ダンジョンに竜の騎士が現れるのは間違っているだろうか? (ダイ大好き)
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第1話 英雄と少年

久々にダイの大冒険を読み返したら、無性に書きたくなってしまいました。
今は反省しています。


…許してくれポップ

 

 

こうする事が…!!

 

 

こうして自分の大好きなものをかばって生命をかける事が…!!!

 

 

ずっと受け継がれてきた……

 

 

オレの使命なんだよ!!!

 

 

 

 

―――――――瞬間…黒の核晶(コア)の大爆発が空を染め上げた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―天界―

 

 

(ドラゴン)の騎士の救出は上手くいきましたか?

 

転移自体は成功しました、しかしバーンとの戦いの余波と、直後に起きた黒の核晶(コア)の爆発で空間が歪んでいたようです。

 

それにより転移先の座標が狂い、異なる世界へと転移されてしまったようで…。

 

再度転移させることはできないのですか?

 

残念ながら…異世界への干渉となると我々精霊の力でも不可能です。

 

なんということ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー???ー

 

「うっ…」

 

うっすらと目を開ける、ぼんやりとした頭を振るい、意識を覚醒させた。

 

「ここは…?」

 

ダイが倒れていたのは深い森の中だった、生い茂る木々の合間から差し込む光が辺りを照らし、ある種幻想的な光景となっている。

 

「どうなったんだ、オレは黒の核晶(コア)の爆発に巻き込まれたはずじゃ」

 

爆発で吹き飛ばされたのかとも思うが、体にそれらしきダメージはない、そもそも竜闘気(ドラゴニックオーラ)がほぼ尽きた状態で至近距離の黒の核晶(コア)の爆発に巻き込まれたのだ、普通に考えれば生きているはずがない。

 

(無意識のうちにルーラで逃げられたのか?)

 

可能性として思い当たるのはそれくらいだった。

だとすればこの森はダイが行ったことがある場所ということになる。

 

(テランかな?)

 

以前、バーンに一度敗北をした直後も無意識のうちに来てしまった、ひっそりと自然と共に暮らす国の湖畔にある(ドラゴン)の騎士の聖地を思い出す。

周辺の森の雰囲気といい、可能性は高かった。

 

「とりあえず現在地を確認しないと」

 

ダイは飛翔呪文(トベルーラ)で森の上空へと飛び上がった。

そこで周囲を見回し愕然とする、そこは見覚えのある山奥のテランではなく、まるで見覚えのない森林が広がっていたのだ。

近くに城もない、広い森林と、遠くに平野が広がっていた。

 

「知らないぞ、こんな場所…オレはなぜこんなところにいるんだ?」

 

頭が混乱する、やっぱり黒の核晶(コア)の爆発で死んでしまい、天界にいるのではないかとすら考えるが、森林から満ちる生き物の気配がそれを否定する。

とりあえずダイは、原因はわからないがどこかに飛ばされたと結論付ける。

難しいことを考えるのは苦手なのだ。

 

「そうだ!ルーラで戻ればいいんじゃないか!」

 

初歩的なことに気付かなかったことに、誰に見られていたわけでもないのに恥ずかしくなって頭を掻く。

現在地がわからなくても、移動先のイメージさえできればルーラは使用できるのだ。

 

「よし、それじゃさっきまでみんながいた場所をイメージして…」

 

バーンとの戦いの後、仲間たちにもみくちゃにされた場所をイメージする。

 

「ルーラ!!」

 

 

 

――――――しかし、なにもおこらなかった――――――

 

 

 

「…あれ?」

 

イメージが足りなかったのか、と思い再度唱えるが結果は同じ。

 

「ルーラ、ルーラ!ルーーーーーラーーーーー!!」

 

やけくそのように何度も唱える、最期にはパプニカやロモスをイメージしてみたが、うんともすんともいうことはなかった。

 

「な…なんで!?」

 

魔法力が足りないということはない、現に今も飛翔呪文(トベルーラ)で浮いているのだ。

原因はわからないが、ルーラが使えなくなった、と結論付けたダイは次の方法を考える。

結果、このまま飛翔呪文(トベルーラ)で飛び回り、人を探して場所を聞く、というシンプルな結論になった。

 

「まずは誰でもいいから人を探さないと…」

 

ダイはそのまま遠くに見える平原を目指し飛び立つ。

しばらく進むと森林の途切れたところに、森林に沿うように作られた街道が見えた。

おそらく馬車などが通る道なのだろう、きれいに整備された道だ。

この道に沿って行けばどこかの街に着くと判断したダイは道沿いに飛び続ける。

 

「うわぁあああぁぁぁぁ!!」

 

しばし飛び続けたとき、進行方向の先から悲鳴が聞こえた。

明らかに危機に陥り、助けを求めているような悲鳴に、ダイはスピードを上げる。

 

視線の先に、1人の少年が数匹の魔物に襲われて、必死に逃げているのを確認し、ダイは急降下し、魔物と少年の間に降り立った。

今まさに魔物に追いつかれようとしていた少年は突如、空から現れたダイに驚き尻餅を着く。

しかしダイが自分より小さな男の子だと気付き、叫んだ。

 

「危ない、そいつはゴブリンだよ、君も逃げて!」

 

(ゴブリン…知らない魔物だな)

 

少年の叫びに、ダイは聞いたことのない名前の魔物を観察する。

見る限り、大した力は感じない、せいぜいが成人男性と同程度のものだろう。

複数を相手にした場合、大人でも危険かもしれないが、ダイにとっては赤子のようなものだ。

 

「キシャアアァァァ!!」

 

突如目の前に現れたダイに、最初は怯んでいたゴブリン達だったが、先ほどの相手よりも小さな獲物だと気付き、一斉に襲い掛かる。

 

ブォンッ!!

 

ダイは腕の一振りでゴブリン達を打ち払い、静かに告げる。

 

「言葉が通じるとは思えないけど、まだ襲い掛かってくるというなら容赦はしないぞ」

 

わずかに纏った竜闘気(ドラゴニックオーラ)が強烈な威圧感となりゴブリンを襲う、知能の低い彼らでも明らかに格の違う相手だと本能的に悟ったのだろう、一目散に逃げ出していった。

 

ふぅ…と息を吐き出し竜闘気(ドラゴニックオーラ)を解除すると、少年の方へ振り返る。

 

「大丈夫だった?怪我はない?」

「は、はい!ありがとうございました!」

 

尻餅を着いたまま、茫然と一連の流れを見ていた少年は慌てて立ち上がり、お礼を言う。

真っ正直で誠実そうな少年に、ダイは親近感を覚えつつ、問いかけた

 

「よかった、それでいきなりで悪いんだけど、一つ聞いてもいいかな?」

「はい、僕にわかることでしたら何でも!」

「ここは、どこなのかな?」

「えっ…?」

 

予想外の質問に少年の眼が点となった。

それが英雄に憧れる少年=ベル・クラネルと、真の英雄であるダイの出会いであった。




感想などお待ちしています。


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第2話 迷宮都市へ

ベルの話から、自分が異世界へと飛ばされたことを悟るダイ。
元の世界へ戻るため、ベルと共に迷宮都市(オラリオ)へ向かうのだった


「ここは、どこなのかな?」

「えっ…?」

 

あまりに予想外の質問に少年はどう返事をしていいのかわからず硬直してしまう。

そんな姿を見たダイは慌てて補足説明をする。

 

「ご、ごめん、ちょっと森の中で迷っちゃってね、やっと外に出られたところだったんだ」

「あ、そうだったんですか」

 

若干の罪悪感を覚えつつ、適当に誤魔化すダイの言葉を素直に信じる少年。

 

「えーっと、ここは迷宮都市(オラリオ)に続く街道です、半日ほど歩くと着くと思いますよ」

迷宮都市(オラリオ)…?」

 

聞き覚えのない街の名前に首を傾げるダイ。

 

「ごめん、知らない街の名前だ…それって小さな街なのかな?」

「えぇ!?」

 

知らないと断言するダイの言葉に、少年は些かオーバーなほど驚きを露わにした。

 

「小さいなんてとんでもない、世界の中心と言われるほどの都市ですよ!?」

「世界の中心?」

 

少年の言葉に、今度はダイが驚愕する番だった。

以前に新しい装備を買いに行ったベンガーナ王国が軍事力、経済力等で世界トップクラスと、レオナから聞いたことがある。

迷宮都市(オラリオ)など名前も聞いたことがない街が世界の中心とはとても信じられなかった。

 

「本当に知らないんですか?地下に広大なダンジョンを保有し、世界中の冒険者達が集まる都市ですよ?」

「広大なダンジョン?それってカール王国の近くにある破邪の洞窟のこと?」

「カール王国ってどこですか…?」

「え?」

「え?」

 

話が咬み合わない、ここにきてダイはようやく何かがおかしいと気付く。

目が覚めた時に知らない場所にいた事、聞いたことのない都市の名前に、一度滅びたとは言え有名な王国の名を知らない少年、そして見たことのない魔物に、なぜか使えないルーラ。

ここまで材料が揃えば、さすがのダイもある程度現状を察することが出来た。

 

ダイは意を決して、疑念の確信に迫ることを少年に尋ねる。

 

「ねぇ、ちょっと質問いいかな?」

「はい、なんでしょう?」

「魔王ハドラーや、大魔王バーンって知ってる?」

「え、魔王ハドラーと大魔王バーンですか?うーんと、色んな英雄譚は読みましたけどそんな名前の魔王は聞いたことないです」

「……そっか」

 

確定だった、昔、全世界を恐怖に陥れたハドラーと、先の決戦前に世界を滅ぼしかけたバーンの名前はどんな子供でも知っているはずのことだ。

少なくともダイのいた世界において、魔王と言われて物語の登場人物だと真っ先に考える者はいないだろう。

つまり、ここは自分のいた世界とは別の世界…異世界なのだと、ようやくダイは気付いた。

 

(マズイぞ…どうして違う世界にきちゃったりしたんだ、黒の核晶(コア)が爆発した時に、何が起きたんだ!?)

 

あまりに想定外の事態に混乱するダイ、しかしそんなダイを余所に少年は好奇心に満ちた目で問いかけてきた。

 

「魔王ハドラーや大魔王バーンってどんな物語に出てくるんですか、よければ教えて貰えませんか!?」

「え…っと」

「僕、昔から英雄が出てくる物語がすごく好きなんです、まだ知らない物語があったらぜひ読んでみたくって!」

 

ルベライトの瞳をキラキラと輝かせて、質問してくる少年に苦笑するダイ。

 

(物語じゃなくて、オレの世界で本当に存在した魔王だって言ったらどんな反応をするかな?)

 

ダイは考える、現状自分はこの世界のことを何も知らない、ならば信じてもらえるか分からないが、この少年に全てを話して色々と教えてもらうのが得策ではないか、と

少年はどうみても悪人には思えないし、人を騙すようなタイプではないだろう、ならばやってみる価値はある、と判断する。

 

(あ、そういえば…)

 

そこで気付く、なんだかんだと焦っていたせいで、少年の名前も聞いていなかったことに。

 

「んっと、まだ名前を聞いてなかったよね、オレはダイっていうんだ、君は?」

「あ、すみません助けていただいたのに名前も名乗らず、僕はベル・クラネルって言います。」

「よろしくベル、それでね、さっきの話だけど…」

 

慌てて佇まいを正し、自己紹介をする少年=ベルに、ダイは自分が異世界の人間であることを説明する。

大魔王バーンとの死闘、そして黒の核晶(コア)による爆発に巻き込まれ、なぜかこの世界で目を覚ましたこと。

 

全てを語り終えたダイはベルを見る。

彼は俯いていて表情が伺えないが、肩が震えているのはわかった。

やっぱり信じてもらえないか…と落胆するダイ。

 

「ごめんね、こんな話とても信j」

「すごいですダイさん、いえダイ様!」

「ダ、ダイさまぁ!?」

 

突然ラーハルトのように様付で呼ばれたダイは目を白黒させる。

 

「ダイ様は異世界の勇者で、世界を救った英雄なんですね!!うわぁ感激だ、本物の英雄に出会えるなんて!!」

「英雄って…」

 

確かにダイは自分の世界では勇者として知られていたし、世界を救った英雄であることは間違いないだろう。

だが面と向かってこうまで感激されてしまうとなんだか照れくさい。

そして、こんな荒唐無稽な話をあっさりと信じてしまうベルの素直さに、少々危機感を覚えてしまうダイだった。

 

「とりあえずダイ様って呼び方はやめてよ、柄じゃないから呼び捨てでいいよ」

「とんでもない、英雄様を呼び捨てなんてできるはずありませんよ!?」

「そ、そっか…じゃせめてダイさんで…」

「……わかりました、ダイ様…いえダイさんがそう言うのでしたら…」

 

若干むず痒さは残るが様付で呼ばれるよりは大分マシだと諦めるダイ。

 

「それでね、オレはこの元の世界に戻る方法を探したいんだけど、まだこの世界のことを何も知らないんだ、このままじゃ探すにも当てがなさすぎて…ちょっとこの世界について教えてもらえないかな?」

「なるほど、わかりました、何でも聞いてください!!」

 

憧れていた英雄の役に立てることが嬉しいのだろう、ベルはノリノリでこの世界について教えてくれる。

通貨単位等の基本的なことから、神が下界へ降りてきてファミリアといった組織を作っていることなど、ダイが心底驚くようなこともあった。

 

「凄いね、神が地上に来ているなんて…」

「そうですね、でも神様は地上に居るときは神の力(アルカナム)を使えませんから、能力的にはほとんど僕達人間と変わらないんですよ。」

「そうなんだ…」

 

ダイにとって神々といえば、あの大魔王バーンと同格の超越存在(デウスデア)だ。

天地を揺るがす圧倒的な力をもつ存在が地上に降りている。

神の力(アルカナム)を封印しているとは言え、バーンの恐ろしさを体感した身としては緊張してしまうのは仕方なかった。

 

「そうだ、ダイさんは元の世界に戻る方法を探すんですよね?」

「うん、方法は検討もつかないけれど、仲間が心配しているだろうし、このままって訳にはいかないからね。」

「それなら、僕と一緒に迷宮都市(オラリオ)へ向かいませんか?」

迷宮都市(オラリオ)か…」

 

ベルの提案にしばし考えこむダイ。

先ほどの話では迷宮都市(オラリオ)とはこの世界での中心都市、ダンジョンの魔物から採取される魔石と呼ばれる結晶で様々な技術を生み出しているという…

ならばもしかしたら異世界へと渡る手段があるかもしれない、少なくとも現状最も可能性が高いのは確かだろう。

 

「そうだね、オレも一緒に迷宮都市(オラリオ)へ向かうよ、よろしくベル!」

「はい、よろしくお願いします!」

 

そう考えたダイはベルの提案を承諾したのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「実は僕、迷宮都市(オラリオ)で冒険者になるつもりだったんです。」

「冒険者、君が?」

 

二人で迷宮都市(オラリオ)へ向かう道すがら、ベルは迷宮都市(オラリオ)へ向かう理由を語った。

彼は田舎で祖父と二人暮らしをしていたところ、1年前に事故で祖父が亡くなってしまった為、これを期に全財産を持って飛び出してきたらしい。

ダイから見たベルは、純朴そうで、いかにも頼りなさそうな普通の少年であり、どうみても冒険者に向いているようには見えなかったが、思い切ったことをするもんだと感心した。

もっとも外見だけならダイのほうがよほど頼りなさそうではあるが。

 

「はい、冒険者になってダンジョンに潜り、女の子と運命的な出会いをする、それが僕の夢なんです!」

「女の子との出会いぃ!?」

 

あんまりといえばあんまりな動機に開いた口が塞がらないダイ。

ダンジョンで出会った女の子といえば、魔の森で出会ったマァムだなぁ、運命的ではあったけど、そんな色気のある話じゃなかったな、などと益体もないことを考える。

 

「はい!そしていずれはハーレムを作りたいです!」

「ハ、ハーレム?」

「ハーレムは男の夢だっておじいちゃんが言ってました!」

「…」

 

純朴そうな顔をしてる割に、とんでもない野望をもってるんだな、と驚くダイだが、なんとなく諸悪の根源はベルの言う【おじいちゃん】なんだろう、と察する。

孫になんて教育(せんのう)を施すんだ、と呆れてしまった。

 

「そんな理由でダンジョンに潜るのかい?危険な場所なんだろ?」

「立派な理由ですよ!物語に出てくる英雄達も、女の子との運命的な出会いをするじゃないですか、だから出会いっていうのはやっぱり偉大なものなんですよ!」

 

熱弁を振るうベルを生暖かい目で見る。

そういえば初めて竜の紋章の力に目覚めたのもレオナと出会った時だったな、と考えるとベルの言うこともなんだか納得してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

街道を進むこと半日、ようやく二人は迷宮都市(オラリオ)へと辿り着いていた

 

「着きましたよダイさん!ここが迷宮都市(オラリオ)です!なんて言って、僕も初めてなんですが」

「凄いな…」

 

ダイは感嘆の声を上げる、迷宮都市(オラリオ)の町並みは、かつて見たことがないほど大勢の人で溢れかえっていた。

中には耳やしっぽが生えている人や、妙に小柄な人たちもいる、ベルから聞いていたキャットピープル、パルゥム、ドワーフなどの亜人種なのだろう。

街の中央には、迷宮都市(オラリオ)の象徴とも言えるバベルがそびえ立っていた。

かつでベンガーナで見かけたデパートよりもはるかに高い、それこそ大魔宮(バーンパレス)にあった天魔の塔に匹敵するほどの建造物に、本当にこれを人間が作ったのか、と圧倒される。

 

「それじゃダイさん、僕達を入れてくれるファミリアを探しましょう!」

「え、う…うん…」

 

これからのことを夢見て、やる気を漲らせるベルに対して、ダイは歯切れの悪い返事をする。

実はダイは迷っていたのだ、ファミリアに入るべきかどうかを。

ベルの話を聞いた限りでは、ファミリアは一度入ると簡単には脱退出来ないらしい。

仮に元の世界に戻る方法が見つかっても、ファミリアの主神が脱退を認めなかったら厄介なことになるかもしれない。

無視して出て行くことも出来るだろうが、お世話になるであろうファミリアを無碍にするようなことは、あまりやりたくなかった。

しかしファミリアに入らなければダンジョンへ入ることもできない可能性がある、様々な方法を模索する上で、それはできるだけ避けたかった。

となれば残された道は、入団時に事情を説明して脱退の許可を得ておくしかないだろう。

入団できるファミリアがさらに減ってしまうかもしれないが、背に腹は変えられない。

 

そう方針を決めたダイは、ファミリアを探すため、ベルの後を追うのだった。




1話目から感想を頂きありがとうございます。


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第3話 ファミリアを探せ

ようやくプロローグ終了という感じです


「悪いな、うちは今団員募集はしてねーよ」

 

そういってガラの悪いヒューマンの青年は乱暴にドアを閉じる。

残されたダイとベルはため息を着いてすっかりと暗くなった夜道を歩き出した。

 

「案外入れてくれるファミリアは見つからないものなんだね」

「そうですね…」

 

ダイの呟きに肩を落として力なく答えるベル。

迷宮都市(オラリオ)に到着した二人は意気揚々とファミリアを探し始めたのだが、結果は芳しくなかった。

どこのファミリアも二人の姿を見るなり門前払い、主神への面会にも1件も漕ぎ着けられなかったのだ。

見るからに冒険者に向いていなさそうな少年二人では仕方がないのかもしれない。

 

「今ので何件目だっけ?」

「確か20は超えたはずです…」

 

20連敗、それだけ門前払いされれば身体的だけじゃなく精神的にも疲労がたまるだろう。

ダイは平然としていたが、ベルの方は疲労の影が色濃く見えていた。

それもそうだろう、夕暮れ時に迷宮都市(オラリオ)に到着したあと、すぐに入団させてくれるファミリアを探し始めたのだ。

 

「今日はどこか泊まる場所を探して休みましょうか、あまりお金はないので安い宿か、最悪野宿になりますが…」

「うん、野宿は構わないんだけど、その前にちょっといいかな?」

「え、はい、なんですか?」

 

ダイはベルを連れて路地裏へ入るとベルを抱えて建物の屋根へと飛び上がった。

 

「な、なにをんぐぅ!?」

「しっ!静かに」

 

ダイはベルの口を塞ぎ、声を出さないよう注意してから開放する。

そして今しがた自分たちが曲がった角を見下ろした。

 

「ダイさん、突然どうしたんですか?」

「少し前くらいから、誰かがオレ達を付け回してるみたいなんだ。」

「えっ!?」

 

突然のダイの発言に目を丸くするベル。

ファミリアの門前払いを繰り返していた自分たちは、明らかに他の街から来たばかりの田舎者で、お金もロクに持っていないだろうことは予想できるだろう。

だというのに、つけ回すというのはどういう狙いがあるのか、ベルには予想がつかなかった。

 

「悪意は感じなかったから、しばらくすれば辞めるだろうと思って放置していたんだけどさ、ずっと付け回されるとは思わなかったよ、さすがに寝る場所まで尾行されるのは勘弁してほしいから、ここで一度理由を聞こうかな、と思ってね」

「なるほど…」

 

納得したベルは一緒になって眼下の路地裏を見下ろす。

すると、ほとんど間をおかずに、長い髪をツインテールにした一人の少女が路地裏に現れた。

ダイ達を見失ったことに気付いたのだろう、辺りをキョロキョロと見回したあと、ぐぬぬぬーと悔しそうな声を上げて俯いてしまった。

ダイはすかさず少女の背後へと飛び降り、問いかけた。

 

「ねぇ、どうしてオレ達の後を付けていたんだい?」

「うひょわあぁ!!」

 

突然背後から話しかけられた少女は、妙な叫び声を上げて飛び上がる。

ツインテールも一緒に飛び上がっているのを見て、髪も動かせるのか、凄いな…などとずれた感想をもつダイだった。

 

「なっ…き、君は…!いつの間に後ろに!?」

「ちょっと屋根の上に隠れてたんだよ、ずっと付けられてるのは気付いてたからさ、そろそろ理由を聞いておこうかなと思って。」

「ずっと前からバレてたのかい!?」

 

少女はタハー、と言いながら肩を落とした。

しかしふと疑問に思う、なぜ尾行に気付いていながらこれまで放置していたのかと。

 

「なんでもっと早くにこうしなかったんだい?最初から気付いてたんだろう?」

「悪意は感じなかったから、放っておけば諦めるか、それでも諦めないなら何か理由があるんだろうと思ったんだ。」

 

少女は目を見開く、見た目は子供なのになかなかどうして鋭い、と感心した。

 

「何か困っているなら、言ってもらえればもしかしたら力になれるかもしれない。」

「ほ、ほんとかい!?」

 

少女の、童顔だが恐ろしく整った美貌がぱぁ~っと明るくなる。

やはり自分の見る目は間違っていなかった、と確信した少女は理由を説明しようと口を開きかけたその時。

頭上から非常に情けない声が響いた。

 

「ダ、ダイさ~~~ん、僕も下ろしてくださいよー!」

「あ、いけね忘れてた!」

 

屋根の上に置き去りにされたベルが泣きそうな声で助けを呼ぶ。

ダイは慌てて飛び上がりベルを軽々背負うと、また路地裏へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ボクの名前はヘスティア、これでも神なんだぜ!」

 

ダイとベルが自己紹介したあと、少女=ヘスティアはそういって、身長の割にやたらと大きい胸を張った。

ベルは驚き、慌てて態度を改めていたが、ダイはほんとに普通の人間みたいなんだなーと別の意味で驚いていた。

 

「それで、君達に頼みたいことっていうのは、その…なんだ。」

 

歯切れの悪い言い方をするヘスティアに不思議そうな表情をするベル。

 

「その前に確認したいんだけど、君達はファミリアを探しているんだよね?」

「はい、僕は冒険者になりたいんです!」

「オレはちょっとこの街で探したい物があるんだけど、それには冒険者になるのが手っ取り早そうだから…」

「そっか、それならいいんだけど、その…」

 

ヘスティアは若干迷ったような素振りを見せた後、意を決した様に話しだした。

 

「実はボクは今、ファミリアの構成員になってくれる子を探していてね、色んな子に声をかけたんだけど断られちゃって、ホームに帰って不貞寝しようと思ってたところで君達を見かけたんだ。」

 

ファミリアのホーム玄関で、門前払いを食らっている少年二人を見て、ピーンときたヘスティアは二人をしばらく付けて様子を見たという。

その後もファミリアの門を叩いては門前払いされるのを確認し、ファミリアを探してるんだと確信し、いよいよ声をかけようと思っていたところでダイに声をかけられたんだと語った。

 

「つまり、お願いというのは…」

「そうなんだ…ねぇ二人共、良ければボクのファミリアに入ってくれないかい?」

 

手をもじもじさせながら上目遣いでお願いするという究極奥義を、無意識に発動するヘスティア。

それが効いたのかは不明だが、ベルは飛びつくようにヘスティアの手を握りしめ、叫ぶ。

 

「入ります、入らせてください!」

「ほ、ほんとかい、ほんとにボクのファミリアなんかでいいのかい!?」

「いいです、全然大丈夫です!むしろ僕みたいな奴が入っても大丈夫ですか!?」

 

盛り上がる二人に置いてけぼりにされるダイ。

ダイとしてはヘスティアのファミリアに入ること自体は問題はない、だが水を差すようで心苦しいが、一つ確認を取っておかなければならないことがあった。

 

「ごめん、ちょっといいかな?」

「なんだいダイ君!君もボクのファミリアに入ってもらえるのかい!?」

「うん、入るのはいいんだけど一つ条件があるんだ。」

「なんだい、なんでも言ってくれよ!」

「えっと、ちょっと長くなるかもしれないんだけど…」

 

ダイは自分が異世界からやってきたこと、そして戻る方法を探すために迷宮都市(オラリオ)へ来たこと、

方法が見つかったら帰ることを伝える。

 

「だから、申し訳ないけどファミリアに入るのは帰る方法が見つかるまで、そして方法が見つかった時にはファミリアを脱退させてもらいたい。」

「………」

 

まさかの話に沈黙するヘスティア。

異世界から来たという話はとても信じがたいし、それ以上に帰る方法など想像もつかない。

だが先ほどダイが見せたジャンプ力は【神の恩恵】(ファルナ)を持たないこの世界のヒューマンではまずありえない、それにそもそも神の前では嘘は付けない…とそこでヘスティアは気付く。

先ほどのダイの発言が、嘘かホントかわからなかったという事実に。

ダイの発言が嘘にせよホントにせよ、本来ならその話を聞いた時点でわかっているはずなのだ。

なのにヘスティアには【わからなかった】。

これは一体どういうことなのか、異世界の子供にはこの世界の神の力が通じないと考えるのが無難か、そうなると先程の話はホントということになるが…。

 

「あの、ヘスティア様?」

「あ、ごめんよ、ちょっと考え事を…」

 

思考の海に沈んでいたヘスティアはダイの呼びかけで我に帰る。

考えてもわからない、まずはダイに言うべきことを言っておこうと、ヘスティアは思考を切り替えた。

 

「気分を害したらごめんよ、ボクは君が異世界から来たという話を素直に信じるのは難しい、けどとりあえず信じる、その上で言っておきたい。」

「…」

「異世界へ渡る方法なんて超越存在(デウスデア)であるボクにも想像がつかない、そして仮に異世界へ渡る方法があったとして、都合よく元の世界に渡れる可能性なんてほとんど0に等しいんじゃないかと思う。」

 

異世界へ渡る方法なら、もしかしたらあるのかもしれない、だが狙った世界へピンポイントに渡れる方法なんてさすがにないだろう、そう言われたダイは反論もできず口を噤む。

 

「それがわかった上で、諦めずに方法を探すのかい?」

 

ヘスティアとて意地悪で言っているのではない、それはダイにもわかっている、だがだからといって諦めるわけにはいかなかった。

 

「可能性が低いのはわかってる、でもオレは元の世界が好きなんだ。」

 

共に死闘をくぐり抜けてきた仲間たちを思い出す、ダイ達はこれまで仲間たちと何度も奇跡を起こしてきたのだ、バーンとの戦いでは絶対に回避不能だったはずの地上破滅を食い止めた、この世に『絶対』などない、ならば今回だって可能性はある、例え0%に等しいとしても諦めなければ方法は見つかる。

ダイはそう信じていた。

 

「オレは諦めない、必ず方法を見つけてみせる。」

「そっか…」

 

ダイが意思の篭った瞳でヘスティアを見つめる。

ヘスティアはその瞳を見て満足そうに答えた。

 

「分かった、ダイ君の条件を呑むよ、ボクも出来る限り協力するし、方法が見つかった時は脱退を許可するよ。」

「僕も協力します、ダイさんがいなくなっちゃうのは寂しいですけど、お仲間が待っているんですもんね!」

「ありがとう二人共!」

 

ダイは二人に頭を下げお礼を言う、これで話はまとまった。

ヘスティアは二人に【神の恩恵】(ファルナ)を与えるため、行きつけの書店へと二人を連れて行く。

 

今宵、団員2名のヘスティア・ファミリアが発足されることになる。




なんだかお気に入りが100件近くになっててびっくりしています。
感想もたくさん頂いてありがたいです。
やっぱりダイの大冒険はいまだに人気あるんだなー。


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第4話 恩恵

お気に入りがいきなり500件を突破していて、ビックリしています。

前回プロローグ終了と言っておいて、今回もプロローグっぽくなってしまいました、申し訳ない。


古ぼけた書店の2階、大量の本に囲まれたヘスティアのお気に入りの場所で神の恩恵(ファルナ)を授ける作業が行われていた。

 

ヘスティアの指から血が滴り、ベルの背中へと神聖文字(ヒエログリフ)を刻んでいく。

ベルは背中から温かい力が流れ込むのを感じる。

今まさに神の恩恵(ファルナ)を授かっているという実感が沸いてきた。

 

「はい、おしまいだ」

「これが神の恩恵(ファルナ)…力が湧いてくる、みたいな感じはしないんですね。」

「あははは、残念だったね、はいこれがベル君のステイタスだよ。」

 

ヘスティアは共通語(コイネー)に書き写した紙をベルへと渡す。

 

ベル・クラネル レベル1

力=I0 耐久=I0 器用さ=I0 敏捷=I0 魔力=I0

魔法

【】

スキル

【】

 

「何の変哲もないステイタスですね」

「あはは、最初はみんなそうだよ、たまーに最初からスキルや魔法が発現する子もいるけどね」

 

憧れの恩恵を授かった喜びと、若干残念そうな雰囲気を出すベルに苦笑するヘスティア。

笑われたベルは照れ臭そうに頭を掻いてダイの後ろへ下がった。

 

「よし、それじゃ次はダイ君の番だぞ」

「お願いします。」

 

呼ばれたダイは、上着を脱ぎ床にうつ伏せになる。

ヘスティアはダイの腰に馬乗りになると、手に持った針で自分の指を刺した。

 

「始めるよ」

 

指から滴った血がダイの背中へと落ち神聖文字(ヒエログリフ)を刻み始める。

ヘスティアはダイの経験値(エクセリア)を調べようとして…

 

バチィ!!

 

弾かれた(・・・・)

 

「なっ!?」

「大丈夫ですか神様!?」

 

ヘスティアは信じられないといった表情で、痺れる指先を見つめる。

心配するベルの声も耳には入らなかった。

 

(今のはまさか、恩恵の競合!?)

 

今起こった現象は、すでに恩恵を受けた者に、別の神が恩恵を与えようとした際に起こる拒絶反応だ。

通常は起こりえない事象にヘスティアは狼狽する。

まさか恩恵を授かった神と違うファミリアへ入ろうと言うのだろうか。

 

「ダイ君、君はまさか…すでに他の神から恩恵を受けているのかい…?」

 

恐る恐る問いかける、返答次第ではいきなりファミリア崩壊の危機である。

 

「え、オレは今まで恩恵を受けたことないよ?」

「そうなのかい?しかし…」

 

ダイの発言にホッとするヘスティア、なぜか嘘を付いているかはわからないとはいえ、これまで見た人柄から、こんな悪質な嘘を付く人間には見えない。

 

「あ、でももしかしたら…」

「なんだい、何か心当たりがあるのかい?」

 

何かに思い至ったらしいダイは、僅かに躊躇う素振りを見せた後、意を決したように語りだした。

 

「うん、実はオレは純粋な人間じゃなく、(ドラゴン)の騎士と人間の混血児なんだけど…」

(ドラゴン)の騎士!?か、かっこいい…!」

 

(ドラゴン)の騎士という名前にベルが目を輝かせる、どうやら少年の琴線に触れたらしい。

ダイはそんなベルの反応に少し嬉しくなった。

亜人種がたくさん住むこの世界の人にとって、純粋な人間ではないなどと言われても、異端とは思われないのだろう。

 

「その(ドラゴン)の騎士というのは、なんだい?」

(ドラゴン)の騎士は人の神、竜の神、魔族の神が世界のバランスを保つために、力を合わせて生み出した、って聞いたことがあるんだ、そして邪悪なる者が現れた時、聖母竜マザードラゴンが地上へ生み出すと。」

「3柱の神が生み出した人間…つまり生まれながらにして神の恩恵(ファルナ)を持っているということかい?」

「うん、そしてマザードラゴンの力も色々とあって、今はオレの中にある。たぶん…それが原因じゃないかと思う。」

「神の使いの力も取り込んでいるのか…」

 

ヘスティアは考える、ダイの言っていることが本当であれば辻褄は合うだろう。

注意深くダイの力を感じれば、なるほど神威のようなモノを感じられる。

元々神の力をもって生まれた上に、神の使いであるマザードラゴンの力を宿したことで、僅かに神格を得たのかもしれない。

ダイの言葉から嘘か真か見抜けなかったのも、神の力を宿しているからだったのだ。

 

「なるほど、君の中から僅かながらボク達()の神威に近いモノを感じるよ。」

「神威……」

「さて原因は分かった、けど君に【神の恩恵】(ファルナ)を授けることができないんじゃ…ん?」

 

ヘスティアが言葉を途切れさせ、ダイの背中を凝視する。

ベルも何事かと思い背中を覗き見ると、そこにはうっすらと神聖文字(ヒエログリフ)が浮かび上がっていた。

 

「あれ神様、【神の恩恵】(ファルナ)は授けられなかったんじゃないんですか?」

「いや、確かにボクの【神の恩恵】(ファルナ)は弾かれた、それにさっきまでこんな文字はなかったぞ」

 

話している間にも神聖文字(ヒエログリフ)はだんだんと浮かび上がってくる、やがてベルの背中にあるものと同じくらいまでハッキリと浮かび上がっていた。

 

(これはまさか…ボクの恩恵と競合した影響か!?)

 

生まれた時から恩恵を肉体の一部としてもっていたダイは、経験値(エクセリア)が、リアルタイムでステイタスに反映されていた為、神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれることもなかったのかもしれない。

それがヘスティアの恩恵と競合した時のショックで表層に浮かび上がってきたのではないか、とヘスティアは考える。

仮説ではあるが、このタイミングで浮かび上がってきたのは、それ以外考えられなかった。

 

(どれどれ…ダイ君のステイタスはどんなものなのかな?)

 

ヘスティアはダイの背中に浮かび上がった、ステイタスを読み取り驚愕した。

 

ダイ レベル5

力=C673 耐久=A854 器用=C605 敏捷=C630 魔力=F356

 

剣士=G 英雄=F 耐異常=G

 

魔法

【ライデイン】

【ギラ】→【ベギラマ】

【ルーラ】→【トベルーラ】

速攻・ランク別魔法

 

スキル

双竜紋(ドラゴニックオーラ)

・レベルと基本アビリティを上昇させる。

・攻撃力と防御力が上昇する。

・出力に比例して効果向上。

 

竜魔人化(マックスバトルフォーム)

・破壊魔獣形態に移行する、敵を全滅させるまで解除不能。

 

魔法剣(エンチャント・ウェポン)

・攻撃魔法を武器に付与可能

 

 

(な…なんなんだよ、このステイタス!?)

 

いきなりレベル5というのも驚きではあるが、それ以外も全てが規格外と言っていい内容に、ヘスティアは戦慄する。

未知の発展アビリティ《英雄》

一つの魔法スロットに複数の魔法が存在する《ランク別魔法》

そして極めつけがスキルだ

どれも強力な《レアスキル》のオンパレードだが、その中でも極めつけと言えるのが双竜紋(ドラゴニックオーラ)だろう。

基礎アビリティのみならずランクまでも上昇させるとは、しかも出力に比例して効果向上ということは、ランクの上昇値は1とは限らない、もしも2以上上がるとしたら…

この異世界から来たという少年は、一体どれだけの潜在能力を秘めているのか、ヘスティアは背中を冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「どうしたのヘスティア様?」

「!…ごめん、ちょっと異世界の神聖文字(ヒエログリフ)は読み難くてね」

 

背中に浮かび上がった神聖文字(ヒエログリフ)を凝視したまま動かないヘスティアを不審に思ったダイが声をかける。

その声で我に返ったヘスティアは内心の戦慄を抑えこみ、なんとか平静な声音で誤魔化した。

 

「今から共通語(コイネー)に書き写すから待っておくれよ。」

「うん、わかった」

「ダイさんステイタス、どんなだろ、楽しみだなー!」

 

ヘスティアは、この規格外のステイタスを、そのまま知らせてしまって大丈夫かと不安になるが、これほどのステイタスになるほどの偉業を成し遂げたのだ、ダイはおそらく自分自身の力をほとんど把握しているだろうと判断する。

全て正確に書き写したヘスティアは、それをダイへと渡した。

 

「……」

「レ、レベル5!?しかもなんか凄いスキルがいっぱい!」

 

ダイのステイタスを見せてもらったベルはあまりに雲の上のステイタスだったことに仰天する。

ダイは真剣な顔で共通語(コイネー)が書かれた紙を凝視する。

その表情はどこか焦燥が現れていた。

それをみたヘスティアは、やはり全て書いたのは失敗だったのだろうか、と不安になる。

 

「ねぇヘスティア様…」

「なんだいダイ君?」

「ごめん読んで!読めない字が多い!」

 

ダイの衝撃発言に盛大にずっこける二人。

規格外のステイタスを持つくせに、漢字が読めないというアンバランスさにヘスティアは乾いた笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ダイ君、君は今後字を読めるように勉強をしなきゃダメだ」

「うえぇ!勉強は嫌だよ!」

「ダーメ!共通語(コイネー)くらいちゃんと読めるようになってくれないといざという時困るだろう!」

「うぅ…やだなぁ」

 

ダイのステイタスを読み上げたヘスティアがダイへとお説教をする。

小さな体をさらに小さくして不貞腐れるダイを見て、ベルはまぁまぁと仲裁しつつ話題を逸らした。

 

「ところでダイさんの発展アビリティにある《英雄》ってなんですか?」

 

英雄というものに憧れるベルとしては、無視できないその発展アビリティ、どうすれば発現することが出来るのか知りたいのだろう。

 

「うーん、残念ながらボクも聞いたことがないね、恐らくこれまで発現した人のいないアビリティだと思うよ。」

 

発展アビリティとは、ランクアップする毎に1つまで発現する可能性のある、特定の条件で効果を発揮する、より限定的なアビリティだ。

戦闘に関するモノであれば、《狩人》《剣士》《魔導》《耐異常》それ以外であれば《鍛冶》《調合》《神秘》などがあげられる。

それぞれの発展アビリティが発現するには、ランクアップするまでにある程度特殊な条件を満たす必要がある。

《耐異常》であれば毒攻撃などを何度も受ける、《魔導》であれば魔法攻撃を主力に戦う、などだ。

では、ヘスティアが聞いたこともないという《英雄》とはなんなのか。

 

「やっぱりダイさんが、元の世界で大魔王を倒して、世界を救った英雄だから発現したんでしょうか」

「大魔王を倒した~!?君のいた世界はそんな奴がいるほど危険な世界だったのかい!?」

 

ベルの発言に目を丸くするヘスティア。

ダイは、そういえば異世界から来たとは言ったけど、バーンとの戦い等は長くなるからと思って話していなかったのを思い出す。

念のためヘスティアにも掻い摘んで説明をしておいた。

 

「ダイ君は本当にとんでもないことをやってきたんだね…」

 

呆れ半分、感心半分といった感じで呟くヘスティア。

 

「恐らく《英雄》が発現したのは、ダイ君が何度も国を救ったりしたからだろう、こちらの世界では事実上発現不可能と言えるだろうね」

「そ、そんなぁ~」

 

ヘスティアの考察に肩を落とすベル。

 

「残念ながら《英雄》の効果はボクにも予想がつかない、何かしらステイタスに影響する類のモノだとは思うけど…」

 

未知のアビリティである以上、手探りで効果を探るしかないとヘスティアは言う。

ダイとしても、ただステイタスとして目に見える形で表記されただけで、これまでと何も変わってはいないのだ、何も気にする必要はなかった。

ベルだけはちょっと名残惜しそうではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃダイ君のファミリア加入についてなんだけど。」

 

ヘスティアが真剣な表情で話し始める。

ダイはよくわかっていないようだが、ベルは話の内容に予想がついたのか、緊張した面持ちだった。

本来ファミリアは全員が主神の【神の恩恵】(ファルナ)を授かったメンバーで構成される。

ステイタスの更新も、恩恵を与えた神しか出来ないのだから当然だ。

違う神から恩恵を受けた者が別のファミリアに加入するなど、通常はありえないことだった。

 

「ダイ君の場合、ボク以外の恩恵を持っているといっても、それは生まれながらのモノであり、ファミリア間での抗争に発展することはないし、ステイタスの更新も必要がない、だからボクとしては君を加入させるのは問題ないと考えているよ。」

「よかったですね、ダイさん!」

 

ヘスティアの言葉に喜ぶベル、ダイは抗争などについてはよくわからなかったが、とりあえず加入は問題ないらしい、と認識した。

 

「ただ、ひとつお願いがある。」

「うん、なに?」

「君はこれまでまったく名を知られていない、異世界の住民なのだから当然だが、とにかくそんな人がいきなりレベル5として冒険者登録をすれば、必ず騒ぎになる。」

「そうなの?」

「そうですね、レベル5というと第1級冒険者と呼ばれます、この迷宮都市(オラリオ)でもそう多くないはずですよ。」

 

ダイの質問にベルが補足をする。

 

「そうなんだ、その上で君のスキルが問題だ。」

「スキル?」

「そう、その双竜紋(ドラゴニックオーラ)だよ、なんだいそのチートスキルは!」

「チ、チート?」

 

突然の謎単語に困惑するダイ。

ヘスティアは構わずに続けた。

 

「そのスキルを使えば恐らく君の能力は最低でもレベル6を超えるだろう、だけどできればそれはあまり使ってほしくない。」

「なんで?」

「ギルドに申告するレベルを明らかに超える強さだと、最悪他のファミリアからレベルを偽っていると密告され、ギルドの監査が入る可能性がある」

「うん…?」

「まぁこれ自体は実際レベル5なのだから問題ないんだけど、そうなれば君のスキルやアビリティをギルドに公開しなくてはいけなくなる、これはできれば避けたい。」

「オレは別に構わないけど…」

 

説明されている状況がよくわかっていないダイは、ヘスティアが何を心配しているのかがわからない。

 

「ダメだ!ステイタス情報は冒険者の生命線、ファミリアの同士以外には絶対見せてはいけないよ。」

「わ、わかったよ…」

「それにギルドにステイタスを公開する以上、どこから情報が漏れるかわからない、もしも他の神に君の強力なレアスキルがバレたら、確実に狙われる!」

「狙われるって、他の神様がダイさんを殺そうとするってことですか!?」

「いや、生命までは取らないだろうけど、暇を持て余した上位派閥の神がちょっかいをかけてきたり、君を自分のファミリアへ勧誘しようとするだろう。」

 

ヘスティアはツインテールを逆立てながら、犬猿の中であるロキや、他派閥の団員を誑かして自分のファミリアへ加入させる美の神(フレイヤ)を想像した。

 

「だから、できるだけ人前で、そのスキルを使うのはやめて欲しいんだ。」

「わかった、どうせ竜闘気(ドラゴニックオーラ)が使える武器がないし、できるだけ使わないようにするよ。」

 

ダイの剣が元の世界に置き去りになってしまった為、今は竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐えられる武器がない、素手で戦うこともできるが、そんなことをすれば余計に目立ってしまうのだろう。

そう考えたダイはヘスティアの要望を受け入れることにした。

 

「ありがとう…って君のスキルは武器を選ぶのかい?」

「いや、普通の武器じゃオレの竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐えられずに壊れちゃうんだ。」

「……」

「す、すごいスキルなんですね…」

 

さらっととんでもないことを言うダイに、頬を引きつらせて絶句するヘスティア、ベルも汗を垂らし狼狽えていた。

 

「そ、それじゃいつか不壊属性(デュランダル)の武器を手に入れないといけないね。」

不壊属性(デュランダル)?」

「絶対に壊れないっていう属性をもった武器さ、上位の鍛冶師(スミス)が作れる特殊な武器だね。」

「へぇ…それならオレの力にも耐えられるかもしれない!」

「うん…まぁ…恐ろしく高いんだけどね…」

 

遠い目をするヘスティア、不壊属性(デュランダル)の武器は安く見積もっても数千万ヴァリスはする。

発足したばかりの極貧ファミリアには手の届かない値段だ。

 

「そっか、それならまずは、戻す方法を探しつつ、その武器を買うお金を貯めるのが当面の目標かな。」

「最初の目標が物凄く高いですね!?」

 

気楽に言うダイに、横で聞いていたベルはツッコまずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

場所は代わり、廃教会の地下。

ヘスティア・ファミリアのホームへと3人は移動していた。

 

「まさかファミリアのホームが、廃墟となった教会の地下とは…」

「ごめんよ二人共、貧乏なファミリアで…」

 

ベルの呟きに謝るヘスティア、ベルは慌ててフォローをする。

 

「いえ、ちょっと驚いただけです、ファミリアに入れてもらえただけでボクは満足なんです、文句なんてありません!」

「オレも不満なんてないよ、昔はしょっちゅう野宿してたし、それに比べれば全然快適さ。」

「二人共、いい子だなぁ!」

 

こんなホームを見て文句一つ言わない二人にヘスティアは感動のあまり涙を流す。

 

「さぁバイトで余ったじゃが丸君をもらったんだ、今日はこれでファミリア発足のパーティーしようぜ!」

「じゃが丸君…?」

 

不思議そうな顔をするダイを尻目に、ヘスティアは魔石製の保冷庫から取り出したじゃが丸君を魔石製発火装置で温める。

数分後、ほかほかと湯気を浮かべるじゃが丸君の山がテーブルに並んでいた。

食卓に並んだ3人は、水の入ったカップを掲げた。

 

「それでは、我がヘスティアファミリアの発足を祝って、かんんぱーい!」

「「かんぱーい!」」

 

カチーンと3つのカップがぶつかり音を鳴らした。

その夜、質素ながらも楽しげなパーティーは、日付が変わるまで続いていた。

 

そしてパーティーも終わり、いざ就寝といった段階になって、大きな問題が発生した。

ヘスティアのホームには、ベッドがひとつ、ソファーがひとつそれだけしかないのだ。

つまり、3人の内、2人がベッドで一緒に寝るということになる。

最初、自分がソファーで寝ようかと言うヘスティアに、神様をソファーで寝かせるわけにはいかない!と主張するベル。

結局折れたヘスティアがベッドを使うことになったが、そうなると問題はベルとダイ、どちらがヘスティアと一緒に寝るかということだ。

どちらでも構わないというヘスティアに、神様と一緒に寝るなんて恐れ多いことできません!顔を真っ赤になって懇願するベル。

明らかに恐れ多いという以外にも理由がありそうだが、あえてヘスティアはツッコまなかった。

結局はヘスティアとダイがベッドを使い、ベルがソファーで寝るという形に落ち着いた。

 

 

 

1日歩きまわって疲れたのだろう、ヘスティアとベルはすぐに寝入ったらしく、寝息が聞こえてきた。

ダイはしばらくの間、暗くなった部屋の天井を見つめたあと、目を閉じた。

 

知らぬ間に疲労が溜まっていたのだろう、すぐにダイの意識は眠りへと落ちていった。




ダイの恩恵は最初、読み取ることができずレベルもアビリティもスキルも不明のままで行こうと思っていました。
しかしよく考えると、それじゃダン待ちの持ち味がなくなってるんじゃ?と考えなおし、きっちり表記することにしました。

ダイのレベルについては賛否あるでしょうが、私的にはダン待ち世界のキャラクターも結構な人外だと思ってるので、相対的にこんな感じにしました。


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第5話 いざ、ダンジョンへ

ダイ君大暴れ回

ダイのレベルについて色々ご意見を頂きありがとうございます、しかし申し訳ないですが変える気はありません。


「たああああ!」

 

ベルが振るったナイフがゴブリンの胴体を真横に切り裂いた。

ゴブリンは後ろに倒れるとしばらく痙攣した後、動かなくなる。

 

「や…やった!やりましたダイさん!ついに僕一人でゴブリンを倒せましたよ!」

「おめでとうベル、恩恵っていうのは凄いんだね」

 

ダイとベルは、現在初めてのダンジョン探索へと乗り出していた。

今朝方ギルドでファミリアの発足と、冒険者登録を済ませた。

冒険者登録の際、ダイのレベルのおかげで大騒ぎになり、無駄に時間がかかってしまったが…

その後、支給品の装備を買ってダンジョンへやってきたというわけだ。

ベルはナイフと簡易防具を、ダイはブロードソードを買っていた。

それぞれナイフ3600ヴァリス防具5000ヴァリス、ブロードソードは6000ヴァリスもかかった、当然全て借金である。

 

「しかしベルは本当に戦闘技術は初心者なんだね」

「すみません、村では農作業しかしてなかったもので…」

「よくそれで冒険者になろうって思ったね」

 

ダイは呆れたように半眼でベルを睨んだ、思い込んだら一直線なベルを危なっかしいなと思う。

 

「それじゃ今度、オレが戦い方を教えてあげるよ」

「ほんとですかダイさん!」

「人に教えたことはないから、あまり上手に教えられないと思うけどね」

「全然ありがたいです、本当に助かります!」

 

抱きつかんばかりにダイへとせまるベル。

ちなみにダイは、3日くらいあれば大地斬覚えれるかなーと自分基準でとんでもないことを考えていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「そういえばダイさんはLv5なんですから、もっと奥まで行かないんですか?」

 

しばらく1Fを探索していた後、ベルは気になっていたことをダイへと問いかける。

ダイはこれまで、ベルに経験を積ませる為に戦闘は任せて傍観に徹していた。

レベル差を考えれば当然と言えば当然である、ここでダイが戦ったところでなんの足しにもならないだろう。

自分の為に残ってくれていることはわかるが、ベルとしては自分に合わせて低レベルな階層に居てもらっているのが心苦しくなってしまうのだ。

 

「ベルがやっていけるかどうか、ちょっと心配だったけど、ここなら安心かな」

 

ダイは、もしも戦いの素人であるベルが危険になるような場所であれば、ある程度の力を付けるまでは一緒に上層を回るつもりだった、だがしばらく回った限りでは、低級のモンスターが1、ないしは2体で襲ってくるのみで、ベル1人でも問題はないように思える。

 

「オレはちょっと奥に潜ってみるよ、ベルは無茶しないようにね」

「はい、ありがとうございます、初日ですし、適当なところで切り上げます、ダイさんも無理しないようにしてください!」

 

Lv5の第1級冒険者であるダイが、上層で危機に陥ることなど、ありえないとはわかっているが、ダンジョンは何が起こるかわからない、とギルドのアドバイザーになってくれたハーフエルフのエイナが口を酸っぱくして注意してくれていたことを思い出す。

 

「うんわかってる、ダンジョンがどんなところか、ある程度わかったら戻るよ」

 

ダイはベルに背を向けて歩き出す。

ベルもまた、次のモンスターを探すため、ダイとは違う方向へと駈け出した。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「モンスターを生み出すダンジョンか…」

 

ダイは何の変哲もない壁面を見つめる。

この壁からモンスターが産み落とされるなど、俄かには信じがたい、だが先ほど目の前で生まれるシーンを見てしまった以上、信じるしかなかった。

過去にミストバーンが暗黒闘気を用いてモンスターを生み出していたが、あれは動く鎧や、ガス生命体などの非生物に限られていた。

だがこのダンジョンが生み出すモンスターは明らかに《生物》として生み出されている。

生物であれば、デルムリン島にいたたくさんの友達のように、仲良くなれるかもしれない、と思っていた。

だがこのダンジョンが生み出すモンスターは、最初から人類の敵として生み出され、冒険者を殺すよう行動をしているとエイナは言っていた。

ダイの世界にいた地上の魔物は、魔王の魔力で狂暴化していただけで、そうでなければ大人しかったのだが、それとは根本から違うらしい。

 

「仕方ないか、世界が違うんだもんな」

 

ダイは意識を切り替えると、ダンジョンのさらに奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「今日の稼ぎは1500ヴァリスか…」

 

ベルは先ほどギルドで魔石を換金してもらったお金を覗き込む。

結局、ダイと別れてから1時間ほど1階層をうろうろし、ゴブリンやコボルトを狩りまくり、腰につけた巾着袋が魔石でいっぱいになった為、戻ってきたのだ。

 

「次から僕もバックパックを持って行った方がいいかな、これじゃ換金でギルドと往復する手間が無駄だよ」

 

上層の魔石は小さく質が悪い、当然換金率も悪いのでできればある程度まとめて持っていくことで、時間のロスを少なくしたかった。

 

「神様、ただいま戻りましたー」

「おー、おかえりベル君」

 

ホームに戻ったベルを、ソファーで本を読んでいたヘスティアが出迎える。

ギルドの申請をした後、じゃが丸君の露店にバイトしに行ったはずだが、今日はもう終わったらしい。

 

「どうだった、初めてのダンジョンは?」

「僕初めてゴブリンを自力で倒せたんですよ、もう感激です!」

「あはは、まぁゴブリンは最下級のモンスターだからねぇ」

 

ゴブリンはある程度の訓練を積んだ人間であれば、恩恵なしでも倒せる程度のモンスターだ、たとえ元が一般人であっても恩恵を受けた後なら、よほど複数に襲われない限り、危険はないだろう。

 

「それで今日は1500ヴァリス稼げました!」

「おぉ…すごいな…」

 

ヘスティアは感激したようにつぶやく、ちなみに彼女のバイトは時給30ヴァリスである、もっともこれは一度、魔石製発火装置の使い方を誤り、露店を吹き飛ばしてしまった為、その弁償の為に時給から天引きされているせいなのだが。

とにかく、たった数時間で自分の50時間分の稼ぎを手に入れてきた少年に、ヘスティアは感動していた。

 

「これがファミリア、いいもんだなぁ…ところでダイ君は一緒じゃないのかい?」

「はい、ダイさんを僕のレベルに合わせて貰うのは申し訳ないので、別行動にしました、まだ帰ってきていないんですか?」

「あぁやっぱりか、まだ戻ってきていないね、まぁLv5のダイ君が上層や中層でどうにかなるとは思えないから、大丈夫さ」

「そうですね、でもダイさんどこまで行ったんだろう、いきなり10階層とか行ってるのかな?」

 

様子見で、ろくな物資も持たず、支給品の装備のままでそう奥までは行かないだろう、ベルはそう判断して、自分の稼ぎから夕食の材料を買い出しに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ゴアァァァァァ!!」

 

ヘルハウンドがダイに向かって口から火炎を吐き出す。

並の防具を容易く溶かし、Lv2の冒険者すら直撃すれば焼き尽くされる、中層における死因、堂々の一位である死神の炎は…

 

「海破斬!!」

 

ダイへと届くことはなかった。

剣閃が炎を切り裂き、その先にいたヘルハウンド本体をも両断する。

それを見届けることもなく飛び出したダイは、奥から現れたミノタウロス3体を一撃で両断した。

ダイが今いる場所は、17階層(・・・・)

上層とはモンスターが質、量共に桁違いとなり、Lv2の冒険者が複数パーティーを組んでようやく探索できる《中層》と呼ばれる階層だった。

階を下りるごとに、同じダンジョンとは思えないほど様変わりする不思議な空間に、興味を惹かれ、どんどん潜っていった結果、気付けばここまで来てしまっていたのだ。

当然の如く、ダイの体には傷一つついていなかった。

 

「うーん、そろそろ荷物が増えてきたな…」

 

ダイが背負っているバックパックは、魔石とドロップアイテムで7割ほど埋まっていた。

ちなみにバックパックはダイが奥に潜るであろうことを見越していたヘスティアが持たせたものだ。

まさかヘスティアも、いきなり17階層まで来るとは思っていなかっただろうが。

 

「この階層をもうちょっと回ったら、戻ろうかな」

 

先ほど倒したヘルハウンドとミノタウロスの魔石を回収し、バックパックに入れ、先へ進む。

何度か交戦を経た後、大きな広間へ通じる道に出た。

すると前方に見える広間から何人かのパーティーらしき冒険者が必死の形相で走ってくるのが見える。

 

「おいあんた、逃げろ階層主(ゴライアス)だ、奴が生まれてやがる!」

階層主(ゴライアス)?」

 

すれ違い様にそう叫んで行った男の言葉に首を傾げる。

初めてダンジョンへ訪れたダイは知らないことだが、ダンジョンには特定の階層の特定の場所に、一定の周期で生まれる強力なモンスターがいる、それが階層主とも呼ばれる『迷宮の孤王』(モンスターレックス)だ。

『迷宮の孤王』(モンスターレックス)は、その階層の通常モンスターの適正レベルより遥かに強力で、一般的には、階層適正レベルの+2程と言われている。

ここ17階層にある『嘆きの壁』と呼ばれる空間は、まさにその『迷宮の孤王』(モンスターレックス)ゴライアスのテリトリーなのだ。

 

「へぇ、なんか初めて見るでっかい奴がいるな、お前がゴライアスって奴かい?」

 

そのまま大広間へと侵入したダイを出迎えたのは、身の丈7Mにも及ぶであろう巨人だった。

獲物を見失い、大広間を彷徨っていたゴライアスは、ダイの言葉に反応し振り向く。

 

『ヴオオオォォォォォオオオオオ!!!』

 

新たな獲物を補足した巨人は、雄叫びを上げつつ、その巨体に似合わぬ俊敏な動きでダイへと肉薄した。

 

「うわ、こりゃ他の奴より全然強いや」

 

圧倒的な体格差を誇る巨人の突進を難なく躱したダイは、背負っていたバックパックを放り出し魔法を唱える。

 

「ベギラマ!!」

 

ダイの手の平から無詠唱で放たれた閃熱が、ゴライアスの体表を焦がすが、その巨体に対して致命傷とは程遠いようだった。

 

『ヴォアアアァァァァァァアアアアアアア!!!!』

 

巨人がお返しとばかりに咆哮(ハウル)を放つ、並の冒険者であれば、この咆哮を浴びて強制停止(リストレイト)に陥ってしまう技だが、生憎とダイは並ではない、咆哮(ハウル)を平然と受け流す。

 

魔法は効果が薄いと判断したダイは剣を上段に構え、飛び上がった。

 

「大地斬!」

 

巨人の頭上にまで飛び上がったダイは、渾身の力を込めて振り下ろした。

 

ザシュ!!という音と共に防御したゴライアスの腕に刃が食い込んだ。

そのまま腕を切り落とそうとするダイだったが。

 

バキィン!!

 

硬質な音を立ててブロードソードが砕け散る。

Lv5(ダイ)のパワーと階層主(ゴライアス)の硬皮の衝突に、支給品の剣(ブロードソード)が耐えられなかったのだ。

まさかの武器が壊れるとは思わなかったダイは空中でバランスを崩す。

その隙をゴライアスは見逃さなかった。

豪腕が空中に居るダイを殴り飛ばす、辛うじて防御したダイだったが、空中では踏ん張ることもできず、そのまま壁に叩きつけられた。

 

「いってて…いきなり武器壊しちゃったよ!」

 

着地したダイは折れた刀身を見て頭を掻く、ゴライアスに殴り飛ばされたというのにほとんどダメージがない。

それどころか6000ヴァリス借金して買った武器を当日に壊したとなったらヘスティアになんと言われるか、そんなことを心配していた。

 

『グルアアァァァァァァアアアア!!』

 

三度目の咆哮が大広間へ響き渡る。

だが今度は攻撃の為のものではなかった。

咆哮の直後、大広間の全方位からビキビキッという音が鳴る。

これはモンスターが生まれる時の音?と気付いたダイが周囲を見回した時には、すでにそこら中の壁面から続々とモンスターが生まれ落ちていた。

 

ハード・アーマード

アルミラージ

ヘルハウンド

ミノタウロス

ライガーファング

 

中層に現れるモンスターが勢揃い、合計で50体近くが産み落とされる、どうやら先程咆哮はモンスターを呼び出す為のものだったらしい。

異変はそれだけでは終わらなかった、大広間の入り口から続々と新手のモンスターが侵入してきたのだ。

1回目の咆哮は周辺に居たモンスターを呼び寄せるものだった、と遅まきながら気付くダイ。

 

 

ダイは知る由もないが、かつて誰かが言った…

『ダンジョンは自分たちを地下へ封じ込めた神を憎んでいる』と。

まるでダイが神の力を宿すことに気付き、抹殺するかの如く、大広間を埋め尽くさん勢いで現れた総勢70体のモンスターとゴライアスがダイへと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

だが武器を失ったダイは、あまりにも圧倒的な物量を前に、それでもまだ余裕を保っていた。

 

(この数は素手じゃちょっとしんどいな…仕方ない、周囲に人の気配はなかったし…)

 

ダイは誰にも見られていないことを確認し、ヘスティアに禁止されていた為、これまで使わなかった《スキル》を発動させる。

 

「全開!竜闘気(ドラゴニックオーラ)!!」

 

 

スキルを開放したダイの額に、竜のような紋章が浮かび上がった。

地鳴りがおき、ダイを不可視のオーラが覆う。

そのオーラの発する衝撃だけで、肉薄していたモンスター数体が吹き飛んだ。

 

「ハァ!」

 

ダイは今まさに殴りかからんとしてきたミノタウロスを逆に殴りつける。

殴られたミノタウロスは後ろに居た数体のアルミラージを巻き込み、壁面へ叩きつけられ、動かなくなる。

振り向き様に放った回し蹴りは、装甲の硬いハード・アーマードを一撃で潰し、ライガーファングの体を上下に分断する。

アルミラージが投擲してきた天然武器(ネイチャーウェポン)の斧を弾き返し、周囲のモンスターへ叩きつけた。

 

竜巻の如き勢いで周囲のモンスターを吹き飛ばすダイに向かって、突如、周囲から強烈な炎が叩きつけられた。

距離を取ってダイを包囲していたヘルハウンド一斉に火炎ブレスを放ったのだ。

単体でも強力なヘルハウンドの火炎ブレスが、8体から同時に、ダイを消し炭にせんと襲いかかる。

周囲にあったモンスターの死体が、魔石を残して瞬時に灰となるほどの圧倒的熱量がダイへ直撃した。

 

直後

 

ダイは竜闘気(ドラゴニックオーラ)で防壁を作り、その業火をかき消した。

Lv5の冒険者であっても無事では済まないであろう炎を受けてなお、ダイは火傷一つ負ってはいなかった。

 

「ベギラマ!!」

 

ダイの手の平から放たれた閃熱魔法がヘルハウンドへ襲いかかる。

竜闘気(ドラゴニックオーラ)で強化された魔法は、熱に強い耐性を持つヘルハウンドすら瞬時に消し炭へと変えてしまう。

 

 

 

まさに一瞬、1分にも満たない時間で周囲に集まっていたモンスターは全滅した。

もし見ている者がいたのなら、ダイが光を発した途端、周囲の魔物が全て吹き飛んだようにも見えたかもしれない。

 

『グルルアアアァァァァァァアアアアア!!!』

 

最後に残ったゴライアスがダイへと拳を叩きつける。

まともに受ければぐしゃぐしゃに潰されて、跡形もなくなるであろう威力の全力攻撃。

だが竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏ったダイは、自分の体より大きなその拳を片手で受け止めた。

地面が陥没し、ダイの体がめり込む。

そのままゴライアスの腕を両手で抱え込み、ジャイアントスイングの要領で振り回した後、天井に向かって投げ飛ばす。

 

『ギッ…グガガァ…』

 

凄まじい勢いで天井に叩きつけられたゴライアスは、苦悶の声を上げ、そのまま重力に従って落下した。

 

「ごめんよ、オレもこんなところでやられるわけにはいかないんだ」

 

ダイの紋章が輝き、額から光線が撃ち出される。

《紋章閃》と呼ばれる、山をも砕く破壊力を秘めた(ドラゴン)の騎士の必殺技が、ゴライアスの腹部を貫通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘルハウンドの炎で焼け残った魔石を拾い、折れた剣を使って、モンスターの死体から魔石を取り出し、バックパックへしまう。

あまりの量にバックパックへ入りきらない分は、上着を簡易的な風呂敷代わりにした。

 

「さて、あとはこのデカイ魔石とよくわからない歯だけか…」

 

残ったのはゴライアスが残した特大の魔石とドロップアイテムであるゴライアスの歯牙。

どうやって持って行こうか悩んだダイは、やむを得ず、魔石を右手で抱え、左手に上着で作った風呂敷を持ち、ゴライアスの歯牙を脇に挟んで持ち運ぶ。

武器も持たず両手が塞がった姿は、モンスターに襲ってくださいと言っているようなものだが、ダイは気にすることなくそのまま地上を目指して大広間を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだったんだ今のとんでもねぇガキは…!?」

 

嘆きの壁の先にある18階層へ繋がる階段に、一人の男が身を隠していた。

男は18階層にあるリヴェラの街に常駐している冒険者であり、度々ゴライアス討伐にも参加していた。

ゴライアスの次産間隔(インターバル)は2週間前後、今回もそろそろ誕生しているだろうと思い様子を見に来たのだ。

予想通りゴライアスは居た、だが続く状況は男の想像を遥かに上回っていた。

一人の少年がモンスターの大群とゴライアスを、素手で撃退したのだ。

 

男は慌ててリヴェラの街に戻ると、同じく屯していた同業者に先ほど見た光景を話しだす。

だが、額に竜のような模様を浮かべた少年が、素手でモンスターの大群を殲滅し、なおかつヘルハウンドの一斉放火をも無傷で耐え、ゴライアスを投げ飛ばして謎の魔法一撃で倒す。

そんな話を信じる奴はいなかった。

 

 

 

後日、ギルドの公式発表で、唐突に現れたLv5の冒険者としてダイの名前が知れ渡り、静かにゴライアス討伐の話が広まっていくことになるのだが、それはもうちょっと先の話である。




ゴライアスさんには読み切り漫画で主人公にフルボッコされる悪役的なポジションについてもらいました。
ごめんねゴライアスさん。


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第6話 帰還

ベル君の特訓回にしようと思ってたんですが、その前が長くなっちゃったので次回に回します。


すっかり日も落ち、暗くなった時間帯、ダイはようやくギルドへと戻ってきていた。

 

今朝方に冒険者登録していった少年が、ギルドの業務終了直前に、山ほど魔石を持ち帰ってきたことに、ギルドは騒然とし、換金担当者とアドバイザーであるエイナは頬を引き攣らせる。

持ち込まれた特大の魔石を見た換金担当者は、「こいついったい何を倒してきやがった?」と言うような目でダイを見たあと、無言で換金額を計算し始めた。

 

結局、ダイが持ち帰った大量の魔石は合計で50万ヴァリスを超えた。

その金額の大半は、階層主(ゴライアス)の魔石によるものだ、あれ一つで40万ヴァリスにもなったのだ。

換金額を渡されたダイは、聞いたこともないような大金に若干挙動不審になり、周りから不審な目で見られる羽目になったが。

ちなみにゴライアスの歯牙は、貴重な武器の素材だと聞き、いつか鍛冶師の知り合いが出来た時、武器を作ってもらえるよう、売らずに取っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ダイは魔石を換金した後、受付に居たエイナに呼ばれ、話があると言われた。

なんだろうと思いつつエイナの後について歩き、個別の相談室に入る。

ダイの対面に座ったエイナは複雑な表情でダイへと注意をした。

 

「ダイ君、君は今日何階層まで行ってたの?」

「えっと、確か17階層だったかな」

 

ダイの到達階層を聞いて困惑するエイナ、よくも道もわからないのにそこまで潜ったものだと思う。

 

「はぁ…ダイ君、君がいくら第1級冒険者とはいえ、ロクな準備もしないで中層に潜るなんて危ないわ」

「ごめん、ちょっと夢中になってたらいつの間にか結構深くまで行っちゃってて」

 

エイナはやれやれ、とため息をつく。通常Lv5の冒険者にアドバイザーはついていない、本来アドバイザーは新米冒険者に助言をするのが仕事なのだ、Lv5になるほどのベテラン冒険者にはまさに釈迦に説法と言える。

しかしダイは信じがたいことに、ダンジョンに入ったことがないという、そのため特例としてベルと一緒に、エイナが担当することになったのだ。

しかしダンジョン知識皆無の第1級冒険者など過去に例がないため、エイナもどう扱っていいかわからず、戸惑ってしまう。

 

駆け出しのような扱いをしても仕方がないのはわかっているが、さりとてステイタスに見合った階層へ行かせるのは、不安すぎる。

そもそもステイタスに対して装備が貧弱すぎるのだ。第1級冒険者が支給品の装備しかもっていないという状況では、絶対にステイタスに見合った階層へは行かせられない。

やはり、まずは先ほどの換金で得たであろうお金で装備を整えさせて…

 

と、ここまで考えたところでエイナはダイの装備を見て「んっ?」と首を傾げた。

今朝方、冒険者登録をした際に購入していった支給品(ブロードソード)が見当たらないのだ。

 

「ねぇダイ君?今朝買った武器はどうしたの?」

「あぁ、ごめん、それならゴライアスとかいうでっかい奴に折られちゃった」

「………」

 

軽い口調でとんでもないことを言われたエイナは、眩暈で机に突っ伏しそうになるのを辛うじて耐える。

剣1本で何の物資も持たずに17階層まで潜った上に、階層主と戦っていたとは…想像の斜め上をエンジン全開の錐もみ回転で、すっ飛んで行かれた気分だ。

しかし、無事に戻ってきたということは、武器が壊されたあと、上手く逃げられたのだろう、とホッとする。

 

「無事に逃げられてよかったわ、今後は奥に行くならちゃんと準備してからね」

「ん?まぁ他の奴よりちょっと強かったけど、なんとかね」

「そう、あともうちょっとダンジョンについて知識を…ん?」

 

おかしい、今何か言葉のニュアンスが違ったような?

今のはまるで、逃げずに戦ったかのような言い方じゃなかったか…?

恐ろしい想像をしてしまったエイナは震える声でダイへ確認を取る。

 

「ね、ねぇダイ君?ゴライアスに武器を折られたのよね?それで逃げたんじゃ?」

「え?いや、多少強かったけどあれくらいなら大丈夫さ」

「一人で倒したの?素手で?」

「うん」

 

ゴライアスが【迷宮の孤王】(モンスターレックス)であることなど露知らず、あっさりと頷くダイに、今度こそエイナの目は点、口は【△】となった。

 

 

 

 

正気に戻ったエイナは、ダンジョンには【迷宮の孤王】(モンスターレックス)という存在がいることを教え、今後、決して一人で挑んではいけないと言い聞かせた。

さらに「いい?騒ぎになるからゴライアスを素手で倒したことは同じファミリアの仲間以外、誰にも言ってはダメよ」と何度も強く言い聞かせ、最後に「今度時間があるときに、みっちり勉強会をしようね」と締めくくり、ようやくダイを解放した。

 

心なしかげっそりとした表情で帰っていくダイを見送り、エイナは考える。

Lv5がLv4にカテゴライズされるゴライアスを一人で倒す、これ自体は可能だろう。

だが素手でとなれば話は別だ。

強力な長文詠唱の魔法を並行詠唱で唱えられるのだとすれば可能なのだろうか?

だが先ほどの口ぶりでは素手の格闘戦で倒したように受け取れた。

 

(何にせよあの子にはもうちょっと、自分が周囲から注目されるということを自覚させないとダメかな…)

 

ギルドがダイのLvを公式発表すれば、どうあれ彼が注目されるのは間違いない、できるだけ余計な騒ぎにならないようにしなくては、彼もベルも危ない目に合ってしまう。

 

冒険者の無事を何より願う、ハーフエルフの美女は、まずはダイにLvに見合った知識を徹底的に叩き込もうと、再度心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえり、遅かったねダイ君」

「おかえりなさいダイさん」

 

ホームへ帰宅したダイを、夕食の片付けをしていたベルと、ソファーで本を読んでいたヘスティアが、顔を上げてどこかホッとした表情で出迎えた。

しかし、すぐに一転して、若干拗ねた表情になったヘスティアは、ダイに詰め寄る。

 

「まったく初日からどこまで行ってたんだい、ベル君はずっと前に戻ってきてたっていうのに」

「ごめんよ、ちょっと夢中になっちゃったんだ」

「まぁ君は強いし、モンスターに関しては、それほど心配はしていなかったけど、迷子にでもなったら大変だろう」

「子供じゃないんだから…」

「いや子供じゃないか、どうみても」

 

なんだかんだと内心では結構心配していたヘスティアは、それからしばらく、ダイに小言を言い続けた。

傍で見ていたベルは、少年が幼女に怒られて小さくなっている姿をみて、どこかオママゴトみたいだなーと本人たちに聞かれたら激怒されるようなことを考えていた。

 

「まぁまぁ神様、無事に帰ってきたんですからいいじゃないですか」

「むぅ、ベル君がそう言うなら、これくらいで許してあげよう」

 

そろそろダイが可哀想だと思ったベルが仲裁に入る、お説教から逃れたダイはぐったりとソファーに座り込んだ。

エイナとヘスティアの説教コンボで、ダイのライフはとっくに0になっていた。

 

「ありがとうベル、エイナさんにも怒られたし、もうヘトヘトだよ、ダンジョン潜ってる時より疲れた」

「あはははは、晩ご飯温めてきましたよ、どうぞ」

 

ベルは、先ほど作っておいた晩ご飯を温めなおし、テーブルに並べ始める。

食欲を刺激するシチューの匂いが鼻孔をくすぐり、ダイのお腹がぐぅ~と鳴り始める。

お昼ごはんも食べずにダンジョンへ潜っていた為、お腹がペコペコだったのだ。

 

ベルにお礼を言ってパンとシチューを物凄い勢いで食べ始めるダイ。

ヘスティアはその光景を温かい目で見つめていた。

元の世界で、Lv5に達するほどの経験をこの歳でしてきたダイは、普段からベルよりもよほど大人びているのだが、パンとシチューを夢中で食べる、今の姿だけは歳相応に見えたのだ。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです」

 

食べ終えた食器をベルが台所へ持っていく。

片付けくらい自分でやると言うダイだが、ベルは「今日は疲れてるでしょうからゆっくりしてください」と言って断った。

手持ち無沙汰になったダイは、何をしようかと周りを見回した時、自分が使っていたバックパックを見て、換金してきたお金をヘスティアに渡していないことを思い出した。

 

「そうだヘスティア様、これが今日ダンジョンで稼いできたお金だよ」

 

バックパックに仕舞っていた、金貨の詰まった袋を取り出してドスン、とテーブルへ乗せる。

その予想外の大きさと重量に、ヘスティアは目を見開く。

 

「なんだいこの量は…一体いくら入ってるんだ?」

「えっと、確か50万ちょっとだったかな?正確には忘れたけど、それくらい」

「「50万!?」」

 

ありえないような金額に、ヘスティアとベルが同時に叫ぶ。

ヘスティアは慌てて袋の中身を確認するが、びっしりと詰まった金貨を見て、瞠目し息を呑んだ。

駆け寄ってきたベルも、袋の中を除いて言葉を失う。

 

(僕なんて1500ヴァリスしか稼げなかったのに、ダイさんは1日で50万…)

 

冒険者になって1日目、Lv1の初期ステイタスである自分と、Lv5のダイを比較するのが烏滸がましいのはわかっている、わかっているがさすがにこの差はショックだった。

ゴブリンを倒せたーなどとはしゃいでいた自分が恥ずかしくなる。

 

「ベル君、君はダイ君と違ってまだ恩恵を得たばかりだ、ショックなのはわかるけど、それで無茶はしないでくれ、せっかく出来た家族に何かあったりしたら、ボクはしばらく立ち直れないよ?」

 

ベルの様子をみて、ヘスティアは内心を悟ったのだろう、フォローすると共にダイに追いつこうと無茶しないように釘を刺す。

ヘスティアの言葉に、ハッとして顔を上げると、ヘスティアとダイが心配そうな顔でベルを見つめていた。

 

「す、すみません、僕はそんな自分とダイさんと比べるなんて…」

「焦ることはないんだ、ベル君はベル君のペースで強くなっていけばいい、強くなろうと無茶して怪我をされるよりも、無事に帰ってきてくれるほうが僕はずっと嬉しい」

 

聖母のような優しい笑みを浮かべるヘスティアの言葉に、ベルは知らぬ間に握りしめていた拳の力を抜く。

無茶をしてこの(ひと)を悲しませるわけにはいかない、そう心に誓う。

 

「ダイさん、お願いがあります」

「なに?」

 

背筋を伸ばしてダイの方を向いたベルは、そのまま勢い良く頭を下げた。

 

「今朝戦い方を教えてくれるって言いましたよね?明日からお願いしてもいいでしょうか?」

「うん、いいよ」

「え、そんなにあっさり!?」

 

あまりにもあっさりと承諾されたベルは、拍子抜けした表情でダイを見つめる。

 

「最初に戦い方を教えるって言ったのはオレだしね、それが明日からでも全然構わないさ」

「ありがとうございます、よろしくお願いします!」

 

ダイの言葉に、再度深く頭を下げるベル。

 

「そんなに早く強くなりたいの?」

「はい!」

「そっか、わかった」

 

ダイのつぶやきになぜかベルの全身を悪寒が走った。

なぜか、ダンジョンに潜る以上の身の危険を感じてしまうベルだが、強くなりたいという思いは本物で、後には引けなかった。

翌日より、ベルにダイ流、特別(スペシャル)ハードコースの特訓メニューが追加されることになる。




アイズのシゴキにも耐えるベル君なら、スペシャルハードコースもきっと耐えれるはず


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第7話 修行

ベル君修行編 といってもアバン流刀殺法を習ってるわけじゃないですが。


早朝、日がようやく昇り始め、朝焼けが眩しく迷宮都市(オラリオ)の町並みを照らしていた。

まだほとんどの住民が夢の中で微睡んでいる時間帯に、路地裏を走る少年達の姿があった。

ベルとダイである。

昨晩、ベルに戦い方を教えて欲しいと頼まれたダイは、その希望通りさっそく朝からベルに特訓をつけているのだ。

かつて自分がアバンに教えを請うた時の内容を思い出し、最速で勇者になれる為の特別(スペシャル)ハードな特訓を…!

 

「ぜぇ…はぁ…ひぃ……」

「…大丈夫かい?」

「だ…だいじょう…ぶ……です」

 

ベルは今ひたすら走っていた、それも体にロープを巻き、瓦礫を括りつけた重りを繋げた状態でだ。

ダイが『準備運動』と称した、この地獄のランニングはすでに始まってから30分が経過していた。

 

最初こそ気合を入れて走っていたベルだが、すでに息も切れ切れ、満身創痍の有り様だった。

ちなみに一人だけやらせるのもなんだか悪い、と考えたダイも同じ条件で走っているのだが、息一つ切らしていない為、ベルにとってはひたすらプレッシャーとなっていた。

 

隣で平然と走り続けられては、限界だと訴えて休みたいとも言い出せない。

結果としてさらに10分走り続けた結果。

 

 

 

 

ベルはぶっ倒れた。

 

 

 

 

それはもう盛大に、石畳に顔面を強打する勢いで崩れ落ちた。

ベルが倒れたことで慌てたダイは、ベルを背中に背負い、ホームである廃教会へと運び込んだ。

 

ベッドの中で熟睡していたヘスティアは、ドタドタと慌ただしく駆け込んでくる足音で目を覚まし、何事かと文句を言おうとしたところ、青くなったダイに背負われ、ぐったりとしたベルを見て悲鳴を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

ベルの体を拭き、水を呑ませてベッドに寝かせた後、ダイは床に正座させられ、ヘスティアに説教を食らっていた。

 

「何をやってるんだ君は!恩恵を受けたとはいえ、ベル君はまだステイタスもロクに上がっていない駆け出しなんだぞ!そんな子に重石を括りつけて何十分も走らせたら倒れるに決まってるだろう!」

 

ツインテールを逆立てて説教するヘスティアは、いつものロリ神っぷりはどこへやら、鬼神の如きであった。

対して、説教されてタバコの箱のように小さくなったダイは小さく言い訳を口にする。

 

「ごめん、でもオレもアバン先生に修行つけてもらった時は同じことを…」

「そのアバンとやらが誰かは知らないけれど、その人は君の能力を把握した上で、限界ギリギリを見極めてやっていたんだろう、それと同じことをやったら、並の人間は倒れてしまうということさ」

「そっか……」

 

かつての修行を思い出す、今考えてもとにかくめちゃくちゃハードだった内容だが、あれでもダイに対して最適化された訓練内容だったのだろう。

つまり、人に修行をつけるには、まずはその人の能力を正確に把握して最適な内容の訓練を考えなければいけないということか。

やはりアバン先生はすごい…と、そこまで考えたダイは、気付いてしまった。

『あれ、それってオレには無理じゃないかな…?』と。

 

アバンの修行と数多の実践経験、そしてバランから受け継いだ《戦いの遺伝子》のおかげで、自らの戦闘技術は他の追随を許さない。

しかしそれを他人に教えるのはまるで違う話なのだ。

勉強が嫌いなダイにとって、『人に教える』という行為はかなりハードルが高いといえた。

 

(うーん、教えるのは難しいとなると、あとは実践形式での特訓しかないのかな)

 

やはり実戦経験は何よりも勝る経験値となる。

そう考えたダイはヘスティアに薬草のような回復用のアイテムなどが売っている店はないかと質問した。

 

「回復薬?ポーション系のアイテムなら神友(しんゆう)のミアハって奴のファミリアで売っているよ」

「買いたいものがあるんだ、そこに連れて行って欲しいんだけど」

「いいよ、ベル君にも紹介しておきたいから、起きたら一緒に行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじゃまするよー、ミアハー、いるかい?」

 

 

お昼前、目を覚ましたベルを連れて、ミアハファミリアのホームである古ぼけた道具屋(アイテムショップ)にヘスティア達はやってきていた。

ホームの扉を開けて店内に入ると、瞼が下りた半目の眠そうに見える犬人(シアンスローブ)の少女がカウンターに座っていた。

 

「あら…ヘスティア様、いらっしゃいませ~…」

 

抑揚のない、間延びした声で出迎える少女は、面識のあるヘスティア以外に、2人の少年がいるのを見て、半分閉じていた目を見開いた。

商売人としての勘が、『この2人は客だ』と告げたのかもしれない。

 

「こんにちはナァーザ君、突然ですまないけど、ミアハはいるかい?」

「ミアハ様は奥にいます…呼んできますね…」

 

目は開いても、間延びした声はそのままで、大きな尻尾を揺らしながら奥の部屋へと入っていくナァーザ。

大して待つこともなく、奥から一人男性を連れて戻ってきた。

 

「どうしたヘスティア、店にやってくるとは珍しいではないか」

 

長身でしなやかな体格、男性としては長い群青色の髪、貴公子然とした印象の男性が、このファミリアの主神、ミアハだ。

ミアハはヘスティアの後ろに佇む2人の少年を見て、何かを察したようにヘスティアへと向き直る。

 

「おぉ、ヘスティアよ、もしやついに己の眷属が出来たのか!?」

「そうなんだミアハ、それも2人もいっぺんに出来たんだぜ」

「おめでとう、新たなファミリアの門出、心より祝福するぞ」

 

ミアハはヘスティアにそういうと、ベルとダイの方へと向き直った。

 

「まずは自己紹介させて頂こう、私はミアハ、こちらは我がファミリア唯一の構成員ナァーザ、うちのファミリアはポーション等の冒険に役立つ道具を中心に取り扱っている、どうぞご贔屓に、末永くよろしくお願いする」

「ナァーザ・エリスイスです……ポーションの調合等やってます、よろしく…」

 

神と眷属が頭を下げて挨拶してきたことに慌てたベルは、自らも勢い良く頭を下げて自己紹介をする。

 

「僕はベル・クラネルです、田舎から出てきたばかりでわからないことばかりですが、よろしくお願い致します!」

「オレはダイ、ちょっと事情があって迷宮都市(オラリオ)に来たんだ、よろしく」

 

ダイもベルに続いて頭を下げる、異世界云々はあまりいい回らない方がいいだろうとヘスティアから言われているため、曖昧な言い方でお茶を濁す。

ミアハとナァーザも、他人の事情に深く干渉する気はないのか、突っ込んではこなかった。

 

「さて、お互いの自己紹介も済んだところで、ちょっとダイ君が買いたいものがあるらしいんだ」

「ほう、さっそく買い物をしていってくれるのか、ありがたいことだ」

 

古ぼけたお店の様子などを見ても、普段からよほど売れ行きが悪いのだろう。

ヘスティアの言葉に、喜ぶミアハ。

ナァーザも表情こそ変わらなかったが、尻尾がゆらゆらと左右に揺れていた。

 

「傷を治すポーションっていうのが欲しいんだけど、いくらくらいするのかな?」

「ポーションと言っても…いくつか種類があるよ……説明しようか?」

「うん」

 

ポーションを買おうとするダイに対して、ナァーザがポーションの説明を始める。

ポーションといってもその種類、ランクによって値段は様々なのだ。

 

具体的にはただのポーションが、体力の回復はできるが小さな傷の治療しか出来ない、最も安価なもの、500~2000ヴァリス程度。

高等回復薬(ハイポーション)が、体力と共に大きな傷も塞いでくれる、中層以下にいくのであれば必須と言っていい、3万ヴァリス前後。

万能薬(エリクサー)が、致命的な傷をも瞬時に塞ぐ最上級の治療薬、50万ヴァリス前後。

 

他にも魔法を使うための精神力(マインド)を回復させるための精神治療薬(マジックポーション)もある

 

そういった説明を受けたダイは、おもむろに取り出した布袋をドンッとカウンターに置いた。

 

「それじゃ普通のポーションを20個と、後念のためにハイポーションを2つください」

「んなっ!?」「え…?」

 

ダイの大量注文に驚愕するミアハとナァーザ、まさかと思い布袋を確認すると、中には大小の金貨が大量に詰まっていた。

ダイは昨日の稼ぎのうち、20万ヴァリスを当面のファミリアの生活費としてヘスティアに渡し、残ったお金を自分用として確保していたのだ。

 

「ヘ、ヘスティア?彼らは冒険者になったばかりではないのか?どうやってこんな大金を…」

 

ミアハの疑惑の視線に晒されたヘスティアは、若干バツが悪そうに目をそらした後、諦めたように語りだした。

 

「ベル君は正真正銘僕の眷属なんだけど、ダイ君はちょっと特殊な子でね、自前の恩恵を持った子なんだ、Lvは5」

「「なっ…!?」」

 

ミアハとナァーザの声がハモる、当然だろう、自前の恩恵を持っているという話でも前代未聞だというのに、Lv5だと言うのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、大金をもっていた件については、昨日ダイが一人で中層に潜り、階層主(ゴライアス)を討伐してきたという話をして、一応の納得をしてもらった。

ナァーザに半目で、じ~~~~っと見つめられながらポーションを購入したダイは、7万ヴァリスを支払い、若干軽くなった布袋を持ってミアハファミリアのホームを出る。

 

「それで、ダイ君はそんなに沢山のポーションを買ってどうするんだい?買い置きするにしてもあまり日が経つと質が落ちるよ?」

「大丈夫、たぶん今日中にほとんど使うことになるよ」

「なんだろう…また寒気が……?」

 

ヘスティアは、ダイの真意に気付きはしなかった、今朝お説教をしたばかりで、また無茶苦茶なことはやらないだろうと油断していたのだ。

ベルは一人、謎の悪寒に震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ヘスティアは午後からのバイトへ向かい、ダイは武器屋で新しい剣を購入した。

今度のは繋ぎとは言え、簡単に壊れても困るので、同じようなブロードソードでも10万ヴァリスもするモノを購入、切れ味、耐久性が支給品とは格段に違う上質のものだ。

 

その後ダンジョン前にてベルと合流し、1階層へと入っていく、どんどんと奥へ進んでいくダイの後をついていくベルは、何をするつもりなんだろうと首を傾げた。

なお、謎の悪寒はどんどん強くなっていっている。

 

2層へ続くルートから正反対の、ほとんど人のこない場所にある行き止まりの広間に到着すると、ダイはベルに「ちょっとここで待っててね」と告げて元の通路へと戻っていった。

何も説明されず、どうしていいのかわからないベルは、とりあえず言う通りに待つことにする。

 

時折、壁から出現するゴブリンやコボルトを撃退しながら待つこと十数分。

ダイの出て行った通路から『ギャギャーー!』『グギギイィー!』といったモンスターの叫び声が聞こえてきた。

しかもその声の数からしてかなり複数のモンスターがいると判断したベルは焦った。

これまで1対1、もしくは1対2での戦闘しか経験していないベルにとって、複数のモンスターを相手にするのは初めてとなる。

多いようなら一度撤退も考えたほうが…と覚悟を決めたところで通路から入ってきたモンスターの群れを見て驚愕する。

 

「なんでダイさんが連れてきてるんですかーーーー!!」

 

そう、ダイがゴブリンやコボルトの集団、総計10匹を引き連れて戻ってきたのだ。

決して群れに追われて逃げてきたというわけではない、そもそもダイなら1階層のモンスター程度、100匹居ようが物の数ではないのだから。

 

「ベル、強くなる近道は実践あるのみだ、まずはこいつら全部片付けてみてよ!」

「んなぁー!?」

 

ダイはそう言うと飛翔呪文(トベルーラ)で飛び上がり、広間の天井近くで待機し始めた。

目標が手の届かない位置に行ってしまったモンスターの群れは、一斉にターゲットを広間にぽつんと残された哀れな兎へと変更する。

 

『グギャギャギャギャ!!』

『キキキィーーー!!』

 

「うわああああああぁぁぁぁ無理だあああああああ!!」

 

ゴブリンとコボルト総計10体の混成部隊に襲われたベルは、慌てて広間を逃げ惑う。

ダイは逃げまわるベルを上空から見下ろしながら、告げる。

 

「逃げまわってたらいつまで経っても強くはなれないよ、大丈夫だよ、怪我したってポーションで治してあげるから」

(ポーションを買い込んだ理由はこれか―――――!!)

 

ダイの優しさ(鬼畜さ)に号泣する、しばらく逃げまわったが、ダイは助ける気がないと察したベルは、覚悟を決めてモンスターの群れへと振り返る。

 

「ちくしょうやってやるー!」

 

ベルは半ばやけくそ気味に、ナイフを構えてモンスターの群れへと突っ込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

10分後、なんとかモンスターを全て撃破したベルはボロボロになって倒れていた。

ダイは床に降りると、買い込んだポーションを数本、口を開くのも億劫そうなベルに飲ませる。

なんとか復活したベルは開口一番、ダイに食って掛かる。

 

「なんてことするんですか、死ぬかと思いましたよダイさん!」

「危なそうなら割り込もうとは思っていたけど、予想通りベル一人でなんとか出来たじゃないか」

 

まったく悪びれていないダイは、ポーションを数本、ベルに手渡して立ち上がる。

 

「それじゃ、もう1回連れてくるから、それまでここで休んでてね」

「えぇぇぇ!?まだやるんですか!」

「もちろん、ポーションがなくなるまでやるつもりだよ」

「――――――――」

 

絶句したベルを置いて広間の外へモンスターを集めに行くダイ。

結局、自分で訓練をお願いしたという事実と、自腹でベルの為のポーションを買い込んでくれたダイの好意を無碍にすることが出来ず、ベルはそのまま広間で待機し続けた。

 

 

 

 

 

結局、その後5回の怪物進呈(パス・パレード)を処理したベルは、最後の1回を終え、肩で息をしつつも両の足で立っていた。

 

「お疲れ様、これが最後のポーションだよ」

「あり…がとう……ございます」

 

ダイから受け取った最後のポーション3本を飲み干し、ふぅ~と息を吐き出す。

ポーションのお陰で傷もほとんど治り、体力もある程度回復する。

 

「こんな特訓、無茶苦茶ですよダイさん、生命がいくつあっても足りませんって」

 

ベルの非難の声に、若干申し訳無さそうな顔をしつつも、ダイはとある指摘をする。

 

「それでも効果はあったよ、最後の1回、モンスターの数を2匹増やしてたんだけど、ベルはきっちり処理した上に、終わった後も立っていられた、それはつまり最初の頃より効率よく攻撃を避け、攻撃して手早く敵を処理出来るようになってきてるってことさ」

「…!?」

 

ベルはハッとして、ナイフを握った自分の手を見つめる。

言われてみればその通り、無意識とは言え何度も相手をしているうちに、動きが洗練されていったのだろうか。

 

「ありがとうございます、ダイさん!」

 

なんだか嬉しくなってきたベルは、ダイの頭を下げてお礼を告げる。

 

「朝は無茶させてごめんよ、オレはどうも人に教えるってことが苦手だから、結局こんな方法になっちゃったけども」

「いえ、僕が言い出したことですから、これからもよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル レベル1

力=I7→I22 耐久=I2→I35 器用さ=I9→I19 敏捷=I11→I53 魔力=I0

魔法

【】

スキル

【】

 

 

 

「……」

 

ベルのステイタスを更新したヘスティアは怪訝な顔で、ベルの背中に刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)を見つめていた。

 

(おかしい…耐久の伸びが凄い…敏捷の伸び方からいってもベル君は回避重視のはずなのになぜだ…)

 

これほどの攻撃を受けていたのなら、ベルの体に傷が残っていなければおかしい。

だが、改めて見てみても、ベルに目立った怪我は見当たらなかった。

 

(まさか今日買ったポーションは…)

 

嫌な予感がしたヘスティアは、ベルに尋ねる。

 

「ねぇベル君?今日はもしかしてダイ君と一緒にダンジョンいってたのかい?」

「はいそうですよ、ちょっとダイさんにダンジョンで特訓してもらってたんです」

 

やはり!とヘスティアは自分の予感が的中したのを感じた。

 

「へぇ~、だからステイタスがこんなに上がってるのか」

「え、やっぱりすごく上がってますか!?」

「うん、特に耐久と敏捷が凄いね、一体何をやってたのかな~?」

「えっとですね!」

 

 

 

その後、ベルから特訓の内容を聞いたヘスティアはまたしても鬼神と化した。

正座させられたダイは長々とお説教をされたあと、今後特別(スペシャル)ハードコースの特訓を禁止されることになったのだった。



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第8話 サポーター

時系列的にはようやく1巻冒頭に入ったといったところです


その日、ギルドの掲示板にて、ランクアップした冒険者の一覧が貼りだされていた。

大勢の冒険者がその多数の記事を見て各ファミリアの戦力などを確認している中、1枚の記事に多くの冒険者や暇神(ひまじん)の注目が集まっていた。

 

「無名のLv5冒険者だと?」

「こんな小さいのにLv5なんてすごーい、小人族(パルゥム)じゃないのよね?」

「ヘスティアファミリア?どこだそれ」

「ほう…私好みの子だな…」

「ダイ……?聞いたことのない名前だぜ」

「噂じゃ迷宮都市(オラリオ)の外から来たって話だが」

「外でLv5になんてなれるのかよ?」

「無理だろ、戦争好きの王国(ラキア)だってLv3がせいぜいなんだぜ」

「でも実際にギルドが公式発表してる以上は真実なんだろ?」

「ぐげげげ、可愛い顔してるじゃないか、食っちまいたくなるね」

 

 

訝しげに見る者、素直に感嘆する者、下心を持つ者。

様々な思惑が交差し、拡散していく。

突如現れたLv5の冒険者の噂は、瞬く間に迷宮都市(オラリオ)全域へと広まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――数日後――

 

(なんだろう、今日は妙に視線を感じるような…)

 

ダイが迷宮都市(オラリオ)に来てから半月ほどの時間が経っていた。

早朝、ベルに日課の剣の稽古をつけたあと、朝食を取り、元の世界へ戻るための方法を探しに街へと出かけたのだが、すれ違う冒険者らしき人や、神と思しき人が妙にダイへ視線を送ってくるのだ。

好奇、嫉妬、憤怒、疑惑、なぜかたまに背筋がゾワッとするようなねちっこいモノも含め、様々な視線を感じていた。

以前、ベンガーナの街で超竜軍団に襲われた際、助けた街の人に向けられた化け物を見るかのような視線とは違うが、決して気持ちのいいものではない。

 

「ねぇねぇ君ぃ~、ダイ君だよね?巷で噂になってるLv5の冒険者っていう」

「え?うん、そうだけど…噂?」

 

視線を無視し、腹ごなしをしようと、じゃが丸君の屋台へ向かっている途中、軽薄そうな一柱の神が声をかけてくる。

噂とは何のことなのか、と問いかけようとすると、突如周囲から『うわ、あの野郎いきやがったな!』『ちくしょう先こされたぜ!』と言った叫び声があがる。

同時に、わらわらとどこからともなく現れた神々が一斉にダイへと襲いかかってきた。

 

「ほんとにLv5なのかい?」

「ヘスティアファミリアとか弱小なとこじゃなくてうちにこない?」

「ちょっとステイタス見せてよ、ちょっとだけ、先っぽだけだから!」

「坊やみたいな子、すっごく好み、ちょっと私のホームこない?可愛がってあげる」

「ちょ、なんだなんだ!?」

 

あっという間に集まってきた神に囲まれたダイは、わけも分からず質問攻めされる羽目になった。

最初こそ勧誘を断っていたダイだが、痺れを切らした神がダイの服を捲り、ステイタスを盗み見しようとした為、慌てて神の群れから抜け出し、全力で逃げ出した。

 

「逃げたぞ、追えー!」「あっちの路地裏にいったぞ」「さすがに速い、見逃すな!」

 

眷属の冒険者までをも引き連れてダイの追走劇が始まる。

ダイは建物の屋根へ飛び乗り、全力で駈け出した。

さすがに追いつけるほどの冒険者はいないようだが、数が数だ、知らぬ間にとんでもない人数に膨れ上がっていた。

騒ぎを嗅ぎ付けた暇神(ひまじん)までもが加わり始め、四方八方からダイを捕まえようと追手がかかる。

屋根から路地裏へ、路地裏から屋根へと縦横無尽に飛び回り、追手を翻弄する。

稀に接近してきた冒険者達は手刀の一撃で昏倒させた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

壮絶な鬼ごっこの末、約30分かけて追跡を振り切ったダイは見知らぬ路地裏に身を潜めていた。

 

「追ってきては…いないかな?」

 

角からそっと顔を出して周囲を見回すが、それらしい人影は見当たらない。

安心し、しばらくここで様子を見ようとしたダイの耳に、何かを殴ったような音と、小さな叫び声が聞こえた。

 

「―――――――!?」

 

自分が追われているという状況も忘れて、音がした方へ駈け出す。

路地裏の角を二つほど曲がった先、日の光が入り込まずジメっとした空間に、複数の冒険者らしき男と、倒れる一人の少女がいた。

状況を把握するため、手前の角に身を隠して様子を伺う。

 

「おいア~デ~?、お前が持ってる金はこの程度じゃないだろ?ちゃんと全部出してくれないと困るなぁ」

 

リーダー格らしき獣人の男が、おそらく少女から奪い取ったであろう、金貨が詰まっていると思われる布袋をチャラチャラと鳴らしながら、アーデと呼ばれた少女へ下卑た笑いを浮かべながら話しかける。

明らかに少女を見下した様子の男が、倒れた少女に近寄り小さな体を掴み上げようとしたところで、ダイは身を隠していた角から飛びだした。

 

「やめろ!」

 

ダイの一喝が男たちの動きを止める、振り向いたリーダー格の獣人は「あん?」と一瞬呆気にとられた顔をした後、愉快そうに笑いだした。

 

「おいおい、てめぇみたいなガキが騎士(ナイト)気取りか?勇気は認めるが怪我するぜ坊主」

 

ガハハハハハハッとリーダー格の犬人(シアンスロープ)に続いて取り巻きの男たちも笑い出す。

少女は助けを求めるでもなく、茫然とした様子でダイを見つめている。

 

「この女は薄汚ねぇサポーターのガキだぜ、助けたって一銭の得にもならねぇ、怪我しねぇうちにさっさと消えな」

 

右手でシッシッとジェスチャーをしてダイを追い払おうとする男だが、当然それで引き下がるダイではなかった。

 

「早くその子から離れろ!」

 

ダイの言葉に、チッと舌打ちしたリーダー格の男は、取り巻きの一人に「そいつを黙らせろ」と指示を出した。

 

「さっさと消えないお前が悪いんだぜ!」

 

指示を受けた男は、右腕を振りかぶり、ダイに殴りつける。

だが男の拳は頬にめり込むことなく、ダイの手のひらに受け止められていた。

 

「ぐっ、てめぇ…はなせ…って痛てえぇぇぇぇぇ!!ちくしょう放せ、放してくれえええ!」

 

掴まれた手を振りほどこうとする男だが、逆にダイの指が拳にめり込み、激痛のあまり情けない悲鳴を上げる。

ダイが手を放すと、男は右手を抑えて蹲った。

 

「こ、こいつただのガキじゃねぇな、冒険者か!?」

「そういえば…こいつどこかで……」

 

俄かに臨戦態勢を取る男たち、その中で取り巻きの一人が何かを思い出したように、叫び声をあげた。

 

「あ、あーー!思い出した、こいつ最近噂になってる、突然現れたLv5のガキだ!」

「なんだと、こいつが!?」

 

臨戦態勢を解き、1歩後退する男たち。

 

「やべぇぞカヌゥ、さっきの力を見る限り、Lv5ってのはマジかもしれねぇ」

 

カヌゥと呼ばれたリーダー格の犬人(シアンスロープ)は『ぐぐぐ…』と悔しげに顔を歪めた後、ダイに向かって問いかけた。

 

「お前、この女の知り合いなのか?」

「いいや、知らない子だ」

「ならなぜわざわざ助ける?屑みてぇなサポーターなんぞに恩を売ったってしかたねぇだろ」

「――――っ!」

 

その言葉を聞いた少女は、息をのんだ後、顔を歪め射殺すような視線をカヌゥに向けた、殴られ、金品を奪われたこと以上に、今の言葉は少女の琴線に触れたのだろう。

 

「大の男が数人がかりで、こんな子供からお金を巻き上げているような場面をみて、黙っていられるわけないだろう、早くそれをこの子に返すんだ」

 

ダイの言葉に、カヌゥは「ケッ、正義の味方気取りかよ」と吐き捨てて、金貨の入った布袋を少女へと放り投げ、逃げるように去っていく。

少女は、カヌゥ達の背中が見えなくなるまで睨み付けたあと、布袋を拾い、立ち上がった。

 

「危ないところを助けて頂き、ありがとうございます」

「大丈夫だった?はいこれ飲んで」

 

深々と頭を下げてお礼を言う小人族(パルゥム)の少女に、ダイはレッグホルスターに常備してあるポーションを手渡した。

少女は渡されたポーションとダイを交互に見比べた後、俯きがちに問いかける。

 

「なぜリリに親切にしてくださるのですか?リリはただのサポーターですよ?」

「サポーターってなに?あと女の子が襲われてたら助けるのが当然でしょ?」

「――――えっ?」

 

さらりとサポーターを知らないと言われ、少女は目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリエム・アーデルトと名乗る少女は、ダイにサポーターとは何なのかを説明してくれた。

 

「つまり、サポーターっていうのは、冒険者の代わりに荷物を運んでくれる人ってことでいい?」

「そうです、加えて言うのであれば、リリのような専業のサポーターは、落ちこぼれの冒険者として蔑まれています」

「…どうして?」

「才能がないからです、冒険者としてやっていける才能がなく、他の冒険者のお零れに預かることでしか生きていけませんから」

 

どこか作り物めいた笑顔でそう語る少女を、ダイは複雑な顔で見つめる。

そんなダイの心境を察したのか、リリは明るい声で別の話題を降ってきた。

 

「ところでダイ様は、もしかしてもしかすると、最近噂の突如現れたLv5冒険者のダイ様ですか?」

「う、うん、たぶんそのダイだと思うけど、噂って?」

 

唐突な話題転換に若干戸惑いつつも、先程も聞いた《噂》とはなんなのかを質問する。

 

「ギルドの先日、ギルドのランクアップ冒険者の発表があったのですが、その中にこれまで見たことのない冒険者が唐突にLv5として発表されました、それがダイ様です」

「あ、あー…なるほど」

 

そういえば、ギルドに登録した際、後日Lvは公式に発表されると言われた気がする。

ヘスティアにも、ギルドが公式発表したら注目されるから注意しろと言われていたことを思い出した。

先ほどの大騒ぎはそのためか、と疑問がひとつ解ける。

 

「なるほど、しかしLv5になってもサポーターのことをご存知ないとは、一体どうやってランクアップされたのでしょうか?」

「あ、いやーそれはその…ずっと遠い場所で同じ仲間と一緒に戦ってたんだ、サポーター知らなかったのは、この街に来てからは基本一人で潜ってるから…」

 

ダイの歯切れの悪い言い方に、何かあると察するリリだが、あえてそこは触れないようにした。

 

「そうだったんですかー、ダイ様、もしよろしければリリを雇って頂けませんか?サポーターがどんなものか実際に体験して頂くのが一番かと思います、先ほど助けて頂いたお礼も兼ねて、今回は無料で構いませんよ」

 

満面の営業スマイルを浮かべるリリに、ダイはしばし思案する。

リリの提案は、たった今サポーターのことを知ったダイにとっては非常にありがたい申し出に思える。

実際いつも中層で戦う時、荷物の問題で途中で帰還する羽目になるのだ。

 

「うん、それじゃお願いしようかな」

「ありがとうございます!あー、でもすみません、リリはよわっちぃので、あまり深い階層はろくに自衛もできず足手まといになってしまうのですが、よろしいでしょうか?」

 

リリが申し訳なさそうに上目遣いで謝罪をする。

ダイがLv5であるため、普段の行き先は深層域だと思っているのだろう。

 

「オレ、普段は17階層で戦ってるんだけど、それくらいなら大丈夫?」

「あ、はい…行ったことはありませんが、それくらいでしたらなんとか…ていうかLv5なのに17階層なんですか?」

 

リリが驚いたように問いかける。

本来Lv5であれば深層域に挑戦するような段階である、仮にソロだから慎重になっているとしても、17階層程度では物足りないし、ステイタスもまったく伸びないだろう。

 

「うん、オレはランクアップを目指したりしてるわけじゃない、だからそれなりのお金が稼げれば十分なんだ」

「はぁ…そうなんですか…」

 

釈然としない表情で頷くリリ、イマイチ納得はできないが、かといって深層に連れて行かれても困るため、むしろ都合がいいとポジティブに考えることにした。

 

「わかりました、それでは17階層が目標ということで、準備をしてまいります、30分後に中央広場の銅像前に集合でよろしいでしょうか?」

「うん、わかった、よろしくね」

 

そういってリリは大通りの方へ走っていった。

ダイもポーションの補充でもしておくか、とミアハファミリアの経営するアイテムショップ《青の薬舗》へ向かった。

幸い、ダイを追っていた神々も諦めたらしく、その後追い回されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんとも予想外の展開になりましたね…)

 

自分の体よりも大きなバックパックを背負い、ダイの後ろをついていくリリは先ほどの路地裏の件を思い返す。

いつもの通り、カヌゥ達には端金を渡して誤魔化そうとしたところ、今もっとも迷宮都市(オラリオ)で噂になっているダイが乱入してきたのだ。

その後、サポーターのことを知らないという彼に、サポーターの仕事と一般的な扱われ方を説明し、お礼という名目で同行させてもらうことになった。

 

名前は咄嗟に浮かんだ偽名で誤魔化したが、変身魔法(シンダー・エラ)を使っていなかった為、本来の小人族(パルゥム)の姿を見られてしまっている。

普段のように罠にハメて装備を盗むのは危険だろう。

いや、そもそもLv5の冒険者を17階層程度で罠にハメるのは無理だろうし、仮に装備を奪えたとしても、自分が帰還出来ずに死んでしまう。

 

つまり、リリは大人しくダイのサポーターを務めるしかないということだ。

それでもなぜ自分を売り込んだのかと言えば、第1級冒険者と何かしら交流をもって、伝手を作っておけば、何かの時に役立つかもしれないし、もし定期的に雇ってもらえるのであれば、下級冒険者等とは比較にならない安定した稼ぎになるだろうという打算があってのことだ。

 

(しかし、ダイ様は明らかに装備がレベルに見合っていないようですね…これでは仮に奪える状態だとしても旨味がありません)

 

ダイの使っている武装は、折れた支給品の剣の代わりに購入した10万ヴァリスのブロードソードだけだ。

防具の類も一切付けていない。装備品の質だけを見ればLv1冒険者と言われても納得するようなモノだ。

 

しかしそれでも現在地12階層、ダイは危なげなくすべての敵を一撃で瞬殺している、さすがは第1級冒険者と言える強さだ。

リリは必死に散らばるモンスターの死骸から魔石を抜き取っていく、本来は冒険者の援護などもするリリだが、ダイの圧倒的な強さの前ではそんなものは必要ない為、魔石回収のみに集中することができていた。

 

『ヴオオォォォォオオオオオオ!!!』

 

「――――今の咆哮は!?」

 

魔石を回収していたリリの耳に、聞き慣れない雄叫びが聞こえてくる、この声はまさか…と考えた直後、通路の先から牛頭人体のモンスター『ミノタウロス』が姿を現した。

本来15階層から出現するモンスターであり、12階層では出るはずのないモンスターである。

 

『ヴォオオオォ!!』

 

獲物を見つけたミノタウロスがドスンドスンと重厚な足音を立てて突進してくる、しかし、リリが身構えるよりも先に飛び出したダイが、ミノタウロスの体を袈裟斬りに両断していた。

 

「あ、ありがとうございますダイ様…」

「変だね、こいつはもう少し奥から出てくると思ってたんだけど」

「はい、本来このミノタウロスは15階層から出現するモンスターです、モンスターが階層を移動することもありますが、通常は±1程度のはずなんですが…」

 

イレギュラーな事態に困惑する2人の耳に、新たな足音が聞こえてくる。

新手のモンスターかと身構えた2人の前に、目付きの悪い狼人(ワーウルフ)の青年が慌てた様子で走ってきた。

 

「おいてめぇら、このへんにミノタウロスがこなかったか!?」

 

ダイ達に詰め寄る青年は、すぐに両断され、倒れているミノタウロスの死骸を発見し、瞠目する。

 

「こいつは、お前らがやったのか?」

「えぇ、こちらのダイ様が一撃で倒しました」

 

リリの言葉に、ダイを凝視する青年は、「へぇ」と呟くと、2人に背中を向ける。

 

「見かけによらずなかなかやるじゃねーか、んじゃオレは急ぐからよ、それじゃな!」

 

そういうと、凄まじい速さで上層への階段に向かって駆け出していった。

 

「今の人…ロキファミリアの《凶狼(ヴァナルガンド)》ベート様ですね」

 

呆然と青年の後ろ姿を見送っていたリリが、先ほどの青年について語りだす。

 

「知ってる人?」

「知り合いではありませんが、ダイ様と同じLv5の第1級冒険者として有名な方です」

「へぇ…さっきのミノタウロスは彼が原因なのかな?」

「おそらくは、何かしら関わってはいると思います」

 

上層にミノタウロスが現れたのはイレギュラーなことではあるが、先ほどの青年が追っていたのであれば問題はないだろう。

ダイは先程の青年に、かつての仲間たちにも引けをとらないであろう強さを感じていたダイはそう判断する。

ダイ達は本来の予定通り、17階層へと向かっていった。

 

 

 

 

なお、その後5階層にて兎が牛に襲われることになるのだが、この時点でダイが知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリは魔石を換金したお金の詰まった布袋を見つめていた。

あの後17階層まで潜り、リリのバックパックがいっぱいになるまでモンスターを倒した後帰還したのだが、その換金額がなんと30万ヴァリスを超えたのだ。

これまで見たことのないような成果にリリは唖然とする。

 

「すごいですねダイ様、さすがは第1級冒険者です…」

「リリのおかげだよ、1人で戦ってる時は持ちきれないし、魔石回収に時間食うしで、この半分も行かないんだ、サポーターって凄いんだね」

「お役に立てたようで何よりです、もしよろしければこれからお誘い頂けると嬉しいです」

 

今回はタダ働きとなるが、これでダイの信頼を得られるのであれば安いものだとリリは思う。

今後、定期的に雇ってもらえるようになれば、仮に1割程度しか分前を貰えなかったとしても、下手な冒険者の装備を奪うよりも低リスクで大きな収入となる。

そんなことを考えていたリリの前に、ダイがドスンと金貨の詰まった布袋を置く。

 

「それじゃこれはリリの分ね、半分こ」

 

何事かわからず「えっ」と声を漏らしたリリに、ダイは当然のように言った。

 

「言ったでしょ、オレ1人じゃ半分も稼げないって、つまりこれはリリの仕事分の正当な報酬だよ」

 

これまでカヌゥを始め、冒険者に搾取され続けてきたリリは、ダイの言葉を理解出来なかった。

 

「で、でも今回は助けて頂いたお礼も兼ねて無料と…」

「あんな程度はお礼を貰うほどのことじゃないし、これはオレが払いたいから払うんだよ、君は自分を貶めていたけど、立派な働きだったと思う、正当な報酬は貰うべきだよ」

「―――――――――」

 

押し付けられた布袋を思わず受け取ってしまう、これまでリリから搾取し、リリが騙して奪ってきた冒険者達とまるで違う存在に、どう対応していいのかわからない。

 

「それじゃリリ、またよろしくねー」

 

そんなリリの困惑を余所に、報酬を押し付けたダイはリリに手を降って換金所から出ていった。

しばらく金貨の詰まった布袋を抱えたまま呆然としていたリリだったが、ポツリと「変なの…」と呟いて自分の泊まっている宿へと帰っていった。




リリエム・アーデルトとは一体なにものなのか…


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第9話 強さ

遅くなってしまいすみません。
今回はもっと先まで進めるつもりだったんですが、思ったより長くなってしまったので途中で切りました。
あと、神様転生タグを外しました。
イレギュラーで異世界に飛ぶのは全部神様転生だと思ってたんですが、違ったようなので…


「ふんだ!ベル君は一人で豪華な食事をしてくればいいじゃないか!」

 

バタンッと大きな音を立てて地下室のドアが開く。

ベルのステイタスを更新する間、ドアの外で待機していたダイは、突然のヘスティアの登場に驚き、1歩後退した。

ダイは明らかに不機嫌そうなヘスティアの表情を見て首を傾げる。

 

「どうしたのヘスティア様?」

 

不思議そうに問いかけられたヘスティアは、ガシッとダイの腕を掴むと、そのまま引っ張って地下室の階段を昇り始めた。

そして隠し扉を出て、廃墟となっている教会まで来たところで貯めこんだモノを吐き出すように叫びだした。

 

「ダイくぅ~ん、ベル君がボクというものがありながら他の女に浮気するんだよぉ~」

「えっ、浮気…?」

 

ヘスティアはダイに抱き着いて号泣する。

その姿は、神の威厳もへったくれもないが、ダイもヘスティアもまったく気にしていなかった。

それよりもダイが考えていたのは浮気についてだ。

浮気とは確か、すでに結婚しているのに、他の人と結婚しようとすることだっただろうか。

昔ポップから聞いたことがあるようなないような、歴代の竜の騎士から受け継いだ《戦いの遺伝子》も、さすがに色恋沙汰の知識はもっていなかった。

 

「浮気ってことは、ヘスティア様とベルはオレの知らない間に結婚してたってこと?」

 

ダイの発言に「えっ!?」と声をだし、顔を上げるヘスティア。

なぜそこまで話が飛ぶのかと疑問に思ったが、ダイの年齢を思い出して納得する。

普段大人びた部分があるため忘れがちだが、よく考えればダイはまだベルよりも小さな子供なのだ、元の世界の話も聞いた限りでは、恋愛などしたこともないのだろう。

そんなことを考え、しばらく何かを苦悩するように目を左右に泳がせた後、ヘスティアは頭を振ってあきらめたように呟いた。

 

「い、いや…ボクとベル君はまだそういった関係ではないよ…」

「それじゃ浮気っていうのは?」

「うぅ…そうだよ、言ってみたかっただけさ!いいじゃないか、いつか必ず振り向かせてやるんだ!」

 

ダイの無自覚な糾弾に、ダバーと涙を流しながらイジケルヘスティア。

一連の流れがまったく理解できなかったダイは、頭に『?』を浮かべながら困惑していた。

 

しばらくの間ダイに慰められていたヘスティアだったが、やがて立ち直ったのか、ダイに「ちょっと出かけてくるよ」と言って立ち上がった。

 

「どこへいくの?」

「ちょっとバイトの打ち上げに行ってくるってベル君に言っちゃったからね、どこかで適当に晩御飯食べてくるよ、ダイ君はベル君と一緒に晩御飯を食べておくれ」

「うん?…わかった」

 

若干ばつの悪そうな顔をして出ていくヘスティアの背中を見送り、ダイは隠し扉を潜って地下室へ降りていく。

扉を開けるとベルが捨てられた子犬のような顔をしてソファーに座っていた。

 

「あ、ダイさん…神様はまだ怒ってましたか?」

 

どうやらヘスティアが不機嫌になった理由がわからず困惑していたようだ。

ダイも原因はよくわからないが、とりあえず「もう怒ってなかったよ」と言っておく。

それを聞いて安心したのか、ベルは不安気だった表情をパァーっと明るくし、立ち上がる。

 

「そうですか、よかった!なんだかステイタスがものすごく上がってたんですけど、それを見た神様の機嫌が悪くなったんです、確かにちょっと不自然なほどの上がり方だったんですが、なぜなんでしょう」

「浮気がどうのと言ってたけど、心当たりはないの?」

 

ダイの言葉にきょとんとした顔をするベル、しかし徐々に顔を赤くしていき、すごい勢いで首をぶんぶんと左右に振り始めた。

 

「う、う、浮気もなにも、僕はまだ誰ともお付き合いしていませんよ!」

「そうだよね、じゃやっぱりあれは冗談だったのか」

 

うーん、と考え込むダイの横で、「いや、でもいつかヴァレンシュタインさんと…」とベルが顔を真っ赤にしながら気合を入れていた。

 

 

 

 

「あ、そうだダイさん、これから一緒の晩御飯を食べに行きませんか?」

 

しばらく妄想の世界に入っていたベルが、現実に帰還したあと、開口一番にそう言ってきた。

 

「どこかのお店で食べるのかい?珍しいね」

 

ソファーでベルの隣に座ってお茶を飲んでいたダイは、突然の誘いに目を丸くする。

ダイの中層での稼ぎのおかげでヘスティア一人の時とは比較にならないほどファミリアの財政は潤っているが、だからと言ってダイにおんぶにだっこの状態で贅沢するのは申し訳ないとベルが言うため、基本的に食事は自炊だし、その他の面でも節制しているのだ。

ダイとしては、この世界に飛ばされたばかりの自分に色々と教えてくれたベルや、異世界から来たという怪しさ満点の自分を受け入れてくれたヘスティアへの恩返しだと思っているので、まったく気にしていないのだが。

そんなベルが自分から外食に誘ってきたのだ、ダイが驚くのは仕方がないだろう。

 

「いえ、ちょっと今朝色々とあって…僕、朝食を食べずにダンジョンへ向かったじゃないですか、だけどやっぱりお腹すいちゃって…そしたら僕の独り言聞いた酒場の店員さんにお弁当を貰っちゃいまして、その代わりに今晩食べにいくって約束しちゃったんです」

「あぁ…そういえば今朝は稽古のあと、慌ててダンジョンへ向かって行ったね、何があったの?」

 

今朝、普段よりも早く起きていたベルは、ダイとの剣の稽古を終えたあと、地下に戻ろうとしたところで顔を真っ赤にしてダンジョンへ走って行ってしまったのだ。

何かあったのだろうかと疑問には思ったが、特に追うことはしなかった。

しかしダイの知らないところでいろいろとドラマがあったようだ。

 

「いえ、今朝はちょっと恐れ多いことをしてしまい、神様の顔をまともに見れなかったというかなんというか…」

「??」

 

赤くなってごにょごにょと「神アイテムが劇薬アイテムに~」とよくわからない言い訳をするベル。

 

「とりあえず、そんなわけで今晩はその酒場でご飯を食べなくちゃいけないんですが、一緒に行きませんか?神様は残念ながらバイトの打ち上げがあると言ってたので来れませんが」

 

ごまかすように無理やり話題を戻すベル。

ダイとしても別に追求するつもりはないので、そのまま話を戻すことにした。

 

「オレは構わないよ、どんなお店なの?」

「《豊饒の女主人》っていうお店です、店員は女の人ばっかりみたいですが、普通の酒場ですよ」

「へぇ、女の子ばっかりとか、ベルの好きそうなお店だね」

「ちょ、ダイさん!僕が求める出会いっていうのはそういうのじゃなくてっ!」

 

ダイの冗談に顔を赤くするベル。

そんなこんなで二人は《豊饒の女主人》へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

カランコロンと《豊饒の女主人》のドアが音を立てて開く。

 

「いらっしゃいませー、あ~、ベルさん来て下さったんですね♪」

 

ウェイトレスと思われる少女が、ベルの姿を確認すると小走りで駆け寄ってきた。

 

「こんばんはシルさん、約束通り食べに来ました」

「ありがとうございます、お友達も連れてきて下さったんですね、お客様2名はいりまーす」

 

シルと呼ばれたヒューマンの少女が、元気な声を上げて店内へ案内してくれる。

薄鈍色の髪を後頭部でお団子にまとめ、そこから尻尾が飛び出ている、ポニーテールの亜種のような髪型をした可愛らしい少女は、ベルの為に空けてあったのだろう、カウンターの席へ案内してくれた。

席に着いたダイは、興味深そうにお店の中を見渡してみる。

店は隅にある一角を除き、すでにほとんどの席が冒険者で埋まっていた。

空いている一角にはファミリアの名前が書いてある札が乗っているところを見ると、大口の予約が入っているのだろう。

あちこちで忙しそうに走り回る店員達は、ヒューマンや猫人(キャットピープル)など色々な種族の人がいるらしい。

あの一際目立つ美貌をした、耳の長い種族は確かエルフと言っただろうか。

エルフは他種族と関わるのを嫌うと聞いた気がするが、こういうお店で働いているということは、そうでない人もいるということなのだろう。

この慌ただしい状況の中でもクールにウェイトレスの仕事をこなしている。

時折、彼女の体を触ろうとした客が、手を払いのけられ、生ゴミを見るような眼で見られた後「ありがとうございます!」とエルフのウェイトレスにお礼を言っていたのは、どういう意味だったのかいまいち理解できなかったが。

 

どうやら人気のあるお店らしいとダイは思う、こういった店に来たことがないので比較はできないが、これだけ混雑しているのなら人気があると判断していいのだろう。

それが料理の味によるものなのか、可愛い店員目当てなのかはわからないが。

 

「おや、シルが誘ったのは一人って聞いてたけど、二人来たのかい」

 

店を見渡していたダイの意識を、店内の賑わいに負けない大きな声が引き戻す。

ダイとベルの正面、カウンターの内側に知らないうちにドワーフらしき、大柄な女性が立っていた。

 

「はい、どうせなので僕のファミリアの仲間も一緒に食べようと誘ってきました」

「そっちの小さいのも冒険者なのかい?」

「あ、うん、オレはダイって言うんだ、よろしく」

「あたしは、《豊饒の女主人》の女将のミアだ、今後も御贔屓に頼むよ、しかし2人揃って冒険者らしくないかわいい顔して…ん、ダイ?」

 

ダイの名前を聞いたミアは何かを思い出したのか、ダイの顔をジロジロと無遠慮に眺めた後、驚いたように呟いた。

 

「もしかしてあんたが噂の《竜戦士(ドラグーン)》かい?突如現れたLv5冒険者で、階層主(ゴライアス)を素手で倒したっていう…」

「《竜戦士(ドラグーン)》ってなに?それになんで階層主(ゴライアス)のことを…」

 

聞き慣れない呼称と、ファミリアの仲間以外はエイナしか知らないはずの階層主(ゴライアス)討伐のことを知られていることに驚くダイ。

ベルとヘスティアはもちろん、口止めした本人であるエイナが他人に言いふらすとは思い難いのだが…

 

「《竜戦士(ドラグーン)》ってのはあんたの二つ名さ、なんでも階層主(ゴライアス)討伐を目撃した冒険者が、額に竜の顔みたいな模様が浮かび上がってたと言ってたらしくてね、神会(デナトゥス)で正式に付けられたものじゃないが、あんたの噂を聞きつけたどこぞの神が言い出したんだ」

 

説明を聞いたダイはあちゃーと頭を抱えた。

ゴライアスを倒す時、一応周囲を確認はしたが、大量のモンスターに囲まれていた為、他の冒険者が隠れていたのを見落としてしまったのだろう。

しかし《竜戦士(ドラグーン)》とはまた、近いところをピンポイントで当ててきたものだ、神の勘とは恐ろしい。

 

「へぇ~《竜戦士(ドラグーン)》かー、いいなーカッコイイなー」

 

隣でベルがダイの二つ名を羨ましそうに呟いている。

ダイとしては自分が(ドラゴン)の騎士であるとバレタような気がして複雑な気分であった。

 

「さて、色々と聞いてみたいことはあるけど、ステイタスの詮索はマナー違反だし、食事をしに来たアンタ達をいつまでもお預けさせとくわけにもいかない、まずは注文を聞こうじゃないか、なんでもアタシ達が悲鳴を上げるほどの大食漢なんだって?じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってっておくれよ~」

 

ミアさんの発言にベルがぎょっとした表情でシルの顔を見る。

側に控えていたシルはベルからさっと目を逸らしていた。

 

「ちょっと!僕いつから大食漢になったんですか、僕自身初耳ですよ!?」

「オレも初耳だよ」

「…えへへ」

「えへへ、じゃねー!?」

 

可愛らしく舌を出して誤魔化そうとするシルに断固抗議の姿勢のベル。

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「絶対に故意じゃないですか!?」

「私、応援してますからっ!」

「まずは誤解を解いてよ!?」

 

押しに弱いベルが珍しく食い下がる、なにか思うところがあったのだろうか。

 

「まぁまぁ、お金はあるんだしいいじゃん、たまには豪華にいってもさ」

 

見かねたダイが仲裁に入る、ベルも稼ぎ頭のダイにそう言われては引き下がるしかなかった。

 

「ありがとうございますダイさん、でもちょっと奮発して頂けるだけで結構ですよ、ご注文が決まったら呼んでくださいね~」

 

そういって他のテーブルの接客をしにいくシル。

ダイはメニュー表をにらめっこするが、見たことがないような名前の料理が並んでいて、どれを選んでいいのかさっぱりわからない。

結局ベルはパスタを、ダイは《女将のオススメ》を注文することにした、何を頼んでいいかわからないので丸投げしたとも言う。

 

「はいよおまち!」

 

しばらく待つと、ミアが料理を持ってやってきた。

山盛りのパスタをベルの前に、そしてでかい魚を1匹まるごと使ったのかというほどボリュームのあるムニエルがダイの前にドスンと置かれた。

 

「ほらこれもいっときな!」

 

さらに2人の前に大ジョッキに入った醸造酒(エール)が置かれる。

ダイがなんだろう、と思って一口飲んでみると、口の中に広がる苦味に思わずむせ返る。

 

「なにこれ、苦っ!?」

「なんだい、アンタは酒も飲んだい事ないのかい?恩恵で若く見えるだけかと思ったら、見た目通りの年齢なんだね」

 

ハッハッハと笑いながら厨房の奥へ引っ込んでいくミア。

ダイは初めて飲んだ酒の味に戦慄し、こんなものを美味しそうに飲んでいたロンベルクさんって凄いと、なにか間違った尊敬を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、ダイとベルは山盛りの料理をなんとか片付けながら、突然伸びたステイタスがどうの、最近5階層でミノタウロスに襲われただの、知り合ったサポーターがどうのといった話をしていた。

 

カランコロンと扉が開く音がする、新たな客が来たのだろうとチラリと振り返ると、どこかのファミリアと思われる冒険者らしき団体客がやってきていた。

周囲の客は、『おい、ロキファミリアだ』『剣姫もいるぜ』と新たに登場した集団に注目していた。

 

「ベル?」

 

ふと、隣にいる仲間の方を見ると、ポカーンとした顔をして、先ほどの集団を見つめていた。

何を考えているのか、顔が赤くなり、しまいには湯気が立ち上り始めている。

視線の先を追ってみると、やはり先程の一団を見ているようだった。

具体的にはその中の1人、金色の美しい髪をした少女をみているらしい。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!」

 

そうこうしているうちに、例の一団は宴会ムード一色に染まっていた。

他の客も思い出したように自分達の酒をあおり始める、しかしベルだけは料理が冷めるのも構わず、ずっと金髪の少女を見つめたままだった。

 

「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意さんなんです、彼らの主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

 

ベルがあの一団をずっと見つめていたことに気付いたのだろう、シルが隣に来てこっそりと教えてくれた。

それを聞いたベルはクワッと目を開いて仕切りに頷いている。

ここまで来たらさすがのダイも察することができた、要するにベルはあの少女に惚れてしまっているのだろう。

経緯はわからない、もしかしたら今見た瞬間の一目惚れなのかもしれないが。

 

「そうだアイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

 

ロキ・ファミリアの中にいた狼人(ウェアウルフ)の青年が酔って赤くなった顔をニヤニヤさせてベルの惚れた少女・アイズに話しかけていた。

 

(あの人は確か…昨日12階層でミノタウロスを倒した時に出会った人…リリは確か《凶狼(ヴァナルガンド)》ベートって言ってたっけ?)

 

今は武装もしておらず、酒に酔っている為、あの時に感じた強さは感じられないが、あの特徴的な風貌は覚えている。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の1匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほら、あん時いたトマト野郎の!」

 

あの時のミノタウロスは他にも居たのか、だからあんなに慌てて上層へ登っていったんだな、とダイは理解する。

しかしその瞬間、隣の席でダイと同じように聞き耳を立てていた少年の体がビクッと震えたことに、ダイは気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引き攣らせてやんの!」

 

その後に続いた青年の話を聞いたダイは、この時の少年の話が、先ほどベルから聞いたミノタウロスに襲われた時の内容と合致することに気がついた。

慌てて隣の席を見ると、完全に顔色を失ったベルが俯いたまま体を小刻みに体を震えさせていた。

 

「あの…ベル?一度外に出て風に当たって来たほうがいいよ」

 

ダイが恐る恐ると言った風に、ベルに声をかける、だがその言葉はまるで耳に入っていないかのように、ベルは反応しなかった。

 

その後も、青年の罵倒は続く、ベルの手は爪が食い込み、皮膚が裂けるのではないかと言うほど強く握りしめられていた。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

その言葉がトドメだった、ベルはガタッと椅子を倒して立ち上がると、一目散に店の外へと駈け出していったのだ。

何事かと他の客達が一斉に入り口に視線を向ける。

その中で、いち早く動いたのはアイズだった。

店を飛び出すベルの姿を見たアイズは、ベートが蔑んだ張本人が店にいたことに衝撃を受け、思わず追っていったのだ。

 

ダイも追おうかと思った、だが今のベルに掛ける言葉が見つからない。

惚れた少女の前でボロクソに貶されたのだ、生半可な言葉では慰めにもならないだろう。

どうするかしばし迷ったダイは、さらに罵倒を続ける狼人(ウェアウルフ)の青年の元へと向かった。

 

「雑魚は雑魚らしく身の程を…」

「やめろ!!それ以上オレの仲間を侮辱するのは許さないぞ!」

「あん?あんだテメェ!?」

 

話の腰を折られたベートが眦を吊り上げてダイを睨みつける。

並みの冒険者ならそれだけで萎縮するであろう、威圧感を受けながし、ダイは怒りを込めた声で青年へ言い放つ。

 

「お前がさっきから罵倒してるのはオレの仲間だ!これ以上は見過ごせない!」

「テメェ、昨日のガキじゃねぇか…見過ごせなきゃどうするってんだ?昨日はちったぁマシかと思ったが、中層にいる程度の雑魚が調子乗ってんじゃねーぞ!」

「力が強い人は偉いのか?弱い人は価値がないのか?そんなことはない、人の価値は力の大小だけで測れるようなものじゃない、それに力に固執すれば、必ずより強い力で打ちのめされるぞ」

 

恐ろしい強さを持ち、力こそが正義だと言い放った大魔王バーンとて、人間達の勇気と絆、そして最後にはより強い力に敗れたのだ。

どんなに強い者でも、力だけに固執すればいずれ必ず滅ぶ、ダイはそれを目の前で見てきたのだ。

 

「は!面白れぇじゃねーか、だったらより強い力とやらで俺を打ちのめしてみろよ!」

「……」

 

一触即発、ダイとベートの視線が火花を散らす。

ベートと同席していた他の冒険者達も、突然の展開に口を挟めなかった。

 

ただ1名を除いて。

 

「やめぇベート!今回はお前が……いや、止めなかったうちらも含めてこっちが悪い」

 

ロキ・ファミリアの主神・ロキだけがこの場に口を挟める唯一の存在だった。

ロキは飲んでいた酒をテーブルに置くと、ダイの元に歩いて行き、呆気にとられるダイへ謝罪をした。

 

「ごめんな、このアホにはうちらがキツくお仕置きしとくから、今回は矛を収めてくれんかなぁ?」

「邪魔するなロキ!この身の程知らずは俺が…!」

「身の程知らずはお前やアホ!」

 

主神に対しても遠慮をしない青年に、ロキのキツイ叱責が飛ぶ。

珍しいロキの怒った姿に、他の団員達も唖然としていた。

 

「遠征に出てたみんなは知らんやろうけど、この少年は今迷宮都市(オラリオ)で最も噂になっとる子なんやで?」

「噂…?」

「この子が?」

 

ロキの言葉に、アマゾネスの姉妹と思われる冒険者2名がダイを興味深げに見つめる。

 

「そうや、数日前に突如発表されたLv5の冒険者、そして単身(ソロ)で、かつ素手でゴライアスを撃破したというおまけ付きや」

「――――――――」

 

ロキの言葉に、息を呑むファミリアの一同。

第1級冒険者である彼らには、素手でゴライアスを撃破したということが、どれほどのことか十分に理解できているのだろう。

 

「ベート、お前に同じことが出来るか?」

「――――っ…」

 

ロキの挑発的な言葉に、反論出来ず黙りこむベート。

ここに、勝敗は決していた。

 

「よーし、それじゃお仕置きや!みんなベートを簀巻きにして軒先に吊るしたれ!」

「ちょ、ロキてめぇ!うおおおぉぉおぉぉぉやめろお前ら!!!」

 

先ほどの雰囲気から一転して、ふざけた口調になったロキの指示で、周りに居た冒険者達が一斉にベートへ襲いかかる、さすがのベートも自分と同格、あるいはそれ以上の第1級冒険者複数に襲われては、ロクに抵抗もできずあっという間に簀巻きにされてしまった。

 

そんな光景を見たダイは、ベートを窘めてくれたファミリアの主神に、頭を下げた。

 

「あ、その…ありがとう」

「えぇって、悪いのはこっちや、あいつにはこの後、ミアかーちゃんの料理を匂いだけひたすら嗅がせるお仕置きしとくから、勘弁してや」

 

地味ながら空腹の時には辛そうなお仕置きに汗を流すダイ。

 

「あのアホが罵倒した少年にも、謝っといてや、ベートに行かせるのが筋なんやけど、素直に行くとは思えんし」

「わかった、ベルにはオレが伝えておくよ」

「あとお詫びといっちゃなんやけど、ここの支払いはウチらが持つ、好きに食べてってや」

「ありがとう、でもオレも帰るよ、ベルも落ち込んでるだろうし」

 

そう言って店を出て駆け出していくダイを、ロキはしばらく見つめ、ポツリと呟いた。

 

「まったく、えぇ子やな~、ドチビのとこにはもったいないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりダイ君」

 

ホームである廃教会の地下室へ戻ったベルをヘスティアが出迎える、どうやら外食を先に終えて戻っていたらしい。

 

「あれ、ベル君は一緒じゃないのかい?」

「えっ、ベルは戻ってないんですか?」

「うん、ボクはちょっと前に戻ってきてるけど、その時は誰も居なかったし、その後も戻ってきてないよ」

 

ヘスティアの言葉に、慌てるダイ。

ここに戻ってきていないということは、他に行きそうなところと言えばダンジョンしかない。

まさかあのまま、ろくな装備も持たずに、自暴自棄になってダンジョンへ突入したのだろうか。

 

「オレ、ちょっとベルを探してくる!」

「えっ、ちょっと何があったんだい!?」

 

ヘスティアの言葉に返事をする暇もなく、ダイは地下室を飛び出した。

そのまま全速力で人気の少なくなったメインストリートを駆け抜ける。

 

 

 

 

すぐに見えてきたバベルの1階、ダンジョンへの入り口にダイはそのままの勢いで飛び込んだ。




別にベートは嫌いじゃないですが、1巻のベートは完全にただのチンピラなのでこうなってしまいました。
二つ名に関しては、普通すぎたかなーとも思いますが、他にいいのが思い浮かばなかったです。


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