ダブルクロス for T.A.S. (白鳥星)
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第一章「Door to the Extraordinary」
第一話「銀髪金眼少女TASさん」


 多分これが一番早いと思います。
 本作品には、「Tools-Assisted Speedruns(TAS)」及びそこから派生した「TASさん」というキャラクターを題材に、多くの独自解釈を元に筆者が自己満足で執筆している作品です。
 ネタや用語の解説はあとがきなどに突っ込んでいくつもりですが、主原作であるダブルクロスに関しては事前に調査した後に読むことを強く推奨します。

 それでは、本編へお進みください。ここまでの追記回数:0回


 2020年、日本の夏。オリンピックムードが全国を包み込み、テレビのニュースも、選手達の近況を熱心に報道している。龍一にとっては生まれて初めての活気に満ち満ちていた。

 駿河龍一(するがりゅういち)、高校生である。趣味はゲーム全般、学年内で彼の右に出る者はいないと噂され、自宅のノートパソコンは鬼ゲーと呼ばれる超難度ゲームに溢れている、そんな少年だ。某動画サイトで得た豊富なネタ知識を元に交友関係も広く、授業態度が特段良い訳でもないのに成績はなぜか学年上位に食い込む不思議な生徒でもある。家族構成は大卒で大手の銀行に就職した歳の離れた兄と、今年大学に入学した2つ上の姉、そして両親。兄である洋平は上京したため、現在は4人暮らし。家族は龍一の生活態度を特に嘆いたりはしておらず、だからこそ彼もまた自由奔放に生きているつもりであった。

 そんな彼が求めているものは、刺激である。薦められたゲームもそうでないゲームも粗方やり尽くし、一部ではRTA勢に比肩する程の腕前を持つ彼にとって、魔法が使える訳でも、超常的な運動ができる訳でもない日常は退屈でならない。こうして学校の授業を受ける時間も全くの無駄で、早いところ家に帰って、格闘ゲームの新たなコンボレシピを完成させる研究に色々と費やしたい気分である。それをやっててもどうせすぐ飽きるんだろうなと思いつつも、退屈な授業は続く。

 「ねぇ、ねぇ」

隣から小声で話しかけてくる者がいた。入学以来の友人である、禅常寺翔香だ。数年前に両親を亡くしたらしい彼女と龍一は腐れ縁にも近いものがあり、席替えをする度に隣になるため、今では噂のひとつやふたつも立っている。お互いそのことは気にしていないが、それを差し引いても親しい間柄であることに変わりはない。

「放課後さ、暇?」

「まあね」

「どっかに遊びに行かない?」

ここまでぶっこんでくるのは流石に初めてであったが。

「一体どこに行くんですかねぇ」

「ほらそこ、五月蝿いぞ」

教科担任に注意され、せっかくの口実なのでひとまず逃げることにした。口の形で「後でな」と伝え、黒板に目を向ける。読めなかった。授業は続く。

 

 「……であるからして、この関数は……。」

しばらくして、教師の言葉が途絶えた。そのはずであった。

 

ジリリリリリリリリリリリリリ!

 

火災を告げる警報の音が、学校中に響き渡ったのである。直後、大きな爆発音が鳴り響き、窓の外から黒煙が覗く。階下で火事が起こったことは明らかであった。

 教室は一瞬にしてパニックに陥り、男も女も生徒は皆、出口に押しかけていた。様子を見るに、他の教室も同じ有様で廊下がつっかえているらしい。教師は何とか場を統制しようと声を張り上げており、とても落ち着いて状況を把握できてなどいない。この場で最も冷静だったのが、龍一であった。友人からは「天変地異が起こってもお前はしれっとしてるんだろう」とまで評される龍一の図太さは、この非常事態においても失われないのであった。だからこそ、龍一は気付くことができたのだ。

 

 「この学校は我々が占拠した。以後、ここを拠点に我々はこの町に破壊と絶望を齎すであろう」

 そんな、「スクールジャック」とも言うべき校内放送に。

 

 「動くな!」

気付いたときには、龍一もまた叫んでいた。普段あまり大声を出さない龍一の声に面食らったのか、数人の生徒が振り向く。焦り、恐怖、様々な感情の入り混じった表情が龍一を見る。何か言葉を続けなければ、と思ったものの、何を言えばいいのか分からない。放送の内容を伝えたのでは、余計な混乱を招くだけであろう。

 「……パニックを起こしても意味なんてない、結局は避難訓練とやることなんか変わらない……」

そんな龍一の必死に捻り出した言葉もまた、中断されることになった。今度は、悲鳴だった。廊下から聞こえる怒号と絶叫。反射的に、龍一は廊下へ飛び出していた。

 廊下の生徒達はまるで金縛りにでもかかったかのように硬直している。場を信じられないくらいに重い緊張感が支配していた。全員の視線が集まる先には、一人の見知らぬ男。白いタンクトップにジージャンという、土木作業員のような格好をしているものの、その手にはしっかりと銃が握られている。小型拳銃のような形の割には銃身が長く、龍一は見たことがない__つまり相当珍しい型の銃である。

 「なんだぁ? ……お前、まさかオーヴァードなのか!?」

男が何やら叫んでいる。オーヴァード。聞きなれない言葉である。

「何が何だか分かんねぇって顔してんな……ならなんでワーディングが効かねぇんだよ。まあいいが。邪魔になりそうなヤツは消せって命令だからなぁ」

どうでもいいらしい。

「そういう訳だ、死ねぇっ!」

直球すぎる言葉と共に男は龍一に銃口を向け、周囲の動揺にも躊躇わずに引き金を引いたのだった。

 

 人の命を奪う音にしてはやけに軽い銃声が響き渡る。銃弾は廊下の中心を真っ直ぐ突き進み、龍一の胸に突き刺さった。声を上げる間も無く、龍一は倒れ、息絶えた。

 

 

・・・・・

 

 

 目を覚ましたとき、そこは廊下だった。体が痛い。ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡す。先ほどまでの重たい空気は既になく、他に変わっていることと言えば、男がいなくなっていること、そして、皆の視線が今度は龍一に移っていることである。

 「……おい、大丈夫なのかよ」

生徒の1人が龍一に訊ねた。その目線は明らかに龍一の胸を見ている。つられて体を見下ろせば、制服の胸が真っ赤に染まっていた。そうか、自分は撃たれたのかと思い出す。

「……うん」

ひとまずそう答え、立ち上がる。出血は止まっており、特段痛む訳でもない。しかし、周囲から見れば、よほど奇怪で不気味な光景であることも確かなのである。ざわりとどよめきが広がり、龍一を見る目が戸惑いを帯びる。それはすぐに怖れへ変わり、叫びとなって口から飛び出した。

 「バケモノだーっ!」

誰かの一声を皮切りに、皆が皆、龍一を指差し叫び始めた。異様な光景だったが、龍一は何も感じなかった。何も、である。つい先ほどまで一緒に授業を受けていて、休み時間には楽しげに笑っていた仲間が自分に怯えていることを、ただそれだけのこととして受け止めているのである。自分でも不思議だった。しかし、当然である気もした。文字通り生まれ変わったような気分で、自分がここに戻ってくることはないだろうと直感的に理解した。

 「行こうよ」

自分の声も聞こえないのではないかと思うほどの騒音の中で、唯一、龍一の頭の中に直接響いてくるかのような声が聞こえた。声の主を探せば、人込みの最前列に明らかに場違いな姿が見つかる。輝くような銀髪、純白のゴスロリ風衣装を纏い、まるで運命でも見透かすような金の瞳をした少女。同年代としてはあまりに幼い顔立ち、体格だが、龍一はその小さな姿に、神々しさにも似た雰囲気を感じていた。

「行こうよ、キミはもう退屈な日常に埋もれてる必要なんてないんだから。さっきのやつらをどうにかしないと、みんなゲームオーバー。分かるでしょ? ほら、早く」

そう告げて、少女は身を翻し、人込みの中へ消えてしまった。

 一瞬、周囲を見渡し……龍一も、彼女を追って駆け出した。彼が通ろうとする道は、生徒達が自ずと空けた。それがどんな感情によるものかは、今は関係ないだろう。人込みの外にいた翔香と一瞬目が合ったが、話しかけている余裕もない。気付けば、少女は廊下の向こうに立っていた。やるべきことは分かっている。彼女に従い、そしてテロリストどもをぶちのめす。何かに取り憑かれたように、龍一はその場を後にした。その背後で、何かを言い出そうとした翔香のことを、彼は知る由もない。

 

 廊下の突き当たりの角を曲がったところで、少女は待っていた。

 「状況保存(ステートセーブ)。わたしが誰だか分かるでしょ?」

その言葉で、龍一はやっと現実に引き戻されたようだった。今度は紛れもなく彼女の口から発された台詞は簡潔で、しかし龍一にとっては大きな意味のある言葉。

 「……分からない」

「そんなはずない。わたしはキミのよく知っている存在だから」

「だって、君がこんなところに在るはずがないんだ」

彼女の姿は、かつて龍一が一度だけ描いた絵に酷似していた。衣装、体格、顔立ち。思い描いた口調すら一致していたのだ。

「わたしは『0%』でない限り必ず可能にできる。一番知ってるのはキミのはずだよ」

真実だった。あらゆるランダム要素を自在に『調整』する彼女には、0%か100%しか存在しない。彼女の活躍に一役買ったこともあってか、龍一はその言葉に自然と納得できてしまった。

 かつて描いた、空想上の人格。遍くネットユーザー達の中で、ある意味で神格化されている存在。

「……それじゃあ、教えて。今ここで何が起こっているのか。君なら分かるんだろう?」

 

 __TAS(タス)さん。

 

 

・・・・・・

 

 

 「いい、龍一。CQCの基本を思い出して」

「問題ない、見た目だけなら覚えてる」

「ならばよし!」

 かつてない全速力で廊下を駆け抜ける。人ならざる速度で疾走する龍一を先導するように少女は飛んでいる。

 少女こと、TASさんの説明は以下のようなものだった。

 つまり、この世界は実はアニメやゲームのような世界に変貌していて、龍一はその非日常に巻き込まれたのだということ。

 超能力を悪用しようとしている組織の末端が、この学校を乗っ取ろうとしていること。

 そして、TASさんは変貌した世界の力と人間の思念が意思を持ち、それが龍一の絵に宿って生まれた、龍一にしか見えない存在であること。

 テロリストである犯人達を叩きのめし、野望を阻止する。非日常の一員、超人(オーヴァード)となったことで、龍一の身体能力は飛躍的に上昇していた。ゲームのような物理法則を無視した移動が可能になった龍一と、あらゆるゲーム要素を完璧に把握できるTASさんのコンビは、正に凶悪、という言葉に尽きた。

 「いいかい、キミはもう普通の人間じゃないんだ」

「分かってる、こんなに体を軽く感じたのは初めてだよ」

「それじゃ、任せたよ。職員室の扉はもう開いてる。敵のいる放送室の扉は閉まっているけれど、合言葉を言えば中から開けてくれるようになってるよ。ワードは『ネズミの尻尾』。相手するべきは3人。部屋の中、中央と奥、右手にいる3人がそれだ。左手にもう一人いるけど、放っておいたほうが速いよ」

「流石だなぁ……それじゃ、突入だ」

 職員室前で直角に曲がり、跳躍。扉の正面の壁を蹴って無理矢理向きを変え、頭から扉に突っ込む。当然、龍一の速度がそれで止まるはずなどなく。

「ネズミの尻尾!」

叫んだ龍一の先で、放送室の重厚な扉が開き。

追記(ロード)

「飛鳥文化アタックゥ!」

部屋中央にいたテロリストの一人に回転しながら直撃。吹き飛んだテロリストが奥の壁にもたれていたもう1人に突っ込み、2人で意識を手放す。

 1人目にぶつかったことで急停止した龍一はその状況を見届けることなく、右手に向かう。アサルトライフルを所持した相手が銃口を向けるも、時既に遅し。一気に懐に潜り込んだ龍一の一撃が鳩尾にめり込み、情けない声を漏らして崩れ落ちる。左手にいた最後の1人が逃げ出し、放送室は無事奪還されたのであった。

 「状況保存(ステートセーブ)。……放送室突入から殲滅まで156(フレーム)。素晴らしいタイムだよ」

TASさんの涼しげな声が、勝利を告げる。およそ2秒半。銃火器で武装したテロリスト達が、たった1人の男子高生に無力化されるまでの時間であった。




ここまでの追記回数:1回

用語・ネタ解説
・RTA(リアルタイムアタック)
TASと違い、ツールを使わない(=実機で人力のみで)ままタイムを競う競技。中にはTASばりの裏技やテクニックを用いたものもあり、ゲーム作品によってはTASのタイムとRTAのタイムがほぼ横並びになることもある。

・オーヴァード
ダブルクロスにおける物語の主軸となる超人たち。ウィルスによって発症した超能力を操り、また並々ならぬ再生力を誇る。その能力は系統別に13種のシンドロームに分類され、すべてのオーヴァードは13種中1~3種類のシンドロームを有する。

・ワーディング
オーヴァードに備わる基本能力のひとつ。オーヴァードでない一般人を完全に無力化する領域を展開する。別名「ご都合主義結界」。

・状況保存&追記
どちらもTAS用語。状況保存は人によって「クイックセーブ」とも呼ばれる。その時点でのキャラクターやマップ、その他乱数などの状態を保存する。
対して追記は、状況保存したファイルを読み込み、全く同じ状態から再びゲームを開始すること。TASはこのセーブ&ロードを繰り返すことで作成される。

・『調整』
ここでは乱数調整のこと。ゲーム内部の計算処理における変動する数値を事前の行動などで調整し、望む結果を引き出すことができる。エミュレータによる、ゲーム内乱数表示機能のなせる技。

・「CQCの基本を思い出して」
メタルギアソリッドより。敵兵との戦闘に臨むスネークに、オペレーターが発した台詞。TAS、及びビッグサルの名で知られるアノ人に対してのこの台詞が正に釈迦に説法(馬の耳に念仏ともいう)といった様子であったため、ネタとしての認知が広まってしまったといえる。

・ネズミの尻尾
ファイナルファンタジーⅣより、バブイルの塔に出現するプリンセスプリンという敵のレアドロップアイテム。そのあまりのドロップ確率の低さに日本中のやりこみ勢が泣いた。無論、TASさんにドロップ率の低さなんて関係ない。
今作中でなぜテロリストがこれを合言葉にしたのかは不明。

・飛鳥文化アタック
元ネタはギャグマンガ日和において聖徳太子が発動した技。膝を抱えて丸まり、縦に高速回転しながら相手に突っ込む。その様があまりに珍妙であることから、似たような技を持つキャラクター達の代名詞になりやすい技。TAS的にはSFCドンキーコングでの登場が有名。

・F
時間の単位で読みはフレーム。60分の1秒。


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