やはり俺がアニメを作るのはまちがっている。 (ソラリス隊長)
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明日に向かって えくそだすっ!

初投稿です!正直ヤケクソで投稿しました!こんな駄作者ですがどうか長い目で見てやってください。


 

総武高校を無事卒業し、適当な大学に進学し、これまで通りのぼっちライフを送っていた俺はとうとうこの春、社会という名の地獄の一丁目に放り出されてしまった。

高校時代、あれほど働きたくないでござると連呼していたのだが、所詮男は働かなくてはいけない可哀想な生き物だという事は薄々気づいていた。いざ社会人になってみるとあの暗い高校生活でさえ今の俺にとってはかけがえのない大切な日々だったと思える。

由比ヶ浜と雪ノ下との関係は呆気なく終わるという俺の予想は裏切られ、今でも月に一度か二度の頻度で出会っている。こんなの昔の俺じゃ考えられなかったな。やっぱり社会人になって少し大人になったんじゃね俺。

さて、細かい事は置いて俺が就職した会社について説明しよう。

なんと就職先はアニメーション制作会社でしたぁ。わーい、これで大天使な戸塚と小悪魔な小町をメインとしたアニメが作れるぞー。タイトルはそうだな、『やはり俺と天使と小悪魔の恋愛はまちがっている。』ってな感じかな。……長文タイトルはもう流行らないか。

話が脱線したが色々あってこの俺、比企谷八幡は最愛かつ最強の都市、千葉県を離れて東京にある武蔵野アニメーション、略してムサニに就職する事が出来た。……本音を言うと専業主婦になりたかったなぁ。いや、まだ諦めんぞ。アニメーション会社って以外に幅広く活動してるし、もしかしたら何処かで素晴らしい出会いがあるかもしれん。……まあ、俺みたいな自己紹介ですら噛んでしまうコミュ症が広報活動なんか出来るわけないか。

 

「ちょっと比企谷さん、大丈夫ですか?さっきから心ここにあらずって感じですけど……」

 

「……いえ、少し現実から目を背けたくなったもんで。後、頼みますから少しは安全運転を心掛けませんか?」

 

「それは無理です。今からアレと競争しなくちゃいけませんからね」

 

今俺が喋っていたのは同じ会社の上司、宮森あおい先輩。つってもたった一年しか差が違わねえけどな。てか俺の方が年上、年上だから。ここ重要。

しかし、社会というのは不思議なもので必ずしも年上が敬われる訳ではないのだ。ほら、平塚先生だって雪ノ下や川……なんとかさんにボロクソ言われてる時あったし。……あの人、今なにしてっかなぁ。ちゃんと結婚出来てっかなぁ。……いかん、今悪寒が……。これ以上あの先生の話をするのは止めておこう。

この先輩、普段は普通に仕事をしているザ・仕事人といった何処にでもいそうな感じの人なのだが、車に乗るともう別人。だって鼻歌歌いながらドリフトするんだぜこの人。初めてこの人が運転する車に乗った時なんてもう吐き気が止まらなかったし普段の腐った目が1.5倍ましで腐ってやがった。会社に戻ると高梨に「わっ!?ゾンビが服着て歩いてやがる!?」なんてマジな表情で言われるほどの重症だ。そこらのジェットコースターが可愛く見えるぜ。

 

……さて、今日もその地獄の時間が始まるのか。

赤信号の前で並ぶ二台の車。向こう側の信号が赤色に変わると同時に、車内で息を飲む音が聞こえる。まあ、俺のなんだけどね。そして遂に目の前の信号が青色に変わってしまった。

 

「比企谷さん、舌噛まないで下さいね!」

 

「いや、ちょっと、ここ時速50㎞の道路なんだけどぉぉぉ!?」

 

普段の俺では考えられない絶叫が腹の底から出てくる。……キャラ崩壊とかいうなよ?実際体験すると本当に笑えないから。

右へ左へとドリフトしながら山道を進む二台の車。ねぇ、これアニメを作る作品だよね?どっかのレースアニメみたいになってんだけど。

隣の宮森先輩は先程から歌いながらドリフト走行を難なくこなしている。もうレーサー目指せばいいのに。はぁ〜、小町ぃ。最後にお前の顔だけでも拝みたかったよぉ〜。

ドリフト走行タイムが終わり、やっと普通の道に出て来ることが出来た。お、終わった、本当に心臓に悪い。……あ、徐行の標識。

標識を無視して目の前を先行してた車は工事中の道路に嵌ってしまい、回転しながら目的の曲がり角を超えてしまう。そりゃあのスピードじゃすぐには止まれないだろ。

宮森先輩はゆっくりと曲がり角を曲がり目的地の駐車場で車を止めた。後ろの車には悪いが駐車場はこの一つしかないので要件が済むまで待ってもらおう。

 

「くそっ!またお前か宮森あおい!」

 

「へへっ、富ヶ谷さんお先です」

 

本日も宮森先輩の勝利。残念でした富ヶ谷さん。本日もご苦労さんです。

心の中で富ヶ谷さんに合掌していると、すでに宮森先輩がインターホンを押していた。

 

「武蔵野アニメーションの宮森あおいと比企谷八幡です。『えくそだすっ!』、四話の作監上がりをいただきに上がりました」

 

「はーい」

 

声と同時に扉が開き中から一人の女性が姿を現わす。

この人は瀬川 美里さん。フリーランスの女性在宅アニメーターだ。仕事には結構厳しい人で、仕事嫌いの俺との相性はあまり良くない……と思っている。

作監者の所にせがわと平仮名で書かれ、その下にスマイルマークが添えられる。

 

「今日ちょっと少ないんだけど」

 

これで少ないとは貴方どれ程の仕事人ですか。

 

「いえいえ、ありがとうございます」

 

「今夜もう一話始まっちゃうもんね〜」

 

「始まっちゃいます。いよいよです!」

 

「そうだ、宮森さんは楽しみなんだ。私は一話の放映前が一番緊張する。待った無しの1クール13本が始まっちゃうよぉ〜って」

 

「瀬川さんが入ってくれてすごいクオリティになってますよ。監督も大喜びですもん!」

 

「本当〜?だといいけどなぁ〜」

 

そう言って瀬川さんが勢いよく背伸びをする。それによって二つの巨大な質量を誇る物が大きく強調された。あ、あの男子の目の前でその格好は流石に良くないですよ。隣の宮森先輩なんかは目を輝かせてソレを見ている。どうやら乳トン先生の万乳引力の法則は男女共に有効らしい。なんの発見だよ。

 

「んー、やっぱり肩こっちゃって」

 

「……やっぱり大変ですよね」

 

その大変は一体何に対してですか宮森先輩。

 

「ところで、比企谷くん大丈夫?さっきから顔が青ざめてるけど、あと目が何時もの二倍ましで腐ってるわよ」

 

「いえ、全然、お気に召さらず」

 

くそ〜、やばい。マジで吐き気が止まんねえ。未だに頭がシェイクされている感覚。

 

「比企谷くんも頑張ってね。『えくそだすっ!』楽しみにしてるよ」

 

「……うす、まあ、頑張ります」

 

瀬川さん宅を後にして再び車に乗り込む。あ、富ヶ谷さん、待ってたんですね。ご苦労さんです。再び心の中で富ヶ谷さんに合掌し、俺たちは武蔵野アニメーションに向かって車を走らせた。

 

 

「戻りましたー!」

 

武蔵野アニメーションのドアを開け中に入ると電気は点いていたが人の姿は何処にもなかった。不審に思ったのか、宮森先輩もあちこち見渡している。

 

「比企谷さん、今日何かありました?」

 

「いえ、何にも聞いてないですけど」

 

この階には誰も居ないと判断し、階段を上がって一つ上の階を覗いてみる。誰も居ないと思っていたら、一つだけ明かりが漏れている部屋を発見した。中からは大勢の喋り声も聞こえてくる。宮森先輩は一瞬俺の方を見て、明かりの点いている部屋を指差す。……とりあえず開けてみるか。

扉を開けてみると、そこには武蔵野の従業員が勢ぞろいして話をしていた。机には大量に並べられた料理、そして中央には少し大きめのテレビ。その下には貧乏ゆすりをしている監督。

 

「今期はやっぱりファイトかなぁ」

 

そう言ったのは『えくそだすっ!』制作デスクの本田さん。

 

「注目度だと…やっぱりGコレじゃないですか?」

 

そう返したのは制作進行の落合さん。

 

「いやそこはウチの『えくそだすっ!』ってズバッと言い切りましょう!」

 

そう力強い発見をしたのは同じく制作進行の高梨さん。……囲みに俺の絶対に許さないリストに登録してある奴だ。

 

「ヘぇ〜、あのスタジオ出身だったんですね〜」

 

「そうそう、あそこもトイレが最悪で」

 

「木佐さん自転車で20キロも痩せたんですって〜。でも怪我して入院して23キロも太ったらしいですよぉ〜」

 

「なんか緊張するね、オンエアって」

 

「そうですね、私の絵でいいのかなって感じです」

 

「あれ?そういえばナベPは?」

 

「テンパイでしょ、何時もの事」

 

「一話の放映なのにありえない」

 

「ナベPだから」

 

「監督、もう実況始まってますよ」

 

「い、いちいち言わなくていい!」

 

「円、お前ネット見すぎ!」

 

「お、宮森さん、比企谷くんも、カレーあるよカレー」

 

「あ、はい」

 

「うす、貰います」

 

「みゃーもり、こっちこっち」

 

宮森先輩は矢野先輩に呼ばれてそっちへ向かった。さて、俺は何処か静かな所でゆっくりとカレーを食べるか。まあ、俺が行くところは大体静かな所だ。正確には俺が行くから周りが変な空気になって静かになるまでである。それは置いといて、えーっと……何処か空いている席は……

 

「遅いぞ八幡! 早く我の所に来い!」

 

……何処か空いている席は……、

 

「は、八幡? 聞こえてるよね? 我の声聞こえてるよね?」

 

……何処か……空いている席は……、

 

「は、八幡〜。無視しないで、本当頼みます」

 

「おい、とうとう素が出てるぞ材木座」

 

くそ、流石に周りからの早く行ってやれの目線に耐えきれなくなってしまった。誰だよアイツの隣空けといた奴は。これなら「はい、奥から詰めていってー」の方が断然ましだった。囲みに中学の時、前に詰めすぎて女子と急接近した時、理由も無しに思いっきり泣かれた。周りからは俺が泣かした様に見えたらしく、後で教師に叱られる始末。教室に戻ると泣いていた本人は「ナル谷に近づかれてマジ最悪〜」と笑っていた。

 

「八幡?目がすごい勢いで腐っていってるぞ」

 

「気にすんな。元からだ」

 

渋々と材木座の隣の席に腰掛ける。

俺の隣に座るのは霊長類中二病科の材木座義輝とかいう見た目は熊、中身は中二病の何から何まで残念な男。残念に定評がある俺が唯一残念な奴と思える程残念な奴だ。

コイツとは高校の体育の時間に知り合い、その後、事あるごとに俺に自作のラノベを読まそうと俺に付きまとう様になった。ぶっちゃけストーカー染みた奴だが、その心はとても努力家でどんな非難や罵詈雑言を言われようと自分の好きな事に熱中出来るという大変羨ましい才能を持っている。コイツならいつか本当にラノベ作家になれるんじゃないだろうかと何度か思った事がある。……しかし……今俺の隣にいる事が最終的な結果だ。

 

「わっはっは! 八幡!あと三分!あと三分で我らが作り上げた至高の作品が放映されるぞ。高校の時より夢に見たアニメーターに今、我はなっている!」

 

お前が高校の時に見た夢はラノベ作家だろうがと思ったのは恐らく俺だけではない筈だ。読者の方もそう思っているだろうと思っておこう。

 

「あと20秒です。ハッシュタグでも付けてツイートでもしますか?」

 

「んん! ネットはやらん」

 

「貧乏ゆすり辞めてもらえます?」

 

「ごめん」

 

「あと10秒!」

 

その言葉を聞き、この場にいる全ての人が感嘆の声を上げる。あと、高梨先輩うるさいです。

 

「なな!ろく!ごー!」

 

「太郎静かに!」

 

俺の気持ちを矢野先輩が代弁してくれた。そうこうしている間にも放映時間は迫る。

次第に周りの声は小さくなっていき、テレビの音がやけに大きく聞こえてくる。

そしてCMが終わると、『えくそだすっ!』のオープニング曲が部屋全体に響き渡った。

 

「おおっ!」

 

「始まりましたね〜」

 

「わ、分かってるよ」

 

それからは全員がただ静かにテレビの画面を凝視していた。もちろん俺もだ。ただ隣の材木座が祈るような格好をして、「どうか我の書いたとこがミスりません様に」と先程から呟いていた。……お前が担当したの三話だから今日の放映は関係ないだろ。

 

『来週も明日に向かって えくそだすっ!』

 

放映が終わるとあちこちから拍手や感嘆の声が聞こえてくる。これがアニメを作った達成感か。自分が作った訳ではないが、言葉に出来ない達成感が体全体に流れてきた。

 

「丁寧に作ってあって良い出来じゃないの木下くん」

 

「あ、ありがとうございます。頑張ります」

 

「キーワードランキング2位来ました!」

 

「だからいいってそういうの!」

 

「早いなぁ、もう感想か〜。そこそこ評判良いですよ〜」

 

デスクの本田さんが前にいる監督に評価を伝える。「……そこ、そこ?」と監督の小さく聞こえて来た声は無視しておこう。

 

「良かったすね。禊すんだんじゃないっすか?」

 

そう言った高梨先輩はすぐさま矢野先輩に叩かれていた。あの人本当空気読んでないな。

木下監督は「み、そぎ……」と青ざめた表情で自身の腹を摘んでいる。流石にコレはスルー出来なかったのか社長が無理矢理話を変えた。

 

「ああ、みんなおかわりあるからね。どんどん食べて」

 

「はいはい!いただきまーす!」

 

すぐさま気不味い雰囲気を作った高梨先輩がカレーを貰いにいく。先程から静かな材木座は一心不乱にカレーを食べていた。……何があったお前?

 

「しかし、来週は二話か〜、早えよなぁ」

 

「てことはその次は三話……」

 

「は!?」

 

「? どうしたの太郎くん?」

 

「いや、いいです。お腹一杯です」

 

どうしたんだ突然。高梨先輩はすぐに自分の席に帰っていった。そして正座で席に座る。……何故に正座?

 

「八幡!我カレーおかわりしてくる!」

 

「お前はいちいち俺に言わないと行動出来ないのかよ」

 

放映が終わりそれぞれが思い思いの時間を過ごす。約7年ぶりに元請として制作している『えくそだすっ!』。俺と材木座だけでなく、宮森先輩や安原先輩などにとっても初めて携わる作品だけあって成功させるという意識は高い。

しかし、俺はまだ知らない。

この作品を介して思い知るアニメーターの苦悩や挫折、そして喜び。それら全てを体験するのはまだまだ先の事になるのだが……この作品の存亡の危機はすぐ目先まで迫っている事に約一名を除いて誰も気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき感謝です。何が良くて何がダメなのか、今後の参考にさせていただきますので感想よろしくお願いします。


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明日に向かわぬえくそだすっ!

一週間に一度とか言いながら結局投稿します。といっても少しだけですが。


 

 

「お先でーす」

 

「「お疲れ様です」」

 

落合先輩に挨拶し、再び俺は自分の仕事と向き合う。作業進行表を作るのも楽じゃないな。でもこのペースなら余裕を持って完成させる事が出来る筈。……やばいな。入社してもうじき半年を迎えるがあまりにも社畜に染まりすぎてないか俺。これも奉仕部効果の副産物なのか?

 

「俺、この進行表が埋まって四話が完成したら……吉祥寺のペッカドーナツ一気食いするんだぁ」

 

目の前で仕事をしている宮森先輩はそんな事を口にしていた。この人本当ドーナツ好きだな。

すると視界の端っこで奇妙な動きをする人物が目に入った。先程からスクワットやら腕立てなど様々な運動をしているが……正直怪しい。

 

「……どうしたんですか高梨先輩。終わったのに帰らないんですか?」

 

あまりにも怪しい行動をとるので自然と聞いてしまった。

 

「え!? いや、まあっ!ちょっと……」

 

後半にかけて高梨先輩の声は段々と小さくなっていく。益々怪しい。大丈夫かこの人。

 

「太郎」

 

「でゃひ!?」

 

本田さんが高梨先輩を呼ぶだけでこの反応。

 

「三話のラッシュ 差し替え終わってるか?あ、比企谷くん、明日記録頼める?」

 

「……あ、はい。えっと、十二時からですよね?」

 

「え!?あ、うん……」

 

高梨先輩は人差し指同士を合わせながら小さく返事をする。普段の騒がしさとは大違いだ。やっぱり何かあったなこの人。業務に支障が出なければいいのだが。

 

翌日

 

「おはようございます」

 

「「「「「おはようございます」」」」」

 

「はーい、おはよう」

 

今日もいつも通りの朝礼が行われる。朝礼をする度に 今日仕事か……というナーバスな気分になってしまう。本当、早く専業主婦になりたーい。すると社長のお話が始まる。

 

「昨夜、我が社が七年ぶりに元請となった『えくそだすっ!』の第一話が放映されました。たった1クールですがあと十二本、気を抜かずに頑張っていきましょう」

 

「デスクから連絡で〜す。本日十二時から三話のオールラッシュを行います」

 

デスクの本田さんから今日の業務内容が知らされる。すると今度は矢野さんと落合さんが口を開いた。

 

「十七時から七話、カッティングの予定です」

 

「十八時から六話の3Dチェックをやります」

 

「総務からですが、最後に帰る人は必ずエアコンを消すようにしてください。あと、冷蔵庫に賞味期限が切れた物が幾つかあります。今週末までに片付けてください。……あと、比企谷くん、冷蔵庫にMAXコーヒーを入れすぎです。せめて五本以内に抑えてください。以上です」

 

嘘だろ? 俺の仕事中唯一の癒しの飲み物を五本までしか入れられないだと?そんなの一日で無くなってしまうではないか。これはあとで興津さんに異議を申し立てなければ。まあ、100%負けてしまうのが目に見えてるけど……。

 

「では本日も、じゃなかった。明日に向かってえくそだすっ!」

 

「「「「「……お、おう…」」」」」

 

……どうすんだよこの雰囲気。

 

 

俺は、昨日本田さんに言われていた三話の記録をとっている。

次々と順調に画面が変わっていく中、数秒だけ違和感のある場面がでてきた。

今の場面、色が付いてなかったぞ。

 

「……ラッシュ止めろ。戻してもっかい見せて」

 

もう一度先程の場面を見てみるがやはりその場面だけは色が付いていなかった。予想外の出来事に本田さんが困惑の声をあげる。

 

「あれ!? コンテ撮のまま?なんで色ついてないの?」

 

「あ、そういや俺まだこのカット チェックしてなかった〜。……これさ、何で?」

 

先程の困惑した声から一変、含みのある強張った声がラッシュを流していた高梨先輩に向けられる。高梨先輩は一瞬、ビクッとした後声を発する。

 

「ラッシュがコンテ撮のままってどういうことか分かる?動きのタイミングも分からないし、効果音も付けられないよね!?」

 

「はい!」

 

「つまりダビング出来ない……完成出来ないってことだよね!?」

 

「はい!」

 

「俺の言うこと間違ってる!?」

 

「はい!じゃ、ぢゅぢょぢょちょじゃなくて、間違っていません!」

 

成る程、昨日の高梨先輩の奇行はこの事があったからか。分かるよ先輩。クラスの席替えがある日とかとても現実逃避したくなるよね。だって隣になった女子が何時もコッチを見て「ナル谷の隣とか最悪〜」とか言って周りの女子と意気投合するんだぜ。やっぱ仲良くなる一番の方法は誰かを敵にする事だな。おっと話がすごい脱線してしまった。

ん?でも差し替えが出来てないだけで絵の素材があればすぐに出来るんじゃないか?

 

「ま、まままぁ、アレだよね、ただの差し替えミスだよね? 絵の素材はあるんだもんね?」

 

流石にベテランとなると俺の考えている事などみんなとっくに思っている。。本田さんにそう言われた高梨先輩は無言で正座の姿勢に入る。

 

「申し訳ありません!実は原画は上がっておりません!上がる予定もございません!」

 

言い切る頃には高梨先輩は土下座の姿勢に入っていた。この人の人生、もしかして俺より土下座をしているのではないだろうかと思った程の綺麗な土下座だった。

 

「なんべんもなんべんもな〜んべんも俺言ったよな!?あの人絵は上手いけど遅いから気をつけろって!……そりゃあ俺ももっと早く気付くべきだったけどさぁ」

 

「は、いいぃぃじゃなかった」

 

「お前が「大丈夫っす」て言うから任せたんじゃねえか」

 

「大丈夫くありませんでした。やっぱ無理って一昨日戻されました」

 

「諦めんなよ!代わりの原画マン探せよ!」

 

「いや、一応俺の持ってるカード全て使ったんですけど、ことごとくノーでございました!」

 

「どうしましょう監督、視聴継続かキリか……最初に山場の第三話、さらにその見せ場の超重要カット、それが只の止め絵で十数秒なんてことになったら……」

 

黙って他の人を観察していたら監督からは冷や汗がダラダラ出ていた。監督のあの表情は見覚えがある。あれはトラウマが呼び起こされている時の表情だ。

 

「社内で何とか出来ないんですか?橋下さんとか内田さんとか居るじゃないですか」

 

一応助言をしてみる。しかし結果は火を見るより明らかだった。それくらいの考えなら監督達の間でとっくに出ていたことだろう。

 

「あー、いや、まだ無理だろ。他の作品にも携わってるとか言ってたし」

 

「じゃあ杉江さんは……」

 

「萌アニメなんて書けるわけねぇじゃん!ありえないって、無理」

 

「えっと、じゃあ安原さんと材木座は……」

 

「新人原画にはまだ無理だろ。勝負カットなんだし……」

 

「……万策尽きたー!!」

 

とうとう誰一人口を開かなくなり、暗い雰囲気の部屋に本田さんの雄叫びだけが響き渡った。

 

 

 




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一難去ってまた一難。つまりは無限ループ

三話投稿します!お気に入り登録や感想をくださった皆様には本当に感謝しています!


 

 

「どうしたんですか?みんなして……」

 

部屋中が暗い雰囲気に包まれている中、扉が開いて宮森先輩が入ってきた。それを見て監督が何か思いついたのか宮森先輩を指差した。

 

「瀬川さんに、頼めないかな?」

 

「え?」

 

「瀬川さんって、四話の作監の?」

 

「成る程」

 

いや、全然成る程じゃないでしょ。ただでさえあの人四話の作監をしている最中なのに三話まで任されたらいくら働き人のあの人でも倒れちゃいますよ。

で、結局俺と本田さん、宮森先輩と高梨先輩で瀬川さん宅へ行ったが、俺たちの姿を見るなり無言で戸を閉めようとした。本田さんが何とか引き止めて現状の説明を行う。

 

「わ、おもっ、原画アップいつまで?」

 

「えっと、明後日……午前中まで……です」

 

「それは無理」

 

「ですよね」

 

俺との会話が終わり、次にデスクの本田さんが頭を下げる。

 

「お願いします!瀬川さんにしか頼めないんです!」

 

「しゃす!」

 

「ラフ原でも構いませんから!」

 

「それはやだ。やるならちゃんとやりたいし」

 

おお、この状況でもちゃんとやるという意気込みはもう雪ノ下クラスの真面目さだ。

すると瀬川さんは俺と宮森先輩を交互に見ながら尋ねてくる。

 

「……もし私がこれをやったら四話はどうするの?明日作監アップなんでしょ?」

 

「それは一旦止めていただいて…」

 

すると本田さんが代わりに答えてくれた。

 

「えぇっ、……それと三話の作監、遠藤君でしょ?遠藤君と演出の円さんは何て言ってるの?」

 

本田さんが遠藤さんに電話をかけている間、瀬川さんが再び俺と宮森先輩に尋ねてくる。

 

「私の方はともかくだけど、作監の作業が止まるって事はその尻拭いを後の人たちにに押し付ける事になっちゃうの。君達はまだまだ分からない事の方が多いかもしれないけど、一話作るのにも沢山の人たちの苦労がある事を覚えててね」

 

「はい、本当にすみません」

 

宮森先輩は頭を下げて瀬川さんに謝る。

そして俺の方に目線を送り、比企谷さんも、とアイコンタクトをしてくる。

 

「あの、瀬川さん……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「本当に大丈夫なんですか?頼んでる此方から言うのはおかしいですけど、このスケジュールはかなり困難ですよ。徹夜しても間に合うかどうか分かりません。それに瀬川さんはこの後に四話の作監も……」

 

そこでやっと気付いたが、瀬川さんは俺の方を見て鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしていた。いや、俺って今とても心配したのにその表情は一体何ですか?すると隣にいた宮森先輩までもが俺の方を驚愕の表情で見つめている事に気付いた。俺って一体どんな奴だと思われてるんだよ。……あ、ただのボッチな奴でしたね。テヘペロ☆ ……平塚先生がいたら殴られてたな今。

 

「……比企谷さんが……人を心配した!?」

 

「ちょっと待ってください。そこでそんなに驚かれると俺もどう反応すればいいのか分かりません。俺だってきちんとした一人の人間なんですから心配くらいしますよ」

 

「ありがとう比企谷くん。けど大丈夫。三話も四話もちゃんと放映出来るように頑張るから」

 

そう笑った瀬川さんの表情は高校時代、文化祭の実行部で見た雪ノ下と同じ表情をしていた。大丈夫だから、とそう言っていた雪ノ下はあの後、過度な疲労により学校を休んでしまう羽目になってしまった。

……瀬川さんは大丈夫なのだろうか?

そして遠藤さんとの電話を終えた本田さんがこちらに戻ってきた。

 

「頼めるなら是非お願いしたいと」

 

「本当かなぁ。……四話本当に大丈夫?」

 

「……確信を持って断言は出来ないです。けどやれる事はやります。なんの根拠もない勝手な意見ですけど……必ず放映させます」

 

「大丈夫です。なんとかする……いや、なんとかします!」

 

「しゃす!」

 

俺と宮森先輩、あとついでに高梨先輩の言葉を聞いた瀬川さんは悩んだ表情を一瞬浮かべるが、突然鋭い目をして高梨先輩に目線を向けた。

 

「……高梨くんだっけ?回収は君じゃなくて比企谷くんと宮森さんにお願い出来るかな……なんかそれイラっとする」

 

すると瀬川さんはこちらを振り向き笑顔を浮かべて俺と宮森先輩の肩を叩いた。

 

「この業界にいたら少なからずこんな感じのアクシデントに見舞われる事もあるし、それ以上の苦しみを味わう事もあるかもしれない。そこの高梨くんみたいに半端な気持ちでいるようなら正直辞めた方がいいと思う。それでも君達二人には何か不思議な物があると私は思うな。それがどういった物かは私には分からないし、多分私には一生かけても手に入らない物だと思う。だからその才能を無駄にしないで」

 

才能か……。そんなの考えた事もなかった。

瀬川さん宅を後にして、とりあえず今日の仕事は全て終わったので挨拶をして自宅へと向かう。自宅へと自転車を漕いでいる間も瀬川さんに言われた言葉が頭の中をリフレインする。

才能ねぇ……例えば由比ヶ浜の場合だと空気が読めるところ…とかか? 雪ノ下だと……うん、アイツは才能の塊だったな。じゃあ、比企谷八幡の才能は……ボッチ、高校時代国語学年三位……ボッチは才能ではないな。これが才能ならもう俺は神すら超越しちゃってるレベル。なんなら全世界で比企谷教が崇拝されていることだろう。そうなったら世界終わりだ。

 

現在一人暮らしをしているアパートに到着し、駐輪場に自転車を止める。てか免許取ったのになんで車買ってくれないんだよあの親父は。大学に合格した小町には最新の電動自転車を買っていたのに。おのれ許すまじ。

なので家には仕送りなど送っていない。ちなみに小町には月一万円渡している。し、仕方ないだろ。だってアイツに上目遣いで頼まれて断れるような心臓持ってないし。むしろ断った奴は殴りに行くまでである。俺、小町のこと好きすぎでしょ。

 

「はぁ〜、疲れた」

 

誰もいない部屋にただいまと一言いれ、ベッドに倒れこむ。入社半年、初めて携わるアニメ制作、そして初のアクシデント。出だしがこれで残り十二本もやっていけるのか俺たち。

 

「うわっ、ヒッキー目が死んでる! いつも以上に死んでる!」

 

やばいな。疲れてる所為なのか、目の前にいる犬のぬいぐるみが喋ってるような気がする。とうとう俺の耳は目と同様腐ってしまったのだろうか?

 

「止しましょう由比ヶ浜さん。この男の目が死んでるなんて何時もの事だわ。それよりも、なぜ四話の作監を止めてしまうのに断らなかったのかしら。これはあのダメ男の不甲斐なさが生んだトラブルなのに貴方や瀬川さんが不利益を被る必要はないと思うのだれけど」

 

今度は隣の猫のぬいぐるみが喋っていやがる。ははっ、俺ももう末期か。最後に戸塚と小町に会いたかった。

 

「し、仕方ないよ。監督とデスクに言われたら断れないだろうし……」

 

「それもそうね。ならあのダメ男に責任をとってもらいましょう」

 

「ねぇ、ゆきのん。さっきから言ってるそのダメ男って誰の事?」

 

「あのモヒカン男よ」

 

「あ、高梨さんだっけ?……責任って?」

 

「……そうね……死ぬまで仕事、死ぬまで雑用、死ぬまで奴隷……かしら?」

 

「死ぬまでなんだ!? けどヒッキーをこんなに疲れさせるなんて酷いよね!」

 

「ええ、当然の報いだと思うわ」

 

「えへへ、ゆきのんも何だかんだ言ってヒッキーの事が心配なんだ」

 

「わ、私は、その、友達として当然の事を言ってるだけよ……」

 

「えへへ、ゆきのん!」

 

「ちょ、ちょっと、由比ヶ浜さん、抱きつかないでくれるかしら?」

 

 

「はっ!?」

 

いかんいかん! 一瞬犬と猫がじゃれあっている夢を見てしまった。ってか今の夢だよね?机の上に置いてある由比ヶ浜から貰った犬のぬいぐるみと雪ノ下から貰った猫のぬいぐるみが規則正しく座っていた。……ほんと疲れてんな俺。

 

 

 

くそっ、結局ろくに寝れてねえ。

えっと、瀬川さんの原画は十三時頃に終わるらしいから……それまで寝てていいかな。

 

「比企谷さん、この書類の整理お願いします」

 

「比企谷くん、冷蔵庫のMAXコーヒーが減っていなかったので昨日私が全部お持ち帰りしましたよ」

 

ははっ、そうですよねぇ。他にも仕事ありますよねー。あと興津さん、土下座するのでMAXコーヒー返してください。それがないと僕明日から生きていけません。

しぶしぶと自分の仕事を減らして行くと、そろそろ瀬川さんが原画を書き終える時間になっていた。どうする? 早めに瀬川さんのとこに行って待った方がいいのか……。

 

「比企谷さん、そろそろ時間ですよ」

 

「そうだぜ、直撃してせっつけよ。詰めが甘いんだよなぁ」

 

あんたに言われたくねぇ。本当反省してねえなこの人。隣の宮森先輩なんかは小声で「ミンチィ……」と言ってた。怖いです。本当に怖いです宮森先輩。一体何をミンチするつもりですか。

 

「けど、瀬川さんから連絡を待った方が。直ぐに行くと瀬川さんの邪魔になってしまうかもしれないですし」

 

「確かに、そうですね。もう少し待ってみましょう」

 

そう結論を出し、もう少しだけ休憩する。決して、決して休憩時間を伸ばす為に待とうと考えた訳ではない。いやホントホント。ハチマンウソツカナイ。ハチマンイイコ。

 

「はっはーっ!八幡〜! 我の書いた絵を見るがいい!この絵は八話にて命を宿されるのだぞ!」

 

「宮森先輩、今すぐ行きましょう。やはり直ぐに受け取れる様に自宅で待っていた方が効率がいいと思います。さぁ、早く」

 

「あれ!? なんかさっきと言ってる事が違わないですか!?」

 

「は、八幡〜……」

 

視界の端にいる材木座を無視してすぐさま車の鍵を取る。てか命を宿すって……絵が動くだけだろうが。いい年してんだからいい加減その病気を直せよ。困惑している宮森先輩の背中を押して、俺たちは武蔵野アニメーションを出ていった。

 

「ごめん、ダビング大丈夫?」

 

「バリバリ大丈夫です! ありがとうございます!」

 

瀬川さんはおでこに冷えピタを貼っている状態で俺たちに原画を渡してくれた。頬も赤くなっていて、体調は良くなさそうだ。しかし、時間が無いのですぐに瀬川さん宅を後にする。行きは宮森先輩が、帰りは俺が運転する事になっていたので今度は俺が運転席に乗車する。

走行中、宮森先輩にスピードが遅いと言われまくったがこの速度が標準なんですよ先輩。今までよく警察に捕まらなかったですね。

 

 

「……お、終わった」

 

終わったよぉ。辛かったよぉ。しんどかったよぉ。あの後、円さんをR&Dスタジオに送ったり材木座の絵を批評したりと大変だった。後者の方は一分掛からずに終わったが……。

さて明日は四話の作監だな。瀬川さんの方は大丈夫だろうか?

荷物をまとめて帰ろうと席を立つ。すると、同じく帰ろうとしていた宮森先輩に呼びかけられた。

 

「あ、比企谷くん。今から瀬川さんにお礼をしに行くんだけど一緒に来てくれない?」

 

高校時代の俺なら、今日はアレがアレで、とか言ってたんだろうがこれでももう23才のおじさんだ。そういった礼儀作法くらいは身についている。それに個人的にも瀬川さんの体調は気になる。

 

「分かりました。それじゃあ行きましょう」

 

そう言って駐車場に向かう。運転は宮森先輩がしてくれるだろうから俺はサッサと助手席の方に乗る。

途中、ドーナツ屋で宮森先輩がドーナツ選びに十五分程かかってしまったが無事瀬川さん宅に到着した。

しかし宮森先輩が瀬川さんの住む部屋のインターホンを押したのだが一分程たっても瀬川さんが出てくる様子がない。何時もならインターホンを押した後すぐに中から声がするのだが、今回はその声すらなかった。

まあ、あの人だって人間なんだからずっと部屋に引きこもってるなんて事はないか。

お礼は明日の四話の作監アップの時にしましょう。そう言おうとした瞬間、部屋から物音がした。何かが倒れ込んだ音……まさか……。最悪の考えが脳裏に浮かびドアノブに触れてみる。鍵はかかっていなかった。

 

「瀬川さん!?」

 

宮森先輩の声がした瞬間、うつ伏せになって倒れている瀬川さんが俺の目に映った。おいおい、今度こそ万策尽きたんじゃねえのか。

 

 

 




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