プロ雀士、日常の記録 (Lounge)
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舞台設定:プロ麻雀について

よく考えたら本編だけでは独自設定部分とか全くわからないままだと思ったのでこのssにおけるプロ麻雀リーグの説明置いときます。Wikipedia風なのは書きやすかったから。実在するプロ野球やJリーグの記事を参考にしています。

【追記・8/13】
個人戦の概念忘れてたので項目を追加しました。あと、男女とも50才で引退の設定いれました。大沼プロのシニアプロってそういうことなんじゃね的な発想から。

【追記・8/22】
天和位保有者をすこやんからトシさんに変更。(すこやんが天和位だと時期的にはやりんが永世取れないので)


 ・プロ麻雀とは 

 

 プロ麻雀(プロまーじゃん)とは、麻雀のプロフェッショナルスポーツ(プロスポーツ)形態を指す言葉である。略さずに「プロフェッショナル麻雀」とも言う。対義語は「アマチュア麻雀(アマ麻雀)」である。英語では「professional majong」と表記される。

 日本においては、特に日本麻雀機構(略称:NPM)によって統括されているリーグと米国、カナダで主に行われるメジャーリーグマージャン(MLM、大リーグ)を指すが、単純に「プロ麻雀」とのみいう場合はNPMを表す場合が多い。また、1950年代あたりまでは、職業麻雀と呼ばれていた(日本最初のプロ麻雀機構も1938年までは「日本職業麻雀連盟」だった)。

 男子麻雀のプロスポーツ形態については男子プロ麻雀と呼ばれる。また、日本においてはプロ選手の年齢規定が存在しており、男女とも50才となる年をもってプロリーグを引退、シニアプロリーグもしくは指導職へと転向しなければならない。

 

 他のプロスポーツ同様、試合を行うことで観客から入場料を徴収し、それをチームの利益ならびに選手の報酬としている。チームは麻雀を専業職とし、試合やそれに関連する収益で所得の全てを賄う。日本においては選手はこの限りでないが、麻雀を兼業職とする選手は一般的にセミプロと呼ばれる。プロ麻雀のチームはプロ麻雀チームと呼ばれ、選手はプロ麻雀選手、プロ雀士と呼ばれる。

 現代では入場料だけでなく、テレビやラジオでの試合中継による放映権料や、チームや選手関連グッズの売り上げ、ファンクラブ会費、麻雀ホールで販売する飲食物の売り上げなど、麻雀に関連する様々な収入源が形成されている。これらの収益はチームが主体となって得た上で、そのチームに所属する選手や職員へ報酬(給与)として分配される。プロ麻雀を管轄する組織が一括して収益を管理し、参加しているチームに分配する国もある。

 現代ではどの国のプロ麻雀も複数のチームでリーグを組み、リーグ戦を1チームあたり数十 - 百数十試合規模で実施している。複数リーグが存在する国では、リーグチャンピオン同士の対決も行われている。

 

 

 

 ・日本のプロ麻雀リーグ

 

 2000年までは1部のみの「Mリーグ」として最大16クラブによって開催された。Mリーグ内でジャパニーズリーグ(ジ・リーグ)およびナショナルリーグ(ナ・リーグ)の2リーグ制を取っていた。当時のプロ麻雀リーグは選手も麻雀を専業職としていた。なお、男子プロ麻雀リーグ及び男女シニアプロリーグはプロ麻雀リーグとは別の運営である。

 2001年、NPMは日本麻雀実業団連盟(JAMA)との合併を発表。選手の専業職規定を撤廃した。旧麻雀実業団連盟リーグは全チームセミプロチームとしてMリーグ ディビジョン2に移行し、以降プロ麻雀リーグはMリーグ ディビジョン1(現M1リーグ)とMリーグ ディビジョン2(現M2リーグ)の2部制となった。このときリーグ入れ替え制度も制定され、M1各リーグの年間最終順位最下位チームがM2リーグへ降格、M2リーグの年間最終順位上位4チームでプレーオフを行い、1位チームがM1ジ・リーグ、2位チームがM1ナ・リーグに昇格することとなった。

 2026年シーズン開始時点で、日本国内の29都道府県に本拠地を置く32クラブ(M1:12、M2:20)が入会している。リーグ構成については日本プロ麻雀のリーグ構成を参照。

 M1各リーグの年間最終順位上位4チームはプレーオフに参加、プレーオフ上位2チームずつで日本シリーズと称する日本一決定戦を行う。日本シリーズ出場4チームは、翌年度のAMCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を与えられる。

 

 

 

 ・日本プロ麻雀のリーグ構成(2026年4月1日時点)

 

 M1ジャパニーズリーグ(ジ・リーグ)

 *チーム結成順

 

 恵比寿エンジェルバズーカ

 札幌ノーザンライツ(セミプロ)

 エミネンシア神戸

 松山フロティーラ

 フライングネイビー那覇(セミプロ)

 ハートビーツ大宮

 

 M1ナショナルリーグ(ナ・リーグ)

 *チーム結成順

 

 大阪ドミーネーターズ

 横浜ロードスターズ

 トライアーク広島

 佐久フェレッターズ

 鳥栖オリゾンテ

 大垣麻雀クラブ(セミプロ)

 

 M2リーグ

 *チーム結成順

 

 名古屋セントラルドラゴンズ

 金沢ゴールデンマーシュ

 ヴィットリオ川崎

 メトロポリタニカ京都

 仙台シャイニンググローブス(セミプロ)

 アノウ津(セミプロ)

 アイルーツ松江(セミプロ)

 エル=バッソ下関(セミプロ)

 浜松フェアリーズ(セミプロ)

 ナローリバーズ熊本(セミプロ)

 ボニト=チェビオ高知(セミプロ)

 奈良シルバーホークス(セミプロ)

 網走ホエールズ(セミプロ)

 ロッキーハンズ盛岡(セミプロ)

 高崎ウィンドホース(セミプロ)

 富山イノセンティックス(セミプロ)

 スカイマーク伊達(セミプロ)

 北九州エバーグリーンズ(セミプロ)

 岡山モモタロス(セミプロ)

 つくばプリージングチキンズ(セミプロ)

 

 

 

 ・個人戦について

 プロ麻雀の興行が行われている国のほとんどでは、個人戦も開催されている。日本では個人戦はプロ・セミプロのみならずアマチュアにも参加権が与えられており、タイトル戦においてアマチュアがタイトルを取得した場合、プロに認定される。このとき、タイトル取得者は所属チームを持つか、個人戦専門のフリーランスプロとなるかを選択できる。フリーランスプロとなった場合、タイトル陥落時点でプロ資格を剥奪される。

 

 

 ・日本における個人戦

 日本では個人戦は主にタイトル戦とプロアマ交流戦の2つがある。プロアマ交流戦は毎年12月、タイトル戦は団体戦シーズン終了後の12月から開幕前の4月までの間にそれぞれ開催されている。なお、個人戦については男女プロリーグ・男女シニアプロリーグ共通の大会となっている。

 

 ・タイトル戦について

 日本のプロ麻雀団体戦におけるタイトルは存在しないため、プロ麻雀のタイトルは個人戦のみで取得できる。

 2026年4月時点でのタイトルは、タイトル戦で取得する冠タイトル(単冠)と、指定された冠タイトルを取得し、指定された期間防衛した場合に贈られるステータスタイトル(複冠)に分けられる。基準を満たす者がいない場合、当該ステータスタイトルは該当者なしとなる。

 冠タイトルは全てで10冠あり、毎年5冠ずつタイトル戦が開催される。つまり、ひとつのタイトル戦は2年ごとに開催される。

 現在の冠タイトルは以下のとおり。

 

 萬子冠 [奇数年12月タイトル戦開催]

 筒子冠 [偶数年12月タイトル戦開催]

 索子冠 [偶数年1月タイトル戦開催]

(以上、非字牌冠)

 白冠 [偶数年2月タイトル戦開催]

 發冠 [偶数年3月タイトル戦開催]

 中冠 [偶数年4月タイトル戦開催]

(以上、三元牌冠)

 東冠 [奇数年1月タイトル戦開催]

 南冠 [奇数年2月タイトル戦開催]

 西冠 [奇数年3月タイトル戦開催]

 北冠 [奇数年4月タイトル戦開催]

(以上、三元牌冠と合わせ字牌冠)

 

 冠タイトルはそれぞれ10回連続保持(9回防衛)で永世称号となる。

 

 現在のステータスタイトル及び取得条件は以下のとおり。

 

 大三元位 [三元牌冠独占]

 大四喜位 [東南西北冠独占]

 四暗刻位 [4冠独占]

 字一色位 [字牌冠独占]

 国士無双位 [全冠独占]

(以上、5回連続保持で永世称号取得)

 

 清老頭位 [5冠独占+各2回連続防衛]

(以降、取得冠通算10年連続保持で永世称号取得)

 

 永世二~九冠 [2~9冠独占+各10回連続保持]

 

 天和位 [全冠独占+各10回連続保持]

 

 

 

 ・2026年4月時点でのタイトル保持者(永世称号は天和位除き割愛、敬称略)

 

 萬子冠:大沼秋一郎(永世)

 筒子冠:姉帯豊音

 索子冠:宮永照

 

 白冠:東横桃子

 發冠:東横桃子

 中冠:東横桃子

 

 東冠:宮永照

 南冠:戒能良子

 西冠:宮永咲

 北冠:瑞原はやり(永世)

 

 大三元位:東横桃子

 大四喜位:該当なし

 四暗刻位:該当なし

 字一色位:該当なし

 国士無双位:該当なし

 

 清老頭位:該当なし

 

 天和位(永世称号):熊倉トシ

 

 



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舞台設定:入団・移籍について

「プロ麻雀について」に追記することを考えていましたが、章分けに苦労したので別立てで記述することとしました。


1.プロ麻雀の選手獲得について

競技麻雀の選手はプロチームとプロ契約あるいはセミプロ契約を交わすことでプロ麻雀選手となる。

 

プロ麻雀チームが新規に(他チームでのプレイ経験がない)選手を獲得する方法は以下の通り。

・独占交渉枠…各チーム1枠。指名日に全チームが指定された会場にてM1リーグ下位→上位→M2リーグ(抽選)の順に指名。交渉枠を獲得した選手と独占交渉ができる。俗にドラフトと呼ばれる。

・自由交渉枠…枠の指定はない。独占交渉枠指名日の翌日が自由交渉解禁日とされ、規定により年棒・契約金は一律で400万・1000万。俗にスカウトと呼ばれる。

独占交渉枠で指名された選手が交渉を拒否した場合、他チームが自由交渉枠として入団交渉をすることができる。その場合年棒・契約金は360万・なしとなる。

 

プロ麻雀チームが他チームでのプレイ経験がある選手を獲得する方法は以下の通り。

・フリーエージェント…移籍可能年数(後述)を満たした選手が自由に移籍できる権利。移籍先のチームは移籍元のチームに補償として翌年の独占交渉枠を譲渡しなければならない。

・M2フリーエージェント…移籍可能年数(後述)を満たした選手がM2リーグ所属チームへの移籍に限り自由に移籍できる権利。移籍先のチームに補償はない。

・自由契約…チームに戦力外通告を受けた選手は自由契約選手として公示される。他チームは選手枠の規定以外縛られることなく獲得交渉が可能。チームとの再契約も可能。

・トレード…選手所有権ごと選手をチーム間で譲渡する。譲渡先チームは自由に決められる。詳細は後述。

・レンタル移籍…選手所有権を保持したまま選手を譲渡する。譲渡先はM2リーグ所属チームに限られる。詳細は後述。

 

 

2.プロ麻雀選手の移籍について

プロ麻雀選手が他チームに移籍する方法は以下の通り。

・フリーエージェント…通称FA。通算出場登録日数が満7年に達した選手が宣言できる。FA宣言を希望する選手は所属チームを通してNPM事務局にFA宣言願を提出する。この際所属チームが宣言願の提出を妨害した場合ペナルティとして独占交渉枠が剥奪される(移籍が実現すれば移籍先のチームから独占交渉枠が譲渡されるのでこの場合独占交渉枠が1枠となる)。

・M2フリーエージェント…通称M2FA。通算出場登録日数が満4年に達した5年目以上の選手が宣言できる。移籍先はM2リーグ所属のチームに限られ、移籍先のチームからの補償はない。

・自由契約…前述の通り。

・トレード…選手所有権ごと選手を移籍させる。交換相手により対人トレード、金銭トレード、無償トレードなどに分類される。移籍先のチームに関する指定は特にない。

・レンタル移籍…選手所有権を移籍元のチームに残したまま選手を移籍させる。選手派遣扱いになるので年棒は移籍先のチームから移籍元のチームを経由して選手に支払われ、契約交渉は移籍先のチームが行う。移籍先はM2リーグ所属チームに限られ、あとからトレードおよびM2FAなどで選手所有権を移籍先のチームに移すことも可能(レンタル先での出場は出場登録日数にカウントされない)。レンタル期間は原則1年で、期間終了後にチーム間の交渉により延長可能。



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前日譚:Angel Bazooka~皇帝の凋落と復活~

雑誌の特集風にとある選手と所属チームの過去を書いてみました。

恵比寿エンジェルバズーカのイメージは野球でいう巨人、サッカーでいう東京ヴェルディみたいな感じです。


 Angel Bazooka~皇帝の凋落と復活~(編:Number編集部)

 

 

 2018年シーズン、M1ジ・リーグを制したのは恵比寿エンジェルバズーカだった。

 かつて「皇帝」と呼ばれた古の常勝軍団にとって、待ちに待った15年ぶりの優勝。それは、大きなあやまちを犯したこのチームが罪をみそぐのに15年という歳月を要したということを示している。

 

 

 

[皇帝の玉座は、あっさりと砕け散った。]

 

 2002年、囲い込み疑惑を振りきって小鍛治健夜を獲得した恵比寿は向かうところ敵なしの強豪であった。名選手、名監督、名采配。すべてを備えた「皇帝」に抗える者などいるはずがなかった。

 チームにひずみが生じたのは2004年のことだった。選手の賭博図利疑惑が持ち上がったのである。

 皇帝に降りかかった黒い霧。選手をかばい全ての責任を負った名伯楽・熊倉トシは追われるようにチームを去った。

 この年、恵比寿は17年ぶりに優勝旗を奪われる。その後14年もの長きにわたってこのチームが低迷を続けるとは、このとき誰も想像していなかった。

 

 

 

[勝ち続けるエースは、やがてチームの分裂をまねいた。]

 

 熊倉のあとを引き継いだのは、かつて恵比寿のV10を熊倉とともに支えた烏谷(からすや)マキである。この頃のジ・リーグでは名古屋が台頭し、すぐに大宮が取って代わるが、烏谷率いる恵比寿はこの2チームと五分に組みながら重要な一戦に弱く優勝を逃しつづけていた。それが「皇帝」のメンバーにかかるプレッシャーによるものか、はたまた現役時「ツイてないカラスヤ」のあだ名を奉られた烏谷の生来のツキのなさが災いしたのかはわからない。いずれにせよ烏谷は優勝旗をなかなか奪還できず、その焦りからか計算できるエース小鍛治にだんだん依存するようになっていく。

 小鍛治は勝ち続けた。しかし、他の選手は当時スランプに陥るなどして成績が今一つ伸びない者ばかりでチームとしての勝ち星を奪いきることができない。そういった選手たちの一部に、勝てないことへの焦りや自分への不甲斐なさや怒りをごまかそうと、勝ち続ける小鍛治や彼女を重用する烏谷に対し理不尽な怒りをぶつける者が現れはじめ、やがて彼女たちは小鍛治・烏谷派と反小鍛治・烏谷派に分かれて派閥争いをはじめた。残念なことに、優しい性格の烏谷は彼女たちを力で押さえつけることはできなかった。

 低迷するチーム、派閥争いに明け暮れやる気をなくしていく選手たち。耳をふさいで勝ちを稼いできても、かけられるのは賛辞ではなく理不尽な罵倒と皮肉。腐っていく恵比寿の環境は、小鍛治と烏谷を徐々に蝕んでいった。

 2008年10月、烏谷は何者かに階段から突き落とされ足の骨を折った。我慢の限界に達した小鍛治は恵比寿を出て地元茨城に帰り、かねてから誘われていた新チームへ参加しようと決意、慕っていた烏谷も連れていこうと口説き落とした。同年オフに小鍛治と烏谷は恵比寿を去り、ともに新チームつくばの立ち上げメンバーに名を連ねた。

 

 

 

[「新しい風」は、チームをどん底に追いやった。]

 

 烏谷の退任を受けて、恵比寿フロントは不可解な動きを見せた。小鍛治派と見られていた主力メンバーたちを次々に放出、さらに後任の監督には「新しい風を呼び込むため」という名目でプロ経験のない男性である渡辺俊一(わたなべしゅんいち)を起用。渡辺はチームのとある選手(後述)に縁があり、このためチーム内パワーバランスの崩壊が噂された。

 今振り返ってみれば、このとき恵比寿はプロチームとして一度「死んだ」のだろう。渡辺体制下で恵比寿は史上最悪の暗黒時代に突入する。

 現場の「常識」やしがらみにとらわれない采配をテーマとして掲げた渡辺は、たしかに常識にとらわれない珍采配を連発。いくら監督の力量や采配に結果が大きく左右されない麻雀であるとはいえ、限度というものがある。チームは坂道を転げ落ちるかのように連敗街道をひた走る。

 さらに悪いことに、選手の成績は以前にもまして悪化していた。否、悲惨な成績なのにレギュラーから外れない選手がいた。派閥争いを制した反小鍛治派が選手起用に口を出したり好き放題していたのである。

 穴だらけの采配、愛人起用、腐りきったチーム。かつて小鍛治を慕っていたというだけで干された元エースやチームの環境にうんざりした若手などが次々にチームを去り、気づけば恵比寿はM1残留争いを強いられるまでに落ちぶれていた。それでもフロントは渡辺を解任せず、ファンたちはたまの勝利に一縷の希望をつないで恵比寿の復活を願い続けた。

 

 しかし、渡辺はフロントとファンたちをあまりにも手酷く裏切った。

 

 

 

[そして、皇帝は二度死んだ。]

 

 2013年シーズン、最終戦。名古屋と残留争いをしていた恵比寿は、負ければ降格が決まるこの一戦であっけなく敗れ、M2降格が決定した。

 三局連続で役満を振り込みトビ終了。あまりにも不自然だ。振り込んだ相手が全て名古屋だったこともファンたちの疑念を呼び、イカサマが囁かれ、内部告発とされる怪文書も飛び交いはじめた。

 はたして、試合から二週間後、恵比寿エンジェルバズーカと名古屋セントラルドラゴンズは両チーム間で八百長行為があったことを発表した。日本最古のプロ麻雀チーム2チームが起こしたこの不祥事は、対応を誤ればプロ麻雀そのものを殺しかねない大きすぎるものだった。

 中心人物は3人。恵比寿の渡辺監督、名古屋の高木仁子(たかぎにこ)監督、そして渡辺の「愛人」にして恵比寿の「天皇」こと内川佑実(うちかわゆみ)である。内川は2004年の賭博麻雀事件の主犯と見られており、また反小鍛治派の筆頭で烏谷に怪我を負わせた犯人ではないかとの噂もある、いわゆる「チームの癌」であった。

 なんとしてもM1に残留したい高木が渡辺に10億円を渡し、先鋒に渋谷を送ると予告。渡辺は内川に5億円を渡して先鋒に送り、内川が積極的に渋谷に振り込む敗退行為を行った。以上が事件の全貌である。

 プロ麻雀協会は3人を永久追放、関与していないと主張した渋谷にも厳重注意を与えた。再試合は行われないと決まり、恵比寿の降格も揺るがなかった。

 恵比寿フロントは任命責任を問われ、GMと編成部長、オーナーが辞任した。一時はチーム解散も噂されたものの選手たちの尽力により恵比寿の存続は許された。

 ようやく「癌」を完全に排除したとはいえ、解散まで取り沙汰されたチームの監督を引き受けようとする人物はおらず、フロントはチーム内に後継者となる生け贄を求めた。そして、プロ4年目ではあるが高校麻雀の優勝校を率いた経験のある赤土晴絵を選手兼任監督・GMに任命、全権と全責任を押しつけて逃げた。

 

 

 

[「どん底のさらに下」からのリスタート。]

 

 舵取りをできる人材が一人残らずチームを去り、M2に落ちた恵比寿のあとを一手に託された赤土は、エースへの道を諦め自らチーム再建の旗振り役となるしかなかった。

 プロの世界を離れて後進の育成にあたっていた熊倉を呼び戻してGM職を委譲し、新しい人材の発掘を進める一方で、赤土はチームに冷酷なまでに徹底した実力・若手主義を採った。

 監督就任のあいさつで赤土はこう発言している。

「来シーズンはどん底のさらに下から始まります。ここまで追い込まれても何の手も打たなかった、打てなかった者にはいずれ然るべき責任を取ってもらいますが、まずやることはもといた場所に帰ること、ナ・リーグではなくジ・リーグに帰ることです」

 積極的な若手起用は中堅層の冷遇につながり、軋轢を生む。しかし、渡辺体制下で内川を筆頭に好き放題やっていた実力のない中堅層より、干されながらも個人戦などで研鑽を積んできた若手のフレッシュな力のほうがチームの勝利には必要なのだ。それを中堅層の彼女たちもまた理解していて、またしても理不尽な怒りを若手にぶつけはじめるようになる。そんな状況を赤土は見逃さなかった。

 M2降格の翌年、恵比寿はあっさりM1ジ・リーグに復帰。中堅層を窓際に追いやり若手を大いに使った恵比寿はそれでもなおM2リーグで無双の強さを誇り、8月の終わりには15試合を残してM2リーグ優勝を決めたのである。

 この年のオフシーズン、恵比寿は在籍10年以上の選手全員に戦力外通告を突きつける。

 かつての強かった時代を知る選手を一人残さず追放することで、一部選手の「私たちは本気出してないだけ」という勘違いをなくす…という名目だったが、実際のところは「戦犯」の処分とチームに生じかけていたひずみの解消、そして年上の選手を一掃してチームの赤土独裁体制を確立するという複数の目的を一気に解決する強行手段でもあったのだろう。

 大胆な若返りを図った恵比寿は2015年シーズンをジ・リーグ4位で終え、プレーオフに進出する。これが現在に至るまでの赤土体制下での最低成績である。

 

 

 

[元・皇帝は、ふたたび玉座を目指す。]

 

 ひとまずプレーオフに出られる程度まで盛りかえしてきた恵比寿であったが、赤土はそこで満足しなかった。このころ新世代エースとして大星淡が定着したこともあってか、赤土はしばしば優勝を意識した発言をするようになる。

 当時のジ・リーグは大宮一強状態で、解説陣の予想でも赤土では瑞原に勝てないだろうという声が大多数を占めていた。しかし、2016年シーズン、赤土はその下馬評をくつがえしハートビーツ大宮に直接対決で勝ち越した。ただ、他チームとの対戦成績の差で玉座奪回はかなわなかった。

 翌シーズン、主力メンバーがスランプに陥りスタートダッシュを大失敗した恵比寿は、それでも夏場に大宮が失速するとその機に乗じて一気に差を詰めた。しかし、あと一歩のところで大宮に粘られ、結局序盤の出遅れが響いた恵比寿はまたしても2位に甘んじる羽目になった。

 このころ、根底から崩壊したチームをたった一人で背負わされたにもかかわらず、わずか3年でまともに戦えるまでに建て直した功績を称えられ、赤土は「恵比寿のレジェンド」「恵比寿のメシア」といったあだ名を奉られたが、一方で口の悪いOGからは「烏谷二世」と呼ばれるようになる。驚くべきスピードで暗黒から立ち直ったとはいえ、烏谷体制の時のように土壇場で負けてしまう恵比寿に対し、地獄の記憶を早くも忘れたファンたちからの風当たりは厳しくなりつつあった。また、M2降格時に逃げたOGの一部が恵比寿の復権を見て、赤土を追い出し後釜に座ろうと画策しているとの噂も聞こえていた。

 不穏な空気にあてられ選手が萎縮することを避けるためか、赤土は2018年シーズン開幕前に「優勝宣言」を発表した。

「今年は優勝しますよ。できなきゃ監督やめます。その代わり、今年優勝したら自称OGの皆さんは二度とOG面してしゃしゃり出てこないでくださいね。迷惑ですから」

 それが勝負、取引ってもんでしょう?テレビカメラに向かって不適な笑みを浮かべ、赤土はテレビの向こうにいるはずのOGたちに他チームごと喧嘩を売った。

 これを受けて、解説陣の予想は大半が大宮を優勝予想。恵比寿はあてつけのように最下位予想が並び、他チームを挑発しすぎだなどとピントのずれた批判も噴出した。

 しかし、蓋を開けてみれば大宮は不調。一方の恵比寿は開幕から連勝に連勝を重ね、オールスター戦の時点で2位大阪に大差をつけ首位に立っていた。

 そのまま勢いを崩すこともなく、9月7日。恵比寿は15年ぶりに優勝旗をその手に取り戻した。

 

 

 

[ふたたび手にした優勝旗の価値。]

 

 15年前の賭博麻雀事件に端を発したビッグチームの低迷と腐敗。それを乗り越えて恵比寿を復活に導いた赤土は正に恵比寿のレジェンドと呼んでいいだろう。

 しかし、彼女らにとってはここからが正念場であるとも言える。ふたたび玉座に登り、かつてと同じように慢心と腐敗にまみれるチームと成り果てては辿る道も過去と同じ。地獄から帰ってきた彼女たちが、その記憶を風化させずに優勝旗を守り続けることはできるのか。

 奪還した優勝旗は、生まれ変わった恵比寿の王冠であり、新たな枷でもある。



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回想編
1.赤土晴絵(恵比寿)


赤土晴絵・恵比寿エンジェルバズーカ監督
41才、独身。
阿知賀女子監督を一年努めた後、恵比寿に入団。当時の監督が贔屓起用を繰り返しエースが次々と移籍、ボロボロになって2部リーグに転落した翌年に、監督経験を買われプロ4年目にして兼任監督に。同年にチームを立て直し1部リーグに復帰、恵比寿のレジェンドの名を奉られる。以降11年監督を続け、PO(プレーオフ)に出場しなかった年はない。3年前に選手としての限界を感じ、現役引退した。


遅すぎた「皇帝」の復活 優勝は大宮 (2026.11.4)

 

プロ麻雀M1ジ・リーグ最終戦、恵比寿は先鋒に小走を当て、各チームのエースを抑えにかかった。2位以上で優勝が確定することで油断の見えた大宮を削り、エース区間を終えた神戸と松山を叩き潰して2位に12万点差、20万点台の大台に乗る記録的なワンサイドゲームを展開。かつて「皇帝」と呼ばれた恵比寿がここに復活したと言えるような勝利をおさめた。

恵比寿の赤土監督は「試合としては申し分のない内容だった」としながらも、「どうしてこの力を今まで発揮できなかったのか」と、勝ったのに優勝を逃したことに悔し涙を見せた。

一方、2位となりリーグ優勝を決めた大宮の瑞原兼任監督は「ボコボコにされてなにが優勝か」と苦い顔。「このままではPOで逆転されて日本シリーズにも出られなくなってしまう。気を引き締めてPOでは勝つ」とPOでのリベンジを誓った。(日刊スポーツ)

 

順位 チーム          得点 得失点差

1位 恵比寿エンジェルバズーカ 2057 +1057

2位 ハートビーツ大宮     803 -197

3位 エミネンシア神戸     617 -383

4位 松山フロティーラ     523 -477

 

 

 

まいったな、こりゃ。赤土晴絵は今朝のスポーツ新聞を見て頭を抱えていた。

 

昨夜の試合、晴絵は小走やえに先鋒を任せた。やえは情報の分析能力におそろしく長けており、晴絵が阿知賀の監督を努めた年のインハイ地方戦では、初戦で玄のドラ爆を直撃されながら収支をプラスで終える立ち回りを見せた。結局チームとしては阿知賀の完勝であったが、晴絵はやえの強さと、それを上回る不運に自分と通じるものを見た。だから、やえが大学を卒業するとき、プロ4年目にして兼任監督になった晴絵は彼女を恵比寿に誘った。当時恵比寿は成績不振で初の2部落ちを喫したばかり、今考えればよく入団テストを受けてくれたものだ。入団後、不運が祟って2軍暮らしが長かったやえを初めて1軍エースに据えたのが昨夜のこと。晴絵としては彼女に大宮の瑞原はやりを抑えてもらえれば良かったのだが…まさか野依を使って瑞原と戒能を削った挙げ句その野依に役満をぶつけるとは、やえは不運を克服でもしたのだろうかと疑うような活躍であった。

 

結局中盤で巻き返した大宮が12万点差があるとはいえ2位に滑り込み、優勝阻止の狙いは外れたがひとまず恵比寿のPO進出は確定した。問題はこれからである。この予想だにしなかった大爆発で、やえは全チームから警戒されるようになるだろう。というか大宮は明らかに警戒している。周りに徹底的に警戒されてしまえば、やえは持ち前の不運によって負けてしまう。かといって彼女以外を先鋒に当てても、エース区間を耐えられるとは思えない。なにしろPO対戦チームのエースは揃って化け物、並大抵の選手では勝てないのである。

 

「監督、インタビューの時間ですよ」

 

晴絵がうんうんと唸っていると、当の悩みの種が晴絵を呼びに来た。麻雀チャンネルのインタビューは11時からだったはずなのだが、うんうんやっている間に11時前になっていたらしい。

 

「うん、今行く」

 

返事をして立ち上がる。ふと、やえ本人は現状をどう思っているのか気になった。

 

「ところでさ、やえは昨日狙ってアレやったの?」

「ええ、そもそも瑞原さん抑えろって言ったの監督でしょう」

「いや言ったけどさ、先鋒だけで断トツAトップ取るとは思ってなかったから」

「ご冗談を。全員のクセ伝授しといてなに言ってるんですか」

 

はははと笑って誤魔化す。

「でもまあ、昨日の結果からやえが一番警戒されるのは明らかなんよね。あなた3人に塞がれたらろくに勝てないでしょ。大丈夫そう?」

「やりようによっては。昨日のメンバーで出てきたら諦めますけど」

「なるほど。じゃあその旨インタビューで言っとこう」

「うぇ!?」

「じゃあね~」

「あんまり他チーム煽らないでくださいよ!?こないだ瑞原さんガチギレしてましたからね!?」

 

狼狽えるやえを置いて記者の待つ部屋へ。晴絵はPO一戦目もやえを先鋒に当てることにした。



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2.加治木ゆみ(佐久)

加治木ゆみ・佐久フェレッターズ所属プロ
32才、独身。
鶴賀学園高3年時、インハイ長野県大会決勝に進出。惜しくも全国大会進出はならなかったが、県大会時の活躍から国民麻雀大会の長野県代表に選出される。大会優勝の立役者となり、この活躍によって佐久にスカウトされ入団。佐久では主に藤田靖子とローテーションで大将に据えられることが多い。


「アマチュア・クラブ」快挙達成ならず PO出場逃す (2026.11.4)

 

プロ麻雀M1ナ・リーグ最終戦、ラスでなければ鳥栖を抜きPO出場が決まる試合。大垣は先鋒の山本がエース戦の中失点を最小限に抑え、次に二宮が点棒を原点近くまで取り返したが、佐久の最終兵器宮永(照)に花巻が狙われ点数が5万を割った。副将戦で立て直しをはかるも、大将三島が天江の攻撃をかわしきれず鳥栖に競り負けた。鳥栖との差はわずか1000点。

大垣の侑働監督は「全員がセミプロのチームがここまで闘えたこと自体が奇跡であることは十分わかっているけれども、あと一歩のところでPOに届かなかったことがやはり悔しくてならない」とコメント。「来年こそはリーグの頂点へ」と早くも来年への抱負を語った。

なお、最終戦をトップで終えた佐久だったが、首位の横浜が2位につけたため逆転優勝は叶わず。山瀬監督は「今年は好調だったし、頂点の景色を選手たちに見せてやりたかった。力不足で申し訳ない」と語った。(サンケイスポーツ)

 

順位 チーム       得点 得失点差

1位 佐久フェレッターズ 1310 +310

2位 横浜ロードスターズ 1240 +240

3位 鳥栖オリゾンテ   730  -270

4位 大垣麻雀クラブ   720  -280

 

 

 

今年もリーグ戦が終わり、POと日本シリーズの秋がやってきた。私が入団してからは毎年POに出ているような気がするが、藤田さんが言うにはかつての佐久は毎年5位のチームだったらしく、PO出場など夢の話だったらしい。(らしい、というのは私がスカウトされるまでプロ麻雀にあまり興味がなかったからだ)そんなチームが常勝軍団横浜と競るようなチームになった理由を私は知っている。長野県産純粋培養化け物がたくさん入荷、もとい入団したからだ。

 

佐久フェレッターズからスカウトされて、私は真っ先に津山に相談した。津山はプロ麻雀せんべいを集めているくらいだからきっと詳しいだろう、という適当きわまりない思いつきからだったが、予想通り津山は私に十分すぎるほどの情報をくれた。曰く、佐久はM1リーグに留まり続けてはいるものの、異質なまでの強さはない。今年の高校で言えば、まさにこの鶴賀学園のようなチームであると。ちなみに清澄が常勝軍団横浜に例えられていたことは内緒である。

 

この情報をもとに、私は改めて親と相談し、スカウトを受けることにした。そこまで強くないチームなら、私でもまあチームの役には立つだろうと考えたからである。佐久のフロントは私をにこやかに迎えてくれ、チームメイトも優しい人たちばかり。来年からもうまくやっていけそうだと思った矢先のことだった。

 

「宮永選手、プロ全チームからスカウトが来ているとのことですが、どこに入団されるのですか?」

「大宮ですか?恵比寿ですか?横浜ですか?」

「つくばが年棒2億との報道もありますが!」

「はい、私は…」

 

あの宮永照が、入団チームを決めたと記者会見を開き、マスコミはこぞって会見を中継していた。居並ぶテレビカメラの前で彼女は、

 

「私は、佐久フェレッターズへの入団を希望します」

 

とんでもない爆弾を投下した。

 

その日から佐久の事務所は電話が鳴りっぱなしになり、藤田さんは毎日マスコミの取材に追われたそうだ。普通なら横浜に行くような選手が佐久に来ると言うのだから無理もない。佐久が今までのようなチームでいられなくなるのは必至だと思われた。

 

が、山瀬監督は手に入れたジョーカーをすぐに実戦に投入しようとはしなかった。練習場に集まった選手たちを前に私と宮永照を紹介すると、「まあ、仲良くしてね」と一言告げて立ち去ってしまった。選手たちはぽかんとするばかりである。

 

翌シーズン、宮永照の活躍が期待された佐久フェレッターズは「今まで通り」のオーダーを組んだ。私を大将、宮永照を先鋒のローテーションに加えただけで宮永に対し特になにもしなかったのである。もちろんそれで優勝するはずもなく、勝ち数は増えたが最終順位は4位に終わった。POに出場はしたが、あっさり敗退した。

 

シーズンが終わればスカウトの季節。その年の注目は荒川と天江、神代の三人だったが、神代は家の職のためプロ入りはしないと発表したためマスコミは荒川と天江の二人を追った。そんな中で佐久は新道寺の花田を既にスカウトし獲得していたが、事件は繰り返すものである。

 

「衣は佐久フェレッターズに入団したい。藤田がいるからな」

 

天江に名指しで話題に出された藤田さんは、またしてもマスコミに追われる羽目になった。

しかし、監督の対応も去年と何ら変わりなかった。花田を次峰、天江を大将のローテーションに加えたのみ。周りから見ればやる気がないとしか思えないこの対応に、翌シーズン開幕後ついに横浜と恵比寿がトレード要求を出した。対象は宮永照と天江。監督はこれを受けて二人を呼んでこう聞いたそうだ。

 

「横浜と恵比寿からトレード来てるけど…行きたい?」

 

二人は答えた。

 

「やだ」

 

これを理由に佐久はトレード要求を却下した。もうなにがしたいのかわからない。

 

監督も選手の起用を見直したらしく、それから二人の出場回数は増えた。結果、その年は3位に終わり、POを勝ち抜き日本シリーズに出場することができた。

 

二度あることは三度あるもので、その年スカウトは宮永咲を獲得した。もうおわかりの流れかと思うので特に言いはしない。もう一人、スカウトはモモを連れてきた。モモは3年間長野でもまれ、特に原村和と戦えるようにデジタルの技術を身に付けていた。かねてからのステルスに加えデジタルも上手いとあって、相応の評価を得ていたモモは柔軟な打ち手として副将に当てられた。

 

かくして長野の最強世代を擁する佐久は、常に横浜と順位を競るチームとなったのである。

 

 

 

 

電話が鳴っている。私ははっと我にかえって電話に出た。

 

「あ、もしもし、ゆみ?」

 

宮永照であった。

 

「そうだが。なんの用だ、照?」

「うん、今晩のパーティー忘れてないかと思って」

「…忘れてた」

「やっぱり。ゆみは遊びの予定をすぐ忘れるから」

「道をすぐ忘れる奴に言われたくないがな」

「…19時に咲の家に集合だからね」

「へーへ」

「じゃあ、またあとで」

 

電話が切れた。

 

咲は7年前に結婚して、名字を須賀に変えた。今は幼稚園くらいの子供が一人いる。彼女の家に行くと独身の自分に焦りを感じるからあまり行きたくはないのだが…パーティーなら仕方ないな。

 

ゆみは出かける準備を始めた。



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3.瑞原はやり(大宮)

瑞原はやり・ハートビーツ大宮選手兼任監督
43才、既婚。一子あり。本姓は白築。
保有タイトルに永世2冠(西・北)、永世大四喜位がある。
幼少期より麻雀の腕とともにローカルアイドルとしての知名度も高かった。麻雀の強豪で芸能活動が可能であった朝酌女子高に進学、1年時からレギュラーとしてインターハイ地方大会3連覇。3年時にはインターハイ全国大会で決勝進出、土浦女子との死闘の末準優勝。
プロスカウトを断って日本最高の学府とされる神泉大理科1類に進学。一方で芸能活動も本格化し、春日井真深より牌のおねえさんを引き継いで二代目を襲名。さらに、アマチュアにもかかわらずタイトル戦に出場、南浦聡より北冠を奪取するなど多方面に渡って活躍する。なお、この北冠は今に至るまで一度も陥落していない。
大学を卒業するにあたり、大学院に進学し研究を続けるか、芸能活動を続けるかの選択を迫られ、芸能活動を選択。このとき、アイドル生命には限りがあることから、所属事務所であるハートビーツプロを母体にプロ麻雀チーム・ハートビーツ大宮を設立し、自ら選手と監督、GMを兼任する。ハートビーツ大宮は翌年M1ジ・リーグへの昇格を果たし、2年後にはリーグ優勝、日本一となった。
32才の時、結婚と牌のおねえさん引退を発表。大宮所属の原村和が三代目を襲名した。33才で長女を出産。育児が影響し東・南冠陥落。永世4冠を逃した。


大宮、手堅く一勝 (2026.11.16)

 

日本シリーズ第一戦、ジ首位の大宮は監督瑞原が自ら先鋒としてナ首位横浜の先鋒三尋木と直接対決。叩き合いが予想されたが、大阪の園城寺を巻き込み三つ巴となった。先鋒が喰われた恵比寿は次峰に大星を投入し、横浜が脱落。大宮は中堅に渋谷を送り、横浜を飛ばして勝ち星を収めた。大宮の瑞原兼任監督は「恵比寿が怖い」と一言。先鋒の失点を次峰だけで倍返しした恵比寿に警戒する様子を見せた。一方、ダンラスで中堅飛びとなった横浜の篠宮監督は「まあこういう日もある。麻雀に重要なのはつまるところ運だ」と淡々とコメントしたが、インタビュー後ロッカールームに大きな音と監督らしき怒鳴り声が響いていた。(スポーツ報知)

 

順位 チーム 得点 得失点差

1位 ハートビーツ大宮 1850 +850

2位 恵比寿エンジェルバズーカ 1440 +440

3位 大阪ドミーネーターズ 820 -180

4位 横浜ロードスターズ -110 -1110

 

 

 

「We're Heartbeats!」

マイク片手に観客に呼び掛けると、

『大宮ーーーーーー!!!!!』

観客から大きなレスポンスが返ってくる。このチームもファンが増えたものだ、と瑞原はやりは感慨深いものを感じていた。

 

大学を卒業するとき、大学院に進まずに麻雀と芸能の道を取ったのは、ひとつには真深さんから受け継いだ牌のおねえさんの立場をそう簡単に手放して良いものかと考えたからだ。真深さんが15年もの間一人で切り開き、培ってきた牌のおねえさんという肩書きの重みはたった4年ぽっちで投げていいものでは決してなかったし、なにより小さい頃からの夢だったその立場は、4年努めた程度で満足できるものではなかったのだ。だからこそ私は、研究者として最高の環境たる神泉大の誘いを蹴って芸能活動へと傾いた。

 

プロ麻雀チームを立ち上げたのは、自身の活動をより確固たるものとするためだった。牌のおねえさんの役割は、主に子どもに麻雀の楽しさを教えることである。けれども麻雀の楽しさを語るためには、相応の実力が必要だ。大学卒業時点ですでに大四喜位に就きフリーランスプロとなっていた私は確かにその時点では教える立場にあってよい実力を持っていたが、今後いつタイトル陥落するかはわからないのである。しかし、一度スカウトを蹴った私をどのチームもおいそれと獲りにはこなかった。そこで、私は事務所の社長に直訴して麻雀チームを立ち上げたのだった。

 

事務所の名にちなんで、チーム名はハートビーツ大宮。完全なプロチームを目指し、つてを辿って幾人かのプロに移籍してもらうことができた。社長との約束のため、所属プロは全員ハートビーツプロにも所属し、年棒はそこから支払われた。これは今も同じである。

 

こうして私はプロ雀士としての安定性を手に入れたが、チームが弱くては自身の評価も下がる。これを避けるために私たちは必死で練習し作戦を考え、対戦相手を分析して勝利を重ねた。結果、チーム結成1年目にしてM1ジ・リーグへの昇格を決めた。この年のメンバーは、移籍や引退でバラバラになった今でもよく飲む仲間である。

 

今や大宮はジ首位常連の常勝軍団となった。初めは応援席に私のファンクラブ会員がいる程度だったファンも増え、試合のチケットはプレミアがつくと聞く。私が牌のおねえさんを引退し、結婚して子どもを産んでもついてきてくれるファンはきっと、もう私だけのファンではなく、“ハートビーツ大宮のファン“なのだろう。

 

「はやりーん!」

私を呼ぶファンたちの声に大きく手を振って応える。

「みんな、今日は応援ありがとー!みんなのおかげで日本シリーズでも勝ち星一番乗りだよ☆連勝目指して明日も応援よろしくねー!」

ファンに心から感謝。大宮コールを背に、私は観客席を後にする。耕介さんと娘の真智が待つ家に帰り、しばし翼を休めるために。




【追記・4/6】設定上無理が生じたので、はやりの保持タイトルを変更しました。


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4.清水谷竜華(大阪)

清水谷竜華・大阪ドミーネーターズ選手兼任コーチ

33才、既婚。本姓は園城寺。妊娠6ヶ月のため、今シーズン限りで休養を予定している。 インターミドルで優れた成績を残し、千里山女子高校に進学。二年生時からレギュラーを務め、三年生時には部長として千里山女子を率いた。 自らの学力を試そうと、プロや大学の推薦を蹴って地元の国立大である服部大を受験、現役合格する。当時関西リーグ12年連続最下位であった同大学麻雀部をリーグ二連覇に導き、卒業後大阪に入団。昨年よりコーチ兼任となり、大阪の次期監督としても呼び声が高い。


 怜竜コンビで決めた!大阪、日本シリーズ初白星

 

 竜華さん最高や!昨日の日本シリーズ第二戦、二日連続で園城寺を先鋒に据えた大阪。 園城寺は恵比寿の他家使いこと小走やえの動きに乗じて横浜と大宮を削り、2位で先鋒戦を終えた。江口→愛宕洋→赤阪と2位のままバトンは清水谷へ。頼れる大将はオーラス、 大宮の福路に倍満を直撃して大宮を叩き落とし、トップ恵比寿をまくって逆転勝ちをおさめた。 お立ち台に立った清水谷は「気分上々~!」 と絶叫。「明日も勝つで!」と意気込んだ。 愛宕雅監督は「上々の出来。園城寺と清水谷がうまいことハマった形やな。ほか3人も順位キープは出来たしまあまあ…洋榎は教育かな?(笑)」と上機嫌。「この調子で勝ち重ねて、リーグ2位からの日本一狙いますわ」 とコメントした。 出産・育児のため今期限りで休養する清水谷。最後まで、チームの要として大阪を引っ張って行ってほしい。(デイリースポーツ)

 

 順位/チーム/得点/得失点差

 1.大阪ドミーネーターズ 1220 +220

 2.恵比寿エンジェルバズーカ 1170 +170

 3.横浜ロードスターズ 850 -150

 4.ハートビーツ大宮 760 -240

 

 

 

「つっかれた~」

「大丈夫?キツない?」

 怜が心配そうに私のお腹をさすってくれる。

「大丈夫大丈夫。無理はしてへんしな」

  ヘラヘラと笑って返すが、実のところけっこう体が重い。二人分の体を抱えているので無理もない。

「もう名前とか決めてるん?」

「や、まだ男か女か聞いてへんしなあ。双子やでーってのしか教えてもろてへん」 「へー」

「うち、もうちょい休んでくわ。怜はもう行き」

「うん、ほな」

  怜が向こうへ去るのを見て、私はふぅっとため息をついた。

 

  最近、これで良かったんやろか、と思うことがよくある。具体的には去年コーチ兼任になった時などだ。監督に呼び出され、兼任コーチ就任を打診されたとき、私はなぜ怜やセーラでなく私なのか、と真っ先に疑問を抱いた。

  ご承知のように、私は怜やセーラよりもプロの経験が4年短い。二人と違って大学に行き、 新たな経験を積んだとは言えそれがプロで活かせるとは思えなかったのだ。愛宕監督にそう伝えると、監督は「でも、大学の経験はあんたには活かされとるし、チーム外を見ても恵比寿の小走なんか高卒のメンツより活躍しとるやろ」と返してきた。 私は返す言葉を失った。監督は千里山女子時代も千里山の監督として私たちを見てきている。私が小走やえに憧れ、彼女の足跡を追っていることももちろん知っている。

 

 

  私が小走やえを見たのは小5の時だった。麻雀の小学生大会、同い年の子が優勝する光景を見て、私もあの場所に立ちたいと願った。 中学時代に麻雀の腕を上げ、近畿大会で彼女と何度も対戦した。はじめ完敗だった対戦成績は回を経るにつれだんだん互角になっていった。たくさんの高校からスカウトが来て、私は地元で最も強い千里山女子に進学した。彼女も地元の強豪・晩成に進んだ。 初めから高校麻雀の本番は3年時だと疑わず、宮永照という化け物を見て怯みながらも私は彼女と戦うことを夢見た。

 

 

 

 しかし3年の夏、晩成は県大会で敗れ、青春の幕を閉じた。 彼女自身は個人戦で奈良1位となり、無事インハイにやってきた。晩成が出場しない大会でも相変わらず化け物達は健在で、晩成の代わりに出てきた奈良代表の阿知賀女子に私は敗れた。

 

 

 

  運命の個人戦、奇しくも宮永照を同卓に迎えて私は彼女と対峙した。結果は僅差で私が2位抜け。彼女は敗退した。 試合を終えて、私は宮永照と小走やえに進路を聞いてみた。皆3年で、今年の大会が最後だ。ちょうど進路に迷っていた私は、二人に聞くことで自らの参考にしようと思ったのである。 宮永照はプロに進むと答えた。小走やえは__彼女は、こう答えた。

「神泉大に…行こうと思っている。もちろん自力でな」

 

  驚いた。彼女は進学に麻雀を使わないと宣言したのである。それは私に、新しい選択肢を与える革命であった。

 

 

  東京の神泉、京都の近衛、大阪の服部。神泉に匹敵する大学で私の学力で進めるところは服部しかなかった。受験して服部大を目指すと打ち明けたとき、プロ行きを決めていたセーラや怜には驚かれ、親には「やめとき」 と止められた。けれど、愛宕監督に話したとき、監督はニヤリと笑って「ふーん、まあ気張り」と言っただけだった。

 

  結果として私は服部大に無事進学した。服部大の麻雀部はそれはそれは弱かったのだが、2年かけて戦えるようにトレーニングして、ついに初のリーグ連覇を成し遂げた。大学卒業を前にして大阪からスカウトが来て、「4年待ったんやから活躍してもらうで」と入団がすぐに決まった。すでに4年プロとして活動していた怜やセーラとの差は広かったが、そろそろその差も縮まってきたように感じている。

 

  けれど、これで良かったんやろか、という自問の声は消えない。高校を出てから今まで、重要な決断においてもうひとりの私が不満を持たなかったのは怜の弟、玲との結婚についてだけだ。いくら否定しようとも、もうひとつあったはずの選択肢のほうが正しかったのではないかと考えてしまう。

 

「おや、清水谷じゃないか」

突然声をかけられて驚いた私が顔を上げると、ベンチ前の自販機を背にして、小走やえがペットボトル片手に立っていた。

「おお、小走やん。今日は怜が世話になったな」

「そりゃどーも、今日のヒロイン様にご挨拶いただき光栄なこった」

「なんや慇懃に。うちも憧れの女王様とサシでお話できて嬉しくってよ」

「なんだ気色悪ィな」

 

  軽口をたたき合う。ふと、抱えていた疑問をぶつけてみたくなった。

 

「なあ小走、今までとってきた進路を後悔したりする?」

 

  彼女はしばらく考えて、

 

「ないことはないな。わりかし間違ったこともしてきたし、結局プロ入りするなら大学に行く意味はあったのかとも思うしな。でも、 やってきたことそのものを否定はしない。失敗は失敗しないと失敗だとは気づけないんだから」

 

引っ掛かっていたなにかが、すとんと落ちた気がした。

 

「なるほど、おおきにな」

「子供はいつ頃生まれるんだ?」

「今6ヶ月やから、バレンタインあたりと違うかな」

「そうか、体大事にしろよ」

「そっちもな。ほな」

「ああ、また明日」

 

 手を振って別れる。さあ、帰ろうか。私はベンチから立ち上がった。

 



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5.小走やえ(恵比寿)

小走やえ・恵比寿エンジェルバズーカ所属プロ
33才、独身。
奈良の名門・晩成高校で1年生時からレギュラーの座に座っていた実力者。
ツキがなく、大会では中盤で敗退することが多い。
3年生時には部長を務めたが、県大会で敗退した。このため高校卒業時点でプロから声がかからず、神泉大に進学。
六大学リーグで活躍し、卒業後恵比寿に入団した。
入団後は長く二軍暮らしが続き、リーグ戦では主に中堅を務めたが、昨シーズン終盤から先鋒として華々しい活躍を続けており、自身初のオールスター戦に選出された。


 オールスター戦、予告先鋒発表 各リーグエース対決(2027.6.30)

 

 明日から始まるオールスター戦の前夜祭イベントが開催され、各リーグの代表監督インタビューにおいて予告先鋒が発表された。各リーグの予告先鋒は次の通り。

 

 全ジ(監督:大宮・瑞原):小走やえ(恵比寿)

 全ナ(監督:横浜・篠宮):宮永照(佐久)

 全M2(監督:つくば・所):小鍛治健夜(つくば)

 全シニア(監督:小笠原):大沼秋一郎

 

 大宮の瑞原監督は「今年は監督に専念する。小走さんにはリーグ戦でかなり苦しめられているし、彼女の凄さを他リーグのみなさんにも感じていただければ」と予告先鋒の小走をべた褒め。つくばの所監督は「M2の選手も実力では決してM1のみなさんに劣りません。M2スターは小鍛治だけじゃないと知らせてほしい」と知名度でM1に劣るM2選手陣への期待を見せた。(ニッカンスポーツ)

 

 

【コラム】オールスター戦

 オールスター戦とは、毎年7月1日、2日の二日間開催されるリーグ代表戦。NPM全リーグとシニアプロリーグからそれぞれ7人の選手がファン投票で選出され、監督・選手間投票で選出された5人と合わせて12人でオールスターチームを構成し戦う。チーム監督はM1リーグは昨シーズン優勝チームの監督、2期制のM2リーグは前期優勝チームの監督、チーム戦のないシニアプロリーグは選手間投票で監督を決定する。会場は昨シーズン日本一チームの本拠地で行う。

 

 

 

 試合後に泣きたくなったことは多々あるが、試合前から泣きたくなるのは初めてだ。小走やえは発表された予告先鋒を見て頭を抱えていた。瑞原監督ふざけてんじゃねえぞあのババアと呟くのが精一杯である。

 

 エースとは何か?エースとなるためにはどういう雀士であるべきか?高校入学からこっち、やえの頭に常にある疑問だ。

 エースの仕事は、常に勝ってくること。ただ強いだけでなく、カリスマ性を持ち、対峙する相手が名前を見て少しでも畏れを抱くような、そんな雀士であること。やえの考えるエース像とはそういう雀士だ。だから彼女は、自分をエースと認めてはいない。

 

 去年の暮れからだろうか、私への評価が劇的に変わったのは。やえの脳裏にあの試合が蘇る。

 あのとき、私が相手にしたのは各チームのトップエースだった。恵比寿にはトップエースがいなかったから、調子の良かった私が先鋒に出た。

 結果、周りを等しく削って私が勝った。あれは珍しくツイている試合だった。けれど、私と赤土監督以外はそうは考えていなかったらしい。

 

 オールスター戦初選出で、いきなりのエースポジション。期待されていることは理解しているつもりだ。瑞原監督の、ファンたちの期待に応える仕事ができるだろうか。不安はつのるばかりだ。

 

「まーた考え事してるな、やえ」

 

 頭上から降ってきた声に、やえは驚いて顔をあげる。

「赤土監督…」

「おおかた、オールスター戦のことだろ?」

 図星だ。

「ええ。過剰な期待をされてるなと」

「そりゃ言い過ぎだ。ツイてればやえはあの辺の化け物と戦えるわけだからはやりさんが期待すんのも当然だろ」

「しかし、あれだけツイてることなど稀ですし…」

「大丈夫、そこまで気負いなさんなって。期待に応えよう応えようと必死になると泥沼にハマるよ。当たって砕けろの精神で行ってきな。チームの結果にも直接関係ないし、オールスター戦ってのは勝つことが第一目標じゃないから」

「…わかりました」

「よし!じゃあ明日頑張れよ、私も応援してるから」

「はい!」

 なるほど監督の言う通りだ、当たって砕ければいいじゃないか。晴絵が去った後、やえの気分は不思議と軽くなった。

 

 

 オールスター初戦はジが制す 先鋒小走大暴れ(2027.7.2)

 

 プロ麻雀オールスター第1戦、全ジの先鋒小走は東1局から全M2小鍛治を翻弄し大きな和了りを阻止する一方、全ナ宮永に全シニア大沼を削らせる頭脳プレーを見せ、南場で宮永と小鍛治を潰し合いに持ち込み漁夫の利を掠め取って単独トップ。後ろがうまく繋いで全ジ・リーグが勝利。

 全ジ・リーグの瑞原監督は「小走さんが予想通りの働きをしてくれた。やはり味方にするととても頼もしいです」と満足顔だったが、小走は「ツイてただけですから」と謙遜した。全ナ・リーグの篠宮監督は「宮永を動かすヤツは初めて見ましたよ」と驚きを隠せない様子だった。(ニッカンスポーツ)

 

 順位 チーム       得点  得失点差

 1位 全ジ・リーグ    121400 +21400

 2位 全M2リーグ     117700 +17700

 3位 全ナ・リーグ     98500 -1500

 4位 全シニアプロリーグ  62400 -37600

 




進捗状況:ぽやしみ~ 


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6.渋谷尭深(名古屋)

渋谷尭深・名古屋セントラルドラゴンズ所属プロ
32才、独身。
宮永照率いる白糸台高校の最強チーム・チーム虎姫の中堅として2年生時に名をあげた。
その後立教大に進学し名古屋に入団するも、1年目の最終戦に先鋒として出場した際に八百長事件に巻き込まれる。
その後M2リーグに転落し低迷する名古屋で先鋒または中堅としてチームを支え続けている。


 名古屋・渋谷、FA権取得 移籍濃厚か

 

 プロ麻雀M2・名古屋セントラルドラゴンズの渋谷尭深(32)が21日、規定出場日数に達したためFA(フリーエージェント)権を取得した。

 名古屋は2011年以来M2リーグ暮らしが続き、今季も昇格は絶望的な状況となっており、渋谷は出場機会を求めてFA権を行使しM1リーグのチームに移籍するとみられている。

 報道陣に対し渋谷は「まだなにも決めていません」と話すにとどめ、進路に関する具体的な言及を避けた。

 

【FA(フリーエージェント権)とは】

 チーム間の戦力均衡と選手の権利を両立するため、プロ麻雀では一定の出場日数をクリアした選手にのみ選手自らの意思による自由な移籍を認めている。

 この移籍権をフリーエージェント権といい、選手が行使するとただちに所属チームの支配下から外れる。

 

(日刊スポーツ)

 

 

 

「で、実際どうするのタカミー?名古屋出るの?」

「どうもこうも…本当に決めてないんだって」

「でもさー、あんま言っちゃマズいかと思ってたんだけど…タカミーの扱いひどすぎるでしょ名古屋。あたしは出たほうがいいと思うなー」

 電話から流れてくる無邪気な非難に思わず苦笑してしまう。

「仕方ないよ、私はチーム低迷の戦犯だからね」

 自嘲的に返すと、なにそれぇ?と電話の声が険をはらんだ。

「タカミー本気でそう思ってる?それともまさかチームにそれ言われてる?」

「…」

 答えに詰まる。まさかなのだ、実は。

 けれど事実をありのまま話してしまえば、淡のことだろう、直接殴り込みをかけにいくであろうことは想像に難くない。

 そうして自分のせいで多方面に迷惑をかけるのは勘弁だった。

「とにかく!タカミーは自分のこと過小評価しすぎ!もしウチ来てくれたら助かるし待遇もはずめるってハルエも言ってたから!」

「淡…それタンパリングになるよ」

「タンバリン?」

「事前交渉。私まだFA宣言してないからね、条件とかの話するのはご法度なの」

「あっ…ごめん」

「個人同士の電話くらいではとやかく言われないだろうけどね」

「うーん…とりあえずさ、タカミーはもっとタカミーを評価してくれるとこに行くべきだよ!」

「うん、ありがと。考えてみるね」

 

 おやすみ。電話を切って、私は深くため息をついた。

 

 

 プロ12年目、もはやチーム愛など微塵もない。ファンに愛されないチームで、ひたすら罵倒に耐えてきた。

 プロの世界に足を踏み入れたとき、未来は明るいと思っていた。一時ほどの輝きはないにせよ、当時は安定した強さを誇っていたチームで、さらに切磋琢磨していけると期待で体が浮きそうだった。

 しかし、現実はあまりにも無惨だった。いつの間にか実力が虚飾に刷り変わっていたチームは禁忌を犯し、巻き込まれる形で私のプロ人生は1年目にして暗闇のどん底に叩き込まれた。

 あのときM2に落ちた恵比寿は膿を出しきって今ふたたび表舞台で華々しく戦っている。ひるがえって名古屋はあれ以来泥沼に沈んだままだ。

 忌まわしき最終戦に先鋒として出ていたことで、私にも疑いの目が向いた。崩壊したチームに、改革者は現れなかった。

 誰一人として現実を見ようとしない。お前が悪い、あいつが悪い、監督が悪い、フロントが悪い、恵比寿が悪い…自分は悪くない!聞こえてくるのは呪詛ばかり。はっきり言ってもう限界だった。

 それでも出ていくのをためらうのは…出ていくことにもまた大きなリスクがあるから。

 FA宣言した時点で、私はどこにも属さない一人の雀士になる。名古屋は宣言残留を認めていないから、もしどのチームとも話がまとまらなければ私は仕事をなくしてしまう。

 結局のところ不安なのだ。現状を変えたいけれど、踏み出すのが怖い。

 

 

 

 日本シリーズの解説は、現役のプロ雀士を各リーグから一人ずつ迎えて行われる。M2からも現役解説が呼ばれているのは、おそらく小鍛治さんの所属するつくばがずっとM2暮らしだったからだろう。けれど、去年つくばはM1に昇格した。そこでM2枠の穴埋めとして私に話が回ってきて、私は初めて日本シリーズの解説を務めることになった。

 

 

「名古屋セントラルドラゴンズの渋谷です。今日はよろしくお願いします」

 あいさつして軽く頭を下げる。奥に座る大沼さんが、よろしく、と返してくれた。

 放送開始まで少し時間がある。お茶でも飲もうと魔法瓶を取り出すと、気をきかせたスタッフが良ければ使ってくださいと湯飲みを出してくれた。

「皆さんもお茶いかがですか?お茶うけも用意してますけど」

「良いの?じゃ、いただこうかな」

「…頂こう」

「ほな、うちも」

 今日の解説陣は大沼さんのほかに小鍛治さんと泉ちゃんである。オールスター戦を組む各リーグから一人ずつといった格好だ。

「そういえば渋谷さんFA持ちやんな?出るん?」

 泉ちゃんに問われ、返事に困る。

「まだ、なんにも考えられなくて」

「うーん、そんなもんなんですかー」

「チームを変わるって本当に大きなことだから。そうおいそれと決められるものでもないよ」

 泉ちゃんの独り言ともとれるつぶやきに、小鍛治さんが反応した。

「小鍛治さんも移籍経験おありですよね、やっぱり勝手が違うんですか?」

「私は渋谷さんと違ってM2移籍権でつくばに行ったからちょっと事情は違うけど、それでも今までの常識が通じなくなるし、一からやりなおしって形になるからね。でも、それが苦にならないほど移籍したい理由が大きければ…出て良かったと思えるんじゃないかな」

「放送開始5分前でーす」

 スタッフの声が飛んで、移籍話はお開きになった。

 

 

 

 試合は恵比寿が序盤から場を圧倒し、そのまま勝利をおさめた。あまり解説のしがいがない試合だった。

 

「お疲れさまでした」

「お疲れさま。頑張ってね」

 小鍛治さんは意味深な一言を残し、私の肩をポンと一度叩いてブースを出ていった。

「お疲れさまでした!」

「お疲れ。また今度ごはん行こうね」

「はいっ!」

 

 泉ちゃんを見送り、さあ私も出ようかなと席を立ったとき、

「渋谷さん」

「はい」

 大沼さんに呼び止められた。

「…迷っていると感じたときは、それぞれの選択肢の長所短所を並べてみると良い。全部出し尽くしたとき、答えはおのずと決まっている」

「…はい」

「…決まった答えは動かさない方がいい。新たな迷いが生じる」

「はい。ありがとうございます」

「ジジイの戯れ言だ、参考になるといいが…じゃ、お疲れさま」

「お疲れさまでした」

 大丈夫、うまくいく。去り際、大沼さんもまた意味深な一言を残して行った。

 

 

 

 家に帰って、アドバイス通りに考え直して。私はひとつの結論を出した。

「もしもし?明日、事務所に伺いたいのですけども」

 

 

 

 名古屋・渋谷、涙のFA宣言「もう限界」退団へ

 

 FA権を取得していたM2・名古屋セントラルドラゴンズの渋谷尭深(32)が27日、FA権の行使を表明した。チームは宣言残留を認めておらず、事実上退団が決定した形となる。

 渋谷は宣言の理由を「チームを離れるため」とし、「ひたすら耐えてやってきましたが、もう限界です。今より待遇が悪かろうと、新しい環境でプレーがしたい」と涙を流した。

 恵比寿など複数のチームが興味を示しており、争奪戦になると見られている。

 

(日刊スポーツ)




リクエストにお応えするのが大幅に遅れてすみませんでした。
少しでしたが大沼プロに喋ってもらいました。


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7.小鍛治健夜(つくば)

小鍛治健夜・つくばプリージングチキンズ選手兼任コーチ
44才、独身。
保有タイトルは永世6冠(萬子・筒子・索子・白・發・中)、永世大三元位、永世四暗刻位、永世清老頭位。
高校3年時より麻雀を始めるも、その天性のセンスで土浦女子を率い夏のインターハイで他校を圧倒、全国優勝を果たす。
高校卒業後、プロ麻雀M1恵比寿に入団。エースとして活躍するも、チーム内の不和に耐えかねて2009年より新チーム・M2つくばに移籍。団体戦の表舞台M1リーグから姿を消した。
つくばではエースとしてチームを引っ張りながら後進の育成にも協力、2015年より正式に兼任コーチに就任している。
個人戦でも圧倒的な成績を収めるが、当時アマチュアの瑞原はやりから北冠を奪えず、全冠独占を果たせないまま2015年をもって個人戦引退を表明。永世6冠に終わった。


 つくば・所監督の辞任を発表 後任は烏谷コーチ(2028.8.2)

 

 プロ麻雀M1ジ・つくばプリージングチキンズは2日、緊急記者会見を開き所宥希(ゆき)監督から心身の体調がすぐれず療養に専念したいとして辞任の申し入れがあったことを発表した。つくばによると、六月ごろにはすでに辞任したい旨相談を受け、慰留に努めるも本人の意志が固く後任が決まるまでの続投を要請するのが精いっぱいであったという。会見には所監督も同席し、ガン等の重病ではないこと、および成績不振による辞任ではないことを強調した。また後任にヘッドコーチの烏谷(からすや)マキ氏が昇格することもあわせて発表された。後任の選定には所監督もかかわったとのことで、監督は「かつて恵比寿での監督経験もあるし、私のやり方も一番近くで見ているコーチなのでこのような形で私が放り出してしまったチームの面倒をみてもらう人は彼女をおいてほかにいない」と発言した。烏谷新監督は次戦より指揮を執る。

 

(ニッカンスポーツ)

 

 

「いいのかしらね?後任が『ツイてないカラスヤ』で」

 烏谷の自嘲的なつぶやきに、健夜はなんと返せばいいかわからなかった。

 

 所監督が辞任することが分かったのは昨日のことだ。監督に特に変わった様子もなく、順位も現在4位とPO圏内につけている。いま辞める理由はどこにも見当たらなかった。それなのに、どうして。チームには大きな衝撃が走った。

 

「精神的にしんどくなったんですって、M1の試合で指揮するのが。ユキは昔から大舞台がダメだったからM2の環境で選手育てるには向いてたんだけど…」

 烏谷がため息をつく。

「でも…マキさん、前のときみたいにチームがおかしくなってしまったら…」

「それは私も考えた。監督になる流れも前と似てるし。でもね、一度失敗したからって逃げてちゃなにも改善しないじゃない?それにこのチームは絶対王者の恵比寿じゃない、長いこと見てきたつくばのみんなだもの。あのときみたいに味方がいない中で指揮を執るわけでもないし」

「そうですか…」

「健夜は心配しすぎ。私の心配よりあなたは自分の心配をしなさい、そろそろ年齢的に進退決める頃でしょう?」

 烏谷の言う通りであった。健夜はもう40代後半に差し掛かろうとしている。年齢制限が目前で、同期どころか後輩も引退していく中で、ひとりチームの先頭に立っている。つくばのためには良くないことだとわかっていても、結局自分で出たほうが勝てるから。あのときと違って視野狭窄に陥っているのは健夜自身だ。

「そうですね。でも、私は麻雀打つことしかできないし、個人戦を引退して打てるところは今ここしかないんです」

 それでも、健夜は打ち続けたいのだった。まだ実力的に通用しなくなったわけじゃない。たまに負ける、でもまだまだトッププレイヤーだ。健夜にはプロ入り以来ずっと世代を引っ張ってきた自負とプライドがあった。

「健夜、私はね、あなたにこのチームを率いる存在になってほしいの。エースとしてじゃなくて、監督として。だから、正直なところあなたにシニアに行ってほしくない。このチームはこの間やっとM1にあがってきた若いチームだけど、将来恵比寿や大宮に並ぶチームになる。今じゃなくていい。でも、この先を考えておいて」

 そもそも烏谷をつくばに連れてきたのは健夜だ。烏谷の言葉に、健夜は考えておきますと答えることしかできなかった。

 

 

 一人になって、健夜はあらためて自らの進路について考えた。今プレーの片手間でやっている指導者という仕事を本職にするのか?そうするとして、いつから?今か、それとももうしばらく猶予をもらうのか?

 

 

 やがて健夜は携帯を取り出し、ある番号を呼び出して発信ボタンを押した。

 

「もしもし、こーこちゃん?私、ぎりぎりまで麻雀続けたい。うん、ずっとつくばで。…ううん、今決めたからこーこちゃんに聞いてほしかっただけ。じゃあね、おやすみなさい」




お久しぶりです。
プロ麻雀リーグの設立が発表されましたね。その名も「Mリーグ」!
チームのしくみなどは違いますが、書いてたことが現実化しないかなとわくわくしています。
さて、予告していた通りそろそろこのお話も〆に入りたいと思います。
更新予定は未定ですが、お楽しみにお待ちください。
それでは。


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日常編
1.同窓会のような飲み会 その1


タイトル回収。


 東京はやっぱり都会だ。もう夜更けだというのにここまで明るい街を、ゆみは地元で見たことはない。

 加治木ゆみ。独身・アラサー・プロ雀士である。東京には試合のためにやってきた。

 ゆみの所属するチーム、佐久フェレッターズはプロチームの頂点たるM1ナ・リーグに籍を置いているのだが、このナ・リーグ、東京を本拠地とするチームがいない。だからゆみは横浜に行くことは数あれど、東京に足を踏み入れることはあまりなかった。

 今年、佐久はチーム成績が良かったためPOを勝ち抜いて日本シリーズに駒を進めた。対戦相手は恵比寿と横浜、大宮だ。最初のゲームが恵比寿ホームで行われることになり、ゆみは久々に東京へ行くことになったのだった。

 では今、ゆみはなにをしているのか?道に迷っているのである。

 

 きっかけはやはり日本シリーズだった。出場が決まった後、恵比寿の竹井久からメールが送られてきた。曰く、「同窓会をしましょう」。あの年に長野県決勝で対戦したメンバー同士は今でも仲がいい。このメンバーのうちプロに進んだ者が、今回の日本シリーズで全員集まるという奇跡が生じた。そこで、東京で集まって飲もうというのである。悪くない提案だと思ったゆみはこの提案に乗った。ひとつ不可解だったのが、「白糸台のメンバーを交えて」という一文だった。まあ照を連れて行けば済む話なので特に気にしないことにしたのだが、これが運のつき。東京に土地勘があるという照を信じたゆみは、みごとに訳のわからないところを連れまわされた挙句、「迷った」と言われたのだった。

 

 

 

 

 

「もしもし?久か?どうも道に迷ったみたいなんだが…え?照を信じるな?遅いよそのアドバイス…今?えーと…おに?こ?はは…鬼子母神っていうのかあれ。とにかくそこだが…は?真反対?目黒?おいおい…とにかく今から向かうから。それじゃ」

 電話を切って、ゆみは照を軽く睨んだ。

「真反対に進んでると言われたぞ」

「私を信じたゆみが悪い」

 いけしゃあしゃあとゆみに責任を押し付ける照。ゆみは深くため息をついた。

「ほら、行くぞ」

「おかしがなくなった」

「途中で買えばいい。急がないともう遅刻してるんだから」

「あそこにセブ○イレブンがある、あそこはいいおかしをおいてる」

「…だぁーもう、じゃあさっさと買いに行くぞ」

「やった」

 15分消費。遅刻確定だ。ゆみは泣きたくなった。

 

 

「すまない、遅れた」

 ゆみと照が店に着いた頃には、もう全員が席に付いていた。洒落たバーの個室。少なくとも照が持ち込んだおかしは明らかに場にそぐわないものだ。

「遅かったじゃないか照、また道に迷っていたのか」

 青い長髪、楚々とした女性が呆れた顔で振り返る。横浜の弘世菫であった。

「ちがう、迷ったのはゆみ」

「大方、私がガイドをする、とか言って連れ回したんだろ」

 サラリとゆみに責任を押し付けようとする照をあっさり切り捨てて、菫は立ち上がりゆみに頭を下げた。ゆみもあわてて頭を下げ返す。

「いつも照がお世話になっています。迷惑かけていませんか」

「いえいえ、こちらこそ頼ってばかりで」

などとやりとりしていると、久がパン、と手を打った。

「はーい、じゃあみんな集まったことだし、乾杯しましょうか!」




つづく。


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2.同窓会のような飲み会 その2

「それじゃ、乾杯しましょうか!」

 久が音頭をとって、皆で乾杯する。

 今日集まった面子は12人。残念ながらプロでないメンバーは都合がつかなかったそうだ。今日私たちは休みとはいえ世の中は平日、サラリーマンが身を削って働く普通の日である。長野から出てこれないのも仕方ない。

「しかし、改めて見てもすごいメンツが揃ったわね。オールスターよこれ」

 参加者を眺めて久が言う。

「日本シリーズ出場チームのメンバーばかりですからね、エース級がたくさん」

 返すのは福路美穂子。すでに酔っているのか瞳がうるんでいる。まだ乾杯して一杯飲んだかどうかというところだが、どうやら彼女は酒に弱いらしい。

「にしても、この4チームだけに選手が集中しているというのも不思議な話だよな。なにか理由はあるのか?」

 ゆみはふと頭に浮かんだ疑問を口にしてみる。

「確かに、地元でプロになるからって理由じゃ長野出身者が全員佐久にいなきゃおかしいものね。私はチームとの相性で選んだけど」

 と久が返す。彼女は入団テストを受けてプロ入りしたクチなので、好みで決めたということらしい。

「相性か…相性なあ…。そういう選び方もあったのか」

 菫が話に入ってきた。

「弘世さんはなぜ横浜に?」

 ゆみが聞くと、

「菫でいいわよ」

「なんで久が言うんだ。まあ私は進学でみなさんより遅れてプロ入りの機会が来たので…その時の成績と勢い、あとホームの場所で決めましたね」

 なるほど。確かに4年目の成績は関東では横浜がダントツの勢いだった。逆に恵比寿は建て直しの時期だったのではなかったか。

「ま、でも私が入団してから恵比寿酷かったからね。プロでも悪待ちやんなきゃなんないのかって2部落ちしたときに思ったわよ。菫は横浜でよかったんじゃないの?メンバー一番やりやすいでしょ」

「まあ、やかましい後輩も手のかかる同期もいないしな。厄介すぎる先輩はいるが」

「三尋木さんはね…なに考えてるのかわからないから…ゆみはなんで佐久だったの?」

 突然久が話を振ってきた。ゆみはどう答えようかとしばし考える。

「うーん…はっきり言ってプロになれると思ってなかったからあまり調べてなかったし、佐久からスカウトもらったときに実力を鑑みてプロ入りするならここだろう、って思ったからだな」

「でも照がチームメイトになって実力もブレイクスルーを起こした結果、佐久があんなに強くなっちゃった、みたいな?」

 久はニヤニヤしている。

「いや、私がというよりは多分モモがブレイクスルーを起こしたんじゃないか?魔境NAGANOで立ち回りができる程度には」

 実際、いまモモと打つと7割方負けるようになった。ゆみは密かに焦りを感じていたりする。

「でも、加治木さんも強くなってると思います。私が大将オーダーのときはほとんど負けますし」

 とゆみをフォローする美穂子に、

「美穂子は横浜に入った理由ある?」

 久が尋ねた。

「私は三尋木さんから誘われたので…あと、一度長野を出てみたいと思ったんです」

「あー、長野を出たいねぇ…それもあるわね。じゃあ逆に東京から長野に戻った人はどうして佐久だったのかしら?」

 久の問いかけに、ゆみは左を見る。

「ほへ?」

 質問の相手は持ち込んだおかしをモリモリ貪っていた。

「照。店で持ち込んだおかしを食べるな」

 菫が咎めると、

「店の人に許可はもらった」

「マジか」

「で、佐久に入った理由だっけ?」

「ええ」

「理由はいくつかある」

 照はおかしを食べるのをやめ、珍しく真面目な顔をした。

「まず、佐久が長野のチームであること。最後のインハイ、個人戦の決勝で咲と当たったときにね、結果がどうあれ一度長野に帰ってきてほしいって頼まれたんだ。で、決勝で私は咲に負けたでしょ?だから、私個人のけじめとして長野に戻ろうと決めたというのが一つ」

 ここで一旦言葉を切って、照はゆみを見た。

「もう一つには、佐久からスカウトが来なかったことがあるんだよね。自分で言うのもなんだけど、私は咲に負けるまで無敵のチャンピオンやってたわけだ。当然どのプロチームもスカウト送ってくるだろうなって思ってたの。そしたら佐久だけスカウト寄越さない。他のチームからは電話めっちゃかかってくるのに、佐久からだけは音沙汰がない」

 それでこっちから連絡してみたの、と照は続けた。

「そしたら佐久の担当の人は、『うちはスカウト枠をもう確保しましたので、残りは入団テストからですね』って言うじゃない。面白い、じゃあ入団テスト受けて佐久に入ろうじゃない、ってなった」

 まあでも、一番の理由は咲との約束だよ。照はそう締めて、グラスのワインをすっと飲み干した。

 

「それで佐久に入ったのはいいけど、せっかく一緒に住みだしたのに咲はすぐ結婚して家出ちゃったんだよね…今は私と父さんの二人暮らし」

「本当、咲が須賀くんと結婚するって連絡してきたときはびっくりしたわよ。アラサーの私たち差し置いて一人抜け駆けしちゃうんだもの」

 照のぼやきに久が同調する。同じく未婚のゆみも

「しかし、結婚したくても相手が見つからないんだよな…」

 と頷くが、

「そういうものなのか?私にはよくわからんが」

「そりゃ小さい頃から許嫁がいる菫にはわからないでしょうよ…」

 お嬢様な菫には理解できないらしい。

「良い相手を見つけるにはまず自分を磨かないと!久も加治木さんも宮永さんも、まずは言動に気を使うところからですよ!」

「勘弁してよ美穂子…」

 

 プロ達の夜は更けてゆく。

 




つづく。文章めちゃくちゃだ…


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3.同窓会のような飲み会 その3

 いきおくれたちが結婚談義に花を咲かせていた頃、隣のテーブルではアラサーたちが咲の惚気話を聞かされていた。

 

「うちの子はもう卒園近いからそろそろお風呂に一人で入る練習させなきゃいけないんだけど、まだ自分で体洗えないから私が手伝ってるの。だいたい夕方頃にお風呂に入れてるから京ちゃんは夜帰ってきてすぐお風呂に入れるんだけど」

 咲はテキーラを煽り、ライムを齧りつつ喋っている。

 

「京ちゃんったらさあ、お風呂に入るときに『一人はヤダ』って言うんだよね!信じられる⁉︎そろそろ30歳になろうって男が風呂に一人で入れないって!」

 テーブルをバシバシと叩き、ゲラゲラ笑う咲。完全に出来上がっている。

「『体洗ってくれよー』とかなんとか言っちゃって結局二人でお風呂に入ったら必ずセッ」

「そこまでっすよ咲さん!」

 

 あわや18禁の域に突入しようとするところで桃子が咲の口を塞いだ。個室とはいえ店で夫婦の床事情なんぞさらけ出されても酒が不味いだけである。

 

「あははははははははは」

「だ、誰か、なんか他に話ないんっすか?」

 笑いっぱなしの咲を抑えながら、桃子は話題を変えようとテーブルを見回すが、他のメンバーは咲の話にあてられてげんなりしていた。

「そうだ、おっ牌のおねえさんは仕事とかどうなんすか?」

「おっぱいじゃありませんッ!」

 

 桃子が話を振ると、和が鋭く反応した。反応するのそこかよ、と桃子は心の中でツッコミを入れる。

「そうですね…牌のおねえさんの本来の仕事は子供達に麻雀の楽しさを教えたり、プロの和了形をわかりやすく解説したりするのが仕事ですから現状は順調だと思いますよ?トッププロの和了はオカルトじみてるものもあって解説が面倒ですけど」

「へえぇ、なるほど。選手の傾向分析とかもやるの?」

 和の話に誠子が喰いつく。

「過去の牌譜の解説はできますけど、そこから癖を読み取って対策を練ったりそこからの成長を見込んでそのさらに裏を読んだり、試合中に分析をやりきったりするのは苦手です。そこまでやれてしまうのは恵比寿の赤土監督と小走さんくらいでしょう」

 

 そこまで言うと和はニッコリして、

「ただ、亦野さんの場合はやたらと鳴くので手は読みやすいですよ?」

「…」

「あはは、亦野さんは攻略簡単だってさ」

 黙ってしまった誠子を見て淡が笑う。

 

「スーパーノヴァな淡ちゃんはノドカにだって勝ったもんね!あたしは最強の雀士だもん!」

「前の対戦で衣に捻り潰されたと記憶しているが?」

「發冠戦の準決勝でダンラスで泣いてたような…」

 調子に乗る淡に衣と桃子が水を差す。

「う、うるさいうるさい!マグレで大三元位とったくせに!」

「喧嘩売ってるっすか⁉︎表出るっすよスーパーノヴァ(笑)!」

「なんだとこの影薄タイトルホルダー!黒子!」

「黙れオカルトジャンキー!」

「二人とも落ち着いて…」

 喧嘩を始める桃子と淡を誠子と尭深が止めようとしてテーブルは大混乱。

「あははははははははははははは」

「はぁ…」

 

 夜はまだ始まったばかりだ。



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4.年の瀬

 プロ雀士に年末の休みはない。オフシーズンには毎月タイトル戦が開催されるし、名前が売れるようになれば年末のバラエティ特番に呼ばれることもしばしばある。

 同期の雀士では最強と目されている宮永照の場合、来年1月に保持タイトルである索子冠の防衛戦を控えながら年末のバラエティ企画で芸能人麻雀大会にプロ選手枠で顔を出すことになっていた。

 もちろん芸能人といえども一般人なのであるから、プロが本気を出すと番組にならない。プロデューサーには「5割くらいの力で花もたせてやってください」と頭を下げられた。

 照は正々堂々としていない戦いを好まない。一時期咲と仲違いしたのも、彼女の麻雀に対する姿勢が気にくわず激しい喧嘩をしたからだ。だからプロデューサーのその申し入れは照にとって大変不快なものであった。

 けれども、照もすでに三十路半ば、信念ノットイコール儲けであることくらいわきまえている。収録のためだけに大阪へ出向き、全力のきっかり5割、鏡もギギギも使わずに自称麻雀通たちを相手に接待麻雀を行い、プロとして舐められない程度に勝ってきた。

 そんなわけで、照は年末商戦に明け暮れる繁華街をなかば苛つきながら歩いているのであった。

 

 

 

 自他共に認めるおかし好きである照だが、実は百貨店めぐりも趣味であることはあまり知られていない。

 せっかく大阪に来たのだ、ちょっと買い物でも行こうじゃないかとふらり立ち寄ったのはうめだ阪急である。

 うめだ阪急はステーションデパートのパイオニア、阪急百貨店の本丸である。近年リニューアルが完了しさらに優雅になった。

「バトンドールはどこかなーっと…あった」

 リニューアル以降、うめだ阪急は地下のお菓子売り場をかなり充実させているが、その中でも特徴的なのがバトンドールに代表される「高級スナック菓子」である。バトンドールはポッキーの高級版なのだが、ポッキーよりも太く味がしっかりしている。照は佐久のチームメイトたちにバトンドールをお土産に買っていくことにした。

 

 

 うめだ阪急から地下道を通って大阪駅へ向かう。改札を抜けてホームに出ると、外には雪がちらついていた。

 一筋の風がホームを吹き抜けて、照はコートの前をかき合わせる。客を威圧するかのようにミュージックホーンを鳴らしながら、通勤電車が滑り込んでくる。

 

 

 通勤電車に乗って新大阪へ、さらに新幹線で名古屋へ。名古屋から乗り込んだ特急しなののグリーン席にゆったりと腰を落ち着けて、照は今年の出来事を振り返る。

 今年も佐久はリーグ優勝を果たせなかった。夏の全国大会に、白糸台は出場することすら叶わなかった。今年できなかったことはたくさんあるし、後悔も残ったままだ。

 果たして来年、今年できなかったことはできるようになるだろうか。未来のことはわからない。ただ、明日を信じて今を生きていくしかない。

 




今年もいろいろなことがありました。一年間ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。


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5.桜、彩々

 気づけば年が明けて早くも3ヶ月が経とうとしている。プロ麻雀の世界において新人が発掘される季節である冬もまもなく終わりだ。

 

 時間が加速度つけて過ぎ去って行くなあ。暦の上ではすでに春だというのに相変わらず元気の良い北風に顔をしかめながら、竜華はぼんやりとつぶやく。

 

 

 竜華にとって、冬は大切な季節だ。大阪の兼任コーチを任される程度には実力があるとはいえ、彼女はまだ個人戦のタイトルを取れていない。

 

 個人戦はプロだけでなく男子プロやアマチュア、男女シニアプロも参加するものだし、場合によってはアマチュアを名乗ってOGが個人戦荒らしにやって来たりもする、はっきり言ってしまえばなんでもありの戦いである。そこではプロの中での実力など意味を持たないし、高卒・大卒新人獲得の場であるドラフトと違い雀士の強さが視覚的にわかる場所でもある。プロリーグにはタイトルが存在しないので、個人としての強さを示すにはタイトルを取るしかないとも言える。

 

 大阪の強さは、竜華やセーラ、洋榎をはじめとして一定の強さを誇る選手がたくさんいることに尽きる。悪く言えば二番手の集まりだ。チームとしては二番手しかいないのだからアベレージは飛び抜けて高く、毎年優勝候補に挙がるのも当然なのだが、チームの縛りなく個人でぶつかれば化け物じみた一番手には勝てない。

 

 だいたいタイトルを取るのは一番手の化け物ばかりなのだ、竜華がまだタイトルを取れていなくても別に焦る必要はないし、プロと違って個人戦には年齢制限もないから建前上チャンスはほぼ無限にある。

 

 それでも、竜華は焦っている。

 

 今年の冬、竜華は出産・育児のためにすべての時間を注いだ。初めての子育てでいきなり双子を育てることになってストレスフルになっていたし、麻雀から一時遠ざかったことに後悔はない。問題は彼女が休んでいる間に個人戦で起きた大番狂わせである。

 

 

 竜華たちの代で最強と目され、プロ入り以来タイトルを手放さなかった佐久の宮永照が、永世に王手がかかったタイトルを失ったのだ。

 

 

 宮永からタイトルを奪ったのは、同じく佐久の夢乃マホ。世代交代の訪れを象徴する試合であったという。

 

 同世代のトップランナーがタイトル陥落したとあって竜華は大きな衝撃を受け、来年あたりいよいよ自分がタイトルに挑めるラストチャンスとなるのではなかろうかと考えはじめた。

 

 

 チームで集まった際、そんな考えをセーラや怜、洋榎に話してみたところ、彼女らの返答は「じゃあ来年夢乃を倒せばタイトル取れるし世代としてのリベンジにもなるやん」であった。彼女らもタイトルはまだ取れていない。

 

 そういう話とちゃうんよな。竜華は彼女らの話に覚えた違和感を拭えないままだ。

 

 高校生の頂点に挑んでから15年、今度は成長を続ける若手を蹴落としながら頂点に挑む必要がある。年齢を重ね、頭の回転も鈍る中でこれはかなり厳しい戦いになってくる。

 来年は今年の分まで必死になる必要がありそうだ。おまけにプロリーグ戦でも、昨シーズンギリギリで逃した優勝・日本一を達成すべく動かねばならない。課題は山積みだ。

 

 

 考え事をしているとあっという間に時間が過ぎる。竜華は娘たちが泣き出してはっと我に返った。

「あー、長いことほってもうた。ごめんなー。おなか減ったなー。」

 手早く娘たちに乳を飲ませる。二人いっぺんに飲ませるために、片手で一人赤ちゃんを抱える重さにももう慣れた。

 

「春から母さん頑張るしなー。あんたらも応援してやー。」

 

 プロリーグもシーズン開幕。竜華の復帰はすぐ先だ。




※竜華の出産は結局予定日より前倒しで2月の頭になりました。双子の娘です。一卵性双生児。


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6.彼女の帰還

白築家では、できるだけ家族揃って夕食をとるようにしている。夫婦共働きの家庭ではあるものの、フリーライターである耕介は勤務時間の自由がきくし、オフシーズンであればはやりも夜が空くので冬は家族で食卓を囲める機会が多い。

 

 

 

 冬も終わりに近づかんとしているとある日、はやりは夕食にいよいよ今シーズン最後になりそうな鍋を選んだ。食卓にコンロを置き、その日あったことを語らいながら鍋の具をつつく。冬ならではの家族団欒の図である。

 

「そういえばさ」

 耕介が切り出したのは、鍋の具があらかた出払ってはやりが〆のきしめんを投入しようとしたタイミングであった。

「慕、今度日本に帰ってくるって」

「えっ、慕おばさん帰ってくるの!?」

 真智が嬉しそうに驚きの声をあげる。

「ああ、なんでもドイツでの決着はつけたからとかなんとか…はやり?どうした?」

「…それ、本当?」

「慕がそう言ってたから本当だと思うけど」

「こっちでもプロ続けるって言ってた?」

「いや、そこまでは聞いてない」

「…わかった。とりあえず先に食べちゃおう」

 はやりはさっさと夕食を済ませるべく、きしめんを鍋に入れ卵を割った。

 

 

 

「まずいな…なんで今帰ってきちゃうかなあ…」

 はやりは焦っている。慕の帰還は、友人としては待ち望んでいたことでとても嬉しい。が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 白築慕、本気を出したグランドマスター小鍛治健夜に土をつけた数少ない雀士の一人。人々は彼女を“Smile Monarch“─微笑みの君主と呼ぶ。その実力は小鍛治、三尋木に比肩すると言われたが、プロ2年目に母親を追ってドイツに渡り日本のプロ麻雀界から姿を消した。ドイツで三度ニーマンを下しているので、現在世界ランクトップのはずだ。

 

 そんな彼女がこのタイミングで帰ってくる。プロチームの争奪戦は必至だろう。万一、大宮の対戦相手に彼女が加入しようものなら最悪リーグ連覇の計画が消し飛ぶ。

 

 

 

 あくる日の晩、はやりは行きつけのバーに咏、晴絵、健夜の3人を呼んだ。

 

「急に呼びつけてごめんね。大事な話があるんだ」

「メンバーからしてプロ関係の話っぽいですけど…なにかあったんですか?」

 怪訝そうに問う晴絵に、はやりは

「うん。実は、慕ちゃんが帰ってくるらしいんだよね」

 単刀直入に本題を切り出した。

「!」

「プロチームに帰ってくるかはまだわからないって。でも、もしプロに帰ってきたら…」

「来シーズンは荒れそう、だねぃ」

「すでに40の大台乗ってても、白築さんなら恵比寿も取りにいくので…シーズンより先に争奪戦でひと悶着ありそうですよね」

「慕ちゃんがドイツから帰ってくるなんて話、こーこちゃんが聞いたら黙ってなさそう…」

「多分明日にはニュースになるから、慕に近い人には先に知らせておこうと思って」

「ふんふん…ところではやりん、さっきから歯切れ悪いしゃべり方だけどなんか隠してんな?」

「…」

「もしかして、白築さんの帰還があまり嬉しくないとか?」

 はやりはひとつため息をついて、

「咏ちゃんはすごいね…なんでもお見通しだ」

「はやりさん…」

「慕ちゃんが帰ってくるのは、家族として、友人として、プロ雀士としてはすっごく嬉しいんだけど…プロ麻雀チームの監督としては結構面倒なんだよね…。さっきも話題にあがったけど慕ちゃんは今でも絶対に欲しいレベルの戦力だから、まず争奪戦に参加しなけりゃいけないし、取ったら取ったで今既に組み上がったローテを組み直さなきゃいけないし、取れなかったら慕ちゃんに対抗する方法も考えなきゃいけない」

「はやりさん、白築さんに大宮のあの格好させる気なんですか…」

「慕ちゃんなら大丈夫、かわいいから☆とにかく、タイミングが悪くて…だから手放しでは喜べないんだよね」

「その気持ちはわかりますね…白築さんが大宮とか大阪行ったらローテ組み直し必至ですし」

「でしょ?もう少し早く帰ってきてくれれば…」

「はやりちゃんも赤土さんも、チームの監督の立場で慕ちゃんを駒として見てるからそういう引っかかりがあるんじゃないのかな?そもそも慕ちゃんはプロ復帰を明言してないんでしょ?だったら、監督として考えるのは後回しにして、今は慕ちゃんの友だちとして考えたらどうかな」

 

 健夜の言葉がはやりの悩みをすとん、と落ち着かせた、気がした。

 

「そう…だよね…うん、今はチームのこと考えるのやめよう。ありがと健夜ちゃん☆」

「べ、別にそんな大それたこと言ったわけじゃないから…。慕ちゃんはいつ帰ってくるの?」

「予定では来週末。しばらくうちにいるつもりらしいから、時間あれば対局できるかも」

「お、それは楽しみだねぃ」

「じゃあ、はやりさんの悩みも解決したところで、飲みましょう!」

「慕ちゃんの帰還を祝して?」

「それは今度に回そうよ。慕ちゃん帰ってきたらまた集まるんでしょ?」

「価値あるオフシーズンに乾杯しようぜ」

「じゃあ、価値あるオフシーズンに!」

『乾杯!』

 




そういえば新刊のカバー裏に現代版シノハユがあったとか…都合がつかなくてまだ買いに行けてないんでここでの設定は独自設定のままです。


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7.去るあなた、残るわたしたち

「今晩、ちょっと付き合ってくんない?」

 試合終了直後に藤田が誘ってきた。手でぐい呑みを作り、飲むジェスチャー。

「かまいませんよ。二人ですか?」

「いや、照も誘ってある。じゃ、9時にロビーで」

 それだけ言うと、藤田はひらひら手を振ってどこかへ行ってしまった。なにか大事な話があるのかもしれないな。ゆみはなんとなくそんな予感がした。

 

 

 

 なるたけ手早く帰り支度を済ませたが、ゆみがロビーに着いたときにはすでに9時を少しまわっていた。

「すいません、お待たせしました」

「私も今来たとこ。つーか照がまだ来てない」

 まさかまた道に迷ってないだろうな。藤田は冗談めかして笑うが、あながち間違っていなさそうなのが困る。ゆみはため息をひとつついて、携帯を取り出しメッセージアプリを開いた。

『今どこだ』

 メッセージを送るなり既読がつく。おや、と思ってしばらく待つが返事はこない。

「ごめん、迷った」

 突然頭上から声が降ってきて、驚いたゆみは反射的に顔を上げ__なにかに勢いよく頭をぶつけた。

「いひゃい」

「覗き込んでくるからだろ…」

 あごを押さえ、涙目で抗議してくる照。そんな当たりそうなところにいるほうが悪いと思うのだが。

「お、照も来たか。じゃ行きますかね」

 照に気づいた藤田が声をかけてきた。

「すみません、遅れました」

「いいっていいって。べつに混む店に行くわけじゃないしね」

 

 

 

 連れられてやってきた店は隠れ家然とした佇まいの静かな店だった。日本酒が似合いそうである。

「おー。いらっしゃい」

「おひさ。今日座敷空いてる?」

「空いてる。なに、なんかお祝い?」

「そんな感じ」

 店主らしき人と藤田が話している。幸い席は空いているようだ。

「ゆみ、今日なんかのお祝いって話だったっけ?」

 照が声をひそめる。

「いや?聞いてないな。席でなにか発表する気なんじゃないか」

 ゆみは自分の予感が的中していそうだなと思いつつ、言葉を濁した。

 

 

 

「なにか食う?」

「おまかせします。ゆみは?」

「じゃあわたしもおまかせで」

「オッケー。おーい、注文お願ーい!」

 藤田が呼ぶと、すぐにさっきの人がやってきた。

「カツ丼ひとつと、二人にはなんかおすすめのアテ出してやって。今日はあっちの酒でいくし」

「はい、じゃあ作ってきますね。熱燗?」

「いや、いい」

 慣れたように注文していく。

「よくいらっしゃるんですか?」

「うん、友達の店でね。いい酒とうまいカツ丼が売りだ」

「そうなんですね」

「あんまり量飲めるタイプじゃないから、しっかりしたメシとうまい酒が欲しいわけさ。おっ、来た」

「はい、カツ丼と焼き油揚げ、卵かけ御飯です。酒はこっちで良かったよね?」

「うん。あ、ちょっと大事な話あるからドア閉めてもらっていい?」

「いいよ。追加あったらまた呼んでください」

「ありがとねー」

 

 

 

 店主がドアを閉めて去ると、藤田は少し真剣な顔をした。

「実は…今シーズン限りで引退しようと思ってるんだわ」

「そうですか。お疲れさまでした」

「まだまだできそうだと思うんですけど…お疲れさまでした」

「うん、ありがとう…ってオイ!もうちょっとリアクションないの?」

 冷静な反応を示すゆみたちに藤田はご不満のようだ。

「なるほど。じゃあリテイクいきましょう。よーい、アクション」

「実は…今シーズン限りで引退しようと思ってるんだわ」

「「ええーーーーーーーー!!!!!!!!!」」

「そ、そんなにびっくりしなくても…」

「なんでですかぁ!?まだまだできるでしょぉ!?」

「やめないでくださいよーーーー」

「いや、でももう決めたこと…アホらし。あんたら棒読みひどすぎ」

「すいません。あまり感情的になれないもので」

あまりにひどい演技に藤田は笑いだしてしまった。

 

 

 

「でも、なんでまた急に引退を考えたんですか?」

ようやく笑いが収まった藤田にゆみが尋ねると、

「まあ、歳だしね。そろそろ世代交代の時期じゃないかと思ってさ」

返ってきた答えはいかにもなものだった。

「定年まで10年切ってるし、シニアに移るにしてもどこかでチームを離れて違う視点で麻雀を見たいと思ったんだよね。私が抜けることで、佐久もチームの若返りを図れるし」

そこで藤田はにやりと笑い、

「近い将来、あんたらもそういう悩みを抱えてプロ生活をするようになるよ。賭けてもいい。そろそろ中堅からベテランになってくる歳だ。特に照。あんたはこう、先輩らしさがどっか足りないから。もうちょっとテキパキ動けるようにしなさい」

「はい」

「ゆみは…今のままで大丈夫だと思うから。あんたは指導者に向いてると思う、あとは自発性ね。悩んでそうな後輩がいたら声かけて、メシおごって話聞いてあげなさい」

「はい」

「よーし、じゃあ説教臭い話はここまでにして、飲もうか!今日は特別な酒用意したから」

そう言って藤田が持ち上げた日本酒のボトルには、ワインのそれにそっくりなラベルが貼られていた。

「…フランス語?」

「ル サケ エロティック…すごい名前ですね」

「長野のワイナリーが冬の間だけ作ってる日本酒なんだと。結構繊細な味がする」

「へぇー。そうなんですか」

「サヨナラだけが人生だ、ですね」

「まだサヨナラしないけどね。じゃあ、佐久のこれからを担う二人の前途と私の今後の充実を祈って。乾杯」

「「乾杯」」




かなり更新間隔空きましたが今後も予定は未定です。出して欲しいキャラとかありましたら感想欄に書いといていただけたら検討します。


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8.開幕前夜

一昨日は小走やえさんの誕生日でした。イェイ~。
記念投稿しようとしたんですけどプロット作るの完璧に忘れてたしいざ作ろうとしても上手いことできないままで…ああー…。


 宮永照は鉄面皮ではない。団体戦シーズンを翌週に控えているのに練習試合で惨敗すれば焦るし顔色だって悪くなる。

 シーズン入ってないし今日の負けは気にしなくていい。山瀬監督はそう言うけれど、それを真に受ける選手はそもそもプロになっていない。状態が上がらないままシーズンに突入しスタートダッシュに失敗でもしようものならその先に待つのは地獄のM2行きである。

 

 

 

 ロッカールームで一人ため息をついていると、ギィと軋んで扉が開き、見慣れたクワガタ頭が見えた。

「おや、照さん!今日はあんまりすばらくなかったですね」

「煌って私にだけえらく当たりキツいよね…」

「気のせいでしょう」

 入ってくるなり気にしていたことに触れてくる煌。他人に親切な彼女は、なぜだか照には気を使ってくれない。

 絶対気のせいじゃないよ。ブツブツ呟く照をよそに、煌はちょうどよかったと手を叩く。

「照さん、このあと暇でしょう?ご飯に行きませんか」

「いいけど…私だって用事あるときはあるよ」

「ご飯に誘ってくれるお友達がいらっしゃるんですか?」

「いるよ!ゆみとか、…ゆみとか」

「加治木さんだけじゃないですか」

「ち、違うもん。遠征に行けばいっぱいいるもん」

「まあ、いいですけど。いやー、実は今日試合後に姫子と白水先輩とご飯に行く約束してましてね?店も予約したのに今日神戸があんなザマになっちゃって、今からミーティングなんですって。でもせっかく押さえた店を断るのももったいないし…と思ってたら折よく照さんが」

「え、私埋め合わせなの」

「いいじゃないですか、押さえたのリストランテ・フィオレですよ?なかなか予約取れないんですから」

「フィオレ!?…行く」

「でしょ?じゃ、予約19時なのでさっさと行きましょう」

「うん…あれ?でももう一人誘わなきゃいけなくない?」

「そこは店に一人来れなくなったとか言えばいいですよ」

 どうも釈然としないが、おいしいイタリアンが食べられるなら別にいいかな。照は素直に煌の誘いに乗ることにした。

 

 

 

 ロッカールームを出て二人、出口に向かって歩を進める。

 出口前のロビーにさしかかり、これまた特徴的な髪型の女がソファーに座り携帯を弄っているのが目に入った。

「小走さん。何してるの?」

「夕飯をどこで食べるか探してるんだ。遠征先の飯には疎くてな。どこか良いところを知らんか?」

「うーん…予算はどのくらい?」

「実は今日が誕生日でな。残念ながら誘ってくれるチームメイトはいなかったから豪華にいこうと思っている」

「そうなんですか!私たち今からイタリアン食べに行くんですけど、予約の枠が一つ空いてるんですよ!ご一緒にどうです?」

「いいのか?それならお言葉に甘えよう」

 突然煌が話に割り込み、夕食は予定通り三人でいただくことになった。煌が寄ってきて照に耳打ちする。

「お誕生日ですって!…わかってますよね?」

 頷くしかなかった。食費が1.5倍である。ウー。

 

 

 

 元々の予定ではやえが来るはずではなかったので、フィオレのお誕生日サービスは付けることができなかった。が、煌が店員に「この人今日が誕生日なんです」と話したところ、なんとやえに追加でスペシャルケーキが出てきた。さすがは予約の取れない人気レストラン、気遣いが細かい。

「二人ともごちそうさま。おかげでいい思い出になったよ、本当にありがとう」

「このお返しはシーズンの勝利にしてもらおうかな」

「まさか!試合は真剣勝負するぞ?」

「ところで小走さん、今日見てて気になったんですけど、恵比寿が先鋒で出してきたあのルーキーはどういう子なんですか?照さんが苦戦してましたけど」

 煌が単刀直入に聞いた。実は照もちょうど聞きたかったところである。鏡が無効化されることは珍しいからだ。

「ああ、彼女な。ご馳走してもらったお礼にざっと話そうか。宮永はわかったと思うが、彼女は鏡が効かん。理由は私もわからん、フィルターの能力持ちと当たりをつけてるが」

 やえの説明によれば、彼女は照の鏡を受け付けず、また大阪との練習試合では園城寺の未来視も妨害したという。

「打ち筋はいたって一般的だがな。これから赤土監督が読みの技術を叩き込んで私の枠を奪わせるつもりらしい」

「なーるほど…完成形は能力無効化持ちの小走やえか…」

「厄介だろ?自分で言うのも何だが私の分析力はプロでもトップクラスのつもりだ、その分析力に能力が乗ればまあ最強だろうさ」

 つまりは理論上花田をトバすことも可能な雀士なのだ、と小走は笑った。

「それじゃ、彼女とシーズンで対戦するのを楽しみにしておかないと」

「そう悠長なこと言ってるとタイトル奪われるかもしれんぞ?今日のお前は能力無効化の状況を鑑みても明らかに不調だったしな」

 図星だ。今日の照は明らかにおかしかった。いつもなら引ける有効牌が引けない。切らないはずの牌を切って当たっていたこともあった。しかも、理由は不明である。

「不調なお前を倒したところで満足できるプロなんていない。とりあえずさっさと原因見つけて立ち直ってくれよ?心理的な問題なんだろうと思うが」

 それじゃ、今日はごちそうさま。そう言ってやえは去っていった。

 

 

 

 よく見てるなあ。照はやえの分析力に驚くしかなかった。

 はっきり言って、照は怖かったのだ。年も重ねてきて、この先微妙な読み違えで今いる立場から滑り落ちるかもしれない、ということが。今日当たった彼女に地位を脅かされるんじゃないか、ということが。そこまで見抜かれていたのか。

「照さんは余計なこと考えすぎですよ。年齢とか地位がどうこうから離れて、高校の時みたいにただ麻雀をやってればいいんだと思います」

 煌の言葉は、数年前の照自身の考え方だったはずなのに。どうして変わってしまっていたのだろう?

 もう一度、プロの初心に立ち返るのもいいかもしれない。

「そうだね。ありがとう」

「いえいえ。出すぎたことを言ってしまいました」

 礼を言うと、煌は照れ隠しか唐突に謙遜しはじめた。

 さあ、帰って次の対策を練らないと。

 団体戦シーズン開幕まで、あと一週間だ。

 

 



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9.November 23-25

UA3万乗ってたりお気に入り100越えてたりしてました。ありがとうございます。
ぐだぐだ続いて3年目、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


 ◆

 

 

 

「熊倉さんすみません、ミーティングが長引きました」

「大丈夫だよ、こっちも少し資料の出力に手間取ったからちょうどよかった」

「そうですか…ではさっそく本題に入りたいのですが」

「トレードの件だね」

「椎名が順調に育ってきているということで、チームの方針を変える時期に来たかなと」

「前に言っていた、攻撃重視から守備中心にシフトチェンジする話だね」

「ええ。どうしても攻撃重視だと調子に左右される面がありますし、隙が生まれて失速するケースが目立ちます」

「全体の調子となると采配ひとつでは限界があるからねえ…」

「運の巡り合わせは采配ではどうにもできませんので」

「それを踏まえてのトレード案なんだけども、方針転換に主眼を置いているから痛みを伴うトレードになる」

「…聞いてみないことにはなんとも」

「プランは二つある。いずれも獲得するのは佐久の花田だけど、放出する選手によってプランを分けた」

「花田ですか!方針に合いますし居てくれるとありがたい存在ですが」

「まあまずは聞きな。プランA、小走を出して1対1トレード」

「…プランBは?」

「こっちも厳しいけど…大星を出して向こうから夢乃をもらう1対2トレード。コピー持ちだから有用なカウンターになり得る」

「…佐久が受けますかね?」

「受けてもらうさ。山瀬も狸だけどこっちがエース級出すなら乗らない手はないだろう」

「小走は出せません。情報を握っていますから放出するわけにはいかない」

「じゃあプランBに?」

「しかし…大星はスランプ気味とはいえエース級ですよ?それに…」

「赤土監督。指揮官が私情を挟むと往々にして敗北の引き金を引くんだよ」

「わかっています!ですが…」

「先にも言った通り、このトレードの目的はシフトチェンジであって目先の補強じゃない。大星は調子の波が激しいし、前に出る麻雀をするから、守備中心のシフトだとどうしても使いどころが狭まってしまう。それならばいっそ最大限にあの子を活かせるチームに出すのも手だろう?」

「…わかりました。ではプランBで進めてください」

「じゃ、交渉を始めます。返事が来たら連絡を入れるよ」

「はい、それでは」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「宮永さん、渋谷さんがFAするそうですけどなにか相談とかされました?」

 なじみの記者に聞かれ、照は軽く顔をしかめた。

「なにも聞いてない。これ聞かれるの3回目くらいなんだけど」

「ハハ…すみません、やっぱりあのチームの中心が宮永さんだったからみんなそう考えるんですよ」

「みんなを取りまとめてたのは菫だよ。私はメンバーを選んだだけ」

 そうなんですねー、軽く流した記者はたぶん真面目に話を聞いていない。

「宮永さんはFA考えてないんですか?もう権利持ってますよね」

「全く。出ていく理由がないし」

 これは本当のことだ。佐久は地元のチームだし、そんなに弱いわけでもないし、チームで孤立しているわけでもない。

「でも、恵比寿みたいな名門チームでプレーしたいとか、ないんですか?」

 今日はずいぶんとしつこいな。私に佐久から出ていってほしいのだろうか。記者の話は照をいらつかせる一方だ。

「興味ない。じゃ、事務所に呼ばれてるから」

 

 

 呼び出された用件は、兼任コーチをやってくれというものだった。

「そろそろ年齢的にも進路選択の時期が近いからさ、指導者経験も積んどいたほうがいいと思うんだよね」

 加治木にも要請してるから、二人でよろしくね。山瀬監督はいつもこんなふうに淡々と大事な話をする。

「チームの将来を担うのは選手だけじゃないしさ」

「それは私か加治木が監督のあとを継げということですか」

「いや?別にそう決めてるわけじゃない、つーかあたしが決められるもんでもない。あたしがいつまでこの椅子に座るかも分からんし、藤田とかも暇してるからね。ただあんたと加治木を佐久の幹部候補と見てるのは確かだ。出てくつもりないんでしょ?」

「ええ、移籍は考えてませんが」

「だったらいいじゃん。シニア行くにせよアマの指導するにせよ、経験は生きるもんだから」

「…そうですね」

 

 

 用事を終えて部屋を出ようとしたとき、監督はおもむろに尋ねた。

「あ、そうだ。宮永はさ、今の友人と白糸台の後輩ならどっちが大事?」

 照はしばらく逡巡して、答えた。

 

「後輩ですかね」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「歴史的トレード成る 恵比寿、エース大星を放出(11/24)」

 M1ジ・恵比寿エンジェルバズーカが23日、同ナ・佐久フェレッターズとの選手トレードが合意に達したと発表した。恵比寿からは大星淡選手(31)、佐久からは花田煌選手(32)と夢乃マホ選手(29)がそれぞれ移籍する。

 チームとしての闘牌スタイルを転換したい恵比寿と攻撃の核を欲していた佐久の思惑が一致したとみられており、またこのトレードで近年低迷している大星選手が高校時代共闘した宮永照選手(33)とチームメイトとなることで復活を期す狙いもあるとみられる。

[両チーム来期予想布陣(※印は新加入)]

 恵比寿:椎名→花田※→竹井→渋谷※→小走

 佐久:宮永照→宮永咲→東横→大星※→天江

 

(スポーツ報知)

 

 

 

 ◆

 

 

 

 私のせいだ。新聞を見て照は昨日の自分を殴りたくなった。

 言葉で表現しがたい感情が駆けめぐり、やり場が見当たらない。

 部屋の中をおろおろと歩き回り、やがて照は携帯を取り出した。

 

 

「はい、加治木です」

「私のせいだ」

「何が?」

「私のせい…」

「落ち着け照、何があった」

「煌が…」

「トレードか?」

「そう」

「監督になにか聞かれたんだろ」

「なんでわかるの」

「私も聞かれたからだよ」

 大星と夢乃、対戦するならどっちが嫌かだとさ。言われて、さっき見た記事がフラッシュバックする。トレード内容、1対2。

「…それで?」

「どっちが嫌かって大星に決まってるだろう。そう答えた」

 照は息をのんだ。

「新聞見てびっくりしたよ。昨日聞かれたのはこういうことだったかって」

「そんな…選手の意見ひとつで…」

「ただの選手じゃない、兼任コーチになったんだよ私たちは」

 遮るようにゆみに言われ、幹部候補という言葉が脳裏をよぎる。

「いち選手がチーム編成に携わることはほとんどない、でもコーチなら話は違ってくる。GM制をとってない佐久ならなおさらだ」

「じゃあ昨日のはやっぱり…」

「あくまで憶測に過ぎない。確かめに行こうか?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そりゃ考えすぎだ。トレードなんて昨日の今日で成立するようなもんじゃないよ」

 照とゆみの疑念はあっさり解消されてしまった。

「あんたらはコーチでもあるから喋るけど、あのトレードは恵比寿が持ちかけてきたんだ。どーしても花田が欲しいと」

 長期戦で一番大事なことってなにかわかる?監督は二人に問う。

「勝ち続けることでしょうか」

 照の答えに監督はそれが理想だけどと苦笑した。

「負けないことだよ。勝つことと負けないことはイコールじゃない。半分トップで半分ラスより全部2位のほうが総合点は高くなる」

「調子極端の大砲より調子一定のアベレージですか」

「まあそんなところ。花田は負けない打ち方ができるから、団体戦や長期戦で役に立つ」

「ではなぜトレードに出したのですか?」

 ゆみが尋ねる。同じ疑問を照も抱いた。

「花田はうちでは真価を発揮できないんだよ。他のメンバーが卓の流れそのものを掴んで動かせるのばっかりだから、流れの中で立ち回る花田はどうしてもチームで見れば弱点になってしまう。それにうちには宮永咲がいるからね。大星が来てくれるんならあの子を花田の枠で使うことだってできる」

 

 そうだろうな、と照は思う。咲は勝つことより負けないことを優先する傾向にある。地力も高いので今はダメ押し役を担っているが、劣勢にまわったとき最善策をとれる点では煌に勝るとも劣らない。

 

「夢乃はなぜ放出することに?」

「向こうのご指名。チョンボ癖がなおらなくてうちでは戦力にならなかったけど、向こうは何とかする勝算があるんだろう」

 まあ熊倉さんと赤土だからねえ、独り言のように言って監督は話を切り上げた。

 

「二人がさっき挨拶しにきたよ。会っていってあげたら」

「ええ、そうします」

「コーチお二方の意見、何かあれば今聞くけど」

 ゆみが答える。

「東横の投入はもう少し早くてもいいと思います。次峰はよその穴ですから押しきれるでしょう」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ロッカールームでは、ちょうど煌が荷物整理をしているところだった。

 

「あ、加治木さん!マホならホールで挨拶回りしてますよ」

「ありがとう、煌も元気でな」

「こちらこそ、お世話になりました」

 

 ゆみが出ていくと、煌は照に向き直り、

「宮永さんは何しにいらっしゃったんですか?」

「…外で話そっか」

 いつもと違って取り合わなかった照に、しかし煌は何も言わずついてきた。

 

 

 まだ11月なのに、あるいはもう11月だからなのか、外はひどく冷え込んでいた。

 

「寒いね」

「…」

「恵比寿か。当分会えなくなるね」

「…」

「…なんか言ってよ…返事してよ」

「わからないんですよ…なにを話せばいいのか」

 

 煌はポツリと呟いて、空を見上げた。

 

「あんまりすばらくない天気ですね」

「そうだね」

「別にトレード自体に思うことはあんまりないんですよ?新しいことに挑戦できるチャンスですから」

「…そう」

「でも、でもですね…いまのメンバーとお別れしなきゃいけないのは…」

 

 言葉が続かなくなってくしゃりと顔を歪めた煌を、照は抱きしめることしかできなかった。

 

「高校までと違って…ずっと一緒で…だからっ…」

「そうだね…うん…」

 

 寂しいのは見送る側も同じなのだ。照の視界も滲む。

 

「交流戦で会えるから。そしたらまたご飯食べよう」

「…約束ですよ?」

「うん、指切りね」




日常描写なさすぎてそろそろタイトル詐欺ですね…
移籍条項の設定とか細かく決めてなかったことに気づいたので後日舞台設定の章に追記しておきます。


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