真・恋姫†演義~舞い降りる賢君~ (残月)
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プロローグ

始まり
恋姫の世界へ


 

これは遥か昔

 

 

 

ある物語の終わりから始まる物語

 

 

 

人が立ち入らない森の中

 

 

 

その森の中に流れる川の畔に一人の青年の姿があった。

 

 

 

彼は川に向けて棒の先に糸を垂らしている。

 

 

所謂釣りで有る。

 

 

 

青年は透き通る空や流れる小川の音に身を任せていた。

 

 

「………平和じゃのう」

 

 

あくびと共に出た言葉には爺臭さが垣間見える。

 

 

 

彼は見た目こそ十代後半から二十歳半ばだが実際の年齢は八十を超える老人で有る。

 

 

 

彼は『太公望』

 

 

 

嘗ては仙人界に属し、崑崙山の教主・元始天尊の命により当時最大の国『殷』の国をめちゃくちゃにしていた『妲己』の魂を封じる『封神計画』を任される。

 

 

仲間の道士や仙人の協力や地上の民の支援を受けて、妲己の支配に有る殷を滅ぼす。

 

 

これも封神計画の中枢と化していた

 

 

当初は妲己を倒すための計画とされていたが真実は違った。

殷を滅ぼした後に浮き彫りになった真実。

封神計画の真の目的は『歴史の道標』と呼ばれる『女媧』を倒すことだった。

女媧とは地球に降り立った最初の知的生命『始まりの人』と呼ばれる一人だった。

女媧は自身が望む世界(すでに存在する年表通りの歴史)を作るために介入し、歪みが生まれた場合には幾度と無くリセットされる世界。

 

繰り返される歴史を止めるために発動された封神計画。

 

女媧の居る世界へ攻め入り仲間や嘗ての敵達との共闘により遂に女媧は倒された。

 

そして当の太公望は実は女媧と同じく『始まりの人』の一人で名を『伏羲』

 

彼だけは女媧を止めるための抑止力となるために姿を変え、記憶を書き換え、地上に残っていたのだ。

 

戦いを終えた後に太公望は後始末を全て仲間に押し付け、自分は悠々自適の旅を満喫していた。

 

太公望を探すために嘗ての仲間や弟子は血眼になり探したが始まりの人と呼ばれる伏羲の力は伊達じゃない。

 

 

怠ける為に全力を尽くした太公望は見事に捜索の手から逃げ延びていた。

 

そんな彼は一息付く為と自身の趣味で有る釣りを満喫していたのだ。

 

 

そんな時、ふと違和感を感じた太公望。

 

 

周囲を見渡せば自分以外の時間が止まったように全ての動きが止まっていた。

 

 

「これは……」

 

 

危機感を感じ立ち上がる太公望。

 

 

それと同時に太公望の前に突如、光が差し込む。

 

 

 

「むっ!?」

 

 

 

太公望はこの光に途方もない力を感じた。

 

自身と同等かそれ以上の力を。

 

因みにだが太公望は見た目と言動から弱く見られがちだがそれほ間違いで有る。

 

 

崑崙の教主・元始天尊の一番弟子であり仙人界の重臣に位置する存在。

 

 

その実力は崑崙の最高幹部十二仙も認め、敵ならば最強の仙人『申公豹』ですら彼をライバルとしていたのだ。

 

 

 

その太公望と同等の力。

 

 

しかし太公望にはこの力の出所に察しが付いていた。

 

 

「………女媧」

 

 

 

光の中に感じるのは戦って討ち滅ぼした嘗ての同士。

 

 

 

光が納まると同時に目の前に現れたのは一つの鏡。

 

 

 

─────へ───

 

 

そして聞こえてくる僅かな音。

 

 

 

 

───外─の─へ──

 

 

 

 

その鏡から聞こえるのは女媧の声だ。

 

 

 

 

───外史の扉へ───

 

 

 

 

「なるほどのぅ………女媧め。保険を残しておったか」

 

 

 

声を聞き、鏡を見た太公望はコレが何なのか察した。

 

 

この鏡は女媧が作り上げた世界へ扉なのだと。

 

 

恐らく女媧は負けた時の事は考えてはいなかったが今まで作り上げた世界の失敗を予想していた。

 

 

その為に作っていた予備の世界。

 

 

そして、その世界へ行くための扉がこの鏡なのだ。

 

 

 

「やれやれ………厄介事の予感しかせぬのぅ」

 

 

 

溜息を吐きながら鏡に手を伸ばす太公望。

 

 

 

普段の彼なら厄介事への介入は死んでもゴメンと言って逃げるのだが今回はそうはいかない。

 

 

女媧は太公望=伏羲の仲間

 

 

彼女の暴走を止めるためとは言えど永遠の孤独に押し込めたのも始まりの人の自分達だ。

 

 

 

「ならばワシがやらねばな……」

 

 

 

太公望は鏡に手を翳す。

 

 

 

それと同時に鏡は眩い光を放ち、太公望の身体を包む。

 

 

 

「鬼が出るか蛇が出るか……女媧は出て来て欲しくはないのぅ」

 

 

 

 

そんな事を呟く太公望の体を包む光が周囲を完全に白くするほどの輝きを放つ。

 

 

 

 

 

 

そして、その光が収まった時。

 

 

 

 

 

 

太公望も鏡もこの世界から消えていた。



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太公望、異世界に降り立つ

 

 

 

「ふむ、着いたようだのう」

 

 

鏡を介して女媧の作った異世界へと降り立った太公望。

太公望は周囲を見渡す。

 

 

「見た所……森の中か」

 

 

 

完全に見覚えのない森の中。

空間転移の際に場所の移動もあったようだ。

 

 

「ふぅむ……先ずは何をするか……」

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

太公望がこれからの方針を考えようとした瞬間、森に悲鳴が響く。

 

 

「な、なんじゃ!?」

 

 

太公望は思わず悲鳴が聞こえた方に視線を向ける。

森の中なので姿は見えないが少女の悲鳴は確かに聞こえたのだ。

 

 

「やれやれ、捨て置くのも気が悪くなるしのぅ」

 

 

太公望は面倒事を嫌うが非情ではない。

太公望は懐から打神鞭を取り出すとフワリと体を浮かせ悲鳴がした方へ飛んでいった。

 

 

 

少女は走っていた。

 

友人と共に街を目指していたが人攫いに遭遇し、急いで逃げた。

 

しかし逃げている最中に友人とは離れ離れになってしまい、しかも自身は人攫いに再度遭遇してしまったのだ。

 

 

「へへへっ……もう逃げられないぜお嬢ちゃん」

「に、逃がさないんだな」

 

 

人攫いの三人組は解りやすく言えばチビ、デブ、ヒゲだった。

内のチビとデブが少女を追いつめると下卑た笑みを浮かべながら躙り寄っていた。

少女は恐怖から尻餅をついてしまい更に恐怖で足が震えていた。

 

 

(誰か……助けて……っ!)

 

 

涙を流しながら目を閉じて身を固くする少女。

そして、チビとデブの手が少女に触れようとした時だった。

 

 

「疾っ!」

「な、なんだ!?」

「ぬわッ!?」

 

 

何かの掛け声と共に一陣の風が吹く。

突然の出来事に人攫い三人組は一瞬少女から目を離してしまう。

 

 

「い、居ねぇ!?」

「何処に行きやがった!?」

 

 

再び少女に視線を移した時には少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、なんとかなったのう」

「あ、あわ……」

 

 

太公望に抱き抱えられた少女は困惑していた。

人攫い三人組に追い詰められたと思ったら突風が吹き、更に突然現れた青年に横抱きにされてそのまま連れ去られてしまったのだ。

今は先程居た場所から随分離れた場所まで来ていた。

其処まで来てから少女は横抱きから解放されたが見覚えのない青年に少女は警戒をしていた。

 

 

 

「さて、先ほどの悲鳴はお主ので間違いなかったか?」

「ひゃ、ひゃい」

 

 

青年、太公望の問いに少女は噛みながらも返事をする。

 

 

「ふむ、人攫いに見えた故に助けたが迷惑であったか?」

「…………っ!」

 

 

太公望の問い掛けに少女はブンブンと首を横に振る。

 

 

「うむ、それは良かった」

 

 

太公望はそう言って少女の頭を撫でる。

少女は大きめの帽子を被っていたので少し撫でづらかったが少女は頬を染めて嬉しそうにしていた。

 

 

「さて、先ほどの事も有った故にまだ気が動転しているじゃろうが聞きたいことがある。良いか?」

「は、はい。大丈夫でしゅ」

 

 

先ほどから会話の度に噛む少女に太公望は苦笑いになっていた。

そして少女は地に尻餅を着いていたが立ち上がり太公望と向き合う

 

 

「わ、私の名は『鳳士元』です。助けて頂いてありがとうございましゅ!」

 

 

名乗った少女、鳳士元は噛んじゃったと顔を赤らめ、恥ずかしそうに帽子を目深く被るのだった。



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太公望、真名を知る

 

 

太公望と鳳士元は先ほどの場所から川辺に移動していた。

話をするに森の中は不便と感じたし先ほどの人攫い三人組がまだ居るかも知れないからだ。

 

 

 

「さて、道すがらお主の話を聞いたが……災難じゃったのう」

「……あう」

 

 

太公望の言葉に鳳士元は帽子を深く被ってしまう。

人攫いに有った上に友人と離ればなれになり、更に逃げたはずの人攫いに再度遭遇してしまった。

災難以外の何者でもなかった。

焚き火に拾い集めた小枝を火にくべる太公望。

 

 

「うむ、でだ。お主の知り合いの『朱里』であったか?その者と合流出来れば良いが……」

「っ!?駄目です!!」

 

 

太公望の呟きに鳳士元は立ち上がり、怒鳴り付ける。

先ほどまでのビクビクした様子とは違って威圧感も有るので太公望も面を食らった。

 

 

「なんだ、その友人とは会いたくなかった?」

「ち、違います!朱里は私の友達の『真名』なんです!」

 

 

太公望に詰め寄る鳳士元。

 

 

「訂正してください!」

「う、うむ……すまなかった」

 

 

剣幕に押され謝罪を口にする太公望。

それと同時に太公望には疑問がわき上がる。

 

 

「ところで鳳士元。聞きたいのじゃが」

 

 

「な、なんでしょう?」

 

 

真面目な太公望の顔付きに先ほどの剣幕は何処に行ったのか鳳士元はビク付く。

 

 

「真名とはなんじゃ?」

「……………………え?」

 

 

太公望の質問に目を丸くする鳳士元。

 

 

「真名を知らないんですか?」

「聞いたこともないのぅ」

 

 

質問を質問で返す形になった鳳士元。

 

 

そして驚愕する。

真名とは神聖な名であり、許された者しかその名を呼んではならない。

破れば殺されても仕方ないとすら言えるこの大陸の常識だ。

それを知らないとは不思議にも程がある。

 

 

 

「聞いたこともないんですか!?」

「皆目見当もつかぬ」

 

 

確認の為に再度聞き直す鳳士元。

 

 

「…………真名とはその人に心を許した時、初めて呼ぶことを許す名前なんです。本人の許可なく呼ぶと、何をされても文句はいえない。それ程の失礼にあたる行為なんです」

「ふむ、ではワシは無礼を働いたようじゃな。すまぬ」

 

 

鳳士元から真名の説明を聞き終えた太公望は納得すると頭を下げる。

 

 

「あ、あわ!?頭を上げて下さい!?」

 

 

対する鳳士元も慌てた。

真名の事が有ったにせよ年上男性にこんなにもアッサリと頭を下げられるとは思わなかったからだ。

 

 

 

「いやワシも迂闊で有った。知らぬ土地故にその風習にも気を配るべきであったが全てはワシの不徳の至すところよ」

「わ、わかったから!許しますから頭を上げてー!」

 

 

謝罪を続ける太公望に鳳士元は悲鳴にも近い声で太公望の頭を上げさせた。

 

 

 

「それで……ええっと……」

「ああ、そう言えばワシは名乗ってなかったのう」

 

 

何かを問い掛けようとする鳳士元に太公望は名を名乗って無かったと思い付く。

対する鳳士元も同様のようだ。

 

 

「うむでは、名乗るとするかワシの名は『太公望』じゃ」

「そうでしたか。では太公望様はなんでこの大陸に?」

「うむ、調べ物が有ってのう。先ほど来たばかりなんじゃが、着いたと同時に悲鳴が聞こえての。今に至るわけじゃ」

 

 

 

太公望が名乗った事で会話がスムーズに流れ始めた。

 

 

 

しかし其処で鳳士元の動きが止まる。

 

 

「太…公望……太公望様!?」

「うむ、太公望じゃ」

 

 

鳳士元は太公望に詰め寄り名を確認する。

太公望もしっかりと肯き間違いでないことを告げた。

 

 

 

「ふぅー………きゅう」

「 おっと!?」

 

 

 

鳳士元は目眩がしたかのような仕草の後に倒れてしまい太公望は慌てて鳳士元を抱き支えた。

 

 

「ワシの名は気絶するほどに珍しかったかのう?」

 

 

その問いに答える筈の少女は目をグルグルと回し、何故か頭の上にはヒヨコがピヨピヨと飛んでいた。



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太公望、真名を授かる

 

 

 

 

 

気絶した鳳士元が起きるのを待つ太公望。

 

 

「ふむ……真名以外にも、この娘の琴線に触れる事が有ったのかのう」

 

 

太公望は支えるのではなく地に座り、鳳士元を膝枕していた

寒くないように着ていたローブを彼女に掛けていた。

 

 

「……あふ……ふぇ?」

 

 

そして目覚めた鳳士元。

 

 

 

「む、起きたか?」

「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

太公望に膝枕されている事実に悲鳴を上げる鳳士元。

 

 

素早く離れると鳳士元は帽子を脱いで、その場に土下座した。

 

 

「も、申し訳ありませんでした!太公望様!!」

「………………はい?」

 

 

先程までの対応とまるで違う鳳士元に太公望は目を丸くした。

 

 

 

「ま、まさか太公望しゃまとはつゆ知らず失礼しました!え、えたえと……私の先程までの無礼をお許しくだしゃい!」

 

 

興奮した状態で噛みながら捲し立てる鳳士元に太公望はただ圧倒され、呆然としていた。

 

 

 

 

◇◆数分後◇◆

 

 

 

興奮した状態の鳳士元が落ち着くのを待った太公望は事態の解明に急いだ。

 

 

 

そして、その結果以下のことが判明した。

 

 

①この世界は太公望がいた時代から数百年後

②今の時代は漢王朝

③太公望は殷を倒した武王の軍師、賢者として語り継がれている

④乱世により国は荒れて民は困り果てている

⑤現在大陸中に乱世を治める天の御使いが現れると予言が有った

⑥其処に現れた太公望

 

 

 

「うぅむぅぅぅぅぅ……」

 

 

太公望は片手で顔を覆って自身の迂闊さを再度呪っていた。

太公望は女禍が作った世界に入った段階で同じ時代に飛んだと思っていたがそれは間違いだった。

女禍が予備の世界で作っていたのだから時代が進んでいるか遅れているかは分からなかったのだ。

しかも、その時代に置いて太公望の名が賢者として伝わっているなど夢にも思わなかったからだ。

 

 

 

「あー……鳳士元よ」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 

先程までの興奮からは落ち着いたが緊張しまくりである。

 

 

「まずは落ち着くのだ」

「は……はい」

 

 

太公望のから多少感じる威圧感に鳳士元は緊張も少し解かれたようだ。

 

 

「ワシは確かに太公望じゃ。じゃが乱世を鎮める為にこの地に来たわけではないのじゃ」

「………え」

 

 

太公望の言葉に悲しそうな顔をする鳳士元。

 

 

「ワシはある事情からこの地に来た。それは乱世を鎮めるよりも大事になるじゃろう。それにな………」

 

 

太公望は一度言葉を句切る。

 

 

「ワシは仙道が国を導くのは好かぬのじゃ。ワシが介入すれば国はいつかは間違えた道を歩むやもしれぬからの」

「………仙道」

 

 

太公望の言葉に反応を示す鳳士元。

 

 

「やはり太公望様は仙人様だったのですか?」

「む、やはりとは?」

 

 

鳳士元の言葉を聞き返す太公望。

 

 

「先程お助け頂いた際に何も無い場所から強い風が吹きました。地理的に風が強く吹く場所ではありませんでした。それに太公望様が現れた後に風は止んでいましたから、其処から導き出されるのは太公望様が仙術で風を操っていたのではないでしょうか?」

「む、むう……」

 

 

太公望は鳳士元の頭の回転を侮っていた。

 

 

「それに仙人様であるなら太公望様のお姿が若いのにも道理。真名や時代のことを知らなかったのも時代を超えた、もしくは人里から離れていたと思えば納得出来ます」

「む……むう」

 

 

鳳士元は先程までと違い、一度も噛まずに太公望を説く。

 

 

「しかしだな鳳士元よ」

「太公望様が政治に関わらないと言うのはわかりました。でも見て下さい。民を国を……その上でもう一度御言葉を聞かせて下さい」

 

 

太公望の反論を許さず鳳士元は捲し立てる。

対する太公望は鳳士元の目を見つめた。

先程までのビクついた様子はなく真っ直ぐに太公望を見詰めていた。

太公望はその目を見て何処か懐かしい気持ちになっていた。

 

 

 

 

────太公望殿─────

 

 

 

 

 

性格も性別も歳も。

何もかもがあの男とは違うのに思い出してしまった。

国を思い、祖国を離れ、親友と祖国と戦う決意をして、逝った友に。

 

 

 

「…………武成王」

「………ふぇ?」

 

 

懐かしさに目を細めた太公望。

 

 

「っと、すまぬ」

 

 

鳳士元の間の抜けた声に思考を取り戻した。。

そして思考を戻した太公望はクックっと笑いを堪えたかの様な笑い方をする。

 

 

「な、なんで笑うんですか!?」

「いや、笑ったのはワシ自身にじゃよ」

 

 

太公望はヒラヒラと手を振る。

 

 

 

「ワシはな先程まで、この国を巻き込んではならぬと思っておったがそれは間違いであったとお主に説かれたのじゃよ。ワシに間違いを教えてくれたのはお主じゃ」

「あ、あわわ……」

 

 

太公望は鳳士元に歩み寄るとポンポンと頭に触れる。

 

 

「しかしワシはこれから、大陸を回る旅に出て国を知らねばならぬ。どのみち国の政治には関われぬか」

 

 

ムウと顎に手を添えて、悩む仕草を見せる太公望。

それを見た鳳士元は太公望の前に片膝を着いた。

 

 

 

「太公望様、私の真名は『雛里』です。この名を預けると共に太公望様の旅の供をさせて下さい」

 

 

 

鳳士元は太公望に真名を預けると共に旅の同伴を申し出た。

 

 

 

「鳳士元よ……ワシは……」

「雛里です」

 

 

『鳳士元』改め『雛里』に真名を呼ぶように言われて太公望は折れる。

 

 

「雛里よ……ワシは旅をするがお主にとって実りの有る旅になるとは限らぬぞ」

「構いません。私が太公望様に着いていきたいと思ったんです」

 

 

雛里の態度に説得は無理と判断したフゥーと溜息を吐く。

 

 

 

「雛里の友人に会うまでは共に旅をするかの?」

「は、はい!」

 

 

太公望の言葉に雛里は満面の笑みを浮かべる。

賢君と鳳雛はこうして共に旅をする事になる。

この出会いがこの世界に何をもたらすか。

それはまだ誰にもわからない事である。



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太公望、真名を考える

 

 

 

 

太公望と雛里は今後の話をしていた。

 

 

「ふむ、ワシの名はやはり世間に知らせるのは拙いか」

「は、はい。太公望様の名は大陸中に知れ渡ってますから」

 

 

 

一番最初に問題になったのは太公望の名だ。

雛里が言ったとおり太公望の名を出せば国で問題が起きかねない。

 

 

「ふむ、ワシは太公望以外にも名を持っておるからそれを名乗るか」

「ふえ!?太公望様は名を沢山持っているんですか」

 

 

太公望の名が複数有ることに驚く。

太公望とは道士になった時の名で有り、人間だった頃は『呂望』

最初の人と呼ばれていた時は『伏羲』

地上に残り、女禍を監視するために人間だった頃は『王奕』

様々な名を持つ太公望だが自身が嘗て告げて楊戩にも言われたが姿形が変わろうと太公望が一番自身に会う名だと思われるのだ。

 

 

「ふむ、では普段は『呂望』と名乗り、真名は『太公望』とするかの」

 

 

太公望は少し悩んだが名を呂望とし真名を太公望にした。

 

 

「呂望が名で太公望を真名にするのですか?」

「うむ。呂望はワシが人間だった頃の名じゃ。人里で名乗るなら丁度良かろう。真名を太公望としたのはワシがそう呼ばれるのが長かったからじゃ。おいそれと無くしたくはないからの」

 

 

雛里の問いに答える太公望。

 

 

「さて、雛里よ。ワシの真名は太公望じゃ。お主に真名を預ける」

「はい。真名をお預かりします」

 

 

太公望はこの大陸の礼儀に習い、雛里に真名となった太公望の名を預けた。

 

 

「うむ。だが普段は呂望の名で呼んだ方が良いかの」

「そうですね。太公望様の真名が知られれば混乱の元になりそうですし……でもそれじゃ太公望様の真名が呼べなくなっちゃう……」

 

 

太公望様と呼べなくなる事にショボンとする雛里。

そんな雛里を思ってか太公望は思案し、口を開く。

 

 

「ならば雛里よ。ワシの事は『師叔』と呼ぶか?」

「師叔……ですか?」

 

 

師叔(スース)とは師匠の弟弟子(血縁でいうところの叔父に該当)に対する尊称であるのだが、注釈では「師匠の弟子」になる。

 

 

「うむ。ワシは仙人界で一番の指導者『元始天尊』様の直弟子でな。皆はワシを師叔と呼ぶ事が多かったのじゃ」

 

 

その言葉に雛里はパァッと笑顔になる。

 

 

「はい、太公望師叔!」

「雛里よ。それでは意味が無いぞ」

 

 

嬉しそうに言う雛里だが太公望のツッコミに顔を赤くした。

 

 

「す、すみません……」

「うむ、これからは注意せねばなるまい」

 

 

太公望は立ち上がると軽く体を伸ばす。

 

 

「では、行くか雛里よ。最初はどこへ行く?」

「はい、師叔。始めは幽州啄郡。公孫賛様が治める地です。私も朱里ちゃんも最初に其処を目指す予定でしたから」

 

 

太公望と雛里は歩み出す。

 

 

 

乱世へに向かう世界への第一歩を。

 

 

 

 

 



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太公望、四不象について語る

 

 

公孫賛が治める地『幽州啄郡』を目指す太公望と雛里。

 

 

 

「流石に歩きだと遠いのう」

「す、すみません。私も朱里ちゃんも途中まで商隊の馬車に乗せて貰っていたので馬は借りなかったんです」

 

 

雛里は商隊の馬車に乗せて貰い幽州啄郡の途中まで来ていたらしい。

商隊は其処から別の町に行ったらしく雛里は其処から徒歩で向かうつもりだった。

その町から幽州啄郡は近く大丈夫だろうと判断したのだが即座に人攫いに遭遇。

その後すぐに太公望に助けられて今に至るのだと言う。

 

 

「いや、謝らずとも良い。それに言い方を変えればお主達が馬を借りなかったからワシと雛里は出会ったんじゃからな」

「はい!そうですね師叔」

 

 

太公望の言葉に嬉しそうにする雛里。

 

 

「それにワシもずっとスープーに乗っておったからの。偶に歩くのも悪くない」

「スー……プー……?」

 

 

太公望の言葉に小首を傾げる。

 

 

 

「うむ、ワシが乗っていた霊獣じゃ」

「れ、霊獣でしゅか!?」

 

 

太公望が霊獣に乗っていた事に噛みながら驚く雛里。

 

 

「どどどんな霊獣だったんですか」

「う、うむ。名を『四不象』と言って。種族は……龍になるのぅ」

 

 

興奮気味の雛里に押されながらも四不象について説明する。

 

 

「り、龍……」

 

 

雛里はゴクリと喉を鳴らす。

そして雛里の脳裏には神話などに出てくる龍の姿が描かれていた。

 

長い身体に蛇のような鱗

威圧感を感じる二本角

神秘的な美しさや偉大さを感じさせる長い髭や鬣

そしてその頭の上に威厳有る姿で立ち竦む太公望

雛里はキラキラと夢見る少女の様に太公望を見上げていた。

 

 

「まあ、見た目はカバじゃったが」

「………え?」

 

 

雛里が脳裏に思い描いていた龍の絵にピシッとヒビが入る。

 

 

「うむ。見た目はカバで語尾に『~ッス』と付けておっての」

「カ、カバ……ッス?」

 

 

雛里の脳裏に思い描いていた龍の絵にはどんどんヒビが深く入っていく。

 

 

「うむ、それに龍と言っても肉食ではなく草食での。腹が減ったら道端の草を食っておった」

「………あうう」

 

 

既に雛里の脳裏の龍はガラガラと音を立てて崩れ去っていた。

いくらなんでも龍のイメージとかけ離れていたからだ。

 

 

 

「イメージと違ったか?だがの雛里。スープーはワシと共に長い時を過ごした友で有り相棒じゃった」

「そうなんですか?」

 

 

雛里の疑問に太公望は肯く。

 

 

「うむ、戦いの時も常にの。オマケを言えば周の国ではツッコミ担当じゃった」

「霊獣ですよね!?」

 

 

霊獣の予想外の扱いに声を上げて驚く雛里。

 

 

「ハッハッハッ気にするな。お、町が見えてきたのう」

「気にしますよ……師叔」

 

 

 

歩きながら話している内に幽州啄郡が視界に入る距離にまで来ていた。

 

 

 

「この大陸に来て始めての町か。楽しみだのぅ」

「ふふ、子供みたいですね師叔」

 

 

少しはしゃいだ様子の太公望に笑みを溢す雛里。

太公望と雛里はまるで兄妹の様に幽州啄郡の町へと向かうのだった。



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太公望、占いをする

 

 

 

幽州啄郡の町に到着した太公望と雛里。

しかし、切実な問題があった。

 

 

「路銀が足りぬか」

「はい、私と朱里ちゃんで路銀を半分にしていて、私は本と食料を買った時に襲われたので……」

 

 

太公望はこの時代の通貨を所持していないので雛里頼りだったのだが雛里も手持ちは少なく宿も取れない状態で有る。

 

 

「うーむ……ならばワシがなんとかするか」

「え、師叔がですか?」

 

 

 

腕を組み悩む仕草を見せた太公望だが自分が何とかすると宣言したのだ。

雛里は太公望の態度に驚かされる。

 

 

 

「うむ、ワシも昔は路銀が無くて有ることをして稼いだものだ。雛里、手伝ってくれ」

「は、はい!」

 

 

 

太公望の過去を聞くと共に自信満々な容姿を見た雛里は太公望の手伝いをすることになる。

 

 

 

 

 

 

◇◆数分後◇◆

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

雛里は道行く人の衆目に晒されていた。

隣には太公望も居るが多少なりとも目立つ事になっているのは恥ずかしがり屋の雛里には酷である。

太公望と雛里は町の大通りに出店を構えた。

店の看板にはデカデカと『占い有ります』

看板の下で客待ちをする形になる太公望と雛里は兎に角目立っていた。

その光景に道行く人がチラ見してしまう程に。

しかし太公望はそんな物は何処吹く風。

道行く人をジッと観察していた。

 

 

「おうおう、何見てんだ小僧」

 

 

そんな中、一人の薪売りが太公望に突っ掛かる。

 

 

「見て分からぬか?占いよ」

「ハッ!インチキ臭い占い屋が。んなもん当たるかよ」

 

 

太公望の言葉に薪売りは鼻で笑う。

 

 

 

「ふむ。ならば薪売りよ、お主を占ってやろう」

 

 

太公望は立ち上がると薪売りの商品の薪を1本手に取る。

 

 

 

「まーきー、まーきー、教えたまーえー」

 

 

打神鞭で薪を叩く太公望。

その衝撃で薪からは火花が散り、やがて薪に火が灯る。

 

 

 

「ふぅむ……薪売りよ。この先の通りに柳の木がある。その下で客が薪を普段の2倍の値で買い、餡饅と酒を付けてくれるであろう」

 

 

 

火を見詰めながら占いの結果を薪売りに説明する太公望。

薪売りは胡散臭そうな顔をしながらも柳の木がある道へ歩いて行った。

 

 

「師叔、大丈夫なんですか。あんなこと言って」

「かかかっワシの占いは当たるのじゃよ」

 

 

不安げに太公望を見上げる雛里と笑みを返した太公望。

 

 

所変わって薪売りは柳の木の下に来ていた。

 

 

「へっ馬鹿馬鹿しい……今時薪を二倍で買ってオマケまでする客なんて……」

 

 

等とぼやいていたが客が現れる。

 

 

 

「薪を買いたいのだが良いかな?」

「あ、はい。これくらいでどうでしょう?」

 

 

薪売りは客に薪の値段を告げる。

 

 

 

「うーむ、ちと高いな……んっ!?」

 

 

客は難色を示そうとしたが薪売りの薪を見て驚愕する。

 

 

「こ、これはカマキリの卵!なんと縁起が良いんだ!実は娘が結婚したばかりでね子宝に恵まれるに違いない!薪は先程の値の倍で買わせてくれ。なんならさっき買ったばかりの餡饅と酒も付けるぞ!」

 

 

捲し立てる様に薪売りに金と餡饅と酒を渡す客。

薪売りは上機嫌で去っていく客の背中を呆然と見ていた。

 

 

 

「占いが……当たった?」

 

 

薪売りは呆然としつつも占いが完璧に当たった事態を飲み込んでいた。

 

 

 

「はっ!……行かねば!」

 

 

 

薪売りは慌てて先程の占い屋に急行した。

 

 

 

 

 

 

再び、太公望の占い屋だが客足は遠く、中々人が寄りつかない状態だった。

 

 

「師叔……やはり無理があるのでは?」

 

 

コソッと太公望に耳打ちする雛里

 

 

「安心せい、そろそろ来る頃じゃ」

「う、占い師様!」

 

 

 

太公望が雛里に大丈夫と言ったと同時に先程の薪売りが餡饅と酒を抱えながら戻ってきた。

その光景に先程の占いを見ていた町の人々は驚愕する。

胡散臭そうな占いが的中したのだから。

 

 

 

「う、占い師様!申し訳ありませんでした。先程の占い代を払わせて頂きます!」

 

 

 

薪売りは先程の無礼な態度を改めて太公望に占い代を支払う。

 

 

「うむ。じゃがお主の薪が売れたのはお主の普段の行いが良いとも言えるからじゃ。精進せいよ」

「は、はい!」

 

 

太公望の言葉を受けた薪売りは嬉しそうにその場を後にした。

 

 

 

「占い師様、私も占って頂けますか?」

「ア、アタシも!」

 

 

 

先程まで妖しいと客が寄りつかなかった太公望の占い屋だが当たると分かったと同時に客が殺到した。

 

 

 

「うむ、一人ずつ並ぶが良い」

 

 

太公望はニヤリと笑うと先頭の人物から占いを始めた。

雛里は押し寄せた町の人々を誘導して列を作る。

太公望の占いは瞬く間に人気店となったのだった。



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太公望、城へ招かれる

ランキングに乗ったのを見てテンションが上がって一日に二話目の投稿です

ありがとうございます


 

 

町に来てから数日が経過し、太公望はご満悦だった。

 

 

「見よ雛里……これなら半年は食い物に困らぬぞ」

「す、凄いです師叔」

 

 

太公望の手には大金が握られていた。

占いが当たると評判になるやいなや、客が殺到したのだ。

料金的には普通の占いだが数を重ねれば儲けになる。

太公望は僅か数日で町の人々と交友を深め、もはやこの街に知らぬ人無しといった状態である。

 

そして今日も繁盛する占い屋。

 

 

 

「待たせたの皆の衆!今日は新作の『いわし占い』をやってしんぜよう」

 

 

ギャラリーが湧く中、太公望は鰯を取り出すと腕を交差して目を瞑る。

 

 

 

「いわし-!いわし~……いわし~……」

 

 

 

怪しげな宗教家の様にユラユラと揺れながら鰯を連呼する太公望。

 

 

 

「なあ、薪売りよ。あの占い師大丈夫なのかよ?」

「怪しいけど占いは当たったんだって!」

 

 

 

怪しげな占いを訝しむ町民に薪売りはフォローを入れる。

 

 

 

 

「ふむ。中々、興味深い御仁だ」

 

 

 

怪しげな動きを披露している太公望の前に一人の女性が立つ。

 

 

「占い師殿、イッちゃってる最中に申し訳ないが少し宜しいか?」

「む?」

 

 

太公望の占いを中断したのは髪が青く、白い着物を着た女性だった。

 

 

「私の名は趙子龍。この町を治める公孫賛殿の客将だ。スマぬが公孫賛殿が占い師殿に合いたいとおっしゃっておる。来て頂けるか?」

「うむ。この町を治める方に呼ばれたとあっては仕方ないの。出向くとするか」

 

 

趙子龍の言葉に待っていたと言わんばかりの表情で頷く太公望。

 

 

「皆の者。スマぬが今日は此処までだ」

 

 

 

太公望はサッサッと店じまいをしてしまうが町民は太公望の性格を把握し始めたの早々と解散していった。

趙子龍の案内で城へと向かう太公望と雛里。

 

 

 

「いやはや、たった数日で人気者ですな」

「そうだのう。コソコソと物影で監視する者が出るくらいの」

 

 

太公望の言葉に趙子龍と雛里は目を丸くした。

 

 

「気付いておられたのか?」

「す、凄いです師叔。私、全然気が付きませんでした」

 

 

 

町の兵士が監視に来ていた事に気付いていた太公望。

そして、その事に驚く趙子龍と雛里。

 

 

「正しくは監視が出るのを待っておったのだ。あれだけ派手に騒げば町を治める者が何も手を打たぬ筈が無い」

 

 

太公望の手並みに感心する趙子龍と雛里。

だが太公望は儲けの為に半ば本気で占いをしていた事は隠していた。

 

 

「最初見たときは愉快な御仁と思ったが、貴殿は策士の様だな占い師殿」

「お主こそ中々、尻尾を出さぬ様じゃの」

 

 

腹の探り合いをする太公望と趙子龍。

そして互いに笑みを浮かべる。

 

 

「本当に楽しませてくれる方だ。改めて私の名は趙子龍。貴殿等の名を教えて頂けるか?」

 

 

「ワシは呂望。そして此奴は鳳士元。故あってワシの旅の供をしておる」

「あわわ、鳳士元でしゅ!」

 

 

趙子龍の言葉に自己紹介をする太公望と雛里。

お約束通りに雛里が噛んでしまったのを見て太公望と趙子龍は顔を見合わせた後に笑った。



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太公望、公孫賛と会う

ストーリー確認の為に久々に真恋姫をプレイ

魏ルートのラストで泣きました


 

 

 

 

城に招かれた太公望と雛里は謁見の間に通される。

 

 

 

「ふむ、中々に良い君主と見える」

「おや、呂望殿。公孫賛殿の評価は高めですかな?」

 

 

太公望の呟きに趙子龍は興味深そうに問い掛ける。

 

 

「町の者達は平和に暮らしておったし何より、民の顔よ。人々の暮らしを見ればある程度良い政策をしておると分かる」

「公孫賛様は良き領主として伝わってます。商人からの噂も良いので民も安心するのでしょう」

 

 

 

趙子龍は太公望と雛里の言葉を聞いて二人の評価を改めた。

やはり、この二人は只者では無い。

趙子龍はやはり楽しめそうだと口端を上げて笑う。

 

 

 

「民の話を聞いていたが愉快な連中みたいだな」

 

 

話をしている間に上座に赤髪のポニーテールの女性、領主の公孫賛が現れた。

 

 

 

「白蓮殿、町で噂の占い師、呂望殿と鳳士元殿をお連れした」

「ああ、すまないな星。さて、お前達が噂の占い師か」

 

 

 

公孫賛は呂望と鳳士元を見つめる。

 

 

「お主の町で占い屋をさせて貰っていた呂望じゃ」

「ほ、鳳士元でしゅ」

 

 

太公望と雛里は公孫賛に頭を下げる。

 

 

「ああ、私がこの町の領主、公孫賛だ。急に呼びつけて悪かったな営業許可も出さずに勝手に占い屋をしてるから星に確認して貰ったんだ」

「うむ、あれだけ派手に動けば領主が気付かぬはずが無い。ちょいと領主殿に頼みたい事が有ったのでな」

「私が動くのを待つために占いやってたのかよ」

 

 

太公望の発言に公孫賛はタラリと汗を流す。

 

 

「うむ、それが全てでは無いがな。さて此処に居る鳳士元は少し前に離れ離れになった友人を探しておるのだ。二人でこの町を目指していたと言うのだが、領主のお主なら知っているかと思ってのぅ」

「す、師叔……」

 

 

雛里の頭をポンと手を乗せて頭を撫でる太公望。

雛里は太公望が自身を思って行動してくれている事に感動を覚えた。

 

 

「ああ、町を賑やかにしてくれていた人の頼みなんだ。叶えてやりたいが……その友人の名は?」

 

 

対する公孫賛も何の疑いも無く太公望の言葉を信じた。

相も変わらずのお人好しだと思う趙子龍だった。

 

 

「は、はい。名前は諸葛亮孔明です」

「ん、孔明?孔明なら城に居るぞ!?」

 

 

 

雛里の発言に孔明は城に居ると話す公孫賛。

 

 

「ふぇ!?朱里ちゃんが公孫賛様の城に!?」

「少し前に桃香……劉備達と一緒に城に来たんだよ!確かに孔明も友達とはぐれたって……おい、孔明を呼んできてくれ!」

 

 

公孫賛は近くに控えていた兵士に孔明を呼びに行かせる。

 

 

 

「雛里の友人は既に劉備の下にいて公孫賛殿の客将となっていたか」

 

 

雛里から劉備や友人の話を聞いていた太公望は思案顔で雛里に話し掛ける。

 

 

「はい、私も朱里ちゃんも劉備様の目指す物に感銘を受けて劉備様の下を目指していましたから……」

 

 

 

対する雛里は少々暗い表情になっていた。

 

 

 



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太公望、劉備に語る

先に言っておきますがアンチ劉備ではありません


 

 

 

 

兵士が孔明を呼びに行って程なくした後に謁見の間に数名、入ってくる。

 

 

 

「ひ、雛里ちゃん!」

「朱里ちゃん!」

 

 

離れ離れになっていた親友同士は抱き合い、再会を喜ぶ。

 

 

 

「良かった!良かったよぅ……」

 

 

朱里は涙を流して雛里を強く抱きしめた。

 

 

「私は桃香様や愛紗さんに助けて貰ったけど……雛里ちゃんを探したけど見付からなくて……もしかしたら町に先に行ったかと思って町に来たけど……町でも雛里ちゃんの姿は無くて……」

 

 

涙声で状況説明と謝罪をしていく孔明。

 

 

「白蓮様の所でもそれらしい人が……来たら報告してもらう様にお願いしてたんだけど……全然報告が無かったから……」

「やはり、そちらでも探しておったか」

「例え、特徴が合っていても占い屋の片割れであれば兵士も報告しずらかったのでないでしょうかな?」

 

 

孔明が雛里に説明を続ける中、太公望と趙子龍が会話を交わす。

 

 

「あの、貴方が士元ちゃんを連れてきてくれたんですか?ありがとうございます」   

 

 

太公望の前に立ったのは桃色の髪をした少女。

 

 

「うむ、ワシが連れてきたと言うより雛里がこの町を目指していたから共に来たが正しいの」

「それでもです。私の友達の友達を連れて来てくれてありがとうございます」

 

 

桃色の髪の少女は深々と太公望に頭を下げた。

 

 

「と、桃香様!そんなに軽々しくと頭を下げないで下さい!」 

 

 

と其処で黒髪の少女が止めに入った。

 

 

「軽々しくなんか無いよ。大事なことだから」

「しかしですね……」

「それは兎も角、名を名乗ったら如何かな?呂望殿が呆気に取られてますぞ」

 

 

言い合う二人の少女に待ったを掛けたのは趙子龍だった。

 

 

「あ、そうだね。私は劉備玄徳です」

「私は関羽雲長です」

「鈴々は張飛翼徳なのだ!」

「うむ。ワシの名は呂望じゃ」

 

桃色の髪の少女が劉備

黒髪の少女が関羽

小さく元気な少女が張飛

とそれぞれ自己紹介をしたのを聞き、太公望も名を返した。

 

 

「時に劉備よ……雛里は友人と共にお主の志に感銘を受け、お主を探していたと言っていたがお主は乱世に何を思うのだ?」

「え、私ですか……?」

 

 

太公望の真剣な眼差しに劉備は呆気に取られた。

急に雰囲気の変わった太公望に趙子龍は、ほぅと息を漏らす。

 

 

「私は……人々は飢えや病に苦しみ……日々野党に脅えてる。なのに、それを見て見ぬ振りをして私腹を肥やす者さえいます。私はこの世界を良くしたい……皆が笑って過ごせる世界に……」

 

 

太公望はその瞳を劉備を見据える。

そして重々しく口を開く。

 

 

 

「劉備よ……お主のその夢は、目標は素晴らしい。だがの、それじゃ駄目なんじゃよ。劉備だけでは無い、関羽も張飛も、お主らは間違っておる」

 

「え……?」

「な……?」

「にゃっ!?」

 

劉備が関羽が張飛が太公望の言葉に驚愕する。

 

「貴様、我々の……桃香様のどこが間違ってるっていうんだ!」

「愛紗ちゃん!」

真っ先に動いたのは、関羽だった。

関羽は青龍偃月刀を太公望に向けて構える、それを劉備が慌てて止めに入る。

だが太公望は冷静だった。

 

「ワシも同じじゃったからな……」

「「「!!」」」

 

静かに……それでいて重く響く太公望の声。

その重さに関羽が構えた青龍偃月刀は自然と下を向いた。

 

「ワシもお主らと同じじゃった。平和のためとか自分の目的のため、たった一人にそれら全てを……押し付けた。その結果、ワシは沢山のものを失ってしまった」

「な……私達はそんなつもり……」

 

 

太公望から感じる威圧感に関羽は言葉を失う。

 

 

「違わんよ、何もな。お主らは今、たった一人の人間に背負わそうとしておるではないか。自分の夢を、この国の未来を。劉備も民や仲間の声を受け、断りづらい状況になっておるが、ちゃんと自身の言葉を出しておるのか?」

「………」

 

 

 

劉備は言葉が出ない。

関羽も張飛も……

先程まで泣いていた雛里や孔明も泣き止んで太公望の言葉に耳を貸していた。

 

 

 

「『英雄だから、王だから』そんな理由は通らんぞ。奴らだってワシ等と同じ、一人の人間。そのような重み、耐えられるわけがない」

「なら……どうすれば……いいんでしょうか?」

絞り出したかのように出された劉備の言葉。

太公望はそれに対し、優しげに微笑む。

 

「コレばかりはワシが言ってはならんの。劉備の為にならん。それにワシは端者よ。ここからどうするかは、お主等が決める事だ」

 

 

そう言うと太公望は雛里へ歩み寄る。

 

 

「雛里よ。お主と過ごしたのは数日であったが楽しかったぞ。お主にこの国のことを学ばねばワシはもっと苦労をしておった」

「師叔………」

 

 

太公望は優しく雛里の頭を撫でる。

 

 

「お主の友人に会えたことだし、お主と過ごす旅も此処までだ。達者でな。では公孫賛、騒がせてすまなかったの」

「あ、いやいや!大したお構いも出来なくて申し訳なかった!?」

 

 

突然水を向けられ慌てる公孫賛。

 

 

 

「では、偉そうに説教をしてすまんかった。それではな」

 

 

そう言い残すと太公望は謁見の間を出ていった

太公望が出て行った後、謁見の間はシンと静まり返った。

 

 

「ふむ、何とも懐の深い御仁だったな」

 

 

趙子龍は興味深そうに太公望が出て行った扉を見詰めて呟いた。

 

 

「何処がだ!偉そうに説教をしただけではないか!」

「違います……きっと私達に気付いて欲しかったんだと思います」

 

 

怒り心頭の関羽だが孔明が口を開く。

 

 

「私達は桃香様の志に惹かれて集いました。先程、呂望さんが仰った様に理想を掲げて……」

 

 

 

孔明の言葉に誰もが聞き入る。

 

 

 

「ですがそれは理想の為に何かを切り捨てる形になります。先日の戦もそうです。相手が野盗とは言えど、被害は出ます……そして桃香様の地位が上がれば上がるほど理想の為に戦う形になります」

 

 

孔明は抱き締めていた雛里からは離れて立ち上がる。

 

 

「私達はまだ生きていますが、いつか私達の中から死ぬ者も出るかもしれません。その時、ちゃんと受け止められるでしょうか?今のままで……」

 

 

孔明の言葉に劉備や関羽達はゾッとする。

何かを失う怖さを改めて感じたからだ。

 

 

「多分、師叔は……占いをやる傍ら、劉備さんの情報を得ていたんだと思います。そして民から得た情報で劉備さんの人格や性格を知った上で自覚を持たせたかったんです多分」

「なるほどな本人がどんな人物かを知るために占いをしながら探りを入れていたか。本当に興味が尽きぬ方だ」

 

 

太公望を知る雛里が補足し、趙子龍は納得がいったと笑みを浮かべる。

 

 

「士元、呂望は何者なんだ?廬植先生が何年も口酸っぱく言い続けても自覚できなかった事をアッサリと自覚させるなんて……」

 

 

公孫賛も有り得ない物を見たと言わんばかりの表情だ。

劉備や公孫賛の先生である廬植が何年も劉備に注意し続けた事だが劉備の現実を見ない部分は直せなかったのだ。

にも関わらず太公望は会ってほんの数分で劉備の中に無かった物を掘り起こしたのだ。

 

 

 

「あの方は……嘗て賢者と呼ばれ、私達軍師が敬意を祓わねばならない方です」

 

 

雛里の言葉に劉備達は首を傾げた。

 

 

 

そして雛里の目には何かを決意したかの様な火が灯っていた。




書くだけ書きましたがアンチ劉備ではありません
この辺りも後の伏線です



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太公望、旅に出る

 

 

 

城を出た太公望は町中を歩いていた。

 

 

「雛里も無事に友人の下へ送り届けたし、ワシは旅を続けるとするかのぅ」

 

 

太公望はググッと体を伸ばすと欠伸をする。

 

 

 

そして城の方に振り返る。

 

 

「ワシとした事が……偉そうに説教してしまったのぅ」

 

 

太公望は先程、劉備に向けた言葉を思い出す。

それは自分自身と既に亡くなった友にも言えることだった為に自傷物だ。

 

 

「やれやれ、ワシも焼きが回ったか?」

 

 

頭をがりがりと掻きながら太公望は町を行く。

この町に離れる為に。

町の外れまで来た太公望は振り返ると町を眺める。

 

 

「良い町であったな。最初に来た町が此処で良かったわい」

「おや、もう行かれるのか?」

 

 

 

太公望は満足気に町から出ようとしたが呼び止められる。

 

 

 

「趙子龍、お主何故に此処に?」

「連れない方ですな。お見送りもさせて頂けぬとは」

 

 

クスクスと笑いながら太公望を呼び止めたのは趙子龍だった。

 

 

 

「雛里からも呂望殿を引き留めて欲しいと頼まれましてな。まったく罪なお方だ」

「雛里が?って、お主雛里の真名を?」

「はい、真名を授けさせていただきました。私の真名も雛里に預けてあります」

 

 

太公望の疑問にサラリと答える趙子龍。

 

 

「それに……私個人としても呂望殿に興味がありましてな」

「ワシにか?」

 

 

趙子龍は太公望を見る。

品定めをするかの様に。

 

 

「先程、劉備殿に話した語り、見事な物でした。あれで心を動かされぬ王などいませぬ。白蓮殿も劉備殿も感銘しておりましたぞ」

「ワシは思ったことを口にしたまで。大したことはしておらぬ」

 

 

趙子龍の試すような問い掛けに口を3にして明後日の方を見る太公望。

人を小馬鹿にした様な態度だが趙子龍は、やはり面白い方だと笑うと片膝を着いた。

 

 

「我が真名は『星』貴殿に預かって頂きたい」

「まだ会って間もない者に真名を預けても良いのか?」

 

 

太公望の問い掛けに趙子龍はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「私はこれでも見る目が有るつもりです。真名を授けるに値する人物かは直ぐに分かりました」

「やれやれ、買い被りじゃと思うのだがのう」

 

 

趙子龍の心底楽しそうに告げる言葉は太公望を僅かながらに呆れさせる。

 

 

「そんな事ありませんよ、師叔。星さんも師叔の仁成を見た上で真名を預けたいんだと思います」

「雛里?」

 

 

そんな中、太公望と趙子龍の前に現れたのは馬を連れた雛里だった。

 

 

「お願いします師叔!これからも私を旅に連れて行って下さい!」

 

 

噛まずに叫ぶ雛里に太公望は驚いた。

 

 

 

「雛里、友人と共に劉備に仕えるのではなかったのか?」

 

 

雛里が連れている馬の鞍には荷が積まれており、旅仕度は完璧な状態である。

 

 

「確かに当初は劉備さんに仕えるつもりでした……でも、師叔と過ごした数日で私は考えが改まってしまいました」

 

 

雛里は俯き、震える。

 

 

「師叔は人を民をみていました。しっかりと前を見て周囲に何があるのかを……私はそれを見て今までの自分の視野の狭さを知りました。私はまだまだ師叔の下で色々な事を学びたいんです!」

 

 

雛里は俯いていた顔を上げ真っ直ぐに太公望を見上げた。

 

 

 

「実はですな呂望殿。呂望殿が城から去った後、雛里が、呂望殿に着いて行きたいと言われたのだ。朱里は反対したが桃香様が良いと言われてな。路銀だけでは無く馬や旅に必要な道具まで揃えた始末なのですよ」

「そうか劉備が……」

 

 

趙子龍の説明に何処か納得した様子の太公望。

 

 

「雛里よ。ワシは旅の中で雛里にも話せない事や不可解な行動を取るやも知れぬ、それでもワシと共に来るか?」

「はい、師叔の旅の供をさせてください」

 

 

弱々しい瞳では無く決意を決めた雛里の瞳に太公望はハァと溜息を零す。

 

 

「ならば共に行くか雛里」

「はい、師叔!」

 

 

太公望の言葉に雛里は思わず太公望に抱き付く。

 

 

「おや、旅の前に女を落としてしまうとは罪なお方だ」

「あわわっ!?」

 

 

先程からやり取りの全てを見ていた趙子龍は太公望をからかい、雛里は顔を真っ赤にしながら素早く離れた。

 

 

「すまぬ、話の途中であったな」

「かまいませぬ。友の旅立ちならば私の話は後でも良かったのですが真名を預けさせて頂いてる最中でしたな」

「あわわっ!しゅ、しゅみましぇん!?」

 

 

先程までの雰囲気は何処へやら。

趙子龍はニヤニヤと笑い、雛里は噛みまくりながら謝罪をする。

 

 

 

「うむ。少々遠回りとなったがお主の真名を預からせて貰うぞ『星』」

「はい、確かに」

 

 

太公望の言葉に満足気に肯く趙子龍改め星。

 

 

「では、星よ。ワシも真名をお主に預けたいのだがワシの真名は事情があって今は教えられぬのだ」

「…………ふむ」

 

 

太公望の言葉を聞いた星は思案顔になる。

しかし即座にそれは笑みに変わる。

 

 

「本当に退屈をさせぬ方だ。これ以上旅の遅れを出す訳には行かぬ故、見送るが……」

 

 

星は言葉を句切ると笑みを浮かべる。

 

 

「いつかは私も呂望殿の旅の供をしたいものだ。その時には貴殿の事をもっと聞かせて貰いたいな。真名のことを含めて」

 

 

そう言って星は城へ戻っていく。

 

 

「師叔……良かったんですか?」

「うむ、『今は』真名を明かさぬだけよ」

 

 

雛里の問い掛けに太公望は笑みで返す。

 

 

「行くぞ雛里。ワシが次に目指すは陳留だ」

「はい、師叔!」

 

 

太公望から差し出された手を握る雛里。

 

次に二人が目指すの町の名は『陳留』

 

後の魏を建国する曹操が治める町である。



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太公望、駄目っぷりを披露する

活動報告にも書きましたが前話を一部修正しました


 

 

 

陳留を目指す太公望と雛里。

 

 

一頭の馬に二人は跨がる。

太公望が手綱を引き、雛里は太公望の腕の中に納まる形になる。

雛里は湯気が出るほど顔を真っ赤にしながら馬に揺られていた。

 

 

「陳留まではまだ掛かるのかのう?」

「ひゃ、ひゃい!?」  

 

 

 

太公望に話し掛けられたが雛里は恥ずかしさから思考が追い着かず噛みながら上ずった声を上げる。

 

 

「か、噛んじゃいまひた……」

「雛里はまず噛み癖を直さねばならぬのぅ」

 

 

口を押さえながら涙目になり、太公望は雛里の噛み癖を早めに直さなければならないと思い始めていた。

 

 

「ひたた……陳留まではまだ距離があります」

「そうか……まあ、のんびり行くとするか」

 

 

舌の痛みに耐えながら話す雛里と既に怠けモードに入ってる太公望。

 

 

「のんびりいくんですか?師叔は何かやることがあるんじゃ……?」

「確かにやるべき事はあるが、それだけではいかぬのだ。いつも気を張っていてはいざというときに力が出ぬ。だらけるのも必要なのだ」

 

 

立派な事を言っているが様はサボる口実である。

 

 

「師叔はもっと真面目な方だと思ってました………」

 

 

ハァーと長めの溜息が出る雛里。

 

 

「書物や口伝に伝わる太公望様の話は立派な物ばかりでした……」

「カカカッ……噂や伝承は間違って伝わる物よ」

 

 

伝承の太公望はかなり立派な人物とされていた。

しかし、この数日で雛里は太公望の人柄を把握していた。

マイペース且つ飄々とした性格

自分の欲には忠実(主に食欲と怠け)

実は労働が嫌い

 

と、太公望の駄目っぷりを見せ付けられたのだ。

しかも占い屋で稼いだ金が有るためか、その後は働こうともしない。

それを注意した所

 

「働くくらいなら食わぬ」

 

と最高に駄目な発言をする始末。

稼いだ金が無くなった時には更に駄目発言が出るんだろうなぁ……と雛里はちょっと嘆いていた。

 

 

「曹操か……商人達の話では他者にも厳しいが己にも厳しい君主と聞く。どれ程の人物かのう」

 

 

雛里が自身の思考に沈んでいる間に太公望は曹操の事を考えていた様だ。

 

 

「商人達の話を聞いていたんですか?」

「占いをやる傍らで行商人達から聞いといたのだ。噂でも聞き取れる情報は得るべきであるし直接会ったときの会話を引き出す手札にもなる」

 

 

雛里の疑問に答える太公望。

それを聞いた雛里はやはり師叔は凄いんだと感じた。

太公望は雛里を友人の下へ送る為の行動をすると同時に情報を得て、路銀を稼ぎ、商人達との交流を深めていた。  

自身も太公望の手伝いをしていたが太公望のやることの全ては把握できなかった。

一つの行動にいくつもの意味を含ませ、同時にこなす。

学ぶべきが多いなぁと雛里は振り返り、太公望を見上げる。

何かを考えている太公望の表情は自身が憧れていた『太公望』そのものだった。

 

 

「お慕いしてます……師叔……」

 

 

雛里が呟いたのは小さく誰にも聞こえない言葉。

 

 

「む、何か言ったか雛里?」

「いえ、何も……のんびり行きましょう師叔……」

 

 

雛里は手綱を握る太公望の手に自身の手を添える。

 

 

 

私は師叔と一緒に行きます。

 

 

 

雛里は言葉には出さずに静かに意思を示していた。




拠点話の様な話を書きたくなったので今回の話になりました


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太公望、屁理屈を捏ねる

 

 

 

陳留を目指す太公望と雛里。

街はもう目に見える距離まで近付いていた。

 

 

「アレが陳留か」

「はい、最近州牧になった曹操様が治める地です」

 

 

馬に揺られながら街を眺める太公望と雛里。

 

 

「街に着いたらまずは飯にするかのぅ。新鮮な桃があれば良いが……アンマンがあると尚良いのぅ」

「師叔……当初の目的からズレてます」

 

 

目的より食い気を優先しようとする太公望に呆れ声の雛里。

 

 

「甘いのぅ雛里。街の市に出ることにより情報収集を行うのだ。更に腹も満たせて、街の繁栄を見ることも出来る」

「うぅ~……」

 

 

自分の意見を屁理屈で返す上に反論をさせないような物言いに雛里は唸る。

 

 

「師叔は屁理屈ばかりです……」

「屁理屈も理屈の内よ。ワシの言葉を返せるくらいになってみせい」

 

 

雛里の言葉に太公望は笑いながら返す。

しかし、太公望に口で勝つのは正直誰にも不可能である。

何しろこの男は自分より実力が上の者には口八丁手八丁で翻弄し、自分のペースに巻き込み勝利を掴んできたのだ。

しかもそれは、なり振り構わぬ姿勢で行われ、勝利のために自身の相棒の四不象ですら人質にしたくらいだ。

雛里が太公望に口で勝てる日は来るのだろうか?

 

 

 

 

 

◆◇???◆◇

 

 

街の入り口に大量の籠を背負う少女が三人居た。

 

一人は銀髪で顔や体に傷を持つ少女『凪』

一人は髪を二つに縛り上げ、関西弁を喋る少女『真桜』

一人は眼鏡を掛け、そばかすの有る少女『沙和』

 

 

「あれが陳留か……」

「やっと着いたー……凪ちゅーん、もう疲れたの」

「いや、沙和……これからが本番なんだが」

 

 

街に着いたらと同時にだらける姿勢を見せる沙和とツッコミを入れた凪。

 

 

「もう竹カゴ売るの、めんどさーい。真桜ちゃんもめんどいよねぇ……」

「そうは言ってもなぁ……全部売れへんかったら、せっかく籠、編んでくれた村の皆に合わせる顔がないやろ?」

 

 

沙和は真桜に同意を求めるが真桜は流石に村の皆に悪いと言う。

少女達は村で作られた籠を、遠出して陳留の街にまで売りにきていた。

最近州牧になった曹操は良政をしいており、陳留は治安も良いため人も多く集まってくるし、きっとカゴも売れるだろうと三人は陳留まで来た。

世間では天の御遣いが現れたとの噂もある。

 

 

「天の御遣いか……尊敬できるような方なのだろうな」

 

 

どんな人物なのだろうと思いを馳せる凪。

 

 

「そんじゃ、決まりや」

「わかったのー」

「ん? 何がだ?」

 

 

考えごとをしている間に、真桜と沙和で何か決めたようだ。

 

 

「凪ちゃん聞いてなかったの、人が多い街なら、皆で手分けして売ろって言ったのー?」

「それで、一番売った奴が勝ちって事で、負けた奴は晩飯、奢りや!」

「おい、大切な路銀を」

 

 

凪は二人の意見に抗議しようとした。

 

「ほな、夕方には門の所に集合や」

「解散なのー!」

「はぁ……まったくこの二人は」

 

 

少女達はそれぞれ分かれて、籠を売るのに良さそうな場所へと向かった。

そこで一人の少女は運命的な出会いを果たす事となる。



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太公望、曹操と出会う

 

 

 

陳留の街に着いた太公望と雛里。

馬を預け、街を散策していた。

 

 

「幽州啄郡とは違って活気があるのう」

「曹操様が治める地ですから賑わいもありますし、商人達からの評判も良い街です」

 

 

街を眺めながら散策を続ける太公望と雛里。

そんな中、太公望の目にある物が止まる。

 

 

 

「姉ちゃん、この籠ひとつおくれや」

「…まいど」

 

 

籠が一つ売れた事に安心する凪。

しかし、売れ行きは良くはないらしく少し暗い表情になってしまう。

 

 

「いけない、いけない……それでも籠を売らないと」

 

 

凪は頭を振り、パシンと手で両頬を張って気持ちを切り替える。

 

 

「竹籠いかがですかー! 丈夫で長持ちする籠ー!」

 

 

凪は恥ずかしいと思いながらも大きな声を出して客引きをする。

しかし道行く人達は凪の籠を見ずに通り過ぎていく。

 

 

「籠いかがですかー……ん?」

 

 

客引きをしていると、道を歩いている一組に男女に凪の目が止まった。

ここら辺では見ない服装の青年にトンガリ帽子を被った小柄な少女。

 

 

「兄妹……かな?」

 

 

凪は思ったことをポツリと零す。

見た目は仲の良い兄妹の様にも見える二人組。

 

 

「ちょっと見せてもらうぞ」

「はい、いらっしゃいませ」

 

 

凪は思考に沈んでいたが客が来たために意識を戻す。

客は女性で服は青で統一されおり、髑髏の肩当をしている。

女性はカゴを手に取って見ていた。

 

 

「…………………………」

 

 

かなり真剣に見ている。

 

 

「…………良いものだな。このカゴは」

「…どれも入魂の逸品です」

「……そうか」

「はい」

「…………………………」

 

 

短い会話に長い沈黙。

籠を売っている場なのに妙な緊張感が流れていた。

 

 

 

「ワシも籠を見ても良いか?」

「え、あ、はい。どうぞ」

 

 

凪が頭を上げれば先程の青年と少女。

太公望と雛里が籠を見ていた。

 

 

「籠を買うんですか師叔?」

「うむ、中々の一品に見えるからのぅ」

「恐縮です」

 

 

先程の女性や太公望に褒められ、嬉しそうな気持ちになる凪。

 

 

その時だった。

 

 

 

「泥棒-!」

「「「っ!?」」」

 

 

 

街中に響く悲鳴にその場に居た者が反応する。

悲鳴の聞こえた方角から鞄の様な物を抱えた男が女性に追われている。

男の方が女性からひったくりをした様だ。

 

 

 

「泥棒だと……」

「ふ、私の前で運が無い奴だ」

 

 

凪は拳に気を込めて握り、女性は弓矢を構える。

 

 

「待て待て、お主達の獲物で直接狙ったのでは周囲に被害が出る」

 

 

そこで太公望が待ったを掛けた。

 

 

「しかし、このままでは逃がしてしまいます!」

「安心するがよい。お主、矢であの屋根を狙えるか?」

 

 

太公望に反論しようとする凪に対し太公望は落ち着いた様子で女性に話しかける。

 

 

「ああ、狙えるが……屋根を狙ってどうなるんだ?」

「撃ってみれば分かる」

 

 

ニョホホと何故か縫いぐるみのような姿で笑う太公望。

雛里は目の錯覚かと目をパチパチと瞬きを繰り返していた。

 

 

「訳が分からんが……ふっ!」

 

 

 

女性は太公望の発言やディフォルメされた姿を問いただそうとしたが一先ず、泥棒を捕まえるために矢を射る。

矢は泥棒を追い越し、太公望が指定した屋根に当たる。

 

 

「へっ……驚かせっやがー!?」

 

 

すると屋根の上から木の板が流れ落ちて泥棒に直撃した。

 

 

「なんと……」

「凄い……」

 

 

弓を射った女性は結果に驚き、凪は感嘆の声を上げた。

 

 

「師叔、どうして屋根を狙ったんですか?」

「先程、見たときに屋根の木板が外れかけておったからの。利用させてもらったわ」

 

 

雛里の問いにニョホホと笑う太公望。

 

 

 

太公望は街中を見る中で気になった所を覚えていた。

そして泥棒が逃げた方角を見て即座に対処を組み立てたのだった。

 

 

「中々の手並みね。見事だわ」

「そのようですね華琳様」

 

 

泥棒が連行されていくのを見ながら太公望に話し掛けたのは金髪で髪をツインテールにしている少女と長い黒髪に赤い服を纏う女性だった。

 

 

「華琳様、姉者!」

 

 

その二人にすぐに気付いたのは矢を射った女性だった。

華琳と呼ばれた少女こそ、この街を治める曹操である。

 

 

「街に視察に来て面白い物が見れたわね。アナタ、名は?」

「自分から名を名乗れぬ奴に名乗る気は無いのぅ」

 

 

華琳と呼ばれた少女が太公望に名を聞くが太公望はそれを一蹴した。

 

 

「貴様、華琳様になんて口の利き方だ!」

「止めなさい春蘭」

 

 

太公望に食って掛かろうとした春蘭と呼ばれた女性は華琳の一声で動きを止めるが春蘭が構えた大剣は太公望の鼻先で止まっていた。

 

 

「こんな剣を突きつけられては適わぬのぅ、名乗るとするか」

 

 

太公望は鼻先に突き付けられた大剣を指先で逸らすと名乗ると宣言した。

 

 

「ワシの名は秘湯混浴刑事エバラと言う」

 

 

何故か真面目な表情で告げる太公望。

 

 

「そうか。秘湯混浴刑事エバラです華琳様!」

「そんな訳ないでしょ……」

 

 

何故か太公望の偽名を信じた春蘭は嬉々と華琳に告げるが華琳は呆れた様子で溜息を吐く

太公望は爆笑しており、雛里と凪は笑いを堪えてプルプルと震えていた。



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太公望、籠を買う

 

 

 

「貴様、偽名を言ったのか!」

「普通は気付くがのぅ」

 

 

騙された事に顔を赤くしながら怒り心頭と言った様子で春蘭は太公望に大剣を構えるが太公望は、のほほんとしていた。

 

 

「止めなさい春蘭。自ら名乗れぬ者に名乗る名は無いって事ね?私の名は曹孟徳。この街を治める者よ」

「やはり、お主が曹操であったか」

 

 

春蘭を止めた華琳は太公望に名を名乗る。

対する太公望は得心がいったという表情になっていた

 

 

「私が曹操と知っていたの?」

「そこの赤いのと青いのが敬意を祓い、身分を隠そうともせぬ上に、その覇気。それとなく感じておったわ」

 

 

華琳の問いにカカカッと笑いながら答える太公望。

因みにではあるが半分は推理だが半分はカマ掛けである。

それとなく知った風な口振りで話すことにより相手から情報を引き出す太公望の手口だ。

 

 

「そう……中々面白いわね。どう、城に来ない?話がしたいわ」

「折角のお誘いだお受けするとするかのう」

 

 

華琳は太公望を城に誘い、太公望はそれに乗る。

短いやり取りだが腹の探り合いをする気なのは明らかである。

 

 

「っと、その前に……」

 

 

太公望は先程から会話に加われず置き去り状態だった凪の下へ歩み寄る。

 

 

「籠を一つ貰えるかのう」

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 

一瞬呆気に取られた凪だが太公望に籠を渡す。

 

 

「曹操殿の側近も買った籠だ、買わねば損であろう」

 

 

太公望は籠を受け取ると同時に先程、籠を買った秋蘭をチラリと見ながら必要以上に大きな声で主張する。

 

 

「姉さん、一つおくれ」

「私にも」

「俺も買うぞ」

 

 

太公望の声を聞いた者達は続々と凪の籠を買いに殺到した。

 

 

「では、後は頑張るがよい」

「ま、待って下さい!お礼を……」

 

 

 

太公望は凪に激励を送るとサッサッと華琳達の下へ行ってしまう。

凪は追いかけようとしたが、お客が次々に来るために追いかけられなかった

 

 

「優しいのね」

「ワシやお主が原因で籠が売れなかったのでは浮かばれまい。少しばかり後押しをしただけよ」

 

 

華琳の言葉にニョホホと笑う太公望。

 

 

「なあ、秋蘭……私の目の錯覚か?私には奴が縫いぐるみの様に見えるんだが」

「いや、私にもそう見えるぞ姉者」

「師叔……どうやったらそんな姿になるんですか……」

 

 

 

先を歩く華琳と太公望だが後ろを歩いていた雛里、春蘭、秋蘭は太公望のディフォルメ化がやはり気になるようだ。

 

 

 

「ねえ、私はまだ貴方の名を聞いていないのだけれど?」

「そうであったのぅ、ワシの名は呂望だ」

 

 

 

太公望は改めて華琳に名を告げる。

賢君と覇王の出会いであった。

 



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太公望、象棋を指す

 

 

華琳に招かれ、城に来た太公望と雛里。

 

 

「お帰りなさいませ華琳様!」

 

 

するとネコ耳フードを来た少女が華琳を出迎える。

 

 

 

「出迎えご苦労さま桂花。何か変わった事は?」

「ハッ、何事もありません」

 

 

華琳の問い掛けに桂花と呼ばれた少女はキビキビと答える

 

 

 

「我々が華琳様に付いているのだ問題なぞ起きるものか」

「違うわよ、私が華琳様に付いてるから問題が起きないのよ」

 

 

春蘭の言葉に桂花は先程まで華琳に見せていた懐柔的な態度は変わりツンツンした態度になる。

 

 

「偉く変わった性格だのう」

「棲み分けがハッキリ分かれているのだ。優秀なのだがな」

 

 

太公望の呟きに秋蘭が答えた。

 

 

「確かに優秀そうではあるが……ちと、頭が固そうだのう」

「あら、桂花の見定めかしら呂望?」

 

 

太公望の言葉に反応したのは華琳、その顔は面白い物が見れそうだと期待している笑みだった。

 

 

「見定めほどでは無いわ。才に溺れる者にしか見えぬわ」

「な、なんですって!」

 

 

太公望の挑発にアッサリと激昂する桂花。

この辺りは春蘭と変わらぬと思った太公望であった。

 

 

 

「あら、この子は我が国の筆頭軍師なのよ?」

「其処が限界なのであろう?」

 

 

ニョホホとディフォルメ化で笑う太公望。

それに黙っている桂花ではなかった。

 

 

 

「アンタ、生意気よ!それに何よその姿!?」

「落ち着きなさい桂花」

 

 

太公望を指差して叫ぶ桂花に華琳が待ったを掛けた

 

 

「呂望、そこまで言うなら桂花と象棋でも指してみなさい。それで優秀なのか貴方の言うとおり才に溺れた物なのかがハッキリするわ」

「カカカッよかろう」

 

 

太公望の了承を得た華琳は兵士に命じて象棋盤を用意させる。

 

 

「師叔……大丈夫なんですか?」

「任せておくがよい」

 

 

雛里は心配して不安そうになっていたが太公望はニョホホと笑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆数分後◇◆

 

 

 

 

 

 

 

パチンと太公望が駒を動かす。

 

 

「これで詰みだのう」

「そん、な……私が象棋で負けるなんて……」

 

 

目の前に起こった結果に信じられないと呆然とする桂花。

 

 

 

「ん……呂望が勝ったのか?」

「ああ、そうだ姉者」

「なんだ、今まで負けたことないとか言って、大したことないではないか」

 

 

太公望に桂花が負けたことに大したことが無いと言う春蘭。

 

 

 

「それは違いましゅ……荀彧さんは十分強いですよ、ただ師叔が強すぎるんです……」

「そうね……あそこまで鮮やかな打ち筋は始めて見たわ」

 

 

春蘭の言葉を否定する雛里と太公望の打ち手を感心した風にコメントを零す華琳。

 

 

「完敗ね、桂花。これはあくまで象棋だけど、自分の力を過信し、実力の解らぬ相手に無闇に戦いを挑めば、本当の戦であっても、敗北は必至」

「かり、ん様……」

 

 

呆然とする桂花に話し掛ける華琳。

 

 

「何か言い分はあるかしら」

「…何も、ござい、ま、せん」

 

 

呆然としたまま華琳に言葉を返す桂花。

 

 

「恥じることではあるまい。若いときには己が才を見誤る。お主の場合は他人を見下す傾向が有る気がするがの」

 

 

太公望は桃をモシャモシャと食べながら告げる。

 

 

「そうね、自信が過信になり、慢心となれば、その才は発揮されないわ」

「う……ううっ……」

 

 

太公望、そして華琳からの指摘に目に涙を溜める桂花。

将棋で敗北した手前、反論も出来ない。

 

 

「でも、私としては配下の者が負けたのは我慢ならないわ。春蘭」

「ハッ!」

 

 

 

華琳はニヤリと笑みを浮かべると春蘭の名を呼ぶ。

 

 

「次は私が相手だ。構えろ呂望!」

 

 

 

春蘭は大剣を太公望の鼻先に突き付ける。

太公望は魏の大剣に勝負を吹っかけられるのだった。



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太公望、泥酔拳を披露する

 

 

 

 

「華琳様の命だ!死ねぇ!!」

「ぬおおおおおっ!?」

 

 

大剣を構えた春蘭は迷わず太公望に斬り掛かり、太公望は間一髪、大剣を避ける。

 

 

「危ないではないか、たわけ!」

「華琳様の命だ大人しく斬られろ!」

「『殺せ』とは言ってなかろうが!」

 

 

口論をしながら斬り掛かる春蘭に反論しながら大剣を避け続ける太公望。

 

 

「華琳様……」

「何、秋蘭?」

 

 

太公望と春蘭のやり取りを見ていた華琳に話し掛ける秋蘭。

華琳は視線を逸らさずに太公望達を見ていた。

 

 

 

「何故、姉者を仕掛けさせたのですか?呂望は象棋で桂花に勝ったのですよ?武と文では……」

「答えは単純よ。呂望の器を見る為よ」

 

 

 

華琳が太公望へ向ける眼差しは真剣そのものだった。

 

 

「先程、泥棒を捕まえた時の手並み。そして桂花に象棋で勝つ腕前……今も春蘭の剣を完璧に避けてるわ」

 

 

華琳の言葉に秋蘭も桂花も顔を見上げ、二人の攻防を見る。

太公望は情けない声を上げながらも器用にも迫る大剣を避けていた。

太公望の体を見る限り、一太刀も当たっていないのは明らかだ。

 

 

「最初はただの興味本位だったわ。でも桂花との勝負で見せた軍師としての才、そして春蘭の剣を見切れる武……彼の……呂望の器の底が見えないわ」

 

 

華琳の言葉に秋蘭も桂花も漸く気づいた。

自分達の主がは普段とは違った行動をしたのも、この為なのだと。

 

 

「ねえ、鳳士元」

「は……はい」

 

 

華琳は太公望を心配するあまり、涙を目の端に溜めて震える雛里に話し掛ける。

因みに震える雛里を見て『可愛いじゃない』と自身の唇を舐めたのは華琳本人しか知らないことである。

 

 

「貴女が師叔と呼ぶ者を危険に晒している事は謝るわ………でも聞かせてくれないかしら。呂望は何者なの?」

「あ……え……っと……」

 

 

華琳の問い掛けに雛里は返答に困る。

 

 

「桂花を凌ぐ軍略、春蘭の剣を見切れる武。あれ程の才の持ち主が今まで無名だったと言う方が不思議だわ」

「あ……うー……」

 

 

 

華琳の重ねる言葉にどう答えるべきか雛里は頭を捻るが答えが出ない。

 

『彼はある使命を帯びてこの世界へ来た太公望様です』等と言えるはずもなく雛里は慌てるばかりだ。

 

 

「ええい、ちょろちょろと逃げおって!マトモに勝負が出来んのか!?」

「たわけ、素手相手に大剣を振りかざす奴に戦いなど挑めるか。そもそもワシはこの勝負を受けた気なぞないわ」

「ぐぬっ」

 

 

春蘭は太公望を腑抜けと叫ぶが太公望の反論に言葉を詰まらせる。

 

 

「ならば……」

 

 

春蘭は大剣を地面に刺すと指をポキポキと鳴らす。

 

 

「これで互いに素手だ。これならば文句は有るまい?」

「そうではなく、ワシは戦う気は無いと言っておろうが-!」

 

 

若干キレ気味の太公望だが春蘭が迫ってきた為に再び始まる鬼ごっこ。

 

 

「それでも避け続けるのね」

「しかも一撃の反撃もしてませんね」

 

 

鬼ごっこを見ながら呟く華琳と秋蘭。

しかし事態は動き出す。

 

 

「此処までしつこいとはのう」

「貴様が勝負せぬから終わらんのだ!」

 

 

呆れ気味の太公望にやる気満々の春蘭。

 

 

「仕方ない、ならば終わらせるとするか」

 

 

このままでは終わらないと判断した太公望は懐から有る物を取り出す。

 

 

「なんだソレは?」

「フフフッ……これぞワシ秘伝のアイテム『仙桃』だ」

 

 

バーンと効果音が出そうだが見た目は普通の桃に『仙』と書いただけに見える。

 

 

「ソレが何だと言うのだ?」

「判らぬなら教えてやろう……この仙桃を食うのだ!」

 

 

モリモリと仙桃を食べる太公望。

その光景に全員が呆気に取られる、しかし太公望には直ぐに変化が訪れる。

 

 

 

「うぃ~……ヒック……」

「………酔ってる?」

 

 

太公望の様子から酔っぱらいになったと見た華琳。

しかし変わった桃を食べただけで酔っぱらうとはどうした事だろうか?

 

 

「仙桃には酒と同じ成分が入っておるのだ。故に食べただけで酔えるのだ」

「それがなんだ!」

 

 

フラフラと左右に揺れながら説明する太公望に春蘭は襲い掛かる。

 

 

「よっ、はっ、ほっ」

「な、当たらない!?」

 

 

先程とは違い余裕を持って避ける太公望。

 

 

「ホイッと」

「がぐっ!?」

 

 

太公望は拳を繰り出す春蘭をスルリと躱すと擦れ違い様に裏拳を肩に当てる。

 

 

「ほれ、足下がお留守だ」

「なっ!?」

 

 

パシッと春蘭の足を祓う太公望。

更に太公望は倒れた春蘭の上に飛び、肘鉄を腹部に叩き込む。

そして春蘭から距離を取ると器用にゴロ寝しながらジャリッとその場に回転する。

 

 

 

「す、凄いです師叔……」

「嘘でしょ……馬鹿だけど春蘭はこの国の最強の武人なのよ……」

 

 

太公望の意外な強さに驚く雛里に、魏の大剣が素手とは言えど一方的に劣勢に立たされている事に驚愕する桂花。

 

 

「き、貴様……卑怯だぞ。面妖な事をしおって……」

「泥酔拳は立派な技。お主が弱いだけであろう」

 

 

痛む腹部を押さえながら太公望を指差す春蘭。

しかし太公望から一蹴されてしまう。

 

 

「其処までよ、春蘭」

「か、華琳様!?」

 

 

再び太公望に挑もうとした春蘭だが華琳に止められる。

 

 

「カカカッワシの実力を図るために部下を嗾けて止めるか」

「気付いていたの?やっぱり只者じゃ無いわね」

 

 

仙桃をモシャモシャと食べる太公望は意地の悪い笑みを浮かべながら華琳に問い掛け、華琳は太公望が自身の力量を測ろうとしていた目論見を悟られている事に驚愕するのだった

 

 

 



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太公望、王を語る

 

 

 

 

「良い場所だ、街がよく見えるのう」

 

 

太公望は華琳と共に城壁の上へ来ていた。

街が一望出来て良く風が吹く場所だ。

 

 

「私の一番好きな場所よ……こうして街を……国を見れるのだもの」

「うむ、良い場所だ」

 

 

安らかな表情になった華琳に太公望も頬を緩ませ笑みを浮かべる。

短い会話を終えた後に来るのは沈黙。

 

 

「随分と『らしくない』行動だったそうだのう、曹操」

「………何がよ」

 

 

ふと漏らした太公望の言葉に華琳は不機嫌そうな顔になる。

 

 

「夏侯淵も言っておったぞ、曹操様らしくない態度と行動であったとな。他人を見定める所はいつも通りだったが今回はやり口が強引だったとな」

「まったく……あの子ったら……」

 

 

普段と違う態度に秋蘭が太公望に告げたのだった。

それを聞いた華琳は頭を抑え、悩む仕草を見せた。

 

 

「だがワシにも同じように見えた。お主、何を悩んで……いや、焦っている?」

「貴方は人の心でも覗けるのかしら?」

 

 

太公望の言葉に眉をピクリと上げながら華琳は太公望を睨む。

 

 

「ワシは全知全能ではないからのう。それに読心術を使っておるわけでもなし。お主が口に出してちゃんと言わん限り、キッチリ伝わることはないわい」

「ふ、ふん……」

 

 

華琳は太公望にそっぽを向く。

 

 

「お主は悩んでおるのだろう?自身の才能とかではなく、その在り方にな」

「………っ!」

 

 

華琳のの心臓がドクンと跳ね上がる、まるで華琳の心を見透かしたような言葉。

 

 

「やっぱり読心術を使っているんじゃないのかしら?」

 

 

華琳は太公望に食ってかかるが太公望は心外だと言わんばかりの表情をする。

 

 

「カカカッ、長年生きてきたことで培われてきた勘と洞察力というやつじゃよ」

 

 

そう言って彼は肩をすくめる。

 

 

「それにワシは見てきたんじゃよ。お主の様に王あらんとするがどうすれば良いか悩んでいた者にな………」

「…………」

 

 

華琳は太公望の言葉に聞き入る。

 

 

「これで正しいのか……自分は間違っているので無いかと……な」

「その人の最後は……どうだったの?」

 

 

華琳は太公望に尋ねるが太公望は口を開こうとはしなかった。

重く……閉ざされ開きがたくなっている。

 

 

「奴は王になる前に死んだ……ある理由から身体が弱くなっておっての衰弱しておった。だが王になるために歯を食いしばっておった。いつも言っておったよ『歴史の重みに押し潰されそうだ』とな」

「…………」

 

 

華琳は太公望の言葉を聞き逃さない様にしている。

 

 

「曹操よ、今のお主は奴と同じ悩み方をしておったわ。お主の場合は悩みと言うよりは焦りだがの。ま、奴は人の器を見るために武人を差し向けるなぞしなかったがな」   

「………判ってるわよ」

 

 

ニョホホっと笑うディフォルメ太公望は嫌味を重ね、華琳は苦々しく頷くのだった。

 

 

「焦っていた……か?そうね、そうかもしれないわ」

「焦るのが悪いとは言わぬ。だが悩みや焦りを自分の中に溜め込み続ければ自身の思いとて、変わっていくであろうな」

 

 

自身の思いを悟ったかの様に呟く華琳に太公望は言葉を重ねる。

 

 

「………覚えていなさい、呂望。王とは常に……孤独なものよ」

「それはお主の主観で考えた王であろう?」

 

 

華琳の言葉を嫌味な顔を浮かべながらカカカッと笑う太公望。

 

 

「曹操よ、孤独を恐れよ。部下では無く友を作り、悩みを打ち明けられる存在を求めよ」

「…………心に留めておくわ」

 

 

 

 

太公望の言葉を華琳は否定せず、心に刻むのだった




今回、太公望が話した王は『姫昌』です


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太公望、本を預ける

 

話を終えた太公望と華琳は城壁から街を眺めていた。

 

 

「ねぇ、呂望……私に仕えなさい」

「うむ、断る」

 

 

華琳からの誘いを即座に断った太公望。

 

 

「 迷い無しね」

「ワシはやるべき事がある。それを捜すために今は旅をせねばならぬのだ」

 

 

そう語る太公望の目には迷いが無かった。

 

 

「そう……なら、それが終われば私に仕えてくれるのかしら?」

「さぁのう……その頃には既に何処かの国に仕えてるかもしれぬのう」

 

 

ニョホホっと笑うディフォルメ太公望。

 

 

「いいわ、敵となるならこれ以上の強敵はいないし、味方なら尚好ましいわ」

「お主から見ればどちらでも良いと言うことか。だがワシは面倒は好まぬ」

 

 

華琳の発言に太公望は苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

「では、ワシや雛里はここいらで帰らせて貰うぞ。っと忘れておった」

 

 

太公望は帰ろうと華琳に背を向けたが何か思いだし、歩みを止める。

 

 

「これを荀彧に渡してやってくれぬか」

 

 

太公望が懐から取り出したのは一冊の本。

 

 

「何よコレ……『悪の戦争教本』?」

「コレはワシが書いた戦術書だ。軍師のあやつなら読めるであろうよ」

 

 

そう言い残すと太公望は今度こそ華琳の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

◇◆街の外◇◆

 

 

 

 

 

街の外で待ち合わせをしていた太公望と雛里は合流し、次の街を目指すと決めていた。

そして、その合流場所でもめ事が起きていた。

 

 

 

「お願いします!あの方に会わせて下さい!」

「あ、あわわわ……」

「ちょ、凪!落ち着きーや」

「凪ちゃん、熱心なのー」

 

 

太公望が目撃したのは先程の籠売りに詰め寄られ慌てる雛里と籠売りを宥めようとしている二人の少女だった。

 

 

 

 

 

 

◇◆城◇◆

 

 

 

 

「では華琳様、呂望は我が軍には……」

「ええ、入らないそうよ」

 

 

城の一室では華琳、春蘭、秋蘭、桂花が呂望について話をしていた。

 

 

「アレ程の才の持ち主が入れば心強かったのですが……」

「私もそう思ったけど、あの目を見る限り無理に引き留めても無駄になるわ」

 

 

秋蘭の言葉に同意する華琳。

 

 

「ふん、あんな奴……次に戦う時には私が勝つ!」

「期待しているわ」

 

 

打倒太公望に燃える春蘭に華琳は『また空振りに終わる気がする』と思いながらも期待すると告げた。

 

 

「………華琳様」

「何、桂花?」

 

 

そこで今までで静かに本を読んでいた桂花が華琳の名を呼ぶ。

 

 

「少し……よろしいでしょうか?」

「………わかったわ。春蘭、秋蘭、視察の報告書と呂望に付いて纏めた物を書いたら私の所に持ってきなさい」

 

 

華琳の言葉に春蘭と秋蘭は畏まりましたと部屋を退室していく。

 

 

「で、桂花。なんの話なの?」

「はい、この本についてです。華琳様はこの本をお読みになられましたか?」

 

 

桂花は読んでいた本を華琳に見せる。

それは先程、太公望から貰った『悪の戦争教本』であった。

 

 

「いえ、まだよ。呂望がアナタにと渡した本なのよ。私が読むとしたら桂花の後よ」

「そうですか……」

 

 

太公望が桂花の為にと預かった本なので華琳はまだ読んでいなかった。

 

 

「では華琳様………六韜をご存じですか?」

「知ってるわよ。かの太公望が書いた有名な戦術書でしょう?」

 

 

『六韜』(りくとう)は、中国の代表的な兵法書で太公望が周の文王・武王に兵学を指南する為に書いたとされている戦術書を示す

 

 

「華琳様……私は以前、写本でしたが六韜の一部を読んだことがあります。それから察するに……この本は六韜と同様………いえ、六韜の元になった本と推測されます」

 

 

桂花の言葉に華琳は目を見開いて声も出さずに驚愕していた。

 

 

「桂花」

「はっ」

 

 

真面目な雰囲気で名を呼ぶ華琳に桂花は片膝を付く。

 

 

「この事を他の誰にも話すことを禁ずるわ。それと、その本を読み終えたら私にも貸してちょうだい」

「御意!」

 

 

桂花は頭を上げずに返事を返す。

 

 

 

「ますます気に入ったわ呂望……アナタを絶対、私の物にしてみせる」

 

 

華琳は窓から空を見上げながら、そう呟いた



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太公望、弟子を取る

 

 

雛里と街の外で待ち合わせをしていた太公望だったが雛里は籠売りの少女に詰め寄られていた。

 

 

「雛里よ、コレは何事だ?」

「あ、お帰りなさい師叔」

 

 

太公望が曹操の下から帰ってきたのを確認した雛里は笑顔を向けるが、少々引き攣っていた。

 

 

「あ、あの……此方の方が師叔に話があるそうなのですが……」

「この者は籠売りではなかったか?」

 

 

雛里の指示した先には籠売りの少女『凪』、太公望は見覚えがあったので指摘するが籠売りの少女は太公望の前で片膝を着く。

 

 

「お待ちしておりました、私の名は『楽進』お願いです、私を弟子にして下さい!」

 

 

勢い良く捲し立てるように凪は太公望に弟子入りを志願した。

 

 

「あー……お主、何故にワシの弟子になりたいのだ?」

「先程の泥棒を捕まえた時の手並み、私の籠の売り上げを手助けして頂いた時、更に曹操様に城に招待される程のお方とお見受けしました」

 

 

太公望の疑問に凪は迷い無く答える。

 

 

「うぅむ……お主がワシの弟子になりたいと言うのは判ったが……ワシは弟子を取る気はないのだ」

「お願いします!弟子に、弟子に!」

 

 

太公望の言葉を聞きながらも必死に頭を下げる凪に太公望は目を細めた。

 

 

「似ておるのう……武吉に」

 

 

ボソッと呟く太公望。

呟いた名は太公望が道士だった頃に弟子になりたいと志願してきた天然道士の少年。

実直で素直な良い子でとても太公望の弟子とは思えないほどの品行方正の少年だった。

天然道士故に宝貝は使えなかったが持ち前の体力と運動神経を駆使し、数々のバイト経験から仲間を何度も救った。

更に特筆すべきは師匠である太公望が死んだと思ったときには大仙人だった趙公明に戦いを挑み、並みの仙人や道士では傷付けることすら困難な趙公明を殴り飛ばし、更にマウントを取った上に何度も殴り伏せると言う快挙を成し遂げた。

そんな武吉に凪は似ているのだ。

真面目な態度も真っ直ぐな瞳も。

 

 

「楽進よ……ワシは……成さねば成らぬ事がある。仮にお主を弟子にしたとしても教えられる暇があるとは思えぬのだ」

「構いません。貴男のお供をしながら学びたいと思います」

 

 

本当に武吉に似ておるのうと太公望は再度思う。

 

 

「しかし、楽進。お主は村の籠売りとしてきたのだろう?このまま村を離れて良いのか?」

「そ、それは……」

 

 

今まで太公望の弟子になりたいと言っていた凪は初めてたじろいだ。

 

 

「あ、それなら心配はいらんで。ウチ等は村に戻るから村の皆には伝えとくわ」

「真桜ちゃん!?」

 

 

凪の付き添いで一緒に居た真桜がフォローに回り、沙和が驚いていた。

 

 

「ウチ等は凪が弟子入りしたいなら止めへんよ。でもウチ等も村の皆に伝えたら後を追うで」

「凪ちゃんを一人にはさせないのー」

「お、お前達……」

 

 

友情に花を咲かせる凪、真桜、沙和だが完全に太公望と雛里を置き去り状態だった。

 

 

「やれやれ……此処で断ったらワシが悪者だのう」

 

 

太公望はポリポリと頭を掻く。

太公望は文句を言いながらも既に凪を弟子にすると決めていたようだ。

正しくは弟子では無く旅の供を増やす感覚なのだが。

 

 

「楽進は天然道士の様な力を持っているようだからワシの旅に必要な力を持つかも知れぬのう」

 

 

太公望は凪の潜在能力に期待をしている様だった。

 

 

 

 

「………師叔」

 

 

雛里は太公望に対し、頬をプクッと膨らませて不満気にしていた。



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太公望、雛里、凪、共に悩む

 

 

 

 

 

馬に揺られながら次に向かう街を目指す太公望と雛里。そして新たに旅の供に加わった凪だ。

 

凪は既に太公望と雛里に真名を預け、太公望は自分は授ける真名が無いと説明し、雛里はまだ凪に真名を預けていなかった。

とんとん拍子に話が進み、凪か旅に加わったが雛里には何も触れずに凪の参加が決まった。

それが雛里の機嫌を少々悪い物にしていた。

更に太公望との二人きりだった旅が突如終わってしまったのだ。

これが雛里の機嫌を悪くする大元である。

 

 

 

 

 

対する凪も居心地の悪さを感じており、どうにかしたいと思っていた。

凪にしてみれば念願の弟子入りが許可され、太公望の旅の供が出来ると浮かれていたが元々太公望の供をしていた雛里の気持ちを考えていなかったのだ。

そしていざ改めて旅に出れば浮き彫りになった問題

また凪は他の同年代の娘と比べると口下手なのだ。

此処に居ない友人二人は口が達者なので、この悩みにも対処してくれるだろうが今は別行動中だ。

これから如何するべきなのだろうか。

凪は旅の出だしから悩む羽目に成ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして太公望。

彼もまた悩んでいた。

 

太公望からしてみれば旅に心強い仲間を得たと同時に女禍の問題にも立ち向かえる人材を見つけたのだが雛里の機嫌が急降下した為に、場が悪くなっていた。

以前の世界では仲間を増やせるのは喜ばしい事だったが今回は幼いとは言えど女性ばかり。

恋愛事に興味が無かった太公望からしてみると、これは自分の分野外の悩みだ。

思えば太公望は女性に縁が遠かったとも言える。

 

 

妲己は倒す目標であり

王貴人は倒した相手でその後は恨まれていた

胡喜媚は自分を封神した相手だ

蝉玉は土行孫一筋だったし

赤雲と碧雲は竜吉公主の付き人で知り合いではあったが接点は薄い

雲霄三姉妹は趙公明の妹で太公望を婚約者としていたがコレは太公望の卑劣な戦い振りに振り回されたビーナスが兄である趙公明の言い付けで勝手に言っていた為にノーカウントである(そもそも全て趙公明に押し付けられた結果である)

邑姜は自分の妹の孫、つまりは血縁にあるために此方も恋愛対象外である(因みに邑姜と武王の仲は太公望公認の物)

 

 

竜吉公主とは、この世界に来る前に一度ある事情で会いに行ったが恋愛経験に乏しい太公望はその時の竜吉公主の表情には気づけなかった。

 

そして太公望にはもう一つ悩みが有った。

 

それはこの世界の住人が元居た世界の知り合いに似ている事だ。

 

 

雛里は武成王の様に国を思い

凪は武吉の様に誠実で真っ直ぐだ

劉備は甘さは有るものの考え方は武王に近く

曹操は思考は違えど紂王や文王に似ていた

思えば夏侯淵は聞仲 夏侯惇は南宮适に似ていたかも知れない

 

 

 

 

 

「もしや……呉でも同じ様な事が起きるかも知れぬのう」

 

 

聞こえないくらいの小ささで呟いた太公望。

しかし太公望はこの時点では気付かなかった。

自分の呟きが本当になる等と。

 

 

 

 

 

太公望一行が次に向かうは地は呉の建業である。



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その頃、仙人界は

太公望が居なくなってからの仙人界でのお話です


 

 

仙人界蓬莱島。

 

 

それは嘗ての戦いで二つ存在した崑崙山と金鰲島の二つの勢力が一堂に集まる世界。

その新たな仙人界で教主となった楊戩の部屋に数人の人影があった。

 

 

「まだ師叔の居場所はわからねぇさ?」

「元始天尊様に千里眼で探して貰ってるけどサッパリッス」

 

 

顔に傷を持ち、独特の喋り方をする天化の質問に答えたのは太公望の霊獣だった四不象。

 

 

「僕の方でも探しているんだが足取りは掴めてないままだよ」

「流石、望ちゃん。サボるために真剣になってるね」

 

 

楊戩の言葉にニコニコとしながら同意したのは太公望と同期に仙人界入りした普賢。

 

 

「お師匠様に会いたいですね……」

「気まぐれで私達に心配をさせる辺り太公望らしいな」

 

 

太公望を師匠と慕う武吉に太公望の性格をよく知る太乙が苦笑いで答えた。

 

 

「しかし……姿さえ見せない師叔をどう捕まえるさ?」

「うーん……元始天尊様の千里眼や太乙様が作った索敵宝貝でも見付けられないからね……」

 

 

姿をくらました太公望をどう捕まえるか。

部屋に居た者達が頭を捻る中、何者かの声が部屋に伝わる。

 

 

「太公望の居場所を教えましょうか?」

「っ!申公豹!?」

 

 

部屋の窓から聞こえた声に反応する楊戩。

其処には最強の道士申公豹と申公豹の相棒にして最強の霊獣、黒点虎が居た。

 

 

「いつの間に来たんだ?全然気づかなかった……」

「フフフッそんな事より知りたくないんですか?太公望の居場所」

 

 

太乙の言葉に含み笑いをしながら問う申公豹。

 

 

「あーたは師叔の居場所を知ってるさ?」

「ええ、少し前に黒点虎の千里眼が彼を捉えました」

 

 

天化の質問に答えた申公豹はニヤッと笑う口を開く。

 

 

「彼は今、この世界には居ません。異世界に居ます」

 

 

申公豹の言葉に全員が目が点になった。

 

 

「そうリアクションを取りたい気持ちも解りますが事実なのですよ。彼は女禍が残した『外史』と呼ばれる世界へ行きました。黒点虎が彼の姿を捉える事が出来たのは太公望が外史へ行く直前でしたからね」

 

 

太公望が女禍の残した外史の世界へ行く前に少しだけ姿が見えたのは外史へ行くために力を僅かに解放したからである。

 

 

「そんな訳で今、彼を探しても見付かりませんよ」

 

 

申公豹は言いたいことだけを告げると黒点虎に跨がり、再度窓の外へ出て行く。

 

 

「なんで僕達にそれを教えに来たんだい申公豹?」

「簡単ですよ。太公望の思い通りに事が進むのが気に食わなかっただけです」

 

 

普賢の質問に答えた申公豹。

つまりは太公望に対する嫌がらせとの事だった。

 

 

「なるほど、いくら探しても見付からぬ訳だ」

 

 

申公豹がその場から離れようとしたと同時に部屋に女性の声が響く。

部屋の扉から姿を現したのは黒髪の美しい仙女『竜吉公主』だった。

 

 

「お久しぶりです竜吉公主……あなた、お体は大丈夫なのですか?」

 

 

現れた竜吉公主に質問する申公豹。

竜吉公主の両親が仙人同士のいわゆる純血種なため、仙人界の清浄な空気の中でしか生きられない。竜吉公主とって汚れた人間界の空気は毒のようなもので人間界に居ればすぐに吐血をしてしまう。

蓬莱島に来た後も香を焚いた浄室から出れば体調を崩してしまうのだが今の彼女は至って健康に見える。

 

 

「心配は無い。見よ」

 

 

そう言って竜吉公主が差し出した左手の薬指に赤い宝石の指輪がはめられていた。

 

 

「これは太公望が私の為に作ってくれた宝貝『聖空石』。これは私の周りに仙人界と同じ清浄な空気を作ってくれのじゃ」

「ご主人、僕達から逃げてる割には公主様の所には会いに来たんスね」

「さり気に心配してた事を片付けてから逃げてる気もするさ」

 

 

太公望がこっそりと竜吉公主に会いに行った事を意外に思う四不象に心配事を片付けたから逃げてる気がすると漏らした天化。

 

 

「兎に角、その外史って場所に居るんなら探しに行くッス!」

「元始天尊様にお願いしてみようよ四不象!」

 

 

バタバタと部屋を出て行く四不象と武吉。

 

 

「俺っちは皆に師叔の無事を報告してくるさ」

「そうだね、皆心配してたから望ちゃんの事を伝えなきゃ」

 

 

天化と普賢は仙人界の皆に太公望の無事を報告しに部屋を出る。

 

 

「よーし、私はその外史に行くための宝貝を作らねば!」

 

 

太乙は意気揚々と部屋を出て宝貝作りに向かった。

 

 

「では、私はこれで」

 

 

申公豹はやりたいことが済んだのかサッサッと帰ってしまう。

 

 

部屋には楊戩と竜吉公主が残された。

 

 

「まったく皆、落ち着きが無いんだから……」

「良いでは無いか。少し前までは太公望が居ないことで皆、沈んでいたが太公望の行き先が判った途端に皆、とびきり元気になったのだから」

 

 

溜息を吐いた楊戩だが竜吉公主は口元に手を添えて楽しそうに笑った。

 

 

「公主……一つお聞きしても良いでしょうか?」

「なんじゃ楊戩?」

 

 

竜吉公主に質問をしようとする楊戩。

 

 

「その聖空石は師叔が公主に贈られたんですよね?」 

「うむ、最初は宝石部分だけだったのだが太公望が『身に着けておく装飾品にしておくがよい』と言うのでな」

 

 

楊戩の質問に答えた竜吉公主。しかし楊然には更なる疑問が浮かんだ。

 

 

「公主、それならばネックレスでも良かったのでは?何故、宝石を指輪に加工して『左手の薬指』にはめたんですか?」

 

 

重ねられた楊戩の質問に竜吉公主はサッと左手を右手で隠す。それと同時にカァーと竜吉公主の頬が赤く染まっていった。

 

 

「さ、さて……私も太公望の無事を皆に報告せねばな……」

 

 

顔を赤くしたまま竜吉公主はそそくさと部屋を出て行ってしまう。

 

 

 

 

「燃燈様に知れたら大事になりますよ……まったく」

 

 

楊戩は竜吉公主の想いを知りながら先程の質問をしていた。

燃燈道人とは、かつて崑崙十二仙のリーダー的存在だった仙人で元始天尊を凌ぐ実力の持ち主。

そして異母姉の竜吉公主を熱烈に敬愛してシスコン気味なのだ。

楊戩の頭の中では蓬莱島で行われる太公望VS燃燈の構図。

最初の人と呼ばれる伏羲の力を持つ太公望と崑崙山最強の仙人燃燈。

この二人が本気で戦ったら蓬莱島も無事では済まないだろう。

 

 

「アナタは居ても居なくてもトラブルの元ですね……太公望師叔」

 

 

楊戩は本日何度目かになる溜息を溢すのだった。




竜吉公主→太公望なのは、この小説オリジナル設定です


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太公望、釣りをする

 

気まずい空気のまま呉の建業に到着した太公望一行。

太公望は建業に到着すると同時に凪と雛里にある使命を言い渡す。

 

 

「私と楽進さんで買い物……ですか?」

「うむ、そして街を見て後ほどワシに報告してくれ」

 

 

太公望が凪と雛里に言い渡したのは買い物と街の市場を見ることだった。これは太公望なりに二人が早く仲良くなれるようにと気を遣った為である。

 

 

「お師匠様は如何するのですか?」

「ワシはワシで、やる事がある」

 

 

太公望を『お師匠様』と呼ぶ凪。凪が旅に加わった際にそう呼ぶと決めていた事であり、太公望は其処でまた武吉のことを思い出すのだった。

 

 

こうして太公望と凪&雛里は別行動をする事になる。

凪と雛里は街へ、太公望は街の外へと歩みを進めるのだった。

 

 

「やれやれ、年頃の娘は扱いが難しいのう」

 

 

そう愚痴を零す太公望、その姿は年頃の孫との関係に困る祖父そのものである。

文句を言いながらも街の外へ出た太公望は目的地が決まっていたのかスタスタと迷い無く歩き続ける。

そして人目が着かない場所まで移動した太公望はフワリと体を宙に浮かせると目視できる距離にある森へと飛んで行った。

 

「おお、やはり有ったか」

 

 

太公望は目的の物を見つけるとニヤリと笑みを浮かべ、地に降り立つ。

 

「やはり・・・見知らぬ土地であろうと何だろうと、まずやるべきことに変わりはないのう」

 

太公望は笑みを浮かべ言いながら、打神鞭を取り出すと先端に糸を着け、その先には針を備える。

川辺の岩に腰を落ち着けると、打神鞭をヒュンと鳴らしながら川へと糸を垂らす。

「ようやく……一息つけるのう」

 

 

太公望はサラサラと流れる川の音やざわつく森の音を聞きながら瞳を閉じた。

太公望は無類の釣り好きであると同時に自身の心を落ち着けたい時や考え事をしたいときも、よく釣りをしていた。

 

 

「この世界に来てから……本当に色々と思い出すのう……」

 

 

周りの景色は太公望がある王と出会った場所を思い出させていた。

 

 

 

『釣れますかな?』

『見てろよ太公望!俺の方がデカい魚を釣ってやる!』

 

 

太公望と共に新たな国を作ろうとした王と父の意思を引き継ぎ殷を滅ぼし国を勝利に導いた王を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

此処で少々時間を巻き戻し、とある女性の話をしよう。

 

 

 

「退屈ぅ……」

 

彼女は部屋にある机に、だらけた様子で顔を押し付けている。

彼女の目の前にあるのは、山のような書簡。自由を愛する彼女からしてみれば自由を奪う憎い輩だ。

 

 

「私にはこういう仕事向いてないのよねぇ……」

 

 

彼女は、その山のような書簡から目をそらし、ゆっくりと立ち上がると部屋の窓を開け放った。

窓の外に広がるのは雲ひとつない、気持ちの良い晴れ渡った空。

 

 

「うん……決めた」

彼女はそんな空を見つめ、あることを決めた。

「……ゴメンね」

 

彼女は書簡に一声掛ける。謝るのは書簡にではなく、この部屋に来る彼女が終わらせた書簡を取りに来る幼馴染みの女性にだろう。

後が怖い気もするが彼女は『ま、いっか』とその事を頭の中から消し去る。

 

 

「なーんか今日は外に行く方が良い事が起きそうな気がするのよねぇ。気分転換、気分転換!」

 

 

こうして彼女は机の上に積み上げられた書簡をほっぽり出し、その開け放たれた窓から外へと飛び出していった。

 

 

自慢の桃色の髪を、風に揺らしながら街の近くにある森へと向かうのだった。



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太公望、孫策と出会う

 

 

 

川で釣りをする太公望はボンヤリとしながら昔を思い出していた。

 

 

「……本当に、あの場所に似ておるのう」

 

太公望が呟いたあの場所そこに、ここが驚くほどに似ていた。

「似ておるか……色々思い出してしまうんじゃろうな」

そう言って、太公望は空を見上げる。

 

 

『釣れてますか?』

『大物が掛かったようだのう』

 

 

思い出すのは、かつての会話。

思い出すのは 、あの時の気持ち。

 

 

「我ながら……女々しいのう……」

 

 

太公望は自傷気味に笑う。

あの時は戻らない。

あの者にはもう会えない。

 

 

『太公望、俺は親父の後を継ぐぜ!』

『静かにせぬか、魚が逃げてしまうわ』

 

 

父の意志を継いだ者は父とは違った性格だが民に慕われていた。

出来の悪い生徒の様な存在だったが直向きに国のために頑張っていた。

 

 

「これは……ワシの……未練……」

 

 

太公望は瞳を閉じたまま呟く。

一人は国を起こす前に逝った。

一人は国を起こしたが2年後に逝ってしまった。

 

 

「……ワシは迷ってるのかの」

 

 

太公望は沈んだ気持のまま釣りに没頭するのであった。

 

 

 

 

気分転換と城を抜け出し、森へと足を踏み入れた雪蓮は鼻歌交じりに歩いていた。

何故、彼女の機嫌が良いか。

仕事から解放され自由になったから。

袁術に余計な仕事を言われないから。

理由は様々だったが一番の理由は違った。

 

 

「今日は良いことがありそうなのよねー」

 

 

それは勘だった。

自身が良く当てにする勘。

的中率が高く、戦場では勘で幾度も命を救われた。

その勘が言っている。

 

『今日は良いことがある』と

 

そんな彼女は気分を良くしながら森を散策していたが、ふと川の音を聞き、其方に足を向けた。

これも勘だった。何かがあると。

そして、その勘は当たったと思えた。

森の木々を抜けた先に。

釣りをする一人の青年を見てしまったから。

 

彼は絵になっていた。

言葉を失ってしまった。

その景色に文字通りは雪蓮は声が出なくなってしまったのだ。

それは一枚の画のようで、どこか神秘的な雰囲気さえ感じた。

雪蓮は手を伸ばしてみたくなった。彼に触れてみたくなった。

見たところ、青年は釣りをしている。ならば、なんて声をかければいいかなんて簡単だ。

 

「はは……」

 

雪蓮は緊張していた。ただ話しかけるだけなのに。

彼女をよく知る人物が見れば鳩が豆鉄砲を食らった顔をするだろう。普段の彼女らしくない行動と表情に。

雪蓮は青年の後ろに立ち、そっと彼の肩に手を乗せた。

そして、ゆっくりと口を開く。できるだけ自然に、いつものように笑顔で。

 

 

「ねぇ……釣れてるの?」

 

 

雪蓮の言葉に青年。太公望は酷く驚いた表情で呟いた。

 

 

「……姫…発?」




太公望は姫昌と姫発を思い出してしまいました


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太公望、渾名で呼ばれる

 

 

それは、本当によく似ていて。思わず、あの時の夢を見ているのではと思ったほどに。

太公望にはあの時の彼等にしか見えなくて。

 

「……姫…発?」

「……はい?」

 

 

絞り出された声を出す太公望。それに対して太公望の目の前の女性『雪蓮』は逆に驚かされ、マヌケな顔をしてしまっていた。

 

「えっと、私って、そんなにその『きはつ』さんにソックリだったのかしら?」

 

 

アハハと困ったように笑う雪蓮。太公望はその言葉に、バツが悪そうに頭を掻きながらハァと息を吐いた。

 

「すまぬ……勘違いしたようだ」

 

 

太公望は釣竿代わりに使っていた打神鞭を持ち上げる。

 

「それと、質問の答えは否……まぁ、つまり何も釣れておらん」

 

そこまで話して、太公望は雪蓮の視線に気づいた。妙にニヤニヤと太公望を見て笑っていた。

 

 

「ワシの顔に何か付いとるか?」

「ううん、変なしゃべり方するなって思って。そんな可愛らしい顔してるのに……勿体無いわよ?」

 

 

怪訝な顔をした太公望に雪蓮は笑いを堪えた表情で告げる。

 

 

「ほっとけ」

「ああ、ごめんごめん!あやまるから、そんな冷たくしないでよ!」

 

太公望はフイッとそっぽをむく。雪蓮は太公望の態度に慌てて謝ってきた。

 

 

「でも釣りにしては可笑しくない?さっき見た針は釣針のじゃないわよね?」

「うむ、この釣針はワシの友が作ってくれた物での」

 

 

太公望は懐かしむように川に垂らした針を見る。

 

 

「でもそれじゃ釣れないんじゃ無いの?」

「構わぬ。ワシは生臭は食わぬし、釣りも只の趣味なのでな。考え事をしたい時にするのだ」

 

 

雪蓮は太公望の隣に腰を下ろし訪ね、太公望はそれに応える。

 

 

「あ、そう言えば名乗ってなかったわね。私は……」

 

 

人懐っこい笑みを浮かべながら自身の名を名乗ろうとした雪蓮だが思案顔になりながら、んーと悩む仕草を見せながら人差し指を唇に這わせる。そして良いことを思いついた様に笑みを浮かべた。

 

 

「私の名は雪蓮よ」

「……それは真名ではないのか?」

 

 

ニパーと笑みを浮かべながら真名を名乗る雪蓮に太公望はタラリと汗を流す。

 

 

「いいのよ。アナタには真名を預けても良い気がするの。私の勘は良く当たるの」

「やれやれ、真名とは神聖な物だと聞いたのだがのう。勘で預けるとは思わなかったわ」

 

 

勘だと言う雪蓮に太公望は溜息交じりで言葉を返す。それに対し雪蓮は女の勘は侮れないわよと笑顔だった。

 

 

「お主の真名を預かるは別としても名乗るとするかワシの名は呂望だ」

「呂望ね……じゃあ『望ちゃん』ね」

「ぶっ!?」

 

 

名乗ると同時にニックネームを付けられた事に吹く太公望。しかも呼び方が自身の親友と同じだから尚更である。  

 

 

「なんで吹くのよ-?」

「いや……この釣針をくれた者と同じ呼び方をされたから驚いたのだ」

 

 

プゥと頬を膨らませる雪蓮に太公望は自身の親友である普賢の事を思い出していた。



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太公望、炎の男爵となる

 

 

 

 

◇◆建業◇◆

 

 

時間は少々戻り、太公望と別れた雛里と凪は太公望に言い付けられた買い物と宿探しをしていた。

しかし妙な空気と無言の時間だけが過ぎていくばかりだった。

 

 

(ど、どうしよう!?楽進さんと仲良くしないといけないのに、さっきの態度から急に変えると怪しいし……あわわっ!)

 

 

雛里は冷静になった頭で考えパニックになっていた。確かに太公望との二人きりの旅は終わったが太公望と旅を続ける事自体は続く。その仲間となった凪に邪険な態度を取ってしまった事と太公望に膨れっ面を見せてしまった事の二つが雛里の脳裏に何度も再生され、頭は冷えたが冷静な思考は戻っていなかった。

 

 

(うう……なんて話題を振れば良いんだ?お師匠様の旅に着いてく事になったのに士元さんの機嫌を損ねてしまった……思えば士元さんは先にお師匠様の旅に同行してたんだから私は邪魔をしてしまったのか!?)

 

 

対する凪も人付き合いの下手さから雛里になんと声を掛ければ良いかを悩み、私は二人の旅の邪魔をしてしまったのかと思考が別の方向にシフトしていた。

しかし、このままではいけないと意を決して二人は声を掛けようとする。

 

 

「「あ、あの……」」

 

 

二人同時に同じタイミングで声を掛けたため再び気まずくなる。しかし凪は慌てる雛里に頭を下げた。

 

 

「すいませんでした。私、お師匠様の弟子になれた事に浮かれて士元さんの気持ちを考えてませんでした」

「あわわっ!?頭を上げて下さい!私も……私も……子供みたいに拗ねちゃって……」

 

 

必死に頭を下げる凪に涙目になりながら弁明する雛里。

そして頭を上げると二人は同時にクスリと笑ってしまう。

 

 

「なんだか……謝ってばかりですね」

「本当ですね」

 

 

雛里と凪の間にあった気まずい雰囲気は多少は緩和されていた。そして仲を深めるためにと話をしようとした雛里と凪の耳に悲鳴が届く。

 

 

「ご、強盗だー!?」

 

 

悲鳴を聞いた凪は迷わず駆け出し、雛里は慌てながらも後を追った。

 

 

 

 

 

一方の太公望は建業に戻ってきていた。雪蓮と共に。

釣りをして考え事をと思っていたが雪蓮に絡まれ、考え事をする状態では無いと思い釣りを中断して街に戻る羽目になったのだ。

 

 

「もー望ちゃんったら」

「お主、馴れ馴れしいのう」

 

 

雪蓮は雪蓮で素っ気ない太公望に業を煮やしていた。太公望からしてみれば会ったばかりで真名を預けるわ、昔からの友人のように接する雪蓮に戸惑っていたのだが雪蓮は何処吹く風である。

 

 

「ぶーぶー、私は望ちゃんの事、もっと知りたいのにー」

「子供か、お主は」

 

 

不満を口にする雪蓮に太公望は子供の相手をしている気分になっていた。

 

 

「もう、『お主』じゃなくて真名で呼んでよ」

「会って数分で託された真名を呼べと?」

 

 

無茶苦茶な奴だと思った、その時だった。

 

 

 

「ご、強盗だー!?」

 

 

街中から悲鳴が聞こえた。

 

 

「どの街でも当たり前の様に野盗が現れるのう……ってオイッ!?」

 

 

太公望の呟き掻き消される様に雪蓮は悲鳴が聞こえた方へ走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえた場所に着いた太公望と雪蓮だが現場は騒然としていた。

逃げらず街の兵士に囲まれている野盗二人が老夫婦に剣を突き付けていたのだ。街の兵士も人質が居る以上迂闊な行動が出来ず、緊張状態が続いていたのだ。

 

 

「アイツ等……私の街で良い度胸じゃない……」

 

 

太公望がその声に振り向くと雪蓮が自身の刀を引き抜き、今にも野盗に斬り掛かりに行きそうな雰囲気だった。

 

 

「やめよ。今、出て行けば老夫婦に被害が及ぶかもしれぬ」

「此処は私の国よ。其処で勝手な真似をする奴等はどうなるか教えてやらなきゃならないわ」

 

 

太公望の制止を無視してギラリと野盗を睨む雪蓮。

その時だった。

 

 

「師叔、師叔……」

「ぬ?おおっ雛里か」

 

 

太公望の袖を引き、雛里が小声で太公望を呼ぶ。人混みに紛れて太公望にコッソリと近付いた様だ。

 

 

「楽進さんも近くに潜んでます。後は野盗の気を引ければ……」

「其処まで準備万端であったか。よくやった雛里」

「あ、あわ……」

 

 

雛里の言葉に太公望は満足したのか笑みを浮かべ、雛里の頭を撫で、雛里は嬉しそうにしながら頬を染めた。

 

 

「何、悪巧み?」

「うむ、被害を出さずに奴等を捕らえるのだ」

 

 

話に興味がいったのか雪蓮が会話に加わろうとする。太公望はケケケッと、あくどい笑みを浮かべると打神鞭を取り出し人混みの中から先頭に出た。

 

 

「な、なんだテメェは!?」

「ふ……ワシもここ暫く大人しくしておったからからのぅ……この打神鞭も活躍を望んでおる」

 

 

野盗は現れた太公望を警戒するが太公望は打神鞭を構えるとクワッと表情を変えた。

 

 

「轟け天!沸き上がれマグマ!炎の男爵、呂望参る!!」

 

 

太公望はワーハッハッハッと高らかに笑いながら野盗へと走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「師叔が壊れちゃいました……」

 

 

呆然とした雛里の呟きは街の人達の声に掻き消されたとか。



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その頃、仙人界は②

 

 

 

仙人界蓬莱島。

 

 

会議室に複数の人間が集まっていた。教主である楊戩の指示の元、集められた仙人や天然道士が居た。

 

 

「では、会議を始めます。議題は……太公望師叔の事です。有る筋からの情報で彼の居場所が判明しました」

 

 

楊戩の言葉に集まった者達はざわつく。

 

 

「そして……彼の行き先ですが……太乙様、お願いします」

「うむ、任せなさい」

 

 

楊戩の指示で前に出た太乙真人はモニターに映像を灯す。

 

 

「では先ず太公望の行き先だが……女禍が作り出した『外史』と呼ばれる世界に行ったようだ」

 

 

モニターには『外史』の文字が映る。

 

 

「なんなの?外史って?」

「正しい歴史から逸れた歴史……それを外史と呼ぶんだが、これは女禍が作っていた予備の世界みたいでね。どんな世界か解らないんだ」

 

 

外史に付いて首を傾げたのは三つ編み状の髪を上に伸ばしている女仙人の蝉玉。

 

 

「そして、その世界には女禍の残した物がある……かもしれない」

「かもしれない……って解らないの?」

 

 

太乙の説明に手を上げて質問を返したのは天化の弟の天祥だ。

 

 

「情報提供者からの情報しかないから憶測でしか無いんだよ。でも元始天尊様や燃燈も可能性は有るって言うからね」

 

 

情報提供者は兎も角、元々女禍の動向を探っていた元始天尊や燃燈も合意したことから可能性は高いと判断された。

 

 

「だったら師叔を助けに行った方が良くないさ?」

「そうだぜ!太公望だけに任せられるかよ!」

 

 

太公望の手助けに行くべきだと天化や雷震子が意見を出す。

 

 

「実はそっちにも問題があってね……ポチッとな」

 

 

太乙が困った様に頭を掻き、リモコンを操作するとモニターの表示が変わる。

モニターに映し出されたのは崑崙の最高幹部が乗る宝貝『黄巾力士』

ロボットの様な姿をしていて頭の部分にコクピットが有る。更に最高級宝貝合金で作られておりかなりの強度を持つ持つ宝貝だ。ちなみに使用者の名前が腹部に表記されていてモニターには太乙の名前が入っていた。

 

 

「これは私の黄巾力士を改造して作った黄巾力士でね。コレに乗れば太公望が行った外史に行ける筈だ」

「いつの間にこんな物を……」

 

 

科学&宝貝マニアの太乙は既に外史に行く為の術を用意していた様だ。その事に白鶴童子はタラリと汗を流す。

 

 

「でもまだ調整が必要だし……コレには五人までしか乗れないんだ」

 

 

太乙の追加説明にその場に居た全員がピタリと止まる。

 

 

「五人までしか行けないのかよ!」

「あ、正確には四人だね。この黄巾力士は扱いが難しいから私が乗らなきゃ駄目だからね」

 

 

土行孫のツッコミに太乙はククッと悪い笑みを浮かべていた。

 

 

「行く人数が決まってるなら僕が行くッス!」

「僕もお師匠様の所に行きます!」

 

 

真っ先に立候補したのは四不象と武吉。

 

 

「俺が行く……強い奴が居るなら破壊するまでだ」

「太公望殿に世話になりっぱなしだったからな!今度は俺が役に立つ番だな!」

 

 

哪吒や黄飛虎も次いで立候補していく。そして俺も私もと次々に立候補が出ていた。

 

 

「フフッ……」

「どうされました竜吉公主?」

 

 

その光景を見て笑みを溢した竜吉公主に楊戩は尋ねる。

 

 

「いやなに……皆も太公望が居ないことに寂しさを感じていたのだな……っと思ってな」

「確かに……その様ですね」

 

 

竜吉公主の言葉に楊戩は苦笑いをしながらも同意していた。

 

 

「時に……竜吉公主は立候補しないのですか?」

「四不象と武吉は決まりじゃろうな。太乙は操縦者として乗るから……後は一人じゃな。誰が乗るのかな」

 

 

 

楊戩は竜吉公主が既に外史に行くつもりなのだと気づいていた。しかも、この様子なら力尽くでも候補者に出るつもりなのだろう。

 

 

「やっぱり……アナタはトラブルの元ですね師叔」

 

 

これから起きるであろう騒動に楊戩は少し胃が痛くなるのであった。



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太公望、見せ場を失う

今後の展開に悩んでいたら間が空いてしまいました。


 

 

太公望の突撃に野盗は慌てた。人質が居るのに太公望が迷い無く突っ込んできたからだ。

 

 

「テ、テメェ!?刺すぞコラァ!」

 

 

慌てた野盗は人質に刃を突き立てようとしたが空振り。人質が居たはずの場所には誰も居なかった。

 

 

「さ、もう大丈夫ですから」

「お、おお。ありがとう」

 

 

少し離れた場所には凪が人質になっていた老夫婦を既に助けて兵士達に保護を頼んでいた。

 

 

「な、いつの間に……って仲間は既にやられてるっ!?」

 

 

野盗の足下には人質を捕まえていた筈の仲間が倒れていた。

 

太公望が突っ込んだ瞬間、凪は迅速に背後に回り込み人質を捕らえていた野盗を手刀で倒す、そして即座に移動を開始していたのだ。

 

これらの動きを凪が即座に対応できたのは雛里が凪に『師叔なら、こう動く筈です』と数パターンの状況予測を伝えていたからだった。今まで太公望の事を学んだ雛里なりの予測だったが見事に的中していた。

対する太公望も雛里の指示と凪の武を信じての行動だった。最悪の場合は打神鞭で風壁を起こし、老夫婦を守るつもりだったが杞憂だったらしい。

 

 

「ち、ちくしょぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

半ば自棄になった野盗は持っていた剣で太公望に斬り掛かる。周囲の人間がざわめく中、刃は太公望に迫っていた。

 

 

「師叔!」

「お師匠様!」

 

 

雛里と凪の心配する声も聞こえ、周囲の人間も太公望か斬られると思った。

しかし太公望は違った。コレをチャンスだと思ったのだ。

ここ暫く活躍が無かったのだ。ならば野盗を華麗に倒し、主人公らしさをアピールしようとすら考えていたのだ。

そして太公望がいざ野盗を倒そうと打神鞭をグッと握った瞬間、桃色の閃光が走り抜けて行った。

 

 

「望ちゃん、危なぁい!」

「ぶげふらぁ!?」

 

 

桃色の閃光の正体は雪蓮だった。雪蓮は太公望を追い越し、野盗に華麗にドロップキックを食らわせていた。

その後、雪蓮は野盗をマウントでボコボコにした後に兵士に引き渡していた。

 

 

「結局……ワシの出番は無くなったのぅ……」

「師叔……出番と活躍の場を失った哀愁と虚しさが漂ってますね……」

 

 

遠い目をした太公望に雛里が同情しかけていた。

 

 

 

 

この後、太公望達は城に招かれていた。雪蓮がこの土地の領主『孫策伯符』だった事も有り礼をしたいとの事だった。

兵士達に強制連行されていく雪蓮に太公望達も苦笑い。更に城に着くと同時に。

 

 

「雪蓮!お前は仕事をサボって居なくなったと思ったら何をしてるんだ!」

「良いじゃない。結果的に街の人達を救ったのよ」

 

 

雪蓮を書簡の束でバシバシと叩く黒髪の女性。雪蓮は馴れているのか叩かれながらも笑っていた。

 

 

「お・ま・え・はぁ~」

「い、痛いってば冥琳っ!」

 

 

冥琳と呼ばれた女性は『周瑜公瑾』。呉の軍勢で軍師をしている女性である。雪蓮とは幼馴染みらしくえらく砕けた口調で雪蓮に接していた。

 

雛里と凪は苦笑いでその光景を見ていたが太公望は目を細めて、そのやりとりを懐かしんでいた。

思い出すのは武王姫発と周公旦の二人。

 

周公旦は武王が仕事をサボったり女に絡んでいた際にハリセンで叩いたり、飼っていた象の下敷きにしたりと厳しかった。それでも懲りない武王はサボる度に周公旦に叩かれていたがそれが西岐での当たり前と化していた。

 

思い出センチメンタルは先程で終わりにせねばと思っていた太公望だったが、ここに来てまた思い出してしまった様だ。

 

 

「ほ、ほら……お客さんも来てるし、ね?」

「まったく……仕方ないんだから……」

 

 

太公望がふと思考を戻せば雪蓮と冥琳の戦いも終わっていたようだ。終わったと言うよりは冥琳が諦め折れたが正しいかも知れないが。

 

 

この後、太公望達は城に貴賓として招かれた。街の人達を救ってくれた礼と雪蓮を見つけて城に連れ戻した功績らしい。

夜になると宴になり大騒ぎをした。

太公望と雪蓮は酒を飲み、雛里と冥琳は象棋で対決し、先程までは居なかった呉の武人黄蓋も宴に参加しており、酒を飲みながら凪に武を語っていた。

 

宴も盛り上がっている最中、太公望は静かに席を立った。

 

静かにさり気なく離れたために誰にも気づかれなかった太公望は城の城壁に来ていた。

太公望が誰も居ないことを確認すると太公望の身体は淡い光に包まれた。

 

 

「待たせたのぅ」

『遅せぇんだよ、まったく……』

 

 

太公望から離れた光は人型になっていくと同時に太公望に悪態を放つ。見た目は不健康そうな容貌とシルバーアクセサリーが特徴で、とにかく邪悪な印象が目立っていた。

 

 

「久し振りだのぅ……王天君」

『ああ……久し振りだな』

 

 

ニィと笑った太公望の姿も変わっていた。今までの服装ではなく伏羲になる以前の『道士太公望』だった頃の服装になっていた。

 

 



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太公望、心境を王天君に語る

 

 

伏羲の体から分離し、『道士太公望』と『魂魄王天君』になり向かい合う二人。

 

 

「久し振りだのぅ王天君」

『ああ、普段融合してるっても俺はアンタの中で寝てるような状態だからな』

 

 

太公望と王天君。元は伏羲と言う最初の人の一人で太公望と王天君が融合し、真の記憶と能力を取り戻した姿。

 

女媧との戦いを決めた元始天尊によって魂魄を二つに割られ、片方は死亡した赤子に入れられ太公望となり、残りは王奕として金剛山に送られ王天君になった。

 

外見や人格は太公望がベースとなっており、王天君は普段は寝てるような状態らしい。しかし王天君は夢の中で太公望の状態を察しているらしく分離しても事態の把握は早かったりする(過去にソレで女媧を騙した経緯有)

 

 

『くだらねぇ話は省くぜ太公望。お前、何を考えてやがる?』

「なんの事かのう?」

 

 

睨むような王天君の視線をニョホホと笑う太公望。

 

 

『とぼけんな、お前も感じてるんだろ?女媧の力をよ』

 

 

王天君の言葉にピクリと反応する太公望。

 

 

『女媧の力はこの世界から幾つか感じる。そんで一番近い力の発生源がこの方角に進んでやがる』

 

 

王天君はスッと指を差す。その方角はこの大陸一番の都『洛陽』がある方角だった。

 

 

『だってのに、お前呑気に旅をするなんざ……』

「王天君よ。ワシとてただ呑気に旅をしていた訳ではないぞ」

 

 

よっこらしょと立ち上がる太公望。腕を組むと真面目な顔付きになる。

 

 

「まずこの大陸は疲弊しておる。ある程度力を付けねば女媧の力と衝突した際に民は立ち直れなくなる」

『ああ、蓬莱島や崑崙山があった場所と違って戦えば死ぬ連中は増えるだろうな』

「次にだ。女媧の力がもたらした世界の割にはワシ等が知っている世界とは違いすぎる時代も力も」

『アンタが賢君なんて呼ばれてる時点で狂った世界だと思ったよ』

 

 

太公望は自身の感じた事を話し、王天君は納得していく。

 

 

「何より、此処には他の仙道が居らぬのだ。戦う力を集めていくべきと思ってのう」

「それがあのチビや傷女か?頼りねぇだろ」

 

 

王天君の言うチビは雛里、傷女は凪の事である。

 

 

「何が起こるか解らぬからな。備えは必要であろう?」

『へ、民のためにってか?この世界でも封神計画でもする気かよ?』

 

 

太公望の言葉を笑う王天君。

 

 

「そこまでの話はする気はないのぅ。だが……」

『あん?』  

「少なくともワシはこの世界を見捨てぬ。見捨てるには……大切なものが出来過ぎた」

 

 

太公望の言葉に王天君はハァと溜息を一つ。

 

 

『だったら好きにしな。俺はもう少し寝る』

 

 

王天君はそう言うと太公望と再度融合を始める。

太公望は『うっひゃひゃ』『くすぐったいのぅ~』等と宇宙人太公望になりながら笑っており、これまた異色な光景と化していた。

 

 

そして融合を終えると太公望は『道士太公望』から『伏羲』の姿へと戻っていた。

 

 

 

「次に向かうは………洛陽だのぅ」

 

 

 

太公望は先ほど王天君が指差した方角を眺めながらポツリと呟いた。



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その頃仙人界は③

 

 

仙人界蓬莱島。

 

 

其処にある太乙真人の研究所を竜吉公主は訪ねていた。

 

 

「太乙、調子はどうじゃ?」

「竜吉公主、もうそろそろ完成するよ」

 

 

竜吉公主の目の前にあり、太乙が改造しているのは外史へと向かう為に改造している崑崙の最高幹部が乗る宝貝『黄巾力士』

ロボットの様な姿をしていて頭の部分にコクピットが有る。更に最高級宝貝合金で作られておりかなりの強度を持つ持つ宝貝だ。ちなみに使用者の名前が腹部に表記されているコレには太乙の名前が入っていた。

 

 

「皆の様子は?」

「ああ、今は『誰が行くのか力で勝負。仙人界バトルロワイヤル』が開催中だ」

 

 

太乙の疑問に答えた竜吉公主。それを聞いた太乙は引き攣った苦笑いを見せる。

 

 

「まさか、蓬莱島でやってるのかい?蓬莱島が壊滅したら修理で余計に時間が掛かるぞ」

「心配無用じゃ。元始天尊や楊戩が見張りをしておる。周囲に被害を出したらその時点で負けじゃ」

「そのルールだと哪吒は不利になるなぁ……」

 

 

現在、行われているバトルロワイヤル会場を思い苦笑いだった太乙。竜吉公主の説明を聞いて多少ばっかり気が楽になったがルールを聞いて我が子が不利だと思う。

 

 

「時に太乙よ。仮に天化や普賢が勝ったらどうするのだ?彼等は魂魄。地上には行けないのではないか?」

「フッフッフッ心配御無用。私が開発した特殊宝貝がある!その名も……」

 

 

竜吉公主の問いに太乙は待ってましたと目を輝かせながら懐に手を入れる。

 

 

「太乙特性宝貝『霊受』だ!コレを使えば一時的に肉体を得る事が出来る」

「こんな物で肉体を得られるのか?」

 

 

太乙が取り出したのはソフトボール程の太極マークが入った玉だった。これだけで肉体を得られるのかと竜吉公主は首を傾げる。

 

 

「この宝貝は哪吒に使った蓮の花と同じ効果を得るんだ。この霊受に魂魄を封じ込め大気を吸収して肉体に宿す。ま、一時的に宝貝人間みたいになる訳だ」

「凄いが……いつの間にこんな物を」

 

 

太乙の説明に感心はしたが、いったい何時の間に作ったのか疑問が残る竜吉公主。

 

 

「ハッハッハッ、平和だからね。暇さえあれば宝貝開発に力を注ぐさ。それに魂魄になった人達が地上に行かなきゃならない事態にも備える為って言うのもあるけど」

「備えあれば……か。今回は正にその様になったな」

 

 

竜吉公主は霊受を太乙に返すと部屋を出ていく。

 

 

「では、私は行くよ。私も旅支度をせねばならぬからな」

「ああ、わかった。悪いんだが後で四不象と武吉君、それとバトルロワイヤルの勝者を此処に連れて来てくれるかい?外史へ行くときの説明もしなければならないからね」

 

 

太乙の頼みを竜吉公主はウムと頷くと今度こそ部屋を出ていく。

 

 

太乙の部屋を出た竜吉公主はバトルロワイヤルの会場を見に行く。丁度、勝者が決定した様だ。

 

 

「行くのは彼奴か……太公望よ。もう直ぐ会いに行くからな」

 

 

バトルロワイヤルの勝者を確認した竜吉公主は空を見上げながら漸く太公望に合えるという気持ちを募らせていた。




今回、出て来た宝貝『霊受』はオリジナル設定の宝貝です


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太公望、別れを告げて雛の機嫌を損ねる

更新が遅れて申し訳ありません。
理由の方は活動報告にも書きました。


 

 

 

宴を終えた次の日、太公望は雪蓮に別れを告げていた。

 

 

「え~望ちゃん、もう行っちゃうの?」

「うむ、どうにも急がねばならぬ事態になっておる様なのでな」

 

 

既に旅支度を始めていた太公望に雪蓮は不満を漏らす。

太公望が洛陽を目指すと言って困惑したのは雛里や凪も同様だった。

つい昨日、建業に到着したばかりなのに直ぐに洛陽に向かう。明らかに焦りが見えるスケジュールなのだ。

 

 

「師叔、何かあったのですか?」

「ワシが旅を始めた理由の一つが見付かったのだ。急がねばならぬ」

 

 

太公望の口から告げられた言葉に反応を示したのは雛里と冥琳、そして雪蓮だった。

 

 

(師叔が旅を始めた理由……太公望様のやらねばならない事なら多分、国を揺るがす位の大事なんだ!)

(ふむ……この御仁は昨夜、雪蓮から聞く限りかなりの知恵者との事だったな……その者が慌てると言う事は厄介事か……?)

(ふーん、望ちゃんの旅の理由ね……何かは知らないけど面白い事じゃ無さそうね)

 

 

雛里、冥琳、雪蓮の順に頭の中で推理をする。

雛里は太公望と出会った際に言っていた事から推理を始め、その推理は的を射ていた。

冥琳は昨夜、雪蓮から聞いた話と太公望と交わした会話の中から推理をしており、これもまた的を得ていた。

 

雪蓮に至っては直感だが当たっているだけに恐ろしい物がある。

 

 

「お師匠様、荒事なのですか?」

「そうなる可能性は高いのぅ。頼りにしておるぞ凪」

「ハッ!」

 

 

事の次第を飲み込めなかった凪は太公望に質問をし、太公望はそれに答える。

太公望から期待されているとあり凪も元気よく頷いた。

 

 

「ハァ……これは止めても無駄そうね」

「雪蓮、おっと」

 

 

雪蓮は溜め息を零すと太公望に酒瓶を渡した。

 

 

「ねぇ……望ちゃん、旅が終わったらまた建業に来てくれる?」

「…………判らぬの。ワシは旅をしながらの生活が多かったからのぅ。何処かに留まった事はあまりないのだ」

 

 

 

太公望は崑崙山で修行をしていた時期を除けば放浪の旅をしている様なものだった。

封神計画を任されて以来、相棒の四不象と共に国中を飛び回っていた。一時期は周や桃源郷に居たが大概は旅をしていた。

この世界に来てからも同様で一つの国に留まる事は少なかったのだ。

 

 

「そっか……でもまた絶対に来てね。……待ってるから」

「うむ、ワシも楽しみにしておくとしよう」

 

 

楽しげに再開を約束した太公望と雪蓮。

そんな光景を見て雛里は頬をプゥと膨らませていた。

 

 

「ひ、雛里さん!?なんで膨れてるんですか?」

「師叔はいつも、ああだからです!」

 

 

凪は雛里の態度に驚きながらも尋ねた。

雛里はプンプンと擬音が聞こえそうな怒り方をしている。

 

雛里は太公望と最初の頃から旅をしている為に人に好かれやすい太公望を一番近くて見てきた。

桃香、星、華琳、雪蓮と旅に同行はしなかったが太公望を慕っていた。

太公望は朴念仁側の人間だから気付かなかっただろうか多かれ少なかれ、好意を持っていたのは明らかだ。

 

かく言う雛里もその一人で有り、凪も同様。

人知れずフラグを乱立していく太公望に雛里は少々ご立腹だった。

 

雛里は知る由もないのだが太公望は元居た世界でも割と人好きされている。竜吉公主や妲己を筆頭にビーナスや王貴人もそうである。

そしてその内の一人がこの世界に来ようとしている事は誰も予想していなかった。




グダグダでしたね。
次回から本格的に仙人界が動きます。


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その頃、仙人界は④

 

 

 

仙人界・蓬莱島

 

 

 

蓬莱島の会議室では外に集まっていた。太乙作成の崑崙の最高幹部が乗る宝貝『黄巾力士』の前に仙人や天然道士、妖怪仙人が集まっていた。

 

 

「えーっ、では選抜された者がこれから太公望師叔を追って外史へと向かいます」

 

 

マイクを通して伝えられる楊戩の説明にその場に居た者達が頷く。そこに集められた者達の身体は包帯やら絆創膏やらで全員が怪我人だと言うのが解る。

 

それと言うのも蓬莱島全体で開催された『誰が行くのか力で勝負。仙人界バトルロワイヤル』で挙って皆が参加し、戦った結果である。

その枠は五名と少なく、四不象、武吉、太乙は既に決まっており残りは二名である。

しかもその内、一名は竜吉公主が名乗りを上げており実質はあと一名となる。

 

その後一枠を争って戦いが発生した。それはもう激しい戦いが。

 

 

「行ってくるッスよー!」

「お師匠様を見つけてきまーす!」

 

 

四不象と武吉は元気よく出発の挨拶を交わしている。

 

 

「うーん、外史か!楽しみだなぁ!」

 

 

太乙は太乙で未知の世界に心を躍らせていた。

黄巾力士に積まれた太乙の荷物は大量で、それを下ろせばあと二人くらいは乗れるのでは?と思うほどに。

 

 

「太乙、外史を楽しみにするのは良いが一番の目的は太公望の捜索じゃぞ?」

「わかってるよ竜吉公主。と言うか竜吉公主……その怪我は?」

 

 

太乙を嗜める竜吉公主だが、その顔や身体の至る所に擦り傷があった。

 

 

「うむ……私が外史に行くと知ってからビーナスが黙っていなくてな」

 

 

ビーナスとは太公望の婚約者を自称する女性であり、兄である趙公明が太公望に『妹を頼むよ』と遺言を残し、ビーナスはそれに従って太公望の婚約者と名乗るようになったのだ。

そんなビーナスが太公望の危機に黙っている筈も無かった。しかも竜吉公主の左手の薬指にはめられているのは太公望が竜吉公主に贈った宝石なのだ(後に竜吉公主が指輪に加工した)

 

そして竜吉公主とビーナスの外史行きと太公望を賭けた戦いは始まった。

その戦いは後に仙人界十大決戦として語られる事となるが、それは別のお話。

 

 

「では竜吉公主、貴女が来たと言う事は……」

「うむ、私が勝った。太公望の事も任されたしな」

 

 

そう言って微笑む竜吉公主の顔は晴々としたものだった。ビーナスと戦った後に何を話したかは不明だがビーナスとの折り合いは付いたのだろう。

 

 

「女の人って凄いね四不象」

「ご主人には勿体ない人ッスね本当に」

 

 

微笑んだ竜吉公主に四不象と武吉は女性の強さを見せ付けられていた。

 

 

「さて、そろそろ出発したいんだが……」

「奴はまだ来ていないのか?」

 

 

太乙がそろそろ出発すると言うのだが最期の一人はまだ到着していなかった。

等と話をしていたら最期の一人が歩いてくる。顔に傷が有り、バンダナを巻いた青年だ。

 

 

「っと……遅いぞ。もう出発するそうじゃ」

「悪かったさ、親父達に出発の挨拶してきたさ」

 

 

遅れてきた最後の一人はタバコを吹かしながら謝る。

 

 

「俺っちは前の戦いで途中退場だったから今度は俺っちが師叔を助ける番さ」

 

 

最後の一人、天化はタバコを咥えたままニッと笑った。



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太公望、仙道を語る

お待たせして申し訳ありません!
今回は短めです。


 

 

 

 

建業を出発した太公望、雛里、凪は洛陽を目指していた。

その傍らで太公望が雛里、凪に仙人、道士、天然道士の違いを説明していた。

 

 

「では道士と天然道士では意味合いも存在も違うのですか?」

「うむ、道士は術を使ったり宝貝で戦える。じゃがその反面、身体が弱く体力も少ない。天然道士は術や宝貝は使えぬが体が頑丈で体力が有り余るのだ」

 

 

雛里の質問に答える太公望。凪はその隣で熱心に話を聞いていた。

 

 

「それとワシの見立てでは凪も天然道士の可能性が高い」

「わ、私がですか!?」

 

 

太公望の突然の発言に驚く凪。

 

 

「うむ。天然道士は一般人とは比べものに成らぬ筋力や気を発する。思えばこの国に来てから強き武将は皆、天然道士の様だのぅ」

 

 

凪に天然道士の説明をする最中、太公望は腕を組んで悩む仕草を見せた。太公望がこの世界に来てから天然道士と思われる力を持った者が妙に多いのだ。

関羽、張飛、趙雲、夏侯惇、夏侯淵、孫策、そして凪。

武人とは言えども人としての範疇を超えた強さを持つ者達が天然道士じゃないとは思えなかったのだ。

 

 

「逆に……この世界には仙道を極めた者は居らぬか……」

 

 

太公望は雛里からこの世界では仙人とは眉唾な存在で仙人と名乗る者の殆どがインチキとされていると聞いていた。

仙人が居ないから道士が居らず、天然道士が世に蔓延っている。太公望の下した結論は案外当たっていたのかも知れないが今は謎のままである。

 

 

「私が天然道士と言う事は私は宝貝は使えないのですか?」

「うむ、無理だ。宝貝は仙人骨から出る強大な力を吸収して奇跡を起こす。天然道士は仙人骨の力を筋力としてつかっているからのう。逆に道士はその力を宝貝に送り込めるが天然道士程の力は出せぬ」

 

 

太公望の言葉を聞いて凪は少し残念そうにしていた。

 

 

「一般人や天然道士から道士へなる事は出来ないのですか?」

「前例が無い訳では無いが……極希な事らしい。ワシもそんな事になったのは一人しか知らぬ」

 

 

凪の様子を見かねた雛里が太公望に問うが望みは薄そうだと凪はヘコんだままだった。

対する太公望は一般人から最強に近い仙人へとなった男を思い出していた。

殷の大軍師、聞仲。

彼は仙人骨を持たない一般人だったが体を鍛え抜いた結果、仙人骨が生まれ、天然道士となりやがては仙人となった。

 

 

「彼奴の様な例は他に聞かぬからのぅ」

 

 

太公望は思い出と共に一つ溜息を零した。

そんな時だった。

 

 

「む、なんだ……?」

「師叔、どうされました?」

 

 

溜息を零した太公望が急に顔を上げた。その仕草に雛里は小首を傾げた。

 

 

「力が……遠ざかる?何があった?」

 

 

太公望は女過の力を察知しながら旅をしていた。しかしその力が急に洛陽の方面から離れてしまったのだ。

 

 

「むう……何やら様子もおかしい気がする……」

「お師匠様?いったい何が……」

 

 

太公望が考え事をして、凪が様子を窺おうとした瞬間だった。

三人の周りが突然暗くなったのだ。

 

 

「え……急に暗く?」

「な、なんですかアレ!?」

「こ、黄巾力士?」

 

 

思わず空を見上げた雛里と凪は言葉を失った。空には三人を覆う様に。正しくは三人を見下ろすように一体のロボがいたのだ。太公望には見覚えがあったが雛里と凪は得体の知れない物体にしか見えず、雛里は脅えて、凪は戦闘態勢に入った。

 

 

『やっと見つけたよ太公望!』

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「くっ!?」

 

 

黄巾力士がズズン!と地面に着地すると余波が生まれ、太公望はそれに巻き込まれ、雛里は吹き飛ばされたが凪が庇う事で事なきを得た。

 

 

「こんな真似をするのは……太乙じゃな」

「僕等を心配させたんだから、ちょっとしたお仕置きさ」

 

 

太公望はデフォルメ化しながら頭から血を流しながらこんな黄巾力士を使い、無茶苦茶をするのは太乙だろうと確信を持っていた。そんな事を裏付けるかの様に太乙真人は黄巾力士の頭から身を乗り出すと悪戯な笑みを浮かべるのだった。




次回より封神演義のキャラが本格的に恋姫に絡みます。


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太公望、合流する

お待たせして本当にスイマセン。


今までの話を少しずつ読みやすいように修正中です。
時間は掛かりますが長い目で見て貰えたら幸いです。


 

 

黄巾力士の頭から顔を覗かせた太乙。太公望は何故、太乙がこの世界に居るのか疑問を投げ掛けようとした時に太乙の後ろから二つの影が飛び出した。

 

「ご主人ー!」

「お師匠様ー!」

 

 

四不象と武吉が飛び出すと太公望に抱きついた。

 

 

「スープー……武吉……」

「酷いッスよご主人!僕らを置き去りにして!」

「お師匠様!」

 

 

突然の事態に呆然としている太公望に四不象と武吉はまくし立てる様に話す。そしてそれに続くように太乙が黄巾力士から降りてくる。

 

 

「四不象も武吉君も太公望を探して心配してたんだ。と言うか僕らも腹に据えてたんだから」

「落ち着け太乙。その明らかに危険なマークの入った宝貝を片付けろ」

 

 

顔に影を落としながらドクロのマークが入った怪しげな宝貝を取り出し始めていた。

 

 

「つーか、師叔。俺っち達に何も言わずに仙人界から姿を消しといて何もお咎めが無いと思う方がおかしいさ」

「天化……」

 

 

同じく黄巾力士から飛び降りてきた天化はタバコを吸いながら太公望に語り掛ける。

そして黄巾力士からスゥと一人の女性が降りてくる。

その女性に太公望は目を見開いて見つめてしまう。

 

 

「久しいな……太公望」

「公主……うむ」

 

 

静かにそれでいて嬉しそうに二人は見つめあった。他にも数人いるのに二人だけの空間が出来ている。しかしその空気を壊したのは雛里だった。

 

 

「あの師叔……この方々は?」

「あ、うむ……この者達はワシが元々居た国で共に戦った者達だ」

 

 

遠慮がちに聞いた雛里に太公望は簡単に説明した。

 

 

「あ、あの……それじゃあもしかして、この子がスープーちゃんですか?」

「うむ。其奴が四不象だ」

「やっぱり!」

 

以前、太公望から話を聞いていた雛里は四不象に抱きついた。

 

 

「可愛い!モフモフです!」

「わ、ちょっ!」

 

 

感極まった雛里は四不象に抱きつくが四不象は可愛い幼女に抱きつかれて恥ずかしがっていた。

 

 

「くっくっくっ……スープーめ。慣れぬ相手に抱きつかれて動揺しておるわ」

「つーか、あの子は師叔の知り合い?」

「そう言えば、あの子も太公望の事を師叔って呼んでたね」

 

 

恥ずかしがる四不象に笑いを堪える太公望に天化や太乙は疑問を溢す。

 

 

「太公望……お主、幼女趣味であったか?」

「断じて違うから落ち着け」

 

 

かなり真面目な顔付きで問い掛ける竜吉公主に太公望はタラリと汗を流しながら否定した。

 

 

「しかし、お主等……何故ここに?」

「うむ……太公望を迎えに来たのが一番の理由だが……ところで」

 

 

太公望の質問に答えようとした竜吉公主。視線を移した先には地面にペタンと尻餅を着いたまま呆けている凪だった。

 

 

「あの者は何を呆けているのだ?」

「あの……凪さんに何も説明をしてなかったからかと……」

 

 

竜吉公主の疑問に答えたのは四不象に乗った雛里が答えた。

そう話についていけなかった凪は会話の中にあった単語に思考が追い付かずにフリーズした様だ。

 

 

「お師匠様が太公望……宝貝……仙人……」

「うーむ……もう少し、早くにワシの事を話すべきであったか」

 

 

そもそも太公望は凪に自身の事も仙人の事も話していなかった。

それを説明しようと思い、まずは道士の事や宝貝の事を話していたのだがその最中に黄巾力士が現れた為に説明は中断され、今に至る。

 

 

「やれやれ、お互いの事を話すだけで時間が掛かりそうだのう」

「一度、凪さんを横にしましょう」

 

 

呆けてるのか目を開けたまま気絶してるのか判らない凪を休ませようと横にさせる太公望と雛里。

互いの情報交換はまだまだ先になりそうだ。



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