フォトン・ブレット~白色の光弾~ (保志白金)
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プロローグ~10年前の大戦~

 あらすじを見た方はご存じかもしれませんが、この小説ではファイズの歴史を10年ほど遅らせて、書かせてもらっています。

 予めご了承ください。


「……変身」

 

『Standing by』

 

『Complete』

 

 三原修二は一人孤独になりながらも戦い続けた。白いラインの入った黒い機械の鎧ーーデルタの鎧に身を包み、突如として現れた寄生生物ガストレアと。

 

「ハァッ、セェイッ!」

 

 この場に複数体いるガストレア達は三原に群がっていくが、それらに対して三原は拳打や蹴りを打ち込んで突き飛ばしていき、距離を離した。

 

「Fire」

 

『Burst Mode』

 

 さらに、三原は拳銃に似たツールーーデルタムーバーに単語を一つ吹き込むと、それからは電子音声が返ってきた。そして、彼は前方にいる複数体のガストレアに向かってトリガーを数回引いた。一度トリガーを引くと、デルタムーバーからは三発の青白い光弾が連続で飛んでいく。ガストレア達はそれらが突き刺さると、当たった箇所から段々灰と化していき、一瞬の内に絶命していった。

 

「はぁはぁ……ウォォォッ!」

 

 彼は今の攻撃を受けてもまだ息のあるやや大きめガストレアーーステージⅡのガストレアを確認すると、すぐさま駆け出していく。彼は走っていった勢いをそのまま生かして体を捻り回し蹴りをガストレアの腹に叩き込む。

 

 ーー現在、使用可能なライダーズギアとして残っている物はデルタギアとファイズギアの二つのみ。カイザギアはアークオルフェノクとの最後の戦いで塵となってこの世から消えてしまっている。そして、ファイズに変身できる者ーー乾巧はもうこの世にいない。つまり、三原と共に戦ってくれる者は誰一人としていないのだ。それでも、彼は戦った。家族のため、戦えない他人のため、今は亡き戦友のため。

 

『Ready』

 

 三原はガストレアとの格闘戦をある程度行って、怯んだと判断した段階で一度ガストレアから離れる。その後、ベルトの中央部にあるΔの字が刻まれたミッションメモリーを取り出して、デルタムーバー上部にセットする。

 

「……Check」

 

『Exceed Charge』

 

 それから、さっきとはまた別の単語を三原が吹き込むと、それに応じるかのように電子音声は返ってきた。それと同時に体の中心から青紫色の光が白いラインを通って右手のデルタムーバーに集約されていく。

 

 チャージが終えたことを確認し、トリガーを引くと、青紫色の光はデルタムーバーから解き放たれた。青紫色の光はガストレアに当たると、三角錘の形状へと変わり、その場でガストレアを完全に拘束した。

 

「セェイッ……ヤァァァッ!」

 

 そして、三原は空中に大きく跳び上がると、右脚で跳び蹴りを三角錘の光を目掛けて叩き込んだ。三原が着地すると、蹴りを受けたステージⅡのガストレアは灰と化して、脆く崩れていった。

 

 この場にいたガストレアは三原によって全て葬り去られたが、はるか彼方からは自衛隊とガストレアの戦闘が続いているようで、爆発音やそれとは別の轟音が鳴り響いていた。

 

(Three)(Eight)(Two)(One)

 

『Jet Sriger Come Closer』

 

 巨大なジェットエンジンを積んだバイクに近い形をした乗り物ーージェットスライガーを自分の元へ呼び寄せると、三原はそれに乗った。そして、いまだに戦闘が続いているであろう、戦火があがっている場所に向かっていき、この場所を後にした。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「……ッ!これは!?」

 

 三原はジェットスライガーから飛び降り、目の前の光景を見て驚愕した。自分がさっきいた戦場よりも死体の山がより積まれており、ガストレアも大きな個体の数が明らかに多いのである。

 

「おい、二人とも!早く……逃げろ!」

 

 そして、逃げ遅れた母親と子供に今にも襲い掛かろうとしていた蜘蛛型のガストレアに掴みかかり、その動きをギリギリのところで制して、そのまま誰もいない方向へと投げ飛ばした。

 

 投げ飛ばしたガストレアに向かって、三原はすぐさまデルタムーバーのトリガーを引こうとするが、今度は別のガストレアによる死角からの奇襲にあい、光弾を撃つことはできなかった。

 

「……ッ!この野郎!」

 

 我武者羅に体を強引に突き動かし、ガストレアの拘束を振り払った三原だったが、周囲にいるガストレアの数は2体だけだったものが3、4、5体とあっという間にぞろぞろと増えていった。このままでは分か悪いと判断したのか、三原はついさっき降りたジェットスライガーに再び跨がって、前方に映るコンソールパネルを馴れた手つきで次々に叩いていく。ガストレアも本能的に三原を追いかけるようにして、5体とも同じ一ヵ所に向かって進撃を開始するが、それは既に手遅れだった。

 

「食らえ!」

 

 ジェットスライガー後部のコンテナがスライドして開き、そこからは複数発のフォトンミサイルがこの場にいる全てのガストレアに向かって発射されていった。

 

 そして、ガストレアの群れにフォトンミサイルが直撃すると、激しい爆音が鳴ったと同時に強烈な光を発し、その場には灰のみを残して荒れ地にしていくのだった。

 

「よし、これで一通り片付いたか。あとは怪我人を助けにーー」

 

 ジェットスライガーからゆっくりと降りて、仮面の下では安堵の表情を浮かべる三原。彼はデルタムーバーからグリップのみを引き抜き変身を解除させようとするが、大きな地面の揺れと地響きを感じて、結局その行為は中断させていた。

 

「……ッ!まだいるのか!?」

 

 大きな物影に自身の体が覆われていくことに、背筋が凍るような寒気を感じた三原は、そのまま腰にホールドされているデルタムーバーを構えながら後ろを振り向いた。

 

「クソッ!……なんて大きさだ!」

 

 振り向いたその視線の先には体長が100メートルを裕に越している、巨大なガストレアの姿があった。あまりにも大きなその体は、さながらフィクション映画にでも出てくるような、まさしく怪獣と呼ぶに相応しいほどである。

 

 三原は躊躇うことなくデルタムーバーの引き金を連続で次々に引いていくが、巨大なガストレアは三原の方を見向きもしなければ、良い効果も全く見られない。光弾が当たった箇所は灰になっていくものの、それはすぐさま再生、修復されていったのだった。

 

 そして、三原の攻撃に続くようにして自衛隊の戦闘機からも対空ミサイルが撃ち込まれていくが、その攻撃も全くの無意味で意図も簡単に戦闘機が撃墜されていく。

 

「…………里奈、巧人」

 

 その様子を見て何か悟ったのか、三原は不意に二人の家族の名前を呟きだす。そして、ただ一言だけ最も簡単な言葉で謝った。

 

「ーーごめんな」

 

『Ready』

 

 ベルトからミッションメモリーを取り出して再度デルタムーバーの上部にセットし、

 

『Complete』

 

 左手首に巻かれているリストウォッチらしき物ーーファイズアクセルからも同様にΦの字が刻まれているアクセルメモリーを引き抜いて、ベルトの空いた箇所に装填した。すると、スーツを張り巡っていた白いラインは、全てシルバーに変わり、オレンジ色だったバイザーも赤く変化した。

 

「……ここからは一歩も通さない!」

 

 そして、ついに覚悟を決め、三原はファイズアクセルのスタータースイッチを押した。

 

『Start Up』

 

 その電子音声が鳴った10秒後。巨大ガストレアがいた半径約100メートル圏内には大量の白い灰が降った。それこそ火山噴火直後に火山灰が積もるのを連想させるほどの量だったと後々語られていくのだった。

 

 

 

 

 

 颯爽と戦場に姿を現しては人命を救助し、ガストレアを撃滅するその姿を見て、人々はデルタ(三原修二)のことを白く光っている姿や巨大なバイクで現れる鉄仮面の人物、そんな特徴から「白い救世主」や「仮面ライダー」と呼んだ。しかし、「白い救世主」の活躍も虚しく、日本は全国民に向かって事実上の敗北宣言を行い各地のモノリスを閉鎖、自律防御の構えを取る。

 

 こうして西暦2021年、人類はガストレアに敗北した。日本は国土の大半を侵略され、大量の死者とそれを遥かに上回る数の行方不明者を出した。その行方不明者の中には三原修二の名前も連なっていた。




 とりあえず一巻の内容まで書いて、それでそこから先更新を続けるかどうかを決めます。


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act1~甦りし救世主~
プロローグ~三原巧人~


 今回は主人公の紹介です。話はまだ進まないので気軽にどうぞ。


「行ってきます、母さん」

 

「ちょっと待って巧人、忘れ物はない?」

 

「え?……うん、ない。大丈夫だよ」

 

「そう。じゃあいってらっしゃい」

 

 そして、時は流れて西暦2031年。三原修二、里奈の息子ーー巧人(たくと)は勾田高校に通う2年生として今の生活をなに不自由なく普通に送っている。ちなみに「巧人」という名前は、修二の尊敬していた身近な友人ーー乾「巧」、草加雅「人」の二人の名前から来ているという。

 

 巧人は自転車で学校に向かうその前に、ある理由で寄り道をしていた。そこは自宅近くにある寺院であり、墓参りのために来ていたのである。

 

「父さん、また来たよ。……あの日から、もう10年も経ったんだね」

 

 墓の前で巧人は自分の父親である修二のことを頭に浮かべていた。ーーそれと同時に10年前の今日の出来事も。

 

 それは明け方のことだった。運転席には誰も乗っていない紫色のサイドカーが里奈と巧人の住む家の前に停められていたのだ。朝早くの出来事だったということもあり、巧人はやや寝ぼけており意識も多少はっきりしていなかったところがあった。そのため、巧人もその時の情景を全て完璧に覚えているわけではない。

 

 ただ、そのサイドカーの側車にべっとりと血糊の着いた銀色のアタッシュケースが無造作に置かれていたことと、母親である里奈がサイドカーに付着していたサラサラとした砂のようなものを見て涙を流していたこと、その二つだけは巧人の中の記憶として未だに残っていた。そして、巧人はその時泣くことはしなかったが、自分の父親はガストレアと勇敢に戦い、戦死したのだと、幼いながらも察していた。

 

 しかし、自分の父親が仮面ライダーだという事実は修二本人の口からも里奈の口からも、息子である巧人に語られることは決してなかった。それはガストレアとの過酷な戦いに息子を巻き込みたくないという親心あっての判断だった。

 

「それじゃあ今日も学校があるから行かないと。じゃあまた来るよ、父さん」

 

 巧人は父親の名前が刻まれている墓石に向かってそれだけ告げて、自転車を走らせこの場を後にした。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 それから巧人は、ほぼ授業が始まる時間ギリギリで席に着き、それと同時に鐘が鳴り先生が教室へ入ってくる。

 

「よし、みんな席に着け。出欠を取るぞ」

 

 先生のその一言によって、教室内を立ち歩き喋っていた生徒達は各自の席へと戻っていく。

 

「え~と、次は三原」

 

「はい」

 

 巧人は出席確認のために先生に苗字を呼ばれ、普通に受け答えをして、クラス全員の出欠を取り終えた段階でようやく国語の授業が始まった。

 

ガラガラガラ

 

(……今日も遅刻か、里見は)

 

 このクラスにはちょっとした問題児が一人いる。それがちょうど今、遅れて教室に入ってきた男子ーー里見蓮太郎である。彼は授業にはほぼ毎日出ているものの、そのほとんどが睡眠のための時間であり、まともに授業を受けていない。先生や同じクラスの生徒に話しかけられようとも、それらを全て無視して過ごし、クラスの女子には「なんで学校に来ているのかしら」と言われるほどだった。

 

 そのようにして、置物のみたいに自分の席から動かないでいた蓮太郎だったが、四時間目が終わった段階で少し動きがあった。彼は突然自分のスマホを懐から取り出して、しばらくの間スマホの画面とにらめっこをしているのだ。その後、どこか諦めたような顔をして誰かと通話を始めた。

 

 蓮太郎の少し変わった様子を友人と共に昼食を摂りつつ、遠くからただなんとなく見ていた巧人だったが、次の瞬間クラスメート中が騒々しくなる出来事が起こった。

 

「おい、あの制服ってまさか……!」

 

「……ミワ女に通ってるどっかのお嬢様だよな」

 

 蓮太郎の後ろには三和女学院の黒いセーラー服を着た黒髪の美人がいたのだ。それから二人は知り合いだったらしく、そのまま少しの間だけではあるが、話をしていた。

 

 ミワ女のお嬢様が何の用でこの勾田高校に来たのか?あの美人の正体はいったい何なのか?なぜ、あの里見蓮太郎と知り合いなのか?ーーなど、この教室にいる生徒全員がそれぞれに様々な疑問を持ったが、すぐにこの場を蓮太郎と共に去ってしまったので、結局どれも解決することなく終わった。

 

「綺麗だったなぁ、あのヒト」

 

「本当そうだよな。あんな綺麗なヒトが自分の彼女になってくれたらどんなにいいことか。……なぁ、巧人はどう思うよ?」

 

 巧人の周りにいた友人二人は去っていった女性のことについて、ヒソヒソと話し合っていて、巧人の方にも話を振った。

 

「……ああ。たしかに綺麗だった。……綺麗だったけど」

 

 巧人も友人一人の意見に同意するような態度を示すが、

 

「……けど、なんだ?」

 

「いや、やっぱりなんでもない」

 

 言葉でこそ表現できないが、ただ単なる容姿の綺麗な美少女ではない、そんな違和感をどこかしらに感じた巧人だった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 一日の授業が全て終わった放課後、巧人が体をほぐすために背伸びをしていると、

 

「ふぅ、ようやく今日も退屈な授業が終わったな。部活に行こうぜ、巧人」

 

 後ろに座っている部活仲間の友人から声をかけられる。巧人が所属している部活動は空手道部。普通ならば選択肢にも出てこないはずの少し変わった競技を巧人は選んでいた。理由は修二の薦めもあり、幼い頃から近所に道場があって、そこへ通っていたから、というよくありがちなものだったが、その他にも明確な理由が巧人の中にはあった。

 

 ちなみに、巧人の体格は身長176㎝、体重66㎏と特に恵まれているというわけではなく、一般的な高校生の平均値に限りなく近い。容姿はそれなりに整っていて中の上くらい。学業に関しても並より少し上といったところだ。

 

 しかし、身体能力に関しては違った。視力は両目共に2.0オーバー。他のどの同級生よりも運動神経が飛び抜けて良く、どんな競技を行っても巧人は短時間でコツを掴み、簡単にやってのけた。加えて、陸上競技や水泳に関して言ってしまえば、本業の部員達よりも速いタイムをマークしてしまうこともしばしば。こんな調子なので、他の部活動から引き抜かれそうにもなったり、この学校の女生徒からは意外と人気があったりもした。

 

「ん、ああ。それもそうだな。……よし、行こうか」

 

 巧人は荷物をまとめた後、席から立ち上がり真っ直ぐ武道場へと向かって歩いていこうとするが、

 

『2年3組の三原巧人君。至急、生徒会室に来てください』

 

 校内放送が突然鳴り巧人の名前が呼ばれたので、足を止めてしまう。

 

「なあ巧人。お前呼ばれてるけど、何かしたのか?」

 

「いや、やらかした覚えは何もないけど」

 

(俺、何か不味いことしたっけ?……まぁ、行ってみるしかないか)

 

 全く身に覚えのないことに巧人は当惑してしまうが、クラスメートもざわつき始めたので、武道場へ行く直前に仕方なく生徒会室に向かうのだった。



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第1話~変わらない日常~

 生徒会室に到着した巧人はドアを3回ノックして、それから中へ入っていった。

 

「失礼します」

 

「ああ、いらっしゃい、巧人君。突然呼び出してしまってごめんな」

 

 そこでは流暢な関西弁で喋る一人の女子生徒が巧人のことを待っていた。彼女の名前は司馬未織。巧人が通う勾田高校の生徒会長であり、司馬重工の社長令嬢でもある。そんな彼女に巧人は素朴な疑問を投げ掛ける。

 

「司馬生徒会長さん?……俺はなぜ生徒会室に呼ばれたんでしょう?」

 

 未織はその質問に呆気を取られたように一瞬ポカンとしてから答える。

 

「……あのな、空手部だけ今年度分の部費の予算申請が出とらんのよ」

 

 部費の予算という言葉を聞いた瞬間に巧人は「あっ!」と声をあげてそのまま固まってしまう。その様子を見ていた未織はクスッと笑い呆れたような顔をしていた。

 

「期限が明日までやしどうしたのかと思ったけど、その様子じゃただ忘れてただけみたいやね」

 

「す、すみません会長。すっかり忘れてました」

 

「アハハ、まぁキミのことやし別に構へんよ」

 

 焦ったような様子で忘れていたことを正直に謝罪する巧人だったが、当の未織はそこまで気にしていないようだった。むしろ、未織は「そんなことより」と言って、さっきまでとは別の話を始めようとしていた。

 

「なぁ、巧人君。私のところに雇われてみいひん?」

 

「……その話は前にも断ったはずです。俺みたいな素人に民警なんて絶対に務まりませんって」

 

「たしかに今すぐは無理かもしれんけど、短期間の訓練や経験を積むだけであっという間に頭角を表すと思うのよ」

 

「は、はぁ」

 

「それにな、ウチの会社に巧人君が入ってくれたらこれくらいは出せるで」

 

 そう言って未織は机に置いてあったソロバンを慣れた手つきで素早く弾き、立ち尽くしている巧人の眼前に持ってくる。巧人は指でソロバンの玉がどこに位置しているかを指で数えながら追って、思わず生唾をゴクリと呑んだ。民警という職業がいくら危険な仕事をするとはいえ、その報酬は普通の高校生が稼げるであろうアルバイトのそれとは比べ物にならないものだったのだから。

 

「条件としては悪くないと思うのやけど、どうえ?」

 

「……俺のことをそこまで評価してくれるのは正直嬉しいです。しかし、いくらなんでも買い被り過ぎだと思いますよ。今のところは卒業後の進路の一候補として考えときます」

 

「むぅ、相変わらず釣れへんなぁ。……まぁ無理強いするつもりはあらへんし、もし気が変わったら気軽に言ってな」

 

 未織はぶすっと膨れっ面になってはいたが、そこからさらに強引な勧誘までは行わずにあっさりと一歩引いた。

 

「はい、じゃあ俺はここで……あと、明日の朝までには書類出しておくので、よろしくお願いします」

 

「うん、りょうかい」

 

「では、失礼します」

 

 巧人は未織からの返答を確認して、生徒会室を後にした。

 

「……はぁ、今回も失敗してもうたなぁ。アレを使えるのは彼だけやのに、まだあの事を話すなと父さんからはしつこく言われとるし」

 

 未織がここまで巧人にこだわるのにはある理由があった。彼女が個人的に気に入り、装備品の提供までも行っている民警ーー蓮太郎とまともに話せる数少ない人物であり、もし民警として巧人が働くこととなれば、うまく協力体制を結べるのではないか、と画策しているから。そして、なによりも重要なことは今生きている人類の中で唯一の()()()であり、それだからこそ政府に気づかれる前に保護しておきたいという考えがあったからである。

 

「ま、今さら焦っても無駄やな。それに本人が気付いとらんのなら、自分からアタッシュケースを開けることもないし、それなら他人にバレることも無いはずやし」

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 明くる日の翌朝、今日も巧人はいつも通る道を自転車で駆け抜けていくと、見知った髪型で巧人と同じ制服を着た男子生徒が巧人の目の前を自転車で走っていた。巧人はその男子に追い付き、横を並走しながら声をかける。

 

「おはよう、里見。キミが遅刻しないなんて珍しいね。むしろ、今日はなんでこんなに早いんだ?」

 

 すると、蓮太郎は声の聞こえる方へゆっくりと目線を写して、何者が話しかけてきたのかを確認する。

 

「……んだよ三原か。今日は「友達とアニメの話をしたいから、今日は早く行く!」とか延珠が言い出して、こんな時間に行くことになったってわけだ」

 

「お、さすがだね。延珠ちゃんにだけは異様に優しいからな、里見は」

 

 蓮太郎は勾田高校に登校している時こそ全く動くこともしなければ、話しかけられようと誰にも興味を示そうとしない。しかし、実のところ蓮太郎は優しい性格の持ち主で、とりわけ子供に対しての接し方、扱い方はかなり得意な方である。巧人はそのことに気がつき、その優しい性格にどこか親近感が沸いたため、よく話しかけるようになったのだ。

 

「おい、延珠だけにってそれはどういうことだ?……って言うか、俺が学校に早く来ちゃ悪いのかよ?学校に出席して俺がすることやることは毎日変わらないってのに」

 

「別に悪いとは一言も言ってないだろう?俺はただ純粋に珍しいと思っただけだって」

 

「はいはい。そうっすかよ」

 

 皮肉に近いことを巧人は蓮太郎に向けて冗談半分で言うが、蓮太郎もそれを真に受けるようなことはせず、若干流すように受け答えをしていた。

 

「あ、そういえば昨日はなんで早退したんだい?」

 

 昨日のことをたまたま思い出した巧人は自然な流れで蓮太郎に訊ねる。

 

 蓮太郎が昨日、突然早退した理由は防衛省に急遽呼ばれ、民警として緊急の任務を依頼されたからである。その任務の内容は「七星の遺産」と呼ばれるものが入ったケースの回収。それの正体は邪悪な人間が悪用してしまえば、東京エリアに大絶滅を引き起こすとも言われている封印指定物である。

 

「昨日はな…………バイトのシフトに入ってた奴が急に熱が出ただか、風邪をひいただかで休みやがってよ。それで急遽俺が出勤する羽目になったんだ」

 

 しかし、普通に話せばパニックに陥りそうになるそんな事柄を民警でもない巧人に打ち明けられるはずもなく、蓮太郎は咄嗟に嘘をつくのだった。

 

「へぇ、そうだったのか。……じゃあ、里見が一緒に話してたミワ女の制服を着た女の子はバイトの先輩みたいな?」

 

「あ~、そうだな。そんな立ち位置だ」

 

 巧人はこれまたごく自然な流れで質問を蓮太郎に訊き、返ってきた答えに納得しかけるが、何か引っ掛かりを感じて首をかしげた。

 

「……ん?でもミワ女に通ってるお嬢様がバイトなんか普通するか?」

 

「……まぁ、バイトをやりたいとか急に言い出す変わったお嬢様がいたってだけの話だ」

 

(コイツ、変なところで目敏いというか、勘が鋭いというか。……まさか、俺達互いに気付いてないだけで同業者同士だったり……)

 

 蓮太郎は取って付けたような適当な理由で誤魔化そうとする。巧人はそれを聞いてから考え込むようにして黙りこむが、

 

「アハハ、そうなのか。しかし、変わった人と知り合いなんだな」

 

(ハッ、そんなことあるわけないな)

 

 苦笑こそしているものの、特に怪しむような素振りは全く無く、蓮太郎の言うことを信じきっているようだった。

 

「あ、じゃあ、里見とその木更さんとの関係は?迎えにまで来てくれるってことはただの先輩後輩ってわけではないんだろ?」

 

「……おい、三原。さっきから俺にずっと質問してくるけどよ、いい加減そろそろやめてくれないか?」

 

「おや?ここでお茶を濁すということはつまり……」

 

「チッ、わーったよ。とりあえず話すから勘違いだけはすんな。いいか、俺と木更さんは別に大したことない幼馴染みだ。そんでもってだなーー」

 

 巧人が初めに話しかけて、蓮太郎が渋りながらも一応答えを返す。それが出会った最初から学校に着く最後まで巧人のペースでずっと続いていくのだった。



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第2話~変わり始める日常~

 今日は土曜日で学校の授業もなければ、部活も今日はない。巧人はとある場所へアルバイトとして働くために訪れている。

 

「こんにちわ、啓太郎さん」

 

「やあ、巧人君。ちょうど今注文が溜まり始めて忙しいところだったんだ。着いてすぐで悪いけど、いいかな?」

 

「了解です、任せてください!」

 

 そのとある場所とは「西洋洗濯舗菊池」という昨今では珍しい自営業のクリーニング店である。この店は創業100年の老舗なのでお得意さんも多く、経営は安定している。

 

「今日は雨降ってるのにゴメンね、巧人君。それにしても毎週忙しいタイミングで来てくれて、本当に助かるよ」

 

「いえ、部活の方がよりキツいので、これくらい平気です。それに給料も貰っているわけですし、しっかり働かないと」

 

 巧人は謙遜するような言い種で啓太郎へ言葉を返してから、洗われて既に乾かされていた服を手に取ると、アイロン台にその服を置いて広げだした。

 

 ちなみに、毎週水曜日は武道場の割り当てが空手部に無いため休み、それと土曜日がたまに空いているので、巧人はその時間を利用してアルバイトをしているのだ。それとこれは単なる余談だが、給料は18年前のように労働基準法に違反しているものではないため、昔のような重大な問題は何ひとつない。

 

「そういえば、巧人君の最近の活躍、俺の耳にも入ってくるよ。相変わらず部活動を頑張ってやってるみたいだね」

 

「そうなんですか?でもまぁ実際のところは、俺って体を動かすことしか能がないんで、頑張れることがそれしかないってだけなんですよ」

 

「ハハッ、そっか。でもさ、俺はそれでも別にいいと思うよ。俺だってこの仕事以外にできそうな職業見つからないだろうし、誰だってそんなもんだよ」

 

「なるほど。言われてみれば、たしかにそうかもしれませんね。……しかし、啓太郎さんの口からそのような言葉が出るなんて……」

 

 意外な面を見た、とそのように巧人は小声でぼそりと呟くが、啓太郎の耳には幸いにも届いていなかったらしく、首をかしげていた。

 

「ん、何か言ったかい?」

 

「いや、なんでもありません。ただの独り言ですから気にしないでください」

 

「……?そう」

 

 このようにして二人は世間話を所々、間に挟みながら、いつものようにクリーニングの作業を次々に進めていった。

 

 

 

 

 

 その後、今日頼まれた分のクリーニングを全て終わらせた啓太郎と巧人は、その真っ白になった衣類を啓太郎の青い車に乗せ、頼んでいたお客さん達の元へ配達に向かって走らせていた。

 

「ご利用ありがとうございました。また、次の機会もよろしくお願いします」

 

 啓太郎は玄関口でクリーニングを頼んでいたお客さんに品物の受け渡しをして、その場を後にする。それから、ホッとしたように頬を緩ませながら、巧人に顔を向けて口を開いた。

 

「ふぅ、今日の仕事もこれで終わりだね。お疲れさん、巧人君」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 啓太郎がそう言った通り、今のお客さんが今日最後の配達先だった。巧人も背伸びをして集中を切らそうとしていた中、突然無表情になり全ての行動を止める。巧人の視線は一点に釘付けとなっていたのだ。

 

「……なんだ?あれ」

 

 遥か遠くの空で巧人は何かを発見して、それがあまりにも不自然な形をしていたので目を細めるようにしてもっと注意深く観察するようにその謎の何かを見つめた。

 

 巧人の視点からすれば、真っ白い三角形のような物体が空を舞っている。そして、その三角形は透けていて、ちょうど中心から8本の細長い棒状の何かが生えているようだった。さらにその下には数台のパトカーが見受けられるので、ただ事ではないことを明らかに物語っている。

 

「どうかした?早く帰ろうよ」

 

「あ、すみません。今行きます」

 

 啓太郎に声をかけられたことで我に帰った巧人は、すぐ車に乗ってここから去っていった。なんとも言えない、短時間では拭いきれない不安感を抱きながらも。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「チクショウ、どこに行きやがったんだよ。……延珠ッ!」

 

 巧人が啓太郎のところで働いているその頃、蓮太郎は雨が降りしきる中、ひとり外周区を行くあてもなく走り回っていた。それはなぜかというと、蓮太郎の相棒とも言える存在の延珠が通学している小学校で『呪われた子供たち』であるということを何者かに露呈されてしまい、そのショックのあまり家に帰ってこなかったからである。

 

 そして、一番居る可能性の高いであろう延珠の故郷ーー第三十九区をしらみつぶしに探し回った。『呪われた子供たち』が大勢溜まっているマンホールの下も訪ね回った。そこにいた長老と呼ばれている初老の男にも訊いた。しかし、蓮太郎は延珠を見つけ出すことはおろか、どこに行ったのかという手掛かりを得ることすらできなかった。

 

 そして、思うように捜索が進まないことに蓮太郎が苛立っているそんなタイミングで、不意にスマホが鳴り出した。

 

「……ああッ、クソッ!なんだよ、こんな時に!」

 

 八つ当たり気味に誰からの着信なのかをスマホの画面すら確認せず、蓮太郎はスマホの画面を叩きそのまま受話器を自分の耳元へ持っていく。

 

「もしもし、俺なんかに何の用だ?」

 

『さ、里見君?そんなに荒れてどうかしたの?」

 

 しかし、電話をかけてきた相手が木更であることを知り、冷静さを急速に取り戻し始める。

 

「……なんだ木更さんか。どうしたんだ、まさかとは思うが……仕事でも来たのか?」

 

『そう、そのまさかよ。モデル・スパイダーのガストレアが二十四区で目撃情報があったの。でも、残念ながらそれは感染源ガストレアではないそうなのだけれど』

 

 なぜ、この最悪なタイミングで来やがる。ーーと愚痴を溢したくなった蓮太郎だったが、出そうになっていた言葉を呑み込んで別の返事を返した。

 

「……わかった、今から向かう」

 

『あと、空を飛んでいた、という目撃情報もあったから一応注意しておくように』

 

「今回のガストレアは蜘蛛なんだよな?空を飛ぶなんてこと、あり得るはずが……」

 

「とにかく、現場には警官がいるはずだから、すぐに急行して合流してちょうだい。とりあえず里見君が小物であろうと仕留めてさえくれれば、感染源ガストレアの方ももっと楽して手柄を取れるはずだから!じゃあ頑張ってね」

 

「え、おいちょっと待ってくれよ。……木更さん?」

 

 蓮太郎はまだ木更に訊ねたいことがある様子だったが、返ってきたものは無機質な不通音のみだったため、ため息をついてからスマホのフリップを閉じる。

 

「……たとえ延珠がいなくとも、俺一人でいける仕事のはず。……大丈夫、大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるように、そして、信頼している相棒がいないという不安を払拭させるかのように独り言を漏らしつつ、この場から駆け出していった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「さっき、向こうの空を見ていたようだけど、何か変わったものでも見つけたかい?」

 

 車を走らせてからしばらく経った後、啓太郎はついさっきのことを巧人に訊ねていた。

 

「……そうですね。パトカーも下に見えたので、かなり怪しい感じが漂ってました」

 

 そして、巧人は未だにその事が気がかりなのか、歯切れの悪い返事を啓太郎に返す。啓太郎はその言葉を聞くと、アクセルペダルをいつもより少し強めに踏み込んだ。

 

「だったら、少し早めに帰った方がよさそうだね。少し飛ばすからーー!?」

 

 「ちょっと気をつけてね」と言おうとした直前で啓太郎は、道路上へ飛び出してくる人影を見つけて、クラクションを鳴らしながら急ブレーキを全開でかけた。

 

「おい、危ないじゃないか!」

 

 啓太郎は窓を開け、急に飛び出してきた歩行者にキツめの言葉で注意を促すが、

 

「…………」

 

 その歩行者には啓太郎の声が届いていないのか、何も言葉を返してこない。

 

 時刻は午後6時を既に回っており、景色は薄暗くなったいて、ライトを付けるか否か非常に困る時間帯。そのせいで相手の顔すらよく見えていなかった。ーーだからこそ、その歩行者が今どのような状態にいるのかを啓太郎は知るよしもなかったのである。

 

「……ッ!?啓太郎さん!急いで逃げてください!」

 

「えっ?」

 

 目を凝らしてよく見ていた巧人はいち早くその異変に気がついた。

 

「とにかく、急いで!」

 

「わ、わかった!」

 

 瞬きするのを忘れるほど巧人は焦っていた。その歩行者の異変とは、全身血まみれになっていて、体の造りが人間のそれではなくなっていたのだ。

 

 要するにそこにいる彼もしくは彼女は、ガストレアウイルスの感染者でありもう既に人間ではない。そういうことを意味していた。



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第3話~再起動~

 巧人と啓太郎がガストレアウイルス感染者に遭遇してしばらく経過した頃。

 

「…………はい。それで、発見場所は…………はい、わかりました」

 

 都内某所では、突然の電話に応答した千寿夏世はひたすらに淡々と警察官と受け答えをしていた。理由は単純、要点のみを的確に聞き取るためである。

 

「将監さん、仕事です」

 

「あ?……ハッ、ようやくあの仮面野郎のお出ましってか?」

 

 彼女のプロモーターである伊熊将監は仕事という単語を聞いて、笑いを浮かべた仮面にシルクハット、それにタキシード姿の奇人ーー蛭子影胤のことを真っ先に思い浮かべる。

 

「夏世、それで奴は何処にいるってんだ?」

 

 そして、将監は感情を昂らせて体をウズウズさせながら夏世に訊ねる。

 

「いえ、残念ながら将監さんが思っている敵ではありません。今回与えられた任務は蛭子影胤の抹殺ではなく、ウイルス感染者の討伐。それで私達に依頼が来た理由はなんでも、私達が現場に一番近かったから、だそうです」

 

「チッ、なんだ、雑魚の掃除かよ。つまらねぇな」

 

 しかし、思っていたこととは全く別の格下ガストレアの駆除というつまらない仕事だと知った途端、興味をなくしたかのように息を吐いた。

 

「ま、憂さ晴らしにはなってくれんだろ。行くぜ夏世、とっととルートを案内しろ」

 

「わかりました、では」

 

 将監と夏世はそれぞれの武器を持って外に出ると、オリジナルにカスタムされたサイドカーに乗り込み、その場から走り去っていく。そして、出発してたった30秒足らずで将監はガストレアを発見する。

 

「……獲物は飛んでるアイツか。へぇ、マジで近かったんだな、笑えてくるぜ」

 

「いえ、あれは違います。どうやら、私達とは別の他の誰かがあのガストレアを追っているようなので。私達の標的はもっと先にいるはずです」

 

 しかし、そのガストレアは彼らに依頼された個体ではなく、蓮太郎がたった一人で追っている飛ぶことのできるガストレアだった。

 

「アイツじゃあねえのかよ。だったら俺らがやる必要はねえな」

 

 将監は近くにいるガストレアを無視して、自分達に来た依頼のみを成そうとすぐにここからいなくなろうとするが、不意に彼の気になるような何かが目に飛び込んできて、ブレーキをかけた。

 

「……ガストレアを追ってる野郎、見たことある顔だとは思ったが、あの時の生意気なガキか。……夏世、お前は先に行ってろ」

 

「残って将監さんはどうするつもりですか?まさか、彼を助けるつもりなのですか?」

 

 思ってもみなかった主の行動に少し動揺を見せる夏世。

 

「ハッ、勘違いすんな。あのガキに現実ってやつを見せつけたいだけだ。それにお前一人だけでなんとかなる獲物なんだろ?俺達二人でその二匹狩ればそれだけ報酬が多く貰える」

 

 が、将監はいつも通りの平常運転だったことを認識したので、夏世もいつも通りの冷静な姿勢に戻った。

 

「なるほど、そういうことですか。了解です」

 

 そして夏世はサイドカーの側車から飛び降りると、将監の命令通りに逆方向へと全速力で走っていった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「ガ、ガガガストレア!」

 

 啓太郎はテンパったような声を出して驚き、アクセルペダルを限界まで踏み込み、キックダウンをごく自然な流れで発生させる。巧人はこの状況下においてパニックに陥ることは特になく、スマホで警察に電話をしていた。

 

 ーーなぜ、こんなところにガストレアが?と、啓太郎も巧人も同じことを思っただろう。しかし、そのことに関して深く考えられる暇があるはずもなく、ただひたすらに突如出現した化け物から逃げることだけを考えて二人は行動していた。

 

 ハンドルを連続で切り、入り組んでいる道を曲がって啓太郎達の乗る車はうまく逃げていくが、不運なことにガストレアが蜘蛛型ということもあったため振り切るまでには至らなかった。そして、巧人は通話終了の画面をタッチして啓太郎に言う。

 

「警察には連絡を入れました。なので民警も少し経てば来るはずです。……けど、もっと飛ばせないんですか?すぐにでも追い付かれそうですよ!」

 

「これ以上は無茶だよ!運転しきれる限界を出してるんだから!」

 

 巧人の言うように少しずつ、毎秒2~3センチ程度ではあるものの、それは確実に両者の距離が徐々に縮められているようだった。

 

 そして、ベタッ、という粘性のある何かが吐き出されたような聞き心地の悪い音が聞こえてきたかと思うと、

 

「え、なんで!?なんで?」

 

「とにかく、車から早く降りましょう!ここからは分かれて逃げるしかない!」

 

 それは最悪なことに車のホイール部分に絡み付き、極端なまでに動きを鈍らせたのだった。二人はまともに動くことのできない啓太郎の車を乗り捨てて、散るようにして走っていく。

 

(とにかく、隠れることのできそうな物陰に潜んで、民警が来るまで見つかりさえしなければ問題はないはず。ガストレアに認識されていない今しかチャンスはない!)

 

 巧人は無我夢中で走りながら、身を潜めるられそうな場所を探すが、走っても走っても一向に見つからない。しかし、幸なのか不幸なのか、異なる方向に逃げていった啓太郎はうまく隠れることができており、加えて、二人のことを追跡していたガストレアも二人を捕捉していない。

 

(……お、よし!あの遊具の中なら、なんとかなるはず!)

 

 挫けず、諦めず、必死に探し求めた甲斐はあったようで、巧人はついに自分が隠れられる場所を発見し、一目散に向かっていくが、その時、巧人は大きな過ちを犯してしまった。

 

 ーーそれは自分の周囲の状況をよく観察していなかったことだ。

 

カラン

 

(……ッ!こんなところに空き缶……だと!?)

 

 巧人は無造作にポイ捨てされていた空き缶を勢いよく蹴ってしまい、その発生した音によりガストレアに気づかれてしまった。

 

 もちろん、それはただの結果論であって、運に見放されてしまったとも言えるだろう。しかし、たったそれだけで逃げられたはずのものが不可能になってしまった。それは変えることのできない事実だということもたしかだった。

 

 モデル・スパイダーのガストレアは巧人との距離をひとつの跳躍で一気に無くして、一瞬の内に巧人の前に回り込み立ちはだかった。

 

(……ああ、司馬会長の誘いに乗って、俺が仮にでも民警になっていたとしたら、俺も啓太郎さんもこんな状況にならずに済んだのかな。……クソッ、この状況を打開できる、そんな力が欲しい)

 

 この絶望的な状況に巧人は逃げ出すこともできずに立ち尽くし、後悔の念に駆られてしまう。

 

(……いや、弱気になるな!まだ、俺は死んだわけじゃないんだ。だから、民警の人が来るまで、絶対に持ちこたえてやる!)

 

「ウォォォッ!」

 

 巧人は気合いを入れるようにして吼えると、ガストレアに向かって突っ込んでいった。そして、自分より大きな化け物の空いている股下を滑り込むようにして抜け出すと、そのまま勢いよく駆け出していく。

 

「◻◻◻◻ッッ!」

 

 巧人に僅かな隙間を突かれたガストレアはけたたましい鳴き声をひとつあげると、体を180度方向転換させて巧人の追跡を再開させた。

 

 このガストレアの走行スピードはついさっき体感したように、車とほぼ互角であり、人間の脚では到底敵うことない相手。そんなことは今走って逃げている巧人もわかりきっていた。それでも、最後まで諦めるつもりは全くなかった。

 

『Battle Mode』

 

「……え?」

 

 ーーしかし、その往生際の悪さが功を奏したのか、巧人の元へ救援はやって来た。それは民警でもなければ、ただの警官でもない。ましてや、ガストレアウイルスを保菌している「呪われた子供たち」でもなかった。

 

 無機質で抑揚のない音声がどこからか聞こえてきたかと思うと、その音のする方には巧人にとって見覚えのある紫色のサイドカーが運転手のいない状態でこの場に来ていた。そして、そのサイドカーは二足歩行型のロボットに変形した。

 

「あれは、父さんのサイドカー……なのか?」

 

 そう。巧人を助けるために姿を見せたその正体とは、三原修二が遺してくれた可変型ヴァリアブルビークル。ーーサイドバッシャーだった。

 

 ビークルモードからバトルモードへの変形を終えたサイドバッシャーは、巧人の近くにシルバーのアタッシュケースを投げ飛ばした後、巧人の後ろをつけていたガストレアに近づいていき右腕の爪を使って掴み掛かった。

 

「……こいつは、ケースの中を見ろってことか」

 

 巧人は巧人で自分に投げられたケースの中身が何なのかを確認するために急いで開く。

 

 そのアタッシュケースの中には機械でできたベルト状のもの、ビデオカメラらしきもの、拳銃の持ち手のようなもの。そして、「巧人へ」と書かれた手紙が入っていた。




 今更ですが、劇場版ドライブ観に行ってきました。個人的な感想だと、最近の中では1~2位を争うくらい面白かったかもしれないです。


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第4話~変身~

「これは、父さんの字!いったい、何が書いてあるっていうんだ?」

 

 父の筆跡であるとすぐさま判断した巧人は両手を震えさせながらも、急ぐようにして手紙の中身を確認する。

 

『巧人。これがお前の手に渡り、そして読んでいるということは、おそらくお前の身に危険が迫っているのだと思う。だから、まずは助かるためにお前がどうしたらいいのかを手短に伝える。巧人自身が仮面ライダーとして戦うんだ』

 

「俺自身が……仮面ライダーとして?なんだよそれ、どういう……」

 

 その手紙の中身は今の危機的状況にある巧人にとって、書いてある文面の意味が半分以上理解できないものだった。しかし、巧人が戸惑っている間にもサイドバッシャーとガストレアの戦闘は繰り広げられており、今度は、サイドバッシャーは掴んだガストレアをそのまま投げ飛ばしていた。それはまるで、巧人に手紙を読ませるため、時間を稼いでいるようにも見えた。

 

 それを見た巧人は、自分の父のことを信じてみようと直感的に思ったのである。

 

「……なんで、こんなものを父さんが持っていたのかわからないけど、今はそんなことで迷っている場合じゃない!」

 

 巧人は覚悟を決め、手紙に書いてある通りに準備を進めていく。まず、巧人は自分の腰にケースに納められていたベルトを巻いて、ビデオカメラらしきものを右腰の空いているジョイントに取り付ける。

 

『ベルトを巻き、ビデオカメラ型のツールを右腰にセットしたら、残ったグリップに特定の言葉を音声入力してから右腰にセットしたそれに刺し込む。手順はそれだけでいい』

 

 巧人は手紙を確実に読み進めていき、ケースに残った最後のものを握り締めていた。そして、目でガストレアを捉えつつ、グリップを自分の口元へと持っていく。その時、なぜなのかはわからないが、巧人の手の震えはいつの間にやら治まっていた。

 

『そして、その言葉は……』

 

「変……身!」

 

『Standing by』

 

 巧人はシンプルなキーワードをそのグリップに吹き込んで、

 

『Complete』

 

 一片の迷いもなく、おもいきり刺し込んだ。そうすると、ベルトからは白いラインが四肢と首元へ伸びていき、巧人の体全身に張り巡らされ、最終的には青白い光がここ一帯を包み込んでいった。それから光が収まるとその場には黒いスーツに橙色のバイザー、そして白いラインが全身を巡っている鎧を纏った戦士。ーー仮面ライダーデルタが立っていた。

 

 デルタに変身した巧人はふと見下ろして、今降っている雨によってできたであろう水溜まりを覗きこむ。そこには鏡のように自分の姿が写されていて、本人はその姿形に驚いている。

 

「写真でも見た通りの仮面ライダーの姿。これが俺……なのか?」

 

 しかし、悠長にしている暇をガストレアが与えてくれるはずもなく、さっきまで戦っていたサイドバッシャーを無視して巧人に向かって跳び掛かってくる。

 

「……ハッ!」

 

 巧人は真下に沈めてその攻撃を回避すると、その不安定な体勢のままガストレアの体にアッパーカットの要領で拳を叩き込む。カウンターをまともに食らったガストレアは体液を体のいたるところから撒き散らしながら後方に吹き飛び、コンクリートの壁に激突した。

 

「……す、すごい。これがベルトの力……」

 

 自分が今やったことをまだ信じられないのか、殴った右拳に目をやり、感嘆の声をあげる。吹き飛ばされたガストレアは少しの間、動きを止めていたが、あの程度の攻撃で絶命するはずもなく、長い8本の脚をピクリと動かし再び行動しだした。

 

「やっぱり、ガストレアはそう簡単に死んではくれないか。……ならやるしかない、かかって来い!」

 

 突進してくるガストレアに対して、巧人は両手の指を開いては閉じてを数回繰り返してから、左腕を前方に伸ばして右腕を胸の前に持ってきていき、さらにそこから体を半身にさせる。その構えは空手の組手で最も一般的なものであり、巧人にとっての一番戦いやすいスタイルであるとも言えるだろう。

 

 さっきと同様、本能的かつ無策で飛び込んでくるガストレアに今度は、横にスライドしてしなやかに避けてから頭部に裏拳を一発打ち込み、ほんの一瞬怯んだところに回し蹴りで追撃する。凄まじい勢いの遠心力を持った鋭い蹴りは、そのガストレアの特徴的な長い脚の関節部を的確に捉えて、そこから確実に破壊した。

 

 しかし、両断したはずの脚は無くなった先っぽの部分を再生でもさせようとするかの如く、露出した筋肉がグズグズと活発的に動き回るのだった。

 

「あの手紙に書いてある通りで、格闘技はあまり効いてない、か。……だったらこれで」

 

 巧人は右腰にマウントしてあるデルタムーバーを右手で抜いて、引き金を引こうとするが、ガストレアもまだまだしぶとく足掻こうとする。高速で回転する車のタイヤをも止めた粘液を再び吐き出したのである。

 

 その粘液はデルタムーバーを抜こうとする直前の右手と地面に接している左足にこびりつき、巧人は動きを封じ込められた。

 

「……チッ!動けよ、動けッ!」

 

 必死に様々な方向に動かして、まずは左足の方から引き抜こうとするが、粘性が非常に強くてびくともしない。そして、巧人がそうこうしている内に、脚を一部欠損させて不安定なバランスながらもガストレアはゆっくりと近づいていく。その場から動くことのできない、そんな巧人の危機を救ったのは、またしてもサイドバッシャーだった。サイドバッシャーは左手のクローから光の弾丸を連射させてガストレアを攻撃。それを受けてガストレアがもがいている間に巧人にこびりついた粘液を狙い撃った。光弾を受けた粘液はほんの数秒足らずで蒸発し、灰塵と化していた。

 

「止めだ。ウォォォッ……オオオオッ!」

 

 体の自由を取り戻した巧人は、ガストレアに肉薄すると、ほぼゼロ距離の状態でデルタムーバーの引き金を連続で引いていく。そして、ガストレアは大量のフォトンブラッドを浴びせられたことにより、原形を一ヶ所も留めることなく灰をその場に積もらせていった。

 

「ありがとうな。助かったよ。……え~と、サイドカー……さん?」

 

 巧人にとっての初めての戦闘が終わり、巧人は仮面の下で安堵の表情を浮かべながら、自分の危機を何度も救ってくれたサイドバッシャーに感謝の言葉を送った。

 

『Vehicle Mode』

 

 すると、サイドバッシャーは元のビークルモードに戻ってから、ヘッドライトを点滅させて巧人の言葉に応じてみせた。

 

 デルタムーバーを腰にあるジョイント部に戻して、持ち手のみを取り外し変身を解除させようとすると、後ろから足音が聞こえてくる。巧人が振り向くと、そこには走ってくる啓太郎の姿があった。啓太郎はなんとも言えない顔を作りながら口を重たそうに開く。

 

「巧人君。……とうとう、変身したんだね」

 

「……啓太郎さん」

 

 知ったような口ぶりの啓太郎。巧人はずっと黙っていたことを責めるわけでもなく、静かにこう紡いだ。

 

「父さんのこと、仮面ライダーのこと、全部知ってるんですね?知っているのなら、全部教えてくれませんか?」

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 デルタとして戦っていた巧人の様子を遠くから見ていた者がいた。その者はガストレアを撃滅する目的でここに来たはずの伊熊将監のイニシエーター、千寿夏世だった。

 

「いったい……何者なのでしょう?」

 

 夏世は信じられない光景を目の当たりにして、夢でも見ているかのような錯覚すら覚えた。

 

(そもそも、あの男の人はバラニウム製の武器をひとつも所持していなかった。……でも、どういうカラクリで一瞬の内に装備したのか一切わからない機械の鎧。そして、拳銃から放たれたビームのような弾丸。その二つがガストレアを打倒することのできる秘密なのはたしかのはず)

 

 「無垢の世代」である千寿夏世はいままで生きてきて、白い救世主、もしくは仮面ライダーという単語を一度も聞いたことがない。それは本当に実在したという事実も、いたのではないかという噂のどちらも聞いたことがないのだ。ただ、自分とは明らかに違う圧倒的な力を持っていながら戦闘に関しては全くの素人。それが、夏世が初めてデルタを見て、感じた第一印象だった。

 

(銃の扱いがいくら不得手な人でも、あんなゼロ距離で乱射するなんて……)

 

「おい、こんなところで何やってんだ?」

 

「……ッ!将監さん」

 

 夏世がデルタのことで思考を巡らせている最中、その後ろからようやく合流した将監が声をかけてきた。

 

「その様子じゃあ、ガストレアを殺ったわけでもなさそうだしよ、いったい何を見ていた?」

 

「……ひとつ質問してもいいですか?」

 

「ん?なんだよ突然」

 

「将監さんはバラニウム以外の物質でガストレアの再生を阻害する効果を持つ、というものを聞いたことがありますか?」

 

「……あ?なんだそれ。んなものあるわけねぇだろうが。……ま、仮にそれが本当にあるんだったら俺も見てみてぇよ」

 

「そう、ですか。変なことを聞いてしまったみたいで、すみません」

 

「……?お、おう」

 

 主に訊いてみても都合よく答えが出ることなどはなく、夏世の頭の中では謎が深まるばかりだった。それから、夏世はもう一度巧人がいた辺りの場所をなんとなく覗き込んで見るが既にもぬけの殻で、その場から居なくなってしまったようだった。



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第5話~戦う理由~

 ガストレアと初めて戦ったあの場から帰る直前、啓太郎に過去のことを訊ねた巧人だったが、啓太郎から返ってきた言葉に巧人が求めていたものはなかった。正確に言うと、啓太郎は自分から語ろうとはしなかったのだ。

 

『そのことは俺なんかに聞くよりも、里奈さんから直接聞いた方がいいかもしれない。そのことについてなら、もっと詳しく知っているはずだから。……それに、俺の口から言うべき話でもないからさ』

 

 啓太郎はそう伝えてから、運転免許のない巧人に代わってサイドバッシャーを運転して、二人はそれぞれの自宅に帰っていったのだった。

 

 そして、その日から数日経過したが、巧人は里奈に仮面ライダーのことをあえて訊こうとはしなかった。それこそ既にデルタギアを自分が所持しているにも拘わらず。

 

 里奈と巧人の親子としての仲は決して悪くはない。むしろ、早々に修二を亡くしているということもあり、ごく一般的な家庭と比べると、その絆はより強固なものだろう。だからこそ、巧人は聞き出したくても聞き出せなかった。それは里奈のことをできれば悲しませたくはないと思っているからである。自分は昔の父のこと、あのベルトのことを知りたいのに、その過去を一番よく知る人物には辛いことを思い出させたくない、という矛盾を抱えているのが今の巧人の現状だ。

 

「……『そのベルトは今生きている人類の中で巧人にしか扱うことのできない、巧人にしかできないことなんだ。厳しいことを言うかもしれないけど、自分の居場所を守るためには自分自身が戦うしかないんだよ』か。こんな信じられない話が本当だと思えるなんて、俺もどうかしてるよ」

 

 日は既に落ちかけていて、だいたい7時を回り夕食時の最中であろう頃。巧人は居心地の悪さから帰宅しようとはせず、近所にある公園のベンチでアタッシュケースにあった二枚目の手紙を呆然としながら読んでいるところだった。

 

「巧人、もう夕食はできているわよ。まったくもう、なんですぐに帰ってこないの?」

 

 しかし、普段なら帰る時間に帰ってこない巧人のことを心配したのか、里奈が探しに来たのである。無論、ここ数日の間、巧人が普段よりもぎこちない様子で過ごしていたことを察していたからここまで来たのだが。

 

「……母さん。なんで、俺がここにいるってわかったんだ?」

 

「なんでって、巧人は一人になりたい時は決まって昔からいつもこの公園に来ていたじゃない。だからなんとなく、ね」

 

「……アハハ、母さんにはまいったな。ここにいることがバレてたなんて」

 

 巧人は里奈に自分の居場所があらかた読まれていたことを知り、気まずい雰囲気を誤魔化すように間の抜けたような笑い声をあげる。……が、そんなことはお構い無しに里奈は本題に入っていった。

 

「私、啓太郎さんから話は全部聞いたわ。巧人がとうとうデルタに変身した。そして、ガストレアと戦って助けてくれたって」

 

「……そう。啓太郎さんがそんなことを、ね」

 

 里奈はついに話を切り出したが、巧人は里奈と目を反らして、未だに向き合って話をしようとしない。頑なに拒んでいるようだった。それでも、里奈は声を荒げることなく巧人に優しく語りかけていく。

 

「巧人は私達がこのことをずっと黙っていたことについて怒ってるの?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないよ」

 

「初めてガストレアと戦って、やっぱり怖かった?」

 

「え~と、どうだったかな。あの時は無我夢中だったから、よく覚えてないや」

 

「……それじゃあ、あの人が仮面ライダーだって知って驚いた?」

 

「うん、たしかに驚いたよ。でもね、正体が父さんということに妙に納得できるところはあったんだ」

 

 里奈が質問しては、すぐに巧人が答えを返す。そのような一問一答の言葉のキャッチボールが二人の間で繰り返されていったが、巧人は最後の質問にまだ言いたいことが残っていたのか、「その事なんだけどさ」と静かに告げて、さらに言葉を続ける。

 

「なんで、父さんは自衛隊員でもないのに、あのベルトを使ってまで戦う必要があったんだよ?……たしかに、あのベルトは特異体質の人にしか使えないってことはこの手紙で知った。けどさ、自分が死ぬまで戦うなんてやっぱりおかしいと思うんだ」

 

 初めて訊いてきた質問はあまりにもド直球過ぎたのか、里奈は1、2秒だけ瞑目して、間を置いてから言った。

 

「…………そうね。でも、あの人があそこまでして戦い続けたのにはある理由があったの」

 

「父さんの戦う理由?いったいどんな……」

 

「そうね、あれはあなたが生まれるより少し前でガストレアもまだ発生していなかった頃の話。ガストレアとは別のばけ……異形の者達、オルフェノクと私達は戦っていたの。そして、その者達と戦うための力として、私達のお父さんからは三本のベルトが送られてきて、私達はそのベルトの力を頼りにして、みんなで団結して、協力して戦った。でも、その戦いはとても厳しいもので、私達の仲間はほとんど死んでいったわ。……それで、そういうことを見てきたからなのか、あの人は拳を振りかざして戦おうとはしなかった。そもそも、あの人は戦うことや争うことが大嫌いで、私達同級生の中でも1位、2位を争うくらい気弱だったから、当然と言えば当然だったのかもしれないけど」

 

「……あの父さんが?嘘だろ?」

 

 頭に疑問符を浮かべて「意外だ」とでも今にも言いそうな顔をしている巧人。里奈はそんな様子の巧人を見てクスリと笑いながら、それを否定した。

 

「ええ、嘘じゃないわ。私もあの時限りはそのことで怒ったことがあったもの。……そんな調子がずっと続いたのだけど、ある時に変化が起きた。私達の中でも一番強くて、オルフェノクとの戦いにも慣れていて、ベルトを使いこなすことのできる数少ない適合者がいたんだけど、その彼があの人のことを叱咤して奮い立たせてくれた。それからね、あの人があの人なりの戦いを始めたのは」

 

「…………」

 

「はじめの方は自分の身を守るため、生き残るために戦っていた。まあ、それは戦うことのできない私も同じだったんだけど。でも、その戦う目的は少しずつ変わっていった。それこそがあの人の本当の戦う理由になったのよ」

 

 里奈がそう言い終わった段階で、巧人はようやくその理由に気づき、その時初めて反らし続けてきた目を合わせた。

 

「戦うことのできない他人を危険から守ること。それが父さんの戦う理由……」

 

「ええ、そうよ。……さっきも言ったでしょ?あの人は元々人一倍気弱だって。けどそれは逆に、人一倍優しい心の持ち主ってことだった。だから、仲間のことをたくさん殺してきたオルフェノクを憎むことは決してしなかった。代わりにまだ生き残っている仲間を守るために戦ってくれた」

 

「そう……だったんだ」

 

 口ではわかったようなことを言いつつも、それとは裏腹に表情はまだ納得のしていない巧人。里奈の話にはまだ続きがあるのか、彼女は呼吸を整えて何か言い出そうとしたが、その直前でピタリと止めてゆっくりと息を吐き出した。

 

「……空も真っ暗だしさ、もう帰ろう。それに、巧人もお腹空いたでしょ?」

 

 里奈は巧人の前へ出て先導するように歩き出すと、

 

「ちょっと待って、その話にはまだ続きが……いや、やっぱりいいや。なんでもない」

 

 巧人はまだ引っ掛かっている何かを訊こうとして、制止の声をかけようとするが、結局訊くことは諦め、里奈の後ろを追いかけるように歩いていった。

 

(戦う理由……か。それがない俺なんかにどうして父さんはあのベルトを託したんだ?俺が適合者だから、本当にそれだけなのか?俺にはまったくわからないよ。……教えてくれ、父さん)

 

 その巧人の疑問に答えが返ってくることがあるはずもなく、静寂が一帯を包み込んでいた。



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第6話~求めた答え~

(これからも前と同じように普通に過ごしていけばいいのか。それとも、これからは力を持っているからこそガストレアと戦うべきなのか。……ああ、俺はこれからどうすれば……)

 

 巧人はあの時から食事の時も授業中ですら一人で悩んでいた。親しい友人の誰にも相談することなく、いや、そんな突飛な話を言えるはずがなかった。無論、事実を包み隠さず言う必要があるわけでもないので、他の何かに例えて話すこともできたかもしれない。しかし、それすらも巧人はしなかった。他に例えられるものがなかなか考えつかなかったからである。

 

(……ん?待てよ。そもそも、会長が俺のことを勧誘してきたのは変身できる体であることを知っていたんじゃ……)

 

「巧人、そんなに難しい顔してどうかしたの?もしかして、悩みごと?」

 

 そんな調子で昼休みもずっと過ごしていた巧人に声をかけた一人の女子生徒がいた。それは巧人の同じクラスで巧人とまともに話すことのできる女友達、桜井かな子だった。

 

「……なんだ、かな子か。俺が悩みごとを持ってたら何か問題でもあるのか?」

 

 彼女は小学生の時からずっと巧人と同じクラスで、一緒に学校生活を過ごしてきた。二人の家は近所ではなく幼馴染みとは決して呼べない部類に入るので、巧人とかな子、この二人の関係はいわば腐れ縁と呼ばれるものなのだろう。もっとも、巧人はともかくとして、かな子が巧人との関係をどのように捉えているのかは不明なのだが。

 

「別に。ただ私は巧人のそんな顔初めて見たなぁ、ってなんとなく思ってね。それで気になったから声をかけてみただけなんだ」

 

「はいはい、そうですか。まぁ、俺にも悩みごとのひとつやふたつあるってことだ。いつも能天気でいるお前とは違うんだよ」

 

 巧人は苦笑しながらかな子に対して少し意地の悪いことを言い放つ。

 

「む~、人がせっかく心配してあげてるのに、その言い草はひどいよ~。……巧人が知らないだけで私にだって悩みの種はあるんだからね」

 

 するとかな子は頬を小さく膨らませて、巧人の非を訴えかける。しかし、巧人は彼女のことならなんでもお見通しだ、とでも言いたげな顔をして悪態をつくのだった。

 

「どうせかな子のことだ。続かないダイエットのことを悩んでるんだろ?そんなことしても無駄だという現実をいい加減受け入れたらどうなんだ」

 

「フフン、それは甘いよ巧人、いままでの私とはまったくの別人なんだから。あのね、今回は……ってそれ違~う」

 

「なんだ、俺の予想は違ったのか」

 

 わざとらしくがっくりと肩を落として、残念そうに演技をする巧人。すると、かな子は得意気に生き生きと自分の悩みの種を語り出した。彼女が満面の笑顔を浮かべているその時点で巧人は、十中八九あまり大したことではない、とそんな予測を建てていた。

 

「あのさ、駅前に新しくケーキ屋さんができたんだけど、そこに行くべきかどうかで悩んでるんだ。それで訊くんだけど、巧人だったらどうするかな?やっぱり気になるから行く?」

 

「そうだな、俺だったら部活とかバイトとかで忙しいから、行く予定の友達に買ってきてもらう、だな。しかし、……ハハ、くだらなすぎ。俺の言ってることを訂正したくせに、……フフ、レベル的にはさっきのと大差ないだろ」

 

 案の定、到底深刻と呼ぶには程遠いとても甘そうな話だったので、巧人は堪えきれずに笑いながら返答をする。

 

「わ、笑わないでよ~。巧人にとってはどうでもいいことかもしれないけど、私にとっては死活問題なんだからね。……そもそも、そう言う巧人だけど、巧人が悩んでいることはじゃあなんなの?」

 

 訊いてきたかな子のことを適当なことを言ってはぐらかそうとするつもりでいた巧人だったが、なぜかそれを実行には移さなかった。その代わりに、巧人は例え話と称して自分の悩みに近似している内容のことを語り出し、少しでもヒントを得ようと試みたのである。

 

「……ん~、そうだな。ひとつ例え話をしよう。もし、有名なパティシエが「お前には才能がある」とか突然言い出してきて、その手の道に勧誘されたらどうする?そんでもって、その時点の自分自身には何も将来の目標を持っていないと仮定しての話だ」

 

「……う~ん、それはなかなか難しい例え話だなぁ」

 

 かな子は首を傾げて考え込むように唸っていて、巧人は「やはり」と呟き、(かぶり)を横に振って諦めかける。ところが、今度は巧人の予想と反して、かな子からは割りと的確な答えが返ってくるのだった。

 

「でも私だったら、そのお誘いを喜んで引き受けると思うけどね」

 

「それは、なぜ?」

 

「だって、他の人に認められるって滅多にないことじゃない?そんなこと実際に言われたら私、飛んで喜ぶと思うんだ!それに将来の目標について迷っているんだったら、なおさらだよ。できる時にチャレンジしておかないと、後々後悔するのは自分なんだし、色々としながらでも目標を探し出す手段なんかたくさんあるんだから」

 

 かな子は最後に「でも、納得のいく答えが見つかるかどうかは別だけどね」と言ってから、力の抜けた笑いを見せた。

 

「あれ?……私ちょっと変なこと言ったかな」

 

 しかし、巧人が真剣な面持ちで食いつくようにかな子の話を聞いていたので、彼女は戸惑ってしまい困惑の色を隠せなかった。当の巧人もそれをすぐに見抜いて、気を使わせまいと明るい笑顔を咄嗟に作った。

 

「かな子、ありがとう。おかげさまで俺もようやく答えが見つかった気がする」

 

「……そうなの?ふふふ、巧人のお役に立てたみたいで、私は嬉しいよ」

 

……キーンコーンカーンコーン……

 

 そして、二人の会話が終わったのとほぼ同じタイミングでチャイムが鳴り響き、昼休みの終わりを告げる。

 

「あ、お昼休み終わっちゃった!まだ、お弁当のサンドイッチまだ全部食べてないのに~」

 

「……別に昼飯のひとつ抜いても、倒れるわけじゃないんだから。ったく、仕方のない奴だな」

 

 くだらないことで嘆くかな子を尻目に巧人は息を大きく吐いていた。その吐いた息にはかな子に対する呆れのため息の他にも、安堵したという意味でのものも含まれていた。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 これから先の進むべき道が決まってからの巧人の行動は早かった。授業が終わるとすぐに生徒会室へ赴いたのである。しかし、未織はこの日不在だったため、巧人はおとなしく引き返した。結局、巧人の生活パターンは今日もいつもと変わらず、部活に熱心に打ち込んだ後は、真っ直ぐ家へと帰っていった。

 

「ただいま……って、今日は母さんいないんだ。夜遅いとか言ってたもんな」

 

 巧人は帰宅するとすぐに自分の部屋に入って、押し入れにしまっていたアタッシュケースの中からデルタギアを取り出した。そして、手の中にあるそれをまじまじと見つめて、何かに誓うかのように呟いた。

 

「俺には父さんのように人のために戦うなんてことはまだできない。理由もまだ不透明だし、正直ガストレアは怖い。けど、俺は戦うよ。その中で俺の探す答えも必ず見つけ出すから」

 

 それからしばらくの間、物思いにふけるみたいにデルタギアから目を離さないままの状態が続いたが、突然巧人の耳に聞き覚えのない着信音が鳴り響いた。ポケットにしまってあるスマホを巧人は念のために確認するが、もちろんながら音の発生源はそれではない。

 

(……どこから聞こえる?)

 

 冷静になって、自分の耳を頼りにしてその音を辿っていくと、最終的にケースに収められていた銃のグリップーーデルタフォンに行き着いたのだった。

 

「マジかよ。これ電話だったのか。……って、応答するにしても、この場合は引き金を引けばいいのか?いったいどうすれば……」

 

 携帯電話らしくないその形状に驚きながらも、電話としての使い方が皆目見当がつかないため、その場で立ち尽くしてしまう。しかし、誰からの着信なのか不明であるということもあったので、この電話を無視しようと決めたーーはずだった。

 

 しかし、その耳障りな着信音は一向に止む気配がなく、その時間が3分を過ぎても5分を過ぎても鳴り続けた。

 

「……しょうがない、出てみるか」

 

 とうとうその騒音に耐えかねた巧人はデルタフォンを再び手に取り、引き金を試しに引いてみる。すると、電話は見事に繋がったらしく、デルタフォンのスピーカーからは「もしもし」と声が漏れ出てきた。

 

「……もしもし。すみません、私はこの電話の本当の持ち主ではーー」

 

 巧人はすぐに訳を言って、この電話の接続を絶とうとするが、その電話の相手はその声が聞こえていないのかなんなのか全く無視して、話しかけてくる。それは頭をハンマーで殴られたような衝撃的な内容のことを。

 

『東京エリアの国民を救うため、是非力を貸してください。かつて『白い救世主』とまで呼ばれたあなたの力を』

 

「……ッ!?誰ですか、あなたは?」

 

 若干興奮気味な状態のまま素性を訊ねる巧人に、電話の向こう側にいる相手は透き通った声で答えを返してきた。

 

「私は聖天子です」

 

 巧人はその答えに絶句するしかなかった。




 今回出てきたオリキャラの苗字と名前は完全に自分の趣味です。


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第7話~運命の日~

『指定した日付と時間に千葉県の房総半島が昔あった座標まで来て欲しい。そして、そこに集まった民警達が追っているシルクハットに仮面、タキシードという怪しい風貌の男が持っているケースを殺しても構わないので奪取して欲しい』

 

 聖天子から巧人に聞かされた話の内容は大まかに言うと、そういうものだった。その依頼に対する巧人自身の意思の尊重は聖天子に受け入れてもらえるはずもなく、有無を言わせずに聖天子は今の東京エリアの危機的状況を洗いざらい語り尽くした。しかし、その際にこの依頼を引き受けるか否か、という一番に肝心なところであろう返事を巧人に要求することなく、聖天子は通話を一方的に終了させるのだった。

 

 そして、巧人は戦地に赴くことを自分で決断し、里奈にそのことについて猛反対されることを覚悟で全てを打ち明けた。……が、その結果は巧人の予想とは反して、反対の意見が返ってくることはなく、里奈が下した判断はまさかの肯定。

 

 こうして、引っ掛かりも何もないベストな体調、精神状態で巧人は、東京エリアの命運がかかった重要な日を迎えることになった。

 

「じゃあ、行ってくるよ。母さん」

 

「行ってらっしゃい。……絶対に生きて帰ってくるのよ」

 

「うん、わかった」

 

 巧人はサイドバッシャーに跨がりながら、里奈に一言だけ手短に話し、被っているヘルメットのバイザーを下ろした。それから、日が落ちて真っ暗闇の中をサイドバッシャーで疾走していった。持ち物はデルタギアとそれ一式を収納するアタッシュケース、それと気休め程度にしかならなさそうな治療道具一式、ただそれだけだ。

 

「修二さん。……巧人のことをどうか守ってあげて」

 

 里奈は祈るように巧人のことを姿が見えなくなるまで見送った。ーー彼女は巧人が戦地に出ることを引き留めず、容認したことを後悔はしていない。そこまで割り切ることのできる理由は、修二と里奈が二人であることを決めて、近い将来こうなるであろうと予測していたからである。

 

 

 

 

 

 元々、里奈は巧人が戦うという道を選ぶことに反対していた。それも修二がまだ生きていた10年前からだ。いままで壮絶な戦いを間近で見て、体験してきたからこその意見であり、修二もその気持ちを理解していた。

 

『巧人が18歳の誕生日を迎えた時、もしくはそれ以前にガストレアやオルフェノクと仮にでも遭遇して身に危険が迫った時に、俺がデルタであることを初めて明かそうと思ってる』

 

 これは修二がまだ大戦で命を落とす前の出来事。巧人が寝静まった深夜の時間帯に、夫婦喧嘩の一歩手前になるまで発展していた。

 

『……なんでそんな回りくどいことをするの?デルタのことなら、今すぐにでも明かせばいいことじゃない!』

 

 里奈は巧人が眠っているということすら忘れたのか、修二に激しく怒鳴り付ける。

 

『たしかに伝えるだけならそれは簡単だ。でもそれを巧人が簡単に信じてくれると思う?俺にはそう思えない』

 

『信じる信じないの問題じゃないの、巧人に戦わせるなんて私にはできない。それに、今は戦ってくれる人達だって大勢いる。……武器だって、あの時みたいにライダーズギアが絶対に必要になるなんてことはない。それなのに、あなたは巧人に厳しい道を選ばせるつもりなの?』

 

『俺も強制はしない。ただ、ひとつの選択肢として与えるという話さ』

 

『だから、それはなんで?』

 

 巧人には何があっても絶対に戦わせたくない里奈と、戦うか戦わないかはあくまでも将来の巧人自身が決めるべきだと尊重する修二。互いに一歩も譲ることなく、自身の意見を曲げようとはしなかった。こうして話が平行線を辿っていく中、先に折れた方は里奈だった。

 

『……俺はさ、流星塾の中で一番の臆病者だったろ?みんながオルフェノクと逃げずに戦っていられるのが信じられなかったよ。オルフェノクやスマートブレインとの関係の全くない遠い場所で、ひっそりと平和に生きていたい。どれだけ昔はそんなことを考えたことか』

 

『…………』

 

『でも、戦うことから逃げていたそんな俺に草加は『俺達に帰る家なんかない。居場所を見つけるために俺達は戦わなければならないんだ』と、言ってきたんだ。……俺達とは違って巧人には帰る場所があれば、逃れられるところも探そうと思えばごまんとある』

 

『だったら尚更戦う必要がなくなってくるじゃない』

 

『ああ、そうだな。ただしそれは巧人がそう望めばの話だ。……あの子は里奈に似て精神的に強いし、芯もしっかりしてる。それに頭も賢い。だから、俺達は巧人を信じて見守ろう。決して判断を間違えることはないだろうからさ』

 

『…………ええ、それもそうなのかもね』

 

 それは何かを言いかけて、言葉を押し殺したような歯切れの悪い返事だったが里奈は修二の意見に一応納得し、話し合いはそこで幕を閉じた。

 

 ……が、里奈はその時から既にわかっていた。巧人が近い将来、戦わないという選択肢を()()()()だろうということを。

 

 

 

 

 

「……巧人は私よりもあなたに似ていて、人一倍優しい性格の持ち主なのよ。だから私はあの時諦めたの。そんな性格のあの子が、人の命をそう簡単に見捨てられるはずがないのだから」

 

 里奈は涙を流しながら笑顔で、あの時口に出せなかった言葉を口にした。今は亡き夫に向かって、月の光が照らしている天に向かって。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 住宅街が密集した車通りの少ない狭い道路から抜けて、大通りの道に出ると一本だった車線は、いきなり三本に増え、走る車両(主にトラック)も増した。当然ながら、この時間帯だと帰宅時間と少し被っており、まだ一般車両も多く残っているため、巧人とサイドバッシャーはそれらをかわし追い抜きながら、できるだけ急いで東京エリアを南下していく。

 

「……しかし、これは会長に感謝しなきゃだな」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 聖天子から直接依頼の電話がされた翌日、巧人は自分の決意を伝えるために、再び生徒会室を訪ねた。

 

『失礼します』

 

『なんや?キミの方から訪ねてくるなんて珍しいなぁ』

 

『俺、民警としてガストレアと戦います。俺はどうすればその資格を得ることができるんですか』

 

『そうなん?……私の誘いを受けても消極的だった巧人君がいったいどういう風の吹き回しなんや』

 

『えっと、それはですね……覚悟ができたというか、なんというか』

 

 しかし、本題に単刀直入で入った途端によりにもよって一番訊かれたくないことを未織に訊かれたので、巧人は曖昧な返事で答えを濁した。未織はそのことに言及することなく話を進めた。

 

『そっか。キミの決断やし、私は何も言わへんよ。……それで民警に正式になるための手段やったな。まず初めに退屈な講習を聞いて、それの内容を確認する試験。そして、最後に適性検査を受ける。まぁ、車の免許を取るのと同じ要領やね』

 

 その行程を一通り聞き終えた巧人の頭の中では、ある疑問が浮上していた。

 

『車の免許で思い出したんですけど、実技試験みたいなことはしないんですか?』

 

『そうやなぁ。……私も経験したことがないから詳しくは知らんけど、拳銃の扱いや車の操作方法くらいは実際に体験するんやないかな?』

 

『な、なるほど。そうですか』

 

『ま、後の事は私に任しとき。講習会が開かれる会場とか、いつやるとかはわかった段階で連絡しておくから』

 

『ありがとうございます。何から何まで教えてもらって助かりました』

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 バイクの運転実習が早めに行われていたことが巧人にとって不幸中の幸いだった。それによって、民警のライセンスはまだ正式に発行されていないものの、巧人はまともにサイドバッシャーを操縦することが叶ったのである。

 

 しかし、サイドバッシャーのナビを頼りに渋滞をなるべく避けて、できるだけ近道を進んでいこうとすれば、あまり整備の行き届いていない複雑に入り組んでいる道路もあるので、急ごうにもなかなか急ぐことができない。

 

「頼むよ、サイドバッシャー」

 

『Battle Mode』

 

 そこで巧人はビークルモードだけでなく、バトルモードをも駆使して道なき道を軽やかに跳んでいき、最短距離を突き進んでいった。

 

 その柔軟な発想が功を奏したのか、巧人がサイドバッシャーで走り始めて早五分。巨大なバラニウム製の黒い壁ーーモノリスが積まれている場所、つまりは東京エリアの端に巧人はたどり着いた。

 

(ついに、ここまで来てしまったんだな)

 

 巧人はそこまで来た段階で、初めてサイドバッシャーのハンドブレーキをかけて一旦停める。そして、後ろを振り返り、暗闇で何も見えないはずなのだが、それでも何かを見ようとしばらくの間じっと目を凝らし続けた。

 

(……ここから先に進めば、もう後戻りはできない。間違いなく、ガストレアも大量に襲いかかってくるだろう)

 

 戦いを避けることは決してできない。巧人はそれをわかりきっていたからこそ、次の行動に迷いは一切なかった。側車に載せていたアタッシュケースを開けてデルタギアを取り出し、そのまま自分の腰に巻き付けた。そして、デルタフォンを口元に持ってきて力強い言葉を発したと同時におもいきり振り下ろした。

 

「変……身!」

 

『Standing by』

 

『Complete』

 

 白いフォトンブラッドのラインが巧人の全身を巡っていき、一秒も経たない内にデルタへの変身が完了する。

 

「よし、行こう!」

 

 改めて気合いを入れ直した巧人は、ついに東京エリア外の未踏査領域に初めて足を踏み入れるのだった。



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第8話~思わぬアクシデント~

 巧人が東京エリアを離れて、既に30分近くが経過しようとしていた頃、巧人はある違和感を感じていた。

 

「……おかしいな、モノリスを離れてすぐのところにはガストレアがそれなりの数いたのに、こんなに遠くまで来て開けた道に出たというのに、小さいネズミ一匹すら見当たらないなんて」

 

 モノリスから遠く離れ、巧人は元千葉県と元東京都の県境を過ぎたというのに、ガストレアの数が少なく遭遇することがあまりなかったのである。巧人にとって、これはむしろ非常に喜ばしいことなのだが、素直に喜ぶことができずにいた。

 

「何なんだ?この妙な胸騒ぎは。とにかく、先を急いだ方がいいような……気がする」

 

 巧人はさっきまでよりも気をさらに引き締めてから、そこからさらに歩みを進めていくと、この近くの少し開けた場所でヘリコプターが飛び立っていく様子を見て取ることができた。この道中、それとほぼ同型式のものを巧人は何台も確認していたし、それらが数回ほど往復していたことも知っていた。

 

「それと目的地までは、だいぶ近付いてきたみたいだ」

 

 往復していた訳を出発当初はいまひとつわからなかったが、目的地に着実に近付いている巧人はそれとなくわかるようになってきていた。「あのヘリは民警が乗ってきたものなのだろう」と。

 

 サイドバッシャーを駆りながらさらに先へと進んでいくと、ついに巨大なガストレアの後ろ姿が視界に入るようになってきた。ただし、それはあくまでも後ろ姿なので、そのガストレアが巧人の存在に気付いていることはないのだが。それでも、その存在感のある巨体は、素人に毛が生えた程度の巧人にとって畏怖させるには十分過ぎるものだった。

 

「……たしか、外周区に出てガストレアが大勢いる場合には、なるべく静かにすることがセオリーだったかな」

 

 ただ、巧人はそれに焦りの色を面に出すことはなく、サイドバッシャーから静かに降りて、ここからは歩きで進む選択肢を取った。このように、ガストレアとの遭遇経験が本当に少ないとは思えないほどの冷静な対応を先程から見せていた。そして、巧人のその行動は正しく、ガストレアが急に襲ってくることはなかったのである。

 

 サイドバッシャーを降りて約十数分の間、軽い駆け足程度の速度を保ちながら進んでいると、突然どこからともなく爆音が鳴り響いた。さらにそこから追い討ちをかけるように、驚く暇も与えず前方の森の中からは黒い煙がモクモクと上がっている。火が立ち上っていることで、森の中やガストレアの様子が若干ではあるが見やすくなった。しかし、変わった状況はそれだけでは留まることもなく、さらに最悪な方向へと傾いていた。

 

「……ッ!これは!?」

 

 爆音がここ一帯に通ったせいなのか、いままでおとなしくしていたはずの周囲のガストレアに刺激を与えてしまい、さらには活動を活発にさせてしまった。そこにいたほとんどのガストレアは音の発生した方向へ向かって進撃していくが、デルタのことを目で捉えてしまったガストレア達はデルタの方へと飛び掛かってきた。

 

「チッ、……Fire!」

 

『Burst Mode』

 

 巧人は自分の方に向かってくるガストレアの大きさが推定約15メートルであると目測で判断し、数は確認できる範囲内で計三体。迎撃するためにデルタムーバーを引き抜き臨戦態勢をとるが、ノーマルモードでは捌ききれないと思ったのか、そのままデルタムーバーを口元へ持ってきて音声を即座に入力。デルタムーバーをブラスターモードに移行させて、トリガーを三連続で引いた。放たれた合計九発のフォトンブラッド光弾はガストレアの巨体にそれぞれ着弾し、巧人は速やかに撃滅が完了したことを確認した。

 

 ところが、それで終わりのはずがなく、灰となったガストレアと入れ替わる形で、それらとは他の個体が前方から近付いてくる。ガストレアは前からだけでなく、後ろや側面からもデルタを中心にして、きれいに取り囲むようにしていた。

 

 周囲に存在するガストレアの数は全てを数える暇がないほどに多い。もっとも、光源が無いに等しいこの森の中で、ガストレアの正確な数を知ることができないのは至極当然のことなのだが。

 

(ガストレアが一体、いや、せめて三体ずつなら、今の俺でもなんとか切り抜けられる自信があるんだが……)

 

 この状況はどこの誰から見てもやや劣勢と言ったところ。たとえ超人的なデルタの力を扱うことができる今の巧人だとしても、それの例外ではない。仮に全滅させることができたにしても、それなりの怪我を負うことは覚悟するべきだろう。

 

 ただ、それは音をたてずに戦おうとすればの話である。そう、この状況で唯一の救いがあったとすれば、

 

「でも、これならこれで静かにする必要はなくなったわけだ」

 

 それはついさっきまでのように、ガストレアを気にして音を一切たてない必要性が皆無になったこと。

 

 そして、もうひとつ。それによってサイドバッシャーによる攻撃が可能になったことだ。

 

「……(Nine)(Eight)(Two)(One)!」

 

 巧人がデルタムーバーのグリップ部にとあるコードを吹き込むと、すぐに電子音声が返ってきた。

 

『Side Basshar Come Closer』

 

 巧人は途中で置いてきたはずのサイドバッシャーを呼び出してからデルタムーバーを腰にマウントさせると、ちょうど頭上に見える太い木の枝を掴むためにそこから真上に跳び上がった。

 

 ガストレア達はデルタの動きにすぐさま反応して、デルタがぶら下がっている木の周りに近寄り、そのままよじ登ろうとする個体もいた。羽を生やしていて飛ぶことが可能なガストレアも当然いたので、それらはけたたましい羽音を鳴らしながら急接近してくるものもいた。

 

 巧人はそのことを確認してから、まずは枝を鉄棒と見立てて大車輪の要領で体を宙に舞わせると、今いる木とは別の丈夫そうな木に乗り移り不安定ながらも足場を確保する。その次に迎撃できる態勢をとり、飛べるガストレアから先に狙いを定めてデルタムーバーで確実に撃ち抜いていった。

 

 羽をもったガストレア達は次々に地に落ち、数を確実に減らしていくが、全体的の数で見るとまだ気を抜くことができない戦況。ただし、それは数的な問題だけであって冷静に分析すれば、デルタの性能や能力、そして巧人が立っている場所などを加味して考えれば、敵の数など大したの問題ではない。

 

『Battle Mode』

 

 加えて、巧人がデルタフォンに音声を入力して、ちょうど一分が経過した段階でサイドバッシャーはこの場に到着し、右腕のクローでガストレアに掴みかかり群れを掻き分け、巨大な足で蹴り飛ばし散らしていきながら、巧人の元へとようやくたどり着いた。

 

「よし、ナイスタイミングだ。サイドバッシャー!」

 

 木の上からサイドバッシャーの運転席に飛び乗ると、巧人はグリップを強く握り操縦をオートからマニュアルに切り替え、一度大きく跳躍をした。その跳躍によってガストレア達の包囲網の外側をとると、巧人自身の意思でフォトンバルカンによる攻撃を開始させる。

 

 その凄まじい光弾の連射性能はまさに圧巻の一言に尽きるものであり、大量に群れていたはずのガストレアの群贅をサイドバッシャーが介入してきてからは、それらを終始圧倒し続けるのだった。そして、ガストレアの約八割方が撃滅できたと、巧人は内心で少し安堵すると、サイドバッシャーの後方に降り立った。

 

「あとのことは任せる。……そして、全てが片付いたら、安全なところで待機だ。いいね?」

 

 巧人はサイドバッシャーの脚に手を置きつつ、そう話しかけると、テールランプにあたる部位をサイドバッシャーは数回点滅させて、「了解」とでも言ったような合図を巧人に送った。

 

 巧人はそれを見てひとつ頷くと、回れ右をしてガストレアがいなくなった暗闇の中を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「まさか、あんなところに崖があったなんて……思っても見なかった」

 

 サイドバッシャーと別行動をとってまもなくすると、巧人は切り立った深い崖にさしあたった。しかしながら、目的地に行くための最短の近道はここを飛び降りていくしかない。ここから他のルートで行くには大きく遠回りをする必要があるため、かなりのタイムロスが生じてしまう。そして、事態は一刻を争う緊迫した状況にある。だから、そこから飛び降りることを決断したのであった。

 

「さっき見たナビの通りであっているのなら、ここからさらに南西へ進んでいけば良いはず」

 

 サイドバッシャーのコンソールパネルに写っていたマップを思い出しながら、どこへ進んでいけばいいのかを自分で口にして再確認する。そして、デルタムーバーの横にあるモニターを開いて、今どの方位を向いているかを確かめた。

 

 方位の確認を終えるとすぐに歩き出した。それは、飛び降り落下したことで発生した衝撃による問題は何も生じなかったからだ。具体的に言ってしまえば、体の筋繊維にダメージを負いもしなければ、平衡感覚が狂うことも一切なかった。巧人はそうなることを知っていて行動したのか、はたまた単なる勝手な憶測で博打だったのか。それは定かではないが、結果として正しかったと巧人は思っていた。ーー彼にバッタリ出会うまでは。

 

「オイ……テメェ動くなよ」

 

 突然、何か固くかくばったものを横から頭に突き付けられて戦慄する巧人。声質からして性別は男。その何かとはスーツ越しになので、詳しくはわからなかったが、「カチャッ」という音が微妙に聞き取ることができたので拳銃であると判断した。

 

(銃を突き付けられているとか、今の俺には関係ない。死ぬことはないのだから、大丈夫だ。……落ち着け)

 

 だが、そこで空手の基本を思いだし、錯乱することなく心を落ち着かせて次にどう動けばいいかを模索しだす。

 

一、おとなしく言うことを聞く。

 

二、相手との話し合いを試みる。

 

三、銃を払いのけて、そのまま逃げる。

 

四、逆にこちらがデルタムーバーを突きつける。

 

 穏便に済ませたいのなら一か二が妥当であるが、一の場合は立場が不利になるのは明白。なので、二を選択するべきだろう。しかし、もしも相手が話しに応じないとするなら。そう仮定した場合に争いたくない巧人は三を取ろうとしたのだが、後々のことを考えると、なかなか決断ができなかった。

 

「おとなしく、こっちの方を向きな」

 

 明らかにこちらを脅している、そんなドスの効いた低い声に巧人の体は、機敏で自然な動きを見せたのである。自分の体を真下に沈めると、90度体を旋回させてから、拳銃を所持している手に目掛けて即座に左手で裏拳を打ち込んだ。デルタの頭に向けられていた黒い拳銃は地面に落ち、形勢は一気に変わった。

 

「なっ!?」

 

 一瞬の出来事に男は戸惑いを隠せないでいる。巧人はそこからバックステップで男との距離をある程度とると、危害をさらに加えることはなく普通に話し始めた。

 

「俺はあなた方、民警の敵ではありません。そんなことをしても無意味なだけです」

 

 デルタムーバーを抜こうとする素振りも、肉弾戦に持ち込もうとする構えもせず、ただ棒立ちのまま巧人は前で身構えている男の説得を試みたのである。

 

 彼のことを冷静に見据えると、日本人にしてはなかなかの巨漢でゴリゴリの筋肉質。頭髪は赤に茶が混じったような色で逆立っている。口元はドクロ柄のフェイススカーフで覆っている。

 

 そして、一番特徴的なことは背中に背負っている黒いバスターソード。誰もが容易に振り回せる代物でないのは明らかで、彼の身丈ほどの長さはある。男はそんな危険な得物に手をかけて、今にも抜き出しそうな勢いで構えつつ、デルタのことを睨み付けていた。

 

「つまり、テメェは同業者だってことか?」

 

「いえ、違います。……今のところは」

 

「じゃあ、何者なんだよ?こんなあからさまに怪しい奴を警戒すんなってこと自体、無理な話だろうが」

 

「…………俺は」

 

 どう返せばいいのか巧人は迷った。なぜなら、その男の言っていること自体は間違っていないのだから。ーー変身を一旦解除するか、はたまたそのままで良いのか。仮面ライダーだと言うべきなのか、黙ったままが良いのか。色んな考えが交錯する中、導きだした結論がこれだった。

 

「……俺は仮面ライダー、デルタ」

 

 巧人はデルタの姿のまま、そう言い切ったのであった。




 ちょっとした変更点としては、将監の性格です。漫画版のそれに少し近づけています。

 それと、サイドバッシャーの呼び出しコードは単なる思い付きです。


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第9話~二度の遭遇~

「仮面ライダー、だと?……10年前にパッと出てすぐに消えやがった幻の救世主様が今さら何をしに来たってんだ?」

 

 男は仮面ライダーの噂を当然ながら知っていたので、突っかかることなく話をすんなり進めようとする。無論、彼が納得している顔をしているかと言えば、それは間違いなく否である。

 

「俺は東京エリアの人々を救うためにここに来ました。さっきも言いましたけど、俺はあなた方の敵ではなく味方なのですから」

 

「ああ、そういや、そんなことをついさっき言ってたな。……で、こっから先どうするつもりだよ」

 

「どうするもこうするもありません。依頼されている奪われてしまったケースを取り返しにいく。ただそれだけです」

 

「……」

 

「……」

 

 二人ともその場から微動だにせず、互いに睨み合っている。そんな張り詰めた空気の中、先に動いたのは巧人ではなく、バスターソードを抜こうとしていた男の方だった。彼はなんとバスターソードの持ち手から手を離して、構えを解いたのである。

 

「チッ、そうかよ。しょうがねぇ……今のところはお前の話を信じてやる」

 

「……はぁ、ありがとうございます」

 

「いいか?確認のために言っておくが、「今のところは」だ。少しでも怪しい動きを見せたら、容赦なく弾くからな」

 

「だから、俺は敵じゃないと何度言えば……」

 

 巧人は仮面の下で大きく息を吐きながら、文句を言おうとしたが、大事なことを訊き忘れていたことに気が付き、言葉を切った。

 

「そういえば、あなたの名前を訊いてませんでしたね。一応連係のためにも教えてもらっていいですか?」

 

「フン、俺がお前に教える義理はねぇ」

 

「義理、ですか。だったらあるじゃないですか。なにせ、俺はあなたにきっちりと名を名乗ったんですから」

 

 頑なに名乗ろうとしない男に対し、巧人は挙げ足を取り、さらには強引なこじつけで無理にでも名前を聞こうとした。

 

「……伊熊将監だ」

 

 そして、その屁理屈にも等しいそれに納得してしまったのか、男は自分の名前をついに名乗った。しかし、名前すら教えたくなかったためか、歯切れ悪く自己紹介をそれだけで簡潔に終わらせるのだった。

 

「伊熊さん……ですね。では、これからよろしくお願いします」

 

「あ?何を勝手に俺がお前に協力すると思ってやがる。俺はお前のこれからやることの邪魔はしないが、協力をする気はさらさらねぇ。互いに干渉し合わないってことでいいだろ?」

 

「え、そんな!あなたこそ、何言ってるんです?助け合った方が要領よくことが進むに決まってる。それに一人よりも二人の方が生存する確率だって上がるじゃないですか」

 

「ハッ、とんだお人好しの考えだな。だいたい、一度も組んだことのない奴なんかと足並み揃えて戦えるわけねぇだろうが」

 

「それは……たしかにそうかもしれませんが」

 

 共闘することを拒む将監に、一歩も引かず共同戦線を意地でも確立させようとするが、それは巧人の頭の中ではある疑問が生じていたからだ。

 

(伊熊さんがここに一人でいる理由は、自分のイニシエーターとはぐれたからなのだろうか?それとも別の理由が……)

 

 訊こうにしても将監から返ってくる言葉次第では、関係がさらに悪化の一途を辿るのではないだろうか?その思考に至ってしまったら最後、言葉を詰まらせてしまい、何も言うことができなかった。

 

 沈黙が二人の間を支配する中、それを先に破ったのはまたしても将監だった。

 

「仲良しこよしで共闘するつもりはないが、お前には色々と訊きたいことがある」

 

「……それはなんですか?俺も答えられる範囲で答えますけど」

 

「いったい何を使ってガストレアを殺してやがる?少なくとも、そのスーツみてえな外骨格(エクサスケルトン)はバラニウム製じゃねえだろ」

 

 それは、いままで数多くのガストレアとの戦いを経験した将監だからこそ生じた疑問であり、それと同時に最も信じられなかった事柄。10年前の大戦時には

 

「……ッ。えっと、それはですね、この銃を使ってガストレアと戦っているんです」

 

 巧人は将監のその質問に一瞬息を詰まらせたが、デルタムーバーを指差しながらなんとか言葉を紡ぎだした。

 

「こいつからはバラニウムの銃弾ではなく、ビームみたいな光の弾が発射されて、ガストレアがそれを受けると灰になる、そんなイメージですね」

 

「……なるほど。そいつはずいぶんと胡散臭い代物だな」

 

「アハハ……ですよね~。こんな話を信じられるはずがありませんよ」

 

 冷ややかな目でこちらを覗いてくるのを感じ取ったのか、巧人は自信なさげに力無く笑い、自虐していた。

 

「……ったく、俺は信じないと一言も言ったつもりはないんだが」

 

「え、何か言いました?」

 

「……なんでもねえよ、ただの独り言だからお前は気にすんな。そんなことより、もう一つ質問させろ。お前は人を殺す覚悟があってここに来てんのか?」

 

「……?そんなことを訊いて何になるんですか」

 

「チッ、それすらもわかんないとはな。少なくとも、これを理屈で理解しようとしている時点でアウトだ。……お前は今回の仕事に向いてねえ。だからよーー」

 

 真正面から自分の発言をバッサリと切られた巧人だったが、そこから意気消沈することなく猛反論して将監に食らいつくのだった。

 

「俺にとってそんなことは関係ない。俺にこの依頼が向いてる、向いていないの問題じゃないんだ!東京エリアの人命を助けるか、もしくはそれを放棄するのか、そのどちらかを選択しろと迫られて後者を選べるはずがないでしょう!」

 

「ハッ!まだわかんねえか。だったら、もっとはっきり言ってやる。他人のために戦う奴なんてのは、いの一番に死ぬ。そんでもって、自分のために戦う奴の方が長生きするもんなんだよ!東京エリアの一般人を救うだのという、舐めきった覚悟で来た奴なんか、次の戦いで足手纏いになるだけだ。要は邪魔なんだよ!」

 

 デルタのことをギロリと睨み付けて一頻り怒鳴り散らすと、身を後ろに翻した。

 

「俺はもう行くぜ。お前の力を借りなくとも、あの仮面野郎を殺れる手段はあるしな」

 

「ま、待ってください、伊熊さん!俺の話はまだ終わってない!」

 

 制止の言葉をかけるがそれもむなしく、将監はその言葉の通りに暗闇の中へと消えていった。そして、一人取り残されてしまった巧人はその場で立ち尽くし、大きなため息を吐いていた。

 

「……はぁ。目的地に近づきさえすれば、他の民警達の助力を得られると思ったんだけどな。あの様子を見る限りだと、なかなか手厳しい人が多いみたいだ」

 

 将監の助けをもらえなかったことについて少し残念に思いながらも、それを払拭するように頭を横に振って、思考をリセットさせる。

 

「いや、これは仕方のないことなのかもしれない。……しかし、そうなってくると、諦めて一人でなんとかすることを考えた方が建設的なのか?」

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

 ぶつぶつと独り言を駄々漏らしにしながら歩き進めていると、前方の茂みから突然何者かが飛び出してきて、それはデルタに声をかけてきた。巧人は思わず反射的に後ろに跳び、とっさに身構える。

 

「あなたは民警の方、ですか?」

 

「ああ、自己紹介もなしに突然出てきてすまない。僕は序列10023位の民警で、名は原田というものだ。さっきのキミ達の話が俺の耳に入ってきてね、ついつい聞き耳を立ててしまったんだよ」

 

 原田と名乗ったその民警は自分から丁寧に自己紹介をして、なおかつ低姿勢で本当にすまなそうな顔をしている。彼は話を続ける。

 

「それでさ、弱い人のために戦うというキミの姿勢、考え方はとても素晴らしいと思ったんだ。……だからさ、僕なんかでよかったらなんだけどさ、キミに喜んで協力するよ。……いや、ぜひとも協力させてくれ」

 

「え、それは本当ですか?」

 

「ああ、構わない。僕はさっき会われたような上位ランカーの民警ではないから、個人の力はそれほどでもなくてね。あまり強くないんだよ」

 

 自ら自分のことを卑下していて、ついさっきまで話していた将監とはまた別の人種だな。……と、失礼ながら、そう思わずにはいられなかった巧人。

 

 ただ、この原田という男の装備は、左腰のホルスターに収められているハンドガン一丁のみであり、外見からだとそこまでしか確認することができない。いくら前衛をイニシエーターに任せる戦術を採用している民警ペアだったとしても、それだけではあまりにも身軽すぎる。ーー巧人はそう思ったようで、原田におもいきって訊ねる。

 

「ところで、あなたの装備はそのハンドガン一丁だけなんですか?」

 

「そうだね、マシンガンも持っていたんだけど、さっきの大量のガストレアとの戦闘で全弾撃ちきってしまってね。今となって残されたのはこの拳銃一丁だけなんだ。……それと僕のイニシエーターともはぐれてしまって、連絡をしても繋がらなくてね」

 

「そう、だったんですか」

 

 原田の突発的なその告白により、この場の空気は気まずい雰囲気にガラリと変わってしまった。原田もすぐに気が付いて慌てて話を別な方向にシフトさせる。

 

「あ!それとこれは、他の高い序列の民警から聞いた情報なんだけど、蛭子影胤の潜伏場所が判明したらしい。場所はもう少し先の方へ歩いていくと見つかる教会だそうですよ」

 

「……ッ!つまりそこに行けば、奪われたケースもあるということですね」

 

「それは確認するまでわからないけど、そう思っていいでしょう。僕はそこまでの行き方を知ってますから案内をします。ついてきてください」

 

「ありがとうございます。……じゃあ」

 

(嫌な予感もするし、サイドバッシャーを側まで呼び出しておくか)

 

 巧人はデルタムーバーを顔の側まで持ち上げて、何か言葉を発しようとしたが、特に何も言うことなく結局そのまま右腰のジョイントに戻した。

 

(……いや、だからこそかな。今はやめておくべきかもしれない。いざという時の隠し玉として残しておこう)

 

 そして、前を歩く原田の後ろをついていくように歩き始め、まもなくしたところで前から不意に質問を投げ掛けてきた。

 

「……ところで、これは興味本意で訊きますけど、その鎧の中って暑苦しくありません?」

 

「……?いえ、特に暑く感じたことはありませんけど」

 

「へぇ、そうなんですか。……たしかこの距離だと、あと15分ほど歩くと思いますので、ガストレアの不意討ちに油断せずに行きましょう」

 

 片手サイズの地図を右手に持って、左腕に巻いていた腕時計を見ながら原田はそう口にする。

 

(へぇ、この人は両利きなのか。珍しい)

 

 口には出さずに心の中でなんとなく想像しながら、その言葉を軽く聞き流していた。

 

 ーーしかしこの時、巧人は彼のことを民警であると本当に信じてしまい、気付くことができなかった。この道に灰のような何かがうっすらと積もっていたことに。そして、前を歩く原田が不気味な笑みを浮かべていたことに。



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第10話~招かれざる異形~

 巧人が将監とばったり遭遇して、しばらく時間が経過した後のこと。一方で、蓮太郎と延珠、夏世は荒廃した街一帯を見下ろすことのできる少しだけ背の高い丘にたどり着いていた。

 

「蓮太郎ッ」

 

「ああ、もう始まってるみたいだ。俺達も急ぐぜ」

 

 しかし、その街のあちこちからは既にマズルフラッシュがチラチラと見え隠れしていて、それに伴う銃声や甲高い剣戟音が案外距離があるはずのここにまで届いていた。それは一休みしている暇は少しもないことを意味し、すぐさま現場に向かわなければならない状況に立たされていたのである。

 

「たしかにそうみたいですね。でも、私はここに残ります……いや、残らなければならないようです」

 

「はぁ!?どうして!」

 

 蓮太郎は声を出すほど驚いて振り返ると、夏世はこちらに背を向けていた。そして、それと同時に彼女の言葉の意味を理解した。蓮太郎が歩いてきた道から、四足歩行の獣が凄まじい勢いと速度を保ったまま飛び出してきていたのだ。

 

 夏世は両目を赤くさせて自分の力を解放すると、突進を正面から押さえ込む。そこから、既に持ち構えていたショットガンをそのままゼロ距離で浴びせて、その戦闘を速攻で終わらせた。

 

 多少なりとも傷を負って出血しながらも、夏世は何事もなかったかのように蓮太郎の方へ振り返る。

 

「どうやら森の中から尾けられていましたね。それに、里見さんは聞こえないのですか?ここで誰かが食い止めなければ、勝っても負けても全滅するだけです」

 

 夏世の言う通り、森の中からは低音の鳴き声や高音うなり声が共振して不快な合奏を奏でている。しかし、夏世はいたって冷静のままで、たじろぐことなく手持ちの全弾倉を地面に並べて徹底抗戦の構えを見せた。

 

「なら俺達もここに残ってーー」

 

「里見さんは馬鹿なんですか?仮にここで私達三人がガストレアの進行を抑えられたとしても、蛭子影胤と戦っている将監さん達が全滅してしまったら何の意味もありません」

 

 蓮太郎は下唇を噛み悔しそうにしながらも、彼女の言っていることには納得していた。夏世のその判断はたしかに正しい。それは客観的にもの見れるからであり、決して主観的に考えていないからこそなせる技である。しかし、蓮太郎はそれでも彼女のことを見殺しにするようなこの行為をしたくなかった。

 

「安心してください、私だって死ぬつもりはありません。劣勢になったら私はすぐに逃げますので、里見さんは将監さんのことをよろしく頼みます」

 

「わかった。ただし絶対に無理はすんなよ。……さぁ、行くぞ延珠」

 

「う、うむわかった」

 

 蓮太郎は夏世の「死ぬつもりはない」という言葉を信じて走り出す。延珠も蓮太郎の後を追いかけて走り去っていく。その光景をショットガンの銃口をガストレア達に向けながら、夏世は静かに見送った。

 

「……ふぅ、ようやく行ってくれましたか。あそこまで心配しなくとも大丈夫ですよ、里見さん。……あなた方は絶対に死なせません!」

 

 そして、ガストレア達が一斉に突っ込んでくるのが合図となり、夏世の一人だけの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「これは、いったいどういうことです?」

 

 それはあまりにも突然の出来事だった。おそらく木の根、もしくは泥のぬかるみにつまずき転んだ原田。そんな彼を起こそうと手をさしのべた巧人だったが、原田は手を取ることはせずに、鋭い抜き手を腰にセットされたデルタムーバー目掛けて打ち込んできたのである。完全に油断しきっていたところを突かれ、デルタフォンがデルタムーバーから強制的に外されたことにより、巧人の変身は解除されてしまった。

 

「フン、こうなってしまったら、どうもこうもないと思うけど。キミはさっきの民警が言っていたように正真正銘、本当のお人好しなんだな、仮面ライダー。……いや、デルタ!」

 

「……ッ!」

 

 先程まで見せていた穏和な表情は既に消え去っており、今の彼は悪意に満ちている。そんなことがいとも簡単にわかるほどの変貌ぶりを巧人に見せたのである。

 

「俺はこの機会をずっと待っていた。……組織の奴等を見返すための力を得るためにずっとさ」

 

「組織?見返すため?いったいなんのことを喋っているんですか!」

 

「まさか俺が律儀に教えるとでも?キミなんかに話したところで時間の無駄になるだけなのだから、そんなことを話すはずがないだろう」

 

 原田は冷酷にそう告げると、顔に特殊な紋章のようなものを浮かべた後に体を変質させた。その完全に変質した体は灰色で、どことなく彫刻のような質感がある。さらに身体的な特徴を並べれば、頭部からは尖った耳のようなが生えていて、口角のつり上がった口からは鋭い牙を伸ばしている。そして、腕と背中は膜のようなもので繋がっていて翼を形成しており、全体的に薄い体毛で覆われている。さながらそれは蝙蝠の体を酷似しているようなものだった。

 

「灰色の体……まさか、オルフェノクか!」

 

 巧人は原田の正体を知って驚愕し、嫌な汗を地面に垂らした。バットオルフェノクーーその呼称こそが今の原田にとっては最も相応しいだろう。

 

『へぇ、見た感じだと普通の若者ってなりなのに、オルフェノクのことを知ってるんだ。それはそのベルトの前任者から聞いたのかな?』

 

「……だったら、どうします?」

 

『なおさら生かしておくわけにはいかないね。ただし、デルタギアはここに置いていってもらうけど』

 

 背筋が張り詰めそうになるほどの殺気を放ってくるが、巧人は強気な姿勢を崩さずに吐き捨てるような物言いで返す。

 

「誰があなたに渡すって?そうするつもりは、たとえ俺が死んだとしてもないですね」

 

『まだそのような減らず口を叩けるか。でも、この絶望的な状況でどうするつもりだい?まさか、ただの人間であるキミがオルフェノクである俺よりも速く動けると思っているのか?』

 

 原田がそう言っているように、巧人は絶体絶命の危機に瀕している。巧人の腰にはデルタギアこそ巻かれているものの、デルタフォンは手元に無い。無造作に後ろに放り投げ出されている。離れている距離はだいたい5~10メートルと、決して遠いというわけではないが、地面には若干のぬかるみがあり、障害物も複数転がっている。今のこの状況において、森林という地形こそが一番の難敵である。

 

 巧人は後ろにジリジリと下がっていきながらデルタフォンに近づいていき取ろうとするが、その行為を原田が見逃すはずもなく、翼を羽ばたかせて飛び上がり、巧人の後ろへと回り込んだ。そして、デルタフォンを拾い上げながら言った。

 

『おっと、俺から逃がれられることはできないし、こいつを取り戻すこともできない。さぁ、おとなしくベルトをこちらに寄越せ!』

 

 口から舌のようにも見える細長い触手のような何かを伸ばして脅しにかかるが、それでも巧人は一歩も退くことなく抗おうとする。

 

「……何度も何度もしつこいですね。あなたのような悪人には絶対に渡さない!」

 

『チッ、これだから頭の悪いガキは。だったら、望み通りに殺してやるよ!』

 

 殺意に満ちた言葉と共に触手を高速で伸ばしていき、巧人の心臓に狙いを定めて突き刺そうとする。巧人はすぐに攻撃が来るであろうと先読みし、それよりも少しだけ速く動き出して、うまく横に跳んで避けた。

 

 生身の状態の人間がオルフェノクの相手をする場合、本来なら、まず普通の人間に勝ち目はない。だからこそ、オルフェノクと戦う際にはライダーズギアが絶対必須とされてきた。つまり、デルタフォンさえどうにかして奪い返せればなんとかなるのだ。

 

「くっ!」

 

『ハッ、うまく避けたか。はたしてどのくらいまでキミの脚は持つかなぁ!』

 

 ーー彼にとっての最善の手は逃げるしかないだろう。

 

 原田がその安直な考えに至り、かつ万が一の事態を想定していなかったことが、最後に彼の命運を分けることとなるのだが、今はまだ知るよしもない。

 

 巧人はある程度の距離がついたところで突然振り返り、バットオルフェノクと正面きって、相対した。その時、巧人の右手には何かが握られていたが、相手側から見るとうまく隠れていて、正確に特定するまでには至らなかった。

 

 巧人が握っていたものの正体とは、未織がこうなることを想定して事前に託していた10年前には無い新たなツールだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 それは巧人が戦地に出立する一日前のこと。未織に呼ばれて司馬重工本社ビルを訪れていた。複数存在するであろう応接室の内の一つに巧人は入室すると、そこには既に未織が待っていて、彼女は用件を特に言うことなくちょうど片手で握れるものを直接手渡してきた。

 

『これは私が作ったものなんやけど、何に見える?』

 

 今日、会った場所がいつも普通に見かける学校ではないためなのだろうか、巧人の主観からは未織の纏っている空気が心なしか重く感じられたらしい。表情や口調はいつもと何ら変わらないはずなのに。

 

『え~と……パッと見だと、デルタフォンと見分けがつきませんけど。そもそも突然言われてもよくわかりませんよ』

 

 用件も告げられず、唐突に手渡したものが何に見えるかと訊ねられて困惑の色を隠せないでいる巧人。それを近くで見ていた未織は、すぐに答えを言うわけでもなく、ただ笑うだけだった。

 

『あはは、たしかにそうやろなぁ。けどな、じ~っくりとよう見てみ』

 

『……マイクとスピーカーの部分がありませんね。まさかーー』

 

『そう、その名もスペアグリップ。……とまぁ、安直なネーミングからもわかる通り、デルタの変身の鍵としては全く機能しない。ただし、これを差し込めば、銃としての機能はしっかりと果たしてくれる、という優れものなんやで』

 

『つまり、変身せずともデルタムーバーを使えるわけですね。……でも、たいていの場合は変身してガストレアに挑むわけですし、それを使用する機会は皆無に近いと思うんですけど』

 

 巧人のその言葉を聞いた途端、未織の顔からいたずらっ子の笑いは薄れていき、真剣な表情へと変わる。

 

『……なぁ、巧人君。キミは大きな勘違いをしてるみたいやから一応言っとく。ベルトの力は絶対じゃないし、本当の最後の最後で頼みになるのは自分自身の肉体や。せやから、いざという時のために備えておいて損はないやろ?……ま、とりあえず私の用事は済んだし、これで巧人君は帰っても大丈夫や』

 

 その言葉を噛み締めるように聞いて頷くと、180度方向転換をした。

 

『失礼しました』

 

 そして、ドアを開けて出る直前にもう一度振り返り、一礼してこの場を後にするのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「これを受け取ってなかったら、危なかった。……ホント、さっきから会長には感謝しっぱなしだよ」

 

『あれ、もう逃げないのかい?それとも潔く諦めがついたのかな?』

 

 自分の思ったように事が運べないのに対する僅かな苛立ちからか、挑発じみたことをして巧人を煽ろうとする。しかし、それはあまり効果が無かったようで、ただ不敵に笑むだけだった。

 

「いや、別に諦めたわけじゃない。逃げる必要がないと思っただけです」

 

『フン、とうとう血迷ったか!』

 

 巧人が逃げないと知り、再び触手による攻撃を原田は開始させる。ところが、巧人はその触手をかわすどころか逆に掴み取り、腕に力を入れて自分の元へと手繰り寄せていった。

 

『なん……だと!』

 

「……人間のことを舐めるな!」

 

『……ッ!貴様こそ、オルフェノクを舐めすぎじゃないのかな!』

 

 相手との距離を一気に詰め、自分の間合いに入ったまではいいが、それはあちらも同様のこと。バットオルフェノクは、後ろに引いて勢いをつけた左腕で力任せに凪ぎ払おうとするが、それよりも巧人の動きの方が速かった。

 

 右手に握られれたスペアグリップを空いているデルタムーバーの口に差し込んだ。そして、そのまま合体させたデルタムーバーを引き抜き、躊躇うことなく発砲。放たれた光弾はバットオルフェノクの右手に直撃し、結果的に不意を突かれた形で地面にデルタフォンを落とした。

 

『ぐっ……!なんだよ、なんなんだよ!その武器は!?』

 

 撃たれた右手を無傷の左手で抑えて、苦悶の声を漏らすバットオルフェノク。

 

「俺もアンタなんかに喋るつもりはありませんよ。なにせ、時間の無駄になりますから」

 

 対する巧人は、敵が怯んでいる内に地面に落ちたデルタフォンをすぐさま拾って、代わりにスペアグリップをデルタムーバーから抜き取り、懐へ戻した。

 

「変……身!」

 

『Standing by』

 

『Complete』

 

 そして、一秒も経たない間にデルタに変身し、巧人は手負いのバットオルフェノクを正面に見据える。

 

『今の俺に立ち止まっている時間はない。だが、オルフェノクであるアンタを野放しにしておくのは危険過ぎる。だから、ここで死んでもらう!』

 

『クッ、調子に乗るなよ!このガキがぁ!』

 

 デルタとバットオルフェノクはほぼ同時に、同じ地点を目指して駆け出した。

 

 しかし、この時の巧人はまだ知らない。この二名の本格的な戦いがようやく始まろうとしていた頃、目前にある街では蓮太郎・延珠ペアと影胤・小比奈ペアの死闘もまた、今にも幕が開こうとしていたことに。



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第11話~悪魔の鉄槌~

『フッ、ラァッ!』

 

 デルタは体の捻りや体重移動、足の踏み込み等の様々な反動を利用して、バットオルフェノクの顔面に重い拳打を連続で叩き込む。

 

『……チィッ、俺はこんなつまらないところで倒れるわけにはいかないんだよッ。上の奴等を……あいつらを見返すまではァ!』

 

 バットオルフェノクも負けじと鋭利な刃物と化した翼でデルタを斬りつけていく。

 

 灰色の体からはごく微量の灰が殴られる度に飛び散り、黒い鎧からは斬られる度に激しく火花が散っている。この戦闘がどれほど激化しているのかは、火を見るよりも明らかなこと。それでも、両者はこのインファイトを途中でやめることは決してなかった。

 

 ーーもっとも、デルタの場合はこの戦い方が本意ではないのだが。

 

(クソッ、この攻撃、うまく捌けない!)

 

 デルタは攻撃をどうにかして避けようと努力はしているものの、周囲が暗く見づらいこともあったため、相手の攻撃を避けることはできないでいた。加えて、バットオルフェノクはデルタの思っての外、戦い慣れているようだったため、それも回避のしづらさに直結していた。

 

 かといって、相手との間合いを取るために後ろへ跳ぶと、デルタよりも速さで勝っているバットオルフェノクに距離をすぐさま詰められてしまう。

 

 しかし、間合いを実質的に支配しているバットオルフェノクが優勢なのかと言えばそうでもない。戦況はどっちつかずで拮抗している。そこまでして間合いを近距離のまま保っているのには、ある理由があったのである。

 

(あの光弾をこれ以上食らってしまえば……)

 

 バットオルフェノクはフォトンブラッドの恐ろしさを事前に聞いていて、さらに身を持って体験したからこそ理解していた。最も危険な攻撃がデルタムーバーから放たれる光弾であることを。

 

 ただ、バットオルフェノクにとっての大きな誤算があったのだとすると、それは目の前にいる相手が実戦経験の浅い、ただの素人ではなかったことだ。そうでなければ、勝負は当の昔についていてもおかしくないだろうとさえバットオルフェノクは思っていた。

 

 巧人は幼い頃から空手をたしなんできたため、武術の心得がある。つまり、複数対単数ではなく、正面切っての一対一だったら、それこそ体に癖が染み付く位の場数を踏んできてもおかしくない。むしろそれが正常な位である。

 

(……俺の目もこの暗がりにようやく慣れてきたな。そして、相手の速さもだいたい掴めた)

 

 ある程度打ち合い、互いのスタミナも消耗してきた時点で、巧人は再び跳び退いて仕切り直そうとする。……が、やはりそうはさせまいとバットオルフェノクは翼を羽ばたかせて、しつこく接近してきた。

 

(どうせ次はタイミングを合わせて、カウンターで反撃してくるだろうな。……たしかに、その軽い身のこなしは素人ではない。それは認めてやる。だが、この戦いにおいて、はじめから主導権を握っているのは、この俺なんだよ!)

 

 何度も同じパターンで動いていれば、先を読まれるのは必然。それを理解していた上で、バットオルフェノクは動いたのである。ただし、今度は直接の急所狙いではなく、右腰に提げられたデルタムーバーを狙って、叩き落とそうとしていた。

 

『今度こそもらった!』

 

 バットオルフェノクは体を沈ませて前傾姿勢になりながら手を伸ばしていく。

 

『……アンタの意図がようやくわかってきたよ。それとともに、動きも読めるように……ね!』

 

 しかし、その突き出した手がデルタムーバーに届くことは決してなかった。その代わりに、背面からぐるりと回転させ、通常よりも勢いの増した直線の蹴りがデルタから返ってきて直撃するのだった。

 

『グオォォォォッ!?』

 

 さらに、体を低くさせていたことが仇となり、デルタのミドルキックはバットオルフェノクの顔面に突き刺さっていた。

 

 デルタは追撃をかけようとデルタムーバーを抜き身にして銃口を向けるが、相手もまだ勝負を捨てていない。もがき苦しみながらも一旦立て直しをはかるため、森という地形を利用し、一目散に木の陰へと隠れた。

 

『ハァ…………ハァ……』

 

『たしかに俺よりもアンタの方が強いかもしれない。思考が常に慎重だし、俺の弱点もしっかりわかっている。次にベルトがなくなってしまえば、きっと俺はその瞬間に詰むだろう』

 

 周囲をキョロキョロと見渡して警戒しながらも、敵と自分を比較して簡単に分析し、自分に言い聞かせるように、やや自嘲気味に語っていく。

 

『……けど、逆にその慎重さが俺に狙う箇所を教えてくれた。そして、それはその次もだ!』

 

 そう言い終えると同時に後方からは「ガサッ」と草木が揺れる音が突然鳴った。

 

『Fire』

 

『Burst Mode』

 

 しかし、デルタは後ろを振り返らずに、迷うことなく頭上を見上げて、音声の入力を終えたデルタムーバーを突き出す。すると、その先には急降下してくるバットオルフェノクの姿があった。

 

 デルタに照準を合わせられてしまい、慌てて回避行動をとるバットオルフェノクだったが、時既に遅し。トリガーが引かれ、放たれた3発の光弾は灰色の体の至るところを突き刺し、貫いていた。

 

『◻◻◻◻◻ッ!』

 

 その時、彼の体にどれ程の激痛が走ったのか、はかり知ることはできない。ただ言えることがあるとすれば、地面にそのまま真っ逆さまに墜ち、言葉では表現しきれないほどの呻き声をあげるほどのものだったらしい。

 

『……なぜだァッ!?なぜ、俺の行動が貴様ごときに読まれる!?』

 

『それは、一生かかってもわからないことでしょうね。自分の力を特別だと驕り、他人を見下すアンタなんかには!』

 

 デルタはベルトの中央部からミッションメモリーをスライドさせて取り出し、それをデルタムーバーの上部に装填させる。

 

『Ready』

 

『クソッ!まだだ、まだ終わっていない!◼◼◼◼◼!!!』

 

 ヨロヨロとおぼつかない足取りでバットオルフェノクは立ち上がると、今度は高い周波数の鳴き声を突然口から発生させていく。しかし、その音は人間の耳で聞き取ることのできる領域から外れており、音が鳴っているのかすらデルタは気付いていない。単に口を大きく開けているようにしか見えていなかった。

 

『Check』

 

『Exceed Charge』

 

 今度は「必殺技を発動させるため」のキーワードを入力して、決まりきっている答えがデルタの元へ返ってくる。変化はそれだけに留まらず、デルタギアの中心から青紫の光がブライトストリームを通じて右手のデルタムーバーへと充填されていく。そして、充填の完了を知らせる音が鳴ると、デルタはすぐに引き金を引いた。

 

 デルタムーバーからは通常の放つ光弾よりも細長い光線が発射され、それがバットオルフェノクに命中すると、三角錐状に展開されて動きを封じ込めた。

 

『フッ!』

 

 完全に捕縛したことを確認すると、デルタはその場から駆け出して、助走の勢いを借りて大きく跳躍し、空中で前方に一回転。

 

『セェヤァァァァッ!』

 

 それから、気合いと共に右脚をバットオルフェノクがいる方向へと伸ばして、そのまま跳び蹴りを三角錐の光目掛けて打ち込んだ。

 

 跳び蹴りがバットオルフェノクに直撃すると、ほんの数秒間だけその場で止まり、突如姿を消した。それから、バットオルフェノクの背後に現れて何事もなかったかのように着地した。ーールシファーズハンマー。それがデルタが叩き込むことのできる必中必殺の蹴り技である。

 

 そして、そのルシファーズハンマーをまともに受けたバットオルフェノクには、大きな青紫色のΔの字が刻まれ、赤い炎がメラメラとあがっている。瀕死の状態になりながらもバットオルフェノクは最後の力を振り絞り、なんとかして動こうとしたが、徐々に、徐々に体が脆く崩れていき、ついには動くことを諦めた。

 

『ククク、……まぁ、どちらにしてもキミ達が助かることは万にひとつもないだろうさ』

 

 ただ、彼は完全に消滅する直前に不吉な言葉を口にする。

 

『それは、どういう意味だ!』

 

 デルタは屈ませていた膝を伸ばして立ち上がりながら、後ろを振り返った。

 

『どうせ、すぐにわかるだろうさ。すぐに……な』

 

 すると、バットオルフェノクは口角をさらに歪ませ、最後に捨て台詞を残して完全に消滅するのだった。デルタはそれを聞き、最悪のことを想定しつつも蛭子影胤の潜伏先である教会の方へ向かおうと足を踏み出した。しかし、その時、デルタフォンから不意に着信音が鳴り響いた。おそらく、着信元は未織であろうと勝手に予測を立てながら電話をとったが、それは予想のはるか斜め上を行く相手だった。

 

『……はい、もしもし』

 

『もしもし(わたくし)です』

 

『そのしゃべり方にその声、まさかあなたはーー』

 

『はい、あなたのお察しの通りです』

 

『……聖天子様ですよね』

 

 なんと、電話をかけてきた相手は聖天子だったのである。彼女は落ち着いている様子を悟らせてかつ、威厳のある態度で話し始める。

 

『いいですか?私の話を落ち着いて聞いてください。蛭子影胤はとある一組の民警ペアによって打倒されました』

 

『そうなんですか!?じゃあ、東京エリアは救われたーー』

 

『いえ。残念ながら、危機が全て去ったわけではありません。ステージV(ファイブ)ガストレア、スコーピオンが出現しました』

 

 あまりにも衝撃的過ぎる内容の事実を突きつけられ、デルタフォンを耳に当てたままその場で固まり、押し黙ってしまう。しかし、今すぐにでも逃げ出してしまいたい、という感情を殺してデルタは彼女に問う。

 

『……つまり聖天子様は俺にその化け物をなんとかして倒せと、そう言いたいんですか?』

 

『違います、あなたにそこまで無謀な依頼をするつもりはありません。……ただ、そこ一帯に潜伏しているガストレアを天の梯子に極力近づけさせないで欲しいのです』

 

『天の梯子?』

 

 あまりピンときていないデルタに聖天子は捕捉の説明をさらに続ける。

 

『今、あなたのいる場所から、雲にまで伸びている細長い鉄の棒状の何かが見えるはずですが、それが『天の梯子』です。……おそらくですが、それが私達に残された最後の希望。その最後の希望をどうか守護してください』

 

『つまりその『天の梯子』というものを使えば、あの巨大な化け物を倒せると?』

 

『その可能性が一番高いということです。ですので、絶対というわけではありません。それだけは理解してください』

 

 ーー絶対ではない。それは今のデルタにとって、最も返ってきて欲しくない答えであったため、聖天子へどう言葉を返すか迷いが生まれた。だが、地面から伝わってくるすさまじい地響きを体で感じ取り、考えることを放棄した。

 

『……わかりました。あなたのそのお言葉、信じます!』

 

『はい、私もあなたのことを信じています』

 

 通話状態のデルタフォンを切ると、デルタは『天の梯子』の根元を目指して走り出す。

 

(Nine)(Eight)(Two)(One)

 

『Side Basshar Come Closer』

 

 さらに、途中で待機状態にしておいたサイドバッシャーを呼び出して、最後の戦いのために万全の備えを敷くのだった。



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第12話~戦いの終結~

 デルタが『天の梯子』へ向かう途中、ガストレアの大群は待ってましたと言わんばかりにデルタへ襲いかかってきた。

 

 しかし、それは『天の梯子』を目指して来たというよりも、ついさっきバットオルフェノクと戦っていた場所に集まってきた、という考えの方が案外近いかもしれない。なぜなら、デルタが走り出して一分も経過しない内に遭遇したからである。

 

『これは聖天子様の作戦的に考えれば、好都合なのかもな。まぁそのおかげで、俺もあそこまで移動する手間が省けたわけだ』

 

 デルタはガストレア達の突進を器用に受け流しながら、蹴りや拳打などの格闘技で反撃を確実に加えていった。比較的に体の小さなガストレアは、その攻撃だけでほとんど動けない状態にまで至っているが、それはごく稀な例であり、大抵のガストレアは未だに活発な動きを見せている。

 

『なかなか倒れてくれない奴が多いな。だったら、これはどうだ!』

 

 肉弾戦を続けてもあまり効果的でないと判断したのか、今度はデルタムーバーを腰から取り出し、そのまま連続でドロウ。青白い光弾はまっすぐガストレアの群れに突き刺さり、それらの命を容易に散らせていく。さらに、事前に呼び出しておいたサイドバッシャーもようやく合流して、高火力の砲撃による追い討ちをかけていた。

 

 こうして見ていると、デルタとサイドバッシャーは戦闘を有利に運んでいて、作戦も順調に進んでいるようにも思えてくる。

 

『しかし、困ったな。……数が多すぎる』

 

 ところが、戦闘が始まって5分と経過しない内に、ガストレアが減っていくペースは、目に見えるほどわかりやすく急激に落ちた。それもそのはず、その時点でサイドバッシャーに内蔵されたフォトンミサイルの残弾数はゼロ。フォトンブラッド粒子量も連戦が続き、フォトンバルカンをハイペースで連射してしまったせいか、そろそろ底が尽きてしまう。

 

 さらに、ステージⅣのガストレアを相手にする場合は、フォトンブラッド光弾を何発も撃ち込む、もしくは急所を的確に狙って撃ち抜かなければ仕留めることができなかった。そのため、仕留め損なったガストレアからの攻撃を受ける回数が段々と増えていった。

 

『グッ、ガッ!…………フッ、この程度かよ!』

 

 かなりの重量がある巨体から放たれた攻撃によって、デルタは思わず膝を屈しそうになるが、なんとか持ちこたえて、自らを鼓舞し、奮い立たせた。

 

 デルタの攻撃力が高いのは既に実証されてきたわけであるが、防御力も全身を鎧で固めているため、非常に高い。そのため、デルタよりも一回り、もしくは二回り大きい程度の比較的に小さなステージⅣガストレアの攻撃を数発ほど食らっただけでは、変身の強制解除にまでは至らなかったのである。

 

 しかし、このままでは埒が明かないと判断してか、デルタはデルタムーバーで敵を牽制しながら、ミッションメモリーに左手を伸ばした。

 

『Ready』

 

 デルタムーバーにミッションメモリーを装填してからも銃撃をやめようとはせず、ただひたすらに撃ち続ける。それはまるで、何かを虎視眈々と狙っているかのように、音声入力をすることなく待機させていた。

 

『……Check!』

 

『Exceed Charge』

 

 そして、相手をしていたガストレア達がほぼ一ヶ所に集中した段階で、デルタムーバーに一言吹き込み、トリガーを二度引く。すると、青紫色の三角錘状のポインティングマーカーが二つ同時に現れて、ガストレアの動きをまとめて封殺した。

 

『フッ…………セアッ!』

 

 デルタはその場で大きく跳び上がり、一つ目のマーカーへ蹴り込んでいく。そのままガストレアごと貫通して地面に着地。本来の一連の攻撃の流れならば、それで終わるはずなのだが、まだデルタの攻めは終わってない。

 

 蹴ったガストレアを足場として利用し、再度上空へと大きく跳び上がる。そして、最高到達点に達したところから降下していき、そこからさらに体を前方に宙返りさせた。

 

『ハァァァッ!』

 

 二度目の跳び蹴りの構えに入ったデルタは、残っているもうひとつのマーカーに吸い込まれるようにして進んでいき、標的としていたガストレア達の背後に颯爽と降り立つ。すると、ほぼ同時にいくつかの赤い三角形の紋章が浮かび上がり、ガストレアの体から赤い炎が上がった。

 

『よし。これでここにいたガストレアは全滅したみたいだ。……先を急ごう!』

 

「ーーすみません、待ってください」

 

 サイドバッシャーに跨がろうとしたデルタだったが、茂みの奥深くから突然姿を見せた少女から、不意に声をかけられて体の動きを止めた。よく見るとその少女は、肩にショットガンを提げている上に、服の傷も大小問わず様々な箇所につけられていた。乾いた血の塊もこびりついている。しかし、肝心な皮膚の部分には切り傷一つ負っていなかった。

 

 デルタは理解した、彼女が『呪われた子ども達』であり、同時に民警の片割れーーイニシエーターであることを。

 

『……ッ。キミは、誰だ?』

 

「私は、三ヶ島ロイヤルガーダーに所属する民警のイニシエーターです。先程は助けて頂いてありがとうございました」

 

『……は?え~と、ちょっと待ってくれよ。悪いんだけど、俺は無我夢中にガストレアと戦っていただけで、キミのことを助けた覚えはないんだ。いったいどういうことだい?』

 

 自分に身に覚えのないことに関する感謝の言葉を少女から述べられ、デルタは思わずたじろぐ。

 

「えっと、それはですね。私もれんーーとある民警ペアの元にガストレアを向かわせないために、先程まであの群贅と戦っていたんですが、超音波かそれに似た何かを発して、こちらにいた一部のガストレア達を誘き寄せていましたよね」

 

 そして、彼女の続けて発せられた言葉から、なぜ自分の元にガストレア達が集まってきたのかをようやく理解した。

 

『超音波だって?いや、それは俺が発したものじゃないな。……まさか、あのオルフェノクが最後に行っていたあの行為がそれだったということかもしれないな……』

 

「……?あなたの言っていることはよくわかりませんが、助けて頂いた事実に変わりはありませんから。それと、あなたが急ぐ必要はもうありません。今、あなたが戦っていたもので完全にガストレアが全滅しましたので」

 

『それは……本当なのか?』

 

「はい。少なくとも、大きな個体の気配はもうこの辺りにいませんから、安全でしょう。……あとは、あのステージⅤのガストレアさえ、なんとかすることができればいいのですが……おそらく諦めるしかなさそうですね」

 

 ガストレアを全滅できたこと自体は、非常に喜ばしいことなのだが、まだステージⅤがいる。その事実を既に知っている少女は、完全に諦めているかのような言葉を並べる。そんな彼女の心を励ますように、デルタは言った。

 

『いや、まだだ。まだ終わってなんかいない。あそこの『天の梯子』にいる民警の人が必ず成し遂げてくれるだろうさ』

 

 ーーあなたのそれは何の根拠もない、ただの理想であり、叶うはずのない願望です。

 

 彼女は内心でそのようなことを思い、口に出そうとしたが、決して実行に移そうとはしなかった。それは、蓮太郎と延珠の二人のことを信じて、見送った彼女もそのごく僅かな可能性に賭けてみたいと思ったからだ。

 

 

 

 

 

 デルタが最後に言葉を発してからほどなくして、『天の梯子』からは鋭い風切音と激しい発光と共に、弾丸となる蓮太郎の超バラニウム合金製の義手がステージⅤガストレア、スコーピオンに向けて放たれた。それと同時に巧人のデルタとしての戦いはひとまず終わりを迎えるのだった。




 今のところは、次回の話で一章を完結させる予定でいます。


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第13話~スタート~

 これで1巻の内容は完結です。


「まさか、キミがあの場にいた民警だったなんて話、今でも信じられないよ、里見」

 

「……それはこっちの台詞(セリフ)だ、三原。俺だって信じらんねぇよ、……お前が仮面ライダーなんてな」

 

「う、それを言われると弱るなぁ……アハハ」

 

 巧人と蓮太郎は今、聖居の中にいる。そして、服装は高校の制服ではなく、正装であるスーツだ。その理由はいたってシンプル。彼らはめざましい戦果をあげた者達であり、東京エリアを救った、いわば英雄。そんな彼らのために、聖天子自らが叙勲式を行うということである。

 

「……にしても、お前が未織と一緒に来るなんてのが俺にとって一番のサプライズだよ」

 

 もちろん、このような式典に縁も所縁もなかった蓮太郎や巧人の緊張を少しでもほぐすために来たのか、保護者の代わりとなる者がそれぞれ来ていたのだが、その付き添いとして来た人物、その二人に大きな問題があった。

 

「あら、木更やないの。どして、こんなとこにおんの?」

 

「それはこっちの台詞(セリフ)よ!なんでアンタがここに来てるのよ!」

 

 未織と木更、この二人は、ここが祝いの場とは考えられないほどの勢いで、既に火花を散らしていた。その様子を少し離れた場所から、まるで赤の他人のようにして横目で眺めている蓮太郎は、近くにいる巧人に言う。

 

「あの二人は死ぬほど仲が悪くて、同じ空間に置いとくと凄まじい化学反応を……って、もう既に起こしてるしよッ。……ハァァ」

 

「まぁ、そんなこと俺は知らなかったし、それにしょうがないだろう。一応、俺は司馬重工の民警部門でこれから働かせてもらおうとしてるわけなんだし」

 

「別に、それならそれで構わないんだが、……あ?お前、これから民警になるってことは、結局、お前が仮面ライダーってことが世間にバレるんじゃないのか?」

 

 ちなみに、この段階では巧人の正体がデルタであることを知っているのは、上層部の政府関係者以外では未織に蓮太郎、木更ぐらいなもので、真実を知る者は今のところ少ない。

 

「うん、たしかに里見の言う通りだ。けど、そこは一応俺だって考えてるよ。小さいガストレアと戦う時は相棒としてこっちに来るであろうイニシエーターに任せて、本当にヤバそうなのが来たときにデルタの力を使おうと思ってる。……本当に危機的な状況になったときは、野次馬なんて集まるはずがないだろうし、正体もバレないだろうさ」

 

「……まぁ、そうかもな」

 

 世間話をそうこうしていると、もうそろそろ予定の時間になろうとしていることに巧人は気付く。そして、スマホの画面で正確な時刻を確認して言った。

 

「さて、そろそろ聖天子様のところに行こうか。時間も迫ってるし、あの二人はどうしようもなさそうだし。……あ、それと、聖天子様に突っかかるような真似だけはしないでくれよ」

 

「さっき、木更さんにも同じようなことを言われたよ。そんなバカなことをするかっての」

 

「う~ん、……それはどうだかね」

 

 巧人は蓮太郎の棒読みの返事にやや不安を感じたが、仕方なくそのまま聖天子がいる広間の中へと入っていった。巧人のその不安が見事的中することとなるのだが、今はまだ知るよしもない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 戦闘状況の全てが終わり、すぐにその場から帰ろうとした巧人だったが、途中で出会った民警、伊熊将監のことをふと思い出し、荒廃した街へ戻っていった。そこで巧人が見た光景は正に地獄絵図そのもの。まだ、辺りは微妙に薄暗く見えづらかったが、民警達の死体があちこちに転がっていたのを巧人は確認できた。

 

「これは……俺のせいなのか?俺がここまですぐにたどり着けなかったせいだというのか?……クソッ。俺があのオルフェノクに苦戦してなければ、助けられたかもしれない命だったのに……」

 

 巧人は自分の両手をわなわなと震わせ、悔しげに独り言を呟く。しかし、その呟きをその場で聞いている人物がいて、前方からかすかな声が聞こえてきた。

 

「…………ヘッ、バカ野郎が。ここで死んだ連中は勝手に戦って、勝手に死んでったんだ。断じてテメェのせいなんかじゃねえ。思い上がってんなよ、このガキが」

 

 その人物とは巧人が探していた相手、伊熊将監である。巧人はすぐにその声に反応して、安堵の声を出した。

 

「伊熊さん!あなたは無事だったんですね」

 

「…………」

 

 しかし、将監からは返答がなく、そのまま黙り込んでいる。不審に思った巧人が言及すると、

 

「……伊熊さん?なぜ、黙るんですか?」

 

「あ?俺はもう助からねぇ、無理だ」

 

 将監は衝撃的なことを口に出し、巧人の頭の中を真っ白にさせた。

 

「…………え?それは嘘、ですよね?」

 

「ケッ、冗談で普通そんなことを言うかよ。……ゴホッ、ゴホッ!……こいつは本格的にマズイな」

 

 日が上り始め、この周辺も徐々に明るくなってきた。そのため、今の将監の容態がどのようになっているのかを巧人はようやく確認できた。全身の至るところから出血している。その全身とはピンからキリまで、普通なら怪我を負うことのないはずの両目からもである。そして、ちょうど今、将監は咳き込むと同時に吐血していた。

 

「そんな……ッ!」

 

 今の将監はーー正真正銘、限りなく死に瀕している状態だ。それも助かる見込みはほぼ無いほどの。それでも尚、巧人は諦めるつもりはなかった。人が目の前で死ぬことなど認めたくはなかったのだ。

 

「まだです。……まだ俺は、諦めませんから!」

 

 巧人はそう言うと、目の前にいる将監を肩で背負うと、サイドバッシャーのニーラーシャトルへと運んでいく。

 

「さっきも言っただろうが。お前が何をやろうが無駄だ」

 

「そうやって、自分の命をそう簡単に諦めないでください!」

 

「…………ハッ、お前だって内心ではわかってるんだろう?俺が既に手遅れだってことをよ。……しかし、最期がこんなザマになるなんてな。俺は、俺達二人は、昔から必要とされてこなかった。誰からもな」

 

 巧人がサイドバッシャーを走らせようとしている中、将監は突然何か遠い昔のことを語り始める。二人とは、いったい誰のことを指しているのか、全くわからなかったが、それはすぐに判明した。彼の相棒、イニシエーターのことなのだと。

 

「俺の親は、遠い昔に両方とも逝っちまって、学校なんか碌に通えなかった。だからな、俺は勉強が全くのからっきしで、学校に行こうが、どこに行こうがずっとバカにされて、居場所はどこにもなかった。そうなることが目に見えていたからこそ、夏世にはそういう類いのことを一切触れさせなかった。ただ、ひたすらに戦うために必要なことだけを教えて……ゴフッ!」

 

 再び、黒い血を苦しそうに吐き出す将監。その時の巧人の作業を進めていたはずの手は既に止まっていて、聞くことにだけ集中していた。ーーそれは生き残ったであろう、彼のイニシエーターに最後の言葉を伝えるようにするためだ。

 

「……そんな俺のことをテメェは、仮面ライダーとかいう男は、対等に見てくれた。不本意だが、お前のそれは正直言って嬉しかったぜ。……まだ、このクソッタレの世界もまだ捨てたもんじゃねぇと思ったほどだ」

 

「……伊熊さん」

 

「なぁ、最後にひとつ頼まれてくれ。もし、テメェが本当に民警として、これから生きていくつもりがあんなら……夏世を、俺のイニシエーターを世話してやってくれよ。…………お前は人一倍甘いが、一人の男として、まともに……芯が通っている野郎だから……な」

 

 最後の頼みを巧人に向けて伝え終えると、静かに目を閉じた。

 

「……ヘッ、よろしく……頼んだ、ぜ……」

 

「……伊熊さん?……クソッ、返事してくれよッ!」

 

 将監の体を強く揺する巧人だったが、彼の体は既に冷たくなっているため、声が返ってくることもなければ、目が開くこともない。

 

 巧人と将監が接した時間は、数えてみようと思えば数えられるほど非常に短いものだった。それでも、巧人は将監の死を深く悼み、深く悲しんだ。

 

 そして、二人のすぐ近くには、巧人の後をこっそりと尾けていた夏世が来ており、木の影に隠れて話を聞いて、ひっそりと涙をこぼしていた。もちろん、その時の巧人の心境では、気付くことができなかったのだが。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 叙勲式も多少のアクシデントはあったものの、一応予定通りに終わり、巧人はスーツ姿のまま司馬重工を訪れている。

 

「あの叙勲式の通り、今日からキミは一人の民警や。改めてよろしゅうな。巧人君」

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。未織さん」

 

 巧人は、今回の功績が認められたことにより、晴れて民警のライセンスを取得することができた。本来なら、もう少し手間のかかる試験やら、手続きやら、面倒な手順を踏まなければならないのだが、今回の巧人に適用された特例は、それらを全て省いた形となっている。ちなみに、IP序列は1333位。つまり、1000位に昇格した蓮太郎達のペアより少し下という位置付けである。

 

「……それで、俺とペアになるイニシエーターについてなんですがーー」

 

「あ、それなら、もう心配いらんよ。話は既についとるから。ささ、入ってきて」

 

 未織が外にいる誰かに対して、部屋に入るよう促すと、ドアを開けて少女が入室してくる。

 

「失礼します」

 

 巧人は彼女の顔を一目見て、思わず言葉を一瞬失った。なぜなら、あの時戦場で会った少女こそが、将監のイニシエーターであると、今わかったのだから。

 

「……ッ!そうか。キミ、だったんだ。伊熊さんのイニシエーターは」

 

「ええ、あの日以来ですね、仮面ライダーさん。……いや、本当のお名前は三原巧人さんでしたか。これからは民警ペアとして、よろしくお願いします」

 

「うん。……え~と、キミの名前は、たしか千寿夏世ちゃんだったよね?これからよろしく」

 

 巧人と夏世はお互いに顔を見合せ、軽く会釈をする。

 

「あと、巧人君。キミはこれからどうするか、決まった?」

 

「あ、住む場所についてですよね。それは、母と話し合って一人暮らしをすることにしました。変に迷惑をかけたくありませんから」

 

「そっか。ほんなら、引っ越す準備ができたら、連絡ちょうだいな。うちの会社のトラックをすぐに寄越すから」

 

「はい、わかりました。じゃあ、俺はここで失礼します」

 

 巧人はいつも言っている決まりきった内容の言葉を短く告げて、この部屋を後にした。

 

 ーーこれから民警として、戦士デルタとして生きていくと決めた巧人は、ガストレアはともかく、かつて父と母が戦っていたオルフェノク、場合によってはその他の異形とも戦わなければならない。それはきっと、茨の道以外のなにものでも無いだろう。それでも巧人は心に誓った、父のような人になると。人々を守っていく仮面ライダーになるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、巧人が使用可能なツール

・デルタギア(デルタドライバー、デルタフォン、デルタムーバー)

・スペアグリップ

・サイドバッシャー

 

 司馬重工によって保管、管理されているツール

・カ????イ??

・ジ???ス????

 

 司馬重工によって開発、修理、調整が進められているツール

・ファイズアクセル

・???バ??



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act2~狙撃手と死神~
第14話~桜井かな子~


「なるほど。つまり、基本的には前衛を私に任せると、そういうことですか?」

 

「ああ、極力目立つことだけは避けたいからさ。それにセオリー通りなら、これが普通なんだよね?だったら、問題はないと思うんだけど」

 

「たしかに、そうなんですが……私、ずっとサポートに撤してきたので、うまく立ち回れるかどうか、少し不安なところがあります」

 

 巧人と夏世が正式な民警ペアとなって、早くも2週間が経つ。しかしながら、引っ越し早々で慌ただしく動き回っていたり、そんな中でも巧人は普通に高校の授業があったりと、二人はゆっくりと時間をとって話し合えていなかったのだ。そして、ようやく一段落ついたところで、これからのことについて話し合っていた。その内容は主に民警としての仕事に関することがほとんどを占めている。

 

「それは大丈夫だって。夏世ちゃんは、民警になったばかりの俺なんかよりも民警歴は長いわけだし、それに戦い慣れてるだろうからね」

 

「そう、ですか。……でも、ありがとうございます。私のことを信頼してくれているみたいで」

 

「何言ってるんだ、これからはお互いにパートナーとして仕事をしていくわけなんだから、それくらい当たり前でしょ」

 

 巧人はそう言って、少し浮かない顔をしている夏世に向けて笑顔を見せる。すると夏世は、一瞬ポカンと間を置いてからクスリと笑った。

 

「巧人さんは、里見さんとは少し違う方向の優しさを持っていますね」

 

「……?それはどういった意味合いかな?」

 

「深い意味は特にありません。でも、自分自身と里見さんを比べてみれば、違いがすぐにわかると思いますよ。きっと。……あ、そんなことより時間、大丈夫ですか?」

 

 夏世がふと気が付き、それとなく指摘すると、巧人は自分の後ろにある時計を確認する。すると、時計の針はもうすぐ午前の8時を示そうとしていて、高校の始業時間に迫ろうとしていた。

 

「っと、もうこんな時間か。じゃあ、俺は学校に行ってくるよ。夏世ちゃんも出掛ける時は気をつけるようにしてね」

 

「はい、ではお気をつけて」

 

 少し大きめのカバンにシルバーのアタッシュケースを無理矢理詰め込むと、巧人は扉を開け放った。

 

 

 

 

 

「ようやく俺もこの道に慣れてきたな。……まぁ、2週間も経てばそうなるか」

 

 引っ越しをしたために、勾田高校への通学路も前とは変わったのだが、それにも大分慣れてきた様子の巧人。そんな巧人に後ろから声をかける者がいた。朗らかで巧人によく喋りかけてくれる、同じクラスの少女だ。

 

「おはよ~。巧人」

 

「ん?おう、おはよう。なんだ、今日は珍しく早いじゃないか、かな子」

 

「そ、そうかな?えへへ」

 

「……いや、俺は別にかな子のことを誉めたつもりはないんだけど。ま、いいか」

 

 巧人は「いつも遅刻ギリギリだろ」と、そのようなことを言ったつもりなのだが、当のかな子はそのような意味でとっておらず、なぜだか嬉しそうに笑っている。そして、そこからしばらくの間、二人の間では他愛のない普通の会話が続いていった。

 

「ねねっ、最近の部活の調子はどうなの?大会とか近いんだよね?」

 

「調子は絶好調!……って言いたいところだけど、まずまずかな。最近色々と忙しかったし。そんなことよりもそろそろ中間試験があるだろ。かな子はそんなに余裕があるのか?」

 

「うん、しっかりと復習したから多分バッチリだよ!……まぁ、英語と世界史は、いつも通りヤバい気がするけどね。アハハ……」

 

「もう始めてるのか?だったら、俺もそろそろ始めていかないと、順位が落ちるかもな」

 

 

 

 学校に到着して、駐輪場に各々の自転車を並べて置こうとしていたその時、かな子が何かを思い出したかのように「あ」、と声を出した。

 

「そうだ。巧人は今日の放課後に予定とか既にあるかな?」

 

「今日も普通に部活が……ん?でも、そろそろ試験期間に入るわけだし、今日から休みだったか……お、今日から休みらしいな。それで、そんなことをかな子が俺に訊くなんて、何か用事でもあるのか?」

 

 対して巧人は、自転車に鍵をかけながら部活の予定表を頭の中に思い浮かべる。ただ、自分の記憶があやふやだったため、スマホのフォルダ内にある部活予定表を確認すると、今日から全部活が休み期間となっていた。

 

「ちょっと買い物に付き合って欲しいかなぁ、なんて考えてたりして。あ、でも都合が悪くて、何かすることがあるんだったら、別にそっちを優先してもいいから。うん、別に無理して来ることはないから」

 

 顔をあちこちに向けたり、両手をわたわた意味なく動かしたりと、いかにも挙動不審な様子のかな子。巧人はそんな様子だった彼女を見ることもなく、答えるのだった。

 

「なんだそんなことか。俺は別に構わないよ、ちょうど気分転換でもしたいと思ってたところだしな」

 

「ほ、本当に?やったぁ」

 

 ーー意地悪なことをよく言うけど、なんだかんだ言って、やっぱり巧人って優しいなぁ。

 

「喜ぶほどのことなのか?相変わらずかな子は、大袈裟だな」

 

「それじゃあ、今日の授業が終わったら、一度家に帰ってから駅に集合ね!」

 

 かな子は巧人にそう伝えると、嬉しそうな顔を浮かべて急に走り出した。

 

「あ、おい!急に走り出して、転ぶなよ」

 

「だ~いじょうぶだよ~。……ひゃあ!」

 

「……はぁ、言わんこっちゃない。かな子は何も無いところでもよく転ぶんだから、もう少し気をつけた方がいいぞ。いつも言ってるだろう?」

 

 ーーったく、昔から本当に危なっかしいよな、かな子は。

 

 額に手を当ててため息をひとつ吐いてから、巧人は躓いたかな子に向けて手を差し伸べる。かな子は口から舌を小さく出しながら、差し出された手の助けを借りて、立ち上がった。

 

「……えへへ、ごめんごめん」

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「なんだか久しぶりだなぁ、寄り道でこっちまで来たの。しかも巧人と一緒に、なんてさ」

 

「そうだったのか?かな子だったら、『新作のスイーツが出たんだよね~』とかなんとか言って、真っ先に飛んで来ると思ってたんだけど、最近はそういうのが無いのか」

 

「む~、それどういう意味?」

 

「ちょっとした冗談だって、そう睨むなよ」

 

 放課後となった、珍しく何も予定が無かった巧人は、かな子に頼まれた通り、ショッピングモールへ一緒に来ている。

 

「でも冷静によく考えてみたら、こういうのは、普通女友達同士で行くものなんじゃないのか。今さらだけど、俺なんかが一緒に来てよかったのか?」

 

 ただ、こういった場所に巧人は行き慣れていないのか、少し居心地の悪さを感じており、そんなことを口に出してしまう。かな子はそれを聞くと、顔をそっぽに向けて小さな声で控えめに訴えた。

 

「……なんで気付いてくれないのかな。巧人じゃなきゃダメなんだよ」

 

「なんだって?周りがうるさくて少し聞き取りづらいんだから、ボソボソ言わないでくれよ」

 

 しかし、周囲の他の客の声も相まって、かな子の控えめな訴えは、巧人に届くことはなかった。

 

「な、なんでもないよ。ま、巧人には、荷物持ちを頑張ってもらうんだから覚悟しておいてよ~」

 

「はぁ、やっぱりそういう話だったか。そうなることは薄々感付いてたけど……。わかったよ、任せておけ」

 

 ため息をつきながら頷くと、かな子は満面の笑顔を見せてわかりやすく喜んでいる様子を表現している。巧人はそれを見て、「やれやれ」と思うと同時に小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「『白き救世主、再び現る』か。……貴様なのか?俺の友を殺したあの時の『白い奴』というのは」

 

 黒いレギンスに紫のライダースジャケットという格好をした青年は、道端に捨てられていた新聞紙のごく小さな記事を見て、忌々しそうに呟いた。

 

「……これは確かめてみる必要がありそうだな」

 

 そして、何か決意をしたのか、近くに停めていた髑髏の装飾が施された黒い大型バイクに跨がり、エンジンをかけようとする。ところが、懐にしまっていた情報端末の着信音が鳴ったことにより中断された。

 

 端末の表示された画面を確認してから、青年は流れ作業のように淡々と応答した。

 

「なんだ、プロフェッサー・エイン」

 

『……なぜ、お前がその端末を持っているのかを訊きたいところだが、今は特に言及しないでおく。定時の報告をしろ』

 

 受話器の向こう側では、その青年に電話をしたつもりではなく、これは予想外の出来事だったため、初めに言葉を詰まらせたが、向こうも気を取り直して話を進めていく。

 

「そうだな、東京エリアへの潜入は無事に完了した。ティナはアパートに戻って、今は寝ているだろう」

 

『そうか。それで、お前の使命は……わかっているんだろうな?』

 

「ああ、問題ない」

 

『ならば、通信を切るぞ。お前に話すことはもうないからな』

 

 受話器の向こう側では、この青年との会話を早く終わらせたいといった意図を、やや不機嫌そうにしている声から読み取ることができる。しかし、青年は制止の声をかけた。

 

「待て、俺からひとつ頼みたいことがある。仮面ライダーという者を可能な限り、調べてほしい」

 

『ほう、機械のような貴様が特定の何かに興味を持つとは。珍しいこともあるものだな、()()

 

「……俺のことをその二つ名で呼ぶな。俺の名はデュオ。デュオ・クロムウェルだ」

 

『フン、言われずともそんなことは知っている』

 

 その言葉を最後に二人の通信は途切れた。




 本文の最後でも読み取れる通り、デルタとは別の3号ライダーを出す予定です。なので、タグは後から追加しておきます。


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第15話~東京エリアの裏~

 明けましておめでとうございます。

 今年もスローペースではありますが、更新を進めていくので、どうかよろしくお願いしますm(__)m


「う~ん、なんかいっぱい買ったねぇ~」

 

「……かな子、普通に夕飯とかの買い出しを事前に頼まれていたんだったら、先に言ってくれよ。特に重くは感じないけど、いくらなんでもこれは多すぎるだろ」

 

 大量の荷物を両手に持ち、いかにも疲れている様子を全面に見せる巧人。かな子は視線をあたふたと逸らしながら気まずそうに首を傾げた。

 

「あれ?私、言ってなかったっけ?」

 

「ああ、そんなこと一言も聞いていなかった。……こんな有り様になると最初から知っていたら、俺もサイドバッシャーで来たのにな」

 

「さいどばっしゃー?」

 

「ただの独り言だよ。あまり気にするなって」

 

「……ふ~ん?変なの」

 

 もちろん、これも本心で言っているわけではない。巧人の冗談だ。しかし、そんな愚痴を口にするほどの量の買い物を巧人は付き合わされたのである。

 

「あ、そうだ!じゃあ、巧人もお疲れみたいだし、ちょっと休憩していこうよ。私がご馳走してあげるからさ」

 

「いや、それはさすがにかな子に悪いって。それに、ある程度の軽食をできるぐらいの金は、俺だって持ち合わせているからさ」

 

 奢ってあげると提案するかな子だが、さすがにそれは気が引けるようで、首を横に振って遠慮をする。

 

「別に遠慮しなくていいよ。ちょうど期限ギリギリの使えるサービス券がちょうど残ってたから、そこのところはご心配なく」

 

「そうなのか?だったら、お言葉に甘えるとしようかな。……それで、今から行くつもりなのはどこの店なんだ?」

 

 そう訊ねられると、かな子は一度小首を傾げてから反対側の歩道に向けて指差しつつ、口を開いた。

 

「そこまで遠くないはずだから、とりあえず私についてきてよ」

 

 巧人はその言葉に黙って頷き、道案内を委ねることにして、人通りがまばらで少しだけシャッター街になりかけているアーケードを横切るようにして通過していく。

 

 その時の時刻は午後5時30分。今の季節はもうそろそろ夏と言ったところなので、周囲はまだそこそこの明るさを有していたが、日は大分傾き、空は多少薄暗くなりつつある。

 

 それが影響してのことだろうか、巧人とかな子は偶然ではあるが、今にも泣きだしそうな顔をした一人の少女を目撃した。それも、同じ勾田高校の制服を着ている自分達と同い年くらいで、明るめの茶髪が特徴的なショートヘアの少女である。彼女は、せわしなく辺りをキョロキョロとしていて、落ち着きが全くと言って無い。

 

「あの子どうしたんだろう?何か困っているみたいだけど……」

 

「……そうだな、とりあえず何があったのか、理由だけでも聞いてみるか」

 

 どうやら、巧人もかな子も彼女のことを放っておけないと思ったようで、二人は彼女に近寄っていき思い切って訊ねた。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 少女は不意に声をかけられたことに驚き、肩をビクッと突き動かしたが、すぐに巧人達の方を向いた。

 

「……あ、いえ、別に大したことじゃないんです。私の妹が迷子になってしまって、その子を捜しているだけですから。ところで、あなた達は……?」

 

「俺は勾田高校二年の三原巧人。まぁ、制服を見れば一目瞭然だろうけど」

 

「私は同じく二年の桜井かな子です」

 

 二人の自己紹介が終わると、先程とは打って変わって彼女は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

 

「……すみません。先輩だってこと知らずに話してしまっていて。私は一年の乙倉夕美(おとくらゆみ)っていいます。では、私は急ぎますので、失礼します」

 

 そして、夕美は謝りをひとつ入れて、そそくさと立ち去ろうとするが、巧人は制止の声をかけた。

 

「ちょっと待って。俺達二人も捜すのに協力するからさ、その妹さんの服装とか身長とか、どんな特徴なのか教えてくれないか?」

 

 巧人は優しく声をかけ、夕美のことを手助けしようとするが、彼女は首を横に振った。

 

「……その、お言葉は嬉しいのですが、一人で大丈夫です。それに、先輩方に迷惑をかけるのが申し訳ないですし」

 

「いや、俺は別に迷惑だなんて思っていないよ。それに辺りも暗くなって、さらに危なくなるから、3人で手分けして捜した方が絶対にいい」

 

「本当に一人で大丈夫なんです。私達のことは気にせずに帰ってください」

 

「そんなこと言われても放っておけないよ。いなくなっちゃって焦る気持ちはわかるけど、ここは落ち着いーー」

 

「ですから、私にはかまわないでください!…………どうせ、先輩達も本当のことを知ったら……ッ!」

 

 夕美は頑なに巧人達の協力を拒み続けて、ついにはかな子の言葉を最後まで聞かずに遮り、急ぎ足でここから去っていった。

 

「……う~ん、行っちゃったね。でも、夕美ちゃんは最後に何を言いたかったんだろう?」

 

「さあな。何のことを言ってるのかさっぱりだ。俺には見当もつかないよ」

 

 巧人はかな子の前だからこそ、口ではそう言ったものの、実際には自分なりの仮説が一つあった。

 

「けどさ、やっぱり心配だから俺は捜しに行くよ。特徴を聞くことはできなかったけど、要するに乙倉さんに似た迷子らしき女の子を見つければいいわけだろ?きっとなんとかなるさ」

 

「じゃあ、私もーー」

 

「いや、かな子はここで待っていてくれ。荷物を持った状態だと動きづらいから、こいつらを見張っといてくれ。あ、別に一人で先に帰っていてもかまわないから、よろしくな」

 

 そう言うと、両手に持っていた荷物をかな子の傍に置いて、駆け出していく。

 

「えっ!?ちょっ、待ってよ~」

 

(もし、俺の考えが正しいのなら、本当に早く見つけ出さないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。けど、そうは絶対にさせない!)

 

 そして、一つの大きな不安を抱えながらも、巧人は捜索を開始させるのだった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 夕美と巧人があちこちを走り回っている一方で、迷子の少女はというと、かなり危険な状況に巻き込まれていた。それは、いかにもという典型的なチンピラ達に一方的な因縁をつけられて囲まれていた。

 

「おい、テメェのせいで俺の服が台無しになったんだよ。だから弁償しろや!このガキ!」

 

「…………ッ!」

 

 アイスクリームがべっとりついている服を着たチンピラの一人が、女の子のことを怒鳴り散らすと、女の子は恐怖で怯え、体をブルブルと震わせる。その時の女の子の目は、赤く光っていた。

 

「オイオイ。なんだよコイツ、赤目じゃねえか!?」

 

「ケッ、マジかよ?そんなんだったら、金をぶんどることできねぇじゃんかよ」

 

 彼女が『呪われた子供たち』であると知り、そこにいた一部のチンピラは、露骨そうに残念がる。だが、逆にそれを都合よく解釈をした者がいた。その危険な考えを持った男は、歪んだ笑みを浮かべながら言った。 

 

「まぁ逆に考えてみろよ。たしかに金はとれねぇだろうが、ちょっとしたガス抜きに使えるだろう?」

 

 その言葉をチンピラ達全員は理解したようで、お互いに顔を見合ってアイコンタクトをする。それから間を置くことなく、一人の男がナイフを片手に持ちながら、怯えたまま震えている女の子に近づいてきた。

 

「ああ、たしかにそうだな。コイツら赤目は、化け物同然の存在なんだから、何をしようが咎められないよな」

 

 理不尽な理屈を並べて、自分達が正当であると言い聞かせると、喜々として笑いながらナイフを高く振りかざした。

 

 ーーこのように、東京エリアでは、『呪われた子ども達』の迫害を、さも当然のように行われてきている。もちろんそれは、ここに住んでいる人々の全てに該当するわけではなく、彼女達のことを一人の人間として認識している蓮太郎や聖天子などのような例外もいる。ただ、そのような思想を持った人間は圧倒的少数であることもまた、変えようのない事実だった。

 

(怖い、怖いよ!助けて、お姉ちゃん!)

 

 藁にもすがる思いで必死に祈る女の子。

 

 その祈りが通じたのか、はたまた偶然か、振りかざされたナイフは、女の子の元に届くことなくその場で止まった。さらに、止まったものはそのナイフだけでなく、ここにいるチンピラ全員が、ある一点を注目して行動を一時中断させたのである。

 

 彼らの目に映ったものは、突然上から舞い降りてきて、女の子とナイフを持っている仲間の間に割って入ってきた全身黒ずくめの青年だった。

 

「オイ、テメェ誰だ?」

 

「…………」

 

 突如現れた不審人物に対して、2、3歩と後ずさりながら男は問いかけるが、青年は何も言葉を発そうとしない。

 

「ま、待って、危ないよ!」

 

 さらに、自分のことを心配する女の子の声すら気にも留めず、ただ青年は男達に敵意を込めた視線向けながら、ツカツカと歩き進んでいく。

 

「チッ、無視すんなや。クソガキがッ!」

 

 後ろに控えていた下っ端は、それを見て腹が立ったようで青年の前に立ちはだかり、顔面目がけて右拳を振りぬいた。青年の後ろにいる少女は、思わず顔をそむけてしまうが、鈍い打撃音が聞こえてこなかった。それを不審に思い、顔を恐る恐る前に向けると、そこには、相手の右腕を掴み、拳を受け止めている青年の姿があった。

 

「……今すぐにこの場から立ち去り、彼女のことを自由にしろ。俺は貴様らと闘り合うつもりはない」

 

 「立ち去れ」と命令口調に近い物言いで青年は彼らに促すが、そのような高圧的な言い方に彼らが応じるはずもなく、逆に全員が好戦的な姿勢を見せる。

 

「何、ふざけたことを言ってやがる。テメェが勝手に首を突っ込んでおいてよォ!」

 

 そして、リーダー格の男の言葉が合図となって、男達は一斉に青年へ向かって突っ込んでくる。

 

「……交渉の余地が全くないか。だったら仕方がない。これは不本意な結果だが、貴様らがそれを望むのならば、いいだろう。力でねじ伏せてやる」

 

 青年は静かに嘆息しながら、自分の元へ立ち向かってくる相手の数を目で見やり確認する。その後、自分の腰に提げられた、ホルスターに一瞬だけ視線を落としたが、すぐに前を向き直した。

 

(同時に来る敵は、まだ両手で数えられる範囲内。この数であの程度の実力しか有していないのならば、コイツを使うまでもないだろう。……素手で十分だ)

 

 男達は殴りかかったり、掴みかかろうとしたりと各々が攻撃を繰り出していくが、青年は無駄のない動きで男達のそれらの攻撃を次々と躱していき、同時にカウンターをそれぞれの腹部に叩き込んだ。

 

「ガフッ!」

 

「……グエッ!」

 

 そして、そのカウンターは男達の人体急所を的確に捉えており、一撃のもとにノックアウトしていく。これで残すは、ナイフを片手に持ったリーダー格の男のみとなっていた。

 

「……まだ、続けるか?」

 

 青年は暴れようとした荒くれ者達をひとしきり沈静化させると、特に気分を高揚させることなく、表情を一切変えないまま訊ねる。しかし、ナイフを持った男には、まだ打つ手が残されているようで、ここから逃げようとはしなかった。

 

「フン、だったらこれはどうだ!」

 

 そう言って男は、懐からリボルバー型の拳銃を金髪の少女に構えたのである。青年はこれでもなお、表情を変えることはしなかったのだが、怒気を込めた言葉で嫌悪感をあらわにした。

 

「……この下郎が」

 

「おっと、そこから動くな。これもまた戦術のひとつだ。きれいに勝つ必要なんかねぇんだよ」

 

 撃鉄の上に置かれた親指はゆっくりと下げられていき、「カチリ」と、発砲の準備を報せる音が静かに鳴る。さらに男は、あごを動かして、青年の腰にある何かを指しながら命令した。

 

「お前の腰に提げられた、そのいかにもゴツそうな銃。そのままホルスターごと地面に落とせ」

 

「ああ、いいだろう」

 

 対する青年は、おとなしくそれに応じ、すぐに己の武器を地面へ落とした。

 

「どうだ、これで満足か?もし満足したのならば、彼女のことは見逃せ」

 

「は?何言ってんだお前は。赤目の連中を野放しにしておいて良い道理なんかねぇからこそ、今ここで痛め付けてやろうとしてんだろ。……けど、安心しろよ。テメェのことはその銃に免じて見逃してやっからよ」

 

 丸腰になっている青年の言い分を無視し、男は引き金にかけられた人差し指に力を込めていき、あっという間に最後まで引き絞った。女の子は迫ってくる死の恐怖から、目を閉じて体を屈ませるが、銃弾がぶつかる衝撃も突き刺さる痛みも何も感じてこない。

 

 それもそのはず。なぜなら、男の放った銃弾は、拳銃もろとも青年の銃撃によって()()してしまったからだ。青年の手元には、メリケンサックにも見える紫色の拳銃が握られていた。

 

「……いったい、何をしやがったッ!?」

 

 目をほんの一瞬だけ切った間に、どのような手を使って、地面に置かれていたはずのその拳銃を手元に引き寄せたのか。男は訳がわからずに驚愕していると、青年はすかさず近寄り、片手で首を掴みかかる。そして、軽々と持ち上げて、そのまま男の首を締め付け始めた。

 

「……貴様のような連中は、殺す価値こそない。だが、しばらくの間動けない体にしてやる」

 

「ま、待てよ!お前には何もするつもりは無いんだ!本当に見逃すつもりだったんだよ!だからーー」

 

「……いい加減黙れ」

 

 青年は、拳銃を今度はメリケンサック代わりとして扱い、男の腹部に強烈な打撃を打ち込んだ。リーダー格だったはずの男はその一撃を食らうと、メキメキと変な音を立てながら、5~6メートル後方に大きく吹き飛んでいった。青年は、チンピラ共が完全に沈黙したことを確認すると、地面に落としたホルスターを腰に付け直しながら、女の子の元に近づいていき、手を差し伸べる。そして、声をかけるのだった。

 

「立てるか?」

 

「は、はい。大丈夫……です。助けてくれてありがとう、ございました」

 

「礼などいらん。それよりもお前は早く帰るべき場所へ帰った方がいい。これ以上酷い目に遭いたくなければな」

 

 青年はそれだけ手短に伝えると、身を翻してここから去っていこうとする。しかし、それを止める者がいた。その迷子の女の子を捜していた巧人だ。

 

「待ってくれ。キミがあの子を助けてくれたんだよな?」

 

「……ああ、この場合はそうなるのだろうが、それがどうかしたのか?まさか、貴様もこの男達のように彼女を襲うつもりーー」

 

「いや違う!ただ、俺は迷子になっていたその子のことを捜していたんだ」

 

「なんだ、そうだったか。だったら後のことはお前に任せるとしよう。それと、直にこの騒ぎを嗅ぎ付けて警察が来るだろうから、もしそれに巻き込まれたくないのならば、俺と同様に早く去ることを勧めるぞ」

 

 巧人の制止の声もあまり効果がないようで、やはりここからすぐに立ち去ろうとしている。それでも巧人は諦めずに声をかけ続ける。

 

「だから、待ってくれよ。せめて、その子のお姉さんがここに駆けつけるまでは、その子の傍にいてくれないか?」

 

「……それは人としてのなすべき義務なのか?」

 

「いや、それが義務というわけではないけど、彼女もキミにちゃんと会ってお礼を言いたいだろうし……」

 

「義務でないのなら、俺は見返りも何も求めてはいない。それなら、その姉のことを待つ必要はないだろう」

 

 青年の意思は鋼のように固く、ここに留まらせることは無理であると、巧人は判断した。最後に巧人は、諦めたような顔をしながら、青年にこう訊ねた。

 

「……キミがいったい何を急いでいるのか、今は特に何も訊かないけど、せめて名前だけでも教えてくれないか?一応、こっちも名乗っておくと、俺の名前は三原。三原巧人だ」

 

「……ミハラ、タクト。なぜ、俺にそのようなことを訊く?俺と再び会う機会などもう無いというのに、無駄ではないのか?」

 

 相手の名前を確認するように呟いてから、逆に巧人へ質問を投げ返す。すると巧人は、当然と言わんばかりにすぐさま答えを返した。

 

「せめて恩人の名前だけでも伝えておこうと思ってさ。それにそんなこと言っても、人生何が起こるかは誰にもわからない。俺ともう一度会うことだってあるかもしれないじゃないか」

 

「…………そちらが名乗っておいて、俺が名乗らないのはアンフェアだからな。こちらも名乗っておくとしよう。俺はデュオ。デュオ・クロムウェルだ」

 

 青年はしばらく沈黙した後、背を向けたのだが、最終的には折れた形となり、自分の名前を巧人に告げた。そして、それだけを伝えると、今度こそ本当に去っていくのだった。



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