GOD EATER 2 RB 〜荒ぶる神と人の意志〜 (霧斗雨)
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第1話 適合試験

このサイトでは初投稿の小説です。
ほぼゲームの通り進めていきますが、公式コミックの展開も織り交ぜて行きたいと思います。
また、私自身ゲームを最後まで勧めてしまっていて、確認することが出来なかった細かいセリフが違う場合があります。
要するにアーカイブで確認出来なかったものです。
その点についてはご了承ください。
オリジナルの展開もあり、気をつけますがキャラ崩壊がある可能性もあります。
それでもいいという方、興味を持ってくれた方は、どうぞ宜しくお願いします。
それでは第1話です。


赤い雨が降る。

大地にも、建物にも、人にも、アラガミにも、それは平等に降り注ぐ。

その赤い雨の中を、移動要塞フライアは大きな音を立てながら突き進む。

そのフライヤの一室に、彼女はいた。

大きなステンドグラスの前で何かに祈りを捧げ、彼女は顔を上げた。

 

「「荒ぶる神々」の「新たな神話」……その序章は、貴方から始めることにしましょう……」

 

そうつぶやいて、彼女は笑った。

 

ーーーー

 

着慣れないピッタリとした制服に身を包み、殺風景な訓練上のど真ん中に設置された台の上に寝かされながら、朽流部レイはぼんやりと天井に設置された装置を見る。

それ以外、他にすることがないからだ。

これから行われる適合試験に、ほんの少し緊張しているが、その他は普段通り、至って普通である。

 

「気を楽になさい」

 

スピーカーから女性の声が聞こえた。

緊張が顔に出ていたのかもしれない。

 

「貴方はすでに選ばれて、ここにいるのです……」

 

軽く、頷いて見せた。

大した意味は無い。

 

「今から貴方には、対アラガミ討伐部隊「ゴッドイーター」の適合試験を受けて頂きます」

 

ガシャン、と。

床から1つ、「神機」と呼ばれる武器を乗せた機械が飛び出し、台の横に設置された。

そこにある窪みに、試験前に説明されたように右手を乗せる。

その瞬間に、手首を挟むようにして腕輪が装着された。

それを確認して、再び天井を見る。

 

「試験と言っても、不安に思う必要はありませんよ。貴方はそう……「荒ぶる神」に選ばれし者ですから……フフッ」

 

天井に設置された装置が動き、中からドリルが出現した。

 

「貴方に祝福があらん事を……」

 

勢いよくドリルが回転し、装着された腕輪に突き刺さる。

 

「うわああああああああああっ!!」

 

あまりの痛みに、叫んだ。

じっとしている事など出来ず、もがくうちに台から転がり落ちる。

そして、2度目の痛みの波に襲われ、再び叫んだ。

 

ーーーー

 

「適合失敗か……?」

 

車椅子に座り、機会を操作する彼女に、ジュリウスは問いかけた。

モニターに映し出されたレイは、痛みに喚いている。

 

「いいえ、よく御覧なさい」

 

彼女、ラケルは微笑みながらモニターを見つめる。

モニターには手に持った神機を床に突き刺して、右手の腕輪から黒い煙をあげながら立ち上がる、レイが映し出されていた。

 

「フフッ……貴方に「洗礼」を施した時と、そっくり」

 

そう言って、ラケルはスピーカーのスイッチを入れた。

 

ーーーー

 

痛みが収まり、なんとか立ち上がって、レイは思わず笑った。

今まで寝転がっていた台、神機が乗せられていた機械を見る。

そして、手に持った神機に目を移した。

ゆっくりと持ち上げ、その確かな重さを実感する。

 

「おめでとう……これで貴方は神を喰らう者「ゴッドイーター」になりました」

 

女の声が、再びスピーカーから聞こえる。

 

「そして、これから更なる「血の力」に目覚めることで極致化技術開発局「ブラッド」に配属されることになります。ゴッドイーターを超越した、選ばれし者「ブラッド」……来るべき新たな神話の担い手……」

 

つらつらと何かを述べているが、レイは最早聞いていなかった。

これで、やっと、戦える。

 

「まずは体力の回復に務めなさい……貴方には……期待していますよ」

女が言い切ると同時に、レイは神機を振り下ろした。

 

ーーーー

 

「適合試験、お疲れ様です」

 

適合試験を終え、フライアのロビーに戻ってきたレイに、ミッションオペレーターの少女が声をかける。

 

「あ、どうも」

 

「私はフラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュです。フランとお呼びください。偏食因子が定着するまではミッションを発行することはできません。定着するまではこのフライアの中を見て回ったらいかがでしょうか」

 

「じゃ、そうするわ。ありがとう」

 

個性的な名前だな。

そう思わずにはいられないほどの長い名前と、業務連絡を伝えてくれたフランに、レイは素っ気なく返事をした。

ひとまず、ミッションカウンターから離れ、歩きながら施設内に目を向ける。

どこを見ても、綺麗に整えられたその施設が、レイの目には眩しく映る。

つい昨日まで住んでいたスラム街とは比べ物にならない。

 

「豪勢だな」

 

率直な感想だった。

こんなところに金を使う位なら。

 

「ま、関係ねぇか……」

 

ポツリと独白し、ロビーに設置してあるエレベーターの前に立った。

 

「新人さん?」

 

「え、あ、まあ」

 

「どこに行く?役員区画と庭園に行けるけど」

 

エレベーターのそばに立っていた職員に声をかけられ、レイは少し驚いた。

役員区画には、おそらく恐らくあのなんとかという博士がいるのだろう。

なんだったか、ああ、そうだ、ラケルだったっけ。

とりあえず今、その博士に用はない。

 

「じゃ、庭園で」

 

「ちょっと待ってて、すぐくるよ」

 

エレベーターのスイッチを押し、職員が笑った。

レイは、軽く愛想笑いを浮かべると、やってきたエレベーターに乗り込む。

エレベーターの扉が締まり、開いた時、目の前には花畑が広がった。

 

「なんだこりゃ………」

 

こんな花畑、見た事がない。

それはまあ、このご時世だから仕方が無いのだが、室内にどうしてこんな空間が存在するのか。

その花畑の隅に育つ木の下に、一人の金髪の男性が座っていた。

その男性は、レイがやってきたことに気が付いたようで、レイの方を向いた。

 

「ああ……適合試験、お疲れ様。無事、終わって何よりだ。まあ、座るといい」

 

そう言って、男性はレイに自分の隣に座るように促す。

レイは素直に従った。

 

「ここは「フライア」の中でも一番落ち着く場所なんだ。暇があると、ずっとここでぼーっとしてる……」

 

それはゴッドイーターとしてどうなのだろう、って、いやいや、仕事しろよ。

レイは多少の皮肉を込めて男性に言う。

 

「いい場所だ……ですね」

 

タメ口で話しそうになり慌てて言い直す。

 

「ああ、すごく気に入ってる」

 

男性は、レイの皮肉と焦りなどどうでも良いとばかりにスルーをかましてくれた。

レイとしては助かったが、この人、大丈夫かと思ってしまった。

 

「そういえば、まだ名乗っていなかったな」

 

「おおっ」

 

突然のふりに、レイはいささか驚いた。

唐突過ぎるだろ、ビビるわ。

 

「俺は、ジュリウス・ヴィスコンティ。これからお前が配属される、極致化技術開発局「ブラッド」の隊長を務めている」

 

うげ、よりによって、上司かよ。

レイは慌てて佇まいを正そうとしたが、それはジュリウスによって止められた。

 

「あまり恐縮しなくていい。で、お前の名は?」

 

「え?ああ、朽流部レイ……です」

 

この人、ふりが突然すぎる。

慣れない丁寧な口調で、レイは名乗る。

 

「苦手なら敬語でなくていい。だが、練習はしておけ。これから、使うこともあるだろう。ああ、俺には、対等な立場で意見してくれ」

 

それでいいのか。

思わず突っ込みかけるが、いいと言われるならばそうした方が楽である。

なので、そうさせてもらう事にした。

 

「あんたがそう言うならそうするさ。ま、よろしく」

 

「ああ、これから、よろしく頼む。さて……休んだあとで「フライア」をゆっくり見て回るといい」

 

ジュリウスはそう言って立ち上がった。

 

「また後で会おう」

 

そのまま一言言い残し、ジュリウスは颯爽と立ち去っていった。

 

「と、言われてもねぇ……。さて、どうすっかな。……あ、やべえ、訓練」

 

ふと目に付いた時計を見て、レイは慌てて立ち上がる。

試験のすぐ後、渡された端末に入っていたメッセージに、訓練の時間を指定してあったのだ。

すっかり忘れており、気がつけば訓練まであと少しである。

そのままエレベーターに駆け込み、戻ってきたロビーのフランに話しかけた。

 

「あのさ、訓練ってどうやって申請すんの?の前に偏食因子はもう定着したよな?」

 

「こちらで申請をお願いします。偏食因子に関しては問題ありません。そろそろお時間ですので、少しお急ぎください」

 

「あっそ、OK、りょうかーい」

 

パパッとと申請を済まし、フライアの出撃ゲートなら神機保管庫へ移動し、自分の神機を取り、訓練場に入る。

 

「試験以来だな」

 

試験の痕跡は跡形もなくなっており、殺風景な景色が広がっている。

 

『来たな……これより訓練を開始する。準備はいいな?』

 

スピーカーからジュリウスの声がした。

レイはニヤリと笑って、言う。

 

「いつでもいいぜ」

 

ふっ、とジュリウスが笑ったのが聞こえた。

途端に、訓練場のあちらこちらに訓練用ダミーアラガミが出現する。

 

『では、開始する。始めろ』

 

「ーッセイッ!」

 

ジュリウスの開始の声が響いた瞬間、レイは一番近くの訓練用ダミーアラガミに斬りかかった。




ここまで読んで下さってありがとうございます。
この作品は、初めての取り組みだったりするので、これからも頑張って書いていこうと思います。
ゲームをノベライズするってものすごく大変なんだ、ということを実感しています。
こういうことをされている皆様に一言。
ほんとみんなすごいね。
これしかいうことがありません。
もう少し語彙力が欲しいところです。
さて、ここからどう展開していこうか考えるのが、とても楽しいのですが、展開を知っている私の中でラケル博士はもう悪役にしか見えず、ここからどう初期の頃の優しげな印象を出すかというところに悩んだりもしています。
意外となんとかなりそうです、よかった。
主人公、適当人間になりそう。
でも、それはそれで楽しそうです。
とにかく、頑張って勧めていくつもりです。
感想、お待ちしています。


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第2話 香月ナナとロミオ・レオー二

第2話です。
書き溜めていたものをひとまず吐き出していこうと思います。
うまく書けているといいのですが。


「……鬼畜かよあの隊長」

 

ぶつくさと言いながら、レイはロビーに戻ってきた。

あの後、訓練がスムーズにいき、出現していた訓練用ダミーアラガミの最後の一体を倒した時だった。

再度、あちらこちらにダミーアラガミが出現し、襲いかかってきたのだ。

それも、数が増えている。

終わりじゃねぇのかよ。

そんなことを思いながら、再びレイはダミーアラガミを一掃する。

再びダミーアラガミが出現し、襲いかかってきては一掃し……。

この手順を5回は踏んだ。

手順を踏む度にダミーアラガミの数は増えるし、そもそも初日だしですっかりくたびれてしまったのだ。

 

「あんにゃろう、覚えてやがれ」

 

いつか必ず痛い目を見せてやる。

そんなことを思いながら、ロビーのソファに腰を下ろそうとして、先客がいることに気がついた。

非常に露出度の高い服に身を包んだ、猫耳のような髪型をした少女だ。

その脇には白い大きな袋が置いてあり、少女の手には、レイの見たことのないパンがあり、少女はそれを美味しそうに食べている。

レイが唖然と見ていることに気がついたのか、少女は顔を上げてニコリと笑った。

 

「あ、お疲れ様ー」

 

「お、おう……」

 

声をかけられ、レイは逃げられなくなったことを悟った。

ひとまず少女の向かいに座る。

 

「君もブラッドの新入生……じゃなくて、新入りの人だよね?」

 

新入生て、学校じゃねぇよここ。

突っ込みそうになるのを堪え、レイは頷いた。

 

「ああ。朽流部レイだ」

 

「私はナナ。同じく、ブラッドの新入りです!よろしくねー。えーと、レイちゃん?」

 

「よろしく……って、おい待て。なんでちゃんだ、俺は男だ」

 

え?とナナが首をかしげる。

確かに、レイの体の線は細く、顔立ちも目付きが鋭いことを除けば整った容姿であるらしく、昔から義兄やら周囲の男共によく女に間違われたが、今では長かった黒髪を短く切りそろえ、頬の一筋の傷を見えるようにしている。

流石に、もう女には見えないだろう。

それに、声はどう頑張っても女性の声ではない。

名乗った後なのに間違われるか、普通。

 

「あははは、ごめんごめん。冗談だよ」

 

「冗談には聞こえなかったぞ」

 

ナナは笑顔でそういうと、再び手に持ったパンを食べ始める。

中に何が入っているのか、よく見てみると、串に刺さったおでんである。

……え、マジかよ。

 

「……よく食べるな」

 

「そうかな?結構、これでフツーだよ?それにさ、「ゴッドイーター」は食べるのが仕事だからこれも仕事の一環みたいなものなんですよ!……でしょ?」

 

「なんか違う気がする」

 

あはは、そう笑いながらナナはパンをペロリと平らげた。

噛む度にバキバキと何かが噛み砕かれる音が響く。

え、おい待て、串はどうした。

 

「え、ちょ、おま、串は」

 

「あ!そうだ!お近づきのしるしに……はい、どうぞ」

 

ナナは脇にあった白い大きな袋から同じパンを取り出し、レイに差し出した。

 

「え、まさかその袋の中身全部……!?」

 

「お母さん直伝!ナナ特製のおでんパン!すっごく美味しいから、良かったら食べてよー」

 

「人の話聞けよ!」

 

「おっと、私そろそろ訓練の時間だから」

 

レイの話をすべて無視し、ナナは立ち上がって袋を担いだ。

そして、レイに手顔で手を振った。

 

「行ってきまーす」

 

「……行ってら」

 

もう、問いかけることすら諦め、レイはナナを見送った。

 

「残したら、あとで怒るからねー」

 

「へーい」

 

片手をあげ、ひらひらと振りながら適当に返事をして、目の前のおでんパンに向き直る。

今までに見た事の無いジャンルの食べ物。

 

「良かったら、じゃねぇのかよ……」

 

うう、と顔をしかめながら、ひとまず串を抜く。

もしかしたら食べられるもの、つまりはパスタなどなのかとも思ったが、見事な竹串だ。

どうやってああも軽々食ったんだあいつ。

ナナの咀嚼力に軽く恐怖しながら、レイは思い切っておでんパンにかじりついた。

そのお味は。

 

「……あ、意外と食える」

 

それなりに美味しかった。

 

ーーーー

 

「あー、お帰りー」

 

「おー……」

 

ナナと入れ替わりで行われたジュリウスの鬼畜訓練が終わり、くたびれて戻ってきたレイは、ロビーで再びナナに会った。

 

「なんか疲れてるねー」

 

「まぁな。あんにゃろう、マジで痛い目見せてやる」

 

ジュリウスに密かな復讐を誓った瞬間だった。

 

「あはは。あ、そうそう。レイも極東出身なんだね」

 

「ん?ああ。って、言ったかぁ、俺?」

 

自分が極東出身であると、ナナに言った覚えはないのだが。

 

「名前だよー。ほら、極東地域独特の名前でしょ」

 

「ああ……成程。この辺じゃレイ・朽流部になるのか」

 

「私だったらナナ・香月だね。ねぇ、レイ、おでんパン美味しかった?」

 

「……話題をコロコロ変えるなよ、ついてけねぇ。ま、まぁまぁだな」

 

「よかったー」

 

そう言って、ナナは嬉しそうにニコリと笑う。

よく笑う奴だな。

レイは、ナナのことをそう思った。

 

「ねぇ、串も食べた?」

 

「……なぁその質問がかなりおかしい事に気が付かねぇの?」

 

どうやら串まで食べるものだったようだ。

今までも大概な食生活だったと思うが、ここに来てまさか食物以外のものを食わされるとは。

おかしいだろ、嫌すぎる。

 

「いい歯ごたえだよ?」

 

「お前それマジならだいぶ怖いぞ」

 

「そうかなぁ」

 

そんな雑談をしている2人の、ニット帽をかぶった金髪の少年が、「ふっふ〜♪」と鼻歌を歌いながら通り過ぎた。

が、すぐに足を止め、2人の方を見る。

 

「……あれ?見ない顔だね、君ら」

 

「こんにちは」

 

「うっす」

 

「何か1人適当だね……。あ、ひょっとして噂の新人さん!?」

 

そう言って、ニット帽の少年が2人を指さした。

ナナとレイは軽く頭を下げる。

 

「はい、これからお世話になります、先輩!」

 

「どーも」

 

ナナがした丁寧に、レイは乗っかって簡単に挨拶をする。

苦手なのだ、こういうのは。

 

「先輩……いいね!なんか、いい響き……!」

 

パッとニット帽の少年の顔が明るくなる。

この辺では先輩とは言わないのだろうか。

 

「よし、俺はロミオっていうんだ!先輩が何でも教えてやるから、何でも聞いてくれ!あ、その前に言っておく!ブラッドは甘くないぞ、覚悟しておけよ!」

 

こう言われ、レイは咄嗟に「あのジュリウス隊長は鬼畜か?」と聞きそうになったが、今聞くのはそんな事ではないだろう。

なので、レイは少し考えてから質問を口にした。

 

「じゃあな、ブラッドってなんだ?」

 

「お、おぉ……い、いい質問だね!うーん、そうだなぁ……」

 

あ、しまった、敬語忘れた。

レイが気がついた時にはもう遅く、ロミオは2人への返答を考え始めていた。

 

(ま、もいっか。ジュリウスにもタメだし)

 

「「ブラッド」は……えーと、「血の力」を秘めていて……そう!「血の力」に目覚めると……必殺技が使えるんだ!うちの隊長なんて、すごいんだぜ?どんなアラガミだってズバーン、ドバーンってたおしちまうんだからな」

 

なんか大事なところが全部曖昧です、そしてすべて知ってます先輩。

こう言おうとした瞬間に、ナナが顔を輝かせながら口を開いた。

 

「すごーい!じゃあ、ロミオ先輩の必殺技ってどんな感じなんですか?」

 

「ば、バッカ、お前、ほら……必殺技ってのはさ、そんな、すぐ手に入るもんじゃないんだよ……」

 

さっと下を向き、ロミオの目線が泳ぐ。

あ、これはもしかして。

 

「あ、そうだ!今みたいな質問はさ、「ブラッド」を設立した「ラケル博士」に、どんどん聞けばイイと思うな!じゃ、またな!」

 

ロミオはなにか慌てるように立ち上がり、足早に立ち去って行った。

ナナ、お前ってやつは。

 

「あれ……質問タイム、もう終わり?なんか、マズイこと聞いちゃったかなー?」

 

「さあな」

 

レイは首をかしげながら、ナナの方を見る。

ドンピシャだよナナ、いきなり地雷踏んだぞお前。

それにどうもナナは気がついていないようで。

 

「お前、大物だな」

 

「え?何が?」

 

「いいや、別に」

 

ロミオ先輩、グッサリきただろうな。

レイとしては、苦笑するしか無かった。

その、可哀想な先輩とはこの後すぐに会うことになる。

 

ーーーー

 

ロミオと別れてすぐ、ラケルから呼び出しがかかり、レイとナナはラケルの研究室へやってきた。

そこには、既にロミオがやってきていて、ソファに腰をかけている。

ずいぶんと緊張した顔だった。

そんなロミオの隣にナナが座り、その横にレイも座る。

全員が揃ったのを確認し、ラケルは口を開いた。

 

「よく来ましたね、ブラッド候補生の皆さん。本来なら、正式な晩餐会を催したいところですが……」

 

「あれ?ロミオ先輩も「候補生」なの?」

 

「うるさいぞナナ……!」

 

ロミオ先輩、ご愁傷さま。

ついさっきはぐらかしたばかりだったのにな。

レイは1人、苦笑いを浮かべつつ、ラケルの次の言葉を待った。

 

「ふふっ……すっかり仲良くなって、うれしいわ。それでね、今日は皆さんにブラッドとしての心得を、お伝えしておきたくて」

 

「よ、よろしく、お願いします!」

 

緊張しきったロミオの返事に、クスリとラケルは笑い、優しく微笑んだまま説明を始める。

 

「ご存知の通り、アラガミによって世界は滅びの道を進んでいます。それを押し止めてきたのは、神を喰らう者「ゴッドイーター」……。そして今、ゴッドイーターを超える「ブラッド」が新たな時代を切り拓こうとしています」

 

「そっ、そうなんだよな!ジュリウスや俺達が「血の力」で……!」

 

「ブラッドに選ばれた皆さんには、「血の力」が眠っています。「血の力」は、意志の力……。「血の目覚め」を迎えたブラッドは、その強い感応の力であまねくゴッドイーターたちを高め、導く……」

 

ロミオの発言をサラッとスルーし、ラケルは説明を続ける。

 

「ロミオ……ナナ……そしてレイとジュリウス……。皆さんは、ブラッドとして、ゴッドイーターの先頭に立ち彼らを教導する存在なのです。今はまだ眠れる種ですが……強い願いが、強い意志の力を生み、やがて「血の力」を目覚めさせるでしょう。その日を、楽しみにしていますよ……」

 

ラケルが、再び優しく微笑んだ。

どうやら、心得とやらは終わったらしい。

 

「ラケル博士……!俺、頑張ります!」

 

「応援してるよ、ロミオ先輩!」

 

「ばっ、ばか!他人事じゃないんだぞ!」

 

ははは、と笑い声が研究室に響く。

そんな中、レイはラケルの目の奥に、なにか暗いものを見た気がした。




楽しかったです。
楽しかったですとも。
久しぶりに、滅多に見ない場面をアーカイブで確認しながら書きました。
ジュリウス隊長が張り切った。
ナナちゃんの顎は凄すぎる。
先輩、ごめんなさい。
そんな第2話でした。
こんな感じで勧めていきます。
感想、お待ちしています。


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第3話 実地訓練

第3話です。
もう少し投稿していけそうです。



「だぁ〜っ、クソッ!」

 

訓練用ダミーアラガミを斬り伏せ、レイは喚いた。

 

『どうした?』

 

「どうした、じゃねぇよ!あんたは鬼畜か畜生ッ!!」

 

オウガテイル型のダミーアラガミを持ち前の馬鹿力を使って両断し、神機をアサルト、つまり銃形態に変化させ、バレットを乱射する。

そして、ダミーが弱った瞬間を狙って、ショートブレードで切り裂く。

ダミーアラガミの攻撃を走り回りながら紙一重で交わし、飛び回って応戦する。

この様な訓練を、レイはここ毎日続けていた。

毎日毎日難易度がバンバン上がり、あっという間にくたくたである。

普段ならこんな口調はしないのだが、もう我慢の限界だった。

 

『ふむ。神機の扱いには慣れたか?』

 

「んなもんだいぶ前に慣れたわっ!慣れる前からこうだったじゃねぇかよッ!!」

 

未だ出現し続けるダミーアラガミを片っ端から切り捨てながら、レイは怒鳴った。

流石にイライラが限界点に到達していた。

 

『ではそろそろ訓練を次のフェーズに移行しよう思う』

 

「あぁ?次!?何やんだよ!」

 

このダミーとの乱戦の次のフェーズとはなんなのか。

まさか大型ダミーアラガミや中型ダミーアラガミとの乱戦ではないか。

勘弁してくれ、マジで。

 

『それはお楽しみだ。……この訓練が終わってからだがな。ペースを上げるぞ』

 

「はぁ!?っておいおい!!さっきから出て来過ぎだっつーんだよこんのちくしょおおおっ!!」

 

レイは半ばヤケになりながら、全力でダミーアラガミに飛びかかった。

 

ーーーー

 

「お、お疲れー……」

 

「……ああ、お疲れ」

 

ロビーで出迎えてくれたナナが引くくらいに、レイはボロボロになっていた。

あの後、躍起になってダミーアラガミを討伐していったのだが、なんと最後の最後にまさかの予想的中、大型と中型のダミーアラガミとの乱戦が待っていたのだ。

ジュリウス曰く、『ダミーアラガミだから、危なくなったら止められる、安心して戦え』だそうだ。

ふざけるな、普通に死ぬわ。

あっちこっちから飛んでくる攻撃を必死にかわし、スキをついては反撃し、全て討伐し終わった時にはもう体力的にも精神的にも限界だった。

しかもこれが例の次のフェーズではないというのだから、やってられない。

 

「凄いね、私なら無理だよー」

 

ナナが苦笑いしながら言った。

そう、この鬼畜訓練させられているのはレイだけなのである。

ナナと入れ替わりで訓練の予定が入っていたため、ジュリウスに頼んで訓練の様子を見せてもらったのだ。

そしたら、なんという事だろう、やった事の無い優しい訓練を行なっているではないか。

全力でジュリウスに殴りかかりそうになったが、その瞬間にナナの訓練が終了し、レイの番と成ったのである。

そして、今に至るのだ。

 

「もう無理。俺、もう限界。もうめんどくさい。この後まだ対人戦闘の訓練残ってっし」

 

「私もだよー。おでんパン食べる?」

 

「あのさナナ、俺は食ったら何でも万事解決って訳にはいかねぇの」

 

そう言いつつもおでんパンを受け取り、串を引っこ抜いて齧り付く。

疲れていると何故何でも美味く感じるのだろう。

 

「お代わりもあるよ」

 

「おでんパンばっかりそんなにいらねぇよ」

 

レイはおでんパンを食べきると、ため息をついた。

 

「あぁ〜、めんどくせぇ。さて、しょうがねぇや、行ってくっかね」

 

「あ、私も行く」

 

2人してソファから立ち上がり、ミッションカウンターに向かおうとした瞬間、エレベーターからジュリウスが現れた。

 

「お前たち、この後の対人戦闘の訓練は無しだ」

 

そう言われた瞬間、ナナが顔を輝かせたが、その横でチッ、とレイは舌打ちをした。

対人戦闘の訓練なら、ジュリウスを負かすことが出来るレイである。

折角さっきの復讐ができると思ったのに。

 

「別の訓練用のミッションを発行しておいた。詳しくは現地で説明する」

 

そう告げると、ジュリウスは出撃ゲートの方へ歩いていった。

業務連絡なら、端末を使えばいいのに。

 

「別の訓練かぁ。どんな訓練だろ、緊張するー」

 

「そうかぁ?ま、あの鬼畜訓練じゃねぇならなんでもいいや。行こうぜ」

 

「えー、待ってよぉ」

 

わたわたとおでんパンの入った白い袋を担ぐナナを尻目に、レイはさっさとミッションカウンターでフランからミッションを受注し、ゲートからヘリポートに移動し、ヘリに乗り込んだ。

そこから数分遅れて、ナナがヘリに乗り込む。

目的地は、黎明の亡都だ。

 

ーーーー

 

『……ジュリウス隊長、新人二人を同行するとは聞かされておりませんが』

 

「すまない、だがあの二人ならその実力はもう兼ね備えていると判断している」

 

無線から、はぁという溜め息が聞こえた。

 

『おっしゃることは承りました、今後は二度とこのようなことのないように……せめて私には一言ください』

 

「……ああ、約束する」

 

『では、一人も欠けることのないように……ご武運を』

 

プツッと無線が切れるのと同時に、後方から2人の駆ける足音が聞こえた。

 

「……来たか」

 

ジュリウスが2人の方を見る。

レイとナナは、ジュリウスの正面に並び、2人揃って敬礼をした。

 

「フェンリル極致化技術開発局、ブラッド所属第二期候補生二名、到着いたしましたあ!」

 

ナナが言う挨拶を、レイは隣で黙って聞く。

こんなめんどくさい挨拶、覚えられるかっての。

 

「ようこそブラッドへ。隊長のジュリウス・ヴィスコンティだ。それでは……今より、実地訓練を始める」

 

「……えっ?」

 

これには、流石にレイも唖然とした。

まさかとは思うが、こいつの言う実地訓練とはもしかして。

 

「レイ、どうした?」

 

「ん、いーや、なんでも」

 

ジュリウスが、レイの様子に気がついたのか問いかけてきた。

レイは、適当にはぐらかす。

そんなに間抜けな顔をしていたのだろうか。

 

「そうか。見ろ……アレが、人類を脅かす災い、駆逐すべき天敵……アラガミだ」

 

ジュリウスが、スッと先を指さす。

そこには、死んだヴァジュラを捕食するオウガテイル、ドレッドパイクが見えた。

 

「手段は問わない、完膚なきまでにアラガミを叩きのめせ。いいな?」

 

「えっ、あっ……あのっ、これって……実戦ですか!?」

 

ナナが驚きの声を上げる。

当たり前だ、何も聞かされていないのに、いきなり実戦だなどと言われれば、誰だって驚くだろう。

そういう事は先に言え、ビビるわ。

 

「フッ、本物の戦場でやってこその、実地訓練だ。お前たちが実力を発揮できさえすれば問題になるような相手じゃない、いいな?」

 

その瞬間、ジュリウスの後ろから一体のオウガテイルが、3人を捕食しようと飛びかかってきた。

咄嗟の出来事に、レイは隣で呆然と突っ立つナナに覆いかぶさった。

グシャ。

何かが噛まれた音が、頭上でした。

 

「え……」

 

「おいおい……」

 

飛び掛ってきたオウガテイルは、ジュリウスの左腕に噛み付いていた。

そんな状態なのに、ジュリウスは平然と立っている。

冷静に、オウガテイルを視認すると、神機を銃形態から剣形態に変化させ、切り飛ばした。

すぐさま回復錠を投与し、ジュリウスは2人に語りかける。

 

「古来から人間は強大な敵と対峙し……常にそれを退けてきた。鋭い牙も、強靭な爪も持たない人類がなぜ勝利したのか。共闘し、連携し、助け合う「戦略」と「戦術」……人という群れを一つにする、強い「意志」の力……。「意志」こそが俺達、人間に与えられた「最大の武器」なんだ。それを忘れるな!」

 

そういうと、クルリと振り返り、神機を構える。

2人も、それに習って神機を構えた。

レイはすぅ、と深呼吸をして、ジュリウスの合図を待つ。

 

「時間だ、いくぞ!」

 

その瞬間、レイはジュリウスよりも早くスタートをきって、アラガミの群れに飛びかかった。

 

ーーーー

 

「今期の候補生は優秀だな」

 

そう言って、ジュリウスは笑う。

事実、ミッションが始まってから、ジュリウスは何もしていない。

開始地点からほぼ動くことなく、2人の戦闘を眺めていた。

サポートに当たっていたフランですら、する事がなかったようだった。

飛び出していったレイを見て、ナナも最初は戸惑っていたが、すぐにアラガミに向かって行った。

ナナのブーストハンマーがドレッドパイクを叩き潰し、レイがオウガテイルを片っ端から切り捨てる。

特に、レイのその動きが人間離れしすぎていて、ジュリウスは少し戦慄した。

訓練の時から感じていたのだが、見ていてひやひやさせる癖に被弾率は非常に低く、ショートブレードのとアサルトの手数を最大限に生かし、確実に仕留めるのだ。

アラガミの攻撃を紙一重で交わし、対人戦の体術まで応用しながら、アラガミを切り刻んでいく。

しかも、死角からの攻撃すら完璧に把握し、的確かつ迅速に対応する。

極めつけはその身体能力。

あの、男子としては細すぎる体のどこにあの馬鹿力が秘められているのか。

その他の身体能力も、異常と言えるものだった。

対人戦の訓練時は、少し気を抜けばあっという間に地面を拝まされてしまう。

いくら適合率が非常に高く、第三世代のゴッドイーターだからといって、あの動きをバーストモードをならずに通常の状態でできるとは。

 

「頼もしい限りだな」

 

アラガミを片付け終わった2人は、最早帰投ムードである。

その時、突然無線からフランの声が響く。

 

『緊急連絡!想定外のアラガミの反応です!オウガテイルと思われます!』

 

はっとして2人の方を見ると、オウガテイル3体を目の前にして、2人とも動かない。

先程の実力があれば、あっさり切り抜けられるはずなのだか。

どうも、倒すべきか、撤退すべきかの指示を待っているようだった。

それならば、とジュリウスはオウガテイルに囲まれた新人2人に歩み寄る。

 

「なかなかいい動きをするな、新入り……。いい機会だ、お前たちが目覚めるべき「血の力」をここで見せておこう」

 

ジュリウスがハァッ、と気合を込める。

瞬間、レイとナナは捕食していないのにバーストモードになった。

 

「力が……みなぎる……!」

 

「おいおい、なんだこりゃ……」

 

「今から「ブラッドアーツ」を目標に対して放つ。少し離れていろ」

驚く2人に対し、ジュリウスは淡々と指示を出した。

 

「ブラッドアーツ……?」

 

「戦況を覆す大いなる力……。戦いの中どこまでも進化する、刻まれた血の為せる業……」

 

ジュリウスの神機が青白い光を放つ。

鋭く踏み込み、一気にオウガテイルの間合いに飛び込んで一閃。

ただ、それだけだった。

 

(一撃かよ……)

 

「これが、ブラッドアーツだ。俺たちブラッドに宿る「血の力」、そして「ブラッドアーツ」、これをどう伸ばし、どう生かしていくかは……全て、お前たち「意志」次第だ。覚えておいてくれ、いいな?」

 

言葉をなくした2人に、ジュリウスは語りかけた。

2人は、無言で頷くしかなかった。

 

ーーーー

 

「お疲れさんっと」

 

フライアのロビーに戻ってきた2人は、ソファに腰を下ろした。

 

「ブラッドアーツか……。凄かったねー」

 

「だなぁ。俺達もあんなのを使えるようになれってかぁ?ったく、めんどくせぇ」

 

「そうかなぁ。かっこよかったよ?」

 

そういいながら、ナナがおでんパンを口に運ぶ。

よっぽど好きなのだろうが、一体どこから出したのだろう。

 

「あ、レイ、さっきはありがとね。あのままだったら、私死んでたかも!」

 

「ん、ああ、別に気にすんなよ」

 

そう言いながら、レイは自販機で適当に買ったジュースを飲んだ。

 

「いやー、レイも凄かったねぇ!どうやったらあんな動き出来るの?というか本当に17歳?同い年?」

 

「んん?いや、だってほら、アラガミが何処にいるとか、どっから攻撃してきてるとかがさぁ、俺はなんとなく分かんだよ。見えるし聞こえるし感じるしで。後、あの動きはスラムで駆け回ったら身についたね。アラガミに襲われるなんてしょっちゅうだったから余計だな。後、年齢は嘘偽りなく17歳。サバ読んでどうすんだよ」

 

「えー、本当?」

 

嘘だー、とナナが笑った。

しかし、分かるものは分かるのだ。

頬に残るこの一本の傷ができたあの日から、五感が異常なレベルで鋭くなり、アラガミの気配に対して凄まじい程に敏感になった。

ついでに、身体能力まで異常に向上したのである。

そのおかげでここまで生きてこれており、アラガミとの戦闘にも役に立っている。

 

「いや、マジだって」

 

「へー」

 

「オイコラ、信じてねぇな?」

 

してるよー、とおでんパンを食べながらナナが言った。

まぁ、疑われるのは仕方がない。

どうとでも思ってくれていたほうが、面倒が無くていい。

 

「っし、ナナ、ロミオとの任務の時間だぞ、遅れんなよ」

 

「え、もう?よし、行こっか!」

 

2人は、ソファから立ち上がり、出撃ゲートへ向かって歩き始めた。




読んでくれてありがとうございます。
さて、このジュリウス隊長、とても楽しそうです。
主人公、頑張れ!
期待されてるぞ!
本人はきっと嬉しくないでしょうけども。
そして、主人公の化け物体質。
設定はあるのですが、うまくかけるかどうか。
善処します。
感想、お待ちしています。


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第4話 葦原ユノ

第4話です。
歌姫、登場。
まだ歌いませんがね。


「いやー、うちの娘もあなたのファンでして」

 

フライアのロビーに、野太い男の声が響いた。

普段なら聞くことの出来ない、猫なで声である。

彼はグレゴリー・ド・グレムスロワ、通称グレム局長。

このフライアの局長である。

そのグレムのそばには、赤い髪が印象的な女性、レア博士と、まだ幼さを残した少女、葦原ユノが立っている。

 

「ありがとうございます、拙い歌で恐縮です」

 

「いえいえ、そんなご謙遜を」

 

ユノに歩み寄りながら、レアも口を開く。

 

「フェンリルの広報活動にもご協力いただいて大変感謝しています」

 

「いえ、周辺地域への物資配給はフェンリルの方々のご支援でかろうじて継続できている状況です。私にできることがあれば、是非」

 

そう言って、ユノは2人に向けて笑顔を作った。

 

「もしよろしければなんですけどね、本部の方で慰問コンサートとかは……」

 

「あ、すみません……先ほど申し上げた通りできればもう少しの間極東からはなるべく離れたくなくて……。サテライト拠点の食糧事情がもう少し改善されてからお伺いできれば、と思います」

 

グレムが控えめに提案したが、ユノは即答した。

 

「なるほと……そういう事情だったのですね。承りました、本部に掛け合ってみましょう」

 

やんわりと断られたグレムだったが、ユノの事情を聞き、新たに提案をする。

ユノは、パッと顔を明るくした。

 

「助かります!ありがとうございます」

 

「ところで、立ち話もなんですから……」

 

レアが、優しい笑みを浮かべながら、グレムとユノを促し、役員区画へ向かうためのエレベーターへ向かい始めた。

 

ーーーー

 

ロビーにある階段の、すぐそばにある自販機の前で、ロミオとナナ、レイはミッション時の行動について議論をしていた。

もう数回一緒にミッションをこなしているが、どうも連携というか、戦い方がなんとなくちぐはぐであるからだ。

 

「だいたいお前らさー、前に突っ込みすぎなんだよー。敵の動きちゃんと見極めてからさー」

 

「そうかぁ?俺にとっちゃあ、あれが普通だぜ」

 

「いやいや、お前のやつ傍から見てたらすっげーひやひやするんだぞ!もうちょっと下がれって!」

 

「えー、ロミオ先輩がビビりすぎなだけなんじゃない?」

 

ナナが、ロミオの顔を覗き込むように詰め寄った。

 

「ちょっ、ちょっ、ナナ、近いよ!」

 

それに合わせてロミオが後ずさる。

が、足がもつれたのかこけそうになってしまい、すぐ近くにいたレイを軽く突き飛ばしてしまう。

 

「うおっ!?」

 

まさか、こんなことになるとは思っていなかったレイは、思わずよろけてしまった。

そして、階段から降りてきた誰かに当たってしまう。

 

「きゃっ」

 

「あ、悪ぃ!」

 

「あ、すいません……うあっ!?」

 

レイとロミオはほぼ同時に、謝罪の言葉を口にする。

その衝突した相手は、薄い茶の髪を長く伸ばした美少女だった。

少女を見た瞬間、ロミオが変な声をあげて固まる。

 

「全く、貴様らは……ユノさん、本当にすみませんねぇ」

 

「いえ、そんな……」

 

グレムがレイたちを軽く怒鳴り、猫なで声でユノというらしいに謝罪をする。

ユノは、少し困ったような顔をしていた。

 

「フフッ、あんまりロビーでは、はしゃがないでね?大事なお客様にご迷惑でしょ」

 

クスリと笑いながらレアが3人に注意する。

 

「すいません……」

 

「はーい……すいませんでしたー」

 

ナナと素直に謝罪する。

こればっかりはこちらが悪い。

いいのよ、とレアが笑顔を浮かべ、ユノとグレムと共にエレベーターへ向かう。

 

「いやー不躾ですみませんね、戦うしか能のないヤツらで……」

 

3人にも聞こえるように、グレムがサラッと嫌味を言った。

レイは、少しイラッとしてしまい、ナナに相談する。

 

「おい、あの腹立つおっさん殴っていいか」

 

「えー、だーめ。あれー、先輩、どーしたのー?」

 

レイの相談を却下し、ナナはロミオに話しかけた。

先程固まった時から、ほぼ動いていない。

ナナの問で、ロミオは動き出した。

 

「ばっか、お前……アレ、アレ……ユノっ!」

 

エレベーターを待つユノの背中を指さしながら、ロミオは必死になって言った。

 

「ユノ?知ってる?」

 

「知らねぇよ。なにそれ」

 

しかし、ナナもレイも、そんな人は知らないので、2人して首をかしげた。

そういえばさっきグレムがユノって言ってたな。

 

「マジで?葦原ユノだよ!ユノアシハラ!超歌うまいの!有名人!あー、カメラ持ってきてれば良かった!くっそー!」

 

「へぇ、有名人」

 

あんまり興味ねぇけど、と思いながらユノの方を見た。

ユノも、こちらを振り返り、レイたちに軽く会釈をする。

なんというか、感じのいい人のように思える。

レイも、軽く笑って会釈をし返す。

 

「んー、何かまだユノの香りが残ってる気がするよ。今日は風呂に入らないようにしとこう……」

 

「えー……先輩、お風呂ぐらいは入ろうよー」

 

ロミオの発言に、ナナが呆れたように言った。

レイも、同じく呆れながらロミオに言う。

 

「ナナの言う通りだぜ。つーか、当たったのロミオじゃなくて俺な」

 

「いやいや、だってさ!今日というこの日は、もう二度と戻ってこないんだよ?」

 

「へーへー、さいでっか」

 

「なるほど、頑張ってください。よし、先、行こう!」

 

「りょうかーい」

 

最早手遅れ。

相手にする気もおきず、ナナとレイは適当にロミオをあしらい、階段に向かう。

 

「おい、待てよ!」

 

置いてけぼりにされたロミオも、慌てて2人の後を追った。

その様子を、ずっと見ていたユノは、クスクスと笑い、やってきたエレベーターの中へと消えていった。

 

ーーーー

 

「待てって!」

 

「うおっ、危ねっ!」

 

ロミオが、階段を登っている最中のレイの背中にタックルを決めて、ガッシリと肩を掴んだ。

 

「あのさロミオ、俺こんなとこで戦場みたいにバリバリ警戒したくないんだけど。落ちたら俺でも怪我するんだぜ?あと離せ」

 

さっきから不意打ちとはいけ突き飛ばされ、今回はタックルを食らい、流石にそろそろレイ自身警戒心無さすぎかな、と思い始めている。

何処かしこでも普段の警戒心バリバリの状態でいると疲れてしまうので、今は戦場以外ではできるだけ力を抜いているのだ。

というより、嫌な感じがしなければ反応しないようにしているのである。

今後は、もう少し考えた方がいいのかもしれない。

 

「こんくらいじゃ落ちないだろお前!なあ、ユノに会いに行こうぜ!グレム局長の部屋にいる筈!」

 

「……考えといてやっから離せ」

 

「そう言わずに!考えてる時間も惜しいだろ?」

 

そう言って目を輝かせるロミオ。

 

「全く惜しくねぇ」

 

「そうだよ、よし、これはミッション連携の訓練だ!お前は局長室に奇襲してグレム局長に入室許可をもらってくれ。入室許可が出たら俺が一気に突入する!」

 

「俺がすんのかよ!お前がやれよ!」

 

何故付き合わされた挙句一番嫌な役目をやらされねばならないのか。

レイは助けを求めるようにナナの方を向く。

 

「ナナ、お前もなんか言ってくれよ」

 

「私はいいよー。あのオジサンちょっと苦手だし、遠慮しときます」

 

「裏切りやがった!そういうこと言って欲しいんじゃねぇよ!」

 

レイはナナの思いがけぬ裏切りにショックを受ける。

ロミオの背後からのキラキラした視線が痛い。

もう引けないし、もう逃げられない。

 

「ったく、わーったよ、行きゃいいんだろ、行きゃあよ」

 

盛大にため息をつきながら、レイは脚をエレベーターの方に向ける。

運良くこの後はミッションも無ければ訓練もない。

ナナの方を向く行ってらっしゃーい、という声に、片手をあげてヒラヒラと振って返し、エレベーターに乗り込んだ。

 

「めんどくせぇ……」

 

「あー、楽しみだなぁ!」

 

尋常でなく喜ぶロミオを、呆れたような目で見ながら、レイはため息をついた。

ここまで来てしまったら仕方ない。

諦めて最後までやってやるしかない。

とはいえ、全然乗り気になれないレイは、もう一度ため息をついた。

その時、エレベーターの扉が開き、局長室が見えた。

ドアの手前まで行き、ノックをする為に手をグーにして胸のあたりまで持ってきて止まる。

ええと、こういう時はなんて言うんだっけか。

少し考えてから意を決してノックし、大きめの声で挨拶をする。

 

「……ブラッド隊、朽流部レイとロミオ・レオーニです。入っても宜しいですか」

 

「……入れ」

 

しばらくしてからグレムの野太い声が聞こえ、レイはドアを開けた。

 

「し、失礼します」

 

「失礼します」

 

恐る恐る入った部屋の中には、グレムとレアの2人のみで、ユノの姿はどこにも見えない。

あ、これはまさか。

 

「あ……あれ?ユノさんは!?」

 

たまらず、ロミオが声に出す。

 

「ヘリで飛行中、かしらね。極東市部へ向かって」

 

「ええっ!遅かった……!」

 

どうやら、既に帰ってしまった後のようだった。

落胆した声が、局長室に響く。

 

「ん?貴様は見ない顔……いや、思い出した。ブラッドの第二期候補生だろう、写真通りの顔だな」

 

いや、そりゃ俺の写真だからな、違う顔だったらどうすんだよ、怖いよ。

そういいかけて、言葉を飲み込む。

いらん事を言って、機嫌を損ねたらどうなるか分かったもんじゃないからだ。

 

「それで、なんだ?ラケル博士の使いか?ハッ、殊勝なことだ。命令に忠実なら、いずれ俺の身辺警護に抜擢してやらんでもない。フェンリルというのも、なかなか難しい組織だからな……俺のような主流派だけなら平和なものを。急進派の馬鹿な若者や、思い上がった本部の連中がときおり騒ぐものだから……まぁ、そういった話は、いずれ耳にするだろう。お前が順調に出世していれば、な」

 

そう、何故か語られた話を殆ど聞き流し、レイは苦笑いを浮かべる。

はやく帰りたい。

最早、それしか考えていなかった。

 

「で、何しにきた?まさか、用がないのに来たのではあるまいな?」

 

その通りです。

というわけにもいかず、レイはチラッと横目でロミオを見たが、ロミオも困ってしまっており、ピンチである。

 

「えー、あ、そう、あれだ!お2人にブラッド候補生としてご挨拶をと思いまして!」

 

レイは咄嗟に、そういった。

 

「そ、そーそー!あと、グレム局長はモテるんですね!」

 

ロミオも慌てて口を開く。

おいこら、それは今言ったらダメだろ!

 

「馬鹿者、仕事だ、仕事。俺が公私混同する男に見えるか?え?」

 

「見え……ないっす!」

 

「さあ、おしゃべりは終わりだ!貴様らは任務に戻れ!」

 

「失礼しましたあ……!」

 

「し、失礼しました!」

 

グレムに怒鳴られて、レイとロミオは慌てて外に飛び出し、ロビーに戻る。

そこでは、ナナがおでんパンを食べながら待っていた。

 

「おかえりー、どうだったー?」

 

「んぁ?ああ、いなかったぜ。行っただけ損だった」

 

「やっぱりねー!ガッカリな結果になるのは予想できたよ!」

 

「くっそー!!」

 

「くっそー、じゃねぇよこの野郎。いらんこと言いやがって、繕ったのがパァじゃねぇかよ」

 

ベシッ、とロミオの頭を叩く。

イテッ、と頭を抑えながらロミオがこちらを見た。

 

「……まぁでもおまえのこと見直したぜ。あのグレム局長の部屋に堂々と乗り込んでいくなんてさ!」

 

「行けっつったのロミオじゃん」

 

「まぁまぁ。ブラッドってこないだまで俺とジュリウスだけだったろ?のってくれてもなんかズレてるし。おまえたちがきて一気ににぎやかになったよな!仲良くやろうぜ!」

 

そう言いながら満面の笑みを浮かべるロミオに、レイとナナは頷いて見せた。

 

ーーーー

 

ラケルは、部屋でモニターに移された1人の男を見ていた。

レアが、ラケルの横までやってきて、モニターをのぞき込む。

 

「新しいブラッドのメンバー?」

 

「ええ、お姉様、今日からブラッドに編入してもらう予定です」

 

モニターには、一緒に男の名前も乗っていた。

 

「「ギルバート・マクレイン」……どこかで聞いたことが……」

 

「おそらく、本部の査問会議事録では?グラスゴー支部からの転属です」

 

そう言われ、レアはハッとする。

 

「思い出したわ、「フラッキング・ギル」……上官殺しのギル、ね」

 

確か、そう呼ばれていた筈だ。

どうやら、致し方ない事情の為だったと記憶しているが。

しかし、まさか、そんな人物まで引っ張ってくるとは。

 

「ねえ、ラケル……そこまでしてブラッドの増強って必要なのかしら。神機兵も完成に近づいているし、それだけでも十分……」

 

「いいえ、お姉様。それだけではちっとも足りないの」

 

レアのセリフが終わる前に、ラケルはそれを首を振って遮った。

そして、モニターから視線を外し、車椅子をうまく動かしてレアの方に体を向けた。

 

「「血の力」は、研ぎ澄まされた意志の力……強い意志が、新たな呼び水になるのです」

 

そういいながら、ラケルはレアの手を優しく、そっとつかむ。

 

「ねえ、お姉様、これからも二人で乗り越えていきましょう。人という種に与えられた試練のために……人類の新しい未来のために……」

 

「ええ、わかってるわ、ラケル……」

 

レアも、優しく、妹の手を包む。

そして、再びモニターに目を戻した。




読んでくれてありがとうございます。
やっとここまで進みました。
歌姫、葦原ユノの登場です。
原作のとおり、主人公は知らない状態にしました。
主人公の住んでいたというスラムは、極東のアナグラの外部居住区ではなく、アナグラの壁の外という設定なので、きっと情報なんて何も入ってこなかったと思います。
そんな気がしてなりません。
今回もロミオ先輩、残念でした。
この後、ちゃんと会えるのが救いでしょうか。
そろそろ主人公のキャラも定まって来ました。
なんというか、口の悪い、よくわからない人になりかけています。
因みに、私はこの手のキャラは好きです。
感想、お待ちしています。


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第5話 ギルバート・マクレイン

第5話です。
ギルさんの登場と、あの極東のお方の登場。



静かなロビーに、バキッ、と何かを殴る音と、ドサッ、と誰かが倒れ込む音が響いた。

ジュリウスと話をしていたレイは、ジュリウスと一緒に駆けつけた。

そこには、見知らぬ男と、尻餅をついたロミオ、何が起きたのかわからないと言った様子のナナがいた。

 

「いっ……てぇ……いきなり殴ることないだろ!」

 

殴られた部分を押さえながら、ロミオが叫んだ。

男は、チッ、と1つ舌打ちをする。

状況がさっぱりわからないレイとジュリウスは、顔を見合わせながら男に話しかける。

 

「……状況を説明してほしいな」

 

「ちょっと、よくわかんなくて……」

 

男ではなく、ナナが困ったように言った。

 

「こいつの前いた所とか聞いただけだよ!そしたら、急に殴りかかってきて……」

 

ロミオが男をピッと指差し、喚く。

 

「アンタが隊長か……」

 

男が、キッとジュリウスをにらみながら口を開いた。

 

「俺はギルバート・マクレイン、ギルでいい。このクソガキがむかついたから殴った、それだけだ……懲罰房でも除隊でも、勝手に処分してくれ。じゃあな」

 

そう言い残し、ギルはエレベーターの方へと消えて行った。

 

「あいつ……短気すぎるよ……そりゃ俺も、ちょっと聞き方しつこかったかもだけどさ……」

 

「暴力はよくないねえー、先輩も結構いじりすぎだったかもだけどさー」

 

未だへたり混んでいるロミオの顔をのぞきこみながら、ナナが少し呆れたように言った。

負けじと、ロミオも言い返す。

 

「軽く行った方が早く打ち解けられるじゃん!」

 

フゥ、とジュリウスがため息をつきながら、はっきりと告げる。

 

「今回の件は不問に付す……ただし、戦場に私情を持ち込まぬよう、関係を修復しておくこと」

 

「えー!無理だよあんなのー!」

 

「お前たちもしっかりサポートしてくれ、いいな」

 

そう言って、ジュリウスはくるりと向きを変え、ギルを追うようにエレベーターの方へと消えて行った。

そのジュリウスの顔が、少し寂しそうだったのをレイは見逃さなかった。

 

「無理だってー!あんな暴力ゴリラとなんか、やってらんないよー!」

 

「おいおいロミオ、そんな風に言ってやんなよ。元はと言えばお前が追及しすぎたせいなんだろ?そういうのは、苦手な奴からしたらしんどいんだぜ?因みに、俺も苦手な」

 

さりげなく自分コミュニケーション苦手ですアピールをしつつ、レイはロミオに言った。

おそらく、ロミオはギルの踏み込んで欲しくないところまで踏み込んでしまったのだろう。

知らず知らずの内に、逆鱗を踏んでしまったのだ。

ロミオは、どうも納得がいかないのかブツブツと文句を言いながらその場を去っていき、ナナとレイだけが現場に残されてしまった。

あの感じからだと、ギルを探しに行ったとは思えない。

関係の修復、このままほっておいたら一生かかってしまいそうだ。

 

「参ったね、どうすっかなこりゃ」

 

「うーん」

 

「ん、ナナ、どうした?」

 

腕を組みながら首をひねっているナナに、レイは問いかけた。

 

「あのね、おでんパンを人にあげるとさ、レイみたいに素直に受け取ってくれるか……笑ってツッこんでくれるんだよね」

 

「……素直に受け取った覚えはねぇけどな?……で?」

 

「でも「いらない」って言う人がたまにいて……そういう人ってだいたい何かに追い詰められてる気がする。先輩とギル、仲よくしてほしいな……」

 

「……」

 

ナナがしゅん、と暗い顔をレイに向ける。

 

「……しょーがねぇ、世話焼いてやっかね。ちょっと行ってくらぁ」

 

ナナの頭を軽く二回ほど叩いて、レイは現場から移動し、エレベーターに乗り込もうとしたその時、レイの肩をジュリウスが叩いた。

 

「んだよ、とっくにいなくなっちまったのかと思ってたぜ」

 

「すまないが、任せる」

 

「あいよ。じゃなきゃ行かねっつの」

 

ジュリウスにヒラヒラと手を振った。

そして、庭園でエレベーターを降りる。

いるなら、ここだろう。

案の定、ギルは庭園にいた。

ベンチに座って、こちらを睨んでいる。

 

「ああ、お前か……俺の処分が決まったのか?」

 

「まぁね。ギルへの処分はロミオとの関係修復だ」

 

レイが、静かに告げると、ギルはハハッと笑った。

スッとベンチから立ち上がり、レイの正面に立った。

レイだって背は高いほうなのに、ギルの方が少し背が高い。

 

「ハッ!そりゃあ、いい……あの、ジュリウスって隊長に頼まれたんだろ?案外おせっかい焼きだな……俺は、やるべきことを、やるべき時にやった、他意はないさ。ま、配属早々、つまらないもの見せたことは詫びるよ。あとでロミオにも言っておくか……」

 

「頼むぜ。ああ、そーだ、問題があったら、いつでも言えよ。聞くだけならなんぼでも聞いてやんよ。溜め込まれてミッションに支障が出られるとこっちが困っちまうぜ」

 

「へぇ、そうかい……ハハッ!隊長に似て、お前もおせっかいなヤツだな!なんにせよ、俺は俺の仕事をキッチリこなすだけ、物事はシンプルだ」

 

「そのセリフ、いいね。今度つかってみるぜ」

 

ハハハ、と2人して笑った。

 

「……そうだ、あの時は変な流れになっちまったから改めて言わせてくれ。俺はギルバート・マクレイン、グラスゴー支部からの転属だ。ブラッドになったのはつい先日だが、神機使いとしての経歴は5年、槍はそれなりに使う……よろしくな」

 

「俺は朽流部レイ、神機使いになって少ししか経ってない、バリバリの新人だ。色々よろしく、ギル」

 

2人してニヤリと笑い、軽く握手をした。

どうやら、こいつとは上手くやれそうだった。

 

ーーーー

 

「いやー、やりやすいわ。さすが経歴5年、経験が違うね」

 

「茶化すな。それより、お前本当に新人か?新人の動きのそれじゃないぞ」

 

「それよく言われる」

 

フライアのロビーに2人の話し声が響く。

あの後、ギルはロミオに謝り、少しぎくしゃくしてはいるものの、和解した。

レイはギルと何度か共に任務をこなし、改めて経験者だということを実感していた。

対してギルは、レイは本当は新人てはないのではないかと疑い、事あるごとに質問をした。

動きが新人のそれではないのだ。

一度ターミナルから調べたのだが、意味はなかった。

 

「なぁギル、次はさ」

 

「ブラッドというのは、君たちか?」

 

レイが、シユウ狩りに行こうぜ素材が欲しい、と言おうとした瞬間だった。

不意に、声をかけられたのだ。

クルリと振り返り、声の主を確認する。

金髪で太眉、水色の瞳。

右側だけ伸ばした前髪にクルクルとしたカールをかけており、それを指で弄っている。

なんというか貴族のような華やかな格好をしており、腕にはレイたちとは違う、赤い腕輪をはめている。

そして、何故かはわからないが偉そうにしている。

フライアでは見たことのない顔だ。

 

「誰だ?」

 

「知らねぇよ。マジで誰だこいつ」

 

「フフ、緊張するのも無理はない……だが安心したまえ!この僕が来たからには、心配は完全に無用だッ!」

 

頭の上にハテナが飛ぶ2人を構わず、金髪太眉は大袈裟に動きながら熱弁を始めた。

2人の反応に気がついたのか、金髪太眉は名乗りを上げる。

 

「おっと、失礼した……僕はエミール……栄えある、極東支部「第一部隊」所属!エミール・フォン・シュトラスブルクだッ!」

 

「……うわぉ」

 

「……そうか、よろしくな」

 

なんというか、面倒くさい奴だった。

 

「この「フライア」はいい船だね……実に、趣味がいい……しかし!この美しい船の、祝福すべき航海を妨げるかのように……怒涛のような、アラガミの大群が待ち受けているという……きっと……君達は不安に怯えているだろう……そう思うと僕は……僕は……いてもたっても、いられなくなったんだッ!そういう訳で、君たちには僕が同行するよ!まさに、大船に乗ったつもりでいてくれたまえ!」

 

終始演劇のように動きながらエミールは気持ちを伝えてきた。

フライアは船じゃなくて移動要塞だった気がするのだが。

お前に頼るまでもねぇわやかましい。

レイはうんざりしながら、ギルは呆れたように顔を見合わせ、少し溜息をつく。

はっきりいうと、そろそろめんどくさいのだ。

 

「いや、いいから。結構ですんで」

 

「遠慮はいらない、弱きを助けるのが僕の義務ッ!それこそが「騎士道精神」というものだからだッ!」

 

「うぉ……、いや、俺らだけでもやってけるから……。いらねぇって」

 

何故かレイたちが完全に弱者みたいな言われ方をされている。

こいつは、目の前の俺達がゴッドイーターだということを忘れているのではなかろうか。

 

「君は、非力を恥じているのか?いや、恥ずべきことは何もないッ。強大な敵との戦いには、この正義の助太刀こそあるべきだッ!」

 

「てめぇなんか腹立つな!もういいから帰れ!」

 

「その心意気、分かるよ……自分の船は、自分で守る心意気……騎士は食わねど……高楊枝ッ!」

 

「うっぜぇ!その諺騎士じゃねぇし、武士だし!つーか寄ってくんな!キモイ!」

 

「気に入った!」

 

「勝手に気に入るな!離れろ!」

 

「何が何でも同行させてもらうぞ!!」

 

「近いっつってんだろ離れろやかましい!わかったから離れろ!終い目にゃ殴り倒すぞ!」

 

言い合いは、レイが押し負けた。

心底嫌そうな顔をしながら、エミールを睨みつける。

そんなことはお構いなしに、強引に同行許可をもらったエミールは、満足そうにレイから離れた。

「共に戦おうッ!輝かしい人類の未来のためにッ!」

そう言って、エミールは右手を突き上げ、レイたちの方を見続けながら、階段の方へと歩き出した。

 

「我々の勝利は、約束されているッ!」

 

「ああ、そーかい!……あ、おい、そのまま行くと」

 

「うわあああああ!!」

 

レイの忠告も間に合わず、エミールは階段を踏み外し頭から落ちていった。

 

「……ややこしいヤツが、来たな」

 

「ジュリウスから極東支部のヤツが応援に来るとは聞いてたが……俺もうやだわ」

 

うんざりしながらレイは言った。

ギルは苦笑いを浮かべている。

 

「なぁギル、この後対人戦の訓練やろうぜ。あのエミールとかいうヤツもつれて」

 

「ん、ああ、いいが……」

 

「ちょっと仕返しするくらいならいいだろ」

 

そう言って、レイはギルを放ったらかして、フランに「あのさ、対人訓練するから訓練所よろしく」と言いに行ってしまった。

 

「変わったやつだな」

 

「行くぞ、ギル!」

 

ギルは、苦笑しながらもレイを追いかける。

訓練場に着いた時、先に到着していたエミールは、再び大袈裟に動きながらレイに話しかけ、再び怒りを買った。

レイは、有言実行とばかりに、容赦なくエミールを張り倒したのである。




エミール、難しい。
そう思ったこの話です。
今まで私の作らなかったキャラであり、苦手なキャラであり、私の書きにくいキャラであるこのお方。
言っておきますが、決して嫌いなのではありません。
苦手なだけです。
むしろ、キャラエピソードではたいへん笑わせて貰いました。
再度言います、この手のキャラの描写が苦手なだけです。
元々語彙力が低いことも相重なり、なんと言っていいのかわからなくなり、表現が同じになり……と、私には大変ハードルが高かったりするのです。
エミールさんごめんなさい。
そう思うと、ギルはやりやすかったりします。
私の好きな設定のキャラですからね。
話の中でレイは非常に仲良くしていますが、原作ゲームでもきっと仲がいいだろうと勝手に思っています。
そうであって欲しい。
そう信じています。
感想、お待ちしています。


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第6話 邂逅、そして覚醒

第6話です。
ついにここまでこれました。


ギルがかなり引くレベルでエミールと対人戦をした後、エミールと自分にさっさと回復錠を投与し、ミッションに出た。

そもそも、エミールがここに来た理由は、フライアの進行方向に多数のアラガミ反応があり、まだ全員揃っていないブラッド隊だけでは処理しきれないという理由で、極東支部に応援を頼んだのである。

それで来たのがエミールという訳であって、じつは、こんなことをして遊んでいる場合ではないのだ。

今回は鉄塔の森でのウコンバサラとドレッドパイクの討伐で、そこまで苦戦することもなくすんなりと終わった。

これで、作戦エリアに群がっていたアラガミはあらかた討伐しただろう。

レイとギルは周囲を見渡す。

 

「あらかた片付いたか?」

 

「かな。全く持って歯ごたえがないねぇ、もうちょっと何とかならないか」

 

「無茶をいうな。ん、あれは……?」

 

ふとギルが、鉄塔の森の奥を見る。

 

「うわあああああ!!」

 

エミールが何かに吹っ飛ばされて登場した。

追いかけてきたのは、ウコンバサラである。

 

「くっ!闇の眷属どもッ!ここは僕のッ!騎士道精神にかけて!お前を土に還してやるッ!」

 

ぐっ、と立ち上がりながら、エミールは仰々しいセリフを吐き、再びウコンバサラに飛びかかる。

 

「ぐわーっ!」

 

そして、再び吹っ飛ばされる。

 

「おのれ、なかなかやる……ッ!だが、今度はこちらの番だ!必殺!エミール・スペシャル・ウルトラッ」

 

再び、ブーストハンマーを振りかぶって飛びかかるが、ウコンバサラはあっさりとはじき返した。

 

「ぐえーっ!尋常ならざる怪力……!」

 

そんなエミールを見ながら、レイは苦笑いを浮かべた。

なんだこいつ、舐めてんのか。

 

「あいつのセリフ、突っ込みどころしかねぇや」

 

「チッ、一人で突っ走りやがって……さっさと片付けるぞ」

 

そう言って、ギルが歩みを進めようとすると、エミールがこちらに叫んできた。

 

「こいつは僕に任せてくれ!僕の騎士道精神を、君たちに、示してみせる!!」

 

そう言って、エミールは再びブーストハンマーを構えた。

 

「いいだろう。こちらも死力を以って相手してや……」

 

セリフを言い切る前に、ウコンバサラの突撃に合い、吹っ飛ばされる。

よくあんだけ喰らって立ち上がれるな、あいつ。

レイはその頑丈さに少し感心した。

流石は極東支部からの援軍、といったところだろうか。

 

「お前の騎士道精神とやらに、つきあってる暇はないんでな。さっさと終わらせてもらうぞ」

 

再度、エミールの助太刀に入ろうとするギルを、レイは片手をギルの前に出して止めた。

 

「ん?」

 

「ま、いいじゃねえか、ちょっと見ててやろうぜ」

 

「お前……勝手にしろ」

 

レイの顔を見て、ギルが少し呆れたように言った。

そうこうするうちに、エミールはゆっくりとだが立ち上がり、ブーストハンマーを構える。

 

「ゴ……ゴッドイーターの戦いは……ただの戦いではない……この絶望の世に於いてッ!神機使いはッ!人々の希望の依り代だッ!正義が勝つから、民は明日を信じッ!正義が負けぬから皆、前を向いて生きるッ!故に僕は……騎士は……ッ!絶対に、倒れるわけにはいかないのだ……ッ!」

 

瞬間、エミールは大きく跳躍し、ハンマーを思いっきりウコンバサラの頭に叩きつけた。

それが決定打になったらしい。

ウコンバサラは、大きく断末魔をあげると、その場に倒れふした。

 

「あーあ、あいつ、やっちまった」

 

「バカなりに、筋は通った奴みたいだな」

 

ギルと顔を見合わし、レイは笑った。

 

「や……やったぞ!騎士道の!騎士道精神の勝利だ!うおおおおぉ!」

 

エミールは歓喜に雄叫びを上げる。

 

「帰投しようぜ。あいつはほっといて。五月蝿い」

 

レイが煩わしそうにギルに言った。

その顔が、悪戯っぽい笑みを浮かべていたのを見て、ギルは苦笑しながらレイに言う。

 

「冗談もそこそこにしておけ。そういうわけにもいかないだろう」

 

「流石。よくわかったな」

 

レイがククッ、と笑い、ギルもつられて笑う。

そのままエミールを呼び戻し、3人はフライアに帰投した。

 

ーーーー

 

「もう居ないかねっと」

 

ぐるりと周りを見渡す。

今のところ、アラガミの気配はない。

 

「こりゃもう終わったな」

 

ふぅ、とレイは1つ息を吐いた。

今回のミッションは、コンゴウ2体の討伐だった。

その他にオウガテイルが数体おり、混戦は必至。

訓練で散々コンゴウ型のダミーアラガミと戦ったし、混戦の訓練も散々やったため、コンゴウの攻撃はほぼ避けるかバックラーを展開して弾くかして対処し、バンバン攻撃を叩き込むことであっさりと終了した。

厄介だったのは、2体とその他を同時に相手したという事位だった。

実戦での初めての中型2体と小型複数の混戦は、ギルとエミールのアシストとフランのオペレーションのおかげで上々の結果である。

討伐が丁度終わった時、フランから連絡があった。

近くに新たなアラガミの反応が出現、そちらの討伐に向かってくれ、という事だった。

ポイントは3箇所だった為、3人は分かれて捜索を開始する。

ギルは一番遠いポイントに現れたアラガミを討伐しに行ってしまったし、エミールに至っては何処のポイントに行ったかもわからない。

いきなり、ここは僕に任せろ的なことを言って飛び出していったのである。

仕方なく、レイはフランの指示に従って移動し、出現したオウガテイルとザイゴートをさっさ蹴散らし、周囲の索敵をしているのだ。

居そうな気配は全くなければ見当たりもしないし、することがない。

とりあえず、ぼーっと此処に留まるより、エミールを探した方がいいかもしれない。

そう思った瞬間だった。

 

「うおわぁぁぁぁぁ!!!」

 

「っ!?……なんだあ?」

 

黎明の亡都の奥から、エミールが叫びながら必死に走ってきた。

その後ろから、真っ白い狼のようなアラガミが追いかけてきている。

見た目はガルムに似ているが、それ以上に凶暴そうな面構え、背中に生えた赤い触手、暇な時に見ていたデータベースの中には明らかに記録されていなかったアラガミだ。

レイは咄嗟に援護射撃による援護、そして白いアラガミと応戦しようとしたが、そのアラガミが一吼えした瞬間、銃形態に変える前にガシャン、と神機が急に重くなり、動かなくなった。

 

「はぁ!?」

 

「なぜだ!なぜ神機が動かない?ピンチだ、まさにピンチだこれは!!うわぁぁぁぁ!!」

 

白いアラガミは、エミールを右前足で凪ぎ払った。

アラガミからすれば、それはひっかいただけなのかもしれなかったが、エミールはその一撃で吹っ飛び、うつ伏せに倒れ、動かなくなった。

 

「エミール!!」

 

レイは慌てながらエミールの名を呼んだ。

微かに、胸の辺りが動いているのが見え、死んでいないことが分かり、ホッと胸をなで下ろすと、そのまま白いアラガミの方に視線を戻す。

白いアラガミは、動かなくなったエミールから興味が失せたのか、レイの方にゆっくりと歩を進めてきていた。

レイは、普段のように変化させようと躍起になって動かすも、ピクリともしない。

 

「何でだよ!オイ、言う事をきけコラァ!」

 

レイの焦りとは関係無く、神機は全く動かない。

ショートブレードだったのが幸いしたのか、まだぎりぎり持ち上げることの出来る重さだ。

但し、持ち上げる事が出来るだけ。

これでは、走って逃げる事も、応戦することだって不可能だ。

突如、白いアラガミがレイに向かって走り出し、飛びかかってきた。

レイは咄嗟に後ろに飛ぶ。

その一瞬、レイは白いアラガミから視線を外してしまった。

ゾッとし慌てて顔を上げた時、目の前には白いアラガミの尻尾が迫って来ていた。

 

「ッ!」

 

慌てて神機を持ち上げ、直撃を避ける。

しかし衝撃は大きく、後ろに吹っ飛び背中から地面に叩きつけられ、くるりと半回転し、四つん這いの姿勢になった為に咄嗟に踏ん張るが、それでも衝撃を殺せず後ろに滑る。

攻撃を受けた右手は痺れていて、叩きつけられた背中がズキズキと痛む。

 

「……ってぇ」

 

ヤバイ、レイは本能的にそう思った。

あの頑丈なエミールが一撃で意識を失ったのがよくわかる。

神機を手放さなかっただけマシだ。

 

「……ハハッ」

 

レイは、思わず笑った。

この状況で、どうしろというのだ。

今から全力で逃げるか?

無理だ、神機を手放して走ったとしても、たかが人間。

大型のアラガミとはそもそものリーチが違う、あっという間に追いつかれて今度こそ殺られる。

それに、エミールを見捨てる訳にはいかない。

どれだけウザい輩でも、死なせるつもりは無い。

二度と、自分の前で人を死なせてたまるか。

 

「……はぁぁぁぁぁッ!」

 

動かない神機を構え、レイは白いアラガミを睨み付けながら静かに気合を込める。

白いアラガミは、ゆっくりとレイとの距離を詰める。

こんなところで、死ぬ訳にはいかない。

 

(動け、一瞬でいい、今、生き残る為に、誰も死なせない為に、頼むから動け!)

 

そう神機に念じた瞬間、レイの中で何かが弾けた。

 

ーーーー

 

フランからの緊急連絡を受け、ギルは慌ててレイの元へ向かっていた。

 

(データベースにないアラガミだと……!?まさか……!)

 

ギルの脳裏に、あの日のことが浮かぶ。

もし、あの日のアラガミだったなら。

その時、ギルは何かを感じた。

同時期、同エリアで別のミッションをしていたロミオ、ナナもそれを感じ取っていた。

 

「何だ……この感じ……」

 

「これ……あの時の隊長と同じ……」

 

ジュリウスは、倒したコンゴウから目を離し、レイのいる方角を見る。

 

「血の力……遂に覚醒したか!」

 

そのまま、ジュリウスはナナとロミオに現場に急行するように指示を飛ばし、自身も現場に向かって走り出した。

 

ーーーー

 

白いアラガミが、レイを押しつぶそうと右腕を上げたその瞬間、神機が起動し、レイは動いた。

 

「でやあああああっ!!」

 

思い切り地面を蹴り、白いアラガミの顔面を狙って飛び、その左眼を斬り上げた。

その衝撃で、白いアラガミは後ろに吹っ飛んでいく。

 

「……ざまぁみろ」

 

はは、とレイは力なく笑った。

着地には成功したが、足に力が入らない。

やっと動き始めた神機は、動かなかった時よりも重く感じる。

呼吸も乱れている。

正直、立っているのがやっとだ。

白いアラガミは、左眼を切り裂かれた事に怒り狂い、今度こそレイを殺そうと迫る。

だが、レイはその場から動けない。

今度こそ死ぬ、そう思った瞬間、白いアラガミの右側を誰かが撃った。

そちらに目をやると、知らせを受けて駆けつけたギルが、アサルトを構えながら駆けてくるのが見えた。

レイの横をロミオとナナが通り抜け、3人はレイの前に立ちはだかるように並ぶと、銃を白いアラガミに乱射した。

がくり、とレイは右膝をつく。

そこにジュリウスも到着し、レイを支える。

思わぬ反撃に、白いアラガミはたまらなかったのか後ろに飛び退き、建物の上に退避し、レイたちを見下ろした。

ここにいる全員の銃の射程圏外。

レイは、ジュリウスに支えられながら、なんとか立ち上がり、白いアラガミを睨む。

白いアラガミは、暫く5人を見下ろすと、興味が失せたのかくるりと身を翻し、姿を消した。

レイは、それを確認すると同時に体から力が抜けるのを感じた。

堪らず、両膝を地面につく。

 

「大した奴だ……よくやった」

 

微笑みながら、ジュリウスが言う。

そのまま、ギルとジュリウスがレイの肩を支え、ナナとロミオがエミールの安否を確認しに行った。

ナナがレイたちに向かって手を振った。

どうやら、レイの予想通り気絶しているだけらしい。

レイはホッと息を吐き、重く、鈍くなった足を動かした。




マルドゥークキターッな第6話でした。
さて、本作のレイは、非常に安々と討伐ミッションをこなしておりますが、私はそうではなかったりします。
もうやられるやられる。
リンクエイド常習犯だったりします。
最近滅法マシになりましたが。
マガツには行く勇気はありません。
無理、勝てない。
もう少し装備揃えてからにします。
レイもブラッドアーツを使えるようになりましたし、もう少しサクサクいきたいところではありますが、ペースはこのまま、ゆっくりと勧めていこうと思います。
この話で、書き溜めていたものは終わりですので、ここからの更新は遅々となりますがご了承ください。
そういえば、GOD EATERリザレクション、発売しますね。
私は2からなので、是非是非プレイしたいところです。
プレイしたら、そちらもこうやって書きたいと思います。
それまでに、もっと進んでおかないといけないので、頑張ります!
お気に入りに追加してくださいました方、ありがとうございます。
感想、お待ちしています。


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第7話 最後の候補者

第7話。
シエルさん登場。
やっと「も」の意味を知りました。


帰投中、ロミオやナナが何かをずっと言っていたようながするが、レイはそれをほぼ聞き流していた。

なんとなく覚えているのは、ジュリウスがラケル博士が何時でもいいから部屋まで来いと言っていることだけだったりする。

それに、レイは適当に返事をし、フライアに戻ってすぐ自力で部屋まで戻り、死んだように寝た。

はっと目が覚め、時計を確認したところ、まだ帰ってきてから数時間しかたっていない。

あれだけフラフラで帰ってきて、たった数時間程度の睡眠で充分だったのだから、レイは自らの回復力に思わず唸った。

自室からロビーに戻ると、ロミオ、ナナ、ギルとどうやら極東支部に戻るらしいエミールが待ち構えていた。

 

「君には大きな借りができた……まずは礼を言わせてくれ」

 

「いや、別にたいしたことしてねぇし。結局アラガミは逃がしたし」

 

「なんというおくゆかしさ……!実力と礼節を兼ね備えているというのか……!」

 

「い、いや……あのな。つーかあんたあれ見てなかったろ」

 

「何より君のあの力……!君こそが世界を包む闇を払う剣なのかもしれない」

 

「なぁ……お前話を」

 

「だが!ライバルとしてすぐに君に追いついてみせよう!」

 

「だああるっせえ!誰がライバルだ!話聞けこの野郎!そして何故寄ってくんだよ!離れろ!」

 

レイは最初こそ普通に話そうとしたが、やはり耐えきれず怒鳴りつけるが、当の本人は怒鳴られようが全く聞かず、くるりと振り返り右手を掲げて歩き始めた。

 

「次に会ったときお互いの研鑚の成果を見せ合おうじゃないか!我が友よ!」

 

「やかましいわ!」

 

レイの怒声など聞こえぬ、とばかりに無視し、エミールは極東へ帰っていった。

 

「俺、あいつすっげー苦手」

 

普段なら見せないような表情を見せるレイを、ロミオがなだめながら言う。

 

「き、極東支部ってあんな人ばっかなのかな」

 

「んな事あってたまるか」

 

「でも、お菓子くれたから多分いい人だよ!」

 

「おまえいつの間に……」

 

エミールに貰ったお菓子を食べ、目を輝かせているナナを、レイは呆れたような目で見た。

 

「俺、ナナをある意味で尊敬する」

 

「それより、お前大丈夫なのかよ?数時間前までフラフラだったのに」

 

ロミオが心配そうにレイに聞いた。

 

「ん?ああ、それに関しちゃ、背中がまだちょっと痛ぇ位で後は全然大丈夫。自分でもびっくりだぜ。俺、こんなタフだったっけなぁ?」

 

そう言って、レイは首をかしげた。

 

スラムで暮らしていた時でも、割と回復は早かった方だが、ここまでだった試しはない。

 

「へぇー。背中なんかなってるか見てやろうか?」

 

「あ、頼むわ」

 

ロミオの言葉に甘え、レイは、背中を向け、服を捲る。

その服をもう少し捲って、ロミオはうわっ、と声を上げる。

 

「なぁ、ちょっと洒落にならないレベルの痣ができてるぞ。これでちょっと痛い程度ですんでんのが不思議」

 

「うげぇ、マジかよ。まぁ、死ななかっただけマシだな」

 

はは、とレイは笑いながら捲り上げた服を戻した。

あれは本気で死ぬかと思った。

 

「……あれが「血の力」か……」

 

不意に、ギルが声を上げた。

ギルはレイに背中を向けたまま続ける。

 

「結果としてはみんな無事だったのはいいが……あまり無理はするなよ?ロミオ、さっきは悪かったな」

 

「え、お、おう」

 

それだけ言うと、ギルは去って行った。

ロミオは少し戸惑っているが、レイはナナと目を合わせ、クスリと笑った。

どうやら、うまくいっているようだ。

 

「あ、やっべぇ、呼び出し忘れてた。行ってくるわ」

 

ふと、ジュリウスが言っていたことを思い出し、慌ててラケル博士の部屋に向かった。

部屋の前でジュリウスが待っており、一緒に部屋に入る。

そして、近くのソファにジュリウスとともに座らされる。

 

「ついに「血の力」に目覚めましたね……ジュリウスに次いで貴方がふたり目です……おめでとう」

 

「……ありがとうございます」

 

ラケルが、微笑みながら言った。

レイの正面で、ラケルは考え込むような仕草をする。

 

「さて……何からお話しましょうか……」

 

「ラケル博士、あのアラガミは?」

 

レイは、1番気になっていたことを切り出した。

あのアラガミが現れた瞬間、神機が動かなくなったのだ。

そのせいで死にかけたのだから、今後遭遇した時のためにちゃんと知っておきたい。

 

「貴方が遭遇したアラガミ……「マルドゥーク」は暫定的に「感応種」と呼ばれています……。「感応種」は強い「感応現象」によって他のアラガミを支配しようとすることがわかっています……。オラクル細胞を持つ神機も言わばアラガミの一種……エミールさんの神機が動かなくなったのはそのためです」

 

「「感応現象」?」

 

聞きなれない言葉にレイは首をかしげる。

この問に答えたのは、ラケルではなくジュリウスだった。

 

「「感応現象」はオラクル細胞同士が互いに影響を与え合う現象のことだ。俺たち神機使いや神機そのもの、そしてアラガミとの間でそれぞれ起こりえる。「血の力」も「感応現象」の一種だな」

 

「「血の力」が「感応種」に対抗できるというのはまだ仮説だったのですが……フフッ……図らずも貴方がそれを証明してくださったのですね」

 

そう言うと、ラケルは車椅子を器用に動かし、レイに触れることが出来るくらいの距離まで近寄った。

そして、レイの手を優しく包む。

 

「貴方の「血の力」をもってあまねく神機使いを、ひいては救いを待つ人々を導いてあげてくださいね……」

 

「……はい!」

 

ラケルが嬉しそうに微笑む。

レイも、少し微笑んで答えた。

 

ーーーー

 

「へ?」

 

「「血の力」がわからない?」

 

「……おぉ」

 

ナナとロミオに詰め寄られ、レイは戸惑いながら頷いた。

エミールが極東に戻り、ラケルから話を聞いてからここ数日、ミッションでブラッドアーツが使えるようになったので、ミッションが大変楽になったのだが、肝心の血の力に関しては全くわからなかった。

ジュリウスの様にわかりやすい変化が起きるわけでもなく、他の変化が現れる訳でもない。

しかし、ブラッドアーツは使えるのだ。

つまり、血の力は発動しているが、効果は不明という訳だ。

レイ自身訳が分からず、首を捻っているところを、ロミオとナナに呼ばれ、向かった庭園でこうやって問い詰められている。

 

「いやいや「ブラッドアーツ」は使えてるんだろ?わからないってどゆこと?そもそもブラッドアーツ自体「血の力」が戦闘用の技になったやつなんだしさ」

 

「え?」

 

ナナがキョトンとしながらロミオの方を見た。

 

「ラケル先生がこのあいだいってただろ?ブラッドアーツは「技」で同じ神機だったら同じ技が使えるけど「血の力」はその人特有だって」

 

「もちっと正確に言ったら同じ刀身パーツなら、だな。パーツが変わればブラッドアーツも変わるぞ」

 

「うーん、そういわれれば聞いた気も……」

 

未だ釈然としないナナに、ロミオは少し困ったように説明する。

 

「えっとぉ。例えば、ジュリウスの「血の力」は「統制」っつって俺たちをバースト状態にできるだろ?あれだよあれ!」

 

「ああー……バヒューンって光ってちょっとのあいだ強くなるやつね!」

 

「合ってるけどさ……」

 

「……もういんじゃね?」

 

ロミオと2人してナナへの説明を諦める。

なんとなくでもわかっているならそれでいいだろう。

 

「ジュリウスの「血の力」は見た目にわかりやすい変化が起きるが、俺のはそういうのじゃねぇらしいんだよなぁ」

 

「じゃあレイの「血の力」は発動してるのに目立った変化がないってこと?」

 

「そうらしいぜ」

 

ロミオとナナは顔を見合わせた。

そして、レイに笑顔を向ける。

 

「これからじゃん?たぶん!」

 

「そーそー!そのうちなんかわかるって!たぶん!」

 

「たぶんて。つか、ナナそれどっから出した、頭わしゃわしゃすんのやめろ」

 

ナナが、左手につけたアバドンのパペットでレイの頭に噛み付いた。

人形だから痛くはないが、それでわしゃわしゃと弄るのはやめて欲しい。

レイの言うことを素直に聞き、ナナはパペットを引っ込め、ニッコリと笑う。

 

「そういえばさ、ブラッドに新しい人が来るんだって!」

 

「ん、また?」

 

「しかも今度は16歳の女の子だぜ?またあのゴリラみたいなのが来たらどうしようかと思ったけどよかったよな!」

 

「年下か」

 

ロミオの顔が、嬉しそうに輝いた。

新人がどんな人物だろうと関係ないが、それより。

 

「なぁ、ロミオとギルはまだ仲が悪いのか?」

 

こそこそとロミオに聞こえないようナナに聞いてみる。

 

「あれじゃない?ケンカするほど〜ってやつ」

 

「ああ、成程」

 

「なんだよ?」

 

ロミオに聞かれ、2人はブンブンと首を振った。

 

「ブラッドもどんどんにぎやかになってくねー!どんな子なのかなぁ?」

 

「さぁね。あっと、ジュリウスが呼んでらぁ、例の新人さんが来たってよ。さっさと行くぞ」

 

端末に届いたメールを確認すると、レイは立ち上がる。

ロミオとナナも端末を確認し、立ち上がった。

3人は、仲良くエレベーターに乗り込み、目的地として指定されたラケルの部屋に向かった。

 

ーーーー

 

部下に連絡を入れた後、ジュリウスもラケルの部屋に向かおうとエレベーターを待っていた。

コツ、コツと後ろに誰かが接近してくる。

この、規律正しい歩き方は。

ジュリウスは振り向いて、その姿を確認する。

そこには、予想していた人物が立っていた。

 

「久しぶりだな。ラケル先生の付添、じゃあ……なさそうだな」

 

「ええ、任務は更新されています」

 

人物は、冷静に、そして顔色一つ変えずに言った。

 

「正式にブラッドの隊員として招聘されました。貴方もお変わりなく、何よりです」

 

ーーーー

 

4人が到着した時、部屋にはまだラケルしかいなかった。

入室の許可を貰い、ロミオ、ナナ、ギル、レイの順番に入って、並んで待つ。

少し遅れてジュリウスが入ってきて、ドアの近くに立つ。

また少し遅れて、コンコン、とドアをノックする音がした。

 

「シエル・アランソン、入ります」

 

静かな声とともに、一人の少女が部屋へ入ってきた。

白髪で薄青い瞳、ピンと姿勢を伸ばし、規律正しい歩き方でブラッドのメンバーの前に立ち、敬礼をする。

 

「本日付で、極致化技術開発局所属となりましたシエル・アランソンと申します。ジュリウス隊長と同じく、児童養護施設「マグノリア=コンパス」にて、ラケル先生の薫陶を賜りました。基本、戦闘術に特化した教育を受けてまいりましたので、今後は戦術、戦略の研究に勤しみたいと思います」

 

ここまではっきりと言いきると、シエルはブラッドのメンバーから視線を外し、恥ずかしそうに言った。

 

「……以上です」

 

「シエル、固くならなくていいのよ。ようこそブラッドへ」

 

ラケルがシエルに優しく言った。

なんつーか、人馴れしてないな。

レイはなんとなくそう思った。

なんというか、この手のことが苦手というか、した事がなさすぎてわからない、という風に見えたのだ。

 

「これで、ブラッドの候補生が皆揃いましたね。「血の力」を以って、遍く神機使いを、ひいては救いを待つ人々を導いてあげてくださいね……ジュリウス」

 

最近聞いたような言葉を述べると、ラケルはジュリウスの名を呼んだ。

ジュリウスが、ドアの前から離れ、シエルの横に立つ。

 

「これからブラッドは、戦術面における連係を重視していく。その命令系統を一本化するために、副隊長を任命する。ブラッドを取りまとめていく役割を担ってもらいたい」

 

これを聞いて、ロミオが少しソワソワしているようにレイには見えた。

忘れがちになるが、このブラッドでジュリウスの次に古株なのはロミオなのである。

そう考えると、ここはロミオが指名されるかな、とレイは考えた。

入って早々の新人に、そんな役を任せないだろうと。

 

「ここまでの立ち回りと、早くも「血の力」に目覚めたこと……お前が適任だと判断した。副隊長、やってくれるな?」

 

「……は?」

 

レイは、驚きのあまり目を丸くする。

まさかと思っていたことが現実になるとは。

いやいや、そこは俺じゃないだろ。

素人でも強かったらいいとか、実力主義にも程がある!

 

「わー、副隊長ー!よろしくねー!」

 

「え、いや、待て、拒否権は無いのか!?」

 

「まあ、順当だろ。ナナはあれだし、ロミオは頼りないしな……」

 

「うるさいよ!お前の方がよっぽどありえないよ!」

 

「いや、だから!あー、もー!こんなとこで喧嘩すんなぁ!」

 

レイは、バリバリと頭を掻いた。

誰も話を聞いてくれない。

どうやら、拒否権は無い様だった。

戸惑うレイなどお構いなしに、ギルとロミオは言い争いを始める。

 

「前にも言ったが、お前は敵と距離開けすぎだ。そのくせ被弾率が高いってのはどういうことだ」

 

「イノシシバカに言われたくないね!だいたい、皆の射線の邪魔になってるの気づいてないの?」

 

ギルの言葉に、ロミオが反論する。

止める身にもなって欲しい。

 

「もう止めろよ、めんどくさいな!」

 

「皆って誰だよ」

 

「わたしじゃないよー」

 

「うるさい!俺だよ、バーカ!」

 

「聞け!」

 

仲裁に入ろうとするも、ことごとく無理され、レイは流石に泣きそうになった。

これまとめるとか無理だろ。

 

「チームの連携に不安が残る現状だが、お前ならきっと出来るさ」

 

「何を根拠にそんな事ほざくんだその口は」

 

レイは、恨みを込めてキッとジュリウスを睨む。

ジュリウスは、苦笑しながら肩をすくめると、隣のシエルに指示を出した。

 

「シエル。副隊長とブラッドについてのコンセンサスを重ねるように」

 

「了解です」

 

そして、未だ言い争いを続けるロミオとギルにも、一言だけ指示を出す。

 

「お前らも、そのくらいにしておけ」

 

この一言で、ロミオとギルはバツが悪そうに顔を背けた。

 

「戦場でもその調子で、規律正しく頼む」

 

「どこが規律正しいんだよ」

 

思い切り顔をしかめながらレイは言った。

正直、やっていける気なんか全くと言っていい程しない。

 

「副隊長、改めてよろしくお願いいたします」

 

「あーもーいーや。ん、よろしく」

 

シエルが、レイの前に進み出て軽く会釈をした。

仕方なく、レイも会釈を返す。

もう、ここまで話が進んでしまったのならば、諦めて吹っ切ってしまう方が賢いというものだろう。

 

「では、後程」




シエルさん、重宝しています私です。
だって、敵体力視覚化便利なんだもん。
やられそうになったら回復弾撃ってくれるもん。
なんやかんやで助けてもらいまくっています。
さて、主人公のレイですが、なんだかんだでみんなと仲良く出来るという素敵スキルの持ち主です。
こいつ、出してないけど手先は器用で歌も楽器も料理もうまいっていう万能人間なんだぜ。
出してないけど。
出す機会があったら出したいな、出す時ないけど。
でも、ゲームのプレイヤーキャラクターも結構なんでもできる人なので問題は無さそうかな、なんて勝手に思ってます。
万能人間か、なりたいな。
感想、お待ちしています。


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第8話 シエル・アランソン

第8話です。
シエルさんがよく動き、主人公が頭を悩ませる話。
アリサ、登場。


「改めて、今後ともよろしくお願いします」

 

「ああ、えと、シエルだっけ?俺は朽流部レイだ、よろしく」

 

あの後、全員解散し、レイはロビーに行った。

訓練でもしようか、とカウンターに足を運ぼうとした時、シエルが声をかけてきたのだ。

どうやら、早速今後の方針を打ち合わせたいらしく、既に、ラケルの部屋を借りてきたという。

しなければならない訓練ではないし、する事も無いのでレイは二つ返事で了承した。

どうせしなければいけないのだ、だったら早いほうがいい。

ラケルの部屋に移動し、簡単な自己紹介を済ませる。

 

「先に、確認しておきたいことがあります」

 

「ん?」

 

「ブラッドとして作戦行動を行った回数はどのくらいでしょうか?」

 

シエルに問われ、レイは少し考える。

そもそも、レイはまだまだ素人である。

個人的に素材集めやらなんやらで結構討伐はしているが、ブラッドとしてといわれると、数えるほどしか行っていない。

 

「あー、そうだなぁ……。俺自身神機使いになったばっかだし、ブラッドとしてって言われたらあんまりやってねぇかな」

 

「なるほど。つまり、ほとんど経験がないということですね」

 

「まぁ、そういうこった」

 

「わかりました、それでは次回以降、しばらくは戦術レベルでの連係訓練を行っていくべきですね」

 

シエルは、ふむ、と頷いて見せた。

そして、少し沈黙してから、ふとこんなことを口にした。

 

「副隊長から私に、何か質問などはありますか?」

 

レイは少し、首をかしげて考える。

そんなこといきなり言われても。

俺はロミオみたいなノリはできないんだがなぁ。

 

「質問ねぇ。……あー、そういや、ジュリウスと同じとこの出身なんだってな」

 

ふと、思いついた事を聞いてみる。

確か、そう言っていたはずだ。

 

「はい、「マグノリア=コンパス」でご一緒させて頂きました。ラケル先生からは、知識だけではなく神機使いの矜恃というべきものを教わりました。今、私がこの誇りある職務に従事できるのは、他でもない先生に拾って頂けたおかげだと思っています。ですから、自分の境遇を不幸だと考えたことはありません。おそらく、隊長も同じだと思います」

 

レイが思っている以上に、シエルはしっかりと答えてくれた。

ふと思ったことなので、大して興味もなかった事だったのだが、こうもしっかり答えてもらえるとは。

少し悪い気がしながらも聞き流し、もう一つ問うてみることにする。

 

「ほー。じゃあもう一つ。どんな勉強をしてきたんだ?」

 

「そうですね……体術や各種武器の扱いのほかには、破壊工作、諜報活動、暗殺術などを一通り学んだ程度です。既に、第一線で戦っている皆様に対して誇るほどのものはありません」

 

「ははっ、言うねぇ」

 

レイは、肩をすくめて苦笑した。

そこまでいろいろやって誇るようなものはないと、シエルは言ってのけた。

冗談じゃねぇ、俺は一個もやってねぇよ。

 

「オッケー、こっちからの質問は終了。そっちから俺になんか質問があるならどうぞ?まぁ、今でなくても、聞いてくれたらいつでも答えるけど」

 

「副隊長の活躍は、ラケル先生から伺いました。早くも「血の力」に目覚め、目覚しい戦果を上げた、と」

 

「確かに「血の力」には目覚めたが、そこまでのことやってねぇぞ、俺」

 

「私も実戦経験では及びませんが、そのぶん、戦術の知識でブラッドに貢献できればと考えています」

 

レイは、バリバリと頭を掻きながらシエルを見る。

さっきから微妙に会話が噛み合っていない。

意図的にしているのか、無自覚なのかが表情から読み取れないのが、レイには少し不気味に見えた。

 

「ええと、こういうときは……えっと……」

 

「ん?」

 

「ああ、すみません、思い出しました。お互いに、足りない所を補って高め合っていければ……と思っています」

 

そう言うシエルの目は、レイを見ていない。

明らかに意図的に反らされた視線は、とても自信がなさそうに見えた。

 

「ああ、おかしなことを言っていたら、すみません。社交的な会話には、どうも不慣れなもので」

 

「そうかい。俺も人のこと言えねぇけど」

 

苦笑しながらレイはシエルを観察する。

この部屋に入ってからずっと、シエルに対しての違和感が拭えないのだ。

それが何なのかはよくわからないが、レイはシエルの行動や言動に人間味がないと感じていた。

まるで、行動をプログラムされた人形だ。

 

「あ、そうだ。こちらの資料に、目を通していただけますか?皆さんの戦闘データを基に作成したトレーニングメニューです」

 

不意に、シエルがレイにタブレットを差し出し、レイは慌ててそれを受け取る。

 

「え?ああ、サンキュ。ええっと?」

 

それを受け取り、上から目を通していく。

その概要を、シエルが淡々と説明した。

 

「1日24時間のうち、睡眠8時間、食事その他の雑事2時間、任務に4時間として……」

 

「ん?」

 

「残り10時間のうち、戦闘訓練に4時間、座学に6時間分配します」

 

「んん?」

 

「そして、こちらが各メンバーに合わせた訓練計画です」

 

「んんん?」

 

なんだこれ。

正直なところ、これしか感想が思いつかなかった。

 

「少し、精度が甘いかもしれませんが、十分、小隊戦力の底上げにはなるかと……」

 

「いやいや、待て待て。これで甘いってどういうこったよ。十分すぎっつーか、やりすぎにも程があんぞ……」

 

タブレットを凝視しながら、レイは思わず呟いた。

こんなメニュー、1日ももたずに放棄されるぞ。

 

「では、失礼いたします。これからもよろしくお願いします、副隊長」

 

どうやら、レイの呟きは聞こえなかったようで、シエルはやることは終わったとばかりに足早に引き上げていった。

 

「あ、おい……。はーあ、こりゃ、厄介なことになるかもなぁ」

 

1人、部屋に残されたレイは、タブレットを眺めながらため息をついた。

どうやら、一筋縄では行かなさそうだった。

 

ーーーー

 

しばらくぼーっと突っ立った後、レイがラケルの部屋からロビーへ戻ると、フランから新しいミッションが発行されていると言われ、促されるままに受注した。

内容は鉄塔の森での小型アラガミの討伐だが、近くにヤクシャの反応があり、いつ作戦エリアに侵入されるかわからない、と言ったもので、メンバーはレイ、ギル、シエルの3人だった。

ジュリウスはナナとロミオとで別のミッションを行うらしく、これが副隊長としての初めての任務である。

とはいえ、ここで変に意気込んだところで何かが変わるわけでもないので、普段と同じようにミッションに望んだ。

 

「えーと、今回は、別段どう動くとか決めねーでやるから。好きにやって」

 

「普段通りってことだな」

 

「そゆこと。シエルがどこまでやるかわかんねーし、決めたって意味無いだろ?とりあえず、ジュリウスが言ってたとおり、ヤクシャが接近したら一時退避ってつもりにしといてくれたら十分。シエルもこれでいいか?」

 

「了解しました」

 

こく、とシエルが頷き、レイは内心ホッとした。

正直、反論されると思っていたのだ。

レイは2人に頷きかけ、神機を構える。

 

「ふぅ……行くか」

 

グッ、と地面を思い切り踏み込んで蹴り、小型アラガミの群れの真ん中に飛び込んだ。

オウガテイルを一撃で斬り払い、振り向きざまにもう一体を屠る。

 

「うし、今日もそれなりの調子だな」

 

ガシャンと神機をアサルトに変化させて、連射する。

たまらず、アラガミの群れはレイから距離を取るように後退した。

バレットを連射するレイの横を、ギルとシエルが追い抜き、アラガミを倒していく。

ギルがベテランの余裕を見せる一方、シエルはオウガテイルを切り伏せると同時に神機を変形させ、構える。

 

「目標確認」

 

そう言った瞬間、離れたところにいるオウガテイルを見事に狙撃して見せた。

 

「ひゅぅ、やるね」

 

「お手本みたいな戦い方だな。ロミオとナナにみせてやりてぇ」

 

「はは、言えてる」

 

クク、と笑いながら戦ううちに、小型アラガミの群れはあっという間に殲滅し終わった。

 

『ブラッドβ、ヤクシャが近付いて来ています。予想到着時刻はおよそ30秒後』

 

無線に入ってきたフランの連絡を聞いて、レイは少し考える。

本来なら一時退避だが、思っていたよりも近い。

 

「りょうかーい。うん、こりゃ迎撃かな」

 

「片づけに行くぞ」

 

「待ってください」

 

不意に、シエルが迎撃に向かう2人を引き止めた。

 

「「ヤクシャが接近した場合一時退避」という内容の作戦だったはずです」

 

「俺たちの仕事はアラガミの討伐だ」

 

「ギル、作戦通りに行動できないようではより強力なアラガミとは戦えません」

 

「状況に応じて臨機応変に戦うべき場面もある」

 

だんだんと、ギルの声が鋭さを増し始める。

しかし、シエルは全く引かなかった。

確かに、シエルの言っていることは正しい。

かと言って、ギルが間違っているわけでもない。

どうするかレイが迷っていると、内線からジュリウス達ブラッドαの声が聞こえた。

 

『落ち着けふたりとも。現場での指揮権は副隊長にある』

 

『ケンカはよくないよー』

 

『怒られてやんのー』

 

『ヤクシャ、廃工場エリアに侵入しました』

 

ナナとロミオの声に混じって聞こえる、フランからのアナウンスを聞き、レイは周囲の気配を探る。

 

こうして喋っているうちに、ヤクシャだけでなく、他の雑魚まで寄ってきてしまったようで、あちこちからアラガミの気配がした。

 

端末でアラガミの位置を確認すると、レイたちから遠い場所にいるわけではなく、退避している余裕はなさそうだった。

 

『雑魚を分断して先に対処するか、まとめて一気に相手にするか、副隊長、後はおまえが決めてくれ』

 

ジュリウスにそう言われ、レイはふぅ、と息を吐いた。

あまり迷っている時間はない。

レイは、2人に指示を出した。

 

ーーーー

 

『対象の討伐を完了した。そっちはどうだ?』

 

「お疲れ様です隊長。こちらは……」

 

「ああ、問題なくクリアだ」

 

レイの出した答えは、まとめて一気に相手にする、つまり乱戦だった。

分断しようと思っても、雑魚とヤクシャの距離が近すぎて難しかったのと、何より一気に相手してしまった方が楽だったのである。

シエルとギルが雑魚の相手をしている間に、レイは習得したブラッドアーツ、ダンシングザッパーを駆使してヤクシャの顔と肩鎧の結合崩壊をさっさとやってのけ、一気に叩いて終わらせた。

さして悪い戦果ではないのだが、シエルは、納得がいかないというような顔をしていた。

作戦はなんとかなったが、どうも不和が生まれたような気がした。

 

『……そうか。ご苦労、帰投しよう。副隊長、今後の作戦ではしばらくおまえに指揮権を譲る。シエルとよく話し合っておいてくれ』

 

「……うっす」

 

レイは、ため息をつきながら返事をした。

それからというもの、任務の度にシエルの注意の声が飛んだ。

グボロ・グボロとシユウを相手にしている時は、ロミオにシユウの頭部の狙撃を推奨し、ナナにグボロ・グボロの尾ヒレにハンマーは効率的ではないから胸ビレと砲塔を狙えと言い、それからほかに数個の注意を受けた。

ウコンバサラとその他の雑魚を相手取っている時には、ギルに混戦を避けるべく一旦散開しようと言い、ロミオに無駄な会話をやめて周辺状況の報告をこまめに行えといい、ナナにアラガミの特性によっては銃形態での攻撃で効率が上がるから神機の機能をすべて生かして最大の成果を得ろという。

レイにはより戦術的な指示や交戦ポイントの選択があるから慎重かつ迅速に支持を出せ、という。

間違ってはいない。

だが、こうも逐一注意を受けるとやる気が失せるというもので、いつしかブラッドの空気が沈んでしまっていた。

ナナもロミオも、仲良くなれるきっかけが見つけられずにおり、ギルからは不満の声が上がっていた。

 

「……どうしろってんだよ」

 

レイは、完全に困ってしまっていた。

ジュリウスに話があると呼び出され、さてなんなのかと聞いてみたら、フランからブラッドの戦闘効率が落ちてきていると連絡があったが、そういう時期もあると答えておいた、お前の好きにやれ、と言われた。

好きにやるどころじゃねぇんだよ、と突っ込みたいのを必死にこらえた。

そんな雰囲気でのブリーフィングは、最悪だった。

誰も何も言わず、ただジュリウスのいうことを聞いているだけだった。

 

『オープンチャンネルに救援要請!繋ぎます!』

 

突然の要請に、全員の表情が一気に締まる。

 

『こちらサテライト拠点第2建設予定地!感応種と思わしき反応を観測塔から北北東30Km地点に確認!複数の通常アラガミを引き連れている模様、至急救援を求めます!』

 

「感応種……!」

 

『ブラッドに緊急連絡!近くに感応種と思しき反応を確認!先ほどの救援要請地点とほぼ一致、救助並びに感応種討伐をお願いします!』

 

立て続けに、ロビーに放送が鳴り響く。

 

「い、急いで助けに行かないと!みんな、感応種とはまともに戦えないんだろ!?」

 

ロミオが慌てながら言った。

ジュリウスが頷き、指揮を執った。

 

「あぁ、つまり……今が、俺達の本領を発揮する時だ。感応種討伐!ブラッド、出るぞ!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

ーーーー

 

討伐対象となった感応種は、イェン・ツィーと呼ばれるシユウ神族の感応種だった。

まず、レイとジュリウスが飛び込み、イェン・ツィーの感応波を血の力で打ち消して神機を使えるようにし、あとは普段通り戦った。

イェン・ツィーの能力でチョウワンが大量に生み出されたが、さすがはブラッド、と言ったところだろう。

各自が片っ端から迎撃し、確実に数を減らす。

おかげで初めての感応種討伐は、大した危険もなく終わることが出来た。

相変わらずシエルの注意は飛び続けていたけれども。

 

「うし、終了っと」

 

「あ、あれ?」

 

不意に、素っ頓狂な声が聞こえた。

チラリ、とそちらに目をやると、長い銀髪の上に赤いベーレ帽をかぶる、白と赤の制服を身につけた女性が立っていた。

さっきまで隠れていたゴッドイーター達ではなく、応援に駆けつけたようだった。

少し遅かったが。

ま、あとはジュリウスがやってくれるだろうと、レイは女性から視線を外し、周囲の索敵を開始する。

今のところ、アラガミの気配はない。

 

ーーーー

 

「あの……貴方たちは?」

 

女性が戸惑いながら言った。

 

「失礼。フェンリル極致化技術開発局所属ブラッド隊隊長ジュリウス・ヴィスコンティです。オープンチャンネルに救援要請が入ったため、こちらに参りました」

 

「フェンリル極東支部アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。救援要請へのご対応ありがとうございます」

 

「いえ」

 

ジュリウスと簡単な挨拶を交わすと、アリサはふと、ある背中に目が止まった。

持っている神機のタイプはショートブレードとバックラー、銃身は自分と同じアサルトだろう。

今は欧州にいる、あの人に何故か雰囲気がそっくりだ。

 

「……ユウ?」

 

自分にしかわからない程度の声で呟いたはずなのに。

その男は明らかにその声が聞こえたようで、少し驚いたような顔をしてこちらを振り返った。

その顔を見て、アリサは人違いに気が付き、少し顔を赤くした。

ユウとは髪色と顔付きがまるで違う。

雪のように真っ白だったユウの髪に対し、この男は闇よりも深い黒色だ。

それに、ユウの左頬にあんな傷はなかったし、何より瞳の色が違った。

ユウの瞳の色はコバルトだが、その男の瞳の色はガーネット、全く違う色だ。

何より、アリサよりも若干若そうに見える。

その男は、何か言いたそうに口を開きかけたが、先にジュリウスが口を開いた。

 

「ん?私の部下が何か?」

 

「いえ!ただ、少し知っている人と似ているような気がしたので……」

 

「そうですか」

 

そうこうするうちに、シエルがジュリウスに声をかける。

 

「隊長、帰投準備ができました」

 

「了解だシエル。今行く。それでは……また」

 

ジュリウスが軽く会釈をし、ブラッドの面々を引き連れて帰投していった。

アリサは、暫くその場に留まってブラッド隊を見送った。

 

ーーーー

 

「……」

 

「……レイー、どうしたのー?」

 

ナナからの呼びかけで、レイはハッとした。

まだフライアの外で、気を抜いているわけにはいかないのに。

レイはチッ、と舌打ちをした。

 

「悪い悪い、なんでもねぇよ」

 

レイは適当に笑ってはぐらかす。

ナナがしつこく聞いてきたが、何でもないと言い張った。

 

(……アイツ、ユウを知っていた)

 

レイより3年早くゴッドイーターになった義兄を、あのアリサは知っている。

時々端末に届くユウからのメールには、調子はどうだのちゃんと食べているかなどとお前は母親かと言いたくなるような内容ばかりであったが、時々、同じチームのメンバーの話をしてくれていた。

名前は伏せていたが、恐らく。

 

(……ま、のちのち分かりゃいいさ)

 

ふう、と息をついて、レイは頭を切り替える。

そんなことを気にしてる余裕は最早無く、一刻も早くブラッド隊の不和をなんとかしなければならない。

この帰投中の現在、ギルとロミオは言い合いをしているし、ナナはシエルに話しかけるかでおどおどしながらレイを見てくるし、シエルに至ってはそれをスルーしているし、ジュリウスは何故だか微笑みながら黙っている。

 

「こういうのって面倒だなぁ……。ほんと、参った……」

 

レイは盛大にため息をついた。

昔から、人間関係とやらは苦手なのだ。

もう、これはこれでいいんじゃなかろうか。

そんなことを考えて自身にうんざりすると、この場を収めることを最早諦め、レイは足を動かすことに専念した。




主人公頑張れ、な8話でした。
もう少し頭を悩ませてもらいますよ、ごめんね主人公。
ところで、このまま行くと一体何話書くのでしょう私は。
レイジバースト編や、無印主人公が帰ってきたよー、なIf編も書きたいんだけども。
ペースを上げればいい話なんだろうか。
うーん、頑張ろう。
感想、お待ちしています。


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第9話 友達

第9話です。
ブラッドとシエルの苦悩。


「はてさて……参った、マジでどうしよう」

 

レイは1人、エレベーターの中で腕を組みながら考えていた。

シエルと打ち合わせをしないといけないので、どこに行ったのか探していると、職員にシエルは庭園に行った、と教えてもらったのである。

最近、どうも毎日庭園に行っているようで、職員は気に入ってもらえて何よりだと喜んでいた。

 

「このまま言っても喋ることがねえんだよなぁ……。なんかねぇかなぁ……」

 

うんうん悩んでいると、エレベーターが開いた。

 

「あら、こんにちは」

 

「へ?あ、ああ、どうも」

 

乗り込んできたのは、レアだった。

レイの反応を見て、クスクスと笑う。

 

「そういえば……ねえ、シエルの様子はどう?ブラッドに溶け込めているかしら?」

 

「……優秀な隊員ではありますよ」

 

どう返すか一瞬悩んだ挙句、出てきたのはこの一言だった。

その、溶け込めていないから今悩んでいるのである。

 

「ええ、それはわかっているんだけど」

 

レアが、少し考えるような仕草をして、ゆっくりと語り始めた。

 

「シエルは、もともとは裕福な軍閥の出身でね。両親が亡くなったのをきっかけに、ラケルに引き取られたの」

 

「……へぇ」

 

「「マグノリア=コンパス」で、シエルはとても過酷で、高度な軍事教育を施されていたようね……。極限のストレステストや、少しのミスで、懲罰房に入れられたりして……。しばらくして、彼女にあった時には、命令を忠実に実行する猟犬のような……そんな女の子になっていたの。その後、齢が近いことから、ジュリウスのボディーガードをずっと任されていたんだけど……守る、守られるの関係だったせいか2人は友達にはなれなかったみたいね」

 

ここまで聞いて、レアはレイの顔が嫌悪の表情を浮かべている事に気がついた。

 

「……正直な感想は言わないでおきましょう。なぜそれを俺に?」

 

さっきよりも数トーン低い声が響いた。

レアは、再びクスクスと笑う。

 

「フフ、シエルは貴方のこと、とても評価しているみたいよ?フライアに来てから、あの子……少しだけ肩の力が抜けたみたいね。貴方達、ブラッドの雰囲気がそうさせるのかしらね?ジュリウスも昔から比べると、ずっと接しやすくなったし……」

 

「……そうですか」

 

レイの顔に少しだけ驚きの表情が浮かんだ。

 

「シエルは、人との距離の取り方がとても不器用な子だけど、少しずつ変わろうとしているわ、良かったら仲良くしてあげてね」

 

「まぁ、チームメイトですからね。……なんとかしますよ」

 

レアが来た時よりも更に怪訝な顔をしながらレイは言った。

エレベーターが止まり、レアは笑顔でひらひらと手を振った。

 

「話に付き合ってくれて、ありがとう。またね」

 

「……ええ、また」

 

レアがいなくなった瞬間、レイは大きくため息をついた。

さっきの話を聞き、レイの中で「マグノリア=コンパス」の評価が一瞬で地に落ちた。

シエルに感じていた違和感は、ここに原因があったのだ。

エレベーターが再び止まり、レイは、ふう、ともう一度ため息をつくと、庭園に足を踏み入れる。

シエルは、ベンチに1人、俯いて座っていた。

 

「シエル」

 

「副隊長……」

 

レイの呼びかけに、シエルは少し顔を上げたが、すぐに俯いてしまった。

 

「……思ってること、言えよ」

 

「……これまでに習得してきた知識をもとに、最善の戦略を提案しているつもりです。それなのに……」

 

レイの位置からシエルの表情は読み取れなかったが、泣きそうな顔をしているような気がした。

どうしたらいいか、もうわからないといったような感じで。

 

「私が配属されて以降戦闘効率が落ち続けているんです。戦況に応じて臨機応変に対応すること……それが重要なのは……理解しているつもりです。しかし私は、いかなる不測な事態にも対処するために……上意下達を厳守するべきだと……」

 

後半、シエルの声は震えていた。

レイは、ポン、とシエルの方に手を置いた。

シエルが、顔を上げてレイの顔を見た。

 

「……ああ、間違っちゃいねえよ」

 

「……それだけでは足りない、ということですか?」

 

「あのな、お前が来るまで、俺達は好き勝手に戦っていたんだよ。難しい事考えないで、適当に。俺がそういうやつだから、余計なんだろうな……。俺にはうまく言えないが、お前も、もう1人で戦ってるわけじゃねぇぞ」

 

「もちろんです!だからこそ命令系統の構築が……」

 

シエルの曇った顔が、再び俯いて見えなくなる。

 

「仲間のことを考え……戦況に応じて協力して戦うことが大事だと……そういうことですか?」

 

「……お前がそう思うなら、それでいいさ」

 

「……わかりました。……修正し、努力しようと思います」

 

シエルは、俯いたまま、とぼとぼと庭園を出て行った。

レイも頭をバリバリと掻きながら、庭園を後にする。

ロビーに戻ると、いきなりロミオの怒鳴り声が聞こえた。

 

「だからそれが自分勝手だって言ってんだよ!」

 

「……どうした」

 

少しうんざりしながらそっちを見る。

案の定、いつもの様にギルとロミオが言い合っているようだったが、どうも普段とは違う感じだった。

ギルがレイに気付き、そちらを見た。

 

「ああ、ちょうどいい……。俺は俺の好きなようにやらせてもらうとジュリウスに進言してきたところだ。シエルの「戦術」を否定しないが「戦闘術」、現場の空気ってのもあってな。アイツの戦術は俺には合いそうにない」

 

「シエルだってがんばってんじゃん!」

 

「しょせん机上の空論だろ。お前だってやりづらいって言ってたじゃねえか」

 

「……っ」

 

「……お前ら」

 

レイは、何を言っていいかわからなくなってしまった。

 

「ねぇねぇ。レ……副隊長はシエルちゃんとよく話しているよね?」

 

ナナが、レイに声をかけた。

 

「シエルちゃんともっと仲よくなるためにはどうすればいいと思う?」

 

「ナナ……」

 

レイは、ナナの顔を見て、もう一度ロミオとギルに目をやった。

各自が、それぞれの視点からだが、ちゃんとシエルのことを見ているのだ。

だからこその、不和。

 

「……だー、もう!辞めた辞めた!慣れない事しようとした俺が馬鹿だった!おいお前ら、ちょっと付き合え!ミッション行くぞ!」

 

ーーーー

 

あの後、レイはシエルを呼びに行き、蒼氷の渓谷に向かった。

神機を構えながら、レイは指示を出す。

 

「っし、今回の指揮は俺がとる。討伐対象はシユウが1体とザイゴートが7体。フランから近くに中型の反応があると報告が来ている。その乱入に備え、敵の数を減らすためにザイゴートの闘争を優先、あとは臨機応変に。つまりは適当ってやつだ」

 

「って、中型は誰が担当するとなかいの?」

 

「とりあえず今回はナシだ。ギルもそれでいいな?」

 

ギルが、黙って頷く。

 

「それから今回、シエルは後方でのサポートってことで」

 

「ほんと!?じゃあ銃はシエルちゃんにおまかせ……っ」

 

ナナが笑顔を浮かべ嬉しそうに言った。

しかし、すぐに顔が強ばる。

 

「じゃなくて私もがんばる!」

 

シエルを気にしての言葉だ。

 

「いえ、ナナ、今日は好きなように動いてください」

 

この言葉に、レイ以外の3人が顔を見合わせた。

 

「皆さんのいつもの戦い方を見たいと私から副隊長に進言したんです。ですから、ロミオもギルもそのようにお願いします」

 

そういうシエルの視線は、3人から外れていた。

レイの方を、これでいいのかと心配そうに見ているのである。

レイは、微笑みながら頷いてやった。

 

「さて、質問はもう無いな?今日も全員で帰るぞ。作戦開始だ」

 

ーーーー

 

「おっらぁ!」

 

空中を浮遊しながら突っ込んでくるザイゴートに、ロミオとギルがバレットを乱射する。

 

それを、離れた位置からシエルが射撃でサポートしながら様子を観察した。

 

ギルはベテランなだけあって、銃の扱いにもなれている。ロミオはというと及第点でなおかつ協調性に課題がある。

ナナは、ふよふよと飛ぶザイゴートに、ハンマーを当てようと必死だが、空振りをしてばかりだ。

レイも、銃ではなくショートブレードで応戦しているが、ライジングエッジを確実にザイゴートに当てて落としている。

着地と同時にギルの横にかけより、レイは指示を出す。

 

「ギル、悪いがロミオの背後を頼む!」

 

「あ?」

 

ギルがロミオの方を見ると、ザイゴートにバレットが当たらずに苦戦しているところだった。

 

「フワフワ飛びやがってー!」

 

ムキになって撃ち続けるが、さっぱり当たらない。

その間に、1匹ロミオの後ろに回り込み、ビームを繰り出そうとしたので、咄嗟にギルが、槍で突き落とした。

 

「……サンキュ」

 

「後ろガラ空きなんだよお前」

 

「うっさい!とっととそいつら片すぞ!」

 

「足引っ張るなよ」

 

「おまえがな!」

 

再び言い争いながらも、2人はうまく連携を取る。

ふと、シエルが2人から目を離しナナを見てみると、相変わらずハンマーを振り回していた。

こちらも、さっぱり当たらず、苦戦を強いられている。

やはり、ナナは銃の強化訓練がいりそうだった。

 

「ナナ!ブーストしとけ!落としてやる!」

 

「アイアイサー!」

 

レイはナナの横を駆け抜け、ザイゴートの攻撃よりも早く飛びかかると、一撃で斬り落とした。

 

「やれ!」

 

「おりゃあ!」

 

そこにナナのブーストハンマーが炸裂する。

ぐしゃりとザイゴートが潰れ、動かなくなった。

 

「よっしゃ、ナイス」

 

「ありがと!どんどんいこー!」

 

「ナナ、せめてもちっと当ててくれ」

 

そう雑談をしながらも、レイはシエルの方をちらりと見た。

シエルは、銃を構えたままこちらをじっと見ており、何か思うところがあるようだった。

シユウの侵入をフランが告げ、レイを筆頭に全員が飛びかかる。

各々が、自分の好きなやり方で、好きなように。

それでも、あっという間に撃破してしまった。

 

『アラガミ、沈黙しました。本日の任務は終了です』

 

ーーーー

 

帰投した後、レイはシエルに庭園に呼び出された。

さっきの戦いで、思うところがあったのだろう。

できるだけ早く赴くと、シエルが既に待っていた。

 

「……副隊長、お忙しい中、お呼び立てしてすみません。ですが、どうしてもお伝えしたいことがあるんです」

 

「いいぜ。どうだった」

 

レイがニヤリと笑うと、シエルはゆっくりと喋り始める。

 

「ブラッドは皆、正直私が考えていた以上の高い汎用性と戦闘能力を、兼ね備えた部隊です。更に驚いたのは、決して戦術理解度が高いわけでもなく規律正しく連係しているわけでもない点です」

 

「うん」

 

「私の理解度をはるかに超えて、ブラッドというチームは高度に有機的に機能している、それはおそらく……副隊長……きっと、貴方が皆を繋いでいるからなんです」

 

「うん……んん?」

 

なにか思いがけないことを言われたような気がした。

そんなこと、やっているつもりは微塵もないのだが。

 

「私は戸惑っています……正直、今まで蓄積してきた物を全て否定されている気分です。あ、誤解しないでください!嫌な気持ちではないんです……それどころか……何というか……ええと、どう説明すればいいのか……ううん……少々お待ちください……」

 

シエルがうんうん唸りながら何かを必死に考えているのを、レイは初めて見た。

その間、何も言わずに黙って待っててやる。

言いたいことが決まったのか、シエルがすっと顔を上げた。

 

「折り入って……お願いがあります」

 

「気持ちの説明は諦めたのな……。うん、何だ?」

 

「私と、友達になってください!」

 

思いがけぬ言葉に、レイは暫く呆然とした。

何を言われているのか飲み込むのに、少し時間を要した。

 

「……あの、どうでしょう?」

 

頭を下げたまま、シエルがレイの顔色を伺った。

 

「えーと……」

 

「そうですよね……すみません、昔から訓練ばかりで、あまり、こういうことに慣れていなくて……」

 

レイがどう答えようか悩んでいると、シエルがしょんぼりとした表情を浮かべた。

なんとなく、悪いことをしているような気分になる。

 

「……いいぜ、友達になろう」

 

レイは、苦笑しながら言った。

パッとシエルの顔が目に見えて明るくなる。

 

「ありがとう……ございます………憧れていたんです……仲間とか……信頼とか……命令じゃない……皆を思いやる関係性を……」

 

「そっか」

 

「あ……もう一つ……不躾なお願いがあるんですけど……」

 

「何?」

 

「あなたを呼ぶとき……「君」って呼んでいいですか……?」

 

「……ん?」

 

何故だか少し頬を赤く染めながら言われ、レイは再び呆然とした。

そんなレイを見て、シエルがすっと目を逸らす。

 

「あ、すみません……いきなり「君」って、呼ぶのは……いくら何でも、早すぎますよね……」

 

「早いのか!?いや、別に構いやしねぇよ。好きにしな」

 

再び、パッとシエルの顔が明るくなる。

とても、嬉しそうだった。

 

「ありがとう……君が……私にとっての、初めての……友達です……本当に……ありがとう……」

 

本当に、嬉しそうに言った。

レイは、微笑みながらシエルを見つめる。

シエルにとって、これを言い出すのがどれだけ勇気のいることだったのだろうか。

レイにはわからなかったが、シエルにとって、これは大きな1歩となったようだった。

 

「少しだけ、皆と仲良くなる……自信がついた気がします」




シエルさん頑張りました。
主人公と無事友達になれてよかったね!
いきなり、友達になってくれと言われた主人公はとても驚いていましたけども。
私だって驚きますけども。
その後、君って呼ばれ続けるんだぜ?
びっくりするでしょ。
私だってびっくりだよ。
そんな9話でした。
感想、お待ちしています。


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第10話 過去

第10話です。
前半以外オリジナルストーリー。


シエルと友達になった翌日、ブラッドはグレムの部屋に招集を受けた。

ジュリウスを先頭にして、部屋に入って並んで立つ。

既に、レアとラケルが待っており、2人で何かを話していた。

レイには聞こえているが、興味の無い事だったので聞き流す。

ふと、ロミオがこっそりと話しかけてきた。

 

「この二人、ほんとに姉妹なのかな。あんま似てないよな……?」

 

「……まあな」

 

レイもロミオに同意した。

この二人、前からなんとなく似ていないと思ってはいたのだが、並んで座られると余計にそう思えてしまうのだ。

顔付きもあまり似ていないし、髪の色も違う。

レイは密かに、この2人は実は血が繋がっていないのではないか、それか腹違いの姉妹なのではないかと勝手に疑っている。

口に出したりはしないが。

 

「一括で請けるからこそ、利ザヤが取れるんだろうが!そんな弱気でどうする、競合なんぞ潰してしまえ!……おっと、この話は後にしようか」

 

グレムが、後ろについてくる細い男を怒鳴りつけながら部屋に入ってきた。

咥えているタバコを手に持ち、煙を吐き出す。

たまたま、グレムのもつタバコの近くにナナがおり、タバコの先から登る煙にむせていた。

 

「えほっ、えほっ……」

 

「ご足労いただき、感謝します。グレム局長」

 

「お忙しいところ時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

 

レアとラケルが挨拶をする。

グレムは、それを鼻で笑った。

 

「挨拶はいい、とっとと理由を聞かせてもらおうか。なぜ、最前線の極東地域にこのフライアを向かわせるのだ?」

 

ラケルはそれには答えず、ブラッドのほうを見て微笑んだ。

 

「こちらは、フェンリル本部特別顧問であり、このフライアを統括する、グレム局長です」

 

知ってますが。

そう言いたくなるのをレイはこらえた。

それよりも、レイはグレムの言ったことに興味があった。

極東に行くのか、この移動要塞は。

 

「相変わらず話を聞かない……少しは君のお姉さんを見習いたまえ」

 

グレムが、呆れたように言った。

レアが、クスリと笑いながらラケルに注意をする。

 

「フフッ、ラケル、あまり失礼の無いように、ね」

 

「極東支部において、ブラッドと神機兵の運用実績が欲しいのです」

 

レアにたしなめられ、ラケルはやっとグレムの問に答えた。

 

「実績なら、このあたりのアラガミだけでも十分だろう。何もあんな、アラガミの動物園のような場所に行く必要はない」

 

「神機兵の安定した運用を目指すなら、もっと様々なアラガミのデータがないと、本部も認めてくれません」

 

「ふむ……しかしだな……」

 

悩む素振りを見せるグレムに、レアが立ち上がりながら進言をする。

 

「極東支部には葦原ユノ様がいます、本部に対しても発言力のある彼女への助力なら、決して無駄な投資にはならないかと……」

 

「確かにな……ラケル君、神機兵とブラッド、どちらも本当に損害を出さずに済むんだろうな?」

 

この問いに、ラケルは怪しい笑みを浮かべながら答えた。

 

「ええ……信頼を裏切ることはありませんわ……」

 

「ふーむ。よし、わかった!後で稟議書を提出しておいてくれ。レア君だけ残りたまえ、あとは下がっていいぞ」

 

「では……」

 

嬉しそうな笑みを浮かべて、ラケルは軽く会釈をすると、車椅子を動かして部屋から出ていく。

ブラッドも、それについて部屋から出た。

それを見送りながら、グレムは細い男にも命令をする。

 

「おい、お前も下がっていいぞ」

 

「あ、あのー神機兵の無人運用の件は……」

 

「後だ後!いいから、早く行け!」

 

グレムに怒鳴られ、細い男はなにか言おうとしたが諦めたようで、会釈をし出ていった。

部屋には、レアとグレムだけが残された。

 

「ありがとうございました、でも……あまり、私の可愛い妹を、いじめないでくださいね……」

 

「フン……イラついていたところにお嬢さんのわがままで、ムキになってしまっただけだ」

 

「なら、いいんですけど……」

 

クスクスと笑いながら、レアは部屋にある大きな机に腰をかける。

 

「また、何か不都合なことでも……?」

 

そうレアが聞いてみると、グレムは少したじろいだ。

 

「あ、ああ。神機兵の人口筋肉に関して、ウチが一括受注する件……アレについて、本部から横槍が入り始めてな」

 

グレムは、レアの横まで移動し、その頬を触る。

レアはそれを避ける事はせず、ジッとグレムの眼を見つめた。

 

「まだ一括受注に、こだわってらっしゃるのですか?……お金儲けもほどほどになさっては?」

 

「フッ……何を言う、多額の投資をするなら、確実に回収できるめどを立ててからでないと ……」

 

この答えに、レアは思わず笑ってしまった。

本当に、金のことばかり考えている。

 

「どうやら、もう少し……綿密な打ち合わせが必要そうですね……?」

 

「同感だ……」

 

ーーーー

 

フライアが極東に行くと決まっても、ブラッドのすることは変わらない。

何日かに1回、入ってくるミッションをこなしていく。

ただ、その頻度は極東に近付くに連れて増えていった。

この時点で、ようやくブラッドの戦闘効率が元に戻り始めた。

以前のようにシエルが逐一口を出すことを辞め、それぞれがやりやすいようにやる。

おかげで、ミッションが難なく終わるようになっていた。

シエルも、やりやすいと感じているとレイに言ってきたくらいである。

ギルからは、シエルに謝られたと報告があった。

おかげで、以前のようなぎくしゃくとした空気が流れる事はなく、関係もうまくいっているようだった。

 

『現在、フライアは「赤い雨」の中を通過中。いかなる理由があれ、屋外に出ることを禁じます』

 

「……赤い雨が続くな」

 

「極東の範囲に入りましたからね。やがて極東支部に到着するのでは……」

 

「はーい、良い子は雨の日、外に出ちゃいけないもんねー」

 

「……」

 

「赤い雨」。

ここ半年で極東で観測されるようになった異常気象だ。

この「赤い雨」が降り続いているせいで、ミッションに行きたくても行けないのである。

 

「ニュースで見たことあるけど、本当に真っ赤なのかなぁ。ちょっと見てみたい気も……」

 

することがなく、ブラッドのメンバーはロビーの巨大なスクリーンの前に集まっていた。

ブリーフィングをするわけでもなく、訓練をするわけでもなく、ミッションのシュミレーションをするわけでもない。

自室でもすることがなく、暇つぶしの訓練にも飽きてしまい、ただなんとなくここにいるのだ。

そして、なんの事も無い雑談をするのである。

ふと、ナナが能天気に言った。

 

「ばっか。「赤い雨」に濡れたらマジやばいんだろ?」

 

ロミオが、ナナをたしなめた。

その通りである。

濡れてはいけないため、こうやってロビーで駄弁っているのだから。

 

「んー、なんだっけ。あれでしょ、コクシャ……コクシェ……」

 

ナナは、なぜ「赤い雨」に濡れてはいけないのか、その理由を思い出そうとする。

ナナが言うよりも先に、ジュリウスが答えを言った。

 

「「黒蛛病」……」

 

「「赤い雨」に触れることにより高い確率で発症する病、通称「黒蛛病」。現段階において有効な治療法は確立されておらず、発症した場合の致死率は……100%とされています」

 

ジュリウスの答えを、シエルが説明する。

レイは、その横で俯き、黙って聞いていた。

ロミオが、うっと顔を歪める。

 

「ぬ……濡れなきゃいいだけだよ」

 

「病気はやだねえー食欲なくなっちゃう」

 

「あれ?そういやナナは「赤い雨」見たことないの?」

 

ロミオが首をかしげた。

ブラッドのメンバーの中で、極東出身なのはレイとナナの2人だ。

出身地が極東なら、見たことはあるはずだ。

 

「あー……実は私ちっちゃいときにラケル先生のとこにきてそれっきりだったから、極東に来るのひさしぶりなんだよねー。レイはみたことある?」

 

「……」

 

ナナがレイに話を振った。

しかし、レイは黙って俯いている。

 

「……レイ?」

 

「……どうした?」

 

誰が何を話しかけても反応がない。

心配になったナナとシエルが、レイの肩を軽く叩いた。

途端、何かに弾かれたかのようにバッと顔を上げる。

 

「うわぁ!?」

 

これには、その場にいた全員が驚いた。

顔を上げたレイも驚いている。

 

「……うおっ!?なんだよ?」

 

キョトン、とした表情をレイは浮かべた。

いつの間にか、全員がレイの周りを取り囲んでいる。

肩を叩いた2人の他に、さっきまで自動販売機の前にいたはずのギルや、ロミオにジュリウスまでレイを心配そうにのぞき込んでいる。

男3人は座ってすらいない。

そして何より、距離が近い。

 

「……え?何?なんだっけ、悪い、聞いてなかった」

 

「大丈夫?」

 

「気分が優れないのですか?」

 

「……いや別に。至って普通。なぁ、ちょっと皆近い、離れてくれ」

 

レイはひとまず全員に離れてもらった。

立ちっぱなしの3人が座ったのを確認し、レイは再び聞いた。

 

「で、なんの話だっけ。シエルが致死率は100%って言ったとこまでは聞いてたけど」

 

「それより、大丈夫なのかよ!?こっちが何言っても反応しなかったし、全く動かないし」

 

「ぼーっとしてただけなんだけどなぁ」

 

「お前もぼーっとすることがあるのか?」

 

「なぁ、ちょっと待てジュリウス。どういうこったよ。お前俺をなんだと思ってるんだ。俺だってそういう時もあるんだけど」

 

レイが反論した瞬間、全員がえっ、というような顔をした。

 

「レイはそんなことないのかと思ってたよー」

 

「おい待てコラ。お前ら、俺をそんな風に見てんのかよ」

 

これにはレイも些か腹が立った。

まさかそんな風に見られているとは。

 

「まあまあ、別にいいじゃん」

 

「よくねぇわ」

 

「しかし、そう考えると私たちは君のことをよく知りません。なぜぼーっとしていたのか、「赤い雨」を見たことがあるのか、君の昔についてなど、聞きたいことはたくさんあります」

 

「え、それ聞かれる感じ?今?ここで?」

 

レイの問いに、皆が頷いた。

ぴったり、同じタイミングで。

 

「うえ……面白いようなもんでもないんだけどなぁ」

 

「君は、何時でも質問していいと言いましたよね?答えてくれるんですよね?それが今です」

 

「確かにそんなこと言ったような気はするが、こういうこと聞けって意味では言ってないぞ」

 

「では、誰から質問しますか?」

 

「無視かよ!しかも俺だけ答えんのかよ!」

 

「じゃ、はーい。何でぼーっとしてたの?」

 

「その理由は黒蛛病や「赤い雨」と関係がありますか?」

 

「「赤い雨」見たことある?あと、これから行く極東支部ってどんなとこ?」

 

「なぜあんな動きができる?」

 

「ここに来る前は何をしていた?」

 

「いっぺんに聞くなよ訳わかんねぇわ!」

 

レイは思わず怒鳴った。

突然の質問攻め、しかも一気に。

これでは答えるものも答えられない。

 

「わーった、わーったから!1個ずつ!順番に!……はぁ、もう、聞くなら今な。後で聞かれても答えねぇからな……ったく」

 

盛大に溜息を溜息をつく。

気分は良くないが、素直に答えるしかないだろう。

 

「頼むから1人ずつにして。俺の耳はそこまで万能じゃないの。今更聞き分ける練習とかしたくない」

 

「では、ロミオからにしましょう。そもそも質問をしたのはロミオです」

 

シエルは、ロミオを指名した。

そもそも、最初に質問をしたのはロミオで、それを聞いてなかったレイが事の発端なのである。

 

「あ、そうなの。なんだっけ」

 

「あ、「赤い雨」見たことあるか聞いたんだよ。ほら、お前極東出身だろ?」

 

「ああ……「赤い雨」の流れね……。あるある、見たことあるって言うか、半年くらい前くらいからかなぁ、しょっちゅう降ってたぞ。えーと、本当に真っ赤。そうだなぁ、血よりも鮮やかな赤かな。不気味っちゃ不気味だけど、慣れたら余裕」

 

「お、おう……」

 

「意外とあっさり答えるんだな」

 

「いやだって、知らばっくれても仕方ねぇし」

 

ここにいる皆が、もっと渋るかと思っていたが、意外とレイはあっさり答えた。

 

「はい、次ー。次は?」

 

「はーい。なんでぼーっとしてたのー?」

 

「その理由は、「赤い雨」や黒蛛病と関係がありますか?」

 

次の質問者は、ナナとシエルだった。

レイは、OKと返事をする。

 

「それ、一個の質問として受け取るからな。えーとな、ちょっと昔のこと思い出しててぼーっとしてたってだけかな。で、シエルはなんでそうも察しがいいのかね。全くもって大正解。さっきシエルが言ったの聞いて、そういや知り合いやらが黒蛛病になって苦しんでバタバタ死んでったなって思い出してただけだよ」

 

「そーゆーのは、だけって言わないんじゃ……」

 

「そうかぁ?ま、いいや、はい次!」

 

まだ二つ程にしか答えていないのだが、レイは既に面倒くさくなってきていた。

あまりいい気分はしないので、早く終わって欲しい。

 

「じゃあ、これから行く極東支部ってどんなとこ?」

 

「え?あー、うーん。俺はアナグラ……ああ、あっちじゃあの支部をアナグラって言ったりするんだけど、その近くの未保護集落に住んでたってだけだからなぁ……、もうアラガミの襲撃が酷くなって綺麗さっぱり無くなったけど。強いて言うなら、強いアラガミの巣窟?みたいな感じかな。とりあえず向こう行ったらミッションの依頼数すっげー上がると思うぜ。あの、グレム局長がアラガミの動物園って言ってたろ?あれ、あながち間違ってないぜ」

 

「では、お前の前職は?」

 

「ジュリウスも聞いてくんのね……んー、はっきりとした職についてた訳じゃねぇからなぁ。無職ってことで。入れていいなら傭兵?用心棒?みたいなこと。おかげでもうほんといろいろ覚えたぜ、周囲の気配の探り方、数多の武器の使い方、投擲術、喧嘩とか」

 

「それであんなに対人戦に強いのか。ところで、なんであんな動きができる?」

 

「ギルもか……うーん、なんでだろうね?」

 

ここまで素直に答えてきたのに、突然レイは質問で返した。

ギルの顔が目に見えて歪み、イラついているのがわかった。

 

「ちょっと待て、怒んなって。それに関しちゃ、俺自身良く分かってねぇんだよ。一応、説明はするからさぁ……」

 

少々焦りながら、レイは説明を始める。

まさか、キレられるとは思っていなかった。

 

「んーとだなぁ、確か……6歳の時だったかな?そん時にアラガミに食われかけたことがあってさ、助けに来たゴッドイーターにこの怪我はヤバイってことで、アナグラに担ぎ込まれた事があるんだ。どんな規模だったっけ、確か……こう、後ろからガブッといかれてさ、背中の肉を結構持ってかれたらしい。あとあちこちボロボロだったかなんかだったような気がする」

 

「よく生きてたなお前」

 

「マジで奇跡だって騒がれたよ。で、メディカルチェックの結果どーたらこーたらをなんか難しい事を眼鏡かけた博士?らしき人に延々説明されたんだけども、それが嫌で嫌でしょーがなくて、スキ見て脱走したんだよね」

 

ははは、とレイは苦笑した。

今となっては笑い話だが、きっとアナグラの中では大騒動になったのではなかろうか。

 

「おかげでほっとんど理解してないんだわ。ひとまず、未保護集落まで逃げ帰って、いろいろ変化が出だしたんだったかな。元々6歳の割には人より動ける方だったけど、化物並みの身体能力になってから、もうね、本当にこれ扱うの大変だったんだぞ。あ、言っとくけど眼と耳の良さは生まれつきだからな」

 

腕を組み、説明しながら、昔のことを思い出す。

これのせいで一時期住処が廃墟になったのはいい思い出だ。

 

「だが、フライアのメディカルチェックでは、お前の視力などの数値は普通だったはずだが?」

 

「だって、変な数値出したらまためんどくさい事になんだろ?そんなのはゴメンだね」

 

レイはニヤリと笑いながら答えた。

ジュリウスもつられて苦笑する。

 

「なんとか使いまくってコントロール覚えて、今に至るって訳。これでいい?もういい?」

 

「家族はいるのー?」

 

「まだあんの?もう皆死んでるよ。俺が怪我した日にみーんな食われちまった。だから今身内は0……あ、違うわ、ユウがいたわ」

 

「なになに、兄弟がいるの?」

 

「血はつながってないぞ?たまたま孤児2人、つるんだ相手が1つ年上だったってだけ。因みにユウもゴッドイーターで、俺より3年早くなってさ。今欧州に遠征に行ってるとかなんとか言ってた気がする」

 

確かそんなことを言っていた筈だ。

なにしろ、端末に届くユウの文は訳の分からない雑談やらお節介でほとんど構成されており、読み取るのが大変なのである。

 

「そのユウさんも、君のような動きができるのですか?」

 

「できるんじゃね?俺よりも変化は小さかったのに、組み手でも勝ったことないし、多分だけど。今思ったらあいつも何だかんだ俺と並んでたからなぁ、今どうなってんのか全くわかんねぇ」

 

「すごい兄弟だねぇ」

 

「まったくだ。担ぎ込まれた時にサンプル取られて、結果的にそれでゴッドイーターになれてるんだろうから、まあいろいろ良かったんだろ」

 

レイは笑いながら言った。

レイにとってあの日は、きっと忌むべき日なのだろうが、その結果こうして笑っていられるのだ。

今ではいい思い出になっているのだから不思議だし、レイの中ではいい思い出というよりも笑い話になっている。

その認識が変わることは今後絶対に無いだろう。

 

「な、面白くはなかったろ?もういい?」

 

レイが皆に聞いた瞬間、ピピピ、とジュリウスの端末が鳴った。

ジュリウスがすぐに電話にでる。

 

「……はい。……了解しました、失礼します」

 

短い応答をした後、電話を切りジュリウスが立ち上がった。

レイは、さっきまでの穏やかな雰囲気とはまるで別の雰囲気を感じ取る。

どうやら、質問タイムは終了のようだ。

 

「質問タイム強制終了ってね。なんだって?」

 

「グレム局長から呼び出しがかかった。ラケル博士からきいていたが、神機兵の試験運用の件だ。レイ、シエル、行くぞ」




今回はただ書きたかったことを書きました。
主人公に関する設定を、だいたい吐き出せて良かったです。
改めてこいつ化物だな。
さて、今回ユウという名前が出て来ましたが、神薙ユウ、ではないです。
彼はそのうち書こうと思っていますリザレクション編での主人公、名前は霧黒羽ユウの予定(ほぼ確定)です。
本作主人公のレイ、出てきましたユウの二人の名前は、私が個人的に好きなのでつけました。
結果神薙ユウ君と名前がかぶってしまったと。
だからといって変える予定はありませんけどもね。
この2人のクロスオーバー編、早く書いてみたいなぁ。
1話1話がだんだん長くなるのは仕方ない。
感想、お待ちしています。


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第11話 ドールレスキュー

第11話です。
シエルさんの窮地。


「レア博士……神機兵の無人運用のテストに、どうして反対なさるのです?」

 

グレムの部屋で、九条とレアは意見をぶつけあっていた。

クジョウが、訳が分からないというようにレアに質問した。

 

「反対ではなく、時期尚早と申し上げているだけです。グレム局長も、なぜ許可を出したのです?」

 

レアも負けじと言い、グレムに問い詰めた。

レアからすれば、なぜ今無人運用テストを行うのか、これの方が意味がわからない。

 

「有人神機兵の運用が非人道的だ、と本部が難色を示しとるんだ。退役した神機使いの連中も、それに同調しとるようだ。ここで、ある程度の運用実績が無いと神機兵計画自体の縮小も免れんのだよ……レア博士には申し訳ないが、ここは私に免じて……な」

 

グレムは、レアに謝罪の言葉を述べた。

レアの担当は、クジョウと同じ神機兵だが、無人ではなく有人、つまり人が乗り込むタイプの方なのである。

どれだけこちらがやりたくても、本部からの圧力には逆らえない。

改めてそれを実感したレアは渋面を浮かべながら、グレムに礼をした。

 

「……失礼いたします」

 

足早に部屋を後にする。

ブラッドとすれ違い、軽く会釈をされるも、レアはそれに反応を示さなかった。

 

「ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティ、以下二名入ります」

 

レアの反応が気になったものの、レイはジュリウス達の後ろについて行った。

3人の到着を確認すると、グレムが口を開いた。

 

「ラケル博士から聞いているとは思うが……神機兵の無人運用テストおよび、その護衛をしてほしい。詳しくは……あー、クジョウ君」

 

「はい、えーと……ジュリウスさんと、シエルさんは確か、ラケル博士とレア博士の元で……」

 

グレムに促され、クジョウが口を開く。

オドオドとしていて、実に頼りなさげな人物である。

 

「ええ、我々は両博士に育てていただきました。ですので、神機兵の運用テストで搭乗したこともあります」

 

ジュリウスが即座に肯定した。

レイはこっそりとシエルに確認をとってみたが、どうやら本当に乗ったことがあるらしい。

クジョウは、一つ頷いて話を進めた。

 

「ならば話は早い、要するに神機兵が戦う様子を観察しつつ、万が一の時には、守ってほしいのです。なるべく、一対一で神機兵とアラガミが戦う状況を作りたいので、まずは、付近のアラガミを一掃していただきます」

 

レイは、ふん、と鼻を鳴らした。

つまりは神機兵の為に掃除を行えということらしい。

所謂。

 

「露払いをしろ、ということですか?」

 

「そういうことだ、今回の主役はあくまでも神機兵だ、ということを肝に銘じておけ、いいな?」

 

「……了解いたしました」

 

ジュリウスが静かに返事をする。

 

「よし、あとは現場で話を詰めてくれ。俺も忙しいんでな……クジョウ君」

 

「はいっ、えー、では……ジュリウスさん、詳しくは……ミッションブリーフィングの時に……」

 

「承りました。では、後程」

 

ーーーー

 

今回の任務は、神機兵3体の護衛である。

神機兵αをジュリウス、神機兵γはレイを含む4人、神機兵βをシエルが担当することになった。

これは、ジュリウスとシエルが以前神機兵に乗ったことがあるから事前知識もあるだろうということからと、ただ単にアラガミの多い箇所に多く人数を振ったらこうなったのだ。

クジョウは、様々な機材を積んだ車に乗り込んで、三つの現場を統括すことになっている。

レイたちは、普段通りにテキパキとアラガミを掃討し、テストができる環境を整える。

 

『こちら神機兵α、掃討を完了した』

 

『こちら神機兵β、同じく完了しました』

 

無線から二人の声が聞こえた。

レイも、無線で報告する。

 

「えー、こちら神機兵γ、終わったぜ」

 

『ああ、良かった。それではブラッドの皆さん、本日はよ、よろしくお願いします。それではテストを始めましょう!』

 

レイの報告を皮切りに、運用テストが始まった。

すぐにジュリウスからエンゲージしたという報告が入る。

神機兵βとγは、未だ索敵中だ。

 

「すごーい!ほんとに無人で動いてるよ!」

 

「ジュリウスとシエルはこれに乗ったことあんのかぁ……!いいなぁ、中どんなんなんだろ……!」

 

ナナとロミオが、目を輝かせながらはしゃいだ。

その後ろで、レイとギルが苦笑する。

 

「気楽だな。レイ、アラガミの気配はどうだ?」

 

「しゃーねーよ、暇だしな。ギル、俺は索敵レーダーじゃねぇぞ?まあ、あと3秒後にシユウが背後に侵入っ……!」

 

いきなり神機兵が動き、レイたちの頭の上を飛び越えていった。

レイとギルは咄嗟にしゃがむ。

どうやら、シユウを発見したらしい。

 

「今蹴られるかと思った」

 

「俺もちょっとびびった。さて、あれの調子はどうかな」

 

しゃがんだ姿勢のままクルリと後ろを振り返ると、神機兵がシユウに剣を振り下ろすところだった。

しかし、それが当たる瞬間、シユウにあっさりとはじき飛ばされてしまった。

 

『ああっγっ!』

 

クジョウの悲鳴が無線に轟いた。

 

「でくの坊じゃねえか」

 

「ははは、なんとなくそんな気はしてた。交戦する!」

 

レイは苦笑しながらシユウに向かって走る。

神機兵を軽々飛び越えると、シユウの薙ぎ払いをしゃがんで避け、下から思いっきり切り上げた。

たまらず飛び上がったシユウに、ナナがバレットを浴びせる。

 

「おりゃりゃりゃりゃ!!」

 

前はシユウのスピードについていけなかったのが、今回は見事両手羽に命中させ、シユウを落とした。

 

「ナイス、ナナ!」

 

「やったぁ特訓の成果!?」

 

当のナナは、嬉しそうに飛び上がって喜んだ。

シエルに頼み込んで特訓をしてもらっていた成果が出たのだ、嬉しいだろう。

レイは、そんなナナに笑顔を向けると、シユウに向かって飛び上がった。

そして、刀身をオラクルで強化し、シユウに向かって高速で滑空し、シユウを貫いた。

ショードブレードのブラッドアーツの1つ、スパイラルメテオである。

 

『シユウ沈黙しました』

 

さっきの一撃で、シユウの息の根を止めきれたらしかった。

ロミオとナナがはしゃぐ中、レイは、自分の神機を見つめる。

 

(ブラッドアーツは出来てるがやっぱり……)

 

そこまで考え、レイはハッとする。

後にアラガミの気配がしたのだ。

 

「ガアアアア!!」

 

『コンゴウ一体、作戦エリアに侵入!!』

 

どうやら、先程の戦闘音を聞きつけてきたらしい。

レイは応戦しようと足を踏み込んだが、ニヤリと笑って後に下がるように飛んだ。

その上を、神機兵γが飛んでいき、コンゴウに向かって走る。

神機兵は、コンゴウの放った空気弾を飛び跳ねて避け、手に持った長刀を握り直すと、グルリと回転しながらコンゴウを切り裂いた。

ロングブレードのブラッドアーツ、ジェノサイドギアの動きである。

事前に、クジョウに頼まれ、慣れないロングブレードとバスターブレードのブラッドアーツを記録したその成果が、ここで出た。

 

『コンゴウ沈黙しました』

 

「コンゴウを一撃かよ」

 

レイは呆れながら言った。

レイよりも遥かに重い神機兵の攻撃だ、威力が高いのは当たり前である。

それでも、一撃でコンゴウを倒せる破壊力は、物凄いものだった。

 

『いいぞ……どんどんテストを続けましょう!』

 

クジョウの興奮した声が聞こえたすぐ後に、ジュリウスの報告が届いた。

 

『こちらジュリウス。神機兵α対象を撃破。脚部に損傷を受けた』

 

『え!?』

 

クジョウが途端に慌て始める。

無線を切るのを忘れているのか、ブツブツと呟く声が延々耳に響く。

 

『こちらフライア、損傷を確認しました。神機兵αフライアに帰還願います』

 

『了解』

 

『え、えー。みなさんは引き続き神機兵γのテストを続けてください。私は一度帰還しますね。フランさん、後は頼みます』

 

『了解しました』

 

損傷した神機兵αがよほど気になるらしく、クジョウを載せた車は即座に撤退を開始した。

その同時刻、クジョウと同じように帰還を開始したジュリウスは、空の上にあるものを見つけた。

 

「!あれはーっ!」

 

それは、今は見つけたくないものだった。

ジュリウスは焦る。

このままでは、ブラッドが全滅してしまう。

赤い雲を睨みつけながらジュリウスはフライアに着くのを今か今かと待った。

事態は、急速に進行する。

 

ーーーー

 

「ブラッドはまだ現場か!?」

 

帰還したジュリウスは、フランの元に駆けつけた。

急がなければならない。

 

「はい、神機兵βがまだ戦闘中です……あっ!」

 

『神機兵β!背部に大きな損傷!フライア、判断願います!』

 

シエルの報告が響く。

ジュリウスよりも早く帰還していたクジョウが、焦りを見せた。

 

「背部だと!?回避制御の調整が甘かったか!いや、空間把握処理の問題か?くそおっ!なんでだ!」

 

「神機兵βを停止します。アラガミを撃退し、神機兵を護衛してください」

 

フランの指示に、ジュリウスは慌てて食いついた。

そんな事をしている場合ではもうないのだ。

 

「待て!期間の途中で赤い雲を見かけた!あれは、おそらく……」

 

「まさか……「赤乱雲」?」

 

フランの顔がさっと青くなる。

慌ててブラッド隊に連絡を飛ばし始めた。

 

ーーーー

 

「こちらギル……ここからも、赤い雲を確認した」

 

「初めて見た……すっげえ……」

 

フランからの連絡を受け、レイたちは慌てて空を見上げた。

いつの間にか、あちらこちらに赤い雲が浮かんでいる。

レイは、ギロリと赤い雲を睨んだ。

もういつ降り出してもおかしくないほどに、赤い。

 

『総員即時撤退だ、一刻を争うぞ』

 

『既に、赤い雨が降り始めました。ここからの移動は困難です』

 

「シエルちゃん!?」

 

ナナが悲鳴に近い声を上げた。

赤い雨が振り始めたのなら、移動は困難どころではない、不可能だ。

 

『クッ……フラン、輸送部隊の状況は?』

 

『周囲にアラガミの反応が多数見られます。輸送部隊単体での救出はできませんね……』

 

ブラッドとジュリウスは、次第に焦り始めた。

赤い雨が本降りになる前に救助しないと、シエルが黒蛛病にかかる。

そうなったらもう助からない。

 

『ブラッド各員、防護服を着用、及び携帯しシエルの救援に急行してくれ!戦闘時に防護服が破損する可能性が高い。なるべく交戦を避けるよう、心がけろ。シエルはその場で雨をしのぎつつ、救援を待て!』

 

ジュリウスが命令した瞬間、レイは帰投用の車から、全員分の防護服を引っ張り出した。

そのまま3人に投げ渡し、レイ自身も手早く着替える。

あっという間に着替え終わり、走り出そうとした瞬間、無線にグレムの声が響く。

 

『待て、勝手な命令を出すな』

 

『グレム局長……』

 

『神機兵が最優先だろ。おい、アラガミに傷つけられないように守り続けろ』

 

「なっ……」

 

レイは、思わず言葉を失った。

何を言っているんだ、あの男は。

 

『ばかなっ……!赤い雨の中では、戦いようが無い!』

 

『俺が、ここの最高責任者だ。いいから、命令を守れ!神機兵を守れ!』

 

無線の向こうで、ジュリウスとグレムが言い争っている。

 

「そんなことしてる場合じゃねぇんだぞ……!」

 

レイは、ギリ、と歯を食いしばった。

ふと、神機兵が目に入る。

こいつは確か、有人でも動くはず。

 

『人命軽視も甚だしい!あの雨の恐ろしさは、貴方も知っているはずだ!』

 

『隊長……隊長の命令には従えません』

 

レイが神機兵に近寄った瞬間、シエルの声がした。

 

「……シエル」

 

『シエル……!』

 

『救援は不要です……不十分な装備での救援活動は、高確率で、赤い雨の二次被害を招きます。よって、上官であるグレム局長の命令を優先し各部隊、現場で待機すべきと考えます……更新された任務を遂行します』

 

ブツッ、と無線が切られる。

ジュリウスが必死で呼びかけているのが聞こえる。

 

『シエル!応答しろ!シエル!』

 

『無線が切られています……』

 

『ふん、なかなか良く躾けてあるじゃないか。結構、結構』

 

これを聞いた瞬間、レイは動いた。

救助を断ったシエルの声は、感情を押し殺したように聞こえた。

無理をしているのだ。

 

「悪いなシエル。お前の言うことを聞くほど、俺はお人好しじゃないんでな」

 

ロックのかかった神機兵のハッチをこじ開け、中に転がり込んだ。

無理やりハッチを閉め、神機兵を強引に動かしてその場を離脱した。

 

『あああああーッ!やめてくれッ!そんな乱暴にしたらああああッ!』

 

全員の無線に、クジョウの悲鳴が轟いた。

 

『なんだ!?』

 

「あのー、隊長……」

 

『どうした、ナナ!』

 

「副隊長がね……神機兵に乗って行っちゃった……」

 

突然の出来事過ぎて、ナナたちはただ走り去る神機兵を見ていることしか出来ず、ひとまずジュリウスに報告した。

 

『な……なんだと!』

 

『神機兵γ、神機兵βに向かって移動しています』

 

『あー、これ……聞こえてる?さっき叫び声は……っ、聞こえたんだけどさぁ』

 

ザザ、というノイズに混じりながら、レイの声が聞こえた。

普段よりも、痛みを押し殺したような声だ。

 

「副隊長!」

 

『おお、聞こえてんのね……。だったら、お前らは先にフライアに帰ってろ……、赤い雨にだけは、濡れんなよ……?ハハッ、これ……結構きついのな……。そりゃ、事前検査が……いる訳だ……。っく、でもなぁ、流石に今回だけは命令無視させてもらうぜ……』

 

神機兵の中で、レイは歯を食いしばった。

さっきから嫌な汗が止まらない。

全身、あちこちが軋み、引きちぎれそうで、あちこちに青痣が出来始める。

頭痛もしはじめている。

それでも。

 

『ふざけたこと、言ってんじゃねぇよ……。こいつは、言っちまえばただの機械で……ぐっ、シエルは人間だ。死んだら終わりなんだよ……っ、テメェに言われて、諦めて……っ、こんな簡単に死なせてたまっかよ!』

 

その、叫び声を最後に、無線が切れた。

神機兵を動かすことに集中するために切ったのだろう。

 

「……あの馬鹿っ」

 

ギルはギリッと歯噛みすると、帰投の準備を開始する。

ナナとロミオも、それに習った。

今から行っても、レイの足を引っ張ってしまうだけだ。

なら、出来ることをする。

黙って帰投準備を続ける間も、フライアでの会話が聞こえ続けていた。

 

『ふう……ジュリウス君、君の部下の不始末を処理しておくように。君に対する懲罰は、その後だ……』

 

『了解です。謹んでお受けします』

 

カツ、カツとグレムが去っていく足音。

そのすぐ後に、ジュリウスが声を上げて笑った。

 

『お前達、全部聞こえていたな?副隊長とシエル以外のブラッドの各員は、至急撤退せよ。あとは、あの二人に任せておけ。どうせ……生きて還る』

 

「了解」

 

帰投準備が終わり、車に乗り込んだ時、赤い雨が振り始め、周囲を赤く染めていった。

 

ーーーー

 

「……」

 

シエルは、赤い雨に触れないように、神機兵の下にうずくまっていた。

アラガミの鳴き声が聞こえた気がして、シエルはゆっくりと立ち上がり、神機を構えて索敵を開始する。

そいつは、上空から現れた。

シエルの前に着地し、吠える。

 

「……っ」

 

足が前に出ない。

戦わなければいけないのに、神機兵の下から出られない。

動く気配の無いシエルめがけて突進してくるシユウの拳が、シエルに当たりそうになった瞬間だった。

一体の神機兵が飛び出してきて、シユウを切り伏せたのだ。

たった一撃。

しかし、とても重い一撃だったのだろう、シユウは断末魔も上げず、沈黙した。

 

「……!?」

 

『……間に合った感じか?ここまで来て……、手遅れとか……嫌だぜ、俺は』

 

その神機兵から、馴染みのある声がして、シエルは目を見開いた。

何故、この人は。

 

「……副隊長」

 

『シエル。こっち来て、ここに座れ、俺の下に。絶対に、濡れんなよ』

 

レイの動かす神機兵が、シエルに手を伸ばしながら、神機兵βと肩を組むような形で簡易テントを作る。

シエルが、赤い雨に触れないようにするために。

シエルは、何かがこみ上がってくるのをこらえながら、差し出された手のひらに素直に座って沈黙した。

レイもシエルも、一言も話さなかった。

それは、赤い雨が止むまで続いたのである。




無茶苦茶するのは主人公の特権ですよね。
そんな感じの11話でした。
この話は、私の主観が多く盛り込まれていますので、本当にこんな感じなのかと言われると、それは個人個人の感じ方になるとは思うんですが、きっと、シエルは不安だったと思います。
フライアでの会話は、全て無線で聞こえているつもりで書いたんですが、上手くいってるのかなぁ。
日本語って難しい。
感想、お待ちしています。


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第12話 極東支部

第12話です。
ついに極東へ。


「よ、久しぶり」

 

「……お久しぶりです」

 

懲罰房の中から、レイはシエルに手を振った。

あの後、救助隊に神機兵から引っ張り出されたレイは、そのまま懲罰房送りとなった。

当の本人は、仕方ねぇと一言だけ言って苦笑すると、抵抗すること無く素直に懲罰房に入った。

一週間の謹慎処分。

それが、シエルを助けたレイへの懲罰だった。

面会することも可能だったが、シエルは面会に行くことが出来なかった。

行ってどうしたらいいのかわからなかったのだ。

それを見かねたジュリウスは、シエルにレイの食事を渡し、持っていくように言った。

食事と言っても、栄養を補給するための物であるだけが目的に作られたペーストの様なもので、量もスープ皿の半分程度という見るからに少ないので腹が膨れるようなものではないのだが。

初めは断ろうと試みたが、隊長命令だと言われてしまい、シエルはそれに従った。

懲罰房のレイは、元気そうだった。

 

「食事をお持ちしました」

 

「お、サンキュ。丁度腹が減ってきた頃合だったんだ」

 

懲罰房にある唯一の窓から食事を受け取ると、レイはサッと口に運んで大して噛むことなく飲み込む。

ただでさえ少ない貴重な食事の筈なのに、そんな食べ方で大丈夫なのだろうか。

 

「その食べ方で足りるのですか?」

 

「まぁね。むしろこれを味わって食う方が地獄。これだったら前いたところの方がまだ……いや、飢えない分まだこっちの方がマシか?いや……うーん、どっちもどっちだな」

 

無味無臭ってのは不味いんだ、そう言ってレイはシエルに笑顔を向けた。

 

「そうですか……」

 

「そういや、シエルは前に神機兵に乗ったことがあるんだっけか?あれ、すげぇな。自分の手足みたいに動かせるし、手のひらの感覚まで伝わってきてさ」

 

「!」

 

これを聞いて、シエルは赤くなった。

そこまで伝わっているということは。

 

「それは……私の重みまで伝わっていたということでしょうか……」

 

「いや、伝わってたのは伝わってたはずだろうが、俺が実際それどころじゃなくてさ。わかんなかった」

 

「そ、そうですか……」

 

そんなに真面目に答えられるとは思っていなかった。

シエルはレイの顔から目を逸らす。

今、レイと話すのが辛かった。

 

「で、大方ジュリウスに言われてきたんだろうけど、何か、言いたい事でもあるか?あるなら聞くぞ」

 

レイは笑顔でシエルに問いかけた。

ビクリ、とシエルの体が震えたのが見えた。

 

「……君の行動は……理解に苦しみます」

 

震えた声音で、シエルは喋り始める。

あの日から今日まで、怖くて聞けなかったことを。

 

「こんな結果になることが分かっていて、あんな無茶を?神機兵の搭乗だって、入念な事前検査が必要なんですよ。最悪命を落とす事だってありえるのに……ホント……命令違反だらけですね、君は……」

 

「だろうなぁ。でも、シエルには言われたくないかな」

 

「え……?あ……」

 

そう、人のことは言えないのだ。

シエルは、ジュリウスの命令を無視したのだから。

 

「そう、ですよね……」

 

力なく呟き、シエルは俯く。

レイは、シエルをジッと見つめた。

 

「シエル。お前、何でジュリウスの命令を無視したんだ?俺も、お前のこと言えねぇ事をしたけど、ちゃんと理由がある。俺は、もうあの雨のせいで、人が死ぬのは見たくねぇ。それが、仲間ならなおさらなんだ。だから、ここまでしたんだ。シエルにはねぇのか?そういう、意思っていうのかな、そういうもん、あるんじゃねぇの?」

 

「え……」

 

シエルは、レイが何を言っているのか理解するのが大変だった。

あの時は、それが最善だと思ったから私は。

 

『隊長……隊長の命令には従えません』

 

言うことを聞かなかったのだ。

でも、どうしてそれが最善だったのか。

だってそれは。

 

『不十分な装備での救援活動は、高確率で、赤い雨の二次被害を招きます』

 

何故、あの時こんなことを言ったのだろう。

ジュリウスの命令を無視してまで、どうして。

ここまで考え、シエルはハッとした。

嫌だったのだ。

自分のせいで、ナナにロミオ、ギルやレイが赤い雨に濡れてしまうのが。

それなら自分だけで済めば、と思ったのだ。

 

「命令よりも……自分よりも……守りたい、大事なもの……」

 

シエルは、窓枠に置かれたレイの手をそっと触った。

その、人の温度を感じる。

 

「……ちゃんとあるんだな」

 

「はい……とっても……暖かいですね……」

 

そう言って、シエルは微笑んだのである。

 

ーーーー

 

「朽流部副隊長、本日より謹慎処分は終了。現場復帰を許可する」

 

「へーい」

 

シエルが面会に来てから二日後、レイはようやく懲罰房から出ることが出来た。

自分的には悪いことをしたとは思ってもいないが、ジュリウスに謝っておくことにした。迷惑をかけたことに変わりはない。

 

「えーと……悪かったな」

 

「命令違反は時として取り返しのつかない事態を招くことがある。ましてお前はブラッドの副隊長…………ほかの隊員たちの模範となるべき存在だ。まだ少々自覚が足らないようだな」

 

「……以後気をつけます」

 

レイがバツが悪そうに俯いた。

それを見て、ジュリウスが吹き出すように笑った。

 

「フッ、よもやあそこまで大胆な行動に出るとはな……頼もしい限りだ」

 

「お、おう……?」

 

「おまえがいないとどうもブラッドの連携が上手くいかなくてな……今日からしっかり働いてもらうぞ、副隊長」

 

レイの肩を軽くポンと叩き、ジュリウスは微笑みながらロビーに戻っていった。

 

「……あいつにゃ適わねぇな」

 

その背中を追いかけようと足を出した瞬間、ジュリウスがバッと振り返って言った。

 

「うおぅ!?」

 

「ああ、その前に今からメディカルチェックを受けてくれ。その後、ブラッド全員にラケル先生から話があるそうだ。仕事はその後からだな」

 

「……それ先に言えよ。今の怖いわ」

 

ーーーー

 

ジュリウスに言われて仕方なくメディカルチェックを受けたレイは、ラケルの部屋に入った。

既にブラッド全員が揃っており、気まずく思いながらも一箇所不自然に空いてある席に腰を下ろす。

というかそこしか空いていなかったのだ。

 

「私はレイを誇りに思っています。愛する家族を守ってくれて本当にありがとう……」

 

「はあ……」

 

「ただ……神機兵への搭乗は褒められたものではありませんね。アレは搭乗者の精神に大きな影響を与えかねません」

 

「……すいません」

 

静かに怒ったあと、ラケルは話し始めた。

まず、神機兵の無人運用のテストは極東支部につくまで一時凍結されたこと。

レイのメディカルチェックに異常はなかったこと。

シエルが血の力「直覚」に目覚めたこと。

後、レイの「血の力」について。

 

「貴方は……萌芽を待つ種の、土であり、水であるもの……「喚起能力」……とでも呼びましょうか。レイ……貴方には心を通わせた者の「真の力」を呼び覚ます力がある……血の導き手は、来れり……ってことね。フフッ」

 

「なるほど、だから今までよくわかんなかったのかー。サポート系?だったんだなー」

 

「……喚起能力、ね」

 

レイは内心、少しがっかりしていた。

分かったのはいい。

でも、なんというか、できたらもっとわかりやすい派手な力の方が良かったなと。

そう考えるレイに、ナナが声をかけた。

 

「ねぇねぇレイ。シエルちゃんに一体どんなことをしたの?」

 

「え」

 

シン……と空気が固まった気がした。

話をしたことくらいしか何もしていない。

固まったレイを見かねたジュリウスが助け舟を出した。

 

「相手の意志や感情の爆発に共鳴して感応し、触媒となって血の目覚めを促す……それでシエルの「血の力」が覚醒したんだ」

 

「じゃあシエルちゃんも感情がバクハツしたってこと?シエルちゃんでもバクハツすることなんてあるんだねー」

 

「えっ!?あ、は、はい……そうですね……」

 

「なんだこれ……」

 

ナナの能天気な声がラケルの部屋に響く。

それが、皆の笑いを促した。

クスクスと皆が笑う。

 

「たしかにおまえが来てからブラッドは随分変わった……これもきっとおまえの「力」のなせる業かもしれないな。そろそろ極東に到着する……今以上に忙しくなるだろう。頼りにしているぞ副隊長」

 

それからしばらく談笑した後解散となり、できるだけ自然に見えるようにレイはすぐにラケルの部屋から出て、ロビーに向かった。

どうも、あの博士は胡散臭くてならないのである。

さっきの話の時だって、ずっとレイの方を見ていた。

全く視線が外れないのだ。

意識して見ないようにしていたが、気になって仕方がなかったし、その視線に違和感を感じてしまっている。

おかげで警戒しかしていない。

 

「あの博士……なんか変な感じがするんだよなぁ……。とはいえ気のせいかも知んねぇし……。で、俺になんか話でもあるのか?ギル」

 

「副隊長……シエルを助けに行った件……なんで、あんな無茶をした?」

 

レイが笑顔でくるりと振り返ると、そこにはギルがいた。

ジッとレイを見つめ、レイに問う。

 

「いやぁ、ああするしか思いつかなくてさ。心配かけて悪かったよ」

 

レイは素直にそう答えた。

ギルが何時に無く真剣であったので、レイも真面目に答えたのだ。

 

「あんまり独断で無茶はするな……万が一があった場合、残されたヤツは一生、お前の命を背負い続けるんだ……。お前の前向きなところは嫌いじゃない。だが、「自分だけは大丈夫」とは思わない方がいい」

 

ギルの表情に、後悔の色が浮かんだのをレイは見逃さない。

ここに来るまでに、ギルに何かがあったのだ。

レイはそれを知りはしないが、それはギルにとって辛い出来事だったに違いない。

だから、レイにわざわざ忠告してきたのだ。

 

「ギル……。忠告、ありがとう。悪かった」

 

レイはギルに頭を下げる。

 

「いや……説教くさくてすまなかった……じゃあな」

 

レイから目を逸らし、ギルは去って行った。

レイはその背中を見つめる。

その背中は、とても辛そうに見えた。

 

ーーーー

 

『現在フライアは「赤い雨」を抜け極東地域を南下中……繰り返します。現在フライアは「赤い雨」を抜け極東地域を南下中です……』

 

フランのアナウンスがフライア中に響く。

ブラッドが去り、ラケルはパソコンのデータを整理し始める。

 

「ラケル。そろそろ教えてほしいのだけど、極東に来たホントの狙いは……何?」

 

レアが、訝しげにラケルに問う。

どうも、何か裏があるような気がしてならないのだ。

 

「グレム局長にお伝えした通り、神機兵とブラッドの運用ですわ、お姉様」

 

レアの思いとは裏腹に、しれっとラケルは答える。

 

「なら、いいのだけど……。神機兵は私達の悲願。何があっても、認めさせなくては……」

 

「ええ、その通りですわ、お姉様。彼らにはしっかり働いてもらいましょう……。あら?もう極東支部が見えるようですよ。お姉様、ほら」

 

パソコンのモニターに映し出された外部カメラに映る極東支部を、レアに見せながら、ラケルは微笑んだ。

 

ーーーー

 

 

極東について、支部長に挨拶に行くと言うことでブラッド全員で支部長室に入った時、レイはハっと息を飲み込んだ。

レイはこの博士を知っている。

 

「ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティ以下隊員各位、到着しました」

 

「ようこそ極東支部へ!私がここの支部長、ペイラー・サカキだ。エミールが世話になったそうだね。できれば直接会いたいと思っていたんだ」

 

「あれでしょ、マルドゥーク!撃退したのコイツですよ、コイツ!」

 

ロミオがレイを指さした。

サカキと目が合い、慌てて逸らした。

 

「なるほど、君か!ありがとう、私からも礼を言うよ」

 

「……あ……どうも」

 

「さて、すぐにでも任務に入ってもらいたいところだけど……まずは改めて極東支部が置かれている状況について説明するよ?」

 

クスリ、とサカキが笑って、話題に入ったので、レイはそっと視線をサカキに戻す。

その視線が、チラチラとレイを見てくるのが、非常に不快である。

 

「いま極東支部は、いくつかの大きな問題に直面している。ひとつは「黒蛛病」……「赤い雨」を浴びることによって発症する未知の病だね。そしてもうひとつが……」

 

「「感応種」ですね」

 

「そう、いわゆる接触禁忌種と呼ばれる、新種のアラガミだ。……君ら「ブラッド」は交戦経験があるんだよね?知っての通り、感応種は「偏食場」、つまり強力な感応波を用いて、周囲のアラガミを従わせる、特異な能力を持っている。神機もオラクル細胞のかたまり、要するにアラガミの一種だ。普通なら感応種の影響で、機能停止してしまうけど……君たち「ブラッド」はその感応波の干渉を押しのけてこれを撃退した。……実に素晴らしい、とても心強いよ」

 

サカキは笑みを浮かべたまま、ズラズラと説明を続ける。

ロミオやナナは、最早頭がついてけていないようで、退屈そうな顔をしている。

相変わらず、話が好きな人である。

 

「さて……「赤い雨」と「感応種」、この二つの問題の解決を君達にも協力してほしい、というわけさ……どうだろう?」

 

「ええ、承りました。最善を尽くしましょう」

 

「ありがとう、こちらも惜しみないサポートをしよう。ここを自分たちの家だと思って、くつろいでくれれば幸いだ。……さて、話が長くなってしまったね」

 

ようやく終わったとそう思った瞬間、支部長室のドアが空き、頭に黄色いバンダナを巻いた青年が入ってきた。

 

「博士ー!歓迎会のスケジュール、みんなに聞いてきましたよ……。あれ、もしかして、ブラッドの人達?」

 

「ありがとう、コウタ君。そうだよ、彼らがブラッドだ」

 

コウタと呼ばれた青年はニコリと笑った。

 

「極東支部第一部隊隊長、藤木コウタです。これから、よろしくね!」

 

「ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。こちらこそよろしくお願いします」

 

ジュリウスが会釈をした。

コウタも会釈を返す。

 

「あー、今は歓迎会の準備してるからさ。その間、ゆっくり極東支部を見て回ると、イイよ!」

 

「ねえねえ、コウタさん!歓迎会って私たちの?どんな、ごちそうが出るんですか!?」

 

「ナナ、いきなりそれかよ!図々しいぞ!」

 

顔をキラキラさせながら聞くナナを、ロミオがたしなめた。

コウタはそれに笑顔で対応する。

 

「お、期待しといていいよ。極東支部のメシはうまいぞー!」

 

「え、ホントですか!?」

 

「やったー!」

 

「お前も期待してんじゃねぇかよ」

 

あはは、と笑いながらコウタは部屋を後にした。

 

「では、私たちもこれで」

 

「うん、これから、よろしく頼むよ。ああ、そうだ、マルドゥークを撃退したのは君だったね?少し話があるんだけど、いいかな?」

 

「……いいですよ。悪いな、先出ててくれ」

 

「了解した。失礼の無いようにな」

 

そういうと、ジュリウスはレイ以外を引き連れて部屋を出ていった。

レイは顔をしかめながらサカキに向き直る。

 

「久しぶりだね、体の調子はどうだい?」

 

「……お陰様で。その件はありがとうございました。そしてすみません」

 

「そう、警戒しないでくれたまえ。何も、脱走したことを怒ったりしようというわけじゃないんだ。あの後、みんなで探し回ったりしたし、色々大変だったんだけど、そのことじゃないよ」

 

「……」

 

怒ってるじゃねぇか。

レイは、サカキの顔をチラリと見る。

相変わらず笑みを浮かべていて、機嫌がよさそうに見える。

だが、それがレイは恐かった。

 

「本題に入るよ。と言っても大したことじゃないんだ。君にはメディカルチェックを受けて欲しいんだ、極秘にね」

 

「……なんで」

 

レイは思い切り顔をしかめてサカキを見た。

訳が分からない。

何故、ここでメディカルチェックを極秘で受けないといけないのか。

 

「昔、君の体の状態について説明したんだけど、覚えているかな?」

 

「……いえ」

 

「じゃあ、メディカルチェックの後にまとめて説明をするよ。言ってしまえば、それの経過を見たいんだ。普通に生活をしているから、大丈夫だとは思うけど、一応ね。ユウ君にも受けてもらってるチェックだ、安心して欲しい」

 

「……わかりました。何時ですか」

 

レイが了承すると、サカキは嬉しそうに笑った。

 

「今からだよ。話は通してあるし、ジュリウス君には連絡を入れておくから、安心して受けてくれたまえ」

 

「……了解しました、では」

 

レイはサカキに礼をすると、部屋を出た。

緊張の糸が切れたのか、身体中から力が抜ける。

恐かった。

 

「これからずっと顔合わせるんだよなぁ……」

 

はぁ、と溜息をつき、レイはメディカルチェックを受けに向かった。




ついに来ました極東支部!
ということで少しテンションが上がります。
ここからフランさんの活躍が極端に減るのが少し残念ですが、まぁ仕方ないと割り切ろう。
クレイドルのアリサとコウタとの絡みが書きたくて仕方が無いです。
そこまで早く行かないと行けないのですけどもね。
感想、お待ちしています


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第13話 望まない再会と思わぬ再会

第13話です。
エミール再来。
ユノとの再会。


メディカルチェック事態は比較的すぐに終わり、麻酔などの薬がまだ効いている中、昔お世話になった懐かしのラボラトリのベッドの上でサカキから結果についての説明を受けたのだが、麻酔が切れていないのもあるのかさっぱり頭がついていかなかった。

物分りはいい方のつもりだったのだが、どうもそんなことは無かったらしい。

とりあえず結果は極めて良好、何処にも異常はなく、あの日の大怪我もなんの問題も無く回復していて、尚且ユウと同じ変化が見られるらしい。

それに関して、サカキ曰く。

 

「結論から言うと、君の身体は、普通のゴッドイーターよりもアラガミに近いものになっているんだ。偏食因子とは別のオラクル細胞が、偏食因子投与前から君とユウ君の身体に存在していてね。君の場合はおそらく、あの大怪我を負った際、つまりアラガミに背中の肉を食われた際、微量のオラクル細胞が体内に侵入したんだ。今ではそのオラクル細胞の量は増えてしまっているけれどね」

 

「は、はぁ……?」

 

「本来ならば、捕食されてしまうのだけれど、どうやら、君とユウ君はオラクル細胞を受け入れやすい体質だったみたいだね。通常の体細胞を傷付けずに、上手く共存しているんだよ。君の戦闘データを見せてもらったけど、あの駆動が出来ているのはこれのおかげでもあるんだ。本来の身体能力が高かったのもあって、いい方向に行ったみたいだね」

 

「ん……んん?」

 

「前検査した時は、生きているのが奇跡のレベルで不安定過ぎたから、ここで経過観察をしようと思っていたんだけど、君達は何を思ったのか逃げてしまったからね。でも、今回の検査で、現在はP66偏食因子とも上手く共存し、非常に安定していることが分かったから、もう心配はいらなさそうだよ。油断はできないけどね」

 

途中から訳が分からなくなり、必死に簡単に噛み砕いた結果、つまりは、普通のゴッドイーターよりもアラガミに近い体を持っているために今までのような駆動と回復が可能であった訳で、昔は不安定だったけど今はもう安定したから安心していい、ただし油断はしないように、ということらしい。

これをサカキはほぼノンストップでつらつらと説明してくれた。

これが嫌で逃げ出したのに、再びされることになるとは思っていなかった。

 

「ここまでで何か質問はあるかい?」

 

「……あの、もういい、です」

 

げんなりとしながらレイが言うと、サカキは笑った。

 

「ごめんごめん、話しすぎてしまったね。ところで、君の名前はなんだったかな?」

 

「レイ。朽流部レイです」

 

「レイ君だね、覚えておくよ。長いこと付き合ってもらって悪かったね」

 

やっとのことで開放され、ふと端末に目をやると、ロミオから居住区画にいる、と連絡が来ていた。

検査と説明だけだったのに、どっと疲れてしまったレイは、うんざりしながらもロミオの呼び出しに応じるために居住区画に向かっているのである。

まだ薬が残っていて、体が非常に重い。

 

「やあ、君じゃないか。ごきげんよう!」

 

突然聞いたことのある声を聞き、レイはものすごい嫌な予感とあきらめを胸に振り返った。

案の定そこにはエミールと、見慣れない少女がいた。

 

「……よう、久しぶりだなエミール。相変わらず元気だな。えーと、君は?」

 

「あなたがブラッドの副隊長さん?私はエリナ、エリナ・デア=フォーゲルヴァイデといいます。私たちは、極東支部第一部隊所属のゴッドイーターで……」

 

「極東はどうだい?フライアも優雅だが、ここはここで趣があるだろう」

 

エリナの話を遮り、エミールが話し始める。

え、そこ遮っていいとこじゃないだろ。

 

「土と油の匂い、それは決して不快ではない。むしろ懸命に生きる人々の活力が伝わってくる。さらにそのなかで一杯の紅茶を飲む。それら全ての匂いが混ぜ合わさったときに感じるんだ」

 

恍惚とした表情を浮かべ、エミールは言う。

 

「……ああ、僕は彼らを護り、また僕も彼らに護られているのだと」

 

「エミールうるさい!」

 

ここで、ついにエリナが噛み付いた。

その気持ちはわからないでもないが、この状況はどうしたらいいのだろう。

 

「む、どうしたエリナよ。新しい極東の仲間同士親睦を深めるべく……」

 

「私が話してるんでしょ!」

 

「そう!ここにいるのはエリナ。我が盟友、エリック・デア=フォーゲルヴァイデの妹、すなわち……」

 

ビシッ、と自分を指さしてエミールははっきりと言い切った。

 

「このエミール・フォン・シュトラスブルクの妹と思ってくれればいい」

 

「だれがあんたの妹よ!」

 

「なぁ、お前ら漫才してんの?」

 

げんなりとしながら、レイは言った。

早く居住区画の方に行きたいのに、やんややんやと巻き込まれてしまって動けない。

困っていると、エレベーターからコウタが現れて、エリナとエミールに向かって手を振りながら呼び掛けた。

 

「ああ、いたいた。エミール、エリナ、準備するぞ……げ、早速もめてやがる……」

 

ギャーギャー言い争う二人のあいだに、コウタが割って入った。

そして、レイをしばらくジッと見た後、手を合わせる。

 

「ホントごめん!こいつらはエリナとエミール、第一部隊の隊員だ。エミールの方はもう会ってるんだったよな」

 

「あ、はい。えと、コウタさんでしたっけ」

 

「そうそう!覚えてくれたんだ」

 

嬉しそうにコウタは笑うと、再びレイの顔をジッと見つめた。

 

「あの、俺の顔に何かついてますか」

 

「ああ、ごめん!お前を見てるとどうも親友を思い出すんだ。今は長期の遠征にでかけてるんだけどさ」

 

レイは、コウタが言っている親友はユウのことであるとわかったが、質問するのをこらえた。

今、聞くのは野暮というものだ。

それに、さっきコウタが準備に行くと言っていたのが聞こえたし、それがなんの準備かは知ったことではないが、あまり時間を取らせるわけにもいかないだろう。

 

「こいつら、二人とも筋は悪くないんだが、ちょっとまあ、ご覧の通りアレでな……」

 

「……分かる気がします」

 

レイとコウタは、ジト目でエミールを見た。

おそらく、エミールが静かにしたらエリナも噛み付かず、静かになるに違いがない。

 

「む、改善すべき点があればどんどんご指導願いたい」

 

「ちょっと、私をこいつと一緒にしないでくださいよ!」

 

エリナがコウタに怒鳴るように言った。

エミールは相変わらずの反応である。

なんというか、ブラッドとは違う、ちぐはぐなチームに見えた。

 

「もう、わかったわかった。まぁ、これから仲良くしてやってよ。えーっと……」

 

「レイ、朽流部レイ、です。……一緒に頑張ろうぜ」

 

「もちろんだ!我がライバルよ、ここ極東で競い合い、共にさらなる高みを目指そうではないか!」

 

「だから、誰がライバルだ。勝手に認定すんなコラ」

 

「……よろしく」

 

「……おう」

 

エミールは相変わらずであったが、なんだか、最後までエリナの態度が刺々しい気がした。

 

ーーーー

 

「悪い、遅くなった。疲れた……」

 

レイが居住区画についた時、ロミオとギルが出迎えてくれた。

レイがメディカルチェックをされている間に、2人ともいろいろなところを見て回ったようだった。

 

「遅かったな、何してたんだ?なんだか、薬品の匂いがするが」

 

「あーと、まあ、いらいろと。で、どうだよ極東支部は」

 

ギルに突っ込まれたが、レイはそれを曖昧に返し、新しい話題を振った。

たしか、極秘の検査だった筈だ。

バレたところで問題は無いような気がするが、いいと言われるまでは隠しておくべきだろう。

ギルに悪い気がしたが、しょうがない。

ギルは納得していないのか、フン、と鼻を鳴らした。

この前の事もあるのだろう、どうも信頼度が下がっているような気がしてならない。

 

「いやー、極東支部って美人さんが多い!楽しくやってけそう!」

 

そんな2人なと気にせずに、ロミオは自身の感想を述べた。

すかさず、レイはそっちに乗った。

 

「そりゃ、良かったな」

 

「でも、設備が何かちょっとボロい?いかにも最前線、って感じだよなー。俺、フライアの方で寝泊まりしようかなあ」

 

「フライアは貴族趣味すぎる。フツーはこんなもんだ」

 

「俺にはどっちも豪華に見えんだがなぁ」

 

ここで、それぞれの価値観が出た。

初めからフライアにいたロミオからすれば、この支部はたしかに少しボロく見える。

グラスゴーを知っているギルからすれば、フライアは貴族趣味過ぎて見える。

未保護集落出身のレイからすれば、フライアも極東支部も、豪勢に見える。

おそらくグラスゴー支部だって豪勢に見えるだろう。

 

「育ちの違いってやつだな」

 

「フツー?それは、ちょっと聞き捨てならないですねー」

 

「ん?」

 

3人が声のした方を振り返ると、1人の女が立っていた。

メガネをかけたその女は、顔こそ笑っているものの、目は笑っていない。

 

「ここがフツーなら、この外の世界は何なんですかねー。アラガミに怯える人達をほっておくのがフツーなんですかね?」

 

女は、つかつかとギルに近寄り、顔をのぞき込んだ。

 

「誰だ、アンタ」

 

「高峰サツキ、フリーのジャーナリストです。ふーん……貴方達は本部からの出向ですか?」

 

サツキは、3人をグルリと見回した。

おそらく、一般のゴッドイーターとは違う腕輪の色で判断をしたのだろう。

 

「気分を害したなら、謝る。だが、ジャーナリストって人種は苦手でな。ロミオ、レイ、あとは頼んだ」

 

ロミオの肩を軽く叩き、ギルは立ち去る。

たしかに、ギルはそういうのが苦手そうだった。

いや、俺も苦手なんだけど。

 

「え……おい、ちょっとー!」

 

ロミオが慌てて止めようとするも、ギルは聞かなかった。

困った様にサツキの顔を見ると、頭を下げる。

 

「……ごめんなさい」

 

「あら、意外と素直」

 

クス、とサツキが笑う。

その時だった。

居住区画の一室のドアが開き、中からかの歌姫、葦原ユノが出てきたのである。

 

「うあ!あ……」

 

何時ぞやと同じ様にロミオが固まる。

 

「あら、サツキ?先に行ったんじゃなかったの?」

 

ユノはサツキに問いかけた。

その視線が、レイの方に向けられる。

 

「あら、貴方は確か……フライアにお邪魔した時……」

 

「どうも初めまして!お、俺、ロミオって言います!葦原ユノさんですよね!いやー、俺すげえファンで、あの……」

 

復活したロミオがレイを押しのけ、ユノの前に立ち、その手を握った。

あまりにロミオがグイグイいくので、ユノは少し引いている。

そのあいだに、サツキが割って入って止めた。

 

「はいはい、握手会はちゃんとマネージャーを通してからにしてくださいねー。で、ユノ、この人達、知り合い?」

 

「ううん、フライアですれ違った時、同じくらいの齢だなーって気になって……あ、初めまして、葦原ユノと申します」

 

「俺は朽流部レイ。よろしく」

 

「はーい!よーく存じ上げておりますっ!いや、もうホント、貴方の歌すんごい好きで……」

 

「はいはい!そろそろお時間ですよー」

 

ユノに再度迫るロミオを、サツキが止める。

それを見て、ユノはクスクスと笑った。

 

「こうやって同年代の人とお話するの……久しぶりだね」

 

「まあ、このところ堅苦しいおじさん、おばさんとばっかり話してきたからね……」

 

ユノの言葉に、サツキも微笑んだ。

サツキは遠い目をし、ユノに視線を移す。

 

「あっと、コウタ君を待たせてるんだった。ユノ、やっぱり後で呼びに来るから」

 

サツキはユノにヒラヒラと手を振ると、エレベーターに向かって歩き出す。

すれ違う瞬間、レイの方を見た。

 

「もしよかったら、ユノと仲良くしてあげてくださいね。あの子、同じ年頃の友達がほとんどいないから……」

 

「……そういうの苦手なんだ、俺。気が向いたらな」

 

レイの答えにクス、とサツキが笑った。

 

「ついでに、私の代わりにそのロミオって子を抑えておいてくださいねー」

 

「え、それの方が無理……」

 

レイの返答を聞かず、頼みましたよー、と言い残してサツキはエレベーターに乗って行ってしまった。

 

「参ったな」

 

「おーい、レイ!」

 

ロミオに呼ばれ、振り返ってみると、ユノがロミオの帽子に何か書いている最中だった。

 

「お前のジャケットにもサインしてくれるってよ!」

 

「え」

 

思いがけない呼びかけに、レイは驚く。

まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。

 

「い、いや、俺はいいよ」

 

「えー、何だよー」

 

「ロミオがするんじゃねぇじゃんかよ。あ、そーいやロミオ、一昨日の報告書、出したんだろうな?」

 

「あっ、やっべぇ!」

 

顔からサッと血の気が引き、ロミオは慌てて走っていった。

報告書のことなど、さっぱり忘れていたようである。

 

「そそっかしくて悪いな。えーと、ユノさん、だっけか」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

ユノは、フフ、と楽しそうに笑った。

 

「改めて、これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく」




もしあの時コウタが来なかったら。
主人公はきっと延々とエミールに付き合わされたことでしょう。
私だったら逃げる。
今回はユノさんと再開しました。
有名人がさらっといる極東支部って凄いと思います。
ロミオを報告書でかわした主人公。
サツキさん、やりましたよ。
そしてサカキ博士の長いご説明。
非常にアラガミに近い身体ではあるもののの、ソーマのような半分アラガミという訳ではないという面倒臭い設定でした。
これを6歳の子供に説明したサカキ博士、そりゃ逃げられますよ。
感想、お待ちしています。


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第14話 リンクサポートデバイス

第14話です。
リッカさん登場。



あの後、サツキがユノを呼びに来て、レイはそれについて行った。

と言うのも、サツキがレイもついてくるように言ったのである。

どうやら、歓迎会の準備ができたらしい。

大型のラウンジに入ると、沢山のゴッドイーター達がいた。

既にナナは用意されたご馳走に、目を輝かせながら食らいついているし、ジュリウスとシエルは積もる話でもあるのか談笑をしている。

ギルは、部屋の隅で1人静かにスコッチを飲んでいる。

とにかく、フライアなど比べ物にならない人数が、このラウンジに集まっていた。

何せ、フライアにはレイたちと職員くらいしかおらず、はっきり言ってしまえば、人が居ないのである。

 

「うお……久々の大人数」

 

「最前線だからね。人も多いみたい」

 

久しぶりの大人数に驚くレイに、ユノは笑いながら言った。

一体何がそんなに面白いのか、レイにはさっぱりわからないが、本人が楽しんでいるならそれでいいだろう。

よほど間抜けな顔をしたのかもしれない。

ジュリウスとシエルの横まで移動すると、ユノがレイに質問を始めた。

 

「レイさんは、フライアから来たんだよね?」

 

「ん、ああ。と言っても、俺は極東出身で、最近フライアに行ったんだけどな」

 

「そうだったんだ。じゃあ、里帰りだね」

 

「んー、厳密に言えば、壁の外の出身だから、ここにいても里帰りにはならねぇよ。仕事だ、仕事」

 

ユノの言葉に、レイは苦笑を浮かべながら返した。

帰る故郷など、もう無くなってしまった。

今はもうアラガミの巣窟で、しようものなら任務のついでにチラッと見る程度になるだろうし、なんの面白みも懐かしさもない。

そもそもしたくても出来ないのである。

 

「おー!すげー!極東って、こんなたくさん人がいるんだー!」

 

「おお、ここは同じ反応」

 

遅れてやってきたロミオが、嬉しそうに言った。

弾けるような笑顔が、とても眩しく見える。

 

「あー、あー、てす、てす……うっし、オッケー!はいっ、皆さんご注目〜!」

 

突然、コウタの声が響き、全員が注目した。

 

「本日は足元のお悪い中、極東支部にお越しくださいまして誠にありがとうございます!まずはブラッドの皆さん!改めて、ようこそ極東支部へ!」

 

ぱちぱち、と拍手が聞こえる。

こういうのが苦手なレイは、仏頂面になりそうになるのを我慢し、肩をすくめてみせた。

 

「これから一緒に戦う仲間として、ジュリウスさん!何か一言ご挨拶いただきたいと思う次第です!」

 

ジュリウスが、えっ、という顔をしながらレイの方を見た。

こんなジュリウスの表情は見たことがない。

吹き出しそうになるのをこらえながら、レイが1度頷いて見せると、ジュリウスは仕方が無いというようにマイクの前に立った。

 

「ご紹介にあずかりました、極致化技術開発局所属ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。極東支部を守り抜いてきた先輩方に恥じぬよう、懸命に任務を務めさせていただきます。ご指導、ご鞭撻のほど……何卒よろしくお願いいたします」

 

「あいつすげぇな」

 

レイは思わず呟いた。

用意もなく、何故あんなスピーチができるのか。

 

「すごーい、隊長っぽーい……コウタ先輩も見習ってほしいなー」

 

「エリナ、うるさいよ!はぁいっ、ジュリウスさん、ありがとうございました!」

 

エリナの一言に即座にツッコミ、コウタはジュリウスを開放した。

そして、ユノの方を見る。

 

「えー、続きましてー!ユノさん、お帰りなさい!どうぞ、ユノさんも何か一言!」

 

「え?」

 

ユノもレイの方を見る。

何故こっちを見るのかわからず、レイは少々疑問に思いつつも、ユノに拍手を送る。

早く行け、との催促の意味も込めて。

 

「あ、その……ありがとうございます。こんなに歓迎してくれて、嬉しいです……」

 

マイクの前にたったユノは、さっきのジュリウスとは打って変わって、おどおどと礼を述べた。

しかし、言葉が見つからないのかすぐに黙ってしまう。

普通はそうだろう、さっきのジュリウスが凄いのだ。

 

「えっと……あの……すみません、こういう挨拶は慣れてないので……もし、よかったら……歓迎会のお礼に……」

 

「はーいっ!ごめんねー!ぶっちゃけ、それ待ってた〜!実は、すでにマイクは準備してあるんだー!」

 

ユノが全て言い切る前に、コウタが割って入る。

コウタの指す方を見ると、ピアノとマイクが用意してあった。

 

「それでは皆様、お待ちかね!極東の歌姫!葦原ユノさんのソロ・コンサートです!はりきって、どうぞ〜!!」

 

ユノは少し恥ずかしそうにしながら、ピアノの前に座ると、一つ深呼吸をした。

ゆっくりと鍵盤の上に手を置き、曲を奏で始める。

 

♪〜♪♪ ♪〜♪♪

 

初めて聞くその歌に、レイは耳を奪われる。

ロミオが騒ぐ理由もわかる気がする。

綺麗な歌だった。

優しいメロディに、ユノの声がよく響き、凄いとしか言いようがない。

よく音楽を聴くのだが、この手の音楽に触れることはあまり無いので、すこし後悔した。

 

♪♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪

 

ユノが歌い終わるまで、ラウンジにいる誰もが喋らず、その声に耳を傾けた。

終わると、ユノは立ち上がり、全員に向かって礼をする。

 

「……ありがとうございました!」

 

わっ、と拍手が巻き起こる。

ロミオなど、涙を流しながら盛大に拍手をしていた。

それほど、嬉しかったに違いない。

 

「ユノさん、ありがとうございました!そして、皆さん!これから極東支部、一丸となって仲良くやっていきましょう!以上、歓迎会を終わらせていただきます!ありがとうございましたぁっ!」

 

ーーーー

 

歓迎会のあと、レイは極東の人に色々なことを聞かれた。

まあ、どこ出身かとか、ゴッドイーターに何故なったかとか、ありきたりなものばかりだったのだが、あまりの量に思わず逃げ出した。

追いかけては来なかったので、ホッとしながらロビーをフラフラしていると、フライアでブレードはどうだとか神機について詳しく教えてくれたダミアンがいた。

最近話さないなと思い声をかけてみたところ、ダミアンはどうやら最新技術のリンクサポートデバイスにご執心のようだった。

フライアでしてくれたように、今度はリンクサポートデバイスとやらについて熱心に語ってくれた。

曰く、欲しいならリッカと呼ばれる女を口説けばいいらしい。

何故口説くのかを疑問に思いながらも、ひとまず言われた通りにリッカを探す。

案外すぐ見つかったのだけれども。

リッカは、銀髪をポニーテールにしてゴーグルを装着、作業着のようなものを着込んでおり、顔には油汚れがついていた。

 

「やあ。君は、ブラッドの人だね?」

 

「ああ。俺は朽流部レイ。えーと、アンタは」

 

「楠リッカだよ。リッカでいいよ、よろしく。で、どうしたの?」

 

「じゃあ俺はレイでいいや、よろしくリッカ。ええとだな、あんたを口説けばリンクサポートデバイスだとかいうやつがもらえると聞いてさ」

 

「あはは!ダミアンに聞いてきたんだ」

 

リッカは思わず吹き出した。

レイは苦笑を浮かべる。

 

「それじゃあ、あとでリンクサポートデバイスの試作品をあげる。でも、いくつか守って欲しいことがあるんだ」

 

とくに口説く事なく、リッカはリンクサポートデバイスをくれる約束をしてくれた。

おいこら、誰だ余計な事言ってきた奴は。

 

「試作品ということは、まだ試作段階だから動作の保証はなし……これは覚えておいて」

 

「成程」

 

「それと、試作品の開発に協力して欲しいんだ。実験およびデータの提出、それに、必要な素材の確保とかさ」

 

つまり、試作品のデータを取るために動けということらしい。

 

「つまり、俺にモルモットになれと」

 

「人聞き悪いなぁ……君で実験するわけじゃないから大丈夫だよ。今のところ……」

 

最後の言葉を聞き、レイは一層不安になる。

レイに聞こえないように小さな声で言ったようだが、生憎、レイの聴覚は全てをとらえていた。

何が大丈夫だ、する気満々じゃないか。

 

「おいこら、最後のところ、バッチリ聞こえてるからな」

 

「あはは。じゃあ、説明するよ。今回、君に試してほしいのは新しいタイプのリンクサポートデバイス……。いま運用されてるリンクサポートデバイスは、神機の機能とは排他関係にあるから、戦闘か、支援かのどっちかしかできないんだ。でも、君に渡す試作品は、普通の神機としての機能を殺さずにリンクサポートデバイスの機能を発揮できる!って、理屈としてはスグレモノなんだけどね……」

 

「ほぉ、そりゃ凄い。期待させてもらうぜ」

 

「急ぎじゃないから、いつでも大丈夫だよ。都合がいい時に、また声かけて」

 

そうリッカが言ったので、レイは今すぐに行くと提案した。

これを聞いて、リッカはキョトンとした後、腹を抱えて笑った。

 

ーーーー

 

結局、シエルからバレットの件で呼び出しがかかり、リッカとのリンクサポートデバイスの実験は暫しおあずけとなった。

シエルからの要件を済ませたあと、レイはリッカの元へ戻り、検証実験へと向かった。

急がなくてもいいと言われていたが、なんとなく気になっていたのである。

黎明の亡都にやってきたレイの無線機に、リッカの声が響いた。

 

『リッカだよ、聞こえる?神機は使えてるみたいだね。ちょっと説明するけど、そのまま聞き流して』

 

聞き流せとはまたそれは難しいことを言う。

そう思い、レイは苦笑した。

 

『いま、君の神機にはリンクサポートデバイスの試作ユニットがついてる。それは神機とは無関係に作動して、体内のオラクルを活性化させて……簡単に言うと、君自身が「攻撃力が高い状態」になってる』

 

「ほう。確認出来てるか?」

 

『……うん、ちゃんと機能してるんだ。神機も、リンクサポートデバイスも、両方ともね!私はモニターしてるから、このまま戦ってみて。面白いことになりそうだよ……!』

 

「ノリノリだな」

 

ブン、と神機を振り、レイは眼下にいるシユウを睨む。

そのまま、地面を蹴ってシユウに飛びかかる。

シユウの両手羽を切り裂き、顔面にブレードを叩き込む。

振り下ろされる手刀を身をひねって避け、力任せに下半身に向けて振り下ろし、手首を返して切り上げる。

更にもう一発切り下ろすと、そこからライジングエッジに繋げ、シユウの頭部を切る。

普段通りの動きが、やりやすい。

神機が軽く感じ、ダメージもしっかり与えられているようだ。

 

「セイッ!」

 

ブラッドアーツ、ダンシングザッパーを繰り出し、シユウの頭部と両手羽を粉砕した。

 

「ガアアアアッ!」

 

「そんななりで威嚇されてもねぇ。とっとと終わりにしたいんだよ、俺はっ!」

 

思い切り踏み込み、一気にシユウの懐に飛び込む。

そして、シユウの胸部をコア諸共捕食した。

 

ーーーー

 

「おかえり!まさか、本当に機能するとは思わなかったよ」

 

「ただいま。って、動かねぇモンだったのかよ」

 

レイは思わず突っ込んだ。

そんな不良品を渡されているとは思っていなかった。

試作品と言っていたので、何かしらの欠陥はあるかもしれないと覚悟はしていたが、まさかそもそも動かないものだったとは。

 

「実はそうなんだ。他の人に試してもらってダメだったから、失敗作かなって、あきらめかけてたんだけど……不思議だね」

 

そう言って、リッカは微笑んだ。

 

「でさ、先に帰ってから君のこと、少し調べさせてもらったよ。君はブラッドで、中でも「喚起」能力を持ってて、それが何か……触媒になった、と大雑把に仮定してみた」

 

「おい待てこれもか。さっきから思ってたんだけどな、俺の喚起能力ってマジでなんなの……?」

 

人だけではなく、機械にまで影響するのか。

この前行ったのと、ついさっき行ったシエルのバレットエディットの研究の際も、この喚起能力は神機に影響してブラッドバレットなるものを作ってしまっているのだ。

新しいものができてそれが役に立つ分にはいい。

だが、何でもかんでも干渉しすぎでは無かろうか。

そんなことを考えるレイを、リッカは笑った。

 

「あはは、いいじゃない。で、そうなると今後は、君が使うときだけ機能する原因を調べながらリンクサポートデバイスを改良していきたいんだ。さしあたって、素材を集めてもらったりお願いすることになるけど……いい?」

 

くい、とリッカが小首をかしげる。

はは、とレイは笑った。

 

「何を今更。乗りかかった船だしな。やってやるよ」

 

「助かるよ。おかげで、可能性が見えた。んんー、やる気出てきたなー!」

 

リッカが嬉しそうに言った。

レイの手をつかみ、目を輝かせる。

 

「次に向けてプランを錬るからさ。しばらくしたら、また声かけてほしいな!」




主人公がリンクサポートデバイスを使えるようになった!
というテロップがでるのではないでしょうか、という物語でした。
ユノさんが歌ってくれました。
ロミオ良かったね。
※ユノの歌は歌詞を削除しました。
教えてくださいました方、ありがとうございます。
感想、お待ちしています。


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第15話 ハルオミとギル

第15話です。
ハルオミ登場。
ルフス・カリギュラ編スタート。


ミッションに行く前に、腹ごしらえをしようとラウンジに入ったレイは、ふと、テレビの方に目をやった。

ロミオとコウタが、じっとテレビの前に待機している。

レイに気がついたロミオが、手を振りながら呼んできた。

 

「あ、副隊長!こっちこっち!」

 

「んあ?」

 

「なにボーっとしてんだよ!シプレ!シプレの新曲!」

 

「シプレ?何それ?」

 

ロミオとコウタが指さすテレビに目をやると、金髪をツインテールにした女の子が現れ、曲が流れ始める。

 

♪♪♪〜♪♪♪ ♪♪♪〜♪♪♪

 

『神機兵!シルブプレ?』

 

「……うん、と」

 

なんというのだろう。

何とも言えない違和感が満載だった。

テレビでシプレという所謂バーチャルアイドルが歌って踊っている。

ここまではいい、歌っているのが人間じゃないだけで、至って普通のCMだ。

自分のいたところではテレビなんて高価なものは持っていなかったが、フライアで見てからというもの、その手の番組がよく流れていることを学んだ。

その観点からいけば、CMに流れている事自体に違和感はない。

問題は内容だ。

女の子の恋とかなんとかという歌詞からして、恋などについて歌っている曲の筈なのに、何故か神機兵と合わせてあるという何とも言えないミスマッチ。

キレのいい踊りで踊るシプレの周りに立つ神機兵という物凄いシュールな絵面。

シプレの手から放たれた電撃が、神機兵を起動させ、決めセリフの後にバンッ、と現れる神機兵応募の文字。

このCMにこの曲を使うのは、明らかに間違っている。

というかこの方向性はおかしい。

 

「新曲……すげえ、いい……!」

 

「分かってますね、コウタさん……シプレの魅力……ガチで全開でしたね……!」

 

見終わったコウタとロミオが興奮しながら二人で話を始める。

 

「俺さ……大きくなったら、神機兵に乗るんだ……」

 

「マジっすか……ヤバイっすね……」

 

「全力でやめろと言っておく」

 

神機兵に無理やりだが乗り込んだことのあるレイは、割と真剣にコウタに忠告した。

というか、あのCMで応募するなんて馬鹿らしい。

 

「だって、すごかったよなあ!シプレの未来でレトロなかわいさ?バリバリでさー!」

 

「分っかる!めっちゃ分かる!」

 

「分かってくれるか!ロミオ、今日は語り明かそうぜ!」

 

「了解っす!とことん語りましょう!」

 

二人は意気投合し、レイをほったらかして語り始めた。

 

「おい、俺を呼び止めた意味はなんだったんだ?」

 

ほったらかされながら、レイは首を傾げるしかなかった。

 

ーーーー

 

もやもやしたものを抱えながら、ムツミに拵えてもらった軽食を平らげ、ギルとミッションをこなし、大型モニターの前でブリーフィングを行っている時だった。

 

「おお!ギルじゃないか!」

 

不意に、頭上から声が聞こえた。

二人して見上げると、そこには深緑の髪の青年が立っており、こちらを見下ろしている。

レイには見覚えがない。

さっきギルを呼んでいたし、あの青年はギルの知り合いだろうか。

 

「ハル……さん?」

 

「ギルの知り合いか?」

 

レイはギルの方を見る。

ギルは、驚きで声を失っていた。

ハル、と呼ばれた青年は、二人の前までやってきた。

 

「極東に来てんなら、言ってくれりゃいいのに」

 

「いや……ここにいるって、しらなかったッスよ」

 

「あれ?言ってなかったっけ……?いやあ、いろいろ支部を流れ歩いてたからさー。そっか、グラスゴー以来か。ずいぶん昔の気がするな……」

 

どうやら、ギルのグラスゴー支部時代の知り合いらしい。

ハルは、昔を懐かしむような顔をした。

 

「そうですね……ハルさん、そういや極東出身でしたね……。ああ、紹介する、真壁ハルオミさん、グラスゴー支部で、一緒にチームを組んでいた。ハルさん、今所属している「ブラッド」の副隊長です」

 

「ども。朽流部レイです」

 

「ああ、ブラッドかー!うっすら聞いた!なんかすごいんだってな、よく知らないけどさ」

 

ははは、とハルは笑顔を見せる。

レイは、極東に来て大して時間は経っていないのに、うっすらと耳に入っていることに驚いた。

話広まるのが早すぎるだろ。

しかも微妙に誇張されているし、なにより、そこまでのことをまだやっていない。

 

「俺は真壁ハルオミ、極東市部第四部隊の隊長だ。まあ、極東支部はユルくてなー、ブラッドみたいにしっかりした部隊編成でもないんだが……」

 

「ハルさーん、サカキ博士への報告、先に行ってますよー」

 

「へいよー」

 

ハル、もといハルオミの話の最中、ひょっこりと1人の女が顔を出した。

長い赤毛をポニーテールにしていて、どこか頼りない感じがした。

きっと自分よりもベテランなのだろうけれども。

 

「ハルさん、彼女は?」

 

「今のが、第四部隊の唯一無二の隊員、台場カノンちゃんだ……まあ、いろいろ頼りないんだが……出るとこ、出てるからまあいいかなー、的な」

 

「……また、セクハラで査問会に呼ばれますよ?」

 

「……またって」

 

前科があるのかこの人は。

レイは軽蔑の眼差しをハルオミに向ける。

この前の神機兵無断搭乗及び無断使用事件で査問会にかけられそうになっているため、人のことは言えないが、理由がセクハラとは。

何をやってるんだ。

 

「まー、そういうわけだ。ギルが何かやらかした時は、遠慮なく言ってくれ。斜に構えてるコイツの扱い、俺は相当プロだぜ?」

 

「ハルさん……」

 

「うっす、覚えときます」

 

「おい」

 

ギルが困ったような顔をした。

今のところは乗るところだと思ったのだが、違ったのだろうか。

そもそもギルがそういうのが好きじゃなかったか。

 

「ハハッ、冗談だよ。さて、ちょっと失礼するわ。近々飲むぞ、またな」

 

ニコリといい笑顔を見せ、ハルオミはヒラヒラと手を振ると、サカキ博士の部屋に向かって行った。

 

「悪い、先に部屋に戻る」

 

「え?あ、おう」

 

ギルは、一言だけ残して部屋に戻っていってしまった。

普段より帽子を深くかぶり、表情がほぼ見えなかったのだが、ちらっと見えた顔色は、普段よりも悪く見えた。

 

ーーーー

 

部屋に戻ったギルは、ソファに腰掛けてグラスゴー支部での出来事を思い出す。

彼女は、いつも笑っていて、前向きで。

 

「でも、まあ失敗してもいいじゃない。諦めなければ、きっとそのうち成功するでしょ」

 

あの日もそう言って笑ったんだ。

 

「こんな風に、お互いが支えられるだけ、支え合うのって相当素敵なことだと思うんだよ……ね?ギル」

 

彼女は、確かに自分を支えてくれたのに。

それなのに、俺は。

 

「ギル……わかってるよね……私を……」

 

壊れた腕輪から、黒い煙が立ち上る。

自分の腕の中で、彼女は懇願するように言う。

 

「だから、お願い……ギル……私を……」

 

必死に願う。

やめろ、言わないでくれ。

 

「殺して……」

 

「っ!」

 

気がつくと、そこはグラスゴーではなく、極東支部の自室だった。

どうやら、うたた寝をしてしまってその中で夢を見てしまったらしい。

夢の中の彼女の最後は、いつまでも色鮮やかで。

 

「ケイトさん……」

 

ーーーー

 

歓迎会明けから、怒涛のミッションラッシュをこなし続けて二日が経った。

思っていたよりも回されるミッション量が多く、片っ端から片付ける日々が続いており、最初は戸惑っていたブラッドの皆だったが、高い適応能力を見せ、極東支部に馴染んでいた。

そんな中ギルはハルオミに誘われ、ラウンジで2人ゆっくりと酒を飲んでいた。

 

「こうやって飲むの、ホント久しぶりだな〜」

 

「そうっすね。ホント……久しぶりですね」

 

「どうだ、今のチーム」

 

「悪くないっすけど……年下は苦手です」

 

「ハハッ、お前もそんなことを言うようになったのか。老けたなあ」

 

「ハルさん……」

 

ハルオミがギルを茶化す。

ギルは、少し困ったようにグイッと酒を煽る。

 

「あ、そういえば、アイツ……ほら、あの……お前んとこの副隊長!アイツ、面白そうなヤツだよな」

 

「ああ、何というか……柔らかい感じがして、不思議な奴です。いつだって前向きで……」

 

レイのことをハルオミに説明する。

普段は、ぶっきらぼうな喋り方で、どことなくやる気がなさそうにしている。

なのに、いざという時自分の身も顧みずに一番に飛び出していける。

思いつきで行動する。

こっちに歩み寄ろうとしてくる。

危険な目にあっても、どこまでも前向きで、まるで。

 

「あれは……ケイトと同じ匂いがするな。人から好かれて、何でもかんでも、すぐに背負っちまう……」

 

「そうっすね……それで、つい……一度、説教じみたことをしてしまいました」

 

「ああ、無駄だよ、無駄無駄。ケイトもそうだったろ?」

 

ハルオミに笑われ、ギルは、苦笑した。

実際、そのとおりだったからだ。

反省しているような素振りをしていたが、次同じ事が起これば、きっとアイツは同じことをするだろう。

ケイトも、そうだった。

 

「結局、どこまでも前向きで、キラッキラしてて……そのくせすごい頑で、チットモこっちの言うこと聞きゃしないんだ……」

 

ギルとハルオミは、かつての仲間の神機使いを思い出す。

優しくて、強くて、前向きで、頼りにしていたかつてのリーダー。

今は亡きケイトのことを。

 

ーーーー

 

「まあ何とかなるよ、ギル!前向いていこう!」

 

そう言って、ケイトは笑った。

 

「人手はいつだって足りてないんだから、結局できる人が、やるしかないんだからさ。それに、私……多分もう少しこの仕事続けたいんだ、きっと。手の届く人たちだけでも、自分の手で守ることができるからさ……」

 

「それでも、自分はあんまり納得いってないです」

 

負けじとギルも言い返す。

 

「ウチに配属される予定の新型神機使いが極東に持っていかれてるのは、単純に支部長の怠慢っすよ」

 

「俺の故郷をバカにしてんのか〜?」

 

「してないっすよ!」

 

ケイトの膝枕の上で、ハルオミが言った。

この二人、夫婦だからこんな風に問題はないが、パッと見ただのセクハラである。

 

「極東は、新種のアラガミが集まる最前線じゃない。戦力を集めなきゃいけないのは、仕方ないでしょ」

 

そんなハルオミの頭を優しく撫でながら、ケイトはクスクスと笑う。

 

「でも、例のエイジス計画とかも結局失敗してるじゃないですか。そんな余裕があったら……」

 

「まあねー、エイジス計画、何で失敗しちゃったんだろうねえ。考え方はすごい良かったのにさ。でも、まあ失敗してもいいじゃない。諦めなければ、きっとそのうち成功するでしょ。私達、神機使いは、フェンリルの科学者達に支えられているんだし、そのフェンリルは、私達が支えてるんだし。こんな風に、お互いが支えられるだけ、支え合うのって相当素敵なことだと思うんだよ……ね?ギル」

 

事実、そのとおりだった。

フェンリルがいなければ、自分たち神機使いはやっていけず、科学者はサンプルをとってくる神機使いがいなければやはりやっていけない。

失敗しても、諦めなかった先人達のおかげで、今の世界があるのだ。

それでも。

 

「俺は……ケイトさんやハルさんを支えられるようになりたいだけです……そして……引退勧告を無視して、戦い続けてるケイトさんに……早く、ハルさんと……幸せな家庭を築いてほしいだけです」

 

それは、ギルの本心だった。

いつ、自分がアラガミになってしまうかも分からない。

それでも、ケイトは戦場に立ち続けている。

ハルオミだって、内心心配に違いない。

それをケイトもわかっている。

ギルが、支部長に直談判までしたことも知っている。

 

「ギルは、優しいね。分かったよ。人員の補充の件は、私から支部長にちゃんと伝えるからさ。ギルはもう、直談判とかしちゃダメだよ?」

 

「……了解です」

 

ケイトはギルの頭をそっと撫でた。

 

「うん。で……それはそれとして。その気持ちは嬉しいよ、ありがと、ギル」

 

「ギル〜、俺の目の前であんまりいちゃつくなよ?ケイトは俺の嫁だからな〜」

 

「いちゃついてるのは、そっちじゃないっすか!全く……」

 

ギルの頭を撫でていた手が離れ、ハルオミの頭に戻っていった。

その手が、二度と自分やハルオミを撫でてくれなくなるなんて、この時は誰も想像していなかった。

 

ーーーー

 

「いいヤツほど早く逝っちまうってのは……何でなんだろうなぁ」

 

手に持ったグラスを揺らしながら、ハルオミは言った。

話の途中から黙って俯いてしまっていたギルが、顔を上げてポツリと呟く。

 

「ハルさん……俺が、あの時……」

 

それを、ハルオミは遮る。

 

「あー、悪い!昔話はこのくらいにしとかないとな〜。ケイトに、「前向いていこう!」って言われちまう。……だよな、ギル」

 

いつまでも後ろを向いてはいられない。

ギルは、自分の代わりに、愛する人をアラガミにさせないように介錯を行った。

それを、いつまでも引きずる事を、ケイトも望んでなどいないだろう。

 

「……はい」

 

ギルは、再び俯いた。




ハルさん登場。
ここから、一気にルフス・カリギュラ編終わらせますよ!
次とその次くらいで終われたらいいなぁ。
その後、少しキャラエピを挟みます。
ここで私は失敗に気が付いた。
シエルのキャラエピやって無いようわあああ。
ということで、シエル、ギル、ハルオミ、リッカの四人をやっていこうと思います。
シエルは、場所がフライアから極東に変化してしまう為、どうやろうか考えていますが、まあほぼそのままやるでしょう。
文字数考えるとキャラエピが前後編になる件。
※シプレの歌は歌詞を削除しました。
教えてくださいました方、ありがとうございます。
感想、お待ちしています。


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第16話 命の重さ

第16話です。
ギルの過去とコウタ救出。


最近、ギルの様子がおかしい。

具体的に言うと、ハルオミと飲むと言ったその次の日から。

何の話をしたのかさっぱりわからないレイは、ラウンジのカウンター席に座って、ジュースを飲みながらどうすべきか悩んでいた。

ギルは、おそらく何かを背負っている。

それはなんとなくわかる。

経験があるからだ。

ただ、それに、足を踏み込んで手を出してもいいものなのだろうか。

レイ自身、そういう事には踏み込まれたく無いので、おそらくは嫌なのだろうが、このまま放置するというのもいただけない。

何故なら、ギルの不調がチームにわずかではあるが影響をもたらしている。

連携が、ぎこちなくなり始めている。

このままでは、チームから怪我人が出るかもしれない。

最悪、誰かが死ぬかもしれない。

それだけは避けたかった。

 

「……マジでどうすっかなぁ」

 

こういうのは昔から苦手だった。

相手の気持ちを察し、対応すること。

今迄面倒くさくてなあなあでやってきたことを後悔する。

相手の顔色を伺い、察することは用心棒をしている時にある程度身についた。

しかし、その先は盛大にやらかしたりする事が多く、自信なんてものは皆無である。

 

(ちっとはマシになってると思いたいけどなぁ……)

 

シエルの時はたまたま上手くいった。

ただ、シエルにぶつかって考えを伝え、向こうのぶつけてきた物を受け止めただけ。

言ってしまえば、それしかやっていない。

今回もそれでいけるとは思えないが、原因がわからない限りどうすればいいのか見当がつかないのだ。

 

「よう、副隊長さん」

 

不意に声をかけられ、レイは顔を上げる。

そこには、ハルオミがいた。

 

「ああ、ハルオミさん」

 

「ハルでいいよ。横、いいか?」

 

「え」

 

「心配するな、流石に男を口説く趣味はねぇよ」

 

一瞬固まるレイを笑い、ハルオミは隣に座った。

 

「ギルから聞いたぜ。ここに来る前も、随分無茶したんだってな。「赤い雨」の中、ポンコツ神機兵に乗って仲間を助けに行ったんだって?」

 

「ああ……もしあれが傲慢な局長とかだったら行ってねぇっす。仲間は誰1人だって、死なせてたまるか。つかあの、敬語にした方がいいっすか?」

 

「ハハハッ、やっぱり、なかなか愉快な奴だ。気に入ったぜ。今更だな、そのままでいいよ」

 

ハルオミは、バンバンとレイの肩を叩いて笑った。

 

「ふー……どうせ、ギルのことだ。アイツ、自分のこととか詳しく話してないんだろ?……聞きたくないか?」

 

「ふー、じゃねぇよ痛いわ。何をっすか」

 

「グラスゴー支部で……何が、あったとか」

 

「……まぁ、少しは」

 

実際は少しどころではなかった。

ギルの不調の始まりは、ハルオミと飲んだこと。

ならば、考えられる原因は二人の共通点であるグラスゴーでの出来事である。

 

「そうだな……どこから話すべきかな……」

 

ハルオミは、椅子に座り直す。

 

「グラスゴー支部はな、俺とギルを含めて神機使いが三人しかいない小さな支部だったんだ。んで、そのもう一人の神機使いが、俺たちのチームの隊長を務めていた。名前は、ケイト。ケイト・ロウリー……、ま……俺の嫁だったんだけどね」

 

「嘘だろ、マジかよ」

 

レイは驚愕した。

既婚者なのかこの人。

 

「ここに比べりゃ、グラスゴーはアラガミの被害が少なくてさ。俺たち三人でも、何とかうまいこと捌けてた。その日も、いつもの通り簡単な討伐任務のはずだったんだ……。んー、悪い!ここから、結構重い話になるんだが、それでも……聞いてくれるか?」

 

「……聞きます」

 

急に真剣になったハルオミの顔を見て、レイも覚悟を決める。

これは、聞いておかないといけない。

 

「ん……オーケー、まあ要するに……そのミッション中にギルは……ケイトを「手にかける」羽目に、なっちまったんだ」

 

「……まさか」

 

「……ああ、そのまさかだ。腕輪が壊れて、アラガミ化が始まったんだ。チームの誰かがアラガミ化した時の対処法……聞いたことあるだろ?」

 

メンバーのアラガミ化。

対処法とは、その介錯ただ一つ。

つまりは、人殺し。

しかし、それは神機使いならば誰でもやる可能性のある出来事だ。

そもそも、選択肢が残酷なのだ。

介錯を行うか。

その神機使いをアラガミ化させてしまうか。

この場合、後者をとることは許されない。

後者の場合、対処することが極端に難しくなってしまい、自身の命はおろか、他メンバーの命も危険に晒す事になってしまう。

 

「……ええ。だけど、それは」

 

「ああ。誰の目にも、他の方法はなかった。もちろん軍法上も無罪だった……けど、騒ぎ立てるやつもいてな。それ以来あいつには、上官殺しのギル……フラッギング・ギルって名前がついて回るようになった。誰もあいつを責めることなんて、できやしないのにな……。……話を戻すか」

 

ハルオミはフゥ、と息をついた。

 

「そのミッションではいつも通り、ケイトはギルとペアで行動し、俺は別ルートから回り込む形で、アラガミを撃破していったんだ。その時だ……あいつが現れたのは……」

 

ーーーー

 

「ぐわっ!」

 

『どうした!?』

 

無線にハルオミの声が響く。

ケイトは、それに応答した。

 

「ハル、すぐに合流して……これは……新種……?」

 

目の前にいるのは、赤いカリギュラだった。

カリギュラは本来蒼い。

普段こんな強敵が出ることなんてないのに。

ギリ、とケイトは歯噛みした。

 

「グオオオオッ!」

 

赤いカリギュラは、左のブレードを展開してケイトに切りかかった。

バックラーを展開してガードするが、吹き飛ばされた挙句着地してから一度転がった。

 

「コイツ……強い!ハル、合流して!聞こえてる?」

 

『了解!今そっちに向かうから、持ちこたえろ!』

 

この会話の間にも、赤いカリギュラはケイトに襲いかかる。

 

「くっ……」

 

初撃を食らったギルが立ち上がると、ケイトは即座に指示を飛ばした。

 

「ギル、側面に回って!」

 

「了解!」

 

二手に分かれて走る。

ケイトが牽制の一撃を放った後、ギルは赤いカリギュラに切りかかるが、右手のブレードでガードされてしまった。

 

「防いだ!?」

 

その事実に、ギルは、驚いた。

アラガミに、防がれた。

赤いカリギュラは、ギルの方を見ると蒼く冷たいブレスを吐いた。

ギルは、それを食らって再び吹き飛ばされる。

ギルに追撃をかけさせまいと、ケイトは赤いカリギュラを射撃し、注意を引き、ブレードに変化させる。

赤いカリギュラの突進を避けると同時に、一撃見舞うが弾かれる。

 

「硬い……!」

 

赤いカリギュラがブースターを起動させ、高速でケイトに切りかかった。

避けきれない、そう判断したケイトはバックラーを展開して踏ん張る。

しかし、赤いカリギュラの攻撃はあっさりとバックラーを損失させた。

それと同時に腕輪にも損傷が起きてしまう。

 

「うっ、うぐぅっ!」

 

侵食の苦しみに耐えながらもケイトは立ち上がった。

 

「ケイトさん……逃げてくれ……」

 

「ギル……回復に集中して……」

 

ギルはケイトに逃げるように諭したが、ケイトはそれを聞き入れなかった。

腕輪から、黒い煙が立ち上る。

 

「ケイトさん!アンタの腕輪、侵食が……」

 

「いい……から……!ギル、回復に集中して……!コイツは、私に……任せて!」

 

そう言うと、ケイトは迫り来る赤いカリギュラに向き直り神機を構える。

赤いカリギュラの攻撃を二度回避すると、ケイトは赤いカリギュラの右手に斬撃を放つ。

着地と同時に向きを変え、赤いカリギュラに向けて駆けた。

 

「うおおおおおっ!!」

 

飛び上がって赤いカリギュラの右肩に神機を突き刺した。

 

「グギャアアアアッ!」

 

赤いカリギュラはケイトを振り落とそうと悶えるが、ケイトは神機を離さなかった。

赤いカリギュラは、ケイトを掴むと地面に叩きつける。

ケイトの体が、何度もバウンドしながら転がった。

ギルはギッと歯を食いしばると、赤いカリギュラめがけて走る。

 

「うおおおおおっ!!」

 

チャージグライドを赤いカリギュラめがけて放つ。

しかし、当たる寸前に赤いカリギュラは飛び跳ね、ギルの攻撃は外れた。

赤いカリギュラはギルの攻撃を避けたあと、何処かへ走り去っていってしまった。

ギルは、その場に持っていた神機を落とす。

 

「届かなかった……」

 

「あっ……ぐっ……うぐううっ!」

 

ケイトのうめき声に、ギルは慌ててケイトに駆け寄ってその体を抱き上げた。

 

「ケイトさん!」

 

「ごめんね……侵食が進み過ぎた……アラガミ化が、始まった……みたい……」

 

ケイトは、苦しそうにギルの顔を見る。

 

「ギル……わかってるよね……私を……」

 

「できません!今から、すぐに戻れば……」

 

「多分、無理かな……ギル……ほら……」

 

ケイトは苦笑しながらギルに右手を見せた。

その手は、醜悪なアラガミのものと成り果てている。

ギルは、目を背けた。

 

「俺には……できないです……」

 

「ごめんね……本当に、ただのわがままなんだけどさ……私……ギルを……襲いたくないんだ……」

 

ケイトは、ギルを優しく諭す。

その顔をじっと見つめながら。

 

「だから、お願い……ギル……私を……殺して……」

 

ギルは、ケイトの真剣な表情を見て、歯を食いしばる。

するしないのだ。

やらなければ、ケイトの思いが無駄になる。

ゆっくりとケイトを抱き抱えて近くの岩の前にそっと座らせた。

そして、自らの神機を取ってくると、ケイトの前に立つ。

覚悟を決め、ギルは神機を構える。

ケイトの体は、ドンドンアラガミへと変わっていく。

ギルの口から嗚咽が漏れた。

そして、ギルの槍はケイトの体を貫いたのだ。

最後の彼女の表情はー笑顔だった。

 

ーーーー

 

「俺が駆けつけた時……もう、ケイトの姿はそこに無かった……ケイトが身につけていた服は……ギルの槍で、岩肌に縫いとめられていて……ギルは、ケイトの腕輪を大事そうに抱えて……ずっと……泣き続けていたんだ」

 

「……」

 

レイは、黙って聞いていた。

何も、言えなかった。

 

「湿っぽい話を聞かせて悪かったな。お前さんはずいぶん聞き上手だな……そんな真剣な表情をされると、ついベラベラと話しちまう……多分ギルも、お前さんのその真っ直ぐな瞳を見て、ケイトのことを思い出しちまうんだろうな」

 

そう言って、ハルオミはゆっくりと立ち上がる。

 

「楽しかったぜ、じゃあな」

 

レイの肩を一度軽く叩くと、ハルオミは去って行った。

去り際の笑が、とても悲しそうに見えた。

 

「楽しかったわけが、ないだろ……」

 

ーーーー

 

ハルオミの話を聞いて、気分が沈んでいる時に、緊急の呼び出しがかかった。

レイは即座に気持ちを切り替える。

内容は、第一部隊隊長のみの救助。

 

「状況は!?」

 

ヘリに駆け込みながら、レイはヒバリに聞いた。

既に、ヘリの中には第四部隊と第一部隊が乗り込んでいる。

コウタを覗いて。

エリナとエミールは既にボロボロだった。

 

『ブラッド隊及び第四部隊はエイジス跡に取り残された藤木コウタ隊長の救出をお願いします。第一部隊を奇襲した大型アラガミは既に撤退したようですが、周囲にはまだ複数のアラガミが確認されています。皆さん、どうかお気をつけて!』

 

(コウタさん……!)

 

レイはギリ、と歯噛みをする。

あのエイジスに取り残された。

危険すぎる状況だ。

ジュリウスは、即座に指示を出す。

 

「レイとシエルは藤木隊長の救出班に加われ。その後は真壁隊長の指示に従うように。ほかのブラッドは救出班のサポートだ」

 

「「了解!」」

 

レイはチラッとギルを見る。

俯いて腕を組んだまま、動かない。

 

(……?)

 

「よう、副隊長さん。お前さんと任務に出るのはこれが初めてだな」

 

「あー、そっすね」

 

「ブラッドの実力、期待してるぜ」

 

「う、うっす」

 

満面の笑みを浮かべるハルオミに対し、レイは苦笑いを浮かべた。

 

「あ、そうだハルさん、俺先行っていいっすか」

 

「ん?いいけど?」

 

「あざっす。しゃ、久々にやるかぁ」

 

ハルオミからの返事を許可と受け取ると、レイは嬉々としながらアタッシュケースから神機を取り出して展開する。

 

『ミッション地点上空に到着しました!降機地点に向かいます!』

 

パイロットからの連絡を受け、レイは待ってましたとばかりに一人神機を持つと、ヘリのドアを開けた。

 

「んじゃ、先行ってますんで。シエル、下で合流な。後、ドアよろしく」

 

「了解しました」

 

シエルの返事を聞くと、レイは何の躊躇もなく飛び降りた。

 

「おいおい!」

 

慌てたのはハルオミをはじめとしたブラッド以外の面子である。

先に行ってもいいとは言ったが、まさか飛び降りるとは。

 

「大丈夫です。いつものことですので」

 

ブラッドのメンバーからしたらもう日常茶飯事である。

もとより、レイは危ない戦い方をする癖にほぼ怪我をしないのだ。

心配している方が疲れてしまうことから、レイの多少の無茶を気にしないことにしている。

最初のダイブ時は流石に全員飛び上がりそうになったけれども。

 

「それ、いいんですか?」

 

「ええ。最近、このての事を控えていたようですので。ストレスがたまっていたのでは」

 

「……絶対ヘン」

 

ごもっともだった。

 

ーーーー

 

「いやっほーぅ!!」

 

空中に身を踊らせながら、レイは笑顔だった。

最近、ヘリに乗っても知らないうちに降機地点についていたりすることが多く、やれていなかったのだ。

この、落ちる感覚が実に爽快で、一度怪我を承知してやってみたところはまってしまった。

アラガミの相手をしている時も割と楽しんでいるのだが、これはまた別の面白さである。

 

「やっぱ楽しみがないとねぇ。ちゃんと働くんだし、これくらいは許してくれよな!」

 

落下の直線上に浮いているザイゴートを串刺しにし、そのまま自由落下に身を任せ、ザイゴートをエイジスの廊下に縫い付けた。

ただそれだけでザイゴートは沈黙する。

落下の衝撃と人一人のクッションとなったことで、無残な肉塊となり果てたのだ。

 

「いやぁ、楽しかった。さて、行くか」

 

神機をアサルトに変化させ、群生したコクーンメイデンとザイゴートに乱射する。

的確にアラガミの急所に当てながら、レイはシエル達と合流するために駆けた。

コクーンメイデンとザイゴートの攻撃を飛び回ってかわし、斬撃を叩き込んではバレットを乱射する。

思っていたよりも数が多い。

 

「あー、めんどくせぇ!」

 

レイは装填していた弾を、BB連鎖弾に切り替える。

シエルにあれだけ教わり、モジュールをいじろうと試みたが、さっぱりわからなかったため、オリジナルバレットを作るのは諦め、ブラッドバレットとして組み上がった弾丸を使っているのだが、コイツは中々乱戦に使えた。

なにしろアラガミに当たった後、近くのアラガミを攻撃してくれるのだ。

おかげで効率よくダメージを与えることが出来た。

 

「っし、いっとけ!」

 

コクーンメイデンに当たった弾丸が、近くのザイゴートを強襲し、地に落とす。

それを、レイは思いきり薙ぎ払うと、コクーンメイデンに止めの刺突を放った。

 

「このへんは終わりか?んじゃ、いっちょ探しますか」

 

シン、と静かになったので聴力と、普段なら索敵に使う感覚ををフル稼働しながら走る。

僅かな戦闘音、人とアラガミの気配を捉えた方向に向かうと、シエルたちが交戦していた。

まだ距離があるので、アサルトでザイゴートを落としていく。

 

「副隊長!遅いですよ!」

 

「悪い、ちょっと迷ってた。広いのと落ちた場所が悪かったなぁ。次は気をつけるわ」

 

シエルに叱責され、レイは苦笑しながらアラガミの殲滅に勤しむ。

アラガミの数は急速に減少していった。

 

「やるねぇ。こりゃ、俺らの出番ねーかな?」

 

「きゃあっ」

 

「エリナ!怪我してんだから無茶すんなよ!」

 

ハルはザイゴートに吹き飛ばされたエリナのサポートに入ろうとするも、別のザイゴートに邪魔され進めない。

 

「ジャマだっての!」

 

そのザイゴートを、ワックマックで圧殺する。

その間にもエリナは別のザイゴートを刺殺するが、コクーンメイデンの連撃に合ってしまう。

 

「きゃあッ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

ギリギリ、レイはエリナの前に滑り込んでバックラーを展開し、攻撃を回避した。

 

「あ……えっと、あ、ありが」

 

エリナの謝礼を聞き終わる前に、レイはバレットを発射し、ハルオミの後ろに迫っていたザイゴートを沈黙させる。

 

「お、さんきゅ」

 

『中型種のアラガミが作戦エリアに侵入!!』

 

ヒバリの声を聞くと同時に、レイは駆け出した。

一番広い広間に飛び出すと、即座に状況を確認する。

コクーンメイデン4体、コンゴウが1体。

着地と同時に身を低くして突っ込み、それぞれに一撃ずつ、しかし重い一撃を御見舞し、振り返る。

 

「シエル!殺れ!」

 

追いついたシエルが、五体に止めをさした。

相変わらずの正確な射撃である。

 

(一瞬で三人のサポートを……!)

 

「回復柱、ここに置くから。使ってもいいぜ」

 

(じ、自分にはまだ回復錠も使ってないのに……っ!)

 

そして、レイはコウタの捜索を開始する。

戦闘能力も周辺把握能力の高さに、エリナは驚愕した。

自分とレイの実力の差を思い知らされてしまう。

 

「……なーるほど。戦い方まで似てやがんなぁ……あそこまで突貫したりしないけど……」

 

レイの戦い方をみて、ハルオミは苦笑した。

ギルが気にかけるのもよくわかる。

そんな風に見られているとはつゆ知らず、レイはしばらくキョロキョロしていたが、一点に向けて走り出し、近くの瓦礫をのかせ始め、ハルオミたちに手を振りながら叫んだ。

 

「おい、見つけたぞ!」

 

ーーーー

 

「隊ちょ」

 

「隊長ぉーーーーッッッ!!!よくぞ無事でッ!!ああ、それこそ神の思し召し!!しかし僕は信じていた……!!いや、わかっていた!!心優しき戦士の剣は!!闇の眷属どもなどに決して折られることはないと!!」

 

「うるさいっ!!」

 

「やかましいっ!病室で騒ぐな!」

 

「あー、今帰ってきたって実感したわ……」

 

病室で騒ぐエミールを、エリナとレイは同時に怒鳴った。

それを見て、コウタは苦笑する。

 

「救援ありがとな。あのまま喰われちまうかと思ったぜ……見慣れないアラガミが襲いかかってきてさ。撤退しようとしたんだけど負傷しちゃって。隠れてやりすごしたと思ったら今度はアラガミに囲まれてるんだもんなぁ」

 

「こっちこそ、遅くなってすんません」

 

「でも本当にそのアラガミ肩に神機なんか刺さってたんですか?」

 

「ほんとだって!それにしても、ハルオミさんのあんな顔初めて見たよ。エイジスでの状況を話したら急に表情が険しくなってさ。あの「赤いカリギュラ」のこと何か知ってるのかな……」

 

「え……?」

 

レイはハッとしてコウタの顔を見た。

 

「え、なに?」

 

「……肩に、神機……?……赤い、カリギュラ……まさか」

 

今、コウタは確かにそういった。

肩に神機の刺さった赤いカリギュラ。

そして、コウタはそれをハルオミに伝えている。

ということは、ギルにも伝わっている筈だ。

 

「すんません、失礼します!」

 

レイは、病室を飛び出した。

 

ーーーー

 

事のあらましをハルオミから聞いたギルは、1人部屋で覚悟を決める。

立ち上がって、部屋を後にした。

 

「神機が刺さった……赤いアラガミ……ついに見つけた……今度こそ逃がしはしない」




ルフス・カリギュラ編、言うなれば中編と言ったところでしょうか。
いやぁ、難しい。
そして、今回長かった。
7000字オーバー。
中々大変でした。
上手く書けてたらいいなぁ。
そう思う今日このごろです。
さてさて、今回レイ君のまさかの凶行。
これはですね、あれですよ、やらしたかった。
ほら、プロモーションアニメに合ったじゃないですか、ツバキさん、リンドウさん、ソーマさんがヘリから飛び降りて戦うシーン。
あそこかっこよくて私すごく好きでして。
ぜひやらしたいなと。
レイ君が気に入ってくれて何より。
次あたりでルフス・カリギュラ編は終わらせるつもりです。
ああ、次も長くなりそう……。
感想、お待ちしています。


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第17話 前を向いて

第17話です。
ルフス・カリギュラ編、最終話。


レイが予想したとおり、ギルは単独でミッションを受けようとしていた。

未確認の新種に一人は無謀だと、ヒバリが止めるもギルは聞かないようで、ヒバリが困っているようだった。

そこへ、レイは割り込んだ。

 

「俺も行くぜ。悪いが、この後の訓練場の予約、消しといて」

 

「あ、はい!」

 

ヒバリがホッしたように機器をいじり始めた。

ギルは、レイに掴みかかる。

 

「副隊長、これは俺の問題で、俺がやるべき事だ……これ以上、関わるな」

 

「ギルが俺に言ったこと覚えてるか?「独断で無茶するな」ってヤツだ。……支え合えるのがチームだろ、ギル一人じゃ返り討ちにあうぜ、俺も手伝う」

 

「……お前まで巻き込んで失うわけにはいかねぇんだ」

 

何とかレイを引かそうとするが、レイはそれには応じない。

レイはニヤリと笑った。

 

「そりゃ嬉しいね。だけどな、その忠告を俺がはいそうですかと素直に聞くと思うのか?悪いが、聞けなぇな」

 

「クソッ、おせっかいにも程があるぜ……!」

 

話は平行線を辿る一方で、さっぱりケリがつかない。

 

「あー、お取り込み中のところ悪い!副隊長さんは俺が巻き込んじまったんだ」

 

言い合う2人の間に、ハルオミが割り込んだ。

ギルが眼を見開く。

 

「ハルさん……!」

 

「ギル、3人で行こう」

 

「いくらハルさんの言う事でも……!」

 

「なあ、ギル。これは、俺の問題でもあるんだぜ?それに、もし俺が一人で行ったとして、お前……黙って見ているか?」

 

ハルオミがギルを諭した。

ギルは、沈黙する。

 

「…………いえ……。……すんません。目の前の事しか、考えられなくて……」

 

「いいんだよ、似た者同士だ。……なあ副隊長さん?」

 

そう言って、ハルオミはレイに目配せをした。

レイはゆっくりと一度だけ頷いた。

 

ーーーー

 

赤いカリギュラは、いつまでも赤いカリギュラと言い続けるわけにもいかないので、ルフス・カリギュラと命名された。

決戦地は、愚者の空母。

 

『部隊の降下を確認』

 

レイの目は愚者の空母の奥に居るルフス・カリギュラをチラッと捉えた。

 

「おー、チラッと見えただけだけどホント、見事なまでに赤いねぇ」

 

「カリギュラとの戦い方は頭に叩き込んだな?」

 

「勿論」

 

ギルがレイに問うた。

レイはしっかりと答える。

ここに来るまでの間、カリギュラとの戦闘マニュアルを叩き込んだ。

その通りに動くつもりは全くないけれども。

 

「赤いカリギュラに通じるかは賭けだが……まずは右腕の部位破壊を狙う」

 

「了解」

 

「ギル〜、ケイトの仇だからってあんま力むなよ?」

 

ハルオミがギルに言った。

ギルは、俯いてしばらく黙った。

 

「わかってます……」

 

それを見て、レイはフゥ、と溜息をつくと、ギルの背中を一度だけ叩いた。

 

「ギル、みんなで帰るぞ」

 

「あ?」

 

「ケイトさんの神機も」

 

レイはギルに笑顔を向けた。

ギルは少し目を見開き顔をそらしたものの、軽く頷いた。

 

「だな。いい加減持って帰ってやらないと、な!」

 

「よーし、それじゃ……」

 

神機をに銃形態に変化させ、走る。

ルフス・カリギュラをしっかりと視認すると、ハルオミは立ち止まった。

ハルオミの銃形態はスナイパー、シエル同様遠距離射撃が得意なのだ。

対するレイとギルはアサルト、中距離からの連射が得意である。

なので、ハルオミよりも近づいて立ち止まる。

全員が射程圏内に入ると同時に、ハルオミが叫んだ。

 

「ファイア、ファイア!!」

 

全員での集中砲火。

たまらず、赤いカリギュラは仰け反る。

しかし、すぐに体勢を立て直した。

 

「グギャアアアアッ!」

 

左右のブレードを展開して、レイとギルに切りかかる。

それを、ギルはガードして、レイは飛び跳ねて避けた。

 

「そら、一発目喰らいなぁ!」

 

レイはブラッドアーツのスパイラルメテオをカリギュラのブースターにヒットさせ、着地と同時に方向転換して地面を蹴る。

右腕のブレードに向けて、ファントムネイルを繰り出す。

が、カリギュラはそれを薙ぎ払いで弾いた。

 

「なっ!?」

 

相殺どころか押し返されたレイは、空中で一回転しながら着地した。

それでも、勢いを殺しきれずに後ろに滑る。

 

「何こいつかってぇ!」

 

「ガアアアアッ!」

 

二度連続で攻撃してきたレイに狙いを定めたカリギュラは、空中に舞い上がり高速の突進と斬撃を繰り出した。

 

「っ!」

 

バックラーを展開し、インパクトの瞬間後ろに飛んでダメージを軽減する。

それでも、陥没した場所ギリギリまで追い込まれた。

一歩後は深い大穴だ。

 

「っぶねぇな、おい」

 

レイは足場を確保するためにも自身の右側へ走る。

カリギュラの猛攻を避けながら、アサルトでカリギュラの足を攻撃して延々注意を引きつける。

レイに集中し続けるカリギュラの側面から、ギルがチャージグライドを当てた。

ハルオミがカリギュラの頭にバレットを命中させる。

突然の攻撃に、カリギュラは思わず怯むが、ギルを左ブレードで薙ぎ払って吹き飛ばした。

追撃を阻止するためにレイが飛び込む。

スキをついて二人が攻撃する。

これを何度か繰り返した時だった。

 

「ぐわっ!」

 

「ギル!お前ちょっと頑張りすぎだ!退がれ!」

 

再度吹き飛ばされるギルをハルオミが援護をする。

さっきからギルはガードをせずに突っ込んでばかりである。

このままではギルが危ない。

 

「しっかし、かってーなコイツ。これで本当に弱ってんのかね……!?」

 

「はっ、信じて突っ込むしかねぇっしょ!」

 

再びレイがカリギュラ目掛けて特攻をかける。

ハルオミは援護のためスコープを覗いた。

カリギュラの肩に刺さった神機に思わず目がいってしまう。

 

(腹決めてきたつもりだったんだけどな……チラチラ目につきやがる……ケイト……)

 

その時だった。

 

「ああああああっ!!」

 

退がっていたはずのギルが、先に突っ込んでいるレイなどお構いなしにバレットを乱射したのである。

 

「うおっ!?」

 

突然の出来事に、さすがのレイも驚いた。

咄嗟にカリギュラから離れ、距離をとる。

 

「ギル!?」

 

思わぬギルの強行にレイは驚きを隠せない。

ギリギリ喰らわなかったが、巻き込まれていたらと思うとゾッとした。

 

「あいつ、頭に血ィ登ってやがる!副隊長さん悪ィ!援護頼むッ!」

 

「だぁびびった!了解!」

 

ギルに続いて、レイもカリギュラに飛びかかる。

そんなことお構いなく、ギルはカリギュラに突っ込んだ。

右腕のブレードを狙い、チャージグライドを当て結合崩壊を起こさせる。

 

『ッ!アラガミ、活性化します!』

 

ヒバリの警告が耳に響く。

 

「ギル、避けろォッ!」

 

レイの叫びが聞こえた瞬間だった。

左ブレードが、目の前に迫る。

咄嗟に穂先をあてがい、パリングしようと試みるも無駄だった。

薙ぎ払いの勢いに負け、宙を待った直後に右側から尾の攻撃をまともに喰らい地面に叩きつけられた。

三度ほどバウンドし、ようやく止まった時には身体は言うことを聞かなくなっていた。

 

『ギルバートさんバイタル危険域です!誰か回復を!』

 

ヒバリの声が遠く聞こえる。

ゆっくりと視線をカリギュラの方に向ける。

カリギュラは、息を大きく吸い込み、動けないギルにブレスを吐こうとしている。

ハルオミがバレットを当て、気をひこうとしているがさっぱり効果が無い。

このままでは死んでしまう。

だが、身体に力は入らない。

 

(くそ……なんだこの様は……ケイトさんはもっとうまく立ち回ってたってのに……仇ひとつまともにとれねぇのか俺は……)

 

「間に合えええええッ!!」

 

朦朧とする中、ギルはカリギュラの正面に踊り出して走ってくるレイの姿を見た。

その姿勢がドンドン低くなり、あっという間にトップスピードに乗る。

神機を持っていない方の手をギルに引っ掛け、全力で地面を蹴って飛んだ。

おかげでカリギュラのブレスを避けることは出来たが、着地が取れずにゴロゴロと転がる。

 

「……!?」

 

ギルは、今何が起きたのかわからなかった。

え、何が起きた?

 

「っぶねー、ギリギリだぜ」

 

むくりとレイが起き上がる。

そして、ギルに回復球をぶつけ、口に回復錠を投げ込んだ。

 

「いやー、賭けだったわ。案外いけるもんなんだなぁ」

 

ギルを担いだ方の腕をぐるぐると回した。

トップスピードからギルを拾い上げてからの跳躍は、流石に少し厳しかった。

本音を言うと、ギルを担いだ瞬間肩からもげるかと思った程だ。

まあ、もげなかったし救出もできたのだから成果としては万々歳だろう。

一人うんうん頷いていると、回復しきったギルがレイの胸倉をつかんだ。

 

「わあギル物騒。なに、どうしたよ」

 

「副隊長、無茶するなと前言った筈だ!」

 

それを聞くと、レイは笑顔でギルの腕を掴んだ。

ぎりぎりと力を込める。

ギルが痛みで顔をしかめ、レイから手を離した。

 

「無茶するな、だァ?そりゃこっちの台詞だってんだ、ふざけんのも大概にしやがれこの野郎ッ!何いきなり暴走して死ににいってやがる!仇とるんじゃなかったのか、あぁ!?」

 

ぐるん、とギルの視界が回った。

そして、背中から地面に落ちる。

投げられたのだ。

 

「そこでちっと頭冷やしてから来いッ!……ったく、勘弁してくれよ。ギルは、攻撃に集中してりゃいいんだよ。何のために延々気ぃ引いてたと思ってんだ」

 

それだけ言い残すと、レイはハルオミの援護に入る。

ギルは、フゥ、と息を吐いた。

レイにあんな風に怒鳴られるのは初めてだった。

今までは、こちらを茶化すような軽口を叩いたり、真剣な時でも何処か適当な話し方しかしていなかったのに、今回は別だった。

レイは、怒ったのだ。

ギルが、自分の命を顧みず、レイやハルオミの存在すら無視して突っ込んでいったことに。

2人がずっとサポートをしてくれていたのに、一人で勝手に突っ走って危うく死にかけたことに。

 

『あんまり独断で無茶はするな……万が一があった場合、残されたヤツは一生、お前の命を背負い続けるんだ……』

 

そう、レイに言ったのは自分ではなかったのか。

なのに、言った本人がそれを守らないでどうする。

ギルは、立ち上がって神機を構えた。

既に、レイが注意を引き付けており、ハルオミが攻撃を繰り返している。

ギルは走った。

二人を支えるために。

カリギュラの左側面に回り込み、左ブレードにチャージグライドをぶち込み、再度方向転換して側面に回って攻め続ける。

 

「やーっと普段の調子が出てきたな」

 

レイはニヤリと笑うと、ライジングエッジからダンシングザッパーを繰り出してブースターを破壊する。

怯んだところに、ギルがカリギュラの顔を突き壊す。

ハルオミがカリギュラの後ろ足の関節を攻撃してこかせ、総攻撃を行う。

遂に、カリギュラは地に倒れた。

 

「やったか?」

 

全員、息が切れている。

もうすっかりバテているが、警戒は解かない。

 

『いえ、これは……!』

 

カリギュラが、ゆっくりと体を持ち上げた。

 

「グギャアアアアッ!」

 

「マジか……こいつぁ、しつこい奴だぜ……」

 

神機を再び構え直した瞬間だった。

これまでよりもさらに早く、カリギュラがレイとギルを切り飛ばしたのである。

ギルはガードすることすら間に合わず、気がついた時には宙を舞っていた。

 

「くっ、直撃……喰らっちまった……」

 

レイは半ば本能で後ろに飛んだものの、避けられたのはほぼ奇跡だった。

無茶苦茶な稼働をしまくったせいか、足にガタがきはじめている。

 

「追撃!来るぞ!」

 

ハルオミの声にハッとして前を見ると、尾での攻撃が既に目の前に迫っていた。

当たる寸前に飛んで避け、カリギュラを睨む。

カリギュラの最後の力だろうか。

壊れたはずのブースターを起動させ、今までよりも早く、そして重い攻撃を繰り出す。

バックラーの展開も間に合わず、神機をただ持ち上げたところでカリギュラの攻撃が直撃、あまりの衝撃に神機が手から離れてすっ飛ばされた。

 

「っ!」

 

「副隊長……!」

 

ギルは咄嗟に立ち上がろうとするも、がくりと膝をついた。

力が入ってくれない。

 

(また、俺は……こうやって……大切な人を……失うだけなのか……。……いや!)

 

ギルの瞳に力がこもる。

動かないからなんだ。

無理矢理にでも動かせばいいじゃないか。

 

「ここで諦めるわけには……いかねえんだよぉっ!」

 

必死の思いで立ち上がる。

神機を構え、カリギュラに向けて駆け出した。

 

「そうだよ、ギル。それで……いい」

 

カリギュラの死角に回ったハルオミが頭を狙撃、一瞬だけカリギュラの気を引きつける。

そのスキをついて、レイはカリギュラの肩に刺さったケイトの神機を蹴った。

深く押し込まれ、カリギュラが悲鳴を上げる。

 

(ケイトさん……ケイトさんが言ってたこと、少しだけ……分かった気がします……)

 

カリギュラに向かって、走る。

これに気がついたカリギュラが、ギルの方をむき、吠える。

 

(こいつは……俺を支えてくれました。そして……俺は、こいつを支えたいです……だから……!)

 

ギルの中で、何かが弾けた。

 

「届けええええ!」

 

全力で突き出されたその槍は、カリギュラの胸を貫通した。

大穴を開けられたカリギュラは、断末魔を上げると、今度こそピクリとも動かなくなった。

カリギュラの肩から、まるで役目は終わったとばかりにケイトの神機が抜け、地面に突き刺さった。

 

『アラガミ、沈黙しました……!』

 

ヒバリの声が耳に届いた瞬間、ハルオミとギルはその場にへたり込む。

レイも、ぶはっと息を吐いた。

 

(マジで死ぬかと思った……っ!)

 

ゆっくりと深呼吸をし、歩き出す。

ギルの前まで行って、立ち止まった。

 

「ん、お疲れさん」

 

そっと右手を差し出す。

ギルはそれに捕まり、立ち上がった。

そんなふたりを見ながら、ハルオミはケイトに思いを馳せる。

 

(ケイト……俺も聖人君子じゃないからさ。今でも、ギルに対する割り切れない思いが、多分あるんだよ。だから、我ながら、らしくもない……仇討ちなんて考えて色んな支部を渡り歩いてたんだけどさ。ギルに偉そうに言っていた割に……まあ、俺もお前を失ったことに耐え切れず……ずっと止まってたんだな)

 

ハルオミはチラリとレイの顔を見た。

今回の討伐が上手くいったのは、レイがいたからだ。

レイが、あの時ギルに発破をかけたから。

その他にも色々立ち回ってくれた。

 

(でもな、ケイト……あのまっすぐな若いヤツのおかげでさ、ギルが前を向いて、歩き出したんだ。俺もいつまでもくすぶってる場合じゃないよな……だから、そろそろ……歩き始めるよ)

 

ギルとレイは何かを話し合っている。

レイは苦笑を浮かべ、ギルは何かのやり方を聞いているのだろうか。

それを見て、ハルオミはフッと笑うと、空を見上げた。

 

(いいよな?ケイト……まあ……気長に待っててくれよな)

 

立ち上がって、ゆっくりと歩き、二人の肩を抱いた。

 

「よっしゃ」

 

レイとギルの顔を交互に見てから、ハルオミは笑顔を見せた。

 

「んじゃ、帰るかあ」

 

二人は頷くことで答えた。

役目を終えたケイトの神機が、嬉しそうにその刀身に夕日を反射させ、輝いていた。




おわったぁーっ!
やっと終わったルフス・カリギュラ編っ!!
長かった!
長かったよぉっ!
今回、三人でやっとの思いで討伐した因縁の相手、ルフス・カリギュラ。
上手くかけたでしょうか。
そうである事を祈りたい。
今回、戦闘中に、レイがギルを怒鳴るシーンがありました。
ホントの戦闘中なら絶対出来ないでしょうけども、レイ君、先輩を投げ飛ばすのはどうかと思うよ。
ちなみに背負い投げだったりする。
さて、次回からは平和な極東支部を書いていこうと思います。
い、一体いつ本編に戻れるんだろう。
とにかく頑張るぞ!
感想、お待ちしています。


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第18話 葦原ユノ護衛任務

第18話です。
サテライト拠点のお話。


ギルとハルオミの因縁の相手、ルフス・カリギュラを倒してから数日が経った。

ギルが血の力「鼓舞」に目覚め、その効果により普段の戦闘が随分早く終わるようになっていた。

そんな中、レイ達は新たな任務に当たった。

クライアントの護衛。

ただでさえ珍しい内容の任務である。

それに護衛の対象は葦原ユノと高峰サツキの2名。

内容は、サテライト拠点への慰問だった。

ブラッド全員、ピッタリとした制服に着替え、砂嵐の中を二台のトレーラーが進む。

途中でアラガミの反応があり、ブラッド隊は即座にトレーラーから降りて戦闘に移るのだが、砂嵐が酷過ぎてまともにアラガミを視認できない。

無線で連絡を取り合いながら応戦を試みるも、ノイズが混ざりまくっており何を言ってるのか分かりにくい。

これでは、いくらシエルの「直覚」でアラガミの状態が分かるようになったとはいえ、そもそも攻撃が当たらないうえに連携が取りにくい。

今までにない最悪のコンディションである。

 

「ロミオ、ザイゴート行きましたよ!」

 

「こう視界が悪くっちゃ当たんねぇよ!」

 

「いだッ!砂が目に入ったぁ!!」

 

「ゲッ!ナナ、後ろ後ろ!!」

 

視認できる範囲にアラガミが入って来た時にはもう、ギリギリ攻撃が避けられるか喰らうか、又は攻撃を当てられるかスカするかというそんな状態での戦闘の中、一人だけ的確にアラガミを倒すレイがいた。

 

「よっと」

 

見えないならもう目を閉じればいいじゃないとばかりに、目を瞑ったまま飛び回っては切り裂いては貫く。

普段の戦闘から視聴覚よりも第六感ともいえる感覚に頼るレイだからこそできる芸当である。

 

「なんでお前そんな事できんだよ!」

 

「え、そりゃ慣れでしょ。皆もやってみ、意外とできると思うぜ」

 

「できるかぁ!」

 

「はは、だよな」

 

ロミオに怒鳴られ、レイは苦笑しながらザイゴートをナナの前に落とした。

 

「ナナ、落としたぞ!」

 

「おりゃあああ!」

 

落とされたザイゴートは、ナナの気合の声とともに振り下ろされたブーストハンマーによって見事に粉砕される。

しかし、少しずつしか倒せていないため中々終わらない。

 

「チッ、うぜぇな!響け!」

 

ギルが、血の力を解放する。

 

『ギルさんの感応波の影響によりみなさんの攻撃能力が一時、増幅されます!』

 

「一気に叩くぞ!」

 

「ギル、ナイス!」

 

ギルの血の力「鼓舞」は、全員の攻撃能力が上昇するのだ。

何度も攻撃しないと倒せない相手でも、少ない手数で倒すことが可能になる。

お陰で先程よりは楽に倒せるようになり、殲滅を完了する事ができた。

神機をアタッシュケースに詰め、各々が護衛するトレーラーに乗り込む。

乗り込んだ2号車の中には、ユノが待っていた。

運転手はサツキだ。

全員が乗り込んだ事を確認すると、トレーラーはゆっくりと走り出した。

 

『……あ、2号車、2号車聞こえる?』

 

「おっ、回線回復したみたいだな」

 

『おー?よかった。えー、こっちは特に問題なく機材をちゃあんと護衛してるけど、そっちのユノさんの護衛はどんだけ楽しくやってやがりますかオーバー?』

 

ロミオの刺々しい声が聞こえた。

当たり前だ、ロミオはユノのファンなのだから。

機材の護衛よりも、ユノ本人の護衛をしたかったに違いない。

サツキの人選によって外されたけれども。

 

「はーい!お歌を歌ってもらってまーす!」

 

『ギィイイイ』

 

『ロミオ、うるせえぞ』

 

ナナが楽しそうに言ったせいで、ロミオが嫉妬の唸り声を上げた。

ギルがロミオを諌める。

 

「みなさん、今回は無理を言ってすみません。護衛をお願いしてた方々が突然来られなくなってしまって」

 

「全然いいよっ!ユノちゃんとちゃんとお話してみたかったし!」

 

『俺も話したいよぉぉぉっ!』

 

『うるせえぞ』

 

全くだ、そう呟きながらレイは無線機を外す。

デカイ声で喋りやがって。

 

「あれ、無線機、外しちゃっていいんですか?」

 

「ん、ああ。戦闘のために音量上げてたからなぁ。普通の時は音量、もうちょい下げないとつけてらんないんだ。ちょっと弄るだけ」

 

そう言って、無線機の音量を最小の音量まで抑える。

 

「レイ、いっつも思うんだけどそれ、聞こえるのー?」

 

「余裕」

 

音量を抑えた無線機を耳につけ直し、上手く聞こえるかどうかを確認する。

いつもの通りしっかり聞こえた。

 

「レイ耳いいもんねー」

 

「あんまいいことないけどな?聞こえすぎるのも困るもんだぞ?」

 

レイは苦笑を浮かべた。

普通の人からして普通の音量が、時々爆音に聞こえたりするし、新しい住処に入った時には嫌に物音が気になったりする。

多大な情報をもたらしてくれるが、不便も多い。

視覚にしても叱りである。

 

「ハイハイ、雑談はそれぐらいにしてくださいねー。そろそろ着きますよー」

 

サツキの声に、レイはトレーラーの窓から外に目をやる。

 

「……あれが」

 

独立支援部隊(クレイドル)の方々に中心になっていただいて建設を進めているミニアーコロジー……サテライト拠点です」

 

ユノが中央の建物を指差した。

 

「中央のシェルターはアラガミと「赤い雨」の脅威に対処するために設置されたものですね」

 

ーーーー

 

サテライト拠点に着くと、ユノはすぐに用があると言う事で、別行動になった。

護衛が終わった為、暇になったブラッドの全員を、サツキが案内する。

 

「ここがサテライト拠点、「アナグラ」にこもれない人々が寄り添ってやっと生きてる、辺境の地」

 

サツキがガイドをしながらサテライト拠点の案内をする。

その後ろを、ブラッドの全員がついていく。

時々すれ違う人々は、警戒の眼差しをこちらに向けて来ていた。

 

「俺、こういうとこ初めて来た……ニュースとかテレビで、存在は知ってたけど……」

 

ポツリとロミオがそう言った。

 

「世界中の人口は確かに少しずつ増えてるんですよね。それは間違いなくフェンリルのおかげ……でも、役に立たない人間は切り捨てる、と言わんばかりにここにいる人達を放置しているのもまた、フェンリルなんですよ」

 

「外壁の対アラガミ装甲……フェンリルマークの備蓄食料……この施設を提供し、維持しているのはフェンリルなのでは?」

 

チラチラと目に付くフェンリルマークを見たジュリウスが、サツキに反論する。

サツキはピタリと足を止めた。

 

「貴方がブラッドの隊長さんでしたっけ、フライア所属の。ちょっと聞いてみたいことがあったんですけど……」

 

ゆっくりと振り返りながらサツキが笑う。

 

「あの玩具の戦車みたいな、移動要塞を作るコストで、ここみたいなサテライト拠点が、いくつ作れると思います?」

 

グッとジュリウスが黙る。

 

「それに、ここの人たちに手を差し伸べてくれたのは、ユノのお父さんと極東支部の人達だけなんですよー。そもそも本部からの支援が少ない、極東支部が一生懸命血を流している一方で、本部はどうして黙ってみているんですかね?」

 

サツキが首をかしげる。

その顔は笑っているが眼は全く笑っていない。

 

「貴重な意見をありがとう……可能な限り、対処することを約束する」

 

ジュリウスの返事を聞いたサツキは、しまった、という顔をした。

 

「すみませんねー、八つ当たりしちゃいましたよ。まだ、出会ってから日は浅いけど……貴方達には、期待しているんですよ?」

 

くるりと振り返り、再びサツキは歩き始める。

全員、黙ってついて行った。

 

ーーーー

 

サツキに連れられ、ついた場所はテントだった。

中には沢山のベッドがあり、寝かされた人々と完全防備のスタッフがいた。

その1つのベッドにいる少女の所で、ユノが本を読み聞かせており、こちらに気がついたようで、パッと笑顔を見せた。

 

「あ、サツキ!ブラッドの皆さんも!」

 

「ここは……?」

 

ギルの問にサツキが答える前にレイが口を開く。

 

「……全部、黒蛛病の罹患者だろうな。これは、空気感染は無いが接触感染で、強い感染力を持っている」

 

「あら、詳しいんですねー」

 

「……まあ、な」

 

レイは顔をしかめながら答える。

ブラッドになる前、突如発生したこの病でバタバタ人間が死んでいくのを見ている。

当然、どうすれば感染するかも見てきている。

丁度金が無く、治療を手伝ったことがあるからだ。

詳しく等なりたくなかったが、ならざるを得なかったのだから仕方ない。

 

「奥に行くほど、重い患者さんなんです。できるだけ早く、治療法が見つかるといいんですけどね……」

 

「ねえ、おねえちゃーん、つづきはー?」

 

「ごめんね、もうちょっとだけ待ってね」

 

読み聞かせを途中でやめてしまったユノを、少女が急かした。

 

「後で合流します。サツキ、皆さんをよろしくね」

 

サツキはゆっくりと頷くと、出ますよ、と一言だけ言って引き返し始めた。

レイは途中で一度振り返る。

その時、その少女と目が合った。

少女は、レイにニッコリと笑いながら手を振って来たので、レイも微笑みながら手を振り返してやる。

その左腕に、蜘蛛のような痣が浮かび上がっているのが微かに見えてしまい、レイは顔をしかめる前に全員を追った。

あの子をわざわざ不安がらせるようなことをしたくなかったのだ。

 

「どこまで読んだかな……あ、そうだった。次のページ、めくって」

 

そんなレイを見て、クスクスと少女は笑っていたが、ユノの声に促され目を本に戻した。

 

ーーーー

 

ユノの慰問が終わり、トレーラーの中で合流した時、ユノは普段よりもラフな格好になっていた。

 

「みなさん、今回は護衛していただきまして本当にありがとうございました。みなさんとお話できて楽しかったってサテライトの方々もおっしゃってましたよ」

 

「……」

 

「ユノさん、そのシャツは……!」

 

「え?これですか?かわいいですよねー」

 

そう言って、ユノは自分の着ているシャツをシエルに見せる。

真ん中に、大きくカピバラがプリントされたTシャツだ。

 

(か、わいい、のか……?)

 

残念ながら、レイには微塵も可愛いとは思えながったが、シエルはそれに同調しているようだった。

まあ、本人達が気に入っているのならばそれはそれで可愛いのかもしれない。

 

「みなさーん、このユノのことは他言無用でお願いしますよー?イメージってもんがあるのわかりますよねぇ?もー、ユノ!そういうだっさいTシャツで人前に出るなって言ったでしょ!?」

 

「え?ださい?」

 

やはり可愛くはなかったらしい。

サツキがユノに忠告するが、ユノは首をかしげるだけでまるで効果がなく、レイは思わず苦笑した。

なんとなく横を見ると、深刻な顔をしてジュリウスが黙り込んでいる。

 

「ジュリウス?」

 

「ん?なんでもない」

 

「もー、なんですかねこの辺は!ノイズしか聞こえないんですけど!」

 

サツキの怒鳴り声が運転席から聞こえた。

咄嗟に無線機の電源を入れる。

激しいノイズが響き、思わず顔をしかめた。

これでは、1号車と通信ができない。

嫌な予感がした。

一方、1号車ではロミオが暗い顔をして呟いた。

一緒に乗っているナナ、ギルも暗い顔をしている。

 

「黒蛛病の罹患者施設とか俺初めて見たよ……。たしかさ、黒蛛病にかかった場合の致死率って……」

 

その時だった。

トレーラーの左側から、物凄い衝撃が襲ってきて、トレーラーはあっさりと横転してしまった。

 

「ってぇ~っ!なんだよ!?」

 

「うわっ!」

 

「ナナ?」

 

上半身が投げ出されそうになったナナが驚きの声を上げる。

ロミオとギルが見てみると、左側の崖にコクーンメイデンが群生していた。

レーダーに反応はなかった筈だ。

 

「チッ、レーダーがイカレてたみたいだな」

 

「砂嵐の影響ってやつかよ……!」

 

「あれ?2号車は?」

 

ナナが後ろを見て首をかしげる。

後ろには2号車がいたはずだ。

それなのに、影も形もなくなっている。

 

『ーちら、2号車、支給応援要せ……』

 

ザザッ、と激しいノイズに塗れながらシエルの声が無線機に届いた。

 

「シエルちゃんどこ!?どうしたの!?」

 

ナナが必死に呼びかける。

シエルは、普段なら出さない、感情的な声で言った。

 

『クライアントと隊長、副隊長の3名が崖下に転落、安否不明、通信、繋がりません……!』

 

ーーーー

 

コクーンメイデンの襲撃を受けた瞬間、レイ、ジュリウス、ユノの3人はトレーラーの外に投げ出されていた。

その際、レイは着地に失敗し、左足をくじいてしまった。

突然の痛みにグッと歯を食いしばり、周囲の様子を探るとコクーンメイデンが数体いることに気がついた。

こんなにいたのに気が付かないなんて。

あまりの情けなさにレイは、自分を殴りたくなったが、今はそんなことをしている場合ではない。

慌てて人機を取りにトレーラーに駆け込もうとしたが、視界の隅にユノが見え足を止める。

ユノは、崖の淵ギリギリに倒れていた。

今にも落ちてしまいそうな上に、崖がさっきの衝撃で崩れかけている。

レイは、足の痛みをきっぱりと無視して駆け出した。

神機を取り出して応戦しようとしていたジュリウスも、レイの応援をするためにユノに駆け寄る。

なんとかユノの手を取り、ここから離れようとした瞬間、崖が崩れてしまい3人揃って崖下に転落していまった。

ユノをかばいながらの転落だったため、レイはあちこちぶつけたりしていたが、崖下に着地した衝撃とさっきの無理な走りによって、くじいてしまった足が限界を迎えていた。

 

「いッ、た」

 

「……腱が切れているかもしれないな」

 

座り込んでいるレイの左足を、少しずつ動かしながらジュリウスが言った。

軽く動かす程度だったのに、だんだんグイグイ動かし始めたのでレイからしたら痛くてたまらない。

 

「だったらグリグリ動かすんじゃねぇよ痛いわ!切れてるもんか、ほら、自力で動かせてるだろ。切れちゃいないが、ひでえ捻挫の程度だろうぜ」

 

「ごめんなさい……私をかばったから」

 

ユノが申し訳なさそうに謝ってきたので、レイは苦笑した。

 

「いやいや、受身しくったの俺だから。ったく、鈍ってんなぁ」

 

「それはともかく、救援が来るまでむやみに動くのは得策ではないが……」

 

ガアア、というアラガミの声が聞こえた。

微かに気配を感じるが、砂嵐が酷く視認はできない。

ただ、気配が感じ取れるだけの距離にいるということはだ。

 

(近いな……!)

 

「せめてどこか身を隠せる場所まで移動しよう」

 

「だな。あ、いい、1人で立てるし歩ける」

 

支えようとしてくるジュリウスを止め、レイは一人で立ち上がると歩き始める。

左足がまともにつけないため、ひょこひょこと頼りない歩き方だ。

額に脂汗も浮いている。

見かねたユノがレイの肩に後ろから手を回した。

 

「腕、失礼します」

 

「っ!」

 

瞬間、レイはユノの手を払った。

 

「え?」

 

「あ……」

 

レイが動揺を見せる。

冷汗をかきながら、レイは平静を繕ってユノに笑ってみせる。

 

「わ、悪い……。大丈夫、だから」

 

レイはグッと手を握りしめた。

実のところ、あの日から今日までずっと後ろが怖いのだ。

正確に言うと、背後に立たれる、急に触れられることが嫌で仕方が無い。

そんな事言っていたら死んでしまうし、誰にも言ってないから皆後ろに立つし、ナナなんかはその位置からたまに飛びついてきたりするしで、その度に過剰に反応しそうになるのを堪えているのだが、それにも大分慣れたと思っていた。

しかし、今ユノに後ろから触れられた瞬間、恐怖が襲ってきたのだ。

 

(情ねぇ……)

 

「お前にも苦手なものがあったのか」

 

ジュリウスが不思議そうに言った。

レイはジト目でジュリウスを見る。

 

「ジュリウスの俺への認識がおかしいと常々俺は思ってんだけどな?苦手なもんくらいあるわ」

 

ーーーー

 

結局、ジュリウスとユノに抱えられながらレイは歩くことになった。

というのも、元々限界がきていたのにも関わらず、無理して歩いた結果最初よりも酷くなってしまい、歩くどころか足をつく事すらままならなくなってしまったのだ。

自業自得である。

再度見かねたユノとジュリウスが、強引にレイの肩に手を回して、ゆっくりと歩いた。

しばらく歩くと、廃屋にたどり着いた。

中にアラガミの気配はなく、ここで救援を待つことになった。

廃屋の中は、昔の娯楽施設のようなところであった。

沢山の椅子、天井から吊るすように設置された液晶、とても硬く重さの違うボールのような球体。

今は見る影もなく壊れてしまっているが、昔は人で賑わっていたのだろう。

その中の椅子の1つにレイを座らせると、ユノは背負っていたリュックの中から救急セットを取り出した。

 

「この救急セット、よかったら使ってください」

 

そして更に、いくつかの携帯食料も取り出す。

 

「お腹すいてませんか?携帯食料しかありませんけど」

 

その2つをジュリウスに手渡すと、ユノは廃屋の中を歩き回り廃材を集めてきて、あっという間に焚き火を起こした。

その間にジュリウスはレイの足の処置を終え、レイをうつ伏せに寝かせた。

 

「すげえな」

 

「ああ。見事な手際だな」

 

「各地をまわってたらいつの間にかできるようになってました。他にも色々……」

 

「ほー。壮絶だな……」

 

あはは。

そうユノは笑うと、再び廃屋の中を歩き回り、今度は小さなスタンドとポット、コップを3つ拾って来た。

それを使って、ユノは持ってきたのであろうミネラルウォーターをポットに注ぎ、火にかけると黙って座り込んだ。

誰も、何も喋らず、重い沈黙が広がった。

 

(気まずい……通信機、まだ繋がんねぇのか?……ん、ロミオからメール……)

 

内容はこうだ。

 

From:ロミオ

件名:【同報】ユノさん、ありがとうございました!

 

本文:忙しいのにサテライト拠点を案内してくれて本当にありがとうございました!

ブラッドが極東に来たからにはサテライトの問題もパパッと解決してみせるので期待しててください!

 

P.S.

ジュリウスが隊長だからって、ユノさんがかしこまらなくても大丈夫だよ!

もう呼び捨てとかで全然オッケーだから!!

 

「なんでこれをみんなにも送ったんだ……」

 

思わずレイは疑問を口にした。

二人も通信機を確認し、クスクスと笑う。

 

「フフ、ブラッドのみなさんは仲がいいんですね。なんだか兄弟みたい」

 

「ん、そうかぁ?」

 

「そうですね……ブラッドは私にとってかけがえのない家族です」

 

「……」

 

ジュリウスの発言に、レイは思わず黙った。

言ってて恥ずかしくないのだろうか。

 

「あなたさえよろしければこのように呼んでいただいてかまいませんが」

 

「でしたらみなさんも私のことは呼び捨てで。じつはユノさんってあんまり呼ばれなれてないんです」

 

「俺達がユノって呼んでたら、ロミオびっくりするだろうな……目に浮かぶわ……」

 

「だな」

 

3人は驚くロミオを想像し、笑った。

 

「そういえば二人は何歳なんですか?」

 

「俺は17」

 

「え、17歳!?同い年だったんだ!?」

 

「俺って老けて見えんの?」

 

ユノの反応に、レイは遺憾の意を示す。

それを見て、ユノはまたクスクスと笑った。

ついでなので、全員の年齢を教えてやることにした。

 

「ナナも17、ロミオは19でギルが22、ジュリウスは確か20くらいじゃなかったか?」

 

「よく覚えてるんだな」

 

「まあね。どうでもいい事ほどよく覚えられるもんだ」

 

「皆さん若いですね!」

 

何のこともない、ただの雑談だがユノは楽しそうだった。

ジュリウスも笑顔だし、レイ自身も結構楽しんでいたりする。

途中で飲み物を飲み、携帯食料を食べた。

 

「あ、そうだ。なぁ、ユノはなんでこんな危険な目にあっても慰問を続けるんだ?」

 

レイは、ふと思ったことを聞いてみた。

ユノがゆっくりと語り出す。

 

「……後悔したくないから、かな。おじいちゃんがアラガミの襲撃で亡くなったときに思ったの。自分だっていつ死ぬかわからないのに自分には何もできないって、うじうじしていてもしょうがない……やりたいと思ったことをやれるだけやってみようって。でも、実際に外に出てみたら私ができることなんて本当に些細なものだったの。少しずつ力を貸してくれる人も増えてるんだけど、物資も人の手もまだまだ足りなくて。もっともっと頑張らないと!」

 

凄く立派な理由だと、レイは思った。

 

「ご両親は反対されなかったのですか?」

 

ジュリウスの問に、ユノが笑顔で答える。

 

「父は……本心では私の活動をやめてほしいのだろうと思いますが……私が言っても聞かないので渋々ながらこの活動を支えてくれています。母は既に亡くなっていますが……」

 

「失礼!」

 

「あ、いえ。母は、私の歌を最初に褒めてくれた人でした。「ユノの歌は元気になるね」って……ですからきっと今も応援してくれていると信じています」

 

ユノが空を見上げた。

亡き母を思っているのだろうか。

 

「おふたりのご家族は……」

 

ジュリウスと顔を見合わせ、先にレイが口を開く。

 

「俺の家族ならもういない。皆、目の前で食われちまった」

 

「私の両親はすでに他界しています」

 

「……そうだったのか」

 

「ごめんなさい」

 

レイは驚きながらジュリウスを見た。

そういえば、レイはこの男の事をよく知らなかった。

この前は、自分のことをある程度はぐらかしながらだったが答えさせられはしたが、ジュリウス達のことは何一つ聞けていない。

 

「いえ、記憶もおぼろげなほど昔の話です。……ですが、両親の口癖は今でもよく覚えています「ノブレス・オブリージュ」……「富める者は人類の未来に奉仕する義務を負う」」

 

ジュリウスは、力強い声で語る。

決意した者の言葉だった。

 

「私は幼少期よりこれを行動規範としてきたつもりでしたが……サテライト拠点で黒蛛病患者たちの現状を目の当たりにし、自身の認識の甘さを痛感しました。しかしこうして知り得た以上は可能な限り我々……ブラッドとして支援できる道を模索していく所存です。いいよな副隊長?」

 

「勿論」

 

「おふたりとも……」

 

ユノが驚きの声を上げる。

そして、何かを言おうとした瞬間だった。

 

『……ス、きこえ……』

 

通信機から救いの声が聞こえたのである。

 

ーーーー

 

なんとかつながった通信機で、レイたちは救助を呼んだ。

救助のヘリはすぐにやってきて、3人はなんとか極東支部に戻ることが出来た。

極東支部につくと、ブラッドのメンバーとサツキ、救護班の人が出迎えてくれた。

ギルに支えられながら、救護班の持ってきたストレッチャーに乗る。

シエルが心配そうに見てきたため、一言大丈夫だと言ってやった。

ユノの方に目をやると、サツキに抱きつかれて困っているようだった。

 

「ユノ」

 

「あ、はい」

 

「えっ!?」

 

ジュリウスがユノに話しかける。

呼び捨てだったことに驚いたロミオが、ユノとジュリウスの交互に目をやっていた。

 

「このたびは危険な目に遭わせてしまい申し訳ございません」

 

「いえ。いろいろお話が聞けて楽しかったです」

 

「サテライト拠点、ならびに黒蛛病患者のみなさんが置かれている状況について早速持ち帰り検討したいと思います。無論、あなたのお父上やクレイドルの方々が尽力されている領域で私どもがすぐに結果を出せるとは考えていませんが、あなたの期待に沿うような働きができていなかったらその際はどうかご叱咤ください」

 

そう言って、ジュリウスはユノに手を差し出した。

ユノは、嬉しそうにその手を握る。

 

「……ありがとうございます、ジュリウス。こちらこそよろしくお願いします」

 

ーーーー

 

その後、ブラッドとユノ、サツキの間で一つのメーリングリストが作られた。

作ったのはロミオ、さすがの仕事の速さである。

内容は、以下の通りだ。

 

From:ロミオ

件名:【同報】サテライトML(ロミオ)

本文:サテライト拠点の支援強化にあたって、サテライトMLを新設しました!

メンバーはブラッドとユノさん、サツキさんです。

今、各方面の折衛はジュリウスに進めてもらっているんだけど、この状況もここで共有していくように伝えてあります。

ガンガンこのMLを活用してね!

サテライト拠点を、皆で盛り上げていこう!

 

From:ジュリウス

件名:【同報】Re:サテライトML(ジュリウス)

本文:現在進行中の案件を共有する。

・黒蛛病患者の診察:打診済み、ほぼ確定

・食料等生活に関する支援:極東から追加提供予定

・建材等設備強化に関する支援:調整中

極東支部は積極的に協力を申し出てくれている。

ありがたい限りだ。

それに加え、フライアからの物資提供をラケル先生に後押ししてもらっている。

動きがあったらまた知らせる。

不明な点があれば直接聞いてくれ。

以上。

 

From:ユノ

件名:【同報】ありがとう!(ユノ)

本文:すごい忙しいのに、こんなに早く支援を進めて貰えて、本当に嬉しいです。

黒蛛病の人達の収容の件だけじゃなくて、装甲壁の改修の話までしていただいていると聞きました。

患者の方々が、くれぐれもみなさんにお礼を伝えてほしいと仰っていました。

ありがとう。

何度でも言いたい気持ちです。

私も負けずに、改めて各方面に支援をお願いして回ろうと思います。

私なりに頑張ってきます!

ユノより

 

From:ロミオ

件名:【同報】(ロミオ)

本文:サテライト拠点護衛任務の第一弾が無事終了!

討伐が続く過酷な任務だったけど、皆の頑張りで見事敵を撃退できた。

参加メンバーの皆さん、本当にお疲れ様!

これからも安全確保の為に、一丸となって頑張ろう!




第18話でした。
いやぁ、まさかここまで長くなるとは……。
ギリギリ10000字いってないんですけども、行かなくてよかった……。
ああ、でもこの後何話かはいってしまいそうな気がする……。
先行きが非常に不安です。
大丈夫かなぁ。
今回、初めてレイが公に怪我をしました。
といってもただの捻挫。
無理が祟っただけという、自業自得をやらかしてくれました。
こいつの過去とかが、もっといろいろな所で出せたらいいなと思ったり。
感想、お待ちしています。


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第19話 3人との交流

第19話。
しばらくキャラエピ消費回が続く。


神機兵事件の後、レイはシエルに庭園に呼び出されていた。

 

「ここから先、メンバーの戦闘効率を向上するには、遠距離からの攻撃を重視したほうが、いいと思うんです。ちなみに……君は、バレットエディットを積極的に使用していますか?」

 

「……ほぼ使ってねぇ。そもそもよくわかってない」

 

「そうですよね……わかります」

 

シエルが力強く頷いた。

そもそも銃はそれなりには使うが決定打には使わないタイプの戦闘方法を取るため、レイは自分の銃身であるアサルト、その他の銃のマニュアルなんぞ見たことがない。

訓練の時にジュリウスから変型の方法を聞き、やって覚えたのだ。

止めは近接で指すし、普段装填しているバレットは、元から支給されていたものである。

弾の変更の仕方がわからないだけなのだが。

言ってしまえば、フライアの自分の部屋にある機械類は見たことも無いものが多く、使い方なんぞ分からなかったため、躍起になりながらいじくり回して理解した。

そんなやつがバレットをいじれるはずが無いのである。

 

「バレットエディットはその難解さからか、多くの神機使いが敬遠しがちですが……本当に素晴らしい技術なんです!弾道の挙動の変化は、立ち位置が流動的になりがちな遠距離攻撃において、多くの選択肢を与えてくれますし……性質を変えることで、威力や範囲のコントロール、更には、味方の回復効率の向上まで……」

 

シエルが熱心に説明してくれたが、レイの頭はそれについていかなかった。

呆然とするレイに気が付き、シエルは慌てた。

 

「あ……すみません、ちょっと熱くなってしまいました……」

 

「い、いや、続けてくれ。バレットエディット、好きなんだな」

 

「はい、好きなんです……」

 

シエルは、ほわんとした笑みを浮かべた。

本当に好きなようである。

 

「そこでですね……もし、お時間があったらでいいんですけど……その……」

 

もじもじ、とシエルが俯いた。

そして、意を決したように顔を上げる。

 

「……私が作ったバレットの検証実験に付き合ってもらえないかな……と」

 

「それはいいが、検証実験って何するんだ?」

 

「いえ、あの……難しいことではないんです!挙動を、横で見てもらって……あの、ほら、自分では見えにくいので……」

 

だんだんしどろもどろになってきたので、レイは即座に了承した。

 

「よしOK!わかったから、少し落ち着け」

 

「あ……ありがとうございます!すごく……嬉しいです……」

 

嬉しそうにシエルが微笑む。

前はこんなふうに笑う事は無かったので、レイとしては嬉しい限りである。

 

「もし可能であれば、すぐにでも検証実験に行きたいのですが……準備の方……大丈夫でしょうか?」

 

「誰に言ってんだ、いつでも行けるぜ」

 

「よろしくお願いします!」

 

討伐の対象は多数の雑魚とヤクシャの討伐だった。

戦闘開始とともに、シエルは的確にアラガミを打ち抜き、雑魚はあっという間に沈黙、ヤクシャの肩鎧と頭に結合崩壊を起こさせた。

シエルは満足げに頷くと、レイに検証実験を終了しようと言い、ヤクシャに向けて一撃見舞った。

しかし、そのバレットはヤクシャに当たることはなく、後ろに旧時代の残骸を粉砕してしまった。

突然の誤射に、シエルは呆然とする。

咄嗟にレイは飛び出してヤクシャに致命傷を与えてコアを抜き取った。

その間も、シエルは呆然と自分の神機を見つめている。

 

「……」

 

「どうした?体調でも悪いのか?」

 

「あ、い、いえ、私の体調は大丈夫ですよ!ただ、神機の方が……調子が悪いというか……いえ、違いますね……」

 

神機から自分の作ったバレットを抜き取って見つめる。

 

「いくつかのバレットが、今までと違う挙動になっているんです。それも……悪くない方向に……その分、発射時の挙動に、少し違いが出ているので反動制御を修正しなければ、いけないんですが……」

 

「ふぅん……そういえば、シエル、射撃の技術、すごいよな」

 

レイは、ポツリと呟いた。

シエルがハッとしながらレイの顔を見てくる。

 

「あっ……もし自慢っぽく聞こえたらすみません……違うんです……銃を扱って長いので、つい、癖で……」

 

「わかった俺が悪かった、そういう事じゃねぇよ、落ち着け。とりあえず、整備班に相談だな」

 

自分の失言にレイは後悔しながらシエルを落ち着かせる。

 

「はい……そうですね……詳しく調べてみようと思います……。あ、今日は……ありがとうございました。また、よろしくお願いしますね」

 

「おう。あっ……と、悪い、シエル。このあとバレットの変更の仕方教えてくれ……」

 

これが、極東にくる少し前の話。

この後、滅茶苦茶シエルに笑われながらやり方を覚えたのはまた別の話。

 

ーーーー

 

リッカの言うリンクサポートデバイスの検証実験に向かおうとしたレイの通信機に、極東支部の整備班の協力によりバレットの違和感について分かったとの連絡があり、レイはリッカに断りを入れてシエルの元に向かった。

どうやら協力してくれていたのは主にリッカだったらしい。

どうも、今度滅茶苦茶世話になりそうである。

 

「あの……先日付き合っていただいた時に違和感があったバレットの件なんですが……リッカさんの分析結果によると、回復弾のオラクル細胞の結合が変異していたそうです……変異によって細胞同士が固着して、エディットが出来なくなり他の銃身タイプでは使えなくなった代わりに、進化した、と……結果的に、従来の体力回復効果に加え、状態異常回復効果が発揮されるバレット、になっているようです……」

 

「んん?つまり……どういうことだ?」

 

「推論にすぎないという前提で、おそらくブラッド同士の「血の力」による感応波の相互作用では……と、仰っていました」

 

「は、ブラッドの?」

 

「はい……私も、まだ信じられないんですけど……「血の力」による感応現象が、神機を経由してバレットに作用し、「意志の力」で進化する「ブラッドアーツ」のように……いわば「ブラッドバレット」とも言うべき特殊なバレットに進化した……そう、サカキ博士は仰ってました……」

 

そう言うと、シエルはまじまじとレイを見つめた。

 

「なんだよ」

 

「いえ、ただ、検証実験の感覚は「血の力」に目覚めたときの感覚ととても似ていたので、少なからずも君の「血の力」も関係しているのだと思います」

 

「え?まさかぁ。俺の喚起能力ってそこにも影響すんの?」

 

「あくまで仮説ですよ。でも、おそらくほぼ確定ですけどね」

 

そう言ってシエルはクスクスと笑う。

 

「あと、その後……あの……多分、シエル君の想いが強すぎるせいじゃないかな、って……からかわれたんですケド……」

 

そう言って、シエルが恥ずかしそうに目を逸らす。

あのオッサンめ、いらんことを吹き込むなよ。

 

「ま、そこはともかく、やったな、大発明だ!」

 

ポン、とシエルの肩を叩いてやった。

シエルが驚いたように目を見開く。

 

「はい……!嬉しいです!リッカさんも、サカキ博士も……君のように喜んでくれました……少しでも、皆のお役に立ちたかったので……嬉しいです……あの、このバレットを試験運用してみようと思ってて、……もし、良ければ、君も一緒に……」

 

「勿論だ、行こうぜ」

 

リッカは何時でもいいと言っていたし、今は、シエルに付き合ってやろう。

レイはそう思って頷いた。

シエルの顔が嬉しそうに輝く。

 

「はい!それでは、準備が済むまでお待ちしていますね」

 

ーーーー

 

バレット試運転の舞台となったのは鉄塔の森、相手はザイゴート五体。

簡単な討伐任務だ。

レイとシエルは、今回はレイが常にザイゴートの攻撃を無理しない程度に受け、シエルがブラッドバレッドで回復しながらザイゴートを倒すという、普段ならやらない手段で任務をこなした。

レイが普段通り飛び出していけばすぐに終わる任務だが、あくまでもブラッドバレットの試運転である。

致命傷を避けながらだが、レイはザイゴートの出す毒霧の中にわざと突っ込んでみたり、体当たりを食らったりした。

その度にシエルが回復させてくれるので、安心ではあるがなんとも言えない不快感に襲われ、レイは苦笑した。

シエルの方をちらっと見ると、ハンドサインで「終了しましょう」と送ってきたので、レイはここぞとばかりに張り切ってザイゴートを倒した。

ザイゴートを倒し終えたのを確認すると、シエルがレイのすぐそばまでやってくる。

 

「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

 

「おお、余裕余裕。いやぁ、凄いなそれ」

 

ははは、と2人で笑いあった。

 

「「意志の力」によって新たな性質を生み出す、バレット……ブラッドバレット……このブラッドバレットの仕組みをより、細かく解明できれば戦術の可能性が、更に大きく広がると思うんです」

 

「ああ、そうだな」

 

「すごく……わくわくしています!君と……ブラッドの皆と……極東支部の皆さんと力を合わせて……。私、ブラッドバレットの研究を進めて……もっと、もっと……皆の役に立ちたいです!」

 

ーーーー

 

サテライト拠点護衛任務の第一弾が終了した次の日、レイはアラガミの素材の入ったアタッシュケースをリッカに届ける途中、突然ギルに声をかけられた。

 

「なあ、レイ。最近、俺と任務に行った時に違和感はないか?」

 

「え」

 

ギルの唐突な質問に、レイは驚いた。

いきなりなんだというのか。

 

「いや、どうも神機の調子が良くなくてな……」

 

「ああ、そういうことか。そうだなぁ、少しやりにくくなったっちゃなったか」

 

「やはりそうか……」

 

はぁ、とギルがため息をつく。

 

「まあまあ。リッカに相談してみろって。俺も用があるからさ」

 

「そうか。なら、一緒に行こう」

 

「お安い御用で」

 

レイとギルはロビーを後にし、リッカの元へ向かった。

リッカはほかの神機のメンテナンスを行っており、日を改めることにしようとしたが、リッカ本人に止められた。

曰く、「面白そうだから」だそうだ。

ギルがリッカに状態を説明する。

 

「……やっぱり、今の神機がしっくりこない感じ?」

 

「持ち替えてから、ずっと違和感があったんだ。性能はともかく、どうも重量バランスが、な……」

 

「そっか……まぁ長物はフロントヘビーになりやすいからね。まだ、チューニング方法も確立してるとは言えないし……まぁ、とりあえずいろいろ試してみようよ」

 

そういいながらリッカは手元の機械をいじり始める。

 

「内部のフレームと、機関部の調整をして……前寄りの重心の緩和に、ブラッドアーツ発動時の抵抗力の調整……うーん……結構、いろんな素材が欲しくなるね……」

 

「なるほどな……」

 

ギルとリッカが難しそうな顔をする。

そんな中、レイは調整に少し興味を持った。

いい機会だ、混ぜてもらおう。

 

「なんか面白そうだな。手伝うぜ」

 

「ん……いや、そういうつもりじゃ……いや……ありがとう、頼むよ」

 

最初、ギルは少し渋ったがすぐに了承してくれた。

 

「じゃ、決まりだね!必要な素材は、基本的にギル君が把握してね」

 

「了解。悪いが、完成まで付き合ってくれ。よろしくな」

 

「おう、任された。ああ、そうだリッカ、リンクサポートデバイスのやつなんだが、素材持ってきたぜ」

 

レイはリッカにアタッシュケースを差し出した。

リッカが嬉しそうに素材を受け取る。

 

「本当?ありがとう!これで、試作品の改良が進むよ。改良が終わったら、また実験に協力して欲しいんだけど……頼んでいいかな?」

 

「勿論だ、じゃなきゃこうやって来てねぇよ」

 

「助かるよ。いい仕事、しよう……!早速改良に入るよ、終わったら連絡入れるね」

 

「OK、こっちもシエルに呼び出されてんだ、丁度いい」

 

「ああ、ブラッドバレッドの件だね?」

 

レイはこくりと頷いた。

傍でギルがハハッ、と笑う。

 

「はは、忙しそうだな。なら、俺は素材の把握をしてくることにするよ」

 

「おう、終わったら連絡くれよな」

 

「じゃあ、また後でね」

 

3人はハイタッチを交わすと、それぞれの要件をこなす為に解散した。

 

ーーーー

 

リッカたちと別れたレイは、シエルの待つラウンジへと向かった。

既にシエルはやってきていて、レイに気がつくと嬉しそうに笑った。

 

「待たせたか?」

 

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

レイはシエルの横に座る。

すると、シエルは資料を手渡してきた。

 

「えーと、ですね……あ、それです……。そこにある通り、整備班の方たちのおかげで非常に興味深い、分析結果を手に入れることができました。まずは、まとめですね……」

 

「OK、よろしく」

 

シエルはこくん、と頷くと、バレット講座が始まった。

 

「「ブラッドバレッド」は、我々ブラッドが銃身を使い込むことで突然変異によって発生するバレットです……銃身タイプの制限や、エディットができないことと引き換えにバレットエディットでは、実現できない効果を発揮できる……と」

 

「ほう」

 

レイは資料を見ながら必死に話についていく。

事前知識が薄いものを説明してもらって理解するのは、最近気がついたのだが昔から相変わらず苦手なようで、すぐに頭が回らなくなる。

ただし、努力はする。

じゃないと相手に悪い。

 

「で、今回判明した「ブラッドバレッド」の分析結果として……基本的な構造・組成自体は変わらないものの……どうやら「突然変異したモジュール」の性質変化によって新たな形質や、特性を獲得したようなんですよね……」

 

「突然変異したモジュール?なんだそりゃ」

 

「あっ、す、すみません……えっと、ですね……バレットはモジュールによって、どんな弾になるかが決まります。今までのモジュールは、基本的に1つの機能だけだったんです。でもブラッドバレッドでは、モジュールの突然変異によりさらにもう1つ「特定の性質」を得るようです……。中には今まで実現できなかった性質も含まれます。「状態異常回復」もその一つです。この「突然変異したモジュール」のことを、暫定的に「変異モジュール」と呼んでいます……ここまで、OKですか?」

 

「よしわかった、自分で勉強する」

 

レイは苦笑いを浮かべて両手を上げた。

お手上げである。

 

「今の、お話はこのあたりに記述がありますよ。ちょっと、読んでおいた方がいいかもですね……」

 

シエルが立ち上がってレイの資料の一部を指さした。

レイは慌ててその項目を見る。

ふと気がつくと、シエルがレイの顔をじっと見つめていた。

 

「どうした、俺の顔に何かついてるか?」

 

「あ、いえ……すみません……ちょっと、ぼーっとしてました……えっと……」

 

レイから眼を逸らし、少し考えるような仕草をしたあと、シエルは微笑みながら昔のことを話す。

 

「あのですね……こうやって横に並んで、勉強するのとか……私、ずっと憧れていたんです……ラケル先生や、レア先生や……軍事教練の教官……ずっと、大人の先生から教わっていたので……私一人だけ座って……先生は、だいたい正面か、横に立ってて……だから……今、少し不思議な気分だったんです。肩を並べて、勉強してるなあ……って」

 

「……そっかぁ」

 

「あ……何か、変な話しちゃいましたね……あっ……忘れてました……!」

 

顔を少し赤らめながら、シエルはワタワタとしながら資料の1箇所を指さす。

 

「見てください。変異モジュールが、発生した要因の考察です」

 

「待て待て、俺の名前が挙がってんだけど……」

 

戸惑いながらシエルの方を向く。

シエルは非常に嬉しそうな顔をして笑っている。

 

「やはりでしたね……「血の力」に目覚めた時の感覚と、本当に似ていたので……報告は……以上です」

 

ーーーー

 

シエルの報告が終わったすぐ後、ギルが声をかけてきた。

 

「よう、必要な素材をまとめてきたぞ」

 

「さすがの仕事の早さだな。どれどれ」

 

ギルに手渡された紙を見ながら、レイは頭をひねる。

どうも手持ちにあるような。

 

「「餓爬牙」と「焔獣牙」なんだが……頼めるか?」

 

「勿論。つかこれ、多分ターミナルにあるぞ」

 

「本当か?」

 

ギルが首をかしげた。

どうしてだろう、疑われているような気がする。

 

「嘘ついてどうするよ、ちょっと待ってな」

 

レイは、アナグラロビーのターミナルから二つの素材を呼び出した。

その素材の入ったアタッシュケースを、ギルに差し出す。

 

「……ほらよ。これで、後はリッカがやってくれんだろ」

 

「ああ、ありがとう。早速持っていくか」

 

フッとギルがいたずらっぽく笑ったのをレイは見逃さながった。

移動中にさりげなくそのことを言ってやると、普段の仕返しだと頭を小突かれたので、背中を叩き返してやった。

そんな感じで話しながらギルとレイは、リッカの元を訪ねた。

相変わらず神機を弄っていたが、レイとギルを見つけると、さっさと作業を中断して飛んできた。

 

「私に用でしょ?」

 

「そうだけど……って、あれ、ほっといていいのかよ」

 

レイは放ったらかしにされた神機を指さす。

リッカは大丈夫だよ、と言うと、ギルからアタッシュケースを受け取り、その中を確認した。

 

「うん、素材は揃ったみたいだね。でも、少し時間がかかるから、できたら連絡するよ。あ、レイ、改良が終わったんだけど、今から大丈夫かな?終わったものから次々片付けて行かなきゃね」

 

「仕事滅茶苦茶早くねぇ?ま、俺はいつでも行けるけどな」

 

「ははっ、お前達は本当に忙しい身だな。2人揃って無理はするなよ」

 

ギルの忠告にハイタッチで答える。

そのまま、自分の神機に手をかけ、レイはアナグラロビーのヒバリからミッションを受注した。

 

ーーーー

 

「こんな時間になっちゃったね……でも、いいデータがとれた。ありがと」

 

そう言ってリッカは笑った。

そもそもが遅めの時間帯、出撃した時、空はもう黄昏がかっていた。

そんな時からのスタートだった為、日がすっかり暮れてしまっていた。

リッカはレイに一本の炭酸ジュースを手渡す。

 

「君、ハードワーカーだね。普通はこんなの嫌だと思うけど……」

 

「はは、かもな。だが、楽しいぜ」

 

肩をすくめながらレイはジュースを飲んだ。

刺激の強い炭酸が、喉を通るのがとても心地よい。

 

「あははっ!希望がある仕事は、最高だよね。この試作品はさ、ずっと昔に設計されたんだ。フェンリルの技師によって。リンクサポートデバイスと神機の併用は不可能だったんだけど、それを覆す、画期的な支援機材になるはずだった……」

 

「へぇ」

 

「でもフェンリルの回答は、「机上の空論にすぎない」。予算もつけられず、研究はお蔵入り。それでもあきらめきれずに、技師は自前で開発を続けて……結局、実現できないままに亡くなっちゃったんだけどね」

 

あはは、とリッカが笑い、レイの顔を見た。

その顔が、少し寂しそうに見える。

 

「その技師が、私のお父さん。神機とリンクサポートデバイスは、同時に使えるはずなんだよ。君が証明したようにね」

 

今までよりもしっかりした声で、リッカは言った。

それほど、リッカにとってこのデバイスの開発は重要なことなのだろう。

 

「これから、しばらく一緒に仕事することになるけどさ……ひとつ、約束しよう。お互い、遠慮なし。私が間違ってたら、それに気付いたら、ちゃんと言ってほしいんだ」

 

「ああ、了解だ」

 

2人で缶ジュースをグッと飲む。

ふと、リッカの持つ缶が目に止まる。

 

「ところでリッカ、それなに」

 

レイはリッカの持つ缶を指さした。

レイの持つ水色の缶ではなく、黄色というよりも黄土色というのが正しいであろうカラーリングに、見間違いでなければ「カレー」の文字が見えた。

非常に気になる。

 

「え?冷やしカレードリンクだよ。美味しいよ」

 

リッカはニッコリと笑顔をレイに向けてきた。

飲んでみて、とばかりにレイに差し出す。

 

「い、いや、俺はいいわ……」

 

レイは苦笑しながら断った。

カレーは大体どうやっても食えるものになることは、経験上理解しているが、ドリンクとして飲むのは少しいただけなかった。

なんというか、レイの中でカレーは食べ物という概念を崩したくなかったのである。

それに、大体食えるものになるとはいえ、ちゃんと食えないものも生まれることも、レイは経験上理解していた。

リッカは残念そうに、そっかぁ、というと、唐突にもう一本冷やしカレードリンクを購入した。

まだ飲みかけのはず、と首をひねっていると、リッカはそれをレイに投げてよこした。

 

「え」

 

「飲みかけだったの気にしたんたでしょ?だから、新しいやつ。奢るから、飲んでみてよ」

 

「……お……おう……ありがとう……?」

 

どうしてこうなった?

手にある冷やしカレードリンクの缶を見ながら、レイは呆然としていた。

目の前では、リッカが笑顔で反応を待っている。

飲むしかない。

覚悟を決め、プルトップに手をかける。

カシュ、と栓が開いた瞬間に漂ってくるカレーの匂い。

意を決して口に運び飲み込む。

 

「!」

 

「どう?」

 

吐き出しそうになるそれを必死に飲み込み、レイは笑顔を浮かべてリッカに言った。

 

「悪い……俺には合わないわ……」

 

できたらうまいと言ってやりたかった。

しかし、うまいとお世辞でも言うのを本能が拒んだ。

 

「そっかぁ、ごめんね」

 

「い、いや、こっちこそ悪い……」

 

リッカが少し落ち込みながら謝罪してきた。

レイも、謝罪し返す。

そして、そのまま、冷やしカレードリンクを一気に飲み干した。

なんともいえない悪寒が全身を駆け巡るが、それらを必死で押さえ込んで笑ってみせる。

 

「奢ってくれて、ありがとな」

 

「……どういたしまして」

 

あはは、とリッカが笑った。




シエル、ギル、リッカのキャラエピ消費回でした。
きっとこいつら、四人一緒になると滅茶苦茶話弾んで楽しそうだなって思ったり。
次は、あれだ、第一部隊と絡ませよう。
そうしよう。
さて、ハルさんとの絡みをどこにぶち込むのかが問題。
これはなんというか、4章連続で行かないと行けないような気がしてくる。
という謎の使命感に襲われているのですが何故でしょう。
てことはあれか。第一部隊やって、ギルエピ咬ませてハルエピだーっと終わらしてからのアリサと教官先生か。
ここまで行ったら次は、ナナちゃんとロミオ!
早よ書かなあかん。
感想、お待ちしています。


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第20話 第一部隊とチューニング

第一部隊のキャラエピ消費回。
一呼吸置く意味でギルを挟んでみた。


コウタの怪我が治り、カンを取り戻す為に第一部隊で任務に出るということを聞き、レイはそれに参加させてもらった。

前々から、コウタと任務に行ってみたいと思っていたのである。

任務に行く前、コウタと少し話をした。

 

「ああ、ブラッドの副隊長さん!この前はありがとな!」

 

「いえいえ」

 

「ま、極東支部とフライアの交流はサカキ博士に任せるとして……俺たちは俺たちで、現場レベルで交流を図るってことで!よろしくな!」

 

そう言われたので、レイはニコリと綺麗な笑顔で笑いながらコウタに言った。

 

「ああ、よろしく、極東支部第一部隊長殿」

 

「お、おう……!……あのさ、ひとつ、お願いがあるんだ。「隊長」って言い方、よしてくれよ。そんなガラじゃないんだ」

 

そう言って、バリバリと頭を掻く。

 

「おや偶然。俺も「副隊長」って呼ばれ方、好かないんす」

 

レイは、ニヤッと笑って言い返した。

コウタもそれに気がついたのか、へへっと笑う。

 

「ここはひとつ「俺とお前」、ってことで、どうかなっ?」

 

「ああ、よろしくコウタ」

 

ガシ、と握手を交わす。

 

「おっけー!そう来なくっちゃな!よろしく、レイ!そうだ!ミッションのあとで、メシでもどうだい?ここのメシはうまいぜ!よーし、俺のおごりだ!ちゃっちゃとミッション終わらせて、メシにしよう!」

 

この後、エリナに遅いと怒鳴られるコウタを見るハメになったのだけれども、それはまた別の話だ。

 

ーーーー

 

今回の任務のメインは第一部隊ということで、レイは終始徹底してサポートに回った。

と言っても、エミールやエリナが危なそうだったらフォローし、コウタの援護をし、普段あまりしないという立ち回りをやったのだけれども。

結局、戦果は上々の結果で、コウタの反応速度も問題なかった。

この後残っている予定は、コウタとのメシの予定だけである。

既にラウンジに向かったコウタの元へ行こうとすると、突然、エリナが声をかけてきた。

 

「……あのさ」

 

「ん?」

 

「ブラッドって、あのフライアってとこで訓練を積んだ、エリートなんでしょ?」

 

そんなことを言われても。

そのへんの事情は詳しくない。

レイは少し首をかしげ、同調しておくことにした。

 

「あー、まーそーなんじゃね?」

 

「ふぅん……。……で、あなたはそのブラッドの中でも割と強い方なんでしょ?」

 

「突っ込んでくるなぁ。さぁな、んなもんわかんねぇよ」

 

ブラッドはみんな強い。

それぞれが、それぞれの役割を、しっかりこなしている。

誰が一番強いかなんてわからない。

 

「ふぅん……。さっきの戦い、あなたの動き見てたんだけどさ……やるじゃん」

 

そう言うと、エリナはレイからフイっと目をそらし、つかつか歩いていってしまった。

何だったのかさっぱりのレイは、首をかしげる。

 

「いきなりなんだぁ?」

 

ーーーー

 

よくわからない絡みをされたレイは、悶々としながらラウンジに入ると、コウタが既に待っていた。

レイがコウタの隣に座ると、コウタがムツミにオーダーする。

 

「ムツミちゃん、いつもの二っつお願いできるかな?」

 

「はーい、コウタさんはいつも通りのデカ盛りね?」

 

「うん、よろしく!」

 

ムツミはすぐに調理に取り掛かった。

その背中を見ながら、コウタが喋り始める。

 

「あの子、千倉ムツミって言うんだけどさ、彼女が作る料理がこれまた絶品なんだよ。前まではさ、レーションだとかジャイアントトウモロコシだとか味気のないものばっかり食べさせられたんだけどさ」

 

「あー、あの食べにくいやつ」

 

「そうそう!ムツミちゃんが来てからは見違えるように変わったんだ。おふくろの味っていうかさ、なんかホッとするんだよなー」

 

改めて紹介されてみると、なかなか凄い子である。

この子くらいの歳の子で、ここまでできる子もそうそう居ないだろう。

 

「へぇ、まだ若いのにすげぇな」

 

「えへへ、褒めたって何も出ないよ!」

 

「いやいや、冗談じゃなくて!このしゃべり場だって、ムツミちゃんが来てから随分賑やかになったしさ。みんな言ってたよ。アットホームな感じがして居心地がいいってさ」

 

「ふふっ、ありがと!オマケつけちゃおうかな!」

 

気を良くしたのか、ムツミはおまけをつけてくれるらしかった。

横で、コウタがクスクスと笑っているので、どうやら確信犯である。

 

「はい、どうぞ、お待たせしました!たんと召し上がってくださいね」

 

「来た来た、早速食べようぜ!いただきまーす!」

 

出されたのは、オムライスだった。

見るからにコウタの方が大盛りになっていたので、あれがデカ盛りということなのだろう。

 

「どうだ?美味しいだろ」

 

コウタがオムライスを頬張りながら、レイに聞いてきた。

レイも、同じように頬張りながらうなずき返す。

 

「うん、すごい美味い」

 

「だろ!ただあんまり食べ過ぎると太るから気をつけろよ。俺なんか今の体重に戻すのに結構苦労したんだからな」

 

「おいおい」

 

これにはレイも、苦笑するしか無かった。

ゴッドイーターなのだから、嫌でも動き回るはずなのに、太ってしまう程食べるとは。

まぁ、元の体重に戻したというのだからそれはまたちょっとした努力が必要だっただろう。

あのエリナにガミガミ言われたのかもしれない。

そんなことを思いながら、レイは全部食べ終わった。

しばらく食後の余韻に浸っていると、コウタが口を開いた。

 

「極東ってさ、他にもいいところがたっくさんあるんだよ。俺としては、そういう良い所をいっぱい知ってもらいたいんだ。だからこらからも極東のこと、色々紹介させてくれよな」

 

レイは笑って頷いた。

 

「ああ、頼んだ」

 

それからしばらくラウンジで取り留めのない談笑をしたのだった。

 

ーーーー

 

コウタとの雑談が終わり、アナグラのロビーに戻ってきたレイは、ロビーをウロウロしていたエミールに絡まれた。

曰く、アラガミの襲撃で傷ついた外部居住区の装甲壁修繕素材を集めたいらしい。

勝手に行けば、とあしらおうとしたのだが、その素材がシユウのもので僕一人では手に余るだのなんだのと言い続けているので、仕方なく、レイはその素材狩りに付き合うことにした。

これはうんと言うまで嫌が応でもつきまとってくるパターンだとなんとなく察したのである。

移動中のヘリでも騒ぐエミールをなあなあであしらいながら、2人は蒼氷の峡谷へと降り立った。

シユウのほかにもザイゴートがいたが、レイはそれらをきっぱりと無視してシユウに踊りかかった。

飛んで逃げようとするのを、アサルトで撃ち落とし、ザックザックと切り刻む。

そこへ、大量のザイゴートを掻い潜ってきたエミールが到着、シユウの下半身を殴りつけた。

吹っ飛んでいったシユウに、再びエミールのハンマーが襲いかかる。

その隙に、放ったらかしにしていたザイゴートを駆除し、再度エミールに加勢する。

エミールは終始、騎士道がどうだのこうだのと叫んだりしていたが、レイはそれをただひたすらスルーし続け、気づいた時にはシユウはすっかり沈黙していた。

サッサと素材を回収し、エミールとともに外部居住区の資材として納品する。

残った端材を返却され、レイはこれでこの仕事も終わったと思ったところをエミールに呼ばれて、素直にラウンジに入った。

 

「友よ、ありがとう。装甲壁の補強まであと数日かかる……だが、人々の表情は少し落ち着いたようだ」

 

入った瞬間これである。

わかってはいたが。

人々の表情とか見てないくせに、と言いかけてやめる。

 

「それに見てくれ、アラガミ素材の端材をもらうことができた。少量だが、これで我が神機も……いや、これは君のものだ」

 

エミールは、スッとレイにシユウの端材の入ったアタッシュケースを差し出した。

 

「君がいなければ、今回の任務は成功しなかったのだから」

 

差し出してはいる。

しかし、その全身が小刻みに震えており、視線はアタッシュケースに釘付けで、未練たらたらである。

 

「あー、いいよ、やるよ」

 

こんなのを貰う勇気はレイにはない。

後でブチブチ言われても癪だし、リアクションがリアクションなので狙ってやっているようにも見える。

本人にそんな気は微塵もないのだろうけれども。

それに、今シユウの素材に用はないのだ。

 

「な、何だって?本当か?!友よ!友よ!感謝する!君のおかげで我が神機はさらに力をつける……礼は、その働きを持って返させてもらおう」

 

「あー、うん、それでいいや」

 

「いや、騎士たるもの、借りはすぐに返さなければなるまい。取り急ぎ上質のダージリンが届いたところだが、どうかな?」

 

「……あー、うん、じゃ、それでいいや」

 

貰えるものは貰っておく主義である。

エミールがいれた紅茶は、びっくりする程美味かった。

 

ーーーー

 

何度か現場交流の名目で第一部隊と任務をこなしていたある日、エリナに声をかけられた。

 

「あの……今日は、ありがと」

 

「……ん?」

 

「だから、ありがとう……一緒に行ってくれて……」

 

「……んん?」

 

「ありがとうって言ってるのっ!一緒に行ってくれてさっ!」

 

「いえいえ」

 

本当は最初から何を言っているのか聞こえていたが、ちょっとからかってやろうと思ったのである。

そのせいで、どうも頭にきたようだが、エリナは少し俯いて喋り始めた。

 

「……わたしとエミールがケンカばっかしててコウタ隊長、困ってるんだよね……今回の原因も、たぶんそれでさ。気を付けようと思うんだけど、エミールがバカなこと言った途端カーッとしちゃって、バーッとしゃべって……」

 

「ほうほう」

 

「エミールはともかく……コウタ隊長には、ちょっと悪いかなって思う……」

 

「あー……」

 

なんというか、よくわかる気がして何も言えない。

レイは苦笑しながら頭を掻いた。

 

「……っていうかさ、コウタ隊長は優しすぎるんだよね!たまにはビシッと言ってくれないと、こっちも止まれないじゃん!」

 

「なあそれ、ビシッと言う役目がいるのか?」

 

何故かコウタに責任転嫁され始めているので、レイはそれを止めた。

ビシッと言われないといけないようでは、今後やっていけないだろう。

コウタもそのへんのことは、ちゃんとわかっているし、やいやい言わなくてもまとまれるチームにしていきたいはずなのだ。

 

「えっ……と。そう、かな……?」

 

「そりゃな。大体、お前、いちいちやいやい言われたくねぇだろ?言う方も一緒。で、言いたいことそれだけじゃねぇんじゃねぇの?」

 

「うん、何が言いたいかって言うとさ……あのね?」

 

意を決したように、エリナがレイに向き合って言った。

 

「あなたの戦い方を、ちょっとだけ参考にさせてほしいなー、なんて……」

 

暫く何を言われているのかわからなかった。

ゆっくりと言葉を咀嚼して飲み込み、理解した上で驚いた。

 

「マジかよ。い、いや、別に困りゃしねぇしいいんだけどさ。なんつーんだ、ついて来れんのか?」

 

はっきりいって、参考に出来る戦い方はしていない。

スタイルはヒット&アウェイならぬヒット&ヒット、つまりゴリ押し。

アラガミの攻撃を避ける時は基本的にステップ又は身体をそらしたり飛んだりと装甲展開すら極力せず、とにかく当てて当てて当てることだけを考えて突っ込む。

酷い時はアラガミに大して素手、所謂暴力で対抗する時だってある。

そもそも、レイはショートブレードでエリナはチャージスピア、武器種が違うのである。

参考も糞もないと思うのだが、本人がそうしたいのならそうしたらいいのかもしれない。

 

「行けます、当たり前でしょ!そっちこそ、覚悟しててよ……!」

 

馬鹿にされたと思ったのか、エリナは少し顔をむくれさせたが、じゃあまた後でと立ち去っていった。

厄介なことになったと、レイは一人ため息をついた。

 

ーーーー

 

エリナと別れ、ラウンジに足を踏み入れた時、エミールに声をかけられたレイは、今度はこっちかと思わずにいられなかった。

 

「今日の君も、相変わらず素晴らしい戦い方だった」

 

「そりゃどうも」

 

エミールからのお世辞を受け取り、これで話は終わりかと思っていると、突然エミールはレイを指さして語り始めた。

 

「……ときに、君にひとつ質問がある。我々には、多くの武器が与えられているだろう。神機だけでなく、多種多様な道具もだ」

 

「ああ、あるな」

 

「その中に含まれる「罠」や「スタングレネード」……これらを見るといつも考えてしまう。いくら相手が悪逆非道なアラガミとはいえ、このような卑劣な兵器を用いていいものだろうか。騎士ならば、もっと正々堂々と己の腕のみで戦うべきではないのか?!」

 

「……」

 

何を言われているのかよくわからなかった。

レイ自身、罠やらスタングレネードやらはあまり使わないので、そのへんのことは個人の好みだろうと思うのだが、こんな考えを持っているやつは初めて見た。

 

「……そう思うと、夜も眠れない。今夜も5分ほど夜更かししてしまいそうだ……」

 

「5分って。それ夜更しって言わねぇだろ」

 

「そこでだ……君の意見を聞かせてほしい」

 

そんなことを言われても。

そんな良く分からんこだわりを持って使ったことも、卑怯だのなんだの思ったこともない。

あえて言うなれば。

 

「……別に騎士じゃねぇし」

 

「な……なんだと?!」

 

レイの返答に、エミールは信じられないといった顔をしてくれた。

何故そんな顔をされねばならないのか、さっぱりわからないのだが。

 

「うん、何に驚いてんのか俺には良くわからんのだが」

 

「そうか……僕はまだ勝ち方を選ぶには未熟だと、君はそう言いたいのだな」

 

「滅茶苦茶ポジティブに解釈したな、お前」

 

ここまで来ると呆れを通り越してちょっと尊敬したくなるレベルのポジティブである。

 

「よし、僕は決めたぞ!これからは罠だろうとスタングレネードだろうと遠慮なく使わせてもらおう。アラガミを倒すためなら、人々を護るためなら手段は問わない……そう、僕は今日からエミールではない!ダークエミールだ!」

 

「……なぁ、それツッコミ待ちだったりする?」

 

「人々のため、自らこだわりを捨てる……大人になるとはこういうことなのかもしれない……ほろ苦いものだな……」

 

「……」

 

どうやら、ツッコミ待ちでは無いらしかった。

 

「この世からアラガミがいなくなるその日まで……君の愛したエミールとは、暫しの別れだ……では、僕は去るとしよう。決して振り返らずに……」

 

そんなエミールいないと言いそうになるのを抑えて、立ち去るエミールを見送る。

エミールは仰々しく歩いていったが、ラウンジから出る一歩手前で立ち止まり、レイの方を振り返って言った。

 

「……罠の使い方について、細かく教えてくれないか?ほとんど使ったことがなくてだな……」

 

「振り返らねぇんじゃねぇのかよ。つか、そっからかよ」

 

流石にツッコまずにはいられなかった。

 

ーーーー

 

エミールにスタングレネードと罠の手解きをした後、レイは訓練をした。

この前の護衛任務で鈍っているのがわかったので、目隠しをしたまま普段よりもハードなメニューのものをこなす。

この第六感とも呼べる感覚をもう少し鍛えておかなければ、ユノにしたような反応をしてしまうかもしれない。

そうなった時、いちいち説明しないといけないくらいなら、バレないように徹底的に隠すのがレイという人物である。

一通りメニューが終わると、ギルから連絡が入っていた。

どうやら、チューニングが終わったらしい。

今からリッカの元に行くと言うので、レイも、すぐに向かうと連絡を入れて訓練場をでた。

レイが神機保管庫についた時、ちょうどギルもやってきたところのようだった。

 

「できたよ、お待たせ」

 

「早いな」

 

「さすがリッカ」

 

ありがと、とリッカが笑う。

チューニングされたギルの神機は、パッと見何の代わりもないように見えるが、見えない部分に変化が現れているのだろう。

 

「あとは、実戦の中でどう感じるか、だね」

 

「早速、試してみるよ……お前も、一緒に来てくれるか?」

 

「勿論だ」

 

「ああ、ありがとう。お前さえ良ければ俺はいつでも出られるぜ。どうする?」

 

「愚問だな、今すぐ行くに決まってんだろ」

 

レイは笑いながら自分の神機を持ってくる。

こちらも、しっかりチューニングされているようだった。

 

「あとで、ちゃんとレポートしてね。特に違和感を感じる箇所は、絶対に覚えておいて」

 

「わかった、ありがとう」

 

「よし、んじゃ行くか」

 

ーーーー

 

ギルが持ってきたミッションは、オウガテイル堕天やドレッドパイクなどの雑魚ばかりのミッションで、肩慣らしには持ってこいのミッションだった。

普段よりもギルの反応が早く、非常に連携が取りやすかったためか、あっさり任務が終わった。

アナグラ戻るなり、ギルはリッカに報告を開始する。

 

「驚いたよ。チャージ時の振動が、ウソのように軽くなった。重心の違和感も緩和されて、突進時のバランスも取りやすい。あとは、ブラッドアーツの制御も楽になったな……結果的に、体力の消耗も随分と抑えられたように思う……神機の調整一つで、まさかここまで生まれ変わるとは……」

 

「調整って大事なんだな」

 

「あぁ、本当だな……今回の件で、それを痛感した……」

 

ギルの言う事がすべて事実なのは、傍から見ていたレイにもなんとなくわかった。

それ程、普段よりやりやすかったのである。

アハハ、とリッカが嬉しそうに笑った。

 

「ありがと。神機について理解を深めてくれて、嬉しいよ」

 

「2人とも、よかったら……もう少し付き合ってくれないか?神機の調整や、開発工程に興味が湧いてきたんだ……」

 

「俺はいいぜ」

 

「うん、喜んで!」

 

ギルの提案に、レイもリッカも二つ返事で了承した。

そうなるとこのあとどうしていくかということになるのだが。

 

「そうだね……クロガネ装備用の素材が手に入ったことだし……今度は君専用のクロガネ刀身の開発をギル君に手伝ってもらったら、いいんじゃないかな?」

 

唐突なリッカの提案に、レイは目を丸くした。

 

「え、いいのか?」

 

驚きながらギルの顔を見ると、ギルは微笑みながら頷いた。

了承の証である。

 

「ああ、勿論。お前には、色々助けてもらってきたからな」

 

「そういうなら、任せたぜ」

 

「じゃあ、察しはつくがどんな近接武器を作りたいか考えておいてくれ。決まったら、いろいろ始めよう」

 

「OK、大方、予想通りだと思うけどな」

 

「だね」

 

クスクスと3人の笑い声が神機保管庫に響いた。




エミールの扱いェ……。
難しいよぉ、難しいよぉ。
作者自身、エミールのキャラエピはこんなテンションでこなしたので、これ以上を求めることが出来ないのが辛いところです。
レイはホント、乗る所は乗るけど興味無いとこはひたすらに興味が無い人なので、このあと色々大変かもしれない。
次回から問題のハルオミエピに入るんだけども、うん、レイ興味無さそうだなぁ。
感想、お待ちしています。


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第21話 聖なる探索

第21話。
ハルオミの聖なる探索四連戦。
あとカノンがぶちかます。


ギルの神機の一件から一夜明けたその日、レイはハルオミに飲もうと呼び出された。

奢ってくれるなら、という条件も飲んでくれたので、レイはラウンジで待つというハルオミの元へ向かった。

既にハルオミは飲み始めており、その横に座り、用意されていたジュースを一緒に飲み始めると、不意にハルオミが真面目に話しかけてきた。

 

「世の中には、本当にいろんなヤツがいる……」

 

「はぁ、いますね」

 

それは、ゴッドイーターになってからつくづく思っていることだ。

ブラッドのメンバーだけでも、個性豊かなのである。

極東のメンバーも、各々の技量、個性はブラッドに負けず劣らずの面々ばかりである。

 

「でもな、これだけの数の人がいるのに人間にはたった2種類しかいないんだ……それについて、俺の中では常にある考えが渦巻いていて……ずっと、答えを求めている」

 

「はぁ」

 

なんだか雲行きが怪しくなってきたと薄々感じ始めたレイは、そろそろ離脱しようかと腰を浮かす。

が、ハルオミはそれを許しはしなかった。

 

「その探索に、付き合ってほしい」

 

「はぁ……ん!?」

 

「まず、男として、お前に聞いておきたい」

 

「うえっ!?」

 

「女性を見るとき……お前はまず、どこを見る?」

 

ずい、とハルオミに詰め寄られ、レイは逃げられなくなったことを悟った。

 

「はぁ!?え、えー、い、一般的には……胸なんじゃね?」

 

そんな風に人を見たことがないレイにとって、答えにくい質問である。

なので、未保護集落にいた時のおっさん連中が言っていたことを答えてみることにした。

確か胸がどうたらこうたら言っていたはずだ。

 

「……青いな。脚、だろ。最近の俺のムーブメントはな、脚……それも、ニーハイだ」

 

「青いとか言われた。はぁ、ニーハイねぇ……いやまぁ、俺としちゃ何でもいいわけで……」

 

「ニーハイの要諦は、ソックスの口ゴムとボトムスの間に出来る領域、その太ももの、わずかな輝き……たとえるなら、朝、山の端から顔を出した曙光のような……それが、今、俺の求める女性の美だ……いいだろ?」

 

レイの意思など関係なく、ハルオミはニーハイについて語り始める。

出してくる例えが嫌にリアルすぎて、コメントがどうもしにくくて困る。

 

「いや、いいだろって言われても困んだけど……ハルさんがいいならいんじゃねぇ?」

 

考える事を放棄し、ハルオミの意見に適当に同調しておく。

どれだけ熱を持って語られたとしても、興味が持てなければそれは聞いている側からすればある種の退屈をもたらすのだ。

今のレイは、そういう状況だった。

 

「決まりだ。今度モデルを見つけてくるから、ミッション行こうな。聖なる探索の始まりだ……!」

 

「あー、これ、続くのね……」

 

レイはうんざりしながら、しばらくこれに付き合うことを悟った。

 

ーーーー

 

次の日、ハルオミに呼び出されて向かった先には、一人の女がいた。

 

「紹介しよう、キャリーだ」

 

「初めまして!シンガポール支部所属、キャリー・ユーです!」

 

「ども。つか、このために知り合い呼んだんすか……?」

 

レイは呆れて言った。

 

「こないだ、偶然会ったばかりなんだ。彼女、休暇で極東に来ててさ。このイベントの話をしたら、是非にって休み延長して、あっちの支部からわざわざ神機を遅らせたんだぜ」

 

「昔、極東のテレビ局でバガラリーっていう番組をやっててそれが大好きで、一度極東に来てみたかったんです!よろしくねっ!」

 

どこかで聞いたようなアニメのタイトルを紹介してくれたキャリーは、心底この状況を楽しんでいるようだった。

つまり、この子はノリが良かったのだ。

 

「そういうわけだ。それじゃ、俺たち3人で行こうか」

 

「りょうかーい」

 

拒否権など、無いことはとうに知っていた。

ひとまず、キャリーを含めた3人でミッションに行った。

まあ、行ってしまえばやることは普段と変わりない。

転がってくるコンゴウ2体を、適当にあしらいながら背中のパイプ、尻尾、顔を砕く。

正直、コンゴウ2体程度ならもうそこまでバリバリ警戒しなくても相手に出来る。

キャリーとハルオミのアシストもあり、そこそこ早く終わった。

終わってみると、既にキャリーの姿はなく、ハルオミが一人佇んでいた。

 

「……キャリーなら、もう行っちまったよ。極東を見て回るんだと。青春とは過ぎ去る矢のごとし……決して俺達を待っちゃくれない……ああ、二度と戻らないからこそかけがえのない輝きもある……ニーハイって、いいもんだな……」

 

「満足できたようで良かったっす……」

 

ーーーー

 

暫くして、再びハルオミに飲みに誘われたレイは、再びラウンジに赴いた。

勿論、ハルオミの奢りである。

 

「お前さ……年上、ってどう思う?」

 

「今度はなんすか」

 

「ほんとにガキだった時はさ、自分も含めてハタチ超えたらオッサン、オバサンだと……そう思う時期もあった。でも人生は長いだろ、成長と共に人は学び、考えも変化するんだ。今回だって……ニーハイにハマったからこそ……「隠してるのがいいんだよ」って、気が付いた」

 

「はあ」

 

始まった、とレイは半ば諦めながらハルオミの話に耳を傾ける。

 

「隠されてるからこそ自由にイメージが羽ばたくあの感じ……今の俺のムーブメントは、低露出、だ」

 

「ああ、所謂ナナと真逆のヤツね」

 

レイが露出と聞いて思い浮かぶのは、ナナである。

たまに思うのだが、あの服装、寒くないのだろうか。

というか恥ずかしくないのだろうか。

まあ、極東に来てから思ったのだが女性ゴッドイーターの服装は、際どいものが多かったりするので、もう気にすることはほとんど無いのだが。

人それぞれ、色んな好みがあるものである。

 

「想像力って、人間の証だろ。絶妙に隠されたボディラインとかドレープの間から出てる肌とか……想像力をかき立てられないか?」

 

「……そうなんじゃねぇっすか?」

 

全くかき立てられたことのないレイは、再び流れに身を任せる。

ここまで来たら行くところまで行くしかないのだろう。

 

「決まりだ。例によって、モデルは探しとくわ。聖なる探索は、次なる高みを迎える……!」

 

「……そこそこにしといて下さいよ」

 

ーーーー

 

次の日、ハルオミに呼び出されたところには、案の定前回とは違うが一人の女がいた。

 

「こちらは、カミーユ。欧州から、物資搬送の護衛任務中だったんだけど……」

 

「仕事中にナンパされるとは思わなかったわ。カミーユ・ランブラン。マルセイユ支部所属、よろしく」

 

「なんかすんません。ハルさん、何やってんすか……」

 

一瞬手が出そうになったが、流石に手を引っ込める。

こんな人でも一応先輩である。

 

「ほんとよね。ハル、あなた何考えてるの?」

 

「働くだけが人生じゃないだろ。出張だって「旅」なんだぜ?」

 

「ふふ……お言葉に甘えて極東の風に吹かれてみようかしら」

 

「あ、吹かれてみなくてもいいんすよ」

 

「楽しもうぜ!」

 

ハルオミが用意してきたミッションは、ヴァジュラの討伐任務だった。

いやいや、こんなノリで相手にするようなやつじゃないと内心で喚きながら前足をひたすら叩く。

ヴァジュラがたまらずダウンしたところを叩いて叩いて叩きまくった。

流石は物資護衛を任されていただけあって、レイの動きにカミーユはついてきていた。

討伐が終わってみると、前回と同じようにカミーユの姿はなく、ハルオミが一人佇んでいた。

 

「……カミーユなら、もう行っちまったよ。彼女ほど有能なら、休む暇もないんだろう……だけど、それでいいのか……?仕事に振り回されるだけの人生で……なあ、カミーユ、そのクールな表情の下の、お前の心を……はあ~、隠されたままってのも、またいいんだよなあ~」

 

「……俺これいる意味あんのかなぁ」

 

ーーーー

 

それからあまり立たない頃、再び飲みに誘われたレイは、ハルオミを訪ねた。

例に漏れず、奢りである。

 

「お前、寿司は好きか?」

 

「まあ。美味いっすよね」

 

この流れで行くともしや今回は大丈夫か、という淡い期待を、次の瞬間ハルオミは打ち砕いてくれた。

 

「ネタ、そしてシャリ……寿司のミニマリズムを、俺達は軽視してた気がするんだ。俺は最近、あのシンプルさには、何かがあると思い始めた……」

 

「一瞬でもまともな話題と思った俺が馬鹿だった。一応言っときます、低露出はどうなったんすか?」

 

あれだけ聞いて、普段通りロクでも無い話になることが予想できるだけでも、自分に嫌気がさすが、もう後の祭りである。

 

「バカだな……冒険の中で一番の宝物は、回り道だろ。次のムーブメントは、シンプルな……「生脚」、だ」

 

そんな格好の人いたっけなぁと思い浮かべるが、思い当たる人はいない。

しかし、ハルオミのことである、どこかしらから連れてくるのだろう。

 

「ホンモノに、飾りなんか要らない。飾らない脚を見てそこにみなぎる命の息吹を、ただ感じ取ればいい……」

 

「はあ」

 

「決まりだ。モデルの心配はいらない、俺が全力で探す。聖なる探索も、佳境に入ってきたな……!」

 

「……これ、早く終わんねぇかなぁ」

 

ーーーー

 

次の日、ハルオミに呼び出され向かった先には、いつものパターンで一人の女がいた。

が、どうやら何か言い合っているようである。

 

「……そんなこと、もう忘れろよ」

 

「そのセリフ、あなたにそのまま返すわ……」

 

何のことやらさっぱりだが、このままここで立っているわけにもいかないので、2人に近付いてみる。

 

「おっと……」

 

「あら……」

 

「なんすかその反応」

 

なんとも言えない反応をされ、些か機嫌を悪くしたレイを見て、ハルオミは苦笑した。

 

「よお、遅かったな。今回のモデルは、イネス……リオ・デ・ジャネイロ支部から視察に来てる」

 

「あなたがブラッドの……ハルから話は聞いています。私はイネス・アルメイダ、お会いできて光栄です」

 

「そりゃどうも。ハルさん、またナンパっすか……」

 

この問に答えたのは、ハルオミではなくイネスだった。

 

「イエスでもあり、ノーでもある……この人にナンパされたのは2年前、お互いロシア支部にいた頃にね」

 

「ホント偶然だけど、久しぶりに会えたからさ。再会を祝して、誘ってみたってわけ」

 

「それじゃあ、行きましょうか。この目でブラッドの戦いを見たいわ」

 

「ああ、最高のものが見れそうだ……!燃えて来た……!このままミッションに行くぞ!」

 

そのテンションについていけない、とは言い出せず、ハルオミの用意したミッションを確認する。

対象はシユウで、前回よりも楽な相手で少しホッとしながらミッションに出た。

まずは頭を結合崩壊させ、両手羽を砕く。

シユウにはブラッドアーツ、ダンシングザッパーが当てやすく、レイにとってやりやすい相手である。

イネスとハルオミのフォローもあり、楽に倒すことが出来た。

その際チラッと見えたのだが、ハルオミがブラッドアーツを使えるようにっていた。

ちゃっかりした人である。

終わった時、案の定イネスの姿は最早なく、ハルオミが一人佇んでいた。

 

「……イネスなら、もう行っちまったよ。まさにとんぼ返り、ってヤツだな……極東の自然を、もっと見せてやりたかったな……散りゆく花に、移ろいゆく四季……俺は、この極東が好きだ。世界中を旅してきたが、ここまで美しい場所はない。だから皆、生脚をさらして、この自然を大いに感じ取るといいぜ……!」

 

「……そんなことしなくても感じ取れるっすよ」

 

ーーーー

 

その後、再び飲みに誘われたレイは、これで聖なる探索とやらが終わることを祈りつつハルオミを訪ねた。

勿論、奢りである。

 

「長きにわたり、俺の探索に付き合ってくれたわけだが……見えたことがある。覚えてるかな、男は女性のどこを見るか、って話をしたこと……あの時俺は、胸を否定した……それが、ずっと引っかかってた」

 

「はあ」

 

「すまん!俺を許してくれ!やっぱり、胸だ……!分かったよ、自分を飾らないのが、本当のオトナなんだってな……それに気付かせてくれたのは……お前だ」

 

なんだか感謝されているが、最初のレイの意見は未保護集落にいた時のおっさん連中の一般論である。

密かにおっさん連中に良かったな、認められたぞと祝いの言葉を投げかけながらハルオミの次の言葉を待った。

 

「世界は終わりなき円環だという。俺達の探索のゴールは、どうやらスタート地点らしい……」

 

「ああ、やっと終わるんすね……」

 

こんなくだらないことで理に気がつくとはなんとも言い難いが、ようやく終わりが見えたことを密かにレイは喜んだ。

 

「とんでもない答えを、見つけちまったな……!帰ろう……命を育む、約束の地へ……!一緒に、来てくれるか?」

 

「もう今更過ぎて何も言えねぇ」

 

「ありがとう……!今回のモデル探しは、骨が折れそうだが……俺は、やって見せる!お前のためにもな……!」

 

「……いや、無理しなくていいんすけどね」

 

この後、ハルオミの見つけてきたモデルによって、酷い目を見ることをこの時のレイはまだ知らなかった。

 

ーーーー

 

その日は、ハルオミと分かれてすぐ呼び出され、何のために別れたんだろうとか思いつつ、呼び出しの場所に向かった。

いたのは、ハルオミ1人である。

 

「あれ、1人っすか」

 

「飾らず、奢らず、初心に返る……分かってるな?今回のモデル探しは、本当に骨が折れた。俺の人脈を持ってしても、な……だが、現れたんだ。困り果てた俺の前に、青い鳥が……!カノン、カモン!」

 

ハルオミの拍手と共に現れたのは、白と黒のコスチュームに身を包んだ第四部隊所属のカノンだった。

 

「さっきたまたま通りかかった所を、捕まえただけなんだけどな」

 

「あの……これ、ちょっときついんですけど……」

 

カノンがジト目でハルオミを見る。

 

「それでいいんだ。同行者の生命力の活性を高めるため、布地を切り詰めている」

 

「はあ……あれ……?なんでブラッドの副隊長さんが?」

 

ハルオミの説明に納得していないのか、カノンは訝しげな目をハルオミに向ける。

そりゃ、あの説明では納得出来ないだろう。

その際、レイに気がついたらしく、カノンは驚きに目を丸くした。

 

「あっ、いや、んー、聖なる探索、つーか……」

 

「聖なる探索……?」

 

なんと言い訳しようものか、しどろもどろになりながら言った一言は、カノンの顔をさらに険しくする。

とはいえ、他になんと言えばいいのかわからないので、言い繕うことすら出来ない。

 

「さ、衣装デザインが持つ同行者活性効果の検証実験に行くぞ!」

 

「あ……はい!よろしくお願いします!」

 

カノンの背中をバシ、と叩きながら笑う。

それと同時に、カノンがピン、と背筋を伸ばした。

こんなんで大丈夫か、とか思いながら向かった先は、煉獄の地下街で、討伐対象はコンゴウ堕天とクアドリガである。

 

「クアドリガかぁ。あんまやったことねぇな」

 

とりあえず、面倒くさいコンゴウ堕天から仕留める。

通常のコンゴウと同じく、パイプ、尻尾、顔を破壊して切り裂く。

コンゴウ堕天は、あっという間に崩れ落ちた。

 

「さて、後は」

 

コンゴウ堕天撃破とともにエリアに侵入してきたクアドリガは、ほとんどの行動時に背中のミサイルポッドからミサイルを射出し、広範囲を攻撃してくる。

その上、巨体にそぐわない機動力まで有し、高火力で、何より硬い。

非常に面倒くさい相手である。

 

「んじゃ、俺突っ込むんで。ハルさんサポートよろしく」

 

「あいよ」

 

ハルオミがクアドリガの排熱器官にバレットをぶち当てる。

その間に、レイは横から回り込んでミサイルポッドにブラッドアーツ、ダンシングザッパーをヒットさせる。

巨大な相手に対して、レイがよく使う手だ。

高火力だろうとなんだろうと、とにかく叩いて壊せば弱体化できるという自論からくる突撃である。

その時だった。

カノンの放ったバレットが、レイめがけて一直線に飛んできたのである。

 

「っ!?」

 

咄嗟にミサイルポッドを蹴って、後ろに飛んだ。

瞬間、バレットがミサイルポッドに命中して結合崩壊を起こした。

お陰で当たらなかったが、爆風に煽られ当初の予定よりもマグマのギリギリに着地することになって肝を冷やす。

 

「なっ、なっ!?」

 

驚きのあまりに声が出ない。

避けなかったらどうなっていたのだろうか。

カノンは、神機を構えたままうっすらと笑みを浮かべて言った。

 

「射線上に入るなって、私言わなかったっけ?」

 

「言ってねぇッ!」

 

思わずそう叫んでしまった。

カノンは相変わらず、あははははと笑いながらバレットを発射しまくっており、近づくことが出来ない。

レイは同じ様に距離をとっているハルオミの元に駆け寄り、問い詰める。

 

「ハルさん、なんすかあれ!?」

 

「いやぁ、カノンちゃんはいっつもあんな感じなんだ。ま、ご愛嬌ということで」

 

「先に言え!死ぬかと思ったわ!」

 

彼女は要するに、二重人格、というところなのだろう。

さっきまでの印象とは、まるで別物である。

 

「とりあえず、近づけねぇ……!」

 

いくら何でも1人に任せっぱなしと言う訳にもいかないが、あれに巻き込まれたら流石に命が危ない。

動きを合わせる、合わせないの問題ではなく、合わせられない。

とりあえず、神機をアサルトに変化させ、援護射撃を行いながら様子を見る。

暫らくすると、カノンの砲撃が止んだ。

 

「こんな時に弾切れなんて。クソッ」

 

恨めしそうに神機を睨んでいる。

弾切れ、つまりOP切れだ。

 

「よっしゃ、今ァッ!」

 

カノンの集中砲火をくらい、既に排熱器官と前面装甲も結合崩壊を起こし、ボロボロになっているクアドリガに襲いかかる。

ダンシングザッパーを繰り出し、命中させる。

ハルオミがキャタピラにスラッシュレイドを当てる。

空中攻撃の最中に、カノンが神機を構えているのが見えた。

どうやらOPが回復したようで、ド派手に1発ぶちかますつもりなのだろう。

ハルオミもそれに気がついたようで、回避行動をとる。

が、レイは空中攻撃の真っ最中で、回避行動が取れない。

またミサイルポッドを蹴って離れてもいいが、結合崩壊を起こしていてさっきよりも脆くなっているため、避け切れる程の跳躍が期待出来ない。

なので咄嗟に、ブラッドアーツのフライングロータスを繰り出して後ろに離れ、そこから身体を半分ひねってエアリアルステップを繋げて距離をとる。

瞬間、カノンのブラストが火を吹いた。

その1発が、既にボロボロになっているクアドリガに止めを刺した。

断末魔を上げながらクアドリガが倒れ、レイは即座にコアを回収する。

 

「お疲れさん。よくあそこから逃げれたな」

 

「どうも。咄嗟に繋げただけだったんすけど、上手くいってよかったっす……」

 

離れていたハルオミに声をかけられ、レイはため息をつきながら答えた。

今回のは流石にやばかった。

思い出すだけで冷や汗が垂れる。

 

「やりました〜」

 

「あー、うん。良かったな」

 

さっきの豹変が嘘のようににこやかな笑顔を浮かべるカノンに、レイは苦笑いを浮かべながら答えるしかなかった。

 

ーーーー

 

アナグラに戻り、ラウンジのソファに腰掛けるカノンを見ながらハルオミは言った。

 

「……カノンなら、まだあそこにいるぜ。我らが第四部隊の精鋭だもんな。ああ、いつも通りの極東支部だ。飾る必要のない、俺たちの帰る場所……ここに家があるから、旅に出ることが出来る……そんな当たり前のことに、改めて気づかされたよ」

 

「……旅?」

 

レイはハッとしてハルオミを見る。

まさか、旅に出るつもりなのだろうか。

 

「ああ、また一緒に、真実を探す旅に出よう。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだぜ……!」

 

「……もう勝手にやって下さい」

 

レイは、心底呆れてしまい、一つ盛大にため息をついた。




終始楽しんでいるハルさんと、終始興味の無いレイとの絡みの回でした。
そもそも私がハルさんにそこまで共感できないせいで深く突っ込めないのが原因だったりするのですが、きっとレイもこういうことに興味はない人だと思います。
ハルさんのムーブメントについていくのは大変です。
まあ、レイにも人並みの恋愛感情はあるでしょうので、そのへんも書いていけたらなぁと思っています。
とはいえ、誰とくっつくんだコイツ。
あと、今回カノンがやらかしてくれました。
教官先生につなげるためにハルオミエピをここまで進めたって言うのもあるので、ゲームとは進行がずれてしまっているけれどももうそこは気にしないようにします。
さて、あと2回くらいキャラエピ消費に使って、ナナちゃんブラッドアーツ覚醒イベントに入っていこうと思います。
あれ、進んでない。
そうそう、もうすぐリザレクションの体験版が配信されますね。
やりたい、滅茶苦茶やりたい。
そしてアニメがもうすぐ終わってしまいますね。
もっとして欲しいなぁ。
いろいろする事があるこの頃ですが、頑張って書かないと。
感想、お待ちしています。


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第22話 コウタとアリサ

第22話です。
コウタとアリサのキャラエピソード集。


ハルオミとの聖なる探索が終わった次の日、ギルがレイに声をかけた。

以前言っていたレイ専用の武器の作成の打ち合わせである。

 

「どの近接武器を作るか、決まったか?」

 

「勿論、ショートブレードで」

 

ハハッ、とギルが笑った。

 

「即答だな。それでいいか?」

 

「ああ」

 

「よし、決まりだな。お前専用のクロガネ装備をチューニングしていくためには、「感応波受容体」という特殊な部品を作る必要があるらしい。俺の神機も、もう少し強化できそうなんでな……まあ、協力して集めていければ、と思っている」

 

そう言ってギルは笑顔を見せた。

レイは、ニヤリと笑って一言ギルに言い放つ。

 

「ギルよりも強い神機を作ってやるよ」

 

「ハッ……あぁ、俺も負けるつもりはないさ。部品の作成に必要な素材は次までにまとめておく」

 

普通なら作ってもらう立場の人間にこんなふうに言われたら腹を立てるのだろうが、レイに至ってはいつもの事である。

いちいち気にしていたらやっていられない。

 

「OK、いつでも連絡してきていいからな」

 

「ああ、またな」

 

パチン、とハイタッチを交わして別れる。

これが、2人の了承の合図にいつしかなっているのだった。

 

ーーーー

 

ギルと分かれた後、レイはミッションカウンターの前に行った。

コウタとのミッションが入っているのだ。

 

「ヒバリちゃん、今日もよろしくね」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。今日も張り切って頑張らせていただきます!」

 

ヒバリが礼をしながら笑顔を見せる。

 

「俺たちがミッションから無事にアナグラに帰ってこられるのも、ヒバリちゃんの支援があってこそなんだよな」

 

コウタの言葉に、ヒバリはクスクスと笑ったが、実際その通りだった。

ヒバリのオペレーションのおかげで何度助けられたのか分からない。

ふと、ヒバリがコウタの方を見て心配そうに言った。

 

「皆さんが本来の実力を発揮できるようバックアップすることが私の役目ですから。そういえばコウタさん、最近第一部隊が行う任務に細かいミスがまた目立ってきているように思えるのですが、大丈夫ですか?」

 

「えっ?あ、あぁ、まぁ問題ないよ、大丈夫!」

 

うげ、とコウタが少し引いたのを、レイは見逃さなかった。

興味本位で聞いてみる。

 

「何かあったのか?」

 

「本当に大丈夫だって!第一部隊のことはちゃんと俺が責任持つからさ。それよりもほら、そろそろ任務に行く時間だろ?」

 

聞かれて何かまずいことでもあるのか、あたふたとしながら、コウタはレイの背中に回り込み、出撃ゲートの方ににグイグイと押した。

早く行くぞ、と言う事らしいが、レイにとってこの行為は非常に不快感を覚えるのでやめて欲しい事である。

わかったから押すな、と一言いうと、自分からゲートに向かって歩いた。

 

「ご武運をお祈りしています。無事に戻ってきてくださいね」

 

カウンターの方からヒバリの声がしたので、りょうかーい、と普段のように返事をしておいた。

討伐対象はサリエル、常に空を舞っているアラガミだ。

コウタは第一世代の神機使いのため、形態の切り替えが出来ない。

なので、前回と同じようにバックアップに入ってもらい、レイは存分に突っ込む。

空中戦はレイの十八番である。

サリエルのレーザー攻撃は、コウタが片っ端からバレットで相殺する。

なかなか出来ない芸当である。

それに今回は任務の前にヒバリのオペレーションの話をしたせいか、普段よりもオペレーションの声が良く聞こえ、任務が非常にやりやすく感じた。

サリエルの討伐は、数分で終了した。

 

ーーーー

 

「いつもながら、ヒバリちゃんの細かいところまで手が届くバックアップ、すごいよなぁ」

 

アナグラに戻ってきた二人は、ロビーで立ち話を始めた。

コウタとミッションに行くと、後々でこういった話が聞けるから楽しい。

 

「ホントだな。ずいぶん世話になってるなぁ」

 

「昔はこんなに通信技術も発展してなくてさ、いつどこからアラガミが襲ってくるかもわからなくてビクビクしてたけど、三年前ぐらいから技術が飛躍的に向上していったらしくて、今みたいにスゲー便利な代物に進化したってわけ」

 

これを聞いて、レイは目を丸くする。

3年前と言ったら、ユウがゴッドイーターになった頃だ。

その頃は、今よりもっと大変だったというのか。

 

「……昔はもっと大変だったのか」

 

「ああ。ほんと、今じゃ考えられないよな!少しずつだけど、人間も着実に進歩してるんだって実感するよ。おかげで神機使いの生存確率も格段に上がって、助けられる人やできることもたくさん増えてきてるしね」

 

昔のことを、コウタは楽しそうに語る。

3年前を知っているということは、コウタはユウの同期くらいなのだろう。

今まで、現場で技術の進歩に触れてきているのだ。

 

「最近じゃアラガミの行動をモニタリングできる環境も整ってきて種類毎に共通の行動パターンがあることまでわかってきたんだ。ようするに、襲われる確率が低い比較的安全な地域が特定できるようになったってわけ」

 

「ああ、それでサテライトみたいなのが作れるようになったのか」

 

「そうそう!この調子でいけば、アラガミにビクビクしなくても済むような世の中なんてのも、近いうちに実現できるかもしれないよな。そのためにも、俺たち神機使いが頑張っていかないと!お互い、人類の未来のために、張り切っていこうぜ!」

 

ーーーー

 

コウタと立ち話をしていると、1人の女性が声をかけてきた。

以前、オープンチャンネルの応援に行った時に会った、ユウを知っていた少女で、確か名前はアリサといったはずだ。

何でもレイに話があるそうで、その旨をコウタに伝えると、コウタも今からサテライトの方で任務があるということで、立ち話はお開きになった。

コウタと別れてすぐアリサに連れられ、レイはラウンジの中に入る。

カウンター席の前で、アリサはレイに向き直り、話を始めた。

 

「それでは、改めて自己紹介をさせてください。アリサ・イリーニチナ・アミエーラ少尉、フェンリル極東支部、独立支援部隊「クレイドル」の所属です」

 

「ご丁寧にどうも。じゃ、俺もしとくかね。フェンリル極地化技術開発局所属、特殊部隊ブラッド副隊長の朽流部レイだ」

 

滅多にしない挨拶だったが、噛まずに言えたのでレイはホッと胸をなでおろした。

2人してよろしく、と言いながら握手を交わす。

 

「私たち「クレイドル」は、人々の安息のために支部の枠組みを越えて、広域的に活動する組織です。誰もが手をこまねいて見ているしかない問題に対してまずは一歩、解決に踏み出す……そんな活動をしています。あ、すみません。お席をどうぞ……」

 

クレイドルについて説明を始めたアリサだったが、立ちっぱなしであることに気がついたらしく、レイに座るように促した。

レイが座るのを見届けてから、アリサも腰を下ろす。

 

「元々私は、極東支部の第一部隊に所属していたんです」

 

「へぇ。今、コウタが隊長やってる第一部隊?」

 

「はい。コウタは第一部隊の隊長を務めつつ、クレイドルの臨時隊員を兼任してくれているんです」

 

成程、それでか、とレイは1人納得した。

コウタの身につけている白い士官服と、アリサの士官服のデザインがよく似ているのは、クレイドルの制服だったからなのだ。

似ていて当たり前である。

 

「クレイドルの設立以後は、ゴッドイーターとして戦いながら、サテライト拠点の支援と新設を行う……そんな活動をしています。今日は貴方におりいってご相談がありまして……」

 

「感応種討伐なら、いつでも手伝うぜ。戦力としてブラッドに期待してくれよ」

 

「ありがとうございます……!」

 

アリサが嬉しそうに礼を言った。

何となく感応種絡みだろうとは思っていたが、ビンゴだったようだ。

 

「現状、サテライト拠点最大の脅威である感応種に対して私たちができることは、限られています。ぶしつけなお願いだとは思いつつ、ブラッドの力をお借り出来たらと思い、声をかけさせて頂きました。承諾してくださって、本当にありがとう」

 

ここまで言い切り、アリサは何かを思いついたのかパチン、と手を合わせた。

 

「そうだ、一緒にミッションに行くのはどうですか?いざという時のために、お互いの戦い方をよく知っておかないと!……ですよね?」

 

クイ、とアリサが首をかしげる。

レイは笑顔で頷いた。

 

「ああ、異議なしだ。俺は今から行けるけど、アリサさんは?」

 

「アリサでいいですよ。私はこの後、サテライト拠点に用があるので、その後でどうでしょうか」

 

「じゃあ、俺がサテライト拠点の方に準備して行くわ。それでいいか?」

 

「はい、それでは、よろしくお願いします……!それでは、先に行っていますね!」

 

そう言うと、アリサは立ち上がってラウンジから出ていった。

忙しい人だな、と思いながら、レイもその後を追った。

 

ーーーー

 

準備を終え、サテライトに着いたレイの目に入ってきたのは、クレイドルの神機使いだろう人間と、サテライトの住民が何か言い争っているところだった。

 

「……ですんで、サテライト拠点の外に出ないで欲しいんですよ。あなた方を守るのが、僕らの仕事なわけで、そのぉ……」

 

「仕事増やすなっ、てか?」

 

「そうそう!許可なく外で資材の収集とか、やめてほしいなー、と……」

 

「だったら、アンタの護衛なんかいらねぇよ。支給される資材待ってたら、いつまでたってもできねーだろうが」

 

少し離れたところで聞いていたが、どうも話は平行線で、どちらも譲らない。

手助けした方がいいだろうかと思っていると、アリサがやってきた。

住民の顔をのぞき込み、話し始める。

 

「すいません、事情は承知しております。ですが、外出に関しては、自警団にスタングレネードが配備されるまで、頻度を下げてほしいんです……」

 

「ふうん、あんな高価なものが、サテライトにか?何年先になるか、知れたもんじゃなねぇな」

 

「ええ、普通に考えたら、そうですね。でも案外、そうでもないかも……?」

 

「んん?それってのは……まったく、アンタは……!」

 

アリサがいたずらっぽい笑みを浮かべたのを見て、住民は苦笑を浮かべた。

どういう事か、察しがついたのだろう。

 

「ま、アンタの言う事だから聞いとくけどな。あんまり目立つことすると、本部に目ぇ付けられるぜ!」

 

そう言い残し、住民はレイのほうに向かって歩いてくる。

すれ違う瞬間、住民は立ち止まってポツリと呟いた。

 

「ああやって細かい事まで取り仕切ってくれてんだ、頭が下がるよな」

 

「……」

 

「スタングレネードが来るまでは、古い施設を解体して凌ぐしかねぇなぁ……」

 

割と大声でぼやきながら、住民は歩いていった。

何となくツボに入り、思わず吹き出していると、アリサが慌てて駆け寄って来た。

 

「すっ、すみません!わざわざ来ていただいたのに、遅れてしまって……」

 

「いやいや、今来たばっかだから」

 

ーーーー

 

ミッション開始地点に到着すると、コウタが既に待機していた。

どうやら、合同任務だったらしい。

流石はベテラン、といったところだろう、ロングブレードとアサルトを適度に使い分けて戦うスタイルを見せてくれた。

ショートブレードに偏るレイのスタイルとは大違いである。

任務が終わり、アナグラに戻ってくると、アリサはラウンジに入るなりカウンター席に突っ伏して寝入ってしまった。

コウタとともに離れた場所のソファに座る。

 

「……」

 

「お疲れさん、あいつ、寝不足だからさ……」

 

「ああ、そうなんだろうな」

 

2人してクスクスと笑う。

 

「サテライト拠点を増やそうってのは、アリサの提案だったんだ。で、プロジェクトリーダーに任命されたんだよ。そしたら、あとから出るわ出るわ、やるべきことが!建築計画、行政支援、物資供給と輸送、福利厚生、治安維持……」

 

「おお……」

 

「でも、俺たちってさ、神機ぶっ放して、戦うしかできねーじゃん。フツーなら、専門家に任すだろ?けど、フェンリル本部に頼らないっていう初の試みだったし、専門家なんて、どこにもいなかったんだよね」

 

うわあ、とレイは顔をしかめた。

これをやったのだからクレイドルの人達は凄いと、心底尊敬する。

 

「だから……あいつが全部、やった」

 

「え……マジ?」

 

レイは予想の斜め上の答えに驚愕した。

さっきの山のような仕事量を、アリサは全てやったという。

そりゃ、寝不足になる訳だ。

 

「分からないことだらけで、すっげー勉強して、試行錯誤してさぁ……。それに、サテライトの住民は、フェンリルに見捨てられた人たちだ。俺たちフェンリルの人間に対して、今でも風当たりは強い。善意も根こそぎ否定されたりする……でもアリサは不平ひとつ言わず、彼らのために働き続けてる」

 

「……」

 

コウタのアリサを見る目が優しくなる。

そして、レイの方を見て微笑んだ。

 

「俺さ、このごろ思うんだ。アリサって、支部長になれるんじゃね?」

 

「ああ。かもな。そうだコウタ、俺またミッションにアサインされてたけど、今度はどうした?」

 

この問に、コウタはハッとする。

慌てて時間を確認し、バッと立ち上がった。

 

「ヤベッ、忘れてた!さっきから出突っ張りで悪いけど、ちょっと付き合ってくれ!」

 

ーーーー

 

コウタに連れられて訳が分からぬままやってきたのは、アナグラをぐるりと囲う外壁の上だった。

 

「俺たちが今立っているここが、アナグラをアラガミから守る「対アラガミ装甲壁」と呼ばれている場所さ」

 

そう言い終えると、コウタは視界いっぱいに広がる街を指さす。

 

「そして、この前方に広がっているのが、外部居住区……アナグラに収容しきれなかった人たちが住んでるところだね。ようするに、アラガミにこの防壁を越えられちゃうと色んな意味で相当マズイことが起きちゃうってわけ」

 

「あー、大惨事になるだろうな」

 

「だから、今回みたいに危険因子が発見された場合は動ける人間が先手を打って排除する必要があるんだ」

 

コウタが少し怖い顔をしてみせる。

レイは苦笑しながら首をかしげて見せた。

 

「成程ねぇ……つか、こんな壁なんかで大丈夫なのかよ?」

 

「俺も始めはこんなんで本当にアラガミから守れるのか疑問だったよ。アイツらって本当に何でもかんでも喰っちまうからさー。でもそこはしっかり考えられてるんだ。えーっと、なんだったけな……そうだ、確か」

 

何かを考えるような仕草をした後、思い出したかのようにポン、と手を打つ。

 

「アラガミ由来のオラクル細胞を複数取り込むことでアラガミが食べたくなくなるような代物に仕上がってるんだってさ」

 

「ああ、偏食傾向ってやつか」

 

「そうそう!まぁ新種のアラガミが出てきた時とかは改めてメンテナンスする必要もあるし、万能ってわけじゃないんだけどね。防壁はあくまで万が一の時の盾でしかないからさ。俺たちの家は、俺たち自身の手でしっかり守ってやらないとさ」

 

「そうだな」

 

「おっ、そろそろ時間みたいだな、それじゃあ行くか!」

 

ーーーー

 

アラガミの掃討が終わり、二人は再びアラガミ装甲壁の上に戻ってきた。

コウタが、外部居住区の一部を指さす。

 

「外部居住区にはさ、俺の家族も暮らしてるんだ。あのへん、見えるかな。あそこに俺んちがあるんだよ!……で、その隣の隣、分かる?あそこのオヤジがスゲー怖いんだよ!子どもの頃よく怒られたなー!」

 

「へぇ。……故郷って、いいなぁ」

 

コウタがあまりにも楽しそうに語るので、レイはつい今は無き故郷を思い出してしまった。

あの頃、近所に住んでいた人達は、今いったい何処に居るのだろう。

集落自体は無くなってしまったが、きっと何処かで生きていると思いたい。

 

「やっぱそう思う!?そう思うよな!へへへっ、そのうちレイにも俺んち紹介してやるよ。レイのそういう温かいところ……何だか親友のことを思い出すよ」

 

「親友?」

 

「今は別の任務の関係で遠征にでかけてるんだけどね。自分よりもまず仲間のことを考えるようなヤツでさ。レイみたいな戦い方して、よく無茶するヤツだったんだ」

 

コウタは昔のことを思いだしたのか、プッと吹き出した。

クク、と笑う。

 

「……俺さ、できることなら、ずっとここを離れたくないんだよ。俺の家族がいてさ、仲間がいて、親友が帰ってくるこの場所を、いつまでも守っていたいんだ」

 

「……そっか」

 

「うわ、なんか語っちゃってた?俺!?そんなわけで……これからも、よろしくな!」

 

「ああ、よろしく」

 

笑顔で握手を交わす。

帰ろうぜ、と歩き始めたコウタの後を追いながら、レイはコウタの言う親友とやらについて聞いてみることにした。

少し前から、聞いてみたくて仕方が無かったのである。

 

「ところでコウタ、ちょっと聞いてみたいんだけどさ、その親友ってもしかしてだけど、ユウっていったりしねぇ?」

 

「え、そうだけど……」

 

さらに質問を続ける。

何となく親友について結論は出ているが、確信が欲しい。

 

「……壁の外出身?」

 

「ああ、そう言ってたけど。……レイ、ユウを知ってんの?」

 

コウタがキョトン、とした表情を浮かべる。

レイは、自分の中で疑問が確信に変わったことを確認し、苦笑する。

以前のアリサやコウタの反応の意味をやっと理解した。

昔から、血が繋がっていないのに本当の兄弟のように、レイとユウは後ろ姿や雰囲気がよく似ていると言われていた。

同じ育ちをした人間なのだから、似ていて当たり前である。

それに、コウタやアリサはユウを良く知っているのだろう、そんな風に思っても仕方がない。

もう3年間会っていない兄の痕跡を知れて、レイは少し嬉しくなった。

 

「あー、知ってるってか……兄貴なんだよな」

 

「えっ?」

 

「いや、だから……血は繋がってねえんだけど、兄貴」

 

真実を告げると、コウタの目が丸く見開かれる。

 

「マジで!?お前、ユウの兄弟だったの!?早く言えよ!」

 

ーーーー

 

あのあと、コウタはラウンジのカウンター席に座ってユウとの思い出を語ってくれた。

初めての任務の時も物怖じせず突っ込んで行った事、コウタの前の第一部隊のリーダーだった事、仲間を第一に考えるようなやつだった事、無茶ばかりするようなやつだった事。

当時の第一部隊の面々は今、クレイドルに所属している事。

お返しに未保護集落での出来事を教えてやると、コウタはアイツらしいと笑った。

そこにアリサも合流、さらに昔話が盛り上がる。

コウタと同じようにアリサも驚いていたが、話への食いつき様はコウタ以上で、さすがのレイも少し引いたくらいだ。

たまらず、何か用があったのかと聞いてやると、アリサはしまった、というような表情を浮かべた。

ついつい話に夢中になり、目的が頭から抜けてしまっていたらしい。

顔を真っ赤に染めながら、アリサは要件を告げた。

サテライト周辺で目撃されたアラガミの一掃への協力依頼。

その程度なら、と快く了承し嘆きの平原へ出陣する。

メンバーはアリサとコウタとレイの3人だ。

アリサの顔色が悪いことが気になったが、本人は少し寝不足なだけで大丈夫だと言い張り、ミッションに出た。

 

「これで、いちおう片が付きますね……」

 

「バックアップは任せてくれ!さーて、いっちょ行くか!……っと、アリサ?」

 

「……」

 

アリサの返事が無いことが気になり、レイとコウタはアリサの方を見る。

フラリ、とアリサの体が傾き、ガクリと崩れ落ちる。

 

「アリサ!おい!」

 

咄嗟にアリサの体を支える。

ゆっくりと地面に寝かせてやる。

 

「これってまさか……過労??」

 

「……だろうな」

 

「……ごめん……めまいがしちゃった……」

 

むくり、とアリサが起き上がる。

見るからに無理をしている。

 

「アリサ……」

 

「大丈夫、ただの貧血ですよ。早いとこ終わらせましょう!」

 

「いや、でもさ!」

 

コウタが心配そうに言った。

それでも、アリサは引かない。

神機を構え、先陣を切って飛び出そうとしている。

 

「はぁ。アリサがバックアップに変更。銃で遠距離から戦えよ」

 

ポン、とアリサの肩を叩く。

申し訳なさそうにアリサはレイの方を見る。

 

「そうだよ!今回、アリサは後衛な!しかも、超後方で後衛な!」

 

コウタの発言に、アリサは呆れたような表情を浮かべた。

思わずレイも笑ってしまう。

超後方は、流石に無いだろう。

 

「超後方は、無いと思いますけど……でも、ありがとう。貴方の判断に、従います」

 

ーーーー

 

アリサの体調が悪いことが分かった為、レイとコウタは普段よりもハイペースでアラガミに襲いかかった。

あまりにもハイペースだった為、かかった時間はたったの2分。

ヒバリの驚きの声を聞きながらさっさと帰投し、大丈夫だと言い続けるアリサをラボラトリに押し込み、ヤエによろしく伝える。

ロビーに戻ってくると、サテライトの住民がアリサを探していた。

数時間前、クレイドルの神機使いと言い争っていた人物だ。

 

「あれ、アンタ、サテライトの」

 

「アンタか。俺は棟方クニオだ。いつもの姐ちゃんがいないなら、アンタでいいか……」

 

クニオは、レイに資料を手渡した。

これが何なのかレイにはさっぱり分からないが、大事なものなのだろう。

 

「これを、ロシア人の指揮官の姐ちゃんに渡してくれ。たいしたもんじゃねぇが、図面だ、新しい工場のな。姐ちゃんみたいになんでもできるヤツは、ついつい、人に頼るってことを忘れちまう」

 

「……」

 

「工場新設の件はこっちで仕切るから、あの姐ちゃんには、働きすぎるなって伝えといてくれ」

 

それだけ言うと、クニオはロビーから出ていってしまった。

レイはハァ、とため息をつくと再びラボラトリに足を運ぶ。

病室の入口で、ヤエにくれぐれも静かにと注意された。

はいよ、と適当に返事をし、足を踏み入れる。

アリサは、ベッドに腰掛けていた。

 

「どうなんだ、体調は」

 

「問題ありません、ただの過労だそうです……看護師のヤエさんに、無理しすぎだって怒られちゃいました」

 

アリサが苦笑いを浮かべた。

 

「だろうな。しばらく休んだ方がいいぜ」

 

「ありがとう。でも、私が休むわけにはいかない。人々の信頼関係があって、初めてこの事業は成功するんです。でも……サテライトの住民たちは、見捨てられた人たちです。彼らはフェンリルを信じないし、敵意を持つ者もいる。彼らの信頼を得るには、私が、働き続ける以外にない……プロジェクトリーダーの私自身が最前線に立たないとダメなんです」

 

そう言って、アリサはレイの顔を見た。

真剣な眼差し。

本気でサテライトの住民のために尽くそうと頑張っているのだ。

しかし、そのせいで全てを背負い込みすぎている。

 

「いいや、伝わってる。大丈夫だ」

 

「そうなのかな……でも、ね……性格なのかな……」

 

ハア、とアリサはため息をついた。

色んなことが心配なのだろう。

レイはバリバリと頭を掻きながら、アリサにクニオに渡された図面を手渡す。

 

「ったく、ほらよ」

 

「これは……?あっ……!これは、工場の図面!?でもどうして?工場よりも食糧だ、って、強硬に反対されてたのに……」

 

「工場の件はこっちで仕切るから、アリサに働きすぎんなって伝えろって言われたぜ。十分、アリサの気持ちは向こうに伝わってんのさ」

 

「そう……棟方さんが、そんなことを……やっぱり私、無理してたんですね……」

 

アリサが再びため息をつく。

ガックリと肩を落としたところを見ると、どうやら少し落ち込んだらしい。

 

「周りの人のことを見ているつもりで、ぜんぜん見えていなかった。私一人では何もできないって分かってたはずなのに……」

 

「これからはどんどん頼れ。戦闘に限らず手伝うさ」

 

ブラッドの面々に相談などしていないが、きっと皆了承するだろう。

そう思っての言葉だった。

レイの言葉に、アリサの顔が少し明るくなる。

休んだのもあって、幾分顔色も良くなっていた。

 

「ありがとう……でも私、何かをしてもらうだけなんて……私も、貴方が必要とする時には、必ず協力します!いいですよね!?」

 

「ええ、でもなぁ。アリサまた無茶するだろ?」

 

「あっ、もちろん無理をしない範囲で、です!」

 

アリサの提案に、レイは渋面を浮かべる。

ただでさえ過労で倒れるような人物だ、これ以上することを増やしてもいいものなのだろうか。

レイの考えを察したのか、アリサは少し慌てながら言葉を付け足した。

どうやら、引くつもりは無いらしい。

 

「……わかった、わかったよ」

 

「よかった……!これからも、よろしくお願いしますね!」

 

ニコリとアリサが笑った。




第22話。
長かった。
長かったよ!
初めての10000字かと思いました。
ギリギリでした。
いや、ホントギリギリ。
あと500字くらいで10000でしたよ。
まあ、いってもいいんですけどね。
さてさて、今回、少しだけですがユウの事が出てきました。
コウタとアリサに兄弟だと知られてしまったので、きっとクレイドル中にブラッド副隊長はユウの弟だったということが知れ渡るのでしょう。
それももの凄いスピードで。
この後、レイのメールボックスにユウから滅茶苦茶メールが来たのだとか。
そんなのもかけたらいいな。
あと2回キャラエピ消費回です。
感想、お待ちしています。


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第23話 四人とレイ

第23話。
キャラエピ消費も、もうすぐ終わります。


リッカからリンクサポートデバイスの改良が終わったから実験に付き合って欲しいと連絡が入り、レイはさっさと準備をしてリッカの元へ向かった。

今日1日、朝から幾つものミッションをこなしている。

流石にそろそろ疲れていたが、あと1戦位どうということはない。

相手はザイゴートとグボロ・グボロ、油断しなければ余裕の相手である。

リンクサポートデバイスの効果もあり、余裕で倒すことが出来たが、時間が時間だった為、アナグラに戻ってきた時には既に夜中になっていた。

自動販売機の前で2人並んでジュースを飲む。

 

「今日も大変だったね。お疲れさん」

 

「そっちこそ」

 

あはは、と笑いあった。

ふと、リッカがレイの顔を見つめて言った。

 

「レイってさ、ゴッドイーターの仕事、どう思う?……好き?」

 

「んー、ま、仕事は仕事だな。好きも嫌いも無ぇや。楽しいけどな」

 

「そっか……私みたいな技術職と違って、ゴッドイーターの人は、職業を選べないから」

 

リッカは少し寂しいような、悲しいような、そんな表情を浮かべる。

 

「ほとんど強制的に適合試験に連れて来られてさ……気になるんだよ、彼らは幸せなのかなって」

 

そういうリッカの顔は、真剣だった。

レイはそんな事考えたことがないので、なんとも答えられないが、ギルやシエル、ナナ、ロミオ、ジュリウスといったブラッドのメンバー達はどうなのだろう。

幸せなのだろうか。

それとも、不幸に思っているのだろうか。

そもそも、幸せの定義は人によって様々だ。

考えたところで、聞いたところできっとわからないだろう。

では、目の前の少女はどうなのだろう。

幸せかどうか聞いてきた本人は、幸せなのだろうか。

レイは、リッカに問い返す。

 

「そう言うリッカはどうなんだよ、幸せなのか?」

 

「私は……うん、幸せだよ。気付いたらこの仕事してたんだけど、気に入ってる」

 

クク、とリッカは笑った。

 

「子どもの頃から、遊び場は研究室と工作室、私の玩具なんか、顕微鏡にリベット銃だったからね。そのまんま大人になっちゃっただけ……あははっ!」

 

「……すげぇ子供時代だな」

 

ーーーー

 

リンクサポートデバイスの検証実験の次の日、シエルに声をかけられた。

おそらくブラッドバレット関連だろうと察すると、レイは笑顔で頷いた。

ラウンジのカウンター席に移動し、席に座るとシエルは話を始めた。

 

「これまで……ずっとスナイパーをベースにバレットエディットをの検証を行っていたのですが……より理解を深めるためには、他の銃身タイプについても同様に検証する必要があると思ったんです」

 

「うん。アサルトはまあ、俺が使ってるからいいとしても、ショットガンとブラストに関しては分かんねぇもんな」

 

「はい。それで早速、全ての銃身タイプのバレットを作ってみたんですが……非常に勉強にはなったものの、使い道に困っていまして……」

 

シエルはすっ、とバレットを取り出し、レイに差し出した。

 

「良かったら、受け取ってもらえませんか?」

 

「マジか。そういうことなら是非欲しいね!」

 

「はい、では……アサルト、ブラスト、スナイパー……あと、ショットガン……全部差し上げます!」

 

シエルはパッと顔を輝かせ、嬉しそうにレイの手にバレットを握らせる。

正直な話、ショットガンとブラストに関しては使わないのだが、ありがたく貰っておくことにした。

貰えるものは貰っておく主義である。

それに、レイはバレットエディットができなかったので、バレットに詳しいシエルの作ったバレットがどんなものになっているのか非常に気になるところなのだ。

 

「それでは、そろそろ検証実験に向かいましょう……今回は君と私の「血の力」の呼応によって……このバレットが「ブラッドバレット」に変異するかを確かめたいと思っています……準備の方は大丈夫ですか?」

 

「ああ、いつでも大丈夫だ」

 

「はい!それでは、よろしくお願いします」

 

ーーーー

 

シエルの用意した任務は、オウガテイルとその堕天、コクーンメイデン堕天とドレットパイクという、所謂雑魚の群れとの交戦という、検証にはもってこいの気楽な任務である。

しかし、あまりにも気楽すぎるので、レイは今回近接攻撃を封印しアサルトだけで交戦した。

そもそも、血の力によるブラッドバレットへの変異実験なのだから、普段の近接ゴリ押しスタイルは使うべきではない。

アサルトは一撃一撃の火力は小さいが、それをカバーする連射とOP回復弾がある。

Oアンプルを持っていっていたのに、撃つほどOPが回復してくれるのでほぼ使わずに任務を終えた。

 

「……おかげ様で、戦闘中に「血の力」の発現を感じました。おそらく、新しい「ブラッドバレット」を手に入れることができたと思います」

 

シエルが嬉しそうに自身の神機を見つめた。

レイも、シエルと同じ手応えを感じている。

 

「そして推論通り、君の戦闘時の感応波に呼応して変異する確率が高まるようですね……」

 

「へぇ。シエルと一緒だから……かな?ま、何にせよ実験成功だな」

 

「フフッ……ありがとうございます!」

 

レイの言葉に、シエルは一瞬驚いたような顔をしたが、それはすぐに眩しいほどの笑顔に変わった。

 

ーーーー

 

シエルの検証実験が終わった頃、通信機にリッカから連絡が入っていた。

要件は例に漏れず、リンクサポートデバイスの検証実験だ。

今回は、戦闘の後メディカルチェックを行いたいという依頼も来ていた。

ということで、レイは即効で終わらすべく任務に出た。

相手はオウガテイルとドレットパイク、ラーヴァナだ。

ラーヴァナは、ヴァジュラ神族のアラガミで、背中についた砲塔からの高火力の弾丸、謎の毒攻撃、素早い動きが特徴である。

はっきりいって苦手なタイプのアラガミだが、普段通り飛び回る。

高火力の弾丸をステップで回避、毒霧は回り込んで避け、動きは堂々と張り合った。

今回は即効で終わらすというのが目標だったため、いつも以上の力を込めて神機を振るう。

胴体、顔をパワーで粉砕し、向けられた砲塔に回し蹴りをぶちかまして蹴り飛ばす。

レイよりもはるかに重いラーヴァナが、ありえない勢いで壁にぶち当たった。

ラーヴァナが悲鳴を上げる。

その間にレイは既に懐に飛び込んでおり、ブラッドアーツのキラービースタッブを放った。

その一撃は、ラーヴァナの胴体に穴を開けた。

そのままコアを回収し、さっさと帰投する。

アナグラではリッカが待ち構えており、レイは戻って来るなりラボラトリの一室に直行となった。

 

「今から、君の体のデータを取るよ。項目は多岐に渡るし、脳波も調べなきゃいけないから……君はここで眠って、その間、私はデータ収集。レイには睡眠薬を投与するからね」

 

「うえぇ……俺、薬系苦手なんだよなぁ……。ま、いいや、りょうかーい」

 

「じゃ、おやすみ。ゆっくり休んで……といっても、2時間くらいね……」

 

リッカの言葉が遠ざかる。

睡眠薬が入ったのだろう。

まぶたが重くなり、自然に目を閉じる。

だんだんと意識が遠ざかり、暗闇に落ちた。

 

ーーーー

 

建物が燃えている。

走る自分の横を、大勢の人が追い越していく。

後ろで悲鳴が聞こえる。

助けてくれ、嫌だ、なんで俺が。

耳を塞ぎたくなるが、そんな事をしている余裕はない。

母が自分の後ろを守るように走り、父が妹をおんぶしている。

自分の少し前を、ユウが走っている。

全員の服が、血に濡れていてその臭いと息切れで吐き気がする。

グシャリ、と真後ろで人間の潰れる音がした。

ゾクッとして、少しだけ振り返る。

母の足が変な方に折れ曲がっており、その背中の上に、アラガミが乗っていてゆっくりと母に噛み付いて。

その先は見れなかった。

妹の泣き叫ぶ声が聞こえる。

母の食われる瞬間を見てしまったのだろう。

不意に、後ろから突き飛ばされた。

あまりの勢いに、ゴロゴロと地面を転がり、壁にぶち当たり、うつ伏せに倒れる。

意識が飛びそうなほどの激痛が襲ってくる。

喉の奥から上がってきたものをたまらず吐き出す。

さっきよりもひどい血の匂いがする。

父が名前を叫んでいるのが聞こえる。

逃げろと言っているのが聞こえる。

なんとか顔を動かし、父の声のする方を見た。

自分の方に駆け寄ってくる。

次の瞬間、父と妹が、頭からアラガミに食われた。

上半身を食いちぎられ、残された下半身から血が広がっていく。

それに、アラガミが群がってさらに食い荒らしていく。

やめてくれ、頼むから、お願いだから。

声が出ない。

涙が零れる。

フラフラと、ユウが歩いてきて、すぐ横に座った。

その右肩からダラダラと血が滴り落ちている。

肉が抉るように無くなっているのがちらりと見えた。

こっちにくる前に、やられたのだろう。

レイ、とユウが肩を叩いてきた。

レイが生きていることがわかったのか、ユウがホッとした表情をした。

その顔は、涙と血でグシャグシャになっていた。

きっと、今の自分も酷い顔をしているのだろう。

目の前で、知った顔が食われていく。

優しかったおばさんも、厳しかった老人も、頼りなかった青年も。

皆、平等に、食われていく。

このままここにいれば、自分たちも食われる。

ユウに、置いて逃げてと伝えようとしたが、ヒューヒューと空気が漏れるだけだった。

ユウが手を握ってきて、一緒にいるよ、と言った。

1匹のアラガミが、近付いてくる。

一緒にいなくていいから逃げてくれ、必死で言おうと口を動かすのに、どうしても声が出てくれない。

大丈夫だよ、とユウがそっとレイを抱き抱えた。

さっきよりユウの顔がよく見える。

何故だろうか、その顔は笑顔だった。

アラガミの口が、ユウに迫る。

見たくない、お願いだ、やめてくれ、俺を置いて、逃げてくれ。

それでもユウは笑っていて、ゆっくりと眼を閉じる。

アラガミの口が、ユウの頭を砕こうと閉じていく。

必死で、体を動かそうとする。

動いてくれ、お願いだ!

 

「ああああああああっ!」

 

ガバリとレイは飛び起きた。

ラボラトリのベッドの上、グッショリと汗をかいている。

荒い呼吸を落ち着けながら、レイは頭を抑えた。

 

「……クソッ」

 

アレを見たのは久しぶりだった。

いつ見ても、なれない夢だ。

あの後、ユウの頭が食いつぶされる寸前にゴッドイーターが到着、あのアラガミを殺したのだ。

だからこそ、ユウは生きているし、自分も今ここで生きている。

それでも、いつもあの場面なると発狂しそうになる。

何も出来なかった、無力だった自分が憎くて仕方が無い。

 

「……いつまで引きずってんだ、俺は」

 

「……大丈夫……?」

 

「うおっ、冷たっ!?えっ!?リッカいたのか!?」

 

「おはよ、夜中だけど。最初からいたよ」

 

クスリ、とリッカが笑っていた。

リンクサポートデバイスの為の検査で寝ていて、悪夢を見て叫びながら飛び起きた。

それを、見られていた。

その事実を理解した瞬間、レイは恥ずかしさと情けなさで死にたい気分になる。

が、もう仕方が無い。

尋常でない自殺衝動を必死に押さえ込みながらリッカに問う。

顔は見れなかったけれども。

 

「嫌な夢見ちまった……。寝てる間に、何をしたんだ……?」

 

「検査中に悪夢を見るっていう事例は、よくあるみたい。ごめんね……。検査してたよ、あんな検査や、こんな検査をね。詳しく話してもいいけど、退屈な説明でまた寝ちゃうよ、きっと」

 

あはは、とリッカが笑った。

 

「そっか。で、結果はどうだったよ、成功したのか?」

 

「大成功だよ……!ここからもう少し研究を進めて、フェンリル本部の技術開発局に提出するつもり。それで予算が下りれば、正式に研究開発できる……!お父さんが計画してから、ずいぶん時間がかかっちゃったけどね」

 

リッカが嬉しそうに笑う。

念願の代物が完成間近なのだ、嬉しいのは当たり前である。

 

「でもまだ一般化への道は遠いから……まずはレイのデータを元に、レイ専用の試作品を作っていくよ。これからも色々と仕事をお願いしたいんだけど、また一緒にやってくれる?」

 

「ああ。勿論だ」

 

「ありがとう……!あ、最後に脈だけ取らせて!」

 

レイの手首にリッカの指が添えられる。

しばらく、静かな時間が続いた。

 

ーーーー

 

あの後、レイは自室に戻って眠った。

またあの悪夢を見るんじゃないかと少し怖かったが、寝ないと明日動きが鈍くなることがわかっていたので、無理矢理寝た。

結局、悪夢を見ることは無かった。

しかし、気分が重いままだったので、何か食べて気分転換しようとラウンジに入った時、リッカとギルがなにか話していた。

どうやら、神機のチューニングか何かの件でギルが何かをやったようである。

面白そうな話題だったのと、決して無関係ではないので、滅多に出さない野次馬根性を発揮し話題に混ざるべく2人に近寄った。

 

「……まったく、びっくりしちゃったよ。まさかギルにあんな才能があったなんてね」

 

「よ、お2人さん。どうした、何の話?ギルの才能?」

 

「あぁ、いや、別に大したことじゃないんだが……」

 

突然話に割り込んできたレイに2人は少し驚いていたが、リッカはすぐに聞いてよ、と話を始めた。

 

「いやさ、感応波受容体の製作過程を見せてくれって言うもんだから目の前で作って見せてあげたんだよ。そこまでは良かったんだけど、でもね、問題はその次!見様見真似で、自分ですぐ作れるようになっちゃったんだから!」

 

「マジで!?ギル、お前器用だったんだな」

 

レイは驚いてギルの方を見る。

ギルは、顔を隠すように帽子をさらに深くかぶった。

どうやら照れているようである。

 

「買い被りすぎだ……たまたま上手くいっただけだ。リッカの教え方が良かったんだよ」

 

「まぁ、自分たちで色々できるようになってもらえるのはこっちも非常に助かるよ……ギルは案外、技術者に向いてるかもね」

 

「何はともあれ、俺が感応波受容体を作れるようになった分……これからはもっと効率的に話が進められそうだ」

 

そう言うと、ギルはポケットから部品を取り出してレイに差し出した。

レイはそれを受け取る。

 

「これが、俺の作った感応波受容体、第一号だ……受け取ってくれ」

 

「サンキュ」

 

「これで早速、専用の神機を作ってくるといい……良い神機ができるといいな」

 

「ああ、ありがとな」

 

ーーーー

 

ギルにもらった感応波受容体を使い、レイはすぐに神機を作成した。

感応波受容体を使って強化したクロガネ刀身は、その刀身を黒からシルバーに変化させた。

もう、クロガネというよりシロガネである。

丁度コウタとのミッションにアサインされていたので、ついでに新しい神機の使い勝手を見るべく、レイはそのシロガネ刀身を装備してミッションに出ることにした。

 

「あのさ!ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「ん、どした?……なんか顔疲れてるぞ、大丈夫か?」

 

「ああ、うん……わかる?でさ、ブラッドってさ……仲、良いよね」

 

「ん……まぁ、良いっちゃ良いな。悪いっちゃ悪いけど」

 

「あれってさ、なんか秘訣とかないの?いやあーうちの連中にも見習ってほしくてさ……」

 

「あー、成程な……」

 

エリナとエミールが原因か。

なんとなく察したレイは苦笑いを浮かべた。

 

「コウタさん、輸送班の準備整いました」

 

ヒバリがコウタに声をかけた。

 

「了解です!……じゃ、話の続きは後で、ってことで」

 

ーーーー

 

今回のミッションの内容はヤクシャの討伐。

オウガテイルとコクーンメイデンもいるが、そちらは大した障害ではない。

コウタの銃撃に合わせ、レイは普段通り突っ込んで神機を振るう。

作ったばかりのシロガネ刀身が、アラガミを切り裂いていく。

使い勝手はなかなか良い。

元がクロガネなので、そこまで性能に差があるわけではないが、十分に使っていけそうだった。

ミッションが終わり、アナグラに戻ってきた2人はラウンジのソファに腰掛けた。

コウタがガックリとうなだれながらレイに愚痴を漏らす。

ふと、コウタが顔を上げた。

 

「ん?」

 

「あーあ」

 

「またか……二人ともいっつもいっつも……」

 

視線の先では、エリナとエミールが言い争っていた。

またエミールがエリナの機嫌を損ねたのだろう。

 

「うーん、俺、やっぱり第一部隊を上手くまとめられてないのかなぁ……」

 

「きっと、あれはあれで仲がいいんじゃねぇか?時間が解決してくれるって」

 

「確かに、二人とも違った意味で不器用だもんなあ……」

 

「二人には二人の個性があんだよ。ちょっとアレだけどな」

 

これ以上コウタの気分が落ち込まないように、レイは必死でフォローを入れる。

ブラッドでいうとギルとロミオみたいな感じかと思うのだが、流石にあそこまで毎日毎日言い争ってはいない。

あんな風にされると、レイなら全力で張り倒す自信がある。

それを、何とかまとめてやっているのだから、コウタは凄いとレイは思うのだ。

 

「それはそうだな。ちょっと、個性が強すぎるけど……うん、第一部隊は第一部隊なんだからブラッドのやり方を聞いてもしょうがないかもな。まあ、時間はかかるかもしれないけど俺のやり方で、ボチボチやってみるよ。ありがとな、話聞いてくれて」

 

ニコリとコウタが笑った。

 

「参考にならなくて悪いな。ま、頑張れ」

 

ーーーー

 

「ふわ〜……お疲れさま」

 

「研究の方はどうだ?その様子だとまた徹夜か?」

 

寝不足なのか、欠伸をするリッカ。

こういう時、リッカ大抵徹夜をしている。

毎回徹夜してたんだ、と答えられるのでなんとなくわかるようになった。

 

「一度集中すると、切り上げるタイミングが見つからなくってさ。でもね、おかげで今日は、君に朗報を持ってこれたよ!」

 

「ほー。何だ?」

 

「なんと、出来ちゃったんだ!君専用のリンクサポートデバイスがさ!ターミナルにもデータを登録しておいたから素材さえあれば色んなデバイスが作れるはずだよ」

 

「色んな?種類があるのか?」

 

「うん、だってほら、すべての任務が同じ内容ってわけじゃないからさ。任務毎に、君の好きなように使い分けできるようにしたかったから。たっくさん種類用意しておいたから、ターミナルで確認してみて。きっと驚くと思うよ」

 

パッとリッカが笑った。

相変わらずの仕事の速さである。

一昨日やった検査結果から、ここまでやったのだろうか。

 

「あっ、そうそう、それとね……はい、コレ。たくさん協力してくれたお礼に、サンプルを一つだけあげる。こうやって技術者から個人的に渡したりするのって本当はダメなんだけどさ……どうしても君にお礼がしたくて」

 

そういいながら、リッカはレイに1つのリンクサポートデバイスを渡した。

 

「……みんなには内緒だからね?」

 

「……ああ、ありがとな」

 

レイはニコリと笑い返した。

 

ーーーー

 

リッカにリンクサポートデバイスを貰ったすぐ後、シエルにブラッドバレットの件で呼ばれ、レイはいつものラウンジのカウンター席に向かった。

既にシエルは待っており、レイにやってきたことに気がつくと、嬉しそうに笑った。

 

「遅くなって悪いな。で、どんな感じなんだ?」

 

「いえ、私も来たばかりです。えと、うーん……ブラッドバレットは、すべて同じ性質を持っているというわけではないみたいですね……」

 

「あー、確かに。俺の所では「連鎖複製」、「識別」とかだったかな?あれ、違ったっけか?どうだったかな……」

 

「成程。こちらの二つ目のブラッドバレットを解析した結果、「残留」という全く異なる性質を持ったタイプだということがわかりました」

 

「「残留」?それは何が出来るんだ?」

 

「そうですね、簡単に説明すると……」

 

そう前置きすると、シエルは説明を開始する。

 

「たとえば狙撃弾ですが、発射後は着弾時に効果を発動しそれで消滅してしまいます……貫通力はありません。そこでレーザーや貫通弾が持つ、貫通力を取り入れたい所ですがそれらの弾は接続することが出来ず、効果の追加は望めません……」

 

「お、おう」

 

「ところがブラッドバレット「残留する狙撃弾」は、まさに貫通力を付与したもので、それが自然に生成されるのはまさに奇跡と……」

 

「……シエル、一応言っとくぞ。あんまり、簡単じゃねぇ……」

 

大分勉強したのである程度はわかる。

しかし、どうも頭がついていかない。

シエルの言う簡単とはどこまでをさすのかわからないが、流石にこれは難しい。

まぁ、簡単にと言うのが難しい技術なのだろうが。

レイが苦笑しているをのをみて、シエルは少し困ったような顔をした。

 

「あ……すみません……要するに……そうですね、例えば、「複数の敵を貫通し、かつ、その全てに爆発を与える」。そんな、今まで実現できなかったバレットができるかも……ということなんです」

 

「ほぉ……強そうだな、それ。エディットはできないんだっけ?」

 

「そうですね……ブラッドバレットもいくつか入手できたので是非、そうしたいんですけど……ブラッドバレットのモジュール結合が、固定化されていなければエディットできるらしいんです。でも、あまりにも強固な結合なので、今までの方法ではモジュールに、分解できないみたいなんですよね。リッカさんが、「絶対壊れないタワーシールド」みたいだって嘆いてました……」

 

「「絶対壊れないタワーシールド」、ねぇ……。あ……矛盾、みたいだな」

 

「えっ……?」

 

ポソ、と呟いた一言に、シエルは眼を丸くした。

レイはほんの冗談のつもりでシエルに説明してやる。

 

「矛盾だよ。知らねぇ?何でも貫ける矛とどんなものでも貫けない盾、それをぶつけ合わせたらどうなるかって話。絶対に壊れないものと壊れないものが同時に存在すると辻褄が合わなくなるっていうやつ」

 

「あ……ブラッドバレット同士を……衝突させる……」

 

「ん、なんかひらめいたのか?」

 

「あ、あの!ちょっと待っていてもらえませんか!今の話、すぐに試してみようと思います……すぐに戻ってきますから!」

 

そういうなり、シエルはラウンジを飛び出していった。

さっきのは本当に冗談のつもりで言ったので、何かヒントになるようなことではないだろうし、どういうことなのかさっぱりわからない。

待っていてくれと言われたので、さて次は一体どのブレードの素材を集めようかなどと割とどうでもいいことを考えて待つことにした。

しばらくすると、シエルが全力ダッシュでラウンジに飛び込んできた。

レイにぶつかる寸前で九ブレーキをかけ、荒れた息を落ち着かせる。

 

「はぁ……はぁ……できました……」

 

「ああ、うん……お疲れ」

 

「2つのブラッドバレットを、射出してぶつけ合わせました……いくつかは破損してしまったんですけど……ブラッドバレットを構成していた「変異モジュール」の抽出に成功したんです……!ブラッドバレットが……カスマタイズできるようになったんです……!」

 

「おめでとう、よかった……な!?」

 

「君は……ホントにすごいです……」

 

ガバッと。

シエルが抱きついてきた。

突然の出来事に、レイはパニックに陥っていた。

なにか柔らかいものが体に触れている。

鼓動と呼吸が一気に早くなる。

 

「……あ、の……シ、シエル……?」

 

「あ……ごめんなさい!ちょっと……我を忘れました……ありがとう……ございます……」

 

パッとシエルはレイから離れた。

その顔は、少し赤らんでいる。

 

「あの……さっそくこのバレットを試したくて……仕方がないんですけど……」

 

「ああ、わかってる。行こうぜ」

 

そうは言うものの、シエルの顔が見れない。

必死になって何故か荒れた呼吸を落ち着かせるが、どうもうまくいかない。

今、どんな顔をしているのだろう。

きっとひどい顔をしているに違いない。

 

「君にはありがとうとしか言えないけど……何度でも、言わせてください……ありがとう……!……あの、どうかしましたか?」

 

「……す、すぐ元に戻るから……ちょっと待ってくれ……」

 

想定外のことには、滅法弱い。

自分がそういうやつだということを、レイは今この瞬間理解した。

 

ーーーー

 

黎明の亡都に、2つの銃声が響く。

一つは感覚を開けずにひたすらなり続け、一つは感覚を少しづつ開けながら。

音の主は、レイとシエルの2人組である。

今回は、ブラッドバレットがカスタマイズできるようになった記念のようなものなので、2人で銃のみでの戦闘を行った。

違いに背中をあずけあっての銃撃戦。

レイが弾幕を張り、シエルが敵のコアを確実に打ち抜く。

OPが無くなる頃には、すっかりアラガミの群れは全滅していた。

帰投準備に時間がかかるようだったので、二人はその場に腰を下ろす。

ふと、シエルがつぶやいた。

 

「最近、気づいたんですけど……私……君に、いっつも謝ってばかりなんですよね……」

 

本当に小さなつぶやき。

しかし、レイの耳はそれをしっかりと捉える。

 

「そんなことねぇと思うけど……急に、どうした?」

 

「ごめんなさい……あ……フフッ……」

 

クスクス、とシエルが笑った。

 

「多分……君にはいつも、「もらってばかり」だ……って、自分が思い込んでるからなんです……ブラッドに編入されたばかりで、馴染めなかった頃に声をかけてもらって……あの時、命令を無視してまで、助けに来てもらって……「血の力」に目覚めさせてもらって……そして……何より……」

 

す、とシエルが顔を逸らす。

 

「最初の友達に、なってもらって……もらってばかりだから、つい謝っちゃうんだろうな……って」

 

「そ、んなこと……ねぇよ。俺も、シエルに色々もらってる」

 

「フフッ……ちょっと前の自分なら、自信が無くて……多分理解できなかったけど……ブラッドバレットを一緒に作り上げた今なら……その言葉がどれだけ素敵なものなのか……よく分かります……」

 

シエルが優しく微笑んだ。

それをレイは、素直に可愛いと思った。

 

「ブラッドバレットは、バレットエディットの可能性を飛躍的に広げる、技術革新のようなものです。この技術をより深く理解し、多くの人に広めていくためには……君の力が必要不可欠なんです。ですから……私は、これからもずっと君と一緒に……ブラッドバレットの研究を進めたいです……付き合ってくれますか?」

 

「……ああ、勿論だ」

 

「そう言ってくれると、思ってました……ありがとう。私は……あなたにもらった以上の物を返していきたいと思っています……だから……そうですね……向こう100年ぐらい……ずっと仲良く……してくださいね」

 

(思ったより重い……!ま、いいか)

 

レイは優しく微笑みながら、差し出されたシエルの手を握り、握手を交わした。




第23話です。
初の!10000字超え!
こんなところで10000字超えって。
原因はレイの見た悪夢なんですけどね!
あそこで変なスイッチが入りました。
反省はしている、しかし後悔はしていない。
シエルさんに抱きつかれてパニックに陥ったレイが書けて良かったです。
これがきっかけになるといいな。
さて、次回は我らが誤射姫回だ!
それでキャラエピ消費回は終了の予定です!
感想、お待ちしています。


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第24話 教官先生と誤射姫

第24話。
我等が誤射姫様のキャラエピパート。


その日は久し振りの休日で、遅めの朝御飯を食べようとレイがラウンジに入ると、ハルオミがカノンと何がをやっていた。

 

「……いいか、物陰からよく狙え。そのままミッション終了まで、ずっと狙い続けるんだ……」

 

「でも、積極的に動かなかったら、やられてしまいますよ?」

 

「うーん、まいったな……」

 

「……何やってんだ、あれ」

 

ムツミに簡単な朝食を作ってもらい、それを頬張りながらレイはジト目でハルオミを見た。

物陰からよく狙うのはいいが、終了まで狙い続けてどうするのか。

そんな事をしたら、同行メンバーに何しにきたんだと怒られてしまう。

 

「ま、俺にゃ関係ねぇか。ありがと、ご馳走さん」

 

すっかり空になった器をムツミに返し、レイは席を立った。

ふと視線を感じ、ちらりとそちらを見ると、ハルオミがジッとレイの方を見ており、一瞬だが視線が合ってしまった。

 

「……っと、そうだ!おーい、ちょっとこっち来てくれ!」

 

そう声をかけられ、レイは咄嗟に逃げようかと迷ったが、流石にそれは失礼すぎると思い、軽く溜息をつきながらハルオミの方に向かう。

猛烈に嫌な予感がする。

 

「この前ミッションに行ったから知ってると思うが、こちらはブラッドの副隊長!」

 

「あ、どうも、私は……」

 

「この子は第四部隊の精鋭、台場カノンちゃんだ」

 

カノンの名乗りを遮ってハルオミが言った。

 

「はぁ、知ってますが」

 

「えっ……と、あの、精鋭でもないのですがご紹介に預かりました、台場カノ……」

 

「うん、いいぞ!ベストな組み合わせだ、俺の目はごまかせない」

 

雲行きが完全におかしい。

思わず逃げ出そうとするが、ハルオミがしっかりと肩を握ってくれているので動けない。

 

「あのな、カノン。隠してたわけじゃないんだが……この人が、今日から君の教官だ!」

 

「ええっ!?」

 

「んなぁ!?」

 

レイは驚きに眼を丸くした。

一体全体どういうことなのか。

 

「教官の言うことをよ〜く聞いてブラッド流の戦闘術を教えてもらえ……お前ならできるさ」

 

「で、でも、ハルさんが私の教官という話では……?」

 

「フッ……俺なんかが教えることは、もう、無いんだ」

 

ハルオミがフッと遠い目をした。

が、そんなことで任されるなどたまったものではない。

慌ててハルオミに食らいつく。

 

「待て待て待て!それはあんたの責任転嫁だろうがっ!」

 

「じゃ、任せたぜ!」

 

「あああ待て!オイコラァ!」

 

爽やかな笑顔を残し、ハルオミはやり遂げた感を全身で表しながらラウンジから出ていった。

レイの声など、きっぱり無視して。

あとには、何がなんだかさっぱり分かっていないという顔のカノン、全力で巻き込まれたレイだけが残される。

 

「あの……いまひとつ、状況が飲みこめませんが、ハルさんもああ言ってますし……」

 

「奇遇だな、俺も飲みこめてねぇ。まぁ、アドバイスくらいならなんとかなる……かなぁ……」

 

確かカノンは第一世代神機のブラストだったはずだ。

レイが使用するのは第三世代神機のアサルトで、ブラストなど使ったことはない。

アドバイスすらできないような気がしてならない。

 

「はっ、はいっ……!えーと、それでは……!本日から、教官先生について行きます!不束者ですが、どうぞよろしくお願いします……!」

 

「……あー、ついてこなくてもいいから……」

 

「早速ですが、私、面談をした方がいいと思うんです。今後の方針とか、色々……!」

 

「あー、うん、じゃ、あそこでやろうか……」

 

ひとまず、カノンを連れてモニター前のソファに向かい合わせに座る。

 

「では、本日の面談、よろしくお願いします!」

 

「で、何が聞きてぇの?」

 

「あ、なるほど……そうですねぇ……」

 

少し、カノンは考えるような素振りを見せて、顔を上げた。

 

「何を聞いたらいいのか、分かりません!」

 

「だったらなんで面談したいって言ったんだよ!意味ねぇだろうが!」

 

「あっ!そういう意味ではないんですよ!」

 

思わずカノンの頭を叩きそうになった。

しかし、カノンも一応先輩である。

グッとこらえ、カノンの話に耳を傾ける。

 

「私はどうも、戦績がよろしくなくてですね、頑張ってはいるんですが、結果を出せなくて。でも何がダメなのか、自分でもよく分からないんです。きっと、この仕事に向いてないんじゃないかと……」

 

「一個聞くけどさ、カノンさ、自分の誤射に気付いてる……?」

 

レイは一番気になっていることを聞いた。

前回ハルオミの謎探索に付き合った際に酷い目をみたからである。

もしも、カノンが誤射に気がついていないのならば、この後かなり厄介なことになる。

 

「確かに私の射撃の腕は、優秀じゃないですよね。それは、なんとなく分かります。タイミングも悪いんです。射線上に味方がいたり、アラガミが勝手に動いたり……!」

 

「……それ、タイミングの問題じゃねぇな。アラガミは勝手に動くものだぞ……」

 

わかっていた。

わかっていたが、それを違う方向に解釈していた。

これはこれで、厄介極まりない。

 

「ええ、分かります。……つまり、「よく見て当てろ」という、そういった、寝る子は育つ的な、基本に返れと言う事ですね!?」

 

「え、あ、まあ……うん?」

 

「すごく勉強になります!教官先生、ありがとうございました!では、早速ミッションに行きましょう!」

 

何故か勝手に物凄くポジティブに解釈され、レイは苦笑いを浮かべる。

準備してきますね、とカノンが立ち去ったあと、レイはため息をついて頭を抱えた。

 

「うん、俺もう無理な気がしてきた……」

 

ーーーー

 

カノンが受けていた任務は、小型アラガミの討伐という簡単なものだった。

カノンがどの程度出来るのか確認すべく、普段よりも突っ込まずに相手をしたのだが、一向に射撃が行われない。

たまに発射されるバレットは、何故かレイの方に飛んでくる始末である。

前門の虎後門の狼とはこういうことを言うのだなと実感した瞬間である。

何とかアラガミの攻撃とカノンの砲撃を裁き切り、ミッションを終えた。

 

「あのっ、どうでしたか!?教官先生の言う通り、よく狙いました!」

 

「いや、うん……もう少し、積極的に攻撃しようか……」

 

なぜか嬉々として聞いてきたカノンに、レイは事実を突きつけた。

流石にこれは酷い。

 

「はあ……ふうー……すみません。帰って、また出直します……」

 

目に見えて落ち込んだカノンを見て、レイは何故か罪悪感に襲われることになった。

 

ーーーー

 

第二回目のカノンの面談。

窓際のカウンター席で、カノンは遠い目をした。

 

「……昔は、「防衛班」ってところで働いてたんです。出来の悪い新人でしたけど、皆さんによくしていただいて……」

 

ここでレイは首をかしげる。

防衛班なんて聞いたことはない。

来たばかりだから知らないのかもしれないが。

レイをほったらかしてカノンは語り続ける。

 

「そこで必死に頑張っていたんですが、防衛班は再編されるし、新人さんもいっぱい来るしで……いつの間にか、古参兵になってたんですね、私……」

 

「君、古参兵、だったんだ……見えねぇな……」

 

驚愕の事実である。

レイは、自分よりも少し先輩といった位だと思っていた。

予想を裏切って、まさかの古参兵だった。

 

「ええ……時間だけは、勝手に流れて行くんです。いつまでも新人気分じゃダメだぞって、ハルさんにもよく注意されました」

 

「そういや、第四部隊って普段は何してんだ?」

 

「第四部隊は遊撃部隊として、少人数で柔軟な運用を行うとされていますけど……そうそう、それなんですが!」

 

パチン、とカノンが手を打った。

 

「私、やらなくてはならないことがあるんです」

 

「何?」

 

「第四部隊は二人だけなのに、私が足を引っ張ってばかりで……状況を打破するには、ブラストの新機能が……一人で数人分の火力を叩きだす、オラクルリザーブが必要なんです!」

 

「……うわぉ」

 

オラクルリザーブとは、OPを予備領域に貯める、ブラスト限定の技術である。

つまり、他の銃身では扱えないOPを消費する超高火力バレットが撃てたりするのである。

これが一般の神機使いの場合、メリットが大変大きい技術と言えるのだが、カノンの場合、このメリットがデメリットに変わる恐れがある。

普通よりもバレットを撃つことが出来るということは、誤射の確率が上がるということでもある。

多少の誤射はブラストに限らず、その他の銃身でもままあるのでご愛嬌として受け取れるが、元々誤射の多いカノンである。

最悪同行した神機使いがやられてしまう。

 

「だけど、私の神機との相性が悪いのでリッカさんから禁止されてて……でも必要なんです!教官先生の方からリッカさんにお願いしていただけないでしょうか!?」

 

「まあ、一応頼んでみるけど……期待、すんなよ?」

 

「ありがとうございます!あっ、このことは、ハルさんには内緒でお願いします。ビックリさせたいので……さて、ミッションですね!前回の反省を踏まえて、積極的に撃ちにいきますよー!」

 

この後、前回の動かなさを補うほどのバレットの連射を見せ、レイは滅茶苦茶誤射された。

 

ーーーー

 

アラガミからではなく、カノンからの誤射でボロボロになってアナグラに帰投したレイは、リッカの元に向かった。

とりあえず、相談はしてみることにしたのだ。

レイから事のあらましを聞いたリッカは、難しい顔をした。

 

「なんかボロボロだけど大丈夫?うーん、カノンちゃんに、オラクルリザーブかあ……」

 

「……大丈夫とだけ言っておこう。で、どう思う?」

 

「これはオフレコってことでいい?オラクルリザーブを禁じたのは、私じゃなくてハルさん。理由は……分かるよね?」

 

「あー、やっぱりか……」

 

なんとなくそんな気はしていた。

オラクルリザーブは、ブラストなら使える機能。

カノンの神機だけ相性が悪いなんて、そんな事はないだろうと思ってはいたのだ。

 

「オラクルリザーブが実戦配備されたとき、一部のゴッドイーターがカノンちゃんの……例のクセを憂慮して、転属動議を出したんだ。それで、「彼女の神機と、オラクルリザーブは相性が悪い」って禁止にしたのがハルさん、彼女も含めて誰も傷つけないように、ね」

 

ある意味ハルオミの優しさが垣間見えた瞬間である。

これが男だったらこんなことしないのかもしれないが。

 

「でもさ、これは純粋にエンジニアとしての見解だけど……あの子の神機との適合率の高さは、注目に値する。戦い方はともかく、神機使いとしてのポテンシャルは最高だよ。旧型で、どこまで火力が伸びるのか……見てみたい、と思ってる」

 

割と真面目にリッカが言った。

神機整備士(エンジニア)のリッカだからこその見解だ。

 

「今は、レイがカノンちゃんの教官……なんだよね?」

 

「そうらしい……勝手にされちまった」

 

「それなら、決定権は、レイにある。あの逸材を、生かすも、殺すも、レイ次第だよ」

 

「そう簡単に言うなよ……アイツの誤射、滅茶苦茶怖いんだぜ……?あと、犠牲者に恨まれたくもないぞ俺は……」

 

そう、レイが一番心配しているのはここだ。

オラクルリザーブをカノンが使うのは、そこまで反対しない。

しかし、ただでさえ高火力のブラストに誤射される危険性の上に、そのバレットの威力が上がれば上がるほど誤射された時のダメージが大きくなる。

禁止にされているものをわざわざ解除して、被害を被りたくはない。

 

「分かるよ……」

 

ガックリと項垂れるレイに、リッカが同情したような声で言った。

おそらく、リッカはカノンに誤射されてボロボロになった神機使い達を見ているのだろう。

 

「カノンちゃんの成長を見て、決めたらどうかな?そうだ、これ、カノンちゃんに渡して欲しいんだ。チューニング頼まれてたの、終わったからさ」

 

ーーーー

 

結局レイは1日悩み、再びリッカに相談した。

その内容に、リッカは納得するかのように頷いた。

そして翌日、レイはカノンに面談するからとっとと来いと告げ、前々回と同じモニター前のソファに座った。

カノンが来る前にリッカと合流、軽い打ち合わせをする。

そこへカノンがやってきて、二人の向かいに座った。

 

「では、本日の面談をお願いします、教官先生……と、リッカさん」

 

「あのさ、今日のミッションでちょっと見せてほしいものがあるんだ」

 

レイではなく、リッカが切り出す。

打ち合わせた結果、そうなったのだ。

 

「はっ、はい。なんでしょう……?」

 

「禁止された君のオラクルリザーブを、解禁できるかどうか……その資質をね」

 

オラクルリザーブ、という単語が聞こえた瞬間、カノンの顔が目に見えて明るくなる。

 

「ええっ!?私、オラクルリザーブを、使えるんですか?」

 

「待て、早まるな。テストが先だ」

 

今すぐにでもオラクルリザーブを使いそうなカノンを、レイは割と真剣に止めた。

それを聞き、カノンは少しがっかりしたような顔をしたが、すぐに気合に満ちた表情に変化した。

 

「がっ、がんばります!全身全霊を傾け、奮闘することを誓います!で、あの……何か、コツのようなものを教えていただけないでしょうか……?」

 

それを聞くのかよ。

内心で突っ込んだが口には出さない。

 

「回復弾主体、攻撃より、仲間のサポートを心がけるようにしな」

 

「なるほど……!分かりました!支援を、特に回復弾の使用を心がけます!」

 

1日悩んで出した答えは、これだった。

というか、これしかないだろとしか言えない。

撃たれるのが嫌なら撃たれてもいいものに変えたらいいじゃない、という理屈である。

 

「それなら間違いないね。カノンちゃん、応援してるよ」

 

「あ……ありがとうございます。私なんかのために……!やりましょう!やって見せましょう!」

 

ーーーー

 

レイが用意したミッションは、小型アラガミの討伐という簡単なもの。

カノンのテストということで簡単なものにしたのはいいものの、困ったことが発生する。

ダメージを受けないのだ。

ということはカノンが回復弾を使わないということで、テストにならない。

ただでさえダメージをほぼ受けないレイのこと、今回のみバックラー禁止にしたところで全く縛りにもならない。

さてどうしたものかと1人悩んでいると、後ろからカノンの回復弾を受ける。

バイタルはまだ正常だったはずなのに何を、と振り返ると、真剣なカノンの表情が目に入る。

回復弾を主体にして戦闘しろと言ったのはレイだ、カノンはそれを実行しただけ。

もうどうしようもないので、レイは戦法を暴力メインに切替えた。

これならもう少しダメージを受けられる。

少なくともさっきみたいに過剰回復になることは減るだろう。

ということでオウガテイル堕天に全力の回し蹴り、ドレットパイクにパンチを一撃お見舞いした。

蹴りの方はそこまででは無かったが、殴った拳が痛い。

ドレットパイクの外殻の硬さを甘く見た結果である。

 

(逆にしときゃ良かったな、畜生いってぇ)

 

悶々としながら蹴って殴って投げて叩きつける。

ヒバリからバイタル危険域というオペレーションが入る。

どうやら、蹴ったり殴ったりという対人戦法は思ったよりもダメージを食うらしい。

見てみると、手の甲はズルズルに向けて血が滲んでおり、足も傷まみれでおまけに腫れ上がっている。

瞬間、カノンの回復弾が飛んでくる。

タイミングは絶妙である。

たまに回復弾が飛んでくるのを除けば、だが。

討伐を終え、アナグラに帰投してリッカと合流、再びラウンジのモニター前のソファに向かい合わせに座る。

 

「テストは、どうだったでしょうか。努力したつもりですが……」

 

心配そうにカノンが聞いた。

 

「回復弾なら、オラクルリザーブとの相性もいいし、この路線なら問題ないと思うな、私は」

 

「だな。禁止は解除でも問題ねぇだろ。回復弾なら」

 

レイはリッカの意見に同意した。

 

「じゃ、じゃあ……!いいんですね!?あ……ありがとうございます!教官先生!リッカさん!」

 

嬉しそうに顔を輝かせるカノン。

ほぅ、と息を吐き出して溜め込んでいた思いを呟いていく。

 

「ほんとによかったです……ずっと、「明日から来なくていいぞ」って言われないか不安で……皆さん、ちゃんとオラクルリザーブを使いこなしてるのに、私だけ……「窓際族」なんていう変なボキャブラリーも増え……」

 

「……大丈夫?」

 

「……なんか変な追い込まれ方してんな」

 

「すみませんっ!家に電話してきますっ!」

 

ほんの少しだけ同情の目を向ける2人を置いて、カノンは勢いよく走り去っていった。

リッカとレイは顔を見合わして吹き出す。

 

「よかったね。回復弾なら、彼女のクセが出ても丸く収まるし……これからもがんばってね、「教官先生」!」

 

「リッカ、お前楽しんでるな……?ま、やるだけやってみるさ。……どうなっても俺は責任取らねぇ」




第24話です。
今回の誤射姫様のキャラエピパートは、前回に比べると短いですが、まぁ、誤射姫様オンリーでしたので許されると思ってる。
さて、前回も言いましたとおり、キャラエピ消費回はここでいったん終了し、ストーリーに戻ります。
つまり、ここからはナナちゃんエピ!
頑張るぞ!
ところで。
リザレクション体験版、配信の次の日には告知ムービーを見ることが出来ました。
面白い、面白いよぉ!
でも、ブラッドアーツになれてしまった私にとって、ちと厳しい戦いだったりします。
でも。
綺麗になったキャラ達がかっこいいしかわいいし綺麗!
ツバキさんとサクヤさん綺麗だし、リンドウさんとコウタとソーマさんかっこいいし、アリサとヒバリはかわいい。
大満足でした。
早く本編やりたいよぉ!
リザレクション編もやっていこうと思ってるので、始まったらそちらもよろしくです。
感想、お待ちしています。


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第25話 血の暴走

第25話です。
ナナちゃんイベ開始。


「続いて、今期の稼働状況ですが……」

 

「えーと?あ、これか……」

 

レイはシエルに渡された資料をめくる。

現在、ブラッドはジュリウスを除いてシエルの報告を受けていた。

ジュリウスが不在ということで、代わりに副隊長のレイが資料を見ているのだ。

その顔には面倒くさいと書かれており、後ろで見ているギルが呆れたように笑っている。

報告に飽きてしまっているロミオとナナはコソコソと話を始めている。

 

「そういえばナナ、なんかラケル博士に報告があるって言ってたよな?」

 

「うん、ちょっとさ、定期的に……」

 

ズキン、と。

突如走った痛みに、ナナは頭を抑える。

 

「あっ……やば……」

 

「ナナ……?大丈夫か……?」

 

ロミオが心配そうにナナの肩に手を置いた。

そんなナナの異変に、モニターを見て報告を続けるシエルとレイは気が付かない。

報告は途切れることなく続いていく。

 

「あとは先遣隊のさらなる有効活用に関して隊長に相談したいという打診が神機整備士(リッカさん)からありました。この件に関してオペレーター(ヒバリさん)からも同種の提案があったので……」

 

ドサリ、と。

何かが倒れる音がして、シエルとレイ、ギルは振り返る。

 

「……ナナ!?おい、しっかりしろ!!ナナ!!」

 

ロミオの叫び声。

レイが慌てて駆け寄り、ナナを抱き上げ、そのままラボラトリへ駆け込んだ。

 

ーーーー

 

これは一体いつの記憶だろうか。

自分の正面には母が座っている。

目の前の机には沢山のおでんパン。

その一つを口いっぱいに頬張る。

 

「ナナ、おいしい?」

 

「おいしい!ナナ、食べてるときが一番幸せ!」

 

「ナナが幸せっていってくれると、お母さんも幸せよ」

 

おでんパンを頬張るナナの前には、優しい母の顔があった。

母は立ち上がり、家のドアを開ける。

出ていく前に、母はナナの方に振り返った。

 

「お母さん、出かけるね。いつものお約束、守れる?」

 

「はーい!泣かない!怒らない!寂しくなったら、おでんパン食べる!」

 

ナナは手を挙げて元気よく答える。

 

「うん、ナナは本当にいい子。お約束守って、待っててね」

 

「はーい!」

 

フッと場面が変わる。

辺りは一面の銀世界で、寒かった。

目の前で母が倒れている。

身体のあちこちから血を流していて。

私は、ただ泣くことしかできなかった。

 

ーーーー

 

「っ!」

 

ガバッと、弾かれたかのようにナナは起き上がった。

荒い息を整えながら視線を横にずらすと、レイとシエルが座っていた。

2人とも心配そうにナナを見ている。

 

「大丈夫か、ナナ」

 

「あ、副隊長……シエルちゃん……そっか……わたし、倒れちゃったんだ……凄いイヤな夢、見ちゃった……お母さんが……血まみれで……」

 

「もう少し、横になっておいた方がいいですよ?」

 

「うん……ありがと、シエルちゃん。そうするー」

 

シエルに支えられながらナナは再びベットに寝転がる。

ふぅ、と息を吐き出すと、普段はしようとも思わない昔話を始めた。

 

「お母さんが死んじゃって、ラケル先生に引き取ってもらったのすっごい、小っちゃい頃だったからね。色々、忘れちゃったんだけどさ……」

 

「ナナ?」

 

「わたし、お母さんと二人で住んでたの。どっかの山の中で……よく雪が降ってた……」

 

ふと、レイは以前蒼氷の峡谷での任務でナナの言ったことを思い出した。

確かナナは「なんか……懐かしい感じ……」と呟いていた。

あの辺はよく雪が降り、山もある。

もしかしたら、ナナが住んでいたという場所はあの辺なのかもしれない。

 

「お母さん、神機使いでね。あんまり家にいなかったんだけどさ……泣かない!怒らない!寂しくなったら、おでんパン食べる!……ってのが、お母さんとの約束でね。お腹いっぱいになったら、あんまり寂しくなかったし……それに、おでんパンたくさん食べると、お母さんが喜ぶんだ!」

 

「フフッ」

 

「フフフッ」

 

笑顔でナナが堂々と言う。

思わず、レイとシエルは笑ってしまった。

言い出しっぺのナナまで笑っている。

 

「だから……おでんパン食べると、お母さんを思い出して……すごい幸せな気分になるんだ……よっし、もう大丈夫!二人ともありがと!何か、色々しゃべってたら、お腹すいてきちゃった!」

 

幸せそうな表情を見せたあと、ナナは勢いよくベッドの上に立ち上がった。

 

「あまり無理しないようにしてくださいね。一応、ラケル先生に診てもらった方がいいですよ」

 

「了解でっす!ご飯食べてから、ラケル先生のとこ行くね!んー、よく寝たー」

 

ナナが笑顔で伸び上がる。

ベッドからひょいと降りると、ナナはラウンジへと一目散に駆けていった。

 

ーーーー

 

ジュリウスの右ストレートを左手で弾き、顔面を狙って右ストレートを打ち込む。

それはジュリウスの頬をかすめ、ジュリウスはたまらず距離を取った。

 

「ゴッドイーターチルドレン?なんだそりゃ?」

 

レイが口を開く。

さっきまでの組手の間にも、ジュリウスの留守中にあった事を報告していた。

この2人からしたらいつものことである。

こういう時は、だいたいジュリウスから誘われる。

鈍ってしまうから相手をしろと言ってくるのだ。

レイも、報告ついででいいのならと受ける。

滅茶苦茶に打ち合うのだが、一応ルールはある。

先に背中をついた方の負けで、負けたら勝った方の1回分の飯を奢る、これだけだ。

喋りながらこれをすると大層疲れるのだが、慣れとはすごいもので、今ではこれが二人の普通である。

 

「神機使いを親に持ち……生まれながらにして体内に偏食因子を宿した子供のことだ。ハッ!」

 

「うおっと。じゃあナナも」

 

ジュリウスの右蹴りを身をくねらせて避ける。

尚もジュリウスの猛攻は続くが、レイはそれを避けるか弾くかして躱していく。

 

「ああ。特にナナは成長した今でも偏食因子を安定させるため薬を投与しているとラケル先生から聞いている」

 

「へぇ、フッ!」

 

「クッ……!今回の件はメディカルチェックの結果を待つとして……どうした?」

 

低い位置に潜り込んで、突き上げるように右肘を顔面に向けて打ち込む。

ジュリウスは顔をずらして避けたが、僅かに頬をかすった。

 

「いや、ナナは薬とか縁が無さそうだなと思ってたからさ」

 

「……そうだな。とにかく、ナナのミッションについては調整を打診しよう」

 

「OK。セイッ!」

 

「ウグッ!?」

 

ジュリウスの繰り出した正拳突きをしゃがみこんで回避し、その姿勢のまま強く踏み込んでボディブローを当てる。

一瞬動きの止まったジュリウスの腕を掴み、背中から地面に叩きつける。

 

「ッグッ……」

 

「っし、俺の勝ちだな。ジュリウス」

 

「また負けた……」

 

ジュリウスが悔しそうに言った。

レイはニヤリと笑って言う。

 

「今日の晩飯よろしく」

 

ーーーー

 

2人がくだらないやりとりをしている間に、ナナはフライアのラケルの研究室にやってきていた。

ついさっきご飯をたらふく食べ、ラケルの所に来た時にはミッションに行くすぐ前だったりするのだが。

 

「ミッション前にごめんなさいね。具合はどう?」

 

「ときどき頭が痛くなる以外は、いつも通りです。ただ……」

 

ナナは普段よりも少し元気のない声で応じた。

 

「ただ?」

 

「最近、急にお母さんのことが頭に浮かぶんです。だけど……ちゃんと思い出そうとすると、頭が痛くなって……」

 

「そう……お薬は飲んでるの?」

 

「はい」

 

ナナがうつむいて答える。

ラケルは、少し考えると言った。

 

「それなら、きっと……血の覚醒の進行が、影響しているようね」

 

「覚醒……?」

 

不思議そうにナナが顔を上げる。

ラケルは、優しくナナの手を握った。

 

「血の覚醒とは、意志の力の表出。感情を抑えれば、ブラッドの血に目覚める日は来ない……ナナ、貴方は強い子です……恐れずに、過去と、貴方自身に……向き合いなさい」

 

「過去と……わたしと……うっ!?」

 

強烈な頭痛がナナを襲う。

思い出させる昔の記憶。

 

「ナナ、こっち!」

 

「お母さぁん!」

 

「くっ、ここも囲まれてる!」

 

「うわぁああん!うわあああああん!お母さん!お母さぁん!」

 

大好きだった母の慌てた声と、泣き叫ぶ自分。

これ以上は思い出せなかった。

 

「あ……」

 

「大丈夫?」

 

「は、はい……大丈夫、です……」

 

荒げた息を落ち着かせ、ナナはラケルの問に答える。

 

「落ち着いて。無理してミッションに出なくてもいいのよ?」

 

「いえ……行きます」

 

やんわりとしたラケルの静止を振り切り、ナナは立ち上がって研究室から出た。

ナナが出ていった扉を見つめ、ラケルはクスリと怪しく微笑んだのである。

 

ーーーー

 

レイとジュリウス、ロミオはナナと合流し、シユウの討伐のために鎮魂の廃寺にやって来ていた。

因みに、シエルとギルとは別行動になっている。

小型アラガミが集まっているため、これ以上集まる前にシユウを討伐しなければ厄介なことになる。

 

「向き合わなきゃ……」

 

ポツリとナナが言った。

 

「ん?ナナ、なんか言った?」

 

「うん……大丈夫……」

 

小型アラガミを切り裂きながらレイはナナの方を見る。

既に息が荒く、体調も悪そうに見える。

 

「ナナ、無理だと思ったら下がれ」

 

「ロミオー、ナナのフォローの準備しとけー」

 

ジュリウスとレイが2人に指示を出しながら動く。

だが、さっきからナナの動きが鈍い。

 

「ナナ、ほんとに大丈夫なのか?」

 

「うん……逃げないよ……」

 

そういうナナの声は虚ろだ。

ナナ以外の3人に緊張が走る。

 

「……ナナも具合悪そうだし、さっさと片付けて帰ろうぜ!」

 

「大丈夫……頭痛なんて……!」

 

「おーおー、わかったわかった。んじゃー、さっさと突っ込んでくっから、ザコ任せた!」

 

向かってくる小型アラガミの群れを、レイは廃寺の壁を走り抜けることで回避し、シユウに躍りかかった。

シユウの飛び蹴りをジャンプして回避、そのまま天井を蹴って急降下して右片手羽を切り飛ばす。

 

「グギャアアアアアッ!」

 

シユウの叫び声が廃寺に響く。

その口元に、レイのショートブレードが突き刺さる。

なんと、レイは神機を投げたのだ。

 

「るっせえんだよ!耳が痛くなんだろうがこの野郎黙って死ね!」

 

その神機を、以前カリギュラにしたように蹴って中に押し込み、強引に引き抜いた。

ブシャァ、とシユウから吹き出した返り血を浴びる前にバックステップで下がり、木製の床を思い切り踏みつけて跳躍し、シユウの首を切り落とし、コアを抜き取る。

跳躍の際、踏み込んだ部分に嫌な感触がしたのを思い出し、ふと、踏んだところに目をやると、木製の床は踏み抜けてしまっていた。

 

「過去の遺産の一部を損傷、しかし対象の討伐は完了ってとこか。さて」

 

シユウの死骸を放置し、小型アラガミの群れに飛び込む。

飛び込んだ瞬間に1体、踏み込んで別の1体を切り下げ、そのままさらに別の1体を切り上げる。

小型アラガミと交戦し続けているため、皆返り血で服やら顔やらが汚れてしまっていた。

 

「ちょっとさすがに数が多くない……?」

 

「そーだと思うなら体動かせロミオ!後ろがら空きなんだよ!」

 

「えっ、お前戻ってくんのはっやくねぇ!?助かるけど!?」

 

ロミオの後に迫ったオウガテイルをすれ違いざまに切り伏せ、別の個体に襲いかかる。

一向に数が減らない。

たまらず、ロミオがレイに聞いた。

 

「なぁ、あと何体くらい!?」

 

「それを今俺に聞くのかぁ!?まだまだいーっぱいだめんどくせぇっ!!」

 

レイは近寄ってくるアラガミを倒しながら怒鳴った。

いつもならレイならではの第六感である気配の読み取りによって視認に頼らない討伐が可能なのだが、今回は如何せん数が多い。

前後左右何処からも気配を読み取ってしまい、正確に探るのが非常に困難となっており、普段なら分かる個体数などもさっぱりである。

全くもってこの第六感は大事な時に役に立たない。

 

「くっ、キリが無いな……」

 

『さらに複数体のアラガミがそちらに向かっています!現在、第一部隊に応援を要請中……』

 

ジュリウスが顔を歪めながら言った。

ヒバリの切羽詰ったオペレーションの声が入ると、ジュリウスはブラッド隊全員に叫ぶように指示を出した。

 

「総員、各自退避行動を取れ!バラバラでもいい!極東支部に戻るんだ!」

 

これを聞き、ロミオがナナのそばに駆け寄った。

 

「ナナ!ラケル先生から無理しないように言われてるんだろ?」

 

「俺が退路を開く!ナナ、お前だけでも逃げるんだ!」

 

「逃げる……?私だけ……?」

 

ナナはこの一言を何処かで聞いたことがあるような気がした。

途端、頭に浮かんでくる鮮明な映像。

そう、丁度ここのように雪が降っている場所だった。

 

「ナナ……あなただけでも……逃げて……」

 

目の前に血まみれで横たわりながらも、最後までナナを思って死んだ母の姿。

 

「お母……さん……?」

 

ナナは衝撃に目を見開いた。

正直な所、これ以上は思い出したくないが、溢れ出した記憶は、止む事を知らず色鮮やかに次々と思い出されていった。

 

ーーーー

 

目の前には横たわる優しい母。

アラガミの猛攻に耐えきれず、ついに倒れてしまったのだ。

ナナは泣くことしかできなかった。

そこへ、3人の神機使いが現れ、一人の旧型神機長刀型を持った男性がナナに駆け寄った。

 

「大丈夫か!?」

 

その時だった。

数体のヤクシャが現れ、その場にいた全員を囲んだのである。

 

「なっ……!」

 

「囲まれてます!」

 

「馬鹿な!さっきまで影も形もなかったはずだ!おい、オペレーター!どうなってる!」

 

ヤクシャを倒しながらリーダーであろう男がオペレーターに怒鳴る。

オペレーターの困惑した声が各員の無線から響いた。

 

『わ……わかりません!ただ、その地点から、強力な偏食場パルスを確認……アラガミが、そこに向かって……集まっています!』

 

キリがなかった。

片端から切り伏せていくのに、次から次へと湧いて出てくる。

ナナに近付いたヤクシャを切り倒し、男はナナの肩に手を置いた。

 

「大丈夫……君のことは……」

 

しかし、男は最後まで言いきることは出来なかった。

大きな足音を立て、ヤクシャ・ラージャが現れる。

ヤクシャ・ラージャは、その銃口をナナと男に向けた。

 

「ちっ……くっ……くっそおおおおお!」

 

男が絶叫しながらヤクシャ・ラージャに切りかかる。

だが、ヤクシャの猛攻に耐えきれず、1人、また1人と倒れていく。

終わる頃には、未だ泣き続けるナナしか生存者はいなかった。

 

「貴方が……呼んでいたのね……」

 

声をかけられ、ナナは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

そこにいたのは、車椅子に乗って怪しく微笑むラケルだった。

 

ーーーー

 

あの日、大好きだった母が死んだ日の事を思い出し、ナナはガックリと膝を折った。

 

「……私のせいだ。私のせいで、みんなが……お母さんが……!」

 

あの日、自分があの場にいなければ。

あの場に自分がいたから母とあの神機使いの人達は死んでしまった。

自分の力のせいで、みんな死んでしまった。

強い後悔と自責の念から、ナナはついに泣きだしてしまった。

その体から、赤いオーラのようなものが溢れ出ている。

 

「ナナ!?」

 

「!?」

 

『これは……偏食場パルスの乱れが……!』

 

その場にいた全員が驚いてナナの方を見た。

無線からヒバリの驚いた声が聞こえる。

 

「まさか……」

 

『ブラッドαへ、強力な偏食場パルスを確認!さらにアラガミが集まっています!』

 

「血の力か……?暴走している……」

 

「だろうな。ナナ!大丈夫か!」

 

寄ってくる荒神を片端から切り倒して、レイはナナに駆け寄った。

ナナは俯き、まるで子供のように泣きじゃくっている。

 

『第一部隊よりブラッドへ!退路を確保した!……って、まだ生きてるよなっ!?』

 

無線にコウタの声が響く。

第一部隊の応援が間に合ったようだ。

 

「あったりまえだよ!でもナナが……!」

 

『位置情報を送ります、ここまで来られますか?』

 

取り出した通信機に、合流する位置情報が送られてきた。

大して離れていない場所で、なんとか合流することが出来そうである。

 

「ああ、可能だ!救援、感謝する!副隊長、ナナを支えて退避しろ!」

 

「わかってんよ!」

 

レイは、ナナの右側に立ち、無理やり立たせて肩を組み体を支え、早足で歩き移動を始めた。




まず最初に。
遅くなってすみませんでしたああああっ!
私自身、学生という身分でついこの間まで編入試験に追われておりまして、執筆が中々出来ない状態でありました。
楽しみに待っておられました方(いらっしゃると嬉しいな)、お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。
書くペースは今後遅くなるかもしれないですが、最後まで書ききりたいと思いますのでよろしくお願いします!
感想、お待ちしています。


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第26話 幸せの味

第26話です。
ナナちゃん頑張る!


アラガミの群れから逃げるようにアナグラに戻ってくると、ナナはすぐさま何処かに連れていかれた。

どこに連れていかれたかは誰もわからず、ブラッドの面々はただ、ナナの心配をしながら情報が来るのを待った。

しばらくし、ブラッド隊はサカキの研究室に集合した。

 

「ナナ君なら、この奥の集中観察室に匿わせてもらったよ。あそこなら血の力の影響が、外部に漏れる心配もないはずだからね」

 

そうサカキに言われ、レイは奥に見える赤い扉に一瞬だけ目をやり、サカキをにらむ。

 

「……ナナは大丈夫なのか?」

 

「それを説明するために、こうやって集まってもらったというわけさ。そう睨まないでくれたまえ。君たちが血の力を発現するとき、その周囲に強力な偏食場パルスを発生させるんだけど……前回の任務遂行時に、アラガミの異常行動の引き金となった強力な偏食場パルス……これはナナ君から発せられた、推測している」

 

「つまり、ナナさんが血の力に覚醒した、と?」

 

「で、その力がアラガミを呼び寄せた……ってことか」

 

レイの横で、ロミオがギリッと歯を食いしばったのが見える。

というより、ブラッド隊全員が悔しそうな表情をしているのである。

サカキは困ったような笑みを浮かべた。

 

「うん、おそらくはね……。いや……正確には、コントロールする術を知らないまま血の力に目覚めてしまった、と捉えるべきなのかもしれないね。何はともあれ……彼女の精神状態が安定するまでは面会も遠慮してもらった方が、いいだろうね」

 

サカキは、なるべく優しく語りかける。

少し前の第一部隊とブラッドを重ね合わせながら。

 

「なぁに、心配しなくても大丈夫。仲間は信じて待つものさ……そうだろ?」

 

ーーーー

 

ブラッド隊はサカキの研究室からでて、ラウンジのカウンターに並んで座った。

 

「……ナナがいないと、なんか調子狂うんだよなぁ」

 

「ナナさんは小さい頃からずっと……きっと悩んでいたんですよね……」

 

全員が沈黙し、重い空気が漂う中、不意に何かを煮込むぐつぐつという音が聞こえた。

そして、最近おなじみになった香りがする。

 

「……ごめんちょっと突っ込ませて。ムツミちゃんまさかその鍋アレ!?」

 

「うん、ナナさんの元気がでるようにおでんパン作ってるところなんだ」

 

「やっぱり……!」

 

沈黙を破ったのはロミオだった。

ムツミは笑顔でナナのためにおでんパンを作っている。

鍋の中のおでんはとても美味しそうだ。

 

「なん個作ろうか迷ってるんだけど……とりあえず5個もあれば足りる……よね?」

 

この質問に、ブラッド全員が一瞬沈黙した。

そして、すぐさま軽い議論が始まる。

 

「……いやあと2個追加?」

 

「3個だろ」

 

「待ってください。普段のナナさんの摂取量から逆算します」

 

「おーいシエル、ストップストップ、そこまでしなくていい。とりあえず10個くらい作っとけば?余ったらブラッドが何とかするさ」

 

「ふふ、わかった」

 

言い合うブラッドを見て、ムツミはクスリと笑い、おでんパンの作成を再開した。

一度始まった議論はなかなか終息せず、ぎゃいぎゃいと続いていたが、ラウンジに入ってきたジュリウスの手によって収められた。

 

「おまえたち、ナナが心配なのはわかるが、ゴッドイーターとして果たさねばならない務めがあるだろう……早く片づけてナナを安心させてやろう」

 

「……だな!」

 

ジュリウスが優しく微笑みながら依頼書をヒラヒラと振る。

レイとロミオは顔を見合わせ、軽く吹き出してから立ち上がった。

 

ーーーー

 

集中観察室に匿われたナナは、することがないのでベッドに寝転びながら部屋の中を観察する。

真っ白い壁に、幼い子どもが書いたような絵がたくさん描いてあった。

 

「……花、お魚、お肉、メガネ?……女の子?」

 

この壁一面に描かれた絵は一体何なのかを頭をひねりながら考えていると、ズズンッ、と何かが壊れるような音と共に建物が一瞬揺れた。

 

「……えっ!?」

 

思わぬ揺れにナナは立ち上がる。

けたたましいサイレンと共に、放送が鳴り響く。

 

『外部居住区にアラガミが侵入!討伐班およびブラッド隊が戻るまで防衛班は第3防衛ラインまで後退してください。繰り返します……』

 

『聞こえるか、ナナ君!無事かい?』

 

館内放送を遮り、サカキの慌てた声がスピーカーから聞こえた。

ナナは顔を青ざめさせながらサカキに問う。

 

「サカキ博士!これって、もしかして……私のせいじゃないんですか?」

 

『いや、それは明確に否定しておこう。老朽化していた第6外壁からの侵入だよ』

 

即座に否定されたことで、ナナは少しだけ胸をなでおろした。

 

『でも、ナナ君、君はそこで待機しておいてほしい。危険なので、くれぐれも戦場に出ないように』

 

「はい、わかりました……」

 

『それじゃあ、また後で、そっちに行くよ』

 

プツ、とスピーカーの音声が切れ、ナナはうつむきながらベッドに腰掛けた。

放り出していた通信機には、ロミオを筆頭にメールが届いていた。

普段、メールをしてこないレイからも届いている。

それを映し出す画面に、ぽたりと涙が落ちる。

ナナはそれをぐしぐし拭うと、決意を胸に顔を上げた。

 

ーーーー

 

アナグラから一台のトレーラーが飛び出し、外部居住区を走り抜ける。

その運転席には、ナナが座っている。

半ば脱走のように集中観察室から飛び出し、強引に神機を持ち出し、この止めてあったトレーラーに飛び乗ってエンジンを入れ、わざとアラガミの目に付くように運転をした。

血の力が暴走していることもあり、大量のアラガミがトレーラーを追いかけてくる。

運転をしながら、ナナは母を思い出していた。

いつも笑顔で、優しく抱きしめていてくれた母だったのに、なぜ今まで忘れてしまっていたのか。

 

(お母さん、私を守ってくれてありがとう。忘れててごめんね)

 

次に浮かんできたのは極東支部の面々の顔。

みんな優しくて、楽しくて、大好きだ。

そして、ブラッドの面々。

隊長のジュリウス、先輩のロミオ、あとから来たギルとシエル、そして、同期のレイ。

みんなと一緒に入れて嬉しかったし、楽しかった。

 

(私ね、ブラッドも極東のみんなも大好きだから、本当はお別れなんてしたくないよ)

 

トレーラーに突っ込んできたヴァジュラをギリギリで回避し、全速で走り抜ける。

 

(だけど、大事な人が私のせいで死んじゃうのはもうイヤなんだ)

 

決意を胸に、ナナは宛のないまま極東から遠ざかっていった。

 

ーーーー

 

ブラッドがヤクシャの討伐から帰ってくるなり、出迎えたのは3人の釈明という名の弁明だった。

 

「本当にすまない……ナナ君が急に腹痛を訴えたものだから慌てて鍵を開けたら……途端に飛び出していってしまってね……」

 

「神機保管庫にナナちゃんが、突然やってきて今すぐ神機を渡して!って頼まれちゃってさ……彼女、無理やりにでも持っていきそうだったから仕方なく、渡すことにしたんだけど……」

 

「ナナさんが、私のトレーラーに乗ってどこかに飛び出して行っちゃったんですよ!」

 

上からサカキ、リッカ、サツキである。

それを聞いたブラッド隊は、皆が言葉を失って固まった。

 

「ナナ君の血の力は未だ、暴走している。おそらく、それを利用して囮になったんだろう……」

 

サカキが渋面で言った。

レイの後ろでロミオが怒ったような声で呟いた。

 

「あのバカ……ッ!」

 

「廃寺付近でナナさんの反応を確認!」

 

ずっとナナの動向を追っていたのだろう。

ナナの反応を確認したヒバリが叫んだ。

 

「ブラッド隊ただちに現場へ向かう!」

 

ジュリウスの後に三人が続く。

しかし、レイだけは1人反対方向にかけ、ラウンジに飛び込み、ムツミに声をかけた。

 

「ムツミ、ちょっといいか?」

 

ーーーー

 

ムツミから目当てのものを受け取ったレイがヘリに飛び込むと同時に鎮魂の廃寺に向けてヘリが動き始めた。

シン、と重苦しい雰囲気の中、一番に口を開いたのは意外にもジュリウスだった。

 

「……ナナはマグノリア=コンパスでは隔離されていたらしい」

 

「えっ」

 

この言葉に、その場にいた全員が驚いた。

そんな事実は初耳である。

ふと、レイは実地訓練でナナが言っていたことを思い出した。

 

『私さ、ラケル先生の養護施設で育ったから外に出るのって本当に久しぶりなんだよね』

 

「……あれはそういうことだったのか」

 

あの時はさほど気にいていなかったのだが、そういう事だったとは。

 

「私も……マグノリア=コンパスではひとりで訓練を受けていました。ですが、こうしてブラットに配属され今はとても楽しいんです。もしかしたらナナさんもきっと……」

 

シエルが少しだけ微笑みながら言った。

 

「なあ、ナナを連れ戻したらさ、せめて俺達は、あんまり怒らないでやろうぜ。皆が好きだから、足でまといになりたくないからそうしたくなる気持ちも……分かるからさ」

 

「……そうだな。気持ちはわかんねぇでもねぇしな」

 

ロミオの発言に、レイが同意する。

その気持ちは、レイにも経験があったから。

 

「ナナの血の力……アラガミが寄ってくる、って能力なんだろ?」

 

ギルがチラッとレイを見て言った。

レイはギルが何を言いたいのかを察してニヤリと笑ってみせる。

 

「そうらしいぜ。いやぁ、索敵の手間が省ける良い能力だよなぁ」

 

ククッ、という含み笑いとともに皮肉めいた口調で言ってみせた。

それにつられて、ギルも軽く吹き出した。

 

「……困った家出娘を、連れ戻すぞ。いいな?」

 

「了解!」

 

ーーーー

 

トレーラーから降り、ナナは次々に襲い来るアラガミを片っ端からブーストハンマーで倒していた。

しかし、さっきから息も絶え絶え、たっているのもやっとの状態まで追い込まれていた。

数が多いのである。

叩いても殴り飛ばしても数が一向に減らない。

 

「ここから……どうしよう……一体ずつでも……」

 

なんとかヴァジュラを倒し、向かってくるオウガテイルに目を移す。

既に、一体のオウガテイルは眼前にまで迫ってきていた。

 

「お母さん、私……みんなを守りたいんだ。だから……力を貸してね……」

 

微笑みながらナナは言った。

飛びかかってきたオウガテイルをたたき落とすためにブーストハンマーを構える。

だが、そのオウガテイルを落としたのは、ナナのブーストハンマーではなく、誰かの放ったバレットだった。

 

「ああ、力を貸そう」

 

今この場で聞こえるはずのない声が聞こえ、ナナは驚いてそちらに目をやった。

ジュリウスとレイ、ロミオの3人がその場に立っていた。

 

「みんな……!?なんできたの!?私のそばにきちゃダメだって!!」

 

ナナは焦りながら叫んだ。

これでは、飛び出してきた意味が無いではないか。

ジュリウスはナナに駆け寄ると、微笑みながら言った。

 

「偉いぞ、ナナ。よくアナグラを守ってくれた」

 

ナナはグッとこみ上げてきた感情を押さえつける。

そんなこと言われるようなことはしていない。

耳につけた無線機に、シエルとギルの声が響いた。

 

『でも、ナナさん。単独行動は……良くないですよ?』

 

『こちらブラッドβ、こっちはなんとかなりそうだ!』

 

ブラッド全員が、この場にやって来ている。

飛び出した自分のために。

 

「みんな……」

 

「いってぇぇっ!」

 

オウガテイルの攻撃によって、ナナの足元にロミオが転がってきた。

 

「ロミオ先輩!大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫!どんだけ敵が来たってさ、ブラッドなら余裕だよ!」

 

ヘヘッ、とロミオは笑う。

そして、ナナに優しい笑顔を向けた。

 

「だから、ナナは……泣きたいときに、思いっきり泣けばいいよ」

 

「……」

 

「よっしゃ!もいっちょ行ってくる!」

 

ヴェリアミーチを振りかぶり、ロミオはオウガテイルに向けて走り出す。

それを見送るナナの肩に、誰かがそっと触れた。

見ると、そこにはレイが立っていた。

 

「レイ……」

 

普段とは違う穏やかな顔で、レイは1度だけ頷くと、ジュリウス達に合流すべくアラガミの群れの中に飛び込んでいった。

ナナは一人、こみ上げそうになる涙をこらえ、コラップサーを強く握りしめる。

 

「ありが……とう……戦うよ……みんなと一緒に……」

 

その瞳に再び強い決意を宿し、ナナは地面を蹴った。

 

ーーーー

 

新たに乱入してきたヴァジュラを倒してなんとかエリア内のアラガミをすべて駆逐し終わり、ブラッドはナナの周りに集まっていた。

 

「みんな……ありがとう……でもさ……ほら……私、また……こんな風に迷惑かけるかもしれないから……」

 

うつむきながらぼそぼそと言うナナに、ロミオが少し怒ったような口調で怒鳴った。

 

「ばっか!そんなこと気にしないで、泣きたいときには思いっきり泣いたらいいんだよ!」

 

「帰りましょう、ナナさん」

 

シエルがナナのそばに寄って、優しく言った。

ナナの体が小刻みに震える。

涙が零れそうになるが必死にこらえる。

そのせいで自然に神機を握る手にも力が入った。

 

「でも、でも……!」

 

「ほら」

 

涙で潤んだ目の前に、見慣れた物が差し出された。

アルミに包まれたそれは、大好きな母との思い出の詰まったおでんパンだった。

 

「あー、悪ぃ、ちょっと崩れてるな。腹減ってるかと思ってムツミにもらってきたんだが……」

 

拙ったなぁ、とレイが苦笑した。

そんなレイと、母が重なる。

 

「ナナがね、これ食べて、幸せって言ってくれると……お母さんも幸せなの」

 

そう言って母は笑っていた。

その顔と今のレイの顔は同じだ。

 

「帰るぞ、ナナ」

 

差し出されたおでんパンをそっと受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。

馴染み深いそれは場所が場所なだけに冷たい。

 

「えへへ……冷めちゃってるよ……」

 

ほろり、と涙が落ちた。

もう、堪える事はできなかった。

 

「でも、おいしい……すごく……おいしいよ……ありがとう……」

 

ポロポロ涙をこぼしながら、ナナはブラッドの面々に笑顔を見せる。

そんなナナを、皆が微笑みながら見守っていた。

 

ーーーー

 

鎮魂の廃寺から帰投したブラッド隊は、怪我まみれですぐさまラボラトリに連れていかれ手当を受けた。

その後、ラウンジに集合し、ナナの復活を祝うささやかな会が執り行われた。

そこにはサカキ、救援に駆けつけてくれた第一部隊を招き、ちょっとした打ち上げのようになっていた。

 

「んー、おいしー♬」

 

ナナは用意されたおでんパンを両手に持ち、口いっぱいに頬張る。

誰が見てもとても幸せそうな顔だ。

 

「ナーナ!おでんパンばっか食ってないで俺のパスタも食ってみろって!うまいから!」

 

「無理強いすんなロミオ。好きに食わせてやれよ」

 

カウンター奥、普段ならムツミが立っているその場所には、ロミオ、ギル、レイの3人が立っており、料理を作っている。

ムツミは、他のメンバーと一緒にカウンターに座って料理を食べていた。

 

「ギルさんおでんパン2個追加だよー」

 

「まだ食うのかよ……」

 

「ギル、おでんできあがってるから串に刺して挟めー」

 

皿に盛り付けられたおでんパンがみるみる内に無くなり、ムツミから追加の注文が入ると同時にレイはおでんを煮ていた鍋の蓋を開け、ギルと場所を交代し、別の調理に取り掛かる。

 

「朗報だよ、ナナ君を集中観察室に匿う必要はもう無くなった。安定しているし暴走する心配はもう無いんじゃないかな」

 

「そうですか……」

 

ジュリウスの隣に座ったサカキが笑顔で言った。

それを聞いたジュリウスはホッとした表情を見せる。

 

「へへ……私の血の力は「誘引」っていう……私にアラガミを引きつける能力だったんだって。でももう制御できるから大丈夫だよ!」

 

「そう、この血の力は単に彼女を囮にしてしまう可能性があることも忘れないでくれよ?」

 

「もちろんです」

 

血の力「誘引」。

今回の騒動の原因となった力だが、コントロールできるようになったとあればかなり使える力である。

リスクもあるがリターンもある力だ。

 

「ま、ナナんとこ行く前に俺らでちょちょーいと片しちゃうしね」

 

「その前におまえの被弾率をどうにかして欲しいもんだな」

 

「んだと!」

 

「おいコラこんな狭いとこで喧嘩すんな。ギルも一々言ってやんなよな」

 

ロミオの軽口にギルが厳しく突っ込む。

そして、ロミオとギルが言い合いになって、レイが呆れながら止める。

そんな何時ものやりとりに、ナナはアハハ、と笑った。

 

「任せてくださいロミオ。訓練のプログラムなら私が作ります」

 

「え、あ、うんっ」

 

思わぬところでシエルが真面目に会話に混ざり、ロミオが少し戸惑った。

これもいつものことだ。

おかしくて、笑えて、楽しい、いつもの感じ。

 

「というわけでー、こらからはガンガン戦って返しちゃうよ!期待しててー!」

 

バッと右手を上げ、ガッツポーズをとった。

その顔は、今までにない笑顔だった。

レイはそんなナナを見て微笑みながらナナの前におでんパンの乗った皿を置き、そのほかの面々の前にはパスタの乗った皿を置いた。

 

「ホイ、次上がり、残すなよ」

 

「君は料理もできるんですね」

 

「ま、ね。なんでも自分でやってきたから、その産物だな」

 

別の食材を切りながら、レイは答える。

切り終えると火にかけたままの鍋をチェックし、その隣で切った食材を炒め、ソースを炒めながら作る。

レイが1度に3つほどの作業をこなしているのを見て、ナナとシエルは何故か目をキラキラと輝かしている。

 

「へー、レイは器用だねぇ」

 

「やりゃあ誰でも出来るさ、余程の不器用じゃねぇ限りはな。やりたいならやってみな」

 

この言葉に、コウタが苦笑いを浮かべた。

 

「コウタどうした?」

 

「いや、うん……はは、ははははは……」

 

「?」

 

何のことやらわからないが、もしかしたらかなりの不器用がいるのかもしれない。

まあ、そんな不器用でもレシピに忠実で余計なアレンジなどをしなければ、余程のことがない限り食べられないものはできない、とレイは勝手に思っている。

新作とかでない限りは、だが。

 

「あ、隊長おでんパン食べてない!」

 

ふと、ナナがジュリウスの方を見て言った。

そして、目の前のおでんパンをジュリウスに笑顔で差し出した。

 

「はい!このおっきいのあげる!おいしいよ!」

 

ジュリウスはフッ、と笑い、ナナからおでんパンを受け取った。

 

「ああ。ありがとう、ナナ」




ナナエピおわったああっ!な26話でした。
こういうノベライズは自分の主観が交じるから難しいと私は思うのですが、うまくやってらっしゃる方はどうしてるのでしょうね?
是非とも聞きたい。
さてさて、レイ君が料理しました。
これからもやるでしょう、きっと。
次回は、ナナキャラエピを消費しつつ、ロミオエピに入っていきます。
ああ、近付いてくるあのシーン……。
感想、お待ちしています。


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第27話 ナナの手料理と発明

ナナのキャラエピ回。
ナナちゃんの暴走。


「あ、ちょっと時間あるかなー?」

 

ロビーでナナに呼び止められ、レイはターミナルを弄る手を止めた。

 

「んあ?あるけど、どうしたナナ」

 

「ムツミちゃんが料理するとこ、じーっとみてたらさ、作り終わった後で……「余った材料で好きに料理していいよー」って、言ってもらってね……生まれて初めてお料理に挑戦してみたんだー」

 

「ほー、何作ったんだ?」

 

レイは、おでんパンを作るのは料理には数えないんだな、と内心でつっこんだ。

言わなかったが。

 

「へへ……と、いうわけで完成したものがこちらになります!この喜びは、絶対に分かち合いたいと思って!はい!」

 

ナナの笑顔とともに差し出されたのは、レーションだった。

しかし、その色は赤と緑という毒々しい斑模様、何をどうすればこうなるのか、レイには理解出来なかった。

 

「これ……は……一体……?」

 

「イチゴ香料と、砂糖っぽいもので、レーションに味付け……って、とこまでは、何となく覚えているんだけどねー。まあ、まあ、ぐいっと……さあ!」

 

ナナが笑顔でレイにレーションを渡した。

レイはゴクリと唾を飲み込むと、意を決してそれを口に放り込んだ。

 

「お、おう……ん……ぐぅ、あ……」

 

「あれ……どんな感じ?」

 

口に入れた瞬間、苺の香りが広がり、仄かな甘みが感じられた。

レーションの効果であるスタミナの回復は起きた感覚がある。

しかし、その後とんでもない悪寒に襲われ、レイは自身の顔が青ざめ、血の気が引き変な汗が吹き出しているのがわかった。

これは、ザイゴートやラーヴァナ、サリエル等と戦った時に時々食らうことのある毒の感覚だ。

薬効を言うとするならばスタミナ回復の代償にヴェノム状態になるレーション。

どんな冗談だ笑えない。

 

「何か……変な汗が……眠気が、飛ぶなこれは……」

 

「えーと……うん、だいたい狙い通りの味が出せたね!ちょっと、刺激的で、ほんのり甘くて……って感じの」

 

すぅっと毒の抜ける感覚があり、レイはプハァ、と息を吐いた。

味はそれでもいいかもしれないが、何処をどうしたらヴェノム状態になるレーションを作れるのか。

さっぱりわからない。

 

「これ、むしろアイテムだよな」

 

「えー、まあ……良薬は口に苦しって言うから……確かに、アイテムみたいなとこもあるかなー?」

 

良薬ではない、これは毒だ。

レイはそう言いたくて仕方がなかった。

 

「よっし!リッカさんのとこに、ちょっと行ってみよう。ありがとう!自信ついたよー、んじゃ、またねー」

 

グッ、とガッツポーズをすると、ナナはレーションを持ってリッカの元へ向かっていった。

 

「……後でリッカに怒られるかなこれは」

 

止めようと伸ばした手を引っ込めながら、レイは苦笑してため息をついた。

 

ーーーー

 

「前に作ったレーション、リッカさんに試食をお願いしたんだけど「遠慮しておくよ」って断られちゃってさ……」

 

先日のレーション、通称「ヘビイチゴ錠」を試食してから数日、レイは再びナナから相談を持ちかけられた。

あのヘビイチゴ錠をやんわりと断ったリッカは流石だとレイは思った。

 

「でもね、リッカさんすごいんだよ!食べなくても使った素材、全部当てちゃったんだから!」

 

さすがリッカ。

流石過ぎて笑えてくる。

しかし、あれをゴッドイーター以外の人間が食べたらどうなるかを想像すると、かなりの惨状が目に浮かぶ。

 

「それでね、色々アドバイスをもらってきたの。いくつか素材集めが必要なんだけど……手伝ってもらえないかな?」

 

「うん、いいぜ。行こう」

 

リッカのアドバイズをちゃんと理解していることを信じ、レイはナナと素材を集めに行った。

何故食べ物に素材がいるのかよくわからないが、とりあえずアラガミを倒していく。

倒したアラガミから、嬉々として素材を回収するナナを見て、レイは苦笑いを浮かべた。

帰投し、アナグラに戻った来るなりナナはリッカの元へ駆けていき、用が済むと先にラウンジに戻ってきていたレイの元へ戻ってきた。

相変わらず元気である。

 

「今度は、メロンソーダ味の回復錠なんだけどね。明後日にはできるって、リッカさん言ってた。あー、楽しみだなぁー」

 

「でも、味付けになんで素材がいるんだよ。どうやって使うんだ?」

 

「えっと……確かね……味をつける材料と、特別な方法で混ぜるんだ、って。そもそも神機使いが戦場で使って、すぐに効果が出る物はだいたいオラクル細胞由来のものですよ、って言ってたなー」

 

まあ、リッカが言うならそうなんだろう。

ナナがいうと何故か異常なほど実験チックに感じる。

 

「で、詳しいことはわかんないけど、普通の香料とか甘味料って回復錠の成分と相性が悪くて、そのままじゃ使えないんだって。あ、あとリッカさんが私に、才能あるって言ってくれた!普通の研究じゃ、絶対にたどり着けない境地です、って!」

 

「それは良かったっつーのかなんというのか……アイテム作りの才能だよな?」

 

「ノンノン、料理も一種の科学実験なんですよ!……って、サカキ博士が言ってた!」

 

あのオッサンいらん事を吹き込みやがって。

レイは咄嗟にそう思った。

 

「さてとー、それじゃあ次は何の味にしよっかなー。あと、回復錠以外のアイテムも、いろいろアレンジしたいんだー。良い案が浮かんだら、また来るからね!」

 

ーーーー

 

「あれ以来、新しいお料理にはまっちゃってさ!ムツミちゃんから調味料を借りて、色んな味付けを試してるんだー」

 

前回のメロンソーダ回復錠の1件から数日後、レイは再びナナに相談を持ちかけられた。

そろそろアイテムから離れて欲しいが、本人が楽しんでいるならまあ、それはそれでいいのだろう。

犠牲者が出ない事を祈るばかりである。

 

「それでね、今回も回復錠をベースに作ってみたんだけど……ふっふっふ……今度は、回復錠であって回復錠にあらず!」

 

「また変なものを……食い物……なんだよな?」

 

「当然、ちゃんと食べられるよ!食べ物は粗末にしちゃいけないんだから!お楽しみはこれから!今から少しだけ、時間取れるかな?」

 

「……いいぜ」

 

その調理こそ食べ物を粗末にしている、と突っ込みたくて仕方がない。

言ったところで無駄なことは分かっているけれども。

 

「やった!実はね、この前のヘビイチゴ錠、さらに改良してみたんだー。美味しいうえに、健康にもいいと最高だよね!って話になってビタミンとかそんな感じの、栄養素もプラスすることにしたの!」

 

ほぉ、とレイは頷いた。

案外、まともな線を行っているのかもしれない。

 

「でね、更に、日々の潤いも足してみよう、ってサカキ博士と相談して……できたのがコレ!」

 

「意外と普通だが……リッカに止められなかったのか?」

 

「えっ?リッカさんは知らないよ?サカキ博士が、リッカ君には内緒だよ、って言ってたから……」

 

「あのおっさん……」

 

サカキの名前が出てきたことで、不安が一気に膨らんた。

しかも、リッカはノータッチ。

不安でしかなかった。

 

「で!これね……「ナンクルナイザー」っていって、おみくじみたいな、回復錠なんだー。一見するとただの回復錠なんだけどパクっとお口に放り込んでみると……これは……ココナッツ味!みたいに、食べてみるまで何の味かはわからないし……しかも、効果もまちまちで……まさに、アタリかハズレか運試し、って感じなんだー」

 

「ほー。またなんというか面妖なもんを作ったな」

 

「ちなみに、ココナッツ味は体力とOP回復だから中吉だねー」

 

今回の全容はおみくじ回復錠、ナンクルナイザー。

実戦には使えないだろうなぁ、とレイはぼんやりと考える。

実戦でハズレを引いたら、別の意味で戦闘続行不可能になる気がした。

嗜好品という過剰回復アイテム。

しかもハズレあり。

それなりに笑えない。

 

「……だけどね、これはまだ未完成なの。一番大事な味……ハズレのやつがまだ出来て無くて。これから素材を取りに行きたいんで手伝ってもらえないかなー、と……」

 

「うーん、ま、いいぜ。案外面白そうだ」

 

「ありがとー!今回はグボロ・グボロの素材がいるんだよね。早く集めて、完成させなきゃなー」

 

「え……」

 

「そうそう、出来上がったら、皆で試食会しよう!楽しみだなー」

 

ナナは非常に楽しそうだが、素材がグボロ・グボロだと聞き、レイは少し引いた。

ハズレがとんでもない事になりそうである。

 

ーーーー

 

グボロ・グボロを倒して2日後、ナンクルナイザーが完成したとのことで、レイはラウンジに行った。

そこには、当事者のナナ、シエル、エリナ、カノン、アリサ、エミール、コウタが集まっていた。

試食会という名の実験会に招かれたようで、既にナンクルナイザーを手にしていた。

 

「じゃあ、皆さん!ささ、ぐいっと!」

 

「……これが例の?」

 

エリナがそれをまじまじと見ながら言った。

その横で、カノンが不安そうにナナに視線をやる。

 

「そのとおり!ナンクルナイザー!」

 

「この前のは美味しかったですけど、これは……何味かわからないんですよね?」

 

「まぁあ、この前もうまかったし、これもいけるんじゃん?」

 

「これは……かなり、期待できそうじゃないか!」

 

何故か男性陣はノリノリである。

ノれていないのはレイくらいだった。

 

「それじゃあ、皆さん、1粒ずつとりましたかー。何味が出るかは、お楽しみ!じゃ、いっただきまーす!」

 

ナナ以外が一斉にナンクルナイザーを口に放り込み、首をかしげる。

自身が食べたのは何味なのかを考えているのだ。

 

「……どう?」

 

「これ……あまいですね……マシュマロみたい……」

 

「あー!これおいしい!なんだろ……メロンソーダかなぁ?」

 

ひとまず女性陣はアタリの様である。

その横で、エミールが目頭を抑えている。

ハズレを引いたのだろうか。

 

「おおお酸っぱい!実に、酸っぱいぞこれは!!」

 

「あ、それきっと梅干しだね!ここ極東地域の、伝統的な食べモノだよー」

 

「伝統……ならば受け止めなくては……これが……伝統の味ッ……!」

 

ナナの中ではハズレではないのかもしれないが、ある意味ハズレのような気がする。

酸っぱさに閉口しているエミールにレイは内心で同情する。

いや、リアクション的にはアタリなのかもしれない。

 

「なんでしょう、不思議だけどやさしい味……あ、コーンスープですね!」

 

「うーん、ほろ苦い風味……ブラックコーヒーですか……」

 

中々に女性陣、引きが強い。

レイは少しだけホッとした。

 

「マシュマロとメロンソーダは大吉だよ。レモンとコーンスープは小吉、コーヒーと梅干しは末吉だね。あれ……ハズレは誰だろ……」

 

ナナがくい、と首をかしげ、全員の顔を見た。

その中で、1人だけ口を抑えて小刻みに震えている。

 

「あ、コウタさん……」

 

「ナナ……何、これ……何……?」

 

ハズレを引いたのはコウタだった。

レイはその様子を見て、ハズレを引かなかった自分の強運に感謝する。

 

「何だろう……私が知っているすべての臭い食べ物を全部詰め合わせにして、発酵させた感じの風味!」

 

「はぁ!何だよそれぇぇ?うううっ……」

 

「コウタ……」

 

喋った瞬間、吐き気が襲ってきたのか、コウタは再び口元を抑えた。

どうやったらそんなものを再現できるというのか。

その場にいた全員が、もしも自分に当たっていたらと思い、少しだけ顔を青ざめさせた。

ナナはそんなコウタに同情の目を一瞬だけ向けると、仕切り直しとばかりにレイに話しかけた。

 

「……ねえねえ、何味だった?」

 

「俺か?えーと……きんぴらごぼう……」

 

味に関しては申し分ないが、再現された味がランダムすぎるのと、なんだか変な気分になってレイは少し顔を歪めた。

お惣菜、しかもきんぴらごぼう味の回復錠。

薬効が気になって仕方が無い。

 

「あ!それは中吉だね!おめでとう!臨時収入があるかもしれないよっ!」

 

「だからなんだ。薬効を教えろ薬効を」

 

「よし!じゃあもう一個いってみよう!」

 

無視するな、というツッコミすらスルーされることを、レイは知っているので、もう何も言わなかった。

が、コウタはハズレ回復錠を食べさせられたため、大声を上げて抗議した。

 

「もういいよ……って、あれ……?何か……慣れてきたかも……」

 

「コウタ、慣れない方がいいと思うぞ……」

 

ーーーー

 

「お疲れ!突然なんだけどさ、トラップって、当てるの難しいと思わない?」

 

「突然にも程があるだろビビるわ。トラップねぇ……俺はあんま使わねぇからなんともいえねぇが……またなんか思いついたのか?」

 

何時通りのナナの突然の質問に、レイはなあなあで答えた。

トラップと言っていたので、警戒すべき食べ物シリーズではないことがある意味で救いである。

 

「惜しい!思いついただけじゃなくて、もうできちゃったんだよねー」

 

「……流石」

 

「というわけでさ、これからその検証実験に行こうと思うの!今度の作品はコレ!じゃ〜ん!これが、ナナ印の新型トラップ〜!」

 

「うん、普通に見えんだけど」

 

バン、と出されたトラップは、レイの持っているものと同じに見える。

何が違うのか、全然わからない。

 

「ちっちっち、今回は見えないところが大事なんだよねー。アラガミだって、罠とわかっている罠には引っかからないもんね。だから、アラガミの好きそうなものを詰め込んで引っかかりたくなるトラップを作ってみました!」

 

「なるほどな、理屈はわかる。が、だな……それ、中身は……?」

 

「戦闘中とか、いろんな場所でアラガミが食事してるでしょ?ああいう場所の土を集めて、トラップに詰め込んでみたよ」

 

「土……ねぇ。好きそう、か……?」

 

ナナの言葉に、レイは腕を組んで考える。

確かに、アラガミは戦闘の途中に捕食するために特定のポイントへ移動する。

しかし、そこが好きなのかと言われるとそうではないような気がするのだ。

 

「あ、リッカさんにも同じ反応された!いいと思うんだけどなー。……まあ、とにかく、ものは試しってことで!もうアラガミも来ちゃうし、行こう!」

 

「わかったわかった、わかったから引っ張るな!」

 

トラップを早く試したいナナは、レイの服の袖をガッシリとつかみ、神機保管庫へ走った。

なんとかナナを振り払い、その後ろをついていく。

そのままミッションに行き、グボロ・グボロを切って殴って蹴散らす。

ナナとミッションに行くと何故かグボロ・グボロを狩る時が多い気がする。

グボロ・グボロと相手取っている時、ちょくちょくナナが新型トラップを置いており、グボロ・グボロはそれに引っかかってはいたが、普通のトラップと何ら変わらない気がした。

帰投後、ナナがワクワク顔でレイに質問した。

 

「どうだった?ナナ印のトラップ、よく効いたでしょ?」

 

「いや、うん……よくわかんねぇや」

 

「ちょっとー、ちゃんと見ててよねー!」

 

思っていた答えが帰ってこなかったため、ナナの表情は一瞬でムスッとしたものに変わった。

レイに言わせてみれば見ていてもわからなかったのだが、なんとなく言いにくくなってしまった。

が、ナナの表情がムスッとしたものだったのは一瞬で、すぐに笑みを浮かべた。

 

「でも、おかげでトラップの扱いにもなれたし、ブラッドアーツもパワーアップしたよ!ドーンって!」

 

「そりゃ良かったな」

 

「というわけで、次回もなにか思いついたらやるから!よろしくねー」

 

願わくば、このままトラップ系統が続いてくれることをレイは密かに願った。

 

ーーーー

 

「今日のテーマは「健康にもいいアイテム」!」

 

「おおっとぉ……食べ物シリーズきた……」

 

願いは通じず食べ物シリーズ。

トラップに行ったから料理から離れたと思ったのに。

何故か背中を冷や汗がつたった。

 

「しつこいアラガミとの戦いは、スタミナが大事だよね!だけどレーションばっかり食べてると健康が不安……というわけで、シエルちゃんと一緒に「健康レーション」作ってみたよ!」

 

「ええ、ここ極東で入手できる野菜・ハーブ・漢方などを一通り選定させていただきました」

 

「おお、シエルが選んだのか。んじゃ、まだなんとかなってるのか?」

 

レイは少しホッとした。

これなら薬効も考えて作られているはず。

 

「さっすがシエルちゃん、いい仕事するよねー。ひとまず、全部詰め込んでみたよ」

 

「……え?ナナさん、今なんと……」

 

ナナの一言に、シエルとレイは固まった。

今、サラリととんでもないことを言ったような。

 

「え、だから、野菜とかハーブとか漢方とか全部詰め込んでみたよ」

 

聞き間違いではなかった。

 

「全部、だと……?それはさすがに……」

 

野菜とハーブと漢方のごた混ぜレーション。

本能的に食べてはいけない気がした。

 

「……つーかシエル、調理にはノータッチなのかよ」

 

「あ、あまりしたことがないので……まさか全て入れてしまうとは思っていなくて……」

 

「……自信が無いのは仕方ない。だが、やりかかったなら一応最後まで付き合おうな……」

 

シエルとレイは、コソコソと話し始める。

そんな二人に、ナナは満面の笑みで話しかけた。

 

「さっき食べてみたけど、おいしかったよ!きっと大丈夫だって!」

 

「本当でしょうか……」

 

「信じれるわけねぇだろ……」

 

結局、シエルとレイはそのレーションを食べさせられたのだが、確かに味は良かった。

が、2、3日二人の体調は悪かったという。




ナナちゃんマジナナちゃん。
最初あたりから私はそう思っていたのですが、前回でナナエピが終わったので書きました。
もうあれですよね、ナナちゃんほんとよくやるわ。
そんなナナちゃんに振り回されるみんなが書けて楽しかったです。
さて、次回こそロミオエピスタート!
あと、GOD EATER R編を近々公開します。
レイの義兄、ユウの活躍をお楽しみに!
それが軌道に乗れば、2人が絡む完全Ifストーリーも公開しようと思います!
うわ、忙しくなる。
頑張るぞ!
感想、お待ちしています。


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第28話 焦りと衝突

遅くなりました、28話です。
ロミオの焦りと皆との衝突。


ロミオがなんだかおかしい気がする。

レイがそう思い始めたのはここ最近のことだ。

何がおかしいのかと問われれば、答えることは出来ないのだが。

今日、普段の通りミッションに行こうとした時、レイはロミオに声をかけられた。

 

「あのさぁ、副隊長。ここだけの話、血の力に目覚める前に、何か特別なことした……?」

 

そう言われて、レイは腕を組んで目覚めた時のことを思い出す。

あの時は、マルドゥークに殺されてたまるかと必死になった訳で、その前に何をしたかと言われると、はっきりいって何も無かった。

 

「んん……いや、憶えはねぇな。特に何もしてねぇかな」

 

「いや、そんなことないだろ?何かあったはずだよ、スイッチになるようなことがさぁ……あ、俺がこんな質問したって、みんなには内緒だぜ!信じてっからな、副隊長!」

 

「お、おう……」

 

レイは戸惑いながら返事を返す。

その日の任務で、ロミオはナナのような立ち回りをした。

つまりは引きつけ役だ。

たまたまナナがいなかったから上手くいっていたのだろうが、あまり良くない。

ロミオは血の力に覚醒していないし、元々被弾率が高い。

その為、たとえアラガミを引き付けられても、振り切れない可能性が高いのだ。

とはいえ、今日は上手くいったのにあれでは駄目だと言うのは如何なものなのか。

 

「なっ、なぁ、今日の俺いい動きだったと思わない?」

 

「……んー、まあまあ、かな」

 

任務終了後、何を言われたいのかわからないが、グイグイと迫ってくるロミオに、レイはそれだけ言った。

そっかー、と言うとロミオは少しがっかりしたような顔をして、どこかへ走っていってしまった。

迷っているうちに言いそびれてしまったレイは、はぁ、とため息をつきながら書類を作成し、それを提出してから神機保管庫へ向かった。

自身の神機パーツの出来具合を確認しに行ったのだが、そこで、リッカが苦い顔でレイに言った。

 

「ロミオ君は、むやみに神機をいじりすぎなんだよなぁ……パワーアップしたいらしいけど、かえってロスが出てるんだ。それを調整するのが私の仕事なんだけどね……レイからも、ちょっとアドバイスしてあげて欲しいな」

 

普段から世話になっているリッカの言う事を無碍にできない。

そろそろロミオのミッション時の行動に対して、はっきりいってやらねば。

そう思ってレイはとりあえずラウンジへ向かった。

リッカがロミオはラウンジに行ったと言ったからであったが、既にラウンジにロミオの姿はなかった。

 

「……どこ行ったんだ、ロミオの奴」

 

「ロミオ先輩なら、深刻な顔してサカキ博士の所に行ったよ」

 

「うおぅ!?……ナナ、聞いてたのかよ。サンキュな」

 

自分にしか聞こえないくらいの声で言ったつもりだったのだが、案外大きかった様である。

突然ナナから返答が帰ってきて、レイは飛び上がりそうになった。

いい加減、常に気を張ってなくても周囲の気配が読めるようになった方がいいのかもしれない。

そんなことを思いながら、レイはサカキのラボの前までやって来た。

ドアを叩こうとして、手を止めた。

中から、ロミオとサカキの話し声が聞こえたのだ。

それほど大きな声では無く、普通であればドア越しでは聞こえないような音量なのだか、レイの耳はそれをしっかり捉えていた。

 

「……ブラッドの「血の力」は、P66偏食因子によるものでね。ラケル博士しか、その本質を理解出来ていないんだよ」

 

「うーん、でもサカキ博士なら……何とかできませんか?こう……目覚める確率が上がる方法とか……?」

 

「「血の目覚め」を起こすためには、ラケル博士でさえ副隊長の「喚起」の作用に頼る他ない現状だからねえ……はは……困ったなあ。ロミオ君の気持ちも分かるが、こればかりは難しいね」

 

「くっそー、あとは俺というピースが揃えばブラッドは完璧になるってのに……!ま、まあ、今でも俺は充分強いけどさ……」

 

レイはドアの前で立ち尽くした。

俯いて、ギリ、と歯を食いしばる。

これは聞いてはいけなかったのではないかと直感的に思い、レイははあ、と息を吐くと、そのままロビーに戻った。

ラウンジの端の方の席に座り、そこで以前ナナが覚醒した時にロミオが言っていたことを思い出した。

 

『ジュリウスが「統制」、副隊長が「喚起」、シエルは「直覚」でギルは「鼓吹」、そんでもってナナの血の力は「誘引」かあ……!俺の中には、どんな血の力が眠ってんのかな!このねぼすけを、ガツンと起こしてやらないと……な、副隊長!』

 

あれは、自分も早く覚醒しないといけないという僅かな焦りから来たものなのだろう。

だからといって、どうしろというのか。

悶々としながら考えていると、ジュリウスに聞きたいことがあると声をかけられた。

 

「つかぬことを聞くがロミオに……最近おかしな言動は無いか?」

 

「……いや、わからねぇな」

 

「そうか……俺の考えすぎかな。人の心の問題は、誰にとってもデリケートで難しい。副隊長も、いちおうロミオの様子に気を付けておいてくれ……」

 

レイはひとまずとぼけることにした。

普段の会話からはそこまでおかしなものは感じられないし、サカキへの相談の内容も意図せずに知ってしまったもので、本来なら知らなかった会話である。

あまり気持ちのいいものではないし、ジュリウスをさらに心配させてしまうような気がするのだ。

レイの返事に、ジュリウスは何かを察したのか少し寂しそうに笑う。

そして、少し暗い表情をしながら言った。

 

「そういえば、ナナが奇妙なものを開発しているらしい。そちらの方も、できれば気を付けておいてほしいな……」

 

「残念だがジュリウス、そっちは既にほぼ完成してるよ……ご愁傷さまってやつだ……」

 

「そうか……」

 

レイの返答を聞いたジュリウスの顔に影がさしたような気がした。

それが何故なのかを察し、レイは心の中で手を合わせた。

 

ーーーー

 

「状況報告、素材搬送のため俺だけフライアに戻ることになった。感応種から採取したコアだが、十分な数が確保できたのでな。あれが、黒蛛病治療の鍵となるかもしれないそうだ。少しの間、ここを開けることになってすまないがよろしく頼む」

 

「……あんたなぁ。しゃーねぇ、どうにかやっとくわ」

 

唐突なジュリウスの離脱に、ブラッドは最初少し戸惑ったものの、何とか元の状態まで持ち直した。

が、ここへ来てさらにロミオの行動が悪化し始めたことをレイは感じ取っていた。

しかし、なにがおかしいのかと突っ込まれると答えられない。

具体的に何が悪いのかなんとも言い難いのと、人の事を言えないからだ。

なぜなら、突っ込むなと言われてもひたすら突っ込み続けるのがレイの戦闘スタイルなので、お前もやるじゃん、と言われてしまえば言い返せないのである。

悶々としながらレイがラウンジに足を踏み入れると、ロミオとナナが何かを話し合っている様だった。

レイが来た事に気がついたロミオが、大きく手招きをしたため、レイは2人に側に行き話を聞く。

 

「おぉーきたきた、今さ、ナナと一緒に次の任務の作戦を考えてるところでさ!」

 

「へー、どんな?」

 

「俺のバスターと、ナナが使うハンマーって、似たようなもんだろ?動きには多少制限は出るけど、その分、高火力ってところとかさ!そこでだ!お前がアラガミを相手している内に俺たち二人が隙を狙ってズバッとやるわけ!」

 

「……成程ねぇ。けど、それだとなぁ……」

 

普通ならこれでいいんだろうな、とレイは思う。

しかし、それがブラッドとなるとそうはいかないのである。

 

「でも私の場合、ブラッドアーツを発動すると「血の力」で敵が寄って来るよ?」

 

そう、ナナがいるからである。

血の力により、アラガミを引き付けてしまうからだ。

いくらレイが頑張ったところで、血の力「誘引」を発動したナナにはどう転んだって適わないのである。

 

「あ、そっか……まあ、いいや!そこからは流れで行こう!」

 

「えっと……結構、いつも通りな感じ?」

 

「まあ、そういうことかな……よし、終わり!とっとと準備して、出撃しようぜ!」

 

ナナの言葉に、ロミオは少し焦ったように笑うと、一人でさっさと出撃ゲートに行ってしまった。

レイは少しの不安を覚えながら、ロミオの背中を追いかけた。

結局、任務はつつがなく終了した。

ロミオが普段以上に前に出て、サリエルに強烈な一撃を喰らってしまったが。

どうも、ギルのようなヒットアンドアウェイの戦法をやろうとした様に見えた。

 

「ロミオのヤツ……どうも、空回りしている感じが気になるな。杞憂だといいんだが……」

 

「うーん……ロミオ先輩、妙にソワソワしてない?さっきの任務もなんか動きが……気のせいかなぁ……」

 

どうやらレイ以外にもロミオに違和感を持っているものが出始めているようで、ブラッド内の不和が僅かにだが広がり始めていることを感じた。

そろそろなんとかしないといけないと思い、レイは自販機の前でジュースを飲んでいるロミオに声をかけた。

 

「なぁ、ロミオ。最近さ、前より突っ込んでる気がすんだけど。……なんかあったか?」

 

ロミオは少し驚いたようにレイを見たが、すぐに満面の笑みを浮かべて言った。

 

「……何か、最近絶好調でさ!今なら何でも、できちゃいそうな気がするんだよなー。感応種だろうがなんだろうが、どんなアラガミが出ても俺のバスターブレードで、一発って感じ?次の任務も、バッタバタ倒してやるからよ!期待しとけって!」

 

「……そっか。……無理して突っ込みすぎんなよ」

 

ロミオの答えに、レイは無理やり笑みを作って応じた。

ロミオはへへっと笑うと、グッと一気にジュースを飲み干し、レイの肩を軽く叩いてエレベーターに乗り込んだ。

レイはギリ、と歯噛みするとロミオに続いてエレベーターに乗り込む。

その日の任務、ロミオは終始ぼんやりとしていることが見受けられた。

それをギルに注意されて喧嘩になりそうになるが、シエルにミッション中だと嗜められていた。

そんなことを何度か繰り返しながら討伐対象を倒しきり、帰投準備に入る。

そこでギルがロミオに声をかけた。

 

「ロミオ」

 

「なんだよ?」

 

ギルは真剣な表情でロミオを見つめた。

 

「お前に言っておくことがある」

 

「「勝手に前に出るな」……だろ?」

 

「状況を把握して、自分の役割を考えて、動け」

 

「さっすが、歴戦のギルバートさんの言葉は、重みが違うねー」

 

ギルの注意に、まるでロミオはおどけているかのように答えた。

ギルの眉間に幾本かのシワが刻まれる。

 

「ふざけてるのか……?」

 

「俺は真面目だけどー?」

 

そういいながら、ロミオはフイっとギルから視線を外す。

ギルははぁ、とため息をついた。

 

「まあ、なんでもいいが……仲間として言っておく。ブラッドは連係してこそ、だ……一人で戦おうとするな……偉そうなこと言えた義理じゃないが、俺も努力はしてる。ロミオ、お前も気を付けろ」

 

「はいはい、分かってるって……!」

 

ひらひらと手を振り、ロミオはギルに離れるように促す。

チッ、と舌打ちをしてギルは例たちの方に戻っていった。

ロミオはギルが去ってからも一人佇み、うつむいてポツリと呟いた。

 

「……俺だって、ブラッドだからな」

 

ーーーー

 

「最近、連携がややうまくいってない気がします。なにか解決策を考えなくては……」

 

そうレイに訴えかけるシエルの顔は不安げだった。

シエルと話をした後、レイはラウンジでナナに軽く愚痴られた。

 

「なんか、ギルもイライラしてるし……もっと、みんなで仲良くやろうよー。せっかく今までいい雰囲気だったのに、どこでおかしくなっちゃったんだろ……」

 

「……なんでなんだろうな」

 

レイはそう答えることしかできなかった。

どうすればいいのか、レイにはもうさっぱりわからなくなっていた。

ギルのように突っかかって来てくれたらまだなんとかなるし、ナナのように理由がわかれば手を差し出すことが出来る。

しかし、ロミオはレイに何もしてこない。

ぶつかってこないし、何を聞いても大丈夫だとしか答えない。

ここでレイから突っ込んでもいいものか、レイにはわからなかった。

 

ーーーー

 

ブラッド内に不和がいくら広がろうが、任務は通常通りにこなさなければならない。

今回の討伐対象はヴァジュラだった。

ブラッド全員で普段のとおりヴァジュラを切り裂いていく。

ヴァジュラの放った雷球が、ロミオに向かって放たれた。

しかし、ロミオは回避行動を取らない。

 

「ーロミオッ!」

 

レイの怒声によって、ロミオが顔を上げると既に雷球は回避不可能な位置にまで迫っていた。

タワーシールドを展開する時間も無く、ロミオは頭を庇う様にしながらギュッと目を瞑った。

ガンッという音がしてロミオがそちらに目をやると、そこにはバックラーを展開したレイが立っていた。

 

「ワ……ワリ……!」

 

「大丈夫だ!畳み掛けるぞ!」

 

「了解!」

 

ギルの感応波が上昇し、攻撃力が上がる。

ナナが血の力を使い、ヴァジュラを引き寄せるその横から、レイが突っ込んでヴァジュラを切り裂く。

ロミオはそれを歯噛みしながら見ているしかなかった。

 

ーーーー

 

「いやー、楽勝楽勝!もうブラッドに敵無しって感じ!」

 

ヴァジュラを倒しきり、戻ってきたアナグラの廊下でロミオが言った。

しかし、誰もそれに答えない。

ロミオが足を止めて振り返ると、そこには苦い顔をしたレイたちがいた。

 

「ん?何、この空気」

 

「先輩、なんか最近おかしくない?」

 

ナナがロミオに言った。

ロミオはキョトン、と目を見開く。

 

「え?……いやいや、そんなことないよー!だってさー、ジュリウスがいなくたって生還率100%でしょ?これは明らかに、ブラッドとしての実力だよ。あ、もちろん副隊長の指示もいい感じだよ」

 

「おい、ロミオ……さっきのミッション何なんだよ……全然なってねえ」

 

一気にまくし立てるロミオを遮るように、ギルが声を上げた。

 

「あんま固いこと言うなよ、ギルちゃーん。頼れる後輩もいるわけだし、もっとこう、余裕を持ってさー」

 

ロミオが普段のように軽く言った。

しかし、ギルはさらにロミオに言葉をぶつける。

 

「余裕と油断は違うだろ……後輩に抜かれまくってやる気がなくなったのか?だったらいっそ、やめちまえよ!」

 

「ギル!!お前っ!!」

 

ギルの言葉に、レイは思わず怒鳴った。

みるみるうちにロミオの顔が暗くなる。

 

「やる気が無いだと……?」

 

ギリ、とロミオは拳を握りしめた。

 

「ギル……取り消せよ」

 

「何……?」

 

そして、ギルの顔を思い切り殴りつけた。

思わぬ攻撃に、ギルはたまらず尻餅をついた。

 

「何しやがる!」

 

「お前なんかに、分かるわけないんだよ!後から来たやつに抜かれまくってるのなんか俺が一番分かってんだよ!それでも、何かできることは無いかって……俺は、必死で探してるんだ!」

 

ダン、と地面を踏み、ギルを指さしながらロミオは叫んだ。

溜め込んでいたものを、全て吐き出していく。

 

「俺には、お前やシエルのような経験はないし……ナナみたいに開き直れるほど大物でもない……」

 

グルッ、と振り返ってレイを指さす。

 

「ましてやコイツみたいに……さっさと血の力に目覚めて、怪物みたいなジュリウスと肩を並べるなんて……」

 

「……っ」

 

そういうロミオの顔を見て、レイはうっと息を飲み込んだ。

今にも泣きそうな、どうしたらいいのかわからないというような、そんな顔だった。

 

「俺だって、皆の役に立ちたいよ!胸を張って、皆の仲間だって……俺はどこに行っても……役立たずで……どこにも居場所なんか……無くて……」

 

だんだんと声も震え始め、尻すぼみになっていく。

誰も何も言えなかった。

この場にいることに耐えられなくなったのか、ロミオはレイを突き飛ばして、逃げるように走り去った。




書いてて悲しくなってしまった28話です。
私の文才ではここまでしか表現出来なかったので残念です。
こういうふうに言われると、私は何も言えなくなります。
レイが終始ロミオに強く言えなかったのは、以前の自分を見ているようだったからです。
このあたりは次回で少し触れようと思いますのでお楽しみに。
最後に、遅くなってごめんなさい!
投稿ペース、遅くなってしまっていますか、打ち切ったりする気は毛頭ありませんので、どうか気長に待っていただけると嬉しいです。
ほんと、すみませんでした。
感想、お待ちしています。


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第29話 理解者

第29話です。
ロミオエピ一応の終了。


ロミオが飛び出して、既に結構な時間が経過していた。

あの後すぐにジュリウスに報告し、指示を求めた結果、今は待機していろということだった。

どうも、赤乱雲が近付いているようである。

ブラッドは皆でラウンジのモニターの前の席に座って沈んでいた。

 

「ロミオは……ずっと一人で悩んでいたんですね。それを隠して……明るく振舞って……居場所の確認を急ぎましょう。おそらく、そんな遠くまでは行ってないでしょうから」

 

「うん……ロミオ先輩と……もっと、ちゃんと話しておけば良かったな……」

 

「ロミオの偏食因子の投与リミットも心配です。このまま戻れない場合、時間切れでアラガミ化ということも……」

 

「そんなぁ……」

 

シエルの言葉に、ナナがさらに沈む。

その横で、レイは黙って座っていた。

ロミオに言われた言葉は、以前自分が義兄に言ったものにそっくりだった。

何でも自分でやってしまう義兄に、レイはたまらなくなって怒鳴り散らしたのだ。

あの後、酷く後悔して2度とこんなことになるまいと誓ったのに、言わせてしまった。

あの時の義兄の顔は忘れられないが、自分もさっき同じ顔をしていたのだろうか。

さっきのロミオの辛そうな顔が目に焼きついて離れない。

早く気がついてやればよかった。

迷ってないで言ってやればよかった。

どうしたらいいか、一緒に考えてやればよかった。

そんな思いだけが、胸の中に渦巻いている。

レイは、ギリ、と歯を食いしばった。

そして、クルリと後ろを向く。

そこには、レイの肩を叩こうとしたギルの手があった。

声をかける前に振り向かれたことに、ギルは少し驚いたが、何時もの事だと思い直してレイに言った。

 

「おい、ちょっと付き合え」

 

「……」

 

無言でレイは立ち上がった。

それを見て、何を思ったのか慌ててナナがギルに言う。

 

「八つ当たりはよくないよ、ギル!」

 

「しねぇよ……」

 

うう、と口を紡ぐナナを放置し、2人は黙ってラウンジを出た。

 

ーーーー

 

極東支部の外に勢いで飛び出してしまったロミオは、宛もなくただトボトボと歩いていた。

もう、ここがどこなのかもよくわからない。

 

「腹減ったな……」

 

ぐう、となった腹を抑え、ロミオはため息をついた。

ふと、視界に赤いものが目に入ったような気がして、ロミオは顔を上げてぎょっとした。

 

「「赤乱雲」……」

 

「おう……また赤いのが降るか……」

 

不意に、背後の家屋から老人が出てきて、赤い雲を見て言った。

これにロミオは再度ぎょっとして老人を見る。

老人は赤い雲から視線を外し、ロミオを見た。

 

「あ、ども……」

 

「どうした、若いのがこんなところで。近くにできたサテライト拠点から来たのか……ああ、あんた神機使いか……」

 

老人にそう言われ、ロミオは右手を背中に隠す。

サテライトの一件やコウタたちから、一部からは神機使いはよく思われていない事があると聞いているからだ。

 

「隠す必要はなかろう。立派な仕事だ」

 

そう言って、老人は微笑んだ。

ロミオは、背中に隠した右手を出す。

その瞬間、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

「このサイレン、何……?」

 

「赤い雨がこっちに来るようだな……中、入れ」

 

サイレンは、赤い雨が降ることを知らせるための合図だったようだ。

老人はロミオにそう教えた後家に招き入れようと誘ったが、ロミオは慌てて老人の誘いを断った。

 

「え、いや、俺大丈夫だよ」

 

「いいから、とっとと入れ。遠慮すんな」

 

結局、誘いを断りきれずにロミオは老人の家に足を踏み入れた。

中では一人の老女が椅子に腰をかけていたが、ロミオが入ってきたのに気がつくと、少し嬉しそうに腰を上げた。

 

「おや、まあ……お客さんなんて何年ぶり?」

 

「さっき、腹減ったとか言っとったから、なにか食わしてやってくれ」

 

その言葉に驚いたロミオが、作業を始めた老女を慌てて止める。

 

「いやいや、爺ちゃん!婆ちゃんも!だから大丈夫だって……ゴッドイーターだから戻れば飯食えるし……」

 

しかし、老女はニッコリと笑うと熱々のお茶の入った湯のみを机に置いた。

 

「お腹すいてる子に、神機使いも何も関係ないでしょ。はい、とりあえず、お茶飲んで待っててね……」

 

そう言うと、老女は食事を作り始めた。

仕方なく、ロミオは席についてお茶を啜った。

暫くして、数品の料理が運ばれてきた。

その匂いにつられたのか、ロミオの腹がぐう、と音を立てて老夫婦の笑いを誘った。

ロミオは少し恥ずかしくなり、出されたものに手を付けた。

どれも美味しく、食べ始めたら止まらずに最後まで食べきってしまった。

食べ終わってホッと一息つくと、ロミオはブラッドについて話を始めた。

ロミオの話を、老夫婦は笑顔で相槌を打ちながら聞き入る。

 

「へー、ブラッドってすごい人たちなんだねえ」

 

「そうなんだよ!神機使いのリーダーみたいな存在なんだよ」

 

最初に思い浮かんだのは、隊長のジュリウスだった。

真面目で、ノリがなかなか合わない不器用だが、頼れる隊長。

 

「俺、ジュリウスの次にブラッドに入って……あ、ジュリウスっていうのが隊長なんだけどね、スゴいやつでさ」

 

次に浮かんだのは、副隊長であるレイ。

何事にも適当な感じで、人を挑発するような物言いをして、何考えてるのかよくわからないのに、なんだかんだで助けに入ってきてその場を収めてしまう。

相談もいくらか真面目に聞いてくれる奴だった。

 

「後から来たヤツ……今はそいつ副隊長やってるんだけど、結構そいつもスゴいやつでさ。正直、副隊長になれなかったのは悔しかったけど……そいつ、いいヤツだから、ちゃんと支えようと思ってさ」

 

次に浮かぶのはナナ、ギル、シエルの3人。

人懐っこく、いつも一緒に絡んでいるナナ。

いつも任務に行くと、動きがどうたらこうたらと注意してくるギル。

最初の頃はとっつきにくかったのに、今では一緒に任務に行く様になったシエル。

思い浮かぶ皆の顔は、笑顔だった。

 

「で、それからも色んなメンバーが入ってくるからさ。皆、少しでも早く溶け込めるように、って色々頑張ったんだよね」

 

「そうかい、そうかい、ロミオちゃんは偉いねえ」

 

老女がニコニコと笑いながら言った。

ロミオもそれに答えるように笑い返してやる。

 

「いや、さー、ジュリウスなんか特に、結構、無愛想というか、あんまり、そういうとこ気が回らないからさ。だったら、自分がそういうとこ担うべきだなーと思ってさ。いや、まあ……元から、人と仲良くするのは好きなんだけどさ……」

 

だんだんとロミオの顔が険しくなる。

思い出されるギルとの言い争い。

いつもいつも、任務の度に言い合っていた。

それでも、今回ほど酷いことは無かった。

 

「でも……後から来たギルってヤツとうまくいかなくて……俺は、俺なりに頑張ってるのに……無神経っていうか……まあ、任務中にぼんやりしてたのは俺が悪かったかもなんだけど……」

 

「ロミオ、お前さんはもう少し、胸を張った方がいいなあ」

 

老人が、ロミオに言った。

ロミオは、ゆっくりと一つ頷いた。

 

「……うん、わかってるんだ俺……自分に自信が無いってこと。でもさ、どうしようもなくて……皆、ずっと俺より凄くって……俺に出来ることなんてほとんど無くて……経験もないし、知識もない……意志も弱いし、人の顔をうかがってばかりで……それが嫌で……皆から逃げてきたんだ……」

 

皆、それぞれの出来ることを精一杯やっていた。

それなのに、自分には何も出来ない。

そう思うと、胸のあたりがキリキリと痛んだ。

今にも涙がこぼれ落ちそうな、そんな顔になってしまったロミオに、老人は優しく語りかける。

 

「お前さんは……人や友達が大好きなんだな。それは、本当に胸を張っていいことなんだ。人は群れてないと生きていけない、弱い生き物だ。だから、人の顔色をうかがって当たり前なんだ」

 

「でも、俺……!逃げ出して……」

 

「休むのと、逃げるのは違うでしょ」

 

そっと、老女がロミオの手を握った。

 

「ロミオちゃんが戦ってくれているおかげで、戦えない人が、助けてもらってるんだよ」

 

ロミオがゆっくりと顔を上げ、老女を見た。

 

「少しぐらい、ここで休んだっていいでしょ。何なら、ウチの子になる?」

 

とうとう堪えきれなくなり、ロミオは声を殺しながら泣いた。

そんなロミオを、老夫婦は優しく見守っていた。

 

ーーーー

 

「失礼しました」

 

用が済み、ギルとレイは支部長室から出て、無言で歩く。

その無音を破ったのはレイだった。

 

「最近な……ロミオ、血の力に目覚める方法をサカキ博士に相談したり、リッカに神機の強化を頼んでたんだ」

 

「……」

 

静かにレイは言った。

ギルはそれを黙って聞く。

 

「俺、ちょくちょくロミオと話したり、ミッションに行ったりしてたのにな……。何にも気が付かなかった……。ははっ、全くもって情ねぇや……」

 

「……」

 

レイは自嘲気味に笑った。

レイの後ろを歩くギルには、レイの顔は見えないが、どんな顔をしているのか大体の察しはついた。

不意に、レイが廊下の窓から外を見た。

つられて、ギルも外を見る。

赤い雨は、止んでいた。

 

「お、雨止んだな。……迎えに行こうぜ、あいつをさ」

 

ーーーー

 

あれから暫くロミオは泣いていたが、ロミオが落ち着くまで老夫婦は何も言わずに見守っていた。

落ち着いてから暫く話をして、ロミオは戻るということで家屋から出た。

老夫婦も、ロミオを見送るために家屋から出る。

 

「ありがとう……俺、戻らなきゃ……」

 

「ああ……戻るといい。お前さんの居場所に、な」

 

「また、遊びにおいで」

 

「そうだなぁ。神機使いが家にいると、安心だからなあ」

 

ははは、と老人は笑った。

ロミオは少しだけ迷うと、考えていたことを老夫婦に伝えた。

 

「あのさ、サテライト拠点か……極東支部にでもさ……爺ちゃん達、引っ越さない?」

 

その言葉に驚いたのか、老夫婦は驚いて顔を見合わせた。

 

「本部に直接申請すれば、何とか通ると思うんだ。俺、親戚も両親も、もういないし……だから……」

 

しかし、老夫婦はゆっくりと首を振った。

 

「わしらがここに居るのはな、その席を若い者に譲りたいからだ」

 

「ありがとう……でもね、それはロミオちゃんの未来のお嫁さんのために、取っておきなさいね」

 

そう言われ、ロミオは少ししょんぼりとしながら俯いた。

その瞬間、ものすごい揺れがロミオたちを襲った。

あまりの揺れに老女は倒れそうになるが、それを老人が慌てて支える。

揺れが収まると同時に、狼のような遠吠えが聞こえた。

 

「これは……アラガミ……」

 

ロミオは通信機を取り出すと、極東支部につなぐ。

そして、老夫婦に指示を出した。

 

「爺ちゃんと婆ちゃんはサテライト拠点に避難して!」

 

「ロミオちゃんは!?」

 

老女の心配を少し嬉しく思うと、ロミオはニコリと笑って老女に言った。

 

「言ったろ?ブラッドはスゴいんだ。俺たちが絶対守るからさ!」

 

ーーーー

 

支部に指示されたポイントで待っていると、ギルとナナ、そしてレイが駆けつけてきた。

レイは持っていたアタッシュケースをロミオに突き出す。

 

「ロミオ、これ」

 

「ん。神機持ってきてくれて……助けに来てくれて……ありがとう」

 

「説教は後にする。まずは仕事だ……」

 

「ギルが一番そわそわしてたくせにー。ロミオ先輩、私はチキン5ピースで許してあげるから!」

 

「じゃ、俺には後でジュース奢れ」

 

「お前ら……」

 

何のことは無い、いつもの会話。

ロミオの反応にレイはククッ、と意地悪く笑った。

あれほど心配させたのだ、これくらいでは割に合わないが、そこは勘弁してやることにした。

 

「俺、後でちゃんと謝るから……皆、力貸してくれ!爺ちゃん……じゃなくて非戦闘員はサテライト拠点に避難してもらった!アラガミが近づけないようにここで倒すよ!」

 

「了解!」

 

「了解だ」

 

「りょうかーい」

 

レイのいつもの気の抜けたような、適当な返事を皮切りに、4人はアラガミに飛びかかった。

相手はガルム、前足のガントレットが特徴的な狼のようなアラガミだ。

それでも。

ロミオは、チラリと隣を走るレイ、ギル、ナナに目をやる。

こいつらがいるなら怖くない。

4人は、いつもの通りガルムに正面から突っ込んでいった。

 

ーーーー

 

ガルムをこてんぱんに倒した後、ロミオは皆の前で俯いていた。

 

「皆……俺……」

 

ごめん、そう言い出す前に、ロミオの頭をコツン、と誰かが小突いた。

 

「お前の休暇届けは勝手に出しといた。これは貸しだ……もう二度とするなよ」

 

顔を上げると、そこにはギルがいた。

それだけいうと、ギルはさっさと歩いていってしまう。

その時、ギルが左手を上げ、ヒラヒラと振りながら言った。

 

「今日は、いい動きだった。この調子で頼む」

 

「……っ!」

 

「へへー、ギル、ずっとロミオ先輩のこと気にしてたんだよ。言い過ぎた、って」

 

クスクス、とナナが笑った。

ロミオは歩いていくギルの背中を見る。

あいつが、気にしてくれていたなんて。

グッと感情がこみ上げてきたが、それを我慢し、ロミオはナナを見た。

いつもの、明るい笑顔だ。

 

「さ、帰ろ!ロミオ先輩がいないと、皆無口だから、やりづらくてー」

 

ロミオは、視線をレイに移す。

普段よりも優しい笑みで、レイは一度だけ頷いた。

 

「そうだなー!よっし、元気よく帰ろう!」

 

グッ、と片手を上げ、ロミオは笑顔を見せた。

暫く歩くと、ナナがロミオの顔をのぞき込むようにして言う。

 

「あ、そうだ!帰ったら例の約束、よろしくねー!」

 

「例の約束?なんだっけ?」

 

「えー!約束したじゃん!チキン8ピースだよー!」

 

「こっそり増やすなよ!5ピースだったろ!」

 

「やっぱり、覚えてたんじゃーん!」

 

ここで、レイがブハッと吹き出した。

声を殺しながらだが、プルプルと肩が震えている。

前を歩いていたギルが足を止めて、振り返った。

 

「おい、早くしろ。とっとと帰るぞ」

 

「はーい」

 

ナナが手を挙げてギルに返事をする。

そして、ピッ、と指を立てて一つの提案をした。

 

「まあ、間を取って7ピースってのはどうかな」

 

「ナナだけに?」

 

「先輩……それはちょっと……」

 

思わぬ返しに、ナナとロミオの間に微妙な空気が流れる。

その時、ロミオの頭をレイが小突いた。

 

「早々に調子のんな」

 

「ごめん……」

 

ーーーー

 

アナグラに戻ってきたロミオは、レイに自販機の前で待っていてくれと言い、すぐにナナにチキン7ピースを奢り、レイの元へやってきた。

いつもと同じジュースを購入し、二人並んでベンチに腰掛け、栓を開けて一口飲む。

そして、ロミオが切り出した。

 

「俺のせいで……いっぱい迷惑かけちまって、悪かった。迎えに来てくれたときさ……本当に嬉しかったよ」

 

「いや、俺も……あんなに悩んでたのに気がついてやれなくて、悪かったな」

 

「なんでお前が謝るんだよー。ほんと、ごめんな」

 

ははは、とロミオは笑った。

その顔を見て、レイは苦笑を浮かべる。

 

「はは……もう、大丈夫なのか?」

 

「今度こそ、本当に大丈夫!焦るのはもうやめたんだ。俺ができること、やるべきこと……まだいっぱいあるもんな!」

 

二カッ、とロミオが笑顔を見せた。

これなら、もう大丈夫だろう。

 

「そっか。ま、今までサボった分……誰かさんには、しっかり働いてもらわないとなー」

 

「なんだよ、嫌味かよー。でも、なあ、このあと良かったら、訓練に付き合ってくれよ」

 

「いいぜ。だが覚悟しろよ。俺がやってるやつは大概だぞ」

 

「……やっぱ、明日からにしない?」

 

ロミオが少し青い顔をしながら言った。

 

「んな訳ないだろ?頑張れよー、慣れない間は辛いぞ」

 

ケケケ、とレイは笑った。

飲み干した缶をゴミ箱に放り込むと、青い顔をしたまま固まるロミオの首裏をガッと掴み、ズルズルと引きずりながらエレベーターに向かった。

 

「行く、行くから引きずらないで!てかさ、レイ、そんな服ばっかなの?」

 

「ん?いやぁ、めんどくてさ、ゴッドイーターになる迄のを着てんだよね。ま、こんなんばっかなのは認めるし、大概ボロいのも事実だな、こりゃ」

 

自身を引きずるレイの手を振り払って、ロミオは自分の足で立ち上がる。

そして、レイの着ている服を指差した。

あちらこちらがほつれて、ちょこちょこ穴が空いている。

結構破れた部分もあり、そろそろ捨て時と言ってもいいだろう。

ロミオに言われて、レイは苦笑いを浮かべた。

確かに、自分が気にしなくても、これでは格好が良くないだろう。

 

「お前なぁ……よし、俺が見繕ってやるよ!」

 

「え?」

 

レイは驚いてロミオの方を見た。

 

「ロミオが?」

 

「ああ!大丈夫だって、レイの着なさそうな奴は選んだりしねぇよ!」

 

ビッ、と親指を立てて、ロミオが笑顔でレイを見つめ返す。

任せろ、と全身で言い表しているような気がした。

そんなに自信満々に言われてもちょっと困るが、レイは再び自身の服に目を落とす。

これをもっとボロくなるまで着続けるよりははいいだろうし、やってくれるというのならやってもらった方が楽でいいかもしれない。

 

「んー……じゃ、頼むわ」

 

「よっしゃ、任せろ!んじゃ早速見てくるわ!」

 

「ちょっと待てや」

 

自室に戻ろうと歩き出したロミオの肩を、レイは思い切りつかんで引き戻した。

 

「当初の目的が変わってんじゃねえよ。ほら、訓練終わってからでもそれは出来んだろ、行くぞ」

 

「えー!」

 

「文句言うな」

 

ガー、と目の前のエレベーターが開く。

レイは割と強引にロミオと乗り込むと、訓練場のあるフロアのボタンを押した。

 

「あ、そうだ、レイ、なんか要望ある?」

 

「なにが?」

 

「服だよ、服!なんかねぇの?」

 

「んー」

 

レイは少しだけ考えると、言った。

 

「黒ければ、何でも」

 

「お前な……分かった、了解」

 

少し呆れたように、ロミオが言うと、ククク、とレイが笑った。




もう書くの辛いよぉってなってきました。
ロミオエピの一応の終了です。
一応というのは、あれですよ、死亡エピもロミオエピだから。
ホントあの部分難しいんだよなぁ。
まあ、なんとかなるだろう!
頑張ります!
えと、新しいことをしようと思っていますが、詳しくは活動報告をご覧下さい。
感想、お待ちしています。


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第30話 ラケルの依頼

第30話です。
ラケル博士の依頼。


共に訓練をしていたレイとロミオはラウンジへ戻ってきた。

ソファに座るなり、ロミオはぐったりと寝そべってしまう。

レイは手に持っていた上着をソファにかけると、ドカッと腰を下ろした。

 

「つ、疲れた……」

 

「こんぐらいでバテてるようじゃまだまだだぜ。あれでも俺の半分だぞ?」

 

「お前の標準おかしいって……」

 

クククッ、とレイは楽しそうに笑う。

そこへ、長らく留守にしていたジュリウスがラウンジに入ってきた。

 

「おー、ジュリウスじゃねぇか。久しぶりだな」

 

「ああ、長い間留守にしてすまなかった」

 

レイとロミオの近くまで歩いてくると、2人に淡々といつものように連絡事項を告げ始める。

 

「今、ラケル先生が極東にいらっしゃっている。黒蛛病の研究で、サカキ博士といろいろ協議する予定だ」

 

相変わらず少し堅苦しいが、久しぶりすぎて、それが逆に新鮮に感じられた。

レイもいつも通りに応じる。

 

「へぇ、そりゃまた珍しい」

 

「病室の視察を終えられたそうだから、挨拶をして来るといい」

 

「ああ、わかった。んじゃ、行ってくるわ」

 

レイはソファにかけておいた上着を羽織りながら立ち上がる。

 

「んじゃ、俺も行こうかなー」

 

レイと一緒に挨拶に行こうと、ロミオも立ち上がる。

が、そんなロミオの肩をジュリウスが掴んだ。

 

「さて、俺がいない間にいろいろあったようだが、あいにくあまり把握できていなくてな。ロミオ、詳細を報告してくれないか」

 

「……了解」

 

うう、と顔をしかめるロミオを尻目に、レイは苦笑いを浮かべながら病室へ向かった。

病室の中へ入ると、いつもの様な微笑みを浮かべて、ラケルがレイを出迎える。

 

「……どうも」

 

「お久しぶりです、良いところに来てくれましたね」

 

「はぁ、なんです?」

 

「これからサカキ博士に、ご挨拶に参ります。よかったら……支部長室まで案内していただけませんか?」

 

そう言われ、レイはジュリウスの言葉を思い出す。

そういえば協議がどうとか言っていたような気がした。

 

「……俺でいいなら案内しますよ」

 

「ありがとう。それでは、よろしくお願いしますね」

 

レイはラケルの後に回り、車椅子を押す。

しばらく歩いて、支部長室の前までやってくると、ラケルはレイにここまででいいです、と言った。

 

「ありがとう。ちょっと待っていてくださいね」

 

それだけ言い残し、さっさと中へ入っていってしまった。

残されたレイはすることがなく、壁にもたれてぼんやりと天井を見上げる。

 

(……暇だ)

 

「ん?サカキのおっさんは来客中か?」

 

「はい、そうですよー」

 

声をかけられ、レイは適当に返事をした。

誰かが近づいて来ているのは気配でわかっていたので、敬語だけは使っておこうと思った結果がこれである。

 

「随分と気の抜けた返事だな。その腕輪……噂のブラッド、ってやつか……サカキのおっさんに何の用だ?」

 

その人は、フッ、と鼻で笑った。

レイはその人に目をやると、質問に答える。

 

「これが俺の素なんすよ。俺はラケル博士の付き添いで、詳しいことは聞かされてねぇっすね」

 

「そうか……よくあることだ」

 

そう言うとその人は、レイとは反対側の壁に寄りかかって腕を組んだ。

褐色の肌に銀髪に白い服。

どこか見覚えのあるその服を見て、レイはその人に尋ねる。

 

「……極東支部の人なんすか?」

 

「ああ、そうだ。いや、今はむしろ……」

 

その人はレイの質問に短く答え、何かを続けようとしたが、そのタイミングで支部長室のドアが開き、ラケルが出てきた。

ラケルは、その人を見ると少し首をかしげ、レイの方を見て問うた。

 

「……お知り合い?」

 

「いや、今さっき、な」

 

レイの代わりに、白衣の男が答えた。

ラケルは、少し目を見開くと言った。

 

「貴方……シックザール前支部長の……?」

 

「ん……ああ、ソーマ・シックザール。ヨハネス・フォン・シックザールの息子だ」

 

白衣の男、もといソーマは答える。

ラケルの顔に微笑みが浮かんだ。

 

「……ご挨拶が遅れて申し訳ありません。貴方のお父様にお世話になったラケル・クラウディウスと申します。是非、一度お会いしてお礼を申し上げたいと……」

 

「ああ、礼なら直接、本人にお願いしたいな。いずれ、あの世で直接会える……」

 

シン、と冷たい空気が流れる。

ラケルの笑が凍ったように見えた。

 

「フッ、すまない……冗談だ」

 

「ずいぶんとキツい冗談をおっしゃる方ですね……もしかして、それが原因で、お相手に月まで逃げられてしまったのですか?」

 

さっきよりも深い笑みを浮かべ、ラケルが言った。

ソーマの眉間に、少しシワが刻まれるが、グッと黙っている。

さらに温度が下がった気がした。

 

「冗談です」

 

クスリ、とラケルが笑った。

今の冗談の中に、笑える箇所はなかったと、レイは思った。

 

(なんつーブラックジョークの飛ばし合いだよ。俺がいるのわかってんだよな、この博士?)

 

レイは今すぐにでも逃げ出してやろうかと思ったが、そういうわけにもいかず、黙って立っていた。

フン、とソーマが鼻を鳴らした。

 

「あんたはどうも他人な気がしないな……俺と同じで、混ざって壊れた匂いがする」

 

これに、ラケルはクスリと笑った。

 

「フフッ、光栄ですわ……そろそろ失礼致します。さ、参りましょう」

 

そういうと、ラケルは軽く頭を下げ、車椅子を動かしてソーマの横を通り過ぎ、エレベーターの前で止まった。

追いかけようとしたレイに、ソーマは静かに歩み寄るとポソリと言った。

 

「お前はどことなく、俺のダチに似た匂いがする……いい神機使いになってくれ、じゃあな」

 

ぽん、と軽くレイの肩を叩くと、ソーマは支部長室のドアを開けた。

 

「サカキのおっさん、入るぞ。色々欲しいものがあるんだ」

 

支部長室に消えるソーマの背中を見送ると、レイは慌ててラケルを追いかけた。

エレベーターはまだ来ておらず、レイはラケルの横に立つ。

そして、1度だけ振り返る。

ソーマの背中にあったエンブレムに、見覚えがあり、少し気になったのだ。

そのエンブレムはフェンリルマークとは少し違っており、アリサやコウタが背負っている、クレイドルのものだった。

 

ーーーー

 

ラケルを指定された場所まで送ると、レイはロビーに戻った。

ふと、ロミオとジュリウスはどうなったのかと気になり、ラウンジに足を踏み入れると、さっきと同じ場所にジュリウスが座っていた。

ロミオの姿はもうなかったので、どうやら話は終わったようである。

レイが戻ってきたことに気がついたジュリウスは、ソファから立ち上がりレイに歩み寄った。

 

「よ、どうしたジュリウス」

 

「ああ。ロミオのことは、本人から事情を聞かせてもらったよ。よくやってくれた……感謝している」

 

「いいってことよ」

 

クク、とレイは笑った。

それにつられたのか、ジュリウスもクスリと笑った。

そして、すぐにいつもの真面目な表情に戻る。

 

「話は変わるが、先ほど、ラケル先生から直接、俺のところに通達があった。黒蛛病の研究や、神機兵の実用化に向けて、副隊長……お前の力を貸して欲しいそうだ」

 

「……はぁ?なんで俺なんだよ。ま、拒否権はねぇんだろうから行くけどよ」

 

「その通りだ。詳しくはラケル先生に直接聞くといい」

 

レイはうげぇ、と顔をしかめた。

こういう事はいつもジュリウスがこなしているだろうのに、一体どういうことだろうか。

 

「これから少しの間、またフライアで過ごすことになるだろう。極東で、やり残したことが無いようにな」

 

「へーへー。んじゃ、こっちはしばらく頼んだぜ」

 

ヒラヒラ、と手を振って、レイはラウンジから出ると、ロビー1階にいるよろず屋から回復錠などをある程度買い込んだ。

おそらくだが、フライアに戻ったら今ほどではないだろうが、それなりに任務に行かされる筈だ。

どうせ買うことになるならフライアで買うよりもここで買った方が安いのである。

持てるだけの装備品を持ち、レイは1人フライアに戻った。

久しぶりにフランに会い、軽く挨拶をした後にラケルの部屋に入った。

 

「朽流部レイ、一時帰還しました。で、俺に何の御用です?」

 

部屋の巨大なモニターの前にいた。

レイの声に気が付き、ゆっくりと振り返る。

その顔にはやはり微笑みが浮かんでいた。

 

「おかえりなさい……急に呼びつけて、ごめんなさいね。さっそく、本題に入りましょう」

 

そういうと、ラケルは目の前の電子モニターをカタカタと弄り始めた。

いくつかのデータがモニターに現れ、レイはそれにサラッと目を通しながら、ラケルの次の言葉を待った。

 

「サカキ博士の助言もあって……赤乱雲の発生時期やその規模が、高い精度で予測できるようになりました。そこで次は、貴方に神機兵開発の……クジョウ博士の、お手伝いをしていただきたいのです」

 

くるり、とこちらを向きながらラケルは言った。

レイはその内容に少し驚いて質問をする。

 

「は?クジョウ博士の方をですか?」

 

そう、ラケルはクジョウのライバルであるレアの妹なのだ。

普通ならレアの方を手伝ってくれ、と言うだろうのに。

 

「クジョウ博士は前回の失敗を受け、神機兵の装甲強化を行うために、特定のアラガミ細胞を収集なさっています……その採取のお手伝い、お願いできますか?」

 

レイの知りたいことは一切答えられなかった。

レイは内心で首をかしげながらも、一応は言う事を聞いておくことにした。

 

「……なんで俺なのかはよくわかんないんですが、ま、了解です」

 

「ありがとう……詳細はクジョウ博士に直接伺ってくださいね」

 

ウフフ、とラケルが笑う。

本当に何を考えているのかわからない。

レイはさっさとラケルの部屋から出て、クジョウの元へ向かう。

その途中で、レアと出会った。

疲れた顔を浮かべたレアは、レイに気がつくと優しく微笑んだ。

 

「……あら、戻ってきてたのね。お疲れ様……」

 

「ども」

 

「結局、本部の意向は変えられなかったわ。神機兵の無人運用を優先することが、正式に決まりそうね」

 

少し、悲しそうな表情をレアは見せた。

それもそうだ、自分の研究が認められなかったのだから。

 

「でも……まだ私、諦めてはいないの。結果さえ出してしまえば、決定は覆るから……私を支えてくれる、ラケルのためにも……ね」

 

ふぅ、とため息をつくと、またねと一言告げてレアは立ち去った。

これからすることを思うと少し心苦しく思うが、頼まれた仕事はこなさなければ。

レイははぁ、とため息をつくと、再び足を動かしてクジョウの元へたどり着いた。

クジョウはレイを見てパッと表情を明るくする。

 

「おぉ、貴方ですか!?素材採取に協力してくれる、ブラッドの方というのは!初めまして、私はクジョウ……あ!貴方は、私の神機兵に無断で乗り込んだ……!?」

 

「あ、はは……」

 

「……いやいや、まぁいいでしょう。ラケル博士に免じて、水に流しましょう」

 

手伝いに来たブラッドが、神機兵に無断乗り込みをした人間だと気が付き、クジョウの表情は苦々しいものに変わった。

レイは苦笑いを浮かべてごまかす。

 

「さて……私とラケル先生とのこれからをよろしくお願いしますよ!」

 

「これから……?そいつぁ、どういう意味ですかね?」

 

クジョウの言葉に、レイは首をかしげた。

 

「え!いや……これからの研究って意味ですよ!神機兵のね、ハハハッ……」

 

レイのツッコミに、クジョウは急にあたふたとしながらごまかした。

そして、レイに持ってきて欲しい素材の書かれたメモを手渡すと、そそくさと研究室に戻っていってしまった。

その背中を苦笑しながら見送ると、レイはメモに目を通す。

 

「……なんだろう、これ、全部ターミナルにあるんだけど」

 

現状で作ることの出来るショートブレードを全て持っているレイは、ターミナルに大量のアラガミ素材が眠っている。

集めたかったが故に集めただけだが、使わなかった素材もひょんなところで役に立つものである。

せっかく買ってきた回復錠などは、次の機会に使うことにする。

ターミナルから素材を引き出して、それをクジョウに渡すと、感謝の言葉と適当な場所で待機するように言われた。

なので、なんとなく庭園で寛いでいると、エレベーターからラケルが現れた。

 

「フフ、やっぱりここにいたのね……みんなが恋しいの?」

 

「……さあ?どうなんでしょうね。ご想像におまかせしますよ」

 

いつものようにニヤリと笑って答える。

それを見て、何を思ったのかラケルはクスクスと笑った。

 

「よかったらランチを一緒にどう?」

 

この誘いに、レイは少しだが警戒した。

が、すぐに笑顔を見せて了承の言葉を述べる。

 

「……お言葉に甘えて」

 

こちらですよ、と言いながら車椅子を動かし始めたラケルの後ろを、レイは静かについて行った。

 

ーーーー

 

「おいしい?」

 

こくこく、とレイは頷いた。

出された料理の名前などわからないし、ナイフとフォークを扱う手もたどたどしいものだったが、ひとまず料理は中々絶品だった。

それを見て、ラケルは嬉しそうに微笑む。

 

「よかった。思えば、あなたとこうしてお話するのは初めてですね。ジュリウスから近況は聞いているのだけど。フフ、ジュリウスね、フライアに戻るたびにブラッドのみんなのことを楽しそうに話しているの」

 

レイはフォークを動かす手を止めた。

口の中のものをさして味わうことなく飲み込むと、ラケルの言葉に耳を傾ける。

 

「私が引き取った頃は無口で、あまり笑わない子だったから安心しているわ」

 

「そうだったんですか。意外なこともあるもん……いや、そうでもないか」

 

思っていたとおりのような過去を送っていた。

むしろ想像通り過ぎて、レイは何故だか同情した。

 

「環境への適応能力が高くて、手のかからない子ではあったのだけれど、少し心配していたの。きっとあなたたちを本当の家族のように想っているのね」

 

「そーいや前にそんな事を言ってましたっけね」

 

以前ジュリウスが言っていたことを漠然と思い出す。

あんな小っ恥ずかしいことを言えるものだと思ったものだ。

 

「……あなたやギルに「家族」という表現は少し違和感があるかしら」

 

「ま、少し」

 

「でもね、ジュリウスと過ごしてきて私は思ったの。人間が、ともに同じ時を過ごし、ともに語らい、ともに泣き、ともに笑いあうことさえできれば……そこには「家族」という絆があるのだと」

 

「……かもしれないですね」

 

ラケルの言葉で、レイは兄のことを思い出す。

血はつながっていなくとも、アイツとは兄弟で、最後の家族だ。

そう思うと、ラケルのいうことも満更でもないのかもしれない。

そんなふうに思っていると、ピピピピ……と通信機が鳴った。

確認してみると、クジョウからの仕事の依頼だった。

それを察したのか、ラケルが口を出す。

 

「クジョウ博士から?」

 

「用件が終わったから改めて謝礼したいとのことで、呼び出されましたよ」

 

「私の都合であなたを振り回してしまう形になってしまってごめんなさいね……でも本当に助かっています」

 

ペコリ、とラケルが頭を下げた。

レイはそれに少し驚いたが、黙ってそれを観察する。

そして、この前サラッといなされた質問をもう一度ぶつけてみた。

 

「でも、いいんですか?俺無人運用の神機兵ばっかり手伝ってて」

 

「神機兵の開発は有人・無人のどちらも急務だと思っています……」

 

「……だったら」

 

レアの方を手伝ってもいいじゃないか、と言おうとした瞬間、ラケルがしゃべり始める。

 

「これはブラッドのみんなには内緒ですが。フライアであなたたちの活躍を耳にすると、時折どうしようもなく胸が苦しくなるのです」

 

「……そりゃまたどうして」

 

カラカラ、と車椅子を動かし、レイの横にやってきたラケルは、そっとレイの手を握った。

 

「多くの戦果をあげているということはそれだけ身を危険に晒しているということ。できることならすぐにでも、あなたたちを戦場から引き揚げさせ毎晩のように家族の団欒を楽しみたい……これは私の夢なのです……レイ。ジュリウスと……そしてブラッドのみんなのことを……これからもよろしくお願いしますね」

 

「言われずとも、そのつもりですよ」

 

微笑みながらレイはラケルに言った。

どうもラケルはレイの質問に真剣に答える気は無いらしい。

なら、聞き続けるのは無意味だ。

クスクス、というラケルの笑い声が聞こえ、スッと目の前に手紙が差し出された。

 

「フフ。クジョウ博士も貴方のことを随分と気に入ったみたいですよ。「あの人は私の救世主だ」……なんて、仰っていましたから。ああ、この手紙を、クジョウ博士に渡していただけないでしょうか。ラケルからです、と……よろしくお伝えくださいね……」

 

フフ、とラケルが意味深な笑みを浮かべる。

レイはそれに何故か寒気を感じ、手紙を受け取ってさっさと部屋を後にする。

ラケルの笑みを見てから、何故か悪寒が止まらない。

この手伝いも、何かの陰謀の為の準備に過ぎないように思えてくる。

ここまで考えて、レイは思考を打ち切った。

これ以上考えたところで、それを今どうにかできるわけでもない。

ふう、と1つ深呼吸をして気分を落ち着けると、クジョウのラボへと入った。

クジョウはレイが入ってきたことに気がつくと、顔を輝かせながらレイに駆け寄ってきた。

 

「いやー、ありがとう!貴方の協力のおかげで、研究がはかどりましてねぇ!自立制御装置の完成も、あと一歩というところですよ!まぁ、その一歩というのが最大の難関なんですがね……」

 

「……あ、はは……そういや、なぜ無人タイプの神機兵を?」

 

「よくぞ、聞いてくれました!無人制御にかける、私の哲学を披露させていただきましょう!」

 

(しまったやらかした!こりゃ地雷踏んだぞ!)

 

普段のおどおどとしているクジョウが、怒涛の勢いで迫って来たため、レイは自身の迂闊な失言に後悔しながら引いた。

レイが引いているのにも関わらず、クジョウは声を荒らげながら話し始める。

 

「いいですか、無人型の神機兵は、パイロットが不要なのですよ!この意味が分かりますか?破壊されても、誰も傷つかない!……そりゃ私の心は痛みますがねぇ。もう誰もアラガミに殺されることはないのです!ところが有人型ときたら、どうです?あれではゴッドイーターが命を危険に晒すのと、何も変わらない!無人型こそ「人にやさしい」最先端の兵器なのですよ!どうですか、これが私の目指すところです!」

 

持論を一気にまくし立て、クジョウは満面の笑みを浮かべた。

無人型に対する熱意が感じられるが、サラッと有人型をけなしたような気がして、レイはそれを訪ねてみる。

 

「……レア博士と仲が悪いんですか?」

 

「べっ、別に個人的に嫌っているわけではありませんよ?ただ研究開発の上で、ライバルというだけでね……ま、まぁ、不満がないと言えば嘘ですがね。実際のところ、レア博士の政治能力の高さには舌を巻きますよ……なのに、昔の戦車と変わらない設計思想の有人型開発に何を手間取っているのか……その辺が、限界なのですかねぇ。グレム局長の目はごまかせても、私の目はごまかせませんよ……あっと、しまった!口がすべりました!いえ私は全然、レア博士と対立する気は毛頭ありませんよ!」

 

グチグチとレアについての本音を、クジョウはレイにほぼ漏らした。

レイはそれに対して苦笑いを浮かべると、話題を変えてみる。

 

「じゃあ、ブラッドについてどう思います?」

 

「なんといっても、あのラケル先生の研究成果ですからね!ラケル博士の子どもたちに、私が敬意を払わないはずがない!」

 

パッと表情を明るくし、クジョウはラケルに思いを馳せ始めた。

 

「それにしても、本当に、ラケル博士は……素晴らしい人ですよ。科学者として優秀で、健気で、ホタルのように儚く……あっ、いえ!特に深い意味は無く……ただ素晴らしい科学者を敬愛してやまないという……科学者として、ですね……いやぁ、誰かとこんなにしゃべったのは、久しぶりですよ!貴方は何て、話しやすい人なんだ!」

 

勝手にあんたが話してるだけだよ、とは言えず、レイは苦笑いを浮かべながらクジョウにさっきの手紙を差し出した。

 

「それで……ん?これは?」

 

「ラケル博士からです。よろしく、と」

 

「えっ?ラケル博士から私に……てっ、手紙っ!?なっ、なんという……!」

 

クジョウはレイの手から手紙をひったくった。

そして、慌ててレイに弁解を始める。

 

「ああ、すみません!気が動転して……あ、ありがとうございます、このご恩は忘れません……!でっ、では私はこれでっ!」

 

「いや、あの……忘れてくれていいですよ……って、聞いちゃいねぇ……」

 

言うことだけ言って、クジョウはわたわたとラボの奥に消えていった。

その背中をぼんやりと眺めると、レイはロビーに向かい始めた。




遅くなった結果がこれだよ!
と1人部屋で泣きそうになっている霧斗雨です。
お久しぶりです。
たいへん遅くなってすみません。
最近、昔ジャンプで連載していた封神演義が再熱しました。
いやぁもう、面白い。
そして、太公望かっこいい。
王天君も、伏羲もかっこいい。
1人で漫画読みながらゲラゲラ笑って楽しんでいます。
その傍らにはvitaとGOD EATERの小説とコミックが。
もちろんvitaに入ってるソフトはGOD EATER。
そろそろリアルに影響が出かねないことになり始めていますが、後悔はしていない。
さて、ラケル博士が暗躍をそろそろ始めますが、それにうっすら気が付き始めているレイは一体何なんでしょうか。
まあ、ラケル博士をなんとなく警戒しているからできるのでしょうが。
ああ、もうすぐ……。
感想、お待ちしています。


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第31話 不穏と平穏

第31話です。
近づく不穏と束の間の平穏。


レイに渡された手紙に書いてあったことに従って、ラケルの研究室をやって来たクジョウを出迎えたのは、パソコンに向かってなにかの作業をしているラケルだった。

 

「あら、わざわざお呼び立てして申し訳ありませんでしたね……クジョウさん」

 

部屋に入ってきたクジョウに気が付き、ラケルは作業の手を止める。

クジョウは、少しオドオドとしながらラケルに話しかけた。

 

「い、いえ……あの、恐縮ですッ。むしろ、私なんぞに、何か御用が……?」

 

「ご謙遜を……クジョウさんは、フェンリルでも指折りの神機兵技術者じゃないですか。むしろ、姉や私がいつも、ご迷惑をかけてないかと……」

 

「いえ、滅相もありません……貴方がたとは良きライバルで、いや!そんなおこがましい……モノでもなく……」

 

オドオドと答えるクジョウを、ラケルは優しく見つめる。

そして、軽く手招きをした。

 

「フフ……光栄ですわ、お見せしたいものがあるので、できれば、こちらの方にいらしていただけます?」

 

「え!は、はあ……」

 

クジョウは何のことやら分からないままに、ラケルの膝の上のパソコンをのぞき込んだ。

そして、驚きのあまりに目を丸くする。

 

「ハッ……これはっ!?神機兵の生体制御装置……?」

 

「さすがは、クジョウさんですわ!あなたが進めている自立制御技術のお役に立てればと思って……これも……」

 

パソコンが別の画面を映し出す。

それは、クジョウの望むそのものだった。

 

「これは……私が追い求めていた答えそのもの……これは、ブラッドの偏食因子に何か関係が……?」

 

「ええ、感応現象による教導効果と、極東で得られた研究の成果、その2つを組み合わせて、たどり着いたものです。細かい点は後で、ドキュメントのほうをご覧いただくとして……」

 

また、パソコンの画面が変わる。

そのどれもが、クジョウにとっては喉から手が出るほどに欲しいものである。

不意に、ラケルがクジョウの顔を見た。

 

「クジョウさん、これらの研究を引き継いでいただけますか?」

 

「引き継ぐも何も……こちらとしては願ったりかなったり……しかし……」

 

「しかし、何でしょう?」

 

質問があるのか、とでも言うようにラケルは小首をかしげる。

 

「ご存知のとおり、私は貴方のお姉様と対立する立場にいます……なぜ、そんな私に協力を?」

 

クジョウからしてみれば、それは当然の疑問だった。

何故、身内のライバルに手を貸すのか。

しかし、ラケルからしてみればそれは疑問でもなかったようで、寂しそうに俯く。

 

「そんな野暮なことを……答えなければいけないのですか?」

 

「いや、それは……あの、その……」

 

思いがけない反応に、クジョウはどうしたらいいのか分からず焦る。

ラケルはなにか思い立ったかのようにゆっくりと顔を上げると、まるで祈るかのように胸の前で手を組み、クジョウを見つめる。

 

「……ならば、ひとつだけ条件があります。私ではなく、貴方が開発したことにしておいてください。優れた技術は必ず世に出るべきです、でも……姉はたった一人残された肉親……できることなら嫌われたくありません。俗物的で、あまりに申し訳ありませんが……」

 

そう言って、ラケルはゆっくりと顔を伏せる。

クジョウは、そんなラケルの言葉に感動していた。

研究に対しても、身内に対しても真摯な態度をとる、その姿に。

 

「いえ、よくわかりました!あなたの研究に対する真摯な態度、お姉様に対する愛情、どちらも感服いたしました!」

 

「クジョウさん……ありがとうございます!データはここで、全て出力してお渡ししますね!」

 

ラケルはパッと顔を上げた。

その顔には喜びの色が見て取れる。

そして、カタカタとパソコンをいじり始める。

 

「お約束は必ず守ります……ラケル博士、それでですね、あの、もしよろしければ、これを機に、お近づきになれれば……あの……」

 

クジョウは、自身の願望をたどたどしくではあるが、作業をするラケルに伝えた。

しかし、それがラケルには届くことはなく。

 

「はい?何か、おっしゃいました?」

 

出力し終わり、データの詰まったディスクを、ラケルはクジョウに差し出した。

 

「いえ……何も……」

 

思いが伝わらなかったのを残念に思いながら、クジョウはそのディスクを優しく受け取った。

そして1度軽く礼をすると、名残惜しそうに研究室から出ていった。

笑顔でそれを見送り、誰もいなくなった研究室で、ラケルは1人ほくそ笑んだのである。

 

ーーーー

 

最後の用件が終わり、フライアのロビーに戻ってきたレイは、ここにいるはずの無い人物がいることに驚いた。

 

「おっ」

 

「よっ、びっくりしたか?1人じゃ心細いかなぁ、と思ってさ」

 

手を振りながらそういうロミオに、レイはいつものような意地悪い笑みを浮かべながら言った。

 

「おぉ、言ってくれるね。で、なんだお前、また家出でもしたのかぁ?」

 

「ちげーよ!ちゃんとジュリウスに話通してあるよ」

 

「ははは、冗談だって、本気にすんなよ」

 

なんてことの無い冗談に真剣に返してくるロミオに、レイは声を上げて笑った。

そんなレイを見て、ロミオは苦笑いをしながら相変わらずだなぁと漏らした。

 

「で……もう手伝い、終わったんだろ?ラケル博士が、極東に戻る手続きをしてたみたいだし」

 

「ああ、らしいな。後は帰るだけだぜ」

 

「だったらさ、極東に戻る前に……ちょっとだけ、俺に付き合ってくれないか?」

 

「!」

 

突然の申し出に、レイは驚いてロミオを見た。

そして、少しの間黙った後、レイはゆっくりと頷いた。

 

「……ああ、いいぜ」

 

「よっしゃ、それじゃ……とりあえず任務に行こうぜ!詳しい話はその後、ってことで」

 

ーーーー

 

今回のターゲットはガルムだ。

前、ロミオを迎えに行った時もガルムと戦ったので、ロミオはとことんガルム神属に縁があるのだろうと、レイはガルムの右ガントレットを砕きながら思った。

とはいえ、レイの武器はショートブレードなので、バスターソードの一撃の破壊力には一歩及ばない。

今回のも、砕くというよりは切り裁くと言った方が正しい。

左ガントレットは、ロミオのヴェリアミーチによって文字通り砕かれている。

あの破壊力が羨ましい。

そんな事を思いながら、地面を思いっきり蹴り、ガルムの眼前に躍り出る。

ガルムは、チャンスと思ったのかレイに噛み付こうと大口を開けるが、その瞬間レイはエアリアルステップを使って横っ飛びに飛んだ。

結果、ガルムの口内をロミオの放ったバレットが襲う。

堪らず顔を背けたところを、レイのブラッドアーツ、ダンシングザッパーが襲い結合崩壊を引き起こす。

ダンシングザッパー最後の一撃の体勢から、トドメとしてスパイラルメテオを放った。

身を投げ出すようにダウンしたガルムから、ロミオがコアを抜き取り、討伐が終了した。

 

「くぅー……はー、今日も良く働いたなー!」

 

ぐぐっ、とロミオが背伸びをした。

 

「にしても、レイはやっぱ冴えてるよなー!レイと組むと、すげぇ動きやすくってさ」

 

「そいつぁどうも」

 

レイはいつもの軽口で返す。

ロミオはクスリと笑うと、そっと視線をそらす。

 

「……俺さ、ずっと考えてたんだ。どうやったらみんなみたいにうまく戦えるんだろうとか、役に立つにはどうすればいいんだろうって。だから、ギルの真似してみたり、ナナみたいに立ち回ってみたりとか……色々試してみたんだ」

 

「……うん」

 

「でもさ、そうじゃないんだよな」

 

レイに背中を向けて、ロミオが語り続ける。

レイはそれを、たまに相槌をうちながら黙って聞いていた。

 

「俺は、俺のできることを一生懸命やろうって思ったんだ。ジュリウスも、レイも、ギルも、ナナも……みんな凄いと思う。俺なんかには真似できないこといっぱいやってるから。でもだからこそ、きっと俺にも皆には真似できないことがあるんじゃないかってさ」

 

ゆっくりと、ロミオが振り返り、レイと向き合う。

 

「俺、ブラッドのみんなに会えて、本当に良かったよ……ありがとな」

 

そう言ったロミオの顔は、言いたいことを言い切ってスッキリした、というような笑顔だった。

その中に、ほんの少しの照れを含ませているが。

ロミオが、レイに手を差し出して言った。

 

「これからもよろしくな、レイ!へへっ」

 

「ああ、よろしくな」

 

その手をとって、握手をする。

その後、2人はひとしきり笑うと極東支部に戻ったのだった。

 

ーーーー

 

極東支部に戻ると、ジュリウスから次の任務の説明を受けた。

フライアの北方に位置する、岩山で構成されたエリア。

どうやら、マルドゥークはその岩山を拠点にしていて、群れを率いて押し寄せては、帰っていくらしいという報告を、サテライト拠点に出入りする資源回収業者から報告を受けたため、真相を確かめるそうだ。

長期間に及ぶ調査任務である。

そして、機会があればマルドゥークを倒すらしい。

あと、この任務終了後にジュリウスと再びフライアにおもむき、ラケルに結果を報告するのだそうだ。

準備を整え、マルドゥークを倒せるかもしれないと意気込み、ブラッドは岩山に向かったのだが、結果的に今回はマルドゥークをお目にかかることは出来ず、アラガミをただ倒すというあまり普段と変わらない任務となってしまった。

少し残念に思いながらも、レイとジュリウスはフライアを訪れた。

そこでレイを出迎えたのは、クジョウであった。

ジュリウスは一足先にラケルの部屋に言ってしまったようである。

 

「あっ、これはこれは!おかげで……神機兵の改良が完了しましたよ!」

 

「そりゃよかったですね」

 

歓喜の表情を浮かべながら、クジョウはレイに歩み寄る。

それをさらっと流しながら、レイは急いでるので、と一言だけ言って足早にクジョウの前を通りすぎ、エレベーターのボタンを押した。

エレベーターの到着を待つレイの耳に、クジョウの決意の声が届いた。

 

「次の運用テストに成功すれば、無人制御型神機兵の採用が決定します!ああ、研究ひとすじ幾星霜……今度こそ、やりますよ……!」

 

その言葉に、レイは悶々としたものを抱えながらエレベーターに乗り込み、ラケルの部屋のあるフロアで降りる。

確かに、神機兵が完成したのはクジョウにとっても、人類にとってもめでたい事なのだろう。

だがそれが採用された時、ゴッドイーター達はどうなるのだろうか。

そんな事を考え、レイは溜息をついて苦笑いを浮かべた。

深呼吸をして思考を切り替え、ノックをしてラケルの部屋に入る。

出迎えたのはジュリウスだった。

 

「調査報告は済んでいるが、ラケル先生から話があるそうだ、俺とお前に……」

 

「はあ、なんです?」

 

レイは首をかしげた。

ここへは調査報告をしに来ただけのはずだったのだが。

 

「調査の件、ご苦労さまでした。それとは別に……ブラッドの近況について、少しお話しましょう」

 

先日とは打って変わり、真剣な表情でラケルが話し始める。

 

「ロミオが、血の力に目覚めないことを気に病み、1度ブラッドを離れようとしたとか……」

 

グッ、とレイは息を飲み込んだ。

ジュリウスは、この事まで伝えたようだ。

 

「歩みは人それぞれ……急かすつもりはありません。ただ……もしそのことで、ロミオが隊に居づらいのであれば、ブラッドの任を解き、極東支部の部隊に組み込んでいただくよう、サカキ博士にお願いすることもできますよ」

 

「……あんた何を」

 

言い出すんだ、と言いかけた瞬間、ジュリウスがレイを制し、口を出した。

 

「いえ……その必要はありません」

 

「……!」

 

レイはキッ、とジュリウスを睨みつける。

その瞳に、静かな怒りを込めて。

ジュリウスは、それに気がついていないのか、静かに続けた。

 

「副隊長を始め、シエルも、ギルも、ナナも、そしてロミオも……全員が、かけがえのない存在です。数多のアラガミを倒し、数々の危機を乗り越えられたのは、ひとえにブラッドが、完璧なチームだからです」

 

「……」

 

「ブラッドの中に至らない者がいれば、私が守るだけのこと……誰も脱落させはしません……」

 

そう、確かな口調でジュリウスが宣言した。

レイは、はぁ、とため息をつくと一歩引いた。

 

「フフッ」

 

ラケルが軽く吹き出すように笑う。

妖艶な微笑みを浮かべるその顔を見て、レイは背筋に冷や汗が伝っていくのがわかった。

 

「そうですか……ジュリウスが、そこまで言うのであれば……貴方の意見を尊重しましょう……」

 

ゾクリ、という悪寒がレイの全身を駆け巡る。

何故かと言われてもわからないが、とにかく嫌な感じがした。

言いたいことを言い切ったジュリウスは、失礼します、と言うと、クルリと踵を返して部屋から出ていった。

レイもそれを慌てて追いかける。

 

「ブラッドの強い意志と、絆を信じて、ジュリウスの意見を尊重しましょう……」

 

2人が出ていって、静かになった部屋で、ラケルは一人呟いた。

一方、部屋から出たレイは、さっきの痴態を詫びた。

 

「……ジュリウス、悪ぃな」

 

「ああ、構わない。だが、アレで怒るとは思わなかったな」

 

「……うるせぇ」

 

ふい、とレイは目をそらした。

なぜあの場で怒ったのか。

そう問われても答えようがないのだから仕方が無い。

強いていうなら、何となくだ。

 

「まあいい。レイ、このあと俺は会合に出席しなくてはならない……すまないが、先に極東支部に戻ってくれ」

 

「ああ、わかった。んじゃ、後でな」

 

ジュリウスと別れ、レイはさっきの悪寒について考えながら廊下を歩いた。

ラケルの前に行くと、平静を保つのが何故か難しくなる。

あの常に浮かべている微笑みが、何故か気味悪くて仕方が無い。

何を考えているのかが分からないから、余計に感に触る。

何故かわからないが、本能的に警戒を解くことが出来ない。

 

「俺って、こんな奴だったか?あー、分からねぇことだらけだぜ、まったく」

 

はぁ、とため息を付くと、レイは手続きを済ませて極東支部への道を歩いた。

 

ーーーー

 

ジュリウスより一足先に戻ってきたレイは、ロビーでナナとロミオと話をしている珍しい人物を見かけた。

まあ、その人物は極東支部住みなので、珍しいというのもおかしいのだが。

彼女は、レイがやってきたことに気がつくと、レイに声をかけた。

 

「あっ、レイ!」

 

「ユノじゃねぇか。久しぶりだな」

 

レイは片手を上げて反応すると、3人の話の中に入る。

 

「あのね、皆の調査任務のあと、あのアラガミはサテライト拠点に来なくなったみたい。それで……今のうちに避難訓練をすることになってね、サテライト拠点の外側に住む人たちも、初めて参加するの!」

 

「ロミオ先輩の知り合いのおじいちゃん達さ、拠点内のシェルター使えるようになるんだって!よかったねー!」

 

ユノとナナに怒涛の勢いで迫られ、さすがのレイも少し引いた。

顔が少し引きつったが、まあ致し方ないだろう。

そんなレイを見て、ククク、とロミオが笑った。

 

「ああ!しっかし、あの調査任務は拍子抜けだったなー。マルドゥークが出たら、俺がズバッとやってやったのに!」

 

「調子のんなっつーのに、お前は」

 

すかさずロミオの頭を軽く殴った。

いってー、とロミオが頭を押さえながら笑う。

暫く雑談をしていると、サツキがユノを引っ張っていった。

どうやら、予定が詰まっていたらしい。

相変わらずの忙しさである。

残された3人は、別にすることがなかっのでラウンジへ入った。

レイはソファに座るギルの横に腰を下ろし、2人はカピバラの世話をしているシエルの方へ歩み寄る。

腰を下ろして、ふう、と一息つくと、ギルが話しかけてきた。

 

「今、サテライト拠点では避難訓練をやってるが、イベントの目玉として、ユノのライブがあるらしいな」

 

「へー。知らなかったぜ」

 

少し驚きながらレイは答えた。

成程、それでサツキがユノを引っ張っていったのか、と一人納得する。

ウィン、とドアが開く音がして、フライアから帰ってきたジュリウスが入ってきた。

案外早く帰ってこれたようである。

ジュリウスに気がついたナナが、こっちこっち、と手を振るので、ジュリウスはカピバラを囲む話の中に入っていった。

ギルが話の続きを始める。

 

「同じアナグラに住んでるのに、歓迎会の時しか歌を聞けてない……って、ロミオが悔しがってたぜ」

 

「あー、言いそうだなぁ。で、あいつらは何やってんの?」

 

「ん?」

 

カピバラのゲージを取り囲む4人の方に目をやると、ナナがレイたちの方にも声が聞こえるように振り返って、カピバラを指さしながら言った。

 

「この子、名前がまだ決まってないんだってー。そこで!私がぴったりの名前を考えてきました!その名も「カルビ」!」

 

「え……ちょ、ちょっとナナさん!?」

 

「まさかの名前だった」

 

シン、とその場が静まり返り、少し焦ったようにシエルが口を開く。

レイは思ったことを率直に口にし、その隣で、ギルは我感せずとばかりに近くにあった雑誌に目を通し始める。

 

「「カルビ」ってさ!響きがなんかカワイイと思わない?」

 

「いや、まあ、うん……いんじゃねーの。つか、俺に振んな」

 

キラキラと目を輝かせながら、ナナがレイに話を振った。

最早考えることすら面倒というか、そもそも興味の無かった事を振られ、レイは適当に答える。

 

「君までそんな……まぁ、君がそう言うなら、私も反対はしませんが……」

 

「じゃあ決まり!「カルビ」、これからもよろしくね!」

 

「キュルルル〜」

 

シエルが少し拗ねたように言ったが、ナナはそれをさらっとスルーし、名前を決定してしまった。

名前をもらったカピバラは、どこか嬉しそうに鳴いた。

 

「名前があると、家族の一員って感じだよね!おめでと、カルビ!」

 

「でもさー、カルビってなんかの肉じゃなかった……?」

 

ここで、ロミオがナナに問う。

その通り、カルビとは肉の部位の名前である。

だが、ナナは少し首をかしげるも、いつものように笑った。

 

「そうだっけ?ま、カワイイから、いいよね?」

 

レイは思わず苦笑すると、未だ悶々としているシエルに話しかける。

 

「いいのか?本当はシエルがつけたかったんだろ?」

 

「うっ……カルビ……まあ、いいと思います……」

 

相変わらず拗ねたように言うと、シエルはしゃがんでカルビの頭を撫でた。

 

「さあ、カルビ。この後は、ノミ取りシャンプーの時間ですよ」

 

「キュルッ!キュルル〜!」

 

カルビが嬉しそうに鳴いた。

それを見て、シエルが微笑む。

 

「……平和なことで」

 

前よりも柔らかくて優しい笑顔を見せるシエルをみて、レイは微笑んだ。

ほかのブラッドのメンバーもそう思ったようで、皆笑顔を浮かべている。

 

「なんか変な名前だけど「カピバラ」よりはいいか……俺らだって、「よう、人間!」とか呼ばれたくないもんな!」

 

「何とまぁわかりやすい例え……」

 

「マスコットがいるのは、いいことだな。みんなの笑顔を見ていると、特にそう思える……」

 

静かで穏やかな時間は、ゆっくりと過ぎていく。

この時、この時間が2度とこのメンバーで訪れることがないことを、この場にいた誰もが予想していなかった。

 

ーーーー

 

次の日、任務をこなして帰ってきたレイを出迎えたのは、今忙しいはずのユノとサツキだった。

 

「あ、レイ!なんかね、サツキさんとユノさんがこんど一緒にピクニックにでも行かないかって……」

 

「あー、ちょっと待って……ロミオ君は、ユノの隣で何してんの?やたらテンション高くない?ユノが心配なんですけど」

 

ハラハラしながらユノを見守るサツキに、ナナが笑いかける。

 

「ロミオ先輩は、誰とでもあんな感じですよ!噛みついたりしないから大丈夫!」

 

「ナナ……そりゃロミオに失礼だぞ」

 

レイが苦笑を浮かべながらナナに突っ込む。

そんなレイに気がついたロミオが、レイに向かって大きく手招きをした。

レイが歩み寄ると、ロミオが興奮したようにまくし立てる。

 

「おいおい!ユノさんから、ピクニックのお誘いだぜ!俺たち全員に来てほしいってさ!」

 

「はいはい、落ち着け落ち着け。そんなでかい声出さなくても聞こえてるって」

 

少し引きつつ、ロミオを制しながらユノの方を見ると、当の本人は心配そうにジュリウスに話しかけている。

 

「もう次の任務が入ってるんだね。やっぱり、ブラッドの皆をピクニックに誘うのは、難しいかな……」

 

「いえ、楽しみにしています。その前に少しスケジュール調整をさせてください」

 

微笑みながらジュリウスが応じると、ユノはパッと笑顔を見せた。

 

「ありがとう、ジュリウス。却って迷惑だったらどうしようかと思いました」

 

「考えてみるとさ……ユノさんと俺たちは、同じ極東支部にいながらずっとすれ違ってる気がしてた……けど、それも終わりだな!」

 

「ふふ、そうですね」

 

ロミオの言葉に、クスクス、とユノが笑い、またロミオも笑う。

ジュリウスはそれを見て微笑むと、レイに向き合った。

 

「そうだ、レイ。今後の任務だが、神機兵の無人運用テストが実施される。ブラッドが担当するのは、神機兵の露払いだ……」

 

「またか。勘弁してくれってんだ」

 

レイは前回のことを思い出して顔をしかめた。

いくら調整が終わったとはいえ、また同じことが起きないとは限らない。

また、誰かが危険にさらされるかも知れない。

その時は。

 

「ジュリウス、言っとくけどな」

 

「その前に確認しておくが、致命的な問題が起こった場合、ブラッドは……神機兵よりも人命を最優先する」

 

「!」

 

言いたいことを先に言われ、レイは目を見開いた。

まさか、先読みされるとは思わなかったのだ。

してやったり、とばかりの笑みを浮かべるジュリウスは、いつもならレイが浮かべるような笑みを見せている。

 

「やってくれるね、かなわねぇな」

 

思わずククク、と笑うと、レイもニヤリと笑ってみせる。

 

「勿論だろ、何言ってんだよ。命令違反上等だっての」

 

「そうこなくては、な。よし、準備が整い次第、任務開始といこう」




ザ、スランプの今日このごろ、なんとか書きました。
もうね、ここホント書きたくないです。
だってさ、だってさぁ!
ネタバレになるから言わないけどさぁ!
いやもうほんと、鬱になります。
無駄にレイがラケルを警戒してますが、これは彼に混ざったオラクル細胞が、ラケルの中にある(ネタバレ)に反応してしまっていることが大きな原因です。
まあ簡単に言うと、ソーマさんのアラガミ察知の能力的な感じです。
お陰で、ラケルの前に来ると普段と同じようにしていてもこう、内心ではバリバリに警戒しているという。
非常に面倒くさい体質の主人公です。
可哀想というかなんというか。
まあ頑張れ、先は長いぞレイ。
感想、お待ちしています。


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第32話 絶望と鎮魂歌

第32話です。
さようなら、先輩。


神機兵の露払いは、以前よりもスムーズに行われた。

ブラッドの基礎戦闘力が増していること、神機兵の制度も上がっているからであろう。

とにかく、神機兵の運用テストは成功したと言えるものだった。

いくつかの任務をこなした頃、ユノとの野外昼食会がとりおこなわれた。

場所はフライアの庭園で、穏やかな時間を過ごしていたが、途中で仕事が入ってしまい、中断することになってしまったが。

また埋め合わせをするという事になり、束の間ではあったが、その場はお開きとなった。

その日から暫くして、ブラッドはジュリウスに呼び出されていた。

 

「ラケル先生が開発したシステムにより、周辺のサテライトに局地的な「赤い雨」が降ることが予想された。そこで、神機兵とブラッド、さらに極東支部の部隊も投入される、大規模な合同作戦が行われる」

 

ブラッドに衝撃が走る。

いくら前回の任務が上手くいったとはいえ、いきなり任務に投入するのは如何なものか。

ジュリウスも、内心反対なのだろうが命令には逆らえないため、嫌々承認したのだろう。

いつもよりも、難しい顔をしているのがその証明である。

 

「神機兵は、避難する住民達を護衛し、俺たちはその間、サテライト拠点の防衛に務める。今回の任務は、迅速かつ的確な行動が必要となる。準備が整い次第、オペレーターに任務の申請を行ってくれ」

 

シン、と重くなった空気のまま、各自が準備をし始める。

レイはターミナルから回復錠とスタングレネード等をありったけ引っ張りだし、そのままターミナルを操作して使用する神機のパーツを選択する。

これで、どういう原理かはわからないが、神機を取りにいく頃にはパーツの付け替えが終わっている。

まあ、たまに君からの仕事多いよ、と言われることがあるので、リッカが全速力で終わらしてくれているのだろうけども。

 

「例の神機兵、いきなり作戦に投入するらしいな。嫌な予感しかしねぇ……」

 

用意が終わって皆が集合し始めた頃、ギルがレイに言った。

 

「正直、俺も嫌な予感しかしねぇ。だが……やるしかねぇんだ、やってやるさ。で、もう時間だってのにロミオはどこに行った」

 

険しい顔でレイはギルに返事をした。

ギルも、難しい顔をして黙り込む。

ふと、ロミオだけまだきていないことに気がつき、レイはその姿を探したが、どうやら、まだロビーにはいないらしい。

 

「そういえばさっき、ロミオさんが「ユノさんに用がある」とか言って……「着替え中」と書かれた部屋の扉の前で気を付けの姿勢で待ってました。なにも、あそこまで緊張しなくても……」

 

ふと、近くにいたアリサが苦笑しながら言った。

レイは一言例を言うと、ユノの部屋に向かう。

ユノの部屋はレイの部屋の隣で、わりとアクセスしやすい場所にある。

ノックをしようと右手を持ち上げた時、中からロミオの声が聞こえた。

 

「ユ、ユノさん!あ……あの、一つ、お願いがあるんですけど……」

 

咄嗟に右手を止めて下ろす。

今入ったら、ロミオが言いたいことを言えなくなってしまうような、そんな気がした。

 

「俺、ブラッドのメンバーにさ、今まで散々助けてもらったのに何一つ恩返しらしいことできてなくて……だから、その……この作戦が終わったら……ブラッドのために1曲だけ歌ってほしいんだ!」

 

「っ!」

 

「ユノさんの歌ってさ、聞いてると疲れが吹き飛ぶっていうか、とりあえず、すげー癒されるんで……だから……」

 

レイは驚いて、声を出さないように咄嗟に息を飲み込んだ。

小さな声が漏れてしまったのは仕方が無いが、まあ、聞こえてはいないだろう。

それよりも、ロミオが、そういう風に考えていることに驚いていた。

確かに、これが恩返しになるなら、これ以上のことは無いだろう。

 

「ええ、私の歌でよければ」

 

「ほ、本当!?」

 

「もちろんです!あ、でもその代わり、一つだけ約束してください。必ず、全員無事に帰ってきてくださいね」

 

ユノはあっさりと了承した。

あの程度の条件なら、この支部の者達と協力すれば無理なくこなせるだろう。

 

「了解!ありがとう、俺……超楽しみにしてるよ!」

 

嬉しそうなロミオの声が聞こえる。

きっと二人共、笑顔だろう。

こうやって聞かれていることも露知らずに。

 

(つーか俺……最近盗み聞きばっかりだな)

 

レイは1人苦笑いを浮かべる。

そして、ユノの部屋のドアを叩いた。

 

「おーい、ユノ、アリサに聞いたんだが、ロミオ来てるか?」

 

「あ、レイ!」

 

レイが訪ねてきたことに、2人は驚いているようだった。

すぐにドアが開き、レイはロミオに声をかける。

 

「いたいた。で、用事は済んだか?そろそろ出るぜ」

 

レイはレイで、さっきの話の内容は知らぬふりで押し通す。

バレることは無いだろうけども。

 

「おう!じゃ、ユノさん後で!」

 

ロミオはユノに手を振ると、部屋から出てきた。

 

「サテライト拠点への避難誘導って、神機兵との共同任務なんだね……皆をよろしくお願いします」

 

部屋の奥から、心配そうなユノの声が聞こえた。

レイはそれに笑顔で答えると、ロミオとともにエレベーターへ乗り込んだ。

 

ーーーー

 

当初の予定というものは、狂うものだ。

ユノやブラッド、極東支部の神機使いの手によって避難誘導を行っていた際、サテライトの各所を、アラガミが同時多発的に襲ってきたのである。

おかげで、現場は大混乱に陥っていた。

シエル、ナナ、ギルのブラッドβ、レイ、ロミオ、ジュリウスのブラッドαは、避難誘導をユノらに任せ、既に数カ所周りアラガミを討伐して、この地点にやって来ていたが、ここが今日一番の被害を被っている。

ついでに、住民の避難が終わりきっていなかった。

アラガミから逃げ惑うサテライト住民が、レイ達の稼働場所を狭くする。

その悲鳴が、怒号が、レイの聴覚を半分ほど麻痺させていた。

それが、レイにいつも以上の危機感を覚えさせる。

 

「お前ら気をつけろよ!!」

 

「分かってるよ!」

 

咄嗟に、共に戦っているジュリウスとロミオに向けて叫んだ。

これ以上の聴覚の麻痺を避けるため、レイは無線を外してポーチに突っ込んだ。

オペレーターの声は聞こえなくなるが、最早そんな事はどうでも良くなっていた。

攻防が続く。

ヴァジュラの電撃が、クアドリガのミサイルが、何の容赦もなく民家を焼いていく。

 

「止めんかこの野郎ぉぉっ!」

 

レイがクアドリガの二つあるミサイルポッドを、一つ切り落とした。

そのまま、ヴァジュラの後ろ足を一本切り飛ばす。

バランスを崩し、ヴァジュラが崩れ落ちた。

 

「こっち向けやコラァ!」

 

「レイ、性格変わってない!?」

 

超人的パワーを発揮しながら、普段より荒々しい言動をとるレイに若干引きつつ、ロミオも負けじと突っ込んでクアドリガの前面装甲を叩き壊す。

そこに、ジュリウスがブラッドアーツを叩き込み、クアドリガは沈黙した。

すぐにレイの助太刀に入ろうとしたが、既に終わってしまったようで、ヴァジュラは沈黙していた。

その死骸の上に、返り血塗れになったレイが立っている。

 

「いやー、荒れた荒れた」

 

「……笑いながら言わないでくれない?」

 

いつものテンションに戻っていた。

さっきの変貌が嘘のようである。

返り血を払いながら苦笑するレイに再度引きつつ、ロミオは倒壊して燃えている建物に目をやった。

 

「ひどいね……」

 

「いいえ……生きている限り、また何度でもやり直せます……今までだって、ずっとそうでしたから」

 

ユノが静かに、力強く言う。

4人は、そのまま住民の避難誘導を開始した。

 

ーーーー

 

その様子を、ラケルは自室のモニターから見ていた。

その手元が忙しなく動き、キーボードの操作をしている。

 

「やがて、雨が降る……」

 

モニターにはいくつものカメラから送られる映像が所せましと映し出されている。

音声はシャットアウトしているため、何を言っているのかは分からないが。

その映像の一つで、ロミオがなにかに気がついたように空を指さした。

絶望を育む赤い雨が、降る。

 

ーーーー

 

ふと見上げた空に浮かんだソレに、ロミオの顔が強ばった。

震える手で空を指さす。

 

「あれ……あの雲、赤い……」

 

その声に、レイとジュリウスも空を見た。

その赤さは、今にも降り出しそうな、そんな予感を感じさせる。

生まれ故郷で見た、人殺しの雲だ。

 

「ヤバい……っ!おい、あの赤さじゃすぐ降ってくるぞ!」

 

「赤い雨……!全員、シェルターまで戻れ、急げ!」

 

「予報の精度は上がったんじゃなかったのか!?五時間も早いじゃねぇかよ!」

 

未だ逃げ残っている住民達を、後ろから追い立てながら走る。

3人は途中、遅れ始めた子供等を背中やら脇やらに担いで走り、なんとか全員がシェルターに入り切ることが出来た。

 

「ジュリウスで最後?」

 

「ああ、最後だ。ブラッドβ、聞こえるか?状況を報告しろ!」

 

ジュリウス無線でブラッドβに呼びかける。

 

『こちらブラッドβ、敵残数1体です』

 

シエルの声が聞こえた。

まだ、赤い雲に気がついていないようである。

 

「中央部シェルターまで撤退しろ!赤い雨が来るぞ!」

 

『了解、シェルターまで撤退します!』

 

嫌な予感がする。

まだ、何がが起こりそうな気がした。

 

ーーーー

 

予定よりはるかに早い赤い雲の到来によって、現場は大混乱を起こしていた。

しかし、ラケルは全く焦ることなくキーボードを叩き続ける。

 

「雨は降りやまず……時計仕掛けの傀儡は、来るべき時まで……」

 

モニターに映る赤い雨の予報。

その横にあるラケルが事前にこの時のためだけに用意した、僅かなバグ。

今回の予報が、誤報でしかなくなるように。

全てを思うように動かすために。

モニターに映し出された神機兵の制御パネル。

最後の一手を施すために、ラケルは準備を進めていた。

 

ーーーー

 

まだ走り込んでくる住民を誘導しながら、ジュリウスが指示を飛ばす。

 

「ブラッドは誘導を行いつつ、警戒行動をとれ、いいな」

 

ザザ、というノイズが無線に入り、コウタの声が聞こえる。

 

『やっとつながった!』

 

「コウタさん!」

 

ようやく連絡が取れたことに安堵したのか、幾ばくか落ち着いた声音でコウタが現状の報告を始めた。

 

『こちらコウタ、周辺住民の護送が終わりそうだ!後は神機兵に任せて、退却する!』

 

ーーーー

 

ラケルの口元に、怪しい笑みが広がった。

その右手がゆっくりとエンターキーを押す。

 

「眠り続ける」

 

それと同時に、現場の神機兵は、すべての活動を停止した。

 

ーーーー

 

プシュー、という音とともに、神機兵が活動を止めていく。

 

「神機兵が止まった……」

 

神機使い達に緊張が走る。

 

『こっちもだ……どうなってるんだ!』

 

どうやら、各所で神機兵が動かなくなっていっているらしい。

 

『フライアから緊急連絡、全ての神機兵が停止していきます!現時点で、原因は不明……』

 

今頃、フライアではクジョウがパニックに陥っていることだろう。

今度こそ、万全だと思っていたものが、再び不具合を犯しているのだから。

 

「ほら見ろ……」

 

レイは思いっきり顔を顰めた。

これ以上、何も起きないでくれ。

そう祈るしか、無い。

 

ーーーー

 

神機兵が止まった事をモニターで確認し、ラケルは自身の計画の成功をほぼ確信した。

 

「人もまた自然な循環の一部なら……人の作為もまたこの一部、そして……」

 

モニターに映し出された映像が、コロコロと入れ替わる。

 

ーーーー

 

無線では、まだコウタ達第一部隊が奮闘している事が伺えた。

 

『隊長、まだ一般市民の避難が……』

 

『分かった!一般市民を連れて、近くのシェルターに避難しろ!』

 

手伝いに行きたいが、ここからでは間に合わない。

レイ達は、はやる気持ちを押し殺し、自分に出来ることをやり始める。

 

「全員、避難したか?名簿の照合、急げ!」

 

渡された名簿の照合をするうち、ロミオはあることに気がついた。

 

「あれ……北の集落の人達……爺ちゃん達がいない……」

 

何故いないのか。

逃げ遅れたのでは?

ロミオの胸中に、不安が広がっていく。

 

『誰か……聞こえるか……頼む……』

 

「聞こえるぞ!どうした!」

 

無線に、助けを求める声が飛び込んできた。

 

『ああ、助けてくれ……ノースゲート付近……白いアラガミが……うああっあっ』

 

ザー、と通信にノイズが入り、男の声は聞こえなくなった。

 

ーーーー

 

モニターに映る現在のブラッドの面々の顔。

各々の顔に、焦り、戸惑い、困惑の色が浮かんでいる。

その中に、今にも飛び出しそうな人物が1人。

 

「ああ、やはり……貴方が「王のための贄」だったのね……ロミオ……」

 

恍惚の笑みを浮かべ、ラケルはモニターに映るロミオの顔をなでた。

 

ーーーー

 

ノースゲート付近。

老夫婦の住んでいるあたりだ。

 

「爺ちゃん……婆ちゃん……」

 

ロミオの視界に、防護服が写った。

それを、迷いなく引っつかむ。

奥では、さっきまでの慌ただしさは影を潜め、戻ってきたブラッドβの面々とレイが情報交換をし合っていた。

今なら、自分が抜けてもきっと大丈夫な筈だ。

 

「中央シェルター、赤い雨が降り始めた。極東支部まで撤退するか、無理せずに雨宿りさせた方が……」

 

「ジュリウス、ごめん!……俺、ちょっと行ってくる!」

 

すぐに防護服を着込み、ロミオは神機を片手に駆け出した。

 

「なっ、ロミオ!?」

 

「何してんだバカ!」

 

レイとギルが、追いかけようとするのを、ジュリウスが止めた。

 

「待て、俺が連れ戻す。副隊長とギルは、ここでアラガミの侵入を食い止めてくれ」

 

ロミオと同じように防護服に身をまとったジュリウスが、ロミオのあとを追いかける。

残されたレイとギルは、黙ってその背中を見送った。

 

ーーーー

 

モニターに、シェルターから飛び出して車に乗り込むロミオが映し出された。

そして、その後をジュリウスが追いかける姿も映し出された。

 

「ロミオ……貴方は、この世界に新しい秩序をもたらすための礎。貴方のおかげで……もう一つの歯車が回り始める……ああ、ロミオ……貴方の犠牲は、世界を統べる王の名のもとに……きっと、未来永劫、語り継がれていくことでしょう」

 

ここまで来れば、最早ラケルの思うとおりにしかならないだろう。

マルドゥークが、自分達に楯突こうとする2人を見逃すはずがない。

また、ブラッドの2人は防護服という枷でしかないものを身にまとい、不利な戦いを強いられる。

出来ることはやった。

ここまで色々やったのだ。

あとは、なるようになる事を祈り、待つだけだ。

 

「おやすみ、ロミオ……「新しい秩序」の中で、また会いましょう……」

 

ラケルは、微笑みを浮かべながらモニターの電源を落とした。

 

ーーーー

 

ロミオはシェルターを飛び出し、近くにあった物資等を運搬するオープンカーに飛び乗った。

ノースゲートに向かうための運転しながら、ロミオは前シエルの言っていたことを思い出していた。

赤い雨、黒蛛病、発症した場合の致死率は100%。

 

(うわ……嫌なこと思い出した)

 

運転しながら、色々な思いが駆け巡る。

またギルにうるさく言われるんだろうとか、シエルに規律がどうとか言われて、そういう時に限ってレイは黙ってフォローくれないんだろうとか、ナナはチキンで許してくれるかなとか。

ジュリウスは、どうなのかな、とか。

 

(いいや、とにかくアレだ、謝ろう。また勝手に飛び出してごめん、心配かけてごめんって。帰ったら、ちゃんと謝ろう)

 

老夫婦の住んでいた家屋のあたりに辿り着き、ロミオは車を下りて老夫婦の家屋を探す。

 

「ガアアッ!」

 

「!」

 

背後で、ガルムの雄叫びが聞こえた。

ロミオは、ガルムに飛びかかる。

攻撃をよく見て突っ込み、攻撃を当てたら回避。

何度か繰り返した頃、ガルムに結合崩壊が起こった。

 

『ガルムに結合崩壊!依然、マルドゥークと思われる反応が周辺にあります!気をつけてくださいロミオさん!ガルム活性化します!』

 

鬼気迫るヒバリの声が、無線に響く。

怒り狂ったガルムが、ロミオを押しつぶそうと踏みかかる。

避けきれない、そう思った瞬間、誰かがロミオの頭上のはるか上を飛び越して、ガルムの首あたりを両断した。

 

「!?」

 

ロミオは驚いてその人物を見る。

その者は、ここにいるはずの無い人物だった。

 

「ジュリウス!?バカ!なんでお前まで来てんだよ!!」

 

思わず怒鳴ってしまった。

ジュリウスが何かを言い返そうとした時、餓狼の咆哮が背後でした。

驚いて振り返ると、そこにはガルムが2体、そして、マルドゥークが佇んでいる。

マルドゥークが赤い咆哮をあげ、2人に向かってくる。

神機を振りかざし、マルドゥークに向かって突っ込んだ。

しかし、マルドゥークの方が早い。

右足から繰り出された強烈な一薙をくらい、2人はなす術もなく吹っ飛んだ。

2、3度バウンドをしながら地面に転がる。

その一撃によって、頭を強打したロミオは動くことが出来ない。

なんとか立ち上がろうとする事が精一杯のジュリウスには、マルドゥークの追撃になす術を持ち合わせていなかった。

 

ーーーー

 

ロミオが雨の中で目覚めた時、一番に目に入ってきたのは、背中の真ん中あたりを切り裂かれ、倒れているジュリウスだった。

動く気配がないことから、恐らく意識がないのだろう。

近くに転がっていた神機を握り、周囲を伺う。

頭から出血しているようで、左目に血が入ってしまったのか、視界が赤く染まっていた。

ロミオがまだ生きていることに気がついたマルドゥークとガルムが、ロミオに止めを刺そうと迫ってくるのが見える。

どうやら、そう長い時間気を失っていたわけじゃないらしい。

ロミオはヴェリアミーチを構えて、大きく振り下ろした。

そこから放たれた赤い閃光が、ガルムを一撃で沈める。

が、マルドゥークは止まらない。

勢いをまるで殺さず、ロミオに対して、下から突き上げるような形で体当たりをかましたのだ。

かなりの衝撃とともに、ロミオの体がある程度の高さまで舞い上がる。

そして、自由落下に身を任せ、無抵抗に頭から落ちる。

マルドゥークが、大きく右足を振りかぶって待ち構えている。

そして、ロミオには薄れる意識の中で、マルドゥークの鋭い爪が、自分に止めを刺そうと迫ってくるのが見えた。

いくつかある内の、一本の爪がロミオの腹に深々と突き刺さった。

そのまま、ものすごい勢いで弾き飛ばされる。

地面に叩きつけられ、ロミオはなんとか立ち上がった。

腹の穴から、ボタボタと凄まじい量の血が流れ落ちていく。

俺はここで死ぬのだろうか。

腹の傷を見る限り、まあ、ここから助かるなんてことはないんじゃないだろうか。

赤い雨だって浴びてしまっているし。

そんな自問自答を少しした時、ロミオの頭に今までの思い出が駆け巡った。

初めてブラッドに入った時。

無愛想に握手を求められたっけな。

ブラッドのメンバーひとりひとりの笑顔。

もう見れないのかな、嫌だなあ。

初めてユノにあった時、興奮して思わず手を握って、ユノは戸惑っていたっけ。

良くしてくれた老夫婦の顔。

また会いたかったな。

初めてギルとあった日。

俺がギルを怒らせて、殴られたっけ。

無線から、ヒバリの泣き叫ぶような悲鳴が聞こえる。

極東で随分とお世話になったなあ。

コウタさんと、また話したかったな。

……こんな所で。

こんな所で諦めてたまるか。

守るって決めたんだ。

誰も殺させてなんかやらない。

自分の大切な人たちを、お前なんかに、傷つけさせてやるもんか!

 

「うおおおおおおっ!」

 

ーーーー

 

血の力が目覚めた時のような感覚が、シェルターで待機していたギルとレイを襲う。

 

「……っ!」

 

咄嗟に、その力を感じた方角を凝視する。

ここからは距離がありすぎて、気配を探ることは出来なかった。

 

「今のは……」

 

「ロミオ……?」

 

嫌な予感がした。

物凄く嫌な予感がした。

 

「……まさか」

 

そんな予感を振り払おうと、レイは二、三度首を振った。

その場に立ち込める不安。

その不安を肯定するかのように、赤い雨は振り続けている。

レイは、先程用意された防護服を身につけた。

 

「おい、何してる!」

 

「ギル……ここ、任せたぜ」

 

待て、とギルが止める前に、レイは雨の中に飛び出していた。

 

ーーーー

 

雨の中、無線から聞こえる声だけが辺りにかすかに響く。

 

『ロミオ!ノースゲートにいた住民は無事避難できたって連絡来たよ。アラガミ反応も消えたから、そっちも撤退してくれ』

 

誰も返答しない。

 

『ロミオ、聞こえる?』

 

『コウタ隊長!住民の照合終わりました』

 

『おう。じゃあロミオ、後で交流しような』

 

ブツッ、と無線が切られた。

ゆっくりと、ジュリウスは目を開く。

あちこちが痛み、顔をしかめながら体を起こした。

マルドゥークはいなくなっている。

そして。

ジュリウスは驚きに目を見開いた。

ロミオが倒れている。

ジュリウスは、痛む身体を動かして、ロミオを抱き起こした。

ロミオの腹には、マルドゥークにやられたであろう大きな穴が空いており、血が止まることなく流れ出している。

その体が、微かに動いた。

 

「ロミオ……しっかりしろ……」

 

「ジュリウス……ごめん……アイツ、倒せなかったよ……」

 

力なく、ロミオが目を開けた。

その声も、やっと絞り出した様なか細いもので、注意して聞かなければかき消されてしまいそうな程に小さい。

それでも、まだ何とか生きていることに、ジュリウスはほっとした。

 

「あ、爺ちゃんたちは……?」

 

「ああ、無事だ……お前のおかげでな……」

 

本当に無事なのか、ジュリウスは知らなかった。

しかし、肯定した。

ロミオの不安を取り除くために。

ほっとしたように、ロミオが笑った。

 

「そっか……よかった……なあ、ジュリウス……ごめんな……」

 

「ロミオ……それ以上、しゃべるな……」

 

懇願するように、ジュリウスはロミオに言った。

しかし、ロミオは喋るのを止めない。

止めようともしなかった。

 

「勝手に飛び出して……皆に迷惑かけて……」

 

「いいんだ……それ以上、しゃべらないでくれ……!」

 

その願いは通じない。

ロミオの声が、どんどんと弱くなっていく。

瞳から光が消えていく。

 

「弱くて……ごめんな……」

 

それを最後に、ゆっくりとロミオの瞳が閉じられていく。

その体から力が抜け落ちる。

薄れゆく意識の中、ロミオが最後に見たのは、今にも泣き出しそうな、初めて見るジュリウスの顔だった。

 

「ロミオ……?頼む……逝くな……目を開けてくれ……一人でも欠けたら……意味がないんだ……だから……頼む……」

 

ロミオの肩を軽くゆすってみる。

反応はない。

その瞳が、開く事は無かった。

 

「逝くなぁぁぁぁぁぁ!」

 

ジュリウスの叫びは、赤い雨が嘲笑うかのようにかき消したのだった。

 

ーーーー

 

葬儀は、フライアの庭園で静かに行われた。

庭園に一つの墓が鎮座している。

その墓石の真ん中に、ロミオの腕輪が取り付けられていた。

結果として、レイは間に合わなかった。

出るのが遅すぎたのだ。

レイがたどり着いた時、そこには動かなくなったロミオを抱き抱え、赤い雨に打たれながら叫んでいるジュリウスの姿があっただけだ。

ジュリウスの着ている防護服は、あちこちが破けて最早防護服の意味をなしていなかった。

愕然として、体から力が抜けたのをレイは覚えている。

その後、体を動かして近くにあった車に三人分の神機と、ジュリウス、ロミオの亡骸を何とか乗せて、サテライトの中央シェルターに戻ったのだが、その辺りのことをレイはよく覚えていない。

俯いていた顔を上げて、レイは葬儀に出席している面々を見る。

ナナが泣きじゃくっている。

シエルは静かに泣いていた。

ギルは俯いてただ立っている。

ユノが鎮魂歌を歌う。

極東の皆、ロミオが慕っていた老夫婦、フライアの職員。

その全てが、ロミオの死に涙していた。

そんな中、ラケルが車椅子を動かし、ジュリウスのスグそばまで移動した。

ジュリウスは、ラケルが話しやすいように膝をつく。

一言二言、ラケルがジュリウスに何かを囁いていた。

 

(……)

 

ぼんやりと、それを見つめる。

何も言う気になれなかった。

聞く気にもなれなかった。

ただ、ここにいるだけで今は十分だった。

歌が終わり、ユノがぽつりと言った。

 

「ロミオさんに……ちゃんと届いたかな?」

 

「……ああ」

 

それしか。

レイはただそれしか言葉を見つけることが出来なかった。

 

ーーーー

 

ロミオの葬儀が終わった後、部屋に戻ってきたレイは、メールが一件届いていることに気が付き、それを開けた。

 

「……!」

 

送り主の名前を見て、レイは驚く。

そこには、もう送られてくるはずのない人物からの文面が広がっている。

 

「ロミオ……」

 

From:ロミオ

件名:ユノさんのコンサート

本文:どうせなるならパァーっと、盛大にやりたいよな!で、それにはサプライズとか欠かせないと俺は思うわけ。

もういくつかアイディアがあるんだけど、それ考えるだけで、スッゲェワクワクしてきてさ、レイも聞いたらビックリするぜ?

任務が終わったら、早速打ち合わせやるからな!

忘れんなよ!

あ、後、服も送っといたから、着て見せてくれよな!

 

ギリ、と歯を食い縛る。

本来なら、今、ロミオとこのメールに書かれている内容について話をしていたのだろう。

もう、訪れることは二度とない。

 

「俺も……このタイミングで気がつくか普通……」

 

ダン、と壁を殴りつける。

もっと早く気がついていれば?

あの時自分が助けに行っていれば?

二度と、後悔の念が止むことはあるまい。

ギリ、と歯を食いしばっていると、ピンポン、と誰かがチャイムを押した。

 

「遅くなってすみません!この荷物行き違いがあって。こちらにサインお願いします!」

 

ドアを開けて出てきたレイに差し出された小包。

差出人の名前は、ロミオ。

さっきのメールにあった、送っといた服というのはこれだろう。

直接渡せばいいものを、わざわざ送ってくるだなんて。

サインをして受け取り、部屋の中で包を開ける。

中から出てきたのは黒基調の上下一式。

それと一枚のカード。

 

『この前言ってたやつ。ありがとな』

 

カードに書いてあったのは謝礼の言葉。

レイは黙って、封を開けた。

 

ーーーー

 

深夜、誰もいなくなった庭園に、レイは1人足を踏み入れた。

ロミオが送ってくれた、最後の贈り物を身にまとって。

ロミオの墓の前まで歩み寄り、その近くに腰を下ろす。

 

「ロミオ、服、ありがとな。サイズ、ピッタリだった。それと、よかったな。お前のために、ユノ、歌ってくれたぜ」

 

レイは静かに語りかけた。

軽く微笑みながら。

 

「予定外の歌だったけどな。ま、お前のことだから、歓迎会の時みたいに手ぇ叩いて喜んだんだろうけどよ」

 

静かな庭園に、レイの声だけが響いている。

それが、虚しさを煽る。

 

「そういや、お前の言ってたアイディアって何なんだよ。気になるじゃねぇか、教えてくれよ。って、言っても、もう無理なんだよなぁ……」

 

はぁ、と小さく息を吐いた。

そっと墓に刻まれた事をなぞってみる。

何時になっても、墓に来るのは嫌いだ。

 

「……なぁ、ロミオ」

 

レイは、ロミオの墓をじっと見つめた。

 

「お前、これで良かったのか?お前のおかげで助かった人も多いが、結果としてお前は死んだ」

 

死んだ。

自身が放つ言葉が、自身に突き刺さる。

 

「俺に言わせりゃ、人を助けても自分が死んだら意味がねぇ。そんなのは、馬鹿のすることだ。ま、お前だって死ぬ気はなかったんだろうけど」

 

死ぬ気だったなら。

あんな事をユノに言わないだろう。

死ぬ気だったのなら。

あんな風に、笑えるわけがないのだ。

 

「お前は、これでいいって笑うのか?」

 

答えはない。

あるわけが無い。

死んだ人間は喋らない。

死んだ人間は笑わない。

死んだ人間は戻ってこない。

分かっている。

嫌ってほどに見てきた。

食われて死んだ者がいた。

崩れてきた建物に潰されて死んだ者がいた。

飢えで死んだ者がいて、黒蛛病で死んだ者がいた。

たった17年生きただけで、これだけの死を見てきた。

それでも。

仲間が死ぬのは辛い。

見たくなかった。

 

「……死んじまうやつがあるかよ」

 

ポロリと。

何かが頬を伝って、地面に落ちる。

それが、涙だということに気がつくのに、しばらくかかった。

いつ以来だろう、泣いたのは。

こうして、涙を流して泣いたのは。

ポタポタと落ち続ける涙を、止めることはせず、溢れ出てくる激情を押し殺して。

レイは静かに、膝を抱えて蹲る。

そして、一言だけ呟いた。

今は無き、友に向けて。

大切だった、親友に向けて。

 

「馬鹿野郎が……」




遅くなりました。
この話の構成を考えるのに時間を費やし、文を考えるのに頭を悩ませ、うんうん唸ってるところに単行本発売による内容の追加。
おかげで、何話か前の終盤らへんと前半の数文字をを変更するハメになりました。
ロミオが減退復帰したあたりです。
そちらの方にも目を通してくれると、この話の後半の下りがわかりやすくなるかも。
まあ、漫画の内容を無理やり組み込んだ結果なのですが。
とにかく、ラケルのしゃべる場面と、現場の場面、どうやって分けようと悩んだ話です。
後、ロミオをかっこよく書きたかった。
そんなスキルが私に無かったことが非常に悔やまれます。
あと、読みにくい話になってしまったような気がしてならないです。
視点がコロコロ変わるのは、ホントに直さないといけない癖だなと、ひしひしと実感しました。
最後に。
このシリーズはまだ続きますが、この回まで本当に、ありがとうございました。
頑張ってくれたロミオ先輩に、黙祷を。
感想、お待ちしています。


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