インフィニット・ストラトス ~未定~ (ぬっく~)
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1話

「ねえ……今日も行くの?」

 

少女は訪ねる。

日本の都会で二人暮らしをしている彼女はテーブルの反対側でトーストをかじっている彼に訪ねた。

彼はトーストから手を離し、両手で何かの形を作る。

 

『ああ、そうだが? ちょっくら、義姉さんからの頼みだから行くだけさ』

 

少年が使っているのは手話と呼ばれるやつだった。

手話を終えるとまたトーストをまた食べ始める。

だけど彼女は行ってほしくはなかった。

 

「でも……」

 

あの日、自分のせいで彼は音と声を失った。

だから、彼女は彼を危険な所へ行かせることには絶対にしたくはない。

しかし、それでも彼は行く。

 

『大丈夫だ……さっさと終わらして来るからさ』

 

彼は朝食を終えると席から立つ。

その時、彼の首にぶら下がっている二つのタグがぶつかる。

軍人とかが使っているタグで、そこには自分の身元を証明する文字が刻まれたていた。

だけど、彼がしているのは普通タグではない。タグの裏にA/0と大きく刻まれたていた。

 

『じゃあ……行ってくる。簪』

 

「うん……いってらしゃい。一夏」

 

彼……織斑一夏は簪との出会いを不幸だとは思っていない。彼はあの日から彼女……更識簪を守ると心から誓っていた。

 

 

 

 

 

彼は生まれつき少しおかしかった。理解力は人一倍いいのに文字だけはド下手だったのだ。しかも、何処で覚えたのか手話での会話をたまにしていた。

 

「一夏ー。今日もゲーセンに行くか?」

 

「今日は止めとく。財布がピンチなんでな」

 

「そうか……じゃあ、またな」

 

「おう」

 

赤髪の青年、五反田弾の誘いを断り、一夏は荷物をまとめさっさと学校を出る。校門を抜けると首にぶら下がっていた二つのタグを外へと出す。

小学校の修学旅行で京都に行った時に見つけた露店で作ったタグ。

見た目は普通のタグだが、裏にはA/0と大きく刻まれている。

 

「……し……ださ……」

 

「ん?」

 

路地から僅かに聞こえた女性の声に彼は反応する。声がした路地を覗くと紙袋を持った水色の髪の少女一人に対して男たち三人が囲んでいた。

 

「……………」

 

一夏はめんどくさそうにはぁ~とため息を吐き、そのまま路地へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「離してください!!」

 

「いいじゃないか。俺たちと一緒にちょこっとドライブするだけだからさ」

 

「そうそう。ちょこっとだけだからさ」

 

嫌がる彼女に男たちは、しつこく誘う。女子学生をナンパするぐらいなら、そこらの子でもよいのだが、男たちが目をつけたのは彼女の通う学校の制服だった。

水髪の少女が着ている制服は名門学校の制服で、そんなお嬢様が一人で下町を歩いていたのだ。

 

「ほら、いくぞ」

 

「いや! 離して……」

 

「邪魔」

 

嫌がる彼女の腕を掴もうとした瞬間、男は蹴っ飛ばされる。

 

「あん? なんだてめぇは!!」

 

「男はお呼びじゃあねんだよ!!」

 

突然の出来事に彼女はその場から動くことはできなかった。そして、助けてくれた彼は残り男たちと乱闘になる。しかし、彼はそんな男たちを相手に一方的にぶちのめす。

 

「この糞ガキがぁ!!」

 

最初にぶちのめされた男がナイフを取りだす。

それひとつで大ケガを間逃れないのに一夏は持っていたスクールバックを盾にしてナイフの刃をへし折った。止めの一撃に膝げりを入れ、男は倒れる。

あっという間に男たちはやられ、一夏はそのまま立ち去ろうとした。

 

「あ、あの……」

 

「あん?」

 

一夏は絡まれていた彼女に呼び止められる。

 

「た、助けてくれて、あ、ありがと……ございます」

 

後半につれて声のトーンが低くなる彼女からお礼の言葉をもらう。一夏はめんどくさそうに頭を掻く。

 

「そうかい。んじゃ、次からは気を付けな」

 

「は、はい……」

 

そう言って一夏は立ち去ってしまった。その時、彼女はあることを思い出す。

 

「名前を聞きそびれちゃった……」

 

手に持っていた紙袋を抱きしめ、自分の住む家へとご機嫌ななめで戻っていた。

 

 

 

 

 

「今日、何かいいことでもあったの?」

 

家に戻ってからも彼女のご機嫌が良く、姉はその理由を聞く。

 

「うん……」

 

「へぇ……その人の特徴分かる?」

 

「う~ん……そう言えば、首に二つのタグをぶら下げていたよ」

 

「タグ?」

 

「うん。軍人とかが下げているのと同じ物を」

 

「……その裏に……何か書いてなかった?」

 

「確か……A/0だったかな?」

 

「……ッ!?」

 

「どうしたの?」

 

「……何でもないよ」

 

そう言って姉は行ってしまった。

 

「また、会えるかな……」

 

彼女はまた出会えることを願うが、それが最悪な結末を生むことを彼女は知らなかった。



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2話

あれを悪魔と言わなくてなんていうのかしら?

彼女は妹の話を聞いてからずっとそのことについて考えていた。

 

「まさか、この日本にいたなんて……」

 

あれは父の補助と言う事で暗部の仕事を手伝っていた時のことだった。

ターゲットが潜伏しているアジトを襲撃し、()()()()()()()()()

しかし、その時私は初めて目にしてしまった。

鋭利な刃物で切断された複数の男達。父とその部下たちは警戒心をMAXにして先へと足を進める。

そして、奥から男の悲鳴が聞こえ、父たちはその部屋へと突入する。

 

「っ!」

 

そこにいたのは首の無くなった男と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいた。

男の服は返り血を浴びて所々汚れている。しかし、()()()()どの()()()()()()()()()

来る途中に足元には薬莢(ケース)が大量に落ちていた。なのにあの男は一発も浴びずに()()を殺したのだ。

 

「更識か……」

 

「何者だぁ……」

 

男はニタと笑い首にかかっていたタグも見せる。そこに刻まれていたのは……

 

「A/0?」

 

男は近くの窓を突き破って逃げる。

父たちは男を追うよう指示はしたものの、男は行方をくらます。

後に男の二つ名を知ることができた。

 

「タグ付き……」

 

奴のトレードマークとして首に二つのタグをつけていることからそう呼ばれていた。

しかし、それだけしか分からず、身元を特定すらできていない。

そして、あの日からそのタグ付きに出会うことはなかった。

だが、そのタグ付きがこの日本に姿をあらわした……しかも私の妹の前に。

 

「私の可愛い簪ちゃんには、指の一本も触れさせないわ!!」

 

簪の姉……更識 楯無は決意する。

 

 

 

 

その日も平和な日常が訪れる。部活動をしていない一夏は、荷物をまとめ早々と家に帰る。

そして、その帰り道に……

 

「あ、あの……」

 

先日助けた水色髪の少女がいた。

 

「あの時の子か……」

 

どうやら、彼女は俺を待っていたようだ。

彼女の服装は制服で学校帰りを利用して来たのだろう。

 

「あ、あの時、ちゃんと……名前を聞けなかったから」

 

「そうかい」

 

彼女はもじもじしながら、どうきりだしたらいいか迷っていた。

俺はため息を交えながら先にきりだす。

 

「織斑一夏だ」

 

「え。あわわ。更識……簪です」

 

自己紹介を終え、俺は彼女の頭を軽く撫で立ち去った。

 

「気を付けて帰れよ」

 

「あ。う、うん」

 

簪は頬を染める。

初めて同年代の男子に頭を撫でられた。

 

(織斑……一夏……くん)

 

簪は彼の名前を何度も心の中で唱える。

しかし、その直後だった。

 

「!?」

 

後ろから何者かにハンカチで口を押えられる。

気が遠くなるのを感じ簪は気を失ってしまった。

 

「さっさと行くぞ」

 

黒のワゴンが隣に止められ、男達は彼女を乗せる。

 

 

    ◇

 

 

「なんですって!!」

 

妹の帰りが遅いからと気になっていた直後、とんでもない真実が彼女の元に届く。

妹が誘拐されたのだ。

 

「今現在、犯人の調査を全力で行なっています」

 

楯無も流石に落ち着いていられなかった。

もし、あの『タグ付き』がこの件に関わっているとしたら、と思うと居てはいられない。

 

「早く見つけなさい!」

 

「は、はい!」

 

男達が立ち去ると楯無は頭を抱える。

 

「お願い……無事でいて……簪ちゃん」

 

楯無はただ祈る事しかできない。

 

 

    ◇

 

 

ぴちゃ……。

 

その音で簪は目を覚ます。

 

「う……」

 

僅かに意識がもうろうとしている。

だけど、身体を動かそうとした瞬間、完全に目覚めた。

 

「な、なにこれ……」

 

両手を拘束され、釣らされていた。

何処かの倉庫だろうか、古い資材がそこら中にあり、自分が誘拐されたことをすぐに察した。

 

「おやおや? 姫さんが目覚めたみたいだぜ?」

 

その近くで待機していた二人の男性の内の一人が簪が目覚めたことに気付くと重い腰を上げ、立ち上げる。

 

「あなたたちは……」

 

「大人しくしていた方が身のためだぞ」

 

男は上着をずらして中にある銃を見せる。

簪は力を緩める。

 

「目的は何なの……」

 

「さあな。上の連中が考えることなんて、俺たちには分からんでな」

 

そう言って、男はやれやれと手を振り、元の場所に戻る。

 

「(誰か……助けて……)」

 

簪はふと助けをこう。

だけど、そんな奇跡など起こるはずはなかった。

 

「(助けて! 一夏くん!!)」

 

ヒーロー。

簪の中で、織斑一夏はヒーローだった。

まだ一度しか会ったことない彼が、自分が憧れるヒーローに重なって見えたのだ。

 

ギィィィ……

 

「ん? 交代の時間か?」

 

扉が開く音がし、男が近寄り、ドアノブに触れようとした瞬間。

 

「邪魔するぞ」

 

男ごと吹き飛ばしながら開けられた。

 

「な!?」

 

もう一人いた男はその光景を見て、腰に入れていた銃を取り出そうと伸ばすが、目の前に何かが落ちる。

男がそれを目にした瞬間、それは物凄い光を発した。

 

「ガァァァ!? 目がぁ!!」

 

そして、そのまま男の首に目掛けて蹴りを入れ、男は撃沈する。

 

「あ……」

 

簪は閉じていた目を開き、涙を溢す。

 

「あ、あ……」

 

「助けに来たぞ。簪」

 

簪と真逆と言っても良い位、平凡な学校の制服を着た少年。

まだ、二度しか出会っていない少年。

そして、ヒーローと呼ぶにふさわしいその少年。

 

「一夏くん……」

 

平凡中学生、織斑一夏が助けに来たのだ。



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3話

現在、この作品のタイトルを募集しています。


二時間前。

一夏は簪と別れて、今日の夕食の買い物をしていた。

買い物袋を片手にスーパーを出ると、一夏の前に複数の黒服の男たちが立ちはだかる。

 

「なんだ?」

 

「織斑一夏で合っているかしら?」

 

ふと、後ろから声が聞こえるが、一夏は振り向かない。

黒服の男たちもそうだが、後ろの声の主も出来る人間だと一夏は感じていた。

 

「ああ。そうだが? 何か用か?」

 

「簪ちゃんは何処」

 

「は?」

 

一夏は質問の意味が分からなかった。

 

「あなたが関係していることは、分かっているのよ」

 

「それは検討違いだな。それに簪と出会ったのは、今回で二度だけだ。それより、貴様らはなんだ?」

 

声の主はどうやら、女性のようだ。

一夏はすっと、後ろに振り向く。

 

「更識 楯無よ」

 

ばさっ、と音を起て、持っていた扇子を広げる水髪の女性。

歳も俺とさほど変わらない。そして、その水髪にも見覚えがあった。

 

「あいつの姉か」

 

「そうよ。さあ、痛い目に合う前に白状しなさい」

 

楯無は扇子を閉じると同時に一夏の首元に当てる。

しかし、一夏には身の覚えのない質問だった。

 

「残念だが、知らない」

 

「っ! どうしても話さないつもりなのね」

 

「はぁ……。だから、知らんって言っているだろう」

 

全く話を聞かない目の前の女性に一夏はため息を吐き、ポケットから手を出そうとするが。

 

「楯無様、犯人から」

 

その言葉に、楯無は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

そして、再び一夏に振り向くと。

 

「さっきから言っているが、知らんと」

 

一夏は呆れつつ、そう言うと、楯無は冷静さを取り戻す。

楯無は勘違いで、一般人に手を上げようとしていたことに気付くと、気まずい雰囲気がその場を支配した。

 

「気にしてはいない。そんで、やるのか?」

 

「っ! いいえ。あなたは関係していないことが、分かったから」

 

「そうか」

 

そう言って、一夏はそのまま何もなかったようにその場を後にする。

 

「それで、犯人は?」

 

黒服の男から犯人の要求を聞きながら、その場を立ち去る。

 

 

 

 

一夏は考えていた。

あの女が言っていたことを。

 

「あの女の感じからして、誘拐か……」

 

平和ボケしたこの日本でまだ、そんなことをする奴がいたことに一夏は称賛を贈っていた。だが、同時に一夏は怒りを覚えていた。

 

「たく、面倒事に巻き込まれやがって」

 

簪が名門校の生徒であることは一夏は既に分かっており、こう言ったことに巻き込まれることは予想の範囲だったのだ。一夏はめんどくさそうに進路を変え、犯人がいるであろう場所に進路を変える。

 

「あの慌てぐわいからして、近場を探していないだろう。そして、既に目ぼしを付けているところは探しているだろうな。だが、まだ見つかっていないとあると、あそこだな」

 

一夏が目星を付けたのは一つの倉庫だった。

そこは数日前に潰れた店主の持っていた倉庫の一つで、数日前に誰かが購入したことを一夏は知っていた。だから、更識楯無はそこに目を付けなかったのだ。

 

「やっぱりか……」

 

一夏は目的の場所に着くと、身を隠しそっと覗く。

倉庫の外に二人、不審な人物がいたのだ。

 

「二人……か」

 

「ちょっと小便行ってくるわ」

 

そう言って、見張りの一人が離れると同時に一夏は買い物袋を置き、仕掛ける。

口元を押さえ、首元に手刀を入れる。男はそのまま声を上げる事無く、気を失う。

 

「一人目と」

 

一夏は男の持ち物を漁る。

 

「ちっ。やっぱあったか」

 

黒い金属の塊。銃があったのだ。

一夏はそれを解体し、完全に使えない物にし、二人目を待ち伏せする。

そして、小便を終えた見張りの一人が戻って来ると。

 

「ガハァ!?」

 

一夏は躊躇なく腹に蹴りを入れる。

そして、隙すら与える暇もなく浮かんだ身体を地面に殴りつけた。

 

「二人目と……」

 

一人目と同じく銃を無力化し、犯人が使ったと思われる車のエンジンからある物を取り出し何かを制作する。そして一夏は倉庫の入り口へ。

少し開けるとその音に気付いた中にいた見張りの一人がこっちに向かってくる。

ドアノブに手をかけた瞬間、一夏は思いっきり開け、犯人ごとドアに叩き付ける。

そして、先程作った簡易スタングレネードをもう一人に向けて投げ、視界を奪い、首元に蹴りを入れ完全無力化した。

 

「助けに来たぞ。簪」

 

「一夏くん……」

 

天井に吊るされた簪は何故か俺を見て、泣いていた。



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4話

「今降ろすから、大人しくしていろ」

 

「う、うん……」

 

一夏は簪の手元に繋がっている鎖の先を辿り、装置の場所を特定する。

そして、そこにある装置のコントローラーを操作し、簪を下ろした。

 

「一人で行動するのを控えろ。また、狙われたら俺でも勘弁してほしい」

 

「う、うん。ごめんなさい」

 

一夏は拘束具を外し、簪を立ち上がらせる。

しかし、一夏は一つミスを犯していた。

 

「糞ガキがァ!!」

 

三番目に倒した男が完全に延びていなかったのだ。

それに気づいた時には遅く、男は銃でこちらを狙っていた。

 

「(冗談じゃあねえぞ……。また、悪い癖をやってしまったな。まあ、最後くらいは……)」

 

一夏は簪を突き飛ばす。

 

「きゃあ!?」

 

パアンンン……

 

銃声が鳴った。

そして、それと同時に一夏は倒れた。

 

「は、はは、ははは」

 

「い、一夏くん……」

 

倒れた一夏の元に簪は寄る。

しかし、一夏の頭部から血が流れ、一向に止まらない。

 

「やだ。やだよ……! どうしてあたしなんか……かばって……」

 

簪は動かない一夏を揺する。だけど、反応はない。

 

「起きてよ。起きて。起きてってば!! どうして、どうしていつもそうなの!?」

 

「この糞ガキのせいで計画は滅茶苦茶だ」

 

男はよろけながら、簪の元に近づき、持っていた銃を突き付ける。

 

「おめえはもう用済みだ。死ね」

 

「お願いだから……目を開けてよ……! 一夏くん!!」

 

引き金を引こうとした瞬間。

 

「うぐぅ!?」

 

「え?」

 

一夏は立ち上がり、引き金の間に指を入れ、男の顎を鷲掴みにする。

 

「なぁ!? なぁぜぇ、いぃきぃてぇいぃるぅ!?」

 

「一夏……くん」

 

一夏は答えない。

そして、中学生とは思えない程の力で男を床に叩き付けた。

 

「い、一夏……くん」

 

頭部から叩き付けられた男は完全に絶命し、一夏は糸が切れた人形のようにその場に倒れた。

 

「い、一夏くん!!」

 

簪は再び一夏の元に寄り、揺する。

その後、更識の者が来たのは数分のことだった。

 

 

 

 

「あの子の様子は?」

 

簪が一夏の持っていた携帯で姉に連絡を取ったことによおり、すぐさま病院に運び込まれた。

緊急集中治療室に運び込まれ、数時間後。

 

「まあ、手術自体は無事に終わったよ」

 

「そう」

 

担当医から事情を聴いていたのは楯無だった。

簪は未だに眠りについている一夏の元にいる。

 

「だけど、言語能力がやられていてね」

 

「言語能力?」

 

「ああ。まあ、簡単に言えば、声と音を認識する機能がダメになってしまったと言うことだよ」

 

「それって……」

 

一夏は二度と話すことも聞くことも出来ない身体になってしまったと言うことだった。

中学生でそのハンデを受けてしまったとなると、相当この後苦労することだ。

一通り聞いた楯無はそっと退室し、一夏が眠る病室に入る。

 

「…………」

 

病室は個室で、一夏以外には誰もいない。

そのベットの横で寄りかかるように寝る簪が一人いるぐらいだった。

 

「っ……」

 

全て自分のせいだった。

当主なのに妹ひとり守れなかったのだ。

そして、同時に一般人を意識不明の重体へと追いやってしまった。

 

「何が、楯無よ……」

 

楯無は悔やむが、今そんなことをしても何も変わらない。

悔しさを噛み殺し、楯無は病室を後にした。



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5話

数ヶ月後、織斑一夏は目覚めた。医者の言う通り、一夏は言語能力をかなり失っており、聞こえる音は雑音に聞こえ、言葉もまともな会話すらできなくなっていた。

 

『もう、大丈夫?』

 

『ああ』

 

あの事件以降、一夏の病室に通い続けた少女、簪が手話で会話する。

一夏もそれで返す。

 

『今回のことだけど……』

 

『気にしていない。あれは俺がやったことだ』

 

『ち、違うの。私が……』

 

言いかけたところで、一夏は簪のおでこにとん、と人差し指と中指を当てる。

 

『お前が気にする必要はない』

 

そう言って、一夏は自分のおでこに触れる。そこに丁度、円状の痣があった。

あの日の弾丸は一夏の頭部に直撃し、普通なら死んでもおかしくない。しかし、一夏は生き残った。大きな代償を背負うことで。

 

『う、うん。また来るね』

 

簪は少し寂しげに病室を出て行ってしまった。

静まり切った病室で一夏は外を眺める。

 

「(もう直、冬か……)」

 

数ヶ月も眠りに着いた一夏は当然ながら学校には行っていない。

事件も誘拐事件ではなく、銀行強盗事件で片付けられ、一夏はそこで怪我を受けたと言うことになっている。

リハビリ、治療費などの金銭も更識側が全て出すことで全て両者は了承した。

 

「失礼するぞ」

 

一夏の病室に誰かが訪れる。

 

『弾か』

 

親友の五反田弾が見舞いに来たのだ。

 

「勉強は進んでいるのか?」

 

「お兄! 一夏さんは耳を悪くなさっているのですよ」

 

「いっけね! そうだった」

 

弾の後ろから現れたのは弾の妹の蘭だった。

 

『別に気にしていない。それより、勉強だったか?』

 

ホワイドボードにそう書く。

この2人には手話での会話は難しいので一夏はホワイドボードでの会話をしている。

そして、最近は口の動きである程度、何を言っているのかが識別できるようになっていた。

 

「そうそう。もう直、受験だろ? その進行状況をな」

 

弾はホワイトボードにそう書く。

 

『まあ、そこそこだな』

 

「そっか。それとこれな」

 

そう言って、弾はバックからノートを数冊取り出す。

 

『ああ。いつも悪いな』

 

今日の授業ノートを受け取る。

そして、数十分程会話して、帰っていった。

 

 

 

 

更に数日後。今日は珍しい客が訪れた。

 

『元気していたかしら?』

 

今日は簪ではなく、姉の楯無が来たのだ。

 

『珍しいですね。あなたが来るとは』

 

『あたしにも責任がある以上、来るわよ』

 

楯無は相変わらず扇子で口元を隠し、その野獣の様な鋭い眼をこちらに向けてくる。

そして、楯無は一枚の書類を取り出す。

 

『これは……』

 

『契約書よ』

 

それは更識家の従者へとなる為の契約書類だった。

一夏の将来を考え、楯無が特例で作った書類だったのだ。楯無と簪には既に従者がおり、その者は長年に更識家に仕えてきた。そして、そこに一夏を入れる為に楯無が一夏に提案して来たのだ。

さらに言えば、もう一つある理由があった。

一夏の身体能力と潜在能力だ。

一般人が、それも銃を扱える者を四人も撃退する程の実力を持っているのはあり得ないのだ。

楯無もそこには疑問が生まれ、一夏の経歴を調べつくした。

しかし、残念なことに一夏は裏の人間ではなかった。喧嘩事は時々あったが、黒と呼べるような事は一切なかったのだ。

だけど、楯無は諦めきれなかった。だから、自分の手元に置くことにした。

 

『進学も就職も辛いでしょうから』

 

『まあ、そうでしょね』

 

一夏もそれは分かっていた。

この身体では、この先は地獄であることは。

そして、楯無の考えていることも。

 

『もちろん、あなたの当初の予定も保証するわ』

 

そう。一夏は最初から高校行って、就職するつもりだったのだ。

何故なら、一夏には両親はいない。

一夏が小学校に上がる前に両親は消えたのだ。

そんな環境で一夏は姉のおかげで今を生きて来た。

その恩を返す為に早く就職したかったのだ。

 

『判断はあなたに任せるわ。いい返事を期待しているね』

 

そう言って、楯無は退室して行ってしまった。

 

「(従者か……)」

 

一夏は空を眺める。

そこには雲一つない青空が広がっていた。



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6話

楯無が訪れてから数日が経った。

一夏の身体はだいぶ良くなり、外出許可が出る様になるが、病院の敷地からは出ることは出来なかった。監視の一つとして楯無が許可しないのだ。

そんな一夏は特に気にすることはなかった。

むしろ、一夏は自分の身体に起きている異変を気にしていた。

 

「(リミッターが緩んでいるのか……)」

 

一夏は病院の庭に生えている木の幹に座りながら考え込んでいた。

病院の庭にある木は創立当初から生えている木で幹まで結構な距離がある。それを一夏はいとも簡単に登ってしまったのだ。

その理由は一夏が受けた脳のダメージにあった。

一夏は言語能力と一緒に身体能力にかけられるリミッターが外れてしまったのだ。

これにより常時一夏はフルパワー状態にあった。

 

「(早く慣れた方がいいだろうな)」

 

このままいる訳にいかない為、一夏はクルミを二つコロコロ転がしながら、力の調整を練習する。

そして、外出時間が迫り、一夏は自分の病室に戻る。そして、そこには先客がいた。

 

「これ……どう言うこと……」

 

一夏の病室にいたのは、簪だった。

そして、簪の手元には楯無から渡された従者契約の書類が握られていた。

一夏はそんなことは知らずにドアをノックする。

 

「い、一夏……くん」

 

『どうしたんだ?』

 

ノック音に気付いた簪は慌てて、手話ではなく普通に話してしまう。

そして、持っていた契約書を後ろに隠す。

 

「お姉ちゃんがここに来たの?」

 

『ああ。来たが?』

 

「っ!? そうなんだ……」

 

『契約書のことか』

 

「う、うん。勝手に読んでしまったのは謝る」

 

『別にいい。いつかはバレることだから』

 

一夏はこの個室に置かれている椅子に座り、簪はベットに腰をかける。

 

『一夏くんは、どうするの?』

 

『今、そのことで悩んでいる』

 

一夏と簪は手話で会話をする。

もし、その契約書に契約すれば一夏は楯無の物になる。

だけど、それを簪は認めたくなかった。

簪は……一夏のことを好きになってしまったのだ。

 

『……一夏くんは私の物になって欲しいって……言われたらどうする?』

 

その質問には一夏は答えられなかった。

簪もそれには一夏は答えられないことは解っていた。

 

『私は……一夏くんのことが……』

 

そう。あの日から、もう……分かっていた。

そして、あの日。助けに来た時に、完全に理解した。

 

『好きなんです!!』

 

だから、私だけのヒーローであって欲しかった。

 

『そっか……やっぱそうだよな』

 

一夏もそれには思い当たる事があった。

あの路地で助けた時から何故か、記憶に残る。

普通だったら危険には手を出さない。そんな俺が女一人の為に身体を犠牲にしたのだ。

それはきっと、俺の中で彼女が大切な人物なんだってことを認識してしまったのだろう。

 

『ああ。俺も簪のことは好きだ』

 

「一夏くん……」

 

人生初の告白は成功し、簪は涙を流した。



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7話

「考え直さないと言うなら、私……更識家を出て行きます!!」

 

冬がまじかになり、外もだいぶ冷えた日。

一夏の病室で簪が自分の実姉に絶縁宣言を言い渡す。

遡ること数分前のことだった。

 

 

 

 

「返事を聞きに来たわよ」

 

楯無が退院出来るまで回復した一夏の元に訪れた。

実際のことを言えば、一夏は既に退院出来るレベルまで回復していたが、楯無の諸事情で退院させなかったことはあえて言わない。

 

『お久しぶりですね』

 

『ええ。それより、返事は?』

 

『契約のことですね』

 

『その通りよ』

 

『一つ確認のついでに聞いてもいいすか?』

 

『何かしら?』

 

一夏と楯無は無言で手話で会話する。

そして、一夏は本題を切り出す。

 

『この契約で俺はあんたの物になるでいいのか?』

 

『ええ。私の従者ですもの。私の目の届く範囲での生活になるわね』

 

『そうか』

 

それを視て、一夏は机に置いてあった鈴を鳴らした。

そして、それと同時にドアが開き、簪が出て来る。

 

「簪ちゃん!?」

 

楯無も予想外の登場に驚く。

 

「これはどう言うつもりかしら……一夏くん」

 

楯無は思わず手話ではなく、言葉で話してしまうが、一夏は楯無の口元から読唇()んでいるためにある程度言っていることが分かっている。

そして、その理由は一夏ではなく簪が説明する。

 

「従者契約……一夏くんに提案」

 

「ええ、したわ」

 

楯無はここであることに気付いた。

気のせいだと、あんまり気にしていなかったことが、今ようやく分かってしまったのだ。簪から僅かに殺気を感じるのだ。

 

「一夏くんは渡さない」

 

これはマジだと楯無は冷汗を流す。

 

「それは、叶わないわ。一夏くんは私の手元に置かせてもらうわ」

 

それでも楯無は平然とし、簪と向かい合う。

 

「一夏くんを私たちの手元に置くのは構わない。問題は主」

 

「つまり、簪ちゃんは一夏くんの主になりたいと」

 

「そう」

 

「却下よ」

 

「っ……」

 

楯無は簪の願いを却下する。

それでも簪は食らいつく。

 

『隣よろしいでしょうか?』

 

後から入ってきた女性が一夏に手話で許可を求め、一夏は『どうぞ』と返す。

 

『わたくしは楯無様の専属メイドの虚と申します』

 

『織斑一夏です』

 

軽く自己紹介を済ませ、一夏たちは二人の言い争いを眺める。

二人の言い争いはヒートアップしてしまい読唇()み難くく、もう殆ど分からない。

 

『えっと……今、どうなっているのですか?』

 

『所有権の争いですね』

 

いつも引っ込み思案の簪が食らいついているとこが珍しく、楯無も手を焼いているらしい。

そして、決着をつける一言が言い放たれる。

 

「考え直さないと言うなら、私……更識家を出て行きます!!」

 

簪のその一言がどうやら、楯無に大ダメージを与える。

 

「その意味を分かって言っているの……」

 

「もちろんよ」

 

簪のその揺るぎない眼を見た楯無は渋々引き下がる。

 

「はぁ~。分かったわ。好きにしなさい」

 

簪は初めて姉、楯無に勝ったのだ。

一夏はやれやれと姉妹喧嘩を見届け、簪の頭を撫でる。

 

『まあ、下ろしく頼むわ。お嬢様』

 

『うん』

 

簪は今まで誰にも見せたことのない笑顔を見せる。

 

「本当によろしかったでしょうか?」

 

「あんなに食らいついて来るとは思わなかったんだもの」

 

楯無は少し疲れ気味に答える。

虚も簪があそこまでとは思ってもいなった。

 

「これで一応は一件落着ね」

 

「ええ」

 

しかし。この後、一夏は予想を遥かに斜めのことをしでかしたことは、誰も予想出来なかった。



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8話

「寒い……」

 

二月の真ん中、一夏は中学三年。受験の真っただ中。

 

「なんで一番近い高校の、その受験のために……」

 

昨年起きたカンニング事件のせいで各学校が入試会場を二日前に通知することになり、一夏は四駅先まで来ていた。

そしてその一夏の隣には簪がいた。

簪の従者になった一夏は本来ならこんなことはしなくても良かったが、受験料など既に払い終えていた為、仕方なく受けることになったのだ。

耳が聞こえない一夏の為に簪が付添に来ており、超寒い中、愚痴る。

 

『大丈夫か?』

 

『うん。大丈夫だよ』

 

一夏と簪は繋いだ手を離さないように握り、試験会場に入る。

 

 

 

 

『……なあ』

 

『うん……そうだね』

 

中学三年になって迷子……になった。

いくら何でも分かりにくい構造をしたこの会場に一夏と簪は迷い、案内図すら見つからないのだ。

 

『次に見つけたドアで決めよう』

 

そう言って一夏は目の前のドアを開ける。

 

「あー、君、受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押してるから急いでね」

 

部屋に入った途端、女性教師に言われる。どうやら相当忙しかったのか、女性教師は一夏の顔も見ずに指示だけを出して出て行ってしまった。

 

『じゃあ、簪は待っててくれ』

 

『うん。頑張ってね』

 

簪にそう伝え、一夏は奥へと進む。

そして、カーテンを開けると、奇妙な物体が鎮座していた。

何と言うか、『お城に飾ってあるような中世の鎧』がだ。しかも、忠誠を誓う騎士のように跪いている。

厳密には細部が甲冑とは違う。たぶん人によっては鎧という印象は受けないだろう。そして、一夏はそれが何なのか知っていた。

 

―――これは『IS』だ。

 

正式名称は『インフィニット・ストラトス』。宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツ。

しかし『製作者(ウサギ)』の意図とは別に宇宙進出は一向に進むことはなく、結果このスペックを持てあました機械は『兵器(戦争の道具)』へと変わった。しかしそれは長く続くことはなく『兵器』から『スポーツ』へと変わり、ただの飛行パワードスーツへとなった。

しかし、この『IS』には致命的な欠点があった。そのことから一夏にとっては何の意味もなかった。

 

「(男には使えないんだよな……これ)」

 

そう、『IS』は女にしか使えない。女以外には、反応しないのだ。

だから、今目の前にある物はガラクタ当然と同じだ。―――そう思って、触れた。

 

「!?」

 

キンッと金属音の音が頭に響く。

それが一夏に頭痛となって襲う。

 

「何!? ってなんで男がいるの!?」

 

一夏が倒れる音に気付いた女性教師が中を覗くと頭を抑える一夏を見つけたのだ。

そして、同時にあり得ない光景を目にする。

 

「嘘でしょ……なんで」

 

「一夏どうしたの!?」

 

中が慌ただしくなったことに気付いた簪が中に入って、倒れる一夏を見つけて女性教師を見る。

しかし、女性教師は一夏ではなく、奥にある方に目を奪われていた。

そして、簪もそれを見て、言葉を失う。

 

「ISが起動したの……」

 

女性が溢した言葉は世界を揺るがす一言だった。



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9話

「はいっ。副担任の山田真耶です。みなさん、一年間よろしくお願いしますね」

 

黒板の前ににっこりと微笑む女性副担任。

IS騒動から二ヶ月。一夏はあの後、すぐさま病院へと直行されたが、入院することなくすぐに退院した。

一時的な膨大な量の情報量が一夏の脳が処理出来なかったことによる頭痛で、操縦者の中にも偶にある症状だったのだ。

頭痛も既に収まり、一夏が起こしてしまったIS起動のことで楯無に呼び出され、IS学園に通うことになった。

幸いにも楯無と簪はIS学園に通っていたことだ。

 

「えっと。じゃあ、最初のSHRは皆さんに自己紹介をしてもらいましょう」

 

その時に楯無は一夏より一つ上で、簪は同い年だったことが発覚した。

そして、簪は四組で一夏は一組に入れられた。

 

「―――くん。―――くん」

 

そんなことを考えていると、一夏の前で何かを言っている副担任と目があう。

 

「織斑一夏君」

 

『はい。何でしょう』

 

唇読みで自分の名前を言っていることに気付き、一夏は手持ちの空中ディスプレイを展開し、書き込む。

 

「あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね。ゴメンね!」

 

『あ、すみません。俺、耳も駄目で』

 

「え? ご、ごめんなさい!! えっと……」

 

書かれた言葉に山田先生はぺこぺこと頭を下げる。

そして、慌てているのか、どうすればいいか迷っていたが、ある程度状況を把握し。

 

『自己紹介ですね』

 

「あ、はい!」

 

がばっと顔を上げ、山田先生は一夏の手を取って熱心に詰め寄る。

それと同時に思わぬ人物が入ってきた。

 

「新学期早々騒がしいぞ。織斑」

 

そこにいたのは、一夏の実姉。織斑千冬がいたのだ。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終われたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかった」

 

そう言って、教卓に立つと。

 

「諸君。私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

何やら後ろの方で騒がしいが、一夏には雑音でしか聞こえないから何を言っているのか分からない。

だが、言っていることは予想がついた。

 

「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも私のクラスだけ集中させてるのか?」

 

まあ、あの千冬様ですからね。

織斑千冬。第一世代IS操縦者の元日本代表。現役時代、公式戦、無敗の記録を残したままある日突然、引退。

以後その舞台から姿を消した。―――その千冬がこのIS学園で教師をやっていたのだ。

 

「まあいい。織斑、続けろ」

 

相変わらず手話ではなく話してくる。

一夏が唇読みができることを知ってのことだ。

 

『山田先生、手話の通訳をお願い出来ますか?』

 

『ええ。大丈夫ですよ』

 

ディスプレイの文字を呼んだ山田先生は手話で返してくれる。

 

『織斑一夏です。よろしくお願いします。あれ?』

 

一夏はそこである人物を見つけた。

 

『箒?』

 

幼馴染。

篠ノ之箒がそこにいたのだ。

 

「お前は自己紹介も、まともにできんのか」

 

途中で自己紹介が止まったことに千冬は一夏の頭を叩く。

 

『いや千冬お姉さん……俺は……』

 

手話な為、翻訳がこうなってしまう。

それがまずかった。

 

「学校では織斑先生と呼べ」

 

もう一発喰らう。

 

「……今のって……」

 

「織斑君って……」

 

「ひょっとして……」

 

山田先生の翻訳でどうやらバレてしまったのだ。

姉弟だと言うことが。

 

「さあ!! SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう!! その後実習だが、基本操作は半月で身体に染み込ませろ。いいか。いいなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ。私の言葉には返事しろ」

 

千冬がIS学園にいるから楯無と面識があるわけだと、一夏はこの時気付いた。

あんな事件をしでかしたのだから、千冬の耳に届かない訳がない。しかし、説明を求められた記憶がない。

楯無が事前に直接、千冬に説明してあったのだろう。

 

「席に着け。馬鹿者」

 

道理で素直に話が進む訳だと、一夏は思った。



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10話

公立IS学園。

ISの操縦者育成を目的とした教育機関であり、その運営および資金調達は原則として日本国が行う義務を負う。

ただし、当機関で得られた技術などは協定参加国の共有財産として公開する義務があり、また黙秘、隠匿を行う権利は日本国にはない。

また当機関内におけるいかなる問題にも日本国は公正に介入し、協定参加国全体が理解できる解決をすることを義務づける。

また入学に際しては協定参加国の国籍を持つ者には無条件に門戸を開き、また日本国での生活を保障すること。

―――IS運用協定『IS操縦者育成機関について』項より抜粋。

 

 

 

 

SHRが終わり、一限目も終えて、休み時間になった時だった。

 

「一夏、話がある」

 

突然、話しかけられた。しかし、一夏には聞こえる訳がないが、そこに感じる気配に一夏は反応する。

 

『箒?』

 

「…………」

 

目の前にいたのは、六年ぶりの再会になる幼馴染だった。

篠ノ之箒。一夏が昔通っていた剣術道場の娘で、当時の髪型のままポニーテール。肩下まである黒髪。

 

『なんだ話って』

 

「いいから早くしろ」

 

空中ディスプレイに書かれた言葉に箒は睨む。

そんなことを気にしない一夏は立ち上がり、すたすたと廊下に行ってしまう箒の跡を追う。

 

「一夏。あれは何のマネだ」

 

『これのことか』

 

「っ……」

 

箒は空中ディスプレイを払い、詰め寄る。

 

「貴様。いい加減にしろ! ちゃんと口で話せ!!」

 

一夏の行動が気に喰わなかったのか、箒は一夏の襟を掴む。

しかし、一夏はその手を掴み、無理矢理外す。

 

「あ゛―――そ う か い゛ぃ 。こ れ゛で い゛い゛な ら」

 

一夏から放たれた言葉は普通の人が話すような言葉ではなかった。

片語とにしか読み取れない言葉を聞いた箒は先程までの覇気を感じれなくなった。

 

「い、一夏……一体、お前に何があったんだ……」

 

『事故った。ただそれだけだ』

 

「事故って……」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

チャイムが鳴るが一夏には聞こえない。そんな一夏に後ろから叩いてくれる女子生徒がいた。

 

『オリム―。時間だよ』

 

『ああ。わかった』

 

同じクラスののほほんさん。本名はもちろん知っているし、同じ職場の人だ。

手話で会話して、一夏は教室に戻る。

 

「お前に一体何があったんだ……」

 

箒はその場から動くことは出来なかった。

 

 

 

 

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明を……ああ、その前に再来週のクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

ふと、思い出したように千冬が授業を中断して語り出した。

 

「は―――い!! 織斑くんがいいと思います!」

 

「そーね。せっかくだしね」

 

「私もそれがいいと思います」

 

何やら周りが騒がしくなっていく。

それが、一夏を示していることは自身は気付いていない。

のほほさんからメッセージを受け取ってからようやく気付き、一夏はため息を吐く。

 

「自薦他薦は問わない。他に候補者はいないか? 無投票当選になるぞ? ちなみに他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

反論する意味が全くないことは一夏は気付いており、完全に諦めていた。

 

「納得できませんわ!!」

 

バンッと机を叩いて立ち上がったのは金髪の女子生徒だった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表なんて、いい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

後ろで何を言っているのか、一夏は特に気にしていない。

しかし、のほほさんのメッセージを見て、一夏はこめかみに指をあてる。

後ろのに方いる金髪の女子生徒。セシリア・オルコットはIS世代に生まれた現代っ子なのだ。

ISの登場により、女性の地位が上がり付けあがったのが今の世の中だ。

そんな現代っ子が今、ここにいる。

 

「聞いていますの!!」

 

何だかいつの間にか俺に標的が絞られていた。

千冬の指を見て、後ろを向くと。

 

「反論の一つ位言ったらどうですの!!」

 

めっちゃ怒っていた。

なので一夏はセシリアに向けて空中ディスプレイを飛ばし。

 

『別に? お前がやりたいんなら、俺は大歓迎だぜ?』

 

「なっ!!」

 

予想外の回答にセシリアは驚き。

 

「あ、あ、貴方はプライドはないのですか!!」

 

『プライド? それは美味しいのか?』

 

一夏はあえて分かっていながら、そう返信する。

それが火に油を……いや、ガソリンを注いでいたことに気付かず。

 

「決闘ですわ」

 

『……はぁ。いいだろう』

 

これ以上言ったところで何も変わらないと判断した一夏はセシリアの決闘を買う。

 

「とにかく、話はまとまったな」

 

ぱんっと手を打って千冬が話を締める。

 

「勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。それぞれ、用意をしておくように」

 

「はい」

 

『了解』

 

両者の回答を聞き、授業が再開された。



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11話

放課後。一夏はある所に向かっていた。

IS学園からかなり離れた所にある倉庫に入り、灯りを付ける。

カーテンに包まれたそれを一夏は引っ張ると、忠誠を誓う騎士のように跪いた『何か』があった。

 

『(予定より早く使うことになるとはな……)」

 

それは『IS』だった。

一夏は更識家の力を借りて、IS制作に手を出していたのだ。

機体は既に完成しており、最後にフォーマットとフィッティングを済ませるだけだった為、一夏は一人で作業を進める。

そして数分とかからず、それらは終わり、ISは待機状態になった。

待機状態になったISは剣の形状で、一夏は竹刀袋にそれを入れ、倉庫を後にする。

自宅に戻ると、その日を終えた。

 

 

 

 

その次の日。一夏は山田先生から寮の鍵を渡され、寮暮らしを言い渡されるが、自宅のこともあって数日後に行くことにした。

そして、ルームメイトは何故か、簪だったことは後で気付く。

そんな日々が過ぎ、当日になる。

 

 

 

 

翌週月曜日。クラス代表戦、当日。第三アリーナ。

 

『問題ない?』

 

『ああ。俺が不調でもなると思うか?』

 

簪は一夏の手話に首を横に振る。

一夏はそれを見て、腰に付けられた剣に触れる。

 

『なら、安心しろ』

 

一夏は簪の前髪を上げ、おでこにキスする。

その行動に簪は顔が赤くなる。

 

「織斑。時間だ」

 

『ああ。行ってくる』

 

そう言って、ピット・ゲートに進む。

しかし、一夏はISを展開しない。それに疑問を持つ山田先生。

 

『そのまま、ゲート開放してくだい。IS展開はあっちでやりますので』

 

何かを思い出したかのように一夏は山田先生に手話でそう伝える。

そして、ゲートが開くと一夏は歩きだす。

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

セシリアがふふんと鼻を鳴らす。また腰に手を当てたポーズが様になっている。

しかし、一夏の関心はそんなところにない。

 

「わざわざ負けて惨めな姿を晒すためにご苦労なことですわ。今ここで謝るというなら、許してあげないこともなくてよ」

 

『そいつは……できねえな』

 

「あらそう。残念ですわね」

 

その言葉に一夏は腰の剣を引き抜く。

特徴的な刺突剣(レイピア)型の剣。

 

『この先はこいつらで語り合おうか』

 

この時、セシリアは知らなかった。

一夏が“学園最強”の称号を持つ楯無より強かったことに。

 

『降臨せよ。為政者(いせいしゃ)の血を継ぎし王族の竜。百雷を纏いて天を舞え』

 

高く掲げた剣の背後から現れたのは、鋭くも荘厳な形状(フォーム)と、、黄金の輝きを纏った大翼の巨竜だ。

 

『《リンドヴルム》』

 

オープン・チャンネルから聞こえる機械的な声と同時に、一夏の身体を瞬時に纏った装甲は、光輪のような両翼をその背に備え、天使の如き神々しさを備えていた。

 

「―――」

 

その美しさと底知れぬ迫力に、観客の生徒たちは、思わず歓声も忘れて見入ってしまう。

右手には、特大な突撃槍(ランス)、左肩には特殊な形状のキャノンが連結されていた。

 

「っ! そんな見せかけの物!! すぐに終わらせてあげますわ!!」

 

キュインッ! 耳をつんざくような独特な音。それと同時に走った閃光が一夏に向けて放たれる。

 

『《雷閃》』

 

しかし、その一撃は突撃槍(ランス)から放たれた電撃にかき消され、そのままセシリアを襲う。

 

「くっ……」

 

ブルーティアーズのオートガードがどうにかセシリアの身体を守る。直撃は避けたものの、シールドエネルギーが大幅に削られる。

 

「(なんて、出鱈目な威力ですの!? わたくしの一撃を相殺するどころか、かき消すなんて……)」

 

セシリアは予想外な一撃に困惑する。

 

『……いい一撃でした。十分、勝ちの目はありますよ』

 

穏やかな、しかし静かな威圧感を交えた声で、一夏が告げる。

 

『相手が俺でなければ、ですが』

 

その直後、《リンドヴルム》が爆発的な速度で滑翔する。《ブルー・ティアーズ》を纏ったセシリアの眼前へ瞬時に接近すると、槍を握った右手の半身ごと突き放つ一撃を、一夏は繰り出した。

 

「くっ……」

 

バシィイイッ……!

 

瞬間。雷鳴が(とどろ)き、突撃槍(ランス)の穂先から雷が放たれる。

 

「きゃああッ……!?」

 

障壁と装甲の上から穂先と電撃を受け、セシリアは後方へと弾かれた。

 

『では、肩慣らしは終わりにしよう』

 

一夏の恫喝(どうかつ)のような笑みとともに、《リンドヴルム》が光を帯びた。

 

 

 

 

「あれが《リンドヴルム》の特殊兵装……!!?」

 

「…………」

 

ピットでリアルモニターを見ていた山田真耶が一夏のISを見て呟く。

しかし、千冬は対照的に忌々しげな顔をする。

 

「更識。あれは一体何だ」

 

「一夏の専用機《リンドヴルム》です」

 

「そうではない。織斑に渡されたISは《白式》のはずだ」

 

「え?」

 

そのことに真耶は驚く。

一夏が今使っているISには《リンドヴルム》と表示され、千冬の言う《白式》ではないのだ。

 

「ガラクタと言って、コアのみ運用して新しく作ったと言っていた」

 

「な!?」

 

まさかの一から作ったとは千冬は思ってもおらず、そのことに驚く。

そして、そんなやりとりを気にもかけてない様子で、ずっとモニターを見つめているのは箒だった。

 

「お前はどうして……そんなに変わってしまったんだ」

 

箒がほんの僅かだけ唇を噛んだ時、試合が大きく動いた。

 

 

 

 

『《支配者の神域(ディバイン・ゲート)》』

 

直後、空中に(たたず)む《リンドヴルム》が激しく輝き、巨大な球状の光が広がった。

 

「(何も起こらない? 機体性能には異常は見当たりますせんし……ブラフ?)」

 

一夏を中心に展開された光の領域―――空中も含む第三アリーナ全体を満たした空間を見て、セシリアがぼやく。

だが、そんなセシリアを見て、一夏が冷ややかな笑みを見せ―――呟く。

 

『来ないなら、こっちから行くぞ?』

 

瞬間、七色の光輪に包まれ、一夏の姿が消える。

そして、様子を疑うセシリアの真横へと、一瞬で移動した。

 

「(瞬間移動!!!)」

 

息を呑んだ刹那、電撃を浴びた突撃槍(ランス)の一撃が、《ブルー・ティアーズ》の背翼目がけて繰り出される。

不可避のタイミングに、セシリアが思わず身体を硬直させ、一夏はセシリアの背翼を貫き、破壊した。

 

「なっ……」

 

『……背翼の推進装置を破壊した。お前の負けだ』

 

一夏の言い分はその通りだった。

背翼の推進装置を破壊されれば、もはや落下するしかない。

 

「いえ……まだ、わたくしは負けておりませんわ!!」

 

そう言ってセシリアは自分の周りに浮いている四つの自立機動兵器《ブルー・ティアーズ》が多角的な直線機動で接近してくる。

 

『無駄だ』

 

雷を帯びた大槍の特殊武装―――《雷光穿槍(ライトニングランス)》を巧みに振るって、あらゆる方向から襲いかかる《ブルー・ティアーズ》を、次々と弾く。

それでもなお、セシリアは攻撃を続けるが、一夏の槍に弾かれる度に機動力を失い、やがて全ての《ブルー・ティアーズ》が、落下した。

 

『まだ、やるか?』

 

一夏はセシリアの首元に突撃槍(ランス)を突き付ける。

それはセシリアの敗北が確定した瞬間だった。

 

「わたくしの……負けです……」

 

セシリアの主力武器である『スターライトmkⅢ』以上の出力を持つ《雷光穿槍(ライトニングランス)》。

切り札であった四つの自立機動兵器《ブルー・ティアーズ》すら全て落とし、推進装置も破壊され、完全に詰んだのだ。

セシリアの降参に決着を告げるブザーが鳴る。

 

『試合終了。勝者―――織斑一夏』

 

圧倒的な力量差を見せた一夏。

観客席からは誰の声もしない。全員が一夏の戦いに言葉を失っていた。

そんな中で簪は喜んでいた。



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12話

「織斑。あれは何だ」

 

試合が終わって、一夏は千冬に呼び出された。

 

『《リンドヴルム》のことだろう?』

 

今の一夏は手話でも空中ディスプレイではなく、機械的な声で話していた。

ISのオープン・チャンネルと言語能力をISが演算処理することで会話を成立させているのだ。

もちろん、条件としてISを部分展開していなければならない。その制約があるため、殆ど試合以外では使われない。

 

「そうだ」

 

「説明は私がします」

 

一夏の横に待機していた簪が前に出る。

 

「IS機体名《リンドヴルム》。更識家の持つIS特権をフル活用した世界に一つしかないISです」

 

「やはり、お前らが関係していたか」

 

千冬もいくら一夏でもあれ程の物を一人で作り出すとは思ってもいない。

しかし、まだいくつかの疑問があったが、あえて言わない。

 

「セシリアさんの自立機動兵器《ブルー・ティアーズ》を行動不能まで追い込んだ特殊武装は、雷と星を正体とする竜の牙―――、《雷光穿槍(ライトニングランス)》と呼ばれるものです。電撃は当たれば装甲を通して使い手もダメージを受けますし、攻撃を受けた箇所の装甲は十数秒もの間、動作を鈍らせてしまいます」

 

このIS開発に携わった簪は、そう丁寧に解説する。

強烈な突きと同時に、電撃を浴びせ、ISの機能をも封じる能力。

それだけでも十分に厄介だが、あの空中を走った雷撃は―――。

 

「はい、それだけではありません。電撃を穂先から放ち、中距離攻撃も可能です。もちろんそれを受ければ、触れたときと同様に数秒間、ISの機能が低下してしまいます」

 

千冬が疑問を発するより早く、簪が補足する。

 

「電撃を帯びた一夏の攻撃は、『雷閃(らいせん)』と呼ばれています。あれを使用されると、いくら織斑先生といえども、防ぎ続けるのは不可能です。ISの動き自体が、封じられてしまいますから」

 

「…………」

 

一夏の攻撃を、連続して受け続けることは不可能。

対策としては、当たらないようにするしかないが、あの洗練された突きの一撃を、全く受けずにかわすのは不可能に近い。

常に飛び回るにしても、相手はスピードタイプのISなのだ。訓練機の《打鉄》とは、そもそもの機動力が差がありすぎる。

想像以上の難敵。

 

「となると、瞬間移動は……単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)か」

 

「はい。《リンドヴルム》の単一能力単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)―――《支配者の神域(ディバイン・ゲート)》です。あの最初に広げた光の範囲内にあるものを、同じ範囲内のあらゆる場所へ、高速転送させることが可能です」

 

「そんな、まさか―――」

 

真耶は絶句する。

《リンドヴルム》が展開した光の領域は、千冬の目測で第三アリーナを包み込んでいた。

演習場全域を覆ってしまえる広範囲を、自在に瞬間移動できるとすれば―――。

 

「単純な戦闘技術、IS操作の腕でも群を抜いていますが、ああも自在に間合いを支配されてしまっては、勝ち目がありません」

 

その意味を、千冬は瞬時に把握する。

 

極論を言ってしまえば、戦いとは間合いを制することだ。

自分の攻撃が相手に届き、相手の攻撃が当たらないか、避けやすい距離を保って戦うのが、基本でありもっとも難しい技術だ。

だが、一夏のISは―――。

 

「離れていても、一瞬で距離を詰められる。接近して追い詰めても、瞬時に背後を奪われる。いくら先読みしても、ほとんど意味がありませんか……」

 

「…………」

 

真耶の呟きに、千冬は改めて理解する。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を駆使しても、瞬時に自らの背後へ回られれば、反撃の手段がない。

最強のISと言うには十分な性能を持ったISだった。




捕捉。
スターライト・ゼロは時間の関係上、完成していません


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13話

翌日、朝のSHR。

 

「はーい、という訳で……一年一組代表は織斑一夏君に決定です! あ! 一繋がりでいい感じですね~」

 

山田先生は喜々と喋っている。そしてクラスの女子も大いに盛り上がっている。

 

パーン。

 

一夏は拍手とは別に手を叩く。

その音に気付いた山田先生は一夏の方を向いた。

 

『代表をやるのは別にいいんですが、参加できない時はどうするんですか?』

 

手話でそう伝えると、その横にいた織斑先生が動く。

 

「その点は問題ない。オルコットに代わりに全てやらせる」

 

『そうか』

 

一夏は更識の従者と言う立場があるため、週に一回あるか無いかの位で学校を休んでいる。

主に楯無との手合せだ。従者の為の基本作法などを教え込まれていた。

本来ならみっちりと教え込む予定だったのだが、ISを動かしたことによる案件で少しづつ教える羽目になってしまったのだ。

 

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな!」

 

「はーい!!」

 

クラス全員一丸となって返事した。

 

 

 

 

「一夏くん。『リンドヴルム』を使ったんだ」

 

放課後、一夏は寮に戻る帰り道にプライベート・チャンネルから声をかけられた。

曲がり角から楯無が姿を現す。

 

「お久しぶりですね。楯無お嬢様」

 

一夏は待機状態の剣の柄を掴むと、そう言葉を発した。

ISを持ったことにより、常にISネットワークを使えるようなった一夏は言葉を喋ることができるのだ。

ISネットワーク。ISが独自に持つネットワークであり、外部(オープン)内部(プライベート)での会話を成立させている。

一夏はその内部のネットワークを並列接続させ、言語能力処理を代わりに行うことで声と耳を正常に戻しているのだが、これは部分展開に該当する為、常に使うことができない。IS学園のルールで部分展開は禁止されているからだ。

 

「今はフリーだからいいわ」

 

「そうか。で、何の用だ?」

 

一夏は敬語をやめ、いつも通りに楯無と会話する。

 

「貴方がクラス代表になったと耳にしてね」

 

「まあ、成り行きでな」

 

一夏はやれやれと手を振る。

 

「その()()()な『リンドヴルム』でクラス代表に臨む訳ではないでしょ?」

 

「もちろん、そのつもりはない。クラス代表の時には仕上げるつもりだ」

 

「なら、いいけど。ついでに全勝もして頂戴ね」

 

「はん。言われなくてもそうするつもりだ。俺はあいつ()の前では最強を名乗り続けると決めているんだから」

 

そう言って、一夏は行ってしまった。

その後ろを楯無は一夏の背を眺める。

 

「……。最強か……。そう簡単に譲るつもりはないけどね」

 

楯無はそう呟き、その場を後にした。



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14話

一夏が寮に帰宅した同時刻。

 

「ふうん……ここがIS学園か」

 

IS学園の正面ゲート前に、小柄な身体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。

 

「ここにアイツがいるのね……まさかアイツがISの操縦者になるなんてね」

 

まだ暖かな四月の夜風になびく髪は、左右それぞれを高い位置で結んである。肩にかかるかかからないくらいの髪は、金色の留め金が良く似合う艶やかな黒色をしていた。

 

 

 

 

朝。教室に入るとクラスメイトたちが何かを喋っていた。

一夏は先にいたのほほんさんに視線を向けると、それに気づいたのほほんさんはディスプレイに打ち込む。

 

「ねえねえ聞いた? この話」

 

「二組に転校生が来るんだって! さっき職員室で聞いたって人がいたらしいよ」

 

一夏は転校生って言葉に反応する。

IS学園に転入するにはかなり条件が厳しかったはず。試験はもちろん、国の推薦がないとできないようになっている。つまり―――この転校生は()()()()()()()の可能性が高い。

 

「なんでも中国の代表候補生らしいですわ」

 

『セシリア』

 

一組の代表候補生、副クラス代表、セシリア・オルコット。今日もまた、腰に手を当てたポーズで登場する。

 

「わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」

 

『いや、それはないな。むしろ、俺だろう』

 

一夏は唯一の男性操縦者。そのデータを手に入れようとする輩が多くいる。

もちろん、そいつらの大半は撃退済みだ。

 

「クラス対抗戦の方は出られるのですか? 一夏さん」

 

『大丈夫だ。問題ない』

 

来月にはクラス対抗戦。各クラス代表による戦いが始まる。

四組のクラス代表は予想通り、簪がなった。

 

「そうそう! 織斑くんには是非勝って貰わないと!」

 

「優勝商品は学食デザートの半年フリーパス券だからね!」

 

「それもクラス全員分の!」

 

「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよ~!」

 

やいやいのと楽しそうにな女子一同。

 

「―――その情報……古いよ」

 

教室の入り口からふと聞こえた声にクラス全員が視線を向け、一夏も振り向くとそこにいたのは……。

 

「久しぶりね―――一夏」

 

セカンド幼馴染。凰 鈴音がいたのだ。

 

 

 

 

『久しぶりだな。鈴』

 

「そうね、ってアンタこそ随分と変わったわね」

 

昼食。一夏のクラスに先制布告をして来た鈴はSHRが始まると同時に自分のクラスに戻った。

そして、昼休みに押しかけてきたのだ。

 

「事故に会った、って聞いた時は本当に驚いたわよ」

 

『自業自得の結果だ』

 

鈴は家庭の事情で日本から離れ、中国にいた。

時々だが、メールのやり取りをしていたから、一夏の身体のことを知っていた為、箒とは違い差ほど驚いていない。

 

「その上、ISを動かしちゃったって……アンタどんだけ不幸体質なのよ」

 

『知らん』

 

別にそこまで不幸体質だとは一夏は思っていない。

 

「一夏さん! そろそろどう言う関係か説明して頂きたいですわ!!」

 

「そうだぞ! まさか付き合ってるんてことはないだろうな!?」

 

疎外観を感じてか、箒とセシリアが多少棘のある声で聞いてくる。他のクラスメイトも、興味津々とばかりに頷いていた。

 

「べ……別に付き合ってる訳じゃ」

 

『そうだぞ。何でそんな話になるんだ? ただの幼馴染だよ。それと早口で話すな。唇読みし難い』

 

「幼馴染……?」

 

怪訝そうな声で聞き返して来たのは箒だった。

 

「小五の頭から一年前の中二まで、あたしと一夏は同じ学校に通っていたのよ」

 

その説明を鈴がする。

その確認を取る様に箒が再びこっちに向いてくるから、一夏は頷く。

 

「ああ……そういえば、アンタとは初対面だったわね」

 

鈴は箒の顔を見て、ふと思い出したかのように呟く。

 

「初めまして。これからよろしくね!」

 

「篠ノ之箒だ。こちらこそよろしくな」

 

そう言って挨拶を交わす2人の間で、何故か花火が散ったように見えた。

 

「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ」

 

「……誰?」

 

「なっ……! イギリス代表候補生のこのわたくしをまさかご存知ないの!?」

 

「うん。あたし、他の国とか興味ないし」

 

「なっ、なっ、何ですって……!!」

 

言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。

 

「い……言っておきますけど! わたくし……あなたのような方には負けませんわ!」

 

「あっそ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

ふふんといった調子の鈴。

 

「そんな事よりねぇ、一夏!」

 

『ん?』

 

「あんた、クラス代表なんだって? ISの操縦、あたしが見てあげてもいいけど? も……勿論、一夏さえ良ければだけどさ……」

 

『あ~。そのお誘いはありがたいんだが、俺のISはちょっと機密事項が含まれているから……すまんな』

 

「そ、そう……」

 

『まあ、模擬戦位なら大丈夫だろう』

 

「本と―――」

 

ダンッ!

 

テーブルが叩かれ、箒とセシリアがその勢いのまま立ち上がる。

 

「あなたは二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ!!」

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人たちは引っ込んでてよ」

 

「一組の代表ですから、一組の人間が相手するのが当然のことですわ!」

 

まあ、セシリアの言い分は良く分かる。

来月にはクラス対抗戦が控えているからだ。鈴は二組、一組の情報を渡す訳にはいかないとセシリアは言っているのだ。

 

「……ふ―――ん……まあいいわ」

 

鈴は立ち上がると。

 

「じゃあ、それが終わったら行くから。空けといてよ! 一夏!!」

 

そう言って、行ってしまった。



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15話

『随分と楽しそうなことをしているのね』

 

昼食を終えて、一夏は教室に戻るとプライベート・チャンネルから通信が入る。

更識楯無から通信が入ったのだ。

 

『楯無様ですか。ご用件はなんでしょう?』

 

一夏はそんな会話をしながら、静かに席に着く。

 

『プライベートだから別に敬語使わなくてもいいわ』

 

『……プライベート・チャンネルを使っているってことは、ISを部分展開しているってことだよな? 仮にも生徒会長でもあるアンタが?』

 

『あらあら? そう言う君もでしょ?』

 

無性に楯無が扇子で口元を隠しながら、笑みを浮かべている様子が一夏の頭の中に浮かぶ。

一夏の部分展開は待機状態の剣その物だ。待機状態に見えて実のところ部分展開されていることは誰も知らない。だが千冬は何故かこれが部分展開だと言うことには既に気付いている。だが、あえて何も言ってこないのだ。

そのことが、一夏にとっては一番の謎でもあった。

 

『そんで? 何の用だ』

 

『家の簪ちゃんがいるにもかかわらず他の女と一緒にいるなんて』

 

『仕事とプライベートは分けている。お前が思っているようなことはない』

 

一夏はやれやれと内心で思いつつ、最近は従者仕事でしか付き合っていないことに気付く。

 

『そうだな……今度の休日に出かけるか』

 

『あらそう? なら休暇を入れてあげるわ』

 

『ああ。すまんな』

 

授業開始のチャイムと同時に楯無との通信が切れる。

そして、午後の授業が始まった。

 

 

 

 

「では、今日のHRはこれで終わります」

 

山田先生のHRが終わり、今日一日が終わった。

特に用のない者は寮に戻り、IS訓練する者、部活をする者と各自バラバラになる。

 

「一夏っ!」

 

そんな教室に二組から訪問者が現れた。

放課後になったことにより、鈴が来たのだ。

 

「貴様……」

 

教室にいた箒とセシリアは鈴が来ると睨み付けながら席を立ち上がる。

 

『鈴か……』

 

箒が一夏の前を通り過ぎたことに気付き、一夏は視線で追うと教室のドアの前に鈴がいた。

どうやら、鈴が来たことで箒たちが反応したようだと、一夏は理解する。

 

「アンタたちには用はないのよ。脇役はすっ込んでてよ」

 

「な……何ですって!?」 

 

相変わらずの自信家の鈴を見て、一夏は思う。

素は悪くないのだが、必要以上に敵を作ってしまうところは、昔から変わらない。

 

『鈴。何の用だ?』

 

平行線の話が続きそうだと判断した一夏は箒の前に出る。

 

「アンタと模擬戦をしようと思ってね」

 

『すまんが、それはクラス対抗戦が終わった後では駄目か?』

 

一夏は親指で後ろを指すと、鈴は嫌な顔を見せる。

クラス対抗戦のせいでセシリアは二組に情報が洩れることを恐れているのだ。

一夏的には別にどうでも良かったのだが、セシリアが許さない。

勿論、鈴も一夏と同じで情報なんてどうでも良かった。

 

「わかったわ……」

 

鈴も折れ、諦める。

とりあえず争いは避けられた。

 

『そんじゃあ』

 

一夏は話し合いを終え、教室を出る。

 

 

 

 

一夏が向かった先は寮へと続く扉とは反対の方向であった。

そして、一夏はとある教室につくと、ノックする。

その音に気付いた生徒が一夏の方に向くと、キャイキャイ騒ぎだす。

そんな中で一人だけ、一夏に寄ってくる生徒がいた。

 

『迎えに来たぞ』

 

『うん』

 

一夏が向かった先は四組だった。主人である更識簪の迎えに来たのだ。

手話で軽く会話して、寮の方へと歩き出す。

 

『今度さ、外に行かないか?』

 

『え?』

 

一夏からいきなりお誘いを受け、簪は驚く。

 

『ここ最近さ……』

 

『勿論いいよ!』

 

一夏が説明しようとしたが、簪はそくOKする。

 

『来月の第一日曜日だが、大丈夫か?』

 

『うん。大丈夫だよ』

 

即決まり、一夏は一安心する。

 

「(デートなんてしたことないが……何とかなるよな?)」

 

人生初のデートに少し心配する一夏。

そんな簪の内心では……

 

「(一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。一夏くんとデート。)」

 

だいぶパニックっていた。



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16話

寒い!!
外を見れば、雪降っているし!?

※内容を読み返して、前回投稿した話を一部ですが、変えさせていただきました。


簪とデートの約束をして、数日が過ぎた時だった。

掲示板にクラス対抗戦の予選表が提示され、一夏の初戦相手が判明する。

一夏の初戦は二組。鈴が相手だった。

 

『ねぇ、一夏くん。初戦の相手って、一夏くんの知り合いなんだよね?』

 

『まぁ、そうだな。幼馴染……だな』

 

一夏は整備室で相棒である『リンドヴルム』の最終調整を行なっていた。

セシリアの時は不完全な状態で稼働させてしまったが、今回のクラス対抗戦は完全な状態で動かすために、時間をかけて仕上げる。

 

『ふ~ん』

 

『冷やかしに来たなら、仕事をしてくださいよ。楯無さん』

 

一夏の隣で座る更識楯無が空中ディスプレイで一夏と会話をしていた。

 

『それはそれよ。今日は従者の中でも最強である君の監視を兼ねているんだから』

 

『…………』

 

一夏は耳が聞こえないから、常に一人で居ることを避けなければならない。

そのため、常に簪かのほほんさんが傍にいる。

稀に楯無がいるが、従者の虚さんに連れて行かれてしまうのは余談だが。

 

『チェックはこれで終了ですね』

 

一夏は全ての項目を確認して、問題ないことを確認する。

展開していたISを待機状態にし、腰に下げた。

 

『クラス対抗戦頑張りなさいよ』

 

『ああ』

 

楯無はそう伝え、一夏は共に整備室を出た。

 

 

 

 

「今年の対抗戦の目玉は断然、織斑一夏くん!」

 

「彼の試合を観たいと生徒は数多……」

 

「けれど客席は試合前予約で既に満員状態」

 

アリーナの影で二人の生徒が見るに怪しい話をしていた。

 

「そーこーで! 何人かの生徒から座席券を買い上げたってわけよ」

 

「ふむ」

 

「後はこれを、希望者に一万程で売りつける……どう?」

 

「美味しい話ですなぁ……」

 

そんな話をしている生徒の後ろから悪魔が近づいていることも知らず……

 

「ほう……その話」

 

気付いた時には遅かった。

生徒はブリキ音を立てながら後ろを向く。

 

「私にも是非、聞かせてほしいものだ」

 

悪魔……もとい、織斑千冬がいたのだ。

その後、悲鳴が響き渡ったことは言うまでもなかった。

 

 

    ◇

 

 

「あっ、いたいたー! 織斑せーんせ! 聞きましたよ~」

 

「……職員室に何の用か? 黛」

 

「じゃーん! 対抗戦の取材許可を貰いに来たんです!」

 

黛は織斑先生に取材許可書を渡す。

 

「ってそれより織斑先生に聞きたい事が……。試合前予約で客席が取れなかった人に座席券を売ろうとした輩がいるらしいじゃないですか。噂によると首謀者達は織斑先生に制裁を下されたとか……。彼女達は何日も部屋から出ず、おまけに部屋からはうなされるような声が聞こえるとか……。一体何をしたんですか~?」

 

「人聞きの悪い事を言うな。厳重注意をしただけだ」

 

その答えに山田先生は苦笑いをする。

 

「そんなくだらない事を聞きに来たのか?」

 

「ああ、いえ。それも質問の一つではあるんですが、今年の対抗戦は例年にない目玉がありますから、新聞部も大々的に特集してるんです。それで試合直前の号に織斑先生のインタビューを載せたいと……」

 

「……目玉……か……」

 

織斑先生はため息を吐く。

 

「何も面白い事は言えないぞ」

 

「何でもいいんですって! 教師にして実の姉! 絶対読者は期待してるんですから~!」

 

「そうだな……アレは女子のようにISの教育を受けていない。ほんの数か月ISに触れただけ……。そんな人間が果たしてどこまで戦えるのか、興味深いところではあるな」

 

「ふむふむ、なる程。で?」

 

「“で”?」

 

黛の最後の言葉が解らなかった織斑先生は聞き返してしまう。

 

「いや……だからですねぇ。アイツならきっとやれる! とか、怪我しないか心配だなぁ……とか姉目線の意見ですよ!」

 

「あ……それは私もちょっと気になります」

 

「でしょー! 姉弟の微笑ましいエピソードを一つ……」

 

織斑先生には何故か弟に関しては結構敏感であることを彼女らは知らない。

 

「どうやら二人とも、私に厳重注意されたいようだな……」

 

「い……いいえ!!」

 

「めめめ滅相もありません!!」

 

「まったく……黛! 用が済んだなら教室に帰れ」

 

「ああ、待ってください~! あと一つ」

 

黛は最後の質問を聞く。

 

「凰さんも一夏さんの幼馴染なんですよね? 昔から知っている子が相手と言う事で、何か思うところがあれば……」

 

「ああ、そうだな……。よくもこう懐かしい顔が集まったものだ。凰 鈴音……それに、篠ノ之………………」

 

「「織斑先生?」」

 

「いや……少し昔の事を思い出しただけだ……」

 

 

 

 

そして、その日が訪れた。

クラス対抗戦。その第三アリーナで一夏と鈴はISを展開して、試合が始まる時を待っている。

 

「両者……試合開始」

 

アナウンスから流れた試合開始の合図に両者が動いた。



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17話

試合当日、第三アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴。

噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全席満員となっていた。それどころか通路まで立って見ている生徒で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒、関係者は、リアルタイムモニターで観戦するらしい。

 

『…………』

 

一夏の視線の先では、鈴とそのIS『甲龍』が試合開始の時を静かに待っていた。ブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位が特徴的だった。肩の横に浮いた棘付き装甲が、やたらに攻撃的な自己主張をしていた。

 

『両者……規定の位置まで移動してください』

 

アナウンスに従い、一夏と鈴は空中で向き合う。

 

「アンタの試合、ビデオで観たわよ。《リンドヴルム》の武装はどれも馬鹿げた物ばかりね。でもね―――」

 

『それでは両者……試合開始!!』

 

ビーッと鳴ると同時に鈴が動く。

 

「アタシが勝つんだから!!」

 

ガギィンッ!!

 

瞬時にブレードで鈴の一撃を防ぎ、三次元躍動旋回で鈴を正面に捉える。

 

「ふうん……初撃を防ぐなんてやるじゃない」

 

鈴の手にしている異形の青竜刀をバトンでも扱うかのように回す。先端に付いた刃は鈴の手によって自在に角度を変えながら斬り込んで来る。

 

「(消耗戦は避けた方がいいな……一度距離を―――)」

 

「甘いっ!!」

 

ばかっと鈴の肩アーマーがスライドして開く。中心の球体が光った瞬間、一夏は手に持っていたブレードでガードする。瞬間、一夏は目に見えない衝撃に『殴り』飛ばされる。

一夏が持っていたブレードが砕け、辛うじて軽傷で済む。

 

「良く防げたわね。『龍砲』は砲身も砲弾も見えないのに」

 

一夏は音を失ったことで、視力と気配察知が異常になったことで、鈴の『龍砲』を察知することができたが、《リンドヴルム》の武装を一つ犠牲にすることで回避してしまったのだ。

 

「でも、次は当てるわ」

 

鈴が勝利宣言をするが、一夏は何故か―――笑っていた。

 

『《支配者の神域》』

 

静かに呟くと同時に、纏った《リンドヴルム》が、七色の光輪に包まれる。

そして、鈴の《龍砲》が一夏に襲いかかった瞬間、その姿が消えた。

 

「なッ!?」

 

鈴が驚いた時には、既に一夏は、鈴の眼の前にいた。

 

『《雷光穿槍》』

 

雷を帯びた大槍の特殊武装―――《雷光穿槍》を巧みに振るって、鈴に喰らいつく。

青竜刀で一夏の攻撃を防ぐ鈴だが、一夏の槍をガードする度に『甲龍』の動きが鈍くなっていき、やがてガードが間に合わなくなる。そして、一夏の一撃が決まる。

 

『《雷閃》』

 

バシィィィッ……!

 

瞬間。雷鳴が轟き、突撃槍の穂先から雷が放たれる。

 

「う、ああッ……!?」

 

障壁と装甲の上から穂先と電撃を受け、鈴は後方へと弾かれた。

 

『―――お前の負けだ』

 

そう突き放して、一夏は鈴に背を向ける。

 

「何処へ行くつもり? アンタの相手はまだここにいるわよ」

 

『……っ!?』

 

その瞬間、鈴は《甲龍》で一夏の《リンドヴルム》に背後から組み付き、拘束していた。

 

『青竜刀を犠牲にして、最後の一撃を回避したか……』

 

「そうよ。アンタの《雷光穿槍》は触れた物にしかスタン効果が発揮しない。なら、当たる寸前で捨てれば、多少は回避できるのよ」

 

勿論そのことは一夏は分かっていた。

だが、鈴は一夏の《雷光穿槍》を能力の唯一の欠点に気付いたのだ。

 

「それに《支配者の神域》で転送できるのは、大きさに制限があったわね? 《リンドヴルム》を纏ったアンタ自身の大きさが、その限界。ならこうして組み付いていれば飛べない!!」

 

普通では思いつかない行動に一夏は冷汗を掻く。

一瞬の油断で鈴は組み付けるチャンスをギリギリまで待ち、見事に勝ち取ったのだ。

 

「食らいなさい!」

 

鈴の左右に浮遊していた衝撃砲が砲火が一夏に襲いかかろうした、その瞬間、

 

バシィィィッ!

 

耳をつんざく轟音とともに、《甲龍》と《リンドヴルム》が雷に包まれた。

 

「ッ―――!? (自分の周囲を……《雷閃》で攻撃した……!!?)」

 

鈴は一瞬、その凄まじい閃光で目が眩む。

直後、超然とした声が響くように聞こえた。

 

『《星光爆破(スターライト・ゼロ)》』

 

いつの間にか鈴の拘束から逃れ、アリーナの対岸まで瞬間移動した一夏が、そう呟く。

直後、その肩に連結されていた砲身が唸りを上げて起動し、球状の光弾を発射した。

 

「……ッ!?」

 

眩しさに目を細めながら、鈴は息を呑む。

黄色に明滅する光弾の速度は、決して速くない。

だが、そのほんの数秒後。

光弾がアリーナの中心へと到達した瞬間、その場で揺らめき、爆裂した。

 

ドウッ!

 

網膜を焼く閃光と、息も出来ない程の爆風がアリーナ内に激しく渦巻き、観客席の生徒たちが悲鳴を上げる。

ほぼアリーナの八割の広さが、光と爆炎で埋め尽くされた。

星光爆破(スターライト・ゼロ)》は、《リンドヴルム》が持つ、もう一つの特殊武装だ。

溜め込んだエネルギーを極限まで圧縮した『星』と言う光弾を撃ち出し、数秒後、そこを中心とした半径三百メートル内の空間を爆撃する、広範囲超威力の殲滅兵器。

その砲撃を一夏は完璧に計算し、観客席に被害がでないよう、調整して放っていた。

 

「一夏くんが、本気を出すとはね―――」

 

モニターで観戦していた楯無は、驚きを隠せぬ表情で呟き、眼下のアリーナに視線を落とす。

凄まじい衝撃と炎の余波が消え、煙が晴れると―――。

 

『試合終了。勝者―――織斑一夏』

 

星光爆破(スターライト・ゼロ)》の一撃で、《甲龍》のシールドエネルギーが、力尽きる。

その瞬間、勝敗を告げるアナウンスが鳴る。

直後に大歓声が、アリーナの中に降り注いだ。

 

「……負けたんだ、私……」

 

『立てるか?』

 

一夏は力尽きて仰向けに倒れている鈴の元に下り立つと、手を差し伸べる。

 

「今回はアンタの勝ちよ。だけどね! 次はアタシが勝つからね!!」

 

『ふん。次があればな』

 

鈴は一夏に指を突き付け、一夏は笑みを浮かべ、それを受け取る。

 

ズドオオオンッ!!

 

「!?」

 

鈴を立ち上がらせた瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。



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18話

「(今の衝撃は一体……コイツがやったのか?)」

 

姿からして異形だった。深い灰色をしたそのISは手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びていた。しかも首と言う物がない。肩と頭が一体化しているような形をしている。

何より特異なのが、その『全身装甲』だった。

 

「(こんな……全身装甲のISなんて、今まで見たこともない……)」

 

通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。なぜなら、必要がないからだ。防御はほとんどがシールドエネルギーが行なってしまう。だから、見た目の装甲というのはあんまり意味を成さない。もちろん防御特化型ISで物理シールドを搭載しているものもあるが、それにしたって肌が一ミリも露出していないISと言うのは今までに聞いたことがない。

 

「一夏! 試合は中止よ! 今すぐピットに戻って!!」

 

『あっちは逃がすつもりはないのだが?』

 

「あいつ、アリーナの遮断シールドを力ずくで破壊したのよ。とんでもない火力を持っている……攻撃されたらタダじゃすまないわ」

 

『そうしたい所だがな……!!』

 

間一髪、鈴の身体を抱えてその場から離れる。その直後に熱腺で砲撃された。

 

『ビーム兵器か……しかもセシリアのISより出力は上……』

 

「ちょっと!! 馬鹿! 離しなさいよ!!」

 

『お……おい! 暴れるなって!!』

 

「うるさいうるさいっ!! 大体何処触って……」

 

『ちっ!! 《支配者の神域》』

 

うるさい鈴はさておき、煙を晴らすかのようにビームを連射してくる。

それをどうにかかわすと、その射手たるISがふわりと浮かび上がって来た。

 

『お前……何者だよ』

 

当然といえば当然だが、謎の乱入者はこちらの呼び掛けに答えない。

 

『織斑くん! 凰さん!』

 

『山田先生!』

 

割り込んで来たのは山田先生だった。

 

『今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちが制圧に行きます!!』

 

『……いや、俺は残ります』

 

あのISは遮断シールドを突破してきた。と言うことはつまり、今ここで誰かが相手しなくては観客席にいる簪に被害が及ぶ可能性があるということだ。

 

『だ、駄目ですよ!! あなたたちに、もしものことがあったら……』

 

『鈴は先に行っていろ』

 

『わかったわ。無理だけはしないでよね』

 

『ああ』

 

一夏は鈴をピットの上に下ろす。

鈴の『甲龍』は既にシールドエネルギーがなく、起動させるには数時間が必要だった。

このままでは一夏の足手まといになることが分かっていた為、鈴は大人しく一夏の言葉に従う。

 

『さてと……殺りますか』

 

鈴がピットの奥へと下がるのを見届けた一夏は獲物を構える。

そして、学生から仕事モードへとクラスチェンジした。

 

 

 

 

「織斑くん! 聞こえています!? もしもし! もしもし!!」

 

ISのプライベート・チャンネルは声を出す必要は全くないのだが、そんなことを失念するくらい山田先生は焦っていた。

 

「落ち着け」

 

「ひゃうっ!?」

 

慌てる山田先生のおでこにデコピンが入る。

 

「おっ……織斑先生……!」

 

デコピンを入れたのは織斑先生だった。

 

「つ、通信が切れちゃって、織斑くんが……!!」

 

「ああ。本人がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「な、なにを呑気なことを言ってるんですか!! 早く救援に行かないと!」

 

「これを見ろ」

 

「え……こ、これは!」

 

ブック型端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。

 

「遮断シールドがレベル4に設定……ステージに通じる扉も全てロックされている。これでは救援に行けない」

 

「まさか……あのISが……!?」

 

「だろうな。シールドの解除を三年の精鋭たちに任せているが、あと何分かかるかわからない。政府に援助の連絡も入れたが……それもすぐには来ないだろう」

 

状況が芳しくない状態であるにもかかわらず、千冬は落ち着いていた。

 

「まあ、織斑なら大丈夫だろうな」

 

「え?」

 

千冬の言葉に真耶は驚く。

 

「(主人の危機である以上、アイツも本気になるな)」

 

更識家の従者となった一夏に与えられた二つ名は……『雷帝』。

主を守る、最速の槍。それが更識家の最強の従者である織斑一夏に与えられた名だった。

 

 

 

 

「(この動き……やっぱりそうなのか?)」

 

一夏は敵ISの動きに合わせて《雷光穿槍》を振る。

しかし、敵は当たる寸前で一歩下がる。この行動は《雷光穿槍》の特殊能力に気付いていることに他ならなかった。

しかもこれを七回も回避しているのだ。

 

「(人が乗っていないな)」

 

《雷光穿槍》の特性に気付いているのであれば、鈴のように別の方法で攻撃してきたはず。だが、眼前の敵ISは追撃の一つもしてこなかった。

これは人ではなく、パターン化された行動だった。このことから、一夏は眼前のISは無人機だっと判断したのだ。

 

「(人が乗っていないなら、アレを―――)」

 

一夏が突撃姿勢に入ろうとした瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

 

『一夏ぁっ!!!!』

 

『箒!? そんな所でなにしてるんだよ!!』

 

『男なら……そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!!』

 

気付くと、敵ISは箒のいる館内放送者の方を見ていた。

 

『ちっ!!』

 

その瞬間、一夏が動いた。

それに反応するかのように敵ISが一夏に向けてビームを放つ。

 

『《支配者の神域》』

 

静かに呟くと同時に、纏った《リンドヴルム》が、七色の光輪に包まれる。

そして、ビームが一夏に襲いかかった瞬間、その姿が消えた。

 

『!?』

 

敵ISは一瞬動きが止まった時、既に一夏は、敵の眼前にいた。

 

『《星光爆破》』

 

一瞬に移動したことにより、緊急処理が行なわれフリーズした敵ISへ、ゼロ距離から超圧縮の光弾を放つ。

直後、一夏は上空へと高く飛翔し、凄まじい程の電撃を纏わせた《雷光穿槍》を構えた。

 

『止めだ』

 

光弾の爆発と同時に、一夏は眼下の敵ISへ突貫した。

二種類の攻撃を、一人で同時に当てる『重撃』。

敵が爆破される瞬間を狙い、一夏がそれを仕掛ける。

爆風と衝撃波が一帯を揺らす中、一夏は自らの砲撃によるダメージも厭わず、敵ISの胴を深々と貫いた。

 

『う……、あ』

 

さすがに相当消耗したのか、突き立てられた槍を引き抜きながら、一夏はぐらりと身体を揺らした。

 

「(限界か……)」

 

『―――敵ISの再起動を確認! 警告! ロックされています!』

 

『!?』

 

殆ど原型を留めていない敵ISが、一夏を狙っていた。

次の瞬間、迫り来るビームに一夏は、ためらいなく光の中へと飛び込む。

真っ白な視界の中、槍が装甲を貫く手応えを感じた。



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19話

「…………」

 

全身の痛みに呼び起こされ、一夏は目を覚ました。

 

「気が付いたか」

 

そこにいたのは、織斑先生だった。

一夏は周囲を見回す。どうやら保険室らしい。

 

「簪 は … … 無 事 な の か ?」

 

「観客への被害は無かった。だが、今回のは流石の私でもひやっとしたぞ」

 

そう告げる千冬の表情は、いつもよりずっと柔らかった。

そして、千冬は一夏のIS『リンドヴルム』を投げ渡す。

 

「では、私は後片付けがあるから戻るが、お前はもう少し休んでから戻れ」

 

それを言い残すと、千冬はすたすたと保健室を出て行った。

 

「(戦利品もいただいたし……次は何を作ろうかな)」

 

一夏は『リンドヴルム』の特殊なデータ領域からある物を取り出す。それは、菱形立体のクリスタルだった。

 

 

 

 

千冬が保健室から出ると、携帯端末からコールが鳴る。

 

「織斑先生」

 

「山田先生か……どうだった」

 

相手は山田先生だった。

山田先生の近くには機能停止したISがあり、一夏が討伐したISの解析がおこなわれていたのだ。

 

「はい……それが」

 

山田先生はISの方に向き直ると、

 

「やはりあのISは無人機でした。ただ……」

 

世界中で開発が進むISのなか、その完成していない技術。遠隔操作と独立稼働。そのどちらか、あるいは両方の技術が使われた謎のIS。しかし、そのISに、

 

「ただ?」

 

「コアだけがないのです」

 

「コアがない?」

 

コアだけが無くなっていたのだ。

 

「何か心当たりは?」

 

「いや……ない。(コアがない? だが……あれは完全に稼働していたはずだ)」

 

そう言って千冬は端末を切る。

 

「何処に行ったんだ?」

 

コアの喪失は結局表に出ることはなく、この事件は闇に葬られた。

 

 

 

 

翌日。いよいよ簪との約束していた、外出の日がやって来た。

 

『行こっか』

 

そう言って、一夏は簪の手を取って歩き出す。

 

「あっ……」

 

温かい感触に、簪は頬を赤らめる。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

駅前へと向かって歩き出す一夏と簪。その姿を物陰から見つめる二つの影があった。

二人が青になった横断歩道を渡って人混みに消えると、頃合いとばかりに姿を現す二つの影。

 

「……ねぇ」

 

「……なんですの?」

 

「……あれって」

 

「……握っていますわね」

 

何処から見ても同じ答えが返ってくるだろう言葉に、セシリアは引きつった笑顔を見せる。

 

「そっか、やっぱりそっか。―――よし、殺そう」

 

握りしめた鈴の拳は、既にISが部分展開されており、衝撃砲発射まで二秒とかからなくなっていた。何とも恐ろしい十代乙女の純情であった。

一夏たちを尾行していたのは、鈴とセシリアであった。

 

『ほう、楽しそうな話をしているな』

 

いきなりプライベート・チャンネルからかけられた声に、驚いて振り返る二人。

そこに立っていたのは、尾行していたはずの―――一夏だった。

 

「なっ!? いつの間に!」

 

『そう警戒するな。今のところ、危害を加える気はないぞ』

 

気配すら感知することが出来なかった鈴とセシリアは警戒心を強くしていた。それに対して一夏はしれっと言葉を返す。

 

『あっ、だが一つだけ忠告してやる』

 

一夏は肩の力を抜くと同時にその場から消え、鈴とセシリアの間に立っていた。

 

「っ!?」

 

一夏から鈴とセシリアの距離は、目算で七メートルほどあり、とても一瞬で詰められる距離ではない。

鈴とセシリアですらそう判断していたが、完全に上を行かれた。

 

『簪に危害を加えると言うなら、話は別だ』

 

一夏は威圧を込めた冷笑を見せ、事実を告げる。

 

 

 

 

「終わったの?」

 

『ああ』

 

一夏は鈴とセシリアに忠告して、簪の元に戻った。

簪は尾行されていたことは気付いておらず、一夏はちょっとした理由をつけてそこに待たせ、何も無かったように戻って来たのだ。

 

『何処に行くか……』

 

特に目的も決まっていなかっため、駅前のショッピングモールを中心に、売り物を見に行くことにする。

 

『どこか行きたいところはあるか? 簪』

 

「え、ええと―――」

 

正直、簪は言いにくかった。簪が困った顔を見せると、

 

『すまん。やはり俺では、うまくエスコートできなかったか……』

 

ずん、と肩を落とした表情で一夏が呟いた。

 

「ち、ちがうの! そ、その……ちょっと行きにくい場所でね」

 

『……本当……か?』

 

少し間を開けた後、一夏はふと真顔に戻り、問いかけてくる。

 

「う、うん! あそこなの……」

 

簪が指した場所は……ビデオ店だった。

 

 

 

 

簪の行きたかったビデオ店に入り、趣味であるヒーロー物の作品を数点買う。それから、少し経ってからもう一度問いかける。

 

『他に行きたいところとかあるか?』

 

「じゃ、じゃあその―――人気のない、ゆっくりとした所……」

 

『静かな場所か?』

 

「う、うん」

 

『なら、こっちだ』

 

そして、一夏が知るその場所へと案内することにした。

 

 

 

 

駅前から離れて五分弱。

街の外れの細道を歩き続け、小さな公園へと一夏たちはやって来ていた。

周囲を背の低い広葉樹に囲まれ、青々とした芝生の絨毯(じゅうたん)が敷かれたそこは、まるで草木で作られた小部屋だった。

中には小さな花壇もあり、差し込む穏やかな陽光が咲いている花を照らしている。

傍には作りかけの緑石や彫刻などもあり、幼少の頃の遊び場のような懐かしい雰囲気の庭だった。

 

「こんな場所が……」

 

『休むならここがいいと思ってな』

 

そう伝えて一夏は、そっと簪を座るように促した。

芝生の絨毯の上に並んで座ると、お互いにふっと小さな息が漏れた。

 

「……一昨日の怪我、なんでもないフリをしているの?」

 

『…………』

 

簪の一言に、一夏の表情が、一瞬驚きに変わる。

だがすぐに、いつもの顔に戻った。

しばしの沈黙。

鈴との攻防で、自分に最大出力の《雷光穿槍(ライトニングランス)》を打ち込んだ件だ。

一夏は試合後も、顔色ひとつ変えていなかったが、あれでかなりのダメージを負っていたはずなのだ。

 

『バレていたか……』

 

そして、ふっと息をつき、徴笑を浮かべた。

 

『簪に見抜かれるようでは、俺も未熟だな』

 

「そんなこと、ないよ」

 

自嘲気味な一夏の言葉を否定し、簪は強く伝える。

 

「無理だけはしないで。一夏くんの身体はもう……」

 

『…………』

 

一夏はしばし、目を丸くして簪を見つめたが、

 

『それは出来ない。俺はまだ、気を緩めるわけにはいかない』

 

あくまで毅然とした態度で、そう伝えた。

 

「お願い……」

 

『それは聞けない』

 

一夏はきっぱりと伝えた後、自信に満ちた笑みを見せる。

 

『いいか、簪。強者とは、絶対の孤独に耐えうる者のことを言うのです。ですから俺は平気ですよ』

 

「一夏、くん……」

 

更識家の従者の一人として。主人を守る剣としての覚悟に、簪が心を打たれかけたとき―――、

 

『緊急招集が発令されました。『雷帝』、楯無様の元に集合されし』

 

プライベート・チャンネルから緊急招集が一夏の元に送られて来た。

 

『どうやら、今日はここまでのようですね』

 

「…………」

 

そっと一夏が、簪の頭を撫でてくる。

 

「無事に帰ってきて……」

 

簪は笑みを消し、目の前で拳を握る。

学園の校門の前たどり着き、簪と別れた。

生徒開室前に着くと一夏はノックし、入室する。

 

「来たわね。じゃあ、仕事を始めましょうか」

 

生徒会長の席に座っていた楯無が立ち上がり、一夏はその後ろをついて行った。



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20話

簪とのお出かけを途中で中断されて、日が暮れかかった時だった。

 

「さて、と。始めましょうか」

 

そう言った楯無も、隣に立つ一夏も、IS学園の制服だった。

場所はIS学園から近い臨海公園。なにかと曰く付きの場所である。

 

「先程、亡国機業らしき工作員の所在を突き止めることに成功したと、本家から連絡を受け取ったわ。よってこれから私たちは彼らのいると思われる場所に突入する。私と一夏くんは本艦に突入。他は警戒線を張って頂戴」

 

「了解しました」

 

一夏の他に集められた更識家の者が楯無の命を聞き、解散する。

 

「さて、私たちも行きましょうか」

 

一夏は楯無の口読みし、頷く。

それを確認した楯無は臨海公園の柵をひょいっと乗り越えて、海に着水する。

一夏もそれに続いて降りた。

 

 

 

 

「さて、と。ここまではいいわね」

 

一夏と楯無はびしょ濡れの髪をかき上げながら、何でもない様子で楯無が言う。

 

「それにしても、妙ね」

 

一夏と楯無は少し疑問を感じた。

ここまで、来るのに誰人と会っていないのだ。

 

「(運が良かったのかしら? いや、でも……)」

 

罠だったのか。

そして、それはどうやら後者だった。

 

「出て来たらどうだ? 更識楯無」

 

「っ!?」

 

声からして女だろう。気配を消していた楯無がいとも簡単に見つかったことから、この女は相当できる奴だと確信した。

そして、楯無は何かに掴まれたような感覚に落ちる。

楯無は仕方ないと出ようとした瞬間、

 

『外れだよ』

 

機械的なボイスを放ちながら、一夏が女の背後から刺突剣を引き抜いていた。

 

「はっ! バレバレの攻撃だよ」

 

女の背後から伸びたアームのような物に阻まれ、一夏は一気に距離を離す。

 

「なんだよ。楯無かと思ったんだが、犬の方かよ」

 

女はガッカリしたように手を腰に当て、めんどくさそうに頭を下げる。

だが、女は一夏のある物を見て、目を開く。

 

「おいおい。更識家って、あんなの物まで飼い馴らしていたと思わなかったな」

 

そう言って、女は首元からある物を取り出す。

それを見た一夏も目を大きく開く。

 

()()()()()。このオータムが相手してやるよ」

 

オータムが取り出したのは、二つのタグだった。

そして、その一つに、

 

『B2……』

 

B/2と刻まれていた。

そして、一夏もタグを相手に見せる。

 

「(……刺突剣(レイピア)。まさか、このISのご時世に、仕込みか? まあ……こんな華奢な野郎だ。どんな獲物にしろどうせ低級。……精々D―――)」

 

だが、オータムは一夏のタグを見て、驚かされた。

一夏のタグに、A/0と刻まれていたからだ。

 

 

 

 

「…………」

 

オータムは一夏のタグを見て、息を呑む。

 

「(A0級? こいつが!? 更識家め……とんでもねぇ物を飼い馴らしてやがるんだよ)」

 

このタグの意味を知る者なら、一夏は相当な化け物だ。

しかし、それの意味を知っているのは、オータムだけだった。

 

「(……はったり。そうだ、ハッタリに決まって―――)」

 

バシィイッ! という雷鳴と同時に一夏の背後が輝き、黄金のISが現れる。

オータムが驚きに目を瞬かせている隙に、更にその半身を装甲が覆った。

 

「っ!? ISだと!? 男がISって……まさか、お前!!」

 

『対暗部。更識家の守護者、《雷帝》。織斑一夏が参る』

 

そして、狭い船室で同時に瞬時加速に入ったIS二機がぶつかり合う。



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21話

「ちっ!」

 

『《雷光穿槍》』

 

オータムの背後から伸びる八つの装甲脚と一夏の大槍がぶつかり合う。

しかし、一夏はすぐさま数歩下がる。

 

「スタン効果か……厄介な物を持っていやがるな」

 

一夏の《雷光穿槍》を受けたはずの装甲脚が何故かスタンせず、襲いかかったのだ。

そして、一夏はあることに気付く。

 

『俺の雷を地面に誘導したか……』

 

「ほう。良く気付いたな」

 

オータムは一夏の《雷光穿槍》がスタン効果を持っていると判断し、装甲脚の一本を地面に刺していた。

これにより、雷撃は地面に流れ、ほぼ無効化していたのだ。

ISは本来は上空で闘うため、こう言ったことは殆ど起こらない。

 

「まさか、男性操縦者の織斑一夏が《黄昏種(トワイライツ)》だったとは思わなかったぜ……」

 

黄昏種(トワイライツ)?』

 

「あ? なんだ、もしかして自分の正体すら知らなかったのかよ!? こりゃあ、傑作だぜ」

 

オータムはゲラゲラと笑い、腹を押さえる。

 

認識漂(タグ)ってのはな普通、戦死した人間をそれと確認する為のモノだがな。()()を首に提げると、意味合いが違ってくる」

 

オータムは首に提げられたタグを手に取り、このタグの意味を説明し始める。

 

「呼び方は色々とあるな。「タグ付き」、「怪物(モンスター)」、「被害者」、お偉方は「負の遺産」なんて呼ぶしな」

 

オータムは何かの薬を取り出す。

 

「まあ、ざっくり言っちゃえば。私らは幸福を得られない者さ」

 

オータムは数個飲み込む。

 

「久しぶりに同類に会えてしまって、ちっと話し過ぎたな。こっからは本気で()ってやるよ」

 

オータムはIS《アラクネ》を完全展開する。

それは、背中に8つの独立したPICを展開していた装甲脚を備え、蜘蛛を模した異様な容姿をしたISだった。

 

『一つ訂正だ』

 

「あ?」

 

『幸福を得られない者と言ったな。だが、俺は今でも幸福を得ているよ』

 

そう言って、一夏もIS《リンドヴルム》を完全展開させた。

 

「はん、そうかよ。だが、お前は近い将来……後悔するな」

 

またしても同時に、瞬時加速を始める。

さらに脚部スラスターを総動員させて出力をあげていく。

お互いのアーマーがミシミシと音を立てている。

 

『《雷閃》』

 

バシィィィッ!!

 

雷鳴が鳴り響く。

 

 

 

 

ドォォンと、衝撃音を遠くに聞きながら、楯無は訝しげに表情を張り詰める。

 

「これだけ騒ぎを起こして、誰も出てこない? やっぱりおかしいわ」

 

冷たい鋼鉄製の床を歩きながら、楯無は考えていた。

 

「なら、私の相手をしてくれるか?」

 

「!?」

 

いきなり背後からかけられた声に、驚いて振り返る楯無。

そこに立っていたのは、一夏とオータムが首に提げていたのと同じ認識漂(タグ)を付けた少女だった。

しかし、楯無が一番に驚いていたのはそんなことではない。

その少女の顔が―――織斑千冬と瓜二つだったからだ。

 

「秘密結社《亡国機業》。コードネーム《M》」

 

Mと名乗る少女の身体が輝きISが展開される。

楯無もMと同じくIS《ミステリアス・レイディ》を展開した。

 

「何分持つかしら?」

 

Mの見せる笑みに楯無は冷や汗を流す。

楯無はこの少女が自分より強いと確信していたのだ。

この瞬間、四機のISが海上でぶつかり合う。



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22話

「おらおらッ!! どうしたァ!!」

 

『ッ!?』

 

一夏とオータムの戦闘は一夏が不利になりつつあった。

《リンドヴルム》の唯一の武器である《雷光穿槍》が全く効かない状況下にあり、一夏はオータムに押され気味である。

しかも、先程とは違い気迫が物凄く。そこにかかる力が桁外れになっていた。

 

「(先程の薬か……)」

 

一夏は会話の途中にオータムが飲んでいた薬が頭の中に思い当たる。

一種のドーピングだと判断したのだが、それは一夏の予想を超える力を発揮していた。

 

「あ? なんだ?」

 

ISのハイパーセンサーで確認した所、現在この船には一夏と目の前の女、そして楯無と誰かの四人しか乗っていない。

《星光爆破》で終わらせたい所だが色々と問題がある為、それが出来ない状況だった。

 

『これで行くしかないか……』

 

そう言って、一夏は《支配者の神域》を展開する。

そして、七色の光輪に包まれる。

 

「ッ!?」

 

一瞬で現れた一夏に驚くオータム。

そんな状況で一夏は《支配者の神域》でオータムの目の前に移動し、《雷光穿槍》を放つ。

だが、オータムは既にその対策している為、《雷光穿槍》の効果は今一つであることは言うまでもない。しかし、一夏はその一撃が当たった瞬間、七色の光輪に包まれる。

 

「ガアァァァ!? 何で……電撃……が!?」

 

オータムが目にしたのは、切断された装甲脚だった。しかも、それは常に地面に差し込んでいたやつだったのだ。

 

「地面に到達する前に斬りやがったのか!?」

 

『賭けだったが、どうやらうまくいったようだ』

 

連続での《支配者の神域》は一夏の身体には大きな負担でしかない。

しかも、電撃が地面に流れる前にその装甲脚を切断しないといけないと言った、高難易度の技を一夏は行ったのだ。

普通の身体では、既に壊れていても可笑しくはなかった。

 

『残りの脚も、もらうぞ』

 

「一撃を与えられたかと言って、調子にのるんじゃねぇぞ!!」

 

オータムは装甲脚の先端を開き、銃口を見せる。

 

『《雷閃》』

 

一夏の《雷閃》と同時に装甲脚の銃口から実弾射撃が行なわれる。

だが、そこに緊急コールが一夏の元に届く。

 

『!?』

 

これは楯無が危機的状況に置かれた時のみに発令される物で、滅多に使われることはない物だ。

一夏はすぐさま、オータムの攻撃を回避しながら、楯無の居場所を探す。

 

「(居た!)」

 

一夏はすぐさま、《支配者の神域》を展開し、連続転移移動を行う。

 

「逃げるのかぁ!!」

 

オータムの叫びを無視して、一夏は楯無がいる場所へと向かう。

到着すると、楯無の前にブレードが振り下ろされかけていた。

一夏はすぐさま、楯無の前にいる少女を目がけて、《雷光穿槍》を放つ。

 

「ちっ!」

 

間一髪、楯無に届かず、一夏は大槍でその少女を無理矢理抑え込む。

 

『楯無は今の内に退却しろ!』

 

「そう、させてもらうわ……」

 

ボロボロになってしまった《ミステリアス・レイディ》を楯無は無理矢理起動させ、離脱を試みる。

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

少女の周りに飛ぶ、自立機動兵器が一夏を囲む形で止まる。

一夏は少女を抑え込んでいた大槍を手放し、その場を離れた。

 

「ちっ! 感の良い野郎だな」

 

バイザーで隠れた顔だが、少女は一夏とほぼ変わらない位の歳だった。

だが、一夏が最も目にいったのは、彼女が首に提げている物だった。

 

「ん? なんだ、お前も同類か」

 

『黄昏種……』

 

それは、一夏の物と同じ物であり、あのオータムと言う女もしていたやつだった。

 

「なら見せろよ」

 

そう言われ、一夏と少女はお互いにタグを見せる。

そして、同時に驚くことになった。

何故なら、

 

「A0級……」

 

お互いのタグにA/0と刻まれていたからだ。



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23話

「…………」

 

少女は一夏のタグを見てから、黙り込んでしまった。

 

「(組織に居る奴以外にA0級クラスの奴がいるなんて……ん?)」

 

少女は一夏を改めて見て、あることに気付く。

 

「(ああ。なんて私はついているのかしら……)」

 

少女は不気味な程の笑みを浮かべる。

そんな少女を見ながら、一夏は、

 

『…………』

 

肩から息が上がっていた。

《リンドヴルム》の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)支配者の神域(ディバインゲート)》を異常なまで使ったことによる副作用が一夏の身体に襲いかかって来ていた。

 

「(これ以上、この場にいるのは不味いな……)」

 

楯無は辛うじて離脱は出来たようで、一夏がこの場に留まる理由はない。

だが、目の前の少女はどうやら、逃がしてくれそうにはなかった。

 

「(《支配者の神域(ディバインゲート)》はもう使えない。使えたとしても、一回成功するかどうか。《雷光穿槍(ライトニングランス)》も精々一発から二発が限界だろうな……さて、ここをどう斬り抜けるか)」

 

一夏は今あるカードで。どうやってこの場を斬り抜けようかと、思考を掛け巡らせる。

そして、覚悟を決めた。

 

「(楯無は怒ると思うけど、仕方ないな……)」

 

簪との約束がある以上、一夏はこの場を斬り抜けなければならない。

 

「(身体よ、もってくれよ!)」

 

ガキィン!

 

と、一夏の心の叫ぶと、《リンドヴルム》の肩口に連結された主砲を、少女に向けた。

残りのシールドエネルギーを注ぎ込んだ、一夏の切り札《星光爆破(スターライト・ゼロ)》。

船など一撃で跡型もなく吹き飛ばしてしまう超広範囲の攻撃では、少女も避けざるをえない。

 

「ッ……!?」

 

エネルギーの充填前に、少女は一夏に高速で飛びかかった瞬間、一夏の槍が電撃を帯び、眩しく輝いた。

直後、《支配者の神域》で瞬間移動し、少女から限界まで距離を取る。

最初の充填の動作は―――偽り(フェイク)

 

『《星光(スターライト)……爆破(ゼロ)》』

 

弱弱しい一夏の声とともに、圧縮されたエネルギーの光球が放れた。

 

 

 

 

「ッ!」

 

楯無はなんとか臨海公園までたどり着き、部下たちに介抱されていた。

 

「あの力は一体何なの……」

 

見た目は一夏と楯無と歳は殆ど変わらないのにも関わらず、楯無は一方的に負けたのだ。

 

「(まるで、一夏くんとそっくりじゃない……そいえば、あの娘もタグを付けていたわね)」

 

一夏がIS学園に入学する前に一度だけ、楯無は一夏と模擬戦を行ったことがあった。

そして、同時に一夏の異常なまでの身体能力を目にし、楯無は負けた。

 

ドウッ!

 

「!? あの子まさか!!?」

 

一夏がいる方向で強い光と爆発音が聞こえ、楯無はその場から立ち上がる。

 

「すぐさま、救出隊を向かわせなさい!」

 

「は、はい!」

 

一夏が使ったのは《星光爆破(スターライト・ゼロ)》。

長時間の戦闘で既にシールドエネルギーがない状況で、一夏は切り札を切ったのだ。

 

「アンタが死んだら、私はあの子にどんな顔をすればいいのよ……」

 

楯無は手摺りを強く握り締め、爆発があった方向を見る。

その数十分後、一夏は無事に保護されたが、異常までのダメージを受けており、入院することになった。

 

 

 

 

「あの野郎……自爆覚悟であんな物撃ちやがって」

 

オータムは一夏を追って来ると否や網膜を焼く閃光と、息も出来なき程の爆風が襲いかかったのだ。

 

「…………」

 

少女はそんなオータムの横を歩くが、何も言わない。

 

「(織斑一夏……)」

 

一夏の一撃を僅かだが受け、一夏の確保に入ろうとしたが、上からの命令により、すぐさま撤退することになる。

少女は僅かに残った一夏との戦闘の感触を確認していた。

 

「次は……私が勝つ」

 

少女……Mは首に提げられたタグを握り締め、アジトに戻って行った。



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24話

亡国機業(ファントム・タスク)との激闘を繰り広げて一ヶ月が経ち、六月になった。一夏は安静の為、長期入院が言い渡され、今も病院で仲良く暮している。

あの後、一夏が入院したことが簪の耳に入り、こっぴどく怒られた。

そして、一夏が入院している間に一組に二人の男女が転校して来たらしい。

 

『二人目の男性操縦者?』

 

「うん。でも、何か違和感を感じるの」

 

フランスからの転校生であり、名前はシャルル・デュノアと言うらしい。しかも、代表候補生でもあるみたいだ。

簪が言うには、見た目が女性に近い人らしい。まあ、女性顔で男性って言う人はいなくはない。だが、その転校生はそっちの方ではないらしい。遠くから見たからあんまり知らないが、簪が一番最初に感じた感じだと、女性だと思ったらしい。

 

『この時期に転校だと、俺が狙いか……』

 

「うん。クラス対抗戦の時に一夏が使った《リンドヴルム》も、その対象だと思う」

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)である瞬間移動《支配者の神域(ディバインゲート)》に、触れただけで機能が低下する大槍《雷光穿槍(ライトニングランス)》。広範囲殲滅兵器《星光爆破(スターライト・ゼロ)》。と今までにない能力や特殊武装が満載された一夏のIS《リンドヴルム》を各国が目に留めない訳がない。

しかも、その製造は完全に秘匿されている上、製造及び設計図を知っているのはここにいる簪のみである。

 

『もう一人の方は?』

 

「うん。それがちょっと厄介な転校生なの……」

 

話によれば、その転校生の名前は、ラウラ・ボーデヴィッヒと言うらしい。

これも、前者と同じく代表候補生で、ドイツと言うことだ。

 

『ドイツ……となると』

 

「うん。一夏のお姉さんである織斑先生の元教え子らしいの」

 

『そりゃあ、厄介事だな』

 

この情報は一組にいるのほほんさんからだ。

のほほんさん。更識家の()()()で、専属が簪である。一夏にしてみれば、先輩にあたる人物である。

ちなみに本名は布仏(のほとけ) 本音(ほんね)。楯無の専属メイドの布仏(のほとけ) (うつほ)の妹である。

そんな、本音……もとい、のほほんさんから得た情報からだと、骨の隅まで軍人精神が染みった転校生らしい。

 

『あの千冬姉だから、神様と勘違いしていそうだな……』

 

「あり得そう……」

 

『とりあえず、俺がいない間の報告ありがとうな。簪』

 

「うん。本当に無理だけはしないで」

 

『嗚呼』

 

「それと、これお姉ちゃんから」

 

簪は一通の封筒を一夏に手渡す。

表には『秘匿』と赤く判子が押されており、見るに怪しげな封筒だった。

 

『嗚呼。ありがとう』

 

一夏は早速開け、中にある書類を確認する。だが、一夏の知りたい情報は得られなかった。

 

「お姉ちゃんに何を頼んだの?」

 

黄昏種(トワイライツ)……』

 

黄昏種(トワイライツ)……?」

 

『嗚呼。どうやら、このタグがそうらしい。だが、黄昏種(トワイライツ)に関する情報が全くないのだ。しかも、更識家の力ですら』

 

「それって、可笑しくない?」

 

更識家は裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部であり、情報網は相当あるのに、黄昏種(トワイライツ)に関する情報は全く手に入らなかった。あるのは、過去に一度だけ会ったことがあるだけで、それ以外の情報がない。完全に手詰まりだった。

 

「う~ん。私だと足手纏いだね」

 

『まあ、無い以上仕方ない。地道に探すさ』

 

そうさ。この情報を良く知るのはあの亡国機業(ファントム・タスク)である。

奴らとは、また会うだろう。その時に手に入れればいい。

 

「じゃあ、私はもう行くね」

 

『嗚呼。またな』

 

「今度は学校でね」

 

そう言って、簪は行ってしまった。

簪を見送った一夏は首に提げられたタグを握る。

 

『私たちは幸福を得られない者だ』

 

オータムが言ったあのセリフを思い返す一夏。

 

「(例えそうだとしても、俺はあいつ()が幸せであるなら、それでいい……それ以外に望む物はない)」

 

例え、人類が敵になろうとも、俺はお前の味方だ。



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25話

完全復活、パーフェクト織斑様だぜい! ……と冗談は置いといて、長きに渡る入院生活を終え、一夏はIS学園に復学する。勿論、入院生活中でもトレーニングは欠かせずやっていたので、筋肉とかは一切落ちていない。

そして、いつも通り一組に入る。

 

「あ! 織斑くん、戻って来た!」

 

「ホントだ!」

 

クラスメイトが一夏の姿を見て、騒ぎ出す。

一ヶ月近く、学校を休んでいたのだから、騒ぎ出すのは仕方ない。

 

「お久しぶりですね。一夏さん」

 

『嗚呼』

 

一番最初に声をかけてきたのは、セシリアだった。

 

『俺がいない間、クラスのことを任せてすまない』

 

「いいえ。特にそれっと言った問題はありませんでしたので」

 

一夏がいない間、セシリアはクラス代表を務めたが、大きなイベントは無かったため、普通の業務をするだけで終わった。

 

「そうですわ。実は一夏さんがいない間に転校生が来ましたわ」

 

『転校生か……』

 

「ええ。しかも二人ですわ」

 

セシリアの言っている転校生の情報は既に入手しているので知っているが、一夏は敢えて何も言わない。

 

「丁度、来ましたわ」

 

そう言って、セシリアは教室のドアの方に視線を向ける。

一夏もそっちを見ると、

 

「皆さん、おはようございます」

 

人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち居振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。簪から聞いた通りの転校生がそこにいた。

 

「おはようございますですわ。シャルルさん」

 

セシリアの挨拶に気付いたシャルルはニッコリと笑顔を見せる。

 

「オルコットさん。後ろにいる人って、もしかして……」

 

「シャルルさんは初対面でしたわ。ええ、このクラスのクラス代表の織斑一夏さんですわ」

 

セシリアに紹介され、一夏は軽くお辞儀する。

 

「初めまして、フランスから来ました。シャルル・デュノアです」

 

シャルルは握手を求め、一夏はそれに応じる。

そして、一夏は常に持ち歩いている空中ディスプレイを起動させ、文字を入力した。

 

『織斑一夏だ。よろしくな』

 

その行動を見て、シャルルはあることに気付く。

 

「織斑くんって……もしかして、喋れないの?」

 

『嗚呼。ここに来るまでに事故でな。因みに耳も駄目だ』

 

「え!?」

 

流石のシャルルもそれには驚きだった。

 

「もしかして、長期いなかったのって……」

 

『いや。それは別件だ』

 

それを見て、シャルルは何故か一安心する。

 

『それで、もう一人は……』

 

一夏がセシリアにもう一人の方を訊こうとした時だった。

 

「織斑一夏ぁ!!」

 

一夏の背後から勢い良く迫って来る者がいた。

耳の聞こえない一夏では、彼女の声は聞こえていない。周りもそれに気付いた時には既に遅く回避は出来ない……と思われた。

 

「っ!」

 

一夏は後ろに跳び、彼女の攻撃を回避したのだ。

簡単に説明すれば、助走なしで一夏はバク宙で回避した。

 

『殺気をそれだけ出していれば、気付かないとでも思ったか?』

 

背後を取られた彼女は直ぐに振り向くと同時に拳を出すが、

 

「っ!! 離しやがれ!!」

 

出された拳を一夏は掴む。

 

『セシリア。こいつがそうなのか?』

 

「あ、はい。ドイツからの転校生のラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

『ふ~ん』

 

一夏は改めて彼女を見る。

輝くような銀髪。ともすれば白に近いそれを、腰近くまで長く下ろしている。そして左目に眼帯。映画とかで出てくる『軍人』が使うような、黒眼帯。開いている方の右目は赤色を宿していた。

 

「死にやがれ!!」

 

ラウラは空いた方の拳を一夏に向けるが、

 

「ッッッ!?」

 

一夏は最初に掴んでいた拳を軽く曲がらない方向へと曲げる。

その痛みにラウラは攻撃を中断をせざるを得なかった。

そして、痛みに耐え切れず、膝が着く。

 

「認めない……貴様が、あの人の弟など……私は、断じて! 認めん!!」

 

『そうかい』

 

一夏は掴んでいた拳を手放し、ラウラは肩を押さえながら、去っていた。と言うより、自分の席に向かった。

 

「一夏さん! 無事ですか!?」

 

『それ以外に何に見える』

 

一連の出来事にクラスは静まり返ってしまった教室。

だが、それはSHRを知らせる鐘によって切り替わった。

 

「SHRを始めるぞ。席につけ」

 

織斑先生の声でクラスメイトたちは、すぐに自分の席に座り出した。

 

「では、僕たちも」

 

「そうですわね」

 

そう言って、シャルルとセシリアも自分の席につく。

 

「(こりゃあ、ひと嵐来そうだな……)」

 

一夏はそう思いながら、自分の席につく。

その予想が的中することは、一夏は知らない。



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26話

数日後。放課後の第三アリーナで鈴とセシリアは鉢合う。

 

「一人で自主練なんて……。あんたまさか、あの噂を……」

 

「鈴さんこそ……。熱心に個人練習をなさる理由がおありで?」

 

二人の間に見えない花火が散る。どちらも狙っているのは優勝のようらしい。

 

「お互いに優勝狙いってことね……! それならいっそ、トーナメント前に白黒つけちゃう?」

 

「あら…いい考えですわね。どちらの方がより強く優雅であるか、この場で……」

 

お互いにメインウェポンを呼び出すと、それを構えた。

だが、そんな二人の間を超高速の砲弾が飛来する。

 

「なっ…なに!?」

 

「誰ですの! いきなり攻撃するだなんて……」

 

緊急回避の後、鈴とセシリアは揃って砲弾が飛んできた方向を見る。そこには漆黒の機体がたたずんでいた。

 

「あんた……」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!!」

 

 

 

 

「ドイツのシュヴァルツェア・レーゲン……ラウラ・ボーデヴィッヒ!!」

 

「……二人がかりで量産機に負ける人間が代表候補生とは……よほど人材不足なのだな。数くらいしか能のない国と古いだけが取り柄の国は」

 

いきなりの挑発的な物言いに、鈴とセシリアの両方が口元を引きつらせる。

 

「なに? アンタ。ドイツからスクラップにされに来たってわけ? セシリア……どっちからやるか、ジャンケンしよ」

 

「わたくしはどちらでも構いませんわよ」

 

ラウラの全てを見下すかのような目つきに並々ならぬ不快感を抱いた二人は、それでもどうにか怒りのはけ口を言葉にみいだそうとする。

 

「二人がかりで来たらどうだ? くだらん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」

 

ぶちっ―――!

 

何かが切れる音がして、鈴とセシリアは装備の最終安全装置を外す。

 

「「上等ッ!!」」

 

 

 

 

「ねえ、ちょっと聞いた!? 今、第三アリーナで代表候補生三人が模擬戦しているって!!」

 

何やら騒がしくなっていることに気付いた一夏は、隣を歩いている簪に何を言っているのか聞いてみる。

 

「第三アリーナで、代表候補生が、模擬戦を、している」

 

『代表候補生……』

 

この学園にいる代表候補生は簪を含めて六人。その内、二人は上級生である。

 

「(なんか、無性に嫌な予感がする……)」

 

一夏は第三アリーナへと方向を変え、刺突剣(レイピア)に手をかける。

 

 

 

 

一夏が第三アリーナに着いた時には、その嫌な予感が的中していた。

鈴とセシリアがラウラを相手に戦闘を行なっており、二対一の図に関わらず、ラウラが優勢だったのだ。

しかし、一夏の嫌な予感はそんなことではなかった。

 

「くっ……」

 

ラウラは既に限界まで来ている《ブルー・ティアーズ》に止めを刺そうとレイザー・ブレードを振り下ろされようとしていた。

その一撃は大怪我を待逃れない勢いだったのだ。

 

『《雷閃(らいせん)》』

 

一夏はそんな間に《雷閃(らいせん)》を打ち込む。

 

「ちっ! ようやく姿を現したな……織斑一夏!!」

 

『無性に嫌な予感がしたから、来て見れば……やはり、お前だったか。ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

一夏が来たことにより、ラウラは鈴とセシリアには全く興味を示さず、一夏だけを見る。

 

「貴様を倒す以外、この学園には用はない」

 

『そうかい。なら、さっさと愛しのお国に帰りな』

 

「貴様をミンチにしてからなぁ!!」

 

ラウラがまさに飛び出そうとしたその瞬間、一夏は領域を展開する。

 

『《支配者の神域(ディバインゲート)》』

 

一夏が七色の光輪に包まれると、その場から消えた。

 

「ちっ! 瞬間移動か……この目で見るまで疑っていたが、本当に実在していたとわな」

 

ラウラも一夏の《リンドヴルム》の情報を得ていたが、桁外れの能力には耳を疑っていたようだが、今この場でそれは確信に変わる。

 

『鈴、セシリア。生きているか?』

 

一夏が転移した場所は、先程までラウラがいた場所であり、鈴とセシリアがいる場所だった。

 

「う……一夏…」

 

「無様なところを…お見せしましたわね…」

 

『損傷が酷いな……とりあえず、耳だけでも塞いでいろ』

 

一夏は鈴とセシリアのISを見て、撤退が不可能だと判断する。

なので、一夏は《雷光穿槍(ライトニングランス)》をラウラに向け、

 

『《雷閃(らいせん)》』

 

ラウラの反撃を許さない。

しかし、ラウラは《雷閃(らいせん)》を回避する否やワイヤーブレードを一夏目がけて飛ばす。

回避できない一夏は、ワイヤーブレードに縛られ、両手が使えない上に、《支配者の神域(ディバインゲート)》を封じられた。

 

「消えろ!!」

 

ラウラはレイザーブレードを振り下ろそうとする。

 

「一夏ぁ!!」

 

簪の声に一夏は《雷光穿槍(ライトニングランス)》に力を入れる。

 

『《(らい)……》』

 

しかし、一夏とラウラの間に影が入り込み、それは実行されることはなかった。

 

「……!! きょ……教官!?」

 

「やれやれ……これだから、ガキの相手は疲れる」

 

『千冬姉……』

 

その影は、織斑先生だった。

 

「織斑先生!?」

 

「す、すごい……生身でIS用のブレード振り回している……」

 

織斑先生は、普段のスーツ姿で、ISなど装備せず、IS用の接近ブレードを軽々と扱っていたのだ。

それにはその場にいた生徒たちは驚いていた。

 

「模擬戦をやるのは構わん。……が怪我人を出す事態は黙認しかねる。この戦いの決着はトーナメントでつけてもらおうか」

 

「……教官がそう仰るなら」

 

「織斑。構わんな?」

 

『構わん』

 

その言葉を聞いて、千冬は改めてアリーナ内全ての生徒に向けて言った。

 

「では……学年別トーナメントまで、一切の私闘を禁ずる! 解散!!」

 

それはまるで銃声のように鋭く響いた。



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27話

場所は保健室。時間は第三アリーナでの一件から一時間が経過していた。ベッドの上では打撲の治療を受けて包帯の巻かれた鈴とセシリアがいた。

 

「別に助けてくれなくて良かったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

『お前らなあ……強制解除まで追い詰められておいて……』

 

感謝すると思えばこれである。

あれだけボコボコにやられたのに、全く反省していないのである。

 

「……勝手に調べたことは、先に、謝る。二人の、IS、ダメージレベル、Cを、超えている」

 

そんな事を思いながら、一夏の横にいた簪が二人のISのダメージレベルを調べており、その報告をする。

一夏も二人のダメージレベルが相当高いことは分かっていたので、何も言わない。

そして、その報告で鈴とセシリアは簪の存在に初めて気づいたのだ。

 

「って! 何で四組のクラス代表がいるのよ!!」

 

この保健室にいる接点がない四組のクラス代表がいることに、鈴が大声を上げる。

簪は鈴の問に答えた。

 

「私は、一夏の、主」

 

「主? 一夏、どう言うことよ!」

 

そう言って鈴が一夏の方に向き、一夏も言っていないことを思い出す。

 

『そういや、話していなかったな。簪とは従者契約を結んでいるんだよ』

 

「はあ? なんでアンタがそんな物を結んでいるのよ」

 

『色々と事情があるんだよ。……話すつもりはないからな』

 

「なんでよ!!」

 

「(あの事件には箝口令が引かれている以上、これは墓まで持って行くつもりだからな。)」

 

鈴がその理由を探ろうとするが、一夏は決して答えるつもりはなかった。

 

「一夏たちここにいたんだ」

 

『シャルルか……』

 

そんな中にシャルルが保健室に入ってきた。

 

「先生からね、落ち着いたら帰っていいって言ってたから、しばらく休んでいいって」

 

『そうか。とりあえず、お前らは休め。そんで、アレの参加は欠席しろ』

 

「「うぐ……」」

 

アレとは学年別トーナメントのことである。鈴とセシリアのISはダメージレベルがCを越え、修理しなくてはならない。その為、今回は辞退しなければならないのだ。

 

「わかったわよ……」

 

「不本意ですが、辞退しますわ……」

 

鈴とセシリアも分かってくれたことにより、一夏の悩みの種が一つ消える。

そして、もう一つの方はと言うと……

 

ドドドドドドッ……!

 

「織斑くんっ!!」

 

どうやら、予想より早かったようだ。

 

「私とペアを組んでくださいっ!!」

 

コレである。

学年別トーナメントは二人一組の試合であり、必ず組まなければならないのだ。そして、今年は男性操縦者である一夏がいることにより、ペアを組もうとする生徒が多発するだろうと、一夏は予想していたのだ。

 

『ペア?』

 

「トーナメントは原則、二人一組の参加なの! だから」

 

もちろん、一夏は既に組む相手は決めていた。

 

『悪い。俺は簪と組むから諦めてくれ』

 

「一夏くん……」

 

簪は微かに一夏の名前を言う。

だが、他の生徒たちは納得しなかった。

 

「えー。なんでよ!!」

 

「そうだよ!!」

 

確かに納得しないのは当たり前だった。

全く無関係に思われる二人がペアを組むと言うのだ。

納得するとは、一夏も思っていない。

 

「……ここで潰す?」

 

そんな中で、僅かな殺気を感知した一夏は、

 

ガンッ!!

 

『これは、決定事項だ。文句があるなら、俺が相手になるぞ?』

 

《リンドヴルム》のブレードを展開し、黙らせた。

 

「うっ……」

 

流石のこれには生徒たちも、引き下がざるをえなかった。

生徒たちが保険室から引き下がると一夏は、

 

『簪、暫くは俺の傍にいろ』

 

「う、うん……」

 

傍にいるようにと伝えておく。

 

「セシリア……気付いた?」

 

「ええ……あの気迫。本気でしたわね」

 

そんな二人を見ていた鈴とセシリアが、一夏の殺気をまじかに感じ取り、一つの答えにたどり着く。

 

「この試合、大きな嵐が来る」

 

「わたくしも同じことを思いましたわ」

 

お互いに災厄を訪れる未来を予想する。



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28話

学年別トーナメントの開催日が、あと数日というところまで近づいていた。

IS学園の生徒として腕を振るう最大の行事に、昂揚にも似た緊張が、学園の中に満ちている。

そんな日の夜、一夏は学園敷地内―――二年女子寮の廊下を歩いていた。

 

「あんまり、不審者みたいな行動をしないでもらえる? 一夏くん」

 

『アンタが呼んでおいて、それはないだろう。楯無』

 

星の見えない暗闇の中で、寮に設置されている明かりだけが、廊下を淡く照らしている。

 

「冗談よ。来なさい」

 

楯無はクスクスと笑い、一夏はやれやれと反応を示す。

そして、楯無の後ろに続き、屋上に出る。

 

「さて、呼んだのは例の件よ」

 

『黒か?』

 

「そんなに慌てなくてもいいじゃない。まあ、その通りよ、シャルル・デュノアは黒ね」

 

一夏は秘密裏に楯無に依頼してシャルル・デュノアの身辺調査を行なっていた。

余りにも不自然すぎるのと、簪の敵になるかを踏まえての調査で、シャルル・デュノアは黒と判定された。

 

「まず、フランス代表候補生にシャルル・デュノアと言う人物はいなかったわ。だけど、代わりにこの子がいたわ」

 

楯無は一枚の写真を一夏に渡す。そこに写っていたのは、女性特有の膨らみを持ったシャルルが映っていた。

一夏もやっぱりかと言った顔になる。

 

「シャルロット・デュノア。デュノア社の社長娘であり、愛人の子らしいわ」

 

『予想通りの結果だな』

 

「あら? 一夏くんは知っていたの?」

 

『いや。この学園に入った時点で、大方フランス政府が一枚噛んでいることは分かっていた。そして、デュノアと名乗ったからには、デュノア社と関わりのある人物。そして、男性操縦者の報告は俺以外、聞いたことがない。よってここから導き出される答えは、デュノア社の社長娘と言うことになるからな。まあ、愛人は予想外だったが』

 

「確認ついでに調べたのね」

 

『ああ。それと、男装したのは俺の《リンドヴルム》が目的だろう』

 

世界を揺るがした男性操縦者である一夏は、そのデータを取ろうと躍起になっている者たちがわんさかいることは知っていた。だが、一夏がIS学園にいるため、その者たちは手が出せない状況下に置かれ、渋々延期を決意した。

そして、IS学園には一夏以外に男子生徒がいない。

IS学園の寮は二人一組のため、一夏の部屋には空きが出来ると予想された。そこにフランスはシャルルを送り込み、俺の身体データと《リンドヴルム》のデータを盗みを試みた。

まあ、その試みは最初から失敗してしまったが。一夏の部屋は一人部屋にはならず、よっぽどのことがない限りISを展開しないため、データらしき物は取れなかったのだ。

 

『フランスはな……』

 

フランスが何故こんな手段に出て来た理由があった。

現在の経済はISが主流だ。それにISを一機作るだけでも、莫大な金がかかる。そして、時代の進歩に連れてISも進歩する。そして生まれたのが、第三世代だ。しかし、フランスは第三世代を作るための時間が足りず、経営危機に陥った。フランスが持つISは全て、第二世代だからだ。

 

「躍起になるのは構わないけど、これはちょっとね」

 

『それだけ、必死なんだろう』

 

大方、次のイグニッション・プランで選ばれなければ、生産中止と政府から言われているのだろう。つまり、デュノア社の倒産だ。

 

「これは、近い内に話をした方がいいわね」

 

『そうだな』

 

もし、彼女が簪を人質に取って、《リンドヴルム》のデータを要求して来たのなら……俺は容赦なく、徹底的に、消してしまうだろう。

その前に、この件はかたずけた方いい。

 

『それは、そっちに任せるがいいか?』

 

「ええ、いいわ。たまには、生徒会長らしいこともしなくちゃね」

 

『生徒会長ねぇ……』

 

一夏は普段の行動を当てはめると、楯無が生徒会長らしいことをしたことを見た事がなかった。

 

「なによ! この学園の最強である称号、生徒会長である私に何か文句でもあるの?」

 

『ねぇえよ。そんじゃあ、俺は失礼するよ』

 

そう言い残して、一夏は立ち去った。

そんな後ろ姿を見つめる楯無。一夏が見えなくなると上を向く。

 

「いい月ねぇ……」

 

いつの間にか、雲は晴れ、月が姿を表していた。



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29話

六月も終わりに入り、IS学園は学年別トーナメント一色にと変わる。その荒ただしさは予想よりも遥かに凄く、今こうして第一試合が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っている。

 

「ひゃーすごい人出だよ!」

 

「学園外の人も沢山きてるね……」

 

更衣室のモニターから観客席の様子を見る。そこには各国の政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会していた。

 

「そりゃあ企業にとっても大事なイベントだからね」

 

「黛先輩」

 

「有能な三年を見極めてスカウトしたり、援助している生徒の成長を確認する為に、色んな国・企業の人間が集まるのよ」

 

「へ~……」

 

「うう……なんか緊張してきた……」

 

「そういえば先輩はどうしてこんな所に?」

 

「それは勿論! 今話題のドイツの候補生の試合前インタビューをする為よ! まぁ、速攻で一蹴されたんだけどね……」

 

「……はぁ……」

 

「先輩はどなたとペアを組んだんですか?」

 

「私? 私はねぇ……」

 

「(私は焦ってばかりいる。一夏とのこと……候補生でも無い自分のこと……)」

 

箒は静かにまぶたを閉じながら、その心中は穏やかではなかった。

 

「(こんな有様で……今度こそ強さを見誤らず、勝つことは出来るだろうか……)」

 

ペア参加へと、箒はどうやって一夏を誘うかを考えていたらいつの間にか夜になっていた。

せめて日付が変わる前にと部屋を訪れると、待っていたのは知らない女が出て来たのだ。

その後、一夏の客だと分かると、彼女は奥に行ってしまい、その後に一夏が出て来る。

箒に返って来たのは「もうペアは組んでしまったぞ」という返事だった。

 

「あっ、対戦表発表されるみたいだよ!」

 

それからは、締め切り当日になってしまい、ペア抽選になってしまった。

 

「(パートナーがいない生徒は、当日に抽選で組決めされる。良いパートナーに恵まれるといいのだが……)」

 

このペア抽選の当たりは、シャルル・デュノアだ。

シャルルのペア決めで戦争が起こるってことで、生徒会長権限により、抽選で決めることになったのだ。

なので、例年よりもペア登録しなかった生徒が多数出てしまった。

 

「なっ……!?」

 

出て来た文字を見て、箒は声をあげた。

一回戦の対戦相手は一夏、簪のペアだったのだ。

 

()()はいい」

 

異様な気配を感じ取った箒は後ろを振り向く。

 

「手間が省けた」

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ…」

 

 

 

 

「一戦目で当たるとは待つ手間が省けたな」

 

「(この抽選……楯無が仕組んだな。まあいいか、久しぶりに本気を出したかったしな)」

 

試合開始の鐘が鳴る。

 

「叩きのめす!!」

 

ラウラが試合開始と同時に瞬時加速を行う。

一夏もそれに答えるように瞬時加速を行ない、槍を握った右手の半身ごと突き放つ一撃を、繰り出した。

 

「ふん……」

 

ラウラはそれをさらりと避けるが、

 

バシィイッ……!

 

瞬間。雷鳴が轟き、突撃槍から雷が放たれる。

 

「ぐっ!?」

 

障壁と装甲の上から電撃を受けたラウラは、機能低下したシュヴァルツェア・レーゲンが態勢を崩し、地面に落ちる。

 

「範囲展開が、可能なのかそれは……っ!!」

 

ラウラは一夏のISを隈なく調べあげたが、全くと言っていいほど、情報がなかったのだ。

それもその筈、一夏は《リンドヴルム》の武装の三割ほどしか開示していないのだ。だから、いつも同じ手しか使わない。対策されようと、無理矢理押しつぶし突破すると言う無茶をしている。

そして、今回はラウラに初めて使う、《雷光穿槍》の雷撃を周りにばら撒いたのだ。

 

「くそ、くそぉおお!!」

 

一夏の電撃を受けたISは機能が低下する。

完全復活には十数秒かかる。一夏はそんな時間など与えない。

 

「私を忘れて貰っては困る」

 

箒が割り込むが、一夏は気にせず《雷光穿槍》を振るう。

ラウラが復活するまで時間稼ぎをするつもりだろうが、そこの連携は問題ない。

 

『簪』

 

「《竜咬縛鎖(パイル・アンカー)》」

 

瞬時に右腕に追加武装を展開し、右腕を突き出す。その腕から鈍色のワイヤーを射出する。

 

ドゥンッ!

 

弾丸のような豪速で撃ち出された金属の杭が、大蛇の顎の如く縦に開き、箒の《打鉄》を強襲した。

 

「くっ!?」

 

箒が持っていた《打鉄》の標準装備であるブレードを奪われ、一夏の《雷光穿槍》をまともに受けてしまった。

 

バシィイィッ……!!

 

「がぁ!?」

 

絶対防御で守られていると言えど、完全に防ぐことは出来ない。

一夏の電撃を受けた箒は、意識を飛ぶ寸前に打鉄のシールドエネルギーがなくなり、沈黙した。試合は続行不可能と判定され、《打鉄》が膝をつく。

 

「時間稼ぎぐらいには役に立ったか……。これで、もう貴様の電撃を当たることは少なくった」

 

『その考え方は、甘いぞ』

 

簪の《打鉄弐式》の肩部ウイング・スラスター、そこに取り付けられた六枚の板がスライドして開く。

その中から、八連装ミサイルが六筒所・計四十八発、一斉に顔を出したのだった。

 

「お、おい! 待ってぇ!!」

 

「《山嵐》」

 

ドドドドドドッ!

 

凄まじい音を立てて、ミサイルが一斉に発射される。

ラウラへ向けて、ミサイルが一斉に襲いかかった。

 

「くそ、くそ、くそぉおおおッ!! 何て出鱈目な数をぉ!!」

 

スラスター制御による後退回避を行うが、ミサイルはラウラを地の果てまで追いかける勢いで飛んで来る。

 

「(AICが展開できない! このままでは……)」

 

ラウラのIS《シュヴァルツェア・レーゲン》には、ドイツが開発した《AIC》がある。

正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。ざっくりと言えば、慣性停止能力。対象を任意に停止させることができる能力なのだ。一対一では最強を誇るシステムなのだが、今のように複数の物を止められないという、弱点を備えていた。そこを一夏に狙われたのだ。

 

「うおぉおお!!」

 

状況を打破しようとAICを可能な限り展開する。

ラウラを中心に大爆発を起こし、砂煙が晴れると、ミサイルによる爆発の嵐に呑み込まれて砕かれた《シュヴァルツェア・レーゲン》が姿を現す。

 

「今度は……」

 

『おめぇのターンなんてねぇよ』

 

「!?」

 

ラウラが一夏の姿を目にした時、そこにあったのは絶望しかなかった。

 

『《最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)》』

 

暴風が《雷光穿槍》からラウラ目掛けて放たれる。

ラウラはその場から一歩も動く事無く、《最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)》に呑み込まれた。



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30話

一夏の《最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)》をまともに受け、ラウラは既に立ち上がる気力が湧かない。

操縦者を守るためにシールドエネルギーが防御に回り、膨大なエネルギーを消費し、もう戦うことはできない。完全なラウラの敗北が決まった瞬間だった。

 

「こんな……こんな所で負けるのか?」

 

確かにラウラは相手の力量を見誤った。それは間違えようのないミスだ。しかし、それでも―――

 

「(嫌だ……負けれない……私……私は……)」

 

―――だが次の瞬間、異変が起きた。

 

 

 

 

「今日からお前はラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

人工合成された遺伝子から作られ、戦いの為だけに鍛えられた存在……私は優秀だった……世界最強の兵器、ISが現れるまでは……。

ISとの適合性向上の為……私は肉眼にナノマシンの移植手術が施された。『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ばれるそれは、脳への視覚伝達、動体反射能力を爆発的に向上させる筈だった。

しかし、私の身体は適応しきれず……最強だったはずの私は、いつしか出来損ないの烙印を押されていた……。

そんな時だった。彼女と出会ったのは。

彼女の名は織斑千冬。世界最強のISの使い手……。

教官は極めて優秀な指導者だった。教官の教えを忠実に取り入れる事で、私はたった一月で最強の座に返り咲いた。

教官の強さ、凛々しさ……そして、自らを信じる姿。その全てに憧れた……私もああなりたいと……。

 

「教官……どうしてそこまで強いのですか? どうすれば、強くなれますか……?」

 

ラウラはある日訊いてみた。

 

「……そうだな」

 

「(……えっ……)」

 

その時―――ああ、その時だ。あの人が、鬼のような厳しさを持つ教官が、わずかに優しい笑みを浮かべた。

ラウラは、その表情になぜかだか心がちくりとしたのを覚える。

 

「私には弟がいてな……あいつを見ているとわかる時がある。強さとはどういうものなのか……その先に何があるのか……」

 

優しい笑み、どこか気恥ずかしそうな表情―――

 

「いつか日本に来る事があれば……」

 

違う。

私が憧れるあなたは、強くて、凛々しくて、堂々としていて……それがあなたなのに。

許せない。あなたにそんな顔をさせる男が……!

 

 

 

 

「(織斑一夏……教官の弟。教官の栄光に泥を塗った男……あいつを敗北させると決めたのだ。完膚無きまでに叩き伏せると!! 欲しい……今より強い力……比類無き最強の力が!!)」

 

その時、ラウラの奥底で何かがうごめく。

 

「うあああっ!!」

 

突然、ラウラが身を引き裂かんばかりの絶叫を発する。

 

「な……なに!?」

 

一夏と簪は目を疑った。その視線の先では、ラウラが……シュヴァルツェア・レーゲンが変形していた。

 

『ISに……取り込まれているだと……』

 

「そんな……変形するISなんて、聞いた事も無いよ!」

 

『非常事態発令! 全試合を中止! 鎮圧の為、教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は速やかに避難すること』

 

『どうやら、ヤバい状況みたいだな』

 

「う、うん。一夏は?」

 

『このまま、避難するのがベストだろうが……』

 

そう。このまま簪を連れて避難しても良かった。しかし、一夏は変形したラウラのシュヴァルツェア・レーゲンを見て、それは出来ないと判断した。

 

「(最後まで面倒事を持ち出しやがって……)

 

変形したシュヴァルツェア・レーゲンの姿は元の姿とはかけ離れ、あるISへと変わり、それは―――千冬が使っていたIS《暮桜》その物だ。だから、これは一夏がやらなければいけないと思ったのだ。

 

『俺が終わらせる』

 

そう言って、一夏は《リンドヴルム》を解除する。

 

「一夏!? 何故、ISを解除する!」

 

『《リンドヴルム》の武装ではラウラを殺してしまうからな』

 

意識を取り戻した箒が目にしたのは、試合が終了した後であり、今一状況が理解できていなかった。

そして、明らかにISを解除するべきではない状況で一夏はISを解除し、思わず声をあげてしまう。

箒は一夏がISを解除することが意味の分からなかったが、一夏の言う通り、《リンドヴルム》の武装では殺傷能力が強すぎたのだ。

 

『だから……コイツを使う。簪、サポート頼む』

 

「うん。でも、無理だけはしないで! それ、まだ調整が終えていないから」

 

『ああ』

 

一夏が《リンドヴルム》から取り出したのは、一本の日本刀だった。

 

『―――浸食せよ、凶兆の化身たる鏖殺の邪竜。まつろわぬ神の威を振るえ』

 

展開されたISは―――刃のような鋭い形状の装甲と、腰回りを覆う奇妙な(リング)―――そして、両足から後方へ伸びた、二つの補助脚のISだった。

 

『《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》』



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31話

『―――浸食せよ、凶兆の化身たる鏖殺の蛇竜。まつろわぬ神の威を振るえ、《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》』

 

その名に相応しい、刃の威光を纏った夜色のISは、即座に無数の部品へと分かれ、一夏の身を覆う装甲へと化す。

 

『行くぞ』

 

宣言し、一夏が刀型の大剣(ブレード)を構え、黒いISへと向かう。

黒いISが刀を振り下ろす。それは千冬がするのと同じ、速く鋭い袈裟斬(けさぎ)り。けれど、そこには千冬の意思などない。

 

『簪!』

 

ギンッ! 腰から抜き放った横一閃、相手の刀を弾く。

そしてすぐさま一夏は大剣(ブレード)を捨て、黒いISを抑え込む。簪はそれと同時に《竜咬縛鎖(パイル・アンカー)》を打ち込み、一夏と黒いISを縛る。

 

『《禁呪符号(スペルコード)》』

 

身動きが取れない黒いISは暴れる。一夏の《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》と簪の《打鉄弐式》ががっちりと固定し、決して逃がさない。

一夏の《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》からアラームが鳴り響くが、一夏はそれを無視し全力で黒いISを抑え込む。

 

「(もう少し……)」

 

一夏が今発動させているのは、《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)である《禁呪符号(スペルコード)》だった。

その能力は、触れた他のISを一時的に操る力。触れた箇所を中心に相手のISの制御を奪い、接触した時間が長ければ長いほど―――より精密で強力な命令を繰り出せるのだ。

一夏はこの《禁呪符号(スペルコード)》を使い、黒いISを強制的に停止させようとしていた。

その為には、黒いISに触れる必要があり、十秒以上まともに触れなければならない。

 

「ぎ、ぎ……ガ……」

 

暴れ回っていた黒いISが抵抗することなく、大人しくなる。

夜刀ノ神(ヤトノカミ)》の《禁呪符号(スペルコード)》が成功した証拠でもあった。

 

『システム、強制シャットダウン』

 

一夏の命令に従うかのように黒いISが、原型を留めることなく崩れ。

 

『世話を焼かせやがって……』

 

力を失って崩れるラウラを抱きかかえ、一夏は一人そう呟いた。

 

 

 

 

羨ましかった―――

 

「いつか日本に来る事があるなら会ってみるといい。ああ、だが一つ忠告しておくぞ。あいつに会う時は心を強く持て。油断していると惚れてしまうぞ? あれは未熟者のくせに、どうしてか妙に女を刺激するのだ」

 

そんな風に言う教官はひどく嬉しそうで、それでいてどこか照れくさそうで、なんだか見ているこちらがモヤモヤした。だから、―――つい、あんなことを訊いてしまった。

 

「教官も惚れているのですか?」

 

「姉が弟に惚れるものか、バカめ」

 

ニヤリとした顔で言われて、ラウラはますます落ち着かなくなる。教官にこんな顔をさせる、その男が―――正直羨ましかった。

お前はどうして強い? お前は知っているのか? 強さの意味を。なぜ強くあろうとする?

 

『強くねぇよ……俺は全く強くない。もし俺が強いっていうなら、それは……強くなりたいから強いのさ』

 

一夏は知っていた……

 

『強くなって、誰かを守ってみたい。自分の全てを使って、誰かのために戦ってみたい』

 

誰かを守るために強くあり続けた人を。

ああ、そうか―――これが……そうなのか―――

これは確かに惚れてしまいそうだ―――

 

 

 

 

「う……ここは?」

 

ぼやっとした光が天井から降りおりているのを感じて、ラウラは目を覚ました。

 

「気が付いたか?」

 

「教官……」

 

「全身に無理な負荷がかかった事で筋肉疲労と打撲がある……無理はするな」

 

千冬はそれとなくはぐらかしたつもりだったが、そこはさすがにかつての教え子。簡単に誘導されてはくれなかった。

 

「何が……起きたのですか」

 

無理をして上半身を起こすラウラ。

 

「一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」

 

しかし、そう言って引き下がる相手ではないこともわかっている千冬はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「VTシステムは知っているな?」

 

「ヴァルキリー・トレース・システムですか? 過去の世界大会の部門受賞者の動きをトレースするシステムで確か―――」

 

「そうだ。現在はIS条約で研究・開発・使用の全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の願望……それらが揃うと発動するようになっていたらしい」

 

「……私が望んだから……ですね……」

 

教官のようになりたいと―――

 

「……………」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!!」

 

いきなり名前を呼ばれ、ラウラは驚きも合わせて顔を上げる。

 

「お前は誰だ?」

 

「わ……私……私は……」

 

その言葉の続きが出てこない。自分がラウラであると、どうしても今の状態では言えなかった。

 

「誰でもないなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。お前は私にはなれないぞ。アイツの姉はこう見えて、心労が絶えないのさ。何、時間は死ぬまで山ほどある。たっぷり悩めよ、小娘」

 

「……………」

 

なんてズルい姉弟だ。

二人そろって、言いたい事を言ってくれて。

 

「自分で考えて、自分で行動しろ……か。ふふ……完敗だな。あははっ」

 

完膚無きまでの敗北。けれどそれが今はたまらなく心地いい。

そうラウラ・ボーデヴィッヒは、これから始まるのだから―――

 

 

 

 

「《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》は一度修復しないといけないし……」

 

学年別トーナメントはかの件で中止になり、第一試合のみ行うと言う結末で終わった。そして、その件を終えた一夏はと言うと……保険室で簪に説教を受けていた。

 

「あれ程言ったよね? 無理だけはしないでって」

 

『…………』

 

その言葉に一夏は何も言えなかった。

黒いISを止める為とは言え度、拾ったISのコア(嘘)で作った未完成なISである《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》を壊してしまったのだ。

出力や制御面での調整を終えていない《夜刀ノ神(ヤトノカミ)》は起動させただけで、ぶっ飛んでしまうじゃじゃ馬を一夏は易々と扱ったのだ。ある意味、人外と言ってもいい。

その反動で一夏は、またしても保険室行きなった。

 

「それと……」

 

簪の説教は二時間近く続き、終えた時には既に十八時を過ぎていた。

説教から解放された一夏は身体を動かす。その時、何か違和感を感じるのだった。

 

「(身体が少し重い……)

 

特に私生活に支障がない程度なので、一夏は無視し、寮へと戻る。

それが―――一夏の大きな間違いだったことは、その時は知らなかった。



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32話

学年別トーナメントが終わり、普段の日常が訪れようとしていた時だった。

 

「はっ……ふぅ……」

 

いつもの様に寝たつもりであった一夏だが、何故か疲れが取れるどころか、昨日よりも疲れが増していた。そして、昨日から一睡もできず、朝を迎えしまう。

 

「(おかしい……身体が……滅茶苦茶……おめぇえ……)」

 

一夏は無理矢理身体を起こし、ベッドから立ち上がろうとする。

しかし、息が荒れた一夏は立つこともままならず、その場に倒れた。

 

「うぅん……なにそんなに、大きな音を起てて……」

 

簪が物音に気付き、眠そうにしながら起き上がる。

そして、簪が壁に寄りかかる一夏を目にして、完全に眠気が消し飛んだ。

 

「!? 一夏くん!!」

 

「は……はっ……カラダガ……クソヲモイ」

 

「今、先生を呼んで来る!!」

 

簪は慌てた自室を出て、一夏の姉である千冬のいる部屋へと走り出す。

それと同時に一夏の意識が落ちた。

 

 

 

 

「急いで!」

 

いきなりの呼び出しに千冬もはっきりと意識が保てていなかったが、簪から告げられた一夏が倒れたと聞くと、一変した。

その後の対応が早く、山田先生と共に一夏のいる部屋へと駆け込むと今にも死にそうな一夏がいた。そして、担架でIS学園に設置されている緊急治療室へと運ばれる。

 

「心拍数が低下していきます」

 

だが、緊急治療室に運ばれた一夏の状態が一向に悪くなっていく。

そして、一夏が倒れたことを耳にした箒、セシリア、鈴、ラウラ、シャルルが緊急治療室に入って来る。

 

「一夏は無事なんですか!」

 

「結果で言えば、良くないわ」

 

緊急治療室に搬入された時に一緒にいた楯無は一夏の状況を簡潔に説明する。

なにしろ、今回の異常は今ままでになく、楯無も何もできなかった。

 

「そんな……嫌だよ」

 

簪がそれを聞いて、泣き崩れる。

 

「おい、それは……」

 

ラウラが目にしたのは、簪が握っていたタグだった。

緊急治療室に運ばれる時に一夏から外されたタグを簪が握っていたのだ。

 

「織斑は……黄昏種(トワイライツ)なのか!」

 

「え?」

 

いきなりの問に簪が驚く。

 

「もし、黄昏種(トワイライツ)なら、あれがあるはずだ」

 

「ぐす……あれってなに……」

 

「あれだ! 黄昏種用投与剤(セレブレ)だ」

 

黄昏種用投与剤(セレブレ)……?」

 

「まさか……黄昏種用投与剤(セレブレ)を与えていないのか!?」

 

そう言って、ラウラは飛び出し、自室に駆け込む。

そして、クロウゼットから自分の荷物を掻き出す。

 

「確かあったはずだ……あった!」

 

ラウラは軍人の癖で、常に薬を持ち合わせている。

そして、ラウラが目的の物を見つけ、すぐさま戻った。

 

「今すぐ、これを投与しろ!!」

 

戻って来たラウラに驚いた山田先生は混乱する。

 

「え、え」

 

「もたもたするな! 織斑を殺すつもりかぁ!!」

 

「は、はい!」

 

山田先生はラウラから渡されたインジェクタを一夏の首元に刺す。

その後、一夏の呼吸が安定し、平常値になった。

 

「バイタルが安定しました」

 

山田先生がそう宣言すると、楯無はほっと、息を吐く。

 

「とりあえず、山は越えたわ」

 

「良かった……良かったよ」

 

簪は一夏の安全を確認すると、その場で泣き始めた。

 

「それで、黄昏種用投与剤(セレブレ)とはいったい……それより、ボーデヴィッヒさんは何故、黄昏種(トワイライツ)のことを知っているのかしら?」

 

楯無も聞きなれない言葉に疑問を持ち、同時にラウラが黄昏種(トワイライツ)を知っていることを知った。

 

「あの~。黄昏種(トワイライツ)とは一体……」

 

セシリアが手を上げ、聞いて来る。

それは、この場にいる全員が知りたい質問でもあった。

 

「うむ。まさか、この地にいるとは思ってもいなかったがな。黄昏種(トワイライツ)とは、ある種族の名称だ」

 

セシリアの質問にラウラは答える。

それは、闇に葬られた黄昏種(トワイライツ)の歴史だった。

 

「始まりは第二次世界大戦の時だ。イタリアが戦争の兵器として、生み出した人間……それが黄昏種(トワイライツ)だ。人間を超えた存在を奴らは作り出してしまったのだ」

 

人は常にリミッターをかけて生活をしている。そんなことをしなければ、筋肉が損傷してしまうからである。その為、脳はリミッターをかけることでそれを防いでいる。

しかし、黄昏種(トワイライツ)は別だ。黄昏種(トワイライツ)はそのリミッターを限界まで解除している。そして同時に強靭的な肉体である為、普通の人より異常的な力を使う。

一夏もその気になれば校舎の壁から屋上まで駆け上がることもできるのだ。

 

黄昏種(トワイライツ)は異常なまでの身体能力を手にする代わりに……代償が発生するのだ」

 

「代償って……今の一夏みたいにか?」

 

「ああ、あれはまだ序の口だ。もっとひどい奴だと身体のどこかに異変が起きている」

 

黄昏種(トワイライツ)はその代償のせいで、短命種族となってしまった。

そして、同時に身体のどこかに代償が付きまとう。ある者は音と声。身長と……何かしらの異常を持っている。

 

「でも、一夏は普通だったよ……」

 

「今まで黄昏種用投与剤(セレブレ)を与えていなかったのが不思議な位だぞ。黄昏種(トワイライツ)はこれがなければ生きていけない」

 

ラウラが見せたのは、先程一夏に与えた物とは別に錠剤が入った筒を見せる。

 

「これは促進剤(アッパー)と呼ばれる黄昏種(トワイライツ)の生命維持に必要な物だ」

 

「とりあえず、一夏は助かるのだな」

 

それを聞いて、箒は一安心するが、ラウラの一言で崩れた。

 

「そうとは言いにくい。これだって無限にあるわけではない、いつかは切れる」

 

そうなれば、一夏はまた……

 

「なら、それを……」

 

「手に入れるってか? それは無理だ」

 

「なぜだ!」

 

箒は怒鳴り声を上げる。

そして、ラウラは楯無の方に向く。

 

「更識が黄昏種(トワイライツ)のことを調べていることは、耳にしていたが全くと言って成果を得ていないのだろう?」

 

「ええ。確かにそうよ」

 

「それが、何故だと思う」

 

「……抹消された」

 

「そうだ」

 

「抹消されたとは……」

 

「先程の続きだが、第二次世界大戦で作られた黄昏種(トワイライツ)は終戦と同時に役目を終えた。だが、その異常までにある身体能力に恐怖を感じた上層部は……黄昏種(トワイライツ)を根絶やしにしたのだ」

 

「ま、まってよ……それって」

 

シャルルは……いや、その場にいた全員が同じ答えにたどり着いたのだ。

 

「だが、その中に生き残った者がいたらしい」

 

「それが、一夏なのね」

 

「ああ。織斑の両親……もしくは、その上が黄昏種(トワイライツ)だったのだろう」

 

一夏の異常なまでの身体能力の秘密にたどり着いた。

 

「織斑先生の身体能力にも説明がつくわね」

 

IS用の接近ブレードをISなしで扱ったことは、この学園で有名な話だった。

 

「でも、それがあるっと言うことは、何処かで生産しているのでしょ?」

 

「どうだろうか? これは、第二次世界大戦時の遺留品だ」

 

「どうするのよ……」

 

「……まって。確か……」

 

楯無は何かを思い出す。

 

「(亡国機業は第二次世界大戦の……なら、そのルートも知っているはず)」

 

前に亡国機業と戦った時に楯無は黄昏種(トワイライツ)を見ている。

もし、ボーデヴィッヒの話がそうなら、彼女らだって黄昏種用投与剤(セレブレ)が必要になるはずだ。

なら、黄昏種用投与剤(セレブレ)を量産していても可笑しくない。

 

「僅かだけど……希望はある」

 

「本当ですか!」

 

「確定ではないけどね……とりあえず、色々とあたってみるわ」

 

「なら……」

 

「貴方達は大人しくしていなさい」

 

「しかし……」

 

「箒。これは私たちが関わっていけないことなのよ」

 

「なっ! 貴様はそれでいいのか!」

 

「言い分けないじゃない!! でもね、これはアタシ達は重すぎるのよ。分かる?」

 

「っ……」

 

「一夏のことは、私達に任せない」

 

楯無の一言で箒以外の者たちは納得し、退室していった。

 

「もう一度、会うことになるとはね……」

 

楯無は眠る一夏を窓越しから眺めるのであった。



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33話

一夏が緊急治療室に運ばれる前。

静かな朝を迎えていた時に、外が騒がしくなっていることに気付いた箒が廊下にでる。

朝練をしようと起きてたら、なにやら騒がしくなっていたのだ。

 

「聞いた? 織斑くんが倒れたんだって」

 

「うんうん。先生たちが凄く慌てていたよね」

 

騒ぎに駆けつけた女子たちが廊下で一夏のことを話していた。

そして、同時に箒が一夏が倒れたことを耳にしたのだ。

 

「(一夏が倒れただと!?)」

 

箒の行動は速く、すぐさま一夏のいる部屋へと駆け出した。

 

「きゃ!?」

 

駆け出した箒は他の生徒にぶつかるも無視する。

程なくして、一夏の部屋に着くと、教師から生徒たちが集まっていた。

 

「一夏!」

 

「この先は立ち入り禁止だ。下がれ」

 

箒が教師のバリケードを通り抜けようとするが、止められた。

 

「退け! 私は一夏に用があるんだ!」

 

「ダメだ。今は部外者を入れることは出来ない」

 

「なんだと……」

 

頭に血が上った箒は教師の忠告など無視して突破を試みようとするが、その肩を掴まれる。

 

「あんた何をしようとしているのよ」

 

箒の肩を掴んだのは、鈴だった。

鈴の後ろにはセシリアもおり、一夏が倒れたことを聞き、その場に来たら箒が教師と口論をしているのを目にし、強行突破をしようとしていたので、鈴はそれを止めたのだ。

 

「貴様には関係ない! 私は……」

 

「強行突破なんて、考えはやめなさいよ。そんなことをすれば、最低でも謹慎されるつうの」

 

「っ……」

 

箒は舌打ちするも、鈴とセシリアは呆れてものが言えない。

 

「織斑が倒れたそうだな」

 

「「!?」」

 

いきなり背後かけられた声に、驚いて振り返る鈴とセシリア。

そこに立っていたのは―――ラウラだった。

 

「なっ!? あ、あんたいつの間に!」

 

「そう警戒するな。今のところ、お前たちに危害を加えるつもりはないぞ」

 

「し、信じられるものですか! 再戦というのなら、受けて立ちますわよ!?」

 

二対一で負けたということが鈴とセシリアの懐疑心を強くしていた。しかし、それに対してラウラはしれっと言葉を返す。

 

「あのことは、まあ許せ」

 

さらりとそう言われ、鈴とセシリアは一瞬何を言われたのかわからずに呆けてしまう。しかし、すぐさま持ち直した。

 

「ゆ、許せって、あんたねぇ……!」

 

「はい、そうですかと言えるわけが……!」

 

「そうか。では私は一夏を追うので、これで失礼するとしよう」

 

そう言って本当にすたすたと歩き始めたので、今度は鈴とセシリアが慌てて止めた。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「そ、そうですわ! 追うって、どこに居るのかしっていますの!?」

 

一夏が倒れた騒ぎは既にそれなりの時間が経っており、既に部屋から運び出された後だったのだ。

 

「緊急時なのだ。行くとしたら、あそこだろう」

 

そう言ってラウラは、その場所へと歩き始めた。

鈴とセシリアはその後を追い、箒もついて行く。

 

「皆も?」

 

ラウラが向かった先は緊急治療室だった。

だが、そこには先客がいたのだ。

 

「シャルルさんもですか」

 

「うん。あんだけの騒ぎだもの、きっとここだろうと思ってね」

 

シャルルも一夏が倒れたことを耳にし、部屋へは向かわず、ここに来たのだ。

そして、痺れを切らした箒は、そんな二人の会話など無視して、緊急治療室に入る。

 

「箒さん!」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

箒の暴走を止められなかった鈴とセシリアは箒の後を追うように、緊急治療室に入る。

 

「僕たちも」

 

「ああ」

 

シャルルとラウラもその後を追うのであった。



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34話

一夏が倒れてから数日が経った時だった。楯無の元に一通の情報が耳に入ったのだ。

それは、今までに待ち望んだ物……亡国機業の潜伏先の情報であった。

 

「わかったわ。虚ちゃん、後の事はお願いね」

 

「わかりました」

 

楯無は虚にIS学園のことを任せ、すぐさま本家の部隊と合流する。

 

「(ようやく……)」

 

一夏の命を繋ぐために必要な情報を持っている亡国機業との接触することができると楯無は普段の足取りとは違い、急ぎ足で進む。

そして、数時間後。

とあるホテルの前にいた。

 

「では……」

 

楯無は合流した部隊の指揮を執り、突撃命令を下そうとした時だった。

 

ガシャンッ!

 

ホテルの一室から何かが落ちてきたのだ。

楯無はその場から下がり、落ちてきた物を目視する。

それは、人だった。

 

「!?」

 

斧か何かで滅茶苦茶になったそれが、上から降ってきたのだ。楯無は嫌な予感を感じながら、一人ホテルに突入した。

 

「ッ……」

 

思わず楯無は息を呑んだ。

楯無の後に入った部隊の者もそれを見て息を呑む。

 

「一体……どう言うことよ」

 

ホテルの中は……地獄と化していたのだ。

血と肉の塊がそこらじゅうに転がったフロントに楯無は口を押える。

それは、あの日の……出来事と同じだった。

 

「まだ、戦闘が続いている……」

 

上の方で戦闘音が聞こえたことから、まだ戦闘が行われていると楯無は分かると上へと進む。

 

 

 

 

「くっそ……」

 

ホテルの最上階では、激戦が行なわれていた。

残りの弾倉を確認するオータム。

しかし、彼女の顔からして、余りにも余裕がなかった。

 

「こんな時に、奴らが来るんだよ」

 

「…………」

 

オータムの横に待機していたMも同じであった。

楯無がここに来ると言う情報を掴んでいた亡国機業は迎撃準備に入っているとこを襲撃されたのだ。

 

「更識よりもヤバいわね……」

 

「…………」

 

襲撃者は……たったの四人。加えて亡国機業は総勢二百、その内、黄昏種は五十いた。しかし、現在このホテルで生きているのは、二十に満たない。その上、襲撃者に脱落者はなし。異常と言える戦況であった。

休むオータムの横に一人の女性が座る。

 

「スコール……」

 

スコールと呼ばれた女性はオータム、Mの部隊長を任された存在であり、亡国機業の幹部の一人だった。

 

「火はあるかしら?」

 

スコールは普段吸わないたばこを取り出し、オータムに尋ねる。

一服吸うと、肩の力を抜く。

 

「こりゃあ、間違いないね」

 

「ああ、ハンターだろうな」

 

ハンター。黄昏種を「狩る」集団で、黄昏種と同等の高い身体能力を持つ者のことだ。第二次世界大戦の後に設立された存在で、今でもこうして、黄昏種を狩っている。

そして、亡国機業とは対立した存在でもあった。

 

「ちっ……仕方ねぇ」

 

「そうね」

 

そう言って、スコールはたばこを消し、立ち上がる。

 

「最後くらいだ。足掻いてやるわ」

 

 

 

 

「(悲惨すぎるわ……)」

 

楯無は上に上がる度におびただしい数の死体を目にする。

そこには刃物に刻まれた者、斧で両断された者、鈍器で殴り潰された者……まともな奴ではないこだけがハッキリと分かった。

 

「(次が最上階……ッ!?)」

 

楯無が次の角を曲がろうとした瞬間、体勢を後ろに倒す。

その上を斧が通り過ぎ、後ろにいた隊員が巻き込まれた。

 

「ちっ……外したか」

 

楯無が体勢を戻すと、ツインテールが特徴の少女がロリポップを口にくわえていた。その肩には、血で汚れた戦斧を担いでいた。

 

「(この感じ……)」

 

楯無は一度だけ感じたことある感覚に、冷や汗を掻く。

それは死に直面した時のことだった。

 

「この匂い……あんた、ノーマルだな?」

 

「ノーマル……」

 

少女の言葉に楯無は……今にも逃げ出したかった。

だけど、それは出来ない。

 

「そこを退きなさい!」

 

楯無はIS《ミステリアス・レイディ》を部分展開し、ランスの穂先を向ける。

 

「…………」

 

少女は戦斧を下ろし、楯無も構える。

そして、無言の戦いが始まった。



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35話

金属音がホテルの最上階付近から鳴り響く。完全にISを展開できない楯無と戦斧を振るう少女がお互いにぶつかり合う。

 

「(この子……なんて力しているのよ!)」

 

楯無は少女の異常性に冷や汗を掻く。

ISを相手に生身で戦う少女は楯無にとっては化け物でしかなかった。

しかし、ここで足止めを受けてはいられなかった。楯無は視線を僅かに後ろに向け、隊員に合図を送る。

それを受け取った隊員が頷くのを確認すると、楯無は指を鳴らす。

 

「《清き熱情》」

 

戦いの中で散布した霧状のナノマシンを発熱させ、水蒸気爆発を起こす。

いきなりの爆発に少女も怯み、楯無はその隙をついて、少女の横を抜ける。

 

「行かせるかよ……!?」

 

しかし、少女の戦斧は楯無に届くことはなかった。

楯無が抜けると同時に隊員が発砲したのだ。

 

「ノーマルは相手するつもりはなかったのだがな……」

 

隊員の眼を見て、どうやら行かせて貰えないと判断すると、少女は戦斧を肩に担ぐ。

 

「来いよ」

 

その合図に再び戦闘が始まった。

 

 

 

 

楯無が最上階に辿り着いた時には、そこはもう既に血の海としか言いようがなかった。

 

「っ!」

 

楯無は苦虫を噛み潰し、まだ戦闘音が聞こえる方へと走る。

そして、そこではISを部分展開した三人の亡国機業とトンファーを持った大男と両手に黒いナイフの小柄の男が戦っていた。

 

「下がりなさい!」

 

亡国機業が楯無を目にし、叫び声と同時に物陰へと避難すると同時に楯無の《蒼流旋》にアクア・ナノマシンが集まる。

 

「《ミストルテインの槍》」

 

最上階に特大な爆発がハンターを襲う。それと同時に楯無は《ミストルテインの槍》の衝撃を受けた。

 

「くっ……どうよ……」

 

楯無は奴らには生半可な攻撃は通じないとはいえど、生身で《ミストルテインの槍》を使ってしまった。

 

「ごめんね……」

 

楯無は立つ程の力もなく、その場に座ってしまった。

 

「糞いてぇな……」

 

「…………」

 

ホテルの一室のドアが蹴り飛ばされ、中から出て来たのは、先程楯無が吹き飛ばしたと思われたハンターたちだった。

楯無の《ミストルテインの槍》が当たる寸前に奴らは近くの一室へと逃げ込み、その一撃を凌いだ。

 

「まだ、息があるか……」

 

楯無の途切れ途切れの呼吸。大男は楯無を生かしておくには不味いと思ったのか、持っていたトンファーを振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おい』

 

その一言は、その場にいた全員が動きを止める一言だった。

 

「……一夏……くん……?」

 

霞む楯無の目に写ったのは、《リンドヴルム》を纏った一夏がいたのだ。

楯無に向けられたトンファーは、一夏の《雷光穿槍》で受け止められている。

 

「この臭い……お前、黄昏種だな」

 

大男は一夏を見るが、一夏は全く気にしていなかった。

 

「っ!?」

 

大男は一夏の眼を見た瞬間、息を呑んだ。

そこにあったのは……恐怖だった。

 

「(なんだよ……あの眼)」

 

一夏は瀕死の楯無を抱え、《雷光穿槍》の矛先を向ける。

 

『《雷閃》』

 

問答無用で一夏は《雷閃》をぶっ放した。

 

 

 

 

「おいおい……どうなってやがる」

 

楯無の《ミストルテインの槍》を回避してから、物影で見ていたオータム、スコール、Mは一夏の登場に驚いていた。

一夏はISを完全に展開し、最上階の壁をぶち壊して入って来たのだ。

 

「好機か?」

 

「いや、下手に入らない方がいいわ」

 

オータムの言葉にスコールは反対する。

 

「なんでだよ、スコール」

 

「あの子の眼……あれは異常よ」

 

スコールは一夏の眼を見て、異常までにも恐怖を感じ取ったのだ。

そしての直後に電撃が通り過ぎる。

 

「撤退か?」

 

「そうしたいところだけど、無理っぽいね。多分、逃がしてもらえない」

 

このホテルに残っているのはスコールたち以外にはいない。

ハンターからは逃れることは出来るだろうが、一夏から逃れるのは無理と判断したのだ。

 

「だけど、あの子もハンター二人相手はキツイようね」

 

「…………」

 

スコールの言葉にオータムは何も言わない。

そして、Mの方を見る。

 

「はぁ……M」

 

「なに?」

 

突然の呼びにMはオータムの方を向くと、一つのバックを渡された。

 

「合図したら、アイツの所に走れ」

 

そう言って、オータムとスコールは銃を構える。

そして、一夏とハンターが距離を取った瞬間、スコールとオータムは発砲した。

Mはその合図と共に一夏の方へと走る。

 

「ちっ!」

 

ハンターはMを見つけるが、後方からの援護でその場から動くことが出来ず、一夏の元へと辿りつく。

 

「小僧! そいつを連れて行けぇ!!」

 

オータムの叫び声に一夏は従い、Mを抱き込む。

 

「待って! まだぁ!!」

 

Mはオータムたちが考えていることを知ると、オータムちのいる方へと行こうとするが一夏がそうさせない。

 

「(少なくとも生きろよ……マドカ)」

 

一夏は楯無とMを抱き抱え、ホテルから脱出と同時に肩に連結された砲身をホテルに向ける。

 

『《星光爆破》』

 

黄色に明滅する光弾を放ち、爆裂した。

網膜を焼く光弾と、息もできないほどの爆風が起こり、Mはその光景を目にし。

 

「オータム、スコール……。なんで……なんでよ!!」

 

Mは《星光爆破》を放った一夏に怒りをぶつける。

しかし、一夏は何も言わない。

 

『撤収する……』

 

一夏はそう言って、ホテル跡を後にする。

この作戦で生き残ったのは楯無とM以外いなかった。



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36話

私には物心が付いた時には親と呼べる者はいなかった。

白衣を着た複数の男女に毎日のように薬と実験と要した実戦訓練をやらされ、日々を過ごす。

そんなある日、私は聞いてしまった。

 

『またD判定だ。千冬が同い年の頃には、A判定だったというのに』

 

『IS適性を強制的に上げる処置も失敗した。どうなってるんだ』

 

『きっと……愛されていないのよ』

 

『世界に愛されていないのよ』

 

『誰にも愛されていないのよ』

 

『終わりのない憎しみしかないのよ』

 

『約束された未来などないのよ』

 

『希望などないのよ』

 

『絶望しかないのよ』

 

私の今までの努力が……ただの無駄でしかなかった。

希望のない者は処分される……それが、ここでのルール。

私の最後が訪れようとした時だった。

 

「生存者がいた」

 

ISアラクネを纏ったオータムに私は出会った。

亡国機業が研究所を襲撃し、そこにいた被験者を保護していたのだ。

その日、私は運が良かったのか、生き残った。

 

「この先、貴女は……Mよ」

 

救い出された私は、亡国機業の一人として活動することになった。

そして、与えられた名前は……M。

同時に私は黄昏種と呼ばれる者だと分かった。そして、私の新しい人生の始まりだった。

 

「ほらほら」

 

オータムが所属する部隊で、私はIS訓練を続けた。

一日の殆どをオータムとその隊員と共に過ごす。

失敗した時、成功した時と共に笑ってくれる仲間が出来た。

それが、私にとってはとても嬉しくて、誇らしかった。

 

「ほらよ……M。おめでとうな」

 

そんな日々の中、オータムが珍しく私に何かをくれた。

それは、タグで裏にA/0と刻まれた物だった。

それを見た隊員が驚きながら拍手を贈る。

 

「?」

 

私は分からなかった。

ただ、名前と所属が刻まれたタグを渡されただけで、皆が祝福してくれるのが。

 

「もしかして、分かっていないのか、M?」

 

その言葉に私は頷く。

それを見て、皆が笑い出し、私はムカついた。

 

「その裏に刻まれているのは、階級だ」

 

「階級……?」

 

「あぁ。黄昏種はSからDと階級が付けられ、それに応じて強さが違う」

 

「MはA/0だから、この中では結構強い方だな」

 

そう言って、隊員の一人がタグを私に見せる。

そこには、A/3と刻まれていた。

私の所属する隊の中には、黄昏種……兄弟は十人ほどがそうだ。

オータムもそうで、私を除くと最高は今見せてくれた奴が最高だったらしい。

 

「上の連中にSがいたな」

 

S……黄昏種の中では最高ランクで、目にすることは全くと言っていいほど拝めない存在らしい。

それもそのはずだ。

黄昏種は短命の為、そこに到達する前に死んでしまう。

成れた奴は相当運がいい奴だろうと隊員は話す。

 

「S……か」

 

私は渡されたタグを首に掲げ、そう呟いた。

 

「任務だ」

 

タグを渡されてから数ヶ月が経った時だった。

オータムの指示に従い、ISを手に私はその後を無言で追う。

任務は、敵をここにおびき寄せて叩くらしい。

そして、その時が来た。

 

「秘密結社《亡国機業》。コードネーム《M》」

 

水色の髪の少女……更識楯無。オータムから渡された資料にあった少女と同じだったので、私はIS《サイレント・ゼフィルス》を展開した。

楯無もISを展開し、戦闘が開始した。

 

「その程度なの?」

 

しかし、思ったより弱かった。

オータム……兄弟よりかなり弱い。

 

「さようなら」

 

私は楯無に止めをさそうと、ブレードを振り下ろす。

しかし、それは届かなかった。

私の持っていたブレードを大槍が破壊し、そのまま私は取り押さえられたのだ。

眼の前にいる男性はISを纏っており……そいつがあの織斑一夏だとすぐに気付いた。

 

「!?」

 

私はすぐにも引き離そうとしたが、びくともしなかったのだ。

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

私はシールド・ビットで撃ち抜こうとし、それに気づいた一夏はすぐにその場から離れる。

そして、離れる時に一夏の首に提げている物に目がいった。

それは、私が持っているタグと全く同じ物であり、そいつも私と同じ同類だとわかった。

そして、お互いにそのタグに刻まれている階級を見せあう。

 

「A0級……」

 

私は初めて同じ階級の者に出会った。

お互いに戦闘が始まったが、オータムにやられた分のダメージが多かったのか、回避行動ばかりする。

しかし、一夏は広域殲滅兵器を放ち、その戦いを強制的に終わらせた。

 

「あの野郎……自爆覚悟であんな物撃ちやがって」

 

自殺覚悟で放ったあれに一夏は姿を消し、私たちの任務は終わった。

オータムは満足いかなかったようだが、あの状況で仕方なかったが、私も同じく。

 

「次は……私が勝つ」

 

次はお互いに完全な状態で戦い。

しかし、それは訪れる前に……事件が起こった。

 

「一階が突破された!」

 

私たちがアジトにしているホテルにハンターと呼ばれる者たちが襲撃してきたのだ。

ハンターは無慈悲に私たち……兄弟、隊員を虐殺していく。

室内とのこともあってISを満足に展開できない状況で、私たちは戦わされ追い詰められた。

 

「下がりなさい!」

 

楯無がその場に現れ、自殺覚悟で大技をはなったのだ。

私たちはすぐさま物陰に隠れ、その一撃をなんとか回避した。

そして、瀕死となった楯無を救ったのは……あの男だった。

 

「織斑……一夏」

 

一夏は壁を突き破り、ISを完全展開状態で楯無を抱えながらハンター二人を相手していた。

しかし、状況はいい方向へと進むことはなく。

 

「はぁ……M」

 

オータムはそう言うと、黄昏種用投与剤が大量に入ったバックを手渡される。

 

「合図したら、アイツの所に走れ」

 

オータムは何を言っているのか分からなかったが、今はそう言っている状況ではないと私は思いその指示に従う。

そして、オータムとスコールの合図に私は一夏の元に駆け寄る。

 

「小僧! そいつを連れて行けぇ!!」

 

その一言が何を示しているのかが分かり、私は……

 

「待って! まだぁ!!」

 

だけど、それは届くことはなかった。

一夏は私を抱き抱え、外へと出ると否や、広域殲滅兵器をホテルに撃ち放つ。

光弾が弾け、ハンター諸共消滅させ、戦闘を終わらせた。

 

「オータム、スコール……。なんで……なんでよ!!」

 

その日……私は兄弟を多く失った。

私の居場所も同時に。



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37話

『はい、あーん』

 

IS学園特別医療室。そこで一夏は件のホテル消失&テロ事件で瀕死状態になった楯無の世話を焼いていた。

 

「も、もう、自分で食べられるわよ」

 

そう言って唇を尖らせる楯無だったが、その頬はうっすらと赤い。

 

『あーん』

 

「あ、あーん」

 

一夏はといえば、普段のお返しとばかりにイニシアチブを取っていることに、自然と頬が緩んでしまう。

 

「次のニュースです。先日、消失した……」

 

備え付けのテレビからは、楯無がここに来ることになった事件が流れていた。

ホテル消失事件は隠すことは出来ず、今もその話題で世間は持ちっきりである。

死体などの物騒な物は一夏が《星光爆破》で跡形も無く消したおかげで、事件は死者ゼロとなっていた。

事件の後、一夏はIS学園に一直線に飛び、楯無はすぐさま特別医療室へと運ばれることになったのだ。

 

「一夏くん……」

 

『……知らん。なんのことだ』

 

一夏は依然とホテル消失のことは何も話さない。

多くの隊員を失ったが、代わりに大きな成果を得ることが出来た。

しかし、楯無は素直に喜べない。

 

『それより、あいつはどうする?』

 

「それのこと、なんだけどねぇ……」

 

その子とは、ホテル消失の際に連れ出した、亡国機業の黄昏種……Mのことだ。

彼女には大きなケガはなく、一夏は彼女が持っていたISを回収した後、IS学園にある特別区画に置いてきた。

特別区画は、違反者などを入れる区画で、いわゆる反省部屋のような物だ。

IS学園とあって設備は充実しており、普通に生活ができる場所でもある。

 

「普通なら尋問とかで、吐かせるのが常識なんだけどね……」

 

『あの顔だとな……』

 

楯無の言う通り、普通なら情報を吐かせるために人道的な行為を無視してでも手に入れたい。しかし、そこで大きな問題があったのだ。

Mがある人物のクローンであることに一夏が気付き、楯無も困っていた。

そのクローンの元である人物が、一夏の姉……織斑千冬であったことが、一番の問題であったのだ。

 

「何処かのバ……お国が作ったせいで、こっちもいい迷惑よ」

 

『…………』

 

処遇を決めるにも決められず、一週間も経ってしまい、さすがにそろそろ決めなければいけないと楯無は考えていた。

 

『なら、この件は俺にやらせてもらっても、構わないか?』

 

「え?」

 

楯無は一夏の意外な言葉に驚く。

普段なら放り投げる一夏が珍しく自分から請け負うことに、楯無は驚いたのだ。

 

「め、珍しいわね。あなたから言うなんて」

 

『これは、俺たちの問題でもある気がしたからだ』

 

そう言って、一夏は首に掲げられているタグに触れる。

楯無はそんな一夏を見つめるのだった。

 

「じゃあ、任せるわ」

 

その言葉を聞いて一夏は頷き、Mのいる特別区画に向かった。

 

 

 

 

「皆……いなくなちゃった……」

 

Mはあの日からずっとベットの上でそう呟くのであった。

 

「どうして……どうして……どうしてなの……」

 

唯一のMにとって心の拠り所であったあの場所はもうない。

 

「あいつが……奪った」

 

Mの中に一人の人物が浮かび上がる。

 

「織斑……一夏。お前が……皆を……殺した」

 

Mの中に怒り、憎しみが生まれる。

 

「許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないぃ!!」

 

Mの中には一夏を殺ることしかなかった。

 

『そんなに俺が憎いか? M』

 

「!?」

 

いきなりの侵入者にMはぎょっとする。

 

「お、織斑一夏ぁ!!」

 

Mはベットにあったシーツを一夏に目掛けて投げ、死角を作る。

そして、部屋にあったペンを一夏の顔の位置に目掛けて思いっ切り振り下ろす。

しかし、それは届かずMの手首を掴まれ、いとも簡単にひれ伏せられてしまった。

 

「離せぇ! クッ……」

 

『全く、世話を焼かせやがって……』

 

「ッ……」

 

普通の人間であったなら、Mでもこの状況を覆せてただろう。

しかし、お互いに黄昏種のため、そうはならなかった。

 

「お前のせいで……」

 

『……そうか。なら』

 

そう言って、一夏は拘束を解く。

その行動にMは動揺する。

殺そうとした相手を前に一夏は拘束を解いたのだ。そんなのは殺して下さいといっているようなもので、Mは一夏の行動がようく分からなかった。

 

『来い』

 

「…………」

 

一夏はその一言を言って、部屋を出る。

Mは無言のまま、一夏の後を追う。

そして、連れてかれた先は……アリーナだった。

 

『ほらよ』

 

一夏はMに何かを投げ渡す。

それを受け取ると、改めて驚く。

一夏がMに投げ渡したのは待機状態の《サイレント・ゼフィルス》だったのだ。

 

『そんなに俺が憎いんだろう? なら、戦ってやる』

 

そう言って一夏は、待機状態の《リンドヴルム》を起こす。

Mはそれを見て笑い、《サイレント・ゼフィルス》を纏う。

 

「織斑一夏ぁ!!」

 

『来いよ』

 

試合の合図などない。ISを纏った時点でそれは試合の合図でしかなかった。

Mが《サイレント・ゼフィルス》を纏うと同時に瞬時加速で一夏との距離を詰める。



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38話

「『国境の長いトンネルを抜けると―――』これは『雪國』の冒頭の一節ですが―――」

 

教卓の前で山田先生はいつのも通り授業を進める。教卓前の一夏の席だけが空席である以外。

 

「(今日は来ていないか……)」

 

箒は空席の一夏の席を見つめていた。

一夏が目覚めたことは、あのホテル消失事件の次の日に聞かされていたが、一夏は未だにクラスに姿を見せてない。

 

「(もう、心配ないのなら姿くらい見せろよ……!)」

 

こみ上げてくる怒りをどうにか抑える。

教室の後ろの方では、セシリアがノートにペンを走らせていた。しかし、書かれていることは意味のない腺で、言葉になっていない。

 

「(今日も来ませんのですか……)」

 

姿を見せない一夏にセシリアは心配する。

副クラス代表として、一夏の体調を気にするのは当たり前だった。

むしろ、あのことがあっては、余計にそうさせる。

 

「(一夏は何処で何をやってるのだろう……)」

 

シャルル……改めて、シャルロット・デュノアは一夏の席を見つめる。

学別トーナメントが終わると、シャルルは本当の名前であるシャルロットとして、ここに転校してきたのだ。

シャルロットの問題は楯無が処理し、その提案が一夏が行なったことをシャルロットに伝えられていた。

 

「(ふむ……ずる休みと言うやつか?)」

 

ラウラはあの日から随分と大人しくなり、何故か一夏のことを心配するようになった。

しかも、夜這いまで試みたのだが……

 

「(あのセキュリティをどう突破するものか……)」

 

一夏の部屋は普通の部屋とは違い、要塞に近い。

ピーピングをすればアウト。開ければ、ワイヤートラップで即アウト。部屋に入れば、重量トラップでアウト。さらにさらに、赤外線センサーがそこら中にあり、当たれば即アウトと……警備は万全なのだ。

そこまでする必要があるのかと思うが、一夏の同室の子が一夏の主である簪の為、普通より警備が厳重である。

 

「「「「(どうやって、一夏を誘うか……)」」」」

 

一同、同じことを考えていた。

しかし、そんな平和な授業はあることで、中止になる。

 

ドウッ!

 

それはいきなりだった。

教室の外から強烈な光弾が弾ける光と突風が襲い。IS学園その物を揺らす。

 

「な、なんだ!?」

 

千冬はいきなりの揺れに驚き、外を見る。

そして、ある場所から煙が上がっていた。その上を二つの光がぶつかり合っていた。

 

「誰かが、戦っているのか……?」

 

しかし、今日の授業に模擬戦闘を行なっているクラスはない。しかも、これだけの威力がある武装は……一つしか思いかばなかった。

 

「織斑と……誰が……」

 

「そんな……まさか!?」

 

セシリアは即座に高速移動する機体をロングレンジ用のズームで確認する。そして、そこに写っていたのは、セシリアが見たことのある機体だった。

BT二号機《サイレント・ゼフィルス》。

シールド・ビットを試験的に搭載した機体であり、その基礎データには一号機であるセシリアのブルー・ティアーズが使われている。

 

「くっ……」

 

「おい!」

 

セシリアはすぐさま、教室を出て、高速移動する一夏と《サイレント・ゼフィルス》の元へと向かう。

走っている中でもセシリアは一夏の戦いから目を離さない。

 

「(超高速機動下の精密射撃!? それも、こんな連続射撃だなんて!)」

 

《サイレント・ゼフィルス》の操縦者は一夏の《雷閃》をシールド・ビットで防ぎ、有効打を与えない。

自らを上回る技量に驚愕するセシリア。しかも、敵機から通常の射撃ビットが飛来し、セシリアを越える同時六機制御の中、一夏も負けていなかった。

 

 

 

 

「(マッハ2で飛行しても、精度を落とさないか……)」

 

アリーナで始まった戦いはいつの間にか外へと変わっていた。

一夏とMの戦いではあのアリーナの中では狭く、一夏は遮断シールドを破壊する否や高速起動に入った。その後を追うようにMも高速起動に入る。

そして、現在の一夏とMの速度は秒速680メートル。マッハ2で飛行していた。

 

「(そろそろ限界だな……)」

 

マッハ2で飛行している為、一夏の《リンドヴルム》に限界が訪れようとしていた。

勿論、Mの《サイレント・ゼフィルス》にも同様の兆候が見えていたことは、一夏は気付いている。

一夏は垂直に上昇し、高度を上げていく。

Mもその後を追うように高度を上げ、一夏が上空一万メートルに到着すると、一夏は《リンドヴルム》のPICをカットした。

PICをカットした《リンドヴルム》は浮遊、停止、加速を失い落ちる。

 

「もらったぞ、織斑一夏!」

 

《リンドヴルム》に向けられた六機のビームが放たれた。

 

『《支配者の神域》』

 

Mのビームが当たる寸前で一夏の《リンドヴルム》が七色の光輪に包まれる。

ビームは一夏に当たることなく、消えてしまった。

 

「なっ!?」 

 

完全無防備状態であった一夏が一瞬にして消え、Mは思わず声をあげてしまった。

そして、Mの背後に機体反応を感知した時にはもう遅く。

 

『《雷光穿槍》』

 

電撃を帯びた突撃槍の一撃が《サイレント・ゼフィルス》の横腹目がけて繰り出される。

不可避のタイミングにMは持ってた《スターブレイカー》を盾にした。

 

「ッ……」

 

《スターブレイカー》は一夏の《雷光穿槍》によって破壊され、Mは出来た隙をついて、シールド・ビットで追い詰める。

しかし、一夏は《雷光穿槍》を巧みに振るって、あらゆる方向から襲いかかるシールド・ビットを、次々と弾く。

槍一本だけで、六機によるビームの嵐を全て防いでいた。

 

「いい加減に沈めぇええ!!」

 

Mは全ての手札を切り、もう何も残っていない。

《スターブレイカー》は破壊され、シールド・ビットは全て感電してしまい、再起動までに時間がかかり過ぎる。シールドエネルギーももうない。

Mは右手に拳を作り。

 

『断る!!』

 

それは一夏も同様だった。

超高速状態での戦闘は予想以上に体力を消耗し、《星光爆破》に《雷閃》と一夏は《リンドヴルム》の特殊武装を使いまくった。Mと同じくシールドエネルギーがもうない。

一夏は《雷光穿槍》を捨て、空いた右手に拳を作る。

一夏とMは同時に殴りかかった。

 

『「ぐっ……」』

 

お互いの拳は……最後のシールドエネルギーを削り、無くなった。

模擬戦とかの試合なら、余分にシールドエネルギーが残っているが、お互いのISにはその制限を解除してあり、完全にシールドエネルギーを使い果たしてしまった。シールドエネルギーが無くなった機体はPICを制御する力も無く、落ちる。

 

「(負けた……のか……)」

 

Mは落ちていく中で、手を伸ばした。

 

「(やっと、皆の所に……)」

 

上空一万メートルからの落下では確実に死ぬであろう。そう思ってMは目を閉じた。

 

『何勝手に死のうと思っているんだ?』

 

Mの手を握る感触があり、思わず目を開けると、そこには口から血を垂らした一夏と《リンドヴルム》の姿があった。

 

『捕まっていろ』

 

そう言って、一夏はMを引き寄せ、抱き込む。

《リンドヴルム》の両翼を広げ、落下速度を殺し、一夏とMは海に落ちた。



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39話

ざぁ……。ざぁぁん……。

 

「(ここは……?)」

 

遠くから聞こえる波の音に気付いたMは一面に広がる空が最初に目に写る。

 

『気付いたか』

 

波に身を任せながらMの横に浮かぶ一夏がMの意識が戻ることに気付き、そう言う。

お互いに全力を出しての戦い。そして、引き分けた。

もう、身体を動かす余裕などなく、こうして浮かぶだけで限界だったのだ。

 

「何故助けた……私はお前を……」

 

織斑一夏を殺そうとしたMは、その一夏に助けられた。

その意味が分からない。

 

『そんなちんけなこと……どうでもいいだろう』

 

「な!? ちんけだと!? 分かってて言っているのか!?」

 

殺意剥き出しで戦ったMにとって、一夏の前ではちんけなことだったらしい。

 

『スッキリしたか……』

 

「っ……。はぁ……何かどうでも良くなったよ」

 

『そうか……』

 

Mは今まで悩んでいたことが、どうでも良くなってしまった。

織斑一夏に殺されたスコールとオータムの敵を取ろうと必死になったにかかわらず、結局取れなかった。その上、二度も助けられると言う始末。

 

「私は……どうなるのだ?」

 

これだけのことをしでかしたMは一夏に問う。

一夏がその問に……

 

『一緒に来るか?』

 

「は?」

 

以外な答に、Mは目を丸くする。

 

『行く宛てがないんだろう? それに帰る場所も……なら、俺が与えてやるよ。きっとお前も気に入るさ』

 

一夏はニカッと笑う。

 

「いいのか……」

 

『いいさ。あいつなら、喜んで受け入れてくれるさ』

 

お互いに顔は見ない。

だけど、掴んでいる手から伝わる感触からは……

 

「マドカ」

 

『ん?』

 

「織斑マドカ……私の本当の名前だ」

 

ずっとMとして名乗ってきたマドカは初めて、自分の名前を明かす。

 

『あぁ。よろしくな、マドカ』

 

お互いの思いをぶつけた闘いは幕を閉じ、騒ぎを聞きつけた教師たちに一夏たちは回収された。

 

 

 

 

そして、その数日後。

 

「織斑マドカだ。よろしく頼む」

 

一年一組にIS学園の制服を着たマドカが立っていた。

マドカは正式に更識が管理することになり、一夏の部下として働くことになったのだ。

簪もマドカの存在は認め、一夏がいない間だけ、護衛を任せることになった。

楯無は……まぁ、専属としてマドカを欲しがっていたが、本人に却下され、涙目になったことは敢えて言わない。

 

「一夏ぁ!!」

 

「一夏さん!!」

 

「一夏?」

 

「嫁よ!」

 

マドカの登場に箒、セシリア、シャルロット、ラウラが立ち上がる。

 

「「「「これは、どう言うことだ!!」」」」

 

『そのままの、意味だが?』

 

一夏はしれっと返す。

何も普通なことに一夏は疑問を持つことも無く、彼女たちの意味が全くわからなかった。

 

「あれだけのことをして、何も無かったとは言いませんわ!」

 

セシリアがビシッ! とマドカを指差す。

 

「あぁ。あれは、すまなかった」

 

「すまなかったって……」

 

セシリアが言っていることは、マドカが使っていた《サイレント・ゼフィルス》のことだった。

あの戦いの後、《サイレント・ゼフィルス》はイギリスに返却された。しかし、その状態に問題があったのだ。

 

「スクラップ化した状態で返却して、よくそんなことをいえますわね」

 

コア以外、完全にオーバーホールする状態で返却され、イギリス側は激怒する。

操縦者をだせやコラと、ヤンキー顔負けの剣幕に日本は知らんと主張したらしい。

まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

これが、政府がイギリスに出した報告だ。

しかし、本当のことを知るセシリアは、そのことは政府に言わなかった。

 

「言い争いはそれぐらいにしておけ」

 

千冬がセシリアとマドカを止め、SHRが終わる。

 

「では……」

 

そんな後の中で、山田先生は授業を始める。

マドカに対する視線が途切れることない一日が始まったのだ。



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40話

そこは奇妙な部屋であった。

部屋の至る所には機械の備品がちりばめられ、ケーブルがさながら樹海のように広がっている。

そんな中で生活している人物はこの世の中を探しても、一人しかいない。

そう、ここは―――篠ノ之束、その秘密ラボである。

 

「! この着信音は……」

 

篠ノ之束、その姿はこれまた異色そのものであった。

空の様に真っ青なブルーのワンピース。一言で言えば『不思議の国のアリス』の主人公であるアリスそのものなのだから。それに加えて頭のカチューシャにも問題があった。なにせ、それが白兎の耳なのだからである。そう、言うならば一人『不思議の国のアリス』状態であるのだ。

 

「やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとず―――っと、待ってたよ!!」

 

突然の携帯電話の着信。その着信音が鳴るのは、今までになく。束はその相手が誰なのかは、出る前から分かっていた。

 

「欲しいんだよね? 君だけのオンリーワンが……最高性能(ハイエンド)にして規格外仕様(オーバースペック)。そして白と並び立つもの……その機体の名は……」

 

 

 

 

「海だぁ!!」

 

七月初旬……一夏たち、IS学園の一年生は臨海学校に来ている。

各国から送られたISと装備。それを二泊三日で稼働試験するのだ。

一日目の今日は自由行動! とはいかなかった。

 

「今日ぐらい、休んでもいいんだよ……?」

 

一年四組、クラス代表である更識簪の警護を一夏とマドカがやっていた。

服装は勿論、お互いに水着である。しかし、その腰に刺突剣と日本刀型の待機状態のISを付けている。

 

『一応、俺たちはお前の護衛だ』

 

「安全な所だと分かっていても、仕事するのが私たちであります」

 

そう言って、マドカは日本刀の柄を撫でる。

マドカが持っているISは一夏が以前にタッグトーナメント時に使ったIS《夜刀ノ神》であった。

修理とマドカに合わせての調整が終わり、正式にマドカのISとして配備されたのだ。

 

「むっ……」

 

簪は一夏とマドカの言葉に納得がいかなかった。

一夏とマドカの言うことは、確かに正しい。

契約上、護衛として契約されている以上、常にその場にいることが義務付けられている。

IS学園の中であったのなら、マドカ一人でもよかったのだが、今いる所はIS学園から離れ、外であるのだ。

名家のお嬢様をフラフラさせる先輩は……そういう事で、一夏とマドカは常に簪の元を離れず、ISをいつでも展開できるようにしていた。

 

「織斑マドカさん!」

 

そんな中にセシリアが割り込んでくる。

 

「あの時の屈辱を今ここで晴らせてもらいますわ!!」

 

「あっそう」

 

セシリアのビジッ、と伸ばされた指にマドカは全く興味がなく、平然と返す。

 

「っ!! 決闘ですわ!!」

 

タコのように赤くなったセシリアが出した言葉はこれだった。

 

「でたわ! セシリアさんの決闘宣言!!」

 

あの日からセシリアはマドカに決闘宣言をし続けている。

それが、何時しか定着し、この有様だ。

 

「はぁ……」

 

マドカは大きな溜め息を吐き、うんざりしていた。

セシリアとの戦歴は全部勝っている。いつになったら、諦めてくれるものか……。

 

「お嬢様。少々失礼します」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

そう言って、マドカはめんどくさそうにセシリアの所に行く。

 

「―――浸食せよ、凶兆の化身たる鏖殺の蛇竜。まつろわぬ神の威を振るえ、《夜刀ノ神》」

 

お互いにISを展開して、海上へと飛ぶ。

被害が及ばない領域へと着くと、戦いが始まった。

その光景をその場にいた者たちが眺める。

 

「また、あのバカがやっているのか」

 

「織斑先生……」

 

セシリアとマドカの戦いが始まると同時に千冬が到着したのだ。

もちろん、水着を着用してだ。

 

「しかし、凄いですよね」

 

「何がですか?」

 

「マドカさんの操縦技術もそうですが、更識さんの作った《機竜》シリーズですよ」

 

二機目のISを制作したことにより、簪の作ったISにシリーズ名を付けることになった。

そして、付けられた名が《機竜》と言う訳だ。

もちろん、制作処は一切伏せてある。

 

「スッペクは第三世代を越えて、第四世代とも言われている品物ですし……」

 

「まぁ、織斑共の身体能力がずば抜けているのも要因だろう」

 

「えぇ、確かにそれもありますが、やはり……単一仕様能力が凄いと私は思います」

 

一夏の空間移動である《支配者の神域(ディバインゲート)》。

マドカの対象の一時的なコントロール強奪《禁呪符号(スペルコード)》。

どれも今までにない凶悪な単一仕様能力であった。

 

「まぁいい。織斑、くれぐれも()()()には目を付けられるなよ。付けられたら、色々と面倒なことになるぞ」

 

『自重する』

 

そう言って、千冬は墜落したセシリアの所に歩いていった。

織斑先生と山田先生との会話をしている間にセシリアとマドカの試合は終わっており、セシリアはまたしても負けたのだ。

ちなみにマドカの強さは、打鉄(箒)にブルー・ティアーズ(セシリア)、甲龍(鈴)、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ(シャルロット)、シュヴァルツェア・レーゲン(ラウラ)の四機を相手に圧勝している。

現状、一夏の次に強いと言われていた。

 

「邪魔者を排除してまいりました」

 

「う、うん」

 

最強の護衛を連れた更識簪。彼女に対する害をなせる者は……この世にいるであろうか。

その場にいた一同が思ったことであった。



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41話

「それでは予定通り実施試験を行う。候補生は自国の装備を、それ以外の者は……」

 

臨海学校二日目。今日から本来の目的である実施試験が行なわれた。

各自、織斑先生の指示に従い作業を進める。

そんな中を中断するかのように山田先生の声が横切った。

 

「おっ……織斑先生!!」

 

声からして異常事態だと言うことが分かり、マドカは何故か空を見つめている。

一夏も空を見つめると、何やらこっちに向かっている物があることに気付いた。

 

「上空から何かが接近してきます!!」

 

そして、それが生徒の前に落ち、一夏とマドカは瞬時に簪の前に立つ。

落ちて来た物は……ニンジンの形をした何かだった。

 

「……。やあやあ、お待たせしたねぇ」

 

中から出てきたのは……この世で誰もが知る人物だった。

もちろん一夏も知る人物であり、同時に最も良く知る人物でもある。

 

「はろーはろー! みんなのアイドル、篠ノ之束。ここに参上―――う!!」

 

IS……インフィニット・ストラトスの創造者であり、箒の姉……篠ノ之束が表舞台に姿を現したのだ。

一夏が最も警戒している人物が目の前に現れ、一夏は思わず《リンドヴルム》に手を乗せてしまう。

 

「篠ノ之束!?」

 

生徒の殆どは束の登場に驚いており、一夏が《リンドヴルム》に手をかけていることに気付いていない。

 

「ちーちゃ―――ん!!!」

 

束が織斑先生を見つけ、飛びつこうとするが……

 

「うるさい。やめろ」

 

アイアンクローが炸裂した。

しかも、本気のアイアンクローだ。

リンゴすら容易く砕いてしまう程の握力が目の前で披露され、生徒の殆どがその光景に驚いていた。

しかもただの驚きではない。

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」

 

織斑先生のアイアンクローを受けてなお、悲鳴の一つを上げず、それどころか普通に会話をしていたのだ。

 

「今は授業中だ……何しに来た」

 

束にこの程度のダメージは通じないと分かったのか、織斑先生はその手を離す。

 

「そんなの決まってるじゃない! かわゆい妹に会いに来たんだよっ」

 

そう言って、束は箒の傍に寄る。

 

「箒ちゃんしばらく見ない内におっきくなったねえ! 特に……」

 

束が箒に手を伸ばすが……

 

「そういうのはやめてください」

 

はじかれてしまった。

 

「いっくん! 箒ちゃんがつめたいよー!! ひどいー!!」

 

そうい言って、束は今度は一夏の元に近づく。

しかし、一夏は待機状態の《リンドヴルム》を抜き、束の前にその剣を向けた。

 

「い、いっくん……?」

 

一夏の目には、明らかに敵意があった。

束もその敵意に何を感じたのか、その先には進もうとはしなかったが、その理由が一夏の後ろにいる子だと分かると、何故か大きな溜め息を吐く。

 

「何でそんな物を守ろうとするの? いっくん」

 

『主人を守って何が悪い? それと、物ではない者だ』

 

相変わらず身近な人間以外には興味の一欠けらすら持たない会話をする束だった。

 

「ふ~ん、主人ね。ガラクタを作っていい気になっているゴミが?」

 

その言葉に一夏は頬が一瞬動く。

束のその言葉は侮辱のそれ以外にはなかった。

だが、一夏は《リンドヴルム》を展開することはなかった。今ここで展開してしまえば、被害がどれぐらい出るのかが予想できない。

ましてや目の前にいるのは、今の世の中を作った人物である。

 

「あの……それで頼んでいたものは……」

 

そんな一夏と束の会話を中断させたのは、箒だった。

束は箒との会話だけは、素直に聞く。もし、他の人だったならその場は血の雨になっていただろう。

そして、箒の言葉を聞いて、束は先程までの覇気を全く感じさせず、通常運転に戻る。

 

「ああ。そうだったね! もちろん準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」

 

そう言って、空からまた何かが降って来る。

 

「束さんの最新作。全スペックが現行ISを上回る最高性能機……」

 

降ってきた翡翠型の何かが消えるとそこあったのは一機のISだった。

 

「これぞ、箒ちゃんの専用機。《紅椿》だよ!!」

 

真紅のISがそこにあったのだ。



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42話

「紅……椿……」

 

真紅のISが箒に与えられたIS。

一夏はそれを見て、顔が険しくなった。

 

「それじゃあ早速、フィッティングを始めようか!」

 

そんなことを気にしない束は箒を《紅椿》に乗せ、フィッティングを始める。

予め入れてあったデータに箒の新たなデータを更新するだけの簡単な作業だったため、あっという間に終わってしまった。

 

「そんで、いっくん」

 

束は《紅椿》が自動でやってくれるようにセットすると、一夏の方に振り向く。

一夏は簪の前に立ち、束の視界に写さないようにする。その後ろにはマドカが着く。

 

「《白式》はどうしたの?」

 

『あんなガラクタはスクラップにした』

 

一夏は《リンドヴルム》を何時でも展開できる状態にする。

相手は人の命など塵屑同然に扱うような存在だ。

当然、警戒を怠らない。

 

「……そんな塵機の方がいいの?」

 

『お前が作った全ての物の方が塵に思えるが?』

 

一夏と束を中心に異様な空気が流れる。

もし、ドラゴン〇ールで表すなら、双方の地面が陥没し、亀裂が出来ていただろう。

それぐらい、お互いに殺気を放ち、睨み合っていた。

 

「そう……なら……」

 

束は一夏に一つの提案を出した。

 

「箒ちゃんの《紅椿》といっくんの《リンドヴルム》……どっちが強いか決めようか」

 

《紅椿》のフィッティングが完了すると同時に束は一夏に決闘を申し込んだのだ。

一夏はその時……笑っていた。

 

「姉さん……」

 

最初から最後まで聞いていた誰もが、束の言葉を理解できなかった。

なぜ、そこまでして束は一夏に執着する理由があるのか。

 

『あぁ、いいぜ。やろうか……《リンドヴルム》』

 

そう言って、一夏は《リンドヴルム》を瞬時に展開する。

 

『マドカ……簪を頼む』

 

「わかった。兄さんも気を付けて」

 

『あぁ』

 

マドカは一夏から簪を守るようにと頼むと大きく頷いた。

 

「一夏くん!」

 

簪に呼び止められた一夏は後ろを振り向く。

 

「いってらっしゃい」

 

笑顔でそう言われ、一夏は僅かに微笑む。

体勢を低くし、簪の耳元で、

 

「行って来る」

 

いつもの機械音ではなく、一夏自身の生身の声で言ったのだ。

そして、その言葉を聞いたのは……簪だけだった。

 

『準備は終わったのか?』

 

「いっくんが今の箒ちゃんに勝つなんて、100%無理だからね」

 

『なら、その自信を打ち砕いてやるよ』

 

一夏と箒はお互いに空へと飛び立つ。

 

「やれる……この《紅椿》なら!!」

 

箒は遂に手に入れた力に心を躍らせていた。

ずっと先にいた一夏が今、目の前にいる。

やっと一夏と同じ土台にいると実感していたのだ。

 

「来い! 一夏!!」

 

だが、それは大きな間違いだった。

箒……束……いや、この場にいる全ての者が……織斑一夏と言う化け物の本気を知らなかったのだ。



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43話

箒と一夏が上空へと飛び立ち、ある程度の高さに到達すると一夏が停止する。

一夏の前に箒が到着し、箒は《紅椿》の専用武器である二本の刀である《雨月》と《空裂》を構えた。

 

「行くぞ! 一夏!!」

 

そして、箒の言葉で戦いが始まった。

 

『…………』

 

最初に仕掛けて来たのは箒の方だった。

武士道らしく真正面からの攻撃。

 

『《支配者の神域》』

 

一夏の身体が七色の光に包まれ、箒の《雨月》が空振りになる。

 

「な!?」

 

箒は一夏が一瞬にして消える単一仕様能力は今まで散々見て来た。

しかし、箒はそんな卑怯な技を一夏は使わないと思い込んでおり、一瞬の隙が出来てしまう。

 

『《雷閃》』

 

一夏が転移した先は箒の背後であり、転移が完了すると同時に大槍から雷を放った。

箒は一夏が放った雷に反応することが出来ず、背後から直撃する。

 

「がぁ!? 卑怯だぞ!! 正々堂々と戦え!!」

 

未だに武士道精神を言い出す箒。

しかし、一夏はそんな箒の言葉を吐き捨てた。

 

『卑怯? 甘ぇ事言ってんじゃねぇよ。聖者でも相手にしてるつもりか?』

 

「っ……」

 

《リンドヴルム》の大槍の特殊武装《雷光穿槍》から放たれた雷撃にはスタン効果があり、箒の《紅椿》から複数のアラームが鳴り響いている。

動きが鈍った敵など一夏からしてみれば、ただの的でしかなかった。

 

「くそ! 動け、《紅椿》!!」

 

そこから先は一方的な戦いでしかなかった。

一夏の電撃を受けた《紅椿》は一夏の大槍から攻撃など避けることは出来ず、《紅椿》の装甲を破壊していく。

 

『《雷光穿槍》』

 

「ぐぅ!!」

 

箒も負けまいと一夏の《雷光穿槍》を《雨月》と《空裂》で無理矢理受け止める。

 

『《星光爆破》』

 

一夏はさらに上空に《星光爆破》の光弾を撃ち上げた。

箒は一夏がなぜそんなことしたのか分からなかったが、その後に思い知る。

 

『《支配者の神域》』

 

一瞬にして視界が変わる箒。

眼の前には一夏が放った光弾があった。

 

「な!?」

 

一夏は箒を《支配者の神域》で光弾の着地地点へと飛ばしたのだ。

制限された質量、転移範囲さえ合っていれば、何でも転移させることができる。

回避とかに使う《支配者の神域》を一夏は箒に使ったのだ。

 

『チェックメイト』

 

箒の前で光弾が弾け、轟音が鳴り響いた。

光が収まると大破した《紅椿》が落ちてくる。

一夏は溜め息を吐きながら、箒を捕まえた。

 

『ほらよ、そいつをさっさと医務室に連れて行け』

 

一夏は箒を山田先生に投げ渡すと、プルプルと握り潰す拳をする束の方へと振り向いた。

 

『満足したか? お前が言っていた屑機が勝っちまったぞ?』

 

「何でよ、何で!! あたしが作った機体は今までの中で最高作品だったんだよ!! どうして、そんな屑機体がぁ!!」

 

束は納得がいかなかった。

箒が武士道精神で馬鹿正直に真正面から仕掛けてきたのも敗因の一つかもしれないが、それだけではない。

一夏たちが乗るISは既に完成されたISであったからだ。

ISの自己進化の最終到達地点に既に到達しており、束が作るISなど足元に及ばない領域へと来てしまっていた。

 

『知るかそんなの。箒は負けた、そんで俺が勝った。ただそれだけだ』

 

「っ……」

 

束はそんな一夏を睨み付けるが、無意味だった。

一夏の眼には束など、すでに興味などなかったのだ。

 

『用がないなら、さっそとその塵を持って帰りな』

 

そう言って一夏は束にある物を投げ渡す。

束が受け取ったのは、ボロボロになった二つの鈴が着いた赤い腕輪だった。

それは、《紅椿》の待機状態であり、先程回収した物だ。

 

「いっくんはきっと後悔する。自分が犯した罪に」

 

『そうかい。だが、そうだろうと俺は何も後悔はしない』

 

もう既に一夏は罪を犯している。

この手が赤く染まっていようと、一夏は突き進む覚悟があの日からできていた。

 

「…………」

 

束は無言のまま、一夏たちの前から立ち去った。



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44話

あれから十年―――私たちの平和な日々が崩れた。

篠ノ之束が亡国機業と手を組み、第三次世界大戦を起こしたのだ。

ISが使える者は戦場に出され、その殆どの者が散った。

 

「今日も行くの?」

 

もちろん一夏もその一人だ。

臨海学校の時から一夏はこうなる事は分かっていた。

ISの生みの親である篠ノ之束を怒らせ、勝ってしまったことにより、より過激になってしまったことを。

 

『まぁな』

 

臨海学校の出来事以来、箒はすっかり大人しくなった。

今までライバル……または、同等だと思っていた彼女はあの日……一夏によって打ち砕かれてしまったのだ。

一夏にとって箒はライバルなんかではなく、“格下”でしかなかった。

それをあの日、ハッキリさせた。

 

「…………」

 

昔のような仲に戻ることは出来なくなってしまったかもしれない。

けれど、それは一夏も同じだった。

簪を助けたあの日から、俺の道は大きく変わってしまった。

 

『心配するな。さっさと終わらせてくるよ』

 

一夏は朝食のパンを口に放り込み、食事を終わらせる。

そして、屋上へと簪ともに上った。

 

「おはようございます。兄さま」

 

「隊長~」

 

「「みんな、織斑隊長が来たよ!」」

 

屋上には12人程の女子たちが集まっていた。

そして、彼女らの首元にはタグが下げられおり、それぞれにアルファベットと数字が刻まれていた。そう、彼女らは全員が黄昏種だったのだ。

一夏と簪は世界大戦が始まると同時に世界中に散らばった黄昏種を保護し回っていた。

その中で戦う気のある者だけに簪はISを与えたのだ。

 

『上から出動命令があった。これから、その場所に向かう』

 

集まった女子たちは整列し、一夏の話を聞く。

 

「どちらに?」

 

『首都だ』

 

マドカの質問に一夏はニャりと笑いながら答えた。

そして、全員がそれを聞くと、腰に下げた剣に手をかける。

 

「総員、抜刀!」

 

マドカの指示に、全員が抜刀した。

 

『――降臨せよ、為政者の血を継ぎし王族の竜。百雷を纏いて天を舞え、《リンドヴルム》』

 

「――侵食せよ、凶兆の化身たる鏖殺の蛇竜。まつろわぬ神の威を振るえ、《夜刀ノ神》」

 

「――目覚めろ、開闢の祖。一個にて軍を成す神々の王竜よ、《ティアマト》」

 

「――転生せよ。財貨に囚われし災いの巨竜。遍く欲望の対価となれ、《ファフニール》」

 

飛翔型のISの展開が終わると、陸戦型を乗せ、何時でも出られる準備に入る。

 

「一夏くん!」

 

簪はこの戦争には参加していない。

ISは政府に返却し、日本代表候補生も捨ててしまった。

一夏の傍にいるために全てを捨てて、この場に立ったのだ。

 

「いってらっしゃい」

 

『あぁ。行って来る』

 

そう言って一夏は簪の唇を合わせるように自分の唇を重ねた。

 

『行くぞ!』

 

一夏の掛け声と同時に全員が飛び立つ。

その後ろ姿を簪は見えなくなるまで見守った。

 

「必ず帰って来て……」

 

空は雲一つなく、簪の髪色と同じ青空が広がっていた。

 

 

Fin



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