テイルズオブメモリアー君と記憶を探すRPGー (sinne-きょのり)
しおりを挟む

メインキャラクター紹介

ロスト・テイリア

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長180cm 体重66kg 男 18歳 一人称:俺

フェアロ・リースにすむ青年。

本策の主人公。

7年前以前の記憶がない。母親とは5年前に死別、父親は行方不明。現在は双子の妹であるレイナと暮らしている。

基本的に武器は両手剣。少し腕力が心もとない。

術系攻撃も多少強く、水属性術は上級術まで扱う事ができる。

性格はおとなしめ、だがまだ未熟で沸点が低い部分がある。

マナ属性は水。

 

ラリアン・オンリン(ララ)

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長170cm 体重64kg 女 15歳 一人称:私

フェアロ・エルス出身の少女。

本作のヒロイン。

ロストと同じく7年前以前の記憶がない。両親は共に死んでいるらしく、双子の弟であるソルと二人で村の人に助けられながら生きてきた。

武器は杖と槍を一つにしたスピアロッド。

接近戦も得意とするが、基本的には回復術や光属性の術を使う。

パーティ内では一番の回復役。

性格は元気、少し天然。弟思いで面倒見の良い少女。

マナ属性は光。

 

ルン・ドーネ

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長138cm 体重40kg 女 13歳 一人称:私

フェアロ・ドーネ騎士団の若き小隊長。

小柄な体躯の割には大鎌を扱う。術は一切使えないが雷属性と風属性の素養を持っている。

身長がコンプレックス。父親はフェアロ・ドーネ騎士団の団長。

頭がよく、割と冷静に物事を見る事も出来る。ララよりしっかりしているかもしれない。

だがたまに年齢相応の少女らしい一面も垣間見える。

マナ属性は雷と風。

 

ユア・メウルシー

身長158cm 体重74kg 女 18歳(見た目年齢) 一人称:私

フェアロ・ドーネ騎士団副団長。

100年前の三国戦争を終戦に導いた英雄の一人。

細い体に見合わない大剣を軽々と片手で振り回す。

すべての属性の術を扱う事ができる。

見た目に比べ体重が重いが何故かは不明。

パーティメンバーでは保護者的立ち居地。知識も多いが、その分隠していることも多い。

マナ属性は全属性持っている。

 

ルシオン・オンリン(ソル)

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長156cm 体重59kg 男 15歳 一人称:僕

ララの双子の弟。

とある事件の後にララの前から姿を消す。

武器はレイピア。主に闇属性術を扱う。

防御力は割りと弱め。

おとなしく、子供っぽい性格。泣き虫。

マナ属性は闇。

 

ユキノ・サエリード 

身長163cm 体重60kg 女 17歳 一人称:私(わたくし)

エルダ=ディアの辺境の教会に一人で住むハーフエルフの少女。

エルダ=ディアの人達からの迫害に心を痛めてきた。

武器はトンファー。回復術と攻撃術をバランスよく持っている。

その中でも火属性の術が攻撃力が高い。

おどおどしく、謙虚な性格。

人には必ず敬語を使い、「様」付けで呼ぶ。

ハーフエルフな為マナ属性はない。

 

フェルマ・タール

身長186cm 体重78kg 男 24歳 一人称:お兄さん(真面目な時は俺)

エレッタでは有名なタール家の六男。

イタズラっぽい性格で、人をおちょくるのがすき。

研究者でもあり、沢山の機械を作っていて、機械がすき。

子供っぽい性格の割には大人らしく振舞ったり、真理をついている言葉も言うため、本音が分からない。

武器は弓矢。術は使わず技のみ。

マナ属性は不明。

 

 

 

サティス・アークファイ

身長156cm 体重62kg 男 14歳くらい 一人称:ぼく

エレッタにあったクローン実験場にいたクローン。

冷静で、皮肉をいう事もある。だがカナに対する態度からして面倒見は良いほう。

武器は拳。接近戦で戦う。攻撃力は高い。

ほぼカナの保護者、ソルの突っ込みとなっている。

マナ属性は不明。

 

セテオス・ベリセルア

身長187㎝ 体重80kg 男 24歳 一人称:俺

フェアロ・ドーネ騎士団パーフェクティオ隊の副隊長。

ルンの部下であり、ブラッティーア家に仕える家系だった。

ブラッティーア家が惨殺され、村人の一部がクローン実験の被験体とされた事件の生き残りで、施設へさらわれなかった代わりに騎士になった。

語尾に「~っす」と付けて話すのが特徴。割と軽い性格だがたまに抱え込むときがある。

武器は片手剣。通常の剣の技と多少の回復術を使う。術技のラインナップはイメージ的にはフレン。

マナ属性は時。

 

メテオス・ベリセルア

身長163㎝ 体重58kg 男 15歳 一人称:オレ

セテオスの弟。フェアロ・エルスのクローン実験に巻き込まれた影響で前後の記憶が多少あやふやになっている。

ララとソルの友達。

機械いじりが好きでフェルマの大ファン。

妙な話し方をするベリセルア兄弟の中で一番マトモ。ララとソルに対して突っ込みをしたりする。

武器は投げナイフ。

マナ属性は時。

 

サブメンバー

 

チャール

体長50cm(尻尾含む) 体重20kg オス 年齢不詳 一人称:ボク

ララが連れている狐のような生物。ララは犬だと思っていたらしい。

火属性のマナを保有する精霊の様な存在。

何故彼がララと共にいたかは不明である。

 

カナ

身長120cm 体重30kg 女 見た目年齢7歳 一人称:カナ

クローン施設にいた少女。リアンやサティスに懐いている。

彼女はクローンらしいと言われているものの正体は不明。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター1:村の青年

ハーメルンで書き始めました。
特殊なジャンルとは思いますが、とりあえず読んでくだされば嬉しいです。


昔々、大精霊マクスウェルがいました。

マクスウェルは一人でした。

一人ぼっちの大精霊は時と源を司る大精霊を創生しました。

時の大精霊はゼクンドゥス。

源の大精霊はオリジン。

三人の大精霊は世界の記録を作りました。

その記録の中に、人や動物ができました。

多くなる生命の中で、三人の大精霊では世界を統治することはできなくなりました。

そこでマクスウェルは、人の中から大精霊を選定することに決めました。

最初の選定…それで選ばれた始まりの大精霊達は、今もこの世界に残り続けています。

マクスウェル達も、もちろん。

 

メモルイア創世記第1節。精霊の誕生より。

 

 

****************

 

 

 

 そうして育って行った世界が、このマナに満ち溢れ、精霊の恩恵を受け反映する世界、メモルイア。

 ここには人々がマナを体に持ち術を扱うことで平和を作り上げている風景があった。

 100年前にフェアロ、スレディア、エレッタの三国で大戦争が起こったという痕跡も人々の記憶の中から薄れつつもある。

 だが、こんな世界にも危機は訪れていた。

 これは、記録と記憶を巡る、一つの物語。

 

-テイルズオブメモリア-

 

*************

 

 メモルイアには三大大陸、そのそれぞれに大国があり、その中の一つであるフェアロ王国での話。

 フェアロ王国の王都フェアロ・リイルアから離れた森に囲まれた田舎の村、フェアロ・リースにとある青年が住んでいた。

 

「ふう・・・今日の朝食はこんなもんだろうな」

 

 青年の名はロスト・テイリア。彼は今、朝食を作っていたようで、キッチンには火にかけてあった鍋がコンロの上に乗っている。緑色の瞳を階段の方に向け、茶色の髪の毛の頂点から垂れたアホ毛を少しいじってみせる。

 彼にはそっくりな双子の妹がおり、名前をレイナという。

 彼女は朝が弱く、ロストが朝食を作り終えたときにはまだ寝ているというのもよくあることである。

 

「レイナはまだ寝てるのか・・・」

 

 起こしに行くのも面倒だと思いロストはいずれ起きてくると決めつけ朝食を自分の分とレイナの分を注ぎ始める。

 その時、二階から誰かが駆け下りてくるような音が聞こえてきた。ロストはその足音が誰の物なのか既に予測しており、ロストは階段の方を向いた。

 

「やっと起きたか、寝坊助」

「やっと起きたか・・・じゃない!」

 

 二階から降りてきた少女・・・レイナはからかうように言ったロストに対して頬を膨らまし不満そうに言った。ロストはいつものことだと思いレイナを起こさなかった。このようなことはほぼ日常茶飯事なのだ。

 

「俺は別にレイナの執事じゃないからな。起こしたりとかのお世話はやらねえよ」

「けちんぼー・・・起こしてくれるとかはいいじゃん!」

「誰がやるか、毎日言ってるだろ。まあいい、朝食がさめるからとっとと食うぞ」

「・・・はーい。まあ結局、ロストの手料理が美味しいから許しちゃうんだけど・・・んーおいしい!」

 

 レイナは席についてテーブルの上の料理を一口食べるとご機嫌そうに笑う。レイナのその嬉しそうな姿にロストは苦笑いしながら、自らも席に着く。

 

「その前に言うことあるだろ?」

「あ、作ってくれてありがとう?」

「違う、いただきますだ」

 

 ロストの言葉にレイナはそれをすっかり忘れていたのか、ロストの言い方がおかしかったのか、つい笑ってしまった。このように当たり前の事を真面目に言うロストがおかしく思えた、というのが正解のようだが。

 

「っふふくく・・・あははっ」

「お、おい、笑うところかよ、そこ」

 

 ロストは突然レイナが笑い出すのでなんとなく自分も笑いそうになってしまったが、そう反論してみた。そして恥ずかしくなってしまうのだ。

 

「ごめんごめん、ふふっ。なんだかロストの言い方がおかしくって」

 

 レイナはお腹を抱えてひとしきり笑った後、手を合わせた。

 

「こうすればいいんでしょ?いただきます」

「まあ、な・・・レイナが笑うから恥ずかしくなっただろ・・・いただきます」

 

 ロストも手を合わせて食べ始めた。

 二人の母親は5年前に他界、父親は行方不明。そして、一番重要なのが、二人には7年前以前の記憶がないこと。

 ロストは7年前、一人でシェルフィールの森というところに倒れていたのを発見され、レイナは6年前にロストの母親が連れ帰ってきた。

 そんなことで二人にとって母親は大切な存在だった。

 

「ねえ、ロスト、今日は何の手伝いするの?」

「そうだな・・・この前収穫だったから今日あたりは種まきかもな」

「よかったじゃん、耕す作業とかだったらロスト倒れそうだし」

 

 レイナはからかうように言った。ロストは村の収穫の手伝い、そして周囲の森のモンスターの討伐である。

 人間がマナを持っているのと同じようにそれ以外の生物もマナを持っている。そのマナを人間は上手に扱うことができるが一部の生物はそれをうまく扱えずに魔物化してしまう。それが人を襲う恐れがあるので、たまに戦うことのできる人間がモンスター討伐をする。

 

「ロストの水属性の術はすごいからなあ・・・」

「お前だって水属性だろ?」

「同じでも違うよ。いくら一人一人の人間がマナ属性をひとつ持ってるとしても、その量が同じな訳じゃないし」

 

 レイナは食べ終わってスプーンをおいた。ロストは食器を片づけようと立ち上がった。

 

「私・・・不安なんだ」

「突然、どうしたんだ?」

「いつか、私が私じゃなくなるんじゃないか・・・ってね」

 

 レイナのそんな言葉にロストはただの冗談かと思った。

 彼女は不安そうな顔をしていたがロストにはレイナの不安など一切伝わっていないのだ。もっとも、レイナが何に対して不安がっているのか、それが不可解なのだが。

 

「はあ?何言ってるんだ。早く食器片づけて俺は畑に行くぞ?」

「むー、人が真剣に考えてるのに・・・まあいいや、で・・・私は何すればいいの?」

「フリーヌおばさんのところに手伝いに行ってやってくれ。フレイアもレイナと話すのを楽しみにしてるらしい」

「わかった」

 

 フリーヌというのは、この村にすむ女性だ。その娘フレイアは足が不自由で、外にでることもままならない。なので、レイナがよく彼女の元に向かっており、レイナとフレイアは結構仲がよいらしい。

 

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃーい・・・さあて、私もいこうかな・・・」

 

 家を出て行くロストを見送って、レイナも欠伸をして家を出た。

 その道中、レイナは目的地であるフレイアの家につく前に、畑とは見当違いの場所に居るロストに似た人物を見たような気がした。

 

「・・・アレ?ロスト?でも、畑はこっちじゃないし・・・。・・・後、追った方がいいのかな・・・?」

 

 そう悩んでいる間にレイナは誰かに手を引っ張られるような感覚がした。無理矢理に引っ張られたせいか腕が痛む。

 

「いった!・・・っだれ!?」

 

 レイナは必死に抵抗を試みるも、呆気なくその手に引き込まれてしまい、森の中へと連れ去られてしまった。

 

*************

 

「レイナ、ただいま。フリーヌおばさんのところ、行ってきたか?」

「・・・あっ、ごめん、行ってない・・・」

 

 ロストが帰ってきたとき、家で待っていたレイナの様子はどことなくよそよそしかった。何かに気を取られていたかのような、心ここにあらずと言った状態である。

 

「・・・どうしたんだ、具合、悪いのか・・・?」

 

 ロストはレイナの様子がおかしいことに気付き、レイナの顔をのぞき込もうとしたが、レイナはそれをかわした。ロストの顔も見たくないのか目を逸らす。

 

「レイナ?」

 

 ロストはますますレイナの事を心配するが、レイナはそれを許してくれない。レイナはとってつけたように不機嫌ではないと、ぎこちなく笑った。今朝の笑顔とは雰囲気が明らかに違う。

 

「だ、大丈夫・・・。何でもないから。ほ、ほら!はやく夕飯しよー!ロストの手料理食べたいなー!」

「・・・ああ、わかった」

 

 ロストはレイナの言動が挙動不審なことに探りを入れたかったが、この話は途絶えてしまった。

 そのままロストは夕飯を作り、会話もないまま食事をした。

 

*************

 

 次の日の朝、ロストは寝覚めが悪かった。寝るときまでレイナの態度は変わらなかった。何か怒らせてしまったのかと思ったが、考えても考えても答えは出てこなかった。

 朝になれば期限も良くなっているだろうと、朝になれば昨夜の態度の理由も教えてくれるだろうと彼は思っていた。

 

「・・・あれ、レイナが部屋にいない」

 

 何となくとなりの部屋で寝ているレイナの様子を見ようとのぞいたが、そこにレイナの姿はなかった。

 綺麗に整頓されたベッドと、申し訳程度の机と椅子。そして棚があるのだが…特に変わった様子もなく、ただこの部屋の主がいないだけとなっていた。

 

「珍しいな、早く起きているのか」

 

 嫌な思考にたどり着きそうになったが、ロストはそう考えてみた。とりあえず階段を下り、一階へ来てみたが、そこにもレイナの姿はなかった。

 代わりにぽつりとテーブルの上に手紙が置いてあった。恐る恐るその手紙を手に取ったロストは、その内容に目を見開いた。

 

『ごめん、ロスト。

 私、此処に居ちゃいけない存在みたい。

 結局ロストに心配かけちゃうけど。

 私が此処に居ないほうがきっとロストも

 …そしてきっと私も幸せなんだ。

 刃物を触ると、誰かを殺しそうで怖いの。

 どうしてかは分からない。

 でも、体に刻み込まれた何かが頭の中で叫ぶの。

 誰かを…殺せって。ああ、今にも誰かを殺しちゃいそうだよ

 だからきっと私は此処にいちゃいけない。それに…

 

 私、ロストの家族じゃなかったんだから。

 人間ですら…無かったから』

 

 その手紙を読んだ途端、ロストの中で何かが崩れ落ちそうだった。レイナの手で書かれた文字は、最後の方はぐちゃぐちゃになっていた。

 涙の跡らしきものもある。紫色に滲んだインクがレイナの心情を表しているようにも思えた。

 

「なんだ・・・なんだよ、家族じゃないって・・・人間じゃないって」

 

 ロストには訳が分からなかった。レイナが何を言いたいのか、なぜ自分の目の前から消えたのか。

 レイナが自分と違うなどと考えたこともなかった。

 レイナと自分は当たり前に似ていて、双子だと思っていたからだ。それが、家族ではない、人間ですらなかったと書かれていた。

 

「・・・冗談、だろ・・・」

 

 そうとしか言いようがなかったロストの声は無気力にその場に響いた。手紙を持ったまま、ロストは動けなくなった。

 昨日のレイナの態度が、この手紙にあるのだとしたら、自分がいない間にレイナに何かがあったのかもしれない、そう思いはしたが、この村にレイナに悪い事を吹き込むような人間はいないとロストは記憶している。

 

「おなかが減ったら…帰ってくる…よな…だって、そんな…レイナが一人でいられるわけが…」

 

 もしかしたら、一人でいられないのは自分かもしれない。

 

 レイナは本当は、自分に何か不満を持っていたのかもしれない。

 

 そんな負の思考がロストの頭の中をぐるぐると回った。誰かにこのことを話そうかとも考えたが、誰に話すのかも思いつかない。誰かに、村の人間に無駄な心配をかけたくはなかった。

 

「…そうだ…エート…あいつの所に行ってみよう…」

 

 エート・トエスは年上の多いこのフェアロ・リースでのロストと年齢が近く親友と言える人物だ。

 彼ならば、レイナがいなくなったことに関して話を聞いてくれるかもしれない。

 そう希望を持ったロストはエートの元へと向かおうと思ったのであった。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター2:親友エート

「…はぁ…」

 

 ロストは重い足取りで隣のエートの家までやってきた。

 この時間だとまだ朝が早いものの、畑仕事をしている人は外に出ていた。放牧もされており、あさからフェアロ・リースはどことなくにぎやかだった。小さな子供達はまだ起きる時間ではないので、広場の遊具には誰もいない。

 

「エート…起きてるか?」

 

 ノックをした後にロストは反応をうかがった。二階建ての家の中からはドタバタと音がしている。と、その間に扉が開いた。出てきたのはエートではなく妙齢の女性だ。

 

「ごめんなさいねぇ、エートが騒がしくて。それにしてもどうしたんだい?こんな朝早くから」

「…少し、エートに相談したいことがあって…」

「そうかい。あまり無理するんじゃないよ。あんたの母さん、あんたとレイナちゃんの事を心配しながら亡くなったのだからさ」

「…はい」

 

 出てきた女性はエートの母親である。エートの母親は若々しい見た目をしていて微笑みを浮かべている優しげな人物だ。ロストの母親とも交流があったためロストも彼女の人柄はよく知っていた。

 

「ああ!母さんでなくていいから!すまんロスト!」

「エート…お前寝てたんだな…すまん」

「いや、別にいいさ。で、お前から来るなんて珍しいな…さては、レイナちゃんと喧嘩したろ?」

 

 慌てて出てきたエートが母親を玄関から家の中に呼び戻して代わりに自身が玄関に立つ。その次に出てきたエートの言葉がロストに突き刺さる。真っ先にレイナの事を聞かれるとは思っていなかったのだ。これから話す事ではあったものの、エートの母親がすぐそこにいるのは話し辛さを感じてしまっていた。

 

「はぁ…その、此処で話すのもなんだから、さ…」

「なになに?あっ一緒にシェルフィールの森いかね?」

「…シェルフィールの森…?なんでだ?」

「気分転換だよ。ほら行くぞ。グミとか買ったら行こうぜ。森の入り口で集合な」

「あ…」

 

 ロストとしてはただ場所を変えたかっただけである。

 そのままエートは家を出てしまった。残されたロストは途方に暮れかかったが、このままこの場にいては何もないと思い、ショップをまわった後にエートのもとへと向かうことにした。

 レイナの様子がおかしかったこと、レイナが家からいなくなったことをエートに伝えようとも思ったためだ。この村の村長であるレイシにも伝えた方がいいとおもったが、その前にエートと話すことにしようとロストは思った。

 

「まずは、家に戻って武器をとってこなくちゃだな」

 

 ロストは一旦家に戻り、母親が置いていた軽めの両手剣を手に取った。

 母が使っていた武器を、今ではロスト自身が使っていた。とはいっても、今回のようにエートに誘われた場合にしかモンスター討伐のためにシェルフィールの森へ向かっていない。

 シェルフィールの森というのはフェアロ・リースのすぐ近くにある世界樹のある森だ。なかには巨大なセレン湖という湖があり、その湖底には神殿があるという。

 ロストはあまり興味がなかったが、レイナはその話を聞いて湖に飛び込みたいと言い出し母が止めなければ実行していたであろうと思い出して少しだけロストは笑みを浮かべた。

 

 だが、そんな母親も、そしてレイナも。今ここにはいない。

 

「…エートが待ってるな…早く行こう」

 

 手荷物を確認したロストは、エートの待つシェルフィールの森へ向かった。

 

************

 

「…なあ、エート」

 

 シェルフィールの森に着き、その入り口で待っていたエートにロストは声をかけた。

 

「なんだロスト?ちゃっかりグミとかも用意してるところを見ると、お前もその気だったんじゃないのか?」

 

 エートのその言葉に、言い返せずにロストはため息をついた。ロスト自身は行くとは一言も言っていなかったが、これもエートなりの気遣いなのだろうと思い、その言葉に従っただけなので、エートが思うほど乗り気ではないと言い訳をする気も起きなかった。

 

「まあ、確かにそうだが…お前の誘いを断ると後々面倒なことになるとは思ったからな」

「まあまあ、ストレス発散だと思って思いっきりやろうぜー!なんなら競争するか?」

「競争?」

 

 エートの提案にロストはため息まじりに言った。エートの唐突な行動にロストが巻き込まれる事自体は日常茶飯事である。レイナにエートに、ロストは周囲の人間に振り回されてばかりで村長には心配されていた。

 

「ああ競争だ。俺とお前、それぞれでこの森の中を通って倒したモンスターの数を数えるんだ!期限は日没までな」

「…面倒くさそうだなあ…というか、それ俺の体力もつのか…?」

「本当にお前体力ないなあ…そんな時は得意な水の術でどうにかなるだろ?なんならなんだ。ここで俺と少しだけ手合わせをするか?」

 

 エートはそう言いながら剣を構えた。片手で軽々と扱える片手剣だ。ロストも面倒くさそうにエートと同じように剣を取り出した。両手剣を握る手が少しだけ震えている。

 

「お前…まさかそれも片手で持てないのか!?」

「うるせえ…ごちゃごちゃ言わずに…早くやるぞ。それにこれは一応両手剣だ、片手で持つもんじゃねえよ」

「わかった。じゃまあまずは物理での打ち合いな!」

 

 エートにそう言われロストは構えた剣をエートに向かって振り上げた。と、エートはロストが行動するのが予想より早かったのかあまり避けることができていなかった。さすがにロストはエート相手なので怪我をあまりさせないように注意していたが。

 

「とっとと…いてぇな!!!手加減してるのか!?」

「してるに決まってるだろ…」

 

 ロストは面倒臭そうに「もういいだろ」とロストは剣を鞘に戻そうと思ったが、エートは不服らしい、顔を膨れさせてもう一度構えを取る。

 

「いいやまだだ。もう少しウォーミングアップだ!」

「ま、まだやるのか…?」

 

 そして今度はエートの方からロストの方へ向かい、剣を振り上げる。しかし大口を叩く割にはエートの剣筋はぶれており、ロストには遅く見えた。

 

(そうだな…確か、防御の仕方は…)

 ロストはそう頭の中で考え、エートの剣を自らの剣で次々と受け止めた。エートはそれにさらにムキになり攻撃を続けるが、ロストにその攻撃は通らなかった。

 

「くっっそー!!!まだだ、まだ終わらないぞ!!」

「俺…これで体力使いきりたくないんだが…」

 そんなロストの言い分も全て「ウォーミングアップだから仕方ないだろ!」というエートの言葉の前に負けてしまう。

 

「はあ…まあいい(俺にとっては、今度は回避の練習だな…)」

「あー!お前また何か考えてるな!」

「俺に攻撃を当ててから言え。やるんだろ?さあやるぞ」

 

 ロストもエートが断ればうるさいのはわかりきっているので、あまり言い返しをせずに渋々とエートのワガママに付き合うことにした。

 

「行くぞー!やあっえいっはあっ!!!」

「…」

 

 今度はロストはエートの攻撃を避け始めた。エートの勢いに乗った攻撃は全て空振り、またエートだけが無駄に疲労する状態になってしまっている。

 

「あー!!!なんでだ!なんで当たらないんだよ!!!」

「そう言われてもな…あっ次は術技の的にしていいか?」

「的って!的ってハッキリ言っただろロスト!!」

 

 ロストは「こんなことに付き合わされているからこっちにも権利があるだろう」とエートの言い分を無視して再び剣を構え、エートの方を向いた。エートは諦めたように剣を構えた。

 

「ただし!俺も戦うからな!」

「わかった。じゃあ行くぞ。魔神剣…!」

 

 ロストの振るった剣から放たれた衝撃波はエートに向かっていき、エートはそれを慌てて避けた。

 

「お、おっとと…危ない危ない…次はなんなんだ?」

「そうだな…水の戯れよ…スプレッド」

 

 次にロストが剣を地面に突き刺し、詠唱を唱えると同時にロストの足元に魔法陣が現れ、詠唱が終わると同時にエートを水の飛沫が襲う。ロストの唱えたスプレッドは水属性の技なのだ。

 

「あわわわ!?突然唱えるなよ!」

「あ、すまん」

 

 エートは慌てた様子で術の範囲から抜け出し、ロストに詰め寄った。

 

「まったく…本当お前は水属性の術得意だよな…それに、詠唱方法はその型なのか?」

「まあな、昔習った型がこれだったんだ」

 

 エートの言う型というのは、術を唱える方法である。

 これには幾つかの方法があり、ロストのとった手法である武器を地面に突き刺し魔法陣を描く方法はその一つである。

 

「でもそれ、地面がないときはどうすんだ?」

「モンスターに直接魔法陣を書き込むらしい。母さんが昔言っていた」

「そ、そんなこともできるのか…」

「まあ、俺は地面に魔法陣書かなくても詠唱できる型は知っているが…」

「なんだ、それ使わないのか?」

「俺が知る限りは二つ。空中に魔法輪を描くか、詠唱破棄をするかだ」

「なるほどなるほど…は?」

 

 エートはロストの言葉が正確に理解できなかったのか聞き返すように言った。ロストは母親から術に関してのイロハは習っていたようだが、エートはそうでもなかったようだ。

 

「…お前、それでも英雄ヤトノの孫か?」

「…だって、ばあちゃんも父さんも母さんも…戦い方に関しては何も教えてくれなかったんだ」

 

 英雄ヤトノ。というのは100年前の戦争で活躍した人間の1人だという。彼は病弱にも関わらず、戦争で他の味方と共に戦い、戦争を終結させたという。

 エートはそんな英雄の血を継ぐ子供なのである。しかしエートはその反面に自分の先頭経験が圧倒的に足りない事を気にしていた。

 

「…そうなのか。じゃあ説明するな」

「ああ、頼む」

 エートは立っているのもなんだと思い、座った。ロストもそれにつられて座る。

 

「魔法輪というのは、地面に描く魔法陣と似たように空中に描くんだ。これは武器にトンファーを使う術師が用いるって言われてるな。他にも様々な武器でも出来るが、剣でやるときは剣では難しいから指先で描くハメになる。その為には剣をわざわざおかなければならないから魔法陣を使う人が多いんだ」

「…なるほどわからん」

「わかっとけ。で、詠唱破棄というのは、一時的にマナを大解放したときにできる大技だ。今なら状態が整っているから見せてやろうか?」

 

 ロストが立ち上がり再び戦う姿勢に入ると、エートは苦笑いをしたが、諦めたように立ち上がり防御姿勢に入った。

 

「よし…行くぞ」

 

 その言葉の終わりと共にエートはロストの解放されたマナの衝撃波に飛ばされそうになったがなんとかして耐えていた。

 

「スプレッド…スプレッドスプレッドスプレッド」

「ちょっ!?まてまてまて!?こっ怖いから怖いから!?」

 

 エートは必死にロストの攻撃から逃げ、ロストはスプレッドを無詠唱で放ち続けている。無表情でスプレッドと言い続けるロストの顔が怖い。

 エートは恐怖をみた、と後に語ったという…。

 

************

 

「はあ…はあ…。ロスト…」

「…なんだ…?俺はもう疲れたんだが…」

 

 ロストはその場に座り込み、エートは大の字になって倒れこんでいる。あの後、ロストのマナの解放が終わると同時にエートは疲れ、ロストは力を使い果たし倒れそうになっていたのだ。

 

「まったく。無理すんなよ。ほら、アップルグミとオレンジグミ。これで回復しとけ」

「ああ、グミか…ありがとうな」

「よしじゃぁ、本題のモンスター狩りに行くぞ!」

 

 エートは突然元気になって立ち上がった。何度も的にされたというのにまだ体力は結構残っているらしい。

 

「はあ??」」

 

 疲れ果てていたロストはもう、諦めたような表情で言った。

 

「だってさ、まだ日も明るいんだぜ?折角だからモンスター狩らないと損だぞ!」

 

 エートはにっこりと笑い「行くぞ」とロストを無理やり連れて行くことにした。

 

続く




次の話から下書きして出しますね。やっと書き終わりました。
本家で言うならばチュートリアルの部分ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター3:魔物退治

間がかなり開きましたね……やっとのことで3話です。


「シェルフィールの森にいるモンスターはなんだったか…。まあいい。エートに負けるのもなんだからな…」

 

 ロストはエートと別れた後、1人でシェルフィールの森を歩いていた。 

 森の中は進んでいくごとに風が強くなっていたりする。これはこの森の最深部にシルフがいるから、という理由らしい。

 

「とはいっても、シルフに会ったことはないがな…と」

 

 ぼやきながら歩いていると、ふとロストは足にむにゅっとした感覚があることに気づいた。何を踏んだのかとロストは一瞬考えるが、足元を見たくないと目を逸らしそうになる。

 

「きゅっ!!」

「…ん?」

 

 しかし、何らかの鳴き声を聞いたロストは何か嫌な予感がして足元を覗く。そこには、ロストの足に踏み潰され怒りを表したモンスター…オタオタの姿があった。

 

「さて…逃げるか」

 

 怒ったオタオタはロストに向かって攻撃を繰り出そうとし、ロストはそれを避ける。逃げようとしたがオタオタが仲間を呼んだのか沢山のオタオタがロストの元へとやってきた。

 

「や、やばい…くっそ…。魔神剣っはってえええい!!」

 

 ロストは周囲に集まってきたオタオタをまずは薙ぎ払うように剣を振り、距離をとる。しかし、魔法陣を描く程の余裕はなく、剣での直接な戦闘を強いられることとなった。

 

「体力がもつか……くっこうなるなら最初から足元見てればよかったな……はっ!」

 

 オタオタから逃げながらも追いつかれそうになったら剣を振り、何体かのオタオタは倒すことは出来ていた。

 

「大人しく……してろ!」

 

 その一閃で最後のオタオタを倒すことは出来たらしい。周囲に何もいない事を確認すると、ロストは「はあ……」と言ってその場にへたりこんだ。

 

「疲れた……こういう時のために持ってきた材料で料理でも作ろう……サンドイッチなら簡単だしな」

 

 ロストは材料を取り出して簡単なサンドイッチを作り、一人黙々と食べる異にした。持ってきていた水筒の水を飲み、ふう、とため息をつく。

 今頃エートはかなりの数のモンスターを狩っているだろうか、だが彼の剣筋では難しいだろうかと思いながら一息ついていた。

 

「それにしても、この森ってこんなに広かったか?ここまでに1度もエートの姿を見てないが」

 

 ここまでに一切エートの姿、そして声や痕跡を見ても聞いてもいない。

 ロストはふとそれが気になった。これまで何度かエートと共にシェルフィールの森に来たことはあったがこのように姿、声、痕跡が一切ないことはありえなかった。

 

「何かあったのか……?」

 

 サンドイッチを食べた後、ロストは立ち上がり、エートを探してみようと周囲を見渡した。別方向に向かったので姿が見えるわけはないかと思っていたが、遠くから微かに声が聞こえた。

 

「ぎゃああああああああ!!?」

「エートっ?!」

 

 エートの声だ。とロストは即座に判断した。今この森にいる人間はロスト自身とエートのみであるはず。それに、ロストは何年も共にいる友人の声を忘れてはいない。

 

「くっ……!」

 

 何かあったのであればエートが危ない。ロストは焦りながらエートの声がした方向へ走った。

 

(なんだかんだいいつつも、大切な親友だ……!何かあったら……もしも、危ない目にあっていたら……!)

 

**********************

 

「エートっ!」

「ロスト……!良かった……」

 

 ロストがエートを見つけた時、エート左足を引き摺りながらも何かから逃げているようだった。ロストはエートに駆け寄り、左足の怪我を確認すると、エートに何があったかを尋ねた。

 

「一体何があったんだ」

「ロスト、こうしてる場合じゃないんだ!オタオタが!でっけえオタオタが!」

「でかいオタオタ……?」

 

 エートの言っている事に首を傾けていると、ズシンズシンと何かが近付いているような音がした。

 そっと、音の方向に振り向く事にする。

 

「な、な……」

 

 エートの言う通り、巨大なオタオタがそこにいた。周囲の木はその巨体によって倒され、倒された木がロスト達に襲いかかる。

 

「なんだこれは!?…エート走れるか!?」

 

 ロストは思わず叫んでエートの方を見やる。痛々しい左足の怪我がロストの視界に入る。どうも走れるようには見えないがロストの筋力ではエートを抱えることはできない。

 

「わっわかんねえ!」

「いざと言う時は俺がおぶるが今は頑張ってくれ……!広い場所に逃げるぞ」

「あっああ!」

 

 ロストはエートの手を引いて周囲に木があまりないひらけた場所へと逃げていく。こうすれば倒れてきた木に押し潰される事なく戦えるだろうと考えた。

 

「ここなら戦えそうだな…まだやつが来るにも時間がありそうだ…」

「そ、そうか。…っ!」

 

 エートはひと安心したと同時に左足に激痛を感じたようで、また左足を抱え始めた。

 

「足が痛むのか?」

「あ、ああ…」

 

 これ以上はエートに負担が掛かると判断したロストはエートの左足を見て手をその左足にかざした。

 

「ロスト…?」

「応急処置程度だが…聖なる水にて、癒しを…ヒーリング・ウォーター」

 

 すると、ロストが手をかざしたあたりから水色の魔法陣が現れ青い柔らかな光がエートの左足を包んだ。

 

「ありがとな」

「どういたしまして。さてと、もうそろそろ来るな。隠れておいてくれ、これ以上の治療は実際にやらないと無理かもな」

「わ、わかった!」

 

 そう言ってエートは近くの木へと少しは痛みの和らいだ左足をまだ抱えつつも隠れた。ロストは巨大なオタオタというものを待っていた。

 足音よりもはるかに音きい音が聞こえてきた。ロストは腰にさしてあった剣を抜き、両手で構えた。

 

(来るなら来い…!!)

 

 目の前に巨大なオタオタが現れた。ロストは剣を構えたまま巨大なオタオタへと向かっていった。

 

「いけーロスト!」

「お前は黙っとけ…はあっ魔神剣!」

 

 ロストは巨大なオタオタを一度斬りつけてから魔神剣を放つ。巨大なオタオタは怯みもせずに、ロストへと突進して来る。

 

「危ないぞ!!」

「分かっている!…だが、確かにこれは下手すりゃ大怪我もんだな…」

 

 ロストは一度その攻撃を避けたものの、再びの攻撃に備え避ける構えをとる。

 エートは親友が戦う様を見ていることしか出来ないのか、と歯がゆい気持ちになったが、今ここで自分が出ても足でまといにしかならないと分かっているため何も余計な事はしないようにと遠くで身を隠した。

 

「どれくらいやれば倒せるんだ…?」

「ロスト!スペクタクルズを使うんだ!」

「…これか」

 

 ロストはエートに言われた通り用意していたアイテムの中からモンスターの特性や弱点を調べる事のできるアイテム、スペクタクルズを取り出し、巨大なオタオタに向かって使用した。

 

「なるほどな…急所を狙えば行けるということか…」

「いっけー!ロスト、デカオタを倒せ!」

 

 ロストはスペクタクルズで見た巨大なオタオタ…デカオタの性能を見た。残り体力は少なくはなかったが、ロスト1人で倒せるくらいだった。

 

「エート、もう少し待ってろ…はっとおっ!」

 

 デカオタに対してひと蹴り入れ、きりつけた。デカオタは少し怯み、そこに畳み掛けるようにロストは技を繰り出す。

 

「水流斬!!はあっ……!!」

 

 水のマナを纏った剣を振り、ロストはデカオタに突き刺した。デカオタは体を震わし、ロストを投げだす。

 

「がぁ……っ!!」

「ロストっ!!!!」

 

 ロストは地面に叩きつけられたものの、その場に剣を突き刺した、魔法陣を描いた。

 水色の魔法陣は展開され、淡い光を放つ。

 

「諦めるか……水の戯れよ……スプレッド!!」

 

 ロストの唱えた術はデカオタの動きを一時的に止め、ロストはその隙にデカオタに止めの一撃を入れる。

 

「うおりゃあああああああ!!!」

 

 その一撃はしっかりとデカオタに突き刺さった。今度こそデカオタの動きは止まり、マナの光がデカオタから発せられる。

 

「はあ……はあ……」

 

 デカオタの消えたところからは一つの水色をした石が見つかった。見たことのある気はするものだが、いまいちロストは思い出すことが出来なかった。

 

「(そういえば、これまでにモンスターを倒した時も落ちていたような…)なんだこれは?」

「さあな…にしても今のすごかったなロスト!……とと」

 

 ロストはとりあえず石を荷物の中に収め、駆け寄ろうとしてこけそうになるエートをみて苦笑いを浮かべる。

 

「治った訳では無いんだからあまりはしゃぐな。もうこれで満足だろ?怪我をしているなら帰ろう」

 

 ロストは軽くエートを抱えるようにするが、本人もよろけかけてしまう。

 

「お前も疲れてんの?まあ、うーん…仕方ないなあ」

 

 エートは左足をまだ少し引きずりつつロストの方に腕を乗せた。

 

「(結局、相談することが出来なかったな…)っておい、何してるんだ」

「いやーあんまり歩けないんだなこれが」

 

 エートはへらっと笑っていうものの、先程の疲れもあるのだろうとロストは思った。

 

(俺も疲れてるんだがな…)

 

 自分の方がエートよりも走り回った自信のあるロストは少し不満だったものの、怪我をしているのであれば仕方ないと思う事にした。

 

「もしモンスターに襲われたらどうするんだ」

「ロストが倒してくれるんじゃねえの?」

「お前は…」

 

 そんな風に2人にとっては普段と変わらない会話を交わしていた。

 しかし、村の近くに来た時2人の足は止まり、呆然と立ち尽くすこととなる。

 

「な、何なんだよ、これ…」

 

 エートは力無く呟く。ロストもすっかり言葉を失ってしまっていた。

 

 村が、燃えている。

 逃げ惑う人々、村を誰かが襲ったのだろうかとロストは思案するが、今朝のレイナのこともあって頭が回らない。

 

「おいロスト!!どうにかするぞ!お前水属性だろ!?どうにかしてくれよ!!」

「あ、ああ……」

 

 ロストは力なく返事し、先に走り出したエートを追って燃えている村へと駆けて行った。

 この事件が、1人の普通の青年であったはずのロストの運命が動き始めるきっかけとなるのとは、ロスト自身考える事はしていなかった。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター4:燃え盛る村にて

「村長!村長!!」

「エート……それに、ロストではないか……やっと帰ってきてくれたのか」

 

 エートは燃える村の中、村長であるレイシ・テイリアを見つけると、すぐに傍に駆け寄る。エートを追って来たロストは消せる分の火を自らの術を使って消し、道を作っていた。

 

「はあ…はあ…。爺さん、これは一体、どういう事だ」

 

 レイシはロストの親族らしく、同じファミリーネームである。母から詳細は聞いてないが、祖父かなにかであろうとロストは推測している。

 それはともかく、レイシは息絶え絶えのロストに申し訳ない、とでも言うような表情を浮かべ、まだ燃えている部分を見ながらこう言った。

 

「ロストに似た、別の何者かがこの村に近づき『オリジナルを殺す』と叫んでいるのじゃ…。ロスト、ここは危ない、逃げるのじゃ」

 

 レイシは真剣な眼差しでロストに向かってそう言った。その真実はロストを動揺させるのには十分だった。

 

「……!?そんなこと、できるはずないだろう!!」

 

 レイシの言葉にロストは取り乱したようにそう言った。彼の言葉通りでは、ロストのせいで村が襲われたような思いを感じるものであった。

 

「…」

 

 ロストの隣のエートは少し震えた様子で少し火から目をそらしたような状態であった。ここでロストは思い出した。エートは過去に酷い火傷を負ってしまっていて火が苦手であることを。

 

「…エート」

 

 静かに話しかけられ、エートはロストが何を考えているか推測しようとしていた。

 

「ろ、ロスト……ひ、火が」

「大丈夫だ。俺には水属性の術がある。恐らく相手は火属性だ。」

 

 ここまで大きな火をつけることが出来るとあれば、相手は恐らく強い火属性のマナを持つ人間。

 ロストは不安そうな顔をするエートに「大丈夫だ」と精一杯励ましてみた。

 

「エートは爺さんを連れて逃げてくれ。これは恐らく俺の問題だ」

「ロスト……!!!」

 

 レイシは火の奥へと進もうとするロストを引き留めようとしたが、ロストはそれを振り払って走って行った。

 不安の表情を浮かべるエートとレイシを残して。

 

「くっあいつはなんで……」

 

 エートはこの時、恐怖心で動かない上に怪我をしているその足を恨みたくなった。この状況でロストを一人にしておくことは良くないとわかっているのだろう。

 

「信じるしかなかろう…。信じるのじゃ。奴は死にはせんとな。親友であるお主が信じるのじゃ」

 

 レイシの言葉に、エートはただただロストが無事に帰ってることを願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 ロストは、燃え盛る村の中自らの術で消せる部分の火は消しながら進んでいた。見慣れた景色が崩壊していく様を見て、ロストは歯がゆく思っていた。

 

(エートの両親は無事だろうか、フリーヌおばさんやフレイヤは…)

 

 墓は大丈夫だろうか…そこには、ロストの母親の墓もある。しかし、それを確かめる暇はない。

 

「オリジナルだ…オリジナルが来てくれた!!」

 

 誰かの声が響いた。誰か、というよりも聞きなれた声、いや、他人が発しているとは思えない程にそっくりな…ロスト自身の声だ。

 確かにその声は、ロスト自身の声に聞こえた、しかし、ロストは今一言も発していなかった。

 

「誰だ……!!」

 

 ロストは見渡す限りの火を消した。だが火の球…恐らくファイアボールだろう…がロストめがけて飛んでくる。

 

「そこか!」

 

 ファイアボールの飛んできた方向に向かってロストは魔神剣を放った。その方向には誰もおらず、ロストは気配を追おうとした。先程聞こえた声は、誰なのか。

 

「くっ…俺に用があるんだろ…。関係の無い村の人達を襲うな!」

「アハハハっ!!そうそう!ボクはオリジナルに用があってきたんだ!でもさあ、オリジナルがここにいなかったのが悪いんだよ」

「どこにいるんだ!出てこい!」

 

 声の主はどこから出てるかわからない。ロストは前、左、後ろ、右と視線を移していく。

 気持ち悪いくらいに自分と同じその声。その声の主が誰なのか、ロストは考えることもしなかった。

 

「出てきてあげるよ…ほらほら!!」

 

 声と同時に炎が燃え上がる。ロストはいつの間にか炎に囲まれ動けない状態となってしまった。

 

「お前は……!?」

 

 ロストは炎の中から出てきた人物をみて、固まってしまった。いや、固まるしかなかった。 

 

 それは、自分だったからだ。

 

 自分…ロストと同じ顔を持つ、違う人間という方が恐らく正しい。その表情は普段無表情のロストが浮かべるようなことのない、嘲るような表情を浮かべていた。

 

「アハハハハっ!!!間抜けな顔だねオリジナル!!!」

「オリジナル…?お前は一体何を言って…」

 

 ロストは剣を構え、警戒を解かないままで自らと同じ顔を持つ人間を見つめていた。

 

「まあいいや。自己紹介をしてあげるよ。ボクはロスト、そう、君だよ…君の一部なんだよ!」

「はあ?どういう事だ!」

 

 訳が分からない。ただただ目の前にいる彼はロストの調子を狂わすだけだった。

 ロストと同じ顔を持つ青年は、片手剣を構えると、ロストに襲いかかってこようとした。

 

「そう来るか!はあっ」

「ふふふふふ!はあっ!」

「……!?」

 

 ロストは剣をすんでのところで受け止めるもうまくいかずに弾かれてしまう。剣だけは手放さずに、体制を立て直そうとした。

 

「一体……なんなんだ!」

「まだわからないわけ??ボクは君だよ。全く、オリジナルは飲み込み悪いねえ、せっかくあの場所から生き残ったのに」

「があっ!!」

 

 ロストに似た青年は体制が崩れているロストの腹目掛けて拳を勢いよく突き出した。腹部を殴られたロストはうずくまるようにして殴られた部分を抱えて唸る。

 

「う、うあ……」

「ははははっ!!!オリジナルを殺せばボクが成り代われる…あの人がそう言ったんだ」

 

 青年がそう言ってロストにトドメを刺そうと炎球をロストに向かって放とうとする。

 ロストは必死に足掻こうと水属性の術を唱えようと指先を動かした。その時だった、彼女の声が聞こえたのは。

 

「何をしてるの。04」

「え……」

 

 ロストは目を見張った。まだ痛む腹部を支えながらなんとか立ち、出てきた人物を見つめた。

 

「あーあ。01かよ。こっから楽しいところだったのに」

「私は少なくとも、こうするとは聞いてないわ。02に言われた任務は、こうではなかった」

 

 茶色の長髪に、緑色の瞳。そしてロストと同じ顔。

 レイナ。そう言いたかったけれどもロストの喉から声は出なかった。なぜレイナが彼といるのか、それが疑問で仕方なかった。その上、レイナの喋り方はロストといた時とは違い冷たい雰囲気を纏っていた。まるでレイナではないみたいに。

 

「…なんだよ、お前やっぱオリジナルに情があるんだろ!」

「そうは言ってない。オリジナルはいずれ殺すわ。けれど今殺しても面白くないでしょ?」

「そうだけどさー」

 

(殺す…?どういう事だ。レイナ、何を言っているんだ?)

 

 レイナは表情の消えた瞳でロストを見つめ、04と呼ばれた青年と共に去ろうとした。

 

「帰るわよ」

「へーい」

「ま、まて……レイナ!」

 

 ロストはやっとの事で声を絞り出した。

 レイナは振り返ると、少しだけ悲しそうな表情を見せた、がしかしその表情はすぐに消えた。

 

「私はもうあなたの知ってるレイナじゃない。もう…あなたとは一緒にはいられない。さようなら」

「レイナ……?レイナ、レイナ!!!!」

 

 ロストは必死に呼びかけたがレイナの姿は消えていく。

 燃える村の中、ロストの叫びが虚しく響く。焼け焦げた家々は無情にもレイナ達の去っていった方向を塞ぐように倒れてきていた。

 

「なん、でだよ……なんでだよ!レイナ!」

(悲しまないで…………ネ……)

「どうすれば…いいんだ」

(わたし……が…ちか…かす)

 

 呆然とするロストに声が聞こえた。

 ロストはその声を特に気にすることなく、静かに術を唱えた。

 

「水脈よ、我が言霊に従い…燃えさかる業火を鎮圧せよ」

 

 ロストの足元に巨大な水属性を示す水色の魔法陣が展開される。と同時にフェアロ・リース全体を包むほどの大きさの雲が集まってくる。

 何秒と立たない内に、雨が降ってきた。そしてロストの体は力を失い倒れ、魔法陣は消えた。

 冷たい雨は村を襲っていた炎を消し、ただ降り注ぐだけだった。

 

*********************

 

「どーしてあの時、オリジナルを庇ったのさ。せっかくボクがオリジナルを殺そうとしてたのに」

「別に。今回ロストを殺すことは算段になかったもの。それに、あなたが彼を殺すとは決まってない」

 

 フェアロ・リースを離れた所で、二人は会話していた。

 レイナは冷静に04に向かって話している。それが04にとっては不満で仕方ないのか、むー…と唸っている。

 

「昨日はあんなにも取り乱した感じだったのに急に変わりやがって。オリジナルを殺してボクがオリジナルになってやる!」

「私は別に彼を殺したところで彼に成り代われないのはわかってるから口出しはしないけど、それ以外のクローンが黙ってないのではないの?」

 

 レイナの言葉はもっともだ。と04は肩を落とした。彼らの目的は一体何なのか。それはまだ明かされない。

 

「そういえば『あの子』の方はどうなったのかな」

「さあね、あっちはあっちで違うオリジナルのいる場所だから知らないけど。襲撃は上手くいったんじゃないの」

 

 04はそう言ってフェアロ・リースではない方向を見る。その先にはフェアロ・エルスという別の村がある。04達の言葉通りならば、恐らくその村も何者かによって襲撃を受けているのだろう。

 

「とにかく、あの人のところへ戻るか。01、もう後戻りはできないぞ。ボクはオリジナルを殺す」

「ええ。私はもう彼のところには帰らない」

 

 レイナはフェアロ・リースを振り返ることなく、去っていった。それはもう、彼女自身には思い残したことはないと自分に言い聞かせているようであった。

 04はそれを見ながらつまらなそうに共にどこかへ消えて行った。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター5:雨上がる

「……ト!!…スト!ロスト!!」

 

 エートは倒れていたロストを見つけ、揺さぶった。

 フェアロ・リースを包んでいた炎は現在も降っている雨によって消し止められた。村人の様子は、怪我人はいるものの死人はいないらしい。焼けた建物は多いが、いくつか残っている建物もある。

 

「え…エート…」

 

 ロストはエートの声に目を開き、ゆっくりと上半身を起こした。ふと目をやったエートが傘を持っていた。この時彼は自身に向かって雨がざあざあと降っていることに気づいた。

 

「ったく、お前が無事だったからいいもののなんて無茶するんだよ!」

「だが…大丈夫だったろ…」

「お前は案外沸点が低いよな」

 

 エートにそう言われ「は?」と返そうとしたがまだ、その元気がないのかまたふらっと倒れそうになった。

 

「とりあえずオレが雨のしのげる場所に連れていく。あと、村長達は今運よく燃えなかった村長の家にいるからな」

「そっか…なあ、エート少し話を聞いてくれるか」

 

 エートにおぶわれながらも、ロストはエートに尋ねた。足の怪我は大丈夫かとも尋ねたかったが自分の方が酷い状況なのだろうとそれについては触れなかった。

 

「聞くのはいいが、お前の家ついてからな。お前の家は2階は大部分が焼けてたが運良くおばさんの部屋があった1階は無事だ」

 

 エートはあまり広くもない村の中を歩いてロストを家まで連れてきた。ロストは「もう大丈夫だから降ろせ」と言ったが、エートはそれを聞かなかった。

 

「とりあえずベッドに寝て休んどきな。…他になにか気になることは」

 

 エートはロストをロストの母親の部屋のベッドに寝せた。ロストには表立ったケガは見えなかったのでそのまま寝せることにしていた。

 

「…墓は、大丈夫なのか」

「墓は無事だとさ。で、何か話したいことがあるんだろ?」

 

 ロストは少しためらった後に、口を動かし始めた。

 

「…レイナが、いなくなった…」

「はあ?」

 

 エートはロストの言葉にそうとしか返せなかった。それほどエートにとっては意外だったのだろう。

 

「あのレイナが?家出!?」

「…そして、村を襲ったヤツと一緒に、レイナは消えた」

「…そう、か……」

「なあ、7年前ここで何があったんだ」

 

 ロストの突然の言葉に、エートは何かを言いかけたが、その言葉はエートの中に留まった。ロストには言いづらいことだったのだろう。

 

「あの時…俺は記憶を失った状態でみつかった。エート、お前はそれ以前の俺を知ってるか?」

「し、知らない」

「……?」

「ロストのことは、7年前におばさんと一緒にこの村に来た。ってことしか知らない」

 

 エートは何か誤魔化すような言い草だったものの、ロストにはそれを追求することは出来なかった。

 

「…俺、自分のこと何も知らないんだなって」

「え?」

 

 ロストは真っ直ぐにエートに向かっていった。エートがロストを見ると、普段は何を考えているかわからないようなロストのその表情には焦り、不安…そのような感情が見て取れる。

 

「エート、俺……旅に出ようと思うんだ」

「何でだ?」

 

 エートはレイナがいなくなった。という事から理由は薄々と分かっていた。だが、敢えて聞いた。ロスト本人の口から聞きたかったがためである。

 

「レイナの事が気になる…。そして、この村にいるままじゃ、何も始まらない気がするんだ」

「お前の思うままにやればいいんじゃないか」

 

 エートは笑ってそう返した。その反応に多少安心したのかロストも笑った。

 

「ああ、そうさせてもらう」

「っとこれ!村長から渡されたヤツ!」

「へ?っとと」

 

 ロストはエートが投げたものを受け取る。袋のようなものだ。ロストは不思議に思いそれの中身を見てみた。その中に入っていたものを見てロストは驚愕の表情を浮かべた。

 

「お、おい!どういう……」

「村長は分かってたみたいなんだよなあ。お前が旅立とうとするの。だからさ、これは村長からの贈り物だってさ」

 

 ロストが渡された袋の中には、金が入っていた。

 恐らく3000程ではあるものの、村で生活してきたロストにとっては大金のようなものだった。

 

「お前の母さんが残したものもあるらしい。出かける前に、ちゃんと挨拶しとけよ」

「…ありがとうな。エート」

 

 ロストはエートにそうお礼を言った後に立ち上がった。横になっていた時間は少しだけだったものの、ある程度は回復したらしい。

 

「あ、そうそう一つ」

「なんだ?」

 

 慌てて呼び止めるエートの声。ロストはそれに応えるようにエートの方を向いた。

 

「昨夜、近くのフェアロ・エルスも襲われたらしい。エルスにはお前の母さんの知り合いの子供がいるはずだ」

「そうなのか」

 

 だからどうした、とロストは言いたかったところだが今のロストにはどことなく引っかかるものがあった。

 

「その子も、誘拐事件に巻き込まれて帰ってきた子だ。多分お前の昔の記憶にも何か関係があるんじゃないか?」

「俺の記憶に…?」

「その子は双子の弟と一緒に暮らしてるって聞いたぜ。会いに行ってみな」

「あ、ああ……。エート、行ってくる」

「行ってきな。ロスト」

 

 ロストは武器とエートに貰った袋、最低限必要な道具を持って、家を出た。

 

「……っ」

「エート?」

 

 エートは足を少し抱えていたものの、笑顔でロストを見送った。

 森で負った傷はまだ癒えていなかったのだろう。無理をさせてしまったと思ったが、彼はそれを悟らせたくないようだった。

 

「ん、ああ、大丈夫だ。こっちは気にせず行ってこい!」

「……ああ!」

 

 ロストの決意に答えたかのように強かった雨は次第に弱くなっていった。時期に太陽も見えるだろう。

 ひとまずロストは母の墓に行く事にした。出発の挨拶をしなければならない。今はもういないが、ロストとレイナを必死に育ててくれた人の故郷を離れるのだから。

 

******************

 

「村長。見送らなくてよかったんですか?」

 

 足を引きずりながら、エートは村長の家に来た。

 狭い家の中は避難してきた村人で溢れかえり、混雑していた。そんな中エートは村長のいる奥の方へと進んだ。

 エートの両親はこの場にいない。それはエートの家は無事だったという事なのだろう。

 

「なんじゃエートか。ロストには無事にあれは渡せたか?」

「渡しました。しかし村長が自ら渡せばよかったんじゃないんですか?一応血のつながった親戚かなにかなんでしょ?」

 

 エートに言われ、レイシはエートが知っている事が意外だ。とでもういうような反応を示した。

 

「なんじゃ知っておったのか」

「ファミリーネームが同じでしたからね、なんとなく。それで、オレは今から何すればいいんですか」

 

 エートはせっかく来たのだから、と何かを手伝おうという姿勢に入った。

 

「だっダメです!エートさんは安静にしててください!」

「フレイヤ…」

 

 それを止めるのは数少ないエートやロストと年齢の近い少女フレイヤ。車椅子に座った彼女は、生まれつき足が悪い。エートの足が決していい状態では無いことを察したのだろう。

 

「…あの人は、旅に出たんですね」

 

 意外に家の中に響いてしまったフレイヤのその言葉に周囲の人々がざわめく。

 何故ロストの旅立ちにそこまで人々がざわめくのだろうか、その理由はエートには少ししかわからない。

 

「静かにせい。あれが旅に出る事は予め予測していた…。あやつはここに縛り付けるべき者ではない。それは理解するのだ」

「しかしレイシ様…」

 

 村人の一人がなにか不安そうにレイシを見るが、レイシはどこか別の場所を見つめ、何かを呟いていた。

 村人達にとっては、ロストは何かしら大切な存在なのであろう。

 

「頑張れよ。オレは何があってもお前の親友だからな、ロスト」

 

 エートはもう村を出たであろう一人の友人を思い声に出した。自分が怪我さえしてなければ一緒についていけたのだろうか。その後悔は残ったまま、すっかり晴れ渡った空を見つめていた。

 

******************

 

「…ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 私のせいだ。と少女は言った。

 

 ここはフェアロ・リースの近くの村、フェアロ・エルス。

 少女を取り囲むようにして人々が並んでおり、一人少年が大人達に紛れていた。

大人達は少女にかける言葉を必死に探している。彼女を傷つけまいと思えば思うほど彼女を傷つけそうで怖いと、誰も口を開かない。

 「ねえちゃんのせいじゃない!」そう言おうとした口を少年も慌てて閉じた。村の惨状に少女は目を背けたかった。けれど少女にそれは許されなかった。少女の心がそう叫ぶのだ。全ては自分のせいなのだと。

 

「ロエイス。私…弟を探しに行くね」

「ねえちゃん!ならオレも…」

「ううん、駄目。これは私が行かなきゃいけないの。それにロエイスはまだ幼いもの。私一人で行く」

 

 ロエイスと呼ばれた少年は泣きそうな目で少女を見つめた。

 少女はまっすぐとした優しい水色の瞳に、黒く長い髪を持っていた。ロエイスにとっては数年世話になった姉のような存在だ。少女の肩に乗った小さな生き物は、何本もある暖かい尻尾でロエイスを撫でる。

 

「ねえちゃん…」

「行ってきます」

 

 少女は笑って、走り去って行った。ロエイスは不安になってその影を追いかける。

 

「やっぱりダメだ!まって!」

「ロエイス、待ちなさい!」

 

 周囲の大人はロエイスを止めた、しかしロエイスはそれを振り切って少女を追いかける。子供の瞬発力にただでさえ村を襲撃されて疲弊していた大人達はすぐに彼を見失ってしまった。

 

 

******************

 

「…そういえば、村の外になんて初めて出るな」

 

 母の墓参りを済ませたロストは、シェルフィールの森を抜け、違う街を目指す街道に入っていた。

 手に持っているのはフェアロ・リースの周囲以外は白紙の地図。母が残したものの内の一つだ。

 

「今から自分でこれを埋めるのか」

 

 これから始まるかもしれない冒険に少しだけ心が弾むロストだが、その前にレイナを見つけなければ、と地図をしまう。

 すると、モンスターが草影から何匹か出てくる。

 

「モンスターか…」

 

 腰の剣を手に取り、襲いかかってくるモンスターに向かって横に薙ぎ払うようにして切る。

 

「はあっ!!とうっやああっ!」

 

 最初に切ったモンスターはまだ生きていたらしく、2番目に出てきたのを倒した後に、もう一度剣を振り下ろした。

 

「これで終わりだっ!虎牙破斬!」

 

 この攻撃で1番目に出てきたモンスターも倒すことが出来た。

 「ふう」と一息ついて剣を鞘に戻した。倒したモンスターがいた場所には、小さな緑色の宝石のようなものが落ちている。

 

「また、これか」

 

 ロストがそう呟いてそれを拾おうとした時、バタバタと誰かの足音が聞こえた。

 村から出る者なんてそうそういないと思ったロストが振り返った先にあったのは…一人の少女の姿だった。

 

「あっあぶなーい!」

 

つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター6:ラリアン・オンリン

 叫び声とともに、ロストは誰かにぶつかられたのを感じた。実際にはぶつかられた、というよりも押し倒されたような状態だが。

 顔の上には何か別のものが降ってくる。

 

「がはっ!」

「ごっごっごめんなさい!」

 

 聞こえたのは謝罪する少女の声。

 一瞬視界が消えたものの、ロストは顔の上に降ってきた生き物を振り払って声の主を見た。生き物を振り払った時に「ぎゃっ」と何か声のようなものが聞こえたことは無視しておこう。

 彼女は、水色の瞳に黒い髪を持つ少女。胸元からは青色のペンダントがぶら下がっている。ロストはその少女に既視感を覚えた。

 

「君は……」

「あ、私はラリアン・オンリン。そっちの子はチャールって言うの。ごめんなさい、急いでて…」

 

 ラリアンと名乗った少女は、ロストがつい振り払ってしまった子犬のような、狐のような謎の生き物を拾って肩に乗せながら立ち上がっていた。

 後ろを気にするようにした後に、何を見つけたのか驚いた顔をした。

 

「そ、そんな!」

「なあ、どうしたんだ…」

「あ、だ、大丈夫ですではっ」

「お、おい!」

 

 ラリアンは走り去っしまった。ロストの声も聞かずに。

 慌てて立ち上がるも不意に伸ばした手は空振り、ロストはため息をついた、その後ろからまた誰かの足音がする。

 

「な、なあっそこの兄ちゃん!ねえちゃんみなかったか!?黒い髪のっ!水色の瞳のおれより背がこんな高い人!それとっあのっ青色のペンダントしてるのっ!」

 

 金髪に黄色の瞳をした少年が息を切らしながら走ってきた。先ほどの誰かから逃げていた少女の様子から恐らくこの少年は彼女を追っていたのだろうとロストは推測した。

 

「ああ…先程向こうに走り去って行った…。だが、ボロボロじゃないか…まさか、一人であの森を抜けてきたのか?」

「……」

 

 ロストの問いに、少年は俯いた。少年の格好は服は木の枝にでも引っ掛かったのかところどころ破れており、どことなく土汚れなどがついていた。

 

「危険だから、俺が村まで送っていってやろうか……?見た事がないから、恐らくエルスの人間だろ」

 

 ロストがしゃがんで少年に言うが、少年は首を縦に振らない。むしろ横に大きく振った。

 

「兄ちゃん、ララ姉ちゃんを……助けて欲しいんだ。ねえちゃん、村が襲われたのは自分のせいだってっ一人で飛び出していったんだ!」

「!?」

 

 その言葉に、まるで自分のようだ。とロストは思った。

 

「…俺の名前はロスト・テイリア。お前の名前は何と言うんだ」

「ロエイス…ロエイス・ドーリア。なあ、兄ちゃんがララ姉ちゃんを助けてくれるか?」

 

 縋るようなロエイスの言葉に、ロストは頷かざるを得なかった。一瞬だったもののロストは彼女の事が気になってしまっていたというのもある。

 

「ああ。俺も、あの子のことが心配だ。だが、お前は…」

「へへっなんとか1人で帰るさ。それか今頃母ちゃんと父ちゃんが森に入っちまってるかも。じゃあな!ロスト兄ちゃん!絶対、絶対ねえちゃんを助けてくれ!」

「わかった。気をつけろよ!」

 

 ロストは手を振って、ロエイスが森の中へ消えていくのを見送った。モンスターに襲われていないかと心配になったが、すぐに森の中からゲンコツの音がした。ロエイスは今頃親に怒られているのだろう。

 

「心配してくれる親がいるというのは、いいな」

 

 ロストはとりあえず、彼女が消えた道を辿ることにした。

 

(そういえばさっきの子、ラリアンと名乗ってたが…ララというのは愛称か?)

 

 少女が名乗った名前と少年が探していると言っていた名前が違ったが、恐らく少年が言っていた名前は愛称であろうとロストは推測した。

 少年の言った特徴と一致する部分も多い。信用性は高いだろう。

 

「この街道の先には…どんな街があるんだ?」

 

 ロストはフェアロ・リースの周囲以外は白紙とも言える地図を広げた。

 

「そういえば、近所のおじさんから聞いたことがあるな…フェアロ・ピーアっていう宿場町があると」

 

 この街道はその街に続いているのか、とロストは思った。

 ならば、先程の少女は一度休むためにもピーアへ向かうはずだ。と歩き始めた。

どうにも彼女の存在が引っかかる。

 何か手がかりになるかもしれないと思ったのだ。何も覚えていなかった7年前より前の自分のこと。それがあの少女との出会いで何か思い出すきっかけがつかめそうな気がしたのだ。

 

「今あの子は…どこに」

 

*********************

 

 地の精霊が守りし宿場町 フェアロ・ピーア。

 ここでラリアン・オンリン…ララはロストの予想通り一息ついていた。

 フェアロ・ピーアはのどかな雰囲気で気に囲まれてはいるがリースより広く、人も多い。宿場町という名の通り宿屋が多いので、恐らく観光目的の人も多いのだろう。

 その為、フェアロの王都であるフェアロ・リイルアよりも活気があるという。

 

「ここまで来ればロエイスも来ないでしょ」

 

 ララはそう呟いて腕を伸ばした。肩に乗っていた九尾の狐のような小動物…チャールはそっと頭の上に移動する。

 

「ロエイスはまだ7歳…。過酷な旅になるかもしれないから連れていくわけにはいかないの」

 

 頭の上のチャールは小さく背伸びするようにして尻尾を揺らした。眠そうな、退屈したような目をしている。

 

「ごめんね、チャール退屈でしょ?」

 

 ララの言葉にチャールは首を横に振って否定を示した。そのチャールの行動にララは少し微笑んで、周囲を見渡した。この街に来ること自体は初めてだが、この街には知り合いがいる。

 あまり気は乗らないがその人物を尋ねることにしたのだ。一休みもしないでこのまま進むのは困難だと思ったのだろう。ララは頭に乗っていたチャールを腕に抱え、目的の人物の元へと向かった。

 

(そういえばさっきの人、なーんかどっかで見た記憶があるような気がするんだよなあ)

 

 ロストの事を少しだけ、気にかけながら。

 

********************

 

「ここがフェアロ・ピーアか…」

 

 ララがピーアに着いてしばらく後、ロストもピーアに着いていた。

 リース以外の場所に来るのは初めてで、自分の見たことのない景色に少しだけワクワクしていた。

 

「っと、まずはあの子を探さないとな…」

 

 黒色の髪に水色の瞳、そして胸元に下がる青色のペンダント。それが先程の少女…ララの特徴だ。

 まだそう遠くに離れてはいないはず、彼女はきっとまだこの街にいるはずだとロストは考えたのだ。

 

「あの、すみません」

 

 まずは、適当に街にいる人に話しかけることにした。ロストが話しかけたのは金髪碧眼の小さな少女だ。

 

「どうしたんですか?なにかお困りですか?」

「え、えっと……人探しを…」

 

 小さな女の子と話すのは初めてだった為、挙動不審になっていないかロストはふと気になってしまった。しかし目の前の少女はそれを気にした様子はなく、しっかりとした様子でロストを見上げていた。

 

「どんな人を探してるんですか?私でよければ力になりますよ」

「黒い長い髪の毛に、水色の瞳で…あと、青色のペンダントを付けてる女の子だ。確か名前は……」

「もしかして…ララさんですか?」

「し、知ってるのか?」

 

 少女はロストの言葉に「はい」と頷き、周囲を少し見渡した後に「こっちです」とロストの手を引いた。

 

「すまない…俺の名前はロスト・テイリアと言う。君は」

「リリース・エールテオルと言います。このピーアの領主の娘です」

「ピーアの領主の……」

 

 領主の娘がなぜ普通に出歩いていたのかロストは気になったが、それ以上にララとこのリリースという少女が知り合いであったことにビックリした。

 

「あっここの宿屋にララさんがいます。では、私は父の手伝いがあるので」

「ああ、ありがとう」

 

 リリースはすぐに一礼をして去っていってしまった。ロストは宿屋をみて、看板が少しだけきになった。その理由は店の名前だ。

 

「ノームの穴場……?」

 

 ノームとは、地を司る大精霊の名前だ。その名前が宿屋についているということは、ここはノームにゆかりがある場所なのだろうか、と思案を巡らした。

 ロスト自身はノームについてあまり知らないが、母から多少は聞いていた。

 

「まあいい、あの子に会うのが先だ」

 

 ロストは宿屋の中に入った。そこまでは良かった。しかしその途端、誰かの叫ぶような声がした。

 

「やめてっ!!!」

 

 その声は、聞きなれた。という程でないが聞いた覚えのある声だった。

 宿屋に入ったばかりのロストが目にしたのは、チャールを手につかんだ病的に細い長身の男性と、その男性に反抗した態度を取っているララ。そして男性に対して怯えた態度をとっている人々だった。

 チャールは男性の手の中で必死にもがいていたが男性はその手を離さない。人は口々に言葉を発していた。

 

「レティウスだ」

「そんな…あの人が!?」

「少し前にあった時はあんな風ではなかったぞ?!」

 

 レティウス、と呼ばれた男性は周囲のオーディエンスの言葉を聞いて睨むように見た。威圧力があり、ロストも少し身構えた。

 向かい合っているララも少し目を逸らしかけていた。流石に威圧を感じたのだろう。

 

「ああぁ?お前らなんて知らないなあ」

「ひいっ!」

 

 レティウスが一般人に手をあげる。チャールを持っていない方の手で斧を持っていた。ララは急いでそれを阻止しようとするも武器を手に持っていない。

 

「やめろ!!」

 

 いつの間にか、体が動いていた。

 

 レティウスの斧を受けそうになっていた人は静かに目を開ける。無事だと気づいた時には腰が抜けていた。

 

「なんだあ?」

「お前こそ何者だ…突然人に手をあげるとはいい奴には見えないんだが」

 

 ロストが腰にさしていた剣を抜き、レティウスの斧を受け止めていた。いつの間にかロストの体はその人物を助けようとすぐに動いたのだ。

 

「君は……」

「また会ったな。……大丈夫ですか?」

 

 ララがロストの姿に気づいて声をかける。ロストはすぐ後ろにいる腰を抜かしてしまった人に優しく話しかけた。ロストは恐らく、レティウスの斧を受け止めることで精一杯だ。ララは何とかできないかと思うが、その前にレティウスがその手を緩めた。

 

「ったくよぉ、楽しい楽しぃところだったぁのにさぁ」

「なんだ引くのか?その前にその手にある小動物を離してくれないか」

 

 レティウスに向かってロストは強気に言った。

 「ちっ」とレティウスは舌打ちを打つ。ロストが気に食わないのだろう。

 レティウスの手の中にいるチャールはロストに小動物と言われた事が微妙に嫌だったのかムッとしたような表情を浮かべたのがロストにも分かった。

 

「こいつぁ珍しい奴だからなあ…ひょいと返すわけにゃあいかんのさぁ」

「チャールを返して!チャールはそんなんじゃないもん!」

 

 ロストに助けてもらい、自分も負ける訳にはいかないとララも強気にレティウスに向かって叫ぶ。

 

「……あまり、店の中で戦うことは好まれない。外で戦ってもらえるか?」

 

 ロストはそう言った。周囲はそのロストの言葉に驚愕の色を示した。レティウスは何を思ったかニヤリと笑い。こう返した。

 

「ああぁ、いいぜぇ?」

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター7:強き斧使いとの対峙

 フェアロ・ピーアから少し離れた人気のない場所。ロスト達はここに移動してきた。ロストはレティウスが要求をのんでくれるとは思ってなかったが、上手くいったようだ。とひとまず安心していた。

 町の中で戦闘するには気が引けたため、ロストがここを指定したのだ。レティウスは不機嫌そうに斧を構える。まだその手にはチャールが掴まれている。レティウスの手の中のチャールは不機嫌そうにレティウスを睨みつけている。ララは不安そうに掴まれているチャールを見ていた。

 

「よし、じゃあ始めるぞ」

 

 ロストは剣を手に取り、レティウスを睨みつける。無表情だったその顔に睨みつける瞳は怒りを彷彿させるようでもある。

 隣にいたララも持っていた武器を構えた。

 

「お前も戦うのか」

「チャールが捕らえられてるんだもん!私だって戦う!それに、君が来なくても私が1人でこうやってたよ」

 

 ロストに言われてララは強がるようにして言う。しかしロストが来なければララは無事では済まなかっただろう。ロストはそれには触れなかったが。

 ララが持っている武器は杖のように見えたが、よく見ると先端は槍のようになっている。見た通り杖と槍を合体させたような武器である。

 ロストはララの様子を見て、戦えそうだと思ったのかララのことはあまり気にせずにレティウスに向かった。ララはおそらく武器からして後方支援だろう、自分がレティウスをララに近づけないようにしなければならないとロストは思った。

 

「いくぞ」

 

 ロストはその声で動き出したが、それと一緒にレティウスも動き始める。ララはチャールを取り返す隙を見つけようと最初は動かない。

 

「おおぅらよぉ!」

 

 レティウスは斧で大きい一撃を振り下ろそうとする。ロストはその攻撃の先を予測して回避する。レティウスの斧が振り下ろされた時には既にそこにロストの姿はない。

 

「遅いっ!はあっ、魔神剣!」

 

 レティウスが気づいた時にはロストは背後にたっており一撃入れた後に魔神剣を放つが、レティウスは怯まずに背後から魔神剣を受ける。

 

「おっととぉ……痛いなあ!」

「!狙いは俺じゃない…まさか!?」

 

 レティウスにはあまりダメージはないようだった。その上にレティウスの狙いはロストではなかった。ロストはそれに気づくものの咄嗟に体は動かない。

 レティウスはロストの攻撃を受けつつも怯まず、ララに向かって斧を投げる。レティウスは狙いは後方支援のできるララだったのだ。このままではララが危ないとロストは体を動かそうとする。

 ララは自分に向かって斧が飛んできていることに気づき慌てて術を唱え始める。唱えているのは恐らくバリアー。攻撃を和らげる支援系の術であろう。

 

「お願い守って…!バリアーっ!!!ああっ!」

「おい!あんた!」

 

 術は間に合ったもののララは攻撃を受けてしまう。ロストはララを心配して駆け寄ろうとするが、斧を拾いにレティウスも追いかけてくる。

 ララは攻撃が和らげてはあったものの巨大な一撃だった為かまだ痛みが残っている様子だった。

 ララはそれでも立ち上がろうとする。

 

「う、うう…っ」

「くそっ、失せてろ!」

 

 ロストはレティウスを睨みつけた。レティウスは不敵の笑みを浮かべている。彼の考えをロストは読む事ができなかった。

 

「失せるのはぁ、君の方じゃあないのいぃ?」

 

 ロストが剣を振るもレティウスは拳を使って攻撃しようとする。ロストは何が何でもレティウスに武器を持たせないように妨害するしかなかった。

 ララはやっとの事で斧を掴み、レティウスが拾えないように遠ざけようとする。

 

「こんの…!い、今の内に!」

「わかった。虎牙破斬!!」

 

 ララは斧を遠ざけるように後ろに投げた。ララの掛け声でロストはレティウスに畳み掛ける。

 ロストからの攻撃を受けたレティウスは体勢を崩し、倒れ込む。

 

「があぁあっ!!」

「やった、か……?」

 

 レティウスの叫び声が上がる。ロストは剣を鞘に戻しながら警戒をしていた。

 ララは持っていた武器を両手で構えていた。レティウスの手元からチャールが飛び出して来る。

 

「チャール!無事だったんだね…良かったあ…」

「くっ…そおおおぉ」

「…っ!」

 

 チャールを両手に抱え安堵するララだったがロストは一方で起き上がるレティウスに警戒を強めた。ララもチャールを抱き抱えながらレティウスの方を見る。

 だが、レティウスは襲いかかってくると思っていた2人だったがレティウス自身の行動は2人の想像したものではなかった。

 

「今回はぁ、ここまでにしてやるぅ…!次こそはあぁっ!てめーらぁの命は、なぁいからな!」

 

 そう言ってレティウスは逃げていった。あまりの呆気なさにロストとララはどちらもレティウスを捕まえようなどとは考えられない。彼は負け惜しみのような言葉を口にしていた。

 

「お、おいまてっ!」

 

 ロストは慌てて追いかけようとするも、レティウスの姿は既にそこにない。小さく「ちっ」と舌打ちをするロスト。ララはその瞬間緊張が解けたのかその場にへたりこんでしまった。「はあ」とロストは大きくため息をつく。

 

「な……何はともあれ…た、助かったあ…」

「…大丈夫か?さっき、攻撃受けてただろ。これでも良ければ」

 

 ロストはへたりこんだララにアップルグミを渡す。先程レティウスから受けた攻撃のダメージがまだ残っているかもしれないと思ったのだろう。ララは「ありがと」と小さく言ってアップルグミを受け取った。チャールは方に乗り移って大きく伸びをした。

 ララは疲れた様子でアップルグミを頬張る。

 

『それにしても、お前は何者だ?』

「え?」

 

 突然の問いかける声にロストは驚きの声を漏らした。ロストは声の主を探す。

 ロストは少年の様な声を聞いたものの、周囲にはララしかいない。ロストがどこから聞こえた声なのかとあたりを見渡していたら、ララが方に乗っていたチャールを抱えあげてロストに突き出した。

 

「ああ、チャールだよ。チャール実は喋ることが出来るんだ」

 

 喋ることが出来るという謎の生物を前にしてロストはどう反応すればいいのか分からなかったがとりあえずチャールに言われた通り自分の事を話す事にした。

 

「そうなのか…。改めて自己紹介するか。俺はロスト。ロスト・テイリアだ」

『テイリア…!?』

 

 ロストのファミリーネームについてチャールは何らかの興味を示した様子だった。興味、と言うより驚愕している様な状態かもしれない。

 チャールはロストの顔をまじまじと見つめる。ロストは思わず視線をそらしそうになった。

 

「何か知ってるのか?」

 

 ロストは何か知っている様子のチャールに問いかけた。自分についてよくは知らないロストの手掛かりになるかもしれないと思ったのだ。

 

『…村長さんと知り合いなだけさ。村長のお孫さんなのか?って事はお前はフェアロ・リースの人なのか』

「ああ。レイシさんとはよくわからない。それと、出身は…フェアロ・リース…だと思う。」

「だと思う?」

 

 ロストの語尾を濁した風な言い方にララは疑問を投げかけた。ロストはなんと言おうか…と少し悩んだ様子だったが、チャールが自分の何らかを知っていればいずればれてしまうと推測し、素直に話す事にした。

 

「俺は、7年前より昔の事を覚えていないんだ。母さんやレイシさん…村長が言っていた通りならば俺は7年前のシェルフィールの森で起こった誘拐事件の被害者の内の数少ない生き残りらしいんだ」

「それって…!」

 

 ロストの話の内容が知っている事だったのかララはチャールを少し強く握りしめて感情の動きを示す。チャールは「ぎゃっ」と小さな悲鳴をあげた。痛かったらしい。

 

「私…私もその事件に巻き込まれた1人なの!」

「そうなのか…?!」

 

 ロストはララを見たが、見覚えがあるとは微妙に言い難い気持ちを感じた。どこかで見たことはあるのかもしれないが、どうしても鮮明には思い出せない。もどかしい状態だ。

 チャールはほとんど無視されたまま2人は会話していた。

 

『……あのさ、二人とも』

「どうしたの?チャール」

 

 だが、流石にとチャールは謙虚気味にララとロストに話しかける。

 ララはチャールを強く握ったままだった事に気づいて「あっごめん」とチャールズを抱える手を緩めた。

 

『立ち話もあれだし、宿に行かないか?』

 

 チャールにそう言われて確かにとロストは頷いた。ララも「そうだね」と首を縦に振る。チャールはララの手の中を離れて歩き出した。ロストとララもそれに続いて街の中へと戻る事にした。

 

「ふう…冷や冷やしたあ…」

「…」

 

 レティウスと対峙したことはかなりのプレッシャーだったのかララはホッと胸をなでおろしていた。

 安堵するララの横でロストはふと街の人の言っていた事が頭をよぎる。レティウスのことに関してだ。

 

(街の人達はレティウスを良い人だった。みたいな事を言っていた…それに、街の人達はレティウスを知っている様子だったのに、レティウスは知らないと言った…違和感があるな…)

 

 街の人達とレティウスの会話は矛盾していたような気がしていたのだ。その上にレティウスの方はまともに話の通じる相手ではない雰囲気が漂っていた。

 彼の身に何かあったのか、それとも偽物なのか。本来のレティウスを知らないロストには何も想像がつかなかった。

 

「どうしたの?なんだか…怖い顔してるけど」

「えっ。そ、そうか…?」

「なにか悩み事でもあるの?」

 

 ララに言われてロストはふと自分の頭を掻いた。本人はどうやら無自覚のようだったが、ララにはロストの表情が厳しく見えたらしい。 

 普段から無表情の多い上にあまり感情が表に出ないロストだ。見た感じの印象は本来いいものではないだろう。

 

『さっきの奴についてかー?ま、ボク達もよく知らないんだけどねー』

 

 ララの肩の上でチャールはそう言った。ロストは未だに小動物が人の言葉を喋る事に疑問があるがそれは後で聞くことにしよう、とロストは後回しにした。

 

「まあいい。もうそろそろ宿につくみたいだしな。そこでいろいろ話はしよう」

「そうだね。私も丁度休もうと思ってたところだし」

 

 宿屋の前についた2人と1匹はこうしてやっと休む事になる。この出会いはロストの運命を大きく変える一つの出来事であった。

 

 ロストはその真相をまだ知らない。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター8:ララの事情、ロストの悩み

 宿屋、ノームの穴場に来たロスト達は軽く街の人達から歓迎を受けた。

 

「先程はありがとうございました…」

「え、えっと…は、はい…」

 

 ロストはレティウスに攻撃されかけていた人物から謝辞を受けていた。その事については体が勝手に動いただけなんだが、と心中で軽く思ったが危ない状況だったのは確かだった。感謝されるのも当然だろう。

 当の本人は褒められ慣れてないのか恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 

「それにしてもあんた、どっかで見た気がする感じの顔だね」

「…それって……」

 

 ロストはもしかしたら、と思っていた。記憶をなくす以前にこの街に来ていたのであれば誰かしらロストの事を知っている人物がいるかもしれないと推測したのだ。

 男性は暫くロストの顔を見ていたが、首を横に振った。

 

「うーん、やっぱ分からないなあ…。すまないね、引き止めてしまって」

「え、あ…」

 

 男性はすぐにそうとだけ言って去ってしまった。ロストはなにかヒントが得られたのかもしれないのにと、少し落胆する。そう簡単には手掛かりはないか、と気持ちを持ち直そうとする。

 ロストがそうしていると、ララはチャールを抱えたままロストの元に来る、彼女もどうやら人と話していたようだ。

 

「じゃあロスト君…だっけ。部屋はもうとったから部屋に行こう」

「ああ…ってん?」

 

 ララはロストの手を引いて部屋へと案内するが、ロストはここでとある事に気付いたようだった。

 宿をとった時の部屋はどうなっているかどうかだ。

 

「なあ、部屋は…」

「ん?一つだけとったよ。ちょうど二人部屋があったからね」

「え、そ、それっていいのか!?」

 

 ロストがそういう理由を理解していないのかララは首をかしげた。チャールはやれやれと首を振る。

 ロストはレイナとさえも違う部屋で寝ていた。そう、彼は女性と同じ部屋で寝た事は無かったのだ。ロストだって一応男だ。ある程度の羞恥心くらいはある。ララにはそれがないのだろうか。

 

「だって、ソル…弟とも同じ部屋で寝てたし。いいかなーって」

「そ、そうか…」

『ララはたまにちょっとずれてるからなあ…』

 

 「ちょっと」なのか、とロストは内心思った。

 何も気にしていない様子のララを見るとこんなにも気にしている自分がおかしいのか?とロストは考えたが(いや、やはり違う)となんとなく自己完結していた。普通この年頃の少女は会ったばかりの男性と同じ部屋で寝ようとはしないだろう。

 宿屋の部屋につくと、ララはベッドに飛び込んでいった。

 

「ふうーっ!疲れたあーっ!」

『おいおいそんな事して…はしたないぞ?』

「別にいいもんー」

 

 そうやってベッドでごろごろするララに、ロストはどこに目をやればいいのか、と目のやり場に困っていた。ララはミニスカートを穿いているため、ベッドでごろごろされると中身が見えそうだった。

 

「あっそっか私について話すんだった」

 

 ララは宿屋についた後何をするか思い出したようでベッドに座り直した。ロストも向かいのベッドに座り、チャールはララの膝に来た。

 

「そうだね、どこから話そうか」

「…お前が旅に出た理由はなんなんだ?」

「私が旅に出た理由…そうだね。私の双子の弟…ソルが家出したの」

「!?」

 

 まるで自分みたいだ。とロストは思っていた。話の続きを待つようにロストは何も言わなかった。

 

「私が住んでた村。フェアロ・エルスはシェルフィールの森の世界樹がある場所の奥にあってね、結構入り組んだ場所にあるの。そこが突然、襲われたの」

「襲われた……?」

「そう、目が覚めたら村が大騒ぎでね。そこで私とソルだけが守ってもらってて…大人達は何人かが死んだ…。敵は、私を狙ってたんだって後で知って…私があそこにいたら、巻き込んでしまうっ!そう思って、私は…でも、私が村を出る前にソルがいなくなったの。私の弟じゃないんだって言って。だから、ソルを探すために。でもロエイスは私のせいじゃないって言って私を必死に止めようとした。だから、無理矢理に飛び出してきたの」

 

 あのままにしておいたら、ロエイスまでもが付いてきてしまいそうだったから。と最後にララは付け足した。

 ロストは自分の村とあまり変わらない。そう感じた。しかしその状況は恐らくリースよりも重いもの。リースでは死者こそは出なかったがエルスでは死者が出てしまっている。

 

「それと私、7年より前の記憶がないの。誘拐事件に巻き込まれて生きて帰ってこれたからまだましだよって村の人達は言ってくれたけど、私の両親はどこにもいない。その上村の人も話してくれない、だから私の出自には何かあるのかなって思ったの」

 

 ララという少女は、ロストとあまり変わらない境遇だ。7年前の事件に巻き込まれ記憶をなくしている。そしてどことなく自分が村の人達に守られているということを感じ取っていたこと。

 しかしララの状況はロストよりも重かった。ロストは母親がいたから良かったものの、ララには両親がいなかったのだ。

 

「…という事は、俺とあまり変わらないんだな…だが、お前の弟というのは…襲撃の時は一緒にいたんだな」

「うん。ロスト君にも、妹さんかなにかいたの?」

 

 ララの言葉にロストは少しうつむき、昨日あたりのことを思い出す。まだそれくらいしか時間が経っていないのだ。レイナがいなくなってあの事件が起こってから。

 

「ああ…双子の妹がな。俺のいた村フェアロ・リースも襲撃にあったんだ。死者こそは出なかったが村は半焼した。そしてその襲撃には…俺の双子の妹が参加していた」

「ロスト君の妹さんが…?ねえ、その人も『オリジナル』って言ってた?」

 

 ララの言葉にロストは記憶を巡らせる。

 あの襲撃の時、自分と同じ顔の人間。そして自分といた時とはまるで別人のように変わってしまっていたレイナ。

 2人が自分の事をなんと呼んでいたか、それはララの言うことと合致していた。

 

「…ああ。一体何なんだ、オリジナルとは」

「それは私にも分からないの…ソルも、どうしていなくなっちゃったんだろう…」

 

 オリジナル。その言葉の意味通りであれば彼等は自分達の写なのだろうか。ならば何故その写というものが自分達を狙うのか、誰がどのような目的でそれを作り出したのか。考えれば考えるほどきりがない。

 

『だからボク達はエルスをでてソルを探す事にしたんだ。ララの記憶探しも兼ねてな』

 

 ロストもララもわからない。そう視線を落としていると、チャールがフォローを入れるようにして会話に入ってきた。このまま2人だけで話していると気が重くなると心配したのだろう。

 ここで考えていても変わらない。チャールのフォローでロストははっとそう思いついた。ララも「前を向いてかなきゃだね」とベッドに寝転がった。

 

「とにかく、今日は疲れたから寝よっか」

「そうだな」

 

 口ではそう言いつつもロストは今寝る気はさらさらなかった。

 年の近い少女と話すことには慣れている。しかしそんな少女と同じ部屋で寝る事には抵抗がある。

 ララが先に寝るのを待ってから、夜風にあたりに外に出る。というのがロストの算段であったのだ。

 

『明日通るところは多分フェリサ・テック恐山。結構モンスターのでる山だから気をつけていかないとな』

「うん、分かった。ふわああ…」

 

 チャールが地図に軽く書き足しながら(前足でペンを握って書いている)次の目的地を簡単に説明した。ララはそれを軽く見た後に欠伸をする。どうやら眠いようだ。

 

「うー…私は寝るね。おやすみー……」

「ああ、おやすみ」

 

 そうしてララはベッドに潜り込みすぐにすやすやと寝息を立て始めた。

 ロストはそれを見ているのが気まずく思えてきた。目の前で寝ているのは年頃の少女。この場にチャールもいるとはいえララの状態は無防備に近い。

 

「…はあ」

 

 慣れない旅の途中。これが効率が良かったとはいえロストにとっては気まずい事この上ない空気である。

 チャールも眠そうにしており、『ボクも寝るからな』とララの頭のそばで寝始めた。

と、とうとう起きているのはロストだけになってしまった。

 

「…」

 

 隣のベッドですやすやと寝息をたてるララとその頭の傍らで丸くなるチャール。

 ここまで無防備だと男として見られていないのか、とロストの男としてのプライドにヒビが入るような気がしたがロストはそれを気にしないようにした。

 

(それにしたって何故会ったばかりの男と同じ部屋で寝ることが出来るんだこの少女は)

 

 そう思いつつ、隣のベッドのララが気になって仕方ないロストは、気を晴らすために外に出た。

 

 勿論、ララやチャールを起こさないようにして。

 

 

 

「はっ……てやあっ!!」

 

 宿の外少し離れた場所で、ロストは1人鍛錬用の木刀を振るう。

 これから先、恐らくララと行動を共にするだろう。そうなるとすればあのロエイスという少年とも約束したように、ロストはララを守らなければならない。それは今のロストが抱える責任なのだろう。

 約束したからにはそれを破るわけにはいかないし、その上ララと自分には何かしら関わりがあるかもしれない。

 だからこそロストは強くならなければならない。

 

「…はあ、はあ…くそっ!どうして、どうしてだ!!」

 

 少し木刀を振っているとすぐに疲労感がロストを襲う。手にしっかりと木刀を握り、また振り上げるが、すぐにその手からは力が抜ける感覚が起きる。汗もダラダラと溢れてきた。

 

「俺には、力が…足りない……。このままだと、俺はララを守れない…」

 

 昼間のレティウスとの戦闘。それはロストの心に刻まれていた。

 あの時、ララへの攻撃を許してしまった。もう少しレティウスを注視しておくべきだったとロストは拳を握りしめる。

 

「あの時はララ自身の術でどうにかなったが、あれがなければどうなっていたか」

 

 ララが咄嗟にバリアーを唱えることが出来なければ、ララは重傷になっていたかもしれない。そう考えるとロストは自らの力不足を痛感するのであった。

 もう木刀を振るのも限界だろうと思ったロストは、宿に戻り部屋のベッドに寝転んだ。

 ある程度疲労があれば寝れるだろうと思ったロストだったがすぐ近くのララの存在がどうしても気になってしまい寝ることが出来ない。

 

 その日、結局ロストは一睡もできなかった。そして一睡もできなかったロストがどうなるのか、それは次の日の話に続くのである。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター9:フェリサ・テック恐山

「おはよう…あれ?ロスト君目の下にクマできてる?」

 

 その次の日の朝、案の定ロストは疲労感に苛まれたまま、ララとチャールの起床を待った。

 そうして起きてきたララの第一声がこれである。

 そうか、と言いたいロストであったが、鏡を見るまでもなく自分の表情が悲惨な事になっているというのには気づいていた。

 

(あんたのせいで眠れなかった。なんて言えるわけないからなあ…)

 

 無表情の上に寝不足で目つきが悪くなっているロストは見るからに危険人物と化しているが、ララはそれを気にせずタオルを濡らしてそれをロストに渡した。

 

「これは」

「せめて顔は洗おう?すごい顔してるよ」

「……そうか」

 

 一言だけ言ってロストはタオルを受け取った。

 チャールはロストの寝不足の理由を察したのか、哀れみの目でロストを見ていた。

 

(まあそりゃ、そうだよなあ…)

 

 そんなチャールの心の声はロストにもララにも聞こえはしなかった。2人と1匹は宿屋を出て、多少の買い物を済ませた後にフェアロ・ピーアから出発をした。

 目指すはフェリサ・テック恐山。ここを通る以外のルートだと王都まで行くにはとても遠回りとなる。

 

「それにしても、どうして王都へ向かうんだ?」

 

 そこでロストが抱いた疑問は、何故王都へ向かうのか。という事だった。ララもあまり考えてはいなかったらしく、尋ねられて「あっ、えーとぉ…」と言葉を濁している。

 

『王都には色々情報が集まっているからな。ララに聞き込みをしてもらおうと思っていたんだ。そもそも王都行きを提案したのはボクだからね』

「そうなのか。なら、俺も王都に着いたら情報集めか?」

 

 ロストは話の流れからしてそうであろうと予測して言ったが、チャールはそれを考えていなかったのか、それともロストには別のことをしてもらおうと思っていたのか、そうではないとでも言うように首を横に振った。

 

「あれ?ロスト君には手伝ってもらわないの?」

『い、いや…手伝ってはもらおうと思うんだが…』

 

 チャールはなにか考えるように尻尾で自分の頭を叩くが、考えは思い浮かばないらしい。

 

「まあ、それに関しては着いてから考えるか、ここがフェリサ・テックなんだろう?」

 

 2人と1匹の前に見えてきたのは大きめにそびえ立つ山。中にはいかにもモンスターがいそうな感じがしており、ロストもララも武器の最終チェックをしていた。先ほどフェアロ・ピーアで武器は新しいものにしてある。恐らく大丈夫であろうと2人は踏んだのだ。

 

「っ!ララ、構えろモンスターが来る」

「わかった!チャールは捕まってて」

『了解っと』

 

 ロストは近くの草むらがガサガサいっていることに気がついた。草むらの傍らから見える影は人間ではない。

 

 モンスターだ。

 

「ガアアアアアッ!!!」

「はああっ!!魔神剣!くらえっ」

 

 出てきたモンスターをロストは迎え撃つ。

 ララは後方でスピアロッドを地面に突き刺し詠唱を始め、金色の魔法陣が光る。それを妨害しようとするモンスターに向かってロストは他のモンスターを蹴飛ばした後に突進するように向かっていく。

 

「おらあああ!!」

「あっありがとうロスト君、いくよ!エンジェルリング!」

 

 ララが呪文を唱え、術が発動する。

 ロストは術にかかった相手が倒されたのを確認すると別方向からやって来たマンドラゴラに向かっていく。

 

「ロスト君気をつけて!」

「大丈夫だ。相手にとって不足なし、虎牙破斬!」

『調子に乗りすぎてヘマすんなよー?』

「わかっている」

 

 ロストはマンドラゴラを切り捨てながら悪態をつくチャールにため息をついた。チャールは戦っている間ララの肩にしっかりとつかまって振り落とされないようにしている。

 

「あっあわわ……こっち来てる!ピコハン!蒼流弾!」

 

 別の方向からララの近くにモンスターが来ていることに気づいたララは術を唱える手を安め、スピアロッドを振ってモンスターを迎撃する。ロストが別のモンスターに気を取られている間のことだったため、ロストはそれを横目に見てしまったと内心思っていた。

 

「すまないっ」

「大丈夫大丈夫!そっちで最後っぽい?」

 

 ララは目の前のモンスターを倒し、ロストの方も目の前に対峙していたモンスターに止めを指すと、剣を鞘に収めた。

 

「…みたいだな…」

「ロスト君?!」

 

 そう言い終わると同時にロストはふらついて倒れてしまう。ララは慌ててそれを支える、が自分より背の高い男性を支えるのには精一杯でなんとか近くの木に寄り添わせるようにした。

 

「だから言ったのに…。ここで少し休もう。何なら私がなにか作るから」

「すまない…」

『はあ…お前、自分で抱え込むタイプだろ?』

 

 チャールにそう言われてロストは返すこともできずに目を瞑ってララに言われた通りに休む事にした。とても疲労というものが溜まっていたらしく、すぐに睡魔が襲ってきた。

 

『こいつ…もう寝てやがる。昨晩は何してたんだか……?これは』

 

 寝ているロストの掌をチャールが覗き込むと、その手には豆や傷跡があった。どうやら鍛錬をした後のようだ。とチャールは推測した。

 

(こいつもこいつなりに、ララを守ろうとしてるんだな)

 

 チャールはそんなロストの努力の跡をみて感心していた。成り行きとはいえこうやって少女と行動することになったのだ、自分がしっかりしないといけない。そんな意識があったのだろうと思うと、チャールはなんとなくロストの頭を尻尾で撫でずにはいられなかった。

 

「ロスト君サンドイッチできたよーって…あれ、寝ちゃった?」

 

 ララが料理を終えて戻ってくる。その手に持っていたのはサンドイッチだった。この場で作るのにはそれが精一杯だったのだろう。

 

『みたいだ。モンスターがいないかどうか見回りしてくるから、ララもゆっくりしといたらどうだ?』

 

 チャールからそう言われ、ララもロストの横に座り込んだ。

 作ったサンドイッチをどうしようかとも考えていたが、ロストが起きてからでもいいかと自己完結し、持ち物の中にあった水分を口に含んだ。

 

「うん。そだね、ありがとうチャール」

『じゃ、少し見てくるからな』

 

 そう言いつつ、チャールは確かに見回り目的で一人になったが、それ以外にも彼には考えたい事があった。それをララに悟られないようにしながら1匹で山道に消えていった。

 

「…大丈夫かなあ、つい見送っちゃったけど。まあそれでもこんな状態のロスト君置いてくわけにもいかないけど」

 

 当然ララにはそんなチャールの思惑はわかっていない。少し見送った事を後悔しながらもララはため息をついた。

 ララは横に寝ているロストをじっくりと見る。とても疲れていたようでとても無防備な状態で寝息を小さく立てている。先程から微動だにしないことから恐らく寝相はいいのだろう。

 

(それにしても綺麗な顔立ちしてるなあ。本人には言えないけど最初は一瞬女の人かと思っちゃったし)

 

 立っているアホ毛を触りたい衝動に駆られたが、ここはぐっと我慢をした。下手に起こして休みを邪魔してはいけないと判断したのだ。

 

「あっそ、そうだ。なにか採集できそうなのはないかな」

 

 そう言って立ち上がろうとした時、チャールが血相を変えて駆けてきた。

 なにかあったのかもしれないとララはスピアロッドを持ち上げる。

 

「チャール、どうかしたの」

 

 ロストを起こさないようにできるだけ落ち着いて声を上げないようにしてララはチャールに尋ねた。チャールは大声を上げたい気持ちで沢山だったがここは声を抑えた。

 

『近くにベアがいる…、強いモンスターだまともに戦って勝てる相手じゃない』

「そんな…ロスト君をどうにかしないと…」

 

 ララ1人でロストを抱えて逃げることは出来ない。しかし逃げなければベアがこちらに近づいている。チャールからは焦りが見える。

 

「どうすればいいかな」

『…ボクが陽動をする』

「でもそんなことしたらチャールが……」

 

 チャールのそんな申し出にララは戸惑う。しかしチャールはそれ以外の方法が無いと思ったのだ。

 

『だがロストはっ!』

「…俺がどうかした?」

 

 口論をしている間にロストは起きてしまっていたようだ。ララとチャールは顔を見合わせてお互いのせいだ、とまた口論し始めそうな勢いだった。まだ眠気が残っているせいかロストの表情が怖い。

 

「……今さっき起きたばかりだ。状況がよくわからないが、危ないということか?」

 

 小さく欠伸をしたロストの様子を見て、先程までの話は聞かれていなかったとわかったララは、ロストの手を引っ張って立ち上がらせた。

 

「おっおいなにするんだ?」

 

 突然の事でまだ起きたばかりの頭が追いつかないロストではあったが、ただごとではない、そう直感した。

 

「今この近くにすっごい強いモンスターがいるんだって。だから逃げなきゃいけないかもしれない」

 

 そう言ってロストの手をひこうとしたララだったが、ずしんずしんと、重い足音が近づいてきている。確実に、こちらに。

 

『っ!やばいぞ確実にこっちに来てる!』

「ララは逃げろ、ここは俺が」

「ロスト君1人で敵う相手じゃないよ!」

 

 そう言っている間にも足跡は近づいている。

 このままでは埒が明かないと思ったロストは1人で武器を持って足音のする方へ向かおうとする。

 

「だめ!無理しないで!ロスト君が行くんなら私だって」

「だから、お前を逃がす為に俺が行こうとしているんだろうが!ここはおとなしく逃げろ!もしも近くに人がいれば連れてきてくれ」

 

 ロストはララに向かってそう怒鳴り散らした後、引き止めたララの手を振り払って足音のする方―恐らくベアがいる場所―へと走り出す。

 

「この当たりには騎士団が野営をしている場所があると聞いた!騎士団の人間を連れてきてくれ!」

「まっ待って!ロストくっ!」

『ロストの言うとおりにするぞララ!このまんまだったらボク達は一溜りもない!』

 

 ロストを追いかけようとするララを必死に引っ張り、チャールは騎士団の人間を探すように促す。ララは渋々ながらもロストに背を向け、山道を走り出した。

 

(お願いロスト君、無事でいて……!!)

 

 そんな祈りを頭の中で唱えながら、ララは騎士団の野営地を探してチャールと共に厳しい山道を走っていく。

 

「コソコソしないで出てこい。俺はここにいる。襲いたいなら襲うがいい!!」

 

 ロストは武器を構え、大声を張り上げて挑発するように言い放った。

 

(最悪俺はどうなってもいい。だが、ララだけは…)

 

 守ると約束した少女の為に、ロストは剣を握った。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター10:騎士の少女

「はあっ…はぁっ!!きっ騎士団の人…!どこに、どこにいますかっ!!」

 

 ララは必死に騎士団の人間を探す。早く見つけないと、ロストが危ない。

 

『騎士団が野営をしてるって場所はわからないぞ!?』

 

 チャールが肩に必死に捕まりながら叫ぶ。確かに思い当たる場所などそうそうない。しかしどこか、この山のどこかに騎士団の人間が駐在している。

 

「もしかしたら見回りをしていたりするかもしれない!探さなきゃ」

 

 とは言っても山道は険しい。木の根に足を引っ掛け、転んだりもした。それでもララは騎士団の人間を探さなければならない。

 ロストは今、1人でベアと戦っている。2人でさえも難しいと言われた相手をすることはとても厳しい。それはロストも知っていたはずだ。それなのにロストはララを逃がした。

 

「あなた、どうしたの?」

 

 凛とした、しかし可愛げのある少女の声が聞こえた。

 ララがふと声のした方を振り向くと、小柄な体躯に似合わぬ大きな鎌を持った長い金髪をおさげにした少女がいた。瞳は髪と同じ金色に輝いており、ララにとっては見たことのない服装をしている。その胸元には紋章が存在している。ララは知らないがそれは騎士であることを示すものだ。

 

「たっ!助けて欲しいの!騎士の人がどこにいるか知ってる!?」

「騎士は私よ。急いでるみたいだけど、そこに私を案内してくれる?」

「はっはい!」

 

 ララは少女が騎士だということに困惑しつつも、彼女にくらいしか頼る事ができないと納得し、彼女を急いでロストの元へと連れていくことにした。チャールは少女を見て何かハッとしたようだったが、ララがそれを知ることは無い。

 

(ロスト君、どうか、無事でいて…!)

 

 

 

 彼女と共に駆け抜けていくララは、ひたすらに彼の無事を祈っていた。

 

 

 

 

「魔神剣!でえりゃああ!!」

 

 ロストは1人ベアに立ち向かい、剣を振り上げる。ベアの方にはあまりダメージがない様子でロストの攻撃にもひるまずに仕返しをしてくる。

 ロストには技を出した隙があり、その攻撃を避けることは出来なかった。

 

「ああああ!!まだ、まだだ…!」

 

 それでもロストは倒れるわけにはいかず、立ち上がって再び剣を手に持つ。頬に小さな擦り傷ができている。さきほど倒れた時に擦ったのだろう。

 

(これくらいの怪我!)

「はああっ!せいっ!」

 

 縦に、横に、ロストは我武者羅に振り回さないようにしてベアに適格に剣を降ろす。しかし、ベアにはあまり攻撃が通っていないらしく怯むことが少ない。

 

「まだダメか」

 

 術を唱えようにも一対一。周囲にモンスターがいるかもしれない可能性を考えると術を唱えることはあまり得策ではない。

 

「なら叩くまでだっ!」

 

 睡眠不足のせいか体が思うように動かない。ロストは少しは休んだとはいえまだ万全ではない。

 こんな状況であるというのに閉じそうになってしまう瞼を必死に開けてロストは向かってくるベアの攻撃を受け流して背後から刺した。剣は深く突き刺さる。ロストは確かな手ごたえを感じた。

 

「…っ!はあっ!!」

(くそっ!!まだ動くのか!!)

 

 敵が一体で良かった。その部分だけは運が良かったともいえよう。

 しかしこの状況が続けばロストにとっては不利なのには変わらない。ララが救援を呼んでくれる事に期待するか、自分がここで倒れるか。

 

「うっ」

 

 そうしている間にも、ロストの思考、動きは鈍る。出そうな欠伸を必死に抑え込み、足を踏ん張った。

 

「ぐわああああっ!!」

 

 剣を引き抜こうとしたその時、ベアがロストに向かって爪を立てた。

 通常の男性よりも細身にも思えるその腕に傷が入る。ロストの顔が苦痛に歪む。

 

(ゆっ、油断したっっ!!)

 

 痛みと眠気に襲われ、意識を手放してしまいそうだった。今度こそ駄目かと諦めそうになっていた。

 

「せめて、もの…あがき、だあ!!」

 

 ロストは最後の力を振り絞ってベアにしがみつき、突き刺した剣を引き抜いてまた別の部分に刺した。流石にベアは叫びをあげる。

 だがそれも束の間、ロストの意識は遠のいていく。

 

(ララ…おね、がいだ…)

「…君っ!!!…スト君!!」

 

 最後に聞こえた声で、ロストは完全に安心した。

 

 ララが戻ってきた。

 

 それだけでも今のロストには充分だった。後は任せたと言わんばかりにロストの体は倒れる。その姿は血に染まっており、ララはそれを見て必死に彼の名前を呼んだ。

 

 

「ロスト君っ!!!ねえ、ロスト君!!」

 

 ララ達が傍に来た時には、既にロストは倒れていた。

 ベアはロストの側に立っており、今にも巨大な爪をロストに向かって振り下ろそうとしていた。

 ララは慌ててロストの元へ駆け寄ろうとするも、騎士の少女に引き止められる。

 

「あなたが先に行ってはいけないわ…私が先に行ってベアの気を引く。そのうちにあなたは彼にライフボトルを与えて頂戴」

「う、うん…」

 

 騎士の少女は大鎌を構えて、ベアに向かっていった。ベアはルンに気づき、騎士の少女の方へと進む。

 ベアの注意がルンに逸れた。騎士の少女はララに対してサインを送る。ロストの元へと向かってもいい。そのような合図だとララは理解し、こっそりロストのそばへ駆け寄った。

 

「ライフボトルを。それにしても、ひどい怪我…」

『こいつ1人で、頑張ってたんだな…』

 

 ララとチャールはロストの惨状をみて絶句する。

 顔に擦り傷、腕に切り傷。服は当然ボロボロで血も大量に出ている。ララ達の到着があと少し遅れていればロストの命は危うかっただろう。

 

「ごめんね。ごめんね…」

 

(守らなきゃいけない人なのに)

 

「…あ、あれ?」

 

 ララはふと、自分の頭の中に思い浮かんだ言葉に疑問を持つ。

 

『どうしたんだ?』

「え?う、ううん…な、なんでも、ない」

『…歯切れが悪いな。まあとりあえず、ロストの手当も終わったな』

「うん…」

 

(守らなきゃいけない人…それが、私にとってのロスト君?でも、なんで?もしかして、やっぱりロスト君は私の無くした記憶に関係してるの…?)

 

 考えていても答えは出てこない。

 この事については誰にも言わないでおこう。そして、今は騎士の少女の戦いを見守るしかできない。ララはそう思って騎士の少女のいる方を向いた。

 

「やああああっ!!」

 

 騎士の少女は大鎌を地面に突き刺し、軸として回転蹴りをベアに直撃させる。

 ベアからの反撃が飛んでくるも騎士の少女はそれをひらりと躱す。余りの軽やかな動きにララは目が追いつかないようだった。

 

「私は倒れるわけには行かないのよっ!蒼破刃!」

 

 大鎌を構え直した騎士の少女が技を放つ。ベアの巨体はそれを躱すほどの身軽さは持ち合わせていない上に先程のロストとの戦闘の傷があるのか動きが鈍い。

 ベアは騎士の少女の技を真正面から受けた。

 

「動きが鈍いわよっ!」

 

 バチバチと騎士の少女の持つ大鎌に電気が帯びられていく。

 

「エレキチャージ!やあっっっ!!!」

 

 これは騎士の少女の扱う雷のマナを応用した技だ。電気を帯びた大鎌は触れた相手を痺れさせる。

 少女の細い両手で支えられた電気を帯びた大鎌はベアの体を切り裂き、電気がその体中に流れる。

 

「ふう」

 

 ベアは完全に倒れた。騎士の少女はベアを完全に倒したことを確認すると、大鎌に付けられた綺麗な宝石のようなものに向かってなにか喋り出した。

 

「こちらルン。怪我人を発見したわ。直ちにBポイントまで魔物使いを連れてきて頂戴。なに?今魔物使いがいないの…?はあ、どうするのよ…。もういいわ、この場は私が何とかする。ええ、それでいいわ。また何かあったら連絡するから」

「…」

 

 その姿に見とれていたのかそれともただぼうっとしていただけなのかわからないが、ララは気づけば騎士の少女を見つめていた。

 

「すごい…」

 

 ララはそんな言葉を零した。明らかに自分よりも年下の少女がロストとの交戦での傷があったとはいえ凶暴なベアを軽々と倒したのだ。

 

「あっ、えっと…ありがとう、ございます」

「騎士として当然のことをしたまでよ…しかし、何故こんな凶暴なベアがここに?ここはもう少し弱いモンスターばかりだと思っていたのに」

 

 騎士の少女…先程石に向かって喋りかけていた際の言葉から名前は恐らくルンというのだろう…は頭を抱えてぶつぶつと独り言を言う。

 

「あのーそういえば、あなたの名前聞いてなかった」

「あっそうだった!失礼したわ。私はフェアロ・ドーネ騎士団パーフェクティオ隊隊長。ルン・ドーネよ」

 

 ルンと名乗った騎士の少女はララ達に自己紹介をする。

 改めて見ると金髪の長い髪を二つの三つ編みにしており、頭には大きなリボンが二つついている。どこからどう見ても普通の少女である。その手にある大鎌を除けば、だが、身長もララより遥かに小さい(ララの身長が高すぎることもあるのだが)。

 

「ドーネ…?きし、だん?」

「まさか貴方、フェアロ・ドーネ騎士団を知らないの?あなたフェアロの人間よね?」

 

 ルンの口ぶりからしてフェアロに住む人間であれば知っていて当然、とでも言うようだった。

 チャールはララが通常の人間と同じ教育を受けていたところ見た事がないのでララは恐らく一般常識だと思われることでも知らない可能性があると思った。

 

「そうなんだけど、うん。知らない。あっそうだ、私の名前はララ。ラリアン・オンリンって言うんだけど、ララって呼んで、ルンちゃん!」

「ララ…ラリアン…?ってちゃんっ!?」

 

 ルンは「ちゃん」と言われる事に慣れていないのか少し困惑している様子だった。

 

『いつもの事だからな。放置してていいぞ』

「そうなの…って狐が喋った!?」

『ボクはチャール。で、そこにぶっ倒れてるのがロストだ。あとララはド田舎で育ったから一般常識は知らないと見ていいぞ』

「むー、チャールそれって酷いー」

 

 チャールのいいようにララは不服そうにむくれる。ルンはその光景を見て微笑ましく思ったものの、傷だらけで倒れているロストを見てなんとも言えないような、複雑な表情をしていた。

 彼女が何を思ってその様な表情をしているのかは、ルンの表情すら見ていなかったララとチャールは知るよしもない。

 

(私がもっとちゃんと見回りをしていられたら…!こんな事には、絶対ならなかったッ!!)

 ルンの胸中にあったのは、後悔の念。

 彼女は13歳という若さで騎士団の小隊の一つであるパーフェクティオ隊の隊長をしているのだ。彼女へのプレッシャーは大きいのだろう。

 

『そう言えばお前、ドーネと言っていたよな。リンブロアの娘なのか?』

「?なぜ、父の名を…確かに、そうだけれども」

「チャール、その人って誰?」

『リンブロアは騎士団の団長だ。騎士団長の娘。という事だな』

「ルンちゃん凄いんだ!」

 

 ララの純粋に「凄い」と言う輝かしい瞳に、ルンは不意に目を背けたくなってしまった。ルンは騎士団長の娘という立ち位置であることからなにか思うところでもあるのだろう。

 

「凄いのは父様よ。私はただ偶然、そんな凄い人の娘に生まれたってだけなの…さて、立ち話も何でしょうし、騎士団の野営地に行きましょう」

「そうだね…疲れたし。早くどこかで休みたいよ」

 

 しかしふと、ララは気を失ったままのロストを見る。傷は塞がったものの、まだ彼は目覚めない。

 

「ロスト君、どうやって運ぼうか…」

 

 この場にいるのは小さな少女であるルンと、高身長とはいえララも少女。そしてチャール。誰もロストを運べるとは到底思えないのだ。

 

「うーん、仕方ないわね…ここはセテオスを呼ぶしかないかなあ」

「セテオス?どこかで聞いたことのある名前のような」

 

 ララの零した言葉はルンには聞こえていないようだった。

 

(まあ、ルンちゃんが知ってるって事は騎士の人かな?)

 

 ルンが武器についている石で誰かと連絡を取っているのを待ちながら、ララはふう、と息をついた。

 

(なんだか、遠くまで来た気分だなあ…)

 

 騎士団という聞きなれない王国の組織の人間を前にしてララはふと思っていた。距離自体はそう歩いていないはずだが。

 

「ララ、後もう少しで部下が来るわ。それまでここで休んでいて頂戴」

「ありがとう!ルンちゃんは」

「私は見回りを。少しだけだから、念には念を…一般人を危険な目に遭わせないようにするのが騎士団の勤めだもの…今回は、私が未熟だったせいで…」

「でもルンちゃんは助けてくれたんだよ」

 自責の念に駆られるルンを、ララはそう宥めた。自分に自身が持てないのだろうか…ルンの能力は十分に高いはず。しかしルンはそれに満足していないような寧ろ自分が駄目だと思い込んでしまっているようだった。

 

『面倒なやつだなあ。お前、リンブロアに変に似てやがる』

「面倒とは何よ!それにあなた、父様を知っているようだけれども」

 

 チャールはルンの言葉にどう返せばいいのか、と考えたらしい。確かにチャールが何故騎士団長の名前を知っていたか、それにまるで彼を知っているかのような口ぶり。

 ルンがどことなく疑いをかけるのも仕方ないようである。

 

『それは…。あっそ、そろそろお前の部下とやらが来るんじゃないか?ほらほら』

「そうね…ってはぐらかすんじゃないわよ!」

『うわーにーげろー!』

 2人(?)はそうやって追いかけっこを始めた。

 それを見てララはロストを踏まないで欲しい、元気だ、など言いたい事は沢山あったが、口から出たのはため息だけだった。

 

「はあ」

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター11:助けられたその先で

「たーいちょっ」

「セテオス、やっと来たわね」

 

 チャールとルンの追いかけっこが一段落した頃には、一人の男性が近づいてきていた。ルンの口ぶりからして、彼がそのセテオスという者なのだろう。

 朱色のうねうねとした短髪に、黒い飾りのピアスを右に、羽の形をしたピアスを左につけている。瞳の色も髪と同じ朱色で、たれ目のようだ。アーマーのようなものをつけているが左肩あたりにしかついてない。

 

「まったく、いきなり連絡が来るもんっすから慌てたじゃないっすか」

「慌ててるようには見えなかったわよ…。で、セテオス、この人を運んでくれると助かるのだけれど」

 

 ルンに言われてロストを見たセテオスは一瞬驚いた表情をしたが、ルンにはその表情は見えていなかった。

 

「分かったっす。そっちの子は…ってララじゃないっすか!?」

「…あっ!メテオス君のお兄さん!」

 

 ララはやっとセテオスが知り合いであることに気づいたらしく、手を叩いて反応した。メテオスというのは、ララの村にいた友人であろう。

 

「えっ、あんたこの子と知り合いなの?」

「そうっす隊長。俺の故郷にいた子なんすけど…何かあったんすか?」

「あー…えっとお…」

 

 セテオスはララにそう尋ねるが、ララは言いづらそうに言葉を濁す。騎士団に村の件が伝わっていないと思ったのだろう。

 そしてその考えは間違いではなさそうだった。セテオスは頭の上にハテナを浮かべたような表情をしている。

 

「…ララが村を出るなんて、村に何かあったとしか思えないんすけど…まあ、とりあえずは怪我人を運びましょうっす」

 

 セテオスはロストをアーマーをつけていない方の肩で抱え、ルンを見た。ルンは静かに頷いてララを誘導するように手を振った。

 

「こっちが野営地よ。あなたも疲れたでしょう。休むには丁度いいわ」

「ありがとう、ルンちゃん。チャール、おいで」

 

 

 ララはチャールを肩の上に乗せた。

 ルンとセテオスは歩き始めたので、ララもそれを追う。道中には勿論モンスターがちらほらといる。セテオスはロストを抱えていて戦闘ができないので、ルンとララが戦うしかない。

 

「うー…すまないっす、にしても男性にしては軽いっすね」

「多分ロスト君それ気にしてるから本人の前では言わないであげてね」

 

 ロストを抱えているセテオスは少しふざけた感じで言うが、ララが想像するにロストは気にするタイプなので苦笑いしながらセテオスに返した。

 

「ははは…年頃の男の子ってのは扱いが難しいっすね。そういえばメテオスは元気にしてるっすか?」

「えっと、それは…」

 

 セテオスに話を振られララが少し口を濁した。気になったセテオスは訝しげにララを見る。

 

「そのメテオスっていう人はララの友達なの?」

「うん。そうだよ…でも…」

 

 ルンの言葉に返したもののララは俯いてしまった。何かしらの理由があるのかとセテオスは尋ねようか迷ってしまった。

 

「…噂が、関連してるのかも」

 

 ルンがふっとこぼした言葉にララは少しびくりとする。

 

(も、もしかしてもう村の事…)

 

「えっ隊長どういう…」

「この子、セテオスと同じ村から来たのでしょう?一つ聞いていいかしら」

 

 真剣な声のルンに気圧されそうになりながらもララは顔を上げた。その表情は年相応なものではなく、いかにも騎士の1人であることを示すような凛々しい顔だった。

 

「あなたの村は、襲撃を受けた?」

「…!どうしてその事を…それは…」

 

 ルンは実際には噂で聞いた程度だった。しかしララの様子を見るに、村の住人に何かがあったような素振りだった。その反応を見てルンはそれがほぼ確実だと踏んだ。

 ララにとっては同じ村出身のセテオスがいる以上、あまり踏み込まれたくなかった事だろう。

 

「ピーアの方へ物資を買いに行った時にたまたま部下が聞いてきたのよ。フェアロ・エルスとフェアロ・リースが襲撃されたって噂をね」

「…メテオスは…」

 

 セテオスは不安そうにララの方を向きながら言った。ララは観念したように言葉を紡ぐ。流石にセテオスの弟が関係しているとなると、言わないわけにはいかなかった。

 

「メテオス君は、ソルを追いかけて村を飛び出したの…その後どこに行ったかは私も知らない…。それに、ここまで来る途中でも出会わなかったの。出会ったのはレティウスっていう人くらい。その人も、様子がおかしいみたいだったけどね」

 

 セテオスはそれを聞いて唇を噛み締めたようだった。そして小さく「あんの馬鹿…!」とルンやララに聞こえないような声で言った。

 メテオスへの感情以外のものも見え隠れしているようだったが、ララとルンはそれに気付かなかった。

 

「そろそろ着くわね。セテオス、お疲れ様」

 

 それから暫く歩き、天幕が見えてきた。いくつか置いてあるようで、他にも騎士が居るのだろう。

 

「えっあ、ああ…そうっすね」

 

 セテオスは何かに気を取られていたのか考え事をしていたのか少しどもるような返事だった。

 

「ありがとう。ルンちゃん、セテオス君…うぅ…」

 

 ララは深々と礼をして顔を上げた途端、疲労なのか立ちくらみを起こしてしまう。

先程まで緊迫した雰囲気だったのもあるのだろう。よく見ると体のあちこちに傷が見える。ルンを探す時にできた傷だった。

 

「少しだけでも天幕の中で休んでくださいっす。隊長も休んだらどうっすか?」

 

 ララとロストを天幕の中へ寝かせ、セテオスはルンに尋ねた。セテオスなりの気遣いなのだろう。

 

「気遣いは不要よ。あなたこそ疲れていないの?」

 

 ルンは元気だという事を主張するように胸を張ってみせた。逆にセテオスが心配されている。

 

「俺は元気っすよ!少し調査したい事もあるので、俺はもう少し見回りしてきます」

「なら、私も…」

「隊長は客人をもてなしてくださいっす!心配しなくていいっすよ。あっ俺が帰ってきたら隊長がマッサージをしてくださいっす!他にも少し話したいこともあるっす。だから…おとなしく、ここで待っててくださいっす」

 

 そう言うなり、セテオスは背を向けて去ってしまった。ルンはセテオスが何を考えているのかわからなかった。

 取り残されたルンはセテオスを追いかけようとする。

 

「隊長ー!少し相談なのですが」

 

 しかし他の部下に声をかけられてしまった。ここからセテオスを追うことはもう無理だとルンは悟る。

 

「えっ…な、何かしら…」

「ええっと、実はこの道なのですけど…」

(あの馬鹿は一体何を考えてるのよ!)

 

 セテオスが去っていった方向を気にしつつ、ルンは部下の話を聞く異にした。正直その部下の話は大してルンの頭には入ってこなかった。

 

 

 

 

「ううん…むにゃむにゃ…」

『…』

 

 疲れきってしまっていたララはもうすっかり寝てしまっていた。チャールはその隣で丸くなりながら、ルンをこっそり見つめるようにしていた。

 

『…下手にやつに似てんなあ、さすが娘。変なところを引き継ぎやがって…。【あいつ】もやつに似てたばかりになあ…。さて、ボクも寝るか』

「チャールう…」

『ぎゃっ!?』

 

 チャールはララに捕まり、力強く抱きしめられた。

 

『ちょっら、ララ!ぐっぐるじっ!』

 

 その声は完全に寝ているララにもロストにも聞こえなかった。チャールは必死にもがくも無駄に力が強いララの腕を振りほどくことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

「…俺、は…。助かったのか。ララはっ」

 

 ロストは暫くして目を覚ました。怪我はある程度治療されており、擦り傷があったと思われる場所は既に傷は塞がっている。大きな傷のある場所は流石に包帯が巻かれていたが。

 ロストが慌てて周囲を見渡すと、隣の布団でララが寝ていた。前の宿での事を思い出し目を背けそうになったが、ララの方にも傷があり、一応治療を受けているのを見るとロストはひと安心した。

 

(そうか、ララは無事に助けを呼べたのか)

 

 意識がなくなる直前、ララの声が聞こえた事でララが助けに来たことはわかったが、騎士団がいたかどうかまでは思い出せない。だが一応布団などがあったり応急処置を受けていたりするのを見ると騎士団に助けられたのだろうと推測できる。

 

「はあ…だが、よく寝られたな。俺にもっと力があれば…」

 

 ロストはふと何を思ったのか、布団から立ち上がり天幕から出た。

 外はすっかり暗く、あまり出歩いて良いものでは無さそうだ。

他に人間が外にいる様子でもない。

 すると、他の天幕から人が出てきたのをロストは見た。

 

「あら。目が覚めたのね、良かった。ララが心配してたわよ」

 

 出てきた人物というのはルンだ。ロストはこんな小さな人物が騎士団なのかと驚愕したが人を見た目では判断してはいけないと自分に言い聞かせた。

 

「俺は、あんたに助けてもらったのか」

 

 ロストにそう言われてルンは「そこまでではない」と首を横に振った。

 

「私はあのベアを倒しただけよ。あなたがある程度相手を消耗させてくれていたから楽に倒すことは出来たわ。あなたを運んだのは別の人物よ。で、あなた達は山越えをするつもりだったの?」

「王都に、向かわなきゃいけないんだ。俺もララも、昔村で起こった誘拐事件について調べたくて…」

「村って…フェアロ・リースとフェアロ・エルスの事?昔起こった事件って…」

「知らないのか?」

 

 ルンは少し考えるようにしたが、その事件について思い出そうとすると、知っているようで知らない不思議な感覚に陥った。

 

「何か、起こったのは覚え、てる…でも」

「思い出したくない事なら、無理に思い出さなくていい。助けてもらったことには変わりはない。俺達に何か出来ることはないか」

 

 ロストの申し出にルンは思わず「えっ」と声を漏らした。

 

「俺だけでも何か手伝えることがあれば」

「大丈夫…と言いたいけれども」

「そういえば、俺をここまで運んでくれた人物は」

「ここにはいないわ。改めて見回りをすると言ったきり。戻ってこないの」

 

 辺りはもう暗くなっている。ロストはそれは危ないのでは、と思ったが案外ルンが慌てている様子ではなかったので大丈夫なのかと思う事にした。

 だがルンは突然駆け出した。

 

「おいっ!」

「貴方はここにいて!私はやっぱり彼を追う」

「だが…!くっもう姿が見えない」

 

 ルンは足が速く、ロストは追えなかった。

 どうしようかと思ったが取り敢えずララのいる天幕へと戻る事にした。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター12:レティウス再来

「うう…むにゃ」

「ララ!チャール!」

 

 ロストが天幕に入ってきた時、ララとチャールはまだ寝ていた。

 疲れていると思われるのであまり起こしたくはなかったが、自分1人では無理だと踏んだのだろう。

 

「んんっふぇ!?ロスト君…?あっぶっ無事だったんだ!」

『んー…何だよお』

 

 ララとチャールはロストの声で目を覚ました。1人と1匹は目を擦ったり寝起きの様子であるがロストはそれどころではなかった。

 

「この暗い中騎士の女の子が誰かを探して飛び出したんだ!」

「もしかして…ルンちゃん!?でも、誰を探して…」

『考えてる暇はない!とにかくボクが炎で道を照らすから』

 

 チャールが尻尾に火を灯し、天幕から出ていく。ロストとララはそれに続き、暗い森の中へと走っていった。見張りの騎士にちょうど見つかり呼び止められそうになったが2人と1匹はそれを気に求めず走った。

 

「ちょ、ちょっと君達!」

『さっきの子のマナを追ってみる!』

「あっす、すみません」

「ごめんなさーいっ!」

 

 ロストは見張りの騎士が少し哀れに思ったがララとチャールは全くその気もなかったであろう。

 2人と1匹の姿はもう天幕の傍にはない。

 

 

 

 

 

 

 セテオスは人影を追っていた。先程突然セテオスの様子が突然おかしくなったのはそれが原因だった。

 

「なんであんたがここに…!レティウス!」

 

 レティウス・ベリセルア。その姿はロスト達が対峙したレティウスと同じだった。セテオスは剣を構えてレティウスを睨む。

 

「はははぁ!!セテオス、よく来たなあぁ!」

「あんたっ7年前に突然消えたかと思えば!何やってるんすか…」

「何ってえ…計画を遂行するためさぁ。セテオスは知らなくていいんだがァ」

 

 レティウスは斧を構えてセテオスを見る。睨む、と言った感じではなくその顔からは感情が伺えなかった。

 

「計画?どういう事っすか!」

「さあねぇ。それにしてもお、メテオスの居場所お、気になるかぁ?」

 

 メテオス、というのを聞いた時にセテオスは目を見開いた。それと同時にセテオスは剣をレティウスに向かって振り上げる。

 

「メテオスに…何をしたっすか!」

 

 しかしレティウスはその剣を軽々と避ける。感情が昂っているせいでセテオスの剣筋がぶれぶれになっているのだ。

 

「少し脅してぇ、計画に協力してもらうのさぁ!」

「だからその計画って…それに、あんた、そういう奴だったんすか…俺達の両親はそんなこと望んじゃ!!」

 

 セテオスの口ぶりは、まるで昔からレティウスを知っているようだった。だが、今セテオスの前にいるレティウスは少なくともセテオスの知っている彼とは違うのだろう。

 

「両親?あぁ、俺が殺したさぁ。あんまりにも煩いんでねぇ」

「っ…!?あ、あんた…それでも俺の兄貴っすか!!!」

 

 セテオスは耐え切れずに激昂した。

 2人の会話からすると、2人はどうやら兄弟という関係らしい。そして、レティウスが両親を殺したという事。

 

「あははははぁ!!」

「やああああっ!!」

 

 セテオスは笑い狂うレティウスに剣を左から振った。レティウスはそれを避けようとするが左腕をかすり、袖が破れ血が流れる。

 だがレティウスはそれを気にもとめず、右手で持った斧をセテオスにぶつける。

 

「ああああああっ!!」

「おいおいぃ。俺を失望させないでくれよぉ」

 

 セテオスは斧をぶつけられた勢いで近くの木に打ち付けられる。それを見たレティウスはセテオスを煽るように鼻で笑いながら言った。

 

「……っ蒼破刃!!」

 

 その声が響いたのと蒼い衝撃波がレティウスを襲ったのは同時だった。セテオスにとって聞き慣れた可憐で、そして気の強い少女の声。

 

「んあぁ?だぁれだ?俺様を邪魔ぁするのは」

「な、なんで…どう、して……」

 

 セテオスは声、そして衝撃波が飛んできた方向を見る。そこに立っていたのは、大鎌を携えた小柄な少女、ルンだった。

 

「セテオス。私は貴方の上司なの。部下に勝手に動かれては困るわ」

「そ、ういう…問題じゃ…こいつはっレティウスは強いっす!隊長でさえも立ち向かえるか…!」

「だからって!諦められないもの。私はこの手の届くすべてを守る…それが騎士、それがフェアロ・ドーネ騎士団の人間なのよ!」

 

 ルンはそう言ってレティウスに蹴りを入れる。

 斧を使い、動きの遅いレティウスに比べてルンは小柄で大きな鎌を持っているものの動きは身軽。

 そしてルンは先ほどのセテオスとは違い、冷静に戦っている。流石弱冠13歳にして部隊長に選ばれる程だ。彼女の実力自体はそれなりにある。

 

「ちょぉこまかとおおお!!」

「隊長っ!危ないっす!」

 

 レティウスが周囲の木を切り倒す、素早いルンの動きを少しでも封じる為だ。そのレティウスの目的に気付いたセテオスは叫ぶが、ルンは倒された木に武器である大鎌を挟まれてしまった。

 

「……っ!」

「武器さえなけりゃあ、部隊長といえどぉ」

「『来ないで』!」

 

 一瞬、ルンの言葉を聞いたレティウスの動きが鈍くなった。セテオスは少し違和感を感じたが、ルンはレティウスから逃げる事に必死だった。

 セテオスは立ち上がり、ルンを守る為にルンの元へ走ろうとした、しかし先程の傷が痛み、そう安々とルンの元へ行かせてはくれない。

 

「人質としてぇ使わせてもらうぜえ!」

「きゃっ!!そん、な…私、誰も、まも、れな…」

 

 ルンはとうとうレティウスに捕まってしまった、セテオスはなんとか力を振り絞り立ち上がった。しかし、レティウスはルンを盾にしてセテオスに攻撃させまいとしている。

 

「せ、セテオス!あんたは私に構わないで…!」

「声、震えてるじゃないっすか…」

 

 そうルンの言葉に返すも、セテオスは自らの手にこの状況を打破する為のカードがない事をわかっている。

 

(あの人達が…なんて、頼っちゃダメっすよねえ)

 

 セテオスは、諦めかけていた。しかし誰かが来ることを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 チャールの辿る道を頼りにロストとララの2人は夜の山道をかける。チャールは恐らく人のマナの気配を辿って走っているのだろう。

 ロストはこけそうになったがララに無理矢理手を引っ張られてこけはしなかった。

 

「うわっ!」

「ロスト君足元に気をつけて!」

「気をつけろと言われたって!おいチャール、本当にわかるのか!」

『わかるからこうやって…!』

 

 チャールが突然立ち止まった。ララに引っ張られていたロストはその先にあった木にぶつかった。

 

「がっ!!」

「あ、ごめん。ねえチャールどうしたの?」

「ごめんで済ますな…俺一応大怪我してたんだぞ…」

 

 ロストはぶつかった部分である額を抑えながら呆れたように言った。ララは少し苦笑いしてスピアロッドを構えた。

 

「あははは…じゃとりあえず、ファーストエイド!ねえ、チャール」

 

 改めてララがチャールに問いかけると、チャールはどこかを真っ直ぐに見つめていた。

 

『ヤツだ…』

 

 チャールの視線の先には、レティウスの姿があった。ルンとセテオスの姿もある。

 

「ルンちゃん…っ」

『あまり下手に動くなよ』

 

 今にも飛び出そうとするララをチャールは静かに制した。よく見るとルンはレティウスに捕らわれているようだった。

 

「…水の戯れよ」

『っておいロストっ』

 

 詠唱を始めるロストをチャールは止めようとしたがロストは構わずに詠唱を続ける。初級術なためすぐに詠唱は終わる。

 ロストの視線はしっかりレティウスを捉えていた。

 

「スプレッド!!」

 

 スプレッドを唱えたと同時にロストは駆け出す。その手にはしっかりと剣が握られていた。戦う気満々だ。

 

「待って!」

『くっそ沸点低いなあいつ!行くぞララ』

 

 チャールとララは一足遅れるものの、ロストを追いかける。

 

「はああっ!大丈夫か!」

「おまえはぁ…あの時のぉ…!」

 

 ロストは、レティウスが捕らえていたルンを助ける為に、スプレッドで気を引いた後に強襲し、ルンを取り返した。

 セテオスは傷を負っており、剣を立てて片膝をついていた。

 

「あっあなたは…っ!いたたっす…」

「あんたはこの子を頼む」

「あっは、はいっす」

 

 セテオスは現れたロストに驚愕の瞳を向けるものの、ロストからルンを任されるとルンを片手で抱える。そこにララとチャールが到着する。

 

「セテオス君!ルンちゃん!」

『くそっどうしてお前はこうなんだロスト!ララ、セテオスってやつ結構怪我してるぞ!』

「わかった!癒しよ…ファーストエイド!」

 

 ララはセテオスの近くに立ってスピアロッドを地面に突き刺す。と同時に魔法陣が広がり、セテオスの体を光属性のマナが包む。

 

「レティウス、お前は一体何をしようとしていた」

 

 ロストは剣をレティウスに向けながら問いかけた。まともな返答は戻ってこない事くらいはロストには予測できていた。

 しかし、返ってきたのは意外な答えだった。

 

「何ってさあ、かーわいい弟に、頼みごとをぉしていたぁだけさぁ」

「弟…?」

「そうそうぅ。そこにいるセテオスってのぉ、俺の弟なんだわぁ」

 

 その場にいる全員は、ついセテオスを見た。

 セテオスは呆れたような表情をしてため息をついた後に、忌々しいとでもいうような顔をレティウスに向ける。

 

「まさかあんたがこんな事をやってるとは思わなかったっすよ。レティウス」

「あははははぁ!まぁさかセテオスがこんなぁにカワイイ子連れてるなんてなぁ!」

「…くっあっあんた何でこんな…」

 

 セテオスに支えられたルンはレティウスを睨みつける。しかしレティウスはそんなものを気にも止めずにセテオスを煽るように言うだけだった。

 

「こいつは俺の両親を殺し!俺の弟であるメテオスを利用して何かをしようとしているっす!!それは絶対に許さないっす!」

 

 ララに数を癒してもらったセテオスは剣先をレティウスに向ける。ロストはまだやめとけ、と言おうとしたが今止めたとしてもセテオスは止まらないと判断した。

 

「セテオス、俺もあんたに加勢する。こいつには借りがあるからな」

「大丈夫なんすか?」

「十分に休んだしな。ララ、回復を頼む」

「りょーかい!ルンちゃんはもう少し休んでてね。我が同胞に力を…シャープネス!」

 

 ララの唱えたシャープネス…攻撃力を増強する術がかかったことを確認するとロストは真っ先にレティウスを目掛けて走り出した。セテオスもそれに続く。ララは後ろから術を唱える構えをして戦況を見ている。

 

「「魔神剣!!」」

 

 セテオスとロストの声が重なる。2人の放った攻撃はレティウスに当たる。先程のセテオスがつけた傷の部分に当たったせいか、少しだけレティウスは顔を歪めた。

 

「はっ!せいっ!」

 

 ロストが両手で強く握りしめた剣をレティウスに向けて右から振りかざす、レティウスはそれを斧で軽く受け止め、そのまま突き飛ばした。

 

「そーれえっ」

「ぐはっ!」

「ロスト君!お願い、守って…バリアー!」

 

 既に攻撃を受けた後だったものの、次のレティウスの攻撃に耐えるためにとララはバリアーを唱える。次にまたララはスピアロッドを地面に突き刺し詠唱準備をする。

 

「後方支援…かぁ……うぜえなあ!」

「今度はそうさせるかっ!ララに手を出すなら、俺を倒してからにしろ!」

 

 レティウスがララに向かって攻撃しようとしたが、今度はロストが先手を打って妨害をする。

 

「癒しよ…ファーストエイド!ありがとう、ロスト君」

 

 そうしている間にララの唱えていた術が発動した。ロストは前回の戦闘から学んでいたのだ。

 前衛の自分が後衛のララを守る事。それが戦闘でロストがやるべき事の一つだ。

 

「俺も忘れて貰っちゃ困るっすよ!そいやっ!!」

「うぐぅっ!!くっそおおおおお!!!」

 

 セテオスの渾身の一撃がレティウスの背中を直撃し、セテオスと最初対峙した時の余裕さはすっかり消え、もはや哀れな姿となっている。何かに焦っているようでもあった。

 

「くううううっ!きっ消えたくないっ!けさなぁいでぇくれぇっ!」

「殺しはしないっすよ、一応、こんなんでも兄貴なんすから」

 

 苦しそうに悶えるレティウスに向けて、セテオスは冷たく言い放った。

 

 しかし、次の瞬間に一同が見たのは驚きの光景だった。

 

「いゃだ……いやだあああああああ!!!!」

「な、なによ……これ」

 

 ルンは絶句した。

 レティウスの体が、光の粒子となって消えていく。

 

『…こいつは…』

 

 チャールはそれがどういう事なのか気付いたようだ。ララとロストは、既視感を覚えている。セテオスは、先程まで「それ」が必死だった理由を理解した。

 

「クローン技術…!」

 

 憎しみの感情が籠った声でセテオスは呟いた。

 

「まって、それって…禁じられた技術でしょう!?資料も封印されてるわよ!?」

 

 フェアロ・ドーネ騎士団でも、存在は教えられる禁断の技術。オリジナルと呼ばれる元々の人間から生み出されるそっくりの人間。

 そう、今目の前で消えていくレティウスは本物のレティウスではないのだ。

 

「ちっ!!じゃあ、本物のレティウスはどこにいるんっすか!!」

「セテオス落ち着きなさい!…ひとまずは、野営地にもどるわよ」

 

 感情の昂りを抑えられないセテオスを制しつつも、ルンはそう提案した。

 ロストもララもチャールもそれに賛同し、一行は暗い道の中チャールの尻尾の火を頼りに来た道を戻る。

 

「さて、ついたわ…もう夜も遅いし、貴方達は出発は朝になりそうね」

「うん、そうなるかも…お世話になります」

 

 ルンに言われたララは真っ暗になった外を見る。月が綺麗に輝いているし、山の上だからか星もたくさん見える夜空だ。

 

「俺達は明日、リイルアに向かう…」

「私も行っていいかな」

 

 ルンが突然そう言い出した。セテオスもそれは予想していなかったらしく「へ?」と声を上げた。

 

「禁断のクローン技術が使われてるって事は、大きな事件が起こる前触れかもしれないわ」

「たしかにそれもなくはないかもしれないっすけど……」

 

 セテオスはそこまで言った後に、降参とでも言うように首を振った。

 ルンには逆らえない上にルンがついていかない理由がないのだろう。

 

「暫くはここを任せていいかしら」

「いいっすよ。隊長は言い出したら聞かないっすし」

 

 そうと決まれば、と思うとララは大きなあくびをした。

 

「そろそろ寝た方がいいわね。おやすみ、朝日が登ったら出発よ」

「わかった。ララ」

「うんー……ねむい……」

 

 ロストはいかにも眠そうなララを連れて天幕へと戻った。それを見送ったルンとセテオスもまた自らの天幕へと戻る。

 

 そして、その夜はふけていく。

 

「……」

 

 早朝、朝日が登る少し前、セテオスは1人起きて1羽の鳥に手紙を託していた。

 これは騎士団長へ直々に宛てた手紙だ。中にはロスト達の事が書いてあるようで、恐らくルン達が王都に着く前に手紙が騎士団長の手元へ来る事を想定しているのだろう。

 

「おはよう、セテオス」

「隊長、早起きっすねえ…」

 

ルンが天幕から出てきた。既に旅の支度は済んでいるようだった。それに続いてロストとララも出てくる。

 

「一晩止めてもらい……ありがとうございました」

「本当に助かったよ!ルンちゃんにはこれからも助けてもらうし!」

 

 あまり例を言うのに慣れていないのかたどたどしくロストが例を言った後に、ララはルンの手を握って目を輝かせている。

 

「ま、まあね…セテオス、行ってくるわ」

「行ってらっしゃいっす」

 

 ルンが歩き始めたのにつられ、ロストとララが続く。セテオスはそれを野営地から見送っていく。

 3人の姿が見えなくなっていく。

 

「行ってらっしゃいっす…隊長、そして……」

 

 セテオスが最後に続けた言葉は少し強くなった風にかき消され、誰の耳にも届かなかった。その時のセテオスの表情は、心配そうな…しかしどこか安心したような表情であった。

 

「貴方が無事であると分かっただけ、我々にとっては、大きな希望っすよ」

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター13:ロキ王の悩み、王都への到着

「私達が目指す場所がフェアロ・ドーネ騎士団本部のある王都、フェアロ・リイルアって事はもう確定してるのよね」

 

 山を降りていく途中でルンは書きかけの地図を広げながら言った。

 ルンを仲間に加えた一行は、7年前の事件の記録があるかを調べる為に騎士団本部の持つ資料を探しているのだ。

 

「俺達のいるこの山からはどのような方向に行けばいいんだ」

 

 ロストは未だにこのフェリサ・テック恐山からどの方向へ向かえばいいのかわからず、ルンを先頭にして歩いている状態だ。

 

『この山からは東に真っ直ぐ向かえばすぐに着くぞ』

「そうか」

 

 チャールが軽くフェリサ・テック恐山からリイルアへの大まかなルートを尻尾でなぞる。と、そこでルンがずっと気になっていたのか控えめな様子でチャールを見つめていた。

 

『ん?なんだ?』

「やっぱり、喋ってるのね」

 

 ルンの視線を感じ取ったチャールは、ルンの方を向く。ルンは固まった表情を浮かべていた。

 

「あー、やっぱりルンちゃん、チャールの事気になってるのかな」

『あっ』

 

 チャールがルンを見ると、ルンは訝しげにチャールを覗いてくる。

 少しだけチャールはルンの瞳を見て『うっ』と露骨に嫌な顔をしたがルンはそれに構わなかった。

 

「チャール、と言ったわね…あなた、何者なの?」

『そうだなー…狐、とても言っておくか?』

「犬じゃなかったの!?」

「犬だと思ってたのか!?」

 

 チャールの言葉にララやロストもそのような反応をするので、ルンは本格的にチャールの正体がわからないのか、とため息をついた。

 

「しかし、これを見ると本当にあの山を通らなければ王都への道のりは遠いんだな」

 

 ロストが話を逸らすようにルンの話を頭の中で整理しながら言った。

 ルンの話によると、フェリサ・テック恐山を通らなければピーアから王都リイルアまでは3日近くかかるのだという。

 

「だから、あの山をどうにかして一般人も通れるようにできないか私も模索してるの。それが私のいるパーフェクティオ隊の今の任務なの」

 

 ルンはしっかりとした瞳でそう言い切った。どうやらルンには何かしらの決意があるらしい。

 

「こんな時に隊長さん連れ出しちゃってよかったのかなあ…」

 

 ララも流石にルンが隊長であることについてわかって来たらしく、ロストに耳打ちした。

 

「大丈夫じゃないのか?なにやら深刻な事が起こっていたらしいしな」

「うん…でも、私達のことに巻き込んじゃ…」

 

 珍しく消極的な事を言うララの声はルンに聞こえたのか、ルンがララをじっと見上げる。

 

「あのねえ、私は巻き込まれたんじゃないの。自ら貴方達の事情を聞いた上で同行してるの。何でもかんでも自分で背負うのは……」

 

 そこまで言ったところでルンの口がとまる。何か言い淀んでいるようだが、ララはルンに「ありがとう」と言った。

 

「ルンちゃんが手伝ってくれるんだもん!私が一番頑張らなきゃ!」

「…そうと決まれば、王都へすぐ向かおう。俺達の目的はそこにあるからな」

「じゃあ、王都へは私が案内するわ。ついてきて」

 

 フェリサ・テック恐山を出るあたりで、ルンは地図をしまって歩き出した。ロストとララ、チャールもそれに続くように山を出た。

 ルンは山を振り返って小さく「行ってきます。みんな」と、改めて言った。

 

*****************

 

「…エッシュよ」

「何でございましょう。陛下」

 

 王都フェアロ・リイルアの城の中。

 王の間でフェアロ国王、サイスロキア・ヘンリー・フェアロ。通称ロキ王は傍にいる大臣、エッシュに声をかけた。ロキ王は年老いた見た目をしており、次の後継者を早く王座にあげなければならない。

 

「まだ、ディアロットは見つからないのか…それに、アンリも…」

「すみません…ですが陛下、アンリ様はともかくディアロット様は」

「ディアロットが死んでいるわけはなかろう!いや、あってたまるものか!!」

 

 突然声を張り上げたロキ王にエッシュはびくりと肩を震わすものの、ロキ王を見つめた。ロキ王の息子であるディアロットという人物、そして、ディアロットの子であるアンリという人物が行方不明になっているのだ。

 

「陛下……」

「すまぬ、少々取り乱した」

「もう国民に隠すことは無理です陛下。ディアロット様を大々的に捜索するしか」

「国民にいらぬ心配をかけさせたくないのだ。それはわかってくれ、エッシュよ」

 

 ロキ王は頭を抱え、俯いた。

 

「ディアロット様が行方不明になられてもう、18年ですか…」

「アンリとブラッティーアの娘が行方不明になってからは7年じゃ。あの忌々しい拉致事件さえなければ…」

「フェアロ・エルス、フェアロ・リースの襲撃事件の事ですね。もう、ブラッティーア家には生き残りはいないと」

「じゃが、母親であるリノスがアンリを保護してくれていたという話も、リースのレイシから聞いておった。アンリは絶対に生きている」

 

 はっきりと確信したように言うロキ王に、エッシュはため息を隠せなかった。

 

「ですが、ウンディーネ様は今、この世界に居りませぬ。水属性の均衡が今、この世界では崩れかけてるのです」

「リノスはウンディーネ…ウンディーネの消滅は、本当の話なのじゃな」

 

 ロキ王はなんとも言えない、という風に目を細める。そこへ1人の男性がやってきた。

 ルンの父親であり騎士団長のリンブロア・ドーネだ。

 

「リンブロア、お主か」

 

 ロキ王はリンブロアに親しげに話しかける。

 2人は昔からの友人という事もあり、国王と騎士団長という立場ではあるもののリンブロアはロキに対して敬語を使ったり遠慮したりはしない。

 

「先程から声はかけていたのだが、お前が返事をくれないから入らせてもらった。しかしながらロキ。お前はまだディアロットの事を諦めていないのか…」

 

 リンブロアに言われロキ王は「またその話か」と呆れたように呟いた。

 それほどまでにロキ王は行方不明になった息子を探し続けているのだろう。いなくなって20年近くも経つというのだ。普通は生きているとは思わない。

 

「もう諦めるんだな。私は近々ルンが報告の為に王都へ戻ってくるからその準備をしないといけない、すぐに退室させてもらう」

「…この親バカめが」

「お前に言われたくない」

 

 リンブロアはにやりと笑ってその場を後にした。

 

「はあ、騎士団長と陛下は、本当に仲がよろしいのですね…」

「リンブロアと話したら、少し楽になったわい。さて、公務に戻るかの」

「休憩もほどほどにしてくださいよ、陛下」

 

 エッシュは疲れたようにいう。ロキ王の表情には先程とは違う晴れたような表情が見えた。

 

********************

 

「はああっ!!」

 

 ルンの大鎌がモンスターへと向かう。その刃はモンスターを切り裂いた。

 王都へ向かう道の途中には、当然モンスターが潜んでいた。

 

「ふう、ルンがいてくれて心強いな…」

「そんな、私はまだまだよ。ユアさんにはかなわないもの」

 

 ルンは周囲にもうモンスターがいない事を確認しながら言った。ロストは「そうなのか?」と首を傾げたが、ルンの返しは気弱なものだった。

 

「騎士団の副団長、ユア・メウルシーはとても凄い人よ。何せ、100年前の三国戦争を終結へ導いた英雄だもの」

 

 ユア・メウルシーと聞いた途端にロストは何かが引っかかったのか目を細めた。それとは逆にララはルンの話に食いつく。

 

「すごーいっ!フェアロにはそんな凄い人がいるんだ…!ルンちゃんもいつか、そのユアって人みたいになりたいの?」

「ユアさんみたいになるにはまだまだ鍛錬が足りないわ…でも、いつか仕える殿下の為にも、もっと強くならなくちゃ」

「でんかって……なに?」

「あなたそれも知らないの!?」

 

 女子2人のトークについていくことも出来ず、チャールはロストの肩の上に飛び移った。

 

『はあ…』

「お疲れの様子だな。それにしてもチャール、一つ気になったんだが」

『な、なな、何?』

 

 ロストの問いかけに何故かとても挙動不審な態度を見せたチャールにロストは訝しげな視線を送る。

 

「何でそんなに挙動不審なんだ…。ララ、あまりにも常識を知らなすぎないか?」

『村の人達に異様に過保護にされてたからな…村の外にだそうだなんて考えてなかったさ、あの大人達は』

 

 ロストとララは似ている境遇のはず…だとロストは思っていたが、ララの方は少し自分とは村での扱いが違ったようだ。

 

「ララの方はそうだったのか…まあ、俺もシェルフィールの森より外には出たことは無かったが…あそこまで何も知らない訳では無い」

『…やっぱ、少しは教育した方が良かったよなあ』

 

 チャールはララの方を見ながら少し自責気味に言った。

 

「お前が教育するのか…?」

『突っ込むのそこかよ…』

「話し込んでるところ悪いけど、早く行くわよー!」

 

 ルンはララとの話が一段落ついたのかロストとチャールに声をかけた。

 

「わかった。行くぞ」

『へいへい』

 

 チャールはララの方に乗り移って3人と1匹は王都への道をまた行った。

 

 

 

「うっわー…凄い門」

 

 そうして歩く事恐らく10分近く、ララは王都へ入る入口を見て感嘆の声を漏らした。大きな門が開いていてそこをたくさんの人が通っていく。流石国の中心部とも言えるだろう。

 ロストも流石に(恐らく)王都を見るのは初めてなのできょろきょろと辺りを見渡していた。

 

「さて、と騎士団の資料室へは一旦本部で許可を取ってから行くわ。騎士団の資料室はとても厳重にしなければならない事から地下洞窟の奥にあるの」

「地下洞窟なんてものがあるのか…」

「ええそうよロスト。だから武器の準備もしておいてね。魔物使いの使役するモンスターが大半だけれども、野生のモンスターも住み着いてしまってるもの」

『なるほどなあ…確かにただの人間には入れないな』

 

 モンスターが蔓延っている。という事なのだろう。チャールは『ボクも行かなきゃなのかー』と不満の声を漏らしていたが。

 

『なあ、ボクは別行動していいか?今から騎士団の本部に行くんだろ?』

「そりゃそうだけれども…許可は取りに行かなきゃいけないもの」

 

 チャールは何かを思い出したようにして苦い表情を浮かべる。

 

「でもチャールだけで行動は危ないし…」

『ならロスト!お前がボクと行動しろ』

「俺!?」

 

 突然話を振られたロストは「ええ……」と明らかに嫌そうな顔をする。少し騎士団の本部を見てみたい気持ちはあったのだろう。

 

『お願いだ!ということで、ボク達は宿屋にいる!じゃあな!』

「おいチャール!引っ張るな!くそっ!ララ、ルン、すまん……後は頼む……」

 

 ロストはチャールに引きずられながらララとルンに言った。ララは「あちゃー」と苦笑いしていた。

 

「連れていかれたわね」

「うーん、なんかチャールの様子がおかしい気もするけど…私達は騎士団の本部にいこっか」

「ええ、そうね……」

(本当に、挙動不審だった…チャールは何かを知ってるの……?)

 

 ルンはチャールの行動に疑問を持ちながらも、騎士団の本部へ向かうことにした。

 

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター14:チャールの疑惑

「…」

 

 チャールに無理矢理引っ張られていたロストは、チャールと共に宿屋へと向かっていた。とは言ってもチャールがロストの肩に乗って宿屋を探しているだけだが。

 しかし、探すという程でもなく、宿屋は見えてきた。

 王都についてからチャールの様子がどこかおかしいと思ったロストはそのままチャールについてる事にしたが、チャールについての疑問は膨れ上がるばかりだった。

 

「なあ、何故俺を連れて来たんだ」

『お前がちょうど良さそうだったから』

「ララでも良かっただろ?わざわざ何で俺なんだよ」

 

 チャールはそう言われて考え込むように尻尾でロストの頬を軽く叩く。ロストは「はあ」と呆れたようにため息をついた。不機嫌なように見えるのはロストはそれほどまでに騎士団本部が気になっていたのだろう。

 

『…早く行くぞ』

「え、あ、ああ…」

 

 ロストは街を行く人からの視線に何かを感じたがチャールの言う通りに進むので精一杯なくらいに、ロストにとって王都というものは広かった。

 

「ここが宿屋か?」

『そうだな、じゃあ3人分宿をとるか』

「1人部屋と2人部屋な。もうあんなのはごめんだ」

 

 ピーアでの事を思い出しながらロストは苦い表情を浮かべて言う。チャールもロストの心中を察したのか『あー……』と同情気味に言った。

 

『まあ、そうだよな…普通そんなんだよな…大丈夫だ。あんな事考えるのはきっとララくらいだ』

「だといいが…。それにしても、先程からどことなく視線を感じるんだが…何でだ?」

 

 ロストがふと発した言葉にチャールは何も言わず頭を垂れた。

 街行く人からのロストへの視線はただ旅人へ向けるような視線ではなかった。人の視線は驚くようなものであったためであろう。

 

「お前がこの王都の事を妙に知っているのも気になるところだが、わざわざララでなく俺を連れてきた事にはやっぱり意味があるのか?お前は俺の事を何か知ってるのか?」

 

 更にロストは質問を加速させた。だが、やはりチャールからは返事が無い。そのままチャールの返答がない事を確認したロストはまあいいか、と宿の受付を済ませる事にした。本当は問い詰めたいところだが、今はその時ではないとロストは判断したのかもしれない。

 

「宿をとるのはいいがそれからどうすればいい?」

 

 受付を済ませたロストは取り敢えず宿のロビーの椅子に座っていたが、何をしよう悩んでいた。チャールも『そうだなあ』と目を泳がせていた。

 

『宿屋にいることしかできないだ…ろ…………』

「チャール?おい、どうしたんだ?」

 

 突然言葉を発しなくなったチャールにロストは声を掛けるがチャールは固まって動かない、チャールの視線の先を見つめると、そこには女性がいた。

 

「レイナ…?いや、違うか…」

 

 その女性はレイナにとても似ていた。違うと言えば瞳の色や髪の毛に黒いメッシュが入ってるくらいであろう。

 それだけその女性はレイナに似ていた。

 女性は宿の受付をしていた人物と話している。だが宿をとる、という雰囲気ではなさそうだ。ロストがついその女性を見つめていると、向こう側はロストとチャールの存在に気づいたようだ。

 

「あら、あなたが…ロスト・テイリアね」

「えっどうして俺の名前を…」

 

 女性に見つめていたことがばれたのと、相手が自分のことを知っていたことでロストは一瞬混乱するが、女性の胸元に見覚えのある紋章があった。

 

「私はフェアロ・ドーネ騎士団副団長。ユア・メウルシーよ。話はルンから聞いたわ。大変だったわね」

「…はい…あの、ユアさん、は…」

 

 ユアにしっかりと見つめられ、ロストは言葉に詰まる。あまりにもレイナに似すぎていることに疑問しかわかないのだ。

 

「実は、貴方達が来るのを待っていたのよ。ちょうど良かったわ」

「えっそうなんですか?」

「ええ。まあ、本題は本部に向かったルンの方が話すみたいね。それにしても、その肩に乗ったペット…かしら?」

 

 ユアの視線はロストの肩に乗っているチャールに向いた。チャールはユアの視線から逃げるように動き回った。明らかにチャールはユアを知っている素振りだ。

 

「お、おいチャール!」

「あらあら、やんちゃなのね…」

 

ユアは逃げるチャールを目で追いかけながら笑った。その表情はかつてのレイナを思い起こさせる、とロストはユアを見つめた。

 

「本当は、もっと生意気な奴なんですけどね…あの、俺…貴方にどこかで会った事ありますか?」

「突然どうして?」

「見た事のある顔…だったんで」

 

 それは実は嘘なのだが、レイナになぜそんなにも似ているのかロストは気になった。レイナに似ているという事は自分にも似ているという事なのだから。

 

「ふふ。さあね…さて、生意気ならあなたも変わってないのね、じゃあルンのところに行かなくては、今はロンドが突然手をあけられなくなったもの。娘に会いたがってたのにねえ。縁があったらまた会いましょう」

 

 ユアはそう言ってこの場から去った。チャールはユアの目の前では一切喋らなかった。

 ロストはそれがどことなく腑に落ちなかったがユアの方はチャールを知っていた様なので何かしらあると思う事にした。

 

(…そして、ユアさんは俺の事も知っている…?)

 

 彼女の見せた思わせぶりな態度。それが何なのかはロストにはわからなかった。

 

『…ふう、行ったか』

「…」

 

 やはり気になっているロストはチャールへの疑問を投げかけようとしたが、先程のように流されると分かっていたので、敢えて聞かなかった。

 しかし、やはりそこにあるのはチャールに対する疑いのみだった。

 

 

 

 

 

 

 一方のララとルンは、ロスト達と別れた後に騎士団本部へ行く道中で店を見たり必要なアイテムの買い足しをしていた。

 

「ねえ、ララ」

「どしたの、ルンちゃん。なんか難しい顔しちゃって」

 

 ルンは必要なアイテムを選んでいるララに問いかけてみた。ルンが尋ねたいのは彼女自身がロストとララに合流してから気になったことだった。

 

「チャールと言ったあの生物…ララは詳細は知らないの?」

「チャールについて詳しい事?うーん、いつの間にか一緒にいたけど、チャールがどこから来て、何者なのかは知らないな」

 

 返ってきたのはルンにとっては何の収穫にもならない返事だった。暫く行動を共にしていたララにすらチャールの正体はわかっていないのだ。

 

「じゃあどうしてチャールは、騎士団本部を避けるようにしたのかしら…?」

「避けた?」

「騎士団本部と宿屋の位置は、割と遠いのよ。騎士団本部には宿舎もあるから宿屋に騎士が行くなんて滅多にないことだし」

「へえー。じゃあチャールは騎士団本部に行きたくないんだ…もしかして知り合いがいたりして?」

 

 ララは完全に自分と出会う前のチャールを知らないので、想像しながら自分の中の例えを挙げてみる。

 ルンは「確かにね」と頷いた。ララは取り敢えず買い物を済ませ、近くのベンチに2人で座った。話しやすくするためだろう。

 

「ねえねえ、もしかしてチャール…あんな見た目だから何かの実験生物とかだったりして…!」

 

 ララなりの精一杯の冗談だったが、ルンは真剣な顔で同意の言葉を続けた。

 

「そうね、確か騎士団には科学班があったもの」

「えっ」

「チャールが誰かに実験台にさせられてた可能性もあるものね、ってララ?」

 

 ルンが顔を上げるとララの表情は固まっていた。ルン自身は割と冗談のつもりだったがララは真に受けてしまったらしい。

 

「ちゃ、チャールが実験台にされちゃう!?」

「じょ、冗談よ…真に受けないでララ」

 

 ルンがきちんと冗談であることを伝えるとララはほっと胸をなでおろした。

 

「なあんだ、冗談かあ…よかったあ」

 

 「そうに決まってるでしょ」とルンは言うものの、ルンの中ではチャールに対する疑いでぐるぐると思考が回っていた。

 

(でも確かにチャールは『本部にいる人間』に会いたくないのかもしれない。チャールについて、もう少し調べてみる必要があるのかも、あまり悪い生物にはみえないし、疑うのも悪い気はするけど…念には念を…)

 

「じゃあもうそろそろ行こうルンちゃん」

「え?ええ、そうね」

 

 ララは立ち上がって背伸びをする。それに続いてルンも立ち上がった。

 

「ほらほら、ルンちゃんが案内してくれないと私迷っちゃうよー!」

「わかってるから先に行かないの!」

 

 ララの言葉にルンはまたふっとチャールの行動を思い出す。

 

(あれ?チャールは王都に慣れていた様子だった。でもララは王都の事を知らない、と言うことはララに会う前にここにいた…?わからない、わからない……)

 

「ルーンちゃーん!」

「ああもうわかったからそこで待ってなさい!」

 

 急かすララにルンは取り敢えずチャールの件は考えない事にした。

 

(今は、考えなくてもいいよね…?)

 

 ルンはララのそばへ行き、そのまま王都の中心近くにある騎士団本部へと向かって行った。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター15:騎士団副団長ユア

「ルン殿、戻っておられたのですか」

「はい、少し…調べたい事があって、ですけど」

 

 1人の老騎士がルンに声をかける。騎士団本部に入る時にルンは胸元の紋章を見せ、入ってきたのを間近で見ていて、ララは改めてルンが凄い人物なのだと感心していた。

 

「ララ、今から騎士団本部に入るけども…」

 

 ルンはララを振り返って言う。何度もこの建物の中に入っているルンにはララに対して不安な点が一つあった。

 

「う、うん…?」

「くれぐれもあまり騒がないようにね?」

 

 ルンがあまりにも真面目な顔をしていうものなので、ララはついきょとんとしてしまった。

 ルンからはララはだいぶ子供らしく見えていたのかもしれない。

 

「大丈夫だよルンちゃん!私これでも結構おとなしいんだよ!?」

 

 ララは当然と言った風に胸を張った。

 

「あー、うん、わかったわ…」

 

 大丈夫じゃない。ルンはそう考えた。

 ララは恐らく建物の中に入ってそうそうおとなしくはできないとルンは察した。そして2人は騎士団本部の中に入った。

 廊下を歩く騎士達は揃ってルンを見て驚いた顔をしたり、複雑な表情をしたり、なんだかルンはあまり騎士団では受け入れられていないようだった。

 

「…」

 

 ララ自身に向けた視線もあったかのようにララは感じたが、気のせいだと思っていた。

 

「あんた、背が高いから余計目立つのよね」

「え?あ、そうなのかな?」

 

 ルンはララを見上げた。ルンとララの身長差は結構あるようで、ルンはララを見上げないとマトモに顔を見ることもできない。

 ララは少女というにしては身長が高いのが特徴だ。年齢にしては身長が低いルンは正反対である。だからこそこの2人が並んで歩いていると目立ってしまうのだろう。

 

「此処が団長室よ。この手前のところが副団長室。客間も一応あるけれど大して使われないわね。騎士の宿舎はこの建物から少し離れたところにあるわ」

「ほへー…凄いなあ」

 

 団長室の扉はララよりも大きく、豪勢な雰囲気が出ていた。騎士団の建物でこれなのだから城内となるともっと豪華なのだろうとララは推測した。

 

「ルンさん、戻ってこられてたんですか」

「今とうさ…団長はいらっしゃるかしら」

 

 ルンが団長室の前にいた騎士に話しかけると、その騎士は「あー…」と少し困ったようにしていた。

 

「団長は今席を外されておりまして…副団長も今は…」

「今、戻ったわよ」

「ユアさん!」

 

 突然現れたのは一人の少女にも見える女性。

 ララは「ロスト君に似てるなあ」と呑気に呟いていたが、ルンはかしこまった態度になった。

 相手は上司なのだ、当然であろう。

 

「あなたがララね」

「は、はい…?」

 

 ララは何故自分の名前を知っているのかというふうにきょとんとしていた。ユアはそれに対して微笑みながら言う。

 

「セテオスやルンからの報告で既に聞いたわ。先程宿屋に向かったのだけれど、もう1人はかわいいペットを連れていたわね」

(ペットなんて言われたらチャール怒るだろうなあ…)

 

 ララはユアの話を聞きながらそう思っていた。ユアは「さて」と副団長室の扉を開けた。

 

「ここで話すのも疲れるわ、中で詳しい事は聞きましょう」

「はい。失礼致します」

「あ、ありがとうございます」

 

 2人はユアに連れられて副団長室へと入った。中は客人をもてなすためなのか3人掛けのソファとテーブルが置いてあった。副団長室なだけあって部屋は豪勢だ。これでも精一杯質素にしているらしいのだが、それでも田舎の村に住んでいたララには想像もつかないほどの値段であろう絵画が壁に大きく掛けられていた。

 

「どうぞ座って頂戴。テーブルの上の茶菓子は好きに食べていいわよ」

 

 ユアは1人掛け用(恐らくユア専用なのだろう)のソファに座り、ララとルンに2人駆けのソファに座るよう促した。テーブルの上にはユアが言う通り茶菓子が籠の中に並べられている。

 

「じゃあ、詳しい話を聞きましょうか。ルン、貴方が今回動いた理由をね?」

 

 2人が座った事を確認すると、ユアはそう切り出した。ルンは少し頭の中で言いたい事を整理した後に口に出した。

 

「私が今回動くきっかけとなったのは、ロストとララに出会った事です。たまたま凶暴なベアが出現していたのを討伐を手伝ったのと…」

「もう一つ、あの場所で何かあったのかしら」

 

 真剣な顔になるルンを見てユアがそう言った。ルンは否定せず、静かに頷いて肯定した。

 

「はい。私はあの場所で、レティウス・ベリセルアのクローンに出会いました」

「クローン?」

「あの、禁術のクローンです」

 

 ユアは【クローン】という単語が出た途端に顔を顰めた。ユア自身もクローンに関して何かあったのであろう。ユアは少しだけ頭を抱えた。

 

「誰かがあの禁術を用いて、クローンを作った。という事かしら。それとそこのララ達に何か関係があるのかしら」

「恐らく。関係があります」

 

 ルンがそう言い切った。ララは自分の事と言えど、クローンというものに関して殆ど知らないので何も言う事は無かった。

 

「7年前に起こった、あの事件の生存者です。ララとロストは」

「…あの、誘拐事件の…?数少ない、生存者なのね…」

 

 騎士団の方では、7年前にリースとエルスで起こった誘拐事件については大きな成果を得られていない。分かっていることは、誘拐された多くは未成年、若しくは二十代前半当たりの若い人間だった。生存者は殆ど居らず、その数少ない生存者は事件以前の記憶を全てなくしていた事くらいだ。クローンを作っていた事は濃厚であるものの、確証が得られていない上にクローンを作る為に誘拐したとしては誰が何の為に、という疑問も浮かび上がっている。

 当時誘拐した犯人が使っていたと思われる施設跡へ騎士団が向かったものの、その調査隊は何も持ち帰ることは無かったらしい。

 

「騎士団の方で持っているその資料を、見たいんです」

 

 ララはユアにそう言った。ユアは「そうねえ」と左手を顎に当てて考えた。

 

「ルン、 貴方はどうしたいの?このままロストとララについていくだけなの?」

「えっ」

 

 突然話を振られたルンは戸惑うようにするが、その後にすぐ顔を上げて力強く言った。

 

「私は、騎士として人々を、国民を守る為に働きます。そして何者かがその国民達を脅かそうと言うのなら、私がそれを倒します」

 

 ルンの決意を聞いた時、ユアは安心感を覚えた。

 

「そう。それが貴方の決意なのね」

 

 ユアは柔らかな笑みを浮かべた。それは母性溢れるもので、騎士団の副団長という威厳は感じられなかった。暖かく、柔らかい笑みだった。

 

「でも、騎士団が得ている情報も少ないわ。それでもいいのかしら」

 

 すぐにユアは真面目な表情に戻り、柔らかな笑みは消えた。ルンは気が緩みかけたが「はい」と答えた。

 

「少しでもヒントが見つかればいいのです。これから先何が起こるかわかりません。何かが動き始めていると私は感じます。隠されたその記録を暴かなければいけないと思うのです」

「隠されたその記録を…ね」

 

 誰も知らない、誰かが隠したその誘拐事件の秘密を。解き明かすことが出来るのはきっと彼らだけ。ユアは思った。

 

(いつの間にこの子はこんなに立派になったのかしら。リンブロアもきっと目を丸くするわね)

 

 ユアにとってその決意したルンは眩しかった。光のように思えた。ルンの真っ直ぐな瞳を見て、ユアは同時に安心した。

 

「分かったわ。資料室の監視をしている子には伝えとくわ。でも、野生のモンスターも道中に住み着いてしまっているから気をつけて頂戴ね」

 

 ユアは許可証をララに手渡した。ララはそれを受け取って立ち上がった。ララの瞳はキラキラとしていた。

 

「大丈夫ですっ!私達、強いんで!!ねえ、早くロスト君やチャールと合流しよ!ルンちゃん」

「あっララちょっと待ちなさい!ありがとうございました。ユアさんでは、失礼致します」

「ええ、行ってらっしゃい。くれぐれもリンブロアに心配かけしないようにしてちょうだいね」

「はい。承知しております。こら、ララーっ!!」

 

 自信満々にララは言った後、すぐさまこの場を立ち去ろうとする。ルンはそれを追いかけようと慌てて立ち上がり、ユアへの礼を忘れずにして、そのまま部屋を出ていった。

 

「ララはここに…ロストも…。なら【あのこ】もここにいるはずなのに…」

 

 ユアはそうぼやいて、寂しそうに窓の外を見た。茶色の瞳には、青い空が写った。

 

 

*********

 

「と、いうわけで許可証もらってきたよー」

 

 ララとルンが宿屋にやって来た。ロストとチャールはずっと受付口のあたりで待っていたらしく、少し人目を引いていた。目立つ容姿をしているのだろう。

 ルンは周囲の視線に溜息をつきながらロスト達と合流した。

 

「ああ、ありがとう。すまないな、行ってもらって」

「いいわよ、それにチャールのわがままだから仕方ないじゃない」

 

 ロストの言葉にルンはそう返し、チャールは『うっ』と漏らした。一応わがままを言った自覚はあるらしい。

 

『ボクのせいって言うのかよっ!』

「じゃあ、大方の用事はあとはその資料室。というわけだな」

 

 チャールの叫びを無視してロストが続ける。

 ルンとララも頷き、その場を動き出した。チャールは慌ててララの肩に乗っかる。

 

『全く、もう少しボクの行動には意味があると思ってもらいたいさ』

「俺を連れていくことのどこに意味があるんだか」

「はいはい、もうその言い合いはいいから。早く行くわよ。資料室はここの地下にあるの。前にも説明したけれど、野生のモンスターが湧いて出てくるから気をつけていくわよ」

 

 まだロストに突っかかるチャールを宥めつつ、ルンは先導を切った。

 ララは「あはは……」と乾いた笑いを浮かべた。

 

 そして、一行は街の東側へ向かい、ルンの案内でマンホールの入口から地下へ降りていった。

 

「…ったく。奴が仕留め損ねたせいで俺が動くハメになったじゃねえか。この落とし前はどうつけてくれるんだ?」

「俺様ぁ知らんぞぉ?」

 

 それを影から見ていた人物が2人。1人はレティウス。おそらく彼もクローンであろう。

 そしてもう1人は黒い長髪に深い蒼の瞳。出で立ちは少年のようにも見えたが顔は、ララにソックリだった。

 彼…性別が不明なので一応彼と定義しておく…はニヤリと笑い。ロスト達が入って行ったマンホールに近づく。

 

「開けられるのかぁい?」

「これくらいたやすい。テメエは邪魔すんなよ。ここは俺だけでカタをつける」

「へーいへいぃ。失敗したぁってぇ、知らねぇぞぉ?」

 

 レティウスの言葉をよそに、彼はマンホールを自力でこじ開け、中へと入って行った。

 

「ったくよぉ、せっかくぅ、最近解放してやったぁてのに……」

 

 レティウスは彼が気に食わないようで不機嫌な表情をしながらその後をついて行く。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター16:深まる謎

「ここが、資料室のある地下洞窟か…」

 

 ロスト達はマンホールから降りた先の少し広い場所に来た。そこには小さく門のような物があり、人が立っていた。傍らには狼型のモンスターが行儀よく座っていた。

 

「クゥリィ、久しぶりね」

「あっルン先輩。どうされたんですか?」

 

 立っていた人物はルンよりいくつか年上であろう女性。水色のポニーテールをして、鎧を着ていた。騎士なのであろう。手に持った槍には無色の宝石のような石がはめ込まれている。

 ロストはその槍から何か不思議な物を感じたが、何か分からなかった為詮索はしなかった。

 

「今から資料室を見ようと思ってね。これは許可証、ちゃんとユアさんから貰ったわ」

「あー、騎士団長今居なかったんですね。お父さんに会わなくて良かったんですか」

「父様は忙しいもの。仕方ないわ」

 

 そう話したところで、クゥリィと先程呼ばれた女性はロストとララ、チャールを見る。

 

「はじめまして、クゥリィ・リルカーナと申します。ルン先輩とは、騎士学校の時の先輩後輩でした」

「えっでもルンちゃんって13歳だよね?クゥリィさん幾つか年上に見えるけど…」

 

 ララはクゥリィとルンを見比べていう。

 クゥリィは「それはですね」とニッコリと笑みを浮かべて言う。

 

「私は今20なのですが、騎士学校に入ったのはルン先輩よりあとなのです。正式に騎士になったのもごく最近でして、ルン先輩には昔お世話になったんです」

「あれはたまたまよ。私以外の他の騎士でも、同じ事をしたわ」

 

 昔クゥリィはルンに助けてもらった事があるらしい。ルンはそれをどことなく否定するが、クゥリィは真っ直ぐにルンを信じて慕っているようだ。

 

「へえ…あと、クゥリィさんの武器についてるあの石って?」

 

 ララはクゥリィの武器である槍についている石をじっと見つめる。無色のその石は、なにか特別なようだとララも気づいたのだろう。

 

「確か魔物使いが必ず武器につけているものよ。とは言ってもあの色のものだけが魔物を使役する用途の為に使われるの。他の色のものは別の用途に使われるわ、ええっと、名前は…」

『魔輝石(マルシャレス)。ララのペンダントの石と同じ物だよ』

 

 ルンの言葉を遮ってチャールが説明をした。ララは胸元の青い色をした石のペンダントをみつめた。今までララ自身もそのペンダントが何なのか知らなかったのだろう。

 

「これが、まるしゃれすっていうの?」

「魔輝石は死んだ人間、またはモンスターなどのマナが凝固してできる宝石のような石よ。まあ、王都では必ず教えられることなのだけれどね。ララのそのペンダントは誰かの形見だったりするのかな」

 

 ルンに言われてララは「んー」と唸るが、首を傾けた。

 

「わからないなー。これ、気づいたら持ってたし…」

「それは水色だから水属性の魔輝石だな。普通魔物使いが持つ無色透明の魔輝石はオリジンが司る源、無の属性だと言われている…だったか」

 

 それまで無言だったロストが口を開いた。ロストの解説にルンが「え?」と口を開けぽかんとしている。ロストは「違ったか…?」と不安げに言ったがクゥリィはそれを否定した。

 

「い、いえ…合ってます。しかし…魔輝石についてよく知ってましたね…ここまで詳しい事は、王都の学校、それも高位の人ばかりが通う所か騎士学校で教えられる事なんですよ?」

「え……」

 

 ロストはクゥリィを見た、クゥリィはロストの顔を見て何かハッとしたのか「あ、し、失礼しました!」と頭を下げた。

 

「え、お、俺何か変な事言ったか??」

「お気になさらず!ででで、ではルン先輩行ってらっしゃいませ!」

 

 突然のクゥリィの行動にロストは狼狽えるがクゥリィは動揺全開のまま無理矢理話を進める。

 

「え?え、ああ……まあ、行くわよ、ロスト……ララ」

「……ああ」

「わかった!行くよ、チャール」

 

 ルンはそのまま進んでしまい、ララとチャールもそれに続いていってしまった。ロストはクゥリィが挙動不審だった事が気になったがこのまま進むしかないと2人と1匹の後を追った。

 そのままロスト達が見えなくなった事を確認したクゥリィは、大きな溜息をついた。

 

「あのロストという方…もしかして。いえでも……そんな…。後で騎士団長に確かめてみましょう…」

 

 クゥリィの独り言は当然ロスト達には聞こえなかった。クゥリィが一体ロストの何に気が付いたのか、それを知る者はクゥリィ以外にはいない。

しかしクゥリィはその事に気を取られてしまい、後からマンホールをこじ開けてやってきた2人組に気付かなかった。

 

 

 

 

 

「…」

 

 洞窟の道中、ロストは先程クゥリィが挙動不審だった理由を考えていた。クゥリィが挙動不審になったのはロストの顔をしっかりと見た後だった事にロストは気付いていたのだ。

 クゥリィはもしかしたら自分を知っているかもしれない。ロストは自分の記憶の手がかりになるかもしれないと思ったのだ。

 

「ロスト君もしかして、さっきの事気にしてるの?」

「まあ、そうだな」

 

 ララに言われてロストは顔を上げた。

 ララ自身は全く魔輝石について分からなかったらしい。歩いている間自分の首から下がっているペンダントを見つめては何か考えている様子だった。

 

「とりあえず、ここに来て正解だった。というわけね……っとゆっくり話している暇はなさそうよ」

 

 ルンは大鎌を構えた。モンスターの気配にいち早く気付いたのだ。

 

「うわっ!ちょっ!待って!!」

「ララ、下がってろ!!」

 

 ララは必死に上、左、右から飛んでくる蝙蝠のような小型モンスターから逃げ回る。

 

「虎牙破斬!魔神剣!ルン、そっちは頼んだ!」

「了解っ!」

 

 ララが避け、地面にぶつかった小型モンスターに向かってロストが剣を振り上げる。ルンはロストが相手にする事ができてない分のモンスターに向かって飛び上がって大鎌を横に薙ぐ。

 そのまま遠心力を使い周囲のモンスターを一掃した。

 

「る、ルンちゃんすごい…私も負けてられないよ。光よ…フォトン!ってこっち来てる!?来るなーっ!」

 

 ルンの技に感心していたララであったが光を弾けさせる術を放った直後に背後からモンスターがやってきてしまう、それをスピアロッドでバットのように打ち上げた。

 

「ナイスだララ!行くぞっ!」

 

 ロストはララが打ち上げたモンスターを飛び上がって斬った。着地したロストは周囲を見渡した。

 ルンが首を横に振ってもうこの辺りにモンスターがいない事を示した。

 

「…」

 

 ロストは再び俯いて何か考え出した。ルンは掛ける言葉も見つけられないまま、ララも呆然としていた。

 

「ねえララ」

「何?ルンちゃん」

 

 ルンはこのままでは空気が重い。そう思ってララに話しかけてみた。ルン自身、2人についての情報整理もしたかったのだろう。

 

「ララとロストは、7年前以前の記憶が無いのよね?」

「うん。そして私は気づいた時にはもう両親がいなかったの。周囲の大人達に大事に育てられてきたんだ。ルンちゃんはお父さんについては聞いたけど…お母さんもいるんだよね?」

 

 ララは自分達のことばかり話していてルンの事を知らない、とルンの家族の事を聞いてみた。

 

「ええ、いるわ。病弱で都会外れの実家にいるけれど。私にも弟がいて、弟は体があまり強くなくて騎士になれないって言われてるの」

「だからルンちゃんは騎士を目指したの?」

「…ええ、その、はず……あれ、何か違う…?」

 

 ルンは自分の答えに何故か自身が持てなかった。何か大切なことを忘れている気持ちになり、何かが引っかかるような感覚。

 ララはそんな様子のルンを見て心配していた。

 

「大丈夫?ルンちゃん。どうかしたの?」

「何でもないわ。ただ…ううん。私は誰かの為に騎士になりたかった。人を救い、導く事が騎士の務めだもの」

「ルンちゃんって立派だね」

 

 ララの純粋に憧れを示す笑顔を見て、ルンは対称的に暗い顔をした。

 

「立派ではないわ。ただ自分の掲げた正義を走るだけで結局は周囲を顧みることができなかったりしたの。今回の行動だって父様に叱られるかもしれないと思ってたの」

「…ルンちゃん…」

『2人とも、話し込むのはいいがロストにおいてけぼりくらいかけてるぞ』

「「えっ?」」

 

 チャールに言われて2人はロストがいつの間にか進み始めていることに気付き、慌ててその背中を追った。

 

 

「全くロスト君先に行く時は早く言ってよね?」

「……すまない」

 

 ロストに追いついたララはそう言うが、ロストは心ここに在らず、と言った様子だった。

 恐らくまだ先程の件について吹っ切れていないのだろう。

 

「2人とも?もうそろそろ資料室の扉よ。ほら、あそこに見える大きな扉が資料室」

 

 ルンの指さす方向を見ると、そこには人の手ではとても動かせるようなものではない扉が構えていた。

 

「うわあ…大きい…ねえロスト君これ動かせる?」

 

 ララは冗談混じりにロストに言う、ロストは「げっ」と小さく言って扉を見つめる。

 

「俺通常の男よりも力無いんだよ…動かせるわけないだろ」

「屈強な男でも動かせないわよ、この扉は…何故なら」

 

 ルンはそんな2人を軽く無視して大鎌を取り出す。

 

「この先端部についてる魔輝石が…」

 

 そうやってルンが扉の前に立ち、大鎌を扉に翳そうとしたが、何かを感じたのか咄嗟に後ろを振り返る。

 

「そうはさせねえよ!」

 

 声が響いた。と同時にララ目掛けて2本の剣…1対の双剣が飛んでくる。

 ロストはララの前に立ち即座に双剣を叩き落とした。そして警戒をしつつ、周囲を見渡す。

 

「誰だ。どこにいる……!」

 

 ロストの呼び掛けに応じるようにして現れたのは、少年とも少女ともとれる外見をした人物。

 その人物はもう1対持っていた双剣を取り出し、逆手持ちに構える。明らかに敵意を示していた。

 

「…ちっ、面倒くせえ」

「お前は、誰だ…」

 

 ロスト、ララ、ルン、チャールはその人物の顔を見て驚愕を示した。

 

「ララに似ている…?」

 

 浮かべる表情こそは違うものの、その人物の顔はララと同じだった。

 違う部分を上げるとするならば、口調、表情、そして瞳の色が深い青色なところであろう。

 

「オリジナル、できれば会いたくはなかったがな。しかしこれは『あの方』からの命令だ。オリジナル、テメエを殺す!」

 

 ララに似た人物はララに襲いかかろうと双剣を振りあげようとした。その間にルンは滑り込んで大鎌で跳ね返した。

 

「貴方…一体どうやってここに来たの!入口にはクゥリィが……っ」

「は?そんなの強行突破に決まってるだろ?俺はちまちまとした潜入とかが苦手なんだよ。安心しなよ、命までは取っちゃいねえ、まあ重傷ではあるだろうな」

「そんな…っ!」

 

 ルンの表情が険しくなった。しかしそれに相対している人物は余裕そうにしていた。

 

「しかしチャール、お前までいるとは思わなかった。ロスト…てめえもな」

「どうしてお前が俺の事を知っている」

「教えるわけないだろ?まあ、オリジナルを殺した後にでも教えてやろうか?」

「お前……っ!」

 

 ロストは少し眩暈を感じた。そして眩暈は激しい頭痛へと変わりロストを蝕む。

 

『おい!ロスト、お前どうしたんだ!?』

「ぐっ……あ、ああ……」

 

 ロストの脳裏に映ったのは誰かの嬉しそうな表情。そしてその誰かはロストを呼ぶ。聞き覚えのある声で「---」。しかし、ロストにはその声がはっきりと聞こえなかった。 ロスト自身の忘れた、過去の記憶なのだろう。

 

「ロスト君!」

「ふん、まあいい、始めようぜ?」

 

 その人物は、ララに剣先を向ける。ララは1歩後ずさるようにしたが目の前の人物は逃げる事を許してはくれない。

 

「戦うしか、無いの?」

 

 ララの瞳には悲しみが浮かんでいた。何故ララがそこまでしてその人物に対して戦う事を躊躇っているかは不明だが、しかし相手は本気でララを殺しに来ている。

 このままでは危ない。ロストはそう思い頭痛を我慢してララに言う。

 

「ララ、今はとりあえず迷うな…殺されるぞ」

「…うん」

 

 ララは決心してスピアロッドを握る。

 ルンも今にも飛び掛らんとする勢いで大鎌を構えた。そう、これから、戦闘が始まろうとしていた。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター17:襲撃と次の行き先

「おい、お前は名前はなんて言うんだ」

 

 ロストは剣を向けながら、ララに似た人物へ問いかけた。相手は不機嫌そうな顔を見せた、聞かれたくなかったのだろうか。

 

「何でわざわざ俺の名前を聞くんだ」

「『お前』とか言うのが面倒なだけだ」

「…名前なんて立派なもんは持ち合わせちゃいねえよ。変な番号は有るがな。R・B00とか言うな」

 

 R・B00。そう彼は言った。まるで人間につけるような物でない名前にロストは怪訝そうにR・B00を見た。

 

「俺はそこにいるラリアン・オンリンのクローンだ」

 

 彼の言葉に、チャールは眉を顰めた。そして、何かに気づいたように叫んだ。

 

『お前っ、あの施設のやつか!!』

「…さあな、俺はとにかく、オリジナルが許せねえんだ!!」

 

 R・B00はララに向かって双剣を振り上げ、ララはその斬撃を咄嗟に後ろに下がって避けた。

 

「まだだっ!」

 

 しかし彼はそれだけでは止まらず、次の攻撃を確実にララに当てようともう1度左手を振り上げた。

 

「駄目だっ!」

「ちっ!」

 

 その前に間一髪、ロストが両手で剣の柄をしっかり握り、彼の振り上げられた剣に当てる。火花が散り、ロストは全体重をかけ全力でその勢いのまま彼を突き飛ばした。

 

「くっ!」

 

 突き飛ばされた彼は地面に背中を思い切り打ち付けた。ここの地面は堅い、痛そうだとロストは一瞬思った。

 

「てめえっ…!」

「リアン…もうやめよう…?」

 

 立ち上がろうとする彼に、ララはそう声をかけた。

 リアンと呼ばれた彼は、その顔に嫌悪感を浮かべた。何故ララがその名前を呼んだのか、それはこの場にいるロストやルンは分からなかったが、それを考える暇さえも与えられなかった。

 

「その名前を呼ぶなっ!!!魔神剣・双牙!」

「……っ!」

 

 立ち上がった彼…リアンは怒りという感情に任せてララに向かって技を放つ。ララがそれを避け、ロストとルンはララを援護しようとするがロストは体力が切れかかってしまっている。ルンはララの元へ駆けつけ、向かってくるリアンの双剣とルンの大鎌がぶつかり合い、火花を散らした。

 

「ララ、大丈夫?」

「う、うん…ありがと。ねえリアン、あなたは何者なの?」

「どうして俺の事を知らねえのに名前を知ってるんだ、オリジナル!!」

 

 ララはルンに助けられながらも再度問いかけをするがリアンは名前を呼ばれる度に苛々したように顔を歪めた。これ以上話す事は無駄だとルンは悟り、大鎌を大きく振り回した。

 

「ぐっ!!くそっ、こいつ騎士団のやつにしては強い…」

「あんた、ララから離れなさいっ!!」

 

 ルンはリアンに向かって叫んだ。その言葉を聞いたリアンは「ちっ」と舌打ちした。

 

「こいつ、面倒な技を使いやがる…仕方ねえ、なら、狙うはあいつだ!」

「……まさか!」

 

 ララはロストの方を見た。ロストはリアンとの先程の交戦で力を使い果たしてしまったようでまともに立ち上がる事が出来ていなかった。

 

「てめぇを先に殺してから、オリジナルを殺すとしようか!!」

「くっ……そっ!!」

 

 リアンはロストに向かって剣を向けた。ルンとララはロストを助けようとするが、既にロストの首筋にはリアンの持つ剣が当てられている。

 

「お前らは引っ込んでろ…ジャッジメント!!」

 

 リアンが唱えた中級術が2人を襲う。感じた事のない痛みにララは表情を歪めた。

 

「きゃああああ!!」

「ああああ!!ろ、ロスト、君……!」

 

 ジャッジメントをまともに食らってしまった2人はロストのもとへ駆け寄る事ができずに蹲ってしまった。

 

「さて、どういう風にやってやるか…」

「がはっ!」

 

 リアンはロストの腹を蹴り、ぎりぎり立ち上がる事が出来ていたロストは後頭部を地面に打ちつけた。意識が切れそうになるが、ロストの意識はなんとか持っていた。

 

「さようならだ!」

「そうはさせないわ…焔よ、ファイアボール!!」

 

 リアンが剣をロストの頭に突き刺そうとした時、ある人物の声とともに炎球がリアン目掛けて飛んできた。

 

「誰だっ!!」

 

 リアンは剣をロストから遠ざけ、周囲を見渡した。通路の方から1人の女性が出てきた。茶色の髪の毛に黒のメッシュ、そして黒色の瞳。

 救世主の登場にルンは思わず声を上げた。

 

「ユア、さん!!」

「貴方…やっぱりね。それにしても、この状況は一体どういうことなのかしら?クゥリィからの連絡が無いと思ってきてみたのだけれど…」

 

 大剣を構えた彼女はリアンを見つめた。リアンはユアを相手にする事は危険だと察した。騎士団の副団長であり、100年前の戦争を終結させた英雄。この国では戦闘力的に見てナンバーワンとも言える実力を持っている。

 

「今度は騎士団の副団長かよ…!!」

「あら、クゥリィをあんな目に遭わせたのが貴方なのね?一命はとりとめたけれど、かなり危ない状態だったのよ?」

「はっあいつが生きてようが生きてまいが俺には関係ねえ!!」

 

 リアンはこの状況でなお煽るように言葉を吐いた。リアンではユアに勝てる事などないという事くらい、彼自身わかっているはずなのに。

 

「雷よ…ライトニング!」

「ああああっ!!」

 

 ユアは容赦なく雷属性の術をリアンに向けて放った。強大な雷撃を受けたリアンは、逃げる余力は残っているものの、このまま戦闘を続ける事は不可能だった。

 

「さて、貴方、逃げるの?それともこのまま捕まる?今なら逃してあげるわ」

 

 ユアの真意は分からないが、突然彼女はそんな事を言った。それを聞いていたルンは「ゆ、ユアさん!?」と戸惑ったようにしていたが、ユアはそれを聞いていない。

 

「…やめたやめた!てめぇのお言葉に甘えてやるよ!『100年前の英雄』に来られちゃ、俺も勝てるわけねえ。じゃあな、だが、次は殺すぞ、オリジナル!!」

 

 リアンはそのまま、どこかへ歩き去って言った。ユアは3人を見渡したものの、どうやらルンとララは動くことはできるようだったのだが、ロストの方は完全に意識を失ってしまっているようだった。後頭部を少し硬い床に打ちつけてしまったのだ、無理もない。

 

「リアン…」

「あいつ、何なのよ……っ!!」

「今の貴方達がまともに戦って勝てるような相手ではないわ、あれは」

 

 ユアは悔しそうにしていたルンに手を差し出した。

 

「立てるかしら?」

「は、はい…」

 

 ルンは立ち上がって大鎌を手に握った。

 そして改めて資料室の扉に向けて掲げた。先端についている魔輝石が輝く。

 

「ララも立てる?」

 

 ユアはララにも手を差し出した。ララも立ち上がり、ロストを気にするようにしていた。

 

「はい…ロスト君は…」

「出血は見られないから恐らく大丈夫ね。応急手当はしておきましょう、資料室の中へは私が運んでおくわ」

「ありがとうございます。それと、私…」

「さっきの子のこと?…今は、それを考えるべきではないわ」

 

 ユアにそう言われてララは「はい」と答える。それからユアはロストを抱え、ララも一緒に資料室に入って行った。

 

 

 

 

 

「う、うう…」

「あっ目が覚めたんだ」

 

 ロストは目を開けた。資料室の中に人が1人寝るだけの寝台などはあるわけはなく、硬い床の上で寝させられていた。

 ララがついていたらしく、後頭部には軽く濡れたタオルがあてられていた。

 

「俺は…というか、頭が凄いズキズキと痛むんだが」

「あんなに強く床に頭を打ちつけたんだもん、無理もないよ。ルンちゃんとユアさんが今は資料を探してくれてるよ」

 

 頭を手で軽く抑えながらロストはため息をついた。ララはスピアロッドを地面につきたてて術を唱えた。

 

「気休めにしかならないけど…ファーストエイド。どう、少しは楽になった?」

「効いたかどうかは微妙だが、まあ…ありがとうな」

 

 ロストはふらふらと立ち上がり、資料室を見渡した。その名の通り、資料と思われるものが棚に綺麗に整頓されて並んでおり、幾つか遠くの棚のところにルンとユアが立っていた。

 

「ユアさん、ルン……」

「あら、目が覚めたのね。ちょうどよかったわ。資料が見つかったのよ」

 

 ロストとララが2人のもとへ行くと、ユアが資料を開いて2人に見せてきた。ララとロストが探していた通り、リースとエルスで起こった誘拐事件に関するものだ。

 

「これは…」

 

 ロストが見たものは誘拐事件当時の状況を記したものだった、次のページに被害者の名前と殉職した騎士の名前が書いてあるようだったが、ロストがそのページを見ようとしたらユアが資料を閉じた。

 

「この誘拐事件には、当時エルスに来ていた王子も巻き込まれたのよ」

「王族まで巻き込まれたってこと?」

 

 ユアの言葉に反応してララが尋ねた。ユアは複雑そうに「ええ」と言った。ロストはユアが何かをはぐらかした様子だったことが気になったが、ユアは話を続けてしまったため聞くことができなかった。

 

「王子と、その婚約者までね。しかも現国王には兄弟や親戚はいない、その子息のディアロットにもご兄弟はいなかったわ。だから本当は公になって大騒ぎの事件のはずだったのよ」

「それって、相当やばいんじゃないのか?結局は王家の跡取りがいないってことだろ?」

 

 ロストがそう言った。ユアは肯定の頷きを見せた。

 

「そう、だけれども現国王は大事にする事を避けたかった。だからリンブロアに頼んでこの事件を秘密裏に追うことにしたのよ。7年経った今でも、まだ王子とその婚約者は見つかってないわ…」

「だから今でも騎士団にはその為の隊があるって聞いたわ。でも当事者がいるもの、何か…この事件に関して動き始める予兆かもしれないわね」

 

 ルンがそう言い、ユアは静かに頷いた。ロストとララの存在は騎士団にとって、フェアロにとって重要なのだ。

 

「大半が殺されたとされるあの事件で、数少ない生き残りがいたのだもの」

「でも、そう言ったらセテオス君だってあの事件の当事者だった筈じゃないの?」

 

 ララに言われ、ユアはそういえばと考えた。

 

「確かにセテオスは何か知ってるかもしれないわ。でも私が聞いた限りじゃ、あんまり情報は望めないかも」

「あら、ルンは何か聞いていたの?」

 

 ユアはルンがセテオスに故郷について聞いていた事は知らなかったようだ。しかしルンの方は「大して聞いてません」とはあ、とため息をつきながら言った。

 

「セテオスに故郷の事聞いても、自分は何も出来なかった。としか言われなかったんですよ。何故だか私を見ては悲しそうな顔して…全く何考えてんのよセテオスは」

「…そう。他に手がかりは…。確か、これよ」

 

 ユアは資料の違うページを開き、ロストとララに見せた。魔法陣のようなものと、それに関する説明だろうか。

 

「これはエレッタで生まれた術式なの。けれど…これは実験施設の後に残ったものから読み取ったものだから、細かい部分までは残っていないのよね。これが何の術式かある程度の推測はされているし、先程の彼を見てほぼ確信に変わったのだけれど…まだ、誰が一体どうしてそれをしようとしたのかが分からないから報告しようがないのよねえ」

「エレッタって確か、今では機械技術が世界でトップなんですよね?その国が魔法を?」

 

 ルンが腕を組みながら尋ねた。ロストは呆れながら「騎士なら知ってるんじゃないのかよ」と呟いた。

 

「エレッタは昔は魔法大国で、スモラ・タールという人物が機械を生み出したって普通習うことだろ、大砲塔は実際マナを原動力にして…って、なんで俺、こんなこと知ってるんだ?」

「…ロストの言ってる事は合ってるわ。大砲塔の事は知ってるかしら」

 

 頭を抱えるロストに驚きつつも、ユアはララに尋ねた。ララは一般常識を知らなすぎるため、確認を取ったのだろう。

 

「えーっと、確かエレッタの観光スポットになってるところだっけ?何に使われてたかは知らないけど」

 

 ララの曖昧な答えにロストは「お前なあ…」とララの頭を軽く小突いた。

 

「あたっ」

「知っとけ。大砲塔は100年前の戦争で使われたものだ。今はその機能を全停止して観光に使われてるって話だったか」

 

 ロストはルンを見ながら言う。ルンはロストの持つ知識がどれくらいなのか気になったようでこう尋ねた。

 

「その話は誰から聞いたの?あんたたまに変な知識持ってることあるし」

「…殆どは母さんに聞いたものだが。魔輝石の事だって、俺自身知らないはずの事だ。俺だって、何が何だか…」

「…そう。で、貴方達はこれからどうするの?」

 

 ユアに言われて、ララが答えた。それはもう自身満々にその後の事を話しだす。

 

「それは決まってますよ!エレッタに向かいましょう!」

「は?」

「へ?」

『は?』

「……あらあら」

 

 ララの言葉に、ロスト、ルン、チャール、ユアが呆然とする。まさか100年前の事とはいえ昔は敵国であった上に現在も警戒されている国に行こうと言い出すとは誰も思っていなかったのだ。

 

「エレッタは現在、確かに表向きはフェアロと平和条約を結んでいるけれど、エレッタの皇族はフェアロを良くは思ってないわ。緊迫した状況なのよ。そこに貴方達だけを行かせるわけにはいかないわ」

「そんなあ…」

 

 ユアに言われてララは落胆するも、続けてユアは言う。

 

「だから、私もついていくわ」

「ゆ、ユアさん!?い、いいんですか!?」

「だってルン、私も近々行くつもりだったもの。なにも戦争が起こるかもしれないという状況を見過ごすことはできないもの。私がついていけば大船に乗った気分でいられるわよ?」

 

 ルンは慌てるものの、ユアはマイペースに微笑む。ユアは騎士団の副団長で、本来はあまり離れられないはずなのだが、恐らく今回はユアが動かなければならない程の出来事に発展するとユアは予測しているのだろう。

 

「って事は、私達、エレッタに向かってもいいの!?」

「でも、エレッタに向かう事が危険な事であることくらい、ララ、あなたもわかってるの?」

 

 

 喜ぶララだったが、ユアは真剣にそう言った。エレッタの現状を聞けば、安全ではない事くらいわかるだろう。

 

「大丈夫だ。俺達はこれまでも危険に巻き込まれてきた。今更だ」

『おいおい、本当にいいのか?お前らは、あのへんなやつらにねらわれてるんだぞ?』

 

 チャールがロストの肩に乗りながら言った。2人を心配しての言葉だろう。

 

「だから、それが今更なんだ。俺達は恐らくどこへ向かったって奴らに狙われる。それはこのフェアロにいようときっとエレッタにいようとだ」

「貴方達の覚悟はわかったわ。今はとりあえず戻って休みましょう。私も旅支度をしなければならないもの」

 

 ユアは資料室の出口の方へ向かった。ロスト達もそれに続いて行く。

 

「さて、改めて宜しくね」

「はい!」

 

 ユアに言われてララは元気よく返事した。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター18:リンブロアとルン

  一晩経ち、ロストとチャール、ルンは買い出しに、ララは先日怪我をしたクゥリィが心配だと言って騎士団の医務室に向かうユアについて行った。

 

「すまないな、お前にまで買い物手伝ってもらって」

 

 ロストは荷物を持ちながらルンに言った。ロストは先日頭を強く打ちつけた事からララが頭に包帯を巻いていた。大袈裟だとロストは渋っていたが倒れ時の場所が固い床の上だったのでその心配は分かるとルンは共感していた。

 

「いいのよ。私は街に顔が知られてるから、買い物がしやすいし」

「そうか…。なあ、気のせいであってほしいんだが…」

「?」

 

 ロストの言葉にルンは首をかしげた。ロストが何を言いたいのかいまいちわからないようであった。言い辛そうに周囲に視線を向けたロストはやはり、と何か1人で勝手に納得して溜息をついている。

 

「街の人の視線だ。お前と一緒にいるせいかさっきよりなにか見られてる気がしてな」

「見られてる…あんたが?」

『おーい、もうそろそろユア達と合流しないか?』

 

 ロストとルンの会話を遮るようにチャールが声をかけた。話を遮られたルンはむっとした表情になるがロストがそちらを相手にしてしまった為にその話は打ち切られた。

 

「ああ…だが、お前騎士団本部に行きたくなかったんじゃないのか」

『ユアに会った以上仕方ないだろ。ボクもそう渋ってはいられないさ』

「そうなのか」

 

 チャールはあまり乗り気のようではないが、仕方ないと割り切っているらしい。ロストの方はどことなく不安を感じていた。つい先日までは騎士団本部に行きたがっていた割にはどこか元気がない、とルンはロストの事が気になってしまった。

 

「もしかしてあんた、あの事気にしてんの?あんたが魔輝石の事を知ってたりしてた事」

「…まあ、何となく、怖いんだ。もしかしたらこの街に俺の事を知っている人がいるかもしれない。いたとして、もし、話しかけられたとして…俺はどう反応すれば良いのだろうか」

 

 苦い表情をするロスト。ルンはその言葉でロストが悩んでいることがわかった。

 

「あんたがもしこの街の人間だったんなら、父様に聞けばわかるかもしれないわ。今はとにかく、ララとユアさんに合流しましょ」

 

 ルンに言われても、ロストの頭の中には先程の事が巡っていた。

 もしここに住んでいたとしても、その当時の記憶は空っぽなのだ。それになによりロストの実母であった女性はロストに何も教えてはくれなかった。もしかしたら行方知れずの父親の方に何か秘密があるのでは無いかと思ったが、わかりもしないことを延々と考えるほど労力はない。

 ロストがそう考えているうちに、騎士団本部の前まで着いてしまった。

 

「ローストくーん!」

 

 ララはロストの姿を見つけるとすぐに走って駆け寄って来た。医務室に居たはずだがもう席を外してもよかったのだろうか。怪我をしていたクゥリィの容態がよくなったのかもしれない。

 

「ララ、治療は終わったのか?」

「うん。幸いユアさんの応急処置が効いてたみたいで、今は絶対安静、っていう事で寝てもらってるよ」

 

 ララはブイサインを作って見せた。ロストはどことなくほっとし、本部の扉の前にいた騎士達に声をかけられた。

 

「中でユア殿が待っております、どうぞ、入ってください」

「……あ、ありがとうございます」

 

 ロストはどことなくその騎士達に何らかの違和感を感じたが、ララとルンはそれに構わず中へと入って行く。ロストもそれを追いかけ中へと入って行った。

 その後の騎士達の表情は何故か安堵を表すようだった。

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 ロスト達は騎士団本部内の廊下を歩いていた。ルンが先頭に立ち、ララとロストを案内している。という図だ。しかし、本部のの中に入ってからというものの、チャールはまったく黙ってしまい、ロストは降り注ぐ視線に耐え続けていた。

 

「…なあ、ルン。これはフェアロ・ドーネ騎士団流の客人の歓迎の仕方なのか?」

 

 ロストへの視線の元は、騎士達だった。とは言っても若い騎士達は全く反応せず、少し年老いた騎士に視線を向けてくるものは多かった。

 中には何かしら話している騎士もいるがその内容は聞き取れない。

 

「わ、私も知らないわよ…。あんた、本当にただの村の青年なわけ?」

「俺に聞くなよ…覚えてねえって言ってるだろ」

「そうよねえ…」

 

 ルンも流石にロストの事を疑い始めていた。もしかしたら彼は騎士団になにか関連のある人物なのかも知れないが、彼が誘拐事件にあったのは7年前だ。ルンは当時6歳、だからルンは彼のことを知っているはずなのだ。

 しかしルンは心当たりがないので、ルンにとってもロストに対する謎が深まるばかりなのであった。

 

「ここが確か、副団長室だっけ?」

 

 ララに言われて、ルンとロストは立ち止まった。ロストは初めて見る豪勢な扉に気圧されかけたもののその反応は少々表情に出る程度だった。

 

「パーフェクティオ隊隊長、ルン・ドーネです。副団長はいらっしゃいますか」

 

 ルンは扉をノックして尋ねた。その扉の向こう側から声が聞こえた。

 

「いいわよ」

 

 ユアの声だ。ルンは扉を開け、ロストとララもそれに続こうとした。しかし、ルンは扉を開けた途端に固まってしまった。まさかそこにいるとは思いもしなかったとばかりにルンは口を開けてしまう。

 

「ユアさん…って……えええ!?」

 

 ルンが開けた扉の向こうには、ルンが思いもしなかった人物がいた。何故彼女がこんなにも呆気ない声を上げてしまったのか、それは部屋の中に立っていたユアの隣にいる人物が原因だ。

 

「と、父様…何故ここに」

 

 固まるルンの後ろから顔を覗かせたロストとララは、ユアの隣に立つ人物を見つめた。

 ユアよりもかなり高い身長に、ガッチリとした体格。瞳と髪色はルンと同じだが、顔はあまり似ていないのはルンが恐らく母親似の顔立ちだからであろう。まだ齢13のルンの父親にしては老けているようだが、この人物こそがルンの父親であり、フェアロ・ドーネ騎士団の団長リンブロア・ドーネなのだ。

 驚愕の表情を浮かべ固まるルンに対し、リンブロアは無表情のままだった。

 

「この人が、騎士団長なのか…」

 

 物怖じしていないのか無表情のままロストが声を発する。リンブロアはロストを見ると少し驚いた顔をした後に、優しく微笑んだ。その穏やかな微笑みにロストは声には出さなかったものの少し思ってしまう。

 

(どうやら、思ったほど厳しい人ではなさそうだ…)

 

「はじめまして、と言った方がいいか。しかし…色々と聞きたい事があるが、そこの赤い狐のようなそいつ…」

 

 リンブロアは口を開いた。ララは肩に乗っているチャールの事かと、チャールを見たがララの視線に対してチャールはそっぽを向いた。まるでリンブロアの視線から逃げたようにも見えるが。

 

「…少し我儘な奴だが、悪い奴ではない事は私が保証する。いつもこいつの面倒を見ていてくれてありがとうな」

「え?は、はい…?」

 

 リンブロアに言われ条件反射で返事をするも、ララはリンブロアがチャールを知っている事が気になった。もしかしたらチャールはララの元へ来る前はリンブロアの元にいたのかもしれないが、何故それがララの元に来る理由も見当たらない。

 

「まっ待ってください父様、何故チャールの事を知ってるんですか!?と、というか何故ここにいるんですか!?仕事でいないと…!」

 

 突然の事にルンは混乱しているようであった。リンブロアがチャールの事を知っていたなど想像もしていなかった。しかも仕事でいないと聞いていたので、完全にルンはユアしかいないと思っていた。だが現実は無慈悲である。目の前に今一番顔を合わせたくなかった実の父親がいるのだ。

 

「落ち着けルン。騎士たるもの動揺せず、話を聞け。仕事は急用ではあったすぐに終わった。ユアの報告を聞いて気になって来たところなのだ。それと、チャールは昔からの友人だ」

『……ほんっと、何でお前に会わなきゃいけないんだか』

 

 リンブロアを見て、チャールはため息をついた。チャールの【会いたくない人物】は恐らくリンブロアの事だったのだろう。何が嫌なのかは全く分からないが。前に因縁があったのかもしれない。とララは思う事にした。

 

「……さて、ユアからの報告についてだが」

 

 リンブロアは話を変えた。それと共にその表情は流石騎士団長、とも言えるような真剣な表情へと変わる。先程の姿は客人を出迎える為のものだったのだろう。営業スマイルというものだ。

 

「ルン、本当にエレッタへ向かうつもりか」

 

 先程の優しい口調とは反対に、厳しい口調だ。ルンはリンブロアから反対される事くらいは予測していた。

 

「…はい」

 

 ルンはリンブロアの話をしっかりと聞く姿勢だった。言い訳をするような真似はしたくないのだろう。幼かろうが彼女は1人の騎士なのだから。プライドくらいは持っているのだ。

 

「今エレッタは緊迫した状況だ。そこにまだ未熟なお前や、お前の友人達を連れていく事に私はあまり賛成しない」

「あら、可愛い愛娘を危ない場所に送りたくない、という事かしら?」

 

 ユアは少しリンブロアをからかうように言った。リンブロアはため息をついて手を腰につけた。ユアを相手にしては少し調子が狂ってしまうのだろう。

 

「ユア、どうせお前が言い出した事だろう」

「だって、どうせ私はエレッタへ向かうもの。この子達も連れて行っていいでしょう?」

「駄目だ、ルン達をエレッタに行かせるわけにはいかない」

 

 ユアの言葉にも耳を貸さず、リンブロアは一貫して反対していた。ルンは自分は父に甘やかされてるのだと悟った。危険な場所へと行かせたくない、そんなリンブロアの心情が見え透いている。

 

「私が、力不足だからでしょうか」

 

 ルンはぽつりと言った。今のエレッタに向うという事は、戦争相手になるかもしれない国へ行く事なのだとルンは思ったようだ。しかし、ルンにも譲れないものがあった。だからルンはしっかりとリンブロアを見つめた。

 

「…ああ、そうだ」

 

 フェリサ・テックの時にベアを圧倒したルンでさえも騎士団長の前では力不足と断言される。

 ロストは何も言えなかった。疲労があったとはいえあのベアを食い止めるだけで精一杯だったロストには、エレッタに行く選択は恐らく辛いものなのだろう。とリンブロアの言葉から推測できた。

 

「確かに、私は力不足です。だからこそ、危険を冒すのです。危険を冒して、私は強くなりたいのです。誰かに頼ってばかりではなく、自分が行動したいのです。強くなりたいという気持ち以外にも、私には行く理由があります。お父様…いえ、騎士団長。私達がエレッタに行く事を、許してください」

 

 13歳らしかぬ眼をしていた。リンブロアの気迫に気圧されそうになりながらもルンはまっすぐに見つめていた。

 ルンは諦めようとは全くしていなかった。

 

「リンブロアさん、俺達も一緒に行かせてください。そこには俺達の知るべき何かがあるんです。それに、ルンは充分に頼りになる仲間です」

「私からも、お願いします!!」

 

 ロストとララも、そう言ってリンブロアに頭を下げた。リンブロアはやれやれといった表情をしていた。客人に頭を下げさせてしまうとまでは考えていなかったようだ。

 

「分かった。そこまで言うのであれば、仕方ない。ユア、頼めるか」

「最初からそう言ってるじゃないの」

 

 リンブロアはついにルンの意見をのんだ。ユアは笑って言い、ルンは嬉しそうに顔を上げた。

 

「ただし、死ぬな。絶対にだ。連れの2人も絶対に死なすんじゃないぞ」

「はいっ…はいっ!わかってます、父様!」

 

 リンブロアは優しくルンの頭を撫でた。それは騎士団長の顔ではなく、娘を心配する父親の顔であった。

 

「もう準備も出来ているみたいね、早めに出発しましょう」

「はい!」

 

 ユアに言われてララは元気に答えた。ロストももう行く準備は出来ているようだった。

 

「じゃあ、リンブロア。私たちは行くわね」

「…ユアには少しだけ話がある」

 

 4人が部屋を出ようとすると、ユアはリンブロアに少し引き止められた。ロストは少し気になったが、騎士団のトップ2人の話だ、自分には全く関係がないと考えた。

 

「……そう。ロスト達は先に行ってていいわよ」

 

 ユアはそう言ってロスト達が出たことを確認すると扉を閉めた。そして、リンブロアを見つめた。

 

「ようやく、我々の苦労が報われたのだ。絶対に見失うなよ」

「それだけ言う為に私を引き止めたの?まあいいわ、私だってもうあの子を失いたくはないもの」

 

 ユアは悲しそうにそう言った。リンブロアは実はユアの事を深くは知らない。

 100年前の戦争の英雄は、その胸に何を秘めているのか、リンブロアとユアの話している人物にどう関係しているのか、リンブロアは知らない。

 

「…何故お前はいつもそのような顔をする?私には不可解だ」

「そう?まあいいわ、私は行くわ。次にあった時には、あの子に全てを話せるといいわね」

 

 ユアはそのまま部屋を出た。1人残されたリンブロアは、ため息をついた。何を思ったため息なのかはわからなかった。

 

「その時には、全てを…か…」

 

 私には荷が重すぎる、とリンブロアは既に部屋を出ていないユアに対してかのように呟いた。リンブロアの抱える真実はあまりに重く、彼の主君にも言えないものmで含まれていたのだから。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター19:英雄について

「ユアさん、話は終わったんですね」

「ええ、ルン。じゃあ出発するわね」

 

 ユアがリンブロアと話した後、街の出口付近でロスト達は待っていた。持っていた地図を広げたユアはそれをロスト達に見せる。ロストが旅に出る時にもっていた地図とは違い、しっかりとフェアロの領地が全て記されていた。

 

「エレッタへ向かうと言っても、ここからの道のりは長いわ、まずは異国へ向う為の船に乗らなければいけないの」

「船が出ているのは確か、フェアロ・テスフェという港町と聞いた事があるが…」

「正解よ、ロスト。私達がまず向かうべきはフェアロ・テスフェ」

 

 ユアは地図の上のフェアロ・リイルアからフェアロ・テスフェまでの道をなぞるように指で示す。

 

「ユアさん、しかし途中にあるこの洞窟…テス洞窟でしたっけ?一般用の道、落盤して封鎖されてますよ?」

「ルン、誰も一般用の道で通るとは言ってないわ」

 

 ユアは当然といった風だった。ルンは「ですよねえ…」と疲れたように項垂れた。

 

「また洞窟に行く、という事か…」

 

 腕組みをして言うロストを見て、ルンは更にいじけたようにする。ララは何故ルンがそんなにも洞窟を通るのを嫌がっているのかよくわからなかったが、ララの肩の上にいるチャールもあまりいい表情をしていなかった。

 

『テス洞窟…って確か川沿いの洞窟だったよな…』

「ええそうよ?だから水がよく滴ったりしているから、濡れる事には気をつけなくちゃいけないわね」

 

 さらっとユアに言われチャールも落ち込みを見せる。水が滴っている。というところが嫌なのだろう。それはルンも同じだった。

 

「か、髪の毛湿気に弱いんですよ!」

「ルンちゃん、もしかしてくせっ毛?」

 

 ララはルンの髪の毛を見て言う、ルンは小さく頷き、ぼそぼそと「だから髪の毛のセットも時間かかるのに…」と呟くようにして言った。

 

「まあ、目的地に行くにはこれしか方法がないから仕方が無い。それにルン、お前さっきの威勢はどうした」

 

 ロストに言われ、ルンは先程リンブロアに対して自ら言った言葉を思い出す。そして「それはそれで……これはこれで……」と言い訳をし始めるがユアにため息をつきながら言われた言葉がルンに突き刺さる。

 

「騎士は言い訳しないの。まったく、貴方が自分で決めた事よ?」

「うう……」

 

 こうやってうじうじとしている様は普通の13歳の少女である。ロストは改めてルンにも年相応の部分があるのだと確認した。

 

「…ねえ、ユアさん。少し聞いてもいい?」

 

 ララは歩きだそうとするユアを引き止めるようにして尋ねた。その顔はあまり見せないような真面目な顔だった。ユアは何を聞かれるのかと少し身構える。

 

「何かしら、ララ」

「英雄と、100年前の戦争について、少し教えて欲しいの」

 

 ララは当事者であるユアに聞く事が一番だと思ったのだろう。一方のユアは意外とでも言うようにララを見た。

 

「あら、知らないの?基本は本でも何でも…」

「私、本とか、あまり読んだことないんだ…恥ずかしながら……」

 

 ユアはため息をついて少しチャールを睨む。ユアの視線にビクッとしたチャールは毛を逆立てた。そして気まずそうに言い訳をし始めるのだ。

 

『なっ、何でボクを睨むんだよっ!』

「ララに何も教えてないの?あなた……まったく、呆れるわねえ」

『痛っ!』

 

 抗議する様子のチャールにユアはデコピンをした。ララは少し苦笑いして、ユアをもう一度見つめた。

 

「仕方ないわ。じゃあ少しだけね」

「ありがとうございます!」

「ルンとロストも、一応復習として聞いておきなさい」

 

 ルンとロストは静かにうなずき、ユアが話し始めるのを待った。2人はどうやらその辺りは知っているようだ。

 そしてユアは思い出しながら語り始める、100年前のこの世界を。

 

「そうね…100年前の戦争は…」

 

 

---------

 

 100年前の戦争は、エレッタが引き起こした。と言われているのは知ってるわね?

当時はフェアロとスレディアの関係も良くなくって、三国の間で大きな戦争が起こったの。

 それが、今でもこのメモルイアの歴史として語られる三国戦争。

 

 フェアロは精霊達を利用して、エレッタは強大な魔法技術と、機械技術を用いて、スレディアは磨きあげられた武器を使って。

 しかし、スレディアはフェアロ、エレッタに比べて戦力が足りなかったの。

 不利だと気付いたスレディアは、途中でフェアロとの間に和平を結んだわ、エレッタは同時に2つの国を相手にしなければならなくなったの。

 

 そして、エレッタが敗戦する大きな原因となったのは、今でも英雄の1人として語り継がれる、スモラ・タール。

 スモラは、エレッタのやり方に疑問を抱き、フェアロ側へと亡命してきたの。

私や仲間達はそれを受け入れ、エレッタに勝利した。

 失った物も、大きかったけれどね…。でもそれは戦争だったから仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれないわ。

 

 フェアロもスレディアもエレッタも、戦争が終わってしばらくはそれぞれの国の復興にみをやつしていたわ。

 私自身が言うのもおかしいことだけれども、当時の英雄として語り継がれているらしいのが私と、ヤトノ、レイシ、エディル、ノレ、レナシアね。

 

 私達はただ、戦争を止めただけなのだけれど…ちなみにこれは初代パーフェクティオ隊のメンバーでもあるわ。

 今でも生き残ってるのはエルフであるレイシ、エディル、それと私のみね…。そうそうロスト、レイシは貴方の知ってるレイシ・テイリアで合ってるわ。

 

--------------

 

「まあ、話はこんなところね」

 

 ユアの話を聞き終えた後、ロストは驚愕の表情を浮かべていた。まさか身近にいた人物の名前が出てくるとは思わなかったのだ。ユアは知らなかった事が意外であると首を傾げる。

 

「あらロスト、知らなかったの?」

「お、おい…レイシの爺さんが100年前の戦争に関わってたというのは初耳だぞ」

「言ってなかったのねえ…というか、貴方も100年前の戦争については詳しくは知らなかったのかしら?」

 

 ユアは本を取り出しながら言った。どうやら100年前の戦争について書かれている本のようだ。ユアはその本をロストに差し出す。読め、ということなのだろうか。

 

「レイシ爺さんやエートから掻い摘んで聞いたくらいだ。エートはヤトノ、という英雄の孫らしいからな」

 

 ロストは本を受取りながらぺらぺらと本をめくる。エートという名前を聞いた時にユアは何かしら反応したようだが、ロストはあまり気にしなかったようだ。

 

「ロスト君、レイシさんって人はロスト君のお祖父ちゃんだったりするの?」

 

 ララはロストに尋ねるが、ロストは首を傾げる。

 

「さあ、しかし、あの人エルフだったのか…」

 

 ロストとレイシに血縁関係がある、となるとロストはエルフの血を引いているという事となる。レイシがエルフである事も知らなかったのかとユアは「あの馬鹿、さては何も教えてないわね…」とロストに聞こえないように呟いた。

 ルンはまじまじとロストを見つめるが別にエルフ特有の尖った耳ではない。

 

「あんた、水属性しか扱えないのよね?」

「……そうだが」

 

 ロストはまじまじと見つめられ後退りしながら答える。ルンは後退りするロストに「なんで逃げるのよ」と不服そうである。

 

「本来エルフの血族はいくつかのマナ属性を持っていることが多いのだけれど、ロストにはその兆候もないから、恐らくエルフの血が流れてるとしても微弱ね。ロストはほとんど人間よ」

「そう言われると、レイシ爺さんとの関係が尚更気になるところだが…」

 

 ユアの言葉にロストは考えるようにするも、これ以上考えても無駄だと悟ったようだ。諦めたように首を横に振った。

 

「まあ、まずはテス洞窟に向かいましょ。こっちであってますよね?」

「ええ。あってるわ」

 

 ルンは地図を見ながら指をさした。ユアはルンの指さした方向を見つめて頷いた。

 

「ここから北東にしばらく歩けばテス洞窟よ。行きましょう」

 

 ユアに続いてロスト達は歩き始めた。リイルアを出て、街は遠くなっていく。暫く歩いていると草原にモンスターが何体か現れるはずだ。

 敵意を感じたユアは周囲を見渡す。

 

「敵ね、気をつけましょう」

 

 ユアは大剣を抜き、迫ってくるモンスターを1度横薙ぎに飛ばした。モンスターが飛ばされた先にはロストとルンがいた。

 

「て、手荒いんだな…行くぞ、魔神剣!はっとおっ!」

「少ないわね…えいっ!やあっ!まだまだ!ね!」

 

 ロストはユアの多少強引なやり方に驚きつつも、構えた両手剣で飛ばされてきたモンスターを倒す。剣で1、2撃与えて技を加えた程度ではあるがロストに多少力がついてきているからなのかモンスターは消え失せた。

 ルンの方は技も使わずに大鎌で斬り伏せた。モンスターは2人の前に倒れ、ララはぼけっとその様子を見ていた。

 

「凄い…私の出番なかったよ!」

「ララ、油断大敵だ。」

「大丈夫だって、周囲にモンスターの気配はしないよ」

 

 ロストは注意するも、ララは周囲を注意深く見渡した。どうやら本当にモンスターはいないようだ。

 

「早くテス洞窟に行きましょ。でないと余計に疲れるわ」

『ルンの言う通りだな、さっさと洞窟を抜けようぜ』

 

 チャールはララの肩の上であくびをしながら言った。ルンは「あんたは1歩も動いてないでしょうが!」とデコピンをした。

 

『うー…』

「はいはい、そろそろ着くわよ?」

 

 ユアは見えてきた洞窟を指さす。ロストは顔を上げてやっとか、と言うようにため息をついた。

 

「洞窟の中もモンスターが蔓延っているわ、注意して行きましょう」

 

 ユアの助言に耳を傾けつつ、ロスト達は落盤している一般用通路ではない方へと進んだのであった。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター20:セテオスの弟

「おかしいわね……」

 

 洞窟の中に入るなりユアは洞窟の中を見渡した。

 モンスターが出てくるとはいえ、落盤していない方の道であるおかげで道自体は綺麗であった。しかし、ユアが一度見に来た時とは違ったのだ。

 

「ユアさん、どうしたんですか?」

「ルンはここに来るのは初めてだったわね。この洞窟、前はこの通路こんなに水に浸っていなかったのよ」

 

 足元を見ると、若干足が水に浸かってしまっている。チャールは落ちないようにとより一層ララの肩にしっかりとしがみついた。

 ロストは気にする事もなく水たまりができている洞窟の中を進む。

 

「おい、早く行くぞ」

「あんたは水に慣れてるでしょうけど私は湿っぽいところ苦手なのよ!」

 

 ルンは叫ぶもロストは「そうか」と言うだけで相手にしない。ユアもそれに続いて行こうとした時、ララの行動が止まる。

 

「ララ?どうしたのかしら」

 

 気づいたユアがララの様子を覗き込もうとすると、ララはなにかぶつぶつ言っているようだった。心ここにあらず、と言うのが適切だろうか。

 

「いる、ここに…」

 

 そうぼそりと言ったララは、そのまま急いで走り出そうとした。ロストは「おい!」とララの手を掴んだ。

 

「あまり急ぎすぎるな、下が湿っているからこけるぞ」

「…あ、ごめん…ありがとう」

 

 ララはロストに引き止められ少し驚いたようにロストを見た。無意識の行動だったのであろう。しかしララはどこか落ち着かない様子だった。

 

「ここに何かあるのか?」

「…わからない、でも…ここに何か…ありそう」

「まあ、ここでうじうじとしてても仕方ないわ、先に進まないとテスフェには行けないわけだもの」

 

 ルンはもう諦めたのか、ゆっくりとできるだけ大きい水たまりを避けながら歩き始めた。ユアはルンのその様子を見て少し呆れたようにするも、まあいいと構わずそれに続く。

 

「…うん、ルンちゃんの言う通りだ。ロスト君も、先に行こう」

「ああ」

 

 

 

 

 暫く洞窟を進むと、モンスターが何体か出てきた。ロスト達は武器を構える。モンスターはじりじりとロスト達と距離を縮めてくる。

 

「スペクタクルズを使うよ!…やっぱりこのあたり、水属性が多いみたい」

「そうか、俺は向こうの2体を相手にする、ユアさんとルンはそっちを」

 

 ララはモンスターに向かってアイテムを使い、敵の能力を解析したララは全員にそう告げる。

 ロストは剣を構えてモンスターを待ち構えた。ユアとルンは頷いて別のモンスターを相手にする。

 

「ファイアボール!ええ、あまり効かないみたいね。わかってたけども」

「火属性以外も使えるんですよね?ユアさん」

 

 ユアは火属性の術を唱えてみるが、あまり効果は無いようだった。ルンは大鎌を握りしめてモンスターを斬りつける。

 

「ええ、行けるわ。風よ、切り裂け…ウィンドカッター!」

「はいっ、たあっ!孤月閃!」

 

 ユアの唱えた風属性の術がモンスターを切り裂く。ルンの大鎌がその後にモンスターに襲い掛かる。完全にモンスターの動きは止まった。

 別のモンスターを相手にしていたロストも、剣を鞘に納めた。

 

「大丈夫?皆怪我とかしてない?」

 

 後方に待機していたララはルンやユア、ロストの様子を見た。どうやら怪我や状態異常は無いようだと確認すると、スピアロッドをしまった。

 

「大丈夫よ、ララ。にしても、属性って言うのも厄介ね」

 

 戦闘が終わり、大鎌をしまった後にルンは腕組みをして言った。

 ここのモンスターは水属性が多く見られるようだった。ユアは火属性以外の術も持っているが、手っ取り早く戦闘を終わらせるためには対抗属性の術が必要なのである。

 

「致命的なほど、という訳では無いから心配は無用よ。先に行きましょう」

 

 ユアは周囲に気を張りながら大剣をしまった。

 

「それにしても、足元びちゃびちゃだわ…こんなんじゃまともに進めやしないじゃないの!」

 

 道中、ルンはすっかり濡れてしまっている足元を見つめて大きな声をあげた。ロスト、ララ、ユア、チャールは一斉にルンの方を向いた。雨靴ではないので皆足元が塗れてしまっているがルンはそれが気持ち悪くてたまらないのだろう。

 

「こんなにも水が張ってるなんて、隣の道が落盤しているとはいえこれは…。まさか、ウンディーネの不在のせいかしら?」

「ウンディーネの不在…。だから異様に変な胸騒ぎがするのか」

 

 ユアの言葉にロストは胸元に手を押さえつけるようにした。

 ウンディーネは水を司る大精霊、ロストは水属性のマナを扱っている事から何かしらの違和感を感じてはいるのだ。

 

『このままウンディーネが現れないと、水属性の微精霊だけではどうにもならなそうだな』

「それって、かなり大変な事なんだよね?チャール」

 

 ララは流石にそれは察したのかチャールに尋ねる。チャールはうなずき、言葉を続ける。

 

『ああ。ボクにはなんとなくマナの全体の流れがわかる。そろそろ、本格的に影響の出てくる地域もあるだろう。異常気象も起こり得る』

 

 チャールの言葉にユアは「予想以上だわ」と小さい声で言う。

 

「色々と、今の世界も大変なんだな」

「みたいね…ん?」

「どうしたの?ルンちゃん」

 

 ロストに相槌を打つように同意したルンは、何かの気配に気付き歩みを止める。ララは不思議に思ったがその理由はすぐにわかった。

 

「ここから先は通さない」

 

 投げナイフがルン目掛けて飛んで来る。ルンは当たらないと知ってかそれを避けずにいた。それはルンの背後の壁に突き刺さった。物怖じしなかったルンは冷静に分析を始める。

 

「セテオスと同じナイフ…?でも、セテオスはここには来てないはず……」

「メテオス、君?」

 

 飛んできたナイフを見つめて思案するルンの近くでララがぼそりと言う。ルンはその声が聞こえていたのか「え?」と言う間に何者かに腕を掴まれた。

 

「きゃあっ!」

「ルン!あなたは一体…」

 

 ユアが気づいた時にはルンは既に何者かに腕を掴まれナイフを喉元に突きつけられていた。

 その何者かは少年だったようで、朱色の髪と瞳を持ち、頭にバンダナを巻いている。肩にはついてないが少し長めの髪の毛の隙間からは右から羽の形のピアス、左には黒い飾りのピアスをしている。それはルンやロストにとっても見覚えのあるものと同じのようであった。

 

「セテオスと、同じ…?あんた、何者よ」

「ここから先は通さない。レティウス様からの命令だ」

 

 ルンの声に答えることもなく少年は淡々と言う。どうやらまともな会話は望めないようだとルンは判断する。目は若干虚ろで何を考えているかは読めない。

 

「ルンちゃん、その子メテオス君だよ!セテオス君の弟!」

 

 ララは少年の事を知っていたようでルンに向かってそう呼びかける。ロストとユアは迂闊に動けばルンに危害を加えられるとわかって動きはしない。しかしいつでも動けるように警戒をしていた。

 

「セテオスの…でも様子がおかしいわね。あんたの目的はここを通さないってだけ?」

「オレ、は…くっ」

 

 何が起こったのか、メテオスは突然表情を少し歪めた。メテオスのナイフが少しルンの首元から離れる。ルンはその隙を見てメテオスのナイフを素手で弾き飛ばし、一歩退く。

 

「……っ!」

「あんた、何したいかわかんないけど私達の邪魔だけはしないでよ!」

「ルンちゃん、手!怪我してる!」

 

 ララはナイフを弾き飛ばしたルンの手を見てみたい叫ぶ。ナイフの刃の部分を触ってしまったようで多少の切り傷が生じてしまっていた。

 ララは慌てて術を唱えようとしたがユアが応急手当をする。

 

「この程度の傷はわざわざ術を使うまでもないわ。それよりも彼をどうにかしなければいけないんじゃないの?」

「確かに…メテオス君、我慢して!」

「がっ!」

 

 ララはスピアロッドの杖部分を構えてメテオス目掛けて振り下ろす。メテオスの頭にスピアロッドは直撃し、メテオスは気絶した。何という力技かとルンは感心する。

 

「ふう、これで先に」

「……ララ、安心するのはまだのようだ」

 

 安堵するララの横で周囲を見渡していたロストが言った。

 何人か、人影が近づいてきた。モンスターではない。メテオスと共に操られた人間か、レティウスのようなクローンか。そう考える余裕はロスト達には無かった。

 

「っく!ララ、そいつをどこか安全な場所に移動させろ!」

「わっ、わかった!」

 

 ロストは剣を振るってきた相手に対して剣を抜き応戦する。ララは言われたとおりに気絶しているメテオスを引きずって離れた場所へ向かう。

 

「それにしても、一体なんなのよ!」

「そこで倒れている子がセテオスの弟という事はレティウスの弟でもあるはず…恐らくレティウスの偽物の仕業ね。さっさと片付けるわよ!」

 

 ルンとユアは武器を構えて敵を待ち受ける。

 敵はロストが応戦している相手を除き3人。3人ともルンとユアを目掛けてきている。

ユアは一足先に大剣を地面に突き刺し魔法陣を展開する。

 

「ここから先に通らなければならないのよねえ、炎よ…ファイアボール!ルン、追撃頼むわ」

「了解ですっ!やああっ!!」

 

 ファイアボールを正面から受けた敵は声も出さずに耐えようとする。それをルンが追い討ちをかけるように大鎌で狙いをつける。

 ルンの狙いがつけばあとは簡単だった。

 

「魔神剣!虎牙破斬!…こっちは終わったぞ」

 

 敵を切り伏せたロストは剣を鞘に戻す。倒れた敵は跡形も無く消えてしまった。

 

「この前のレティウスと同じか」

 

 敵が消えた跡を見つめてロストは呟いた。

 

「そうみたいね。ユアさん…」

「そうねえ、あまりもたもたしている暇はないかもしれないかしら」

 

 敵がもういないことを確認したララがメテオスを引きずったまま物陰から出てきた。メテオスはまだ目覚めていないようだが、少し唸っている。じきに目を覚ますだろう。

 

「みんな怪我はない?」

「ああ、大丈夫だ。さて、先に進むか。この先に偽物のレティウスがいることは確かだからな」

「ここに置いていくわけにもいかないわね。この子は私が連れていくわ」

「ありがとうございます。じゃあ、行こうか」

 

 ユアはメテオスを背負い、ララは改めて、と洞窟の先を見つめた。

 

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター21:ララの弟

 メテオスを保護してから暫く洞窟の中を一行は進んでいた。

 湿った洞窟の中というものは、ルンにとっては敵のようなものだった。ララやロストは気にもせず歩いているが、ルンはあまり湿った場所が好きではない。チャールもまた湿った場所は苦手だがララの肩にしがみついて縮こまっている。顔は不機嫌そうである。

 メテオスを背負ったユアはルンがあまり湿った場所が好きではない事を知ってはいるが、あまり急ごうとはしなかった。

 

「ユアさん〜」

 

 ルンは涙目でユアに訴えるが、ユアにはルンを甘やかすつもりなど毛頭なかった。甘やかしてしまってはわざわざリンブロアの元から連れ出した意味が無いとユアは考えているのだ。

 

「これくらい我慢なさい。…と、そろそろ目が覚めそうね」

 

 ユアは背負っているメテオスがもぞもぞと動いている事に気づいた。

 ララが運ぶとも言ったがララに運ばれたと知るとララと同い年のメテオスはショックを受けるのではないかとユアがメテオスを運んでいたのだ(ロストが運ぶという案もあっただろうが彼は戦闘において前衛という仕事がある上にそもそもロストに人を運ぶなどという力仕事は期待出来ないのであった)。

 ユアの身長よりも少し高いメテオスは、少しだけ足を引きずってしまい足元は濡れてしまっていた。ララとロストもユアが立ち止まった事に気づいてそちらを覗く。

 

「ん……んん…」

「お目覚めかしら?」

 

 ユアに声をかけられて瞼を開いたメテオスは、どこかそわそわして慌てた様子だった。

 どうしたのかとロストが声をかけようとした時メテオスは声を上げた。

 

「お、オレ、は…はっ!ソル、ソルは!!」

「ソル?ここに、ソルがいるの!?」

 

 メテオスの言葉にララが強く反応した。

 ソル…恐らくララが最初に追っていた双子の弟だと考えられる。ロストはメテオスがララの幼馴染であるならばソルについて知っていても合点がいく。

 

「ララ…なのか?」

 

 ララの姿を視界に捉えたメテオスはまだ息は荒いが少し落ち着いてきたのか声を絞り出した。

 何故メテオスが慌てた様子なのか分からないが、ララはソルが関係するとすぐに理解したのだろう、もしかすると、ここに入ってきた時少しだけララの様子がおかしかった事から薄々感づいていたのかもしれない。

 

「うん。心配したんだよ、ソルもメテオス君もいなくなっちゃうんだもん」

「それについては…悪いと思ってる。だけど、ソルが、レティ兄がソルに!!」

「また、レティウスか」

 

 ロストは腕組みをして言った。先程の事を覚えていない様子からして、やはり操られていたのだと思われる。そして操られたメテオスの言葉、そして今の正気のメテオスの言葉を照らし合わせると、この先にレティウスがいることは明らかだ。

 

「またって、違う所でも…レティ兄が…?そんな、レティ兄は、そんな奴じゃない!あんなの、レティ兄じゃない!セテ兄だってそれをわかって…!じゃないと、あんな、あんな風になったり!!」

 

 メテオスの口ぶりからして、本来のレティウスは優しい兄だったのだろうか。少なくともララやロストの知る偽物のレティウスとは大分違うのだろう。

 更に荒ぶるメテオスに対して、ユアは諭すように静かに声をかける。

 

「落ち着きなさい。あなたの証言が今必要なの。あなたの言うレティウスは、この先にいるの?」

「…はい…って、きき、騎士団の方ですか!?す、すみませんオレ…」

 

 メテオスは自分の状況を理解したようで、ユアの背の中でしょんぼりとする。助けられたのか…と小さく呟かれたことから操られていた自覚はあったのかもしれない。

 

「あなたについてはセテオスやララから掻い摘んで聞いてるわ。もう立てるかしら」

 

 メテオスは「はい」と答え、その場にそっと降りた。先程の無表情から一転、結構表情が豊かなようで、これが本来の彼なのだろう。

 

「ありがとうございます…あの、間違いでなければフェアロ・ドーネ騎士団副団長の…」

「自己紹介が遅れたわね。私はユア・メウルシーよ」

 

 ユア、と聞いた途端にメテオスは固まる。兄の上司を目の前にして緊張してしまったのかもしれない。

 ララは声をかけようとしたが、メテオスにその声は届かない。そもそもメテオスは騎士団に憧れを持っていた可能性もある。

 

「ゆゆ、ユア、さん……!?100年前の三国戦争を終戦に導いた英雄の1人が、何故ここに!?」

「あら、気恥しいわね…。私達は今から任務でエレッタに向かう途中なの。こちらは部下のルンよ。あなたのお兄さんの直接の上司、と言えば早いかしら」

「フェアロ・ドーネ騎士団パーフェクティオ隊隊長のルン・ドーネよ。あなたの兄、セテオス・ベリセルアは私の隊の副隊長をしているの」

 

 ルンは手を差し出して、メテオスはその手を取った。

 メテオスはこんな小さな子が、と思ったがドーネというファミリーネームを聞いて納得した様子だった。

 

「騎士団長の娘さん…!?ら、ララいつの間にそんな人達と!?っつーかそっちのおにーさんは誰だよ」

「あはは…まあ、これは成り行きというかなんというか。こっちは途中で出会ったロスト君」

 

 メテオスは目眩がするような気がした。ララの言う通り本当に成り行きの様な形でこのメンバーでの旅になっているのだが、どうやらメテオスの頭では処理しきれなかったのだろう。

 本来辺境の村人が事件があったとはいえ騎士団の副団長や騎士団長の娘と行動している事は信じ難かった。

 

「…ロスト・テイリアだ。俺はフェアロ・リースの出身だ。俺も正直どうしてこうなったのかは…」

「あんた、ララに巻き込まれたのか?」

「…成り行きだ。俺自身も色々とあってな」

 

 メテオスはロストを見つめて「ふーん」と呟いた。特にロストに興味は無かったが、メテオスはロストが隣村出身の人間と聞いて無関係ではないと思った。隣村でも襲撃があったと道中でメテオスも聞いたのであった。

 

『まあとりあえず、ソルについてお前が知ってるだけ教えてくれ』

「チャールも居たのか」

『居たのかとはなんだ!ずっと居たぞ!』

 

 存在を認知されていなかったチャールは毛を逆立てながら言った。これまで一言も喋っていなかったので存在を認知されていなくても仕方はなかっただろうがチャールも一応昔馴染みなので無視される事は面白くなかったのだ。

 

「ソルは、今レティ兄に捕まっているんだ…オレはソルを人質に色々と要求された気がするけど…あーダメだ!なんかされた気がするけどそれ以上は思い出せねえ!」

「ララの弟はレティウスと一緒にいると見て問題ないな。メテオス」

「へっ?」

 

 突然ロストに話しかけられてメテオスはビクッとしたようであったが、すぐに何か言おうとしてるとわかってロストの方を向いた。

 

「…俺達がこれまで出会ってきたレティウスは、偽物だった。恐らく今回も偽物の可能性が高い。だから安心しろ」

 

 ロストは優しい声音でそう言った。メテオスがレティウスに対して信頼を持っている事から考えたのだろう。

 しかしそうとなればここで油を売っている暇はない。メテオスに歩けるかどうかを確認したロストは装備を確認してまた洞窟の中を歩き始めた。

 

「行くぞ」

 

 歩き始めた所でメテオスはララにそっと耳打ちした。

 

「…なあ、ララ」

「何?メテオス君」

「あのロストって人、結構優しいんだな」

「ちょっと素直じゃないけどね」

 

 ララがはにかんでそう言うと、メテオスは安心したように「良かった」と言った。

チャールはメテオスを見つめつつ、何か言いたげではあったがそんなチャールの様子に気付いている存在は一つしかなかった。ユアは、敢えて詮索はしなかったが。

 

********

 

 テス洞窟の奥。そこには1人の男が1人の少年を踏み潰すように足を少年の背に押し付けていた。

 男はそれなりに良い体格をしているが、少年の方は華奢な体躯をしており男に踏まれ苦痛に顔を歪める。

 

「…帰ってぇ、こねえなあ、アイツ」

「…っ逃げ、たんじゃ、ないの…」

 

 男、レティウスは不機嫌そうに少年を見下ろし少年の腹を蹴る。「ぐあっ!」と少年の枯れた声がその場に響く。水色の瞳は虚ろに開かれ、蹴られたり踏まれたりした痛みを抑えるのに一生懸命である。

 一つに括られた黒く長い髪は地面に広がって濡れてしまっている。露出している肩のあたりには少々血が滲んでいるようだった。

 レティウスが少年に危害を加えていることは明らかだった。

 少年は言葉を絞り出すことがやっとだったらしく、飛びそうな意識の中レティウスを見つめた。

 

「あの野郎が失敗しなきゃぁ、こうはならなかったぁんだけどなぁ?」

「……っ!!」

 

 八つ当たりのようにレティウスは少年の背を再度踏む。殺す事が目的ではないので殺さない程度に、しかし確実に少年に痛みを与え続ける。

 少年はもう声の出ない叫びをあげて苦しそうに悶える。

 

 いたい痛い痛い痛い。

 

 声を出す事さえ難しくなっている少年にはその言葉を零すことは叶わない。

 痛みを耐えていけれど手を縛られ地面に転がされている今の状態では、少年は結局何も出来ないのだった。

 

「本当にぃこいつがぁ…裏切り者なのかねぇ」

 

 レティウスは訝しげにそう言う。

 裏切り者、というのが何を示すのか…恐らくここに他の誰がいても分からないであろう。それを知るのは今のところ彼自身とレティウスのみ。

 少年はレティウスを睨みつけるが、レティウスはそれを無視し、誰かが来ると言うのを理解しつつ待っていた。

 

(ロスト・テイリア…捕まえなけりゃあなあぁ…俺がぁ…消される、かぁ)

 

 レティウスは今自分の上に立つ「誰か」を思い浮かべ、天井を仰いだ。命令をしている「誰か」は失敗を許さないのだろう。だからこそクローンでありながらも自らという存在を残そうと彼は足掻いているのだ。

 

(ララ…ごめん、ごめん)

 

 少年は心の中で、呟いた。

 

 何故少年がそのように懺悔したかは、少年の心の中の懺悔である事から、誰も知ることは無い。

 

続く

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター22:二人目のレティウス

 洞窟については、メテオスがある程度道を知っていたらしい。

 メテオスに案内されるようにロスト達は洞窟を進んでいた。途中で出てくるモンスターは適当にあしらう程度の強さでしかなかったため、余裕で進む事が出来ていたのだが…。

 

『何なんだよこれはあああああああ!!』

「知らん!チャールお前がなにかしたんじゃないのか!?」

 

 途中で大岩に追いかけられる羽目に遭ってしまっていた。メテオスは無言で着いてくるのに必死になり、ユアとルンは余裕そうに、ララは少しはあはあと息を切らしていた。

 

「メテオス!あんたが余計な事したんじゃないの!」

「オレっじゃっねえよっ!」

 

 ルンに怒鳴られてメテオスは掠れた声を出した。

 かなり辛そうに走っている為、ユアは抱えようかと思ったが彼の心象を考えて何も言わなかった。

 

「みんな、こっち!」

 

 誰が大岩の装置を触ったかなどと言い合いをする暇もないので、ララは大岩が通れない大きさの物陰を発見し、全員に伝えた。

 ララの声に無言で頷き、全員は大岩から逃れる。ロストは大岩が通り過ぎた事を確認し、全員に目配せをした。物陰から出ても良い、という意味なのだろう。

 

「道に迷ったりしてないだろうな」

「大岩の、設置されてた…場所は、把握、してた、から。だいじょ、うぶ」

 

 ロストはメテオスに確認した。メテオスはある程度洞窟の中身を理解しているらしく、周囲を見ながら言った。

 まだ息切れしているようで、ロストは自分より体力の無い者を見るのは珍しいと思っていた。

 

「…大丈夫か?」

「大丈夫、だっ!オレは機械いじりの方が…得意、なんだよ…」

 

 メテオスはゴホゴホと咳き込んだ後「もう大丈夫だ」と言った。

 ロストはもう少し休もうかと思ったが、メテオスはそれをよしとせず「ソルが危ない目に遭ってるんだ」と頑なだった。

 本人がそこまで言うならばとロスト達はメテオスに更にレティウスのいる場所までの案内を頼んだ。

 

「…そろそろ、レティ兄のいる所の近くのはず…。ソルは大丈夫かなあ」

 

 メテオスはそうやってずっとソルの事を気にしていた。自分のせいでソルがレティウスに捕まったと自らを責めているのだ。

 

「…早く行くぞ」

「すぐそこ、よね?」

 

 ロストは洞窟の少し開けたところを見つけた。

 ユアは緊張したようにメテオスに尋ねる。メテオスは頷いて、ララは物陰からそっと覗いた。

 

 そこには、長い黒髪の少年…ソルを踏みつける痩せ型の青年…レティウスだった。

ソルには痛々しいほどの暴行の跡があり、レティウスは後ろを向いていてロスト達側からは分からないが。

 レティウスはソルを痛めつける事に愉悦感を感じている様子だった。

 

「ソルっ…!」

「レティ兄…」

 

 ララは大切な弟が酷い目に遭っている場面を実際に見て憤りを見せた。

 メテオスは偽物だとわかってはいても、レティウスがソルを痛めつけている事が相当ショックだったのか目を見開いて肩を震わせた。

 今にも飛び出しそうなララを見てチャールはロストとユアに目配せをした。恐らく、ララは我慢出来ないと言いたいのだろう。

 

「…真っ向から行くしかないか」

「ロスト?まちなさっ」

 

 ユアの止める声も聞かずにロストは先陣を切って飛び出して行った。ルンは突然飛び出したロストに「何してんの馬鹿っ!」と叫ぶ。

 当然その声はレティウスとソル双方に届いている。

 

「あぁ?誰だァ?」

「…」

 

 レティウスはゆっくりと振り向いた。ソルは体が自由に動かないのか身じろぎだけをして反応を示す。

 

「アンタに名乗る名は生憎だが持ち合わせてない」

「っああ?なんだぁ?その蹴りはぁ」

 

 ロストはレティウスの顔面めがけて蹴りを入れる。ロストは非力ではあるが流石のレティウスも突撃されては隙が出来てしまう、その隙にララがソルの元へ駆け寄り、回復術を唱えるのだった。

 

「癒しよ…ファーストエイド!ソルっ、しっかりして!私だよ、ララだよ!」

「ラ……ラ……?どう、して」

 

 ララはソルを抱き締めた。ルンとユアも出てきてレティウスを警戒する。折角の姉弟の再会だ、下手に邪魔をしてもらいたくはない、という事をルンもユアも思っているのだろう。

 

「ちっ英雄サマのお出ましかァ?」

「あら光栄ね、私の事を知ってるだなんて」

 

 ロストは一旦引き、ユアが代わりに大剣を構えてレティウスの前に出た。レティウスも武器として持っていた斧を投げる体勢に入る。

 ルンはララとソルを庇うように立ち、ロストは術を唱えるようとしている。

 

「ララ、まだレティウスが狙っている。奴を倒すのが先決だ」

「うん…ソル、待っててね。ソルをいじめたヤツをこらしめに行くから!」

「ララ…」

「ソル、オレが不甲斐ないばかりに、ごめんな。ララ、ロスト、後は頼んだぞ」

 

 メテオスがソルを背負って離れた場所へと避難する。チャールもそれを追って行った。

これで戦闘の準備は整った。ララとロストは各々の武器を構える。と同時にルンとユアも一旦レティウスから距離を置いた。

 レティウスは舌打ちをして斧を肩に担いだ。相手も完全に臨戦態勢だ。

 

「レティ兄の見た目してるけど…あいつは偽物だ!!本物のレティ兄がソルにこんな事をするはず無いんだ!コテンパンにやっつけてやれー!」

「分かってるからお前は怪我人抱えてんだ、黙っとけ」

「喋ってんじゃあねえよぉ!」

 

 メテオスと会話をしていたロストを狙ってレティウスは斧を振り下ろす。ルンがロストとレティウスの間に割り込んで大鎌で斧を受け止めた。

 

「何っよそ見してんのよっロスト!」

「ちっ!!」

 

 ルンは大鎌でレティウスの斧を受け流し、斧に力を込めていたレティウスはバランスを崩す、その隙にララがレティウスの顔面に回し蹴りを打ち込み、スピアロッドで殴った。

 

「ソルが受けた痛み、返してやるんだから!」

「あんた何前に出てんのよ!」

「だってそうしないと気が済まない!」

 

 ルンに注意されるもララは駄々をこねるようにそう言い張った。大切な弟が暴行を受けていたと知って相当な怒りを目の前にいるレティウスに抱いているらしいのだ。

 ユアはやれやれ、と頭を横に振り容赦なく体勢の崩れたレティウスを大剣で薙いだ。

 レティウスは壁に勢いよく体を打ち付けた。

 

「ロスト、今よ!」

「あ、ああ…そろそろ観念しろ、レティウスっ!」

「るっせーぇんだよぉ!」

「ぐあっ!」

 

 ユアに声を掛けられてロストはレティウスに斬りかかろうとしたがレティウスがロストの攻撃を受ける前にレティウスが復帰し腹部を強く蹴った。

 ユアは「ロスト!!」と叫びすぐさま駆け寄った。腹部を蹴られた痛みからかロストは身動きが取れなくなっていた。

 

「…っ、癒せ、ファーストエイド!ルン!」

「分かりました!」

 

 ユアに言われてルンはレティウスに向かって行こうとする。レティウスはユア達の放った言葉を聞き、ロストの姿を確認した。

 

「……ふん、てめぇがぁ、ロスト・テイリアかぁ」

「やああっ!」

「邪魔だなあ、ガキ」

 

 ルンが飛びかかってレティウスに大鎌を叩きつけようとするがルンが来る事を予期していたレティウスはルンの攻撃を避けた。ルンは当然その勢いのまま地面に大鎌を突き刺してしまう。

 

「しまっ……!」

「うぜぇぇんだょぉ、消えな」

 

 ユアやララが反応するよりも早く、レティウスは斧をルンに振りかざした。ルンはギリギリにそれを避けるが、斧はルンの背中をかすってしまった。それだけでも彼女の細い体を切り裂くには十分だった。

 

「ああああああっ!!!」

「ルンちゃん!!」

「くっ……そっレティウス!お前の狙いはどうせ俺なんだろう!」

 

 ルンの悲痛な叫びが洞窟内に響く。見ている事しか出来ないメテオスは歯痒そうにソルの肩を支え、ソルはある程度回復しているものの辛そうに見ていた。

 ララは慌ててルンの側へ駆け寄った。ロストはまだ痛む腹部を抑えながらレティウスに言い放った。流石に目の前で幼い少女を傷つけられて黙ってはいられないのであろう。

 ユアはロストを庇うように立ち上がった。

 

「ロスト、無茶よ。まだ痛むなら、私が代わりに戦うわよ…!!ロストに手出しさせないわ!!絶対っ絶対に……っ!!」

 

 ユアは険しい表情で言い放つ。

 レティウスは少し顔を強ばらせたが「はぁぁ?」と斧を再び持ち上げた。

 

「もう限界よ!!行くわよ、サンダーソード!!」

「…っこれは、マナの大解放…」

 

 ユアの放った気はとても強大で、ロストは地面にしがみつくように這った。ルンを治療しに行ったララもルンを庇うように回復術の詠唱をしている。

 

「がああっ!!」

「まだ足りないかしら!!イラプション!」

 

 ユアの放ったロストも見たことないような術はレティウスを貫き、燃やし、術がやんだ頃にはレティウスは黒い粒子となって消えていった。

 

「はあ……はあ…」

「ユアさん!」

 

 しかし、急にマナを大解放した為かユアの体は崩れ落ちる様にして倒れた。ロストはユアに駆け寄り、その様子を確認した。疲弊はしているようだがどうやらそれ以外には傷も何もなさそうだった。

 

「よかった、大丈夫みたいだ」

「ああ…、う、や…おねえ、ちゃんは。がんばっ、た…よ」

「ユアさん?」

 

 ユアは意識がハッキリとしていないのかロストを見て穏やかに笑いそのまま瞳を閉じた。暫く寝させておけば時期に目を覚ますだろう、とロストは確認した。

 

(…ユアさんにも、弟がいたんだろうか。まさか、ユアさんが俺の姉なんてことは…無いか)

 

 ロストはそう思考を巡らせたが、ロストがそう思うのも仕方がなかった。ユアがレイナに似ているということはユアはロスト自身にも似ているということなのだから。

 

「ロスト君、とりあえず今はこの辺りで暫く休も?ルンちゃんも、ソルもこんな状態だし…」

「そうだな。メテオス、もう出てきて大丈夫だ」

 

 ララに言われてロストが声をかけると、メテオスはソルを肩で支えながらロスト達の元へ来た。ソルは家出した手前ララと顔を合わせるのが気まずいのか俯いている。

 

「ソル」

「っら、ララ…」

 

 ララに声を掛けられてソルは少しビクリとするも、顔を上げてララを見た。ララは、安心したような、穏やかな表情を浮かべていた。

 

「良かった。ソルが無事で、よかったッ!」

「…ララ。おこら、ないの?」

「どうしてあの時、出ていったの?そう聞きたいけれど、危険な目に遭ったんだもん。怖かったよね?でも大丈夫。お姉ちゃんがソルの事、助けに来たんだから」

 

 ララはそう言ってソルを抱きしめた。ソルはララの温もりに触れて、そして嗚咽を漏らし、泣き始めた。幼い子供のようにソルは泣き叫んだ。

 

「ひぐっうう…うわあああ!!!」

「よしよし、怖かったね。私がいるから、大丈夫だよ」

 

(弟の心配をする姉、か…)

 

 それは兄と妹だったとしても同じなのだろうか。ロストはそう考えた。ララの旅の目的の一つは達成された。そう考えると一休みはしていいだろうとロストはほっとした。まだレイナの事や問題は山積みだが、あまり根を詰めすぎるのも良くないだろう。

 

「ロスト君?ってわあ!?」

 

 ララの驚いた声を最後にロストの意識は消えた。どうやらロストもまた倒れてしまったらしい。残ったララとソル、メテオス、チャールはやれやれ、とため息をついてルンの手当やユアとロストをちゃんとした体勢に寝かせた。

 そして、ララ達もそのままスヤスヤと寝てしまった。チャールだけは周囲に気を張りながら、眠るロスト達を眺めて『微笑ましいな』と呟いた。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター23:少しの軋み

 ユアが目を覚ました時、チャールだけが目を開けていた。

 いつの間に誰かが看病したのだろう、ルンの止血は終わっており、ソルの方も体のあちこちに包帯が巻かれていたりした。

 軽く周囲を見渡せば、モンスターが近寄らないように軽い結界のような何かが張られており、ぼんやりとした今のユアの思考では誰がそれをやったのか分からないでいた。

 

『やっと目を覚ましたか。どうしたんだ急に倒れて』

「……少し、昔を思い出しただけよ」

 

 ユアは俯いて言った。チャールはユアとは知り合って長いわけでもない。正確に言うとチャールからすれば長い付き合いなのだが100年前の戦争の英雄の1人であるユアにとっては付き合いが長いとはいえない。

 ユアのいう昔は、きっとチャールも知らない途方もない昔の事なのだろうとそれ以上は追及しなかった、が一つだけチャールには気になっていたことがあった。

 

『なあ、ユアには弟がいたのか』

「…っ。ど、どうしてそう思うの」

『倒れる前に言った事は覚えてないのか。お前まるでロストを弟扱いしてたぞ。見た目も相まってまるで本当の姉弟に見えた』

 

 顔が似ているとはチャールも思っていた。しかしチャールにはロストとユアに直接的な繋がりがあるとは思えなかった。

 だからユアに弟がいたのならば、似ているロストに重ねてみていたのではないかと聞いてみたのだ。

 

「…昔の事は忘れたわ。そろそろロスト達も起きるから、出発の準備をしましょう」

 

 ユアは立ち上がってはぐらかすように言い、チャールはいつもこうだ、とため息をついた。 

 彼女と出会った殆どがユアの過去や本音を探ったが、彼女はそれを明かさなかった。

 誰も、彼女の本当のところを知らない。

 

『気を張りすぎるなよ。お前がダメになったら、若い奴らまで引き摺られる』

「ご忠告、感謝するわ」

 

 周囲に寝そべっているロスト達を見て、チャールも普通に地面に立っていたことからユアはようやく気づいた。どうやらこのあたりは地面が濡れている訳では無いようだ。

 まずは1番疲労の無かったであろうララを起こし、その次にロストを起こした。

 ソルとルンは無理には起こさなかったが、眠ったおかげかある程度は回復していた。

 ルンの傷口もユアが思ったほど深くなかったようで、ユアはルンの様子を見て「よかった」と零した。

 

「…ララ」

「私が何を言いたいか、分かるよね?」

 

 ソルはララから目を逸らした。言い辛いようでララは困ったように頭を掻く。理由がある筈だとララは言った。理由も無しにソルが自分の元を去るわけが無いと信じている。

 ロストはそんな2人を見て、レイナの事を頭に浮かべた。

 レイナは襲撃をした者達について行ったが、ソルはそうではない。寧ろ襲撃した者達の仲間と思われるレティウスに捕まり暴行を受けていた。

 

(レイナとソルの件は確実に違う…ソルはララに敵意を抱いていない)

 

 レイナとの別れ際がロストの頭をよぎる。

 どこか思わせぶりで、しかしロストに冷酷な言葉をレイナは投げかけた。

 

「ララ…僕は、ララの本当の弟じゃない」

「…誰かに、そんな事吹き込まれたの?確かにソルにも私にも記憶が無い。本当に姉弟かなんて、私にもわからない…っでも、ソルは私の大切な弟だよ!」

 

 ララに言われソルは「ごめん、ララ」と零した。ララには何故ソルが自分に対して謝るのかが分からなかった。

 

「…どうしても、僕は、僕のことが、認められない…」

「…」

 

 ソルの言葉にララは何をどう言えばいいのか、とソルが何を考えているのかが分からないせいで口を閉じてしまった。

 目を覚まし、その光景を見ていたルンは痺れを切らしたようであった。そもそものルンやユアの目的はエレッタへ向かう事だ、まだフェアロに留まっている時間はあまりないとルンは思っているのだろう。

 

「…貴方は結局、どうしたいの?あんた自身は自分の事を認められないとか言ってるけれど、あんた自身を認めてここまで探しに来たララの好意まで踏みにじる気?」

「…そうじゃない、そうじゃない!僕はララの重荷になりたくなくて」

「もうなってんのよ」

 

 ルンの冷酷な言い方にソルは怯んだようだった。

 ララには何故ルンがこうも冷たい言い方をするか分からなかった。ロストはルンの言いたい事も少し分かるようで、目を伏せた。ユアは心配そうに見つめていたが何も言う事はしなかった。

 メテオスはソルの精神状態があまり良いと思っていなかったからかルンを抑えようとしたが容易く振り払われてしまった。

 

「ルンちゃん、そんな言い方は!ソル、そんな事はないよ、安心して…?」

 

 ララはソルが責められて聞いていられなかったのかルンを非難するように睨んだ。ルンはそれを気にもとめず続ける。

 

「あのね、ララ。私やユアさんにはもっと先に目標があるの。ここで立ち止まってる暇なんてないわ。それに、ララは良いじゃない、きょうだいが見つけられて。ロストのきょうだいはまだ見つかってないのよ?その上ロストはそのきょうだいに冷酷な言葉を投げ掛けられたみたいじゃない。ソルだっけ、あんたもよ!こうやって心配して駆けつけてくれるお姉さんがいて、良いじゃない」

「……ルン?」

 

 ルンの様子がおかしい。ユアは長らく彼女を見ていたからかすぐに気が付いた。

 ルンは何故か、きょうだいに関する部分に過剰に反応しているようにユアには思えた。

 ララとソルはルンの気迫に押されているため気付いていないだろうが、チャールは『まずいな』と言った。

 メテオスとロストにはユアの焦りの理由が分からないようだ。

 

「どうして自分を否定するの?認めてくれるきょうだいがいるのに!優しい優しいお姉さんがいるのに!」

「……どう、したの、ねえ、怖いよ…」

「ルンちゃん!やめて!そんな、そんな言い方って、無いよ…」

 

 ソルは耳を抑え始め、ララはルンを見て叫んだ。メテオスはソルを心配するように背中を撫でた。

 ルンは血走ったような目をしていたのを見て、ララはルンは本来このような事言わないと思った、しかし今そのルンの言葉が大切な弟を傷つけた事は事実だった。

 

「…ララ、落ち着け。取り敢えずはここで止まっていても意味がない。ルンもだ、今ここで言い争ったってどうにもならない。次の街へ言ってひとまずゆっくり休め、お前は疲れてるんだろう」

 

 そこへロストが口を挟んできた。

 彼は流石にこの状況は傍観する事は出来なかった。

 ソルも既に精神的に余裕が無い雰囲気であるのに、更にルンにここまで言われてしまったのだ。会話を一度切る事が適切だと判断した。仲間内で口論をすることは望ましくない。

 

「…そうね、ごめんなさい」

「早く先へ進みましょう。メテオス、ソルを頼めるかしら」

「おう…ってソル、お前ララとオレ以外のやつわからないよな」

 

 ここまで話して、そう言えばソルに自己紹介をしていなかったとメテオスは思い出す。

 

「…そういえば、まだ自己紹介、してなかったね」

 

 ソルはロストを見て、ロストは「あー…」とソルを見つけてからを振り返った。

 ロスト達は自己紹介をする間もなく全員休息を取ってしまっていたのだった。

 

「言われてみればお前は俺達の事を知らないか。俺はロスト・テイリアだ。お前の姉に世話になった」

「私はユア・メウルシーよ」

「…私は、ルン・ドーネ。さっきは、悪かったわ」

 

 ルンは先程冷酷な物言いをしてしまった手前、どうやら恥を感じてしまっているようだった。ユアはまだルンは精神的に未熟な故、仕方ないと思うもソルの方も精神的にララやルンより遥かに幼く思えた。

 しかしユアには、どちらが悪いとも言えないのだ。いくらソルの精神が幼かろうとルンはそれを知らない、察する事が出来ていない。

 先程の口論は互いに何も知らなかったが為に互いに地雷を踏みあってしまったようなものなのだ。

 

(私達は、もう少しお互いの事をしっかり知るべきなのね…でも、私は…)

 

「僕はルシオン・オンリン。ララからはソルって呼ばれてる…宜しくね」

「ああ、宜しく。ユアさん、次の行先は」

 

 ロストに話を振られたユアは洞窟の出口を見てから少し考えてこう言った。

 

「そうね、この出口からだと…普通にフェアロ・テスフェ港へと向かえる筈だわ。テスフェからはエレッタ、スレディアそれぞれの国に繋がる船が出ているはずだもの」

 

 ロストはユアに地図を見せてもらい、どうやらテスフェに向かうまでは途中に大きな森や山、洞窟などは見つからないようだ。

 そうであればここから真っ直ぐにテスフェへと向かうのみである。

 

「ロスト君、私達結構遠くまで来たんだね」

「この程度で遠くなど言ってたらエレッタはどうなるんだ。外国だぞ」

「あっそっか」

「フェアロは旅行船が発達してないんだもの、無理はないわ」

 

 船でも使わない限り他国へと向かえない為、殆どのフェアロ国民は国の外へと出た事がない、とルンは前もって知っていた。

 ルンもフェアロを出た事が無いため実際にエレッタやスレディアを見たことがない。

 ましてや田舎とも言える村に住んでいたロストやララ、ソルは海すら見た事が無いであろう。 

 この中で海を見、船に乗り、エレッタへ直接向かった事があるのはユアしかいないと思われる。

 

「オレ、エレッタに行ったことあるぜ」

「メテオス…意外ね。貴方が行ったことあるなんて」

 

 メテオスはララと同じ村の出身。ララと共に育ったと聞いていたので、エレッタに向かった事があるというのはユアにとっても予想外だったのであろう。

 

「まあ、昔に…見学程度だけどな」

「…まあ、行先ははっきりしてるなら、私達はそこに向かうしかないわ!ね、ユアさん」

「そうねルン。もう元気そうなら、今すぐ出発してもいいかしら」

 

 ルンは「大丈夫です!」と大鎌を肩に抱えた。

 メテオスやソルも準備は出来たようだが、ソルはまだあまり活動的な事はできないようだ。

 

「僕も…力になれたら良かったんだけど」

「無理だけはするな。メテオス、いいか」

 

 ロストはまだふらふらしているソルをメテオスに支えさせる。ララはソルを見て心配そうな表情をしたが、今は前に進もうとした。そうしなければ、彼のプライドを傷つけてしまうと察したのだ。

 テス洞窟を抜けた後は、フェアロ・テスフェ港に向かうだけだ。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター24:スレディアへ向けての出航

「もう、だめ、だ……」

「ロスト君っ!?え、ソル、返事をして!メテオス君!?」

「ユアさん、どうします?この状況」

「もう、仕方ないから休みましょう」

 

 

 湿ったテス洞窟から出た後、ロスト達は炎天下を渡り歩いた。テス洞窟からの道のりは太陽が輝く真下、日陰もない道ばかりである。そのせいか体力は普段よりも多く削り取られていく。

 ユアが予想したよりもロストやソル、メテオスの体力が無かったようで、港街についた頃にはロストは俯き、ソルは意識を失い、メテオスの目からは光が消えていた。

 流石のララも息は切れていたが男性陣程ではなく、ユアの提案により宿で水分補給を取ることにした。

 チャールはボソリと『ユアの体力馬鹿』呟いた。

 

 

 

 

 

「…ララ、ルン。エレッタがどういう国か、知っているかしら」

 

 1晩経ち、ユアは朝から改めてララとルンに話を始めた。ちなみに男性陣はチャールが体調管理をしていた。ロストはある程度回復したがソルやメテオスはまだ疲れていると夜の内にチャールから連絡が来ている。

 

「ええっと、確かこのフェアロ、スレディア、エレッタの三大陸で三角形に丁度並んでて…エレッタは、機械が盛んな国なんだっけ?」

「そして、エレッタは100年前の三国戦争の戦犯国でもある。というのは私達は知ってる情報です。ユアさんが他に知ってる情報は」

 

 ララとルンがそれぞれ答え、ユアは頷いた。

 エレッタという国へ行くには本来フェアロ、スレディアそれぞれの国の港から直接船が出ている。それぞれが島国である為にそのような移動方法しかないのだ。

 しかし、現在エレッタは不穏な動きが目立つとユアは語る。

 

「エレッタは戦争によって敗戦した国なのは分かっているわよね。それにも関わらず技術を奪われずにいたのはスモラ・タールの功績と言えるわ。大砲塔も当初は壊される予定だったもの。だからメテオスが言ったように今でも機械技術は盛ん。タール家は今でもエレッタの核の一部を担ってるわ」

「でも英雄スモラ・タールって戦争では結果的にエレッタを裏切ったことになりますよね?」

「まあ…そうね。でもあの時は奴がエレッタ王家を操って…国民は……」

 

 ルンの質問にユアは口篭ってしまい、しっかりとした返答をもらえなかった。

 当時を未だ鮮明に覚えているらしいユアには言い難い事があるようでルンはそれ以上は尋ねなかった。

 

「ララ、ルン、ユアさん。少しいいか」

 

 そうやって話していると、男性陣の中ではまだ体力が残っていた方である(とは言ってもララよりは体力が無い)ロストの声が扉越しに聞こえてきた。

 ララは快く「いいよー!」と言ったのでロストが扉を開けて現れた。肩にはチャールも乗っている。

 

「ソルの傷が開きかかっていたんだ。俺が軽く手当をしてきたから大丈夫の筈だが…まあ、あと夜が明けてからチャールと軽く街で聞き込みをして来たんだがどうやら今はエレッタ直通の便が無いらしいんだ」

「凄い、ロスト君いつの間に」

「俺もたまには役に立たないと、だからな。…ユアさん、スレディアからならエレッタへの便が出ているらしい」

「仕方ないわね…。スレディアを経由してエレッタに行くしかないわ」

 

 ロストの聞いた話では、どうやら現在エレッタでは不穏な動きが絶えないという事。  中にはフェアロとの戦争準備であるとも言いだす人がいるらしい。当時を知るエルフなどの種族はいち早くにスレディアへと逃げてしまったものが多いという情報もロストは得ていた。恐らく彼が自身はエルフの英雄レイシ・テイリアの身内だとでも言ったのだろう。

 とおかくエレッタへの直通便が無くなったのはここ数日の話らしく貿易船は混乱を起こし、こちらへ直接帰れなくなっている船もあるらしい。

 

「本格的に、フェアロと断絶をするつもりでしょうか」

「スレディアとは国交を続けるつもりなのかそれとも…分からないわ。現時点では」

 

 王家直属の騎士団の副団長として国同士の会議に護衛として着いたりもするユアにも、エレッタの動きの理由は分からないようだった。

 ルンにとってはロストがそうやって情報収集をした事の方が意外ではあったが、肩に乗っているチャールの存在を思い出し、1人で納得していたようだった。

 

『というわけで、エレッタ行きに関してはとてつもない遠回りになっちまったわけだ。善は急げとも言うからな、早く船着場へ行くぞ』

「でもチャール、ソルやメテオス君は」

「ララ、俺からもいいか。あいつらはお前の重荷にはなりたくないと言っている」

 

 男には、変な意地って奴があるんだよ。そう微笑んだロストにララは「そっか、なら仕方ないなあ」と立ち上がった。

 ルンは本当にいいのかと思っていたが、急がなければならないというのは真実であるし、ユアも頷いたので準備を始めた。

 

 ロストとチャールは部屋に戻り、女性陣が宿を出た時には既に外に男性陣が揃っていた。ソルはまだ無理をしているような青い顔をしている上に、メテオスはあまり気分が乗らないようだった。

 ララはそれを見て何があったのかとロストに聞こうとすれば、ロストの代わりにチャールが答える。

 

「ねえ、メテオス君とソル…」

『ソルは1度傷口が開いてんのに、無理してるんだ。あまり触れてやらないでくれ。あいつも、足でまといにはなりたくないんだ。メテオスは…船が苦手らしい』

「船が苦手?私、船に乗った事ないから分からないんだけど」

 

 ララはフェアロの外に出たことが無い。フェアロは一つの大陸で、尚且つ島として離れた部分がないために異国へ行かない限りは船に乗ることがないのだ。

 尤も、ララの住んでいた村の近くには湖にボートくらいはあったのだが。

 

「俺も乗ったことない」

「…ねえララ、船って怖い?」

「大丈夫だと思うよ。ユアさん、船着場ってどこですか」

「むこうね、早く行きましょう」

 

 ソルはメテオスが船が苦手と聞いて不安が出てきてしまったようだ。乗った経験のない物を知り合いが苦手だと言っているから余計不安がってしまっている。

 

「あまり過剰反応しなくていいと思うぞ。あいつが苦手なだけだ。合う合わないは人それぞれだからな」

「そう、なんだ…メテオスは苦手でも、僕は大丈夫かもしれないってこと?ロスト」

「俺も合うか合わないか分からない。そんなもんだろ」

 

 ロストはそう言ってソルの頭を撫でた。

 長身なロストからはララより背の低いソルはララよりもか弱く見えたのだろう。

 

(確かに、急に居なくなられれば心配にもなるな)

 

 ロストはララが心配した気持ちがわかるような気がした。

 しかし、そんな彼を追い詰めた【敵】とは何なのだろうか。ロストにはただその疑問が残った。

 レティウスのクローンをけしかけ、ララそっくりの少年を送り込み…そして、レイナを狂わせた。

 

「…」

 

 ロストはソルに残酷な言葉を投げつけたルンの方も心配であった。

 ルンの過去に何があったかも、ロストは知らない。しかしルンもルンなりに何かを抱えているのでは?とロストは思い始めた。

 

(俺よりも弱い存在…守らねば、俺にとって民は…?何か、何か重要なことを、俺は…)

「ロスト?行くわよ?」

「…はい」

 

 考え込んでしまっていた、とロストはユアに言われて船へ乗る手続きを進めた。スレディア行きの船に乗ること自体は簡単であった。

 船に乗ってしまえば怪我のあったソルは船室のベッドに横になり、ルンは船窓から外を見た。

 多少心を落ち着けようとしているのか、考え事をしているのか。

 

「これが船かあ…なんか、地に足着かない感じだね」

「…ああ、そうだな」

「メテオス君は乗った途端にダウンしちゃってさあ。ユアさんは甲板にいるよ」

「そうか。一緒に甲板に行くか?」

 

 ロストはソルとルンを気にするようにしてララにそう尋ねてみた。ララは「あー、どうしよ…」と考えた。ソルを置いていくのは気がかりなのだろう。

 

「…僕も、行く」

 

 ベッドに横になっていたソルが起き上がってララの服の裾を引っ張った。ララのそばに居る方が安心できるのだろう。

 

「大丈夫?ソル」

「僕も甲板に出てみたい」

「え?でも…」

 

 ソルの申し出にララは悩んだ。まだソルは本調子ではない。しかしソル自身は初めての船旅を寝て潰したくは無かったようだ。

 

「ソルの思うようにしてやってくれ、ララ」

 

 ロストはソルの意思を尊重したいのかララにそう促した。ララは心配しすぎだ、とロストは耳打ちする。

 ララの心配も分からなくはないがこのままではソルの精神に負担を与えてしまうとロストは思ったのだろう。

 

「分かった。でも、無理はしないでね?」

「うん。しない」

 

 ソルはララに手を引かれて甲板へと向かう。ロストもそれに続き、ロストの肩に乗ったままのチャールはララの肩へと移動した。

 チャールもソルに言いたい事が何かあったのだろうか。

 

「うわーっすごい!」

 

 甲板に出ると、そこには青い海が広がっていた。

 空にはカモメが飛び、他の乗客にも船が初めての人がいるのか甲板から海面を珍しそうに見ていた。ララもチャールが落ちないように気を付けてから海面を覗き込む。

 微かに魚の影が見えており、ララは感嘆の声を上げる。

 

「ねえソルも見てみてよ!」

「う、うん」

「旅してて、よかった。こうやってソルとまた、一緒にいられて」

 

 ララに微笑まれてソルは頷くも、その顔はどこか浮かない顔をしていた。チャールはそんなソルが気になって仕方ないためかソルの肩に飛び移る。

 

(僕だって、本当はララと一緒に…。でも、僕にそれは許されない…)

 

 ソルはふと、ロストを見上げた。出会って間もないが、ソルはララと共に旅をしてくれていたロストには悪い気はしていなかった。

 寧ろ、ララを守れるほど強い、とソルはロストに対して感じたのだ。

 

「ねえロスト」

「なんだ?」

「僕がいなくても、ロストがララを守ってくれるよね?」

「…俺には誰かを守る、なんて力は無い…だが、ソル…お前はもう少し、自分に自信を持ってもいいんじゃないか?」

 

 ロストから言われてソルは「持てたら、いいのにね」と俯いた。

 正直ソルの事をよく知らないロストは、ソルが何に関して悩んでいるのかが分からない。自分の妹…レイナの事でさえ分からなかったのだ。人の弟の事が分かるわけないとロストは拳を握った。

 

「…はあ、あんまり辛気臭い顔だけはすんなよ。折角の船旅だ」

『お前には言われたかないと思うぞこの無表情男』

「そ、そんなに無表情か?」

 

 チャールに思わぬ横槍を入れられてロストは唸った。あまり村ではそのような事は言われていなかったのか…それとも、友人という友人がエートしかいなかった事も理由になるのかもしれない。

 

「それにしても、ルンちゃんはまだ部屋にいるのかな?ダウンしてるメテオス君はともかく、こんな綺麗な景色見ないなんて勿体ないよ」

『それも一理あるな。ロスト、見てきたらどうだ?』

「どうして俺指名なんだ」

 

 チャールが思うにはララとソルには姉弟水入らずで話して貰いたかったかったのかロストの肩に移動して『ほら、行くぞ』とロストを急かす。

 ロストが部屋に戻ると、そこにはベッドにうつ伏せになってるルンの姿があった。

 チャールはルンの状態を察したようで『ああ…』と呆れたように言う。

 

「ルン、大丈夫か?」

「大丈夫に…見えると、思う……?」

『こりゃ重症だな』

 

 ロストは全く思いもしていなかったが、どうやらルンは船酔いする体質だったらしい。

 未だメテオスも船酔いで倒れているが、ルンもまたベッドの上で唸っている。

 

『まあ、こればかりは仕方ないなあ…』

 

 『甲板に戻るぞ』とチャールが言うと、外から轟音が聞こえた。人々の悲鳴も混じっているようだ。

 

「!?」

『何かあったのか…っ!?行くぞ、ロスト!』

「言われなくとも!」

 

 ロストはチャールが肩から落ちないように気をつけながら甲板へと上がった。

 そこには、幾つもの吸盤のついた足を船の先端部に張り付け、人々を恐怖に陥れていると思われる生き物がいた。

 巨大な目玉はぎょろりとロスト達を捉え、ぬるりとした足は乗客を掴もうと動き出す。

 

「あら、残念ね。最初に私を狙うなんて」

 

 しかし、巨大なモンスターが狙った相手はユアであった。彼女は大剣を素早く構え、足を切り落とした。巨大なモンスターは叫びをあげる。

 

「あれはなんなんだっチャール!」

『あれは…稀に海上に現れるというモンスター…イーヴィルクラーケンだ』

 

 チャールの緊張した声に、ロストは焦りを見せかけるが、今は冷静にと自らに言い聞かせる。目の前にいる巨体を倒さねば、ここにいる一般人までもが巻き込まれてしまう。ユアと顔を見合わせ、ロストは頷く。

 

 甲板にいた乗客達は、皆船内へ走っていた。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター25:船上の巨大烏賊

 イーヴィルクラーケンは烏賊の様な巨体からけたたましい叫びをあげる。それに掴まれた事で船が大きく揺れ、甲板は騒ぎになり、船員が急いで乗客を誘導する。幸い、海に投げ出されている人はいないようだ。だがこのような状態が続けば船ごと皆海へと落ちてしまう。

 

「焦らず!押さないでください!」

「いやあああっ!」

「怖い、怖いよママァ!」

「いい子だから、早く逃げましょう!」

 

 子供連れの旅行客、帰省する人間、モンスター慣れしていない船員。

 それなりに大きい船だったためか、スレディアを経由してエレッタへ向かう人もいたためか、船に乗っていた人間自体が多かったらしく甲板に出ていた人の波に流されぬようにロストはイーヴィルクラーケンの方へ近づく。

 ロストはあまり人の多い場所で戦った事がなかったせいか調子を乱されそうになったが、人の波を避けたところでイーヴィルクラーケンを見つめて剣を握った。

 少し離れたところからララとソルも、それぞれスピアロッドとレイピアを構えてやって来る。

 

「ロスト君。ルンちゃんは?」

「船酔いでぶっ倒れてる。しかし…」

 

 ロストはイーヴィルクラーケンを見つめる。

 ルンがこの場で戦闘に参加できない事は大きく戦力を削られることと同義であった。

 

『イーヴィルクラーケンは厄介な敵だぞ…。相手が使うのはお前のと同じ水属性だ、お前の術は通らない訳では無いが…』

「チャールはグダグダ言ってないで下がって。海に落ちたいの?」

『ソル、お前こそ戦えんのかよ!』

 

 チャールに反論したのはソルだった。「僕にだってできる」とソルはレイピアの切っ先で魔法陣を空中に描き始める。

 

「お前、魔法輪を使えるのか…?」

「まほうりん?」

「…分かった、お前ら2人して基礎知らないんだな…まあいい、俺は正面から行く」

 

 魔法輪、空中に魔法陣を描き術を発動する魔法の形式の一種だ。レイピア使いがそれを用いるのは珍しいとロストは母親から聞いた事があった。

 そう話している間にも一番前にいるユアは次々と襲いかかるイーヴィルクラーケンの足を防いでいた。

 

「くっ!ほんと、図体だけは大きいのね!」

「加勢する、はああっ!」

 

 大剣を使う以上ユアの動きは制限され、幾ら力が強かろうと隙が生まれてしまう。

 ロストはユアの隙を狙って足を伸ばしてきたイーヴィルクラーケンに対して剣を振るう。

 斬れ味の鋭いその剣はイーヴィルクラーケンの足を容易く切り落とす。

 

「遅かったわね」

「少し船酔いしてた2人の様子を見に行ってな」

「……ああ…」

 

 ユアはロストの様子から察したのかため息をついた。そして「大体予想ができていたわ」と呟く。

 

「深淵より来たる槍よ…穿て、ダークランサー!」

 

 詠唱の終わったソルの魔法輪から発せられるのは闇属性の術。稲妻が走るように闇を纏った鋭い刃がイーヴィルクラーケンに突き刺さる。

 ララもソルと共に少し離れた場所で魔法陣を展開する。ララの使う魔方陣は本来船上で使う事は考慮されていないためにララは小さく「ごめんなさい」と呟いてスピアロッドを船の甲板に刺している。

 

「皆に力の加護を…シャープネス!」

 

 ララの使う光属性の支援魔法は、ロスト、ソル、ユア、そしてララ自身を暖かく包み込みそれは力へと変わる。

 力がみなぎるのを感じたロストは襲い掛かってきたイーヴィルクラーケンの足を蹴り飛ばした。

 

「…このまま、じゃ…本体に攻撃できない」

「ソル、何か案があるの?」

 

 ロストとユアがイーヴィルクラーケンの足を退けている間にソルは気づいた。イーヴィルクラーケンの足は次々と再生してきていることを。

 せめてロストとユアがイーヴィルクラーケンの攻撃を足止めしてくれていればとソルは考えた。

 

「僕は、あまり力が無いから…」

「なるほど、術で畳み掛ける作戦だね!ロスト君!足止めお願い!」

「くっ、文字通り足止めするってことかよ」

 

 ララに言われロストは次々と再生されるイーヴィルクラーケンの足を斬っていく。

 しかし持久戦になってしまえばロストの体力が先に尽きてしまいそうだ。その上、ここは船上である。あまり悠長にしていては船が沈没してしまうかもしれない。

 

(ソルがどうにかしてくれるか?)

「ソル、とにかく少しだけでも傷を癒そう。癒しよ、ファーストエイド!」

 

 ララは傷の残るソルを気遣い癒しの術であるファーストエイドを唱える。光属性の暖かいマナがソルを包み、傷を癒す。

 ソルは魔法輪を描き始める。初級魔法では威力が足りないと感じたソルはそれよりもランクが上の魔法を唱えようとする。

 闇属性の紫色の複雑な魔法輪が描かれていく。しかし上級魔法のマナの消費量は激しく、病み上がりのソルは苦悶の表情を浮かべる。

 

「ソル!」

 

 ソルの変化に気づいたララは叫ぶもソルは魔法輪を描く手を止めない。

 その間にもユアとロストはイーヴィルクラーケンの足と戦っている。ユアの力を持ってしても船上から海にいる敵に対しては本体への攻撃は難しいようだ。

 

「おね、がい…深淵から…我が、仇なす、敵を」

「ロスト君、ユアさん!ソルに攻撃が向かわないように、お願いっ!」

 

 ララは少しずつ傷ついていくロストとユアに対してファーストエイドを唱え続ける。

 そろそろロストの方に疲労が見えてきた。ソルは体内のマナを振り絞るように詠唱をする。

 

(ソルが無理をして上級術を使おうとしてる…っ私も、強力な光属性の攻撃術を使えれば…もしくは、敵の攻撃を防ぐ人がいれば、ユアさんは後ろに下がって得意な術を唱えることが出来るのに!)

 

 ルンがいない事がこんなにも苦しい。彼女は戦力においては重要な人物であった事をララは改めて思い知らされてる気分だった。

 ララはまだ上級の光属性の攻撃術を知らない。ソルが何故上級術を使おうと出来るのかもララは知らなかった。

 

(彼が使おうとしている術、まさか…今の彼にはあれはっ!)

 

 ユアはソルが使おうとしている術が何か気付いたのか慌て始める。彼女の知っている限り、ソルの使おうとしている術は今のソルが使うにはマナの消費が多すぎる。

 初級術ばかりを使っていたソルにとっては、急な上級術は【無茶】でしかないのだ。ユアは自分が術を唱える事が出来ていないからソルが無茶をしているのだと理解した。

 

「はああっ!」

「邪魔だあっ!」

 

 前衛に出ているロストとユアに出来るのは、イーヴィルクラーケンの攻撃を防ぎ、少しずつ相手にダメージを与える事のみだった。

 

「引きずり、込め…ブラッディハウリング!」

 

 ソルの唱えた上級術が完成し、発動された。

 黒く深い闇がイーヴィルクラーケンを飲み込んでいく。足、体、全てが闇に絡め取られていく。

 船から完全に引き離され、イーヴィルクラーケンは深淵へと落ちていった。

それと同時にソルの体がぷつりと糸が切れたように倒れ込む。残っていた傷口からはちがにじみ出ていた。

 ロストは疲労を押してソルに駆け寄る。

 

「ソル…」

「ララ、ごめんなさい…私が……」

「ユアさんは謝らなくて、いいんです。ソルがまた勝手に無茶しちゃっただけですから…今、治すね…癒しを…」

「そこまでにしとけ」

 

 ララが倒れ込んだソルに向かって回復術を唱えようとすると、ロストがそれを制止した。

 ララの方もマナの消費が激しかった事にロストは気づいていたのだ。そもそもソルの怪我を気にしていたララは回復術を頻繁に使いすぎていた。

 

「ったく、この姉弟は…」

「2人共、暫くは安静にね」

 

 どうせルンやメテオスも自然回復を待たねばならないのだから。とユアは呟いた。

 それは確かにとロストは苦笑いをした。船酔いは流石に光魔法などでは治せない。自然回復を待つ間にララとソルも復活するだろう。

 

「あ、貴方達があの化物を倒してくれたのですか!」

 

 1人の男性がロスト達に話しかけてきた。髭を蓄えた気弱そうな男性は、ユアの姿を見ると「あぁ!」と情けない声を上げていた。ロストはそう言えばユアは騎士団副団長か、と男性の反応を見ていた。

 本来であればその様な反応なのだ。ララやロストがおかしかっただけで。

 

「ユ、ユア様!!ああ流石戦争の英雄様!この程度の化物など朝飯前でございますか!」

「…私は、大した事はしていないわ。それよりも、航行は可能かしら?連れが先程の戦闘で力を使い果たしてしまったらしいの」

 

 ユアは倒れていたソルを抱えて言った。男性は「今確認中でございます!医務室は使用されますか!?」とユアに立て続けに尋ねる。

 

「外傷はないから、部屋で休ませる事にするわ。ロスト、ララ、チャール、行きましょう」

 

 ユアは男性を避ける様に早々と甲板から中へ戻ってしまった。ロスト達はそれを追うように中へ入る。通り過ぎる時、男性の呆気に取られたような呟きがロストの耳へ入ってきた。

 

「茶色の髪、緑の瞳……まさか」

 

 何か知っているのかとロストは尋ねそうになったが、ララに手を引かれてしまい深入りする事は出来なかった。

 しかしロストも本当に自分が何者なのかを早く知りたかった。思い出したかった。

 

(俺は…一体何者なんだ。母さん、どうして教えてくれなかったんだ)

 

 

 

 

「ロスト、どうかしたの?顔色悪いわよ。貴方まで船酔いしたなんて言わないわよね」

「…なんでも、ないです」

 

 部屋に戻ってきたロスト達はルンとメテオスの様子を見ながらソルをベッドに寝せていた。ララもマナの回復の為にオレンジグミを口の中に放り込んでいた。

 

「これは船から降りないと治らないんだよね?」

「まあ、そうなるわね…。まさかこんなとこが遺伝してたなんて」

『あー、リンブロアの奴も船酔い体質だったな』

 

 ユアとチャールは過去に船に乗ったリンブロアを知っているのか笑いながら話していた。ルンの様子を見ていたララは「なるほどー」とルンに氷を渡す。

 ソルにまた開いてしまっていた傷はユアがファーストエイドで応急処置をしており、更なる回復はソルの体力回復の後にララにしてもらう事で落ち着いた。

 

 

「まあ、船でのごたごたもこれで一件落着ってことで」

「……」

「ロスト君?おーい」

「あ、ああ」

 

 どことなくロストの心ここに在らずという状態にララはむくれるも、また通りすがりの人に何かを言われたのかもしれないと想像がついていた。

 

(何か、有名な人だったり?それか、有名な人の子供とか。ユアさん絶対知ってると思うんだよなーロスト君のこと)

 

 ララもララで自分の事は置いておいてロストの事を考えてしまっていた。

 ロストの存在についてはなまじヒントのようなものが散りばめられているから余計そう思ってしまうのかもしれない。

 

『2人して何考え込んでんだ。船も動いてるんだ。時期にスレディアへ着くぞ』

 

 チャールは部屋から見える外の景色を見ながら言った。気づけば外には陸が見えている。もうスレディアは、眼前にあったのだ。

 初めて見る外国にロストとララは目を奪われていた。

 

 一行はここから、新天地を歩く事になるのだ。

 

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター26:忌み子と精霊の教会

 スレディアのフェアロ側にある港町、ディア=エルフィー港に着いたロスト達は、港町にある宿で一息ついていた。

 先の戦闘でソルとララが無茶をしすぎた事と、ルンとセテオスの回復待ちの為だ。

 

「はあっ、せいっ!」

 

 宿に泊まった夜、手持ち無沙汰になってしまったロストは隠れて1人で素振りをしていた。

 己の戦い方に満足出来ず1人で試行錯誤していたのだ。

 そこに影から一つの影が現れる。独特な九つの尾を持った狐のような赤い生き物、チャールだ。

 

『精が出るなあ』

「なんだ、チャールか」

 

 ロストは以前一晩中鍛練をして足を引っ張った事があった為にチャールに見つかると小言の一つは言われるだろうと覚悟した。

 しかしチャールは何も言わずにロストの方を見ていた。

 

「なんだよ、今日は小言の一つも無しか?」

 

 チャールが無言な事が気になったロストはむっとした表情で言葉を投げかけた。彼は真剣な眼差しでロストの鍛練を見ていたようで声をかけられて言葉を発した。

 

『お前、誰に剣術を習った』

「?母さんだけど…もしかして、知ってんのか?」

『だから、そのお前の母さんが誰なのかをボクは知らないんだけど』

 

 チャールに言われてロストは「確かに名前は言った事が無いな」と頭を掻いた。

 これまで母親の事は語っていてもその詳細は言った事が無かったのだ。

 ロストの剣術は母親からの直伝である事もロストは初めて言ったようだなと思っていた。

 

「リノス」

『…は?』

「だから、俺の母さんの名前はリノス・テイリア。5年ほど前に病死した、が…元気で、頼れる母さんだったよ。何も、俺の事なんて教えちゃくれなかったけどさ。村長の名前もテイリアだろ?だから親戚だったんだろうなーとは思ってるんだけどな」

 

 チャールはロストの母親の名前に聞き覚えがあったのか暫く固まっていた。そんなに驚く事なのかとロストは思いながらチャールの隣に座り込んだ。

 

『お前の、父親は…』

「知らない。気づいた時にはいなかった。だから俺はレイナと、母さんと3人で暮らしてた」

 

 チャールは何も返せず、口を開きかけては閉じる事を繰り返し、頭を垂れた。

 ロストはチャールが何か慰めの言葉でも考えているのかと思い「何も言わなくていい」とだけ言い宿の方へと戻って行ってしまった。

 もう鍛練は良いのかとチャールは尋ねようとしたが、呼び止める事はしなかった。

 

(父親か…もし、生きてたら…俺は…)

 

 チャールは去って行ったロストを見て、言葉に出来ない複雑な感情を抱えていた。呆然とその姿を見送る事しかできず、自分もそろそろ寝ないといけない…と宿の方へと戻って行く。

 

『リノス…お前は…』

 

 

 

 

 

「……」

 

 次の朝、起きたロストは隣のベッドで準備をするメテオスを見た。どうやらすっかり回復したようだ。安心したようにロストも自らの準備を始める。

 

「おはよう、の一言くらい無いのかよ」

「…おはよう」

 

 メテオスは寝起きのロストにため息をつき「挨拶は大事だってセテ兄が言ってた」と立ち上がった。もう準備が出来たのだろう。

 

「ロストも準備終わったら早めに来なよ。そもそも、オレが船酔いしたせいで、一晩泊まる羽目になったし」

「お前のせいではないだろう。まあいい。ソルはどうだ」

 

 ロストはソルの寝ていたベッドに目を向けると、ぎこちなく畳まれたシーツが目に入った。ソル自身が畳んだのだろう。シーツが畳まれているとなるとどうやら起きはしたようだ、と思いロストも立ち上がる。

 

「もう、部屋を出てるみたいだな」

「なら俺達も行くぞ」

「お、おい待てよー!」

 

 メテオスは部屋を出ていくロストに慌ててついていく。

 宿屋の外に出ればすっかり回復したルンとソル、ユアとララ、その肩の上に乗ったチャールがいた。

 チャールは昨晩の件を気にしているのかロストを見ると気まずそうに目を逸らした。ロストは何も考えなくていい、と思っていたがチャールは一晩経っても気にしていたようだ。

 

「これからどうエレッタ行きの港に行くんでしたっけ?」

「そうね…スレディアで有名な鍛冶の盛んな村があるわ。そこに寄ってから、ディア=レッタ港に向かうのだけれど…最短コースでは途中でシャドウの祀られている場所を通る必要があるわ」

 

 ユアが取り出したのはスレディアの地図。現在位置と目的地を確認してそれを荷物の中にしまった。

 ディア=エルフィーでもうやる事はないと荷物を確認し、その足でユアの言う鍛冶の盛んな村へと向かうという事で目の前の目的は決まった。

 

 

 

 

 

 ロスト達の向かう村の名はエルダ=ディア。

 決して大きな村ではないが鍛冶屋が多く武器の調達に最適な村である。村人間も仲が良い、はずであった。

 ユア達は知らないが、この村には一つ問題があった。

 この村の外れにある精霊信仰の教会、それはかつて村人の信仰により栄えていたものの現在は寂れてしまっている。そこに住む1人の少女がいた。

 

 

 

 

「マクスウェル様、教えてください…」

 

 

 

 

「何故、(わたくし)は生まれてきたのですか。何故(わたくし)のような存在を許してしまったのですか」

 

 教会の懺悔室で1人蹲るは修道服を着たハーフエルフの少女、ユキノ=サエリードだった。

 精霊信仰が廃れ、人間を遥かに超える存在であるエルフを信仰するようになったこの村では、人間がエルフと交わるなど禁忌であると決断つけていたのだ。実質ハーフエルフというのはあまり好まれない。

 エルフからも集団から外されるなどハーフエルフは忌み嫌われていた。ユキノは両親を早くに失い1人村の外れの教会へと逃げて来たのだ。

 村の外れの精霊信仰の教会で1人ユキノは今日も懺悔と祈りを捧げる。

 

 彼女自身は何も、悪くないというのに。

 

「ハーフエルフ、いるのか」

「…っ」

 

 そこへやって来たのは1人の人間、エルダ=ディアの村人だ。

 彼は教会の扉を徐ろに開けると懺悔室にいたユキノを探し出す。ユキノは恐る恐る顔を上げ、村人はユキノの胸ぐらを掴む。

 

「今丁度気が立ってんだ。お前なら殴っても誰も文句言わねえだろ?」

「や、め……っ」

 

 ユキノの抵抗も虚しく村人はユキノの頬を殴る。彼女のシスターキャップからちらりと見えるのは、エルフの象徴である尖った耳。しかし彼女の耳は通常のエルフの耳よりも短い。

 それを見ると村人はユキノの耳を引っ張り上げる。

 

「こんな耳さえなけりゃお前もエルフか人間、どちらかの世界で生きていけたんだろうなあ?」

「やめて、くださ…っ痛っ」

「まるで悪魔みたいだな」

「っ」

 

 肌の出ている部分が少ない服のせいか分かりづらいが、ユキノの体には痣や切り傷のようなものがたくさん出来ていた。

 嫌がるユキノを無視して村人はユキノに暴行を加えた。日頃から彼女はエルダ=ディアの人間からそういった扱いを受けて来ていた。

 理由は全て、彼女がハーフエルフであるが故だった。

 

「エルフに見捨てられ、人間からは忌避され、お前…死んだ方がマシなんじゃないか?」

「ひっ……」

 

 死ねたらどんなに楽だろう。

 

 ユキノはそう考えていた。

 ハーフエルフであるユキノは楽に死ぬ事が出来ない。エルフは寿命が人間より長いだけではなく人間よりも体がマナで頑丈に守られている。

 それによって、エルフやハーフエルフは人間のように病気で死んだり、大量出血で死んだりできないのだ。

 これまでにユキノは殴られたり蹴られたりは勿論、様々な欲の発散の捌け口にされたりもしていた。心が死んでいても仕方ないと思えるほどの仕打ちを彼女は受けてきたのだ。

 

 それを知って、この村人は敢えてユキノにそう言っている。

 

 ユキノの存在が気に食わないから。

 

 ハーフエルフの存在が気に食わないから。

 

 ユキノの母親はエルフだった。ユキノの父親は人間だったらしい。

 彼女が住むこの教会のすぐ近くにポツリと彼女の母親の墓がある。エルフは寿命以外で死ぬ事は少ないが、少ないだけで殺す方法はいくつかある。

 ユキノの母親は、ハーフエルフであるユキノを産んだ後、村のエルフ信仰者にある方法で殺されたとも言われている。というのをユキノは聞いたことがあった。

 

(どうして彼らは、(わたくし)を殺さないのでしょう。(わたくし)を殺せば、それで済むというのに)

 

 ユキノはそう思うも、自殺もできずにユキノは生かされ続けている。

 

「おーい!」

 

 ユキノに暴行を加えていた村人の元に、別の人物が駆け寄ってくる。ユキノが「ひっ…」と小さく声をあげたのは、彼もまたユキノに暴行を加えたり罵声を浴びせた事のある村人だからなのであろう。

 しかし彼はユキノに目もくれず話し始めた。

 

「村の方に旅の人が来てるぜ。他の鍛冶師に取られねえように店に立つんだろ!」

「久々の客だなあ!」

 

 つい先程までユキノに暴行と罵声を浴びせていた村人の表情は一変し、にやりと笑みを浮かべる。

 ユキノは彼がこの場からいなくなるという安堵と共に、この生き地獄からの脱出方法を考えていた。

 

(もう(わたくし)には、何も意味が無いというのに)

 

 そんな事など言える訳もなく、村人が教会から出て行くのをユキノは見送るだけだった。

 ユキノはゆっくりともう一度立ち上がり自らの信ずるもの―精霊―へ祈りを捧げた。

 

 

 

 

「エルダ=ディアについたわね。ここで一旦補給を取るわよ」

 

 ユアはエルダ=ディアに着くと所持金を確認し始めた。

 ディア=エルフィーからこの村までは大した距離は無かったものの、武器を買うにはこの村が一番適任だとユアが言っていたのである。

 

「この辺って別に鉱石が取れるわけじゃないですよね?どうして鍛冶が盛んなんですか?」

 

 ルンが言うには、鍛冶が盛んと言うには周囲に何かしら鉱石の産地があると思っていたらしい。

 しかし鉱石の取れそうな場所などルンが地図を見る限りは見つからないのだ。

 

「嬢ちゃんこの村は初めてかい?」

 

 そこへ話しかけてきたのは温和そうな青年だった。いかにも鍛冶師と言った風貌で、ルンは「あ、は、はい…」と突然話しかけられて驚きつつも返事をした。

 ロストは村を見渡してのどかと言うには何か違うな、と零していた。

 

「この村は昔こそは周囲に沢山そういう場所があったんだけどな。今こそは輸入しなけりゃ鉱石が全く取れなくなっちまったのさ」

「そうなんですか…」

「ああ、だから私の記憶とは違ったのね。それにしても私が昔来た時とは少し雰囲気が変わったものね」

 

 ユアが話しかけると青年は「え、英雄様!?」と声をあげて固まった。外国とはいえ、ユアの存在は知れ渡っているらしい。

 

「あら、光栄ね。こんな所でも名前が覚えられてるのね私」

「そりゃ、100年前の大戦争を終わらせた英雄様ですから…あ、あんたらなら、この村がおかしいって気づいてくれるかい?」

 

 青年は突然小声になって、ユア達に話しかけてきた。

 ロストとララ、メテオス、ソルも自分達が数に含まれている事が分かったようで青年の言葉に耳を傾ける。

 青年は周囲を確認しつつ「こっちに来てください」と村の外れの方へ向かって行った。

 

 少し歩けば、木々に囲まれた寂れた教会が視界に入ってくる。

 

「自己紹介し損ねてたな。俺の名前はクロッセ。この村にゃ生まれてからずっと暮らしてんだが…ある少女が生まれてから、おかしくなっちまったんだ」

 

 ロストがよく見ていると、教会の外壁には精霊らしき絵が描かれていた。

 それは、この教会が精霊信仰からなるものだということを表している。

 

「この教会には、ハーフエルフの女の子が暮らしててな。俺は…この女の子の事が嫌いになれねえんだ。でも、村の人達はハーフエルフの忌み子だと嫌って、迫害して…」

「余所者の私達になら、どうにか出来ると思ったのね?」

「俺は毎日人の目を盗んではあの子のところへ行ったり、食べ物を持っていったりしてたんだ」

 

 クロッセはそれでも自分の力が足りなかった、とこぶしを作った。

 青年はまだ大人にはなっていないくらいの年齢らしくら大人達には適わなったと言っている。

 

 やるせない思いが募るばかりだ。

 

 そうクロッセは語った。

 

「どうして、ハーフエルフは嫌われるんだ」

 

 ロストは自分もエルフの血族かもしれない。とクロッセにそう尋ねた。

 エルフという存在はそもそも人里にはあまりいない。稀にレイシのように人を統率し生きている者もいるがエルフにはエルフのみの里があるとロストは母親から聞いていた。

 

「俺にもそこはよく…。ただ、この村は精霊信仰からエルフ信仰に変わって、ハーフエルフを…ユキノを…」

「クロッセ様?」

 

 クロッセが話していると、教会の方から1人の少女が歩いてきた。

 聖職者の衣装に紫色の瞳と髪。髪の毛は肩の辺りで二つ結びに括られている気弱そうな儚さを持った少女がそこにいた。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター27:ユキノとクロッセ

「クロッセ様、いらっしゃってたのですね」

「ユキノ、怪我は…」

 

 クロッセは少女が見ていた事に気づくと、まるで壊れやすい何かを扱うかのように彼女に駆け寄った。実質、彼女は今にも壊れそうなのかもしれない。

 クロッセが少女…ユキノ・サエリードの様子を見て、彼女の怪我を確認する。

 しかしユキノの顔は蒼白になっており、いかにも不健康そうであった。クロッセは項垂れるように「すまなんなあ、俺に力が無いばかりにさあ…」とユキノに言った。

 

 ララはその様子を見て、ユキノが怪我をしていることに気づいた。それも、かすり傷程度ではない、多くの傷だ。

 何も言えずにいたロスト達だったが、ララは一足先にユキノの元へ歩み寄った。

怪我している人を見捨てる事など優しい彼女にはできなかった。

 

「あの、私に…治させてくれませんか」

「もしかして君、回復術を扱えるのか?」

「クロッセ様、この方達は」

「旅の人だ。この人達なら、ユキノを助ける事が出来ると思って。俺は、何も出来なかったから」

 

 クロッセはどうやら回復術を持たず、他の誰にも頼る事が出来ない状況だったらしい。

 ララがユキノの怪我の様子を見ると、ユキノの怪我をしっかり治療する事は出来なかったが応急手当程度はしていたらしく化膿はしていなかった。

 

(クロッセさんは、ユキノちゃんの事、大切に思ってるんだろうな)

「……あの、(わたくし)なんかを、治したって…」

「なんか、じゃないよ。こんな怪我して…っこれ、って…」

 

 ララは怪我をよく見て絶句した。

 ユキノの服の袖を捲ると、明らかに悪意あって付けられた傷が沢山あり、内出血しているようにしか見えない紫色の肌が露出した。

 少女の体だからとあまり多くは触れなかったのかクロッセもその内出血の部分を見て少し辛そうに目を逸らした。

 

「ユアさん」

 

 ララは耐え切れなくなってユアの方を見た。何とも言えないやるせない表情だった。

 ユアはララが言いたい事を理解したようだ。いや、理解しないとこの少女を救えないだろう。ここの村人がおかしいと断言できないだろう。

 

「…たった1人の少女を迫害して、この村は何をしたいのかしらね」

「俺にもわかんねぇんだ。なあ、あんたらなら…こんな所からユキノを連れて行く事が出来るんじゃないか」

「確かに…貴方の言う通りなら、そう、よね」

 

 ルンはクロッセの言い分には賛成だった。

 ユキノはこの村にいるべきではない。ユキノの怪我の状況を見てもここから連れ出すべきだと思えた。

 

「…クロッセ様、(わたくし)は…」

「この村は、おかしいんだっ。だから、な」

 

 ユキノはクロッセの言わんとしている事が分かったのかそれ以上は何も言わなかった。無力なただの村人である彼には彼女をここから連れ出すことすら出来ない。それをクロッセ自身がよく知っている。

 

「あの、貴方の名前は」

 

 ユキノはララに向き直り、名を尋ねた。

 回復術を唱えようとスピアロッドを取り出していたララは優しく微笑み、スピアロッドの槍の部分を地面に突き刺す。

 

「私の名前は、ラリアン・オンリン。ララって呼んで」

 

 ユキノがクロッセ以外から貰えなかった優しさをララは光のマナに込めてユキノを包み込む。

 紫色に滲んでしまった腕は段々と肌色を取り戻す。

 いつ見ても光属性の回復術というものは綺麗なものだと周囲にそう思わせるものだった。

 

「ララ、様…」

 

 ユキノは怪我の治った腕を見て、驚いたように顔を上げた。恐らく、回復術を受けたのは初めてなのだろう。

 そこでメテオスがユキノの別の違和感に気づく。

 

「なあ、お前…足、見せてくれないか?」

「足ですか?」

「少し、引き摺っているように見えた」

 

 メテオスに言われたように少しユキノがスカートを捲ると、抵抗なくスカートを捲られた事にメテオスは動揺して「す、座ってくれ」と慌てて言った。

 ユキノの左足が少しだけ異質に腫れていた。内出血という程度ではない、メテオスはこれを見て苦虫を潰したような顔をした。

 

「ララ、この傷、なんだと思う」

「私達はお医者さんじゃないから分からないけれど…」

「よくこの状態で歩けたわね…流石エルフの血族だわ」

 

 メテオスがララにユキノの怪我を見せて相談していると、後ろからユアが話しかけてきた。

 どうやらメテオスが思ったよりもユキノの足は深刻なようだ。

 

「ユキノちゃん、だっけ…足とっても痛いよね?」

「…もう、慣れてしまったので…感じていませんでした」

「もしかしたら痛覚に異常が発生しているのかもしれないわ。ハーフエルフにここまでの怪我を負わせるのは難しいのに…」

 

 異質に腫れたユキノの左足を見たクロッセは蒼白になって「俺があの時医者に連れて行っていれば…っ」と言った。

 ロストはスレディアの事情はよく知らなかったが、フェアロではエルフも人間も隔てなく暮らしていたのを思い出し、ここがフェアロではない別の国だと改めて思い知らされた。

 スレディアでは、エルフは神聖化され、ハーフエルフは存在すら嫌われている。

 ロストはそれを改めて確認したのだ。

 

「クロッセ、さん…スレディアでは、ハーフエルフは…」

「どこも、こんな扱いだ。俺にもどうしようもねえ…」

 

 クロッセの口振りからしても、医者に連れて行っても門前払い状態なのだとロストは言葉を失った。

 

「ユアさん、オレにならこの傷、治せるかも」

「…本当なの?回復術でもこれを治すには高度な術が必要だと言うのに」

 

 メテオスの言葉が信じられないと言った風にユアは目を開く。メテオスはふざけている様子ではなかった。

 他の者にはどうする事も出来ないから、もうメテオスにユキノの傷を任せるしかないのだ。

 

「ゼクンドゥスから承りし一族のマナってのがあって、オレのマナ属性は、時なんです」

「…そう言えば、セテオスも言ってたわね。特殊なマナ属性って」

 

 メテオスやセテオス、ベリセルア家の人間は特殊なマナ属性を持っていた。

 通常は地、水、火、風、闇、光、氷、雷なのだが稀に別の属性を持った人間がいる。その一つがベリセルアの人間の持つ時属性なのだ。

 

 メテオスが持っていたナイフを地面に刺すと、灰色の魔法陣が現れた。

 時属性の術を見る事が初めてであるロストにはこれが何属性の魔法陣が先程のメテオスの言葉がなかったら気づけなかっただろう。

 

「……っ」

 

 メテオスは何も唱えていないがユキノの怪我はどんどん治っていく。

 しかし治っていく、と言うのは違うとユアは確信した。『戻って』いるのだ。

 

(時属性の力、あれ以来だけれども…普通の回復術とは違うわね)

 

 ララの使う光属性の回復術は怪我を『治す』が、メテオスの使う時属性の術は厳密には回復術ではない。

 ユアはそれを司る大精霊自体に会った事があり、確かにメテオスはその力を持っているのだ。

 しかしその力はメテオスには少々負担がかかるようで、怪我をする前に戻した途端にメテオスは脱力した。

 

「これで、怪我は大丈夫」

「…ありがとう、ございます」

 

 ユキノも回復術ではない力に気づき驚いたのか自らの足を撫でた。正常になった左足がそこにある。

 ララは脱力したメテオスに「無理しないんだよ」と肩を貸した。

 クロッセはその様子を見てほっとしたようだった。

 

 この人達になら、ユキノを任せられる。

 

 改めてクロッセはユキノに手を伸ばし、申し訳なさそうな顔をしながら立ち上がらせた。

 

「あんた、この子と一緒にいなくていいのか」

 

 ロストがクロッセに尋ねると、クロッセはユキノを見ながらごめん、と小さく言った。

 

「俺は、ここで鍛冶屋になるって、昔から言っててさ…こんな胸糞悪い村だけど、一応故郷だからさ」

「…クロッセ様。(わたくし)は…いつか、また…戻ってきてもよろしいですか?」

「でも、ユキノはここにいたらさ」

 

 クロッセの言葉を塞ぐように、ユキノは生気の戻った顔で、目でクロッセに言う。

 

「クロッセ様に会いに、戻ってきてもよろしいですか?」

 

 それはクロッセが初めて見たユキノの表情だった。これまで村の人達に奴隷の様に扱われていたユキノにとって、クロッセは唯一人間として接してくれていた存在であった。

 

「ユキノが望むんなら、な」

「……ユキノ、僕達と、行こう」

 

 ソルはユキノに手を差し伸べ、ユキノはその手を取り微笑んだ。

 クロッセは自分以外にユキノを受け入れてくれる人間がいるのだと感動していた。

 

「僕は、ルシオン。ソルって呼んで」

「俺はロストだ」

「ルン・ドーネと言うわ」

「メテオス・ベリセルアだぜ。よろしくな!」

「ユア・メウルシーよ」

 

 チャールはわざと喋らずにユキノの肩に乗って髪を尻尾で撫でる。クロッセはそんなユキノの様子に安心したようだった。

 

「そういえば私達、この村で補給をしたいのだけれど…」

「僕とユキノで、此処で待っていようか?」

 

 ユアが言い淀むとソルが提案をした。この村を歩くには、今はユキノは控えた方がいい、とソルは言いたいのであろう。

 あまり人前に出る事が苦手なソルが適任だとユアも思ったようで「そうね、案内お願いできるかしら」とクロッセに言った。

 

「わかった」

「私も、ソルが残るなら残ろうかな」

 

 ララがそう言い、丁度いい人数になるからとメテオスもその場に残る事になりチャールもララについていた。

 ユアとロスト、そしてルンはクロッセに連れられ村の中を歩く事にした。

 あまり活気があるとは言えない村の様子を見て、ユアは昔自分が来た時とは雰囲気が変わってしまったと思ったがユアは以前自分が来たのはもう100年も前だったと気付かされた。

 100年も経てば村の雰囲気も変わる、それは当然の事であったがユアはそれに気付いていなかったのだ。

 

「ここが俺の家だ。武器に関する事ならさ、何でも親父に任せてくれ」

 

 活気はあまり無いものの、職人達の熱は確かなようで今でもクロッセの家の奥からは彼の父親が武器を作っているのかカンカンと音が響いてきている。

 

「親父い!お客さんだあ!」

 

 クロッセが声をかけると音がやみ、奥から体格の良い男性が出てきた。少しクロッセに似ている事から彼の父親なのだろう。

 クロッセの父親は不機嫌そうな顔を見せるも、ユアの顔を見ると驚いたように目を開いた。

 

「あんたは……噂の」

「ユア・メウルシーと言うわ。それにしても、ここでも私の名は通っているようね」

 

 クロッセの反応の時点で大体は察していたが、どうやらスレディアでもユアは有名人であった。

 クロッセの父親は「武器が欲しいのか」とユアに尋ねると、ユアは頷いた。

 そもそもその為にこの村に寄ったのである。例えユキノに対するこの村の態度が悪かろうとこの村で作られる武器の評価というものは高い。

 ロストやルンもこの村の人達のユキノへの仕打ちは許せないものがあったがこれも旅の為だと言い聞かせた。

 クロッセの父親はロストやルンを見て「どんな武器が欲しい」と尋ねた。

 ロストが使う剣は普通のものより細めであったり、ルンが使う大鎌は大人のサイズとは違ったり調整が必要だろうと判断された。

 スピアロッドに至っては特注である。何故そのような武器を使用しているのがが疑問であるとクロッセの父親は言っていた。

 

「こうやって見ると…貴方達の武器って面倒なのね」

「普通に男性用の大剣を振り回してるユアさんがおかしいんじゃないんですか…?」

 

 ルンは苦笑いをしながらユアに言うが、ユアは「そうかしら」と一言呟いて終わりだった。あまりにも淡白な反応にルンはつい「ええ」と言葉を漏らすがユアのそれ以上の反応はなかった。

 ユアにとってあの大剣を振り回す事はそれほど当たり前の事なのだろう。

 

「このスピアロッドとやらの使い手はここにはいないのか」

「ああ、いない。……呼んだ方がいいのか」

 

 クロッセの父親に言われロストはそう聞くがララを連れてくるほどのことではないらしく、首を横に振られただけだった。

 クロッセはと言うと、まだ修行中の身で何も触らせてもらえないのか父の作業をずっと見ていた。

 ふとクロッセを見たロストは【当たり前であろう親子の光景】を目にして、少し眩しさを覚えた。自分に父親がいなかったから余計そう思うのかもしれない、とロストはため息をついた。

 

「ロスト、あんたララと一緒にいなくてよかったの?」

「まあ、ソルやチャールが一緒だったからな」

「……ああ、そう」

 

 ルンはすっかりロストはララにベッタリしているものだと思っていたが為、このように別れて行動するとは思っていなかったのだ。ロストは別行動でもよかったようだが。

 

「武器を作るのは流石に時間がかかる。今夜は宿にでも泊まるかい?」

「うーん、そうね…」

 

 クロッセに提案されるがユアはユキノの事が気がかりである為に素直に宿に泊まるとは言えなかった。

 それを見たクロッセの父親は何かを察したのか口を開く。

 

「あのハーフエルフの嬢ちゃんが気になるなら、そこに行くのも手だ」

「親父……」

 

 クロッセの父親がユキノに対してどう思っているかは表情からも見て取れることは無いが、悪い感情を持っているようには感じられなかった。クロッセがユキノに対して甲斐甲斐しいのもそこに何かあるのだろう。

 

「なら俺達はそうさせてもらう」

「…うん」

 

 ルンはここであまり村人が村の中を歩き回っていない事に改めて気づいた。クロッセが言うには、この村は昔は活気づいていたけれど、ユキノに関するある出来事が原因でこうなってしまったらしいと語った。

 

「っては言っても俺も詳しくは知らないんだがなあ」

「とにかく、ユキノはここにいない方がいいってこと、なのよね。クロッセ」

「ああそうだルン。ユキノは俺にとって大切な幼馴染み、なんだけどなあ…親父も、昔は人目も気にせずにユキノを庇いに行ってたんだ」

 

 クロッセの父親が何故ユキノを放任するようになってしまったかまではクロッセ本人は知らないらしい。

 少なくともここ10年はユキノはこの状態だと言った。

 物心ついた時からユキノのそばに居たクロッセはたった1人でユキノを守り続けていた。

 それでも、ユキノの心は壊れてしまっているかもしれないとクロッセは自虐した。

 

 ユキノがいた教会に戻ってくると、ソルとララ、メテオス、ユキノは教会の中を掃除していた。暫くの間放置されていたせいで汚れに汚れていた教会も、4人の手にかかるとある程度は綺麗になっていた。

 教会の中は意外と広く、礼拝堂に入るとステンドグラスに恐らくマクスウェルを模したであろう絵が描かれていた。

 

「ロスト君、武器は買えた?」

「まあ、一応。特注になるから、少なくとも明日まではかかるとは言われたが」

「ユキノ、私達…今夜はここで寝てもいいかな」

 

 ルンに言われてユキノは「(わたくし)は、宜しいの、ですが…本当に、良いのですか?」と返した。

 人と共に寝る事は幼い頃クロッセと村人から逃げて教会の中で眠って以来らしい。

 

「あの日以来、親父が夜は何が何でも家で眠れって言ってきてな…」

「……ですが、クロッセ様には感謝してもしきれません」

 

 ユキノ相手にクロッセは複雑な表情を浮かべているが、きっと彼女にとって彼が最大の救いだったのだろう。

 

「明日、私達が武器を揃えたらこの村を出る。クロッセ君、ユキノちゃんの事は私達に任せて!」

「君達なら、とても頼りになると思うよ」

「よし、もう日も傾きそうだしご飯にしようか!クロッセ君も一緒に食べよう、勿論、ユキノちゃんもね!」

 

 ララは体を伸ばしながら台所を探してユキノに連れて行ってもらった。ユアも「私も手伝わせてもらうわ」と言い、その後にロストが無言でついて行った。

 ソルも動こうとしたのだがララの肩から降りていたチャールと、ソルの料理の腕を知っているのであろうメテオスが彼を必死に止めていた。

 

「僕も……」

『お前は作るな!』

「お願いだから、ソルはオレと待ってような!」

 

 そんなソル達の光景を見ると殊更クロッセはほっとして、微笑みを浮かべていた。

 礼拝堂の隣に食堂があり、食事はそこで行うことにした。

 

「ご飯ができたら皆で食べるから、ソル達は食べるものとかテーブルとか用意してねー」

「わかった!ほらメテオス、行くよ」

「お前はなあ…」

「俺も手伝うぞ」

 

 クロッセも輪の中に入っていき、ロスト達が料理を作り終えるのを待った。ユキノは、こんなに楽しく食事をとるのは初めてだ、と目を輝かせていた。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター28:そして忌み子の少女は旅立つ

 夕飯を食べ終わると、ロストとララとユアが片付けをしている間にユキノ、ソル、チャール、メテオスは寝てしまっていた。

 ルンとクロッセが毛布を寝ているメンバーに掛け、礼拝堂の椅子に座っていた。

 どうやらクロッセが少しでも眠れそうな場所に移動させたようだ。流石鍛冶屋の息子であるからか、人を運ぶことくらいはできるのだ。

 

「騒ぎ疲れたか?」

 

 ルンとクロッセは頷いて、ルンは「ふああ」と欠伸をした。

 寝ればいいだろ、とロストは言おうとしたが、騎士だから自分は先に寝るわけにはいかないとでもルンは思っているのかもしれない。そう考えるとロストはルンにそう声掛けをするわけにもいかないと口を閉じた。

 

「そうみたいよ。私が気づいた時にはソルがもう船を漕いでたし」

「まあ、ユキノは恐らく生まれて初めて、こんなにも楽しく食事を出来たからなあ、あんたらのお陰だ」

「…たまたま、俺達はこの村を訪れただけだ」

 

 クロッセの言葉にロストはつんとしたように返し、ララは「まあまあ」と苦笑いする。

 しかしロスト達はユアの言葉がなければこの村の存在を知らず、通り過ぎてエレッタへ向かっていた事だろう。

 本来事態は深刻でありすぐにでもエレッタに向かわなければならなかったが、ユキノを見たロスト達を放っては置けなかったのだ。どちらにしろ、武器を買う事でこの村に1晩は滞在しなければならなかったが。

 

「クロッセは家に帰らなくていいのかしら?」

「今日くらいは親父も見逃してくれるだろう。村の連中なんざ知らんさ」

 

 ユアに尋ねられ、クロッセはふん、と鼻を鳴らしながら言った。あくまでユキノに対する彼の行動の優先度は高いらしい。家の事情で、どうしても村を離れることは出来ないが。

 

「ララも騒いでいただろ、そろそろ寝た方がいいんじゃないか」

「そうだねーおやすみぃ」

 

 ララは頷いて毛布を持ってソルの近くに寝た。すぐにすうすうと寝息が聞こえ始め、ユアは「…疲れてたのかしら、寝るのが早いわね」とララの毛布を整える。

 

「そろそろ、お前も寝ていいんじゃないか?ルン」

「余計なお世話…とでも言いたいけれど、寝ないと明日に響く、か。あんたも寝なさいよ、前に寝不足でララに迷惑かけたって知ってるんだから」

「そ、それは…」

 

 ルンの言葉にロストは図星だったようでため息をついた。

 睡眠不足が原因でルンに頼る事となってしまったのだ、未だにロストはそれを負い目に思っているらしい。

 ルンはそんなロストを横目に寝る体勢に入った。もう起きているのはクロッセ、ユア、ロストのみだ。

 

「そう言えば…よくクロッセはユキノに寄り添う事が出来ていたな。他の村人にばれたらお前も危なかっただろうに」

「ユキノにも言われたなあ…。なんでか、まあ、多分一目惚れだろうなあ」

「急に惚気るわね」

 

 だかしかし、惚気ないとクロッセとユキノの関係は語れないのだろう。クロッセがユキノを愛したからこそ、ユキノは人であれたのだから。

 

「俺の家が村で一番栄えてる鍛冶屋なんですよ。親父が出て行くって言ったらこの村は終わり。んで、親父が意外とファザコンなもんで、俺が昔ユキノに優しくしてるって暴力振られたときに親父が初めて怒ったんだとか、ってね」

「あら、貴方意外とこの村で上にいる存在の息子だったのね」

「それでも、ユキノへの村人の凶行を止める事は出来ませんでしたが」

 

 流石にクロッセも仕事をせずにユキノを守るなどという事は出来なかった。クロッセの父親に至っては恐らく自分が働いて実績を出し続けていないとクロッセが自由に村の中で動けないと判断したのだろう。

 

「そろそろ、クロッセもロストも寝たらどうかしら?」

 

 センチメンタルな気分になっているクロッセと、ついでにロストにもユアはそう声をかけた。

 

「お言葉に甘えさせてもらうかあ」

「…ユアさんは」

「私は大丈夫よ、ほらさっさと寝なさい」

 

 ユアに毛布を強制的にかけられたロストとクロッセは、これ以上起きていても仕方が無いため横になった。

 ユアが寝ない事は少し気になったが、明日に差し支えると悪いから、そう考えユアについては気にしないことにした。

 

 周囲が寝静まった頃にユアは1人教会の外へ歩いて行った。教会の周囲は草木に囲まれており、村の中央部からは結構離れている。

 彼女は以前この村に来た事はあったがこの教会がその時にも存在していたかどうかを思い出せなかった。

 しかし暫く歩いてユアは立ち止まる。

 

(…この教会、私が来た時にはまだ、村の中にあったんだわ)

 

 村が縮小されてしまっていたのか、それとも流れゆく時の中で自然とこの教会だけが隔離されてしまったのか。

 少なくともユアが知る限りでは、この教会は間違いなく村の中にあり、精霊信仰の深い村だった。

 

「時の流れなんてそんなもの、か…」

 

 そもそも精霊自体があまり住み着いていないスレディアに精霊信仰の教会があった事が不思議だったのだ。

 過去にこの村を尋ねた時の情景を思い出しつつ、ユアは夜風に吹かれていた。

 

 

 日が差してくれば鳥が鳴く。その声につられユキノは目を覚まして伸びをした。

 ユキノとしてはそれは朝の恒例行事だった。

 しかしいつもと違うのは自分の周囲にも人が寝ている事だった。

 寝ている間も被ったままであったシスターキャップはずれていて、彼女の頭から生える羊のような角が見えていた。

 ユキノが迫害されていた、もう一つの原因ともいえるその角は、エルフだった母と人間だったはずの父の子というには不気味に思われても仕方ない。

 

(…せめて、この角さえ無ければ)

 

 まだ誰も起きていない。それを確認したユキノは改めてシスターキャップを頭に被り、角を隠した。

 ハーフエルフと言うだけでも忌避される。

 ロスト達にそれを受け入れてもらえたとはいえ、角までも受け入れてもらえる事は望まなかった。

 

(この角の事を知られるのは、怖い…)

 

 毛布を取って起き上がると、それにつられてララも目を覚ます。よく見るとユアとロストの姿が無い。

 もしかしたら台所にいるのだろうか。とララと共に起きたチャールもきょろきょと見渡す。

 ソルとルン、メテオスはと言うと…まだ寝息を立てていた。

 騎士団の生活からするとルンが起きるには遅い時間のはずだが、ユキノがそれを知るはずもないのでユキノはララの分の毛布を預かって元の場所へ戻しに向かった。

 

 ユキノが礼拝堂をよく見渡すとクロッセは礼拝堂の椅子に座っていた。朝食作りに参加しようとしたがどうやらロストとユアで事足りていたようだ。

 

「…クロッセ様」

「ユキノ、おはよう」

 

 あまり広いとは言えない教会の礼拝堂で、クロッセは1人、なにか思いふけっていた様子だった。

 長年、クロッセはユキノの事で思い悩んでいた。それが迷惑ではない、彼の好意だとしてもユキノにとってそれは辛い現実の一つである。

 今自分が旅立てば、クロッセにもう重荷を課すこともない。それでも自分はここに戻ってくるとユキノは考えている。

 

「クロッセ様、(わたくし)はまたいつか、この村に戻ってきます」

「昨日も、言ってたな」

(わたくし)は、この村を好きではありません。ですがクロッセ様とずっと会えないのは、クロッセ様はきっと、寂しいと思うんです」

「優しいな、ユキノは…」

「なので、(わたくし)がまたここに戻ってくる時(わたくし)はもっと強くなります。迫害には負けないくらい。強く…」

 

 ユキノはクロッセの手を握り、意志を持った瞳で訴えかけた。その思いが理解できない人間ではないクロッセは首を縦に振り、ユキノの意志を改めて確認した。

 丁度朝食が出来たのかユアとロストが食堂に食器を持ってきている音がした。

 クロッセも昨日食べてからユアとロストは料理が上手であるとわかり、ユキノに「あんないい飯が食えるんだ。もう少し健康体になってくれ」と痩身であるユキノに言い聞かせた。

 

「そういえば、ユキノちゃんっていくつなの?」

(わたくし)…ですか?えと、クロッセ様と同い年ですから…」

「今年で17になるな」

 

 ルンを起こそうとしていたララに尋ねられてユキノとクロッセが答える。同い年だからか付き合いが長い2人らしい。

 ララは「歳が近い!」と目を輝かせた。故郷のフェアロ・エルスに住んでいた頃、ララの周囲には極端な年下か年上ばかり身近にいたので歳が近い、それも女性というのはララにとって珍しいのだろう。

 

「ララ…ララの声、きんきんする……」

「ああ、ごめんごめんソル。私とソルは双子なんだ。えーと歳は今年で15だったかなあ。ルンちゃんは確か13だよ」

 

 近くで大声を出したせいかソルは寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。ルンも「寝坊っ!」と慌てて身を起こした。

 それでも起きないメテオスは相当の大物だろう。ルンは起きて今いるのが教会だという事を思い出し、ユアの手伝いをしに慌てて食堂へと向かった。

 

「ユキノ…起きてたんだ」

「はい、朝は毎日早めに起きてたので」

「さて私達も朝ごはん食べよっか」

 

 ソルはふらふらと食堂へ足を進めた。食堂では既に朝食が並べられており美味しそうな香りを漂わせていた。

 

「遅いぞ。…メテオスはまだなのか」

 

 ロストはララ達を見ると、面倒そうにため息をついた。メテオスを起こしに行くのが面倒なようだ。しかしメテオスを起こさないわけにもいかないのでユアが「仕方ないわ」と起こしに向かった。

 ララやユキノ達は先に食事をしていろ、とロストが食堂の椅子へ座るよう促す。

 ロストとユアの作った料理は朝食らしくあっさりしたもので、みずみずしいサラダとパンに簡単なベーコンエッグが乗っていた。

 焼いたばかりで熱々のパンに溶けるバターは香ばしさを増しており、ララはつい垂れそうになる涎を飲み込んだ。

 

「これ、サラダの上にかかっているドレッシングは…」

「タマネギで作ってみたんだ。ユアさんが喫茶店を営んでた事があるらしくてな、それでこういうコーヒーや紅茶に合うような料理は1通り覚えたんだと」

 

 今なら淹れたてだぞ、とロストはコーヒーを差し出す。淹れたてのコーヒーはほろ苦くも心地のいい香りを漂わせている。砂糖とミルクも用意されており、ユキノは教会には置いていなかったものも使っていたことに気付いた。

 

「俺達も食材を持ってたからな。足りなかった分は補った。ユキノは苦手な食べ物や、食べれないものはないよな」

「は、はい…」

「昨夜も思ったが、店を開けるほどの腕前だぞこれ」

 

 ユキノとクロッセはあまり料理が上手ではないらしい上に外食もした事がないので、ロストやユアの作る綺麗な料理を食べるのは初めてらしい。

 

「母親の味というものも(わたくし)には分かりませんでしたし…ララ様も料理をするんですよね?」

「うん。ソルは…あんまり得意じゃないみたいだけど」

 

 道中興味本位で一度はソルに料理を作らせたロストは、アイスでさえもダークマターにしたソルの料理の腕前を思い出し複雑そうな顔をした。双子とはいえ、姉と弟の腕前は泥濘の差である。

 

「メテオス叩き起してきたわよー」

「んんん…ああ、ソルおはよ」

「メテオスおはよう。どうしてそんなに疲れてるの」

「ふあーあ、んー何でだろう体が何となくだるくて」

 

 ユアに引き摺られるようにして食堂へやって来たメテオスは椅子に座ってロストから渡されたコーヒーを啜った。が熱すぎたのか、苦かったのかすぐに舌を引っ込めて「水、水ー!!!」と台所に駆け出した。

 

「ははは、急がなくてもいいだろうに」

「メテオス様は慌てんぼうなのですね」

 

 台所から改めてメテオスが顔を出し、水を慌てて飲む姿にユキノはふっと吹き出した。

 

「なんであんなあっついの出すんだよ!」

「淹れたてを出しただけだが」

 

 淡々と告げるロストにメテオスは返す言葉もなく「うう」と言葉を詰まらせる。ララが「まあまあ、落ち着いてご飯食べよう?」と促した。

 

 改めてサラダを口に入れれば少し辛めのオニオンドレッシングがレタスや細く切った人参に絡み、ぱらぱらとかけられていたひとつまみほどの塩胡椒が味を引き立たせていた。

 クロッセはスレディアでは主食はパンだと話していた。ロストの記憶にはフェアロには米も主食としてあったのを思い出していた。

 エレッタに関して多少の調べ事をしていたメテオスはエレッタの主食はトウモロコシがあるらしい、とバターを塗った香ばしいパンを頬張りながら言った。

 

「米がフェアロの一部で主食だったのは意外だったわ」

「米ってあまり広くは知られてませんけどね。ああでもリースやエルスの辺りには田んぼがあるらしいわね。あの近くに忍びの里があるって噂も聞いたことあるけど」

 

 ルンの言葉にララもロストも顔を見合わせたが忍びの里については思い当たる節はなかった。

 ソルも首を傾げており、ルンは「おかしいなあ」とメテオスに話を振った。

 

「メテオスは知らない?」

「噂には聞いたことがあるような…あ、いや待って。確かにあるぜ、そこ。カザミヤの里って名前だったと思うけどさ…まあ今は関係ないだろ」

「まあ、そうだったわね」

 

 このままでは話題がずれるぞ、とメテオスがその話を切り-そもそも食べ物についての話をしていたのだから最初から話はずれていたのだが-これからの道筋についてユアが口を開いた。

 

「今から向かうのは闇の神殿よ」

「闇の神殿!?それってシャドウがいるところなんでしょ!?」

『おいおいおいおい、待て待て待て待て大精霊の家にカチコミする気か!?』

 

 あまりの驚きにチャールはユキノやクロッセに存在の説明をされていないことを忘れて声を上げる。ユキノは「えっ!?」と少し驚く程度だったがクロッセは呆気に取られてしまっている。

 

「だって、あの辺り道が険しくて神殿を通る以外にはまた遠回りが必要だもの…。それに、ララ、あなたは大精霊に会うべきだと考えるわ」

「わ、私……ですか?でもどうして」

 

 食事をとる手もつい止まってしまい、ララはユアの顔をじっくりと見つめた。ユアが何を言わんとしているのか分からず首を捻ることしか出来ない。

 

「私の勘よ。さて早く食べちゃいましょう」

 

 その場でユアは話を流し、クロッセとユキノはその間にララとソルからチャールについて紹介してもらっていた。

 特に追求する間もなかった為にロスト達は食事をとった後、クロッセの父親の元へと昨日頼んだ武器を受け取りにクロッセの家へと来た。

 ユキノは勿論教会待機をしており、昨日武器屋に来たメンバーが再び訪れている。

 

「これでいいのか」

「ええ、ありがとう。料金はこれでいいかしら?」

「ああ。珍しい仕事が出来た。あんたはやはり、すごい人なんだろうなあ」

「あら、そうかしら」

 

 新しく作られた剣や鎌などの武器は、新品ゆえの輝きをたたえていた。

 少々重い荷物となってしまうがこれもララ達の元へ運ぶまでの辛抱だとユアは武器を抱えた。

 

 クロッセの父親はクロッセに向かって「見送りまでは、やっていい」と小さく言った。

 あまり村の方へユキノを連れて来るべきではないから、教会側から村を出るのを見送っても良いということなのだろうか。

 クロッセは嬉しそうな表情を浮かべる。やはりユキノの事はギリギリまで見送りたいのだ。

 

「親父」

「仕方ない息子だ」

 

 ありがとう、と声にならない声でクロッセは父に伝えた。

 

 武器を抱えて教会に戻れば、そこでは既に他のメンバーが旅支度を整えていた。

 動き辛そうだったユキノの衣装をララが新調させており、昨日から実は作業をしていたと語る。

 

「流石にあのままの衣装だとスカートが長いからうごきにくそうだなーって思って」

 

 どうかな?似合うかな?とユキノの方を見て言うララにクロッセは改めて傷がないユキノの体に感動して泣きそうになっていた。

 

「ありがとう、すまんな……ここまでやってもらってさあ」

「今更だ。っというか、何度も誤っているんじゃない。お前はお前なりに考えてやっていたんだろう。この村から出れないなりにユキノを支えていたらしいじゃないか」

「ああ」

 

 ユキノと離れ離れになってしまうのは名残惜しいが、とクロッセはユキノと握手を交わした。

 

「大丈夫です。クロッセ様」

「いつか俺も、あんたらの武器を作れるように…一人前にならなきゃあな」

「その時を楽しみにさせて貰っていいの!?」

「ああそうさ」

 

 ルンはクロッセの父親の作った武器が気に入ったのか軽々と振り回す。

 周囲にぶつけないようにとユアが注意を入れていた。あの父親の子が作る武器なら、とルンは今から期待をしているようである。

 ユキノが自身の荷をまとめ、立ち上がるとクロッセから直接トンファーを渡された。

 

「クロッセ様、これは?」

「ユキノは魔法輪の使い手だっただろ。俺はあんまりユキノに刃物を持ってもらいたくなかったからな。考えてトンファーにしてみたんだ」

 

 ぎこちない手でユキノはクロッセからトンファーを受け取った。クロッセの父親が作った武器とは違うものを感じたユキノが顔を上げるとクロッセは照れたように「下手だったら、すまんな」と言った。

 これがクロッセの作った武器である事に気づいたユキノは「ありがとう、ございます」と震える声を抑えながらクロッセに礼を言った。

 

「ユキノ、皆の準備が、終わった」

 

 ソルに声をかけられてユキノが周囲を見ると既に支度を終えたララ達がユキノに手を伸ばしていた。

 

「…これから、色々と過酷な事がこの先待ってるかもしれない。それでもユキノちゃんは、一緒に来てくれるんだね」

「……はいっ!クロッセ様、行ってきます。、世界を見てきます!そしていつか、またここで会いましょう、それまで待っていてください」

「ああ。待ってる、約束だ」

「はい!」

 

 ララの手を取ってユキノは空いたもう片方の手でクロッセに手を振る。

 クロッセはユキノ達が見えなくなるまで見送り続けた。

 

「帰ってくる、か…」

 

 クロッセとしては、もう二度とこの村に来る事が無いようにしたかったがユキノの意思を尊重させた。

 本音としてはこの村など無くなってしまえと思ったこともあった。

 

「さて、そろそろ帰らねぇと親父にどやされるな。……次武器を作ることがあれば、またユキノの為に…」

 

 クロッセはそのまま教会を離れ、村の中へと戻って行った。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター29:闇の神殿

「マナ変換…火属性、下級火属性魔術発動、ファイアボール!!」

 

 ユキノの描く魔法輪はユキノの詠唱によって透明から赤に変化し、火球を発射する下級術、ファイアボールが完成した。

 エルダ=ディアを出た一行を待ち受けていたのは野良モンスターだった。ユキノが戦う場面を見たことのないユアはユキノの戦い方を観察するようにしていたが、心配は必要なかったようだと近寄ってきた敵を大剣で殴る。

 

「それにしても、ユキノちゃんの術って私達のと少し違う?」

 

 自分の術やユアの術と見比べていたララが、ユキノをまじまじと見つめながら問いかけていた。

 ユキノは「あの、えっと」と困惑するが、ユアが「あまりがっつかないの」とララを止める。

 

「エルフのマナの質が人間とは違うのララは知らないのね」

「そうなの?」

「…は、はい。(わたくし)は、エルフ寄りのハーフエルフなので、マナの質は完全にエルフの物です。恐らく、(わたくし)を一目見ただけでハーフエルフと思われる事はありません」

 

 ユキノに言われてララがユキノを改めて見回すと、確かにユキノは一見ただのエルフだ。とは言ってもララは実際のエルフを見た事がないので分からない。

 ロストから意見をもらおうとララはロストに視線をやった。

 

「…俺から見ても、一見はただのエルフだ。しかし」

(わたくし)は通常のエルフとは違い、実は耳があまり尖ってないんです」

 

 ロストも気付いたようで、ユキノは耳を見せようと被さっている部分の髪の毛を軽くよけた。

 純血エルフであれば耳はもっと尖っていて長いはずが、ユキノの耳は少し丸みを帯びていて少し短かった。これが、外見的に見て唯一わかるユキノがハーフエルフだという証だった。

 

「大体、この特徴のせいですね。(わたくし)がハーフエルフだとばれてしまうのは」

「同じエルフの血族でも、色々と違うのね、ロスト」

「は?…どうして俺に話が振られるんだ」

 

 ニコニコするユアに、ロストは自分に話が振られた理由が分からないようで首を傾げる。彼女は「ふふ」と笑って言う。

 

「貴方もエルフの血族なのでしょう?レイシの親戚ならね」

「そう言えば、ロスト様のファミリーネーム…あの英雄レイシ様と同じ…」

 

 100年前の英雄の一人ともなると流石に有名なのか、とロストは改めて村長の存在の大きさに驚く。村の外をあまり知らない彼にとってレイシ・テイリアは祖父のような存在であるとしか思っていなかったのだ。

 

「確かにそうだが、俺はかなり薄いと思うぞ。あのじいさんと俺がどんな関係かは知らないが」

『…おーい、そろそろ目的地に行こうぜ』

 

 話し込んでしまったロスト達にチャールからの呆れの声が上がった。「それもそうね」とユアが次の目的地、闇の神殿への道を先導し始める。

 神殿への道は、人が通る事を想定していないのか舗装されてもいない草の生えた道だった。ルンは大鎌で刈りつくしたい気持ちを抑え、ユアはその光景を見て笑っていた。

 

「闇の神殿、仰々しい名前の割には、ただの黒い建物だな」

 

 ロストは一目見てそれが闇の神殿だと分かったらしく、ユアが「着いた」と言う前に口を開いた。闇の神殿に着いたと確信すると同時に、ロストは言い知れぬ倦怠感に襲われた。

 

『あー、ここにシャドウやっぱりいるな』

「チャール、分かるの?っていうかそれだと神殿にいない時があるみたいな言い方だね」

 

 ロストの状態に気付かないチャールとララは呑気に話をしていた。ソルがふっとロストを見ると、ロストは倒れていた。

「……ロストっ!?」

 

 ソルの声に気付いてララも顔を向けるとロストは意識を失っていた。ユキノが慌てて駆け寄ってロストの状態を確かめると「まさか」と声を漏らす。

「何か分かった?ユキノちゃん」

 

 ララは心配そうにロストを見ながら、取り敢えずファーストエイドを唱えようとしていた。ユキノは「怪我ではありません、唱えなくても大丈夫ですよ」とスピアロッドを構えていたララを抑える。

 

「ロスト様は、魔輝人(マルシャヒムス)ですね。恐らく自分の属性と違う大精霊のマナに当てられて体調を崩してしまっていると思われます」

「まるしゃひむす?また知らない単語が出てきた…」

「チャール、貴方やっぱりララの教育サボってたわよね。魔輝石の話が出た時点で教えていてもよかったわよ。この事は」

 

 ユアは冷たい視線をチャールに送る。ララの教育は殆どされていないと見ていいようだ、とルンは悟った。まあ王都から外れた村の方に住んでいたともなると本来知らない事なのだが。

 

『ボクのせいかよっ!?あー魔輝人ってのはな、魔輝石ってのがあるだろ?あれは人間が死んだらその人間が持っていたマナが凝固して出来上がるもの。だが一部の人間は魔輝石を生み出さずに精霊になる…そんな人間の事を、魔輝人って呼ぶ事もあるんだ。ユキノはよく知ってたな』

「へえ、オレも初耳」

 

 メテオスはある程度の学はあったようだが魔輝人については知らなかったようで、チャール達の話に無言で耳を傾けていた。

 

「でも火属性の塊のようなチャールが一緒にいるのに、それは大丈夫だったわね。自分の中にあるマナがかなり削られている分、不安定で影響を受けやすいというのに」

『何でお前それに気づいてんだよ…。ボクはただの精霊とほぼ同等のマナ量しか発してないし、ロストがもしかしたら火属性の素養持ってたりとかしかじゃないのか?』

「チャール…そろそろララの頭がパンクする」

 

 ソルがララの肩の上で話しているチャールの首根っこを掴んだ。ユアがララを見ると案の定理解が追いついていないようだった。

 

「考えるのは苦手なんだよ。ルンちゃんは分かるの?」

「分かるわよ。でも意外ね。ララは魔輝人ではないの?」

『こいつは確かにマナの保有量は多いが魔輝人ではないな。まあ、ララもマナの大部分を奪われてる。全部取り戻した時は分からんな』

「クローンは恐らく、マナを切り離して生まれた存在だわ。だからクローンはオリジナルと同じマナを持つの」

 

 ロストを冷たい地面に倒れさせたままに会話が流れている。誰もロストの事を気にかけないが、その時少女の声が聞こえた。

 

『ユアお姉ちゃんがいるのは分かるけど…貴方達、誰?』

「…シャドウ」

 

 ユアはその声にぽつりと呟いた。

 そこには誰もいなかったが、ユアは声の主が誰か知っていたようだ。

 

『その人を連れてここに来て。リズ、その人に会わないと…マクスウェルの愛し子の末裔、その子をここに連れて来て』

 

 シャドウの声が誰を指し示していたか、ララは一瞬分からなかったがチャールはそれが誰の事か分かったようだ。そう、マクスウェルの愛し子の末裔とは恐らくロストの事だろう。何故ロストをそう呼ぶのかは分からないが、彼が魔輝人だからだろうか。

 

『メテオス、お前くらいしかロストを運べそうなのがいない。頼めるか?』

「分かった。ロストさあ、縦にだけは無駄にでかいよなあ。オレが背負っても足引きずりそうなんだけど」

 

 チャールに言われてメテオスはロストを背負うが、多少身長が足りないせいか確かに足を引きずってしまっている。

 ユアは「構わないわよ」と闇の神殿の中へと入っていった。

 

 

 闇の神殿の中は暗く、チャールが火のマナを駆使して明かりを作っていた。それでも照らせるのは自分達の周囲のみで、先を見渡すことは叶わないようだ。

 

「また暗いところなの…明るいところで冒険したいわ。どうせなら」

「文句言わねえで、さっさと行こうぜ。流石にロストをこのままってのも悪いし」

 

 メテオスに背負われてるロストは依然目を覚まさないが「母さん…」と何か魘されているようだった。

 

「マザコンかよ」

「まあまあ、それはそっとしておこうよ…」

 

 メテオスにこんな事を言われ、ララにフォローを入れられているなど気付かないだろうなとソルはロストについ同情の視線を向けていた。

 マザコン疑惑は実はチャールも薄々思っていたのか微妙に頷いていた。

 

「しかし、不思議な程に父親の話題を出さないわね、ロスト」

『何でもこいつ、父親には会った事が無いんだとさ。記憶を失ってからは双子の妹と母親、そしてレイシしか身内がいなかったんだと』

「…ロスト様とララ様は、記憶をなくされているのでしたね」

「まあ、でもこれまでは記憶が無くて困る事なんて無かったからねえ。私は、だけど。ロスト君の方は、旅に出てから自分が何者なのか見失っちゃってるかも」

 

 旅に出た時からの付き合いであるララでさえも、ロストが自称する普通の村の青年とは何か違うと察していた。

 自分に学が無さすぎる自信もあるが、チャールやルンの反応からして、ロストが王都辺りに住んでいた貴族の人間なのではないかと少し思っているらしい。

 

『こいつの母親、なあ…』

「チャール、あんた聞いた事あるの?ロストの母親の事」

『まあ聞いた事はある。が、父親が想像つかないんだよ』

 

(嘘ついてるわね。この子の父親が誰かなんて察しが付いてるくせに)

 

 チャールの言葉にルンは「そうなの」と納得していたがユアは釈然としない様子でチャールを見つめていた。まるで、彼女もチャールの何かを知っているかのように。

 

「っ気をつけてください、上から来ます!」

 

 ユキノがモンスターの気配を察知したのか、天井から蝙蝠型のモンスターが飛んでくる。

 メテオスは慌ててロストを引き摺りながら物陰に隠れた。数は少ない、2.3匹と言ったところだ。しかしここは闇の神殿である事からソルの扱う闇属性の術は有効ではない。ララはこここそが光属性を扱う自分の出番だとスピアロッドを振るった。

 

「ルンちゃんっ接近は任せたからね!」

「ええ、さっさと唱えなさい、よっ!!」

 

 ララがスピアロッドを地面に突き刺すと同時にルンは大鎌を構えて飛び上がり、空中で旋舞した。

 ユキノは光属性の術を覚えていないらしく、火属性の術で対抗する。ユアはユキノの詠唱を守るべく前に立った。

 

「僕も…」

『お前は下がってろ!』

 

 ソルがレイピアを構えてモンスターに突撃しようとしたがチャール引き止める。チャールはメテオス達の方を向くので、ソルは戦闘に参加するな。そういう事なのだろう。

 戦闘に参加したかったソルであったが渋々メテオス達のいるところへ向かった。

 

「まあ、これくらいすぐ倒せるわ」

「行っくよー!」

 

 ユアが大剣を振るった直後ララのスピアロッドがユアの顔の真横を飛んで行った。スピアロッドの槍の部分がモンスターに刺さり、ララは続けて詠唱し始める。

 

「光よ…フォトン!」

 

 モンスターにスピアロッドから直接魔法陣が刻まれ、光属性の術であるフォトンが発動すると同時にモンスターは内側から爆発四散した。

 その光景を見ていたメテオスは思わず「気持ち悪っ」と口元を抑える。スピアロッドは爆風によってララの手元に戻り、ユキノのファイアボールによって最後のモンスターが倒された。

 

「ララ、急に武器を飛ばすもんじゃないわよ」

『つーか何処であんなエグい戦い方を学んだ!?』

 

 あのような方法で倒したとしてもモンスターの肉片等は残らない。しかし見ていて気持ちの良い倒し方ではなかったようで、落ち着いているユアとは反対にチャールは必死に抗議していた。

 

「ちょっと試してみたかっただけだよー」

「あんたがそんなに逞しいと、ロストの苦労も想像に容易いわね…」

 

 ルンに同情されている事など露知らず、ロストは今の騒ぎがあった後も目覚めないのであった。

 

「まあ時期にシャドウのいる神殿の核に辿り着くわ」

「大精霊かあ……初めて見るんじゃないかなー」

 

 日常的に大精霊を見る事などまずは無い。しかしチャールは『それ、本気で言ってるのか』と真顔だった。ララが大精霊に会ったことがあることを知っているようだ。

 

「もしかしたら失くした記憶の中にはあるのかもねー」

 

 ララはそれでもチャールに深く尋ねるつもりはなく、ソルもそれを詮索はしない。ロストの目が覚めていたら噛み付いてはいたかもしれないが。

 

「本当にララは楽観的なんだから…ねえユアさん。あそこが核?」

「ええそうね。勘がいいわね、ソル」

 

 ユアの言葉を受けて「褒められた!」とソルは目を輝かせる。ユアはいい子ね、とソルの頭を撫でて目の前に見えた暗い神殿の中でさえ目立つステンドグラスのような扉に注目した。

 ララが触れると扉は光を放ち、開いた。

 

 

「こんにちは、皆さん。リズはね、リズナ・ホーンって言うの。またの名を、シャドウ!マクスウェルの愛し子の末裔を連れてきてくれてありがとう!」

 

 そこに居たのは、赤髪で、赤の瞳ととハイライトの入っていない黄色の瞳を持つ年端も行かない少女だった。

 それでも、確かにその少女は闇を司る大精霊、シャドウであることをララは不思議と確信したのだった。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター30:エレッタの地へと

「この子供が、シャドウ?」

 

 ルンは信じられないと言った様子でシャドウ…リズナをまじまじと見つめる。部屋の中央にある椅子に座ったリズナは一見ただの子供にしか見えない。立ち上がる姿を見ても、背はルンと同じかそれより少し低いくらいだ。

 

「うん。そうだよルンお姉ちゃん。リズはシャドウ!そうそうマクスウェルの愛し子の末裔はどこ?」

 

 小さな体で胸を張って笑顔で言い放つリズナだが、一部を除いて皆リズナが何故そのような呼び方をしているのかは分からなかった。

 

「さっきから言ってる、マクスウェルの愛し子の末裔って誰だ?マクスウェルの愛し子って要するに王族だろ?」

 

 メテオスの言葉にリズナは「だからそう言ってるじゃん!」と声を上げた。この場に王族の血を継ぐ者など居ないはずだが、と更にメテオスは頭を悩ませる。

 

「え、マクスウェルの愛し子って魔輝人って事じゃないの?」

「フェアロの王族はマクスウェルの子孫だって言われてるだろ?」

 

 ララとメテオスがそう話しているところにリズナが「マクスウェルの愛し子ってのはねー」と説明しに行こうとするとユアがそれを引き止めるようにリズナの傍に行った。

 

「リズ、ちょっと私とお話しましょう?久しぶりに会ったのだもの」

「……うーん。分かった。あっねえそこの透明なマナを持つお姉ちゃん!エルフさんかな?そのお姉ちゃんもこっち来て!」

 

 リズナはユキノの方を見て言う。

 本当にマナだけを見ればユキノはエルフにしか見えないらしい。大精霊が間違えるのだから殆どエルフと同じ質のマナを持っているのかとチャールは感心した。

 

「わ、(わたくし)、ですか?シャドウ様」

「リズって呼んでよー!」

 

 リズナに手を引かれてユキノはユアと共にリズナのマナで作った紫色の結界の中へ入っていく。その光景を見ていたソルは「えっ!?」と慌てた様子になった。ソル達からすればリズナ達の姿は紫色の物体の中へと消えたのだ。

 

「え、チャールこれはどうすれば」

 

 ソルはあわあわとチャールに尋ねる。チャールは何かわかっているように落ち着いていた。ルンはそれを見て気にしているようだったが誰も言及しないので何も言わない。

 

『大丈夫だ。シャドウはボク達に危害を加えない』

「オレらは此処で待ってればいい。そういうことか?」

「そういうこと、みたいだね。メテオス君、そろそろロスト君を降ろしてもいいんじゃないかな」

 

 ララに言われてメテオスはロストを降ろして横にした。

 床は硬く冷たいが、身長の割に軽いとはいえメテオスよりも一回り背の高いロストを抱え続けるのは流石に無理だと判断したようだ。

 

 

「で?わざわざ私達だけにしたい話って何かしら、リズ」

 

 リズナが張った結界の中でユアは落ち着いていた。一方のユキノは初めての経験に戸惑っている様子だった。しかしリズナはそんな事も気に止めず尋ねてきた。

 

「マクスウェルの愛し子が誰なのか、お姉ちゃん達は分かってる?」

「マクスウェル様の愛し子…初代フェアロ王の事を仰っているのですよね?愛し子の末裔と言うのは王族のことですから」

「ユキノお姉ちゃん、知ってるんだね!なら説明する必要はないかなー」

 

 マクスウェルの愛し子…リズナが言いたかった事は、フェアロ王国の最初の王の事であった。

 初代フェアロ王はマクスウェルの実子である。すなわちフェアロ王族はマクスウェルに連なる子孫という訳だ。精霊信仰をしているユキノが知っているのは当然だとして、メテオスが正しく知っていたことにリズナは感心したように頷いている。

 

「…私達の中に現在行方不明とされているフェアロの王子がいる、でしょ?それくらい知ってるわ。私がついてきたのは陰ながらの警護のためだもの」

「えっ」

 

 これまで一度も聞いた事の無い話にユキノはつい声を漏らす。リズナは大体分かっているのか特に動揺する事は無かった。

 リズナは『マクスウェルの愛し子』が誰かをちゃんと理解した上で呼び掛けたのだ。ユアがいることを分かって。

 

「ルン様はそれを知ってるのですか?」

「いえ、知らないわ。これは私の独断だもの」

 

 流石騎士団副団長。とユキノは目を見開いた。騎士団長はこの事を知らされているのかどうか分からないが、知らされていればフェアロは混乱に陥っているのではないかと勝手に心配し始めてしまった。

 

「お兄ちゃん、記憶と、魔輝(マルシャ二ー)が枯渇してるみたいだね」

「…魔輝…?それより、まさか、マクスウェル様の末裔は」

 

 リズナの言葉が指し示す魔輝の枯渇したお兄ちゃんと言うのは、ユキノが知る限りこの旅には一人しか該当しなさそうだ。普通の人間ではないとユキノは察していたが…まさかとユアを見る。

 

「ロスト・テイリアは仮の名だわ。リノス…彼の母親が敢えて真実を隠したのでしょうね。記憶の無い今ではこの真実を教えても混乱するだけだもの」

「他国とは言え、スレディアとフェアロは国交が盛んです。しかしフェアロの王子が行方不明と言う話は聞いたことが…」

 

 ユキノが隣国の王族の話は殆ど耳にはしていなかったとしても、行方不明になっているとなれば大きなニュースにはなっていたはずだ。しかしスレディアどころかフェアロの民もそれを知らない。

 

「隠してるの。国民に要らない混乱を招きたくなかったもの。ロストの本名はロステリディア・アンリ・フェアロ。現フェアロ国王のたった1人の孫息子」

 

 それが真実だった。

 何も知らぬ村の青年として育てられたロストには酷であると彼の母親であるリノス・テイリアがそれらの真実を伏せたままにしていたのだ。

 

「何故(わたくし)にはそれを…?ルン様も知らないのですよね」

「ええ知らないわ。だからこそ貴方には教えようと思ったのでしょう?シャドウ」

「そうなの。そろそろ、結界を消すね。この事はまだ言っちゃダメなの?うーん…何れは明かさなきゃいけないけど、今はまだ時間があるかなぁ…でもユアお姉ちゃん、時間は刻一刻と迫ってるの。ウンディーネがいない今、このメモルイアは不安定なの。はやく…ロストお兄ちゃんの記憶と力を取り戻してあげてね」

 

 リズナはそう言うと紫色の結界を消す。ユキノの見る景色は元の闇の神殿へと戻っていた。

 結界が解けたのを確認したソルが「話し、終わった?」とユキノに寄って来る。

 

「はい…」

 

 ユキノは複雑そうにロストを見た。彼は魘されているようで目を覚まさない。何も知らない、覚えてないこの青年に、何か伝えられる事はないかと思考を巡らせるがそのような言葉はユキノには無かった。

 

「ララお姉ちゃん!契約をするの!」

 

 思い立ったようにリズナがララの両手を握り、笑顔でそう言った。突然握られたララの方は少し戸惑いながらリズナを見る。

 

「契約?」

「ララお姉ちゃんはね、リズ達大精霊と契約する事ができる何十年に1度の存在なの。前にいたのは100年ほど前だったかな〜」

「…リズ、どういう事?ララが精霊の御子だっていうの」

 

 また知らない単語が出た、とララは首を傾げる。ユアが驚いている事にはリズナは気に止めていないようだ。

 チャールはどういう事か分かっているようで『確かに契約するのがいいだろうな』とリズナに同意した。

 

『精霊の御子というのは、精霊との契約を交わせる貴重な人間の事だ。精霊を使役できるからな、あまり公にはしていけない存在だと言われている』

「100年前にも、精霊の御子が戦争に登用された例があるの。リズはあの時みたいな事は嫌なの…でも、ララお姉ちゃんはきっとそうはならない。だから、契約しよう!ララお姉ちゃん!」

 

 リズナはララに抱きつき、上目遣いでねだるように言う。

 ソルは「ララに触れてる」とよく知らない人間がララに絡みに行っている事が面白くないようだ。ここでこのまましていても埒が明かないと思ったルンはララに言う。

 

「契約しちゃえばいいんじゃないの?」

「そう、なの?」

「そうと決まればお姉ちゃん!お姉ちゃんの名前を教えて?」

 

 リズナはララから一旦離れてくるりと回った。

 無邪気なこの少女がシャドウであるなどとララは未だに信じられないようで「わ、わかった」と頷いた。

 

「私の名前はラリアン・オンリン」

 

 ララが名前を告げるとリズナは首を傾げて

 

      「そうかな」

 

 と笑った。

 

「本当にララお姉ちゃんの名前はラリアン・オンリンなのかな…?もしかしたら、違うんじゃないの?」

「違わないよ!ララはララなんだよ!」

「ソルお兄ちゃん、そうだね。イフリートに教えてもらえばいっか、お姉ちゃんの本当の名前」

 

 リズナの言っている事が分からないララは言葉を失い不安そうにチャールを見た。記憶を失くした時から共に居るためか不安になったらチャールを頼りたくなってしまうのかもしれない。

 

「じゃあお姉ちゃん。リズの本当の姿、見せるね」

 

 そう言うとリズナの姿は闇に歪んだ。

 男の影の様な、大きな影がララ達の前に現れた。これがシャドウとしてのリズナの本当の姿。しかしそれが先程までリズナの姿をしていた者と同じ存在である事はララに分かる。大精霊との契約、流石にララは少し緊張していた。

 

『我が名はシャドウ。このメモルイアに大精霊として座す一人。汝契約者の名を述べ、我と契約を結べ』

 

 リズナの少女の声とは違う低い声がこの空間に響いた。

 それと同時にララとシャドウの立つ場所に魔法陣が展開される。透明な壁の様なものに包まれた感覚がララに伝わった。

 

「……ラリアン・オンリン。ラリアンの名の元に、闇を司りし大精霊、シャドウとの契約を。汝我に力を、我汝にマナの輝きを」

 

 ララがそう唱えると、紫色の鎖のようなものがシャドウからララへと繋がっていき、見えなくなった。

 

『これにて契約は完了した。いつでも我を呼ぶがいい。それが、人間同士の不毛な争いではない事を我は願う』

「ありがとう、リズナちゃん。…でもあの、イフリートが私の本当の名前を知ってるって…」

 

 魔法陣が消え、シャドウのいた場所にはリズナが立っていた。

 ララはイフリートについてリズナに尋ねようとする。リズナがイフリートがまるでララの本名を知っているように言っていた事が気になっているのだろう。

 

「イフリートはいつでもララお姉ちゃんを見守ってるよ。ララお姉ちゃんの記憶がある程度戻った時、イフリートは必ずララお姉ちゃんの声に答える…」

 

(そうでしょ?チャールお兄ちゃん)

 

 リズナがララに気付かれないように目線をチャールに移すと、チャールはリズナから目を逸らした。

 

「リズはいつでもここでお姉ちゃん達の声を聞いてる…あっそうだ。そこのお兄ちゃん、そろそろリズのマナに慣れて起きてくると思うよ」

「そうなのですか?シャドウ様」

「ロストお兄ちゃんも、ララお姉ちゃんも、魔輝が枯渇してるの。ララお姉ちゃんはイフリートの加護のお陰かある程度は大丈夫かもだけど」

「オレまっっったく、話についていけてないんだけど!!」

 

 突然、ここまで口を挟まなかったメテオスが頭を抱えて唸り始めた。細かい説明が必要な用語がいきなりユアもチャールも話し始めていたせいだろう。せいぜいメテオスが追いついていたのはマクスウェルの愛し子までである。

 

「そうね、ひとまずは説明しなきゃね。魔輝というのは、マナの根源になってるものよ。魔輝石は正確に言えば魔輝の凝固した石なの」

『んで、精霊の御子ってのは今ララがやったように精霊を使役できる力を持つ希少な人間。主にとある一族に多かったらしいぞ』

「メテオスお兄ちゃんも、少しだけ魔輝が欠けてるのね。もしかしたら、クローン実験って言うのが関係してるかもだよ?」

 

「うる、さ……っここ、どこだ!」

「あっロスト君起きたっ!」

 

 メテオスにユア、チャール、リズナが説明している間にロストの目が覚めたようだった。ララが顔を覗き込むと、ロストは特に異常が無いようでそのまま立ち上がった。

 

「あんたが、シャドウか。すまないな、このような醜態を晒してしまって」

「魔輝が殆ど欠けてるロストお兄ちゃんがここに来て気を失わないわけがないの…でも、マナに充てられて倒れるって言うのはきっとこれっきりだから気にしなくていいの!」

 

 リズナは笑顔でロストに抱き着いた。スキンシップの多い子なのだとロストは感心してつい頭を撫でる。嬉しそうにリズナは笑った。

 

「さて、そろそろ行くわよ?誰かさんが倒れたせいで時間を食ってしまったわけだし」

「それは…面目ない、とは思ってます」

『じゃあな、シャドウ。用がある時はいつでも来ていいからな』

「わかったのー!」

 

 一旦リズナに別れを告げ、一行はディア=レッタへと向かった。

 ディア=レッタまでの道のりは特に異常が起こる事もなく無事にたどり着く事が出来た。

 スレディアの街の中でも港町と言うことからか賑わっているのだとロストは勝手に思っていたが、どうも現状はそうはいかないようだった。

 

「エレッタに行くだって?やめとけやめとけ。特にフェアロの人間が行くなんて、無謀にも程が有る!」

 

 船着き場でルンが乗船料を払っていると、チケット売り場の男はそう漏らしていた。

 

「しかもこんな小せぇ嬢ちゃんが行くなんてな。観光ならやめとけ」

「観光じゃないわよ。どんなに危険かも承知してるつもりだわ…何より」

「肝が据わってるなぁ嬢ちゃん」

「船に乗ること以上に怖いことなんてないわよ!!」

 

 ルンの突然の剣幕にチケット売り場の男は一瞬引いたが「薬飲むか?」と一言聞いた。それに対するルンの答えはと言うと…。

 

「いいえ!!私薬苦手だもん!!」

 

 意外に子供らしい回答なのであった。

 

 

「ルン様があんなに怯えるとは、船とはそんなに恐ろしいものなのですか?」

「いやあれルンとメテオスだけだから。船、とっても楽しいよ!前乗った時は…モンスターに襲われちゃったけど」

 

 チケット売り場でルンの子供らしい一面を垣間見たユキノとソルは船について話していた。あの村から出たことの無かったユキノは当然船に乗った事も無く、楽しさ半分怖さ半分と言ったところだろう。

 ララとロストはある程度慣れたのかチャールを荷物の中に押し込みながら船を見ていた。

 

「あの船かな?私達が乗るの」

「だろうな。ちゃんとアイテムも買ったよな」

「アップルグミとオレンジグミ、ライフボトルは必需品!」

「スペクタクルズも忘れるなよ、他国だからまた違うモンスターが出てくる可能性が高い」

「そうかーインスペクトアイ使える人いないんだっけ」

「ユアさんが使えるかもしれないな、後で聞いてみるか」

 

『ボクをっ!!何で!!!荷物に!!!押し込む!!!』

 

 荷物に押し込まれているチャールについては、誰も触れないのであった。

 

 

「さて、準備は出来たわね。乗るわよ」

 

 チケットを買い、船も港に着いているのでこれ以上この港町に用はない、とユアは全員揃っているかどうかを確かめた。

 チャールの姿が見えないがララの荷物が微かに動いているのでそこに入っていると断定して。

 

「嫌だ……憂鬱だ……」

「薬なんて飲みたくない、でも船酔いは嫌…」

「あの、メテオス様とルン様については…」

「無視でいいわ」

「あ、はい」

 

 ダウナーになってしまっているメテオスとルンについてはユアも諦めているので、ユキノは少し気にしつつも船旅を楽しむ事にした。

 ディア=レッタから出航した船はスレディアの海域を出て、エレッタへと辿り着く。

 フェアロからスレディアへ向かう時のようにモンスターに襲われることも無く一行はエレッタの港、エルシア港へ着いた。

 

「何も無かった!!良い船旅だった!!!」

 

 ララの喜びようはとても大きく、ガッツポーズを惜しみなくしていた。エルシア港はディア=レッタほど賑わっていないという訳では無かった。

 

「ここから、エッティスという街へ向かうわ。そこに知り合いがいるの」

『ここからエッティスって、途中に砂漠が無かったか?』

 

 荷物から出してもらえたチャールはユアの持つ地図を見ながらぼやく。ユアは「そうよ」と答えて笑った。ロスト、メテオス、ソルからは表情が消えた。

 

「砂漠越え、しないとなのか?」

「ええ」

「…メテオス」

「いやオレも体力持たない」

「すやあ…」

「はあ…一旦ここで休んでもいいけれど…」

 

 体力が心許なさすぎる男性陣にユアは呆れ返るが、闇の神殿からユキノも休み無く来ている事を考えればここで一度休む方が得策かもしれないと考えていた。

 その時だった。

 

 

「こるぁーっっ!!!フェルマっ何やってるんだっっっ!!!」

「ごめーんお兄さん操作ミスったー!自爆していいー?」

「いいわけあるかぁー!!!!!」

 

 けたたましいエンジン音と共に現れた二人の男が乗った乗り物、ユアはそれに乗っていた片方の青年を見て固まる。

 そしてその乗り物は二人を乗せて…海の方へと落ちていった。

 

 

「まあたやってるよ…タール家の5男と6男…」

「6男のフェルマの方は次期当主候補にも上がってるんだろ?」

「もう少し落ち着いてほしいわねえ」

 

 そのような街の人間の声を聞きながら乗り物に捕まって浮いていたのは、オレンジ色の髪をした笑顔の青年と、呆れ返る朱色の髪の青年。

 

「スモラ…?」

 

 ユアの呟きは、誰も聞いていない。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター31:タール家の6男、フェルマ

 港でロスト達が船を降りてすぐに出会った光景。

 今は冷たい海の中に浮かんでいる、何か乗り物に乗っていた男二人は仕方ないなと言われつつも港町の人々に救い出され水浸しのままその場で片方が話し始めた。

 

「いやあ兄さんあれは上手くいったと思ったのになあ」

「上手くいってたらエンジンが暴走して海に落ちる事も無かったと思う」

 

 オレンジ色の髪の青年の方はびしょ濡れになったコートとストールを気にすることもなく伸びをした。ユアはそんな青年から目を離すことが出来なかったのか遂に青年の方と目が合ってしまう。

 

「ん?何々そこのおねーさん、このフェルマお兄さんに用でもあるのかな?」

「フェルマ!気安く人に話しかけるんじゃ……って…」

 

 オレンジ色の髪の青年…フェルマ・タールがユアに話しかけた。ユアは目を逸らそうとするがフェルマはユアに近付いてくる。朱色の髪の青年の方はそんなフェルマを止めようとしている。

 

「ねえ、あんた誰よ。私はルンって言うのだけれど、人話しかける時は名前を名乗ってくれないかしら」

 

 ルンがユアの前へ出てきて警戒する。初対面の青年に突然絡まれるのはルンにとっても面倒極まりない事であった。しかし、ロストにはそれ以上に気になる点が存在した。

 町の人々が噂した家名だ。

 

「なあ、あんたら、タール家の者なのか」

「んー?そだよ。お兄さんはフェルマ・タール!で、こっちが」

「フェルマの兄のトロニアだ。すまない、弟が騒がせてしまい…だが、この時期にエレッタへ来るなんて飛んだ変人だな。フェルマ程じゃないが」

 

 朱色の髪の方、トロニアと名乗った青年はゴーグルを頭につけていて、気だるげそうな顔をしていた。フェルマは対称的に元気に満ち溢れた子供のように笑っているが。

 

「その上、君らフェアロの人でしょー!うんうん、知ってるよにーさん。兄さん達は、君らを歓迎する」

「…いいの?場合によれば、貴方達のこの国での地位が危なくなるわよ」

 

 エレッタの人間がロスト達がフェアロの人間である事を知りながらも歓迎するとは、ユアには意外な事であった。

 確かに100年前、彼らの祖先であるスモラ・タールはフェアロへ亡命し、戦争を終わらせる事に貢献したが、それは過去の話。

 今の彼らには関係ないであろうことなのだから。その上現在エレッタはフェアロを警戒している。

 フェアロ側には戦争をする理由などないにも関わらず。

 

「詳しい話は、この町にある兄さん達の家に来てから。だよ」

「…」

 

 ふと、船旅で疲れているが流石にもう回復した筈のメテオスが喋らないとロストがメテオスを振り向くと、そこには目を輝かせてフェルマを見るメテオスがいた。

 その熱烈な視線にフェルマも気付いたのか笑顔を絶やさないまま話しかける。

 

「ねえねえ少年どうしたんだい?兄さんの顔に何かついてる?」

「いっいえっフェルマさんに会えるとは、思っていなかったので」

 

 明らかにメテオスの様子がおかしい。ユキノやソルは状況が分からずメテオスの様子を見守る。

 まるで何か見る事が叶わない存在を目にしたような、とてもとろけた視線をフェルマ……の手や持ってる道具に向けていた。

 

「フェルマ君って有名人なの?」

「そりゃそうに決まってるよララ!オレみたいな機械研究者の端くれには夢のまた夢の存在!フェルマ・タールだよ!まさか本物に出会えるとは…」

「…俺の方は有名じゃないよな知ってた」

 

 トロニアはメテオスのフェルマに対する感激っぷりに項垂れる。どうやらフェルマの方が研究者としては優秀で、それが少々気になっているらしい。

 

「まあ、気を取り直してこの町にある俺達の別荘に行くか」

「兄さん達の研究所へれっつらごー!」

 

 彼はまるで嵐のような人間だ。そうして話していてもユアにはフェルマの存在がどうしても引っかかった。

 

(言動も見た目も声も、まるでスモラそっくり。生き写しみたいだわ)

 

 100年前の人物と明らかに姿を重ねながら。

 

 

 

************

 

 場所は変わり、フェアロの王都リイルア。

 この街の人々はエレッタの不穏な動きなど知らず、しかし騎士団には緊張が走っていた。騎士団の緊張の原因は、何もエレッタではない。もっと彼らにとっては身近な存在だ。

 それにエレッタの不穏な動きに関してはユアが担当しているから大丈夫だと騎士は思っている。

 

 では何故彼らに緊張が走っているか?

 彼らが緊張している原因、それは…。

 

「なあ、騎士団長、いつもに増して不機嫌じゃないか?」

 

 とある騎士の一人がそう零す。

 騎士団長の部屋からは遠いとは言え騎士団本部の廊下での出来事。資料を纏めた二人の騎士が騎士団長であるリンブロアの機嫌が良くない事を話していた。

 そう、それが原因なのだ。リンブロアが不機嫌な理由については後述するが、彼の不機嫌が騎士団員の緊張を呼ぶ結果となっている。

 

「バカ、それ誰も言おうとしてなかったんだぞ。ただでさえ変人揃いで有名なパーフェクティオ隊の隊長が団長の娘だってことお前知らないのか!」

「……えっそれってこの前副団長と一緒にエレッタへの視察に向かった…」

「そうだよ!しかも副団長が連れてたあのフェアロ王族特有の緑目の青年がいただろ?あのお方こそ現在行方不明のアンリ様であるという噂もあるんだ」

「えっじゃあ一緒にいた黒髪の少女は…」

 

「貴様ら」

 

「「ひっ」」

 

 突然聞こえた威圧のある声に二人が振り返ると、そこには騎士団長室から出て来ていたリンブロアの姿があった。

 普段なら相見えるだけでも憧れの目を向ける対象である彼が、二人にとっては魔王にも見えた。

 

「アンリ殿下については他言無用だ。国民にその事が触れてはならぬ」

「「は、はいっ!」」

 

 二人の騎士はそう言って慌てて纏めた資料を簡易型資料室へと持っていく。リンブロアはその光景に溜息をつきつつ、手で頭を抑えた。

 

「威圧があるのは大切っすけど、顔、怖いっすよ。騎士団長」

 

 リンブロアの不機嫌の理由。それは、隣にいるこの男が原因だった。

 

 セテオス・ベリセルア。パーフェクティオ隊の副隊長であり、ルンの部下。そもそもリンブロアは彼と話すことが得意ではなかった。その上ルンが無意識に想いを寄せているとリンブロアは確信しているので、要するに親馬鹿なせいである。

 騎士団員も愛娘に対しては彼が鬼になる事は理解している。まさかそれを知って彼女に手を出そうとしている男がいるなどと、他の騎士は思いもしなかった。

 

「…誰のせいだと思っている」

「えっ俺のせいっすか!?そのー、報告まだ途中なんすけど」

「アンリ殿下についてはユアとルンがついている。他には」

「…隊長は、アンリ殿下の事も、お嬢の事も知りません。本当は俺が付いていくべきだったのでは、と思ってるっす」

「それくらい、知っている」

「では!」

 

 迫っていくセテオスに、リンブロアは突然足を止めた。廊下の窓から差し込む光が反射して、一瞬眩しくなる。

 

「出来る事なら、そうしたかった。しかし、クルスと同じ力を持つあの子が…っ」

「…えっ?クルス、さん…?」

 

『クルス』

 

 その名前に反応したセテオスは、リンブロアの様子を伺った。

 リンブロアはその名前に反応されるとは思わなかったのか視線を彷徨わせる。

 

「私は悪くない…あの判断できっと正しかったのだ。クルスは、クルスは…」

 

 リンブロアは唐突に挙動不審になり、首を横に振りながら声を震わせる。セテオスはそんな騎士団長の様子を見て引き止めるように腕を掴んだ。

 

「こっちの目を見てくださいっす!!あんた、あんたクルスさんの事、知って……っ」

「知っているさ!知らないはずがない!クルスは私の息子だった!!!」

 

「騎士団長の、息子、クルス、さん」

 

 セテオスは目を見開いてリンブロアを見つめる。話したくはなかったと言わんばかりにリンブロアから溜め息が漏れた。

 

「何故貴様こそ知っているのだ。騎士団の中では恥とされ、忌避されたその存在を」

「…あんたの息子に、少し世話んなった事があるだけっす。報告は以上っす。では、オレは」

 

 セテオスはそのまま去って行く。この会話を聞いていた騎士がいない訳では無い。しかし、なるべく触れないよう、無視して通り過ぎて行った。

 

 クルス・ドーネ。今となっては騎士団でその話をする事は避けられていた。

 彼は昔、ある作戦に参加した際作戦から途中で逃げ出し、逃げた先で無様に死んだとされている。

 

 騎士団の恥。親の七光り。

 

 彼の死後にリンブロアが下した判断は、彼に汚名を着せる事。だからリンブロアはルンが騎士になる事に好感を示さなかった。

 

(あの子は兄の事を忘れる程にクルスの死と汚名を着せられた事実に悲しんだ。私は親としては最低なのだ。……最低、なのだ)

 

 一人黄昏れるリンブロアを心配そうに見つめる精霊の姿があった事をリンブロアは知らない。

 

(私が悪かった。その事への罰なのだろうか。クルスに助けられたという人間が私の前に現れるとは)

 

*********

 

「兄さんの別荘、とうちゃーく!」

「勝手にあがって。こっちが居間」

 

 フェルマとトロニアに連れられ、ロスト達はタール家の別荘に辿り着いた。

 元々、7年前の事件について調べる筈だったロスト達は、有数の技術者であるフェルマならクローン技術について知っているのではないかと思った。

 

「まあ、昔の研究資料とかは流石にエッティスにある本家に行かないと無いんだけどねー」

 

 しかしその考えは打ち砕かれるようだった。フェルマは跡取り候補には上がっているが六男という立場である。

 寧ろ何故跡取り候補に上がっているのかが不思議である。

 

「フェルマ様は何故、跡取り候補に上がっているのですか?普通ならば長男から優先されていくのでは」

「んーそれはね、今タール家は二派に別れてるからだよ」

 

 二派?とその場の誰もが思ったようで、トロニアが詳しい説明を入れる。

 

「タール家は長男であるウェルア兄、3男のヴェレス兄、4男のヘレス兄の現王派と、次男のデラード兄、俺、フェルマ、そして妹のオルガニアの現妃派に別れてるんだ。姉のエリッサ姉もいるけどエリッサ姉は我関せずでフェアロにいる」

「成程ね。エレッタの中でも分裂状態にあると」

「そういう事だな。現王派の候補者がウェルア兄、現妃派の候補者がフェルマなんだ。両親はどちらも現妃側だな。王と妃の間で意見が分かれてしまってるんだ。王がフェアロに戦争を仕掛ける準備をしているとの噂だ」

 

 ユアが思ったよりも、エレッタの内情は複雑だった。

 王と妃の間で意見が分離し、王につく派閥と妃につく派閥とに国民達も分かれてしまっている。王はフェアロやスレディアを敵視し、攻め入ろうと準備をしている。まるで100年前の繰り返しと言わんばかりだそうだ。

 歴史書にも100年前の戦争はエレッタが発端だったとも書かれている。エレッタはこの100年フェアロからもスレディアからも冷たい目で見られていたのだ。

 妃はフェアロやスレディアとは協力関係を保ち、攻め入るなどと野蛮な事は考えるなと王を止める意見を持っている。フェルマ達はこれに賛同し、王を止める手段を考えていた。

 

「あとねえ、兄さん聞いたんだけどさー。最近王様に近付く変な奴がいるんだって。なんでも、そいつが王様を裏で操ってるとか」

「その話、もっと詳しく知らないの」

 

 ユアの眼光が鋭くなる。フェルマも深くは知らないが、100年前の英雄、ユアともなればこの状況に覚えがあるはずだと睨んだ。

 

「おねーさんこそ知ってるんじゃない?そいつの事」

「今の話で断定は出来ないわ。そもそも彼は私が100年前に殺したのだもの」

「ユアさん、やっぱりエレッタの中心部に行かないとなんじゃ…」

 

 ララが遠慮がちに意見を出した。

 目的地となっているエッティスはエレッタの首都である。そこへ向かえばエレッタの王城もある。タールの本家もここにある事から、ロストの知りたい事もきっとあるだろう。

 

「そうね。早いところエッティスへ向かった方が早いわ、これは」

「じゃあ兄さんもついていこうか?兄さん、こう見えても砂漠越えは得意なんだ」

 

 フェルマからの意外な提案にメテオスは「い、いいんですか!?」と声を震わせた。恐らく感激のあまりなのだろう。

 

「いやー兄さんもちょうどエッティスに向かおうと思っててねー。という事で、トロニア兄さん、妹ちゃんのことよろしくっ」

「お前がいつも突然なのは昔からだよなあ…… 行ってこいよ。オルガニアも俺が見ておく。お前が遠くにどんどん行くようで兄は寂しいよ」

 

 呆れ顔をしながらも、寂しそうに笑うトロニアにフェルマは頬をつねった。

 

「痛っ!?」

「兄さんはタール家の六男で、トロニア兄さんの弟だよ。どんなに遠くに行ってもさ」

「そうか、そうだな」

「砂漠越えは兄さんが一番慣れてる。この港町から北西へ進んでいくと草原から砂漠に変わっていく地帯がある。砂漠の中に一つ村があるからそこを休憩地にして、エッティスに向かう……って事だけどいいかな?ユアお姉さん」

 

 ここは一番の経験者に任せるしかないとユアは静かに頷く。

 メテオスは憧れの人と旅ができるという事実に悶え、嬉しさのあまり震えていた。

 

「ねえ、メテオス本当に大丈夫なの?」

「…そうですね…」

 

(そのような事よりも、(わたくし)はロスト様の方が気になって仕方がありません。ですが、この事をソル様にお話する訳にもいきませんし)

 

「うう〜」

「ユキノも何かあるの!?」

 

 ソルは様子のおかしくなったユキノに慌てるも、メテオスの方が大惨事な為にどちらを心配すればいいの分からなくなってしまっている。

 

「メテオス君もユキノちゃんも落ち着こう!落ち着かないと砂漠越え多分できないよ」

「早いところ出発をするか」

「まあ、ここで一泊して行きな。その方が君らも安心だろう?兄さんがその内に砂漠越えの準備をしておくさ」

「何から何までよく初対面の私達に色々としてくれるわね」

 

 フェルマがあまりにも全面的な協力体制なので、ルンが現在緊張が走っている国同士なのにと疑問を持った。

 しかしその問にフェルマは当然だとでも言うように…。

 

「だって兄さんと君らはもう仲間。兄さんは少なくともそう思ってる。それにフェアロの民もスレディアの民も本来同志。マクスウェルっていう大精霊さんがそう言ったとされる伝承も残ってるからねー。この伝承についても後で本家で見せる」

 

 ルンはきょとんとしてしまった。

 まさか彼が大精霊の伝承を信じるような信心深い者だとは思わなかったのだ。軽薄そうに見える雰囲気とは違い、本心はそのように生真面目なのだろうかとルンは思う。

 

「まあ、結局は兄さんが君らを理由もなく信じれるからだよ。さあさあ船旅で疲れてるだろう?浴室も貸し出すし、今夜は豪華にしとくからさ!ほらほら疲れを癒そうではないか!」

 

 と、フェルマは押し付けるようにロスト達を男女別々の浴室へと向かわせた。ついでのようにトロニアも浴室に向かわせ、居間で一人残ったフェルマは伸びをする。

 

「あっ、兄さんもシャワー浴びないとじゃん。…しっかし兄さん、どうして彼らを信じれたんだろうなあ。ユア姉さんを見た時から、何かが引っかかるような…まいっか」

 

 水浸しになった後、服すら取り替えていないことに気付いたフェルマは、塩臭い服を選択籠に放り込み、ロスト達のいる浴室へと突撃して行った。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター32:背けたい、今だけは

 男性陣の脱衣所で、ソルは両腕に着けている長手袋を外そうとして固まっていた。

 別荘とは言えエレッタの名門の家だからか浴室はしっかりしており脱衣所も広い。シャワー以外にも浴槽が付いているようで勝手に入っていいとフェルマとトロニアに言われていた。現に今ロスト達は既にシャワーを浴びており、ソルがまだ脱衣所に居ることには気付いていない。

 長手袋の上から触れても、ソルには分かってしまう手の甲にある皮膚とは明らかに違う感触。ソルは覚えてる最初の記憶からずっとそれを感じてはいたが、これに関してはララにも隠し通していた。

 震える手を抑えながら恐る恐る長手袋を外すと、その下から覗いたのは真っ黒な魔輝石。

 

「あれー?少年、まだ着替えてたのかい?」

「っ!?」

 

 ソルは慌てて魔輝石の付いている右の手の甲を隠した。フェルマがシャワーを浴びに来たのだ。フェルマはソルに対し、何故か興味津々と言ったふうにじっとソルを見つめている。

 

「何か、用でもあるの」

 

 沈黙に耐え切れずついソルの方からフェルマに話しかけてしまう。正直ソルにとってはフェルマのようなお調子者に見せかけた賢い人間は苦手だ。隠したい事に限って核心を突かれてしまう。

 

「いんや?別に。でも君、明らかに魔輝が不安定だなーって」

「何、言ってるの」

「君、クローン実験の被害者、なんじゃないかい?」

 

 ソルはフェルマの言うことが分からなかった。

 魔輝がマナを生み出すための大切な力であって、ソル自身とララ、ロストはそれが不安定な事は理解している。

 しかし、フェルマには過去の誘拐事件の事や記憶喪失については話していない。何故それを、と取れてしまう反応をしてしまった事をソルは少々悔いた。

 まだ出会って間もない人間にあまり事情を悟られるのはどのような反応を返されるのか怖くてソルはそれを避けようとしていたのだ。

 

「クローン技術自体は、スモラ・タールの生み出した禁忌の技術。兄さんは無関係とは言えないよ。だから君らに協力する」

「…そう」

「早くシャワー浴びな。そんな格好だと、この辺りは熱い地域だとしても風邪を引いてしまう」

 

 ソルはひとまずは彼を信じてみようと思い、頷いてシャワーを浴びに行った。

 

 右の手の甲を見られないよう、隠しながら。

 

 

 

 その日は皆疲れていたからか、ぐっすりと眠ってしまっていた。

 フェルマは遅くまで起きようと思っていたがトロニアに「明日、行くんなら早めに寝なよ」とベッドに放り込まれてしまう。少し拗ねた振りしてみたがトロニアには全く通じない。

 どうせ砂漠越えの準備だろう、とトロニアに言われてフェルマは「なんだ、トロニア兄さんにはバレてたかあ」と笑う。

 それから少し時間が過ぎてトロニアがふとフェルマを見ると、彼は既に眠っていた。

 

 更に時間が過ぎた夜中、ふと目が覚めてしまったソルはこっそりと別荘の外へと出た。真っ暗で昼の暖かさは見られないほどに寒い。

 何故外に出ようと思ったのか、恐らくソルとしては多少の好奇心だったのだろう。何せ生まれてから彼は村の外に出た事がないのだから。

 

 周囲を見渡そうにも月の灯りだけでは充分な光源は得られない。特に何を探そうという目的もソルには無かったが。

 

「おっ、丁度いいところにいるじゃねえか」

「誰……!」

 

 声のした先を振り返る。暗いながらにもソルにははっきりと見えた。そう、そこにはララと同じ漆黒の髪を持つ、ララと同じ顔をした人物がいた。

 

「R・B00だ。お前はファーストナンバーだろ?」

 

 それは、ララよりも凶悪な表情を映し、ララよりも深い青の瞳を持つ。以前ララが『リアン』と呼んだ存在だ。とは言っても、ソルは彼に会った事はない。しかしソルには彼が何者なのか、すぐに分かってしまう。

 

「ふぁーすとなんばー?何それ、僕にはルシオン・オンリンって言う名前があるんだけど」

「ふうん?何だ、知らねえとでも言うつもりか?ああ?」

 

 リアンはソルの胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。ララのクローン、リアン。その実態はララから切り離された魔輝そのもの。

 そしてソルは察していた。

 

「てめえも俺達と『同じ』だろ、ファーストナンバー」

「…」

「知ってるんだろ。というか、気付いてんだろ。お前も、俺と同じで普通の人間ではない事くらい」

 

 ソルは明確に気付きたくはなかった。

 ずっと、ララの双子の弟である事を信じて疑わなかった。

 村の人々だって、ララと同じように自分を『ルシオン・オンリン』だと認めてくれた。人として扱ってくれた。ただそれだけで充分だった。

 

「お前はお前である限り、オリジナルを傷つけ続けるしあのお方の命令には逆らえない」

「そうだよ。だから僕は1度ララの元から逃げた。でも、逃げ切れるわけないんだよ。僕は僕、ルシオン・オンリンなんだ」

 

 ソルが1度ララから逃げた理由。

 

 それは紛れもなく自分がララのクローン体である事を知ってしまったからだった。

 

 自分もララから削り出した魔輝の破片の1つ。だからこのままではララの存在を脅かすだけの異物となってしまう。

 ララの力の一部を奪ってしまっているのは他でもないソル自身なのだから。

 

「ならいっそのこと、俺達の所へ来いよ。ファーストナンバー」

「嫌だ」

「なんだ。お前オリジナルの側に居るつもりか?」

 

 リアンの誘いにソルは頷く事は無い。それが面白くなかったのかリアンは舌打ちをする

 ソルにとっては自分がクローンであるという事よりもララの弟であることが大切なのだとそう確信したかった。

 

(前に、ルンに言われた通りだ。僕は正真正銘ララの重荷になっている。僕は、ララの側に居るべきではないのかもしれない)

 

 だが実際は、少し揺れ動きかけていた。

 このままララ達の敵に回ってしまってからララ達にわざと殺されてしまうのもありかもしれないと。ララの重荷になってしまうのであればいつそのこと嫌われた方がマシだ。

 

『やめてよね。ソルお兄ちゃんを誑かそうとするの』

「誰だっ」

 

 闇の中からリアンとソルを引き剥がすように少女、リズナが現れる。

 突然現れたリズナにリアンは睨みをきかせるとすぐにリズナが精霊であることに気付いたらしく、舌打ちをする。

 

「ちっ、大精霊サマがついてるってか」

『…貴方も、こっちに来ればいい話なんだよ』

「やめたやめた。俺は大精霊サマとは事を起こしたくねぇ」

 

 そうしてリアンは悪態をついたまま夜の街の中、どこかへ去って行った。それを見ていたリズナは深追いする目的はなく、俯いているソルの様子を心配して覗き込む。

 

『大丈夫?ソルお兄ちゃん』

「…リズナ、来なくても…よかった、のに」

 

 リズナには、ソルの顔はとても青ざめたように見えた。ソル自身自覚はしていないだろう。

 幼い精神を持つ彼に、先程の出来事をしっかり受け止める程の強さは無いだろうとリズナは思っていた。

 

『あの子、ララお姉ちゃんの一部なんだよね?』

「うん。そして、僕も僕個人としては、本来、存在できない」

『…じゃあ、リズが実質の契約者であるララお姉ちゃんから少し離れているここに来れたのも、分かる?』

「うん。僕がララの一部で、僕はララの闇属性のマナの塊だから」

 

 ソルという存在があるから、ララは本来闇属性の素養も持っていたと確信できる。リズナは二種類のマナ属性を持つ人間は珍しいと当然知っていたし、ララ程の魔輝の量を保有する人間もそうそういない。

 

『そっか…ここに、いたんだ。シルクお兄ちゃん』

「誰?」

『秘密だよ。さあ、早く皆の所に戻らなきゃ。ソルお兄ちゃん……おやすみ』

 

 リズナに言われて現在時刻が深夜である事を思い出し、別荘へと戻ろうとして、ふとリズナはどうするのかと聞こうとしたがその時には闇の中へその姿は消えていた。闇の精霊であるからか、ソルの母体であるララと契約しているからか。

 リズナだから気にしなくてもいいか、とソルは気付かれないようにこっそり別荘へ戻って来た。

 それから1人、リアンの言葉が頭から離れないままに自分に割り当てられた部屋へ戻りベッドに潜り込む。

 

 

 

 

 ソルから離れたリアンは転移術式の中から現れたフードを被った人物とレティウス、ロストに似た青年を見つける。

 フードを被った人物の顔は見えないが、それが誰かはリアンは既に知っている。と言うより、彼こそがリアンが支持している人物だ。

 

「てめぇらまでここに来なくても良かったんじゃないか?デイヌさんに、アンリ王子のクローンの03さんよぉ」

 

 レティウスが来る事は予想していたが、03と呼ばれたロストのクローンとデイヌと呼ばれたフードを被った人物が来るのは予想外だったようだ。

 不機嫌そうにリアンが口を尖らせて言うと、デイヌは「心外だなー」と拗ねたように言った。

 

「何も俺までもが動いてはいけないということは無いだろう?」

 

 デイヌはクローン達を動かしている諸悪の根源。

 その首領が直々にただの一兵であるリアンを迎えに来たのだ。充分に文句はあるとリアンは言いたげだ。だがリアンはデイヌに従っている、と言うにはフランクすぎる。

 

「てめぇはこっち側の大将だ。俺達を駒使いしときゃいいんだよ」

「それは我からも忠告しておくぞ、仮同胞デイヌよ」

 

 ロストのクローン、03は高慢な態度でデイヌを睨みつける。どうやら彼は明らかにデイヌに従っているという体ではないようだ。

 ロストと同じ茶髪に緑の瞳だがその瞳はロストよりも鋭く、髪は腰辺りまで伸ばしてある。今のロストよりも少し大人にしたような風貌にも見える。

 

「俺の事、心配してくれてんの?わあ俺うれしー」

「…我がクローンと言う存在でなければ貴様をとっくに消していた」

「しっかしいつ見ても違和感しかねえな。てめぇ本当にあのロストの一部なのか?」

 

 リアンが見た事あるロストとはあまり似つかない言動をする03をまじまじと見つめる。

 03の存在があったからリアンはロストがフェアロの王子である事は知っていた。それにしても記憶が無いとはいえこんなにも違うのかと首を傾げる。

 

「我は如何にもロステリディア・アンリ・フェアロの一部だ。一刻も早く我は元に戻りたい。その為にも早く我を母体の元へと行かせてくれないものか……」

「そんな事したら面白くないし、何のために魔輝ごと記憶を抜いたのか分からなくなっちゃうじゃないか。にーさんそう言うのはやだなあ。あと、ナンバーゼロ、君が言える?キャラが違いすぎるって」

 

 軽薄な口調のデイヌにリアンは舌打ちをする。

 03はあまりデイヌと共に居るのは気分が良くないらしく「我は早急に拠点へ戻りたい。母体の元へ還れぬのであればな」とデイヌから目を背けた。

 レティウスは何も喋らず、デイヌの横に控えたままでいる。

 

「レティウスー君、つまんないね。何番目?」

「3番目でぇす」

「何で喋んないのさ」

「必要ないからぁ、でぇす」

「ま、いいけど。ていうか、俺達は君の単独行動を叱りに来たんだよ」

「てめぇはそこのレティウスでもいじっときゃいいだろ!?」

 

 本題に入るデイヌにリアンは声を上げる。

 デイヌが何故わざわざ出向いて来たのか。それはリアンの勝手な単独行動が原因だったようだ。

 

「俺はファーストナンバーを連れ戻そうとしただけだ。だがあいつ既に大精霊との契約を結んでやがる」

「あやつを連れ戻す必要が何処にある。クローンはいずれ母体へ還るもの。我は気にせぬぞ」

「てめぇには聞いてねえんだよっつかほんっと気持ち悪いな!」

「我に言われても知らぬがの」

 

 彼と話しているだけではこちらが疲れるだけだ。そう察したリアンはデイヌに「じゃあ早く帰らせてくれ」と急かす。

 デイヌはまだここに居たかったのか少々渋るが早く帰りたいと03がぼやき、レティウスに「帰った方がァいいんじゃぁないかぃ?」と囁かれ仕方がない、と小声で呟き転移術式で4人の姿は消えた。

 

(さて、我はどうして母体の元へ還ろう。我がこの記憶を有しているという事は母体にはこの記憶は残っていない。空っぽなのか。本当の我は)

 

 

 

 

「…今、誰かが、俺を呼んだのか?」

 

 まだ早い朝日が昇る直前、ふと目の覚めたロストは寝惚け眼で窓を覗いていた。

 特に何を感じ取った訳でもない。彼にとってはただの何となくだ。

 自身に体力が少ないせいでこれから砂漠越えをしなければならないとなると気が滅入ってしまうロストは、未だ自分のクローンに出会わないなと砂漠越えには関係の無い事を考えていた。

 

(レイナはそうなんだろうが、それにしたってここまでに一度も出会わないのは少しおかしくないか?)

 

 この国に敵の本拠地があるのだろう、だがクローンを作った人物は何がしたいのだろうか。

 世界を壊すつもりなのだろうか。

 

 考えれば考える程自分の中にある記憶の穴が目立ってしまう。ララも同じ気分なのかと思えば少し軽くなる気もするが、如何せんララはロストよりも楽観的だ。

 あまり、参考にはならないとロストはため息をついた。

 

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター33:砂漠の脅威

 朝になり、ロストは宿泊していた部屋を出て昨日皆が集まっていた部屋へとやって来た。

 まだフェルマしか来ていなかったのかマフラーを巻いたフェルマがにかっとした笑顔でロストを出迎える。

 

「ああロスト青年、起きたんだね。君が兄さんを除いて一番乗りだよん」

「…他の奴らは、まだなのか」

 

 ロストが部屋の窓から外を見やると、登りきっていない光が薄く町に差し込んでいる。人の営みはこの様に早い時刻から始まる。

 フェルマは他のメンバーが来るまでに荷物を再確認しようと、リュックの中身を漁っていた。

 

「そう言えば、あんたのお兄さんはどうしたんだ」

 

 この広い部屋には未だロストとフェルマの二人きりで、昨日フェルマと並んでいた青年がいないことに気付いたロストは首を傾げながらフェルマに尋ねた。

 昨日の様子からして兄弟仲は相当良いものだと、双子の妹がいたロストは察している。

 

「んー?ああトロニア兄さんの事?こっちには関わんなくていいよーって言っておいたから。今日は部屋で実験をして出てこないと思うよん」

 

 ロストは知らないが、タール家の人間というものは根本から実験というものが好きだ。フェルマは機械技術に特化している。しかしトロニアはそれに及ばずとも高度な機械技術を考案していた。

 本日、トロニアは急に閃いた機械の設計を書き上げるべく、部屋に篭ってしまっている。だから見送りには来ないとフェルマは笑う。

 

「髪の毛が決まらないーっ!!!」

 

 そんな中突然叫び声が聞こえた。フェルマは一瞬驚いたようだがロストは最早慣れたと言わんばかりにため息をつく。

 そしてドタドタと音が聞こえた直後にララがルンを引きずって部屋に入って来た。

 

「おはようロスト君!……にフェルマ君!」

「ああああもうまだ髪の毛整ってないのにぃ!ララは急ぎすぎっ!」

 

 ルンの髪の毛が乱れているのは一目瞭然。元々癖のつきやすい髪質で、朝から髪の毛を整える為に奮闘しているのは野宿の時でもあった事らしい。

 それに続くようにユア、ユキノが入室したが、メテオスとソルがまだ起きてくる気配がない。心配したロストが様子を見に行こうと扉を開けると、廊下の方からズルズルと何かを引きずるような音と小さな呻き声が聞こえる。

 

「…何してんだ、お前」

 

 それは寝ぼけ眼のソルを引きずりながら歩いてくるメテオスの奮闘の音だった。

 メテオス曰く、夜遅くまで起きてしまっていたせいで朝にきちんと起床する事が出来なかったらしい。心なしか顔色が悪い様に思えたがそれも寝不足のせいだろう。とユアは考え込む。

 

「これから砂漠越えをしなければならないから、あまり身体的に万全でないのは…」

「なら、兄さんが背負ってこうか?兄さんこう見えて力持ちだよん!」

 

 フェルマが「カモン!」と両手を広げてソルに迫る。やんわりと断りたいソル。しかし巫山戯ている様なフェルマの瞳は笑っていない。

 砂漠越えを経験しているせいかソルの状態では満足に砂漠越えが出来ないとフェルマの瞳は語っている。

 

「おね、がい…します」

「うんうん、いい子でよろしいソル少年!」

 

 ソルは素直にフェルマの背中に倒れ込んだ。本当に寝ていないの、とララが苦笑いした。昨夜…早朝に近いが…リズナに動きがあった事はララも感じている。

 ソルが寝不足かもしれない、と今朝心配されるだろうと思ったリズナがララに昨夜あった事をソルがクローンであるという話題には触れずに伝えていたのだ。

 

(リアンは一体、ソルに何をしようとしたんだろう…ソルがクローンなんて事は無いだろうし…きっと、そうだよね?)

 

 全員が揃ったところで、フェルマは荷物を持って「よし、行くぞー!」と笑う。ソルを抱えて更に荷物を持っているフェルマの表情に苦しさどころが気楽さしか見えない。

 初めてまともに頼りがいのある男性が仲間になったのではないかとユアはロスト、メテオス、ソルを見ながら一人頷いた。

 

「ここから一旦オアシスのある集落で休憩を取って、この国の中心であるエッティスに行こうと思う。砂漠は結構広いからねー気をつけるんだよん」

「オアシス?ここの砂漠にオアシスなんてあったのね」

「まあ、そうは言ってもここ数年水不足気味なんだけどねー。ウンディーネが消えた影響が出てるって話」

 

 ソルを背におぶったまま、先頭を歩いて街を出るフェルマ。

 ウンディーネが世界から消えた、という事はロストは知っていた。しかし今の世界はどうやって維持されているのだろうか。水不足が起こる事は想像に容易いが、急に世界中か水が無くなるという事はなかった。

 

「それなら、何故極端な影響が出ないんだ?」

『それはボクが説明しよう!』

 

 暖かい、というより熱いと言った方が正しい砂漠という気候の中で元気な様子のチャールがララの肩からロストの頭に飛び乗って来て答えた。

 その頃ルンは暑さに既に倦怠感を示しているがユアはあっさりとした様子である。メテオスは口に砂が入らないようにと口にスカーフを巻いている。

 

『ウンディーネが消えたのは5年前って話だったよな。この5年の間、このメモルイアの水のマナを調整していたのは水の微精霊達なんだ』

「流石一応精霊のチャール君、詳しいねえ」

 

 フェルマがそう言ってチャールの頭を撫でようとするとロストの首あたりに逃げ、ロストが小さく「ぐえっ」と呻き声をあげた。

 

「精霊!?チャールって精霊だったの!?」

『ま、まあ…そうなる、な』

「ララはこれまで犬のようなものだか狐のようなものだかしか言ってなかったな、そういや」

 

 そもそも精霊というのは生物そのものがマナとなっていて、人間やエルフとも違う、世界の管理者である。

 リズナの様に人の姿をとる者もいるが、実際は人前に精霊が現れることは殆どない。だからこそララは気付いていなかったようだ。

 

『それにしてもよく気付いたな、ボクが精霊だって』

「まーお兄さん、マナの研究もしたりしてるからね。それに?なんたって天才お兄さんだし」

 

 えっへん、とフェルマは胸を張った。背負われているソルが「ふぐっ」と声をあげたが突然揺れて吃驚しただけなのだろう。

 

『まあとにかく、ここ数年で微精霊の力だけじゃ世界を管理しきれなくなってるな。そろそろガタが来る』

「時期の水の大精霊は、何故未だ力の継承が成されていないのですか?」

 

 我ながら白々しい、とユキノは心の中で自虐した。ウンディーネの候補は目の前にいるロストである事をユキノは知っている。しかし今はまだそれを伝えるわけにはいかない。

 本当は口を挟むべきではなかったとユキノは後悔した。

 

「そうねえ、ユキノ。大精霊の器に足る魔輝人がいない、若しくは万全な状態ではないからじゃないかしら」

 

 ユアが答えてくれた事にユキノは少し安心した。隠し事をするにはユキノは性格が合わないとユアは分かっていたものの、リズナが彼女にロストの事を明かしてしまったのだから仕方ないとこめかみを押さえる。

 

「やはり、殿下の事が手がかりになるのですね」

「ディアロット殿下の事?それともその御子息の事かしら」

「両方です…ディアロット殿下は既に亡くなられていると騎士団長は仰っていましたが」

 

 現在騎士団の中で最優先項目とされているとも言われる王の子とその孫の件。

 その話題が出た途端にチャールはロストの頭に乗ってそっぽを向いた。毎回騎士団やフェアロ王族の話になると挙動のおかしくなるチャールにロストは疑心を感じてしまった。

 

(チャールは、絶対俺達に何かを隠してる)

 

 その話題からルンとユアはすっかり任務について話し始めてしまい、ユキノやメテオスは体力が不安な状態になってきていた。

 ロストもあまり会話をしながら歩く気分ではなく、隣で元気にチャールと会話しているララにロストの男としての尊厳の為どこがとは言わないが「負けた」と感じてしまっている。

 

 オアシスなど見えはしない。

 

 どれだけ歩こうが砂漠は砂漠。仙人掌があちこちに生えていたり岩が見えたりする以外には代わり映えはない。代わり映えのない風景を歩き続ける事は精神面に悪影響を及ぼす。現にユキノの顔が青白くなってきていた。フェルマはそれを見かねて一時休憩を取ろうと提案する。流石にオアシスにまだ辿り着いていないとはいえここで倒れる訳にもいかない。

 「持ってきていてよかった」とフェルマが荷物の中から簡易テントを取り出す。砂漠の中なのでモンスターが出てくる恐れもあるからとユキノやソル、消耗していたメテオス、ロスト、をテントの中に突っ込み、残りのフェルマ達は外を警戒していた。

 

「いやあ、ララお嬢さんが残ってくれて嬉しいけど、本当に休まなくてよかったのかい?」

「私は、私に出来ることをしたいし。ロスト君、最近どこかおかしいんだよね…」

 

 スピアロッドを取り出しながらララは軽く振り回す。ロストが自己について悩んでいる事をララはずっと気にしていた。自分の事が一切分からないから後回しにしているせいでロストに関する事が気になって仕方ない状態になっているとも言える。

 

「ふーん。兄さん君達の事はよくわからないけど……ん」

「えっ」

 

 フェルマは突然ララを背に隠して自らの武器である弓を射る。矢が飛んだ先にはサラマンダーと呼ばれる蜥蜴のようなモンスターが居た。砂漠地帯に存在するモンスターで、ララは当然見た事が無い。

 

「っスペクタクルズ!」

「あれは石化攻撃をしてくるちょいと厄介なモンスターでね…ルン少女に前衛を任せる事になるけど」

 

 ララが急いでアイテムの中からスペクタクルズを探し出す。これさえ使えば敵の属性が分かる。それさえ分かれば弱体属性攻撃で叩くのみ。弱体属性攻撃を持っていなければ物理が全てを語る。

 

 敵が来た事に気付いたユアとルンも参戦し、フェルマはララの肩にいたチャールにテントの中にいる者達は警戒しつつ中で休むようにと伝えていた。

 

「石化攻撃ぃ!?」

「うん、だからルンちゃん、出来るだけ避けてね」

「そんなの……っ!尻尾の針がそれなんでしょ!前から叩けば…孤月閃!」

 

 月の弧を描くように繰り出された閃撃でサラマンダーは一瞬怯むもルンに迫っていこうとする。まだ致命傷には至らないようだ。

 

「他にも来てるわ、注意しなさい」

「分かってますよ、ユアさん!」

 

「…敵が多いなあ」

 

 そうこうしている内にもサラマンダーがわらわらと湧いて出てくる。どこから出て来ているのかは考えたくもない。正直数も数えたくないとルンは唇を噛み締める。

 

「っ!!!」

「ルン少女っ!とと…兄さんも危機ってやつ?」

 

 思考を巡らしていた隙に、ルンにサラマンダーの針が襲い掛かる。石化がルンに掛かっていか。針の刺さった部位から肌が灰色に、固くなっていく。

 自分の体が自分のモノではなくなっていく恐怖がルンを襲う。

 フェルマは敵から距離を取らなければならない武器の為、必死にサラマンダーの群れから逃げている。

 

「ルン!!」

「ユアさんも危ないです!私、どうすれば…」

 

 ユアの周囲にもサラマンダーが溢れてきており、自らも油断出来ない状況へとすり変わっていく。

 

『ララお姉ちゃん。今こそ、リズの力を使って』

 

 ララの頭にリズナの声が響く。大精霊が力を貸してくれる。ララは途端に思考の中がクリアになった感覚がした。

 

「闇の大精霊、シャドウよ。契約者、ラリアン・オンリンの名において召喚する、我が眼前の敵を闇へ葬れ!」

『闇、地獄、深淵…我が契約者に仇名した者よ、飲まれるがいい』

 

 ララの詠唱によって召喚されるは大精霊の一角、黒い巨影のシャドウ。シャドウの作り出すブラックホールはサラマンダーのみを吸い込んでいき、それが無くなった頃にはそこにはただの砂漠しか存在していなかった。

 

「ルンちゃんっ!」

 

 シャドウのブラックホールが無くなった後、ララはルンの元へ駆け出す。そこには完全に石化してしまったルンがいた。

 

「ララ少女、リカバーでならルン少女を助けれる。だから慌てなくていいから」

「そうだった、えっと、えっと」

 

 フェルマに言われるもやはりあたふたしてしまうララ。石化など人生で見るのは初めてなのだから、当然とも言える。

 

「…悪しきものを取り除きたまえ…リカバー!」

 

 ララの詠唱によって発光した後、ルンの石化が解かれる。ルンは脱力してしまい、その場にへたり込む。

 

「あ、ありがとう……」

「私じゃなくて、リズナちゃんに言ってくれると助かるかな。私からもありがとう、リズナちゃん」

『我、契約者の命令に従い顕現したのみ。また我の助けが必要ならば馳せ参じる』

「うん、ありがとう」

 

 シャドウはそう言って姿を消した。

 テントの方は大丈夫かと目を向ければ、慌てて出てこようとしたのか倒れ込んでるソルの姿があった。

 

「そ、ソルー!ルンちゃんも休もっ!」

「え?あ、ええ……」

 

 軽く笑ってララはルンの手を引く。

 ルンの体力もあるので、と少し休めばオアシスはあともう少しだと言うフェルマの言葉を信じ、一行は歩き出した。

 

 

 

 それを影で見ていた者がいる。

 リアンと、03と呼ばれたロストのクローン。ロスト達一行の偵察をしていたのだ。

 

「何故我がこのような事をせねばならぬ」

 

 しかし、03はとても不機嫌そうだった。偵察というものが性にあわないとボヤいている。

 

「俺だっててめぇのような箱入り王子サマと偵察なんかしたくねえよ」

「はあ、ラリアンはあんなに可愛いというのに貴様と来たら」

「はあ?ぶっ殺すぞてめぇ」

「そうすると言うのであれば我は心地よく受けるが」

 

 テンションが狂う。リアンは胃の痛みを感じた。リアンはとことんこの03というクローンが気に食わない。

 王子であるという記憶を奪っているが故の行動はリアンにとって面白くもなんともない。その上空っぽである本体を見ているからか違和感が凄まじい。

 

「しかし、ああやって大精霊の力を見せつけられると少し足がすくみそうになるな」

「貴様にもそのような感覚があったのか」

「あの副団長様とやりあった時も感じた」

 

 リアン曰く「あれに喧嘩を売ろうとしている我らがご主人様は変態か」との事。

 ユア・メウルシーという女性は英雄という肩書きからして一般の騎士とも違う事は明らかである。それだというのに更に大精霊まで彼らにつくとなるとこちらは分が悪すぎないかとリアンは溜息をつく。

 

「貴様のオリジナルの話だろうにやけに他人事だな」

「他人事だ…ラリアン・ブラッティーアなど知らない」

「…ブラッティーア、その姓は我も覚えがある」

「そうだろうよ」

 

 リアンは砂漠にずっといる訳にもいかないと帰ろうとする。03はやはりオリジナルに戻りたいという思いが強いせいか何度も振り返ってしまうが、最後はリアンと共に彼の居城へと帰って行った。

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター34:少年は闇に囚われる

 オアシスが見えてきた。

 

 辺り一面砂ばかりだった視界に鮮やかな水色と緑色が見えてくる。同じ景色ばかりで摩耗していた精神は新しい景色を目にするとこんなにも回復するのかとロストは感動した。

 

「ここが、オアシスなのか」

「だよん。やっと着いたねー」

 

 オアシスのすぐそこには村がある。フェルマからここにも人が住んでおり、宿があったはずだと言われたルンは砂まみれになった服を払いながら安堵した。

 

「それにしても、前来た時よりもオアシスの水が枯れかけてるみたいだなあ」

 

 オアシスの水を見たフェルマは腕組みをしながら口をへの字に曲げる。

 砂漠の中ではここが唯一のオアシスらしく、ここがダメになってしまえば砂漠に住む人々は生きていけなくなってしまう。

 

『やはり、ウンディーネがいなくなったことが原因か?』

「恐らくそうだね、チャール青年。ロスト青年、少しこっち来てみて」

 

 突然呼ばれたロストは「え!?」と困惑するもフェルマに言われるがままオアシスの水に近づいた。

 覗き込むとオアシスの水が少し濁っているように見えた。遠くからは青く綺麗な泉が広がっていたはずなのに近くでじっと見つめてしまえば砂が混じって中にも生き物が一切いないように見える。

 

「これは…っ」

「やはり、水属性のマナ持ちがいると違うのね」

「ロスト君と何か、関係があるの?」

 

 ロストに続いてララも水面を覗き込んで見るが、彼女には異変があるようには見えずそれは他の者も同様であった。

 一行がそうして水を覗き込んでいると、ユアの背に一人の男性が声をかけた。

 

「お前、メウルシーか…?」

「あら?エディルじゃない。貴方、エッティスで余生を暮らすって言ってたんじゃなかったかしら?」

 

 紫色の無造作に伸びた髪の毛を掻きながら「あー…」と青年は気まずそうにしていた。

 ユアと知り合いであるような口ぶりと、ユアが呼んだエディルという名前。彼が何者であるかロスト、ルン、メテオス、ユキノは気付いたようで目を見開いて彼を見つめた。

 ララとソルはぽかんと首を傾げ、チャールは咄嗟にララの首の後ろ側に隠れようとした。チャールは九本もある尻尾がララからはみ出していたが。

 フェルマは彼の事を知っていたようで「会いたかったよん英雄エディル!」と手を差し出して握手を求める。

 

「え、タール?おま、なんでここに…っていうかメウルシー何故お前がここに?」

「話すと長くなるけれど…エレッタの現在の状況、知ってるかしら?」

 

 エディルの方もユアやフェルマと出会う事は予想外だったようで頭を抱える。収拾がつかなくなる前にとユアがエディルにそう切り出した。ユアによると彼は長らくエレッタに住んでいるらしい。

 エディル・ギヌスティア。百年前の戦争を終結させた英雄の一人であり、エルフ。当時の英雄と呼ばれる者達の中で生きているのはもはやユアとエディルのみらしい。

 

「ああ…タール家と王家が分裂、それぞれ内戦状態になっているな。とは言ってもここは人のあまり訪れない砂漠の中だ。俺は逃げてきたんだよ。戦争の種にされる前に」

「貴方ももう、戦争は懲り懲りって顔ね」

「そうに決まってんだろ。つーか、何でお前がここにいるんだタール!あの日突然いなくなりやがって…っ!心配したんだぞ!!」

 

 エディルはフェルマを見つめて胸倉を掴んだ。突然の出来事にフェルマは「え、え、お兄さん怒らせるような事しちゃった??」と困惑している。

 ここに来てやっとロスト達も理解する。エディルとフェルマは初対面であり、誰かとフェルマを見間違えているようだ。それも恐らく相手は推測できる存在。既に名前は何度が出てきている人物だ。

 

「あの…エディル様、その方は確かにタール家の者ですが…スモラ様ではございませんよ…?」

 

 鶴の一声とは、この事を言うのだろうか。控えめではあるもののユキノがエディルに声をかけた。

 ユキノの声にはっとしたエディルは「そうだ、そうだよな…あいつが今も生きているわけがないか…あれから百年だもんな」と呟く。

 どうやらスモラ・タールにそっくりなフェルマを目の前にして取り乱してしまっていたらしい。

 

「んんっすまない。俺の名前はエディル・ギヌスティアだ。この村に移り住んだのはごく最近でな。ここ数年の水のマナの枯渇によって水の質が落ちているみたいでな、それを研究していたんだ」

 

 改めて名乗ったエディルは、ロスト達一行を見渡して最後にロストに視線を向けた。この手の反応には慣れきってしまったのかロストは内心「またか」と視線をそらす。

 

「ふむ…なるほど、あいつの子か。しっかし驚く程にエルフの特徴ないな」

「は、はあ…母さんの事、知ってるんですか」

「まあな。レイシは元気してたか?」

 

 長らく会っていないだろう昔の仲間に思いを馳せるエディルに、ロストは「じいさんは元気でしたよ」と返す。

 

「じいさん、あいつが?百年ってそんなもんかあ…あいつがじいさんなあ」

「えっ」

「百年前は少なくとも若い青年の姿だったのよ。レイシは」

 

 エディルとユアの言葉にロストはついこの間まで会っていたレイシの姿を思い浮かべる。

 ロストの記憶にあるレイシの姿は年老いた男性の姿のみだ。エルフとはいえ百年でそこまで老けるのだろうか。同じエルフだと言うエディルは少なくともフェルマくらいの年齢に見える。

 

「心労でも溜まってたんじゃないのか?お前の母さんはどうしてるんだ、いや…こんな事になっているんだ、良い状況ではないだろうが」

「…母さんは、五年前に亡くなりました」

 

 それまで多少冗談を含んでいたようなエディルの表情が堅くなった。視線をさまよわせ、ララの首の後ろに隠れようとしているチャールを睨む。

 するとエディルは何を考えたのか突然チャールの首根っこを掴み「それは本当か?」と低く冷たい声で問いかけた。

 

「え、エディルさん?どうしてチャールを…」

「エディル、そこまでよ」

 

 エディルの様子が急変した事に戸惑うララが表情を強ばらせる。ユアがエディルの手からチャールを離し、軽くエディルの頭を叩く。

 

「だがこのままでは、あいつがいなくなってはこの世界のマナは乱れる!」

「落ち着きなさい!…ここにいるロストは彼女の正体も、自身の事も、父親の事も覚えていない。あまり勝手な行動はしないで頂戴」

 

 ユアは一喝した後にエディルにしか聞こえない声音で囁いた。

 

 話の流れで部外者となってしまったメテオスとソルは村の様子を覗き見た。

 生活感はあるものの人は多くないようで、最低限の物を常備してあるようだ。昼間のあまりの暑さに子供も外に出ていないような状態である。

 

「あー、暑い」

 

 暑さを一度感じてしまったらメテオスはそう呟かないわけにはいかなかった。釣られるようにソルも「暑い…」と長手袋を外そうとして躊躇う。

 

「…取り乱してしまったな。まずは屋内へ入ろう。ここは日が当たりすぎる」

 

 落ち着いたエディルの一言により、この村にあるエディルの家へ向かう事となった。

 

 村の中は外から見た雰囲気と変わらず、風が吹けば砂が舞って目や口に入ってしまいそうだ。村人という村人はあまり外に出てきていない。

 

「この村は夜に活発になるんだ。モンスターも昼の方が動きが盛んだからな」

「百年前にはあったかしら?ここ」

「なかったんじゃないか?弟が最初砂漠で遭難した人達をオアシスに集めたのが最初らしいし」

 

 ユアとエディルは積もる話があったのか移動中も軽く話をしていた。ロストは先程のエディルのチャールに対する態度が気になったが、あの雰囲気を思い出すとどうも聞き辛くい。

 自らの母が関係すると思えば気になってしまう。ロストはいつか話してくれないか、と溜息をついた。

 

 エディルの家も他の家と同じように飾り気のない四角い家だ。

 水に溶けにくい泥を砂利と混ぜて固めた家だとエディルは説明したがメテオス、ユア、フェルマ以外には何なのか伝わらなかった様子であった。

 

「適当に中に入ってくつろいでくれ。水のマナが少し荒れている上にただでさえ降らない雨が更に降らなくなったからな。最近のここは荒れてるんだ」

「ならロストを使ってもいいんじゃないかしら?」

「は?」

 

 急にユアに話にあげられたロストは床に座ろうとして固まる。

 エディルは勝手に納得したらしく「確かにそうだな、一時的なものだが良くはなるだろう」と頷いた。

 

「本人の意思は無視か」

 

 何となく予測はつく。恐らくロストの水属性のマナを利用しようと言うのだろう。

 

「まあまあ、とりあえずやってみなさい」

「…分かったよ」

 

 渋々ロストはエディルとユアに連れられて家の外へ出て行った。それを見送ったユキノは首を傾げた。

 

「何をなさるおつもりなのでしょう?」

 

 純粋に気になったユキノだったが見に行くのはどうも躊躇うようだった。ルンは先程のユアとエディルのやり取りが引っ掛かったのかエディルに睨まれていたチャールを横目で見る。そしてため息を一つ。

 

「…ユアさんが秘密主義なのは前からよ。この旅について来てからはロストを利用してるの丸見えだし」

「ロスト君を?なんで?」

「考えてみなさいよ。今回この村で以上を示してるのは水属性のマナなのは明らか。ロストはその水属性のマナを持ってるのよ。それも記憶とか諸々を失って不安定なはずなのに潤沢なマナの量を」

 

 ルンは薄々察していた。ロストにはエルフの血族であることを差し引いても明らかに常人とは違うマナを保有していること。更にユアはロストについて何かしら知っているだろうということも。

 

「え、え、え?」

 

 ララはユアのロストに対する様々な言動を思い出してみるもあまり思いあたりはないようだ。「そうじゃなくて」とルンは言おうと思ったが恐らくこれ以上言ってもララには通じないだろうと考え、口をつぐんだ。

 

「要するにルン少女はユア女史がロスト青年の事を知ってて黙ってる。と言いたいのかい?」

「ええ」

 

 フェルマも加わったそのやり取りを見ていて、ユキノは後ろめたさを感じていた。ユキノはロストの事をユアから聞かされているからだ。そして、チャールもまたロストの事を確実に分かっている。

 

(ごめんなさい、(わたくし)には、まだ何も言えません)

 

(ユアのヤツめ、ユキノが困ってるだろうが…まあ、大体は俺のせいでもあるが…)

 

 そうやって時間が過ぎようとしていたが、ソルが立ち上がってここから出ようとし始めた。

 別についてくるな、と言われた訳でもないので見に行くくらいは勝手だろうとチャールは無視しようとしたがメテオスが「おいソル」と呼び止める。

 

「何、メテオス」

「あの雰囲気はついて行っちゃダメだろ」

「何で」

「何でって、明らかに何かやろうとしてたし」

「嫌だ」

「は?」

「嫌ったら嫌だ僕は行く」

「お、おい反抗期かよ!おい!」

 

 上手く説明出来ないでいるメテオスを無視してソルは外へ出る。メテオスはソルの名前を呼びながら共に飛び出した。

 

「ったく何考えてやがんだおいソル!」

「メテオス様…?」

 

 何やら焦った様子で出て行くメテオスに、何かを察知したララがそれを追って外へ出る。

 

「…私も行く。まってメテオス君、ソル!」

『ああもう仕方ねえなボクも行く!』

 

 置いて行かれたユキノとルン、フェルマは何かが起こるのでは、と顔を見合わせてやはり三人も外へと向かった。

 

 

 

 ソルは別に、ロストとユアが何をしようとしていたかが気になったわけではない。

 ロストはもしかしたら将来義兄さんと呼ぶ関係になるだろうなと考えているくらいの存在であり、少々頼りないとも思っている。ただ感じてしまったのだ。自分と同じ何かがここへ来ている事を。

 

「ロスト!」

「ソル?何かあったのか」

 

 ロスト達は村の外側のオアシスにいた。

 まだ彼等は来ていない。ソルは警戒を高めながら得物であるレイピアを抜いた。

 

「クローン、来る…あれを、倒さなきゃ…ララの為に…っ」

「ソル?おい」

「ロスト気をつけなさい!ソルの言う通り、来るわよ!」

 

 ソルが来た時から警戒を最大限に引き上げていたユアは下級の術を展開する。

 エディルは突然の事に慌てるがユアに「村人の安全を確保して!」と言われ村の中へと戻って行く。

 

「ごめん、なさい…邪魔、しちゃって」

「丁度終わったところだから大丈夫よ。…そこね、ファイアボール!」

 

 ユアが火球を飛ばした先にはララと同じ体躯をした少女が立っていた。目を隠しているがララのクローンだとソルは確信した。

 自分と同じだからわかる。ソルは突撃していく。

 

「ソル、前に出すぎるな!」

「そうだよん、紅蓮!」

 

 ロストがソルに声をかけていると、村の方からララ達が走ってきていた。

 遠くからでも攻撃ができるフェルマは弓矢を構えて放つ。炎を纏った矢はクローンの肩を貫き、地面へと縫い付ける。

 

「ソル、また一人で先走りやがって…!」

「私達がいるからもう大丈夫だよ」

 

 メテオスとララはソルの隣に並んだ。二人して怪我がないかソルの様子を見る。

 そして怪我が無いと分かったとメテオスがソルの手を取り村の中へ向かおうとした瞬間、ソルがその手を離した。

 

「…ソル?」

「…めざわり」

 

 ソルが片手に持っていたレイピアをメテオスの腕に刺した。

 隣にいたララは何が起こったのか急に理解が出来ず「え?」と言葉を零す。

 

「そ、る…おい、これは、どう、いう…」

「…デイヌが為、僕は…嫌、どうして…どうして僕は」

 

「ソル…!メテオス!」

「ロスト青年こっちに集中だ!そっちも気になるの分かるけど!」

 

 クローンはフェルマの一撃では倒し切ることが出来ておらず、ソル達の方に介入できないロストは歯軋りをする。

 

「さっさと済ませばいい話でしょ。『その首、貰うわ』」

 

 ララ達と共に辿り着いていたルンが大鎌を携えクローンの首を刈り取り、それと同時にクローンの姿は黒い砂のようなものとなって消えていった。

 

「ルン…」

「クローンはクローンと割り切れば何ともないです。ララ達を」

 

 レイピアで肩を貫かれたメテオスとその隣で固まるララ。ソルは混乱しているようでレイピアを取り落としてしまう。

 するとソルの背後に一人の男が現れる。

 

「いい働きだったよファーストナンバー」

「でい、ぬ、さま…」

 

 フードを深く被った男はフェルマを視界に捉えると舌打ちをする。

 

「まだ生きていたか…。まあ、もうその体はほとんど使い物にならないだろうし脅威にはなりえない、か。ねえメウルシー」

「デイヌ…貴方どうして生きてるのよ…」

 

 フードの男…デイヌにユアは敵対心を剥き出しにする。驚愕も含まれたユアの台詞にララは言葉に出来ない恐怖心を感じた。

 

「ははっ、それは想像におまかせするよ。さてファーストナンバー。俺達の楽園へ帰ろう。ここに君の居場所はない」

 

 デイヌはソルの肩に手を置き、そう語りかける。

 ソルはすっかり震えており、未だ血の流れ続けているメテオスを見て言葉を失くす。それでも何かを絞り出そうとしていた。

 

「でも、僕…」

「君は大切な者を傷つける存在でしかない」

 

 甘い口調で優しく、気味が悪いほどに優しくデイヌはソルに語り掛けた。

 

「違う」

「君はクローンだ。そこの少女の一部から削り取られた」

「何を、言ってるの…ねえ、ソル、どういう事」

 

 ララがやっとの事で口を開くも、頭痛を感じ始めていた。先程倒したクローンのマナがララに戻りつつあるその影響のせいだ。

 

「まあ無駄話はしたくないから…今の所は見逃してあげよう。面白いものも見つける事が出来わけだ」

「待ちなさい、ソルをどうするつもり…!」

「待って、ソル!!」

 

 ユアが引き留めようとするもデイヌはソルを連れて消えてしまう。ララもソルに手を伸ばすが、直前にソルの姿は消えた。

 

「ソル…?また、またいなくなるの?そる…?」

 

 ソルが居た場所に手を伸ばしても、ソルは既にそこにはいない。ララはそう理解していようとも突然の出来事に頭が追いつくことが出来なかった。

 

「ララ、今は落ち着け。今は…落ち着くんだ」

「でもメテオス君、ソルが」

 

 ララが宥めるメテオスに言い返そうとするが、メテオスの辛そうな表情に何も言えなくなった。メテオスはただでさえ怪我をしている。

 ユアはもうここにいても意味が無いと悟り、こう告げた。

 

「…エディルの家に、戻るわよ」

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター35:山積みになる問題

エディルの家へ戻った頃にはララは精神的な疲労のせいか眠ってしまっていた。

ロストはララに何も声をかける事ができず、その上全員黙り込んでしまっている。気まずい空気が流れ込んでいる中、エディルはどうしようかと思っていた。

 

「何が起こったのか、話してくれてもいいだろうに」

 

エディルは怪我人を連れて帰って来たユア達に怪我人をベッドに寝せるよう促したり、家の中で自由にくつろがせた。

短時間で1人がこの場からいなくなったり怪我人が出た事が気になったがそれどころではないユアの雰囲気に気圧されかけた。

 

「貴方が知ったら暴れるわよ」

「何でだ」

「…デイヌが生きていたわ」

 

瞬間、エディルの表情が固まる。そして拳を壁に叩きつけた。ユキノはびっくりして震え上がるが、エディルはそれに気付いていない。

デイヌという人間が生きている事が、それほどエディルにとっては許し難いのだろう。

 

「それは、本当か」

「ええ、恐らく彼がエレッタの王に取り入ったのね」

「ねえねえ、そのデイヌって誰なわけ?それにさっきのソル少年の変貌の仕方が尋常じゃあなかったって…俺は、思うんだけどさ?」

 

フェルマはおちゃらけてもいられなくなったようでユア達にそう切り込む。

ユアにとってもそのデイヌという人物が関わっている時点でこれは皆に伝えておかねばならないだろうと考えたようで「そうね、話しておくわ」と頷いた。

 

「そもそもこれは、100年前に遡る話よ。100年前の三国間で起こった戦争。あれの仕掛け人ってところね。彼がいるならば、クローン技術が使われた事にも合点がいくわ。彼はクローン技術を知っているのだもの」

「…俺やララが巻き込まれた拉致事件ってのも…」

「彼が関わっているわね。きっと」

 

ユアの返答を聞いたロストは「そうか」と頭を抱えた。

ここに来て全ての元凶と鉢合わせる事になるとは思わなかったのだ。こうなればクローン達の親玉もデイヌであるという事なのだから。

 

「彼は100年前もエレッタ王族の側近として潜入して戦争を起こした。その際に奪われた命は数が知れないわ。エレッタ王族は何を学んだのかしら…いや、騙されてるのではなく洗脳されている…?」

「洗脳の可能性は考えられるな。あいつは無属性のマナを持っている。無属性の術には洗脳系のものがあったはずだ」

 

エディルに言われてユアはハッとする。100年前も今も、エレッタ王家はデイヌという1人の人間にいいように使われているのだ。

 

「でも、デイヌって100年前の人間である上に、ユアさん達が…」

「そうよ、ルン。ええ、私達は彼を確実に殺したはず…何故生きているのかしら」

「転生した、とかならありえるか?」

 

エディルの突拍子の無い言葉にルンはそんなわけはないだろうと苦笑いを浮かべるも何か思い当たるものでもあったのかユアは真剣に「ありえるわね」と呟いた。

 

「転生というものは、有り得るのですか?」

「可能性の話だけれど…それ以外に考えられるものがないのよ。スモラならこの辺りを知っていたはずだけれど、結局私達は、彼とデイヌの関係を知る事はなかったし」

「スモラは、あいつの事を大切な弟だと言っていたな」

 

度々出てくるスモラ・タールの話に、フェルマは「それなら」と何かを閃いたかのように手を叩いた。スモラの子孫である彼だから知っている事や思い当たる事もあるのだろうか。

 

「どうせエッティスに向かう予定だったんなら、兄さんの実家に行こう!」

「今タール家は分裂してるのではなかったのか」

 

フェルマの名案、とでも言うような笑顔にロストはそう指摘する。

フェルマの話を聞いていた限りではタール家が分裂している事によりフェルマ達がエルシアにある別荘に住んでいたと思ったからだ。ユアもそう思っていたようで「行けるのかしら?」と尋ねた。

 

「ん?兄さんの実家だから帰れるよん。っていうかお妃様と殿下も保護してるからねえ。対立してる方は王宮にいるよ」

「そういう事だったのか」

「そうそう!」

 

エレッタの妃とその子供を保護しているあたりタール家はやはり影響力が強いのだろうと考えられる。ユアはフェルマが自分達に協力しているのは何か考えあっての事だろうと察した。

 

「ユアさん、なら向こうの王妃様の協力を得られれば…」

「そうね…フェルマ、エレッタの王妃は我々フェアロの者と協力しようとは考えているのかしら?」

「そうだねえ、お妃様にはフェアロの人と接触したら連れて来てーくらいしか聞いてないし…あーでもユア女史がいるなら話は別かもねん」

 

ユアの存在は大きいのだ、とフェルマは言う。

それもそうだ、彼女はエルフでも精霊でもないのに100年前からずっと生きており、戦争を生き抜いて終止符を打った者なのだから。

エディルはその話を聞いて大方理解したようで「なら、俺はツテを使ってスレディアの王族に連絡でもするか」と呟いた。

 

「ああお願いしていいかな?英雄エディル、お兄さんも一応ツテはあるけどリトゥリアは闘技場に入り浸ってるって話だからねえ…」

「お前のツテが気になるんだがそれは…闘技場に入り浸ってる知り合いとかどうやって知り合ったんだよ」

「え?お見合い。リトゥリアはスレディアの第三王女だし」

「え」

 

何気ないフェルマの言葉にエディルは咄嗟にフェルマの目を見た。今、フェルマなスレディア王家にツテがあると言ったのだ。

ユキノも流石に王家の事は知っていたのか目を丸くしていた。スレディア王家についてはこれまで出て来なかった為に余計驚きが勝るのだろう。

 

「出会って確かにそう経っていないけれど、まさかあそこと繋がっていたとは…」

「だからエレッタの王様には狙われちゃうんだよな〜リトゥリア経由にフェアロに応援を呼ばれちゃうとか思われて…でも、直接そっちから来てくれるとは思わなかったからさー」

 

ユアを見るフェルマはニヤリとそう言った。こいつ、利用する気満々だ、とルンは思ったがフェアロとしても悪くない情報なので乗っかるしかない。

ロストにはこれらの事情はよく分からないがとにかくフェルマは引き続き協力してくれるようだと分かるだけで朗報であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽつり、ぽつり。雨がしとしと降っている。

これは、夢だろうか。夢を介して過去の記憶が流れ込んでいるのだろうか。

寝ている間に見る夢は記憶の整理の際に生まれるという。ララ自身はその仕組みを知らないが、恐らくこれは自分の記憶なのだとララは感知した。

視界が狭いが、部屋に2人の人物がいることが分かる。片方の窓際に座る黒髪の女性は顔こそ見えないが、自分の母親だろうか。もう片方はその傍らで、今の自分と同じくらいの年齢をしたセテオスが控えていた。

 

『はあ、憂鬱だわ、こんな時に雨なんて。ねえセティ』

『雨の降る時期に嫁入りすると良い事が起きるっていう言い伝えもあるっすよ。奥様』

『そう、そうなの。…でも雨は嫌いだわ、ジメジメとして、それにあの女を思い出すから嫌だわ』

『――様になんという言い草してるっすか。奥様、これは――の繁栄の為に必要だと、貴女が仰ったじゃないっすか』

 

所々掠れて言葉か聞こえないのはまだ思い出していない部分だろうか。誰かが嫁入りする直前の話かもしれない。この女性の…と言ってしまうと恐らく彼女はララの母親なので自分に記憶として流れ込んでいる事がおかしくなる。彼女の親類が嫁入りするのだろうか。

 

『どうしてこんな田舎に生まれてしまったのかしら。どうせなら王都の貴族になりたかったわ。ああでもあの人に出会えた事は幸せだと思うわ私。あの人ったらデートの約束を取り付けようとしたら里の方が立て込んでるって言って里に帰ってしまったのよ。ああ悲しいわ、あの人に会いたい、もう全てを投げ捨ててしまいたいわ』

『奥様は、相変わらず旦那様のことが好きっすね』

 

語っている彼女はとても幸せそうで少女のようであった。

肝心の自分はどこにいるのかと思ったが、どうやらこの話を扉の向こうから覗いて聞いているようだ。隙間から2人の姿を伺っている。

 

『――、見てたんすか…。奥様、――が奥様に会いに来たっすよ』

『貴方が相手をしなさいセティ、私この子のことはどうでもいいもの』

 

ララに対する女性の態度は、母親と言うには些か嫌悪しているようにも見えた。なればその女性は自分の母親では無いのだろうか?記憶の中にいるセテオスはララの手を握ると『じゃあ、今から殿下に会いに行こうかっす』と部屋を後にした。

去り際に見た女性は、こちらを睨みつけているようにも見えた。表情は依然として確認出来なかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!?そる、ソルはっ!!!」

「ララ、目が覚めたのか…よかった…」

 

突然ララの意識は浮上した。ソルの名前を呼ぶ辺り本気でソルの事が心配なのだろう。

飛び起きたララに気づいたロストは安堵の表情を浮かべる。ララはそれどころではないと言わんばかりにロストを押しやろうとしたが「一旦落ち着いてくれ」と諭された。

 

「…ソルは、デイヌに連れて行かれた。ソルは、クローン、だったんだ…」

「ソルが、クローン…?でも、村のみんなは、そんな」

 

ララは知らなかった。村の皆がソルの事を伏せていた為でもあろう。ソルの異常に幼い言動は、彼が実質的に幼かったからなのだ。

ソルの場合は記憶を失ったのではなく、そもそも記憶がなかったという事。

 

「…ララ、焦る気持ちは分かる。だが、メテオスも怪我を負ってあまり動けな…」

「誰が動けないって?」

 

背後から聞こえた声にロストが振り返ると、ピンピンしたメテオスの姿が目に入る。

先程ソルにつけられた傷などどこにも見当たらないようだった。何故傷を治す事が出来たのか…ロストは以前目にした術に思い当たりがあった。

 

「お前、時属性の術を使ったのか?」

「ああ、あれは傷を無かったことにする術だからな。流石に死んだものを戻す事は出来ないけど、オレ自身の怪我は治せない訳じゃなかったし。だからさっさと行こうぜ」

「お前もせっかちだな…」

「ロスト君には言われたくないかな」

 

メテオスとララにじっと見られてロストは心当たりが無かったのか「は?」と呆れたように返す。

しかし2人に先走られても困るので、それを見ていたユアが「何も情報無しに突撃されても困るわ」と冷静に言った。

 

「私だって弟が誘拐されたとかなったら不安で仕方ないけど、今私達にはあいつらについての情報が無い。フェルマの家に一旦行くしかないわ」

「…うっ。ごめんなさい」

「全く、メテオスも勝手に時属性の術を使わないで言い損ねていたわ。確かに万能な術だけれど、もしマナの生成が遅れていたらどうするの。いざと言う時に使えないわよ。貴方も魔輝が欠けてるのでしょう?」

 

流石に英雄であり戦慣れしているユアに言われてしまっては反論も出来ないララとメテオス。まだまだ子供だとユアはその直後に微笑んだ。

 

「じゃあ村長さんお兄さん達はそろそろ出発するねん」

「…お前がタールの子孫だと言うのであれば、恐らくデイヌとは無関係ではない。それは留意しておけ」

「うん。さてと、あまり長居もできない理由ができちゃったし」

 

フェルマに視線を向けられたロストは荷物を確認しながら頷く。もうここを離れなければならない。次に向かうのはエレッタの王都であるエッティス。

 

「分かっている」

 

ここを出ればエッティスまではあともう少しだとフェルマは言う。

 

「おい、イフリート、それとメウルシー」

 

荷物を整理して次々と出ていく中、エディルはユアと、とある人物に声を投げかける。自分と接点はなかったはずだと彼は訝しげにエディルを見上げる。

 

「マクスウェルのジジイから言伝だ。レムの調教が済んだ。これで少しはあのジジイも動けるようになるだろ」

「あら、いつの間にレムを見つけてたの?光の大精霊は候補がいないって言ってなかったかしら」

 

光の大精霊、レム。初めて出てくる精霊の名だが、その存在はマクスウェルがずっと候補者を探していたもので、未だ空いていた座だ。

ユアは定期的にマクスウェルと連絡をとっていた筈だがどうやらレムに関しては知らされていなかった模様。

 

「俺だって最近知った。とにかく、スレディアにある光の大聖堂が今更本稼働するらしい。あの子を連れて、レムと契約を結んでくれ」

「分かったわ。これで、本当にいないのはウンディーネだけになってしまったわね…ああイフリート、貴方はロスト達と合流してていいわ」

 

エディルの話についてきている様子ではなかったイフリートと呼ばれた存在はそう言われるとすぐにエディルの家を出た。

 

「はあ、彼はまだ目覚めて18年なのだから、マクスウェルのことなんてあんまり知らないのよ。ああ、念の為聞いていいかしら?レムは一体誰なの?」

「ブラッティーアのご婦人だ。お前も知ってるだろう」

「…そう」

 

ブラッティーア。その言葉を聞いたユアは察したように目を伏せた。ブラッティーアはフェアロ・エルス領主の一族で、代々精霊と関連を持つ人物が生まれていた。しかしこの一族は過去の襲撃で滅びており、表向きに生き残りはいないとされている。

 

「彼女も、やはり死んでいたのね」

「あんまりなお転婆娘だったもんだし旦那さん亡くなったことで発狂しかけてたからな。マクスウェルが彼女の人格を【精霊として適応できるように】弄り回した。今の状態だったら、娘さんや息子さんにももう少し愛情を注げただろうに」

 

ブラッティーアの婦人であった彼女の性格は酷いもので、夫を愛するあまりに自身の子を蔑ろにしていたらしい。

ユアは面識のある人間の人格を弄くり回すと簡単に言ってのけたエディルに少し引いたが彼はエルフであって人間ではないのだとため息をついた。

 

「マクスウェルも、酷な事をするのね」

「まあな…そろそろ、行かせた方がいいか」

 

外ではロスト達が待っているだろう。

エディルは餞別にとチャームをユアに手渡した。

 

「俺のお下がりだが無いよりはましだろ、じゃあな」

「ええ、また会う時もお互い元気に」

 

最後に、ユアが扉を開けて出て行った。

エディルは100年前、どうやってデイヌを倒したか、スモラ・タールとはどんな人間だったかを改めて思い返していた。

 

「スモラ…あんまりにも似すぎだろ。本当に本人かと思ったぞ」

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター36:クローン実験の詳細

ロスト達が砂漠を歩いていると、段々と緑が見えて来た。

その更に先へ進んでいくと、緑が見えてくるどころか気候は寒くなり、機械的で無機質な白い壁に囲われた王都へ近づくまでには雪は降っていないもののすっかりフェアロでも感じられないくらいの寒い地域となっていた。

 

「ふぇっくし!さ、さむっ!?同じ国でもこんなに気候が違うってどういう事!?」

「エッティスの近くにはセルシウスのいる氷山があるからね、仕方ないと思うよん」

「エレッタは大精霊の加護が偏ってるの忘れてたわ…」

 

マフラーを巻いてコートを着ているフェルマは寒さへの対策は万全で、短い袖にアームカバーをはめている程度のルンは「分かってたなら教えてよ!」と怒っていた。

ユアも半袖ではあるものの寒さをあまり感じないのかなんともないと言った様子でルンの方を心配する。

 

「よくユアさんは大丈夫ですね…」

「セルシウスの氷山が近辺にあるおかげでこの辺の気候は昔からずっとこうなのよ。100年前の時に慣れたわ」

「慣れたで済むものとは思えないんですが」

 

ロストも決して厚着ではない為に寒さを感じてはいるがルンの方は凍えるほどに寒いようでエッティスに着いたら真っ先に彼女に上着を買わないといけないと感じた。

無機質な白い壁に覆われたエッティスという街はこれまでにロスト達が見た街とは雰囲気が大きく違っている。

壁の外回りには大きな門があり、銃を持った門番が2人立っている。その片方がフェルマを視界に入れると気さくに話しかけてきた。どうやら知り合いのようだ。

 

「おや、貴方はタールさんとこの」

「門番のお兄さん、お妃様との約束通り連れてきたよん」

 

門番の男は大柄で高身長であるフェルマも見上げるほどだった。フォルマは軽く挨拶をするとユアの方を見た。

どうやらこの門番もフェルマの仲間のようだ。

 

「こんにちは、私はフェアロ・ドーネ騎士団所属。副団長のユア・メウルシー」

「私は同じくパーフェクティオ隊隊長、ルン・ドーネです」

 

騎士の2人が門番に礼をすると、門番の方も礼を返した。彼女らの胸元に輝く騎士団の紋章が、2人の身分を鮮明に表している。

 

「我々は貴方がたを歓迎します」

 

フェルマの味方である門番は笑顔で門を開ける。ここにフェルマの味方がいるということはこの門の先一帯は妃派の者達が暮らしているということなのだろう。

 

「じゃ、このままエッティスの中へレッツラゴー!」

「ちょっ落ち着きなさいよフェルマ!」

「お、オレも!」

 

門が開くと同時に掛けていくフェルマとそれを追うルンとメテオス。その光景に呆れつつもユアはロスト達に目配せして門の中へと入っていった。

 

エレッタ中心の街であるエッティスは、雪こそは降っていないが暑いか寒いかに分類すると寒い、と評される街だ。

石で舗装された地面に街のあちらこちらにあるのはフェアロにはない蒸気機関。

港で初めてフェルマに出会った時彼が暴走させていたのは恐らく蒸気機関を利用したものである。

 

「さて、兄さんの実家はこっちの方面だよん。本当は妃様と王子様がいるんだけど…おや?」

 

「お前達のせいでこの国はおかしくなったんだ!!」

 

フェルマが家があるだろう方向に行こうとすると、気になる光景が目に入ったようで立ち止まった。

買い出しをしているだろう少年に、店主が怒鳴り込んでいる様だ。少年は萎縮して「そ、そんなこと言われたって…」と震えている。

 

「あー…またかー…」

 

フェルマはそう呟いて少年の方へ歩いていく。先程までのテンションから一転、不機嫌な様子になったフェルマにユキノは「フェルマ様?」と心配を表した。

 

「おーじさま、何やってるんだい?そこの店主のおにーさんも」

「ふぇ、フェルマッ!?暫く空けるんじゃなかったのっ!?」

「あんたか、タールの6男。まったく、目障りだからエレッタ王族を外に出すなと言ってたろうに」

 

フェルマに声を掛けられると【おーじさま】と呼ばれた少年は更に体を震わせる。フェルマは少年を助けに行ったのでは無いかと思われたがフェルマは少年に対し叱るような雰囲気で話しかけている。

店主の方は少年を睨みつけるようにしていた。

 

「…フェルマ、そいつは誰だ」

「ん?あー彼、この国のおーじさま」

 

ロストに尋ねられて答えたフェルマは少年の首根っこを捕まえてロスト達に見せる。

青みがかった銀髪に深い青色の瞳。あまり健康そうには見えない貧相な少年に見える。

少年はロストを見て固まり、フェルマに「お、おい!」と慌てて叫んでいる。

 

「…王子様、という事はこいつが」

「そそ、俺んちで預かってるエレッタの王族さん。ついでに今のおーさまに反発してるってことで。ほら、挨拶しようか」

 

フェルマに促されるまま少年はロスト達の方を見るも「え、あ、う…」と緊張したように口ごもっていた。

 

「…おれは、エイミール・アレクシス・エレッタ。エレッタの第1王子。だけど…父上の突然の暴虐的な政治に反発して、母上と共に城を追い出された」

 

目に涙をためて震えた声で挨拶をしたエイミールは、そそくさとフェルマの後ろに隠れてしまう。どうやらあまり人と話す事が得意では無いようだ。

 

「よしよし、まあこの事については後でお説教だけど…そこの店主さんさあ」

「な、なんだ」

「この子は何も悪くない。王族の子なんて周囲に利用されて流されて、誰かが救わないといけないなんてことけっこーあるんだよね~。今回の件について掴んだ事もあるからさ、ちょっと黙ろっか」

 

フェルマはあくまで笑顔であったが、店主はその意図を汲み取ったのか怯えたように「だ、だが王族は皆同じだっ!」と叫びながらも体を震わせていた。

 

「さて、青年達ー兄さんの家に帰るよー」

 

フェルマはそれを無視して何も無かったかのようにロスト達に促す。エイミールの手を握ったフェルマは優しくもう片方の手で頭を撫でた。

 

「…フェアロは、ここまで当たりがきつい、なんて事は無かったわよね」

「まあそうね。フェアロの王族は大精霊マクスウェルの子孫なんて言われているし、エレッタは前科があるもの」

 

ルンの素朴な疑問にユアがそう答えた。フェアロ王族とエレッタ王族では大前提が違うだろうとメテオスはため息をついた。

 

「お前騎士の癖にそれも考えらんないのかよ」

「そうかもね」

「…やけに素直だな、今日のルンは」

 

いつもなら怒って言い返すものだと思っていたメテオスは、テンションの低い返しに戸惑いを隠せなかった。

メテオスは何か気の利いた事を言って元気づけようと思ったが直ぐにタール家の屋敷に着いてしまった。

メテオスがルンをフォローしようとしたのはロストから彼女の父…リンブロアの親馬鹿具合を聞いていており、あまり落ち込ませたとなると何されるか分からない。と勝手に怯えての事だったが。

 

タール家の屋敷という物は、流石にエレッタでも有名な家ということもあり豪邸と呼ぶに相応しいものだった。そもそも港にある別荘でロスト達が宿泊出来た時点でお察しである。

 

「ここが…フェルマさんの自宅…っ!」

 

着いてそうそう、メテオスは拝むようにタール家の屋敷を見ていた。忘れられかけていたが彼はフェルマ・タールの大ファンだ。

 

「なあフェルマ、あいつ何」

「人を指さすんじゃないよーおーじさま。彼はお兄さんのファンだって」

「おまえの!?」

 

現在同居しているというエイミールにはフェルマに憧れる部分はあるのかとフェルマを睨んだ。

同居しているとどうやら彼の凄い部分というものは分からなくなるようだ。

 

「ささ、早く中に入って入って」

 

フェルマに促されロスト達は豪邸の中へ入っていく。

ララは未だにそわそわしているが、ソルがいなくなって直後ほどの混乱は見せていないようだ。

 

「さて、まずはお妃様にご挨拶…って思ったけど今寝ちゃってるって連絡入ったから」

 

そう言ってフェルマは応接間に皆を連れて来た後にエイミールに何かしら「おつかい」を頼んでいた。

 

「さて、これから話すのはロスト青年やララ少女に関係ある事なんだけど…分かるよね?」

「クローンの、事でしょ。…ソルは、クローンだって」

「…(これが本当ならば、レイナもやはりクローンという事。だが何故レイナとソルは性別の違うクローンとして生まれているんだ?)」

 

いつもは明るいララも流石に気が滅入っているのかあまりその声に張りがない。ロストは考え込んでしまい頷いただけで他に反応を示さなかった。

 

「その、メテオス様も誘拐に含まれていたのですよね…?あの近辺の子供は皆連れ去られたと聞きますし」

「ん、オレどころかレティ兄まで攫われたんだよなーあの日。セテ兄にすっごい心配かけた自覚はあるし」

 

それはレティウスのクローンがいた時点で察していたとユアはこめかみを抑えた。メテオスのクローンは見た事が無い上に彼の記憶に欠落があるのはあまり分からなかった。先日シャドウに指摘されるまで彼のマナにも問題がある事など誰も気付かなかったであろう。

 

「そうなると、セテオスが攫われなかったことは少し気になるわね。誰かと一緒にいたのかしら」

「セテ兄はそん時、騎士に助けられたんだって。助けてくれた騎士の名前までは聞いてないけどさ。ああ、だからセテ兄は騎士になったんだーって思ったんだよ」

 

そのセテオスを助けた騎士についてはそれ以上会話に出なかったが、チャールは心当たりがあったようで『あいつもちゃんと騎士としての憧れを果たしたんだよな』と悲しそうな声で呟いた。その呟きはチャールを肩に乗せているララ以外には聞こえなかったが、聞いたのがララなので深く追求される事はなかった。

 

「で、クローン実験の資料、実は少しだけお兄さん目を通したんだよねー。すると頭に入る入る!少し頭が痛くなってそれ以上は読まなかったんだけどね」

「徹夜して読んでないよね?それ」

 

ララはフェルマに疑惑の視線を向けたがフェルマは「違うよー」と口を尖らせた。本当に無理している時に読んでいた訳では無いらしい。

 

「おい、フェルマ。持ってきた、どうしておれをそうやってこき使うんだ!別に上から目線でふんぞりかえるわけじゃないし、おれが言うのもどうかと思うけどおれって一応王族なんだよな?」

 

むすっとした表情でエイミールが厚い本を持ってきた。どうやらそれが資料の記された本らしい。

エイミールの主張も尤もだとは思われるが先程のやり取りからして王族はこの辺りでは好ましく思われていないのを知っていたので「あー…」とルンは遠い目をした。

 

「めんごめんご。で、これが資料だよん」

「大分厚いわね。これクローンの以外のもあるのかしら」

「なんか人間とモンスターを融合させる実験とかあったらしいよ。ご先祖さまは研究残しただけだったけどお兄さんの叔父さんがこれ利用して大暴れしたとかあったけど全部揉み消されたんだよねー。もしかしたらどっかにその実験の被害者もいるかもね。まあ今はクローンの話しねーえっと」

「えっ…?」

 

一息で言ってのけたフェルマにユキノが何かを聞きたげに視線を送るも、直ぐにクローンの話へと戻されてしまった。

フォルマは厚い研究書をパラパラと捲りクローン実験のものと思われるページを開いた。

細かい図説や考察が書かれており何ページにも渡って実験の経過が示されている。スモラ・タールが筆まめであった証でもある。

 

「クローン実験。正式名称は魔輝利用による人間複製実験。人間のマナどころかマナを生み出す魔輝そのものを人間から切り出して人間を作る実験だよ。名前長くてめんどいからクローン実験になったんだよねー結局は似たようなもんだし」

「人間複製、なあ…でも、記憶の欠落があるってことは魔輝は本来抜きだしちゃいけないやつじゃないんですか?」

 

研究書を見ていたメテオスがララやロストを見ながら言った。魔輝を抜き出すということは、抜かれた本人はマナを生み出す力が衰え、記憶の欠落を起こすということ。酷い時には死に至るという。

 

「そ、だからこれは封印されるはずだった。緊張状態にあった100年前のエレッタは、兵隊を増やす為にこれを無理矢理利用したらしいけどね」

「ええ、エレッタに利用されて無理矢理人を殺す道具を作らされていて、耐えかねて彼は私達の所へ逃げて来た」

 

スモラは天才であった。だからこそ元凶となるものを生み出し、周囲に利用される事となってしまった。

 

「しかし、何故彼はこの様な実験を生み出したのでしょう」

「…あのさ、クローン実験の最初のページ、被験者の項目…」

 

じっと見ていたメテオスは何かに気付いたようである項目に指をさした。

被験者の項目。そこにはスモラ・タール…自身の名前が記されていた。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター37:作戦準備

スモラ・タール。彼は自分自身を対象に、クローン実験をテストしていた。

その結果は成功。クローンとして生まれた存在を「フィール・タール」と名付け、双子の弟として可愛がった。

スモラ・タールは、孤独な人間だった。

このページだけ子供のような文字で書かれていた。否、事実子供が書いた文字なのだろう。ユア曰く彼は幼い頃から天才だったという。彼女が聞いた話でしかないが。

 

「フィール・タール…彼がどうなったか記録は残ってないの?」

「最初のクローンにもなるから、重要資料にもなると思って探したけど見つからなかったよ。お兄さん、すっごい気になったんだけどね」

 

頭が痛むのかフェルマは頭を抑えながら冷や汗を浮かべていた。しかし表情はおちゃらけた風である。余裕を崩さない姿勢なのだろう。

ページをいくら捲ってもフィール・タールに関する記述は見つからない。ユアの頭の中には1つの仮説が浮かんだもののそれを確実なものとする証拠がなかった。

 

「フェルマ様、あまり顔色がよくありません。少し休憩してはいかがですか?」

「そうだぞ、いっっつもおれにはよふかしすんな!って言ってるのにフェルマ、またよふかししてたろ!」

 

ユキノはどんどん顔が青白くなるフェルマの顔を覗き、エイミールが濡れたタオルを持って来た。

フェルマは「いらないよー…」とは言うが誤魔化しがきかないほどに彼の状態はどう見ても『大丈夫』なものではない。

 

「もしかして、研究書の内容が、フェルマさんにとってあまり気持ちの良くない物、だからですか」

 

メテオスの言葉に、フェルマは「そうかもね」と元気無く答える。彼は戦争が好きではない。しかしこの研究書はどれもスモラが戦争の為に利用されて組み上げた研究ばかりが記されている。最初のフィールの件が恐らくエレッタの軍に伝わってしまったのかもしれない。

 

(しかし…彼がフィールであるとするならば、元々エレッタの王は狂っていたという事になってしまう…私の知るあの戦争、最初から認識が誤っていた?)

 

ユアはまた考え込んでしまった。すぐに考え込んでしまう癖はすぐそこにいるロストと同じだ、と気付いてしまいついロストの方を見てしまう。

 

(え、なんだ、ユアさん急になんで俺を見るんだ)

 

急に視線を寄越されたロストは内心慌ててしまいちらりとララやルンを見やる。一瞬でも見ているのは自分ではないと思いたかったのだろう。

実はロスト自身あまりユアと話す機会がなかったと感じている。彼女の実の弟にそっくりであるかもしれないと聞いたがロストも自分にそっくりな顔があると流石に驚く。ましてや身内ではないとなると余計。

 

(しかし確かに似ていはいるが、目の色は違うんだよなあ…もしか遠い親戚とかか?)

 

そもそも彼女の存在自体が謎だ。自分の出自が分からぬロスト自身が言えたものでは無いが、ユアは余計分からない。人間でもエルフでも精霊でもないとなると、一体彼女は何者なのか。一切が分からない。

何故騎士団長はその様な人物を傍に置くのか、英雄だからと言われればそれまでだがロストにとって理解できない部分が多くを占めていた。

 

「おーい、ロストくーん」

「ひぁっ!?な、なんだララか」

「そんなにユアさん見つめてどうしたの?やっぱり、レイナちゃんって子に似てるの?」

 

心ここに在らずといった風なロストに声を掛けたララは、気になっていた事を投げ掛けた。

 

「え?あ、まあ…そうなんじゃ、ないか?」

 

ユアはロストに似ている、という事はレイナにも似ているという事。その事はすっかり頭から抜け落ちていたロストなので、返事はとても曖昧になってしまった。

ユアとロストを見比べるララだが、よく分からないのか首を傾げてそのまま「分からないや」とこの件については触れない事にした。

 

「話をもどすけどさ…この辺に、クローン実験施設があるって聞いた気がする」

「それは本当なのですか、エイミール殿下」

 

エイミールの呟きにルンが反応する。他国とはいえ王族にため口はきけないのか改まった口調であった。

 

「この街の外れに工場群がある。そこはもう廃工場と化していてクローン実験に利用されてるってうわさ。人さらいも起こってる…みたいな事も聞いた」

「どうしてそれを早く言ってくれなかったんだい?おーじさま」

「…今日、聞いた話。フェルマがいまいち人からの情報を聞く事が出来ないって言ってたから」

 

エイミールが外出していたのは、何も買い物をする為だけではなかった。実は店主と言い合いになったのは被っていたフードが偶然取れてしまったからで、そこに至る以前はフードを被り、正体を隠して市井の状況を観察していたのである。

完全に妃側についていると知られているフェルマの前ではクローン施設についての話が無かったのだろう。

これを聞いたフェルマは「おーじさまが、お兄さんの為に…」と感激した様子であった。

エイミールの情報はフェルマにとって嬉しいものであったようだ。エイミールの頭をワシワシと撫で、こう言った。

 

「じゃあ、その施設爆破させに行こっか」

 

なんとも単純で、実行には難がある言葉である。ここにトロニアがいれば「また始まった…」とでも言っただろう。フェルマの突発的な発言は彼の性格を表しているのだから。

だがそれと同時に、このフェルマ・タールという男には何かしらの得策があるのだろうとメテオスは思った。

 

(だって、フェルマさんが言うんだから、何かしらある筈だ!)

 

 

 

話題に上がっているクローン実験の施設は確かに廃工場にあった。

デイヌらの本拠地…とは言えないが現在もクローンを生み出し続けている施設には変わりない。

現在デイヌがここに居るのも事実であり、レイナもこの場に同席していた。

 

「トーレカノンの再起動法は見つからないのかい?」

「はい、見つかりません。恐らくタール本家にあるかと」

「はあ、そうだとしたらとっくにウェルア使って取ってきてるんだけど」

 

レイナは今すぐにでも目の前にいる一応上司に舌打ちをしたくなる。《世界を救う為》にやむを得ないとは言え、ロストに対して裏切りの行動を取った手前易々とロストの前へ現れる訳にはいかない。目の前にいるフードの男、デイヌの素顔だけでも見る事が出来れば、と彼女は思っていたが素顔を魅せるようなタイミングが一切無い。

 

「…トーレカノンとは、大砲塔の事ですよね」

「そうだよ。スモラ・タールの遺した負の遺産。あれには機械技術は用いられてないからマナさえ込めれば再起動できる…筈だけど間違ったマナを流し込んだらあれは爆発するだろうね」

「爆発?」

「スモラ・タールという男は爆破が好きだったんだよ。いや、戦争の為の道具には彼は必ずしも自爆装置を付けている」

 

それは爆破が好きなのではなく戦争が嫌いなのでは?とレイナは言いかけたがスモラのその思考がデイヌにとっては忌まわしいものだったのだろう。現にそれによって決行出来ずにいる計画もあるのだから。

 

「ま、ピーウ・ムッソは設計図が残っていて安心したけどね。まさかここの研究施設にまだ残ってる設計図があったなんて、これは幸運だ」

(エレッタの民にとっては不幸でしょうね)

 

そしてそのピーウ・ムッソと呼ばれた物の設計図にも自爆装置が組み込まれていた。デイヌは取り除いて製造する方法が思いつかなかった為にその設計図のまま作ってしまったが、それを操作するクローンを見捨てるつもりでいるのはレイナにも分かった。

 

「そうそう、《世界樹の守護者》のクローン、ちゃんと出来上がったかい?」

「はい。一体だけイレギュラーが生じたので現在同じイレギュラー体であるRのゼロナンバーが面倒を見てます。なんでもあれが元々面倒を見ていた少女が懐いた相手だとか」

 

現在この施設では更にクローンを増やしている。オリジナルは大多数が死に至り、生き残ったとしてロストやララの様に『空っぽ』になってしまう。

Rのゼロナンバー、とはリアンの事である。彼をリアンと呼ぶのはララやロスト達くらいなので、ここでの名称ということになる。

 

「ふうん。そう。分かった、じゃあ俺は寝るねー」

「…失礼します」

 

(何とも身勝手なリーダーだな。報告させるだけさせといて適当な相槌のみとは…我の前であれば、いつ寝首をかかれるか…)

 

レイナは本当に寝入ってしまったデイヌを横目に部屋を出た。向かう先は先程報告した「彼ら」のいる場所。

少しだけ様子が気になったのだろう。

 

「入るわよ」

「あははっ!ゼロナンバー、遅いよー!」

「てめっ止まりやがれ!この、くそっ!」

 

レイナが部屋に入ると、ドタバタという音が部屋中に響いていた。

リアンと、もう1人少女が走り回っている。レイナの視線の先には部屋の真ん中に座っている少年がいた。

 

「入りながら言ってたら、断りの意味ないんじゃないの?それ」

 

げんなりした様子の少年がレイナを見て言う。黄緑の髪の毛に片方の隠れた緑の瞳。少年はやれやれ、と狭い部屋で走り回る2人を見た。

 

「『リアン』、それだからカナと同レベルだって言われるんじゃない」

 

『リアン』。レイナにララ達以外が呼ばない名前で呼ばれ、リアンは不機嫌そうにレイナを睨む。追いかけられていた少女は「お兄ちゃんにだーいぶっ!」と少年の方へ飛び込んだ。

 

「ったく、この糞ガキがうるせえから灸を据えようと思ったんだよ」

「あらそう。ええっとそっちの彼は」

「…catis-05。仮に付けられた名前はそうなっている」

 

少年は鬱陶しそうに抱き着いてくる少女をあしらいながら答える。

《世界樹の守護者》のクローン。オリジナルには大して魔輝がなかったせいかクローンは5人しか作れなかったらしい。彼は打ち止め個体であるせいか一番見た目が幼くなってしまっている。見た目年齢で言えば14歳くらいが妥当であろう。

 

「ナンバーで呼ぶと俺らと被るからな、カナが読み間違えたサティスで呼ぶことにした」

「そう。カナは元気そうね」

「うん、レイナお姉ちゃんも元気みたいでよかったー!」

 

カナ、と呼ばれた少女は水色のお下げ髪に水色の瞳を持っている。明るく天真爛漫で、先程走り回っていたように元気も有り余っているようだ。

 

「で、何しに来たわけ。あんた」

「…そうね、貴方達、ここから逃げ出したくない?」

「逃げる?誰が?」

 

レイナの提案にサティスは首を傾げる。何故その話に繋がるかが分からない。

 

「サティスとカナ。2人でね。ああゼロナンバー、あんたはちょっとした囮役になって欲しいの。このままあのいけ好かない男に命令され続けるのも嫌でしょう?」

 

リアンがデイヌの事を快く思っていないのは丸分かりだった。レイナはそんなリアンの考えを利用しようという魂胆なのだ。

何の為に、とまでは読み取れないが。

 

「ふうん、まあ乗ってやるよ。このまま、というのは確かに嫌だからな。だがてめえがあの気持ちわりぃ03と同じとは本当、思えねぇな」

「あれが本来の『彼』よ。まあいいわ、乗ってくれるなら話が早い」

 

デイヌの知らぬ所でまた1つ、何かが動き始めようとしていた。

レイナとリアンの計画は成功するのか、とサティスは呆れたようにため息をついた。

 

(本当、馬鹿らしい)

 

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター38:動き始めた破壊作戦

カツリカツリと足音が響く。

1人、長髪の男性が廊下を歩いていた。別に聞き耳を立てていたわけではなかったが、レイナの計画を聞いてしまった。

男性…03は考える。03自身デイヌの事が気に食わない。だからこそ謀反を起こしたいとは思っているものの『クローンは基本デイヌに逆らえない』。それは先日ここへ連れてこられた少年を見て確信している。

 

(ならば、何故彼女は我らを差し置いてあれに逆らう事が出来る?)

 

出来るならば今すぐに自殺して本当の自分へと戻りたい。空っぽの本来の自分を見ていると苦しくなる。

魔輝の保持量が元々多すぎたロステリディアは記憶の殆どを抜かれても残った魔輝で動くことが出来ている。しかし、人格には本来の彼らしさなど1つも残っていない。

 

(それはそうだろう。我がこうして存在するということは…オリジナルには我らしさなど残っておるはずがない)

 

空っぽなのだ。ロスト・テイリアという存在は。そして、今元に戻ってしまえば人格がどのように混ざり合うかなど分かるはずもない。

今考えても詮無いことかと03はため息をついて、思考をレイナの事へと戻した。

 

(あやつは、我と同じのようで違う存在だ。何らかの理由を持って『我』から引き剥がされたと思える。デイヌの指示が効かないことが何よりの証拠でもあろう)

「何やってるんだあんた」

「!な、何奴か…と、お主か」

「カナもいるよー!」

 

03の背後に現れたのはサティスとカナだった。あの部屋から出ないようにとデイヌから言われていたはずだがこの2人がそれを聞くはずがない。何よりリアンが逃がす為に今何かをしている最中なのだろう。

 

「我に話しかけて良いと思ったか?お主ら」

「いや、ぼく達がこれから合流しに行く人間のクローンってどんな奴かと思っただけだ」

「…我に、会いにゆくのだな」

 

レイナは何かしらの理由で2人をロスト達に会わせようとしている。

カナは03に飛びついて03は少しよろけた。突然の事に03は瞬きしてカナを見る。体格差があるからか受け止められないという事はなかった。

 

「な、何をする?」

「えへへ、お兄ちゃん難しそうな顔してたから。カナ難しいこと分からないけど、お兄ちゃんが難しい顔してたらダメなの」

「…そ、そうか…」

「カナ、そろそろ行くぞ。彼らがどうやってここに来るか知らないけど」

 

サティスに促されカナは渋々03から離れる。03は無垢な少女に絆されたのか柔らかな表情を浮かべていた。

 

「…我のオリジナルによろしく頼む」

「あっそ。直接会いに行けばいいのに」

 

それだけ言ってサティスはカナを連れて去って行った。

サティスの言うことは尤もだ、と03はため息をつく。それは分かっている、しかし自分はデイヌに縛られる身であると嘆いていた。

 

そろそろ爆破音が聞こえ、この施設も時期に壊されるだろう。

その時に自分は死ねて、元の場所に戻ることが出来るのだろうか?

その答えは誰にも分からない。

デイヌがどれほど自分を重要視しているかも03自身には分からないのであるから。

 

 

 

03の予想通り、ロスト達はフェルマに言われるがまま施設の目の前へと来ていた。

巨大な建物は草木の少ない街外れに似合っている様子でもある。

 

「あっそーそー。この建物ん中お兄さんのお兄さんがいんのね。デラード兄さんって言うんだけど」

「軽く言うことじゃないわよね!?それ!要するに敵地にいるってことでしょう!?」

 

さらっと言い出したフェルマにルンは叫んだ。どうやらフェルマによると、彼の兄であるデラードがこの施設の中に潜入しているらしい。

 

「だってー、爆破する為には仕掛けなきゃいけないじゃん?だからデラード兄さんが行ってくれるって言ったもんね〜」

「貴方も爆破が好きなのね…」

 

ユアの呆れるような声に「えへへー」と笑うフェルマ。ユアの呆れは伝わっているかどうか怪しい。

 

「『も』?」

 

何気なく言葉を拾ったララにユアは「あー…」とフェルマを見ながら懐かしそうに話す。

 

「スモラの事よ。彼戦争嫌いだったから、戦争に関連するものには全部爆発物仕掛けてたのよね」

「うわっマジお兄さんのご先祖さま物騒過ぎない?」

「フェルマ様は人のことを言えないのでは…?」

 

ユキノに言われた通り、フェルマはこの施設を爆破させようとしているのである。ご先祖さまとやらと同じ事をしようとしているのは明らかなのであった。

しかし施設の扉は内側から固く閉ざされているのか普通には開けられない。どこから潜入するのかをまず考えなくてはならないだろう。普通ならば。

 

「どこから潜入するのかしら?フェルマ」

「んー…ここは正面突破でしょ?」

 

ユアに尋ねられたフェルマは自前の武器である弓矢を手に取る。

何をするつもりかとメテオス以外の皆は一歩引いて見守る。弓矢を引こうとする、という事は前方にいれば危ないということは確実だからだ。メテオスは目を輝かせて動こうとしないのでロストが慌てて引き下がらせた。

 

「マナ解放!行くよ、これが兄さんの全力!」

 

フェルマの弓矢にマナが満ちる。

彼は何かしらの衝撃波を与え、無理矢理扉を壊そうとしているのだ。

 

「無の力よ、その移ろう姿を光に変え、今眼前の障害を破壊せん。光矢六連撃!!」

 

フェルマの弓から放たれた矢は6つの光に変わり、クローン実験施設の扉に連続して叩き込まれる。

ここまで派手な入り方をするとなると敵に気付かれないという甘い考えは捨てた方が良いだろう。大きな煙を立てて崩れる入口の向こう側にはこの異常事態に気付いたクローン達が立ちはだかっているはずだ。

 

「来る」

「あはははっ!また会えたね!オリジナルぅ!」

 

ロストは剣を構える。フェルマの秘奥義《光矢六連撃》により崩れた扉の向こうから真っ先に飛び出して来たのはロストのクローン、04と呼ばれていた個体だ。その後ろにはレティウスのクローンもいる。

飛び出してきた04に相対するようにロストはララ達から1歩遠ざかる。

 

「ロスト君、離れると…!」

「よそみぃしてんじゃぁねぇぞぉっ!」

「きゃああっ!」

 

遠ざかっていくロストの姿を追おうとしたララだが、レティウスのクローンに斧をぶつけられ倒れる。

ルンがいち早く反応しようとしたが施設の方から出てきた蜘蛛型のモンスターに阻まれて動けない。

 

「このモンスター…っほんっと嫌なことするね、流石のお兄さんもおこだかんね!」

「フェルマさん、何かわかったんですか?」

 

施設から出てきたモンスターに何かしらの心当たりがあったのかフェルマは嫌そうな顔をして近寄ってきたモンスターを蹴り倒す。

 

「このモンスター、元はクローンだよ。人間のね」

「…モンスターの実験、やっぱ使ってあったってことね」

 

ユアはスモラの残した実験資料を思い出しながらモンスターを叩き斬る。炭のように消えていく姿はクローンの消えるそれと同じようだ。

術を展開する為にも1度距離を取らねばならないが、そう易々とユアを自由にする訳にはいかないとでも言うように蜘蛛型モンスターがユアを取り囲む。

 

ユアを横目で見た後にロストは自分狙いである04と剣の打ち合いをする。それはほぼ同じ動きで互角とも言える状態だった。

 

「英雄サマの事なんて気にせずこっちを見てよオリジナル!!」

「…っ!くっ、俺のクローンって言う癖になんでお前火属性扱ってんだよ…!」

「さあ?何でだろうね?」

 

ロストにとって気掛かりなのは04が火属性を扱って来ていること。村を燃やしたのもこの04の炎だろう。しかし自身は水属性のマナを潤沢に持っている。本来魔輝人は1つの属性しか有しないはず…とまで考えるが直ぐに思考は中断される。

 

「考え事っしないでよ!!ムカつく!!!」

「…っ」

 

力任せに04がロストの剣を弾き飛ばす。しかし反動で04の持つ剣も共に飛んで行ってしまった。

武器をなくしてしまった04はロストの顔面を左腕で殴った。真正面から、そこそこ整っている方でありイケメンに区分されるかもしれない(04もクローンなので同じ顔なのだが)ロストの顔面を殴ったのだ。

 

「お…っまっ!」

「ロスト君!」

 

ララがロストを案じて声をかけたが術範囲にロストが居らず、その上他のクローンを相手にしていた為回復の術を使えない。

 

「へへーんだ殴り返してみ…っ!」

 

04がロストを煽ろうとした時、突如横から大剣が飛んで来て04の片腕をもぎ取って行った。それはロストを殴った方の腕と同じ左だ。

そして、大剣を使う者はこの場に1人しか居ない。

 

「よかった。ちゃんと当たったわね」

 

そこには顔は微笑んでいるのに目が笑っていないユアがいた。ユアの周囲にいたモンスターは既に叩きふせられている。

ロストを気にかける言動は度々見受けられたが、ロストが直接害されるとこうもなるのか、と非戦闘員であるメテオスと共にいるチャールは悪寒を感じた。

 

「だ…っれだよあんたぁ!ああ、英雄さんかぁ!」

「ロストと同じ顔で変な事言わないで。ロスト、大丈夫?」

「は、はい…」

 

04の切り離された左腕はクローンが消える時と同じように消えて行き、勝ち目がないと悟った04は悔しそうにユアを睨むと建物の中へ逃げ帰った。

 

ユアはロストが無事であると確認するとアップルグミを渡して大剣を拾った。

その内にクローンやモンスターも片付き、ようやくロスト達一行は建物の中へ入る事ができた。

 

 

しかし、この時点で動いているのはロスト達だけではなかった。

 

「…フェアロ・ドーネ騎士団パーフェクティオ隊副隊長、セテオス・ベリセルア。お前に特別任務を与える」

 

フェアロ王国の王都リイルアにて、フェアロ・ドーネ騎士団団長のリンブロア直々にセテオスへ命令が下った。

それは、彼の愛娘であるルンを思っての親馬鹿思考に基づくものだがセテオスにとっては好都合でもあった。

 

「エレッタへ向かう…っすよね」

「上司の言葉は遮るものじゃない。だが、そうだな」

 

だがセテオスには一つ懸念があった。それは移動手段だ。互いに島国であるエレッタとフェアロでは海路を通るしか道がない。

 

「団長…どうやって、向かうっすか?」

「実はパーフェクティオ隊にタール家の者がいてな」

「…は、い…?」

 

セテオスは初耳であった。これはルンも知らない事であるとリンブロアは言う。

 

「エリッサという者がいただろう?奴は既にフェアロで婚姻を結んでいて姓を変えていたんだ。彼女から大切な弟の助けになる為にと今回協力を申し出てきたんだ」

「な、な、なんだってー!?それマジっすか!?」

「つべこべ言わず、エリッサの協力のもとエレッタへ迎え。私が行ってもアレは言う事を聞かん」

 

リンブロアは納得がいかない、という様子でセテオスを睨み付ける。

ルンの事を心配しているのであろうがルンは絶賛反抗期であるからリンブロアの言う事を素直には聞いてくれないのだろう。セテオスはただルンの部下なので八つ当たりになるのだが。

 

「わっかりましたっす。…隊長の事は俺に任せてくださいっす」

「ふん、任せたくはないがな。仕方ない」

 

セテオスは当たりの強いリンブロアに苦笑いしつつも、礼をして退室する。

部屋を出るとエリッサが夫である騎士、レウォードと共に待っていた。彼女の夫も協力してくれるようだ。

 

「副隊長、黙っていて申し訳ありませんでした」

 

エリッサがセテオスに頭を下げながら言う。しかしセテオスとしては彼女を責めるつもりは一切無かった。

 

「そんな、頭下げなくていいんすよ?エリッサはレウォードと結婚して姓が変わっていたから気づかないのも当然っす。それに、騎士団の中でエレッタ出身の者に対する偏見があるのが問題でもあるっすから」

「だが副隊長、俺も知っていて黙っていたんだ」

「あーもう、そーゆーのはなしっす。今はいち早く、隊長やエリッサの家族の為に向かうっすよ」

 

セテオスに言われ、エリッサは「では、こちらです」と、騎士団本部の地下のとある機械を隠した場所へと案内するのであった。

 

「わざわざこんなもん、用意してたんっすか」

 

騎士団本部の地下は、以前ロスト達の向かった資料室以外にもガレージがあったのだ。位置的には恐らく真上は城下町から外れた場所であろうが、まさかこれを発進させる為に開くのだろうか?とセテオスは目を見張る。

 

「私がこの国へ亡命した時に、団長が飛行艇…アンダンテルス号を隠す場所を作ってくれたのです」

「俺はその時のメンバーの1人だったという訳だ」

「なるほど…メテオスが見たら喜びそうっす」

 

メテオスはフェルマ…要するにタール家の機械技術に興味津々なのだ。巨大な飛行艇を見て心が踊るというものが確かに分かる、とセテオスは頷いた。

 

「本当は小さなものだったのですが、フェルマが送り付けて来た追加改造の設計図をレウォードが見て作ったんです」

「隊長や副団長達を乗せる事が出来るようになってると思う。流石はエリッサの兄弟という所だ。さて…時間が惜しい、エレッタまでひとっ飛びしようか」

 

レウォードがそう言うので、セテオスは興奮する気持ちを抑えて飛行艇、アンダンテルス号に搭乗した。

コックピットでエリッサとレウォードが何かしらボタンを動かすとガレージの天井が開いていく。そして、エンジンが掛かり巨大な鉄の塊は空へと向かって飛んで行ったのであった。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター39:サティスとカナ

「しかし意外と建物の中、すっからかんだな」

 

ロストは出てきたクローンを倒しながらそう言う。誰のクローンであるか分からないが、倒すと炭のようなものになって消える以上、彼等は誰かのクローンなのであろう。

ひたすら廊下の続く施設の中、奥に居るはずのデイヌを探して進んでいた。

 

「うーん、お兄さん的には廃工場をそのまま改造して利用したんだと思うかな。多分向こうの親玉はスモラ・タールが作った設計図そのままにやってるよ。設計図を改良することが出来ないみたいだね」

「よくそんな事が分かるわねあんた…」

「さっすがフェルマさん!」

 

フェルマが言うには、デイヌはあまり頭の良いトップではないらしい。ユアは複雑な顔をしていたが、フェルマは確信したように頷いている。

メテオスは相変わらずフェルマを尊敬しているようで目を輝かせながらフェルマの話を聞いている。

進んでいると突然ララが「止まって」と静かに言い放った。ビクリとしたロストは確かに止まってララの方を見る。

 

「どうした?」

「…この先、何かがある。光のマナが乱反射してるみたいで…」

『流石に感じたか、お前は光属性使いだからな。この先に光のマナを利用したトラップのようなものを感じる』

 

言葉に出来ずにいるララに、チャールが言葉を足した。

廊下の先にある角の向こうから光属性のマナを利用したトラップがあるらしい。

 

「どうにかして突破できる方法はないのかしら」

 

トラップそのものがどういうものか分からない以上、迂闊に動く訳にはいかない。

ユアは実際に見てみないと分からないとため息をついた。そこにフェルマが「あっ!」と何かを思い出したように手を叩く。

 

「そうだ!元々の工場の立地を考えると、ララ少女位の体格なら通れそうな通気口がどこかにあるはずだよん。んーと…あ、あった!ほら!」

 

フェルマが辺りを見回して駆け出す。フェルマの向かった先には確かに通気口があった。

ララくらいならば通れるとなると、ロストとフェルマは通気口へは入ることが出来ない。

ユアも「私も遠慮しておくわ」と断った。

 

「じゃあ、私とメテオス君、ルンちゃん、ユキノちゃん、チャールで通気口の方を探検してくるね」

『ボ、ボクも行くのか!?』

「勿論だよ。ほら、入った入った!」

『お、押し込むなー!』

 

ララがチャールを通気口に押し込み、その後ろについて行く。ルンは小柄な為に楽に入る事が出来、少し不安そうにユキノ、そして最後にメテオスが入って行った。

 

「メテオス少年の腕はそこそこにいいから、何かしら機械が動かせそうだったらやってみるといいよー!」

「は、はいっ!」

 

フェルマに言われて緊張したように答えていたが、メテオスはこのメンバーの中では2番目に機械に精通しているため適任とも言えるだろう。

 

「で、俺達はどうすればいいんだ。ここで待ち続けるのか」

 

ロスト達は迂闊にここから動けない為、手持ち無沙汰になってしまう。

 

「トラップが解除される迄…もしくは、増援をここで待つのもいいかもねん」

「増援なんて呼んでいたの?」

 

ユアは聞いていない、とフェルマを見る。

何を考えているか分からないこの青年はドヤ顔で言い放つ。

 

「エリッサお姉さんがセテオス青年連れてやってくるよん」

 

「…はあ!?」

 

ロストがつい声をあげてしまったのは、出るとは思わなかった人物の名前が出たからであろう。

 

一方、通気口を使って別の道を模索するララ達は、ほふく前進でララを先頭にして進んでいた。

所々に抜け道のようなものを見つけるも、チャール曰く『先に全体を見た方がいい』との事なので、色々と道を探っていた。

 

「チャール、いい加減そろそろ普通の通路に出ないの?」

『お前ずっと文句言ってるな…来なくても良かったんだぞ』

「嫌よ。私が着いていかないと誰がメテオスを守るの。部下の大切な弟を預かってんのよ」

 

一応、騎士として一国民の心配をしてはいるらしい。メテオスは「オレより小さい女の子に守るって言われた…」と勝手に落ち込んでいたが。

 

「チャール、やっぱり直接トラップを制御してる部屋には繋がってないよ。どこか通路に降りてから探索した方がいいかも」

『そうだな、また道が塞がっていたら通気口に戻るか』

「やっと出れるのね…」

「る、ルン様…」

 

疲れたように言うルンを見てユキノは苦笑いをする。ユキノ自身も疲れてはいるがルンの方が心配ではあるらしい。

 

「じゃ、出るよー」

 

ララが扉を蹴破って通路に降り立つ…が。

 

「いってぇ!?」

「え、え、ごめんなさい!?」

「さ、サティスお兄ちゃんー!?」

 

ララが降り立った先には薄緑色の髪の毛をした少年と、水色の髪の毛の少女がいた。

ララはたまたま少年の方を蹴ってしまったらしい。少年は倒れララは少年の上に馬乗りになってしまう。

チャールは呆れたようにため息をついた。

 

「おまっっっあいつのオリジナルか!!!」

「え、え…君は誰?」

 

少年は睨むようにしたあと面倒くさそうに上体を起こす。

 

「ぼくはサティス。お前、リアンとか呼ばれてたやつのオリジナルだろ」

「カナはカナだよ!」

「えっと、サティス君と…カナちゃん…。あ、私はラリアン・オンリン。ララって呼んで!」

 

ララが何かしらやらかしたのかとルンから下を確認して通路に降りてくる。

サティスを下敷きにしているララを見てルンは頭を抱えてしまったが。

 

「うちの仲間がすみません。私はルン・ドーネと言います」

「私はユキノ・サエリードです」

「メテオス・ベリセルアだ。…大丈夫か?」

『……チャールだ』

 

チャールだけサティスとカナを見つめて少し固まったが誰も気づかなかったようだ。

ララは「本当にごめんね…」と言いながらサティスの上から退いた。

 

「はあ…ぼくたちはここから逃げようとしてるんだけど、あんたらは何しに来てるわけ」

「私達?ええっと…この施設を爆破しに来ました!」

『素直だな!』

 

敵か味方かも分からないというのに素直に目的を教えてしまうララにチャールはこめかみを抑えた。

敵だったらどうするんだとルンとユキノ、メテオスも思っただろう。

 

「ふーん、あんたら面白いことするつもりなんだ」

「カナ達はね、この施設から逃げようとしてるの!」

「逃げる…?なら、退路を先に見つけないとかしら…」

 

今この施設に自分達が押し入った事で逃げにくくなっていないか不安になったルンだが、どうせ爆破するのであれば共に居た方が安全だとも取れる。

 

「どうせなら、あんたらと一緒に行ってもいいけど。ぼく、戦えはするし」

 

サティスは自信満々にそう言うがルンとしては被害者側に位置するサティスを巻き込んでも良いのか考えあぐねている様子だった。

カナも「サティスお兄ちゃんは強いんだよ!」と言うのでララは「いいんじゃないかな」と頷いた。

 

「話からして、2人はリアンのこと、知ってるんだよね」

「まあな。あいつとあんたが性格似てなくて変な感じがする」

「リアンお兄ちゃん、いつも怒ってる感じなの」

 

リアンと何度か会っているララはリアンの方しか知らない2人に何だか複雑な心があると同時に、リアンの事が気になっていた。

 

「ここで、リアンに会えるかな…」

『アイツはララを狙ってんだろ。可能性としてはありえる』

 

チャールに言われ、確かにとララは頷いた。

しかし、とユキノは少し気になる事があった。

 

「カナ様は、一緒についてきてもよろしいのですか?」

 

カナ自身は戦えそうにもない。このままついてきても危険ではないかとユキノは案じているのだ。

 

「だいじょーぶ!サティスお兄ちゃんが助けてくれるし、カナ逃げれるもん!」

 

自信満々に言うカナに、サティスはため息をつく。どうやら自信がなさそうだ。

 

「ぼく、そこまで強くないのになあ…まあ、あんたら急いでんだろ。どこ目指してんだ」

「え、ええっと、トラップの解除方法を探してて」

「それなら、あんたの力を制御装置に直接ぶつければオーバーヒートして壊れるはずだ。こっち、途中でクローンに出会うかもだけどぶちのめせば大丈夫だ」

『その制御装置ってのはどこなんだ?』

「…近くにはあるはずだけどな」

 

不安そうに言うサティスにルンはどことなく不安を感じたが、今頼れるのはこの施設にいたという2人の証言だけだ。

どこを歩いても場所が分からなくなってしまいそうな廊下を暫く歩いていると、巡回をしていた人物に鉢合わせてしまった。

相手は直ぐに敵意を剥き出し、ララ達へ向かって来る。

 

「来たわね」

 

大鎌を構えるルンは1番に突撃していく。サティスもそれに続くように走って向かった。

まずは敵を蹴りあげたサティスは、マナを込めて拳を顎から打ち上げる。それに追い打ちをかけるようにルンは大鎌を首元を目掛けて横薙ぎにした。

 

「あんた、なかなかやるな」

「一体何者よ…サティス」

「さあ、ぼくも知らん。ぼくも、記憶自体は無いし」

「はあ!?」

「ちょっとルンちゃん、こっちお願いー!」

 

サティスとルンが会話をしていたらララが声を上げてきた。ララとユキノが敵に囲まれているのだ。

後方でユキノを守るようにララは向かってきた敵…クローンをスピアロッドで串刺しにする。メテオスはカナを必死に守りながらチャールが肩の上で威嚇していた。

 

「紅蓮の炎よ…我らに害なす者を遮断せよ、ファイアーウォール!」

 

迫り来る敵を拒むようにユキノの唱えたファイアーウォール…名前通り炎の壁が立ち塞がる。

 

「今です、ルン様!」

「行くわよっ!!!」

 

ユキノの掛け声でルンは大鎌で敵を薙ぐ、その背後でサティスは敵をアイアンクローして床に叩きつけていた。

 

「サティスお兄ちゃん凄いのー!」

「なんなんだよアイツ…」

 

影に隠れていたメテオスは、自分よりも年下の少年が怪力を発揮しているのを見て自らの無力さに落ち込んでいた。

敵が叩きつけられた床が陥没している。施設の床は柔らかい材質では無いはずだと言うのに。

 

「一通りいなくなったみたいだな」

 

サティスは周囲を確認すると、ララに目配せをした。

 

「う、うん…じゃあこの辺を探索しよっか」

 

 

黒く霧散していくクローン達を横目に、新たな仲間を加えてララ達は進むのであった。

 

続く



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャプター40:彼は破壊を好む者

 エリッサとレウォードが操縦するアンダンテルス号はあっという間にフェアロからエレッタへと辿り着いた。

 まさか空から来るとは相手も思っていなかったのか迎撃体制が整っておらずセテオスは簡単に施設内に入る事が出来た。

 エリッサとレウォードは念の為アンダンテルス号で待機する事となり、セテオスは単身施設を探索する。

 

「既に隊長達は入った様子っすね。アンリ様も無事だと…いや、ユアさんがいるなら大丈夫っすか」

 

 セテオスは誰も出てこない廊下を歩いて回っていた。警備が杜撰過ぎないかと訝しんだが、ロスト達が通った後なのであれば恐らく警備用のシステムは発動してしまった後なのだろう。

 増援が来るなどとは相手も思ってもいないはずだ。

 

「増援とは言っても、1人なんすけどねえ…」

 

 廊下を通り過ぎていたら、セテオスの背後から金属の壊れる音がした。

 まさか、敵かとセテオスが振り向くと、そこに居たのは茶色の長髪をした青年。

 

「何故我がこのように汚いところを通らねばならぬのか…」

「で…でん、か…?」

 

 セテオスは固まってしまう。セテオスは知っているのだ。目の前の人物を。それが誰なのかを。

 クローンである事は確実だ。今の彼がこの言動をするはずがない。記憶が空っぽになってしまったことで言動が著しく変わってしまっていたのだから。

 

「…セティか」

 

 そう、セテオスを呼ぶ声にセテオスは不意に涙が目に溜まりそうになってしまう。

 彼は、本来ならばセテオスが守るべき要人であった。だが、クローンである事を知りながら彼を「ロステリディア」と呼ぶのは憚られた。

 

「……そうか、殿下本人がああなっているのであれば……」

「我を、殺して欲しい。だが…今、我がオリジナルの元に戻れば、オリジナルがどうなってしまうのかを、考えると…」

「…貴方は、そう、願っているのですね」

「我は要らぬ。だがオリジナルは今、我であった記憶をほぼ持たぬ。逆流した記憶にオリジナルが押しつぶされてしまえば、元も子もない」

 

 セテオスはどうすればいいのか、分からなかった。

 今のロストの為を思えば、確かに何の予告もなしに目の前のクローンを殺すということは良くないかもしれない。それこそ、今のロストにはアイデンティティというものが欠けていると『昔の彼を知る』セテオスは感じているのだ。

 

「罠じゃ、無いっすよね。…貴方のことは、何と呼べばいい…っすか」

「我はクローンナンバー03と呼ばれておる。03と呼んで欲しい。我の本意としては罠にしたくはないが、デイヌがどう考えるか分からぬ。我らクローンは創造者たるデイヌには逆らえぬのでな…基本的には、だが」

 

 デイヌの匙加減次第で、目の前にいる03はセテオスに牙を向くことも辞さない状況となる。

 セテオスとしては彼を保護したいが、するにはデイヌの干渉を無くさなければならない。

 

「でも、今の殿下本人に貴方を見せるというのも、随分ショックを与えるというか…」

「ならば、我を捕縛しても良いのだぞ?貴様なら許そう」

「なんでっすか…」

 

 自分はそこまで彼に好かれていたのだろうか。セテオスは頭を抱える。

 しかし立ち止まっている訳にもいかない。

 

「…仕方ないっすから、腕、縛りますよ」

「構わん」

「あと、絶対に喋らないで下さいっす」

「分かっておる」

 

 本当に大丈夫なのだろうか。

 セテオスは別の意味で心配になって来る。

 

 

 03の腕を縛り、念の為に口に布を噛ませた。

 そのまま歩いているとララ達の待機をしていたロスト達に出会ってしまう。

 

「…セテオス?は?まて、なんだその状況」

 

 フェルマもロストのクローンを連れてくるとは思っていなかったのか「は、ははーん…」と表情を引き攣らせている。

 

「…セテオス?貴方が連れているのは…」

 

 ユアが恐る恐る尋ねると、セテオスは03をちらりと横目に見て喋り始める。

 

「お察しの通りロストのクローンっす。さっきそこで出会いましたんで捕縛しました」

「捕縛したというより、されてるよね?そこの彼」

 

 フェルマのツッコミは03の様子を見てのものである。

 逃げる様子も、警戒している様子もないのだから捕縛した、と言うよりも自らされに来た様子がみてとれるのだ。

 今にも喋りたくてうずうずしているのにセテオスが「喋らなくていいっすから」と止めているくらいだ。

 

「でも、いつデイヌの洗脳が入るか分からないらしいっす」

「ソルの時と同じということか」

「親玉くんが使ってるの?それ」

 

 フェルマは興味津々に03を見つめる。しかし03が喋ろうとするとセテオスが口止めをするので頷くしかない。

 

「…自分と同じ顔が腕縛られて口轡付けられてるの凄い…こう…複雑なんだが」

「マジで03は刺激が強すぎるっす…いや、他にもキャラの濃いクローンに出会ってるかもしれないっすけど」

「村を燃やしてた04とかいう奴も割と俺とキャラ掛け離れてたからな」

 

 クローンは性格は似ないものなのだろうか…とロストは頭を抱える。

 とてもキラキラした目でロストを見つめる03は流石に無理に喋ろうとはしないがあわよくば話したいという欲が透けて見える。

 ユアは03がどのようなキャラで、ロストの記憶のどの部分を持っているか察したようでセテオスに同情の視線を送る。

 

「それにしても、ずっとここに待機してるんすか?さっき03でも通れる通気口とかあったんすけど」

「…さらに分かれるか?」

「あまり分かれすぎるのも得策ではないと思うのだけれど…このまま待ちぼうけ、というのもね」

「ん、なんすか?03」

 

 相談していると、03がセテオスの服の裾を引っ張る。

 しかし、03が何を言いたいのかセテオスには分からない。03に喋らせる訳にもいかない。主にロストの羞恥心的な意味で。

 

「…」

「…ちょっと布を外してもいいっすから、小声で教えてくださいっす」

 

 ロストの耳に届かない範囲に下がり、03は布を外してセテオスに耳打ちする。

 

「…サティスという少年とカナという少女には会っていないのか?」

「会ってないっす。なんすか、その2人は」

「この施設から逃げようとしている者達だ。我も共に逃げたかったがデイヌの干渉があってな。単独では逃げられないのだ」

 

 こそこそと喋っている状況がどこかおかしいが、ユアはセテオスの意図を察してロストの耳を塞いでいた。当の本人は頭にハテナを浮かべているが。

 

「ララ達が会っている可能性がありそうっすね」

「それで、どうするのん?おにーさんとしては、ここで待ちぼうけしてるよりも…」

 

 発言の途中でフェルマは先程罠のあった通路の方を見る。

 何かを察したのか「…こっち、来てくれる?」と歩き始めた。すると、その先では罠が跡形もなく無くなっていたのだ。

 ララ達がギミックを解除したのかと、ほっと安心をするロストだったが、この先にも罠が無いとは限らない。

 

「ひとまずは先に進めるようだな」

「そうみたいね。ララ達を待つ?」

 

 どうするか、選択権をロストに譲ろうと思ったユアだったが、フェルマが先に進み始める。

 

「そのうちにでも合流は出来そうだけど…面白そうだから先、進んじゃおっか!だいじょーぶ、いざと言う時は小型通信機をメテオス少年に貼り付けてるから!」

「そういうのを盗聴と言うのよ、フェルマ」

 

 ユアの冷静なツッコミにもフェルマはおちゃらけた様子で笑って返す。

 恐らく、フェルマに盲信的な憧れを抱いているメテオスには感心の対象にしかならないかもしれないが。

 フェルマはおちゃらけながらもその先へと進んでいく。03も着いていくしかないと腹を括る。そもそも自殺願望のある彼にはオリジナルの観察が大切だと察したからだ。

 

「んーっと、この辺にはもう罠はないから…」

 

 きょろきょろとフェルマが周囲を見渡すと、視線の先には警備システムのようなものがいた。

 4つ足を大きな音を立てながら移動しているその姿を見て、フェルマはニヤリと笑う。

 

「おい、フェルマどうし…」

 

 フェルマの様子がおかしいことに気付いたロストが声をかけようとするが、フェルマは弓を構えた。

 

「…行くよん、兄さんの全力!みんなは下がってて!」

「あ、貴方馬鹿なの!?こんな所でそれは!!」

 

 これから何が起こるか悟ったユアは必死に抗議の声を上げるがフェルマは聞く耳を持たない。

 そう言っている間にも無属性のマナがフェルマが構える弓にまとわりついていく。

 

「無の力よ、その移ろう姿を光に変え、今眼前の障害を破壊せん。光矢六連撃!!」

 

 6つの光は再びフェルマの目の前に立ちはだかる障害へと向かっていく。この威力ならば確実に警備システムを倒せるが…この周囲が無事で済むかは分からない。

 

「馬鹿なのかあんた!!!」

 

 ロストの叫びも、フェルマの放った矢の光に吸い込まれて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。