カードショップ「ねこのみー」へようこそ! (暁刀魚)
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1.ある意味、それは人生のプロローグ?

 1

 

 高校一年生の冬、寒さが身体を支配して、布団から抜け出せなくなってくる日のことに、どうしてか普段より早く眼を覚ました。

 特に部活にも通っておらず、バイトもしていない自堕落な一帰宅部員系高校生の我が身ではありますが、早く起きてしまったから、暇にあかして早くウチをでてしまう、何て気まぐれを起こしてしまったのである。

 別に朝に強いわけではないので、それでも実際は、いつもより二十分程度、なんていう微妙な時間ではあったのだけれど。

 

 それでもまぁ――転機は、そんな小さな二十分で良かったのだ。

 

 人生の転換期、ちょっとしたボタンの掛け違い。

 私は、その時初めて、「それ」を知った。原因は、少しだけいつもより早くついた教室の一角に、気がついてしまったから。

 急に普段より早く登校してきた私と、それに驚く友人たちの他愛無い会話のよそで、「それ」は行われていたのだ。

 教室の一角に、机を向かい合わせて向き合う男子が一組。その周りには何気ない様子でそれを眺める、その男子たちと仲の良いグループ、何をしているのだろうと、少しだけきになって、耳を傾ける。

 

「――<牙王>で、攻撃」

 

 ……よくわからない言語だ。けれども、何をやっているのかは解った。

 流石に知っている……昔流行ったゲームだ。<遊戯王>、小学生の頃、男子がよくカードを集めていたことを覚えている。

 それが、今あそこで行われているのだろうか、確かなんと言ったっけ……? <ブルーアイズ>? が強かったのだったか。

「おっと残念<ミラフォ>だ。ご退場願おうか」

「ちょ、おま! <聖バリ>とか、そんなん考慮しとらんよ……」

「あ? <ミラフォ>だろJK」

 何やら楽しげな様子で、随分とその周囲は賑やかだ。

 普段は、こんなことほとんどやっていなかったのに、と、周囲の友達がそんな様子を見て、軽く細くしてくれた。

「あいつら、この時間だけあそこに集まってやってるんだよね、朝早くから来てさ、ご苦労なこったねー」

「そうそう、何で放課後やらないんだろね。アユが知らないのも当然だよ、遅刻魔だし」

 遅刻魔ではない、ただ毎日毎日登校が授業開始の二、三分前になるだけだ。

 と、憤慨してみるものの暖簾に腕押し、周りは全然とりあってくれない。

ともかく、普段からこの時間帯に来ている彼女たちには日常的な光景のようだ。

なんというか、よくある高校生男子の図というか、そういう様子で、周りは少し呆れ顔。まぁ、大分賑やかすぎるのは否めない。

そのせいか、教室に勢い良く入ってきた一人の男子生徒が彼らの前に立ち――

「おい、そろそろ上原が来るぞ、うるさくなる前にさっさと片付けろ」

 彼らへ少し注意を入れる。

 とはいえ、彼はそれなりに人徳のある人なので、すぐに周囲も、

「うーい」

 と、気のない返事とともにそれに応えた。

 しかしまぁ、それは私にとって、人生で初めて目に入る光景だった。

 衝撃だとか、憧憬だとか、そんないかにもそれっぽい言葉は何一つなく、ただただそれを眺めているだけだ。

 周りの友達たちは彼の登場とともに完全にそちらへの興味を失い、現在はぼんやりと携帯をいじっているだけ、話題を失った、一分にも満たないインターバルだ。

 ただ、賑やかだった男子たちも今は粛々と片付けと授業の準備に移り、この教室は静かなものだ。

 人が集まるほんの少し前の、そんな、間隙にも似た空白の中で、私はただ、彼らが手にしていたカード――未だ片付けられていない一枚のそれに、目を奪われていた。

 そう、それは決して何か特別な感情であったわけではなく、また、特別になれるはずもなく。

 本当に小さな、一粒の小さな感情だったのである。

 

 なんというか、アレは何だか、面白そうだな、と。

 

 そんなことを少しだけ、心のなかで思ったのだ。

 

 

 ◆

 

 

 それから、私はふと、カード――「TCG」のことをネットで調べてみようと思い立った。

 大体それが二月の頭あたりのこと、1月の中頃に初めてカードに意識を向けて、それから大分時間が経っているが、まぁ、その時は割りとその程度、興味本位だったということだろう。

 実際は、三学期の期末への対策が忙しくて手を付けられなかった、というのが本当なのだけど。

 ともかく、調べた所TCGにも色々な種類があることがわかった。ただ、困ったことに、それはどうにも私の中でノイズになってしまったようだ。

 色々なゲームがあり、そしてそれがどれもこれも、複雑――に見える――ルールを内包している。

 これでは一体何に手を出したらいいのかわからない。

 どういう動機でもってそのTCGを始めればいいのかわからない。

 困ってしまった。

 何も私は、気軽な気持ちで「楽しそう」だなんてそう思ったのだ。だから、それが複雑になればなるほど、情報が増えれば増えるほど、気後れしてしまうのは無理もないこと。

 どうすればよいのだろう。答えをまとめながら少しずつ考えをまとめて、――ふと、あることに気がついた。

 というよりも、発見してしまった。

 曰く、基本的にTCGはそれ相応の場所でプレイするものだ。下手に公共の場でそれをやっても、見咎められてしまう、騒がしいから、あまりいい目では見られないだろう。

 だから、その解決の場がある。

 なにせカードゲームは私が子供の頃から流行っているゲームなのだから、それ相応のプレイヤーがいて、需要も在る。

 つまりはその需要に対して供給を与える存在。

 専門店、なるものが存在するのだ。

 

 ――俗に、それはカードショップと呼ばれる。

 

 私は決めた、近くにあるカードショップに寄ってみよう、と。

 その雰囲気を確かめるのだ。できることなら、何か一つ、ゲームを始めてみたい、なんて思いを抱きながら、そう決めた。

 

 かくして、目の前には今、小さなお店の前に立っている。

 

 普通の女子高生であるところの私が、神妙な面持ちで看板を見上げる。

 何だか、少し不釣合いのような、場違いのような、そんな感覚を覚えながら、私はそこで、意を決したのだ。

 冬の二月、冷え込む肌寒さは、私の吐息を真白に染め上げ、地につもり上がった雪に溶かしてかき消すのだ。

 その寒さが、私を阻む壁に思えた。

 未知の体験それもズブの素人が、何の知恵もないままそこへ足を踏み入れるのだ。

 緊張は、しないわけがないだろう。

 それでも少しだけ、私は顔をほころばせる、理由は視線の先にあった。

 ――なんとも、可愛らしい看板がそこにある。

 

「……カードショップ『ねこのみー』……かぁ」

 

 可愛らしい猫のイラストが散りばめられた、ともすれば少し勘違いしてしまいそうな優しげな看板。

 あぁうん、これは、引き寄せられないわけにはいかない。

 単なる勘違いではなく、確固たる意思でもって、私はこの店に足を踏み入れるのだ。

 そして、――それが、ある意味決定打となる。

 背中を押されて、ゆらゆらと平行線の上で揺らめいていた私にとっての、最後のひと押し。

 言ってしまえばそれは、ダメ押しのようなもの、ここまで来てしまえば、そういう他にないだろう。

 私は自分の意志で、このカードショップへ訪れることを選んだのだから。

 だから、決して後からそれを悔やむなんてことはなく、そもそもそれは、そんな衝撃的なものではなく――

 店に入ると、私と同じくらいの少年が、エプロン姿でカウンターの向こう側にいた。

 おそらくはアルバイト、何やらカードを整理している。

 縦長のケースいっぱいに、カードが敷き詰められている、思わずそれに息を呑み、「それ」に気がつくことに、私は遅れた。

「いらっしゃいま……せ……」

 そのアルバイトさんの声が、絶句へと変わっていくことに。

 そして同時に、彼が顔を上げ、――目が合った。

 

「……おまえ、遊河峰か?」

 

 そんな声に、私は聞き覚えが在る。

 

「――――高橋、くん?」

 

 高橋冴木。

 それがこの人の名前だ。

 あまり特徴はないけれど、少しだけ逆立った黒髪と、理知的は鋭い瞳。

 私と同じクラス、つまり同級生。

 そんな彼がここでバイトをしている、それは確かに驚愕だ。

 思わぬ偶然に、目を見開いてしまう。

 だが、それだけではない。

 驚かなくてはならない理由はもうひとつあったのだ。

 そう、彼は――

 

 ――私が見ていたあのカードゲームの対戦を、中断させた人なのだから。

 

 

 ◆

 

 

 高橋冴木。

 周りからの評価は、平凡だがいいやつ。

 運動はからきしだが勉強は大体上の中。

 品行方正で、周囲を背負って立つ優等生というわけではないが、それを支えるタイプの人間だ。

 言動こそシニカルさを持つものの、その性根はまったくもって真面目の一言。

 つまり言えば――こういう趣味は、あまり似合わない。

 いや、違う。

 そもそも、「こいつが趣味なんてものをしているところを誰も見たことがない」だ。

 

 傍目から見て、俺の評価は、おおよそそんなものだろう。

 俺自身、そのことに自覚はないではないし、真面目すぎる、とはよく教師や親にも言われる事だが――

 さて、俺のプロフィールを確認した所で、現状のこいつについて考えてみよう。

 目の前にいる少女、関係を一言であらわすなら同級生。

 会話もあまりしたことはないが、人となりならそれなりに知っている。

 そんなところか。

 

 そんな彼女の名前は遊河峰歩という。

 見た目はいかにもおとなしめな少女といった所。

 今は茶色のコートとマフラーで、身体をすっぽり覆い隠している。

 平均から少し低めの体格と、ふんわりとした黒髪のボブカット。

 確かこいつは普段はメガネをかけないタイプだが、時折かけていて、今はそう。

 赤色の少し派手なデザインのメガネは、唯一のお洒落ポイント、なのかもしれない。

 ともかく、クラスの中でもあまり自己主張は激しくなく、また人付き合いもそこそこ。

 特徴がないのが特徴というか、それでも顔のパーツはいいし、少し磨けば化けるとおもうが、それは余談か。

 そんな彼女が、どうしてこの場にいるというのだろう。

 ――否、目的は解っている、どうにも店を間違えたという様子ではないし、顔には幾ばくかの緊張が見て取れる。

 遊河峰がカードゲームをしている、何て話は聞かないし、とすればつまり――

「何だ、……興味があったのか?」

 興味本位、というのがおそらく正解だろう。

「え? あ、え、ぅん」

 少しだけ狼狽した声で、遊河峰はこくりと頷いた。マフラーに隠れた首が、少し揺れる。同時にそれは、明らかに彼女が緊張状態にあるということを意味していた。

「まぁ落ち着け、うちは飲食禁止だから歓待はできないが、まぁ歓迎はするよ、いらっしゃい」

「お、お邪魔します?」

「おいおい、ここは俺の家じゃないぞ、俺はあくまで単なるアルバイターだ」

 軽く笑い飛ばして、それで少しは緊張も揺らいだだろう。

 ほう、と溜息混じりの笑みを漏らして、ようやく向こうも落ち着いたようだった。

「アハハ、高橋くんの冗談なんて、初めて聞いたよ」

「そうか、俺もこんなところで遊河峰を見るのは初めてだな」

「あ、うんそうだね。えっとここは……」

 店内を見回して、思わず遊河峰は驚きに満ちた吐息を漏らしたようだ。

 まぁ、初めて見る者にとって、壁一面のストレージの山は圧巻か。

「――カードショップ「ねこのみー」、名前の由来は店長が猫好きだから。主に<遊戯王>、<MTG>何かを扱うTCG専門店だな」

「あ、知ってる。どっちも有名なカードゲームだよね」

「<MTG>まで知ってるのか、予習でもしてきたか? まぁ、ともかく、TCGに興味があって来たんだろう?」

「うん、そしたらいきなり高橋くんがいてびっくりしたけど」

 俺は天然記念物か、熊か何かか、というような驚きようだったな。

「ごめんなさい。でも、なんていうか、意外だよね、少なくとも、ここで会うなんて夢にも思わなかった」

 それは俺もだ、と頷く。そしてそうくれば、続く質問も察しがつくというもの。

「学校で朝によくカードやってる男子たちがいるけど、高橋くんはやらないの?」

「うちはなんだかんだ上原が厳しいだろう。俺がそういうのやると、周りがたぶらかしたとアイツは思うらしい、失礼なことに」

「あぁー」

 心底納得した様子で遊河峰は頷いた。なんというか、どこかのイロモノ教師みたいである。

 そしてこれはもっと単純な問題なのだが――俺は見ての通りショップのアルバイターだ。

 そしてここは俺を含めて二人の店員で成り立っている、つまり俺と店長。

 去年までは大学生のアルバイトがもう一人いたのだが、今は就職してしまってもういない。

 要するに一言で言えば、俺は一日のかなりの時間をカードゲーム漬けにしている。

 趣味らしい唯一の趣味なので、熱中度も半端ない。

 朝の時間は短く、故にそんな短い時間で、不完全燃焼になるのはよろしくないのだ。

 さて、雑談もそこそこに、本題は俺ではなく遊河峰だ。

「それで、始めたいんだろう?」

「……?」

「TCG、で、問題はどれを始めるのか、っていう点だ」

「あ……」

 多少の予備知識はあるようだが、だからと言って何を始めよう、という結論は出ていないのだろう。

 <遊戯王>を始めようと思うなら、それを重点的に調べてくるはずで、<MTG>には興味が向かないはずだ。

 同時に同じくらい知っている、というのなら、つまりそういうことになる。

「まぁ聞け、TCGって言っても、その種類は実に豊富だ。有名ドコロのTCGが五つ前後、それ以外にも中堅どころは山ほど、もう生産サポート終了間際のマイナーなものもそれなりに、だ」

「ぐ、具体的に言うと?」

「三十は越える」

 えぇ? と、思わず遊河峰も飛び上がる。

 というか、すでに終わってしまったものも含めればもっとある。

 まぁ、いまさら終わってしまったものを始める理由は何処にもないわけだけれども。

「えっとじゃあ、ルールが単純なものは?」

「敷居が低い、という意味では間違いなく<遊戯王>だろう、プレイヤーも多いし、簡単なルールさえ覚えてしまえば、プレイすること事態は簡単だ」

「えっとじゃあ……ルールが特に複雑なのは?」

「<遊戯王>だ」

 即答である。

 これまたえぇ、と遊河峰は嘆息する。

「簡単な話、<遊戯王>っていうのはプレイヤーが多い、間口も広い、デュエルをする上で覚える必要のある予備動作が最初は少ない」

 遊戯王はコストの概念がないゲームだ。

 もっと言ってしまえば<マナ>の概念がない。

 コストはカードの効果によって指定されているもので、ルール上のものではない。

 だから、最初に覚える必要のある動作は、ターンの流れ、そこでできること、そして<チェーン>位だろう。

 <シンクロ>や<エクシーズ>なんかは、実戦で使ってみせればいいわけで、最初に教える必要はないからな。

 しかし――それが少し踏み込むと、一気に<遊戯王>は魔境へ変わる。

「これは<遊戯王>において有名なルールなんだが、『○○を破壊する』というカードの効果がある。その効果で、すでに効果を発動したカードを破壊したとしよう、するとどうなる?」

「……その効果は、無かったことになる?」

「いいや、無かったこと――つまり、無効にはされない。一度発動してしまっている以上、無効にはできないんだ。だから無効にすることを目的とするカードは『○○を破壊する』ではなく『○○を無効にして破壊する』というテキストになる」

「な、なるほど……?」

 よくわかっていない風だが、さもありなん。

 混乱を避けるため具体的なカード名は出さなかったが、これは初心者――特に小学生などがよくやるミスだ。

 実際にカードを手にしてみれば、すぐに説明できるだろうが。

「カードゲームっていうのはとにかくテキストが複雑なんだよ。しかも、カードに書かれていることだけでは解らないルール、裁定なんてものも、ざらにある」

 そういう俺に、どこか遊河峰は気圧された様子。

「なんていうか、難しそうだね」

 そう零すのも、当然といえば当然、が、しかしだ。

 俺は間髪入れず、それに言葉を続けた。

 

「――――だから面白いんだよ」

 

 畳み掛けるように、勢いに圧された遊河峰へ向けて、俺は意識して語気を強める。

「TCGってのはむずかしい、当然だ。頭脳ゲームなんだから。幾らでも覚えることはある、ルールだけじゃない、カードの効果を把握して、それに対策を立てることも重要だ。でも、それがいい。それがさいっこうに面白いんだ」

「…………」

「だってそうだろう? 複雑な戦略も、先の先を読んだプレイングも、すべてがTCGでしか得られない快感だ。でな、TCGは一人じゃできない。誰かと向かいあうことでしかカードゲームは生まれない。これはそういうものなんだ」

 完全に圧倒された様子で押し黙る遊河峰。

 けれども、その瞳が輝き、揺れていることを俺は見逃さない。

 それは間違いのないことだった。

 こいつは間違いなく、そういう所にカードゲームの楽しさを見出したのだろう。

 何か一つにこだわってではなく、TCGそのものに興味をもったことがその証拠。

 ならばそれを刺激されて、興奮しないはずがないのである。

「長々と語っちまってすまないな。……その上で、敢えて聞きたい。遊河峰、お前は一体、――何がしたい」

 それは余りに単純で、けれども多くの意味を持つ問いかけだっただろう。

 遊河峰の顔は迷いに揺れた。

 幾つもの感情がその中でせめぎ合うのが解った。

 だが、それでもひとつ間違いないのは、そこにもう、引き下がるという選択肢はないということ。

 彼女は今、TCGを始めるか、始めないかの話をしているのではない。

 どのTCGを始めるか、の話をしているのだ。

「私、は……色んな人がカードでつながりあうのって、面白いなって、思いました。だから、どれをっていうわけじゃないんですけど、まずは一番始めのところからやってみようと思います」

 つらつらと語る彼女の口元から、悩みと呼ばれるものが剥がれ落ちていく。

 ゆっくりと定まっていく焦点、ぼんやりとした輪郭は、やがてひとつの形を得た。

 彼女が見つめる視線の先に、俺が先ほどまで整理をしていて、そして会話の最中に放置されたカードが置かれている。

 一枚のカードが裏向きに、まるで彼女を誘うチケットのように置かれているのだ。

 それはすなわち、俺がこれまで話の引き合いにだしたTCGであり、つまるところ――

 

「……<遊戯王>のカード、初心者に何かおすすめはありませんか?」

 

 確固たる意志でもって、遊河峰歩は、<デュエリスト>としての一歩を、踏み出すのであった。




 本作はカードショップを舞台とした、少年少女の物語。
 ということで、本作を投稿していきたいと思います。
 さほど長い話ではないですが、楽しんでいただければ幸いです。

 なお、本作の時系列は今年の二月から三月の辺りです、つまり遊戯王の禁止制限などもこの辺りです。


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2.愉快で楽しげな仲間たち

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 TCGといっても、その種類は膨大だ。

 最近は新作TCGラッシュというか、聞いたこともないようなTCGが濫発して、割りとどれもそこそこ名前を聞いて、残るかどうかはそこからだ。

 まぁ今回はそれを横に追いやって、そんなTCG群雄割拠の時代にあっても王道というか、定番というか、有名TCGは有名TCGなわけで。

 <遊戯王>、元は原作漫画において生まれたゲームであるわけだが、その原作漫画が二十周年、新作映画なんてものも発表された。最近は過去の有名作の再発掘なんてものが流行っているが、これもその流れの一つだったりする。

 問題は、<遊戯王>というコンテンツが、二十年前の遺物ではなく、現在進行形でTCGの王者として君臨している、という事だが。

 子供の頃からずっと遊戯王をしてきた人間としては意外の一言、続くものは続くものだ。まぁそれも、TCGといえば<遊戯王>という図式が確立されているからこそだろう。

 ――だからこそ、こうして新たに新規プレイヤーが生まれることもあるわけだ。

「そういえば、初心者向けの商品を教える前にまず聞いておきたいんだが、予算は幾らだ?」

「洋服代を崩せば一万円くらい?」

「最初の予算としては十分だな、ぶっちゃけ、最初にデッキを組むだけなら三千円あれば十分だ」

 消費税税別。

「あれ? その程度なの?」

 カードは紙切れ、そんなものに金をかけるなんて、と思うかもしれないが、TCGは十分安い趣味だ。やろうと思えば、千円程度でたしなむ程度なら可能だろう。

 勿論、二年、三年続けて、というか本格的に始めれば金はかかるが、準備にかかるお金は――いわゆるエクストラデッキを作る費用はせいぜい二、三万程度。

 本格的な趣味と比べれば――例えばサイクリング何かと比べれば、非常に安い。真面目にやろうとすればアレも下手な原付きより高いからな。

「全部絶対に用意したいというわけでもなければ――そもそも、カードは単品で手に入れるものだ。トレードにしろ、シングル買いにしろ、一度にかける費用なんて高くても五千は越えんわ」

「安くしようと思えば、もっと安くできると?」

 そういうことだな、うんと軽く頷く。

 ほぇーと遊河峰は感心した様子、趣味ってのは要するに金を溝に捨てること、それはTCGだろうと別の趣味だろうと変わらんさ。

「とはいえ、高いもので一枚数千円もするカードだってある、まぁ、段階的にカードを買うのが普通だから、今は気にする必要ないけどな」

「そっか……」

 ぶつぶつと、何やら遊河峰は思案顔、聞こえてくるのは食事代がどうのこうの。

 ……割と典型的な<デュエル脳>というか、そこまで嵌るつもりか、お前は。

 この食事代(大体五百円)でパックが二つから三つ買えるんだよなぁ、とか考え始めると末期である。楽しんでいるようで大変よろしいが。

 とはいえ、話を戻そう、今は最初に何を買うか、という話だ。

 <遊戯王>なら初心者向けといえばまずこれ、三千円というのも、その値段だ。

「初期投資は必要だが、本格的に始めるとなればまずは三千円、初心者でも<ストラクチャー>を三つ買えばプレイが出来る、とは<遊戯王>の標語だからな」

 <ストラクチャー>、通りのいい言い方をすれば<構築済みデッキ>となるだろうか。最初から四十枚の、デッキとして完成された商品。大体一つ千円程度。

 どのTCGを見ても、まずは隗より始めよならぬ、まずは構築済みより始めよだ。その方が簡単なのだ。

「そこでお勧めなのがこれ、<HERO's STRIKE>、三つあれば環境でも勝てなくはない。流石に必須カードが無いとアレだが」

「……環境? 必須カード?」

「あぁスマン、今は関係ないから忘れてくれ」

 ――専門用語をいきなり出しても困惑するだけだ。初心者に対して敷居を上げてどうする。まずはルールだけ覚えてもらおう。

 初心者ってのは、カードをプレイするだけで楽しいもんだ。俺もだが。

 ちなみにだが補足しておくと、どちらも読んで字の如く、環境は現在TCGで猛威を振るう強豪デッキひしめく「環境」、強いデッキを「環境デッキ」なんて呼び方もする。必須カードはどのデッキにも入りうるカード。

 個人的な偏見だが、遊戯王というか、TCG上もっとも有名な必須カードは<死者蘇生>だと思う、なにせ原作からのキーカードだからな。

「他には、どんなのがあるの?」

「良い質問だな」

 そこで勧められるがままにこの構築済みを買わないのは個人的には好ポイントだ。

 TCGは水物、規模の小さい株みたいなものだ。言われるがままで思考停止というのは、よろしくない。

 今はメディアリテラシーが重視される時代なのである。

「まず<シンクロン・エクストリーム>、こちらはアニメ三代目主人公のデッキ。これまた初心者にはおすすめ何だが、問題はないでもない」

「というと?」

「このデッキに収録されていないカードが必須になってくる。高いものは千円越える。最初に買うのはおすすめしないな」

「おおう……」

 最初に買うデッキが三千円か四千円か。個人的な基準だが、三千円を越えるっていうのは、一つの分水嶺だ。五千円までくると、どうしてもハードルが高くなってしまう。

 それを言えば<HERO>にも必要なエクストラは多いんだが、こちらは使いまわせるのだ。それも<シンクロン>に必要な物よりも高い頻度で。

「後はそうだな……周りのサプライ――関連商品の話をしようか」

「関連商品……っていうと、アレかな?」

 ちらりと、店の一角を占める某かの山、主にプレイマットとか、カードケースとか、ファイルとか。ただまぁ、そんなものは後でもいい、ケースは必要だが、100円ショップで探せばいいだろう。

 個人的には、そこのでかいのが便利なんだが。

「――俗にスリーブ、カードを守るプロテクターだ」

「プロテクター?」

 スリーブという方がよっぽど頻度が高いので、できればスリーブで覚えて欲しい。

 うぅん、と首に人差し指を当てて悩む遊河峰に、俺は即座に解説を入れる。

「カードは資産だ。バカみたい話だが、値段がつくんだよ、一枚の紙切れに、時にそれは一万を越える」

「いちま……!?」

「世の中には、世界に一枚しか無いカードが数百万で売れたりもする」

 別に不思議なことでもないだろう。お宝鑑定、なんていう番組に、時折出てくる「古いおもちゃ」。アレにも、定価以上の価値がつく。

 それと原理はさほど変わらないはずだ。

「それを守るために必要なのがスリーブだ。カードは少しでも小さな傷があれば価値は激減する。買い取り千円のカードが百円になったら悲しいぞ、うん」

 そしてそんなカードを売ろうという人はいないからな、買い取り側としても少し悲しい。

「とにかく、そのスリーブが必要なんだよね? 安いのでいいかな」

「構わんがまずは<遊戯王>の公式スリーブにするべきだな。値段はそれなりに手軽、質は上々」

 百枚200円とかあるが、アレは基本的に裏スリ……多重スリーブの一重目として使うものだ。おすすめはしない。

多重スリーブとはなにか、というのはまぁ、見てもらえれば解る。

「じゃあ、これと……その構築済みデッキ、ください」

「何個だ?」

「えっと、三つでいいかな」

「素直でよろしい、……少々お待ちください」

 少し意識を切り替えて、接客業なのだから、砕けてばかりはいられない。

 そういうわけで頼まれた商品を取り出して、ついでにレジを通して、とまぁ軽く終わらせて、遊河峰は商品を受け取る。

 少しだけ、その顔がほころんでいたのが印象的だ。

「さてと……俺まだバイト中だから、相手をするわけにはいかないんだが……そうだな、他の商品も見ていくか?」

 別に、他の客もいないわけだから、マンツーマンでもいいわけだが、そこはそれ、もうすぐ他の客も来るだろう、というのがある。

 今の時間はもうすぐ四時、今日は早く学校が終わったのだ、俺と遊河峰は。

 だからこうして人がいない――店長もいない――店の中で店番なんてつまらないことをしていたわけだが、それも直に終わる。

「…………」

 ――結果として、沈黙が店内に降りてきた。

 俺はカードの分類整理、遊河峰は無言で食い入るように商品の棚を眺めている。シングルについて教えていないため、ショーケースのほうへ意識が向いてはいない様子。

 とはいえ、先程までの会話が途切れたわけではない、すぐに遊河峰がぽつりとつぶやく。

「へぇー……構築済みにも、色々種類があるんだね」

「あぁ、どれもそれなりによく纏まっていて、三つ買えばデッキが組めるのは変わらない。特にその――<青眼龍轟臨>なんかは、<HERO>デッキとならんで初心者向けの定番構築済みだな」

「――――! <青眼の白龍>! わぁ、流石にこれは知ってるよ!」

 思わず驚いた様子で、商品――の表紙が印刷されたプラカードを掲げる。

 こんなものまで、という興奮に満ちた驚きは、新鮮で、少し眩しい。

 とはいえまぁ、初心者向けなら何故薦めなかったか、という話になる。

 これは個人的な考えなんだが――

 と、そこまで考えて口を開こうとして、それを遮るように、

 

 ――カランカランと鈴の音、この店の入り口が開いた時に鳴る、来店を知らせる鐘の音だ。

 

「いらっしゃいませ」

 今度は特に詰まることはなく、そう呼びかける。

 ――が、それでも俺は、そこに驚愕が無かったかといえば、嘘になるわけで。

 つまり、

 

「お久しぶりでーす! センパイ!」

 

 愛らしく甲高い声。お久しぶり、とその声はいった。かれこれ二、三ヶ月ほど、彼女の声を俺は聞いていなかったのだ。

 ――見れば、あどけない少女の姿があった。

 膝まである大きなダウンコート、背丈に会っていないのではなく、そういうつくりになっているのだ。

 首元はぐるぐるにマフラーを向いて、少女は非常にもこもこしている。

 身長は確か140と少し、明らかに小さいと言うのが正しいだろう。

 鮮やかな栗毛の髪を、首元辺りで二つにまとめている。

 俺のよく知る少女であり――

「――キリカ、久しぶり」

 花咲里桐花――彼女は俺の後輩にあたる。

「……あれれ、そっちの人は……もしかして、新人さん?」

「えぅ!?」

 急なハイテンションの登場に、遊河峰は目を剥いてしまったようだ。

 思わず飛び上がり、こちらに向き直る。そのまま敬礼でも始めてしまいそうな様子であった。

「こいつは遊河峰歩、カードゲームに興味があったらしい、まぁ、新人っていうのは間違ってないな」

「ですよね、そんな感じがしました! 私、花咲里桐花っていいます! よろしく」

 にへへー、と、天真爛漫なこいつの笑みに、遊河峰は目を白黒させつつも警戒を解いたようだ。おずおずとであるが、伸ばしたキリカの手に、遊河峰は答える。

「えっと、ご紹介賜りました遊河峰歩です、えっと……キリカちゃん?」

「はい! センパイがお世話になってます」

 なぜだか俺がお世話をされていることになっていないか? 本格的に話をしたのはこれが始めてなんだが。

「えっと……高橋くん」

「おう、こいつは俺の後輩だ。中学の頃のな」

 ついでに、カードゲームの後輩でも在る、こっちは十年と九年の違いが、そう大きいわけでもないが。

「中学の頃、じゃないですよ! 私はずっと、センパイのコウハイです」

「……ってことは、やっぱ受かったのか?」

「はい!」

 ぽかんとしたままの遊河峰、勝手に話を進めてしまって済まないが、軽く解説しておこう。

「こいつは中学三年生、ついさっきまで受験生だったんだよ。――うちの高校を受けてた」

「……えっ!?」

「センパイもいますし、ウチから近いんですよねー」

 ようするにこういうことだ。

 こいつとは、もうかれこれ十年近い付き合いになる。小学校の頃からの付き合いで、幼馴染というか、兄妹というか、そんな関係だ。

 そんなこいつが、ウチを希望して受験した。でもってこいつは御多分にもれずTCGプレイヤーだが、それをこの数ヶ月封印していたのだ。

 それがようやく、合格したことで解禁された。なので今日、こうしてやってきたということだ。

「大変だったんですよう! それなりに名門だから、勉強しなくちゃいけないし」

「普段から勉強してろよ、お前、頭はいいんだから勉強で詰め込めば楽勝だろ」

「そんな事するくらいならアニメみます! ゲームします! カードゲームします!」

 とまぁ、大体こんな感じの人種だ。オタクである。

「えぇっと……」

「あぁ、お前からしてみれば、こいつは珍獣みたいなもんだよな、すまん遊河峰、悪いやつじゃないんだが」

「ちょっとぉ!?」

 困惑する遊河峰に、すまんすまんと詫びを入れる。

 うがー、と暴れるキリカは無視だ。あまり騒がしいと営業妨害で追い出すぞ。

「えっとその……始めてみるタイプの人だけど……面白い人だね?」

「むむむ、遊河峰センパイの中の私評が何だか面白おかしいペットみたいな感じになってませんかぁ……? 明るく可愛い超絶美少女、花咲里桐花ちゃんはどこにいっちゃったの?」

「お前は何を言っているんだ……」

 容姿は整っている……が、せめてそのだるまスタイルはどうにかしたらどうだ。お前は機動兵器か何かか。

 ちなみに中からは見た目相応の寸胴幼児体型が現れる。

「んふふ、いやー、新人さんかぁ、初々しくていいですね、特にその構築済みが!」

 目ざといと言うかなんというか、もしくはちょうど視点の先にあったのか、キリカは遊河峰の持つ<HERO>デッキ三つに気がついたようだ。

「おう、そういうわけだから、キリカ、軽くレクチャー頼めるか?」

「おっまかせですよ!ふふふ、直ぐに鉄の意思と鋼の強さを持つ<デュエリスト>に仕上げてあげます!」

「え? あ、お願いします……?」

 さて、本題に戻ろう――というか、待ち人来たりだ、これでようやく話が動く。

 俺は最初からこれをまっていたのだ。キリカ――でなくとも、誰か俺と親しい常連が来れば、そいつにレクチャーを任せてしまおうと思っていたのだ。

 今はもう四時を過ぎ、そろそろ人が集まってくるだろうからな。

 と、そんなことを考えていたからだろうか――

 

「ちょっと待ってくれるかしら」

 

 ――カランと、鈴の音とともに、二月の風が吹き込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 鋭い冷たさと共に、その人はこの場に現れた。ふと、視線を向ければ、長身の女の人が仁王立ちしている。

 思わず目を白黒させてしまった。

 その人が女性であることは、ともかく。――その人の服装と、その人の姿に、驚いsてしまった。

「あ、アイカセンパイ!」

 キリカちゃん――どうやら、これから私と、それから高橋くんの後輩になるらしい女の子が直ぐに反応した。

 知り合いのようだ。

 けれども――その人は、なんというか、この世界そのものから隔絶していた。

 スラっと流れるプラチナブロンド、気の強い鋭い瞳は、彼女そのもののようだ。

宝石のような碧眼も、女性らしい身体も、彼女を讃える装飾のような、絵画の中から飛び出してきたかのような人。

 白を基調とした制服姿、ようやくそれを頭のなかで認識し、私は声をはりあげた。

「み、宮女!?」

 ――宛らドレスのような制服は、この辺りでは一番のお嬢様学校、宮女、宮之内女学院の制服だ。

 アイカ、とキリカちゃんはその名を呼んだ。

 ……アイカ? 宮女でアイカ、どこかで聞いたことあるような。

「話は聞かせてもらったわ。――<遊戯王>、始めたいのでしょう?」

「一体どこから聞いてたんだよ、藍華」

「最初から、よ。ま、キリカが新人云々言い出した頃?」

 その人は、随分と高橋くんと親しそうだ。キリカちゃんも仲が良さそうなところを見ると、彼女も高橋くんの幼馴染らしい。

 ……でも、新人? 二回くらいキリカちゃんに言われたけれど、どっちのことだろう。

「それで、だったら何で入ってこなかったんだよ。……いや、いい、理由は解ってるから」

 そう高橋くんが問いかけると、少しずつアイカさんの気配が変わっていった。

 思わず、息を呑む。

 なんていうか、空間が冷えるのだ。温度が下がる。今は外から入ってきた冷気もまるごと溶かすくらいには暖房が聞いているはずなのに。

 アイカさんという人が少しだけ目を細める。

 それだけで、世界が停止した。――息が詰まるというのを、私は生まれて始めて理解した。

「え、えっと……高橋くん、この人は…………」

 耐え切れず、問いかける。

 なんとなく嫌な予感がする。でも、そうやって聞かないと、私はこの空気を無視できなくて――

「――三枝藍華」

「……三枝!?」

高橋くんの答えに、私は天と地がひっくり返った気さえした。

「そう、その三枝だ。三枝組、この辺り一体で一番有名な建築会社」

 地元の祭りとかでよくその名前だけれど、そっちじゃない。つまりこの人は社長令嬢だっていうことだけど、それは解る。

 だが、もっと驚くべきところは別にある。

 三枝藍華という名前を、この地域一体で知らない高校生もいないだろう。宮女の主人、その名前と、それからいつか見た彼女の写メと――私の記憶の中で、それらが繋がってしまう。

「……………………ぉ」

 アイカさんは、ギロリとその瞳をこちらへ向けた。

 そうだ、話には聞いていた。その瞳には、人を殺すだけの力がある、と。真正面から向けられて、正気でいられるひとはいない、と。

 つまりそういうことなのだ。

 まるで私のすべてがこの人のものになったかのような錯覚を覚えて、そして――

 高橋くんが、その空気を打ち破るように、続く言葉を告げる。

 

「――見ての通り、極度のコミュ症だ」

 

「……え?」

 ――どういうこと?

 曰く、派閥争い激しい宮女に突如として現れ、すべての派閥を統一してしまった女傑。

 曰く、才色兼備にしてこの街すべての男を侍らせる女王様。

 ――三枝藍華に逆らうべからず。

 そんな噂を持つ三枝藍華という人を、私は写真の中だけで知っている。余りに有名だから、どこかで誰かが写メをとって、それが私のところにも回ってきた。

 写真の中で、これだけひと目で分かるほど「すごい」と思う人は初めてみた。圧倒されるというか、別世界を感じるというか。

 その人と、間違いなく目の前のアイカさんは同一人物だ。真正面から相対して、その無言の圧力を、私は確かに受けたのだ。

 なのに、

 …………………………………………コミュ症?

 高橋くんは、一体何を言っているのだろう。

「っていうのが、主にこのショップ外でのアイカセンパイの評価です! けぇーどー!」

「…………」

 鋭い視線がキリカちゃんへ向けられる。

 え、何? コレは一体どういうこと? キリカちゃんは楽しそう、どういうわけかアイカさんの元まで走りより、その制服をパタパタといじくっている。

 あぁ、なんと言えばいいのだろう……死んだな?

「実際は、初対面の人にはご挨拶もできない、恥ずかしがり屋な女の子、なのです!」

「ちょぉ…………」

 ――――かくして、むしろキリカちゃんではなく、私の精神が死にました。

 無理ですごめんなさい耐えられません理解できません。

「ちょおっとまった! 何、いきなり何!? アンタ達二人して私をバカにしたいわけ!? 特に冴木! はったおすわよ!」

「きゃぁ!」

 キリカちゃんは、はしゃいで店の奥に引っ込んでしまいました。何やら言いたげな高橋くんですが、どうやらアイカさんには何の興味もないようです。

 っていうかタスケテ。

「アンタも! まさかアタシの事、華姫だなんだとか言うんじゃないでしょうね! 不本意なんだから、アレ」

「……え?」

 ――華姫、その言葉で、ようやく私は現実に引き戻された。

 あぁ、ようやく分かった。なんというか私は呑まれていたのだ、アイカさんの気配に。よく見てみればそこには、少しだけ涙目で、こちらを睨む普通の女の子がいる。

 三枝藍華さん。通称華姫、誰が呼び始めたのかは知らないけれど、その愛称は、なんだかとても彼女を表しているような、“気がした”。

「そいつ、とにかく立ち振舞が決まってるだろう? まるで生粋のお嬢様だ。無理もないよな、俺だって時々そう思う」

 ようやくそのことを理解した私に、しっかりと馴染むように高橋くんが解説してくれる。気がつけば、全く会っていなかった焦点が、アイカさんにしっかりと向けられる。ぼやけた視界は、今にも泣きだしてしまいそうだったから……ではないと思う、多分。

「困ったことに、どういうわけかみんな勘違いするの、それで、えっと……アタシは、それ……否定したいんだけど、それも難しくってさ……いつの間にかこうなってた」

「結果として生まれたのが宮女の頂点、華愛ずる姫君、華姫だ」

 そうやって高橋くんの言葉を聞いて、なんとなくアイカさんを真正面から見ることができるようになった気がした。

 真正面から向けられる視線、外したくても外せない、強烈なもの。けれども――それは向こうだって同じなのだ。

 その強烈さはつまり、緊張で、イコール周りには威圧感として伝わってしまうと、そういうことなのだろう。

 そうして今は、向こうから言葉が向いてくることはない。

 さっきはこっちにも声を荒らげてまくしたてられたけれど、その勢いも今はない。やってしまったというふうに、バツの悪そうな女の子がそこにいる。

「あー、私はその、遊河峰歩っていいます。その、よろしくお願いします?」

「ぇ、ぁう……」

 困ったように、向こうは少し沈黙してしまった。

 視線を向ける高橋くんはヤレヤレと首をすくめて、呆れ顔で何も語らない。答えようがなかった、私は、それをどうすることも出来ずに頬を掻いた。

 でも、結局のところ、勢いはある人なのだろう。思いもよらず、というのがほとんどなのかもしれないが、それでもやっぱり――

「……三枝、藍華です…………よろ、しく」

 恐る恐るという様子で、アイカさんは答えてくれた。

 キリカちゃんははつらつとしていて、こっちが黙っていても勝手に引っ張っていってくれるかもしれない。でも、それだけじゃない。

 私はキリカちゃんと、アイカさん。それから勿論高橋くんとも、仲良くなりたい。もっとこの人達を知りたい、純粋にそう思った。

 ――それが、始まりなのだ。

 私の、始まり。

 区切りでも、いいのかもしれない。

 

 この、愉快で楽しげな人達と、仲間になって、もっと楽しく、カードゲームができるのならば、それはとても素敵なことではないだろうかと、そう思ったから。

 私は少しだけ、前に進むことを、自分で選んだ。



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3.デュエル!!

 3

 

「とまぁ、これが大体の<遊戯王>のルールなのです」

 キリカちゃんは、トン、トンと分厚いスリーブに覆われたデッキの山を整える。――何重にもしてカードを守るらしい。正確には、カードとキャラスリ……? なるものを。

 カードが資産なら、高価なスリーブは資産らしい。サプライの棚にかかっているものはひとつ800円もしないものだが……キリカちゃんからしてみればそれでも高い、ということだろうか。

「あ、うん……」

 まぁ、本題はキリカちゃんのスリーブではなく、私が<遊戯王>のルールを覚えるということなので、気を取り直して。

 話は大体理解できた。要するに、相手の<ライフ>をゼロにしたら勝ち、逆に<ライフ>を削りきられたり、デッキを空にされたりしても負け、と。

 他にもちょっと複雑なターンの流れと、<チェーン>の概念、大体把握できたと思う。曰く、とりあえずこれだけわかれば<デュエル>はできると、まぁ、確かに流れさえわかれば、後は細かいルールだけだろう。

「ま、遊戯王はここからが険しき道なわけなんですけど……」

 そんなことをキリカちゃんはドヤ顔で、というか明らかに含みの在る笑顔で言う。……高橋くんにも脅されていたけれど、そんなに難しいのだろうか、<遊戯王>。

 ちらりと、助け舟をキリカちゃんの隣に座るアイカさんに求めると――

「そうね」

 別に、とでも言わんばかりの素っ気なさ。……言葉を選べなかったのだろうか。でも、否定はしないと。

「ま、ま、まずは一回やってみましょうよ! 楽しいですから!」

 キリカちゃんは気にした様子もなく、不敵な笑みを引っ込めて、デッキを軽くシャッフルしてみせる。私もうん、と頷いて同じようにデッキをシャッフル――と、キリカちゃんがデッキをこっちに差し出してきた。

「カットしてくださいっ! お願いしまっす!」

 カット……えっと、あぁ、カットか。トランプとかはすることあるけど、カットとかあんまりしないからなぁ。

「えっとね……こうすることで、自分はデッキに細工はしてませんっていう、意思表示になるの、ね。だから、言ってしまえば一つのマナーよ。大会なんかじゃデッキをシャッフルするたびに相手にカットしてもらうのを忘れないようするの」

 と、少し最初は言いよどみながらも、最後の方はハッキリとアイカさんが教えてくれた。とはいえ、とキリカちゃんが補足する。

「デッキぶん回してるとシャッフルなんて一度に何回もするから、その度にっていうのは面倒だしむしろ失礼です。なので、デッキからカードをドローするときか、一連の動きが全部終わった後にしてもらいましょう」

 言いながら、こちらが差し出したデッキを複数に分けて、それから組み直す。こちらも同じように真似をして、それから戻ってきたデッキから、カードを五枚引いて、手札にした。

 ちなみに、この際カットではなくシャッフルをする人がいる。けれども、それはデッキがバラけさせてしまったり、雑なシャッフルをしてしまうことがあるのでおすすめはしないそうだ。このカードは相手のものなので、丁寧に扱わなくてはいけない、と。

「じゃ、いっきますよー!」

「よろしくお願いします」

 そうやって、私とキリカちゃんは互いに息を合わせて――

 

「<デュエル>ッ!」

 

 二人同時に、そう宣言した。

 そして――

 

「ふふふ――<竜の霊廟>発動! これでデッキから<墓地>にドラゴンを……」

「あ、じゃあえっと<マスク・チェンジ>で<ダーク・ロウ>を……」

「ちょっとぉ!?」

 思わず、という様子でキリカちゃんが崩れ落ちる。隣ではアイカさんが呆れ顔、キリカさんは渋々と言った様子でデッキからカードを<除外>する……

「いやそれ、アンタ相手が<HERO>なのは解ってるんだから、それでも問題ないようなデッキ選びなさいよ。接待でもしたいの?」

「……完全に頭のなかから抜け落ちてました、<ダーク・ロウ>」

 ぶぅ、と唇を尖らせながら、キリカちゃんはむぅ、と難しい顔で固まってしまった。<ダーク・ロウ>は、初心者ながらこうして実感してみると、やっかいだなぁという効果を複数持っている。奇襲性が高いのもポイントかもしれない。

 ふむふむ、とキリカちゃんの渋面をよそに、私はそんな風に考える。

 キリカちゃんはここまで何度かデッキを変えてやっているが、そのすべてがドラゴンに関わるものだ。本人曰く、「私こそがねこのみーに名高きドラゴン使い、ドラゴンキリーその人なのです!」とのこと。よくわからないけれど、とにかくドラゴンという存在にこだわっているのだろう。

 何か一つのタイプにこだわるプレイヤーというのは、さほど珍しくはないらしい。<遊戯王>の場合、属性とかそういう概念が希薄なのだけれど、他のカードゲームなんかではよくあることだとか。

「……ぅーん」

 横ではキリカさんも難しい顔をしている。もう私に対するレクチャーが必要な部分が終わったからだろう。そしてキリカさんの場合、デュエルしていない時こそが本番、と言った様子だ。

 すごく真剣な様子でデッキのカードを並べて吟味している。よくわからないけれど、青いカードがたくさんだから、<儀式デッキ>というやつだろうか。

「んー……ダメです、ターンエンドで」

「あ、じゃあ私のターン、ドローっと。それから<スタンバイ>、<メイン>……えっと」

 と、そこで気がついてアイカさんが立ち上がろうとする。――さっきから、こっちのターンになる度に席を変えて、大変ではないだろうか。ありがたいのだけれど。

「……ん? おう、遊河峰、それ使ってみろ」

 ――しかし、そんなアイカさんよりも早く、後ろから声がかけられる。意識の外からの者、誰のものかは明白であるけれど、少しびくんと、驚いてしまった。

「た、高橋くん!?」

「……冴木、どうしたの急に」

 手には何やらダンボール、どうやらゴミを片付けに行く途中らしい。アイカさんは冴木の方を睨みながらこちらによってきて……なるほど、と頷いた。

「そういうこと。……残念だけどキリカ、貴方の寿命は後一ターンよ」

「次のターンで華麗に逆転ってことですか?」

「このターンで死ぬって言ってるの」

 何やら物騒な会話だけれど、意図はまったくよく解る。要するに、この場を完全に詰みへ持っていける手札なのだろう。……ええっと。

「ちょっと複雑だからヒントだけ教えてあげる。あとは自分で考えなさい、こういうのは考えるよりなれる方が楽だから」

 最初に使うカードはこれだ、と指で示されて、うぅむとかんがえる。そのカードを見つめて一瞬の思考停止、それではいけないと頭のなかで考える。

 ――できることは大体教わった。ルールのミスなんかはこれから少しずつ覚えていく他にない。

「これを……こうして、あぁダメか、手札が足りない。っていうとじゃあ……」

 ぶつぶつと、その声はきっと私にしか届かない。届いちゃいけないのもそうだし、その方がずっと、それらしい。

 私はゆっくりと、自分の中に埋没していく。まるで、これまで開くことのなかった扉を開くかのように、見たこともない風景を、自分の奥底から引き出してしまうかのように。

 ミチの先、私はそこに――何が在るかを、知りたいと思った。

 そして……

「…………行きます」

 実際に形にしてみないと、絶対は言えない。けれど、この形なら、きっと良い結果が得られるはずだと、私はアイカさんに示された最初の一枚を手にとって――プレイする。

「――――」

 キリカちゃんはただ無言、固唾を呑んで見守っていた。すでにアイカさんは元の席に戻ってデッキの調整をしていたが、その手は今、止まっている。

 一人、高橋くんだけは私が最初の一歩を踏み出したことを見届けると、安堵に近いような顔で嘆息し、それから店の奥へと引っ込んでしまった。

 パタリと、押戸が元の位置に戻されて、それを境に、会話と呼べるものが、音と呼べるものが消失した。――否、店内にはどこか軽妙なBGMが流れていたけれど、それが耳に入らなく鳴ったのだ。

 聞こえてくるのは、私の声と、こちらが確認を取る度に、どうぞと促してくれるキリカちゃんの声だけ。

 そうして、ようやくひとつの答えに、私は行き着くこととなる。

「――これで……攻撃します」

「……んー」

 手札を少しだけ眺めて、難しそうなキリカちゃんの顔、まだ何かあるのだろうか。こちらはこれが最適解だと思うし、それを防がれるなら、きっと負け。

 そんな一瞬で、たとえアイカさんがこのターンで勝てるといったとしても、私は息を呑まざるをえない。だって、私にはまだ答えが見つからないのだから。

 沈黙は一秒くらいの――けれども決して短くはない――間を開けて、キリカちゃんの言葉が答えとなる。

 

「――――参りました」

 

 端的で、まったくもって装飾のない、簡単な言葉。

 でも、だからこそ解る、持っていた手札を放り投げて、諦めたように目を閉じるキリカちゃんの様子は、それを雄弁に語っていた。

 ……勝ったのだ。ほとんど、ルールを覚えてまず緒戦、勝てる見込みなんてまったくもって見えていなかったというのに。

 勝ってしまった。勝ててしまうのだ、私が。

 ぱぁっと、晴れやかな笑みはきっと誤魔化すことは出来ず……

「やった!」

 思わず、そう喜んでしまうのは無理の無いこと、のはずだ。

「うぇー、負けたぁ……でも、うん、始めてなのにいい感じでしたよ、センパイ!」

「そうね、筋がいいというか、飲み込みが早いというか。そういうの、なんていうかその……好印象よ?」

「んもう、相変わらずアイカセンパイは言葉選び下手なんですからー」

「なんですってぇ!?」

 机の向こう側は、なんだかがやがやと騒がしさを増してしまった。まだ人はほとんど来ていないようだからいいものの、店に迷惑ではないかと少し思わなくもない。

 とはいえ、口を出すには少しばかりの勇気がいるわけで、私はそれをできず、あてもなく視線を周囲に向けてみる。

 ――と、

「おう、お疲れさん」

 店の奥から、再び高橋くんが顔を出した。何だかそうやって言ってくれると照れくさい、ありがとう、とそっけなくはあるけれど返してしまう。

「どうだった?」

「楽しかったよ?」

 その質問には、素直に答えることができた。嘘はないし、ためらいもないから、気が楽だ。

「そうか。まぁ、何にせよまずは楽しいと思うことが大切なんだ。ここで難しいとか面倒とか、そう感じたらたとえ始めてもさほど長く続かない。その点――」

 ちらりとそう言って高橋くんは目を向ける。

 その先には苦々しげに唇を噛むアイカさんと、それを楽しげにからかうキリカちゃん。長い付き合いだろうから、まったくもって遠慮がない。見れば高橋くんはやれやれと嘆息気味だが、彼はそういう立ち位置なのだろう。

 お疲れ様だ。

「――あいつらが見てくれて助かったよ。俺だって別に物を教えるというのが苦手というわけではないが……異性よりも同性のほうが親しみやすいのは事実だろう」

「あー……それはそうかもね。うん、高橋くんが悪い人ってことはないだろうし、信用もしてるけど……そこは良し悪しかな」

 別にどっちでもいいといえばいい。というか、一長一短だと思うけれど、まぁ、アイカさんもキリカちゃんも親しみやすいし、高橋くんはなんというか、スパルタそうだし。

「センパイの場合直ぐに話が脱線してそうですよねー。何で<遊戯王>教えてるのに<MTG>になってるんだろう、みたいな!」

「それはあるわね。こいつのTCGキチっぷりはヤバイんだから。気をつけなさい」

 まぁ、確かにというか、あまり専門用語の多すぎる説明っていうのは、素人には解りにくいものだ。その点、それなりに高橋くんは配慮してくれてたけれど、だからと言って完全に封を出来ていたかといえば、別にそうでもではないわけで。

「別にいいだろう。そもそも、それを言ったら説明なんてできっこないアイカみたいなのも居るじゃないか。この場合、俺かキリカか、別にどっちでもいいだろうがよ」

「何よ、随分失礼なことを言ってくれるじゃない」

「否定出来ないからそう思うだけだろ。もう少しコミュニケーションを何とかしろ、おまえの場合黙っていても人生回せそうだが、それじゃいかんだろう」

 やいのやいのと、アイカさんと高橋くんが言い合いをする。クスクスとキリカちゃんは楽しそうだ。私も、何だかおかしくて笑ってしまう。

「もう! 貴方まで何よ」

「何、というか……別に、というか……」

 愛想笑いでもないけれど、おかしくて笑っても、おかしいと思う理由は見つからない。ただこう、なんというか……居心地がいい、ずっとこうしていたくなる……ような?

「ははは、<デュエル>するにしても、一回一回はそれなりに時間が掛かる。――が、その間時間を意識することはない。気がつけば二時間三時間なんてこともザラにある。そういうことだな」

 言って、高橋くんはまたカウンターの方へ戻っていってしまった。ちょうど他のお客さんもやってきたのだ。見れば大分時間も経って、人が来るようになるとすればそろそろなのかもしれない。

 だったら邪魔をしても悪いと私は意識をそちらから外す。

 ちょうど、アイカさんがこちらに意識を向けたようだった。

「よし、決めたわ。キリカ、変わりなさい。そこの失礼さんを私が倒して差し上げる……!」

「了解しましたー。それにしてもアイカセンパイ興奮して口調がおかしくなってますわぞ。……学校だといつもこんな感じなんですかねー」

 ……たしかに、今のアイカさんはちょっとプライドが高いお嬢様みたいだ。これまでの様子を見ると、どうにも詐欺のような気がしてならないけれど。初対面の時もそうだけれど、とてつもない威圧感がこちらを襲う。

「さぁ、始めるわ。うふふ、目にもの見せてあげようかしら」

 思わず息を呑むほど強烈な瞳、それゆえにここがカードショップであるという一点がゆえにシュールすぎてシュールすぎて、笑いを噛み殺しながらもなんとか、私はアイカさんとのデュエルを始めるのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――――ただいまぁー」

 

 店の扉が開かれて、いらっしゃいませと呼びかけようとした俺の声を遮るように、それは響いた。どこか間延びするような、聞いていて力の抜けてしまう声。

 特徴的であるが故か、ストレージでカードを漁っている少年――おそらくは中学生、見慣れていないので初心者か――が顔を向けて、そして硬直する。

 さもありなん、今フリースペースで何やらかしましくデュエルをしている面子もそれ相応の容姿だが、彼女のそれは別格だ。――隔絶した美、というのは、基本的にその人物を映像の向こう側に追い込むものだ。その人は、そこにいていながら、どこか遠い。浮世離れした本人の気性もあるのだろうけれど。

 ――猫宮美由紀、このカードショップ「ねこのみー」の店主。二十代半ばの、長身の美女。ふんわりとウェーブがかったブロンド髪と、おっとりとした顔立ち。チェックのブラウスとジーンズという、どこかラフな服装も、その美貌ゆえにしっくりと来る。そんな人。まぁなんというか、あの少年――惚れたな。

 彼女のおかげでキリカやアイカが通いやすいというのも、このショップのいいところ。本人はどこか抜けているようで、抜け目はない。おっとり系だけどしたたか、というのが長い付き合いでの印象か。

「お待たせぇ、一人で任せちゃってごめんねぇ、ありがと」

 俺にそう声をかけて、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。しばらく店を開けるからと任されたわけだが、まぁどうということはない。

「いえいえ、そんなに大変じゃありませんでしたし、どうってことないですよ。……あぁそうそう、ウチの学校の同級生なんですけどね――ほら」

 とはいえ、何もなかったかといえばそんなことはない。

 むしろ、彼女の存在は、カードショップでの出来事としては、かなり特徴的なことであろう。

 俺が目を向けた先に、キリカ達と遊ぶ遊河峰の姿、つまるところ新しい<デュエリスト>、身も蓋もない言い方をすれば新しい常連候補か。

 対して猫宮さんはまぁ、と楽しげに声を上げて手を重ねる。ニコニコと楽しげな顔で、やるじゃないと肩をたたいた。

「隅に置けないわねっ」

「別にそういうわけじゃないんですけどね」

 苦笑する。確かに女性のTCGプレイヤーというのは珍しいけれど、別に俺が理由というわけじゃないだろう。そも、俺と遊河峰は学校ではほとんど接点はないわけで。向こうも俺がここでアルバイトをしているなんて知らなかったのだし。

「でもお手柄よぉ。新しくカードを買いに来る人ならいっぱいいるけど、ウチでカードを買って始めようって人、いつ以来だったかしら」

「俺の知る限りでは……始めてじゃないですか? そもそも、興味があってふらりと立ち寄ったっていうシチュエーションがまず稀有ですし」

 ――別のカードゲームをしていたり、友人から誘われて、その際に何枚かカードを受け取っていたりと、興味があって、けれどもまったくカードを持っていないという人間も珍しいだろう。

 もっと言えば、始めて直ぐに仲間に恵まれる事のほうが、稀で幸運なことなわけだけれど。

「彼女、どんなプレイヤーになるかしらねぇ……直ぐにやめちゃうってことも、なさそうでしょ?」

「そうですね、楽しそうですし。あんまりアイツのことは知らないですけど、飽きっぽいっていうイメージもないですから」

 ――視線の向こうで、アイカと楽しげにゲームをする遊河峰がいる。笑顔が絶えず、時折難しい顔をするけれど、それを全く苦にしていない。楽しくカードができるなら、それはとてもよいことなのだ。

「アイカみたいに勝つことにこだわるか――はたまた、キリカみたいなこだわりを持つようになるか。何にせよ、それはアイツの経験次第ですよね。……俺としては、そこに興味があります」

「貴方らしいわねぇー。まずは、カードを楽しむことを覚えて欲しいものだけど」

 そうですね、と首肯する。

 TCGプレイヤーにも種類がある。それは、アイカとキリカというお互い長い付き合いの幼馴染が、全く違う趣向を持つことからも察することができるが、プレイヤーの趣味趣向は本当に多岐にわたる。対人の趣味なのだから、それも当然といったところか。

「んー」

 ――と、何やら猫宮さんが思案顔で首をかしげる。思わず見とれてしまいそうな仕草だが、はて、一体何があるというのだろうか。

 考えていると、

「あ、あの……すみません」

 声、幼い声だ。見れば例の中学生が、おずおずとストレージのカードを差し出している。更に視線を後ろへ向けて――

「ケースのカードを、その」

「はい、かしこまりました。少々お待ちください――」

 俺が承って、店のカウンターの下から鍵を取り出そうとした所、「ちょっと待って」と横からそれを遮る声がした。

 猫宮さんのものだ。

「私がやるわぁ、高橋くんはもう上がって貰っていいわよ。随分任せきりだったし……ほら、あの娘の所言ってあげたほうがいいんじゃないかしら」

「……なるほど」

 確かに、いうことは最もだ。既に時刻は五時を回って、大分俺も働き詰めである。カウンターの前に立ち続けているわけでもなし、疲れるということもないが、普段の労働時間から考えれば十分な頃合いだ。

 とすれば、実際猫宮さんの提案はありがたい事この上ない。

 まぁ、

「……別に、付き合ってるわけじゃないですって」

 苦笑いしながらそう返して、それではと俺はその場を離れる。――一人取り残されドギマギしている少年には、ある種合掌を向けながら。

 軽く後片付けをして、デッキを店の奥から持ち出してくる。相も変わらず楽しげな連中に、躊躇うことなく声をかける。

「おい、俺も混ぜてくれよ」

「そこはデュエルしろよじゃないんですかー!」

 賑やかしい仲間とともに――一日は、楽しげな思い出を残して過ぎてゆく。



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4.初めての・・・

 4

 

 ドキドキと、ざわざわと、胸が高まって、周囲の騒がしさが嫌に耳につく、今の世界は、間違いなく私とそれ以外。

 隔絶された世界の中で、どうしても、その緊張だけは自覚せざるを得ない。

 もう何度目だろう、手元にデッキを置いて、カードを五枚引く。その内容を確かめて……うん、微妙だ。回らないわけじゃないけれど、勝てると思えないこの感じ。

 実に、私の心をナーバスにしてくれる。

 どうしよう、どうすればいいのだろう、答えは見えず、ただただ嘆息するばかり、ひたすら早くなる鼓動を一から順に追いかけて、直ぐに追いつけなくなって飽きて放り投げる、携帯を取り出して、意味もなくページをスクロール……せめて、情報を調べたほうがいいとおもった。

 そうはいっても、気分が乗らずに直ぐ取りやめる。携帯をしまうと、いよいよ私の前にはデッキ以外のものがなくなっていた。

 かばんは足元、なにかあさってみようか……在るのは余りのカードと飲み物だけ、前者はもう飽きるほど見尽くして、後者はそもそもここは飲食厳禁だ。

 でも喉は乾いた、少しそれを潤そうかと、店の外に目を向けて――そこで、ふと周りの景色が意識の中に入ってきた。

 

 ――人。

 

 人、人、人。そう何十人も許容できないここ、カードショップ「ねこのみー」の店内を、ほぼ満員というレベルで人が集まっている。

 それ事態は、これまでにも何度も見てきた光景ではあるけれど……その時の私にとって、それ入ってしまえば風景だった。

 単純に、その中に自分がいないのだ。輪の中に入っていない。それが今はどうだろう、まさしく自分もこの中の一員である。溶け込んでいるのだ、飲み込まれているとも言えるだろう。

 ――どういうことか、原因はつまり、

「……おい、おい! ……大丈夫か?」

 声をかけられる、高橋くんだ。いつものエプロン姿、ここではこれが彼の正装だ。見慣れた格好に、私は少しだけ息をつく。

「ごめん、なんだか気負されちゃって」

「最初はそんなもんだ、……うちの大会は参加費無料、何も失うものはない、落ち着いていけ」

 緊張するな、と高橋くんは言わずに去っていった。優しげな顔が、私の脳裏にこびりつく、あぁうん、こうやって気遣いをしてくれるのは、ほんとうに有難い。

 できないことはしない、させないというのも、なんとなく高橋くんらしい気がした

「大丈夫? こっちの話も聞いてないみたいだけど」

 真正面にいたアイカさんが声をかけてくれる。ちなみにキリカちゃんはここにはいない、知り合いに呼ばれて別の人達を相手にフリー……自由に<デュエル>をしている最中だった。

「ごめんなさい、どうしても落ち着かなくて」

「……ま、それは同意するけれど、そうねぇ」

 言いながら、アイカさんは何かを考える。そうしながら足元からでかいカードケースを取り出して、何やら漁り始めた。

 全てむき出しの、スリーブにいれられていないカード、アイカさんの中のそのカードたちのイメージが想像できる。

「こういうときは、何か意識を逸らすといいのよね。というわけで、はい」

 言いながら取り出したのは――一枚のカード。黒枠のそれは、すなわち<エクシーズモンスター>だ。

「これ上げる。ただの雑魚カードだけど、<エクストラ>一枚足りてなかったでしょう、穴埋めには使えると思うの」

「いいんですか?」

「金銭トレードじゃないしね」

 カードは基本的に子どもの趣味だ。大人だってできるけれど、圧倒的に大学生以下の子どもの割合が多い、その中で、お金のやりとりというのは非常に危険だ。

 多くのショップで、それらは禁止されていることがおおい。また、店の営業を妨害することもあるから、カード同士のトレードも原則禁止だ。ここ、ねこのみーの場合はカード同士のトレードはOKということになっている。

 あくまで、カードショップというスペースを売っている店だからだろうか、そこに人が集まって、結果として繁盛すればいい、とかそんな感じの。

「ありがとうございますっ」

 受け取ったカードは……まぁ、確かにこれならアイカさんは使わないと思う。私だって、<エクストラ>が余っていなければいれないだろう。

 それなりにゲームになれて、必須カードも少しずつ集まってきて、それでそのあたりも、なんとなく解るようになってきたのだ。成長である。

「ま、そう緊張することもないわよ。慣れればいいの、人付き合いだって、そんなものでしょう?」

「あはは、説得力すごいね」

 随分とフランクになってくれたアイカさんを見ていれば、それはまったくもってその通りだと思う。

 だからこそ、アイカさんのくれた一枚は、確かに私にとっての息抜きになって、とりあえず適当に取り出したスリーブにそれを収めた。

 そうすることで、意識が切り替わったことを自覚して――

 

「それではぁ、今日の<遊戯王>大会、はじまぁーす」

 

 のんびりとした、この店の店長である猫宮さんの声が店に響き渡ったのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ショップ大会。

 どのショップでも週末には行われる、言ってしまえばカードゲームのメインイベント、コレのために毎日<デュエリスト>たちは<デュエル>に没頭し、もしくは週末にイベントに参加することで余暇を満喫し……などなど。

 多くの場合、一番カードをじっくりプレイできるこの週末に、大会という形で周りとゲームを楽しむというのは、実に理にかなったことなのだ。

 それは私だって感じている、これまでは外からアイカさんやキリカちゃんのデュエルを眺めているだけだったけれど……

 

 このたび、私もそれに参加することになった。

 

 事の発端は、キリカちゃんの一言。

「そろそろアユム先輩も大会に参加したらどうですかー?」

 その一言に、アイカさんも高橋くんも乗っかってきた。さすがにそれを断ることはできず――私自身、かなり興味があったこともあり――参加することに決めたわけだけれど。

 始まる前から、もうドキドキが止まりません。

 アイカさんに少し落ち着けてもらったけれど、それは百度の温度で沸騰していたお湯が、八十度くらいの、ギリギリ沸騰しない程度にまで下がっただけで。

 ――触れれば、やけどしてしまうのは、きっと変わらない。

 とくれば、相も変わらず私は右往左往するしかないわけで。

「……大丈夫ですか?」

 見ず知らずの男性にも、そんなことを聞かれてしまうくらいだった。

「い、いえ、大丈夫でひ!」

 全然大丈夫じゃない! いや、そんなことはいいのだけれど、まったくもっていいのだけれど……あぁ、頭がぐるぐるする。

「落ち着いてくださいよう! まさかこれから受験が始まる、ってわけじゃないんですから!」

 ちょうどそんな私に覚えがあるのか、キリカちゃんがそう呼びかけてくれる。……まぁ、確かに、キリカちゃんのそんな声は、とんでもない説得力を伴っているのだった。……受験生とはさすがに比べられないよね。

 キリカちゃんの場合、それなりの名門を、それ一本で本命にしていたわけなんだから。

 ……あれ? それは私にも言えると思うのだけど、昔私はどうしていたっけ?

「……うぅん、そっか、こんなものなのかも」

 そう考えたら、緊張は何処かへ飛んでいた。

 “こんなもの”なのだ、何事も初めては、どうしたってそうなるのだから。

 だから、もう仕方ないと覚悟を決めて……その直後、猫宮さんは名前を呼び始めた。

「じゃあまずは、サエグサさんとバルトさん」

 ――サエグサ、アイカさんの苗字兼ハンドルネームを読み上げた直後、私の近くの男性がひっじょうに微妙そうな顔をした。

 サエグサかー、と明らかに落胆顔……まぁそれもそうだろう、相手はあのアイカさんなのだから。

 そして、

「遊さんとー」

 ――呼ばれた、私の名前。

 相手は、キリカちゃんじゃない、別にそれでも構わないのだけれど……相手は、見知らぬ男性だった。先ほど声をかけてくれた人でも在る。

 どうやら、ここに来て、始めて誰かと――アイカさん、キリカちゃん、そして高橋くん以外の誰かと、<デュエル>することになるようだった。

 

「お、お願いします」

 

 席について、一言。

 緊張にまみれてはいるものの、今の私は大体温度五十度くらい、大丈夫、いける。心に何度も呟きながら、デッキのシャッフルが始まった。

 

 

 ◆

 

 

 遊河峰の初ショップ大会、参加費無料、ルールはダブルエリミネーション方式、つまり二回負けたらそこで終了の勝ち抜き大会。。

 TCGでは割りと基本的な方式だろう。

 ともあれ、その中に放り込まれた遊河峰からしてみれば、そんなものは知ったことではないのかもしれないが。

 さて、俺の役割はジャッジ、いわゆる審判である。ルールの解らない点があればそれに答え、何かルール違反があった場合は、最悪その違反者を失格にする。まぁそんなことはほとんど無いが。

 しばらくはそんな大会の行く末を見守りながら、ぼんやりと知り合いの様子を観察していく。といっても、大半は遊河峰のことなのだが。

 ――キリカは、とにかくドラゴンという種族にこだわったデッキ構築をする。そのため、時期によって大会の強さで波があるのが特徴だ。今は割りとヤバメな方、最悪な時には、<全盛期征竜>をぶん回ししていたりもする。

 ハンドルネーム「ドラゴンキリー」……この間それを高らかに宣言していた気もするが、何の事はない、自作自演である。というか、一文字変えるとキラーになるがいいのだろうか。と突っ込んではいけない、そこまで含めてあいつのネタである。

 ――アイカは、まぁ言ってしまえばガチデッカー、とにかくデッキに強さを求めていくタイプ、それもプレイングではなくデッキ作りに主眼を置いた「デッキビルダー」。なんということはない、ウチのショップ最強は間違いなくこいつだ。というか、この辺り一体でもこいつ以上となると、<CS>入賞常連を連れてこないといけない。……とうのアイカもまた、<CS>入賞常連なんだが。

 強いデッキなら、とりあえず作って回してみる。という、なんともブルジョワなあいつらしいプレイスタイルだ。羨ましいとは思うまい、俺の場合TCGとなればとりあえず手を出す悪癖のせいで金欠なだけだ、自業自得である。

 さて、そして今回初出場の遊河峰は――まぁ、案の定かなり初心者らしいプレイングであった。

「えっと、じゃあ<ブリキンギョ>の効果でさっきサーチした<シャドー・ミスト>を特殊召喚、それで……」

「何もないです」

「あ、はい。えっと<シャドー・ミスト>の効果で<マスク・チェンジ>を手札に」

 そこまで考えて、ふと手が止まる。何やら考え事をしているようだが――そこで、対戦相手であるうちの常連が声をかけた。

「あ、<シャドー・ミスト>の効果は一ターンに一度だから、この後<マスチェン>うってもサーチはできませんよ」

「……え? そうなんですか?」

 珍しい……鼻の下が伸びてやがるな、道理で親切なわけだ。――見た目は割りとチャラいのに、恋人もできないガチオタ常連の1人である。中身は割りといいやつではあるが、同時に単純なのだ。

 ……そこでそれを教えると、遊河峰の手が変わってくるぞ、親切に変わりはないが……ここでそれは致命的だ。

「……あ、じゃあえっと、三体のモンスターで<オーバーレイネットワーク>を構築! <エクシーズ召喚>!」

「あ、<プトレ>か、……あれ? でもそれだと俺の<フェルグラ>は突破できねーと思うんだけど……」

 ……違う、そいつはさっきアイカから、“あるカード”を譲り受けていたんだ。これで詰んでるぞ。

「――<覚醒の勇士ガガギゴ>を召喚!」

「……え?」

「……え?」

 お互い、それで完全に硬直してしまった。

「……なんでそのカード入ってるんです?」

「え? ……たまたま、かな」

 初心者だからな、……わかっていたのにまぁ大丈夫だろうと慢心していたツケだ。そのまま痛みも知らず安らかに死ぬがよい。

「じゃあ、次に<融合>で<アブソルートゼロ>を……」

「……あれ? これ俺負けてね?」

 南無三。

 

 ……結局、それから遊河峰はニセット目を落とすものの三セット目を恐ろしいほどの強運でもぎ取り、マッチにおいて勝利した。大会初参加、初勝利である。

 ちなみにアイカは危なげなく勝利、<カオドラ>を使っていたキリカは相手のガチデッキに対応しきれず敗北、となった。

「うぅー、アイカ先輩もアユム先輩もずるいですー! 私の超強力ドラゴン軍団を拝むことができないなんてー」

「大会で勝つつもりが在るなら<征竜>持って来なさいよ。ま、それで勝てるっていうなら驚くしかないけど……」

 などと、アイカとキリカはそれぞれで会話中、遊河峰は、なにやら対戦相手と雑談をしている様子だった。どうやらそのままフリーに移行するつもりらしい、まだ時間はあるのでいいが、中途半端にならないだろうか。

「……あ、高橋くん」

 と、そこでこちらの視線を遊河峰が向けた。……おい、恨みがましい目をするな、だったらもっと積極的に声をかけろ、俺とこいつはただの同級生だぞ。

「よう、調子はどうだ?」

「あ、聞いてくださいよぉー」

「……見てた。で、どんなかんじだ?」

 言いたいことは解る、が、横から声を駆けてきた野郎はスルーだ。負け惜しみにしか聞こえん、見苦しいぞ。

「あ、うん。えっと……楽しかった!」

 ぱぁっと、華のような笑顔を遊河峰が浮かべる。メガネをかけていない今日は、どうにもそれが野に咲く小さな花に見えた。言ってしまえば、こいつらしい。気がする。

「とはいえ、プレイングには少し疑問が残ったな。その辺りはアイカも割りと適当だから……」

「……あー。タカくん?」

 更に横から声がかかってくる、少しだけ猫なで声の、気持ち悪いったらない男の声。

「何だQED、あと気持ち悪いタカくんは止めろ」

 QEDはこいつのハンドルネーム。もしくは大会に参加する際のリングネームか。ちなみに俺は基本的にタカ呼ばわりだ、昔からその名前がハンドルネームなので、自然としっくり来る。

「その娘もしかして、サエグサの調整受けてるの?」

「そうだが?」

「まじかー、道理で強いと思ったら」

 サエグサ――アイカの強みはデッキビルド、とにかく強いデッキを作るのが得意。そんなアイカがつきっきりで調整に付き合ったのだ、強くなくて何だというのか。

 ま、そんなことよりも個人的には――

「こいつはそのアイカのデッキ作りを間近で見ながらプレイングに叩き込んだ。まだまだ粗いが、こいつの評価点はその辺りだな」

「え? そうなん?」

 QEDが目を瞬かせながら、こちらの会話に割って入れない遊河峰の方を見る。先ほどまでの下心たっぷりの目ではなく、あくまで純粋に関心したような表情で。

 遊河峰も、その辺りは意外だっただろう。急に声をかけられて驚いたというのもあるだろうが、きょとんとしている。

「へぇ――すごいじゃないですか。あのタカにプレイング褒められるとか、そうそうないですよ?」

「そう……なんですか?」

「褒めてない褒めてない、マダマダこれからだと言っているのだ」

 対する遊河峰は……じっくりと、こちらをまじまじ覗きこんでくる。真剣な表情、なんだ、何だというのだ。別に何か思うところがあるわけではないだろうが――おかげか、少しそれに見入ってしまう。

 にしても、きれいな目をしているなと、そんな不埒なことを考えたところで――

 

「……ありがと、高橋くん」

 

 小さな声で、遊河峰はそういった。

 何故礼を言われなければならないのか、俺としてはまだまだだが頑張れと、少し失礼なことを言った覚えがあるのだが――そもそも、声をかけて、蔑ろにしたのは俺の方だぞ。

 ……よく解らん。

「さてさて、フリーをしている所悪いが――」

 ちなみに、いいながらもデュエルは継続中であったりする、ちょうどQEDがあと一歩で詰めに入る、というところだ。

「――次の組み合わせを発表する。まずはサエグサだな。それと――――」

 現在席を外している店長に変わり、俺が対戦の組み合わせを発表する。

 かくして、大会は第二回戦、一回戦なら運で勝ちをもぎ取れるかもしれない。だがその次は――? 俺はそんなことを考えながら、やがて遊河峰の名前を呼んだ。

 

 

 ◆

 

 

 ……高橋くんは、なんだかすごい人だ。

 何かとこっちに気を配ってくれるけれど、決してそれは特別扱いなんかじゃない。当たり前のように、他の人と同じように、こちらを心配してくれている。

 学校で高橋くんを見ていると、そんなことが解るようになった。

 彼はとにかく裏方に回るのが巧い、他人の力を引き出すのが巧い、気の配り方が、これまた抜群だ。そんな彼は、自然と周囲から慕われている、何かあった時にとりあえず高橋くん、というのはどうかと思うけれど、それを苦もなくこなしてしまうのだから、そうなってしまうのも当然である。

 カードショップでもそれは変わらない、私だけでなく、常に周りを見ている。視野が広いというか、なんというか。

 ともかく――そんな彼に背中を預けて、私は大会で戦った。

 結果は二勝二敗、二戦目の時点で敗北し、そのあとキリカちゃんと戦った。相性の関係でこれには快勝したものの――次の戦いで、あっというまにボロ負けだ。

 相手はアイカさん。……こちらのデッキを完璧に知り尽くしていると言わんばかりに、事実その通りなのだけど――あっけなく二敗、ダブルエリミネーションというよくわからないルールに従い、二回負けた時点で敗退となった。

「悪いわね、カモにする形になっちゃって」

「アイカさんに頼りきりだったこっちが悪いんだよ」

 結局そのままストレートで全勝したアイカさんが優勝で大会は終わりを告げた。私の最初の大会は、そんな当たり前のような結果で幕を閉じたのである。

 今はアイカさんとキリカちゃん、三人で反省会の最中。先に負けてフリーでのデュエルを繰り返していた私とキリカちゃんに、アイカさんが加わる形である。こっちはデッキを一つしか持っていないし、そろそろアイカさんに変わってもらおう。

「とりあえず、これで処女航海は終了ですねー、いやぁよかったよかった」

「しょ……キリカ、変な言葉遣いはやめなさい」

「えぇー? 別にふつうじゃないですか、何もおかしなことは言ってませんよぉ?」

 ムキー! と睨みをきかせるアイカさん。その様子は、大会の最中とは打って変わって、実に自然体なものだった。

 ……強者には、それ相応のオーラがあると思う。真正面から戦っていて、果たして自分は勝てるだろうか、そんなことを考えてしまうのだ。実際の勝率は大体向こうが六割程度だとしても、その一回は――まるで地獄のような瞬間である。

「それで、どうでした? 初めての大会」

「……緊張でした」

 もう、それしか言えない、アイカさんとの戦いは、きっとそれが最高潮に達していた瞬間だっただろう。アイカさんのオーラに呑まれていたというのも大きいが。その前のキリカちゃんとの戦いがどれだけ気楽だったことか。

「そう、だったらそうね……」

 そこまで言って、アイカさんの口が止まった。……言葉に迷っているのだろうか、なんとなくそんな気がする。

「それなんだがな――」

 と、そこで高橋くんが声をかけてきた。

 何事か、振り返ると今もエプロン姿で、高橋くんはこちらを見下ろしている。おそらく、言いたいことは一緒だろう。

 ただ、遮った高橋くんを、更に遮るように――

 

「高橋くん! ちょっといいかしら。こっち、人数が少ないのよ」

 

 そんな猫宮さんの呼びかけが、騒がしい店内に響き渡った。

 途端に、しん……と、店の中は、完全に静寂へと変わってしまった。――どういうことだろう、視線が高橋くんに集中している。

 まるで、この店の空気が、猫宮さんと高橋くんに支配されてしまったかのような。

 ちらりと見ると、目を輝かせるキリカちゃん、アイカさんは――変わらずいつものすまし顔。

 つまりどういうことか。

 アイカさんが教えてくれた。

「今から、別の大会が始まるの。ただそれはちょっとマイナーだから、参加者が少ない。多分、五人とか七人とか、そのくらい。偶数だったらそのまま始まるんだけど、奇数だと――」

「――不戦勝を出さないために、数合わせとしてセンパイが参加するんです」

 つまりそれが、それほどすごいことなのだろうか。

 高橋くんは、なるほど、と腕組みをして頷いて……

 

「分かりました。そういうことなら、俺も出ます」

 

 端的に、そう伝えた。

 それだけで静まり帰っていた店内にざわめきが生まれる、けれどもそのどれもが――高橋くんに向けられたものだった。



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5.高橋冴木の決闘

 5

 

 にわかに盛り上がり始める店内と、それに置いてけぼりにされる自分。

 高橋くんが大会に出る、それだけでこれほど騒がしくなるものなのだろうか、私と同じように、あまりこの店に慣れていないであろう人達も、周囲の知り合いと顔を見合わせている。

「センパイってばレアキャラなんですよー! 遊戯王の大会なんて、もう何年出てないですかね―」

「半年前に出たわよ。その時には、優勝きっちり持って行かれたわけだけど」

 口々にキリカちゃんとアイカさんがそう言い合う。

「そりゃあそうだろう、手加減なんてまったくもってナンセンス、舐めプは失礼ってものだ」

 と、高橋くんは行く。それはつまり、高橋くんは遠慮なく全力で、勝利をもぎ取りに行くということ。……高橋くんの、本気。――いつもの高橋くんは、なんというかカジュアルという感じだ、真剣ではあるし手は抜いていないものの――気は抜いている。

 あくまで気分転換とか、娯楽としてとか、そういった楽しみをメインにしている面がある。きっと、本気で集中した時はもっとすごいのだろう。

「そういえば……ねぇ、貴方はさ、今発売してるTCGが何個あるか、しってる?」

「たしか……三十個?」

 いいながら、チラリと高橋くんを見る、確か彼に教えてもらったのだ。三十個以上、有名どころから中堅、そしてマイナーまで、幾多ある。

 視線の端で、アイカさんが頷いた。私の視線を考慮した上で――

「あいつはね」

 高橋くんへ意識を向けさせるのだ。

 

「その全部をプレイしたことがあるの」

 

 ――全部、三十のカードゲームを、全部。中には、対戦相手がいないのではないか? というものもあるはずだ。

 そもそも、この店で扱ってるカードゲームだって、十は無いはずなのだから。そしてその十全てをプレイするにしても、ルールは煩雑で、ごちゃごちゃしているはずなのに……

「その上で、もう一つ言うことがあるとすれば、――全てにおいて、センパイの実力は、アイカセンパイに勝るとも劣らない、って点ですかね」

 あぁ、たしかにそれは納得だ。そんな人が、ほとんど大会に出場しない、レアキャラというのはまったくもってその通り。

 だとすれば、どうしたって、“倒したい”と思ってしまう。加えて言えば彼はこのカードショップの店員、どういうふうに周りから見られているかは、高橋くんの性格を考えれば想像がつく。

 

 ――気がつけば私は、今この瞬間盛り上がりを増す店内の、一人となっているのであった。

 

 

 ◆

 

 

 割りと融通が効く個人店ならではというか、こうして俺が穴埋めに参加するというのは、この「ねこのみー」ならではの光景だ。あまりにもレアすぎるからか、随分前から名物化しているが――ともかく。

 今回のカードゲームは一年前に始まった、比較的中堅どころのカードゲームだ。とはいえ、それ故に人口は少なく、この辺り一帯でも扱っているのはうちの店だけ。プレイヤーも、いま大会に参加している面々しかいないだろう。

 ついでに言えば、その参加者も、ほとんどが別のカードゲームを掛け持ちしている連中だ。

 だからこそ、そちらのカードゲームプレイヤーとしての顔を知っている顔見知りが、今回の相手となるわけだが――

「ふふふ、今日は負けねぇ。この日のために必勝のデッキを組んできたのだ」

「いや必勝は無茶だろ」

 それこそ、アイカですら最強のデッキなんてものは作れないのだから、勿論、俺にだって無理だ。

「今に見てろよ……」

 不吉な言葉を残し、対戦相手はゆっくりとデッキをシャッフルしていく。こちらも手早く準備を済ませる。

 ……さて、大会に出るのは一ヶ月ぶり、このTCGをプレイするのは実に一年ぶりのこと。はっきりいって、デッキは型落ちもいいところだ。それでも――負けるつもりはない。やりようは幾らでもある、俺は、ゆっくりとデッキからカードをドローして、見る。

「はーい、それじゃあ一回戦、始めちゃってくださあい」

 間延びする店長の言葉、それで十分に、意識は切り替わった。静まり返ったのは、あくまで俺の意識の中だ。未だ変わらず騒がしい、店の中にあってなお俺は一人の空間をつくり上げる。

「……お願いします」

「お願いします」

 互いにそう、言葉を交わし――

 勝利のために、采配を振るう。

 

 まぁ、案の定というかなんというか、出てきたデッキは、俺へのメタを意識したデッキであった。明らかに今日のために、というか、俺が参加することになったことを想定してのデッキ。

 メインのデッキは別のデッキであったから、わざわざ用意していたということだろう。とはいえ、そもそもこのデッキは一年前の型落ちで、あちらは最新のデッキだ。相性の善し悪し以前に、インフレによるデッキパワーの違いという問題がある。

 結果として、バトルは終始あちら有利の展開で進んでいった。完全な防戦一方、耐えていられるのが奇跡的な状況だろう。

 どれだけ手を打った所で、物理的にあちらのほうがリソースを上回っているのだ。どのカードゲームでもよくあることだが、インフレが進むと、それまでのアドバンテージの概念が完全に崩れる。

 それは一年でも、ギリギリついていけるかどうかという形になるのだ。

 とはいえ、それで負けていては俺の名が廃るというもの、勝利の道筋を見る、今はまだ、詰んでいない。

 ついでに言えば――

「……っげ、そいつは」

 俺のデッキも、マイナーチェンジをしていないわけではない。

 カードゲームにおいては、昔からそのデッキを好んで使ってきているという人種はよくいる、俺がそうではないが、キリカなんかはその部類。そういうデッキを強化するパーツは、意外と新規に発売される最新弾に含まれていることもあるのだ。

 ゆえにこそ、マイナーチェンジ、なんとか新しい環境でもついていけるようデッキを最適化していく。俺は基本的にデッキにこだわるタイプではないが、予算の都合上、これはそういうデッキになっているのだ。

 ――勝機が見えた。

 これまで好転しなかった状況が、そこでようやく反転する兆しが見えたのだ。確かにこのデッキはそいつと相性が悪いだろう、ただし、それに対する対策を取っていないわけではない。

 カードパワーの差にあぐらをかいたな、そのデッキと俺のデッキの相性は、少し悪い程度でしか無いんだよ、デッキの地力が同じなら……!

「……ん? あれ、わざわざなんでそんな方法で突破するんだ? もうちょっとこう、単純な手段もあっただろう」

 と、そこで対戦相手がそんなことを問いかけてきた。もっともな疑問、俺の手は、わざわざ迂回路を経て裏取りをして、それでようやく達成されるプレイングだ。通常なら、上から殴ってしまえばそれで終わる。

「……はは、なんでだろうな」

 俺は語らない、それ自体が駄目だというのもあるが、まずこいつなら理由にたどり着けるだろうし、――そうすることで、揺さぶりをかけるという意味もある。

「あぁ……そっか、確かにこのルートならアドバンテージが多く得られるわけか」

 そういうことだ。

「やっべ、何かこれいつものパターンだぞ、嫌でもマダ……」

 ぶつぶつと何事かをつぶやく相手に、俺はターンを渡す。さぁ、正念場だ――ここから一気に、詰めまで持っていくとしよう。

 

 

 ◆

 

 

「……この店の遊戯王最強は、間違いなくアイカセンパイです」

 隣の席で繰り広げられるバトルを眺めながら、ふとキリカちゃんがそんなことを呟いた。ほとんどキリカちゃんはそのバトルに見入っているみたいで――ルールも知っていて、プレイ自体はできるらしい、カードは持っていないけれど――つぶやく言葉は、どこかぼんやりしたものだ。

 この場にいないというか、浮いているというか。

「<MTG>だったらリュンみゃんさん、<デュエマ>だと、実は猫宮店長が一番強かったりします」

 ……あの店長さんって<デュエマ>してる人何だ、カードショップを経営しているはずなのに、なかなかカードで遊んでいるイメージが無いのだけれど。

 ともあれ、キリカちゃんが何を言いたいかといえば、つまり――

「――でもそれは、アイカセンパイもリュンみゃんさんも、そのゲームを専門にプレイしているから、強いんです」

 店長は他のゲームもやってますけど、とキリカちゃんは言うが、あくまでメインは<デュエマ>なのだろう。

 アイカさんはつまり、遊戯王でだけ強いのだ。他のゲームはルールをそうしらないはずで、知っていても、大会で連戦連勝とはいかないだろう。

 あくまで一つのカードゲームに集中しているから財力もそれに注ぎ込めて、実力だって高められる。それがふつうのコトで、どれだけ掛け持ちしていても、それら全てで強いなんていうことは、普通ならありえない。もしくは、常にどれか一つのメインに据えたTCGがあるはずなのだ。

 だから――

 

「――でも、センパイにはそれがない。ないんですよ」

 

 高橋くんは、全てのゲームにおいて、等しく強い。

 それが、キリカちゃんの言いたいことなのだと思う。

「確かに最強はアイカセンパイです。でも、二番手か三番手、常にそこにはセンパイの影がある。<MTG>でも、<デュエマ>でも、今実際にセンパイがプレイしているゲームでも」

 いえ、とキリカちゃんは頭を振った。そうして一度だけ間を置いて、神妙な顔で、それを告げる。

「この店で行われているあらゆる大会において、センパイは常に優勝を見れる位置にいる」

 さすがに、三十ある全てのカードゲームでそれはできないにしろ、この店で行われている大会は十に近い――それら全てにおいて、高橋くんは、強い。

「……そんなこと、ありえるの? と、言いたいところだけど」

「アレを見ちゃえば……そう思わざるを得ないですよね」

 ――今、高橋くんのバトルは終局へと突入していた。対戦相手が用意した無数の手数、それら全てが高橋くんに襲いかかり、今にもライフを失おうとしている。それでも高橋くんは動じていない、既に敗北を確信してしまっているというわけではなく。あくまで淡々と、感情薄く。

 むしろ、顔を曇らせるのは今も優勢なはずの対戦相手の方。

 大量に用意した戦力も、もうすぐ付き用としている。そしてここで仕留められなかったら、間違いなく次のターンで高橋くんは勝つ。それがわかっていてもなお、相手に打開策はない、ただ突っ込むほかないのだ。

 そして――

「……どうぞ」

 苦虫を噛み潰しながら、ジェスチャーでターンを渡すことを宣言し、そうして最後に一つ、大きなため息をした。

 耐え切った。

 ライフは後一撃でも受ければゼロになる、モンスターだってほとんどいない、ここまで高橋くんは追い詰められていた。

 それでも、負ける気がしない。

 さっきも行ったけれど、このターンが終わった時点で相手に勝ちの目はなくなる。だがそれは、結局私の――ルールも知らない素人の――勝手な推測でしかない。

 だが、その推測を間違いないと確信できるほどに、今の高橋くんは余裕に満ちていた。

 

「――――ファイナルターン」

 

 ごくごくあっさりと、自然な声で――“ドローを確かめるよりも早く”、高橋くんは勝利を宣言した。

 

 結論からいって、鮮やかとしか言い様がないコンボの連続だった。一応、まだ相手には妨害札もあったのだけれど、それすら読みきった上で、高橋くんはその一歩、いや、二歩先を言っていた。

「……この世にTCGは幾らでもあるけれど――それこそ、もう販売していない終わってしまったゲームもあるけれど。それら全てに、異常なまでに造詣が深い。あいつはそういう手合いなの」

「真性のTCGキチってやつですねー」

 ――そんな気はしないけれど、でも確かに、高橋くんは普段から何を趣味にしているのかよくわからない。本を読んでいる時もあれば携帯をいじっている時もある。

 でもそれも、全く印象に残らない、明らかにそれが趣味と言えないくらい。だとすれば、どうだろうか。――その全てをTCGにつぎ込んでいるとするならば、全くもってそれは納得がいく。

「TCGのプレイヤーの強さを決めるのは、資産力を除けばデッキ構築能力と、プレイングよ。あいつの場合、前者は並、だけど後者に関しては、この店で並び立てる人間なんてほとんどいない」

 アイカさんは、そう言いながら広げていたカードを片付け始めた。見ればそろそろ午後四時を過ぎようかというところで――かれこれ六時間ほど、私達はこの店にいたことになる。アイカさんの場合、これから色々と用事があるそうなのだ。

 さすがお嬢様というか、なんというか。

「しかもあらゆるカードゲームにおいて、大体プレイングだけで戦えるレベルともなれば……まぁ、こうなるのも必然よね」

「なんていうか……すごいなぁ」

 見れば、高橋くんの顔は凛としていて、今はデッキを片付けながら対戦相手と談笑をしている最中だけれども、それは遠く輝いた物に思えた。

 あぁ、なんていうかアレは、手が届かない。

 今までの高橋くんは私にも、誰にだって親身になってくれる気さくなカードショップの店員で、それが普段の高橋くんとも合致する。

 でもアレは違う、まったくもって、私が学校で見ることのできる高橋くんとは、まるっきり別の顔なのだ。私自身、自分がこういうところでカードゲームをしているというのは意外の一言だけれども、それにしたって、輪をかけて高橋くんのそれは意外も意外。

 ……それだけ、違う。

 あれは、それだけ違うものなのだ。

 ――結局、大会はそのままトントン拍子で高橋くんが勝ち抜いて、優勝。どうやら最初の一戦でギリギリではあるけれど、勝利をもぎ取れたことが好調につながったようだ。ともあれこれで今日の大会は全部終了――私の初めての大会参加も、これで後の祭りになったといえるのだろう。

 

 

 ◆

 

 

「……それで、疑問だったんですけど」

 ――ふと、大会も終わり、アルバイトとしての業務も全て終了した俺に、キリカが問いかけてきた。

 既にアイカは店を出て、今は習い事にでも言っているのだろう。そこにはキリカと遊河峰の姿だけがある。

 キリカはぼんやりと先ほど買ってきたばかりのオリパ――制作俺――を剥きながら、何気ない様子で続けてきた。

「一体どの辺りから、あの状況が想定できてたんです?」

 それはつまり先程の大会の話だろうか。

「どの試合だよ、それともお前の試合を後ろから眺めてた時か?」

「さっき、センパイが大会に出ていた時の、緒戦です。アレが一番センパイらしかったですから」

「俺らしかった、ね」

 ……アレは、かなり試合展開がうまく言ったほうだといえるだろう。向こうが、こちらの予測を越えることをしてこなかった。それが大きい。

 というのも単純な話、あいつは別のTCGと掛け持ちであのTCGをやっている。つまり、サブのTCGの、それも本命でないデッキだ。デッキの調整は、はっきり言ってテンプレもいいところだっただろう。とはいえ、調整が甘いということがない辺り、あいつがデッキビルドの能力が高いことを表しているのだが。

「端から見てて、アレほど鮮やかな試合展開も無いと思うんです。何ですかファイナルターンって! カイくん似合いますよねセンパイ!」

「それは褒めてるのか貶してるのかどっちだ」

「んもう、私がセンパイを悪くいうことなんてあるわけないじゃないですかー!」

 くねくねっと、わざとらしいシナを作ってみせるキリカは、まぁいつものように冗談めかしている。

「……ま、あそこでうまく切り返せた時点で、だな」

「ヒュー! 絶体絶命の状況から切り抜けて、更にその先まで、あいっかわらずセンパイのデュエルって綱渡りですよね」

「計算しつくされているといってもらおうか」

 囃し立てるキリカをぐいぐいと押し返し、ついでにその表紙にパックから漏れだした<剛健>にキリカが目を輝かせたところで――

「……ふふ」

 遊河峰が、そうやって笑みをこぼした。

「なんだ、ようやっと笑ったのか」

「今まで緊張しきりだったから……やっと落ち着いたのかな」

 ケラケラと、実に楽しそうに遊河峰は笑った。おとなしい奴だが、笑う顔は随分と明朗で、快活だ。こいつはTCGなんていうボードゲームに興味を持つ辺り、他人より少し気性がおとなしいだけなのだろう。

「うん……楽しかった」

 その証拠に、こいつは隣で<剛健>を嬉しそうに掲げるキリカと同じように瞳を輝かせている。ちなみにキリカ、その<剛健>は真ん中が真っ二つに折れているぞ。

「……じゃあ、そろそろ次のステップに移ってもいい頃合いだな」

「ステップ……?」

 俺の言葉に、遊河峰はことりと首を傾げてみせた。よくわからないという様子だが……まぁその通りだろう。

「俺が勝手に思っているだけだがな。親しいTCGプレイヤーには必ず聞くことにしている。そのために、俺はTCGをやっていると言ってもいい」

「……高橋くんが、TCGをする理由?」

「あぁ、そうだ」

 別に神妙に、というわけではないけれど、頷く。

「なぁ、遊河峰」

 俺は真正面に座る遊河峰の瞳を見る。覗きこんで、その奥へと入り込むように。――ぽかんとした顔と、けれども次の言葉を待つ瞳の感情。

 ――俺は、続けて。

 

「…………なぁ、お前は一体、どんなプレイヤーになりたい?」

 

 その言葉に、嘘などない真の瞳に、一つの迷いが生まれたのを、俺は感じた。いきなりのことに対する困惑が、遊河峰の表情から見て取れる。

「どんな、プレイヤーに?」

「プレイヤーにも、種類がある」

 俺はそう言って――今はここにいないアイカの姿を思い浮かべる。

 三枝藍華、生粋のお嬢様で、完璧主義者。とにかく人見知りで自分の中での完璧を常に模索する――お陰で、周りからいらぬ勘違いも受けてしまう、そんな少女だ。どこまでも、自分に諦めを許さない――だからこそ、あいつは最強のデッキをビルドしようとしている。

 いわゆるトップメタのデッキにこだわったプレイヤーであり、同時にデッキの調整へ情熱を傾ける。

 そしてもう一人、花咲里桐花はドラゴンにこだわっている。何か一つの世界観、流儀にこだわるデュエリスト、こいつはいわゆるオタクで、凝り性だ。好きなモノをとことん好きになることが得意――デュエルにしても、それ以外にしても、だ。

 ついでに言えば、とにかく人懐っこくて図々しい。案外その姿勢は、キリカのプレイスタイルにも現れたりする。具体的に言えば、敗北を後に引きずらない、文句をたれても、結局はそれ自体が楽しくてしかたがないのだ。好きなことを好きなだけできているのだから、怒りも恨みも、ほどほどで済ませてしまえるだろう。

 ――であれば、遊河峰歩はどうだろう。

 このおとなしい、言ってしまえば普通の少女は。

 一体、どんなプレイヤーになりたいと思うのだろう。

「…………」

 やがて、遊河峰は沈黙してしまう。さもありなん、一瞬で答えが出るほど遊河峰はTCGをプレイしていない、この問は、言ってしまえば“自分とは何か”という問にイコールになるのだ。

 長所と短所はなにかと聞かれて、すんなり応えられる人間はそういない。

 短所は短気なところと、それはつまり短所が思い浮かばなかったというのとイコールだ。趣味は音楽鑑賞と同じだぞ。

「……ちょっと、考えてみる」

 やがて、歩の答えがそれだった。当然といえば当然の答え、だが、それで十分だ。――その方が楽しみである。

 こいつが答えを出した時、果たしてどんな顔をしているだろう。

 ……俺は、TCGで結果を出すプレイヤーが好きだ、その顔はまったくもって晴れやかで、誇らしい。この問い掛けも、それを引き出すためのものだから――

 

 ――かくして、その日は幕を閉じる。

 遊河峰歩の最初の一歩が終わりを告げて、“その先”が、始まるのだ。



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6.寒空の少女

 6

 

 ――ツン、と肌を突き刺すような寒さを覚えた。

 暖房に包まれたぬるま湯から飛び出して、まずそれを痛いと思った。

 この時期はどうしてもまだ肌寒さが残る、だというのに微妙な武装できてしまったものだから、どうにも身体を抑えて凍えざるを得ない。こんなはずではなかったのだけれど、まぁ駅まではさほどじゃないのだし……と、諦めるほかはない。

 私は今、普段暮らす街から一つ隣の街に居る。私の街は中規模の地方都市ではあるけれど、ここは大規模な、一つの県の中心地である都市だ。

 当然といえば当然か、ここには無数のカードショップがある。中にはぼったくりとしか言いようのないものもあるけれど、中にはねこのみーに勝るとも劣らない優良店や、とにかく品揃えがいい普通の値段の店、なんてものもある。

 ここは前者、「ねこのみー」のようなカード専門店で、少しだけ古臭いことを除けば、店舗としては非常に優れている。

 と……

「……あ」

「……おろ?」

 ――そんなカードショップの入り口で、私はキリカちゃんと偶然にも、出会うことになのだった。

 

 キリカちゃんの目的は冷やかしだったらしく、本命は別の所にあったようだ。せっかくショップの目の前まで来たというのに、もう既に帰ろうとしていた私の後をついてくるようだった。

 ――ガゴン、と自販機がうねりを上げる。中から出てきたココアを暖房代わりに、私たちは帰路につくことにした。

 ちなみにキリカちゃんはドクペを持参していた。……何故にドクペ?

「いやぁー、それにしてもアユムセンパイもこんな所に来るなんて、隅に置けませんね」

「隅に置けないって……そういうのじゃないと思うんだけど」

「あっはは、楽しんでるようでなによりでっす」

 楽しげに腕を軽く覆ってしまうほどのぶかぶか――に見える――裾を振り回しながら、キリカちゃんはケラケラと笑う。

「今日の目的は、もしかして新しいデッキ?」

 ついに来たか、と言わんばかりのキリカちゃんの問いかけ。確かに、私が今使っているデッキも、大分飽きが来ている感はあるけれど……

「違うよ、ちょっと欲しいパーツがあったから、買い足しに来たの」

 残念ながら、新しいデッキを組もうという気には、まだならない。

「もう大分慣れてきてるんですし、そろそろ新しいデッキ、作ってみてもいいと思うんですけどねぇ……」

「……何だかんだ言って、やっぱりカードは高いから、どうしても足踏みしちゃうんだよ」

「ま、ですよね! その点私は、ドラゴン以外に興味はないので、あまり費用はかかりません!」

 とは言うものの、最近はドラゴンにも<幻龍族>なんていう新しい物が出て――私が始めたのはそれより後だけれど――ドラゴン使いのキリカちゃんとしては、新しい出費に苦しんでいるようだけれど……

「ま、とにかくです。私は今日デッキを持ってきてないのでデュエルできないんですけど、この後アユムセンパイはどうするんです?」

「んー、私も用事は済んだけど、どうしようかな」

 バッグから取り出したドクペを飲みながら、キリカちゃんが問いかけてくる。時間はまだ三時を回った所、割りと手早く済ませてでてきてしまったから、別の店を回るなんて事もできる。でも、それにキリカちゃんを突き合わせてしまうのは、少し申し訳ない気がした。

「うーん、私としては、今日の夜にやるアニメまで暇なので、どうにかして時間を潰したいんですが……かと言ってまたあのお店に戻るのもなんですし」

「私は……構わないんだけど」

 少し時間を無駄にしてしまったわけだけれど、それもまた良い気がする。……あぁでもそうだ、少し気になったことがある。

 ……思ってしまえば、溢れ出てくるそれを留めることはできなかった。

「そういえば……疑問なんだけど、どうしてキリカちゃんとアイカさんはTCGをやってるの?」

「私達ですかー?」

 そう、高橋くんは、解る。こうなんていうか、運命だったのだろう、そうなることが必然だったというか……なんだかポエミーだな、私。

「まぁアレですよ、私はそもそもこう、アレですし?」

 アレというか、かなりディープというか……

 ともかく、キリカちゃんは続ける。

「……意外なのはやっぱりアイカセンパイですよね。私も、今まで続いていることが意外と言えば意外です」

「宮女のお嬢様なんだよね……?」

 最近はすっかりそんな様子もなくって、大会で正面向き合って戦う時を除けば、そこらでTCGをしている人達と、ほとんど違いがわからない。

「そこに疑問を抱く時点で大分毒されてますよー? 本人的にはそのほうがいいんでしょうけれど」

 ともかく、コホンとキリカちゃんは咳払いをした。

「……まぁ、なんというか――腐れ縁? って、いっちゃっていいんですけどねぇ」

「腐れ縁?」

 私の問いかけに、キリカちゃんは答えた。

 

「幼なじみなんですよ、私達」

 

 ――幼なじみ。

 あぁ、納得だ。

 昔からの付き合いがあって、今もそれが続いている。……そんなディープな知り合いは、私には一人としていないわけで。……中学の友達、今は何をしてるのかな。

「小さい頃は男女の境なんてほとんどないんですよね。だから私もカードで遊んだりしたし、結果としてそれが今の趣味にもつながってるんだと思います」

 キリカちゃんはなつかしそうに目を細めながら語る。

「アイカセンパイなんて、まさしくそれですよ。当時のアイカセンパイは、言ってしまえばガキ大将でしたから。他人の面白そうなことには首を突っ込まずにはいられなかった……一番しっくり来たのが、カードゲームだったんだと思います」

 ただそのかわりに、ガキ大将成分がいつの間にか過分になりすぎて――周囲の勘違いを呼ぶようになって――本人としては嫌気が差したのだという。結果として今の人見知りがちなアイカさんがいるってことなのかな。

 人に歴史あり、ということだろう。

「高橋くんは、どうなんだろう」

「センパイはまぁ、TCGをするために生まれてきたって感じですから、小学生になったころにはそっこーハマってましたよ」

「そこまでなんだ……」

 あはは……なんかこう、イメージと違う!

 でもまぁ、それも既に過去のものと化しているわけで……今の自分は、随分と激変した環境にあるのだな、と思わざるをえない。

「私もアイカセンパイも、そんなセンパイとずーっと腐れ縁だったわけですよ。今じゃ学校が違うってのに、こうして暇があれば集まってるわけで」

「今日は私だけどね」

「アユムセンパイだって同じですよ! 私たち、もう仲間ですから」

 ……仲間、かぁ。

「なんていうか、さ」

 気がつけば、私はこんなところにいる。わりと出不精なほうで、人付き合いも最低限、こうして趣味に奔走するようになっても、誰も何も言わなかったのだから、きっと私に対する興味は、その程度のものだったのだろう。

 だからこそ――

「自分でも、思ってもみないくらい、満足してるな、私」

「ほう」

「……憧れたんだ、楽しそうだったんだ。それを私もしてみたいと思った。でも、そういうのってその程度で終わりじゃない? ダイエットだって、しようと思っても、そう長続きはしないし、どれだけ素敵な料理であっても、実際に作ってみようとは思わない」

 それは、そこまで。

 例えばだけれど、あの日私は、いつもより早く学校に来た。一年にそうなんどもあることじゃなくて、とびっきり珍しいことだったはずだ。

 友達はそれに驚いていた、けどそれだけだ。それで終わってしまうことなのである。

 ――案外、その程度なのかなと、そう思った。

 憧れにしても、興味にしても、その程度で終わってしまうのが、私という人物と、それを囲む世界なのかなと、そう思ったのだ。

 でも、気がつけばそんな世界は激変していた。私という人間はここにいて、隣にはキリカちゃんという新しい友人がいる。

 仲間がいるのだ。

「それは……普通にしていればありえない出会いです。私だって、センパイと一緒に<遊戯王>してなかったら、アユムセンパイとは、同じ学校でも出会えませんでした」

 キリカちゃんはいう、しみじみと、私の言葉に同意してくれる。

「私、アユムセンパイのこと、好きです。結構とか、割りととか、そういうんじゃなくて。……でも、それはセンパイがTCGをしているからで、でなければ、私はアユムセンパイを好きにもなれなかった」

 むしろ、嫌ってたかもしれませんねと頬を掻いた。

 そんなものなのかな、そんなものな気がするな。

「それと――高橋くん」

「…………」

 彼が聞いた、これからどういうふうにTCGをプレイしたいか。

 もっと言えば、なりたい自分。

 そんな自分に持つ感情は、やっぱり憧れなのだろう。――解った。あこがれは、あこがれのままにはしておけない。

 どこかで形にしなくちゃいけないもので、どこかで形にできるものなのだ。

 それが新たな挑戦であり、それがひとつの答えでもある。私は、つまり。それを、形にしたいと思っているのだろう。

「高橋くんがあそこにいたから、私はTCGを始めたわけで、高橋くんがキリカちゃんたちとTCGをしてくれてたから、すんなりとこうやってTCGができているわけで」

 あぁ、そうだ。

 私は最初に、高橋くんに出会ったのだ。ただ顔を知っていただけじゃなくて、初めてまともに会話した。それが、出発だった。今の私の原点になっている。

 それだけじゃない。もっと言えば、こうして私が考えていることは、高橋くんの問いかけに起因している。

 未だに答えは出せていない、出せるようなものじゃない。だから、今も高橋くんの姿は記憶の中にある。あの時――今から少し前の話。私は高橋くんの戦う姿というのを端から感じた。

 それを、私はすごいと思ったんだ。これも、ふとなんとなく感じた憧れと同じ、言ってしまえば気の迷いではないかと思うようなこと。

 私は、

「……高橋くんのあの姿を、今度は目の前から見たいと思った。戦ってみたいとおもった。なんだかバトルジャンキーみたいだけれど――つまり」

 それが、結論なのだ。

 何よりも、今の私が思う、ひとつの答え。

 

「――私は、高橋くんに勝ちたい。真剣勝負で、勝ちたいんだよ」

 

 口にする。それまで、ただ思っているだけだったことを形にする。難しいことではない、けっして難しくはないんだ。

 ただ、そうしようと思う気持ちがあるだけでいい。それは、ここに来るまで、こうしてキリカちゃんと隣り合って歩くようになるまで、ずっとしてきたこのなのだから。

 何も問題は、ないではないか。

「……センパイは」

 キリカちゃんは、ぽそりぽそりと、口を開く。

「センパイ、ヤバイですよ。超レアキャラです」

「うん、知ってる」

 <遊戯王>は特に人口が多い、対戦相手には困らない代わりに、数合わせとして高橋くんが入り込むことはそうそうない。普通であれば、そのほうがいいんだ。

 でも、目的が、そうなってしまうのだから仕方がない。

「センパイに勝ちたいってことは、本気でやりたいってことなんですよね? つまり、目標は――センパイの参加している大会で、優勝するってことになります」

「……うん」

 正直言って、かなり厳しいと思う。今まで私が優勝できたことは一度もない。あと一歩、ならないではないけれど、それでも優勝できないというのであれば、意味が無い。

 そしてそうなった場合――同時にそれは、キリカちゃんと戦うということでもあり――

「センパイだけじゃないです。アイカセンパイも、います」

「そうだね」

 ――アイカさんと、本気でやって勝たなくちゃいけないってことだ。

 三枝藍華さん、大会で戦った時に、これほど疲れる相手もいないと思う。真剣なのだ、手を抜いていない。それは、きっとTCGをしていない時の、逆らうべからずというアイカさんと、真正面から相対することと同等のことなのだろう。

 それだけ、アイカさんの気配というのは濃密で、だからこそ、強敵だ。

 それでも、決して勝てない相手じゃないと、私は思う。

 だから頷く、そうだねと、努めてあっけなさそうに。

 ――そして、キリカちゃんはそこで一度足を止めた。見たこともないほど真剣な表情で、私を覗きこんでる。

 

「……センパイは、強いですよ」

 

「――解ってる。それでも私は、高橋くんに勝ちたい」

 即答していた。考えるまでもないことだったから、考えてもしかたのないことだったから。――いまさらなのだ。

「……そうですよね、アユムセンパイもそうなっちゃいますよね。――やっぱ、燃えますもんね、打倒センパイ!」

 キリカちゃんは、少しだけ先に行ってしまった私に追い付きながら、満面の笑みでこちらを見上げる。……うん、やっぱりキリカちゃんはそういうタイプだよね。

「レア装備とか、レア称号とか、やっぱいいですよね! なんといってもレアカード! コレクターの血が疼きます!」

 ふんす、と胸を張ってキリカちゃんは息を荒げる。水を得た魚のよう……だけれども、何故か直ぐに、干からびてしまった。

「――まぁ、お金かかるんですけどね、大抵そういうのって」

 ……高いカードは、数百万とかするんだっけ。遠い世界だよね。

「……は! そういえばこの間詫び石もらって割りと余ってるんだ! レアガチャ回そう!」

「携帯ゲームの話なの!?」

 <遊戯王>じゃないんだ。具体的に言うと初期版の<青眼の白龍>、同じイラストの状態で再録されたとしても、やっぱりアレはすごいカッコイイと思う。

 キリカちゃんの場合は、本人の思い出補正もあってか<EX版>というのが一番好きらしい。ルール指南ビデオ付き構築済みデッキのカードなんだとか。昔はそんなものもあったんだなぁ。

 遊戯王のゲームが百万以上売れるなんて、考えられないことかもしれない。

「コホン! ともかくですね、それはやはりハードルが高いと思うんです」

「だよね、私もそう思う」

「……だからこそ、こうやって遠くまで足を運んでカードを買ってるんですね?」

 うん、さすがにキリカちゃんは鋭い。私はそれなりにTCGにも慣れてきたし、大会でも惜しい所まで行けるようになった。デッキパワーの力はあるにせよ、成長はしていると思うんだ。

 けれども、まだ決定的に足りない物がある、カード資産。特に<エクストラデッキ>は一度揃えてしまえば使い回しが聞くけれど、揃えるまではかなりの出費がかさむのだ。コレに限っては、後から始めれば始めるほど、振りになってしまうことだろう。

 勿論再録だってされるけれど、常にカードプールは新しくなりつづけているのだから、きりがないといえばきりがない。

「うーん、後チョットってところなんだけどね……こう、もう一つ痒い所に手が届かないといいますか」

「あー、わかります。デッキの内容がいまいちコレじゃない感じがするんですよね。お金かければ解決するんですけど、万年金欠だと辛いです」

「バイトとかしなくちゃねー」

 一応、話はしているし、やる気はあるのだけれど、果たして何時始めることになるのやら……キリカちゃんも、それにうんうんと頷いている。

 まずは自分にできることをこつこつと、何て思いながら歩いていたら――ふと、足が止まった。

 ついてしまったのだ、凍えてしまいそうな曇り空に、溶けこむような白の駅。目的地に到着である。

「っと、到着ー! 案外短かったですね」

「あっという間だったねー」

 そんなことを言い合いながら、寒さから逃げるべく、駅の中へと駆け込んでいく私達。今日は休みということもあってか、人の数はそれなりだ。エスカレーターに乗り込む列に並んで、ふぅ、と一つ息をついた。

 相変わらず息は白いままだったけれど、とりあえずここで一息である。

「そういえば、明日は大会ですけどどうします?」

「うん? 普通に行くよ?」

「そうなんですか? あー、じゃあもしかしたら優勝しちゃうかもですね。アイカセンパイ来れないみたいなんで」

 そうなんだ、と頷きながらぽつりぽつりと語るのは、益体もない雑談程度、なんとはなしに笑いあい、そうして駅の改札を通る。帰り道も、しばらく一緒に歩くようだった。

 ――そんな時に、

「……あれ?」

 

「…………なにしてるんだ? こんなところで」

 

 ちょうど止まっていた電車から、高橋くんが下りてきた。

「センパイこそ、一体何の用事です? すごい偶然だと思うんですけど」

「ここはこの辺り一帯の中心地だぞ、それほど珍しいこともないだろう」

 確かに、私がキリカちゃんに出会ったことと比べれば、知り合いと人通りの多い駅で鉢合わせになる、なんて珍しいことでもないだろう。それがちょうど高橋くんで、隣にキリカちゃんがいる、なんていう偶然は早々ないと思うけれども。

「私達は、まー時間つぶしの帰りかな、そっちは?」

 私が問い返すと、はぁ、と高橋くんは露骨に嘆息めいた吐息を漏らした。白く染まったそれが、高橋くんのマフラーに交わる。

「俺はこれから用事を足しに行くんだ。まさか地元の本屋が全滅とは思わなかった」

「探しものですかー。がんばってくださいね!」

「そっちは、気をつけて帰れよ」

 言いながら手を上げて、どうやら高橋くんはこのまま行ってしまうようだ。特に話題もないし、どうせ明日も会うのだし、適当に挨拶だけ済ませてそれで別れようと、通り過ぎた高橋くんを振り返り。

 振り、返り。

 ふと、

 

 意識に――思いつきがよぎった。

 

「あ、」

 あぁ、あぁああああああ!

 思わず叫んでしまいそうになる、けれども人混みの中でそれはあまりにあまりだし、と私は直ぐに口をつぐんで――けれども、高橋くんにはそれは伝わっていたようだった。

「どうした?」

「何があったんです?」

 キリカちゃんも一緒になってこっちを見ている。……なんだろう、なんでもないのにこれは恥ずかしい、後ろめたい気持ちになる。

「う、うぅんなんでもないよ。ちょっと個人的に思いついただけ」

 そう、なんでもないのだ。

 まったくもって何でも。

 ――高橋くんは結局それ以上突っ込むことはなく。首を傾げながらもその場から立ち去っていった。明日は「ねこのみー」で、と言葉を交わし合い、喧騒へと高橋くんは消えていったのだ。

 そして私とキリカちゃんも電車にのって、途中で別れる。

 

 その間、私はなんだか熱に浮かされたような感覚だった。現実感がないというか、思考の中に没頭しすぎているというか、キリカちゃんとの会話も話半分。まぁ、聞き手としてはそれで良かったのかもしれないけれど。

 ――私は、思いついてしまった。

 

 それは、秘策。大会で高橋くんに勝つために――思いついてしまった、必勝の方策。



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7.図らずとも訪れる雪の下

 7

 

 その日は、思いのほか早く訪れた。

 視界一面を覆うほどの白、雪の世界が外に形成されていた。交通は完全に麻痺し、いつもであれば人で賑わっているはずの「ねこのみー」も、今日ばかりは静けさに満ちている。

 ふと外を見れば、どうにも辛気臭いほどの灰と白の群れに、人などこれっぽっちもいない――時折車だけが行き交う店の前の通りだけがあった。

 「ねこのみー」は私達の暮らす街の中心部、駅のほど近くにある。当然そこにはさほどレアではないペースで、人の行き来があるのだ。もちろん、その中には「ねこのみー」にやってくる客も居る。

 それが根本から失われてしまっては、人の往来など望むべくもないというわけだ。

 そんな冬に満ちた休日の「ねこのみー」、私としてはついに春休みに突入した最初の土日だというのに、なんだかこれでは寂しく感じられる。店内には、この雪の中をかき分けてやってきたグループが、私達を含めて二つほど。

「むぅ……これ、帰る時が憂鬱なんですけど……」

「アタシの家の迎えを呼ぶわよ、それに乗って行きなさいな。ついでに歩さんも、それでいいかしら」

 ――私と、それからキリカちゃんにアイカさん。店員である高橋くんも合わせていいのだろうか。

「あ、ほんと? ありがとう。助かるよー」

 そしてもう一つは、この店ではキリカちゃんたちと並ぶ古参の常連らしい、QEDさん達。何にせよ、その空気は一言で言うなら「いつものメンバー」だ。普段ならもう少し一見さんにも優しい店なのだけれど、この外の状況と、店の中のメンバーでは、それもそうは望めない。

「……<ネフィリム>でダイレクト、何かあるか?」

「ぐわー! 何もねーよ畜生!」

 その証拠に、普段なら勤勉に業務へ勤しんでいる高橋くんも、今はQEDさん達とフリーデュエルの最中だ。猫宮さんの姿もない、どうやら裏方に引っ込んで、回収してきた地元の野良猫数匹と戯れているようだ。

「しかしこの様子だと……十人切りますね、大会参加者」

「ここに居るメンバーを含めて九人……猫宮さん次第ね」

 何やらキリカちゃんたちはそんなことを歓談中、悪巧みの最中だろうか。……つまり、どういうことなの?

「――あら、これならギリギリ参加圏内じゃない」

 アイカさんは決まりきった様子で言う。それは、その時が来たのだと。

 

「冴木が、数合わせで大会に混ざるんじゃないかしら」

 

 運命の時を、知らせる類のものだった。

 

 ◆

 

「――というわけで、今回は高橋くんも入ってくれる?」

 時間が来た、ついに私達以外にやってくる客はおらず、大会は奇数のまま始まることに、そのままではいけないと、猫宮さんは高橋くんの投入を決定したようだ。

 これで、キリカちゃんとアイカさんたちにとっては半年ぶりの、私にとっては初めての、大会における高橋くんとの直接対決が、決定した。

「……何だ、妙に全員気合入っているが」

「そりゃそうだろ、入らない理由がねえ」

 よくわからない、という様子でこちらを見ている高橋くんに、QEDさんがそういった。私にしても、キリカちゃんにしても、アイカさんにしても、そして勿論QEDさんにしても、その事実は変わらない。

「別に俺とデュエルなんて、いつもやってることだろうに」

「だからこそですよセンパイ! いつものセンパイとは違う、集中した本気のセンパイと私は戦いたいんです!」

 キリカちゃんがフンス、と勢い良く宣言する。

「この人数だと、戦えない可能性もあるけどな」

 なんて、対する高橋くんは今日もマイペースだけれども、まぁつまるところ、今回の中心には、高橋くんがいるということだ。

 基本的には裏方メインの、彼にしては珍しく。

 ――だからこそ、彼はTCGに没頭して生きているといえるのだろうけれど。

 ともかく、私も少しだけそわそわしてきた。当然始めるのはデッキの調整だ。もう既に最終調整なら十回以上したけれど――それでも不安になってしまうのだから、度し難い。なんとも言いがたいけれど、とにかくむず痒いというのが今の私の本音であった。

「……あら、もうデッキの調整? どんな感じよ、アドバイスいる?」

「え? あ、いや、今日はいいよ。これ、自信作だから」

 アイカさんが気になったのかこちらに視線を向けてきた。覗きこんできたわけではないけれど、少しドキッとしてしまう。見透かされたような――気のせいだというのは、わかっているけれど。

「ま、緊張するのも解るけどね。あんまり気にする必要もないわよ。あいつはあいつ、いつもどおりのことしかしないから」

「集中力はダンチですけどね!」

 アイカさんがなだめようとして、それにキリカちゃんがちゃちゃを入れてくる、うん、彼女たちはいつもどおりのようだった。

 これは、ただ私にとって特別なだけで、彼らにとっては少し珍しいイベントでしかないのだから――

「……それで、実際どんな感じなの? ついにそのデッキもおおよそ完成と言えるところまで来たのかしら」

「<エクストラデッキ>はまだ甘いけど……中身は、うん、完璧だと、思うよ?」

 デッキビルドの専門家であるアイカさんに宣言するのは少し気後れするけれども、うん。私はこのデッキで、アイカさんに負けるつもりはない。

 ――私は、勝つためにここに来たんだ。

 そのために最善をつくしてきたのだから。勝つことで、答えを出しにきたのだから。――ふぅ、とそうして一息をつく。

「……言ってくれるじゃない。楽しみにしてるわ」

 アイカさんがそう言って――

「じゃあ、組み合わせ発表するわねー」

 猫宮さんの、宣言が響く。

 

 ――初戦の相手は、はからずも、アイカさん。一番最初に越え無くてはならない相手に、ぶつかった。

 

 

 ◆

 

 

 デッキをシャッフルし、それからカット、相手に渡して、そのデッキももう一度カット。シャッフルは8切りといって、カードを八つの束に分け、重なりを均すこともわすれない。丁寧に何度も相手のデッキをカットして。

 最後に、一枚だけ意図的に残して、それをカットした山札の一番上におけば完成だ。願掛けデスカット、相手の手札が腐りますように……!

「……よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 挨拶は、なんだか凍りつくほど鋭い、アイカさんの言葉に返された。思わず、背筋がひんやりとする。

 これが、宮女の華姫、逆らっちゃ行けない人の威圧感……! 分かって入るけれど、心臓に悪い、これを冗談の許されない場で当てられる人は不幸だなと、他人ごとのように映った。

「じゃんけん」

「ぽんっ」

 ――私はグー、アイカさんはチョキ、ストレートに勝利である。

「先行もらいます、スタンバイ、メイン」

「どうぞ」

 互いに、静かに言葉を交わし合い――――

「私は――」

 それを、召喚する。

 

 

 ◆

 

 

 ――大会が始まった、隣ではアイカと遊河峰が既にバトルを始めている。いつもまにかデスカットなんて技を覚えた遊河峰に感心しつつ、俺の相手はQEDだ。

「……こわぁ、正直俺あそこに近づきたくない」

「俺も店の外だったらそう思ってる」

 互いに小声で言葉を交わし――アレは、さながら女の喧嘩だな、端から見ていてぞっとするほど恐ろしい、やっていることはTCGなのだが――バトルを始める。

「まぁ、何にしても幸運だぜ、しょっぱなからお前とやれて、しかもサエグサと遊さんが潰し合いと来ている。こりゃあ流れが来てるかもな」

「……サエグサは当然として、何だかんだ遊もえげつないからな」

 <HERO>は現在においても環境トップクラスのデッキだ。それを今までずっと、一ヶ月近く使い続けているのだ。プレイングは洗練され、カードも揃ってきている、はっきり言って、この中でアイカの次に恐ろしいのは間違いなく遊だ。

 QEDやキリカみたいに、デッキに遊びがあればいいのだが。

「ではまず<竜の霊廟>から行きますよ、<テンペ>と<ガフレ>を墓地に!」

 ……今日のキリカは征竜じゃねーか。

「おっと、じゃあ行くぜ、<クリバンデッド>召喚!」

 こっちもガチじゃねーか! だいたい全員使ってるデッキがおっかないぞ。もしかして今日はそういう取り決めでもあるのか?

「とりあえずそいつに<ヴェーラー>な。で……」

 ――ふと、視線が隣の遊河峰に向いた。並んで座り、今もアイカと正面から向き合っている――その手札を、俺は、ふと、覗いてしまった。

 ――あれ?

「私は――」

 遊河峰はそれを宣言する、高らかに、自信ありげに、一言、謳うように。

 

「――――<デネブ>召喚、何かありますか?」

 

 ――<デネブ>?

 見れば、そう。

「え?」

 思わずアイカが声を上げる。

 それもそのはず、――そのカードは、いわゆる<テラナイト>と呼ばれるデッキのパーツ。<HERO>にはどう考えたって入らない。

 じゃあ、つまり、つまり――

「……何?」

「む?」

「は?」

「を?」

「ぬ?」

「へ?」

 俺と、今ここに参加しているメンバー全員が、一様に疑問符を浮かべる。驚愕は、一瞬置いてやってきた。

「<チェーン>は、何かあります?」

「あ……あ、あ……」

 ゆっくりと、震えるように顔面をこわばらせるアイカ。いつもの威圧感なんてものはとっくの昔に失せていて――

「あるわけないじゃない!」

 その言葉に、誰もが最もだと、頷いた。

 

 

 ◆

 

 

 ……決まった、完璧だ。

 誰だって私が<HERO>を使うと思っていることくらい解ってる。まさかそれ以外は使わないだろう、そんなことを思っていることくらい承知の上。だからこそ、こうして<テラナイト>を組んで準備してきたのだ。

 誰にも悟らせず、こうしてお披露目にこぎつけた。この驚きの感情、威圧感さえ霧散してしまうほどの衝撃を、アイカさんに与えられたのだ。これほど喜ばしいことはない。

「……参りました」

 集中力の欠けたアイカさんが、一セット目をそのまま落とした。手札自体も良くなかったらしく、苦々しげな顔でこちらを睨んでいる。

 反則だと言わんばかりだが、だからこそ、私としてはドヤ顔を隠しきれなくなるわけで。

「…………アユムセンパイのそんな顔、始めて見ました」

 既に一セット目を終えてこちらを眺めていたキリカちゃんに、そんなことを言われた。……心外、な気がする。

 ともあれ、問題はここからだ。

 アイカさんは緒戦ではこちらのデッキに対応できていなかった。けれども間違いなく、それが二戦目に引き継がれることなんてありえない。

 この人が一番すごいのは、デッキを調整しているその時だ。それは、サイドデッキであっても同じこと、一セット目を先取して優位にたっても、直ぐに二セット目で取り返される。その状態で更にデッキ調整――相手に意識を整える余裕を与えては、間違いなく私に勝利はない。

「次はこうはいかないわよ、ギッタンギッタンにしてあげるっ」

「あはは……お手柔らかにおねがいしますね?」

 ――アイカさんは、強い語気でこちらを睨みながらも、その手は今も止まっていない、何度も深く呼吸をして、意識を切り替えているのが見て取れる。

 私は、それに愛想笑いで返事をしながらも、迷いなくサイドデッキを入れ替えていく。最初からアイカさんのデッキを想定したサイドを組んでいる、入れ替えるためのカードも決まっていて、迷いはない。

 お互い、目が全く笑っていなかった、こうして冷静に思考している私が言うのも何だけれども、アイカさん、かなり本気だ。

 そうして互いにデッキをカットしあって、二セット目が始まる。カードを五枚ドロー、先行は――

「先行は貰うわ」

 アイカさんがとった、一手目、<マスマティシャン>が召喚されて、ゆっくりと状況は動き始める。

「……メイン2、<プトレマイオス>召喚、何かありますか」

「ありません」

 ――デュエルが進行するたび、アイカさんの気配はより強く高まっていく、緊張故だ。そしてそれは、私自身が現状にふるえているというのもある。

「<トリシューラ>を召喚」

「……それは、通します」

 果たして私は勝てるのだろうか、それともここで負けてしまうのだろうか。きっと三戦目に勝利はない、アイカさんが調子を取り戻してしまえば、恐ろしさで言えば間違いなく高橋くんを上回るのだから。

「<トライヴェール>の効果、ハンデスは……」

「あ、ちょ、それは……!」

 なんとか高鳴る鼓動を抑えて、出来る限り丁寧なプレイングを心がける。一つ、一つ、ミスがないか確かめながら。最初から正念場なのだ、ここで、躓いて入られない。

 そして、

「<ダイヤモンドダスト>で、何かありますか?」

「……ないです。ターン、エンド」

 苦々しげなアイカさんの顔――絶好の機会が、回ってきた。

 勝てる、勝てる、勝てる。

 思ってしまう、焦ってしまう、それではだめだ、ここでミスっては意味が無い。だから――

「ドロー、スタンバイ、メイン」

「はい」

 一つ一つを言葉に出して、アイカさんの状況をしっかり確かめて、私は――

「最後、<デルタテロス>で、ダイレクトアタック……!」

 詰みの言ってを、宣言し……

 

「参りました」

 

 その一言を、アイカさんから引き出した。

 

 

 ◆

 

 

「あー、負けた! 公式戦で初めて負けた! もう、何だってこんなに強いのかしら、相手にしてて緊張しっぱなしよ」

「それは、私も何だけどね」

 投入したサイドデッキを元に戻しながら、互いに嘆息混じりに語り合う。今も心臓はバクバク言っているけれど、ソレデモなんだか不思議なことに、私はアイカさんに勝ってしまっていた。

「それにしたって、ここで新デッキを投入とか、読めないにも程が有るわよ、そのくせ、そっちはこっちのメタガン積みだし」

「いやぁ、アイカさんはやっぱ一番安定したデッキでくるかなぁって思ったから」

 私の構築したサイドデッキは、いわゆる<ネクロス>や<海皇>を意識したカードが多い、それが現在の環境で一番数多く見られるからで、ついでに言えば、アイカさんが使ってくる公算が高かったから。

 アイカさんは割りと素直なのだ、プレイングなんかは特に。全てが一流にまとまっていて、けれどもだからこそ読みやすい。

 今回みたいなあちらの思惑を外した一手を組み込めば、突破することは容易だったのだ。勿論、それは単なる初見殺しでしかないのだけれども。ともあれ、こうして初見殺しをキッチリ成功させ、その上二戦目も勝ってしまえたのだ。

 僥倖という他ない、幸いという他ない。

「さて……ほかも終わったみたい」

「どこも早いですね、三セット目までもつれ込んだところが無かったのかな」

 意外なことに、二戦でマッチが終了した私達ではあったが、全体から見れば遅い方であった。既に多くがマッチを終了している。このまま、フリーの間もなく二回戦に突入することは、想像に難くないのであった。

「はーい、次の組み合わせ発表するわよー、まずは遊ちゃんとキリーちゃん。それから」

 案の定、猫宮さんが全員に呼びかけてきた。独特の甘ったるい声で、さらっと言われたけれど私の相手はキリカちゃんらしい。

 とはいえそれは、高橋くんとここで当たらなくて済んだという事実でしかない。

「次にー」

 更に呼ばれた組み合わせ、QEDさん達のグループで、おそらく勝利した人達。これで勝者が四人、グループ分けされたことになる。

 さて、ここで振り返っておきたいのはこの大会の参加者が十人であるということ。二等分すれば五人、ここで割り切れなくなってしまう。

 基本的に大会は一戦目に勝った人同士をマッチングさせるわけだけれど、この場合、一人余りが出てきてしまうのだ。いわゆる階段である。

 そして、その階段になった人とぶつかるのは、一戦目で敗北した誰かということになる。通常であれば階段を担当するのは成績が一番悪かった勝者で、それとぶつかるのは成績が一番良かった敗者なのだけど、今回はどうやら全員我2セットで勝負を終えてしまったようだ。

 とすれば、

 

「――お次は、高橋くんと、サエグサちゃん!」

 

 こういうことも、起こりうるわけで――

 かくして、高橋くんと、アイカさん、二人の決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 ◆

 

 

 基本的に、アイカのデッキに隙なんてものはない、あるとすれば、こちらの対策が不十分な一セット目、これを絶対に先取して、ニセット目以降の、トップ勝負に全てをかける。これが正攻法となる。

 つまり運ゲーだ。

 だがその運ゲーをするためには、当然最初の一セットは勝利する必要があるわけで、その時点で、実力がなければ後はもうただ蹂躙されるしかないわけなのだが――

 

「……参りました」

 

 生憎と、その一セット目を落としたのは、俺の方だった。

 順当にすすめられて、順当に詰まされてしまった。こちらの手札は悪かったし、向こうの手札はかなりいい方だった。どうしたって運のゲームである以上、実力が拮抗しているならそれは十回もやっていれば二回か酷い時には三回くらいはあるものだけれど――

 この、一番引いては行けない状況でババを引いてしまった、それは間違いなく俺の失態だった。

「ふん、どんなものよ!」

 アイカは勝ち誇った様子でドヤ顔を披露する、まったくもってそれは決まっていて、実に誇らしげである。だが同時に、自身の優位に慢心など一切していない様子、俺は苦々しげに唇を噛むほかなかった。

「次は負けないさ」

「次はないって言ってあげるわ、この状況で、それを許すはずないでしょう」

 ――完全に、天秤はあちらに傾いている、一セット目をとった時のアイカは強い、尋常じゃないほどに、それに煮え湯を飲まされたことは、一度や二度ではないのである。

「あぁ、それは解ってる。はっきりいって勝てる気何か全くしないね、驚くほどピンチな状況だ」

「殊勝なこと、アンタにしては珍しいくらい」

 ふん、と鼻を鳴らして、怪訝そうな眼でこちらを見てくるアイカに、俺はニィ、と歯を見せて笑ってやった。

 その余裕、梃子を外して見せてやろう、と。

 そう、語りかけてやる。言葉にせずに、だからこそ挑発として成立するように。――俺は、サイドデッキの調整を終えて、準備を整えた。

 さて――反撃開始と、いこうじゃないか。

 

 デュエルが進むに連れて、アイカの表情が変化していく。明確にこちらを睨みつけながら、呼吸すら忘れてしまいそうな威圧をぶつけながら、けれどもそれは一定しない。

 こいつらしい特徴だ、変化がそこにはありつづける――少なくともそれが、自身の苦境を自覚してのものだから。

「私は、<トリシューラ>を――」

「おっと、<警告>だ、そこまでにしてもらおうか」

 そして。

「……っ!」

 そこで、ようやくアイカの手が止まった。俺のカウンターが、懐からキッチリと、叩きこまれたのだ。

 ターンエンドと、少女は宣言する。意気消沈し、そして考える。なぜだ、なぜだ、なぜだというのだ。一体どうして、アイカは俺を押し潰せなかった? 状況は、圧倒的にコチラ有利のはずなのに――

 決まっている、そんなことは決まっている。

 サイドデッキを構築する時点で、既に<デュエル>は始まっているんだよ、だから、アイカのデッキビルドスキルに、俺は自身のプレイングで勝利を挑んだ。サイドデッキを組み上げた時点で、この状況を俺は想定していた。していなくちゃならなかったんだ。

 でなければ、アイカは自身の優位を崩すことなく、俺を蹂躙しきっていたことだろう、さもなくば、俺はアイカに一矢報いる程度しか叶わなかったか。

 どちらにせよ、それは崩れた。俺のプレイングが勝ったのだ。確かにアイカは強かろう、この状況はこいつにとって絶好としか言い様が無いものだ。

 それでも、俺だって同じなんだ。俺だって、この苦境を好機と思わないわけじゃない。何も出来ずにただ見ているほかないなんて、そんなことはありえない。

 加えて何より、勝ちたいと思った。

 そうしなくちゃ行けないと思った。

「……サレンダーします」

 宣言したアイカを相手に、大きく息を吐く、緊張が、そこで一度弛緩した。なんとか最初の山場を越えた。辛いのはこのつぎだ、アイカのデッキは、二戦目よりも更に洗練されて俺に襲いかかる。

 だが、それでも負けるつもりはない。

 ちらりと、俺は視線をその先に向ける。おそらくは、次かその次に激突することになる相手――遊河峰歩は、どうやらキリカを相手に、二戦連取で勝利したようだ。

 俺はあいつに問いかけた、どんなプレイヤーになりたいか。それに対する答えを、おそらく今のアイツなら持っている。

 だから、直接聞きたい、聞く必要がある。この大会で、白黒つける必要がある。

 そのためには負けられない。負ける訳にはいかない、たとえ相手がアイカだろうと、全力で持ってそれを斃す。

「……よろしくお願いします」

 そう心に決めて、三セット目。運命の分かれ道が、そこにはあった。

 

 

 ◆

 

 

「はーい、それじゃあ三戦目の組み合わせを発表するわねー」

 店長がぼんやりとした声でそう告げる、誰もが待ってましたとばかりに顔を上げ、誰かが覚悟を決めたように、目を細める。

 時は来た。

 ようやくそれは訪れたのだ。

 そう、

 

「一つめはー、――遊ちゃんと、高橋くん」

 

 かくして、互いに二戦連勝の状態で、高橋冴木と、遊河峰歩は、激突することとなる。



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8.始まりの終わりに

 8

 

 四十枚のデッキを、八枚の束に、音もなく振り分けていく。一度、そして二度。その度に心臓は同じタイミングで音を跳ね、やがてそれを終え、幾度と無くデッキをシャッフルする。

 静かな時間だ。他のプレイヤーも今はデッキをシャッフルしている最中、ただ、どうにもこちらに視線を感じるのは、きっと気のせいではないはずだ。

 しかし、それにしたって、目の前には高橋くんがいるのだ。私の視界に映るのは彼だけで――それはいうなれば、恋する乙女のようだけれど、今の私の心境は、どちらかと言えば親の敵を見つけた復讐鬼のようだ。なんとも物騒な話だが、私に似つかわしくないほど、今は高橋くんしか見えていない。

「……なんだか、不思議な気分だよ」

「そうか?」

 言葉とともに、高橋くんにデッキを渡す。

 数束にデッキを分けて、互いにカットをする。

「だってそうでしょ? 最初に見た高橋くんは、すごく遠くにいるんだもん。私とは別世界にいる、強いのはあっちなんだって、そう思っちゃてた」

「……それは思い込みだよ。どうしようもなくお互いを隔てる、おおきな思い込みの壁だ」

 言いながら、高橋くんは私にデッキを返してくれる。それを、私は一拍だけおいて――手を伸ばす。

「うん、知ってる」

 言葉はそれだけで、お互いにデッキを受け取って、手札に変える。五枚のカードはよどみなく、私の手の中に収まった。

 さぁ、声は一言でいい。ゆっくりと、高らかにそれを謳いあげ――

 

「――<デュエル>!」

 

 声は、静かに、けれども確かに店内に響いて。

 私の――今日、最後の決闘が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 一戦目、先行は高橋くんだ。

「――俺は<マスマティシャン>を召喚」

 

「どうぞ」

「――効果で<シャドール・ヘッジホッグ>を墓地、何もなければ<ビースト>をサーチするが」

 ありません、と手を差し出して示す。今のところ、手札に妨害札はない、先行は、好き勝手させるほかないということだ。

 高橋くんの一ターン目が終わる。高橋くんのデッキは<シャドール>だから、本番はここからだ――伏せが二枚、<ビースト>をサーチしたということは、おそらくそういうことで……さて。

 ここからだ。

「……私のターン、ドロー」

 そして、スタンバイ、メイン。……さて、どうしようかな。一度息を吸って、吐く。

「最初は――――」

 まずは、一歩から。決闘は、あくまで静かに、進行していく。

 

 戦況は概ね私が有利と言ってよかった。最初の高橋くんの一手、案の定それは<エルシャドール・フュージョン>での速攻融合。マスマティシャンを守る形で呼び出された<エルシャドール・シェキナーガ>を、私が<トライヴェール>で処理、アドバンテージの上で優位にたった。

 一度、有利な状況を整えてしまえば、カウンターが多いのは<テラナイト>の強みだ。……ぶっちゃけ、それは最近のデッキ、いわゆる<九期>テーマ全てに言える気がするのは、まぁ気のせいだと思う。

 カウンターのトラップに<インフィニティ>、守りが強いデッキではあると思うのだけれど。

「……<シャドール・ネフィリム>で<インフィニティ>を攻撃」

 ……それは防げませんよ?

 完全にうまく処理された。高橋くんは、こっちの想定していることを軽く上をいかれてしまう、一体何をすれば勝てるというのだろう。……考えられるのは、やはり物量という選択肢だろうか。

 全てにおいて、高橋くんが私の上を行くかのような感覚。

 それは、今も私が高橋くんに、届いていないということなのだろうか。ううん、そんなことはない。

 高橋くんは、あらゆるTCGに精通するプレイヤーで、だからこそあらゆるゲームにおいていやでも強い。そんな姿に私は、憧れに近いものを抱かざるを得なかった。どうしても遠く感じられる。

 私にとっての原点がそこなのだ。私にとっての思いがそこに在るのだ。願いが幾らでも向いているのだ。

 だから、だから、

 ――どうしても。

 けれど、しかし。

 だからこそ、それをまっすぐそれを見たいと思った。きっとだから――

「……<デルタテロス>で、<ネフィリム>を破壊、何か――ありますか?」

 これが通れば、ダイレクトアタックにより一セット目の勝負がつく。しかし、そんなにうまくいくものだろうか、まったくもってそんな気はしない。それはアイカさんとやったときとは別の感覚。

 アレは勝利することに多大なプレッシャーのかかるそれ。しかしこれは、全く決着のつく気がしない展開だ。つまり、高橋くんの底が見えてこない。私は――ただ闇の中へと入り込んでいくしかないのだ。

 それは、余りにも難しい話で、余りにも遠い話で。私にはもう一生、そんな機会は訪れないと思ってしまうような、そんな――

 けれども、

 

「……ありません」

 

 高橋くんは、目を伏せてそう言って――私のダイレクトアタックが、次に決まった。

 ……そっか。

 そうなんだ。納得してしまう、どうしたって、こんなの、納得しなくてはいけないではないか。一セット目、私がまず勝利した。それはあまりにもあっけなく、けれども意外すぎるものではあったけれど。

 ――一つ、明確な事実がそこにあった。

 勝利ではない。

 そんなものはそもそも確認するまでもない、明確ですらない。

 確実なのは、もっと別の一点にある。それは私にとって、どうしようもなく嬉しく思えることなのだ。目を細める、なんだかそれは誰かの祝福のような気がして。

 そして――

 

 

 ◆

 

 

 一セット目を遊河峰が先取した。

 素直にそれは、賞賛するべきことだろう。俺のプレイングにミスはなかった。単純に、プレイングだけでは追いつけない状況に、追い込まれただけのこと。手札の問題もある、可能性の段階で切り捨てなければ行けなかった手を、相手が打ってくることもある。

 特に後者の場合は、そのままずるずるとこちらのヴィジョンが乱されて、敗北することは珍しくもない。時にはこちらのプレイングを完全に上回るプレイングで、敗北するときだってある。

 俺だって絶対じゃないのだ、一度の敗北は、決して偶然ではないのである。

 だがしかし、俺はそれを偶然にする必要があった。この二セット目、反撃に転じ、遊河峰を追い詰める。

 サイドデッキの構築がうまくいったというのもあるだろう、終始優位なメタを貼り続けた俺が、二戦目を勝利することができた。

 ――この段階で、俺達とは別に現在全勝であった三人目、階段となっていた奴が二セットを連続で奪われ敗北、階段が崩れた。

 何が言いたいかと言えば、次の三セット目に勝った方が、この大会の優勝者となるのである。

 この大会における遊河峰との最後の対決、間違いなくお互いの全てをぶつけあうことになる。気を抜ける瞬間など、ありはしないだろう。

 遊河峰は本当に強くなった。初めてまだ一ヶ月程度の初心者とは思えないくらい、信じられないほど強くなった。それは遊河峰と常日頃から<デュエル>して、引っ張り続けたアイカやキリカの尽力はあるだろう。だが何よりも、遊河峰自身がそれを望み、ここまで強くなってきたのだ。

 だからこそ、それに答えてやらなければならないといえる。遊河峰に、面倒な問いを投げかけた張本人として、その責任を取るために。

「……先行もらいます」

 少し大きく息を吐いてから、遊河峰はそう宣言した。それまで、連続で後攻を選ばざるを得なかった遊河峰が、初めて先行を選択する。

 そうして迎えた第一ターン、スタンバイ、メインと静かに遊河峰は宣言するのであった。

「ターンエンドです」

「……俺のターン、ドロー、スタンバイ、メイン」

 続いて回ってきたこちらのターン、少しばかり思考して――一手目は、どれだけ考えても変わらなかった。

「ターンエンド」

「じゃあ、ドロー、スタンバイ、メイン」

 こちらが向こうの手を崩し、逆に守りを固めた状態でターンを渡す。それに対し、遊河峰は何やら考え事を始めた。少し考えます、とこちらに告げて、手札のカードをああでもない、こうでもないと何度もいじり回す。

 やがてそれも数十秒が過ぎると、おずおずとした様子で、一枚のカードを選んでみせた。

 そうやって、遊河峰は選択したのだ。けれども、どうにも釈然としない顔で、まだ正解はあったのではないかと、考えながらもプレイを続けている。

 ……途中、ミスがひとつあった。俺はそのミスに対して何もすることはできなかったが、もしもそれに対する対抗札が握られていれば、遊河峰のプレイは、たった一つのミスで瓦解することとなる。

 遊河峰の戦いは、それほど危ういものだった。しかし、結局俺はそれに何もすることができなかったのだ。――どうやら、少なくとも勝負運というものに関しては、遊河峰は完全にこちらよりも上らしい。

 そして――

「……ターン、エンド」

 ふぅ、とその後に一息がついた。危うい橋を渡りきり、ここで一度こちらにターンが渡ったのだ。完全にこちらのフィールドは焦土とかしている。手札は潤沢故、まだまだ切り返せる部類だが、さて――相手の布陣、きな臭いにも程が有る。

 だが、同時にそれは面白くも在る。ロジックを完成させるのだ、この状況を、完全に一つの鏡に透かす。時には強引に、伏せられた札を引き剥がすのも良いだろう。

 幾らでもやれることは在る。

 俺は、ドロー、と宣言をしながらも、そのパズルの中へと、埋没していくのであった。

 

 やがて、状況は一つの形に終息する。ターンエンドと俺は宣言した。この時点で、俺の伏せカード、<虚無空間>が一枚、フィールドには<エルシャドール・シェキナーガ>、手札には<シェキナーガ>で使用するための<シャドール・ヘッジホッグ>が一枚。

 戦局は決定的になりつつあった。今のところ、遊河峰のフィールドは壊滅している。それを立て直せる機会は、手札の枚数、伏せの枚数から考えてあと一度。

 それを俺が防ぎきれば、後は向こうをジリジリと削りきって、この<デュエル>に決着がつく。既に多くのエクシーズを使い切った遊河峰が取れる手段は少ない。既に俺の予測の中には、幾つもの決着のパターンが生まれていた。

 そして、その全てにおいて、俺の勝利という結論が、導き出されているのである。

「……私の、ターン。ドロー」

 遊河峰が宣言した。これでもう、こいつは前に進むしかない。手札を確認し――残された遊河峰の手札はこれを合わせて二枚、一枚はさきほどサーチした<アルタイル>だ――大きく深呼吸をする。

 ここで決めると、そう心に決めた顔だった。

 まずは一手目として、こいつは<サイクロン>を使用した。俺の<虚無空間>が破壊され、これで伏せは完全になくなる。

「私は、<アルタイル>を召喚、効果で<デネブ>を特殊召喚、<デネブ>の特殊召喚時の効果は使用しません」

 さて、これでレベル4のモンスターが二体。……来るぞ、俺。

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築」

 ――そこで、ふと、思い立った。

 そういえば、こいつのプレイングは、多少のミスこそあるものの、かなり完璧な部類ではないか?

 なぜ、そんなことを思い浮かぶ? 必要ないだろう、いまさら。関係ないだろう、どうだって。

 だというのになぜだか心にこびりつくそれを、俺は少しだけ、拭う。

 そうして、気がついてしまった。

 

 こいつは、一体何時<テラナイト>を組んだというのだ?

 

 思い当たるのは先週の土曜、となり町の駅でばったり遊河峰およびキリカと出会った時のこと。あいつは何かを思い浮かんだ様子で声を漏らしていた。あの時に、<テラナイト>を使い、こちらの予想を外そうと思いついた。それが普通ではないか?

 ――否、違う。それでは余りに“早すぎる”。練習の期間すらない。そもそも大会でぶっつけ本番で新デッキを使ったところで、プレイングはボロボロ、そもそも最初のアイカとの戦いに、一セットも取ることはできないだろう。

 だからこいつは、間違いなくどこかで<テラナイト>をテストプレイしていたということになる。それも、一人回しではなく、対人で実際に運用しながら。

 つまり、それは――

「なぁ、ちょっといいか?」

「……何?」

「お前、<テラナイト>を使い始めたのは、いつだ?」

 あぁ、と遊河峰は頷いて。

 

「――3週間前、かな」

 

 それは、ちょうど3週間前と言えば。

 遊河峰が、“初めて大会に参加した日”だ。そして、俺が遊河峰に問いかけを発したときでもある。だとするならば、こいつは――はじめから、はじめからこのつもりで、ここまで来たということか?

 それならば納得が行く、先週あった時に、こいつは“テラナイトを使うために”となり町まで行っていたのだ。そして、その場でばったり俺やキリカと出くわした。だとすれば――だとすれば。

 そうだ、だとすれば、“アレ”は一体何だというのだ?

「……続けるよ?」

「あ、あぁ、構わん」

 俺はそう遊河峰に促して、直後――

 

「――――じゃあ、私は<クレイジー・ボックス>を召喚するね」

 

 ――完全に、思考が停止することとなる。

 

 

 ◆

 

 

「……なるほど、考えたわね」

 既に自身のマッチを終わらせたキリカちゃんとアイカさん、二人は遠巻きに私達の戦いを眺めながら、関心した様子で頷いた。

「センパイの最大の弱点。それはすなわち不確定要素、つまり運ですね。それが在るために、どれだけプレイングがよくっても、負けることは幾らでもあります」

「今回の場合、<クレイジー・ボックス>というのが巧いわね。こいつは、これで絶対に迷わなくちゃいけなくなった」

 <クレイジー・ボックス>は、効果を使用した際にダイスを用い、ダイスの目によって効果を決定する特殊なモンスター。私が一週間前に考えた対高橋くんへの切り札で、<テラナイト>を使うことと同様に、完全にあちらの思惑を外すことを念頭としたカードだ。

 その特性上、高橋くんは考えざるを得なくなる。

 つまり、<エルシャドール・シェキナーガ>で<クレイジー・ボックス>の効果を止めるか否か。

 <クレイジー・ボックス>は攻撃ができない。そもそも最初から<アルタイル>の制約でどうしたって<テラナイト>で攻撃しないといけない。

 つまり、このターンで勝つためならば、絶対に次の一手が必要になるのだ。だから<シェキナーガ>はここで絶対に自身の効果は使えない。使ってしまえばもう、効果を無効にすることができなくなる。

 だが、そのためには<クレイジー・ボックス>の効果を使わせ無くてはならない。この状況からどうあっても、<クレイジー・ボックス>の効果で<シェキナーガ>を破壊しない場合に、状況を打破する方法はない。しかし、もしもそれを畏れて<クレイジー・ボックス>に効果を使ってしまえば、間違いなく状況は不利になる。

 今にも頭を抱えてしまいそうな状況で、高橋くんは、ひたすら思考の中に沈んでいった。

「……<クレイジー・ボックス>、効果発動!」

 オーバーレイユニットを一つ使い、ダイスを振る。その結果次第で、この戦いの行く末は決定される。引かなくてはならない目はひとつだけ――六分の一、明らかに、分の悪すぎる賭けといえた。

 しかし、コレ以外に勝利への筋道はなく、またコレ以外で、高橋くんと決着をつけるつもりはない。

 さぁ、これが最後の勝負――どうする、高橋くん。

「……何も、ありません」

 高橋くんが選んだのは、六分の一の勝負であった。これでもう、後戻りはできない。――私の取り出したダイスに、観念したと言った様子で高橋くんは肩をすくめた。

 ゆっくりとダイスを手の中で振る。

 ――これが、私のやってきた高橋くんを越えたいという想いの終着点。どうか、神様が見ていてくれるなら、――どうか、お願いします。

 私に勝利を、そして、確かな答えをください。

 思いを込めてダイスを振る――甲高い音をたてて、ダイスはゆっくりと転がっていった。私の手元を離れたそれは高橋くんの元へと向かい――――

 

 ――止まる。

 

 出た目の数字は――――「5」、これにより適用される効果は、相手のカードを破壊する効果。

 

 勝敗は、決した。――私の最後のカード、<リビングデッド>を高橋くんが防ぐ術はなく、大会は、私の勝利で幕を閉じることとなる――――

 

 

 ◆

 

 

 外は、大分雪の足音を小さくしていた。

 既に歩いて帰るにはほとんど困らないような空模様、アイカさんは送ってくれるといったが、私の家はここからそんなに遠くない。遠慮しておくことにした。

 キリカちゃんにアイカさん、二人と別れて私は、カードショップ「ねこのみー」の裏、狭い路地に足を運んでいた。

 そこでは数匹の猫が、のんびりとくつろいだ様子でいる。どれも野良猫だが、実質的に猫宮さんが面倒を見ている、半飼い猫のような猫だ。帰りにこの子達を愛でて帰ることも少なくない。

 今日は、そこに先客がいた。

 まったくもって珍しいことではないが――そこにいる人物は、私にとって意外な人だった。

 

 つまりは、高橋くん。彼が、猫を眺めてぼんやりとそこに佇んでいる。

 

「……来たか」

 人の気配に振り向いたらしい彼が私を見ると、そんなことを呟いた。曰く、今日はここに来ると思ったから、と。

「待っててくれたの?」

「いや、せっかくだし猫を愛でようかと思ってな、そのついででもある」

「……そっか」

 私は頷いて、腰を下ろす。ぼんやりとした人懐っこい猫を撫で回しながら、その場の空気に身を任せるのだ。

 ここは店の外でありながら、店の中の穏やかな空気をそのまま醸し出している。ここでなら、私も落ち着けるというものだ。

「――聞かせてもらえるか」

 そんな時に、高橋くんが声をかけてきた。

 ……確かな言葉で聞かせて欲しい、そうやって、高橋くんはこちらを見ているのであった。

「……そう、だね」

 既に私の中で答えは出ている。けれども、それを高橋くんに伝えないわけにはいかないだろう。意を決して、私は猫から手を離し、立ち上がる。

 正面から、高橋くんを見つめ返した。

「始まりは、憧れだった。なんとなく面白そうだと思った。……本当だったら、それで終わりのはずだったんだと思う。だけど、私はそこから少しだけ前に進んで、カードのことについて調べてみた。そして――ここ、『ねこのみー』の存在をしったの」

 ……でも、

「だけどね、本当ならそれ以上は続かないはずだったんだ。興味も憧れも、きっとそのままでおしまい。何かに熱中するには、今ひとつ理由として弱いからね」

「それは……確かに、そうかもしれないな」

 ――例えば憧れは、“なんとかになりたい”という願いの原動力になる。だけれども、“何かを初めて見たい”という願いの燃料としては、いまいちな面がある。

 だから、もう一つ、私には何かが必要だった。

 

「――それが、高橋くんだったんだよ」

 

 その言葉に、少しだけ高橋くんは目を見開く。それから「そうか」と少しだけ嬉しげに目をそらし、頬をかく。うん、何だかその姿は高橋くんらしくないが、可愛らしい。

 ともあれ、続ける。

「高橋くんが教えてくれたから。高橋くんが私を誘ってくれたから――だから、今の私がここにある」

 思っても見れば、人生においてこんなにも楽しいと思うことは殆どなかった。

 何もかもが、適当で済まされてしまうような人生だったから――心の何処かで、それを諦めてしまっていたから。

 でも、それが今では、充実としか言えないほどに変化している。ああそうだ、私はそれが嬉しくて仕方がない。

 そしてきっと――

 

 ――それが、私にとっての結論になる。

 

 ゆっくりと口を開いて、それを、形にするのだ。

 

「……私は、恩返しがしたかったんだよ。素敵なことを教えてくれた、高橋くんに」

 

 私は、今が楽しい。ありがとう、教えてくれてありがとう。

 だからその御礼がしたい、今の私の姿を見て欲しい。それが私の結論で、だとすればきっと、私のなりたかった姿は、つまり。

 

「……お前は、俺を驚かせるプレイヤーに、なりたかったのか」

 

 高橋くんが、そう答える。

 否定はない、私は即座に頷いた。

「……そうか」

 それに高橋くんも納得したようにして――

「なら、次は負けないよ。次は俺が、お前を驚かせてやる番だ」

「……ふふ、楽しみにしてる」

 そうやって、私達は笑い合う。

 

 それは、冬の空に笑い合う、私達の物語。

 始まりはかくして終わりを告げて、空を見上げると、もう既に雪の影はなく、雲の切れ間に、晴れ晴れとした青の空が見え隠れしている――――



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