寂しい大地に人を探して (キサラギ職員)
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1、初めに核の光あり

前々からずっと書きたかったポストアポカリプス系です


 小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。

 そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。

また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。

 香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。

 それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷、さまざまな音、稲妻、地震が起こった。

 ――――ヨハネの黙示録 8章

 

 

 

 

 たとえるならば、オルガンである。たとえるならば、遠吠えである。

 生理的嫌悪感を持たせる不気味な音色が街中に響いていた。街はものけの殻であった。いないわけではない。ある家では神に祈りをささげる人がいた。ある家では家族とともに過ごす人がいた。ある家にはヤケ酒に興じる者がいた。共通しているのは皆一様に恐怖していたことである。

 視点を変えて見よう。不変にして永遠を象徴し、同時に狂気もつかさどる、月から。

 地球というちっぽけな青い星の表面に柱が立っていた。それは不気味なまでの遅さで大地から昇ると大気圏を突き放す速度で宇宙へと進出していた。やがて、重力に導かれるようにして大地へかえる。切っ先が大地へと触れた刹那、閃光が走った。衝撃が雲を押しのける。輝きは瞬く間に拡大すると大地を焼いた。そして熱が生じたことで地表面があおられ雲が巻き起こった。細い下半身と、横に広く丸い上半身。きのこ雲。全世界、あちこちできのこ雲が生まれた。総数は計り知れない。大地を、海を、天空を、核が遍く焼き尽くしていく。狂気じみた光景はやがて終焉を迎える。核により浄化された大地。人類がかつて科学文明と驕った都市や町並みは跡形もなかった。

 さて、視点を大地に戻そう。

 核攻撃の応酬によって文明は崩壊した。では人類は滅亡したのか? 答えは否だ。

 隕石落下で恐竜が絶滅したときと同じく、生き残った生命はわずかだが存在したのだ。

 これは文明の燃え滓でもがく人間の物語である。

 

 

 両目からの情報と両耳からの情報を総合して得られたデータを元に各部に情報を伝達する。人間のように情報に誤差は存在しない。人間は考えたことを運動に変換して各部に伝達するのだが、考えた通りに体を動かすのには熟練が要る。だが機械は考えたことをそのまま出力することができるのだ。そして、間違うことがない。正確さにおいて機械の右に出る者はいないだろう。

 その機械は道具へと動きを伝えた。道具は、機械よりも正確である。伝えられた事柄を単純な物理的運動で返すだけの器物だからだ。それはボールを投げれば落ちるのと等しく正確である。

 放たれた12.7mmは狙い違わず化け物の脳天を粉砕した。

 核戦争によって大量の汚染物質がばら撒かれた。原生生物たちは次々と体質を変化させて、驚異的な能力を手に入れるに至った。それらは人類に対して牙を剥いた。まるでかつて人類に狩られていたことへの復讐が如く。それらはかつての名前を廃棄して新しい名前を手に入れた。俗称、クリーチャー。

 その機械は、距離にして200m地点でばったりと倒れたクリーチャーの死体を冷酷な目で見つめていた。まだクリーチャーは死にきれず痙攣している。弾を無駄遣いすることはない。レトロな銃をおろし、紐を肩に回した。

 全高160cm。重量70kg。鉄とシリコンの体を蒸気力という心臓で駆動させるアンドロイドである。正確にはロボットの中のアンドロイドの中のガイノイドである。頭部からつま先にかけてのシルエットは女性のそれである。耳がやけに長い。眼球がガラス玉のようであり内部にカメラのレンズがあること。背中に放熱フィンがあること。を除けば人間そのものであろう。

 耳の機構が伸長してアンテナを外部に晒した。硬い肉体とは裏腹の柔らかな唇が言葉を紡ぐ。

 「ご主人様。偵察完了。クリーチャーと遭遇、これを撃破しました」

 『よくやった。帰ってこい』

 「了解しました」

 手早く通信を終了した彼女は、荒れ果てた荒野にざっと目をやると、これまた枯れた木々生い茂る小高い山へと足を向けた。

 山の中腹には金属の扉がある。一重二重三重と重ねられた鉄の扉はたとえ至近距離から核兵器が作動しても確実に内部を守る仕組みとなっていた。有害な熱も衝撃も毒も通さない鉄壁。

 彼女が扉の前に立つと第一の扉が開く。轟音を立てて左右に開閉する。中に入ると閉鎖。空気が清められ、次の扉。工程を経てシェルターの内側へと入った。

 そこには黒髪に茶色の瞳をした青年が立っていた。

 「おかえり、ハル。成果はあったか?」

 「もちろんです。サルベージした品を解析しましょう」

 ハルの背中には銃の他にもリュックサックがあった。廃墟を探索して得たものが満載しているのだ。

 ハルと呼ばれたガイノイドを連れ添って青年は奥の部屋へと歩いて行った。がらんどうとは程遠い物のぎっしり詰まった部屋へ。シェルターは一人用ではなかったのだが、なぜか青年とガイノイドの姿しかない。

 部屋は鉄に囲まれていた。鉄の椅子やら鉄の机やらロッカーやら。ベッドやソファーこそ布と木が多く使われているが大多数は金属製である。

 ハルのリュックからはいろいろな品が出てくる。マイクロ真空管……の残骸。絵本。未開封の飲物。拳銃。役に立つものはほんの一握りだ。誰も使わず誰も整備せず放置された品は酷く劣化しているからである。

 だが青年は大きく頷きながらサルベージされた品物を仕分けていった。

 「うん。こいつを分解して発電装置を直せる。ありがとう」

 「とんでもない。命令に従ったまでです」

 淡々と受け答えする彼女に、感情は見られない。対する青年はどこかうれしそうだった。

 二人は解散した。

 青年は自室に閉じこもってサルベージしてきた品をばらして使えそうな部品を取っていた。シェルター備え付けの発電装置以外にも、工作に使う発電装置がある。工作用は外部から拾ってきたものなのだが故障しており使えなかったのだ。別の部品で修理しなくてはならなかった。

 一通り作業が終わると、蒸留水の入ったボトルを口にして額を擦った。

 そして椅子に深く腰掛けながらカレンダーと写真に順番に目をやった。

 一人は女の子だ。中学生、高校生くらいであろう可愛らしい黒髪の少女。髪の毛を両端で結んだスマートな子がピースを作って白い歯を見せて笑っていた。すぐ隣には青年がおり、楽しげな顔をしていた。

 二枚目は同年代であろう茶色っぽい髪の青年。黒髪の青年と酒を酌み交わしている場面。二人の視線はカメラの方を向いておらず何者かが隠し撮りしたか突然撮ったようである。

 大切な妹と、親友の写真がそこにあった。

 核戦争直前のことを思い出して天井を仰ぐ。

 黒電話を握りしめて叫ぶ。最愛の妹……最後に残った血のつながりのある家族へと。

 

 「槇菜(まきな)! どこでもいい! シェルターに入れ! 俺のことはほっといてもいいから!」

 『私、私………どうすればっ……!』

 「シェルターだよ! みんなシェルターに行きたがるだろうからついていけばいい。俺も別のシェルターに行く!」

 『やだ……ッ。やだ、怖い! シェルター? やだ……やだよ! 嘘でしょこんなの……! 私死にたくないよッ』

 「槇菜、駄々をこねるな! 生きるか死ぬかなんだ!」

 『だって! だって! ………うん。わかったよ。切るね。死なないで。絶対、約束だよ』

 

 次は、数少ない友人へと。

 

 『やぁ親愛なる友人よ。核戦争とはたまげたなぁ』

 「朝倉!? 今どこにいる!?」

 『落ち着けよ。俺はいまシェルター前の電話からかけてる。もっともすぐ入らないとまずいんだが』

 「よかった……」

 『お前さんこそどこにいる』

 「いまか? シェルターのシステムチェック中だったんだ。たぶん問題なく扉は作動すると思う。封鎖すれば大丈夫だ」

 『ほかに入れそうな人はいないのか?』

 「まだ、建造中だから、入ろうとする人はいない。……もうじき核が着弾するらしいな」

 『そのようだ。残念だが俺の父母の居場所がわからん。シェルターに入れないでいるかもわからん。妹さんと連絡はついたか?』

 「一応は……」

 『あばよ。もうシェルターが閉鎖されちまう。縁があったらまた会おう』

 

 シェルターに入ったのち、激しい震動を感じた。

 核の着弾である。システムが自動で立ち上がり彼の仕事の成果を発揮した。発電機が駆動して室内の生命維持を開始したのだ。

 青年は安堵と不安が綯い交ぜになった感覚と、足元が瓦解する虚無感を同時に味わった。妹と親友は無事だろうが社会はこの限りではない。核の直撃によって多くの都市が塵と化したであろう。

 呆然としてシェルター内に設けられた受話器で腰を抜かしていた青年は、人生の意味について考えていた。現実逃避とはわかっていながらやめられない。今まで税金を納めてきた国も、親しんだ街も、近所の人も、みんな消えてしまっただろうことを実感できないでいたのだ。

 受話器を試してみるが応答がなかった。シェルターは政府が運営しているものと違って地下深くに張り巡らせた専用回線を利用していない。核で通信網が破壊されればそれまでだ。

 やがて腰を抜かした姿勢だったことで尻が痛くなっていたことを自覚すると、ノロノロと立ち上がって自分を奮い立てるために独り言をつぶやいた。

 「………そうだ。こうしちゃいられない」

 青年はシェルターのあら捜しを始めた。シェルターのプログラムについて担当していたとはいえ、内部構造について熟知していたわけではない。役立つものがあるかもしれない。

 食料や水、居住区、娯楽、機械室、などを発見。最後に専用スペースへとやってきた。

 シェルターの仕様書にざっと目を通す。アンドロイド格納庫とあった。

 入室して目についたのはカプセルに入った一人の女性の姿。もとい、ガイノイド。

 白と肌色の中間の優しい色合いのボディ。身長は青年よりも低く小柄である。耳に相当する部位は斜め後ろに伸びていた。髪の色は黒。肩のあたりできっちり計測されたように切りそろえられていた。肩から放熱フィンのようなパーツが除く。肢体の造形は完璧であった。すらりと伸びた脚部の流線型は美しくなだらかに腰に繋がり腰から胸への丘陵は急速に高くなり、低くなっていた。服装はツナギのような作業服。胸元の名札には何も書かれていなかった。

 「こんなんあったか? 作業用アンドロイドがいたなんてラッキーだ。起動、起動っと………と!?」

 さっそく起動してみようと歩みよった刹那、ガイノイドの瞳が開いた。瞳の奥でレンズがくるくる回転してピントを合わせている様子がよく見えた。ガイノイドの起動に合わせてコンソールが点滅した。ガイノイドは最初ぎこちなく、そして徐々にゆっくりと動き出した。カプセルが圧縮蒸気を噴いて横に開いた。

 「ACC社製ガイノイド TYPE-HAL モデル9000 起動しました」

 カプセルから出たガイノイドはぱちくりと目を見開くと、硬直している青年を見つけ、にっこり微笑みかけた。

 「居住者を発見しました。お名前を教えてください」

 「あ、ああ。長谷川松次郎だ」

 



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2、外へ

私の過去の小説を省みて「テンポの悪さ」を実感したためテンポよく進めます


 

 「長谷川松次郎様。データを記録しました。HALにご用命はございますか」

 「いや、ない。ところで君は作業用………?」

 松次郎がそう尋ねると、HALはどこか胸を張って自己紹介を始めた。ドヤ顔というのだろうか。

 「シェルター内における多様な作業に従事、人間を補佐する役割を担うようにプログラムされております。また、最新式電子頭脳によってコミュニケーションを行いストレスを解消する機能を持ち合わせています。また、性的処理も可能です。男女問わず実行できます」

 「性的処理ぃ?」

 「実行しますか?」

 「いやいや要らない要らない!」

 「左様ですか」

 松次郎は、素っ頓狂な声をあげてしまった。多くのアンドロイドが人間かくや喋れる時代とはいえ性的処理まで可能なものは少ない。だが考えてみれば当然だ。シェルターという閉鎖空間では性的欲求を解消するだけのプライベートを確保できないし、人間相手にやらせるのも性病などの危険性が伴う。ロボットがやれば解決である。

 HALはキリキリと首を鳴らして周囲を見回した。いかにもロボット然としたスマートな首の駆動である。スマート過ぎてロボットであることがまるわかりでもあった。

 「松次郎さま、ほかのお方はどちらに」

 HALの想定ではシェルターは規定人数一杯の人であふれているはずだった。だが、目の前に一人いるだけでがらんとしていた。微笑を浮かべたHALが質問した。

 「その松次郎さまはやめてくれないか。むず痒いんだ」

 「ではご主人様とお呼びします」

 「そ、それも恥ずかしいな」

 「ではなんとお呼びしましょうか」

 「ご主人様でいいや」

 「はい。ご主人様、ほかのお方はどちらに」

 呼び方を変えて尋ねてくるHALに松次郎は腕を組んで回答をやった。

 「俺だけだ」

 「そうですか。了解しました。物資消費量やエネルギー量の調整を行います」

 淡々と応じるHAL。たった一人と聞いても動じないのはさすがにロボットである。

 松次郎は、シェルターのコントロールルームに向かうべく歩き始めた彼女の後を追った。並んで歩く。するとHALは歩調を緩め松次郎より速くも遅くもない速度を維持したのであった。白く汚れのない廊下を並んで歩く。

 「驚かないのか。俺一人だなんておかしいとかさ」

 「どこに驚く要素があったのですか? 差支えなければ教えていただけますか」

 HALが真面目な顔して―――無表情だが―――松次郎に顔を向けて尋ねた。彼女にとって想定外のことは驚きに値しない。もとい、繋がらないらしい。リンゴを見て美味しそうと感じるのは食べたことがあるからだ。なければ赤い果実という感想しかない。

 「そりゃあ、たくさん人がいるべきシェルターに一人きり。何かあるのかと邪推したりさ」

 「HALにとって一人も万人も変わりませんから。さて、本日のご予定はいかがなさいますか」

 HALはあくまでロボットなのだ。人間のような喋り方ができるだけでロボットなのだから、人間のようにはいかない。

 松次郎は腕を組んで顎を撫でた。

 「外の様子を知りたい」

 「外の様子ですね。了解致しました。シェルターの機能最適化作業終了後、外環境調査装置を起動させましょう」

 松次郎は、優先するべき物資消費量とエネルギー量の調整をHALに任せて、外に出た際に必要な装備を探していた。物資保管庫にそれはあった。放射性物質から身を守る機能を持ったメカニカルスーツ。蒸気圧機関銃。単発式拳銃。携行食料。水と、水浄化装置。など。外に出るのに必要な装備はそろっていた。

 仕事を終えたらしいHALが部屋に入ってきた。ものが机に並べられているのを見て言葉をかけてくる。

 「いかがなさいました? 外環境調査装置は起動させました」

 「ン。最初に言っておくけど俺は外に行きたい」

 「外環境の現状は不明ですが推奨できません。シェルターは外環境が生存可能と認められるまではロック解除はできないのです」

 「………そうか。まぁ、とりあえず外の様子を調べたい」

 「かしこまりました」

 松次郎の提案をきっぱりとHALは断った。仕様としてシェルターは核戦争で汚染された世界と内部を切り離す装置なのだ。勝手に外に出て行ってもらっては困るのである。ロック解除権限はメインコンピュータにある。

 HALに連れられて、コンピュータルームへとやってきた。バカでかい真空管がずらりと並ぶ箱が部屋を占有する空間である。ブラウン管式の巨大モニタがあった。HALがキーをタイプしてシェルターの外環境調査を開始した。大気組成、放射性物質、温度、気温、そして映像である。

 「最新の映像です」

 シェルターの外の風景がモニタに映し出された。かつて街だったものが正面に映る。カメラが映像を拡大した。朽ちた街。倒壊したビル。人という人は存在せず―――。

 ふと松次郎は疑問を抱いた。核戦争直後にしてはやけに静かなのだ。街は燃えていないし、どろどろに溶けた車が放置されているでもない。黒い雨も見られない。まるで爆弾が着弾したような魔女の鍋状態ではあったが。

 HALが放射性物質に関する計測データを示した。

 「大気の状態………許容範囲です。多少の上昇は認められますが健康に深刻な被害が発生するレベルではないようです」

 「核が着弾したはずじゃ」

 「HALのデータは古いものですが、首都防衛のため核攻撃を迎撃する構想があったはずです。核の直撃を免れたということかもしれません」

 核戦争への恐怖は腰の重い日本政府も動かしたことは知られている。首都防衛のために何らかの防衛技術が開発されたらしいことが噂になっていた。

 ならば、外に出てもいいのでは?

 「なるほど………ということは外に行っても」

 「許可できません」

 「そうか……」

 アンドロイドの指名は人を守り助けることだ。断じて外へ出歩かせて死なせるわけにはいかない。かたくなに首を振るHALの姿を見て松次郎は何かを思いついたのか、伸びてきた髭を擦りながら軽く頷いた。

 

 

 松次郎は、何としても安全なシェルターを抜け出して、妹と親友の安否を確かめたいと考えていた。例え世界が焼けようともである。放射性物質まみれになろうともである。

 だが、HALが邪魔をする。シェルターで暮らす分には申し分のないだろうが外に出るとなると話は別だ。HAL及びメインコンピュータを欺かない限り外には行けないだろう。

 松次郎は、システムエンジニア以外にもメカニックとしての技術を持ち合わせていた。

 HALの目を盗んで自室でせっせせっせとそれを組み立てていた。電気銃。強烈な電流を浴びせかけて相手を昏睡させる非殺傷兵器。リミッターを解除してアンドロイドに危害を加えられるレベルまで出力を上昇させようとしていたのだ。と言ってももとは工具である。工具をそれっぽく仕立てただけだ。しかし工具だからとバカにするなかれ。

 「よし、こいつでいい」

 最後のネジを締めた松次郎は、でっち上げの電気銃の照準を壁に合わせた。引き金を引く。壁際にあった空き缶が不気味に発光して吹き飛んだ。

 「HALには悪いけどこいつで眠ってもらう」

 HALさえ眠ればメインコンピュータは弄り放題だ。軍事用のように強力なプロテクトがかかっていないのだから防壁の突破はそう難しくないと確信していた。

 HALがいるであろうコンピュータルームに向かった。扉越しにHALをうかがう。HALは熱心にキーボードを叩いていた。

 振り返る。その顔に銃口を向けた。

 「松次郎様?」

 「済まない」

 引き金を落とす。強烈な電流がHALのボディを打ち付けた。露出した金属の耳が青白く発光する。肢体ががくがくと痙攣して椅子からずり落ちた。やがて各部をかくんかくんと暴れさせながらHALは床で動かなくなった。

 後味の悪さにでっち上げの電気銃を横目でちらりと見遣った。パワーだけは本物だ。

 「これは趣味じゃないな。二度と使いたくない」

 銃を床に置き、HALの首筋に指をやった。機能を落とす。そして持ってきていた端末を立ち上げると、端子を首に接続した。

 パスワード入力。総当たりの要領で突破。認証をクリア。プログラムの基幹へアクセスして行動指針を“シェルター住民の保護”から“長谷川松次郎の保護”にすり替えてしまう。命令の優先順位も最優先を長谷川松次郎名義に変更。これで命令にも従ってくれるようになるだろう。

 再起動手順を踏む。

 暫くのち、蒸気機関が再起動。背中の放熱フィンから温風が吐き出された。ぱちくりと目を瞬かせHALが上体を起こした。キュインキュインとカメラが音を立てている。

 無表情が一変、笑顔になった。松次郎は横にかがんで顔を覗き込むようにした。罪悪感を覚えながらもどんな反応を見せるのかじっと待った。

 「ACC社製ガイノイド TYPE-HAL モデル9000 起動しました………? あ、ああ! 松次郎様!」

 「おはよう。問題はないか? たとえば、そう、電子頭脳がおかしいとか」

 電子頭脳を構成する真空管が壊れでもしたら直しようがない。機械は弄れるが製造する技術がなかった。

 HALは動きを止めて目を閉じた。

 「……自己診断実行中………問題はありません」

 「よかった。ショックでぶっ壊れたかと思ったけど案外丈夫なもんだ」

 「?」

 「何でもない。気にしないで」

 訳が分からないという顔をするHALに何でもないと手を振って見せると、銃を体の陰で隠す。どうやら直前の記録がぶっ飛んだらしいが、念のため悟られる可能性を考慮した。ちなみに直前の記録が残ってしまったのなら初期化も検討していた。

 松次郎は彼女に椅子に座るように促すと外環境の調査データをブラウン管に映すようにキーを叩いた。

 「さて今後の方針なんだが」

 そして、最初に至る。

 何しろ妹も親友もどのシェルターに隠れたのか大まかな検討だけついて具体的な場所が判明していないので、適当にほっつきまわるわけにもいかない。装備と足場を整えていかなければ野垂れ死にがいいところである。

 松次郎はシェルターで作業。HALは銃片手に近隣の街に繰り出して物資集め。

 暫くの日数が経過して状況が読めてきた。

 核の直撃を免れたというわけではなさそうで汚染された地域もあるということ。他愛もない生き物たちが変異して地上を闊歩していること。生き残った人は……今のところ未発見であるということ。だが各地のシェルターに逃げ込んだ人は必ずいるだろう。文明は滅んでも人間は滅ばなかったことになる。

 長谷川松次郎の当分の間の目的は、アシを確保することだ。

 エンジンパーツの交換を終えた彼は渋いお茶を口にしていた。部屋の中央には大型のバイク。もっとも機関はガソリンではなく木炭と熱石であるが。

 ―――熱石。それは蒸気時代の幕開けを先導した物質である。水をかけると高温を発し乾燥すると常温に戻るという性質があり、これにより蒸気を発生させて機関を動かしている。蒸気機関の発達に伴い木炭や石炭を使い走る車が市販化された。現状、世に出回っている車はほとんどが木炭や石炭で走る。よりハイパワーで燃費のいい車は熱石も使う。ちなみに蒸気機関車などの大型の乗り物は熱石で走るのが常識である。

 化け物どもが闊歩する中を長距離移動するにはバイクが必要だった。ここ一か月はHAL協力の元、核戦争勃発の威力で損傷を受けたバイクの修理に没頭していた。

 工具を床に置くとウーンと唸り。

 「完成した。我ながら完璧じゃあないか」

 サイドカー付きのバイクが彼の前に佇んでいた。ボディは傷が目立ったがエンジンなどは新品同然に光っていた。ただしバイクとサイドカーの形状や塗装があべこべで別の機種からひっぺ剥がしてきたようであった。

 お茶を飲み干すと、バイクに跨ってみた。タイヤが鳴く。機械油と埃の綯い交ぜになったかおりが鼻腔を撫でた。慈しむようにハンドルを撫でる。

 大切な人を探すための第一歩は成功したといえるだろう。

 まず手始めにやるべきことがあったが。

 机の上に広げられた紙には『街に複数の人間がたむろしている』と書かれていた。



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3、図書館

 

 人の時代は即ちいくつかの機能が一か所に集中したことで始まったといえるだろう。住居、保存、そして学校……教育施設である。これら三つの機能が集まらなかったとしても少なくとも住居と保存の機能は必須であった。そしてこれら三つもしくは二つの機能はより合理的理由から一か所へと集中した。それらを防衛するために壁が建造された。よそからの攻撃を退けるために防衛に人があてがわれた。都市の、のちの国家の誕生である。

 どこかの学術解説書で読んだ内容を思い出しながらも、長谷川松次郎はバイクで疾走していた。正確にはサイドカーに乗っていた。ハンドルを握るのはHALである。運転ならば機械の方が正確だし何より疲れない。そして最大理由がある。命に関わる理由が。

 ―――HALは、人間を攻撃できない。ロボット三原則が組み込まれているために人間を守るために自らの身を捧げることはできても、自衛という名の攻撃を仕掛けることはできない。銃を握ることはできても引き金は操作できない。相手が動物ならば殺せるが人間だけは不可能なのだ。もし無政府状態をいいことに暴漢が襲いかかってきたらひとたまりもない。となれば自衛用の武器は松次郎が操作しなくてはならなかった。

 銃の扱いは正直下手糞である。狩猟に興じた経験が数度。まるで知らない訳でもなく、得意というわけでもない。だから戦法はとりあえずブチかましてとんずらと相談して決めた。

 街は荒廃していた。見る影さえ留めていない。かつてのショッピングモールは人が大勢押しかけたらしく棚が販売されているだけ。道路には自動車だったガラクタが列を無している。陸橋など崩れ使いにくさ満載のスキージャンプ台と化している。ビルというビルのガラスは消えてなくなっており道路上に危険な雪溜まりとして積み重なっていた。核の影響、その後の人間の影響、天候、いくつかの要因が街をボロボロの穴開きにしていたのだ。さらに年月が積み重なれば街は自然に分解されていくだろう。

 松次郎は、かつて図書館だった場所の前で停車するように命じた。中世の建物を模したモダンな建物は見事に隣のビルに伸し掛かられ今にも潰れそうである。図書館を利用した回数は数知れないだけに胸が締め付けられる思いだった。

 バイクを電話ボックスだったものの陰に隠し銃を担ぐ。

 街に人らしき影が潜んでいるのを事前の偵察で知っていた。もしかするとこの廃墟のどこかに人間がいるかもしれない。だが松次郎は楽観視していなかった。放射性物質で変異した動物がウヨウヨといるのに、どうして人間だけは変異しないと言い切れるのか。

 四つの銃身を集束させた散弾銃を構えHALが先頭に立つ。

 「ご主人様は私の全機能にかけてお守りします。私の陰に隠れてください」

 「頼りにしてるよ」

 「お任せください!」

 生き生きと応じるHAL。それもそうだろう。HALのプログラムは長谷川松次郎を守るということなのだから。

 HALを先頭に扉を開けて入ろうとして、不可能を悟った。衝撃で歪んでいた。やむを得ずバールを使う。肉体労働より頭脳労働中心だった松次郎にはつらい仕事だ。バールを隙間にねじ込み力を込めるもびくともしない。HALにやらせると片手間にこじ開けた。

 「すごい馬力だ。もしかしてバール要らなかったんじゃないか」

 「はい。HALの馬力ならば可能です」

 どこか得意げにHALはそういうと、図書館エントランスに一歩を踏み入れた。

 廃墟という言葉が似合う荒廃したがらんどう。図書館は、崩れるとこまで崩れた廃墟と違い、現在進行形で崩れかけている。柱の罅や崩れた壁などが危険性を伝えていた。

 ――きな臭い。

 「崩れそうだ。探索は早めにしないとまずいな。二手に分かれて探さないか? 時間を短縮しよう」

 松次郎は敵意を持つ存在と遭遇することよりも建物が倒壊する危険性を重視した。松次郎に建築学はわからない。建物がどれだけ持ってくれるかなど知る由もない。だから潰されるという恐怖が優先した。

 けれどHALは拒絶を示した。HALにとって最優先事項は松次郎の命。万が一死亡したらと考えただけでマイクロ真空管がショートしそうである。無骨な散弾銃のグリップをぽんぽんと叩いて見せる。

 「松次郎様を危険にさらすわけにはいきません。私が先行して安全を確かめますので後からついてきてください。最善の策は私一人で探索しますから、待っていてください」

 「そうはいかないだろう。君だけ行かせるのは心苦しい。現状、君だけが俺の仲間なんだから」

 「承知いたしました。それでは、私の体を盾にしてください」

 松次郎は彼女の横に並ぶと蒸気式機関銃を構える。今HALを失えば大幅な戦力ダウンというのもあるが、何より女性を最前線に立たせるのは趣味ではない。HALはロボットと頭で理解しても目前とすると女性を意識してしまう。仮にHALが男性型でも同じだったりするのだが。要するに松次郎はHALが人の形をしていることで人間を意識している。

 松次郎は、恐ろしかった。化け物が潜んでいるともしれぬ廃墟に潜るのが。同時に好奇心を抑えきれずにいた。

 そんな松次郎は図書館のエントランス受付で固まってしまう。

 腐敗した人の死体が山積みになっていたから。

 口を押え、後ずさる。

 「うっ………!?」

 受付台の手前とこちら側の境界線さえ見えなくなる量の無数の屍が山となっている。首のない死体。痩せ細った死体。血の気の抜けた白っぽい死体もあれば、緑色に変色した死体もある。こんがり焼けた炭もある。すぐ横には切断された手や指がある。腕輪や指輪を奪うためだろうか。

 松次郎は現実が信じられんと言わんばかりに数歩後退すると、噎せ返った。胃酸だ。嘔吐だ。

 「いけません。松次郎様。見てはいけません」

 「う、うう………」

 「心の傷になります。目を逸らしてください」

 HALが死体との間に割り込んだ。松次郎の視界を隠す。

 HALの偵察は主に遠くからだった。近距離からの撮影はなくいわば自分とは関係ないと思い込ませる要素が含まれていた。だが、己の目で見る現実は果てしなく現実であり、人が大勢死んだという事実があった。松次郎は医大を卒業したわけではない。人の死体というものを見慣れないごく普通の市民だ。

 いっそ胃の中をぶちまければ楽になるかもしれないが、プライドが邪魔をした。

 松次郎はぐっと嘔吐感を堪えのろのろと腰を上げた。

 そして、死体を直視する。死体、死体、死体、死体。死体だらけ。吐き気は相変わらず胃袋を責め立てている。それでも目は逸らさない。一歩間違えば自分もこうだったと教訓に刻んで。

 人が死んだのだ。大勢死んだのだ。物言わぬ骨と皮だけの骸骨を凝視する。

 信じられないが、信じるしかない。

 ―――もしかすると、二人もそうなってるかもしれない。妹と親友の顔が脳裏に浮かぶ。心臓がくすぐったくなる。今すぐ掻き毟りたい。これは、そう、不安だ。思い出す。かつて妹が車に撥ねられたと警察から連絡が入ったとき。たまらなく不安になった。生きているだろうか。生きていて欲しい。だから足は止められない。

 松次郎は口元までせり上がってきていた酸っぱい液を飲み込むと、銃をぎゅっと握った。

 「ああ、大丈夫だ。俺はこんな―――」

 ――チュン。松次郎の頬を何かが掠めた。横一文字に傷痕が引かれると血液が滴った。

 それは壁に突き刺さっていた。小さい安定翼。尖った先端。ボウガンの矢。

 「松次郎様!!」

 HALが松次郎に飛びかかると地面に押し倒す。刹那、放物線を描いてやってきた手榴弾が炸裂した。破片と衝撃を最後に松次郎の意識が消失した。

 暗転。

 

 

 目を覚ますと、椅子に座っていた。ただの椅子ではないことを後に知る。

 「ウーン…………ここは?」

 頭痛が酷い。まるで、頭の中に釘をねじ込まれたように。

 松次郎は己がなぜ椅子に座っているのかという理由を探ろうとして目を開いた。コンクリート造りの一室。ぼんやり霧のかかった思考を振り払うように首を振って瞼を持ち上げる。ギリギリと金具が鳴った。さしずめ特別製。

 「これは………? 捕まった?」

 畜生。迂闊だったと己を呪う。

 木製の椅子に金具を追加した拘束具に座らされている。暴れてみたが金具が鳴るだけ腕が痛くなるだけ。HALなら強引に破壊できたろうにと考えたところで、気が付いた。

 HALがいない。HALに庇われたことだけは覚えているが、それから先の記憶がない。気絶している間にHALはどこへ行ったのか。不安になり部屋を見回していると丁度壁際に何かがあるのを発見する。

 蛇腹関節。ドーム型の頭部。マニュピレータの形状は人間のそれではなく鋏を彷彿とさせる。丸を縦に引き延ばしたような楕円形の胴体。最近流行りの人に酷似したタイプではなく、より機械的なアンドロイドであった。色合いはネイビーグリーン。軍事用らしい。

 機能が死んでいると思いきや生きていた。ドームの中でカメラが蠢いている。

 松次郎は気が気でなかった。ロボットの胴体には固定式銃器がちらついていたからである。もし軍事用とすればマニュピレータにも銃がある。

 軍事用ロボットはロボット三原則がオミットされており独自の原則で動いている。無論人を殺すこともできる。松次郎を殺すなどロボットにとって他愛もないこと。

 ところがロボットは動かない。カメラでじっと観察するだけで発砲しない。

 「おい、そこのロボット。ここはどこだ」

 がらになく荒い口調で詰問する。立場はロボットの方が上であるが。ロボットは看守。松次郎は収監者。

 「答える義務はない」

 ぴしゃり。ロボットのスピーカーからそのような拒絶の言葉。

 「俺と一緒だったロボットはどこだ」

 「答える義務はない」

 ロボットは渋い男性の声で唸るだけで話をしようともせず跳ね除けた。

 身動きの取れぬ松次郎は心臓が不安に高鳴るのを知り深く息を吸い込んだ。焦ってはいけない。ロボットが発砲してこないということは生かす価値があると見定められたからだ。もし殺すつもりならとっくにやっている。まだ俺には価値がある。交渉の余地はある。そう方針を決めると耳を澄ました。

 誰かがやってくる。緊張に肢体が震える。

 扉が開く。

「こんにちは。と言っても時間帯は朝だけどね。松次郎だっけ? 我がアジトへようこそ」

 姿を現したのは女だった。

 



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4、襲撃者達と女達

アンケートというか聞き取り調査といいますか、地の文と会話文はいつも離して書くのですが本作はくっつけています。
読みにくいでしょうか?


 女はごく普通の格好をしていた。モダンなワンピースに洒落た婦人帽子を被っている様は、流行に乗った女性という感じである。ところが腰には軍刀。拳銃がぶら下がっている。

 物騒だなあと呑気な事を考えた松次郎だったがすぐに打ち消した。女性が堂々と武装して現れたのだ、尋常な心構えでは飲まれてしまうだろう。話術や詐術に長けているわけでもないので気を引き締めなくては。

 女は帽子をコート掛けに安置すると、部屋の隅にあった椅子に腰かけた。ピンと張った背筋と張りつめた目立ちが女を印象付けている。

 「さて最初に一つはっきりしておかなくちゃいけないねぇ。あんたが何者で、どこから来て、なんでノコノコと私たちのアジトに潜り込んだのか」

 「わかった。俺は長谷川松次郎。技師。出身は東京。どこからきたかと言えば近くにあるシェルターからだ。図書館に潜り込んだ理由はもの探し。これでいいか?」

 「フーン。残念だけど信用ならないねぇ。ここ一か月酷いことの連続でね。慎重にならざるを得ないのさ。私だってこんなの本意じゃないけれど場合によっては……」

 そういいつつ日本刀をしゅらりと引き抜く女。切っ先を松次郎の額に近づける。

 額に近づく凶器に、松次郎は冷汗が滴るのを感じた。恐怖に顔が歪む。

 「シェルターから抜け出してきた? バカ言うんじゃないよ! わざわざ安全な場所から抜け出してきて外うろつく輩がどこにいるってんだい! そうさ、野盗の類に決まってる。人の心もなく食い散らかす狼なんだろう!」

 女が激情した。日本刀の切っ先が今にも額を貫かんばかりに接近。さすがの松次郎も顔を限界まで後退させると必死に弁解した。

 「い、いやいや待ってくれないか! 俺はそんな酷い人間じゃない。抜け出すには理由があったんだ、できれば聞いてほしい。俺を殺す前に話くらい聞いてもらってもいいだろう。そこのロボットなら俺を殺すことくらい容易いはずさ!」

 「………言ってみな」

 女が日本刀を掲げたまま顎をしゃくった。

 下手に刺激すれば殺される。嘘をついてばれたら殺されてしまうだろう。

 松次郎は乾いた唇を舐めると頭脳をフル回転させた。ここは正直かつ真摯に伝えるしかない。

 「妹と、腐れ縁の友達がいる。核戦争直前にシェルターに入っただろうことはわかってるが、どこにいるのかはわからない。だから俺は探しに行く最中だったんだ」

 「妹ぉ? 両親は」

 「死んだよ。だから妹が唯一の家族なんだ」

 「……それで証拠は? 私、口だけ男は大嫌い」

 そうきたか。松次郎は何とか頭を回転させて文章を絞り出した。殺される不安で唇が震えていた。

 「写真がある………俺のポケットを探ってくれ」

 女が無言でポケットを探りネックレスらしきものを取り出した。ロケットペンダント。外国製の高価なもので槇菜も同じものを持っているのだ。女が蓋を開ける。中には松次郎とよく似た顔立ちをした快活そうな女の子。

 信じてくれるかくれないか。松次郎は胃がキリキリ痛かった。

 女はロケットペンダントと松次郎の顔をじっくり見比べると、やがてポケットに返した。疑いの目で。よほどひどい目にあってきたのだろうか。松次郎は想像することさえできなかった。

 「それでこの子を探す最中に強盗しに来たんじゃない証拠はどこにあるのさ」

 そう来たか。帽子もかぶってないのに脱帽したい気分。ならば別の条件を提示するべきである。松次郎は、おそらく彼女たちが持っていないであろう財産を一応名目上であるが保有している。

 改めて突きつけられる刀を避けようと顔を傾けつつ。

 「証明できない。なら、交換条件だ。俺のいたシェルターをやる。ただし場所と開け方入り方は自由と引き換えだ」

 「ほう?」

 女の目がぎらりと光る。しめた。松次郎は心の中で喜びの舞いを踊った。

 「シェルターがいらないなら殺せばいい。欲しいなら、今すぐに解放するべきじゃないのか」

 と、震える歯をぐっとこらえながら言ってのける。荒事に遭遇したこともなければ暴力沙汰さえ無縁の人生を送ってきた。心臓が壊れるほど脈打っていたし、呼吸も下手すれば過呼吸に陥りそうである。けれど弱気ではイニシアチブを取れない。強気に出た。

 女は刀を引込めると鞘に納めた。いやらしい笑みと共に。

 「私、取引のきく男は好きよ。解放してあげる………ただし、Mr.ロビーが監視係につく」

 「誰だ?」

 「あいつ」

 女は壁際にいるロボットを刀の鞘で指し示した。Mr.ロビーと呼ばれたロボットはがしゃこんがしゃこん歩いてくると威嚇するように照明をちらつかせる。名前があったのかという驚きと共に逃げ出すような真似ができないことを認識した。ロボット相手に殴ろうが蹴ろうが効果などない。逆に頭を吹き飛ばされるだけなのだ。

 Mr.ロビーはカメラで松次郎をじっと見る。穴が空くほど。マニュピレータが持ち上がると松次郎の頭にぴったり照準した。

 「ほら立ちなよ。もたもたしてないでシェルターへ案内して………」

 女がかがむと拘束を緩めた。刹那、衝撃と共に建物が軋む。女は拘束具を解くその手で受け身をとりつつ転んだ。すぐさま立ち上がれば靴で地面を叩いた。ギリギリと歯ぎしりをして。

 「感づかれた!? あいつら、野犬のようにずるずると追いかけてくるなんて……ちょっと、松次郎。あんたも戦いなさい。さもなくばひどい目に合わせるわ」

 「は? 戦うって、誰とだ。詳しく話をしてくれないとまるで意味が分からない!」

 松次郎はのっぴきならぬ事態になっていることを悟り慌てて立ち上がって説明を求めるも女は首を振るだけ。説明らしい言葉を吐き出しながら腰に佩いた刀を押し付けて自分はリボルバーを取る。

 「私たちを辱めて捨てた屑どもがやってきたってこと。ホラ、武器は渡しておくわ」

 「銃は、銃はないのか! 俺は刀なんて使ったことが」

 「日本男児たるもの刀一本で敵を仕留めて見せなさいよ! 凄腕ともなれば銃なんてお茶の子さいさいらしいじゃない頑張んなさい」

 「俺は宮本武蔵じゃない!」

 松次郎は無謀な戦いを強要されてむっと眉に皺を寄せるも、Mr.ロビーの腕が照準されるのを見ると、ヤケクソになった。部屋から飛び出す女の後をつけて走り出す。

 遠くから――否、すぐそばから銃声が聞こえてきた。

 二階から一階に降りると、玄関で激しい銃撃戦が始まっていた。片や女だらけの集団。片や女もいれば男もいる集団。松次郎は女だらけの集団側にいた。女がやってくるなり皆が一斉に振り返った。やはりというか、女はリーダー格だったらしい。

 「藤原さん! ミー子が撃たれました!」

 長い黒髪をした色気のある年頃の少女が、すぐ傍らにばったり倒れている少女を庇いつつ応戦していた。黒髪の少女は怪我した友人の様子を見ながらも手に持ったリボルバー式ライフルを操作して弾を撃ち出す。リボルバー式ライフルは普通のライフルより遥かに連射が効くがガスを逃がさないためのカバーをいちいちかぶせる操作があるので複雑な操作が要求される。

 ミー子と呼ばれた少女は肩に弾を受けてぐったりと床に倒れておりうめき声をあげていた。

 女は障害物である柱の陰に華麗な前転で滑り込むと腕だけ出してリボルバーを全弾撃ち尽くす。日本刀しか武器のない松次郎は姿勢を低くして頭を刀の鞘で守りながら後に続いて柱に転がり込んだ。すぐそばを弾が通る。カキューン、とコミカルな着弾音。

 「藤原とか言ったな! あいつら何ものだ!」

 銃声に負けじと松次郎が叫ぶと、藤原はリボルバーから薬莢を捨てて次の弾を込めつつ大声で返答した。

 「さあ知らない! どこからともなく出てきて女をヤッて捨てる腐れ外道共よ! 捨てられるだけじゃない。殺しもやってる! だから私たちは逃げてきたの!」

 「そんな連中、いるのか!?」

 松次郎には俄かに信じがたいことであった。なまじ平和な人々を見て接してきただけに、悪事に身を染める人間が大勢いるなんて信じたくなかった。しかし、現実として敵は銃を撃ってきている。

 「いるのよ! 警察も軍隊もないから好き勝手やってやろうって連中はそこらへんに大勢、ね!」

 弾を詰め終わった藤原は柱から身を乗り出し敵に向かって撃ちまくる。リーダー格だけあって怖がる素振りの一つさえない。全弾を撃ち尽くすと再び柱に隠れた。スカートを捲り上げて別の銃を取り出す。ちらり覗く健康的な腿。手渡されたのはリボルバー。銃身を握り松次郎に押し付ける。藤原の鋭利な瞳が松次郎という男を見定めようとさらに鋭さを増した。

 「使いな! あいつらと同じ外道じゃないというなら!」

 「ああ、くそったれ。こんなことならシェルターにいた方がましだった!」

 松次郎は見よう見まねでリボルバーを柱の陰から撃ちまくった。反動で銃がぶれる。敵にあたったかもわからず弾を使い切ってしまった。濃密な硝煙にむせる。

 「弾を!」

 「これを使ってください!」

 黒髪の少女が手でメガホンを作りながら何かを投げた。手で取れず、腕と胸で受け取る。それはボウガンだった。もしかして図書館に入った時に狙ってきたものかもしれない。次に黒髪の少女は矢の入った筒を投げた。それに反応したのか銃弾が集中するも壁に穴を作るだけ。

 松次郎は、ボウガンの使い方くらいは知っていた。少女に向かい感謝を述べようとしたが、すでに少女はライフルの弾詰め作業に移っている。声をかけるわけにもいかずボウガンの弾を装填に着手した。レバーを筋力で引いて矢を乗せる。照準器で狙おうと柱から顔を覗かせた。数cm横を弾が通る。風を切る高音を耳にして恐れが生じ思わず隠れてしまう。

 ロケットペンダントをポケットの上から触って存在を確かめると、深呼吸をする。

「まさかこんなことになるなんて思いもしなかったよ。槇菜、ごめんな。お兄ちゃん死ぬかもしれない。だけどやらないとやられる。……お兄ちゃんやるよ」

 恐ろしい。もし顔面を弾が直撃すれば死ぬ。最愛の妹にも、夢を語りあった親友とも、顔さえ見ずに、安否確認さえできぬまま、死ぬかもしれない。その恐怖で指が震えて吐き気さえする。その様子を藤原が横目で意識しているとは知らない。

 松次郎は、頬を自分で張った。覚悟が決まった。

 「これでも食らっとけ!」

鉄筋むき出しの柱から身を乗り出し、敵目掛け照準、撃つ。留め金が外れ矢が弾丸かくやという速度で空間を飛翔する。それは、射撃の才能が常人並の松次郎に針の穴にラクダをねじ込むような奇跡を与えた。矢は見事、悪党の頭部を射抜いた。

 



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