オーバーロード~至高の人形使いと自動人形~ (丸大豆)
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一巻分
序章


 

「終わった……。さて、と」

 

 

彼はようやく休憩の目処が立った仕事に対して誰に言うでもない独り言を呟くと自室のPCを立ち上げた。

かなりの間ご無沙汰だったとはいえIDとパスは指が覚えており、その事に嬉しさと寂しさが入り混じる。

そう、今日は国民的流行を誇る…いや、誇っていたDMMO-RPG、〈ユグドラシル〉のサービス終了日なのだから。

 

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

 

作業机に立て掛けられた写真立てに写り込んでいる満面の笑顔を浮かべた一人の女性にを移し、

優しげに微笑むんでから一言呟いた後、イヤホンマイクが付いたバイザーを装着。

 

 

 

ログインする―――――

 

 

 

ナザリック大地下墳墓 第九階層 円卓の間――

 

 

 

「モモンガさんお久しぶりです…ってヘロヘロさんだー!」

 

「まさか来ていただけるとは……。 お久しぶりです! ソウソウさん!」

 

「うっわ! ソウソウかー、懐かしいなぁ!」

 

 

ユグドラシルで僕が所属していたメンバーが〈社会人〉かつ〈種族が異形種〉で構成されている

かつて難攻不落と知られた序列9位のギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉

ギルドマスター、全身骸骨の《オーバーロード》モモンガさん。

メンバー、全身スライムの《エルダー・ブラック・ウーズ》ヘロヘロさん。

そして僕、HN:ソウソウのアバターは全身が長い髪の毛で覆われた、と言うより全身が

長い髪の毛で構成された中で黄金色の眼球だけが二つ覗く《エルダー・ナイト・ダークネス》

初期の姿は黒いマリモに似てまだギリギリ可愛らしさもあったのだが、

このギルドに入る事になって種族LVとスキルLVを上げ続けた結果すくすくと育ち、

最終的には全長180cmの立派な柄の無い箒となった。

そう言えば今は此処に居ないメンバーの一人、ホラー映画好きのタブラ・スマラグディナさんは

僕の成長したアバターを見て「毛羽毛現(けうけげん)だね、かの有名妖怪漫画家も描いてたヤツ」とかいつもの蘊蓄を披露していたっけ。

 

僕が在りし日を懐かしんでいるとモモンガさんが声を掛けてくる。

 

「お仕事が忙しいから今日は来れないかもしれないって連絡は前から頂いてたのですが…本当に大丈夫でしたか?」

 

「いやいや、明日に回しても間に合う位に片付けて来たから大丈夫ですよ。

むしろこんなギリギリの時間…しかも二人が仲良く話してる最中に来ちゃうなんて

ホント、すみません」

 

そんな謝罪の言葉を口にするとヘロヘロさんが

 

「いやー……仲良くって言っても二人とも外(現実)での愚痴ばっかでソウソウさんが来てくれた

おかげで実際空気変わりましたよ、マジで。 むしろありがとうございます」

 

長い間顔を出せなかった僕に対して、居た頃と変わりない温かな言葉をかけてくれた二人に胸から目へと込み上げてくるものを見せない様に(実際はこの体で見られる事はないのだが)視線を

上にむけるとそこにはディティールに製作者のこだわりを感じる見事なシャンデリアがあった。

 

「おぉ……。 やっぱりこのシャンデリアの作り込みは良い仕事してますね」

 

「出たよ、ソウソウさんの自画自賛!」

 

「九階層の内装やアンティークのデザインは本職という事もあってか何割かはソウソウさんに

お願いしましたが無料でやってもらって本当に申し訳なかったですよ」

 

 

ヘロヘロからは軽い皮肉を、モモンガからは逆にこちらが申し訳ないと思うほどの深い感謝を

貰い、それに対して「いやいや」と髪の毛で構成した手を目の前で振るといういつものやり取りに

「ようやく帰って来れたのだ」という充足感が彼の疲れ切っていた心に染み渡る。

彼がユグドラシルのログインに対して疎遠になった理由は飽きた訳ではなく本職である

〈人形作家(ドール職人)〉が忙しくなったから。

 

 

 ―――――――――

 

 

僕の家は曾祖父の代から続くアンティークショップで父と母は共に人形作家だった。

子供は姉と僕、弟の三人だったが僕以外は両親の職業に興味が無いようだったので必然的に両親の人形制作のノウハウを伝えたいという熱意はこちらに向かってくる。

小学校低学年頃から始まった二人の指導はとても厳しかったがそれ以上に深い愛情を持って

接してくれたので何の苦でもなかった。

むしろ学校の勉強よりも遥かに分かりやすく、早く新しい事を覚えたいと逆に教えを請う位だった。

 

高校に入るとそのツケを支払う時が来たのかと思うばかりの赤点に行くか行かないか水平飛行を

繰り返すテスト用紙。

家族に言われるまでもなくこれは本気でマズイと感じながらも人形バカになってしまった

頭を悩ませている僕に何と手を差し伸べてくれた女の子が居たのだ。

 

彼女は僕と同じクラスで常に笑顔を絶やさず、男女問わず皆と仲の良い人物でそんな子が自分の様な部活にも入らず授業が終わればすぐに人形制作の為に寄り道もせずに帰宅するといういわゆる

〈ぼっち〉に属する人間と何故接点を持とうとするのか分からず理由を聞くと、彼女の将来の夢はファッションデザイナーでそんな時に家の店に飾っていた僕の手製の人形に一目惚れしたらしく、何時か自分のデザインした服を着せてみたいから製作者である僕に恩を売っておきたい、との事だった。

 

これには本気で驚いた。

何しろこんなに本音を包み隠さずに言う人は家族以外で初めてだったし、両親からは「まだ店に飾るのは早い」と徹底的にダメ出しをされた(それでも店に飾ってくれたのは親の欲目からなのだろうけど)人形を手放しで褒めてくれたのだから。

自分の作品が褒められた喜びと「これで赤点地獄から脱出できる!」という安心感から僕は

泣きながら彼女の両手を握りしめ、出してくれた提案を快諾した。 

 

それからはとても楽しかった。

成績が上がったのはもちろんの事、共通の話題を共有できる人生で初めてと言って良い友達が

出来たのだから。

彼女が勉強と流行りのファッションを教え、僕がたまにではあるが人形の知識を教えるという関係はお互いのインスピレーションを高め、高校を卒業する頃には僕の作った人形が商品として店に並べられるようになったし、彼女は大手アパレルメーカーへの内定が決まった。

そして卒業式の日に「何時かお互いが作った人形と服で世界に一つしか無い作品を作ろう」という約束を交わして僕は進学せずに地元に残り、彼女は夢を掴む為に上京という形で二人の道は別れる事になる。 何時か再びお互いの道が交わると信じて。

 

三年後、その思いは裏切られる事になる。 彼女が亡くなったからだ。 交通事故だった。

葬儀に参加しても、涙は出なかった。 

火葬されて上っていく彼女の煙を見ても、涙は出なかった。

遺品整理を済ませた彼女の母親から受け取ったドール服のデザイン画を見て、

僕はようやく、声をあげて泣いた。

 

その後の生活は家族曰く、「仕事に対する意欲も、生きるという事も諦めた抜け殻の様な状態」だったらしい。

そんな状態の兄を心配してか弟は僕にDMMO-RPG、ユグドラシルを勧めた。

一世紀前なら「外にでも出て気分転換でもしなよ」とでも言えたのだろうが残念ながら

風景に関しては今の時代、屋外より室内に癒しを求めるのが現状だ。

確かにこんな最悪の気分のままでこれからを生きて行くなんてゴメンだと思った僕はその誘いに乗る事にした。

 

 

―――――――――

 

 

 

「……どうかしましたか? ソウソウさん」

 

「いや…初めてログインした時の事を思い出しちゃいまして」

 

昔を懐かしみ過ぎて辛い記憶まで掘り起こして凹んでしまっていた僕に気付いたのかモモンガさんが声を掛けてくる。

表情が見えない状態だというのに本当にこの人は気遣いの鬼…いや、スケルトンだから骨で良いのか?

 

「あぁ…当時はソウソウさん初級の《夜魔(ナイト・ストーカー)》でしたっけ? 異形種狩りしてる連中が

居たので殲滅してみたら助けた相手が初心者だったのでビックリしましたよ」

 

「当時はそういう風習全く把握せずに風景を楽しみに来ただけのライトプレイヤーでしたからね。それと、あの時は折角助けてくれたのに初対面で『何だこの骨人間は!?』とか言ってスイマセンでした」

 

「ブッハァ! 駄目だ! 何度聞いても笑うわその話!!」

 

ヘロヘロさんが僕の謝罪に爆笑する。 やっぱりアレは失礼だったよな…ホント。

するとその空気を変えるかのようにモモンガさんは咳ばらいのモーションをし、話を修正した。

 

「そ、そんな事もありましたがその後ソウソウさんはギルメンになり、ギルドの為に尽力し、

この最後の集いにも参加してくれたんです。 私は本当に感謝していますよ」

 

「……モモンガさん」

 

ギルマスの言葉に再び胸がいっぱいになる。

そして終了時間は刻一刻と近づいて行く…。 するとヘロヘロさんが

 

「すいません、そろそろ…本当は最後まで居たいんですけど明日も仕事なので…」

 

その言葉を聞いた僕はヘロヘロさんを引き止めようとして…止めた。

何故ならこのギルドの長であるモモンガさんが引き止めなかったから。

僕以上に行かないでほしいと願っているであろう彼が何も言わなかったから。

 

「ギルド長のお陰で最後まで楽しかった…。 二人ともまたどこかでお会いしましょう」

 

「はい……ヘロヘロさんもお体に気をつけて。 本当にお疲れ様でした」

 

「僕も最後にヘロヘロさんに会えて良かったです。 また、どこかで」

 

僕達の言葉を聞いてヘロヘロさんは少し名残惜しそうに体を震わせた後、円卓から掻き消えた。

次は何処で会えるのかも分からないというのに「また、どこかで」我ながら白々しい台詞だ。

また思考がネガティブになりかけた時、ギルマスが今後の予定を聞いてくる。

 

「…ソウソウさんはどうします? 私はこれから終了時間まで玉座の間に居るつもりですが」

 

「当然、僕も最後まで付き合いますよ。 “それ”を装備したモモンガさんを見てみたいですし」

 

そう言って僕が髪で指したのは壁に飾られたギルド武器、〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉このやたら装飾が凝った杖はギルド最強の武器であり、命であり、皆と共に作り上げた思い出そのものだ。 さっきからチラッチラと見てたので最後くらい好きにしてみてはという意味で言ったのだが我らのギルマスは目に見えて動揺し、どうしようかと僕とスタッフを交互に見ている。 

本当に分かりやすい人だ。

 

「こういう事を言うと他の人達に怒られるのかもしれませんが……僕にとってはメンバーの調整役を自主的に引き受け、帰るべき場所を最後の最後まで守り、何より僕という人間を救う切っ掛けを作ってくれたアナタこそが〈アインズ・ウール・ゴウン〉そのものなんです。 だからこそ、その杖はギルド長の専用武器という肩書を超えてモモンガさんの手に収まるべき物だと思っています」

 

モモンガさんは呆然としている。 

当然だ、我ながら年甲斐も無く臭いセリフを言ってしまったのだから。 

 

だけどこれは紛れもない本心だ。

モモンガさんのお陰で僕はギルドのメンバー皆と出会えた。

皆が居たから友人を失って空いてしまった心の穴を埋める事が出来た。

人形制作も再開出来ただけで無く、今まで以上の作品を作れたし、

世間から評価もされて小さいながらも自分の店を持つ事が出来た。

その結果、ログイン頻度は徐々に減っていったが、来る度に会えた皆は温かく迎えてくれた。

 

「今日だってパーツの納品が後一日遅れていたら此処に来る事は無かった。 そんな人間に助けてくれた頃と変わりない態度で接してくれるアナタだから、その武器を持って行って欲しいんです」

 

「はい……ソウソウさん、ありがとうございます」

 

いい歳して声を震わせながらゲームの終わりを惜しむ大の男が二人。

だけど勘弁して欲しい、それだけ僕達は本気だったのだから。 

このゲームで得た一時の絆に救われたのだから。

 

「そう…ですね。 最後なんだし、お言葉に甘えて持って行く事にします。

ソウソウさんも折角ですからそのままの姿じゃなく、いつもの格好をしてみては?」

 

「確かに、最後が廊下の掃き掃除なんて格好悪いですし、ジョブに見合った格好で行きますか」

 

 

 

「〈()()せい、〈ミルキー・ウェイ〉」

 

仲間と共に考えた召喚ワードを唱えて魔法陣から呼び出されたのは一体のからくり人形。

その見た目は僕の全長と同じ180㎝の男性型で体は目と髪が在るべき場所が

すっぽりと抜け落ちている純白の頭部以外の全ての部位が漆黒。

身を包む服装は上下、ジャケット共に前面が黒、背面が白で配色されたスーツ。

白のYシャツと黒のネクタイの間に挟まれた銀色のタイピンはアゲハ蝶を模している。

その上から覗く首元にはチョーカーの様に天の川のエフェクトが絶えず動いており、

この機構はメンバーの一人、ブルー・プラネットさんの協力で完成した。

 

「では…パ○ルダ―オーン!」

 

そんな大昔のアニメの掛け声を叫ぶと僕は人形の頭部に覆い被さる。

すると掃除機のコードの様に髪は首元の長さまで収まり、空虚だった目には金色の眼球が覗く。 

これでアインズ・ウール・ゴウンの【人形使い(ドールマスター)】ソウソウの完成だ。

 

「久しぶりだな、この感覚…。 どうですか? モモンガさん」

 

「本当に懐かしいです……お似合いですよ、ソウソウさん。 では、行きましょうか」

 

僕の戦闘形態を見て感慨深げに呟きながら玉座の間へ案内しようとするモモンガさんに

ちょっとストップをかける。

 

「スイマセン、その前に自室に寄って良いですか? 連れて行きたい()が居るんです」

 

「それは誰の……あっ! どうぞ、私は先に行って待っていますから」

 

流石はギルマス、ツーカーの関係ほど有難いものは無い。

早速、お言葉に甘えて自室へと向かう事にしよう。

 

 

 

第九階層 ソウソウの自室――

 

 

ナザリック地下大墳墓九階にはメンバーそれぞれに部屋が用意されており、内装は基本的にホテルのスイートルームかと思うほどの豪華さであるが、人によっては課金でデータ量を弄くり、

部屋を魔改造する者達が少なからず存在した。

僕もその一人で、一見すると何も変わってない様に見える部屋の一部のギミックを本人が動かす事で人形、道具製作専門の隠し工房の扉が開く仕掛けが施されている。

 

「まずはクローゼットの奥にある上向きレバーを下に倒して……次に机に固定してあるコケシを360度回転、最後は本棚側面の板を3回ノックする、と」

 

久々だったので声に出して一連の流れを確認すると無事、本棚横の空きスペースから工房の入り口が出現する。

久々に入ったユグドラシル内の工房、その中央でスリープモードに入っていた一人の女性に声を掛けた。

 

「ただいま………マキナ」

 

彼女の名は【マキナ・オルトス】、僕が一から十まで自分で制作した最初で最後のNPCであり、

この工房の領域守護者だ。

ベースは165cmの球体人形で服装はチャコールグレーのパンツスーツ、カフスは僕の人形のタイピンと同じ銀のアゲハ蝶、シャツは白黒のチェック、髪型は腰まで伸ばしたストレートの姫カット、そしてその顔は現実の自室にも飾っている事故で亡くした友人、【雛形 麻紀(ひなかた まき)】をモデルにしている。

 

彼女が亡くなって暫く経ってだが、僕は彼女の事が好きだったのだと気付いた、

彼女の方はどう思ってくれていたのかは今となっては分からないが。

 

だからと言って別に彼女の代わりを求めてこの子を造ったわけじゃない。

彼女の遺品であるデザイン画を受け取った時、昔交わした約束を何時か叶えたいと思った。

その場所は味気無い現実ではなく、僕の心の穴を埋めてくれた仲間達の居る此処にしたい。

そうして生まれたこの子は僕にとってはむしろ娘の様に思え、ならばと顔と名前を一番大切な女性から借りる事にした。

 

「そういう内心は結局、メンバーには言えなかったな……絶対引かれただろうし」

 

そうポツリと呟くと僕は最後にログアウトしてからずっと眠らせたままにしていた娘のスリープを解除し、ギルマスが待って居るであろう玉座の間へと共に向かう。

 

「つき従え。 僕の娘よ」

 

 

 

第十階層 玉座の間―― 

 

 

マキナを従えて目的地に着くと、モモンガさんは側に立つ守護者統括のアルベドの前で何やら

慌てた様子だった。

 

「ひょっとして……最後だし、アルベドの胸揉む気でした?」

 

「そんなワケないでしょう! そもそもそういうのは禁止行為ですし!」

 

いや、確かにそうなんだがそんなに必死に否定せんでも…。

 

「揉めたとしてもアルベドはきっと怒らないでしょ? タブラさん、ビッチに設定したんですし」

 

「あぁ~………ハ、ハハハ、ハハハハハ」

 

今度は乾ききった笑いだよ。 ウチのギルマスはワケが分からん。

 

そんなやり取りをしている内にもう残り時間は一分を切った。

モモンガさんは玉座に座り、僕はアルベドの反対にマキナと共に立ち、互いに目を瞑る。

 

 

そして12時となり、魔法は解けて………

 

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様? ソウソウ様?」

 

「お父様? モモンガ様も一体、どうされたのですか?」

 

 

新しい魔法がかけられた………。




キャラ設定

ソウソウ(操創) 異形種
本名:東 博幸(あずま ひろゆき)

役職 至高の四十一人 人形作家

住居 ナザリック地下大墳墓 第九階層にある自室

属性 悪 カルマ値:-300

種族レベル ナイト・ストーカー:15LV
      エルダー・ナイト・ダークネス:10LV
      他

職業レベル ドールマスター:15LV
      マシーナリー:10LV
      錬金術師:10LV
      他

※元々は非オタであったが他の至高の四十人と関わったが為、
最終的に萌えフィギュアの自作が趣味の欄に加えられたある意味被害者。
性格は天然気味なマイペースで平時は爆弾発言が多かった。
故にぷにっと萌えの肩書が「アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明」
だったのに対し、彼は「アインズ・ウール・ゴウンのノストラダムス」
彼の発言に『な、何だって―!』と返すメンバーが複数人居た事が原因である。


マキナ・オルトス 異形種

役職 ナザリック地下大墳墓 人形工房領域守護者

住居 人形工房内地下に設置された専用個室

属性 中立~悪 カルマ値:-100

種族レベル オートマトン:15LV
      他

職業レベル ランサー:15LV
      グランドランサー:10LV
      ヴァルキリー:10LV
      ガーディアン:10LV
      他

※彼女の性格は次に書く時にでも詳しくと言った感じですが
コンセプトはズバリ「獣の槍を持った人間に容赦しないフランシーヌ人形」


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一話

12時を過ぎてまず僕を襲った衝撃はサーバーダウンの為に強制排出されなかった事ではなく、

目の前からコンソールが消えた事でもなく、体の作りが明らかに変わったという感覚。

例えるなら風呂に入っていたら一瞬で目以外の全てが浴槽に溶け込んだように思える不安定さと、溶け込んだ部分全てが匂いや空気、温度を感じるという気分の悪さだった。

その為、頭の中に入ってくる情報量が今までの比では無く、視覚の外に居るであろう執事の〈セバス・チャン〉、6人の戦闘用メイド〈プレアデス〉の存在、そして彼等が動揺しているという気配もはっきりと知覚出来た。

今はこの人形、ミルキーウェイの四肢に根を張っている人間の様な状態でこれなのだから体を外に出したら一体どうなってしまうのか全く予想が出来ない。

 

そこまで考えてからある違和感を感じる、NPCから気配がするという事にだ。

どういう事なのかと再び思考の波に飲まれそうになった時、側に立って居た領域守護者、かつて

メンバーに「僕の最高傑作だ」と紹介した娘とも呼べる存在、マキナ・オルトスが無表情ながらも心配げな空気を纏って僕の瞳を覗き込む。

 

「お父様? モモンガ様も一体、どうされたのですか?」

 

綺麗な顔だ―――彼女のモデルとなった女性は笑顔が絶えなかったが人形特有の感情無き表情の

お陰か可愛さよりも美しさが前面に出ている。

でもおかしいな? 

同じ自動人形タイプのシズと違ってこの子の設定には無表情属性は無かった筈……いや待て!?

そもそもNPCは基本喋らない設定だ。 僕もこの子に声は入れてない、なのに今発した声は…

僕は信じられないという気持ちでマキナの黒い瞳を見つめ返す。

 

「お、お父様…そんなに熱い瞳で見つめないでください。 は、恥ずかしいです…」

 

無表情のまま頬を染めて俯く娘の声を改めて聞いて僕の思考は完全に停止した。

 

「(麻紀……ちゃん?)」

 

その声は自分が初めて愛した女性と全く同じだったから。

 

 

『東 博幸クンだよね? 私は雛形 麻紀! よろしくね!』

 

『私そんなに笑ってるかな~…? でもほら、人間って楽しかったら笑うものでしょ?』

 

『キミはドールの事教えてよ、私が勉強教えてあげるからさ、ギブアンドテイク!』

 

『泣かないでよ~…それに手も離してくれない? は、恥ずかしいし…』

 

 

マキナの言葉と彼女の言葉がシンクロするまで記憶を遡って合致した瞬間、

感情は爆発しそうになり……突如その働きは鎮静化される。

 

「「ふぅ………」」

 

冷静になると体感覚も平常に、まるで元からこの体だったかのように自在に動かせる。

隣に視線を向けるとアルベドに迫られていたモモンガさんも僕と同じ賢者モードだ。

てか何で迫られてんのさ、あの人(骨)。

 

「……僕とモモンガさんは何の問題も無い。 アルベド、マキナ、下がっていなさい」

 

僕の言葉で互いに主の側に立っていた二人は明らかにしょぼくれて(マキナは相変わらずの無表情だが親目線で何となく分かる)定位置に戻って行った。

ひとまず声の問題は置いておく。

次の問題は彼女達は僕らの知っている設定のままかどうかの確認だ。

どのように調べるべきかモモンガさんに耳打ちしようとしてある事実に気付く。

 

「モモンガさん、口がカタカタ動いてる…コワイ」

 

「え!? た、確かに……いや、それならソウソウさんの髪の毛だってザワザワ動いて軽いホラーじゃないですか!」

 

え!? マジで!? マジだった……。

僕の場合は原理は分からないが喋る度に髪が動く、と言うより髪が声を発しているという感覚だ。

ユグドラシルでこんなエフェクトは無かったしNPC達もこんなに表情豊かでは無かった。

今更ながらこの異常事態に対してGMコールをとも考えたがそもそもコンソールが呼び出せない、モモンガさんに相談するとすでに試していたらしく、やはりそうですかと諦めの雰囲気を見せた。

 

「モモンガさん、これ以上二人で話しててもこちらを窺っている彼女達に対してマイナスにしかなりませんし、いっそギルマスらしく命令でもしてみてはどうです?」

 

「命令ですか……だったらいくつか試してみたい事もあるのでまずは―――セバス」

 

「はっ!」

 

 

モモンガさんが出した命令はプレアデスの一人を連れたツーマンセルでナザリック周辺一キロの地理と知的生命体の確認。

これは外に出られない設定のNPC達が外出できるのか、知的生命体と遭遇した際に彼らは

どう動くのか、そもそも彼等は命令に従うのかという事も調べておきたいのだろう。

こういう所は流石ギルマスだ、ならば僕は彼のサポートをする為に動く事にしよう。

セバス達が移動したのを見届けた後、モモンガさんに今後の予定を聞く。

 

「モモンガさん、次の行動は?」

 

「各階層守護者を六階層のアンフィテアトルムに集めます。 時間は…1時間後ですね」

 

「分かりました。 それじゃ、その間に僕はマキナを連れてニグレドの所に行ってきます」

 

「「………え?」」

 

その言葉を聞いてモモンガさんとアルベドは彼女の居住地に行ってもいないのに凍りつく。

初見で彼女に驚いてたモモンガさんはともかく何で妹設定のアルベドまで固まってんの?

皆は怖がってたけど僕はニグレドの怖さの中に在る純粋さが綺麗だと思うんだけどなぁ。 

製作者のタブラさんマジ至高の大錬金術師。

 

「セバス達が肉眼で確認しても見落としがあるかもしれないので魔法での探索も考慮しなければと思って」

 

「魔法……確かに、そうですね。 申し訳ないですがお願いします」

 

モモンガさんの考えてることが分かった。

今、普通に魔法使いましょって提案したけどそもそもこの状況下でユグドラシルの

道理が通じるのかどうかまだ解らないのだ。

それを調べる為にもニグレドの協力は必要不可欠だ。

 

「了解です。 後、ニグレドの居る五階層まで結構距離ありますからマキナに例のアレ、あげても良いですか?」

 

モモンガさんが別に構いませんよと言った後に手から一つの指輪を取り出す。

その名は〈リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉ナザリック大地下墳墓内の名前の付いている部屋であれば、回数無制限に自在に転移する事が出来る便利なアイテムだ。

ちなみに僕の本体には普通に装備できないので課金して髪留めの様に加工し、体の内部に収まっている。

それを受け取り、渡そうとするとアルベドは嫉妬の眼差しを一瞬マキナに向け、当のマキナは早口でまくしたてる。

 

「いやいやいやいやいや、それはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン! 至高の方々にしか所持する事を許されないナザリックにおける至宝の一つ! お父様からそのようなものを受け取れる程の働きを私はしておりません! お父様の叡智の結晶を生み出す工房をお守りする為に身を投げ出すのが私の役目! しかしそれは当然の事であり、私の意義! 移動にお時間が掛かるというのでしたら私は走り…いえ! 超速早歩きで参りますのでお父様はごゆるりと!」

 

オォウ……無表情でめっちゃ喋るなキミ…。 これは流石に引くよ。

アルベドは何か「無」の状態になってるし、モモンガさんだって「えー…えぇー…」って顔をしてるよ(多分)。

こんな奇行、メンバーのぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさんの御姉弟でも萌えられ…いや、

萌えられるな、あの二人なら。

 

しかし、ここまで遠慮してる相手にどうすれば受け取って貰えるのか。

ぶっちゃけ、こちとら早くニグレドに会いに行きたいのだ。

 

モモンガさんはさっき声を作って威厳たっぷりに命令してたけど、正直僕はキャラ作りが得意な方ではない。

メンバーの中にはそういうのを嬉々としてやっていた人も居たが……誰を参考にすべきか…よし。

 

「マキナ、君はこの指輪に見合った働きをしていないと言ったね? それは間違っているよ」

 

「お父様…それは一体どういうことでしょう…?」

 

僕が選択したのはギルドの立役者でもあり妻帯者(リア充がぁ!)のたっち・みーさん。

たっちさーん! オラに非童貞力を分けてくれ―!!

 

「そもそも工房とは何だい? 場所では無い、作品を作るのに本当に必要な物は?」

 

「それは……! それらを創造する至高の御方です!」

 

「その通り。 つまり工房を守るという事は僕を守るという事。 だというのに僕を守るべき存在がこのナザリック内で即座に来れない状況は非常に不味い……分かるね」

 

「わ、私は……お父様のお考えを理解出来なかった………」

 

「良いんだよ。 この指輪は“少なくとも今は”見合った働きをするから渡すんじゃない、

見合った働きをして欲しいから渡すんだ。 受け取ってくれるね?」

 

「はっ…! 謹んでお受け致します」

 

そうしてマキナは指輪を受け取った。 やったぜ、たっちさん!

 

「モモンガさんには“アルベドがいる”ように僕には君が必要だ。

今後ともよろしく頼むよ、マキナ」

 

「はい、お父様。 身に余る光栄です」

 

さっきから強調してた部分はアルベドに対する機嫌取りだ。

モモンガさんが指輪を出した一瞬だけ感じた気配、アレは兄弟が居れば分かるが

「姉(弟)は良くて何で自分はダメなの?」みたいな感じだった。 

イヤ、もっと何かドロッとしたような物にも思えたが髪から来る情報と今までの人生経験からこの答えで満足するしかない。

モモンガさんにも「守護者統括って地位だしアルベドにも早く指輪渡してください」って目線を送ったが伝わってるのか分かり辛いんだよなぁ、あの骸骨顔だと。

 

「時間を掛けて申し訳ありませんでした。 それでは、行ってきます」

 

「はい、お願いします。 …ソウソウさん、お疲れ様です(ボソッ)」

 

ギルマス直々のマキナ説得に対する労いの言葉を小声で貰い、そろそろ出発しようかとマキナに声を掛けようとして、ギョッとした。

指輪を左手薬指に嵌めていたからではない(それもビックリしたが)彼女が何と―――――

 

「ふふふ……ふふふふふひふふっふふっふふふひひひひ」

 

笑っていたから……否、あれは“嗤っていた”が正しい。

すぐさま目線を外し、もう一度見てみるといつも通りの無表情。

見間違えたのだろうと(在るかどうかも分からない)脳からさっきの映像を消去。

アルベドからの「いってらっしゃいませ」という言葉を背中に受け、今度こそ僕達は玉座の間を出た。

 

 

NPCは命を持つ事が出来るか否か―――

モモンガさんは慎重派だからまだ確信を持てないのだろうが20年以上人形を見てきた僕にはある。

ほんの少しのやりとりだったがマキナも、アルベドも、セバス達も人形じゃない、命があった。

敵か味方かはまだ判断がつかないがどちらにしても僕のやる事は二つだ。

 

一つ目はナザリック(家)を守る。

ギルドの皆で作った拠点、僕の居場所を守る事。

二つ目はアインズ・ウール・ゴウン(皆)を守る。

モモンガさんや命あるNPC…いや、ギルメンが残した子供達を守る。

今の今まで皆を裏切り続けてたのだ、彼等に死ねと言われれば受け入れたっていい。

 

歩きながら隣に居る自分の娘を見る。

僕が今日此処に来なかったら誰も開ける事のできない工房でずっと眠り続けていたであろう娘を。

この子にできる最大の償いは何なのだろうか?

それは一体―――――

 

「お父様」

 

「何だい? マキナ」

 

「お父様が来る度に一緒にお散歩をして色々な方達に会いましたが、実は私はニグレドさんに

お会いした事がありません。 どのような方なのでしょうか?」

 

そう言われればそうだった。 

よく見れば可愛げがあるのだが店舗経営していた身としてはちょっと…という恐怖公とか、行く必要が感じられなかったから行かなかった宝物殿のパンドラズ・アクターとか意外と回って無い場所があったな。 

彼等のキャラ確認も含めて機会があればマキナと行って来よう。

 

「…お父様?」

 

「いや、済まない。 考え事をしていたのでね」

 

今は娘の質問に答えるのが親の務め、僕は正直な感想を伝えた。

 

 

「とっても綺麗で優しい人だよ」

 




ハイ、前回でマキナちゃんモデルが「フランシーヌ人形」って書きましたが
こ れ で あ る 。
ヒロインが残念じゃなきゃオーバーロードに非ずって原作読んでて思いました。
彼女が笑わない理由は「笑顔が怖いから」です。
どんだけ怖いかというと最終決戦の白面の者くらい怖い。
顔芸はオーバーロードにおいて基本。

※主人公の見た目って今さらですけど真・女神転生Iの夜魔:キャクです。
ああいうもこもこしてるのは二次も三次も大好き。


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二話

第五階層 氷結牢獄―――――

 

 

「うわあぁぁぁ!!!!」

 

「ぎゃあぁぁぁ!!!!」

 

「ヒイィィィィィ!!!」

 

至高の四十一人、タブラ・スマラグディナの新しいNPCのお披露目会の様子は正に阿鼻叫喚だった。

誰もが“ソレ”の恐ろしさに絶叫を上げる様に製作者はニッコリ。 

挙句の果てにはパニックになった何人かが“ソレ”に全力で攻撃をしようとした時、一人のメンバーがぽつりと呟いた。

 

「………綺麗だ」

 

その一言で攻撃しようと身構えていた者、未だに叫び続けていた者、冷静さを取り戻していた者、

製作者、さらには当のNPCすらも時間停止の魔法にかけられたかのようにその動きを止めた。

 

 

――――――――――

 

 

そして現在、第五階層 氷結牢獄―――――

 

 

氷に覆われた見ただけで寒いこの場所でさらに寒いのが此処、《氷結牢獄》だ。

外装は場所にそぐわない大変メルヘンチックな作りで僕からすればこの異質な感じが今、

中に居るのであろう女性よりも遥かに怖い。

本体が髪という事もあって炎、氷結対策は前々からしているので寒さは特に感じないし、

傍に居る僕の娘も自動人形なので問題は無い。

かと言ってそのままというのも薄情な気がして僕は娘に声を掛ける。

 

「マキナ、寒さは感じるかい?」

 

「いえ、全く。 むしろお父様より頂いた指輪を嵌めた箇所が溶けそうなくらい熱いです」

 

…わかった、この話はやめよう。 ハイ!! やめやめ。

アルベドがモモンガさんに時折向ける熱い視線といい、何この子達!? 凄く怖いんですけど!?

惚れた人と同じ顔、同じ声の所為かスッゲー複雑! どう返していいのか分かんないよ!!

 

そんな僕の葛藤を知ってか知らずかマキナは話しかけてくる。

 

「お父様、この館には多くのアンデッドが潜んでいるのですね」

 

「スキルを使ったのか…名前の通り此処は《牢獄》だ。 罠よりも彼等に任せた方が安心できるのさ」

 

「そういう事でしたか。 シモベの皆さん、屑共を逃さないよう頑張ってください!」

 

館に入った時にも感じたが、シモベ達が一礼したという気配が髪から伝わる。

どうやらNPCだった皆と同様に僕やモモンガさんに今の所、敬意を向けてくれているようだ。

しかし女の子が「屑」って……容赦ないな。 

まぁ、初心者だった僕をPKしようとした連中は発言が中々に屑だったのは覚えているが。

 

「……と、そろそろだな」

 

「そろそろですか」

 

「うん。 マキナ、そこの壁に手を差し出してみてくれ」

 

僕の言うとおりマキナは壁に手を差し出すと白く透明な手が現れ、彼女の手に赤ん坊の

カリカチュアが落とされる。

マキナが発した可愛らしい「ヒィッ」という悲鳴は無視だ。

何事も経験が大事だと僕も父から教わった。

 

「……ど、独特な人形ですね」

 

「実際、気味は悪いよ。 “そういう風に”タブラさんが作っているからね。」

 

僕は彼女から人形を受け取り、それをしげしげと眺める。

確かに造形は醜悪だがそれ故に製作者であるタブラさんの強い“こだわり”を感じられるのが

人形作家としてはとても嬉しい。 この奥に居る女性に対してもそう思う。

 

「では、行こうか。 覚悟は良いね?」

 

「覚悟を……するんですか?」

 

娘の無表情から繰り出される泣き言は華麗に無視。

残骸となったフレスコ画が描かれた扉を開き、何百もの姿なき赤ん坊の泣き声が輪唱する室内へと足を踏み入れる。

 

 

 

その中央に居るのは揺りかごを奥ゆかしく揺らす黒い喪服の女性。

僕達という来客が来たにもかかわらず、長い黒髪で隠した顔を俯かせ、何も言葉を発しない。

 

「お父様がわざわざお越しになられたというのにその態度は……」

 

「良いんだ。 会った事は無くても彼女の役目は知っているだろう? この対応も役目の内さ」

 

手をかざして娘を制するとそれを合図と捉えたのか彼女は揺りかごを止め、中に入っていた赤ん坊の人形を取り出す。

 

「ちがうちがうちがうちがう」

 

そう呟きながら彼女はフルスイングで人形を壁にぶつけ、破壊する。 正直、ココが一番辛い。

タブラさんもその思いを汲んでくれてか僕の手伝いをやんわりと断ってたし。

 

「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉお!!」

 

彼女が歯をガチガチと鳴らしたのを合図に部屋のそこらじゅうから泣き声の発生源である十レベル後半のモンスター、【腐肉赤子(キャリオンベイビー)】がずるりと湧き出す。

僕は映画を観てても「セットに金掛けてるな」という観かたをするのでこの演出もタブラさんに対して「どれほどの代償(金)を払えばこれだけの演出を…!!」と感心しきりだったなぁ。

 

あ、デカ鋏をどこからか取り出した。 来るか。

 

「おまえたちおまえたちおまえたちおまえたち、こどもをこどもをこどもをこどもをさらったなさらったなさらったなさらったなぁあああ!」

 

「………ハッ! 殺気ッ!?」

 

「だから大丈夫だって。 絶対に攻撃するんじゃないぞ」

 

僕がどうやら放心状態だったらしいマキナに声を掛けたその時、彼女は離れていた距離を一瞬で詰め、僕に鋏を突き立てようと大きく振りかぶって―――

 

 

 

そのまま動きを止めた。

 

 

 

僕は静止した彼女をよく観察する。

細く美しい手足、女性なのだと感じさせる体つき、そして長髪の下に隠されていた皮膚の無い顔に付いている子供を狂おしい程に求める必死な目、それを見て思わず口から出た言葉は……

 

「綺麗だ」

 

いつも通りだった。 こういう時に語彙が乏しいのを実感して毎度凹む。

 

「待たせて済まない、ニグレド。 君の子供はここだよ」

 

彼女は僕が差し出した人形を大切な物であるかのようにゆっくりと受け取った。

 

「おぉおおおお!」

 

彼女はもう二度と手放さないと言わんばかりに慈しみを込めた抱き方で揺りかごに人形をそっと戻す。

そして僕らの方に向き直り―――――

 

「これはこれは、お久しぶりでございます、ソウソウ様。 そして会うのは初めてになるわね、マキナ。 私がニグレドよ、今後ともよろしく」

 

優しさを携えた声を聞かせてくれる。 うん、想像通りの声質だ。

 

「あ…………ハイ、こちらこそよろしくお願いします」

 

「いつも人形を渡すタイミングをずらして申し訳ない、ニグレド」

 

「あのような事をなさるのはソウソウ様くらいです。 その上、私の事を綺麗などと……」

 

「本心を言ってるだけなんだが……嫌だったのなら今後はやらないけど?」

 

「いえ、女として容姿を褒めて頂けるのはこの上ない喜びです。 何より至高の方々の意向に逆うという権限も考えも私にはありませんので」

 

 

 

「権限」ね―――――

僕が試したかったのは同士討ち(フレンドリィ・ファイア)が解禁されてるか否かだ。

NPCだった頃のニグレドはシステム面で僕等に危害を加えられなかった。

初お披露目の時に動きが止まっていたのでそれは確認している。

では意思を持っている現在、ニグレドが攻撃を止めたのは何故か?

忠誠心? まだ設定が残っている? 後でモモンガさんと相談すべきか……。

 

「まぁ、それはそれとしてニグレド。 今日は君に頼みがあって来たんだ。 探知をお願いしたい」

 

「了解しました。 それは生物の方でしょうか? それとも無生物の方でしょうか?」

 

「ナザリック周辺一キロの知的生命体の確認を。 居ないのであれば徐々に範囲を拡大して」

 

「承りました。 しばらくお待ちください」

 

ニグレドは情報系に特化した〈魔法詠唱者(マジック・キャスター)〉だ。

高レベルNPCであった彼女の魔法が使えないとなるとはっきり言って死活問題で、この先生き残れない、なんてギャグもギャグで済まない事態に陥る可能性が高い。

 

「発見いたしました、が」

 

「〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉をお願い」

 

彼女に指示を出して起動させた水晶の画面に浮かび上がる光景は蹂躙された村。

 

手当たり次第に家は焼かれ、人が切り裂かれ、串刺しにされ、踏みにじられた後の様だ。

こんな状況で生者が居るとは……居た、体が半分焼け爛れながらも同じ状態になった赤子を抱きしめて離さない5,6才くらいの男の子の姿だ。

 

「此処はナザリックとどれ位の距離がある? この惨状を起こした者達は僕達の存在に気付くと思うかい?」

 

「いえ、距離に関しては問題ありません。 周辺に強力なマジックアイテムを使用した痕跡も無いので私達の存在に気付く可能性は今の所、限りなく低いと言って良いでしょう」

 

ニグレドは淀みなく僕の質問に答えていった。

しかしその眼は死にかけの子供達から一瞬たりとも離す事は無く、暫くして二人が事切れるとほんの少しだけ瞳を伏せ、肩を震わせる。

 

「もう良い、ニグレド。 探知はこれで打ち切りだ」

 

そう言って僕は人形の体でニグレドの肩を抱く。

 

彼女は最初の寸劇の通りに「子供を深く愛する」という設定を付けられている。

それはたとえどんな種族であってもだ。

僕は自分の本体である髪の毛を伸ばして悲しみに震える背中をさすってあげる。

体温の無い人形よりはマシかも、という程度だが昔、母がやってくれた様な力加減でポンポンと叩く。

 

すると情けない所を見せるわけにはいかないとばかりに持ち直し、さすっていた手と髪を「もう大丈夫です」という意味を込めて優しく、しかしはっきりと拒絶する。 

本当に、強い女性だと思う。

 

「申し訳ありません。 至高の方々の一人であるソウソウ様に気を遣って頂くなど……」

 

「構わないさ。 君のその優しさがナザリックの皆の救いになっているんだ。 勿論、僕も」

 

「いえ、至高の御方の命令に私情を挟んでしまった私に罰を、お与えください」

 

こうして会話してみて分かったけど、ニグレドって結構はっきりと自分の意見を言うタイプだったんだ……やっぱり話す事って大事なんだな。

しかし、罰ってやった事ないよそんなの……むしろ子供の頃は姉から拳骨食らってたし。

けど、やらないとこういう気持ちって絶対に後に引くんだよな……そうだ!

 

僕は自分の体(髪)を一房彼女の口元に持って行く。

 

「ニグレド、噛むんだ」

 

「え!?」

 

あ、ビックリされた。 まぁ、当然か。

同士討ち(フレンドリィ・ファイア)の解除がされたのか知りたかったからだけど、やっぱり髪を噛むって不衛生だよな…。

でも他に生身の部分って眼球しか無い訳だし「目を噛め」よりはまだマシな方じゃないか?

嫌だって言うならコレは罰になるだろ! 多分!!

 

「言い方が悪かったね…“命令する”、噛め」

 

「………はい、分かりました」

 

そう言ってニグレドはおずおずと自分の口に僕の髪を含んだ。

 

「ん………く……んぅ…」

 

全然、痛くないように優しく噛んでるし…これは攻撃されてるって認識で間違って無いよね?

「マキナどう思う?」という視線を娘に向けると、

 

「(ギリッ……ギリリッ………ギリリリィッ)」

 

目を両手で隠す(指の隙間からバッチリ見えてる)お決まりのポーズで歯ぎしりしてた。

女の子が歯ぎしりなんてはしたないって言おうとしたけどそもそもこの子がこういう行動を取ってるって事は―――――

 

 

『ソウソウさん、聞こえますか?』

 

「モモンガさん!?」

 

何でモモンガさんの声が……〈伝言(メッセージ)〉か!

急に恥ずかしくなってきた事もあって僕はニグレドに髪を噛むのを止めさせると急いで返信する。

 

「どうしました? 伝言(メッセージ)の存在すっかり忘れてましたよ」

 

『私も今、思い出したのでギルメンに一斉送信してみたのですが……返信はソウソウさんだけですね』

 

「そう……ですか」

 

薄々勘付いてはいたけどやっぱり他のメンバーは居ないか……。

ギリギリで帰ったヘロヘロさんだけでも、と思ったがその思いは裏切られたようだ。

 

『ええ……ところで、情報は集まりましたか?』

 

「はい、何とか。 至急、そちらに向かいます」

 

『ゆっくりで構いませんよ。 私も今、六階層に着いたばかりですし』

 

「……? 玉座の間で何かやってたんですか?」

 

『い、いや! 別に!! 大した事はしていませんけど!!!』

 

うわ、キーンってなった。 頭の中がキーンってなったよ今。

明らかに何か隠してるな……後で詳しく訊こう。

 

「まぁ良いです。 それじゃあ、切りますね」

 

『了解です。 お待ちしてますから』

 

その言葉を最後に伝言(メッセージ)は切れた。

そして別れの挨拶をする為、僕はマキナと共にニグレドに向き直る。

 

「悪いけど今は急いでいるのでそろそろお邪魔するよ。 探知、ありがとう」

 

「ホントウニアリガトウゴザイマス、ニグレドサ…ぐふっ!」

 

可愛い娘の頭にチョップ。 あんまり構ってやれなかったからって不貞腐れないの。

きっとシズだってしないぞ、そんなロボ喋り。

 

「いえ、私も可愛いらしい方の妹の様な恥ずかしい真似を…大変失礼致しました」

 

可愛いらしい方……アルベドとルベド、どちらの事を指しているんだろう? 

むしろ恥ずかしい真似させたのは僕の所為だし、そんなに気に病まないで欲しいのだが…。

 

そして僕達はニグレドの部屋を去る為にドアに手をかける、すると―――

 

「ソウソウ様。 タブラ・スマラグディナ様の御友人である貴方様に再びお会いできて私、誠に嬉しく思います。 

マキナ。 私は此処から離れられないから良ければまた顔を出して頂戴? ソウソウ様の娘であるアナタともゆっくり話をしてみたいの」

 

「はい、ニグレドさん。 私にもタブラ・スマラグディナ様のお話を聞かせてください」

 

綺麗所が和やかに話をしているという光景はこの何がどうなっているのか分からない状況で少なからずストレスが溜まっていたソウソウにとって正に癒しの空間だった。

だがそんな光景も本人の不用意な一言で瓦解する。

 

「今日は無理をさせてしまったし、ゆっくり休んで。 元気になったらまた(探知の)続きをしたいから宜しく頼むよ」

 

「―――ッ! はい…承りました」

 

「(ギュルルルン)ッ!?」

 

ニグレドは何か覚悟を決めたかのように恭しく頭を下げ、マキナは一世紀以上前に流行ったニンジャ小説のキャラクターなら爆発四散したであろう頭部の360度回転を実現した。

自動人形ならではの可動域である。

 

 

第五階層 白亜の大地―――――

 

 

「お父様。 お父様の仰ったとおり、ニグレドさんは大変素敵な方でした」

 

「なら今度はアルベドや他の女性陣と一緒に行ってきたらどうだい? 女性同士の方が話も合うだろう」

 

「はい、そうさせて頂きます。 私は絶対に………負けません」

 

「何に対して?」という台詞を飲み込み、僕は先程のニグレドの言葉を思い出す。

 

 

『タブラ・スマラグディナ様の御友人である』―――――

 

僕にとってタブラさんは尊敬する相手だった。

ギミック担当者の一人であるあの人とは互いが作ったモーションに「アリだな」、「無いわー」と軽口を叩きあったり。

作品の方向性の違いから本気で喧嘩をしてクッション役であったモモンガさんやペロロンチーノさんに迷惑を掛けたり。

もう一人のギミック担当のるし★ふぁーさんや行動AI担当のヘロヘロさんの四人で「ゴーレムの何処に弱点部位を付ければネカマやネナベを一挙に釣れるのか?」という今にして思えば馬鹿馬鹿しい議論を朝までやっていた事もあった。

 

タブラさんの創造した娘であるニグレドはそんな僕等の事を“友達”と認識してくれていた。

こんなに嬉しい事は無い。

 

だからなのだろうか、そんな彼女を悲しませた惨状を作ったであろう者達に対して僕は―――――

 

 

殺意が湧いた。

 

 

どんな理由で村を襲ったのかは知らないが大切な仲間の娘の心に傷を負わせたんだ、僕の作った操り人形には相手をバラバラにする機構を持った物もあるからそれを使うのも悪くない。

蘇生できない位に刻んで……いや、敢えて蘇生させて心が擦り切れるまで責め苦を与えよう。

問題はそいつ等が殺せる相手かどうかだが、そこはモモンガさんに報告した後で………って僕、こんなに物騒な事を考える様な人間だったっけ?

 

 

彼は娘を伴い、盟主の待つ第6階層へ向かう中で自分の精神の変化に戸惑う。

しかし、もっと重要な変化に彼はまだ気付けなかった。

 

 

虐殺された村人と、最後に事切れた年端もいかない子供達に何の感情も抱けなかった事に……。

 




首が360度回転するヒドインがいてもいいじゃない、オバロだもの。

ギルマスは妹の胸を揉み、ギルメンは姉に髪を噛ませる、とんでもないギルドですね。

ニグレドは原作のアルベドと話してる時のサバサバした感じが一番好きですが
子供達を守る為、ペストーニャさんと共にアインズ様に抗議した時は正直、二人に滾りました。

ソウソウ&マキナの二人は本編のアインズ&アルベドよりも距離感近いです。
自作NPCだし。

しかし、ダブルヒドインを差し置いてこんなにヒロインらしくニグレド書いてしまってええんか?本当にええんか?


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三話

第六階層 アンフィテアトルム―――――

 

 

 

「おー…〈根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)〉か。 随分懐かしい」

 

「80レベル後半の最上位クラスの精霊ですね、お父様」

 

僕等が六階層の円形闘技場に到着すると久方ぶりに見る召喚獣についテンションが上がり、種族名を口にしてしまった。

すると隣に居たマキナはドヤ声で補足説明を加える。

 

無表情でドヤ声って……まぁ、可愛いから良いけど。

 

「正解だ、マキナ。 ソウソウさんの教育が良かったのかな?」

 

僕の代わりに彼女の発言に応えたのは先に来て待ってくれていたギルマスのモモンガさんだ。

マキナは慌ててお辞儀をし、モモンガさんはそれに対して「構わない」と軽く手を振る。

相変わらず守護者の前では格好付けてるけどこれは致し方ない。

右も左も上も下も分からない中で周りにいる者達も敵か味方かも分からない、そんな状況じゃ気を張りっぱなしにするしかないからね。

 

「どうも。 もしかしなくても『アレ』、モモンガさんが召喚(よ)びました?」

 

僕が精霊を指さすとモモンガさんは若干声に疲れを見せて小声で話しかけて来た。

 

「細々とした事が終わってふと、自分で自分の身を守れるのかと不安に思ったもので」

 

モモンガさん曰く僕が人形を使える、ニグレドに会いに指輪を使用するという行動を取ったからナザリック内の魔法、道具の使用可は確認したも同然なので万が一の為にゴーレムの設定の書き換えをしていたらしい。

それから此処に来て初級の魔法から試して最後に呼び出したのがあの根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)、と。

 

ギルドの長なのにどんと構えられないのがこの人の悪い所でもあり、良い所なのだ。

実際、以前からその丁寧な仕事振りで僕の様な感覚型が存分に働ける環境を用意してくれていた。

 

「あれはアウラとマーレ! モモンガ様、なぜあの二人が“遊んで”いるのですか?」

 

今度は闘技場中央を観察していたマキナからの質問が来た。

彼女が言ったアウラ、マーレはこの第6階層の守護者を務める双子の〈闇妖精(ダークエルフ)〉だ。

僕も見てみれば二人は火精霊と戦って……いや、マキナの言うとおり確かにアレは“遊び”だな。

ユグドラシルでは10レベル差の同条件であれば勝つのは至難の技、階層守護者はレベルが100でそれが二人掛かりでは決着はとっくに見えている。

 

「何だマキナ? お前も遊びたかったのか?」

 

「いえ、その様な事は………」

 

モモンガさんの威圧的な作り声に思わず縮こまるマキナ。 遊びたかったんだろうな。

 

考えてもみれば僕は彼女を殆ど前線には出していなかった事を思い出す。

前にナザリックに1500人だったかが攻め込んで来た時にも性能は100レベルの戦闘特化NPCだというのにこの子を工房に待機させていた。

理由は実在の人物をモデルにしていた為、他のプレイヤーにバレてしまうのではという危惧と単純に麻紀ちゃんと同じ姿をした彼女が消えてしまう事に僕が耐えられなかったからだ。

あの時はギルドの皆の厚意でそれが許されていたがこの状況では通用しないだろう。

何より彼女はもう「マキナ」という一人の生命なのだ、成長して貰わなければならない。

 

「良いんじゃない? 折角だからマキナの実力を見せて貰おうじゃないか」

 

「ソウソウさん…? 分かりました。 マキナ、お前が遊ぶ事を許そう」

 

「…! ありがとうございます! お父様、モモンガ様!」

 

「ただし、武器は最弱の物にして。 アウラとマーレの楽しみが減ってしまうからね」

 

「はい! お任せください!」

 

そう言ってマキナは着脱式である左袖の蝶のカフスボタンを外して右手の中で握りしめる。

するとそれは瞬時に一本の銀の槍に変わった。

柄には芋虫が蛹(さなぎ)に変わるまでの過程が紋様として刻まれている。

これが僕がデザインした武器の一つで彼女の最弱装備、〈蛹(クリサリス)の槍〉だ。

しかしこれで十分。 僕が彼女に与えた二つの神器級(ゴッズ)アイテムの内の一つがあれば。

 

 

「〈家族の絆(ネクサス・ファミリア)〉 〈武装化(アームド)〉 〈起動(オン)〉」

 

 

マキナがワードを唱えると彼女の黒髪に変化が生じる。

腰まであった長さはさらに伸びてまずは右腕に巻きつき、それは槍にまで及び、最終的には腕と同化した一分の隙も無い漆黒の槍と化す。

次に左足の周りへと一纏めにされた髪が感覚を空けた螺旋状に足先まで伸びてスプリングと成る。

左足を落とし、右手を獲物に向けた彼女は次の瞬間―――――

 

 

衝撃波を残して僕とモモンガさんの視界から消えた。

 

 

まず最初に異変に気付いたのは六階層守護者、〈マーレ・ベロ・フィオーレ〉

彼は創造主から「気弱」と設定されているので自然と危機察知能力は双子の姉より高い。

元々乗り気ではなかったこの遊びだが盟主の命と姉の為に後衛に徹した事もあって、そろそろ終わりを迎えようという時に感じた黒い殺気。 

自分に向けられた物では無いというのにほんの少しだが冷や汗が流れた。

 

次に気付いたのは同じく六階層守護者、〈アウラ・ベラ・フィオーラ〉

勝気な彼女は久々に運動できる機会を盟主から貰い、これで決着と思った瞬間、それを視認した。

長らく見ていなかった領域守護者の目は爛々と輝き、滅多に変わらないその顔はまるで人形の口に頬まで鉈で切り込みを入れたかの様なゾッとする笑みを浮かべていたのを。

そしてそれは自分の獲物のすぐ目の前に迫っていた。

 

最期を迎えたのはモモンガが召喚した〈根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)

スタッフの力で本来より能力を底上げされているとは言え、本能のままに戦う存在でしかない。

その本能が理解する。「どう足掻いても自分はこれから絶対に、確実に殺される」のだと。

最上位に近い元素精霊はその存在を確認する事無く―――――

 

 

パンッ―――――

 

 

そんな音と共に「掻き消された」

 

 

 

「〈武装化(アームド)〉〈解除(アウト)〉」そのワードと共に彼女の“遊び”は終わった。

 

後に残ったのは呆然とする階層守護者二人と髪の安定化と同時に槍をボタンに戻し、普段の無表情を顔に張り付けた領域守護者が一体。

突如訪れた静寂はしばらく続くかと思われたが、それを破ったのは他ならぬ本人であった。

 

「ども。 アウラ、マーレ、元気だった?」

 

「マ、マキナさん……お、お久しぶりで……」

 

「ちょっとマキナ! あんた久しぶりに見たと思ったら何よ急にあたしの獲物を横取りして! しかも何!? あの顔!? シャルティアの本性も真っ青の恐怖体験だし!!」

 

彼女の挨拶を律義に返そうとする弟を押しのけて姉からのマシンガン抗議が始まった。

 

「そんな事言わないでよ~、特にお父様には絶対に。 しくしく」

 

「ホント、あんたはいいかげんその声と顔を一致させなさいよ! 後、泣き真似すんな!!」

 

「お、お姉ちゃん……落ち着いて…」

 

弟の心配に「うるさい!」と返すとそのまま元凶である自動人形に食ってかかる姉の姿。

だがそこには久しぶりに会った仲間に対する温かみも感じられた。

 

 

そんな彼女達を見つめる二人の至高の存在、モモンガとソウソウ。

彼等は先程の達人であれば息を呑むほどの守護者達の攻防について話し合っていた。

 

「うん、これもう(どう動いてるか)わかんねえな」

 

「いや、一撃って……初動が全然見えなかったんですけど」

 

悲しいかな彼等は元、一般人(パンピー)なのだ。

達人の動きなんて分かるワケ無いのだ。

 

「でも、本来なら〈家族の絆(ネクサス・ファミリア)〉は全身装備がデフォですけど、僕等が『遊び』って指示を出したから右腕と左足、しかも左足は形態変化をしてましたしこれは……」

 

「私達の指示外の判断をしている、つまりはNPC達は『成長している』と見て間違い無いですね」

 

モモンガさんの言葉に僕は頷く。

これを脅威と取るか祝福と取るかは今後の僕等の対応次第だろう。

 

神器級(ゴッズ)アイテム、〈家族の絆(ネクサス・ファミリア)

神器級アイテムとは簡単に言えばとんでもない手間と金を掛けた自作アイテムだ。

マキナに与えた二つの内の一つであるソレは僕の同種であるエルダー・ナイト・ダークネスをアホみたいに狩って超レアなデータクリスタルを必要数集め、素材となる特殊繊維もバカみたいに集めた。

そうして出来たのが彼女の髪の毛を構成する神器級アイテムだがその能力は三つあり、一つは「硬度調節」時には身を守る鎧、時には伸縮自在のバネへと形態を変える。

二つ目は「装備効果付与」巻きついた武器に強化効果を与えるのだが、そのレベルがランク通りの桁違い、奴(装備)は最強桁違い。

三つ目ともう一つ神器級アイテムの説明は省く。

階層守護者レベルの相手でなければまず使う事は無い能力なワケだし。 無いよね? 使う事。

 

ちなみに僕の外装、ミルキーウェイも神器級アイテムだ。 効果は機会があれば紹介しよう。

 

 

 

セバスが衝撃的な報告をして来たが、ニグレドから得た情報とすり合わせる為に全員が集まったら互いに皆の前で報告しましょうという業務的な話が終わった僕等がその後、装備談義をしていると(一方的な)言い争いを終えた女子二人と男子一人がこちらに戻って来た。

 

「ソウソウ様! うわぁ! 本当に帰って来られたんだ!!」

 

「ソ、ソウソウ様! ひ、久方ぶりのご帰還、お喜びも、申し上げます!!」

 

僕が帰って来た事に素直に喜びの声を上げるアウラ、しゃくり上げながらも丁寧な言葉で帰還を喜んでくれるマーレ、実に対照的な双子だ。

そしてごめんね……二人ともそんな顔をさせて。 

 

しかし昔から解せない事が一つある。

姉であるアウラが男装、弟であるマーレが女装しているという点だ。

僕は製作者のぶくぶく茶釜さんと話していた時の事を思い出す。

 

『ソウソウっち。 「かわいいは正義」って言葉をどう思う?』

 

『それは無量大数理あると思います』

 

『ならさ、かわいさの前には世の中の道理とかモラルはかなぐり捨てるべきじゃない?』

 

『それは一理無いと思います』

 

結局、あの話は平行線を辿ったまま茶釜さんとは会えなくなったがこうして命を持った二人を見ていると「アリかな?」と思ってしまった。 

茶釜さん……できる事ならば再び会って貴女に謝りたい。 

「かわいいは正義」は全てを許さざるを得ない言葉だったとッ!

 

「しかし見事な……。 三人とも……素晴らしかったぞ」

 

僕が二つの意味で過去の自分を殴りたい衝動に駆られているとモモンガさんは三人に労いの言葉を掛け、あまつさえ、あまつさえ運動して喉が渇いた生身の二人に〈無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)〉から注がれたキンキンに冷えた水を振舞っているではないか。

 

「やっぱりモモンガさんは気遣いの骨やでぇ」という思いと同時に気持はさらに凹み、それが極限まで達すると最初にマキナに顔を覗き込まれた時と同様に心が平常化する。

この感覚、本当にどうなってるんだ? 

冷静になれるのは有難いが冷静になった分怖くもなってくる。

僕の心は今、本当に「東博幸」という人間の物なのだろうか?

 

まぁ…今はモモンガさんと同じく、頑張った三人を労う事にしよう。

 

「本当に皆、良くやったね。 僕からはこれをあげよう」

 

そう言って僕がアイテムボックスから出したのは二つのキャンディ。

ユグドラシルでは一時的に能力を少し上げるという、戦闘が終わった後では効果の無い物だが10歳位の年齢の彼女達には丁度良いだろう。

 

「そんな! モモンガ様に続いてソウソウ様まで!? いただくわけには……」

 

「そ、そうです! 至高の方々の所持する物を分け与えて貰うなど……」

 

二人とも目を丸くして驚き、言葉は尻つぼみになる。

別に高価な物でも無いのだから遠慮しなくても良いのに……それとマキナ、自動人形故にモモンガさんから水を貰えなかったからって二人の後ろで僕があげた指輪を構えてゼ○シィの表紙飾ってるかの様なポーズを取るんじゃない!

お蔭でモモンガさん「彼女には何をあげれば…」って本気で悩み始めてるじゃん!

もうやめな! ウチのギルマスに精神的腹パンかますのやめたげてよぉ!!

 

「……僕は二人ともナザリックにとって必要な存在だからこれをあげたいんだ。 それに、子供の内から我慢を覚えたら融通の利かない大人になってしまうよ」

 

そう言って僕は二人の頭を髪を伸ばして優しく撫でた。

二人はくすぐったそうに眼を閉じた後、おずおずと僕の人形の手からキャンディを受け取る。

 

「…ありがとうございます! ソウソウ様!」

 

「…こ、この褒美に恥じない働きをおひゃ、お約束い、致します!」

 

二人は感謝の言葉の後にキャンディを口に入れ、「あまーい」と満面の笑顔になる。

僕の姉の息子、甥っ子も遠慮がちな子だったからどうもダブって似たような対応をしてしまった。

だけどやっぱり子供は笑顔が一番良い。

 

「お父様、私も我慢しない事にしました。 お父様が良ければですが撫でて欲しいです」

 

「まったくもう、この子は………」

 

僕はマキナの頭に人形の右手を乗せて―――

 

「ぎゃふぅ!」

 

その右手を左手で叩く。 ハンバーガー手遊びの要領である。

 

「うぅ~~~~……」

 

そのまま右手で普通に撫でる動作に移行した。

 

「モモンガさんも撫でてやってください、このワガママっ娘」

 

「あ、はい……」

 

アラサ―童貞二人が自動人形の頭を撫でている後ろで階層守護者の双子は小声で雑談する。

 

「モモンガ様はもっと恐い御方だと思ってたけどとっても優しくてあたしビックリしちゃった」

 

「う、うん……ソウソウ様もいつもは何をお考えか分からない御方だけど凄く温かったよね」

 

「ね! 流石は至高の御二方! あたし達の仕えるべきご主人様!」

 

「お二人の期待にお応え出来る様、が、頑張ろう! お姉ちゃん!」

 

人間だった頃より感覚が鋭敏になっている所為か双子の話を一言一句逃さず聞いてしまったその至高の御二方は今の体に感謝していた。 

人のままだったら絶対に顔が赤くなっていただろうから。

八つ当たり気味にマキナの頭を撫でる手の力を強めようとしたその時、知覚内に〈転移門(ゲート)〉が出現したので二人はまるでエロ本を同時に取ろうとしてお互いに慌てて引っ込めた男子中学生を彷彿させる素早さで手を離す。

 

「どうやら、わたしが一番でありん……ソウソウ様!? 槍娘まで!?」

 

新たな階層守護者が現れた事で身が引き締まるかと思われた空気は現れた本人の所為で霧散する。

これからどのように守護者達のキャラを把握すべきか思案する至高の二人であったがそんな中、ソウソウの頭には場にそぐわない疑問が浮かんだ。

 

「(槍娘って単語……男子中学生10人が聞いたら何人が反応するんだろう…?)」




足のスプリングの元ネタは「バネ足ジャック」黒博物館スプリンガルドでも出てたヤツです。

槍の名前を蛹(クリサリス)にしましたが「装刀凱(ソードガイ)」みたいに呪われた品ってワケではありません。

何気に神器級アイテムの名前を考えるのに一番時間が掛かった…。
こういうのポンポンと考えられる人が羨ましいです、ホント。


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四話

※今回は前半パートにモモンガさん視点あり


俺から見た彼の第一印象は「消えてしまいそう」だった―――――

 

 

異形種狩り、という名のPKが視界に入って俺はため息を吐く。

自分もかつて何度もやられたがアレは決して気分の良い物では無い。

PKをする側はまるで自分達が“正義の味方”であるかのように振舞って攻撃してくるという

最悪な行為だ。

 

事実、今回も初級種族である《夜魔(ナイト・ストーカー)》一人に対して三人掛かりで罵声を浴びせながら

追いかけまわしている様子が確認できた。

 

「逃げてんじゃねーよ、化け物のくせに」

 

「俺達の正義の刃に前に倒れるがいい!」

 

「さっさとくたばれ、異形種が」

 

追いつめられた獲物はかつての自分と同じ様にこのゲームに嫌気が差してしまった雰囲気を

纏い………いや、違う。

それを上回る虚無感と言えば良いか、全てがどうでもよくなって「消えてしまいそう」に見えた。

 

アバター越しなのに自然とそう感じた俺は気が付けば今まさに止めを刺そうとしていた一人に魔法を放つ。

 

「〈火球(ファイヤーボール)〉」

 

「うわぁ! 何だ!」

 

「だ、誰がやった!?」

 

突如、燃やされた仲間を見て慌てふためく残りの二人に対して俺は冷酷に言い放つ。

 

「この程度で死ぬとは……弱者を狙う訳だ。 下種共が」

 

「な、何だよコイツ……」

 

「おい、逃げようぜ! この骸骨きっとアインズ・ウール・ゴウンの―――」

 

その言葉を最後まで言えずにPKを愉しんでいた連中はより大きな力を持つ者に殲滅された。

 

 

後に残ったのは助けた者と助けられた者の二人のみ。

「大丈夫でしたか」と声を掛けると助けられた者は助けた者をじっと見てこう言った―――――

 

「何だこの骨人間は!?」

 

「えぇー……………」

 

 

 

――――――――――

 

 

現在 第六階層 アンフィテアトルム―――――

 

 

「無い筈の胃が痛い……」

 

「今、モモンガさんマジで骨だけですもんね」

 

俺の独り言に言葉を返したのは隣に控える今回の異変に共に巻き込まれた

アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの一人、【人形使い(ドールマスター)】のソウソウさんだ。

いや、そう感じるのはアナタの所為でもありますからね!

 

理由はこうだ。

先程来た第一~三階層守護者〈シャルティア・ブラッドフォールン〉が第六階層守護者のアウラと喧嘩を始め、続いて来た第五階層守護者〈コキュートス〉が二人を止めようとしたが聞く耳持たず、仕方が無いからソウソウさんにお願いしたら「ギルマスの、カッコイイとこ、見てみたい」とか無茶振りされたのでやむを得ず自分の一番低い作り声でようやく喧嘩を収めさせたからだ。

 

本当にこの人は最初に会った時から本心を掴ませない喋り方をするから正直、疲れる。

けれど決して冷たいと言う訳ではなく、メンバーが喧嘩した時には相手に不快感を与えないように上手に立ち回って事態を収拾する器用さを持ち合わせていたので皆からは一定の信頼があった。

 

「……だから、タブラさんとガチ喧嘩した時は本気で焦ったなぁ…」

 

「ひょっとして、昔の話ですか? あの時はペロロンチーノさんにも迷惑かけちゃって

ホント……申し訳無かったなー」

 

コレである。 この飄々とした感じが俺からすれば未だに慣れない……別に嫌な訳じゃないけど。

サービス終了間際に語ってくれた言葉で泣けてきたのはギルマスに相応しいという

賛辞もあったけど、何よりソウソウさんの本気の思いをようやく感じられたからだ。

今までの突拍子の無い発言も全て本音であった可能性を否定できないのが彼の恐ろしい所だが…。

 

その掴み所の無さは確実に(マキナ)にも受け継がれてる。

絶対、親子って単語に違和感無いからあの二人! 主に絡み辛さが!!

 

俺のそんな思考はアルベドと第七階層守護者〈デミウルゴス〉が現れた事によって中断される。

 

 

 

――――――――――

 

 

モモンガさん、疲れてるな…。 何となくだけど雰囲気で分かってきた。

でもギルマスである以上、部下を叱るって役目はしっかり全うして貰わなければ。

ただでさえ遠慮がちで優しい人柄なんだし、ある程度の厳しさを持って皆の前に立って欲しい。

勿論、ヤバいと思ったら僕も助け船を出す気は満々だけど。

 

僕がそう考えているとデミウルゴスを引き連れたアルベドが闘技場に到着した。

 

「皆さんお待たせしてして申し訳ありませんね。

そしてソウソウ様、久方振りの御帰還、お喜び申し上げます」

 

「本当に久しぶりだね、デミウルゴス。 僕も君に再び会えてとても嬉しいよ」

 

その言葉に「何と勿体無い御言葉!」と深くお辞儀をするデミウルゴス。

本当に様になっている所作、というか僕よりきっちりスーツを着こなしてるから単純に格好良い。

スーツと言えば彼の製作者のウルベルト・アレイン・オードルさんが

 

『何? スーツを作る? なら男だろ、黒に染まれよ!』

 

『参考になりました。 白黒のスーツにします』

 

こんなやりとりも今は懐かしい……。

というか、あの時のウルベルトさんの「おい、マジかよ」って反応は今でもクスッっと来る。

あの人の厨二病発言は僕の創作魂によく火を点けてくれたなぁ。

 

僕が昔を懐かしんでいるとふと、人数が足りない事に気付く。

 

「……後、二人足りないな」

 

「大丈夫ですよ、ソウソウさん。 今回はあくまで顔見せなので残りの二人には後で会いに行きましょう」

 

モモンガさんの発言に納得しているとその言葉を合図としたのかアルベドが僕等に話しかけてくる。

 

「モモンガ様、ソウソウ様。 これより我等、守護者一同による忠誠の儀を

御二方に捧げたいのですが許可を頂けますでしょうか?」

 

忠誠の儀…? 何それ? 

僕はモモンガさんに「どうします?」という目線を向ける。 

それを受けたモモンガさんは精一杯の作り声でアルベドに許可を出す。

 

「うむ、構わん」

 

「では皆、至高の御二方に忠誠の儀を」

 

するとマキナを含めた守護者達が一斉にその言葉に頷き、僕等から少し離れた位置に移動して、

アルベドを前に立てる形で横一列に並んで跪く。

その空気はこれから始まる事が決して遊び等では無い事が感じられた。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」

 

「第五階層守護者、コキュートス、御身ノ前ニ」

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ、御身の前に」

 

「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ、お、御身の前に」

 

「第七階層守護者、デミウルゴス、御身の前に」

 

「第九階層人形工房領域守護者、マキナ・オルトス、御身の前に」

 

「守護者統括、アルベド、御身の前に。 第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者

ヴィクティムを除き、各階層守護者、至高の御方の治める領域守護者、御二方に平伏し奉る。

……ご命令を、至高なる御二方よ…。 我等の忠義全てを御身の為に捧げます」

 

 

……………泣けてきた。 ゴメン、嘘。 どうやらこの眼は涙腺が実装されて無いらしい。

でも凄い感動した!! 何なんだろうこの心がジーンと来る感じ!!

昔、姉が自分の息子の初お遊戯会を見て「まさか、ここまで泣くとは思わなかった」

と発言してたけどようやく、その時の気持ちを理解出来た!!!

うおぉぉぉ、ヤバいなコレ。 

「この光景、写真撮って自室に置いて良いですか?」って訊こうとしたら我らがギルマスは―――

 

〈絶望のオーラ〉を出していた。

 

 

 

「アーッハハハハハッハハハッハハハハ!!!」

 

思わず爆笑しちゃったよ。

しかも人形のアゴ部分をカタカタ動かすというホラー演出付きで。

そんな感情の昂ぶりも例の抑制効果のお陰で一気に沈静化する。

 

 

「「「…………………」」」

 

 

ヤバい……モモンガさんを含めた守護者の皆が完全に固まってしまった。

イヤイヤ、だって何でモモンガさんテンパってスキル使っちゃってるんだよ。 

卑怯過ぎるって、こんなん絶対笑うって。

まさか火炎放射する為のギミックが笑いと連動するとは思わなかった。 

最悪な発見の仕方じゃないか……。

 

僕は気を取り直して慎重に、しかし大仰に発言する。

 

「何と素晴らしい! 君達守護者の忠誠、僕はいたく感動した!!

それはこのナザリック地下大墳墓の主、モモンガさんも同じだ!!!」

 

「ですよね!?」という僕の視線にモモンガさんは慌てて返答する。

 

「う、うむ! 皆、面を上げよ」

 

モモンガさんの言葉で守護者達は顔を上げ、「自分達に何か落ち度があったのでは?」

という不安の表情が安堵のものへと変わる。

済まぬ、済まぬ皆………丸太があったら頭を潰されたい気持ちだよ…。

 

「では皆……よくぞ集まってくれた。 感謝するぞ」

 

「そのような御言葉……我等全員、この身全てが至高の方々の為に存在しております。

感謝など必要はありません」

 

モモンガさんの言葉にアルベドは恭しく首を垂れる。

よし、軌道修正完了。 ありがとうギルマス! サンキューモッモ!!

 

「見事だ! お前達であれば私とソウソウさんの考えを十分に理解し、

塵芥の失敗も無く事を進められると今! 私は確信した!!」

 

「皆、僕等はこれから君達の為にその力を揮うと誓おう! ならば君達が僕等にすべき事とは何だい!?」

 

「「「この血、この肉、この骨、この魂、全てを至高の方々に捧げる事を誓います!」」」

 

凄いな皆……息ピッタリなんですけど…。 何? 打ち合わせでもした?

隣にいるモモンガさんは滅茶苦茶、喜びに震えてる。

いや、僕も同じだけどね。 凄い髪が震えているのが分かるから。

メンバーの子供達とも呼べる存在にここまで言ってもらえるなんて嬉しくて前の体なら絶対に泣いてたよ。

 

僕等二人が感動に打ち震える中、探索を終えたセバスが戻って来て報告をしてくれたのだが、

その内容を聞いて一気にその喜びは霧散した。

 

 

それはこのナザリック地下大墳墓の周りがユグドラシル時代の毒の沼地では無く、

平坦な草原に変わってしまっていて、空には天空城等の姿も確認できない。

つまりこの状況は大昔から創作の世界で語られてきた「異世界に来てしまった」という事実を

受け入れざるを得ないという事だ。

ニグレドの所で見た村の虐殺風景を見て「まさかな」という思いはあったが、

いざ実際に他人の口から聞かされると流石にショックだ……。

 

ついでに僕が来るまで眠っていたマキナを除いた守護者全員から此処に来る以前に何か異変があったかをモモンガさんと共にそれとなく訊いてみたのだが、返って来た言葉は全員が「異常なし」との事だ。

現時点では情報が少なすぎて下手に考えない方がむしろ良い方に働くのかもしれないな…。

 

「それで、ソウソウさん。 ニグレドの探知魔法で分かった事を皆に教えて貰っても良いですか?」

 

「……えぇ、そうですね。 皆、僕の話を聞いて欲しい」

 

すると皆、僕からの話を一言一句聞き洩らさないと言わんばかりの真剣な表情になる。

情報が死活問題となっているモモンガさんはともかく皆はそこまで気合い入れなくて良いんだよ…?

 

「セバスの報告によって、この近くに知的生命体、及び人工物は確認できなかったが

ニグレドのお陰で此処よりかなり離れた場所に人間の集落を発見する事が出来た」

 

「この状況でニグレドに探知をお命じになるとは流石でございます、ソウソウ様。

では宜しければ早速、私の配下を使ってその内の何人かを連れて来ても?」

 

「僕としても話を聞きたい所だったんだけど、残念ながらその気遣いは要らないよ、

デミウルゴス。 何故ならその集落はもう、何者かの手によって壊滅させられた後の様だからね。」

 

「何と! ソウソウ様の次の御言葉を待たずに不用意な進言をしてしまった私をお許しください」

 

デミウルゴスはショックを受けた様に頭を下げたけど、それは村が滅ぼされたという事よりも

早とちりをしてしまった事に対してに見えた。

周りを見るとセバスを除く他の皆も人が殺されたという事実にさほど興味を抱いていない様子だ。

まぁ実際、他人事な訳だしその反応も仕方ないか。

 

………? 何だろう、今の自分の考えに何か違和感があったぞ……?

 

「此処からかなり離れてしまっている、とは言いましたがソウソウさん。

我々がその集落を壊滅させた襲撃者に発見されるという可能性もあるのでは?」

 

「そこの裏取りもニグレドから確認済みです。 彼女の能力と判断を僕は高く評価していますのでまず、間違い無いかと」

 

僕の言葉にアルベドは腰辺りから生えている羽をフルフルと震わせて喜びに満ちた表情をしている。

やっぱり、姉を褒められるのは嬉しいんだろうな、微笑ましい。

逆に娘であるマキナは嫉妬からか無表情で神器級アイテムをユラユラと動かしている。

恐いんだよ! 地上最強の生物か!! 恐怖公ダッシュで逃げたい気分だよ!!!

 

その後は今後のナザリック防衛の為に何をすべきかをアルベドや数名の守護者を交えた話し合いである程度形になり、そろそろ解散かなと思ったら、モモンガさんがおもむろに口を開く。

 

「最後にお前達。 私とソウソウさんはお前達にとってどのような存在だ?」

 

あぁ……成程、これからどういう形で皆と関わっていけば良いのか折角だから訊こうってワケか。

僕も結構……いや、正直かなり興味はある。

 

「モモンガ様はこの世界で最も美しい、まさしく美の結晶。 その白き御身体と比べては世にある全ての宝石も色褪せて見える事でしょう。

ソウソウ様はまごう事無きこの世界唯一の美の創造者。 ですが、どの創造物にその身を御隠しになられても隠しきれないその黄金に輝く瞳と漆黒の御髪こそが最大の美であります」

 

「モモンガ様ハ守護者各員ヨリモ強者デアリ、コノナザリック地下大墳墓ノ支配者ニ相応シキ御方。

ソウソウ様ガ御造リニナラレタ人形ハ正ニナザリックノ矛ト盾、御自ラノ膂力ト合ワセテ惚レ惚レ致シマス」

 

「モモンガ様は慈悲深くて深い配慮に優れた御方。 ソウソウ様は深い見識を持った温かい御方です」

 

「モモンガ様はす、凄く優しい方で、ソウソウ様はと、とっても安心する方です」

 

「モモンガ様は賢明な判断力、それを即座に実行に移す行動力を有された正に端倪すべからざる御方。

ソウソウ様はその深遠なる知識でモモンガ様を補佐し、まさしく至高というべき作品をこの世界に数多く残し続ける素晴らしき御方です」

 

「モモンガ様はお父様がこの世で唯一、御認めになられた至高の方々の頂点に君臨される御方。

お父様は私を創造し、深い慈しみを与えてくださる私のこの身全てで守護すべき御方です」

 

「モモンガ様は至高の方々の総括にして最後まで我々を見捨てなかった慈悲深き御方。

そしてソウソウ様は御姿を見せた際には必ず我々全員の様子を確認し、

そして今帰って来られたモモンガ様と変わらぬ慈悲を持つ御方です」

 

セバスの発言にモモンガさんが「そうだったんですか!?」って目を向けてくる。

マキナを連れ歩かない時は基本的にそういう行動を取ってたけど、セバス勘弁してよ…。

橋の下に居た猫に餌をあげてた所を翌日、クラス中にばらされた時の事を思い出しちゃうから。

 

そしてアルベドの言葉で守護者達の僕等に対する人物評は締めくくられた。

 

「ソウソウ様は至高の方々の統括であるモモンガ様を必ずと言って良いほど立て、私ども守護者の心を見抜いて適切な判断と行動をなさる素晴らしき御方。

そしてモモンガ様はそのソウソウ様の献身に相応しき私どもの最高の主人。

そして私の愛する御方です」

 

あれれ~、おかしいぞ~……。

皆が僕等に対して「イヤ、持ち上げ過ぎでしょ」って気持ちはある、確かにあるけどそれ以上に

モモンガさんに対するアルベドの発言が異常と思える位に熱っぽいのが凄い違和感ある。

僕もアルベドのめっちゃ長い設定に目を通した事はあるけど、あそこまで個人に対して

執着するなんて記述は何処にもなかった筈だ。

 

「僕の献身に相応しき皆の最高の御主人様……アルベドがこうなった原因に心当たりあります?」

 

「スイマセンスイマセンスイマセン、後で必ず説明します……」

 

僕の確信を持った質問に対してギルマスはその肩書に似合わない位に縮こまってしまった。

やっぱりだー、やっぱりこの人なんかやらかしてたわー、あーもう(設定が)めちゃくちゃだよー。

 

……ともかく! これで皆が僕とモモンガさんをどう思っているかは分かった。

ちょっと所では無く、かなり過大評価してくれてるみたいだけど彼等の期待に応えつつ、今後は

実はそうでもないんだよって実情をマイルドな形で理解して貰えるようにソウソウ、頑張ります!

 

「それじゃ、僕はモモンガさんの部屋で彼と今後の事について話し合うから……アルベド、

守護者の皆に指示をお願い。 マキナを宜しくね」

 

「畏まりました。 ソウソウ様」

 

僕の発言に肩をビクッと揺らす至高の方々の頂点。

えぇい、往生際が悪いぞこの骸骨! いや、骸骨だからもうとっくに往生してるんだろうけど。

 

「別に……どんな内容でも引いたりしませんよ。 だってモモンガさんは“仲間”なんですから」

 

「………ソウソウさん」

 

 

 

――――――――――

 

僕から見た彼の第一印象は「消えてしまいそうなのに踏ん張っている」だった―――――

 

 

「本当に今日が初めてのログインだったんですね……」

 

「ええ、ビックリしました。 此処だと“ああいうの”が当たり前なんですか?」

 

「皆が皆そういう訳でも無いんですけど……その、良かったら私の所属するギルドに入りませんか?」

 

何でこの人は初心者の僕をここまで気に掛けるのか正直、分からなかった。

見た所格好が凄く強そうだし、僕が入っても足手まといにしかならないと思うけど。

 

「実は私も昔、アナタみたいな目に遭ってこのゲームを辞めようと思っていたんですが、助けてくれた人が居たんです。 その人と一緒に非道な連中を懲らしめようと作ったギルドだったので、出来ればアナタの様な方にこそ入って欲しいと言うか……」

 

この人は僕とは違う。

現実でも仮想空間でも理不尽な目に遭って僕はハッキリ言って本当に全てがどうでも良くなっていた。

でもこの人は似たような目に遭っても、「消えてしまいそうなのに踏ん張っている」そんな強さを持っているんだという事が心でハッキリと感じられた。

 

「でしたら……お話だけでも聞いてみる事にします」

 

「そうですか! その姿で社会人であるなら問題無いですが、実は裏条件がありまして」

 

「裏条件?」

 

「きっと大丈夫ですよ! 皆、アナタの事を“仲間”だって認めてくれます!」

 

「……“仲間”ですか。 その……正直、恐くもありますが…楽しみですね」

 

「はい! そう言えばお名前を伺ってませんでしたが…ちなみに私はモモンガです」

 

カタカナだった彼のHNを見て、僕は漢字だった自分のHN「操創」を直して自己紹介する。

 

「僕はソウソウです。 ギルドに入れても入れなくても、今後とも宜しくお願いします、モモンガさん」

 




今回モモンガさん視点を入れたのは「モモンガさんはソウソウの事どう思ってんの?」って所を伝えたかったからです。
ソウソウはモノローグでは笑ったり、悲しんだり、凹んだりしてますが台詞だけ見ると本編のモモンガさん以上に分かり辛い人柄なので本編主人公より勘違いされがちなキャラってコンセプトで書いてます。

マキナを加えた守護者達の絡み、書いてみたいけど頭の中だけで終わらせるか現在、考え中です。


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幕間 守護者達の関係性

※結局書いた。


モモンガ、ソウソウが去った後もその場に待機していた守護者達はしばらく、誰も口を開く事は出来なかった。

理由は自分達の崇拝すべき主である至高の二人から感じられた圧倒的な王者の威圧感の余韻がまだ、その身から抜けきっていなかったからだ。

 

ようやくその感覚が薄れ、最初に動いたのは守護者統括の意地を見せたアルベド。

それに続いて他の守護者達も口々に至高の存在に対する感想を述べ始めた。

 

「こ、こ、怖かった……僕まだ足が震えてるよ、お姉ちゃん」

 

「ほ、ほんとね…。 御二人からの重圧にあたし、つぶれた蛙みたくなっちゃうかと思った」

 

「流石はモモンガ様とソウソウ様……私達守護者にすら影響を与える力…正に至高の存在だわ」

 

「凄マジイマデノ覇気ノ奔流……御二人ノ本気、マサカコレ程トハ」

 

「あの御姿こそがモモンガ様、そして私が敬愛するお父様の支配者としての本性なんですね」

 

「でしょうね。 現に御二人は私達が守護者としての姿を見せてからその偉大な力を解放されていたのですから」

 

「ソレハ御二人ガ我々ノ忠義ニ応エテクレタトイウ事カ?」

 

「ええ、間違い無いでしょう」

 

「でも一番ビックリしたのはソウソウ様よね! 普段では考えられない位笑っていらしたんだもの」

 

「ぼ、僕も…ソウソウ様が声を上げて笑われるの初めて見たよ……」

 

「笑う、という動作だけで私達の心と体を縛ってしまうのだからソウソウ様はまだ御力を隠されていると見て間違い無いわね」

 

「逆に言えばその御力の一端を今回、我々にお見せしてくれたとも言えるね。 全く、本当にお優しくも底知れぬ恐ろしさを持った御方さ」

 

「ふひっふひひひひ……流石はお父様。 モモンガ様の圧倒的なオーラを受けているのにあれ程、怖ろしくも綺麗な笑い声を上げられるなんて…」

 

至高の存在の思惑を斜め上に突き抜けて守護者達の賛辞は止まる事を知らなかった。

まるで飛び越えるべきハードルが鳥居に変わってしまったかの如き上がり調子。

大丈夫かモモンガ!? 息してるかソウソウ!? 

 

 

「あんたの笑い方はソウソウ様と違って普通に怖いんだからやめなさいよ! でも御二人ともさっきまであたし達といた時と全然違うんだもん。 喉が渇いたからって飲み物を用意してくれたり、キャンディーを頂いたり、すっごく優しかったんだから」

 

アウラの発言により「ビキィッ」という擬音が出そうな程に場の空気が張り詰めた。

特にアルベドはオーラが出そうな位ワナワナと震えているときている。

 

「その優しさを恐怖に塗り替えるという圧倒的な支配者としての器、流石は至高の存在だよね。

そう思わない? マーレ」

 

「そ、そうですねマキナさん! 本当にモモンガ様もソウソウ様も素晴らしい御方ですよね!」

 

マキナの出した助け船に何の躊躇いも無く飛び乗ったマーレ。

自動人形、闇妖精二人のマッ○ルドッキングを彷彿される見事なツープラトンフォローで一触即発だった気配は霧散した。 

 

ちなみにマキナはシャルティアが来た時点で創造主から貰った指輪をジャケットの内ポケットに

大切にしまっている。 空気の読みっぷりは父親譲りらしい。

 

「二人の言うとおりね。 御二方は私達の気持に応えて絶対の支配者たる振舞いをとってくれたのですもの……流石は私達の創造主にして至高の方々の頂点と至高の御方」

 

アルベドの言葉に安堵の息を吐くマーレを除いた全員が恍惚とした(マキナは恐怖映像ばりだが)表情を浮かべる。

その弛緩した空気を最初に破ったのはセバスの発言だった。

 

「それでは私は先に戻ります。 御二人のお話しを邪魔する気は御座いませんが、御側に仕える事が私の使命ですので」

 

「…そうね、セバス。 御二人にくれぐれも失礼の無いように。 それと何かあった場合、すぐに私に報告を。 特にモモンガ様が私を御指名とあらば即座に駆けつけます! 他の何を置いても!」

 

それからさらに湯浴みの準備が、服は着たままでも、と喋り続けるアルベドを見ていたデミウルゴスはため息を吐く為に顔横にを背ける、すると無表情ながら同じ事を考えていたのであろうマキナと目が合って互いに「やれやれ」というジェスチャーをした。

 

「――了解しました、アルベド。 これ以上は御二人にお仕えする時間が減ってしまいますので、私はお先に失礼致します。 それでは、守護者の皆様もこれで」

 

アルベドの止まらないであろう話をやんわりとぶった切り、セバスが踵を返すと

 

「セバスさん、お父様が私をお呼びの時も直ぐに呼んでください。 セバスさん達のお仕事が

至高の方々に仕える事なら、私のお仕事はお父様が守るべきものを守る事ですから」

 

「承知しました、マキナ。 では、私は改めましてこれで」

 

そう言ってセバスは今度こそ、モモンガとソウソウの元へと去って行った。

 

 

「……? シャルティア、先程カラ黙ッテイルガ何カアッタノカ?」

 

ナザリックの数少ない良識人(?)枠であるコキュートスがいまだに俯いていたシャルティアを心配してか声を掛ける。

 

「モ、モモンガ様の凄まじい波動を受けてしまってから……その…下着が少うしマズイ事になってありんして」

 

「シャルティアってば死体愛好癖(ネクロフィリア)だもんねー、モモンガ様に興奮しちゃうなんて、ほーんとヤラシイ娘」

 

純真なマーレを除く守護者各員が「おぉう…」というリアクションを取っている中で平然と話しかけて来るのはマキナ・オルトス。

至高の存在を除けば、彼女は基本的に(ニグレド関連以外で)怖いもの無しなのだ。

 

「う、うるさいでありんすねこの槍娘! おんしは自動人形だから平気なんでしょうけど、

わたしの肉の身はキュンと来ても仕方ないでありんしょう!?」

 

「もう、屍肉なのにそんな事言っちゃって。 でも私も胸の動力回路がギュンと来ちゃうのも

仕方ない事だよね。 何たってお父様の鋭くも綺麗な瞳にこの身を映して貰えたんだから」

 

「ほう…相変わらずの無表情が鼻に付きんすが、分かってるでありんすね。 しかし、だからと言ってモモンガ様の美しさも同様に語られるべきだし、ここは一つ本気で話しあ……」

 

「五月蠅いのよ、ヤツメウナギ」

 

「あ゛あ゛ぁん!? 今、何つった!! この大口ゴリラ!!!」

 

シャルティアとマキナの噛みあっているんだか、いないんだか分からない主談義に呆れと嫉妬で

耐えられなくなったアルベドが参戦し、一気に修羅場となった闘技場の一空間。

守護者男性陣はその場から離れることを決めた。

 

「あー……アウラ、後は頼んだよ、女性の事は女性に任せた方が良いだろうしね」

 

「ちょっ、ちょっとデミウルゴス!! あのメンドクサイ二人とマキナ、あたしに押しつける気!?」

 

「危険と感じたら顔を出すよ」と手を振りながら背中越しで語るデミウルゴス、

それに自然と混じるマーレとコキュートス、見事な逃走術である。

 

「フゥ…ヤレヤレ、喧嘩スル様ナ話デモナカロウニ」

 

「私個人としては二人の喧嘩の行く末、大いに興味がありますがね」

 

「何故ダ? デミウルゴス」

 

「ナザリックの将来と戦力の増強、という意味でだよ」

 

「そ、それって…つまりどういう意味ですか? デミウルゴスさん」

 

「なに、モモンガ様が残られてソウソウ様も帰って来て頂いた。 それは大変喜ばしい事だが御二人が遠くへ旅立ってしまう可能性も同時に考えなければならない。

故に我々が新たに忠義を尽くすべき支配者の後継を残して頂ければ、と思ってね」

 

「つ、つまりえっと……モモンガ様とソウソウ様のどちらかの、

あ、あるいは両方の御世継ぎを二人の間に作って欲しいって事ですか?」

 

「まぁ、彼女達に限った話では無いのだけれどね」

 

「ソレハ不敬ナ考エヤモシレヌゾ、デミウルゴス。 我等ハ唯忠義ヲ尽クスノミダ、

サスレバ至高ノ方々モ必ズヤ、ソウソウ様ト同ジ様ニ戻ッテ来テ頂ケル筈ダ」

 

「勿論、私もその考えは理解しているよ、コキュートス。 けれど想像してみたまえ、モモンガ様とソウソウ様の御世継ぎに忠誠を誓う姿を」

 

デミウルゴスの言葉でコキュートスは瞬時にトリップ状態に入る。

二人の子供達を想像した彼の表情は人間であれば、だらしなく弛緩したものだというのが分かっただろう。

 

 

 

「デミウルゴスさん、面白そうな話してますねー。 混ざっても良いですか?」

 

突如、現れたマキナに驚く守護者男性陣。

気付いていないのはいまだに妄想の海から抜け出せないコキュートスだけだ。

 

「マキナ……向こうの喧嘩は終わったのかい?」

 

「いえ、と言うかアレは喧嘩じゃなくて二人とも仲良くじゃれ合ってるだけですよ。

面倒になったので後はアウラに丸投げしてこっちに来ちゃいました」

 

「やはり……女性の事は女性に任せて正解だったようだ。 そうは思わないかね? マーレ」

 

「は、はい……そうですね」

 

マキナの発言に二人はうんざりとした気持ちになる。

女性の友情観とは本当に分からない。

 

「で? モモンガ様とお父様の御世継ぎに関してのお話でしたっけ? 私も興味ありますよ」

 

「意外だね? 君はソウソウ様を誰かに取られたくないという独占欲が強かった様に思えたが」

 

「んー…それは否定しませんが、他の至高の方々と違ってお父様は私を『娘』として創造されたのでご寵愛を受けたい気持ちは強いんですけど、“そういう感覚”はどうも分からなくて」

 

「そ、そういうものなんですか?」

 

「そういうものだよ。 マーレ、ちょっと失礼」

 

そう言ってマキナはいきなりマーレを抱きしめる。

 

「マ、ママママキナさん!?」

 

「………うん。 ありがとう」

 

パッと離れたマキナは返す形でデミウルゴスに抱きつく。

ソウソウが見たら「マーレならまだしもデミウルゴスはまだ早い!」と言わんばかりの

シチュエーションだ。

 

「うぉー……デミウルゴスさん、結構良い体してるんですね」

 

「………一体、君は何がしたいんだい?」

 

「まぁまぁ、ところで私の体、柔らかいでしょう?」

 

「…確かに、球体関節の自動人形とは思えないが……流石はソウソウ様に最高傑作と

呼ばれただけの事はあるようだね」

 

デミウルゴスの言葉を聞いて体を離したマキナは二人に自分の想いを語る。

 

「お父様は私の体を人形でもあり、生物でもある中間の存在として創造されました。 

その理由は『そのどちらも愛し、どちらも守れる女性になって欲しい』との事です。 

ですから私の使命とは至高の御方であるモモンガ様とお父様、お父様の工房をお守りする事。

次がナザリックに居る皆さんを大切に想い、その為に行動する事。

その原動力となる“家族愛”こそがお父様が私に授けてくれた愛なのです。

今のハグはその想いを再確認する為のものでした。 ご無礼をお許しください」

 

そう、一礼した彼女は相変わらずの無表情だ。

しかしその想いが本気であるという事が感じられたのかマーレは少し涙ぐみ、デミウルゴスはその顔に普段の作り笑いでは無い、本当の微笑を浮かべていた。

 

「でも、モモンガ様とお父様が私との御世継ぎを欲しいとの事でしたら身体改造しても産める様にするのでそこは頑張ります!」

 

二人はその発言に心がガクッと落ち込んだ。

空気の読めなさも父親譲りらしい。

 

「何か急に皆にハグしたくなってきた……でも武人であるコキュートスさんとは槍で突き合いたいし……悩むなぁ…」

 

女性の事は分からないと感じたばかりだが、彼女はそれに輪を掛けて難解だ。

その掴み所の無さは創造主であるソウソウ様に通じる所があるな、とデミウルゴスは眉間に出来た皺を指で戻す事にした。

 

するとそんなやり取りの間に妄想の海を泳ぎ切ったコキュートスがこちらに戻って来た。

 

「フゥム……何トイウ素晴ラシイ光景カ……アレコソマサニ望ム光景ダ」

 

「コキュートスさん! 良かったらこれから私と突き合っ………」

 

「そうかね!? それは良かったよ。 ……二人とも! じゃれ合いは終わったのかね!?」

 

これ以上彼女のペースに乗せられる訳には行かないとばかりにデミウルゴスは話の流れを戻すことにした。 今回のMVPは彼で間違い無いだろう。

 

 

その言葉に答えたのは睨み合っている当の二人では無く、疲れ切った表情のアウラだった。

 

「マキナめ……ってじゃれ合い…? うん、確かにそうだったかのも。

それは終わったよ。 今やってるのは……」

 

「単純に、第一妃はどちらが相応しいかといわす問題ね」

 

「至高の御方が一人しか妃を娶れないなんて奇妙な話。 なら、どちらが正妃になるかを……」

 

「モモンガ様のお考えは分かりませんけど、お父様のお妃候補なら私、知ってますけど?」

 

その場にいた全員が何時の間にかコキュートスと共に槍を構えていたマキナに注目する。

守護者相手の模擬戦の為か、それとも寵愛を受けている者に対する嫉妬心からかその髪はザワザワと揺らめいている。

 

「ニグレドさんです。 モモンガ様が伝言(メッセージ)でお呼びにならなかったらきっとお二人は私の目の前で最後まで……」

 

 

―――――――時間が静止した。

 

 

そんな中でデミウルゴスは一人頭を悩ませる。

一体、何時になれば自分達は本来の仕事が出来るのかと……。

 

 




マキナ、綺麗な事言ってますよね。 
でもこの発言は結局他の守護者達と同じく「ナザリック外の存在は無価値」という基本的な考えから来てるのでそれ以外の種族に対しては「マキナ・オルトス容赦せん!!」というスタンスです。
恐いですね。

彼女は「カワイイ」と思ってる人にはタメ口で、「カッコイイ」と思っている人には丁寧語で話しかけています。
今後出てくるナザリックメンバーに対する反応で彼女が彼等の事をどう思っているか知って貰えたらな、というのも書いてる楽しみではあります。


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五話

※ジョブ、ドールマスターの独自設定あり


第九階層 モモンガの自室―――――

 

 

一見しただけで高価なのだと分かる調度品や様々な武器が飾られた絶対支配者の自室。

彼はアンティークとしての装飾美と家具としての機能美を両立させたテーブルに備え付けられた椅子に座り、スキルである〈絶望のオーラ〉を纏う、正にこの空間に相応しい存在だった。

 

そんな彼の向かい側に座っているのはこのテーブルの製作者であり、彼の部下でもある人形作家。

漆黒の髪と黄金の瞳を持ち、その本体を人形に収めている彼はテーブルの上で五指から一本ずつ出した繰り糸、自身の髪の毛を五歳程の子供の人形の背に接続し、それと会話していた。

 

「さて〈ジョイント〉、僕はどうすれば良いんだろうね?」

 

『ソウソウ先生、ひょっとして悩んでいるの?』

 

彼が喋るとその髪はザワザワと動き、彼が人形の口を動かして腹話術をしている時は髪の動きはピタリと治まる。 

まるで本当に二人が喋っているかのようだ。

 

「設定というのは製作者の『エゴ』だからね。 それを変えるなんてタブラさんへの冒涜とも思えるけど……」

 

『でもソウソウ先生はモモンガさんの気持ちも分かるからどういう風に言葉を掛けて良いか分からないんだね』

 

「全くもってその通りなんだよ、ジョイント。 でも僕から一つだけ言えるのは……」

 

『先生、さっきは「仲間だから引かない」って言ってたね……』

 

 

「あ  れ  は  嘘  だ」

 

 

「ウワアァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

僕の言葉にモモンガさんは机に突っ伏した。

絶望のオーラがその名の通り彼の体を包んでいるようだった。

 

「あぁー! あぁー!! あぁー!!! すいません! 本当にすいませんでした!!」

 

「もう顔上げてくださいよ、モモンガさん。 やっちゃったモンは仕方ないですって」

 

僕はジョイントの背中から繰り糸を外してモモンガさんに話し掛ける。

彼はようやくオーラを仕舞ったがいまだにワナワナと震えていた。

 

「でも俺は……俺が、タブラさんの設定を歪めてしまった……」

 

あーもう、一人称が素に戻る位凹んじゃってるよ…。

モモンガさんがサービス終了間際に変更してしまった設定とはアルベドの設定文の最後にある「ちなみにビッチである。」を「モモンガを愛している。」に書き換えた、というものだ。

 

いや、ね……僕だって本来、モモンガさんを責められる立場じゃ無いんだよ。

自分の作ったNPCに好きだった女性の顔と「彼女は僕の娘」とかいう設定付けちゃったんだし。

あの子が僕の事をお父様と呼んでいるのもその所為なんだろうな…。

 

「タブラさんには僕も一緒に謝りますから、ね」

 

「………会えるんでしょうか、皆に」

 

その言葉に僕は息が詰まる感覚になった。

今、ここにユグドラシルプレイヤーは僕達しか居ない。

他にも来ている人はきっといる筈、ひょっとしたらギルドのメンバーだって、そうじゃなかったら………

 

「ソウソウさん、すいません……」

 

「……だからアルベドの事はもう良いですって」

 

「いえ、そうではなくて…。 この状況にアナタを巻き込んでしまった事にです…」

 

………モモンガさんは僕の家族構成を知っている。

彼は僕が家族と会えなくなってしまったであろう状況に詫びているのだ。

別に彼の所為でこうなったワケでは無いのだからそんな言葉は要らない。

僕は皆に会いに此処に帰って来たのだから。

 

「……モモンガさん、自分の所為でもない事を謝ったら、たっちさんに怒られちゃいますよ?」

 

「……っ! そう…ですね。 ありがとうございます、ソウソウさん」

 

「それじゃあ、自分の戦力分析といきますか! モモンガさん、そこのダガ―手に取っても良いですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

モモンガさんの許可を得た僕は髪を伸ばしてダガ―を掴む、すると違和感があった。

 

「掴める……けど多分振れないな、感覚で解る。 だったら……」

 

僕は側に置いていたジョイントに再接続してダガ―を持たせ、振ってみた。 すると…

 

「あ、振れた! 人形の仕様はユグドラシルと変わらないみたいですね」

 

モモンガさんの安堵の声に僕は頷く。

人形使いにとっての人形とは言うなればマジックハンドの様な物だ。

専門職と同じ位は無理でも必要最低限の動きが出来るという仕様が変わらないのは有難い。

 

ここで僕の職業【人形使い(ドールマスター)】について説明しよう。

 

ゲームだったユグドラシルにおいて僕等人形使いが人形を操るというのは一番分かりやすく言うと「格闘ゲーム」を操作する、という感覚に近い。

普通は武器や魔法を使うという一動作に僕等は人形を使って行動するという二動作を必要とし、そのデメリットを補うように人形に強化効果が付与されるという形でバランスを取っている。

人形の能力や特殊効果が強化、複雑化すればする程に操作の手順も難解な物となり、結果としてユグドラシル内ではあまり流行らないジョブの一つになってしまっていた。

そこで僕は自分の操作技術を上げると共に「操作性の簡易化」を図る為にある人形を考案した。

 

それが今の外装、神器級(ゴッズ)アイテム、〈ミルキーウェイ〉

この人形は言うならば「人形を操る為の人形」であり、先程の能力向上による操作性の縛りをほぼ無くすようにプログラムを組んだアインズ・ウール・ゴウンの技術班の努力の結晶なのだ。

さらには通常、アイテムボックスから出すべき人形を召喚ゲートを経由しているので人形の特性である能力上昇効果や物理、魔法に対しての耐性効果も付与する事が出来る。

このタイプの人形数体とそれに見合った戦法を開発したお蔭で僕は人形使いの中でギルド在籍時には上位ランカーに入る事ができた。

ちなみに僕より上位だった連中が使っていた人形……いや、アレは「兵器」と言った方が正しい。

機能美“しか無い”、遊び心の無い物を僕は人形とは呼ばない。

 

「人形の操作に関してはソウソウさん、本当に練習してましたからね……」

 

「当時は皆に追い付きたくて必死でしたしね。 御蔭でこの世界に来ても自分の手足の様にこの外装と作品を使えるんですから無駄じゃ無かったって事ですよ。」

 

それは皆でアイディアを出し合って完成した、このミルキーウェイの効果も有るのだろう。

ギルドメンバーの加護を受けているようで僕は心が温かくなるのを感じる。

 

「しかし、口が開くタイプの人形を操ると髪が動かなくなるっていうのは新発見だったな…」

 

「さっきみたいなのはもう勘弁してくださいよ……。 心臓に悪いです……」

 

「いや、アンタもう心臓無いでしょうが………うぉ!!」

 

僕がモモンガさんの方に向き直ると彼はいつもの骸骨ローブ姿ではなく、金と紫の紋様が入った漆黒の全身鎧を纏っていた。 どこのベル○セルクだアンタは。

 

「〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉、魔法で作った鎧は着られる様ですね。 この状態なら剣も振れましたし、変装にもなるんじゃないですか?」

 

「何に対する変装ですか……いや、待てよ? モモンガさん、息抜きしません?」

 

僕の言葉に首を傾げるモモンガさん。

萌える人には萌えるのかな……? あの動作…。

 

「さっき、セバスの報告であったでしょう? 空には天空城は無いけど星が輝いてるって」

 

「成程…そういう事ですか。 良いですね、見に行ってみましょうか!」

 

僕等の元居た世界には空に星なんて無かった。

いや、正確に言えば星が見られるような綺麗な空が無かった。

メンバーの一人であり、自然を愛する男、ブルー・プラネットさんはそんな世界から失われてしまった綺麗な夜空を第六階層に作る程の熱いロマンチストだった。

彼の低音の声が高くなるほど熱の入った自然講義に心癒されたのも良い思い出だ。

 

「ブルー・プラネットさん。 今だけはこの外装、外させて貰いますね」

 

僕は彼がデザインしてくれた首元に流れる天の川に触れた後、人形から分離する。

 

「出で座せい、〈ウェスト〉」

 

そしてジョイントとミルキーウェイを仕舞った後に呼び出したのは身長は175cm、肌は人間と同じ質感、格好はいわゆる旅人の服という一人の成人男性型の人形〈ウェスト〉だ。

この人形にもミルキーウェイ程では無いが人形操作簡易化のAIが組み込まれている。

 

「その人形……初めて見ましたね。 一体、何時作ってたんですか?」

 

「これはマキナの試作品ですよ。 顔は現実(リアル)の僕を模してデザインしてます」

 

何故、自分の顔を模したかと言うと単純に毎日朝起きて鏡を見る顔だから、というだけだ。

それに、この顔なら制作時にいくら失敗しても気に病む事はないしね。

ちなみに名前の由来は僕の本名が「東(あずま)」だから逆方向の「西(ウェスト)」から来ている。

 

「では、ドッキング…っと」

 

そう言って僕はミルキーウェイの時と同様に人形の四肢に感覚を繋げながら頭部に収まる。

備え付けられた鏡を見てみると瞳が金色である事以外は現実に居る時と変わらない僕だ。

うん、集中すれば髪は動かず口しか動かない。 動作に問題は無し。

 

「……想像してたより細面で穏やかな顔をしてたんですね、ソウソウさん」

 

「ははは、普通の顔でしょ? むしろどんな顔だと思ってたんですか」

 

冗談混じりに訊くとモモンガさんは少し慌てたように頭を振った。

仕事の都合でオフ会には参加できなかったから事実上、これが初顔合わせになるのかな?

モモンガさんの本当の顔は分からないけど……まぁ、それは置いておこう。

そして僕はアイテムボックスからフード付きのマントを取り出し、それを深く被る。

 

「これで僕も変装完了。 さーて、いっちょ抜けだしますか」

 

「了解です。 しかし、こうやってお互いに普段と違う格好をしてると何か変な感じがしますね」

 

「そうですか? 僕は結構楽しいですよ、コスプレみたいで。 やった事は無いですけどね」

 

「そう言われると……私も少し楽しくなって来ましたね」

 

まるでお互いに子供に戻ったみたいに僕等は笑い合う。

こんな異変に巻き込まれ、元NPC達から傅(かしず)かれるなんて一般人である僕等には結構なストレスだ。

ちょっと位、そのストレスを解消する為に羽目を外しても構わないだろう。

 

「……と、その前にモモンガさん。 言い忘れていた事が」

 

「…? 何ですか? ソウソウさん」

 

「この世界に来てしまった事に対しての僕の考えですよ」

 

その言葉にモモンガさんは押し黙る。

けれど、僕が見たいのはそんな責任感に押しつぶされそうな、辛そうな態度じゃない。

 

「僕は……家族の事を大切に思っています」

 

「……はい、それは理解してます」

 

「分かって無いですよ。 だって、僕はモモンガさん達ギルドのメンバーも、彼等の子供みたいな存在であるナザリックの皆も同じ位、大切な家族だって思っているんですから」

 

「………え?」

 

「正直…元の世界に帰る事よりもモモンガさんや、あの子達を放っておく事の方が僕には一番辛い。 一度裏切ってしまったんだ…僕はもう、二度とあなた達を裏切りたくは無い」

 

「……………」

 

「だから、勝手なこと言ってるのは分かってます……ギルドマスター、僕を…許してください」

 

元の体だったら、きっと僕は涙を流していただろう。

情けない事を言っているのは分かる、今更言っても許されない事をしてしまったと言う事も分かる、それでも…自己満足であろうとも僕は言葉にしたかった。

僕の心の穴を埋める切っ掛けをくれたモモンガさん、あなたに対する謝罪の気持ちを。

 

「………私は正直、ギルドのメンバーが抜けていった時、『裏切られた』という気持ちでした」

 

「……………」

 

「分かってるんです…皆、自分の生活がある。 叶えるべき、叶えた夢があったからなんだって」

 

「……………」

 

「そして最後の時を迎えようとした時に、ソウソウさん……アナタが帰って来て、そして残ってくれた。 それは私にとって本当に救いだったんです……」

 

モモンガさんの声は震えていた…。

感情が抑制されるような激しい物では無い、けれど心にずっと留まっている様な、そんな想いが彼の中に渦巻いているのだろう。

 

「許して欲しいのは私の…いえ! 俺の方です!! この世界に来る事にアナタを巻き込んでしまったというのに、俺は『良かった』と思ってしまったんだから!!」

 

「モモンガさん……」

 

「一人じゃない、それがとても嬉しくて…同時に申し訳無かった! 俺がアナタに招待メールを送らなければ………」

 

「モモンガさん!!!」

 

「………っ!」

 

「さっきも言いましたよね……『自分の所為でもない事を謝ったら』…」

 

「『たっちさんに怒られちゃいますよ』……ですよね」

 

「そうですよ、お互い様なんでしょうね……僕達は。 だったらいっその事…」

 

僕はそう言ってモモンガさんに手を伸ばす、彼はその手を取って僕からの次の言葉を待つ。

 

「この世界の何処かに居るかもしれない、たっちさんや他の皆に会って怒られちゃいます?」

 

「……ははは、ははははは! それ、凄く良い考えだと思いますよ、ソウソウさん」

 

もう、お互いに後ろ暗い気持ちは無くなっていた。

後に残っていたのは明確な目標が決まった事に対する晴れやかな気持ちだけだ。

 

「ではソウソウさん。 そのプランは星空でも見ながらじっくり考えましょうか」

 

「そうですね。 でも僕にとってはモモンガさんこそが〈アインズ・ウール・ゴウン〉なんですから、あなたの決定に従うつもりですよ」

 

「私が〈アインズ・ウール・ゴウン〉……ありがとうございます。 しかしギルドのスタンスは…」

 

「多数決でってのは理解してますよ。 それでも僕は普段から引っ込み思案なモモンガさんに決めて欲しいんです」

 

「引っ込み思案って……酷いですよ、ソウソウさん……」

 

僕等は側にいるであろうセバス達に気付かれない様、指輪を使って転移する。

本物の星空を見てきっとこれから良い考えが浮かぶのだと信じて―――――

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓地表部中央霊廟―――――

 

 

 

 

 

「これはモモンガ様、ソウソウ様。 一体この様な場所でどうされたのですか?」

 

「しかも近衛もお連れにならずに…。 それにモモンガ様、お父様、その御姿は一体…?」

 

ハイ、ばれたー! 早速、ばれたよー!! 変装まるで意味無いよー!!!

まるで「宿題放って遊びに行こうぜー」って家のドアを開けたら、帰って来た母親と鉢合わせしたかの如き絶望感だよコレ!!!

 

てか、何でマキナはデミウルゴスの軍勢と一緒に働いてんだよお父さん、そういうのまだ早いと思います!! けしからん!!!

 

まぁ、実際は守護階層が近いからアルベドが指示を出したってのは予想が付くんだけどね…。

 

「何…色々な事情があってな。 そうですよね、ソウソウさん?」

 

「ええ…その通りですよモモンガさん。 デミウルゴス、マキナ、君達二人の頭脳なら何故、僕等がこんな格好をしているのか分かると思ったんだけど?」

 

僕の言葉に二人は考え込んでいる。

やめるんだ、そんなに深い考えじゃないんだ、僕等はただ息抜きがしたいだけなんだ。

 

「成程…そういう事でしたか」

 

「……………あ、分かりました」

 

最初にデミウルゴスが、次に少し遅れてマキナが理解したようだ。

え? 何が分かったの? 僕と隣に居るモモンガさんは全然分かってないよ。

マキナはデミウルゴスを見て無表情で「流石ですね」って言ってるし、デミウルゴスもマキナに微笑みながら「君も中々やるね」とか言って、頭いい人特有の分かってる感出してるし。

 

 

「御二人の深遠なるご意向の一端は把握致しましたが、護衛も無しとあらば、我々も見過ごす訳には行きません」

 

「ご迷惑である事は重々承知しておりますがどうか、私達に御供をする許可を、何卒」

 

だから何が分かったのさ、君等……。

モモンガさんに「どうします?」って目線を送ってみると彼は「仕方が無いでしょう」という諦めの目線を返して目の前で跪く二人の懇願に応える。

 

「…お前達の気持は理解した。 私とソウソウさんに一人ずつ供をする事を許そう」

 

「「はっ! 有難う御座います!!」」

 

許可を得たデミウルゴスとマキナが僕等の後を付いてくる。 どうしてこうなった……。

まぁ、折角だし、マキナにこの人形の評価でも訊いてみるか。 

どうせ褒められて終わりだろうけど。

 

「……マキナ、この外装をどう思う?」

 

「はい、とても温かみに溢れて……お父様のお優しい人柄がはっきりと分かる素敵な人形です」

 

「人間に擬態する分には申し分ない出来かと、流石は至高の御方の創造物である言わざるお得ません」

 

「ソウソウさんのこだわりを感じる、とても良い人形だと私は思いますよ」

 

二人ぃ! 二人余計ぃぃ!! しかも皆、ストレートに褒めてくれて凄い恥ずかしい!!!

今の所、この体になって良かったと思えるのは顔が赤くならないって事位かな。

後は……今後分かるだろうから今は星でも見てこの気持ちを落ちつけよう…。

 

 

 

この後、僕等は本物の星空を見て感動し、モモンガさんと「世界征服って良いかも」って冗談交じりで会話してみたり、マーレの陣中見舞いに指輪渡そうとしたら慌てふためいたのでモモンガさんと二人で説得してみたり、その後に来たアルベドが指輪欲しさの嫉妬の炎メラメラでメンドクサくなったのでモモンガさんに丸投げして、マキナ連れて人形工房へ戻って人形達のメンテをする事にしましたまる

 




最期、作文んんん!?

とりあえずですね、謝らせたかった! ソウソウを謝らせたかった!!
そしたらモモンガさんまで謝り始めた! 書いてるこっちがビックリしました。

マキナの頭の回転力はナザリックの頭脳派と脳筋派の中間位ですが、他者に気を遣う事柄に関して言えば頭脳派に限りなく近くなるという設定。

後、冒頭のソウソウとジョイントのやりとりの元ネタはからくりサーカスのパウルマン先生とアンゼルムスです。
ようやく書けた…。


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六話

※ようやくタグが完全に機能し始める話です。


第九階層 モモンガの自室―――――

 

 

「おはようございます。 モモンガさん、起きてます?」

 

僕が朝になったので外装をミルキーウェイに戻し、彼の部屋に様子を確認しに来てみれば、当の本人は側にセバスを従えて何やら作業中だ。

どうやら〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)〉で周りの風景を確認しているらしい。

 

「おはようございま……ってソウソウさん! ひょっとして寝られたんですか!?」

 

その言葉と共に僕は彼から驚きとジトッとした視線を向けられた。

多分、非難の眼差しは昨日の嫉妬に燃えるアルベドの対応を丸投げした事に対しての物だろう。

 

でも、勘弁して欲しい。  

「女の嫉妬には状況に応じて対応しろ」という父からの教えを僕は守ったに過ぎない。

それに、眠れた事に対しての驚きは残念ながら杞憂に終わるだろう。

 

「いえ、全く。 オマケにお腹も空かないので昨日はあれからずっと人形のメンテと整理ばかりやってましたよ」

 

「はぁ…ソウソウさんも同じですか。 実は私も同じで、あれからずっと雑務をやってたんです」

 

モモンガさんは骸骨、僕は死髪、お互いにアンデッドだからか眠りもせず、食事も必要としない体になってしまったようだ。

便利と言えば便利だが性欲も使い所が無くなってしまった事も含めて、人間としての三大欲求の全てが感じられなくなるっていうのは結構なショックだなぁ……。

 

しかし、そんな状態になってもモモンガさんは雑務、僕は人形整理なのだから人間だった頃の癖、というか習性は抜け切れないらしい。 

この習性とナザリックの皆を想う気持ちが、僕等が人間であったと感じられる残滓なのだろう。

 

そういうセンチメンタリズムな考えは置いておくとして、今問題なのは……

 

「………セバス、怒ってません?」

 

「昨日、私達が抜け出した事に対してですよ……帰ったら俺だけ叱られたんですから」

 

いや……それは大変申し訳無い。

セバスが怒った時の雰囲気って製作者のたっち・みーさんに似てるんだな…新しい発見だ。

彼が皆を叱ってる姿はその実力もあってか本当に「お父さん」って感じがする人だった。

あれが妻子持ちの貫録なんだな、と今でも思える。

 

「ところで、ソウソウさん。 今日はマキナを連れてないんですね?」

 

「あの子は本来の仕事、工房守護を任せてます。 別に親子は四六時中一緒ってワケじゃありませんから」

 

尤も、僕が工房から出て行く時にいつも以上に無表情だったから、頭を長い時間撫でてから此処に来たのだけど。

僕がその時のことを思い返していると、どうやらモモンガさんが鏡の使い方をマスターらしく、三徹してようやく仕事が終わった時の僕の様な声を上げてガッツポーズをしていた。

 

「よしッ! これで周りの状況が詳しく分かるぞ」

 

「流石で御座います、モモンガ様。 このセバス、御見事としか申し上げられません!」

 

「やりましたね! この微妙系アイテムをここまで使えるようになるなんて!」

 

僕の言葉にモモンガさんは「えぇー…」という雰囲気を纏った。 イヤ、褒めたじゃん?

実際、この鏡はユグドラシルでは対策を張られまくって使い勝手皆無だったし、そんな物を引っ張り出して使うなんて「物持ちが良い人はやっぱり違うな」って気持ちで言ったんだけど…。

人を褒めるのはやっぱり難しい。

 

「……ん? これは…祭りか?」

 

「何です? 早速、第一村人発見ですか?」

 

どうやら、何かを発見したらしいモモンガさんに僕とセバスは一緒に鏡を覗き込んで見る。 

すると、そこに映っていたのは………

 

 

「いえ、御二人ともこれは祭りではありません。 これは……」

 

セバスの言う通りだ。 これは祭りじゃない、村が、襲撃されている光景。

逃げまどう村人に騎士が剣を付き立て、音声が無いから何を言っているのかまでは分からないが、はっきりと嘲笑を浮かべて生き残った村人を探し回っている様子が確認できた。

 

「……ってコレ、血祭りの方じゃないですか。 どんなお祭りか期待してたのに…」

 

モモンガさんは僕の言葉にギョッとしていた。

今、自分は何かおかしい事を言ったんだろうか……いや、おかしい…おかしいぞ!?

以前だったら映画ならともかく現実でこんな凄惨な場面を見せられれば、思わず目を背けていた筈だ。

ニグレドの所で見た惨状にも「これじゃあ、話が聞けないな」位の感想しか抱けなかったし、僕は……どうかしてしまったのか?

人間を……同族だと認識出来ない……自分とは違う生き物だとしか思えない。

 

「……モモンガさん。 あなたもひょっとして…今、僕と同じ事を考えていますか?」

 

「…はい、多分。 私も、この光景を何も感じずに冷静に見ている自分に驚いています」

 

この瞬間、完全に理解した。

もう僕等は人間じゃない、このアバターと同じ…いや、このアバターが僕等の本性になったんだ。

〈化け物〉に……成ったんだ。

 

 

「御二人とも、この惨状をどう致しますか?」

 

セバスの言葉で僕等二人は正気に戻った。

彼は村の襲撃者に対して静かな怒りを滲ませながら僕等に問いかけて来る。

優しい所もたっちさん似とは……本人が居たら喜んでくれたのかな?

 

「いや、見捨て……」

 

「モモンガさん、ストップ。 助けに行きましょう」

 

「…ソウソウさん?」

 

「これは僕等がこの世界で生き残れるかどうかを調べる為のテストですよ。 もし、敵わない相手だったら生き残りの村人の何人かを連れて来て、情報提供者にしても良い」

 

「しかし危険が伴うというのは事実ですし……」

 

「それに、恩は返すべきでしょ? 僕はモモンガさんに、モモンガさんはたっちさんに」

 

その言葉にモモンガさんはハッとなり、次にたっちさんの面影を残すセバスを見る。

少しの間思案し、彼の出した結論は………

 

「『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』……忘れる所でしたよ、たっちさん…。

準備してください、ソウソウさん。 お互いに借りを返しに行きましょう」

 

「流石は僕の主人、アインズ・ウール・ゴウンの頂点だ……行きますか」

 

その後、僕等はナザリックの警護レベルを最大まで上げ、万が一の為の後詰を村に配置させ、隣の部屋に控えているタンク役のアルベドに完全装備、ただし奥の手は隠しておいた状態で後から来るように指示を出す。

 

ついでに僕も肉弾戦の可能性がある事を考慮して防御効果付与の肘まであるドレスグローブ〈曇天の霹靂〉をミルキーウェイに装備する。

この装備は人形の操作性に問題が無い仕様に改造した逸品だ。 これで、準備完了。

 

「では、行きましょう……〈転移門(ゲート)〉」

 

僕等は鏡に映る、今にも殺されそうな姉妹を横目に見ながらその場所へと転移する。

 

 

 

さっきモモンガさんに言った事は本心だが僕にはちょっとした好奇心があった。

多分、あの襲撃者達はニグレドを悲しませる原因を作った連中と関係している筈だ。

人を笑いながら殺す外道共、奴等の体の部品(パーツ)で――――――――

 

 

 

人形(ドール)を作ったらどんな作品が出来上がるんだろう?

 

 

 

カルネ村 外れの森―――――

 

 

「うわあぁぁぁ!!!」

 

「な、何なんだ!? コイツ等!?」

 

今まさに、いたいけな姉妹に剣を振り下ろそうとした騎士二人は驚きに固まっていた。

そりゃそうだ、いきなり何もない所から僕等が転移して来たんだから。

 

ならば今の内に先制攻撃(ファースト・アタック)と行こうか。

呼び出すべき人形は………

 

「出で座せい、〈ミンチ・オブ・グレイヴ〉」

 

その言葉と共にアイテムボックスから取りだして十指を接続した人形は横にした状態の西洋風の棺桶で、その側面には虫の様な六本足が生えており、地面を支えていた。

そしてその棺桶の前面部分には成人男性程の大きさの真っ赤な十字架が突き刺さって上半身を形成しているというデザインだ。

 

「せめて苦しんで死ね、屑が」

 

僕は常人にはどう動いているのか分からない程の早さで指と腕を動かす。

すると、それに合わせて人形の十字架側面から半透明の手が出現し、近場に居た騎士の一人の体を拘束する。

 

「ひ、ヒイィィィィィ!!!!」

 

騎士が醜く喚き立てるが僕は特に何も感じない。 

むしろ、さっきまで嬉々として弱者を殺そうとしていたのに、自分がやられる側になると途端に逃げ腰になるコイツに苛立ちさえ感じる位だ。

うん、これなら何の問題も無し。

 

右手人差し指と薬指を折り曲げて後ろに引く、それに合わせて十字架と棺桶は観音開きに開き、その中身である大小様々な鋭利に研がれた刃物で出来たスクリューが露わになる。

 

「とっとと刻まれて荒挽肉(ミンチ)になれ」

 

「やめてやめてやめて助けて助けて助けてたすけ……」

 

左手を前に突き出してソイツを中に入れ、蓋を閉じれば命乞いはもう聞こえなくなった。

後に聞こえるのは―――――

 

 

「おごぎゃぁぁあああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああああぁぁああああああ!!!!!」

 

 

内部機構を稼働させた棺桶の中から聞こえるくぐもった断末魔の悲鳴のみ。

ほんの少しだけ、スッキリした。

 

「コレ、処理が終わったら魔法で中身が消えるんですよ。 まるで手品みたいですよね」

 

「……………うわぁ」

 

えー……モモンガさん、引かないでよ。 これは実験なんだから。

この世界に蘇生魔法があるかも分からないんだし、何より初戦という事もあって丹念に殺っといた方が良いと思ってこの人形にしたんだが、どうやらギルマス受けは悪かったらしい。

 

思い返せば、メンバーの一人だった女教師のやまいこさんも「ソウソウさんとタブラさんの作品はウチの生徒には絶対に見せられない」って言ってたもんなー……アレは軽くショックだった。

僕もタブラさんも別にエグい作品しか作れないワケじゃ無いんだよ?

 

「ぎゃあああぁぁぁああ!! 化け物だぁああ!!!」

 

「いや、逃げるなよ」

 

僕は指を動かして人形にもう一人の騎士を拘束させる。

さっき鏡で大体の戦力は把握したんだけど、念の為にコイツで確認しておくか。

 

「君達の本隊は何処に居るの?」

 

「あ、あ、あ、あそこ、です」

 

両手が塞がっている為か首を動かして文字通り必死に仲間達の居る方向を指す。

かつて僕等にPKKされた連中も現実ではこんな惨めな顔をしていたんだろうか…?

まぁ、絶対にこっちの方が状況は酷いんだろうけど。

 

「へー……ですって」

 

「情報提供、御苦労。 実験も兼ねて私が直々に労ってやろう」

 

お、キャラ作ってるなー、それでこそ我らがギルマス。

モモンガさんの合図と共に拘束を解除、この騎士はもう楽にしてあげよう。

 

「〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

「ぎゃあああぁぁぁあ!!!」

 

うおー、まるで糸が切れた人形みたいに崩れ落ちたよ。

それにしてもいくらオーバーロードのモモンガさんが放ったからって第五階位魔法で死ぬとか…

 

「弱い……コイツ等、弱すぎでしょ?」

 

「ええ、でも油断は禁物ですね。 この二人が特別弱いだけかもしれませんし」

 

彼の言うとおりだ。 どう考えてもコイツ等雑魚だったし、本隊はもっと強いんだろうな。

 

「そうそう、久し振りに見てみたい物があるんですけど」

 

「『そうそう』……ひょっとして、ギャグですか?」

 

「違うわこの骨人間!! ほら、アレですよ。 モモンガさんがよく召喚(よ)んでた壁モンスターの……」

 

「あ、あぁ…アレ。 護衛は多いに越した事はないし、折角だからやってみましょうか」

 

 

「―――――中位アンデッド作成 〈死の騎士(デス・ナイト)〉」

 

 

モモンガさんのスキルで呼び出す壁モンスターなのだが、その様子はユグドラシル時とは随分違い、騎士の口からヘロヘロさんじみた黒いスライムの様な物が溢れ出し、ゴボゴボと音を立てながらその身をアンデッドへと変貌させていく。

 

「うっわ、グロいわぁ……」

 

「ソウソウさん、アナタは人形仕舞ってからその台詞を言いましょう?」

 

出来上がった死の騎士は跪き、モモンガさんの命令を待っている状態だ。

取り敢えず、放って置いても盾になる壁モンスターに指示する事など決まりきっている。

 

「死の騎士よ。 この村に居る騎士…鎧を着ている者を駆逐せよ」

 

その命令を受けた死の騎士は力強い咆哮を上げた後――――――

 

 

モモンガさんと僕を置いて村の方角へと走って行った。

 

 

「「ええぇぇー………?」」

 

「何で、守るべき対象を置いて行くんだよ……命令したの俺だけど」

 

「仕様が変わったのかな? 『攻撃は最大の防御!』みたいな感じで」

 

僕等が頭を悩ませていると転移門から完全武装したアルベドが現れ、それと同時に門も閉じた。

ガッチガチに鎧で武装した美女っていうのは僕からすれば造形的にかなり美しいと思える。

機会があればそういう人形でも作ってみようかな?

 

「モモンガ様、ソウソウ様、遅れてしまい申し訳ありません。 準備に時間が掛かってしまいました。」

 

「いや、むしろ丁度良いタイミングだったぞ、アルベド」

 

「流石は守護者統括。 僕等が来て欲しい時に来てくれるんだからね、有難いよ」

 

僕等の言葉にアルベドはフルフェイス越しでも分かる位、喜びに身を震わせている。

 

いやね実際、本当に助かった。

タンク役作ったのにソレが勝手に走って行って、どうしようかと途方に暮れてる状況で現ナザリック最硬のタンク役が来てくれたのだから。

ありがとうタブラさん、あなたの娘は姉共々しっかりやってくれていますよ…。

 

「アルベドも来てくれた事ですし、僕は死の騎士を追いかけても構いませんか? あの様子じゃ、騎士だけじゃなく情報提供者である村人まで殺しかねませんし」

 

「確かに…。 では、私達はこの周辺を調べてからそちらに向かいますので、ソウソウさんは先に行って待ってて貰って良いですか?」

 

「了解しました。 ついでに久々の実戦なので少しだけ肩慣らしをする事にします。 マキナの親を名乗るなら強くあるべきですから」

 

「ソウソウ様、行ってらっしゃいませ。 モモンガ様の警護は私にお任せください」

 

「頼むよアルベド。 (今の)モモンガさんには君が必要だ、信頼しているからね」

 

「……私が…私がモモンガ様にヒツ、ひつよ、必要…くふー! ―――こほん、お褒めの言葉、誠に有難う御座います、ソウソウ様。 我が身命を賭してモモンガ様は御守り致します」

 

え、何今のリアクション!? 怖っ! アルベドさん怖っ!!

モモンガさん、あんたって、あんたって骨はなんちゅう……なんちゅう設定改竄をしてくれたんや……って顔背けてんじゃねーぞ、この骨ぇ!!

いや、ビッチ設定のままでもこんな娘だったって事なんですか? タブラさん? 

今、猛烈にあなたに会いたいです…。

 

「そ、そうかい? それじゃあ頼むよ」

 

僕は逃げるようにミンチ・オブ・グレイヴの棺桶空きスペースに飛び乗り、死の騎士を追いかける為に村の方角へと指を繰りながら走らせる。

やっぱり六本足は安定感があると感じながらこの人形を作る切っ掛けになった戦闘用メイド、プレアデス六姉妹の一人であるエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの事を考える。

 

「(源次郎さんが作ったあの子を見るまでは昆虫の造形美と機能美が分からなかったんだよな。 帰ったら素顔を見せて貰えるかな? いや、セクハラになるのか? でも気になるしなぁ……)」

 

 

 

彼は初めて人間を殺し、これからさらに多くの人間を殺す為に村へと人形を走らせる。

そんな中で考えるのは新たな人形創造に対する知識欲の探求、彼はもう完全に人間を辞めたのだ。

それでも彼が人間だった証は残っている。

それはギルドメンバーとナザリックの命ある者達、何より自分の作った娘に対する慈愛の心。

皆を守る力を確認する為に彼は今、戦おうとしている。

 

結果、自業自得とはいえ、これから殺されるであろう騎士達には哀れと言うよりほかないが……。

 

 

――――――――――

 

 

時を同じくして彼の同志、ギルドマスターのモモンガも考えていた。

今は会えなくなってしまった仲間達と再び出会うにはどうすれば良いのかと。

同志は自分の事をこのギルドそのものだと言ってくれた。

では自分はこれからどうすれば良い? ただ守りに入って皆を待つだけで良いのか?

いや、違う。 突き進まねば、再びこのギルドの名を広める為にも。

 

その為の名、それはモモンガでは無い、その名は―――――

 




モモンガさんとソウソウ、前回から距離を縮めてみました。 如何でしたでしょうか?

今回の人形の発想は最近、キン肉マンを読み返して「ミキサー大帝戦の崖っぷち感ヤベ―」って思ったので出来た物です。
結果、ミキサー大帝より戦法がグロいという…。

次回は悪魔超人も真っ青の一方的な残虐ファイトが展開されますので何卒、宜しくお願いします。


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七話

カルネ村―――――

 

 

「何だ、問題無いじゃないか」

 

僕が村に到着すると、〈死の騎士(デス・ナイト)〉は斬りつけて来た相手を盾でふっ飛ばし、その実力に恐れて逃げ出そうとする獲物は持っているフランベルジュで真っ二つに切り裂き、その亡骸を犠牲者と同レベルの〈従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)〉に変えていた。

ちらっと見ただけでも結構な数の騎士の死体が横たわっており、村人には被害は無く、正直な話「コレ、僕要らなくね?」という気さえしてくる。

 

「な、何だお前は!?」

 

「魔物を連れて……び、ビーストテイマーか!?」

 

ようやく気付いたか、と言うか僕は人形使い(ドールマスター)であってビーストテイマーじゃない。

アウラが誇りを持って世話をしている魔獣達は可愛げがあって好きなんだけど……やっぱり、彼等から見れば一緒に見えるのだろうか、心外だな。

 

僕はその魔物呼ばわりされた人形、ミンチ・オブ・グレイブを指の繰り糸で操作し、上半身から最大本数10本中、3本の半透明の腕、〈見えざる手〉を出現させる。

その手に死体となった騎士達が持っていたロングソードを握らせて―――――

 

「ぐげっ…!!」

 

「かぁっ…!!」

 

「ゴボッ…!!」

 

失言した奴とその近くに居た二人に投擲する。

結果は頭を貫いて死亡、喉を貫いて死亡、心臓を貫いて死亡という見事な三連コンボだ。

随分と綺麗に決まって、妙な達成感すらあった。

 

「ひぃああぁぁぁあああ!!!」

 

「て、敵だ!! コイツも敵だぁ!!!」

 

「何、当たり前の事を言ってるんだい?」

 

彼等の絶叫が耳障りだったので手近に居た奴を一人、さっきの様に拘束。

折角だしコイツからも色々聞いておくか。

 

「君達は一体、何処の人なんだい?」

 

「わ、我々はバハルス帝国のも、者だ…」

 

バハルス帝国……この世界にはそんな国があるのか。

僕は成程な、という意味を込めて頬を掻く動作をする。

すると、その動作が人形と連動してしまい、騎士の拘束がさらに強いものになってしまった。

 

「あがぁあぁあ!!! ち、違います!! 我々は、スレイン、法国の、者ですぅ!!!」

 

どっちだよ……?

 

すると周りの連中が口々に「馬鹿野郎!」とか「何て事を!」とか言って来るので僕は理解する。

 

コイツ等がやっているのは“偽装工作”だ。

どうやら、このスレイン法国の連中がバハルス帝国の物であろう甲冑を着て、その国に罪を着せたいらしい。

国の事情なんて僕には分からないけど、その為に無抵抗な人達をコイツ等は殺すのか……。

 

「ふむ……ありがとう」

 

「し、喋ったでしょう…? だから助け……」

 

―――――バタン!!

 

その言葉を最後まで言わせる事は無く、僕はソイツをまるで没にしたデザイン画をシュレッダーに入れるかの様な気軽さで、ミンチ機構を持つ人形の中に入れて内部のスクリューを起動させる。

 

「あぎゃがががばばばばばばああぁぁぁああ!!!」

 

「別に、誰も喋ったら助けるなんて言って無いじゃないか」

 

少し痛い目に遭った位で情報を喋るとは、この世界には「士道不覚悟」という言葉は無いらしい。

武士道が騎士道と同じかどうかは知らないけど。

 

それにしても偶然とはいえ、有益であろう情報を得られた、それについては感謝しておこう。

 

 

「お前ら! お、俺はこんな所で死んで良い人間じゃない! 時間を稼げ!! 俺の盾になれぇ!!」

 

まーた、煩いのが居るよ…。 しかも下種度MAXな台詞吐いてるし……もしかして隊長さんか?

僕は億劫な指の動きで人形の手を操作し、隊長と思わしき奴の両足を掴み、逆さ吊りにする。

 

「あひゃぁああ!! おまえら! かねだ! 200金…500金貨やる!! だから助けろぉ!!」

 

この期に及んで金で命が助かると思ってるとか、本当に救いようが無いな……。

 

メンドクサイからさっさとコイツをミンチにしようとして、考え直す。

思い返せば僕がコイツ等を殺したいのはニグレドを悲しませた連中に関係しているから“かも”しれないのであって、直接コイツ等の被害に遭ったのはこの村の人達だ。

なら、すぐそこでひと固まりにされてしまっている人達に意見を訊いてみるのはどうだろうか?

僕等のギルドも基本姿勢は多数決だ、これは良い考えだとばかりに僕は村人達に話し掛ける。

 

「村人の皆さん! 僕の声が聞こえてますか!!」

 

声を掛けられた村人達は全員が体をビクッと震わせる。 ちょっと凄惨に殺りすぎたかな…?

 

「皆さんはこの連中に家族を、友人を、恋人を殺されたのでしょう!? 今、此処に居ない逃げた方だってひょっとしたらもう死んでいたり、犯されているのかも知れない!! そこで質問です! 今、僕が拘束している男は金で命を助けて欲しいと言いました! そんな彼を許しても良いという方は手を上げてください!!」

 

僕の言葉に村人達は誰も手を上げない、代わりにその眼にはどろりとした憎悪が浮かんでいた。

 

「はい! 皆さん、ありがとうございました!! …うん、決めたよ。 君は派手に殺るから」

 

「あ!? あ!? あ、あ、あ、あ、あぁぁあああぁぁぁ!!!」

 

死刑宣告を受けて面白い位に顔色を変えるコイツを見て、昔の事を思い出す―――――

 

 

小学生の頃、僕には仲良くしていた男友達が居たのだが、彼は上級生からイジメを受けていた。

だから僕は現場を目撃した時、そいつ等を教室から持って来た椅子でしこたま殴りつけた。

結果として、その件でイジメは教師とそいつ等の親に知られる事になり、彼のイジメは止んだ。

その後、僕は教師に叱られ、父母と姉に泣きながら殴られ、その友達からも避けられるようになったので、この年齢まで“そういった衝動”を抑えて生きて来た。

 

あの時のイジメっ子と今、目の前の男の怯えた顔が重なり、僕は今の感情を口に出す―――――

 

「た  の  し  い  ね」

 

「うひゃわぁぁぁあああぁああああ!!!」

 

彼の絶叫を聞きながら僕は腕と指を動かして人形をもう一つの形態に変形させる―――――

 

 

「出で座せい、〈スプラッター・オブ・グレイヴ〉」

 

 

現れたのは十字架の上半身を瞬時に草木を切る為の物では無い、生物を斬る為に特化したデザインの真っ赤なチェーンソーへと変えた人形、〈スプラッター・オブ・グレイヴ〉

変形中も拘束され続けていた隊長さんは恐怖のあまり失禁し、その眼は血走っていた。

 

「逆さ吊りの状態で股から斬られると心臓に届くまでは生きているらしいよ、試してみようか」

 

「やめろ! やめてください!! お金! 払える限り、払いますから!! おねが……」

 

僕はその言葉を無視し、右手首を十字を切る様に振る。

 

―――――ギュイィィィィィン!!

 

するとチェーンソーが起動し、さらに突き出した左中指を下ろして、“処刑”を開始する。

 

 

「いぎゃおぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁあおかねおぉおぉおかねおかあげまじゅああぁぁ!!!」

 

 

―――――彼は真っ二つになり、“処刑”は終了した。

 

 

「喉まではまだ息があったな……そりゃ、映画と同じって訳じゃないか」

 

タブラさんに見せて貰ったスプラッター映画を参考にしたのだが、やっぱり現実とフィクションは一緒にしちゃいけないな。

汚ない人間の返り血も人形に付いちゃったし、この殺り方は失敗したかも。 うん、反省。

 

「いやだ…いやだ…いやだ!!!」

 

「助けて、助けて神様!!!」

 

「―――落ち着け、撤退だ!! 動ける者は準備を整えろ! あんな死に方はご免だ! 急げ!」

 

お、気配はあるのに邪魔して来ないからてっきり固まってるのかと思ったら生存者に激を飛ばしている騎士が居た。

実質的なリーダーはこの人だったのかな?

 

「俺が時間を稼ぐ!! お前らは先へ行け!!!」

 

彼はそう叫んで僕に突進して来たので、折角だから白兵戦の練習をしておこう。

僕は繰り糸を外し、彼が渾身の力で振るって来た剣を―――――

 

「なっ!?」

 

左手で掴んで。

 

―――――ゴキャッ!

 

右手で首の骨を折る。 

これ位の速さなら余裕で対応出来るな、今できる限りでの実験はこんな物か。

 

 

 

後に残ったのは精神的な支えを失って崩れ落ちている残りカスしかいない。

“法国出身者”だからなのだろうか、彼等はブツブツと「神様」という単語を口にしているのだが、人々を虐殺する事を認める様な神様なんて崇める価値が無いと思うんだけどなぁ…。

 

さて、これからどうすべきかと考えていると空から聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

 

「〈死の騎士(デス・ナイト)〉よ、そこまでにしておけ」

 

その言葉で死の騎士(デス・ナイト)はピタリと動きを止める。 やっとお出ましですか…。

僕は顔見知りが来た事に安堵していたが、その声の主が守護者統括と共に地上に降り立ち、この場に居る全ての者達に己の名を語った時、無い筈の心臓が止まるかと思った。

 

「はじめまして、諸君。 私の名はアインズ・ウール・ゴウンという」

 

……っ!? ………そうか、そういう事か…モモンガさん。 あなたの考えが、理解出来た。

それがあなたの出した結論なら、僕はそれに従おう。

 

「…次は僕から…皆さん、僕の名前はソウソウ。 アインズさんの同志です。 そして彼の隣りに控えるのは僕等の優秀な部下であるアルベド。 今後とも宜しく」

 

そう言って僕はアインズさんに優しく目配せをする。

それを受けた彼は少し身を震わせた後、僕に軽く頷き、生き残った騎士達に命令をした。

 

「……諸君等には生きて帰って貰う。 諸君らの上し…飼い主に伝えろ」

 

「次にこの村を襲うのなら、僕等は君達の故郷に今以上の責め苦を与えに行ってあげる、とね」

 

僕等の言葉に電池を入れたばかりの玩具の様な激しい動きで顔を上下させる。

ってか、さっきアインズさん“上司”って言おうとしたな、リーマンか!?

いや、元リーマンの現骨人間だけど、このギルマス。

 

「確実に主人に伝えろ。 行け」

 

その言葉を最後に、襲撃者達は一人も居なくなった。

 

 

後は死の騎士に自身が殺してゾンビ化させた連中と僕が殺した連中の後片付けを命じ、助けた村人から情報を貰おうと思ったのだが、初手で金銭目的だとハッタリをかましたらこっちが引く位の感謝を受けた。

 

曰く―――――

 

 

「何も出来なかった私達の力になって頂きありがとうございます!」

 

「あなた方は我々の思いを汲んで、奴らを撃退してくれた恩人です!」

 

「謝礼は私達が払える最高限度をあなた達にお支払致します!」

 

 

どうやら僕が隊長格を殺す時に被害者の皆さんから確認を取った事がプラスに働いたらしい。

アレのお陰で「恐ろしい風貌と力を持っているが理性的で義侠心を持った人達」と認識して貰えたので話が早くて正直、助かった。

アインズさんからは「流石はソウソウさんですね!」と褒められたのだが勘弁して欲しい…。

過度な期待を掛けられるのはナザリックの皆だけで十分だよ…。

 

その後、村長さんが早速謝礼金の話を始めようとしたので「皆さんお疲れでしょうから少し間を置いてから」と宥めて、僕等はアルベドを除いて二人だけで休憩を取る事にした。

 

 

「ハァ……演技するのも疲れるなぁ」

 

「お疲れ様です。 立派でしたよ、“アインズ”さん」

 

「ソウソウさん……済みません。 勝手に決めてしまって、でもこれには…」

 

「大丈夫、意図は分かってますって。 少なくとも僕はあなたがその名前を名乗る事に不満はありません」

 

「………ありがとう、ございます」

 

「と言うか、何でガントレットと、よりにもよって“嫉妬マスク”付けてんですか。 そっちの方がビックリですよ」

 

嫉妬マスクとは簡単に言えば「クリスマスにカップルがイチャコラしてる時間、ゲームやってる非モテ共へ運営様からのプレゼントじゃーw」というこちらに対して喧嘩売ってるとしか思えない、ある意味で呪われたアイテムだ。 ちなみに僕も持っている。 悪いか。 悪いか…。

 

「い、いや…これは変装ですよ。 どうやら皆、私達の見かけに驚いていた様なので…。 ソウソウさんは大丈夫ですか?」

 

「あぁー……人形の手は装備で隠れてますし、この顔は表情が滅多に動かないので、仮面って事にします。 瞳の色と髪が動く事に関しては……新薬の実験の副作用って事で一つ」

 

「新薬実験……助けた姉妹の姉の方から聞いた話では、この世界にも薬師が居るそうなのでそれでごり押しましょうか」

 

ふと、アインズさんの言葉に疑問を覚える。

思い返して見ればあの姉妹には彼の“素顔”と“本名”を知られているじゃないか。

そこを尋ねてみると彼はこう返した。

 

「ええ、その為に今から結界で保護していた彼女等を迎えに行くついでに少し魔法による記憶操作の実験をしてみようかと思いまして。 ソウソウさんも良かったら行きませんか?」

 

「僕は大丈夫ですよ。 此処に残って自然に心癒されながら村人達をアルベドと一緒に守ってますから」

 

「分かりました。 それでは行って来ますね」

 

 

森の方へ去って行く彼に僕は手を振って見送る。

そして近くの木陰に腰を下ろし、ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉そのものになった人の想いを考える。

 

彼はきっとこの世界に来ているであろうプレイヤー達に「自分達は此処に居る」と言う事を伝えたかったのだろう。

それが危険な行為だという事は十分に理解している。

けれど博打を打たなければ欲しい物は手に入らない、僕等の欲しい物はそれだけの物(存在)なんだから。

ギルドマスターがそう決めた以上、僕の役目は彼が無理をしない様に支えるだけだ。

 

でも……ナザリックの皆は内心、どう思うのだろうか?

彼等は全員が僕等の言う事を肯定してくれる。 それは嬉しいのだが無理をしていないだろうか?

 

特にアルベド…今は「モモンガを愛している。」という設定を付与された彼女の心境は愛する者がその名を変えるという事にどれ程の葛藤があるのだろうか?

彼女はタブラさんの、僕が友人だと思っている人の娘と言って良い存在だ。

出来る事なら幸せになって欲しいと願っている。

僕が彼女の為に出来る事とは一体………………

 

 

――――――――――

 

 

その後、僕は帰って来たアインズさんと共に村長夫妻から報酬確認という名の情報収集をしていたが、村人達の葬儀の準備が出来たから話を中断し、僕等も折角だから参加しようと村長宅から出て来た瞬間、自分に向けられた二つの視線を髪から感じ取る。

 

「どうしました? ソウソウさん」

 

「アインズさんは先にアルベドと一緒に共同墓地に向かって下さい。 僕は後から行きます」

 

「……それは構いませんが、まさか敵ですか? 後詰めからの連絡は来てませんが」

 

「大丈夫、荒事じゃ無いですよ。 さぁ、行った行った」

 

僕がにこやかに背中を押すと渋々ながら彼はアルベドの元へ向かう。

心配してくれるのは嬉しいのだが本当に問題は無いのだ。 何故なら―――――

 

「君達! 君達は葬儀に参加しなくて良いのかい!?」

 

「「ひゃあ!!」」

 

僕が突然声を掛けると可愛らしい悲鳴を上げながら近くの木に隠れていた二人の姉妹が顔を出す。

思い返せば、彼女達を助ける為に此処に来たというのにすっかりその存在を忘れていた後ろめたさもあり、お姉さんの方に座高を合わせて普段より優しい声色で話し掛ける。

 

「どうして僕を見ていたんだい?」

 

「あ、あの私はエンリ・エモットと言います。 この子は妹のネム・エモット。 そ、その私達を助けて頂き、ありがとうございました!!」

 

「ありがとうございました!」

 

ヤバい……………凄い申し訳ない気持ちになった。

まさか、ここまでストレートなお礼の言葉を貰えるとは思っても見なかった。

ゴメンね、ホントにゴメン。 君達の事忘れて騎士をミンチにする事に夢中になっちゃって。

 

「……君達は、僕の顔が怖くないのかい?」

 

「ゴウン様からお話は聞いています。 遠くの国で錬金術の勉強されていて、その時に新薬の実験の失敗で顔を焼かれ、髪が動き、目が金色になってしまったと。 それで得られた力のお陰で私達を助けてくれたんですから、怖がったりなんかしません!」

 

「そ、そうかい……ありがとう」

 

どうやらアインズさんの名前の件といい、彼の記憶操作はうまく働いている様子だが、それ以上にこの子は良い娘であるらしい。

と言うか、顔が焼かれた設定は余計だろ。 あの骨、僕に恨みでもあんの?

 

「私、てっきり髪に関してはタレントだと思ってしまって……」

 

“タレント”? 村長からの情報には無かった物だ。

もっと詳しく訊くべきか無知を晒す危険を冒すべきかを考えていると彼女が勝手に続きを語ってくれた。

 

「あ! タレントって言うのはその人が生まれつき持っている特別な力の事で、私の知り合いの薬師の子も……ってすいません! 錬金術師様が知っているであろう事を説明しちゃって」

 

いや、良いよ! 全然OK! むしろありがとう! そして、ありがとう!!

でも錬金術師か……一応、人形作成の一環でジョブは取っているけど本来ならその名はタブラさんの方が相応しいんだろうな。

 

「いや、構わないよ。 さて…お礼も済んだのなら葬儀に向かうとしようか」

 

「……ええ、そうですね」

 

「………」

 

「……知り合いが亡くなったのかい?」

 

「はい……父と、母が」

 

馬鹿! 僕の馬鹿!! 地雷を踏んじゃうなんて!! 僕だって大切な子が死んで悲しかったじゃないか!!

どうするべきか……そうだ。

 

「二人とも、慰めになるか分からないがこれをあげよう」

 

僕は二人に銀色のチェーンとヘッド部分が紋白蝶を模ったネックレスを渡す。

 

「……これは?」

 

「わー…綺麗」

 

「僕が昔作ったアイテムでね。 両親の代わりになるかは分からないが、君達を守ってくれるだろう」

 

この〈紋白蝶の羽ばたき〉は僕がユグドラシルに慣れ始めた頃に作った物で装備者に一分間、レベル50クラスの攻撃を無効化できる加護を受けられる。 

再び使用するには一日間を置かなければならないという所謂、処女作というヤツだ。

今じゃ使う機会も無いだろうし、折角だからこの子達にあげる事にしよう。

 

「そ、そんな! 受け取れません!! ゴウン様からも角笛を頂いたというのに!」

 

角笛……あれか、〈小鬼(ゴブリン)将軍の角笛〉か。

流石はギルマス、いらないアイテムとはいえ、無課金者に施しをするなんて廃課金者の鏡だな。

 

「アインズさんは僕の友人でね。 彼が君達に施しをしたというのなら僕も同様の扱いを君達にしなければいけない。 受け取ってくれるね?」

 

「…はい。 何から何まで本当にありがとうございます」

 

「凄い綺麗! ありがとうございます……えっと、えっと」

 

「アインズさんは僕の名前を教えてなかったのか…では自己紹介だ。 僕はソウソウ、アインズさんの友にして同志さ。 宜しくね、エンリ、ネム」

 

「は、はい! 宜しくおねがいします! ソウソウ様」

 

「こんな素敵な首飾りをくれてありがとうございます! ソウソウ様!!」

 

 

そして僕は彼女達と共に共同墓地へ向かう。

 

さっき殺した騎士達が朽ち果てた醜い人形程の価値しかないのなら、彼女達は可愛らしいビスクドールと言った所か。

自身の価値観の変貌に戸惑いながらも僕は自分の作品を褒めてくれた姉妹を守る様に歩く。

 

自分からは数多く抜け落ちてしまったであろう人間性を輝かしい位に持っている彼女達に羨望の眼差しを向けながら………。

 

 




モモンガさんがついにアインズさんになりました。
仲間がいるのにこの名を名乗ったのは、自身とその仲間の願いを叶える為でもあります。
アルベドとソウソウにガッチリとした会話をして貰いたい、というのも私の個人的な理由の一つですが。

しかし、エンリ将軍に更に力与えちゃったけど、もうとんでもない事になって無いかコレ。


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八話

騎士達に殺された者達の埋葬が終わり、僕等は村人達から少し離れた所で葬儀に参加している。

皆が皆、悲痛な面持ちで死者を悼んでおり、その中には先程僕等が助けたエンリとネムの姿もあった。

 

アインズさんも僕も蘇生アイテムを持ってはいるが彼等の為に使う気は無い。

理由としては単純に「面倒事に巻き込まれたくない」という事でだ。

 

「この世界には蘇生魔法が存在しないっていう村長さんの話を鵜呑みにすれば、僕等が死者を生き返らせた所で、メリットよりデメリットの方が多いんですよね」

 

「ええ。 ですから彼等には我々が村を救ってやった事で満足して貰いましょう」

 

僕はもう一度村人達の姿、エンリとネムの方を見る。

両親の墓にしがみ付いて泣いている姿に少し「可哀そうだな」という思いはあるのだが、だからと言ってあの姉妹の為に両親を生き返らせてあげようという気にはならない。

彼女達の人柄は個人的にかなり気に入ってはいるのだが、それとこれは別。

僕もアインズさんも身を守るアイテムまで与えたのだ。 これ以上は蛇足だろう。

 

「つくづく……自分の価値観が変わってしまったって実感しますね」

 

「私もです…。 しかも、その事に対して違和感が無くなってきているというのがまた、ね」

 

僕等はお互いに溜息を吐く動作をする。

実際には体のメカニズム的に出来なくなったのであくまで振りで、だ。

こういった身体機能の変化にだいぶ慣れて来た事も僕等がナーバスになる原因の一つである。

 

「ま、成る様にしか成らないって事でしょ……と、〈八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)〉? アルベド、どうしたんだい?」

 

「はい。 至高の御二人にお目通りがしたいとの事で、連れて参りました」

 

何時の間にかアインズさんの隣に控えてたのは〈八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)〉。不可視化の能力を持つこの子は誰にも気付かれる事は無いが一体、僕等に何の用だろう?

 

「モモンガ様にソウソウ様。 御二人におきましては御機嫌麗しく……」

 

「世辞は不要だ。 さっさと要件を話せ」

 

どうやら後詰めを任されたらしい彼から現在のこの村周辺における戦力配備の報告とナザリックの皆の状況を聞き、僕等は葬儀場を後にする。 別に最後まで付き合う必要は無い訳だし。

 

僕としては今日はインスピレーションが良く湧く日だったので、可能であればこのまま帰って自室の人形工房に籠りたい所なんだけど…まだやる事は残ってるし、もう少し頑張るか。

 

 

 

その後に情報収集の続きを済ませると、辺りは夕焼け空が広がっていた。

 

純粋にその綺麗な夕日に見惚れていると、何やらアルベドがピリピリとした雰囲気を纏っている。

アインズさんは何やら思い当たる節があったのか彼女に「人間は嫌いか?」と声を掛けた所、彼女曰く、人間とは虫の如き下等生物で踏みつぶしたらさぞ気分が良いという価値観らしい。

 

「成程……お前の気持ちは分かった。 だが今は冷静に、優しく対応しろ。 演技というのは重要だからな」

 

「アルベド、僕もアインズさんも普段の慈しみを持った魅力的な君が好きなんだ。 頼むよ」

 

僕等の言葉にアルベドは深く頭を下げる……のだが、何やらブツブツと「アインズ様が…私を…み、魅力的…くふー!」とか呟いているがスル―だ。 あくまでスル―。

コレに関しては突っ込むのが野暮な気がしてきたし。

 

「…で? アインズさん的には人間の事、どう思ってるんですか?」

 

「そうですね……例えるなら虫程度の親しみしか湧かない、と言った所でしょうか。 ソウソウさんは?」

 

「僕にとっての人間は……自身の創作意欲を高めてくれる存在、ですかね」

 

尤も、それは同族だった頃に比べると物寄りに変貌してしまっているのは自覚しているけどね…。

 

 

「……ん? アインズさん、何か村長達がこっちをチラッチラ見てるんですけど」

 

「……また厄介事か? ソウソウさん、すいません。 もう少しだけ付きあって貰うかもしれませんが……構いませんか?」

 

「別に構いませんよ。 もしもの時の為、彼等に恩は可能な限り売っておくべきでしょうし」

 

 

彼等の話を聞く限りではどうやら戦士風の者達がこちらに向かって来ているのでどうすれば良いか、という事らしい。

マジで厄介事の匂いがするよ…けれど折角、助けたのに皆殺しにされるのも後味悪いしなぁ…。

 

僕がそんな事を考えているとギルマスは覚悟を決めたのか、彼等に安心させる様な声音で語りかける。

 

「分かりました。 我々の力、今回は特別にただでお貸ししましょう」

 

「おぉ……ありがとうございます!」

 

「……なら、代表者である村長さんは広場に僕等と共に残って貰って、残りの皆さんは村長さんの家に隠れて頂くって形になりますが、宜しいですか? …大丈夫、必ずお守りしますから」

 

その言葉に村長さんは吹っ切れた様で、まだ震えが残っているものの、しっかりと返事をした。

うん、良い顔だ。 その表情は物言わぬ人形には決して出せない魅力的な物だと思える。

 

……さてさて、どんな奴等が来るのやら。

僕等はこちらに向かってくる者達がせめて自分達より強い存在でありませんようにと願いながら、広場で待ち構える事にした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだ」

 

 

王国戦士長……。 まさか今、僕等の居る国の一番強いであろう肩書を持った人が来るとは。

どうやら彼と彼の率いる部隊はこの近隣を荒らしまわっている帝国の騎士を討伐するという、王様の命令を遂行する為に此処にやって来たらしい。

 

アインズさんは村長さんにボソボソと本人かどうか確認しているのだが、僕にはこの人が本物だという確信があった。

その理由は二つあり、一つはその“姿勢の良さ”。

僕等の存在を警戒してか馬上に居るのだが、その状態でも体に一本の鉄の芯が入ってるかの様な真っ直ぐな彼の佇まいには一種の美しさすら感じる。

二つ目は彼が“職人”に近い雰囲気を纏っている、という点だ。

昔、父に連れられて他の人形作家が集まる人形展に行ったのだが、その時に会った職人さん達は性格は違えど皆、自分の仕事に嘘を吐かないという誇りを持っていて、彼からはそれに近しい印象を受けた。

 

アインズさんの方はどうか分からないが、僕個人としては嫌いでは無い人種かな。

 

「貴方がこの村の村長だな……横に居る者達が何者かを教えて貰いたい」

 

「それには及びません。 どうも、王国戦士長さん。 私の名はアインズ・ウール・ゴウン、魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。 そして私の隣に立って居るのは友人である錬金術師(アルケミスト)のソウソウさん」

 

「ご紹介に与かりました、ソウソウです。 そして僕達の後ろに控えている女性は部下のアルベド。 僕達はこの村が襲われているのを見かねて助けに来た者です」

 

戦士長は僕等の言葉を聞いて、村長さんの確認も取らずに馬から飛び降り、代表者であるアインズさんに握手を求めて来た。

 

「この村を救って頂き……本当に、感謝の言葉も無い」

 

……驚いたな。 普通なら僕等みたいな得体の知れない者の話なんて疑ってかかるものかと思ったけど、この人はそういう先入観抜きで他者と接してくれるタイプの様だ。

ますます気に入った。 彼になら蘇生アイテムを使っても良いかなと思える程には。

 

その後はアインズさんと彼との会話の流れで仮面を取って欲しいという要求があったが、死の騎士(デス・ナイト)の制御が出来なくなるから、という理由で回避していた。

……そもそも死の騎士(デス・ナイト)って未だに消えないんだけど、アレいつまで居るの?

もし時間制限が無くなったのなら、ナザリックに連れ帰ってお世話しなきゃいけない流れ?

まぁ……食費が掛からない子なら良いんだろうけど。

 

「ソウソウ殿もその仮面は何か魔術的な理由で?」

 

「いえ、申し訳ありません。 アインズさんやアルベドと違って、僕の場合は単純に皆さんに辛うじてお見せできるのがこの髪と眼しかありませんもので」

 

「髪と眼は錬金術による副作用とは聞きましたが顔は……」

 

「ええ、火傷でちょっと…。 この仮面、実に顔にピッタリと貼り付いているでしょう? どのような状態かは口ではとても……」

 

その言葉に戦士長さんの部下達は皆、顔を顰めていた。

アインズさんが姉妹に言った設定を僕なりに解釈してみたのだが、効果有りの様だ。

実際、中身を見せたら皆さんビックリだろうね。 何せ髪と眼だけしか無いのだから。

 

「……それは、失礼をした。 気に触ったのならば大変、申し訳ない」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。 お気になさらず」

 

戦士長は僕の嘘を真に受けて純粋な気持ちで謝ってくれている。

本当に、善良な人なんだろうな……損な役回りばかりを引き受けていそうではあるけど。

 

 

チームリーダーの二人がまた話し始めるのを見て、僕はアルベドに他の人達に聞こえない声量で彼の評価を訊いてみる事にした。

 

「アルベド、君はあの王国戦士長をどう思う?」

 

「はい、アインズ様とソウソウ様は当然として、私にもまともな傷一つ付ける事が出来ない、か弱き存在かと」

 

いや……誰も戦力分析しろって言ったわけじゃないんだよ?

でも過大評価されてる僕等はともかく、自分の基準で彼を脅威では無いとは判断したわけか…。

けれど今のアルベドが奥の手を封じている様に、戦士長も僕等に隠した何かを持っているのかもしれないのだからその判断は早計だとも思える。

 

「……今はまだ様子見かな。 ありがとう、参考になったよ」

 

「ソウソウ様……何という勿体無い御言葉」

 

完全武装した状態で身を震わせるアルベドに「これはこれで可愛いんじゃなかろうか?」と思っていると一人の騎兵が広場に駆け込んで来て、戦士長に大声で緊急事態を告げた。

 

「周囲に複数の人影が! 村を囲むような形で接近しつつあります!!」

 

今度こそ敵かな……まったく、何時になったら工房に戻れるのやら。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

僕等は緊急報告を受けた後、村長宅に潜んで近づいて来ている敵の様子を窺う。

肉眼では3人、傍らには彼等が召喚したであろう“天使”の存在を確認した。

 

「……確かに居るな」

 

「戦士長殿、彼等は何者で狙いは一体、何処にあるのでしょうね? 私はこの村にそこまでの価値があるとは思えませんが」

 

「ゴウン殿に心当たりが無いとすれば狙いは……一つしか思い浮かばないな」

 

「成程…どうやら、憎まれている様ですな、戦士長殿は」

 

やはりこの戦士長さんは苦労人らしい。

罪も無い人々が殺された事に対する義憤を利用され、現在は袋の鼠という状況だ。 

口振りからして自分がいつかこうなる事も予想していたのだろう、覚悟が決まった眼をしている。

どこまでお人好しなのか、確実に早死にするタイプだ。

 

少なくとも、僕はそういう綺麗な生き方をしている人は嫌いじゃないけどね。

 

「天使を使役している所を見ると、奴らは恐らくスレイン法国。 それも俺を狙うのであれば特殊工作部隊群……噂に聞いた“六色聖典”か…」

 

「先程、帝国騎士の一人を痛めつけたら自分の事をスレイン法国の者と自白していましたが、この状況から見て、嘘じゃ無かった様ですね」

 

「ソウソウ殿……穏やかな声音に勘違いしていたが、どうやら君もゴウン殿と同様に底の見えない男のようだ」

 

「ふふふ、お褒めの言葉として受け取っておきますよ、戦士長殿」

 

僕は戦士長の畏怖の眼差しを受け流しながら思考する。

“天使”か…あの造形はユグドラシルで見た奴に非常によく似ている。

先程の戦士長が言っていた“六色聖典”という組織名もネーミングセンスが廚二染みてるとでも言えば良いのだろうか、なんとなくユグドラシル関係者が付けた様な感じがするし。

やっぱり此処に来たのは僕等だけじゃないんじゃないか?

アインズさんの方を見ると、彼も同じ考えだったのか何やらブツブツと呟いている。

 

「ゴウン殿、ソウソウ殿…良ければ私に雇われないか。 報酬に関しては望むだけの額を支払おう」

 

そんな思案中の僕等に戦士長は救援を求めて来た。

彼の話では今は本来の装備を外されてこの場に居るとの事だが、そんな状況じゃ藁にも……いや、彼は僕等の存在を大木くらいの評価をした上で戦士長としての責務を果たす為に頭を下げて頼んでいるんだ。

報酬の件は本当に払えるかどうかは別にしても、僕個人としては手を貸すのは構わない。

彼の話であの連中がニグレドを悲しませた外道だという事はもう確定したワケだし。

 

問題は僕等のリーダーの判断だが、さて……?

 

「……お断りさせて頂きます」

 

「…友人がそう決めたのなら、僕もあなた方に力をお貸しする訳にはいきませんね」

 

意外だ……国家間の問題に介入するリスクがあるとはいえ、アインズさんも彼の事は嫌いでは無いと思っていたけど、僕の勘違いだったのかな?

 

「そうか……ならば王国の法を用いる事もやぶさかではないが?」

 

「それはやめておいた方が良いでしょう、戦士長殿」

 

「そんな手段を取られれば、流石に僕等も抵抗せざるお得なくなってしまいますからね」

 

「……怖いな。 そうなれば我々が敵と会する前に全滅か…」

 

どうやら諦めてくれたようだが……全滅、ね。 

アインズさんは「御冗談を」と返しているが、この人が僕等の実力を理解して引いてくれたのだとちゃんと気付いている。

 

だからこそ戦士長がその後、この村を救った事に対する礼と共に再度村を守って欲しいという願いに対して僕等のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの名をかけてまで了承したのだろう。

戦士長、ガゼフ・ストロノーフの持つ輝かしいばかりの人間性に敬意を払う為に。

 

ガゼフさんがその言葉に満足した所でアインズさんは彼を引き止めた。 何だろう…?

 

「……戦士長殿、その前にこれをお持ちください」

 

アインズさんが彼に渡したのは僕ならもう少し凝ったデザインにしたであろう、500円ガチャのハズレアイテム。

アレを渡したって事は……成程、彼の意図がようやく分かった。

流石はギルマス。 やっぱり骨のある人は違うね。

 

そしてガゼフさんは彼からのアイテムを受け取った後、部隊を引き連れて出立した。

この村の者達を巻き込まないよう、囮の役目も同時に果たす為に…。

 

その後ろ姿を見つめながら、アインズさんは誰に言うでも無い独り言を呟く。

 

「ハァ……初めて会った人間には虫程度の親しみしか無いのに、どうも話してみたりすると、小動物程度の愛着が湧くな」

 

「良いんじゃないですか? 僕も彼を見てインスピレーションがギュンギュン湧きますし」

 

「ソウソウさんは職人ですから別に構わないと思いますけど……それで、ソウソウさんはこれからどうする予定で?」

 

「バレちゃってましたか。 僕は今から彼等の戦いを特等席で見に行くつもりですが」

 

アインズさんの意図が分かった以上、彼等の様子を近くで確認する存在が必要だ。

そしてそれは多分“元”人間である僕が適任なのだろう。

 

「……分かりました。 何人残すかはそちらにお任せしますが、最低でも王国戦士長は生かしておいてください」

 

「ええ、了解。 出番が無いのならそれに越した事は無いですけどね。 それでは………」

 

そう言って僕は隠密に長けた人形を取りだす。 その人形の名は―――――

 

 

「出で座せい、〈スクルィヴァーチ・マトリョーシカ〉」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

スレイン法国の特殊部隊、六色聖典の一つである陽光聖典によって召喚された30を超える天使達に囲まれた状況でリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは疲弊しきっていた。

本来ならばこの様な状況など問題無く切り抜けられるであろう装備も今は無く、そんな中でも自分に付いて来てくれた大馬鹿で、それ以上に自慢の部下達も自分以上に傷つき疲弊し、最早まともに立って居る者はいない。

 

そんな絶体絶命とも言えるべき中においても彼の闘志が衰える事は決して無い。

何故ならば―――――

 

「俺は王国戦士長! この国を心から愛し、守護する者!! この国を汚す貴様等の様な外道に負けるわけにいくかぁ!!!」

 

この国に住む民達にこれ以上、今回の様な悲しみを背負わせたくないという戦士長としての誇り。

そしてその悲しみを生み出している元凶に対するこの身を焦がす程の激しい怒り。

この二つがもはや限界を超えた彼の体をまだ、倒れさせてはくれないのだ。

 

そんなガゼフの姿に対し、陽光聖典の隊長、ニグン・グリッド・ルーインは冷ややかに言い放つ。

 

「本当にこの国を愛していると言うのならば、お前がすべき事は辺境に住む村人など見捨てるべきだったというのに、本当に、愚かな男だよ……ガゼフ・ストロノーフ」

 

「お前とは……何処までも平行線だな。 行くぞ?」

 

「そんな体で虚勢を張るな。 無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。 せめてもの情けだ、苦痛無く殺してやる」

 

「……俺を殺したとしても、貴様等は…死ぬだろうな。 この先の村に居る…俺よりも強いであろう人達の手によって」

 

「王国戦士長ともあろう者がつまらんハッタリを……お前達の次は村人達だ。 天使達よ、ガゼフ・ストロノーフを殺せ」

 

ニグンの号令で3体の天使達が一斉にガゼフに襲い掛かる。

王国最強の男の命を奪うべく、その燃え上がる剣を振り下ろした瞬間―――――

 

 

ザザザンッ!!!!!

 

 

その全てが“ぶつ切り”にされた。

 

「――――弱いなぁ……でも、コイツ等の階位が見た目通りなら妥当か」

 

「な、何が起こった!? しかも今の声は……」

 

そのまま消滅していく天使に驚くニグンと陽光聖典の声に併せる様に謎の声の主は不可視化を解除し、姿を現す。

その正体はこの世界に居る彼等には分からないだろうが、ロシア人形のマトリョーシカを元にした操り人形、〈スクルィヴァーチ・マトリョーシカ〉。

その外装は全身の皮膚が無い女性の塗装が施されたグロテスクなデザインだ。

 

これは人形の中に一回り小さい人形を入れるという仕様の物で一層目が相手の攻撃を一定回数反射する〈カシマール・アトラジェーニエ〉を持ち、二層目が不可視化の効果〈ピリャータッツァ〉と収納式の無数の刃を有している。

今回、彼等が見たのはこの二層目になる。

 

そして二層目から出て来た三層目、すなわち本体の姿に陽光聖典は絶句する。

 

「どうも、お仕事熱心な皆さん。 お会い出来て僕はとっても嬉しいよ」

 

身を包む服装は自分達が見た事が無い物で、顔には真っ白な仮面、瞳の色は黄金、髪は言葉を発する度にザワザワと蠢くという正しく“異様”という言葉が似合う男が現れたのだから。

 

「……ソウソウ殿、何故だろうな…ゴウン殿が来なくても…君は来ると思っていた」

 

ガゼフがそう感じた理由は彼が村々を襲っている者の正体に確信を得た時、大切な者が傷つけられた事に対する怒り、傷つけた相手に対する冷徹な光、この二つを彼の瞳の中に見たからだ。

 

現に今も、彼は声音こそ穏やかだが陽光聖典にその二つが入り混じった視線を向けている。

 

「ガゼフさんは助けましたが後は僕がやりますか? それとも自分で実験の続きをしますか?」

 

『ご苦労様です、ソウソウさん。 私もそちらに向かう事にしましょう』

 

次の瞬間、ガゼフと彼の部下達の姿はその場から消え、入れ替わる様に二人の男女が現れた。

これは先程、ガゼフに渡したアイテムの効果が発動した為だ。

そして現れた内の男性の方が陽光聖典に対し、自己紹介と提案をする。

 

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。 私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。 隣に居るのは私の同志のソウソウさん。 そして後ろに居るのは部下のアルベドです。 皆さん……私と取引をしませんか?」

 

 

陽光聖典、彼等にとって……恐怖と絶望の時間の始まりである。

 

 




次もまた無双が始まります。

ちなみにスクルィヴァーチ・マトリョーシカの一層目は普通に美人の絵柄。


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九話

「―――何者だお前達は? ストロノーフを何処へやった!?」

 

「村の中に転移させましたが、それが何か?」

 

「冗談を言うな!! その様な事が出来るわけ………」

 

「まったく、先程からお前と戦士長の会話を聞いていたのだが……本当に良い度胸をしているな」

 

「なっ…!?」

 

取り敢えず最初はこの世界の宗教体系と魔法の関連性を尋ねていたのだが、陽光聖典の隊長さんはこちらの質問には答えず、高圧的な態度で質問返しをして来たので、アインズさんは苛立ってきたのか、さっさと本題に入る事にした。

正直な話、僕もアルベドも彼の態度の悪さに「ボス、コイツさっさと殺っちゃいましょうよ」という気分になってきたしね。 仕方ないね。

 

ちなみに僕はもう、先程の人形〈スクルィヴァーチ・マトリョーシカ〉を仕舞っている。

コイツ等程度には必要が無いと判断したからだ。

 

「お前達はこのアインズ・ウール・ゴウンが手間を掛けてまで救った村人を殺すと言っていたな……不快だ……実に、不快」

 

「しかも、君達は僕等の大切な家族に深い悲しみを与えたんだ……ただで済むと思うなよ、屑共」

 

急に口調と雰囲気を変えた僕等に圧倒されている陽光聖典の連中とは別に、後ろに控えていたアルベドは僕の言葉で何かに気付いたのかハッとなり、僕に対して深く頭を垂れる。

やっぱり彼女は察しが良い……僕等に対する評価を除けば、だけど。

 

「……ず、随分と大きな口を叩くものだな貴様等…で、だからどうした?」

 

「先程の取引の話だが、内容は抵抗する事無く命を差し出せ、そうすれば痛み無く死を与えよう。 抵抗すれば……」

 

「君達にとって生きるという事がこの世で最大の苦痛である、という事を僕等が嫌と言うほど実感させてあげるよ」

 

僕達はその言葉と共に互いに一歩踏み出す。

その行動に陽光聖典の全員が逆に一歩下がり、顔には怯えの色が滲み出ていた。

 

「て、天使達を突撃させよ! こちらに近づけさせるな!!」

 

隊長さんの半ば悲鳴の様な号令で僕等2人にそれぞれ2体ずつ第三階位、〈炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)〉達が襲い掛かって来た。

 

僕はその内の3体を力任せに殴り、蹴り、口からの火炎放射で消滅させ、残りの1体の背中に五指から出した繰り糸を接続する。

 

「―――〈頭脳支配(ブレイン・ジャック)〉」

 

使用者より低ランクの召喚モンスターを自身の操り人形にするという、人形使いのスキルによって天使は少しの間痙攣した後、僕の意のままに動くシモベと化した。

 

「なっ!? 口から火を吹い…いや、そんな事よりも、天使の支配権を奪う……こんな事が…」

 

隊長さんは随分と驚いてる様だが、この世界にはこの技術は無い、もしくは珍しいのだろうか? 後でじっくりと訊いてみたい所だ。

 

「ソウソウさんのそのスキル…久々に見ましたね。 しかし、私の分は片付けなくても良かったのですが?」

 

「アインズさん、攻撃を食らう気だったでしょ? 大丈夫だっていうのは分かってますけど、心配になりますって。 ね、アルベド?」

 

「ソウソウ様の仰る通りです。 たとえ無傷であろうとも、その至高の御身に下賤な剣を突き立てられる事を容認できる者などおりません!」

 

「……は、はい(二人とも俺に対して過保護過ぎやしないか…?)」

 

「ぜ、全天使で攻撃を仕掛けろ!! 急げ!!!」

 

僕等のほのぼのとした会話を好機と見たのか残りの40体近い天使達が一斉にこちらに向って来る。

僕は人形使いのセオリー通り、操った天使を自分達よりも離れた位置に配置した。

どれ、繰り手の差ってヤツを教えてやるか。

 

 

「二人とも、下がって。 来なよ、ジャンク共」

 

 

僕が片手で操る天使は一撃で3体の同族を斬り捨て、攻撃を躱して同士討ちを狙い、こちらに近づくヤツは消えかけの1体を投げて破壊し、気付けばその数を半数以下まで減らしていた。

 

「アインズさん。 このままでも余裕ですけど、残りは派手に決めても良いですか?」

 

「構いませんよ。 力の差を見せつけてあげて下さい」

 

彼の了承を得た僕は即席人形を天使の群れに突っ込ませる。

そして安全装置代わりの繰り糸を外すと―――――

 

 

パパパンッ!!

 

 

操作していた物も含めて、僕等を狙う残りの天使達全てが跡形も無く“破裂”した。

その様子を目の当たりにし、陽光聖典の皆さんは開いた口が塞がらない様子だ。

 

「……あ? あり……えない……」

 

頭脳支配(ブレイン・ジャック)した召喚モンスターを周囲の同種を巻き込む爆弾に変える追加スキル〈セイムカインド・ボム〉、その反応からするとコレも見た事は無い様だね」

 

「我々からすればこういった戦法は基本中の基本なのだが……。 さて、今更だがお前達はこちらの提案を拒絶した、という認識で良いのかな? ならば……」

 

「「「うわぁぁああぁあぁあああ!!!!!」」」

 

アインズさんが次の言葉を告げる前に半ば狂乱状態に陥った敵さんが自身の得意であろう魔法を雨あられとこちらに打ち付けて来た。

 

「ソウソウさん、今度は守らなくても良いですからね」

 

「分かりました。 しかし……僕にすら届かない弱さとは言え、ユグドラシルで見た事がある魔法ばかりですね」

 

「ええ。 この魔法を教えたのがスレイン法国の者か、それとも“プレイヤー”か……奴等に訊くべき事がどんどん増えてきた、と言った所でしょうか」

 

魔法の豪雨を受けても平然と会話をしている僕等を見て、隊長さんの顔色はもう真っ青になっている。

 

―――――ヤバいな…。

 

 

「―――おぼぉあ!」

 

汚らしい声が聞こえたので何事かと振り返って見ると、どうやらパニックを起こして鉄のスリングを投げつけて来たヤツがアルベドのスキルで跳ね返されて絶命していた様だ。

 

「いやー、ごめんねー。 僕達の部下が君達の仲間を殺しちゃって」

 

「アルベド……私達があの程度の飛び道具で傷つく事は無い事は承知している筈だ。 わざわざお前が……」

 

「お待ちください、アインズ様。 至高の御身と戦うというのにあのような程度の低い飛礫……御二人に触れる価値すらありません」

 

「ふふふっ。 アルベド……勘違いしちゃいけないよ」

 

「はっはっ。 ソウソウさんの言うとおりだ。 アルベドよ、これは戦いなどでは無いぞ。 これは………」

 

 

「「“遊び”だ(よ)」」

 

 

「――っ!! プ! 〈監視の権天(プリンシパリティ・オブザベイション)〉!! かかれ!!」

 

僕とアインズさんのお遊び宣言に対し、隊長さんは今まで待機させていた自軍の防御能力を引き上げる効果を持つ監視の権天使をこちらに差し向けて来た。

アレ、動かすと効果が消えるのに……完全に余裕無くなってきてるなぁ。

 

「そろそろ次は私の番だな。 ソウソウさん、アルベド、手は出さない様に」

 

その指示で僕等は後ろに下がる。

さてさて、ギルマスのかっこいい所、見せて貰おうか。

 

「別に攻撃を受けても問題は無いが……二人が心配するので一撃でいこうか。 〈獄炎(ヘルフレイム)〉」

 

彼の詠唱で現れたのはポツンという言葉が似合う小さな火。

ユラユラと漂っていたソレは天使の体に付着するとゴウッと天にすら届く勢いで燃え上がり、一瞬で目標を消滅させた。

 

「い、一撃……? ば、馬鹿な…あ、ありえ…ない…」

 

「うぉー、お見事。 どこぞの大魔王みたいで格好良いですよ、アインズさん」

 

「まさしく覇王に相応しい圧倒的な御力……流石はアインズ様で御座います!」

 

僕とアルベドの素直な賛辞にそっぽを向いて、頭をポリポリと掻く仕草をするアインズさん。

照れてるな……中身は骨なのにちょっと可愛らしいと思ってしまったじゃないか。

 

「な、何なんだ貴様等は!? 我々の天使を逆に操り、事も無げに一瞬で滅ぼす……そんな存在が今まで無名だったなどあり得ない!! アインズ・ウール・ゴウン、ソウソウ、貴様等の本当の名を言え!!!」

 

「やれやれ……お前達の無知にはもう、呆れ果てて物も言えんよ」

 

「僕等の名前は決して偽りなんかじゃ無い。 君達程度には理解出来ないだろうけどね」

 

望んでいた答えじゃなかったのか、それとも僕等が自分達の手には負えない存在だと今更気付いたのか、隊長さんの顔は完全に血の気を失っている。

 

―――――耐えろ…耐えるんだ。

 

「お前達! 最高位天使を召喚する!! 時間を稼げ!!!」

 

彼は怯えきっている部下達に激を飛ばし、震える手で懐からクリスタルを取り出す。

……あれってひょっとして〈魔封じの水晶〉? それで最高位天使と言うのなら……

 

「アインズさん、今の内に仕留めますか?」

 

「いえ、手の内を全て見てからです。 アルベド、スキルを使って私達を守れ」

 

「なら、奥の手の一体を出します。 アルベド、防御はアインズさんと自分だけに集中して!!」

 

「なっ!? ソウソウ様、それでは……」

 

「早くしろ!! 君にもしもの事があったら僕がタブラさんに顔向けできないんだ!!!」

 

「―――っ! 畏まり…ました」

 

彼女の返事を聞き終え、僕は虎の子の人形を召喚(よ)び出す。

 

 

「出で座せい、〈アリヴィエイト・ゴウランド〉!!!」

 

 

召喚ゲートを通し、両手の指から出す繰り糸も一本が百の髪を束ねた全力操作仕様で無ければ完全には扱えない神器級の人形、〈アリヴィエイト・ゴウランド〉。

服装は深紅のローブをその身に纏った全長15メートルの細身の男性型で、首の長さがその内の2メートルを占め、その上に乗っている頭部は遊園地で見る巨大なメリーゴーランドの2倍の大きさの物がそのまま乗っているというデザインになっている。

 

その能力は頭部の本来設置されている馬や馬車代わりの魔獣や拷問器具に内蔵された全ての属性に対する“軽減効果”によってどんな攻撃であろうとも10分の1まで指定対象のダメージを抑える事が出来る。

それは例え即死魔法であっても例外では無く、成功したとしてもその際に受けた残りHPの10分の1しかダメージを与える事が出来ない。

ギルドのメインタンクの一人、ぶくぶく茶釜さんのサポート用に開発した僕の傑作の一つだ。

 

「来い……二人は絶対に傷付けさせない」

 

僕はその宣言と共に隊長が呼び出し終えた“最高位天使”に向き合う。 その姿は―――――

 

 

「こ、これが最高位天使……? この程度の物が私達に対する最大の切札……なの、か?」

 

 

ギルマスの気の抜けた声も仕方が無い……コレは“第七階位”の〈威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)〉だ。 ぶっちゃけ、僕等からすれば雑魚の部類、超余裕な相手。

 

恥ずかしいぃ……二人に格好付けちゃった手前、今…すっごく、恥ずかしいぃぃぃ………。

 

どうせ向こうに居る隊長さんもこの程度のヤツ召喚(よ)び出してドヤ顔決めてんでしょ?

その顔を確認する為に僕は彼の方に視線を移す。 その表情は―――――

 

「な……何…だ…? しょ、しょ…しょの…化け物…は?」

 

僕の人形を目の当たりにして目は飛び出さんばかりに見開き、口をだらしなく開け、涎と鼻水まで出ていた。

 

―――――ブツン!

 

 

「ギャーッハッハッハッハハッハハハーヒャーッハハッハハハハッハッハハハッハハハハ!!!」

 

 

駄目だ! 限界だ!! もう我慢できない!!!

この隊長さんの顔芸が面白過ぎてずっと我慢してたのに、その顔はズル過ぎだろ!!!

アインズさんの絶望オーラ以上の笑いを僕に提供して来やがった!!! スレイン法国ぅ!!!

 

「「「あ……あぁ………あぁぁ………あぁぁぁぁぁ…」」」

 

「そ、ソウソウさん……?」

 

「ソウソウ……様?」

 

「―――――……ふぅ」

 

感情が平坦化して周囲の状況を確認すると、聖典の皆さんは僕の大爆笑に恐怖で動けず、アインズさんとアルベドは闘技場の件を超えるドン引き具合。

……やっちまったなぁ。 ヤバいよ、ヤバいよコレ……どうやって切り抜けよう?

 

僕が下を向き、少しの間、思案して出した答えは―――――

 

「この脳味噌ジャンク共がッ!! 僕等を馬鹿にしているのかッッ!?」

 

―――――“八つ当たり”だ。

 

僕は召喚(よ)び出した人形を繰り糸で攻撃用に起動させた。

すると、頭部のメリーゴーランドは精神が不安定になりそうな子守唄を辺りに響かせながら回転を始める。

 

「この程度の存在で僕の大切な家族を傷つけようなんて……」

 

言葉の勢いに任せて伸縮式になっている人形の腕を伸ばして召喚された天使を掴み―――――

 

ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!!

 

メリーゴーランドの底部分の回転刃となっている攻撃機構に突っ込んだ後―――――

 

ボドボドボドボドボド!!!!!

 

魔獣の口と拷問器具からバラバラにした天使の残骸を吐き出し、それらは光へと変わった。

 

 

「恥を知れッ!! 身の程知らずがぁッッッ!!!」

 

 

ハイ、僕「ブチ切れましたよー」って演技しましたよ。 実際、かなりイラついてたし。

アインズさん、後は頼みます。 ホント……お願いします、マジで…。

 

 

 

僕が途方に暮れていると突如空間が割れ、それは瞬く間に元に戻った。

それによって我らがギルマスは気を取り直し、隊長さんに今の現象の説明を始める。

サンキュー……サンキュー、ホッネ!

 

 

「………ふむ…どうやら、お前を監視していた者が居た様だが、効果範囲内に私が居たお陰で対情報系魔法の攻性防壁が起動したようだ」

 

「つまり、僕等の情報は大して覗かれて無いって事だよ。 分かった?」

 

「ソウソウさん……(ホッ)。 しかし、覗き見されるというのも気分が悪い。 これならばより上位の攻撃魔法と連動するように準備しておくべきだったな」

 

普通のテンションで僕が会話に参加して来たので明らかに安堵の雰囲気を纏ったアインズさん。

…え? ちょっと待って? ひょっとしてギルマス、僕が本当に怒ってたって勘違いしてる?

 

「……ですね。 なら、遊びはここまでって事で」

 

隊長さんは僕等の言葉にもう、どう足掻いても助からない事を悟ったのか涙を堪えて震えている。

やっべ、また笑いそう。 その顔ホントにやめろ。

 

「ちょ、ま、待って欲しい! アインズ・ウール・ゴウン殿……様!! ソウソウ様!! 取引を! 私たち……私だけで構いません!! 命を助けて下さるのならば、お、御二人の望む物を望むだけご用意します!!!」

 

あーあ、そういう事言うなよ…。 部下の皆さん絶望しきった顔しているじゃないか…。

それにアインズさんはともかく、僕が欲しい物は君を最初に見た時から既に決めてるんだよ。

 

「……アルベド、説明してあげて」

 

「はっ! ……貴方は至高の御二人の慈悲深きご提案を自ら拒否しておきながら醜く命乞いをしているのだけれど、その様な不遜が許されるとでも思っていたのかしら?」

 

「そ、それは! 大変申し訳なく……」

 

「その上本来であればお声を決して荒げる事の無い、お優しく、穏やかな御心を持つソウソウ様をあれ程激昂させてしまうなんて……最早、貴方に残された道など一つしか無いのだと知りなさい」

 

イヤ……ね? 言うほど怒ってないからね? ちゃんと僕の御心を分かってよ。 ね?

 

「ナザリックにおける生殺与奪の権を持つ至高の御二人に死ねと言われれば、下等生物である貴方達人間は喜んで跪き、命を奪われる時を感謝しながら待つべきだったの」

 

アルベドの言葉を聞き、アインズさんは嫉妬マスクを外してその骸骨フェイスを彼等に晒す。

うんうん。 今の流れ、凄く大物感溢れてて良かったですよ。

 

「確か……『無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。 せめてもの情けだ』……後は、何と言っていましたかね? ソウソウさん」

 

「ええ、『苦痛無く殺してやる』でしたね。 でも、この部分は変えるとしましょうか……」

 

僕等三人の判決を聞いてスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典全員が恐怖で悲鳴を上げた。

 

 

――――――――――

 

 

僕等は捕らえた陽光聖典の皆さんをナザリックに送る事にした。

情報と僕個人で部品(パーツ)も欲しかったしね。

じっくりと時間を掛けて自分達がしでかした事を後悔して貰うとしよう。

ちなみにアインズさんは嫉妬マスクを被り直している。

これから村に戻るからってのは分かるけどさ……ソレ見ると聖夜に一人で作業していた時の事思い出すから正直、勘弁して欲しいんだけど…。

 

その後、村に戻ってガゼフさん達の様子を見に行ったのだが、体はボロボロでも眼は力強く輝いていて、左手の薬指にある指輪も相まって僕は「うおっ!まぶし!」と視線を逸らしてしまった。

大切な女性を残して逝かなくて良かったね、何て人間的な事も思ってしまう位、この人は魅力に溢れる人間なんだよね。

 

ガゼフさんは僕等の「陽光聖典は追い払う事しか出来なかった」という嘘に懐疑的な目を向けたが、助けられた事に対する恩義が勝ったのか、それ以上は何も言わない……ありがたいね。

そしてアインズさんと少し話をした後、彼は僕の眼を見てこう言った。

 

「ソウソウ殿、今の君の眼はとても澄んでいて綺麗だと思える。 今後、先程の様な恐ろしい視線に私達が入らない事を願うばかりだな」

 

「大丈夫ですよ、戦士長殿。 僕はあなたの様な人を尊敬していますから」

 

僕の言葉に彼はふっと笑い、別れの言葉を口にしてくれた。 「また会おう」、と。

出来る事なら……次に会う時は彼と戦うなんて事にはならなければ良いんだけどね…。

 

 

――――――――――

 

 

僕等は村を出て、すっかり暗くなった夜道を三人で歩いている。

 

「ソウソウさん……格好良かったですよ…その、悪の人形使い、みたいな感じで」

 

あーーーもう! フォローしなくてもいいって!! ってか思い出させないで!!

アインズさんが“THE悪の魔王”みたいなキャラで通せてたのに僕は何!?

ただの“情緒不安定キャラ”みたいになってるじゃん!! 

そもそも本気で怒ってたワケじゃないし!!

あー、泣きたい……泣けないのは分かってるんだけど。

 

「ソウソウ様……少し、お時間を宜しいでしょうか?」

 

僕が自己嫌悪でまた心が平常化しそうになる中でアルベドが話しかけて来る。

 

「……アルベド、どうしたの?」

 

「今回は姉の所為でその御心を乱された事、姉に代わりまして深くお詫び申し上げます!」

 

「いや、別にニグレドの所為じゃ……」

 

「そして、姉の為にその至高の御力を揮って頂きました事、深く…心より感謝申し上げます!」

 

「………うん」

 

姉の事を想う妹……“姉妹愛”か。

僕も弟が悪さした時は一緒に謝りに行ったけど、他人がやるとこんなに綺麗に見える物なんだ…。

綺麗な物を見せてくれたんだし、彼女の主人の一人として何か褒美をあげないとね。

 

「アインズさん。 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、今は何人が所持してます?」

 

「え!? ……今ですと、私、ソウソウさん、アルベド、マーレ、マキナの五名ですね」

 

「成程…なら、これからは指輪を持っている者がアインズさんと二人っきりの時に“モモンガ呼びできる権利を貰える”……っていうルールにしませんか?」

 

「―――――っ!? ソウソウ……様」

 

「……え、何でですか? 理由を訊いても?」

 

僕の言葉にギルマスは頭にハテナマークを浮かべている。

だからアンタは童貞なんだよ!! ………僕もだけどねッ!!!

 

「“アインズ・ウール・ゴウン”、これからの事を考えればこの名前は必要ですけど、“モモンガ”も僕からすれば大切な恩人の名前ですからね。 口にしておく機会は必要だと思いまして」

 

「………ソウソウさんの、言うとおりかもしれませんね。 分かりました、それで行きましょう」

 

「はい、二票で可決。 それじゃあ、話も終わりましたし…帰りますか。 “家”に」

 

「ええ、帰りましょう。 “我が家”に」

 

僕等の後ろでアルベドが深く頭を下げるのを感じながら僕は思う。

「果たしてこの選択は正解だったのか?」と。

それは今後分かる事だろうし、考え過ぎても良い作品は作れないという事は今までの人生で分かりきっているのだから、これ以上悩むのも馬鹿馬鹿しい。

 

 

取り敢えず…早くマキナとニグレド、時間があれば恐怖公もだが綺麗な者を見て癒されたいよ…。

 

 




ハイ、(ソウソウが)爆笑回でした。

頭脳支配(ブレイン・ジャック)〉の元ネタは魔剣Xのブレインジャック。
ドロヘドロの林田球さんが描いた漫画版と共に大好きな作品です。

〈アリヴィエイト・ゴウランド〉の元ネタはからくりサーカスのメリーゴーラウンドオルセン。
オルセン! オルセン!! オルセン!!! ようやく出せました。

次回もまた守護者達の勘違いハードル上げが始まりますよー。


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十話

第十階層 玉座の間――――

 

 

現在、ナザリックに帰って来た僕等は玉座の間に集められるだけの元NPC達を集めた。

理由はギルマスが名前を変えた事と、これからの指針を皆の前で宣言する為だ。

その中には当然、僕の娘であるマキナの姿も居るが、僕が彼女を呼びに工房に戻って来たら、無表情でほっぺたを膨らませていたので少し可笑しくなり、空気を抜いてから此処まで連れて来た。

 

たっちさん、今わかりました。 子供萌えの心は彼女だったんですね!

 

 

「お前達、まず今回は私とソウソウさんが勝手に動いた事を詫びよう」

 

「僕達もちょっと散歩がしたくなってね。 心配したのなら謝るよ」

 

僕もアインズさんも「全然悪いなんて思ってませんよー」って声音で集まった皆に謝る。

この態度も二人で話し合ったのだが、今の状況で普通に謝ってしまえば僕等が皆の力を信頼していないと取られる可能性があるから、あくまで今回は僕等の“わがまま”で外に出たという形にした方が皆の為に良いだろうと決めたからだ。

実際はすっごく申し訳ない気持ちなんだけどね……。

 

「我々に何があったのかは後でアルベドから聞くように。 ただ、その中で一つだけ至急、この場に居る者、そしてナザリック地下大墳墓の者に伝えるべき事がある。 ―――私は名を変えた」

 

彼は玉座後方にかけられた旗、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインを指差し、この場に居る者全員の視線がそれを確認した後、宣言する。

 

「これより私の名を呼ぶ時はアインズ・ウール・ゴウン……アインズと呼ぶが良い」

 

「「「――――――――――っ!?」」」

 

「皆、驚いている様だね。 けれど安心して欲しい。 彼がこの名を名乗るのは僕と話し合って決めた事だし、決して“モモンガ”という本当の名前を捨てた訳じゃない」

 

当初ギルマスは〈上級道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)〉で自分の旗を消して不退転の決意を固めようとしていたけれど、それは僕が止めた。

本当の名を呼ぶ取り決めだけではなく、象徴となる旗を残す事によって彼にとって数少なくなってしまった人間性も同時に守りたかったからだ。

 

「この件は後でソウソウさんが語るこれからの指針に大きく関係する事だが……まずはお前達に訊く。 私がこの名を名乗る事に異論がある者は立ってそれを示せ」

 

彼の言葉に誰も異論を唱える者は居なかった。

内心はどう思っているのかは僕等には分からないけどね…。

 

するとアルベドが嬉しそうに、本当に嬉しそうに声を上げた。

 

「御尊名伺いました。 アインズ・ウール・ゴウン様、万歳! いと尊き御方、アインズ・ウール・ゴウン様、その盟友であらせられますソウソウ様、ナザリック地下大墳墓全ての者よりの絶対の忠誠を!!」

 

彼女に続いて各守護者達が、元NPC達が、選りすぐられたシモベ達が彼の新たな名と僕等の力を称え、万歳の連呼が玉座の間に広がる。

 

「良かったじゃないですか、“アインズ”さん」

 

「正直、ホッとしてますが……これからですね。 頼みます、ソウソウさん」

 

「ええ…。 ―――さて、これからの君達の指針を伝えたいと思う。 皆、聞いて欲しい」

 

僕の言葉に皆は即座に黙り、聞く姿勢に入った。 君等訓練され過ぎだろ……。

 

「これはアインズさんと僕で決めた事だが……君達にはこれから―――――

“アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説”にして貰う為に働いて欲しい」

 

この言葉で空気がほんの少しだが張り詰めた物に変わる。 緊張するなぁ……。

 

「その理由の前に皆に伝える事がある……かつて僕等、至高の存在はアインズさんと君達を残してこのナザリックを去ってしまった…。 その事で深い悲しみを与えてしまった事は本当に、本当に済まないと思っている……」

 

「(ソウソウさん……)」

 

僕の突然の謝罪にこの場に居る皆が、普段は無表情のマキナでさえも驚愕の表情を浮かべる。

この反応は当然だ。 けれど、たとえ幻滅されようともこれは僕にとって必要な行為なんだ。

 

「しかし僕は帰って来た。 いや……“帰って来れた”とでも言えば良いのだろうか、様々な要因が重なって僕は現在、此処に居る。 そして帰って来れた以上、これからは僕の命をアインズさんと君達の為に使うと今、ここに誓おう!」

 

周囲からざわめきが聞こえる。

自分達の主人である至高の存在の一人からそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。

皆が皆どうすれば良いのか困惑しきっていた。

何故か表情を崩さないアルベドとデミウルゴスを除いて……何でノーリアクション?

 

「お前達、今の発言はソウソウさんの嘘偽りの無い気持ちだ。 

私は彼の事を許すどころか最初から恨んでなどいない。 

では、お前達はどうか? 彼の事が許せぬと感じた者は立って意見を述べよ」

 

アインズさんの問いに立ち上がったのはマキナだ。

娘からの駄目出しか………これは凹むなぁ…。

 

「ふむ、マキナか…。 発言を許そう」

 

「はい! お父様は先程、“帰って来れた”と仰りました。 それは決して私達を御見捨てになった訳では無く、何か深い理由があって御姿を隠されていたという事に他なりません! 

その間も常に私達の事を気に掛けてくれていたであろう、お優しいお父様を悪しざまに言える様な事が……どうして…どうして……出来ましょうか…」

 

マキナはその言葉と共に大粒の涙を流して震えている。 泣き顔……初めて見たな…。

彼女の設定に「人形と生命の中間の存在」と書いたが、まさか涙を流してくれるとは……。 

嬉しい反面、そんな顔をさせてしまった事に心が痛む……。

 

その姿を見た皆はハッとなり顔を俯かせて彼女と同じ様にその身を震わせる。

アルベドとデミウルゴスはそんな彼等を見て「やれやれ皆、ようやく分かったか」みたいな表情で首を横に振っていた。

凄いなナザリックの頭脳担当!! 僕そこまで考えて発言しなかったよ!?

 

「ありがとう、マキナ…。 それで…話を戻すんだけど、僕が帰って来れた様に他の至高の存在もこの世界に来ている可能性が分かったんだ」

 

「故に、我々がこの世界で為すべき事は“全ての英雄を塗りつぶす”! 我等より力ある者は搦め手で、数多の部下を持つ魔法使いがいればそれ以外の手段でねじ伏せろ!! 今からお前達にはその準備を始めて貰う」

 

「僕達、アインズ・ウール・ゴウンの存在をこの世界で知らない者がいない領域にまで引き上げれば、きっと皆の大切な至高の存在にも気付いて貰える筈だからね」

 

「この世界の地上に、天空に、海に! 知性を持つ全ての者に! 我々の力を知らしめるのだ!!」

 

アインズさんの力強い宣言に皆は首を垂れ、僕等に対してまるで神様に祈りを捧げているかのような綺麗な感情を向けてくれた。

僕等の事をこれ程想ってくれている彼等の為にも、これから頑張らなきゃね。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

アインズとソウソウ、二人の至高の存在が去った後の玉座の間は誰もが跪き、無言であった。

だがそれは決して穏やかな物ではなく、自らの主達から受けた命令に対する喜びと熱気が渦巻いている。

 

「皆、面を上げなさい」

 

立ちあがったアルベドの静かで穏やかな声に、未だに頭を下げていた者達はようやく顔を上げた。

 

「各員、アインズ様とソウソウ様の勅命には謹んで従うように。 そして、これから重要な話をするのだけれど、その前に全員に訊くべき事があります」

 

「アルベド、何かね? それは至高の御二人の御意志を伝える事よりも重要な事だとでも?」

 

「ええ、デミウルゴス。 その事に対して大いに関係のある話よ。 皆、ソウソウ様のお優しさに触れるという栄誉を授かった事はあるかしら?」

 

その問いにこの場に居る全員が頷いた。

先程のソウソウの謝罪で皆の彼に対する忠誠心はもはや限界値を突破していたのだ。

 

「では、ソウソウ様のお怒りになった御姿を見た者は居るかしら?」

 

「あ、アルベドさん! お父様に怒られたんですか!?」

 

「いえ、違うわマキナ。 私にではなく先程、氷結牢獄に送った分不相応の身でありながら至高の御二人に牙を向けた下等生物(ニンゲン)に対してよ」

 

その発言によって玉座の間の空気が常人であれば死に至るであろう殺気で満ちる。

至高の存在に対して不遜を働いた者への拷問を特別情報収集官では無く、自分がやりたいという感情がその場に渦巻いた。

 

「自分に向けられた物では無いと言うのに、あの方の狂気すら感じてしまう嗤い声、その後に訪れた第七階層の灼熱ですら生温い圧倒的な熱量を持った怒声……私は思わずその身を震わせてしまったわ…」

 

デミウルゴスはその至高の存在に対して不敬とも取れる発言に何も言わない。

守護者統括の心底恐怖している姿を見て、その言葉に偽りが無いのだと感じたからだ。

それはその場に居る誰もが感じたようで、アウラとマーレはその姿を想像して涙目になっている。

 

「全てが終わって……正直に言うわ。 私は崇め、奉るべき存在であるソウソウ様に怖れを抱いていた。 そんな私にあの方は内容をまだ語る事は出来ないけれど、私が本当に…本当に欲しかった言葉を送って頂いた……まさしく至高と言うべき慈悲をこの身にお与え下さったの」

 

「……流石はお父様。 アルベドさんの心に巣食った恐怖に瞬時に気付き、それを上回る歓喜をお与えになるなんて……至高の方々の頂点であるアインズ様が『お優しい』と評しただけの事はありますね」

 

「そうなの! そんなソウソウ様の御心の内を御理解出来るアインズ様はやっぱり最高の殿方!

マキナ、貴女はやっぱり分かってるわね!! 貴女にならその言葉を教える権利もあるし、

今からでも……ってシャルティアが居ない場所の方が良いわよねぇ…?」

 

「あ゛あ゛ぁ!? 何でそこで急にわたしに振んの!! やる気? 別に構わないけどぉ!?」

 

「フウゥゥ……シャルティア、落チ着ケ。 アルベドモ話ヲ脱線サセルナ」

 

「……えぇ、ごめんなさいコキュートス。 つまり、私が言いたいのはソウソウ様という至高の存在は正に“嵐”と評するに相応しい御方、と言う事よ」

 

その表現に皆が頭を悩ませていると答えに辿り着いたのかデミウルゴスが発言する。

 

「成程……アルベド。 つまり君が言いたいのはソウソウ様にとっての嵐の中心地、“無風地帯”は至高の方々とこのナザリックに住む者達、と言いたい訳だね?」

 

「その通りよ、デミウルゴス。 このナザリックを傷つける者に対する怒りの深さはアインズ様と同等でもソウソウ様が取る行動はアインズ様以上の一切の容赦が無い無慈悲そのもの。 

それはあの方にとって守るべき存在であるアインズ様と私達への愛情の裏返しなのよ」

 

「つ、つまり…えっと、ソウソウ様は至高の方々と僕達には凄く優しい方で、そ、それ以外には凄く厳しい方って事で良いんでしょうか…?」

 

「うわー……何かそれってすっごく嬉しいんだけど、あたし達がソウソウ様の敵じゃなくてホントに良かったって思っちゃうなぁ」

 

「厳格さと深い慈しみの御心を併せ持つ至高の存在であるソウソウ様と、その様な御方と対等の交友関係を築く事の出来るアインズ様はやはり、我々共の最高の御主人でありましょう」

 

「全くもってその通りよ、セバス。 その御二人の隠された願いを叶える為にもデミウルゴス、マキナ、御二人とお話した際の言葉を皆に」

 

ソウソウとアインズの偉大さを再確認し、その二人の役に立てるであろう事に感じる愉悦を押し殺しながら、デミウルゴスとマキナはアルベドの言葉に応える。

 

「畏まりました」

 

「(ふひ…ふひひ…)はい、アルベドさん」

 

「アインズ様とソウソウ様が夜空をご覧にになられた時ですが―――――」

 

 

 

『モモンガさん……一人の人形作家として、これだけ綺麗な星空を見てしまうと…到達できない領域をまざまざと感じて悔しくもあり、同時に凄く嬉しくなりますね』

 

『ソウソウさんは十分、立派な人形作家ですよ。 でも、出来れば今、此処に居ないメンバーにもこの美しい景色を見て欲しかったな、とは思いますね…』

 

『今、この眼に映る全てを僕等4人だけで独占してしまうのは勿体無いな……皆とも分け合いたい』

 

『なら、“世界征服”でもしちゃいましょうか? 全部を手に入れれば帰って来た皆にいつでも分けられますし』

 

『ふふふっ、モモンガさん、その発想(ギャグ)面白いですね……デミウルゴス、マキナ、君等もそう思うだろ?』

 

『ええ、流石はモモンガ様で御座います』

 

『今の御二人の言葉、私もデミウルゴスさんもこの胸に刻み付けさせて頂きます』

 

『『(いや、別に刻み付けなくてもいいんだけど……)』』

 

 

 

この話を聞き終えた玉座に居る者達の瞳には強い、決意の色が宿っていた。

主である至高の二人の真意をこの場に居る者全員が理解した事を確認し、アルベドは宣言する。

 

「アインズ様とソウソウ様はいずれ帰って来られるであろう、至高の方々の為にこの世界の全てを御所望されている。 ならば臣下である私達が取るべき行動は先程アインズ様が申された様にこの世界の地上、天空、海に存在する知性を持つ全ての者をこのナザリックの支配下に置く事。

至高の方々の御要望を完璧に遂行する事こそが私達の存在意義」

 

そして彼女は自分が背にしていたアインズ・ウール・ゴウンの旗に向き直り、微笑を浮かべる。

 

「至高の方々の為、必ずやこの世界を御身の元に」

 

その声に続いて全員の声が玉座の間に響き渡った。

 

「「「正当なる支配者たる至高の四十一人の元に、この世界の全てを!!!」」」

 

 

 

アルベドは思う、例え御二人の望みである残りの至高の存在がこのナザリックに戻る事が無かろうともそれはそれで仕方が無い、と。

問題はこのナザリックに残ってくれた己が愛する至高の存在の頂点であるアインズと、帰還し、アインズの御身を守ると誓い、自分達の事を心から愛し、心の機微を読んで深い慈しみを与えてくれる恐ろしくもお優しい至高の存在であるソウソウのこれからの事だ。

 

彼等にとって大切な存在が帰還出来なければ自分達が、アインズには自分がずっと傍に居よう。

その前にまず、この世界を手に入れるという彼等の願いは必ず叶えなくてはいけない。

他の至高の方々に対する想いの全てをそのまま貰い受ける為には自分達が彼等にとって無くては成らない働きを見せる必要があるからだ。

 

「(タブラ・スマラグディナ様の御友人であったソウソウ様が二人きりの時はモモンガ様とお呼びになる事を認めて下さった…。 くふふふ…これはもう完全に私とアインズ様の仲を後押ししてくれていると見て間違い無いわ!!)」

 

〈リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉、その指輪を持つ者にしか許されないという条件も「良い働きをした者に渡す」という、ある意味で全ての者に平等感を持たせる事により、

現在所持している自分の優越感は最早、止まる事を知らない。

 

「(嗚呼……この様な取り決めを為さるなんてソウソウ様は本当に素晴らしい御方…。

姉さんもソウソウ様の御寵愛を受けている様だし、世界征服した暁にはアインズ様と私、

ソウソウ様と姉さんで同時に結婚式を挙げるというのもアリね……くふふ…くふふふふふ)」

 

「その時はシャルティアにブーケをぶつけてやろう」なんて考えは一切顔に出さず、彼女は未だに興奮冷めやらぬ玉座の間に集まった自分の同志達に穏やかで慈しみを持った視線を向けた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

第五階層 氷結牢獄―――――

 

 

「―――以上の理由から、これからモモンガさんはアインズと名乗る事になった。 異論は?」

 

「いえ、ありません。 至高の御二方がお決めになった事に私はただ従うのみです」

 

現在、玉座の間を出た僕等はその場を離れられない子達に先程、皆に伝えた事を教える為に手分けして回っている。

僕が現在担当しているのはニグレドで、当然“恒例行事”は済ませた後だ。

アインズさんは今頃第八階層のヴィクティムの所かな? 彼とも個人的に後で会いたい所だけど。

 

「確かに重要な報告ではあると思われますが、わざわざ至高の方々自らが来て頂く事でも……」

 

「アインズさんは長としての責任感だろうけど、僕の場合、今日は汚い人間の姿やら臓物やらを見て色々と疲れたからね。 綺麗な者を見て癒されたくなったのさ」

 

「……それは、ありがとうございます。 そしてソウソウ様、この度は御迷惑を御掛けしてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

彼女はそう言って深く頭を下げる。 いや、もう良いってそういうの。

 

「君の妹からその件の謝罪は既に貰っている、それ以上は不要だよ。 そもそも今回は僕が勝手に動いただけだから君等姉妹が責任を感じる必要は一切無い」

 

「そういう訳にも参りません。 至高の存在の御心を乱してしまった事は我々忠誠を誓う者にとって許されざる行為、何卒罰を………」

 

「おいおい、君はまた僕の髪……いや、体を噛んでみたいって言うのかい?」

 

僕の苦笑交じりの言葉に彼女は急に目線を逸らし、何やらもじもじし始めた。 何事…?

良く見れば人形作家としての性か彼女の身を包む喪服がこの前会った時よりパリッとしてるし、

髪も櫛で丁寧に手入れされているのか、より滑らかになっているのを確認出来た。

ふむふむ、彼女がより魅力的に見えたのはそのお陰か、納得。

 

「ね、嫌だろう? だからこの話はこれでやめにしよう」

 

「―――っ!? は、はい……ソウソウ様がそう仰るのであれば」

 

何か目に見えてシュンとしたし……ニグレドってMっ娘だったっけ? 

むしろ慈愛のSっ娘だと思ってたけど。 タブラさん……あなたの娘の嗜好が分かんないよ…。

 

「……取り敢えず、今回の外道連中の体の骨を使って試作品がてらに1/8サイズのフィギュアでも作ってみようかと思うんだけど、ニグレドは良い意見あるかい?」

 

「私の意見、ですか?」

 

「うん、ある意味ヤツ等を作品にしようという発想が湧いたのはニグレドのお陰だからね、好きな物をリクエストしてよ。

タブラさんでもアインズさんでも妹達でも良いからさ、それを君にあげたいんだ」

 

「…私の存在が至高の方々のお役に立つのは当然の事であり、その為に施しを受けるわけには参りません」

 

うーん……断られた。 基本的にナザリックの皆って遠慮がちなんだよなぁ…。

 

「……君が思っている以上に僕は皆に助けられている。 その感謝の気持ちを『それが当然だ』で片づけられるとむしろ気分が悪くなってしまうんだ。 それでも受け取ってくれないのかい?」

 

「………ソウソウ様の御心を考えぬ発言、お許しください。 謹んでお受け取り致します」

 

「無理強いをしてしまう様な言い方をしてしまってごめんね。 それで、どんな人形が良い?」

 

「はい。 でしたら、ソウソウ様のお人形を頂きたいです」

 

「………………え?」

 

え? ちょ、何で? 製作者のフィギュアとか何処に需要があるの?

多分、注文はタブラさんだと思ってたから今、凄いビックリしてる。

 

「ソウソウ様は普段からとてもお優しく、それはきっと私にだけでは無いのでしょうがその御言葉に救われている者も数多く居る筈です。 貴方様が此処に来れない時間もその温もりのお零れにあずかりたいと思っていたのですが、やはり御迷惑でしたでしょうか?」

 

「………君がそうリクエストしたのなら、僕は人形作家として全力でそれに応えるだけだよ」

 

恥ずかしい……本気で言ってくれているのが分かるから凄い恥ずかしいぃぃぃ…。

こういう嬉しい事を言ってくれた以上、創作に気合いも入るってもんだよ。

よーし、ニューロニストが彼等から情報を抜いたら僕もバリバリ骨を抜こうっと。

 

僕が気分を新たにしているとニグレドが声を掛けて来た。

 

「ソウソウ様、これより御不興を買うであろう発言を貴方様に致しますが宜しいでしょうか? 

お気に触ったのでしたらその後に自死をお命じ頂いても構いません」

 

「穏やかじゃ無いね……何?」

 

「先程、ソウソウ様をお優しいと申しましたが、その優しさは私には危険と感じます。

何時かその所為で貴方様がお亡くなりになってしまうのではないかと不安に思う程に。

貴方様にもしもの事があれば、このナザリックに居る者達は嘆き、悲しむでしょう…無論、私も」

 

……彼女の言葉に僕は外装の〈ミルキーウェイ〉を脱ぎ捨て、本体である〈エルダー・ナイト・ダークネス〉を晒して―――――

 

 

ガバッ!

 

 

「そ、ソウソウ様……?」

 

 

―――――彼女を“抱きしめた”。

 

 

「ありがとうねニグレド……心配してくれて。 本当に、嬉しいよ」

 

そして僕は本体を外装に戻して再び彼女に向き直る。

 

「でも、大丈夫。 アインズさんと皆の為に僕は死ぬ訳にはいかないからね」

 

「はい……ありがとうございます」

 

「それじゃ、僕は帰るとするよ。 ニグレド、次会う時はオーダー通りの人形を持ってくるから」

 

「ええ、お待ちしております。 何時までも」

 

 

 

ニグレドの部屋を出た後の僕は上機嫌だった。

やっぱり厳しさを持つ彼女と話すのはインスピレーションが刺激されてとても良い。

妹のアルベドが見せた姉妹愛といい、タブラさんには感謝しなきゃね。

 

どれ折角、氷結牢獄に来たんだし、アインズさんと合流する前に材料達の様子でも見に行こう。

何となくだけどマイナス方面に徳を積んでいるヤツの方が良い作品が作れそうな気がするし。

 

 




これで一巻分のエピソードは全部書けた! 感無量!!

本編における守護者達の「違う! 合ってるんだけど、何か違う!!」という思惑の食い違いを表現できたか不安でしたが如何でしたでしょうか?

久々に出たマキナをヒロインっぽく書こうと思ったら、さらに久々に出たニグレドの方がヒロインしているという謎。
おかしい、こんな筈じゃ無かったのに……。 タイトルを変えるべきか?


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幕間・2 マキナの女子会とソウソウ昆虫記

※恐怖公が来るぞ、気を付けろっ!!


第五階層 氷結牢獄―――――

 

 

「―――――で? 姉さんは実際、ソウソウ様とどこまで行ったの?」

 

「アルベドさん、質問が直球過ぎて流石の私も引きますよ」

 

「ええ、全くその通りよ。 マキナ御免なさいね、こんな妹で……けれど悪い子じゃないの」

 

「いえ、ニグレドさんが謝る事じゃ……」

 

現在、氷結牢獄のニグレドの部屋に居るのは主であるニグレド、守護者統括のアルベド、第九階層人形工房領域守護者のマキナ・オルトス。

彼女達は自分達の主人である至高の二人が与えた休憩時間(本人達は別に必要無いという考えだったが)を利用して所謂、女子会(ぶっちゃけトーク)を開催していた。

 

ちなみにニグレドの部屋に入って人形を渡す役目を果たしたのはマキナだ。

部屋に入る前から「私のお母様になられる人かもしれないんだから失礼の無い様に…」とか髪をざわつかせながらブツブツ呟いていたのをアルベドは見なかったし、聞かなかった事にした。

基本的に彼女はちゃんと気遣いが出来る女性だからである。

 

「あのね……そもそも『どこまで行った』なんて質問が前提として間違っているわ。

私がソウソウ様から頂いたのはあくまで“罰”であって御寵愛を受けた訳ではないの。

其処の所、分かってる?」

 

「至高の御身に自分の歯を立てるという行為が御褒美じゃなかったら何だって言うの!?

分かっていないのは姉さんの方よ!!」

 

「………何というか、本当に我が妹ながら“度し難い”という言葉が似合うわね…」

 

「でも、私はそんな自分に正直なアルベドさんの事、好きですよ」

 

「マキナ、貴女はソウソウ様に似て優し過ぎるのよ。 いけない事はいけないときちんと教えてあげるのも必要な事なの」

 

「は、はい。 すいません」

 

内容が若干(?)アブノーマル気味ではあるが三人の美女が仲良く会話している。

休憩を与えた至高の二人がこの光景を目にすれば無くなった筈の胃がキリキリと痛むほどの癒しが得られたであろう。

 

「姉さんと私、どこでここまでの差が出てしまったというの…ッ! 私に何が足りないと……」

 

「慎み深さでしょ?」

 

「私の事はともかくとして、そこはマキナに同意ね」

 

二人の無慈悲な客観的意見が守護者統括を襲うッ!!

 

「ぐふぅ…っ! でも、私だって…私だって弁えるべき所はちゃんと弁えてるじゃない」

 

「いえ、アルベドさんって鉤爪付きのロープで足を引っ張って転ばせてからその相手の顔面を踵で思いっきり踏みつけるタイプですよね?」

 

「そういう姿を隠しきれない所が一番の問題点だと思うのだけれど?」

 

「……………ぐふぅ」

 

さらにもう一発追撃を食らい、守護者統括は完全にノックダウンした。

自分でも自覚があったのかその姿は完全に真っ白になり、憐れみすら感じられるほどだ。

 

「……でも、守護者統括として、そういった性質は必要不可欠だと私は思いますけど」

 

「…そう! そうよねマキナ! 貴女って本当に良い子だわ!! 流石はソウソウ様の娘!!」

 

「マキナ、あまり妹を甘やかさないで頂戴。 この子は言えば分かる子なんだから、ちゃんと言うべき時に言ってあげないと。 大きな失敗をしてからじゃ遅いのよ?」

 

「でも、言うべき事はもう十分言ったので、今私がすべき事はアルベドさんのフォローかなって思いまして」

 

「……ソウソウ様といい、貴女達親子は私達に甘過ぎるわ。 本当に、不安になってしまう…」

 

「ちょっと、姉さん。 まさかソウソウ様に対しても今の様な発言をした訳じゃないでしょうね?」

 

マキナの言葉に一喜一憂していたアルベドは突如、守護者統括の顔で自身の姉に向き直る。

 

「えぇ……言ったわ。 あの方はお優しい……優し過ぎて何時かその御身をこのナザリックの為に犠牲にしかねない危うさを持っていると、命を賭けて進言したわ」

 

「何て事を……それで? 姉さんの身が無事であるという事はソウソウ様はその発言をお許しになられた、と解釈して良いのね?」

 

「あの方は私の不敬とも取れるその発言に対し、その御身に纏っていた人形を脱ぎ捨て、私を優しく、本当に優しく抱きしめて耳元で御身を案じた事を感謝して下さったの」

 

「「――――――――――ッッッ!!??」」

 

アルベドとマキナは皮膚の無い顔だというのに恍惚の表情を浮かべているのが分かるニグレドを見て絶句する。 

実際、ソウソウは「感謝のハグを人形でやるのも気持ちが入って無いかも」という理由で脱いだのだし、自分の発声器官が未だに分かり切って無かったから結果的に耳元で聞こえる様に近づけた、というのが真相だ。

そんな実情を知らない美女二人の頭の中はパニックパニックである。

 

「ソウソウ様からすれば、あの様な距離感なんて当たり前なのでしょうけど、私にとっては体が溶けてしまいそうな多幸感に包まれて……正直、もう死んでも構わないとすら思えたわ」

 

「絶対! 絶対それは当たり前じゃないわ姉さん!! 間違い無く御寵愛を受けてるわよ!!」

 

「お、おおおおお父様のら、ららららら裸体に、抱きしめられて……(ギュルルルルルルルルル)」

 

ニグレドの素っ頓狂な発言にアルベドはほんの少しの呆れとそれ以上の羨望の眼差しを向けながら姉に詰め寄り、マキナに至っては首を高速回転させながら思考回路を爆発四散させていた。

 

「……言われて見れば、あの時のソウソウ様はありのままの姿で御身を晒していた、と言っても良かったのよね。 いけない……不埒な考えに支配されてしまいそうになるじゃない」

 

「良いじゃない!! 勝機が見えればガンガン攻める。 戦いは勢いよ、姉さん!!」

 

「いやー。 本当にブレませんよね、アルベドさんは(ギュルルルルルルルルル)」

 

一人は自分の中に芽生えた自身の主に対する邪な感情を振り払おうとし、一人はその感情にガソリンをぶちまける発言をし、一人は未だに首を回転させながらもそんな煽り屋を達観した目で見つめていた。

 

近場で特別情報収集官が「さあ! もっと好い声で泣き喚きなさぁいん!! ア・イ・ン・ズ様とソウソウ様の為にねん!!」と自分の業務を遂行している中でのこのほのぼの感。

やはり生きとし生ける者は皆、適度な休息が必要なのだとつくづく感じられるナザリックの日常の一幕であった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

同時刻 第五階層 大白球(スノーボールアース)

 

 

「―――――はっ!!」

 

「ソウソウ様、如何ナサレマシタ? マサカ、私ニモ感知出来ヌ不穏ナ気配デモ……」

 

「いや、違う!! 今のコキュートスの剣を上段に振りかぶった姿勢、とても綺麗だった!! 

スケッチしたいから、もう一回さっきの型稽古をやって貰っても良いかい?」

 

「ナ、何ト!! ソウソウ様ガソウ仰ラレルノデアレバ、一回ト言ワズ何度デモゴ覧ニイレマショウ!!」

 

僕は現在、アインズさんとの話し合いも何とか形になって来たので休憩がてら、かねてからやってみたかったナザリックの虫系の子達の造形把握の為、スケッチをして回っていた。

ニューロニストが仕事中だからニグレドの為の骨人形もまだ作れないし、丁度良いよね。

一通り回って最後に来たのが此処、コキュートスの住居である大白球(スノーボールアース)に今はお邪魔させて貰っている。

 

どうやら日課である鍛練中だったので折角だから見学と共にその姿を書き写しておこうと思ったのだが、彼の動きは正に“武人”と呼ぶに相応しい美しさで、惚れ惚れとしてしまう。

製作者である武人武御雷(ぶじんたけみかずち)さんには心からの……感謝をッ!!

 

 

「―――――うん、大分形になったね」

 

「オオ、ソウデスカ。 ソウソウ様ノオ役ニ立テタノデアレバ、コレ以上ノ喜ビハアリマセン」

 

「ありがとう。 良かったら、何枚か見てみるかい?」

 

「……宜シイノデ?」

 

「別に構わないよ。 そうだな……コレなんかどうかな?」

 

僕は彼が好みそうな一枚を取り出して見せてみる。 その反応は―――――

 

「オ、オオォ! コノ姿ハ正シク我ガ盟友!! マルデ今ニモ動キダシソウナ見事ナ一枚!!

流石ハ、ソウソウ様デ御座イマス!!」

 

「ふふふ…恐怖公、我ながら彼は上手に描けたんだよね。 もっと褒めて褒めて」

 

例え御世辞であろうとも自分の描いた絵を褒めてくれるのは純粋に嬉しい。

何せ学生の頃は美術の成績だけは「5」判定貰ってたからね。 僕の数少ない自慢出来る長所。

ちなみに、彼に見せたのは第二階層領域守護者にして彼の友人でもある〈恐怖公〉。

見た目は30cmのアレだ、店舗経営していた身としては例え飲食店じゃ無かろうと出ただけで客足が遠のく、例の、アレ。

 

でも恐怖公は可愛いんだよ!! 言葉使いも凄く丁寧で好感が持てたし!!

現に僕がさっき訪ねた時だって―――――

 

「ソウソウ様! 吾輩の領域にお越しとは、何か重大な御用ですかな?」

 

「恐怖公、君をスケッチさせて欲しいんだけど構わないかい?」

 

「何と!? 吾輩の身姿をその至高の御手によって描かれるとは、正しく光栄の極み! 何卒、宜しくお願い致します!」

 

「ありがとう。 それじゃあ早速……」

 

「いえ! 至高の御身を立たせたままなど臣下としてあっては成らぬ事、只今吾輩の眷属がこの部屋にて最高の椅子をお持ちしますのでソウソウ様、暫くお待ちを」

 

その言葉と共に彼の眷属…普通サイズのアレが何百匹も協力し合って大変豪華な椅子を持って来てくれた。

 

「わー、うれしいなー。 でもぼくはたったままでもんだいないからだいじょうぶだよ(棒読み)」

 

「むむっ! そうでしたか……余計な気を回してしまい、大変申し訳ありません」

 

「……そんな事は無いよ! 君の気遣いに僕の胸は今にも張り裂けそうさ!!」

 

「な、何と寛大な御心…ソウソウ様の様な御方に御仕えする事が出来て吾輩、大変幸せであります!!」

 

うん、ゴメン。 恐怖公単体は別に良いんだけど、集団で来るとキッツイわー……。

 

 

 

その後も僕はコキュートスに何枚かのデッサン画を見せていたのだが、彼は誰がいないのか気付いたらしく、その人物の事を問いかけて来た。

 

「ソウソウ様…。 エントマノ姿ガ無イ様ニ思ワレマスガ……」

 

「あー、やっぱりそこ訊いちゃうか。 そこはほら、描いたんだけど女性のスッピン顔ってあまり人には見せたくない物じゃない? 彼女のプライバシーを尊重して見せた中には入れてないんだ」

 

「フゥム……アレ程、愛ラシイ顔立チヲシテイルトイウノニ何ト勿体無イ事カ」

 

「んー…僕もそう思うんだけどね。 彼女はあの擬態の顔を気に入ってるから、仕方ないね」

 

今話題に出たのは6人の戦闘メイド〈プレアデス〉の一人、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータだ。

見た目は和服系のメイド服に身を包んだ愛らしい少女だがその本性は“蜘蛛人(アラクノイド)”。

その人間の様な顔も声も蟲で出来た作り物。 僕はどっちの顔も悪くないと思うんだけど、彼女からすれば本性の顔と声はお気に召して無いらしい。 選択肢を狭めているのは大変勿体無い。

 

実際、僕が至高の存在っていう立場じゃ無ければ彼女は素顔を見せてはくれなかっただろう。

これってやっぱりパワハラにあたる行為なのかな……でも、知的好奇心が止まらなかったワケだしなぁ……謝ったけど、彼女の好みの人間を調達できるのか後でアインズさんと相談しよ。

 

 

ちなみにソウソウが描いたデッサン画をエントマ本人に見せた感想はこちら。

 

「(ソウソウ様の絵ってぇ、とおぉっても綺麗なんだけどぉ、その分なぁんか、複雑ぅ…)」

 

乙女心とは大層複雑で難解な物なのだ。 パワハラ、駄目、絶対。

 

 

「さてさて、コキュートス。 僕が此処に来たのはもう一つ理由があってね。 ちょっと試運転に付き合って貰えないかい」

 

「ソレハ構イマセンガ……新タナ人形ノ性能確認デスカ?」

 

「いや、昔に作ったのは良いんだけど、全然使わなかった物でね。 数値で性能は把握してるんだけど、実際に動かして見ないと何事も分からないから、ナザリック最強の矛である君と手合わせしたいんだ」

 

「ソウイウ事デシタラ、喜ンデオ付キ合イ致シマショウ。 至高ノ方々ト手合ワセ出来ル機会ナド、ソウアル事デハアリマセンノデ」

 

 

「ありがとう。 では……出で座せい、〈―――――――〉!!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

コキュートスは後悔した。 至高の存在と手合わせ“出来る”と思い上がっていた自分に。

結果は一撃。 自身の右肩を“粉砕”されて決着を迎えた……否、迎えざるお得なかった。

 

「ごめん!! ごめんね、コキュートス!! 今、回復用の人形を出すから……」

 

自身を圧倒した筈のその御方は辛そうな、本当に辛そうな声音で語りかけ、アイテムボックスに両手を入れ、人形を取りだす。

 

「出で座せい、〈ヒーリング・フェアリー〉」

 

両手の指の数、10体の美しい妖精を模した人形が自身の周りを光の粉を振りまきながら飛び回り、無くなった筈の右肩を瞬く間に癒していく……。

至高の存在であるソウソウが居た為に今迄、自主的に待機していた親衛隊の如き存在である雪女郎(フロストヴァージン)達がこちらに向かって来る頃には受けた傷は完全に治癒していた。

 

「まさか……あんなに“アレ”が危険な物だったなんて………謝っても謝り切れないよ……」

 

「イエ、ソウソウ様。 アノ一撃ヲ耐エ切レ無カッタノハ私ノ鍛錬不足ニ他ナリマセン。

ソウソウ様ガオ気ニナサル事ハ何モ………」

 

「そういう問題じゃないッ! そういう問題じゃないんだよッ!! コキュートス!!!

僕は大切だと思ってる家族を傷つけた!! もう二度と、君達を傷つけないと誓ったばかりなのに……」

 

そう言って至高の存在はその身を震わせる。

その姿は膝を抱えて泣きじゃくっている小さな子供の様にも見えた…。

 

「ソウソウ様、今ノ一撃ハ大変見事ナ物デアリマシタ。 正シク、アレハ“我々ヲ守ル力”。

決シテ“我々ヲ傷付ケル力”デハアリマセン。 胸ヲオ張リ下サイ我等ノ主、至高ノ存在ヨ」

 

その言葉に下を向いて泣いていた子供は居なくなり、自身より低い背丈でありながら自身より何倍も大きく見える絶対者、至高の存在の一人、人形使い(ドールマスター)のソウソウが帰って来た。

 

「………ありがとう、コキュートス。 情けない所を見せて済まない。 もう、大丈夫だよ」

 

「至高ノ存在デアルソウソウ様ニ出過ギタ事ヲ申シテシマイマシタ。 私メニ罰ヲ御与エ下サイ」

 

「(皆、罰罰って……こっちが受けたい位さ…)なら、大浴場に付いて来て。 僕がコキュートスの背中を流してあげるよ」

 

「ナッ!? ソノ様ナ事ヲ………」

 

「居心地悪いでしょう? だから罰になるんだって。 さて、丹念に洗ってあげるよ」

 

完全にいつもの掴み所の無さを取り戻した自身の主人の一人の態度にコキュートスは困惑し、同時に深い安心感を得た。

自身より強者であり、深い慈しみを持つこの御方の御子息はきっと素晴らしい戦士に成長するだろう、そう考えたら女性陣が言っていた話が本当かどうか確かめてみたくなった。

 

「ソウソウ様。 オ訊キシタイ事ガ御座イマスガ宜シイデショウカ?」

 

「んー? 何だい?」

 

「ソウソウ様ハ、ニグレドノ事ヲドノ様ニ御考エナノデショウカ?」

 

「ニグレドの事…? 綺麗だし、優しいし、時に厳しいし、強いし…例を上げると欠点が無いな」

 

「ツ、ツマリ………ソレハ?」

 

「うん、大切な……とても大切な存在だ。 絶対に失いたくないって思ってるよ」

 

「―――――ッ!!!」

 

 

―――瞬間、コキュートスの脳内で二人の間に出来た子供が誕生する。

 

 

優し過ぎる位優しいソウソウと、慈愛と厳しさを併せ持つニグレドとの子供はきっと他者を傷つけるのを嫌がっていつも泣いているが、最後はその弱さをそのまま力に変え、大切な者を守る為に力を揮う事が出来る素晴らしい戦士へと成長するだろう。

彼等の子供に剣を教えても人形の方が良いと父と母に抱きつき、ショックを受けるだろうが、両親はそんな子供をきちんと叱り、ごめんなさいをして仲直りの肩車をする。

 

『爺は今日は僕の操り人形ね!』

 

『ハッハッハッ! 爺ハ何時マデモ若ノ操リ人形デスゾ!!』

 

『こらこら、コキュートスは人形じゃないだろ?』

 

『あら? でも、二人とも楽しそうじゃないですか。 アナタ』

 

最早、彼は妄想の大海の真っただ中に居た。

 

 

 

「―――勿論、その大切な存在の中にはコキュートスも入って………コキュートス?」

 

「イケマセンゾ……若。 剣モシッカリト覚エナクテハ母君ヲ御救イスル事ナド………」

 

「あのさ? “コレ”、何?」

 

僕は近くに来ていた雪女郎(フロストヴァージン)達に置き物と化した第五階層守護者の状態を訊いた。

 

「申し訳ありませんソウソウ様……コキュートス様は最近、この様な状態になる事がしばしばありまして……」

 

え゛え゛え゛ぇぇぇ……? 何それ、訳分かんない。 これじゃ、背中流せないじゃん…。

仕方が無いので僕は伝言(メッセージ)でアインズさんを呼び出す。

 

「アインズさん……今、大丈夫ですか?」

 

『どうしました、ソウソウさん? 今日の分の話し合いは終わったと思いましたが……』

 

「風呂行きましょ、風呂。 大浴場に集合。 で、その後卓球ね」

 

『え!? ちょっと! いきなり何―――――』

 

伝言(メッセージ)終了。

 

「僕は一時間位お風呂に入ってるから、その間に彼が覚醒したら大浴場に来てって言って」

 

「は、はい。 畏まりました」

 

 

そして僕は第五階層を後にする。

 

思えば僕の娘とタブラさん家の姉妹は此処で女子会やってるんだった。

三人とも仲良くやってくれていれば良いんだけど。

 

まぁ、今は取り敢えず風呂だ。

毎度、メイドの皆に体(髪)を梳いて貰うという一種のプレイは流石に恥ずかしいので湯に浸かれば少しはまともな案も見つかるだろう。

嗚呼……早く湯船に浮いてもずくの様にそこら中を漂いたい。

 

 




今回はコキュートスに真っ直ぐな言葉を言って貰いました。
本編では頭脳派じゃない事を悩んでいるけど、ストレートな言葉が人間、一番心に響きます。
お陰でソウソウ(東博幸)はアインズ(鈴木悟)さんより先に“男”になりました。
辛い決断を下す事に迷いを見せない男に。

これからしばらく私用でPCを触れる時間が減りますので、次の2巻分のエピソードを上げるのは長くて2週間後位になると思います。
その時は皆さま何卒、宜しくお願い致します。


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二巻分
十一話


リ・エスティーゼ王国 エ・ランテル ポーション工房 昼過ぎ―――――

 

 

「やあやあ、ンフィーレア君、リイジーさん。 また来ちゃったよ」

 

「今回も戦利品の鑑定業者を紹介して頂きたいのですが、お二人とも宜しいでしょうか?」

 

「………よろしく」

 

リ・エスティーゼ王国の“城塞都市”と呼ばれたエ・ランテル。

その中で最高の薬師として知られるリイジー・バレアレ、その孫であり自身も同様の才能と生まれながらの異能(タレント)を持つンフィーレア・バレアレの工房に三人の男女がまるで我が家の様な気軽さで入って来た。

 

一人は細身の20代後半の男性。 髪は此処では珍しい黒髪、瞳は昔に遭った事故で見えなくなったらしく、固く閉ざされている。

服装は所謂、旅人の服なのだが細部の装飾が非常に凝った作りの物で、羽織っているマントに刺繍された蝶の細やかさも彼が一般人ではない事が伝わる。

その右隣に居て、今回来た目的を話したのは20代前半の同じく黒髪を腰まで伸ばした、その美しい顔立ちを全く動かさない女性。

彼女の纏う服装は此処より遠く離れた東国の女性の民族衣装“キモノ”に近い物で、

それは真紅のマントで隠されていて全体を見る事は出来ない。

左隣に居て、平坦な声音で最小限の言葉しか話さなかったのは赤金(ストロベリーブロンド)の髪を持ち、翠玉(エメラルド)の瞳を片方、眼帯で覆った美少女。

その服装は黒髪の男性の物と似た様な作りだが、こちらはそれよりも女性的なデザインになっており、迷彩柄の手袋とブーツとマントを装備している。

 

「ウェストさん! サウスさん、ノースさんも! 今日も来てくれたんですね!!」

 

「全く…ウチは仲介業者じゃないってのに。 お前さん、孫と茶飲み話がしたいならそこの“妹達”にでも頼んでみたらどうだい?」

 

最早、この来訪者達に慣れっこになったリイジーの皮肉が混じった軽口に“妹達”から僅かではあるが剣呑な気配が漏れ出す。

ウェストは原因である二人にダブルチョップを放ってその気配を打消し、穏やかな表情で薬師達に向き直る。

 

「いやー、ハハハ……バレていたのならしょうがない。 リイジーさん、お孫さんを少しの間お借りしても構いませんか?」

 

「ふん。 業者を紹介するだけならこの子だけでも十分さ。 ンフィーレア、あんまり時間を掛けるんじゃないよ」

 

「―――っ! うん、ありがとう!! おばあちゃん!!」

 

祖母の許しを受けて喜ぶ少年の気配を“黒髪から感じ”、ウェストは微笑を浮かべて彼は“戦利品”の道具を持っていた袋から出す。

 

「取り敢えず今日は……この短剣と、水晶と、ブローチかな」

 

「うわぁ……一見しただけで珍しい物だって分かりますよ。

これ全部がウェストさんの宝探し屋(トレジャーハンター)としての戦利品なんだから凄いなぁ…」

 

「その反応は当然ね、ンフィーレア君。 これ等はお……兄様達が数多の冒険を潜り抜けて手に入れた至高の一品ばかり。 そこらの安物と一緒にするなんて失礼極まりないから」

 

「………これは、兄様達だから手に入れられた。 他のヤツ等には絶対無理」

 

ンフィーレアは自分の素直な感嘆に全力で乗ってくるウェストの妹達に対して「同じ無表情でも全然違うんだな…」という感想を抱きつつ、若干引きながらも業者への推薦文とそこまでの地図を作成する。

 

「―――――良し、これで終わりました。 それじゃあ、ウェストさん。

いつもみたいに、これ等を手に入れた時の冒険の話をして貰っても良いですか?」

 

「うん、構わないよ。 まず、この短剣は絶海の孤島に眠るゴーレムを守護していたモンスターが所持していて―――――」

 

彼の話を聞きながらンフィーレアは思う、3日前にこの三兄妹に助けて貰えなかったら自分は今頃こんな面白い話を聞けなかったんだろうな、と。

 

 

――――――――――

 

 

「痛っ…!! ごめんなさい、余所見をしちゃって……」

 

「いってー…。 あーあ、いってーなぁー」

 

「…何だぁ? 坊主、高そうな物持ってんじゃねえか」

 

3日前に彼が祖母の言いつけ通りに現在作っているポーションの作成の為に必要な高価な薬草を受け取った帰りに、大通りでガラの悪い連中にぶつかってしまったのがそもそもの始まりだ。

はっきり言って祖母と生まれながらの異能(タレント)によって自分はこの都市では有名人の部類に入っているという自覚はある。

そんな自分にここまで分かりやすく絡んでくるこの連中は此処に来たばかりの新参者、

ンフィーレアは「どうか殴られる位で済みます様に」と祈りながら彼等によって人気の無い場所まで連れて行かれようとしたその時―――――

 

「あー……そこの人達、その子は僕の遠縁の親戚でね。 慰謝料なら僕が払うので彼に乱暴するのは勘弁して貰えませんか?」

 

「いきなり出て来て何だテメェ……良く見りゃ、イイ女を二人も連れてんなぁ?

ソイツ等が俺等の相手してくれるってんなら考えてやってもイイぜぇ?」

 

男が言った通り、彼の後ろには二人のタイプの違う美女が控える様にして立っていた。

彼は見間違いだったのか、ほんの少し髪を揺らめかせながら荒くれ五人に対して十指に髪の毛で出来た指輪を嵌めた手で「まぁまぁ」というジェスチャーをする。

 

「申し訳ありません。 彼女達は生まれは違えど、僕の大切な妹なので金銭で解決できるのであれば僕一人でも……」

 

「お……兄様。 私であれば別にこの方達の相手をしても構いませんが?」

 

彼の言葉に返したのは長い黒髪を持つ美女。

彼女も兄と同様に髪を少しだけ揺らめかせて、顔に無表情を張り付けたまま男達をじっと見ている。

 

「サウス……分かったよ。 ノース、この子を家まで送ってやって。 僕等も後から行くから」

 

「………分かった、兄様。 待ってる」

 

気付けば赤金(ストロベリーブロンド)の髪を持つ美少女が無感情な声音で返答し、

捕えられていた筈のンフィーレアの手を引いて大通りの方へと歩き出していた。

 

「なっ!? 何時の間に……お前等! 勝手な事をしてくれんじゃ……」

 

「いやー、すいませんね。 ささ、“お話をしたい”ので人気の無い所でゆっくりしましょうか」

 

見た目以上に力強い彼女の手に引かれながらンフィーレアは黒髪の男性の言葉を背中で聞き、

工房まで帰る事になった。

それから暫くして彼等はどうやって道順を知ったのか、無傷のままで工房に到着し、その後に自分が素性を語ると大層驚きながら自身の持つアイテムの鑑定業者への紹介を報酬として頼んで来た。

 

 

 

これが僕、ンフィーレア・バレアレと遠くの国からやってきた宝探し屋(トレジャーハンター)、ウェストさんとの出会い。

男として強く、穏やかな彼の気性は僕にとって大変好ましく、尊敬できる人物だ。

彼の様な人と知り合えた事は僕にとってきっとこれからの人生で大事な財産の一つになるだろう。

 

 

――――――――――

 

 

「―――――以上がこのブローチにまつわる話だけど、面白かったかい?」

 

「はい! 凄いなぁ……そんな大冒険をして手に入れた物だったら付価値も相当な事になるでしょうね」

 

ウェストは「業者さんが信じてくれたらね」と苦笑混じりで答えた後、迷いない手つきでテーブルに置いてある温くなってしまった紅茶を手に取り、それに口付ける。

目が見えない彼は感覚器官代わりの髪で周りの状況を把握して行動しているらしい。

それはンフィーレアと同じく異能(タレント)であるらしく、同じく妹の一人であるサウスも髪をある程度操れる様でその事に驚いていたら「お…兄様に比べれば私の力なんて蟻と竜位、開きがあるよ」と本気で言って、兄を苦笑させていた。

もう一人の妹であるノースも何か不思議な力を持っているらしく、正しく規格外の兄妹だ。

 

「うん……紅茶は良い。 冷めてしまっても香りが付いているのがとても良い」

 

「へぇ…そうなんですか。 良ければお代わりをお持ちしますけど?」

 

「いや、気持ちだけ貰っておくよ。 僕も妹達も“小食”なんでね」

 

現に彼の妹達は出された紅茶に全く口を付けていない。

代わりに「…私の方が上手に淹れられる」とか「うん、分かる分かる」とか小声で会話していたが、それは兄を除いて誰にも聞かれることは無かった。

 

「ところでウェストさん。 さっきから気になっていたんですけど、アイテムの横に置かれてる

その花は一体どんな品種なんですか?」

 

「おっと、忘れる所だった。 ポーション職人である君なら知っていると思って訊きに来たんだけど、その反応だと知らないのか……」

 

「これはお…兄様が此処に来る前に花売りの娘から買って来たものだよ」

 

「…兄様の期待を裏切るとか、使えないヤツ」

 

妹二人に「使えねー」という視線を向けられたンフィーレアだったが、彼はそれに気付く事は無く、むしろサウスの言った入手経路に大慌てだった。

 

「は、“花売りの娘”って! 体を売ってる女性から花を買うって事は、それは…その……」

 

「あー……大丈夫、そういうのじゃないから。 安心して」

 

「まったく…ナニを想像したのやら、これだから童貞は……」

 

「………うわぉー、えっちー」

 

三兄妹の返答にンフィーレアは羞恥で真っ赤になった顔を見られない様にテーブルに突っ伏した。

そんな彼を不憫と思ったのか、ウェストはその姿を見なかった事にして話を進める。

 

「この花は僕の故郷にあった“スズラン”と言うのに良く似てて、小さい花弁が寄り添っている様が綺麗だから買って来たんだ。 良ければこれを君にあげたいんだけど、構わないかい?」

 

「えっ!? そんな、頂けませんよ!! ウェストさんが折角、買った物を……」

 

「見た事が無いのなら新薬の実験にも使えるんじゃないかと思ってね。

道を決めかねている今の君に“新しい物”は必要だろ?」

 

「―――――っ!?」

 

ンフィーレアはその言葉に驚いた。 

この人は才能があるからと、何となくで続けて来たポーション職人の道をこのまま進んで良い物か迷っていた自分の考えを見抜いていた事に。

 

「……ありがとうございます。 そう言う事でしたら喜んで頂きますが、ウェストさん達の分は……」

 

「それなら大丈夫。 僕等の取り分は………」

 

彼はそう言ってその花を三房だけ取り、それを一房ずつ妹達のマントに飾り付ける。

 

「これで十分さ。 これ以上の装飾は綺麗な者にとって余計だからね」

 

「お……………兄様。 私、とても嬉しいです!」

 

「……………兄様。 ありがとう、大事にする」

 

彼の行動に妹達の片方は無表情であるにも係わらず分かりやすく喜びを表し。

もう片方は分かり辛いが身を震わせて感謝の言葉を口にした所を見ると、こちらも喜んでいるのだろう。

その一連の動作には下心は全く感じられず慈しみの感情だけがあり、ンフィーレアは感嘆の溜息を吐く。

 

「ウェストさんはまるでお父さんみたいですね……僕もいつかこんな風に女性に接する事が出来れば……」

 

「僕は君が思っている様な立派な人間じゃないよ……。 

でも、ンフィーレア君ならなれるさ、僕なんかよりずっと素敵な男性にね。

君は昔の僕にそっくりだからつい余計なお世話を焼いちゃったけど……迷惑だったかな?」

 

「いえ!! そんな事はありません!! むしろウェストさんにはいつも助けられてばかりでこっちこそご迷惑をお掛けしてしまって……」

 

「待った。 僕も君の真っ直ぐさには助けられてるから謝らなくても良いよ。

それより花の件、お婆さんの許可を取らなくても良いのかい?」

 

「そ、そうでした。 おばあちゃん! ウェストさんがくれた花についてだけど………」

 

『わしは別に構わないよ! お前の好きにしな!!』

 

どうやら奥で二人の会話をしっかりと聞いていたらしい祖母の返答を聞いて二人は顔を見合わせて互いに笑いあう。

 

「それじゃ、僕等はそろそろお邪魔しようかな。 紅茶、ご馳走様」

 

「よ、良ければ明日も来て頂けませんか? ウェストさんに依頼したい事もありますので」

 

三兄妹が鑑定業者のリストを手に取って工房を後にしようとした時、ンフィーレアが彼等を呼び止める。

 

「……僕等はこの国の“冒険者組合”に登録してはいないんだけど、依頼って受けても大丈夫なのかい?」

 

「ええ、構いませんよ。 依頼したいのは個人的な事なのでウェストさんが良ければ、になるんですけど」

 

「………明日も来るよ。 その時に受けるか受けないかは決めてると思うから」

 

「―――はい! それでは、また明日」

 

その言葉を最後に今度こそ工房に来た三人の宝探し屋(トレジャーハンター)は去って行った。

すると入れ替わるように奥の作業場に居た祖母が顔を出して来る。

 

「……お前も随分とあの男を気に入ったんだねぇ」

 

「うん。 だってウェストさんは優しくて立派な人だよ」

 

「わしの経験だとああいう男程、敵には残忍な顔を見せるもんさ」

 

「そんな! ウェストさんに限って………」

 

孫の驚きの言葉に耳を貸す事は無く、リイジーは彼等が去って行ったドアを静かに見つめていた……。

 

 

――――――――――

 

 

「お父様。 あのような子供が淹れた紅茶を飲んで人形に不具合はありませんか?」

 

「お茶の一杯位は時間が経てば勝手に異物として消去されるのは実験済みだから大丈夫だよ。

後“サウス”、お父様呼びはやめなって言っただろ? どこで誰に聴かれてるのか分からないんだ」

 

「………申し訳ありません。 お…兄様」

 

「………マキナ姉、怒られた」

 

「“ノース”も本名を軽々しく呼ばない。 …基本的にアドリブが利かないんだよなぁ(ボソッ)」

 

僕、アインズ・ウール・ゴウンの一員である人形使い(ドールマスター)【ソウソウ】は現在、

自分の作った最高傑作、自動人形(オートマトン)【マキナ・オルトス】を護衛に。

製作者は違えど同じく自動人形(オートマトン)で6人の戦闘メイドの一人であるCZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)、通称【シズ】をナザリックまでの中継地点、ポータルに連れてこのエ・ランテルに来ている。

ちなみにマキナの球体関節部分は自室の人形工房で人と同じ様に見える人工皮膚を装着済み。

付ける際にいちいち無表情で喘ぎ声をあげるのは勘弁して欲しかった。

 

僕は今入っているこの人形と同じ名前であるウェスト(西)、マキナはサウス(南)、

シズはノース(北)と名前を変えているが、その理由はズバリ“資金調達”と“情報収集”だ。

上司であり同胞でもあるアインズさんと話し合って、この世界に来ているユグドラシルプレイヤー達に気付かれても問題無い程度の価値を持つ魔法道具(マジックアイテム)の売却をしに来ていたが、その一日目で此処での有名人らしいンフィーレア君に恩を売れたのは幸運だった。

万が一敵プレイヤーに感付かれたとしても、売却場所を絞っているのでこちらから先手を取れる準備はしてるし、信頼出来る業者を見繕ってくれた彼には感謝しなきゃね。

 

彼を見てると本当に高校生だった頃の自分を振り返れて良い刺激になる。

出来る事なら、これからも末長いお付き合いをしたいものだ。

 

ちなみに情報収集に関してだけど、これは普通の聞き込みと―――――

 

「………兄様。 アレ、さっきの」

 

シズの指差した方を向いてみると路地裏でさっき買ったスズラン似の花を売っていた少女が三人の男達に囲まれているのを確認した。

ンフィーレア君の時と同様にあの子自体には何の思い入れも無いのだけど、

“情報収集”する相手としてはうってつけだね。

僕は迷い無く路地裏まで道筋を変更し、花売りの少女に危害を加えようとしている男達に声を掛ける。

 

「すいません。 その子を離してやってはくれませんか?」

 

「……何だよ、お前。 俺達はコイツから花を買ってやろうと―――――」

 

その言葉を言い終える前にマキナが少女を保護し、その場から離れさせていた。

ンフィーレア君の時のシズといい、二人とも仕事が早いのは大変助かる。

 

「あ…ありがとうございます!」

 

「じゃーねー。 早くお家に帰りなさいねー」

 

「………ばいばーい」

 

少女が知覚内から消えた事を確認した後、僕は“情報提供者達”の品定めする。

 

「(頭)悪そう、悪そう、まだマシ。 消去法で君、かな…?」

 

「おい、こらぁ!! ワケわかんねぇ事、言ってんじゃ―――――」

 

 

ボゴォ!!

 

 

こちらに掴み掛ろうとした頭悪そうなヤツ1の頭に技術も何も無い“ただの裏拳”を放つ。

たった一撃で男は動かなくなり、その顔からは片方の眼球がずるりと零れ落ちていた。

……コレ、ギリギリで生きてるよね?

シズの同僚であるエントマやソリュシャンのおやつ代わりにしようかと思ったけど、

普段使いのミルキーウェイと違って力加減がどうにも難しい。

アインズさんみたいにもう少し練習しておけば良かったかもなぁ……。

 

「ひ、ヒィッ!!! ばけ、ばけも―――あぱっ!!」

 

仲間が瞬時にやられてパニックを起こした頭悪そうなヤツ2は何時の間にかマキナが顕現させた

蛹(クリサリス)の槍で顎から脳天を串刺しにされていた。

 

「お前、至高の存在であるお父様に対して今『化け物』って言おうとしたでしょ?

お父様達の気紛れで生かされているだけの下等な屑の分際で何、図に乗ってるの?

ホント、身の程を、知らない、くせに、口だけは、立派なんだから……ふひひひひ……」

 

髪をざわつかせながら一言喋る度に槍を回転させて脳味噌をグチャグチャに掻き回す愛娘の姿に僕は戦慄する。

怖い……怖過ぎだろ、しかも笑顔がまた怖い! こんなん夢に出ちゃうよ!! 

生憎、睡眠欲は消え失せてるけど。

 

「……マキナ姉。 顔、怖過ぎ」

 

「―――ハッ!? …ありがとね、シズ。 お父様…今の私の顔、見てませんよね?」

 

「……(実眼では)ミテナイヨ。 それより二人とも、呼び方呼び方」

 

僕の言葉に二人は即座に呼び方を直す。

こっちの方ももっと練習してから連れて来るべきだったな……。

まぁ、来ちゃったからには仕方ないし、取り敢えず今は目の前に残った男の―――――

 

「脳味噌から情報を頂くとしようかな」

 

「良いな~。 お…兄様に頭の中覗かれるなんて私からすれば御褒美だよ」

 

「……抵抗しなければ苦しまずに死ねると思う。 多分?」

 

「あ、あ、ああ、あぁぁぁあ………」

 

腰を抜かして最早逃げる気力も無い頭がまだマシっぽいヤツの脊髄部分に僕は髪で出来た指輪……出す場所を変えた繰糸を解いて接続する。

 

「―――――〈頭脳支配(ブレイン・ジャック)〉」

 

「かぁ!? か、か、かかか、こここ、かこかかか………」

 

「ふむふむ、読み書き出来る位の学はあったか。

没落貴族の三男坊で家から追い出され………あ、壊れた」

 

以前、召喚された天使にこのスキルを使ってみた所、ゲームの時と違って接続した瞬間に構造を把握出来たので、完全に使い物にならなくなった陽光聖典の一人で試してみたら、ソイツが持っていた記憶や知識を見れる事が分かった。

精神が壊れかけていたから所謂“お試し版”程度の情報しか得られなかったので街に出てこういった居なくなっても誰も困らないヤツ等から情報を抜いたお陰で今ならこの世界の軽い読み書き位なら可能だ。

使った相手の心を壊してしまうのでおいそれと使う訳にもいかないがそれでも便利な能力である事には違い無い。

 

今のヤツでこの地域の必要最低限の知識は手に入れたからアインズさんにも教えたいんだけど、彼は今日、この国の英雄になる為……後、息抜きの為に冒険者組合に登録するそうだから物を教える時間は無さそうだ。

ンフィーレア君の依頼の話もしたいし、夜に纏めて報告って形にしようかな。

 

「お…兄様。 屑共を殺す前と同じく情報収集系スキルで覗き見されていないか確認しましたが、

問題はありません」

 

「情報収集系スキル使用時の対策は忘れてない?」

 

「大丈夫です! お父様の教えを私が忘れる事はありません!! ね、シズ?」

 

「………うん。 バッチリ」

 

二人は互いに向き合ってサムズアップした。 やだ何この子達可愛い。

僕がプレイヤーだった頃にアインズさんを初めとするギルメンの皆から受けたPK講座。

それをマキナに教えたのだが、その子がシズに教えるという“繋がり”が人間ではなくなってしまった僕の心を温かくさせてくれる。

後、呼び方戻ってんぞ。 愛娘よ……。

 

「……出で座せい、〈クール・ボックス〉。 ハイ、二人とも生ゴミ入れて」

 

「了解しました!」

 

「……(コクリ)。 頑張る」

 

この〈クール・ボックス〉は中に入れた物を傷つけずに転移門(ゲート)を使って拠点まで安全に送るという乗り物兼、盾兼、宅配ボックスだ。

ちなみに移動する時は老若男女10人分の手足が側面から生えてくるというギルメンの皆を引かせた素敵仕様。

その中に僕等は書き損じて丸めた手紙を捨てる様な要領で死にかけ、死亡、精神破壊された三人をポイポイと入れる。

 

「最後にこれと手紙も入れておこう」

 

「それは私達に授けて下さった花……」

 

「……………“スズラン”?」

 

「多分、違う品種だと思うけどね。 第六階層でマーレに育てて貰おうかと思ったのさ」

 

「その手紙には入れたヤツ等が食人系の皆さんへの御土産である事と、マーレに対しての勅命が記されているのですね」

 

「勅命って程の物じゃないけど………強いて言えば“お願い”かな?」

 

「マーレ羨ましーい! お父様に“お願い”して貰えるなんてー!!(ギュルルルン)」

 

「………うん。 凄く、羨ましい(コクコクコクコク)」

 

僕の言葉にマキナは首を720度回転させ、シズは頭を高速で上下させるので最早ヘッドバンキングをしてる様だ。

あっれ~……自動人形(オートマトン)ってこんなハジケた種族だったっけ?

作り手である僕等の問題なのかなぁ……?

 

気を取り直してクール・ボックスをナザリックまで送り終えたらシズが僕に質問をして来た。

 

「…兄様。 この花、一つ一つが寄り添って綺麗だって言った。 それは私達と同じ?」

 

「うん、そうだね。 皆が協力しているからとっても綺麗に見えるんだと僕は思う」

 

「……だったら、今まで殺したヤツ等も“寄り添ってた”?」

 

その言葉に僕は確信を持ってこう答える。

 

「シズ、彼等はね、“寄り添ってる”んじゃなくて“群れてる”だけさ。

明確な目的も無く群れて他人に迷惑を掛けてる存在は決して、綺麗じゃない」

 

「お父様もアインズ様もそういった本来、無価値な連中を有効活用してあげてるの。

むしろあいつ等は至高の方々のお役に立てたという事に対して喜んで死ぬべきだった位だよ」

 

「……おー、納得」

 

シズは僕等の答えに満足したのか今度は普通のスピードで頷いた。

表面的に畏まっていないこの子の態度は僕とアインズさんからすれば一服の清涼剤だ。

だから今回、ポータル役として同行をお願いしたんだけどね。

 

「…そろそろ宿屋へ戻ろうか。 守護者統括への定時連絡はゆったりとした場所でやりたいし」

 

「はい。 お父様のお望みのままに」

 

「………分かった」

 

こうして僕等は宿屋に戻る事になったのだが、実は二人に言って無い事が一つあった。

あのスズラン似の花、マーレが上手に栽培出来たらナザリックの皆に労いの形として渡したいと思っている、と言う事を。 昔からサプライズは好きな方だったし。

………“彼女”が居る場所には固定化の魔法を掛けて貰った方が良いよね。

寒い場所で一人きりの部屋にあの花を置いたら、その主と共にきっと綺麗に見えるだろうな。

 

僕はその光景を想像して髪を少しだけ震わせながらマキナとシズを連れて現在、宿泊している宿屋への道を歩き出した。

 

 




二人の娘を連れた子連れ人形使いの始まりです。

ウェストの盲目設定は邪眼は月輪に飛ぶの主人公、杣口鵜平から。
娘に頭が上がらない親父キャラはそれだけで萌えますね。

「スズラン」、「路地裏」の元ネタはからくりサーカスのシルべストリ。
彼との戦いが本人の生き様も含めてからサーで個人的に一番好き。


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十二話

五日前 ナザリック地下大墳墓 執務室―――――

 

 

「―――――これで今の所売っても大丈夫な物は全部、でしょうか」

 

「良いんじゃないですか? しかしモモンガさん、随分とため込んでましたね……」

 

僕等は現在、二人きりでこの世界の通貨を持ってないという問題解決の為、売却しても構わない

手持ちの不要アイテムを持ち寄っていたのだが、これが意外と多くてビックリした。

アインズ……今は二人だけなので本名であるモモンガさん呼びだが、彼が“捨てられない系男子”であるという事はユグドラシル時代で分かっていたが、まさかここまでとは……。

 

「………それだけ、思い入れがあるって事ですよ。

大体、私より物が少ないからってソウソウさんだって大概じゃないですか!?」

 

「違いますぅー! 僕はモモンガさんみたいにガチャのハズレアイテム取って置きませんし!!」

 

「ハズレアイテムで思い出した! ソウソウさん、あの時昼食代で当てたやまいこさんに続いて

5回目で当てといて『僕はいらないんで、いります?』って言いましたよね!?

あれは俺にとって侮辱以外の何物でも無かったですよ!!」

 

「あの時はボーナス注ぎ込んで目も当てられなかったモモンガさんがあんまりにもあんまりだったから言っただけじゃないですか! あの時の『私は気にしてませんよ』は嘘だったかー!!」

 

「アレは嬉しかったけれどそれ以上に惨めな気持ちになりたくなかったから言っただけであって、あそこまで金を使った以上、施しの精神なんてノーサンキューですよ!!

思えばソウソウさんのガチャに関する気の使い方は昔っから―――――」

 

 

「「………ふぅ」」

 

 

徐々にヒートアップしていった僕等の心はいつもの抑制効果で平坦化した。

この話はやめよう、不毛だ。 つい昔話でテンション上がったけど今はそんな場合じゃない。

今あるアイテム(要らない物)の中で僕等と同じ様にこの世界に転移して来たであろう、

他のプレイヤー達に気付かれても問題無い物を選別しなければならないのだから。

 

「……取り敢えず、この短剣はどうです? 僕が初めて参加したイベントで手に入れたから取って置いただけで、効果は“攻防UP(小)”しかありませんし、何より3つもあったので」

 

「……あぁ、“絶海の遺跡に封印されしモノ”の時の……大丈夫だと思いますよ。

問題はそれがどれ位の価値で売れるのか、という事ですが………」

 

「そこは信頼出来る業者を見つけるだけですが、この世界の文字も頭脳支配(ブレイン・ジャック)で少しだけなら読めてきたので、もうちょっと知識を集めたらそちらに労力を割くつもりです」

 

「私の死の騎士(デス・ナイト)といい、ソウソウさんのスキルも効果が変容しているのは実に興味深いですね。

しかし……言葉は通じるのに文字は読めないというのは、この世界も融通が利かないなぁ……」

 

「直接ユグドラシルの硬貨を換金するのはリスクが高過ぎる、なら要らないアイテムを売りたいが価値の線引きが分からない、そもそもそういったやりとりは文字が読めなければ難易度が上がるばかり……店舗経営していた身としてはうんざりな状況ですよ」

 

「……私がエ・ランテルへ行く期間を遅らせますか?

ソウソウさんのスキルで知識を集めてちゃんとした準備をしてからでも別に構いませんが」

 

「いえ。 モモンガさんが来るのは当初の予定通り、五日後でお願いします。

僕の様な職人(じんしゅ)は制限時間を設けないと燃えないので」

 

僕の言葉にモモンガさんはまだ何か言いたそうだが結局黙ってしまった。

大方、「自分の為にそんな無理をしなくても」とでも言おうとしたのだろう。

けれど、僕にもそう言った事に対してちゃんとした理由がある。

 

「僕も自分を追い込まないといけない状況になりまして……コレを見てください」

 

「何です? ……って、うわっ! それ、骨じゃないですか!?」

 

そう。 僕がモモンガさんに見せたのは紛う事無く“人骨”である。

ほんの少しの情報しか吐いてないのに死んでしまった陽光聖典の隊長さんの……二軍だったか、

三軍だったか、とにかくそんな名前だった人の遺骨。

生前は笑わせて貰ったけど、骨になれば綺麗な物だ。 人形(ドール)の素材としては十分価値がある。

 

「コレを使って僕の人形を作りたいんですけど、煮詰まっちゃって……」

 

「……ソウソウさんってナルシストの気は無かった様に思いましたけど…違ったんですか?」

 

「いやいやそういうのじゃなくて、美女からのリクエストですよ。

お陰でどうにも空回りしてしまうので…新しい風が欲しい、と言うか……」

 

「(美女?)……随分とフワッとした理由ですね…ソウソウさんが良ければ別に良いんですけど」

 

「ええ。 ですのでアイテム売却の件、任せて下さい。

モモンガさんが来るまでにはある程度稼いでおきますから」

 

「分かりました。 では、アイテムの選別の続きと行きましょうか」

 

ギルマスの言葉を受けて僕等は作業を再開する。

思い返せば骨の回収に行った時、デミウルゴスと鉢合わせたけど

彼は何の為にあそこに居たんだろう? 機会があれば訊いてみようかな。

 

 

――――――――――

 

 

現在 エ・ランテル 宿屋の一室―――――

 

 

「―――――と言う事が今日はありまして、そっちはどうですか?

今の名前はモモン……さんで良かったんでしたっけ?」

 

『そんなナーベラルみたいな変な切り方しないでくださいよ、ソウソウさん。

彼女に様付けをやめさせたら「モモンさ――ん」って間抜けな感じで呼ばれたんですから』

 

僕が今、伝言(メッセージ)で会話しているのは全身鎧(フルプレート)に身を包んでこの都市に来たばかりの【冒険者モモン】と名前を変えた我等がギルマス、アインズさんだ。

彼はシズと同じく戦闘メイドの一人である【ナーベラル・ガンマ】こと【魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベ】を御供にしているが、彼の話を聞く所によると彼女も人間を軽視し、アドリブが出来ない困った子らしい。

通りでマキナが“ちゃん付け”で呼ぶ訳だよ……僕もアインズさんも彼女達を見た目で選んだツケを現在、支払っている最中なワケだ。

それでも、僕等がこうやって会話できる準備を整えてくれたのだから感謝すべきなんだけどね。

 

「マキナとシズも似た様な状況ですけど、そこは経験ですよ。

彼女達はちゃんと成長してくれてるんですから、僕等は信じて見守りましょう」

 

『ソウソウさんの言うとおりですね……。 それで話を戻しますが、今日はこの宿屋に着いたばかりでポーションを一つ無償で渡してしまったのですが……どう思いますか?』

 

どうやら彼が冒険者組合に登録して今居る宿屋に着いたら、先輩冒険者にイチャモンを付けられたので軽く揉んでやったらその拍子に女冒険者のポーションを割ってしまい、手持ちのユグドラシル製ポーションと交換という形で話を付けたらしい。

 

「……僕も、それがベストな選択だったと思いますよ。

自分の実力を分かりやすく見せる為に絡んで来た相手を皆の前で痛い目に遭わせるのは効果的で、それで損害を被った相手にポーションをあげたのも器の大きさを見せつけるには十分でしょう」

 

『……ありがとうございます。 ソウソウさんにそう言って貰えて安心しました』

 

「けれど問題は、その女が今迄見た事も無いであろうポーションを何処で鑑定するか、ですね。

それに関しては明日、僕が此処で一番のポーション職人に当たってみるので任せて下さい」

 

『ソウソウさんの定時連絡でも話していた例の所で、ですか?』

 

「はい。 それとさっきも伝えましたが、僕は明日そのポーション職人の孫から内容不明の依頼をされたんですけど、受けてみても大丈夫でしょうか?」

 

アインズさんからの返事は無い。 どうやら少し考え込んでいるらしい…。

 

『……ソウソウさんが受けたいと言うのなら私は別に構わないですよ。

しかし、その孫……ンフィーレア・バレアレですか。

どんな魔法道具(マジック・アイテム)も使えるという生まれながらの異能(タレント)……少し、危険かもしれませんね』

 

「その話が真実なら彼はナザリックのギルド武器や世界級(ワールド)アイテムも使えるワケですからね……。

でも、僕は個人的に彼の事を気に入っているので、なるべく手荒な真似はしたくないんですよ」

 

『私だってこちらの敵に回らなければ特にどうこうしようなんて考えはありませんよ。

むしろソウソウさんが気に入っているのなら友好的な関係を築きたいと思ってる位ですし』

 

やだ…ギルマス優しい…。アインズさんの言葉に僕は感動した―――が直ぐに心が平坦化する。

あーもう、喜びの感情も度を過ぎれば平坦化するのは本当に勘弁して欲しい。

 

「……ありがとうございます。 それじゃ、そろそろ切りますね……ってそうだ。

今日は三人で広場の露天商からリラックス出来る柑橘系の香りのお香を買ったんですよ。 

成分分析してナザリックに送っておいたので戻った時に機会があれば使ってみてくださいね」

 

『お風呂といい、卓球といい、いつも気を使って貰ってすいません…。

いつかお返しが出来れば良いんですが………』

 

「僕は基本的にやりたい事をやってるだけなので、気にしないでくださいよ。

まぁ、こういう話はお酒が飲めれば九階層のショットバーでするべきなんでしょうけどね」

 

その言葉にアインズさんは少し笑いながら「えぇ、全く」と返して、僕等は伝言(メッセージ)を終了する。

 

 

「さて、眠れない以上これから僕のやるべき事は人形のデザイン画だけれどその前に……」

 

僕は借りている隣の部屋で盗み聞きの対策をしてくれていたマキナとシズに声を掛ける。

 

「二人とも、ご苦労様。 後は自由時間にして良いよ」

 

その言葉を聞き終えた三秒後に二人は手持ちの櫛を持参して僕の部屋に突入した。 

………“今日も”か、“今日も”なのかー…。

 

「お兄様、本日の御身体(髪)を梳く時間です! ささ、どうぞ人形をお脱ぎになって下さい!!」

 

「……兄様。 今日はたくさん歩いたから、いつもより長めにやる」

 

アンデッドだから代謝が無い体になったからと言って、むき出しにしている部分には埃も溜まる。

そんな僕を清潔に保ちたい彼女達はこの都市に来てから夜になるとずっと、この様に部屋に来ては体を梳こうとしてくるのだ。

 

「……今日は流石にやめにしないかい?

ナザリックなら兎も角、此処では毎日やらなくても良いだろう?」

 

ぶっちゃけ、恥ずかしいんだよ。 メイドの子達にやって貰ってる時は心を無にしてる位だし。

真剣にやってるシズはまだしも、マキナは真面目なんだけど気の所為か「ハァハァ」言いながらやってるから何か怖いんだよな…。

 

「いえ! 『髪は女の命』という言葉がありますが、至高の存在であるお兄様の御髪はそれ以上の価値を有する何物にも代え難き至宝!! こればかりは私もノースも引けません!!」

 

「………兄様の体を梳くの、メイドの仕事。 サウス姉にも譲れない」

 

「ちょっ!? 私だって独占したい気持ちは抑えてるのに何という裏切り発言…ッ!!」

 

二人ともホント、キャラ濃いなー……。 僕みたいな面白みの無い男としては憧れるよ…。

さて…マジで恥ずかしいんだけど、ようやく二人とも呼び名を間隔空けずに言えるようになったし、今日だけは御褒美って事で我慢する事にしようか。

 

「…分かった、許可するよ。 でも髪を梳くのはいつも通り一人。 決める方法は……」

 

「じゃ~んけ~ん………」

 

「………ぽん」

 

僕の了承を得た瞬間から開始された古くから伝わる後腐れの無い決め方である“ジャンケン”。

実はコレ、マキナはスキルを使って相手の出す手を先読みし、シズは思考をフル回転させて相手の能力、性格、癖を分析してから勝負するという、かなりハイレベルな攻防であるらしい。

その事実を知った時の感想としては「そこまでせんでも……」なのだが、彼女達からすれば譲れない何かが其処にあるからこちらとしても止める気はさらさら無い。

 

「あぁー! 負けたぁー! この世に至高の方々以外の神なんて居ないッ!! 私のパー!!」

 

「……サウス姉、そんなの当たり前。 勝利のチョキ、いぇい」

 

「はい、サウスは見回り。 あーもう不貞腐れない。 昨日勝っただろ?」

 

今回、勝負を制したのは戦闘メイドとしての意地を見せつけたシズだ。

先程の僕の言葉通り昨日、一敗していたので今日の昼間には脳内で高速シュミレートを

していたらしく、時折ブツブツ呟いていた成果が今、ようやく報われたようだ。

 

「………ではお兄様、見回りに行って参ります。 ノース……次は無いから」

 

「……今ので平均的なデータ取れた。 次はサウス姉に勝てる確率、もっと上がる」

 

無表情で火花を散らし合う二人を諫めてから僕は部屋に備え付けられた椅子に腰を下ろして

デッサン画を描き始める。

万が一を考えて、梳いて貰う箇所は随時出していくから早めに済ませて欲しい。

…が、完全に創作の方に意識を集中させる前に僕は以前からシズに訊いておきたい事があったので質問してみた。

 

「……ノース。 君はンフィ―レア君の事をどう思う?」

 

「………兄様を好きだから嫌いじゃない」

 

ふむ……そういう判断基準か。

僕の髪を梳きながら淀み無く答える彼女に一抹の不安感を覚える。

それは例え有能であっても僕やアインズさんを嫌っていれば殺してしまう可能性があるからだ。

 

「ちなみに、サウスも同じ考えなのかい?」

 

「……うん。 後、『からかうと可愛い反応をするから面白い』って言ってた」

 

ンフィ―レア君、済まない…。 ウチの娘は中々にSっ気のある子だったようだ…。

 

「あ、そう…。 なら、後でサウスにも伝えて欲しいんだけど、今後アインズさんや僕を嫌っているヤツが居ても僕等の許可が出るまで殺すのは我慢して。 出来るね?」

 

「……………分かった。 サウス姉にも伝える」

 

「ありがとう。 君達が僕等を大切に思ってくれているのはとても嬉しいんだけど、時としてそれがナザリックの皆を危険な目に遭わせてしまうかもしれないから、“お願い”するよ」

 

「………兄様、やっぱり優しい。 命令じゃなく、“お願い”してくれたから」

 

「そんな事は無いよ。 僕からすればアインズさんの方がよっぽど優しい人さ」

 

「………うん、二人とも凄く優しい。 私達、とっても幸せ」

 

シズの言葉に心がジーンとなる……。

「隣の芝生は青く見える」なんて言葉があるがホントに良い子だ…。

ウチの娘も綺麗で優しいんだけど、外連味(けれんみ)が効き過ぎてたまにギョッっとしちゃうもん。

タブラさんが“今の”マキナを見たらどんな反応をしてくれたんだろう…?

 

そんな事に思いを馳せながら僕はシズが髪を梳いてくれる中、デザイン画を描いて行く。

 

明日は早めにポーション工房に行って赤ポーションの流通状況を調べなければ。

その後で時間があればンフィ―レア君の依頼を受けてみよう。

その時は冒険者組合に登録していない僕等の立ち位置はこの世界で言う所の“ワーカー”になるのだろうけど別に構わない、その方が個人的に気が楽だしね。

 

「(いつ以来だろう、こんなに明日が待ち遠しくなっちゃうのは………)」

 

僕のそんな思いはふっと湧いて来たデザイン画のアイデアに塗りつぶされてそのまま消えた…。

 

 

―――――――――――

 

 

同時刻 エ・ランテル墓地内 霊廟

 

 

「そっかそっかー。 カジッちゃん、協力してくれるんだー。 …ふふふっ♪」

 

「……クレマンティーヌ、気味の悪い笑い声を上げるな。 不快極まりないわ」

 

現在、この場に居る二人はかつて幾つもの悲劇と惨劇を人々に与えてきた秘密結社、

ズーラーノーンの幹部、十二高弟と呼ばれる存在だ。

相手を馬鹿にしているかの様な軽い口調で話し、その猫科の様に可愛らしい顔立ちから瞬時に喉元に噛み付きそうな雰囲気を纏った若々しい女性の方がクレマンティーヌ。

実年齢はそこまででは無いのだろうが体は痩せて目は落ち窪んで顔色が悪く、全身の体毛が無いかと思う程に毛らしき物が存在していない為、喋り方も相まって非常に高齢に見える男性の方は

カジット・デイル・バダンテール。

 

カジットが以前より進めていたこの都市の人間を生贄にする儀式にクレマンティーヌが協力すると言ってきたのでそれを受ければ彼女が突然笑い出し、彼は眉間に皺を寄せて言葉を放つ。

 

「いやー、ゴメンねー。 此処に来る前にちょっとだけ面白そうなヤツを見つけてさー」

 

「おぬしが“面白い”と評するとは……強者か?」

 

「んーどうだろ、パッと見ただけだしそんなの分かんないよー。

此処じゃ珍しい黒髪の男と女と眼帯付けてた女の子の三人なんだけどね、その内の黒髪の女の方。

綺麗な顔立ちで無表情だったからなーんか、気になっちゃって」

 

「下らん……そんな事で笑いだすとはな」

 

「そんな事言わないでよー。 あの女の目、最高だったんだから。

まるで『この世の生き物は等しくクズですー』って感じでさ、私のスティレットで滅多刺しにしてー、どんな叫び声を上げるのか想像したら堪んない気持ちになっちゃうって」

 

「………性格破綻者が。 おぬし、本当に儂の儀式に協力する気があるのか?」

 

カジットの言葉にクレマンティーヌは浮かべていた醜悪な笑みをさらに色濃くし、

嬉々として返答する。

 

「もっちろーん。 たださ、その女を殺す機会があったら私にやらせて欲しいなーって事」

 

「ふん……勝手にするがいい。 儂の邪魔さえしなければ後は知った事ではない」

 

「大丈夫、大丈夫。 私はそこらへん、ちゃーんと弁えてるから」

 

他者を犠牲にする事を何とも思っていないという事が分かる二人の会話はそこで終わった。

果たして彼等はお互いの目的を達成し、愉悦を味わう事が出来るのだろうか。

それともそのどれもを満たす事は無く、今まで自分達が行って来た罪業の全てをその身に受けて

苦しみながらこの世から消え去ってしまうのだろうか。

 

それはこれから数日後に明らかになる……。

 

 




“ソウソウガチャ事件”、引きが強い人間は弱い人間の気持ちが分からない。
この後たっちさんに滅茶苦茶って程でもないけど叱られたという悲しい事件でした……。

シズの製作者さん、どんなキャラだったのか非常に気になります。
個人的にトリガーハッピーな方だったら嬉しいな。


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一三話

エ・ランテル ポーション工房 明朝―――――

 

 

「リイジーさん、おはようございます。 不躾で申し訳ないんですがポーションの流通―――」

 

「あんた! とんでもない物を持って来てくれたもんだね!!

これこそ私達ポーション職人が求め続けて来た“真なる神の血”を示すポーションさ!!」

 

「……あっ! 来ていた事に気付けなくてごめんなさい、ウェストさん。

今、おばあちゃんがこの冒険者の方が持って来たポーションを見て興奮しちゃって……」

 

「いや、構わないよ。 僕達こそ勝手に作業場まで来ちゃってごめんね」

 

僕等は朝一で工房に向かったのだが誰もおらず、奥の作業場でテンション高い話し声が聞こえたので悪いと思いつつも中に入ってみれば其処にはユグドラシル製のポーションを見て狂ったかの様に目をぎらつかせたリイジーさんと、彼女ほどではないが興奮している様子のンフィ―レア君、

そしてアインズさんが渡したポーションを鑑定しに来たのであろう女冒険者の姿を確認した。

 

……ドンピシャ。 早速、発見出来るとは幸運だ。 

 

さてさて、リイジーさんの反応を見るに、このポーションはこの世界の技術では再現出来ない

代物らしいが、果たしてそうなのだろうか?

このまま分析が進めばコレ以上の物が出来上がって僕やアインズさん階位(クラス)のアンデッドへの脅威に成り得る可能性もあるんじゃないか?

最初は短絡的に、この女冒険者と鑑定業者を殺してポーションを奪い取れば憂いは無くなるって思ったけれど、鑑定業者が知り合いという事もあるが敢えて泳がせておくのも一つの手……。

むしろ僕等がこの二人を囲っておいた方がナザリック的にはプラスになりそうだ。

 

……だったら可能な限り思考誘導をしてみようか。

これでも販売業に携わってた身なんだからやれるだろ、多分……きっと。

 

「神の“血”…? そのポーションは……ひょっとして赤色ですか?」

 

「……え? あ、そうか。 ウェストさんは動作は分かっても色は分からないんですよね。

ええ、このポーションは赤い色をしています。 これは僕等の間じゃとっても凄い事で……」

 

「大丈夫、それはリイジーさんが凄い形相をしているのを知覚してるから何となく分かるよ。

……所でそこの冒険者さん。 そのポーション、ひょっとして大柄で全身に黒い鎧を纏った男性が所持していましたか?」

 

「……はぁ!? な、何であんたが知って……いや、そもそもあんた達って何者!?」

 

いきなり僕に話し掛けられてキョドってしまった女冒険者、ブリタさんは僕等に訝しげな視線を向けるがンフィ―レア君が代わりに素性を説明してくれたお陰で平静さを取り戻した。

ちなみにこの工房に入ってから一言も喋らなかった娘っ子二人、特にマキナは僕に向けられた視線が気に入らなかった様で薄目で彼女を凝視している。 だから、そういうのやめなさいって…。

 

「ウェストさん……知ってるんですか? 彼女にポーションを渡した人の事を」

 

「僕の知っている人物と同じなら持っていてもおかしくないよ……“モモン”、彼ならね」

 

「モモン……一体、どんな人物なんですか?」

 

「彼は僕と同郷の者でね。 数多くの冒険を潜り抜けて故郷では知らないヤツはモグリなんて

言われた程の強者さ。 ね、サウス、ノース」

 

「はい、お兄様。 モモン……さんはお兄様に勝るとも劣らぬ程の力を有しています。

あの方に挑むという事は愚か極まりない行為と言えるでしょう」

 

「………強い、とっても」

 

その後、僕等がブリタさんから昨日の話の詳細を聞いている横で薬師二人はこれからどうすべきか考え込んでいる様子だ。 ンフィ―レア君にいたっては僕の方をチラチラと見て来ているし。

多分、今日依頼しようと思っていた案件で僕とアインズさんのどちらにコネを作るべきか悩んでいるのだろう。

ポーションなら僕も売る程持っているけど、アインズさんには直接彼を見て欲しいから

今回、後押しすべき選択は―――――

 

「僕はそのポーション、随分昔に話で聞いただけで残念ながら持ってはいないんだけど……

彼がブリタさんに気軽に渡した所を見ると、まだ手持ちに余裕がありそうだね。

全く、そんな凄い物を何処で手に入れたのやら……」

 

「ウェストさん……本当にすみません。

今日依頼しようと思っていた薬草採集の警護なんですけど、無かった事にしても構いませんか?」

 

よし、釣れた! いやー……むしろ謝るのはこっちの方だよ。

……しかし、僕の口からあんなにスラスラと嘘が出るとは思わなかった。

まるで「お前、詐欺師に向いてるよ」って誰かに言われてるみたいでちょっと凹む…。

 

「……ンフィ―レア君。 ひょっとして、モモンに依頼する気なのかい?

確かに、彼の強さなら僕なんかより護衛としては十分過ぎると思うけど………」

 

「い、いえ! 違うんです!! 決してウェストさんの事を軽視している訳じゃなくて、

他に理由があって……」

 

「ふふふっ……ちょっとイジワルを言ってみただけさ。 僕等の事は気にしなくて良いよ」

 

「………ありがとうございます。 このお詫びはいつか必ずしますので」

 

「だから別に良いって……そうだ。 なら、薬草採集する場所を教えて貰っても良いかい?」

 

この都市で一番の薬師が御用達にしている場所なら知っておいて損は無い。

それが彼等にとって危険な場所であっても僕等からすれば多分、ただのお花畑なんだろうし。

 

「そう…ですね。 分かりました、お教えします。

カルネ村というそんなに大きくない集落の周辺の森なんですけど……知りませんよね?」

 

「ふぅん………カルネ村か。 うん、初めて聞いたよ」

 

父さん、母さん、ゴメン。 僕、最近は息を吸って吐く様に嘘を付く男になっちゃったよ。

よりによって、あそこ!? 偶然って怖いなぁ……アインズさん、どんな反応するんだろう?

 

「依頼すると決めたのなら、早めに行った方が良いんじゃない? ブリタさんの話によればモモンは昨日この都市に来たばかりだし、プレートのランクが低い内に雇った方が安く済むからね」

 

「確かに…その人が精力的に活動する前にコネは作っておくべきでしょうしね。

早速、組合に顔を出しに行って来ます」

 

「あ、そうそう。 モモンに会えたら僕がこの都市に来て後、数日は滞在するって伝えて置いて。 彼が僕の事を覚えていれば、だけどね」

 

「……はい、分かりました。 ウェストさん、また会えますよね」

 

「うん。 別にこれが今生の別れってワケでもないんだし…ンフィ―レア君、元気でね」

 

「はい! ウェストさんもお元気で!!」

 

その言葉を最後にンフィ―レア君は工房を去って行った。 さて、後は―――――

 

「所で、ブリタさんはそのポーション……どうなさるおつもりなんですか?」

 

「え!? い、いや、その………」

 

突然、話を振られた彼女は慌ててしまい、どう言うべきか口籠ってしまった。

実際問題、彼女には“此処で”ポーションを売却して貰った方がこちらとしては都合が良いからだ。

 

「こっちとしても孫がこのポーションと同じ物を簡単に手に入れられるとは思って無いから、

出来る事なら売って貰った方が有難いんだけどねぇ」

 

リイジーさんのお願いという名の“脅迫”が繰り出される。

僕が居た日本じゃ絶対にやらないであろう、とんでもない接客態度である。

これが外国の……いや、この世界の当たり前なのだろうから特に何も言う気は無いが。

 

「ちなみにリイジーさん。 ソレは幾らで買い取る気なんですか?」

 

「……色を付けて金貨三十二枚って所かね」

 

リイジーさんの言った金額にブリタさんは固まった。

そりゃそうだ、独り身で下手な贅沢さえしなければ七、八年は余裕で生活出来るし、両親が居ればその半分以下と言った所だろう。

それでも悩んでいるのは突如振って湧いたこの幸運がまた自分の身に起こるのではないかという、

甘い、実に甘い考えからだな。 この人は絶対、宝くじにハマるタイプだ。

 

「ブリタさんみたいな美人さんであれば冒険者なんて危険な事をせずに幸せを掴むべきだと僕は思いますけどね……」

 

「な、何言ってんのさ!? いきなりそんな事を言うなんて…あんた、その、私の事……」

 

営業トークを言っただけなのに何この人、ビックリしてんの? 褒められ慣れてないの?

リイジーさんも何考えてるのか分からないけど細目で見るのをやめて! 何か凹むから!!

 

「(お父様に色目使ってんじゃねーぞ………この下等生物(メスザル)ぅ)ギリリリィ」

 

「………サウス姉、歯ぎしり、うるさい」

 

後ろは後ろで不穏な気配を髪からギュンギュン感じて怖いし!

何!? 何がどうなってんの、この状況!?

 

「あんたの気持ちは嬉しいんだけど、これから仕事もあるし、

このポーションは売らない事にするわ。 その…ありがとね」

 

「……はい、そうですか。 (ポーションを売ってくれなくて)本当に残念です」

 

って売らないのかよ!? 恒常的に手に入れられる機会が無ければ売っとくべきだろ其処は!!

でも仕事か……使えば無くなる物だし、出来ればさっさと使ってくれないかな。

…まぁ、これ以上無理強いしても怪しまれるだけだし、説得はここまでにしておこう。

 

「では、ンフィ―レア君の依頼も無くなったし、僕等はこれでお邪魔させて貰いますね」

 

「……ちょいと待ちな」

 

工房を去ろうとした僕等をリイジーさんが何とも形容しがたい視線を向けながら呼び止めた。

おいおい、まさか……狙いを読まれたのか? 

彼女みたいに誇りを持った職人さんにはなるべく手荒な真似はしたく無いんだけど…。

 

「…わしの経験からお前さんは悪人じゃ無い……が、決して善人って訳でも無いのは分かる。

そんなお前さんから見てさっき言った同郷のモモン、そいつはどんなヤツなんだい?」

 

「……僕が知っている彼の事と言えば、強く、優しく、人望があり、そして………

“自分の大切にしている存在を脅かす奴等に対しては全く容赦をしない”、という事位でしょうか。

彼は決して“護衛の仕事に手を抜く様なタイプでは無いと思いますよ”。 “安心して下さい”」

 

何だ、ンフィ―レア君の身を案じてモモンさんの人物評を訊きたかっただけか。

普段は厳しい職人だけど、時には孫想いの何処にでも居るお婆ちゃん、か。 うん、感動した。

 

そして僕等は今度こそ工房を後にした。

 

 

 

彼等が去った後、自分もそろそろ帰ろうかと思っていたブリタがその前にと、

リイジーに話し掛ける。

 

「あのさ……リイジーさん。 私もさっき告白紛いの事言われてつい断っちゃったけど、

あの人達、実は凄い強い……んですか?」

 

「知らないよ。 けど……敵に回したら恐ろしいと感じる程の得体の知れなさを持った連中さ」

 

「そっかー……だったら返事を保留にしてウチのチームに勧誘すれば良かったー!!」

 

ブリタの能天気な感想にふん、と溜息を吐いてリイジーは考え込む。

本当はさっきウェストに訊きたかったのはあんな当たり障りの無い事では無く、孫と出会ってから今日までの全てを彼が仕組んでいたのではないか、というを事だ。

あまりにも自分達にとって都合が良過ぎる展開、孫から全幅の信頼を得られる人間性、

自分が少なからず警戒しているのを知っていても一向に変える事の無い飄々とした態度。

その掴み所の無さは長く生きた自分でも恐ろしさを覚え、あの状況で疑いを含んだ発言をすれば

最悪、孫共々この世から消された可能性だってある。 きっとあの連中にとってそれは容易い。

 

自分達が完全に蜘蛛の巣に捕らえられたかの様な錯覚すら覚えたが、少なくともあの男が孫と自分に向ける対応は穏やかで紳士的だ。

ならば敢えて逆らわずに、このまま何も知らないという体で付き合いを続けた方が賢明と言える。

“あのポーション”を五体満足で分け与えられる可能性だってそちらの方が遥かに高い。

 

「(……何て思っていたら“あの言葉”さね)」

 

ウェストは十中八九、関係者であるモモンという男の元へと依頼をしに行った孫を自分にとっての人質にするつもりなのだろう、さっきの去り際の言葉は「今後、余計な事を喋らなければお前と、お前の大切な孫に手を出さないで置いてやる」と言外で言われた様な物だ。

 

「(やれやれ…とんでもない男に目を付けられちまったねぇ………)」

 

ウェストという自分の打算を読み切った上でドデカイ釘を刺して行った男に畏怖を覚えながら、

リイジーは大切な肉親である孫の安否を今度こそ、本当に心配した。

 

 

その頃のウェスト一行―――――

 

 

「―――――と、この様な飴と鞭であの老婆の心を縛ってしまうとは流石はお兄様ですね。

……私、感服致しました」

 

「………おー。 兄様、やっぱりすごい」

 

「………そんな僕の考えをちゃんと理解してくれている君達が居ればこそだよ」

 

その言葉に「何と勿体無い御言葉!」と頭を下げたマキナと無言で頭を下げたシズを宥めながら

僕は思う……「さっきの工房でのやり取りってそんな事になってたの!?」と。

 

マキナが工房を出て暫くしてから「流石は至高の頭脳をお持ちです」と言って来たので考え無しに「どういう事だい?」と訊いて見ればまさかまさかの頭脳戦ですよ、まいったね……。

マジかー……狙いがバレてないと思ってたのに、しっかりバレてたかー…。

それを読み切った上でアインズさんを巻き込んでリイジーさんに釘刺しちゃってたかー、

へぇー……僕って凄いなー。

 

 

いや、んなワケないじゃん。

 

 

むしろサウスが察し良過ぎだろ! ホントにこの子って僕の娘!? 設定以上の頭脳だよ!!

嬉しい反面、この子以下の頭しか持ち合わせてない自分に不甲斐なさを感じる……。

 

「………兄様。 依頼モモンさんに譲ったけど、これからどうする?」

 

「確かにノースの言うとおりですね。 お兄様が宜しければですが、今からでもあの下等生物(メスザル)

私が始末して来ましょうか……ごふぅ!」

 

その言葉を受けて僕は愛娘の脳天にチョップを放った。

この子のナザリックメンバー以外に対して容赦しないという考え方は本当に勘弁して欲しい。

やっぱり、こういう所は僕が付いててやらないとまだまだ駄目だな。 良し、自信回復。

 

「今回、僕等が彼女と直接会ってしまった以上、リスクの方が大きいからそれは駄目」

 

「うぐぅ~……分かりました、お兄様」

 

「………サウス姉、よしよし」

 

相変わらず痛覚を感じない設定なのに痛がる振りをするマキナの頭を撫でてやるシズに

ほっこりしながらも僕は二人に今後の予定を話す。

 

「僕等はこれよりある場所へと向かう。 二人とも、付いて来てくれるね?」

 

「はい、お兄様が望むのであれば何処へでも。 それで……その場所とは?」

 

「………場所とは?」

 

「うん。 その場所とは―――――」

 

 

――――――――――

 

 

翌日 早朝 カルネ村近辺―――――

 

 

「ふぅ………」

 

アインズ……今はモモンと名を変えて相方のナーベと共に現在、

ソウソウが斡旋してくれたも同然の警護クエストをこなしている彼は安堵の息を吐いていた。

 

その理由は昨日、ンフィ―レアの警護をすると決めた物の防衛ミッションでは不安が残るので

先に依頼を受ける筈だった四人の冒険者チーム〈漆黒の剣〉と協力して依頼を受けたのだが、

夕食の時間に話の流れで今の自分はかつての仲間達と離れ離れになってしまったという身の上話をしてしまい、それを聞いた漆黒の剣のメンバーの一人であるニニャの下手な慰めに苛立った態度を取ったお陰で気まずくなってしまった空気がようやく解消されたからだ。

 

「(今の俺には同じ境遇のソウソウさんが居るっていうのに……あの対応は不味かったよなぁ)」

 

昨日、空気を悪くしてしまった事をソウソウに伝言(メッセージ)で相談してみた所―――――

 

 

『……アインズさんはきっと、その漆黒の剣の人達の事を羨ましいって思ったんでしょ?』

 

「……はい、その通りです。 だからと言って彼等に当たってしまうのは間違っているとは

分かっていても中々、謝ろうという気にはなれなくて………」

 

『そうですね……僕も同じ状況であれば、そんな態度を取ってしまったのかもしれません。

でもアインズさん…あなたはニニャさん、そして残りの漆黒の剣の三人を嫌ってるんですか?』

 

「いえ……決して、そんな事はありません。

むしろ彼等を見ているとかつての私達を思い出せてほんの少し、心が温かくなる位です」

 

『そう思えているのなら、きっと仲直りの言葉も自然に出て来る筈ですよ。

あなたは昔から意固地な所があったけど、ちゃんと最後はそれを呑みこんで正直な気持ちを

口に出来る人でしたからね(ガチャの件以外は)』

 

「………ありがとうございます。 ソウソウさんに相談して、本当に良かった」

 

『それはどうも。 ちょっと今は夜行性のモンスターと戦ってる最中での会話だったので

ちゃんと対応出来てるのか分からなかったんですけど、気が晴れたのなら良かったです』

 

「…え!? ンフィ―レア君の話を聞いた限りじゃ、ソウソウさん今は都市の中ですよね!?

どういう状況になってるんですか!?」

 

『いえ、今は郊外に出て夜の運動ですよー。 マキナがザクザク刺して、シズがバンバン撃ってるだけの健全な運動。 あ、目撃者は当然いないのを確認してやってますのでご心配無く』

 

「いやいやいや! そういう事を言ってるんじゃ無く……そういう事を言ってもいますけど、

アンタ一体、今何処に―――――」

 

 

そしてソウソウの方から切れて伝言(メッセージ)は終了した。

 

 

彼の言葉で今日の朝方にはぎこちなくだが、はっきりとニニャに話し掛ける事が出来たので

間違い無く助けにはなった、なったのだが……それ以上に不安な気持ちになる。

 

「(あの人って基本的にドッキリが好きなタイプだったけど、まさかな……)」

 

モモンの頭に最悪な想像が浮かんで来た頃、目的地であるカルネ村が見えて来たのだが、

以前来た時とは様子が変わっている事にンフィ―レアが驚き、同行していた漆黒の剣のぺテル、

ルクルット、ダインが異変に対しての感想を口にした。

 

「な、何だろう……あの頑丈そうな柵。 前は無かった筈なのに……」

 

「しかも武装した小鬼(ゴブリン)が入口の前に数多く居るとは……村が占拠されたのか?」

 

「でもよー、此処いら一帯は麦畑なんだし、わざわざあんな所に陣取ってるのはおかしくね?」

 

「うむ。 奴等が伏兵を隠す為の存在であるのはまず間違い無いのである」

 

「……思った以上に面倒事になりましたがモモンさん、どうしましょうか…?」

 

漆黒の剣の一人であるニニャの言葉と共に一行はモモンとナーベの方を見る。

昨日の段階で圧倒的な実力を見せつけられた事もあって、彼等は今後の方針を二人に委ねる事に決めたらしい。

 

「此処は私とナーベがあの小鬼(ゴブリン)達と話をしてきましょう。 最悪、いつ魔法や矢が飛んで来るとも限らないので皆さんは射程圏内に入らない様、お願いします」

 

モモンの言葉に漆黒の剣の全員が迷い無く、ンフィ―レアは何か苛立っている…というか

余裕が無い様子だったが渋々頷いた。 これも昨日得た信頼のお陰だろう。

 

だが仰々しく言った物の、彼は何も心配などしてはいなかった。

あの小鬼(ゴブリン)達は以前、自分がアインズとして村娘のエンリに与えた〈小鬼(ゴブリン)将軍の角笛〉で召喚された存在にまず間違いない。

ならば本当に話し合いで済む相手だし、万が一戦いになっても無力化出来るだけの実力差はある。

 

「行くぞナーベ。 私に付いて来い」

 

「はい、畏まりました。 モモンさん」

 

モモンは未だに自分への敬意を忘れてくれない困ったちゃんな戦闘メイドに頭を悩ませながら

入口の方へと歩き出した―――――

 

 

「へへっ、あんたがモモンだな。 “あの人”の話通り、ヤバそうな雰囲気を纏ってるねぇ」

 

「……小鬼(ゴブリン)が何故、私の名を知っている? “あの人”とは何者だ」

 

話しかけてみればいきなり自分の名を当てて来た小鬼(ゴブリン)に警戒度を一段上げ、モモンは背中の二振りの大剣の柄を握り、ナーベはマントの下に手を入れて剣から鞘を抜き取った後に戦闘態勢に入る。

 

その時である―――――

 

 

「僕ですよ」

 

麦畑から突如、飛び出して来た10本の“髪の毛で構成された鞭”の内の5本がナーベを拘束し、

残り5本がモモンの大剣の一振りを奪い取る。

 

「―――――なっ!?」

 

「……隙あり。 目の前に居る小鬼(ゴブリン)達に気を取られ過ぎです」

 

突如現れた襲撃者はそんな事を言いながらモモンから奪った大剣を地面に突き刺し、

ナーベの拘束を解いた後、鞭を指輪状に戻して彼の方に向き直るといきなり走り出し―――――

 

ガッシィ!!

 

「はっはっはっ! モモンさんの体、硬いなぁ!! 鎧だから当然だけど」

 

モモンを抱きしめて悪戯が成功した事に笑いだした。

 

「………この手のドッキリ、久しぶりですね。 で、何でアナタが此処に居るんですか?」

 

「ふふふ、僕だけじゃないですよ。 ナーベの方を見て下さい」

 

モモンはその言葉にうんざりとしながらも言われた通りナーベの方を見る。 すると―――――

 

「マ…サウスさん、シ…ノースまで……何故この様な所にお出でに……」

 

「あぁ~、ナーベ…ちゃん可愛いのぉ~。

仕事出来そうな雰囲気あるのに意外とポンコツな所が可愛いのぉ~」

 

「………ぎゅー」

 

自動人形(オートマトン)娘二人にサンドイッチ状態にされていた。 この光景、見ようによっては眼福である。

 

「う、ウェストさん!? 何でカルネ村に……」

 

一連の流れを遠くで見ていて漆黒の剣のメンバーと共に急いで駆け付けたンフィ―レアはモモンの大剣を奪ってそのまま抱きつくという、彼の実力を知っていればあり得ない離れ業をやってのけた男の姿を確認して驚愕していた。

 

「ンフィ―レア君には直接モモンさんを見て貰いたかったから一芝居打っちゃったけど、

どうだった? 彼と一緒に居ての感想は」

 

「はい! 凄く強くて立派な人で……って、ウェストさんとモモンさんはひょっとして……」

 

「うん、御明察。 実は僕は昔、モモンさんと一緒に冒険していたメンバーの一人でね。

今回は昔馴染みの間柄って事で彼の手伝いをしようと思って此処に来たんだ。 宜しくね」

 

「「「「「―――――なっ!!??」」」」」

 

ウェストの発言にンフィ―レアと漆黒の剣の四人が驚愕している横でモモンは頭を悩ませていた。

 

「(ソウソウさんって悪い人じゃ無いんだけど、行動が読めないから疲れるんだよなぁ……)」

 

モモンは昔ソウソウから受けた“サプライズ”の数々を思い出して精神の平坦化を繰り返していたがそれは小鬼(ゴブリン)達の主であり、ンフィ―レアの想い人でもあるエンリ・エモットが彼等に守られながら

入口付近に現れるまで続いたという……。

 

 




今回はオバロにおける名物である“頭良い人が勝手に勘違いする”という状況と、その後のナザリックメンバーによる好意的解釈を書いてみました。

ソウソウが関わった事によってンフィ―レア君のこれからの扱いも原作とはちょっと変わって行く予定。

ちなみにウェスト達はエンリ将軍にはまだ会ってはいません。
小鬼(ゴブリン)軍団の皆さんに“ちょっとだけ”力を見せた後に「友人にドッキリ仕掛けたいから協力して」とお願いしてスタンバっていたからです。


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十四話

カルネ村―――――

 

 

「―――――それで彼女はポーションを売らなかったと?」

 

「はい。 僕としては売った方が良いんじゃないかと思いましたが……」

 

僕等は現在、カルネ村の中で想い人であるエンリと話しているンフィ―レア君と、互いの装備の

確認をし合っている漆黒の剣の皆さんから離れた所で昨日の件ポーションの件を話しあっていた。

昨日の段階で手放さなかったという報告はしていたのだが、理由についてはちゃんと説明できていなかったし。

 

ちなみに僕等から離れさせたマキナとシズはナーベラルと一緒にガールズトークをしている。

内容は乙女の秘密を覗く気は無いので知るつもりはないが。

 

「ふむ……まぁ、彼女も他に手に職を持っていなければ妥当な判断だとは思いますけどね」

 

「……そういう物ですか? この村のなんかは小鬼(ゴブリン)という亜人の存在も受け入れている所ですし、売却したら、此処で自警団としてのんびりやるのも悪くないかと思いますけど」

 

「……私も誰も居なくなったギルドを維持していて思った事ですが、人間は今居る立ち位置から落ちていく事を極端に嫌がります。 その時が輝かしければ輝かしい程に………」

 

その言葉に僕は何も言えなくなった。 彼を一人にしてしまった負い目は未だにあるからだ…。

 

「彼女は……現状の冒険者という立ち位置に満足しているんでしょうね。

ウェストさんの言うとおり、この村なら受け入れてくれるのでしょうが…それは全部を失った後の最後の選択です。 今はまだ、その時では無いと言う事なんでしょう」

 

「……そうですね、ありがとうございます。

僕も彼女……いえ、“今を精一杯に生きている人”に対しての考え方が浅かった様です。

昔から『お前は考え方が短絡的過ぎる』って人から注意されたのに…変わってないなぁ……」

 

僕のそんな心は即座に平坦化する……思った以上にショックだったらしい…。

この事をアインズさんに言われるまでも無く気付いていれば、彼女に対するアプローチも

変わっていただろうに……失敗だ。

 

「場合によってはそれが必要な時もありますけどね。 でも、ウェストさんには精神的に何度も助けられたので今回は借りを少し返せたって思えて、私は少し気分が良いですよ」

 

「……僕の方が余程、モモンさんに助けられてますよ。 むしろ、今の心にズシンと来る諭し方はたっちさんを思い出して頭が上がらない気分ですね」

 

僕の言葉に彼は「そんなに似てましたか!」と喜びの声を上げた。

マジで真似してたんかい。 この人、ホントにたっちさんの事好きだなぁ……。

でもそのお陰で今、目の前に居る頼り甲斐のあるギルマスが出来上がったのだからたっちさんには感謝の念しか無いんだけど。

 

「……それで? 結局、僕は手元に置いておくなら放っても良いとあの時は判断しましたが、

モモンさん的にはこのままで?」

 

「ええ、構わないでしょう。 下手に流出しないのであればそれこそ“現状維持”で」

 

さっきの話の流れをなぞったワードに僕等は互いに吹き出してしまい、穏やかな時間が流れた。

多分、僕一人だったら考えにこんな余裕は生まれなかったんだろう。

本当に、ナザリックの皆とアインズさんには感謝しなきゃね……。

 

「……そうだ、ウェストさん。 さっきみたいなドッキリ、勘弁して下さいよ……心臓に悪い」

 

「いやいや、アンタ心臓無いでしょ……ってやりとりも定例化してきましたね。

でもアルベドにはちゃんと連絡してからやったドッキリなので安全面は大丈夫ですよ」

 

「………ちなみにアルベドは何て?」

 

「『私には分かりかねますがソウソウ様には何か深い考えが御有りなのですね』と言ってました」

 

「………今後、アルベドにはそう言った連絡を聞き流す様に伝えて置きます」

 

あー、ギルマスが拗ねモードに入った。

仕方ないから今後は彼に関係する物で守護者統括を買収するしかないね。

マキナから彼女が頻繁に品評会を開いてるのは聞いてたし、体を洗ったブラシとかで良いのかな?

いや、まずは顔に汚れが付いた時に拭いてあげた僕のハンカチ位から行こう。

そういう物を好む女性が一定層居るのは昔、茶釜さんが女性陣と楽しげに話していたし。

…理由を訊いた時の「ソウソウっちは知らなくて良い事だよ」という言葉が未だに気になるけど。

 

 

 

「……何を話していると思う?」

 

「いえ、分かりませんけど……でも二人とも距離が近いというか、凄く楽しそうですよね」

 

「うむ。 心を許し合った仲間であるが故の穏やかな光景である」

 

彼等から離れた所で薬草採集の警護の為、装備の最終点検を行っていた冒険者チーム〈漆黒の剣〉のリーダーであるぺテル・モーク、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のニニャ、森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダーの三人は自分達より圧倒的な強者である二人の会話に興味津々な様子だ。

 

「バレアレさんの話を聞いた限りじゃ、ウェストさんがモモンさんの大剣を奪ったあの黒い鞭

みたいな物は自身の異能(タレント)を応用した特別な指輪の効果らしいけど、世界は広いと思わされるよ」

 

「ええ。 普通は自身の生まれながらの異能(タレント)に合った道具を選ぶ所ですけど、あの人の場合は

異能(タレント)で道具を生成している……この時点でただ者では無い事が分かりますね」

 

「……その装備に見合うだけの実力も先程見せられた以上、あの御仁もモモン氏に匹敵する強者である事は間違い無いのである!」

 

「そうですね。 この村を守っている小鬼(ゴブリン)達が明らかな陽動という狙いを見破られた上で

モモンさんとナーベさんから一本取ったんですから、かなりの実力者だというのは感じました」

 

「いや、ニニャ。 ウェストさんの実力に関して否定はしないが、あれはモモンさんも顔馴染みに会ったお陰で反応が遅れたとも考えられないか?」

 

「……確かに。 モモンさん程の人が動きを乱す位に心を許していた仲間……やっぱり、

昨日わたしが言った事って、とっても残酷な事だったんだろうな………」

 

昨夜の事を思い出して落ち込み始めたニニャの背中をダインが優しく叩く。

 

「モモン氏が許してくれた事を何時までも悔いていては彼にとって失礼に当たるのである!

私達が彼等の役に立つ事こそが最大の償いであるからな!」

 

「……それ、『わたし達がむしろ足を引っ張らない様に』に変えた方が良いんじゃないですか?」

 

「はっはっはっ! ニニャの言うとおりだな!」

 

こちらもこちらで気の合った仲間同士の雑談を楽しんでいたのだが、普段は喧しい位だと言うのにさっきから一向に会話に参加して来ないもう一人のメンバーである野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブが突然叫び出した。

 

「いぃぃよっしゃぁー! そう! そうだよな! 皆ぁ!!」

 

「…ルクルット、どうしたんですか? さっきまで落ち込んでた癖に今は普段以上に煩いですよ」

 

「ナーベさんがウェストさんの妹さん達と柔らかい表情で話してるのを見て『愛しのナーベちゃんがあんな顔をするなんて……』と言った後に膝から崩れ落ちた時は流石に心配したんだぞ?」

 

「ふむ……で? ルクルットよ、一体…何が『そうだよな』なのであるか?」

 

「決まってんだろ! やっぱナーベちゃんに振り向いて貰うにはこれからやる警護依頼を頑張るっきゃねーって事だよ!!」

 

彼の宣言にメンバーの三人は「あぁ、成程」と納得する。

 

「あの表情は近しい者に向ける類の物ですから、良い所を見せて親密になれば

いつか自分もって事ですね」

 

「その通り! むしろ俺としてはナーベちゃんがああいう顔を見せてくれたっつー事に感動したね!」

 

「…なら、それはルクルットだけには任せておけないな」

 

「うむ! 私達全員の力を彼等に見せつけてやるのである!!」

 

 

すっかり、いつもの調子を取り戻した漆黒の剣の面々。

彼等が各々でやるべき事の為に散開して行く様子を知覚していたアインズとソウソウは心が温かい気持ちになる。

 

「……本当に、良いチームですね。 彼等は冒険者である事に誇りと夢を持って生きている。

あんなに輝いている姿を見せられると、モモンさんが気に入ったのも納得ですよ」

 

「えぇ…彼等は間違い無く私達に比べてか弱い存在だ。 しかし、レベルがカンストした

私達と違ってチームの絆を支えに何処までも強くなれる可能性を持っている」

 

「それは、向こうで小鬼(ゴブリン)達から戦闘指南を受けてるカルネ村の人達にも同じ事が言えますね」

 

「はい。 だからこそ我々は彼等に負けない為に“それ以外の強さ”を手に入れる必要があります。 ウェストさん、これからも宜しくお願いしますね」

 

「………今の言葉、凄くギルドマスターっぽくて格好良かったですよ」

 

「……それは普段の私がそうは見えないって発言にも取れますけど?」

 

これからの未来(ビジョン)をはっきりと見据えているギルマスが何だか眩しくなってつい軽口を

叩いてしまったが、僕の和やかな表情を見てアインズさんは照れた様にそっぽを向いてしまった。

いや、実際に照れているのだろう。 本当、男なのに可愛げのある行動を取る人だよ。

 

僕は遠くで会話をしていた、力を手に入れる理由である“守るべき者達”、家族であるマキナ、

ナーベラル、シズの三人の方へ顔を向ける。

彼女達は一体、どんな話をしているのだろう……。

 

 

 

「今、感じる…お父様が慈しみの波動を私達に向けてくれているのを凄く感じる。 幸せ……」

 

「はい、全くです。 ソウソウ様のお放ちになる慈愛の波動はこの身に余る光栄に他なりません」

 

「………二人とも、呼び方戻ってる」

 

ある意味でナザリック的には平常運転な二人にシズがツッコミを入れる。

その瞳から感情を読み取る事は出来ない筈だが、気の所為かほんの少しの呆れが混じっていた。

 

「…っと、いけないいけない。 ありがとね、ノース。 所でナーベちゃん、話を戻すけど

私も含めて今は大分、守護者が外に出てるけど、現在のナザリックの戦力はどうなってるの?」

 

「はい。 アルベド様への定期連絡で知った情報ですが、デミウルゴス様も今頃はナザリックを離れておりますので実質的に、現在動ける守護者はアルベド様とコキュートス様の御二方だけになります」

 

「………少な過ぎ」

 

「……至高の御二人の決めた事だから私達がとやかく言う事じゃないけど、アルベドさんは

今の状況をどう見ていると思う?」

 

「…一介の戦闘メイドである私にはアルベド様の御考えなどとても想像出来ません―――――」

 

その質問に「自分の領分では無いから」と思考放棄しかけていたナーベラルにマキナは声を掛ける。

 

「至高の方々が私達、ナザリックの者に外界で活動する任務をお与えになったのはきっと、

『自ら学んで成長して欲しい』という狙いが含まれているからだよ。

守護者であろうと、メイドであろうと、下級のシモベ達であろうと、それは変わらない筈。

だから、ナーベちゃんも自分で考えた上でさっきの質問の答えを出してみて」

 

「………分かりました」

 

「………サウス姉、(珍しく)格好良い」

 

本来の立ち位置は同格と言え、至高の存在によって定められた上下関係通りの威厳を見せる事が

出来たマキナはシズの言葉に無表情ながらも「ふふん」と得意げに鼻を鳴らす。

 

尤も、今の考えはデミウルゴスと一緒に話していた時に思いついた事であったが、『私も概ね君と同意見だが、共感能力の高い君の言葉を聞いてより強い確信が持てたよ』とナザリックの知恵袋

からのお墨付きを貰えたので自信はある。

 

マキナがその時の事を思い出していると、考えが纏まったのかナーベラルが発言する。

 

「……現在は敵らしい敵の姿がナザリックの周りで確認出来ないのでアルベド様は至高の方々と同じく、『特に問題は無い』という考えであると思われます」

 

「…だろうね。 だってあの人、外に出るからと私達が挨拶しに部屋に行ったら

愛しの御方(アインズ様)の抱き枕を作ってる最中だったし」

 

「………うん、そうだった」

 

「お兄様は純粋な気持ちで手先の器用さを褒めておられたけど、正直な話…私もノースもあの時は引いちゃったもの……ねぇ?」

 

「……(コクリ)。 目が、怖かった、すごく」

 

ナザリックに置ける至高の存在の頂点アインズの正妃を巡るアルベドとシャルティアの二大派閥。

その中で戦闘メイドの一人、ナーベラル・ガンマはアルベド寄りであったが、今の二人の奇行を

目の当たりにした話を聞いて「自分は中立派に居た方が楽なのでは?」という気分になって来た。

 

「……ちなみに、ウェストさ――んはアルベド様とシャルティア様のどちらがモモンさんの正妃に相応しいと思っておられるのでしょうか?」

 

「…アルベドさんが有利になる条件をお出しになったかと思えばシャルティアの相談にも真剣に聞かれた上でしっかりとしたアドバイスをお与えになったし、お兄様的にはどちらにも頑張って欲しいと思ってるんじゃないかな?」

 

「……つまり、中立派?」

 

「基本的にはね。 でも御友人であるタブラ・スマラグディナ様の娘に当たるアルベドさんには

若干、贔屓目が入っているのは確かだと思うよ」

 

「……成程。 以前、ウェストさんが私達メイドに話し掛けて下さった時も『ニグレドがどんな物を好むのか教えて』と仰っていたのも御友人の娘の嗜好を調べる為だったという訳なのですね」

 

「………あの時の兄様、とっても優しい声だった」

 

「……ちょっと待って。 二人とも、その話詳しく教えて貰える?」

 

どうやらNGワード言ってしまったと気付いた時には既に遅く、100レベルの領域守護者の髪が

ユラユラと揺れるのを目の当たりにした戦闘メイド二人は心の奥底から湧きあがる恐怖に僅かに

その身を震わせていた……。

 

 

僕とアインズさんはそんな美女三人に微笑ましくも「何かヤバい事話してないかな?」という不安の眼差しを向けながら、以前にこの村を襲っていたスレイン法国の連中の背後に居る存在の危険性について話し合っていると、ンフィ―レア君が息を大きく乱してこちらに駆け寄って来た。

一体、何事だろう…?

 

「ンフィ―レア君、どうしたんだい? まさかエンリちゃんに告白したけど振られたの?」

 

「ち、違いますよ! いえ……告白はいずれ、ちゃんとするつもりですけど…って、そうでも無くて!」

 

彼は汗でべっとりしてしまった目元が隠れる位に伸びた髪を掻き揚げて、その真っ赤になった端正な顔立ちを僕等に見せながら、慌てた様に僕の言葉を否定した。

この世界では16歳で成人扱いらしいが彼が見せる初々しい反応は見ていて面白い。

 

以前、彼から「好きな子がいる」という甘酸っぱい話を聞かされたが、その相手がまさか僕等が助けたこの村の娘であるエンリだったとは……偶然とは本当に恐ろしい。

 

「ウェストさん……純情な少年をからかうのは、あまり良い趣味とは言えませんよ?」

 

「すいません、決してからかうつもりは無かったんですけど……ンフィ―レア君もごめんね。

それで…僕達に何か用かい?」

 

「……はい、単刀直入にお訊きします。 以前この村を救ってくれたというアインズ・

ウール・ゴウンとソウソウ…彼等はモモンさんとウェストさん、貴方達の事なのですか?」

 

「―――っ!?」

 

「……何故、そう思ったんだい?」

 

アインズさんがその問いにどう答えるべきか言葉に詰まっているのを感じ、僕がンフィ―レア君

から話を聞く事にした。

気付けば向こうで話していた三人娘達も彼が必死な表情でこちらに来たのを見て何かを感じたのか、何時の間にやら僕等の傍に控える様にして立っている。

……頼むから皆、手荒な事はしないで欲しい…僕は彼の事が本当に気に入ってるのだから。

 

「エンリが傷を負った時にゴウンさんが使用したのが赤いポーションだったという話に引っ掛かりを覚えて、思い返せばナーベさんがカルネ村に来るまでの道中で口にした『アルベド』という女性の名前もその二人の部下の方と同じだった様なので、そう思ったんですが……」

 

彼の言葉にアインズさんは常人には分かり辛く、ナーベラルは目に見えて「やってしまった……」という雰囲気を纏わせた。

うん、これは最早言い逃れ不可な状況だけど……どうしよう?

 

「……僕等が仮にその人物だったとして、君はどうするつもりなんだい?」

 

「はい。 それは……」

 

お願いだ、強請ろうなんて物騒な考えは持たないでくれ…少なくとも僕は君を酷い目に遭わせたくはないんだ……。

 

「この村を……いえ、エンリを救ってくれた事に対してお礼を言わせて欲しいんです」

 

「………成程、ね」

 

「……………」

 

その言葉に込められた想いは僕からすれば純粋な物に思えた。

アインズさんが無言なのも同じ気持ちであれば良いんだけど。

 

「……いや、残念ながら私達は君が考えている様な人物では無い」

 

「そうだね、モモンさんの言うとおりだ。

でも、その人達が今の言葉を聞いたら、きっと喜んでくれただろうね」

 

「……それなら、良かったです。 きっとその方達は何か人に言えない理由があって顔と名を隠しているのかと考えたんですけど、それでも僕の好きな女性を救ってくれた“お二人”にちゃんと感謝の気持ちを伝えたかったから……」

 

そして彼は何も言わずに僕等に深く、頭を下げた。 それは「変な事を言ってしまって済みません」というポーズの裏にある深い感謝の念を感じてしまい、こちらとしてはどうにも複雑な気分だ。

やれやれ…年下に気を遣われるなんて情けないったらありはしない。

 

アインズさんもそう思ったのか降参したかの様に彼に声を掛けた。

 

「フゥ………分かった。 もう、頭を上げたまえ」

 

「サウス、ノース……ナーベの様子を見ながら彼女と共にこの場に待機していて。

ここからは僕等二人だけでンフィ―レア君と話をするから」

 

「………………」

 

「はい、分かりました。 お兄様」

 

「………(コクリ)」

 

僕等はまるでこの世の終わりかと思える様な顔をしたナーベラルのフォローをマキナとシズに任せて少し離れた場所に移動した。

これから先の話は多分、彼女達を刺激してしまう内容になるかもしれないし。

 

 

「…それで? ンフィ―レア君は僕等にお礼を言いに来ただけって訳じゃ無いんでしょ?」

 

「はい。 今回、ウェストさんがモモンさんを僕に紹介してくれたのはコネクション作りの為、

何ですよね?」

 

「僕としては最初は素性を隠すつもりは無かったんだけど、君の目から見た上でモモンさんを判断して欲しかったんだ。 彼の人間性は君のお眼鏡に適ったかな?」

 

「―――それは勿論! モモンさんやウェストさんみたいに力と知識を持っていても驕り高ぶらない人と知り合いになれたのは僕からすればとっても幸運な事です!! だからこそ………」

 

「そんな私達からポーションの製法を知ろうと下心を持って近づいてしまった自分が許せない…か?」

 

アインズさんの言葉に彼は渋面を作り、肯定の意味を込めて無言で頷いた。

……僕等だって彼等に対して言い方は悪いが下心を持って近づいたのだから其処まで気に病む必要は無いと思うんだけど…。

 

「君が製法を知って悪用する様な人間であれば、そもそもウェストさんは私に君を紹介などしなかっただろう」

 

「ンフィ―レア君が僕等を信用してくれた様に僕等も君の事を信用に足る人間だと判断したんだ。 君さえ良ければだけど、今後とも交友関係を続けてくれるかい?」

 

「………はい。 こちらこそ、宜しくお願いします。

敵わないなぁ……二人とも凄く格好良くて……が憧れるのも…理無いや」

 

最後の方は独り言に近い声量だった為か殆ど聞こえなかったが、ンフィ―レア君が僕等に向ける

眼差しは眩しい位に輝いていて、心が平坦化する程の嬉しさを感じてしまった。

ガゼフさんとは違った意味で彼と話していると自分の少なくなった人間性を刺激されて安心出来、新たな創作意欲も湧いてくる。

 

最早、僕は人間では無くなったというのに、彼の事をもう一人の弟の様に思えてしまい、その事に驚きつつも、それが決して悪い気分では無い事に今更ながら気付く。

アインズさんは彼の事をどう思っているかは分からないが、似た様な気持ちでいてくれたら嬉しいな…。

 

僕はそんな事を考えながらもンフィ―レア君にどうしても確認したい事があったので訊いてみる事にした。

 

「ちなみに現在、僕とモモンさんの正体を知っているのは君だけ?」

 

「ええ、誰にも言ってはいません。 お二人にいきなりこんな事を言うのはご迷惑だと思いましたが、どうしても直接エンリを救って貰ったお礼をしたかったので………済みませんでした」

 

「……今の私達の立場は“冒険者モモン”と“宝探し屋(トレジャーハンター)ウェスト”だ。

それを忘れないでいてくれれば、別に構わない」

 

「それに、僕等だって通りがかった所を助けただけさ。 お礼を言われる事じゃない」

 

「いえ! ただ助けただけであれば、あの角笛も…あんな綺麗な…首飾り…だって……」

 

おっとー……まさかの僕が渡した防御系アイテムで嫉妬しちゃったか。

アレはデザインが気に入ったので現実(リアル)でも作って店に置いたら女性客に好評だったけど、

好きな子がそんな物を他の男から貰ったなんて聞いたら気分も良くないよね。 うん、反省。

 

「実は僕は故郷で良くああいった物を作っていたんだけど、良ければ作り方を教えようか?

ゆくゆくは結婚指輪も自作出来たら素敵だろうしね」

 

「け、結婚!? た、確かに…僕もそういう年齢ですけど、まだ告白もしていない身だし……

ってそうじゃ無くて!! でも……ウェストさんが構わないのであれば、お願いします……」

 

そんなンフィ―レア君の初々しい反応に僕は「若いって良いなぁ」というおっさん染みた思いと同時に「で?お前はいつ結婚するの?」という現実を突きつけられた様な気がして心が平坦化する。

アインズさんはともかく僕には“そういう風に想ってくれる”相手が居ないから特にね。

 

でも……“隣に居て欲しい存在”は娘であるマキナとは別にもう一人居るのだけれど、

それを本人の前で口に出す気は無い。

彼女の立場上、それを口に出してしまえば困らせてしまうのは僕みたいな人間でも分かる事だし。

何より、かつて麻紀ちゃんに向けた物とは違うこの感情の名前を僕自身が理解していないというのに彼女にそれを伝えるなんて論外だからだ。

……取り敢えず、今は僕の人形だな。 アレが完成すれば自分の気持ちも少しは見えて来る筈。

 

 

その後、ンフィ―レア君から「今から一時間後に出発します」と今後の事を確認し、彼と別れた

僕等が三人娘の所へ戻るとナーベラルが「至高の方々の計画を狂わせてしまった罰を!」とガチで自害しそうなテンションで僕等に懇願し自動人形(オートマトン)娘の二人も「何卒、軽い罰にしてやって下さい」という視線を向けて来た。

 

うーん……決して彼女の所為で僕等の正体がバレた訳では無いのだけれど…。

さてさて、何て言葉を掛ければ良いのやら…。

 

「…やはり、ブリタ(あの女)は今からでも始末しておいた方が良いんじゃ……」

 

「昨日、酒場でポーションを渡した時点である意味手遅れだったんですから、其処はもう気にしない方向で行きましょうよ。 それより今は………」

 

目の前に居る今にも泣きだしそうな友人の娘の一人にどう対応するかだ。

僕的にはあまり厳しい事を言いたくは無いんだけど、アインズさんはどうするんだろうか……。

現在は鎧の所為で骸骨顔以上のポーカーフェイスとなってしまったギルマスを見ながら、僕は誰にも聞かれない様な小ささで溜息を吐いた。

 

 




今回、一番悩んだのはンフィ―レア君をどうやって“悪意無く弄れるか”です。
あのリアクション芸はオバロにおける癒しの一つ。
彼がウェスト=ソウソウだと気付けたのはエンリ将軍の「とっても物腰が柔らかで、紳士的な方だった」という話を聞いてピンと来ました。

次回は森の賢王との遭遇ですが、確定しているのはソウソウが荒ぶります。
多分、作中で一番、荒ぶります。


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十五話

カルネ村 周辺の森―――――

 

 

「ウェストさん……もし相手が“森の賢王”だったとしても、モモンさんは大丈夫ですよね?」

 

「そうだね……今、モモンさんが戦っている魔物が君の言っていた存在だったとしても彼が

『大丈夫だ』と言った以上、僕は何も心配してないよ」

 

僕等は現在、薬草採集をしていたら突如、蛇行しながらこちらに向かって来る魔物の存在を野伏(レンジャー)のルクルットさんが感知したので、しんがりをアインズさんとナーベラルに任せて森から退避していた。

先程、ンフィ―レア君が言った“森の賢王”とはこの森の周辺を縄張りとしている強大な存在で

アインズさんが戦っているのはソイツである可能性が高い……いや、間違い無いんだろうけど。

 

「……バレアレさんと…私達の身の安全を守る為にウェストさん達が付いて来てくれたのは有難いですが……本当であれば貴方もモモンさんと共に闘いたかったのでしょうに…申し訳ありません」

 

僕とンフィ―レア君の会話を聞いていた漆黒の剣のリーダー、ぺテルさんは僕に頭を下げてくる。

どうやら、彼……いや、彼等全員が自分達の力量不足に落ち込んでいる様子だ。

 

「…モモンさんは“冒険者”です。 依頼主の安全確保は当然の判断ですし、共に仕事をしているアナタ達がンフィ―レア君を守って此処まで戻って来れる事を信頼して任せたのですから、手伝いである僕達がすべき事はそのサポートに他なりません」

 

「「「「………………」」」」

 

その言葉で漆黒の剣の皆さんはさらに口を閉ざしてしまった。

多分僕の言った事に「頭では分かっているけど心で納得出来ない」と言った感じなのだろうけど……こちらとしてはむしろ彼等が強かったら面倒な事になっていたので正直な話、助かっているのだが。

 

だって、今アインズさんが森の賢王と戦っているのはハッキリ言って“自作自演”だし。

 

 

――――――――――

 

 

「……森の賢王をおびき寄せて戦う、ですか」

 

「はい、私は道中で彼等に人食い大鬼(オーガ)を一刀両断にして見せましたが、それでは名声を高める為のインパクトが少ないんですよ」

 

僕等はナーベラルに「今後はこういう事が無い様に」と自分達の失敗は一先ず置いておき、

反省させる為に叱った後、空き時間を利用して今後の事を話し合っていたのだが、アインズさんの案に僕は感心した。

 

「成程……この世界に居る伝説の魔獣を討伐出来れば実力を示すには十分ですもんね。

そういえば……此処に来る途中でアウラに会いましたけど、近場にそんな奴が居たみたいな事を言ってた様な……」

 

「え? ウェストさん、あの子に会ったんですか?」

 

僕等三人が昨日、エ・ランテルからカルネ村まで向かったルートは正規の森沿いを歩くのでは無く、“森の中を突っ切る”という常人なら危険過ぎてまず通らないという物だった。

森に入って少ししたらナザリック周辺の森林地帯の探索を命じていたアウラが何事かと思って僕等の前に姿を現したので、彼女から探索状況を聞きながら一緒に村近くまで移動して来たのだ。

 

「アウラと…彼女の話を聞いた限りではマーレもちゃんと仕事をしてくれているそうですよ。

その時は感謝していると頭を撫でたんですけど、後でちゃんとしたご褒美をあげなきゃですね」

 

「そうですね…。 彼女達は私達の為に働く事を当然だと思っているのでしょうが、『信賞必罰』という言葉もありますし今後、良い働きをした者には相応の褒賞を与えるべきでしょう」

 

ある意味で欲の無いナザリックメンバーに対しての褒賞関係の話に移行しかけてしまい、僕等は

気を取り直して森の賢王の話を本筋に戻す事にした。

 

「……なら、僕等は話を広めてくれるであろう、ンフィ―レア君と漆黒の剣を守る事にします。

森の賢王の誘導はアウラ、退治するのはモモンさんとナーベにお任せ、という事で」

 

「ええ、分かりました。 ウェストさん、宜しくお願いしますね」

 

 

―――――

 

 

「……………失敗したなぁ(ボソッ)」

 

「……? ウェストさん、どうしました?」

 

「いや……何でもないよ、ンフィ―レア君」

 

で、誘導して僕等の方に向かわせたのは良いんだけど、彼等からすれば正体不明の存在が近づいて来たら、そりゃ姿なんか確認せずに逃げるよね…。

結果として僕等は現在、アインズさんの活躍を彼等に見せられずにそのまま森の出発地点まで普通に護衛しながら戻って来るという体たらくだ。

正直、森の賢王がどんな造形をしているのか実物を見てみたかったのだが、アインズさんなら

殺したとしても体の一部を持って来てくれるだろうし、それで満足するしかない、か…。

 

「ウェストさんは……モモンさんとの付き合いは長いんですか?」

 

「…故郷の家族よりは時間が短かったけど、ある意味でそれ以上に濃い付き合いはしていたかな。 どうしてそんな事を訊くんだい?」

 

「いえ、ウェストさんが彼を全く心配していないので、とても信頼されているんだなと感じて……」

 

実際の所、僕がアインズさん達を心配していないのは戦っている相手の推定戦闘レベルをアウラから聞いていたからなのだけど……事情を知らない彼からすればそう見えるのか。

まぁ、ギルマスの実力を信頼しているのは確かなんだけどね。

 

「僕が昔……今よりずっと弱かった頃にモモンさんに助けられた事があってね。

その時の彼の強さを知っている身からすれば、心配なんてむしろ失礼な位さ」

 

「やっぱり二人とも凄いな……ウェストさんが僕に話してくれた冒険をモモンさんも経験しているんだから、今の状況もきっと…大丈夫なんでしょうね」

 

「むしろその冒険で当時、不慣れだった僕のサポートをしながら多大な戦果を上げていたのは

モモンさんを初めとする、今は散り散りになったメンバー達だったんだ。

彼等は今でも僕にとって尊敬する大切な……本当に大切な仲間達だよ………」

 

「今のウェストさんの雰囲気……昨日のモモンさんに似てますね」

 

昔を思い出してしんみりしてしまった僕にンフィ―レア君は穏やかな声音で語りかけてくる。

彼は基本的に聞き上手で余計な事は言わない……のだが、今は僕等に興味を持ってくれているのか普段よりも若干、グイグイ来る感じだ。

マキナとシズには現在、漆黒の剣の皆さんの話相手になって貰っている事だし、

ギルドの事は省いた上で彼には僕の事を話しても大丈夫かな?

 

「……かつて、モモンさん達のチームに入る前、僕には大切な女性が居たんだ。

ンフィ―レア君にとってのエンリちゃんみたいな存在がね」

 

「そうなんですか!? ウェストさんにとっての大切な女性……って、“かつて”という事は…」

 

「うん。 人身事故で亡くなってしまってね……彼女を死なせた人には過失が無かったから当時は誰を、何を恨めば良いのか、そもそも自分に生きる意味はまだあるのだろうか、何て本気で考えていたよ」

 

「………………」

 

「そんな心情はきっと分からなかったんだろうけど、見ず知らずの僕を『放って置けなかった』

って理由でモモンさんは自分のチームに引き入れてくれたんだ。 とんだお節介だよね」

 

「はい、僕もそう思います………けれど、同時にとっても立派な人だとも思えます」

 

ンフィ―レア君の言葉に僕は無言で頷く。

モモンガさんのその一言が当時の僕を救ってくれたのは確かだったから…。

 

「その後は本当に楽しかった…和を重んじるけれどルクルットさん以上に下ネタばかり言ってた人、そんな彼にニニャさん以上の冷たくドスの効いた苦言を放つ彼の実の姉、ダインさんの様に寡黙で情熱的に自然を愛した人、チームの父親役を務めていた人はぺテルさんに少しだけ似てるかな?」

 

「へぇ……モモンさんから少しだけ特徴は聞かせて貰いましたけど、そんな方達だったんですね」

 

おっと…漆黒の剣をついギルドメンバーと重ねてしまったが、彼等は彼等で良いチームなのだから比較するのは失礼だろう。

どうやら僕も、アインズさんに負けず劣らずギルメン不足らしい。

 

「そんな彼等のお陰で僕の彼女を失って空いた胸の空白は完全に埋まったのだけど、

ンフィ―レア君……大丈夫だと思うけれど、君には僕と“同じ道”は通って欲しく無いんだ」

 

「えっ!? ウェストさん、それって………」

 

彼は僕の突然の言葉に驚いた様子だったが少し考えた後にその意味を理解して、

ほんの少し目を伏せる。

そう、今の話が美談で済むのは僕が“失った後に得る事が出来た”からだ。

だったら、そもそも―――――

 

「ンフィ―レア君には今、手元にある大切な物を失って欲しくないのさ……。

僕はある意味で失ったからこそ今の強さを手に入れた…けれど、君は失わずに強くなって欲しい。

それがエゴだというのは分かっているんだけどね」

 

「なれるんでしょうか…? 僕もウェストさんの様に強く、立派な人に………」

 

彼の言葉に僕は今まで閉じていた目を開け、心の底から湧き上がった笑顔を作って答える。

 

「なれるさ。 僕なんかよりもずっとね」

 

「……エンリから聞いていた通りだ。 ウェスト……ソウソウさんの瞳ってとっても澄んでいて、綺麗なんですね」

 

そのお世辞では無い本当の賛辞に気恥ずかしくなってしまい、慌てて目を閉じたがそれでも彼から伝わる尊敬の眼差しがどうにも僕の心を平坦化させてしまう。

 

「あー……おほん。 実は今の話ってモモンさん達にも言った事が無い僕のトップシークレットだから、君の胸の中だけにしまっておく事…約束できるね?」

 

「はい…分かりました。 ソウ……ウェストさん」

 

僕等は二人だけの秘密の約束をした後、互いに顔を見合わせて笑い合う。

うん、彼は本当に僕の中でナザリック外の癒し要員だね。

ポーション職人としても利用価値があるし、是非とも保護しておきたい所だ。

 

「ところでウェストさんって………今は居ないんですか? その……“大切な人”って」

 

「……おっと、突然の恋バナとは……君も中々に距離を詰めてくるね。

まぁ、男性で強いて言えばモモンさんだけど、女性となると………」

 

「じょ、女性となると……?」

 

純情少年の思った以上の食い付きにおじさんビックリですよ。

さて…誤魔化しても良いんだけど、彼にはなるべく正直に話したいし、どう説明するべきか……

 

「一人はさっき言った彼女の娘の……サウスだね。 顔立ちに関しては(真っ当な)笑顔を見せてくれない以外はそっくりで、年齢の差もあって僕の妹……“家族”として接しているよ」

 

「き、既婚者の方を好きだったんですか!? いえ、いくらウェストさんみたいに魅力的な人でも旦那さんが居ては………」

 

言い方が悪かったとはいえ、思考がアブノーマル路線に突入しそうなンフィ―レア君に僕は

「彼女には旦那さんが居なかったから」という“本当の事”を話して落ち着かせる。

考えてみれば当時、麻紀ちゃんとは恋愛関係の話をした事が無かったけど彼女には誰か好きな人が居たんだろうか? 居たとしたら軽くショックだな……勿論、祝福はしただろうけど。

 

「もう一人は僕とモモンさんの友人の娘でね。 (外見)年齢は僕と同じ位で人に対して時に優しく、時に厳しい態度の心に芯を持った、とても綺麗で尊敬できる女性さ」

 

「……今の言い方だと、“どっちとも取れる”発言でしたけど、ウェストさんはその女性の事をどう思っているんですか?」

 

「うん……そこなんだよ。 サウスとは違う意味で“家族”みたいに思っているし、人間的に尊敬しているのも間違い無い……んだけど、決してそれだけじゃ無いと思っているのも事実なんだ」

 

「…ウェストさん程の人がそこまで悩むなんて、やっぱり一番分からないのは自分の心なんでしょうね………」

 

ゴメンね、ンフィ―レア君。 答えの見つからない問題に君を付き合わせちゃって…。

実際問題、僕もニグレドに対してどういう風に接すれば良いのか未だに掴みかねている所だし。

 

「お兄様のその話に……私、興味津々です」

 

「………サウス姉、はしたない」

 

僕の大切な人談義が始まった途端、じりじり近づいてくるマキナとそれを止めるシズの気配は感じていたが、もう何なのこの娘……漆黒の剣の皆さんも興味があるのかチラチラとこちら見て来てるし、アラサ―のそういう話に興味持ち過ぎでしょ君等…。

 

「宜しければ……私達にもウェストさんの事を教えて貰っても構いませんか?」

 

「モモンさんもウェストさんもやっぱ好きな子の為に戦ってるから強えーんだろうなって思っちまって、そこんとこ詳しく教えて欲しいっす!」

 

「うむ! ウェスト氏の強さはサウス女史とノース女史から聞いたが、その根源を是非とも御教授願いたいのである!」

 

「…すいません、ウェストさん。 男って皆どうしてもこういう事になると気になってしまって」

 

その後、何だか恥ずかしくなってしまったので、代わりに漆黒の剣の方々には自分とアインズさんの当たり障りの無い冒険譚を聞かせたのだが、「モモンさんといい、やっぱり男は顔じゃ無い」やら「あの枯れ木の様な細腕にどれだけの筋量が」やらとサラッとディスられていた様な気がしないでもないけど、彼等が満足してくれていた様で安心した。

マキナとシズも僕達のそういった話は聞いた事が無かった為か、表情は変えなかったが驚きの声を上げながら相槌を打ってくれる。

 

うん…この心が穏やかになる感覚、良いなぁ。

やっぱり外に出たのは正解だった……インスピレーションが湧き上がっていくのを感じる。

 

僕等が和気あいあいと話していると、背中辺りから拗ねた様な声が聞こえた。

まったく、良い気分だったのに一体誰が―――――

 

「………随分と楽しそうですね、ウェストさん」

 

「ウェストさん、只今戻りました」

 

「………いやー、無事戻って来るって信じてましたよ……モモンさん、ナーベ」

 

やば……すっかりアインズさん達の事を忘れて話しこんじゃったよ。

本当ですよ! 本当に無事に戻って来ると信じてたんですよ!!

だからギルマス、そんなメール返信をしなかったから拗ねた女の子みたいな雰囲気を纏わないで!!

 

 

その後は皆がアインズさん達が無傷である事に喜び、彼を取り囲みながら賞賛の言葉を送っていたが、ルクルットさんは僕も感じていた彼の後ろに隠れた存在を感知し、怪訝な表情だ。

 

「モモンさんよぉ、あんたの後ろに居るヤツは一体何だ? 敵意を感じないから危険は無いって思うが……」

 

「僕もさっきから髪に反応していましたが、まさかモモンさん、アナタの背後に居るのが……」

 

ルクルットさんが先に言ってくれたお陰で僕もそれらしく彼の背後に居る生け捕りにしたであろう“森の賢王”の存在を皆に伝える事が出来た。

さてさて、もっと近づいて早く全体像を知覚させて欲しい。

生物学に関してはさっぱりだけど、ンフィ―レア君から話を聞いて造形的には凄く気になっていたからね。

 

「ええ、ウェストさんの想像通り森の賢王ですよ。 私はヤツと戦い、ねじ伏せて来たんです」

 

そして森の賢王はアインズさんに「おい、来るんだ」とまるでペット感覚で呼びつけられながら

僕達の前に姿を現す。 その姿は正に―――――

 

 

“ジャンガリアンハムスター”、又は“ドワーフハムスター”と言われる可愛らしいネズミだ。

ただし、その大きさは僕よりも遥かに巨大で庇護欲は若干落ち気味になっている。

 

ナザリックメンバー以外が警戒して武器まで構え、一歩引いている状況で僕はソイツに向かって

逆に一歩、また一歩と歩を進める。

最初はゆっくりだったその歩調は段々と早足になり、最終的には全速力で目標に向かって―――

 

 

―――――ガッシィン!!!

 

 

「あっはっはっはっはぁー!! 何だコイツ!? 何だコイツ!? 何だコイツぅー!?」

 

指の繰り糸もフル可動させた状態で森の賢王を抱きしめ、頭を高速で擦り付けた。

痛くしない様に配慮はしているつもりだが、たとえ痛かろうとも今のテンションの僕には知った事じゃ無い!

だってこの生物は―――――

 

「大きいのに! こんなに! 大きいのに!! 可愛さを保ってるなんて面白いなぁ!!!」

 

「な、な、何でござるか殿!? この力は!? それがしが幾ら抵抗しても微動だに出来ないでござる! なのに撫で方が異様に優しくて逆に恐怖を感じるでござるよ!!」

 

「あ、あの…ウェストさん、そんなに興奮しなくても………」

 

「ヤッベヤッベヤッベー!! これは興奮せずにいられませんって!! “大きいのに可愛い”

なんて僕の今までの価値観を覆す正しく革新的な存在!! しかも喋れるとか!!

モモンさん、こんな魔物(ヤツ)を従えるなんて凄い……これで無敵ですよ!!」

 

「いえ、戦力的には別に無敵ではない…というか、あなたはどういう意味で言ってるんです?」

 

「いやいやいやいやいや! そんなもん“造形的な在り方”に決まってんでしょ!!

ええい! ここは一晩かけてでもじっくりと語るべき―――――……ふぅ」

 

心が平坦化したので僕はさっさと森の賢王(ハムスター)から繰り糸と体を離す……いかんいかん。

「やってしまった」という思いと共に周りを確認するとその反応は―――――

 

「一切の無駄の無い距離の詰め方…ウェストさん、貴方という人はどこまで……」

 

「あれ程の強大な力を感じる魔獣の動きを完全に封じるとは…ウェスト氏もモモン氏と並ぶ英雄級の実力者であると認めざるお得ないのである!」

 

「あんだけの実力を見せつけられちゃ、モモンさんといい…傍に美人を侍らせてても納得だわ」

 

「しかも、あの見る限りに恐ろしい魔獣に対して『可愛い』なんて……器の大きさを感じます」

 

「「(えっ!?)」」

 

ニニャさんの言葉に僕もアインズさんもビックリする。

だって“コレ”、ハムスターだよ? むしろ恐ろしいなんて感想に驚きだよ!

 

「いや……皆さん。 私もウェストさんと同じく、この魔獣の瞳を可愛いと思っていますが」

 

「ええ…このずんぐりとした体つきと、ちょこんと出た前歯に癒しを感じても恐ろしさは…」

 

僕等の言葉にその場に居た全員が「ありえない!」という目を向けてくる。

え? ちょっと待って? 僕等がおかしいの? ちょっと自信無くなって来たんだけど……。

 

僕とアインズさんは彼等と自分達との価値観の相違に戸惑っていたがアインズさんが恐る恐ると、しかしはっきりとした口調で僕等と共通認識を持っているであろう、ナザリックの三人娘に声を掛ける。

 

「ナーベ、サウス、ノース…お前達は“コレ”を見てどう思う?」

 

「実際の戦闘力と知能はさておき、力強さと知性を感じさせる姿ではあると思います」

 

「私もナーベちゃんと同意見ですが、モモンさんとお兄様の御寵愛を受ける程の魅力ある存在とはとても思えません」

 

「………抱きしめて、頬ずりしたい」

 

よっし! シズは僕等と同意見だな……いや、「カワイイ」って意味でだよね?

でもナーベラルとマキナは何であのハムスターにそこまでの高評価を付けてるの?

しかも何かマキナは若干の嫉妬が含まれた視線を向けてるし……あーもう、怯えてるからやめなって、折角手に入れたのにストレスで早死になんてシャレにならないから…。

 

 

 

恐ろしい魔獣を可愛いと評する僕達二人の度量に対して注がれる賞賛の言葉に当の本人としては「この世界は何かおかしい」と頭を悩ませていたのだが、ンフィ―レア君が不安そうに声を掛けて来たので取り敢えずは意識をそちら切り替えて話を聞く事にする。

まぁ、何を心配してるのかは分かっているのだけれど。

 

「……その魔獣がこの一帯を縄張りにしていたのなら連れ出した場合、勢力図が変わってエン……カルネ村に被害が及ぶ可能性はありませんか?」

 

その言葉に僕とアインズさんは内心で「計画通り!」とガッツポーズをする。

 

「ふむ、確かに………おい」

 

「むむ! 殿はそれがしの意見をお求めでござるか? 任せて欲しいでござる!!」

 

そしてアインズさんが森の賢王(ハムスター)に顎をしゃくると彼(?)は自分が認めた主人の命令に喜んでいるのか髭を震わせながら話しだす。

しかし、この見た目大きいハムスターが「それがし」とか「ござる」とかやたら武人っぽく喋っているのはギャップがあってどうにもツボる。

僕等の頭の中で翻訳されて最適化された言葉使いなのだろうがマジで違和感しか無い。

 

そして森の賢王(ハムスター)がンフィ―レア君に「最近は辺りが物騒になってきたので、もう自分が居ても安全とは限らない」と伝えると彼はショックを受けて顔を俯かせてしまった。

そんな姿を見るのは少しだけ心苦しいがこれも僕等のコネ作りの為だ、勘弁して欲しい。

 

「………モモンさん、ウェストさん」

 

「……何でしょうか?」

 

「……僕等に何か頼み事かい?」

 

ンフィ―レア君はしばらく悩んでいたが腹が決まったのか、僕とアインズさんに声を掛けてくる。

彼が僕等の正体に気付いたのであれば、もう一度村を守って欲しいと頼んで来るであろうと踏んでいたけど、思った以上に時間が掛かったのは僕等の迷惑になるんじゃないかと気を使ってくれたからだろう。

でも大丈夫。 君にそうやって恩を売っておきたいというのが僕等の狙いだから。

 

カルネ村に関しては利用価値が高いので言われなくても守るつもりだったけど、アインズさん曰く「頼まれる」というのが重要らしく、ンフィ―レア君には貸しを作って情で縛りつけたいらしい。

こういう発想が僕には出て来ないから、ギルマスが彼で良かったとつくづく思うよ。

 

しかしンフィ―レア君が口にした言葉はそんな僕等の思惑を超える物だった。

 

「お願いします! 僕を貴方達のチームに入れて欲しいんです!!」

 

「「はいぃ!?」」

 

「僕だって男です。 出来る事なら自分の力でエンリを…カルネ村を守りたい。 でも、今の僕の実力じゃそんな事は夢のまた夢だって事は分かってるんです……ですから、その為にお二人の強さの一端を是非とも教えて貰えないでしょうか!?」

 

ンフィ―レア君のお願いにギルマスであるアインズさんはフリーズしてしまったので僕が代わりに受け答えをする事にしたのだが、まさかの入団希望とは……ホントに想定外だ。

 

「……僕等を長期的に雇うのは金銭的に無理だから、代わりに僕等のチーム入りたいって事?」

 

「自分でも勝手な事を言ってるのは承知の上です……でも、僕も今まで薬師として勉強をしてきたので薬学に関して多少は自信がありますし、どんな雑用係でも決して文句なんて言いません!

ですから……どうかお願いします!!」

 

「成程、『魔法詠唱者(マジック・キャスター)か錬金術師のどちらかを僕達の下で極めて大切な人を守る』、それが…道を決めかねていた君が選んだ答えなんだね?」

 

その言葉に彼が力強く頷いたのを見て、覚悟の程はハッキリと伝わった。

さて……僕の答えは決まっているがアインズさんはどう答え―――――

 

 

「ふふっ………はははっ、はははは!!」

 

 

笑っていた。 けれどそれは決して悪意が一切感じられない、穏やかで綺麗な笑い声。

そして笑い声が止むとヘルムを脱ぎ、彼に対して真摯な態度で深々と頭を下げる。

その対応にナザリックメンバーは皆、驚いているのを知覚できたが僕は驚かない。

笑いこそしなかったが僕もギルマスときっと気持ちは一緒だからだ。

 

「ンフィ―レア君、今モモンさんが笑ったのは君の決意を馬鹿にしたからじゃないんだ。

そこは分かって欲しい」

 

「……ウェストさんの言うとおりだ。 だが、この場では不適切だったという事は理解している。 気を悪くしてしまったのなら本当に、申し訳無い」

 

「い、いえ! 大丈夫です、僕は気にしてません」

 

「ありがとう。 まず私達のチームに入るには二つ条件があって、君はその内の一つしか満たしていない…すなわち君が加入する事を認める事が出来ないんだ…残念だがね」

 

そう、そしてこれは僕も入ってから教えて貰ったのだが隠し条件として

“ギルドメンバーの過半数の賛成”も必要なのだ……だからそれを知った時は本当に嬉しかった。

 

「僕としては条件を満たしていても君の加入を認める気は無かった…その理由は分かるね?」

 

「―――――っ! ……『“同じ道”は通って欲しく無い』、そうでしたね」

 

「うん…君は君だけが持てる強さで僕等を追い抜いて欲しいのさ。 でも、僕等のチームに

入りたいって言ってくれた君の気持ちは決して忘れないよ。 ね? モモンさん」

 

「ええ、その通りです…って、ウェストさん……彼と何を話したんですか?」

 

「いやいや、そこは男同士の秘密って事で………だよね、ンフィ―レア君?」

 

「はい! その話はウェストさんと“胸にしまっておく”って約束しましたから!」

 

アインズさんは納得がいってない様子だったがその姿を見ていたニニャさんからの温かい眼差しを受けて照れたのかそっぽを向いてしまったので、今の内にとンフィ―レア君に話しかける。

 

「その代わりと言ってはなんだけど“友人として”カルネ村に力は貸すし、状況に依って戦い方も少しは教えられると思う。 勿論、君さえ良ければだけど―――」

 

「よ、宜しくお願いします! ウェストさん!!」

 

「ああ、こちらこそ宜しくね。 ンフィ―レア君」

 

そう言って僕等は互いに微笑みながら握手を交わした。

それを見たアインズさんはヘルムを被り直した後に同意の意味を込め、穏やかな所作で僕等二人の肩を抱きながらある提案をする。

 

「二人とも、その話の詳細は帰りの道中でするとして、少し魅力的な話があるんです。

私が森の賢王の服従させた事によって得られた恩恵なのですが―――――」

 

その話を聞きながら僕は軽く後悔していた。

それは内容に関してではなく、今の状態では幻術で作ったと聞いたアインズさんの素顔を確認出来ない事に今更気付いたからだ。

皆から散々な評価を貰ったというその顔、ナザリックに戻ったら絶対に見せて貰おうっと。

 

 




森の賢王、大きさと可愛さが反比例しないというのは大変素晴らしい。
アインズさんは淡泊な反応でしたけど造形廚のソウソウからすれば大変興味深い存在です。

前回でソウソウにとってンフィ―レア君はもう一人の弟の様に思っていると書きましたが、逆にンフィ―レア君にとってのソウソウは兄の様な、亡き父を連想させる様な存在として今回は書いてみました。

書き上げてみてこの二人の関係性はとても気に入ってますが、それ故に次回の展開は心苦しくなるのでその元凶に相応しい結末を現在、考え中。


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一六話

リ・エスティーゼ王国 エ・ランテル―――――

 

 

時間帯は日が沈みかけ、都市の大通りに魔法に依る街灯が灯り始めた頃、其処を歩いていた通行人は自分達の常識を覆す存在を目にして“それ”から距離を置き、小声で驚きと賞賛、そして僅かな恐怖の視線を向けていた。

 

“それ”とは彼等が今まで目にした事が無い、力強さと知性を併せ持つと一目で理解出来る魔獣の姿……では無く、その魔物に颯爽と跨る大柄の黒騎士の姿にだ。

彼の何処を見ているのか分からない超然とした態度も、あれ程の強大な魔獣を手懐けたとしても不思議ではないと感じさせる一因となっている。

果たして恐ろしくも威厳を感じさせる魔獣を従えている彼は何者か?

そしてそんな彼の隣に居て平然と会話しているフードを深く被り、顔を隠している男の正体とは?

 

通行人達の興味は現在、そんな謎の二人に注がれていた。

明らかに常人の枠を超えているであろう彼等は一体、どんな話をしているのだろうか―――――

 

「……ウェストさん、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど」

 

「モモンさん…此処に戻って来るまで何回、同じ事言ってんですか。

皆が『騎乗するべきだ』って言葉に納得して乗ってるんだからいい加減、開き直りましょうよ」

 

僕等は森の賢王を従属させたお陰で彼(?)の縄張り内の高価な薬草類を大量に手に入れる事が出来、カルネ村で一泊した次の朝に出立したのだがその際に漆黒の剣の皆さんや森の賢王自身からアインズさんに「是非とも乗って帰ってみては?」と提案されたので騎乗し、現在に至る。

 

「だってこれ、乗り方がもう完全に“跳び箱を飛ぶ姿勢”じゃないですか。 

約十年振りですよ、こんな格好……それなのに皆「格好良い」って言うし、勘弁して欲しい…」

 

「ウチの三人娘も「至高の存在が歩くべきでは…」って遠回しに僕にも騎乗を勧めて来たけど、

君にも負担が掛かるだろうし遠慮して正解だったかな。 大丈夫? 疲れてない?」

 

僕はそう言いながら森の賢王のわき腹をポンポンと叩きながら体調を訊いた。

折角、僕等のペットになったのに酷使しちゃ可哀そうだからね。

ちなみにこの子の名前は本人からの希望でアインズさんが「ハムスケ」と名付けたのだが、僕が「相変わらず全く捻りが無いですけど下手に凝ってもいない名づけ方ですね」と評価したら「どうせ私はネーミングセンスないですよ…」と拗ねてしまったので慰めるのに時間を要してしまった。

 

「何と…それがしの身を気遣って頂きありがとうでござる! 御大老!!

ですが、それがしは御二人に乗られても全く問題無い故、今からでも構わないでござるよ?」

 

いやいや、君が大丈夫でも僕が乗る事になったらとんでもなく窮屈な体勢になるからね?

男二人が体を密着させて巨大ハムスターに乗るなんて事になったら僕はガチで自殺しかねないよ?

 

しかし、う~ん…「大老」かぁ、アインズさんを「殿」と呼ぶから僕の現在のギルドに置けるポジション的にはそれで良いのかもしれないけど、どうにも分不相応なんだよなぁ…。

その理屈ならアルベドの事を「老中」と呼ばなきゃいけない訳だし……言ったら絶対、

確実に殺処分されそうだ、普通に役職である「守護者統括殿」に留めさせよう。 うん、決定。

 

「いや、大丈夫だよ。 僕が乗ったら必要の無い注目を浴びてしまうからね。

どうしてもと言うならナーベに乗って貰った方が良い位さ」

 

「そ、そんな!? 私程度の者がモモンさんと相乗りなど恐れ多―――ふぐぅ!」

 

僕は彼の“相棒である”ナーベラルの立場を考えてない発言に軽めのデコピンで黙らせる。

全く…兄妹設定のマキナとシズはともかく君はもう少し“パートナー”っぽく振舞いなさいって。

 

「痛いの痛いの飛んでけ、っと。 ナーベちゃんもその反射的に喋る癖、直した方が良いよ?」

 

「うぅ~……はい」

 

「………ナーベ、ドンマイ」

 

マキナとシズの二人に慰められるナーベラルに「やれやれ」という思いはあったが、それ以上に仲良さげな三人娘を見てほっこりしているとアインズさんから声を掛けられる。

 

「良いじゃないですか、ウェストさんも乗りましょうよ……男一人、真顔でメリーゴーランドに乗っている感覚を共に味わいましょうよ」

 

「例えからして、それもう最悪のシチェーションじゃないですか。

だから、裏方である僕が目立つ訳には行かないんですから我慢して下さいって」

 

「俺…この状況で心が平坦化しないんですよ、自分はS寄りだと思ったのに……Mじゃ無いと思ってたのに……これならウェストさんの人形に乗った方がまだマシだと思ってるのに……」

 

「オイコラ、僕は嫌いになっても良いけど、僕の作品は嫌いにならないで下さい。

そこまで言うのなら帰還後にアリヴィエイト・ゴウランドでソロ五十周して貰いますからね?」

 

「じょ、冗談ですよ……本気にしないで下さいって…」

 

僕達の漫才染みたやりとりを余所に同行していたンフィ―レア君が漆黒の剣のリーダー、ぺテルさんと依頼完了の話を済ませていた様で、それを伝える為、僕等に話しかけて来た。

 

「お二人とも報酬の件ですが、森の賢王のお陰で高価な薬草を大量に手に入れられたのでその分の追加報酬をお渡ししたいのから、組合に寄った後でお店に来て貰っても良いですか?」

 

「あぁ…確か、街に魔獣を連れ込むとなると組合に登録する必要があるんだった…了解だよ。

しかし、ンフィ―レア君も“ソレ”が似合うようになってきたね」

 

僕がそう言って指したのは彼の十指の第二関節に嵌められている僕が自作したアイテム(指輪)、〈糸が紡ぐ絆(デスモス・クローステール)〉だ。

これは僕の様な人形使い(ドールマスター)が使う繰り糸とは違い、“糸で戦う”事を目的とした頑強な糸を出す物で、僕が繰り糸を鞭状にするのもコレの技術を応用している。

最初は“物を掴む”、“切り離して罠にする”位の使い道しか無いが、錬度が上がれば“相手を切り裂く”、“広範囲の索的が可能”というギルドに人形使い(ドールマスター)志望の追加メンバーが入った時の為に用意した入門編的な一品だったが、誰も居なかったのでアイテムボックスの隅に封印されていた物だ。

それをンフィ―レア君にあげる事になったのだから、人生何が役立つか分からない。

 

「…まだウェストさんの様に大木を切断は出来ませんけど、漆黒の剣の皆さんと良い勝負が出来る位には使える様になれました。 これもウェストさんの御指導のお陰です!」

 

「ンフィ―レアさんは機転が効く方なので私達の思いもよらぬ戦法を取って来ますからね、

そこは本人の実力もあってこそですよ」

 

「つーかさ……装備が良過ぎるんだよ! 正直、このまま錬度を上げたら開けた場所以外で俺等に勝ち目ねーからね!?」

 

「そんな事言って、開けた場所でわたし達、ウェストさんに完封負けだったじゃないですか」

 

「加減されているというのがハッキリと伝わって来たのが無念であったが……圧倒的な格上であるウェスト氏との手合わせが出来た事は正に僥倖だったのである!」

 

僕はそんなダインさんの言葉に「こちらこそ勉強になりました」と返す。

実際、ンフィ―レア君の練習に付き合うついでに彼等と手合わせしたのだが、ガゼフさんの様な“武技”こそ使えない物のその動き……いや、連携は現役時代の僕等程では無いとは言え見事な物でカルネ村を襲っていた騎士達よりは遥かに良い“訓練相手”になってくれた。

 

「それでは僕等はこれから組合に行きますが、皆さんもご一緒しますか?」

 

僕が未だに「俺はSだ、Mじゃない…」等と呟いてるギルマスの突き出されたケツを叩いてから

今後の予定を漆黒の剣の皆さんに訊いてみる事にした。

 

「いえ、今回の仕事はモモンさんとウェストさんの一行に御世話になり通しだったので、

ンフィ―レアさんの家に伺って薬草の積み下ろしを手伝わせて貰う事にします。

でなければ、貴方達と同じ額の報酬を受け取れる資格がありませんから」

 

「僕等三人は今回、モモンさんの手伝いなので正直な話、報酬は要らないのですが……」

 

その言葉にアインズさんとンフィ―レア君が「とんでもない!」という視線を向けて来た。

分かってますって、前振りですって……大物になろうとしてるのに意外とセコイなギルマス。

 

「そういう訳にも行かないでしょうし…僕等の分はモモンさんの追加報酬分に色を付けて貰う形で構わないかい? 出来る事なら僕等は目立つのが嫌いなので今回の手伝いも秘密にして欲しいからその口止め料と言う事で」

 

「それは……別に構いませんが、名声を得られるチャンスなのに本当に良いんですか?」

 

「冒険者組合に登録してない時点で分かってるでしょ? 束縛されるのが嫌いなんだ。

今現在、この世で僕に命令できるのはモモンさんだけだからね」

 

「ウェストさん……」

 

僕の言葉にアインズさんは喜びに体を震わせている様子だ。

うん、中身美女だったアルベドと違って全身鎧のアラサ―が体を震わせてるのは普通に怖い。

しかも巨大なハムスターにケツを突き出して乗っている状態なら尚更だよ。

 

その後、僕等は組合に寄ってから工房へ向かい、ぺテルさん達は工房に寄ってから組合へ向かうという最終確認を行い、アインズさんが最初にぺテルさん達から受けた依頼の報酬については明日、また組合で落ち合うという形で纏まった。

ちなみにその時は僕も同席するつもりだ。 だってギルマスはまだ読み書きが出来ないし念の為。

 

「では皆さん、私達は先に組合に行きますので後は宜しくお願いします」

 

「ンフィ―レア君、僕等が用事を済ませたらまた会おう」

 

「はい! 皆さん、お待ちしています!!」

 

 

そして僕等五人は組合に向けて進みだした。

するとナーベラルがアインズさんに近づいて質問をして来る。

 

「明日報酬を渡すと言う彼等の言葉…信じて宜しかったのですか?」

 

「別に構わん、裏切られたとて損失は今回の報酬に比べれば微々たる物だ。

むしろ、そんな物に固執して評判を下げる方が大きい損失に他ならないからな」

 

「成程……至高の御方がその程度の金額に固執するというのもおかしな話…大変失礼しました」

 

「……う、うむ。 ナーベ、お前の失言を許そう」

 

その答えに納得してか、自分の言葉に反省しながらナーベラルは深く頭を垂れる。

 

またアインズさんったら、上げなくても良いハードル上げちゃって……来たばかりの状況でお金は必要だろうに、支配者の仮面を被るのも本当に大変だよ…。

どれ、そろそろ先行していた僕等の成果を渡すとしようかな。

 

「そうそう、お金と言えば……」

 

「『そうそう』……やっぱり、狙って言ってますよね?」

 

「違うわ、この全身鎧!! アイテム売却で得たお金ですよ。

全く、そんな事言うんだったらもうあげませんからね(プイッ)」

 

「す、すいません。 謝りますから、そのアラサ―がやっても可愛くない仕草はやめて下さい」

 

アインズさんの容赦無いツッコミに僕は若干、不貞腐れた様に金貨が半数以上を占める、併せて百枚程が入った革袋を彼に渡す。

絶対にS寄りだよこの人……僕も決して人の事は言えないけどさ。

 

「……ふむ、結構な額で売れたんですね。 程度の低いアイテムしか無かったと思ったが……」

 

「ユグドラシルじゃ価値が低くてもこの世界じゃそうでもないらしいですよ?

業者さんに見せたら皆、目を丸くして驚いてましたし」

 

「ちなみに流通ルートの把握は? ウェストさんの事ですから心配はしていませんが」

 

「バッチリです。 何処に流れるかは誓約書と業者さんの口振り、店のランクでほぼ確定済みなので、比較的危険度が高い所はアルベド達に報告してあります。

今頃はニグレドの探知でバラけた場所の特定も終わってリストを製作中でしょう」

 

「流石ですね。 これでセバスに命じた巻物(スクロール)収集も捗りますよ」

 

「セバスと言えば、暇を見つけて簡易的な言語表を製作してみたのでそれは最古図書館(アツシユールバニパル)の司書長、ティトゥスに複写を頼んでおきました。 終わり次第、外での任務を行っている者達に優先して配布する予定なので、帰ったらモモンさんもどうぞ」

 

「それは……助かります。 ウェストさんには本当にお世話になり通しですね」

 

「モモンさんや皆の助けになるのならこれ位、何の苦でも無いですよ」

 

僕等のフランクな会話の後に始まった任務報告の流れを聞いたナザリック三人娘は感嘆の息を吐き、尊敬の眼差しを向けて来た。

 

「流石はソウソウ様です。 この世界の知識を既に我が物とし、アインズ様の御要望に万全の成果を上げられるとは……これが、至高の御方の平均的な水準なのですね」

 

「………ソウソウ様、やっぱり凄い」

 

「ナーベラルちゃん、シズ、私達もお父様程とまでは行かなくても、十全の成果を上げなくちゃね」

 

…普通です。 事前の打ち合わせ通りに事を進めているだけなので本当に普通の事なんだよ?

それにね……君等、感動のあまり呼び方が戻ってるんですけど……?

アインズさんに「良いんですか?」と訊くと、「人が聞いてなきゃもう、良いです」と諦めの声を出し、お陰で僕等は内心でガックリと肩を落とす事になった。

そんな僕等にナーベラルは空気を読まずに話しかけてくる。

 

「それにしても、あの下等生物(ババヤスデ)達はアインズ様とソウソウ様の圧倒的な御力の前に平伏していましたね」

 

「平伏はしていないだろうが…ソウソウさんは兎も角、私の場合は力任せに剣を振っていただけだ。 あの程度の遊びで私の力が感じられるとは到底思えんがな」

 

「でも、様にはなってたんじゃないですか? この世界ではあれ位の方が現実味がありますし、僕だって初級のスキルで驚かれたんですから何事も程々が一番ですよ」

 

僕等の会話にハムスケはほんの少しだが体を震わせる。

アインズさんの乗り心地的にはどうなんだろう?

 

「でしたらアインズ様、魔法で戦士になられては如何でしょうか?

現在の御力を隠された状態よりも幾分かは戦士としての能力を得る事は出来ますが」

 

「マキナ、その案はメリットよりもデメリットの方が大きいから却下だ。

槍の扱いならばお前が、銃の扱いならばシズが、人形の扱いであればソウソウさんの方が上の状況で私がわざわざ本来の力を封じるのは愚策、常に余力を残しておく事こそが重要なのだ」

 

「成程………アインズ様、私の考えが足らぬ発言をお許しください。

そしてお父様は当然として私とシズの能力を高く評価して頂き、誠に有難う御座います」

 

「………(ペコリ)」

 

「まぁ、戦士の姿はあくまで擬態ですからね。 あまり気にしなくても良いと思いますけど?」

 

「―――っ!?」

 

ハムスケはびくりと体を跳ねさせ、驚いたように僕とアインズさんを交互に見てくる。

 

「ご、御大老…先程の言葉は本当でござるか? 殿の本来の姿が戦士では無いというのは……」

 

その言葉に傍に居た三人…正確には二人が若干、得意げに説明を始める。

 

「アインズ様の本来の御姿は魔法詠唱者(マジック・キャスター)、その力は天を裂き、地を砕き、万の軍勢を滅ぼす事など容易な程でしょうね」

 

「お父様…ソウソウ様も君を抱きしめた時の力なんて小指の爪の垢位しか無くて、本来なら人形使い(ドールマスター)としての能力で君の縄張りに居た連中全てを瞬時に操り人形に出来たんだよ?」

 

「………(コクリ)。 それ位、二人なら出来て当然」

 

あのさぁ……君等そういうキラキラした目で僕等のハードル上げるのいい加減やめよ?

お陰で僕もアインズさんもその言葉に「頑張れば出来なくも無いけど」って返し辛いんだけど…。

 

「……うん、まぁ…ね。 今回、手加減していた状況の僕等に会えたのは幸運だったと思うよ」

 

「……確かに、ソウソウさんの言うとおりだ。

我々が本気になればお前は一瞬で骨どころか存在が消滅していただろうからな」

 

「な、何と…御二人の力がそれ程とは……このハムスケ、より一層の忠義を尽くす所存ですぞ!」

 

ハムスケは僕等のハッタリ(と言う訳でもないが)をそのまま受け取ったらしく、畏まった態度を取っているが少なくとも僕にとってはその姿と名前の可愛さに頬が緩みかけてしまう。

騎乗しているアインズさんも「やはりハムスケは安直過ぎたか…大福とか…」と若干、後悔している様子だけど名づけてしまった以上、開き直るのが吉だと思うんだけどね。

 

さて、ンフィーレア君達は今頃、工房に着いた頃かな……?

僕はそんな事を考えながら大切な家族達と一緒に組合へと歩を進めた。

こんな穏やかな時間が何時までも続けば良いと願いながら…。

 

 

――――――――――

 

 

同時刻 ポーション工房―――――

 

 

「……痛いなぁ~。 餓鬼が随分と物騒な玩具(オモチャ)持ってるようだけど、ちょっと調子乗り過ぎだよねー」

 

「皆さん、ウェストさんに教えて貰った通りの方法で糸の結界を張りました!

今の内にモモンさん達の所に向かいましょう!!」

 

「ダイン、ルクルット! ンフィ―レアさんとニニャを優先的に逃がすぞ!!」

 

「うむ! 任せるのである!!」

 

「オラ! 年長者がしんがり務めてやっから、さっさとケツまくって逃げんぞ!!」

 

「……は、はい! 行きましょう! ンフィ―レアさん!!」

 

ンフィ―レアと漆黒の剣の四人が工房の中に入ると、そこには軽薄な笑いを携えた女が待ち構え、彼の持つ異能(タレント)を利用して大がかりな儀式を行うから攫いに来たと宣言すると同時にンフィ―レアは即座に糸を操り、女の頭に一撃入れようとしたのだが躱され、頬を傷つける事しか出来なかった。

その瞬間、その場に居た全員が逃げの一手を選択した……のだが。

 

「……まさか、そんな道具(アイテム)を所持しているとはな。 油断し過ぎだ」

 

「ほーんと、お陰で遊ぶのは一人だけにしようかと思ってたけど……この子、痛めつけちゃっても構わないよねー?」

 

「儀式に問題無い程度であらば、後は勝手にするが良い……」

 

彼等の後ろにはアンデッドの様な雰囲気を纏った男が挟撃する形で立っており、自分達が逃走出来る確率は最早、限りなく低いのだと言う事を悟らされた…。

 

そして女…「冥土の土産に」と名乗ったクレマンティーヌはンフィ―レアが張った糸を自前のスティレットで触れながら、さらに絶望的な一言を放つ。

 

「この糸……生半可な武器じゃ切れなさそうだけど、私の武技を使えば―――」

 

彼女が少し距離を取り、武技を発動した瞬間―――――糸の結界を“突き破り”、そのまま剣先をンフィ―レアの喉元に突き付けた状態で静止させた。

 

「この程度の物で本気で逃げられると思ってたのなら、仕入先を恨むんだね…糞 餓 鬼 が」

 

クレマンティーヌが初めて見せた怒りの眼差しに震えながら、ンフィ―レアは目を瞑って自分が心から愛する女性、そして心から尊敬する二人の男性の顔を思い浮かべた―――――

 

 

そしてその後に彼等が蹂躙されたという事実に気付けた者は誰も居ない…そう、それはこの世界で神に等しい能力を持っている至高の存在、アインズとソウソウの二人であっても…。

 

 




糸が紡ぐ絆(デスモス・クローステール)は錬度が上がればこの世界のそこらの英雄級の武技では太刀打ちできないアイテムという設定。
つまり、今回は本当に運が無かったという話だったのです。

そして、遂に火遊び大好きなクレマンティーヌがソウソウの導火線に火を点けてしまいました。
それが爆発するのは次次回辺りになる事でしょう。
決して、楽には死なせない事は確定済み。


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一七話

エ・ランテル 冒険者組合―――――

 

 

「うーん…思った以上に時間が掛かっちゃいましたね」

 

「いえいえ、ウェストさんが絵を描けるのはホワイトブリムさんが褒めていたので知ってましたが、本当に上手ですね。 画家としてでも成功したんじゃないですか?」

 

「絵を描くのは好きですけど、それで食べていく程の実力も熱意も僕には無いから趣味程度で良いんですよ。 それこそ、ホワイトブリムさんの様にメイド服に熱意を注ぎ込む漫画を描く位のね」

 

組合でのハムスケの登録は思った以上に早く終わったのだが、魔法で姿を写すサービスに別途料金が掛かる事が分かり、金はあるが「折角だから僕が描きましょうか」という流れになって写生する事になったのだが、凝り性な性格が災いして一時間近く皆の足を止めてしまって申し訳無かった。

 

ちなみに普段、あまり漫画を読まない僕でもギルメンの一人であったホワイトブリムさんが月刊誌で連載しているメイド愛がダダ溢れな漫画は毎回読ませて貰っている。

僕の人形制作時に出た「おっぱいが大きいと服の選択に限りが出てきますよね」という愚痴に「ソウソウさん、メイド服を御覧なさい、大きくても小さくても魅力的でしょう?」と彼が返した事は良くも悪くも印象に残ってるんだよなぁ…。

 

「お兄様に身姿を描いて貰うなんて羨ま……光栄な事なんだから誇りに思うんだよ、ハムスケ」

 

「サウスさんの言うとおりよ。 本来であれば地を這う野鼠には過ぎた栄誉を噛みしめなさい」

 

「………(モフモフ、モフモフモフモフ)」

 

「ぬわー! も、もっと、優しめに触れて欲しいでござる!! くすぐったいでござるよ!!」

 

外に待たせた三人娘を見てみるとマキナとナーベラルはハムスケに「至高の方々に仕えるとはどういう事か」を小声で熱弁し、シズはお触りOKの許可を与えていたので存分にモフっていた。

周りの人達の視線が集まっているのはハムスケに対してか、彼女達に対してか…両方だな。

 

「はいはい、皆。 登録は終わったし、これからンフィ―レア君の工房に向かうからね」

 

僕の号令に皆は瞬時に仕事モードに入る。 気分は完全に引率の先生で、女教師のやまいこさんもこんな感じで生徒達に接していたのだろうかとノスタルジックな気分になってしまった。

 

そしてすっかりハムスケに乗る事に慣れてしまったアインズさんが颯爽と騎乗すると周りの女性は黄色い声を上げ、男性は熱い視線を向け、プレートのランクを確認して驚いている。

僕が初めて見たのなら間を取って奇異(黄)の視線を向けただろうが、もう彼は完全に開き直ってる感あるし、今は「コレはコレでアリかな?」位には感じてしまう。 慣れって恐い。

 

「―――久し振りじゃな。 孫はおらんのかい?」

 

「その声は……リイジーさんですか?」

 

僕等が出立しようとすると呼びとめる声が聞こえてきたので確認すれば、やはりリイジーさんだ。

ンフィ―レア君の心配をして待ち伏せをしていたと言った所か、丁度良いし彼女をアインズさんに紹介しておこう。

 

「モモンさん、ナーベ、この方が都市で一番の薬師であるリイジー・バレアレさん。

そしてリイジーさん、この二人が“実は”僕の仲間である冒険者のモモンさんとナーベです」

 

「お初にお目に掛かります。 あなたのお孫さんの依頼のお陰で私は今、騎乗している森の賢王を発見し、ねじ伏せる事が出来ました。 本当に、感謝の言葉もありません」

 

「なっ!? その精強な魔獣が森の賢王とな!? お主等は一体どれ程の力を有しておるのか…」

 

リイジーさんのリアクションのお陰で聞き耳を立てて居た他の冒険者達が驚いている様子が知覚出来たので、アインズさんの評判はより一層上がる事だろう。

意識しての事では無いとは言え、僕等のサポートをしてくれてありがとうございます。

 

「勿論、ンフィ―レア君は依頼の間しっかりと警護しておきましたので安心して下さい」

 

「彼は現在、先に工房へ戻って私達への報酬を用意して貰ってる筈ですので、これから私達もお宅へ向かう所でしたが……宜しければリイジーさんもご一緒しませんか?」

 

「……構わんよ。 “今後の事について”お主等も話がしたいんじゃろう?」

 

「ええ、話が早くて助かります。 では行きましょうか、道中は僕達がお守りしますので」

 

さて、出来る事ならこういったドロッとした大人の話し合いはンフィ―レア君には聞かせたくないし、その間はウチの三人娘と話してて貰おうかな…。

そんな事を考えながら僕等はリイジーさんを加え、改めてポーション工房へと向かう事にした。

 

 

――――――――――

 

 

ポーション工房―――――

 

 

「―――何なんだこれは………ふざけるなよ」

 

僕等が工房に到着するとすんなりと扉が開いたが人の気配は無く、代わりに感じた気配はアンデッドの物……困惑するリイジーさんを無視してその発生源を辿って薬草の保管庫に到着して目にしたのは無残な死体と成り果てた漆黒の剣の四人の姿だ。

しかもニニャさんを除いた三人は動死体(ゾンビ)に変えられており、襲い掛かって来たのでアインズさんが大剣でぺテルさんとルクルットさんの、僕が繰り糸でダインさんの首を飛ばして完全に沈黙させた。

 

「……僕等は此処に残って犯人の痕跡を探すから、君達三人はリイジーさんを守りながら辺りを調べて置いて。 まだ屋内に犯人が居るかもしれないし、十分注意する事」

 

僅かな苛立ちが漏れ出してしまったのか、三人娘は僕の指示に少しの怖れを見せながら頷く。

いけないな……怖がらせる気は無かったんだけど…。

 

「アインズさん、ニニャさんから死体(オブジェクト)トラップの反応はありますか?」

 

「いえ…それはありませんが、これは拷問の痕ですね。 しかも情報を吐かせる目的では無い…」

 

僕も確認してみたが、酷い物だ……明らかにこの惨状を作ったヤツは愉しんで人を殺している。

若干、苛立っていた僕の精神は床に落ちていた物を発見して拾い上げた瞬間、爆発しかけて一瞬で平坦化した。

 

「アインズさん………これを」

 

「どうしました、ソウソウさん………何て事だ……」

 

見つけたのはンフィ―レア君の“十本の指”、それが彼の物だと分かったのは僕が与えた指輪(アイテム)が嵌められたままだからだ。

 

「………もし、犯人を見つけたらどうしますか?」

 

「利用価値があれば一先ずは生かしておくつもりです。 利用しきったら殺しますが」

 

「じゃあ、殺す段取りになったら……僕が殺っても良いですか? 誰にも譲りたく無いので」

 

「……ええ、分かりました。 ソウソウさんに“お任せ”します」

 

その後、戻って来たリイジーさんがンフィ―レア君が居ない事に半ば発狂しながら戻って来たので、彼の切断された指の事は伏せ、拉致された事を伝えたら明らかに狼狽してしまった。

ニニャさんの死体を退かして現れた推理物を見ていれば偽装の線を疑う、広範囲の地下水道行きのダイイングメッセージと時間があったのにも拘らず放置された現場、そこから導き出されるのは早くて今夜中に大掛かりな“何か”が始まってしまうと言う事だ。

 

そんな事に孫が利用されているであろう姿を想像して頭を抱えるリイジーさんに僕等はある提案を持ちかける。

 

「リイジー・バレアレ、あなたも、あなたの孫もどうやら良くない輩が寄って来る星の元にあるようだ、今までは仮契約だったけど……僕等と正式に“契約”する気はあるかい?」

 

「お前と、お前の孫は私達のこれからにとって必要な人材だ。

契約するのであれば連れ去られた孫を無事に助け、お前の元に帰すと約束しよう」

 

「…今回の件にお主等が関わっていない事ははっきりと伝わったが、お主等は一体何者なんじゃ? 契約とは……わしは何を支払えば……」

 

その言葉を待ってましたとばかりに僕は閉じていた目を開き、アインズさんと共に畳みかける。

 

「僕等が何者かなんてそんな事は孫の命に比べれば些細な問題さ。 支払う物は実に単純……」

 

「“全て”だ。 お前の持つ全てを私達に差し出せ」

 

「―――――っ!? あ、悪魔…人の魂を代価に願いを叶える存在…まさかお主等が……」

 

「僕等が仮に悪魔だとしたら、逆に信頼出来るだろ? 代価次第で決して裏切らないんだから」

 

「そして私達が欲しているのはもう一度言ってやろう、“全て”だ。 さて、どうする?」

 

「……老い先短いわしの命で望みが叶うのなら、その条件を呑もう。 頼む、孫を救ってくれ!」

 

怯えたように後ずさっていたリイジーさんは僕等の言葉に覚悟を決めたのか、唇を噛み締めながら頷いた。 大丈夫ですよ、これであなたもンフィ―レア君も僕等の庇護下に入ったのだから。

 

「“契約成立”だね。 なら一旦、僕の部下二人を護衛に付けるから他の部屋に犯人の痕跡を探して来て貰えるかい? 僕等はこれから犯人の行方を探知するから」

 

「なっ!? そんな事が出来ると言うのかい…?」

 

「今回に限り可能だ。 早く行け、今はお前の孫を救う為に少しでも多くの情報が必要だからな」

 

そんな理由でリイジーさんを部屋から追い出した後、僕は事前に購入しておいたこの都市の地図を広げてアインズさんに話しかける。

 

「さて…探知すべき物は決まってますが、アインズさんがやりますか?」

 

「いえ、今回は……ナーベラル。 お前は彼等の死体の所持品で欠けている物が分かるか?」

 

「……冒険者としてのランクを示すプレート、でしょうか?」

 

「正解だよ。 彼等を殺したヤツは随分と良い趣味をお持ちだね、持ち去った理由は―――――」

 

ナーベラルに説明しようとした瞬間、僕とアインズさんの頭に伝言(メッセージ)が響く。

 

『アインズ様、ソウソウ様。 お伝えしたい事が御座います』

 

「―――エントマか。 私達は今忙しい、時間が空き次第こちらから連絡を返す」

 

「今、僕等はほんの少しだけ気分を害していてね。 治まるまで待っていてくれないかい?」

 

『か、畏まりました…。 でしたら、その際はアルベド様に御連絡をお願い致します』

 

その言葉と共にエントマは伝言(メッセージ)を終了させる。

今の精神状態で冷静な判断が出来るか分からないからと後回しにしてしまったけど、また怖がらせてしまったな……マキナ達といい、後でそれとなく謝っておこう。

 

そして僕は気を取り直してナーベラルに先程の説明の続きをする。

 

「大方、“コレクション”と言った所だろう。 収集癖についてどうこう言う気は無いけれど、今回はそれが自分の首を捩じ切られる要因になるんだから愉快だよねぇ………フフフッ」

 

「そ、その通りだ、ナーベラル。 これからお前には〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉の魔法で探知をして貰うが、今のソウソウさんの話で対象は理解したな?」

 

「は、はい。 畏まりました」

 

敵の間抜け振りに思わず顔を歪めて吹き出してしまったが、そんな僕の様子を見て二人は若干、

引きながらも魔法での探知の為に巻物(スクロール)を取り出して準備を開始する。

いけない、いけない……“こういう顔”を見せるのは屑の前だけにしなきゃ…。

 

そしてナーベラルが対策無しで魔法を発動させようとしたので、そのままアインズさんがお叱りと共にぷにっと萌えさんが考案した『誰でも楽々PK術』の講義をしている横で僕は亡骸になった漆黒の剣の四人を冷静に眺める。

 

「(不思議だ……生きている時はお世話になったし、あんなに好感が持てる人達だったのに、

死んでしまった今、生き返らせようという気が全くと言って良い程湧かない……)」

 

考えてみれば彼等はこれから管理されるであろうンフィ―レア君と違って僕の事を知り過ぎた。

アインズさんの広告塔としての立場も微妙で、その為に蘇生するにはデメリットの方が多い。

それが“アンデッドとしての”これからも変わる事の無いであろう僕の意見だ。 

 

―――――けれど、僅かに残った“人間としての”僕の意見は仲間を大事にし、僕等に心から敬意を払ってくれた魅力ある彼等の無念を晴らすべきだ、という物だ。

僕とアインズさんの冷えていく心に火を灯してくれた存在には同じく敬意を示すべきだろう。

 

「……御二人とも、場所を特定しました」

 

どうやらようやく講義が終わったナーベラルが魔法を発動して場所を割り当てた様だが、やっぱり一から学ぶとなると時間が掛かるな。

だけど、これで彼女もまた一つ成長出来るのだろうし、ゆくゆくはニグレドの様に有能で素敵な女性になってくれれば嬉しい。

 

「……此処は、墓地ですね。 やっぱり地下水道は偽装だったか」

 

「ふむ…次は〈千里眼(クレアボヤンス)〉と〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を同時に発動させ、私達に辺りの光景を見せろ」

 

そして再び魔法が発動して空間に浮かんだ画面には無数のアンデッドと、その中央に居る格好こそ違うが見知った少年の姿を確認した。

 

「ビンゴ……此処にプレートを奪ったヤツが居るのは確定だし、見た所まだ息がありますね」

 

「ええ、しかし……低位とは言え随分と数を集めましたね。

これだけのアンデットを使って一体何をするつもりやら、実に興味深い」

 

「……では救出に当たり、転移か飛行の魔法を使用して一気にアンデッドを殲滅致しますか?」

 

「馬鹿者、これ程大掛かりな事を始めようとしている連中を利用しない手は無い。

秘密裏に殲滅してしまえば、我々が名声を得る機会を自ら失ってしまう事になるだろう」

 

アインズさんの言葉にナーベラルはその事に気付けなかった事を恥じている様子だ。

ふむ…何かフォローでもしておこうか。

 

「…もう一つの理由として、僕等の所有物となったンフィ―レア君を傷付けた身の程知らずには、より圧倒的な屈辱と後悔をその身に刻み付ける必要があるのさ。

それには君の協力が必要だ……ナーベラル、手伝ってくれるね?」

 

「……はっ! お任せ下さい、ソウソウ様!!」

 

……何とか、フォローは成功かな?

後はアインズさんにも確認したい事があったし、一応聞いてみるか。

 

「しかし、幾ら低位とは言えこれだけのアンデットを召喚して使役するのはアインズさんでも難しいですよね? 何か秘密があるのか………」

 

「その為にンフィ―レアの命を使用するのであれば、早急に助けに行くべきでしょうが……」

 

彼の言いたい事は分かる。 その秘密を知る為にはンフィ―レア君の命を犠牲にしても致し方ない、という事だろう。 あくまで僕等にとって重要なのはナザリックを強化する事なのだから。

 

でも……それじゃアインズさんと、僕の心は―――――

 

「漆黒の剣の皆さんが死んで思いましたが、やはりこの世には“生きるべき人間”と“死ぬべき人間”が居て、少なくとも僕は彼等を前者だと思っていますよ。

僕等の魂を震わせる美しさを見せてくれた存在は大切にしておくべきです。

そこを蔑ろにしてしまえば、きっと僕等は何かを“見失ってしまう”でしょうから……」

 

擦り切れて本当に化け物になってしまう、そう思った。

 

「………そう、なのかもしれませんね。

分かりました、彼はなるべく生かす方向で行きましょう」

 

「ありがとうございます……僕の我儘を聞いて貰って」

 

「いえ、何と言えば良いか…今、私の傍にソウソウさんが居てくれて本当に良かったと思っていますよ」

 

「……僕もアインズさんが居てくれなかったら、こんな事を考えもしなかったんでしょうね」

 

僕等二人はお互いに顔を見合わせて笑いだす。 理由はまぁ…色々だ。

そんな姿を見てナーベラルは不思議そうな顔をしているがこの際、それは無視。

 

 

そしてアインズさんは気を取り直してリイジーさんを呼び出し、墓地へ向かう事を告げて彼女を町の人へのメッセンジャーにし、評判を上げる為にアンデッドの数を誇張して伝える。

彼女は最初、怪訝な表情を見せたが“悪魔”であるアインズさんと僕を交互に見て納得した様子だ。

 

「シズ、君はリイジーに付いて彼女を狙う輩が居たら“手加減”して護衛する事。

マキナは僕の傍に。 やって欲しい事があるから」

 

僕の命令に二人は無言で頷き、シズはリイジーさんと共に外に出ていく。

彼女に命じた“手加減”とは“銃の使用を禁ずる事”だ。 下手に目立つのも困るしね。

 

「アインズさん、ナーベラルは先に墓地へお願いします。

僕等は漆黒の剣の死化粧をしてから向かいますから」

 

その言葉にナーベラルは頭に疑問符を浮かべ、アインズさんは「手早くお願いします」と僕の肩を軽く叩いて墓地へと向かった。 この国の英雄となる第一歩を踏み出す為に。

 

 

そして僕は懐からミルキーウェイが付けていたアゲハ蝶形のタイピンを取り出し、マキナに渡す。

彼女はそれをまじまじと見つめ、次に僕の目に視線を向けるとこう呟いた。

 

「……如何に下等な存在と言っても、この様な芸術性のカケラも無い遺体はお父様の美意識が許さないという事は御理解出来ました。 私の“奥の手”の一つ、使用させて頂きます」

 

「流石は僕の娘だ……マキナ、もう一つの神器級(ゴッズ)アイテムの使用を許可する。

ぺテル、ルクルット、ダイン、この三人のアンデット化を“解除”しろ」

 

「承りました。 “出で座せい、〈――――――――〉”」

 

 

――――――――――

 

 

エ・ランテル墓地 霊廟付近―――――

 

 

クレマンティーヌは突如、儀式の最中にそれを防ぐ為に現れたと宣言した乱入者の一人である

“冒険者モモン”という戦士に違和感を感じていた。

いざ戦ってみれば戦士としての技術は全く無く、膂力だけはあるがそれは自分の武技〈不落要塞〉で防御可能の上、もう一つの武技〈流水加速〉で上げた速度に対応できていない。

言ってしまえばただの弱敵なのだが、この男からは一向に決定打を入れられない防御力以外の何か得体の知れない気配を感じ取り、攻めあぐねているのが現状だ。

 

此処より離れた場所で“ナーベ”と名乗った魔法詠唱者(マジック・キャスター)と戦っているカジットが未だに加勢に来ないという状況も、彼女の焦りを煽る一因となっている。

 

「ふむ……こんな所か。 やはり、本職との戦闘は勉強になる」

 

「はあぁ!? 何ブツブツと独り言を喋ってんだ、手前ぇはよぉ?」

 

「囀るな、お前はあくまで私の練習相手に過ぎない。 執行者はそろそろ此処に―――」

 

 

ズズンッ!!

 

 

モモンがその言葉を言い終える前に彼等の近場に二つの存在が“落下して来た”。

 

「来た様だな………ウェストさん、お待ちしていました」

 

「ええ…部外者と雑魚の露払い、ありがとうございます。 で、そこに居る女が実行犯ですか?」

 

「はい。 私は練習を済ませたので、後はアナタにお譲りします」

 

クレマンティーヌは内心で「どうやって来たかは知らないが増援が来たか」と舌打ちしていたが、現れた二人の内の女の方に視線を移して愉悦が心に滲み出るのを感じる。

 

「あれれれ~。 そこに居る女、私が狙ってたヤツじゃない? まさか知り合いとはねー。

丁度今、イライラしてたし…折角だから殺してあげちゃおうか」

 

「…サウス、知り合いかい?」

 

「いえ。 私はこんな一度見れば忘れられない様な醜女、見覚えは全くありません」

 

「あ、そう。 なら、必要は無いと思うけどナーベの援護に向かって。

“どうするか”は君とナーベに一任するから」

 

殺気を向けた自分を目の前にして、まるでソレが居ないかの様に振舞う新たな二人の乱入者を目にしたクレマンティーヌの心は一瞬で火が付き、女の方にスティレットを構えて踏み出そうとした瞬間―――

 

「―――〈蛹の抱擁(クリサリス・ハグ)〉」

 

女の方が何時の間にか顕現させた銀色の槍が輝き、クレマンティーヌの四方に半透明の銀の蛹が出現して彼女の行動を奪う。

 

「―――私を御指名の所、全く悪いとは思わないけど、お前の相手はお兄様がするの。

私が戻って来る頃にはその醜い貌もさぞかし美しい芸術品(アート)になってるんでしょうね」

 

そう言った女はクレマンティーヌの横を悠然と通ってナーベの元へと向かうのだが、その顔は普段の無表情では無く、見る者をゾッとさせる恐ろしい笑顔を浮かべていた。

そして彼女が射程圏外まで離れると同時にクレマンティーヌを囲っていた蛹達は掻き消える。

 

「な…んなんだよぉ! 手前ぇらは!? そもそも其処のデカブツといい、どうやって此処に…」

 

「“髪を使って跳んで来た”んだけど……って、君相手に真面目に話すのも馬鹿らしいか」

 

「クレマンティーヌ、万が一にもあり得ない事だとは思うが、彼に傷一つでも負わせたら見逃してやろう」

 

「――――――ッッッ!!??」

 

彼女はその明らかな挑発と侮辱に頭が爆発するどころか逆に冷静になった。

「コイツ等は異常だ」、今まで感じていた違和感は確信に変わってその身を包むが最早、

自分が逃げられない状況だという事も同時に思い知らされて背中から嫌な汗が噴き出す。

 

「ちなみに無様に逃げたら殺すから。 もう、君が取れる選択肢は一つしか無いんだよ―――」

 

その通りだ。 自分が取るべき最善の行動は目の前に居る優男を全力で殺し、その際に確実に動揺するであろうデカブツを返す刀で仕留めてから全速力でこの場から離れる事。

それ以外に生き残れる芽は無いのだと戦士としての本能が告げる。

 

「……良いよー。 そこに居るヤツに掠り傷一つ付けたら、私逃げるからヨロシクねー」

 

「ああ、約束は守るさ」

 

そう言った彼女は自分を鼓舞させる様、普段から浮かべる肉食獣の様な笑みを顔に張り付けて武技を発動させる為に構えを取り、ウェストは付けていた指輪から黒い糸、髪を出して結界を張る。

それは先程、ンフィ―レアが見せた物と全く同じ物であった。

 

「あー、ひょっとして私が捕まえた子にあの変な道具(オモチャ)を渡したのって、アンタ?

ゴメンねー、あの子必死に抵抗したんだけど装備が弱過ぎて半殺しにしちゃったんだー」

 

「……彼の傍に居た四人の冒険者を殺したのも君かい?」

 

「せーいかーい。 必死にあの子を守ろうとしたんだけど、てんで弱くて萎えちゃったよ」

 

「………許せないな」

 

クレマンティーヌは少しでも殺り易くしようと挑発を試みた所、モモンと違って反応を見せたので好機と見て、取り戻し始めた優越感と共にウェストを更に煽る事にする。

 

「あっ! 怒る? 怒っちゃう? 良かったー、アンタの横に居るデカブツは反応が悪くてさー、そういう反応したヤツを殺すのが愉しいのに空気読めてないよね」

 

しかし、クレマンティーヌの嘲りにウェストは静かに首を振った。

 

「…僕が許せないと感じたのはお気に入りの人形達を守れ(ケースに入れ)なかった自分に対してさ。

君も女の子なんだし、親に人形を買い与えて貰った事位はあるだろう?」

 

「……何ソレ、キモッ。 いいやもう……さっさと死ねよ」

 

「親」、「与えて貰う」という彼女のトラウマを刺激する言葉を吐いた男を確実に殺す為に

クレマンティーヌは大きく息を吐きだして突進し、〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉、四つの武技を発動してスティレットで狙いを定める。

見た所、素人の様だがそんな相手にここまでするのはウェストからもさっきの女と同様に得体の知れない技を使うであろう、という確信に近い予感があったからだ。

故にモモンが横入りして来ようが、この男が何を企んでも対応出来る様に余力は残す―――

 

「(ハッ! あの餓鬼と同じでコイツの糸も私の武技なら簡単に突き破れる!!

澄ました顔で目なんか閉じやがって……脳味噌ごと抉り出して後悔させてやるよッ―――)」

 

自分の今までの研鑽を証明するかのようにンフィ―レアの時よりも頑丈とは言え、ウェストの展開した糸は次々と断ち切られて行き、それを見た彼は驚いた顔をして呆然と立ち尽くしたままだ。

勝利を確信したクレマンティーヌのスティレットは彼の頭へ吸い込まれるように突き進み―――

 

 

―――ザクゥッ!!

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁあああぁあああぁあ!!!!!」

 

 

―――巨大な墓地に絶叫が響き渡る。

 

 

「工房で糸の結界を破った軌道は確認済みだからね、ワザと切れやすい糸を展開して狙いを誘導し、そこに不可視化を加えた強度が最硬の切断糸を張って置く。

ンフィ―レア君も時間を掛ければこの技術を覚えられたのに、本当に残念だ……」

 

「あぁああぁあ……がっ! 糞……糞ッ、糞がぁああぁあ!!」

 

ただし、それはウェストでは無く、攻撃をしたクレマンティーヌの物だ。

彼女の右腕は握っていたスティレットごと“半分に裂かれていた”。

 

そしてウェストは裂かれて転がった右腕を拾い上げ、断面図をしげしげと見つめて呟く。

 

「綺麗な切り口だ……これは君の武技が素晴らしかったからこそ見れたと言っても過言じゃない。

誇って良い、血の滲むまで鍛錬したであろう君の技術“は”とても美しい物なんだ、と」

 

そんな言葉を放ったウェストの顔を睨みつけたクレマンティーヌは痛みを忘れて絶句する。

彼は閉じていた黄金色の瞳を開き、それを輝かせながら嬉しそうに、本当に嬉しそうに表情を笑顔の形に歪めていたのだから…。

 

「あ…あ、悪魔……」

 

「ふむ…『悪魔』か。 アインズさんも折角だから“それっぽく”振舞って見ます?」

 

「そうですね。 そろそろネタ晴らしと行きましょうか」

 

何時の間にかクレマンティーヌの目の前に立っていたモモンはウェストと共に“真の姿”を現す。

モモンはオーバーロード、ウェストはエルダー・ナイト・ダークネスとしての姿を。

それを見た彼女の顔色は完全に青を通り越して白くなっていた。

 

「驚いてくれた様で何より。 私は本来、戦士では無く魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

お前と戦う前に『手加減してやる』と言った意味はこれで理解出来ただろう」

 

「君はアインズさんにとって良い“訓練相手”となってくれた。 そこは感謝してるよ」

 

伝説とされる死者の大魔法使い(エルダ―リッチ)、それと同等の禍々しさを感じる全身が髪の毛で出来た化け物、そいつ等は表情が見えないと言うのに恐ろしげに嗤っているのを感じたクレマンティーヌは腕の痛みに耐えながらも必死で逃げようとするが―――

 

「―――言っただろう? 『無様に逃げたら殺す』と…お陰で君は酷い死に様を晒す事になった」

 

無情にも髪の化け物に全身を拘束されて身動きを封じられてしまった…。

 

「さて…時間も無い事だ、二人にも遊びはやめにしておくと伝えるか。

ナーベラル・ガンマ! ナザリックが威を示せ!!」

 

「そうですね……マキナ・オルトス! 〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉の使用を許可する!!」

 

自らの主の命令を聞き届けたのだろう、離れた場所で戦っていた二人の気配が変わるのを感じた

アインズとソウソウは満足気な雰囲気を纏ってクレマンティーヌに向き合う。

 

「ソウソウさん、最後に頭脳支配(ブレイン・ジャック)をして貰えれば後はお好きにどうぞ」

 

「了解です。 なら、まずはコレから行こうかな」

 

ソウソウはそう言うとアイテムボックスから中に銀色の“気体”が詰まった小瓶を取り出す。

 

 

「君の笑顔は吐き気を催す程に醜かったから、まずは笑えなくしてあげるよ」

 

「や、め…ろ……止めろ! やめろぉ!! 糞野郎がぁ!!」

 

クレマンティーヌの絶叫を聞いたソウソウは体を大きく震わせて穏やかな笑い声を上げる。

ウェストに入ったままであれば、その表情は正しく太陽の様な輝きを放っていたのであろう。

 

―――尤も、それは頭に“黒い”という形容詞が付いた物ではあったが……。

 

 




ソウソウもマキナと同様に髪をスプリング状に出来るので今回はそれで文字通り飛んで来ました。

蛹の抱擁(クリサリス・ハグ)〉の効果はエンリ将軍に与えたアイテムの上位互換。
詳細は次の話にでも。

ソウソウの笑顔がフェイスレス、マキナが白面とするならクレマンは紅蓮レベルって印象です。


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一八話

※ソウソウの事(リョナ)後があります。


エ・ランテル墓地 霊廟付近―――――

 

 

〈―――蛹の抱擁(クリサリス・ハグ)

 

サウス―――マキナ・オルトスは〈蛹(クリサリス)の槍〉のレベル七十クラスの攻撃を防ぐ防壁を張る効果を持った銀の蛹の最大十機の内、一機を援護に来たナーベラルに回し、自身は槍一本で敵であるカジットが召喚した二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の攻撃を捌く。

 

「最初は増援が来たかと思ったが、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には刺突武器の効果が乏しい!

結局、防戦に回るだけしか出来無いというのに此方に来るとは馬鹿の仲間は所詮、馬鹿という事よ!!」

 

「……下等生物(ベニコメツキ)如きがソウソウ様の大切な―――」

 

「ナーベちゃん、フォローしてくれるのは嬉しいんだけど其処まで。 

私は防御に徹して“観察”してるから、アナタはあの華奢なトカゲを殴っちゃって」

 

ナーベ―――ナーベラル・ガンマは現在、制限を掛けた状態であり、マキナもそれは同様だ。

それでもマキナは今の装備でも瞬く間に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を破壊する事は可能だが、それをしないのは目の前の男に“利用価値が有るか無いか”を見極める為に他ならない。

 

「ねぇ、毛無し。 結局、お前は私の武器の効果(クリサリス・ハグ)を抜けない程度のトカゲしか召喚(よ)べないの?

しかもそれは、その〈死の宝珠〉とかいう価値の低そうなアイテムが無いと無理?」

 

「……この死の宝珠の価値が分からぬ愚か者とは…何処までも哀れな存在だ…。

見た所、おぬしの防御魔法は強大だが一人分にしか回せぬから攻撃が通る相手に割くのが道理。

であれば、おぬしを殺してしまえば何の問題も無いではないか!」

 

「サウスさん、防御はもう結構です。 ゴミ風情をこれ以上、調子付かせる必要はありません」

 

「……アンデッド化した人間だから実験材料として持ち帰りたかったんだけど、ここまで身の程を弁えてない発言をされると確かに『殺しても良いかな』って気にはなってくるよね」

 

この男自体には然程価値が無いと判断し、後は組織だって動いているのかを確認しようとした所、声の主から離れているにも関わらず彼女達の耳にはっきりと“命令”が届く―――――

 

 

「ナーベラル・ガンマ! ナザリックが威を示せ!!」

 

「マキナ・オルトス! 〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉の使用を許可する!!」

 

 

自らの主が放った“制限解除”の命令に二人は毅然とした表情で頷いた。

 

「……御心のままに。 このナーベラル・ガンマ、全力を以って対処致します」

 

「……了解しました、お父様。 マキナ・オルトス、一部制限を解除致します」

 

彼女達が命令の聞こえた方角を向いたのを好機と見てか、二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の前足がナーベラルを、巨大な尾がマキナを叩き潰そうと振り下ろすが―――――

 

「―――〈転移(テレポーテーション)〉」

 

ナーベラルは魔法に依って遥か上空に退避し、〈飛行(フライ)〉で自由落下する体を空中に固定して緩やかに、そして瀟洒に地面へと降り立つ。

 

「…まさか本当に〈飛行(フライ)〉まで使えるとは…しかし、おぬし一人だけ逃げおおせせる事は出来た様だが、もう一人の方はどうやら、ひしゃげて潰れてしまった様だな」

 

カジットが指した方角を見れば確かにマキナは一切の回避行動を取らなかった様で、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尾が地面に叩きつけられて微動だにしていないのを確認出来た。

しかし、ナーベラルは勝ち誇った表情を浮かべたカジットを一瞥した後に冷笑する。

 

下等生物(ゾウリムシ)の見る目の無さは滑稽さを通り越して最早、憐れみすら感じる程ね。

至高の御方の一人であるソウソウ様の最高傑作として創造されたマキナさんがあの程度で本当に倒せるとでも思っていたの?」

 

「……至高の御方? 創造された? さっきからおぬしは何を訳の分らぬ事を―――――」

 

 

“ボゴンッ!!”

 

 

ナーベラルの発言の意図が分からずカジットが聞き返そうとした瞬間、マキナを潰した筈の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の巨大な尾が一瞬で“粉砕”されたのを目にして驚愕する。

 

「―――強弱関係無く嫌いなんだよね、『大きい物が潰しに来る』ってシチュエーションが。

お陰で私の“頭の中に居座っているヤツ”が泣くんで鬱陶しいったら無いよ」

 

粉砕された事によって生じた骨粉の中で、マキナは傷一つ負っていない身でありながら一人、銀の槍を持っていない方の手で頭を抱えていた。

 

「―――なっ!? まさか、刺突武器に耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をその槍で破壊したとでも……」

 

「別に〈蛹(クリサリス)の槍〉でもトカゲの尻尾壊しなんて余裕なんだけど…ナーベラルちゃん、折角だから一緒にお色直ししよっか?」

 

「はい、マキナさん。 喜んで」

 

マキナの合図と共に二人はローブとマントの肩口を掴んで一気に引き剥がすと―――――

 

「至高の方々に忠誠を誓う戦闘メイド(プレアデス)が一人、ナーベラル・ガンマ。

下等生物(ニンゲン)風情がこの姿を見れる事を光栄と思い、感激に咽び泣きなさい」

 

「至高の方々の一人であるソウソウ様に創造されし最高傑作の自動人形(オートマトン)、マキナ・オルトス。

僅かでも勝てると希望を与えてしまったお詫びに私達が極上の絶望を味わわせてあげる」

 

 

装備に内蔵された速攻着替えの効果により、ナーベラルは戦闘用の装飾が施されたメイド服に、

マキナは普段の細やかな刺繍が施されたパンツスーツと本来の球体関節へと一瞬で換装を完了し、

投げ出したマントとローブが空間に仕舞われると同時に名乗りを上げる。

 

 

「――――――――はぁあっ!?」

 

二人の美女が一瞬でメイド服と見慣れない服装に身を包んだ事にカジットは僅かの間、呆然としていたが二人の自信に満ちた表情に警戒レベルを上げて骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に一人一体ずつ攻撃を命じる。

 

「さてナーベラルちゃん、魔法詠唱者(マジック・キャスター)として舐められた溜飲を下げようか」

 

「マキナさんも槍使い(ランサー)としての力、存分に揮って下さい―――〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉」

 

―――制限を掛けていた時の煽り言葉が余程腹に据えかねていたのか、ナーベラルは転移魔法でカジットとの距離を一瞬で詰めて背後に回り、“まずは”漆黒の剣の遺品である黒い短剣で彼の左腕を肩から切り離した。

 

「―――がっ!? ぎゃあぁぁあああ!!!」

 

「……やれやれ、この程度で痛みで泣き叫ぶなんて見た目通りの軟弱さなのね?」

 

「いやいや、下等生物(ニンゲン)風情に私達位の覚悟を求めるのは流石に酷でしょ?

でも、その情けない表情(ゼツボウ)は悪くないからもっと色濃い物にしてあげようか―――――」

 

そう言ったマキナが次に取った行動は蛹(クリサリス)の槍を保持したままで右袖のカフスボタンを外し、全長一メートル半の蝶の紋様が施された黄金の西洋槍(ランス)、〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉を顕現させる。

 

「防御用の蛹(クリサリス)の槍と違って蝶の槍(バタフライ・ランス)は完全な攻撃用。

本来ならこんな骨トカゲには勿体無い能力だけど見せてあげる―――〈蝶よ花よ(バタフライズ・フラワーズ)〉」

 

彼女の宣言と共に黄金の西洋槍(ランス)は光り輝き、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の頭部に金色に輝く大輪の花という名の“照準”が定められる。

そして次に西洋槍(ランス)から放たれるのは同じく金色に輝く蝶の大群。

マキナはソレを周りに展開させながら頭の中に居る“同居人”に語りかける。

 

「(相変わらず殺すのは嫌って顔してさ……結局、アンタは何者なの? お父様と関係あるの?)」

 

彼女―――マキナには誕生してから片時も離れずに頭に“同じ顔をした女”が住み着いている。

その女はマキナが殺意や嫉妬に駆られると悲しそうな顔をし、ソウソウやアインズ、ナザリックの者達に慈しみの感情を向けている時は自身の様な不器用な笑みでは無く、本当に“魅力的な顔で笑う”のだ。

 

故に、マキナは自分と同じ顔をしているのに自分よりも綺麗に笑う事の出来る“その存在ごと”塗り潰すかの様に、より凄惨な笑みを浮かべながら獲物に蝶の槍(バタフライ・ランス)の矛先を向ける。

 

「―――“目障りだから…さっさと消えてくれる?”」

 

彼女の口から無意識に出た言葉と共に、黄金蝶の大群が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に襲い掛かり、一瞬でその体の半分を跡形も無く“消滅”させた。

果たして先程の言葉は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に対してか、頭の中に居る名も知らない女に対してか、それは口にした彼女自身にも分からない…。

 

 

 

「………魔法に絶対の耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を容易く屠る…だと?

何故、今まであの様な切り札を隠していたのだ……一体何の為に―――」

 

「今回使用したのはアンデッドだから聖属性だったけど、マキナさんの持つ〈蝶の槍(バタフライ・ランス)〉の効果は『第八階位までの各属性に対応した魔法蝶を召喚する』という物。 そして―――」

 

 

“ドガガガガガガガガガッ!!!”

 

 

一跳びで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の残った半身の真上を取ったマキナは自由落下に任せながら両手に携えた武器で目標を粉々に“突き崩す”。

 

「刺突武器への耐性もあの方のレベルなら何の問題も無く突破する事が可能。

第六階位までの魔法しか無効化が出来ない上、あの様な粗雑な骨組みにマキナさんが手加減されていたのはお前という下等生物(アメンボ)の底を覗く為でしか無かった事は理解出来た?」

 

「……“第八階位の魔法”だと? あ、ありえ…無い」

 

もう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の後ろに隠れながらも絶望の表情を浮かべているカジットを見下ろしながらナーベラルは自身の仲間の実力に満足気な微笑みを向ける。

 

「ナーベラルちゃん、解説ありがとね。 残りのトカゲはどうするの? “叩く?” “消す?”」

 

「……そうですね。 あまり至高の御方をお待たせする訳にも参りませんし、

下等生物(ノミ)に私の実力を見せつける為に“一撃で消す”事にしましょうか」

 

「なら、消すのはトカゲだけにして。 この毛無しにはまだ訊きたい事もあるし」

 

「ふざけるなッ!! 儂はまだ、まだ負けた訳では無いッ!! こんな所で―――」

 

カジットは最期の悪足掻きとばかりに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をナーベラル達にけしかけるが、当のナーベラル涼しげな表情で目の前に迫る竜の魔法耐性を打ち消す程の威力を持つ呪文を無慈悲に詠唱する。

 

 

「了解しました―――――〈二重再強化(ツインマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

彼女の放った二本の雷撃の龍は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の全身に絡みつき、その身を徐々に、しかし確実に崩壊させて最終的にその存在を完全に消滅させた。

 

それを確認したマキナが無表情ながらも満足気に彼女を褒め称える。

 

「うん、御見事。 魔法が使えない身としてはナーベラルちゃんが羨ましくなっちゃうね」

 

「いえ。 マキナさんに比べれば私の力など微々たる物でしかありません」

 

 

 

二人の美女が完全に「終わった感」を出している中で暫く放心状態だったカジットは我に返り、

心に沸々と湧きあがる怒りで目の前に立つ存在を睨みつけた。

 

「……儂のこの街での五年間の準備、三十年以上待ちわびた悲願の達成、それを…それを無に帰すとはおぬし等は何様だ!! 何の権利があってこの様な事を―――――」

 

長年の悲願と自身を守る術を失ったカジットは切り離された左腕があった部分を握りしめて涙目になりながらもその元凶達に恨み言を放つが、それは彼の頬に銀の槍が貫通して途中で止まる。

 

「―――はがっ!? は、は、ほぁ………」

 

下等生物(アナタ)の目的なんて私達の知った事じゃないのだけど?」

 

「ナーベラルちゃんの言う通り。 でも、今から槍を引き抜いてから一分以内でお前の素姓を訊くから、それに価値があれば生かしてあげる。 価値が無い様だったら―――」

 

「刻んだ後に七割を“お土産”として持って帰るから、無い頭を使って必死で考える事ね」

 

冷酷な表情で見つめるメイドと恐ろしげの嗤っている女を目にしたカジットは心底震えあがりながらも、そんな彼女達が“至高の存在”と呼んでいた者達に畏敬の念を抱き始めていた…。

 

 

――――――――――

 

 

「―――ぜひ  ぜひ ぜひ ぜひ ぜひぜひぜひぜひぜひぜひぜひ……」

 

「ふむ……どうやら、拷問経験があると精神に耐性が出来て記憶が読み取り辛いらしいな。

こんなに耐えた“個体”は初めてだけど情報をそこまで得られないんじゃ苦しめるだけか…」

 

「や…めで、ぜひ……もうやめで…くだ ぜひぜひぜひ さ…い」

 

「おいおい、まだ工房で君がやった「お遊び」の半分の時間も経ってないんだよ?

なんなら僕の人形の“熱した洋梨”を“再び”君に使う拷問に変えてあげようか?」

 

僕がクレマンティーヌと言う名の女にまずやった責め苦は“窒息地獄”だ。

彼女に使用した自作の道具(アイテム)、〈銀の機械蟲(シルバー・バグズ)〉のユグドラシル時代の効果は「超小型の機械蟲が対象の体内に入って“魔封状態”にする」という物だったのだが、陽光聖典の生き残りの魔法詠唱者(マジック・キャスター)

試した所、「対象を“窒息させて”呪文を使えなくする」といった効果に変貌していた。

しかも蟲が入っている間は飲まず食わずでも死なずに苦しみ続ける仕様になった事でデミウルゴスとニューロニストの二人からは「流石はソウソウ様で御座います!」とか絶賛されたんだよな…。

 

そして彼女が窒息して十分に転げ回った所でナーベラルに預けていた分を除いた、漆黒の剣の所持品だった三本の短剣で裂かれた右腕以外の四肢を地面に“縫い付けて”頭脳支配(ブレイン・ジャック)で頭をグチャグチャに覗きこんだ。

お陰で彼女の辛い過去やら、スレイン法国の特殊部隊である〈漆黒聖典〉から抜けて来たという事は分かったが、先程も言った拷問経験の所為で所々が虫食いでしか情報を得られず、このスキルの欠点を知る事が出来たのでそれが最大の収穫、と言った所かな?

 

「アインズさん……やっぱり、スレイン法国こそが僕等の“敵”に成り得る可能性が高いですね。

漆黒聖典最強の番外席次“絶死絶命”……もっと詳しく知りたかったが“コレ”じゃもう無理か…」

 

「……連れ帰って拷問してもソウソウさん以上の成果が得られたかは不明なので、

一先ず今回はその情報で満足しておく事にしましょうか……お疲れ様です」

 

虫食いの情報を埋める為に彼女の口から髪を潜り込ませて体内(ナカ)を丹念に掻きまわし、肉体を痛めつけて見たが効果は薄かった様で「やっぱり責め苦を与える事に関してはニューロニストに任せておけば良かった」と若干、凹んでいた僕にアインズさんは優しく声を掛けてくれる。

本当にギルマスは良い人だ……涙腺が残ってたら絶対に涙ぐんでいたよ。

 

 

「アインズ様、お父様(は、裸ッ!?)……お待たせしてしまい、大変申し訳ありません。

害虫駆除を終え、マキナ・オルトスとナーベラル・ガンマ、只今戻りました」

 

帰って来た二人に僕等が目を向けるとマキナがクレマンティーヌの相方であるカジットと呼ばれた男を“右腕以外がもぎ取られた状態”で連れて来ていた。

当の本人はかなりのグロッキーだったが、僕等の人外としての姿と僕が弄くったお陰で顔の排泄物と吐瀉物で汚れきった相方の姿を見て驚愕している様だ。

 

「ん? ソレを連れて来たのかい?」

 

「はい。 この男自体には価値はありませんが、所属している組織には利用価値があると思い、

遺体代わりに腕一本以外をこの場に残す事にしました」

 

「確か…“秘密結社ズーラーノーン”だっけ? なら、コイツは要らないね」

 

僕はそう言うと髪を足の形に変えてクレマンティーヌの心臓部分に静かに下ろす。

 

「主犯の死体は必要だから今から君を殺すワケだけど……最後に何か言い残す事はある?」

 

「ぜひ…ぜひぜひぜひ……い…ぎ…だい…ぜひ……()にだ…く、ぜひ…ない」

 

可哀そうな過去のお陰で狂人としての外れない仮面を被る事になり、今はようやくソレが外れて

幼い子供としての顔を覗かせた彼女の最後の言葉を受けた僕の返答は―――――

 

 

「い  や  だ  ね」

 

 

記憶を覗いて知った彼女が今まで殺した弱者(ニンゲン)の泣き叫ぶ表情…には特に何も感じないが、ンフィ―レア君とニニャさんの涙を堪えながらも必死で僕等が来る事を信じて祈り続けた表情、それを愉しそうに奪っておいて自分は死にたくないなんて虫の良過ぎる話じゃないか。

そのまま僕は“足”に力を込め、彼女のアバラ骨をバキバキとへし折っていく。

 

「―――かぁ! ご、ぎゃ……ぜひ ぜひ ぜひぜひ…ご…ひゅぅ」

 

「あればの話だけど、君が行くのは彼等と違って地獄だ。 先に向こうで待っていろ、屑が」

 

「言い忘れていたがクレマンティーヌ……私もソウソウさんも非常に我が儘なんだよ」

 

アインズさんの言葉が罪人(クレマンティーヌ)に届いていたかどうかはもう判別出来ない。

何故なら、その頃には彼女の心臓があった部分に風穴が空いており、絶命していたからだ。

 

 

その後はクレマンティーヌの死体から銀の機械蟲(シルバー・バグズ)を回収し、彼女の内容物で汚れてしまった体をアインズさんの無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)で洗い流していると隠れさせていたらしいハムスケが僕達の安否を心配してか、こちらにちょろちょろと駆けて来るのを見て殺伐としていた心が癒されるのを感じる。 やっぱり、ペットの存在って大事なんだなぁ…。

 

「むむっ!? 姿は変われど…マキナ殿とナーベラル殿、でござるか……って、ゲェー!!

な、何でござるか、この凄い化け物達は!? と、殿ー! 御大老ー!」

 

うーん……本性を見せて無かったとは言え、こうも露骨に僕等の姿に驚いて警戒態勢を取られるのは流石にショックだな。

動物って飼い主がギプスしただけで姿を判別出来ないって聞いたけど、現状はそういうレベルを超えてるんだろうし、仕方ないんだけどさ…。

 

まぁ…取り敢えずはこれ以上騒がれると門の向こうに居る人達に気付かれるかもしれないし、

声を落として貰おう。

そう決めた僕は出会った頃よりも気持ち優しめにハムスケを拘束し、体を撫でる事にした。

 

「ハムスケ、僕等だよ。 ビックリさせちゃってゴメンね」

 

「…その穏やかな御声と優しい撫で方は御家老! となれば、もう一人は…殿でござるか!?」

 

「……その通りだ。 もう少し声を抑えろ、喧しくて敵わん」

 

「なんと……御二人とも一目で想像を絶する力を有しているのが理解出来るその御姿!

このハムスケ、御二人により一層の忠義を尽くす所存でござるよ!!」

 

「そう……でも僕からも言わせて貰うけど、もう少しだけ声を落としてくれないかい?」

 

「ご、御大老! それがしの熱い忠義の誓いにその様なつれない態度は―――ぐえっ!」

 

僕が体を離しておざなりな態度を取ると抗議の言葉を放ったハムスケをマキナとナーベラルが軽めに吹っ飛ばす。

 

「お父様に(裸体で)だ、抱きしめて貰ったにも関わらずその態度……無礼にも程があるよ」

 

「全くです。 アインズ様、ソウソウ様、やはりあの様な愚劣な生き物は殺処分すべきかと」

 

「…森の賢王は生かしておいてこそ有益な存在だ。 二人ともやめておけ」

 

「それより僕等はこれからンフィ―レア君の救助に向かうから君達は―――――出で座せい、〈クール・ボックス〉」

 

僕はそう言って宅配人形を取りだす。

初見時にビビった事を思い出したのかギルマスは一瞬ビクリと体を跳ねさせたがそれは無視。

 

「奴等の持ち物を回収して価値がありそうな物はこの中に、判断に困る物は後で僕等に訊く事」

 

「―――では、お父様。 この下等生物(ハゲネズミ)は入れる物で宜しいでしょうか?」

 

マキナに言われ、存在をすっかり忘れかけていた死にかけに取り敢えず話しかけてみる事にしようかな……ってうわっ、良く見ればコイツ頬に穴空いてるじゃないか。 水とか飲め無さそう。

 

「…で? 君は僕等に何を求めるんだい?」

 

「…貴方達こそ…生と死を自在に操る正しく……神!

我が母を…甦らせて頂けるのあれば、儂の知り得る情報を全て、お渡し致します……」

 

ウチの娘達から何を聞いたのか知らないが、ほぼ達磨みたいな状態にされて息も絶え絶えだというのに彼の僕とアインズさんを見る目は畏怖と羨望が合わさって爛々と輝いている。

マキナから話を聞けば、どうやら僕等に宗旨替えすれば自分の望みが叶うと信じているらしい。

 

「あっそ。 言っておくけど余計な事をしたらさっきのクレマンティーヌ以上の責め苦を味わわせるつもりだから、そのつもりで宜しくね」

 

「も、もちろんで御座います……あの女の様な馬鹿な真似など決して―――――」

 

その言葉を最後まで聞く事は無く、僕はカジットを鮮度保持の為にクール・ボックスに入れる。

働き次第で望みは叶えるつもりだけど、その後の処置はアインズさんと話しあって決めよう。

目的の為にとは言え、信仰対象をコロコロ変えるなんて完全には信用できない人種だし。

 

「後はあの下等生物(ニンゲン)が所持していたアイテムなのですが―――」

 

「ナーベラル、それは後で確認する。 今はマキナ、ハムスケと共にソウソウさんの命令を完遂せよ」

 

「「はっ! 了解致しました!!」」

 

アインズさんの言葉に二人が頭を下げたのを確認し、僕等はンフィ―レア君が囚われている霊廟へ向かう事にする。 まずは彼を助けなければ頼まれたリイジーさんに申し訳が無いしね。

 

 

 

「………二人とも、痛いでござるよ」

 

マキナとナーベラルの軽めの仕置きにひっくり返りながらも復帰したハムスケは体をぶるぶると震わせながら彼女達の元へと戻って来た。

 

「至高の存在であるアインズ様とお父様の命令に即座に対応出来ないノロマな生き物なんて、

たとえ御二人が許しても私達を含めた他のシモベが許さない、という事は肝に銘じて置く事」

 

「次に同じ様な失態を犯せば今度は物理的にでは無く、魔法による罰を与える。

御二人の御指示通り死なない程度に加減するけど、とびきりの痛みを与えるからそのつもりで」

 

「分かったでござる……だから二人ともそんな冷たい目で見るのはやめて欲しいでござるよ…。

しかし、殿と御大老の威光溢れる新たな御姿…力強くも美しくもあり、それがし驚愕してしまったでござるが、同時にそんな御方達に御仕えする事が出来、誇らしい気持ちでござるな」

 

そのハムスケの言葉にナーベラルはほんの少し表情を崩し、マキナは近寄って体を抱きしめる。

 

「その通りよ。 御二人の素晴らしさを理解出来るとは、あなたも多少は見所があるようね」

 

「そうだね(モフ)、そんな素晴らしいお父様(モフモフ)に抱きしめて貰えるという最上の御褒美を頂いた以上(モフモフ)、今まで以上に御二人の為に働きなさい(スーハースーハー)、ハムスケ」

 

「それは勿論! しかしナーベラル殿…マキナ殿は何故、それがしの体を抱きしめて匂いを嗅いでいるのでござるか? くすぐったくてしょうがないでござるよ…」

 

「マキナさんは御父上であるソウソウ様の温もりを間接的にでも感じたいから……ですよね?」

 

「うん…後はハムスケの獣臭さの中にありながらも僅かに残るお父様の高貴な(かほ)り……ニグレドさんは良いなぁ…こんなの直に嗅いだら頭がフットーした後に爆発しちゃうよぉ…」

 

「………ナーベラル殿、流石にこの状態は―――――」

 

「黙れ。 マキナさんは基本的に頼りになる方だけど“たまに”こうなるの。 理解なさい」

 

「(お父様の匂いに“アンタも”良い笑顔してるじゃない! 私はアンタの事が好きじゃないけれど、『お父様を大切に想ってる』って点では同志なんだし今後は余計な―――――)」

 

それから数秒後、脳内で“もう一人の自分”との一方的な抗議を終えた自動人形(オートマトン)の号令に

若干、引きながらも戦闘メイドの一人と新たなシモベは主に命じられた作業を開始した―――――

 

 

 




今回はマキナの設定回です。
彼女の頭の中に居る女性の存在、囁きはしないけど正しく亡霊(ゴースト)が居る状態。
この事はソウソウを含めたナザリックメンバーの誰にも話していませんが、今後どうなるかは話の流れ次第になると思います。

そして次回で二巻分の内容は終了。
次次回からアインズさんとソウソウが本気で頭を抱える事態に突入です。


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一九話

エ・ランテル墓地 霊廟内―――――

 

 

 

「ンフィ―レア君、目が……」

 

「まぁ…そこは魔法で直せますし、今は私達の姿を見られないのというのが不幸中の幸いですね。

それより問題は彼が精神支配を受けているという点ですが、原因は間違い無く―――」

 

変に透けた服を纏わされ、棒立ちの姿勢のまま僕等の存在に気付かないンフィ―レア君。

原因はクレマンティーヌから得た情報で知ってはいたが、彼の頭に覆われたサ―クレット。

 

「“叡者の額冠”……コレの所為でしょうね。 外したら発狂するとかどんな呪われた装備だよ」

 

「ふむ……〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

 

彼がサ―クレットに使った魔法はユグドラシル時代では製作者や効果を判明させる為の物。

今は僕の頭脳支配(ブレイン・ジャック)と同様に以前より詳細な情報を得る事が出来る。

結果、解析を終えたアインズさんは僅かな感嘆の声を上げるが、そういう細かい心理描写が理解出来る様になった自分が嬉しくもあり、今の異形の体に慣れきってしまった現状を再確認してしまう。

 

「成程……これはユグドラシルではあり得ない効果のアイテムですね。

ユグドラシルでは再現不可能な上、スレイン法国の最秘宝の一つ……実に興味深い」

 

「コレクター魂が疼いている所悪いんですけど、僕からすれば生者の方が価値ある存在ですから、

契約はきちんと果たした方が“悪魔”っぽくて良いんじゃないですか?」

 

「分かってますよ。 ギルドの名を使って契約した以上、故意的な失敗は恥に当たりますからね。

砕け散れ―――――上級道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)

 

ギルマスの魔法で国宝は小規模な花火の様に砕け散ったが、綺麗な物だ。

人形作家として「残る美」を基本姿勢としている僕だけど、こんな「散る美」もたまには良いね。

 

そして精神支配が解かれ、崩れ落ちそうになったンフィ―レア君の体を僕とアインズさんで一緒に支えてあげた後に優しく床に横たわらせて怪我の具合を確認する。

 

「指も、目も、心も…こんなに酷く傷付けられて……待たせてしまって、本当にごめんね」

 

「ソウソウさんは本当に彼の事が好きですね。 若干、嫉妬を覚えてしまいますよ」

 

「“モモンガさん”。 男からその言葉は枝毛になりそうな位怖いのでやめてください」

 

敢えて改名前で本気(ガチ)の恐怖を伝えるとギルマスは年甲斐も無くシュンとした態度を取った。

だからそのアラサ―が子犬みたいな反応するのホント、どう返して良いか分からないからやめて…。

 

「…で、アインズさん? 心は兎も角、指と目ですけど…今は治さない方が良いんでしょうね」

 

「…ですね。 今やったら彼の心に更なる傷跡を増やす結果になる事は分かり切っていますし」

 

僕は目の前の骨人間を、アインズさんは髪人間を見つめる。

うん、尊敬していた人間が実は恐ろしい化物だったら間違い無くトラウマコースだよコレ。

実は「それでもンフィ―レア君なら…」と少しだけ期待してしまったが余計な冒険はしないが吉。

 

「これでリイジーさんの元へ送り届ければ契約は完了ですけど、後は回収作業の手伝いですかね?」

 

「ええ、そうしましょうか。 ユグドラシルの頃と違って装備を一度に全て奪えるんですから少しテンションが上がって来ましたよ」

 

「そういう物ですか? 確かに作業的にはゲームの頃に比べて楽になったんでしょうけど、

僕は収集欲が薄いのでテンションに関してはあまり上がりませんね……」

 

「アインズ様、お父様。 改めて御相談したい事が御座います」

 

僕がアインズさんの意見に難色を示しているとマキナの声がしたので振り返って見ればハムスケを後方に従え、ナーベラルと共に霊廟の入り口に立っていた。

 

「…どうした、マキナ。 奪った装備か金銭に何か不明な物でもあったのか?」

 

「うーん……。 ナーベラルの持っている“ソレ”、確か〈死の宝珠〉…だよね?」

 

どうやら一通り回収を済ませた彼女達はその中で判断に困る物を一つ持って来た様だが、

それはクレマンティーヌの虫食いの記憶にもあったカジットの持つ魔法道具(マジック・アイテム)〈死の宝珠〉だ。

成程、コレが一番価値が掴めない品だったという訳か。

 

「ソレの大体の効果は抜き取った記憶から把握してますけど、念の為に調べて見ます?」

 

「そうしましょうか。 ナーベラル、寄越せ―――〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

 

アインズさんが再び魔法を掛けて見れば目の奥の赤い光が揺らめく。

何か目を引く追加情報でも得られたのかな?

 

「効果に関してはソウソウさんが言っていた通り、死霊系魔法への僅かなブースト効果と言った所ですが、デメリットは『使用した人間種を支配し、操る』という我々には問題無い物ですね…」

 

「うわぁ……僕等からすれば微妙系アイテムじゃないですか」

 

「……唯一、気になったのは『知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)』という項目です」

 

知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)……こんな河原にゴロゴロありそうな石ころが喋るのか?

僕も僅かに興味を覚え、「何か反応して見ろ」という意味を込めてアインズさんの手の中にある

ソレを髪(体)で突いてみると突如、頭の中に声が響いて来た。

どうやら持っているアインズさんも同様に反応している所を見ると幻聴では無いらしい。

 

―――お初にお目に掛かります。 偉大なる“死の王”、そして“生を蹂躙せし御方”よ。

 

「成程、確かにコレはインテリジェンス・アイテムだな」

 

「オーバーロードのアインズさんを“王”呼びは分かりますけど、“生を蹂躙”って……人形使い(ドールマスター)の僕をそう表現するなんて、中々に面白い発想の子ですね」

 

僕等が感心しているとそれ以降、何も喋らなくなったので何事かと思ったのだが、アインズさんが何かに気付いたらしく、声を掛けてみる。

 

「(慎み深いと言えば良いのか、機械的と言えば良いのか)……発言を許す」

 

「あぁ、そういう……喋っても構わないよ」

 

―――偉大なる御二方、発言の許可を頂き誠に有難う御座います

 

この宝珠の対応がどうにもナザリックの皆と被ってしまい、アインズさんは優越感で微かに笑っている様だが、僕は「また畏まった態度を取る子か…」と、どうにも複雑な気持ちだ。

 

―――御二方の身を包む圧倒的な“死”の気配に、心からの敬意と崇拝を

 

「身を包む」って…僕もアインズさんもオーラ系のスキル使って無いのにそんな事を言われてもなぁ…。

御世辞にしてもさっさと終わって欲しいという思いから僕等は取り敢えず肯定で返す事にする。

 

「ふむ…許そう」

 

「僕も同じく…君は中々に良い子の様だね」

 

―――身に余る御言葉、誠に有難うございます。 いと尊き死を統べる方々よ。

その崇高なる御身の前に謁見出来るという最上の栄誉、この世の全ての死に感謝致します

 

……ちょっと待って。 まさか宝珠(この子)ガチじゃね? うわー……ストレスで白髪になりそう。

 

「……で? 君は僕とアインズさんに御世辞を言う為だけに喋っているのかい?」

 

―――いいえ、世辞などその様な事は決して。 私は不敬であると重々承知しておりますが何卒、叶えて頂きたい願いがありまして御二方にお話しております

 

「それは何事か?」

 

―――はっ。 それは―――――

 

要約すると、宝珠《この子》は「死を振りまく存在として生み出されたけど、圧倒的格上であるアインズさんと僕を見て是非とも仕えてみたくなりました!」との事らしい。

 

「喋る石、か……さてさて、どうします?

アインズさんが望むのなら僕がこの子の人形(カラダ)を用意しても構いませんが」

 

―――何と、偉大なる“生を蹂躙せし御方”よ。 私が自在に動ける身体を用意する事をまるで些事であるかの如き御言葉を。 やはり、貴方様も“死の王”と同格の紛うこと無き“超越者”。

どうか、私を御二方のシモベの端に、並べて頂けますようお願い申し上げます

 

「ふむ……」

 

アインズさんは丸めた手を口に当てて考え中の様だが、多分「勿体無い」と思っているんだろう。

ギルメンの中で彼の収集癖は売却癖のある僕とは正反対だとよく皆から言われてたし。

 

そして考えが纏まったのかギルマスは死の宝珠に幾つかの防御魔法を掛け、霊廟入口近くに居た

ハムスケに声を掛けた後にポイとそちらへ放ると俊敏な動きでキャッチした。

成程…喋るアイテムと喋るハムスター、面白そうな組み合わせだね。

 

「ほっ!! 殿…コレは一体なんでござるか?」

 

「魔法のアイテムだ。 今はお前が持っていた方が良いだろう」

 

「ちなみにハムスケ、ソレは使えそうかい?」

 

「むむむ……使えそうでござるがコイツは少し…いや、かなり五月蠅いでござる!!

殿か御大老の元へ返して欲しいと五月蠅くてしょうがないでござるよ」

 

「御二人とも、この様な新参者に下賜されるのですか!?」

 

ナーベラル的にはかなりびっくりしたのだろう、声が上ずっていて彼女には悪いが少し面白い。

するとマキナが彼女に対して説明してあげるかの様にアインズさんに話し掛ける。

 

「今、アインズ様が掛けた魔法は“探知対策”。 その上で念には念を入れて、ハムスケという新参者にお渡しするとは……その一部も隙の無い御考え、流石は至高の御方で御座います」

 

「……成程、御二人の意図を理解されているとは、マキナさんの頭脳には恐れ入ります」

 

「うん。 後はさっきナーベラルが言った様に“新参者”同士で組ませた方が良いと思ってね。

先輩として外ではアインズさんと共に居る君が教育係として二人の事をお願いしたいんだ、頼むよ」

 

そう言って僕等の意図を理解したマキナと任務を命じたナーベラルの頭を撫でてやる。

 

「……一介の戦闘メイドであるこの身には過ぎた慈愛を御与え頂き、感謝の言葉もありません。

新たなるシモベの教育に関しましては至高の御二人の御期待に応えられる様、尽力致します」

 

「(いや、ナーベラルちゃんが可愛いからってニヤつかないでよ……でも、お父様に撫でられて微笑んでる顔は確かに癒されるし、気持ちは分かるんだよね……)」

 

ナーベラルはうっとりとした表情で僕に撫でられているけど、マキナは何か複雑な表情だ。

露骨に僕から視線を逸らしている所を見ると、ひょっとしたら彼女からすれば本来の姿はお気に召していなかったのだろうか?

そう思い、用事も済んだので僕は再びウェストを取りだしてその中に入る。

 

「さて……事態も沈静化した様ですし、僕はそろそろマキナを連れて此処から離れる事にします」

 

「分かりました。 回収作業も残り僅かなので終わり次第、我々も―――――」

 

ギルマスは自分の真紅のマントの裾を掴み、大袈裟にはためかせながら言い放つ。

 

「凱旋と行きましょうか」

 

「ふふふっ…ギルマス、格好良いですよ」

 

「…ストレートに言われると何だか恥ずかしくなって来るのでやめてくれません?」

 

折角、格好付けたから素直な感想を口にして見ればアインズさんは照れて鎧姿に戻ってしまった。

まぁ、こういう反応が面白いから敢えて言って見た感は確かにあるんだけどね。

 

「…で? ンフィ―レア君はアインズさんに任せるとして、アイテム管理は僕がやる形で構いませんね?」

 

「ええ、お願いします。 取り敢えず宅配人形は今すぐナザリックに送りますか?」

 

「いや、明日雑貨屋で人形に使えそうな素材を取り寄せて貰えるそうなので手に入れ次第纏めてで」

 

「分かりました……と、そうだソウソウさん。

折角ですから、私は今の姿では魔法を使えないので代わりに回復をお願いして貰っても?」

 

「了解、皆も変装が完了しましたし……出で座せい、〈ヒーリング・フェアリー〉」

 

アインズさんの言葉と共に僕は回復用の人形を出し、ンフィ―レア君の怪我を跡形も無く治療する。

目は勿論の事、無くなった十指も持って来ていた指が消滅する代わりに生えて来て完全に元通りだ。

そして改めて指輪を嵌め直してやるとそのまま彼を担いでアインズさんに渡してやる。

 

「では……アインズさん、ンフィ―レア君をお願いします。

僕は一足先にマキナを連れてシズと合流する事にしますので」

 

「任せて下さい。 ソウソウさんの“お気に入り”は無事リイジーの元へ返しておきますので」

 

僕は“冒険者モモン”の宣言を背中で聞きながら片方の手を振り、もう片方で隠密人形である

〈スクルィヴァーチ・マトリョーシカ〉を取りだして不可視化を持つ二層目に展開させる。

 

「それじゃマキナ、少し窮屈だと思うけど…一緒にコレに乗ってシズの所へ戻ろうか?」

 

「いえ、全然、全く、私は何の問題もありません、お父様。 さ、乗りましょうか!」

 

早着替えの効果で“サウス”に戻ったマキナのグイグイ来るテンションに若干、引きながらも僕は彼女と共に人形の中に入る事にした。

 

「(撫でて頂いた上、御手製の人形の中にお父様と一緒に入れるなんてコレ何て御褒美!?

良いよね? 私にこんな幸せ体験が訪れても良いんだよね!? あぁ~髪の毛が荒ぶる~…)」

 

「ではアインズさん、ナーベラル、ハムスケ、死の宝珠。 お先に」

 

「お先に失礼致します(キリ」

 

何故かは分からないけど髪をざわつかせている愛娘と共に挨拶を済ませた僕達は中に入った人形の不可視化を発動させ、跳躍機構で行きよりは低くだが飛びあがって墓地を後にした―――――

 

 

――――――――――

 

 

エ・ランテル宿屋の一室―――――

 

 

ンフィ―レアが意識を取り戻すとそこは見た覚えが無い部屋。

辺りを確認すると自分の傍には黄金の瞳を開いた尊敬する人物が椅子に腰かけて居た。

 

「―――――っ! ……ウェスト…さん?」

 

「やあ、ンフィ―レア君。 目が覚めた様だね」

 

「一体、此処は……?」

 

「あぁ…驚かせたようでごめんね。 此処は僕達が宿泊している宿屋さ。

工房で休ませるワケにも行かないし、リイジーさんに頼んで一部屋借りて貰う事にしたんだ」

 

「工房……そうだ、ぼく……僕、は―――――」

 

気分が落ち着いて来ると目が覚める前に味わった恐怖を思い出し、自身の両手を確認すれば指も、

目の前に居る人から貰った指輪(アイテム)も変わらずに其処に在る。

 

「……君は“悪い夢”を見ていただけなんだ。 もう少しだけ、休んだ方が良い」

 

「悪い夢……夢なら、漆黒の剣の皆さんは……」

 

「彼等も穏やかな顔で“眠っている”……悪夢の原因はモモンさんが取り除いたからもう、大丈夫」

 

ウェストの言葉を聞いたンフィ―レアは目を固く閉じ、静かに涙を流す。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ウェストさん。 僕は……貴方みたいには、なれなかった…」

 

「ううん。 君がどれだけ頑張っていたか、僕はもう“知っているから”、謝る必要は無いんだ」

 

「それでも……僕が弱いから、守る事が出来無かったから、皆さんは………」

 

「断言する。 皆、君の事を全く恨んでなんかいない、とても立派な人達だったよ。

だから今は休みなさい、僕は今からリイジーさんを呼んで来るから」

 

彼がそう言って立ち上がり、ドアの前まで向かった時、その背中にンフィ―レアが声を掛ける。

 

「ウェストさん………ありがとう、ございました」

 

「……君を救ったのは“冒険者モモン”だ。

僕等はそれを手伝っただけだから名前は出さないでくれると有難いかな?」

 

最後に「言わなくても分かってはいるだろうけど一応ね」と付け加えた後に彼は退出する。

それから暫くして泣きそうな表情で部屋に駆け込んで来た祖母の顔を見たンフィ―レアは安堵し、

疲れが溜まったのかそのまま目を閉じて再び眠りについた―――――

 

 

――――――――――

 

 

翌日 路地裏―――――

 

 

「―――――〈頭脳支配(ブレイン・ジャック)〉」

 

「おごぉっ!? お、あ、あ、あああ、あああああ、おぁ………」

 

今日も今日とて与太者の頭から情報を抜き取って廃人にしているとコイツは昨日のハムスケを連れていたアインズさんを目撃していたらしく、僕は自然と微笑を浮かべていた。

 

「……兄様、人形の素材、持って来た」

 

「ノース、御苦労様。 誰にもつけられてないね?」

 

素材の引き取りを頼んでいたシズが雑貨屋から戻って来たのを確認して尾行の有無を訊いてみれば彼女はコクリと頷いたので、「お使い達成」という意味を込めて頭を撫でてやる。

 

「ノースは可愛いんだからくれぐれも注意してね? アナタに何かあったら私もお父様も周りの人間を八つ当たりで皆殺しにしてしまう位ショックなんだから」

 

「………(コクリ)。 分かった」

 

愛娘がこれまた物騒な事を仰っているけど、流石に意味も無く人間を皆殺しにするなんて真似はしないって。 多分、部品(ソザイ)集めの量を倍に増やす位の事はやると思うけど。

 

 

「―――ソウソウさんの行動は本当に読み辛いですからね。 何かあったら一声掛けて下さい」

 

 

突如、背後から聞こえた声に警戒度を一気に上げ、僕は閉じていた目を開ける。 声の主は―――

 

「……シズ、君は僕の『誰にもつけられてない』って問いに頷いたよね?」

 

「いやいやソウソウさん、シズを責めないであげて下さい。

何故なら私とナーベラルは彼女をつけてきたワケでは無く、“一緒に来た”だけなんですから」

 

「アインズさん……この前のドッキリのお返しですか?」

 

渋面を作った僕の質問に声の主であるギルマスは体を震わせながら「初めてソウソウさんにドッキリ返しが出来ました」と満足気な声音で答えてくれた。

ほんの少しだけ悔しいが、それ以上に彼が温かい雰囲気を纏っていたので苦笑で返す事にする。

 

「アインズさん、墓地の件での聴取は終わったんですね」

 

「お疲れ様です。 至高の方々の頂点が下等生物(ニンゲン)風情に貴重な御時間を奪われる等、本来あってはならぬ事……心中、お察し致します」

 

「何、そう言うなマキナ。 『郷に入っては郷に従え』という言葉もあるからな。

私は別段気にはしていないが……お前の心遣いは有難く受け取って置くとしよう」

 

「嗚呼、何と勿体無い御言葉! 流石はアインズ様で御座います!!」

 

柔軟性を持った支配者っぽい態度を取っているアインズさんだけど僕には分かる―――

 

「(本当に気にしてないのにこの態度。 うわー……マジで勘弁してくれよ……)」

 

彼がこう思っているのが手に取る様に。

 

「……ところで、ソウソウさん。 聴取の最中で耳にしたのですが、漆黒の剣は『綺麗な状態で死んでいた』らしいですね」

 

アインズさんから詳細を聞けば、調査の為に現場である工房に入ると其処には「外傷が全く無く穏やかな表情で四人の冒険者が眠る様に息を引き取っていた」姿を発見したらしい。

お陰で彼等はアインズさんが始末した犯人の犠牲者なのか判断が出来なかったとの事だ。

 

「なのに所持品は幾つか無くなっていたので調べた者達は皆、首をかしげていたそうです」

 

「……やっぱり、不味かったですか? “アレ”」

 

「いえいえ、別に。 それが冒険者としての私の不利益に繋がる訳でも、ましてやソウソウさんの仕業と断定される訳でも無いので特に問題はありませんよ。

ただ、その話を聞いて『アナタはやはり優しい人なんだな』と再確認しただけですから」

 

「………僕は、ただ彼等があんな“醜い姿”で人目に晒されるのが我慢ならなかっただけです。

僕等に僅かばかりとは言え、利益を与えてくれたのですから相応の敬意は示すべきでしょうしね」

 

そう言った僕は閉じていた目を開き、マキナの方へ顔を向ける。

死者にとって死に顔はとても重要だ。

苦痛に満ちた死因でも人目に触れる以上、それは見苦しい物であってはならない。

亡くなった麻紀ちゃんの葬儀で施された死化粧は彼女の死因が交通事故であった事を感じさせない見事な物で、当時放心状態だった僕の心を微かに動かした。

マキナのデフォルトの顔が彼女のデスマスクだったのは今にして思えば「死を越えた先にある“美”を不変の物にしたい」という僕の人形作家としての価値観(エゴ)から来ていたのだろう。

 

「お父様……私の顔に何か付いていますか?」

 

「いや、変わらず“綺麗なまま”さ」

 

彼女は嬉しかったのか首を一回転させたが僕からすればその反応は最早、愛おしく感じる。

「不変の存在」が「生き生きとしている」という二面性、間違い無くこの子は僕の最高傑作だ。

 

そんな物思いに耽っていた僕の姿を見て何を感じたのかは分からないがアインズさんが先程の話の続きを始める。

 

「まぁ、問題があるとすればリイジー達の証言ですが…それに関しては大丈夫でしょう」

 

「ええ……彼女には念を押しましたけど、“あの様子じゃ”必要無かったかも知れませんね」

 

昨日、用事を済ませた僕等と共に工房に戻って目にした僕とマキナが”直した”漆黒の剣の遺体に驚いた後、僕等に対して畏怖の眼差しを向けて来たが、同時に人知を越えた存在だと納得してくれたらしく、それから暫くして気絶したンフィ―レア君を担いで来たアインズさんを目にすれば大粒の涙をこぼし、「契約の代価は必ず支払う」と約束してくれた。

 

「これからの僕達に必要なのは“物資の安定供給”。 あの二人はその内のポーション作成の為に働いて貰いますけど、従順であればそれに越した事は無いですから」

 

「最悪の場合は精神操作も考えましたが、ンフィ―レアはソウソウさんに懐いている様ですし、

リイジーは我々の力を見せつけた上で恩を売っておいたので、問題は無いでしょうね。

では、今後二人にはカルネ村に移住させて我々の監視下の元で働いて貰う形にしましょうか」

 

 

 

と、彼等が今後の話をしている後ろでナザリックの三人娘は声量を落として会話をしていた。

 

「……マキナさん。 何故、御二人はあの下等生物(ユムシ)達にポーション作成を任せるのでしょうか?」

 

「………作れる人、ナザリックにも居るのに何で?」

 

「んー……多分だけど、実験的な意味合いが強いからだと思う。

ナザリックの職人さんに比べれば大した事無いのは当然だけど、リイジー・バレアレはこの世界“では”名の知れた薬師だから、試しにナザリック製のポーションを作らせて再現出来なければ『価値無し』と処分されるのだろうし、再現出来れば今後の為に飼っておく御積もりなんだろうね」

 

「成程……では、孫の方は“死んだ場合のスペア”という事なのですね?」

 

「………それもあるんだろうけど、ンフィ―レア君の方はハムスケの様に愛玩動物(ペット)としての価値があると御二人は判断されたんでしょ。

異能(タレント)も野放しにしておくには勿体無いレア度だし、イジった時の反応も面白いしね」

 

「……マキナ姉の今の雰囲気、ルプスレギナに似てる」

 

マキナからすれば珍しい、意地の悪い表情を見たシズは廃人となった“情報提供者”とソウソウから頼まれた人形の部品(パーツ)を宅配人形に入れながら、常人には分からないレベルのジト目を向ける。

 

「えぇ~…ちょっと、シズ? 私、あの子ほど人間を苛めるの愉しんでるつもりは無いんだけど」

 

「ですね。 人間等という下等種族に関わり合う事がそもそも無駄としか言えません。

その点、アインズ様とソウソウ様は流石ですね。その様な連中にも演技を忘れないのですから」

 

「御二人は目的の為には地を這う蟻の如き存在にすらレベルを落として話されてるんだし、

ナーベラルちゃんもアインズ様に恥をかかせる様な真似は慎まなきゃね」

 

「はい……善処致します」

 

「………ナーベラル。 マキナ姉、この前人間を弄って遊んでたから、ソウソウ様に怒られてた」

 

「シィーッ! シズ、シィーッ!! 折角、格好付けてたのにそんな事言わないで!!

あれは仕方ないって、弄って面白い反応をする生き物にはどうにもちょっかいを掛けたくなるって言うか―――」

 

 

後方の三人娘がガールズトークで盛り上がっているのを余所に、至高の二人はアインズのプレートへと話題を変えていた。

 

「ランクが僅か数日で一気に銅からミスリルへランクアップ……と言えば聞こえは良いですけど、都市を壊滅の危機から救ったのならオリハルコン位まで上げてくれれば良いのに、ケチですね…」

 

「いや正直、私もそれ位まで上がるかと思っていたのですが……実績の無いポッと出の冒険者が数多のゾンビを蹴散らしたなんて話は十分な調査の上で判断したいとの事だそうです。

現場の近くに居た何人かの衛兵を生かしておいたので、暫くすれば話題に上るのは確実ですが」

 

「良いですね…今の所、名声を得る事に関しては想定していた以上の上がり調子じゃないですか。

このまま行けばアダマンタイトのプレートを手に入れるのもすぐでしょうね」

 

「それには今回の様な事件がまた起きて、総取り出来れば良いんですが…こちらで起してみるか?」

 

「マッチポンプか……あまり気は進みませんけど、やる場合は僕がアインズさんと戦った方が良いのかな? 他の子達だと遠慮しちゃいそうですし」

 

「……ソウソウさんを傷付けるのは精神的にかなりクる物があるので、出来れば他の方法にしましょうか」

 

「僕だって好き好んでアインズさんを骨折させるつもりなんて毛頭ありませんし、取り敢えずはクールボックスに保存されてるヤツが所属している組織で……ズーラーノーンでしたっけ?

そいつ等の何人かを人身御供にした方がリスクは無さそうですよね」

 

「そうですね。 そこの細かい部分はナザリックに帰ってからゆっくり話し合うとして、

今は後回しにしていた問題に向き合う事にしましょうか」

 

アインズが切りだした話題でソウソウも昨日のエントマから受けた伝言(メッセージ)を思い出し、

内容を確認する為に二人は彼女の要望通りに守護者統括であるアルベドに連絡する。

 

「―――アルベド、私だ」

 

「大分、間を開けてしまってごめんね。 で、何の用だったの?」

 

『アインズ様、ソウソウ様。 シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました』

 

この都市に来て想定以上の成果を上げられた事で若干、気分が良くなっていた至高の二人は

アルベドから放たれた第一声で頭から冷水を被った様な錯覚を覚える。

 

 

「「…………………何(だって)?!」」

 

 

暫く呆然としていた二人の口から出た間の抜けた声は後ろに居たナザリック三人娘を驚かせるには十分な声量でエ・ランテルの路地裏に響く事になった…。

 

 




ファフナーの展開に心抉られる日々が続いていたのでほのぼのした物を自給自足しようかと思い、書いてみれば今後の展開は至高の二人にとって辛かったのでした。


次から三巻分の内容になるので、それが終わったらデミさんとソウソウのほのぼの解体新書でも書くつもりです。


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