外典にて原典 (新宿のバカムスコ)
しおりを挟む

プロローグ



「というわけで、ボクと一緒に聖杯戦争をしてくれないか?」

『………………………………………』

どこかの場所。
どこでもない場所。
存在してはいけない場所。
一人の人間を中心として発生しているこの世界。
此処にいる七人を呼び出した男が作ったであろう領域は、魔術はおろか魔法や権能、神といった超常を超える存在でも説明できるシロモノではないと全員が理解した。特に、神代の魔術を心得てるローブを被った女は理解できないこの世界の構成に戦慄を隠せずにいた。

何のためにこの七人を呼んだのかを説明し終えた男は改めて七人に向き直る。

「別に従わなければ死ぬわけでもないし、従わせる気もない、むしろ従われてもいい。ボクはただ今から行く世界で貴方達がどんな物語を作っていくのかが見てみたいんだ」

語りかける七人の内の二人、青色を基調とした男たちは既に諒解したと言わんばかりの笑みを浮かべている。戦えるのならそれで良いといった風だった。
疑惑を向けるのは先の女ともう一人、腰以上にも伸ばされた美しい紫髪の女。当然といえば当然の反応だ。この男の存在が意味不明であるのも疑惑を募らせる一端だが、その目的が理解できない。要約すれば「武道大会で誰がナンバーワンになるのか」を観たいだけで何の利益もなく、求めもしないという。

「疑うのも無理はないか……でもボクとしては貴方達を聖杯戦争……ああ正確には聖杯大戦に参加させてみたら面白いと思ったから召喚した。それ以外に……それ以上の理由がないんだ。他の英霊も捨て難いのはいるんだけど、やっぱりこの七人が良いと思うんだよ。だから申し訳ないが今から行く世界には一緒に来てもらう。でもそれからの行動は貴方達の自由にしてくれて構わない。勿論、マスター権も切るし、令呪もそちらに渡そう」

嘘は言っていないと、そう見えた。
別に裏切ろうとか殺そうとか考えてはいない。正直に言ってしまえば、今がどういう状況なのか未だに理解が追いついているとはとても言えず、現状は兎に角情報整理する時間が、この男の存在を問い詰める必要があると取り敢えずは従っておくことにした。

「さて、貴方達はどうかな?」

男が向ける目線にいる残り三人はこれといった反応は見せなかった。
直立不動。ただ坦々と男を見定めている。
男をマスターと認めて黙って従おうとしているのか、それとも寝首を掻こうとしているのか。
一人は前者のように見える。
一人は後者のように見える。
最後の一人は…………。

「ん、何か?」

最後の一人は、重く閉じられていた口を開き、問い掛けた。

……聖杯を取れるのは真か? と。

「はい。ボクが変えたのは参加人数のみ、あとは普通通りの聖杯戦争ですので、優勝すれば必ず手に入ります。その為には多くのサーヴァントを斃さなければいけませんが、その分叶えられる願いには余裕ができますよ」

更に問う。

……では、聖杯を好きにして良いというのも? と。

「そこは、他の皆さん次第ですね。見たところ聖杯を使いたいと思ってる人は少ないようですし、先程も言ったように聖杯に焼べるべきサーヴァントは事欠きませんから、仲間内で争う必要はないでしょう」

それに、と男は言う。

「いざとなったらボクが願いを叶えてあげますよ。もちろん、それだけボクを魅せつけてくれたらの話ですけど」

聖杯戦争の意義をまるっきり無視した応えを返してくる。
だが、その言葉が嘘かどうかはどうでもよかった。
聖杯を勝ち取ることができる事実があるのなら、それだけでいい。

……ならば、ここに契約は完了した。貴方には私と供に聖杯を取ってもらう。

「ふふ、諒解しました。ではご希望通りに貴方のマスターとさせて貰います」

男が腕を掲げると眩い赤い光が増していき、同時に背後からは白い光が強くなってこの世界を無色に染めていく。

「ではそろそろ出発しましょうか。積もる話は向こうに着いた後でじっくりしましょう」

光は完全に世界を覆い、ここから違う場所へと映り変わっていく。

「さあ、外典と戦う時間だ」

その言葉を最後に、八人は世界を翔んだ。







鋼が如く堅牢を体現せし剣士が大剣を振るう。

灼熱を想起させる殺気をもって向かい打つ槍兵が間も無き刺突で迎撃する。

 

剛腕でもって繰り出される剣戟は風を生みながらも風を殺しつくしていく。物理を、条理を、破壊し尽くしていく。

絶対に人間が持てないような武器で、絶対に人間ができない動きで操って、絶対に人間ではない二人は平然と互いを討ち取らんと死合いを行なっている。

槍兵は身の丈を超える大槍を軽々と扱うどころか時間差も感じさせない速さで一気に七十八もの連撃を人体の急所に余すことなく叩き込み、剣士は槍を受け入れながら(・・・・・・・・・)逆に大剣で槍兵の体を切り刻んでいく。

大怪我では済まない瀕死の攻撃を喰らっているのに――――未だに戦いは終わらない。

どちらも手加減無しの真剣なる死合いに臨んでいるにも関わらず、傷の一つも負っていない。正確に言えば傷を負った途端に巻き戻しが起きたかのように修復されているのだ。

 

現代ではありえない光景。否、神代(・・)でも中々見られないであろう戦士の傑物同士の戦いは苛烈であり、豪快であり、素晴らしいものだった。決して見られない奇跡の競演は見るものが見れば己の武の矮小さに恥入り、ともすれば感動のあまり涙を流してしまうかもしれない。

しかし悲しきかな。こんな剣戟はただの挨拶代り、ウォーミングアップの域を出ない。本気であっても全力でやっているわけではないのは二人とも同じであるからだ。

 

傷つけても傷ついても修復される程度のダメージしか与えられないこの戦況。

千日手に陥ってるのは誰の目に見えても明らか。

ならばこれは忍耐の戦い。根競べだ。

先に痺れを切らせた方が、先に動きに歪みができた方が、先に隙をつくらせた方が勝敗を分かつ。

あと千回斬り結べば、あと万回痛恨を埋め込められれば、あるいは千載一遇の好機を掴めるかもしれない。

 

やってみせよう。

永劫続くやもしれぬ激突を望んでみせよう。限りある時の中であろうとも最期の瞬間まで勝利を手繰り寄せてやろう。

それこそ英雄。そうしてこそ英霊だ。

 

―――――貴公(おまえ)もそうだろう?

 

殺し合いで育まれた奇妙な絆で二人は鍔迫り合い視線を交わし、再びぶつかり合っていく。

 

時刻はまだ夜。

人外魔境の戦場は空が黎明を示すまで消える事はなかった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

今更言うまでも無いだろうが、この二人は人間ではない。

彼らは〝サーヴァント〟という、〝聖杯〟を巡る戦いの為に魔術師に呼び出された過去の英雄の映し身である。

彼らが呼び出された戦場の名は〝聖杯大戦〟。〝黒〟と〝赤〟に分かれた陣営が聖杯を奪い合う戦いだ。

〝黒〟を率いるはユグドミレニア一族。

〝赤〟を率いるは時計塔・魔術協会。

両陣営とも組織の域を出ないがこの〝聖杯大戦〟は下手をすれば国家間同士の戦争よりも酷い惨劇になるかもしれない危険性を帯びている。

それぞれがそれぞれの威信と矜持を、命を賭けて挑む空前絶後の戦争の要となるのがサーヴァントなのだ。

〝聖杯大戦〟で呼び出せるサーヴァント数は全部で十五騎。

〝黒〟に七騎、〝赤〟に七騎と均等にまわりそれに適したクラスに据えられる。

セイバー。

アーチャー。

ランサー。

ライダー。

キャスター。

アサシン。

バーサーカー。

残りの一騎は両サーヴァント及び聖杯大戦の行末を見守り審判するために呼ばれる中立の特別クラス。ルーラー。

以上がこの戦争の主役たち。勝利の鍵を握る最大最強の戦士達なのである。

 

たった二騎の戦闘で、しかも全力ではない戦いで人間が太刀打ちできるものではなかった。戦場そのもの(・・・・・・)ですら余波だけで足場がフラつくほど粉微塵と化していた。

そんな連中が十五騎。中立たるルーラーを除いても十四騎が雌雄を決するために戦う。

もしも七対七の全面戦争になったらどうなるかなど……想像するだけで恐ろしい。

街中であったなら瓦礫の山と廃墟の群れが成し、緑豊かな森や草原は更地になるだろう。

幸いにして〝聖杯大戦〟は秘密裏に行なわれるので戦場とする場所も多少は(・・・)考慮されるだろう。大騒ぎになって困るのは両陣営とも同じなのだから。

 

 

 

かつてないほどの激戦となるのが予測されるこの戦い。

しかし、もしも、もしも。

ここに、更に七騎が追加(・・・・・・・)されたらどうなるだろうか?

〝黒〟でも〝赤〟でもない、〝三つめの陣営〟が存在したら?

そんな絶対にありえない事態になってしまったら?

 

 

これはそんなありえない外典(アポクリファ)外典(アポクリファ)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「――――ここまでだな」

 

さっきまでの激しい槍撃と殺気が一瞬で消え、槍兵―――〝赤〟のランサーはそんな事を言った。

夜は完全に明けたわけではないが、もうじき日が昇る時間帯になる。

聖杯大戦の特性上と相手の力量とを合わせればとてもじゃないがそれまでに決着は付けられそうもないと判断したのだ。

 

「オレ達がこのまま打ち合っては三日三晩続くだろう。それでも構わないというのならそれも有りだが、どうする〝黒〟のセイバーよ。オレはどちらでもいいが」

「………………」

 

剣士―――〝黒〟のセイバーは無言で剣を収め、身体で「同意」と示した。

〝黒〟セイバーも〝赤〟のランサーと同じ様な事を思っていたからだ。

そして分かっていた。ここでやめるのは本意ではないのも。だがサーヴァントである以上は聖杯大戦は隠密で行なわれるというルールに従わなければいけない。

ましてや今ここにはルーラーの(・・・・・・・・・・)サーヴァントが居るのだ(・・・・・・・・・・・)。続けるのは難しいだろう。

そしてもう一人。〝黒〟のセイバーの〝マスター〟ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアもいる。

マスターとはサーヴァントを召喚した魔術師のことで、サーヴァントと同じく重要で様々な役割を持っている。この場で言えばサーヴァントに聖杯大戦の協定を守らせることだ。

秘匿するのが絶対順守である以上、〝赤〟のランサーが何も言わなかったとしてもマスターか、あるいはルーラーが止めていただろう。―――尤も〝()のランサーが従うかど(・・・・・・・・・・)うかは微妙であったが(・・・・・・・・・・)

 

「……ッ」

 

ゴルドは不満も露わに呻いた。

サーヴァント同士の争いに人間が入り込む余地はない。マスターの〝特権〟を使えばその限りではないといえるが、無いに等しいのは確かだ。〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーもそうだった。認めざるを得ない。あんなのはどうあっても介入の余地がない。如何に自分が優秀な魔術師でも次元の違う戦いに突っ込むほど愚かではない。

だが、〝()のランサーのマスター(・・・・・・・・・・)なら話は別だ。この聖杯大戦はサーヴァントの戦いではあるがマスターの戦いでもあるのだ。どういうことかランサーのマスターはこの戦いに姿を見せなかった。陣地に引きこもるのは正しい戦術かもしれないが、魔術の秘奥を存分に発揮して戦う気高い対決と認識しているゴルドには此方が姿を見せているのに何の反応も無いのは屈辱でしかなかった。

 

「―――願わくば、次こそは貴公と心ゆくまで戦いたいものだ」

「……ッ!?」

 

〝黒〟のセイバーを、ゴルドは信じられないものを見る目でみた。

ゴルドはセイバーにある事情から口を開くことを禁じた。それはセイバー自身も了承し、納得した事の筈だ。なのにこのサーヴァントは禁を破った。サーヴァントはマスターに従うのが義務なのに。

―――喋った。このサーヴァントは私に許可なく勝手に喋った!

自らの従者を睨みつけるゴルドだが、セイバーは〝赤〟のランサーへの敬意と賞賛を送るだけ。出会った当初ゴルドを「浅ましい」と侮辱し、戦いの最中での自分の宣戦を無視したマスターのサーヴァントを。

腸が煮えたぎる憤怒と更なる屈辱を溜めこむゴルド。

これが後の戦いの致命的なすれ違いの遠因となり、セイバーとの関係が破綻してしまう破目になるそんなゴルドの耳に―――

 

 

 

―――――拍手が鳴った。

 

 

 

 

 

 

全員が、音なる方へ目を向けた。

〝黒〟のセイバー、〝赤〟のランサー、ゴルド、そしてルーラーが見た。

加えてこの戦いを遠見の魔術や使い魔を通して見ていた〝黒〟(ユグドミレニア)と〝赤〟陣営のマスターとサーヴァントが目を向けた。

 

「ブラァボォー、おおブラァァボォォー」

 

視線を向けられた存在は…………これといった特徴がない中肉中背の男。

髪は黒色の短髪。服装は黒いスーツ、高級ではなさそうなそれを着崩しはせずにちゃんと着ている。年齢は成年になったばかりだろうか、どうにも覇気らしきものを感じない。

〝特徴がないのが特徴〟などと馬鹿にしてしまうような、そうとしかいえないほどに普通の、ともすれば変装の魔術で姿をそう見せていると言われて納得してしまうほど一般人染みた男だった。

 

「いや素晴らしい。本当に素晴らしい。とっても頭の悪い陳腐な物言いだけど、そうとしか言えないくらい感動したということでひとつ納得してもらいたい」

 

ソイツはとてもフランクに、とても愉快そうに、とても鼻に着く口で言う。

 

「セイバーの剣もセイバーの頑強さも、ランサーの槍もランサーの鎧も。そしてなによりも技量と心意気が素晴らしい! もし他の誰かが同じ武器と防具をもっていたとしてもこれほどに拮抗はしなかったろう。直ぐ首を飛ばされたろうし宝の持ち腐れだったろう。それを十二分以上に引きだし、確固たる自信と誇りを活かし武を極めている君たちはやはり素晴らしい」

 

興奮冷めやらぬ態度のソイツは腰を折り、仰々しい礼の姿勢を〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーに向けた。

 

「賞賛と感謝を贈らせてくれ、〝黒〟セイバー、〝赤〟のランサー。君たち二人は正しく英雄だ。此処で君たちに出会えた幸運がただただ嬉しい限り。

それでこそ聖杯大戦に(・・・・・・・・・・)参戦する価値があると(・・・・・・・・・・)いうものだ(・・・・・)

 

ソイツの最後の言葉に著しく反応したのはルーラー、次いで遅れてゴルドだ。

こんな場所に居る時点で一般人などありえない。

この男は、ここに集っている神秘に携わる者に違いない。ならばコイツの正体はおのずと限られる。

 

「貴様……っ、〝赤〟のマスター、〝赤〟のランサーのマスターだな!? この魔術協会の走狗風情が、今頃になって現れたか! ルーラーの殺害を実行(・・・・・・・・・・)しながら(・・・・)自らは姿を晒さなかった卑劣ぶり、度し難いにもほどがある!」

 

ルーラーより先に、これまでに詰った不満を吐き出すようにゴルドは仮面の男を罵倒する。

実は〝黒〟セイバーと〝赤〟のランサーが戦うより前、〝赤〟のランサーはあろうことか聖杯大戦取締役のルーラーを殺そうとしたのだ。

当然ながら愚行でしかない。仮に規約に反する事をしたとしても、他のどんな策謀よりも明確なルール違反だ。罰を与えるものを殺そうとするなど、間抜けの誹りは無論、然るべき罰則を架せられるべきだ。

 

「ルーラーよ。貴女はセイバーとランサーの戦いは別の案件として粛清をなさらなかったが、もはやそうではなくなった。今此処に貴女を謀殺しようと企てた主犯(くろまく)がいるのです、然るべきペナルティを架せるべきです! ランサーの真名の公開すら生ぬるい、スキルと宝具の情報。いやマスター権の剥奪も妥当でしょう!」

「―――セイバーのマスターよ。それは誤解だ」

 

口角に泡、唾を飛ばしてルーラーを焚きつけるゴルドは、〝赤〟のランサーの静かな反論に鼻で笑った。

 

「誤解、だと? いまさら罰則が恐ろしくなったか!! 言った筈だ、貴様の蛮行は見たと。言い訳など出来るとでも思っているのか? ハッ! どうやら浅ましいの貴様のほうだったようだな!」

「ここまできて誰からも相手にされないでいたおまえが、ここぞとばかりに(げん)を連ねて名誉挽回を計る気持ちは仕方がないかもしれんがな、まず前提が違っているぞ」

「こ、……の、っ!?」

 

手の内を読まれるどころではない心の奥底すら見透かす言動に、こいつはどこまでも人を馬鹿にしなければ気が済まない英霊なのかと爆発寸前になるがゴルドは何とか耐え抜いた。

 

「ならば言ってみろ! 言い訳を! なにが違うというのだ!!?」

「そこにいるのはオレのマスターではない。それだけだ」

「…………え?」

 

―――あっさりとした回答(いいわけ)に一瞬呆然となった。

 

「尤もソイツがオレのマスターでないのと、オレがペナルティを受けるのかは別の話。だがそれを決めるのはルーラーの役目だ。オレは勿論、いちいちおまえが煽りたてるのも、主張する必要もない。やるだけ無駄だからな。……それでも無駄をやるのは自由だが」

「……マスターではない? デマカセを言うな! この場に来るのが貴様のマスターでなくて誰だというのだ!?」

「いいえ、〝赤〟のランサーの言う通りです」

 

〝赤〟のランサーを弁護したのは、その命を狙われたルーラーその人であった。

あんまりな事態にゴルドは空いた口が塞がらない。

 

「彼は〝赤〟のランサーのマスターではありません」

「る、ルーラー。貴女まで何を言い出す―――」

「そもそもにして、あなたはマスターでは(・・・・・・・・・・)ないですね?(・・・・・・) 黒でも、赤のでも」

「ええ、そうですよ」

 

え、っと何度目かの疑問符を発するゴルドだが、周囲はソレを置いてけぼりをする。

 

「ボクは〝赤〟のランサーのマスターじゃない。まあ本当にそうであったらいいと思うほど魅力的だけど……そうだな。どうだろう〝赤〟のランサー、ボクと契約をしないか? そっちの〝黒〟のセイバーも一緒に。君たちなら大歓迎だよ」

「心にもない勧誘だな。オレと〝黒〟のセイバーへの感動は本物なのだろうが、それ以上におまえに降るのはおまえ自身が望んではいないだろう。おまえはオレ達が敵である事を望んでいる」

「おやおや、そこまでわかってしまうのか。末恐ろしいね、キミの眼力は。一応聞くけどセイバーはどうかな?」

「…………………」

「はっはっは、フラれたか。……でも君たちのマスターであったらよかったって思いはウソじゃないよ? キミたちが味方(・・)だったらどれだけよかったか」

「―――オレからもいいか? おまえは一体何だ(・・・・・・・・)

ルーラーによれば〝黒〟でも〝赤〟でもない、そもそもマスターではないようだが。何をしにきた?」

「おや、キミらしくない問い掛けだね〝赤〟のランサー。わかってるんだろう?

―――ボクは人間だ。それに自分で言ったじゃないか。〝敵である事を望んでいる〟〝討ち果たす事を切望している〟って」

 

嘯いてコツコツと歩いて近づいてくる。〝赤〟のランサーにではなく……ルーラーに。

 

「キミがサーヴァント・ルーラー。この聖杯大戦の監督役にして進行役を司っている者。聖女ジャンヌ・ダルクで間違いないかな?」

「……ええ、その通りです。それで、あなたは? 見たところ魔術師ですらないようですが?」

「なっ!?」

 

自然とハブかれていたゴルドがあらん限りの驚愕をした。

戦闘で人払いの結界を張るのは必須。今回だって例外ではないし、今尚継続して維持されている。魔術師がそれを察知して侵入するのは難しい事ではないが、一般人にそんなことはできない。格好は一般人よりだが、魔術師の格好など人によって普通にも異常にもなる。コイツは魔術師であるのを隠すのに魔力殺しの礼装を使っているのではないかと思ったが、サーヴァントの、取り分けルーラーにその程度の誤魔化しなど通用しないだろう。

 

――――魔術師でないなら一体コイツは何なのだ?

 

ゴルドは口を開きかけて、尋常じゃなく空気が張り詰めているのに漸く気付いた。

セイバーが自分の前に出て立って剣を抜いていたのを。

〝赤〟のランサーが槍を取りだしていたのを。

ルーラーが油断なく男を見ていたのを。

サーヴァント達が戦闘態勢を取っていたのに、いまごろになって気が付いた。

 

いや、……いや、問題はそこじゃない。

結界に入ったのは、一般人であるのなら奇跡と偶然でまだ説明はつく。

だが、結界に入って戦闘場に来て拍手されるまで誰も気付けなかったのが異常なのだ。

〝黒〟のセイバーも、〝赤〟のランサーも、ルーラーも侵入に、接近に気付かなかった。

そんな事が可能なのは、サーヴァント、アサシンしかありえない。

〝気配遮断〟というクラススキルを持っているアサシンならば三騎が気付かないのも無理はないが――――それも違う。

 

先程遣り取りがあったではないか。〝自分のサーヴァントにならないか〟と、〝キミたちのマスターになりたかった〟と。

マスターは魔術師なのが原則。そこには現世の依り代、魔力供給といったものが多多必要であり、サーヴァントに務めは果たせない。少なくともアサシンにできるとは思えない。

嘘を言っている可能性はあるが、じゃあ男はサーヴァントと言っても信じられない。

アイツにはサーヴァント特有の気配が全くしない。それこそルーラーが気付くはず。しかもルーラーは〝マスターではない〟と言ったが〝サーヴァントだ〟とは言ってない。

 

魔術師でもない。サーヴァントでもない。

ならば、人間―――――――――本当に?

 

不気味だと思った。

サーヴァントに感じるような威圧とか恐怖とは違う、不気味さ。

そこに居るようでいないような、こっちを見ているようで見ていないような、まるで住んでいる世界が違う(・・・・・・・・・・)様な薄ら寒いものをゴルドは感じていた。

 

「ルーラー。言うまでも無いが、ボクが来たのは聖杯大戦に関する事だ。〝黒〟と〝赤〟の陣営がキミをちゃんと審判役といて立ててくれるのかは分からないが、建前でも必要なモノは必要だからね―――――キミに許可を貰いにきたんだ」

「……許可? 部外者である貴方にこの聖杯大戦に対する事案で許可することなどあるように思えませんが?」

 

ルーラーは隙を見せず、可笑しなマネを取れば即座に行動に移れるようにしている。

この男、〝人間〟とは言っても、〝ただの人間〟とは言っていないからだ。

嫌な予感がヒシヒシと伝わってくる。それは〝赤〟のランサーに命を狙われた時と同じような戦慄で、もっと大きい不安があった。

この男は魔術師ではないしサーヴァントでもない。聖堂教会の代行者のような気配もない。

考えられるとしたら人間に擬態した死徒の類か…………ない。曲がりなりにも聖女と呼ばれた身。そういうものならすぐに看破する。

 

「即刻この地から立ち去りなさい。貴方が何を企んでいるのか知りませんが、この戦いを混沌に貶めようというならば、私はルーラーとして貴方を排除しなければなりません」

 

否、本質を見失うな。

ルーラーは聖杯大戦の進行役。この男の正体がなんであれ関係ない。

部外者が参戦していい理由がない。それだけで十分。

 

だが―――

 

「いやいや、そういうわけにはいかないんだよルーラー。ボクがここから逃げたらキミたちに裏切り者扱(・・・・・・・・・・)いをされて明確なルー(・・・・・・・・・・)ル違反になってしまう(・・・・・・・・・・)

 

男もまた否と返した。

 

「……どういう意味です? 貴方が何を言っているのか私にはわかりません」

「そうだね。論より証拠というし、コレを見てもらった方が早いね」

 

 

男は袖に隠れていた腕をルーラーに見せた。

 

それだけで、息を呑む音がその場を支配した。

 

 

「キミはボクを魔術師ではないと言った。それは合ってる。ボクは魔術師じゃない。

……でも、他は間違ってるね。ボクは部外者じゃないよ」

「……馬鹿な」

 

その腕に刻まれていたのは、〝令呪〟であった。

令呪は聖杯大戦の参加資格証であり、サーヴァントを強制的に命令させる事ができる執行権であり、マスターとなるべくものに与えられるギフトだ。

それを持っていること即ちマスターであることの証に他ならなかった。

しかもその数が普通じゃない。

令呪はマスター1人につき三画まで与えられるが、男の腕にある令呪は目視で数えれば二十一画。

サーヴァント七騎分に相当する量であった。

 

「そんな……まさか、……本物、いや」

「わかってるだろうルーラー、聖杯そのものに呼ばれたキミになら。この令呪が本物であるのも、この令呪がちゃんと大聖杯から配られたものだっていうのも」

 

その令呪を見―――天啓に似た閃きがルーラーの頭を過ぎ、情報が更新された(・・・・・・・・)

 

 

 

『霊器盤』というものがある。

聖杯戦争の監督役に預けられているアイテムで、聖杯が招いた英霊の属性を表示する機能を有する。これによって現界したサーヴァントの数とクラスに関してはいずこで召喚が行われようと、必ず監督役の知るところとなる。

ルーラーは『霊器盤』を持っていないが、『霊器盤』を上回る知覚力がある。

その知覚力によって、更新されたのが何かを知った。

 

 

 

〝黒〟のサーヴァント七騎と〝赤〟のサーヴァント七騎の全騎現界――――そして

 

 

 

 

…………〝金〟のサーヴァント七騎の追加。

 

 

 

 

 

 

 

「〝金〟のサーヴァント……?」

 

呆然と与えられた新たな知識を呟く。

その様子を見て、男は満足気に頷いた。

 

「うん、よかったよかった。どうやらちゃんと貴女にも、聖杯にも認めてもらえたようだね」

 

男はルーラーに背を向け、〝黒〟のセイバーとゴルドを見やり、そして〝赤〟のランサーを見る。

そして此方の様子を見守っているであろう〝黒〟と〝赤〟の陣営へと目を向ける。

 

「―――ユグドミレニア率いる〝(ブラック)〟の皆さん。魔術協会率いる〝(レッド)〟の皆さん。

ご覧の通り、今しがた勢力が変わりました。魔術師の誇りと奇跡の願いを掛けて戦う聖杯大戦に、人間であるボクが加わります。魔術師のあなたがたには耐えがたい屈辱なのかもしれませんが、ボクも唯の人間ではありませんのでご容赦していただきたい」

 

恭しい言葉使いで頭を下げ、今度は令呪の宿った腕を掲げる。

見せつけるように、挑発するように、令呪が光りだす。

 

「〝七騎と七騎〟の争いは、〝七騎と七騎と七騎〟の争いとなりました。ボクは〝金〟のサーヴァント七騎をもってして、この聖杯大戦に参戦し、〝黒〟と〝赤〟を殲滅させていただく者です。

存分に殺し合いましょう。持てる総てをぶつけ合い、悔いのない戦いとしましょう……そして」

 

朝日は既に真上に上り、世界を朝にする。

朗らかな日差しに男は声を高らかに〝黒〟と〝赤〟に宣戦布告を言い渡した。

 

 

「皆さま方、御記憶くださいますようお願いします。

ボクは〝(ゴールド)〟の陣営を率いるたった一人のマスター(・・・・・・・・・・)―――メアリー・スー(・・・・・・・)です。以後、お見知りおきを」

 

 

均衡は崩れ、新たな形となって再統合する。

外典は曲折して大戦は深淵に嵌まっていく。

第一戦からいきなりの大番狂わせで、〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーの戦いの幕はとじた。

 

そしてここからは、誰も予想だにしなかった(・・・・・・・・・・・)戦争が始まる。

 

 

生き残るのは〝黒〟か、〝赤〟か………〝金〟か。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ケイローンの不安

 

 

ルーマニア。トランシルヴァニア地方、トゥリファス。

中世の風景が補修と改築で保たれているこの街の象徴として、ユグドミレニア一族が潜伏しているミレニア城塞がソコにある。

小高い丘の上にある巨大な城はこの街の支配者が誰なのか一目散に伝わる威厳に満ちた造形をしていた。

何も知らない旅行者が見ればこの立派に過ぎる城の持ち主は誰なのか気になる人間が多くいるだろう。あるいはこの城に住むイメージが合う人物が誰だろうかという想像だ。

ここがルーマニアとくればあの『串刺し公』としてこの地を治めた王、ヴラド三世(ドラキュラ)がピッタリ合うだろうと誰もが思い―――そして誰もが思いもしないだろう。

その『串刺し公』ヴラド三世が今、このミレニア城塞に再び現世へと降臨していたことなど。

 

「………………」

 

城内にある王の間。

玉座に座るはルーマニア伝説の英雄・ヴラド三世その人。

彼が居るだけで空間の空気は圧迫する。それだけの力と存在感を発しているが、それだけではない。

ヴラド三世―――〝黒〟のランサーは先程まで見ていた〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーとの戦いで起きた珍事に嶮しい貌をしていたのが何よりの原因だった。

 

王の間にいるのはランサーも合わせて四人。一人はランサーのマスターにしてユグドミレニア一族の長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

もう一人は〝黒〟のアーチャーとして召喚されたサーヴァント、ケイローン。

最後にアーチャーのマスターにしてユグドミレニアの次期当主と目される車椅子の少女、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

彼らは苛烈で知られるヴラド三世の〝圧〟に当てられている訳だが、気にしている様子も無い。彼らも一様に嶮しい顔をしているからだ。

 

「―――ダーニックよ」

「……は」

 

沈黙を破ったのは〝黒〟のランサー。黒い貴族服に青白い肌、白い髪はまさしく死から生還したばかりといった風で強面極りないが、彼は元々この容姿だった。見かけだけで魔術師は感情を揺らしたりはしないが、それでもこの顔と王気(オーラ)で詰問されるのは自身の何かがすり減っていきそうだった。

 

「お前に言うのはおこがましいのを承知で問う――――余は聖杯から現代の知識を会得している。この聖杯を巡る大戦についても同様だ。〝黒〟と〝赤〟とに別れ我々は〝赤〟の者どもを皆殺しにし、本来の聖杯戦争の形に戻す。相違ないかね?」

「はっ。領王の仰るとおりです」

 

〝本来の聖杯戦争の形に戻す〟という部分に僅かながらの緊張が漂ったが、捨て置いた。それどころではない事案があるからだ。

 

「ではダーニックよ。――――あの男が言っていた第三の陣営……〝金〟のサーヴァントとは何だ? あれも聖杯の予備システムの影響かね?」

「………………………」

 

咎人を断罪するわけでもないのに、〝黒〟のランサーの雰囲気はそうとしか言えないくらいの寒気があった。

ダーニックは答えない、のではなく答えられなかった。恐怖からではなく、むしろ聞きたいのはダーニックの方だからだ。

 

結局あの後、第三陣営を率いるとのたまった男、メアリー・スーは何処かに消えてしまった。

誰も止められず、追いかけることもできなかった。

消えたのだ(・・・・・)。パっと、瞬きの間に、夢から醒めたみたいに、くだらない冗談に付き合わされたみたいに。

どうやったかも定かではない。光学迷彩の透明化か、アサシンのような気配遮断の類か、さもなくば空間転移か。

魔術師でもない人間ができるわけがないが………サーヴァントがやったというならばあるいは………それ以外の説明が思いつかなかった。

 

――――一何が起こってるのか、頭を抱えたい気分だ。

 

六十年以上も前。ダーニックは日本で行われた本物の(・・・)聖杯戦争に参戦した。

冬木市の第三次聖杯戦争。聖杯を―――正確には〝大聖杯〟を造った始まりの御三家、アインツベルン、マキリ、遠坂も参戦していたその戦いの果てに、ひょんな偶然から大聖杯を発見したダーニックは所属していたナチスドイツを言葉巧みに騙して大聖杯を無理矢理強奪し、ここルーマニア・トゥリファスまで運ばせた。

それから六十年の間にやったことは魔術協会への離反の準備だった。

一族挙げての離反とはつまり、大聖杯をシンボルにした新たなる協会の設立であり、時計塔へ宣戦布告をするということ。

魔力を溜めて英霊たるサーヴァントの召喚を行なったのが二か月前。離反の申し出をした後にやってきた狩猟特化の魔術師五十人を返り討ちにした。予定通りの強さをもった〝黒〟のランサーは素晴らしいの一言で、これならば十分に魔術協会と渡り合える戦力だと確信した。

 

だが歯車が狂ったのはそこからだった。

五十人の内の一人が大聖杯を発見し、予備システムの開放を許してしまったのだ。

予備システムの内容は、七騎のサーヴァントが一勢力に統一された時の対抗策として、もう七騎のサーヴァントの召喚が可能になるというものだ。

トゥリファスの霊脈が優れていたのが仇となり十四騎のサーヴァントが召喚されても問題ないほどの魔力が溢れていたのだ。

もっとも、魔術協会と争うならば遅かれ早かれこうなっていただろうという予感はあった。それに予備システムはユグドミレニアを対等の決闘を強制するのであって不利にさせるものではない。七対七ならば勝ちようはいくらでもある。

この時まではそう思っていた。

 

「おじ様、あの男は大聖杯から見染められたマスターではなく〝亜種聖杯戦争〟を戦い抜いたマスターとは考えられませんか?」

 

沈黙と〝黒〟のランサーの重圧に耐えかねてか、黙ったままだったフィオレがここで口を挟んできた。

彼女が口にした亜種聖杯戦争とはダーニックが大聖杯をルーマニアに運送中に流出してしまった聖杯戦争のシステムを他所の魔術師たちが模倣したものを指している。

誰もが真似するほどに優れていた御三家のアーティファクトは今や世界中で行なわれており、あの男もそれに参加して勝利したのではないか―――仮説としては英霊召喚システムを把握し、駆逐したサーヴァントの再召喚にこぎつけ、亜種の大本である冬木の大聖杯を奪取しようとしているのかもしれない。

 

「……いや、それはない。亜種聖杯戦争に参加していたかは不明だが、所詮この聖杯大戦とは無関係だ。ルーラーが参戦を認めるとは思えん」

 

ルーラーはその特異性故に殆ど情報のないエキストラクラスだが、聖杯そのものに呼ばれるサーヴァントという前提を考えれば、協力者はともかく部外者の介入を黙認する裁量は取らないだろう。唯でさえ十四騎のサーヴァント数は脅威を通り越して害悪でしかないのに、そこへまた七騎加えるなど正気の沙汰ではない。〝謎の勢力だから近くで監視した方が好都合〟などというレベルを超えている。聖杯の所有権を決める前にルーマニアが壊滅しても可笑しくないのだから。

 

「口にして参戦を認めてはいなかったが、あの場で我々()魔術協会()に一時停戦を持ち掛け、〝金〟を殲滅するよう呼び掛けることもできた。

それをしなかったのはルーラー自身があの男にマスターの資格があり、既に大聖杯から〝金〟のサーヴァントを召喚しているのがわかったからだろう。我々の目を誤魔化せてもルーラーの目を誤魔化せるとは考えにくい」

「……そう、ですね」

 

確かにとフィオレは頷く。

 

「それにだ。今や聖杯戦争は世界中で行なわれているが、あくまでも模倣でしかない。あの強大な魔術礼装をそう簡単にそこいらの魔術師に模倣(コピー)など出来やしないから当然といえば当然だが……その影響は英霊にも少なくない障害をもたらしている。中には知名度の有無に関わらずステータスの低下や宝具の欠落といったものさえあると聞く。そんなサーヴァントでこの聖杯大戦に挑むのは自殺行為だ」

 

改造だろうが改悪だろうが、システムを真似するだけなら出来る。だからこそ世界中で行なわれている聖杯戦争だが、問題なのはそれだけではない。

例として挙げれば開催する土地にある。人の手に余る英霊を使役し、奇跡の願望機を降誕させるには相応の魔力が必要であり、相応に魔力が集まる土地、霊脈が優れている土地で開催しなければならない。それに該当するのが日本の冬木であり、ルーマニアのトゥリファスなのだ。こと霊脈に関していえばトゥリファスは冬木を上回っている。

いくらシステムを模倣できたとしても霊脈の優れた土地を確保しなければ意味がないと言っても過言ではない。しかし霊脈は魔術師にとっての生命線であり、良い土地であればあるほど聖杯戦争など関係無しに魔術の研究と研鑽のため既に確保されているものである。冬木でも霊脈を枯らせないように六十年の長きに渡って溜めこんでいるのに他の土地ではどれだけ時間が掛かるかわかったものじゃない。そして土地の問題をクリアしても今度は完璧に模倣できていない聖杯戦争システムが出てくる。改造は定かではないが改悪は言わずもがな、そんな粗悪品で召喚されたサーヴァントになんの影響も与えないのは無理がある。

 

それに総てが首尾よくいき、完璧な模倣に成功したとしても最後には魔術協会が待っている。世界中で知られている魔術儀式なればこそ、その為に必要な物資や情報は必ず足が付く。そうなれば、ユグドミレニアのように横取りを狙われるのは目に見えている。

各地に血族を忍ばせて情報収集していたダーニックだが、そこまで大規模な聖杯戦争が開催されている話は入っていない。隠匿されているのも否定できないが――――。

 

そこでふと、ダーニックの脳に過ぎ去ったのは〝ある場所〟についてだった。

魔術協会の狗どもがトゥリファスに乗り込んできた前に、一つだけ別件で気になっていたものがあった。

―――アメリカのとある土地のことだ。

そこでアメリカ政府の組織が冬木の聖杯戦争に興味を持ったということ、それだけしか情報は伝わらなかった。

興味を持つのは可笑しくない、世界中で行なわれてるのだから。だがどうにもきな臭さを感じていた。

魔術師の界隈では〝八枚舌〟といわれるほどの政治手腕を振るってきたダーニックだからこそ感じる臭い。その時は記憶に留めておく程度に済ませたが、あとで調べる必要があるかもしれない。

 

―――いや、まずは大聖杯からだ。あの生き残った協会の狗が発動した予備システム以外に何らかの見落としがあったのかもしれない。そこから始めるべきだろう。

 

「申し訳ありません領王(ロード)。私の凡夫な頭脳では現時点で〝金〟のサーヴァントについての解答を持ち合わせておりません。しかし、ルーラーがなにもコンタクトを取らない以上、〝金〟の陣営がこの戦いに乗り込んでくるのは確実。ホムンクルスとゴーレムを増量して戦力を補強する必要があるかと」

「……フム」

 

自らの不明を詫びるダーニックに、〝黒〟のランサーは坐したままでいる。プレッシャーこそ恐ろしいものの機嫌を損ねた様子はない。なんの咎の無いものを罰するほどランサーは暴君ではないのだ。

目を伏せ、暫くして開けた目はダーニックではない人物に定められる。

 

「大賢者。〝黒〟のアーチャー、ケイローンよ。君はどう考えている?」

 

フィオレの後ろに待機していた青年。穏やかで優しげな男だが軟弱な雰囲気はなく、その存在感は〝黒〟のランサーにも引けを取らなかった。

当初、この王の間にはアサシンの主従を除く全マスターとサーヴァントが〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーの戦い、その後の出来事を見ていた。全員少なからず動揺していたようで取りあえず今は解散という形になったが、その中で呼び止められたのが〝黒〟のアーチャー主従だ。

アーチャーの真名はケイローン。その名は星座にもなったほどに有名なケンタウロス族だ。今回の大戦においては自分の真名を秘匿するために姿を人間にしてステータスをダウンさせてしまったが、それでも強力なサーヴァントにちがいなく、なによりも幾人の英雄を教え導いた知恵と頭脳は健在だ。〝黒〟のランサーも彼には陣営内屈指の信頼を寄せているだけあってこの件については彼と話し合ってからこれからの方針を決めるべきだと判断したのだ。

 

「……根拠の無い、推測の域を出ない考えですが」

「構わん。君の推測はそれだけで価値がある」

 

話を振られたアーチャーは未だに思案顔であったが、礼儀正しくランサーと向かい合う。

 

「では――――ダーニック殿の見解は私も同意見です。

亜種聖杯戦争を勝ち抜いたマスター、勝利して七騎のサーヴァントを再召喚、あるいは受肉させた……考えれば考えるほどに可能性は幾重にもありますが、それらだけではルーラーが参戦を許可するなどありえません。〝(クリューソス)〟のサーヴァントなるもの達は、実際に大聖杯から召喚されたのでしょう」

「ふむ……ルーラーがあの男の令呪を見た時の戸惑いはそれが分かったが故のものに間違いないと?」

「ええ。それにもし本当に亜種聖杯戦争に参戦しただけのマスターであるなら、あの場で姿を現して宣戦布告などする必要がありません。

そうしなかったのはいずれ〝金〟の存在がルーラーに露見するから。姿を隠したまま活動しては参戦の意思無しの裏切りとしてルーラーが〝黒〟と〝赤〟を率いるのを恐れたから……〝許可を貰いにきた〟というのはそのような意図もあったようにもみえます。

どのような手段で召喚を漕ぎつけたのかは知る由もありませんが……これはもう第三の陣営が正式に参戦していると考えるべきでしょう」

「なるほど―――では、我ら〝黒〟の陣営が取るべき手段は一つだな」

 

〝黒〟のランサー、ヴラド三世は次の策を断言する。

アーチャー、フィオレ、ダーニックは言われずとも分かっていた。自分たちが取るべき手段が何かを。

 

「〝金〟の陣営との、同盟ですね」

 

ランサーは鷹揚に頷く。

〝金〟の陣営がいかにして誕生したのかは知れずとも、聖杯を狙っているのに変わりなしなら、やることはそれ1つに限る。

情勢と策略を無視して……〝黒〟対〝赤〟だけの戦いならば後ろを気にせず真正面から戦う事ができる。

だが、そこに〝金〟が加わったらそうするわけにはいかない。理由は言わずもがな、〝漁夫の利〟を得られるからに他ならない。

軍略に明るくなくとも思い付く単純な謀りだが、それだけ絶大な効果を齎す。

そしてこれを解消する謀りも単純。〝同盟〟を結べばいいだけである。

あの男は待っていたのだろう。〝黒〟と〝赤〟の戦闘を。それをルーラーが見届ける場面を。監督官保障付きの有料物件を売り込むために。

その瞬間はそう難しいものではない。ルーラーがどの程度のものかをはかるために両陣営が接触しようとするのは必然、もっといえば味方に引き込もうとするのをまず考えるだろう……〝赤〟側はかなり違っているようだが。

 

「ルーラー抹殺を計った奇抜な(ヤツら)でも必ず同じことを考えているだろう。いかにして〝黒〟陣営(我ら)を出し抜くか、いかにして〝金〟の陣営と早く接触できるか。……もう既に戦いは始まっている。聖杯大戦の趨勢を決める戦いがな」

 

〝十四対七〟の有利になるか。

〝七対十四〟の不利になるか。

倍の数のサーヴァントを相手取るのはいかな大英雄といえど多勢に無勢となるのが必須。

ダーニックに異存はなかった、フィオレにも。

同盟の交渉役には当然ダーニックが務めるつもりだ。一流の詐欺師とまで言われる八枚舌を活用する時がこようとは思いもしなかったが、いま現在の状況はまさに三国志と同じ三竦み状態と化している。武力よりも政治手腕が試されている時だ。

自陣の利益が多く、同盟側の被害は大きくする。交渉の場さえ設けられれば自分の独壇場。ダーニックはキャスターに偵察用ゴーレムの増員も頼まなければならないなと念話で直ぐさま依頼し、他の黒の主従たちにも方針を伝達する。

風雲急を告げる〝金〟陣営の来襲は、まさにギャランホルンの笛の音そのもの。急がねば必ず〝黒〟か〝赤〟かの陣営(せかい)が滅亡する。

誰もが限界を極めた激しい戦いを予想するだろう―――

 

「…………」

 

その中で……、ケイローンは、アーチャーだけは、本音を言えば同盟に〝待った〟を掛けたかった。

 

「アーチャー、どうかしましたか?」

「……いえ、マスター」

 

同盟そのものに文句はない。三竦みになった以上は徒党を組むのは最善手にちがいない。

ただアーチャーは、組むべきなのは〝金〟ではなく〝赤〟の陣営であるべきだと考えていた。

 

だが、それはありえない。その選択肢は取れない。

この聖杯大戦の勃発はユグドミレニアの魔術協会からの独立戦争。突き詰めればダーニックの私情と面子が発端だ。長であるダーニックは一族復興の為、辛酸を舐めさせられた協会への復讐の為の戦いとして参戦しているからには、〝赤〟と手を組むなど考えもしないだろう。その主張をしただけで内部で軋轢が生まれるかもしれない。

完全な感情論ではあるが、どこまでも魔術師然とするための誇りがあるからこその心情。明確な理由もなく否定すれば不信感も出る。アーチャーはあくまで参謀役、れっきとした根拠もなしにそんなことをしては組織としての強みが瓦解する恐れがある。

それに、〝金〟の陣営に接触するのは悪い手ではない。彼らは未だに謎の勢力。その行動理念が聖杯取得だけなのかどうかも分かったものじゃないからだ。

 

そしてアーチャーが最も懸念しているのはソコであった。

聖杯を取る、本当にそれだけなのか?

なにかもっと別の目的があるんじゃないか? 

そもそもにして、あの〝金〟のマスターのあの男は本当に聖杯に選ばれたマスターなのか?

アーチャーは先のダーニックの意見に同意したが、それはあくまで理屈を詰めればそうなる(・・・・・・・・・・・)話しでしかなかった。

 

―――どうにもあのタイミングで姿をあらわしたのが腑に落ちない。

 

〝金〟の陣営が正式な参加者だというなら、その存在を知らなかった我々(黒と赤)へのアドバンテージは計り知れない。その隠密性はルーラーが直に令呪を見るまでわからなかったのだから、発覚するまでの時間稼ぎなどどうとでもできたはず。それこそ漁夫の利を狙って双方が疲弊しきるまで隠れるのだって不可能じゃないように思える。もし自分なら〝(エリュトロン)〟との全面戦争のどさくさに紛れて大聖杯を奪取する作戦を敢行するだろう。

ルーラーの力を恐れていたからだとしても、この聖杯大戦でルーラーを本当にルーラーとして認めているのは特権だけであって、職務を立ててやろうとするのは自分に都合の良いときだけがほとんどだ。彼女を見る限りは部外者即排除やルール違反即令呪執行の横暴にでることもないだろう。ただ公平(フェア)の条件として第三陣営の存在を〝黒〟と〝赤〟にリークするだけで終わっていたかもしれない。言い訳(言い分)にしたって、「ルーラーなら参加人数くらい知っていて当然」とシラをきればいい。

名乗りをあげるメリット・デメリットと、名乗らないメリット・デメリット。この二つがどうしても釣り合っているように思えない。正々堂々と誇りを掛けて戦うつもりでもあまりにお粗末すぎる。あらゆる時代から召喚した英霊の全部が全部騎士道精神、武士道精神を持っている訳ではないのだ。あのマスターの行動を不服に思うサーヴァントだっているはず、叶えたい願いがあるのならば猶更にだ。

 

―――そう、あのマスターはあきらかに何か……なにかがおかしい。

 

第三陣営の登場。七対七対七の大戦争。

それが聖杯の意思によるものなのか。だとするとあの男は、メアリー・スーと名乗ったあの男は、誰よりも聖杯を取るに相応しいと見染められたというのか。

 

総ての鍵はあの男。

あの男によって何もかもが仕組まれている。相変わらず根拠も理論もない。だが、ケイローンの、その知恵が織りなす思考が、根拠も理論も超えて警告を鳴らしているのだ。

 

―――目下として気になるのは、やはりアレか。

 

「マスター、ここ最近トゥリファスで妙な事件が起こったことはありますか? たとえば集団失踪、昏睡にあったとか、連続殺人がおきたとか。隣接する土地も同様に」

「えっ、事件……ですか? どうだったでしょう……新聞は読んでいますけど、特別気になる記事はなかったと記憶してますが……」

「すみませんがここ最近の、……十日前、いや二か月前までの新聞すべて取り寄せられますか? それと、カウレス殿に……パソコンの使用許可を貰っていただきたいのですが」

「は、はい、わかりました」

 

温厚かつ冷静なアーチャーが捲し立てるように口を回して面喰らうフィオレが反射的に頷く。その様子を見てアーチャーは些か焦りを見せてしまっていることに気付いた。マスターに余計な動揺を与えてしまうなどサーヴァント失格をいいところだ。

 

「申し訳ありませんマスター。みっともない姿を見せてしまいました」

「いえ、それはいいのですが……アーチャー、なぜそんなものを調べるのですか?」

 

やんわりと謝罪を受け入れたフィオレだが疑問は残ったままなのでそのままアーチャーに説明を求めた。

 

「はい、それは――――」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アタランテの受難

 

トゥリファス東部、イデアル森林。

木々と草花、翠豊かな自然が大半を占めるさまはさぞ壮大であろうが、夜となってしまったいまでは薄気味悪い魔境へと変貌している。

深過ぎる闇の中は視界の確保も儘ならず人間の根源的恐怖を引き起こす。夜の森など理由もなければ入りたいなど誰も思わない。

特に魔術が関わっているこのイデアル森林は、音がない。動物も虫も物音もたてず鳴き声ひとつない。結界が張られた此処は死んだように暗く、静かで、視覚はおろか聴覚にも恐怖を浸みこませるようだった。

 

「―――ハァ、……ヒマだな」

 

そんな中に溜息を吐く影が一つある。

夜の森をなんのそのと平然と佇み、退屈そうに前方に見える筋肉の塊(・・・・)を見据えていた。

大変な美丈夫だった。

高い身長とがっしりとした筋肉。たったこれだけの要素で何人の男の尊敬を集めたのか、そこに顔面と風貌をくわえてしまったら、何人の女を落とせるのか。

男の理想―――強く、逞しく、女にモテる―――そういえるだけの要素を詰め込んだ男が森の中にいて「ヒマだな」と欠伸もしそうな雰囲気でいる。

もし御供の女が居ればあれよこれよと何とかして男の退屈を紛らわそうと自棄になるだろう。男のためになにがしかをしようとするだろう。

 

「ならばとっとと教会にでも帰ればよかろう。こんな任務(・・・・・)私だけで充分だ」

 

―――もしそんなことするわけないと袖にする女がいるとすれば、その女もまた同等に常人離れをしている美貌の持ち主なのだろう。

女は決して御淑やかな見た目ではなかった。雰囲気は鋭く冷たい無機質なものを感じ、特に髪は無造作に伸ばされている。

ただ、それが気にならないほどに女は美しかった。滅多に見られない原石がカットもなしにそのままでも光輝く、人間の手が届かない領域で育て上げられたであろう野性の美しさ。

天然、自然の化身、それがこの女だった。

 

「いやいや姐さん。こんな物騒な夜に美女ひとり置いて帰ったら男が廃るだろ? そんなのは決して英雄じゃない」

「戦うのが目的ではなかろうて。あくまで()に釣られる魚を拿捕するのがマスターからの命。汝では餌もろとも魚を喰い殺すのが関の山だろうに」

「ヒデェ言われようだ。ンな見境なしって思われてたのか? 俺だってさすがに味方の相手はしたくねえよ……まあ尤も、アイツが最後まで生き残るなんてのは不可能だろうがね」

「汝も大概ではないか」

 

そう言って前方に見える()を見やる。

 

―――その餌は、筋肉(マッスル)だった。

 

誰であろうとまず二メートル以上の巨体から成る筋肉に目を奪われる。それぐらい凄まじい筋肉だ。ジョウワンニトウキンとかダイタイシトウキンとか細々と分ける必要がないくらいに、人間の持つ筋肉全部が太く固いのだと思わせる異常な発達をしていた。

その身体に合う服も鎧はなく、必要もないだろう。筋肉そのものが服であり鎧なのだ。むしろ身体を縛るベルトや革があることの方が違和感を感じてしまうレベルだ。

 

聖杯大戦に関わっている人間が見れば一目でサーヴァントだとバレるこの男は〝赤〟のバーサーカー。召喚された英霊の中でも一際異彩を放つ英雄だ。

そんな大男が筋肉も剥き出しに夜の森を突き進んでいる。色んな意味で恐怖せざるを得ない。

何故こんな状況になったのかといえば、この〝赤〟のバーサーカーは現在、暴走中なのである。

狂戦士の名のとおり……と言われればそこまでなのだが、〝赤〟のバーサーカーはあるサーヴァントに唆された結果として暴走してしまい、()を求めてイデアル森林を歩き、本拠地、ミレニア城塞へと突き進んでいるのだ。

これを止める為に男と女―――〝赤〟のライダーと〝赤〟のアーチャーは共に出払ったのだ、最初は(・・・)だが。

〝赤〟のライダーは初めから止めるのを諦めていた。というよりも意中の〝赤〟のアーチャーを追いかけただけであり、バーサーカーのことは眼中になかった。

その気があったのは〝赤〟のアーチャーのみ、むしろ止めようと動いた彼女の方が変わり種なのだ。

狂っている獣との意思疎通などできはしないのが理由の一つ、まともな思考回路をもたないバーサーカーは暴れるだけ暴れて戦場で朽ち果てるのが九割九分の運命にあるのが理由の二つ、仲間ないし味方の意識がない以上、団体戦では足手纏いになるのが理由の三つと、まだあるがこの聖杯大戦でのバーサーカーの役目は使い捨て兵器にするのが両陣営にとっての共通認識である。サーヴァントが一騎減るのはどのクラスでも痛手には違いないが、遅かれ早かれ自滅に近い形で終幕する命を重要視することもないと誰もが思っていた。

〝赤〟のアーチャーとて例外ではなかった。アーチャーも完全な善意で動いたわけではない。生前、暴れる獣を御するのが得意だったからなんとか踏みとどまらせようとしただけだ。それが駄目なら援護だけに注力して敵サーヴァントの偵察を軸としようとしていた。

はっきりいって共に戦うといった意識は持たなかった。

 

―――まあ、〝赤〟のライダーほどの大英雄(・・・)であれば、仕掛けるのも有りかもしれないが。

 

「しっかし、今回の(いくさ)は随分な様変わりだよな。十四騎の英雄合戦をおっぱじめると思いきや―――更に七騎追加ときたんだからよ」

 

退屈も露わに、しかし語る口調はどこか喜色ばんでいるライダーはまるで子供がはしゃいでいるようにアーチャーには見えた。

話題に上がったのは〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーの戦いの後に現れた第三の陣営。〝金〟のサーヴァントについてであった。

今や台風の目ともなっているこの情報は当然〝赤〟の陣営内に行届いている。別行動をとっている〝赤〟のセイバー主従も同様に、あの現場を見なかったサーヴァントもマスターも例外はない。

 

「うれしそうだな、ライダー」

「そりゃそうさ。一端の英霊であればより多くの強者と戦いたいと本能で思うに決まってる。しかも俺の宝具を考えっと、ヘタすりゃ誰もこの身を傷つけることができないで終わっちまう。そんなの面白くもなんともないからな。敵が増えれば増えるだけ俺と戦えるサーヴァントが出てくる可能性が上がるとくりゃあ、金だろうが銀だろうが大歓迎してやるさ」

「全く英雄の考えであるな。〝赤〟のアサシンあたりは頭を抱えていそうだが」

「権謀策謀の女帝様は戦うなんて考えすらしねえからな。まっ、毒ばかり扱ってる傲慢ちきにはいい(くすり)だろうぜ」

「フッ、違いない」

 

本人のいないところの軽口は、あの〝赤〟のアサシンが知れば何万倍にもなって苦痛で返されるだろうが、あいにく女帝の耳には届かなかった。

金の陣営が何者か、本当に聖杯大戦の参戦者なのか、疑心暗鬼な気持ちはあれどライダーもアーチャーもそれほど気にしてなどいなかった。

―――敵であるなら斃すのみ。

英雄の、その絶対の真理があれば十分なのだ。相手が何者であれ、自身の磨き上げてきた力と技で乗り越える。そうやって絶体絶命の苦境を退けてきたのだ。伏兵が出てきたところで変わりはない。十四騎を相手どるにしてもだ。

無論二人は策を軽んじたりバーサーカーのように考えなしに敵陣に突っ込むような愚者ではない。

だからこそマスターからの指令変更にも了承したのだ。

 

「む―――敵の尖兵が出てきたぞ。ホムンクルスとゴーレムか」

「さぁて、どんな獲物が釣れるだろうな。一匹か二匹か、大物か小物か」

 

〝赤〟のバーサーカーを囮に、〝金〟のサーヴァントを誘き寄せる。それによる接触、追跡、または捕縛。状況次第で撤退、あるいは討伐。

これが二人に(正確にはアーチャーに)与えられた任務だ。

制御不能に陥ってしまった〝赤〟のバーサーカーだが、第三陣営の登場により、今回はいい具合に暴走していると言える状況になった。

バーサーカーが〝黒〟の本拠地に突っ込めば必ずサーヴァントが迎撃に打って出る。そうなればあのバーサーカーからして慎ましく尋常な勝負をするのはありえない、手当たり次第に辺りを散らかしてこのイデアル森林をめちゃくちゃにするだろう。ミレニア城塞付近が騒ぎになれば、使い魔か遠見の魔術で監視しているであろう〝金〟の陣営も戦闘に気付き、なんらかの策を講じてくる可能性がある。そこを捉えるのが要だ。

とはいえあまり実がある任務とは言い難い。ミレニア城塞を監視してはいるだろうが、どう動くかは完全にバーサーカーの奮闘次第だ。一対一でやられるほどバーサーカーは生易しい英霊ではないものの、二騎以上と相手をすれば討ち取られるのは目に見えている。〝黒〟のサーヴァントの宝具・スキルによっては大した労力も使わずに戦闘が終わってしまうことだって大いにありえる。

 

「だが…………ふむ、あれだけ雑兵を惨たらしく蹴散らせれば奮闘は期待できるかもしれんな。もしかすれば一騎くらいサーヴァントを斃せるか……」

 

アーチャーはその弓兵特有の超視力をもってバーサーカーの蹂躙劇を観察する。

ホムンクルスの身体は千切れ、ゴーレムの身体は粉々になる。剣を振り、拳を突いただけで蟻の如き軍勢を殺戮する。敵も反撃をしているも、すべては規格外な筋肉の前には臓腑の中までダメージが通らずじまいで殺されゆく結果となっていく。

悪夢と呼ぶに相応しい光景にも冷静に現状を見定めるアーチャーに、ライダーはどことなく苦笑いを浮かべていた。彼もアーチャーほどではないが常人ならざる視力を持っている為、観察は容易かった。

 

「おいおい。アイツ、俺みたいな不死身(・・・・・・・・)でもねえのにあんな攻撃受け止めて、マジでバーサーカーだな」

「今更何を言っておるか汝は」

「だってよ、ワザと(・・・)攻撃を喰らってから反撃してるんだぜヤツは。狂化されてバーサーカーになったんじゃなくて、バーサーカーしか対応できるクラスがなかったんじゃねえのか、あれ」

 

そう、バーサーカーの戦いは遣り方からして狂っていた。

まずは相手の攻撃を受け止めていた。受け止めるだけ受け止めて、その巨体に余すことなく受け止めきって、それから反撃に出るのだ。

狂化されたが故の理性無き不可解な行動ではない。なぜなら、ライダーもアーチャーも見ていた、攻撃を受け止めたときのバーサーカーの表情を。

笑っていたのだ。

怒りに叫ぶこともなく、至福の時だと叫ばんばかりに深く、深く、笑っていた。アレは絶対に身に染みた戦い方、ああやって幾多の戦いを勝利してきたのだろう。

 

「……確かに、狂戦士以外の何物でもないな。生前からして異常な男であったか、彼奴は」

「身も蓋もねえが、得てして英雄ってのは普通じゃねえ奴のことを指すからな。いやまあ、アレと一緒にされるのは御免だけど―――――――よ」

 

バーサーカーへの感想もそこそこに、いよいよサーヴァントの気配が近づいてきたのを感じた二人は気を引き締めた。

 

「来たな。さて、どうする姐さん」

「どうすることもない、このまま静観だ。汝、帰るならば今ぞ」

「それだけは無えって。取りあえず最低でも〝黒〟のサーヴァントの面は拝んでおきたいが…………なあ、俺だけでも援護がてら出たらいかんかね? 誘き寄せるんだったら一人よりも二人のがいいだろうし、俺ならそうそう遅れをとらねえのは知ってるだろ?」

「…………汝は」

 

どうにも堪え性のないライダーに嘆息するアーチャーだが、それもありなのは確かだ。

マスターがアーチャーにバーサーカーの援護を取り消したのは〝金〟の陣営とのコンタクトの他に、漁夫の利を取らせない為に慎重を期しているのが少なからずある。援護にかまけて後ろから刺されては堪らない、得体のしれない相手なら尚更に慎重にならざるを得ないだろう。

だが、〝赤〟のライダーならば、世界的英雄の一人として名を連ねるだろうライダーならば、無謀も無茶も押し通せるだけの力がある。そもそもこの任務はアーチャーに対してのものであって、ライダーはなんの指令も受けていない。やりたいことをやり、嫌なものは嫌だと豪放磊落に行くこの英霊を縛るのなんて令呪以外にできはしないだろう。

無理というほど困難でもないならば―――。

 

「……わかった、なれば汝の好きにするがいい。ただし援護はせぬぞ、たとえ汝の加護を破る天敵が現れようともな。よいな」

「へっ、心配いらねえって姐さん。かるーく揉んでやるさ。アンタは俺の勇姿をじっくり堪能してくれ」

「なんだよいらねえのか? もったいねえなぁ、オレだったら美人さんに援護されながら戦いたいもんだがな」

 

―――番えた矢は迅速に、声の鳴る方へと標準を絞る。〝赤〟のアーチャーはいつの間にか出した弓から一本の矢を無慈悲に放った。

動作は俊敏、速さに重きを置いた矢の威力は褒められたものではないが、並みのサーヴァントなら反応も出来ずに一矢迎えるだろう速度で奔っていた。

だが―――。

 

「ぬっ!?」

「いきなりやってくれるねぇ。まあそういうのは嫌いじゃない」

 

矢はあっさり見切られ、撃ち落とされた。屈辱を抱く暇もなく尚俊敏に次の矢を番えようとした瞬間。アーチャーの目に映ったのは紅い軌跡だった。

自身の身体能力と動作からなる早撃ちの体勢へと入る刹那の切れ目を正確無比に突きつけようとする神速の槍が、アーチャーの頭蓋を撃ち抜こうとしている。

このアーチャーの、俊足の逸話を持つ〝赤〟のアーチャーの速度を凌駕しながら死は眼前へと迫っていく。

避けようのない、逃げられない運命を前にアーチャーはどうすることもできずに―――――――――――その死を回避した。

 

「っ、ライダー!」

「オラアッ!!」

 

刺突が空回りし、お返しとばかりに撃たれた槍。

〝赤〟のライダーは目にも止まらぬ神速をもって〝赤〟のアーチャーを救出し、更に声の主に反撃を繰り出したのだ。先のアーチャーの早撃ちをも上回る疾風が如きの一連動作は相手に攻撃された事実さえ与えないだろう一撃。

 

「チイィィっ!」

 

声の主は身体を限界まで捻ってかわし、片手で体勢を整えそのまま片足でライダーの槍を踏みつけようとする。が、またも神速をもってかわし、地団駄を踏みつけるだけに終わってしまう。

すかさず接近して槍を構える姿に、そうはさせぬとアーチャーが矢を撃ち放つ。

避けると同時に一旦仕切り直しで後ろへと下がると、ライダーもアーチャーを伴って後ろへ下がった。

 

充分に距離を開け、姿を捉える余裕を経た二人はその人物を見据えた。

青い戦闘装束をした青い髪の男。手に持つは紅い長槍。〝赤〟のライダーと似た背丈と姿だが、この男の格好は鎧らしい鎧は着こまず、より速く動けるように無駄な部分を削ぎ落したかのような軽鎧であった。

 

「やるじゃねえかお二人さん。反応も動きも、その「速さ」が大したモンだ……特にそっちの兄ちゃん」

 

青い男は笑みを浮かべながらその獣の目を〝赤〟のライダーに向ける。

 

「どうだい? そんなにヒマしてるってんなら、オレと殺し合いをしないか?」

 

親愛のものでは決してない極上の御馳走を見つけた肉食動物の眼差しで、怖気の走る殺気(ことば)を飛ばしてきた。

次いで、もちろんそっちのお姐ちゃんも込みでいいぜ、と―――自信に満ちた、そうなって当然とばかりの1対2の提案に、怒りよりも警戒が二人を縛った。

コイツの接近に気付かなかった。戦場において致命的な、言い訳のしようもない無様な有様に打ちのめされた以上に、この青い男を警戒した。

英霊ともなれば気配を感知するのは戦の常。宝具やスキルとして備わらずとも自然と身に着くであろう芸当だ。

特に〝赤〟のアーチャー――――アタランテは狩りを生業として生きてきた根っからの狩人。生きるか死ぬか、自然の摂理をそのまま価値観として名を上げ英霊の座へと登った彼女は、狩る者が逆に獲物になっているなんて経験は当たり前にしてきたし、そうならないように常日頃から警戒網を張っている。ライダーと多弁していた時にもだ。

なのに、この赤い槍をもつ青い男に声を掛けられるまで気付くことができなかった。

それはいい―――いや、よくはないが、それはこの男がそれだけの実力者というだけである。上には上がいるのも自然の常だ……声を掛けずに殺しに来なかった傲慢のツケは必ず払わせるだけでいい。

それよりも今確かめるべきなのは一つ―――。

 

「貴様……〝金〟のサーヴァントか?」

 

〝黒〟のサーヴァントの中でステータスもなりかたちも不明なのがアサシンだ。それと今の状況を考慮すれば〝黒〟のアサシンと判断するかもしれないが、この雰囲気、僅かな攻防の応酬からみても、とてもじゃないが暗殺者風情の武芸とは思えなかった。

 

狩る者が逆に獲物になっている―――即ち、〝赤〟のバーサーカーではなく、〝赤〟のアーチャーとライダーが餌になっていたのも充分にありえるのだ。

 

「いかにも。〝金〟のサーヴァント、ランサーだ。

まっ、いまはアサシン紛いなことをしてるがね。

そういうアンタ等は〝赤〟のアーチャーと…………セイバーじゃねえよな? ランサーは確認済み。ってことはライダーあたりか? なんにしてもクラス別の獲物を使って此処にいるとは、召喚に不備があったのか?」

 

からかいの視線を真っ向から受けて、〝赤〟のライダーは淡々と笑い飛ばす。

 

「見て分からねえかよ。俺たちは逢引がてらの偵察をしてんだ。それをたかだか一騎に宝具を使うわけ―――」

「〝金〟のランサーよ。いま〝アサシン紛いのなことをしている〟と言ったな? つまり我々〝赤〟と……あるいは〝黒〟の連中と接触するのが目的か? 我々に声を掛けたのはそういうことなのか?」

 

半分挑発、半分願望が混ざった〝赤〟のライダーの言葉はあっけなく封殺され、アーチャーに被せられた。

なんとも言えない表情の〝赤〟のライダーに、〝金〟のランサーは同情の念を浮かべた。

 

「やれやれ、見た目通りの難敵だな。〝赤〟のライダーよ、こりゃ相当骨がいるぜ?」

「うるせえほっとけ。大きな世話だ」

「おい、どうなのだ〝金〟のランサーとやら」

 

面白がる〝金〟のランサーに〝赤〟のライダーとアーチャーが同時に噛みつく。なのに内容が全く違うところが余計に同情を誘った。あくまで命令を遂行するアーチャーには逢引云々の言葉など耳にも入らなかった。

この〝金〟のサーヴァントを名乗る男が本物ならば、ここは対話を望むべきである。手を出したのはこっちが先で図々しくもあるが、向こうも同じ目的だからこそ接触してきたのだろう。

 

そう思っていたが、〝金〟のランサーの返答は思いもしないものだった。

 

「あー、声掛けたのがどうのこうの、だったか? 別に大した理由はねえよ。面白そうだったからそうしただけだ」

「……なんだと?」

「交渉だの取引だのを命令されてるわけじゃない。そういうのは魔術師のやることだ。その点オレのマスターは寛大でね、偵察は命令されてもそれ以上のことは強要しなかった。

しかも、俺の御眼鏡にかなうヤツがいたら好きに行動していいと言付かっている」

 

〝金〟のランサーは紅い槍を軽く振り回し、魔力の奔流をより一層濃く奔らせていく。

疑いようもなく、戦闘態勢へと入っている――――!

 

「そんでもって、アンタ等はオレの御眼鏡にかなったわけだが……それに違わぬ強さかどうかは、もう一度確かめさせてもらおうか」

 

どこまでも奔放なこの男に、少なからず動揺する。

同盟をもち掛けたわけではなく、〝黒〟と〝赤〟を共倒れさせに来たわけでもなく、ただ戦う為に声を掛け姿を現したと、好きに行動していいからそうしたというのか?

それのどこが偵察だ。結局のところ自分の好き勝手にしていることではないか。

このサーヴァントのマスターは何を考えているのか。我の強い者がほとんどの英霊を放し飼いにするなんて魔術の秘匿以前の冒涜を犯しているのではないかと、〝金〟のランサーにその気がなくとも疑問に思わざるを得ない。そしてそれ以上に、〝赤〟の陣営になんのコンタクトも取らずにいるその姿勢に。

〝黒〟の陣営と組むつもりなのかとも勘繰るが、何故かそんな感じもしない。

 

「オレの行動が解せない。そんな面してるなあ、アーチャーの姐ちゃん」

「……ああ分からんな。汝の意思は兎も角、マスターがそんな采配を取るとは思えん……まあ我らのマスターも異常といえば異常だが」

「ははっ、そっちはそっちでマスターに苦労かけられてるのか。だがまあそこまで気にしたってしょうがねえだろ。どんな命令を下されようと、サーヴァントなら最終的に行きつくのは戦いだ。だったらオレ達は命じられたままに戦うのみ。それだけで十分だと思うが、違うかい?」

「いいや、違わないね」

 

〝金〟のランサーに抗うように吹き荒れるは〝赤〟のライダーの殺気と闘志。それだけで人を殺せそうな見えざる力が空間を跋扈し、駄目押しとばかりに満たされるのは魔力だった。

 

「そうさ! 俺たちは戦えばいい。心赴くままに、自由気ままに、好き勝手に堂々と敵を叩きつぶせばいい。それが英雄だからな!」

「―――いいねえ、そうこなくっちゃ。話も速いヤツは嫌いじゃない」

 

常人では耐えられぬ圧迫感は、しかし〝金〟のランサーには心地好い涼風に他ならず、にやりと抑えきれない笑みを浮かべる。

今この場所は無数に埋められた地雷原より危険で、なにが化学反応するかも不明なアンタッチャブルになっている。

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサー。

未知の戦士(やくひん)が激突し混ざり合ったら、どれ程の劇薬になるのか。息苦しい濃密な大気が、その答えを示している。

 

「アーチャー、アンタは任務を続行してくれ。もう〝黒〟の連中には勘付かれてるだろうから姐さん(そっち)にも誰か来るかもしれねえけど、支障にもなんねえだろ?」

「………………」

 

〝赤〟のアーチャーは何も言わない。

〝金〟のランサーに触発された影響か、それとも別の何か感じいるものがあったのか、ライダーは相当にヤル気十分となっているようだった。

もうどうしようもなかった。止めるも諫めるも意味はなく、する必要がそもそもない。

英雄の戦いは誇り高い。程度の差はあれ、質の違いはあれ、それを邪魔する事は誰にもできない。それをやってしまったら、天上知らずの怒りに触れるだろう。そう二人(くうき)は言っている。

問題は〝黒〟の連中か。事の次第では二人まとめて仕留める腹積もりをするかもしれない。

そうなったらどうなるか。怒りの矛先が〝黒〟に変わり邪魔した奴を含めて皆殺しを実行するだろうか。それだけの苛烈さが〝赤〟のライダーにはある。生前はそれで命を落としたのだ。

冷静を失えば、死へと近づくのは必定。バーサーカーはともかく、同郷の、旧知の息子であるライダーを見捨てるのは彼女とて寝覚めが悪い。それに、助けられた借りがあるのだから。

 

「それはこちらの台詞ぞライダー。〝黒〟のサーヴァントが仕掛けるとしたら戦っている汝にだ。

敢えて……敢えて言うぞ。深追いはするな。戦は未だ序盤、機が熟した時ではない。

出来うるかぎり〝黒〟の連中を追い払ってやる。怒りに身を任せてバーサーカーの如くになってくれるなよ」

 

その言葉を最後に、〝赤〟のアーチャーは姿を消した。〝金〟のランサーはひゅうと口笛を吹いて称賛した。直に彼女を見ていたというのに、もうどこにいるのか分からなくなってしまった。これでは〝黒〟の連中が探すのには手間と時間が掛かるだろう。

 

一対一(サシ)の勝負を立ててくれるか。つくづくイイ女だねぇそっちのアーチャーは。つい口説きたくなっちまう。同じ陣営なのが羨ましい限りだ」

「―――テメェ、サーヴァントは戦うのみじゃないのかよ」

「それはそれ、これはこれさ。あれだけの女、ほっとく方がどうかしてるぜ―――それよりも、騎乗兵が乗るべき馬なり戦車なりを出さないのは何事だ? そら、とっとと出せよライダー。それぐらいは待ってやる」

「ハッ、二度も言わせるなよ。たかだか一騎に宝具を使うなんてもったいないことはしねえ。〝金〟のサーヴァント全軍でかかってこない限りはな。なんなら今から呼んできたらどうだ? それくらいはまってやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほざいたな、〝赤〟のライダー」

「ぬかせ、吠えたのは貴様が先だ〝金〟のランサー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺気は増大し――――激突は一瞬。

刹那の一矢が互いの心臓を抉ろうとした瞬間、穂先と穂先の力は拮抗した。

そして崩れるのも一瞬。そこからは防御なしの最速の連撃が始まった。頭、心臓は勿論、隙が有ればどこであろうと穿つ槍最大の攻撃方〝突き〟の極限にして究極の応酬がそこにはあった。

攻撃は最大の防御。相手の命を獲る突きは、同時に自分の命を獲る突きを阻害する。

一分にも満たない戦いで既に数百を超える刺突を繰り出す二人は更なる槍の応酬に入る。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッ―――――!!!」

「オラオラオラオラオラアアアアアアアアァァァァッッ―――――――――!!!!」

 

腕試し(・・・)が、終わった。

この裂帛の気合こそ、本当の戦いの開始を告げる法螺貝の響きに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















「なぜ自由にさせたか、ですか……。 (ランサー)はああ見えて真面目です。ボクのことをマスターと認めてくれて、偵察なんて面倒事を引き受けてくれました。なら、ある程度自由にさせてあげてもバチは当たらないでしょ?」

……貴方は私と供に聖杯を取ることを受諾した。それでサーヴァントを自由させ過ぎるのはどうなのだ?
……あの宣戦布告にしても、貴方がただ目立ちたかっただけではないか。

「反故にするつもりはありませんよ。でも言いましたよね? ボクは〝貴方達が見たい〟って。ボクはどこまでも脇役で主役が貴方達です。ボクが何かやったら既に【メアリー・スー】なこの事態が更に【メアリー・スー】になっちゃうじゃないですか。矛盾してますけどそれはボクの見たいものじゃないですよ」

……だが貴方は〝従われてもいい〟と言った。私の願望を聞き届けるのも、私の要望に応えるのも、マスターとして当然のことではないのか?

「あー、それは確かに。う〜〜〜〜ん………………………………………………………………………………わかりました。ちょっと急展開ですけど、これはこれで面白いかもしれない」

……なにか妙案でも思いついたか?


「はい。–––––貴方は魔王になる(・・・・・・・・)、というのはどうでしょう?」


……どういう意味だ?



「つまりですね…………どっかの神父さん(・・・・・・・・)より先に聖杯を奪うって事です」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アキレウスの歓喜

 

「〝金〟のサーヴァントが?」

『〝赤〟のバーサーカーの援護に来たと思しきサーヴァントと交戦中です。セイバーとバーサーカーは城へ戻って貰いました。其方も撤退の準備をお願いします』

 

〝赤〟のバーサーカーの鹵獲に成功した直後の念話。

〝黒〟のアーチャーから伝わった〝赤〟と〝金〟の戦闘に〝黒〟のランサーのみならず、〝黒〟のキャスターと〝黒〟のライダーも反応を示す。

マスターの制御を離れて暴走しただけあって、鬼気迫る勢いの〝赤〟のバーサーカーはランサーとライダーの宝具、キャスターのゴーレムを運河の如く投入して漸く押し止めることに成功した。凄惨に尽きる災害を躰一つで現わしたのは英霊であれば当然の帰結だが、常に笑いながら戦っていたのは〝赤〟の陣営と共通してなんとも言えない気持ちとなっていた。とはいえさすがに多対一。苦戦するほどの激戦でもなく、狂っていながらも譲れない意地を見せた〝赤〟のバーサーカーも今や〝黒〟のランサーを睨めつけるだけに終わっている。

拍子抜けというほど容易くはなかったが、〝金〟のサーヴァントの乱入を想定していただけに物足りなさを感じていた〝黒〟の面々。〝金〟が両陣営諸共潰そうとする可能性も大いにあり、そして〝赤〟のバーサーカーを手に入れればどちらと組むのが有利かを明確に示せる為に、短期決戦で三騎のサーヴァントで出撃したが、それが仇となったのか、〝金〟のサーヴァントが現れることはなかった。

 

〝赤〟のバーサーカーの侵入までの間、見つけることが叶わなかった〝金〟のサーヴァントが〝黒〟よりも〝赤〟と接触したというのか。あるいは〝赤〟が発見して排除しようとしたのか。いずれにせよ〝赤〟に先んじられたのは間違いなかった。

 

「しかし、撤退する必要があるのかね? 敵対しているからこその戦闘中なのだろう。ならば諸共串刺すか、戦闘が終わるまで近くで待機していたほうがいいと思うが――」

『戦っている〝赤〟のサーヴァントはアキレウス(・・・・・)です』

 

その名を聞いただけで、ランサーはかつてないほどの衝撃を味わっていた。

キャスターもライダーも同様だった。その名は誰もが知っている勇者。古今東西をまたに駆け、過去現在未来を問わずにその名を世界に刻みこんだ大英雄の真名なのだ。

聖杯戦争で勝利するにはどのようなサーヴァントが必要かでいえば必ず名が挙がるであろう〝駿足〟の二つ名を持つ世界三大叙事詩・イリアスの主人公、それがアキレウス。

彼の人を勇名たらしめている有名どころは大きく三つ。あらゆる時代、英雄の中で最も迅い脚と、あらゆる武器をものともしない不死身の肉体。そして最も重要で致命的な唯一の急所、アキレス腱だ。彼の速力に勝るものは彼が持つ馬以外なく、その不死身は急所以外を拒絶するが如し。

不死身と俊足。どちらか一方だけでも英雄としての資質は十二分といえるのに、両方持っているとなるとどれだけ稀有で、どれほど厄介な事か。

その有名さ故に弱点がアキレス腱だと分かっていても当たらなければ意味はなく、彼の迅さについてこれなければ視認どころか気配を探知することすらかなわない。仮についてこられたとしても、急所をピンポイントで狙える猛者がどれだけいるのだろうか。生前は神の加護がなければ射抜くことも出来ずにいたというのに。

無論いまのアキレウスはサーヴァント。枷を嵌められている現状で生前のような無敵ぶりを発揮することはないだろうが、そんなもので無聊を収めることなどできない。

 

―――そんな甘い考えで討ち取れるほど、〝教え子〟は生易しい英雄ではない。

そして、それと戦っている〝金〟のサーヴァントも只者ではないのが、一目瞭然だった。

まさか、これほどまでとは想像(・・・・・・・・・・)にも及ばなかった(・・・・・・・・)

 

『彼の不死を貫けるのは私だけです。戦闘中とはいえ、踵を狙って攻撃が通れる相手ではありませんし、〝赤〟にはおそらくアーチャーが付いている。〝金〟のサーヴァントも一騎だけとは考えにくい。ここは一旦城へ戻ってイデアル森林周辺を探知しつつゴーレムとホムンクルスで包囲網を張ってもらいます。出撃するのはそれからでも遅くはないでしょう』

 

確かに、事前に〝赤〟のバーサーカーの後方に二騎存在していたことはわかっていた。状況から見てもほぼ確実に一騎はアーチャーに違いない。アキレウス単体だけでも厄介だが、後方支援が加われば鬼に金棒もいいところだ。何の対策も無しに戦えば〝黒〟は大打撃を受けるだろう。

 

「うむ。そういう事ならばよかろう。では委細は任せるぞアーチャー」

『はい、では城へお早く』

 

ランサーはアーチャーを疑っていない。

ヴラド三世は王であるが故に、目敏くその奥底の機微に気付く。後ろめたさの様なものこそ感じてはいるだろうが、アーチャーには忌避も抵抗も無かった。自らの教え子をこの手で斃すという覚悟が伝わり、十二分にランサー(ヴラド三世)を満足させた。

ケイローンはギリシャの二大英雄(・・・・)を育て上げた大賢人。

そう、アキレウスは英雄として名を馳せる以前の幼少時はケイローンに教育されていたというのは有名な話。

身内同然のアキレウスが〝赤〟のサーヴァントとして現界するとはなんとも悲劇的な運命だが、それとこれとは別だ。敵ならば殺さなくてはならない。

 

「ライダー。バーサーカーへの突貫、御苦労であった。キャスター、おまえのゴーレムも見事な働きがけだった。〝赤〟のバーサーカーの拘束は厳重にしておけ」

「御意」

 

ランサーは念話を終えると〝赤〟のバーサーカーの腑分けをキャスターに任せ、〝黒〟のキャスターは複数のゴーレムを操作して〝赤〟のバーサーカーを城へ運べと命じる。

 

「………………………」

 

労いの言葉を掛けられた〝黒〟のライダーはそのまま特に反応もせず佇んでいた。

戦いの余韻に浸るわけでもなく、見るからに落胆している様子なのが窺える。

 

「……ハァ」

 

溜息。ただそれだけのことだが、ライダーのその美しく、可愛く、愛らしいといった女のような(・・・・・)姿に見合った天真爛漫な性格なヤツがそんならしくないことをしている。底抜けに明るく、どんな時も笑顔を絶やさない。そんな奴が、落ち込んでいるような溜息を吐けば誰だって気付くし、誰だって何かあったのだと分かる。幸か不幸か、ランサーとキャスターはたまたま見逃してしまっていたが。

 

「なんでこうなったのかな……」

 

ライダーは戦場の混乱を望んでいた。

大いに誤解される言い方だが、なにも〝黒〟を裏切ろうとしているのではない。

ライダーは助けようとしているだけだ。英雄として、あのホムンクルスの少年(・・・・・・・・・)を。

 

 

 

そのホムンクルスは磨り潰される為に生まれた存在だった。

 

 

 

サーヴァントは強力な兵器であるが故に、現界する為には膨大な魔力が必要となってくる。その格によって求められる魔力量も変わっていくが、とにかく供給する魔力は多いに越したことはない。

それに対しユグドミレニアは一計を講じた。マスターから頂戴する魔力とは別に、第三者から魔力供給を施せばサーヴァントの現界もマスターへの負担も減り、一石二鳥の利益を得られるのだと。

本来のマスターとサーヴァントの魔力経路(パス)をそこまで複雑なものに変えるのは困難且つ画期的であり、そのシステムを開発したのがゴルド・ムジーク・ユグドミレニアである。その功績はある程度の尊大な態度ですら見逃し許してしまうほどの恩恵をユグドミレニアのマスターたちに齎したのだ。

 

そしてその第三者こそがあのホムンクルスの少年だった。

サーヴァントの魔力電池。それが少年の、あのホルマリン漬けにされているホムンクルスたち全員の役目で、使命で、犠牲だった。

本来マスターが負担すべき魔力量を代わりにホムンクルス達から毟り取っているのだ(・・・・・・・・・)

 

その光景に、事実に〝黒〟のライダーは心を痛めた。

その処置をしたユグドミレニアを糾弾するのは簡単だ、というかライダー自身暴れ回って嫌なものは嫌なんだと叫び散らそうかとも思った。

だが、自分は聖杯大戦のために呼ばれたのだ。この戦争は自分の役目だということを弁えている。戦争に勝つために、ホムンクルスたちは生まれ、そして自分はその命を吸い取って―――――――――――――――イヤだ。

とても嫌だった。嫌で嫌で、ぶっ飛んだ理性がさらにぶっ飛びそうなほどに、頭が如何にかなりそうだった。

こんなのは自分じゃない、こんなやり方は認められない、こんなことは間違っている。

そんな鬱鬱とした気持ちが段々と溜まっていた時だった。

あの少年に、彼に出会ったのは。

 

触っただけで壊れてしまいそうな儚さで、震える身体で身を守りながら懸命に生きようとした彼に出会ったのだ。

彼は自分を閉じ込めていたガラス瓶をぶっ壊して、その生を訴えていたのだ。

ライダーは直ぐに助けた。といっても具合の悪い彼を如何にか治す手段が何も無いライダーは陣営内で一番信用しているケイローンに匿ってもらうように頼み、彼を診てもらった。

安静にしていればすぐに死ぬことはないとのことだが、その命は三年程だと言われた。それでも、それだけあれば生きる意義も意味も見つけられると思った。

確信があった。だって彼は磨り潰されるだけにあった運命を自力で変えて見せたのだ。

誰かに助けられたわけでもなく、自分の力で自分の人生を得ようとしているのだ。

だったら大丈夫だ。身体は確かに脆弱で、歩くのにも練習が必要ではあるけれど、ソレさえ成せば彼はもうなんだって出来るようになる。身体が弱くても、彼は確かに強い心を持っているのだ。

 

――――そうさ。何も心配いらない。彼を助けるんだ。絶対に、ボクを救ってくれた彼を(・・・・・・・・・・・)

 

ライダーはホムンクルスの少年に救われたのだ。

もどかしい思いに苛まれ、ただ痛ましく思っていただけで何もしなかった狂人たる自分を。

ひとりでも、助けることができるチャンスをくれた彼を。

英雄としての自分を、ライダーの想いを全うさせてくれた彼を、何がなんでも助ける心意気でいたライダーだった。

 

なのに……

 

「なんでこうなるのかなぁ」

 

二度呟くほど、状況はかなり厳しかった。

彼は現在ケイローンの部屋で匿われている。鍵はかけられ、勝手に誰かが入ることはないだろうが、それでもずっとこのままでいられるわけがない。なにせ聖杯大戦が控えているのだ、逃がすのは早いに越したことはない。だがミレニア城内はホムンクルスとゴーレムに溢れ、城外はもっと溢れに溢れていた。大げさな表現だが、少なくとも隙を見てホムンクルスの彼を連れて逃がすだけの道と時間が皆無になっているのは確かだった。

 

それもこれも〝金〟の陣営の所為だ。

第三の陣営があらわれたことで〝黒〟陣営はこのトゥリファス全域を慎重かつ厳重に警戒態勢を取ってしまっており、〝赤〟のバーサーカーが襲撃してきても、混乱に乗じて逃がすマネが出来ずますます警戒が強くなっていき、なにも出来ない状態が続いていた。その一方で逃走したホムンクルスの彼に構っている暇も無いのか、何ら動きが見えないがそれに甘えるわけにもいかない。

 

「どうすればいいんだろ」

『ライダー』

「ヴえっ!? ケイロ、……アーチャーかい?」

 

突然耳に届いたのはアーチャーの念話だ。さっきとは違いライダー個人に向けてのものだった。

どうにも考え過ぎていたみたいで、ヘンな呻きと、真名を出してしまった。

ランサーとキャスターがこちらを見るが、アーチャーからの念話と聞くと納得したのか、何も聞きはしなかった。この点だけでもアーチャーの人となりが窺える。

 

「アーチャー、ビックリさせないでよもぉー」

『いいですかライダー』

 

念話越しでも案の定落ち込んでいるその心境がわかりやすくて、だからアーチャーは苦笑したあとでライダーに言った。

 

『貴方が生きなければ救える命も救えなくなってしまいます。気持ちは分かりますが、今は耐え忍ばなければなりません』

「……うん、わかってる」

 

諫めながら慰める、すべてライダーをおもんかばったアーチャーの心遣いに感謝を込めて気持ちを前向きに整える。

大丈夫だ、まだチャンスはある。これから戦いが本格的になれば敵も味方も否が応でも疲弊する。不純な考えは承知だが、そうなれば必ず彼を逃がす活路は開く。

大賢人の言う通り、今は耐え忍ぶとき。そのためにも自分は生き残らなければならないのだ。

「よしっ!」と意志を新たに、ライダーは闘う覚悟を決め……。

 

「――――あー、アーチャー」

『? ライダー?』

「ゴメン、帰るのは暫くかかるかもしれない」

『ッ!』

 

ライダーの言葉をアーチャーは即座に理解した。

 

明らかに尋常じゃない気配が漂っている。ランサーとキャスターは既に戦闘態勢となっており、ライダーは黄金の騎乗槍を実体化させ、森林の闇に潜んでいる何か(・・)を見据える。

 

「いまになって出てくるなんて、〝金〟のサーヴァントかな? だったら八当たりしてやる」

『落ちついてください。恐らくそうでしょうが、出方が分からない以上は手を出すわけにはいきません。セイバーとバーサーカーを待機させます。何か異常があれば報告を』

 

言葉も早くアーチャーとの念話を終えると、ランサーが代表するかのように声を上げる。

 

「出てきたまえ。我が国土を無断で踏み入れた異教徒よ。本来ならばその身を串刺し、己の愚かしさを血と苦痛とで理解させてやるところだが、大人しく対談の席に着くのであればその命、暫し預けてやる。さあ、どうする?」

 

完全に脅迫じゃないかなぁ……と思わないでもないライダーだったが、ランサーにとっては王の嗜みといった具合なのだろう。

おまえの器を試してやると言わんが如くのランサーの言葉を聞いてか、気配の主はゆっくりとその姿を露わにしていく。

攻撃を仕掛けないあたり、真正面から戦うセイバーかランサーのサーヴァントなのか。

戦いになればライダーはかなり不利に違いないが、今はランサ―もキャスターもいる。なにより負ける気も死ぬ気もなかった。

今の自分は一味違う。どんな相手だろうと負けない意志に溢れている。たとえアキレウスに匹(・・・・・・・・・・)敵する大英雄であろうと(・・・・・・・・・・・)、絶対に負けるわけにはいかないのだ。

 

そして、現れたその姿を視界に収める。

 

 

 

 

―――――呆然とし、体が強張った。

 

 

 

 

 

 

  ⓢ 

 

 

 

ルーラーことジャンヌ・ダルクはイデアル森林を検分していた。

運営者に許されたサーヴァント探索機能にて確認した〝赤〟一騎と〝黒〟三騎の接敵、そして〝赤〟一騎と〝金〟一騎の接敵が、ルーラーを森の奥へと誘った。

戦いを見守るだけならともかく、現場に赴くのが如何に危険なのかは百も承知だ。戦闘に巻き込まれる以前に〝赤〟の陣営が自分の命を狙っている事実があるのだ。〝赤〟のランサーのマスターが独断で行動しているかもしれないが、姿を現すのは決して得策ではない。

 

そうまでして闘争の現場に赴いたのは〝金〟のサーヴァントとの接触を計るためだ。

 

あの時、ルーラーはメアリー・スーと名乗った男を逃がすつもりはなかった。

あの男の存在は未だに不明の一言に尽きるが、唯一わかっているのが自分が聖杯大戦に呼ばれた理由(・・・・・・・・・・・・・・)ではない(・・・・)ことだけだ。

 

その一点が恐ろしいのだ。

 

ルーラーが聖杯戦争に召喚される条件は大きく分けて二つある。

〝結果が未知数である場合〟と〝世界に歪みが出る場合〟だ。

この聖杯大戦は二つ共に当て嵌まっているだろう。十四騎のサーヴァントに加えて更に七騎の戦争は本当に結末がどうなるのかが想像もつかず、それだけ多くの英霊を取りこんだ冬木の大聖杯の叶えられる願いの範囲は世界に歪みすら与えてしまうかもしれない危険性がある。

そのような事態にしたメアリー・スーの存在はまさしくルーラーが呼ばれるほどの珍事であるのだが、自身の啓示ではあの男は白であると述べているのだ。

そんな馬鹿なという気持ちはあるが、一番に怪しい行動をとった〝赤〟のランサーがいる限りは〝赤〟の陣営も同じくらいに怪しい。というよりどちらかでいえば召喚された理由は〝赤〟の陣営の何かであるとおぼろげながら確信している。

 

だからこそ〝金〟の陣営、メアリー・スーは恐ろしい。

聖杯からはただの参加者だと思われ、神の警告にも引っかからず、ルーラー(ジャンヌ・ダルク)の与り知らぬところでとんでもない七つの爆弾を放り込んだメアリー・スーが。

 

あの男の真意を、正体を確かめるまでは聖杯大戦の進行役として活動するのもままならない。

物理的な意味合いよりは心情的な意味合いでだが、そこをハッキリさせないことには役目を全うできずじまいに終わる可能性がある。

 

――――なんとか〝金〟のサーヴァントにマスターを取り次いでもらわなければ。

 

無論〝金〟のサーヴァントが素直に応じるとは限らない。

だが……ルーラーは〝()のサーヴァントたちの(・・・・・・・・・・)令呪をもっている(・・・・・・・・)

実は〝金〟のサーヴァントの情報が追加された時、同時に各クラスに二つずつの令呪をルーラーは授かっていたのだ。調べてみても〝黒〟と〝赤〟のものと変わらず、本物であることも間違いない。それが返って怪しさを引き出すのだが、これで何か分かるというのなら躊躇せずに使うべきだろう。たとえルーラーとしての職務に背く行為だとしてもだ。

そうならないよう祈りながらルーラーは〝赤〟のサーヴァントと戦っている〝金〟のサーヴァントを探し、そしてその二騎を発見した。

 

否、二騎を発見した、というのは語弊があった。

ルーラーの探索機能は正常に働き、戦っているのは〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーであるのだとわかる。わかるのだが……

 

「これは―――」

 

ルーラーの状態をより正確に言えば、探知だけは(・・・)出来ており、この二騎を見張っている〝黒〟のアーチャー、ケイローンよりもずっと近い位置で彼らの戦いを見ようとしている(・・・・・・・・)

 

 

ルーラーは、あまりの戦いに開いた口が塞がらなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面が罅割れ陥没した。

爆竹以上爆弾未満の、強く土が弾け散るくらいの小さな爆発が起きた。

一つ二つの数ではなく十数個、数十個とその穴は其処彼処に空いている。

それは立て続けに今も起きている現象としてこのイデアル森林を凸凹道に変えていっている。

異常が起きてるのは地面だけではない。

周りの木々が木片を飛ばしながら切り刻まれ、時には風穴が空き、果てには倒される。

何が起こっているのか、常人には分からない……などと偉ぶる傲慢な英雄たちの度肝をも抜くような戦いがそこにはあった。

 

可笑しかった。

そこに戦いがあるのだが、そこには誰もいない。

戦ってるとおもしき場所には誰もいない。

 

しかし、可笑しなところなどなにもないのだ。

どういう事だと首を傾げる常人と、必死で首を動かしている英雄に、少しの差異もない。

 

それほどに戦っている二人は、見ようと思っても見え(・・・・・・・・・・)ないくらい、速く動いている(・・・・・・・・・・・・)のだ(・・)

 

 

 

……生茂る森の木々が鬱陶しかった。

邪魔にもならない筈の木の障害が奔り込むのに邪魔で邪魔で、自身の戦車で刈上げてから戦えば良かったと〝赤〟のライダー(アキレウス)は後悔した。

そして疑問に思った。これほど空気が重くて暑苦しいと思ったことはあっただろうかと。

奔るほどに、身体が燃え尽きそうになる。大気の壁はこんなにも熱しやすかったのか。その熱さたるや、そのまま燃え尽きるまで走り続けろと神に決定付けられているかのようだ。

 

―――俺は又しても神の怒りに触れていたか。ならこの槍兵は太陽神の加護を受けしパリスと同じ、俺を殺す為に現れた英雄か。

 

馬鹿馬鹿しいにもほどがある自身の死に様が鮮明に浮かび上がる。

俊足と呼ばれた英雄でも逃げることが叶わなかった死の気配、死の感触、死の運命。それを思い出してしまうほどに、〝金〟のランサーは苛烈に〝赤〟のライダーを噛み殺さんと喰らい付いていた。

 

 

 

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーは加速世界(アクセルワールド)で戦っていた。

この二人は誰にも見られず、誰にも認識されない、誰もが置いていかれる速度を伴って戦場を駆けていた。

 

(はし)り、(はし)り、(はし)り、(はし)り、(はし)り、(はし)り、(はし)る。

 

言葉にしてみればこれほど容易いことも、行なうは難し。加速度は止まることを知らない。

その速さたるや―――直感、第六感に優れたルーラー(ジャンヌ・ダルク)も、未来予知すら可能な〝黒〟のアーチャー(ケイローン)の慧眼でさえ、その姿を捉えることは出来なかった。

 

一方が踏み込めば地面は陥没し、一方が腕を出せば木々が破壊されていく。何も見えない第三者ではその破壊痕しか二人が世界に存在しているという証明に他ならなかった。

そうやって大地と森を貪り尽くし、だが肝心な敵を喰い殺せないでいる両者は完全に膠着状態になっている。

だが戦いの内容そのものは変化していた。

初めの撃ち合いと比べると、刺突の回数は減り、どちらが攻守なのかはハッキリしている。

 

〝赤〟のライダー(アキレウス)が攻め―――〝金〟のランサーが守る。

 

此の帰結は真っ当なものだ。

事実だけで言えば〝赤〟のライダーは〝金〟のランサーよりも速度に勝っていた。

敏捷はランサークラス顔負けのステータスを誇り、宝具の一つ【彗星走法】は視界に入ればそこが間合いになる瞬間移動の如くに野を駆け抜ける恐るべき代物だ。

〝あらゆる時代、あらゆる英雄の中で最も速い〟

その逸話がそのまま宝具として昇華したのだ。どこの誰であろうと遅れを取るなどありえない。

 

では〝金〟のランサーは〝赤〟のライダーより遅いのか?

 

それは正しい認識とは言えない。

 

この戦いは〝金〟のランサーでなければ決して出来あがらない。

そうでなければこの戦いは不可視の領域に成り上がりはしない。

少なくとも〝赤〟のライダーはそう思っている。〝金〟のランサーを〝遅い〟だなど口が裂けても言えはしない。自信と慢心に満ちているアキレウスをここまで思わせるほどに、〝金〟のランサーは速いのだ。

某かのスキルか魔術を使っているのか。先程〝赤〟のライダーと〝赤〟のアーチャーに全く気取られずに接近せしめたのはどちらかを使ったものであるとしたら、自己を加速させるようなモノを心得ている可能性は十分にある。もしくはそれに準じる宝具があるのかもしれない。それとも全く別の要因が―――、

 

「ハァッ!」

「っ!?」

 

そんな〝赤〟のライダーの思考の隙を突くように、閃光に等しい紅い槍が心臓を貫こうと迫りくる。

神速を持ってして刺突を避――――――違う!

 

「ぐっ?!」

 

気付いた時には遅すぎた。

突きは唯の囮。

ほぼ反射で避けたが故に大仰な動きになったガラ空きの胴に薙ぎ払いによる一本線が刻まれ、〝赤〟のライダーの鮮血が飛び散った。

……その様子を、どこか呆然と〝赤〟のライダーは見つめている。

 

「先取点だ。やっとこさ傷らしい傷がついたな」

 

このまま一気呵成に追撃を繰り出す。〝金〟のランサーの攻戦一方となった。

攻守逆転。傷を付けられたことによる驚愕、一瞬の緩みが〝赤〟のライダーの構えを崩し、身体中に切り傷が刻まれる。

重傷を避けるだけの本能はあるが、明らかに疎かになった槍捌きに訝しげになる〝金〟のランサー。

 

どうにも〝赤〟のライダーは果敢さに欠けている。

戦い始めた時からそうだ。

ランサーの株を大損させるスピードには舌を巻いたが、それに追従したらどこか唖然とした雰囲気のままでいて、今し方傷を付ければ更にそれが増していく。

 

「……はは」

 

乾いた声が、〝金〟のランサーに届いた。

気の抜けた、とても戦っている者の声とは思えない笑い(・・)が〝赤〟のライダーの口から洩れる。

 

「…ははは」

 

―――一撃入れられた程度で唖然とするようなヤツだったか。

 

軽い失望と共に問答無用で殺しに掛かる〝金〟のランサーの容赦無き刺突。

無気力すら誘う目の前の男では避けるのも捌くのもできない確かな殺意の固まり。

 

 

それを〝赤〟のライダーは余裕で弾いた。

 

 

「なにっ!?」

 

目にも止まらぬ速さで槍を扱うその姿に、先程までの脱力感は無かった。

明らかに全てが変わった。

何より変わったのは、その貌。

圧倒的歓喜によって造られている笑いが〝金〟のランサーを射抜いた。

 

「ハハハハハっ」

「ぐお?!」

 

今度は〝赤〟のライダーが隙を突いた番だった。

神速の攻撃は相手を防御に回させる。ふと沈んだと思ったら急に上がったりと忙しない動きは、遂に薙ぎ払い(・・・・)()同じ傷(・・・)を〝金〟のランサーに刻んだ。

 

「……手前(てめ)ぇ」

「ハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

逆転した攻守は三日天下とばかりにあっさり覆り、しかも身体には同じ傷跡をなぞられた。

これみよがしな意趣返しを忌々しげに睨む〝金〟のランサーとは裏腹に、〝赤〟のライダーはどこまでも笑い続けた。

可笑しくて、嬉しくて、笑いが止まらなかった。

 

「ハハハハハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ〝金〟のランサー!!! おまえはここまで脚が速く、俺を傷つけることができるのか!!? おまえの真名を知らないのが悔やまれて仕方がないぞ!!

これだけの走者に出会えたことがあったか!? 俺はこの世界に辿りつけたことがあったか!? 否! 俺はいま、かつての宿敵たちとは違う新天地に足を踏み入れた!!」

 

吹き荒れる。荒れ狂う。狂い笑う。

魔力も、闘志も、殺意も、何よりも歓喜が〝赤〟のライダーを奔らせる。

聖杯大戦には大いに期待していた。

その心情は〝赤〟のアーチャー(アタランテ)に言った通り、敵は多ければ多いほど良かった。この足についてこられずとも、この身を貫ける英霊がいるならばそれで十分と思っていた。

だが〝金〟のランサー(こいつ)はどうだ?

このアキレウスを殺せるだけに飽き足らず、この足を追い抜こうとすらしている。

大戦の初陣、まさか一度目の激突でこれほどまでの英雄と戦えるなんて思いもしなかった。

 

まだまだ世界はアキレウスが駆け抜けていない境地に充ち溢れていた。

それが嬉しくて仕方がなかった。

 

「ここからが本番だ〝金〟のランサーよッ! 俺はまだまだ力も技も宝具も出しきっていないぞ!

この〝赤〟のライダーを倒したくばおまえのすべてを俺にぶつけてみせろ!! 出し惜しみなどしてくれるな、でなければおまえをこの世界に置いていく!!

さあ―――さあ! 俺に追いつけるか!? 俺についてこれるか〝金〟のランサー!!」

「……よくもまあ、舌も噛まずにそこまで喋れるもんだ」

 

面白い遊びにはしゃぎ回る無邪気さと、虫を弄くり殺す残酷さがある子供のように、〝赤〟のライダーは笑顔を向ける。

〝赤〟のバーサーカーとは違う異質の笑み。

不気味さは無い。

だが恐ろしさは比じゃない。

ギリシャ屈指の大英雄が自らの手で打倒するに相応しいと思われたのだ。大変名誉であることは間違いないが―――これ以上ないほどの死刑宣告だ。

 

 

だが、それが何だというのだ。

 

 

「ついてこれるかだと?」

 

〝金〟のランサーの飄々とした態度がなりを潜める。

顔には血管のような筋が幾重にも迸り、見るものを恐怖へ引き摺り降ろす。

〝赤〟のライダーの宣告は〝金〟のランサーの中の猛獣を呼び醒ました。

この〝金〟のランサーを、〝クランの猛犬〟と謳われた〝光の御子〟の尻尾を踏んだのだ。

 

手前(テメ)ェがついてきやがれエエエェェッ!!!」

 

『コイツは俺の手で殺す』

二人のほぼ同じ共通認識が出来上がった。

戦いは果てしなき彼方へと向かっているかのように、まるで終わりが見えない。

 

この二騎の戦いは、まだまだ序章に差し掛かっているだけであった。

 


























目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴラド三世の誇り 上

 

 

 

 

 

結論から言おう。

 

 

〝黒〟のランサー、キャスター、ライダーの前に現れたのは〝金〟のサーヴァントだった。

 

 

そのサーヴァントは交渉でも取引でも、対話に来たわけでもなかった。

口を開かず、言葉を語らず、名乗りを上げることもなく、握りしめた武器を片手に三騎のサーヴァントを相手に戦いを挑んだのだ。

 

 

間違いなく蛮勇と呼ばれる行為である。

その無謀、無理は先の〝赤〟のバーサーカーで立証済みで今更特筆すべき事柄はなく、ただ絶望を重ねることしかできない。

 

絶望とは〝黒〟のランサーがヴラド三世である事だ。

聖杯大戦開催地たるルーマニアにて最大の英雄とされるランサーは、海外ではドラキュラ伯爵のモデルないしそのもの(・・・・)のイメージが強すぎて血に飢えたバケモノと見られるのが殆んどだが、故郷(ここ)ではメフメト二世率いるオスマン帝国を守りきった偉大な王と看做されている。

英霊の源である信仰、知名度はことルーマニアに関してはヴラド三世の右に出る者はおらず、受ける恩恵は非の打ち所がないほど大きな力になっている。宝具とスキルは彼の人柄と生涯を如実に表し、より強力無比で極悪非道な恐ろしさとなっていた。

これだけの強さを授かっているランサーに対抗できる英雄ともなれば、それこそルーマニアでも知らない者はいない世界的知名度を誇る大英雄しかいない。

その一例が〝赤〟のライダー、アキレウスだ。武勇譚は無論のこと、彼が人体の名称に冠されるほど広く知れ渡った知名度を持っているのに疑いの余地は無く、黒の陣営最強のランサーを斃せうる可能性を持っている。

 

だがそれでも、アキレウスが相手でもヴラド三世に幾分アドバンテージがあるだろうとマスターのダーニックは思う筈。魔術師の英霊たる〝黒〟のキャスターも同じだ。それ程までに、地元の知名度は重要な位置にある。今のヴラド三世はイングランドで喚ばれ(・・・・・・・・・・)たアーサー王(・・・・・・)ギリシャで喚ばれたヘ(・・・・・・・・・・)ラクレス(・・・・)に等しいほど限りなく全盛期に近い存在となっている。

 

この国の英雄。このルーマニアを護ってきた愛国者は、最大限の力を振るうことが可能なうえ、遂には生前恵まれなかった優秀な部下(黒のサーヴァント)をも手に入れた。

これ以上ない戦力に恵まれれば、恐れるものなど何も無い。後顧の憂いなく、聖杯で望みを叶える為に全身全霊で大戦に挑む姿はまさに小竜公(ドラクル)に相応しい風格に漲っていた。このランサー率いる黒の陣営を見て負ける未来など誰にも見えはしない。ユグドミレニアの誰もがそう思っていた。

 

しかし、彼らは失念していた。

自分たちの戦う相手もまた英雄(・・)であるということを。

 

言われなくても分かっているとマスター達は思うだろう。特にダーニックは冬木の第三次聖杯戦争経験者として、英霊がどれだけ出鱈目な存在であるのかをちゃんと理解している。理解していたからこそヴラド三世を自身のサーヴァントに選んだのだ。

 

 

ユグドミレニアが分かっていないのは、ヴラド三世と対峙している〝金〟のサーヴァントの正体がなんであるかだ。

 

 

–––––英雄とは、どんな存在であるか?

 

英雄とは、どんな絶望的な状況でも決して屈せずに艱難辛苦を乗り越えていく者。

英雄とは、誰もが勝てない強大な敵でも不撓不屈に立ち向かう者。

英雄とは、神や悪魔(超常の存在)をも恐れない者。

 

それら全ては英雄と呼ばれる為の条件であり、英霊(サーヴァント)の戦いは突き詰めれば逸話の大小高低を競う闘争でもある。

当然、その中には頭の一つや二つが抜きん出て、強さが一段も二段も勝り、凡百の英霊とは一味も二味も違い、霊格が一線も二線も超越した英霊が存在する。

 

例えるならばそう……

 

己の罪を償う為に、不可能と言われた十と二の難行を成し遂げ。

鋼の皮を持つ人喰い獅子、無限の再生力で蘇る大蛇、宇宙を進撃する巨人ら怪物たちに立ち向かい。

最大限の知名度補正を持った悪魔(ドラクル)ことヴラド三世をも恐れない世界の英雄(ヒーロー)

 

〝彼〟ほどの英雄ともなればルーマニアだろうと何処であろうとその武を遺憾無く発揮することになるだろう。

 

 

 

 

現れた〝金〟のサーヴァントの正体は、英霊の中でも選りすぐりの英霊にして、真の英雄を体現せし者。

 

 

 

それすなわち、ギリシャ神話最大最強の漢。

 

 

 

 

 

 

巨人と見紛う巨躯を持つ巌のような彼のその名は––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランサーが〝赤〟のライダーと戦ってますね。うーん、やっぱり良い、英雄同士の戦いぶりは。ハラハラドキドキ、ウズウズワクワクして興奮が収まらない。そうは思いませんか?」

「君の感想はどうでもいい。それよりも、聖杯を取る気があるのなら早くやってしまったらどうだ? 私はさっさとこの戦争を終わらせて君との契約を破棄したいのだがね」

「え、そうなんですか? だったら早く言ってくれればいいのに。別にそれでもいいのであなたの思う通りに動いてくださいよ。魔力が心配だったら他のマスターを見繕いますし」

「思う通りに動いているから君と契約を組んでいるのだ。この戦争を終わらせるのが私の望み。甚だ遺憾だが、君ほど優れた魔力供給源は存在しないだろうよ」

「ふむ、僕はていのいい魔力タンクってことですか。じゃあ貴方は全く戦う気はないと?」

「少なくとも、君のために戦う気はさらさらない。命を奪い気はないが、護る気もない」

「なるほど、今回の貴方は彼女(・・)の為に戦うということですね」

「……この戦争を終わらせるためといったろう」

「はっはっは、照れなくてもいいじゃないですか。憧れた女性の為に戦う、実に結構、いや、素晴らしい! それとも……もしかしたら嫉妬ですかね? 彼女の望みは言うなれば––––––ってちょっと剣を向けないでくださいよ! 命奪う気ないっていったじゃないですか!?」

「命はな。減らず口をたたくなら死ねない地獄を味あわせるのも吝かではない」

「物は言いようってヤツですね––––あっごめんなさいもう言いませんから、ねえちょっと剣しまって!」

「まったく………………いい加減始めたらどうだね、君の言う聖杯奪取を。それとも口先だけのデマカセだったのか?」

「いやそれはないですよ。でなきゃヴラド三世に()を差し向けたりしませんし」

「ああ、〝彼〟か……君は本当に聖杯に興味がないのだな。なぜ〝彼〟ではなく私を〝アーチャー〟のクラスに据えたのだ。こんな無銘の英霊などよりもよっぽど強力なサーヴァントになっただろうに。あれでは本来の実力を出せずに戦う羽目になるぞ」

「本来の実力……ねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああも三騎のサーヴァント相手に暴れまくってる姿見たら、最強のサーヴァントって感想しかなくないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。まあ……確かに––––––最強のサーヴァントだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♯ある一方通行(・・・・)を見ていたマスターとサーヴァントから抜粋した対話の一部♯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極刑王(カズィクル・ベイ)ッ!!」

 

地の底から地獄の怨嗟もかくやと恨み辛みが杭と成って具現化する。

串刺し公の名に違わぬ宝具【極刑王(カズィクル・ベイ)】のカテゴリーは対軍。国を相手取り、国を護る為に多くの人間を串刺し処刑した大量の杭こそヴラド三世の威厳にして畏怖の象徴、恐怖の権化。3秒あれば500の命を刺し殺すさまは正に悪魔の所業と言っても過言ではない。これだけの残虐を生前に行使してはドラキュラと言われても文句など言えはしない。

 

だが、〝黒〟のランサーは大いに反論したかった。

国を守る為にやった。

仕方がなかった。

他に手立てが無かった。

そうしなければルーマニアはオスマン帝国に蹂躙されていた。

 

否……否、この時は自身の風評被害のことを反論したいのではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

襲いかかる杭の群れが地獄の怨嗟なら、〝金〟のサーヴァントがあげた咆哮は閻魔大王の一喝か。

死者にも拘らず地上へ這い上がった愚か者を言い訳の余地無く死刑に処する殺戮の執行者。

戦斧染みた無骨な大剣を振るえば、それだけで杭は粉微塵になって消える。次から次へと、前後左右何処から来ようと迫って来る杭を一振り二振りで完全に無へ返し、直接触れずとも剣圧のみで杭を破壊し尽くす。

何度も何度もただそれだけの単純作業しかやっていないにも関わらず、〝金〟のサーヴァントは一千の杭を、八百の杭を、二千の杭を、爪楊枝でも圧し折るかのように壊してみせ、ついには〝黒〟のランサーへと辿り着くための活路を確保していた。

 

 

「■■■■■■■■––––––––––ッッ!!!!!」

 

 

好機と見たか、耳が劈く音の砲弾を放ちながら〝金〟のサーヴァントは〝黒〟のランサーへ肉迫する。杭が追いつけない、〝金〟のサーヴァントを押し止める杭の生成が間に合わない破壊を齎し、純粋な足の速さで切り抜ける。魔力供給が充足ならほぼ無限に生み出せる杭の群れを、破壊したその僅かな隙間を器用に縫うように、思わず見惚れてしまいそうになるほどに見事な突破口を切り開いている。

パワーだけのデカブツでは断じてない。あの巨体のどこにそんなスピードを出せるのか、同じ巨体でも〝赤〟のバーサーカーとは大違いの戦いの豪快さはさぞ高名な英雄であったのだと認めざるを得ない。

そうしてついには斧剣の間合いに入り巨大な腕を振り上げる〝金〟のサーヴァント。だがこれは一対一の戦いではない。そうはさせずと横から現れ出でたのは〝黒〟のキャスターのゴーレムだ。重さ1トンはくだらないゴーレムは軍団蟻のように〝金〟のサーヴァントに群がり、流体と成って固まり腕と脚の動きを封じている。

 

「この数でやっと止まるか……ライダー!」

「どおおりゃああああああああっっ!!」

 

キャスターの合図に、〝金〟のサーヴァントに対抗するように声を張り上げながら〝黒〟のライダーは空から一気に降下する。

ライダーが騎乗するのはヒポグリフ。グリフォンと雌馬の間に生まれた【この世ならざる幻馬】である。本来の能力は〝次元跳躍〟という移動と回避が主な役割だが、その突進による粉砕攻撃はAランクの物理攻撃に匹敵する。

ゴーレムによって身動きが取れない〝金〟のサーヴァントは防御の構えすら取る暇もなく、ヒポグリフの突進を受け入れるしかない。

 

そう思っていた。何故なら〝金〟のサーヴァントを拘束しているゴーレムはあの筋肉のバケモノ(赤のバーサーカー)をも動けなくさせたのだから、似たような成り形をしているこの巨人も同じように完全に封じられていると思うのは至極当然といえる。

 

この時ライダーが考えていたのはどんな事だったのか。

三騎のサーヴァントを相手に互角以上の戦いをしている〝金〟のサーヴァントへの恐怖と、恐怖に立ち向かう勇気か。

明らかに格上の〝金〟のサーヴァント相手に戦う姿勢を崩さないのは〝理性蒸発〟のスキル故だ。自身や味方の真名と弱点をうっかり口にしてしまう笑い事ではすまされない呪いがあるも、戦闘面に於いてはどんな相手でも物怖じせず、精神的圧迫・攻撃にも一歩も引かぬ勇猛果敢さが手に入り、理性のタガが外れている影響で〝怪力〟スキルをも会得している。隠し事ができないといっても敵と話をする機会など早々ありはしないのを考えれば決して欠点だけのものではない。

更にこれには〝直感〟スキル同等の効果を発揮することが可能だ。自分にとって最適の動き、最善の選択を取得し戦場を有利に運べるのは大きな利点となっている。

 

この時もそうだ。

〝金〟のサーヴァントへの突撃の最中であろうとも〝直感〟は働いている。

ヒポグリフ渾身の突進まで一秒と掛からず激突する。それに間違いはない。

だがライダーの脳裏に駆け巡るのは勝利の光景でも〝金〟のサーヴァントの消滅でも無かった。

 

 

 

––––––––––死。

 

 

 

他人事みたいに映る、自分の死の未来だった。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■––––––––ッ!!」

 

 

 

〝金〟のサーヴァントの筋肉が膨れ上がったように見えた。

ヒポグリフ渾身の突進までの、一秒にも満たない刹那の間に〝金〟のサーヴァントは容易くゴーレムの拘束を破壊した。

何も特別なことはしていない。ただ全身にめいいっぱい力を込めて(・・・・・・・・・・・)壊しただけだった。

 

激突の瞬間。〝金〟のサーヴァントは拳を振り上げながら身体を弓形の如く捻り攻撃を溜め、〝黒〟のライダーにカウンターを叩き込もうとする。

ヒポグリフの飛行速度は純粋に速い。しかし突撃という性質上タイミングを合わせての〝反撃〟は容易い。まして動けないと思っていた相手だけになんの計りもなく真っ直ぐ突き進むのなら反動も半端じゃない威力となってライダーに返ってくる。

無論、時速400km以上の速度で攻撃する幻馬にカウンターを喰らわせるなど、最低でも視力と反射神経がズバ抜けていなければタイミングを合わせるのは無理だ。そもそも武器ではなく拳を使うのが可笑しい、腕が千切れるのが落ちだ。

どう見ても無謀にして蛮勇。だがしかし、このサーヴァントはたったいま1対3の蛮勇を覆している英霊。ならばこの蛮勇とて例外には出来ない。

そして〝黒〟のライダーの直感は今尚死を訴え続けており、このままではヒポグリフ諸共殺される未来が見えていた。

 

–––––––ッソ!? 真名解放だ!

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)】の能力を全開にする。

精一杯の抵抗、今できる最善の方法を取った〝黒〟のライダーは良くやったといえるだろう。

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)––––––––」

 

だがそれで最良の結果を手繰り寄せられるわけではない。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––ッッッ!!!!」

 

 

 

疾風の如し–––––否、〝赤〟のライダーのような目を見張る早さよりも、耳に轟く力強さは〝稲妻が如し〟と表現するのが似つかわしい。

まさに天から降り注ぐ神の(いかり)に見紛う、とてつもない拳打(パンチ)だった。

 

「ゴ、ぶ–––––」

 

それしか浮かばないほどに意識を奪い、痛みを与える一撃だった。馬上にいたライダーを正確無比に狙い撃ち、全身に響き渡る振動が隈なく肉と骨をミンチにしてミックスにする。完全回避が(・・・・・)間に合わなかったライダーは抵抗もできず森の奥深くへと吹き飛ばされていった。

 

取り残されたヒポグリフは主人の元に駆け寄る……ことなく〝金〟のサーヴァントに片腕で首を絞められもう片方でがっちり抑えるサブミッション…チョークスリーパーをかけられた。

幻獣種といえど〝金〟のサーヴァントの巨腕で気道を圧迫されるのは苦しいのか、段々と弱まり白い泡を吐くのはそう遅くなかった。

抵抗も弱まればこのまま死するが、〝金〟のサーヴァントはそんなものは待たずにヒポグリフの頭に手をやると首を思いきり三百六十度回転させ捻り切る。

幻獣種にあるまじき鶏のような断末魔をあげながら呆気なくヒポグリフは消滅していった。掛かった時間は他サーヴァントを気にする必要もないほど素早く手際良い(手慣れた)処理であった。

 

「……化け物だな」

 

〝黒〟のキャスターの意識しない自然と零れ落ちた所感は〝黒〟のランサーの所感であり、見守っているユグドミレニア(マスター)の代弁だ。

絶句しかなかった。頭の中は言葉が見つからず、何をすればいいのかも分からなくなっていく。

 

 

それ程までに圧倒的で、絶対的な強さだった。

 

 

「おのれ……っ」

 

一瞬と言っても差し支えないだろう。〝黒〟のライダーを撃破したのは。

死んでいるかは分からないが、生存は絶望的だ。仮に生きていたとしてもヒポグリフを殺されては騎乗兵(ライダー)としての力はゼロに等しい。〝金〟のサーヴァントもそれが分かっているのか、追い討ちはせず〝黒〟のランサーを見据えている。

 

ランサーは今こそ自身を悪魔(ドラキュラ)と罵る世間一般に声も大きく反論したかった。

 

–––––このヴラド三世が悪魔なら、その悪魔を物ともしない彼奴はなんなのだ? アレこそ正真正銘の悪魔ではないか!?

 

ランサーは、そしてライダーも油断などしていなかった。話に応じようが応じまいが敵を前に気を許すなんて馬鹿げたマネはしない。いきなり襲いかかるのも予想の範囲内、その上であの〝金〟のサーヴァントを迎え入れたが、結果は散々だった。

〝赤〟のバーサーカーには十分に効いたランサーとライダーの宝具、キャスターのゴーレムは、その巨体に見合う怪力で破壊され、その巨体に見合わぬ俊敏さで見切られ、挙句ライダーはリタイアとなった。

 

「–––––––––––––––––」

 

残り二騎。次はお前だ。

そう〝黒〟のランサーに宣言するかのように斧剣を構える。

現れてから今まで〝金〟のサーヴァントは沈黙か雄叫びを上げるだけで一言たりとも言葉を発していない。

喋らないのではなく、喋れないのだ。

信じがたいことに、この〝金〟のサーヴァントはバーサーカーのクラスで現界している。

本来は弱小サーヴァントが低ステータスを底上げする為の三流クラスとされているバーサーカーが、今や超級サーヴァントと化している〝黒〟のランサーを圧倒しているなど一体誰が信じられようか。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––ッ!!」

 

 

驚愕を表す暇も〝金〟のサーヴァント–––––バーサーカーは許さず、再び〝黒〟のランサーに肉薄せんと突貫していく。

ランサーの取れる手段はごく僅か。使える宝具(・・・・・)は【極刑王(カズィクル・ベイ)】一つしかない。攻防一体、移動にも使える多種多様な使い道があるが、今は何の意味も持たない。

とにかく大量の杭が必要だ。絶え間無き杭を、無限の杭を出し続ける。それを前提として重要になるのは生成するタイミングだ。真実無限の数を繰り出す【極刑王(カズィクル・ベイ)】も事実として一本一本の杭の威力は低く、速度も遅い欠点がある。それを補えるほどに数が多いが、あの〝金〟のバーサーカーの恐るべき破壊規模ではあっという間に杭が無くなり、速度が遅いという短所を容赦なく突いてくる。多数のゴーレムでも足止めにすらならず、むしろ杭を受け止める盾か踏み台として利用されてすらいる。

最早打つ手なしとも言える状況と思えるかもしれないがしかし、まだ【極刑王(カズィクル・ベイ)】はその特異性を発揮していない。この宝具の強みは万による〝数〟の超物量攻撃であるが、〝真の強み〟は〝杭で一撃を与えた事実〟を作ることにある。

何とかして一撃。一撃さえ当てれば勝機が見えてくる。あの〝赤〟のバーサーカー以上の(マト)の大きさなら必ず当たる。

とはいえそれは自身の手にした(・・・・)杭でという条件がある。アレに近づくなど死にに行くようなものなのは誰の目から見ても同じだろう。

ランサーは王であって兵士にあらず。〝黒〟のセイバーのような勇者でもなければ、手に槍を持って武を示すこともできない。彼がやってきたのは防衛。防御こそが最大の攻撃。嘗てオスマン帝国を跳ね除けた鉄壁と蛮族の蹂躙を食い止めた粛清を、〝金〟のバーサーカーに叩きつけるしかない。

強烈な義務感が全身を縛る。我が領土を穢し、犯した狂獣を牛革の鞭で徹底的に躾直し、必ず殺す。

新たな殺意を糧に、杭は生い茂る。ホムンクルスたちから魔力を搾り取り、〝金〟のバーサーカーへの手向けの花をバーサーカー自身で創り出すために杭を刺し出す。

 

「さあ、死ね –––––貴様の頭蓋と心臓でその蛮行を贖うがいい!」

 

ランサー(ヴラド三世)という国そのものを一人で相手取る愚かしく傲慢な英雄に牙を剥くのは二万の杭。そしてそれは発動時に出せる数でしかなく、魔力が途切れない限り何度でも二万の杭が生成可能なのだ。

 

それでもランサーは不利な状況になっている。ならばいよいよ此の手で槍を当てるしかなくなるが………それしかないのならやるしかない。

やらねば自分は死ぬ。それは黒陣営の敗北に他ならないのだ。それは絶対に認められない。

己が名誉の復権……吸血鬼ドラキュラの汚名を雪ぐのが〝黒〟のランサーの聖杯への望みだ。

自身の過去を否定はしないが、自身とは関係ないところで国を護った道程を、吸血行為の所業として穢されるのが許せないランサーは、サーヴァントの中でも随一の聖杯大戦への意気込みを見せている。

問題ない、いつも通りだ。不利な戦いなど生前に幾度もくぐり抜けてきた。それを覆してこそ英雄に相応しい存在。これが血塗られた忌み名であるドラキュラを消し去るための試練だと言うのなら、悉くそれを撃退してみせよう–––––!

 

 

「–––––––––––」

 

 

……ああだが、悲しきかな。

ドラキュラという名を消し去るには聖杯の奇跡に縋らなければ叶えられない無理な(・・・)願い。

もし〝金〟のバーサーカーが〝黒〟のランサーへの試練だとしたら、それは途轍もなく厳しい難題を吹き掛けるに違いないのだ。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––ッッ!!!!」

 

 

 

〝金〟のバーサーカーは杭をどうするのか。また斧剣と剣圧で破壊の限りを尽くすのか。あれ程の怪力があれば下手な剣技も必要なく、小細工も気にしないで済む。

 

そう、〝金〟のバーサーカーの怪力があれば、大抵なんでも出来る(・・・・・・・・・)

 

 

こうして地面に向かって斧剣を叩き込めば、地盤沈下を起こすこともできるのだ。

 

 

「ぬあっ?!」

 

予想外の行動に〝黒〟のランサーは面食らう。

地面が大崩落した。大地は大海の津波(ウェーブ)のように揺らめく。それは隕石が落ちてクレーターが広がっていくとも喩えられ、どちらにしろ人の手では為し得ない天災を引き起こしたことに変わりはない。剣を両手で思いきり振り下ろすだけで下手な宝具よりも強力な威力(インパクト)を叩き出し、脆弱な杭を地面(ねもと)ごと粉砕した。この目で見ても信じがたいがそれだけでは終わらない。下へ下へと衝撃のベクトルは進んでいき、石も土も木も巻き込み塵になるが、完全破壊を免れたそれらは散弾銃のように辺りに飛び散る。

足場を無くし躱すこともできない〝黒〟のランサーは咄嗟に自らから生み出した【極刑王(カズィクル・ベイ)】で弾いていく。〝量〟で攻める自分が〝量〟に梃子摺らせられるなどと、小さな苛立ちを発散するように次から次へと面倒な塵屑を破砕し片付ける。〝金〟のバーサーカーがどこへ行ったのかを探っているも、まともに直視が出来ないくらいの土煙と塵芥に視界が遮られている。

 

「ええいっ、こんなものでどうにかなるとでも思ったかッ!?」

 

なんて事はない、理性を無くしているバーサーカーらしい無意味な攻撃だ。神秘の宿らない大地の破片などさしたるダメージも通らない。杭をなんとかする意図が主だろうが所詮その場凌ぎ。それどころかヤツは自らを窮地に追いやったのだ。

 

〝金〟のバーサーカーは杭を避ける為に自らも浮遊状態にあり、何も出来ない。

ランサーは大穴に落ちる前に杭を召喚して足場を形成した。こうして先に着地して地の利を得られれば相手だけを罠に嵌める事ができる。

大穴の底を杭で埋め尽くし串刺しにする。暴れはするだろうが羽根を持たない雀蜂など恐るるに足りない。ここまでの災害を齎した力量は認めるが、無駄に力を行使してしまうのなら宝の持ち腐れだ。

 

あらかた衝撃が弱まり視界が大分マシになった。【極刑王(カズィクル・ベイ)】の射程範囲に入った瞬間に発動する為に〝金〟のバーサーカーを探せば、ランサーよりも下方に落ちていた。

 

「苦肉の策もここまでのようだな」

 

顔が嗜虐に歪む。これで締めだ。

いよいよ年貢の納め時と【極刑王(カズィクル・ベイ)】を発動しようとした。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––ッ!!!!」

 

 

 

その時だった。

 

 

〝金〟のバーサーカーが、斧剣をランサーに向かってぶん投げたのは。

 

 

 

「な……」

 

思わず漏れた声はどういった感情(もの)か。

せめて一太刀、一矢報いようとした悪足掻きに対する嘲笑か。

脚で踏ん張りもせずに腕だけでミサイルばりの射出をかました腕力に対する驚愕か。

 

……回転して突撃する斧剣(アレ)を防がなければ自分は死ぬ運命に対する恐怖か。

 

極刑王(カズィクル・ベイ)イイィィィィイイイィィィィィッッッ!!!!」

 

全てを引っ括めた全霊の叫びで宝具を発動させる。

杭が盾となり領王を守ろとするが、斧剣は御構い無しに只管回転し突き進んでいく。

空間を切り裂く鎌鼬のように杭は瞬く間に斬られ抉られ、〝黒〟のランサーまであと一歩の間合いに入り–––––––––––

 

「く……ッ!?」

 

本能で察した危機感で〝黒〟のランサーは足場を飛び退いた。轟音を撒き散らしながら着弾した足場(くい)は当然のように消え失せ、二度目の爆風が襲い掛かる。さすがに腕のみの力では地割れ時より威力は弱かったが、それでも殺傷力が有り余る兵器に変わりなかった。

冷や汗が出るのを止められない。理性無き獣が、無いなりに振り絞った戦術なのか。いや、ライダーを倒した手腕(カウンター)から見るにバーサーカーとしての狂化ランクが低いのかもしれない。狂戦士というよりは野生の猛獣に近い形で理に適った行動を取っている。

だが狂化が低かろうと獣は獣。バーサーカーはどこまでもバーサーカーでしかない。投擲による攻撃を狙っていたとしても失敗しては無意味、ましてその後のことなど考えもしていないだろう。

 

 

 

「子供騙しの浅知恵ではその程ど、っ、ダッ」

 

 

 

今度こそ終わりだ。

 

……と、そう言おうとした口が浮いてしまったのは、ランサーの体もまた浮(・・・・・・・・・・)いてしまったからだった(・・・・・・・・・・・)

 

「––––––––あ?」

 

自分の意志ではない力が降り注いでいる感覚だった。

 

「あ–––––––––ガ」

 

胴を無理矢理凹まされた感触に支配される。

磁石に引っ張られるみたいに体が後ろへ 持っていかれ、引っ付けられる。

疑問符をぼやいた口から、大量の血が溢れ出る。

 

激痛が、走る。

 

「ガア、ア、ァアアアァ、ァアアアアアアアアアア?!!」

 

痛みと疑問が鬩ぎ合い、辛うじてランサーは思考ができるだけの意識を維持していた。

胴に異物がある。ランサーはソレ(・・)に刺さっており、〝金〟のバーサーカーによって出来た断崖に張り付けられている。

 

何が起こった?

攻撃されたのか?

〝金〟のバーサーカーか?

他のサーヴァントか?

そもそも何が飛んできた?

 

ぎこちない動きで目線を下にやれば、刺さっていたモノ(・・)が何なのかが見えた。

痛みを他所に、驚愕に脳を占拠された。

 

「な"、に……?」

 

()だった。

 

ヴラド三世にとってあまりに慣れ親しんでいる杭が、〝黒〟のランサー(ヴラド三世)へ逆らったかのように腹を突き刺していたのだった。

 

一体なぜ、何が起きたのか––––––そんな疑問に思う事ではない。こんなのは子供騙しの浅知恵で簡単に分かる事だ。

 

〝金〟のバーサーカーが大穴を開けた時、崩壊する大地と一緒に落ちた杭を一本掴んでいた。それを投擲した。それだけだ。崩落時は視界が最悪であり、回復した途端に斧剣が接近してきてと、一々杭一本掴んでいることなどランサーは気付きもしなかった。

尤も、それよりも致命的だったのが斧剣を防ぐために極刑王(カズィクル・ベイ)を使用したこと、使用して直ぐに飛び退いてしまったことだ。一度に発動できる杭の最大数二万は確かに脅威だが、一度でも発動してしまえば次に発動するまでのタイムラグはどんなに短くとも発生してしまう。その時間帯の中で空中へ翔び立つのは裸の身を晒すも同然である。

〝金〟のバーサーカーはそこを狙った(・・・)。〝黒〟のランサーが無防備になった瞬間を見逃さなかったのだ。斧剣に夢中で、避けた時は九死に一生を得た安堵を抑えられずに周囲への警戒を怠っていたのも大きな致命傷だった。

結果、〝黒〟のランサーは串刺しにされた(・・・・・・・)

串刺しにするつもりが逆に串刺しにされるなんて、串刺し公が串刺されるなんて、筆舌し難い屈辱であろう。

 

 

 

だが……だがそれ以上に、耐え難いものがランサーにはあった。

 

 

 

「ギ、……ぎ、ざ…ギザマァァァァァアアアアアアアア……ッ!!」

 

口の中に血が入った(・・・・・・・・・)

口に溜まった鉄の味に不快と嫌悪が湧き上がる。血のかたまりが舌に広がり、神経を逆撫でる。

––––––不愉快。

ヴラド三世こと〝黒〟のランサーは燃え滾る憎しみを込めて〝金〟のサーヴァントを睨みつける。

己の臓物からのものであろうと血を口に含めるなんて、吸血鬼染みた真似(・・・・・・・・)をさせられるなど我慢できる事柄ではない。

自らが傷付けられたことなど頭に無く、ただその一点にのみ憎しみを装填して〝黒〟のランサーは宝具を解放する。痛み(いかり)に苛まれながら、ランサーはやるべきことをを見過ごさなかった。

〝金〟のバーサーカーの着地前、射程範囲に入り【極刑王(カズィクル・ベイ)】での一斉攻撃を開始した。杭は巨大生物の顎となって〝金〟のバーサーカーを噛み千切ろうとする。

 

 

「オオオオオオオオオおおおおおおおおぉぉぉッッッッッッッ!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––––ッッ!!!!」

 

 

案の定〝金〟のバーサーカーは暴れているが、蟻地獄さながらの捕食態勢には足掻けば足掻くほど(きば)を突き立てるようだった。

驚嘆すべきは〝黒〟のランサーか。串刺しの重傷で宝具を発動し続けるのは尋常な精神力ではない。それほどまでに〝金〟のバーサーカーはヴラド三世の誇りを傷付けたのだろう。

 

そうしてついに【極刑王(カズィクル・ベイ)】は〝金〟のバーサーカーを飲み込んだ。

穴の底は閉所ゆえに逃げ場がなく、杭の速度が遅いという短所も補っている。さすがの怪力も武器を持たない状態で全てから身を守ることは出来ず全身を杭で刺され、杭に埋もれ、姿が見えなくなるまで杭に攻められ生き埋め状態になっていった。

 

不意の静寂に、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになった。熱かった頭と身体が急激に冷めていき、〝黒〟のランサーは隠しきれない安心感を己に許していった。

 

「はあ、……は、ぐ……ハア、…………はあ……」

 

終わった。

 

終わったのだ。

 

悪夢に魘されていたとしか思えない蹂躙劇からようやく解放されたのだ。

 

だがこの夢から醒めるための代償は少なくない。

戦闘用ゴーレムは半数以上削られ、ライダーは消息不明。生きていても戦力としてはガタ落ちだ。そういえばキャスターの姿が見えない。まさかさっきので殺られたとは思わないが、確かめようもない。今は自分のことで手一杯だった。

〝黒〟のランサーの傷は深い。不幸中の幸いで霊核に深刻なダメージはなかったが、とてもじゃないが1日2日で治るようなものではなかった。もし他の〝金〟か〝赤〟のサーヴァントが攻めてきたら……いや、傷の治りなど後で時間をかければいい、今は一刻も早くこの刺さった杭を抜かねばならない。

 

「手間を、かけさせおっ––––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––––ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––––その必要はないと、絶望が下から這いずり上がってきた。

 

 

 

 

「な、ん–––––」

 

杭の山が爆発し、中から出てきたのは悪鬼の如き巨漢、〝金〟のバーサーカー。

生きていた。

あの杭を、万を超える杭をくらいながら〝金〟のバーサーカーは立ち上がった。その恐ろしき姿は些かの疲労も痛みも見せつけない。

否、それどころの話じゃない。その巨大な岩石の塊のような身体には傷ひとつない。全くの無傷(・・・・・)だ。

 

–––––そんな、馬鹿な。

 

見た目通りの頑丈さなんかで片付けていい問題ではない。〝赤〟のバーサーカーですら杭の攻撃には身を貫かれたというのに、一体〝金〟と〝赤〟になんの違いがあるというのか。

 

……宝具しかない。

あんな不条理を実現可能にするものなど宝具以外に考えられない。

攻撃の耐性か無効。どちらにせよ間違いなく〝黒〟のセイバーと同じタイプの宝具を所有しているのは間違いない。

筋力、敏捷、さらには耐久まで……このサーヴァントはどこまで規格外を詰め込んでいるのか。

しかし、だったらなぜわざわざ杭を破壊していたのか疑問に思うも、なんてことはない、鬱陶しいハエを追っ払っていた感覚なのだろう。

手を下す価値がないのではなく、目障りで仕方がなかったのだ。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––––ッッ!!!!」

 

 

 

最初から、〝黒〟のランサーはこの怪物に勝てっこなかったのだ。

迎撃も防衛もできなかった。やはり重傷の身体で宝具を発動するのは無理があった。次に無理矢理発動したら今度こそ霊核に欠陥が生まれ消滅するだろうが、そも、アレを殺せる(・・・)杭を出せない。手に杭を持てる力すらない。

 

時間がひどくゆっくりと感じる。此方に猪突猛進と駆ける〝金〟のバーサーカーが、とても緩やかに時間を掛けて焦らしているかのように見える。

もちろんそんなのは〝黒〟のランサーの錯覚。俗に言う走馬灯というやつだ。にも関わらず生前、過去のイメージに浮かび上がる景色をうまく認識できない。過去を顧みるより現在の悪夢の方が強烈に頭を占めているためか。顧みるべき過去がないからか。

勝利を得るための、戦いだらけの人生。ルーマニアの外は敵だらけで、中にいたのは守るべき民と、腹に一物抱えた貴族くらいのものだった。

ヴラド三世には『人』がいなかった。

単なる人手不足のみではなく、一騎当千の強さを持つ戦士がいなかった。最期まで王を支えてくれる朋友もいなかった。

ヴラド三世は生前も死後もたった一人しかいなかった。ああ、こんな寂しい空白があるから走馬灯もうまく見れないのかもしれない。

 

 

『–––––––––––令呪をもって我が領王を奉る』

 

 

しかし、今は違う。

〝黒〟のランサーには〝黒〟のサーヴァント六騎が、そして自分を現界させる魔力を献上するマスターがいる。彼は決して一人ではないのだ。

耳ではなく脳裏に響く声は走馬灯によるものではない。サーヴァントとマスターとの経路(パス)を通じて聞こえてくる言葉だ。

その内容は令呪の使用。三回限りの奇跡を行使する絶対命令権。それを使えばいかに不可能と呼ばれることでも可能の領域にしてしまう。

 

––––––––ダーニック、か。

 

使用タイミングとしては非常に最適解だ。今正に殺られそうな〝黒〟のランサーでも令呪があればマスターの元に空間転移させることも、宝具を使わせることもできるようになる。

宝具(くい)が効かず、杭が刺さったままでは避けるのも逃げるのもままならない状況からすればマスターの元に帰還させての一時撤退が目的か。ランサー一騎では無理でも〝黒〟のセイバーと〝黒〟のアーチャーが加われば勝ちの目はいくらでも出てくる。応急処置でも治療は必要、連携するためにも令呪の空間転移が無難だろう。

 

〝金〟のバーサーカーが直ぐ近くまで迫ってきたが、ダーニックの令呪の行使の方が早い。

憎悪も屈辱もなにもかもを刻まれたまま逃げ帰るのは英雄として耐えがたいが、黙って令呪に従おうとランサーは思っていた。

 

 

『ヴラド三世よ。宝具【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】を発動せよ』

 

 

 

 

 

……そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジークフリートの幕間

 

––––––––––〝黒〟のランサー率いる三騎と〝金〟のバーサーカーの戦闘開始と同時刻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝黒〟のセイバーと〝黒〟のバーサーカーはイデアル森林を疾走していた。

セイバーはその足で、バーサーカーはどういう原理なのか戦鎚でのホバー移動に近いもので戦場へ向かっている。白いウェディングドレスを着飾った乙女(・・)がバージンロードでなく薄暗い森の中をセグウェイの如く駆け抜けるのは、〝赤〟のバーサーカー程ではないが異常な光景だった。

城へ帰還したり出撃したりと忙しなく扱われているこの二騎だったが、扱われることには慣れているのか、何の不満もなく黙々と従っている。

 

このような事態になったのは〝黒〟のランサーたちへの増援を要望した〝黒〟のアーチャーが発端である。『緊急を要する』『至急向われたし』と達しが来たのだ。

 

そこまでする必要があるのかと疑問はあった。〝金〟のサーヴァントが現れたといっても〝黒〟のランサーを含める三騎に加えての増援は過剰戦力になりミレニア城塞の守りが手薄になってしまうのは考えるまでもない。

それがわからないアーチャーのわけがないが、反論するという思考が無く、求められれば何でも応じるを自でいくセイバーは理由も聞かずに行動を起こした。〝黒〟のバーサーカーは高度な機械仕掛けの(・・・・・・)思考能力を持っているが為従ったが、指示したのがバーサーカーの言葉を理解できるアーチャーであったのも大きな理由であるだろう。

 

しかし、そんな二人でも口には出さなかったがどういう事なのか説明して欲しい気持ちがある。

〝黒〟のサーヴァントの中でもこの二騎はコミュニケーションが上手い方とはとても言えず……はっきり言ってしまえば誰かとまともな(・・・・)コミュニケーションが出来る〝黒〟のサーヴァントはアーチャーしかいない。

それを知ってかしらずか、否、彼なら把握しているだろう各サーヴァントの性質を考慮すれば、疑問(ことば)を発しないセイバーとバーサーカーにもきちんと説明した上で増援に向わせているはずだ。少しの心の痼が戦いでは大きな隙になるのは誰であっても起こりうるものなのだから。

 

だが、アーチャーがそれを言うことはなかった。疑問を解消する前にアーチャーからの念話が途絶えたからだ。

いや、この場合は途絶えさせられた(・・・・・・・・)というのが正しいか。

 

「……………………」

 

〝黒〟のセイバーはミレニア城塞に引き返すべきか判断に迷った。

九分九厘、いや確実にアーチャーは襲撃を受(・・・・・・・・・・)けている(・・・・)

念話を繋いでいる途中に糸が切れたように音信不通となり、いくら待っても言葉が返る事はなかった。最悪の状況が頭の中に過るも、それでもこうして〝黒〟のランサーの元へ向かっているのはアーチャーの声を聞いたが故にだ。

生前のセイバーは人の願いを聞き届ける人生を歩んできた。あらゆる願いを善悪関係無しに、人々の望むものを叶えてきた。英雄たる自分は乞われるのなら何事をも成さなくてはならないと決め、その果てに竜殺し(ドラゴンスレイヤー)という大層な称号と名誉を得たセイバー。そんな彼がアーチャーの乞われる声を見過ごすわけにはいかず、例え本人が深刻な状態でも引き返すわけにはいかなかった。

 

何故なら、アーチャーの声には〝必死〟が孕んでいた。

あらゆる者たちから願いを聞き届けたセイバーだから分かる声の性質、それが彼にアーチャーの願いを聞き届けるべきだと決断させたのだ。

バーサーカーも同じなのかはわからないが、念話を繋いでいる時のアーチャーの様子から只ならぬ事態なのは察したのだろう。

あの大賢者と敬われているケイローンが、幾ばくかの焦りを、切羽詰まる危機感を乗せてセイバーとバーサーカーに〝黒〟のランサーへの増援を願ったのだ。

そこまでアーチャーを思い詰める敵がランサー達の前に現れ、〝黒〟の陣営に迫って来ている。ならばセイバーのやるべきことは一刻も早く敵サーヴァントを倒し、ミレニア城塞に戻る、これしかない。アーチャーほどの実力者ならそうそうやられはしないという気持ちもあるが、〝黒〟の同盟者として、仲間として、彼の願いと同じように、彼自身も助けなければならない。

 

 

 

 

––––––––そうして奔走していくこと暫く、二人は脚を止めた。

 

セイバーは大剣を抜き構え、バーサーカーは唸り声を上げながら戦鎚を持ち上げる。

 

 

 

 

 

「……………………」

「ゥゥゥ」

 

 

だがセイバーとバーサーカーはまだランサーの元に辿り着いていない。

 

この先を通すわけにはいかないと現れた、前方に立ち塞がる敵を押し退けるために武器を手にしたのだ。

 

馴染みの無い格好をした男だ。

セイバーにとってその男が着ているものは知識でしか知らない陣羽織と呼ばれる極東島国の服だった。武器もまた同じ。剣と似て非なるもの、刀である。しかしその刀身は通常のものよりも長く、身の丈ほどもある。刀に詳しい訳ではなく英霊として聖杯に与えられたにわか知識でしか知らないが、あそこまで長いのはそうそうないと思うほどの長刀であった。

 

そんな長刀を持ってこちらを見据えている男もまた、不思議な(モノ)だった。

敵意が無い訳ではない。殺意が無い訳でもない。

なのに何故か、そこには〝静寂〟があった。寒気がするような冷たいものでもない、自然に、ありのまま(・・・・・)に穏やかな闘志が場に流れている。嘗て邪竜と相対した時のような緊張感はなく、〝赤〟のランサーと戦った時のような高揚感がある訳でもない。とても戦うような雰囲気ではない、緩やかで、嫋やかとすら言える気配を感じていた。

 

只者ではない。

今迄に出会ったことのない奇妙な雰囲気を漂わせるこの男に対し、警鐘の音を耳に響かさずにはいられなかった。

 

「––––––〝黒〟のサーヴァントだな?」

「……………………」

「ゥゥゥゥゥゥ」

 

問い掛けにセイバーとバーサーカーは頷くだけでこれといった反応を示さない。二人の性質以前に救援に向かう最中に邪魔が入っていい気分になる訳がない。問答無用に攻撃しないのは不用意に動くのは得策ではないと思う故にだ。

 

「此処は……」

 

男はその目を正面から上へと向けて––––––

 

「此処は、月がよく見えんな」

 

おもむろに発した男の言葉に鼻白んだ。

「此処は通さん」とでも言うかと思いきや、独り言を呟くように顔を上へと向ける。敵を前に目を反らすなんて舐めているとしか思えない行動にバーサーカーの唸り声が強くなるが、しかしセイバーには、それが〝隙あり〟のようには見えなかった。

 

「この森は些か以上に人の手入れが行き過ぎている。使い魔は飛ぶが鳥は飛ばず、戦乱の足音は聴こえるが鈴虫の音色は聞こえない。神秘の秘匿か何かは知らんが、結界など張り巡らせるとは魔術師も無粋な真似をする。其方の根城屋根にでも登らねば風流は楽しめんらしい。

––––––どうだ御両人、あの城からは月がよく見えるか? この街一番の高台から眺めれば、さぞ美しい景観であろう?」

「……………………………………………………」

「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ」

 

……真顔でまったく、まったくもって、なんの関係のない話をしてきた男に僅かな苛立ち(いかり)が募り、バーサーカーは今にも飛びかかってきそうになる。

それを見た男、いやサーヴァントは態度こそ変わらないでいたが、此方に目礼しながらすっと頭を下げた。

 

「いやすまなんだ。以前いた森……山に比べると気落するほど何もないゆえ愚痴をこぼしてしまった。これから死合おうというのに言葉など語るものではなかった。非礼を詫びよう」

 

謝罪の意を込めた姿は、軽薄な言葉遣いとは裏腹に誠心誠意を込めたものであった。普通に、何の気負いもない、あるがままに自分の非を認めて謝った。だが、素直に受け止められない。傲慢な振舞いではないが、誠実というには些かこの男、掴み所がなさすぎる。

あまり見ない人種だけにそう思っているだけなのかもしれないが––––––

 

「その代わり、という訳ではないが名乗らせてもらおうか。

私は〝金〟のサーヴァント、佐々木小次郎。此度の戦ではアサシンのクラスで現界した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………。

 

 

……………………。

 

 

………………………………。

 

 

…………………………………………………。

 

 

…………………………………………………………………………………………沈黙が、場を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒間が空き、禁じられていた口を思わず開けそうになったセイバー。

 

––––––––いまこのサーヴァントはとんでもないことを言わなかったか?

 

「ん? 聞こえなかったか? ではもう一度名乗ろう。

〝金〟のアサシン、佐々木小次郎。

それが今の(・・)私の名。其方(そなた)らと果たし合う男の名だ〝黒〟のセイバー、そして〝黒〟の姫君よ」

「ゥ、ァ–––––––ゥゥゥゥィィッ」

 

呆気にとられた〝黒〟のバーサーカーの唸りが警戒に変わった。セイバーも同じ反応だ。

聞き違いはしても言い違いなどする筈もない真名を軽々しくも確かな敬意が見て取れる名乗りに、感服より警戒が勝るのは当然と言える。

英霊の真名は秘匿されて然るべきだ。聖杯戦争において真名を知られるのは不利益しか生まないのは周知の事実。その人物の伝説、逸話が調べられれば宝具がなんであるか、そして弱点がなんであるかが簡単に分かってしまう。不死身の肉体を持つ英雄も〝ただし例外がある〟というのは英雄ならではの有名どころ(ポイント)、特に顕著な例が〝黒〟のセイバーだ。他のサーヴァント達に比べても絶対的不利に陥ってしまう。無論、たとえ知られても問題のない、知られても対処しようのない英霊もいるだろうが、わざわざ不安要素を拡散する必要はなく、そもマスターに仕えるサーヴァントなら真名を隠し通すのは当然の責務だ。

 

この〝金〟のアサシン、佐々木小次郎はそれを破った。

生前ならいざしらず、死後に使役される存在に当て嵌められたサーヴァントがそんな事をするのは––––––余程の大うつけか、大物か。

そんな些事は露ほど知らぬと、本人はただ、涼やかに笑みを浮かべるだけだった。

 

「そう睨むな〝黒〟の姫君。なにも化かし合いをしようというわけでもなし、立ち合う相手に名を名乗るのは国を問わぬ礼義。令嬢であられる身では理解し難いかもしれぬが、武士(もののふ)とはそういうものなのだ。

だろう? 〝黒〟のセイバー。 西洋の騎士とてこの作法は……っと、いかんな、もう語り合うのはよそうと言ったそばから…………。どうも私は思った以上にお喋りだったようだ。重ねて詫びよう」

 

 

––––––我らが交えるは言でなく(けん)にするべきだ。

 

 

〝金〟のアサシン(佐々木小次郎)の長刀が〝黒〟の二騎に向けられる。鋒を突き付けるだけで構えなどと呼べない自然体に近い静止状態でいる。

 

「…………、」

 

バーサーカーは既に臨戦態勢へ。

セイバーは––––––心なしか顔を顰めているように見える。

 

セイバーの心は佐々木小次郎の礼義に揺れていた。

「戦う相手には名乗る」…………その通りだ。それは敵に対して最低限といえる義理、最期とも言える礼義だ。

王族として、勇者としての自分が呼び起こされる。〝金〟のアサシンのやったことはサーヴァントとしては失格かもしれないが、一戦士としてその潔さと不敵さは認めざるを得なかった。そして、それに応えることのない自分は、どうしようもないほどの敗北感に打ち拉がれている。

マスターに喋ることを禁じられている以上、名乗ることはおろか名乗れない旨を謝罪することもできない。尤も〝金〟のアサシンはそれについて思う所はないらしく、セイバー、バーサーカー、ともに名乗り返すことを求めずに戦いを始めようとする。本当に自分の流儀を通しただけのようだ。彼が求めているのは言葉ではなく、自身と斬り結ぶ剣のみなのだろう。

 

だが、ここままでされて何もしないのはあまりに〝金〟のアサシン(佐々木小次郎)に失礼だ。

 

「…………バーサーカー」

 

逡巡を捨て、セイバーは隣にいるバーサーカーに言葉を掛ける。今の今まで口も開けなかったセイバーが自分に語りかけた事に驚いた風で振り向いたバーサーカーに、自らの考えを伝える。

 

「俺から仕掛けて初撃を受ける。その後の攻撃は全て捌く。その隙にランサー達の元へ向かってくれ。俺も後から追う」

 

名乗れないならせめて、相手の望む剣戟を、真剣なる勝負をもって迎い入れる。

枷られた自分にできる精一杯の敬意で、だがアーチャーの要望も果たさせてもらう為に、セイバーは一人で〝金〟のアサシンと戦おうとする。

 

「ゥゥゥ……」

 

唸り声しか上げられないバーサーカーが了承したのか否かはセイバーには正直分からない。ただ意思は伝わったという手応えがあった。それだけで十分。

 

「–––––––––ッ!!」

 

一歩足を蹴るだけで莫大な推進力を得る。大剣を大きく掲げ〝金〟のアサシンに威嚇を込めた攻撃を振り下ろす。これを無視すればお前は死ぬと、敢えて見せつけている一閃。人は当然の如く真っ二つに、魔獣だろうと幻獣だろうと一刀のもとに斬り伏せる威力なのが明らかの一閃。

自らに大剣が迫ってきても変わらず〝金〟のアサシンは自然体、至って冷静そのものだった。確かに当たれば一溜まりもない大振りをかましているが、その分隙も多い。振り下ろすよりも早く刀の間合いに近づく。鋒は既にセイバーに向かって伸びていき、首を斬らんと一線を走らせる。

 

「むっ!?」

 

完全に入った。刀はセイバーの首に宛てがり、動脈は断ち斬られるしかなかった筈なのに、斬撃は首で防がれた(・・・・・・)

あり得ない事態に〝金〟のアサシンも驚愕に目を張る。サーヴァントならば鋼鉄を斬るのは珍しくもない。たとえ英霊の装備している鎧や盾にしても宝具として昇華されず、余程頑丈な造りを施されていない限り斬るのは容易い。それを首で受けきるなど、〝黒〟のセイバーが如何に図抜けた頑丈さを誇るのかを物語っている。少なくとも、鋼鉄が斬れる程度ではセイバーは斬れないのだといま証明された。

 

「ゥィィィァァッ!!」

 

続行されたままの振り下ろしを避ける〝金〟のアサシンをセイバーはそのまま斬り掛かり、それに乗じて〝黒〟のバーサーカーは道を突破した。

セイバーの思いが通じたのか、アーチャーの指示を優先したのかは未だ判明しないが、思い通りにいったことに満足してセイバーは〝金〟のアサシンと向かい合う。

 

〝金〟のアサシンはバーサーカーを追う素振りは見せず、寧ろこうなる事を望んでいたかのように薄く微笑む。刀が通らない、鋼鉄以上の硬さの首に物怖じせず、撤退もしないで、そうでなければ面白くないと言わんばかりに〝黒〟のセイバーと戦うつもりのようだ。

果たしてそれは無謀か。

宝具も何も判明していない以上何とも言えないが……不利を覆そうとする不屈(むぼう)は、セイバーの好むものだ。

 

 

「ふっ……」

「………………」

 

 

––––––––ここまで来て、言葉は不要。

 

 

「はっ!」

「…………ッ!!」

 

 

大剣と長刀、二つの得物が担い手(てき)を討ち取らんと鈍く光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

■■■■■■■■■■■の閑話

 

 

 

 

()が辺りに散漫している。

白くぼんやりとした粒子が視界を遮る。

 

まともに前が見えない程濃いのに薄いと感じるのは霞が幾重に重なって見えるからか。近くでは薄く、遠くでは濃い、どこか矛盾を同居させた〝結界〟が〝黒〟のアーチャー(ケイローン)を囲い込んでいる。

視界を封じられるのは弓兵にとって最悪の状態だがそれだけではなかった。

大凡の感覚を狂わせ惑わせる効果が付随しているこの霧の結界は人間ならばじわじわと肉が爛れ、恐怖と苦痛とで心が潰される悪質な殺陣となり、英霊であっても身体の動きを鈍くさせている。

人間にはともかく英霊からしたら微々たる障害だが、埒外の神秘の塊にして精霊の域に在位するサーヴァントに少なくない影響を与えるのはそれだけで一種の奇跡に等しい。

コレはただの霧でもなければ魔術で出来る結界でもない。たとえキャスターのサーヴァントであろうと魔術工房でない限りここまでの結界は早々出来はしない。まして此処は長い年月を掛けてルーマニア屈指の霊脈地に根付いたミレニア城塞。いかに魔術の英霊とて敵地で、この短時間で、神殿はおろか工房すら造れるものではない。

ならばこの霧は宝具。これ一つに限ると〝黒〟のアーチャーは結論付けた。

直接的な攻撃タイプでない代わりに間接的に敵を殺してくる補助タイプの厄介な代物だが、この霧は視界は封じても視覚を封じているわけではなく、他の五感を封じているものでもない。英霊ともなればほんの僅かな聴覚(おと)嗅覚(におい)だけでも相手の居所を感知し判断するのは容易い。感覚が狂わされていようがケイローン程の弓兵なら尚のこと視覚に頼らない狙撃を披露するに違いなく、現に彼は弓を取り出し何本の矢を放っている。

 

まあもっとも今はそんな超常の狙撃は必要とはしていない。

着弾音と破砕音が響き目標を沈黙させたのが確認、続けてもう一本矢を番えて音の鳴る方へ放てばまた音が響く。

放てど放てど待ち構えていればギシギシと音を鳴らしてアーチャーに近づく気配が複数(・・)ある。

アーチャーはそうやって雑兵軍団(・・・・)を倒し、また矢を弓へと番えさせようとして、その前に近づいて来た竜牙兵(・・・)に直の鏃で壊してから矢を放った。

 

「まったく………キリがないッ」

 

数が多過ぎる為に必然的に近づかれてしまったアーチャーは弓を蔵い徒手空拳で雑兵共を蹴散らしていく。正拳、足蹴でいとも容易く砕け散る竜牙兵なれど、倒しても壊しても際限なく湧いて出てくる鬱陶しさにアーチャー(ケイローン)は悪態をついてしまうも、冷静沈着な姿勢は依然そのままだ。徒手では減らせる数に限界があるとみて竜牙兵(ザコ)の持っていた剣を奪い、槍を奪いながら戦っていく様はとても弓兵には見えず、弓術にも劣らぬ剣槍術はセイバー・ランサーのクラスとして喚ばれても何の違和感もないほど見事な匠さがあった。段違いの効率の良さであらかた周囲が片付けば再び弓を持ち矢を放つ。流れるように鮮やかな手並みで処理しているアーチャーだが、それでも竜牙兵が途切れる様子は皆無だ。

相手にしないで脱出を試みようにも、そこもかしこも竜牙兵が混雑し渋滞していてはそれも困難極まる状況になっている。

 

 

 

こんなことになったのは〝黒〟のアーチャーの警戒が疎かになってしまったのが原因である。

ランサー、キャスター、ライダーの前に現れたサーヴァントを見て、ケイローンは戦慄と忘我に囚われてしまったのだ。

大賢者にとってあり得ない失態。賢者なら戦いながら戦略と戦術を構築するなんて並列処理はお手の物。まして戦ってすらなく、ただ一騎の敵を見ただけで思考が一つのみに注力してしまったのは何故か。

 

それは運命に二度も牙を剥かれたからだ。

 

 

 

–––––––––まさかアキレウスだけでなく、〝彼〟まで現界しているなんて…………っ

 

 

 

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶというが、流石の〝黒〟のアーチャー(ケイローン)もこんな事が続けて起こるなんて予想外すぎた。

星の数ほどある英霊の中自身と同じ出身地、自身の生前の知己で、自身が育て上げた教え子且つギリシャ国二強を張る英雄二人が敵として現れるなんて、想像も拒否したくなる緊急事態だ。

 

特に、〝彼〟に関しては世界中の英雄達の頂点と言っても過言にする方が難しいほどの大英雄。〝彼〟を敵に回すとなると〝黒〟陣営最強のランサーですら勝ちの目が低い。それどころか現在いる〝黒〟のサーヴァント全六騎で立ち向かい、持てる全ての(ほうぐ)を出さねば勝ちの目すら出てこない可能性がある。

大袈裟だと誰もが思う見解でも、アーチャーは知っている。〝彼〟の強さと、恐ろしさを。

戦力を出し惜しみすれば一騎一騎が瞬く間に殺られ、一対一で〝彼〟と戦わなくてはならなくなる。その方がよっぽど悪手だ。

 

そうなった時の為にも、そうならない為にも、マスター達への説明を後回しに先ずはセイバーとバーサーカーに念話を繋げてランサー達に援護をと言った時、アーチャーは自らの不覚を知った。

 

冷静でいたつもりでも、やはり二人目(さいきょう)の弟子が現れたのには衝撃を消しきれないでいたのか、辺りが霧に覆われていると気付いた時には既に遅かった。

念話は途切れ、誰にも〝彼〟の真名を告げることが出来ずに孤立してしまい竜牙兵と戦う羽目になってしまった。

不幸中の幸いととっていいのかセイバーに援護の要請は出来た。セイバーの真名はゴルドの方針で真名を身内にも隠しているが〝赤〟のランサーとの戦闘を見れば高名な英雄であるのは確か。セイバーが戦ってくれるのならば最悪の事態は避けられそうではある。が、やはり〝彼〟を知る自分が参戦しなければ焼け石に水の可能性も否めない。

 

こんな無様で情けない姿を晒すなどサーヴァントとして、教師として失格と自嘲するのは後回しに、竜牙兵を蹴散らしつつこの霧を脱出するのに先決しなければならない。

一番の方法は術者を斃すことに他ならないが、霧の中にいる気配はなく、延々と竜牙兵が沸き出てくるだけである。

 

この点だけで、アーチャーは術者の狙いが何なのかが透けて見えた。

 

術者が霧の中にいない。一見して理に適っているようではあるが、それでは霧に閉じ込めている意味がない。ここまで視界を封じることが出来るなら霧に紛れて標的を殺すのが一番、霧の中にいないならいないで中を一掃する絨毯爆撃でも行えばいいだけだ。殺す手段が竜牙兵だけだなんて、宝具との相性が悪いとは言えないが、良いわけでもない。中途半端で、どこかズレている。

術者も霧の中で動けないのか、火力が無いのか。否、宝具として成立している霧を活かす為の連携が竜牙兵だけとは思えない。

〝何か〟がある筈なのだ。ある筈のそれを発動しないのは、時間が掛かっているだけなのか。本当にただ時間を掛けているのか。

 

…………後者だろう。この波状攻撃は時間稼ぎに過ぎない。

 

ギリ、と唇を噛み締める。

時間稼ぎをする理由は明白、〝彼〟を徹底的に活かすため(・・・・・・・・・)だ。

〝彼〟とて多対一では討ち取られる可能性がある。だが、一対一なら余程相性が悪い相手でない限り、ほぼ確実に勝利を得ることが出来る。〝彼〟を活かすのは、それだけで戦略級の成果が期待できるのだ。

 

そして最悪なことに〝黒〟の陣営に一対一で〝彼〟を斃せるサーヴァントはいない。ライダーとキャスター、ランサーの三騎だけでは、〝彼〟を斃すのは無理だろう。

頼みのセイバーにしても、自分と同じ状態になっているかもしれない。

 

 

 

 

躊躇している暇はない(・・・・・・・・・・)

 

アーチャーは天を見上げ、覚悟を決める。

 

 

 

 

 

–––––––もう疑いようがない。〝金〟の陣営(メアリー・スー)は、ここで〝黒〟の陣営(ユグドミレニア)を滅ぼすつもりなのだ…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その命令(・・)を、〝黒〟のランサーが理解できなかったのを経路(パス)越しでダーニックは感じていた。

当たり前か。魂に入力されたその言葉(コマンド)は、ヴラド三世の(なか)で存在してはいけないものだからだ。

それはヴラド三世が聖杯大戦に参戦した理由。

それはヴラド三世の払拭すべき呪われた名誉。

それはヴラド三世の尊厳を踏み躙る宝具。

それはヴラド三世が絶対に使ってはいけない筈の–––––––––––––––それをやっと理解して〝黒〟のランサーは爆発した。

 

『ダァアアアアアアアアニイイイイイイイイィィィィィィックッッッッッッ!!!!』

「第二の令呪をもって命ずる。〝金〟のサーヴァントを殲滅するまで戦い続けよ」

 

此処にはいない自身のマスターに憎悪と殺意を露わに絶叫する〝黒〟のランサーに構わず二つ目の令呪を下す。その声は何も感じさせない、機械のような無情があった。

 

ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアムはこの聖杯大戦に己の全てを賭けている。勝つ為にはどんな事でもやり、どんな犠牲をも払うつもりだ。

自身のサーヴァントである〝黒〟のランサーもそう。召喚した際に言われた【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】の禁止令など上面だけの了承でしかない。使わねばならぬ時が来れば迷わず令呪を使い、今のありさまにする腹積もりだった。

ダーニックとしてもこの宝具は使用したくなかった。使えば自身のサーヴァントである〝黒〟のランサーが殺しにくる––––––は、まだいい方だ。こちらに令呪がある限り自害を命じれば安全は確保できる。

だがそれでは意味がない。ダーニックは『全て』を賭けているのだ。勝利こそが最優先事項であり、命が助かるのは二の次でしかない。

だからこれは悪手なのだ。意思一つで容易に発動する宝具を令呪で使わせ、最後に令呪で従者(サーヴァント)を自害させ、それがたった一騎の敵に対して使うだなんて、無駄としか言いようのない使い道だ。こんな遣り方は聖杯大戦を放棄しているも同然である。『〝金〟のバーサーカーを倒せ』ではなく『〝金〟のサーヴァントを殲滅せよ』にしたのはせめて〝金〟のサーヴァント全騎をターゲットに据えられるようにするためと、令呪の効能が薄くならないギリギリの範囲に収める為だ。

 

そんな無駄遣いをしなければならないほど、〝金〟のバーサーカーは強力無比であった。

最初にその姿を見た時に背筋を這ったのは〝驚愕〟という九十七年を生きる魔術師らしからぬ凡庸な感想だった。目を見開いたのは巨人の如き体躯を見てではなく、マスターにのみ与えられた透視能力で映る桁外れのステータスを見てのこと。最大の知名度補正を会得したヴラド三世を上回る脅威の数値は、通常の聖杯戦争ならアレ一体で六騎のサーヴァントをまとめて敵に回せる程のものだった。

そしてその戦いぶりもステータスに見合うもの、いやそれ以上の暴力を伴って〝黒〟の二騎(・・)をボロクズにした。

当初ダーニックは驚愕はしても悲観はしていなかった。ヴラド三世をサーヴァントにした自分が言うことではないが、サーヴァント戦はステータス数値で全てが決まるわけではない。

単純な相性によるものから魔力消費に至るまで、武器、魔術、呪い、毒、急所など、どんな英霊であろうと相性が悪い苦手なものがあり、どのような形であれ必ず弱点は存在する。故に聖杯戦争以上にサーヴァント数が多い聖杯大戦はその弱点を突かれる可能性が高まる危うい戦争になっているのだ。

 

〝金〟のバーサーカーも例外なくそれに当て嵌る。それを見つけるのがマスターの役目…………その考え方のほうが甘かったと思い知るとは、それこそ思ってもみなかった。

 

ただの力、ただの力押し。知恵も戦術もへったくれもない戦法で自分たちが敗れ去る。

ふざけるな……ッ。

ルーマニア最強のサーヴァントが、新たな魔術組織として確立する筈のユグドミレニアが、見るに堪えない単細胞な脳筋に潰されるなど–––––––––あってはならないことだ。

 

しかし、現実は目を逸らさず見なければならない。

戦力を出し惜しみしている場合ではなく、様子見も偵察も解析も分析も限りなく無意味。

そんなことをしている暇に〝金〟のバーサーカーはミレニア城に乗り込み、常在している者全てを皆殺しにするだろう。

 

だからダーニックは目には目を、力には力で対抗するために〝黒〟のランサーに【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】を発動させた。

そして、それを最大限利用する為にもう二つ(・・・・)––––––––。

 

『ダーニック殿、そちらはどうだ』

「キャスターか。今しがた〝調整〟が終わった。君の方はどうかね?」

『まだ向かっている最中だが、僕たちが到着すればすぐ始められるだろう』

「分かった。私も其方に向かう」

 

キャスターからの念話の連絡を受け、ダーニックは魔力供給槽がある地下室を出て、地上を目指す。

 

 

 

ダーニックは勝つために手段を選ばない。

たとえ罵られ、蔑まれる非道な行いであろうとも、勝てるのならば実行に移すのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミレニア城塞城壁上を包む霧を、二つの影が見定めている。

 

 

一人は目深くローブを被った魔女のような姿の女性。顔は窺いしれないが身に纏う格好と空気は闇に溶け込むほどに深く暗い、闇夜が似合う女である。城にいたら城主として、森にいたら……それこそ魔女にしか見えない。

そんな女の隣に寄り添う人物は、まだ幼い少女だった。

女の連れ子か、迷子か、さもなくば家出少女か。こんな夜も遅い時間帯にいるのは大人と同伴でも褒められたものではない。なにか疚しい事をしているのではないかと勘繰ってしまう。

 

その推量は正解だ。彼女達は現在疚しい事をしている。

 

〝黒〟のアーチャーを閉じ込めた霧を発生させたのは幼女であり、竜牙兵を送り込んだのは女だ。

 

「ねえねえ、ほんとにあのままでいいの? あんなまわりくどいコトしなくてもわたしならいつでも殺せるよ?」

「駄目よ。貴女の暗殺は女にこそ必殺たりえる絶対を持つけど、男じゃその限りじゃない。わざわざ危険を冒してまで殺しにいく必要はないわ」

「むー、そんなヘマしないよわたしたち」

「そんな顔しないで、可愛い顔が台無しよ?」

 

頬を膨らませて不満を露わにする小さな妖精の頭を優しく撫でれば、擽ったそうに目を閉じたちまち機嫌が良くなっていくのを掌越しに感じる。

この暗闇に閉ざされた夜でも映える微笑ましい親子(・・)みたいな(・・・・)遣り取りも、二人が何であるかを知る者達からしたらさぞ異質な光景に映ってしまうだろう。

 

(ケイローン)の読み通り、彼女達がやっているのは時間稼ぎである。

このまま霧に閉じ込めて全てが終わるまで飼い殺しにすれば事はスムーズに運ぶ–––––––––〝黒〟の陣営の崩壊と、大聖杯の奪取が。

それは〝黒〟のアーチャーが危惧している〝金〟のバーサーカーの存在が大きいが、あの大英雄は切り札の一つに過ぎない。

彼女自らの切り札は勿論のこと、他の〝金〟のサーヴァントも一筋縄にはいかない猛者たちであること、何より彼女の傍らには小さくとも頼り甲斐のあるパートナーがいる。

いや、パートナーというよりは本当に–––––––

 

「でもやっぱりヒマなのはやだなー。なにかお手伝いすることない?」

「ふふふ、いい娘ね。でも大丈夫よ。貴女が霧を出してくれているお蔭で、私がちょっと手を加えるだけでより堅牢な監獄と化してるもの。本当に便利だわ、貴女の宝具」

「う〜ん、あんまりわかんないけど……そうなのかな?」

「そうよ。アレを抜け出すには宝具を使う以外に方法は…」

 

ちょこんと小首を傾げる幼子に分かり易く説明しようとしたとき、

 

–––––––––天から星が降り注いだ。

 

宇宙からの贈り物。流れ星のように降り注ぎながら、決して願いを叶える生易しいものじゃない強力な()が城壁上を破壊した。それだけじゃない。群がっていた竜牙兵は城壁の崩壊と破片で粉砕され、霧は爆風で霧散。次第に辺りの視界は良好になる。出て来たのは当然〝黒〟のアーチャーだ。

全身薄汚れているが傷を負った様子はなく、それに構うこともなく弓を引き絞れば標準を女に向け放たれる。

音速を超える矢に対抗するのは翳した手から展開される(マルゴス)の魔術。潤沢に魔力を注いだ防御膜は威力と速度を減衰させ、弱まった矢を魔術で暴発させ散らせていく。

 

「……甘く見すぎたわね。まさかあんな方法で外側から霧を吹き飛ばしてしまうなんて、今のが貴方の宝具なのかしら?」

「貴女は–––––」

 

パラパラと落ちる矢の欠片を視界の隅に見据えるお互いの姿。女の口元は歪み、〝黒〟のアーチャーは得心の表情となっている。

 

「……なるほど。竜牙兵を使っている時点で可能性はありましたが、貴女まで現界していたんですね」

「あら、知ったような口を聞くわね。 貴方とは面識はない筈だけど?」

「私がそうであるように、貴女も私のことは見ただけで分かるのではありませんか、王女殿下」

「…………慇懃無礼が過ぎるのではなくて? 弓の神霊(サジタリウス)

「他意はありませッ」

 

〝黒〟のアーチャーは転がるように背後から来た刃を避け、後ろへ矢を放つが又も展開された盾の魔術によって防がれてしまう。

今の奇襲は竜牙兵ではない。と、考察するよりも先に高密度の魔力光弾がアーチャーを焼き殺そうとする。

 

「くっ!」

 

崩壊途中の城壁と共に蹴り降りながら空を見れば夜を舞い飛ぶ妖しい蝶が浮いていた。

誘惑の色合いと威嚇の紋様が女の羽根(ローブ)から光を発し、手には魔術的意匠が凝られた杖。紡がれる魔術陣は十にも及ぶ魔力砲の砲台。矛先は当然〝黒〟のアーチャーに絞られている。それも大魔術に相当し、魔法に限りなく近い領域(・・・・・・・・・・・)としてだ。

その魔力量から導かれる威力は、六十年備蓄したあらゆる魔術礼装・防衛魔術を組み合わせ、英霊ですら陥落させるには苦労するだろうミレニア城塞を容易く破壊することも可能だろう総量だ。

 

魔術師が見たら卒倒しかねない規模で構成されたそれを見てもしかし、アーチャーは得心顔のままでいる。

彼女のことを知っている事もあり、かの魔術の女神(ヘカテ)から教授を受けた身であらせられる〝コルキスの王女〟ならこれぐらいできる術を用意するだろうという評価もある。

だが、それ以上に自分の推察がほぼ当たっ(・・・・・・・・・・)ていた(・・・)と目の前の彼女が実証したも同然だったからだ。

 

彼女なら出来て当たり前と言える評価もサーヴァントでは限度がある。自分の陣地でないにもかかわらず魔法に近い魔術を繰り出す為の魔力量を引き出すなんて、神代の神秘がない限り自然に出来ることではない。あるとしたら魔術師特有の〝ないなら他所から持ってくる〟として魂喰い(ソウルイーター)を行うしかないが–––––既にそれは無いと調べが付いている。

 

〝金〟のサーヴァントの存在が発覚した時だ。マスターのフィオレとバーサーカーのマスター、カウレスに協力してもらいここ最近で起こった事件と偽装して魂喰いを行っているかの検証をしていたが、結果は何もなかった。

ここトゥリファスも、最も近い都市のシギショアラも、ルーマニアで魂喰いと(・・・・・・・・・・)思しき事件は何一つと(・・・・・・・・・・)してなかった(・・・・・・)

 

ならどうやってあそこまでの魔術を行使出来るのか?

あり得るとすれば––––––––マスターからの魔力供給が尋常ではない量だから、だ。

いや、本来それはありえないというのが正解であるのだが、何もかもが特異な存在であるメアリー・スーであるならそれも可能なのだろうと考えるのは過大評価にはならないだろう。

〝金〟のサーヴァントのマスターはメアリー・スーただ一人。

彼女もそうだが、何より〝彼〟を問題なく動かせている時点でもう確定的であった。

 

そして、すべての疑問は一つに集約される。

 

メアリー・(・・・・・)スーとは何者なのだ(・・・・・・・・・)()

 

もし推察が本当ならこれだけの事を一人で遂行するなんてとても出来るとは思えない。

誰かしらの協力者がいるとしか思えないが–––––今は目の前の脅威だ。

アーチャーの背はミレニア城壁に預けている。あの後ろからの奇襲を防ぐためほんの数秒でも稼げればと壁に沿って降りていったのが裏目に出てしまった。このままでは自分のみならず本当に城塞が破壊される羽目になる。

 

「あらあら」

「……?」

 

しかし、どういう事か。彼女は引鉄に指を掛けたまま微動だにしなかった。

それだけではない。それどころか、構築していた大魔術を四散させ、飛行魔術を行使しているだけになってしまっていた。

どういうつもりかと思うアーチャーよりも先回りして、〝ある方向〟を見ながら呟いた。

 

「残念……かしらね、やっぱり。貴方には恨みがないと言えばないのだけど、あると言えばあると言えるから、折角だし私がこの手で殺して差し上げようかと思ったのだけど……」

「っ!?」

「貴方の陣営のマスターは無茶をするわね。いくら〝彼〟が強敵といえど……頭が沸いたのかしら」

「そんな……あれは!? 一体、いったい何がッ!?」

 

その方向を見たアーチャーが驚愕の表情に変わる。

その先に見えた惨状に対して–––––その先に見えた……〝地獄絵図〟を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















これは、余談だが……


〝黒〟のアーチャーがソレに気を向けている時に、彼を閉じ込めていた女と幼女が念話が飛ばしていた。



『予定が変わってしまいそうね……やっぱり貴女に手伝ってもらうことになりそうだわ』
『え、あそこにいくの? アレってなんだかすごくまずい気がするよ? 筋肉ダルマさんにまかせたほうがいいんじゃない?』
『ええ、そのつもりだから大丈夫よ。手伝ってもらうのは別の事。私にはどうにもアレが窮鼠には思えないのよ』
『きゅーそ?』
『アレが〝黒〟の最終手段とは思えないってことよ。何か別のことをしようとしてるかもしれないわ……どこかに隠れているかもしれないから、手伝ってもらえるかしら?』
『うん、わかった。任せておかあさん(マスター)
『可愛い娘。ありがとう、ジル』


余談ついでに教えておくと……

女は〝金〟のサーヴァント、キャスター。
幼女は〝()〟のサーヴァント、アサシン。

本来は敵対関係に終始する筈の二人は、行動を共にするサーヴァントの中でも特に異質な関係を持つ二人組としてこの聖杯大戦に参加している。

このような関係になったのは–––––––––––––––また別の話で語られる時が来るだろう。

今はただそっと、歪な親子が何を成すのかを見守っていよう。

きっとそこには、何かがある。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フランケンシュタインの思念

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安直か。過信か。軽率か。油断か。

〝金〟の陣営にとって、〝黒〟の陣営(ユグドミレニア)の対応はいずれかに当て嵌まり、全てが的を得ているだろう。

ユグドミレニアが〝金〟の陣営と戦う気がなかったのは先の通り、〝黒〟のランサー主従とアーチャー主従の取り決めで決定していた。〝金〟の陣営とは同盟を結ぶ形で接触し、〝赤〟の陣営を殲滅するまでの条件付きの停戦を交わそうとしたのは至極真っ当な対応策と、残る四騎の主従も異論なく了承し、方針とした。確かに三つ巴の泥沼合戦に嵌るよりよっぽど良案であろう。漁夫の利は無論、共倒れを避ける意味でも〝金〟の陣営とは戦う前に接触を図るべきだとユグドミレニアはほぼ総意で思っていた。

 

しかし、ユグドミレニアは戦略を考え過ぎていた。

細かく戦況を見極めようとし、広い視野で物事を捉え過ぎてしまった。

聖杯大戦の〝性質〟と、聖杯戦争の〝現状〟を前提に考え過ぎていたのだ。

 

聖杯大戦は聖杯戦争と似ているようで性質の異なる争いだ。

個々の武力よりも連携、統率力が物を言い、通常ならば勝ち残れないような支援特化のサーヴァントに需要性があり、相性の良い者と組ませる事によって格上の相手を倒す––––––というのがセオリーになっている。一人で戦場を支配できるメジャーな英雄よりも、協力者がいる事で真価を発揮するマイナーな英雄を選ぶのは、大戦を勝ち抜くための方式であるのは間違いない。

 

だがこれには他の実情がある。英霊の触媒が入手しづらい点だ。

冬木の第三次聖杯戦争の折、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの大掛かりな聖杯奪取劇でばら撒かれた聖杯戦争の情報を元に世界中で行われている亜種聖杯戦争は、まず召喚する英霊に所縁のある聖遺物、触媒を手に入れるところから始まる。

通常の聖杯戦争とて当然そこから始まるのだが、この世界に於いて触媒の入手というのが何よりも厄介なのだ。世界中で行われているとはつまり、世界規模で英霊の触媒を欲していると同義なのは言うまでもないだろう。それによる触媒の散逸、価格の沸騰、果ては聖杯戦争が始まる前に殺し合いが勃発するほどに魔術師たちの間で英霊の触媒は重要且つ重大な価値を持つようになったのだ。

故に取り分け有名な英雄に所縁ある物を手に入れるのは非常に困難であり、今や莫大な資金のみならず幸運という不確定要素すらも必要となっている。魔術協会程の巨大な組織ならば然程苦労はしないだろうが、メアリー・スーの背後にそこまでの後ろ盾があるとは思えない。其処まで大きな存在が誰にも気付かれずに水面下に潜み、強力な英雄の触媒を集めるなど物理的に不可能だろう。

それらを踏まえたうえで考慮すれば、メアリー・スーが如何にしてサーヴァントを揃えていようとも、強力な英霊は多くても二騎が妥当、残りは支援タイプ、あるいは触媒無しで召喚しただけの寄せ集めの可能性すらあり、本格的な戦争はサーヴァントの軍備が整ってから、〝黒〟と〝赤〟のどちらかが〝金〟の陣営と同盟を結んでからの話であると思うのは自然の流れであった。

 

それがユグドミレニアにとっての安直であり、過信であり、軽率であり、油断であったのだろう。

彼らは聖杯大戦の〝性質〟と、聖杯戦争の〝現状〟に目を向けていたが、聖杯戦争の〝根本〟をあらためなかった。戦争であろうが大戦であろうが、その根本が聖杯の奪い合い(・・・・・・・)であることを重視していなかった。

この大戦の優勝賞品た(・・・・・・・・・・)る聖杯をユグドミレニ(・・・・・・・・・・)アが所有していることを(・・・・・・・・・・・)だ。

 

サーヴァントの数が倍以上になっても、ルーラーが現れ出でようとも、結局のところは聖杯の所有者を決める戦いである事に変わりはない。なのに、初めから聖杯を所有しているマスター陣営が存在しているなど、ルール違反同然のアドバンテージだ。

 

……それでもユグドミレニアには余裕があった。

三つの陣営の中では〝黒〟のユグドミレニアが優先的に狙われるのは必然であるが、馬鹿正直に〝金〟の陣営が〝赤〟の陣営と同盟を結ぶのも考えにくい。数十年間も大聖杯を確保していたユグドミレニアが、ナチスドイツを操り人形として利用した一流の詐欺師たる八枚舌のダーニックが、サーヴァント同士の戦いに敗れた保険として強引に(・・・)聖杯を起動させる術を用意していないとも限らない……下手に〝黒〟の英霊七騎を全滅させるのは危険だと警戒するのは当然の備えだろう。だからこそ大聖杯を所有している〝黒〟の陣営に取り入り、同盟を結ぼうと動く事も考えられ、確率はほぼ五分五分だろうと予想していた。加えて首領たるダーニックが〝金〟の陣営と接触さえ出来ればあれよこれよと騙し、騙り尽くして同盟を結ぶ自信があったから、その時間もあるだろうと思っていた。

 

その心の隙は、〝金〟のサーヴァント達によって容易く付け込まれた。

だがそれも仕方なき事。ダーニックも、他のマスターも、誰も責められない。

まさかバーサーカーのみならず、〝金〟の陣営の七騎すべてが単独でも最高水準の能力を誇る英霊、それも聖杯大戦のような団体戦でも支障のない、むしろ協力し合えばより強さが増すだろうサーヴァントがいるなど、〝黒〟のキャスターや〝赤〟のアサシンのような大戦用のサーヴァントのように時間を掛けずとも、速攻で七騎のサーヴァントと戦えるコンディションが整っていると誰が予想できようか。

〝赤〟のアーチャーは〝戦いはまだ序盤〟〝機が熟した時ではない〟と述べていたが、それは〝黒〟と〝赤〟だけの話でしかないのだ。

〝金〟の陣営にとって大聖杯を有する〝黒〟の陣営は真っ先に倒すべき敵であり、安直し、過信し、軽率し、油断している今こそがユグドミレニアを容易く潰せる絶好の機会であり、大聖杯を容易く奪える絶好の機会なのだ。

 

 

 

 

「何が絶好の機会だ。相手の戦略も戦術も至極真っ当ではないか。君がイカレているだけのことを、さも得意げに軍師気取りで喋るのはやめたまえ」

「ひどい言い草っ。でもそうですよね、だってメアリー・スーは頭が悪いのが当然です」

 

逆立った白髪の男に鷹の目で見下されるメアリー・スーも、そうだろうと粛々と肯定する。

そうとしか言えないのだから侮蔑されてもしょうがない。メアリー・スーは力技(・・・・・・・・・・)しか出来ない(・・・・・・)。非才の身であるこのサーヴァントからすればいい気分にはならないだろう。

 

「いやそうでもないか。トンデモ力技(チート)持ってますし」

「何か言ったかね?」

「いえ別に…………ああいえ、やっぱり言います。彼女が聖杯を発見したようです」

 

さて、と軽く準備運動して体を解す。そんな適当にやるなと言いそうになった口を閉じる。何を言っても無意味だと悟ったからだ。

 

「じゃあ行きますか。貴方も来るんですよね? 監視ついでに」

「無論だ––––––––と言いたかったのだが」

 

不意に視線を変えた先はイデアル森林の中。真夜中以前に木々が邪魔で何が起こっているのか見える筈がないのが、彼の鷹の目には見えているとばかりに刺す視線がその先を射抜いている。

その上、こんな複数の叫び声(・・・・・・)が聞こえれば彼処で何かが起こっているのかは想像に難くない。

 

「錯乱したかユグドミレニア……ッ!!」

 

イカレてるのはどうやら他にもいたらしい。

左手に弓を、右手に()を取り出し、標準を絞る。射線の先の地獄を殲滅するために。

 

「これは……いや、番狂わせと言えばいいのか、ちょっとドン引きですね……じゃ、僕はこれで」

アレ(・・)をほっとくつもりか。面白いから、なんてたわけた事を言うか?」

「どうにかするなら彼女の力が余計に必要でしょ? 正にうってつけじゃないですか。それに、いざとなったら我らが王たち(・・・)になんとかして貰えばいいじゃないですか。ああ、まあ、聞き届けてくれるかは貴方の腕しだいですよ」

 

咎める男を置き去りにミレニア城塞へと歩むメアリー・スー。

 

「では僕の仕事が終わるまでここは任せますよ〝金〟のアーチャー」

「そうか…………地獄へ落ちろマスター」

「いやぁ、僕の場合天国でも地獄でもないところだと思いますよ?」

 

〝金〟のアーチャーはその背中を苦々しく見送る。

あの男を放置するのは危険だが、それでもアレを放置するのはアーチャーには出来なかった。

 

せめてこれ以上、あの男の言う危険な事(おもしろいこと)が起こらないようにと願うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

頑強かつ堅固。強大にして巨大。トゥリファスという街を半分も占めているミレニア城塞はまさにそう呼ぶに相応しいだろう。

占領している広さは陣地の広さ。何処から奇襲を仕掛けてこようともトゥリファスで決戦が行われる限り、領土を味方に付けているユグドミレニアは防衛戦で有利に立っている。街には至る所に侵入者を感知する結界トラップが張り巡らされ、上空ではゴーレムが目視出来ない高さから常に地上を監視している。絶対に街に入れないのではなく、絶対に誰が来るのかを分かるようにしている采配は、サーヴァント戦の効率化を測ったものだ。無駄にホムンクルスとゴーレムを増員してもサーヴァントが相手では足止めが限度、〝金〟の陣営が現れたからと言ってもそれは変わらない。力を注いでいたのは捜索であり、防衛はミレニア城塞を中心にしていた。〝黒〟のライダーが愚痴ったように、城内はホムンクルスが溢れるように徘徊し、ゴーレムも其処彼処に配置されている様は、RPGに出てくる魔王の城と言えるものだった。

だがそれは、絶対防御を誇るものではない。

街の一つを支配しても、ミレニア城塞を護る魔術的防御の数々も、ホムンクルスとゴーレムを入れても尚ソレには届かない。

サーヴァントの力が強大というだけの話ではない。相性の問題があるのだ。

侵入者を感知しても、どうにも出来ない(〝金〟のバーサーカー)が相手ではどうしようもなく。

魔術的防御を解除することも、無理矢理破壊することも可能な(〝金〟のキャスター)が相手ではどうしようもなく。

そして、

 

 

「…………………………」

「ぁ……は、ッ」

 

 

まだミレニア城塞城壁上を霧が包んでいた時と同時に、〝黒〟のランサー達が戦い、ミレニア城塞に居る誰もが圧倒的強さを見せつけた〝金〟のバーサーカーに畏怖を抱いていた時と、さらに同時、ユグドミレニア〝本丸〟には魔の手が忍び込んでいた。

誰にも気付かれず影と闇とに身を隠し、這いずる蛇のようにするりと城内に侵入せしめた曲者は、唯一その道筋だけは残したままでいた。

ホムンクルスとゴーレムだ。

だがそれは死骸や残骸になっていたわけではない。

彼等はごく普通の状態のままでいる。城の警護を担い、巡回していた、その途中であろうと思しき状態で止まっていたのだ。

それもただ止まっていただけではない。

石に、なっている。

人造生命を無機物に堕とし、土人形を鉱物へと昇華させていたのだ。警護が厳重だった故にそれなりの数の石像の足跡が残り、その道は〝大聖杯〟へと繋がっていた。

 

「………まさか」

 

大聖杯が収まっている間。そこにいる二人の内の一人が声を出す。

 

「まさか、マスターがサーヴァントも連れずに出て来るとは思いませんでした」

 

美しい女だ。

妖艶な女だ。

人が立ち入れぬ女神の領域にいる女だ。

その肢体は起伏に富んで男を釘付けにし、その髪は美麗で艶やかにそよぎ女を嫉妬に狂わす。

ただ大きな欠点はその顔を眼帯で隠してしまっていることか。片目のみでなく両眼を覆い隠すなんて野暮、野蛮な男が見ればアキレウスに兜を剥がされたペンテシレイアのように、その顔見たさに眼帯を引っ手繰りたくなるものだろう。

 

「可憐な見掛けによらず剛胆ですね。そして戦いぶりも、中々に激しかった」

「……っ、ぅ……ッ」

 

対するもう一人の少女、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは満身創痍の状態だった。眼帯を引っ手繰る力もなければ、返事をする力すらもないのだと一目瞭然。力尽きて倒れ伏している。元々立つことの出来ない足の代わりを果たす最高の武器である礼装、接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニュピュレーター)廃品(スクラップ)にさせられた様はさながら羽根を毟り取られた鳥。否、サーヴァントの視点で見れば羽虫と表現するのが適当かもしれない。

この女は少女の勇ましさについ見惚れてしまい、遊び感覚に浸りながら戯れていたのだから。

 

「傍に居なくとも、令呪で転移させればいいと思ったわけですか? そこそこ(・・・・)サーヴァントを相手に出来る貴女なら令呪を使う間もなく殺される可能性が低いのは確かですが……」

 

語り掛けながら近づく気配をフィオレは感じていたが、そんなのは何の役にも立たない。ただ首切り台に乗せられる死刑囚の気分を味わうのみだった。

 

「さぞ誤算だったでしょうね。令呪を無効化されるな(・・・・・・・・・・)んて(・・)

 

フィオレの力無く地に着いた手甲に刻まれている令呪は、三画ある内の一つが色を失いくすんでいる。

このサーヴァントと対峙した時にフィオレは躊躇なく令呪を行使した。膨大な魔力が消費される感覚は間違いなく切り札を使ったと認識していたが、結果は本当にただ消費しただけで終わってしまったのだ。あまりの事態にサーヴァントの前で無防備になってしまった彼女は、自身の礼装の自動防御が発動しなければ即死していただろう。

その後はなし崩しにされるがまま、一方的な展開が繰り広げられただけだ。奇跡は起こらず絶望的な力量差を痛みでもって体験する羽目になった。

だがそれでも人間にしてはかなりもった方であると称賛に当たる奮闘ぶりだった。少女の身なれどその才覚は赤と黒を含めるマスター中最強であろう魔術師ダーニックを超えうるものに恥じぬ抵抗を見せつけた。ユグドミレニア次期当主は伊達ではなかった。

 

「貴女はよく戦いました。その微笑ましい努力に敬意を表して血を吸う(・・・・)だけで見逃しても良いのですが……マスターである以上、そういうわけにもいきません」

 

ジャラジャラと響く金属特有の擦れる音は鎖から発せられるもの。

止めはその先に付いている釘のような短剣で、心臓を狙う。

 

「せめて苦しまず、楽に殺してあげましょう」

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

フィオレが大聖杯のある場へと赴いたのは敵を感知したからではない。

 

 

第三の陣営、〝金〟のサーヴァントが登場したのはどういった要因によるものか、ダーニックが手ずから大聖杯を念入りに調べたが、結局何もわからなかった。

既に尋常な事態ではないと槍と弓の主従は分かったつもりでいたが、まさか〝金〟の陣営は大聖杯に高次元の干渉を可能にする手段を持っているのではないかという推測が出てきたのだ。現代の魔術師では観測することが出来ない『なにか』をしている、英霊ともなればそれを可能とする宝具を持っていても不思議ではない。事実、あらゆる分野に精通するアーチャー、ゴーレムに特化しているとはいえ『カバラ』という一つの魔術基盤を生み出したキャスターにも調査を依頼したが、何もわからなかった。

だれにも気付かれずに干渉出来るともなれば手の打ちようがなかったが、それでも何もしないわけにもいかず、大聖杯の様子を逐一観察するためホムンクルスとゴーレムを配置し、防人も兼任するように手配した。本来ならフィオレ以外に見せるつもりがなかったダーニックだったが、ことが事だけにそうするしかなかった。

 

そんな事情もあって、フィオレは大聖杯の様子を探る習性ができた。ダーニックに許可を貰い直接大聖杯の元へ行くのを周期的に行っていたのだ。これはフィオレよりもアーチャーが希望したものであるが、ユグドミレニアの中で一番に〝金〟の陣営を警戒している彼にマスターである彼女も感化されたのだろう……アーチャーが城壁上に待機していた時も大聖杯の様子を見に行っていたのだ。

 

それで気付いたのは侵入者の存在。

ホムンクルスとゴーレムが石にされているのを見て直ぐに敵の侵入と、それらが大聖杯へ続いていると直感したフィオレはアーチャーに念話をしても繋がらずにいたが、それでも大聖杯の元へ急行した。大聖杯に何かされたらこと。いざとなれば令呪を使えばいいと即断で決め、辿り着いた場所には案の定サーヴァントと思しき女性がいて––––––––––––目論みが外れてフィオレは地に這い蹲っている。

英霊と相対して甘く見るなんてことはしなかったが、想像力が足りなかったのはご覧の有様だろう。令呪を無効化されるなど思ってもみなかった。

 

もはや打つ手なし。逃げることはできない、助けを呼ぶこともできない。

一人で来たのが間違いだったのか、先走った行動だったことは否めないが、侵入者の存在はダーニックも、恐らくはキャスターも把握している筈なのに、応援も何も来る様子がないというのはどういう事なのか。

別の事態に追われているのか、それとも目視以外には完全な気配遮断を可能とする術をこのサーヴァントは持っているのか。

アーチャーはどうなったのだろう?

あらためてサーヴァントとの経路(パス)を確かめ念話を試みるも、声は届かず、聞こえもしない。確かに繋がっている筈なのに、まるで見えない壁に阻まれているかのよう。まだ敵と戦っているのか。

 

疲労と痛みで殆ど開かない瞼の細い視界にサーヴァントの足が入る。

歪な成り形をした鎖付き釘剣の金属音が妙に大きく聞こえるのに、何処か遠くで鳴り響いているような、耳に膜が張り付いて聞こえづらくなっているのを感じる。眠気が襲い掛かる。

〝死ぬ〟というのを確信しているフィオレだったが、そこに恐怖はなかった。無念も、屈辱もない。聖杯戦争に参戦した際、我が命運は自身のサーヴァントに託したから当然ともいえるが、生憎と実際に死と直面している彼女には魔術師の在り方云々は思考になかった。フィオレは〝魔術〟の才能がなみはずれているだけで、〝魔術師〟の才能は無かったのだ。

故にフィオレの裡にあったのは、〝人間〟としての感情だった。魔術師らしからぬ人間性を有していた彼女は、死の淵に立たされた際ソレが浮き彫りとなった。死への諦念がフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアを人間に戻したのだ。

 

 

そして(ソレ)は、あの()のことを明確に思い出すきっかけになった。

 

 

「あ–––––ぁあ、ああぁああああぁっ」

 

涙が溢れた。涙腺が決壊し、一粒ひと粒大きな雫がみっともなく零れ落ちる。

忘れてはいけないものとしてずっと心に留めていたものが頭の中を占め、フィオレをごく普通の少女へと変えていく。長年付けていた仮面が剥がれ落ちる。

 

「…………一瞬で済ませますので、動かないでくださいね?」

 

泣き噦る敵マスターを前にしても、女サーヴァントに躊躇はない。ほんの一瞬動きが止まっただけだ。同情も憐れみも浮かべず、抱くのは速やかに安らぎを与えるべき慈悲のみ。

 

「では」

 

もう死ぬ、秒単位で命が終わる。

自分が死ぬことがわかる。

自分が苦しまず楽に死ねる。

自分が死ぬことを自覚することができる。

前以て覚悟が出来る有り難さ。

この時になって初めて識る、突然に死を押し付けられる理不尽さ。

 

「お逝きなさい」

 

釘剣が振り降りる。それだけで、終われる。

あんな残酷な死に方に比べて、私はなんて贅沢な死に方をするんだろう。

この世には死に方も選べない命があるのに、私は、私は……。

 

「……ごめん、ね」

 

口から出た呟きは誰に向けたものでもない。生きていては届かぬ思い、死ねば届くとも限らぬ懺悔。自慰行為に等しい偽善だ。

ああ、でも、ここで死ぬなら、あの()に謝れるかもしれない。

そんな余計な事を考える程に、フィオレは体のみでなく精神も追い詰められていた。

 

もし仮に、この絶望的な状況から脱せられる奇跡が起こったとしても–––––––––

 

 

 

 

 

「来いっ、バーサーカアアアあああああッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

起こったとしても、フィオレは、もう…………。

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

「っ!」

 

弾かれるように振り向く女サーヴァントに迫り来る機械仕掛けの戦鎚。

頭をボールに見立てられ、フルスイングすれば血飛沫と共に遥か遠くまで吹き飛ぶ一撃を、そのしなやかな身体を仰け反らせ危なげに躱す。

 

「ナーーーーーーーーオオオオオオォォォォォォォォーーーーー!!!!」

 

避けられた攻撃から無理矢理立て直し連撃。関節が軋む程度では済まない体勢での打撃は、手で地面を弾いての宙返りで又しても避けられる。

だが〝目的〟は達せられた。

サーヴァントを追い払い、姉の元に駆けつけることにカウレスは成功した。

 

「姉ちゃんっ、おい姉ちゃん! しっかりしろ!」

 

カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは声も荒げて呼びかけるもフィオレに反応はない。腫れた目は涙に塗れながら閉じられている。死んではいないが、身体中に傷を負っている。三流の魔術師では到底治癒できない程にだ。

もっと早く来ていれば……自責と後悔の念に押し潰されそうになる。

 

「くっそ!」

 

カウレスが此処に来られた発端は〝金〟のバーサーカーを見たからだ。

圧倒以上の戦闘力を誇るアレは、もはや同じ英霊でもどうにも出来ないバケモノであるのが嫌でも思い知らされた。

アレを見てカウレスは確信したのだ。陥落するのは時間の問(・・・・・・・・・・)題だと(・・・)。ミレニア城塞が、どころではなく、ユグドミレニアそのものが、だ。

カウレスは魔術師としては三流もいいところの腕であり、マスターになるような実力もなければそもそもとして聖杯に託す願いすら持ち合わせていない半端者で未熟者である少年だ。だがその精神性は姉よりも魔術師らしい思考が存在する。このまま黙って見ているだけでは確実に〝黒〟のサーヴァント達は全滅し、〝金〟のバーサーカーが、〝金〟のサーヴァント達が〝黒〟のマスターを殺しに来る。魔術師ならば自らの工房に立て籠もっているのが安全であろうが、藁で出来た盾などアレには意味がない。ならばどうするかなど(・・・・・・・・・・)は考えるまでもない(・・・・・・・・・)

三流のカウレスですら分かることがダーニックに分からないはずがないのに、現在ダーニックは指揮を取ることもなく音信不通で何処で何をしているのか分からないときた。

対策を練っているのならまだ良いが、まさか殺されたのかと最悪の状況を想定し、次に取るべき行動はユグドミレニアNo.2の立場にある姉のフィオレに取り次ぐことであったが、此方も同じく音信不通だった。

嫌な予感がよぎった。

ダーニックの時は感じなかった不安が、フィオレには感じたのは彼自身にもよくわからなかった。百年近くを生きる首魁を心配するだけ無駄だと割り切ったのか、単に姉弟としての贔屓が掻き立てたのか、とにかくカウレスは連絡の取れない姉を探したのだ。

そこからはフィオレとほぼ同じ。最近何処かへ頻繁に出向いているフィオレを何気なく、こっそりと途中までつけていた道程へ行ってみると、石像の道標を発見し、辿った先にいたサーヴァント。そして倒れ伏した姉を見てカウレスは速攻で令呪を発動し〝黒〟のバーサーカーを転移させたのだ。

 

「グゥッ」

「ッ!? バーサーカー!?」

「……ほう」

 

バッと顔を上げればいつの間にかバーサーカーが背を向けながら立ち、腹部には鋭利な突起が飛び出ている。女サーヴァントが持っている釘剣だ。しかも位置から見るにカウレスの頭へと一直線に向かう軌道なのが明らかであった。

 

「狂戦士とは思えない健気さですね、身を挺してマスターを護るなんて。〝黒〟の女性は見た目でものを判断するべきではないようです………いえ、今の貴女は見た目通りでしょうか、バーサーカー」

「ヴウウゥゥ、ヴイィイイィアアアッ!」

 

マスターを直接殺しにきた者の言葉など皮肉以外のなにものでもない。激昂のまま釘剣と女サーヴァントへ続く鎖を力づくで引っ手繰る。武器を持ったままでは此方に身を差し出し、武器を捨てればそのまま此方の有利になる。狂化に侵されながらも理性による思考が可能な〝黒〟のバーサーカーは僅かながらも確かな戦術を構築して戦いに臨んでいる。

だが––––––––

 

「……おっと」

「グ、ウウゥゥッ!?」

 

綱引きならぬ鎖引きはバーサーカーの軍配に上がらなかった。ピンと張る鎖は些かもぶれずに垂直に拮抗している。

カウレスは小さくない動揺を浮かべた。〝黒〟のバーサーカー。フランケンシュタインの怪物は神秘の薄い近代の英霊故に能力不足を補う為の狂化を施され、他のサーヴァントと戦えるレベルになっている。元が弱いサーヴァントとはいえ狂化は強化に違いなく、特に筋力は相応に上がっているはずなのだ。なのにあんな余裕の仕草と様子で、片手だけで(・・・・・)バーサーカーに張り合うなんて––––––––!?

 

「丁度いいですね」

 

女サーヴァントはグィッと鎖を引っ張ると、バーサーカーの身体はいとも簡単に持ち上がり上空へ投げ出された。

 

「なっ–––––––」

「ウゥ!?」

 

それだけでは止まらず、女サーヴァントはもう一本の鎖をバーサーカーへ投げつけるとその身を雁字搦めに巻き付ける。

刺さった鎖と巻きついた鎖を一纏めに摑み、回す(・・)。ブンブン鳴る音が、吹き荒ぶ風が、バーサーカーで発せられる。

鎖付きの釘剣は鉄球(バーサーカー)付きの鎖に、モーニングスターとなって女サーヴァントの手に、矛先はカウレスとフィオレに––––––。

 

「下手に避けないことをお薦めします」

 

死にぞこなってのたうち回りますよ?

眼帯越しでそう言われたのは決して気のせいではない。気のせいだとしても、あんな細腕で想像もつかない怪力を披露されれば妄想は現実に早変わりする。

現実は遠心力を存分に使った質量兵器としてカウレスたちに圧殺を押し付ける。言われた通り、運悪く生き残ってしまったら相応の生の痛みに藻がく羽目になるのだろう。

動かなければ死、動けば苦悶、だが、倒れたフィオレが側にいる限り、カウレスに選択肢はない。動ける時間がなく、暇もない。

 

「ウウウウゥゥゥゥゥリィィィィィィィィィィィィッ!!!!!」

 

そんなカウレスを救えるのは、それは自身の相棒たるバーサーカーだけだ。

怒りの絶叫でありながら、嘆きの悲鳴にも聴こえる高音は雷として実体を伴った。バーサーカーの心臓(・・)が閃光に輝けば落雷に撃たれたように熱と痺れの衝撃が迸っていく。腹に刺さった釘、身体に巻きついた鎖が焼け爛れて崩壊し、その先にいる女サーヴァントへと伝っていく。

 

「ぐ……っ」

 

全身に雷が流れる前に鎖を放棄するも、まるで意思を持ったように追随してきた雷に焼かれる。大きく後退すればそれ以上付いてきはしなかったが、相応の痛手は負ったようだ。

 

「ウ、ウゥ」

 

雷はバーサーカーにも及んだように見えたが、拘束から解放されたバーサーカーは腹以外にダメージらしき傷も何もなかった。

これこそが〝黒〟のバーサーカー・フランケンシュタインの宝具【乙女の貞節(ブライダル・チェスト)】からなる【磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)】である。

その能力は一言で言ってしまえば自爆宝具。命と引き換えに絶大な威力を齎す典型的な特攻攻撃だが、使い勝手に関しては英霊の宝具の中でも扱いやすい部類に入る。まず、リミッターの調整によって命を支払わずとも発動できる。その分威力が格段に下がるのは当然だが、今のように鎖だけを破壊する分には充分であり、バーサーカーのスキル『ガルバニズム』によって電流を魔力に変換して自身へのダメージを軽微にすることも容易になる。

更に言えば、この宝具の雷はただの雷ではなく、フランケンシュタインの意思が介在する力だ。鎖のみに攻撃を、逃げる敵に追撃を正確で精密に仕掛けることが可能な操作性を有しているのだ。

 

「厄介な得物をお持ちですね」

 

腕と手首を曲げ、痺れを払う素振りで調子を確かめる女サーヴァント。不能というほどの痛手ではないものの釘剣を喪った損害は大きい。あの細腕からの剛力が脅威なのは変わらないが、バーサーカーの電撃を駆使すれば間接的に封じられるだろう。

通常戦闘では有利になった。となれば–––––別の武器がなければ–––––相手の手法は自ずと限られる。

 

「……此処からあいつを追い出すぞバーサーカー。宝具を解放できるようにしておけ」

「ウウッ、ウウウ」

 

ぶんぶんと首を振って否定のニュアンスをするバーサーカー。

それはそうだ。敵が大聖杯を発見した以上、此処を離れるということは大聖杯を放棄する事になる。切なる願いを秘めているフランケンシュタインは是が非でもあの女サーヴァントを斃し、大聖杯を死守したいのだろう。

 

「お前の気持ちは分かる、でも聖杯がある場所で戦うのは不味い。聖杯が壊れちまったら、お前だって困るだろう」

「ウウィッ」

 

納得させようとするカウレスだがバーサーカーは尚も首を振る。

相手の武器が無くなった以上、宝具を使ってくる可能性が高いが、聖杯が壊れたら困るのは自分だけでなく相手も同じなのだ。だったらむしろ此処で戦った方がいいに決まってる。フランケンシュタインの宝具は対軍宝具に位置するも精密性は的確。あの女サーヴァントのもつ宝具のカテゴリーが何か、複数の宝具を持っているのかも分からない。ならば此処で戦えば少なくとも対軍宝具以上の宝具を使う事はない。俄然こちらの方が有利なのは明白だ。

 

「確かにこのまま戦えば、多分お前は勝てる。けど向こうも宝具を使われたらどうなるかは分からないだろ?」

「ウウッ!! ウウゥゥ!!」

 

だから宝具(それ)は此処で戦えば封じられるだろうッと、それを察しないマスターとそれをちゃんと伝えられない自分のもどかしさに苛立って声を荒げるも、カウレスは冷静だった。

 

「いや……いや、違うんだバーサーカー。〝金〟の陣営(あいつら)をただの敵だと思っちゃダメだ。此処へ来たのは、聖杯を壊す為(・・・・・・)かもしれないんだ」

 

その言葉はバーサーカーを沈黙させるに足る突拍子の無さがあった。

何を言っているのか、まるで意味が分からない。

それは発言者のカウレスも同じだった。口に出した言葉に自信が持てずに顔を顰めてすらいた。

 

「悪い、俺もなんて言ったらいいか……その、つまり」

「訳のわからない連中は、訳の分からない事を仕出かすかも、と言いたいのですか? バーサーカーのマスター」

 

ギョッと体が震えるのを抑えながら会話に乱入してきた女サーヴァントを見つめる。念話を用いない会話だったが、まさか口を挟んでくるとは思わなかった。

 

「直感、それとも推論ですか? いずれにしろ鋭いですね。そして正しい認識です」

「…………じゃあなにか、アンタは本当に聖杯を壊そうって腹なのか?」

 

自分で言っておいてなんだが、直接聞いても信じられるものではないとカウレスは耳を疑ってしまう。

ああ言ったのは直感か推論かで言えば前者に当たる。〝金〟の陣営についてカウレスは〝黒〟のアーチャー(ケイローン)と似た違和感を覚えていた。それ故の恐怖心と危機感はアーチャーに次いで高かったといえる。他の魔術師(マスター)はカウレスと違いなまじ優秀な分そういった感情が薄かったようにもみえ、〝金〟の陣営の登場に戸惑いはしたものの、その後は冷静に事態を飲み込み受け入れていた(・・・・・・・)。サーヴァントも同様といえた。

尤もそれだけかといわれればそれだけしかなく、それ以上の推測も推論も推理も組み立てられず、説明のつけられない疑念しか持てなかった。アーチャーと共同で捜索した魂食いについてもそこからなにを導き出すべきなのかが不透明だった。

〝金〟の陣営(メアリー・スー)への不安をどう言葉にしていいのか分からない、カウレスが分かっているのはそれだけだ。奴等の行動は合理・不合理、利益・不利益、そういったものが欠落しているように思えるのだ。そうだと断言できないのは、若輩故の常識に囚われているからだろう。「聖杯を壊す」を想定しながら信じられないのもそう、英霊は無条件で魔術師に従うわけではない。生前果たせなかった願い、無念を奇跡の杯でしか果たせない其れ等を勝ち取りたいが故に召喚に応じるのだ。常識的に考えて(・・・・・・・)、間違っても聖杯を壊す為に現界する英霊などいる筈がない。

 

「我々は聖杯を壊すか否かを見極める必要がありました。使うかどうか以前に、冬木の大聖杯がいかなる状態なのか…………本当に汚染されていないのかどうかは是が非でも確かめる必要があるというのは全員一致の結論でしたので」

「……?」

 

––––––––汚染?

なにを言っているんだ、このサーヴァントは?

カウレスの訝しげな反応に、フムと呟き頷く女サーヴァント。

 

 

「貴方のその反応。そして私の目で見た限りの大聖杯の状態からして……なるほどマスターの言う通り、第三次聖杯戦争でアインツベルンが召喚したサーヴァントはアンリマユではなく天草四郎時貞だというのは真実味を帯びますね」

「…………ぇ?」

 

 

埒外で、聞き逃せない単語が出てきてカウレスは間抜け面も顕に混乱した。

 

 

第三次聖杯戦争、アインツベルン、アンリマユ、天草四郎時貞––––––––?

 

 

「ま、待て、アンタなに言ってるんだっ?」

「残念ですが貴方に話すことはもうありません。また誰か乱入してきたら面倒ですので、もう終わらせましょう」

 

そう言って女サーヴァントは目を覆う眼帯に手をやり取り外そうとする。

バーサーカー主従に怖気が走った。

見たときから疑問に思っていた、自ら視界を封じるという愚挙。しかしサーヴァントなら予想は容易につく。あまりに分かりやすい枷をするその理由(ワケ)が、しなければいけないもの(・・・・・・・・・・・)の類とすれば、力を抑える為(・・・・・・)とすれば、間違いなく宝具発動を意味している––––––!

 

「ウアアアア"ア"ァアアーーーーーーッッ!!!」

 

妙な真似(こと)をする前に殺す。

磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)】の雷光が再び輝く時、女サーヴァントは黒炭の躯になって英霊の座へ帰還する羽目になるだろう。

飛び掛りながら宝具を振り下ろすのと、眼帯を取ったのはほぼ同じ。

それだけで決着がついた(・・・・・・・・・・・)

 

「バーサーカー?!」

 

千切(もが)れた天使のように墜落した己のサーヴァントにカウレスは瞠目した。地上に堕とされピクリとも動こないその姿はまるで生の気配を感じない。マスターとしての経路(パス)に異常がみられたのではなく、バーサーカーの姿が、徐々に……石に、変わっていっている。

 

「知っていますか? 真の英雄ともなれば、武具など使わなくても目だけで殺せるらしいですよ?」

 

女サーヴァントの目が露わになる。その面貌は思った通りの美貌で、想像以上の衝撃が全身を縛り上げる。端整な顔立ちの美女は此れ迄でも何人か見たことはある。姉のフィオレ、ライダーのマスターのセレニケ・アイスコル・ユグドミレニア、そしてライダーとバーサーカー、ホムンクルスといった人外の美を持った者も見てきた。

しかしあのサーヴァントは違う。彼女らを超える美しさという話ではない、在り方(ほんしつ)が違うのだ。例えばそれは名を呼ばれただけで我を忘れるとか、名を呼ばれただけで名誉に体を震わせるといった究極の立ち位置に在籍しているのがこのサーヴァント。時として道理、倫理を踏み躙る魔術師すらも只人に戻す女神(・・)の魔性。

そして、見たものを石に変える魔眼といえばあまりに有名な––––––––––

 

「まあ、私は英雄とは程遠い魔物。本当かどうか分かったものではありませんが」

「––––––ッ、あああああああああっ!?」

 

足の爪先から自分が石になっているのが見えた。痛みではなく恐怖がカウレスを襲う。人から石に変質していく未知の体感に絶叫する。

通路にあった石像、バーサーカーの惨状で、あのサーヴァントの真名に当たりをつけた瞬間目を閉じたが何の意味もなかった。

 

「ねえ、ちゃんっ」

 

抱えていたフィオレを咄嗟に投げ飛ばしたが、姉に変化は何もない。

意識がないからとっくに目が塞がっていたのが幸いしたのか分からないがこのままではどっちみち殺される。いや、石になるのが死ぬことなのかどうかも分からない。

どうすればいい、どうすればいい、どうすればいいッ!

自問自答が何回も高速で廻り廻る。

死ぬ直前特有の思考の多忙化、目まぐるしく飛び交う行動の取捨選択。

どうすればいいだなんて…………もうどうしようもない。人が英霊に敵うわけがない。

だったら(・・・・)やることなんて決まっ(・・・・・・・・・・)ている(・・・)

そのための令呪を、全身が石化する前に声を出す。

自身の使う魔術はなんの役にも立たないなら、一時の奇跡を行使するのは当然の選択だ。

 

「令呪に、告げ」

「させませんよ」

「グ!? ぇ––––ッ」

 

一瞬でカウレスに近づき、その首に手をやる。ぎちぎちと喉を圧迫され呼吸が困難になるが、それ以前に首を折られるだろう。後は命令するだけなのに、声を出すのがこれ程痛みを伴うものだなんて。

視界が白黒点滅して意識が遠ざかる。このまま眠った方が楽だろう、首を折られるよりそっちの方が苦しくない。

しかし生憎とカウレスにその気はなかった。ここで死ねば次は(・・・・・・・・)フィオレが死ぬ番だ(・・・・・・・・・)。ならば息が出来なかろうと、首を折られようとも、令呪は絶対に行使しなければならない。気力を振り絞り、血を吐きかけても声を出そうと藻がき足掻く。

 

「……、…………これは……」

 

よく聞き取れない耳に不可解な声が聴こえる。

するとどういう訳か女サーヴァントの手の力が弱まっていく。まだ残っている肌越しに痙攣しているのが分かり、とうとう呼吸はおろか声を出すこともできる位に弱まっていった。

 

「は–––––––はっ、はっはッ」

 

息を整える。理由は不明だが、千載一遇の好機にカウレスは令呪に告げる。

 

「バーサーカー! フィオレ・フォルヴェッジを連れてアーチャーの元へ行けッ!」

「な……」

 

石化に抗うように光り輝く二つの令呪が色を失っていき、バーサーカーに送信される。

二画を使った令呪は対魔力Aランクを持つ英霊でも逆らえない強制力。フランケンシュタインを起動させるのに余りある魔力が溢れ返った。

石の皮を剥がしながらバーサーカーは命令を遂行する。敵を無視し、マスターをも無視し、その最期(・・)の願いを叶えるべくフィオレを抱えてこの場から迅速に去っていく。

止まらず、振り返らず、逆らえず、カウレスの顔すら見れないままフランケンシュタインは逃がされる(・・・・・)

 

「ギ、ギギ、ギアアアアァアアアアァァァーーーッ!!!!」

 

絹を裂くような叫びが尾を引いて消えていく。怒りとも嘆きともつかない声。でも今は、どっちもある声だというのがカウレスには分かった。当然か、自分はいま彼女を裏切ってしまったのだから。

謝る間もなく去っていった相棒に、その資格もないのに寂寥感が湧く。令呪が消えて、バーサーカーとの繋がりが無くなったのがとても悲しく、ああ終わったと、思い通りにことを運びながら諦めの境地に達したのがなんとも可笑しいと思った。

 

「……驚いた。令呪をそんな風に使うだなんて」

 

可笑しいといえばこのサーヴァントもそうだ。バーサーカーを追う素振りがなく、魔眼で見ることもしなかった。石化の効果は令呪で守られている可能性もあったが、それならあの怪力を使って止めることも出来たはずなのに、なぜしなかったのか。

 

「……アンタこそ、なんでバーサーカーを見逃した?」

「あまりに不可解でしたから。自分を助けろではなく、他のマスターを助けろなんて自己犠牲–––––––まるで正義の味方ですね」

 

下半身は既にに石になって段々と上半身に侵攻しているのに呑気に会話なんてするのは、あらゆる感覚が麻痺を通り越して〝無〟になっているからか。石になる前に、敵とかサーヴァントとか関係なく人間の行動をなんでもいいからしたかったのかもしれない。

だから、〝正義の味方〟なんて奇妙な例えに自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「そんな大層なもんじゃない。それが俺の役目だからだ」

「…………なるほど。確かに彼女は素晴らしい才能の持ち主でした。魔術刻印を存続させる点でも生き残らせなければならない程––––––」

「違う」

 

強く、はっきりと、カウレスは石化の魔眼を食い破る(・・・・・・・・・・)かの如く睨みつけている(・・・・・・・・・・)

どうせ死ぬなら、殺す相手が忘れられなくなるくらいの啖呵を切ってやらねば割りに合わない。せめてそれだけでも抵抗しなければ、この戦争に参加した意味を少しでも見出さなければ、あまりに犬死にではないか。

 

「俺はあの人の弟だ。だから助けたんだ」

「ですから、より優秀な才を持つ方を生かしたのでしょう?」

「だから違うって言ってんだろ。そんな大層なもんじゃないって」

 

昔の記憶が蘇る。

今よりも幼かった子供の頃、フィオレと共に世話をしたあの犬のことを。

父親が何処からか連れてきた野良犬。降霊術を教える為だけに拾ってきた哀れな実験動物(モルモット)

そんな犬をフィオレはペットとして扱った、愛情をもって世話を尽くした。魔術の実験台として消費されるだけの道具を慈しんだのだ。魔術師として割り切るべき、当然の如く分かっているはずの心構えを彼女は全く分かっていなかった。

その顛末は降霊術の失敗例を見せつけられる教育に使われて終わった。皮膚が捲り上がって痛みに絶叫する犬は、1分後に死んだ。

その時のことを、忘れたことはない。凄惨な肉と骨の塊をではない、吐き気が襲ってくるのをではない、姉の泣きじゃくった顔を、忘れたことはない。

フィオレはその逆(・・・)なのだろう。ずっと心の片隅で気に病んでいたことだったから、ここに着いた時の姉の顔を見て確信した。今もあの犬のこと忘れることなく覚え続けているのは、胸に刻みつけなければいけないものとしているから、魔術師にとって無駄に過ぎる心の贅肉を持ったフィオレは、だからこそ涙を流したのだ。

今になって知る、ずっと人間であった姉。それを否定する気はない。なら、人間の弟のやることなど決まっている。

 

「アンタには分かんないかもしれないけど……弟ってのは、姉の後ろを付いていくものなんだよ」

 

石化が胴体半分以上まで登られながらカウレスは、単純な損得しか測ろうとしない女サーヴァントにきっぱり言い切る。

 

「俺は、あの人が俺の姉ちゃんだから助けたんだ。魔術師だからとか以前の常識で、姉弟なら姉を護るのは当たり前(・・・・・・・・・・)のことなんだよ(・・・・・・・)

 

無能と罵られ、偽善と蔑まれる覚悟はできていた。その前に石になるかもしれないが、そうしたければすればいい。した瞬間に唾を吐きつけて最期まで抵抗してやる気概があった。

 

「…………」

「…………」

 

女サーヴァントは、止まったまま。ただカウレスを見ていただけだ。

動かず、瞬きもせず、ジッとカウレスを見つめている。まるでそっちが石になってしまったかのようだった。

 

「…………………………………………………」

「………………………………………えっと」

 

思いがけぬ変な空気に気まずくなってつい話しかけたが、反応がない。ただただ自分を見てくるだけで……………………見てくるだけで?

あれ、とカウレスは思った。

自分は今このサーヴァントの魔眼を直接、しかもこんな間近で見ているのに。それにしては進行速度が遅いような気がした。というか即効で石にならない方が可笑しいのではないか。

個人差があるのか、抜け道があるのか。それとも、意図的に遅らせているのか?

 

「…………………………魔術師とは」

 

考察を始めようとしたカウレスにやっと声を出した女サーヴァント。クールで艶のある声音は変わったところはないように聞こえる。

 

「数千年の時を重ねても愚行を繰り返す哀れな生き物と思っていましたが」

 

しかし。

 

「存外、貴方のような変わった人もいるのですね」

 

何かが変わった。

さっきまでと何かが決定的に違うと、なぜかカウレスは確信した。

それはまるで、自分のサーヴァント(フランケンシュタイン)みたいな–––––––

 

「わかりました。なら、私も殺り方(・・・)を変えましょう」

 

そっとカウレスの頬に手を添える。細く長い、肌触りのよい10本の指が気持ちよく感じる。もう肌と呼べる部位はそこしかないから余計に掌の温もりを求めているのだ。

 

「貴方は」

 

 

––––––––優しく殺してあげます。

 

 

近かった彼我が更に縮まった。額と鼻と、唇が触れそうになる。鼻腔を擽るのは髪からか、吐息からか、この女サーヴァントその者からか。

唾でも吐きつけてやろうという気概は一瞬で消え失せた。仕草と言葉でここまで男を駄目にするなんて、この女は本当に魔性の女だ。

しかし、それ以上に眼を離すことが出来ない。吸い込まれるようだとはよく言ったもの。こんなに美しい魔眼があるのか。まるで宝石(アメジスト)のようだ。

 

「ぁ……」

 

甘い香りが、痺れる脳とは裏腹に心地よい微睡みを催促する。

体の感覚はとうに無くなったはずなのに、血が急に滾ってきたのは気の所為なのか、全身が熱くなっていくのを感じる。

こんなに穏やかな気持ちになったのは久方ぶりだ。ここ数ヶ月は聖杯戦争に関して根を詰めすぎて気を緩めることも出来ない生活が続き、癒しが欠乏していた。

だからこそ、此処(・・)はそんなの気にせずにゆっくり過ごせる場所なのだろう。

 

 

 

–––––––––我が神殿へようこそ。歓迎致します、勇者さま。

 

 

 

理想郷が、目の前に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャンヌ・ダルクの啓示

歴史に曰く、ジャンヌ・ダルクは神の『声』を聴き、聖旗を掲げ立ち上がった。

 

 

『フランスを救え』と、ドンレミ村の田舎娘でしかなかった彼女が『声』を聴いたことでフランス軍に参加し、イギリス軍からオルレアンを解放した救国の乙女として今尚〝聖女〟と崇められているのは世界の知るところ。本人がどう思っ(・・・・・・・)ているかはともかく(・・・・・・・・・)、その『声』によって〝ジャンヌ・ダルク〟が産声を上げたのは間違いない。

それはサーヴァントとしての能力、『啓示』スキルに現れていた。『天からの声』を聞き、目標達成への最適解を導き出す––––––〝ジャンヌ・ダルク〟が持って然るべき力だろう。

いまのジャンヌ・ダルク(ルーラー)の目的は聖杯大戦の正常な管理と運営に他ならず、その為の処置としてメアリー・スーの正体を暴くことは何よりも優先すべきと考えていた。

故にジャンヌ・ダルクは思う。自分しかない(・・・・・・)意思で行動するのはこれが初めてなのではないのかと。(ルーラー)が呼ばれた理由はあの男ではない。それが分かっていながらもまだ彼女がメアリー・スーの行方を捜すのはそういうことなのだろう。

未知の行動に身を投げるような独特の不安、恐怖。この感覚は少しだけ覚えがある。初めて戦場に立った時だったか、完成された存在たる英霊の身であの時以上の感情の揺れは無いが、だからといって二の足を踏まないとは限らない。それだけの警戒をルーラーは持っている。

 

 

そしてそれは間違っていなかった。

 

 

「こんな………これは」

 

ルーラーは〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーの決闘がどうこうできるものではないと、どうしたものかと途方に暮れていたとき、新たな〝金〟のサーヴァントを感知していた。

数は二騎。それぞれが〝黒〟のサーヴァントと対峙している。一方は常道の一対一での戦いだったが、もう一方は––––––あろうことか一対三で向かい合っていた。

これを感知した時のルーラーは呆気に取られた。サーヴァント戦において一対三で勝ちを拾うのはほぼ不可能。英霊とは誰もが何かしらの究極を修めた超人であり、団体形式である聖杯大戦ではたとえ最優のセイバーであっても複数を相手にしたら斃されるのは時間の問題だ。

尤も、〝黒〟のセイバー、〝赤〟のランサー、〝赤〟のライダー、そして〝金〟のランサーであれば話はまた違ってくるが、最強のサーヴァント候補として挙げられる彼ら程の英雄がこれ以上集まりはしないだろうというのがルーラーの正直な感想だった。

常軌を逸脱した采配なのは明らかだが、戦いを止める訳にはいかない。メアリー・スーへの手掛かりが喪われるとしても、自分の目的と彼らが戦うのは全く別の話。

とにかく先ずは移動するべきだろうと、ルーラーは向かう先を一対一の戦いをしている方向に定める。見捨てるようでいい気はしないがこれも戦争。そう決断したところで事態が急変した。

一対三の方角で、瞬く間に〝黒〟の三騎中一騎が瀕死の状態になったのだ。

ルーラーは驚愕した。一体何が起こったのか、妙な胸騒ぎがしてきて(・・・・・・・・・・)方向を急転換して其方へ向かうと––––––––

 

そこで見たのは戦いと呼んでいいのか議論が別れるほどの殲滅劇。

 

鉛色の巨人が万物全てを破壊する鬼神となって轟臨する姿。

 

そして、〝金〟のバーサーカーの真名。

 

今夜二度目の、否、現界してから一番の驚愕がルーラーに降り掛かった。

ルーラーは審判という役割上、幾つもの特権があるが、その中の一つに『真名看破』というその名の通りのスキルが備わっている。それによって彼女は自分を襲ってきた〝赤〟のランサーの、それを阻止した〝黒〟のセイバーの、激闘を繰り広げている〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーの、それぞれの真名を––––後ろの二名は辛うじて––––看破した。彼らの真名はいずれもその時代にその人ありと伝説を生み、最強を欲しいままにした猛者達ばかりだった。先の通り一つの聖杯戦争でこれだけの英雄が揃うなんてそうそうありはしないだろう。

そんな名だたる超級英霊を目にしながら尚色褪せぬ畏敬と畏怖を、ルーラーは〝金〟のバーサーカーの真名に見た。三色の大英雄四騎と比べてもその力を押し返すのではないか、そう思わせる程の無双を〝金〟のバーサーカーは体現してみせた。

〝黒〟のキャスターのゴーレム群を叩き潰し。

〝黒〟のライダーのヒポグリフを捻り千切り。

〝黒〟のランサーの領土(くい)を破壊し尽くし。

イデアル森林が埋没しかねない大穴を開けた。

たったそれだけの簡潔な結果を、〝躰一つ〟でやったのだ。

 

「…………なんて、出鱈目な」

 

これはもう、見せしめ(・・・・)に等しかった。

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーとは別の意味で、火を見るよりも明らかな手出し無用ぶりは天災としか言いようがない。まさに〝金〟のバーサーカーは嵐であり、津波であり、地震の擬人化だ。周りの一切を気にせず配慮もしない暴走具合で、イデアル森林周辺の魔術要素を根刮ぎ破壊していく。幸いこの森はユグドミレニアが〝赤〟との全面合戦場に含まれることを想定しており、秘匿と隠蔽はなんとか機能しているが、それもいつまで持つか分かったものではない。

あらゆる意味で止められるのであれば是非とも止めたいが、あらゆる意味でそれは出来ない。

〝金〟のバーサーカーは戦っているだけだ(・・・・・・・・)。何のルール違反もしていなければ、ワザと破壊作業をしているわけでもない。ただ戦っているだけなのだ。

裁定者として見ればこれは致し方ない惨事であり、むしろコレをどうにかするのがルーラーとしての自分の役目だが、実際問題ルーラーは〝金〟のバーサーカーの起こす騒動をどうにかする術を持っていなかった。魔術を使うことも、結界を張ることも、田舎娘だったジャンヌ・ダルクには縁遠い代物だ。

このまま静観しては聖杯大戦の守秘に重大な欠陥が、ルーラーとしての威厳が損なわれてしまうかもしれないが、どうすることもできない。

それにもし〝金〟のバーサーカーがルール違反をしたとしても、はたしてルーラーは彼を止められるかどうか。令呪を使ったとしても、正直なところ分かったものではなかった。

 

「メアリー・スー……貴方は、何者なのですか?」

 

〝金〟のランサーといい、バーサーカーといい、あれほどのサーヴァントを揃えるなんて、どれ程の金と運と力を持ち合わせていたというのか。そして、他五騎のサーヴァントはどれほどの英雄だというのか。あの〝金〟のバーサーカーを三騎士でなく狂戦士のクラスに添えるなんて贅沢(・・)をしてるとなると、残りのセイバーとアーチャーもそれに見合う傑物であるのは決まっているようなものではないだろうか。

未だ見えぬ〝金〟の五騎に思いを馳せるのもそこそこに、今は自分の目的を遂行するべきだろう。

目的を果たすならそうすべきだが、この惨状を放っておくのは些か––––––––––––––––

 

「ダァアアアアアアアアニイイイイイイイイィィィィィィックッッッッッッ!!!!」

「えッ!?」

 

負の怨嗟が聖女の鼓膜を穢すようにイデアル森林に木霊した。木に、土に、空気に汚染しそうな怨毒の響きは、もはや見るまでもなかった勝負の行方をひっくり返すほどのナニカ(・・・)があるとルーラーの頭に警告を伝える。

 

裁定者の夜は、未だ明けない。

彼女が感じた胸騒ぎがどういうものなのか、自分の意志で行動しようと神は聖女にやるべき事を告げるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダァアアアアアアアアニイイイイイイイイィィィィィィックッッッッッッ!!!!」

 

 

 

(ランサー)の怒りと憎しみに塗れた絶叫から、〝金〟のバーサーカーは一気に駆け出す。

それは同胞のライダーを倒され、キャスターに見捨てられ(・・・・・・・・・・・)ながらも孤軍奮闘した誇り高き英雄に引導を渡すためだが、このままではマズいことになると察した(・・・)のもあったからだ。

一刻も早い決着を、止めを刺すべく拳を握りしめ、サーヴァントの霊核がある頭を電光石火の拳撃でお見舞いする、が。

 

「■■■■■■––––––ッ?!」

 

バーサーカーの声ならぬ声に驚愕の音が混ざっているのははたして気のせいなのか。

鉄鎚(こぶし)は確かに〝黒〟のランサーの頭を潰した。だがそこから噴き出るものは血ではない黒い影のようなモノだった。影はやがて全身に行き渡って〝黒〟のランサーを覆い尽くし、不定形なナニカとなって弾け飛ぶ。

衝撃で吹き飛んだバーサーカーが体勢を立て直して目にしたのは、無数の蝙蝠が一つに集まり人型になっていく行程、黒一色だったソレが〝黒〟のランサーらしきモノ(・・・・・)になっていく瞬間。

低く呻くその姿にヴラド三世の面影は無く、だからといって伝説の吸血鬼・ドラキュラ伯爵と呼ぶのも憚れる。

そこにいたのは見るも悍ましく堕ち果てた無辜の怪物。人間によって存在を歪められた悲劇の反英雄だった。

 

「お、ノレ、おのれ、ぉぉ、ぉぉぉおの、れお、のれオノレエエエ、エエエェェ、ェっっ」

 

その魔眼の向かう先はバーサーカーではなく後方に聳え立つミレニア城塞にであったが、其処へ向かおうと踵を返すとピクリと止まり体が痙攣を起こす。思う通りに動けない苦しみに喘ぐように頭を掻き毟る。

 

「おあッあーーあ、アがア、、アア……あゝあゝあ!!! ゝあゝあゝあーーーアアアア、ア、アアアアアッッッッッッ!!!!!」

 

苦痛も苦悩も束の間、暴れ馬の手綱を放してしまったように〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は城へ向けていた体をバーサーカーに急変して飛び跳ねる。大口を開けながら鋭利となった牙を突き付けようとする。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––ッッッッ!!!!!」

 

 

本能に身を任せるだけの吸血行動が通じる訳もなく、下からの振り上げ(アッパーカット)で顎と牙を諸とも砕き、脳髄を突き抜け脳味噌を弾け散らす……はずだった。だが頭を破壊しても無意味なのは先の通り、血と脳味噌の変わりに黒い霧が滲み出るだけで、顔も頭も直様再生しながら〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)はバーサーカーの腕へと噛み付いた。

太く硬い鉛色の腕にも届いた牙から、痛みよりも痒みが迸る。

振り払べく腕を大きく掲げると、そのまま大地へ〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)を押し潰した。吸血鬼といえど堪らない衝撃で顎が緩み、身体も弛緩する。

これは–––––––––〝金〟のバーサーカーは思い立つとすぐに行動に移す。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––ッッッッ!!!!」

「ばガアァッ!?」

 

 

隙を空かさずに入れるのは俊敏かつ過重な蹴打。胴骨を粉々にされながら地べたに這い蹲され、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)はごろごろ転がっていく。

やはり(・・・)、とバーサーカーは理解した。

 

「ごは、ガああ、あッがあああッ」

 

小刻みに痙攣を起し、痛みに喘ぐ。深い傷を負おうと瞬時に再生される吸血鬼だが、なにも痛みを感じないわけではない。

肉を斬られ骨を断たれれば傷みと共に血が流れ傷を負う。ようは怪我がある時間が短いだけなのだ。

だからこそ、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)求める(・・・)

 

「……よ、こせ」

 

胴から広がった破壊の連鎖は再生の連綿で食い止め、もっと持続させる為に、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)求める(・・・)

 

「貴様、の血、貴様の、命を」

 

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は霧へと体を変える。しかしそれは回避ではなく攻め立てるため。

実体化したのはバーサーカーの懐、特異の移動と巨体であるが故の灯台下暗しが視覚を狭め反応が遅れてしまう。

杭を使わず、貫手で刺すのはバーサーカーの腹部。吸血鬼の並外れた膂力で突き出せば、それだけで人体に風穴をあける槍と化す。

 

 

「寄越せ、寄越せ。寄越せエエェェェぇッッッッッ!!!!」

 

 

(ぬきて)がバーサーカーに吸い込まれた。

 

 

「■■■■ッ」

 

 

サーヴァント三騎でも傷を負わなかった身体が貫かれ、退くことがなかった足が下がっていく。歴然とした体格さがある巌が揺らぎ、そのまま後ろへたたらを踏んでいく。

劣勢が拮抗を跳び越え圧倒した。

〝黒〟のランサー禁断の宝具【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】は【極刑王(カズィクル・ベイ)】が封印される代わりにフィクションとしての吸血鬼の能力を使用することができる。血を吸うのはもちろん先ほど見せた頭を潰されても問題ない回復力や霧、蝙蝠への変身も備わっており、総合的な戦闘力はヴラド三世時よりも上である。

 

–––––––血だ。ああ分かる、ああ、馳走をこの手に掴んでいるッ!

 

狂犬病に犯されたように形振り構わず血を啜ろうと口を開け唾液を飛ばす。漂う血の匂いに興奮している様子だった。

食すのはまず木偶の坊の臓物。この手に掴んだ肉を引きずり出し、噴水する流血で喉を潤し渇きを鎮める。

死してエーテルの欠片になる前に血の晩餐を堪能しなければ、そして不届き者に苦痛と恐怖を与えてやらねばならない。

 

それでも––––––然る後、紅い命の糧を暴いても尚生きていようものなら……眷属にしてやろう。

 

英雄としてこの上ない屈辱だろうと牙を剥き出しに笑い、ハラワタを引こうとすれば、溢れんばかりの血が吹き出る。

巻き散らされた血が〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)に付着する。

自分の血が(・・・・・)、付着する。

 

「え、べ?」

 

頭からパックリと裂け、腹に刺さったまま腕が、体から切り離れた。

見れば、バーサーカーが手刀の構えをして振り下ろしている姿が、腹に刺さった腕を抜き取り、自分に向かって突き刺してくる姿が見えて。

胸に、腕が刺さる。

 

「ごッぉっ」

 

今の〝黒〟のランサーは間違いなく強い。総合的な戦闘力はヴラド三世時よりも上であるのも確かだ。ともすれば複数の英霊を纏めて屠ることも可能なほどに。

 

しかし、この〝金〟のバーサーカーに【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】を発動させるのは、無意味といってよかった。

 

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は確かに〝金〟のバーサーカーを圧倒した。

だが、それはほんの数歩のみ。揺らいだ身体は直ぐさまがっちりと根を張り不動を取り戻していた。血に興奮して分からなかったのだろう、バーサーカーの腹を背中まで貫けなかったことに。バーサーカーが〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の貫手を腹筋で止めたことに(・・・・・・・・・)

回避は間に合わずとも防御は辛うじて間に合っていた、という訳ではない。バーサーカーは攻撃を受ける気でいたのだ。

彼は理解していた。最初の一撃は通らず、腕に噛み付いてきた時の反撃は通じたわけを。ただ攻撃するだけでは霧となって避け、吸血行為をする際は(・・・・・・・・・)攻撃が通ることを(・・・・・・・・)

吸血鬼は日光、流水、銀、と多くの弱点を内包しているが、生憎バーサーカーはそのような装備を持っていない。無いならば道はそれ一つ。こちらはある程度の隙を見せて攻撃(きゅうけつ)を受け入れなければならない危険な綱渡りをするしか勝機はなかった。流石に吸血鬼の膂力は一筋縄にはいかず、予想以上の強さで身体を貫いてきたが、その分反撃された〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の衝撃は大きかったようだ。

そして、動揺すれば霧への変化もおぼつかず、再生を上回る攻撃力(・・・・・・・・・)を繰り出せば斃せることが判明した今、ここぞとばかりに〝金〟のバーサーカーは攻め立てる–––––––!

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––––––ッッッッ!!!!」

「ガばッ!?」

 

 

両手を組んでの振り下ろし(ダブルスレッジハンマー)〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の背中を叩き折る。

脊骨が砕け、立つこともままならずに倒れ伏すその前に、腰に手をやり持ち上げるとそのまま頭から地面へめり込ませた。

人体生け花を生けたかのような刺さり具合と、海老反りでぶら下がる足が哀れと滑稽を誘うが、次の瞬間には同情を誘う。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––ッッッッッッ!!!」

 

 

バーサーカーは〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)下半身を掴んで走り出した(・・・・・・・・・・・・)。ブルドーザーに見立てて掘り進めれば土砂と岩盤は押し出され削り取られる。〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)を引き抜いてみれば上半身の貴族服はボロボロで裸に等しく、髪と顔は土だらけ。英霊の威厳、吸血鬼の畏怖など欠片も残っていない無惨な姿だった。

 

「ごアッ、…ガがァぁ」

 

しかし、当然これで終わりではない。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––ッッッッッッッ!!」

 

 

バーサーカーは〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)滅茶苦茶に(・・・・・)振るった(・・・・)

地面が盛り上がり、土の氷柱が形成される。斧剣に代わる武器になれるかどうか、自身の腕力に耐えられるか試しているかのように振るにふるい、大地という凶器で撲る。

その勢い、その加速度、その威力は、〝霧に変化して逃げる〟という意識をも奪い去る負荷を掛けていた。

そのダメージは推して知るべしだが、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)はもう一つの現象に苛まれている。

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は未だに足掻いていた(・・・・・・)のだ(・・)

令呪によって体がいうことを聞かなくても、英雄ヴラド三世の残り滓は吸血鬼となった自分を否定しながら暴走していたのだ。

物理的負荷、精神的負荷が尋常ではないほどに掛かっており、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は著しい混乱状態になっている。吸血鬼としての治癒力は仇になり、千切れてもおかしくない身体は直様修復されて思う存分いいように扱われてしまっている。

 

「オぉ、おぶ、オアああ、あ」

 

暫くの間ソレが続き、再び地面に転がされた〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は吐き気を訴えるように嗚咽する。こんな原始的で力技な麻痺状態にするのは、この〝金〟のバーサーカー以外できはしないだろう。

しかし、即興での対策が何時までも続くはずもない。麻痺が醒める前に〝金〟のバーサーカーは拳を握り締める。

再生を上回る攻撃ならば通じる。それをより効果的にやるには、血を抜く(・・・・)しかないだろう。

血は生命の源という考えは科学的にも魔術的にも共通の定義。吸血鬼もソレを啜ることで栄養源とし〝死から蘇る〟といったものが基本的な設定だ。血を求めるのは趣味趣向だけではなく、生きるため、力を得るために必要な行為なのだ。

血が無くなれば力は抜け、命を落とすのは自明の理。

ならば、血が無くなるまで殴る(・・・・・・・・・・)

一片の慈悲なく、否、この怪物の姿から解放させるのは最大の慈悲であろう。

躊躇など以ての外。確実にここでヴラド三世の命を貰う––––––!

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––––ッッッ!!!!!」

 

 

決着は、ついたも同然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははははははははははは、フハハハハハハハハハハハハ–––––––––––––ッ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪魔(マッスル)さえ入らなければ。

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

〝金〟のバーサーカーと〝黒〟のランサーの勝負は逆転に次ぐ逆転とは言い難い。端から見ても、終始〝金〟のバーサーカーが圧倒していただろう。

英雄(ヴラド三世)以上の力を持つ怪物(ヴァンパイア)になっても歯が立たなかったのは、運がなかったとしか言いようがない。

〝金〟のバーサーカーが強いだけだったのならまだしも、彼が生前にやり遂げた偉業が問題だった。彼の生前は英雄よりも怪物を相手取った逸話の方が遥かに有名であり、言うなれば怪物殺しのエキスパートにしてスペシャリスト、プロフェッショナルとも言うべき存在だ。

狂気に呑まれようとも失われぬ太刀筋を持ち、狂っていようと身体に染み付いた剣の術理が消え去らないと感服させた事もある大英雄ともなれば、怪物にはどう対処すればいいのか本能で分かっているのだろう。そんな相手に本物の怪物をぶつけるのは、知らなかったとはいえ悪手と言わざるをえない。

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は貫手一つのダメージしか与えられず、その後の展開はヴラド三世時に危惧した通り、近づいただけで手も足も出なくなった。〝金〟のバーサーカーに近づくのは自殺行為と分かっていたのも、吸血鬼化のデメリットである狂化に相当する思考能力の低下を余儀なくされては意味をなさなかった。

 

だが、【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】だけを使って〝金〟のバーサーカーを斃せるとはダーニックも思っていなかった。

吸血鬼の力を存分に使う(・・・・・・・・・・・)ならば(・・・)、それだけでは足りないのだ。

 

「おお、おおおお、おおおおお!! 圧制者が! 民を虐げ嬲る圧制者が! 絶望で世を蝕む圧制者が! 地に伏している! 平伏している!! 権力の頂から引き摺り下ろされているではないか!!!」

 

喜色満面に歓喜を上げるのは、〝黒〟の陣営に捕獲されていた筈の〝赤〟のバーサーカーだった。〝黒〟のキャスターのゴーレムの束縛はないが、〝黒〟のランサーに串刺しにされたままの重傷でこの場にやってきたのだ。

 

「そこな君よ! 君がこの圧制者を倒した叛逆の星か!?

おおおおおおおおおおおお素晴らしい、実に素晴らしいぞ同士よ! ここまで完膚なきまで圧制者を叩き潰すとは、 君こそは人々に希望を齎す勇者に相応しい!! 」

 

絶賛の嵐、惜しみなき称賛で同じ狂戦士の英雄を讃えながら、〝赤〟のバーサーカーは〝黒〟のランサー《ヴァンパイア》に接近する。

倒すべき圧制者を求め彷徨う狂戦士はしかし、すでに倒れた圧制者であっても生きている限り進撃を止めることはない。

 

「私も負けてはいられないな!」

「■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––ッッ!!!!!」

 

絶賛も称賛も聞かず、〝金〟のバーサーカーは叫んだ。

まずい。非常にまずい。

〝赤〟のバーサーカーは瀕死で虫の息の〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)に油断しているのか、血が滴る身体で無防備に(・・・・)近づこうとしている。

あの吸血鬼は手負いの虎と同様の状態だ。死に際ゆえの狂暴性を秘めるそこに血の匂いが充満した身体を晒しては吸血鬼の食欲を刺激し、生存本能を活性化させてしまう危険極まりない行動–––––––––

 

「ッ!!!!!ッ!!!!!ッごあおおおおおおオオオオオオオオオ!!!」

 

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は飛び跳ねて〝赤〟のバーサーカーに襲い掛かった。敵意と殺意とが混ざった喰いつき(・・・・)を、しかし〝赤〟のバーサーカーはやられるがままに笑顔で受け入れた。

 

「おおお圧制者よ。最期に抵抗を示すか! よいぞ、見苦しいとは言わん。叛逆は私も望むところ! 最初で最後の敬意として、我が愛で息の根を止めてやろう」

 

〝赤〟のバーサーカーは〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の腰周りを抱き締め、絞って縛り上げるベアハッグで〝黒〟のランサー《ヴァンパイア》を破壊しようとしている。

それしか頭にないからなのか、〝赤〟のバーサーカーは首から牙を立てられている事に気づいた様子がない。あるいは、分かっていてあえて差し出しているのか。

あれなら、まだ間に合う。

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は〝赤〟のバーサーカーの太く硬い首筋に牙を届かせるのに梃子摺っている。いま引き剥がせば身体が回復するのも、眷属にされるのも(・・・・・・・・)防ぐことができる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––––––––––ッ!!!!!」

 

地面を掘り返し、拳大の岩石を投球する。

短くも力強い風切り音を置いていきながら〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の頭部へ向かっていく。一秒でも時間を稼ぐには頭を吹き飛ばすのは早い。その選択は正しかっただろう。

 

 

 

 

 

だが、事態はもっと〝とんでもない〟ことになった。

 

 

 

 

 

「ぶんむんんんんうぅっぅぅぅぅ!?」

「■■■■■––––!?」

 

血を吸おうとした〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)が、血に溺れたように口ごもる。

豪球は防がれた。〝赤〟のバーサーカーの、噛み付かれて出来た傷口(・・・・・・・・・・・)から溢れ出る筋肉によって(・・・・・・・・・・・・)

〝金〟のバーサーカーに計算違いがあったとすれば、やはり〝赤〟のバーサーカーの存在。

より正確に言えば、〝()のバーサーカーの宝具(・・・・・・・・・・)の性質の悪さ(・・・・・・)を知らなかった事だろう。

 

「おおお、圧制者よ。おおお圧制、あっ制者、圧、制あっせゆううばばばばばどびゅばばばばびゅばりゅるいっるるるっろ」

 

常に笑顔を貼り付けていた〝赤〟のバーサーカーに変化が訪れた。青白かった肌が更に真っ青に、死者と遜色ない色合いになっていく。口からは涎がだらだら垂れ、歯が鋭い犬歯に尖る。目は、爛々と光る赤になる。

首元の肉が喉にも影響し呂律が回らなくなった姿に理性の片鱗はない。

言うなれば狂戦士以上に本能剥き出しの魔獣、狂戦士以下の品性なき畜生。

それとも、吸血鬼すら食する(・・・・・・・・)雑食動物か。

 

「ぐッ?! ぐ、グオオ!?、な、にを、や……やめ、やめろ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお?!」

 

湧き水の勢いで首の肉がボコボコと膨れ上がり、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)を喰った。肉は恐竜の顎のような形となって吸血鬼に噛み付き、一つ二つと増えて満遍なく喰らい付く。

 

「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ?!」

 

そうやって〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は消えていく。見た限りでは〝一体化〟と言えるかもしれない。

まるで、いや、正に、血を啜る吸血鬼の如くに吸い込んだのだから。

 

「ああああああ圧制者よよよよ。アハハハはは我が抱擁をそこまでして受けたいか。では望み通り愛をくれてややめろ! 余は愛、愛! 余は! 愛やめろ、やめろ愛、愛、愛、愛余はワラキア愛、愛、愛ワラキアの王、圧制圧制圧制圧制者ッヴラド二世が息子! 愛、愛、愛、愛、愛愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、余を取り込むなァァァァァァァァァッ!愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛イイイイイィィィィッッ!!!!!!!!!!」

 

〝赤〟のバーサーカーの顔が時折〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)に、ヴラド三世の形になって悲鳴を上げる。取り込まれた事で本来のルーマニアの英雄としての自分が出てきたのか、ヴラド三世を圧制していたヴァンパイアを〝赤〟のバーサーカーが駆逐したのかは分からないが、それはヴラド三世にとって地獄の続きに過ぎなかった。

吸血鬼に堕とされるだけでなくこんな、こんな化物と一つになるなんて、屈辱も恥辱も超える悲憤で顔が歪みに歪み、消えていく。叛逆の英雄たる〝赤〟のバーサーカーが王たるヴラド三世に慈悲など与えるべくもなく、容赦なくその魂の叫びを鏖殺した。

後に残ったのは〝赤〟のバーサーカーのような、〝黒〟のランサーのような、どちらともつかない顔に変形した筋肉(マッスル)だけだった。

 

「ははははははははははは、ハハハハハハ! 勝利! 勝利!! 完 全 勝 利であるッッ!!! ついに私は至ったのだ、手に入れたのだ! 希望を!! 絶望しかなかったこの果しなき旅路で、魔王たる圧制者を屠ったのだ! おおおおお見ているか〝赤〟のキャスターよ! 君のおかげで私はまた一人圧制者を斃したのだ! 喝采を、凱歌を叫んでくれたまえ! あはははははははははははははははははは!!!」

 

先程までの拙い呂律が嘘みたいな饒舌で勝利に酔いしれる〝赤〟のバーサーカー。

顔の形、肌の色、牙、目、首元に泡く顎はひたすら悍ましく歪なのに、自分の変質した容姿にも気付いていないか、圧制者さえ屠れば些細な変化だと切り捨てているようだった。

当然か、〝赤〟のバーサーカーにとって圧制者は悪鬼羅刹と同等かそれ以上の害悪でしかない。その圧制者が滅べば、他の事がどうでもなるほど有頂天になるのは無理もなかった。

絶望は失せ、世界は希望に満ち溢れたのだ。

圧制者はこれからも増え続けるだろうが、今この時だけは喜びに身を震わせようとさらなる勝鬨を上げようとして、彼は自身の〝異常〟に気づいた。

 

「あぁそうだな、その前に」

 

ギョロリと目をだけを動かし、弾けた。

準備動作も無い飛蝗のような動きで途方も無い飛距離を弾丸の如く跳んでいく。

赤く光るその目が〝金〟のバーサーカーに向いて突貫するように見えたが、違う。

 

「どれ、勝利の美酒を堪能するとしようか」

 

圧制者を屠ることしか考えない〝赤〟のバーサーカーでも逆らい難い〝異常〟が押し寄せていたのだ。

自分が異様なほど喉が渇いている(・・・・・・・)ことに。

それが彼をさらなる狂気へ陥す。

 

「いけない?! 逃げなさいあなた達(・・・・)!!」

 

〝赤〟のバーサーカーとは違う場所からの叫びは、この戦いを見守っていたルーラーのものであった。

切羽詰まる危機感も顕に飛び出して逃げろと叫ぶ先にいたのは、複数の人影。

白い服に、白い肌。銀の髪に、赤い瞳。

人造生命体、ホムンクルスたちだ。

彼か、彼女か、性別の差も分からない完璧な造形美を誇る彼等彼女等は、主人(ダーニック)より命じられてやって来た偵察部隊だ。

偵察のみならず〝黒〟のランサーの援護をとも命じられていたが–––––それがこうも何もせずに尻込みをしていたのは、吸血鬼に成り果てたヴラド三世が〝黒〟のランサーと認識していいものなのか判別しかねていたことと、〝金〟のバーサーカーの戦いぶりに薄弱だった死生観が悲鳴を上げて命令を拒否していたのもあったからだ。だから戦闘に巻き込まれないように、相手に気付かれないようにとかなりの距離を置いて傍観に徹していたのだ。

創造主たちに逆らうのは自身の存在意義に真っ向から歯向かう行為だが、二千年の歴史を誇るアインツベルンの技術を流用して製造された彼等彼女等は並大抵の性能ではなく、中には自我を発芽させる突然変異の個体が生まれるほど優秀なものなのだ。ホムンクルスたちがそれぞれの自意識を共有する機能が備わっているのも手伝い、その存在がホムンクルスたちにとって大きな変革をもたらしたらば、他者の命令よりも自分の感情に従うくらいのことはやってみせるだろう。

 

……話が逸れたが、そんなことはどうでもよかった。

ダーニックは、ホムンクルスたちを戦わせる気も、そもそも偵察すらさせる気が無かった。

ダーニックがホムンクルスたちを〝黒〟のランサーの元へ行かせた本当の理由は吸血鬼の餌(・・・・・)になってもらう為なのだ(・・・・・・・・・・・)

想定とは些か以上に変異していたが、ダーニックがホムンクルスたちに求めたことに関しては何一つ変わっていなかった。

 

「さあ圧制者の人形よ! この喜びを供に分かち合おうではないか!!!!!」

 

腕を大きく拡げ、抱擁して包容する構えから掬えるだけホムンクルスたちを捕まえて、首筋を噛む。

一人にではない、〝赤〟のバーサーカーの首元から生えた口(・・・・・・・・)が抱き締めているホムンクルスたちを一人残らず噛み付いたのだ。

 

「じゅむううッ、ジュムムムむウウウウウウウううううう!!」

 

首元から伸びる口が献血をするかのように吸い、輸血をするかのように身体に流す。顔にある口からは直接吸い尽くし、下品に音を立てる。見目麗しかった容貌は見る見るうちに干からび木乃伊へと早変わりした。

常軌を逸した光景に他のホムンクルスたちは恐怖で動けなかった。剣で斬られ、拳で砕けるというのは戦っていれば起こり得る死因であり、頭で理解出来る論理的帰結だが、血を吸われてああなる(・・・・)のは魔術的に見たって異常でしかなかった。

 

『––––––––––––あ、ア゛アア゛ア、アア゛アァァァ゛ァァぁ゛ぁぁ』

 

あんな木乃伊になっても立ち上がって、爛々と光る目で同胞を見てくるなんて。そしてその渇きを満たしたいという思いが伝わってきて……。

 

「あ」

 

誰か一人、噛まれた。まさかそんな、という思いが動きを鈍らせ、もう一人、噛まれた。

暫くするとその噛まれたホムンクルスが、似たような姿になって別のホムンクルスに目を付けて、また一人、噛まれた。

噛まれたホムンクルスは、噛むホムンクルスになって、連鎖反応じみた早さで瞬く間に全員が噛むホムンクルスになっていき……。

 

「あ、ああ、あああ……」

 

噛まれていないホムンクルスは、一人だけになった。

長い銀髪をツインテールにまとめた愛らしい、小動物チックな印象を見る者に与える少女だ。

彼女が最後に残ったのは偶然と性能(さいのう)のおかげだった。

偵察隊の中で最後尾に待機していた事と、特に魔術に秀でた性能ゆえに〝赤〟のバーサーカーの異常に無意識で足を下げていたから、彼女はまだ生き残っていたのだ。

 

「おやおや、君はまだ(・・)のようだね」

 

でもそれは逃げる為の後退ではないから、直ぐに追いつかれる。逃げる為のものであっても同じだろうが。

不気味な顔色での、不気味な微笑み。もはや恐怖と呼んでいいのか分からないその顔を見て、ホムンクルスの少女は全身の力が抜けてしまった。

少女の蒼白した貌と、腰を抜かしてへたり込んでいる姿は、髪型云々よりも小動物ぶりに拍車をかけている。草食動物が肉食動物の食料にされるのと同じだ。弱肉強食の掟はこのホムンクルスの少女を狩られるだけの小動物と定めていた。

 

「さあ、君も一緒に我が愛を受け取りたまえ」

 

〝赤〟のバーサーカーが、少女に噛み付こうと大きく口を開ける。

圧縮された狂喜に充てられた少女は目を瞑ることでしか恐怖から逃れる術を思いつけなかった。そして失敗した、何も見えなくしたら余計に恐怖を駆り立ててしまった。

瞼を開ける簡単な動作すら出来ない。恐怖は無気力を誘い、生への諦観が凝り固まる。いっそ一思いに楽にしてくれと殺害を懇願するくらいに心が追い込まれていた。

 

そう、一思いに楽にしてくれと、そう思い募らせるくらいの余裕があるほど、ホムンクルスの少女はまだ生きていた。

 

「………?」

 

その事を疑問に思うと目を開けられるだけの力が入り、そこに広がったのは鉛色の塊が鎮座している姿だった。

 

「………ぇ」

「––––––––––––––––––」

「ンンンッ、ン゛ン゛ン゛ン゛」

 

〝金〟のバーサーカーが、ホムンクルスの少女をその巨体でもって覆い、代わりに〝赤〟のバーサーカーに噛み付かれていたのだ。

その光景にゾッとした。首から血が滴る程度の軽いものだったが、吸血鬼以上の化け物になった〝赤〟のバーサーカーに血を吸われるのは即ち、眷属にされることを意味している。

それはホムンクルスが噛まれるよりも恐ろしい最凶最悪の魔物の誕生に他ならないはず。

なのに、そのはずなのに、そんな様子は微塵もなかった。

むしろ、あの恐ろしい鬼神の姿が嘘みたいに、彼は人間の貌(・・・・)をしていた。

 

「え………………え?」

「–––––––––」

 

ホムンクルスの少女は訳が分からなかった。

なぜ〝金〟のバーサーカーが敵である自分を庇っているのか。敵とすら認識されない、ゴミ屑扱いされても可笑しくない相手を、なぜ身を挺して護っているのか。

 

『ア゛アア゛アア゛アアアアアアアッッ゛アアアア゛アア!!』

 

〝赤〟のバーサーカーだけでなく、眷属(グール)に成り果てたホムンクルスたちまでも〝金〟のバーサーカーに噛み付いていく。

腕に、脚に、胴に、頭に、余す事なく噛み付かれていく。眷属にされたことで脳のリミッターが外れたような膂力に、全身が血塗れになっていく。

 

「––––––––––––」

 

それでも、〝金〟のバーサーカーは声も上げずに黙したままでいる。

まるで懺悔でもしているかのように、罰を受けるかのように、されるがままでいる。

そう思わせる程に〝金〟のバーサーカーの目は穏やかに澄んでいて、貌は悲しみに彩られていて、彼そのものは、優しさに満ち溢れていて。

 

「な、ぜ……?」

 

本当に、訳が分からなかった。

庇ったことも、噛まれたことも、なぜそんな貌でこちらを見るのかも。

 

「––––––––––––」

 

問い掛ける少女に、巨人は答えない。

答えられる言語が備わっていないのもあるし、言葉で語り尽くせるものではないのもあって。

それでも、言葉にするとすれば、その問いに答えられる言葉を言おうとすれば、それは。

『似ているから』……という一言が必ず入るのだろう。

 

「–––––––––––––■■■」

 

そしてその存在を、護れたはずの似ている彼等を護れなかった〝金〟のバーサーカーはその身体に力を、魔力を込めていく。

こんな事をしでかした〝赤〟のバーサーカーよりも、自分自身への怒りを糧に、赤黒く明滅する身体で〝金〟のバーサーカーは胎動する。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

気迫という名の圧力は、ホムンクルスたちを一斉に、〝赤〟のバーサーカーすらも身体から離していく。

身震いに見舞われ、止まる気配がない。獣に堕ちたが故の危機察知能力の高さが、今の〝金〟のバーサーカーが危険過ぎる敵であることを知らせてくる。

 

「あ………」

 

少女を覆っていた巨体がゆっくりと起き上がり、〝赤〟のバーサーカーとホムンクルスたちとの間に立つ。背中を少女に向け、その姿を自分の体で隠すかのように。

なぜそんなことをと言えば、少女を護るため、なのだろう。これまでの行動からそれだけは分かるが、疑問への解決にはなっていない。

もうどうすればいいのか全く分からずされるがままだった。敵なのに敵意が無く、感じるのは真逆なモノで、そんな自分自身も敵意を持てなくて、どこか安心を感じて、敵にこんな気持ちを抱くこともまた疑問で、何が何だか、ますますワケがわからなくなっていく。

「まるで■■のよう」なんて例えも思いつかず、理屈に囚われるホムンクルスにはまだ早過ぎる〝感情〟であるのは確かだった。

 

「ハハハハハ。そうか、そういうことか同志よ。喜びを分かち合うならまず自分からやってくれと言いたいのだな! そうだった、その通りだ! 私としたことが、此度の功労者は君だというのに! それを無視してしまうとは、侘びのついでにとびっきりの愛をくれてやろう!!」

 

一方の〝赤〟のバーサーカーは、体の行動と言動が一致しないことに気付かず、自分が本当に狂ってしまったことにも気付かないで、暴走機関車のように欲求のみを優先していた。

〝赤〟のバーサーカー––––––叛逆の英雄スパルタクスは窮地を求め、逆転劇を極めて快感を得る、究極のマゾヒストだ。それが彼の戦い方であり、魂の在り方。生前も、そして死後も変わることがなく、化け物になっても変わらなかった。

〝金〟のバーサーカーという過去類を見ない強者に勝利すれば天の国に昇るほどの悦を貪れると、圧制者かどうなのかもどうでもよく(・・・・・・)、〝赤〟のバーサーカーは〝金〟のバーサーカーへ襲い掛かる。

 

「––––––––––––––––」

 

では〝金〟のバーサーカーは、何をもって戦うのか。

ホムンクルスの少女のような疑問などない。

〝赤〟のバーサーカーのような欲求……それが当て嵌まるだろう。

彼が秘める欲求という願望、彼自身が掲げた誓い。

『今度こそ、小さき者を護る』

せめて、たった一つの、生き残ってくれたこの無垢なる命を護りきろうと、彼は自分のエゴを貫く。

怪物たちと戦う理由は、それだけだった。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

『ア゛ア゛ア゛アアアアア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァア゛ア゛ア゛ァア゛ア゛』

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––ッッ!!!!!!!!!」

 

それぞれの面持ちを張って、新たな戦いが始まる。

 

 

 

 

「…………ッ」

 

そして、ルーラーは。

 

「–––––––––ジャンヌ・ダルクの名において命ずる」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパルタクスの四散

 

 

 

 

 

 

三日月を描く剣線が〝黒〟のセイバーの(しるし)を頂戴せんと瞬くも、虚空に空振る。

狙いが外れたのではない、刃を当てたのに手応えがなかったのだ……これでは試し斬りどころか剣を振っていないのと同義である。

なんともはや、奇天烈な感覚だった。同じ箇所を寸分違わず狙い斬っても効果が無く、かといって違う箇所を乱れ斬っても同じこと。

–––––––やれやれ、面妖な。

〝金〟のアサシンは愚痴に似た溜息を吐きそうになる。

〝黒〟のセイバーの宝具【悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)】は〝金〟のアサシンの斬撃を完全防御していた。

Bランク以下の攻撃を物理、魔術を問わず無効化する鉄壁の宝具は、たとえAランク以上の攻撃だろうと微傷しか負わせられない。

疾きこと風の如く斬り裂こうとも無意味。剛の重みがない剣など〝黒〟のセイバーには恐るるに足らず、存分に首を晒して前面に進み出る。

 

「ッ–––––––!!」

 

幾重に斬り込んでくる剣戟の中、〝黒〟のセイバーは長刀が首に当たる瞬間を見極め、横一閃を繰り出す。

首に当てがったままで長刀は使用不可。防ぎようもなく、回避する為に押すも引くも間に合う筈もない間合いを詰められ〝金〟のアサシンは万事休すと追い込まれる。

 

「ふむ」

 

だが、そんな窮地は知らぬとばかりに紙一重に、だが易々と大剣を避け、再び斬り込みにかかる。

避けられるはずがなかったと〝黒〟のセイバーは言うつもりはない。彼は戦いの最中でこの〝金〟のアサシンの強さを実感していた。

今のをどうやって避けたかは、幾つかの要因がある。

一つは単純な〝疾さ〟。暗殺を生業とすれば敏捷が高くなるのは半ば必然であるが、槍兵のランサーに匹敵する疾さともなれば稀だろう。あの〝赤〟のランサーと遜色ない、もしかしたら超えているかもしれないと〝黒〟のセイバーをして思わせるほどならば尚更にだ。

そしてそれに拍車を掛けているのが、二つ目の要因、〝体捌き〟だ。あるいは〝歩法〟と言うべきか。

〝金〟のアサシンは一切の無駄がなかった。

その挙動、所作、足捌きには目を見張る程の〝巧さ〟がある。無気力に見える静止から無軌道に駆ける素早さは何時でも何処でも、四方八方へ、行きたいところへ行ける(・・・・・・・・・・・)ほどに自由自在だ。

今の横一閃は、前へ押すか後ろへ引くかの前後ではなく左右、剣の流れに沿って大剣の止まる場所まで先回りしていたのだろう。

余分な動きはせず、余計な力みは入れず、必要な分だけの力を駆使して、圧倒的不利の状況にも関わらず、焦燥も恐怖も浮かべずに、自分が死にそうになっ(・・・・・・・・・・)ているのに(・・・・・)〝金〟のアサシンはいたって泰然自若、冷静沈着に戦っていた。

 

「ふぅ〜」

「…………」

 

間合いを一旦置き、一休み一休みと呑気に映る姿に〝黒〟のセイバーは『とんでもない』と内心思う。

剣を交える前、のらりくらりと摑みどころのない雰囲気は強者の気配とはとても思えないと称したが、〝金〟のアサシンは戦っている今でさえそのまま変わらずにいる。

それは異常だ。人間が潜在的に持つ闘争本能はどんなに隠そうとも顔や仕草に出てしまうものだ。命のやり取りなら尚更、英霊とて元が人であることに変わりないはず。

だが〝金〟のアサシンにはソレが見受けられない。否、見受けられないのではなく、種類が違う、と言えばいいのか。剣を受ければ受けるほど〝黒〟のセイバーは何となく〝金〟のアサシンのことが分かった気がした。

余人が持つ闘志を〝火〟とすれば、〝金〟のアサシンは〝水〟だ。

触れれば火傷(ケガ)をする火は怖れを引き出す。消そうと躍起になり、自らも熱気に充てられて裡なる焔を燃やす。それこそが戦場における戦意と殺気の応酬だ。

だが、水はその限りではない。

火と違い、水は触れてもケガはしない。それどころか身を清め癒しを齎すこともある、非常に心地良く受け止められるものだ。

 

そして何より、火は水で消える(・・・・・・・)

おおよそ戦闘狂の一面を持つ英雄でも、血湧き肉躍る幸福を求める武人であろうと、〝金〟のアサシンの前では〝戦いを楽しむ〟などという気を無くしてしまうだろう。

決して彼が意図してやっているわけではない、薄く涼やかな笑みを浮かべている様子は彼なりに愉しんでいるのが嫌でも分かる。

ただ、彼は愉しめるが、相手からしたらやり難いのだ。

心滾らせる情熱を沸かせず、心躍る胸の高鳴りも鳴らせない〝静なる闘志〟は相手の殺気を躱し、逸らし、靜ませる。

なるほどそれは確かにアサシンと言えるかもしれない。

 

「………………………貴公は」

「ん?」

 

しかし。

 

「貴公は、本当にアサシンなのか?」

「…………んんん?」

 

しかし、〝黒〟のセイバーは違う。

戦いの最中で分かった〝金〟のアサシンの強さの三つ目が、彼にそんな疑念を抱かせていた。

 

何故(なにゆえ)そのようなことを聴く? この身は(まご)うことなき暗殺者のサーヴァントだが?」

「………………」

 

戦いの腰を折られ、虚偽の冤罪めいた問いに、やや気落ちした〝金〟のアサシンの声に申し訳ない気持ちになる。

果し合いを憚らない彼からしたら、言の刃を交えるは不本意とは承知していた。

しかし、それでも尋ねずにはいられなかったのだ。

 

「すまない、疑っているわけではないんだ。…………………ただ」

「ただ?」

 

煮え切らない態度に苛つくでもなく言葉を待つ〝金〟のアサシン。

構わず剣を振らずに止めていたのは邪念を持ったまま戦われても困るからだが、あのセイバー(・・・・・・)に勝るとも劣らない実力の男が一体何に戸惑っているのか、少なからず興味を惹いたのもあったからだ。

 

「……いや、すまない。こんな時に聴くべきことではなかった。忘れてくれ」

「いやいや、そこまで言いかけながら引っ込めては此方が困ってしまうのだが?」

「……む、それは、その…………すまない」

 

謝ってばかりの〝黒〟のセイバーに、見た目の無愛想さのわりに随分面白い男と、もし斬り合いの場でなければ弄りがいがありそうだとアサシンはついつい何の関係もないことを思ってしまった。それほどセイバーは(わっぱ)のような純粋な顔をしていたのだ。

 

「まあ、言いたくないなら良いのだが。その心積りで続けられるのか?」

「………………………」

 

戦えるのか––––––心配なのはそれ一点だと暗に言っているが、〝黒〟のセイバーは戦う気が削がれたわけではない。

 

彼が何を気にしているのか、それは〝金〟のアサシンの〝剣技〟に他ならない。

 

なんて事はない態度の本人は知ったことではないのだろうが、暗殺者(アサシン)剣士(セイバー)真正面から(・・・・・)戦うのは通常ではありえない。

聖杯戦争に〝通常〟や〝普通〟など求めるのは無理な話だが、その中でも特に異常事態であるのは確かだろう。

なにせ〝金〟のアサシンは宝具を使っていない。

英霊の代名詞にして切り札。ソレを使っていての真向勝負ならば疑問などない。やり方次第ではどんなに弱いサーヴァントでも大英雄殺し(ジャイアントキリング)の可能性を秘めているのだから。

しかし、打ち合ってみて分かるのだ。〝金〟のアサシンは宝具を使っていない。

剣……刀にしてもそれらしい神秘を感じず、身体的な常時発動型の宝具という線も無い。セイバー自身がソレを持っているのもあって断言できる。

 

なのに何故〝金〟のアサシンは最優のセイバーと戦うことができるのか。

〝速さ〟だけで〝黒〟のセイバーは出し抜けない。〝体捌き〟を加えたとしても、〝黒〟のセイバーと渡り合えるほど容易くはない。

〝金〟のアサシンが〝黒〟のセイバーと戦えるのは、それら二つを生かせるための大前提として、彼の〝剣技〟が常軌を逸しているからだ。

身体能力、長刀、それら全ては彼の〝剣技〟を繰り出す為の道具に過ぎず、たとえ彼の身体と武器が宝具であったとしても、この〝剣技〟の前では色が霞むに違いない。

 

それ程までに、佐々木小次郎の〝剣技〟は素晴らしかった。

全サーヴァントの中でも最上級に位置するセイバーの強力な宝具は、下手な武器を使えば当てただけで壊れるのが関の山。傷をつけるのは愚か、鍔迫り合いすら不可能の領域にある。

何度も(・・・)(ほうぐ)を斬りつけるのも、何度も(・・・)大剣(ほうぐ)を受け逸らすこともそう。長刀(ただのぶき)で刀身を壊さず、罅割らせず、1ミリも歪ませずに斬り続けるのは、如何なる研鑽から生まれた妙技なのか。

 

この身を貫いた〝赤〟のランサーの技に喜悦を覚えた〝黒〟のセイバーだったが、〝金〟のアサシンに対しては感動の発露を感じていた。頑強なのをいいことに、攻撃を喰らうのが前提の雑な戦いをしている自分が恥を曝している気分になる程、この〝金〟のアサシンの〝剣技〟に胸を打たれていた。

アサシンは七騎のサーヴァント内でもワーストに入る低ステータスに見舞われる。暗殺者はあくまで〝殺し〟に特化しているのであって闘いに向いたクラスではないのだ。

にも拘らず、その低ステータスを補える程の〝剣技〟があるなんて……技量が高いとだけで終わらせていいものではない。がむしゃらに剣を振るい、何が何だか分からぬうちに邪竜を倒したセイバーにとって、剣で戦うことに美しさ(・・・)を感じるなんて、青天の霹靂、目から鱗が落ちた気分だった。

そう思ったからこそさっきの場違いな疑問を投げ掛けてしまったのだ。この男の方がよっぽどセイバークラスに相応しい剣士ではないのか–––––これがニッポンのサムライという生き物なのかと異国文明(カルチャーショック)として深く心に刻み込まれていた。

 

「剣気が鈍っているでもなし……が、それとは別に気の乱れ有りといったところか。

本当によいのか〝黒〟のセイバー。言葉よりも立ち合おうとは言ったが、そこまで無口になる必要はあるまい。何か言い残しがあれば遠慮せず申し上げるがよい」

「……いや、俺は、ただ––––」

『なにを勝手に喋っているセイバーッ!! さっさとそのサーヴァントを片付けてしまえッッ!!!』

 

聞きたい事があったわけではない、〝黒〟のセイバーは賞賛を贈りたかっただけ。精妙にして流麗、精巧にして華麗なアサシンの剣技に敬意を表したいだけだった。

だが、そんなものは赦さぬと割って入ってきたゴルド(マスター)の念話に言葉を止める。

 

『ヤツはたかがアサシンだぞ?! 隠れ潜むしか能のない薄汚いネズミだ!! なにを梃子摺っているのだ?! 貴様はセイバーだぞ! 名高きネーデルランドの竜殺し、ジークフリートなのだろう!? なぜ暗殺者ごとき始末出来んのだ!?』

 

使い魔を通してセイバーの戦いを見ていたゴルドはあらん限りの大声で罵声を上げる。沈黙の命令を破ったことにではなく、未だ敵サーヴァントを斃せずにいることにだ。

セイバーの〝金〟のアサシンへの絶賛は、ゴルドからすれば屈辱でしかない。

自ら真名を暴露する愚かなサーヴァント。佐々木小次郎などという無に等しい知名度の三流英霊に互角の勝負を持ち込まれているなんて、御し難い醜態だ。自分のセイバーは最優にして最強のサーヴァントと信じて疑わなかったのに、一体コレは何なのだと裏切られた気分に陥いり、怒りと苛立ちに冷静さを失っていた。

それこそ–––––〝金〟のバーサーカーの襲撃を忘れ、霧と蛇の侵入に気付かないほどに。

 

『何なのだ貴様は!? 私の命令に背くばかりか斥候を斃すことすら出来ないのか!!? 貴様は………ッ、キサマは………ッ!!』

 

悪態の言葉が続かず口籠るゴルドに、セイバーは苦い顔をする。

佐々木小次郎への侮辱は勿論良い気がしないのがあったが、その罵倒には真実も含まれていたからだ。

傲慢で小心という最低な部類に入るマスターだと否定できなくとも、それでも自らのマスターに勝利を齎すことに何の異存もない。今現在のユグドミレニアの状況がひと際危うい中で、一騎のサーヴァント相手にもたもたしている自分は愚鈍以外の何物でもないのだろう。

だが、ゴルド(マスター)が抱えている焦燥はハッキリ言って杞憂だ。

確かに側から見れば互角の勝負に見えるかもしれないが、戦況は断然に〝黒〟のセイバーが有利なのだ。

それと言うのも、否、言うまでもなく、〝金〟のアサシン(佐々木小次郎)の攻撃はセイバーには効かないからだ。〝金〟のアサシンの剣技は巧いだけであって其処に力はない。圧倒的な力が【悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)】を破る最低条件であるならば、セイバーにとって〝金〟のアサシンは全くもって敵ではない。

速さと巧さで拮抗しているように見えるだけで、セイバーが負ける要素など限りなく低く、このまま戦えば〝金〟のアサシンが種切れで負ける可能性の方が高いのだ。

 

だからこそ(・・・・・)その前に斃すべきだと(・・・・・・・・・・)セイバーは直感する。ゴルドとは意味合いが違うが、早期に決着をつけるべきという心情は一致していた。

こうも長引いてしまったのは、セイバーが決着をつけるタイミングを合わせられなかったのがある。〝金〟のアサシンの体捌きと太刀筋のパターンを推察し、見極めようと文字通り体を張って確かめたが、どうしても仕掛け時を計ることができなかった。

佐々木小次郎の剣技は見切らせることすらさせないと……改めて彼の剣には感嘆させられるばかりだった。

 

「急に黙ったな〝黒〟のセイバー。マスターに小言を貰ってしまったか?」

 

念話故にセイバーとゴルドの遣り取りを知り得ない〝金〟のアサシンが手持ち無沙汰と尋ねる。片目を瞑って茶目っ気な語り口調での鋭い推理、その姿(さま)は兎の皮を被った狐と例えるべきか。

 

「そうさな、此方も小競り合いには飽きあきしていたのも事実………そろそろ勝負を決めるとするか」

「……っ」

 

スゥ–––––ッと静かに、〝金〟のアサシンが、長刀を構えた(・・・)

それだけなのに、それだけのことでセイバーに震えが走った。……それだけの当たり前の事をやっていなかった佐々木小次郎が、今初めて構えただけで、酷く恐ろしい事と感じたのだ。

 

「さて、〝黒〟のセイバー。私はこれからお主に秘剣(・・)を披露しようと思う」

「……?」

 

〝金〟のアサシンの呼称に疑問符を浮かべるセイバー。

秘剣、それは宝具ということか。いや、そもそも何故態々そんな事を言うのか。

 

「そこでだ、其方も一つ宝具を使ってはくれまいか。あるのだろう? 盾ではなく矛の宝具が」

「…………………………」

 

あまりと言えばあまりの要望に、セイバーはどう答えるべきか迷う。

それは––––––その内容自体はセイバーも考えていた。〝金〟のアサシンを斃すのに自分の剣技では分が悪すぎるのもあり、奥の手たる宝具を使うべきと思い初めていたからだ。

それを向こうから言うのは、それほど不可思議でもない。強い戦士と戦いたいと思うことがあれば、その戦士一番の奥義を見たいのは当然の思考だろう。

セイバーとて例外ではない。この佐々木小次郎の宝具、秘剣が一体どれ程の物なのか興味が尽きない。

だがそれには問題がある。〝黒〟のセイバー(ジークフリート)〝金〟のアサシン(佐々木小次郎)と違って高名な英雄。真名解放をしようものなら即座に正体がバレるだろう。

この場には〝金〟の陣営の監視、ともすれば〝赤〟の陣営の監視もある可能性を考えれば、宝具を使うのは悪手と言える。

それに、もう一つ重大な問題がある。どうしようもない問題が。

 

『宝具を、使え、だと……? ––––––巫山戯るなッ! 貴様のような雑魚に宝具を使えだと?! ふざけるなッ、フザケるなッ!!? セイバーッ、その愚か者をさっさと斬り捨ててしまえッ!!』

 

案の定、マスターのゴルドが狂うように怒鳴る。その挑発、その傲慢に怒り心頭になる。

見た目(ステータス)(実力)を判断するなというのは今更だが、ゴルドにとってはそうではない。武芸者でもなんでもない魔術師では、知名度が低く、ステータスも低い格下に宝具を使えと言われるのは侮辱に等しかった。

これがもしステータスの高い優秀なサーヴァントだったならばむしろ催促してくるのだろうが、それは臆病風に煽られた虚栄でしかなく、状況をしっかり把握した上で宝具の使用を判断している訳ではない。ゴルドはただのプライドのみで「宝具を使うな」と言っている。それは全く持って戦場には余分な感情だった。

 

「答えに窮するか。躊躇は当然だが………やれやれ、仕方ない。些か以上に雅さが欠けるが、無理矢理使わざるを得ないようにしてみせようか」

 

そう〝金〟のアサシンが宣い––––––

 

 

 

「〝黒〟のセイバーよ、これより私はお主の背中のみを狙う。

首ではないぞ? 背中だ。 お主唯一の弱点である(・・・・・・・・・・)背中を斬る(・・・・・)

「ッ!」

『なあッ?!』

 

 

 

突飛に、冷たい刃物で肝を突き立てられたような違和感が全身に行き渡り背中に集中した。

背中を斬る。おおよそ誇りある剣士にとっては恥じるべき闇討ちだが、戦場(げんじつ)に綺麗事が通じない真理を知るセイバーに、それを非難する気はない。

セイバーが驚愕したのは、弱点である(・・・・・)と指摘されたこと。それはつまり、自身の真名を暴かれたということに他ならなかった。

なぜ、いつ気付いた、心中の疑問に〝金〟のアサシンは答える。

 

「なに、生前ある獲物(・・・・)を仕留めるべく剣を振るった副産物でな。観察眼にそれなりの物が備わっただけのことだ。〝黒〟のセイバー。無意識であろうが、背中にだけは回り込ませまいと必死で庇っていたぞ?

鋼をも跳ね返す無敵の身体、されど背中のみその限りではないとくれば、該当する英雄は一人……いや、二人か? 兎にも角にも、学のない私ですら知っている英雄には違いあるまい––––––––––なあ、竜殺し」

『な、な、なな、ななっなな、な』

 

セイバー本人よりも、マスターのゴルドの方が激しく動揺し、顔を青ざめさせていた。

セイバーの真名を知られる事を何より恐れていたゴルドにとって、これは悪夢でしかない。

格下だと侮っていたアサシンのサーヴァントに看破されるだなんて、悪い冗談にもほどがある。

 

「しかし確証があるわけではない。状況証拠、という奴だけだ。其れのみで真名を決め付けるのは頂けない、先入観は人を惑わすと言うしな。そんな曖昧な智見を(あるじ)に伝える訳にはいくまいし………うむ、ならばこれは私だけの胸に閉まっておくとしよう」

 

白々しい程の三文芝居をする〝金〟のアサシン。

そんな事をする理由は、もう分かっている。

 

「尤も、私は思いの外お喋りであるのが先程判明してしまったからな。もしかすればうっかり(・・・・)誰かに喋ってしまうかもしれん。

自分の勇名を誰かと勘違いされるのは面白くはあるまい。直ぐに私の口を封じれば、妙な風評は流れぬやもしれぬぞ?」

『殺せセイバアァアァあああああああああああッ!!!!! そのサーヴァントを殺せエエエェエええええええええええええッ!!!!!!!!』

 

ヒステリックに発狂するゴルドの喧しい裏声を他所に、セイバーは戦慄する。

〝金〟のアサシン、佐々木小次郎。その実力には何度も敬服したが、それでもより一層そう思わざるを得ない。

背中に立たれるのに拒絶反応を示すセイバーにとって、背後を取られるのは本能(じどう)的に感じる恐怖だ。故に背中を気にしながら戦っているのは認めるほかない。

しかし、〝黒〟のセイバーは世界を代表する竜殺し、名高き英雄ジークフリートだ。背中を庇っているのを悟られるような下手な戦い方はしないし、必死になって護る気配を出すような真似だってしない。

だが、〝金〟のアサシンにとってはそうでなかった。

セイバーも気付いていない深層心理の奥底で戦々恐々としていたのを、剣の打ち合いだけで見抜いたのだ。

 

「–––––剣よ、満ちろ」

 

もはやセイバーは真名の漏洩云々など考えもしなかった。

その決意に呼応するように光り輝く〝黒〟のセイバーの矛。柄に埋め込まれた青い宝玉から発せられる神代の魔力(エーテル)が黄昏に染まる。

竜を殺した大剣をアサシンに使う大盤振る舞いも全く気にしていない。このサムライは力の出し惜しみをして勝てるような相手ではない。マスターもこの状況では文句もないだろう。

 

逢魔時(おうまがとき)………妖しくも儚く、鮮やかな美しさよ。似て非なる(・・・・・)……否、勝るとも劣らず(・・・・・・・)であろうな。それでこそ斬り甲斐があるというものだ」

 

大変満足気に微笑む〝金〟のアサシンは、瞬間、真剣の(・・・)顔となる。

巫山戯気質の気配が鳴りを潜め、正しく刀の如く鋭利な気を全身に纏わせる。

今までとは比べ物にならない闘気と殺気を帯びた長刀なれど、〝黒〟のセイバーと違い魔力は一切感じない。だが、そんなもので力の測りが出来ないのが〝金〟のアサシン。むしろここまで来て魔力の波動すら感じないのは最大限の警戒をして然るべきだ。

 

「それでは––––––いざ」

「………参る!」

 

大剣は膨大な魔力を渦巻き荒れ狂い、長刀はただ静かに担い手が振るうのを待つ。

暗闇に包まれたイデアル森林は、この一時のみ時間が(さか)まわり夕暮に戻る。

 

……終わりの始まりだ。

 

幻想大剣(バル)––––––」

 

先に仕掛けたのは〝黒〟のセイバー。

勇み足と取られかねないが、セイバーは先刻『その(構える)前に斃すべき』だと直感している。

それが叶わなくなったならば、繰り出す前に斃す。佐々木小次郎の秘剣に興味はあるも、それで死んでは元も子もない。〝黒〟のセイバーはここで死ぬわけにはいかないのだ。

セイバーには望みがある。聖杯に掛ける望みではなく、聖杯大戦にて抱いた新たな願望……すなわち〝赤〟のランサーとの決着だ。

〝金〟のアサシンを蔑ろにする訳ではない、だがそれでもセイバーはあのランサーともう一度闘いたかったのだ。極めて個人的な感情だがこればかりは譲れないと心の底から思うことが出来た。

願いを叶える側の自分が、願いを持つのは珍しいことだ。何故そこまで拘っているのか正直分からなかったが、その理由は恐らく、〝赤〟のランサー(むこう)もそれを望んでいるはずだからだ。メアリー・スーの乱入前のあの死闘の終わりに、確かに通じ合っていた願望。互いを斃すのは互いの内のどちらかであって欲しいと思った。約束でも誓いでもない奇妙な繋がりでも、セイバーにとっては福音だった。

それだけでよかった。自分が望み、相手も望んでいるならそれだけでいい。英雄はかくも単純一途なのだ。それを阻もうものなら、ジークフリートは鬼神すら斬って捨てる。

鬼神を、佐々木小次郎を、全身全霊全力をもって討ち果たす–––––––!

 

天魔失(ムン)––––––」

 

あとは振り下ろすだけ。

そうするだけで辺りの森諸共〝金〟のアサシンを呑み込むまでの刹那。余人が立ち入る隙などない幕引きを下ろそうとしたその時。

 

 

 

『ジャンヌ・ダルクの名において命じる』

 

 

 

久方ぶりの聖女の声を、セイバーは聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の槍に遣られた傷から血が流れる。

舐めれば治る擦り傷だ、気にするまでもないことだ。

しかし、擦り傷でも身体中に斬り刻まれれば相応の負傷になって表れる。

 

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサー。双方ともそんな状態だ。

 

なんともみすぼらしいザマだ。着込まれた布も鎧もボロボロでみっともないのはどうでもいい、言っているのは〝傷〟の方だ。

擦り傷だけしか負わせ(・・・・・・・・・・)られなかった(・・・・・・)

〝傷〟なのは胸に走る一文字のみ。あとの全ては取るに足らないヨゴレでしかない。幾多の敵兵を屠ってきた自慢の槍(師からの贈り物)はとうとう目の前の英雄を貫くことはなかった。

それは屈辱であったかもしれないが、同時に歓喜でもあった。

だから彼らは、加速世界を止めた。

どちらからともなく脚を減速させて元の世界に戻ったのだ。

 

「………………………」

「………………………」

 

二騎は間合いを開けて立っている。神速を駆ける彼らにしたら間合いなど有って無いようなものだが。

脚を止めた理由は、なんとなく、だった。なんとなく『この敵の顔をよく見ておきたい』とでも思ったのかもしれない。

自らと対等に戦える敵は稀であり貴重だ。そんな敵をただ殺すだけで終わらせるなど、勿体無い。真名を知れないならせめてそうすべきだろう。

 

「……………ふっ」

「……………くっ」

 

そう思い戦う相手をよく見ていたのだが、そうしていると笑いが込み上げてくるのを止められなくなる。

そして、堰が切れた。

 

「ふっははははははははははははははッ!!」

「くっははははははははははははははッ!!」

 

自分たちはかつて無いほどの狂宴を演じたのに、本当に擦り傷程度しか負わせられなかったのだと真に理解して笑った。

相手をあれだけしか傷つけられなかったのかという自嘲、命を賭した生と死の駆け引きを求め争っていながらどうにも締まりが悪すぎる滑稽さ。

そして相手がそれだけ強い(・・)という愉悦が、二人を笑い地獄に嵌らせた。

 

「ふっ…………賞賛を贈るぞ〝金〟のランサー。そして礼を言おう。まさかこれほどまでとは思わなかった。この俺を一人で相手取れる英霊はそうはいまい、それでこそ聖杯大戦に参加した甲斐がある。よくぞこの〝赤〟のライダーの敵になってくれた」

「ハッ、そりゃどうも。上から目線の物言い、ありがたーく頂戴してやるよ」

 

生意気な態度の〝赤〟のライダーに、憎まれ口で返す〝金〟のランサー。

そこに陰湿な念が無いのはお互いに相手の実力を認めているからだろう。

 

「…………だからこそ、気になるな」

「あ?」

「〝金〟のランサー。アンタのその槍、槍技は我流じゃないな? いや、我流ではあるだろうが基礎は誰かから習ったものだ。それを戦場で我流に昇華した……そうだろ?」

 

〝金〟のランサーが訝しげな顔になる。〝赤〟のライダーの言ったことはごくごく当たり前の些事だ。初めは先達から学び、そこから先は自分で自分の道を模索し強くなっていく。武道であれ、文道であれ、英雄でなくとも真っ当に生きていればそのような人生の中で己を磨いていくはずだ。無論そうでない者だっているだろうが、そんなこと聞いてどうするというのか。

 

「……妙な事を聴く。だったらなんだ? ンなもん得意げに言い当てて、どうしようってんだ? 俺の真名でも探ろうってのか」

「いや、別になんでもねえよ。聞いてみたかっただけだ」

 

この男の真名は是非とも知りたいところだが、今はそれよりも気になることがある。

〝赤〟のライダーは〝金〟のランサーの槍捌きが自分に似通っていると感じた。〝動き〟ではなく、その技量に至れるまで自身を支えた〝基盤〟がだ。基礎を師から教わるという当たり前の部分が、基本骨子が自分と同程度に(・・・・・・・)がっちり(・・・・)している(・・・・)のだ。

戦い方の基盤が優れていれば、其処から先は自由に外装(がりゅう)を取り付け、組み外しも組み直しをしても問題なく機能する。〝金〟のランサーの槍技の数々には常道から外れた奇想天外な槍捌きがあると同時にそんな〝源流〟が多く感じられた。偉大な指導者ケイローンに技を習った〝赤〟のライダーだから分かった、〝金〟のランサーを強くした者の〝授業〟の片鱗が見えたのだ。

〝金〟のランサーにも居たのだろう。自分にとってのケイローンのような先生が、師匠という存在が。それも槍を交えただけで分かってしまうほどのとびっきり(・・・・・)の教師(・・・)が。

 

だからこそ、〝赤〟のライダーは過程が似ていながら〝金〟のランサーに負けている(・・・・・)ことを気にしていた。

 

〝赤〟のライダー(アキレウス)は攻撃、〝金〟のランサーは防御、二人の戦いは終始これに尽きた。アキレウスの脚が健在である限りこの絶対性は揺るがない––––––––その筈だった。

だが一見すれば似たような格好になっているも、眼の良い者が見れば〝赤〟のライダーの方が多く擦り傷があることに気付くだろう。それも死に直結する人体の急所の箇所が。

常に先手を取り、先攻で追い立てていた〝赤〟のライダーが多く手傷を負ったのは、ひとえに〝金〟のランサーの方が上手だったからだ(・・・・・・・・)

槍の〝技量〟がではない。戦いの〝才能〟がでもない…………生前の〝経験〟がであった。

アキレウスは世界に名を刻んだ英雄なのに間違いないが、その活躍、その生涯は駆け抜けるように(・・・・・・・・)短かった(・・・・)。その短さでもって大英雄となったことも含め、彼が稀代の戦士であるという証明に他ならないが、今はその短さに勝敗の行方を左右されていた。

〝赤〟のライダーは強すぎるが故に自分から不利に(・・・・・・・)ならなければ(・・・・・・)いけない程(・・・・・)敵から煙たがられ、最期に至っても神による介入で生涯を終えたくらいまともな(・・・・)勝負をしたのが少なかった無敵の勇者だ。

 

一方の〝金〟のランサーとて長命だったわけでもなければ、まともな勝負が多かったわけでもない。だがその生涯は常に不利の状態で戦うことが多く、無敵の身体も持っていなかった彼は『まともな勝負が出来なかった』ことが同じでも、中身は大分異なる。

その中でも最も大きな違いは–––––––––簡潔に言ってしまえば神々の介入より恐ろしい(・・・・・・・・・・・)女たちの妄執(・・・・・・)に翻弄された点だ。

それによって齎された数々の非業、悲劇によって培われた血肉(つよさ)は幾多の英雄の中でも最上級カーストに食い込む実力を持つに至った……鉄血かつ冷血に変換されるように。

アレらの死地に比べれば〝赤〟のライダーに攻撃の主導権を握られようとも、飄々と返り討ちにするのは訳がない。槍技に差がなく、戦闘力も大差なく、経験値でアキレウスの俊足に対応できる程度に〝金〟のランサーは生き延びることに特化した鉄壁の守りを誇っているのだ。

 

「おーおー余裕を持ってる奴は暇なこと聞いて無聊を慰めるのかねえ……オレもそれなりに脚に自信があったんだが、まさかこうも守りに徹されるとは思わなんだ。槍兵クラスでもねえ野郎に速度で負けるとは、思いの外頭にくるもんだ」

「よく言う。それでいて息の根を止められずにこうも長引かせちまった俺はマヌケってか?」

「いいや? むしろここまでよく攻めてこれたもんだと褒めてんだぜ? 絶好のタイミングでカウンター叩き込んでやったのによく避けやがる。生き急ぐほど徹底的に殺し攻める割には中々どうして、反撃への警戒網が強い。些かお前さんを侮ってたかもしれねえなあ、傲慢な割には油断も隙もなかったからよ」

「……………………」

 

〝赤〟のライダーは嫌な郷愁に見舞われる。〝金〟のランサーの評価は明確にどこぞのオッサン(・・・・・・・・)を思い起こさせたからだ。というのも、ヤツとの戦いがあったからこそ〝金〟のランサーの言うカウンターにも対応できたのだ。守りにかけて右に出るものはない堅牢ぶりと、気を抜いた途端にやって来る鋭い槍の一刺しの〝経験〟は、確実に〝金〟のランサーとの戦いに活かされていた。

–––––まさかあのオヤジとの戦いが役立つ時がくるとは思いもしなかった。

でなければ到底擦り傷で済ませることは出来なかっただろう。………人生とは本当に何が起こるか分からない。

短い生でも確かに生き続ける〝経験〟を痛感した〝赤〟のライダーは、今この時だけは、自身の短命を悔やまずにはいられなかった……それでもあの野郎とは二度とやりたくはないが。

 

「なんだその顔、敵に褒められんのは屈辱か?」

「……嫌なヤツ思い出しちまっただけだ。ああクソっ、戦ってる時は気になんなかったのに、なんで頭ん中に出てくんだっ!」

 

意識してしまうと駄目だった。ヘラヘラヘラヘラにへら笑いの顔と幻聴が頭を掻き毟ってイラつかせてくる。

ヤケクソ気味に叫ぶ〝赤〟のライダーになんのこっちゃとてんで分からない〝金〟のランサーは置いてきぼりをくらう。

 

「––––––そうか、そいつは悪いことしちまったな」

 

しかし、そんな緩んだ空気は引っ込む。

何処(いずこ)かの方向へ目を向けた〝金〟のランサーが何かを察したかのように槍を持つ手に力を込め……。

 

「だが安心しろ。そんなもん直ぐに吹っ飛ばしてやるし……何も考えられなくなるようにしてやるよ」

 

ピクっ、と実際頭を掻き毟りはじめた〝赤〟のライダーの手が止まる。

声に込められた殺気と槍に込められた魔力が辺りを丸ごと飽和させ一種の異空間となっていけば、余計な雑念はすっぱり消えていった。

 

「……急だな。逸る気持ちはごもっともが、もうちょっと悦に浸る余裕があったっていいんじゃねえか? 余韻すら楽しめないようじゃあ楽園(エリュシオン)で笑いを忘れちまうぞ?」

「お前さっき完全に顰めっ面だったよな、完全に笑い忘れてたよな? ……まあいい、ちょいと事情が変わっちまった。緊急(・・)っぽい(・・・)から速く終わらせてこいだとさ」

「緊急? なんだそりゃ。つーか〝ぽい〟ってなんだよ? アンタのマスターが何か言ってきたのか? ちゃんと説明しろ」

「説明する暇もねえくらいにヤバイの(・・・・)が暴走してこっちに来るかもしれん。……だから速く決着(ケリ)つけようって話な訳だ。わかったか?」

 

突飛な事態に説明が曖昧でワケが分からない〝赤〟のライダーだが、そんなのは御構いなしに〝金〟のランサーは槍を構える。

緊急で、ヤバイので、暴走で、こっちに来る……バーサーカー辺りがやらかした(・・・・・)のだろうか?

〝赤〟(こっち)のバーサーカーならやりかねないが……〝黒〟か〝金〟のバーサーカーの可能性も否めない。

いや、原因はどうでもいい。

問題なのは〝金〟のランサーとの勝負を邪魔したという事。直接的ではないにしろ、この得難い強敵とのひと時を阻害したことに変わりなし。

このオトシマエをどうつけてくれようか、という怒りが募りつつあったが、〝赤〟のライダーにとっては丁度良かった(・・・・・・)かもしれない(・・・・・・)

 

「……そうか、だったら俺はこのまま帰らせてもらおう」

「はあ?! テメェなに言ってやがるっ?」

 

突飛の事態には突飛の提唱とばかりに宣う〝赤〟のライダーに〝金〟のランサーは噛み付く。

こんな中途半端に終わって満足するなどあり得ないほど飢えた狼が、逃げる理由がわからない。

だが〝赤〟のライダーは撤退する者とは思えない堂々たる表情(カオ)で告げる。

 

「次に持ち越しという意味だ〝金〟のランサー。もはや我らの戦いは聖杯大戦の趨勢を決める決戦であり、そんなものを超越した宿命となった。貴様とは相応しい場所、相応しい時、そして相応しい決闘をしなければならない。それを何処ぞのサーヴァントなんぞに邪魔されては堪らん。姐さんの言うように戦は序盤、深追いはするべきじゃねえ。気が熟した時こそ、我らは再び槍を交えることになるだろう」

 

だから今回はここで終いだと〝赤〟のライダーは言う。

確かに英雄たるもの誰にも邪魔されず正々堂々と己の誇りを掛けてとことん勝負したい。それが実力を認めたもの同士ならその気持ちは何よりも勝るだろう。

 

「……大仰なこって。まっ、お前さんの言い分には賛成してやってもいい。俺とて英雄の端くれだ、誰にも邪魔されず、干渉もされずに思いっきり戦ってみたいもんさ」

 

だがな–––––––––

 

俺がこのまま逃す(・・・・・・・・)と思うか?(・・・・・) 〝赤〟のライダーよぉ」

 

〝赤〟のライダーが〝金〟のランサーを認めているように、〝金〟のランサーも〝赤〟のライダーを認めている。

彼の言うように、自分で言ったように、とことんまで()り合いたい思いも嘘ではない。

しかし、〝赤〟のライダーは生意気すぎた(・・・・・・)

そのまま素直に撤退を許せず、生意気な小僧にはキツ(・・・・・・・・・・)いお灸を据えなければ(・・・・・・・・・・)ならない(・・・・)、などと気持ちとは裏腹の大人気ない対応をするほどに。もしかすれば、〝赤〟のライダーに脚で負けているのが気に食わないのかもしれない。自分もまだまだ小僧っ子という事かと〝金〟のランサーは苦笑する。

 

「ハハっ、俺を追ってくるつもりか? だが俺と同等に速かろうと俺の馬に追いつくことは出来んぞ。(まさ)しく無駄足になるぜ?」

「ほう……お前の馬はお前よりも速いのか。それが本当なら、なるほど俺でも荷が重いかもしれねえなあ」

 

挑発とも取れる言動に、しかし相槌をうって返す〝金〟のランサー。

それは明らかに秘策有りという余裕からくるものだった。その証拠を行動に移すべく、〝金〟のランサーが後ろに下がりながら(・・・・・・・・・)〝赤〟のライダーに尋ねる。

 

 

 

「それはそうと、知ってるか〝赤〟のライダー。

–––––––槍ってのはよ、遠くにいる敵を殺す為の飛び道具でもあるんだぜ?」

 

 

 

四肢を獣の如く地面に着け、腰を上げた姿は走り出す前の走者のものに見える。

無論、〝赤〟のライダーはよく知っている。

後ろへ下がったのは助走をつけるため、槍に備わる遠距離攻撃たる〝投げ〟をするための下準備。

だが、ただ投げるだけでは終わらないだろう。それだけで〝赤〟のライダーに届くなどと〝金〟のランサーは思うまい。

つまり何をするのかといえば–––––––そういうことだろう。

 

「逃げるのなら逃げても構わんぞ。

但し、その時は決死の覚悟で逃げるがいい」

「……ほう?」

 

両手両足のついた地面が減り込んでいく。急激に体重が増えたような力み。それでいて緊迫した様子も無しに冷静に〝赤〟のライダーを見据える〝金〟のランサー。もし僅かでも逃げる仕草を見せれば紅い槍が飛んでくるのは明白であった。

〝赤〟のライダーは前言を撤回する気はない。

ここで決着をつけようとは思わないし、ましてここで死ぬつもりもない。

さりとてこの場を去るのに生半可な手段を講じても通用しないだろう。それほど〝金〟のランサーの持つ紅い槍からは嫌な感じ(・・・・)がするのだ。

この感覚も〝赤〟のライダーはよく知っている。

アレは『死』だ。

神々の操る事象、権能の強制力、あの紅い槍はそれに近い波動を放っている。アキレウスすら苦手とする〝運命〟の能力。〝金〟のランサーはソレを使用出来るというのか。

槍を投げさせたら、死ぬ。

〝金〟のランサーが〝赤〟のライダーを傷つけられる上に〝死の運命〟を掛ける呪いを放つなら、アキレウスにとってアキレス腱を射抜かれる事と同義だ。

だがしかし、〝赤〟のライダーは微塵の絶望すら抱かない。

 

「いいぜ、やってみろよ〝金〟のランサー。再戦の約定代わりに、アンタの槍を受け止めてやる」

 

そうだ。それで潔く諦めるほど〝赤〟のライダーは英雄などやっていない。英雄の息子は、女神の息子は、大賢者の弟子は、トロイヤの大英雄は、決して屈指はしない。

槍を持つ手とは反対の手を掲げ、出現させたのは盾だった。

恐ろしいほど精密に凝らした意匠、世界を限界まで凝縮して大楯に納めたかのような威容。一目で分かる人間離れした造りはソレが神によって作られた神造兵器だと盾そのものが主張している。

 

––––––殺れるものなら殺ってみせるがいい。このアキレウスに二度も同じ手が通じるなど思わぬことだ。

 

「……たかだか一騎に宝具は使わないんじゃなかったのか?」

「ああ、そのつもりだったんだが……まあアンタになら使ってやってもいい(・・・・・・・・・)と思った、それだけさ。

誇れよ〝金〟のランサー。俺が撤退するために(コレ)を使うなど初めてだからな」

 

〝赤〟のライダーにとっては賞賛なのだろうが、いちいち挑発的になってるのは先ほど〝嫌なヤツ〟を思い起こさせた所為なのか。

だとしても、やはりキツいお灸を据えなければならない程に生意気だ。

 

––––––その心臓を貰い受けて叱りつけてやるとしよう。

 

 

「では行くぞ。

この一撃、手向けとして受け取るがいい」

 

 

激突の時、再び。

攻守逆転も再び。されど此度の戦いは速さではなく、力と力の勝負。

〝金〟のランサーは一気に駆け出し、止まり、跳躍する。

駆け出す際に出来た地面の穴は加速世界で出来た穴より大きく、止まった際に出来た穴はより大きく、跳躍して振りかざした紅い槍の魔力は更に大きく。

上から下へ、紅い槍を投擲する。

たったそれだけのことが、過程だけでも恐ろしく力の脈動を感じるのに、結果として齎される破壊は如何程のものなのか。

 

突き穿つ(ゲイ)–––––––」

 

宝具の真名解放寸前で、もはや形容し難い大きな紅い奔流が渦巻く。

これより放たれるは間違いなく最強の矛。

あらゆるものを突き破り、いかなる壁をも突き進むだろう一矢。

 

これに立ち向かうは鍛冶神が造りし盾の形をした世界。

たとえ城を壊す剣だろうと、国を滅ぼす炎だろうと、神を殺す槍だろうと防いで見せる〝赤〟のライダーの切り札(・・・)だ。

それを防ぐだけ防いだ後、隙を見て撤退するために使うとは、ヤキがまわったワケではないが、冷静ではないかもしれない。

だが構うものか。

この聖杯大戦で宿敵となった者が放つ最強の槍。これを見て興奮しない方が無理難題だ。

ああいけない、〝金〟のランサーとは別の機会に持ち越していこうとしたのに、やっぱりこのまま決着をつけたくなってしまう。

しかし今は余計な事は考えない。あの槍を防ぐことだけ考えろ。後の事は防いだ時に決めればいいのだ。

 

死翔の(ボル)––––––––」

「さあ、来いッ!!」

 

後一瞬、それだけでやって来る一矢を向かい打つべく、〝赤〟のライダーも宝具の真名解放をしようとしたその時–––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝金〟のランサーが、消えた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 

ジャンヌ・ダルクは決断する。

〝赤〟のバーサーカーの変貌は聖杯大戦の枠組みを越え、世界を仇なす悪鬼に成り果ててしまった。眷属(グール)になったと思しきホムンクルス達も同様だ。

事は一刻を争う。今は〝金〟のバーサーカーをターゲットにしているが、いつまでもそうとは限らない。〝赤〟のバーサーカーは元より、ホムンクルスの一人だけでも逃してしまえばトゥリファスどころかルーマニアそのものが死都に成る可能性をルーラーは予感する。

確実に殲滅するには〝金〟のバーサーカーだけでは足りない。

––––––この時こそ令呪の存在を有り難く思うことはなかった。

ルーラーの持つ三陣営サーヴァントの令呪を使用して戦力を揃える。それはこの状況での最善策なのは必然であった。〝赤〟のバーサーカーに対しての令呪は期待できない。〝黒〟のランサーを取り込んだ異形は外見だけでなく中身にまで及んでいるだろう。

誰を呼ぶべきか……ルーラーの令呪はそれぞれ個別に用意されている専用のものであり、この場に召還したいのであれば明確に誰の令呪を使うのかを決めなければならない。

だがそこはジャンヌ・ダルク。〝神の啓示〟を持つ彼女ならば、誰を呼べばこの事態を(・・・・・・・・・・)早急に(・・・)解決するのか(・・・・・・)が分かっていた。

 

「ジャンヌ・ダルクの名において命じる」

 

聖女に宿った聖痕が、裡なる願いを実行すべく光り輝く。

数ある画の中で二つの画が輝きを増し、そして奇蹟を起こす。

 

「〝黒〟のセイバー! 〝金〟のランサー! 我が元に集結せよ!!」

 

行使する奇蹟は空間転移。魔法一歩手前をいく正真正銘の超常現象を現実にする。

〝黒〟のセイバー、〝金〟のランサーは直ちにこの場に召還され……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()––––––––––––––––––––––––––––––ッ!!!!」

()ウゥゥゥゥ––––––––––––––ッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ」

 

召還され……速攻で聖女の令呪を、その命令を遂行した。

広域に拡散する黄昏と、直線に突破する紅色が、〝赤〟のバーサーカーと眷属(ホムンクルス)達。そして〝金〟のバーサーカーとホムンクルスの少女へと向かっていき–––––––

 

「■■■■■ッ」

「きゃっ」

 

ホムンクルスの少女は吃驚して声を上げる。〝金〟のバーサーカーが踵を返し軽々と華奢な身を抱きかかえて立ち退いたのだ。

 

「あはははははははははははははははははッ!!!!!!」

『ア"ア"ア"アアァア"アアアア"ァアァァア"アアアア"ア"ア"』

 

攻撃を避けるなんて思考が存在しない死霊軍団はそのまま二つの光りを受け容れるために両手を目一杯広げて体制を整え、無抵抗のまま〝赤〟のバーサーカーと眷属(ホムンクルス)達は聖なる呪いを孕んだ光に呑み込まれた。

 

 

『––––ア』

 

 

断末魔を上げる暇もなく、肉片を飛び散らせながら呆気なく大番狂わせ(ダークホース)は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アヴィケブロンの背信

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、おいおいおいおいおいおいおい。やっちゃったなオイ!」

 

ミレニア城塞内部–––––––大聖杯を納めていた(・・・・・)間。

神代の魔導器(アーティファクト)を目の前にしながらその威光を他所に、瞼に別の景色を映しているメアリー・スー(マスター)に、眼帯をした女サーヴァントは首を傾げる。

 

「何をそんなに悶えているのですか?」

「トンデモない事態が起こったんです。これはない、コレはヒドい。折角の決闘も台無しだ。まさかこんな悲劇が起きるなんて……神も仏もいやしないっ」

「成る程、つまり下らない事なんですね」

「違いますよっ。冗談抜きで笑えないんです。ああ、やっぱり。〝赤〟のライダーが怒り心頭になってる」

「〝赤〟のライダー……? 何があったんです、ランサーと戦っていたのでしょう?」

「それがですね–––––」

 

メアリー・スーは簡潔に説明した。〝赤〟のバーサーカーと〝黒〟のランサーと〝金〟のバーサーカーの戦いを、ルーラー、ジャンヌ・ダルクが〝金〟のランサーと〝黒〟のセイバーを令呪で転移させて戦いに横槍を入れたことを、転移した先での御愁傷様な惨状を。

なるほどルーラーの特権を使えばこうも理不尽な命令を強行させられるのだと、聖杯戦争の絶対者の力を垣間見る瞬間であったのだろう。

しかしと、女サーヴァントは疑問を持たずにはいられない。幾ら何でもタイミングが良すぎるのではないかと。まるで神の悪戯で起こった喜劇、そしてそんな事が出来る輩に心当たりがある。

 

「俄かには信じ難いですね。そんな都合よく吸血鬼を始末できるなんて……貴方が何かしたんじゃないですか?」

「いやコレっぽっちもやってないです。本当ですよ? 何かやったとすれば(・・・・・・・・・)ルーラーの方です(・・・・・・・・)

「?」

「ああもう、本当にヤバイ、どうすればいいんだコレは」

 

ルーラーが令呪を使った事を言ってるのではないとなんとなく気づいた。何か別の理由がありそうだが……それはそうと〝赤〟のライダーについては確かに冗談抜きで笑えない。

同郷(・・)の男、戦士にとって戦いが如何なるものであるかは心得ている。〝金〟のランサーの実力ならば〝赤〟のライダーにも引けを取らない良い勝負をしていた事だろう。それを邪魔したとなると、ただでは済まない。

〝赤〟のライダーが真相を知っているのか分からないが、一番の容疑者は此処にいるマスターだ。彼が狙われる可能性はかなり高い。

 

「ですが、それがどうだっていうんですか? いざとなったらアキレウスだろうと(・・・・・・・・・)軽く殺せるでしょう?(・・・・・・・・・・)

「言ったでしょう、ボクはなるべく手を出したくないって。っていうかボクが言ってるのはソコじゃなくてですね? ランサーとライダーの、セイバーとアサシンの決着を邪魔された事だけですよ。せっかく面白くなってきたのに、こんなのあんまりですよ!?」

 

遣る瀬無いと、がっくり肩を落とすメアリー・スーに、特に反応もない女サーヴァント。

だが、次の瞬間には難しい顔をしながら信じ難い事を言い出す。

 

「仕方がない。こうなったら時間を巻き戻して(・・・・・・・・)彼らの決闘をやり直させるしかない。手を出すといってもこれなら良いでしょう、うん、良いに決まってる」

「……マスター、本気で言ってるんですか?」

 

その問いは頭の心配をしているのではなく、本当にやるのか(・・・・・・・)と聞いているのだ。

時間の巻き戻し。

現代科学は無論、魔術世界であっても使える者など稀有どころではない正真正銘の魔法。

それをこんな子供の駄々を叶えるために使うと言っているのだ。魔術師が聞いたら侮辱として殺されかねないが、この男なら簡単にやってのける(・・・・・・・・・)のを女サーヴァントは知っている。

 

「本気も本気。ああでもそれだけじゃダメか、ルーラーが居るんじゃ元の木阿弥だ。んーそうだな、彼女には決着が着くまでこの宇宙から(・・・・・・)消えて貰おうか(・・・・・・・)–––––––……え?」

 

物騒な事を言いながら手を指パッチン(フィンガースナップ)の形にして……そこで止まった。

 

「? ……今度はなんですか?」

「……………………」

 

急停止した様子のマスターに問い掛けるも返事はない。

そのままの状態で暫くすると、手を元に戻して呟いた。

 

「これはこれは……凄いな、こんな事が起こり得るのか? いや、うん、だからこそ、それでこそ、英霊ってところなのかな」

「どういう事です? 何を見たんですか?」

 

一人で勝手に納得して終わろうとするマスターに抗議する女サーヴァント。そんな彼女にちょいちょいとこっちに来いという仕草(ジェスチャー)で招く。

少々不満ながらも側に近寄ると人差し指を額に突き付けられ、そこから灯る光から別の景色が瞼に映った。

 

「ッ!? …………何ですか、アレは?」

 

女サーヴァントは景色が変わったことではなく、その中に映っていたモノに驚愕を露にする。

 

「ボクも分かんないです。でも一つだけ言えるのは、このままじゃあ(・・・・・・・)ボクらもヤバイ(・・・・・・・)ってだけですかね」

 

サッと身を翻し、何処かに行こうとするメアリー・スーは一度振り返って己のサーヴァントに告げる。

 

「やっぱりもう少し様子を見る事にします。

––––––––〝金〟のライダー。戦うも戦わないも自由ですが、とりあえずその方(・・・)はちゃんと休める場所に移動させた方が良いですよ?」

「……ええ」

「でも意外ですね。貴女が誰かに優しくするなんて、なにか気になることでもあるんですか?」

「……さあ? ……私にも分かりかねます」

 

女サーヴァント–––––––〝金〟のライダーは後ろに(・・・)横たわらせていた(・・・・・・・・)勇者(・・)を姫抱きで抱える。

その身に石化は無く、至って人のままで気を失っていた……というより〝金〟のライダーに眠らされているのだろう。

しかもその顔、その表情、そしてその下半身(・・・)

それらの寝相であればどんな夢を魅せられているのかは、お察しだ。

 

「……やっぱ優しくないですね貴女は。殺した方が情けでは?」

「おや、石にさせた方が優しいというのですか?」

「……まあ、好きにしていいですけど。ではまた後ほど」

 

お気の毒に、とメアリー・スーはこの場を去っていった。

心外とは思わない。他人に見られたくないような状態にさせているのは事実で、自身の趣味も褒められたものじゃないのも自覚している。

しかしそれだけではないのだ。この元マスター(・・・・・)を生かしたのは。

本当にどうしてこんな事をしているのか、〝金〟のライダーも掴みかねている、この何とも言えない奇妙な想い。まるで自分じゃない(・・・・・・)感覚に支配されているのはこの手に抱えているものに関係しているのは間違いない。

 

「貴方の勇気が無駄になってしまうかもしれない。ですが今は……せめて夢の中だけは平穏に、ゆっくりお休みください。目が覚めて何もかも終わっていようと、それでもまだ貴方が戦うというのなら、その時は……」

 

子を寝かしつける母のように、弟を世話する姉のように優しく声を掛ける〝金〟のライダー。

……妙な感覚だが、悪くないと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

手の甲に鋭い痛みが走ったダーニックは反射的に腕をひくつかせる。紡がれていた糸が細くなっていき、やがて崩れゆくほど脆く、劣化していく様を令呪越しに感じたのだ。

 

「どうした、ダーニック殿?」

「ランサーが殺られたようだ。令呪はまだ残っているが、魔力経路(パス)が著しく細くなって消えかけている。消滅までは時間の問題と言ったところか」

「そうか。〝赤〟のバーサーカーを解放したのも無駄になったか……いや、むしろ〝赤〟のバーサーカーに殺されたのかもしれないな」

「見誤ってしまったか。まあ仕方がない、バーサーカー(アレ)等はヴラド三世でも手に余るオスマントルコだったという事だろう」

 

〝黒〟の陣営最強のサーヴァントが斃されたにも拘らずひどく他人行儀に俯瞰しているのはダーニックが『魔術師』であるからとしか言いようがない。〝黒〟のキャスターも言わずもがなだ。

今、この二人は大きな湖の畔にいる。

イデアル森林最北端に広がる清らかな水を湛える此処は、まるで別世界のよう。〝金〟のサーヴァント達との戦争とは程遠い穏やかな空気に満ちていた。

 

–––––––ダーニックの手に持ってる斬り取った片手(・・・・・・・)が無ければ。

 

斬られた片手から血を流し、ゴーレムによって拘束されている〝黒〟のキャスターのマスター、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアが居なければ、シートでも広げてランチを愉しめる程に良い景色であっただろう。

 

「ン"ン"ン"ッッッ–––––っ!? ン"ン"ン"ン"っっッ!?!?」

 

ロシェは口元を土で覆われ涙と鼻水で顔が歪んでいる。十三という幼い容貌と相俟ってその有様を見れば誰もが彼に同情の視線を向けるだろう。

こんな事をした張本人であるダーニックと〝黒〟のキャスターとてそうだった。二人ともロシェの才能を、ゴーレムへの造詣が深いのを認めている。いち魔術師としても、ユグドミレニアとしても、彼が死ぬことは(・・・・・・・)多大な損失に違いないとどうしようもなく惜しいと思っていた。

だが仕方がない。このままではユグドミレニアの悲願が砕け散るよりは、生前の悲願が達成出来なくなる危険性があるならば、少年一人の犠牲で済むのなら安いものだ。

 

故に、利害が一致した魔術師二人は新たな契約を結ぶに至るのだ。

 

「–––––––告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に」

 

それは英霊召喚のための詠唱だとマスターならば誰にでも分かることだが、ロシェには悪魔儀式の呪詛に等しい絶望の旋律へと変わっていた。

その言葉を紡ぐことの意味するのは、マスターの鞍替えに他ならない。誰よりも尊敬する〝黒〟のキャスターという先生を奪われてしまう事が、こんなに怖い事なんて思いもしなかったロシェの悲鳴も無視して詠唱は続く。

 

「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」

「受諾する。〝黒〟のキャスター、アヴィケブロン。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを新たなマスターとして認めよう」

「ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"–––––––––––っ!???????」

 

斬られた片手に刻まれた令呪はダーニックの手に移植され、ここに新たな主従が誕生した。

ダーニック程の魔術師であろうと二体のサーヴァントを従えるのは通常不可能だが、ゴルドの開発した変則契約によって問題なく魔力供給はクリアしている。念の為〝黒〟のランサーを魔力供給しているホムンクルスとの経路を切って契約をスムーズに進めようとしたが、どうやら功を奏したようだった。

 

「よし、では早速命令だ。キャスター、宝具【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】を起動せよ」

「了解した、我が主」

「–––––––––ッ!?」

 

なんの逡巡もなくマスター替えに賛意した〝黒〟のキャスター(アヴィケブロン)への衝撃も止まずに行われる宝具の発動に、ロシェの頭はパンクしそうになる。

 

訳が分からなかった。

事の始まりは紛れもなく〝金〟のバーサーカーの襲撃である。あのデタラメサーヴァントの凶悪さにロシェは生きた心地がしなかった。〝黒〟のセイバー、ランサー、アーチャー、そして先生と自分が作り上げたゴーレムが居ればどんな敵をも斃せると思っていた自信は粉々に打ちひしがれた。アレそのものに対する恐怖は勿論、先生と尊敬する〝黒〟のキャスターが殺されてしまうと動揺し、涙ぐんだのだ。

だが〝金〟のバーサーカーが大穴を空けた時に紛れて撤退した〝黒〟のキャスターの言葉に希望を見出したのだ、宝具を使う時が来たと。

一も二もなく頷いた。あのバケモノを斃すにはそれしかないと思ったし、先生の言う至高のゴーレムを見たいという欲求が混ざり合って、彼の言う通りに従った。かなり前に造った円筒状の巨大な鍵を持って走行用ゴーレムを全速力で走らせながら約束の湖へ向かうと、そこで待っていたのは〝黒〟のキャスターだけではなかった。

〝黒〟のランサーのマスターであり、ユグドミレニアの長であるダーニックまでいたのには驚いた。

どうして此処に、と言う前にコッチにやって来たダーニックが説明するのかと思いきや、いきなり令呪を宿した手を斬られた。茫然とした後にやって来た激痛に絶叫するロシェを五月蝿く思ったのかゴーレムが口を塞いで身体も拘束した時は抵抗も出来なかった。そんな事をする心の余裕が無かったのだ。

どうしてダーニックがそんな狂気に走ったのか。

どうして先生は僕がこんなになって何もしないでいるのか。それどころかゴーレムを使って僕を拘束しているのか。

どうして、僕とではなくダーニックと一緒に宝具を起動させようとしているのか。

だって、だってその宝具は先生と僕の二人だけの夢だったはずなのに。

どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?

 

「ン"ーーーーッ!!? ン"ン"ン"ーーーーーー!!!!?」

 

どうして–––––必死に問い質そうとするロシェだったが、〝黒〟のキャスターは見向きもしない。これから始める儀式を前に余計な感情は不要に過ぎるからだ。

 

 

 

(はは)に産まれ、(ちせい)を呑み、(いのち)を充たす〟

 

 

湖に手を置き、語られるは天に捧げる祈り。

 

 

(ぶき)を振るえば、(あくま)は去れり。不仁は己が頭蓋を砕き、義は己が血を清浄へと導かん〟

 

 

その身の全ては主への祝福に満ちる者。

 

 

〝霊峰の如き巨躯は、巌の如く堅牢で。万民を守護し、万民を統治し、万民を支配する貌を持つ〟

 

 

宝具から生まれ、宝具の領域を脱却する奇跡の結晶。

 

 

〝汝は土塊にして土塊にあらず。汝は人間にして人間にあらず。汝は楽園に佇む者、楽園を統治する者、楽園に導く者。汝は我らが夢、我らが希望、我らが愛〟

 

 

世界を背負って立つ救世主。

 

 

聖霊(ルーアハ)を抱く汝の名は–––––『原初の人間(アダム)』なり〟

 

 

王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】が動き出す。

 

 

 

ゴボゴボと水飛沫を上げながら姿を現したのは十メートルは超える巨体のゴーレムだった。

しかし大きさで見れば然程珍しくもないサイズであり、使われた素材も特別な物ばかりというわけではない。

アダム–––––旧約聖書において神に創造された最初の人間。それを模したにしては人間よりやはりゴーレムという印象しかない。

模倣はあくまで模倣ということなのか、人間に近づけるどころか小型化に漕ぎつけることも出来ずに未完成なままで起動させたというのか。

それは正しくあって、正しくはない。

この宝具(ゴーレム)はまだ未完成。完全に起動させるには血を巡らせる役割たる心臓部分〝炉心〟が必要なのだ。

その〝炉心〟は石で造るものではなく、木でもなく、宝石でもない。

必要なのは魔術師である(・・・・・・・・・・・)

魔術回路、魔術刻印の質。術者の精神と単純な相性によって宝具(ゴーレム)の完成度が決まるのだ。

 

「これがもっとも原典に忠実なゴーレム。………まだ未完成だが、予感がある。此れならば必ずやユグドミレニアに勝利を齎すとな」

「では炉心を装着しよう。よろしいかマスター」

「ああ、直ぐやってくれ」

 

そう〝黒〟のキャスターが言って、()マスターと目を合わせた。

仮面を被っていて目が合うわけがないのにロシェはそう思った。目が合った上で、やはり先生と呼ばれた男は何もしようとはしないのだ。

いや、何かしようとはしているだろう。

指を動かせばロシェを拘束しているゴーレムが【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】に向かっていく。炉心を––––––ロシェを装着するらしい。

 

「ウ"………ッ、ウ"……ッ ……ウ"ウ"ウッ」

 

ここまで来てロシェは、ダーニックと〝黒〟のキャスターが何を仕出かしたのか、自分がこれからどうなるのか分からないほど愚鈍ではない。だがそれで現実を受け入れられるほど達観もしていない。

だからこうして年相応に涙を流すのは当然である。

この眼に映る【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】に驚嘆していても、それどころじゃないのが『魔術師』の部分で理解させられるのだ(・・・・・・・・・)。分かりたくないものを無理矢理頭に捻り込ませるかのように。

そして悟った。

自分と先生(〝黒〟のキャスター)が何にも分かり合っていなかったことを。

自分は彼のゴーレムの鋳造が凄いだけで先生と呼んだだけで、それ以外に何も興味を抱かなかったことを。

彼が自分を切り捨てる算段を整えていないと勝手に信じていたのだということを。

これは、相互理解を怠ったマスターの極々当たり前の結末なのだというのを、漸く悟った。

 

「ウウ"ウ……ッ、ウ、ウ"、ウ"ウ"………ッ」

 

後悔の波は押し寄せては引き返すことなくロシェを溺死させようと苦しませる。

声にも出来ない呻きは必死の懇願だった。

助けてと、誰でもいいから助けてと、止め処なく溢れる涙と共に実際年齢以下の幼子のように助けを求める。

でも無駄なのはロシェ自身も分かっている。

味方の筈のダーニックとキャスターが何もしてくれないのだから、見知らぬ誰かが何かしてくれるわけもなし、助けを求める声あらば現れる正義の味方(・・・・・)なんて存在しない。

でも、それでも、助けてと言わずにはいられなかった。

この絶望をひっくり返してくれる奇跡を望まずにはいられなかったのだ。

しかし、現実は非情。もうロシェは炉心にされる他にない。

 

ダーニックも、〝黒〟のキャスターも、ロシェ自身もそう思っていた。

 

「があッ!?」

 

ダーニックの頭と胸が()で射抜かれなければ。

 

「ン"–––––––ッ!?」

 

拘束していたゴーレムが破壊されなければ、ロシェは自身の運命を諦めていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

ミレニア城塞城壁上。

本来ならば〝黒〟のアーチャーが陣取っていた筈の其処を陣取り、弓を構えている人影が一つ。

既に放った矢は二本。ユグドミレニアのマスターであり、長でもあるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの脳幹と心臓への着弾を確認した。

 

「………何をやっているんだ私は」

 

その後、少年を捕らえていたゴーレムにも矢を射った自分の行動を疑問視し、〝金〟のアーチャーは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

あの惨劇–––––〝赤〟のバーサーカーの狂変と眷属(グール)となったホムンクルスたちを投影宝具(・・・・)で一掃しようとした矢先、〝金〟のランサーと〝黒〟のセイバーと思しきサーヴァントが現れ、いきなり宝具を解放してアレらを一掃した時は目を見張り、開いた口が塞がらなかった。……度肝を抜かれるとはああいうのだろう。

まさかあの男が(メアリー・スー)が? とも思ったが、周りをよく見てみるとルーラーが呆気にとられた姿を見つけたのでおそらく彼女の仕業なのだろう。

アレらは一秒たりともこの世にいさせてはいけない物の怪の類なのは間違いなく、あの事態を迅速過ぎるほどに解決したジャンヌ・ダルクは賞賛に当たるし、評価してもいい筈だが、付き合わされた側からしたら堪ったものじゃないだろう。自陣のランサーに関してはざまあないなと一笑で済ませるが、〝黒〟のセイバーには同情するしかない。

あれなら問題ないと〝金〟のアーチャーは最大限警戒した上で全速力を維持しながらミレニア城塞へ向かった。本来の役割(メアリー・スーの監視)に戻るためだ。

あの訳の分からない神様モドキ(・・・・・)には眼を光らせておかなければどんなことをするか分かったものじゃない。今は何をするでもなく流れに身を委ねる傍観者だが、その気になればデウス・エクス・マキナを実行し強制管理を敷く独裁者となれるほどに、あの男は危険なのだ。

だから監視すると言っても自分には何もできないが(・・・・・・・・・・・)、サーヴァントの意志を尊重する姿勢であるのは確かであり、無駄にはならない。

 

そうしてミレニア城塞に到着し、一気に城塞上へ登りつめる。防衛魔術が発動もしないのは〝金〟のキャスターに解除されたか、〝金〟のライダーに壊されたかだろう。

なぜ直ぐメアリー・スーの元にではなく城壁上に行ったのかは戦況と懸念事項(・・・・)を確認したいからだ。

 

ルーラーと〝黒〟のセイバー、〝金〟のランサー。次いで〝金〟のバーサーカーと、ホムンクルス。

呼び出された二騎に詰め寄られ、ルーラーは必死に説明している様子だ。剣呑な雰囲気ではないが、不満は当然主張しているようだ。巨人と少女は完全に部外者となっている。

 

〝金〟のアサシン。

暫し呆然としていたが、興が冷めたと霊体化して何処かに消えた。或いは〝黒〟のセイバーを捜しに行ったのか。

 

〝赤〟のライダーと、………〝赤〟のアーチャー。

こちらはもう不味かった。〝赤〟のライダーは完全に頭に血が昇っている。味方の〝赤〟のアーチャーが姿を現して宥めなければいけない程に凄まじい形相で憤っていた。

ルーラーの仕業だと知った暁には、もう一悶着ありそうだ。

 

そして、〝黒〟のバーサーカー。

彼女は何処かへ向かっている。その先には……〝金〟のキャスターが〝黒〟のアーチャーを追いかけ回しているのが見える。

援護、ではないだろう。バーサーカーが抱えている少女に関係がありそうだ。

 

「城の工房に居るわけもない……とすれば森の何処かに隠れ蓑がある筈だが、面倒だな」

 

大方の各サーヴァントの所在が分かったものの肝心の(・・・)黒の(・・)キャスター(・・・・・)が見つからないことに舌打ちをする〝金〟のアーチャー。

〝黒〟のキャスターを見つけようとするそのワケは、この戦いは〝金〟の勝利同然だからだ。魔術師は追い詰められたら(・・・・・・・・)どんな事だってやる(・・・・・・・・・)生き物。それも魔術師らしい魔術師に限ってロクデモナイ愚かな行動を引き起こす傍迷惑さは生前で嫌という程身に染みている。

〝黒〟のキャスターがどういう人物かは知らないが、〝黒〟のランサーを見捨てて逃げるような合理的思考は正にソレだと断じるのに余りある行為。その果てにただ切り札を使うだけで終わると思える程、アーチャーは平和な世界を生きていなかった。

鷹の眼を更に凝らして睨みつけるように注意深く観察していると、北の方角で水飛沫が上がったのが見えた。

其処から現れたゴーレムも当然目に入り、やはり念を張って正解だったと弓と矢を顕現させた。アーチャーの能力によって解析されたあのゴーレムの構造は聖杯大戦の枠組みを軽く超える性能を有している。起動させる訳には絶対にいかなかった。

そして彼の眼には〝黒〟のキャスターとそのマスター、ゴーレムに拘束されている少年が映り––––––––

 

 

 

 

 

「さて、残りは〝黒〟のキャスターだけ(・・)か」

 

仮面を被った青いマントという目立ちすぎる格好(ターゲット)に矢を放つ。忽ちゴーレムが現れ主人を防御し崩れ落ちるも、現れたのは一体だけではなく五体。しかし遠方に離れた弓兵への迎撃手段はなく、ただのSP程度の役割しか果たしていない。

 

「チィッ!」

 

その内の二体は片手を斬られた少年に向かっているのを阻むべく矢を放ち阻止した。

その様を呆然と見つめ続け、そのまま座り込んだまま動こうともしない少年。矢が放たれた方向を、即ち此方に目をやっている。あっちからは見える筈もないだろうに、何をしているのか。

 

「たわけッ、さっさと離れろ!」

 

言葉と共に複数の矢を一斉掃射する。又もや出現したゴーレム群が少年を捕らえようとするのを阻み、その内の一本の矢を少年の近くに着弾させ爆風で吹き飛ばす。ボールのように弾みながら転がって止まると、漸く自分の足で逃げていった。

 

––––––本当に、何をやっているんだ私は

 

走って逃げた後をしつこく追おうとするゴーレムを破壊し尽くしながら再度自分自身に疑問を呈する。

こんな手間をするくらいならあの少年を殺せばいい話だ。〝黒〟のキャスターの宝具の内部には重要な炉心を造る為に一流の魔術師が必要なのが判明している。

湖に現れたゴーレム、〝黒〟のキャスターと令呪の宿った手を持つ魔術師、ゴーレムに拘束された片手を失った少年。

どういう事態になっているのかは火を見るよりも明らかだった。

少年は巻き込まれた一般人でもない聖杯大戦の参加者、敵側のマスターだ。〝金〟の陣営(われわれ)に追い詰められ、自分のサーヴァントに切り捨てられて生贄にされそうになったのだろう。

自業自得とまでは言わないが、サーヴァントを御し得なかった自己責任として処理される案件だ。同情の余地はない。

なのにこうして命を助けて逃がしている矛盾、効率性と合理性を無視した偽善ぶりは我ながら吐き気を催しそうだった。

あの少年が幼かったからか、涙を流しながら助けを求める姿に在りし日の自分を投影したのか、ホムンクルスの少女を助けた大英雄に感化されてしまったのか、自分の裡にある複雑な記憶(・・・・・)に影響されたのか、何にせよ普段(つうじょう)の自分では考えられない行動だ。

 

「いや、そんなことはいい……それよりも」

 

……とにかく、少年を殺そうが殺すまいが〝黒〟のキャスターは討ち取らねばなるまい。

だからこそ先にマスターを仕留めた。聞くところによると魔力供給はマスターとホムンクルスとで分割しているらしいが、現世に留まる依り代の部分は流石にマスターが担っていなければならないだろう。

キャスターではなく少年を拘束したゴーレムを破壊したのは最後の抵抗として宝具を完成させられるのを防ぐ為………なら少年を殺した方が確実なのだが、もう少年を捕まえてゴーレムに装着するだけの時間なぞない。

〝黒〟のキャスターは穴の空いたバケツであり、袋の鼠だ。何もせずともこのまま矢だけであの場に足止めしておけば遠からず消滅するだろう。加えてゴーレムを使役し操作すればその時間も早まる。

 

「……なのに、どういうつもりだ〝黒〟のキャスター」

 

あのゴーレム使いは未だに往生際が悪く、絶え間なく降り注ぐ矢の雨をゴーレムで防御し、掻い潜ろうとしている(・・・・・・・・・・)

潔く諦めるなんて期待していないが、それにしては根強く抵抗してくる。

想像以上に執念深いのか、それだけなら無駄な抵抗で終わるのだが、どうもそうには見えない。否、執念深いのは確かだがそれだけではなく、何かを狙っているように見えるのだ。

この状況を逆転できる手段があるというのか。

あのゴーレム以外の宝具……しかしそんなもの使えば消滅をより速めるだけ、湖の周りに魔術を仕掛けている訳でもない。あるとすれば………

 

「まさか……」

 

あり得ない。

だが、まさか………だとすれば〝黒〟のキャスターの狙いは––––––

 

「くっ! 抜かったか!?」

 

〝金〟のアーチャーは渋面を作る。

自らの手際の甘さに、〝黒〟のキャスターにばかり気を取られていたと気付いた時には遅かった。

 

まだ生きていたのか(・・・・・・・・・)!?」

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

それは〝黒〟のキャスターにとっても予想外だった。

まさかダーニックがまだ生き(・・・・・・・・・・)ていただなんて(・・・・・・・)

 

「………………………………………ぃ、…ょ」

 

脳と心臓。重要器官を二つも潰されながら声を出し、呼吸をしているのは魔術刻印の為せる業なのか。ダーニックがどういった系統の魔術を操るのか知らず、興味も持たなかったキャスターには推し量るだけの時間も余裕もなかった。

ただ、生きているのなら好都合(・・・・・・・・・・・)()

元マスターであるロシェを捕らえるのは不可能なら、やるしかなかった。

 

「行けッ」

 

キャスターの指示に従ったゴーレムが向かったのは倒れ伏すダーニックの元。キャスターばかり狙っていたアーチャーのサーヴァントがそれに気付くのに間が空いたのは僥倖。御蔭で間に合いそうだ。

 

「……………………………………ア、………ャ、ょ」

 

呼吸に喘ぐというより譫言のように口走るダーニックをゴーレムが無造作に持ち上げ、【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】へと投げ放った。

 

「僕はこんな所では終われない、終わるわけにはいかないんだ。さあ動け。王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)!」

 

ダーニックの身体が【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】へと吸い込まれる。するとその目に光が灯り始め、起動の兆しを表していた。

〝黒〟のキャスターがやったのは自殺行為そのものだ。

炉心となった魔術師は意志も意識も剥奪され、植物同然に人間の機能を停止する。魔術師(マスター)としての役割も同様だ。

自分のマスターを(・・・・・・・・)炉心にするのはそういう(・・・・・・・・・・・)事だ(・・)

依り代を失ったキャスターは消滅以外の道を辿る他無くなった。この宝具を完成させる事こそが願いであるキャスターは聖杯を勝ち取る事に拘っていないのを鑑みれば、自身の生存を視野に入れないのは当然––––––否、それは少し違う。

このゴーレムが創りだす楽園を見たい。死に掛けの魔術師を使って本当に完成するのかどうかを確かめたい気持ちは未練として強く残っている。

それでも【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】を起動させられない結末より遥かにマシだ。今までゴーレム生産に素材を提供し、資産の三割を削ってまで尽くしてくれたダーニックには申し訳ない気持ちで一杯だったが、無益に死ぬよりも自身の宝具の一部となって死ぬ方が彼にとってもマシだろう。

 

そういう意味では、ロシェを炉心にせずに済んだのは良かったとキャスターは思った。

何を今更というのは百も承知だったが、あの少年が自分に向けた好意は悪くなかったし、自他共に認める人間嫌いの自分でも弟子として側に置いて良いと感じたのは本当だった。

それで何か許されるわけでもないが、もしまた会えるのなら謝罪したい気持ちも嘘ではなかった。

 

–––––––いや、そんなのは言い訳だ。

自分がそんな気持ちを、思いを持つことすら許されない事をしたのだ。

裏切りに裏切りを重ねた〝黒〟のキャスター(アヴィケブロン)は、最後まで悪として振る舞わなければならない。

だからこそ【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】を何が何でも起動させる。

このゴーレムが完成(じりつ)するまで自分は現界し続けなければならない。

たとえアーチャーの矢に射抜かれようとも、魔力が無くなろうとも、意志のみで現界を維持してみせる。

魔術師に似つかわしくない根性論を押し通そうとする〝黒〟のキャスターの決意は紛れもなく強いものであるのに疑いの余地はない。

 

 

……だからこそ、聞き逃してしまい、見逃してしまったのだろう。

 

 

「…………………………あ、……せい、………しゃ……………………………、よ」

 

 

ダーニックが、何を言っていたのかを。

 

〝黒〟のランサーの令呪が、未だに消えていなかった事を、見逃した。

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がどんな状態なのか分からなかった。

 

分かるのは、中身がひどく混迷としていること。自己の証明が、自分の名前すら気を抜くと曖昧になってしまう程の意識の混濁を受けた(・・・)のだ。

受けた……受けたのだ……ソレは覚えている。

〝黄昏の光〟と〝紅い直閃〟を受けて自分がこうなったのは強く焼き付いていた。

死ぬかと思う程の(・・・・・・・・)衝撃は、しかし痛みすら感じさせずに一撃と一撃の相乗で自身の身体を消し飛ばした。

それはある意味で〝苦痛〟だった。

痛みを快感とし、痛みこそ生の証しとし、痛みを乗り越えることを生き甲斐としている自分にとって、痛みを感じさせずに死ぬのは精神的苦痛と言えるものであった。

 

だから意識が復活する(・・・・・・・・・・)までに身体を見つける(・・・・・・・・・・)ことが出来なかった(・・・・・・・・・)のか。

 

自身の身体がどうなっているのかが分からないが、自分の身体が複数ある(・・・・・・・・・・)事は分かっていた(・・・・・・・・)から、その中で、最も痛みを感じる身体(・・・・・・・・・・)を選び、蜘蛛の糸を辿るようにソコまで這い上がった。

少しでも力の入れ具合を誤れば切れてしまう程の細さと脆さを伴った魔力の糸(・・・・)を登り、登り詰めて、辿り着いた。

 

 

 

 

〝赤〟のバーサーカー、スパルタクスは、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの身体へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)

それが〝赤〟のバーサーカー(スパルタクス)の宝具である。

 

受けたダメージを魔力へと変換し、体内に蓄積される。その用途はステータス強化と治癒力の増幅に転用され、傷つけられれば傷つけられるほど効果を増すというものだ。

この効果が如何に強力で、如何に厄介なのかは、既に敗退してしまった今ではどうでもいい情報であるだろう。

 

問題なのは吸血鬼となった〝黒〟のランサーに噛まれ、更に〝黒〟のランサーと同化した事で、この宝具がどんな影響を受けている(・・・・・・・・・・・)のか(・・)である。〝黒〟のランサーを喰ったことを考えばどれほど変貌しているのかは想像に難くない。

 

しかし、今回の問題はこの宝具本来の効果ではなく副産物ともいえるある余剰効果にあった。

その効果とは、魔力による侵食である。ダメージを負う毎に回復、それを繰り返すことで帯びる凄まじい魔力は物理攻撃によって砕けた大地の破片すら魔力に侵され、しかもサーヴァントを充分に殺傷可能な域にまで染め上げるのだ。

 

その副次でしかなかった効果だが、どういう訳か吸血鬼(ヴァンパイア)を取り込んだ事によって通常状態の魔力でも途轍もない侵食率(・・・・・・・・)を上げていたのだ。マスターと繋がっている魔力経路(パス)身体の一部(・・・・・)にしてしまう程に(・・・・・・・・)

侵食というものが吸血鬼と相性が良かったのかは定かではない、もしかすれば吸血鬼にとっての友愛に当たるのかもしれないが、今は詮無い考察だ。現実として〝黒〟のセイバーと〝金〟のランサーの宝具によって身体を吹き飛ばされ、これ以上ないダメージを一気に負った〝赤〟のバーサーカーは治癒力の矛先を魔力経路へと送り(・・・・・・・・)復活を果たそうと(・・・・・・・・)していた(・・・・)のだから。

魔力経路(パス)での繋がりだけで生き残れる生命力は、〝赤〟のバーサーカーの宝具、吸血鬼の再生力が合わさったものなのか。

 

その結果がコレ(・・)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ?!」

 

〝黒〟のキャスターが仮面を着けていても驚愕の貌をしてると分かる叫びだった。

ミレニア城塞にいる〝金〟のアーチャーも同じ貌をする程までの異変が起こったのだ。

 

『おおおオオおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおお■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!』

 

王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】が大地を震わす雄叫びを上げる。

この世に生を持って産まれた赤子の産声が、巨体であることを差し引いても大きく、おどろおどろしい重厚さに満ちていた。

 

「なん、だ……コレは!?」

 

キャスターは目の前の現象を認められなかった。

その姿は醜かった(・・・・)

雄叫びを上げたと同時にゴーレムの身体が皮膚のない剥き出しの生々しい肉と骨に覆われていく。元の素材が木と石と土と魔術師で創造したとは思えないほどの凶変ぶりだ。まるで呪いを受けた亡者、生ける屍の如くに変わっていった。

身体が湖から引き上げられ足を大地に踏みしめた途端、大地が悲鳴を上げ枯れ果てる。

地面は温んだ沼へと泥濘み、草木が黒ずんで塵となる。空気が重く、匂いは腐臭、呼吸をしただけで肺が爛れて息絶えそうな腐敗ぶりだった。

 

「なんだコレはッ!? 何が起きたのだ!? どういうことだコレは!?」

 

アヴィケブロンの人間性を知っている者が見たら信じられない程の動揺ぶりは、如何に尋常な事態でないのかを知らしめた。

このゴーレムは数多のカバリストが追い求めた至高のゴーレムの筈だ。ただ存在するだけで世界を楽園へと塗り替える力を持つ者。アダムとイヴが暮らしていた土地を創るゴーレムの筈だ。

––––––だが、なんだコレは。これではまるで真逆(・・)ではないか!?

 

「がはッ?! ああああああアアアアァァァァァァッッ?!」

 

キャスターは【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】の巨大な掌に捕まり、その過程で全身をグシャリと潰された。魔術以外の素養が皆無の彼にとってはそれだけで再起不能の重傷を負ってしまった。

 

「……け、……叡智の光(ケテルマルクト)っ」

 

死にかけの身体では言葉を出すことも命取りだが、それでもキャスターは口を開いた。

自分はコレを完成させるために召喚に応じた。そのためだけに生きてきた。

道半ばで夢は潰えて、それだけだったつまらない人生だったけど、妄執であったとしてもこれは叶えるべき願いだったのだ。

なのに、これはなんだ。

こんな、こんな悪魔を生み出すために、自分は生きてきたというのか?

違う、違う! 断じて違う!

 

「お前は、アダムでは、ないのか……ッ? おまえ、は、この大、地に……っ、らく、園を、創ぞう、するのでは、ないのかッ……? 我らが、たみ、を、すくう–––––」

 

言葉は途中で途切れた。

王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】が大きく口を開いてキャスターの上半身を喰ったのだ。噴き出る血の噴水は止まる前に残った下半身ごと食べられる。

 

呆気なく〝黒〟のキャスター、アヴィケブロンは敗退した。

 

生前叶わなかったアダムの模倣。その宝具の完成を夢見て、実現するため味方のサーヴァントを見捨て、自身を慕ってくれたマスターを裏切り、汚い真似を何度もして、その結末は追い求めたモノとは正反対の邪悪となったナニカに喰われるというかつてない脱落の仕方だった。

 

……悪となった者の末路としては、相応しい終わり方かもしれないが。

 

『■■■■■■■■■■、■■■■■■■オオオ、おお、おお、お、………………………おおおお』

 

キャスターを喰った【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】の様子が変わる。

音のトーンが下がり、我を亡くした獣が落ち着きを取り戻していくように鎮火していく。

変わったのは音だけでなく身体も、というより身体の方が大きく変化している。剥き出しの肉と骨は皮膚に覆われていくも、所々が継接ぎのように千切れかけ、見た目の醜悪さは前よりもっと酷くなっていた。

だが、一番に変化していたのは頭部、顔だった。

ゴーレムのような質素な造りではない。その顔は間違いないなく人のモノで–––––––

 

『…………ふふふふふふ、ふははははははははははははははははは』

 

その声はゴーレムとは思えぬほど感情的に笑い、その声は何処かで聞いたことのあると聞く者が聞けばそう思うものであった。

 

『フハハハハハハははははははははははははははははは! フハハハハハハはははははははははははははははははははははははッッ!!!!!!!!!!!!』

 

笑顔、ひたすらの笑顔、そして笑い声。

敵を萎縮させ、味方から気味悪がれ、自身の幸福を胸いっぱいに轟かせるダミ声は、聞き違うことなく〝赤〟のバーサーカーのものだった。

スパルタクス復活–––––––しかし、その体躯は比べられるまでもなく巨大であり、顔以外の全身は千切れた皮膚と剥き出しの肉と骨で構築された不完全の巨人だった。

 

『まだだ、まだだ、まあああああだあああだぁぁぁぁぁぁ!! 滅びぬぞ、私はまだ滅びぬ! 我が叛逆は、我が逆転は、我が愛は終わらぬ!! 何度でも蘇るさ! 何故なら、私には長くこの現世に残らねばならない使命がある! 圧制者を打ち倒し、絶望の先にある希望を摑まなければならないからだ! そして最後に、眷属を増やさなければ(・・・・・・・・・・)ならない(・・・・)ッ!!!!!!!!!! 』

 

その声はトゥリファスはおろかルーマニア全土に届くやもしれない地響きを起こした。

最早アレは〝赤〟のバーサーカー(スパルタクス)でもなければ吸血鬼(ヴァンパイア)でもなく、【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】でもない。化け物、魔物、怪物なんて表現でも足りないアレは、斃さねばならない害虫(モンスター)以外の何物でもない。あるいは、〝黒〟のキャスター(アヴィケブロン)の所感を考慮するのであれば、楽園を追放させる〝迫害者〟とでも言うべきか。

 

『さあ、始めよう。理不尽に蹂躙される民を救い、我が一族を増やすべく圧制者を皆殺しにして血を啜ろうではないか。強者を弱者に陥し、眷属として使役してやればその穢れた魂も浄化されるやもしれん。

これは救済……そう! 救済、救済である! この世界にいる全ての圧制者を抱擁し、誰もが皆幸福に生きられる世界にする為に、この世に生きる全ての人間の血を啜ろう! であるならば、もう誰も弱者にはならぬ完全平和の到来が待っているに違いない! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおそうともッ! 今こそ私は私の夢見た世界を創造しようではないかッッ!!!!!!!!』

 

高らかに堂々と宣言するは不屈の精神と英雄の矜持に間違いないのに、自身が言った言葉を全く理解していないほど狂っているのが分かる。

スパルタクスの英雄思考と吸血鬼の本能、そしてケテルマルクトの機能が混ざり合ったかのような言葉の節々は混沌(カオス)を体現しており、そして世界に対しても同じ混沌を齎すだろう事が明々白々だった。

 

『まずはぁぁぁ、貴様から(・・・・)抱擁してやろうッ!』

 

標的を定めた『救世主』は、真っしぐらに足を走らせたる。

その足跡は、紛れもなくディストピアを創造していた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。