真剣で私に恋しなさい!S~弓腰少女のマジ恋!~【未編集再投稿】 (Celtmyth)
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弓腰少女のプロローグ

 ここから現時点での話数まで投稿します。
 これは『真剣で私に恋しなさい!S~少女たちのマジ恋!~』で、1つの小説に2つの物語を湯王していたのを、思う所あって分けた作品です。
 内容の変更はしてませんので、あしからず。


 某、加奈陀(カナダ)。どこかの国家擬人化漫画で見られるようにたまにと勘違いさせられる――まぁ領土が『北アメリカ大陸』だしね――この国は森林地帯が国土の54%を占める。森と言えば木々の集まりと言え、そこで狩猟をすると言うのならかなり難しいだろう。

 そして文字通りである森の中、木々に囲まれる中で弓を引いている少女がいた。使う弓は、正直分類が当てはめづらい。長さは和弓並、外見は洋弓のように機械的、それでいて形状は質素。まるで絵で描かれたような非現実的な弓だ。

 

「………」

 

 少女はその弓を手に、目を閉じていた。弓手が目を閉じるなど愚行以上に馬鹿な行動だ。しかし咎める者はいない。今は彼女一人であるし、いたとしても彼女の母親は咎める事ないだろう。そして彼女は、予備動作もなく矢を放った。

 静寂な森に弦の音が響いていく。反響はなく小さくなりながら広がる。そして、続いて悲痛な鳴き声が響いた。

 

「……よし」

 

 その鳴き声を聞くと少女は初めて声を出し、満足気に発した。弓を降ろし、そのまま急ぎ足で進み始める。弓を放った直線状とは少し傾いた方向へ、しかも進むにつれてグネグネと曲がりながらだ。そうしていると、一匹の獣が横たわっていた。見た目からしてトナカイ。加国ではジビエとして食される獣だ。そしてこのトナカイの眉間には棒状の物、少女が先ほど放った矢で仕留められていた。

 

「食料確保っと。続いて血抜き血抜き」

 

 トナカイはシカ科なので素早く血抜きの処理をしないと味が悪くなるため、少女はナイフを手に持って作業を始めるのだった。

 

 

 

 

 しばらくて、血抜きを終えたトナカイを担ぎながら少女は自分の家に到着した。見た目はログハウス。しかもかなりの大きさがある。十分に立派と言えた。そんな家の、入り口の扉の横に少女は仕留めたトナカイを置き、そして身軽になった所で家の中へ入っていく。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい」

 

 少女を迎えたのは彼女の母親らしき女性。部屋のテーブルの片隅に座り、広げた羽根で矢の矢羽を一本一本丁寧に作成していた。

 

「上手くできた?」

「うん。母さんの言われた時間内に見つけて仕留めたよ。まぁギリギリだったけど」

「でも一本で仕留められたんでしょ?」

「それはもちろん」

「じゃあ私から言う事はないわ。お疲れ様」

「はーい」

 

 特に指摘らしい指摘を受けずに労いの言葉を貰った少女は少々ご機嫌だ。そして報告を済ませたので改めてトナカイの解体をしようと外に出ようとする。

 

「――ねぇ、そろそろ腕を確かめに行かない?」

 

 しかしそこで少女の母親がそう言って呼び止める。少女はその言葉を聞いて振り返り、そして驚きと嬉しさが混じったその顔がよく見えた。

 

「……マジ?」

「ええ、マジよ。私も大体の事は教えたし、貴女も十分な実力を身に付けた。そろそろ私以外を相手にした戦いを積まないといけないわ」

 

 母親からの言葉を聞くたびに少女の心は静かに燃え上がる。長い修業を積み続け、一切の実践を経験しなかった物足りなさが満たされるかのようだ。

 

「だから貴女には日本に行ってもらうわ。詳しい場所は川神市」

「武神がいる街だね」

「ええ、そうよ。それに貴女と同世代で実力のある子たちがいるし、なにより今は剣聖の娘さんがいるわ」

「剣聖って、母さんの友人だったっけ?」

「そうよ。でも大成くんはいないから、期待はしちゃだめよ」

「してないわよ。まだ母さんを追い抜いてないんだから、まだ先でいいし」

「ならいいわ。――出発は一週間後で準備しなさい。連絡は私の方からしておくわ」

「はーい。でもその前に解体をしておくから」

「ええ、そっちもよろしくね」

 

 話を終え、少女はトナカイの解体へ向かい、母親は矢の作成に戻る。

 

 

 

 

 

 

 後回しになってしまったが、この母娘の正体を伝えよう。

 

 少女の名前は笹谷 蘭。自作のを使う弓の使い手。大きな潜在能力を秘めていながら実戦経験なしである未知数の実力者。

 母親の名前は笹谷 三左。娘に弓術から弓矢の作り方を教えた師。知る者が知る異名は『』であり、『天下五弓』の名付け親。

 

 

 一時故郷を離れた『弓聖』の娘が、川神市へ立つ。波乱は、必須だった。

 

 

 



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Episode 01『川神市の行き倒れ』

 季節は夏。この暑さの下で学生たちは青春を謳歌する―――訳でもない。

 

「あ~、おわった~」

 

 大和は夏休みながらも川神学園で特別授業に顔を出していた。世界屈指の頭脳を持つと言われるゲイツが担当する授業だったので普段見ない生徒たちも出席していたが、それでもしっかりと受けられた。

 が、別に上を目指して出席したわけではない。ただ今日に限って風間ファミリーと遊ぶ予定もなく、することもなかった為に出席しただけだった。しかしそれでも十二分に得るものがあったと自覚できる。

 そして大和がこれから考えるのは、この後からどう過ごすかだった。

 

(……川原でも行くか)

 

 結局は何も浮かばなかったので消去法で、川原で昼寝を選んだ。幸い大和はその場所へはそう掛からない距離にいる。もしかしたらいつもの人――板垣辰子さんがいるかもと考えながら川原に向かい――

 

 

 

 

 そこに辰子ではない少女がうつぶせになっていた。

 

 

 

 

「………………」

 

 予想より少しズレた結果でちょっとだけ固まる大和。しかし徐々に辰子さん以外にもこういう人がいるんだなと思いかけて、様子がおかしい事に気付いた。詳しくはわからないが、大和は彼女が寝ているだけとは思えなかった。

 そう思うとすぐに駆け寄り、そして屈むとうつ伏せになったその体を仰向けに帰る。そんな半ば乱暴にしたにも関わらず少女は無反応だった。

 

「大丈夫ですか!!」

 

 ただ事ではないと察した大和は声をかける。しかし彼女から返事はない。

 

 

 

 ぐぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 

 

 

 彼女の腹の虫が代わって元気よく返事をした。

 

「………行き倒れか」

 

 そして大和は自分でも不思議と思うくらいに冷静だった。

 

 

 

 

 

 大和は行き倒れを連れて向かったのは熊谷満ことクマちゃんの情報から貰った安くて大量に出してくれる店へと運んだ。ここなら大量に注文を受けても懐はそれほど大ダメージを受けない。そんなセコイ考えで選んだ大和だったがその予想は外れた。

 

「ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ……………」

 

 今日に限って期間限定のチャレンジメニュー(品名:大陸丼―特製どんぶりの上にカツ、親子、鉄火など混沌とした丼。制限時間は50分。賞金二万円。失敗は一万八千円のお支払)があり、彼女は迷わずこれを選んで挑戦していた。そしてその量を苦とも思っていない程の順調なスピードだった。

 

「スゲェ……。もしかしたらワン子より上か?」

 

 その光景を向かい合っての反対側にいる大和は驚愕の一言に尽きていた。しかしこの大食いぶりもそうだが、気を引くものがある。

 彼女が着ているのはアウトドアファッションとわかるが、それに加えて夏場だと言うのに毛皮のショールと同じく毛皮のパレオに同じく毛皮のマント。他に腰に吊るしていた何らかの小道具。折りたたんでいるのは見てわかるがそれが何なのかは今の形では見当もつかない。言葉は悪いが不審者。しかし川神市であればそんな人物も怪しくないのも事実である。

 そして三十分後、どんぶりは綺麗に空となった。

 

「ありがとう、助かった」

「いや、気にしないで。ところでその喋り方」

「失礼。ワタシ、カナダ、来た。日本語、不慣れ」

「外国の人なの?」

「生まれ、日本。子供の頃、世界中、旅してた」

 

 爪楊枝で掃除しながら大和の疑問に答える姿はワイルドと言うか意地汚いと言うか、とにかく毛皮を纏っている姿にしてみれば似合ってはいる。

 と、そろそろ本題に入らないといけないと考えた大和は話を切り出した。

 

「ところで名前を聞いてもいい?」

「ハイ、笹谷 蘭、です」

「俺は直江 大和。それで笹谷さん。どうして行き倒れていたの?」

「実は、食料、尽きて、獲物、探して、力、尽きた」

「獲物って……」

 

 まさか狩りなのかと思ってしまうが、『まさか』ではなく本気であるとすぐに訂正する。その方が彼女の格好に説明が付くからである。

 

「でも、助かった。改めて、ありがとう」

「人として当たり前のことをしただけだよ」

「それ、謙遜。今度、お礼、する」

「じゃあアドレス交換でも」

「OK」

 

 互いに携帯電話を取り出し、すばやくアドレスを交換する。この時、大和は「携帯電話は持っていたんだな」と失礼なことを考えてしまった。

 その後二人はチャレンジメニューの賞金を受け取り(二割は気持ちとして大和にあげた)、長居することなく店を出た。

 

「じゃ気をつけてね」

「はい。行き倒れ、気をつけます」

「そうそう。じゃあ俺も行くね」

「ちょっと、待つ。一つ、聞きたいこと、あります」

「何?」

「川神谷、どっち?」

 

 川神谷と聞き、大和は真っ先に疑問を得た。川神谷と言えば名前の通りこの市付近にあるが一般人立入禁止指定の危険地帯。入る場合は市役所に許可と手続きを通さなくてはならない。最も大和たち風間ファミリーは川神ススキなんかを採取するために入ったりしているが。

 しかし蘭のようなノリで行くような場所でもない。

 

「どうして川神谷に? あそこって危険指定区域だよ」

「はい、知ってます。でも、修行、最適」

「修行?」

「はい」

 

 今度は修行と聞き、蘭は武士娘だと認識する。ここでは珍しくないが、わざわざ自然の中に行くのは川神院の修行僧とごく一部。彼女はそのごく一部に当てはまるだろうが、わざわざカナダから来てまでなのかとさらに疑問が深まってしまった。

 

「ご安心。許可、貰って、ます」

「あ、そ、そう。なら――」

 

 疑問は解消されないが、大和はとりあえず川神谷の方角とそこまでの道のりを教え始める。しかし説明の途中でこの場所から行くわけでないと蘭から伝えられ、多馬大橋など大きな目印にした地図を描いてそれを渡した。

 

「ありがと。助かり、ます」

「いいよ。それよりも気をつけてね」

「はい。では」

「うん」

 

 頭を下げ、踵を返して蘭が大和と別れる。それを手を振って見送る大和だが結局、彼女の疑問は多大に残してしまった。

 

「……ま、今度会ったときに聞けばいいか」

 

 また会うこともあるだろうと思い、大和も立ち去っていく。

 それから数分後。

 

「……あ、これからどう時間つぶそう」

 

 回り回って蘭を見つける前に戻ってしまった大和だった。結局は島津寮に戻ってヤドンとカリンを眺めていたのだった。



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Episode 02 『弓の家系』

 大和が蘭と出会って、時間は過ぎて今は夕刻。日も沈みかける時間に彼は秘密基地に足を運んでいた。今日は集会のある金曜日ではなかったがファミリー全員が集まっていた。

 

「今日は皆揃っているな」

「夏休みだからね。暇な時間とか出来るからね」

「まぁ金曜集会以外でみんなが揃うのは珍しいよな」

「私は大和がいたから来ただけだよ」

『ブレないねー』

「でも京さんらしいですね」

 

 特に何かをやろうと言う訳ではなく、皆が偶然に暇を持て余して集まったと言えるだろう。しかしこの中で一人『暇を持て余して』の言葉が当てはまらない人物がいる。

 

「でもキャップはいるのは偶然よね。つい先日まで海外に行ってたんだから」

「おうよ! そして今回もスリルあって楽しかったぜ! たまたま見つけた半壊の海上基地に入ったら巨大ザメと遭遇したからな」

『それ、国家機密とかじゃね?』

「いや、特に何も言われてねぇけど」

「これ、気にしちゃダメなんだろうね」

 

 卓也の言うとおり、深く詮索しないが正解だろう。皆もそれは十二分に承知しているので誰一人そうはしなかった。

 

「しかし巨大ザメか。東西交流戦以来、大きな相手をしていないからな。今度探して見るか」

「そんな生物、早々いないと思うよ姉さん」

「いやわからないぞ。特にこの川神は」

「確かに変わった植物は多いし、川神谷とか危険指定区域とか多いからね」

 

 決して『いない』と言わないあたりこの市は相変わらず摩訶不思議の認識だ。しかしそれが川神市という場所であり、住人たちはそれを認知している。しかしこの中で一人、『川神谷』の単語を聞いて別のことを考えているものがいた。それは昼間に出会った少女、蘭の事だった。

 

(あの子、川神谷で過ごすって言ってたけど本当にだいじょうぶなのかなぁ?)

 

 ここにいる皆が川神谷を危険区域として認識しているため、そこで生活すると言っていた蘭の身の安全は正直不安に感じていた。ただそれに反して外見の、獣の皮を身に纏った姿は逆にしっくり着ているとも思っていた。ただ足りないのは彼女の実力であった。

 

(わざわざあの場所に行くことに不安は感じていなかったから実力はあるんだろうけど、本当にあのあの子って何者なんだ?)

 

 思考は更なる疑問を呼び、大和は深く落ちていく。その為に口数が減り、沈黙を続けたために仲間たちから疑問の眼差しを向けられた。

 

「どうしたの大和? なんだかさっきから黙ったままだけど」

「え?」

 

 大和は一子に声をかけられてようやく現実に戻ってくる。そしてここで皆が自分に注目されていることに気づいたのであった。

 

「何か気になることでもあるのか?」

「まぁ、あると言えばある。今日の特別授業の帰り、変わった人に出会ってね。その子の事を思い出していただけ」

「女の子か?」

「うん」

「オメーは何で女子のエンカウント率が高ぇんだよ」

 

 正直に答えると真っ先に岳人に涙ながら嫉妬を貰った。異性との縁がないゆえの悲しみだが誰一人として気遣わないからすでに当たり前である。そして性別を尋ねてきた百代は興味心身に、ウキウキと質問を続ける。

 

「で、その子ってどんな子なんだ?」

「どんなって言われても、行き倒れしていた子?」

「なんだそれ?」

「よくわからないからな。行き倒れは初対面の時だし、服装も一部毛皮だったしね。川神らしいほどに変わった子だったよ」

「美少女か?」

「うーん、身だしなみは雑だったから判別しずらいかな」

「と言うか女子のモモ先輩がなんでしつこく尋ねるのさ」

「もちろん、かわいいなら紹介してもらうためだ」

「あ、ズリィ。大和、かわいいなら俺に紹介してくれ」

「何張り合ってるんだよ」

 

 と言いつつ、二人はぶれないなと百代と岳人を見ながら思う大和であった。

 

「とりあえず人脈を大事にするお前のことだ。名前とか個人情報は聞いてるんだろ?」

「うん、行き倒れを助けたお礼をいつかするって事でメルアドを交換したよ。名前は笹谷蘭って言う――」

 

 

 

 

 

 ドンッ!!

 

 

 

 

 

 大和が蘭のフルネームを教えた瞬間、部屋に大きな音が鳴った。驚いた皆がその発信元に目を向けると更に驚いた。音を立てたのは京、ファミリーの中で『物音を立てる』事には縁遠い彼女が音を立てたことに驚いたのだ。

 

「……大和、今『笹谷』って言った?」

「あ、ああ。そうだけど」

「もしかしてカナダから来たとか?」

「え、なんで知って……」

「やっぱり!!」

 

 

 京は更に大きな音を立てて皆を二重に驚かせた。しかし彼女がここまで動揺するとなればある答えが導かれる。

 彼女は『笹谷 蘭』、と言うより『笹谷』と言う名前を知ってるのだと。

 

 

「京、笹谷さんの事を知っているのか?」

「弓使いなら知らないほうがおかしいんだよ、笹谷って言う名前は」

「とりあえず京、その笹谷ってどんなところなんだ」

「うん。笹谷は弓師・矢師・かけ師―――日本の弓矢を作る職人を一纏めにした一族で何より――」

 

 クールな彼女がここまで熱い言葉で伝え、そしてもっとも重要である事を皆に伝える。

 

「その笹谷には『弓聖』と呼ばれた弓使いがいて、そしてその人は『天下五弓』の名前と五弓を選んだ人だよ」

 

 

 

 

 

 

「「クシュン!! ……あれ?」」

 

 

この時、カナダと川神谷にいる笹谷の母娘は同時にくしゃみをしていた。

 

 

 



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Episode 03 『霧の探索』

 笹谷蘭に会うと決まってから数日後。

 

「空は快晴! 装備良しお弁当良しモモ先輩良し!!」

「おい待て、なぜ私がそこに入る?」

「先輩がいれば安心だから!!」

 

 川神谷の入り口で翔一が高らかに叫ぶ。そして彼の発言には百代以外は揃って頷くのだった。

 あれから大和たちはそれぞれに与えられた役割をこなして準備を整えた。武力を持った者が同伴していなければ入ることすら出来ない為、ピクニックの準備ではなく探索やサバイバルが出来るだけの装備を用意している。特に何らかの事故やはぐれてしまった時に備えは重点的に且つ軽量に揃えている。気配察知に優れている由紀江や百代がいるとは言え、彼女たちに頼っているばかりではいられない。

 故に翔一の叫びは却下である。

 

「入る前に確認するよ。全員、発炎筒と笛は持ってるね」

「おー、しっかり持ってるぜ」

「ねぇ。この笛は私を呼ぶ笛じゃないけど?」

「谷は市街じゃないからね。慣れていない道じゃワン子でも怪我をしかねないからね」

「さすが大和。惚れ直したから付き合って」

「友達のままで。それじゃあそろそろ――」

「俺について来い!!」

「さっぱりそこはキャップが言うんだね」

 

 最終確認を終え、風間ファミリーは川神谷へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 川神谷は霧に覆われた土地であり、猪などの野生動物が多く生息している。彼らは毎年この地に足を踏み入れた事はあったがその時は目的の物とその場所を確認した上でそこへ向かっただけの探索。今回は居場所も知らない人間を見つけ出そうと言う、目的地もわからない探索だ。例年以上に注意深く進まなくては身が危険だ。

 

「相変わらず霧が濃いなー」

「話には聞いていたが、数メートル先はもう見えないな」

「だから途中途中に目印の看板なんかが立てられているんだ。たまに倒れてたりするけどな」

「その場合は緊急の目印を立てるか戻るかだ。戻ったら役所に報告する決まりになってる」

「そして建て直しに来るのは川神院の修行僧がやるのよ」

「それなら確実ですね」

 

 道中、初めて川神谷に入るクリスと由紀江に説明がされる。特に川神院が関わっていると一子が自慢げに語ってくれた。

 さて、そうしている間に目印となる看板を発見。ここのは傷だらけになっているが倒れそうなほどではない。出だしで戻る必要はなさそうだった。

 

「で、どっちに行くの?」

「目的はわからないけど、この谷にいるのは間違いない。それにこういう時には頼りになるのがいる

しね。――キャップ、どっちに行けばいいか決めてくれ」

「おう、任せとけ!!」

 

翔一はいつも以上に応えた。目的地がわからない今回の探索は彼の幸運に頼ることになっている。しかしその幸運は折り紙付きであり、『笹谷蘭に出会う』目的があれば辿り着くことが可能だろう。問題なのはその道中にスリルと言う名の危険を呼び寄せないかの一点である。

 

「とりあえず、こっちな気がする!」

 

 そして翔一は自身の勘に頼った方向を指差す。

 

 

 

 その直後、顔面スレスレに何かが走った。

 

 

 

「っ!?」

 

 その何かを百代が掴み取った。それを皆に見せるように降ろすとそれは一本の矢であった。

 

「矢、だよな?」

「ある意味キャップの勘が当たってたね……」

『と言うより危なかったんじゃねぇのか?』

「当たらなかったから問題ない!!」

「本人はこう言っているが?」

「ちょっと待って。モモ先輩、この矢見せて貰っていい?」

「ああ、いいぞ」

 

 皆が矢に注目した中、京はその矢を受け取る。先端の鏃から棒部分の箆を伝って後ろの矢羽まで注意深く目を凝らす。それは驚きであり好奇心でもあった。

 

「京、その矢がどうかしたの?」

「え? ああ、ごめん」

 

 一子が声をかけて我に返った。短い時間で周りに気を配れないほどに集中していたようだった。

 

「何かわかったなら教えてほしい」

「うん。この矢、市販品じゃなくて手作り。それもここで現地調達して作った矢だよ」

「なんと。矢とはそう簡単に出来るものなのか?」

「まさか。飛び道具だから風の流れや使う人に合わせて考えなきゃダメ。ましてやこんな場所で作れるような代物じゃないよ」

「でもこうして作られているという事は」

「うん、間違いなくこの前話した笹谷にしか」

 

 いよいよ京の言っていた笹谷である可能性が高まった。

 

「よっしゃ!! だったらさっさと見つけるぞ!!」

「テンション上がってるねキャップ。さっき矢が顔スレスレで通ったでしょ」

「あんなの、親父との遺跡探検に比べちゃあ痒くもねぇ!」

「やべぇ、キャップの感覚が麻痺してる……」

「いまさらだよ」

「じゃあみんな、俺について来い!!」

 

 先陣を切るようにキャップが矢の飛んできた方向へを走っていく。一瞬止めようとしたが、ふと全員にこんな事が頭を過ぎった。

 

(((キャップを前にしたほうが矢よけになるんじゃないか?)))

 

 彼の幸運スキルは折り紙つき。そんな彼なら矢も当たることはないだろう。そんな風に考えると皆黙って自分たちのリーダーに続くのだった。

 

 

 

 

 それから更に奥へ進んでいったが最初の一本からまったく矢は飛んでこなかった。あの矢はただの流れ矢だったのかこちらが危険ではないと判断されたのか、もしくは翔一の幸運によりこちらにはまったく飛んでこない。危険がないので安心だが、同時に方向を教えてくれる手がかりが途切れたと言うことでもあった。そうして時間は過ぎ、お昼に一休みと昼食を取った後も何の変化も起きることなく。

 

「なかなか出会えませんねぇ」

「まぁ最初からキャップの幸運頼みだからな。さすがにそこまで簡単にはいかないだろう」

「僕、レアモンスター探している気分になってきたよ」

 

 流石に何のアクションが起きないので皆の気持ちが揺らいでいた。それは最初からの覚悟の上だったがやはり時が経つとそれも揺らぐのが自然だ。

 

「なぁ、大声で呼べば向こうから出てくるって事はないか? もしそうなら私が奥義使ってもいいぞ」

「それってどんな奥義なの?」

「声を気で増幅させて音量と破壊力を上げるものだ」

「却下だよ。それにその可能性は低いと思うよ。聞こえても遠くからって事もあるし、場所はわかっても警戒するかもしれないし」

「いや、やってみる価値はあるかもしれねぇ! と言うわけで軍師、お前のその役を命ずる!」

「え、俺?」

「お前だけその笹谷って奴と会ってるんだろ。顔見知りの方が向こうも出てくるかもしれないだろ」

「おお、最も意見だわ」

 

 皆の視線が大和に集中する。「やれる事はやろう」的な空気であり、そして特にリスクもないものなので断るほどでもない。それを理解した大和は溜息一つ、そしてそのまま頷くと黙って皆の前に出て行く。

 そして大きく息を吸い――

 

 

 

「笹谷さ――――ん!! この前会った直江ですが―――!! ちょっと会ってくれないでしょ―――か――――!!!」

 

 

 

 かぁ――

 

 かぁ―

 

 かぁ…

 

 

 大和の声は山彦となって遠くまで飛んで行く。谷の中だからより反響しているがしばらく経つと聞えなくなっていく。

 そして返事はなかった。

 

「……ダメみたい」

 

 聞えなかったか、それとも無視されたか。どちらにしても反応はなかったと言うことだった。大和はそう考え、皆に謝ろうと振り返る。

 

「みんな、ごめ――」

 

 

 

「呼んだ?」

 

 

 

 謝ろうとした瞬間、大和の後ろから声をかけられた。聞いた瞬間にビクリと大げさに驚いて再び振り返った。

 

「Hello」

 

 霧の中、姿をわずかに隠した蘭がいつの間にかそこにいた。ただ本人は街中で遭遇したかのように軽く挨拶し、手も振っていた。

 

「どうした? ワタシ、会う、言ってた?」

「あ、はい。でもいつの間にそこに」

「声、聞いて、走った。気配、場所に、同化、してた。そこは、ごめん」

「いや、別に気にしてないから」

 

 混乱気味な大和はチラリと後ろを見る。確認したのは百代と由紀江の表情だ。気配を察知できる二人の顔色を見れば蘭に気づいていたかがわかると考えたからだ。

 結果、二人も驚きの表情をしていた。彼女たちでさえ蘭の気配を察知できなかったと言うことだった。

 

「どうした?」

「あっ、ごめん。会ってすぐで悪いんだけど、笹谷さんの親って弓聖?」

「Yes」

 

 あっさり認めた。しかしすぐに上を見上げてなにやら考えているそぶりを見せる。

 

「母か、弓矢、どっちか、お話、聞きに?」

「うん、そう」

「OK。話す、場所、案内する。こっち、です」

 

 理解も早く、蘭は指差す方向に向かって歩き出す。それに京が真っ先について行き、皆はそれに少し遅れてついて行った。

 

 



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Episode 04 『最初の接触』

 蘭は霧が広がる川神谷の中を先導しながら風間ファミリーを連れて行く。しかし両者が出会ってしばらく時間が経っているが一切の会話がない。蘭のほうはともかく、風間ファミリーの面々はどう切り出せばいいかと少し悩み気味だ。そんな中、岳人が大和の小突いて催促する。黙っているが、「お前だけ面識あるんだからお前から話せよ、軍師」である。それを読み取り、大和は溜息をしつつ意を決して声をかけた。

 

「笹谷さん」

「ハイ?」

「いきなり大所帯で来たったけど大丈夫?」

「別に、大丈夫。それに、ワタシ、用あって、でしょ?」

「まぁ、一応は。でもよくわかったね?」

「それ以外、谷に、来る、理由、浮かばない」

「そりゃごもっともで」

「でも、それも、彼女、いて、気づいた」

 

 そう言って蘭は自分のほぼ真後ろにいた京を一瞥し、そしてすぐに正面を向く。ただでさえ霧の濃いこの場所で後ろを振り返るなど怪我の元、もしくは事故の元となるが今はそんな大事になる様子はない。しかしそれでも無用心である。

 

「もしかして、京のこと気づいている?」

「天下五弓、精密さ、秀でる、椎名京。ハハから、聞いて、ました」

「有名だな、京」

「まぁ弓聖は天下五弓の名付け親だから特に驚かない」

 

 そっけなく返事をするが、それでも京はソワソワした様子が見られる。やはり弓兵として弓矢の製作で有名な家系の人間が目の前にいては落ち着かないのだろう。ファミリー以外に対しては冷淡に対応する彼女にしては珍しい反応だが、ここは弓兵としての意識が強いのだろう。

 

「到着。ワタシの、拠点」

 

 と、ようやく彼女の拠点にたどり着いた。出会ってそれほど距離は離れていなかったので、これも幸運と言えるのかもしれない。

 改めて、蘭の拠点は崖の中に大きな窪みがあるその内部だった。気流の関係なのかそのくぼみには霧はなく、数メートルの視界が確保できて野生動物が出ても対処がしやすい場所だ。そんな場所にあるのはテントに焚き火の跡と椅子代わりの丸太、あと木の実や動物の骨がある。ここまではサバイバルで見るような品だが、加えて製作中と見てわかる矢の材料と完成し終えた矢の束があった。

 

「何もない。そこは、申し訳ない」

 

 ほぼホームレス状態な生活空間という自覚があるようでファミリーに向かって頭を垂れて謝罪する。

少々返事しづらい言葉に皆困惑している間に蘭が離れ、そして結構長めの丸太をズルズル引きずり始めた。これを見て大和が真っ先に『椅子を用意している』と察した。

 

「岳人、手伝ってあげて」

「ん? おお、なるほど」

 

 岳人も理解し、二人で蘭の手伝いに行く。蘭はお客さんだからと断っていたが大和の交渉術により承諾し、丸太を岳人に任せる。彼女が行うよりもかなりすぐ丸太の椅子が用意された。ファミリーの面々はその上に座り、蘭は反対側の設置済みの丸太に座った。

 

「まず、お手数、かけて、申し訳ない」

「気にすんなって。こういうのは得意だから遠慮なく言ってくれればいいって」

「デスカ」

 

 蘭が返事をすると岳人は隠れているつもりのガッツポーズ。本人はフラグが立ったと確信しているようだが他はありえないと確信していた。

 

「さて、改めて。ワタシ、笹谷蘭、です。しばらく、この谷、で、生活、してます。ご用件、は?」

「理由はない! ただ会ってみたかったから」

「………」

 

 真っ先に応えた翔一に対し、蘭は呆れた視線を向けている。「そんなことの為にこの谷にやってきたのか?」と思っているのだろうが、正直な所ここに住んでいる蘭も大概である。

 しかしそこに京が翔一を抑えるように前に出た。

 

「ここに来たのは修行のため?」

「はい」

「それは職人としての? それとも弓兵としての?」

「両方、です、かね? ワタシ、長く、ハハに、教えられて、いた。でも、実践、少ない。だから、実力者、多い、ここに、来た」

「それは決闘もするという事か? ならすぐにでも私と――」

「姉さんは黙ってて。話が進まないから」

「ちぇー」

 

 大和が百代を押さえ込み、話の脱線を防ぐ。蘭は少し気にした様子だったがファミリーの様子を見て問題ないと判断し、話に戻る。

 

「続けていい?」

「はい」

「わかった。実践をしに来たって事は大体の技術なんかは修めたってこと?」

「一応、は」

 

 ここで京は口を閉ざし、何かを考えている。その時間は片手で数えられるほんの数秒。考え込むほどではなく、即断即決の思考。そして続けて荷の一つを前に出した。

 

「……弓。貴女、の?」

「うん。診てほしいんだけどいいかな?」

「OK、です」

 

 そのまま蘭は京の弓を受け取り、袋から取り出す。今は弦を外した状態で張り具合等は確認出来ないが、彼女は現時点での状態で診る。

 

「This bow is excellent in precision resistance...」

「へ?」

「オッ、失礼。つい、英語、出ました」

「……弟よ。なんて言ったかわかるか」

「いや、俺も聞き取りは上手くないからわからなかった」

「キャップは?」

「世界中飛び回ってるが日本語以外は覚えてない! ボディランゲージで万事良し!」

「うん、知ってた」

 

 英会話一つでここまで盛り上がれるファミリーの面々に蘭は少々圧されていたが「まぁいいや」と視線を弓に戻す。形を把握し、しなり具合を確認し、弓の持ち手部分である『握り』や矢が通る『矢摺籐』の感触を確かめた。

 

「大体、診ました。手入れ、よく、してる」

「ありがとう。逆に問題点はない?」

「現状、ナシ。それも、含めて、手入れ、してる」

 

 そう言って蘭は弓を袋にしまい、そのまま京に返却した。

 

「ども」

「いえ。で、他は?」

「私は十分。本当は弓の勝負もしたいけどそれは次の機会で」

「はい。じゃ、他の」

「改めてはじめまして。島津岳人といいます。出来れば親密な関係を―――」

「身、危険、感じる。却下」

「だぁあああああああああ!!」

 

 正直すぎる感想と共に岳人をばっさり切り、彼を泣かせ叫ばせたのだった。

 その後はファミリー(※京・岳人除く)総出で質問タイムとなった。

 

 

 

 

 で、個性豊かな面々から質問攻めを受けて時間が経った。

 

「………」

 

 蘭は屍のように白かった。元々、常用語が英語である彼女にとって日本語はまだ不慣れ。聞き取れてもそれが多人数で来てしまっては頭が混乱してしまう。その結果がこれである。

 そしてファミリーの面々も「やりすぎた」と罪悪感を心に芽生えさせていた。

 なんて思っていたら蘭に生気が戻った。

 

「シャキーン☆」

「いやなんでその台詞!?」

 

 他人に対しても思わずツッコミを入れる卓也だった。

 

「失礼。迷惑、かけた」

「いや、こちらが質問ばかりしてしまったのだ。貴女が誤る必要はない」

「それなら、いい。です。――ところで、そろそろ、時間、危ない」

 

 唐突に話題を変え、そして空に向かって指を指す。その先を見ると深い霧の色が夕日色に染まっていた。

 

「あっ、ヤバイ。そろそろ戻らないと日が沈む」

「え、別に暗くなっても大丈夫だぞ?」

「戻る時間は決まってるんだよ。これを過ぎると捜索隊が動いちゃうんだ」

「そ、それはいけませんね」

「私がいるから大丈夫じゃないか?」

『まぁ武神だからな……』

「あとペナルティで次からの立ち入りができなくなる」

「あれ、だったらあの人は……」

 

 一子が見るのは蘭だ。いま大和が告げたことがあるなら彼女はなぜここに滞在できているのか疑問となる。

 

「ワタシ、ハハの伝手、特別、許可。でも、三日後、一度、出る」

 

 蘭はそれをあっさり告げた。隠すような事でもないから答えたが、この情報はある人物の目を輝かせた。

 

「よし。じゃあ三日後、俺たちで川神市を案内してやる!」

「ハイ?」

「これ決定事項。みんなも異議ないな?」

 

 翔一が確認を取ると満場一致で賛成の声が上がった。手を伸ばそうとした蘭の姿がちょっとかわいそうだった。

 

「と、言うわけでよろしく!!」

「……諦めた、が、いい、ですね。では、よろしく、お願い、します」

「おうよ!!」

「連絡、彼、に?」

「OK! と言い訳で軍師、よろしく!!」

「あ、俺?」

「アドレス、貴方、だけ、知ってる」

「ああ、なるほど。じゃあ三日後、連絡をよろしく」

「ハイ」

 

 翔一の一存で決まってしまった両方の予定。これからもしばらく付き合いが続きそうである。

 

 



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Episode 05『彼女の一面』

 蘭との約束から三日後の朝であり、そして今日がその約束の日であった。それが理由かわからないが、大和は早く目が覚めた。そして隣に京がいることも気付く。

 

「………」

 

 大和は彼女を起こさないように布団から出ると、押入れから縄を取り出す→布団を巻き込んで京を転がす→縄で縛って簀巻きする→転がして部屋の外に出す→扉を施錠する。この間、3.00秒であった。ただし初回なので記録更新ではないが、これから続けば更新することだろう。

 

「よし、手早く出来た。でも天井、床下の抜け道は塞いだはずだぞ。今度はどこから侵入したんだが」

 

 また油断したところで隠しカメラを仕掛けて検証するしかないと決意する大和だった。

 しかし今それは置いといて、夏休み中途はいえ規則正しい生活をしているのでそのリズムに外れた早起きはどうしようか悩む。大和もそれに習いどうしようかを頭を捻ったが、彼の場合はまずケータイを取り出す。メールや事前に連絡を取っておくべき相手がいないか確認する。

 

 その直後、通話受信の画面が表示された。

 

「うおっ!?」

 

 驚いて思わずケータイを打ち上げてしまうがすぐに落下したところを慌ててキャッチする。そして息を整える暇もなく「通話」を押した。

 

「はい、もしもし!」

『……? 寝て、ました?』

「いや、起きました。って、蘭?」

『Yes. 電話、OK?』

「うん、大丈夫だよ」

 

 話しながら気持ちを落ち着かせ、会話に応じる。そして通話が出来る事実から彼女は既に電波が届く場所、つまり川神谷から出てきたということを察する。しかし電話をしてきた理由までは察することは出来なかった。

 

「それで何か用でも?」

『少々、恥ずかしい、こと、ですが……』

 

 用件を尋ねると蘭は歯切れが悪く(元々、片言でしゃべっているが)答えていたので、言いづらい事なのかと考える。自分から聞くことではないとこちらから急かすことはやめておく。

 

『お願いが、あり、ます。実は――』

 

 

 

 

 

『――で、「お風呂と洗濯ができる場所を教えて」と頼まれた大和坊は島津寮を紹介したわけだな』

「うん。ここならお金を使わなくていいからね」

「まぁあの状態では街中を歩くどころか、私たちに会うのも遠慮したでしょうしね」

 

 大和は同じく早起きをしていた由紀江に事情を説明した。松風が言ったように蘭は大和に風呂場と洗濯場を使える場所を聞きに電話をしたのだった。数日のサバイバルをしていればそりゃあ垢や汚れも溜まっているだろうし、そんな状態で街中は歩けないだろう。

 そこで大和は料金が発生する銭湯やコインランドリーよりここを紹介した。もちろん寮母である島津麗子さんに許可を貰っている。

 むしろ、

 

『女の子が身支度しないなんてダメだよ!!』

 

 と強く主張して返事一つで許可してくれた。その後で蘭に島津寮の場所を伝えてここへ来てもらった。だが出迎えると三日前とは見違える程にみすぼらしい姿だったので急かせて風呂場に連れて行った。その間に洗濯物もやってしまおうと思ったが、それは女性物なのでここは由紀江と、ここにはいないが大和の後に起きた京に頼んだ。ここまでが現在までの顛末である。

 

「ところで京は?」

「はい。洗濯機を回し始めた後、すぐに戻りましたよ。布団を片付けないと、と言ってました」

「ああ、多分それ俺の布団を片付けに行ったな」

『ブレねぇな』

「京さんですから。――ああ、笹谷さんの服ですが全部が洗濯しなければならない程だったので私のを貸しておくことにしました」

「ありがとう、まゆっち」

『て言うかスッゲー臭いがしてたからな。ありゃあ引き摺ってでも洗うレベルだぞ』

 

 事実を告げる松風だったが件の相手が女性であることを踏まえて大和はノーコメントで苦笑いをする。

 

「戻ったよー」

 

 すると片付けが終わったのか京も合流する。布団一つを片付けるに時間がかかり過ぎたのだが、あえて問わないのが大和の経験だった。

 

「おかえり」

「うん。で、笹谷さんはまだお風呂?」

「はい。ですが私が服を持って行ったとき、もうすぐと仰っていました」

『予定があるときは早風呂らしいぜ』

「そ」

 

 興味なさそうに答えるが、京がファミリー以外の人物を気にしている時点で興味が出ているのである。

 と、『噂をすれば影がさす』とやらか。風呂場のある方から足音が聞こえてきた。

 

「あがられたようですよ」

 

 由紀江が告げて皆黙って蘭を待つ。慌てた様子もない、普通の足取りの音が聞こえる。その音は徐々に近づいていき、そしてそれを鳴らす主はそのまま大和たちのいる部屋の扉を開けた。

 

 

 

 すると沈黙が生まれた。

 

 

 

「………」

 

 由紀江は氷のように固まって身動き一つすら見せない。

 

「………」

 

 京は目を大きく開いて言葉を出すことすらしていない。

 

「……はぅ」

 

 大和は唯一で声を漏らしたが思考がうまく回っていない。

 それだけ現れた少女が美しかったのだ。部屋着専用と判断できるTシャツと短パンという服装だったがそこからはみ出る四肢の美しさに加え、顔は整い髪は流れるよに煌びやか。加えて髪は濡れていて光を返しており、いわゆる『水も滴る』ナントやらだった。

 しかし驚いたのはかなりの美少女が現れたことではない。ここにいる三人は状況と流れを見て答えを出す事が出来るぐらいの判断力を持っている。見知らぬ美少女、しかしここは島津寮で寮生以外はいない。その埒外と言える来訪者は、一人だけ。

 

「……どうか、しました?」

 

 そんな中、黙ったまま三人を見て不思議がった美少女――風呂上がりの蘭は首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 蘭(美少女)の目撃からしばらく、と言っても彼女が声をかけた瞬間に大和たちは我を取り戻した。

 

『いやー、あんた変身キャラだったんだな。というか綺麗に洗うだけでそうなるとはつまり――』

「ま、松風! そういう事は言ってはなりません!」

「気に、せず。自覚、あります。それと、ドライヤー、ありがとう、黛」

「い、いえ。お気に為さらず」

 

 椅子に座る蘭の髪を由紀江が丁寧に乾かしていた。最初は蘭自身でやろうとしたがそこへ由紀江が申し出たので承諾した次第である。ちなみに松風は傍にあるテーブルの上にいる。

 

「では、ワガママ、一つ。案内の、服、貸して、ください。自前、ふさわしい、ない」

「あっ、はい。でも私のでよろしいので?」

「問題、ない。借りた服、違和感、なし」

「わかりました。後で部屋までご案内します」

「Yes」

 

 で、なんか親しげ。蘭はともかく人に対して話しかけると緊張する由紀江が自然体だ。三日前の時は特に親しくなったとは言えなかったが、親同士が顔見知り出会ったことが効いているのかもしれない。

 そんな彼女たちは一つの空気を纏っている中、大和と京はその中から外れていた。しかし二人の空気も微妙に異なる。なんというか、狩人が改めて獲物をマークした感じである。

 

「大和」

「……何?」

「今後、レベルあげてアピールするから夜露死苦」

「最後が血闘に向かうヤンキー感を醸し出してる……!」

「予想外な展開だったからね。――さっき見惚れたんでしょ」

 

 その言葉に大和は目を逸らした。そして顔にわずかな赤らみが見えて、京の言葉を否定することも言わない。なにせ、それは事実だったのだから。

 

 直江大和は先ほど、間違いなく蘭に心を奪われたのだった。

 



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Episode 06 『直前の遭遇』

 

 由紀江から服を借り、その間に大和たちも準備を終えて出発した。そして島津寮生以外の面子と合流した。そして合流の度に蘭はこう言われた。

 

「「「「「誰っ!?」」」」」

 

 先日までの浮浪姿からファッション誌の模範というべき姿に一同驚くのだった。

 

 

 

 

 と、何故か個人ファッションショーが行われて滞りなく終了した後、大和たちは蘭を連れて川神市内を歩いていた。

 

「ところで笹谷さん、その鞄って少し大きくない?」

 

 するとちょうど彼女の後ろを歩いていた卓也が彼女がぶら下げているカバンを尋ねた。大きい、とは言えなく寧ろちょうどいいくらいのサイズだが街の散策には少々大きすぎる気もする。学校帰りでもないし、もう少し小さくてもいいんじゃないかと思って声を掛けた。

 

「これ、大事なモノ、入って、る。具体的、に、言うと、笹谷、の、家訓。その、一つ」

「お家の仕来りですか。なら尊重すべきですね」

「まゆっちが言うと説得力あるわね」

 

 蘭からの返事に由紀江が続いたことで説得力がました。その気持ちを声に出した一子を始め、皆も同じ気持ちだ。というか家の事情で真剣を持ち歩いている彼女だから、逆に指摘したら驚きだ。

 

「なぁ、何が入ってるんだ?」

「これ、非常時。だから、その時、まで、お楽しみ」

「え~、いいじゃん。見せてくれよ~」

「No」

 

 カバンに興味を持ち始めた翔一のお願いを蘭は頑なに拒否をした。その後、ファミリー女子組が『女の子の荷物を詮索するな』と言い含めた。

 

「ところで、場所、聞く、OK?」

「どんな場所を案内するか聞いても大丈夫かって事?」

「Yes」

「問題ないぜ。とりあえず最初は川神院に向かうつもりだ。ここでは実力者と戦うのが目的だったろ? ちょうどいいと思ってな」

「私とお姉様がいる寺よ。修行僧のみんなもいっぱいあるからね」

「ですか。では、その先、楽しみ、します」

 

 川神院と聞いて口元が綻ぶ蘭。喜んでくれたようだが、それが強者と戦える喜びではない。

 実は彼女、日本について川神市にやってきたもののここにいる実力者のことは一切把握してない。ここに来る前に母親から情報などは言い渡されず、しかし反論しても無意味と理解していたので0のままここに来たということだった。それが少しでも情報が得られると思うと気持ちが高揚した。

 それを見て大和は彼女が考えている事とは逆に捉え、その上で声を掛けた。

 

「笹谷さん。川神院に来たら決闘とか?」

「すぐは、しません。ですが、近い内、始める、つもり、です」

「そうかそうか。じゃあまず始めに私と――」

「遠慮、します。ワタシ、貴女、勝てない。それだと、ワタシの、実力、見定め、ない」

「えー、いいだろー」

「No、です。だた、その頂、知っておく、あり。後々、お願い、します」

「おっし、わかった。その時は胸を貸してくれ!!」

「?」

「あ、笹谷さん。気にしなくていいし、別に言葉を間違えた訳じゃないから」

 

 セクハラを理解できずに首をかしげた蘭を大和が制する。『いいの?』と言わんばかりの可愛い顔を向けてくるので思わず照れて顔を背けた。

 

「むぅ――!!」

「??」

 

 すると今度は京が唸り始めて蘭は更に首を傾げた。

 

「とにかく早く行こう。お爺様にも貴女の事を伝えているから向こうも楽しみに――」

「フハハハハハハハツ!!」

 

 一子が急ぎ川神院へ案内しようとすると、遠くからでもここに聞こえるほどの高笑い。そして蘭以外はそれが誰なのかその笑いで察する。

 

「我、九鬼英雄、降臨である!!」

 

 蘭を除き皆『やっぱり』と心で呟いた。

 

「やぁ皆の衆、今日も相変わらず賑やかだな!!」

「どうしたの九鬼くん、何か用でもあるの?」

「いや、この夏休みに久方ぶりに一子殿の姿を見つけたので声を掛けようと思ったまで」

「そ、そう……」

 

 遠まわしに『特に用はない』という事だった。まぁ用があっても彼らにしてみれば面倒事の類にしかならないが。とは言えそれを口に出せば傍に控えるメイドに脅される。

 

「貴方たち、英雄様がわざわざお声を掛けられたのですよ?」

 

と、忍足あずみは笑顔のまま威圧をかける。要訳すれば「おいオメェら、英雄様がわざわざ声をかけられてんだ。敬えコラァ」である。それを受け、岳人と卓也がとりあえず嬉しそうな態度を取るのだった。

 

「む、見慣れる者があるな。新しいメンバーか?」

 

 と、ようやく英雄は彼らと一緒にいる蘭の姿を認識した。初めて見る顔で、しかし年頃は近そうで川神学園なのかと思案する。

 対して蘭の方は元々、弓作りの家系生まれなので完成品を渡す現場に居合わせた経験から大抵の登場には冷静でいられる。というか無礼な態度で母親にお仕置きと称した地獄特訓を課せられる方の恐怖心が強かった。

 

「あ、違う違う。ただの川神市案内だ。武者修行だと」

「と言うと武士娘か?」

「えーっと、そうなのか?」

「いえ。一応、職人、系、です」

「む、やけに片言であるな」

「日本語、不慣れ。英語、フランス語、なら、OK」

「ふむ――。Is it easy to talk if English?(訳:英語なら話しやすいのか?)」

「ん――。It is more easy to talk to.(訳:そのほうが話しやすいわ)」

「That's good. If you try to self-digestion again. I'm Kuki Hideo. The man who will be king.(訳:そうか。ならば改めて自己紹介しよう。我は九鬼英雄。王となる男だ。)」

「......I'm Sasatani Ran.Nice to meet you.(……私は笹谷蘭よ。よろしく)」

 

 英雄が流暢に使い、蘭は今までの片言の日本語よりも使い慣れた調子で答える。

 

「This is easy to talk indeed.(訳:確かにこっちが話しやすいな)」

「Yeah, it is easy to talk to.(訳:ええ、話しやすいわ)」

「Give birth. By the way what It's a craftsman?(訳:うむ。ところで何の職人なのだ?)」

「Bow craftsman. You, probably the son of a noble family of the Kuki. Nara and I'll see if you hear the Sasatani?(訳:弓職人よ。貴方、九鬼の御曹司でしょ。なら笹谷を聞けばわかるはずだけど?)」

「Oh! There was a heard of Come to think of it! This was accidentally!(訳:おお! そう言えば聞いたことがあったわ! これはうっかりしていたわ!)」

 

 会話は盛り上がっているが、風間ファミリーは会話の内容を理解できないので半ば頭を傾げている。特にクリス、君は以前に日本愛をドイツ語ではなく英語で答えたのだからせめて理解しなさい。

 英語を使って蘭と英雄は何やら盛り上がって話ていると、そこにあずみが二人の言葉に入り込む。

 

「英雄様、そろそろお時間が」

「む、そうか。I'm sorry to go anymore. Thanks to hear a fun story.(訳:すまぬが我はもう行く。楽しい話が聞けて感謝する)」

「I'll do not have to worry about.(訳:気にしなくていいわよ)」

「In See you also one.(訳:ならいずれまた会おう) あずみ、行くぞ」

「はい、英雄様」

「――I wonder if I ask only one thing?(訳:――ひとつだけ聞いてもいいかしら?)」

「ぬ?」

 

 蘭は英雄を呼び止めると一言だけ口にした。

 

「Some things that would look back behind you?(訳:貴方の後ろに振り返ってしまう物はある?)」

 

 やはり英語がよくわからないファミリーの面々は首をかしげるが、わかる英雄とあずみもその意図が読めずに幾ばかり呆ける。しかし英雄はそんな状態に長くいる訳ではなく、堂々と彼女への返事を伝えた。

 

「Absent.(訳:ない)」

 

 自信と覚悟は込められた返事を残し、英雄はあずみと共に言ってしまった。

 

「相変わらずだな九鬼のやつ……」

「そうだね。笹谷さん、大丈夫だった」

「――イエ、話は楽しかたデスヨ」

「ん?」

 

 様子を聞いた大和だったが、返ってきた蘭の言葉が先程までのものとは違っていた。まだ拙いが日本語を流暢に使っている、そんな言葉だった。

 

「今の言葉……」

「Yes. 先ホドの人にしゃべり方をアドバイスをもらて、実践しているだけデス」

「さっきはそんな会話を……」

「マ、ワタシの家は海外のおキャクもいますし、何より実力者と決闘をするナラ語学はいくつも必須デス」

 

 蘭が理由と見解を行っていると端から聞いていた百代は顔を背け、そんな彼女を見ていた一子が苦笑していた。世界中の武道家と戦いと望む武神に取って今の言葉は耳に痛いものだったろう。

 

「あ、スミマセン。今ので時間を取てしまいマシタネ」

「気にすんなよ。じゃあ改めて川神案内に行くぞ――!!」

「おー!」

「おお――!!」

「おっ、モモ先輩元気がいいなー」

「間違いなく語学から逃避してる」

「キャップみたいにボディランゲージを貫くかもね」

 

 そんなツッコミも百代は聞き流すのだった。

 

 



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episode 07『弓聖とはどんな人?』

 

「クズモチ、一つ」

「毎度」

 

 川神市内の様々なスポットを巡っていた風間ファミリーと蘭は現在、仲見世通りにいて小笠原千花の実家である和菓子屋に立ち寄っていた。そして蘭が葛餅を注文した相手はちょうど千花でもあった。

 蘭は買った葛餅をすぐに頬張り、その甘味に頬を緩ませる。

 

「~♪」

「すごく美味しそうな顔をしてるね」

「甘味が嬉しいんだろ。川神谷にいればなおのことな」

「わかるのかモモ先輩」

「山篭りなんかすると恋しくなるぞ」

「そうだ! 今度アタシも山篭りしよう!」

『脈絡がなさすぎだぜ』

 

 少し離れた所で風間ファミリーもまたこの仲見世通りでそれぞれが選んだ物を片手に談笑していた。

 

「で、貴女って誰?」

「?」

「ああ、それは俺が紹介する。こちら、川神で腕試しに来た笹谷蘭さん」

「蘭デス」

「それでこちらは姉さんを除く俺たちのクラスメイトの小笠原千花さん」

「どーも」

 

 大和がすかさずフォローに入り、互いを紹介した。

 

「で、腕試しに来たってことは貴女も武家の人間」

「厳密にハ違いマス」

「ふーん。あと、その喋り方はなんなの?」

「ニホン語は慣れテいないノデス」

「へぇー、外国から来たってことかしら」

「カナダからデス」

 

 何気なく言葉を交わしているが千花は『外国』の単語から妙に目つきが変化している。それを蘭は狩人の目に似ていると判断し、大和は外国のイケメンでも紹介してもらおうと企んでいるなと察した。

 

「おーい、そろそろ次行くぞー!」

 

 するとそこで風間の大きな声が聞こえた。三人が振り向くと他のファミリーの面々と一緒に少し離れたところにいた。もう次の場所に移動するのだと判断。大和と蘭は千花にさよならを言ってから皆と合流を果たした。

 

「それじゃあ次はお待ちかね、川神院を案内するわよ!」

「Oh、川神院デスカ」

「そうだ。今日はお前の事を伝えているから遠慮なく来ていいぞ」

「総代サン直々の許可デスネ。ナラ遠慮なく」

「それじゃあ走って行くぞ――!!」

 

 

 

 

「一位!!」

「二位!」

「三位……っ、僅差かっ」

「よ、四位……」

 

 いきなりの競争に参加したのは四名。上から翔一、一子、クリス、ガクトである。残りは遠慮・呆れで普通に歩いていた。あやうく蘭が付き合いになったがギリギリで大和が止めた。

 

「お疲れー」

「なんだよー! 皆で走ろうぜー!」

「私が参加すると一位確定だろ」

「ボクは体力がないから止めといた」

「こういうのは勢いが大事だろ!!」

「しょーもな」

「楽しい集まりデスネ」

 

 翔一は不参加組に不満をぶちまけるがいつもの事なので軽く流す面々。

 そうした中でも蘭はここゴール地点、そこにそびえ立つ和風の門を見上げた。

 

「ココが川神院デスカ」

「そう! 武の総本山!! こっちこっちよ!」

 

 呟きに答えたのは一子。彼女は元気に紹介すると先に門を潜って走っていく。まだ体力があるのか、と呆れる所だったが翔一も走って行ってしまったので彼女に限る話ではなかったうようだ。そして残りは普通に歩いて門を潜った。

 それから暫く中を歩いていると先に門を潜った一子と翔一がここの総代こと川神鉄心と師範代のルー・イーの隣で手招きをしていた。

 

「こっちこっちー」

「元気デスネー」

「元気印がウチのワンコの取り柄です」

「? ドコか言葉に違和感が……」

「ああ、それはきっと当たってるよ」

 

 短い中で卓也が蘭の感覚が正しいことを教えてあげた。

 そして鉄心・ルーを前にした蘭は姿勢を整え、礼儀正しく頭を下げる。

 

「此度ハ見学を許可シテ頂き、ありがとうございマス」

「いやいや、気にせんでよいぞ。かの弓聖の娘さんなら歓迎じゃて」

「ハハヲ、ご存知――いや、聞くマデもないデスネ」

「そう答えるとは、苦労してるんじゃな」

「Yeah……」

 

 礼儀に則って挨拶をしただけなので肩を落とす蘭。鉄心はその理由を悟っているようだが他の皆は首を傾げている。話からして蘭の母である弓聖の事だが情報が足りない。

 

「川神谷ナンテ優しい方デスヨ。昔ハ『一矢で熊仕留めなサイ』とか『即席で作れるヨウに一ヶ月製造道具ダケでサバイバルしなサイ』とか『学校行く時間ガ勿体ナイから飛び級しなサイ』トカ……」

 

 よくわかった。弓聖とはものすごくフリーダムな女性なのだと、皆は理解した。

 

「あやつも相変わらずじゃのお。じゃがここでは腕試しに来たんじゃろ? もちっと気を楽にしなさい」

「……ありがとうございマス」

 

 鉄心の慰めに蘭は少し涙目で感動していた。よほど大きなストレスになっていたんどあろう。それを見て鉄心は今度気が紛れる食べ物でも奢ってあげようと切に誓った。

 

「辛気臭い話はここまでにしよう。蘭ちゃん、これから川神院での修行風景を見学するが良いか」

「あっ、Yes. シカシ、部外者であるワタシに見せても大丈夫デスカ?」

「問題ないのじゃよ。そもそも川神院は来る者拒まずじゃ。ただし外部の者への師事は厳しくしとるがな」

「そうデスカ。ではオ言葉に甘えマス」

「うむ。ではルー、それに一子。蘭ちゃんを案内してくれ。他の皆は付き合うなり敷地内をぶらつくなり好きにしていいぞ」

「はーい!」

「コッチだよー」

 

 二人が奥へと手招きをし、蘭はそれに従ってついていく。そして大和たちはそんな彼女について行くよであり、かけることなく全員が付き合う。

 鉄心はそれを見送った後、懐から絵ハガキを取り出す。プリントされているのはヴァージニア・フォール(カナダの落差90メートルの滝)と一人の女性。その絵の上に英語で書かれた名前がある。それを眺めて裏返すとここの住所と本文。しかし本文はイラストとはミスマッチなほどに達筆すぎる日本語が流れるように書かれていた。

 

「まったく、とんでもない娘を投げ込みよって。相変わらず飛んだ矢のような奴じゃわい」

 

 この手紙を受け取り、そして直に蘭を見た上での本音だった。しかしその言葉通りに受け取るには、鉄心には憂いの影があった。

 

 

 

 

 

『セイッ! セイッ!』

「セイッ! セイッ!」

「Oh~」

 

 ルーに案内された蘭は目の前に並ぶ修行僧たちの修行風景に感心していた。ついで一子が彼らの方へ参加し、その熱心な姿にもだ。

 

「どうだい、皆頑張ってるデショ」

「ハイ、特ニ空気が違いマス。緊迫ナ空気デハなく、清浄ナ空気ガありマス」

「わかるのカイ?」

「自然育ちデ培いマシタ」

 

 ルーとの会話も弾んでおり、素直な感想が蘭の口から出る。あとカタコトが残る二人の会話は独特な印象が残る。

 そんな二人をファミリーはその会話に割り込む無粋はせずに見守っていた。

 

「あの二人が会話しているとよく耳に残るな」

「一人は中国人、もう一人はカナダ育ちの日本人。どっちも喋り方に訛りが残ってカタコトな会話だからね」

「自分はあそこまで訛りはないぞ?」

「時代劇大好きなクリスならあの二人より上手だよ」

『マニアも極めれば立派な能力だよな』

 

 見守る側もなかなか話題が豊富のようだ。二人をネタに話が進む。大和もその波に乗ろうとしたがここで百代が意味しげな表情で思案してのに気づく。

 

「どうしたの姉さん?」

「いやな、弓聖の事を考えてな」

「笹谷さんの母親のことを?」

「ああ、実は私は会った事がなくてな。聞いた話では『弓に長け、その武器を作る腕は最高の頂き。そして現代の天下五弓の名を付け、その五人の選別を行った』だ」

「そのまんまだね」

「まぁ蘭を見るとその噂は信憑性は増したけどな。たださっきの話で人物像はかなり崩壊したけどな」

「ああ、確かに」

 

 大和も蘭の修行、母親のサラッとした荒行は同情する。それで性格が歪んでないのは彼女の個性か、ただ反面教師にしているかは本人に聞かねばならないだろう。

 

「シカシ、ルーさんも若いノニ師範代とはすごいデスネ」

 

 と、偶然にもそんな感想が聞こえた。しかしルーは見た目より若いので予想通りの答えが帰ってくると考えた。

 

「アー、そう見えちゃうだろうネ。ワタシ、見た目より若くハないんダヨ」

「そうなのデスカ?」

 

 ほら、と大和たちは内心で思った。が、それはこの後すぐ蘭が言った言葉で塗りつぶされる事となった。

 

「スミマセン。ワタシのチチ、もう歳ガ60過ぎナノデ年齢の認識がズレてまして……」

 

 この瞬間、修行僧たちも含めて動きが止まり空気が沈黙した。その中で動いたのが百代だった。

 

「ちょっと待て! 弓聖って幾つだ?」

「母デスカ? そろそろ35歳になる筈デス。ハハがチチに告白したノガ15、16歳ト聞きマシタカラ」

 

 弓聖は、ものすごい年の差夫婦だということを知った瞬間だった。



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Episode 08『単独行動型の弓兵』

 本日二度目となる『笹谷欄の驚愕の事実』から川神院をあとにして大和たち。しかしそれでショックから抜けきらない者が多い。

 

「スミマセン、ワタシのせいデ……」

「あいや、気にしなくていいよ。家庭の事情なんてそれぞれだから」

「ハァ……」

 

 申し訳なさそうにする蘭であるが本人に悪気があったわけではない、法律的には問題はない。芸能人だって年の差結婚などザラだ。ただ珍しいので驚いただけだった。

 

「そんな歳になっても結婚できるなら年下を考えておくべきかな?」

「やめときなよガクト。言っちゃなんだけど井上と同じ目で見られるよ」

「あぁ~、さすがにロリコンはやだなぁ」

「と言うかその考えだと、年を取ってから結婚という考えになるぞ」

「ああ、そっか。だったら若いうちにしたほうがいいな」

 

 こっちはこっちで斜め上の結論に至るところを軌道修正していた。

 さて、実のところ川神院で案内が最後だった。あとは自由に歩き回るというノープランだ。

 

「笹谷さん。これで俺たちからの案内は終わりだけど他に見てみたい場所はある?」

「そうデスネー」

 

 土地感がない蘭にはあまり意味がない質問かもしれなかったが何か気になった物があったという可能性を考えてだった。

 その時だった。

 

「Got it!(訳:見つけたぞ!)」

「ん?」

「What?」

 

 突如として彼らの目の前に現れる男。西部劇に出るようなガンマン風の格好だった。

 

「I early Rudd shot of Texas! Apply for one-on-one fight to the daughter of "Kyusei"!(訳:俺はテキサスの早撃ちラッド!『弓聖』の娘に一騎打ちを申し込む!)」

 

 英語でほとんどは何を言っているのかわからない。それを理解したのは蘭だけ。しかも彼は彼女を指名していた。

 

「コレが川神デスカ。Sorry、ワタシの挑戦者デス」

「え、蘭ちゃんに? 私かと思ったぞ」

「……英語、やはり覚えたホウがいいデスヨ武神」

「~♪」

 

 百代は口笛吹いて誤魔化すのだった。

 さて、相手は蘭への挑戦者で、彼女にしてみれば母親の言いつけを果たせるから歓迎だ。しかし、気になることが一つ。

 

「Mr. Rudd, why are you know me? It has not been shed rumor(訳:ラッドさん、どうして私の事を知っているんですか? 噂を流してはいませんよ)」

「Oh, Well it's simple. "YumiKiyoshi" himself Yeah shed. And I say even hear also the whereabouts if defeat you.(訳:ああ、それなら簡単だ。『弓聖』自身が流したそうだ。そしてお前を倒せばその居場所も聞けるってこともな)

「The patronage You mother. But apparently, you are the Gunner?(訳:母に御用ですか。でも見たところ、あなたはガンナーでは?)」

「I'm certainly gunman but "YumiKiyoshi" is a pinnacle of long distance. Do you want to try challenging if you use the same missile.(訳:確かに俺はガンマンだが『弓聖』は遠距離の最高峰だ。同じ飛び道具を使うなら挑んでみたいのさ)」

「It is a noble ambition unlike appearance outlaw.(訳:アウトローな外見とは違い高潔な向上心ですね)」

「This dress's my hobby.(訳:この格好は俺の趣味だ)」

「I see.(訳:そうですか)」

 

 事情を把握した蘭は大和の方へ向く。

 

「聞いてのとおり――」

「英語でわかりません!!」

「ワン子、今度英会話の授業ね」

「ぎゃー! 墓穴掘った――!!」

「とにかく決闘の場所でも紹介してくれってことじゃね?」

「え、キャップわかったの?」

「中国の武術家が決闘する雰囲気に似ているからそうに違いない!!」

「根拠はないが納得できる!」

 

 決闘すると伝えようと思ったところなのになんか風間ファミリーは盛り上がるのだった。

 

 

 

 

 

 さて、少し脱線はしたものの大和たちはガンマンのラッドと多馬川の河川敷に来ていた。もちろん風間ファミリーが紹介した。

 

「いきなり場所の案内したけどさ、お前弓はどうするんだ?」

「ああ、そうだな。弓は携帯できるものでもないし、ここは一度、島津寮に戻るのか?」

「ゴ心配なく」

 

 弓矢を持たないことについて指摘すると蘭は自身の鞄に手を入れ、その中から折り畳まれた棒を取り出した。

 

「……っ! それって」

「ご名答。流石デス」

 

 それが何かを見破ったのは京だけだった。

 その様子を見て蘭が微笑むと畳まれた棒を伸ばす。それは真っ直ぐにはならずに沿った形に、そして両端には透明な糸で繋がれ、ピンッを張った状態になった。

 それは誰が見ても弓だった。

 

「ハハと共同で制作シタ携帯式の弓デス。持ち運びに便利デス」

「でもそれだと威力や飛距離が」

「モチロン、従来ヨリ下がりマス。デモ、それを補えば充分使えマス。ソレに、ワタシは寧ろソッチのスタイルです」

「スタイル?」

「恐らく型の方だと思うよ。体のスタイルじゃないよ姉さん、ガクト」

 

 察した大和がガチでそんな事を考えていた二人に言っておいた。

 そんな間にも蘭は次にコンパクトにされていた矢筒と矢を準備する。弓兵としての姿だ。

 

「Do you ready?(訳:準備は出来たか?)」

「Yes, over there I'm not saying anything about weapons.(訳:はい、そっちは武器についてなにも言わないんですね)」

「That bow and arrow of Sasatani is not defective I know. At the same honorific Iran to say whether it superior. It is a partner of the duel. Can I on an equal footing.(訳:笹谷の弓矢が欠陥品ではない事は知っている。それと目上だかと言って敬語はいらん。決闘の相手だ。対等でいい)」

「...... So. So I'll keep doing so. None refrain. One after.(訳:……そう。じゃあそうしておくわ。遠慮なしで。あと一つ)」

「What?(訳:なんだ?)」

「When Sasatani is hold the bow, I'll be a heterogeneous way battle at that point. Rights to challenge to the mother Nante I distant and do in prejudice.(訳:笹谷が弓を握る時、その時点では異質な戦い方をするわ。先入観でやると母さんへの挑戦権すなんて遠いわよ)」

「...... I was OK.(訳:……了解した)」

 

 確認を終え、互いに構える。蘭は矢を弓に番え、ラッドはホルスター近くに手を添える。

 

「(合図は?)」

「(いらないわ。開始は早撃ちガンマンのように自分で先手を取るようにで)」

「(いいだろう)」

 

 最後に確認を取り、その後は静かにそれぞれ相手から目を離さない。

 大和たちはその様子を黙って見守る。特に京は食い入るような視線だ。かの弓聖の娘の初決闘だ。どんな戦い方なのか興味深いのだろう。

 そして動かぬ両者。先手が有利か不利か決まりはない。一見して早撃ちなら銃に分があるだろうが、それに臆しない蘭には何か勝機があるとも思わせた。

 そして、先に動いたのは蘭だった。弦を引き、番えた矢を射るべく動いた。

 しかしそれは弓と銃の決定的な差。いくら矢の早撃ちがあってもその構造上、引き金を引いて撃つ銃が早い。

 だからこそ動きに遅れたラッドが先に銃弾を撃った。銃弾といっても実弾ではない決闘用の非殺傷仕様。ここに来るまで九鬼の従者部隊から入念にチェックを貰って使った物。この距離でも当たっても問題はない。そして早撃ちであっても照準に気は抜かず、真っ直ぐに蘭の眉間を狙った。

 

(とった!)

 

 先に撃ち、狙いも一寸の狂いも乱さなかった。早撃ちは先に撃った者が勝利者となる。この時ラッドは勝利を確信していた。

 しかし、銃弾は蘭に当たるか当たらないかという位置で外れた。

 

(!?)

 

 思わず目を疑ったラッド。これが彼にとって不運となった。外れたなら外れたと納得し、今いる場所から動くべきだった。

 その隙に、蘭は矢を射た。そしてそれはすぐに動かなかったラッドの眉間に向かい、狂いなく命中した。

 

「ガフッ!」

 

 矢が命中したラッドは首が仰け反り、加えて矢の威力で意識も刈り取られ体勢が崩れ、後ろへ倒れた。

 決闘は、蘭の一射による勝利だった。

 

「フゥゥゥゥ……」

 

 しかし勝者の蘭は長く息をだした。冷静な顔とは違って集中は高めていたようだ。そして弓を降ろし、そのままコンパクトサイズに畳む。

 その直後、彼女は素早く今の場所から退避した。

 

「ほぉ、やっぱりな」

 

 蘭がいた場所にいたのは百代だった。大和たちもいつものことだがこの決闘の後のこれは驚いた。

 

「なんデスカ? 連戦ナラお断りデスヨ」

「いやなに。お前って京、いや天下五弓は違うタイプの弓兵だって認識しただけさ」

「どういうこと、お姉さま」

「ここ、地面を見てみるといい」

 

 百代が地面を指差すと皆がその場所を注視する。そこは蘭の足跡があったが、弓を構えていたにしては形が変だった。あるで滑ったような跡だった。

 

「やはりそうでしたか」

「うん、私にも見えたけどこれを見ないことには確認できなかった」

 

 由紀江と京はこの後を見て納得した。彼女たちは百代のように証拠なしで確信をえていなかった。しかし残りはまだどういうことなのわかっていない。

 それに答えたのはここを教えた百代だった。

 

「相手の銃弾を避けた後だよ。素早く、しかし相手にそれを気取られないほどギリギリに。それを矢を構えた状態でやってのけ、その上で的確に射ってみせた」

「私でも場所を移動するなら矢を射ることは一旦外す。毛利のホウガンならともかく、バランスがいる弓はそうはいかない」

「つまり、どういうことなんだ?」

 

 京も続けて説明をするがそれでもわからないと岳人が言う。なので答えをスッパリと言う。

 

「彼女は”移動”が長所の弓兵なの。一箇所には留まらず状況によて素早く場所を変える。その場合飛距離は関係なくなる」

「簡単に言えば、前線にも出られる単独行動が出来る弓兵なんだよ」

「なんとなくわかるような、わからないような」

「ゲームでソロプレイするアーチャーって思っておけ」

「ああ、それならわかりやすいかな」

 

 ようやく全員が納得した。

 大和は京の答えから理解して、そしてそれが異常であることも理解した。

 弓兵で求められるのは命中率だが、戦場になると求められるのは数の多さによる矢の雨。京のように精密な射撃が出来るのは本当に限られている。だからこそ矢は量が一番なのだ。

 もしそこに、常に移動できる弓兵がいたら? 常に生存率があり、場合によっては指揮する者を射程範囲に入れて射る事だって出来る。まさに単独行動型の弓兵だ。

 この時、大和はより蘭の事を知りたいと思った。



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Episode 09 『快適な生活?』

 

 決闘を終えた後は何事もなく全てが終わり、蘭の川神市案内ツアーは終わった。蘭も大和たちに感謝をしていた。しかし蘭は母親の言いつけからまた川神谷に戻らなくてはないため、すぐに島津寮に戻り昨日までの格好に戻った。

 

「今日ハ、ありがとうデス」

「気にすんなよ。俺たちだって好きでやったわけだからな」

「もしお礼がしたいってんなら外人美女を紹介してくれりゃあいいぜ」

「それ、女の子に頼むのってどうなのよ?」

「言ってやるな妹よ。必死なんだよコイツも」

 

 蘭がファミリーのみんなを前にして礼を言う。皆も皆で楽しんだと答えた。

 

「デハ、川神谷ニ戻りマス。マタ下りた際ニハお世話ニなってモいいデスカ?」

「もちろん! なんだったら屋根ある場所を紹介してもいいぜ」

「え、それってもしかして」

「ああ、俺たちの秘密基地。まぁみんなの意見もあるから今の内に聞くぜ。賛成な人っ!」

 

 翔一が叫ぶと全員が手を上げた。

 

「反対の人っ!」

 

 また叫ぶと今度は全員が手を下げた。全員一致で秘密基地の宿貸しはOKとなった。そして秘密基地が廃ビルだと知らない蘭は誰かの家の比喩だと勘違いをしていた。

 

「ナラその時ハお願いシマス」

「おうっ、海賊船に乗った気でいてくれ!」

「そこは大船でしょ?」

「大波を超えるんだったら海賊船だろ!? 海賊王の船とかな!」

「あ、それは乗ってみたいかも」

「こっちは気にしなくていいから、何かあったら俺に電話するか島津寮に来てくれ」

「Yes. デハ私は帰りマス」

 

 蘭は一礼をし、そしてファミリーに背を向けて川神谷に戻るのだった。

 

「またあの場所で自給自足で生活かぁ……。多分川神で一番のサバイバルしてるだろうね」

「橘さんですら多馬川沿いにテントを構えてるからな。モロの考えは強ち間違ってないだろうな」

「え、アレぐらい普通じゃね?」

「キャップは自分の基準に図るんじゃねぇよ」

 

 翔一を除き一同、岳人の言葉に頷いていた。

 

 

 

 

 案内を終えたファミリーの面々は秘密基地に集っていた。あのまま流れでここに来ることとなり、道中で適当な菓子とジュースを買った。加えてクッキーも合流している。ちなみに第4形態である。

 

「いやー、やっぱ面白いやつだったな」

「それほどの方だったのですか?」

「まぁ驚くこともあったしね。かなり特殊な家庭だと思ったよ」

「弓聖の娘で両親は芸能人並みの年の差夫婦、弓兵としては今までにないスタイル。まぁ川神のは似合う感じだったかな」

「私、今度決闘を申し込むわ!」

「自分もだな。ああも真正面から戦う弓兵というのも興味ある」

「私は決闘申し込んでも断られそうだよなー。どうしよっかなー?」

「同じ弓兵としての京さんはどうですか?」

「戦う場所が違うから勝負とかは止めておく。まぁあの弓とかは気になる」

『弓兵の腕より職人の腕が気になるんだな京さん」

「あと弓聖に恋の秘訣を聞いてみたい」

「……なんか背筋が寒いな」

 

 ここにいる皆は一人も蘭を好意的に見ていた。

 大和は背筋に悪寒を感じならがケータイを手にとった。電波の棒は立っているが蘭の方はもう川神谷だから圏外だろうなと考えた。

 

「どした大和? 珍しくケータイ弄ってないな」

「ああ、いや」

『そいや大和坊、風呂上がりの蘭々に見とれてたよな。ドキッとしたのか?」

「いいいいや!!」

「動揺しすぎでしょ」

 

 あからさま過ぎる反応に皆は理解――いや翔一、一子、クリスが首をかしげてるので一部を除いて松風の発言は正しいと理解した。

 

「なんだよー。私を差し置いて新しい女に興味が出たのかー?」

「い、いや。そういう訳じゃ」

「大和のハートを射抜くのは私だよ」

「おお、いつにもなく京が燃えてるわ」

「私は京を応援します。支援攻撃にはいつでも手を貸します」

「まぁどっちも頑張りなよ」

「いやだから―――」

 

 ~♪♪♪ ~♪♪♪

 

 なんとか弁解をしようとした大和のケータイが鳴った。しかし話題を逸らすいいタイミングだとすぐに電話に出た。

 

「もしもし」

『大和デスカ』

 

 相手の声を聞いて話題は逸れないと理解した。相手は件の蘭だった。

 ちょっと今は勘弁したいと思いつつ、なにかあっての電話と考えすぐに応対を始めた。

 

「笹谷さん、どうかした?」

『『『ぬ?』』』

 

 蘭の名前を口にした事で周囲の視線を集めてしまう大和。気にしつつも無視して蘭の声に耳を傾ける。

 

『実ハ川神谷ニ入ろうトしたのデスガ、許可ガ下りナカッタのデス』

「え、確か笹谷さんのお母さんに伝手で許可を貰ってたはずじゃ?」

『管理人サンに確認したトコロ、どうヤラ永続的ナ許可デハなく、コノ前限りの許可だったヨウデ、ハハもソレに気づカズニいたヨウデス』

「それはまた……」

『ハハは基本、自分ノ周り以外ハ無頓着なモノデ』

 

 今日この日でかなり弓聖の人物像がかなり下がるな、と大和は実感していた。その反面、娘の蘭はそれに苦労しつつも不満を出さないのは尊敬をしている面があるかもと考えた。

 しかしそんな状況になったのならこの電話の要件も察することもできる。

 

「別れる前にこっちが伝えた事をお願いしに電話したでいいかな?」

『Yes. ワタシも職人ノ端くれ。技を晴天ニ晒すノハ駄目デス。人気のナイ場所カ、隔たる場所ガいいデス』

「だったら俺たちの秘密基地は条件的にいいよ。それじゃあ迎えに――」

『ああ、問題ないデス。外、見てクダサイ』

「え?」

 

 なんかこれってアレな展開? と思ったが自然と百代に目を向ける。彼女がここにいる間は気の結界を張って侵入者を警戒してる。そのはずだ。

 

「ん、どうした弟?」

 

 この様子を見て大和は彼女の索敵にはないと判断する。それを確認した後に窓に近づいて外を覗いた。

 そこには廃ビルの敷地入口の前で佇む蘭の姿があった。

 

「……どうやって場所を?」

『気配デス。得意なモノデ』

 

 川神市全体で? と聞こうと思ったがそれは招き入れてから聞くことにした。

 

 

 

 

 招く前に大和は皆に蘭の事情とすでに来ている事を伝え、その後迎えを一子に行かせた。

 

「皆サン、ゴ迷惑をお掛けシテスミマセン」

「いいってことよ!」

「でもよくここを見つけたね。別れた時に僕たちの誰も教えてなかったでしょ」

「ヨク目立つ気配ガありマシタので」

「ああ、私だ」

「だよな、やっぱり」

「でもモモ先輩はここに結界を張っていますよね? 敷地内ではなかったとは言え、気づかれなかった笹谷さんも凄いですよ」

「気配察知ハ慣れてマス。狩りニハ便利デス」

「弓兵より狩人だな」

「でも弓の腕は確かだよ」

『おいお前さんたち、今はそんな話じゃなくてその娘さんにここを宿ととして貸す話だろうよ』

「確かにそうですね。あ、自己紹介が遅れました。私、九鬼製のご奉仕ロボット、クッキーと申します。今は第4形態です。よろしくお願いします」

「笹谷蘭デス。川神ニハ武者修行へ来マシタ。こちらこそヨロシク」

 

 最初は少し話題がそれか買ったが松風がそれを静止した。その後にクッキーと蘭が互いに自己紹介をした。

 

「前置きは捨ててここが俺たちの秘密基地! 基本的には自由にしていいけど変に壊すなよ」

「ってもう使っていい話になってる!」

「え? だって皆、別れる時にいいって言ってただろ」

「さすがに話を進めすぎだって。でも一応確認するけど皆、笹谷さんが使うことに反対はないんだよね?」

 

 大和の言葉に皆が頷く。クッキーも頷いたので問題ないのだろう。

 

「じゃあ笹谷さんにここを使わせてもらうのは決定でいいね」

「おう、問題ないぜ」

「でも俺は皆でここに様子を見に来た方がいいって考えてるんだけど」

「それがいいね。あなたも問題ない?」

「大丈夫デス。借りる以上、ソチラの都合ニ合わせマス」

「わかった。じゃあみんなで当番制にしよう」

「ありがとう、ゴザイマス」

 

 これにて蘭の新居住地が決定した。

 

 

 



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Episode 10『襲撃未遂』

 蘭が秘密基地にて仮住まいを始めて数日が経った。住まわせる事にしたとは言え、やはり個人的な私物も多々あるので一日目はその一時回収と別室を生活スペースにすることとなった。もっとも生活スペースは床のゴミやホコリを片付け。そこにテントを置くと言う異様な光景を作っただけであるが。

ちなみにテントを立てた理由はプライバシーの保護である。

 それが一日目で以降はファミリーが二人ひと組で様子を見に来たり外に突き合わせたりした。特に京が川神学園の弓道場に連れて行った日は充実したそうだ。1人の1年生が勝負を吹っかけて負けたそうだが。

 

「上手くみんなとの付き合いが出来てるみたいだね」

「元々、社交的な感じだったしね」

「大和とは気が合うかもね」

「いや、俺とは方向性が違うよ。俺は貸し借りとかある方だけど彼女は請われる方。あっちのほうが清らかだよ」

「それって自虐で言ってる?」

「無自覚がタチが悪いと思ってるよ」

 

 そして今日は大和とクッキー(第一形態)が様子を見に行く日だ。と言っても2人が彼女を何かに付き合わせるなど、予定としてない。連れ出したり決闘したり外国人美女を紹介してもらうなど、まったくない。と言うかこれ以上は蘭も疲れてしまうだろうという気遣いである。

 

「で、大和は彼女とどう時間を潰すの?」

「なんでも試作の弓の性能を人目のつかない場所で試したいらしいからそれらしい場所に案内するつもり」

「なるほどなるほど。その時の状況はしっかり記録しないと」

「なんでそこまで」

「ここに来て恋敵だろ。京の為だよ」

「まだその話題は残ってるのかよ……」

「京の為なら僕はストーキング行為すら躊躇わないよ」

「その姿じゃ目立つじゃん」

「ならこの第三形態でやると。頭脳もあって誰にも尻尾を掴ませないよ」

「ほい」

「って尻尾を掴むんじゃない!!」

 

 浮くクッキーの尻尾を掴む大和。ただし本気で引っ張っると地面に叩きつけてしまうのでそこの加減はしっかりとしている。尻尾を掴んでいるが手首から下は体重をかけずに浮かしている。

 

「その手を放してくれないかな?」

「え~」

「もしこの瞬間、僕が変形すると巻き込まれて怪我をするかものよ」

 

 その危険性を聞いた途端に大和は手を離した。冗談、と思うがクッキーは短気なところもあるので冗談ではすまないと直感した。

 

「ふぅ、これで変形できるよ」

 

 大和が手を離した直後にクッキーは第一形態に戻った。どうやら手を放して正解だったようだ。大和は自分の判断に感謝した。

 

「ムッ……!」

 

 その直後、クッキーが直感が走ったと言わんばかりの「ムッ……!」を呟き動きを止める。

 

「どうしたクッキー?」

 

 大和も足を止め、そして彼女が歩いていた方向とは別の所に顔を向けているのに気づく。誰かいるのか? そんな予想が浮かべつつ大和もその先へ顔を向けた。

 そこにいたのは真っ白なワンピース姿でそれには似合わないトランクを持ったツインテール少女。そしてその少女は敵意ある目で大和たち――クッキーを見ていた。

 

「クッキー、知り合い?」

「あの子は……」

 

 クッキーの様子から心当たりがあるのだと察した。いや、少女を見た瞬間に察するべきだったと思った。彼女の姿は第四形態に似ていた。

 

「見てましたよ。なんともまぁそれで奉仕ロボを名乗るとは」

「貴女、なぜここに?」

「それは些細な事です。重要な私よりの弱そうだということと、私こそがクッキーだという事」

「えっ、クッキー!?」

「――キャスト、オォンッ!!」

 

 クッキーと言う名に大和が驚く中、視界が光に包まれ思わず腕で顔を覆い隠す。

 それから数秒で視界が回復した大和の見たものはワンピースから黒いボディスーツと機械ギミックな装備を身につけた姿。よりクッキーの第四形態に酷似した姿だ。

 

「クッキー4IS……」

 

 そばにいるクッキーの言葉で彼女も同名という事を知ったが「IS」と言う単語はなんのことなのかはわからない。ただクッキーと彼女は互いのことを知っているということだ。

 

「さて、あなたはしばらく大人しくしてくださいませ」

 

 そんな時、クッキー4似の少女が大和に向けてネットを放った。突然のことに大和は無抵抗でそのネットに覆われた。

 

「おわぁ!?」

「大和!!」

 

 ネットを覆われてそのまま転がる大和。なんとか脱出しようとするが動くほど網は絡みついていく。なお脱出が不可能になっていく。

 クッキーは大和を助けようとも考えたが背を見せれば、この所業の犯人であるクッキー4ISが何かをしてくる可能性がある。そう判断してまずはクッキー4ISと対峙する。

 

「なぜこのようなことを。なにが目的なのですか?」

「さっきも言ったとーりです。それ以外はなにも言うことはないのです。ですので――」

 

 クッキーの問いにまともな回答はしなかった彼女は装備したパーツの一部より、ガトリング砲を取り出した。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!!!」

 

 取り出してすぐに火を吹くガトリング砲。弾丸の雨が容赦なく降りかかる。

 

「くっ!」

 

 しかしクッキーはその雨から逃れる。戦闘型の第二形態ではないとは言え、今の形態でもある程度の回避運動は出来る。しかしそれはギリギリの回避でもある。

 

「やめなさい、クッキー4IS!!」

「やめねーですよ。それに先ほどで軌道修正も終わりました。次は外しません」

 

 一度、連射を止めて照準を修正するように角度や向きを変えた。

 

「クッキー! 第二形態だ!!」

 

 クッキーの危険を見て大和が叫んだ。

 クッキーはその砲門が自分の回避運動を超えて命中する軌道にあることを瞬時に見破る。先程まで説得を試みようと考えていたが今の状況は危険。大和の言う通りに戦闘型で銃弾にも耐えられる第二形態になる事を決定付ける。この時点でクッキー4ISとの戦闘は確実になるが、今は仕方がないと諦めた。

 

「さぁて、一気に――」

「っ! チェンジクッキ――」

 

 二人が攻撃と防御それぞれに行動を実行しようと、した。

 

「ふぎゃっ!?」

「「え?」」

 

 クッキー4ISから情けない声。そして彼女は前に倒れる。もちろんガトリング砲は不発に終わった。

 

「なんで……」

「大和! 今助け出します!」

 

 状況がわからない大和だったがクッキーは先に彼の救出を優先した。

 クッキーのおかげで抜け出した大和はすぐに倒れるクッキー4ISの様子を見に行った。

 

「きゅぅ~……」

 

 目を回して気絶している、という認識をしたあとでロボットに気絶はないんじゃないかという疑問を抱いた。

 

「固まってますね。いわゆる一時的なフリーズ状態ですね」

「そういう表現なんだ」

「はい、ロボットですから。――それと原因はこれのようです」

 

 クッキーが拾って見せたのは1本の矢だった。しかも素人目でもわかる手作り満載の矢。それだけで誰がいたのか大和は察する。すぐに橋の周辺を探その姿を探したが目に見える場所にはいない。

 

「あれ、いない?」

「いえ、いますよ。上に」

「上?」

  

 先に見つけていたクッキーの言葉に素直に聞いて頭が上に向く。そして見たのは影が素早く落ちてくるものだった。

 

「うおっ!?」

 

 上にいると思って現在進行中で落ちてくると思っていなかった大和は心臓に悪いくらいにびっくりした。

 それを他所に落ちてきた影、蘭はしゃがんだ体制からのったりと直立する。

 

「ドーモ。 大丈夫でシタカ?」

「うっ、うん」

「おかげさまで」

「そうデスカ。大和ハ捕まってマシタが、大丈夫そうデスネ」

「あはは……」

 

 事実だがなにも出来ずに捕まったことには少し情けないと思っているので蘭の心配はチクリときていた。

 その事には気づいていない蘭はまたしゃがんでクッキー4ISの顔を覗き、するとすぐにクッキーの顔と見比べる。わざわざ立って座って確認するほどに。

 

「……貴女ノ兄弟デスカ?」

「妹ですね。私の後継機にあたるアイデアルサポートシリーズの第4号機です。ちなみに私の変形形態に合わせて108号機まであります」

「デスカ」

「ISってアイデアルサポートの略か。それにしてもよく似てるな」

「後継機ですから」

「シカシどうしマスカ?」

「事情を知るため、九鬼にいるお父様に聞きに行こうかと。もちろんこの子も連れて行きます」

「じゃあ運ぶのを手伝うよ」

「ワタシも付き合いマス。コレデ壊れてイタラ目覚めガ悪いデス」

「大丈夫だと思いますが、どうかよろしくお願いします」

 

 事情は九鬼で聞けると、3人はクッキー4ISを捕縛して向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、クッキーはある事実を聞こうとも口にしようともしなかった。

 クッキー4ISを射抜いた蘭だったが、それには疑問があった。

 距離が不自然? と言う訳でもなく彼女が持っていた弓の張力なら特に問題はない。

 蘭とクッキーの位置で結ばれる射線上は橋を吊るワイヤーがあって障害物だらけだったこと? いや京が使う椎名流弓術には”迷い鳩”と言う複雑な軌道を描く技もあるから出来ないわけではない。

 いつの間に射った場所にいたこと? ここは自分がセンサーの感度をクッキー4ISに追いつけるまで精度を上げていたから今更だし、観測していない事を疑問には思わない。

 ならクッキーはなにを疑問に思っているのか。

 

(いったいどのような妙技なのでしょうか?)

 

 情報が少ないために答えが出ないクッキーはその疑問を反芻させる。

 

(どうやってクッキー4ISを捉えたのでしょう? 間違いなく姿が見えない場所から射ったというのに)

 

 それが笹谷の弓術なのか、現時点でその答えはわからなかった。

 

 



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Episode 11『テストマイスター』

大和たちは縛ったクッキー4IS――だったが人の目が意外に多かったので途中で縄を解いておんぶする形で運んで九鬼のビルにやって来ていた。普通なら門前払い。でもクッキーは九鬼に作れられたロボなので顔パスである。加えて定期メンテナンスを含めて重要区画の研究所にも入れる。しかし今回は大和たちが同行しているので重要な部屋には入れない。なので機密の見えない場所、と言うか部屋とも言えない通路までとなった。そこで彼らはある人物と顔を合わせた。

 

「やぁクッキー、待たせたね」

「いえ。予定をも付けずにやってきた私たちが悪いのですから気にしないでください、お父様」

「お父様?」

「ああ、直江大和くんも久しぶりだね」

「え? 面識はないと思うんですが」

「そうだね、君が小さい頃だったから覚えてないだろうね。僕は津軽海経。クッキーの製作者で君のお父さん、直江景清の友達だよ」

「え?……あっ、ああ!」

 

 父親の名前が出てきた事は大和に驚きを与え、そしておぼろげに目の前にいる海経の顔を思い出す 。そんな人物が現れるなんてちょっとしたドッキリだ。

 

「キミとは少し話もしたいけど用事があるんだろう? そっちを先に済ませようか」

「わかりました。蘭、連れてきてください」

「蘭?」

 

 大和とクッキーの二人だけの用件と思っていた海経は三人目の姿を探す。

 クッキーの声を聞いて区画を分ける扉の向こうから蘭が現れる。活動を一時停止したクッキー4ISを襟首を掴んで引き摺りながら。

 

「クッキー4IS!? どうしてここに?」

「お父様にこう伝えるものは心苦しいですが、彼女に襲撃を受けました」

「なんだって。怪我はなかったかい?」

「本格的な戦闘に入る前に蘭が介入して止めてくれました」

「それは良かった……とは言えないけど、良かった。クッキー4ISの方は?」

「私が診た限りはフリーズしているようです。時間的にもうそろそろ再起動するかと―――」

「―――ハッ、ここはドコデスカ!?」

「起きタデス」

「ふぁ!! 貴女はダレデスカ!?」

 

 フリーズ、人間にしてみれば気絶した状態から起きた割にはかなり元気だった。

 

「なにが起こったのか教えてください」

「そうだね。大和君がいるのは彼も巻き込まれたってことだね」

「はい」

「それはすまなかったね。それじゃあ教えよう。数日前のことだ――」

 

 

 

 

 数日前、九鬼の技術部は108体のクッキーI(アイデアル)S(サポート)の調整を行っていたがある研究員が4番を持ち出した。が、巨大な組織である九鬼であるためにその翌日、時間だけを測れば8時間もしないうちに捕縛・尋問、そして処理された。尋問の結果、その研究員は念には念を入れて侵入した工業系の企業スパイであり、多大な利益をもたらすだろう研究成果を盗み出すことだった。潜伏した手腕は認められるだろうがさすがに奪取を成果させるには相手が悪かった。

 しかし捕縛した時にはクッキー4ISはなかった。どうやらその研究員は盗んでどこか破損したか否かを確認する為に起動した。すると通常より精神回路が強く自身が奪取されたことを理解して自己防衛から逃亡した。ここまでがスパイで得られた情報だ。

 ここまでが海経、及び九鬼が把握した事態だった。

 

「あの、それでなんでクッキーを襲ったんですか?」

「ナンでデスカ?」

「そりゃあ私がクッキーだからですよぉ」

「ふむ、これは強い自我を持ったことで自分が絶対唯一だと考えたんだろう」

「なるほど理解できます」

「でもこうして無事に戻れたなら良かったよ。これで被害が発生していれば強行的な処置になった上に処分になる可能性もあったよ」

「なんですと!?」

「You、タスかった方デスネ」

 

 かなり身が危険な事態に転びかけていた事に顔色を変えた。そんなクッキー4ISの額を啄く蘭。しかし蘭はこの時、大義名分が出来て内心では喜んでいた。

 

「とりあえず今は色々と言い訳がつく。ありがとう」

「大事にならず良かったです」

「俺は捕まっただけで、止めてくれたのは笹谷さんなので」

「え、笹谷?」

「What?」

 

 蘭の苗字を海経の表情が変わった。それに反応して蘭は彼に顔を向けた。

 

「キミ、姓は笹谷なのか?」

「Yes」

「じゃあ三佐ちゃんの名前に聞き覚えは?」

「ハハ、デス」

「……そっか、これはまた面白い巡り合わせだ」

「「「?」」」

 

 何が面白いのか、3人は揃って海経の言葉に首を傾げた。それに海経はその真意を答えた。

 

「彼女の両親も私の知り合いなんだ。特に三佐ちゃんは後輩だったんだ」

「Oh」

「またそれは」

「そうだね。彼女は目立っていた上に僕に機械仕掛けについて相談に来たからね」

「機械仕掛けをですか?」

「うん。蘭ちゃん、だったね。弓を持ってるなら見せてくれないかい?」

「OK」

 

 あっさりと許可を出した蘭は愛用の弓を、折りたたんだ状態のまま海経に渡した。

 

「ふむ」

 

 海経は受け取った弓を全体的に観察すると握りを持つ。すると蘭が弓を使うかのように展開した。いきなり展開したことで大和たちは驚いたが、その中で一番に驚いたのは持ち主の蘭だった。

 

「Wait a minute! It mechanism of Mongaifushutsu. Why the can be manipulated?(訳:ちょっと待って! それは門外不出の機構よ。なんで操作できるのよ。なんで操作できるのよ?)」

「ああ、驚かせたね。でもこの弓の構造は三佐ちゃんに教えた事を利用してるんだ。見たらわかったからこうして展開ができるんだ」

「……Oh,I see. Certainly Mother Basic had said that Tatte learned from others.(訳:……ああ、なるほど。確かに母さんは基礎は他から教わったって言ってたわ)」

「そっか」

「コラー! 私の話題から逸れるんじゃありませーん! 特にお父様!」

「あっ、ああごめん。つい懐かしくて」

「謝って下さるならこれ以上はいいません。あと先程までの話はわかりましたので身の安全を得る為、私は素直にこちらに戻ります」

「そうしてくれ。じゃあ僕はこれからすぐに報告を――」

 

 海経が上に報告しに行こうと踵を返そうとしたが言葉と一緒に、戻してクッキー4ISと蘭の二人と向き合った。そして意味深げに数回頷いた。

 

「なんデショウ?」

「気になる事でもありましたか?」

「いやね、ふと思ったんだよ。――君たち2人、パートナーになってみないか?」

 

 

 

 

「――これがクッキー4ISのテストマイスターになる為の契約書だ。お前が理解しやすいように英字で印刷してっから、ちゃんと最後まで読めよ」

「OK。アリガトウ、ございます」

 

 あずみから受け取った、数枚に及ぶ契約書に目を通し始める。目の前にある机のペンはもうしばらく待機状態になる。そしてその2人の間、正確には2人が挟んである机の片端にクッキー4ISと海経が立って待っており、加えてその四人から離れて壁沿いには大和とクッキーがいた。

 

「お父様の判断は良い方向に転がるでしょうね」

「そうなの?」

「私たちに大きな成長を与えるのは人との付き合いです。私がそうであるように」

「でもISシリーズって108体いるよね。その中の1体だけは特別扱いされないって思われない?」

「他の弟たちは起動もしていませんから。ここは運が巡ってきた程度でいいですよ」

 

 二人は契約する場には意味がないのでこうして壁際で他愛もない事で話をしていた。しかし他の四人もそれほど緊張感を漂わせているわけでもない。

 

「急な手続きだったのに了承してくれてありがとう、忍足さん」

「お側にいた英雄さまが許可して下さったからな。あとはこうした書類上の手続きだけだから手間と言うほどじゃないですよ」

「それでもです。ですからもう一度、お礼をいいます。ありがとう」

「ああもう、気持ちわかったんでもう言わなくて言いですって」

「モシ。居住ニついてデスが、ワタシhomelessですが」

「ああ、だったら活動範囲を申告してくれ。加えて週一の報告で十分だ」

「提示報告でしたら私がします。セキュリティバリバリで誤送信ナッシングでメールをお届けします」

「OK」

 

 四人一緒、と言う訳ではないが四人の会話に食い違いはなくスムーズに進む。と言うっては見たが四人の内二人は序列一位と主任であるから多方面の受け答えにも慣れてるだろうし、内一人は高性能ロボなので無駄がなく、最後の一人は書類中心にしているから話題を把握する必要もない。まとめるなら、この場の話題は蘭の持つ書類だけ意識すれば成り立つわけだ。

 

「ヨミ終わりマシタ」

「じゃあサインを頼む」

「Yes」

 

 蘭はサインを書く欄がある一枚だけを抜き取り、それを机におくと慣れた手つきでサインを書く。「笹谷 蘭」と書くのは普通だろうが彼女は慣れた「Ran Sasatani」をローマ字筆記体で記した。

 

「よし。これでお前はクッキー4IS――あの、海経さん」

「なんだい?」

「こう言っちゃなんだが、愛称とかないのか。正直、クッキーと区別する際で面倒だ」

「ふむ、そうだね……。蘭ちゃん、いいのは思いつかない?」

「そうデスネ。安易ですが、IS(アイエス)でどうデショウか」

「アイエス……。ふむ、アイデアル(I)サポート(S)は兄弟たち共通ですがそれでいいでしょう。どの道、他の兄弟たちは未来のマイスターに名前を貰うでしょうし」

「わかった。これから頑張るんだぞ、アイエス」

「はい、お父様」

「じゃあウチもそう呼ぶぜ。じゃあ契約書は受け取るぜ」

「OK」

 

 あずみが契約書を受け取ったことで手続きが終了した。九鬼側としてはこの後ももう少し作業があるだろうが蘭自身が関わる事はもうないだろう。

 

「ではよろしくお願いしますね、蘭」

「コチラこそ」

「よろしくね蘭ちゃん。アイエスも頑張ってね」

「はいです」

「OK」

 

 三人が挨拶をする所を見て大和たちは手続きが終わったと判断し、しかしちょっと様子を伺いながら三人のもとへ寄ってきた。

 

「終わったようですね」

「ええ、そうです。お互いに頑張りましょうね、お姉さま」

「おや、私を姉と呼んでくれるのですか?」

「お父様にはたくさん諭されましたからね。私は貴女の妹。貴女は私の姉。そう結論づけました」

「そうですか。ではいつでもこの姉に頼ってください」

「ケタケタ、逆にアドバイスを聞きに来るような奉仕っぷりを見せてあげますよ」

 

 見た限りでは中の良さそうな姉妹の図である。

 大和もそんな二人を見て自分も蘭と言葉をかわそうとしたが、彼女の顔が思慮深くしているのに気がついた。

 

「笹谷さん、なにかあるの?」

「N、nn……」

「ん、なんだ。納得してないところでもあったのか」

「イエ、ちがいマス。ソレとは別の件デ……」

「別件? その様子じゃ言いづらい事か?」

「言いヅライと言えばイイづらいといいマスか……」

「なんだよ、ハッキリ言え」

 

 あずみは彼女の様子を見てその別件が九鬼に関係することと、こうして言い淀んでいる事は無茶ぶりという事を察していた。そこで彼女は自分が知る限りの情報で何を頼もうとしているのか考える。

 笹谷 蘭。

 弓作りの家系にして弓聖。

 この地には実戦を積むための武者修行。

 九鬼に頼みたい事。

 

「おい――」

「もしかして、与一と戦いたいの?」

 

 あずみが言おうとした事を、同じように考えていた大和が口にした。

 なので。

 

「おいコラァ! 勝手に人の言葉を口にしてんじゃねぇぞ!!」

「ごふぅ!?」

 

 理不尽なほどのあずみの制裁が大和の顔面にぶつけられた。まる。

 

 




 ここまでが分けた分になります。


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