な噂は嫌だが気になる。水原先輩は反対側のソファに座って話し始めた。

「鈴木くん、今妹さんと一緒に住んでるよね?」

「はい、住んでますけど」

「うちの学校では不純異性交遊は禁止だから、男女生徒の同居はもちろんダメなの。一応兄妹とかは例外なんだけど、一応生徒会と先生とで会議をするの。形式的にね」

 そうか、生徒全員が寮生活をしているわけじゃない。俺みたいな一人暮らしも結構いる。そっちは寮と違って監視されていないから一応そうやってチェックしているんだな。ていうか俺の知らんところで学校でそんな会議が行われていたのか。

「なんか、照れますね」

「で、どうなの? 学校一の美少女との生活は」

「え?」

 宮本先輩が覗き込むようにして俺を見てくる。さっきからこの人一つ一つの動作が、エロい。

「いや、普通ですけど」

「なーんだ。つまらないわね」

 え、なんでがっかりするんですか? 先輩は俺に何を求めているんだ。

「凪紗、鈴木くんが困ってるでしょ」

 水原先輩、台詞と顔が一致してませんよ。めっちゃ楽しそうな顔してるじゃないですか。

 あー、小山先輩早く戻ってこないかなー。さっさと書類出して。帰りてー。

 ・・・・・・

「ごめんねー、遅くなっちゃった」

 ん? もしやこの声は・・・・

「おー、柚子おかえり」

 小山先輩が戻ってきた。これでやっと帰れる。

「こやませんぱい~」

「あら鈴木くん、どうしたの?」

「どうしたじゃないですよ。戦車の修理費の請求書持ってきたんです」

「あら、明日でも良かったのに。わざわざゴメンね」

 明日で良かったんかい。俺は書類を先輩に渡しながら心の中でツッこむ。

「じゃあ、俺もう帰りますんで」

 出されたお茶をぐびっと飲み干し、俺は生徒会室を出ようとする。するとちょうどポケットのなかからピコーンと音がする。

「校内で携帯はサイレントか電源オフよ。鈴木くん」

 宮本先輩が即座に注意してくる。さすが生徒会役員。

「・・・・すいません」

 おっかしいな。学校行くときはいつもサイレントにしてるはずなのに。ぼけっとしててアラームなるようにしてしまったのかな。

 さっきの通知音はトークアプリのものだ。俺はスマホの通知をサイレントにしてから通知を確認する。優子からだ。

 

 

 はやくかえってきて

 

 

「・・・・・・」

 句点も漢字変換もされていない文章。怖いなこれ。早く帰らないとまずいかも。

「ではこれで失礼します」

「愛する妹の催促かしら?」

「・・・・・・」

 俺は鼻の溜息で答える。変に答えるとまた何か言われそうだからな。

「あら、否定はしないのね」

「もう、宮本先輩は俺をおちょくって楽しいですか?」

「楽しいわよ」

 即答ですか。はいはいもう分かりましたよ。もう勝手になさって下さい。俺はもう本当に帰りますから。

「それでは、失礼しました!」

 俺はわざとらしく運動部員のような挨拶をして逃げるように生徒会室を後にした。

 

 

 

 

「そう言えば美月。あなた妹の話しなかったのね」

「忘れてたわ。でもいつか分かるでしょ」

「それもそうね。でも鈴木くん、可愛かったわ~」

「あなた本当に後輩の男の子ナンパするの好きよね。今回は本気で狙うの?」

「そうね。彼の事、気に入ったわ。まあ、妹という強敵付きだけど」

「もう恥ずかしい真似はしないでね。一緒にいるこっちが恥ずかしいから」

「分かってるわよ。あなたは私を何だと思ってるの?」

「年下好きの変態よ」

 




活動報告に本作における大洗学園について書いたものを投稿しておきました。良ければどうぞ。

また次回もよろしくお願いします。


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壱点五
俺と中村と○○○


この話は、壱章「捜索と戦車の洗車」の戦車捜索と戦車洗車の間のお話です。


 俺とみほは見つけた自動車部の戦車回収作業を手伝った。自動車部の手際はかなり良くて、あっという間に見つけた7輌の戦車は倉庫内に整列した。

「明日までに完全に直すのは無理そうだから、明日は洗車をやることになりそう」

 中村が《Ⅳ号戦車》のエンジンルームを覗きながら言った。

「パーツもいくらか残ってるみたいだし、明後日には走らされると思うよ」

「すまん、ありがとう中村」

「いやいや、こっちもやってて楽しいし」

 自動車部に知り合いがいて良かった。おかげで色々と話しやすい。全員知らないやつだったら多分今日も上手く作業できなかったも知れない。整備するときも相談しやすいし。

「俺達はもうちょっと作業していくから、先帰っても良いよ」

 もう自動車部の他の人たちが《Ⅳ号戦車》の周りに集まり作業を始めていた。どうやら履帯を直そうとしているようだ。

「じゃあ、俺達は明日頑張るよ。また明日」

「おう、じゃあな」

 俺とみほは倉庫を出て、隣の自動車部部室となっている小さなプレハブ小屋に行く。そこに鞄を置いているからだ。

「悪いなみほ、手伝わしちゃって。俺一人でも良かったのに」

 するとみほは「ううん」と言って首を横に振った。

「正弘くんばっかりにやってもらうのは悪いから。それに戦車を見るとなんだか嬉しくなっちゃって」

 ・・・・・・

 やっぱりみほも戦車道が好きなんだな。

 今までは『西住流』の元で戦車道をやっていたから苦しんでたんだ。今はもうそれから解放されて戦車道を楽しんでいる。武部とか仲の良い友達も出来たしな。今のみほを見てるとほっとする。

 お前は保護者か! と言われそうな事を考えながら、俺達は部室に入る。

 自動車部の部室は正直言って綺麗とは言い難い。上には物干し用の紐がぶら下がってるし、机の上も色々資料や部品が置かれてぐちゃぐちゃだ。入り口傍の机に俺達のを含め、みんなの鞄が並べて置いてある。各部員のロッカーにはもういろんなものが入りすぎていてスペースがないんだとか。一体何が入っているのやら、気になる所ではある。

「えっと、俺の鞄はこれかな」

 大洗では、鞄は基本学校指定のスクールバッグだからちゃんと見ないと間違えてしまうんだよな。みんながみんなキーホルダーとか付けてるわけじゃないし。

 俺は自分の鞄を持ち上げる。すると隣の鞄にぽんと当たり、ぱたんと倒してしまう。その鞄はチャックが閉まっていなかったらしく、中から雑誌のようなものがバサっと机の下に落ちる。

「おっといけね」

 これって自動車部の人のだよな。ささっと片付けて元通りにしておかないと。

 俺は落ちた雑誌を拾い上げる。クルマの雑誌だろうか。裏表紙には化粧品みたいな広告が載ってるけど。

「なっ・・・・・・!」

 雑誌を裏返した瞬間。俺は視界に入ってきたものの衝撃に一時固まってしまう。そして慌てて元の鞄の中に雑誌を押し込んだ。

「な、なんで・・・・」

 なんで高校生の鞄に『エロ本』が入ってんですか!?

 え、これ誰の鞄? 女子のじゃないよな。それじゃあ中村か吉井の? 裏表紙も化粧品の広告じゃなくて『アレ』の広告じゃないですか!? 

 そ、それよりっ。みほは見てないよな?

 俺はみほの方へ視線を向ける。みほは足下を見ながらフリーズしていた。

「みほ・・・・・・?」

 俺もみほが見ている方を見る。

「・・・・・・!?」

 な、なんじゃこりゃあ!

 目の前にあったのは、男女が夜の営みの際に子供が出来ないようにする某ゴム製品。う、嘘だろ。エロ本といい、何でこんなものが・・・・

「おいみほ! しっかりしろ!」

 みほは顔を真っ赤にして完全にフリーズ中。体を揺さぶっても反応しない。まずい、何とかしないと。まずはこのブツをどっかにやらなければ。

 

 がらっ

 

 俺が足下のそれに手を伸ばしたとき、ドアが開いた。・・・・最悪だ。

「お、まだいたのか・・・・・・!!?」

 畜生! しかもよりによって中村かよ!

 中村も俺達の状況を見て固まってる。

「わ、悪い・・・・・・邪魔したな」

「おい、待て中村!」

 慌てて中村を呼び止める。あいつ絶対誤解してやがる。このまま逃がすわけにはいかない。

「悪いみほ、ちょっと外で待っててくれ」

 おれはオーバーヒート状態のみほを外へ連れ出し部室へ戻る。

「お、おいどうしたんだよ鈴木」

 俺は困惑する中村と対峙する。

「これ、お前んだろ?」

 足下のアレを拾い上げ、中村に突き出す。

「お・・・・お前まさか・・・・・・!」

 その慌てよう、やっぱりお前のか。

「てっめー! 何人のカバン勝手に見てんだぁ!」

「知るか! こんなもんカバンに入れてるてめえが悪いんだろうが!」

「カバンの中身見られるなんて思ってもねえし!」

「ファスナー開いてたんだよ! こんなもん入れてんやったらちゃんと管理しとけよ!」

「ぐ・・・・!」

 さすがにこの言い争いでは俺の方に分がある。早速中村は言い返す言葉がなくなってしまったようだ。

「す、すまん。ちょっと熱くなりすぎた」

「いや、俺も何かすまんな」

「しかし、西住さんに見られたのはまずったなぁ」

 中村が頭を抱え傍にあった椅子に座り込む。

「大丈夫だよ。みほは人のこと悪く言うことないから・・・・・・多分」

「今、多分って言わなかったか?」

 気のせいだろう。多分。

「俺も誰にも言わねえからさ。安心しろ」

「本当だよな?」

「ああ、こんな事、恥ずかしくてよう言えんわ」

 それに、今更言いふらしたところで、みんな中村が変態って事知っているからなあ。

「悪い、恩に着る。これ以上俺の悪い噂が広がるのは嫌だからな」

 本人も自分の悪評にうんざりしいてるようだ。まあ、自業自得なんだがな。

「で、それなんだが。お前にやるよ」

 中村が俺の手元にあるアレを指しながら言う。

「彼女いねえのにこんなのいらねえよ」

「いつか必要になるかもしれんぞ」

「お前は使ったことは?」

「・・・・ないよ」

 中村は悲しそうに溜息をつきながら言った。そうだったよな。こいつは自身の変態さのせいですぐに彼女と別れてしまったんだったよな。

「わかったよ。貰っといてやるよ」

「・・・・助かる」

 これって、中村の弱みを握ったことになるのかな。何かちょっと優越感が芽生えたのだが。でも言わないって約束したからなぁ。それに人の弱みを握って脅したりするのは、俺の性に合わない。今日のことは無かったことにしよう。

「じゃあ、また明日」

「おう、じゃあな」

 部室を出ると、扉の傍で突っ立ていた。

「ごめんみほ。待たせた」

「う、うん。大丈夫」

 まだみほはちょっと顔を赤くしている。

「なあ、今日のことは見なかったことにしてくれるか?」

 多分誰も言わないとは思うけど。

「え、うん・・・・・あのね、授業では聞いたことあったんだけど・・・・・・本物見るの初めてだったからっ」

 みほはまだ混乱しているようだ。

「俺も見るの初めてだったから」

「そ、そうなんだ・・・・」

 とりあえず俺は自分の清純なイメージを与えといてから、

「でも中村もあんなの持ってるけど、良いやつだからさ」

中村のフォローを入れる。我ながらやなやつだよほんとに。

「うん、今日のことは忘れるね」

「ありがとな」

 みほは気遣い屋だから多分この事は3人だけの秘密に出来るだろう。ただ・・・・

 俺はブレザーの内ポケットをまさぐる。

『コレ』、どこに隠そうかなー。

 

 

 




読んでいただき有り難うございます。本話はこれまでのお話の中で投稿後に思いついた短いストーリーです。これから各章の最後に、「俺と~と○○○」シリーズとして、数話ほど投稿しようと思います。まあ、ライトのベルで言う「○.5巻」的な感じで読んでいただければと思います。

これからも「ハイスクール&パンツァー」をよろしくお願いします。


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なんか戦車がエラいことに!


登場人物プロフィール(生徒会役員)
宮本(みやもと)凪紗(なぎさ)
身長:148cm,体重:46㎏,血液型:AB型
BWH:81/57/77
誕生日:2月16日
出身:茨城県那珂市
クラス:普通科Ⅱ類3年2組(生徒会会計)

水原(みずはら)美月(みつき)
身長:169cm,体重:58㎏,血液型:AB型
BWH:85/59/80
誕生日:1月2日
出身:茨城県水戸市
クラス:普通科Ⅱ類3年2組(生徒会書記)



 日曜日、今日は戦車道の練習は休みだ。まあみんな疲れているだろうしちょうどいい。俺は優子とホームセンターに来ている。優子の分の布団を買うためだ。

「1つの布団で十分なのに・・・・・・」

「寝るときぐらい、ゆっくりさせてくれ」

 家出るときは上機嫌だったのだが、買う物を教えた途端、不機嫌になってしまった。

 ぶつぶつ文句を言う優子の返事を適当にしながら、布団売り場へ直行する。

 3日前に抱きつかれて朝早く起こされて以降、寝ているときにくっついてくることは無くなったが、同じ布団に2人で寝るのは狭い。それに兄妹とはいえ年頃の女の子がいると思うと落ち着かない。それにこれが他の人にバレでもしたら、俺は全校の優子ファンに殺されてしまうだろう。

 大洗学園には優子に想いを寄せている男子が結構いると聞いたことがある。一部にはもう誰の彼女にもならないよう、『親衛隊』なるものがあるらしい。優子に彼氏ができないよう裏で工作しているとか何とか。

 なので今この瞬間も油断できない。その『親衛隊』もしくはそれに通ずる人間に目撃されでもしたら、俺は彼らから攻撃対象(ターゲット)になってしまう。

 そう思うと自然と足早になってしまう。悶々と考え事をしているせいもあって、俺は周りへの注意が不足していた。

「きゃっ・・・・!」

 商品棚の角で死角になっていたせいもあったが、横からやってきた人とぶつかりそうになる。

「あっ、すいません」

 俺は慌てて頭を下げて謝る。今のは俺の不注意のせいだからな。

「あれ? 鈴木じゃん」

 聞き覚えのある声だ。俺は頭を上げる。

「武部、それにみほ?」

 目の前にいたのは、みほや武部ら、《Ⅳ号戦車》のメンバーだ。

「こんなところで何してるんだ?」

「そっちこそ何してるのよ?」

 いや、俺の質問に答えてくれよ。

「あのね、戦車の中に持ち込むものを買いに来たの」

 武部の代わりにみほが答えてくれる。

「へ~」

 戦車の中にか・・・そうだな、飲み物入れるドリンクホルダーとか欲しいよな。中暑いし、それに色々ものを入れる小さな収納とか良いかも。みほ達はどんなものを買うのだろう。俺は秋山さんが押しているカートの中を見る。

「え、クッション?」

 カートの中には、いかにも女の子が買いそうなかわいらしいクッションが5つ入っている。

「だって、戦車の座席って座ってると痛いじゃん?」

 武部がハートの形をしたクッションを「かわいいでしょー」と見せてくる。いやいや、戦車にクッション持ち込むやつなんて見たこと無いぞ。

「まあ、いいんじゃないかな・・・・」

 ルールに違反しないものだったら何持ち込んでもいいし、別にいいだろう。でも、すぐ汚れると思うんだよなあ。

「で、鈴木は何しに来たの? 優子ちゃんもいるけど」

 本当のこと言ったら絶対誤解されるよな。上手くかわさないと。優子も絶対変なこと言うなよな。

「布団買いに来たの」

 ・・・・・・

「おい! 優子!」

 本当のこと言っちゃう!? 何、拗ねてんの? いや、まだこれで誤解が発生した訳じゃない。

「布団って、どういう事?」

 みほが首をかしげる。よし、ここでうまいこと理由を言えれば!

「昨日まで布団1つしかなかったから・・・・」

 またお前が先に言うんかい!

「え、じゃあ2人でどうやって寝てたの?」

 まだだ! ここで「俺は畳の上で寝てた」と言えれば!

「2人で一緒の布団で寝てたよ」

 ・・・・・・・

 もう最悪。なんで本当のこと言うのさ。何? やっぱり怒ってるの? 一緒に寝れない位で?

「えっと、その・・・・2人ってそういう関係なの?」

 しかも武部にばれるとか最悪だよ!

「勘違いするなよ武部! 俺達フツーの兄妹だからな! アヤシイ事なんて一切無いからな!」

「その必死さが逆に怪しい」

 武部の後ろにいた冷泉麻子がぼそっと言う。五十鈴と秋山さんは何を想像しているのか知らないが顔を真っ赤にしている。

「と、とにかくっ! 何もないからなっ! 俺はもう行くぞ!」

 逃げるのは男らしくないが、これは仕方ない。多分どう言い訳をしてもこの場で誤解が解けることはないだろう。

「なあ優子」

 俺はみほ達から離れてから優子に話しかける。

「なんであんな事言ったんだ?」

「だって・・・・」

 優子はまだ拗ねてるようだ。

「前の『約束』には、一緒に寝るなんて無かっただろ」

「でもまさ兄、昔はいつも一緒に寝てくれたじゃない」

「そうだけど、それって小学生の時だろ」

 自衛官である親父はともかく、看護師の母さんも夜勤で夜家にいないことがあったから、その時は優子ともう一人の二つ下の妹と一緒に寝ることはあった。まあ、小学生の時だけど。

「中学の時も一緒に寝たよ」

「それはお前が勝手に潜り込んできただけだろ」

 もうええわ。なんかもう言い返すのが面倒臭くなってきた。このまま無駄に言い争いをするのも気分悪いし、買うもの買ってさっさと帰ろう。

 俺は優子の機嫌を直す方法を考えながら売り場へと急いだ。

 

 

 

 買った布団はホームセンターの人に軽トラで運んで貰った。布団をとりあえず部屋の隅に置き、さらに昼食を終えた俺は、上杉と水原に学校へ集合して欲しいと連絡をした。というのも、さっき中村から「みんながなんか戦車の改造してる」などというメッセージを送ってきたからだ。ほとんどの人が来ているらしいので、俺達も行かないと何か気まずいと思ったのだ。まあ、布団のついでに買ったドリンクホルダーなども置きに行きたかったのでちょうど良かった。

 優子と上杉と学校に向かったのだが、学校に着くなり視界に入った衝撃の光景に、俺は言葉を失ってしまった。

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 つい昨日まで地味なカラーリングだった戦車がエラいことになっていた。

《M3リー》は全面ピンク色になり、《Ⅲ号突撃砲》も真っ赤になり、『風林火山』とか『誠』と書かれた幟が立っていた。

「・・・・ぴっかぴか」

 優子がぽつりと言った先には前進金ぴかの《38(t)軽戦車》。太陽の光を反射してもの凄く眩しい。

《八九式中戦車》は普通かと思いきや、大きく『バレー部復活!』と。《Ⅳ号戦車》は、勿論普通だ。

「ひどいな、これは」

 あまりに衝撃的すぎて思わず苦笑いしてしまう。こりゃあ対外試合で相手に笑われるぞ。それに実戦では目立つし不利になる。おそらく彼女らはそんなことなんか考えていない、と思う。

「あ、鈴木くんも来てたんだ~」

《トゥラン》の車長ハッチから南本が手を振っている。どうやら彼女も戦車に何か持ち込むために来たようだ。

「おー、そっちは色塗ったりせんの?」

「いや、あれは恥ずかしくて」

「だよなー」

 そりゃああんな派手な塗装、恥ずかしくてようせんわ。

「鈴木くんはなにするのー?」

「俺は車内にドリンクホルダーとか置くだけ」

 俺はバッグからホルダーを取り出し、見せる。

「あ、いいねー。わたし達も付けようかな」

「南本さん達は何やってるの?」

「テープでメモ貼ったりしてるよ。まだ何が何だか分からないから」

「いいなそれ」

「えへへ、ありがとー」

 俺達も車内に操作補助のためにメモとか貼ろうかな。俺は《M10パンター》にひょいひょいと登る。タラップがないとやっぱり上りにくいな。自動車部に頼んで付けて貰おう。全員がそれぞれの座席についたところで、俺はバッグの中に入れたグッズをみんなに配る。

 配ったのは全員分のドリンクホルダーと同じく引っかけるタイプの小物入れ。これは座席や壁に引っかけて紐やテープで留める。さらに通信手席にはホワイトボードを取り付けた。これはマグネットを使って敵味方の位置の把握をしたり、重要事項を書いておいたりするためのものだ。情報管理役の通信手には役に立つグッズで、よく使われている。

「これ全部鈴木くんが買ってきたの?」

 なぜか上杉が怪訝そうな顔をしている。なんだなんだ、俺の気遣いが気に入らないのか。

「そうだけど」

「今度返すから、値段教えてよ」

 上杉も真面目だな。まあ、代金払ってくれるのなら貰ってやることもないが。でも好きでやったことだし、ここは断っておこう。

「いいよその位」

「でも悪いわ。今度何かの形で返すね」

「おう」

 こりゃあ、忘れるパターンのやつですわ。まあ、いいけど。軽く返事をしながら俺はホルダーと小物入れの設置を終える。

 設置を終えたところで車外に出る。もうすることがない。今日は正式な活動日じゃないから帰ってもいいのだが。

「どうする? もうすること無くなったけど」

 時間は午後4時。帰りにみんなで遊びに行く時間でもないし、飯を食いに行くには早すぎる。

「俺はまだ整備があるから、もう行くわ」

 中村はそう言って倉庫に行ってしまった。

「確かに中途半端な時間よね。どうする?」

 上杉が腕組みをしながら考えている。そこまで真面目に考えなくても良いんだけど。

 ・・・・そうだ。

「じゃあ、(うち)来る?」

「「え?」」

 

 

 

 30分後、俺達4人は俺の部屋でテーブルを囲っていた。

「これが、通信手の仕事まとめたノートね」

「鈴木くんって結構字が上手いんだね」

「でもこっちは汚いわよ」

「まさ兄、お茶入ったよー」

 俺が上杉と水原を家に呼んだのは、戦車道の資料をあげようと思ったからだ。資料といっても、過去の戦車道誌や中学の時に作った自作マニュアルなのだが。ゲームと違って、戦車道はただ撃って走るだけではない。一人で戦車は動かせないし、他車輌との密な連携が必要だ。そういう意味では水原が担当する通信手は重要なポジションといえる。せっっかくやるのだから、ちゃんとルール知っておいた方が楽しめると思うし。

 しかしあまり抵抗なく女子を家に呼べたのは、優子のおかげかも知れない。俺だけだったらさすがに呼べなかっただろうし、というか校則ギリギリでばれたらお叱りを受けることになっていたかも知れないからな。

 上杉と水原はかなり真剣に資料を通してくれている。2人とも真面目だな。

「この辺のノートとかはもう使わないから、持って行って良いよ。戦車の中に置いとくのも良いかも」

「そうだね。わたしまだ通信手って何するかよく分かってないからほんと助かるよ」

 喜んで頂けて何よりです。

「そうね、次は西住さん達に負けたくないから、頑張らないとね」

 上杉もやる気のよう。もともと負けず嫌いな性格だからな。

 気付けば1時間以上も戦車道について話していた。戦車道についてこれほど喋ったのは1年以上ぶりだ。それに上杉と水原が戦車道に積極的に興味を持ってくれている事が嬉しい。

「あ、そろそろ帰らないと」

 水原が傍にあった目覚まし時計を見て言った。ああ、もう6時か。

「えっと、あとこれ持って帰っても良いかな?」

「いいよ。多分俺もう使わないし」

「ありがとう!」

 玄関へ向かう水原をお見送り。こういう時ってどこまで送っていったらいいのだろう。そういう経験ないから分からない。

「途中まで送らなくて大丈夫?」

「まだ明るいし大丈夫。ありがとう」

「んじゃまた明日な」

 とりあえずマンションの入り口で水原と別れる。

 あ、夕飯に水原を誘えば良かったな。でも今更追いかけて呼び止めるのも悪いよな。

 部屋に戻ると、上杉も帰る準備をしていた。

「わたしも夕飯の準備しないといけないから、帰るね」

「準備って、コンビニで弁当か何か買うだけだろ」

「悪かったわね! 料理できなくて」

 いかん、また上杉を怒らせてしまった。

「どうせわたしは料理もできない非家庭的女子ですよーだ!」

「そこまで言ってないだろ」

 ちょっと頑固な上杉を宥める方法は少ない。この状況でするのは火に油を注ぐか心配だが、俺は一つやってみたかったことを口にする。

「せっかくだから、うちで飯食ってけよ」

「え?」

「上杉に食べて欲しい物があるんだ」

 頑固なやつに『不健康な食事をしているお前が心配なんだ』とか言うとかえって逆効果だ。こういうときは『お前にいて欲しい』とかそんな感じの事を言えばいいらしい。

「わ、わたしに?」

「ああ、本当はチーム全員が揃ったときにみんなでしたかったんだけど、今日無理だったし、一度練習した方が良いと思ったからさ」

 俺はそう言ってキッチンの収納の奥から、ホットプレート本体とたくさんの凹みがついたプレートを持ってくる。

「そ、それって・・・・たこ焼き?」

「まさ兄そんなの持ってきてたんだ」

「ああ、一応・・・・な」

 彼女とか友達とか呼んで、たこ焼きパーティするのが夢だったとか言うのは言わないでおこう。

「上杉好きだろ? たこ焼き」

 上杉がたこ焼きを好きなのはしっている。中学時代に一緒にフードコートに行ったときにいつもたこ焼きを食べていたのを覚えていたのだ。

「ええ、でもそんなこと良く覚えていたわね」

「忘れないくらいしょっちゅう食べてただろ」

「うう、なんか恥ずかしいわね」

 ちょっと上杉の機嫌が改善された模様。けど、好きな物で釣るって結構有効なんだな。

「でも、材料って買ってあったっけ?」

「それなら大丈夫。金曜日に買っておいた」

「金曜に買い物が多かったのはそのためだったのね」

「まあね」

「でもまさ兄、たこ焼き作れるの?」

 うう、痛いところを突かれた。ここ数年作ってないからなあ。上手く作れるか分からない。

「大丈夫だ。問題ない」

 ちょっと見栄を張ってしまった。ま、まあ大丈夫だろう。

「それじゃあ、作ろうか」

「じゃあ、わたし材料準備するね」

「あ、わたしもやる!」

 キッチンに向かった優子を上杉が追いかけていく。止めようかと思ったが、怒られそうだったのでやめておいた。それに優子もいるからやばくなったら止めるだろう。

 ・・・・・・

 さて、俺は何をしよう。皿の準備でもするかな。

 上杉が何かやらかさないか不安になりながら、俺はキッチンへと向かった。

 

「これ、もしかして上杉が切ったのか?」

「そうよ、何か悪い?」

「いや、でかすぎではみ出るんだが」

 優子のサポートのおかげか、味に関しては普通に旨かった。中の具はオーソドックスにタコとチーズ。

 吞みにケーションというというわけではないが、みんなで食事をしていると自然と会話が弾んで、中学の頃のおもしろ話とかをいっぱいした。こりゃあ水原も誘えばよかった。今度はちゃんとみんなでしよう。

 気付けば時間は8時を過ぎてしまっていた。1時間半ぐらい喋っていたことになる。

「じゃあそろそろ片付けようか」

「そうね。もう遅いし」

「片付けは俺達でやっとくよ」

 ぱぱっと皿を回収していく上杉を制止する。

「ううん、最後まで手伝わせて」

 なんか上杉楽しそうだな。こんな上機嫌な上杉見るの久しぶりかも。

「それじゃあ皿拭き頼むわ。優子は風呂掃除頼む」

「らじゃ~」

 優子はかわいらしく敬礼をして風呂場へ、俺と上杉は並んで皿洗い開始。

「ね、ねえ鈴木くん」

「ん、何?」

「き、今日は誘ってくれて・・・・・・ありがとう」

 上杉がもじもじ縮こまっていう。初めて見るその仕草にどきっとしてしまった。

「お、おう。まあ、いつかみんなでする予定だったし」

 上杉と水原に戦車道の資料を渡すのが今回2人を家に呼んだのと、上杉にまともな飯を食って貰うのが今回の主目的だったが。成功したようだ。それに上杉も結構機嫌良いみたいだし。

 洗い物はすぐに終わった。まあ、使った食器少なかったし。たこ焼きセットは次近いうちにやるときのために、元々置いてあった棚の一番前にしまっておいた。仕事を終えた俺達は再びよっこいせと畳の上に座る。

「ありがとう上杉。助かったよ」

「ううん、ご馳走になったんだもん。これくらいしないと」

 相変わらず真面目なやつだ。そこが良いところでもあるんだがな。

「あのさ、鈴木くん」

「ん、今度は何?」

「この際だからはっきり聞いておきたいんだけど・・・・」

 俺何か変なことでもしたかな。

「優子ちゃんとデきてないよね?」

 は?

「はぁあっ!?」

 思わず大きな声が出てしまう。

「俺と優子がか? なんでぇ」

「・・・・だって、さっきからずっと、何するにしても息合ってたし、なんか雰囲気が・・・・ど、同棲カップルみたいだったんだもん」

「だって家族だし。それくらい普通だろ?」

「本当にそれだけの関係?」

 何言ってんだこいつは。家族以上の関係って無いだろ。

「し、心配すんな。俺達は健全な兄妹だ!」

 優子に聞こえないようボリュームを抑えつつ、強めの語気で言う。ここはしっかり主張しないと。勘違いされたら困るからな。

「なら、良いんだけど・・・・」

 なんだなんだこの雰囲気は。なんでそんな切なそうな顔しているんだ。もしかして上杉は俺のことが好きで俺と優子の関係を気にしているとか? いやいや、そういった期待はしちゃいけない。違ったときにがっかりするだけだからな。

・・・・・・

 途切れる会話。困ったな、こういうの苦手だから何て言えばいいのか分からない。

「あのさ、鈴木くんにお願いがあるんだけど」

「なに?」

 この状況でお願い? いったい何なのか。

「な、名前で呼んで欲しいのだけど・・・・」

「なんでまた急に」

「だって、わたしだけ『上杉』って呼び捨てなんだもん」

 俺が上杉を呼び捨てにするようになったのは中2の頃からだっただろうか。別に文句も言われなかったのでずっとそうやって呼んでいたが。やっぱり女子としてはそういうところが気になるのだろうか。

「どうせ呼び捨てにするんだったら名前の方が良い」

 つまり『綾子』と呼べと。何か恥ずかしいな。

「分かったよ、上杉さん」

「・・・・・・」

 何故か睨まれた。ちゃんと『綾子』と呼んで欲しいらしい。

「ん・・・・じゃあ、綾子」

「・・・・・・ありがと」

 今度は赤くなって俯いてしまった。何だよさっきから可愛い反応をして! こっちまで恥ずかしくなっちまうじゃねえか。 

 しかし、今日の上杉はどうもおかしい。何かあったのか。上杉といてこんな空気になったのは初めてだ。

「おフロ掃除終わったよー」

 優子が風呂場から戻ってきた。さっきのふわふわした空気が一瞬にして解ける。

「おう、サンキューな。こっちももう終わったから」

「じゃあ、わたしもう帰ろうかな」

「おう、皿拭きありがとな」

「ううん、こっちこそありがとう。また明日ね」

 綾子を2人で玄関までお見送り。隣だしここまでで良いだろう。

「じゃあおやすみ。鈴木くん」

「おう、おやすみ綾子」

 ドアが閉まり綾子が見えなくなる。さて、とっととフロ入って寝ますかな・・・・ん?

 背後からなにやら不穏な空気。

「・・・・まさ兄」

「ど、どうした優子」

 優子の俺を見る目がなんだか怖い。

「いま、綾子ちゃんのこと『綾子』って呼んだ」

「ああ、あれな」

 よう観察しているな。気付かないと思ってたのに。

「あいつに名前で呼べって言われたんだよ。苗字呼び捨ては嫌だって」

「・・・・そう」

 優子の目は怖いままだ。

「わたしがおフロ掃除している間に何かあった?」

「別に、何も・・・・」

「綾子ちゃんが女の子の顔になってたんだけど」

「何じゃそりゃ」

 女の子の顔って何だ。メ○の顔の下位互換か?

「何だお前、妬いてんのか?」

「・・・・別に」

 優子はそっぽを向いて部屋に戻って言ってしまった。まったく女の子の相手をするのは大変だな。

 優子を追いかけるように部屋に戻ると、テーブルの上に置いていたスマートフォンが通知のランプを点滅させていた。確認してみると河嶋先輩からだった。どうしたのだろう。メッセージを確認してみる。

 

 

 来週の日曜日に聖グロリアーナ学院との練習試合が決まった。各戦車長は作戦会議を行うので、明日の昼休みに生徒会室に集合せよ。

 

 

 ・・・・・・

「どうしたの、まさ兄?」

「ごめん。早速だけど約束守れない・・・・」

 

 




読んでいただきありがとうございます。


次回から聖グロ戦です。


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いもうと、襲来

「相手の聖グロリアーナは、強固な装甲と高度な連携力を活かした浸透強襲戦術を得意としている」

 昼休み、各戦車の車長達は生徒会室に集合し、作戦会議を行っていた。今はちょうど、河嶋先輩が相手校の特徴と、河嶋先輩立案の作戦を説明しているところであった。

「相手の戦車はとにかく硬い。相手の主力の《マチルダⅡ》に対して、こちらの砲は100m以内でないと効かないと思え」

 そう言いながら河嶋先輩は相手が使用すると思われる戦車の三面図を示す。

 聖グロリアーナ学院。戦車道では全国屈指の強豪校で、昨年はベスト4に入っていた。イギリス戦車、特に足は遅いが重装甲が特徴な歩兵戦車を主力とする。

「そこで、1輌が囮となって、地の利を活かして相手をキルゾーンに誘い込み、残り全車両で上から叩く!」

 バン! と河嶋先輩がホワイトボードを叩く。この作戦に相当自信があるようだ。

「今回の試合日は春のオープンスクールの2日目に行われる。相手は強豪ではあるが、我が校のイメージアップの為にも頑張って貰いたい」

「オープンスクールって、外部から中学生呼ぶやつですよね?」

「そうだ。ここ数年志望者が減ってきているから、何としても志望者を増やしたい」

 そう言えば去年、中等部以外の中学生が中等部の生徒と混じって高等部の授業に体験に来たことがあった。俺が中学生の時は行かなかったのだが、大洗学園では春と夏の2回、外部の中学生と中等部の生徒をごちゃ混ぜにして、高等部に体験入学をするイベントをやっている。一泊二日にかけて行われ、学園艦も出航する。

 こういったイベントは大洗学園のような中高一貫の学園艦ではよく行われているらしく、高校から入学してきた外部生と内部進学した内部生の壁をなるべく解消するのが目的らしい。確かに、俺がしょっちゅう絡んでいるのは、一緒に外部から進学してきた人ばっかりだな。既に1年の頃から仲良しグループが完成している内部生とはあまり絡んだことがない。もし行っていたら『あ、オープンスクールの時に一緒の班だったじゃん』とか言って、内部生グループの中にすんなりと入れたのかもしれない。

「西住ちゃんはどう思う?」

 干し芋を食べていた角谷先輩がその干し芋でみほを指す。みほの表情を見ると、なんだか心配な様子。この作戦の問題点について分かっているようであった。

「えっと、その・・・・」

「いいよ、言ってみ?」

 角谷先輩、言い方と恰好が不良グループのリーダーみたいになってますよ。

「聖グロリアーナは当然こちらが囮を使ってくることは予想していると思います。裏をかかれて逆包囲される可能性があるので・・・」

「あー、確かに」

 小山先輩がうんうんと頷く。確かに相手はこちらが正面から撃ち合うことはしないと予想しているだろう。1輌でちょっかいをかけてきた車輌がいれば、当然囮だと考えるに違いない。

「うるさいっ!」

 河嶋先輩がビシッとみほを指差す。

「そんなこと言うなら貴様が隊長をやれ!」

 先輩、そんな逆切れしなくても。

「す、すみません」

「まあまあ」

 荒れ狂う河嶋先輩を会長がなだめる。

「まあ、でも隊長は西住ちゃんの方がいいかもね~」

「えっ・・・」

「西住ちゃんがウチのチームの指揮とって」

「えーっ!」

 困惑するみほに対し、会長は黙って拍手をする。

 ぱちぱちぱち。

 俺たちもついついつられて拍手してしまった。

「頑張ってよ~。勝ったらすんごい商品あげるから!」

 え、マジですか?

「あれ、そんなのありましたっけ?」

 小山先輩が少し驚いている。あ、これ会長が今考えたな。

「干し芋3日ぶーん!」

 ・・・・そんなところだろうと思ったよ。

「あ、あのもし負けたら・・・」

 バレー部チームの磯部さんが手を挙げる。あ、余計な事を。

「じゃあ、大納涼祭りでアンコウ踊りおどってもらおうかな」

 あー、もう言わんこっちゃない!

「ええーっ」

「あ、あの踊りを・・・」

一同困惑。みほだけ何かわからずきょとんとしている。

みほ、ファイト・・・。 

 

 

「全員での作戦会議は金曜日に行う。西住と鈴木はそれまでに作戦の最終案を考えてくること」

 第1次作戦会議が終了し、俺達は生徒会室を後にする。生徒会室の前では、優子が手提げ鞄を持って待っていた。

「すまん優子。お待たせ」

「ううん、大丈夫」

 昨晩、生徒会の呼び出しによって、俺が早速優子との昼食の約束を守れないかもしれない事態に陥った時、優子がある案を俺に出した。それが彼女の持っている手提げ鞄の中に入っているものだ。

「あの、鈴木先輩。先輩方って、本当に兄妹なんですか?」

 背後から声をかけてきたのは《M3リー》の車長、1年生の(さわ)(あずさ)だ。

「そうだけど。何か変?」

「い、いえ! とっても仲がいいなあ、と思って」

「そうかな。昔っからずっとこうだけど」

「確かに、この時期の兄妹とは思えん仲の良さだ」

 話に介入してきたのは《Ⅲ号突撃砲》のリーダー、赤いマフラーを羽織ったカエサルだ。カエサルという名前は歴女チーム内でのあだ名(ソウルネーム)らしく、ちゃんと本名はあるらしい。

「やっぱ兄弟姉妹(きょうだい)ってみんな仲悪いもんなのか?」

「私は一人っ子だから分からないなあ」

「わたしは弟がいますよ。実家に帰る度に生意気になっていって大変で」

 へー、やっぱり普通の兄弟ってそんなもんなんだな。

「・・・・・・」

 優子がブレザーの左袖をくいくいと引っ張ってきた。早く行こうという無言の催促だ。

「それじゃあ、また放課後!」

 優子に引っ張られながら、俺は他の車長達と別れる。

「優子、そんなに引っ張んなよ」

「ちょっと大事な話あるから」

 優子はこっちを向かずに言う。少々不機嫌なようだ。

「分かったから、待てって」

 半ば無理矢理袖を優子の手から引きはがして、俺は優子の隣に並ぶ。

「話ってなんだよ」

「・・・・食堂行ってから話す」

 優子は目も合わせてくれない。なんでそんなに不機嫌なんだよ。妬いているのか? まさか、この程度のことで嫉妬するとは思えないし。

 無言かつ早歩きで食堂に到着。食堂は一番混む時間帯を超えたようで、いくつか席が空いている。俺達は適当に席を選び落ち着いた。

「で、大事な話って何だよ」

 弁当を広げながら、俺から話を切り出す。

 優子の大事な話というのは、大体俺にとって都合の悪い話ばかりだ。大抵の場合、話をするときの優子は嫌な笑顔をするのだが、今回は珍しく気まずそうな顔をしている。これはかなり厄介な話に違いない。

「えっとね、本当は昨日言おうと思ってたんだけど」

 視線が泳いでいる。逆に興味が沸いてきた。

「怒らんから、言ってみ?」

 俺は卵焼きを拾い上げながら言う。

「・・・えっとね、有理沙ちゃんの事なんだけど」

 その名前を聞いた瞬間、俺の箸から半分ほど食われた卵焼きがぽろっと落ちた。幸いな事にそれは弁当箱の中に落ちた。おっと、危ない危ない・・・じゃなくてだな。

「あいつが・・・何だって?」

「来週のオープンスクールなんだけど、来るって」

「・・・マジかよ」

「今週の金曜日に来るんだけど」

「・・・・・・」

 有理沙ちゃん、鈴木有理沙(ありさ)は俺達の2つ下の妹だ。今年中3だから受験する高校を決めないといけないが、大洗も選択肢に入っていたか。いや、そんなことより、

「あいつに戦車道やってるって言ったか?」

「ううん、まだ」

 俺が戦車道を履修するにあたっての唯一最大の懸念事項、

「・・・どないしよ。絶対バレるよなぁ」

 有理沙は戦車道が大っ嫌いなのだ。いや、憎んでいるとも言ってもいい。まあ、その原因を作ったのは俺なのだが。

「まさ兄が悪いんだからね。ちゃんと話してあげなよ」

「わかっとるって。何とかするから」

 俺は、はいはいと答えながらさっきの卵焼きを拾い上げ、口に放り込んだ。

 

 

 その日の放課後から、俺達はひたすら戦車道の訓練に明け暮れた。縦隊や横隊での行進、隊列の切り替え。そして射撃訓練。

『土煙を上げるな!』

『稜線を不用意に超えるな! 敵の的になるぞ!!』

『拓けた場所は遮蔽物を使って身を隠せ!』

『斜面は超えられそうか事前に調べろー!』

 隊列を組んで走り、止まって撃つ。また走って、止まって、撃つ。これの繰り返しだ。そもそも素人ばかりなのだから、練習できる内容といったらこのような基本的な練習しかない。

 練習が終われば、みほと作戦会議を行う。一応河嶋先輩の作戦を基本にすることに決めた。後はこの作戦が上手くいかなかったときの予備の作戦をいくつか考えておく。当然相手の方が練度は圧倒的に上なので、こちらは待ち伏せや奇襲が主な戦術になりそうだ。 

 で、あとは有理沙への言い訳を考えるのみなのだが・・・

 どうしても有理沙を納得させることができる言い訳が思いつかない。あいつは疑い深い奴だから中途半端な言い訳はできない。

 しかし、こういうものはなかなか思い浮かばないもので・・・

 

「あー、もうやだなー」

 金曜日になってしまった。

「ちゃんと迎えに行ってあげなよ」

「優子が代わりに行けよ」

「やーだ」

 仕方なく俺は有理沙を迎えに学園艦の下まで向かう。現在学園艦は大洗港に入港中。艦首部にある艦と埠頭をつなぐランプウェイへ向かう。ランプウェイまでは結構時間がかかるのだが、今日に限ってはあっという間な感じがした。

 ランプウェイに着くと、一人の少女が立っていた。最初俺は彼女が有理沙であることに気付かなかった。というのも彼女は髪を切っていたのだ。春休みに帰ったときは腰近くまであったのだが、それが肩くらいまでになっていたのだ。だが俺はすぐに彼女が有理沙であることに気付いた。彼女は俺の母校、札幌中央学園中学の女子制服を着ていたのだ。彼女は俺に気付いてキャリーバッグをカラカラと引いて走ってきた。右手にキャリー、右肩にスクールバッグ、そして優子と対比して明らかに飛行甲板(フルフラット)な胸の前にはリュックサック。おそらくバスから降りてすぐなのだろう。

「遅い」

「第一声がそれかよ」

 有理沙は目の前まで来るなりキャリーバッグの持ち手を無言で差し出す。俺は断る前に既にその持ち手を握っていた。さらには背負っていたリュックまで問答無用で持たされた。

「なんでこんなに荷物多いんだよ」

「女の子は荷物が多いの」

 有理沙はまだスクールバッグを持っていたが、それは渡されなかった。俺は修学旅行並の荷物を持たされたまま学園艦の居住エリアに向かう。居住エリアに向かうまでの間、有理沙は俺の真横を歩いていたのだが、全くこっちを向いていなかったのだ。やっぱり怒っているのだろうか。

「ねえ、お姉ちゃんと一緒に住んでるんだよね?」

 有理沙がこっちも見ないで俺に聞く。

「・・・してるけど。優子から聞いているだろ」

「そうだけど・・・。変なことしてないでしょうね!」

「してねえよ」

 どちらかというと、優子(あっち)からしてくる。

「どうだか」

 呆れたような溜息をつかれる。どうやら大体のことは分かっているらしい。

 さて、戦車道をやっていることについてはいつ話そう。今か? でも明らかに機嫌悪いよな。ここで火に油を注ぐようなことをすると、あいつが帰る日曜まで地獄になりそうだ。

 かといって家に着いてから話すとしても、優子がいるし。優子には2人でいるときに話せと言われたので家で話せる機会というのはほとんど無い。

「ねえ」

 俺は思わずビクッと反応してしまう。

「何か話すことはない?」

 そっちから話を振ってきたか。まだ心構えができてないのだが。

「えーっと、髪切ったよな?」

「そうよ」

「背ぇ、伸びたんとちゃう?」

「春休みに帰ってから全然経ってないじゃない」

「初めて学園艦に乗った感想は?」

「普通」

 ・・・・・・

 一問一答の会話が続く。このままでは俺の方がネタ切れで負けてしまう。仕方ない、正直に戦車道のことを話すか。

「なあ、有理沙・・・」

「戦車道」

 有理沙は俺の言葉を遮りじっと俺の方を見る。これは怒り(マジ)の目だ。

「・・・やってるんだよね?」

 有理沙が本気で怒っているときの声はドスがきいている。今まさしくその状態だ。

「ああ、そうやけど」

「どうして?」

 まずい。いきなり一番回答に困る質問をされてしまった。俺は「Why?」の質問に答えるのが一番苦手なのだ。

「まあ、他にやりたい科目無かったし」

 嘘はついていない。嘘はついていないぞ。

「私が戦車道嫌いなの知ってるよね?」

「うん、まあ・・・」

「そう・・・」

 すると有理沙はあっちを向いて何かぶつぶつと言っている。声は微かすぎて何を言っているかは聞こえない。

「・・・やめてくれたと思ったのに」

 やっと聞こえる音量になる。

「戦車道やめてくれたと思ったのに・・・!」

 ボリュームがどんどん大きくなる。

「馬鹿っ!」

 ぶんっ! とスクールバッグが目の前に飛んでくる。

「うおっ!?」

 完全なる奇襲であったが、俺は何とか回避することに成功した。有理沙は俺をキッ、と睨みつける。

「『あのとき』もこうやって避けたら良かったのに!!」

 彼女はそう言って右の方、つまり学園艦の左舷側の方向に向かって走って行ってしまった。家を目前にしてだ。

 完全に俺が悪かった。有理沙は真面目で真っ直ぐな性格だから俺もはっきりと自分の考えていることを言えば良かったのだ。俺が中途半端な返事をしたがために、彼女の堪忍袋の緒が切れたのだ。

「有理沙!」

 呼んでも彼女は走るスピードを落とさない。追いかけるべきだろうが、この荷物を持ってでは追いつけないだろう。さすがに道端に荷物をほっぽりだして追いかけるわけにもいかない。

「ああもう、くそ!」

 俺は荷物を抱え、家に向かって走り出した。

 

 




登場人物紹介
鈴木(すずき)有理沙(ありさ)
身長:160cm,体重:51㎏,血液型:B型
スリーサイズ:72/56/79、髪型:セミショート
誕生日:3月21日
出身:熊本県熊本市
クラス:札幌中央学園中学校3年
好きなもの・事:?
苦手なもの・事:戦車道、男
好きな戦車:?
優子の妹で母の再婚により正弘の義妹になる。男性に対してかなりの嫌悪感を抱いている。とある事情で戦車道が大嫌いになり、正弘が大洗に進学する理由となった。


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いもうと、襲来 その2

「ごめんね(はな)、寄り道に付き合ってもらっちゃって」

「いえいえ、わたくしも買いたいものありましたし」

 戦車道の練習が終わったあと、武部沙織(わたし)は華に付き合ってもらってコンビニで買い物をした。買ったのは、残り少なくなっていた生理用品と買いだめ用のお菓子と、あとは今日発売の結婚情報誌(ゼ○シィ)も買っておいたよ。

「とうとう明日ですね」

「そうだよ。ゼッタイ負けられないよね!」

 明日は聖グロとの練習試合。ゼッタイに負けられないよ! だって、

「負けたら、アンコウ踊りですものね」

「イヤだよあんなの! 絶対お嫁に行けなくなっちゃう!!」

 あのちっちゃい会長さんは、試合に負けたら隊長のみぽりんに罰ゲームとして、アンコウ踊りをさせるよう決めたの。みぽりんはあの恐ろしさを知らないみたいだけど、みぽりんだけにあんな辱めを受けさせるわけにはいかないよ。だって友達だもんね!

 で、私達も一緒に罰ゲーム受けることにしたんだけど。

「でも、勝てるのかな~、私達」

秋山優花里(ゆかりん)が言うには、聖グロリアーナ学院は全国大会で準優勝をしたこともある強豪校らしい。

「みほさんと鈴木さんが作戦を考えてくれているみたいですけれど」

 今日は鈴木が早く帰っちゃったけど、昨日までみぽりんと鈴木は遅くまで作戦会議をしていたみたいなんだけど、あまり良い案は出てないみたい。経験の差があるから正面から撃ち合ったら絶対負けるって言ってたし。

大洗(うち)のチームって、経験者がみぽりんと鈴木しかいないのよね。

 でも私達だって足引っ張らないよう頑張るよ! 今日帰ったらゆかりんから借りた通信手のガイドブック読むもんね!

 私達はいつもの帰宅コースの学園艦の左舷の展望エリアを歩く。ここにはいくつか張り出しがあって、眺めを楽しむことができる。学園艦の中では一番のデートスポット! 私もいつかカレと一緒に水平線に沈みゆく夕日を眺めながら・・・きゃー!

「あの、沙織さん?」

 妄想中の私の肩を華が小突く。

「ん、どうしたの?」

「いえ、あそこなんですけど」

 華の指差す方向には、展望デッキにあるベンチで一人佇む女の子。制服は、大洗のじゃないよね。

「見かけない制服だね。どこの子だろう?」

「そういえば、明日オープンスクールじゃありませんでしたっけ?」

 あ、そうそう。明日は中等部や他校の中学生が来るから土曜授業がないのよね。工業科とか他の学科はあるみたいだけど。それに部活動体験もやるみたい。私たちは午前中戦車道の練習がある。

「あんなところで何しているんでしょう?」

 華が首をほんの少し傾げる。確かに女の子の様子は明らかに楽しそうには見えない。ベンチの端に座り、がっくりと頭を垂れている。何か悩み事か嫌なことでもあったのかな。

 私って、ああいうの見てるとほっとけないのよね。気づいたら私たちは彼女の目の前まで来てしまっていた。

「ねえ、どうしたの?」

 私が話しかけると、その女の子はびくっと小さく震えた後、驚いた顔をして私たちを見た。あー、これは結構警戒されちゃってるかな~。でも仕方ないよね。いきなり高校生に話しかけられたら。

「大丈夫、大丈夫。カツアゲしようとかじゃないから。ごめんね、驚かせちゃって」

「えっと・・・・は、はい」

「オープンスクールに来たんだよね? 道にでも迷った?」

 たしか、外から来た子は、学園の合宿施設に泊るんだよね。もうすぐ暗くなるし、そろそろ行かないと。

「いえ、今晩はここの高等部にいる兄の所へ泊めて貰うはずだったんですが、ちょっとケンカしちゃって」

「えっ、で追い出されたの!?」

「いいえ、私が途中で逃げちゃったんです」

 逃げちゃうって事は、相当酷いこと言われたんだよね。なんてけしからんお兄さんだよ! こんな可愛い妹を放って!

「ちょっとお兄さんの名前教えて。 私が懲らしめるから」

「ちょっと、沙織さん」

 華が止めようとするけど構わない。女の子を泣かす―――泣いてたかどうかは分からないけど―――男は許せないよ!

「えっと、そこまでしなくても・・・・」

「いいの、いいの。もしかしたら知ってるやつかもしれないし」

「えっと、それじゃあ・・・・。2年の鈴木って言うんですけど」

 え、鈴木!? 2年で鈴木って、鈴木(あいつ)と優子ちゃんしかいないよね。

「もしかして、お姉さんもいる?」

「はい、いますけど」

 あ、やっぱりそうだ! でもなにアイツ、優子ちゃん以外にこんなに可愛い妹がいるの?

「じやあ、知ってるよ! あいつとは2年連続で同じクラスなんだよね~。戦車道でも一緒だし」

「戦車道・・・・」

『戦車道』っていう言葉を聞いた途端、彼女の表情が陰る。

「やっぱり、戦車道やってるんですね」

 女の子の声がちょっと震えている。わわ、どうしたんだろう。もしかしてケンカしたのって戦車道が原因っていう。

「もしよければ、話を聞かせて下さいませんか?」

 華が彼女の前にかがみ込む。

「話せば、楽になるかもしれませんよ」

 

 

 私達は鈴木の妹、有理沙ちゃんから色々話を聞いたよ。彼女が戦車道を嫌いなこととか、何故嫌いになったか、そして鈴木が何故大洗に進学したか。

 鈴木は中学でも戦車道をやっていて、中3の大事な試合の時にケガをした。しかも頭に。頭から大量に血を流してて有理沙ちゃんはかなりショックだったみたい。有理沙ちゃんは鈴木に戦車道をやめるよう頼んだんだけど、次の試合が大会の決勝戦だったから断って出たんだって。それからはそっけない態度しかとれなくなっちゃったみたい。で、鈴木も悪いと思ったのか、戦車道をやってない大洗学園に進学した。

 これって鈴木が悪いよね。だって有理沙ちゃんがこんなに怒っているって事は、鈴木はちゃんと有理沙ちゃんを説得しなかったわけだし。何よりアイツ、今回戦車道が復活して迷わず戦車道選んでたよね!? まあ、でも生徒会に無理矢理入れられてたかもしれないけど。

「私も悪いとは思ってるんです。お兄ちゃんは本当に戦車道が好きだったから。私のわがままのせいで戦車道ができなくなって」

「そんなこと無いよ! だって怪我したんでしょ。そりゃ不安になるよ!」

 私だってカレが危ない事をして怪我をしたら、もうやって欲しくないと思うもん!

 有理沙ちゃんはスクールバッグから何かを取り出した。帽子?

「本当は、お兄ちゃんが戦車道また始められて良かったって思ってるんです」

 差し出された紺色の帽子は、ゆかりんから借りた戦車道の雑誌で見たことがあるよ。えっと確かキカクボウとかいうんだっけ。前には大洗の校章が縫いつけてあるよ。

「これ、自分で縫ったんですか? ものすごく丁寧ですね」

 華がまじまじと帽子を見つめる。うん、私も裁縫はちょっとするけど、これはかなり上手だよ。

「でも、いざ会ってみると、何て言って良いか分からなくて・・・・」

 有理沙ちゃんはさっきからずっと下を向いている。顔は見えないけど今にも泣き出しそうな声だよ。あー、こういうときは何て言ってあげたらいいのかな。

「有理沙さんは、鈴木さんのことをとても大事に思われているのですね」

 華が帽子をを有理沙ちゃんの手にそっと添える。

「今のことを、鈴木さんに言ってみてはいかがですか?」

「でも・・・・」

「大丈夫です。鈴木さんも有理沙さんのことは大切におもわれていると思いますよ」

 有理沙ちゃんを慰める華は、なんかもの凄く格好いいよ! 私は茫然とその様子を眺めている。けど、向こうから走っている音が聞こえてハッと我に返った。

「お前ら、何やって・・・・」

 私たちの前まで走ってきたのは、この問題を引き起こした張本人、鈴木だよ!

「あーっ! 妹をいじめる悪い兄!」

 びしっと指差された鈴木はぐぬぬと後ずさる。

「いじめとらんわ! てか、お前ら何しとんねん?」

 鈴木が関西弁になっている。

「何って、このコの相談に乗ってあげてんのよっ」

「それはちゃんと俺がやるから。有理沙、行くぞ」

 有理沙ちゃんは無言のまま、ベンチから立ち上がる。良いのかな?

 鈴木は有理沙ちゃんが立つや否や、手を握って無理矢理引っ張っていった。ちょ、ちょっと! けど、止めようとした私を、華が黙って止める。

「ちょっと、お兄ちゃん! 手!」

「家着くまで離さねえぞ。良いから来い」

 2人はぎゃあぎゃあ言いながら、展望デッキより一段上の市街地エリアへのスロープを上っていってしまた。

「ねえ、良いの華。またケンカになったりしないかな?」

「大丈夫ですよ」

 華のその自信はどこから沸いてくるのだろう。

「ケンカする人は、手なんか握りませんもの」

 あ、なるほどぉ。でも、ちょっと心配だよ。明日鈴木に会ったら一番に確認しないとね。

「さ、私たちも行こっか」

 

 

 

 まさか、武部達が絡んでいるとは思わなかった。市街地甲板(デッキ)まで上がったところで俺は早歩きをやめた。

 有理沙はさっきから無言のままだ。俺は握っていた手を離し、正面に向き合う。今度こそちゃんと話さなければ。

「なあ、有理沙・・・・」

「嘘つき」

「ちょっと待て。俺は何も言ってへんぞ」

「・・・手、離した」

 そう言えば、家に帰るまで離さないと言ったっけか。

「悪い」

「ふんだ」

 有理沙はむくれてそっぽを向いてしまう。いきなり出鼻をくじかれた形だが、ここでやめるわけにはいかない。俺は有理沙の両肩を掴み、ぐいっと自分の方へ向ける。

「有理沙、俺は・・・・」

「わかったから!」

 有理沙は俺の両腕を引き剥がす。ちょっと待て、俺は何も言ってないぞ!

「どうせ、マンガかアニメから引っ張ってきたクサイ台詞でも言おうとしたんでしょ」

「いや、それは・・・」

「どうせ、戦車道やめないんでしょ。もういいよ」

 待て待て。さっきまであんなに怒っていたのに。戦車道嫌いだったのに、それで良いのか? さっきは顔面に鞄飛ばしてきたくせに。一体武部達に何を言われたんだ?

「でも約束して」

 有理沙は乱暴にさっきから持っていた帽子を俺の胸に押し当てる。これは、規格帽?

「絶対に、中学の時みたいにならないで」

 それは重々承知している。俺はあの時の――――俺が頭部に怪我をしたときの――――有理沙の顔は絶対一度も忘れたことはない。

「・・・・わかった」

 俺はいい加減に答えたと思われないよう、しっかりと声に重みを乗せて答えた。

「それじゃあ、はい」

 有理沙が手を差し出す。

「・・・・お手?」

「違う」

「おかわり?」

「違うってば」

 じゃあ何だ? 金でもよこせってか。

「帰るまで、手離さないんでしょ?」

 あ、そういう。でもなあ。

「いざ、手を握るってなると、恥ずかしいな」

「何言ってるのよ、お兄ちゃんのバカ」

 今のでバカというのはひどいと思う。俺は「わかったよ」と言って有理沙の手を取る。

「優子が心配してたぞ。帰ったらちゃんと説明しとけよ」

「えー、めんどくさい。お兄ちゃんが悪いんだから、お兄ちゃんが説明してよ」

「もう勘弁してくれ。優子の事情聴取は苦手なんだ」

 

家に帰ってからは、有理沙はすっかり変わってしまった。といっても悪い意味ではない。2()()()以上前の状態に戻ったという事だ。

 夕食を食べ終わってからというもの、有理沙は俺の膝の間に座ったっきり動こうとしない。もう1時間ずっとこうだ。中村とかはこの膝の上に美少女が乗る状況を羨ましがると思うが、1時間となればこれはかなりしんどい。

「なあ、有理沙、動きたいんやけど」

「えー、やーだぁ~」

さっきからこのやりとりが数回行われている。優子は何も言ってこないし、微笑ましい様子でこちらを見ているのだが、目だけは笑っていない。

「リサちゃん、お風呂沸いたから入ってきて」

 優子に促され、有理沙が風呂場に行ってしまうと、優子は俺の隣に座るやいなや顔を近づけてきた。

「ん、何?」

 優子は俺の胸元辺りをくんくんと嗅ぎ回る。

「・・・・他の女の臭いがする」

「ちょっと待て、それヤンデレの台詞やろ」

 他の女と言っても、さっきまでくっついていた有理沙以外いないだろう。

「でも、まさ兄。ヤンデレも好きなんでしょ?」

 優子はそう言って押し入れの方を指差す。優子の『検閲』により、ギャルゲーや一部のコミックがあの中の段ボール箱に入っている。でも封印されたわけではなく、いつでも取り出すことはできるのだが。優子はどうやらそれらの内容をちゃんと調査したらしい。

「有理沙ちゃん、マーキングするためにずっとくっついていたんだね」

「なんやそれ。犬かよ」

 俺のツッコミをよそに、優子は「むぎゅー」と抱きついてきた。

「まーでも、すぐわたしので上塗りしてあげるからねっ」

「それ絶対他のやつにいうなよ」

 もうヤンデレというか、ただの変態のような気がするのだが。優子ファンクラブのやつがこれ知ったら、さぞがっかりするだろうな。

「でも、本当に良かった。まさ兄と有理沙ちゃんが仲直りしてくれて」

「別に仲が悪かったわけじゃねえよ。気まずかったんだ」

「まあ、どっちにしてもホッとしたよ。有理沙ちゃん、怒りのあまりまさ兄を殴っちゃうかもしれないって思ったもん」

 殴られたさ。未遂だったけど。

 かしゃんと風呂場のドアが開く音がすると、優子はすぐに離れた。おそらく有理沙に気を使ったのだろう。

 有理沙は戻ってくるなり無言の笑顔でドライヤーを寄越してきた。どうやら髪を乾かせとのことらしい。仕方なく俺はドライヤーのプラグをコンセントにぶっ差して、目の前に座った有理沙の頭をわしゃわしゃしながら、後頭部めがけて温風を噴射する。優子はその様子をチラチラと横目で見ながら、風呂場へ行ってしまった。

「なあ、有理沙。本当に戦車道続けていいのか?」

 さっきからずっと聞きたかった。俺の前から怒って逃げてからしばらくの間で、俺が戦車道を続けることを認めたのだ。有理沙と武部たちが何を話していたのか非常に気になる。

 有理沙が無理して戦車道をやることを許したのなら、それは俺にとっても嫌なことだ。とにかく多少でも()()()が残るのは絶対に避けたかった。

「本当はいやだよ。だって、お兄ちゃんがまたケガでもしたらって思うと怖いもん」

 俺は自分の顔を見ていないのでわからないが、怪我をした時の俺はかなりグロかったらしい。出血で顔の右半分が血まみれだったとか。多分俺が見てもかなりショックを受けただろう。

「でもね、お兄ちゃん戦車道本当に好きだし。私もちょっとわがまま言い過ぎたって思ってるし」

 しかしあの時は、俺はちゃんと有理沙に戦車道を続けたいと主張できなかったのだ。曖昧というか中途半端な返事ばかり続けて、有理沙を余計に心配させてしまったのだ。

「お兄ちゃん優しいもんね。だから大洗行ったんでしょ?」

「うん」と言おうとしたところで、俺は「う」と言ったところで口を噤んだ。別に優しさで大洗に進学した訳ではない。

「でも、さっきも言ったけど。約束は守ってよね」

「ああ、わかってる」

 今度ばかりは有理沙に心配をかけるような事は絶対に避けなければならない。次同じようなことが起これば、なんてことは想像したくない。

 後ろの方は大体乾いたので、前の方へドライヤーの砲口を向ける。

「明後日、応援行くからね」

「おう、それじゃ頑張って勝たないとな」

 その後、優子が風呂からあがってきて、俺は彼女の髪も乾かさなければならなかった。

 

 

 

翌日、俺たちは日曜の練習試合に向けての最終調整のために、朝早くに学校を出た。昨日のことに関して、武部から何か追究があるのかと思うと、少しばかり憂鬱だ。

 案の定、学校に着くなり俺は武部からジト目で迎えられた。のだが、

「す、鈴木・・・それっ」

 武部はすぐに顔色を変え、俺の顔を指さす。まったく、会うなり失礼な奴だ。

「なんだよ、朝っぱらから」

「そ、その・・・・首のやつ!」

 武部は手提げ鞄から手鏡を取り出し、俺の方へ差し出す。俺はそれを受け取り、鏡面に首を映した。

「ん? 何だこれ」

 首に赤い粒が一つ。赤く腫れたような感じ。

「ダニにでも咬まれたのかな。全く気付かなかった」

「いやいや、それキスマークでしょ」

「はあ?」

 キスマークぅ? 何のこっちゃ!? そんな記憶ないぞ。

「なんでや。キスされた記憶なんてねえぞ」

 俺は一応確認ついでに、「容疑者」となる2人の方を見る。優子は首を傾げていたが、有理沙の方は・・・

(てへぺろっ!)

 お前かよ! 全く気付かなかったぞ!!

「俺が誰とキスすんねん! ダニや、ダニ!!」

 まだ疑いの目を向ける武部をスルーして、俺は戦車が駐車されている倉庫の隣にあるペレハブ小屋にバッグを置きに行った。そして有理沙を連れて、外部中学生の宿泊及び集合場所になっている合宿施設へ向かった。そこで合宿施設に泊まっている、同じ札幌中央学園の友達と合流するのだそうだ。

「ねえ、お兄ちゃん。おこってる?」

 俺が早歩きなのを気にしてか、有理沙が顔を覗き込んでくる。

「別に・・・・」

「頬っぺたの方が良かった?」

「そーゆーのじゃねえよ」

 なんかこいつも優子に似てきた気がする。ボケ方がまるっきり同じだ。

「じゃあ、嫌だった? キスされるの」

 その質問は卑怯だと思う。

「いや、そうじゃなくて。えっと、見えないところにして欲しかったというか」

 あー、もう何言ってんだ、俺! この手の質問は本当に苦手だ。

「じゃあ、今晩楽しみにしててね」

「勘弁してくれ、明日は試合なんだ」

 戦車の上であくびなんてしているところを撮られるなんて、絶対にごめんだ。

 合宿施設は、グラウンドを出て体育館のそばを通った先にある。体育館の角を曲がって合宿施設の入り口前に来ると、知っている制服を着た少女が立っていた。

 水色のブラウスに白色のセーター、紺色のスカート。札幌中央学園の制服を着た彼女は、俺たちの方を見るなり、笑顔で駆け寄ってきた。おや、彼女は。

「せんぱーい!」

 彼女は有理沙ではなく俺の方へ突っ込んでタックルを食らわせてきた。と言っても彼女はかなり小柄なので何とか受け止めることができた。

「ちょ、心優ちゃん!?」

 俺に体当たりを仕掛けてきたのは、中学時代の後輩、橋下(はしした)心優(こころ)だ。

「せんぱーい。お久しぶりですぅ」

 心優はそう言って、頭を俺の胸にグリグリと押し付けてきた。まさかこれもマーキングなのか? やばい、そう考えるとドキドキしてきた。昨日優子が余計な事言うから!

 橋下心優は俺の中学時代の戦車道部の後輩だ。小柄で可愛らしい仕草から、俺たちの間では「豆戦車(マメ)ちゃん」と呼ばれてたっけ。なぜか俺によく懐いていた。まさしく今のように。

「心優ちゃん、久しぶり。戦車道はどう?」

「はい、部では今年《BT-7》を買ったのですが、わたしが車長になったんですー」

 心優はぼさぼさになってしまった前髪を直しながら、えへへーといった感じで言う。

「マジで! おめでとう!!」

「あとあと、《T-26S》も2両買ったんですよ! これもせんぱいが2年前に頑張ってくれたおかげですぅ」

 心優はそう言ってスマホでそれらの戦車の写真を見せてくれた。札幌中央学園では、主にソ連系の戦車を使っているのだが、俺の時代には《T-26B》(1933年型)軽戦車と《BT-5》快速戦車、そしてどこからか譲ってもらった《バレンタイン Ⅲ》歩兵戦車を使っていた。俺は《BT-5》の車長を務めていて、その機動力をかなり気に入っていた。他にも俺が3年になった時には、ソ連系戦車を使う強豪校プラウダ高校から、《KV-1》(1939年型)を譲ってもらった事もあった。

 ちなみに、俺が中2から中3までの間が、戦車道の成績が最も良く、中3の時の全国大会準優勝は母校では伝説となっている。

「そういえば先輩。戦車道、また始めたんですよね」

「あー、そうそう。復活したらしいからね」

 俺は横目で有理沙の顔を伺いながら答える。

「明日の試合、ぜーったいっ応援に行きますから・・・・はうっ!?」

 さっきから俺にしがみついていた心優がばっと離れ、そのまま後ろへ下がっていく。

「ほらほら、そろそろ集合時間でしょ。いくよ」

「あ~、有理沙ちゃん、まって~」

 有理沙が心優の襟のを掴んで、引きずっていったのだ。おいおい、首閉まるぞ。

「せんぱーい、応援行きますからね~!」

 俺は、あははと軽く手を振りながらそれに答える。

 2人が建物の中に入って見えなくなると、俺も集合場所に戻るべく踵を返す。どこからか視線を感じたが気のせいか?

倉庫前まで戻ってくると、綾子が入り口前で腕を組んで立っていた。

「どうしたん?」

「さっき、後輩の子抱きしめたでしょ」

「さっきの見てたんかい。てかあれは向こうが抱きついてきただけで、俺は抱きしめてないからな」

 綾子は「ふん」と言って倉庫の中に入って行ってしまった。いったい何が言いたかったのだろう。

 俺も頭を掻きながら彼女に続いて、倉庫の中に入った。

 今日の練習はオープンスクールの関係で、砲撃音で邪魔しないように授業時間中は走行訓練、休憩時間は砲撃訓練を行った。昼休みには、練習場にに見学者が集まって砲撃訓練を見守っていた。ただ、彼らが俺たちの戦車の『オリジナリティあふれる迷彩』についてどんなことを話していたかは、絶対に聞きたくない。

 自動車部が戦車の最終調整をしてくれるので昼過ぎには練習を切り上げた。帰宅途中、地面いや甲板が少しばかり揺れ、頭上を影が覆った。

「うわっ、何?」

 俺たちが上を見上げると、巨大な学園艦が大洗学園艦の右にとまったのだ。聖グロリアーナ学院の学園艦だ。

「でけぇ」

 大洗学園の倍以上はある。俺たちは立ち止まって、呆然とその学園を見上げていた。

 聖グロリアーナ学院。イギリスの文化の影響を受けた学校で、使用する戦車もイギリス系。毎年全国大会でベスト4に入る強豪校だ。よくもまあ生徒会はこんな学校と練習試合を申し込んだものだ。しかも負けたらアンコウ踊りとか。

 個人的にみほたちのアンコウ踊りも見てみたい気もするが、武部はともかくみほにアレはあまりにもかわいそうなので頑張って勝たないといけない。相手は全国大会ベスト4。正攻法では絶対に勝てないので、いわゆるゲリラ戦法などを取り入れて綿密に作戦を練らなければならない。だが、俺たちは戦車道を初めたばかりの素人集団。基本は押さえたつもりでいるが。

 久しぶりの試合での興奮と、あのカラフル戦車と肩を並べる恥ずかしさ、そして強豪校の恐怖感を感じながら、複雑な気持ちで俺は家へと戻った。

 

 

 翌日、俺たちはまだ薄暗いうちに家を出て学校に着いたのだが、《Ⅳ号戦車》だけ姿が見当たらなかった。

「あれ、Ⅳ号はどこ行ったんだ?」

 俺は《M10パンター》でエンジンルームの整備をしている中村に聞いた。

「Ⅳ号なら冷泉さんを迎えに行ったぞ」

「はい?」

 戦車でお迎え? そんなアホな。スクールバスじゃあるまいし。ああでも確か、冷泉は朝がとてつもなく弱くて、起こしに行かなきゃいけないとか武部が言ってたっけ。

 俺も戦車によじ登ると、どこからか砲声がした。もしかしてⅣ号か? 起床ラッパの代わりに戦車砲を使ったんじゃないだろうな。

最終整備が完了し、《M10パンター》以下残りの車輌は学校を出発、車輌用エレベータを使って甲板を降り、ランプを使って大洗の大地に降り立った。そこで《Ⅳ号戦車》と合流、聖グロリアーナとの集合地点に向かった。

今回の試合のフィールドはほとんどが岩場の荒れ地ステージ。さらに大洗の市街地の一部もフィールドになっている。

 俺たちが集合地点で戦車を横に一列に並べてから5分。対戦相手が現れた。俺はその威容にしばし圧倒された。

 聖グロリアーナの戦車隊は一糸乱れぬ一列横隊を組んでやってきて、手前で止まった。戦車は《チャーチル》に《バレンタイン》、《マチルダ》の歩兵戦車だ。車両に種類が違うのによくきれいな横隊を組めるもんだ。

聖グロリアーナの戦車隊は俺たちの目の前で停車し、それぞれの戦車から乗組員が下りてきて、既に整列している俺たちの前に対した。その中で、チャーチルの司令塔から降りてきた女子が前へ進み出る。対してこっちは河嶋先輩が前に出た。

「本日は急な申し込みにこたえて頂き感謝する」

「構いませんことよ。それにしても、個性的な戦車ですわね」

 聖グロの隊長は口元を押さえている。笑ってるよ、絶対笑ってるよあの人。あー、もう今すぐ帰りたい。

「ですが、わたくしたちはどんな相手であろうと全力で尽くしますの。サンダースやプラウダみたいな下品な戦い方はいたしませんわ。お互い騎士道精神で頑張りましょうね」

 そして隊長同士のあいさつの後、審判による礼が行われ、聖グロ、大洗の各選手は各々の戦車に乗り込み、スタート地点に向けて動き出したのだった。

 

 

 

大洗学園 対 聖グロリアーナ学院

試合形式:殲滅戦

両校編成:大洗学園

 隊長車:Ⅳ号戦車D型(Aチーム)

     M10パンター(Bチーム)

     38(t)軽戦車B/C型(Cチーム)

     40Mトゥラン(Dチーム)

     八九式中戦車甲型(Eチーム)

     M3リー中戦車(Fチーム)

     Ⅲ号突撃砲F型(Gチーム)

 

聖グロリアーナ学院

 隊長車:歩兵戦車Mk.ⅣチャーチルMk.Ⅶ

     歩兵戦車Mk.ⅢバレンタインⅧ 2輌

     歩兵戦車Mk.ⅡマチルダⅡ 4輌

 




読んでいただきありがとうございます。今回は沙織視点も入れてみました。ほかのキャラ視点での話もたまに入れていこうと思います。


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聖グロリアーナ戦

戦車道公式ルール
○使用砲弾
 戦車道で使用可能な砲弾は、以下の通常弾、特弾(特Ⅰ種弾、特Ⅱ種弾)に分けられ、史実に関係なく全ての車輌が全弾種を搭載可能である(例外あり)。以下に使用可能な砲弾を示す。

通常弾:徹甲弾(AP弾)
    榴弾(HE弾)
    徹甲榴弾(APHE弾)
    発煙弾
    照明弾
特Ⅰ種弾:被帽付徹甲弾(APC弾)
     仮帽付徹甲弾(APBC弾)
     低抵抗被帽付徹甲弾(APCBC弾)
特Ⅱ種弾:高速徹甲弾(HVAP弾)
     装弾筒付徹甲弾(APDS弾)
     対戦車榴弾(HEAT弾)
     粘着榴弾(HESH弾)
 また、すべての弾種で曳光弾仕様がある。

 ただし、特Ⅰ種弾、特Ⅱ種弾については搭載数に上限があり、それぞれ
特Ⅰ種弾:車両の砲弾搭載定数の25パーセント
特Ⅱ種弾:車両の砲弾搭載定数の15パーセント
(いずれも少数以下切り捨て)
となっている。例えば搭載砲弾数が79発の《Ⅴ号戦車パンター》であれば。特Ⅰ種砲弾は19発、特Ⅱ種砲弾は11発。そしてのこりの49発が通常弾となる。ただし、練習試合などにおいては、審判団の審査と承認によって上限の変更が可能である。たとえば八九式の砲弾(100発)を全て特Ⅱ種弾の対戦車榴弾にすることも、練習試合では可能である。





大洗学園 対 聖グロリアーナ学院

試合形式:殲滅戦

両校編成:大洗学園

 隊長車:Ⅳ号戦車D型(Aチーム)

     M10パンター(Bチーム)

     38(t)軽戦車B/C型(Cチーム)

     40Mトゥラン(Dチーム)

     八九式中戦車甲型(Eチーム)

     M3リー中戦車(Fチーム)

     Ⅲ号突撃砲F型(Gチーム)

 

聖グロリアーナ学院

 隊長車:歩兵戦車Mk.ⅣチャーチルMk.Ⅶ

     歩兵戦車Mk.ⅢバレンタインⅧ 2輌

     歩兵戦車Mk.ⅡマチルダⅡ 4輌

 

 

 聖グロリアーナ学院の戦車隊は挨拶が済むと反転してスタート地点に行ってしまった。俺達も戦車を反転させて、200メートル先のスタート地点に向かう。

「鈴木君、あくびなんかしないでよ。気が抜けちゃうじゃない」

 隣に座る綾子から注意された。

「悪い、昨日あんま寝れなくて」

「ふーん、何してたの?」

「いや、ちょっと今日の試合のシミュレーションをさ」

 有理沙から付けられたキスマークはまだ消えていない。綾子の様子から考えるに、彼女は俺と有理沙が何かいかがわしい事でもしていたのではないかと疑っているようだ。それは間違ってはいない。だが『昨日有理沙が寝かしてくれなくってさ~』なんて口が裂けても言えない。言おうものなら「この変態シスコン!」とか言って、砲弾ラックから高速徹甲(HVAP)弾を取り出して、俺の股間に向けて放り投げてくるかもしれない。

 昨晩も有理沙は俺に襲いかかってきた。一昨日の夜は熟睡していて全く気付かなかったが、昨日は有理沙が仕掛けてくるまで起きていたのだ。

 俺は仕方なく有理沙の相手をしてやった。一応『兄妹間のスキンシップ』の範疇に収まっているとは思う。ただ、俺が彼女の「抱き枕」になってやったまでのことだ。しかし、思い出すと心臓や下半身が黙っていないので、今は忘れることにする。

 チラチラと俺の方を見てくる綾子を横目に見ながら、俺は毎回試合前にしている『ルーティン』の為、制服カッターシャツの胸ポケットから1葉の写真を取り出した。

 汚れないようラミネート加工されたこの写真は、俺が中1の時、初めての戦車道の試合の前に優子と有理沙から貰ったものだ。表は家の前で撮った2人が映っていて、裏に2人からの応援メッセージが書かれている。内容は恥ずかしくてとても他人には見せられない。だが、この写真はいつも試合前の俺のモチベーションをアップさせてくれた。

最後の大会が終わって俺が引退してからは、写真立てに入れて実家の俺の部屋に置いておいたのだが、この度有理沙が持ってきてくれた。

俺はしばし写真を眺めた後それを胸ポケットに戻し、落ちないようゼムクリップで留めた。

 スタート地点に着くと、俺は頭を出して他の車輌がちゃんと並べているか確認した。よし、ちゃんと並べている。 

〈試合、開始!〉

 上空に試合開始の合図となる花火が打ち上げられた。

戦車前進(パンツァー・フォー)!〉

 みほが号令をかけると、7輌の戦車は一斉に動き出した。横隊でしばらく前進した後、《M10パンター》を先頭にして楔形陣形をとる。少しばかりいびつな楔だが、初めてやったときよりかははるかに良い。

〈えっと~、どうするんでしたっけ?〉

《M3リー》の無線手が、のんびりした口調で言った。おいおいさっきみんなでミーティングしただろ。

〈えっと、今回は殲滅戦ルール。相手の車輌を全て動けなくした方が勝ちです〉

 どうやらみほは一から丁寧に説明してくれるらしい。

〈我々Ⅳ号は、単独で偵察に向かいます。 みなさんは南の丘陵地の待ち伏せ地点で待機していて下さい〉

 みほからの指示にみんなが「了解!」「りょーかいでーす」と返事をする。

〈なんか作戦名ないの~〉

 そういえば、作戦名を考えてなかった。会長もちゃんと話聞いてたんだな。

〈えーと、作戦名は・・・・、こそこそ作戦で行きます〉

〈こそこそ動いて相手の動きを見て、こそこそ攻撃を仕掛けたいと思います。

 河嶋先輩が〈姑息な作戦だな〉というのが聞こえた。けど作戦立てたの先輩ですからね?

 俺はハッチから上半身を出し、同じく体を出しているみほと手に合図した後、咽頭(いんとう)マイクに手を当てた。

「これより待ち伏せ地点に向かいます! 各車Bチームについてきて下さい!」

《M10パンター》が左に進路を変える。他のカラフル戦車もそれに続いた。Aチームの《Ⅳ号戦車》はすぐに岩陰に隠れて見えなくなってしまった。

 Ⅳ号と聖グロ戦車隊が接触するのに10分もかからないだろう。俺達はそれまでに、待ち伏せ場所で準備をしておかないといけない。だが、射撃地点はスタート地点から300メートルほど距離なのですぐに到着することができた。

 待ち伏せ地点は周りが岩ばかりなので、偽装することはできなかった。なので射撃地点より20メートルほど後ろの地点に横一列で停車した。

《Ⅳ号戦車》から連絡はまだない。事前にみほと地図で確認したが、俺達と聖グロが接触する前に、先にⅣ号が接触できるよう偵察ルートを組んだ。ものすごい不整地走破能力を持っている《チャーチル》が道なき道を突破して奇襲してこない限り、みほからの連絡が来るまで暇ということになる。

 俺はヘッドホンとマイクをしたまま車外に出て砲塔前に腰掛けた。ワイヤレスというのは便利だ。中学の時は有線の、路線バスについているようなやつだった。他のメンバーもハッチを開けて、外の空気を吸うべく顔を出した。

 他の戦車のメンバー達は既に車外へ出ていた。が、その様子に俺はしばし絶句した。

 隣に位置する《八九式中戦車》のバレー部4人組はバレーボールのパス回しをしていた。それは休憩時間にやってくれ。その隣の《M3リー》の一年生達は、戦車の上でなにやら円をつくって座っていた。各の手に何か持っている。双眼鏡で確認してみると。それはトランプであった。ババ抜きか? ポーカーか? いや、あれは大富豪だ!

 他の学校ではありえない光景だろう。もしテレビ中継でもされていたら炎上していたかもな。幸いなことに、撮影用の固定カメラやはないようだし、観測機も上空にはいない。のんびりしているという点では、俺も変わらないので注意はしないことにした。どうせこの後、トランプをする暇ななんてないだろうし、彼女たちもする気をなくすだろう。

 双眼鏡で砲撃先を覗いていると、砲声が聞こえた。

〈こちらAチーム。敵部隊と接触しました!〉

〈これより敵を引き付けつつ、待ち伏せ地点まで、あと5分で到着します!〉

 みほから報告が来る。Ⅳ号が聖グロと接触したようだ。俺は車長席に飛び込んだ。

「戻って来るぞ! 全員、戦車に乗り込め!」

 同じく河嶋先輩の声が飛び、みんな「もうすぐ上がれたのに~」とか「バレーボールを粗末に扱うなあ!」とか言いながら、わらわらとそれぞれの車輌にもどる。俺は、全員が戦車に戻ったのを確認してから、指示を出した。

「各車エンジン始動! 20メートル前進して射撃地点に就いてください!」

《M10パンター》のエンジンが轟音と立てる。ほかの車輌も次々とエンジンをかけて動き出した。少しだけ前進して、それぞれの射撃地点で停止する。目の前は、500メートルほどの直線があって、その先は曲がりくねった道になっていて見えない。もうすぐ《Ⅳ号戦車》が見えてくるはずだ。

〈あと500メートルで敵戦車、射程内です!〉

 目の前の直線道に《Ⅳ号戦車》が現れた。あとちょっとで聖グロの戦車も見えるはずだ。射撃の合図はみほが出すことになっている。

「見えた! 目標、《チャーチル》!」

優子がハンドルを回しはじめ、綾子が徹甲弾を装填する。Ⅳ号の後ろからやって来る戦車は、間違いなく聖グロの歩兵戦車だ。俺はそのうちの1輌、聖グロの隊長車に照準を合わせるよう指示した。射撃まで、あと少し。

すると。

「撃て、撃てー!」

 突然河嶋先輩の声が聞こえ、《38(t)》が発砲した。砲撃開始の合図を出すのはみほのはずなのに! 気付けば他の車輌も砲撃を開始していた。それらの砲弾は真っ直ぐ《Ⅳ号戦車》の方へ飛んでいき、その傍に着弾した。

「まさ兄、みほちゃんがやばいよ!」

 照準器を覗いていた優子が叫ぶ。彼女は指示をきっちり守って引き金を引いていなかった。

 や、やばい。初っぱなから友軍誤射なんて洒落になんねえぞ。けど敵にはもうこちらの作戦がばれてしまった。攻撃しないと!

「目標《チャーチル》!」

 優子が照準を合わせるためにハンドルを回す。聖グロの戦車隊はもう回避運動を始めていた。

「撃て!」

 優子が、引き金を引いた。砲弾は《チャーチル》の砲塔側面に当たって、弾かれた。《チャーチル》と《バレンタイン》が、Ⅳ号に向けていた砲口をこちらに向け、1発ずつ撃ってきた。当たりっここないと思っていたが、2発が右前の岩を吹き飛ばし、1発が車体正面に命中した。が、彼らの砲では、パンターの正面装甲は撃ち抜けない。・・・が。

「マジかよ。当ててくんのかよ」

 あんなガタガタ道を、しかもジグザグ走行しながら命中させるとは。さすが昨年全国大会ベスト4だけのことはある。

《Ⅳ号戦車》が坂道を上ってこちら側へ合流した。聖グロの戦車隊も二手に分かれて坂道を上り始めた。大洗の戦車隊は砲を旋回させ攻撃する。が、なかなか命中しない。命中弾も重装甲によって弾かれた。

 聖グロの戦車も攻撃を開始した。

〈撃て撃てー。見えるものは全部撃てー!〉

 通信機越しに河嶋先輩の叫びが聞こえてくる。それをみほが〈待って下さい!〉と制しようとする。

〈そんな闇雲に攻撃しても。履帯を狙ってください!〉

 みほがバラバラな攻撃を統制しようとするが。

〈うわぁ、すんごいアタック!〉

〈いやあぁ! もういやあっ!〉

 別車両から悲鳴が聞こえてくる。

〈落ち着いてください! 攻撃をやめないで・・・〉

〈もう無理ですー!〉

〈あっ、逃げちゃだめだってばー!〉

 な、何が起こっているんだ? 俺は潜望鏡を使って《M3リー》の方を見た。

《M3リー》は完全に停止していた。直後、《チャーチル》からの一撃が《M3リー》の側面を撃った。M3は白旗を上げた。

〈大洗学園《M3リー》、走行不能!〉

 審判からの報告が、M3の敗北を知らせる。くそ! せっかくこちらは待ち伏せをしていたのに、こちらが先に撃破されるとは!

〈撃って、撃って、撃ちまくれ!〉

 河嶋先輩はさっきから撃て撃てばっかり言っているが。

〈ん!? なんだ?〉

 こっちに向かってバックしてきた《38(t)》が、ガクガクッと振動して、側にあった穴に落っこちた。

〈あー、外れちゃったね~〉

 会長ののんびりした声が聞こえてきたが、履帯が外れたのか?

〈こちらAチーム。Bチーム、どうですか?〉

 各チームの現状を確認すべく、武部から連絡がきた。

「こちらBチーム、大丈夫だ」

38(t)(Cチーム)~〉

〈だめっぽいね~〉

トゥラン(Dチーム)~〉

〈大丈夫です!〉

八九式(Eチーム)~〉

〈何とか大丈夫です~〉

M3リー(Fチーム)~〉

〈・・・・〉

Ⅲ号突撃砲(Gチーム)~〉

〈言うに及ばず!〉

 えーと。M3(Fチーム)は撃破され、38(t)(Cチーム)は履帯が外れて走行不能っと。こっちの戦果は・・・皆無。

 登り切った《マチルダⅡ》がこちらに向かって進んできた。

「みほ、まずいぞ! このままじゃあ・・・!」

〈隊長、私たちどうしたら!?〉

〈隊長! 指示を!!〉

〈無事な車両は撃ちかえせ!〉

 穴にはまりながらも、《38(t)》は主砲を撃っている。

〈移動します! 生き残った車両はついてきて下さい!〉

「よしきた! 中村、バック!」

〈了解しました!〉

〈何? 逃げる気か!? 許さんぞ!〉

 河嶋先輩には悪いが、《38(t)》は放置だ。

「ウチがしんがりを務めます! 早く行って!」

《M10パンター》はそのままバックをし、敵にその装甲の厚い部分を向けながら下がる。ほかの車両は、転回して《Ⅳ号戦車》の後に続いた。《マチルダⅡ》が撃ってきたが、パンターの装甲は、その40mm弾をはじいた。

 最後に《八九式中戦車》が進路を変えたところで、《M10パンター》も崖に隠れた隙に、方向転換してⅣ号の後を追いかけた。

 

 

 俺たちは何とか紅茶戦車の追撃を振り切った。《八九式中戦車》の足の遅さが心配だったが、何とか逃げ切ることができた。今は、市街地に向かう道に入ったところだ。俺は大洗の街の地図とにらめっこしている。というのも、俺は大洗の街はあまり歩いたことがない上に、市街戦の経験がほぼ皆無だからだ。中学のときは森林や草原での戦いがほとんどだった。

〈これより市街地に入ります。地形を最大限に活かしてください!〉

〈もっとこそこそ作戦を開始します!〉

 みほがアドリブの作戦名をいう。こっちも作戦に関しては事前打ち合わせをしていたが、名前は決めていなかった。

〈了解!〉

〈大洗は庭です!〉

 交差点に入ったところで、5輌の戦車はバラバラに分かれた。

《M10パンター》は《40Mトゥラン》を引き連れて、市街地の中でも比較的入り組んだ場所に入った。パンターは大きい戦車だが、中村の操縦テクによってスムーズに通ることができた。《M10パンター》は市街地フィールドの奥の袋小路にバックで入った。トゥランは近くの公園の公衆トイレの裏に隠れた。

《M10パンター》が停止すると、俺と中村は外に出て、砲塔後部に積み上げてまとめておいた土嚢(どのう)を車体の前に積み上げた。

 パンターは重装甲だが、車体前面下部は《チャーチル》の特弾に撃ち抜かれてしまう。だが土嚢でカバーすることができる。袋小路だから後方と側面は問題ない。といっても、これはパンターの使い方としては正しくないのだが。でも、俺は市街戦の経験はないし、相手の方が圧倒的に優位だ。だから、待ち伏せで1輌でも多く撃破しないといけない。

 敵車両は《Ⅳ号戦車》が街中を走り回って敵を誘引してくれるはず。通過する先頭の敵車両を撃破。そして後ろに車両がいれば隠れている《トゥラン》が後ろから狙い撃つ算段だ。 遠くで、ズドン、ズドンと複数回音が聞こえた。

〈こちらGチーム! 敵車両撃破!〉

〈Eチーム! 敵車両撃破!〉

 三突と八九式から撃破報告が来る。正式な撃破判定は審判から来るが。

〈《マチルダⅡ》走行不能!〉

 一つ目の撃破判定が出た。二つ目はまだ出てこない。すると。

〈きゃあああああああっ!〉

 爆発音と共に悲鳴が無線を駆け抜けた。バレー部!?

〈八九式中戦車、走行不能!〉

 審判から報告が来る。バレー部チームは撃破に失敗したのか。とすると、こちらは残り4輌で、相手は6輌。いや、生徒会の《38(t)》はやられたという報告がない。履帯が外れたらしいが、今なにをやっているのか。

〈Aチームより、Bチーム、Dチームへ。《チャーチル》及び《バレンタイン》2輌がもうすぐ攻撃地点に到着します!〉

 みほから連絡が来た。《Ⅳ号戦車》が囮となって、敵の隊長車を含む3輌をこっちへおびき出してくれている。俺は「了解!」と返し、優子と綾子に準備するよう促した。清水の《40Mトゥラン》も準備を始めているはずだ。

〈あと50メートル!〉

《チャーチル》に乗る敵隊長もⅣ号の動きやさっきの三突の攻撃で、こちらの待ち伏せは読んでいるだろうが。目前で一泡吹かせてやる。

 俺は目から上だけをハッチから出した。戦車の走行音が聞こえ、目の前を《Ⅳ号戦車》が通過していった。あとちょっと。

「今!」と、優子が叫ぶと同時に引き金を引く。

目の前に緑色の車体が現れた直後、《M10パンター》の主砲が火を噴いた。確実に当てるために少し俯角をとっていたので、弾は《バレンタイン》の右側面真ん中あたりの転輪を粉砕した。《バレンタイン》は煙に巻かれて停止した。煙がはれると、《バレンタイン》の砲塔上に白旗が立っていた。

〈聖グロリアーナ《バレンタイン》、走行不能!〉

 大洗2輌目の戦果。が、喜ぶのはまだ早い。まだ後方に2輌いる。

 直後、ずどんとすぐ傍で爆発音がした。すぐさま〈聖グロリアーナ《バレンタイン》、走行不能!〉と審判から連絡が来る。清水の《トゥラン》が後方から《バレンタイン》を習い撃ったのだ。

 あとは《チャーチル》。綾子がもう分かったかのように徹甲弾の装填をしていた。目の前の《バレンタイン》がぎりぎりと動き、目の前に小さな転輪が特徴の《チャーチル》の姿が見えた。砲塔がこっちに向いている。《バレンタイン》無理矢理押しのけてまで俺達を撃破したいらしい。

「来た! 目標《チャーチル》車体!」

 砲塔正面は弾かれるかもしれない。車体側面を狙って確実に・・・・!

《チャーチル》の砲が見えた途端、《M10パンター》が激震した。《チャーチル》が撃ったのだ。けど《パンター》の正面装甲であれば大丈夫な・・・・。

〈大洗学園《M10パンター》、走行不能!〉

 

 

 




今回は前書きに本作での戦車道ルールのうち、使用砲弾について紹介しました。本作では砲弾名や略称は以上のものを使用します。
これからもよろしくお願いします。


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