遊戯王GX ~もしもOCGプレイヤーがアカデミア教師になったら~ (紫苑菊)
しおりを挟む

第1話

誤字脱字、プレイミス等あればコメントにお願いします。


ここはデュエル・アカデミア中学棟。

ここは未来に生きる決闘者を育てるための教育機関であり、海馬コーポレーションが管理する学園である。

そして今日、そのアカデミア高等部への入学試験が行われている。といっても、今は午後1時。もうほとんどの実技が終了し、今は電車の遅れで遅刻した生徒が真ん中のデュエルスペースで最後の試験を残すのみとなっている。

ここにいる生徒は、主に2つに分かれている。1つはこの会場の3分の1を占める、中等部のエリートと呼ばれる人たち。そしてもう1つが、別の中学から転入しようとしている受験者たち。

そしてその彼らほぼ全ての注目を集めているのが、今現在、スペースの中にいる2人組。

1人はクロノス・デ・メディチ。アカデミア本校のオベリスク・ブルーの教師であり、アカデミアの実技最高責任者にして、現在最後のデュエルを取り締まっている試験監督。

1人は彼のデュエルに圧倒されながらも、絶対に勝つという意思のもと、デッキに手をかけ、絶体絶命のピンチである遊城十代という少年である。

おそらく、少年、十代はここまで試験にてこずることはなかっただろう。彼の実力は本来、アカデミアのエリートであるオベリスク・ブルーに匹敵する。

だが、彼がここまでてこずるのは、彼の試験担当者、クロノスが、かなりの厳格な性格であり、エリート思考の持ち主であったからだろう。彼は、筆記試験の悪い少年が、にもかかわらず遅刻(彼にはほとんど非はないのだが)してきたことが気に入らないのか、試験用、彼本来のデッキよりも数段構築の劣るデッキを使用せず、彼本来のデッキを使用していることに他ならない。

本来なら、ここで彼の勝利はほぼ絶望的。だが・・・。

だが、この十代という少年は、神に好かれているとしか思えない運を発揮する。

 

「俺は融合を発動!!フェザーマンとバーストレディを融合し、来い!マイフェイバリットカード、フレイム・ウィングマン!!」

 

現れたのは炎をまとったHERO。HEROの割には、『破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。』という殺意の籠った能力で、相手を必ず焼き殺そうとする鉄の意思が感じられる、HEROらしくないモンスター。

だが、彼の攻撃力は2100。クロノスのフィールドに存在する古代の機械巨人の3000には届かない。

 

「融合召喚したところで、攻撃力2100。私の古代の機械巨人には及びまセーン。いまさらそんなモンスターで何ができるノーネ?」

 

それは、間違いなくクロノスの言う通り、2100が3000に勝つことは出来ない。

そう、このままなら。

 

「じゃあ先生に教えてやるぜ。HEROにはHEROにふさわしい、戦うべき舞台ってもんがあるんだ!フィールド魔法、摩天楼-スカイスクレイパー!」

 

次の瞬間、会場にいる人全員が驚くことになる。

 

「バトル!!フレイム・ウィングマンで先生のモンスターに攻撃!!」

「攻撃力の低いモンスターで攻撃?私の古代の機械巨人には、足元にも及ばないーノ。」

殴りたいこの笑顔。ガンジーでも全力で助走つけて殴るレベルである。

 

「HEROは必ず勝つ!!スカイスクレイパーは相手モンスターと戦闘を行う時、攻撃力が低いとHEROの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

「オー?!ディーオ!!」

「いけ、フレイム・ウィングマン、スカイスクレイパー・シュート!!」

 

OCG以上の効果を発揮するフィールド魔法。その力がHEROに加わる。どことなくニンジャスレイヤーを彷彿とさせるHERO。敵は死すべし、慈悲はない。

 

「マンマ・ミーア!!我が古代の機械巨人ガー!!」

「フレイム・ウィングマンの効果で3000の効果ダメージを受けてもらうぜ、先生!!」

 

クロノスのライフは2900。そして古代の機械巨人は3000。クロノスの敗北が決定した。

その事実は会場のクロノスを知る全ての人が絶句する。たとえ知らない人でも、教員の強さを身をもって知っているので騒ぎ出す。

 

そして、そんな中にアナウンスが流れた。

 

『これで、デュエル・アカデミア本校の入学試験を終了します。次は、教員の採用実技試験です。今日、試験を行った生徒も、自由に見学してかまいません。今回の受験者は一名です。それでは、受験者は急ぎ実技担当最高責任者、クロノスの元まで来てください。』

 

この声に会場は騒然となる。当然だ。今まで、このような場所で先生同士のデュエルがされることなど聞いたこともない。教員試験は本来、こことは別会場で行われるものなのだから。

 

「受験者、沖田曽良です。」

「クロノス・デ・メディチなノーネ。よろしくなノーネ。」

 

クロノスとしては、先ほどのデュエルの後なので出来れば自分がやるのは避けたい。だが、ここで勝てば自分の実力を誇示できるかもしれない。よって、クロノスはこう言った。

 

「今回の試験監督は私でスーノ。私のライフを1000ライフまで削った時点であなたの採用はほぼ決まると思って下さいーノ。」

 

そして、クロノスはこの言葉を後悔することになる。

ここでもっと条件を厳しく明確にさえしておけば、彼が学校に来ることを拒めたかもしれないのにと。

 

「「デュエル!!」」

 

「俺のターン、ドロー。」

 

沖田 手札5→6

ちなみにこの時代はまだマスタールールと呼ばれる前のものであり、先行ドローも表側守備表示召喚も可能であった。

まあ、今はどうでもいいが。

 

「俺はアロマージージャスミンを召喚し、テラ・フォーミングを発動。デッキからアロマガーデンを手札に加え、発動する。アロマガーデンの効果。1ターンに一度ライフを500回復する。そしてアロマージージャスミンの効果発動。1ターンに一度ライフが回復した時、カードを一枚ドローする。ドロー。さらにジャスミンはライフが相手より多い場合、もう一度植物族モンスターを通常召喚出来る。アロマージーローズマリーを召喚し、カードを三枚伏せてターンエンド。」

 

アロマージージャスミン

効果モンスター

星2/光属性/植物族/攻 100/守1900

(1):自分のLPが相手より多く、このカードがモンスターゾーンに存在する限り、

自分は通常召喚に加えて1度だけ、

自分メインフェイズに「アロマージ-ジャスミン」以外の植物族モンスター1体を召喚できる。

(2):1ターンに1度、自分のLPが回復した場合に発動する。

自分はデッキから1枚ドローする。

 

テラ・フォーミング

通常魔法

(1):デッキからフィールド魔法カード1枚を手札に加える。

 

アロマガーデン

フィールド魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドに

「アロマ」モンスターが存在する場合にこの効果を発動できる。

自分は500LP回復する。

この効果の発動後、次の相手ターン終了時まで

自分フィールドのモンスターの攻撃力・守備力は500アップする。

(2):自分フィールドの「アロマ」モンスターが戦闘・効果で破壊され

墓地へ送られた場合にこの効果を発動する。

自分は1000LP回復する。

 

沖田6→3

 

現れたのは、白髪と青髪の女の子のような植物族モンスター。彼女らの登場により、会場の野郎共と一部の女子が騒ぎ出す。聞こえる熱狂的な声の中には、『ローズマリーちゃんもっと足開いて!!』『ジャスミンちゃんhshs』など、少々気持ちの悪いことになっている。大半の女子と一部の男子ははそんな男子たちにドン引きである。何よりもドン引いていたのは使用者である沖田だが。

 

「わ、私のターンなノーネ。ドロー」

 

流石のクロノスもこの熱狂的な声にはタジタジのようだ。いや、よく見て見ると騒いでる男子はオベリスク・ブルーの生徒が多い。おそらく自分の生徒がここまで変態(紳士)だったことがショックだったのだろう。青年、沖田も流石にこれには同情を禁じ得ない。これからされる一方的な蹂躙に比べればまだこの程度の(精神的)ダメージはマシだろうが。

 

クロノス 手札5→6

 

「私は、手札から天使の施しを発動なノーネ。これにより、デッキから3枚ドローし、2枚捨てるノーネ。さらに、死者蘇生を発動するーノ。これで墓地から、古代の機械工兵を特殊召喚するノーネ。さらにこの瞬間、地獄の暴走召喚を発動するノーネ。」

 

天使の施し

通常魔法

自分のデッキからカードを3枚ドローし、その後手札を2枚選択して捨てる。

 

死者蘇生

通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

古代の機械工兵

効果モンスター

星5/地属性/機械族/攻1500/守1500

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動する事ができない。また、このカードが攻撃したダメージステップ終了時、相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 

地獄の暴走召喚

速攻魔法

相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。

 

クロノス 手札6→4

 

インチキカード(天使の施し)からの暴走召喚。これを最初のターンに行える彼のデュエルタクティクスと運は相当なものだろう。この世界の基準で言えば。

だが、それでも・・・。

 

「通します。俺はデッキから2体のローズマリーを特殊召喚。」

 

「なら私は、工兵をデッキから2体特殊召喚なノーネ。そして、魔法の歯車を発動なノーネ。3体の古代の機械工兵を生贄に、現れよ、古代の機械巨人!!」

 

魔法の歯車(アニメ効果)

通常魔法

自分の場に存在する「アンティーク・ギア」と名の付くモンスター3体を墓地に送り、デッキから「古代の機械巨人」1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。その後、手札の「古代の機械巨人」を全て召喚条件を無視して可能な限り特殊召喚することができる。

 

古代の機械巨人

効果モンスター

星8/地属性/機械族/攻3000/守3000

このカードは特殊召喚できない。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

 

クロノス 手札4→3

それでも、OCGプレイヤーには届かない。

 

「奈落で、チェーンはありますか?」

「え?」

 

クロノスの必勝コンボ。デッキから古代の機械巨人が出てきた瞬間に、彼も、そしてギャラリーも彼の勝利を確信したはずだった。

だが、1枚のカードによって、その力はいともたやすく破壊され、除外される。元々特殊召喚出来ない古代の機械巨人には除外も破壊もほとんど関係ない話だが。そもそもこいつは4枚のディスアドバンテージを使ってまで出すモンスターではない。この様に一度破壊されれば死者蘇生だろうが何だろうが蘇生できないのだからリカバリが大変なことになってしまう。今のクロノスのように。

 

「ま、まだ通常召喚を行ってないノーネ。手札から、古代の機械騎士を召喚するーノ。カードを伏せてターンエンドなノーネ。」

 

古代の機械騎士

デュアルモンスター

星4/地属性/機械族/攻1800/守 500

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

 

クロノス 手札3→1

 

打点は下級ラインでは十分な強さを誇るモンスター。

「では、エンドフェイズ時に罠を2枚発動します。まずは潤いの風。ライフを1000払いデッキから『アロマージー』を手札に加えます。デッキからジャスミンを手札に。更に潤いの風の2つ目の効果も起動。自分よりも相手の方がライフポイントが高い場合、ライフポイントが500回復。そしてライフが回復したので、ローズマリー3体とジャスミン、それから今表にした渇きの風の効果発動。ローズマリー3体がチェーン1から3、ジャスミンが4、渇きの風がチェーン5です。チェーンは?」

「な、ないノーネ。てか何が何かさっぱりなノーネ。」

 

潤いの風

永続罠

「潤いの風」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):1000LPを払ってこの効果を発動できる。デッキから「アロマ」モンスター1体を手札に加える。

(2):自分のLPが相手より少ない場合にこの効果を発動できる。自分は500LP回復する。

 

これだけのチェーンが一度に乗り、流石にクロノスもわけが分からない様だ。そもそも普通のデュエルでチェーンが5つも同時に乗る方が稀である。チェーンバーンは除くが。あれはチェーンを乗せることを目的として作られている。

 

「チェーンを逆順解決。ではまず渇きの風の効果。ライフポイントが回復した時に相手モンスターを1体破壊します。」

「え?」

「破壊します。」

「りょ、了解なノーネ。」

 

渇きの風

永続罠

「渇きの風」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分のLPが回復した場合、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象としてこの効果を発動する。

そのモンスターを破壊する。

(2):自分フィールドに「アロマ」モンスターが存在し、自分のLPが相手より3000以上多い場合、その差分のLPを払ってこの効果を発動できる。攻撃力の合計が、この効果を発動するために払ったLPの数値以下になるように、相手フィールドの表側表示モンスターを選んで破壊する。

 

アロマージにおける除去カード。ライフが回復するだけでモンスターを1体破壊できる罠。かなり緩い条件で毎ターン1回の死者への手向けが打てると思えば、かなり優秀なカードである。

 

「そして、ジャスミンの効果で1枚ドロー。ローズマリー3体の効果で、ローズマリー2体とジャスミンの表示形式を変更する。守備表示に変更。」

 

アロマージーローズマリー

効果モンスター

星4/水属性/植物族/攻1800/守 700

(1):自分のLPが相手より多く、このカードがモンスターゾーンに存在する限り、

自分の植物族モンスターが攻撃する場合、

ダメージステップ終了時まで相手はモンスターの効果を発動できない。

(2):1ターンに1度、自分のLPが回復した場合、

フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動する。

そのモンスターの表示形式を変更する。

 

これにより、クロノスのフィールドは伏せ1枚。

 

「俺のターン、ドロー。サイクロン発動。対象はあなたの伏せカードです。」

 

だが、無慈悲にも、残りのカードすら消しとられる。伏せはミラーフォース。どうやらこの世界でもミラフォは仕事をしないらしい。

 

「アロマージーローズマリー2体を攻撃表示に変更。バトルフェイスに入ります。ローズマリーで攻撃。」

「受けるノーネ!」

 

ローズマリーから謎の香りの風が吹き、クロノスを攻撃する。

 

「2体目で攻撃。」

「痛いノーネ!」

 

2体目はなぜかクロノスのフィールドまで行き、ビンタをかます。アロマはどうした。

 

「3体目で攻撃。」

「はうッ!!」

 

これで、ローズマリーの攻撃がすべてクロノスに当たり、ゲームが終了する。最後の攻撃ではクロノスの股間を持っていた杖でダイレクトアタック。クロノスの性癖はドMでないので、観客席の大半から同情的な目で見られている。

沖田には聞こえない。聞こえないったら聞こえない。目の前の男の断末魔なんか聞こえないし見えてもいない。ついでに観客席の中から僅かに聞こえた『羨ましいクロノス先生!!』という声達も聞こえない。

 

「ありがとうございました。」

 

クロノスが負けたことで静まり返った居心地の悪い会場から、速攻で抜け出すことを彼は選択した。彼が会場から出た瞬間、歓声が巻き起こる。実技担当最高責任者から、一切のライフを削られず、3ターンで決着をつけてしまうそのデュエルタクティクス。更に言うなら彼が出したモンスターは全てが下級モンスター。その彼の実力はここにいる受験生の実力を問わず、感動させた。とあるHERO使いは感動し、クロノスの実力を体感したオベリスク・ブルー主席の機械族使いの生徒は驚愕しながらも好戦的な笑みを浮かべ、受験生主席の生徒は素直に称賛した。

 

こうして、彼はデュエルアカデミアに教師として赴任することが決定する。

そして彼がこの後、三幻魔との戦いや破滅の光、ダークネスとの戦いに巻き込まれることを、『前の世界』からやってきた『OCGプレイヤー』である『沖田曽良』は知る由もなかった。

 

そして、この新人教師のせいでクロノスの胃が大変なことになることを、クロノスもまた、知る由もなかった。

 




アロマージー可愛いやったー!

作者はメタビアロマージも脳筋ベルガモット軸植物アロマージーも大好きです。

EMEmと魔術師なんか消え去ればいいんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

受験前に何やってるんだろ・・・俺・・・。

追記
ブンボーグ002の効果を勘違いしていたので訂正します。すいませんでした。
12/20
更に訂正しました、申し訳ありません。
2/3
更に訂正、申し訳ございません。


ありえない。

 彼、万丈目準はそうつぶやいた。彼の場は完全に前のターンに整えられていた。切り札である高攻撃力のモンスター。それに加え迎撃のミラーフォース。この盤面で勝てない相手は今までにいなかった。

 だがどうだ、今の現状は。肝心の切り札も、迎撃の罠も通じない。もう負けしか見えないこの現状は。こんなことになるなんて思わなかった。彼の腕前がこんなにも凄まじいなんて思ってもいなかった。そもそも彼のデュエルは運任せか、それとも相手の切り札を阻害する、所謂妨害カードを多く積んでるからだと思っていた。だからこそ先行を選び、妨害される前に展開し切り札を出してしまえば激流葬も奈落の落とし穴も神の宣告も怖くない。彼が使うカードはローレベルモンスター、所謂雑魚ばかりだ。確かに厄介だが問題ないと、彼、万丈目は考えていた。

 

「行け、『○○○○○○○○。』」

 

 あの新任教師、沖田曽良の声で俺の敗北が決まる。

 畜生・・・。

 思わずつぶやいた彼のその声は、目の前の沖田にすら、聞こえなかった。

 

 時は、3日前の入学式にまで遡る。その時彼が入学式で全校生徒に向けてはなったスピーチは、敵対心に満ち溢れていた。その言葉が、この3日間彼が学校内の、それもオベリスク・ブルーの生徒ほぼ全員から挑まれている理由である。

 

 彼、沖田曽良はかなり注目されていた。それもそのはず、彼があの試験デュエルを行った後、SNSサイトを通じて学生の中ではかなり話題になり、更には彼の前職までもがさらされることになった。その前職がまた話題を誘った。なにせ、元インダストリアル・イリュージョン社、通称I2社の元社員だったのだから。

 だが、寄りにも寄ってこの注目される中、こんなスピーチが行われるとは、その時はだれも思わなかっただろう。

 

「この学校で教員を任されることになりました、沖田曽良です。今日から1年間よろしくお願いします。」

 

 ここで終わっていれば、学校中から敵対視されるようなことにはならなかっただろう。今となっては後の祭りだが。

 

「私が今回授業を担当するにあたってまず、貴方たち新入生のデュエルを全て見させてもらいました。一つ言えることがあるなら、酷いものですとしか言いようがありません。高火力で相手を倒すしかないデュエル、もっと妨害札もあるだろう、なぜそこでそのカードを使わない、中には効果を間違えて解釈している人までいました。間違えるならともかく、ブラッドヴォルスにデーモンの斧を装備しただけで勝ち誇る生徒がいる有様では、とてもじゃありませんが評価できません。」

 

 この時点でもはや大半の新入生を敵に回している。新入生からの視線が鋭いものに変わった。だが彼は続ける。

 

「デュエルモンスターズはそんなカードゲームじゃない。もっと戦略が練れるだろう。なぜ相手のカードを見くびる。これは教員にも言えることです。だから痛い目に合う。逆を言えば相手を見くびらず、きちんと戦略を練れば教員だろうがプロだろうが初心者でも倒せるのがこのゲームの筈なのです、実際トム少年とバンデット・キースの試合がそれでした。それがなんだ、あの有様は。ラーイエローの生徒はその辺はきっちり出来ている人もいました。新入生代表のスピーチをしてくれた生徒がまさにそれです。教員が用意した試験用デッキを見事打ち破りました。本来試験用デッキは結構簡単に倒せる難易度の筈なんですが、それはまあ置いておきましょう。」

 

 このあたりで褒められたラーイエローの生徒からの視線だけは少しだけ緩いものになった。だがしかし、彼の毒は止まらない。

 

「ここで断言します。今のままのオベリスク・ブルーならば、半分はラーイエローの生徒と代替わりするでしょう。なぜならば、今年の新入生の方が、私が見る限りしっかりとしたデュエルが出来ているからです。どうやら先ほどから私の発言に不満を感じている生徒がいるみたいですね。ならばあなたたち、オベリスク・ブルーの生徒に問います。あ、これは多分ラーイエローの生徒やオシリス・レッドのの生徒も心当たりがあるのではないかと思います。」

 

 ここで彼は言葉を区切り、一息ついてから二の句を言い放った。

 

 『どうして、カードを捨てるのですか?どうして低ステータスだと分かった瞬間に効果を見ようともせずに屑だの雑魚だの言うのですか?』

 

 彼が言ったこの言葉に、ほとんどの生徒が心当たりがあるようだった。彼は続ける。

 

「先日、カードが良く捨てられるという古井戸に行きました。酷い有様でした。ここにそのいくつかの実物があります。たとえばジェスター・コンフィ。この優秀さも分からない生徒は正直言って落第物です。確かに攻守は0ですがそれを補って有り余る効果があるのに捨てられていました。スクラップ・コング。確かに召喚してしまえば自壊するモンスターですが他のカードと組み合わせることで多大な効果を生み出します。他にもエフェクト・ヴェーラー、セルリ、モリンフェン、ダーク・キメラ・・・」

 

 彼が並べていくのは使いづらかったりステータスが低くて使い物にならないと判断されたモンスターばかりだった。ここにOCGプレイヤーがいれば大歓喜だっただろう。なにせDDクロウやヴェーラー、増殖するGが捨てられている井戸だ。行かない方がおかしい。(まあ、捨てる方が大概なのだが。)

 

「だから私は宣言します。この世に使えないカードなんてない。それを実証するために、私は一つ提案があります。」

 

 そう言って彼は懐からデッキをいくつか取り出した。それを掲げてこう言い放つ。

 

「ここにあるのはほとんどが低ステータス、もしくは下級のみ、もしくは下級が軸になっているデッキです。私は今から学校の授業が本格的に始まる3日間の間、これらのデッキしか使いません。いつ、いかなる時に挑んでもらっても構いません。もし勝てたのなら、私のかなえる限りのことを実行いたしましょう。実は私、元I2社社員でして、プロへの推薦状だって書くことが出来ます。この学校を今すぐ辞めろでもかまいません。もしくはデッキやカードを渡せといった要求でもいいですよ。」

 

 それは破格の条件。ここにいるほとんどの生徒がプロを目指しているのだ。それを実現するには本来数多の条件が存在する、にもかかわらずそれがたった1回の勝利でいいというのは破格にもほどがあるだろう。全員の目がハイエナのようになる。

 

「さて、諸君、私は今から3日間、24時間デュエルを受け付ける。早い者勝ちだがまあ、生徒全員が負けるでしょう。ぜひとも、その敗北を糧に成長してもらいたいです。」

 

 こう締めくくった彼のスピーチの後。正確には入学式が終わった直後といえばいいのだろうか。

 アリーナが人であふれかえったのは言うまでもない。

 

 

 と、ここまでが3日前の出来事だ。

 

 彼はその間3日間デュエルを続けている。どうやら負けた相手にアドバイスも行っているらしく、それが絶妙に適切なせいか、最初の敵意は半分ほど薄れていた。まあ、まだコケにされたプライドの強いオベリスク・ブルーの生徒が若干の敵意をむき出しにしているが、それも長くは続くまい。ほとんどの生徒が彼を受け入れている現状、少数派が何をしたって無意味なのだから。それにしてもかなりぼろくそに言われていたのにもかかわらず、手のひらを返して慕っているあたり、人間とはある意味凄いのだなと思わざるを得ないものだ。

 まあ、そんな彼を快く思わない生徒の中に、万丈目準がいた。彼は中等部主席の生徒であり、オベリスク・ブルーの生徒で所謂エリート思想の持主とでもいえばいいのだろうか、まあそんな男だった。そんな彼があそこまでオベリスクブルーをコケにされたというのに、黙って見ているだろうか。あの男が皆に受けられている現実を受け入れることが出来るだろうか。

 大方予想道理だろう、彼に万丈目は食って掛かりに行った。なぜ彼が最初に挑みにいかなかったからというのは、彼がすぐに負けるからだと考えていたからだ。新入生の中には自分に迫る実力者もいる。彼は自分の取り巻きである取巻の実力を理解していた。あんなまぐれでクロノス教諭に勝った新任教師などすぐに負けてしまうだろう、と。現に入学式の夜に相手をしたあの遊城十代も大した奴ではないと彼は認識していた。実際には決着はついていないのだが、まあそれは彼の傲慢ゆえの持ち味とでも言えるかもしれない。

 だが現状、彼は勝ち続け、この学校に受け入れられようとしている。これは万丈目にとって想定外だった。ならば自分が奴に膝をつかせ、学校から追い出そうと考えていた。

「お前が沖田曽良か?」

 

 ぶっきらぼうで高圧的な態度は彼の愛嬌とでも思ってほしい。現に彼の実力派その自信に見合うものなのだから。

 

「ええ、そうですよ、1年オベリスク・ブルーの万丈目君?」

「ほう、この俺を知っているか。」

「君のデュエルは見せてもらったよ、なるほど、流石は首席だというべきか。いいデュエルだった。まあ、私からすれば詰めが甘いとしか言いようがないがね。」

「何?」

 

 彼はその言葉を挑発ととらえた。実際には全く悪意のない彼の言葉(それがまた質が悪い)なのだが。まあ、彼の口調からして無理はない。

 

「ふん、ならばあんたの実力は相当なものなんだろうな?」

「・・・試してみるかい?今日はまだ3日目だ。歓迎するよ、盛大にね。」

「その余裕、いつまで続くかな?沖田教師!」

「その言葉使いはどうかと思うよ、俺は気にしないけどね。」

 

 万丈目が手にあるデュエルディスクを構え、懐からデッキを取り出してディスクに差し込む。それを見てまた沖田も手にあるデュエルディスクを構えた。

 

「先行後攻は君が決めても構わないよ。」

「ふん、なら遠慮なくいかせてもらう。俺のターン、ドロー!」

 

 勢いよく引いた彼のカードはデビルズ・サンクチュアリ、確認した万丈目は勝てる確信を持った。

 

「俺はデビルズ・サンクチュアリを発動!このカードは「このカードはメタルデビルトークンを生み出す、だろ?羊トークンとは違い生贄にすることの出来るトークンだ。ちなみにメタルデビルトークンは効果を持つから勘違いされやすいが効果を持つのは発動した魔法カードの方なので、扱いは通常モンスターだ。これについては授業で習うことになると思うよ?」どうやら知っているようだな。」

 

 被せて説明した沖田に、わずかに万丈目は感心したようだった。

 

 デビルズ・サンクチュアリ

 通常魔法

「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を自分のフィールド上に1体特殊召喚する。このトークンは攻撃をする事ができない。「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、かわりに相手プレイヤーが受ける。自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

 

 万丈目は続けてカードを手札から取り出す。

 

「地獄戦士を召喚し、二重召喚を発動!もう一度通常召喚を行う!俺はメタルデビルトークンと地獄戦士を生贄に・・・。」

 

 どうでもいいことだが、この時代はリリースではなく生贄と呼ばれていた。リリースに名前が変わるのはしばらく後のことである。

 

 地獄戦士

 効果モンスター

星4/闇属性/戦士族/攻1200/守1400

このカードが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地へ送られた時、この戦闘によって自分が受けた戦闘ダメージを相手ライフにも与える。

 

 二重召喚

 通常魔法

このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 

「絶対服従魔神を召喚する!!」

 

 現れたのは悪魔族の中でも最強の攻撃力と守備力を持つモンスター。その代償は重いものだが、それも仕方のない事だろう。強い力には代償が必要であるのは当然である。

 余談だが、OCGではアンチホープやラビエルなどが登場することでただでさえあまり使われないこのカードの利用法が更に減り、ダークコーリングやダークフュージョンですら使われなくなった不遇なカードである。それでも通常召喚可能な悪魔族モンスターの中ではトップなのだが。

 

 絶対服従魔神

 効果モンスター

星10/炎属性/悪魔族/攻3500/守3000

自分フィールド上にこのカードだけしかなく、手札が0枚でなければこのカードは攻撃できない。このカードが破壊した効果モンスターの効果は無効化される。

 

「更に俺は愚鈍の斧を発動!装備モンスターの攻撃力を1000あげる代わりに、効果を無効にする!」

 

 愚鈍の斧

 装備魔法

装備モンスターの攻撃力は1000アップし、効果は無効化される。自分スタンバイフェイズに発動する。装備モンスターのコントローラーに500ダメージを与える。

 

 これにより、攻撃力4500のデメリットすらない、究極のモンスターの完成である。社長究極の嫁と同等の攻撃力を持つモンスターを正面から殴り倒すのは厳しい。破壊したモンスターの効果を無効にする効果は消滅したが、問答無用で攻撃できる分その方が脅威であるともいえる。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド。」

 

 万丈目

  手札0

 

 伏せたカードはミラーフォース。これで殴り倒すことも難しくなった。

 だが、お気づきだろうか。社長の究極の嫁(と同等)とミラーフォース、死亡フラグが乱立するにもほどがあるというものだ。

 

「俺のターン、ドロー。手札から古代の機械騎士を守備表示で召喚する。」

「『古代の機械』だと?!」

 

 出てきたのは、クロノスの使うカテゴリのモンスター。そのカードはこの学園で最も有名な教師のフェイバリットカードであるのだ。それがいきなり出てきたら、当然出てくるのは機械族の中でもトップクラスの攻撃力を持つ融合モンスターや、機械の巨人をを警戒する。それは万丈目も同じだった。

 

 出てくるのか、あれが・・・。そう思った万丈目。

 

 だが、結果は全く違った。

 

「機甲部隊の最前線を発動し、カードを2枚伏せてターンエンド。」

  

 古代の機械騎士

 デュアルモンスター

星4/地属性/機械族/攻1800/守 500

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、

通常モンスターとして扱う。

フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、

このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードが攻撃する場合、

相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

 

 機甲部隊の最前線

 永続魔法

機械族モンスターが戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた時、そのモンスターより攻撃力の低い、同じ属性の機械族モンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する事ができる。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 沖田

  手札2

 

「融合しない?それにゴーレムも出ないだと?!」

「何か勘違いしているかもしれないが、このデッキに古代の機械巨人も、そいつを出すギミックも入っていないぞ。」

 

 それが指し示すのは、暗黒の中世デッキではないということ、ならば、恐れることはない。そう思って万丈目はカードを引く。

 

「スタンバイフェイズに愚鈍の斧の効果で500ポイントのダメージを受ける。」

 

 だが、そんなダメージはフィールドアドバンテージから見ると微々たるものだ。彼が引いたのは地獄詩人ヘルポエマー。召喚するメリットはない。バトルフェイズに入る。

 

「バトルだ、絶対服従魔神で古代の機械騎士に攻撃!!」

 

 だがこの一手が、この一手こそが彼の敗北の起点となった。発動された機甲部隊の最前線でモンスターを出すことこそが、沖田の狙いだったのだから。

 

「古代の機械騎士が破壊されたことにより、デッキから古代の機械騎士以下の攻撃力を持つモンスターを特殊召喚する。」

「それが狙いか!!」

「来い、ブンボーグ002!」

 

 だが、現れたのは攻撃力500ぽっちのモンスターだった。

 

「・・・貴様、やる気があるのか?攻撃力500の雑魚モンスターなど、召喚するだけ無意味だ!!」

「まだまだ、そんなわけないじゃないか。召喚成功時、002の効果が発動、デッキからブンボーグ003を手札に加える。」

 

 ブンボーグ002

 効果モンスター

星2/地属性/機械族/攻 500/守 500

(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「ブンボーグ」カード1枚を手札に加える。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカード以外の自分フィールドの機械族モンスターの攻撃力・守備力は500アップする。

 

 沖田

  手札2→3

 

「ターンエンドだ。」

 

 万丈目がターンを渡した。これにより手番が沖田に移る。

 

「さて俺のターン、ドロー。そしてメインフェイズ、ブンボーグ003を召喚する。」

 

 現れたのは先ほど002の効果でサーチしたモンスターだった。

 

 ブンボーグ003

 効果モンスター

星3/地属性/機械族/攻 500/守 500

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから「ブンボーグ003」以外の「ブンボーグ」モンスター1体を特殊召喚する。(2):1ターンに1度、自分フィールドの「ブンボーグ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力・守備力はターン終了時まで、自分フィールドの「ブンボーグ」カードの数×500アップする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

「こいつが召喚に成功した時の効果により、デッキのブンボーグ001を特殊召喚する。チェーンは?」

「ない。」

「なら、デッキから001を特殊召喚する。そして機械複製術を発動。002をデッキから2体特殊召喚。002の効果で001と003を手札に。」

 

 沖田

  手札3→5

 

 ブンボーグ001

 チューナー・効果モンスター

星1/地属性/機械族/攻 500/守 500

(1):このカードの攻撃力・守備力は、自分フィールドの機械族モンスターの数×500アップする。(2):このカードが墓地に存在し、フィールドに機械族モンスターが2体以上同時に特殊召喚された場合に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。

 機械複製術

 通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する

攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択して発動する。

選択したモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから特殊召喚する。

 

 これにより、沖田のフィールドが全て埋まった。そこで初めて、万丈目はおかしなことに気づく。

 

「何だと?!」

 

 フィールド上の、ブンボーグ001、002、003。その全ての攻撃力が上昇していたのだ。

 

「002の効果には、自身以外の機械族モンスターの攻撃力と守備力を500アップさせる。さらに001は自身の効果で自分フィールド上のモンスターの数×500アップさせる。よってさらに2500アップ。」

 

 001の攻撃力が5000まで上昇し、002は1500、003は2000という、もはや下級モンスターの攻撃力ではない表示となった。だが、001はまだインフレする。

 

「003の効果、1ターンに1度、ブンボーグモンスター1体を対象として発動する。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで自分フィールド上の「ブンボーグ」モンスターの数×500アップする。対象は001!効果によりさらにパワーアップ!!更に更に

一族の結束と団結の力を発動!!」

 

 団結の力

 装備魔法

装備モンスターの攻撃力・守備力は、

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき

800ポイントアップする。

 一族の結束

 永続魔法

自分の墓地の全てのモンスターの元々の種族が同じ場合、

自分フィールドのその種族のモンスターの攻撃力は800アップする。

 

 沖田

  手札5→3

 

 001の攻撃力が13300となった。もはやOCGですら絶対服従魔神を攻撃しても一撃で終わる。だが、ブンボーグには破壊耐性がない。その事実が辛うじて万丈目を目の前の現実に戻させる。

 

「そして俺はこの罠カードを発動する。」

 

 だが、現実は非情である。彼が発動したカードは、このターン全ての罠を封じるカード。

 

「トラップ・スタン・・・。」

 

 万丈目もこのカードは知っている。優秀なカードだ。彼も1度使ったことがあるから、その効果は理解している。これで最後の砦は消え去った。

 

 トラップ・スタン

 通常罠

このターン、このカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする

 

 因みに、彼がこのタイミングで発動したのはカウンター罠である攻撃の無力化を警戒したからだ。今では入らないがこの時代ではいまだに攻撃の無力化が現役なのだ。そうでなければ基本的には相手の罠にチェーン発動させる、もしくはスタンバイフェイズの時点で打つのがプレイングとしては最適であったりする。

 

「バトルフェイズ、001で絶対服従魔神に攻撃。」

 

 この時点で万丈目に防ぐ手段はないのですでに敗北が決定している。だが、沖田は更に追い打ちをかけた。

 

「ダメージステップ時、リミッター解除を発動!攻撃力が倍になる!」

 

 やめたげてよぉ!!なんて声がアリーナの観客席から聞こえるが、すでに発動した以上外野がなんと言おうが止まらない。001の攻撃力は26600まで上昇した。

 

「ありえない・・・。この俺が・・・。この万丈目準が・・・。」

 

 そんな彼のつぶやきも空しく、絶対服従魔神の巨体に、もはや禍々しささえ感じる001の雷をまとった体が突き刺さり、光を放つ。

 その眩しい光はアリーナ全体を包み込み・・・。

 全員が光に慣れた数秒後、万丈目は膝をつき、沖田の勝利のブザーが鳴り響いた。

 勝者は沖田曽良。なんというべきか、いささかオーバーキルにもほどがあるとは思う。実際彼も若干後悔しているようだった。声をかけようにも万丈目は起き上がると無言でふらふらと立ち上がり、アリーナから立ち去る。

 その瞬間、めったに見れないほどの攻撃に感激したアリーナの生徒たちが、歓声を上げた。

 それはこの学校の生徒全員が、彼を受け入れた瞬間だった。

 

 

 

 まあ、当人は「やべぇ、やっちまった」と思っているのだが。

 

 

 

 

 

 




この小説ではチューナーが度々出現しますが、理由は後々説明していくつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

案の定遅くなりました、申し訳ないです。

それから、長くなりすぎましたので2話か3話、もしかしたら4話に分けたいと思います。次の回はしばらくしたら投稿しますので少々お待ちください。


デュエルアカデミアには、多くの校則がある。それは一般的なものだったり、一風変わったものも。その中でも特に異質なのが、『廃寮には入ってはいけない』といったものだろう。

 それだけ聞くと、どこもおかしくないように思うかもしれない。廃屋に入るなと注意を促すのは学校側としては当然のことだろう。現に生徒の大多数はあそこをただ危険な場所として認識し、興味を示さない。たとえ興味が出ても、そのあとに待ち構えている罰則やクロノスによる説教が嫌なのであきらめる。

 だが、その異質を知っている者もいる。今から2年前の生徒たちだ。

 なぜ知っているのか。想像力豊かな人なら気付くかもしれないが、これは2年前に本当に事件が起こったからである。更に言うならこの事件はそれなりに学内で有名だったし、この手の話には珍しく、生徒にとっても他人事ではなかった。

 まあ、仕方のないことだろう。当時の成績優秀者、学内でも有名だった生徒を筆頭に何人もが行方不明になったのだから。

 学内では大騒ぎになり、大掛かりな捜査もされたのだが、成果はなかった。

 そこでアカデミア側が打った手は、これ以上事件が起こらないように、当時事件があった寮を出入り禁止にすることだけ。これを犯した生徒には厳罰が下されることとなった。面白半分で入られて、被害を増やされても困るのでこれは仕方のないことだろう。

 その寮が、件の廃屋である。

 そんな寮だから、新任であるにもかかわらずこの寮の特異性を聞かされて見回りに抜擢された不憫な男、沖田はこんな危険なところに好き好んで入るようなバカはいないだろうと思っていた。

 だからこそ、見回りも大して意味はないように思っていたし、帰ったら何をしようか、今度の休日に相棒の溜め撮り一気見ぐらいしようか、なんてくだらないことを考えながら明かりも点けずに適当に各寮と件の廃屋の周りを見るだけで済ましていた。

 今この時までは。

 

(なんで天上院さんがこないなとこに来ているんですかねぇ?!)

 

 思わず素で思ってしまった。関西弁なことを突っ込む人は周りにいない。

 無理もないだろう。普段は素行良好な彼女がなぜ校則を破ってこんなとこにいるのか。普段の彼女を、教師の立場としてみている彼は疑問に思った。

 だが、そんな考えも彼女の手元をみて止まる。そこには花束があった。

 

(ああ、そうか。行方不明者の中には彼女の兄がいたんだったか。)

 

 彼がとある手段で手に入れた行方不明者のリスト、その名簿の中に彼の兄の名があった。成績優秀眉目秀麗、非の付け所がない生徒だったらしい。

 

(・・・今日は見逃してあげましょう。明日、注意すればいい。)

 

 そう思い見回りを続けることにした。幸い、今日の見回りは彼一人である。今日は兄思いの彼女に免じて許してあげようと思った。精神年齢も肉体年齢も彼はほかの教師たちよりも若く、何か近いのもあったのだろう。彼女を見逃すことにして、でも後が不安なので一応彼女についていく。

 するとやはりというかなんというか、廃屋の前にたどり着いた。更に頭痛の種も増えたが。

 

(なんでや!!なんで遊城はんまでいるんや!!)

 

 それでも彼は体裁を保つために、あくまで冷静を装うとする。ここ数日に増えてきた自分をなぜか慕う変態な生徒たちに悩まされている胃痛(アロマージhshsと言い出す生徒やその同類ども、年下好きの百合系女子まで入っていたと知った時は胃薬の量が増えた。)にくわえ現状が追加されキリキリと胃が痛みだしている。

 

(落ち着け俺。素数を数えるんだ。素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字・・・。わたしに勇気を与えてくれる)

 

 プッチ先生ありがとう。と彼は心の中で呟いた。幸いにも彼の面倒ごとを増やしたくないという願いが通じたのか、天上院が彼らを諫めてくれたらしい。天上院は帰ろうとしていた。

 だが、天上院の姿が見えなくなった後、十代達は廃屋に入ろうと足を進める。

 とりあえず彼らには注意すべきだろう。ここで止めれば未遂で済むが、見回りのことを知り、再度来ないように促すべきだ。そう思いあの問題児3人組(実際、素行不良なのは遊城十代だけだが。他の面々は気乗りしていなかった。)に向けて声を放つ。

 

「待ちなさい、十代君達。」

 

 げ。と声をだし彼らは恐る恐る振り向いた。さすがに彼らもこの状況はまずいと思ったのだろう。

 

「あの・・・沖田先生。なんでここに?」

「見回りです。」

「あ、そうですかお疲れ様です。」

 

 会話終了。この空気の中次に口を開いたのは沖田だった。

 

「安心してください。はいてますよ。」

「いやここでそのネタぶっこんでこないでほしいんだなぁ。」

 

 まったくである。

 

「そ、それはともかく。」

 

 あ、流した。3人組はそう直感した。だがこのネタのおかげでいささか沖田の周りの空気も和らいできたので幸いというべきか。3人と沖田はレッド寮まで向かいながら話す。

 

「ほんとに安心してください。廃屋には入ってないみたいですし、今回は深夜徘徊の厳重注意だけで済ましておきますから。」

「ほんとかよ先生!!」

「あ、ありがとうございます。」

「ありがとうございますなんだなぁ。」

「ですが!!2度目はありませんよ?」

「わかってるって先生!流石に見つかったんだからもうやらな『きゃああああぁぁぁぁ?!』っ明日香?!」

 

 そんな会話の折、叫び声が聞こえてきた。あの声はおそらく、というよりは間違いなく天上院の声だろう。

 

(しまったぁぁぁ・・・。)

 

 彼は心の中で後悔していた。予防できていたかもしれない事実がさらに追い打ちをかけて彼の胃を刺激する。なぜ自分は彼女を一人にしてしまったのだろう。だが、悩んでもいられない。

 

「君たちはレッド寮まで行ってだれか先生に連絡してください!!」

「え、でも先生は?!」

「俺はあの叫び声のところまで行きますからはやく!!」

「わ、分かりました!!」

 

 そういって走り出す生徒たち。沖田もぐずぐずしていられない、大急ぎで走り出す。彼女の持つカードの精霊については把握している。精霊の雰囲気というのはGPSのようなもので追尾することが可能だ。沖田はそれを利用して彼女のもとへ走る。ついたのはやはりというべきか、さっきの廃屋だった。このことは彼女のデッキの精霊の痕跡を見るに間違いはない。

 

「あ、先生!これ!!」

 

 そう言って彼が見つけたのは1枚のカード。どうやらその件の精霊のカードらしい。このカードが落ちているとは運が悪い。最悪このカードが彼女の手元にあれば探すのも楽になったのにと、そこまで考えてはたと気付いた。

 

「・・・遊城君。俺、君に他の先生を呼んできてくれって頼みませんでしたっけ?」

「でも探すのは一人より二人のほうがいいだろ?俺だって明日香が心配なんだ。あ、安心してくれよ先生!ちゃんと翔のやつが大徳寺先生に伝えてくれるって。それに、ここの場所教えてくれたの、その大徳寺先生だから、多分すっ飛んでくるだろうしな!」

 

 ああ、なんでこの子らがここに来たのかが分かった。分かってしまった。あの人が原因だったのか。余計なことを。飄々とした男を彼は思いだす。そして後で1発殴ろうと決心した。

 

 まあ、彼がここに来たのは仕方がない。このままついて来てもらおう。事態は急を要するし、ミイラ取りがミイラみたいなことになっても困る。

 

「では、ついて来てください。」

「え、二手に分かれたほうがいいんじゃないか?先生。」

 

 こいつはおれの仕事を増やす気ではないだろうか、と思ってしまっても無理はないだろう。ただでさえストレスマッハなこの状態で更に胃痛が増えるようなことを宣う少年を彼は本気で指導にかけてやりたくなった。

 だが、今はそんなことをしている場合じゃない。時間も惜しいので捜索しながら彼に自由行動を禁止するよう呼びかける。

 

「ミイラ取りがミイラになる、という言葉があります。知っていますか?」

「それって聞いたことあるぞ。えーっと、ごめん。意味までは分からない。」

「人を連れ戻しに行ったはずの人が、その人まで居なくなってしまうことです。元々は七世紀ヨーロッパで万能薬と人気のあったミイラを砂漠へ盗掘に行った人が、その道の途中で力尽き、その人までミイラになることからこのことわざは生まれたらしいですが」

「へー、流石先生って感じだな。」

「ちなみに英語では『Many go out for wool and come home shorn.』と言います。」

「ごめん先生、発音が聞き取れない。てか先生って英語できたんだな。」

 

 素直に感心する十代。それに沖田はため息をついて答える。

 

「俺、これでもインダストリアル・イリュージョン社の社員だって話してませんでした?」

「いや、知ってたけど。それがどうして?」

「・・・I2社の本社はアメリカですよ?」

「あ・・・。」

 

 度忘れしていたのか、十代は思い出したかのように呟いた。沖田はこの子、大丈夫だろうかと思う。I2社は今現在、一般常識問題に出てくるほどの大企業なのだ。知っていなければ色々不味い。

 

「・・・これが終わったら、追試にならないように勉強することをお勧めします。」

「・・・勉強嫌いなんだよなぁ。」

「安心してください、自分もです。教職どころか学校なんて滅べばいいと思っています。」

「いや、どうして先生になったんだよ。」

 

 もはや教師の言葉ではない。そのことに突っ込む十代。

 

「それは・・・いえ、この話はまた今度。どうやら居たようですね。」

「え?あ、明日香!!」

 

 沖田との話を中断し、思わず叫んで駆け寄ろうとする遊城十代。だが、それは黒い影に阻まれた。

 

「デュエルしろぉ、遊城十代。」

「誰だ?!」

 

 そう叫ぶ十代だが、沖田は内心名乗るわけないだろ、と叫ぶ。こんな所に不法侵入している輩がまともに身分をさらす筈がない。ましてや名乗るなどもってのほかだろう。

 

「私はタイタン。遊城十代、貴様に闇のゲームを申し込む!」

「いや、名乗るのかよ。バカじゃねぇの?」

「先生?!」

 

 思わず十代が叫ぶが、沖田からしてみればバカ以外の何物でもない。確かに、タイタンというのは偽名かもしれないが、だからと言って名乗るということは足がつくということ。それが、名の知れたアングラ系デュエリストであるならなおさら。まあ、アングラ系デュエリストの名前など、堅気の人間が知っているわけでもないので仕方がないのかもしれないが。

 だがタイタンにとっては不幸なことに、沖田はその手の情報に他の人よりも圧倒的に豊富である。これは彼の特殊な事情が原因だが、それによって彼は目の前の人物が何者で、どうしてこのような場所にいるのかを大体把握した。

 タイタン。依頼すれば報酬次第でなんでも請け負う、所謂裏社会に近いところにいるデュエリスト。彼の特徴は闇のゲームを駆使すること。これによって何人もののデュエリストが病院送りにされているという情報まで上がっている。おおかた今回は誰かに依頼されてこんなことをしているのだろう。そうでなければ闇のデュエリストが十代を狙うはずがない。だが、そんなことはどうでもいい。いまの沖田にとって何よりも重要なのが・・・。

 

(あいつが本当に千年アイテムを持っているのか?)

 

 千年アイテム。かつてエジプトのとある村で生まれた7つの道具。その内の1つであるアイテムを、彼が持っている。そういう噂話があった。

 もし、これが本当だったとすれば・・・。

 

(絶対に十代君にやらせてはいけない。)

 

 闇のゲーム。痛みが現実になり、最悪の場合は命にかかわるゲーム。その本当の怖さを知っている沖田は、タイタンの要求を呑むわけにはいかないと判断した。これはおそらく闇のゲームを知っている誰もが、いや、知っていなくても教師として彼のデュエルを認めるわけにはいかなかっただろうが、まあとにかく沖田はそう考えた。

 

 十代が了承する前に口を塞ぎ、体を拘束する。そして後ろに放り投げた。とっさの行動だったがどうにか十代の返事を中断することができたらしい。

 

「おわあぁぁぁ?!」

 

 そう叫ぶ十代だが、沖田としては投げることでけがをすることよりも、彼に闇のゲームをさせないことの方が重要だった。まあ、流石に彼も十代がけがをすることは避けたいので、受け身を取りやすいように計算して投げたが。そして幸いにも、十代に大したけがはなく無事・・・とは言えないものの何とか着地した。

 

「何すんだよ先生!!」

「十代君がデュエルを受けそうだったのでつい。」

「いや、ついで人を投げるなぁ。」

 

 (タイタン)の言うとおりである。沖田の言葉に少し周りの空気が凍った。一番最初に復活したのは十代。思わず叫ぶ。

 

「ってどうして俺がデュエルしちゃあいけないんだよ!!」

「こんな所で不審者の言うとおりに行動して何の意味があるんです?ここは真っ先に天上院さんの安全を確保して逃げることに専念すべきでしょう。」

「・・・確かに。」

 

 基本的にデュエル馬鹿である十代だが、今だけは彼の言葉に納得した。だが、それではタイタンにとって都合が悪すぎる。もしここで依頼失敗してしまえばこの先の依頼の信用度にも影響しかねない。こういう時のために考えていた出まかせをタイタンは決行した。

「待てぇ!!その娘は私の千年パズルの手によって眠りについているぅ。私を倒さなければ彼女を救うことはできないぞぉ。」

「な、なんだって?!」

 

 十代は驚いたが、沖田はまた違うことを考えていた。

 

(千年パズル?そんなはずはない。あれはペガサスさんの話によると・・・。いや、でまさか、偽物?!)

 

 でも、万が一本物だったら。そんな思いが沖田の中に渦巻く。

 

(・・・確かめてみるか。)

 

 それは危険な手。もし、本物であれば最悪命はない。だが、この状況で他に天上院さんを救うすべはない、と彼は判断した。

 

「タイタン、と言ったな。」

「ああ、貴様は?」

「俺は沖田曽良。まあ、ちょっとした縁でここの教師をやっている。あんたの名前は聞いているよ。何人も病人送りにした、依頼さえすればどんなやばい依頼でも引き受けるデュエリスト。違うかい?」

 

 その言葉に驚くタイタン。まさか自分の素性を知っている者がこんなとこにいるとは思わなかったのだ。

 

「・・・貴様ぁ、なぜそれを知っているぅ。」

「蛇の道は蛇。まあ、それなりに俺にも伝手があるのさ。そこで提案なんだが、その闇のゲーム、俺が代わりに受ける。」

「先生?!」

 

 そう提案する沖田だが、タイタンはそれを承知しなかった。

 

「・・・ダメだぁ。デュエルをするのは遊城十代だけだぁ。」

「このカードをアンティにかけたとしても?」

「それは・・・?!」

 

 彼が出したのは、とあるカテゴリの、それもタイタンが使用するカード群の中でもトップクラスにレアなカード。

 だが、それでもタイタンは首を縦に振らない。

 

「・・・いや、ダメだ。この道に詳しいらしいお前なら分かるだろうが、この業界は信用でやっていく世界。目先の利益に捕らわれてはいけないのだ。」

 

 タイタンの言う通り。もしここでデュエルを受けてしまえばタイタンは依頼よりも自分を優先するデュエリストとして活動することになる。それは絶対に避けねばならない。信用度の問題があるからだ。

 

「ああ、だから彼とのデュエルは、自分に勝てたなら続行してかまわない。」

「何ぃ?!」

 

 沖田の言葉に驚くタイタン。

 

「お前が勝てば依頼を遂行したうえで更にこのカードも手に入れられる。どうだ?悪い話じゃないだろう。」

「・・・負けたら?」

「お前には依頼主を吐いてもら「それだけは出来ん!!」・・・仕方ない。ならば警察に出頭してもらお「やらん」・・・大譲歩だ。この島を出ていけ。」

 

 条件を大幅に下げた沖田。まあ、

 

(ここ出た瞬間に、110番するか。)

 

 ・・・約束を、鼻から破る気でいるのだが。彼はどちらかと言えばリアリストなのである。それに、彼はあくまで出頭するように促しただけであって、警察に通報しないとは一言も言っていない。詐欺一歩手前である。

 

「・・・いぃだろう。」

 

 タイタンも、自信があるのだろう。多少不気味ではあるが、そこらのプロに負けないというタイタンの自尊心は、彼に対する不安よりも、勝った時のリスクを考え、そちらを優先することにした。勝てばいいのだ勝てば。その考えが、タイタンを動かした。

 

「先生!!俺もやらせてくれ!!明日香を助けたいんだ!!」

「ダメです。」

「先生!!お願いだ!!」

「・・・。」

「・・・。」

 

 はあ、とため息を沖田はついた。彼が絶対に引かないと感じてしまったから。自分も、もし同じ状況ならそうしただろうという思いが、彼を妥協させる。

 

「タイタン、タッグはダメか?」

「・・・いいだろう。よほどこの子が大事と見た。今時中々いない、その仲間を守る根性に免じて許可しよう。」

「言っておくが、彼女に妙なことはしていないよな?」

「安心しろぉ、今はまだ何もしちゃあいない。後遺症一つないだろうさ。」

「そうか、安心した。なら、ルールを決めよう。そっちのライフは8000。こちらは共通で4000だ。」

「何?」

 

 これはまたおかしなことを言いだした、とタイタンは思った。戦力が倍とはいえ、ライフを倍の差をつけるのはこちらにとって有利だからだ。

 

「その代わり、ターンは1週をそれぞれ1度ずつ回す。先行の攻撃は全員行えない。つまり、タッグフォースルールではなく、限りなくバトルロイヤルルールに近い形式で行わさせてもらう。なんならそっちはライフだけでなく、手札もドローも手札制限も倍で行っていい。」

 

 確かにいくらか譲歩されたが、それでも圧倒的にタイタンにとって有利な条件。手札の数だけ可能性があるこのゲームは、手札が多いだけ戦略も広がるからだ。手札は倍。更に言うならライフも倍。さすがに召喚権は1回だが、実質一度に2ターン行えるのとほぼ同義であるルール。さすがにタイタンもいぶかしげに思った。

 

「・・・なめているのかぁ?」

「大真面目さ。」

 

 そう思われても、不思議ではない。この状況で相手と自分をほぼ同じ、いや、タイタンの有利なように行動させるなど正気の沙汰ではないからだ。

 

「・・・まさか、デッキ破壊とか言うまいな。」

 

 その瞬間、沖田が凍った。ばつが悪そうに言う。

 

「・・・ばれたか。」

「おい貴様ぁ。」

「冗談だ。」

 

 デッキ破壊。その戦略ならああ、なるほどと考えてしまう。それならばあえて相手に手札消費を多くさせ、デッキ破壊をより確実なものにできるからだ。

 

「・・・分かったよ。ここでごねられても仕方がない。別のデッキを使うよ。」

「・・・いいだろうぅ。」

 

 これでタイタンも了承した。そして3人の変則なデュエルが始まる。

 

 ・・・まあ。

 

「「「デュエル!!」」」

 

 

 

 

 ・・・そのデュエルで、タイタンは、これから地獄を見るのだが。

 




まずは一つ目。カットを繰り返すうちにだいぶ短くなりました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

いやぁ遅くなって申し訳ない(パリストン風)

今回はデュエル回です。でももうちょっとだけ続くんじゃ・・・。だってデュエルだけで19500文字超えたし。


「先行後攻はタイタン、君が決めていい。」

 

 沖田の言葉に頷き、タイタンは先行を選択する。デュエルモンスターズは先行絶対有利。先行の展開に後攻側が妨害することが難しいからだ。

 

「なら、遠慮なくいかせてもらうぅ。私のターン。ドロォー。」

 

 手札を勢いよく引いたタイタンは、その手札で考える限りの動きを開始する。

 

 タイタン

  手札10→12

 

「私はインフェルノクインデーモンを召喚。更に二重召喚を発動し、ジェノサイドキングデーモンを召喚する。」

 

 インフェルノクインデーモン

 効果モンスター

 星4/炎属性/悪魔族/攻 900/守1500

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを1回振る。2・5が出た場合、その効果を無効にし破壊する。このカードがフィールド上に存在する限り、スタンバイフェイズ毎に「デーモン」という名のついたモンスターカード1体の攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップする。

 

 ジェノサイドキングデーモン

 効果モンスター

 星4/闇属性/悪魔族/攻2000/守1500

自分フィールド上に「デーモン」という名のついたモンスターカードが存在しなければこのカードは召喚・反転召喚できない。このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に800ライフポイントを払う。このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを1回振る。2・5が出た場合、その効果を無効にし破壊する。このカードが戦闘で破壊した効果モンスターの効果は無効化される。

 

「『デーモン』か。」

「正確には『チェスデーモン』ですね。」

 

 十代がつぶやく。沖田が答えたが、これらは所謂『チェスデーモン』に属すカードである。チェスデーモンは強力なカテゴリ。だが、同時にデメリットも存在する。

 

「確かにデーモンは強力なモンスター。だけどそれはスタンバイフェイズにライフポイントを支払わなければならないカードだぜ。」

 

 その言葉にタイタンは笑って返した。そんなこと関係ないと言わんばかりにカードを発動する。

 

「心配ご無用。私はフィールド魔法、万魔殿-悪魔の巣窟を発動。これにより私はフィールド魔法の維持コストを払わなくていい。」

「これで踏み倒すって訳か。十代君、君の言うコストは無くなったも同然だね。」

「その通りだ。」

 

 周りが悪魔の巣に変わる。元々禍々しい雰囲気を纏っていたこの廃屋だが、さらにおどろおどろしい雰囲気に包まれた。

 

 万魔殿-悪魔の巣窟

 フィールド魔法

「デーモン」という名のついたモンスターはスタンバイフェイズにライフを払わなくてよい。戦闘以外で「デーモン」という名のついたモンスターカードが破壊されて墓地へ送られた時、そのカードのレベル未満の「デーモン」という名のついたモンスターカードをデッキから1枚選択して手札に加える事ができる。

 

「手札を3枚伏せてターンエンド。」

 

 タイタン  

  手札→6

 

「じゃあ先生、次は俺が行かせてもらうぜ、ドロー!」

 

 次は十代のターン。十代は手札を見て即座に行動に移した。

 

 十代

  手札5→6

 

「クレイマンを守備表示で召喚!更にカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 十代

  手札6→4

 

 手札に融合のカードが来なかったのだろうかと沖田は推測する。十代のデッキ、E・HEROは融合を駆使して低級モンスターから上級、最上級の融合モンスターを出していくスタイルのデッキだ。本来事故の可能性が大いにあるカテゴリなのだが、本人の引きの強さ、そして秘めている精霊との親和性がそのデッキのポテンシャルを最大限以上に発揮していた。

 だが、今回十代は手札から融合のカードを使わない。彼の性格は沖田が思うに決して出し惜しみをするような性格じゃない。相手の出方を見たかったのかもしれないが、そうでないなら融合素材か融合のどちらかが来なかったのだろうと考えた。

 まあ、だからと言って自分のやることは変わらない。沖田は自分の左腕にかかっているディスクからカードを引き抜いた。

 

 沖田

  手札5→6

 

「・・・俺はカードを1枚伏せる。ターンエンドだ。」

 

 だが、何もしない。そのことに少々訝し気に思うタイタンと十代。タイタンはさっきの彼の口ぶりから彼の実力はおそらく並大抵ではないのだろうと考えていたし、十代からすれば今までに少しだけ見ていたデュエルからあの先生が初手から何もしないのはおかしいと感じていた。十代は何度か沖田に挑もうとアカデミア内を探し回った(そして見つけてもすでに予約がいっぱいでできなかった)ので、今まで観戦した試合の中からどのデッキを考えても様子が違うと思い、ある推測に至った。

 

(もしかして俺が見たことないデッキなのか?!)

 

 十代はおかしなことではないと思った。沖田はアカデミアに来てかなり多く試合をしていたが、メタを避けるためかいろんなデッキで勝負をしていた。

 アロマージや革命ビート。蟲惑魔にシーホースにモリンフェン。果てにはゴキボールやドマなどのデッキまで。共通なのは、どれも高打点とは言えないモンスターばかり。上級や最上級を出されればすぐに負けてしまうようなモンスターで彼は勝ち抜いていた。その手腕は実際に対戦していた十代の友人でラーイエロー主席の三沢も感嘆していたほど。彼のその異質なデッキの凄さを知った人は皆、彼を高く評価していた。

 そんな中、一つ疑問が生徒内に沸き上がった。もし、彼が高打点主軸のデッキを組めばどうなるのか。もしかしたらあのアカデミアの皇帝、カイザー亮すら上回るのではないか。そんな意見まで出るほどになっていた。それは噂に疎い十代の耳にまで来るほどに。

 デュエリストとしての感。そしてそこまで考えた十代はこう思った。

 

(戦ってみたい・・。)

 

 十代は人質のいるこの状況で不謹慎だとは思いながらもそう感じる。彼もまた、デュエリストなのだから。

 だが、今優先はこのデュエル。絶対に勝たなくてはならない。だが、手番は敵に回る。ライフは4000あるが先生のフィールドはがら空き。もし何かモンスターを召喚して、そのダイレクトアタックが全て先生に向いたとしたら・・・。十代は不安に思った。万が一は先生のためにこのカードを使おうと決心する。

 

「私のターン、ドロー。特殊ルールによりもう一枚ドローする。」

 

 タイタン

  手札6→8

 

 タイタンは考える。あれだけハンデを与える男がリバースカード1枚だけでターンを終了したことを。つまりあれは何らかの強力な攻撃、もしくは召喚を阻害するカードなのだろうか。いや、もしかしたらあの手札にクリボーのようなカードがあるのかもしれない。

 大嵐は手札にある。だが、フィールド魔法を破壊することになるのは避けたかった。二枚目は手札にない。それにカードの伏せ枚数も自分の方が圧倒的に多いこの状況、たとえ発動してもうまみが少ない。

 

 よって、大嵐の選択は消えた。タイタンは別の魔法を発動する。

 

「私は手札抹殺を発動。お互いに手札をすべて捨て、その枚数分ドローする。」

 

 これで総員の手札が変わる。手札誘発があるならこれで墓地に行くうえ、タイタンはデッキに入っているサイクロン等の使いやすい除去カードを引くチャンスを得た。

 

 タイタン

  手札8→7

 十代

  手札3→3

 沖田

  手札5→5

 

 案の定というべきか、タイタンはお目当てのカードを引き当てる。

 

「サイクロンを発動。そこの教師の伏せカードを破壊する。」

 

 だが、これは不発に終わった。

 

「チェーンして速攻魔法、超再生能力を発動。このターンに捨てられた、もしくはリリースされたドラゴンの枚数エンドフェイズにドローする。」

 

 超再生能力

 速攻魔法

このカードを発動したターンのエンドフェイズに、このターン自分の手札から捨てられたドラゴン族モンスター、及びこのターン自分の手札・フィールドからリリースされたドラゴン族モンスターの数だけ、自分はデッキからドローする。

 

「ブラフだったか。」

 

 そう、ブラフ。このカードは決して彼を守るような効果はない。つまりサイクロンの意味は実質なかったようなものだ。それならばターゲットである遊城十代の伏せカードを破壊しておけばよかったと後悔するタイタンだが、今はそんなこと言っていられない。

 

「私はリビングデッドの呼び声を発動!墓地の迅雷の魔王-スカル・デーモンを蘇生させる!」

 

 リビングデッドの呼び声

 永続罠

自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される

 

 迅雷の魔王-スカル・デーモン

 効果モンスター

 星6/闇属性/悪魔族/攻2500/守1200

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを1回振る。1・3・6が出た場合、その効果を無効にし破壊する。

 

 これがタイタンの切り札。対象になると2分の1の確率でその効果を無効にしてしまう強力なモンスター。だが・・・。

 

(私にはこれがある。)

 

 それは先ほど十代に見せたパズル。それにはある特殊な仕掛けが施されており、催眠術のために必要な光を放つほかに、デュエルディスクのサイコロ判定を意のままにできる。そう、イカサマだ。だがバレなければ犯罪じゃないように、この仕掛けもまた、バレなければいいのだ。そしてそれをタイタンは実行してきた。

 

「まだ私には召喚権が残っている。ヘルポーンデーモンを召喚。これにより相手はこのカード以外のデーモンを攻撃できない。」

 

 ヘルポーンデーモン

 効果モンスター

 星2/地属性/悪魔族/攻1200/守 200

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを1回振る。3が出た場合、その効果を無効にし破壊する。このカードがフィールド上に存在する限り、相手は自分フィールド上に存在する同名カード以外の「デーモン」という名のついたモンスターカードを攻撃できない。

 

 迅雷の魔王やキング、クイーンを守るために召喚された兵士のデーモン。だがこの攻撃力は1200。下級の攻撃力の中でも低い数値であるために戦闘で簡単に破壊できる。だが・・・。

 

「私はデーモンの斧をヘルポーンデーモンに装備。攻撃力が1000アップする。」

 

 デーモンの斧

 装備魔法

装備モンスターの攻撃力は1000アップする。このカードがフィールドから墓地へ送られた時、自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動できる。このカードをデッキの一番上に戻す。

 

 これにより、デスルークデーモンの攻撃力は2200となった。十代の切り札、フレイムウィングマンでは決して突破できない数値。沖田は思わず歯ぎしりする。自分ならともかく、次の十代がこれを突破できるかと聞かれたら頷くのは難しい。

 

 タイタン

  手札7→5

 

「バトルだ、迅雷の魔王-スカル・デーモンでそこのがら空きの教師に攻撃!!怒髪天昇撃!!」

 

 雷が沖田を襲う。だが、タイタンのミスは沖田を警戒して十代のリバースを何ら警戒しなかったことだろう。

 だから、こうなる。

 

「先生をやらせはしないぜ!聖なるバリア -ミラーフォース-を発動!お前のモンスターは攻撃表示、すべて破壊されてもらおうか!」

 

 聖なるバリア -ミラーフォース-

 通常罠

相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 

 ミラーフォース。それは強力な罠カード。あの遊戯王、武藤遊戯のデッキにも入っていたカードである。

 

 これによりスカルデーモンの雷が反射され、フィールドのデーモンが全て破壊された。だが・・・。

 

「残念だったな。」

「何?」

「手札からデスルークデーモンの効果発動、手札から捨てることで破壊されたジェノサイドキングデーモンを特殊召喚する。そして悪魔殿の効果で手札にデスルークデーモンを手札に加える。更にリビングデッドの呼び声を発動!対象は迅雷の魔王-スカル・デーモン」

「な、2枚目?!」

 

 デスルークデーモン

 効果モンスター

 星3/光属性/悪魔族/攻1100/守1800

このカードのコントローラーは自分のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う。このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを1回振る。3が出た場合、その効果を無効にし破壊する。自分フィールド上の「ジェノサイドキングデーモン」が破壊され墓地に送られた時、このカードを手札から墓地に送る事で、その「ジェノサイドキングデーモン」1体を特殊召喚する。

 

 現れたのは復活した悪魔が2体。更に言うなら手札にデスルークデーモンが加えられたことで実質的に手札消費なし、おまけにもう一度ジェノサイドキングデーモンは復活する。

 

「これで終わりだ。ジェノサイドキングデーモンで攻撃!!炸裂!五臓六腑!」

 

 だが、タイタンにとっては予想外なことにその攻撃も阻まれた。他ならぬ沖田によって。

 

「手札の速攻のかかしの効果発動。」

「何?!」

 

 手札から飛び出したのは田舎にある案山子を機械化したような風貌のモンスター。召喚されていないからか若干色が薄く半透明になっているがそのカードはきっちり本文を果たした。

 

「このカードを手札から捨てることでバトルフェイズを終了する。どれだけモンスターを並べてもこのターン攻撃できない。更に言うならこいつは対象を取らない。チェスデーモンお得意のダイスによる無効は対象に選ばれなければならないので発動できない。勝てると思ったか?悔しいでしょうねぇ。」

「・・・カードを1枚伏せてターンエンドだ。」

 

 タイタン

  手札5→4

 

 攻撃は阻まれ、モンスターの総数は攻撃するよりも前に比べ減ってしまった。このターンは無理に攻撃するべきではなかったかと思うタイタンだったが、それも仕方ないだろうと思い次にターンを回そうと思ったが。

 

「何を勘違いしているんだ?」

「何?」

「まだ貴様のエンドフェイズは終了していないぞ?」

「・・・何を言う。お前の伏せは0。モンスターも0。何ができる?」

「忘れてないか?お前がサイクロンで破壊しようとした(・・・・・・・・)カードを。」

 

 そこまで言われてタイタンも理解した。

 

「・・・そうか、手札抹殺でドラゴンが捨てられていたのか。」

「ご明察。さて、超再生能力の効果で俺はデッキから4枚ドローする。さて、手札は9枚になった。ドローすれば10枚。そして次は十代君と俺のターン。さて、貴様に次のターンは来るのかな?」

 

 このゲームは手札の枚数だけ可能性がある。それが10枚に増えるのならば尚更。

 

「さて、十代君。」

「な、なんだよ先生。」

 

 思わず声が上ずってしまう十代。彼は沖田の発する異様な空気に飲まれていた。

 

「次のターンのことなど考えなくていい。」

「へ?」

「・・・全力でやりなさいってことだよ。手札抹殺で行ったカードを俺が確認していないと思ったのかい?・・・君の手札で思う存分あいつを殴りにかかりなさい。」

「・・・もう、先生を守るのは出来ないぞ?」

「別に構わないよ?防御手段を講じないほど俺は愚かでないことぐらい君でも分かるだろう?」

「でもさっき全然行動してなかったじゃないか!」

「展開しようと思えばできたさ。でも手札に速攻のかかしがあったからね。使うべきだと考えた。抹殺で墓地に行ったが2枚目が来てくれたし、そこまでピンチだったわけでもない。」

 

 それを聞いて、十代は思いきって存分行動することにした。顔に笑みを浮かべ、心底嬉しそうにデュエルを再開する。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代

  手札4→5

 

「強欲な壺を発動!2枚ドロー!死者転生を発動し手札を1枚捨ててスパークマンを手札に戻すぜ。」

 

 強欲な壺

 通常魔法

 デッキからカードを2枚ドローする。

 

 死者転生

 通常魔法

手札を1枚捨て、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

 捨てられたのはガードブロック。がら空きになった先生を守るために伏せていようと考えていた十代だったが、その本人から必要ないといわれたので思う存分展開することにしたため、必要なくなった。そこまでお見通しだったのかと十代は驚いていたが、先生ほどのデュエリストならば仕方ないと納得していた。

 実際は手札抹殺の時に相手がドローしたスキを狙って十代の引いたカードを盗み見、そして彼の手札と表情から思う存分展開するように促しただけなのだが。まあ、それは置いておこう。ここからは彼の全力(無慈悲)をご覧ください。

 

「融合を発動!手札のスパークマンとクレイマンを融合!E・HEROサンダー・ジャイアントを融合召喚!」

 

 十代

  手札5→3

 

 融合

 通常魔法

自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから融合召喚する。

 

 E・HERO サンダー・ジャイアント

 融合・効果モンスター

 星6/光属性/戦士族/攻2400/守1500

「E・HERO スパークマン」+「E・HERO クレイマン」このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。自分の手札を1枚捨てる事で、フィールド上に表側表示で存在する元々の攻撃力がこのカードの攻撃力よりも低いモンスター1体を選択して破壊する。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。

 

「さらに融合回収を発動。手札に融合とスパークマンを手札に戻す。HEROの遺産を発動!墓地には手札抹殺で行ったネクロダークマンとエッジマンがいる。よって3枚ドロー!」

 

 十代

  手札3→4→6

 

 融合回収

 通常魔法

自分の墓地に存在する「融合」魔法カード1枚と、融合に使用した融合素材モンスター1体を手札に加える。

 

 HEROの遺産(漫画オリカ)

 通常魔法

自分の墓地にレベル5以上の「HERO」と名のついたモンスターが2体以上存在する場合に発動する事ができる。自分のデッキからカードを3枚ドローする。

 

 融合回収とHEROの遺産。これらの効果により大幅に手札を増強した十代。だが、これでは終わらない。

 

「そしてもう一度融合を発動!手札のバーストレディとフェザーマンで融合!フレイム・ウィングマンを融合召喚!」

 

 E・HERO フレイム・ウィングマン

 融合・効果モンスター

 星6/風属性/戦士族/攻2100/守1200

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 融合によって現れたのは炎を纏ったHERO。相手を絶対焼き殺すという意思を感じるモンスター。風貌はHEROよりも悪魔よりである。

 

 十代

  手札6→3

 

「さらに手札のキャプテン・ゴールドを捨てることでデッキから摩天楼 -スカイスクレイパー-を手札に加えるぜ。貪欲な壺を発動!墓地のエッジマン、バーストレディ、クレイマン、フェザーマン、キャプテン・ゴールドをデッキに戻して2枚ドロー!天使の施しを発動し、3枚ドローして2枚捨てる!」

 

 インチキドローもいい加減にしろ!と沖田とタイタンの心はシンクロした。まだタイタンには余裕がある。迅雷の魔王の攻撃力ならたやすく受けきれると考えていたからだ。スカイスクレイパーの効果を知らないタイタンだからこその考えだが、効果を知っている沖田はもう最初からこいつ一人でいいんじゃないかななんて現実逃避している有様だが。

 

 E・HERO キャプテン・ゴールド

 効果モンスター

星4/光属性/戦士族/攻2100/守 800

このカードを手札から墓地へ捨てて発動できる。

デッキから「摩天楼 -スカイスクレイパー-」1枚を手札に加える。

また、フィールド上に「摩天楼 -スカイスクレイパー-」が存在しない場合、

このカードを破壊する。

 

 貪欲な壺

 通常魔法

自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

 天使の施し

 通常魔法

自分のデッキからカードを3枚ドローし、その後手札を2枚選択して捨てる。

 

 十代

  手札3→4

 

「HEROにはHEROの戦う舞台がある!フィールド魔法、摩天楼 -スカイスクレイパーを発動!よし、これでそのフィールド魔法もなくなったな。更に墓地のネクロダークマンの効果で生贄なしでHEROを召喚できる!エッジマンを通常召喚!」

 

 摩天楼 -スカイスクレイパー(アニメ効果)

 フィールド魔法

「E・HERO」と名のつくモンスターがバトルする時、モンスターの攻撃力が「E・HERO」と名のつくモンスターの攻撃力よりも低い場合、そのモンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする。

 

 E・HERO エッジマン

 効果モンスター

星7/地属性/戦士族/攻2600/守1800

このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。

 

 十代

  手札4→2

 

 えげつない。もはやそれしか言いようがない。場には融合モンスターのフレイムウィングマンとサンダージャイアント。そして最上級HEROモンスターエッジマン。ライフ8000を削りきるには少々足りないが、それでも問題ないほどに強力な布陣。おまけに手札は2枚残っている。

 

「・・・十代君。」

「なんだ?先生。」

「・・・いや、何でもありません。」

 

 沖田は見てしまった。残りの2枚が何なのかを。思わず声をかけてしまったが、相手が誘拐犯の不法侵入者であることを思い出し、言うのをやめた。

 

「バトルだ!フレイムウィングマンでスカルデーモンに攻撃!!」

「攻撃力の低いモンスターで攻撃だと?!浅はかだな!」 

 

 沖田はダメだ、それ以上はいけない!と叫んだがもう遅い。無慈悲にもフィールド魔法の効果が発動する。

 

「スカイスクレイパーは相手よりも攻撃力が低いHEROの戦闘時に攻撃力を1000アップする!これでフレイムウィングマンの攻撃力は3100!」

「なんだと?!」

「いけ、フレイムシュート!」

 

 タイタンの切り札が消滅する。ショギョウムッジョ!ライフが減少するがそれも些細なものだとタイタンは思い直すが、次の十代の言葉を聞いてそれが幻想であったことを知る。

 

「フレイムウィングマンは破壊したモンスターの攻撃力分だけダメージを与える。2500の大ダメージだぜ。」

「ぬおおぉぉぉ!!」

 

 タイタン 8000→4900

 

「そしてサンダー・ジャイアントでジェノサイドデーモンを攻撃!ウェイバースパーク!」

「食らおう!だが手札のデスルークデーモンの効果発動!ジェノサイドキングデーモンを守備表示で特殊召喚!」

 

 タイタン 4900→4500

  手札4→3

 

 追撃によるダメージを減らそうとするタイタン。だがその行為は無意味なのだと、エッジマンの効果を知る沖田は達観する。イ㌔タイタン。

 

「甘いぜタイタン!エッジマンは守備表示モンスターとのバトルで貫通ダメージを与える!パワー・エッジ・アタック!」

「貫通持ちだと?!クッ!!」

 

 タイタン 4500→3600

 

 もはや初期ライフの半分以上を削られてしまったタイタン。更に言うならタイタンのデッキにスカイスクレイパーの攻撃力アップを乗り越えて戦闘破壊できるモンスターは存在しない。スカルデーモンにデーモンの斧でもつければ話は違うだろうがそれでもエッジマンには程遠い。同じアングラデュエリストが攻撃力4500のモンスターとバトルして戦意を削がれ、自ら刑務所へ自首しに行ったという話をタイタンはふと思い出した。あの時は相手が悪かったのだろうと思っていたタイタンだったが、まさか自分がそんな状況になるなんて思ってもしなかった。いや、彼ほど状況は悪くないだろうが、それでも十二分にタイタンの戦意を削ぎ落すには十分。タイタンは半ばあきらめの境地に達していた。

 

「俺は悪夢の蜃気楼を発動。カードを1枚伏せてターンエンドだぜ。」

 

 悪夢の蜃気楼

 永続魔法

相手のスタンバイフェイズ時に1度、自分の手札が4枚になるまでデッキからカードをドローする。この効果でドローした場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に1度、ドローした枚数分だけ自分の手札をランダムに捨てる。

 

 この期に及んでまだドローする気かとタイタンは思った。おまけに次は沖田の手番である。

 

 だが、負けたくない。デュエリストのプライドもあるが、ここで負ければ彼の仕事に支障が出るだろう。今思えば彼はこの島を出ていけと言っただけで警察に連絡しないとは言っていない。彼は今警察に捕まるのは御免だった。そしてその負けたくないという意思と、この廃屋という状況が、タイタンをさらに追い詰めることになる。

 

「な、なんだこれは?!」

 

 背後から渦巻く邪気。そしてそれに飲み込まれるタイタン。闇の中から出てきたのは蟲と悪霊を混ぜ合わせたようなナニカ。タイタンの目は虚ろになり、流石に様子がおかしいと十代も思った。

 

「どうしたよ、タイタン。何かあったのか?」

「いや、十代君。これは・・・。」

 

 沖田だけが気付いた。これは本物の闇の気配。まさかあのアイテムが本物だったのかと思ったが、すぐにそれは違うと判断した。

 なんせその闇の気配の出所が、この廃屋の地面から這い出すように出てきたのだから。何より本物ならいきなり暴走しだすようなことはないだろう。沖田は前に見た闇のアイテムや、周りの精霊の気配からそう察知した。

 だが、気がかりなこともある。なぜ、ただの廃屋からこのような気配が漏れ出しているのか。いくらここがかつて闇のゲームの研究をしていたからと言っても限度がある。まさか、千年アイテムの研究だけでなく、それ以上によからぬ何かをここでしていたんじゃないのか、沖田はそう考えた。

 

(とりあえず、無事に出れたら()に報告しよう。)

 

 沖田はここへ放り込んだ張本人に報告し、後日正式に調査することを決めた。そして、こんなことなら自分に協力してくれているあの精霊たちを連れてくるべきだったと思っていた、その瞬間。

 十代のデッキがわずかに光り、そこから精霊が飛び出してきた。

 

(あれは、ハネクリボーか?)

 

 どうやらハネクリボーは十代を、そして沖田を守るために出てきたらしい。十代や沖田の周りの闇を追い払う。そしてそれに話しかける十代を見て、まさかこの子が精霊が見えるようになるとは・・・と思いながら、ハネクリボーを観察する。沖田はこの精霊に見覚えがあった。

 

(・・・まさかこのハネクリボー、あの人(・・・)の・・・。)

 

 だが、その思考は長くは続かない。タイタンがデュエルの催促をしてきた。どうやら完全にあの闇に乗っ取られたらしい。

 

「十代君。」

「なんだよ、先生。」

「気を引き締めなさい。これはどうやら本物の闇のゲームのようだ。」

「なんだって?!」

 

 そう叫ぶ十代。沖田は続ける。

 

「今は君のハネクリボーが今は君を守ってくれている。だが、負ければどうなるかわからない。最悪死ぬかもしれない。その覚悟を、今のうちにしておきなさい。」

「ちょ、どういうことだよ先生!!それにハネクリボーって、まさか先生見えているのか?!」

「話はあと。先生はあいつにちょっと聞きたいことができたから、今から本気であの闇を潰しにかかります。そうしたらすいませんが十代君。止めを刺した瞬間にハネクリボーにタイタンを助けるようにお願いしてもらってもいいですか?」

「あ、ああ、先生。ハネクリボー、お前そんなことができるのか?」

 

 ハネクリボーは鳴き声を上げて肯定する。思わず可愛いと沖田は思ったが今はそれどころではないのを思い出し、タイタンに向かう。

 

 

 

 こうして、闇のゲームが始まった。いや、ある意味では再開されたといった方が正しいかもしれない。

 




次回、決着!!

・・・この時点で沖田がどんなデッキか分かった方は私と同じトラウマを乗り越えた人だと思う。まだ2枚しか出てないけど。

そして安定のチートドロー十代ェ・・・。もしこの時にシャイニング沼地ウィングマンが居ればきっと融合していたに違いない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

・・・やっぱり作者と同じトラウマを受けた方が何人かいらっしゃるようで。
あのカード達は制限でよかったと心底思う作者でした。まあ、今開放すればレッドアイズや青眼含めいくつかのデッキが大暴れするルートが見えなくもない。


 試合は、沖田のターンから再開される。

 

「俺のターン、ドロー。手札から、地征竜リアクタンの効果を発動する。」

「手札からモンスター効果だと?!」

 

 この時代のカードプールは、手札からモンスター効果を発揮するようなモンスターは少なかった。だがタイタン、お前はさっきデスルークデーモン使ってただろ。人のことを言えないじゃないか。

 

「このカードはドラゴン族または地属性のモンスター1体とこのカードを手札から捨てて発動できる。デッキから「巌征竜-レドックス」1体を特殊召喚する。手札の瀑征竜-タイダルを捨てる。来い、レドックス。」

 

 巌征竜-レドックス

 効果モンスター

 星7/地属性/ドラゴン族/攻1600/守3000

自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族または地属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。このカードを手札・墓地から特殊召喚する。特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。また、このカードと地属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。このカードが除外された場合、デッキからドラゴン族・地属性モンスター1体を手札に加える事ができる。「巌征竜-レドックス」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 沖田 

  手札9→10→8

 

 現れたのは岩窟のようなドラゴン。その暴力的な姿にタイタンは、タイタンにへばりつく闇は思わずしり込みする。あのドラゴンが自分にとって良くないものだと本能的に気付いたからだろう。なんせ『精霊の力』が宿っているのだから。

 

「安心しろ、このターンこのカードは攻撃できない。だから守備表示で召喚した。まあ、壁としては十分かもしれないがな。続けて風征竜ライトニングの効果発動。」

「さっきと同じ征竜のカードか・・・。」

「その通りだ、タイタン。更に言うなら効果もほぼ同じ、ドラゴン族または風属性のモンスター1体とこのカードを手札から捨てて発動できる。デッキから「嵐征竜-テンペスト」1体を特殊召喚する。手札のドロール&ロックバードを捨ててテンペストを特殊召喚。」

 

 沖田

  手札8→6

 

 今度は嵐をその身にまとうドラゴン。このターン攻撃できないとしても、強力なモンスターであることに変わりはない。まさか最上級のモンスターがここまで簡単に出てくるなんて思いもしなかったタイタンは小さく悲鳴をあげ、十代は歓喜する。

 

「すげぇぜ先生!!こんなに簡単に最上級のモンスターを揃えるなんて!!」

 

 最上級モンスターは本来生贄として2体のモンスターを捧げなければならない。例外はあるが基本的にそういうルールになっている。その為、1ターンで最上級が何体も並ぶ光景は殆ど見ない十代は歓喜の声をあげた。だが、沖田からすればこれぐらいが征竜のデフォであり、賞賛どころかもはやこれくらい普通だと考えているため、不思議そうに言った。

 

「十代君、誰がこれで終わりと言いました?」

「「・・・え?」」

 

 思わず声がそろう十代とタイタン。だがこれはあくまでも沖田にとって、そして征竜にとっては前座でしかないのである。

 

「俺はフィールドのレドックス、テンペストを生贄に捧げ、ドラグニティアームズ-レヴァテインを召喚する!」

 

 沖田

  手札6→5

 

 ドラグニティアームズ-レヴァテイン

 効果モンスター

 星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、手札または墓地から特殊召喚する事ができる。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 

 降臨したのは緋色の翼を纏い、剣を持つドラゴン。その攻撃力は決して高くはない。だが、わざわざ出したのだから何か厄介な効果がある。そう考えるナニカ。そしてそれは的中する。

 

「このカードは召喚、特殊召喚成功時に墓地のドラゴン族を装備できる。効果で墓地の光と闇の竜を装備。このカードが効果で破壊された場合、装備されたカードを特殊召喚できる効果がある。」

「なんて強力な効果だ・・・。」

 

 だが、この感想は即刻撤回される。

 

「安心しろ、光と闇の竜は特殊召喚できない。」

「「・・・はぁ?!」」

 

 思わず叫び声をあげる十代とタイタンに取りつくナニカ。まあ、もっともである。わざわざ最上級モンスターを生贄に捧げて出てきたモンスターの効果がほとんど無意味なのだから。これなら先ほど生贄にしたモンスターを装備した方がメリットがある。

 

 だが、それは勘違いだ。ここで重要なのが光と闇の竜の効果である。その強力なコンボは、『レヴァテインライダー』と呼ばれ、OCGにおいても厄介な戦術として使われている。

 

「・・・どういうつもりだ?」

 

 このコンボを知らないナニカは、訝しそうに尋ねる。

 

「光と闇の竜は、破壊されたときに発動する効果がある。自分フィールドのカードをすべて破壊し、墓地からモンスターを特殊召喚する効果がね。」

 

 そこまで言われてナニカは気付いた。あのレヴァテインとかいうモンスターは特殊召喚時にも発動すると言っていた。つまり・・・。

 

「レヴァテインがもし、戦闘もしくは効果で破壊されたとする。すると光と闇の竜は装備対象を失うことで破壊される。これは装備魔法共通の処理だが、重要なのがここだ。フィールドから破壊されたことで光の闇の竜の効果が発動する。」

 

 そこから先にはナニカも予想がついた。

 

「破壊されたレヴァテインを対象に発動し、もう一度光と闇の竜を装備することでレヴァテインは何度でもフィールドに蘇る・・・。」

「その通り。」

 

 つまり、あのモンスターを破壊するわけにはいかない。破壊したとしても蘇生されるだけ。むしろ、墓地にある蘇生先の選択肢の中から自由に選ばせるだけ。

 

「安心しろ、サイクロンでこいつを破壊すれば・・・と言いたかったが、先ほどの手札抹殺の効果でもう一体レヴァテインが墓地に落ちている。装備された光と闇の竜だけを破壊しようとしても無駄だ。」

 

 ・・・どうすればいいのだ。ナニカはそう思った。このターン耐えるすべは用意している。だが、だからと言ってあれを突破できる手段は・・・。

 

 光と闇の竜

 効果モンスター

 星8/光属性/ドラゴン族/攻2800/守2400

このカードは特殊召喚できない。このカードの属性は「闇」としても扱う。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にする。この効果でカードの発動を無効にする度に、このカードの攻撃力と守備力は500ポイントダウンする。このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。自分フィールド上のカードを全て破壊する。選択したモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する。

 

「・・・さらに手札から水征竜-ストリームの効果を発動。手札のドラゴン族もしくは地属性モンスターと手札から捨てることで瀑征竜-タイダルを特殊召喚する。効果でタイダルをデッキから特殊召喚。」

「先生・・・。」

 

 死なないドラゴンを作り出してまだやるのかと若干引き気味に冲田を見る十代だが、沖田は十代にだけは言われたくないと思っている。1ターンに何枚もドローする十代。もしクレイマンが破壊されていて、バブルマンが手札にいたらと思うと流石に冲田も肝が冷える。そんな状況は想像したくもなかった。

 

 水征竜-ストリーム

 効果モンスター

 星4/水属性/ドラゴン族/攻1600/守2000

ドラゴン族または水属性のモンスター1体と

このカードを手札から捨てて発動できる。

デッキから「瀑征竜-タイダル」1体を特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

「水征竜-ストリーム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 瀑征竜-タイダル

 効果モンスター

 星7/水属性/ドラゴン族/攻2600/守2000

自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族または水属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。このカードを手札・墓地から特殊召喚する。特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。また、このカードと水属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、デッキからモンスター1体を墓地へ送る。このカードが除外された場合、デッキからドラゴン族・水属性モンスター1体を手札に加える事ができる。「瀑征竜-タイダル」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 沖田

  手札5→3

 

「さらに超再生能力を発動し、サイクロンも発動させておこうか。右の伏せカードを破壊する。」

「チェーンで発動する!選択されたカードは魂のリレー!手札のモンスターを特殊召喚し、そのカードが破壊されない限り私が受けるダメージは0になる!だが、この効果で特殊召喚されたモンスターがフィールドを離れることで自分はゲームに敗北する!さらにチェーンで威嚇する咆哮!このターン攻撃宣言を行えない!」

「・・・チェーンはない。逆順処理を行っていいぞ。」

「ック。」

 

 その余裕が、今は腹立たしいを通り越してもはや絶望に近い。だが、これは闇のデュエル。いくらナニカが闇そのものだとしても、負ければどうなるかわからない。負けられないのだ。

 

「・・・魂のリレーで特殊召喚するのはヘル・エンプレス・デーモンだ・・・。」

 

 それはタイタンのデッキで最も攻撃力の高いカード。だが、レヴァテインを突破することはできないし、次に十代に回せばスカイスクレイパーの影響下にあるHEROで倒されてしまうだろう。

 

 魂のリレー

 通常罠

手札からモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターが自分フィールドに表側表示で存在する限り、自分が受ける全てのダメージは0になる。そのモンスターがフィールドから離れた時に相手はデュエルに勝利する。

 

 威嚇する咆哮

 通常罠

このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 

 ヘル・エンプレス・デーモン

 効果モンスター

 星8/闇属性/悪魔族/攻2900/守2100

このカード以外のフィールド上で表側表示で存在する悪魔族・闇属性モンスター1体が破壊される場合、代わりに自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性モンスター1体をゲームから除外する事ができる。また、フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、「ヘル・エンプレス・デーモン」以外の自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性・レベル6以上のモンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。

 

 手札にはもう防御カードはない。そもそもタイタンの性格上、どちらかと言えばガンガン行こうぜに近いので、防御カードの総数がほぼないに等しいのだ。数少ない防御カードはデッキにあとほんの数枚埋まっているはずだが、それを次のドローで引けるかと言われれば悩ましいところ。サイクロンもあと1枚だけデッキに眠っているが、引けるかどうかと言われると、そうでない可能性の方が高い。つまり、次のドローに全てはかかっているが、それを引き当てれるかは至難の業である。

 ナニカは、そんなタイタンを罵倒してやりたくなった。こんな奴に取りついた自分を恨んだ。だが、現実は非常にも刻一刻と進んでいく。

 

「カードをセットし、エンドフェイズに入る。征竜の効果で6枚墓地に行ったので、6枚デッキからドローする。引いた中に超再生能力があった。速攻魔法なので発動し、さらに6枚ドロー。手札枚数制限で5枚捨てる。」

 

 沖田

  手札1→0→6→11→6

 

 さらに手札と墓地肥やしをさせてしまった。というよりは11枚ドローってどういうことだとナニカは全力で抗議したくなったが、終わってしまったものは仕方がない。

 

「私のターン。」

 

 ナニカにターンが回るが、このデッキにあれらを突破する手段はない。だから、ナニカは最後の手段に出た。自らの力を、タイタンを乗っ取る必要最低限を残し、新たにカード創造する。

 

「ドロー。ルールによりもう一枚ドローする。」

 

 タイタン

  手札2→4

 

 これでナニカは突破の手段を得た。手札には、最悪のカードが創造される。

 

「おろかな埋葬を発動。デッキからゼラの天使を墓地に落とす。さらに月の書を発動し、ヘル・エンプレス・デーモンを裏側守備表示にする。これで魂のリレーのデメリット効果は不発に終わる。」

「何?」

 

 流石にこれには沖田も十代も疑問に思う。沖田はゼラの天使のステータスを記憶の中から引きずり出して、そこから、最悪のビジョンを導き出した。ついでに魂のリレーの効果を回避されたが、それは沖田にとっては予想通りなのでどうでもいい。十代はそのタクティクスに感心していたが。

 

「墓地のゼラの天使、デスルークデーモン2体、インフェルノクインデーモンを除外し、天魔神 ノーレラスを特殊召喚!」

 

 現れたのは、まるで天使と悪魔を融合させたような、まさに神のような禍々しさを持つモンスター。その効果は、凶悪としか言いようがないほどに強力無比。

 

「ライフを1000ポイント支払い、お互いの手札、フィールドのカード全てを墓地に送る!」

「な、なんだって?!」

 

 十代は思わず叫ぶ。沖田はやはりあれだったかと、己の勘の鋭さに辟易してきた。沖田の悪い予感はたいてい当たる。今回も当たってしまったが、まさかゼラの天使が入っているとは思いもしなかった。あれを止める手段は、今の沖田のデッキにはない。そもそもこのデッキは校長直々に、生徒たちが汎用性の高い妨害札ばかり使うようになってしまってはアカデミアの意味がなくなるからと、純粋な、それも妨害札の少ないデッキを作ってくださいとお願いされ、渋々試験的に作った、『レヴァテインライダー征竜風味(征竜主軸)』なのだ。無理にレヴァテインと光と闇の竜を突っ込んでしまったため、エフェクトヴェーラーを突っ込む枠が無くなり、聖杯や聖槍を突っ込むのは同僚であり先輩の養護教諭に止められてしまい、妨害札と言えるようなカードは神の宣告と光と闇の竜、ピン差しのスキルドレインだけになってしまったこのデッキ。伏せたのは手札制限の墓地送りから逃れるための手札抹殺でいわばブラフ。抵抗のすべはない。十代は4枚ドローしているため、その中にもしエフェクトヴェーラーがあれば話は違うかもしれないが、十代がそのカードをデッキに入れているとは沖田には到底思えなかった。

 

 天魔神 ノーレラス

 効果モンスター

 星8/闇属性/悪魔族/攻2400/守1500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性・天使族モンスター1体と闇属性・悪魔族モンスター3体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上のカードを全て墓地へ送り、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

「チェーン発動非常食!悪夢の蜃気楼とスカイスクレイパーを墓地に送りライフを2000回復する!」

 

 焼け石に水かもしれないが、ただ破壊されるよりはいい。十代は非常食を発動し、ノーレラスの効果が処理され、全てのカードが消え去る。残ったのは何もない。

 

 冲田&十代 4000→6000

 タイタン 3600→2600

 

 非常食

 速攻魔法

このカード以外の自分フィールドの魔法・罠カードを任意の数だけ墓地へ送って発動できる。自分はこのカードを発動するために墓地へ送ったカードの数×1000LP回復する。

 

「だけどタイタン、それじゃあお前もがら空きだぜ?先生のドラゴンは復活するし、次のターン、俺と先生でモンスターを引き当てれば、それは全てダイレクトアタックだ!お前の不利には変わらないぜ!」

 

 だが、その言葉は沖田が訂正した。

 

「いや、十代君。ノーレラスの効果が続いている。それに、光と闇の竜は破壊されたときに効果を発動するのであって、ノーレラスの効果は『破壊』じゃなくて『墓地に送る』だ。レヴァテインは蘇生できない。」

「その通り。そして私はカードを1枚ドロー出来る。」

 

 思わず苦々しい顔になる沖田。こんなことならもう一つ、それも本気用のデッキを持ってくるべきだったと後悔する。

 

「強欲な壺を発動!2枚ドローし、手札からデーモンの騎兵を通常召喚する。」

 

 デーモンの騎兵

 効果モンスター

 星4/闇属性/悪魔族/攻1900/守 0

フィールド上のこのカードがカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、自分の墓地から「デーモンの騎兵」以外の「デーモン」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

「バトルだ、デーモンの騎兵でダイレクトアタック!」

「十代君!!」

 

 沖田は思わず声をあげる。闇のゲームはライフを失うとその分現実にダメージがノックバックを与えてしまう。自分は慣れているが十代君は闇のゲーム未経験者。一気に1900のライフを失えば痛みで気絶してしまうかも、最悪だとショック死だってあり得る。

 だが、その心配は無用だった。

 

「墓地のネクロ・ガードナーの効果発動!このカードをゲームから除外し、1度だけバトルを終了させる!」

 

 騎兵の攻撃は盾の戦士に守られ、ライフを失うことはなかった。生徒が無傷で済んだことに思わず安堵する沖田。逆にタイタン(正確には取りつくナニカだが)の方は苦々しい顔になる。このデュエル、いまだにライフを減らせていないのだ。

 だが、負ける気はない。相手の手札は0。次のドローで逆転されるようなことはそうそうないだろう。十代の融合はフィールドか手札に揃っていなければ無意味で、沖田が使っていた征竜を特殊召喚するには手札から小さい征竜と同じ属性のカードかドラゴン族を墓地に送らなければならないので、手札が2枚以上必要だ。ナニカは安心しきってターンを渡す。・・・征竜の効果を知らないからこその安堵だった。

 

「俺のターン、ドロー!・・・カードを1枚伏せてターンエンド。」

 

 先ほどチートドローをしていた十代も、流石にこの状況はどうしようもないらしい。カードを伏せただけでターンを渡す。これで残るターンは沖田だけ。さあ、さっさとターンを回せ。そう考えるナニカ。そしてその期待は案の定裏切られることになる。

 

「俺のターン、ドロー。墓地のレドックスとレヴァテインをゲームから除外し、墓地のタイダルの効果を発動する。」

「・・・へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出るナニカ。もう嫌な予感しかしない。

 

「タイダルは、手札、墓地の水属性かドラゴン族をゲームから除外し、手札、墓地から特殊召喚できる。タイダルを特殊召喚。」

 

 さらに先ほども現れたドラゴンが復活する。

 

「さらに墓地のレドックスの効果。墓地のバーナーとブラスターを除外して特殊召喚。この時除外されたブラスターの効果は発動しない。そして手札のブラスターの効果。墓地のリアクタンとストリームを除外して特殊召喚。そして墓地のテンペストの効果。墓地の光と闇の竜とレヴァテインをゲームから除外し、特殊召喚。」

 

 焔征竜-ブラスター

 効果モンスター

 星7/炎属性/ドラゴン族/攻2800/守1800

自分の手札・墓地からこのカード以外のドラゴン族または炎属性のモンスターを合計2体除外して発動できる。このカードを手札・墓地から特殊召喚する。特殊召喚したこのカードは相手のエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。また、このカードと炎属性モンスター1体を手札から墓地へ捨てる事で、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。このカードが除外された場合、デッキからドラゴン族・炎属性モンスター1体を手札に加える事ができる。「焔征竜-ブラスター」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 再び現れた嵐のようなドラゴンと焔を纏うドラゴン。先ほどと違い、この効果で特殊召喚したカードは攻撃できるため、合計9400のダメージが、タイタンとそれにまとわりつくナニカに襲うことになる。

 

 4体の自然を征すドラゴンが、沖田の前に群がる。その光景にナニカは絶望を感じた。フィールドも、手札も一掃してなお止めることは出来ないのかと折れかけた心(闇に心があるか疑問だが)がこれ以上潰れないように保とうとする。

 

「いけ、タイダル!タイダルウェイブ!」

 

 だが無情にも沖田の攻撃が開始された。どこかのゲームで聞いたような攻撃名だが、それに竜は従い、咆哮をあげてタイタンの手駒の騎兵に襲い掛かる。もっとドラゴンらしくブレスでも吐けよと沖田は思うが、これがこいつらの攻撃モーションなのだ。仕方ないね。

 

「待った、攻撃の無力化を発動!これでバトルフェイズを終了させ「カウンター罠発動!神の宣告!」な、なんだと?!」

 

 タイタンが発生させたカードは、十代のたった1枚の伏せカードに破られる。十代のライフ半分と共に。

 

 神の宣告

 カウンター罠

LPを半分払って以下の効果を発動できる。●魔法・罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。●自分または相手がモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚する際に発動できる。それを無効にし、そのモンスターを破壊する。

 

「十代君!!」

 

 思わず心配で声を荒げる沖田。ライフは共通なので自分にも強烈な倦怠感が襲ってくるが、自分よりも生徒である十代の方が心配だった。

 

 沖田&十代 6000→3000

 

「いけ、先生!!」

 

 そういわれたらやるしかない。十代が開けた活路を、沖田のドラゴンたちがすり抜けていく。合計ダメージ9400の竜がタイタンの体に次々刺さっていく。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 タイタンの叫び声と共に、デュエルの決着がついた。

 

 勝者は沖田と十代。まあ、タイタンは頑張ったほうだと思う。

 

 

 

 




四肢をもぎ、翼を剥がし、牙を抜かれ、首を落としても、他のドラゴンに寄生して生きながらえ、かといって巣を焼き払ったら、胴体を暗黒物質で再構築した征竜。お遊びカード大量投入とはいえタイタンはよくやったよ・・・。おまけにチートドローHERO付き。勝てるかこんなもの(ダンセルショウカンしながら)

感想、評価待ってます。そしてもうちょっとだけ続くんじゃ・・・。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

デュエルのその後的なお話。デュエルはありません。

なに?遊戯王小説なら毎話デュエルを行うのではないのかって?というかここまでが本来3話のはずでした。まさかここまで長引くとは・・・。なのでかなり短いです。


 

 

 朝日が昇る前、明日香はふと目を覚ました。

 

「お、起きたか明日香。」

「じゅ、十代?!」

 

 思わず叫ぶ明日香。それはそうだろう。今、明日香は十代におぶさっているのだから。

 顔が一気に赤くなる。アカデミアの女王と言われる明日香も、年頃の女の子なのだ。気が付いたら同級生におんぶされている状況を理解すれば当然そうなる。

 

「・・・とりあえずおろしてくれない?流石にこれ、恥ずかしいんだけど。」

「ん?ああ、分かった。」

 

 一先ず降ろしてもらい、深呼吸する。よし大丈夫。私はこんなことで動じたりしない。

 

「・・・何があったの?」

「いや、お前が叫び声をあげたから、見回りに来ていた沖田先生と探しに廃屋に入ったんだよ。そうしたら明日香がタイタンとかいうデュエリストに捕まってて・・・。」

「・・・ああ、思い出してきたわ。続けて。」

 

 意識のなくなり、混濁して薄ぼけた記憶と十代の話から大体の想像はついた。どうやら沖田先生も助けに来てくれたらしい。十代の話を纏めると、タイタンにさらわれた明日香を助けるためにデュエルで決着をつけたということらしい。

 

「ごめんなさい、迷惑かけちゃったわね。」

「いや、これくらい当然だろ?友達なんだから。」

「友達?」

 

 不思議そうに聞く明日香。十代は自信をもって言う。

 

「デュエルをすれば、みんな友達だ!」

 

 そんなことを本気で言う十代に思わず吹き出す明日香。あの風呂除きの一軒の後でよくそれが言えるなと感心もする。ふつう気まずくならないのだろうか。

 まあ、明日香にとってそんなことを言われたのは初めてで、どこか新鮮だった。

 

「それで、先生は今は?」

「先生なら後からやってきた大徳寺先生に事情を話して、明日・・・いや、もう今日になるのか。とにかく朝早くにに校長先生に捕まえたタイタンのことを報告するって。それで、意識のなくなったタイタンを連れて一先ずレッド寮に行ってるよ。なんでも万が一のことを考えて生徒の少ないレッド寮で捕まえておくんだって。廃寮は崩落の危険性があるから、いくら犯罪者でも死んだら後味が悪いからって先生が言ってた。」

 

 それを聞いた明日香はとりあえず事態が収拾していたことに安堵した。

 

「そう、後でお礼を言いに行かなくちゃ。十代も助けに来てくれたんでしょ?ありがとう。」

 

 そう、目の前の友人は自分の危険を顧みず救出に協力してくれたのだ。お礼を言わなければと思い、そう伝えたが、十代の顔は優れない。

 

「・・・。」

「何?どうしたの十代。黙りこくっちゃって。私がお礼を言ったのがそんなに不満?」

 

 それは随分と心外だと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。すぐに否定してきた。

 

「ああ、そういうわけじゃないんだ。ただ・・・。」

「何よ。」

「俺、何もできなかったなって。」

「え?」

 

 その言葉に、明日香は疑問に思う。十代が何もできなかったとは今の話を聞いて到底思えない。むしろ、迷惑をかけてしまったのは自分の方だ。何もできなかったのは自分の方だ。それなのに・・・。

 何があったのか気になる明日香。でも、一先ず慰めることにした。

 

「十代の話じゃ、先生とタッグを組んで戦ったんでしょ?だったら。」

「いや、多分先生なら一人でやってた方が強かった気がするんだ。」

「どういうこと?」

 

 タッグデュエル。今回は2対1の変則的だったらしいが、目の前の友人の実力で足手まといになる光景がまったく想像できない。なんせ、クロノス教諭に逆転勝ちし、アカデミアきってのルーキーでダークホースな十代だ。

 

「・・・先生、タッグに持ち込むときにタイタンに大量のハンデを与えていたんだ。」

「え?」

 

 信じられない、と明日香は思った。よくよく十代の話を聞くと、あえて敵のドローを増やしたり、初期手札枚数を増やしたり。それらは2対1の不利を十分覆せるようなものだ。わざわざ相手のアドバンテージを増やすとは、まさかそんな自殺行為を沖田先生がと、若干信じられなかった。

 

「なあ、明日香。先生のデュエル見たことあるか?」

 

 その質問に不思議そうに明日香は答える。

 

「そりゃああるわよ。凄いわよね、低レベルのモンスターや使いにくい高レベル低ステータスのモンスターなんかのデッキで戦うんだもの。こんな言い方あんまりしたくないけど、あのままだとただのクズカードばかりよ?汎用性のない、使いにくいはずのモンスターを使ってアカデミアのほぼ全員の生徒を倒したのは彼くらい。ドマなんてわたし36枚も持ってるけど、あれを主軸にして勝てって、そんなのはほぼ不可能よ。それにあのクロノス先生だって本気のデッキでも生徒の大半にずっと勝ち続けるのは至難の業だって言ってたし。」

 

 それがどうかした?と明日香は疑問に思った。

 

「そうだよな。じゃあさ、もしその先生が持ちうるカードで全力で戦ってたとしたら?」

 

 そこから先は容易に想像がつく。ドマデッキで戦い抜く彼だ。もし、本気で戦いに来たら・・・。

 

「少なくともこのアカデミアの生徒じゃ、歯が立たないでしょうね。」

「俺もそう思う。」

 

 その時の十代の顔は、いつもと違って真剣な表情だった。明日香はそんな姿にいつもと違うギャップを感じたが、十代はそんなことお構いなしに続ける。

 

「実はさ、先生が使ってたの多分本気のデッキだと思う。」

「え?」

 

 いったいどんなデッキだったのだろうか。興味があるが、十代は続ける。

 

「それを横で見てたんだけどさ、怖いくらいに完璧なんだ。伏せカードを破壊されて、がら空きのフィ-ルドを攻撃されても防御する、ターンが回ってくればドラゴンを一気に並べたり不死身のドラゴンを作り出す。手札が1枚になってもうだめだと思ったら今度は墓地からドラゴンを展開しだした。タイタンも凄かった。そんなフィールドを並べられてもギリギリで返してくるし。でも、絶対こいつには勝てないと思えるほどに強いわけじゃなかったんだ。」

 

 沖田からしてみれば、シンクロもエクシーズも存在しないこの世界で征竜を使うためにいろいろなお遊び要素を追加していたのだが、そのことを十代は知らない。更に言うならそのお遊び要素が巡り巡って大事故(初手光と闇の竜3体とレヴァテイン)を引き起こしていたことも知らない。タイタンの手札抹殺はまさしく敵に塩を送り込んだと言える。

 

「・・・その口ぶりだと、沖田先生には勝てないと思ったの?」

「・・・授業や、俺たちを相手にしているデッキだったらまだ勝てるかもしれない。でも、あの時の沖田先生には勝てると思えなかった。」

 

 明日香はこの時の十代が酷く異質に思えた。十代の普段の性格や行動は、自信に満ち溢れていて、心からデュエルを楽しんで、勝てなくても悔しいと思ってまたリベンジする。そんな少年のようなイメージだった。だからこそ、このときの十代は明日香にとって違和感しかない。

 

「多分、俺がいない方が沖田先生は自由に戦えたと思う。沖田先生が最後に手札から捨てたカード、あれ多分フィールド魔法だ。沖田先生、俺が戦いやすいようにスカイスクレイパーを残そうと思ったんだと思う。少なくとも、今の俺じゃああの人には背伸びしたって勝てない。」

「十代。」

 

 明日香はそんな十代の姿を見ていられなくなった。まるで・・・。

 

「だから明日香。俺はきっと足手まといだったんだよ。先生ならもっと早く勝負を決められたと思うからさ。だからさ、お礼なんて・・・。」

「十代!!」

「明日香?」

 

 まるで、兄の才能に嫉妬していた自分のように。なぜだろうか、明日香には他人事に思えなくて仕方なかった。それは今の十代が、兄の才能に嫉妬して、後ろ向きになっていたころの明日香のようで見ていられなかったのかもしれない。

 

「・・・十代、貴方らしくないわ。」

「へ?」

「いつものあなたなら、そんなこと関係なく沖田先生に挑みにかかる。いつものように、みんなで楽しくデュエルしようと場を盛り上げるムードメーカーで。はたから見ていると楽観的で、お調子者で、でもデュエルに真剣で。」

「明日香?何が言いたいんだ?」

 

 段々、自分でも何を言っているのかわからなくなったのだろう。明日香は深呼吸して、まだ完全には回っていない頭を回転させて言葉を探す。

 

「・・・今勝てないなら、明日勝てるようになればいいじゃない。明日がダメなら明後日、それがだめならその次。・・・十代なら、きっと先生を追い越せるわ。だって、先生と協力して、私を助けてくれたんだもの。」

「・・・ありがとう。」

 

 その言葉に少し、十代は元気づけられたようだった。明日香は満足げに頷く。

 

「どういたしまして。こちらこそ、助けてくれてありがとう。」

「・・・ああ!」

 

 話も済んだし、帰るわと言い出す十代。気が付けば、女子寮の前にまで来ていた。どうやら時間を忘れて話し込んでいたらしい。

 

「そうだ、これ。」

「・・・これって!」

 

 十代から渡されたもの。そこにあったのは紛れもない、行方不明の自分の兄のサイン入り写真だった。

 

「『10JOIN』って書いてあってさ。変な書き方だったんだけど、もしかしたらって。」

「・・・兄さんの癖なのよ。ふざけて『10JOIN』って書くのが。」

「やっぱり、明日香の兄さんだったんだな。」

「ええ、それにしても兄さん・・・。」

 

 明日香は行方不明になった自分の兄に対して軽い頭痛を覚えた。いくら十代でもこれを見られるのは少々どころではない複雑な気持ちがこみ上げてくる。

 

「・・・やっぱ、それ寒いよな。沖田先生なんかこれならまだ売れない芸人の方がましなセンスしてるって言ってたぜ。」

「・・・否定できない。」

「「・・・プッ、アハハハハ!!」」

 

 そう言って笑いあう二人。そんな二人に朝日が差し込んでくる。

 

「もうこんな時間か。あ、そうだ明日香。俺とお前の一限って沖田先生の選択だよな?」

「ええ、そうだけど。もしかして私の選択覚えてたの?十代が?!」

「俺をなんだと思ってるんだよ!いやまあたしかに、沖田先生に聞いたんだけどさ。」

「それで?」

「沖田先生が、事情が事情だから出席扱いにしておくからゆっくり休みなさいって。その代わり、2限には来ることだって。事情を話せばともかくとして、それ以上はかばいきれないからだとさ。それに、女の子が誘拐されたなんてアカデミア中に噂されても困るだろうって。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、絶対にお礼を伝えなければならないと実感する。確かにこんな事件に巻き込まれたと噂になれば明日香の周りはややこしいことになりそうな人たちばかりである。おまけに休みまでくれるとは思わなかった。ジュンコとももえはともかく、絶対万城目君あたりには伝わらないようにしようと誓う明日香。

 

「・・・あとでお礼言いに行こう。十代も来てよ。」

「いいぜ。俺だってあの後お礼言い損ねたんだ。」

「そう、じゃあ明日の昼休みに。私購買で昼ご飯買わなくちゃならないから。」

「購買だな、分かった。」

 

 そんな約束をして今度こそ帰ろうと十代は背を向ける。

 

「じゃ、こんな時間だけどお休み。」

「おう、明日香は寝過ごすなよ~。この時間に寝ると起きにくいんだよなぁ、俺。」

「あんたはもういっそ徹夜したら?また明日。」

 

 「明日っていうか今日だけどな。」そう言って手を振り去っていく。そんな後姿を見ながら明日香は手元の写真を見ながら微笑み、呟く。

 

 

 

「遊城十代、か。お節介な奴。でも、ありがとう。」

 

 

  ◇

 

 タイタンの身柄を拘束した沖田は、彼の手荷物の中から依頼人につながるものがないか探る。幸いにも彼の荷物はコートとスーツ、デュエルディスクのみ。探すところの数は少ないので、大徳寺先生がレッド寮の食事を作っているこのわずかなスキでも十分に探し当てることができた。

 コートの裏ポケットの中。デッキケースと共に一枚の紙が入っている。

 

『領収書 クロノス・デ・メディチ様』

 

 沖田はその紙を懐にしまう。これで彼にとってタイタンは用済みになった。あとは警察に引き渡すだけだが、それは沖田としては避けたい。別に引き渡したくないわけではないが、引き渡すよりも彼にとって重要な案件があった。その為に彼には今、捕まってほしくない。

 これはクロノスが今回の犯罪に関与している証拠である。もしこれでとある案件の容疑者であるクロノスが首になれば、彼に探りを入れることは出来ない。

 今ここでクロノスが今回の件にかかわっていると知っているのは3人。沖田、タイタン、そしてクロノス本人。こんなことをする奴が自首なんぞするわけがない。沖田は申告するつもりはない。

 となれば、もし万が一タイタンが警察にクロノスのことをばらしてしまえば、いくらここが孤島だとしても警察が介入してくることは間違いない。警察が入ってきたら自分の捜査がやりにくくなる。沖田はタイタンを警察に渡すメリットとデメリットを天秤にかけ、逃がすことにした。捕まっていた天上院さんや十代君に悪いと思いつつも、そう決めた沖田。

 気絶しているタイタンに水を浴びせ、強制的に起き上がらせる。

 

「う・・・ここは・・・?」

「やあ、タイタン。お目覚めかい?」

「お前は・・・?!」

 

 驚くタイタン。だが、沖田には時間がない。いくら料理には時間がかかるものとはいえ、容疑者の一人である大徳寺先生が戻ってくるかもしれないのだ。

 

「タイタン、選ばせてやる。」

「何?」

 

 そう言って懐から一通の手紙を取り出した。そこには今時珍しい焼き印がつけられている。

 

「この手紙の焼き印に見覚えは?」

「・・・これは?!」

「声が大きい。頷くだけにしろ。」

 

 そういうと神妙な顔で頷くタイタン。

 

「もし、ここで働けるとしたらお前は乗るか?」

「・・・そうだな、少なくともこんなこと、しなくて済むだろうなぁ。」

 

 それを聞いて満足げに頷く沖田。こんなことをするのはアングラデュエリストでも下位の人間だ。この話に飛びついてくるだろうと考えていたが当たりだったようだ。

 

「ここで働けるように進言してやる。ここで働くなら見逃してやってもいい。その代わり、お前は二度とここへは来るな。」

「なんだと?!」

「声が大きい!静かにしろ。」

 

 そういうと黙りこくるタイタン。だが、意を決したように口を開いた。

 

「・・・ひとつ聞きたい。」

「なんだ?」

「・・・お前、いや、貴方は・・・。」

 

 その先の言葉を沖田は察した。おそらく、こいつは自分を知っている。だが、その先は沖田にとってトップシークレット。絶対に答えるわけにはいかない。

 

「すまんが、それには答えられないな。」

 

 そう答える沖田だが、タイタンはどこか納得していた。

 

「・・・いや、いい。悪いがここを紹介してもらえるか?少なくとも今よりは儲けれそうだ。」

 

 それを聞いて安堵する沖田。

 

「・・・そうか。なら、俺は学校がある。お前はそうだな、9時半くらいになったらここへ侵入した手口と同じ方法でこの島を出ろ。そしてこの紙に書いてある所に行け。この手紙を持っていけば、働かさせてくれるはずさ。それから、もうすぐ俺以外のやつが来る。気絶したふりでやり過ごせ。何があっても、何をされても反応するな。」

「・・・感謝する。」

 

 感謝を告げられたが、沖田はどこか苦々しげだった。

 

「・・・進めておいて悪いが、そこもモラルに反する点では変わらないぞ。」

「今よりは圧倒的にマシさ。少なくとも、餓鬼相手どってボコボコにしろなんて依頼を受けるよりはな。」

「・・・そうか。愚問だったな。」

 

 即答されたこの答えに沖田は納得する。この様子だと、十代だけなら手加減して相手をしていたのかもしれない。まあどちらにしろ、もう二度と会わないことを祈るばかりだ。そう思いながら扉を閉め、沖田は部屋から出る。

 

「どうですかにゃ?目は覚ましましたかにゃ~?」

 

 やってきたのは大徳寺。どうやら仕事(朝食作り)を終えてきたらしい。

 

「残念ながらだめでした。水をぶっかけてもビンタしても全然。いっそのこと針でもぶっ刺してやろうかと思ったんですが・・・、レッド寮には裁縫用具ありました?」

 

 余談だが、これを部屋で聞いていたタイタンは肝を冷やした。起きて良かったと心から思う。

 

「あってもやめてほしいですにゃ。拷問した道具で裁縫するなんて嫌ですからにゃ。」

「・・・それもそうですね。」

 

 そう言って笑う沖田だが、大徳寺はそんな彼を見て大丈夫かこいつと思った。とりあえず話題を変えることにする。

 

「レッド寮の生徒は皆出かけましたにゃ。私たちも、一先ず校長に連絡して、授業に出るようにしましょうにゃ。あの様子だと、あと半日は寝たきりでしょうからにゃ。」

「大徳寺先生、そんなことまで分かるんですか。」

「本職に比べれば素人だけど、錬金術にも医療に通じるものがあるんですにゃ。」

 

 成程、と納得して扉に背を向け歩き出す沖田。大徳寺も違和感なくそれに付き従う。やはり精霊の力の籠った水で普通よりも早く目覚めさせて正解だったと沖田は思った。

 

「それじゃあ先生、食事でもして、今日も1日頑張りましょう。」

「そうですにゃ~。」

 

 

 そう言って笑いあう二人。ふと沖田は空を見上げる。朝焼けが出てきて、心地よい風が吹く。

 

 

 

 アカデミアの天気は、今日も快晴だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

廃人の方待たせて申し訳ありません。今回はこっち側の更新です。


 沖田がタイタンを逃がし、校長に報告しに本校に向かうその間に、ちょっとしたトラブルが遊城十代の身に起きていた。

 ドンドンと扉を叩く音がオシリスレッドのボロ屋敷に響く。オシリスレッドの寮はその構築上の関係で、音があたりに響きやすくなっている。それが原因で、その騒動に気付いた周りの生徒は何があったのか不思議そうに扉を開けた。

 だが、その場にいたのは仰々しい装備に身を包んだ若い女性とそのボディーガードと思われる人たち。その人らの正体を知らない生徒たちは明らかに不審な、そして只事ではないその風景に知らんぷりを決め込む。知っている生徒も、その人物たちににらまれたくないが故に知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

 

 倫理委員会。正式名称は教師のごく一部しか知られていないが、主にそう呼ばれている団体である。アカデミアの校則違反や業務違反などの裁量を一任されている機関で、睨まれたら最後、最低でも退学は覚悟しなければならないその存在は、真面目(オシリスレッドの時点で真面目とは言えないかもしれないが)な生徒には無縁なものである。そもそも倫理委員会が出張ってくるのは、学園の機密にかかわるものに出てくるだけであり、普通の生徒からすれば、触らぬ神に祟りなしという対応さえしていればそもそもかかわることのない組織であるはずなのだ。周りはいったい何をしでかしたと考えるが、だからと言ってかかわるようなことはしない。

 

「扉を開けろ!さもないと爆破する!」

 

 もはや学園どころかどこかの軍でも聞かないような言葉で脅しにかかる委員会の女性。だが、彼女に突っ込む生徒はいない。倫理委員会の手にかかれば白も黒も同じなのだから当然かもしれないが。

 だがその傍若無人な言葉(脅し)は、流石の遊城十代でも相当慌てるものらしい。大急ぎでドアを開けた遊城十代は、その目の前の光景に絶句した。・・・目の前に捕獲装備で一式で包まれた、メタルギアソリッド真っ青な光景が存在するのだから当然である。

 

「あの~、どうしたんですかにゃあ?」

 

 流石というかなんというべきか、この混沌とした状況に突っ込んだのはオシリス寮の寮長である大徳寺であった。

 

「遊城十代には今朝、廃寮への不法侵入の疑いがかかっている。よって、査問委員会にかけられることとなった。」

「へ?」

 

 その言葉に思わず絶句する十代と大徳寺。廃寮の侵入の件は、今現在沖田によって校長に伝えられているはずなのだ。それなのにそのことについて事情聴取するのではなく、査問委員会とは随分急な話である。これには、察しの悪い十代や大徳寺でも不審に思った。

 

「兎に角、今はついて来てもらう!弁明は査問委員会でするように!」

「え?あ、ちょっと待ってくれよ!」

「断る!」

 

 少年の拉致誘拐、これって重罪だよなと思いながら連れ去られる(ドナドナされる)十代。あとに残されたのはポカンとした大徳寺とオシリスレッドの生徒のみ。

 

「た、大変ですにゃあ。」

 

 その言葉に、全レッド生が同意した。

 

 

    ◇

 

 

「退学?!どういうことですか校長!」

 

 思わず声を荒げたのは沖田だった。深夜に起こった事件を報告し終えて(・・・・・・)、戻ってきた後に職員会議で告げられた事実に対し、憤る。

 

「倫理委員会が出張ってきたんです。」

「倫理委員会?!また、どうして?!」

「落ち着いてください沖田先生、とりあえず話を聞いていただけませんか?」

 

 渋々、校長室にある備え付けのソファに座る。いいものを使っているのだろうか、沈むようにフィットした。出された緑茶を飲み、少し落ち着くと鮫島校長は満足したようだった。

 沖田も、まさか退学になるようなことになるなんて思ってもいなかったのだ。思わず話を聞いた瞬間に校長室に押しかけ、他のことなど頭に入らなかった。

 

「どうやら、倫理委員会に匿名で電話があったらしいのです。そこで、侵入口を確認しに行くと確かに入った形跡があったようで。」

 

 それはそうだろう。昨夜は沖田も侵入している。

 

「それなんですが、校長。その件でお話があります。」

「はい、なんですか?」

「その時、自分もいました。」

「・・・はい?」

 

 沖田は、昨夜のことを説明した。不審者が侵入し、生徒が一人連れ去られたこと。それを助けるために十代と一緒に廃墟に向かったこと。不審者を捕まえて、今現在はレッド寮の空き部屋に寝かせてあること。それらを全て伝えたとき、校長は憤慨した。

 

「どうして真っ先に私に伝えなかったんですか!」

「校長、貴方今朝来客が来ていたのを思い出してください。一応、ナポレオン教頭に今と同じことを報告し、伝えてもらえるように頼んだんですが・・・。」

 

確かに、来客は午前中に来ていた。その為、校長のところに話が行くのが遅れたのだが・・・。

 

「・・・倫理委員会と話をしていたんです。遊城十代君の処分についても、その時に決まりました。」

「・・・へ?それはおかしくありませんか?」

 

 これはおかしい。その違和感に気付いた沖田は、それを校長に伝えた。

 

「私がナポレオン教頭に伝えたのは、来客中の時です。その匿名の電話の人は、どうやってそれを伝えたんですか?」

「さあ、それは分かりません。それよりも・・・。」

 

 そこで沖田は改めて鮫島の顔を見た。普段は温厚な鮫島校長だが、その額には血管が浮き出るほどに顔を赤くしている。

 

「・・・どうして生徒を巻き込んだのか、説明してもらえますよね?」

 

 あ、俺終わった。そう思うほどには沖田は鮫島校長を怒らせてはならないと痛感する。

 

「さ、鮫島校長。仕方がなかったんですよ。あの状況で、万が一十代君まで居なくなったら大変なことになりますし、ほら、ミイラ取りがミイラになっては困るっていうか!だから・・・その・・・すいませんでした。」

 

 威圧感に負けた沖田はその非を認めた。その姿に鮫島はため息をつき、考える。

 確かに、話を聞くその状況では仕方がなかったのかもしれない。万が一、生徒が不審者とデュエルして、怪我でもしていたら訴えられでもすれば弁解のしようがない。それに、十代君を返している時間で、天上院君に危害が及んでいるかもしれないとすれば時間も惜しかったのだろう。だが、その話を本当に全部信用してもいいのだろうか。

 ここだけの話、鮫島は沖田をあまり信用していなかった。それは彼の素性が一切わからないからでもある。いや、決してわからないわけではないのだ。履歴書もしっかり存在する。分からないのは、この沖田という青年がどうしてオーナーである海馬コーポレーションから直々に申請があって教師をすることになったのかだ。採用試験等、様々な障害を越えた一握りの教師のみがこの職場にありつくことが出来る。それなのに、彼はたった一本の電話で、それも事後承諾で決まったも同然だったのだ。更にそれだけではない。書かれた履歴書には、その経歴に詐称がないのならそれはとんでもなく波乱万丈な人生であったと告げている。

 

(いったいなぜ海馬コーポレーションはこのような人を教師に雇ったのか・・・。I2社もI2社か。なぜこれ(・・)を一時的にでも雇っていたのか・・・。)

 

 そう思っても無理はない。彼の経歴は、デュエルモンスターズの世界で生きるには、タブー中のタブーを冒しているのとほぼ同義のことが書かれている。

 

(決して、そんな人間には見えないのですけどねぇ…。)

 

 鮫島は、彼の人となりをこの1ヶ月の間観察していた。とてもではないが、そんな経歴があったようには思えない。それが鮫島の結論であったのだが、警戒を解く矢先にこの事件だ。何らかの関連性を疑っても不思議ではない。なぜなら、彼はとある犯罪の前科者(・・・・・・・・・)で、デュエリストとしては侮蔑されてもおかしくない種類の人間なのだから。

 

「沖田先生・・・。」

「はい?」

「嘘は、言っていないんですよね?」

 

 その言葉に、沖田は少し不思議そうにはしていたが、すぐに返答した。

 

「はい、今言ったことに(・・・・・・・)嘘偽りはありません。」

 

 タイタンが聞いていたらどの口が言うと思ったことだろう。彼はタイタンの脱走を促している。そんな人間が真面目な顔で嘘偽りはないと言い切るのだ。これが善人など片腹痛い。

 まあ、そんな実際のところはともかくとして、鮫島はその真剣な表情にすっかり騙されていた。

 

(彼がここまで真剣に言うんです。何より生徒のためにあそこまで心配する人が悪人なはずがありません。ここは信用しましょう。)

 

 実際は全然違うのだが、それは言わぬが花、知らぬが仏とでも言えばいいのだろうか。沖田からすれば、自分がタイタンを逃がしたうしろめたさ故なのだが、それを知るものはいない。

 

「事情は分かりました。どうやら、もう一度倫理委員会を行う必要があるみたいですね。」

 

 まあ、兎も角。

 結果的に、十代の退学は取り消されたが、深夜徘徊の罰則として遊城十代、前田隼人、天上院明日香、丸藤翔の反省文の提出を掛けた制裁タッグデュエルとなったのだった。

 

 

    ◇

 

 

 職員寮。その一室に来ていた十代は大声で叫びながらお辞儀した。

 

「ありがとう、先生!本当にありがとう!!」

 

 十代は感謝していた。退学の話が無くなったことが彼の耳にもすぐに届いたからだ。さすがの十代も不思議に思ったので、沖田のところに明日香と共に突入し、事情を聴きに来た。そこで沖田本人から今回の顛末を聞かされ、今に至る。

 

「すいません、沖田先生。ご迷惑をおかけしました。」

 

 同じくここに来ていた明日香もお礼を言う。

 

「謝らないでください、明日香さん。十代君。俺はほんとに特別なことは何もしていないんです。」

 

 彼にしてみれば、やったことと言えば昨夜あったことを校長に話したことくらい。そもそも今回の件の一連の流れはその事情を知った学園側が非を認めただけのこと。多少、倫理委員会がごねたが、どこからか情報を聞きつけたスポンサーの会社からの介入があり、倫理委員会もおとなしくなった。そこに沖田は介入していない。なので沖田はそのお礼を受け取ろうとはしなかったのだが、それでも頭を下げる二人に、しびれを切らしたのかこう言った。

 

「謝るくらいならせめて次からは外出届を出すようにしてほしいです。それから、夜間外出は出来るだけ2人以上で行動すること!・・・校医の鮎川先生やみどり先生などに頼むもよし、友人に頼るもよし。あまり女の子一人で夜中に出歩かないようにしてください。」

「次からは、気を付けます。」

 

 明日香はアカデミアの中でもファンが多いくらい人気があるのを彼は知っている。だからこそに忠告だった。高校生とはいえ、いや高校生だからこそ思春期こじらせた男子生徒が夜中に襲うなんてことを危惧している。ないことだとは思うが、いくらエリート校とはいえそういう事件がないとは言い切れない。もう少し危機感を持ってほしいというのが沖田の心境だった。

 

「それから十代君も。」

「げっ。」

 

 そして矛先は十代にも向く。

 

「ちゃんと校則は読んでおいてください!廃寮は封鎖されていますし、不法侵入は校則じゃなく刑法に引っかかります!肝試しするなとは言いませんが、何事もやってはいけないラインを考えて行動するように!」

「はーい、先生。」

 

 反省したのか、十代は素直に返事をした。それに満足した沖田は頷き、続ける。

 

「・・・もしくは先生も誘ってください。その方が安全ですし、教員同伴ならある程度のことは黙認されますから。レッド寮の行事とでも言えばいいですし、ね。」

「先生、ほんとに教員ですか?!」

 

 明日香が突っ込む。フランクすぎやしないかこの人。

 

「ノリいいな、先生。分かった!次からは先生にも連絡を入れるようにするぜ!」

「十代も乗らないの!」

 

 常識人は私だけなのだろうか、と頭を抱える明日香。教師として優秀なのは分かるが、このフランクなところと真面目なところが入り混じるのは何とかならないものかと思う彼女であった。

 

「まあ、私からは以上です。それからしばらく夜間外出は控えてください。」

「ああ、先生に許可取ればいいんだろ?」

 

 その十代の発言に沖田は首を横に振った。

 

「いえ、多分許可自体が下りなくなると思います。」

「どういうことですか?」

 

 明日香が聞いた。夜間にとある人と情報交換している身としては、夜間外出できなくなるのは痛い。外出許可自体は簡単にとまでは行かないが取れないことはないので、そこについて彼女にとっては死活問題になりえるのだ。

 

「・・・これについては、本当に申し訳ございません。」

 

 タイタンが、脱走しました。

 その言葉を聞いた瞬間、十代は驚き、明日香は身を凍らせる。いくら男勝りな明日香とはいえ、誘拐されたともなれば苦手意識どころかトラウマになってもおかしくはない。それゆえに沖田は黙っていることも考えたが、当事者なので伝えることにしたのだ。

 

「どういうことだよ先生!タイタンが脱走した?!先生たちが見張っていたはずじゃなかったのか?!」

「・・・まったくその通りです。これに関しては弁解の余地がありません。・・・どうやら、ドアのカギを壊して監禁場所から脱走したようです。やはりレッド寮の防犯設備は苦言を申さなければいけませんね・・・。」

「じゃあ、あいつはまだアカデミアの中に?!」

「そういうことになります。」

 

 その言葉に、ますます顔色を悪くしていく明日香。気絶していたとはいえ、その恐怖はまだ薄れてはいない。

 

「・・・大丈夫ですよ、明日香さん。」

「え?」

「女子寮はセキュリティに関しては一級品です。中側からの協力者なしには侵入できないつくりにはなっています。そのリスクを犯してまで中に入ろうとする馬鹿はそうそういません。」

 

 その言葉に、若干不安になる明日香。侵入者という点では、友人の弟である丸藤翔がすでに侵入している。さすがに寮内部に侵入はしていないが、だからと言って前例がある以上過信することは出来ない。

 だが、それを目の前の先生に悟られるのはまずい。約束で、あのことは誰にも口外しないことにしているからだ。それを悟られないため、明日香は笑って頷いた。

 それに満足げに頷いた沖田は、話を切り上げて部屋の中に戻ろうと踵を返す。明日香と十代も目的は達成したので、教室に戻ろうと足を切り返した。

 

 そのとき、十代の腹が鳴る。昼食を食べてなかったのか、どうやら空腹だったらしい。それに気づいた沖田が、気を使った。

 

「二人とも、昼食を食べていきませんか?」

「え?そんな」

「マジかよ先生!いいのか?!」

「ちょっと、十代!」

 

 明日香は十代を窘めるが、昨晩作りすぎたからぜひ食べて下さいなんて言われて断ることが出来るはずがない。渋々十代に付き添い、部屋まで同行する。

 

「じゃあ、入ってください。」

「お邪魔しまーす!」

「すいません先生、お邪魔します。」

「どうぞ。今温めますのでゆっくりしてください。」

 

 そう言って沖田はキッチンに入る。あの様子から察するに何か煮込みものだろうかと推測する。職員寮の部屋に備え付けてあるキッチンはダイニング式なので沖田の姿も見えた。ただ、沖田はダイニングに敷居代わりのレースをつけているので、顔を直接合わせることはない。

 

「なあ、明日香。なに作ってるんだろうな?」

 

 十代がそう聞いてくる。どうやら自分と同じことを考えていたらしい。

 

「さあ、ね。でもどうして私に聞くのよ。」

「いや、明日香って料理好きそうなイメージだし。詳しいのかなって。」

「それ、女子はみんな料理できるって偏見じゃない?」

 

 それに十代は驚いた顔で。

 

「明日香・・・。」

「何よ?」

「お前、もしかして・・・。」

 

 思わずがくっときた。何を言い出すかこいつは。

 

「出来るわよ!馬鹿にしないでよね?!」

「いや、其処までムキにならなくても。冗談だよ・・・。」

 

 ああ、こいつは。もう少し遠慮とか思慮とかないのか。そう思う明日香。

 

「あ、俺は偏見はないぞ。中学の時まったく料理が出来ないやつと調理実習に当たったことがあるからな。」

 結局、俺主導でやったくらいだったし。そういう十代に違う、そこじゃないと思いながらも、聞き捨てならない言葉に反応する明日香。

 

「貴方料理できたの?!十代の癖に?!」

「俺の癖にってなんだよ!家が一人のことが多かったから少しくらい出来るってだけだ!」

 

 ああ、そういうことと明日香は安心した。もし十代が料理上手だったら、なんだか負けた気がする。明日香も料理は出来るが、だからって人にふるまえるほどではない。もしそこで負けていれば、女としての自尊心が傷ついていたかもしれないと思った。ただでさえ友人であるジュンコとももえにもう少しおしゃれに気を使えとか女としてどうなんですかとか言われるとそれなりに気になるものだ。

 余談だが、明日香の料理は普通に上手である。彼女が自信を持っていないのは料理も完壁だった兄の存在があったからだ。

 

「それにしても、うまそうな匂いだよなぁ。で、なんの料理かな?」

「そうねぇ、匂い的に・・・。」

 

 そこまで行った明日香だが、その先を口にすることはなかった。沖田が台所から出てくる。

 

「出来ましたよ。」

「早!先生!」

 

 確かに早い。まだ台所に入って5分と経っていない。

 

「温めるだけでしたし。あ、すいません十代君。こっちに来て運ぶのだけ手伝ってください。」

「分かったぜ。」

「手伝います先生。」

「それでは、そこの棚からコップとスプーンとフォークを出してください。十代君はこっちに来て。」

 

 そう言って十代と沖田は台所に戻っていく。明日香も振り向き、後ろにある食器棚から言われた通り食器を取り出した。そこでふと気づく。

 

「あら?何かしら。」

 

 そこにあったのは写真だった。映っているのは先生と綺麗な金色の髪を三つ編みにした女性。映る先生の姿も若く、今よりも活気がある。

 

「綺麗な人。もしかして恋人かしら。」

 

 そうだとしたらももえ達は発狂するかもねと冗談めいた考えが頭に浮かぶ。沖田がそこそこ女子生徒に人気があるのはその事情に疎い明日香でも知っていた。先生は決してイケメンとは言えないが、だからと言って醜いわけでもない。生徒には優しい口調で問いかけるし、授業も面白いと評判。キャリアも元I2社所属と申し分がない。恋愛感情とまではいかなくてもそれなりに女子生徒には評判が良かった。中でもももえはお気に入りだったようで、沖田先生の授業は毎回最前列の席を取りに行っている。そんなももえに教えてやったらどんな顔をするだろうかと言う少しのいたずら心も出てきたが、あえて吹聴することでもないかと思い直す。

 

 そんな時だった。

 

「どうかしましたか?」

「ひゃ?!」

 

 思わず変な声が出た。明日香は少し気恥しくなる。そんな彼女の手元を見た沖田は察した。

 

「ああ、懐かしいですね。」

「懐かしい?」

「ええ、自分がアメリカにいたときの写真です。」

 

 ああ、そういえばこの後ろに写っているのはパンフレットなどでよく見かける場所だとそこで初めて明日香は思い至った。

 

「恋人さんですか?綺麗な人ですね。」

 

 純粋に褒めたつもりだった。だが、沖田は悲しそうな顔で首を振る。

 

「いいえ、それならどれだけよかったか。」

「え?」

 

 だが、その先を聞き返すことはなかった。

 

「おーい、何してんだよ明日香!早く食べようぜ!」

 

 そこで明日香はふと気づいた。もう机には皿が並んでいる。どうやらいつの間にか待たせていたらしい。

 隣にいた沖田がクスリと笑い、席に着くように促す。それに明日香は少々気になりながらも蒸し返すのは無粋だと思い従った。

 

「それでは。」

「「「いただきます。」」」

 

 ・・・余談だが。

 この『冲田特製ビーフシチュー』の味は、明日香の女子力を改めて考えさせる一品だったとだけ言っておこう。

 

 

  ◇

 

 

「「ごちそうさまでした。」」

「お粗末様でした。洗い物は流しに置いておいてください。」

 

 分かりました。そう言って明日香と十代は台所に食器を運んでいく。

 

「そうそう、聞きたいことがあったんです。明日香さん。」

「え?」

 

 何を聞くのだろうか、と明日香は身構える。昨日のことだろうか?それとも外出した理由?いろんなことが考えられたが、結果はそのどれでもなかった。

 

「丸藤亮。皇帝(カイザー)と呼ばれる生徒のことなのですが、知っていますか?」

 

 知っている。と言うよりは知らない生徒の方が少ないくらいだ。この学園で最も強い生徒。その強さはプロにまで匹敵し、あの校長の一番弟子。サイバー流免許皆伝を9歳のころに獲得したという神童。

 ・・・まあ、十代は知らなかったが。午前中にその弟である丸藤翔とデュエルし、その時に説明をした時には心底驚いた。

 まあ、兎に角。知っているとだけ伝えると、沖田はまた尋ねる。

 

「彼は、どんな生徒なのですか?あ、いえデッキとかではなく、純粋に性格とか、そういう話です。」

 

 どんなと言われても、明日香にとっては反応に困る。彼は優等生と言うほかあるまい。成績優秀、眉目秀麗。なにより相手を重んじるデュエルをすると評判の高い生徒だからだ。性格も、特に誰かを貶したりすることはない。

 だから、明日香は素直にそう伝えた。別に悪く言うようなこともない。いたって問題のない生徒なのだから、明日香の印象をそのまま率直に伝える。

 すると沖田はそうですか、とだけ言い、そのまま台所に戻る。

 

「何かあったんですか?」

 

 するとその言葉に、沖田はいえ、大したことはないのですが。と前置きをし、二の句を発する。

 

「その本人に、デュエルを挑まれまして。誰かに挑まれることは多々あったのに今回はやけに騒がしいですから。」

 

 その言葉に、明日香は「は?」とだけ発して固まった。

 

 

 

  ◇

 

 

 時は明日香と十代が彼の部屋に行く十分ほど前。丁度授業が佳境に入ったころ。

 

「・・・で、あるからして。この時ギアフリードを対象に発動した蝶の短剣エルマが破壊されることによって、エルマは手札に戻ります。ここで重要なのが、破壊されたからと言って発動が失敗されているわけではないということ。つまり、王立魔法図書館やエンディミオンと言った魔法を使うことで魔力カウンターがたまるカードに対し、無限にカウンターを増やすことが出来ます。ここで、今回のサンプルのビデオを流してみましょう。フィールドにはギアフリードと王立魔法図書館。そして魔法都市エンディミオン。エンディミオンには6つカウンターが乗っています。手札はありません。」

 

 そう言って沖田はスクリーンに投射機を使って動画を映し出す。

 

「ハイ、先生!」

「なんですか?ももえさん。」

「相手の場に古代の機械巨人が3体並んでいますが・・・。」

「ええ、相手(実験台)はクロノス先生です。本気のデッキでお願いしました。」

 

 その言葉に、『ああ、またか』と思う生徒たち。先生がリベンジを果たすため、沖田先生に何度も挑んでいることはもうアカデミア生徒にとっては周知の事実である。その度に授業のサンプルとして使われていることが、さらにクロノスがリベンジに燃える理由でもあるだろう。そしてそれが原因でクロノスが去年よりも慕われ、憐みの目を向けられていることは決して無関係ではない。

 

『俺のターン。』

『ドローフェイズ、刻の封印を発動するノーネ!これでドローさせないーノ!さあ、ここから逆転できるものならやってみなさいーノ!』

『分かりました。それではエンディミオンに溜まったカウンターを6個取り除き、神聖魔道王エンディミオンを特殊召喚します。効果で、墓地の蝶の短剣エルマを回収。そしてギアフリードに装備。この時ギアフリードの効果でエルマを破壊。そして王立魔法図書館とエンディミオンにカウンターが乗ります。そしてエルマは破壊されたとき手札に戻すことが出来る。効果で回収し、もう一度ギアフリードに対して発動。・・・チェーンは?』

『・・・ないノーネ。てか嫌な予感がプンプンするノーネ!』

『正解ですよ、クロノス教諭!では、これを繰り返してカウンターを溜めます。そして3つ溜まったので王立魔法図書館の効果でドロー!そしてエルマを発動します!』

 

「すいません、ここは繰り返しですので早送りしますね。」

 

 ここでVTRが途切れ、早送りされる。もう生徒たちは嫌な予感しかしないが、それでもクロノスの雄姿を見届けようと覚悟を決める。映像が元に戻ったころには沖田の手札は18枚までになっていた。

 

『天使の施しを発動。3枚ドローし2枚捨てる。さらにライトニング・ボルテックスを発動し、手札のマキュラを捨てて古代の機械巨人をすべて破壊します。そしてカウンターを6つ取り除きエンディミオン2体目を蘇生。効果によって死者蘇生を回収し、発動。混沌の黒魔術師を蘇生させ、墓地の代償の宝札を回収し、エンディミオンの効果で代償の宝札を捨てることでその伏せカードを破壊します。』

『・・・威圧する咆哮をチェーンして発動するノーネ。』

『先ほどの天使の施しの効果で捨てて墓地に行った処刑人マキュラの効果で、手札から罠カード、王宮のお触れをチェーンして発動します。さらに代償の宝札の効果で2枚ドロー。図書館でドロー。エンディミオンからも取り除き、ドロー。魔力掌握を発動し、魔力カウンターを置いて魔力掌握をサーチ。そしてカウンターを置く。』

 

 手札が減らない。まあ当然であるが。

 

『更に、フィールドのギアフリードと図書館を生贄に混沌の黒魔術師を通常召喚。サイクロンを手札に加え、お触れを破壊します。』

『何のつもりなのーネ!さっさとエンディミオンの効果で私の残りの伏せカードを破壊するだけでいいーノ!』

『いや、それだとこの罠が使えないんです。第六感を発動。5と6を選択し、サイコロを・・・5でした。なので5枚ドローします。・・・来なかったか。まあ、保険だし別によかったんだけどさ。エンディミオンで攻撃。』

『ミラーフォースなのーネ!』

『手札から王宮のお触れを発動。』

『・・・。』

『すいません。残骸爆破を引くつもりだったんですが、こっちを引いたのでもうこの際こっちでいいかなと。』

『ちょっと希望を持つだけ余計に悲しいのーネ。』

『・・・本当にすいません。ラスト1枚の山札が残骸爆破だったんです。』

『3積みしなさいーノ。』

『事故るから嫌です。混沌の黒魔術師で攻撃。滅びの呪文、デス・アルマ!』

『また負けたノーネ!!』

 

 ・・・VTRが終わる。これは酷い。思わず目をつむりたくなった生徒も多かったらしい。冷たい目線が沖田に刺さる。

 

「・・・いや、違うんです。クロノス先生は攻撃反応型の罠を多めに摘みますし、速攻のかかしを入れてる場合もあるので警戒しなければならないものが多かっただけなんですよ。」

「速攻のかかしはともかくとして、わざわざサイクロンを使ってまで第六感を発動する必要はなかったんじゃないですか?」

「・・・それもそうですね。」

 

 気まずくなって目をそらす沖田。まあ、沖田がクロノスをいじるのはもう慣れっこなので生徒たちはすぐにノートとホワイトボードにに向かう。

 

「・・・それはそうとして、このように『コンボ』と言うものは決まりさえすれば大量のアドバンテージを生み出します。最近できたカテゴリだと、ヴァイロンと静寂のロッド-ケーストなんかもコンボに利用できますね。」

 

 するとその言葉に最前列にいた少女が反応する。

 

「先生、それはどんなコンボなんですか?また映像用意してください!」

 

 どうやらまた、クロノスが犠牲になる未来が決定したようだ。要求した本人である生徒、ももえと沖田。そして一部の生徒以外は『哀れ、クロノス』と心の中で黙祷する。

 区切りがいいところでチャイムが鳴った。今は4限目。午前中の授業はすべて終了したので、生徒たちは我先にと食堂やになだれ込むように向かう。沖田もそれに乗じて部屋に一度戻ろうと踵を返した。

 

「待ってください。沖田教諭。」

 

 声を掛けたのは長身の生徒だった。水色の髪。そして切れ長の目。十人中十人がイケメンだと返す整った顔立ち。

 

「・・・丸藤、亮君だね?何の用かな?」

 

 と、いっても沖田には大体の見当はついている。

 

「俺とデュエルしてください。」

 

 ああ、またかと沖田は思った。彼のようなことはそう珍しくない。むしろ最近はそういったことばかりで辟易してきたくらいだった。

 

「かまわないですが、今すぐはやめてください。そうですね、放課後6時あたりなら時間は空いていますが。」

「・・・分かりました。それではレッド寮にその時間に来てくれませんか?」

「レッド寮?」

 

 これはまたおかしなことになったと思った。彼の制服はオベリスク・ブルーである。つまり、寮でデュエルするならそれはブルー寮でなくてはならない。

 そのことを察したのだろう。彼は事情を説明した。

 

「・・・と、言うわけでして。6時ほどには終わりそうなんですが・・・。」

「・・・成程、事情は理解したよ。分かった。じゃあ6時半、レッド寮前で待ち合わせよう。かまわないかな?」

「ええ。ありがとうございます。それでは失礼します。」

 

 そう言って彼もまた食堂に向かっていく。

 

「ねえ、ももえさん。」

 

 沖田は、すぐ近くにいた生徒に声をかける。

 

「なんですの先生?!」

 

 ミーハーな彼女は、今の光景をバッチリ目撃していたようで、食いつき気味に反応してきた。

 

「・・・丸藤亮って、そんなに有名なんですか?随分周りが騒がしいみたいなんですが。」

「・・・本気で言ってますの?」

 

 そこで少しだけ聞いて分かったことは、要するにかなり強く、周りから皇帝(カイザー)と呼ばれているということだけ。本当はもっと聞きたかった沖田だが、昼休みに明日香と十代から話があると聞いていたため、打ち切るほかなかった。

 

 

  ◇

 

 

 以上のことを明日香に説明した沖田。その反応は、なんというか、一言だけだった。

 

「先生、馬鹿なんですか?」

 

 仮にも教師に対しその反応は正直どうかと思うが、今の現状を理解できていない沖田には、流石の明日香もこう言うほかなかった。

 

「・・・そんなに、ですか?」

「今、その事情が分からないのは亮と先生くらいのものだと思います。」

 

 だが、そんなことをいわれても沖田には皆目見当がつかない。沖田はなおも首をかしげる。

 

「・・・今、この学校で最強と言われてる人が今、3人います。」

 

 冲田はまたたいそうな話になったなと思った。だが、今は聞いておく方がいいと口を挟まず、静かに明日香の声に耳を傾けている。

 

「一人が丸藤亮。もう一人がその師匠である鮫島校長。校長の実力は正直誰も分かっていませんが、元プロでそして亮の師匠だからと言う理由でこの中に入っています。そしてもう一人が先生、貴方です。」

「・・・はあ、そうですか。それで・・・?」

 

 この察しの悪さに思わずイラッっとくる明日香だが、気持ちを落ち着かせ目の前の事情を理解していない沖田(大馬鹿者)に説明する。

 

「いいですか?!亮は1年の時クロノス教諭に勝ってからずっとこの学園で負けなしなんです!生徒の中では、赴任してから負けなしの先生と亮、どちらが強いか議論が出されるくらいには!」

「・・・ああ、そういうことですか。」

 

 そこまで言ってようやく察したらしい。明日香は息をつき、気持ちを落ち着かせる。

 

「要するに、トトカルチョでもやってるんですか。」

「違います!単純に学園最強が誰の手に渡るか今回のデュエルで決着がつくからです!」

 

 発想がおかしかった。どうしてそこで賭け事に思考が行くのか。

 

「え?だってこんな機会そうそうないですよ?絶対生徒の間で賭け事してますって。」

「ははは、たしかにやってそうだよな。」

「十代!先生!」

 

 自分がおかしいのだろうか。そう思う明日香。目の前で笑いあう二人を前にしているとそういう感覚に陥ってしまう。

 実際、そういう発想に行く沖田の方がおかしいのだが、周りがそういう人間だらけだと自分がおかしいと錯覚するのが人間の性である。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「まあ、騒いでいる事情は分かりました。ありがとうございます。」

「いえ、別にこれくらい学園の誰でも知っていることですし。そこの十代以外は。」

 

 実際、明日香にとってはこれくらいどうってことないくらい学園の中では知られている情報だ。先生に教えたからって何かあるわけでもない。

 

「おい、なんか俺貶されてないか?」

「十代・・・、あなた貶されるって言葉知ってたのね。」

「明~日~香~?」

「冗談よ。でも、今説明したこと知らなかったでしょ?」

「・・・知らなかったけどさぁ。」

 

 そうじゃれつく二人を見て思わず微笑み、和む沖田。暖かい視線になるのは仕方ないのかもしれない。彼にも、きっとあんなふうな時期があったのだろう。

 その視線に気まずくしたのか、明日香は十代を連れて急ぎ早に教室に戻る。残った冲田は、部屋に戻り、引き出しの中から『極秘』と書かれた資料を見る。

 

「それにしても、皇帝(カイザー)か。」

 

 手元の資料には顔写真と彼の成績表。そしてオベリスク・ブルーでの先生の評価など、事細かに記載されている。

 

 『サイバー流』。その免許皆伝を受けたものならこの成績も納得できる。サイバー流は何人ものプロデュエリストを輩出した名門だ。かつて、沖田もその流派の実力者とは何人も戦ったことがある。

 

「・・・少々、本気でかかったほうがいいかもしれませんね。」

 

 

 そのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

お久しぶりです、紫苑菊です。

・・・今回も長いです。てか、廃人の方が思いつかなくなったから逃げの一手でこっちに投稿しました。そしたらいつの間にかとんでもなく長くなってしまいました。あと、若干アンチ・ヘイトに引っかかるかもしれませんが、もし嫌な方はプラウザバックお願いします。

さて、FGOですが、今回のイベ全然やってません。クソ過ぎた。おかげでパズドラが凄いログイン率に。ラードラつえぇよ。買って正解でした。

ちなみに、最近武神デッキを作ったんですが、皆さんデッキ構築どうしてます?やっぱ成金いるのかなと悩んでいます。余った成金は沈黙の魔術師のデッキに使いたいんですよねぇ。ただ、沈黙の魔術師が高すぎて作るの悩んでいますが。もしよければ、だれか武神の上手い回し方教えてください。今の作者の実力だとRRとどっこいの勝負をするのでギリギリなんです。

※融合解除でプロト・サイバー・ドラゴンは出せない上、一度融合回収を発動したのを忘れていました。申し訳ありません。代わりに、ソウル・チャージ(アニメ効果)を使いました。ライフコストは500のバージョンで、バトルフェイズに移行可能というインチキ仕様です。ご了承ください。


「それで、これはどういうことかな?」

 

 沖田は目の前の生徒たちを見下ろして言う。そこには、5人の生徒たち。夜空の野外の中、なぜか教師の前で正座している生徒は右から遊城十代、天上院明日香、前田隼人、丸藤翔。そして、丸藤亮。

 

「せ、先生?」

「なんだい?忠告を守らなかった大馬鹿者。」

「何でもないです。」

 

 「十代、しゃんとしなさい。」と、隣に座っている明日香が言うが、沖田に睨まれ、その気概は消化される。

 

「・・・君たちに言います。先日、夜間外出で指導を食らったのはどこの誰ですか?」

 

 その言葉に黙って十代以下4名が手を上げる。

 

「その指導で、一歩間違えれば退学になりかけていたのは?」

 

 これには十代が手を上げる。

 

「夜間に一人で外出して、その結果誘拐されたのは何処の誰でした?」

 

 明日香が手を上げる。

 

「・・・不審者が出たから、夜間外出を控えるよう連絡がいっていたことを知っていたのは?」

 

 これには全員が手を上げた。それもそのはず。これは校内放送とそれぞれの学年のHRできっちり説明されていたことだったからだ。

 

「・・・先生。」

 

 この空気の中、口を開いたのは丸藤亮だった。

 

「なんです?」

「先生には、あらかじめ外出の件を伝えていたはずですが。」

「ええ、そうですね。ですがそれは、夜間外出にならない時間帯だったはずでした。指定された時間は6時半。この島は南の島ですから、本土よりは夜までに時間があります。私は、それを考慮していました。ですが、今の時間帯は?答えなさい。」

「・・・8時半です。」

「周りは?明るいですか?ああ、どうやら先生は目が悪くなったようですね。後日眼科に行かなければいけないようだ。」

「・・・夜中です。もう日は沈みました。先生の目は正常です。」

「ほう、どうやら悪いのは私の目じゃなかったようですね?」

「・・・すいませんでした。」

 

 皇帝、ここにひれ伏す。それぐらい綺麗な土下座を披露した亮。周りの、十代以外の3人はその光景に唖然としている。・・・十代だけは、のほほんとしていたが。

 

「嘘でしょ?あの亮が?あの何事にも我関せずの優等問題児の亮が?!」

「お兄さん、まさかそんなことをするなんて・・・。」

「驚きなんだなぁ。」

「綺麗な土下座だなぁ。」

「明日香、お前だけは後で話がある。翔、何も言うな・・・。」

 

 兄の威厳かたなし亮の姿に十代だけは呑気なものである。まあ、逆に言えばそれくらいに沖田の目線が痛かったのだろう。今の沖田はそれこそトリシューラを凌駕しそうな絶対零度の目線で彼らを射抜いている。その目線が何やら呟いていた彼らに行くと、明日香達もなんだか居た堪れなくなった。

 

「それで、どうしてこんなことになったんですか?」

 

 少し目線が暖かくなったのと同時に行われたその質問に、皆が口々に答える。十代は翔を元気づけるため。明日香は亮を連れてくるためと翔君が心配だったから。翔は僕が悪いんですと話しだし、隼人はなるようになれとなにもせずに判決を待つ。亮に至ってはなぜか口ごもり、何も言おうとしない。

 

「・・・一人ずつ喋れ。話はそこからだ。」

「どうでもいいけど先生。スラング多いんだなぁ。」

「ほんとにどうでもいいわね。」

 

 そんな軽口を叩くと、また沖田の絶対零度の視線が刺さる。それならそんな言葉使うなよと思わなくもないが、今は明日香が一から順番に何があったのか白状していく。

 

「・・・それで要するに、タッグデュエルの練習の時に翔君が逃げ出し、それを勇気づけるためにここで十代君と亮君がデュエルした。だけど、そっちに夢中になるあまり、夜間外出の時間を過ぎていた。更に言うならそこの馬鹿皇帝は教師を呼び出したことをすっかり忘れて弟探しとデュエルに夢中になっていた。その解釈でいいですか?」

「はい。ですが、決して忘れてたわけではな」

「なら、連絡ぐらい入れれたでしょう。レッド寮の大徳寺先生に伝えるとか。それなら俺だってこんな時間まで貴方たちを探したりしませんし、翔君がいなくなったのならその捜索だって協力しました。むしろ、夜間外出の件をクロノス先生のところまで持っていかなかっただけ感謝してほしいのですが。」

「・・・本当にすいません。」

 

 反論しようとした亮に言葉が突き刺さる。がっくりうなだれるその姿に「こんなの僕が知ってるお兄さんじゃない!」と喚く馬鹿者は、再び沖田の視線に突き刺さり、「ヒィッ!」っと短い悲鳴を上げた。そのうなだれた亮に沖田は続ける。いや、この場合は全員にと言った方が正しいか。

 

「そう思うのなら時間を返してほしいくらいですねぇ。貴方たちを捜索するのに1時間かかりました。大徳寺先生はその辺ルーズですし、許してくれるかもしれませんが、あんな事件があった後にこれです。さすがに怒ると思いますよ。舌の根の乾かぬ内とはまさにこのことです。大徳寺先生とみどり先生が心配して先ほどまで捜索に協力してくれてました。」

「はい。申し訳ありませんでした。」

 

 微妙に言葉にとげを感じるが、何も言えない彼らはただ謝るだけだった。今回はさすがの十代も反省しているらしく。

 

「・・・ここから、生徒寮まで距離があります。みどり先生も大徳寺先生も、職員寮にいてもらってます。なので先に、今から職員寮にいって謝りなさい。」

 

 そう言うと、十代以下5名はすいませんでした、と沖田に謝り職員寮に向かう。その後を冲田もついていくが、その道中、思い出したかのように声をかけた。

 

「十代君。」

「なんだ?先生。」

 

 だが、其処まで呼び掛けて、何を思い至ったのか口ごもった。

 

「あー、その、ですね。・・・いえ、ここじゃ何なので、また今度にします。」

「・・・それ言われると尚更気になるんだけど。」

 

 まったくである。

 

「いえ、大したことではないんですが・・・。話と言うのはこの前のハネクリボーの件です。」

 

 そこまで言うと、十代は沖田が何を言いたいのか分かるようになった。

 

「あ!先生精霊見えてたよな!」

「大声を出さない。・・・制裁デュエルが終わったら呼び出します。その時に話をするので覚えておいてください。他人に聞かれるとまずい話でもありますし。」

「?」

 

 その沖田の深刻な様子に、十代はどうやら何かを感じ取ったらしい。十代は話は終わったとばかりに先に行こうとする沖田を見ながら、何か不安なものをかんじた。

 

「アニキ、どうしたんすか?早く職員寮に行こうよ。」

「十代、どうしたの?亮に負けたのがそんなに悔しかったのかしら?」

 

 せかす翔と冗談交じりの明日香にちげーよと言いながら十代はあとで考えればいいかと楽観的に思い直し、先生の後を追う。この後、恐怖の説教が待ち受けているとも知らずに・・・。

 

 

   ◇

 

 

 みどり先生(と途中から怒っているみどり先生に対してドン引きだった沖田と大徳寺)に1時間こってり絞られた十代以下4名は、食堂が完全に閉じてしまい、途方に暮れていた。

 

「どうするのよ、十代。食堂しまっちゃってるじゃない。」

「アニキ~。」

「なんで俺なんだよ!」

 

 その理不尽さに、思わず十代も抗議の声をあげる。

 

「だが、実際どうする?食堂が閉まっている以上、ここで議論していても腹は膨れない。」

「そうよねぇ・・・。せめて寮の部屋に備え付けのキッチンがあればよかったんだけれど。」

「それがついているのは職員寮だけなんだなぁ。」

「どうすんだよ~。俺腹減ったぜ。」

「それはみんなもだよアニキ。」

 

 皆が途方に暮れる。だが、救世主は居たらしい。

 

「・・・皆さん。何してるんです?」

「うわ、先生!いつからいたんだ?!」

 

 いつの間にか、十代の背後に居たのは沖田とさっきまでかんかんに怒っていたみどり先生だった。みどり先生の姿に、思わず隠れる翔。その姿には、弟に散々男勝りだとか鬼神だとか言われていたみどりは心に来るものがあったらしい。

 

「先ほど、皆さんを送ろうという話になってここに来ました。ところで、まさか食事はまだだったんですか?」

 

 なら、先に食堂に行かせるべきでしたね。そういう沖田だが、時既に遅し。すでに各寮の食堂が閉まってる以上、ご飯を食べる場所も手段もない。

 

「なら、皆私の部屋で食べる?食材ならあるけど。」

「いいんですか?!」

「もちろん。」

 

 そう言って喜ぶ明日香と翔。亮もどこか嬉しそうだったが、そのセリフを聞いて、そろりと忍び足で逃げようとするものが二人。

 

「どこ行くんですかアニキ?」

「どこに行くのよ曽良。」

 

 ビクッっと肩を震わせる沖田と十代。その姿に、両者は悟る。

 

 ああ、こいつも被害者だ、と。

 

 ・・・わずかな沈黙。それだけで、両者は口裏を合わせることにした。

 

「いやぁ俺、さっき沖田先生から話があるって言われてたからさぁ。な、先生。」

「ええ。ちょっと先日の件で話がありますし。ついでにちょっとした個人面談でもしようと先ほど十代君と決めていたんです。」

 

 そのセリフに、意義を申すのが明日香。

 

「それなら、私も当事者ですし、話なら食事をしながらでもいいじゃないですか?」

「・・・いやいや、それでは・・・その・・・なんていうか。」

 

 若干間が空いたことに怪しむ明日香。そしてさらに追い打ちをかけたのが・・・。

 

「でもさっき、アニキ俺らと一緒に帰ろうとしてたじゃないですか。」

「うっ。」

 

 弟分である翔である。その発言に、両者は汗をダラダラと流しながら目をそらす。

 

「曽良君?十代君?まさかとは思うけど私の料理に対して誤解があるみたいね。」

 

 誤解じゃねぇよ!と心中で叫びまくる二人。だが、こうなったらヤケクソだと沖田と十代は心中を吐露する。

 

「・・・だって、当たりはずれ激しいですし。」

「みどりさん、料理3回に1回失敗してたし・・・。」

 

 その言葉にマジで?と言った顔をした明日香たちだが、さらに沖田たちは続ける。

 

「納豆をハンバーグにした時は正気かと思いました。」

「俺はサラダ用のパスタでスープパスタ作ったの食べさせられて超のびのびだったことが・・・。」

「何年前の話よ!」

「6年前か?」

「5年前?」

「それだけ経ったんだから流石に上達してるわよ!」

「この前、紅葉さんからメールで姉貴が失敗して後始末がやばいって来たけど?」

「同じく三日前に失敗した料理の処理を手伝ったのは誰だったっけ?」

「あれは・・・その・・・。」

 

 思わず言葉に詰まるみどり。彼女の料理はときたま大事故を引き起こすと評判である。それも、食える食えないのギリギリで、やっぱり食えないといった微妙なラインを突いてくるのだから性質が悪い。

 

「・・・分かりました。俺が手伝います。」

「先生、俺も手伝うぜ。・・・味噌煮込みサンマの悲劇だけは、繰り返しちゃいけないんだ。」

「普通においしそうじゃないですか。自分の麻婆納豆よりは・・・。」

「下処理してなくて内蔵出てきたんだ・・・。しかも煮込んだ時にそれが一部爆発して肝の苦みが・・・。」

「それは・・・実にギリギリ食えるかどうかですね・・・。」

 

 こいつらは・・・とこぶしを震わせるみどり。だが、原因は自分の多少ずぼらなところと自覚はしているので、反論できない自分がいる。確かにあの失敗は悲惨だった。あの時はテンションがおかしかったのだ。弟が倒れたときは、本当に半分自棄になっていて、アメリカに居たときからの友人だった彼には大変迷惑をかけたと思う。それがあるからこの件で沖田には強く言えない。十代にも、弟が昏睡している時には何度も迷惑をかけた。そのお詫びにと振るった料理で失敗してしまい、何とも微妙な顔をされたのは、いまだに記憶に残っている。

 

「・・・大丈夫だ、みどり。確かに上達は(・・・)してるから。」

「意味深な言葉はやめてちょうだい!上達したのは殺傷力とでも言うつもり?!そんなに言うならあなたたちがやりなさい!」

 

 

  ◇

 

 

「美味しい・・・悔しい・・・。男に負けた・・・。」

「大丈夫ですよ先生。料理出来る男の方が少数派ですから。」

「納豆を加熱するやつを慰める必要はありませんよ、明日香さん。」

「先生は止めを刺さないで!」

「グフッ。」

「先生ー!みどり先生ー!」

「先生が死んだ!」

「この人でなし!」

「仲いいね、君ら。」

 

 安定だなぁ、このネタ。と沖田は思いながらも、食事が無事に済んだことに喜びを感じていた。時々変なことをやらかしてしまう職場の友人に料理を任せるのは少々どころではない不安がある。なぜか定期的に失敗する彼女の料理は、その計算が正しいなら今日のはずなのだ。ジンクスとは分かっているが、だからと言って安心もできない。それが人間なのだから。

 

「どうやら無事に済んだみたいですよ、十代君。」

「みたいだな、先生。・・・三日の悲劇は避けられたみたいだぜ。」

 

 三日の悲劇。十代と沖田の共通認識がそう名付けてしまった彼女の手料理。どうやら彼らは冗談でもなんでもなく本気で失敗すると思っていたようだ。

 

「本当、失礼ね。最近は貴方に教えてもらって失敗の回数も減ったじゃない。」

「・・・前々回の失敗は?」

「確か・・・2週間ほど前?」

「正確には先々週の土曜日です。・・・聞きましたか十代君?どうやら十日の悲劇になったみたいですよ?」

「聞いたぜ先生。間違いなく次は・・・一週間後だな。食堂はやめにいこ。」

「自分も一緒に行きます。」

「失礼ね!!」

 

 だが、この一週間後本当に失敗してしまい、十代達だけでなく翔たちまでに十日の悲劇だと言わしめる出来事になることは、誰も想像していなかった。

 

「ここで死ぬ定めではない。と神は言ってるので、絶対に一週間後は付き合いませんからね。」

「こうなったらとことん付き合わせてやるわ。」

「先生・・・ドンマイ!」

「貴方もよ?十代君。」

「十代君・・・死ぬなら一緒だよ?」

「先生・・・。」

「ハイハイ、先生たち茶番はやめて。さっさとお皿片付けましょう。」

「明日香。」

「なあに?亮。」

「皿とは、どうやって洗うんだ?」

「・・・本気で言ってるのかしら?」

 

 頭が痛くなってきた明日香。このメンバーの時は胃薬がいるかもしれないとひそかに思うが、その予感は1年すれば現実となるかもしれない。・・・彼らに汚染される方が早いかもしれないが。

 

「あ、そうだ曽良。」

 

 みどりが曽良を呼び止める。

 

「はい?」

「あれ、作ってよ。明日土曜日だし。」

「あれって?」

 

 ほかのメンバーは不思議そうにしているが、沖田は察したらしい。

 

「あれ、作るの面倒なんですよ?後片付けも。」

「いいじゃない。」

「・・・片付けは自分でやってくださいよ?」

 

 そう言って沖田は片付けしているシンクの横でニンニクを切り出した。鍋にオリーブオイルを入れて、火をかける。

 

「何作ってるんですか?」

「バーニャカウダ。あと、水気をこちらに飛ばさないでくださいね。作り直さなきゃならなくなりますから。」

「ああ、油ものに水は厳禁だから。」

 

 そう言いながらも、沖田は片付けが終わるころには殆ど作り終えていた。野菜も切り終わり、あたりにアンチョビとニンニクの香りが充満する。沖田は床下からワインを取り出し、みどりに渡した。

 

「やっぱワインにはこれよね。」

「飲みすぎないでくださいよ?今からこの子ら送り返さなきゃいけないんですから。」

「もう無理よ?」

 

 へ?とその場にいる全員が呆けた顔をした。沖田までもがそうなっている。

 

「時間を見なさいよ。もう寮は完全に閉めてしまう時間を越してるわ。鍵をわざわざ寮監を起こして開けてもらわなきゃいけないけど、オベリスク・ブルーの寮監のクロノス先生もオシリス・レッドの寮監の大徳寺先生も速攻で今日は寝てるわよ?明日朝早くから本土に帰るからですって。」

「じゃあ、どうするんですか?」

「明日香さんは私が寮監だから鍵持ってるし送り返せるけど、十代君達は職員寮で寝てもらいましょ。」

「・・・仕方ないですね。部屋は空いてましたか?」

「いいえ、ベットのある部屋はもうないわ。あなたの部屋を彼らに貸せば解決するけど。」

「・・・おう、まさかの。」

「・・・あのさぁ、先生。オシリス・レッドは大丈夫だぜ。」

 

 へ?と沖田は考える。

 

「オシリス・レッドの部屋、鍵が閉まらないんだ。この前倫理委員会が来た時に潰れたらしくて。だから、俺らは大丈夫だぜ。」

「なら、決定ね。亮君だけそっちで寝かせてあげなさい。」

「俺はどこで?」

「地べたでいいんじゃない?」

「・・・辛辣ですねぇ。」

「冗談よ、半分くらい。私の部屋に泊めてあげるから、寝袋だけ持ってきなさい。どうせまだ持ってるんでしょ?」

「・・・了解しました。でもそれなら自分の部屋で寝ますから、わざわざこっちで寝なくて大丈夫ですよ。」

「・・・チッ。せっかくいろいろ作ってもらえると思ったのに。」

「何を?ツマミか?」

「それだけじゃないわね。例えば・・・子ど「下ネタはやめろ。他にも人がいるんだから勘違いされるようなことは言うな。」冗談なのに。」

 

 その冗談で、明日香の顔が若干赤くなったのは、沖田は彼女のために見ないことにした。

 

「あの、先生。もしかして・・・。」

「付き合ってませんよ。大体、このブラコンとはそういう関係じゃないです。仲がいいのは、彼女の弟と友達なので、どちらかと言えば姉みたいな人ですね。尊敬できないけれど。」

「そうね、確かに弟みたいな子かしら。可愛げがないけど。」

「可愛げがないのは余計です。」

「尊敬ぐらいしなさい、年上よ?先輩よ?」

 

 その醜い言い合いに隼人が呟いた。

 

「いや、どっちもどっちなんだなぁ。」

「「それはそうかも。」」

 

   ◇

 

 

 そんな他愛もない会話を続けて、ふと沖田が何かを思い出したらしい。

 

「ああ、忘れていました丸藤君。」

「ハイ?」

「なんですか、先生。」

「・・・お兄さんの方です。」

 

 そういえば弟もいるんだったなと思い返し、咳ばらいをする。

 

「・・・それで、丸藤君。」

「ハイ!」

「なんですか?」

「・・・今のは確信犯ですね。」

「エヘヘ、ごめんなさい。」

 

 今度はため息をついて、沖田は再度向き直る。

 

「丸藤君。」

「「ハイ!」」

「・・・なんですか?」

「・・・丸藤亮君。」

 

 今度は十代まで入ってきたが、無視しようと沖田は決めた。こういうネタは3度やっては旨みがないというのが沖田の持論である。

 

「デュエルの件ですが・・・今からやりますか?」

「え?」

「観客もいますし。」

 

 観客のところで十代達をさす。

 

「それはいいですが・・・場所はどうします?職員寮は少々狭いですし。」

「狭くて悪かったわね。」

「い、いえ。決してそういうつもりでは。」

「ま、いいけど。確かにデュエルをソリッドヴィジョンでやるには狭すぎるしね。」

 

 職員寮の部屋は決して狭いわけではないのだが、ソリッドヴィジョンを用いるには少々狭い。それは部屋の構造上仕方ないと分かっているので、みどりも本気で言っているわけではない。

 

「それなら、いい場所があると思いませんか?」

 え?と全員が思ったが、沖田は不敵にほほ笑んだ。

 

 

   ◇

 

 

「夜中にデュエルステージを使うのは校則違反じゃなかったんですか?」

「正確には、許可なくデュエルステージを使うことが校則違反なだけです。ほら、私たち教師ですし。」

「人はそれを詭弁と言うのよ、曽良。」

「いいじゃない、みどり。面白そうだし。」

 

 沖田が言っていたのは、かつて十代達も使った(夜中にだが)デュエルステージだった。許可を得るために比較的ノリのいい鮎川先生を巻き込み、許可証を発行し、今に至る。現在午後11時。寮則としては完全にアウトだが、それでもこの場に十代達がいるのはもう完全に見逃されている。沖田は気付いていて何も言わないが、みどりと鮎川先生に至っては酒が回って正常な判断が出来ていないのだろう。現に鮎川先生に至ってはミーハー度MAXで、「亮君頑張れー」と、教師としてはいささか問題がありそうな状況になっている。

 

「・・・さて、先行後攻はどちらがいい?」

「後攻で。」

「・・・まあ、君ならそういうか。師匠の教えかい?」

「ええ、サイバー流の教えです。」

「・・・あそこは、昔から相変わらずなんだよなぁ、まったく。俺はあまりあの教えが好きじゃないんだよね。」

「そうなんですか?」

 

 少し驚いた。サイバー流は今やメジャーな流派の一つである。何人ものプロを輩出し、その知名度と名声、そしてその最大の特徴である『相手をリスペクトし、最大の攻撃を以て相手を受け入れる』というその教えはアカデミアだけではなく、今や世間でも有名なものとなっている。

 

「・・・まあ、その辺はおいおい話してあげるよ。さあ、それよりもデュエルだ。デュエル開始の宣言をしてくれ、みどり!」

「OK!デュエル開始ィ!」

 

 若干お酒が回ってハイになったみどりの宣言で、彼らはディスクを構えた。ライフが彼らの頭上に表示される。デュエルステージの最大の特徴は、観客にもライフが分かるように映し出されるということだろう。

 

「俺のターンから、ドロー。・・・カードを3枚セットする。ターンエンド。」

 

 沖田

  手札6→3

 

「モンスターを出さない?!」

 

 それは、後攻がかなり有利になる行為。カードを3枚伏せている、つまりは妨害札が多い中、突破することが重要にはなる。だが、それを差し置いても、ライフが4000と少ないこの環境においてならばかなりリスクが高い。

 

「どうしてだよ、先生!だって・・・」

「十代君、君の位置からなら、俺の手札は見えているからそう思うんだろう。だけど、サイバー流においていうなら、必ずしもそうじゃないんだ。」

「え?」

「・・・成程、そういうことですか。ですが、それでは俺の攻撃をかわせない。俺のターン、ドロー!」

 

 丸藤亮

  手札6

 

 だが、他のメンバーは意図を理解したらしい。分かっていなかったのは、オシリス・レッドの十代達だけだった。

 

「俺は、プロト・サイバー・ドラゴンを通常召喚!」

 

 丸藤亮

  手札6→5

 

「え?サイバー・ドラゴンを召喚しないのか?!」

「・・・十代君。サイバー・ドラゴンの特殊召喚条件を忘れたんですね。」

「え?」

「アニキ、サイバー・ドラゴンは相手フィールドにモンスターが存在しないと特殊召喚出来ないんす!」

「あ、そうか!だから先生はモンスターを出さなかったのか!」

 

 まあ、サイバー流が相手ならある意味で定石な手段。2100の打点を出させないという手段は、重要なことである。・・・まあ。

 

「俺は、手札から融合を発動!」

 

 このように、融合して打点を上げられてしまえば関係はないのだが。

 

「フィールドのプロト・サイバー・ドラゴンと手札のサイバー・ドラゴンで融合!サイバー・ツイン・ドラゴンを融合召喚!」

 

 丸藤亮

  手札5→3

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン。サイバー・ドラゴン2体で融合できる攻撃力2800のモンスター。だが、その真価は能力にある。2800打点で2回攻撃と言う破格の能力を、このモンスターは備えているのだ。

 

「そして俺は強欲な壺を発動!2枚ドロー!融合回収を発動し、墓地の融合とサイバー・ドラゴンを手札に戻す!そして天使の施しを発動!3枚ドローし2枚捨てる!」

 

 丸藤亮

  手札3→4→5→5

 

 優秀なドローソースの強欲な壺と手札交換カードの天使の施し。沖田からすれば、さっさと獄中に行った方がいいんじゃないかと思わなくもないが、だからと言って効果を妨害するわけにもいかない。

 

「手札から、パワー・ボンドを発動!手札のサイバー・ドラゴン3体を融合し、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚!」

 

 丸藤亮

  手札5→1

 

 サイバー流の切り札、サイバー・エンド・ドラゴン。その攻撃力は4000とトップクラスを誇り、さらに守備表示モンスターを攻撃したとしてもダメージを与えられる貫通効果を持っている。更に・・・。

 

「パワー・ボンドの効果でサイバー・エンドの攻撃力は倍になる!」

 

 この効果により、サイバー・エンドの攻撃力は、8000となる。パワーボンドによるデメリットは存在するが、それはエンドフェイズに発動し、更に言うなら回避可能なため、今の現状ではあまり仕事はしないだろう。彼の手札はあと1枚。それがデメリットを回避するものである可能性は十分にある。

 

「バトルだ!」

「バトルフェイズ前に、罠を発動する。」

 

 やはり来たか、と亮は思った。何もせずに彼が負けるとは、考えられない。

 

「まずは罠カード、堕ち影の蠢きを発動する。これは、デッキからシャドールモンスターを墓地に落とす罠カードだ。そしてそれにチェーンして、発動。針虫の巣窟。」

 

 これは予想外だった。堕ち影の蠢きも針虫の巣窟も、攻撃を止めるカードでもなければ、相手のモンスターを破壊するカードでもない。ここで妨害しなければ、合計攻撃力13600のダメージを受けて負けてしまう。

 

 だが、そんな疑問は沖田と、そしてみどりには存在しない。彼らは、沖田のデッキを知っているからだ。そしてみどりは、この『シャドール』を使った沖田が負けたところを見たことがない。なぜなら。

 

「俺は、針虫の効果でデッキからカードを5枚墓地に送る。・・・そして、デッキからシャドール・ファルコンを墓地に送る。」

 

 墓地に落ちたカードから、少々考え、沖田は糸に釣られた鳥が描かれたカードを墓地に落とした。明らかに狙った行動に、皆が訝し気になる。まあ、みどりはそれですべて理解してしまったが。

 

「じゃあ、チェーン処理が終了したので、新たな効果処理に移る。」

「なんだと?!新たな効果だって?!・・・そういうことか!」

 

 驚くと同時に、納得もいく。おそらく、何かこの状況を打破できるカードを墓地に送ったのだろうと推測できた。

 

 それが意味するのは、墓地で効果が発動するカードの存在。だが、何が墓地に送られたのか。残念ながら、この効果を止めることは出来ない。亮の手札には妨害札が存在しないのだから。

 

「シャドール・ハウンドをチェーン1リザードが2、シャドール・ファルコンが3だ。ファルコンは、効果で墓地に送られると、このカードを裏側守備表示で特殊召喚することが出来る。リザードはデッキからリザード以外の『シャドール』カードを墓地に送る。」

「それで、また効果を発動するわけですか。だが、このターンで勝負をつければいいだけの話。サイバー・エンドには貫通効果が」

「そんなことは知っている。それよりも、今はチェーン処理を優先させてもらう。ハウンドの効果。相手モンスター一体の表示形式を変更する。サイバー・ツインの表示形式を守備表示に。」

「なんだと?!」

「やれ、ハウンド!」

 

 犬のようなモンスターが、サイバー・ツインに襲い掛かり、防御形態に強制移行させた。だが、周りはこの状況に違和感を感じる。

 

「なあ、先生!なんでツインの方を選んだんだよ?!」

「それは、エンドの攻撃力が8000で、俺のライフが消え去るかもしれないのにってことですか?・・・まあ、この程度なら大丈夫ですよ。」

 

 その不敵な様子に、少々気分を悪くしたのか亮はバトルフェイズ!と声を荒げた。だが、それを沖田は塞き止めた。まだ、リザードの効果で墓地の送った『シャドール』の効果が終了してなかったからだ。

 

「シャドール・ヘッジホッグの効果で、手札にシャドール・ドラゴンを手札に加える。」

「また新たな『シャドール』モンスターか・・・。」

 

 沖田

  手札3→4

 

 亮は苦々しげに呟く。墓地に送ることで効果を発揮するモンスターと言うことは、おそらく手札抹殺のようなカードも入っているのだろうと推測する。だが、だからと言ってこの状況が変わるわけでもないと、亮は考えた。

 

 ・・・余談だが、周りは亮のターンなのか沖田のターンなのか若干こんがらがっていた。

 

「バトルだ!サイバー・エンド・ドラゴンでセットされたシャドール・ファルコンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が行われ、弱小モンスターが狙われる。だが、それを許す筈がない。そう、亮は考えていた。

 

「リバースカード、オープン。」

 

 来たか、と亮は思う。最後のカードこそが本命なのではないかと考えていた。いろんなカード名が頭の中で巡る。攻撃宣言によって発動するカードと言えば、ミラーフォースやコマンドサイレンサー。いろんなカードを連想していくが、沖田の発動したカードはそのどれでもなかった。

 

「神の写し身との接触。」

「え、神の写し身との接触?!」

 

「このカードは・・・まあ、相手ターンで融合する『シャドール』専用のカードと思ってくれればいいよ。効果はそれだけだから。」

 

 いや、十分すぎるだろうと、亮は考える。明らかにオーバーパワーだと思われるそのカードは、速攻魔法の融合と言うだけで悪用できる。シャドール限定と言っても、その肝心の『シャドール』ならデメリットは無いも等しい。

 

「先ほど手札に加えたシャドール・ドラゴンと手札の光属性モンスターで融合。」

 

 沖田  

  手札4→2

 

 そう言って、彼は手のひらを胸の前で合わせた。それと同時に、融合のエフェクトから何かが這い出して来る。

 

「エルシャドール・ネフィリムを融合召喚。」

 

 現れたのは淡い光の糸を背後から出した女性型の人形。どことなく禍々しさを感じる姿に、亮は嫌な予感を感じていた。

 

「これが俺の切り札(・・・・・)だ。攻撃宣言中にモンスターの数が変わったので巻き戻しが発生する。・・・どうする?」

「ネフィリムに攻撃する!エターナル・レヴォリューション・バーストォ!」

 

  サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は8000。超過ダメージは5200。このままだと沖田はジ・エンド。だがそれで終わるわけがない。

 

「墓地の超電磁タートルの効果を発動する。」

「なんだと?!」

 

 その答えに、みどりはやっぱりそうだったかと頷き、同時になにか引っかかったみたいだったが。ちなみに、効果を聞いた十代は自身のカードであるネクロ・ガードナーを連想した。

 

「このカードを墓地から除外し、バトルフェイズを終了させる。・・・参考までに聞いておこうか。どうしてファルコンを攻撃しなかった?」

「それが貴方の切り札(・・・・・・)だと聞いたからだ。サイバー流は常に相手と全力で挑む。それがリスペクト・デュエルで、俺の信じるデュエルだからだ。」

「なら、デュエルディスクで俺のネフィリムの効果を確認したか?」

「ネフィリムの効果?」

 

 そう疑問に思った亮だが、デュエルディスクを操作してネフィリムの効果を読んだとき、その顔が歪んだ。

 

「先生!これって!」

「その疑問は、後で解決してやる。メインフェイズ2だ。・・・その手札、当ててやろうか。一時休戦、だろ?」

「・・・一時休戦を発動します。互いに1枚ドローし、お互いが受けるダメージは次の俺のターンまで0になります。」

 

 当てられてしまった亮は、全ての手の内が見破られたかのような錯覚に落ちいる。沖田の手札が増えるが、パワー・ボンドによる4000のダメージを回避できるのだから安いのかもしれない。

 

 沖田

  手札2→3

 

 丸藤亮

  手札1

 

「・・・ターンエンド。」

「その手札、その表情からしてモンスターかな?俺のターン。ドロー。」

 

 そういう沖田の言葉は、どうやらまたもや当たっていたらしい。ドンドン顔が歪んでいく。

 

「カードを1枚伏せて、手札から、エクスチェンジを発動する。」

 

 エクスチェンジ。それはとてつもなく灰汁の強いカード。

 

「まずお互いに手札を公開する。次に俺が先に選び、そのカードを亮君に確認させる。その後君がカードを選び、先ほど同様に選んだカードを俺に確認させる。お互いの選択したカードを手札に加える。」

「・・・テキストのわりに、ややこしいカードですね。」

「そういうな。さて、俺が選ぶカードはそれだけだが一体何だったのかな?」

 

 そういう沖田に、亮は苦々し気に手札を見せた。

 

「これですよ。」

「サイバー・ヴァリーか。優秀なカードだし、何よりもう一ターン延命できたな。ドローするアドバンテージもあるうえに、そのカードはコストで除外する。俺が効果を使っても、元々のプレイヤーはそっちだからドローするのは俺じゃできないな。」

「・・・デッキが答えてくれているんですよ。それで、俺が選ぶカードは・・・?!」

 

 沖田の手札を見たとき、亮の顔が更に変わった。

 

「なあ、みどり先生。どうして皇帝(カイザー)はあんなに驚いてるんだ?」

「・・・曽良の手札に、明らかに亮君のアドバンテージになるカードがあったのよ。」

「え?」

 

 なんでそんなものを持ってエクスチェンジを発動したのか、と思った。それは、ある意味で当然の思考。そんなもの(エクスチェンジ)を発動する必要はない。

 

「・・・シャドール・ファルコンを選択します。」

 

 亮が選択したその時。

 ・・・これだから、サイバー流は。そう、沖田がつぶやいた気が十代にはした。

 

「バトルフェイズ、エルシャドール・ネフィリムでサイバー・エンドに攻撃する。」

「え、それはまずいぜ先生!」

「いいから見ていなさい、十代君。」

「みどり先生?」

 

 沖田の、本来愚策でしかないその行為の末路を沖田とみどり、そして亮は知っていた。

 本来、圧倒的な攻撃力を持つサイバーエンドに2800のモンスターでは太刀打ちできない。

 だが、ネフィリムは違う。その身に内包された能力を最大限に利用する。ネフィリムから出された糸が、サイバーエンドを吊し上げる。それでも抵抗するそのドラゴンは、糸を引きちぎろうとするがその抵抗は空しく、切ることは出来ない。

 その糸を出した張本人が、サイバーエンドの接合部に潜り込む。そして核となる球のところに手を入れ、中から引き釣り出す。

 ギチギチギチと嫌な音がサイバーエンドから出る。そして、その核が取り出された瞬間、サイバーエンドは鉄屑と化した。

 

「ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとバトルする時、ダメージステップ時に破壊する。」

「そうか!それで先生は・・・あれ?」

 

 十代は、疑問に思った。それならば、超電磁タートルの効果を使う必要なんてなかった(・・・・・・・・・・・・)じゃないか。

 

「どうして。」

 

 亮がつぶやく。

 

「どうしてさっき超電磁タートルの効果を発動した!」

 

 そして、吠えた。

 

「そんなものを使わなくても、ネフィリムなら突破出来た!使うだけ無駄な行為を、貴方が気付かないはずがない!先ほど確認したネフィリムには、特殊召喚に成功した場合、デッキから『シャドール』カード1枚を墓地へ送る効果もあった!なぜ使わない!それにさっきのエクスチェンジ!あの手札には、あのカード(・・・・・)が・・・!」

「・・・その反応は、今まで君が戦ってきた総員の言葉だ。」

 

 その言葉に、何より疑問に思ったのは亮だった。

 

「今までのビデオを見させてもらった。・・・何より俺が気に入らないと思ったのは、そのプレイスタイルだった。」

「プレイスタイル?」

「・・・サイクロンを打つタイミング。奈落の落とし穴のようなカードを警戒せず召喚した後にあえて意図的に打っていた。さっきも相手のカードの効果を確認しない。ディスクには確認機能がついているのに、使わずに自爆しようとする。戦略はサイバー・ドラゴン頼り。それを悪いとは言わない。だが、だからと言ってまったく除去カードを使わないというのも、相手の切り札をあえて出させて殴りつぶすのも違うだろう。そんなのは、全力を出させるなんてデュエルじゃない。ただの自己満足だ。壁とやってろ、そんなもん。」

「なんだと?!」

「今出せる全力を出す。その為にあえて舐めたプレイをするというのなら、君たちサイバー流の言うリスペクトだと言うのなら、犬にでも食わせておけ。何よりの証拠は、俺の手札にあった、DNA改造手術(・・・・・・・)をエクスチェンジで取らなかったこと!」

「それは・・・。」

「答えろ、なぜDNAを取らずにファルコンを選んだ。」

「・・・。」

「その沈黙は、君の答えだ。よく考えることをお勧めする。」

 

 この言葉に、そこにいる誰もが介入できなかった。十代達でさえも、そこには介入できない。

 

「・・・少し熱くなりすぎましたね。デュエルが関係するとこうなりやすいんです。すいませんでした。」

 

 いや、口調まで変わって言っていたくせに今更どうなんだ、とその場にいる全員が思った。

 

「メインフェイズ2、モンスターを伏せ、カードを1枚伏せます。ターンエンド。」

 

 沖田

  手札0

 

「勘違いするかもしれませんが、デュエリストとしては、サイバー流の教えを全否定するつもりはありませんよ。」

「え?」

 

 沖田は、突然そんなことを言い出した。

 

「サイバー流の教えは、普通に考えればいいものです。ただ、だからと言って除去や定石を軽視するのが許せない。デュエルは、そういう戦略も重要なのにそれを卑怯と言い出すような輩が、サイバー流の教えとしてプロに感染させるかのように吹聴して回ったのが嫌なだけです。」

「先生?」

「ただ、それでも今の君みたいに、手札に加えれる自分の切り札をみすみす逃すような手や、『サイバー』カテゴリにおける最大の切り札を禁じ手などとほざいて使わないのが、製作者側(I2社社員)としてもデュエリストとしても許せないだけです。・・・心当たり、あったんじゃないんですか?」

 

 確かにあった。どこかで、そんなことは卑怯だと考えていたのは事実。デュエル最大の魅力とはモンスター同士のバトルであり、それを避けるようなカードは使わないなどと考えていたのは紛れもない事実だし、そういう考え方が強いサイバー流の門下生はかなり多かった。

 

「・・・俺のターン。ドロー。」

 

 色々考えたせいで、どことなく弱弱しい様子の亮に、沖田が追い打ちをかけるようにカードを発動した。

 

「DNA改造手術、発動。選択するのは機械族。」

「なっ?!」

「さて、お前は全力を出せるのかな?」

 

 この男は。

 この男は、言っているだ。サイバー流の禁じ手を出せと。確かに、そうじゃなければ突破は出来ない。

 だが、それは・・・。

 

「・・・天よりの宝札を発動します。お互いの手札が6枚になるようにドローしてください。」

 

 沖田は6枚。亮は5枚ドローする。そのドローした手札は、亮が今まで引いた手札とは一線を引いていた。

 

「・・・師範。貴方の教えを今だけは破ります。」

 

 亮は、自身の師匠である鮫島に心の中で謝った。だが、沖田はその言葉に満足したのか、今までとは打って変わって笑顔になる。

 

「ソウル・チャージを発動!サイバー・ドラゴン3体とプロト・サイバー・ドラゴン、を選択し、発動!」

「チェーンはない。どうぞ。」

 

 丸藤亮 4000→2000

  手札6→5

 

「・・・フィールド上の、サイバー・ドラゴンと自分、相手フィールド上の全ての機械族モンスターで融合する!吸収しろ、サイバー・ドラゴン!」

 

 サイバー・ドラゴンに吸収されていく機械達と沖田のネフィリムは、抵抗されることなくその姿は吸い込まれていった。

 

「キメラテック・フォートレス・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 キメラテック・フォートレス・ドラゴン。それは、相手を巻き込むことで除去を可能にする、サイバー流において禁じ手と言われ、使用を制限されたカード。単なる破壊でも、墓地に送るでもないこのカードの利点はやはり、チェーンブロックを作らずに相手を墓地に送ることが出来るからだろう。そして、6体を融合したことで、その攻撃力は6000となる。

 だが、それを出されても沖田は意に介さず墓地の効果を発動した。

 

「融合素材のネフィリムが墓地に送られたことで、ネフィリムの効果が発動。墓地のシャドール魔法、罠を手札に加えることが出来る。墓地の影依融合を手札に加える。」

 

 沖田

  手札6→7

 

「新たなモンスターが出てくる前に片を付ける!パワー・ボンドを発動!そして速攻魔法、サイバネティック・フュージョン・サポートォ!」

 

 丸藤亮 2000→1000

  手札5→3

 

 サイバネティック・フュージョン・サポート。その効果は強力無比。ライフポイントを半分支払い、融合素材を手札、フィールド、墓地から除外することで融合素材を確保できるカード。

 

「墓地のサイバー・ドラゴン3体を除外し、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚!」

 

 再び現れたのは亮の切り札であるサイバー・エンド・ドラゴン。その攻撃力は、パワー・ボンドの効果で8000となっている。

 

「バトルだ!キメラテック・フォートレス・ドラゴンで裏側守備モンスターに攻撃!」

「この時リバースしたシャドール・ファルコンの効果が発動!墓地の『シャドール』モンスターを裏側守備表示で蘇生させる!ネフィリムをセット!」

 

 フォートレスの攻撃でソリッドヴィジョンによる煙が巻き上がり、アリーナは誰にも見えない状況になる。だが、それでも叫ぶように聞こえるデュエリストの声は、アリーナの全員に伝わった。

 

「だが、先ほどセットしたサイバー・ヴァリーが残されている!サイバー・エンド・ドラゴンで攻撃ィ!撃滅の、エターナル・レヴォリューション・バーストォ!」

 

 慢心のない、その一撃はセットされたカードを破壊しようと動き出す。その声とその一撃で、誰もが勝敗は決したと感じた。一番その爆心地に近い亮にすら勝敗は分からない。

 

 だが、やはりと言うべきか。

 

 沖田は、無傷でその場にいた。沖田の罠から、無数の鎖がサイバー・エンドを苦しめる。

 

「攻撃宣言時にデモンズ・チェーンをサイバー・エンド・ドラゴンに対して発動した。攻撃は中断される。」

「・・・やはり、妨害の札は持っていましたか。」

「・・・いや、危なかったよ。見直した。」

 

 それは、沖田の嘘偽りない本音だった。

 

「・・・カードを1枚伏せて、サイバー・ジラフを召喚します。このカードをリリースすることでこのターン受ける自分のダメージを0にします。ターンエンド。」

 

 丸藤亮

  手札3→1

 

「じゃあ、終わらせようか。俺のターン、ドロー。」

 

 沖田は、ドローしたカードを見て、ニッタリと笑った。

 

「手札から、影依融合を発動!このカードは相手フィールドに融合デッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、素材をデッキから墓地に送ることが出来る。」

 

 沖田

  手札8→7

 

「デッキ融合だと?!」

「デッキのマスマティシャンとシャドール・ヘッジホッグを融合。エルシャドール・シェキナーガ。」

 

 現れたのは、機械に身を宿したネフィリム。その効果は、ネフィリムとはまた違った厄介さを持っている。

 

「ヘッジホッグの効果で、シャドール・ビーストを手札に加える。そして、シャドール・ハウンドを召喚し、装備魔法、魂写しの同化を発動する。このカードは、シャドールの属性を変更させ、更に手札、フィールドのモンスターとこのカードを装備したモンスターを墓地に送り融合することが出来る。水属性を選択。手札のハウンドとビーストを融合させ、融合召喚。エルシャドール・アノマリリス。」

 

 沖田

  手札7→8→5

 

 さらに降臨したのは、水属性のシャドール。エルシャドール・アノマリリス。ネフィリムが氷の衣装を纏うその姿は、アリーナの全員を魅了した。

 

「先生。」

「なんだい、亮君。」

「・・・どうして、そんなに融合して手札が減っていないんですか?」

「・・・仕様です。ビーストの効果で1枚ドロー。ハウンドの効果でキメラテック・フォートレス・ドラゴンを守備表示に。」

 

 沖田

  手札5→6

 

 そう考えるのも無理はない。OCGの9期においてこのカードは一部、生まれたのが間違いとまで称され、後に影霊衣カテゴリが出来るまで環境トップを誇ったのだから。

 少々、このデッキを使うのは大人げなかったかもしれませんね、と彼は後日話したという。

 

「バトルだ。サイバー・エンド・ドラゴンにネフィリムで攻撃。」

 

 またもやサイバー・エンド・ドラゴンにネフィリムの魔の手が襲い掛かる。ダメージステップに入る前にまたもや破壊されていくサイバー・エンドを亮はどことなく達観して見つめていた。

 

「サイバー・エンド・・・。」

「キメラテック・フォートレス・ドラゴンにシェキナーガで攻撃。」

 

 いくら攻撃力が高くても、フォートレスの守備力は0。抵抗することなくスクラップにされていく。

 

「止めだ。アノマリリスでダイレクトアタック!」

「異次元からの帰還を発動!サイバー・ドラゴン3体を特殊召喚!」

「うち1体に攻撃する。」

 

丸藤亮 1000→500

 

 アノマリリスの攻撃が、サイバー・ドラゴンに襲い掛かる。

 

「・・・メイン2、貪欲な壺を発動する。墓地のファルコン、ハウンド、ビースト、ヘッジホッグ、マスマティシャンをデッキに戻し、2枚ドローする。手札を4枚伏せて、ターンエンド。」

 

 沖田

  手札6→7→3

 

「・・・俺の。」

 

 亮は、今だけは勝ちたいと思った。それは亮にとっては珍しい気持ち。今までは楽しんでデュエルをすればいいと思っていた。だが、そうじゃないのだと気付く。

 勝てなくてもいいじゃない。勝ちたいのだ。それが、本当のデュエルの形。

 

「ターン!」

 

 勢いよく引いたそのカードは、亮が最も信じたカード。その名は。

 

「パワー・ボンド発動!サイバー・ドラゴン2体で融合召喚!サイバー・ツイン・ドラゴン!」

 

「・・・3積みしてたんですか。」

 

 まさかのデッキの脳筋さに沖田は驚きを隠せなかった。シャイニングドローでカード創造してないよなと半ば現実逃避をしかける。

 

「攻撃力は5600!そしてサイバー・ツインは2回攻撃できる!アノマリリスとシェキナーガを攻撃すれば、俺の勝ちだ!」

「・・・。」

「バトルだ!サイバー・ツイン・ドラゴンでエルシャドール・アノマリリスに攻撃!エヴォリューション・ツイン・バーストォ!」

 

 今度こそ、と亮は思った。それは観客も同じ。流石にみどりも沖田の負けかなと考えたが、沖田はこれで終いだと言わんばかりにカードを発動した。

 

「永続罠 革命-トリック・バトルを発動。」

「何?!」

「自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターと相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターが戦闘を行う場合、攻撃力の低いモンスターは戦闘では破壊されず、攻撃力の高いモンスターが戦闘によって破壊される。」

 

 沖田 4000→1100

 

 戦闘ダメージを受けたものの、亮のサイバー・ツインはネフィリムとサイバー・エンドの時のように、破壊される。逆転の術は、亮には残されていない。パワー・ボンドのデメリット効果により、亮の敗北が確定した。

 

「・・・ありがとう、ございました。」

 

「こちらこそ、ありがとうございました。」

 

「すいません、少し、席を外します。」

 

「・・・そこの倉庫は防音だから、どれだけ叫んでも大丈夫だよ。」

 

 亮がどんな気持ちなのか、けしかけた沖田には分かったのだろう。亮は倉庫に入り、中から少々叫び声のようなものはうっすら聞こえる気はするが、こちらまでは響かなかった。

 

 

 

    ◇

 

 

「畜生!」

 

 ガンッ!とこぶしでロッカーを殴りつけた音が反響する。手が出てしまうくらいに、亮は狼狽していた。

 

 負けた。

 

 全力で挑んで、負けた。

 

 今までとは違う、壮大な敗北感が亮を襲う。全力だった。持てるすべは全て出し尽くした。それでも負けた。

 

「・・・だが、何だろうな。」

 

 どこか、清々しい。それは亮が今まで一度も味わったことのない思い。

 

「・・・ダメだな、今のままでは。」

 

 亮の中には、デュエル中に沖田に言われた言葉が響いていた。

 

『そんなのは、全力を出させるなんてデュエルじゃない。ただの自己満足だ。』

 

 ああ、確かにそうだったのだ。今までは、接戦をあえて演じていたのかもしれない。そう思うと、急に今までの対戦相手に申し訳なくなってきた。

 

『お前は全力を出せるのかな?』

 

 多分、間違いなく沖田は亮のそういう本質に気付いていた。そうでなければ、エクスチェンジなんて入れることのないカードだったのだろう。あれは間違いなく沖田のメッセージだったのだ。

 

「先生。」

 

 絶対に超えてやる。次は勝つ。その為にも。

 

「・・・今日は徹夜で、デッキを見直すか。」

 

 改めて、自分を見直そうと。亮はそう思った。

 

 

    ◇

 

 

「・・・全く、そのためのエクスチェンジだったのね。いきなりエクスチェンジ持ってないか?なんていわれたからびっくりしちゃったわよ。」

「助かりました、みどり。」

 

 デュエルが終わり、レッド寮に十代達を届け、明日香を女子寮に連れて帰った後、沖田とみどりはそんな会話をしていた。

 

「でも、亮君って貴方があの『シャドール』を持ち出すほどに強かったの?あれ、貴方の本気用でしょ?」

「・・・まあ、正確にはそんなに本気用にカスタムしてませんでしたし。何よりエクスチェンジを使いながらアドを取るデッキが他に思いつかなかったんですよ。」

「まあ、あのサイバー流の考え方に思うところがないわけじゃないし、別にいいけどね。」

 

 そこで沖田も気付いたらしい。

 

「そういえば、貴方もサイバー流の風潮でデッキを変えざるを得なくなったんでしたっけ。」

「おかげでね、クリスティアが使えないの。あのカード綺麗なのになぁ。」

「パーミッションやロック戦術、バーン戦術は最近は嫌われやすいですからねぇ。」

 

 まあ、ある種仕方がないところはあるのではないだろうかとは思う。召喚条件の割りに強力すぎる効果を持つクリスティアは、I2社の中でも度々議論されたカードの一つだからだ。

 

「・・・知っていますか、みどり。サイバー流がプロやI2社でどんな評価を受けているのか。」

「知ってるわよ。弟が現役プロよ?」

「その弟に危なげなく勝てる貴方は何者なんですか。」

 

 一瞬の沈黙の後、沖田は続ける。

 

「大衆を味方につけた卑怯者。それがサイバー流の隠れた評価です。パーミッションを否定し、バーンを禁止にまで追い込んだあの風潮を作り出した戦犯者。」

「だから、今のうちにああやって現実を見せようとした。」

 

 沖田の内心を、みどりは見透かしていたようだった。

 

「・・・サイバー流は、プロに何人も輩出する名門です。ですが、それと同時に最も地下に行くことが多いデュエリスト達でもあるんですよ。」

 

 地下。

 アンダーグラウンドとも呼ばれるそれは、いわば非合法のVIP専用のプロ大会。地上で行われるのとの相違点は、命がかかっているかどうかだろう。下手をすれば命はない。そこで命を落とせば、亡骸すらが家族のもとには帰らず、人知れず消えていく。その命は、臓器提供のドナーとして病院で取引されるからだ。

 

「・・・あんなところに、若い人たちを追いやるわけにはいきません。」

「それは、元アングラデュエリスト最強(・・・・・・・・・・・・・)とまで言われたあなたの言葉?」

「・・・。」

 

 その言葉に、思わず沈黙してしまう沖田。

 

「・・・少し、意地悪だったわね。」

「・・・いえ、そんなことは。」

「貴方が、後悔してるのは知ってる。でも、いつまでも引きずるわけにはいかないでしょ?」

 

 その言葉に、強く、そして静かに反論した。

 

「いつまでも後悔してますよ。だから、彼をあのままプロに追いやるわけにはいかない。本当の敗北を知らなかった彼は、このデュエルできっと今までで一番悔しかったはずだ。・・・彼が成長したその時は。」

 

 本当の、本気のデッキで挑みますよ。それだけのポテンシャルが、彼にはあるのだから。

 

 そういう彼の言葉に、みどりは、何も言えなかった。

 

 月明かりが眩しい、満月の夜に出した彼の言葉は。

 

 誰よりも苦しい、本音だったのだとみどりは確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者はあまりADSでシャドールを回したことがありませんので、もし効果処理が間違っているなどあれば感想にお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

ようやく第9話。ここからは、三幻魔編に行くつもりです。・・・何か月後に続きができるかは分かりませんが。

なので今回は、その繋ぎみたいに思ってください。デュエルはありません。おい、デュエルしろよ←




 

 異臭がする。気分が悪い。

 鼻につくような異臭がこみ上げてくる。肉を焼いた、だが香ばしいとは程遠い匂い。その匂いを嗅ぐと、どんどん気分が悪くなってきて、胃の中のものがこみ上げてくる。

 それはそうだろう。正常な人間ならば、目の前で人が感電死しかけていて(・・・・・・・・・・・・)、さらにその匂いが人肉が焼け焦げた匂いだというのなら誰だってそうなるだろう。

 

「・・・止めてくれ。」

 

 目の前の肉塊は、男はそう消えるような声で呟いた。

 

 男は、サイバー流といったか。そんな流派を使うデュエリストだった。元々、表の世界でプロデュエリストとして活躍していて、ランキングも、人気も上位に入るデュエリストだったらしい。

 だが、ある時転機があった。プロとして期待が上がっていくにつれて、勝てなくなっていったのだ。当然だ。ランキングが上がれば、必要なタクティクスも、実力も上がる。だが、男には成長することが出来なかったのだから。

 勝率が下がる。そしてファンが減っていく。そしてまた負ける。またファンが減っていく。

 そんなループに耐えられなくなったのだろうか。ある時、男は試合の中で、相手の戦法を批判し始めた。陰湿だ、陰険だ。そんなことに意を介さない相手に、男は暴力をふるい、プロからも、サイバー流からも姿を消したらしい。

 

 そして、ココに堕ちてきた。ここは『アンダーグラウンド』と呼ばれる地下施設。通称地下と呼ばれるここは、ラスベガスのカジノの賭け事の一つとして、半合法的に運営されている。警察すらを抱き込んだ、このデュエルの闇と言える世界に。

 やることは上と同じ、ただのデュエル。ただ、ライフが減っていくごとに電流が流れ、負けたときにはさらに大きい電流が流される。下手をすれば死んでしまうような電流が、敗者を襲うということはすなわち敗者の死を意味する。

 

 ただ、それだけ。

 

「止めてくれぇ。」

 

 男は泣きながら、目の前の少年に訴えた。だが、終わることはない。男のライフは0。だが、効果処理はまだ終了していないのだ。

 少年の手が、デッキに触れる。わずかに躊躇していたのは、まだ少年の心に罪悪感が残っていたからだろうか。

 

「ドロー、モンスターカード。」

 

 目の前のモンスターが、再び攻撃に入る。止めるすべはない。0のライフが、更に攻撃を受けたことで減らされ、男は悶絶する。今度は、息も止まったのだろうか、か細い声すら上げられなくなった。

 

「ドロー。モンスターカード。」

 

 また、モンスターの攻撃が入る。電気の奔流が彼を襲う。だが、幸いにも止まった心臓が今ので動き出したらしい。また、男は息を吹き返した。

 

「ドロー。モンスターカード。」

「止めて・・・。」

 

 だが、効果処理は終わらない。三度彼に電流が襲う。

 

「ドロー。」

「この・・・人でなしぃ・・・。」

 

 電流が、ストップする。引いたのは魔法カードである死者への手向け。なんという皮肉か。自分には、介錯してやることしか出来ないと言われているみたいに、少年は感じた。

 男が医務班により担架に上げられ、担ぎ込まれる。あの人は助かったのだろうか。いや、そうはならないかもしれない。ここでは、人権が一番軽視される。もしかしたら、もうすでに彼のレシピエントとしての行き先が決まっているのかもしれない。そうなら、彼の命は負けた瞬間に生きていようが生きていまいがこの世からいなくなる。幸いにもそうでないなら、次の試合のための道具として丁重に、懸命に処置が施されるのかもしれない。

 だが、それを少年が知る術がない。いや、知るだけショックを受けて苦しむだけなのだと理解しているから、あえて知ろうとはしない。

 

 男の姿が見えなくなる。男の行く末を憂いていた思考を切り替え、控室へ踵を返す。

 ふと、気付いた。自室である控室の前に、大柄な男が立っている。少年はその男を知っていた。ここに少年が来た時から、面倒を見てもらっている男だ。スライムとウイルスによるロック戦術を使う男で、見た目のわりに随分とクレバーな戦術を使うと、彼の頭は記憶していた。

 

「おう、お疲れさま。」

 

 そう、男が労うが、少年はまったく反応を見せない。その様子に男は、頭をかきながら困ったように少年に話しかけた。

 

「・・・さっきの男のことを憂いているなら、それは違うぞ。」

 

 男は少年と長い間意思疎通を図っている。だから、少年が何を考えているのかを見抜いていたのだろう。

 

「あいつは、落ちて、堕ちて、墜ちてきた。それは、あいつが選んだ道で、あいつが選んだ結果だ。その末にお前に負けて、命が危うい。それだけの話だ。お前が気にすることじゃない。」

「・・・だけど、彼はここに初めて来た初心者だ。」

「ああ、あいつには痛みに対する耐性はない。ここの奴みたいに薬やって痛みを減らしたり、俺みたいに特別鍛えたりしているわけじゃない。お前みたいに、ライフを減らされないように立ち回ったわけじゃない。だから、ミスを連発したのかもな。だがだからと言ってなんだ?お前が気にすることじゃない。」

「殺したのは俺だ。」

「いいや。お前は殺してない。殺すのは今あいつを連れて行った医者だ。」

 

 ああ、彼は死ぬのか。今度はどこの病院に売られるのだろう、と少年は思った。負けた瞬間、彼の命は後ろの医者によって消されるのが既に決まってしまったのだ。

 

「・・・ここじゃ、人権が軽視される。だがな、同時に一番重要なものもある。」

 

 男が少年に言い放った。

 

「それは、勝利だ。そして、勝利によって得られるモノだ。その次に大事なのは、自分の命だ。間違っても、他者の命じゃない。」

「だけど、彼は死ぬ。俺が態と負けていたらそんなことにはならなかった。」

「そうすりゃ、お前があの電流で死んでいたかもな。」

 

 その方がよかったのじゃないか、と少年はそこまで思ってその思考を破り捨てた。自分が、なぜここにいるのか。その原因を思い出したからだ。

 

「・・・お前が気にすることは、自分のことだけでいい。他のことは、何も考えるな。」

 

 だが、だからと言ってそう簡単にその思考を捨てれるわけではない。少年は、苦々しい表情で押し黙った。

 

「・・・お前は、ほんとココに向いてないな。まったく、なんでこんな奴がアンダーグラウンドマスターなんだか。」

 

 アンダーグラウンドマスター。それは、ここのチャンピオンのみに与えられる称号。そして、裏社会トップクラスのデュエリストの証。

 

「・・・じゃあな。とりあえず、敵に情けを掛けて、自分がくたばるんじゃないぞ。『悪夢』さん。」

 

 『悪夢』なんかじゃない。俺の名前は・・・。

 

 そう言おうとして、振り返るとすでに彼の姿はいなかった。代わりに聞こえてきたのは、反対側から突き上げるような悲鳴。それは、対戦した男のもの。ふと、少年の目に涙が流れた。

 

 ・・・ごめんなさい。

 ・・・・・・生き残って、ごめんなさい。

 それでも、俺はここで金を手に入れなきゃいけないんです。生きていく、生活のために。

 

 そう、少年は自分を正当化して、控室の中へ消えていった。

 

 

 

   ◇

 

 

「・・・最悪の夢ですね。」

 

 沖田は、呟いた。それは、とある少年の1ピース。苦悩に満ちた、少年の罪。

 

「・・・3日前の対戦が、サイバー流だったからですかね。何年も見てなかったのに。」

 

 この数日、同じ夢ばかり見る。おかげで睡眠時間が減って、いまだに眠気が襲ってくる。

 眠気覚ましにシャワーでも浴びよう、と沖田は呟きながら浴室に向かう。ふと、視線を斜め後ろにやる。

 

「・・・大丈夫ですよ。もう、あんなデュエルはしなくてすむんですから。」

 

 そこには、自身の精霊であるカードが、数枚。そして、それらは実体化しないまでも、沖田に心配そうな目を向けていた。

 

「大丈夫ですって。それよりも、朝ごはん何食べますか?」

 

 パンケーキ、と精霊達は答えた。沖田は少し笑って、「シャワーが終わったら、一緒に食べましょう。」と言うと、少し嬉しそうな顔をする精霊達。

 

 今日も、アカデミアは平和だった。

 

 

   ◇

 

 

「それで、反省文は書き終わりましたか?」

「いや、あのデュエル終わってすぐに反省文の提出は無理だって、先生。」

 

 生徒指導室の中で、十代と沖田はそんな話をしていた。今日、十代がここに呼ばれたのは先ほど、反省文を掛けたデュエル(デュエルが終わっても反省の様子を見せない十代達に、結局校長が反省文を書くように言われてしまったが)が終了した後に約束通り沖田に呼び出されたからだった。

 

「それで、話ってなんだよ先生。ハネクリボーのことについてって。てか、先生見えてるんだよな?!」

「落ち着いてください、十代君。自分以外の精霊が見える人が珍しくて興奮しているのは分かりますから。」

 

 そう沖田は十代をなだめるとお茶をすすった。

 

『十代さんもどうぞ。』

「あ、はい。ありがとうございます。って、え?」

 

 十代が思わず振り返る。そこには、長身のどことなく儚げで神聖な、綺麗な女性の姿があった。

 

『どうなさいました?十代さん。』

「いや、誰?!」

「気付いていなかったんですか。最初から部屋に居ましたよ。」

『酷いです。私、そんなに影が薄かったなんて。』

「ほら、十代君謝ってください。」

「あ、すいません。」

 

 思わず謝ってしまった十代だが、疑問は晴れない。この部屋に入った時、初めて入ったのもあって興味津々といろんなものを見た。その時に、彼女の姿はなかったのは確かだった。

 一体、彼女はどこから来たのだろうと考えるが、一向に答えは出ない。

 

「・・・冗談はこのくらいにしようか。お前も、人型の変身を解け。そうすれば十代君も誰なのかくらいわかるさ。」

 

 え?と十代が思うのもつかの間。女性の姿は見る見るうちに変わっていく。白磁器のような白い肌。だが、無機質な人形のような姿に。その姿、その名前は。

 

「エルシャドール・ネフィリム・・・。」

「正解だ、十代君。彼女は精霊のネフィ。それなり・・・というか、かなりの力を持つ精霊だよ。君のハネクリボーほどじゃないけどね。」

 

 そう言って、沖田は微笑んだ。

 

『白き羽の精霊に精霊の力で勝て、なんていう方が無茶な話なんですけど。』

「そういうな、ネフィ。ハネクリボーの出自には驚いたが、お前は俺の大事な精霊だ。そう拗ねるな。」

『拗ねてはいません。』

「そうかい。まあ、悪かったよ。」

 

 そんなほほえましい会話だが、十代は先生何の話?とか、ハネクリボーってそんなに凄い精霊なのか?など疑問は尽きない。

 

「ああ、十代君。そういう訳で、俺も精霊が見える。君よりも、ずっと前からね。」

「それはいいけど、精霊についての話ってそれだけ?」

「まさか。でも、まずは自己紹介から。俺には彼女以外にも精霊はあと何人か憑いてくれているんだけど、他のメンバーは・・・まあ、大変気まぐれでね。今日は日光が強いから部屋から出ないとか言い出して今は俺の部屋に居る。その内、紹介しますよ。」

「ああ、じゃあ俺もちゃんとネフィ?だっけ。その精霊に自己紹介しないと。えっと、俺は。」

『知っていますよ、十代さん。そしてその横の精霊のことも、存じています。初めまして。私はネフィ。曽良の精霊です。他にも何人かいらっしゃるんですが、本当に気まぐれで。』

 

 本当、これだから魔轟神の奴らは一族内で争いまくってるんですよ。とネフィは呟いた。魔轟神、というキーワードが十代には気になったが、そこについてネフィは話すつもりはないのか、話を早々に切り上げて、ハネクリボーに対して初めまして、と自己紹介を始め、撫で始めた。それに気持ちよさそうに答えるハネクリボー。

 

「クリクリィ!」

『・・・曽良、この子持ち帰っちゃだめですか?こう、人をダメにする感触なんですけど。』

「ダメ、十代君に返しなさい。」

『はーい。』

 どうやら、ハネクリボーの感触はネフィの琴線に触れたらしい。感触も手触りも一級品だったのだろう。ネフィは名残惜しそうに十代に返した。対してハネクリボーの方も名残惜しそうにしていたが、すぐに十代の肩に乗り、笑顔になる。

 

「それはいいが、その姿だと他の生徒に見られた場合に言い訳が聞かない。実体化を解いて一般人に見られないようにするか、それとも人型に戻るか。なんでもいいからどうにかしてくれ。」

『この辺りに一応人よけの魔法を使ったから大丈夫じゃあないんですか?』

「念のためだ。」

『仕方ないですねぇ。』

 

 そう言って、ネフィは先ほどの姿に戻った。どことなく神聖な雰囲気を持つ女性の姿に。

 

「・・・さて、十代君。精霊の存在については、このように明らかなのはわかってもらえたかな。」

「ハネクリボーがいるからそれは分かってたけど。」

「なら、この前体験した闇のゲームについても、真偽は分かるだろう?」

 

 その言葉に十代は頷いた。沖田は続ける。

 

「闇のゲームは実在する。闇のゲームと言っても、種類は様々だ。古い道具を軸にして再現されるゲームから、こうした、精霊を使った闇のゲームと言うのも、実は存在している。」

「精霊を使った闇のゲーム?」

 

 初めて聞く言葉だった。元々闇のゲーム自体が都市伝説のようなものだったのに、それに種類があるなんて言うことを誰が知っていようか。

 

「・・・精霊っていうのは、人と同じように善いやつと悪いやつがいる。君のハネクリボーのように実害がなく、むしろ神聖な力を持っている精霊もいれば、もっと性質が悪いやつまでね。そう言ったやつらが利用するのが、アイテムに頼らない闇のゲームだ。俺たちはそういうのを区別しているんだよ。」

 

 対処法が変わるからね、と沖田は言う。

 

「性質が悪いやつ?」

「具体的に言うなら、この世界に実態を持つために人を殺してその魂を生贄にしたりだとか。他者を操って暗躍したり、生き延びるために処女の生き血を集めたり。そうした類の存在まで多種様々だ。」

 

 思わず十代は引いた。そんなにあくどい精霊が精霊がいることにも驚いたが、それを淡々と説明する沖田にもなにか只ならぬものを感じる。

 

「まあ、其処まで悪質なのはそうそういませんし、人生で1回も会わない方が自然なんですが・・・。精霊が見えるとそういうものに巻き込まれやすくなりますからね。その為に、渡すものがあるんです。」

 

 そう言って、彼はポケットの中からアクセサリを取り出す。それは、布のようなものだった。

 

「これは、聖骸布です。」

「聖骸布?」

「・・・まあ、闇のアイテムと思って相違ありません。」

 

 闇のアイテム。それは闇のデュエルをするにあたって、必須ともいえるアイテム。

 

「これを持っていてください。君が精霊の力を自在に操れるなら必要ありませんが、これがあれば闇のゲームのダメージを少しだけ弱めたりすることが出来ます。」

「そんな凄いもの貰っていいのかよ!」

「・・・まあ、それ以外にまったくと言っていい程、布ですし。」

 

 ほかに利用できることがないからと言って他人にあげるものではないだろう、と思いながらも、十代はそれを受け取った。

 

「そして、これも渡しておきます。」

「・・・鍵?」

「ただの鍵じゃありませんよ。職員室の俺の机の一番上の鍵です。」

 

 なぜ、そんなものを渡すのだろうか。そう気になった十代だが、その次の沖田の言葉で余計にこんがらがった。

 

「その中には、俺が持つカードの一部が入っています。」

「え?」

「それも、ただのカードじゃありません。とある界隈では『精霊付き』と呼ばれる特別なカードです。」

 

 『精霊付き。』それは、精霊の力が根強く残ったカード。精霊そのものはついていないが、かつて精霊が宿ったことで、その力の一部が残っているカードのことを指す。これらを、沖田は大量に持っていたと、十代に教えた。

 

「それで、それをどうすればいいんだよ。」

「・・・もし、俺がこの島にいないときに精霊の力による事件が起きたら、そのカードを持って行ってくれてかまいません。」

「え?でもそんなことってそうそう起こらないんだろ?」

「それがそうとも言えない状況なんです。」

 

 沖田が言うには、この島は精霊の動きが明らかに異常と言えるまでになっていたらしい。なっていたというのは、先日のタイタンの後、妙に活発になっていたそうだ。この島の精霊は元々が活発なのに加え、その異常な精霊の行動のせいで少々警戒しなければいけないものの気配がするそうだ。

 

「ただ、俺はずっとこの島にいるわけじゃありません。土日にはこの島にいないことが殆どです。」

「え?そうなのかよ。」

「ええ。たいていは定期便で本土に戻ってアメリカにわたっています。実家がそこなので。」

 

 そういえば、先生はアメリカに居たんだっけと思考をめぐらす。

 

「まあ、この前みたいに帰らない日もありますし、その時は俺を呼んでくれたら、少なくとも十代君よりは精霊について対処できます。ですが、そうでないときは君が、このアカデミアの生徒を守ってほしい。」

「守る?」

「よっぽど悪質なリアリスト精霊以外は、大抵デュエルで対処できますし、精霊のデュエルタクティクスってそんなに高いものじゃないですから、その聖骸布を持って、デュエルで勝ってください。それさえ持っていれば負けても命を取られることはありません。・・・まあ、一番は俺に連絡してください。その時その時で対処法を教えます。」

 

 そういう沖田の目は真剣だった。だが、十代には自信がない。先日のタイタン戦、そこで少々、自信を目の前の男に崩されてしまったのだから。

 

「・・・無理にとは言いません。ですが、この島で精霊を見ることが出来る人物は君と私を含めても僅か数人です。」

「え?数人もいたのか?!どうやって分かったんだよ!」

「驚くとこ其処ですか。・・・まあ、見えている人からしたら何とも言えない光景が広がっていたんでしょうねぇ。」

「え?」

 

 沖田がとった方法は、いたって簡単だった。授業中、精霊に頼み込んで用意してもらった変わった衣装で劇をしてもらったり、悪戯をしてもらったりした。精霊が見えているのなら、それを目で追うなど何かしらのアクションを起こす。そうでないのなら、何もしない。そうやって沖田は精霊が見える人物を探し続けていた。

 その結果、数人だが目星をつけていた人物がいた。だが、彼らに精霊を操ることは出来ない。なぜなら、彼らに精霊の気配がまったくしていなかったからだ。精霊が見えているのに精霊が憑いていない。これは、本人に精霊を操る力が希薄である証明だということを沖田は知っていた。

 だからこそ、沖田は十代に頼み込んだのだ。そうでなければ、誰が好き好んで未成年にそんな役回りを押し付けようか。だが、いざと言う時に動ける人物が自分以外に必要だということも理解していた。これは苦渋に苦渋を重ねた選択だった。

 

「なので、一応お守り代わりに持っておきなさい。そして、必要な時には引き出しからカードを取り出して使ってください。」

「・・・わかった。」

 

 真剣な表情でそう語る沖田に、十代は何も言えなくなった。本気で、心配しているのだと、でも、これしかないのだと、その表情で悟ってしまったから。

 だけど、おきたはその悲痛な表情をふっと和らげ、朗らかに言った。

 

「まあ、そんな事態はそうそうないとは思いますけどね。俺がいる限り。」

「馬鹿じゃないですか、曽良。」

「そういうことは言わないのがお約束ですよ、ネフィ。」

 

 そういって、柔らかな空気に戻った。その空気に、自然と十代も笑顔になる。だが、沖田はまだ何か言いたそうだった。

 

「・・・それから、もし、君が精霊のことで知りたいことが出来たのなら。」

「え?」

「・・・いや、止めておきましょう。普通に生きていれば知る必要のないことだ。」

 

 そう言って沖田は手元にある温くなったお茶を一気にあおった。

 

「さて、十代君。俺の予想が正しければ、そろそろ約束の時間なんじゃなのかい?」

「え?あー!この後約束があるんだった!」

 

 その様子に、ほほえましくなる沖田。自分には、あまり縁がなかったことなので、尚更そう思うのだろう。

 

「ははは、まあ、急いで行ってきなさい。青春を謳歌するのは、若人の務めだ。」

「いや、先生そこまで俺らと年変わんないような・・・。あ、そうそう先生も誘ってほしいって明日香に言われたんだった。」

「明日香さんに?」

「今からパーティやるんだよ。バーベキュー。今回の勝利を祝ってさ、レッド寮で!んで、先生にはお世話になったから是非来てほしいって。もちろん俺らも来てほしいと思ってるぜ。」

 

 その様子に、少し面白そうと思った沖田は、行くことを決意した。

 

「・・・分かりましたよ。でしたら、もうすぐ明日の準備が終わりますので、後から向かいます。」

「やりぃ!絶対だぜ!」

 

 そう言って十代は廊下を急いで駆け抜けていった。

 

「行きましたか、元気ですねぇ。さて・・・。」

 

 そう言ってコンピューターの電源を入れた沖田。テレビ電話のアプリケーションを開き起動する。そこには、予想通りの相手からのコンタクトがあった。

 

「お久しぶりデース、沖田ボーイ。それでは今週の報告をお願いシマース。」

「・・・その似非日本語、どうにかならないんですか、ペガサスさん。」

 

 

   ◇

 

 

 

 十代は、一時間経っても、沖田が来ないことに少し訝しんでいた。

 

「先生、遅いなぁ。」

「まあ、いいじゃない十代。」

 

 向こうも仕事があるんだし、と明日香は諫める。それと同時に、少し気になることを十代に聞いた。

 

「それで、話って何だったの?そのハンカチみたいなののこと?」

「ああ、まあ、いろいろ。」

「なによ、十代らしくない返事ね。」

 

 だが、思ったような答えは返ってこなかった。そんなとき、翔から誘いがかかる。

 

「アニキ―!そろそろ始めましょー。お肉ですよお肉!」

「お、今行くぜ!」

 

 そんな様子の十代に、少し話したかったことがあった明日香は、呼び止めた。

 

「ねえ、十代。」

「なんだ、明日香。」

「・・・ううん、何でもない。」

 

 だが、それを打ち明けることはなかった。明日香は、自身の兄について、十代に助力を請おうとしていたのだが、寸前で思いとどまった。

 

 (これは、私の問題。無関係な十代を巻き込むわけには。)

 

 だが、それと同時に思うところもあった。

 

 (でも、十代に手伝ってもらいたい。)

 

 おそらく、十代と自身の兄が似ているからだと思った。ムードメーカーで、どことなく飄々としている、それでもデュエルには人一倍熱心な兄に。

 だからだろうか。頼ってもいいのではないかという思いが明日香にはあった。

 

「どうしたんです?明日香さん。」

「・・・沖田先生。」

 

 沖田先生なら、何か知っているかもしれない。闇のゲームについて詳しい先生。それなら、あの寮で起こったことが、同じ廃寮で居なくなった兄について何か知っているんじゃ、と考えていた。

 

「あの、先生。」

「ほら、十代君達が待ってますよ。」

 

 ふと、前を見た。先ほど走っていった十代が戻っていた。

 

「何やってんだよ、明日香!はやく行こうぜ。」

「焦らない焦らない。十代君、そんなんじゃモテないよ?」

 

 その様子とセリフが、どことなく兄に似ていたのが明日香には心苦しかった。何の手がかりも得られてない。その焦燥感が明日香を焦らせる。

 

「あ、先生!遅いぞ!もう火の準備は出来てるんだぜ?!」

「ごめんごめん、思ったより手間取ったんだ。ほら、お肉を持ってきてあげたからこれで許してくれ。」

「あ、すげぇ!肉一杯だ!」

「あとで、みどり先生も来るそうですよ。」

「分かったぜ!ほら、明日香!行こうぜ!」

 

 『行こうよ、明日香!』

 

 過去にあったその姿と十代の姿が重なる。明日香は、その行動で思考に酔った頭を完全に切り替えた。

 

「・・・そうね。これ以上遅くなったら炭が灰になっちゃうわね。」

「そうそう!って、継ぎ足せばいいんだからそれはないとは思うけど。」

 

 こういう時くらいちょっと場を和ませてくれてもいいじゃないか。なんでいきなり冷静になってんだ。と突っ込みたくなったが、まあいいかと明日香もレッド寮に向けて走り出す。

 

 

   ◇

 

 

 

「・・・平和、ですねぇ。」

 

 横目で見ると、バーベキューで騒ぐ生徒たちの姿。悩み事であるデュエルが終わって、溜まった鬱憤を晴らすかのように皆、騒いでいた。

 この平和が、いつまでも続けばいいのに、と沖田は思う。だが、そんなわけにはいかないのだろう、とも思っていた。

 

 (絶対に、防いで見せる。)

 

 そう決意し、沖田は、足元にはびこる異常な気配に向かって、意識をめぐらした。

 

 (三幻魔の復活だけは!)

 

 そう、そのために自分はいるのだから。それが、自分の贖罪なのだから。

 

 でも、今だけは。

 

「おーい、早く!先生!」

 

 今だけは、この平和な教師生活を続けられますようにと、沖田は信じてもいない神に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

 ぶっちゃけ廃人が行き詰ったのでこちらを投稿。文才がないことを改めて自覚しました。
 
 それはそうとFGO、賢王目当てで20連回し、当たり0。
 友人と徹夜で遊んだ帰りに、マックで10連回しようやく金の気配が・・・?!

 オジマンディアス「我が業を見よ!!」

 お前はなんでピックアップの時に来ないんだ・・・!!
 残った石は邪ンヌか沖田さんか弓ギルの時に使うことにします。


 

 アメリカ、ラスベガス。

 昼は繁華街、そして夜は権力とギャンブルの、欲望渦巻く大人の街。

 

 ・・・なんて事はなく、ラスベガスも割と最近は平和な雰囲気になっていた。

そもそも、ギャンブルとはいえ国の政策として経営されているものが、違法であるはずもなく。この街は、割と平和なのだ。

 

 だが、違法なものがないわけではない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 国が始めたからと言って、経営はあくまで個人で行われているところが殆どだ。そんな中、ある問題が発生した。

 

 観光客だ。正確には、観光客が破産した場合のケースと言ってもいい。

 債権を回収しようとも、観光客の住まいは別の国。それも、ほとんどの場合が海を隔てた向こう側。

 クレジットカードのない今の時代、その負債回収するのには莫大なお金がかかってきた。しかも、負債が莫大すぎると、破産申請されてハイおしまいと、貸し付けた金が戻ってくるのは絶望的である。

 当然ながら、すぐに対策が打たれた。だが、そんなものは何のその。例外、新たな例外が現れ、経営困難に陥っていった。

 

 そんな中、国が裏で行ったのが、一般市民、つまりは私営のカジノが集まり、作っていた裏カジノ。つまり、地下だった。

 

 参加できるのは、各国有数の資産家や、石油王、不動産王、そして政治家などの社会的地位が確立された者だけ。レートは表とは比べ物にならない。そこに国が参加すれば、この負債を清算できる。向こうは、その行いを少なくとも国からは咎められることは無くなる。

 そうして、国公認、いや、黙認というのが正しいのだろうか。実際、国営のカジノがそれ(・・)に関与しているという事実的な証拠はない(・・・・・・・・・)。金は確実にプールされているが、だからと言って違法なことに、国が係るわけにはいかないのだから。

 

 まあ、兎に角。

 

 黙認されたカジノ。裏カジノ『アンダーグラウンド』。通称地下。

 

 そんな、清も濁もごった煮にしたような場所に長年居ると、心が荒んでいくのは当然なわけで。

 それが、まだ成年にもなっていない少年なら、当然なわけで。

 そんな彼は、荒んだ心をリラックスさせるために、数か月ぶりに外の世界(カジノの外)に出てきた。

 買い物はいいものだ、とは誰の言葉だったか。男女問わず、買い物はストレスを和らげるものだと。

 そう言われたのを思い出して外に出たのはいいが、いまいち少年は気が乗らなくなっていた。

 それもそうだろう。買い物の軍資金となるお金は、汚い手段で手に入れたものだ。人の命を奪って手に入れたものだ。それを喜んで使えるほど、少年は悪人ではなかった。

 世話を焼いてくれているスライム使いの男がここに居れば、「悪人もまた才能だ。それは、お前は悪人には成れない証拠だ。だから誇れ。」と言うだろう。あるいは、「死んだやつは弱かったから死んだのだから、お前が気にする必要はない。他のやつが死んだことにお前は関係ない。」と元気づけてくるかもしれない。そう思うと、少年はあの不器用なスライム使いの、筋肉ムキムキマッチョマンの変態を思い浮かべた。

 

 ふっ、と思わず噴き出した。よし、今日は映画でも借りに行こう。もしかしたら、コマンド―もあるかもしれない。アクション映画は趣味ではないし、どちらかと言えば名探偵ムンクか、刑事コロンボのような推理物が好きなのだが、偶にはこういうのもいいだろう。

 そこまで思考が一巡すると、先ほどまでの憂鬱感がいつの間にか無くなっていた。少年はショッピングモールにあるレンタルショップに向かう。あそこには、世界規模でチェーン展開している店があったはずだ。ついでに、服でもいくつか買っていこう。持っている服がダメになっていっているのを思い出した。

 

 買い物が終わり、ショッピングモールを出ると、辺りは暗くなっている。仕方がないだろう。少年がカジノを出たのは昼の3時過ぎ。買い物を終わらせれば、夜中になるのは分かり切っていたが、ここまで遅くなるのは少年も予想外だった。

 少年は焦った。家に帰ることが出来なくなっていたからだ。いや、帰れないわけではない。

 問題は、家に帰る手段だ。少年の家はカジノの中にあると言っても相違ない。そしてカジノは、夜になると自分のような少年を店には入れてくれない。それがたとえ、従業員である少年でも。少年は、表ではいないものとして扱われているからだ。人の出入りが多くなる夜に少年があそこに行くのは、支配人から止められている。

 裏口からこっそり入るか、諦めてどこかで一晩明かすか。出費は嵩むが、どこか安宿でも借りようか。時間を忘れて買い物していた俺のミスだ。

 そう思い、安い割にはセキュリティがしっかりしていた宿に、少年は向かうことにした。途中、電話で今日は帰れないことを支配人に伝えると、親切なことに自身が所有している高級ホテルを手配してくれるらしい。

 まったく、自分が金を落としてくれる黄金の鵞鳥とはいえ親切な支配人だ。善行を積めば(厚遇すれば)俺が金を生み続けるとでも思っているのだろうか。

 でも、そのお節介が少し嬉しくもある。なんだかんだ気遣ってくれる支配人と筋肉ムキムキマッチョマンの変態には、頭が上がらない。お土産にプロテインと毛生え薬でも買っていこう。ついでに彼のデッキに合わせてスライムでも買って行ってやろうか。ちょっとした親切である。どう考えても嫌がらせにしか思えないが、親切である。

 

 ショッピングモールに戻る。毛生え薬とプロテイン(流石にスライムは売っていなかった)を買い終わると、不思議なことに、自分とそう年の変わらない女の子が一人でいるのを見かけた。

 この街のこの時間、普通なら女の子一人で出歩くなんてことは普通ありえない。だというのに、彼女はそこにいた。周りをキョロキョロと見渡していることから、何か店を探しているのだろうと推察できる。

 

 そこに、男が声を掛けに言った。素行が悪いことでカジノでも有名な男だ。親が有名な議員で、小遣いで遊びほうけているらしく、負けが嵩むと父親が負け分を支払いに来る。支払い分の受け取りを手伝ったことがあるので、彼と彼の親には面識があった。

 ここで問題を起こされては困る。次、彼が問題を起こせば、あの議員は息子を家に連れて帰るだろう。それは困る。彼には、金蔓でいてもらわなければ。それに、こんなところに一人とはいえ女の子がいるということは、よほどのお嬢さんかもしれない。だとすれば恩を売っておいて損はないかも。そう、理由を作った(・・・・・・)

 

 そんなことを考えて介入するかを考えていると、男が声を荒げたのが聞こえてきた。どうやら迷っている場合ではないらしい。

 急いで彼らのもとに駆け寄る。すると、男はこちらを見ると舌打ちをして、何処かに行ってしまった。女の子はため息を一つつき、こちらに向き直った。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました。」

 

 だが、それは不適切だ。俺はあくまで駆け寄っただけだ。何もしていない。そう伝えると。

 

「あ、それもそうですね。」

 

 ・・・流石にそう言われるとあれ?というものを感じる。それを見抜かれたのか、クスクス笑って彼女はまたお礼を言った。

 

 だが、どうしてこんな時間にこんなところにいるのか。不思議に思った少年は、それを伝えると怪訝そうな顔をされる。

 

「え?あなたがそれを言うんですか?」

 

 それを言われればそうだ、と思った。だが、そんな自分の様子を見て、また彼女はクスクスと笑いだす。少し笑いすぎではないだろうか。

 

「いや、実はですね?」

 

 そう言って、彼女は笑顔で・・・。

 

 

 

    ◇

 

 

「・・・起きてくだサーイ。起きてくだサーイ、沖田ボーイ!」

 

 え?と目を開ければ、目の前に久々に見る顔。どうやら自分は寝ぼけていたらしい。シャバシャバとした目を擦り、体を起こした。

 

「・・・すいません、ペガサス会長。」

「まったく、パーティの準備があるのですから早く準備をしてくだサーイ。先方を待たせるわけにはいきまセーン。」

 

 まったくその通りである、と数か月前の俺ならそう思っただろう。だが、今は違う。

 

「あの・・・ペガサス会長。」

「なんですか、沖田ボーイ。」

「・・・なんで、俺はここにいるんですか?」

 

 首を横に傾げ、大げさにクエスチョンマークを体で表現する。だが、それをされても、自分にはいまだによく状況がわからない。何せ・・・。

 

「俺、プロジェクトからは外されて、教員に左遷させられているんですけど。」

 

 それを言って、ようやく、「ああ!」と言った感じに、手を叩き、これまた大げさにエクスクラメーションマークを体で表現する。その元上司の様子に、思わずイラッときた。

 

「左遷とは人聞きが悪いデース。ただ、万が一精霊の力が働いた場合に、対応できるであろう人員が、貴方しかいなかっただけの話。それをそんな風に言われるのは心外デース。」

「でしたら、なぜ試験用の、俺が没にした筈のカードがそのまま原案で通っているんですか。」

「貴方の後任が通しました。私は関与していないのでわかりません。」

 

 流暢な日本語で政治家みたいなこと言ってんじゃねぇと、叫びたくなった思いをグッと堪える。

 

「ですが、アレは通すべき案デシタ。」

「カードバランスが壊れるようなものを通すわけにはいかない、とカード開発部で廃棄された案件ですよ?」

「だとしてもデース。新たな召喚法を広めるためには、それなりに目立つカードが必要なのデース。日本ではそれを必要悪と言いマース。」

 

 必要悪というか、ただ混沌としているだけのカードを、俺は必要とは思わない。俺は、それを知っている。ぶっ壊れというのだ。そういうのは。

 さようなら、DDB。そしてブリューナク。お前らのことは割と好きだったよ。その内エラッタしてやるから、それまで獄中で我慢してほしい。・・・まあ、獄中に放り込む最終決定権を持っているのは俺なのだが。

 そんなことを考えながら、この際だからと思い、沖田はかなり食い込んだ質問をすることにした。

 

「通さなかった俺が邪魔になり、左遷したのは事実でしょう?なぜ俺を呼び戻したんでしょうか。」

 

 流石に、これを聞かれると思わなかったのか、少しペガサスは動揺したようだった。悲しそうな顔つきになり、どういったものかと思案を凝らす。

 

「・・・時として、必要なことデース。それに、向こうに人員が必要だったのも確かデシタ。精霊の力を借り受けることの出来る人間は稀デース。なら、人員と時間を無駄にするわけにはいきまセーン。」

 

 そのあたりは、沖田も分かっている。だからさして左遷されて教師になったことはそう咎めるつもりはないし、怒ってもいない。

 むしろ聞きたいのは今回、半分無理やりにこのホテルに連れてこられたことだった。

 

「今回、ここで行われるのは出資者や株主に対するお披露目会のようなものデース。それに、新プロジェクト《Synchro Summon》の元とは言え責任者で第一人者(・・・・・・・・)のあなたを連れてきたのは、道理にかなっていまセンカ?」

「ですが、送り出したあなたが一番今の状況を知っているでしょう?セブンスターズが攻め入るかもしれないという時に、こちらを優先させたのは何か意図があってのはず。」

「ですから、その戦いが本格化しないうちに、こうして重役たちに顔出ししておいてほしいのデース。拒否権はありまセーン。」

「いつかこのブラック企業辞めてやる・・・。」

「仮にも前科者の貴方がまともにこの業界で就職できるとでも?」

「そういうセリフだけ流暢にしゃべるのやめてもらえます?」

 

そういうと、ペガサスは満足したように笑い出した。ナイスジョークなんて言いながらその白い歯を見せつけられ、殺意のボルテージが高まっていくのを沖田は感じていた。

 

 (静まれ、静まれ俺の右手。殴るのは一億ポイント貯まってからだ。)

 

 そう思い、必死に殺意を抑えていると、不意にペガサスが顔を覗き込んでいた。驚いて、思わず反射的に仰け反ってしまい、バランスを崩した。

 

「・・・何をしているんです?」

 

 落ち着いて気を取り直した際、改めてペガサスの顔を見ると、心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「・・・いえ、先ほどここで呆然としていたので、どうかしたのかと思いマシテ。」

 

 なんだ、心配してくれるのか。そう思って聞いてみたが、ここから先のパーティが心配だと言われ、また殴りたいと思う気持ちが芽生えてくる。

 

(落ち着け、落ち着け俺。こんなのいつものことだ。最近沸点が下がってきてるぞ。こんなんじゃポイントなんてすぐ貯まる。だから落ち着くんだ俺!)

 

 そう思い、気を落ち着かせる。幸い、目の前に神妙な顔をしている人がいるので気の落ち着きは早々に取り戻した。

 

「・・・少し、昔のことを思い出しただけですよ。」

「昔?」

「あいつと最初に遊んだのも、こんなホテルだったなぁと思いまして。」

 

 それを言うと、会長はことさら苦い顔をして、申し訳なさそうな声になった。

 

「申し訳ありませんが、例の件に進展は・・・。」

 

 それはそうだろう。なんせ自分が、多大な時間と、金と、人員と。そのすべてを総動員しても全く進展しなかったものが、このたった数ヶ月で解決するなんて思っていない。心配ないとペガサス会長に伝えると、また悲しそうな顔をした。

 

「あれは俺の個人的な問題です。貴方が責任を感じる必要はありませんよ。」

「ですが・・・。」

 

 いまだに食いつくペガサス会長に、思わずクスッと来た。本当にこの人には一部の責任もないというのに、それでもここまでしてくれるのは、少々人が良すぎるというものだ。

 だからこそ、この人についていくのだろう。20代の若さでI2社を作り上げ、今や世界規模の会社となったのは、間違いなくこの人の好さに優秀な人材が集っていったに他ならない。

 頭の中にかかっていた靄が霧散していく。この人に対してのイライラは、最早無くなっていた。

 改めて、目の前の人物の顔を見る。感じていなくていいはずの責任感で苦しそうな顔をしている彼の顔を見る。溜飲が下がるとはこのことだろうか。

 いや、違うだろう。ただ、この人を見ていると、不思議と引き付けられるのだ。

 カリスマ。以前、社長が仰っていた。「人を使う天才」なんて、随分と皮肉な言い方だが、その通りなのかもしれないと思う。この顔を見たくなくて、I2社の人間は仕事に打ち込むのだ。

 そう考えると、自分もその一人なのかもしれない。この人の責任感を、どうにか和らげまいと今も励ましている。きっと、こういうのは「絆された」というのだ。

 

「ですが・・・。」

「そんな辛気臭い顔してたら、パーティが心配ですねぇ。」

 

 そう、意趣返しのつもりで言った言葉に、思わずぽかんとする会長。

 

「オー、それもそうデース。」

 

 そう、この人にはその調子でいてほしい。たとえ少々ウザくても。

 

「それはそうと、休んでいますか?酷い顔デース。ここの準備はもういいですから、部屋を借りているのでゆっくり休んでくだサーイ。」

 

 これはまた珍しい。いざとなれば社員の体調など関係なしと言わんばかりに働かせるブラックの社長とは思えない発言だ。

 

「失敬デース。ブラックなんじゃなくて、一定時期の仕事が鬼畜いだけデース。」

「鬼畜いとか使うくらい日本語堪能ならその胡散臭い語尾を外してくだサーイ。ま、寝れるならありがたく使わせてもらいます。部屋の番号は?」

「502号室を借りていマース。」

「鍵は?」

「胸ポケットの中デース。」

 

 え?と手を当ててみると、確かにカードキーが入っていた。ドヤ顔のペガサス会長に思わず「馬鹿なんですか?」と言いそうになるが、それを言ってしまうと貴重な休息の時間を奪われるので、ありがたく受け取ることにする。苦々しい顔に満足したのか、ペガサス会長はチーフスタッフのところに向かっていった。

 

「502号室・・・か。」

 

 何たる偶然、いや、運命とでもいうべきなのだろうか。あの時のホテルの部屋の番号も、確か同じだった。

 

 部屋に行き、シャワーを浴びて、ドレスコードに袖を通す。その状態で横になるのは少々行儀が悪いとは思うが、この際、そうも言ってられない。万が一遅刻しては目も当てられないのだから。

 虚ろになりゆく思考の片隅で、精霊たちが「おやすみ。」というのを聞いて、安心したのか。

 沖田の意識は、微睡の中に消えていった。

 

 

   ◇

 

 

「実はですね、道に迷ったんです。」

 

 あの時、彼女はそう言って俺に笑いかけてきた。いや、それなりに大事じゃないだろうか。彼女がこの辺りの人間でないことはもはや明らかだ。土地勘のない場所で一人彷徨うのは少々、いやかなり危険すぎると思うのだが。

 

「心配性ですねぇ。いや、道に迷ったと言ってもこのショッピングモール内での話です。行きたい店があるんですが、それがどこだか分らなくて、気付いたらこんな時間に・・・。」

 

 こんな時間って、一体何分迷っているのだろうか。

 

「・・・服に見とれていたのもありますが、大体2時間くらい?」

 

 それはそれで大丈夫やないやろ?!思わず声に出してしまった。しまった、英語じゃないと通じない。

 

「あ、やっぱり日本の方だったんですね。私もこの間まで日本で暮らしていたんです!」

 

 どうやら幸いにも通じたみたいだが、そういって笑う彼女は何処かずれている。

 

「いやぁ、ぶっちゃけ英語で話すの大変だったんです!日本語通じないから仕方なく頑張って話してたんですけど、通じるならこっちでいいですか?」

 

 それはいいのだが、その、あなたは日本人には見えないのだけれど・・・。

 

「ああ、私、出身はカナダですけど、暮らしていたのは殆ど日本なんです。だから、英語は一応話せはしますけど、読めませんし、書けません。と、いうか半分縁が切れかけてた父に、つい最近引き取られたというのが正しいですね。」

 

 さらっと流されたヘビーな状況に、思わず言葉に詰まる。彼女の口から次から次から出てくる父親の悪口に、どう対応していいか分からずおろおろしていると、笑い声が聞こえてきた。

 

「・・・ふ、ふふふ。」

 

 え?と思い、目の前を見ると、彼女は笑っていた。

 

「いえ、すいません。ちょっと可笑しくて・・・。」

 

 何があったのだろうか。もしかして、自分の状況が嫌になって笑いしか出てこないとか、そういうのじゃないよな?

 とりあえず、ハンカチを差し出してみる。よく見れば彼女の目から涙が出ていた。

 

「あ、あはははは!!」

 

 何が可笑しいのだろうか。俺には全く分からないが、大爆笑している。

 

「いえ、そんな顔をする人は今まで居なかったもので。」

 

 そんなにひどい顔だったのか、俺。ここまで笑われると、立場というものがないのだが。男として。

 

「いえ、でもどうやらナンパじゃないみたいですね。」

 

 ナンパなら、今の話を聞いた時点でそそくさと帰りますから。そう言って、彼女はハンカチを受け取って涙を拭きとった。

 

「まあ、それで掲示板が読めなくて、どこにどの店があるのか分からないからショッピングモールの中で延々と迷っていたわけです。迷っていたというよりは、どんな店があるのかゆっくりと回っていたというのが正しいですが。」

 

 成程、それは無理もないだろう。ここはかなり広く作られている。道に迷うのも当然だ。

 ・・・だが、迷子対策に日本語版の掲示板はないけれど、観光客用にパンフレットがあるのだが。

 そう言うと、え?という顔をされたので、持っていたパンフレットを彼女に渡す。数秒、それを捲ると一気にげんなりとした顔になった。

 

「私の2時間の努力って・・・。」

 

 そんな彼女に今度はこちらが思わず吹き出してしまう。むくれる彼女に、ならお詫びに案内する、と言うと。

 

「おやぁ、ナンパですか?」

 

 ニヤニヤと、こう返された。そのつもりはなかったが、まあ、偶にはいいだろう。

 そう受け取ってもらってかまわない、と言ってみた。どうやらこちらも気が乗ってきたらしい。最初の憂鬱感が嘘のようだ。

 

「なら、お願いしますね。」

 

 了解した、どこに行きたい?

 

「そのバッグ、それ、ビデオ屋のですよね?そこに行きたいです。」

 

 ああ、これか?DVDを借りたんだ。

 

「へぇ、何のですか?」

 

 コマンド―とか、あとは推理物かな?

 

「推理物いいですよね。日本にいたころは相棒が好きでした。」

 

 へぇ、趣味が合いそうだ。でも、渋くない?

 

「あとは魍魎の箱とか?」

 

 だから渋いよ。趣味が。確かに有名だけどさ。

 

「じゃあ、貴方はどんなのが好きなんですか?」

 

 黒死館殺人事件とか?

 

 そういうと、彼女は大げさに額に手を当ててポーズを取った。

 

「まさか日本三大奇書を持ち出すとは思いませんでした・・・。」

 

 分かる貴方が凄い。

 

「難解すぎて未だによく分からない本ではありましたね。」

 

 それは俺も思った。というか読了出来た貴方に感服する。犯人を当てない探偵という新ジャンルは、受け入れがたいものではあった。あと蘊蓄が長いし。蘊蓄が長いし。読者の読む気を損なわせるという意味では最高の出来栄えだろう。あの本は。

 

「ドグラ・マグラの方が読みやすいと感じたのはあれが初めてでした。」

 

 だからなんでそう趣味が偏っているのだ。

 

 そう思うが、彼女は本についての蘊蓄を語っている。

 

「ドグラ・マグラは、岡島二人のクラインの壺と似たものを感じます。いや、時系列的に岡嶋二人が真似をしたのかもしれませんが。」

 

 終わりのないループという意味では確かにそうなのかもしれない。余談だが、岡嶋二人なら焦茶色のパステルが面白かった。

 

「やはり趣味が合いますね。趣味は悪いですけど。」

 

 お互いにね。それはそうと、行くなら早くいかないと時間は大丈夫なのか?

 

「あ、もうこんな時間ですね。ついでですから晩御飯もご一緒しませんか?そうすればゆっくりお喋りできます。」

 

 それはいい。偶には、そういうのもいいだろう。

 

「でしたら、其処のパスタでも。食べ終わった後は、私の部屋で映画鑑賞でもしませんか?」

 

 ・・・そういう誘いのセリフは、男の俺が言うべきじゃないかい?

 

「逆ナンと思っていただいて構いませんよ?まあ、変なことをしようとしたらぶっ飛ばしますが。」

 

 男らしさを磨くべきと思ったのは今日が初めてだ。潔さとかは見習うべきなのかもしれない。

 

「それ、褒めてるんですか?」

 

 さあね。褒めているような気がするけど。

 

「おかしな人ですね。まあ、私もですが。」

 

 そう言って、笑いあった。それが、彼女との最初の思い出。

 いや、正確には、彼女()と俺()の、最初の思い出だった。

 

 

   ◇

 

「思い出に浸る間もありゃしねぇ。」

 

 思わずそう呟いたとしても、無理はないように思う。

 

 挨拶、発表、挨拶、苦情、挨拶、挨拶、挨拶。無駄に多いスポンサー各所に新召喚の説明とメリット、デメリットの提示。従来とは異なる環境に対応するためのカードの紹介。あらかじめ数年がかりで動かしてきたプロジェクトとはいえ、それでも問題は山積みだった。パーティとは名ばかりの、ただの仕事場である。休息が取れないのが普段の仕事より質が悪い。

 

「いや、それでもよく考えたら後任の人材で十分だっただろ、コレ。」

 

 発表と言っても、全て自分が出張らなくてはいけない問題だったわけじゃない。むしろ、後任の人材に少しでも顔合わせするべきだったのではないだろうか。

 

「いや、そういう訳にはいかないのか?」

 

 退いたとはいえ、一応元責任者だったのだからやらなければいけないことではあったのだろうが・・・。もしかしたら、学校の件が片付いたら速攻で元の部署に戻す気なのかもしれない。ペガサスさんは左遷ではないと言っていたが、本当にただの出向だったのだろうか。

 

「ま、どうでもいいか。」

 

 なるようになれ。そうして生きてきた沖田には関係のない話だろう。今の自分には責任はないのだから、今だけは何も考えずに自由にさせてもらおうじゃないか。

 まあ、これでやることは全て済んだ。騒がしいパーティももうすぐお開き。明日の早朝便で変えるためにも、早々に部屋に戻らせてもらおう。

 

 部屋に戻ろうとすると、会長が急ぎ足でやってきた。どうかしたのだろうか。

 

「ここに居ましたか、沖田ボーイ!探しマシタ。」

「どうかなさいましたか、会長。」

 

 会長にしては随分とあわただしい。よく見れば頬を汗が伝っている。余程の急ぎだったのだろう。

 

「電話してくだされば・・・って、携帯の電源は切っているんでしたね。すいません。」

 

 パーティの際に携帯の電源を切っていたのをすっかり忘れていた。せめて電源は入れておくべきだったか。

 

「そんなことはどうでもいいのデース!

 それよりも、来るはずのないお客様(・・・・・・・・・・)がいらっしゃいマシタ!貴方も至急あいさつに来てくだサイ!ハリー!ハリー!ハリー!ハリー!ハリィィィー!!」

 

「ど、どうしたんですかそんなに慌てて!分かりました、すぐに行きますから!」

 

 どうやら、よっぽどの上客が来たらしい。ここまで慌てるとなると、海馬コーポレーションの人間か。それとも大株主か。あるいは・・・。

 

 そう考えているうちに、その客人のいる部屋にたどり着いた。

 

「失礼します。」

 

 中にいたのは、一人の老人だった。いや、ただの老人ではない。なにか、凄みを感じる。

 随分と不思議な感覚に陥ったが、その老人に俺は見覚えがあった。面識はない(・・・・・)が、見覚えはあった。

 

「初めまして・・・じゃったかな。」

 

 そう言って、彼はソファから身をゆっくりと起こす。

 

「いえ、そのままで構いません。初めまして。」

 

 間違いがない。間違えようがない。

 

「おお、すまんのぉ。なんせもう100を超えた身でな。体を動かすのがやっとなんじゃわ。座ったままで失礼させてもらうよ。」

 

 政治界、経済界。そしてもはや社会の一部となったデュエル界。その全てに多大な影響力を持つ怪物。

 

「影丸理事長。」

 

 人は彼を、『日本の怪物』と呼んだ。

 

「改めて自己紹介をさせてもらうよ。儂は影丸。・・・よろしく頼むよ、沖田君。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

  運命の歯車は、回り始めていた。

 

 

 




第一部ラスボス登場。

ぶっちゃけ、三幻魔趣味じゃないので作者は使うことはないです。暗黒界ストラクはよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話

あけましておめでとうございます。今年もよろしく、駄作者です。

新年早々FGOで遊んでいます。リンクス?ウェムコ様お迎えできていないのでまだしばらくはパックしか剝きません。センジュください。

それはそうと、福袋でナイチンゲールとオルタニキ、呼札でナイチンゲールと三蔵ちゃんが来ました。心臓ください。新年早々運を使い果たしたらしいです。


 

「アニキ!!お兄さんが!お兄さんが!!僕の所為で!!」

 

 そう嘆いているのは、目の前で吸血鬼にカード化された男の弟だった。彼の目の前には高笑いしている女性がいる。

 彼女こそが、セブンスターズの一人。いまや刈られつくされた絶滅危惧種。吸血鬼カミューラ。

 

「お、オホホホホ。やったわ、やったわ!二人目の鍵が手に入った!!」

 

 そう言って、彼女は目の前の敗者を、物言わぬ人形に変える。それは、通常あり得ない光景。それを可能にしているのは他でもなく、闇のゲームの力であった。

 

「待ってろよ、カミューラ!!」

 

 そう言って、気丈にふるまい、目の前を悪を打倒せんと声を荒げるのは遊城十代。

「お前は、俺が倒す!」

 

 まるで映画のワンシーン。きっと、これが映画かドラマ(フィクション)なら、勧善懲悪に基づいて、十代がカーミラに挑みかかるのだろう。

 

 ・・・そんな中に、空気を読まずに参入するべきか、物陰に潜んでいる沖田は悩んでいた。

 どうするべきなのだろうか。この地に急いで帰ってきて、校長から所在地を聞き出した後大急ぎで駆けつけてみれば、すでにクロノス教諭とカイザーが人形と化していた。

 状況から、間に合わなかった気まずさと、完全にヒーローと化している十代の様子に、出るに出れない状況になっていた。

 

「それはいいけど、坊や。それよりも先に私は相手をしなければならない人がいるの。そうでしょ?そこの陰で見ている誰かさん?」

 

 カミューラの言葉に、皆がこちらの方を向く。どうやら、彼女にはバレていたらしい。ならば隠れている意味はない(というか隠れているつもりはない)ので、早々に出ることにする。

 出てきた沖田の姿に、十代達は驚愕していた。

 

「沖田先生?!なんでここに?!先生は出張でアメリカに行っているはずじゃ?!」

「急いで帰ってきたんです。」

 

 さすがに、一日でここまで来るのは少々しんどかった。飛行機を乗り継いで、船に乗り、そこから走って行動していたのである。誰かこの頑張りを褒めてほしいのだけれども。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

 

 万丈目に怒られた。ちょっとしたジョークのつもりだったのだが。・・・それはそうと、その黒ずくめの恰好はやはり高校デビューなのだろうか。正直、中学二年生と同じ匂いを感じるのだが。

 だが、そんなことは最早どうでもいい。なぜか、先ほどから敵であるカミューラがこちらを射殺さんとばかりに睨みつけているのだが。

 

「覗き見は趣味が悪くてよ、殿方さん。」

 

 そんなカミューラが、非を問うてきた。覗き見のつもりはなかったが、やられて気持ちのいいことではないだろう。

 

「それはすまない。気を悪くしたのなら謝罪しよう。」

 

 礼儀は大事だ。そうだろ?『血の伯爵夫人』。

 

「・・・・・。」

 

 カマをかけてみたが、どうやら当たっていたらしい。吸血鬼。それも女性で『カーミュラ』と名乗っているのならばと辺りはつけていたが、どうやら当たりだったらしい。

 まあ、だからと言ってやることは変わらないし、有利に展開が進むようなことは一切ないのだが。

 

「・・・私のことをご存じなのね。でも、どうせなら自己紹介から始めませんこと?」

「それもそうだ。初めまして、Ecsedi Báthory Erzsébet。私の名前は沖田曽良。遅れはしましたが、一応、七星門の鍵の守護者の一人です。」

 

 そう言うと、カーミュラは満足そうにうなずいた。

 

「ええ、存じています、Mr.沖田。私はセブンスターズの一人、吸血鬼カミューラ。まさか、ハンガリー語で私の名前を呼ばれるとは思いませんでした。」

 

 ふふ、イイ男。そう言われた瞬間、尻の方から寒気がした。これはいけない。過去のトラウマは忘れるんだ、と心の底から全力で記憶をシャットダウンし、目の前の人物との会話に集中する。

 

「そのモジャモジャ頭は趣味じゃないけど、私たちについての知識もそれなりにあるみたいだし、何より精霊の気配が強い。優良案件ね、アナタ。」

 

 心底寒気がした。イイ男、優良案件、精霊の気配。この時点で沖田にとっては役満である。過去にそう言いながら全力でケツを狙ってくる精霊を思い出した。

 あの時の記憶は、自身の精霊である魔轟神に頼んで消してもらったはずなのに、どうしてだろうか。消した記憶が頭の中でフラッシュバックする。

 安心するんだ、俺。あいつとカミューラは違う。あいつとカミューラは違う。違うんだ。

 

「何か仰ってくださらない?無視は良くないわ。」

「あ、ああ済まない。」

 

 過去のトラウマがフラッシュバックしていた、とは言えない。彼女とアレを混同するのは彼女に失礼だ。忘れろ、カラテマンの悲劇は忘れるんだ・・・!!!

 あとで、もう一度精霊に記憶を消してもらうことにする。これは決定事項だ。掘られてはいないが、寸前までいった記憶(トラウマ)はそうそう簡単には消えないのだ。

 

「せ、先生。大丈夫かよ、顔色やばいぞ。」

 

 どうやら生徒に心配をかけてしまったらしい。その様子に少し癒されながら、大丈夫ですとだけ返事をして、目の前の敵に向き直った。

 

「それで、あなたは私の敵なのかしら?」

Exactly(そのとおりでございます)

「なら、やることは一つよねぇ。」

 

 そう言って、彼女はデュエルディスクを構えた。

 

「Shall we dance?お相手願います?」

「これはこれは、貴方のような美女にお相手出来るとは、光栄ですね。ですが、それは男である俺のセリフですよ、Asszony?」

 

 そう言って、一度お辞儀をして、デュエルディスクを構えた。美女、という言葉にその場にいた全員が先ほどのカミューラの顔を思い出す。とてもじゃないが、あれを美女と呼ぶのには抵抗があった。いや、今のカミューラは美女と呼んでも差支えはないのだが。

 

「十代君、皆を連れて、ココから出なさい。」

「え?」

 

 どうしてだろう。いきなりそんなことを言い出した。皆、困惑しだしている。

 

「先ほどの幻魔の扉。あれをカミューラに使わせてはいけない。一応、出させないようにはするつもりですが、だからと言ってそれが出来る保証があるわけではない。

 ・・・正直、あのカードの方が、俺の精霊の力より遥かに上なんです。あんなことを繰り返したいんですか?」

 

 あんなこと、とは恐らく、カイザーが人形になった時のことを指すのだろう。人質を取られたカイザーは、思うようにデュエルが出来ず、自身の相棒であるサイバーエンドドラゴンの一撃を受けて敗退した。その結果、今彼はカミューラの懐にいる。

 

「あら、観客(オーディエンス)はいないの?なら、私が引き止めちゃおうかしら。」

 

 そう言って、彼女は自身の分身を作り出した。その分身を彼らに差し向けるつもりなのだろう。

 だから、あえて沖田はこう言う。

 

「別に構いませんよ。」

 

 その言葉を吐いた瞬間、流石のカミューラも動きを止めた。

 

「・・・貴方、正気?生徒が可愛くないの?」

「まさか!可愛いですよ。可愛い可愛い、私の生徒です。

 ・・・ですが、それよりも優先しなければならないことはある。三幻魔の復活。それだけは阻止しなければならない。・・・たとえ、生徒を犠牲にしたとしても、たとえ、自分がここで死ぬことになっても。それだけの覚悟が、俺にはあります。三幻魔が復活すれば、だれも止められない。あの武藤遊戯ですらが、止められるか分からない。そんな化け物が、この世界を支配するならば、この世界は、人にとって住みやすいものじゃあないでしょう。

 

 だから、あえてこう言います。好きにしなさい。やることは変わらない。貴方を倒すだけだ。」

「そう、じゃあ・・・。」

「だが。」

 

 だが。その言葉の圧に、カミューラは声を発することが出来なかった。それだけのプレッシャーが彼にはあったのだ。

 殺される。そう思う瞬間が。

 

「覚悟することだ。もし、これ以上目の前で生徒に危害を加えるのなら。俺はお前を許さない。神が許そうが、悪魔が許そうが、必ずお前はこの手で地獄に送ってやる。」

 

 カミューラには、後ろにある何かが見えた。竜?違う。影?違う。恐らく、あれは悪魔(ディアボロ)だ。

 恐らく、彼はやるだろう。ここで何人の生徒が犠牲になろうが、セブンスターズを葬りつくすだろう。その後、生徒の墓に自分たちの生首でも吊り上げるのだろうか。心臓に杭を打ち付けて、凄惨に嬲り続けるのだろうか。その果ては分からない。

 だが、これだけは言える。彼はこちら側(・・・・)だ。こちら側の人間だ。他人が犠牲になろうが、その目的を達成するためなら是とする。大多数が生き残るならこれを善とする。人を、感情ではなく数で考える人間。

 そんなのはもはや化け物だ。怪物(ノスフェラトゥ)だ。彼は、ある意味でイカレている。

 

「そう、脅しや人質は無意味みたいね。」

 

 そう言って、カミューラは分身を消した。思わず身構えていた十代達も、それにほっとする。

 

「いいんですか?幻魔の扉の素材(・・)にはなったでしょう?」

「そんな気配を出しておいて、よく言うわね、アナタ。私が彼らに触れでもした瞬間、その生徒ごと私の分身を焼き滅ぼす(・・・・・・・・・・・・・・・・)つもりだったでしょう?」

 

 え?という風に生徒たちが沖田を見る。

 

「まさか、そんなわけないじゃないか。そんなことが出来るように思いますか?」

 

 そんな気配(・・・・・)を、私にだけ向けて良く言う。恐らく、デュエルをしないうちに私は殺されていただろう。

 だが、ある意味では合理的ではある。彼は既に取捨選択をした。この場にいる自分を含めた命と世界の命。

 文字通り世界を滅ぼすかもしれない三幻魔を復活させるくらいなら、この場の全てを燃やし尽くす。鍵ごと自分を含めて燃やし尽くす。全てをリセットする強引なやり方だが、それが逆に私たち(セブンスターズ)の選択の幅を狭めている。

 それはまさしく、鮫島が、我らが長である影丸に行った行為に似ていた。

 

「それで、どうします?ここであなたが人形をそこに置いて帰るというのなら、見逃しましょう。」

「まさか、そんなことをするはずが無いじゃない。私は、誇り高きヴァンパイア一族のカミューラ。人間ごときに、遅れをとるもんですか!」

「分かっていないなぁ。いつだって、化物を倒すのは人間なんです(・・・・・・・・・・・・・)。」

 

 そう言って、デュエルは始まった。生徒や、教師とのデュエルでは決して出さなかった、カミューラ(ノスフェラトゥ)の本気の気迫が、彼らを襲う。

 

「私のターン、ドロー!手札から、ヴァンパイア・レディを守備表示で召喚し、カードを二枚伏せるわ。ターンエンドよ。」

 

 カミューラ

  手札6→3

 

「では、俺のターン、ドロー。モンスターをセット。カードを二枚セット。ターンエンドです。」

 

 沖田

  手札6→3

 

「あら、随分と消極的ね。私のターン、ドロー!」

 

 カミューラ

  手札3→4

 

「私は、ヴァンパイア・レディを生贄に、ヴァンパイア・ロードを召喚!」

 

 カミューラの切り札。その繋ぎとなるモンスターが召喚される。そしてそれが出てきたということは、当然あれも出てくるだろう。

 

「ヴァンパイア・ロードをゲームから除外し顕れよ、ヴァンパイアジェネシス!」

 

 吸血鬼の真祖(ジェネシス)。創成の名を冠する吸血鬼が降臨した。その攻撃力は、あの青眼と同じ3000。召喚条件こそネックだが、それでも強力なモンスターである。

 だが、何よりも無視できないのは、その効果だろう。

 沖田は、それを知っている。それをさせるわけにはいかない。

 

「罠発動。不知火流 燕の太刀。フィールドに存在するゴブリンゾンビを生贄に、フィールド上のカード二枚を破壊する。その後、デッキの不知火モンスターをゲームから除外する。対象は、後ろの二枚。」

 

 だが、沖田が選択したのは後ろ、つまり魔法、罠の伏せられた二枚。このタイミングで出てきた罠だからと身構えていたカミューラは、ホッとしつつもその意味が分かりかねていた。

 

「あら、ヴァンパイアジェネシスを選ばなくてよかったの?」

「それはどうかな?」

 

 え?と思いつつも、チェーンはないかと尋ねられたら、何もないとしか言うほかない。伏せられたのは、かのミラーフォースと同じ、攻撃宣言時に発動する罠が一枚。そして、破壊されたときに真価を発揮するカードが一枚。どちらも今は使えない。

 沖田の背後に、白い夜叉の姿が現れた。妖刀を一太刀振るい、鞘にしまう。鞘と擦りあう音が鳴り、唾と鞘がパチン、と噛み合い音が鳴った刹那、二枚のカードが粉微塵になっていた。

 

「不知火の宮司をゲームから除外します。そして、墓地に送られたゴブリンゾンビの効果で、デッキから守備力1200のアンデットを手札に加えます。」

「だけど、破壊された不死族の棺の効果発動!墓地に存在するアンデット族が蘇る!」

 

 破壊されたカードの破片が、宙に漂う。その中から、妖しい光を纏った棺が現れた。棺が空いた瞬間に出てきたのは当然。

 

「ヴァンパイア・レディを墓地から特殊召喚!」

 

 チェーン1ゴブリンゾンビ、チェーン2不死族の棺でいいのだろうか、と沖田は解釈した。この時代のデュエルディスクは、時たま演出を優先するのが悪いところだ、なんて少々場違いなことを考えていたが、チェーン処理を続行することにした。

 

「それにチェーンして、除外された不知火の宮司の効果を発動します。」

「なんですって?!」

「フィールド上の、表側表示のカードを破壊します。破壊するのはヴァンパイアジェネシス。」

 

 その瞬間、消えかけていた夜叉の体が動き出す。再び、布が擦り切れるような鈍い音が起こったかと思ったその刹那、春光の如く光る一筋に、吸血鬼の真祖は為すすべなく破壊された。

 化物のあげた断末魔に、十代達は竦みあがる。それほどに、ジェネシスの悲鳴が悲痛だったのだ。

 

「行きなさい、十代君!大徳寺先生は彼らを安全な所に!」

「そんなこと出来るかよ!」

 

 そう十代が叫ぶが、正直沖田には迷惑な話だった。このデッキの真価を発揮するには、彼らは控えめに言って邪魔なのだ。

 

「十代君。平たく言って今この場に君たちは邪魔でしかない。カイザーを助けたいのなら(・・・・・・・)、今すぐこの場から離れてください。」

 

 卑怯な言い方だ、と沖田は軽く自己嫌悪する。そうでなければ助けられない、と言えば、彼はそうするしかないと知ってのことだった。

 だが、これから使うカードを、彼らに知られるわけにはいかない。これは、紛れもなく沖田の切り札(・・・)なのだから。それを、()に知られる訳にはいかない。情報は武器なのだ。

 逸る沖田は、気を落ち着かせるために懐からあるものを取り出した。学校だからと使うのを控えていたが、生徒が居なくなるのなら、多少使ってもいいだろう。

 

「あら、喫煙者なの?」

 

 いやだわぁ。血がおいしくなくなるのよ。そう言うのは、対戦相手のカミューラだ。心なしか名残惜しそうな声。そして十代達は、沖田が喫煙者だったことが驚きだったらしい。

 

「先生、吸うんだ。」

「先生の体はニコチンで出来ているんです。血潮はカフェインで心はガラスですね。」

「嫌な無限の剣製なんだなぁ。」

 

 全くである。隼人が言うが、まさにその通りであると沖田も思った。よく考えたら不健康にもほどがある。

 しばらくは健康に気をつけようと沖田は心底思った。そのしばらくがあれば(・・・)だが。

 

 「そんなことはいいから行きなさい。」と促すと、今度は十代達が何も言わずに、カミューラの城から離れていく。チェイテ城から離れていく。

 通路からは彼らが見えなくなった時、沖田はデュエルを再開した。

 

「効果処理を再開します。デッキから、ゴブリンゾンビの効果で手札に加えるのは、不知火の隠者。」

 

 沖田

  手札3→4

 

 カミューラは思わず舌打ちをしたくなった。手札は僅か1枚。だが、その手札消費に比べ、盤面にいるのはヴァンパイア・レディたった一枚と、あまりに心許ない。残ったのはこのターンに引いたカード、強欲な壺。それであの盤面を覆せるのか、と言われれば厳しいとしか言いようがない。

 だが、他にやれることはないので、運を天に任せることにした。この自分がまるでクリスチャンのように神に祈るのが、たまらなく悔しい。この雪辱は、対戦相手をいたぶることで、解消するとしよう。

 

「強欲な壺を発動!デッキからカードを二枚ドロー!」

 

 引いたカードは、今は使い物にならない魔法カード。精々、ブラフにしかならない。カミューラは思わず舌打ちをしそうになった。

 だが、もう一枚はイイ。もしかすると、次のターンは生き残ることが出来るかもしれないからだ。

 

「バトルよ!ヴァンパイア・レディでダイレクトアタック!」

 

 ヴァンパイア・レディが沖田に襲い掛かる。沖田はそれを受け入れた。レディは沖田の首元に齧り付く。多少血を吸われても、沖田は微動だにしなかった。相当なダメージを受けても、彼は喘ぎ声一つ出さずそれを受け入れる。

 

 沖田 4000→2450

 

 カミューラは違和感を感じた。・・・心なしか、レディの魔力が上がっていないだろうか。ステータスに違和感を感じたカミューラはデュエルディスクを見返すが、ステータスに変わりはない。きっと気のせいだろうと思い、効果を発動させた。

 

「ヴァンパイア・レディの効果発動!相手のデッキから、カードの種類を宣言し、そのカードを相手は一枚墓地に送る!私が送るのは・・・。」

 

 そこまで考えて、カミューラは悩んだ。普通なら、モンスターを送ると言っただろう。だが、相手のデッキはゴブリンゾンビなどから見るに、明らかにアンデットデッキだ。そして、アンデットデッキの最大の特徴は、蘇生が容易いということだろう。

 なら、魔法か罠。だが、先ほどの燕の太刀は警戒しなければならない札ではあるし、だからと言って、蘇生手段が多い魔法カードを墓地に送らせるべきではないだろうか。カミューラは悩んだ。こいつのことだ。もしかしたら、墓地から発動(・・・・・・)する罠も入っているかもしれない。

 

「魔法カードを宣言するわ。墓地に送りなさい。」

「了解。デッキから、おろかな埋葬を墓地に送る。」

「え?」

 

 おろかな埋葬。その優秀さは知っている。と、いうよりアンデットデッキには必須クラスの汎用カードだ。だからこそ違和感がある。カミューラは嫌な考えがうかんだ。他に、必須のカードしかデッキになかったのかもしれない。だけど、そうでないのなら。もうおろかな埋葬で出来ることは達成しているとしたら。

 前者はともかく、後者は不味い。目的が達成されているのなら、次に私のライフは残っているのだろうか。

 カミューラは手元のカードを見る。大丈夫だ。まだライフは間違いなく(・・・・・)残る。だから・・・。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンド。貴方のターンよ。」

 

 何もすることはない。あとは、相手の出方を待つのみだ。

 

「・・・俺のターン。」

 

 ドロー。静かにそう言った後、沖田は当たりを見渡した。既に、彼らはいない。誰の姿もない。あるのは、ただの二人のデュエリスト。

 なら、全力で行こうか。沖田は、自身に許されたその術を全て使い切ることにする。

 

 沖田

  手札4→5

 

「カミューラ。貴方のデュエルは確かに素晴らしい。」

 

 沖田のセリフに、思わずカミューラは呆気にとられた。

 

「貴方のデュエルは見せてもらいました。カイザーのデュエルだけではありません。あなたが現代に蘇ってから(・・・・・・・・)のデュエルもです。そのコンビネーション、戦略は素晴らしいとしか言いようがなかった。」

「そう、ありがとう。」

「だが・・・。」

 

 だが。そこから何を言い出すのだろうか。カミューラは、彼から流れる嫌な気配をひしひしと感じながら、賛辞の言葉を受け取った。

 

「だが、しかし、まるで全然!この俺を倒すには、程遠いんだよねぇ!」

 

 生徒の前ではしなかったであろう、その顔を彼はカミューラに向ける。顔には、黒い入墨(・・・・)の文様が浮かび上がり、それがもはや、人の気配でないことは明らかだった。

 

 そこでカミューラは確信した。彼は、精霊使い《・・・・》だ。それも、間違いなく強力な。そんな彼が、今や初期枚数と同じだけの手札(手段)を所持しているのだ。

 

 嫌な予感がする。直感と言うよりは本能に近い形で、カミューラは身構えた。

 

「通常召喚、ゾンビ・マスター。ゾンビ・マスターは手札のモンスターを捨てることで、墓地のレベル4以下のアンデット族モンスターを特殊召喚できる。手札のモンスターを捨てて、不知火の隠者を特殊召喚。こいつは、フィールドのアンデットをリリースすることで、デッキからアンデット族チューナー(・・・・・)を特殊召喚できる。特殊召喚するのはユニゾンビ。」

 

 先ほど手札に加えたカード。そこから展開されたのは、少々懐かしい雰囲気を残したモンスターだった。

 

「そして、ユニゾンビの効果で、デッキのアンデットモンスターを墓地に落とすことで、フィールドのモンスターのレベルを一つ上げることが出来る。ただしこのターン、俺はアンデット族しか攻撃できない。デッキの馬頭鬼を墓地に落として、ユニゾンビ自身のレベルを1上げます。」

 

 レベルを上げる?一体何の目的があるのだろうか。アンデットを墓地に送ることが出来るのは強力だ。だが、その効果はあくまでおまけのようなものなのだろうか。カミューラは少し考えたが、その次の効果が発動したので、その思考は隅に追いやることにした。

 

「さらに手札の、炎の精霊 イフリートの効果発動。」

 

 珍しいカードだ。素直にそう思った。大分昔のカードらしいが、其処まで警戒するモンスターではないだろう。なにより、アンデット族ではないモンスターはこのターン攻撃できないので、今回は無視して大丈夫か。

 その認識は、わずか数秒で裏切られる。

 

「イフリートは、墓地の炎属性モンスターを除外することで特殊召喚できる。そして、この瞬間除外された不知火の隠者が効果を発動する。」

 

 いや、このためだったのか!除外をデメリットではなく、展開のためのエンジンとして使用したのだ。成程、不知火というカテゴリには相性がいいのかもしれない。

 

「隠者は、除外されたときに隠者以外の除外されている不知火を特殊召喚させることが出来る。これで、先ほど除外された不知火の宮司を特殊召喚。」

 

 先ほどの宮司ほどではないが、なかなかに厄介なカードを出してくれたものだ。またイフリートのような除外するカードがあれば除去を許してしまうことにもなりかねない。

 

「ユニゾンビの第二の効果。手札を一枚捨てることで、フィールドのモンスターのレベルを1上げる。俺が選ぶのは不知火の宮司。」

 

 先ほどから、随分と気になってはいたが、いよいよ無視が出来なくなっていた。レベルを上げることが、そんなに意味のあることなのだろうか。

 

「レベルを上げて、何の意味があるの?確かに墓地肥やしが出来る点は、アンデットにとって、とても有利になる。それは分かるわ。

 でも、それならおろかな埋葬で十分じゃない。ゴブリンゾンビやその不知火の隠者で持ってこれるのは優秀だけど、そのために攻撃に制限をいれたら、せっかくのイフリートが無駄に終わるじゃない。イフリートの攻撃力は1700だけど、自分バトルフェイズ中に300ポイント上がる能力を持っている。でも、このターンは攻撃できない。宮司やユニゾンビ、ゾンビ・マスターだけでは、それだけモンスターを並べても、私のライフは残る。」

「それはどうかな?」

「何?」

「カードを一枚伏せる。」

 

 カードを伏せる。それは、通常ならメインフェイズ2に行う行動だ。攻撃を行った後に、防御策を講じるのは、ある意味セオリーである。だが、そのセオリーから外れたのなら、何か意味があるのだろう。

 

「俺は、レベル4、炎の精霊 イフリートに、レベル4となったユニゾンビをチューニング(・・・・・・)。」

「え?」

 

 ユニゾンビの体が、碧の光輪となる。その輪が、炎の精霊の身を包み、いつの間にか精霊の姿は、四つの光体となっていた

 

「地獄と天国の間、煉獄より、その姿を現せ!」

 

 炎は、(ほむら)となっていた。光は龍の形を彩るが、その光は焔に包まれる。焔、というよりは、魂を焼き尽くす煉獄の業とでも言うべきかもしれない。それほどまでに、禍々しい炎。

 

 

 

 

シンクロ(・・・・)召喚。顕現せよ、煉獄龍 オーガ・ドラグーン!」

 

 

 

 地獄の龍がカミューラの目の前に顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 




時空のペンデュラムグラフとクロノグラフがギル様にしか見えない私はFate厨。しばらくしたらゴッデスデッキに組み込みたいです。王宮の鉄壁で調律を使いまわしてシンクロしまくりたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

続けて投稿。それから、もしかしたら割と完結まですぐかもしれません。まあ、こんな糞小説をまだ読んでくださる奇特な人が居れば、ですが。


 

 

 

 

 カミューラの目の前にに顕現したのは、まさに煉獄を冠したとでも言うべき龍だった。その攻守は共に3000。ステータスだけでも、かの青眼を上回る。

 

「シンクロ?そんなの、私は知らない。私たち(・・・)は知らない。」

 

 カミューラの体は、自然と震えていた。地獄の業火に焼かれるような恐怖を、感じていたからだ。

 カミューラは、これがインチキではないのでは、と疑い出した。だが、ディスクがこの情報全てを読み取っているからには、その召喚は、正常な処理で行われたことになる。

 まさか、(影丸)すら知りえない技術が、彼ら側には存在していたというのか。カミューラは、この場にいない自らの主に、思わず慄きそうになった。

 

「シンクロ召喚。I2社の新プロジェクト《Synchro Summon》。その一端だ。一般人に見せるのは、貴方が初めてです。」

 

 そんなはずはない。彼は、知っていたはずだ。知っていたはずだ。なぜなら、彼はI2社の、株主の一人だ。大株主の一人だ。知りえないはずがない。時に、経営方針にすら口出しが出来る彼が、知りえないはずがない。

 

「チューナーと、チューナー以外のモンスターをフィールド上で同調(シンクロ)させることで、シンクロモンスターを融合デッキから特殊召喚します。」

 

 なら、目の前のはなんだ。目の前の光景はなんだ。まさか・・・。

 いや、そんなことは関係ない。私は、今やれることをするだけだ。

 

「だが、だからと言って、そんなのは関係ないわ!そのモンスターはドラゴン族(・・・・・)。貴方はそのモンスターで攻撃は出来ない。それが、ユニゾンビの効果でしょう?」

「だからと言って、打点3000には変わりはない。」

 

 強がりもハッタリも聞かない男は、これだから。もう少し可愛げがあっても罰は当たらないのに。

 

「それに、いつからこれで終わり(・・・・・・)だと錯覚していた?」

 

 え?

 

 寒気がする。周りの温度が、数度低くなったかのような錯覚に陥る。何が起ころうというのか。

 

「墓地の、馬頭鬼の効果を発動する。墓地のユニゾンビを特殊召喚する。」

 

 チューナー。先ほど彼はそう言っていた。チューナー(同調器)と、チューナ―以外のモンスターをフィールドで同調させる召喚だと。ならば。

 

「レベル5不知火の宮司に、レベル3ユニゾンビをチューニング。」

 

 やはり、来るのだろう。シンクロ召喚。フィールドのモンスターを新たな力に変える、新時代の召喚法が・・・!

 

「今だ燃え尽きぬ武士の魂よ。煉獄の元に集い、その忠義を示せ。シンクロ召喚。戦神-不知火!」

 

 そこには、先ほど真祖(ジェネシス)を葬り去ったモンスター。先ほどと違い、其処には薄い幽霊のような影ではなく、実態を伴っている。その迫力も、先ほどとは段違いだ。だが、それだけでは終わらない。

 

「戦神-不知火の効果を発動。特殊召喚に成功したとき、墓地の不知火モンスターをゲームから除外することで、その元々の攻撃力を、このターンこのカードに追加させる。」

「なんですって?!」

 

 不知火の圧力がさらに飛躍的に上昇する。そして、その攻撃力は、最早神モンスター、その一角の域にまで達していた。

 その攻撃力、4500。かつて、神に到達しうるモンスターとして名を馳せた、青眼の究極竜と同じ攻撃力、同じ破壊力。

 そんなものを、闇のゲームで受けたくはない。たとえ、それが人ではなく、吸血鬼(ノスフェラトゥ)のカミューラだとしても、だ。

 

「そして、除外されたのは、不知火の宮司。宮司は除外されたときにフィールドの表側表示のカードを破壊できる。破壊するのは、ヴァンパイア・レディ。」

 

 ヴァンパイアの淑女は、不知火の一太刀の前に、為すすべなく破壊された。残るものは、何もない。カミューラを守るものは、もうない。

 

「バトル。」

 

 そう沖田が呟いた瞬間、戦神は走り抜ける。縮地。その技量にカミューラは驚かされつつも、最後の守り札を発動する。

 あたりには、鐘の音が響き渡った。

 

「バトル・フェーダーの効果を発動!手札からこのカードを召喚し、バトルフェイズを終了させる!」

 

 その鐘の音に、戦神(幽霊)は怯んだ。強制的に終了させられたその圧は霧散し、沖田のターンはそのまま終了する。

 

 沖田

  手札5→0

 

 だが、どうすればこの状況を突破できるというのか。そう考えた瞬間、頭の中に疑問が浮かんでくる。

 なぜ、彼はカードをバトルフェイズ前(・・・・・・・・)に伏せたのか。なぜ、彼は攻撃できないモンスターをわざわざ呼び出したのか。

 もしかして、彼はこのカードを警戒していたのではないだろうか。この、ブラフとして伏せていたカードを、使い物にならなかったこのカードを。

 だとするならば、辻褄が合う。少々飛躍しすぎかもしれない、とは思った。だが、もしそうだとするのなら・・・。

 

「ねえ、あなた。」

 

 だからこそ、確認する。フィールドのカードは本来、公開情報だ。私には、それを聞く権利が発生する。これがプロ戦なら、そうはいかない。演出や魅せることを念頭に置いたデュエルなら、そうはいかないだろう。

 

「そのドラゴンの効果(・・)を聞いてもいいかしら。」

 

 だが、今はそんなデュエルではない。正真正銘、ルールに沿った殺し合い。ならば、聞いても問題はないだろう。

 案の定、彼は渋い顔をした。

 

「・・・煉獄龍 オーガ・ドラグーン。その能力は一ターンに一度、手札が0の場合、相手の魔法、罠が発動した時に無効にし、破壊できる。」

 

 やはり、彼は可愛げがない。真の切り札は、その幽鬼ではなく、ドラゴンの方だったのだ。条件が限定される代わりに、その効果は強力そのものだ。それでいて、突破するにはあの青眼を超える必要がある。

 

 厄介、と一言で済ますには少々、いやかなり抵抗がある。

 

 カミューラは手札を見た。そして、伏せてある切り札も。使うには、抵抗がある。だが、それをしない限り、私には勝ち目はないだろう。

 

降参(サレンダー)してください。俺は貴方を悪いようにする気は一切ありません。」

 

 その言葉は真実だろう。この男の目は、私を見ていない。

 いや、見ていないわけではない。その双眸には、私の姿を映し出している。だが、それはセブンスターズ(大きな脅威)としてであって、私個人ではない。

 

 (ノスフェラトゥ)を、脅威として見做していない。

 

「舐めないでくださる?人間。」

 

 カミューラは、怒りにその身をつつんだ。畏怖される私が、化物である私が、脅威ですらない?

 

 フザケルナ。ワタシは、夜の王だ。闇夜に紛れる、現代に生きる吸血鬼。それが私だ

 

化物(ノスフェラトゥ)を舐めるなぁ!私には、私のプライドがある!化物には、化物のプライドがある!

 たとえ、勝利が千に一、万に一だとしても!その勝利が、貴方の懐にあるとしても。

 化物は化物らしく、最後まで戦い抜く!それが、私の矜持だ。化物の矜持!それを・・・。」

 

 彼女は叫んだ。化物は叫んだ。それが、彼女の誇りだからだ。

 

「それを、最後のヴァンパイアである私が守らなくて、どうする!

 舐めるな、人間。私は、貴方を倒す!降参?誰がするか。私を侮辱するな、人間。

 私を見ろ!今貴様の前に立っているのは、集まった恐怖の形ではない。私は、吸血鬼カミューラ。いや、吸血鬼カーミラ(・・・・)!それが私だ。覚えておけ、人間!」

 

 そうか。そう、沖田は呟いた。

 化物としての矜持が、沖田の言葉を許さなかったということを、正しく認識したのだ。傷つけたのなら、やることは一つしかない。

 

「申し訳なかった、ノスフェラトゥ。いえ、カーミラ夫人。俺は貴方を侮っていた。」

 

 沖田は、丁寧にお辞儀をした。その上で、デュエルディスクを再び構える。

 

「ドロー!私は、壺の中の魔術書を発動!お互いに3枚ドローする!」

 

 壺の中の魔術書。それは、沖田にとって最も厄介なカードだった。少なくとも、この場合においては。

 壺の中の魔術書は、お互いに3枚ドローするカードだ。それだけなら、ただの強力なカード(と、呼ぶには強すぎるかもしれないが)で終わる。強力なメリットとデメリットを兼ね備えるカードで終わる。

 だが、沖田は手札をあえて全て使い切る(・・・・)手段を用いている。それは、オーガ・ドラグーンが手札が存在しない(・・・・・・・・)時にのみ効果を発揮するからだ。

 このカードを止めなければ、沖田は三枚の新たな手段を手に入れることが出来るだろう。だが、それは同時にオーガ・ドラグーンによる征圧力を捨てることでもある。

 どのみち、オーガ・ドラグーンは詰んだ。あとは、相手の新たなアドバンテージと、自身のアドバンテージ、どちらに重きを置くか。

 

「・・・オーガ・ドラグーンの効果を発動する。」

 

 その瞬間、壺は煉獄の炎に焼かれた。魔術書は灰になり、当たりに破壊エフェクトが散らばる。どちらにせよ、使い物にならなくなるなら、相手にアドバンテージを与えるわけにはいかない。そう判断した。

 

「魔法発動!幻魔の扉!」

 

 幻魔の扉。そのカードは、自身の魂を勝敗にゆだね、フィールドのモンスターをすべて破壊し、その後、モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚するカード。

 捨て身の策。更に言うなら、カーミラの勝機は正直薄いとしか言いようがないだろう。たとえ、この効果が通っても、蘇生したモンスターの攻撃を防がれれば、もう後はない。手札が無いのは同じだが、沖田にはまだ魔法罠ゾーンにカードが二枚存在する。カーミラが唯一優っているのは、ライフ・アドバンテージくらいだ。

 さて、正真正銘最後のカード、沖田の手はあるのか。

 果たして、冲田の罠が一枚、解放された。ダメか、とカーミラは絶望する。だが、それはカーミラが想像しているほど、悪くはなかった。

 

「永続罠発動。不知火流 輪廻の陣。フィールドの表側表示のアンデットをゲームから除外し、このターンのダメージを0にする。ゾンビ・マスターを除外。」

 

 それはつまり、沖田にはこの破壊を防ぐ術はないということに他ならなかった。煉獄のドラゴン、幽鬼の侍はフィールドから離れていく。

 

「私は、私の墓地のヴァンパイアジェネシスを特殊召喚するわ!」

 

 正常な判断で言うのなら、ここで蘇生するべきは沖田のオーガ・ドラグーンだっただろう。だが、吸血鬼のプライドが、あんな悪魔の手先のようなモンスターではなく、真祖としての矜持が、カーミラにそのモンスターを選ばせた。

 だが、このターンのダメージは0。手札も0。魔法、罠もないこの状況で、カーミラのやることは他にはない。

 

「ターン、エンド。」

 

 恐らく、カーミラは負けるだろう。それは、誰よりもカーミラが一番理解していた。残るは一枚の伏せカードのみだというのに、相手には余裕がある。なら、まだ相手に打つ手はあるのだろう。

 

 だが、それでもカーミラは不敵にほほ笑む。あくまで優雅に。不敵に。その笑顔は、敵ながら惚れ惚れするほど、美しかった。

 

 

 その後の展開は、あまり語る必要はないだろう。

 カーミラは、沖田の龍の氷塊に、その体を貫かれた。

 

 

 

   ◇

 

 

「こ、ココは何処なのーネ?私はいったい、何をしてたノーネ?何が一体どうなっているノーネ!」

 

 クロノス先生!十代が叫んだ。ここは湖の前。霧の中の城から離れたところに、十代達は沖田の帰りを待っていた。

 そんな中、万丈目のポケットの中から、光と共にクロノスが現れる。それが、何よりも沖田の勝利を立証していた。

 明日香と三沢大地は、今まで起こったことを全て伝えた。

 クロノスが負けた後、湖に城が建ったこと。カイザーが人質を取られて負けたこと。帰ってきた沖田が、カミューラに挑んで、その沖田に城から追い出されたこと。そして、恐らく沖田が勝利したこと。

 全部を伝えたとき、クロノスは少々複雑な顔をした。

 

「なんだよクロノス先生!元に戻ったのになんでそんな渋い顔してるんだよ。」

「十代やめろ!」

 

 万丈目が十代を制した。恐らく、彼もクロノスの気持ちがわかるのだろう。

 だが、そんな万丈目を、クロノスは手で制した。

 

「・・・嬉しくないと言ったら、嘘になるノーネ。ただ、途轍もなく悔しいノーネ。」

「悔しい?」

「十代!!」

 

 万丈目は声を荒げた。何故なら、万丈目は誰よりもクロノスの心中を理解していたからだ。彼もまた、敗北によって成長した人間だからだ。

 

 クロノスは、何度も沖田に挑んでいる。それは、エキシビジョンマッチ(最初のデュエル)で最早プライドを傷つけられた、なんて小さい理由じゃあない。デュエリストとして、リベンジがしたい。だが、それだけではない。

 

 彼の強さ、その理由をクロノスは知っている。彼の暗い過去を知っている。だからこそ、彼は自分の信じる明るいデュエルで、彼に勝とうとしていた。自分の信じる、光のデュエルの為に。

 いつだったか。彼に誘われ、酒盛りをした時だったか。強さの理由を聞いた時、彼は悲しそうな顔をしつつ、その過去を話してくれた。

 強くならねばならなかった。そうでなければ生き残れなかった。成程、クロノスが彼のデュエルに感じた違和感、『楽しむ』ことを捨てた合理的な面が、彼のデッキには内包されている。

 だからこそ、『楽しむ』デュエルで、彼を倒そうと躍起になった。それが、彼の未来に明るい光を差し込むことが出来ると、彼は今までの教師人生から学んでいた。知っていた。たとえ、今までにないまでに暗い過去があったとしても、だ。

 一人の教師として、一人の男として、一人のデュエリストとして。彼は試行錯誤して彼に挑み続けていた。その結果は30戦24敗6勝。実力差はあるものの、少しはついていけると思っていた。

 

 だが、彼はクロノスが手も足も出なかったカミューラを倒した。それは、クロノスにとってどれだけ苦い思いが生まれたことだろう。彼のデュエルは、常に一歩先を行く。何回も何回もデュエルをしていると実感していくそれが、たまらなく悔しかった。

 

 現に、生徒の前で見せないように、彼は拳を握りしめている。

 

  (やっぱり、無理なのかもしれないノーネ。)

 

 無理なのか。彼に、希望を見せてあげることは無理なのか。酒盛りの時に見せた、あの顔を忘れさせることは出来ないものか。

 

『クロノス先生、デュエルっていうのは、気持ちが悪いくらい残酷な世界が存在しているんです。』

 

 可哀想なくらい、泣きそうな顔で彼はそう言った。彼と深くかかわりのある、みどり先生は、彼は笑い上戸だと言っていたので、多分それは酒の所為ではないだろう。

 

『だから、俺はせめて、あいつらにはそんな世界を、知ってほしくはない。そう、ずっと願っているんです。』

『俺が出来るのは、彼らをデュエルの被害者にしないことだけだと思っていますよ。』

『それが、俺の過去への贖罪です。』

 

 そう言う彼の顔を、晴らしてやりたい。そう思っていたのにこの様だ。不甲斐ない。

 

「ドロップアウトボーイ。覚えておくノーネ。」

 

 だからこそ、このことだけは十代には知ってほしい。彼は、この中で一番自由だ。だが、この中で一番危うい(・・・)性質を持っている

 

「ここにいる生徒は、皆明確な目的と、将来のために必死で努力しているノーネ。三沢大地は言わずもがな、ここにいる天上院明日香や、万丈目準も、皆将来を見据えて、必死で努力して、必死でデュエルに勝ちたいと思っているノーネ。デモ、ドロップアウトボーイ。貴方は、楽しむだけのデュエル。

 もちろん、楽しむだけのデュエル。大いに結構。私も、そんなデュエルは大好きなノーネ。でも、ここアカデミアではそんなのは通用しない。デュエルだけでなく、勉強も、資格も。皆みんな必死でやっているノーネ。」

 

 十代は、それを真摯に受け入れている。説教は嫌だ嫌だと嘆く十代ですら、今のクロノスの話は聞いておかないとだめだ、と感じたのだろう。

 

「ドロップアウトボーイ。貴方はもっとデュエル以外のことも真剣に取り組んでほしいノーネ。そうでないと、オシリスレッドが皆、貴方を真似て努力するということをしなくなったら、この寮制度は、アカデミアは意義を無くしてしまうノーネ。」

 

 クロノスは、それを懸念していた。オシリスレッドの皆が、努力を放棄することを助長させるようなことはあってはならない。だからこそ、十代をクロノスは追い出そうとしたのだ。

 

 十代は、カリスマ性に溢れている。かつてのカイザーのように。かつての、天上院吹雪のように。

 質的には吹雪の持つカリスマ性に近いだろう。英雄的資質、というよりは一緒にいて心地いいと感じるタイプのカリスマ性。そんな彼が皆を引き連れてサボるような事態になれば、それがデフォルトになれば、学校制度は崩壊する。

 

 吹雪は、メリハリを持っていた。だからこその特待生だった。だが、十代はそうではない。頭は良くないが地頭がいい。それなのに、彼は努力しようとしない。それがクロノスには許せなかった。

 

「将来のこと、今すぐとは言わないーノ。でも、真剣にやっている人の努力の邪魔になるような、遊びほうけるのは控えてほしいノーネ。勉強も、デュエルも、遊ぶことも、友達も、何もかも。等しく、重要なノーネ。」

 

 そう、それはかつて沖田が出来なかったことだから。やりたくてもできない人間がいるのだから。この学校に入れることのできなかった人間だって、いるのだから。

 

「・・・湿っぽくなってしまったノーネ。沖田が帰るのを待ちましょう。」

「先生。その、なんかゴメン。」

 

 十代が謝る。ああ、今はそれでいい。そうやって、子供は学んでいくのだから。

 そうだな、もう彼はドロップアウトではない。立派なオシリスレッド(・・・・・・・・・・)の生徒だ。

 

 ああ、最後にこれだけは伝えておこう。

 

「あ、それから遊城十代。アナタ、赤色の制服がいい、っていう理由でオシリスレッドに残ったらしいけれど、別に制服の色は無理に合わせる必要ないノーネ。というか制服の色は強制されていないノーネ。」

「え?」

「当然なノーネ。学費に不安のある生徒の為に、所属寮以下の制服の色なら問題なく着れるノーネ。部屋が変わるだけでもいいノーネ。だから、出来るならアナタも頑張って上の寮を目指してほしいノーネ。」

 

 そうすれば、きっとオシリスレッドの彼らも努力するだろうから。

 クロノスは、そうあるようにと心から願った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「ねえ、あなた。どうして私を助けたの?」

 

 カーミラは生きていた。本来、幻魔の扉に喰われる筈だった彼女の命は、他ならぬ沖田の手で救われた。

 

「救ったのは、精霊ですよ。」

 

 そんなのは詭弁だ。と、カーミラは言った。

 それもそうだろう。カーミラが敗北した後、背後には幻魔の扉が、獲物を見つけたかのように早々とカーミラの体を引き釣りこもうとするその瞬間、沖田の龍が幻魔の扉を凍結(・・)させたのだ。

 

 救ったのは、明らかに冲田の意思だ。

 

 ブリューナク。ケルト神話の太陽神、ルーの投擲武器の名を冠した、氷結の海竜。その名に恥じない力を、かの龍は存分に発揮した。

 たとえ、幻魔の力と言えど、神さえ畏怖する氷結界の力には遠く及ばない。害悪さで言うのなら、間違いなく幻魔に軍配が上がっただろうが、純粋な力で言うなら、ブリューナクが一歩抜きんでていた。それはそうだろう。古来から神話に置いて、龍もまた神なのだから。

 トリシューラほどの力は無くても、かの龍もまた氷結界の伝説なのだと、沖田はヒシヒシと感じていた。普段、精霊の状態で出てくるときの行動は犬や猫そのものなのに、どこにあんな力を隠しているのか、沖田は不思議でたまらない。

 

「まあ、いいわ。それよりも、一つ聞きたいのだけれど、貴方はどうしてここにいる(・・・・・)の?」

 

 沖田は、その質問に答えない。

 

「貴方、今はアメリカの高級ホテルで金持ちやスポンサー相手に新規プロジェクトの発表会の筈でしょ?」 

 

 それでもなお、沖田は口を閉ざしている。

 

「それがあのシンクロ召喚って訳ね。それだけじゃないわ。ロックフェラーセンターやセントラルパークでのイベントにも出席しなければならないって情報もあった。それなのに、なぜあなたがここにいるのかしら。」

 

 沈黙。沖田はまだ何も話さない。

 

「私たちの主は、貴方やペガサス、武藤遊戯、海馬瀬戸、マリク・イシュタール。その誰もが介入できないように、いろんな手段を用いたわ。そして、それは見事に成功した。多忙な海馬瀬戸やペガサスは兎も角、送り込まれた貴方や自由に動ける武藤遊戯をこの学園から退けるために、様々な手法を凝らしたのに。

 それなのに、それらを乗り越えて貴方はここにいる。妨害がなかったとは言わさないわ。」

 

 カーミラは、ボロボロの体を無理やり動かして、鋭い爪を喉笛に突きつけた。

 

「答えなさい。」

 

 そこまでしてやっと、沖田は口を開いた。

 

「・・・そのボロボロの体に、俺の喉を掻っ切る力は残っているんですか?」

「仮にも化物よ。貴方たちとは体のつくり(・・・)が違う。こうしている合間にも、私の体は生気を回復させている。それくらいなら造作もないわ。・・・安心なさい。話が終わるまでは、この子は人形のままにしてあげる。」

 

 この子、のところで、カーミラは懐から人形を取り出した。それは、先ほど人形にされた、丸藤亮の姿をかたどったものがある。どうやら、他に人目もいないらしい。

 成程、それならいいだろう。別に、彼女に知られたところで、何も惜しくはないのだ。それに、セブンスターズ(・・・・・・・)処理せよ(・・・・)とは言われたが、殺せ(・・)とは言われていない。情報を知って、彼女が素直に帰ってくれるなら、その方が都合がいい。

 

影丸からの伝言(・・・・・・・)です。」

 

 「アイツ(カミューラ)の役目は済んだ。用済みは始末しろ。」だそうです。そう、沖田が言った瞬間、カーミラは全てを理解した。

 

 なぜ、影丸は彼を脅威とみなさなかったのか。なぜ、彼の情報を私たちには伝えなかったのか。なぜ、彼は影丸の手でこの時期に呼び戻されたのか。

 

 簡単なことだった。それは、彼が仲間だったからだ。そうか、そう言うことだったのか。彼の情報は私には聞かされなかった。私たちは、彼については警戒の必要はないとしか、聞かされなかった。

 

 当たり前だ。既に仲間ならば、警戒の必要はない(・・・・・・・・)。そうか、私たちも知らない最後(・・)のセブンスターズ、それは、彼のことだったのだ。

 

「・・・私は始末しなくていいの?」

「始末したところで、俺にメリットはありませんから。」

 

 殺生は嫌いなんです。

 そういう沖田に、カーミラは笑い出した。愉快だ。滑稽だ。人間に滅ぼされた私たちが、人間によって目覚めさせられ、人間によって、都合よく始末させられる。そして、人間の都合で、私は生かされた。

 それに対し、私は人間ごときと笑っていたのだ。滅ぼされたときから、何ら成長していない。これを滑稽と言わずなんと言う。

 

「ねえ、もう一つ聞いていい?」

「なんですか?」

「あなた、最初のターンからずっと伏せて、使っていなかったカード。あれ、何だったの?」

 

 そう言うと、沖田はデュエルディスクから一つのカードを取り出した。それを、カーミラに渡す。

 

「・・・ハァ?ちょ、何で使わなかったのよこれ?!」

 

 それは、相手の効果と攻撃(・・・・・)を封じるカード。デモンズ・チェーン。

 

「これがあったなら、貴方は闇のゲームのノックバックを受けなくて済んだじゃない!」

 

 最初からこれがあったのなら、確かに受ける必要はなかっただろう。ヴァンパイア・レディの攻撃。それを回避することは出来た。と言うより、闇のゲームはダメージが実体化する。敗北条件に、続行不可能が追加される闇のゲームでは、出来うる限りダメージを避ける必要が出てくるのだ。

 

「まさか、あなた。態と受けたの?!」

 

 ヴァンパイア・レディを警戒するよりも、他に警戒する必要があっただけだ。そう言うと、カーミラは呆れたようだった。

 

「あなた、命が惜しくないのね。」

「失礼な。」

 

 命は惜しい。だが、勝つためには、時として代償位は払うものだ。それに、あれくらいのダメージなら受けなれている。

 そう言うと、カーミラはさらに引いた。マゾスティック、変態。そんな声が聞こえるが、全くもってそんな事実はないのでやめて欲しい。

 

「そう、どのみち勝ち目はなかったの。それなのにあんな風に啖呵切って、バカみたいね、私。」

「そんなことはありませんよ。」

「嘘。あなた、終始余裕だったじゃない。大方、私の展開の軸は大体把握してたんじゃない?」

 

 それは、まぁ。そう言う彼に、カーミラは思わずまた笑い転げた。

 

「じゃ、これは返すわ。」

 

 そう言って、彼は人形を受け取る。

 

「その人形、私から離れたら元に戻るようになってるわ。私はこの島を出る。もうこれ以上義理で動くつもりもないし。」

 

 そうですか。沖田はそれだけ告げて、城門へ戻ろうとする。

 

「ねえ、一つ忠告してあげる。」

 

 そう言って、カーミラは沖田の肩を叩く。振り向いた沖田は、カーミラの長い指が、頬に当たっている。

 

「あはははは!」

 

 からかわれたらしい。どうやら、俺は遊び心のある女性に縁が多いようだ。

 

「・・・気をつけなさい、人間。影丸のことじゃないわ。あなたのその精霊。光の悪魔、影の人形。そして、巨悪な化物。今は貴方の精霊たちが協力してその巨悪を抑えている。でも、もし片方でも失えば(・・・・・・・)大変なことになるわ。」

 

 少なくとも、貴方の命はない。肝に銘じておきなさい。

 

 そう言って、カーミラは何処かへ消え去った。あたりから轟音が響いていく。どうやらカーミラが去ったことでこの城も消えていくらしい。

 人形は手元にある。急いでここから離れないと。走りながら、沖田はカーミラに別れの句を告げた。

 

「さようなら、吸血鬼。俺は、皆が幸せになるように、この事件を解決して見せましょう。

 ですが、其処に俺の姿はない。無駄な忠告、ありがとうございました。」

 

 

 

こうして、チェイテ城。セブンスターズの一人、カミューラの城は、完全に崩壊した。

 

 

   ◇

 

 

「単刀直入に言う。君には、セブンスターズになってもらいたい。」

 

  ・・・。

 

「なに?受ける訳が無い?それはこれを見てから言い賜え。」

 

  ・・・・・・・!!

 

「どこでこれを?それは言えんなぁ。だが、君の目的に、これは必須だ。それは君が一番よく理解していると思うんだがね。」

 

  ・・・。

 

「ああ、奪って逃げるのは止しておくといい。そうなると、君の背後にいる私のSPが、私に向かって発砲する手筈だ。それをされて困るのは、君のはずだろう?君はそれをもってあそこに行かねばならないが、その前に警察の厄介になるわけにはいかないだろうからねぇ。」

 

  ・・・・・?!

 

「事実は捻じ曲げるものさ。それが、私のやり方だ。」

 

 ・・・・・。

 

「なぜ君なのか?それは簡単だよ。I2社の新規プロジェクトの責任者にして、精霊がらみの案件の相談役(コンサルタント)

 その実力はI2社のなかでも群を抜き、かのティラ・ムークの元弟子(・・・)ときた。

 そんな人材が、デュエルアカデミアの教師をするにはいささか不信すぎるとは、考えなかったのか、君たちは。」

 

 ・・・・・・・・。

 

「リスクは承知の上。そのセリフは少々安く聞こえるな。リスクは承知するものではなく、塗りつぶすものだ。経営者として大成した儂が言うのだから間違いない。   

 今もこうして、危険な賭けを勝率が高いように塗りつぶしている真っ最中だ。」

 

 ・・・・・。

 

「君の仕事内容かね。乗ってくれたようで助かるよ。なに、簡単だ。他のセブンスターズの抹消(・・)というべきだね。」

 

 ・・・・?!

 

「七星門の鍵。あれの解放条件は、何もデュエルで勝ち、鍵を集めることじゃない。

 鍵を持ったもののデュエルエナジーを集めるための、いわば指標だ。デュエルの時に現れる精霊の力を効率よく集めるためのパイプと言ってもいい。

 そんな鍵だが、解放条件は他にもある。精霊の力が鍵に集中して、ため込む量が飽和すること。・・・と、言うよりもこちらが本来の鍵の使い方だ。7つ奪うためのデュエルなどする必要性はない。あの鍵をつけてデュエルをこなしていくだけで、彼らは勝手に開けてくれるのだ。」

 

 ・・・・・。

 

「そのシステムに心当たりがあるのかね。流石は相談役。そう、システムとしてはかつてドーマが行った儀式の形式に近いものだ。」

 

 ・・・・・・・・。

 

「ああ、話がそれたな。本題に戻そう。

 まあ、そんなシステムだ。セブンスターズは、そのことを知らん。というか伝えておらん。その方が本気で掛かる分、力の回収が早まるからな。

 だが、彼らは倒しきってはならない。そんなことをすれば、鍵は中途半端に力を使って、また一からやり直しだ。その時はその時だが、計画は確実な方がいい。

 

 だから、君には倒しすぎたセブンスターズを処理するバランサーの役割を担ってほしいのだ。それに、彼らが死んでくれれば、万が一私にたどり着くものが居ても、証拠がないと言い逃れれるからね。」

 

 ・・・・・・・・。

 

「もし、想定より早くセブンスターズが倒されたら、か。その場合は考えていなかったな。

 まあ、その時は君が全ての鍵を回収したまえ。汚れ役は得意だろう?」

 

 ・・・・・・・・・・・。

 

「腐れ外道?その通り。私は外道だよ。男なんてそんなものだ。人なんてそんなものだ。自分の為なら、他人がどうなっても構わない。それは君だって同じだろう(・・・・・・・・・)?」

 

 ・・・!!

 

「何、君の過去を調べただけだ。生きるために仕方なく殺し、倒し、見捨てた君の過去。そして、今から君は生徒を切り捨てる。それも、自分のエゴの為に。

 ああ、万が一の場合は生徒を殺すことも吝かではない。と、言うよりは君が出張るくらいになったら遠慮なく殺したまえ。

 

 ・・・・丁度いい。今カミューラが一人目の鍵を手に入れた。カミューラには幻魔の力の一部を持たせてある。生半可な相手では勝てぬだろう。二人目が犠牲になるようなら、君が始末してくれたまえ。七星門の鍵の守護者(ガーディアン)としてね。」

 

 ・・・・・。

 

「ああ、殺せ。遠慮なく殺せ。生き残ろうが死に絶えようが私の計画には関係ないが、死んでいた方が都合がいいこともある。」

 

 ・・・・・。

 

「それでは期待しているよ、沖田君。君は今日から、セブンスターズ(裏切り者)だ。

 

 

 

 

 精々、足掻くといい。悪魔の依り代(トラゴエディア)。」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 超絶長くなりました。なんだよ、原稿用紙100枚分超って。まあ、そんな感じなんでまた何若に分けることになりました。そしてそれすらまだ完結してないという。

 と、いうわけでまだしばしの間お付き合いください。

 それはそうと、FEヒーローズ始まりましたね。作者はルフレとルキナが欲しかったのですが、代わりに出たのはマルスでした。惜しい・・・!タクミもいますが、なんかいろいろこじらせて弓ボスになったイメージしかありません。ハイドラが悪いよハイドラが・・・。

 FGOも絶賛周回中。三蔵ちゃん可愛いです。沖田復刻してほしかったなぁ、バレンタイン前に。


   ◇

 

 兄さんが目を覚ました。それだけでも、私にとってこの戦いは意味のあるものだったといえる。

 誰よりもふざけている癖に、誰よりも真面目で優秀だった兄。失踪している合間のことは覚えていないらしいが、酷い目にあったのだろう。体のところどころに傷がある。カードも多少傷ついている。意識こそ今は戻ったが安静にしてほしい、と鮎川先生とミーネ先生に言われるくらいには。そのミーネ先生も今はいないが。

 

 そんな兄が行方不明になった事件。そのことを調べてくれていたジャーナリスト、國崎という人から連絡があった。

 

『おう、嬢ちゃん。兄さん見つかったんだってな、重畳重畳。』

 

 いきなり兄さんのことを切り出したのは、実にあの人らしい。どこからそのことを知ったのだろうか。とりあえず、絶えず情報を教えてくれたことの礼を言う。

 

『気にすんな、その程度はちょこっと調べりゃすむ話だ。それよりも、ちょっと時間あるか?ちょっと緊急な上に情報が情報だから、いつものメールでは不安があってなぁ。』

 

 緊急。一体何ごとなのだろうか。出会って数か月、情報を交換するだけの間柄とはいえ、こんなことは今までになかった。精々が質問する時くらいのもの。

 

『ま、緊急(エマージェンシー)つっても、違和感っていうかなんて言うか。こんなことがあっていいのかって感じかねぇ。』

 

 こんなこと、とはどういうことなのだろう。

 

『嬢ちゃんとこ、沖田って先生いるって言っていたよな。』

 

 沖田曽良。恐らく、この学園の中で最も実力のある人物だ。並外れた実力を持ち、元I2社社員という経験から、最近発表されたという『不動性ソリティア理論』を元に戦略性を説いている。

 彼の授業は評判が良い。元々、落ち着いた風貌もあるのだろうが、多少の軽口を許してくれるからか、先生と生徒が互いに気楽にやっているというのが幸いしているのだろう。

 つい先日は、古巣であるI2社からの要望で長期出張に出かけていたが、セブンスターズの一件があってか、すぐにこちらに戻ってきていた。

 

 「先生がどうかしたんですか?」

 

 そういうと、むしろ向こうはこちらを疑ってかかっているようだった。

 「その話、本当なんだよな?」と聞かれたので、「そうだけど。」と答える。すると、ますます訝しげにしていた。

 

『まじかよ・・・。なら、これは・・・?』

 

 え?と思うが、國崎さんがここまで自分の情報に自信を持たないのも珍しい。なんだかんだで、自分の情報に自信(誇り)を持っているジャーナリスト。それが、私の個人的な彼のイメージだったからだ。

 

 と、いうよりも情報の入手源まで事細かくメールに記載されている人に、それ以上の感想が思いつかないのだが。

 

『嬢ちゃん、今からいうことは、嘘じゃない。先に言っておくぜ。』

 

 俺も、この情報が本当かは半信半疑だ、という彼に、前置きが長いと思いつつも、黙って話を聞くことにする。

 

『単刀直入に言う。『沖田曽良』なんていう人物は、アカデミアには存在しない(・・・・・)。』

「は?」

 

 言われたことの意味が分からなかった。あまりに突拍子もなくて、言葉が出なかったのだ。

 

『嬢ちゃん、続けていいか?』

 

 おそらく、私のこの驚きも、向こうに伝わったのだろう。

 

『何から話したもんか・・・。そうだな、俺がこのことに行き着いた経緯を話すぜ。』

 

 そう前置きをして、彼の話は始まった。

 

『つい先日、アメリカのセントラルパークでデュエリスト向けの発表がI2社でされたのは知ってるよな。俺は、そこに仕事でこの間行ってきたんだ。

 そう、あれだ。『新召喚プロジェクト』ってやつだ。デュエルモンスターズに革新を与える、これからのデュエル環境を一新する召喚方法。まだ具体的な内容は極秘だったけど、それに関連したカードを先行販売するとか云々とかの話は、嬢ちゃんも記事かなんかで見たんじゃないか?

 

 まあ、それはいい。別に、新召喚はどうでもいいんだ。不思議だったのは、その発表に責任者がいなかった(・・・・・・・・・)ことなんだ。出てきたのは、ペガサス会長と、数人の社員。だけど、その社員の中に責任者らしきやつはいなかった。

 普通、そういう場所って、責任者が居合わせるものだろ?もしくはI2社お抱えのカードプロフェッサーがいるのが、今までの通例だった。こりゃおかしい、と思って調べたら、丁度嬢ちゃんの言っていた、『元I2社員の教師』って話を思い出した。』

 

 ああ、そういえばそんな話をした気がする。

 

『それで、仕事の合間にちょいっと調べることにした俺は、『教師』と『責任者』が同じなんじゃないか、と思ってアカデミア教師のリストを改めて見直したんだ。時期的に、セブンスターズの一件が関連してるならありえない話じゃないと思ってな。可能性は薄かったが、やらないよりはマシ。それくらいの心算だった。でも、俺の目論見はそこで頓挫した。』

 

 頓挫?一体何があったというのだろうか。

 

『なかったんだよ、そんな教師がいるなんてデータ。』

 

 なかった?そんなはずはない。ついこの間まで、先生は私たちに授業してくれていたのだ。それに、それなら単位はどうなるのだろうか。

 

『正確には出席単位含め、授業が行われた痕跡はあった。でも、担当教師の欄だけ空白だったり、リストには名前がなかった。』

 

 沈黙。声が出なくなっていた、というほうが正しいかもしれない。そのくらいにはインパクトがあった。

 

『こりゃあおかしい。明らかに故意に隠してる。そう感じた俺は、I2社の出席名簿を調べた。その情報を手に入れるまでにどんなドラマがあったかは、この際端折(はしょ)らせてもらうぜ。

 

 まあ、分かったのはここ数か月、I2社に出席していない社員はいなかった。でも、一つだけおかしなことがあった。

 手に入れた情報には欠席はないのに、ここ数か月で明らかにI2社にいない人間が一人だけいる。情報源も訝しんでたぜ?そいつの顔写真がある。メールに添付したから開いてくれ、ケータイはこのままでな。』

 

 I2社の出席名簿、そんな簡単に手に入る代物では無かっただろう。それでも、軽い口調で彼は私に情報を与えてくれた。

 コンピューターを開ける。メールが一件来ていたのが通知で分かった。開けると、中には、一枚の写真。それは紛れもなく・・・。

 

『なあ、嬢ちゃん。そいつに見覚えはないか?』

 

 見覚えがあるどころではない。写真の男は、風貌はいくらか違うが、まさしく沖田先生に違いなかった。髪の色は黒髪ではないし、目つきも今のようにのほほんとした感じではなく、鋭く、ギラギラしている。

 でも、その顔は沖田先生に他ならない。絞り出した声で「先生だ。」と伝えると、言いづらそうに國崎さんは口を開いた。

 

『なら、嬢ちゃん。そいつには極論近づくな。危険だ。』

 

 危険。情報のために危険なことならやってきた、と豪語した男が危険、という言葉を敢えて使ったのを、私は気づいていた。

 

『俺はそいつの経歴を調べた。やばい、なんてもんじゃなかったぜ?そいつの情報を手に入れようとするだけで、危険な奴らに追われそうになった。I2社関係の人間なのは間違いない。

 

 おまけに、手に入れた情報・・・というか経歴だな。おかしいぜ、こんな人間がI2社にいること自体がな。こいつの経歴も、そっちにPDFで送ってる。開いてくれ。』

 

 もう一通、メールが届いた。中は確かにPDFファイルが添付されている。開けてみると、中は経歴が書かれていた。それも、おそらく警察のデータベースの物だろうか、端にFBIと書かれている。

 そして、この経歴。小学、中学までのものは記載されておらず、最初に書かれた経歴には、ラスベガスで逮捕、保護と書かれている。

 日付は7年前の8月。そして、その時期のラスベガスの事件、と言われれば一つしかない。そして、それが意味することは・・・。

 

『おかしいだろ?人殺し(・・・)が教員やってんだ。』

 

 いや、そんなはずはない!

 

 思わず、反射で反論してしまっていた。だが、向こうはそのくらいは織り込み済みだったみたいで、落ち着いて話を続ける。

 

『ああ、確かに嬢ちゃんの言う通り、人殺しじゃないかもしれないな。同時期に、同じ場所で、偶然捕まったってだけかもしんねぇ。

 

 でも、嬢ちゃんだって本当は分かってるんだろ?7年前、まだ武藤遊戯が遊戯王(デュエルキング)ですらなかった時代。デュエルモンスターズ最大の黒歴史とまで言われた、アメリカの事件。あいつは当事者としてそこにいた。ラスベガスの、あの場所で逮捕、保護された少年デュエリスト。』

 

 それが意味することくらい分かるだろう、と言外に彼は言っていた。

 

『まだ嬢ちゃんが小学生くらいの頃に起こった事件だから、印象ないかもしんねぇが、あの時は凄かったんだぜ?なんせ、賭博場でデュエルが非合法のプロとして使われていた上に、そこで行われていたのは明らかに臓器売買、麻薬、そんでもって人殺しに非合法の賭けデュエル。

 

 まあ、この情報はメディアで止められたけどな、凄惨すぎて。まあ、それの一端を、まだガキだった男の子までが担ってたってのが悲しい話だ。』

 

 ガキだった男の子。このタイミングで言うということはつまり・・・。

 

『そんで、だ。俺は警察の知り合いのつてで、そのガキの取り調べをしたっていう男に話を聞いたんだ。まあ、なかなかに酷い話だったよ。なんせ、ガキには戸籍がなかったんだ。』

 

 戸籍がない?

 

『まあスラムなんかに行けば、そのころはまだ、そんなガキはごろごろいたんだけどな。おかしいのはそのガキが妙に頭がよかったんだと。知恵も回る上にバイリンガルときた。

 おかしいな、と思ううちにそのガキは一ヶ月の禁固刑と保護観察処分なんて生易しい罰(・・・・・)で済んで、さらにおかしいことにペガサス・チルドレン・・・まあ、当時ペガサスがやってた慈善事業(ボランティア)なんだが、それに引き取られた。』

 

 ペガサス・チルドレン?!その情報は本当なの?!

 

『別に、不思議じゃあない。ラスベガスのカジノといえば、ペガサスも無関係じゃないからな。』

 

 無関係じゃない?それは一体・・・?

 

『そもそも、ペガサスの父親は・・・。』

 

 そこまで聞いたところで、呼び出しがかかった。亮から、最後のセブンスターズが現れた、と。

 

 もう少し聞いていたかったが、セブンスターズと言われては無視できない。申し訳ないが、その話は後にしよう。

 

『おお、すまねぇな時間取らせて。まあ、まだ俺もそのガキがその先生って確証はない。その警官はその写真の男がその時のガキってのは言ってくれたんだが、なんせ7年前も前だ。他人の空似ってやつかもしんねぇしな。

 

 もう一つ、言っておくぜ。その少年が捕まった時、そのガキをガキと同い年くらいのI2社の女の子が連れてきたって話なんだが・・・。俺は、そいつに当時のことを聞くことにする。

 幸い、なかなかに有名だったから女の子(そいつ)のことはすぐに分かった。まあ、そっちが終わるころにはこっちも裏は取れてるだろうから、確実な情報をお届けするよ、意味ないかもだがな。』

 

 そう言って、電話は切れた。すぐに身支度をし、外に出る。亮がメールをしてからもう10分以上たっているから、着く頃にはもしかしたらもう終わっているかもしれないが、急げば終わるころには着くだろう。

 

 こんなデュエルがもう続くことはないんだ、と。私はこの時まで思っていた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

アニキ!目を覚ましてくださいよ、アニキ!

 

 そう言う翔の切羽詰まった声で、目が覚めた。今はまだ午前8時。これが平日なら寝坊だが、今日は土曜日だ。偶には寝てもいいだろう。

 何せ、ここのところセブンスターズとのデュエルばかりで、体がきしんできているのだ。少しくらい休憩しても罰は当たらない。

そう思った矢先にこの目覚まし。普段は自分を慕ってくれる翔すらが、今は疎ましく感じてしまう。

 

「なんだよ翔。まだ8時じゃないか。もう少し寝かせてくれよ・・・。」

 

 そう言って、体は蝸牛のように布団にくるまる。眠いのだ。睡魔がやばいのだ。

 体は布団で出来ている。なんせ昨日は、先生が言っていたセリフに隼人が突っ込んでいたのをみて、そのアニメを徹夜で鑑賞していたのだ。翔は途中で寝てしまっていたが、ファンが増えたとばかりに興奮した隼人に乗せられて、気がついたころには朝日は昇っていた。そのせいか、内容は殆ど覚えていない。

 いくらこの島が南に位置しているからと言って、朝日が昇るのは少なくとも5時ごろだろう。計算すると、まだ2時間ほどしか経っていない。普段は長く寝る自分にとって、これはかなりつらいものがある。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよアニキ!」

 

 そんなこと、と言うが、睡眠は大事だぜ、翔。頭の回転がはかどらなくなる。おやすみ、翔。起こそうとしたお前のことは忘れないぜ、数秒ほどは。要するに、後で覚えとけ。

 

「セブンスターズが現れたっす!」

 

 その言葉で、目が覚めた。思わず、「本当か!」と翔に詰め寄る。

 

「本当っすよ!沖田先生が、灯台にすぐ来てくれって!先生は他のみんなに知らせるからってブルー寮に行っちゃたけど。」

「わかった、すぐ行く!」

 

 と、いっても昨日の深夜鑑賞のまま寝てしまっているので、着替える必要はない。インナーに着替えることすらしないで寝てしまったので、することはデッキの準備と、目覚ましに顔を洗うくらいだ。

 デッキを取る際、そこにあったものに目が行く。手に取って確かめると、それは鍵だった。

 

「これって・・・。」

 

 職員室の鍵。先生が、俺に何かあった時の為に、渡してくれた鍵だ。

 セブンスターズに攻め入れられた時、これを開くかは悩んだが、結局使うことはなかった。

 というよりは、それどころではないくらい、準備に時間がなかったのもある。ダークネスが現れたときは職員室なんかによる暇はなく、それ以降も、職員室にまで戻るほど時間のあるものはなかった。それに使えとは言われたものの、人の引き出しを勝手に開けるのは、正直憚られたのもあった。

 

 そのせいで鍵は埃を被って、机の端に置かれたままだった。

 

 だが、これは最後の(・・・)セブンスターズ戦だ。多少念入りに準備しても、罰は当たらないだろう。

 

「アニキ、何してんすか?急ぐっすよ!」

「悪い、翔!少しやることが出来た!職員室ってどこだ?!」

「職員室ならブルー寮の反対側っすよって、どこ行くんすか?!灯台は反対側っす!」

「やることがあるんだ!すぐ行くって先生に言っておいてくれ!」

 

 そう言って職員室に向かう途中、俺は今までのセブンスターズのことを思い出していた。

 

 最初は、ダークネス。操られていたとはいえ、吹雪さんは強敵だった。実際、その時のゲームで、俺はかなり消耗してしまって、ぶっ倒れることになった。そのあとは、いかなる時も先生にもらった布を手放すものかと思ったっけ?

 

 二人目はカミューラ。カイザーとクロノス先生の鍵が奪われ、最終的には沖田先生が倒した。残るカギは5つになってはしまったが、幸いにも沖田先生が帰ってきてくれたおかげで、皆が少し落ち着きを取り戻したように思う。卑怯な手段を用いたとはいえ、カイザーやクロノス先生が負けるような実力者があと5人もいるのだという事実は、少なくとも俺たちに負担(プレッシャー)を与えていたのだ。

 

 三人目はタニヤ。三沢の鍵は奪われたが、何とか撃退出来たっけ。セブンスターズの中ではトップクラスに強かった。あれが闇のゲームでなくて本当によかったと思う。三沢はしょげていたが、あの結末は・・・。残るカギは4つになってしまった。

 

 四人目は精霊だった。万丈目が見事撃退していたが、場合によっては負けていたのかもしれない。少なくとも、おじゃま達だからこそ順調に倒せたデュエルだと思う。そうでなければ、負けていたかもしれない。

 

 五人目はアビドス三世って言ったっけ?名前はあまり覚えていない。デュエル王と名乗ったアイツは、なぜか沖田先生と意気投合していた。結局は、俺とデュエルすることになったが、あいつは俺と沖田先生に再戦を申し込んで、消えていった。ン熱血指導って、何だったんだろう。未だに分からない。でも、実力はとてつもなく高かった。

 

 六人目は・・・大徳寺先生。彼の言ったことは、いまだに覚えている。土に還る前に、先生は俺にいくつもの言葉を残していった。鍵は二つ取られたが、大徳寺先生がこれを改めて柱から回収しなおしていた。これで、鍵は7つに戻った。

 

『錬金術の真意は、人の心を、より強くて高貴なものに変えることなのだ。十代、君は今、その真実を知った。』

『・・・私の研究を支えてくれた人物(友人)は、強大な力を手に入れんとし、その心をいつの間にか曇らせてしまった。

 いや、曇らせたというのは正確ではないのかもしれない。あれをセブンスターズに引き入れたときに、あの人は外道に落ちたのだと、私は実感してしまった。同時に、私ではその心を晴らすことはできないのだと、思ってしまった。』

『この島には、いずれ大きな災いが起こる。・・・私には、その災いに対抗する力を育てる必要があった。』

『・・・君は、光のデュエリストだ。君は気づいていないかもしれないが、君には融合使い(錬金術師)のデュエリストとしての才能だけではなく、一種のカリスマ性を持っている。周りを温かくさせる君なら、彼を、彼らを救ってくれるんじゃないかと思ったんだ。』

『・・・十代。最後のセブンスターズは、今までの中で、おそらく一番の強敵になる。少なくとも、私では勝てないだろう。最強と言い換えて差し支えない。

 だが、彼は望んでセブンスターズになってはいない。私の友人に脅され、協力を促され、仕方なく従っている。だからこそ、彼は私たちを裏切れない。

 救ってほしい。友の尻拭いを君にさせることになるのは分かっている。それでも、それでも。これは、私の最後の願いだ。』

 

 そういって、大徳寺先生はいなくなってしまった。いなくなったというよりは、砂になって消えてしまった(死んでしまった)というのが正しいが。

 だが、彼が最後に残したセブンスターズ。大徳寺先生のいうことを信じるなら、それは俺よりもはるかに強いデュエリストだろう。そう、カイザーや沖田先生のような。

 そんな相手だと分かっているのだ。準備はいくらしても足りない。

 そんなことを考えながら走って十分もすれば、職員室の先生の引き出しについた。ほかには誰もいない。休日とはいえ、大体は当直の先生がいるはずなのだが・・・。いや、もしかしたら今日の当直は沖田先生だったのかもしれない。

 まあいい。ほかに人がいないが、とりあえずカードを確認させてもらうことにしよう。使うか使わないかはともかく、精霊の力が宿っているならば心強い。

 

「・・・え?」

 

 おかしい。いや、鍵のことじゃない。鍵は開いた。そこには、十代君へ、と書かれた袋と、その中に入っているカードの束。

 そして、そこには俺がよく知っているカードが、置いてあった。

 

「ねえ、十代君。」

「うわぁ?!」

 

 びっくりした、本気で心臓が止まるかと思った。いったいだれだ・・・というか、職員室で俺を十代君呼びする女の先生は一人しかいない。

 

「なによ、人を幽霊みたいにびっくりするのはやめて頂戴。」

「あ、ああ。ごめん、みどりさん。でもびっくりさせないでくれよ。」

 

 みどり先生。小学生の頃に入院した時からの縁でちょくちょく会っていたが、まさか自分がその生徒になるなんて思いもしなかった。そしてなぜか、当時から見た目が一切変わっていない。

 一度年齢を詮索してみたいが、そんなことをすれば俺は明日の食卓に並ぶことになるので、やめておく。みどりさんの目が、命拾いしたナ小僧、と言いたげに睨んでいるのは気のせいだと思いたい。

 

「それはごめんなさい。それより、曽良はどこ?朝からいないんだけど。」

 

 え?朝から会っていないのか。

 

「沖田先生なら、最後のセブンスターズが出たって翔に伝えた後、ブルー寮に行ったみたいだけど。」

 

 そういった瞬間、みどりさんはおかしなことを言う、とばかりに首を傾げた。

 

「ブルー寮?来てないけど。」

「え?」

 

 どうやら、みどりさんもここに来たのはついさっきで、それまではすぐそこにあるブルー寮で仕事をしていたらしいのだ。管理室はブルー寮の入り口にある。そこを通らずに中に入ることはできないから、彼が来ていないことは間違いがないらしい。

 

「・・・十代君、それ、ほんとに曽良だったの?」

「翔はそう言っていたけど・・・。」

 

 疑うみどりさんに、俺はそれしか言えない。なにせ、直接聞いたのではなく、翔からの伝言で受け取ったのだから。

 翔君は意味なく嘘をつくような子じゃないわね。そう言うみどりさんに、少しうれしくなる。友達が褒められるのは、少し気分がいい。

 でも、どうしてそんなに考え込む必要があるのだろうか。そう聞くと、みどりさんは一から説明してくれた。

 

「いえ、実はね?セブンスターズのあなたが言っていたアムナエルと、その最後のセブンスターズについての情報は、全くと言っていいほどにないのよ。

 それなのに、どうして曽良は最後のセブンスターズが出たって情報を知ってたのかなって。」

 

 ああ、それは沖田先生からも聞いていた。残りのセブンスターズの情報はいまだ見つかっていない。

 だが、そんなのは不思議じゃないと思う。だって、鍵が吸収されれば、誰だって気づく話だ。

 

「あの鍵が消えるときの現象はあなたも知っているでしょう?鍵が吸い込まれると、あそこにある塔に光が灯ることになる。でも、それはまだ現れていないわ。だけど曽良はそれを知っていて、そしてどこかに去っていった。」

 

 確かにおかしい・・・のか?沖田先生が新たなセブンスターズに偶然遭遇した可能性だって。

 

「もちろんそれはあるけれど、それなら曽良はそいつと戦っているでしょ?援軍を呼ばなくても、彼より実力の高い鍵の守護者なんていない。それは、曽良が一番よく知っている。

 援軍を呼ぶ必要はない。それなのに、それをするような状況。・・・何かがおかしい。」

 

 その瞬間。職員室の窓から見える範囲で、鍵が吸い込まれていくのが見えた。

 窓に背を向けていたみどりさんが気付くほどに、眩しい光が立ち込める。急いで、窓の外を見た。

 そして、気付いた。光は、一つじゃない。三つある。一体、この短時間に何があったというのか。

 

「行きましょう、十代君!」

「え?ちょっと、みどり先生?!」

「ここで議論しても埒が明かないわ!なにより、三つも鍵が奪われたのなら、少なくとも一人の生徒は倒されている!一刻も早く倒された人たちを見つけないと、大変なことになるかもしれないわ!」

 

 「男らしさで並の男より上だから、姉さんはモテないんだ。さっさと身を固めてくれれば安心なのに。」とぼやく紅葉さんの姿をなぜか今思い出した。あの時は分からなかったが、今思えばこういう一面を指して言っていたのだろう。確かに、なんというか勇ましい。

 

「何してるの?!行くわよ十代君!」

「あ、ああ!」

 

 急いで、持っていたものをポケットの中に入れる。とりあえず、本当に鍵が吸い込まれたのか確認するために、塔に向かうことにした。ここからあの塔までは少々距離はあるが、走れば数分で着くだろう。

 

 実際、そこには直ぐと言っていいほどに早く着いた。だが、そこで俺が見たものは、想像をはるかに超えていた。

 カイザー。明日香。三沢。その三人が倒れている。首元を見れば、鍵がなくなっているのは明らかだった。鍵がなくなった数とも一致する。

 そして、俺たちよりも早く駆け付けていたのか、万丈目は既に誰かとデュエルしていた。あたりには、その声が響いている。だが、ここからではギリギリ、その敵の姿が、柱の陰になって見えない。

 

「アームド・ドラゴン LV7の効果を発動!手札の絶対服従魔人を捨てることで、召喚獣エリュシオンを破壊する!」

「エリュシオンの効果。フィールド、墓地の召喚獣をリリースすることで、相手フィールドの、そのモンスターと同じ属性を持つモンスターを全て除外する。エリュシオンは、フィールドで地、水、炎、風、闇属性としても扱う。よって、アームド・ドラゴン LV7もゲームから除外される。」

 

 ・・・この声。

 いや、そんなはずはない。そんなはずはない。

 

「・・・ターンエンド。」

「この瞬間、罠発動。魔法名-「大いなる獣(ト・メガ・セリオン)」。ゲームから除外された、自分の召喚獣モンスターを任意の数、守備表示で特殊召喚。現れろ。召喚獣ライディーン。召喚獣メガラニカ。召喚獣エリュシオン。俺のターン、メガラニカとエリュシオンを攻撃表示に変えて、ダイレクトアタック。」

 

 万丈目の叫び声が上がる。その声で、嫌でも現実が見えてしまう。

 そして、万丈目の鍵も、近くの柱に吸い込まれた。これで、残った鍵は3本。

 

 どうして、どうしてなんだ。だけれど、隣にいるみどりさんは、このことを予想していたかのように、静かに柱の陰に声をかけた。

 

「どういうつもりかしら、曽良。覚悟はできているのよね?」

 

 沖田先生。彼が、万丈目の対戦相手。そして、状況的に間違いなく、あの人が明日香達を倒した張本人だろう。

 

「やあ、みどり。任務ご苦労、サヨウナラ。」

「答えるつもりはないのね。」

 

 冗談のような軽い口調に、みどりさんは即答で答え、先生の軽口を瞬時に葬り去る。

 

「ちょっとしたジョークを流さないでほしいです。」

「流すわよ、こんな状況よ?ふざけるのもいい加減にしなさい。何のつもりかしら?」

 

 「何のつもり、と言われても。答えてあげる世の情けは持ち合わせていないんですよねぇ。」と、そういう先生に、みどりさんは今にも掴み掛らんとしていた。

 

「鍵を回収するなんて。正気!?あなた、それでも人間なの?!」

「人間ですよ。人間だからこそ、欲望の赴くままに、この鍵を開放しているんです。」

 

 そう言って、先生は自分の持っている鍵を、一番近くにあった塔に近づける。鍵が柱に吸い込まれ、また新たな光が塔に灯る。

 「まだ足りないか。」と呟き、彼は倒れた万丈目を担ぎ上げ、みどり先生に手渡した。

 

「どういうつもり?」

「その子を介抱してあげてください。俺には、やることがありますから。」

 

 そういって、沖田先生は俺に向き直った。次の相手は、俺ということらしい。

 

「待ちなさい!それなら私が相手をするわ!」

 

 みどりさんはそう言っているけど、それは土台無理な話だろう。先生は、鍵を手に入れようとしている。でも、みどりさんは鍵を持っていない。それを受けるとは思えなかった。

 それに、今は万丈目が心配だ。早く手当てをしてやらないと。闇のゲームは、負けたやつの体力を著しく奪う。最悪、死んでしまうかもしれない。

 

「みどりさん、みんなを安全なところに連れて行ってあげてくれ!先生は、俺が何とかする!」

「十代君!」

 

 そう、俺が何とかするんだ。鍵の守護者として、やるしかない。なにより、明日香や万丈目達を、こんな目に合わせたことが許せない。

 そして、少しだけ。少しだけ、これからのデュエルにワクワクしている自分がいる。

 

「頼んだわよ!」

 

 そう言って、万丈目を担いでみどりさんは皆が倒れているところまで走り出した。

 だけど、急に周りに味方がいなくなったせいか、いきなり不安になる。そのせいか、先生に話しかけていた。

 

「沖田先生。本当に・・・。」

「くどい。はっきりしていることを何度も聞かない。今、目の前にいるのは紛れもなくセブンスターズの一人、悪魔の依り代『トラゴエディア』。我欲のために世界を捨て、我欲のために自らを慕う生徒を葬り去ろうとする悪そのもの。その身を悪に宿し、今まさに幻魔の復活を願う一人の男に過ぎない。

 構えなさい、遊城十代。」

 

 目の前の先生は、明らかにいつもと様子が違う。そこで思い出した。アムナエル、大徳寺先生が言っていたことを。

 

「でも、先生。大徳寺先生は、先生は脅されているって言ってたんだ。それなら、せめてそのことくらい話してくれよ、先生・・・。」

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、先生が揺れた。体が、ではなく、心だと思う。それくらい、動揺していた。

 数秒、もしくは数分だったかもしれない。長い沈黙の後、先生は、

 

「違う。それは違う。」

 

 そうつぶやいた。

 

「俺は、自分の意志でここにいる。報酬のためにここにいる。自分と、生徒。自分と世界。自分と、デュエルモンスターズ。そのすべてを天秤にかけ、俺はこれを選んだ。断じて、脅されたわけじゃない。

 嘘だと思いますか?残念だが、これが真実です。君の思う先生など、この世には存在しない。

 あらためて言う、遊城十代。構えなさい。ここから先は、ただの闇のゲームだ。」

 

 でも、先生がセブンスターズなんておかしい。だって、だって先生は、カミューラを倒したじゃないか!

 

「目的のために邪魔だった。あいつの目的と俺の目的には、縁がなかっただけでしょう。しいて言うならタイミングが悪かった。逃したのさ、あいつは。」

 

 デュエルモンスターズの授業の時に出てくる言葉。それを使う先生に、思わず体の中の怒りがこみ上げた。

 

「どういうことだよ。どういうことだよ!!裏切っていたのかよ。本当に裏切っていたのかよ?!嘘だと言ってくれよ、沖田先生!!」

「・・・・・。」

 

 だけど、慟哭空しく、先生は何も言わない。無言で、ディスクを構えるだけ。

 

「戦うしかないんだな・・・。」

 

 正直、意外性がなかったと思う自分がいる。自分は、ここまで薄情だったのかと思いもする。

 いつも飄々としていて、のほほんとしていて、軽口や冗談ばかり言って、みどりさんやクロノス先生と楽しそうに話していた先生。でも、どこかで一線を引いていた先生。

 それは、裏切りの罪悪感だったからなのだろうか。少なくとも、セブンスターズが島にやってきてからはずっとそんな感じだった。様子がおかしいと、理性ではなく、本能的に警戒していたんだと思う。そうでなければ、この虚しさの理由に説明がつかない。

 

 納得している自分と、違うと訴え続けている自分。その二人の自分を、必死の理性で思考から叩き出し、目の前の現実に向き合う。

 大徳寺先生の件で慣れてしまったのだろうか。裏切りになれるのは嫌だなぁ。

 

「十代!!」

 

 後ろから声がかかる。それは、先ほど倒された万丈目の声だった。柱に背を預けてはいるが、しっかり二本足で立っている。よかった、あいつらは無事だった。

 隣には、明日香も、三沢も立っている。カイザーも、見た目の傷の割に、元気そうだ。

 万丈目の足が崩れ落ちる。それでも、伝えなければならないといわんばかりに、みどりさんの制止を振り切って、俺に伝えた。

 

「十代!先生は融合を使ってくるが、それだけじゃない!」

「気を付けろ、先生は、俺たちの知らない力を使ってくる!」

 

 知らない力?どういうことなのだろうか。三沢と万丈目が、必死で伝えてくれたが、俺にはさっぱりわからない。

 だけど、やることは変わらない。俺は全力で、デュエルするだけなんだから。

 

「アドバイスの時間は終了か?だが、それでは俺に勝ち目なんてないぞ。情報とも言えない情報なんて、伝えるだけ無駄だろうに。」

「そんなことはない!」

 

 それは違う、無駄じゃない。

 

「あいつらは、俺に必死で伝えてくれたんだ。それは、ある意味何よりも頼れる声援だぜ!先生、デュエルだ!その目を覚まさせてやるから、覚悟しろ!」

 

 そういった後、デュエルディスクを構えると同時に、先生もまたデュエルディスクを構えた。

 だが、よく見ると先生のデュエルディスクとは少し趣が違う。先生のデュエルディスクは、俺たちが使っているデュエルディスクの数世代前のディスク。流石に、あの武藤遊戯が使っていたバトルシティのデュエルディスクとまではいかないが、もう誰も使っていないような世代のディスクだった。確か、重大なエラーが出て、すべて回収されたのではなかったか。

 だが、今使っている漆色に染色されたデュエルディスクは、先生の腕の中で起動する。互いのデュエルディスクが目に見えない光で繋がった音がした。

 

「デュエル!」

 

 宣言した合図に、目の前の先生は反応しない。先攻か後攻、好きなのを選べと言われただけだった。とりあえず、先攻を選ぶ。

 先生のデッキには、妨害カードが積まれていることが多い。妨害されずに展開できるなら、それに越したことはない、と判断したからだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認する。それは、沖田先生の机の中にあったカード。

 

「E・HERO エアーマンを守備表示で召喚!」

 

 エアーマン。そのモンスターを、俺はよく知っている。響紅葉、尊敬するデュエリストが使っていたカードの一枚。その効果は、デッキから新たなHEROを呼んでくること。

 

「デッキから、E・HERO バブルマンを・・・あ。」

 

 デッキを見たとき、ふと気になるカードが混ざっていることに気が付いた。俺は入れた覚えはない。だけど、すごく印象に残るそれは、まるで自分が手札にいるべきだ、とでも主張するように、デッキの一番最初に眠っていた。

 

「・・・E・HERO ブレイズマンを、手札に加えるぜ!」

 

 ブレイズマン。どうやら、召喚した時に融合を手札に加えることができるらしい。丁度融合が手札にないので、これはすごくありがたい。どうしてこのカードがデッキに入っているのかは分からないが、すごく心強い味方だ。

 

「カードをセットして、ターンエンドだ!」

 

 手札のカードを見る。ここで展開してしまっても構わないといえば構わないのだが、だからと言って全部全部展開する気なんてない。まずは、相手のデッキを観察する。

 さあ、どんなカードを使ってくる。今まで、あの人の本気は2度しか見ていない。一度目はタイタン。二度目はカイザー。みどりさん曰く、カイザーは限りなく本気に近いデッキだったと言っていた。なら、そのデッキはシャドールか。

 影衣融合。融合召喚してしまえば、デッキのカードを素材にしてくる。いつかは使うことになる融合召喚だが、攻撃できない最初のターンに使っても、その意味は殆どと言っていいほどにない。だから、展開しようとはサラサラ思ってはいなかったが。

 だけど、沖田先生のことだ。何か、とんでもない手段で向かってくるに違いない。そう思うと、こんな時だというのに、体から力が湧いてくる。

 

「さあ、先生!見せてくれよ、先生の本気を!!」

 

 自然と、笑顔になってくる。ここまでのわくわくは、もしかしたら紅葉さんとデュエルした時以来かもしれない。

 

「俺のターン。」

 

 ドロー。静かに沖田先生は言った。手札のカードを見て、数秒。

 

「俺は、チューナーモンスター、魔轟神レイヴンを召喚。」

 

 魔轟神。どこかで聞いた覚えのある名前だ。

 

「そして、魔轟神レイヴンの効果を発動。手札を任意の枚数捨てることで、このカードのレベルをエンドフェイズまで、一枚につき一つあげ、その数×攻撃力を400ポイントアップする。」

 

 パンプアップ。珍しい戦法だと思った。いや、パンプアップして攻撃するのはある意味基本中の基本。珍しいのは、それを先生が使うことだった。

 沖田先生の戦術は、強いて言うなら場を制御する(コントロール)。ライフアドバンテージよりも、手札やフィールドを制御することに重きを置いて、そこに主要と決めたカードのギミックを組み込む。テーマを主軸にすることもあったが、それはカイザーやタイタンとのデュエルくらい。それ以外の、生徒とのデュエルでは、そういったデッキを使っていた。

 だからこそ、コントロールデッキに、どのようなギミックを持ち込んだのだろう、と思っていた。だが、どうやら違うらしい。一体何が起こるのだろうか。

 

「手札の、暗黒界の武人ゴルドを捨てることで、レイヴンのレベルを1上げる。そして、捨てられたゴルドの効果を発動する。」

「手札から捨てることで発動するモンスター?!」

 

 珍しいモンスターだ。捨てられたことで発動するのなら、手札抹殺などのカードを多用するデッキなのかもしれない。

 

「ゴルドは、手札から効果で捨てられたときこのカードを特殊召喚できる。」

 

 しかも、特殊召喚。死者蘇生や融合のようなカードなしで、こんな大型のモンスターを出してくる先生は凄い・・・と思ったが、征竜に比べればそうでもない気がしてきた。

 

 どうでもいいことだが、それを後日みどりさんに言うと、「感覚麻痺って怖いわね。」と頭を撫でられることになった。あとなぜか涙を流していた。

 

「まずいぞ、十代!」

 

 後ろから、三沢が叫ぶ。確かにまずいと言われればまずいが、だからと言ってまだ、2300のモンスターと1700のモンスターが並んだだけだ。先生なら、もっとえげつない盤面になる。それに比べれば、今なんてどうっていうことは・・・。

 

「違う!十代!先生の場に、チューナーと(・・・・・・)それ以外のモンスター(・・・・・・・・・・)が並んだこと自体が問題(・・・・・・・・・・・)なの!!」

 

 え?明日香?どういうことだ?

 そう思った瞬間だった。レイヴンの体が輪っかのような形になる。それと同時に、ゴルドの体も、星になっていった。その数は5つ。レベルの数と同じ。

 

同調召喚(シンクロ召喚)。」

 

 先生がそう呟いた。それと同時に、輪と星が合わさり、一筋の光になる。

 

「魔轟神 ヴァルキュルス。」

 

 魔轟神、ヴァルキュルス。その攻撃力は、エアーマンを遥かに凌ぐ、2900。

 

「出てしまったか、シンクロ召喚。」

 

 そういうのは、三沢。一体何が起こったんだ?!

 

「シンクロ召喚。言うなれば、それは融合を必要としない融合召喚です。ただし、一部の例外を除き、フィールド上に同調機、チューナーと呼ばれるモンスターと、そうではないモンスターを揃えて、出したいシンクロモンスターのレベルと同じにしなければなりません。

 この場合、シンクロ召喚は生贄召喚とは違いリリース扱いにはなりません。融合と違い、素材が緩いことや融合カードを必要としないことがメリットではありますが、場合によっては素材指定があったり、レベルを合わせないといけないと召喚できないこと、手札を利用したり、カードによっては墓地のカードも利用してできる融合とは違い、特殊召喚などを多用しなければできないというデメリットもあります。今回召喚した、魔轟神ヴァルキュルスのレベルは8。素材指定はチューナーが魔轟神モンスターであること。魔轟神レイヴンのレベル3と、暗黒界の武人ゴルドのレベル5を合わせて、レベル8のヴァルキュルスを融合デッキから特殊召喚したというわけです。」

 

 そういう先生は、いつもの先生だった。授業で教えるように、実際の映像や実演を交えながら解説していく、いつもの姿。状況はこんなにも違うのに、いつもの先生だ。

 なら、いつもの授業のように、質問でもしてみよう。

 

「でも、先生、デッキから融合してたよな?」

「あれは融合に似た何かだ。」

 

 そうばっさり切り捨てる先生は、いつもの先生だ。だからこそ、尚の事悲しい。吹雪さんみたいに操られていたわけではない。脅されて、何かを気負っている様子もない。いつも通りの先生が、そこにいるのだ。最大の敵として。

 

「十代、そんなことを言っている場合じゃないぞ!総合打点が下がっているのに、先生はわざわざ召喚したんだ!だったら、打点以上に何か厄介な効果がヴァルキュルスにはあるはずだ!」

 

 そんなことは三沢に言われなくてもわかっている。俺にダメージを与えるなら、レイヴンでエアーマンを倒して、ゴルドでダイレクトアタックすれば、俺は2300の大ダメージを受ける。いや、伏せたカードを使えばそんなことにはならないだろうが、だからと言って、そのチャンスを逃す必要はない。確かにヴァルキュルスの攻撃力は2900と驚異的だが、まだ対処はできる範囲内・・・だと思う。

 だとするならば、ダメージを度外視しても使いたかった効果が、あのモンスターには備わっているはずだ。

 果たして、その推測は正しかったといえる。

 

「ヴァルキュルスの効果。手札の悪魔族モンスターを一枚捨てることで、カードを一枚ドローする。手札の魔轟神クシャノを捨ててドロー。」

 

 なるほど、手札交換。そして、交換のために捨てたカードを使って効果を発動する。

 

「フィールド魔法、暗黒界の門を発動します。フィールドの悪魔族モンスターは攻撃力・守備力が300ポイント上昇します。」

 

  この伏せカードがサイクロンだったなら、発動したその刹那に破壊出来ただろうが、残念なことに、伏せたカードはその類ではない。どうあれそれを止めることはできない。

 だが、ダメージを捨ててまで手に入れたカードが、たったそれだけ(手札交換だけ)の効果なのだろうか。そうまでしてヴァルキュルスを召喚する意味はないような気がした。

 

「あわてるな、十代。本命は他にある。」

 

 やはりか。先生がそう言ったが、半分予想はしていたから問題ない。むしろ、湧き上がるワクワクが、自分の心が、その先を見たいと叫んでいる。

 

「暗黒界の門のもう一つの効果。一ターンに一度、自分は墓地の悪魔族モンスターを除外し、手札の悪魔族モンスターを捨てることで、カードを一枚ドローする事が出来ます。墓地の暗黒界の武神ゴルドを除外し、手札の暗黒界の術師 スノウを捨てて、カードをドロー。スノウの効果、効果で手札から捨てられた時、暗黒界と名のついたカードを手札に加える。デッキから暗黒界の取引を手札に加える。」

 

 暗黒界を主軸にしたデッキなのだろうか。それとも、暗黒界に魔轟神を混ぜ込んだのか、魔轟神に暗黒界を混ぜ込んだのか。いずれにせよ、手札から捨てられただけで発動するのは厄介だ。何より、手札の質が明らかに上がっている。

 

「手札の魔轟神グリムロの効果を発動。フィールドに魔轟神がいるときに、このカードを手札から捨てることで、デッキから魔轟神と名のついたカードを手札に加えます。手札に加えるのは、魔轟神クルス。

 そして、墓地のクシャノの効果を発動。」

「墓地から発動するモンスター効果?!」

「そう珍しいことじゃないだろう。ネクロダークマンに関しては、君も使っている。」

 

 そういわれればそうだが、今まで手札を捨てることに関係していた分、意外性が大きい。

 

「クシャノは、手札の魔轟神を捨てることで、このカードを手札に戻すことができる。手札から捨てるのは魔轟神クルス。

 魔轟神クルスの効果を発動。クルスは手札から捨てられた時、墓地のレベル4以下のモンスターを特殊召喚する。魔轟神レイヴンを墓地から特殊召喚。

 レイヴンの効果を発動。手札を三枚捨てて、レベルを3つ、攻撃力を1200ポイントアップさせます。」

 

 まずい。

 

 これで、先生の場には攻撃力3200のモンスターと、攻撃力2800のレイヴンが揃ったことになる。先ほどよりも、さらに強力な布陣が誕生した。

 

「まだ終わりません。手札から捨てたカード、そのうち一体は暗黒界の龍神グラファ。

 グラファは、手札から効果で捨てられた時に相手フィールドのカードを一枚選択して破壊します。破壊するのは、そのエアーマン。それを持ってきたことは称賛に値します。がしかし、それでは俺には届かない。」

 

 エアーマンが破壊される。これで、フィールドはがら空き。

 

「まずい!十代の場ががら空きになった!これでは、あのモンスターの攻撃を受けて十代は・・・!!」

「そんな!」

「アニキィ!!」

 

 皆が叫ぶ。そりゃあそうか。俺のフィールドは伏せカード一枚。この伏せ(リバース)カードがミラーフォースのような逆転の一手でもない限り、敗北する。だけど、このリバースカードはそういう類でもない。

 それでも、まだ大丈夫。まだあきらめるような時間じゃないんだ。

 

「カードを一枚セット。」

 

 え?

 

「墓地の、レベル・スティーラーの効果を発動します。レイヴンのレベルを一つ下げて、このカードを墓地から特殊召喚します。」

 

 レベルを下げた。増やしたレベルを敢えて下げた。これでは意味はない・・・違う。

 やられた。レイヴンはチューナー(・・・・・)だ。それを意味するのは・・・。

 

「レベル1、レベル・スティーラーにレベル4、魔轟神レイヴンをチューニング。」

「二度目のシンクロ召喚だと?!」

「そんな?!」

 

 後ろから、明日香や三沢の絶望したかのような声が聞こえる。これ以上、何か出てこられたら堪ったものでは無いからか。

 

「シンクロ召喚レベル5、魔轟神レイジオン。」 

 

 二度目の、シンクロ召喚。総合の攻撃力こそ下がったが、これが全て通れば、俺のライフは0になる。

 でも、やはりというかなんというか。

 

「連続の召喚は手札を消耗するみたいだな。先生の手札は既に0。もう、シンクロ召喚を行うことはできないぜ!」

 

 意気込んだその言葉。実際、先生は2回のシンクロ召喚を行うために初期手札、そしてドローした6枚の手札を全て使い切っていた。

 手札は無限の可能性、とは誰の言葉だっただろうか。ともかく、これでは新たな可能性は生まれない。

 

 そんな風に考えた俺に、先生はゆっくりと、低く呟いた。

 

「果たして、そうかな。」

 

 たった、一言。たった一言で、その場の全員が沈黙した。下手をすれば、その場にいる全員が殺されると感じるくらい、深く重い言葉。

 人は、言葉一つでここまでプレッシャーを与えることができるのか。そう思うくらいに、一言が重かった。

 

「レイジオンの効果発動。シンクロ召喚に成功した時、手札が2枚になるようにドローする。俺の手札は無い。よって2枚ドロー。」

「そんな?!」

 

 強欲な壺。制限カードと同じ効果を内包しているのか、あれは!!

 

「いや、そうじゃないぞ十代。あれは手札が0枚、ないし1枚の時にその効果を発揮する。つまり、そうなるように先生が手札消費を全て計算したんだ。」

 

 カイザーが解説してくれたが、それでも、強力なドローカードだ。

 ・・・と、そういった瞬間、皆が微妙な顔をしている。はて、どうしたものか?

 

「いや、HEROの遺産とホープ・オブ・フィフスを十全に使いこなした上で強欲なバブルマン使ってくるあなたにだけは言われたくないだけかと。カイザーはカイザーで宝札シリーズ使ってきますし。」

 

 え?先生?

 後ろを見ると、皆がうんうん、と頷いている。そんなにか?

 

「自覚症状がない、というのはいささか問題だな。」

「私、ドローカード一枚で逆転されたことあったっけ。」

「アニキ、自覚してくださいっす。」

「十代君、自重。」

「皆?!先生まで?!」

 

 デッキが答えてくれているだけだぜ?そう言うと、カイザーもうんうんと頷いている。

 

「人はそれを運命力と呼ぶ。・・・君の運命力は頭おかしいとしか言うほかないです。」

「そ、そこまで?」

 

 先生、敵に回ってから少々口が容赦なくなってない?

 

「それはそうと、メインフェイズ、続行していいですか?」

「ああ、どうぞ・・・って、え?」

 

 まだやるの?!

 

「手札があるなら回せるのが魔轟神です。フィールドに魔轟神がいる時、手札の魔轟神グリムロの効果を発動。デッキから魔轟神と名のついたカードを手札に加える。魔轟神クルスを手札に加える。リバースカード、オープン。暗黒界の取引。」

「え?魔法カード?!」

「伏せるのが罠だけだと思ったら大間違いです。暗黒界の取引は、お互いにカードを1枚引いて、1枚捨てるカード。さあ、ドローしてください。」

 

 ドローする。魔法カード、融合。これを手札から捨てるわけにはいかない。ほかのカードを選択した。

 

「捨てたぜ、先生。」

「では、手札から捨てるのは暗黒界の術師 スノウ。スノウの効果で、デッキから暗黒界と名のついたカードを手札に加えます。手札に加えるのは暗黒界の尖兵ベージ。ベージもまた、ゴルドと同じく手札から捨てられることで自身を特殊召喚するカードです。さらに、魔轟神グリムロの効果をもう一度発動します。デッキから、魔轟神獣ケルベラルを手札に加えます。」

 

 よし、これでもう展開はできない。手札は、魔轟神獣ケルベラルと、魔轟神クルス。そして暗黒界の尖兵ベージ。手札から捨てるにはカードが足りない。取引もない、暗黒界の門も使ってしまっている。これ以上は・・・。

 

「墓地のクシャノの効果をもう一度発動。」

 

 まだあった。墓地からの効果。おそらく捨てるのは・・・。

 

「手札の魔轟神クルスを捨てて、クシャノを手札に。クルスの効果で甦るのはレイヴン。レイヴンの効果で、クシャノとベージを捨ててレベルを4に上げる。ベージの効果で自身を特殊召喚。」

 

 これで、レベルの合計は8。

 

「まだ終わらない。墓地のグラファの効果。」

 

 ・・・。

 えっと、そろそろいつメインフェイズが終わるのか気になってきた。

 

「暗黒界の龍神グラファは、フィールドの暗黒界を手札に戻すことで、墓地から特殊召喚できます。」

 

 墓地から、まさしく悪魔と呼ぶにふさわしいモンスターが出てきた。門の効果を合わせて、その攻撃力3000。おまけに、倒しても次のターンには蘇生可能。厄介すぎる。

 

「さらに、墓地のレベル・スティーラーの効果で、レイジオンのレベルを一つ下げて、特殊召喚します。」

 

 レベルを調節したのか。あの虫、厄介だな・・・。

 あれ、俺厄介しか言ってないか?

 

「レベル4、魔轟神レイジオンにレベル4となった魔轟神レイヴンをチューニング。」

 

 せんせー、ターン終わってくれませんかーと心の中で少々思いながらも、次に出てくるモンスターに期待する。

 だけど、先生の足元から、妙な気配が流れ始めた。嫌な予感、というわけじゃない。だけど、物凄い威圧感が、形になったような雰囲気。思わず身構える。

 

「漆黒の闇を裂き、天地を焼き尽くす孤高の絶対なる王者。万物を睥睨し、その猛威を振るえ。」

 

 目に見えるのは、赤い炎。燃えるような龍の姿。その後ろに、蜷局を捲く紅い龍の姿が見える。

 

「琰魔竜レッド・デーモン、シンクロ召喚。」

 

 咆哮。怒号。龍の嘶きが木霊する。

 

「まだだ。墓地の魔轟神クシャノの効果で、手札の魔轟神獣ケルベラルを手札から捨てて墓地から回収。ケルベラルも、手札から捨てられたことで特殊召喚できるチューナーだ。よって、特殊召喚。

 レベル8、暗黒界の龍神グラファにレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。」

 

 もう、目まぐるしくて全部の効果を把握しきれていないが、どうやら何かが出てくるらしい。

 

「シンクロ召喚レベル10、魔轟神レヴュアタン。」

 

 そして魔轟神だから、またなにか効果があるんですね。おまけに門も合わせて攻撃力は3300。

 ・・・一体、どうやって勝てばいいんだろう?周りがあまりの光景に目を逸らし、長いターンの間に来ていたらしい翔や隼人なんかは、状況を察した瞬間に手を当てて拝んでいる始末。この場が沈黙で満たされている中、ナンマンダブとつぶやく隼人の声がここまで聞こえてくる。

 まあ、無理はない。なんせ、フィールドには、3体のシンクロモンスター。魔轟神ヴァルキュルス、魔轟神レヴュアタン、琰魔竜レッド・デーモン。打点だけでも3000のラインを超えているモンスターが、たった1ターンで現れる。それも3体。

攻撃力、という意味では墓地にこそいるが、フィールドの暗黒界モンスターを手札に戻すだけで出てくる、暗黒界の龍神グラファも居る。そいつも十分に警戒するべきモンスターだ。

 シンクロ召喚という新たな召喚方法も凄いが、何より凄いのはその召喚を十全に発揮したことだろう。魔轟神を使った、手札入れ替えとレベル調整、そして手札の枚数調整に、引いたカードで新たに盤面を組み立てる思考力。それらが合わさらないとできない芸当だ。

 カイザーや三沢なら使うことは出来るかもしれないが、少なくとも俺では無理だという確信がある。デッキが答えてくれるのではなく、答えてくれた上で、さらに思考を繰り返して戦う。それがどれだけ脅威なのか、俺は今、身を以て知った。

 

 圧倒的なピンチなのに、笑っている自分がいる。さて、ここからどう逆転させるのか考えるのが、堪らなく楽しい。

 

「バトル。」

 

先生の言葉に、ようやくメインフェイズが終わったことを悟る。発動するならここだろう。

 ディスクを改めて胸の前に持ってくる。ボタンを押せば、目の前のソリッドヴィジョンが浮かび上がった。

 

「罠発動、ピンポイント・ガード!E‐HEROエアーマンを墓地から特殊召喚!そして、ピンポイント・ガードで特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘では破壊されないぜ。」

 

 そして、エアーマンの効果で手札にクレイマンを持ってきた。ターンエンド、と先生が宣言する。皆がほっとした気がした。

 

 さて、どうやって突破してやろうか。

 

 手札には、信頼するカードたち。デッキには、いつも一緒に戦ってくれたカード。そして融合デッキには、マイフェイバリットカード・・・と、先生のデスクにあったHERO。

 なんでこれを先生が持っていたのかは知らない。だけど、それは俺が知っている、最強のHERO達だった。

 そのカードが、俺に諦めるなと言っている気がした。どんな状況だって必ず突破口はある。伏せはない。なら、3000越えのモンスターなんて問題ないはずだ・・・多分。

 

「は、はははは。」

 

 思わず、笑ってしまった。こんなに不利な盤面なのに、最高にワクワクしている自分が、堪らなくおかしい。

 さて、お楽しみはこれからだ。楽しいデュエルをしようぜ、先生。

 

 




何かおかしなところがあれば感想にお願いします。

それから、誤字報告をしてくれた方に、この場でお礼を。いつもありがとうございます。また何かありましたらよろしくお願いします。こんなバカな作者ですが、これからもどうかおつきあい願います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

デュエルが・・・デュエルが長い・・・。
もう二度とこんな長いデュエルは思いつかないそう思う作者でした。

2/15 ライフ計算を間違えて、十代が敗北したはずなのにデュエルを続行していました。訂正しました。
アブソルートZeroが融合解除でエクストラに戻るはずが墓地に行っていました。訂正しました


     ◇

 

  沖田 LP4000 手札2(暗黒界の尖兵 ベージ、魔轟神クシャノ)

    フィールド 暗黒界の門

          魔轟神ヴァルキュルス

          魔轟神レヴュアタン

          琰魔竜レッド・デーモン

          レベル・スティーラー

 

  十代 LP4000 手札6(ブレイズマン、クレイマンを含む)

    フィールド E・HERO エアーマン

 

「俺のターン、ドロー!手札から、クレイマンを守備表示で召喚。そして、カードを2枚セットしてターンエンド。」

 

 今できることは、他にもあった。サンダージャイアントを召喚することもできたし、ブレイズマンで融合を手札に加えてもよかった。でも、それを召喚しても状況は変わらない。それなら寧ろ・・・。

 伏せた2枚のカード。それを使えば、あるいは・・・。

 

「ドロー。」

 

 ドローフェイズ。そしてスタンバイフェイズ。通してメインフェイズまで移動した。

 

「・・・成程。成程成程。」

 

 そう言って、先生は何か納得したかのよう。

 

「その二枚、こちらがアクションを起こした時に発動するタイプだね。」

 

 その瞬間、思わず伏せたカードを見る。確かにそうだ。伏せたカードは、どちらも先生が攻撃しないと使えないカードだった。

 思わず先生を見る。なぜ分かったのか、と。

 

「・・・全く、君はポーカーフェイスを知らないのか?」

 

 え?

 

「・・・伏せカードなんて、大抵が相手がアクションを起こした時に発動する物だろう。改めて普通のことを言われただけで動揺するのは、愚者の極みだ。」

 

 ・・・そう言われればそうだ。

 

「まあ、君が伏せたカードは想像がつく。

 ミラーフォースか?それなら確かに延命できるな。おまけに一発逆転できる。攻撃の無力化?それでも可能だね。

 だけど、クレイマンを召喚する意味はない。壁が必要な状況か、もしくはクレイマン、ないしはE・HEROがいる時のみに発動できるカードの可能性が高い。いや、E・HEROがいる場合限定の罠ならエアーマンがいる。となれば条件はクレイマンがいること。

 よし、内1枚は大体の想像はついた。ならもう一枚・・・か。」

 

 そこまで言うと、先生はヴァルキュルスの効果を発動させた。またクシャノを墓地へ送るつもりなのだろうか。

 

「手札の、魔轟神クシャノを手札から捨てて、カードを一枚ドローする」

 

 先ほどから効果を墓地で発動しているクシャノが、また墓地に行く。これでまた、好きなタイミングで魔轟神の効果を発動できるようになった。

 

「門の効果で、手札のベージを捨てて墓地の暗黒界の術師 スノウを除外し、ドロー。ベージは自身の効果で特殊召喚される。」

 

 ベージ。暗黒界がフィールドに現れたということはつまり。

 

「グラファの効果で、暗黒界の尖兵ベージを手札に戻すことでカードを一枚ドローする。」

 

 こいつのご登場というわけか。へぇ、攻略し甲斐がある。

 

「・・・その顔、グラファだけでなく、こいつら全員を倒そうと画策しているのか。」

「もちろん、それがデュエルだぜ。」

「だとしたら甘いことこの上ないな。俺は、今の一連の流れで伏せカードの大体の見当をつけたぞ。」

「なんだって?!」

 

 その言葉には確固たる確信があった。だからこそ驚く。さらに言うなら、後ろの三沢もカイザーも驚きを見せていたし、翔や万丈目は疑いの目を、明日香は少々の絶望感を見せていた。

 

「今、行動したのは大まかに分けて3つ。ヴァルキュルスの効果、門の効果、ベージとグラファの特殊召喚。そして、その二枚はどちらも発動しなかった。いや、目線すらいかなかったところを見ると、発動タイミングを逃していると考えるべきだ。

 サイクロンのように、魔法罠を割るなら門に、禁じられた聖杯のように、効果に干渉するカードならヴァルキュルスに、落とし穴系統や激流葬みたいなカードなら、ベージか、それともグラファに発動させただろう。これら全てのカードは、それぞれが単体で厄介な効果を織りなす。発動しない理由がない。

 

 つまり(イコール)、そのカードはそのどれでもない。ということは自身に干渉するタイプ、そのモンスターを守るカード、蘇生札、そして攻撃反応系(・・・・・)のカード。

 ・・・素直だな。攻撃反応系、と聞いた瞬間に伏せたカードを見た。そして、クレイマンを召喚し、なおかつ君が最近使用したカードで該当するもの・・・『クレイ・チャージ』か?そしてそれに相性のいいカードなら『立ちはだかる強敵』のように攻撃対象を限定させるカードも伏せているのか?いや、もしかすればクレイマンというよりは防御力で見るべきか?なら、『仁王立ち』と『立ちはだかる強敵』の二枚の可能性もあるのか。だが、それだとわざわざクレイマンを手札に加えた意味が分からない。やはりクレイチャージ、と見るべきか。

 まあ、その程度なら問題はない。それから、目線で注意されているのにそれでもまだ目線を行き来させるのは止めたまえ。もうネタバレはしているが、だからと言って確定と推測には雲泥の差がある。」

 

 そう言うが、あまりにもドンピシャすぎて、驚くなというのが無理だろう。確かに、伏せられたカード二枚は『クレイ・チャージ』と『立ちはだかる強敵』。クレイマンを立ちはだかる強敵を打ち、クレイチャージで一体を道連れにするつもりだったのだ。

 

「だが。それも意味はないな。暗黒界の龍神グラファで攻撃、対象はエアーマン。」

 

 エアーマンは成す術なく破壊される。済まない、エアーマン。

 

「魔轟神レヴュアタンでクレイマンに攻撃。」

 

「罠発動、クレイ・チャージ!クレイマンが攻撃されたとき、相手モンスターとクレイマンを破壊して800のダメージを与える!さらにチェーンして、立ちはだかる強敵をクレイマンに対して発動!」

 

 クレイマンがレヴュアタンに一矢報い、爆散した。だが、これで一体は仕留めて・・・。

 

「その程度は織り込み済みだ。魔轟神レヴュアタンの効果を発動。破壊された時、墓地に存在する魔轟神と名のついたモンスター3枚を墓地から手札に加える。加えるのは、魔轟神グリムロが二体、そして魔轟神レイヴン。」

 

 そんな効果が・・・。先生の手札が、7枚にまで回復している。ライフは800削ったが、今の状態じゃ微々たるものだ。

 

 沖田 LP3200 

 

「メインフェイズ2に入る。」

「えぇ?!なんでヴァルキュルスとあのドラゴンで攻撃しないんすか?!」

 

 翔が叫ぶが、それは違う。しない、のではなく出来ないのだ。

 

「翔、立ちはだかる強敵のせいだ。」

 

 そう切り出したのはカイザーだが、解説したのは先生だった。

 

「丸藤翔。立ちはだかる強敵は、対象としたモンスターが場を離れた場合、特殊裁定として、その他のモンスター、プレイヤーには攻撃宣言が出来なくなってしまう。だから、俺は遊城十代にダイレクトアタック出来ない。特殊だが、有名な話だ。」

 

 そう、その通り。立ちはだかる強敵は、その強敵が居なくなっても他には攻撃できなくなるという珍しい効果を持っている。それを主軸にするなら他にもカードはあるが、フレイム・ウィングマンや今みたいなクレイ・チャージと合わせて使うなら相性がいい。

 と、いうか翔。そんなんで昇進試験は大丈夫なのだろうか。

 

「まあいい。魔轟神ヴァルキュルスがフィールドにいるので、手札から魔轟神グリムロの効果を発動。デッキから魔轟神クルスを手札に加える。もう一枚の効果で手札に加えるのは、魔轟神獣チャワ。」 

 

 そして、また手札が入れ替わる。クレイ・チャージの破壊効果をうまく利用させられた。これで、また新たなシンクロモンスターを呼び起こせる。

 なんせ、このターン。まだ先生は通常召喚(・・・・)を行っていないのだ。

 

「・・・大方、クレイ・チャージをうまい具合に使われた、とでも考えているのだろうが、それは違う。元々、大方のあたりをつけているのだから、利用されるのはある意味必然だった。それともあれか?自分の行動で罠をバラしたようなものだったから、後悔しているのか?」

 

 先生は、読心術でも使えるのだろうか。まさしく、其のことで後悔している最中に、それすらも見破られた。

 

「反省するなら、相手からデュエル中に目を逸らさない訓練をしろ。罠を過信するな。相手の言葉は全て嘘だと疑ってかかるくらいで丁度いい。必要な情報だけを抜き取り、吟味しろ。そしてそれを相手に悟られるな。心理戦を仕掛けてくる相手なんて、星の数ほどいる。そんな奴らの挑発に一々引っかかっている気か?」

 

 ・・・あれ?

 言い方はキツイ。だが、その実励まされているような気がした。

 と、いうよりは実際励まされている。だが、それじゃあ今の状況と説明がつかない。

 どんどん、自分の気持ちと折り合いがつかなくなっている気がした。そして、そう思ったのは俺だけではないだろう。カイザーと、それから明日香もその違和感に気付いたのか、顔を歪ませている。恐らく、俺と同じ気持ちになったのだろう。

 これは、根拠のない結論だ。結論、というよりは推測に近い。願望に近い。理想に近い。

 

 だけど、もしかしたら。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、先生はデュエルを続ける。

 

「だが、まあ。立ちはだかる強敵とクレイ・チャージのコンボは美しかった(・・・・・)。流石だよ、遊城十代。褒美だ。1000のライフを呉れてやろう。」

 

 え?褒美?いや、それよりも先生、また雰囲気(口調)が変わった?

 

「成金ゴブリン、1000ライフを相手が回復する代わりに、カードを一枚ドローする。」

 

 十代 LP5000

 

 ライフが回復する。大型モンスターが3体いるこの状況ではあってないようなものだが、無いよりはいい。

 だけど先生。その実、デッキ圧縮してるだけってことはないか?

 

「通常召喚、魔轟神レイヴン。そして、レベル8、暗黒界の龍神グラファにレベル2、魔轟神レイヴンをチューニング。」

 

 そして先生は足につけてある融合デッキを開き、目的のカードを取り出そうとしたその時。ふと、動きが止まった。

 

「・・・そうか、それが、お前たちの答えなんだな。」

 

 その呟きは、多分他の人には聞こえなかったのかもしれない。だけど、異変には気づいていた。

 なんせ、今までポーカーフェイスを貫いていた先生が、涙をこぼしたから。気付いたみどり先生が駆け寄ろうとするが、先生はそれを、大声でデュエルを続けることでそれを制止させた。

 カードを叩きつけるようにディスクにセットし、モンスターの名を叫ぶ。

 

「シンクロ召喚、魔轟神レヴュアタン!」

 

 レヴュアタン。再び現れたその悪魔は、今度はみどりさんから沖田先生を遮るかのように現れた。

 

「・・・いいでしょう。お前達が力を貸してくれるのなら、これほど心強いことはない。俺の道を、切り開いてくれるのか。俺とともに、進んでくれるのか。俺のこの選択に、愛想を尽かさないで居てくれるのか。

 なら、俺も覚悟を決めましょう。」

 

 そう、独白した先生は、空を見上げた。そこには、何もない大空があるだけ。先ほどの快晴は既に無く、ただ曇天が広がっていた。

 先生の手が赤く鳴っている。だけど、それは怪しい光ではない。先ほどの禍々しい光ではなく、もっと暖かい光。

 だけど、何故か。俺には、その光が不思議と泣いているように見えた。

 

「手札の魔轟神を捨てることで、魔轟神獣チャワは特殊召喚できる!チューナーモンスター、魔轟神獣チャワを特殊召喚!」

 

 現れたチューナーモンスターは魔轟神獣チャワ。レベル1、と先ほど現れていたレイヴンやケルベラルとはまた毛色が違うモンスターだった。

 

「見せてやろう、決闘龍、その真価を。」

 

 デュエル・・・ドラゴン?

 

「レベル8、レッドデーモンに、レベル1、魔轟神獣チャワをチューニング!」

 

 レッド・デーモン。現れたモンスター、その中でも一際強い力を持っていたモンスター。何かある、と思い警戒していたモンスターが、その力を更に上げてくる。

 

 初めて、かもしれない。こんなにデュエルで恐怖心が出てきたのは。

 

「深淵の闇より解き放たれし魔王。その憤怒を爆散させよ。シンクロ召喚!琰魔竜レッド・デーモン・アビス。」

 

 深淵(アビス)。その名を関したモンスターに相応しいカードだった。

 

「手札のクルスを捨てて、クシャノを回収する。そしてクルスの効果で、墓地のチャワをもう一度復活させる。」

 

 そして、チャワが再度現れる。そして、瞬時に炎の渦と化した。まて、もしかしてつまりは・・・。

 

「琰魔竜レッド・デーモン・アビスに魔轟神獣チャワをチューニング。」

 

 連続のシンクロ召喚。いや、もはやこれは進化、というべきだ。先生は真価、といったが、進化と真価を掛け合わせてでもしていたのだろうか、と現実逃避してみる。まあ、そんなことをしても一切状況は変わらないのだが。

 

「泰山鳴動。山を裂き地の炎と共にその身を曝せ。シンクロ召喚、琰魔竜レッド・デーモン・ベリアル。」

 

 深淵、からの悪魔(べリアル)。文字通り、泰山鳴動して現れた。地面を切り裂き出てきた新たな龍は、その大きさと迫力で、思わず委縮してしまいそうになる。

 そして、その攻撃力は3500。普通に突破するには少々厳しい状況ではある。なんせ、これであの青眼(ブルーアイズ)の攻撃力を超えるモンスターが3体、また並んだのだから。

 皆はグロ画像でも見るかのように目を逸す。もう、この状況では勝てないだろう、という雰囲気が滲み出ていた。カイザーは脳内でシミュレーションでもしていたのかもしれないが、だからと言ってこの状況がサイバーエンド一枚で突破できるなどとは思っていないだろう。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。」

 

 一枚の伏せカード。あれが何なのかは、全く見当がつかない。だが、変わらず4枚の手札がある状態、たとえ返せても更に3枚がレヴュアタンの効果で戻ってしまう。

 だが、まだ余裕はある。ライフは大量に残っている。手札もまだ4枚ある。ドローを合わせれば5枚。問題はない。絶対逆転できる。いや、するのだ。

 

「ドロー!強欲な壺を発動!デッキから二枚ドローする。」

 

 勢い良く引いたカード。それは、マイフェイバリットカードの一つ、フェザーマン、そして手札にはバーストレディ。

 そして、そこから組み立てる切り札への道のり。大丈夫、これなら・・・。

 

「手札から、E・HERO ブレイズマンを守備表示で召喚!効果発動!こいつは、デッキから手札に融合を持ってくるカード!融合を手札に加えて、融合を発動!手札のバーストレディとフェザーマンを融合し、融合召喚を行う!」

 

 そして出てくるのは、俺のマイフェイバリットヒーロー。

 

「E・HERO フレイム・ウィングマン!」

 

 フレイム・ウィングマン。俺の切り札。だけど、それだけじゃない。

 

「HEROにはHEROの、戦うべき舞台ってもんがあるんだ!摩天楼-スカイスクレイパー発動!」

 

 暗黒界の門が焼失し、新たに現れたのはHEROの舞台、摩天楼。ビルが蔓延るその頂点に、フレイム・ウィングマンが聳え立つ。

 

「バトルだ!魔轟神ヴァルキュルスに攻撃!行け、フレイム・ウィングマンの攻撃!スカイスクレイパー・シュート!」

 

 そして、この攻撃が通れば、フレイム・ウィングマンの効果と合わせて、3100の大ダメージが先生に通る。

 だが、この攻撃は通ることはなかった。レヴュアタンの後方、先ほど先生が伏せていたカードから、無数の鎖がフレイム・ウィングマンに襲い掛かったからだ。

 

「罠発動、デモンズ・チェーン。効果モンスターに対して発動可能。フレイム・ウィングマンの効果は無効化され、攻撃することは出来ない。」

 

 デモンズ・チェーン。それは、カイザーの時のデュエルでも使われていた。先生がサイバー・エンドの攻撃を止めるために使用したカード。攻撃を止められては、このターンは何もできない。

 仕方がない。プランBだ。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 手札は一枚。今使えるものでは無かったが、問題はない。あとは、このカードがいつ発動できるか、ということと、スカイスクレイパーが破壊されないかにかかっている。

 

「ドローフェイズ、ドロー。スタンバイ飛ばしてメインフェイズ。」

 

 フェイズ確認。敢えて口を出したと言うことは、こちらの出方を伺っていたのだろう。

 その証拠に、先生の目は獲物を狙う鷹のように、鋭い眼光をこちらに向けている。

 

「・・・そうだ、表情には出すなよ、十代。」

 

 そう言って、先生はふっと笑った。

 

「だが、そのHEROは目障りだ。消えてもらおうか。バトルフェイズ。レッド・デーモン・ベリアルでフレイム・ウィングマンに攻撃。」

「HEROの戦闘時、攻撃力がスカイスクレイパーの効果で1000ポイントアップする!」

「だが、ベリアルには届かない。破壊されてもらおうか。」

 

 十代 LP5000→4600

 

 フレイム・ウィングマンと、それを拘束していた鎖が、ベリアルの攻撃で燃え尽きる。残るはブレイズマンのみ。

 

「ブレイズマンにヴァルキュルスで攻撃。」

 

 幸いにも、守備表示で召喚していたためダメージは入らない。だけど、場にはまだレヴュアタンが残っている。

 

「レヴュアタンでダイレクトアタック。」

「罠発動、ヒーロー見参!このカードは」

「カードの解説は不要だ!十代、何ならその残ったカードも当ててやろう。E・HERO エッジマン。違うか?」

「・・・その通り、流石だぜ先生。」

 

 まるで、手の内が全てバラされているみたいだった。デッキを丸裸にされたような錯覚。手の内どころか、やることなすこと全てが裏目に出ていくみたいだ。

 

「エッジマンを特殊召喚。」

「スカイスクレイパーの効果で、打点が上がるため、レヴュアタンでの突破は不可能。よく耐えた。俺はそろそろダメージが行くと思っていたが、君を過小評価していたみたいだ。

 褒美だ。もう一度ライフを回復させてやろう。メインフェイズ2に入る。」

 

 そう言って、先生は成金ゴブリンをもう一度発動させた。

 

 十代 LP5600

 

「さて、だが少々まずいな。メインフェイズ2、ヴァルキュルスの効果、手札のクシャノを捨てて、ドロー。」

 

 ・・・あれ?

 

 どうして、攻撃前に発動しなかったのだろうか。そうすれば、もしかしたらデッキに眠っているカードで打開策が出来たかもしれないのに。

 でも、その疑問を解決する暇もなく、デュエルは加速していく。

 

「魔轟神レイヴンを通常召喚。効果発動。手札を2枚捨てて、レベルを4に変更する。

 手札から捨てられたのは、暗黒界の狩人ブラウ。ブラウは、手札から効果で捨てられた時、デッキからカードを一枚ドローする。

 レベル1、レベル・スティーラーにレベル4、魔轟神レイヴンをチューニング。」

 

 レベルの合計は5。シンクロ召喚で今まで出てきたのは・・・。

 

「魔轟神 レイジオンをシンクロ召喚。」

 

 魔轟神レイジオン。先ほど2枚ドローする効果を発揮していたが、今回先生の手札はまだ三枚ある。つまり、エッジマンのダメージを減らすためにシンクロ召喚したのだろう。

 エッジマンには貫通効果が備わっている。レベル・スティーラーの守備力は0。恐らく、パンプアップされて殴られたら負けに繋がりかねないモンスターを放置するわけにもいかなかったのだろう。堅実な先生らしい。

 

「ターンエンド。」

 

 エンド宣言。伏せられたカードはない。と、言うことはこのターンは間違いなくチャンスだ。

 フィールドにはエッジマン。そしてスカイスクレイパー。・・・大丈夫、自分を信じろ。自分のデッキを信じるんだ。

 

「俺のターン、ドロー!インパクト・フリップをエッジマンに装備!」

 

 インパクト・フリップ。その効果は、今この状況においてはパンプアップにも匹敵するくらいに頼もしいカードだ。

 

「インパクト・フリップの効果発動!一ターンに一度相手モンスターを表側守備表示にできる。俺が選択するのは・・・。」

 

 選択するのは・・・どれだ?手札入れ替えを行うヴァルキュルスを突破するのか、何か嫌な予感のするベリアルを突破するのか、レイジオンを選択するのか。いや、レイジオンは問題ないはずだ。なら、ヴァルキュルスかベリアルか。

 だが、確実に警戒するべき効果を持っているのはヴァルキュルスだ。未だ効果が不明なモンスターを選ぶより、そっちの方が確実性がある。

 

「ヴァルキュルスを選択!守備表示になってもらうぜ。そしてバトルだ!エッジマンでヴァルキュルスに攻撃!この時、スカイスクレイパーで1000ポイント攻撃力がアップする!」

「そして、守備表示モンスターを攻撃したので、その差分のダメージを与える訳か。」

 

 先生の言う通り、これで先生のライフは大幅に削られる。ヴァルキュルスの攻撃力は2900。だけど、守備力は1700。守備表示ではあるが、エッジマンの攻撃力より、ヴァルキュルスの攻撃力の方が高い。すると、スカイスクレイパーの効果で攻撃力が1000ポイントアップする。

 本来なら、守備表示モンスター、それも既に攻撃力が勝っている相手に攻撃力の上昇など意味はない。だけど、エッジマンは守備表示モンスターを攻撃した時、その差分の数値を相手に与える、貫通効果を備えている。

 つまり、通常より多くのダメージを先生に与えることが出来るのだ。

 

「・・・仕方ない。甘んじて受けるとしよう。」

 

 沖田 LP3200→1300

 

 あっさり受けた先生。大幅にライフが削られ、残るライフは一撃で消え去る範囲になってしまった。その割に、先生は動揺しない。精神的なアドバンテージは、まだ先生にあるものだと思っていた。

 

 だけどその瞬間、これが闇のゲームだということを俺は再認識することになった。ダメージが大きかったからなのか、先生はダメージのフィードバックを受ける。それも、1000ポイントを超え、2000に近いダメージを。

 そのダメージは、どれだけ取り繕っても重たいものだったのだろう。表情も何も変わらないように見えていた先生が、いきなり血反吐を吐いた。

 口から、血の塊を吐き出し、唇から血が流れる。それでも、先生は表情を変えずに袖で血を拭い、ディスクを構えなおす。

 

「敵の心配をしている場合か、十代。」

 

 俺が心配しているのを見抜いたのか、先生は自分のことなど気にも留めず、デュエルを続行するように勧めてくる。

 

「・・・インパクトフリップの効果で、戦闘ダメージを与えたとき、相手はデッキの一番上を墓地に送る。」

 

 無言で、先生はデッキを一枚墓地に送った。送られたのは、遠目で見たが魔法カードだったらしい。イラストの感じから見て、暗黒界の門だろうか。

 

「ターンエンド。先生、やめようぜこんなデュエル。」

「そうもいかない事情がある。それが嫌ならサレンダーしろ。大丈夫だ、敗者に興味はない。鍵しか取らん。」

 

 その鍵が重要なんですがそれは・・・。

 

「俺のターン、ドロー。・・・ッ!」

 

 先生が顔を顰める。それが、ほしいカードが来ないのか、それとも傷の痛みからなのか。

 

「仕方ない。やりたくはなかったんだけどな。」

 

 やりたくなかった。そう呟いた先生は、モンスターを召喚する。

 

「暗黒界の狩人 ブラウを召喚。墓地のグラファは、フィールドの暗黒界モンスターを手札に戻すことで墓地から特殊召喚する。」

 

 出てきたグラファの攻撃力は2700。攻撃力はエッジマンより高いが、スカイスクレイパーで1000ポイントアップする効果が適用されるため、グラファでは突破できない。むしろ、ダメージを増やすだけだ。

 ということは、突破できる何かがあるのだろう。

 

「琰魔竜レッド・デーモン・ベリアルの効果を発動する。フィールドのモンスターを一体リリースし、墓地の『レッド・デーモン』モンスターを復活させる。蘇れ、琰魔竜レッド・デーモン!」

 

 最初に出てきたドラゴン。効果を発動することなく消えていったドラゴンだったから、効果はないのかと拍子抜けもしていた。だけど、このタイミングで復活させたのだから、強力な効果を持っていたのだろう。それも、スカイスクレイパーかエッジマンを突破できるような強力なものを。

 

「フィールドのベリアルとレヴュアタン、そしてレイジオンを守備表示に変更。そしてレッド・デーモンの効果発動!このカードを除くフィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する!真紅の地獄炎(クリムゾン・ヘル・バーン)!」

「な、はぁ?!」

 

 攻撃表示モンスター。今現在この場に存在しているのは俺のエッジマンだけ。インパクト・フリップには破壊を無効にするような便利な効果など存在しないため、必然的に俺のフィールドはがら空きになる。

 ミラーフォースに似た効果を内蔵しているそのドラゴンの効果は、あまりに強力だった。闇のゲームの所為だろうか、あたりに実害が出る。地面が地獄の業火に包まれたかのように炎が散らばり、エッジマンはなすすべなく破壊される。

 真紅の地獄炎(クリムゾン・ヘル・バーン)。まさしく地獄だ。焼けた地面から、僅かに光が反射している。どうやら、地面がガラス化した部分もあるらしい。

 

「インパクト・フリップの効果発動!お互いのプレイヤーはデッキからカードを一枚ドローする。」

「この効果を発動したターン、このカードしか攻撃できない。バトルフェイズ。行け、レッド・デーモン。極獄の絶対独断(アブソリュート・ヘル・ドグマ)。」

 

 攻撃宣言と同時に、巨大なドラゴンが襲い掛かってくる。・・・防御するか、とも思った。墓地には、先生が発動した取引の効果で墓地に送られた、ネクロ・ガードナーがいるのだ。

 だけど、それは本当に、今このタイミングなのだろうか。フレイム・ウィングマンの時はヒーロー見参があったから発動はしなかった。でも、今この攻撃を受ければ3000のダメージを受けることになる。

 でも、ライフには少々の余裕がある。先生が発動した成金ゴブリンがあるからだ。ライフは初期ライフから2000ほど回復し、5600。受けても、まだ余裕がある。

 なら、あとはその恐怖心を克服するだけ。大丈夫、あの攻撃を受けても大丈夫なんだと言い聞かせる。

 

「うわあああぁぁぁ!!」

 

 受けたダメージに、思わず叫んでしまうが、少々拍子抜けもした。痛い、がダメージは思っていた程酷くはない。

 ふと、先生を見る。少し驚いた表情をしていたが、早々にバトルフェイズを終了させ、同時にターンも終了させた。

 

 十代 LP5600→2600

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ・・・行ける。すべては、このドローにかかっている。

 

「カップ・オブ・エースを発動!コイントスを行い、表が出たら2枚ドローする。裏が出たら、先生が2枚ドローするぜ。」

 

 正直、賭けだ。随分と前に先生が俺にくれたカードだった。運がないと使いこなすことが出来ないカードだが、君なら大丈夫、と笑いかけながら、このカードを渡してくれた。

 さて、このカードが一体どんな結果を出すか。

 

 果たして、結果は表だった。

 

「表!カードを2枚ドロー!」

 

 そして、そこには新たなドローカードの姿。迷わず、俺はそれを選択する。

 

「HEROの遺産を発動!レベル5以上のHEROモンスターが二体以上墓地に存在する場合、デッキから3枚ドロー出来る。俺の墓地にはフレイム・ウィングマンとエッジマンがいる。3枚ドロー!」

 

 ドローしたカードを見る。手札にはワイルドマン、戦士の生還、そして融合。

 フィールドにはスカイスクレイパーがある。そして相手の場には・・・。

 

「戦士の生還を発動!墓地に存在するエッジマンを手札に加えるぜ!そして、融合を発動!手札のエッジマンとワイルドマンを融合!」

 

 先生も、これにはさすがに驚いたのだろう。先生のことだ、ここから出てくる融合モンスターにもあたりをつけている。

 そして、俺の目的にも気づいた。少々焦っているのが分かる。流石の先生のポーカーフェイスも持たなかったのだろう。

 

「融合召喚!現れろ!ワイルドジャギーマン!」

 

 E・HEROワイルドジャギーマン。その効果は至って単純。相手モンスター全てに攻撃できるという効果。

 そして、スカイスクレイパーのある今なら、攻撃力が3500以下のモンスターなら全て破壊できる。そして、先生の場には攻撃力3600以上のモンスターは存在しない。

 

「行け、ワイルドジャギーマン!インフィニティ・エッジ・スライサー!」

 

 まず一撃、魔轟神レイジオン。そして、返す刃で隣にいたレッド・デーモン・ベリアルを葬り去る。

 残るはレヴュアタンとレッド・デーモン。破壊してしまえば、また墓地の魔轟神が先生の手札に戻ってしまう。だけど、もしスカイスクレイパーが破壊されたら、ワイルドジャギーマンはレヴュアタンに破壊されるだけだ。

 

「ワイルドジャギーマンでレヴュアタンに攻撃!」

「レヴュアタンは破壊される。が、しかしレヴュアタンの効果で墓地の魔轟神クルスを3体、手札に加える。」

 

 クルス。墓地からレベル4以下の魔轟神を特殊召喚するカードだったか。それが3枚。それだけでシンクロ召喚が可能になる。

 

「まだ終わりじゃない!ワイルドジャギーマンでレッド・デーモンに攻撃!」

 

  沖田 LP1300→800

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンド。」

 

 やったぁ!と歓声があたりに響く。どうやら、後ろで翔たちがあげたものらしい。三沢や万丈目はガッツポーズをして、明日香もカイザーも心なしか嬉しそうだ。

 パチパチパチ。音があたりに響く。誰かが拍手をしている音だ。・・・そして、その発生源は他でもない先生だった。

 

「素晴らしい、想像以上だったよ。本当、そういうところは紅葉そっくりだ。」

 

 弟子は師匠に似るのかな。そういう先生は、やっぱりいつも通り過ぎて、これがただのデュエルではないのかと錯覚させる。

 いつも通りの白いシャツにジーンズというラフな格好で、その上に教員用の制服のジャケットを羽織る、いつもの姿。口から垂れた血と、この周りの状況さえ変わっていれば、それはいつもの光景だ。

 やっぱり、先生は大徳寺先生の言う通り、誰かに操られているとしか思えない。

 

 思いたい、じゃなく、思えないのだ。

 

 そう考えたとき、先生が俺に比べて随分とダメージを負っているのが気にかかった。ライフは俺の方が勝っている。でも、それは先生がライフを俺に分けてくれたから、これだけ残っているのであって、先生が負ったダメージは3200で、俺が負ったダメージは3000なのだ。

 先生は俺とデュエルするまでに4回、デュエルを行っている。明日香、万丈目、三沢、カイザー。そのダメージも蓄積されてたと考えるなら、何らおかしくない。でも・・・。

 

「なあ、三沢、万丈目。」

「なんだ、十代。」

「デュエルに集中しろ、貴様は。」

 

 集中はしている。でも、これを聞かないと前に進めないのだ。

 

「おまえら、先生にダメージをどのくらい与えた(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「十代、それは俺たちに対する当てつけか?」

 

 万丈目が答えてくれたが、それは答えになっていない。それに続けたのはカイザーだった。

 

「十代、俺たちは先生のライフを一つも削れていない(・・・・・・・・・・)。今のところ、お前が一番健闘している。」

 

 ・・・。やっぱり、だ。

 その瞬間、俺の中ですべてが繋がった。

 

「話し合いは終わったか?俺のターン、ドロー。」

 

 先生、ちょっと待ってくれ。そう言おうとしたが、先生は取り合ってくれそうになかった。

 

「成金ゴブリン、効果は知っているな。」

 

 十代 LP2600→3600

 

 俺のライフは、初期の数値近くまで回復した。そして、先生の手札には魔轟神クルスとベージ、ブラウを含んだ計8枚。

 

「墓地の、魔轟神クシャノの効果を発動。手札のクルスを墓地に送り、このカードを手札に戻す。そして、魔轟神クルスの効果で墓地のレイヴンを特殊召喚。」

 

 クルス。さっき先生が回収したモンスター。これを使うことで、召喚権を使わずにモンスターを呼び寄せることが出来る。

 

「レイヴンの効果を発動。手札の暗黒界の武神 ゴルドを手札から捨てて、レベルを1上げる。そして、ゴルドは自身の効果で特殊召喚される。ゴルドのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚。」

 

 レベルを下げた。まだ他に特殊召喚するつもりでいるのか、それともレベルを下げて、レベル7のシンクロモンスターを呼び寄せるつもりなのか。

 

「いくぞ、十代。これが俺の真の切り札だ。レベル4となった暗黒界の武神 ゴルドと、レベル1レベル・スティーラーに、レベル3となった魔轟神レイヴンをチューニング!」

「レベル・スティーラーも?!レベルを下げる必要がないじゃないか!」

 

 思わずそう叫んだ。そう、レベルの総数が変わらない以上、無駄にレベル・スティーラーを召喚する意味はない。一体、何が狙いなのだろうか。

 そう叫んだ俺を無視して、先生は叫ぶ。禍々しい気が、辺りに充満していく気配がした。

 

「シンクロ召喚レベル8!降臨せよ、カオス・ゴッデス-混沌の女神-!」

 

光の輪。そこから出てきたのは、闇の塊だった。そして、その中からまばゆい光があたりを照らし出し、気が付いた時には、白髪の綺麗な女性が佇んでいた。

 あれが、先生の切り札なのか。

 

「こいつは召喚条件がひどく厳しい。光属性チューナーと、闇属性モンスター2体なんて気狂いじみた召喚条件。だが、その効果はその手間をかけるだけのことはある。」

 

 成程、確かに重い条件だ。最低モンスターを3体並べなければいけない上、属性にまで縛りがついている。

 

「カオス・ゴッデスの効果発動。墓地の闇属性、レベル5以上のモンスターを、手札の光属性モンスターを捨てることで特殊召喚できる。」

 

 だけど、手札の光属性のモンスターが限定的な死者蘇生に代わるのなら十分手間をかける価値はあるのだろう。そして、先生の手札にはあれがある。

 

「手札のクシャノは光属性。このカードを手札から捨てて、墓地のレッド・デーモン・ベリアルを蘇生する。」

 

 クシャノ。魔轟神を手札から捨てるために戻したカード。だけど、そのモンスターを墓地に送ることが出来て、なおかつモンスターを蘇生できるのなら万々歳だ。

 

「さらに貪欲な壺を発動。デッキに戻すのは、レヴュアタン2体と、レイジオン2体。そして、ヴァルキュリス。その後2枚ドローする。暗黒界の門を発動。」

「先生、俺のドローの事、絶対言えないぜ。速攻魔法非常食!スカイスクレイパーを墓地に送って、ライフを1000回復するぜ!」

 

 悔し紛れに、非常食で破壊される運命だったスカイスクレイパーを墓地に送りながら言ってみたが、その言葉に皆が同意したような気がした。

 なんせ、先ほどから一向に手札が減っているような気がしない。あれだけ展開しておいて、ほとんどの場合において手札が0になったタイミングがない。

 さらに、手札の入れ替えと同時に魔轟神か暗黒界を捨てて、効果を発動していくのだから、フィールドアドバンテージまで稼がれていってしまっているのだ。

 

「手札のクルスを捨てて、墓地のクシャノの効果。魔轟神を捨てて、墓地からクシャノを手札に戻す。魔轟神レイヴンを特殊召喚。レイヴンの効果で、手札から暗黒界の尖兵 ベージと暗黒界の狩人 ブラウを手札から捨てて、レベルを2つ上げます。そして、捨てられたブラウとベージの各々の効果が発動。ベージを特殊召喚し、ブラウはカードを1枚ドローする。」

 

 おまけに、ドロー加速のカードまで入っている。その上でまた場にはチューナーとそれ以外のモンスターが揃うことになった。

 

「レベル4となった魔轟神レイヴンに、レベル4暗黒界の尖兵 ベージをチューニング。シンクロ召喚レベル8、魔轟神ヴァルキュリス。ヴァルキュリスの効果で手札のクルスを捨てて、ドロー。クルスの効果でレイヴンを特殊召喚。」

 

 そろそろ流石にイライラしてきた。ターンが長すぎてこちらがやることがないうえに、効果を説明してくれるのはいいのだが、その半分ほどしか理解できないせいで、何が起こっているのか半分くらいしかわからない。

 これを後で明日香に言ったら、「十代が半分も理解できたのが凄い。」と褒められたのか褒められてないのかわからない感想をもらった。

 

「レベル8の魔轟神ヴァルキュルスに、レベル2の魔轟神レイヴンをチューニング。シンクロ召喚レベル10、魔轟神レヴュアタン。」

 

 さぁて、通常召喚が行われたような気がしないなぁ、と半分現実逃避してみる。大徳寺先生とは違う意味で、勝ちのビジョンが見えない。

 

「通常召喚をまだ行っていない。魔轟神レイヴンを通常召喚。そして、レイヴンの効果で手札を2枚捨てる。レベルを4に変更し、レッド・デーモン・ベリアルのレベルを1下げて、墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚。」

 

 あ、手札がようやく無くなった、と思ったらレイジオンの召喚条件が完成されていた。2枚ドローの構えである。

 

「レベル4となった魔轟神レイヴンに、レベル1、レベル・スティーラーをチューニング、シンクロ召喚レベル5、魔轟神レイジオン。レイジオンの召喚成功時、カードを2枚ドローする。そして、ベリアルの効果でレイジオンをリリースし、レッド・デーモンを特殊召喚する。」

 

 これで、再びフィールドには4体のシンクロモンスターが揃うことになった。倒されたディスアドバンテージを、一瞬で元の状態に戻すその技術には、驚愕としか言いようがない。

 てか、これほんとにさっきのターンワイルドジャギーマンで更地にされたフィールドだったのだろうか。その前の状態より強力になっている気さえするのだが。

 

「バトルだ!琰魔竜レッド・デーモン・ベリアルで、E・HERO ワイルドジャギーマンに攻撃!割山激怒撃(グレイト・サミット・ブレイカー)。」

 

 それを受けたら流石に負ける!

 

「墓地のネクロ・ガードナーの効果を発動!攻撃を無効にする!」

 

 温存しててよかったと思った。ありがとう、ネクロ・ガードナー。

 

「ならば魔轟神レヴュアタンで攻撃。」

 

 魔轟神レヴュアタンの攻撃力は3200。ワイルドジャギーマンの攻撃力2600を上回る。なすすべなく破壊された。

 でも、ただじゃ終わらない。最後の一枚。それが、新たなHEROを呼ぶ道しるべとなる。

 

「罠発動、ヒーロー・シグナル!デッキからレベル4以下のHEROを特殊召喚する!来い、E・HERO バブルマン!」

 

 バブルマン。そいつが召喚されたことでフィールドのシグナルは効果を解決し、墓地に行く。そしてこの瞬間、フィールドと手札にはバブルマンしかいなくなった。

 

「フィールドにこのカード以外が存在しないため、バブルマンの効果を発動!デッキからカードを2枚ドロー!」

「いいだろう!だがそのにはHERO退場していただく。カオス・ゴッデスでバブルマンに攻撃。レッド・デーモンでダイレクトアタック。」

 

 十代 LP3600→4600→4000→1000

 

 俺のライフが大幅に削られる。受けたダメージは合計3600。先生の成金ゴブリンと、非常食がなければ負けていた。

 そして、案の定というべきか、俺の闇のゲームへのダメージは、どう考えても吹雪さんのときやほかのセブンスターズの時より、ダメージが少ない気がする。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。」

 

 先生のターンがようやく終わった。俺のフィールドにはもう何もない。だけど、バブルマンのおかげで増えた手札には、新たな逆転の一手があるはずだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカード、それは、俺が大徳寺先生にとどめを刺した時に使ったカードだった。

 

「俺は魔法カー・・・ッツ!」

 

 発動させよう、としてふと思い至った。今発動させようとしているカードはミラクル・フュージョン。墓地のモンスターを除外して融合するカードだ。

 それで出てくるモンスターは、今はセイラーマン、スチーム・ヒーラー、マッドボールマン、ランパートガンナー。ランパートガンナーやセイラーマンの効果でダイレクトアタックを仕掛けるか?先生のライフを考えれば、無理な話じゃないし、最初はそうしようと思った。

 でも、それは本当に可能なのだろうか。先生が伏せたカード、それがまた、デモンズ・チェーンのようなカードだったら。

 それなら、俺は返しのターンで総攻撃を受けて負けてしまう。賭けに出る、というのもありかもしれない。と、いうよりは他に手があるような気がしてならなかったのだ。

 おもむろに融合デッキに手を伸ばす。腰のところに掛けられたデッキケースから、カードを見てみると、ふと、あるものが目に入った。

 それは、先生のデスクの中に、エアーマン達と一緒に入っていた、融合HERO。俺はそのモンスターをよく知っている。なんせ、俺の師匠的存在(・・・・・)が使っていた、最強のHEROなんだから。

 

 力を貸してもらうぜ、紅葉さん。

 

「手札から、ミラクル・フュージョンを発動!墓地のフェザーマンとバブルマンで融合召喚!」

「セイラーマンか!だが、十代。先生の場に伏せカードがあるのを忘れたか?!」

 

 三沢が叫んだのが聞こえた。三沢は、俺のデュエルをよく知っている。だから、その組み合わせで出てくる融合モンスターが何か想像がついたのだろう。

 でも、今から出すモンスターはセイラーマンじゃないんだ、三沢。心の中で、大丈夫だぜ、と三沢をはじめとした皆に告げながら、俺はそのHEROを召喚した。

 

「来い、最強のHERO!E・HERO アブソルートZero!」

 

 アブソルートZero。なんでこれを先生が持っていたのかは分からない。珍しいカードだし、所持者も大して多くないこのカード。

 でも、今は頼らせてもらう。行こう、アブソルートZero。

 

「スパークマンを召喚し、バトル!アブソルートZeroで、カオス・ゴッデスに攻撃!」

 

 攻撃力はカオスゴッデスと同じ、2500。このままいけば相打ちになるが、先生はどう出るか。

 

「罠発動、デモンズ・チェーン!攻撃を封じ、効果も無効にする!」

 

 無効にした。やっぱり、先生もアブソルートZeroの効果は知っていたのだ。そりゃそうだ、この攻撃が通れば、先生の負けなんだから。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。」

「俺のターン、ドロー。バトルフェイズに入る。レッド・デーモン・ベリアルでアブソルートZeroに攻撃。」

 

 そして、先生は何かを召喚したりはせず、そのままバトルフェイズに入った。そりゃそうだ。ベリアルで攻撃すれば、たとえフィールドが全て凍り付いても(・・・・・・)俺のライフは風前の灯火となる。そんなライフを削りきるのは、先生にとっては容易なことだろう。

 だから、そうはさせない。

 

「速攻魔法!融合解除!フィールドのアブソルートZeroをデッキに戻すぜ!」

「馬鹿、何をやってる十代!墓地にはフェザーマンもバブルマンもいないんだぞ!」

 

 万丈目が俺の発動したカードを見て、それではだめだ、と叫んだ。でも、これでいいんだ万丈目。

 

「この瞬間、アブソルートZeroがフィールドから離れた時の効果が発動!相手モンスターを全て破壊する!瞬間氷結(Freezing at moment)!」

 

 これが、最強のHEROの力。フィールドは一瞬にして凍り付き、ベリアルも、カオスゴッデスも氷の彫像となって爆散した。 

 だけど、それすらも読まれているだろう。これは先生が持っていたカード、効果を知らないわけがない。先生は淡々とデュエルを続行していた。

 

「読めていた。魔轟神レヴュアタンの効果で、墓地のクルスを3枚手札に加える。」

 

 魔轟神レヴィアタン。ここに来てまた先生の手札が回復する。そして、その三枚とは別に手札からカードを発動させた。

 

「メインフェイズ2、死者蘇生を発動。墓地のカオス・ゴッデスを蘇生する。蘇れ、カオス・ゴッデス。」

 

 死者蘇生。まさか、まだそんなカードがあるなんて。そして、手札のコストはさっきレヴィアタンの効果で・・・。

 

「さらに門の効果を発動。墓地のブラウを除外し、手札の暗黒界の軍神 シルバを捨てて、カードを一枚ドローする。軍神 シルバもまた、手札から捨てられたことで特殊召喚。さらに、シルバを手札に戻して、暗黒界の龍神 グラファを特殊召喚。」

 

 フィールドに、またあのグラファが特殊召喚された。

 

「手札のクルスを捨てて、クシャノの効果を発動する。クシャノを手札に戻す。クシャノの効果で墓地から特殊召喚するのは魔轟神レイヴン。レイヴンの効果で手札を2枚捨てて、レベルを2あげる。そして、捨てられたクルスの効果で、魔轟神グリムロを特殊召喚する。」

 

 レイヴン、からのクルスでモンスターを蘇生。ここ十分で見慣れた光景となったような気がする。

 

「シンクロ召喚ヴァルキュルス。ヴァルキュルスの効果で、手札のクルスを捨てて、ドロー。クルスの効果で墓地からレイヴンを特殊召喚。」

 

 あ、レヴュアタンの構えだ。また破壊されたとき用の保険をかけているのだろう。

 

「グラファにレイヴンをチューニング、シンクロ召喚レベル10。魔轟神レヴュアタン。」

 

 そして、手札のクシャノを捨てて蘇生するという寸法だろうか。カオス・ゴッデスが持っていた杖を隣のモンスターゾーンに向ける。そこから、闇の渦が生まれ、光が中に入り込んだ。

 

「カオス・ゴッデスの効果を発動。手札のクシャノを捨てて、墓地のレッド・デーモン・アビスを特殊召喚。」

 

 ターンエンド。長いターンがようやく終わったが、またしても更地になったフィールドが一瞬で元に戻った。

 でも、これを返せるカードなんてデッキにあっただろうか・・・?

 

「俺のターン、・・・スパークマンを守備表示にして、カードを一枚伏せてターンエンド。」

 

 引いたカード。それは俺の相棒を呼び寄せるための布石。頼むぜ、相棒。

 

「俺のターン、ドロー。これで最後だ、ベリアルでスパークマンに攻撃!」

 

 スパークマンがベリアルに焼かれてしまう。済まない、スパークマン。

 

「カオス・ゴッデスでダイレクトアタック!」

 

 それはさせない!

 

「クリボーを呼ぶ笛を発動!デッキから、ハネクリボーを特殊召喚!」

「・・・カオス・ゴッデスでハネクリボーに攻撃。」

「ハネクリボーが墓地へ行ったターン、俺はダメージを受けない。」

 

 これで、なんとかこのターンは耐えきった。返せるのか・・・?

 

「・・・カードを一枚伏せて、ターンエンド。」

 

 ターンエンド宣言。

 

「俺のターン、ドロー!・・・え?」

 

 それは、よく知っているイラストだった。だからこそ、俺にはわからない。このカードは、俺は1枚しか(・・・・)持っていないのだ。どうして、このカードが。このカードはさっき使ったはず。

 でも、来たからにはやるしかない。それが、俺のデッキが出した答えなんだから。

 

「先生。どうやら、これが俺たちの最後のターンになるみたいだぜ。」

 

 そう、最後だ。これを止められたら、もう俺には勝ち目はなくなる。だから、このカードが正真正銘、俺の最後の足掻きで、そして唯一無二の勝ち筋だ。

 先生も、それが分かったのだろう。顔を引き締め、先ほどまで見せていた苦痛に満ちた表情は、見る影もない。それだけの気迫が、俺に襲い掛かった。

 

「俺は、ミラクル・フュージョンを発動!」

 

 ミラクル・フュージョン。さっきも使ったこのカードは、墓地のモンスターだけでの融合を可能にする。

 呼び出して勝てるモンスターはいくらかいるが、締めるのなら、最後はやっぱりマイフェイバリットヒーローだ。

 

「墓地のスパークマンとフレイム・ウィングマンで融合する!現れろ、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマン。こいつは、墓地のHEROの数だけ攻撃力が300ポイントずつ上がり、倒したモンスターの攻撃力分のダメージを与えるモンスター。

 

「墓地のHEROは、バーストレディ、エアーマン、ブレイズマン、ワイルドマン、クレイマン、、ワイルドジャギーマン、エッジマンの計7体!よって、攻撃力の数値は2100ポイントアップして、4600になる!」

 

 もうスカイスクレイパー無しでも十分にベリアルすら倒せる数のHEROが墓地に行っている。頼むぜ、シャイニング・フレア・ウィングマン。倒された仲間の思いの分、頑張ってくれ。

 

「バトルフェイズ!カオス・ゴッデスに攻撃!シャイニング・シュートォ!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンがカオス・ゴッデスに襲い掛かり、かの女神に攻撃する寸前まで行く。やった、勝った!そう確信した。

 それがいけなかったのだろう。カオスゴッデスの後ろから、またしても鎖が登場した。

 

「デモンズ・チェーン。言うまでもないが、効果は相手の攻撃と効果を封じる。」

「・・・カードを伏せて、ターンエンド。」

 

 終了するしかない。あれは俺の起死回生の一手だったのだ。

 

 ミラーフォースのようなカードがまだあれば、また違ったのかもしれないが、それはたらればの話。今はもう何もできない。伏せたカードはブラフの死者転生。これじゃあもう何もできない。 せめてサイクロンがあれば・・・。そう考えざるを得ない。

 負けを確信した。精一杯全力を出しても敵わなかった。最後の一枚の伏せたカードが、そのことを雄弁に語っているような気がした。

 

「・・・ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ、先生!」

 

 暗に負けたことを告げた俺の言葉に、先生は満足げにうなずいた。

 

「ああ、十代。楽しいデュエルだった。」

 

 

 

 

 

 そしておめでとう、君の勝ちだ。

 負けを確信した俺に、最後に先生はそう言い残して、そのまま倒れてしまった。

 

 

 




もし聡明な方が居ましたら、あれ?おかしくないか?と思うシーンがあるかもしれません。特にアビス関連で。
それとは別に単純に効果間違えてない?と思うところがあれば感想に記載お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 1

今回は、前の話の間に挟むつもりだった過去編です。別に読み飛ばしてもらっても構いません


 

 彼女との出会いから数日、支配人からいきなり呼び出された。

 

「お前、今日から仕事無いから。」

 

 は?と思わず口から零れ落ちた。基本的にノリが軽い人だが、だからと言ってそんなことを軽く言われては、言われた側は堪ったもんじゃない。

 何があったのか、激しく詰め寄る。だが、支配人は何も言わずにただ、「出ていけ」と言うだけだった。

 おかしい。どうにもおかしい。少なくとも、この人はそんなことを言う人じゃない。長い、とは言わない。たかだか数年の付き合いだ。

 だが、ハイスクールを卒業できるくらいの年代一緒にいて、いままでこんなことを言い出したことはない。だというのに、今日は随分と性急だった。

 だからこそ、居座った。数十分、もしかしたら1時間かもしれない。だが、遂には根負けして、現状を教えてくれた。この人は、俺の性格を分かっている。だからこそ、俺の本気度合いを察したのだろう。

 

「もうすぐ、ここが検挙される。」

 

 は?と思わずまた声をあげてしまった。それほどまでには意外だったからだ。

 ここに住んで早数年。ここの運営システムについてはある程度理解していたし、その実態も、この近辺の警察組織や議員、権力者や自治体を全て抱え込んだ、いわば半合法(・・・)とでもいうべき物である。そんなものが、今更検挙されるわけがない、と皆が半分確信していた程なのだから。

 

「・・・済まない。だが、君だけでもここから去れ。」

 

 そんなことは出来ない。そもそも、どうしてこんなことになったのだろうか。

 

「何を言っている。元々こんな商売が何年も検挙されないほうがおかしいだけだ。」

 

 それはそうかもしれないが・・・。

 

「幸い、君がステージに立つとき、素顔を晒さないようにしていたのがこんな形で役に立つとは思わなかったが、それを利用しない手はない。君だけは、ここから逃げることが出来る。顔も身元も割れているのは幸いにも、君以外の連中だけだ。」

 

 その言い方に、思わず言い返す。俺にあなたたちを見捨てて、逃げろというのか?!と。 

 

 逃げるべきだ、という頭の中の理性を頭の隅に追いやり、俺は言葉をつづけた。

 

 だってそうだろう。冗談じゃない。俺だって、ここの人間だ。違法デュエルで、人だって殺した。いまさら何を言っている。

 

「殺したのはお前じゃない。俺の用意した医者だ。思い上がるな。」

 

 俺が殺したようなものだろう。

 

「違うな。殺したのは俺だ。こんなカジノを運営して、お前のような子供を商売道具にして、挙句に臓器売買にまで手を染めた悪人だ。だが、お前は違う。俺に言われるがままにデュエルした、いわば被害者だ。」

 

 だけど、知っていて加担した俺も同罪だ。

 

「確かに、捕まれば(・・・・)いくらなんでも(被害者でも)逮捕だろうな。だから、今からお前には、ちゃんとした場所で保護されるように手配している。」

 

 そんな身勝手な。そう言おうとして、後ろから思い切り衝撃が来た。どうやら、後ろから思いっきり殴られたらしい。

 思わず見上げれば、そこには顔見知りの姿。朦朧とする意識の中で、それでも恨み節を吐かずにはいられない。

 

 犬飼のおっさんの、筋肉馬鹿。 

 

「おっさんは余計だ。」

 

 訂正するのはそこなのかよ、と言いたかったが、その前に身動きが取れなくなる。まともに呂律は回らず、ようやく意識も何もかもが回復したころには、俺は簀巻きにされて車に投げ込まれていた。

 

 

 

 意識が回復してきたとき、初めに聞いたのは女の声だった。

 

「気がついた?」

 

 そういう声が木霊する。殴られたせいか頭がくらくらするが、どうにか、視界と意識が元に戻ったことを確認する。

 簀巻きにされても、幸いなことに腕時計くらいなら見ることが出来た。どうやらもう数時間ほど経過してしまったらしい。

 とりあえず、誰かは分からないが大丈夫だ、と告げた。強いて言うなら首が少々痛いくらいか。

 全く、首の根元を叩いて気絶させるとか、どこの格闘漫画だ。障害が残ったらどうしてくれる。そんなんだからマッドドッグ(笑)だとか脳みそが糞犬レベル(マッドドッグ)だとか散々言われるのだ。デュエル中のクレバーな戦術は何処へ行った。

 

「それはよかった。私としても新しい友達が、実は脳震盪どころか撲殺遺体と化していた、なんてオチは避けたいしね。」

 

 その声に、ふと思った。一体、目の前の人物は誰なのだろうか。俺に友人などいない。いるにはいるが、少なくともこの世界(・・・・)には存在しない。

 それでも、目の前の人物は俺のことを友人、と呼んだ。新しい、とも。最近できた、と言われれば嫌でも頭の中に出てくる。

 

「なんでこんなとこにいる。」

「私があなたの案内人だから。お久しぶり、というか2日ぶり?」

 

 目の前にいるのは、数日前に出来た友人だった。ここ数日で、かなりフランクな間柄となった俺に、いつもの調子で話しかけてくる。

 案内人とはなんだ。そう言うと、彼女はまだ状況を理解しきれていない俺を察したらしい。

 

「そうね、では改めて自己紹介からしましょうか。」

 

 ああ、そうしてくれ。

 よくよく考えれば、俺はこの新しい友人のことを全く知らないと気付いた。数日前、一緒に遊んだ中でもあるし、連絡先も交換していた。つい昨日も、電話越しで楽しく雑談していたくらいだ。

 だけど、彼女が何者なのかは全くと言っていいほど話していない。まあ、自分も話していないし、話す気などさらさらなかったのでお互い様という訳だが。

 

「では、あらためまし・・・」

 

 かっこつけて挨拶しようとでも思ったのか、思いっきり勢いよく立ち上がろうとして、彼女は思いっきり頭を車の天井にぶつけた。

 いくらこの車がリムジンのように広い車体だとしても、当然立ち上がれば頭を打つのは自明の理だ。思わず、彼女に問いかける。

 

「頭、大丈夫か?」

「大丈夫・・・。」

 

 ぶつけたことを心配してくれた、とでも思ったのだろうが、俺が言いたいのは知能(IQ)の心配であって、決して患部の心配ではない。そのことに気付いたであろう運転手が必死で笑いをこらえてるのを、バックミラー越しではあるが俺は見てしまった。

 

「どうして車って立ち上がれないように出来ているんでしょう。」

 

 どうして車で立ち上がろうとしたんでしょう。バカすぎて声が出ないのだが。というか状況が状況だったら思いっきり笑っている。運転手に至ってはもう腹筋を抑えている始末だ。というか運転手の様子になぜこいつは気付かない。

 だが、そのせいか頭が冷えてきた。不思議とリラックスした状態になっていく。これで簀巻きにされていなければ完璧なのだが。

 

「その拘束は目的地に着くまで解くな、と言われているから、解くのは無理。」

 

 残念至極。先手を打たれていた。なら仕方がない、別の方法(・・・・)を取るまでだ。少々時間はかかるが、これくらいなら何とかなる。

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、彼女は変わらぬ様子で俺に話しかける。

 

「まあそれはそれとして改めまして。

 こんばんは、《悪夢》さん。私は、I2社直属のデュエリストです。名前は・・・言わなくてもわかるよね?」

 

 ああ、どうも。なら、さっさと降ろしてくれ。

 

「それはできません。私の仕事は、このまま無事にI2社へあなたを送り届けることですから。」

 

 なぜだ、と激高する。だけど、その理由は薄々気付いていたことだった。

 そして、目の前にいるこの女も、俺がそれに気付いていることに気付いている。だからこそ、少々底意地の悪い笑みを浮かべて、俺にこう言った。

 

「それを言う必要はありません。」

 

 言外に含まれた意味は、その理由はあなたはとっくに気付いているでしょう、ということだろう。

 

「クルサール支配人、・・・いや、クルサール・J・クロフォードの要請、か。」

Exactly(その通りでございます)!やっぱり、スラム育ち(・・・・・)とは思えないくらい聡明ね!」

 

 やはり、というかなんというべきか。こいつも、支配人側の人間だったという訳か。I2社、おそらくペガサス会長からの指示だろう。

 ペガサスの父親(・・)である支配人が、俺だけは逃がすようにペガサスに頼み込んだ、という訳か。

 

「大体はそんな感じ。」

 

 なら、抵抗しないからこの簀巻きを取ってくれないか。

 

「それは無理。」

 

 そう彼女が言い放った瞬間、俺は簀巻きにされた縄と布団ごと、手の中から出した剣のようなもので吹き飛ばした。

 そして、そのまま彼女に向ってそれを向けようとする。だけどその瞬間、俺は何かに弾き飛ばされ、剣のようなものは跡形もなく粉砕されていた。

 

「・・・やりすぎ、ネフィ。彼が攻撃したのは予想の範囲内。むしろ、やっぱりか、と思う部分があった。」

『それでも、あなたに傷を負わせるわけにはいきませんので。』

「でも、あなたの力で防御したら、あの人が死んじゃう。たとえ手加減しても、死んでもおかしくないの。分かってる?ネフィ。」

『問題ありません。それに、誰が気絶しているんですか?』

 

 え?と彼女がこちらに顔を向ける。薄々分かってはいた。I2社の人間、それもこんなことを女の子ながらに任される時点で、普通の人間でないことは分かっていた。だから、念のためにコレ(・・)を使ったんだ。何が起こってもいいように。

 それにしても、一体何が起こっている。先ほどまでそこにいなかった何か(・・)が、いきなり現れたように俺には見えた。

 

『ガガガシールド。二度までその所有者を守る盾。それを使って私の防御を防いだ、という訳ですか。』

「そして、それを使えるってことは、やっぱりあなた、精霊使い(・・・・)だったのね。」

 

 精霊使い。一体何のことだ?そしてその巨大な人形はなんだ。いや、そのネフィリム(・・・・・)はなんだ。

 

「・・・でも、肝心の精霊の姿が見えない。」

『おそらく、彼はまだ自身の精霊の姿を視認していないのでしょう。だから、あんなふうにガガガシールドがすぐ無くなってしまうし、何よりそのカードを呼び出すのに時間がかかる。

 ・・・私があなたが布団の中で小細工をしていることに気付いていないと思っていたんですか?人間。』

 

 ・・・気付かれていた。布団の中で俺がこのカードを呼び出したことに。

 何故かはわからない。いつの間にか使えてた、この力。それは、どうやら向こうも使えるようだった。それも、俺よりはるかに精度も高く。

 

「魔法発動、光の護封剣。」

 

 彼女がそう呟いた瞬間、俺の周りに光の剣が積み重なる。光の剣は、俺が身動きを取れないように綺麗に積み重なった。これじゃあ、抵抗することすらできない。

 抵抗は出来ない。でも、一矢報いるくらいはしてやりたい。

 

「・・・。」

「・・・・何もしないの?」

 

 何も言わない俺に、彼女はしびれを切らしたように話しかけた。拍子抜けもしているようだ。

 だが、その言葉は見当違いというものだ。したところで無意味だろう。1対2で何かできると思いあがるような神経は持ち合わせていない。やりたい、と思うのと、すればどうなるか、というのはまた別の話だ。

 

「男は度胸というでしょ?」

 

 それは度胸じゃなくて無謀だ。

 

「そうかもね。それはそうと、できればこのままでいて。何もしないから。」

 

 このままで、とは抵抗するな、という意味だろう。実際、この光の剣は俺の首筋にピタリと当てられている。少しでも動けば大惨事になりそうだ。

 

「それに、ここから出たとしても、あなたの行くところはないでしょ?実際、あれから数時間が経過し、あのカジノは既に摘発された。

 クルサール・J・クロフォード、マットドッグ犬飼を始めとしたカジノ関係者の半分は、すでに捕まってる。」

 

 ・・・そうか、帰る場所は、もうないのか。その事実は、不思議なくらいスッと胸の中に入り込んだ。

 

「もう、あなたの帰るところはありません。悪いようにはしないから、大人しく捕まってくれない?・・・と、言ってもあなたはあそこの被害者みたいだし、態々戻る理由もないだろうけど。」

 

 ああ、そうだ。確かにそうだった。

 

 この世界に来てすぐ、俺はスラムにいた。スラム、という言い方はあまり適切ではないかもしれないが、要するに治安の悪い地域だった。

 状況を把握できた頃に分かったのは、ここは俺の住んでいた世界じゃないということと、何故かずっと聞こえてくる変な声。ずっと語り掛けてくる声が止んだころには、俺は立派な悪ガキとなっていた。

 信頼できる人間がいない。言葉も通じない。持っていた金なんかは当然使えなくて、身分を証明できるものがないから為替もできない。

 結局、ここいらの飲食店で皿洗いをさせてはもらっていたが、当然言葉が通じないのをいいことに、明らかにピンハネされてたのは小学生でも気付く。

 頼りの持ち物は使えない財布()に、ただの音楽プレイヤーと化した、使えないiPhone(携帯)。そして友達と遊ぶために持ってきたゲーム類一式と、泊りがけ用の衣服。

 そして、そのおもちゃ(ゲーム)を狙ってゴロツキに襲われるという毎日。

 正直、こんなもの捨ててやりたかった。俺がこんな目に合うのなら、こんなもの捨ててしまったほうがいい。そう思いながら、俺は襲い掛かる彼らを逆にカツアゲして、なんとか細々と暮らしていた。

 そんな時だった。ゲームの腕でも、そして腕っぷしでも強かった俺は、そこいらの奴らには負けることはなかった。そこに目を付けたのが、クルサールだった。

 

「どうしてそんなことをしている。」と彼は聞いた。

「これしか生きるすべがない。」と俺は答えた。

 

 何故かはわからない。でも、彼は俺を気に入り、裏カジノの新たな見世物、『地下デュエル』のプレイヤーとして採用した。

 環境こそ劣悪で、人殺しをしなきゃいけないような毎日ではあったが、俺はあそこを気に入っていた。それ以外に生きる手段がなかったからというのもある。でも、地元の学校にまで通わせてくれて、言葉を教えてくれて、そして生きる手段を与えられた。彼は、確かに俺をこの闇に引き釣りこんだ張本人であるのと同時に、俺にとっての大恩人となっていたのだ。

 だからこそ、俺はあそこに戻らなきゃいけない。終わるのならせめて、彼らと同じようにこの生活を終えたい。そう思っていた。それなのに。

 それなのに、目の前の女は、敵は、それを阻もうとしている。それだけはさせない。俺は、綺麗に終わりたい(・・・・・・・・)のだ。

 

「罠発動。」

 

 デモンズ・チェーン。そう呟いた瞬間、足元に妙な感覚が行くのが分かる。

 俺が最も信頼する罠。それが2つ発動した。一つはネフィリムに。そして、もう一つは、俺の体の周りにある剣を弾き飛ばしながら、運転手(・・・)に絡まっていく。ネフィリムはそれに気が付いたようだが、もう遅い。ネフィリムも、運転手も、瞬時に鎖で雁字搦めにされていた。

 ネフィリムが抵抗している。でも、その抵抗空しく鎖は千切れない。

 

「・・・抵抗、しないんじゃなかったの?」

 

 抵抗しないとは言っていない。無謀はしないと言っただけだ。隙さえあれば、いつでも逃げ出す気でいた。

 

「じゃあ、私を鎖で縛らなかったのはなんで?もう一枚発動すればよかったじゃない。そうじゃなくても、運転手を縛る理由はないわ。」

 

 友人を鎖で雁字搦めにするような趣味はない。

 

「甘いね。だから、失敗するんだ。」

 

 はぁ?と思った瞬間、ネフィリムと運転手の鎖が破壊される。身動きが取れるようになったネフィリムは、俺から彼女を守るように立ちふさがった。

 

「魔法発動、ツインツイスター。これで、その二つは破壊させてもらったよ。私を狙っておけばよかったのに、残念だったね。まあ、運転手を身動き取れなくして、車を強制的に止めるつもりだった様だけど、それくらいじゃ、だめだよ。せめて、もう一枚発動すればよかったのに。」

 

 あんな短時間で3枚も罠を発動できるか。一枚発動するだけでも無茶苦茶体力を消耗するのに、3枚も同時に、とか常軌を逸している。そんなこと出来るのか?お前。

 

「訓練したから、それくらいは余裕。」

 

 うわぁ、と思わず遠い目をした。こんなもの何枚もホイホイ発動出来て堪るか。

 

「今、人を化け物を見るような顔した。」

 

 無理ないと思う。ガガガシールド、そしてデモンズ・チェーンが2つ使っただけで、俺の体力は既に半分以下なのだ。それを軽いノリで破壊されていく俺の心情を察してほしい。

 

「まあ、いいけど。・・・一つ聞いてもいい?」

 

 なんだ。敗者は潔くぺらぺらとしゃべらせていただきます。

 

「さっき抵抗したくせに。」

 

 何のことでしょうか?

 

「・・・どうして、そんなに保護を拒否するの?あなたに悪いようにしないことくらい、分かっているでしょ?」

 

 ・・・・。

 

「・・・クルサールさんから話は聞いてる。あなたは、人を殺めることに嫌悪感を持っている。それをあそこは強要する場所なのに、なんであそこに戻りたいと思うの?」

 

 戻りたい訳じゃない(・・・・・・・・・)

 

「だったら、どうして?恩を感じているから?」

 

 恩は感じてはいるが、それだけじゃない。あんたに話すことじゃない。あんたには関係ない。

 

「友達として、力になりたいから聞いてるの。」

 

 ・・・・。

 

 その目を見た時、本気なんだと確信した。そして同時に、馬鹿らしくなる。たかがあって数日の友達未満と呼んでも差し支えないほどに、俺たちの関係性は薄い。友達に時間なんて関係ない、なんていうのはよっぽどのお人好しか、偽善者だ。どちらにせよ、ろくなもんじゃない。

 あんたには関係ないだろ。そう言うと、彼女はため息をついた。そして、運転手に車を止めるように指示する。

 どういうつもりだ?と聞くが、彼女は何も答えない。ただ、淡々と(リムジン)のなかで俺たちの間に机を用意した。

 

「デュエルをしましょう。」

 

 はぁ?と思わず口から声が出る。突拍子のないその一言に、思わず出てしまった言葉だった。

 

「私が勝てば、理由を教えて。あなたが勝てば、この車から出してあげる。行きたいところにも連れて行ってあげる。」

 

 ・・・本気(マジ)?馬鹿じゃないの?ゲーム脳も大概にしろよ。思わず反射でそう言ってしまった。

 

「うわ、ひっどい。」

 

・・・うん、今のは自分でもどうかと思う。真剣に言ってるのにそれを「馬鹿じゃないの?」の一言で済ませるのは流石にどうかと思った。済まない。

 

「いいですよ。デュエルを受けてくれるのなら、ね?」

 

 意地か。馬鹿か。そんな言葉をぐっとこらえる。デュエル脳も大概にしろ。全部が全部デュエルで解決できると思うな。

 

「あなた、デュエリストでしょ?」

 

 残念、リアリストだ。そもそも、デュエルを楽しむなんざここ数年一度もやっていない。デュエルは俺にとってビジネスであり生命線だった。そこにほかの感情を持ち込む余裕なんてものは存在しない。

 

「嫌い、なの?デュエル。」

 

 嫌い、という訳じゃない。忘れたのさ、楽しむ(満足)なんて言葉。そんなデュエルなんか、この世界に来て、一度もやった覚えがない。

 第一、ここのルールに合わせるのが大変だった。月を落としたり、飛行モンスターだから30%で回避してくる、なんていうここのデュエルに、持っているカードがどんな影響を及ぼすのかを考え直して、それを改めてデッキとして組み立てるのにどれだけ苦労したか。古のルール過ぎて、未だに理解しきれてないのだ。

 ただでさえKONMAI語と呼ばれるくらい奇怪なのに、そこにこんなルールを定着させられたら、流石に無理というものだ。

 ああ、そんなものをするくらいなら、話してやる。そんなことに時間を取られたくはない。

 

「・・・そうですか、残念です。」

 

 残念がるなデュエル脳。俺からすれば、こんなものはただのお遊戯で、お偉いさん方々に対戦相手の苦しむ様子を演出させるためだけのものだったんだから。

 そんなものにいい思い出なんてあるはずないだろう。

 

「・・・すいません、無神経でした。」

 

 謝ることじゃない。俺が選んだ道だ。そこは何も言わないでほしかったな。

 まあ、いいや。俺が戻りたい理由、だったっけ?話してやるから、そのテーブルを下げてくれ。

 

「・・・。」 

 

 彼女は黙って、テーブルを元の位置に戻す。いつの間にか、ネフィリムも居なくなっている。気を使ったのだろうか、少なくとも俺には見えなくなっていた。

 ごそごそと彼女が机を戻しているその間に、俺は改めて席に座り直し、何から話したものかと思案した。

 その様子に、何かただならぬものを感じたのか、陽気な彼女は俺に話しかけようとはしなかった。

 ようやく、どのような思いか説明する整理がついてから、俺は彼女に、自身の気持ちを確かめるように、自分の気持ちを語った。自分語りなんてナルシストみたいだな、と自重しながら、ゆっくりと話す。

 

 俺は、終わりたかった(・・・・・・・)のだと。

 

「終わりたかった?」

 

 ああ、そうだ。それに尽きる。どこまで取り繕っても、俺が人の生き死にに影響を与えたことには変わりない。あのサイバー流の男だけじゃない。()で生きていけなくなった人たちを、自分の命可愛さに奪ってきたのは紛れもないこの俺だった。

 まだソリッドヴィジョンが確立されていないこの時代、ゲームそのものはテーブルの上で行われていた中、観客たちが真に注目していたのは、俺が人を殺す瞬間だった。肉の焼けこげる異臭、パチパチと弾ける閃光、そして叫び声。その全てが道楽として、見世物として使われた中、俺はただ、勝ち続けた。

 まるで、コロッセオみたいだと思う。だけど、何より違うのは、アドレナリンなんて一切出ない、ボードゲームでそれが行われることだろう。自分が人を殺したという感覚が、現実が、目の前で理解できてしまう。無我夢中なんて言い訳できない、人殺しがそこにある。

 

 だから、俺は俺を(・・)終わらせたいのだ。

 

「・・・死ぬつもりなんですか?」

 

 まさか。そんなことをすれば、今まで生きてきた俺は、意味をなさない。死ぬなら、もっと早くに死んでいる。負ける勇気が、死ぬ勇気がない俺には、そうするしかなかった。

 そうすれば、俺が命を奪った行為が無駄になる。俺は、何人ものの屍の上に成り立った人間だ。そんなことは出来ない。

 ただ、償いたいだけだ。

 

「・・・自首したいんですか。」

 

 そういうことだ。おれはただ、こんな生活は終わりにしたい。でも、あそこから抜け出す勇気もなかった。それに、そんなことをすれば、支配人や、犬飼さん(・・)に迷惑をかけてしまう。だから、ずっと償えなかった。

 でも、今なら。今ならそれが出来る。だから、俺はあそこに戻って、警察に行く。そのためなら、いくらでも抵抗する。いくらでも、いくらでも。

 

「・・・支配人たちの気持ちはどうするの?彼らは、あなたにこんなところじゃなくて、別の世界で生きてほしかった。だから、クルサールさんはペガサスさんにあなたの保護を頼んだの。」

 

 最初で最後の親不孝だ、許してほしい。

 

「将来に傷がつくよ?それで生きていける?こんな事件にかかわっていると知られたら、それこそこの業界で働くなんて夢物語になる。職自体は、探せば何とかなるかもしれないけど、生きにくいのは確かだよ。

 ・・・彼ら、言ってた。自分が引きずりこんだ世界だから、せめてこれからはまっとうに生きてほしいって。君に、この世界は向いてないからって。対戦相手のために泣くような人間に、こんなこと、もうさせられないって。」

 

 それは違う、泣いたのは、自分がそうしないと精神的に持たなかった(・・・・・・・・・・)からだ。決して、相手のためじゃない。

 

 それに、やりたくないことをやっていたのは支配人も同じだ(・・・・・・・)

 

「え?」

 

 ・・・ペガサス会長に婚約者がいたのは知ってるか?

 

「うん。あれでしょ?病気がちで、心臓が弱かったっていう。」

 

 ああ、そうだ。でもな、それは手術で治る範囲だったんだよ。

 

「ならなんで死んだの?」

 

 臓器提供者(ドナー)がいなかったからさ。

 

「・・・。」

 

 ああ、想像の通り。あの人は、息子の最愛の婚約者の命を救うために、こんな仕事に手を染めた。

 裏でカジノを作り、会員証を作るときに、血液型その他の情報すべてを洗い出す。その中で、ドナーリストにある人間と一致するものがあれば、それを死刑台に上げて、臓器を取り出し、顧客に売り渡す。

 地元警察と、ギャングと、そして政治家。そんな権力の塊に、あの人は手をだしたのだ。

 彼女が死んでも、この世界からあの人だけは足を洗うことが出来なかった。当然だ、こんな問題が外に漏れたら大騒ぎ。それこそ、今の現状そのものだ。

 だから、あの人はこの仕事を陰でずっと続けるしかなかった。そのことを俺は知っている。でも、それであの人の罪が変わるか?

 

 そう聞くと、彼女は黙って首を横に振った。

 

「そんなことはない。どんなことでも、罪は罪。」

 

 ああ、そうだ。そして、それは俺にも言える。どんなことがあろうと、罪は罪だ。

 

「・・・それが、あの人たちの願いを踏みにじることでも?」

 

 ああ、そうだ。

 

「それが、たとえ彼らに不利な現状を押し付ける結果になったとしても?」

 

 ああ、そうだ。

 

「それを、私が(・・)、望んでいないとしても?」

 

 ・・・ああ、そうだ。

 

 そう言い切った瞬間、彼女はため息をついた。彼女は前の座席の運転手と二三言葉を交わし、車がゆっくりと動き出す。

 

「・・・甘いのは、私の方か。」

 

 そう彼女は言った。その言葉に、俺は思わず声をかけた。どういうことだ、と。

 

「・・・この車は、警察署に向かう。あなたがそう望むのなら、しかたないから連れてってあげる。でもね、そんなの自己満足にしかならないよ?分かってる?そんなことしても、何も変わらない。むしろ、世間体的にも、その他色々なことで、あなたの人生は苦しいものへと変わっていく。」

 

 ああ、分かってる。

 

「自己満足、いや、欺瞞ね。それでも?」

 

 それでも。そうじゃないと、駄目なんだ。

 

「どうして?」

 

 簡単だ。前に進みたい(・・・・・・)から。そうじゃないと、俺が俺にけじめをつけれない。

 

「・・・わかった。ただし、警察署の中までは私が連れていく。

 私だって、仕事なの。それくらいは、仕事のけじめとして、やらなくちゃならないしね。」

 

 未成年が何言ってやがる。

 

「それはあなたもね。」

 

 ああ、そうだったな。

 

 「ペガサスさんに怒られるなぁ。」という彼女のぼやく。その後は、彼女と俺は一言も話さず、ただ外を眺めていた。

 近くでサイレンが聞こえる。警察署には、人がごった返していた。カメラがある、ということはおそらくメディアの人間だろう。警備員を押しのけて、中に入りかかろうとしているその様は、あまりに現実味がなかった。

 

 

 

 

 その後は、ぱっとしない顛末だった。

 俺は、彼女に連れられ、自首することになる。中に連れられ、事情聴取の毎日。語ることがあるとすれば、留置所で支配人と対面したことくらいだ。

 

「どうして、戻ってきた。」

 

 反抗期。そう答えた俺に、支配人は泣きそうな顔で、俺をただ済まない、と抱きしめるだけだった。

 この人は父親ではない、縁もゆかりもないただの男のはずだ。だけど、その顔は俺を一人の従業員とでも、共犯者とでもなく、まるで父親のように俺を気にかけていて、そして、ただただ抱きしめ続けた。すまない、すまないと言い続けながら。

 その後は、おそらく支配人が何か気を利かせたのだろう。罪状の割に早く留置所から出た俺は、支配人の息子である、ペガサス・J・クロフォードに引き取られた。

 そしてこの世界の常識や、ゲーム理論、そして経営学。ペガサスの養子としての生活の中で、俺はまた、彼女と対面することになる。

 

 

 

 だけど、それはまた新たな苦しみへの、カウントダウンだった。

 

 

 

 

 




ペガサスの父親の名前はオリジナルです。公式の名前があったら教えてください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 2

 お久しぶりです、紫苑菊です。皆さん覚えていらっしゃるでしょうか。作者は忘れていました、遅れてすいません、新ルールで萎えてペルソナ5とギルティギアとニーアオートマタやってました。ズァークのプレイマットが当たったのと魔弾の射手の情報がなければ更新していなかったでしょう。

 ぶっちゃけ、廃人のストーリーなんか忘れてしまった作者です。こっちは半分以上書き込んで放置していたから更新できました。さて、ここからどうしよう。

 FGO、沖田さんも頼光ママも来ませんでした。新宿のアーチャーガチャ?もちろん爆死ですが何か?そんなことよりシャドバやろうぜシャドバ。イージスとヘクター糞過ぎるけど。作者のマイデッキ?もちろん旅ガエルアルベールロイヤルですが何か?←
イスラーフィール可愛い(あらゆるデッキにピン積みの模様)。

 リンクス?バブーン強化くればやるかもね。モモンガください。

 
 

 
 


 あの日から、5年が経った。俺は成長し、世間一般的に成人と見られる年齢になり、大学生という身分を獲得するまでに至った。

 それもペガサスさんのおかげだろう。あの人は、前科者となった俺を養子として受け入れ、大学までの学費まで出してくれている。まあ、学費に関してはI2社で働くことを条件に出されたが、それでも破格の条件。一年にかかる学費が140万近く。奨学金を含めたとして、アルバイトしながら稼げない金額、とまでは言わないが、生活費の事も考えれば、相当な無茶をしなければ稼ぐことは出来ない。

 だから、とは思うが、俺はそれなりに忙しい仕事を任される。忙しい、といっても、入ったばかりだからか失敗してもリカバリの効く範囲、ではあるのだが。それが、このカード開発部だった。

 カード開発部。その名の通りカードの効果やイラストを作って、それをディスクに読み取るようにプログラミングし、QRコードなどを用いることで、ソリッドヴィジョンの映像ををネットを経由して映し出すためのコードを作ったり、カードのイラストや効果を決めたり、と様々な仕事が、ここで扱われている。I2社の中でも一番大きい部署であり、一番仕事が多い部署。そこの、所謂世間で言うテスト・プレイヤーの一人として、俺はここに在籍していた。

 年若い、それも開発に関しては殆ど素人な俺がこんな仕事にかかわってもいいのだろうかとは思うが、I2社は現在、先日起こったフェニックス氏殺害事件が尾を引いて軽いパニック状態だ。責任者が不在となったうえに、引き継ぎ作業などは一切出来ていない(というより突発的に起こった事件にそれを要求するのも無理な話ではあるのだが)。その事件の余波として、彼の担っていた仕事を改めて再分配した時、少し問題が起こったのだ。

 ブラック社員の鏡であったフェニックスさんは多くの仕事を担っていたらしく、多くの仕事が機能不全になる。社畜の鏡だなぁと現実逃避する間もなく、I2社は未曽有の危機に晒された。流出してしまったかもしれない情報の調査と、彼の担った仕事。それをいくら大会社だからといって、I2社の、それもカード開発部の人間だけでは到底出来るものでは無かった。

 よって、I2社は人員を補充せざるを得なくなった。元々ブラックよりなのもあって、I2社の離職率は割と高い。だけど、急場とはいえすぐに辞めていくような人員を雇う訳にはいかない。I2社が最も恐れるのはカードの情報が外部に漏れだされること。つまり、それなりに信用がいる。・・・雇うのに一々ツイッターやフェイスブックを検索し、ほとんどネットストーカー一歩手前まで調べつくすような会社はここくらいだと思いたい。

 よって、すぐに雇えてそれなりに信頼のある俺やペガサス・チルドレンのメンバーが雇われるのはそう不思議なことではなかった。なかったのだが・・・。

 だからと言って、俺をわざわざ呼び出す必要があったんですか?ペガサス会長。

 

「オー、そんな堅苦しい敬称は必要アリマセーン。」

 

 要件は手短にお願いします。ペガサス会長。

 

「・・・怒ってます?」

 

 ははは、何をいまさら。

 いいえ、怒ってなんていませんよ?ただ、この糞忙しい中に呼び出したかと思えばまさか社長室の中で漫画を読んでいて、呼び出したことすら忘れているとは思っていなかっただけです。ええ、ちっとも怒ってはいません。

 ただ、仕事しろよとは思っていますが。

 

「べ、別に忘れていた訳デハ・・・。」

 

 さっき、この部屋に入った瞬間にぽかんとした顔をしていらっしゃいましたが。

 そりゃあ呼ばれた俺がびっくりするくらいに。

 

「・・・申し訳アリマセーン。デスガ、彼が亡くなってからは、私のところに来るはずのチェックの仕事すら回ってこなくなったのデース。仕事が滞っているのでしょうが、お陰で私は暇なのデス。」

 

 なら仕事を手伝ってくださいよ。フェニックスさんの前任がペガサスさんだったのは皆知っていますよ。

 

「それでは次の世代は育ちまセーン。次の責任者を可及的速やかに育成するためにも、この修羅場は必要なのデース。・・・つくづく惜しい人材を亡くしマシタ。」

 

 ああ、それはそう思う。

 殺されたアルフォンス・フェニックスさんは俺の恩師であり、そして優秀なスタッフだった。開発責任者としてだけでなく、会社員としてもデュエリストとしても優秀だった彼は、次期社長候補として名をあげられるほどに。何より、ペガサスさんが信頼していたスタッフの一人だった。

 それだけに、今回のことが残念でならない。

 

「何よりも、息子さんの事が気になりマース。アルフォンスさんは妻を亡くしていらっしゃいましたから、息子の彼は天涯孤独の身に・・・。」

 

 そんなに気になるならあなたが引き取った方がよかったのでは?

 

「そのエドボーイが後継人にあのDDを選んだんです。残念ではありますが、私は本人の意思を尊重したいのデース。」

 

 まあ、おせっかいとは思いマスが、いくつかおもちゃでも見繕おうかと。それで今、コミックを読んでいた訳デース。ペガサスさんはそう言って笑った。

 その餞別選びから本腰入れて読み始めて仕事を忘れたと。いい御身分ですね。

 

「・・・最近、アナタの毒が強くなりマシタ。あの頃は純粋だったのに・・・。」

 

 そう言ってペガサスさんは懐から俺の写真を取り出し泣き真似を始める。あなた、俺の小さい頃知らないだろ。5年前とかとっくに物心ついて働いてたわ、違法だけど。

 

「本当に可愛げがアリマセーン。夜行なら乗ってくれるというのに。」

 

 夜行の奴は純粋なんですからからかうのは止めてあげてください。 

 

「反抗期だからってからかわない理由はアリマセーン。」

 

 そんなんだから、兄へのコンプレックスと温厚な性格に押しつぶされて半グレみたいになった時に、まともなフォローが一つも出来ないんだよ。そう思ったが流石に言うのははばかられた。今は夜行も時期社長候補の一人として懸命に働いている。一時期は本当にヤバかったみたい(俺はその時をあまり知らない)だが、あいつ(・・・)が言うには問題ないとのことだった。最悪舞子先生が何とかしただろう。あの人、孫が沢山いるらしいからそのあたりの扱いに長けてそうだし。

 夜行のことを考えるついでに、他のメンバーがどうしているのかが気になった。リッチーやデプレの奴はどうしたのだろう。カードプロフェッサーの資格を取ってプロになったとは聞いていたが、今具体的に何をしているのかは知らない。

 

「リッチーは今、北欧のI2社支部で仕事をしながら、その地域のプロリーグで活躍していマース。デプレは日本の大会に出場中デース。可愛い息子たちが活躍しているようで私は嬉しいデース。」

 

 流石会長。『ミニオン』の事はしっかり把握していらっしゃる。

 『ミニオン』は、ペガサス会長が起こした慈善事業『ペガサス・チルドレン』の中から選ばれた、才能ある子ども達を『次代のペガサス』として育て上げられた子供たちの総称。天馬月光、夜行の兄弟、リッチー・マーセッド、デプレ・スコット。そして、少し過程が違うが俺とあいつ。他にも『ミニオン』に数えられた奴らはいるが、俺がかろうじて面識があるのはこのあたりだ。

 『ミニオン』達は『チルドレン』の中でも特に手塩にかけて育てられている。俺とあいつのような例外(・・)はともかく、彼らには特に何か愛情のようなものがあるのだろう。

 

「当然デース。彼らは、私の大事な子供たちなのデス。少々、年は近いデスガ。」

 

 そう言って笑う会長を見ると、微笑ましい反面、胸が少し締め付けられる。俺には、そんな親はいなかったから、羨ましいのだろう。

 今となっては、そんなことを望めたような身分じゃあないが。

 

「・・・本題に入りマース。」

 

 そう会長が言った瞬間、彼の雰囲気がガラリと変わった。切り替えだけは早い人だ。若くして大会社の会長となっただけのことはあるのだろう。

 

「カール・コクランについては知っていマスカ?」

 

 いや、世事に疎い俺でも、流石にI2社の副社長くらいは知っていなければおかしい。

 『カール・コクラン』。I2社副社長にして、事実上の社長とまで言われる、超のつくやり手(・・・)。I2社における他社との契約や取引に、必ずと言っていいほどにこの人が絡んでいる。やり方は多種多様。外堀から固めて、取り込む場合もあれば、産業スパイを送り込んで内部から切り崩す、なんて今時ヤクザでも使わないような手段を取ってくる、なんて噂まである。噂の中には、送り込まれた産業スパイをそのまま自社の優秀な社員として取り込んだ、なんてものまである始末だ。

 超のつく有能。一流大学の出身で、政財界のコネまである。そのかわり、超のつくワンマンぶりでも有名だ。

 

「そして、『反会長(ペガサス)派』の筆頭デース。」

 

 知っているんですね。そのこと。

 まあ、月光や夜行がそんな情報をペガサスさんに伝えないわけないか、と一人納得した。『反会長派』の筆頭をカールさんとするならば、『会長派』の筆頭は実質夜行のようなものだ。社長は事なかれ主義なので、実際に派閥を作ったり争う、なんてことはしない。強いて言うなら『穏健派』と呼ばれ、大多数の社員がその穏健派に位置する。

 ここだけの話、その『穏健派』に比べれば『反会長派』も『会長派』も等しく塵芥のようなものだ。それだけ人数に差があり、持ち前のカリスマ性から社長を支持するものが多い。ペガサス『名誉会長』がれっきとした『会長』に社長を一歩すっ飛ばしてなったのも、この人がいなくなればI2社そのものが成り立たなくなるから、仕方なしに社長をすっ飛ばしたのだ、なんて話まである。まあ、穏健派といっても社長は心情的にはペガサスさんよりではあるらしいのだが。

 

 それで、どうするおつもりで?まさか、派閥争いに興味でもあるんですか?

 冗談半分に聞いてみた。そんなつもりはないでしょう?と暗に言っているようなものではあるのだが。

 そして、帰ってきた答えは予想通り、「そんなつもりはない」ということだった。

 

「元々、そこまで会長の座に未練はアリマセーン。次の世代がデュエルモンスターズを進化させていくことだけが望みデース。」

 

 ああ、そうだろう。あなたはそういう人だ。I2社と、デュエルモンスターズ。それらの明るい未来が彼の望みで、そのためなら彼はなんだってする。そういう人間だということを、俺はこの数年でよく知っていた。

 だから、この人が派閥争いを気にする、ということは、それだけI2社全体の問題になる、ということなのだろう。

 

「今日呼び出したのは、カールについて少し調べてほしいからデース。」

 

 そういう事情でしたら、お断りさせていただきます。 

 この俺の返事に、ペガサスさんは驚くことはしなかった。要するに、彼は俺が断ることも織り込み済みだったのだろう。

 

「別に時間は取らないはずデスガ?」

 

 手段が問題なのだ。俺はそれだけはしたくない。確かに俺はそのことについて調べることは簡単だ。でも、それだけはやりたくない。してはいけない。そういうものなのだ。

 

「ジュリアに、聞くだけじゃないデスカ。」

 

 それが嫌だから言ってるんでしょうが。

 

 ジュリア。俺を警察署に連れて行ってくれたあの少女は、成長して立派な女性になっていた。

 ジュリア・K・コクラン。カール・コクランの実子。彼女なら、確かに反会長派の情報を持っているだろう。なにせ、彼女は今やカールの秘書だ。そして、同じ大学で学ぶ学友であり、俺にとっての恩人。

 恩人に、そんなスパイみたいなことをしたくない。そう俺が思うのは当然で、でも心を読めるこの人は、それを承知で俺に頼み込んだのだ。そのくらいは分かっている。でも、それでも。

 俺は、この人(ペガサスさん)を裏切れない。それだけの恩がある。

 でも、それはジュリアに対しても同じだ。申し訳ありませんが、この件はお断りさせていただきます。

 

「そんなことは百も承知です。デスガ、このままいけば駄目なんデス。ジュリアさんの為にも・・・。」

 

 ジュリアの為、と言えば俺がホイホイと乗るとでも?そういう訳じゃないのは分かっているのでしょう?

 

「・・・・。」

 

 黙りこくるペガサス会長に、俺は失礼します、と言って会長室から出ることしか出来なかった。ペガサスさんに何か考えがあるのは分かっている。でも、それ以上に俺はジュリアにそれをすることが出来ない。ペガサス会長以上に、俺はジュリアに、恩以上のものを感じているから。

 

「待ちなさい。」

 

 至極真面目な声で、会長は俺を引き留めた。そこには普段は片目を隠すように髪を下していたペガサスさんがいる。そこには、俺が知る通りなら千年アイテム、その中でも強力な部類に入る効果を持つ、『千年眼』が・・・。

 

 ない。

 

 千年アイテムがない。千年眼がない。

 

 どういうことだ。そしてどうして俺にそれを見せる。関係あるのか?その話と。

 

「千年アイテムは、とある少年に盗られてしまいました。いえ、そのことは問題ありません。これを抉り出されたことで、私は一時的に意識を失い、意識不明に陥りました。

 問題は、その後です。この怪我で私の仕事が滞りました。そのことを不審に思ったのでしょうね。副社長は独自に私に関する調査を行いました。」

 

 気が変わった。俺は会長の話をじっと聞いている。ペガサスさんはどこか遠くを見るように、私に話しかけた。

 

「彼は、私がもう『心を読む力』を失ったのを知ったのデース。この会社がここまで大きくなったのはこの力があっての事デシタ。彼にとっての目の上のたん瘤であったワタシに、利用価値がないのを悟ったのデース。心を読めないワタシは、ただのアーティスト風情でしかアリマセーン。カールが何をするのか、わかるでショウ?」

 

 『心を読む力』。これがI2社の切り札だった。その効力を知っていたからこそ、副社長は出世に邪魔だった会長の存在を受け止めていた。その力が社に有効だと知っていたから、それを渋々受け入れた。

 でも、その(利点)が無くなった。と、なればペガサスさんはもう社にとっては有益になりにくい(・・・・・)だろう。ならない、という訳ではない。そう言い切るにはなまじ、今まで会長があげた利益が大きすぎる。

 ならば、いっそ立場を小さくするか、ペガサスさんより自身の存在を大きくする方向に走る。だが、大半の人間は前者を選択するだろう。相手の立場を破壊する(・・・・)方向に走ったほうが、圧倒的に楽だからだ。

 それが、人間だということを、俺はよく知っている。裏で死ぬほどみたから、そのことは誰よりも知っている。生産的な方向に心の底から生きることが出来る人間は、実は少数だということを。

 でも、事実そうはなっていない。

 現状、内部から何か工作が行われた、なんてことはなく、ペガサス会長の評判は、現状は今まで通り。むしろ、王国(キングダム)による売り上げの貢献に関して評価されているくらいだ。

 

 だから、少なくとも副社長はそう言うことはしていないだろう。

 

「だといいのデスが・・・。」

 

 そう言っても、ペガサスさんは納得していないようだった。まあ、無理もない。俺もカールさんのことはよく知っている分、それを否定できない。

 

「・・・何か分かったら、報告をお願いしマース。私の予感は、よく当たるのデース。それも、悪い予感が。」

 

 ペガサスさんの特性、きけんよちなんですかね。冗談半分にそう言ってみた。

 

「ポケモンに例えるのは止めまセンか?」

 

 しかも、微妙に使えないヤツ。そう言って笑うペガサスさんを見て、調子が戻ったように感じる。

 話は終わった。会長室のドアノブを回す。部屋を出ようとして、一つ思い出した。これだけは言っておこう。

 

 エドはスーパーマンよりも、バットマンの方が好きだと思いますよ?

 

 最後に、ペガサスさんが読んでいた漫画についてコメントを残し、俺は部屋を出た。「参考にさせていただきマース。」という言葉を、背中で受ける。予定の時間に間に合えばいいんだが、それは無理そうだ。仕方がないので携帯を開く。俺のいたころにはガラパゴス、なんて言われた型の古い携帯だが、これがこの時代の最新機器なのだから仕方がない。早々にiPhoneが出ることを待ち望むほかないだろう。

 

『ペガサスさんに呼ばれてた。少し遅くなる。』

 

 そうメールを打つと、数十秒と経たないうちに返信が帰ってきた。怒っているのか、いつもに比べて随分と無機質なメールだと思う。

 

『いつものカフェ。』

 

 ・・・いや、無機質、というレベルではないか。怒ってるなぁ、こりゃあ。

 こういう日は遅くまで付き合わされることが多い。飲む約束があるから、出来れば早めに切り上げたかったのだが、それは無理になりそうだ。仕方がない、そちらにも最悪メールを出すとしよう。

 

 

 

 

 

「遅い。」

 

 誠に申し訳ありません、お嬢様。

 

「お嬢様って年齢じゃない。」

 

 冗談だよ。そう言って俺も席に着く。ウェイトレスさんがメニューを持ってきてくれるが、それをやんわりと断っていつものを頼む。俺のことを覚えていたのか、メニューを断った瞬間に、「いつものですね。」と言われたので、少々気恥ずかしい。顔を覚えられる程度にはいるんだなぁ、と改めて自覚する。

 

「・・・今日は、大事な話をしに来たのに。」

 

 そう言わないでくれ。ペガサスさんの呼び出しは流石に断れない。

 

「そりゃあそうだけど、女としては男に約束事で負けるってのはなんか癪。」

 

 よって、ここの支払いはあなた持ちぃ!朗らかに笑う彼女は、まるで気にしていないかのようだ。もう5年になるから、こういう時の彼女は、本当に機嫌がいいか、それとも気丈にふるまっているか。

 こいつが何かを溜めやすいのは、長い付き合いで分かっているが、また何かあったんだろうか。

 大事な話。そう呼び出されたんだが、まるで見当がつかない。長い付き合いではあるのだが、大事な話、とまで前置きをされたことは一度もない。

 

「・・・いや、少し遊びに行こ。話す気分じゃ無くなったし。少し気分変えたい。」

 

 ・・・覚悟してきたのだろう。それも、よっぽど嫌なことだったのだろうか。こいつがそこまでしてきたのに、俺が遅れてきたせいで気が抜けたのか。悪いことをした。

 俺も、実は覚悟を決めてはいたのだ。だけど、それらは出鼻をくじかれた形になる。つくづく自分が嫌になる。間が悪いというかなんというか。

 だけど、遊ぶのにそんな顔をするわけにはいかない。必死に笑顔を作り上げる。向こうは、そんな俺を笑ってくれるだろうか、少し不安になった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「珍しいな、お前が飲みに遅れないなんて。」

 

 俺、そんなに遅れた覚え無いぞ、紅葉。

 そういう俺に、「そんなことないさ」と言ってこいつはグラスに入った酒をあおった。お前は最近忙しいからな。そう言って笑うこいつに、多少むかつくところがある。

 俺たちがいるこの場所は、所謂バーだ。日本と違い居酒屋、なんて場所がないアメリカ。あるのは少々年季の入ったバーと、レストランのような場所くらいしか酒を飲めるところはない。日本酒を飲んでみたいとは思うのだが、この時代にそんなのを置いているのは上等なレストランだけで、そして野郎二人でそんなところに入るような気はさらさら無かった。

 つか、そういうお前はなんでそんなに時間に余裕があるんだよ。お前、最近引っ張りだこだろ?チャンピオン様?

 

「大学に行ってるわけじゃないし、メディア露出は殆どない。よって、試合のある日以外は暇なのさ、プロは。」

 

 そう言って笑う紅葉に、俺は殺意が沸き上がる。俺があれだけ働いて、学費云々を別にしても、どれだけ頑張っても給料は約30万が限度だろう。それに対し、多少暇にしているこいつの給料の方が上なのが解せない。働く時間で言ったら軽く倍になるのに。

 

「その辺もチャンピオンなのさ。」

 

 うっせぇ、みどりに未だに勝率0のくせに。

 

「姉貴は・・・もう、なんていうか別次元だから。」

 

 ・・・ああ、うん。まあ、相性悪いよなぁ。

 紅葉の使う『HERO』は融合を主軸に添えてる分、手札消費が多い。その分効果が強力なモンスターが大量にいる。コントロールを奪った後にそのまま融合素材にできる、非常に強いテーマだ。攻撃力半減効果を持ったガイアやGreat TORNADO。HEROの弱点である手札消費を抑える効果を持ったノヴァマスター。打点を上げるならエクスリダオ。そして何よりの切り札は、アブソルートZeroの全体除去効果や、強力な壁になるCoreもいる。

 だが、その何よりの弱点は、融合体を破壊された時のリカバリが効きにくいことや、特定のカードが手札にないと戦いにくいということだろう。

 それに対し、堕天使の効果はサポートカードの対応が広いうえに、墓地肥やしが容易。おまけに、特殊召喚も容易で、決まったカードが必要、という訳ではない。下手をすれば融合の天敵であるクリスティアや、遠回しではあるが、除去効果を持ったモンスターやコントロールを奪うカードもある。強いてあげるべき弱点は堕天使自体も特殊召喚に依存していることと、手札事故を起こしやすいこと、ライフコストが重たいこと・・・なのだが、天使の施しや強欲な壺が未だに制限カードであることを考えると、少し厳しいものがあるようにも思う。

 

「・・・どうやって勝ったのか聞いてもいいか?この前、お前が姉貴に勝ったのを聞いたんだ。」

 

 それを聞かれたところでお前には無理だ。そう言ったがしつこく食い下がるので、仕方がないから教えた。

 と言っても、本当にHEROで取れる手段じゃないのだ。俺がやったことは魔轟神 ディアネイラを出すことで、通常魔法の効果を一度封じたうえでシルバやゴルドの効果で手札やフィールドを破壊すること。堕天使はその構造上、通常魔法に大きく依存する。1ターンで展開することを考えるなら、必須と言えるのは堕天使の戒壇。そのカードにアクセスするカードである堕天使の追放。それをさらに引っ張っていくためのトレード・インの様な手札交換カード。そのどれもが通常魔法の為、魔轟神ディアネイラが真価を発揮したと言える。妨害カードが少ないHEROでは取れない手段だ。ダークロウ(害悪)が居れば話は別だろうが、残念ながら紅葉は持っていないので取れる手段ではない。

 似た手段をとりたいならいっそ、ハンデス三種の神器でも突っ込むか?

 

「それするともはやHEROの所業じゃない気がするからやめとく。」

 

 ははは、そりゃそうだ。

 それやったら、もうグッドスタッフとしてデッキ作ったほうが安定しそうだ。つか、そのカードこの前禁止制限リストのトップに書いてあったし、多分そろそろ獄中に放り込まれるだろうから、態々そのデッキ組んでも使える期間は短そうだ。I2社の禁足事項だから部外者には言わないが。

 

「・・・それで、どうなったんだ?」

 

 は?

 

「会ってたんだろ?ジュリアと。」

 

 ああ。

 そう言って俺は黙りこくってしまった。紅葉にジュリアの事を聞かれるのは予想出来てはいたが、それに対する答えを俺は持ち合わせていなかったからだ。

 紅葉は元々、ジュリアの友達(響みどり)の弟ということで紹介を受けて、友人になった。その肝心のみどりは、今は教師を目指して就活中らしい。と、言っても肝心のみどりは日本の大学に言っているため今はほとんど交流はないが。

 

 ・・・みどりは元気にしてるのか?

 

「あ、露骨に話そらした。」

 

 うっせぇ。そらしてくれてもいいじゃないか。

 

「ていうか、姉さんに関してはお前も知ってるだろう?連絡先持ってるんだし、仲いいし。」

 

 仲がいいのはあいつと俺のデュエルに対する発想が一緒だからだ。互いの近況報告をするような間柄じゃない。

 

「発想が一緒?」

 

 カードの悪用法だよ。悪夢の蜃気楼を墓地に送って4枚アドバンテージを取る、みたいなことを考えるのが、俺もあいつも好きなだけだ。

 実力伯仲やモンスター・スロット、ドロー・マッスルみたいなカードを、いかに上手く使えるか。苦渋の黙殺を使ってカテゴリを混ぜたりできないか。蠱惑魔デッキにアロマージを混ぜ込んだときの罠カードの比率と使いようとか。

 俺たちは、そういうことでよく盛り上がっていた。

 ジュリアもお前も、一つのカテゴリーしか使わないからそういうことはあまり考えないかもしれないが、俺もみどりも、どちらかと言えばいろんなカテゴリを片っ端から試していくタイプのデュエリストだ。

 まあ、最終的に俺は魔轟神や暗黒界といった悪魔族を好むようになり、みどりは堕天使を使うようになった。その自分に合うデッキを探すために、お互いが意見を交換していただけ。今じゃ多少話すことはあっても、そこまで頻繁に連絡は取ってない。

 

「・・・姉さんの堕天使に、どうしてモンスター・スロットが入っていたのか今分かったよ。」

 

 お、どうだった?あれは俺の案だ。

 

「スペルビアからイシュタムを出されて、エッジインプ・シザーのコストで戻したクリスティアをモンスター・スロットで特殊召喚された時はどうしようかと思った。

 ・・・サンダー・ブレイクでクリスティアを破壊しても、デッキトップに戻ったクリスティアを、もう一枚のモンスタースロットで出されるとか。」

 

 他にも、デッキから特殊召喚できないアスモディウスを手札から特殊召喚できるようになる。シザーで引きたくなかった『堕天使』カードを戻してユコバックで墓地に落っことすとか、面白い動き方ができるぞ。

 

「シザーを使わずに失敗しても、1枚ドロー出来るし、闇の誘惑も採用しているから、闇次元の解放での除外エリアからの特殊召喚を無理なく採用できるようになる、か。」

 

 俺はD・D・Rの方がいいとは思ったんだがな。手札を一枚捨てることが出来る(・・・・・・)。手札や場では使わない堕天使カードでも、墓地に落とせばやりようがある場面なんていくらでもある。

 まあ、みどりはライフアドバンテージやカードアドバンテージも気にして、少々遅いが解放の方を選んだみたいだが。

 

「姉さんの切り札はあくまでディザイアとルシフェルだから、出来る限り手札が欲しかったんじゃないか?生贄召喚するしゼラートもいるから、できるだけ手札は温存したいだろうし。

 それでもエッジインプ・シザーはないわ。シザー特殊からの列旋でルシフェル出てきて、デッキトップに戻したゼラートが出てきたときはもう無理だと思ったね。」

 

 その口ぶりだと勝ったのか?

 

「いんや。頑張ったほうだとは思うけど、最後の最後に戒壇からのモンスター・スロットのコンボで負けた。」

 

 ・・・鬼だな、それ。出てきたのはまたゼラートか?

 

「その通り。その様子じゃやられた?」

 

 やられたよ。まあ、温存しておいたデモンズ・チェーンで事なきを得たが。

 

「・・・妨害カード、もっと入れるべきかなぁ。」

 

 おまえはプロなんだし、客受けが悪いだろ?チャンピオン様。

 

「そうだけど、何かいいカードを探さないと。このままじゃどうあがいたって姉さんに勝てないし。」

 

 ・・・いいの考えておいてやるよ。HEROに似合うカード。

 

「お願いするよ。と、いうか姉さんや君たちとデュエルをすると、正直そこらのプロが緩く感じるんだよね。」

 

 まあ、期待はするな。というか、まともにやってあいつに勝てるような相手なんてそうそういないから。

 

「それ、暗に自分はそのレベルだって言ってない?」

 

 俺だって勝てないから、まともじゃない手(ハンデス)を使ったんだよ。勝ったってなんもうれしくない。ビートダウンで勝つのが一番楽しい。なにより、パーミッションは趣味じゃないんだ。

 

「趣味じゃないってだけで使わないとは言ってないんだね。」

 

 そりゃあ、そういう風にカードがデザインされているんだ。使わない手はないだろう?

 

「それ、矛盾してない?」

 

 してないんだなぁ、これが。

 

「お前のデュエルはビートダウンじゃなくてソリティアだと思うけど。」

 

 本当のソリティアは先行で終わるか蓋してるから温情温情。

 

「温情が温情になってない・・・。」

 

 それは言うな。お前のアブソルートも大概なんだから。まあ、潜海奇襲だけは教えてやろうとは思わないが。するならあれだけは自分で見つけろ。毎ターンサンダーボルトだけはごめん被る。

 そう言って俺たちは笑う。よかった、話の話題は変わったらしい。

 

「・・・まあ、いい。それよりも話を戻すよ。」

 

 変わった矢先にコレかよ、と思わず舌打ちをしそうになった。

 何かあったの?ジュリアと。そういう紅葉には、確信めいた何かがあったらしい。えらく核心をついてきている。

 こういう時の紅葉は、おそらく何を言っても話題を逸らしてはくれないだろう、そういうお節介(・・・)な奴なのだ。

 ・・・言いたくない。

 

「それ、通用すると思ってる?」

 

 紅葉は、俺の逃げは許してくれなかった。

 怒っている。紛れもなく怒っている。こいつ、ここまで察しがよかっただろうか。そう思うほどに、今の紅葉は普段とはかけ離れていた。

 普段のこいつは、そこまで察しはよくない。その反動と言っていいのか、察した瞬間や知った瞬間にお節介ともいえるほど過剰に世話を焼く癖がある。癖、と呼ぶには違うかもしれないが。そしてこれがこいつの魅力であったということを、俺は忘れていたようだ。

 カラン、とグラスの音がする。俺のグラスだ。どうやら、話し込んでいたせいで氷が大分溶け出していたらしい。グラスに口をつけ、一気に煽る。こうなりゃ自棄だ、酒の力でも借りて一気に言ってしまったほうがいいだろう。ついでにバーテンダーに、カシスオレンジを頼んでおく。女かよ、という目で紅葉に見られるが、どうにも酒は苦手なのだ、このくらいは大目に見てほしい。

 

 ・・・振られた。

 

 そう言った瞬間、ブフォオ、と噴出音が聞こえた。そういうこととは思っていなかったらしい。テーブルに水しぶきが散乱した。汚い。

 

「いや、汚い、じゃないよ!あ、ウェイターさんすいません、台布巾ありますか?」

 

 テーブルを掃除しながら、紅葉はどういうことなのかの説明を求めに来た。

 と、言われても説明には困る。実際問題、俺は告白する前に振られたようなものなのだ。

 元々、ジュリアには縁談話が舞い込んでいた。カールの実子というだけでなく、ペガサス・チルドレンでもある彼女には、そんな話は珍しくない。俺は例外として、それ以外の殆どがI2社に密接な関係であり、なによりそのほとんどが、戸籍上はペガサス・J・クロフォードの養子となる。コネクション、として非常に有用なのだ、要は。

 今回、それを受けることになった。あいつはそう言った。ようやく、俺も過去から吹っ切ろうとした矢先のこれだった。正直、予期してなかったわけじゃないが、それでも精神的に少しキている。

 今まであいつは、そういった類は断っていたのだが、何らかの心境の変化でもあったのだろう。いや、心境、というよりは状況、と言い換えるべきか。先日のペガサスさんの一件以来、ペガサス派の権力は狭まる一方、その分の勢力がカール派に移ったのも大きいだろう。ジュリアはペガサス派ではあったが、そのことを周囲に悟らせるようなことはしなかった。

 だが、それ自体は父親であるカールは気づいていたのだろう。カールはジュリアに嫌われていたが、それを見抜けないほど間抜けじゃない。大方、そのあたりが関係しているのだ、ということは俺にはわかっていた。

 分かっていた、はずだったのだが。

 

「未練満々、ってかんじだね。」

 

 そうそう諦めれねぇよ。5年越しの片思いだぞ。

 

「でも、仕方ないとも思っている。」

 

 そりゃそうだ。俺は一応『前科者』で『人殺し』でもある。でも、それを踏まえた上でもジュリアなら受け入れてくれるかも。一緒に背負ってくれるかも。心のどこかでそう思っていたのも事実だった。

 

「諦めるのか?」

 

 仕方がない。そもそも、カールさんは俺という存在を嫌っていた。今はうまくいっても、その後には続かなかっただろう。

 

「それでいいのか?」

 

 しょうがない。そもそも、ジュリアだって俺なんかじゃあ、告白したところで付き合うまで行く保障すらなかったさ。

 

「それ、本気で言ってる?」

 

 そんなわけないだろ。そうじゃなかったことだって、自惚れじゃなきゃ分かっていた。

 だけど、現実はそうじゃない。だから、そう思わないとやっていけそうにない。

 

「・・・そうか。」

 

 その落胆の声は、言外に意気地なし、と言われた気がした。でも、それを俺は否定することが出来ない。いや、きっとする気力もないのだろう。

 喪失感。俺の中はその感情で埋め尽くされている。どうしようのない虚無感が、俺を襲っている。あいつがどこか遠くに行って、俺は一人になるのだろう。そして、一人になった俺がどれだけ空しい人間であったのかを、それは思い出させた。

 

「・・・帰る。」

 

 紅葉を、俺は引き留めることはしなかった。あいつも、今の俺と飲んでも楽しくないだろう。どうせ飲むなら楽しく飲む。それが出来ない日なら早々に切り上げる。

 友達ではあるけど、傷を慰め合う親友じゃない。それが俺たちの今の関係。それに明日、リーグを終えた紅葉は日本の大会に挑むために帰国する。

 

「・・・また、一緒に飲みに来てくれないか。」

 

 でも、不思議とその言葉が口から出てきた。慰めてほしかったのか、それとも誰か人と関わりたかったのか、この時の俺にはわからなかった。

 でも、どこか紅葉は嬉しそうに笑ってて。

 

「その時は、その酷い顔を直しておけよ。」

 

 次はジュリアと姉さんを連れてこよう。そう言い残して、バーを後にした。会計をテーブルに残していく。

 でも、そうだ。せめてあいつの声を最後に聞いておきたい。諦めるのか、もがくのか、今の俺にはそれすら決意すらできないけれど、それでも一言声だけ。

 そう思って電話を掛けたが、あいつは電話に出ることはなかった。・・・手遅れだったのだろうか。

 悲しくなる胸を紛らわすように、俺は煙草に火をつけた。

 ・・・紅葉(友達)が倒れた、という知らせをみどりから受けたのは、それから一週間もたたない、昼下がりだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ・・・何があった、紅葉。

 ベッドの上の紅葉はボロボロだった。と、言っても体が、という訳ではない。倒れた、と言っても貧血のようなもので、疲れがたまったのだろう、と医者は言っていたらしい。そりゃあそうだろう。これは疲労のようなものだ。だが、その疲労の原因が違う。

 

「・・・わざわざアメリカから来てくれたんだ。そこまで大したことじゃないのに。」

 

 そう言って笑うあいつに殴り掛からないことで精いっぱいだった。それがまともに見えるか。

 いや、大半の人間にはそう見えるのだろう。事実、彼の体はどこも異常はない。衰弱してる以外には。だけど、その心臓だけは違う。そして、そのことは紅葉も気付いているのだろう。

 気付いてなければおかしい。こいつも、精霊は見える人間だ。あいつの精霊であるアブソルートも、こいつの現状を横で歯噛みしながら見守っている。

 その『呪い』、どこで受けたか心当たりくらいはあるんだろうな。そう言うと、紅葉は笑って流そうとした。

 まるで、俺には絶対に教えるつもりがないかのようだった。

 ふざけるな、と言いたかった。だけど、言えない。俺とこいつは傷をなめ合うような仲じゃない。そう思った。

 でも、これはないだろう。このままいけば、こいつは死ぬ。それが、俺には理解できてしまう。そして、それを分かったうえでこいつは俺に何もするなと言うのだ。

 

「・・・そういう訳じゃないさ。」

 

 じゃあどういうことなんだよ。

 

「お前も、こうなるかもしれない。」

 

 それがなんだ。そうならないかもしれないだろ。

 

「そうなったとき、誰かが死ぬ。あれは、そういうゲームなんだろ?」

 

 それがどうした。お前も死ぬかもしれないじゃないか。

 

「俺はいい。でも。」

 

 そんなわけあるか!そう叫んで、俺ははっとした。いくらなんでも、こいつがそこまでするのは不自然だ。つまり、何か目的がある。これだけ何も言わない、ということはつまり。

 

 お前、だれかをかばってるのか。

 

 ビンゴだった。明らかな反応がある。だけど、それだけじゃないような気もした。

 こいつの言い方は、まるで何かを隠しているかのようだった。そして、この俺に対する心配様。

 俺には関係ない、と言ったあの言い方。

 そして、俺が負ける、と確信したあの物言い。

 最後に、振られたと言った時の紅葉と、何故か電話に出なかったジュリアの姿が脳裏に過った。

 俺が、何かに気が付いたことに、紅葉も気が付いたのだろう。苦々しい顔で俺を見る。

 

 ・・・その呪い、ジュリアも気付いていたんだな。

 

 そう言うと、観念したように紅葉は手をあげる。ホールドアップ。降参の意。

 

「・・・お前と飲みに行った日の3日前だったかな?リーグ戦が終わった後にジュリアと会ったんだ。」

 

 その時に気付かれた。紅葉はそう言った。

 

 事の次第はこうだ。

 リーグ開始前日の開会式の夜、紅葉は一人のファンにねだられて、デュエルをした。ファンの頼みを断るには少々気が悪いので、受けることにしたらしい。少々様子がおかしかったらしいが、緊張しているのかと、その時は気にも留めなかった。

 だけど、それがいけなかった。

 紅葉は、途中で異変に気が付いた。妙に周りが静かだったのもあったが、それ以上にダメージが実体化していたことに気が付いた。

 闇のゲーム。気が付いた時には負けていた。でも、相手は命を取らず、そのまま闇に消えていった。

 そこまではよかったかもしれない。少々自信を失っただけだ。その程度なら問題はない。だけど、日に日に、それもデュエルをするたびに体調が変化する。一時は本当に顔色が土色になっていたらしい。

 そのことに違和感を覚えたみどりが、ジュリアに相談し、試合の後に会ったのが、俺と飲みに行った日の3日前。ジュリアは、一目見て呪いに気が付いたらしい。

 ジュリアは俺よりも呪いや精霊の力に長けている。それ故に、俺が気付かなかった呪いに先に気が付いたのだろう。ジュリアは衰弱の原因を探るために調査を行っていた。

 

 そして、こいつの口ぶりからして、おそらくジュリアは・・・。

 どうして、俺に伝えなかった。伝えていれば、協力して犯人を追うことだって出来た。

 

「ジュリアがお前を頭数に入れてないんだ。何か理由があったんだろうと思った。それに、振られたって聞いて、言うのも憚られた。」

 

 そんなこと言ってる場合じゃなかっただろ。

 

「その通りだ、ごめん。」

 

 いや、そうじゃない。紅葉を責めてもどうしようもない。紅葉だって被害者だ。

 それに、ジュリアが負けた(・・・・・・・)ところを想像できないのも事実だった。少なくとも、俺にはできない。俺たち4人の中で一番強いのがジュリアで、その次に俺か、それともみどりだろう。いや、勝率で言うならもしかしたら俺よりもみどりの方がジュリアに勝っているから、もしかしたらみどりの方が強いのだろうか。

 そんな彼女が負けた、というのは確かにジョークかと思ってもおかしくはない。なにより、ジュリアが負けた時には紅葉は俺と一緒にいたのだ。言っていたところで手遅れだっただろう。

 だけど、何で秘密にしようとしたんだ。

 

「・・・姉さんに口止めされてた。」

 

 お前が気にすることを分かってたんだよ。そう言ったが、つまり俺の周りの人間は全員知っていて、俺だけが蚊帳の外だったことには変わりはない。ペガサスさんも、多分知っていたはずだ。そうじゃなきゃ説明がつかないことが多すぎる。

 

「・・・ごめん。」

 

 そうじゃねぇだろ。

 そうじゃない。お前が今からしなければいけないことは、この呪いを解いて、生きることだ。そのために使えるものはすべて使う。それがお前のしなければいけないことだ。俺に謝ることじゃない。

 それとも、もうデュエルなんてしなくてもいいとか思ってんのか?まさか、死んでもいいとか思っているわけじゃないよな?

 

「・・・。」

 

 おい、なんとか言えよ。

 

「いや、引退しなきゃなってさ。そうしないと死ぬかもしれないとはいえ、さ。やっぱりやめたくないなぁって未練満々なんだ。」

 

 その言葉に、正直驚いた。こいつは、意地でもデュエルをやめないやつだと思っていたから。それくらいにデュエルに情熱を注いでいたし、こいつ以上に楽しくデュエルするやつを俺は知らない。4人の中で一番弱いのが紅葉だが、一番楽しそうに戦うのも紅葉だった。

 だからこそ、この状況が口惜しくてたまらない。デュエルは好きでも、比較的どうでもいいと考える俺だけが無事で、俺よりもデュエルが好きで、命すらかける勢いだった紅葉が、こうしてデュエルをあきらめなければいけない。皮肉にしてもほどがあるし、笑えない。そして、それはジュリアにも言えたのだ。

 

「それにさ、嫌なことだけじゃないんだ。最近、この病院で知り合った子供がいて、その子もデュエルが好きなんだそうだ。この子がまた楽しそうにデュエルする子でさぁ、その子に俺のデッキを託すのもありかもしれないな!」

 

 それでいいのか。本当にそれでいいのだろうか。本当に、こんな結末でいいのかよ紅葉。

 

「いいんだよ。これ以上俺のせいで犠牲になることはない。お前までジュリアのようになるほうが、俺にとってはつらいんだ。」

 

 それでいいのか、紅葉。

 

「だからさ、お前は俺の事なんか気にしなくていいんだ。」

 

 そういう紅葉に、俺はもう意識を向けてはいなかった。帰国の便を早めて、ペガサスさんのところに向かう。向こうについたころにはもう真夜中だったが、そんなのはお構いなしに、俺はペガサスさんに突っかかった。そして、そのことはペガサスさんも予期していたようだった。

 

「全て、知ったのデスネ。紅葉ボーイから連絡が来ていマス。」

 

 乗ってください。リムジンに乗せられ、連れ出された先は病院だった。嫌な予感は的中していたことを悟った。いや、本当は分かっていた。紅葉のあの口ぶりから、ジュリアがどれだけひどい状況なのかは察することは出来ていた。

 

「この部屋です。」

 

 そう連れてこられた個室には、いつもと変わらないジュリアの姿だった。よかった、安心した。まだ彼女は無事だったのだ。正直、このまま霊安室に連れていかれたらどうしようかと考えていた。

 ジュリアは眠っていた、ベッドの上で。外傷もなく、いつも通りの姿だった。病衣に身を包んでいるものの、それ以外に問題はない。

 起きろ、ジュリア。もう昼だぞ。そう言って、俺はジュリアを起こそうとする。寝ているところを起こすのは申し訳ないが、心配させた罰だと思え。

 

「ジュリアは、起きまセン。」

 

 そんな筈はない。だって、寝てるだけじゃないか。

 

「・・・ジュリアは、もう一週間もそこにいマス。」

 

 その言葉に、俺は固まった。

 

「倒れた場所はアリーナの近く。ジョギング中の家族が見つけました。医者の話だと、倒れた原因は不明。どこからか生気でも吸い取られているみたいだ、と言っていたそうデス。」

 

 そんな筈はない。だって、こんなに綺麗に寝ているじゃないか。こんなに安らかに寝ているじゃないか。

 

「ジュリアは、もう・・・。」

 

 そんな筈はない!だって、ジュリアは、この間会った筈だ。それなのに、それなのに!

 

・・・いや、本当は分かっている。

 

「ジュリアは、精霊の呪いに敗れたのデス。」

 

 分かっている。

 

「受け入れなさい、これが現実です。」

 

 分かっている!

 

「・・・事件の詳細です。ここに、置いておきマス。」

 

 ペガサスさんの言葉をただただ拒絶するだけの俺に、心の整理に時間が必要だ、と判断したのか。ペガサスさんは資料だけを置いて、俺をジュリアの病室に置いていった。

 遠くからエンジン音が聞こえる。恐らく、ペガサスさんの車の音だろう。自然と遠くなっていく音を聞きながら、俺は茫然としていた。

 どれくらい時間がたったのかは分からない。彼女の様子をただただじっと見つめながら、俺は実は起きてくるんじゃないか、なんて甘い考えを抱いていた。でも、そんな願いは空しく、物音ひとつさせない彼女の様子に、現実に打ちのめされる。

 

 ・・・ジュリア。

 

 どうして、教えてくれなかったんだ。呪いのことだって、お前ほどじゃないが役に立てた。そうなる前に、対策だって立てれたかもしれない。お前じゃなくて、その呪いを代わりに受けることだって出来たはずだ。

 あの話をする前から分かっていたことだったんだから、その時に教えてくれたってよかったじゃないか。

 

『今度、見合いをすることになったの。受ければ、多分婚約まで行くと思う。』

 

 そう聞いた瞬間に、頭が真っ白になった。

 

『あなたはどう思う?』

 

 そう言った彼女に、俺はお前が幸せなら祝福するよ、としか言えなかった。だって、それ以外に何が言えるのか。何が言えたのか。

 あいつは、ただ一発俺を殴っただけでどこかに行ってしまった。信じられるか?グーで殴ったんだぞ?せめてビンタだろ?という疑問はそのまま彼女の表情で消え去った。

 でも、それ以上は俺には言えない。今まで俺はあそこで暮らしたのだ。スラムで過ごし、カジノで過ごし、裏社会で生きた。そんな俺を救ってくれたのは他でもないお前とペガサスさんで、そんな人たちに、俺のわがままでこれからの人生を変えてほしくなんかなかった。

 でも、こんなことになるなら、いっそ伝えればよかった。そうしたら、この結果は変わったのだろうか。

 

「好きだ。」

 

 思わず口からこぼれた。

 

「お前が好きだった。」

 

 覆水盆に返らず。ぶちまけられた(言葉)はもう戻らない。気付けば、起きない彼女に思いの丈をぶつけていた。

 全てを言い終わったとき、言いようのない虚無感に襲われた。もう、俺の好きな彼女はいない。半植物状態となった彼女には、もう何も届かないだろう。紅葉よりもはるかに呪いに満たされた彼女は、その元凶を取り除いたとしても、その呪いをかけた相手を倒しても、もとには戻らないかもしれない。

 

 でも、それでもいい。

 

 それでもいい。この言いようのない虚無感を晴らすことが出来るのなら、それでもいい。それに、もしかしたら、万が一にも呪いが晴れてくれるかもしれないじゃないか。

 そう決めた後、最後に彼女の顔を見た。病衣に身を包む彼女を見た。

 色んな彼女の姿が脳裏を駆け巡る。上物の服を着ながら、実はパンクファッションが好きだ、と笑っていた彼女。大学の式に着物を着たかったと言っていた彼女。泣いている姿、笑った姿、怒った姿、悲しそうにしている姿。最後に、あの時俺を警察署に連れて行った彼女の姿と、ついこの間の殴られた時の顔を思い出した。

 

 ・・・そう言えば、彼女の婚約話はどうなったのだろう。十中八九おじゃんになっているだろうが、それでも気になった。

 もし、彼女の婚約話が流れたのなら。このまま彼女が誰の物にもならないのなら。

 

 叶うなら、彼女の呪いが晴れませんようにと、卑怯な俺はそう願ってしまった。

 

 

 

    ◇

 

 部屋を出た後、ペガサスさんに渡された資料を見る。被害はジュリアが調べた数日で判明しただけで二十件。ジュリアを含めて二十一件。始まったケースは、紅葉が最初で、共通することはアリーナ、もしくは大会会場の近くの午後6時あたりから行われていること、か。つまり、ここ三週間の間に何かが起こったことになる。

 ジュリアが調べただけで、二十件以上も判明した。今はもう、被害者の数はとんでもないことになるだろう。それだけの力、今までなぜ出てこなかったのか。なぜ、今になってそれが活動した?

 三週間以内で起きた大きな出来事。グールズでも動いたか?いや、あの組織はコピーカードで大規模に活動こそしているが、流石に精霊のカードを作り出した、なんてことは聞いていない。なにより、もう解散していたはずだ。これも違う。

 なら、ここ三週間以内に新たに精霊のカードが生まれた、もしくは復活した?考えにくい。ここ一ヶ月フェニックスさんの件で既存のパック収録以外のカードの製造業務は滞っている。これも違う。

 なら、何が原因だというのか。他にここ三週間以前で起きた、大きな出来事。ワルキューレ事件、違う。オレイカルコス、違う。海馬コーポレーションの『ユベル』の入ったタイムカプセルの打ち上げ、違う。何か、他に事件があったはずだ。

 

 考えろ、考えろ、考えろ。少なくともここ一ヶ月に、何かが起こった。時期は多く見積もっても二ヶ月以内。その合間に起こった事件。

 カード関連じゃなくていい。強盗、傷害、殺人、未遂・・・、殺人?

 そこまで考えて、一つの事件を思い出した。フェニックス氏殺害事件。彼が死んだことで、何が起こった?

 新カード含む資料の紛失、および流出。彼が受け持った仕事の滞り。そして、『D』のカードを含む、完成版のカードとプロトタイプのカード数十枚(・・・)の紛失及び盗難。

 紛失されたカードのうち、そのほとんどが彼の息子であるエド・フェニックスが所持していたことが分かった。それもそのはず、そのプロトタイプ含め、完成品のカードは、その息子のために作られていたのだから。

 でも、もし、そのカードの中に、精霊のカードがあったなら。呪われたカードがあったのなら。

 

 大急ぎで、I2社に戻り、リストを確認する。紛失が確認されたカードのうち、『D・HERO』を始めとしたカード、その殆どが棒線で消されている。これらはエドが持っていたカードだろう。これらは除外しても構わない。あのカードに、そこまで強力な精霊は憑いていなかった。

 問題は、無くなったほう、消されてないリストの方だ。『D-HERO ディアボリックガイ』のプロトタイプデザイン、『D-HERO Bloo‐D』、『D‐フォース』、『D‐HERO ダークエンジェル』、これらは、『D』の中でも強力なカードたちだった。可能性あり。

 他は・・・未開発のカード関連には手を付けられた形跡なし。なら、あの精霊世界(DT)は関係ないのかもしれない。自分の精霊に聞くことは出来なさそうだ。

 後は、『ディアバウンド・カーネル』か。可能性はある。これは、確かペガサスさん直々にデザインしたカードのはずだ。強力な精霊の力を宿していたから流出しないようにフェニックスさんの家で厳重に保管していたはず。これが無くなったのか、と思ったが、これは幸いにも一時的にI2社の方で保管していたため問題なし、か。

 まて、よく見ればこのリストは旧型のリストだ。最新版はどこに・・・あった。このファイルか。しかもアクセス履歴が一週間ほど前になっている。ジュリアの倒れた日と同じだ。

 おそらく、このファイルをジュリアも見たはずだ。俺と同じ考えをしているなら、これでジュリアも答えを得た。だからこそ、あの日、俺と別れた後に倒れた。

 紛失した、『D』関連以外のカードはそのほとんどが見つかっている。フェニックスさんの残した資料を整理するうちに、ある程度は見つかり、ある程度は地元のカードやで売られていた。それらは全て回収済みであることも分かっている。それ以外に紛失したカードは二枚。

 一つは研究用に残された『神』のコピーカード。これに関しては重要性は高いと判断され、今なお捜索が行われている。しかし、神のカードは使ったものに害を及ぼすのであって、闇のゲームを強制的に行えるわけじゃない。マリク・イシュタールが使った時は、あくまで闇の力は『千年アイテム』によって生み出された。これは違う。

 なら、これだ。『トラゴエディア』。ペガサスさんが見つけた、古代エジプトの割れた石板から着想したカード。その割れた合間にも石板が嵌め込まれており、それらが封印を表していた。それらのカードごと、ペガサスさんは『プラネット・シリーズ』として蘇らせ、それらを大会の景品にした。だが、トラゴエディアは余りに強力な精霊になってしまったため、しばらくの間はフェニックスさんの預かりになっていたらしい。

 プラネット・シリーズに関しても、資料が残っている。誰がそのカードを手にしたのか、その中には、紅葉の名前も記されていた。

 もしかして、と連鎖的に疑問がわいてくる。そしてその予感は的中した。襲われたうち、その半分以上が大会の有力者であり、そのうちの紅葉を含む2人が、プラネット・シリーズの所有者だった。

 プラネット・シリーズ狩り。これが『トラゴエディア』の狙いなのか?いや、そうとは思えない。それなら、このリストに記されている人を片端から狙えばいいだけだ。これの情報自体は、ネットを使えば時間はかかるかもしれないが、十分入手できる範囲と見ていいだろう。

 ・・・もしくは、犯人はネットの情報が手に入りにくい、とも考えられるが、流石にそれはないだろう。そうであるなら犯人は浮浪者になってしまう。

 なら、他に狙いがある。紅葉の呪いをかけたやり方から見て、相手は生気を吸い取ることを念頭に置いているようにも感じた。つまり、相手の狙いは、プラネット・シリーズではなく、強力なデュエリストのエネルギーを吸い取ることと考えられる。封印を解くのは二の次にしてはいるが、あわよくば、と言ったところか。

 

 精霊、トラゴエディア。クル・エルナ村の精霊。世界を滅ぼす、神程の強力な精霊ではないため、こうして重要度が下がってしまったのだろう。だからこそ、急いで回収しろ、とはならず、こうして今まで放置されていた。

 

 そして、紆余左折を経て、今誰かが精霊を操ってこの事件を起こしている。もしくは、この精霊そのものが人を操ってこの事件を起こしたのだろう。

 だが、それだけだ。手がかりが少なすぎる。事件の起こった場所はまちまちで、そのほとんどがアリーナの近くで行われてはいるものの、それ以外にめぼしい共通点がない以上、これ以上は調べようがない。

 

 仕方ない。今日はとりあえず近場のアリーナに行ってみようか。そう考え、I2社を出た時、『それ』に出会った。

 

 そして理解する。どうして紅葉が頑なに犯人の特徴を告げなかったのか。どうして紅葉とジュリアが負けたのか。どうして、『プラネット狩り』を効率よく進めようとは思わなかったのか。どうして、犯人の行動した時間帯が夕方以降に限定されていたのか。

 

 そりゃあそうだ。

 

 相手が子供(・・)なら、誰だって手加減する。闇のゲームだというのなら、優しい人間ならわざと負けに向かってもおかしくはない。その存在を知っている良心ある人間なら、子供に危害が及ばないように敗北してもおかしくはないだろう。ジュリアも紅葉も、そういう人間だ。

 時間帯も、周囲に怪しまれないように行動するために、子供が出ていてもおかしくない範囲で行われていたから。ネットは、扱い方がまだわからない子供だったから。親のいないところでネットを扱うには、9歳くらいの女の子では厳しいものがあるだろう。そこまでコンピューターが世間に浸透していないこの時代ではなおさら。

 

 そして、紅葉が俺にこのことを教えなかったのは、あいつが俺のことをよく知っていた(・・・・・・・)から。

 

 デュエルだ、トラゴエディア。

 

 そう言った瞬間、女の子の口元が、三日月のように吊り上がった。

 

 

 

 その後の顛末は、あまり語ることはない。容赦のある紅葉やジュリアとは違い、俺はこういうデュエル(命のやり取り)に慣れている。結果として、ドラゴエディアの封印には成功した。

 

 でも、俺の願いは空しく(叶えられ)、ジュリアが目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 

 




魔轟神新規ください。それから、何かおかしな点等ありましたらご指摘お願いします。

時系列は、大体初代が終わったあたりだと思っておいてください。アテムは冥界に帰りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話

お久しぶりです、紫苑菊です。まだこの小説を覚えている方がいらっしゃるでしょうか?ここ数ヶ月忙しく、全く更新が出来ず申し訳ありません。ちょっと携帯やロードバイクを買うためにバイトの量を増やしていたもので。それから、しばらく遊戯王自体から離れていたのもあります。サブテラー来日とヴレインズパック発売するということで復帰した感じが強いです。サブテラーは来日前から英語版で集めるくらいには好きです。なちゅび強い。


 先生が目を覚ましたのは、すべてが解決した後だった。黒幕、影丸理事長による三幻魔の復活計画。その一翼を担っていたとされた沖田先生は、厳しく先生たちに問い詰められ、保健室、その更に奥にある薬品管理室で身柄を拘束されていた。

 と、言っても、先生は数日寝たきりで、拘束はあってないようなものだ。容体が変化した時のために、保健室に一番近い鍵のかかる部屋で隔離されている以外に、先生が不自由になるようなものはなく、面会も自由に行われていた。その面会も、先生が目を覚まさないために、生徒が自己満足で行う程度の物だったが。

 最終的に、事件自体は解決した。あの後現れた影丸会長は十代が危なげなく倒した。三幻魔も、なぜか異様に弱体化していた(・・・・・・・・・・)らしく、懸念されていた世界への悲劇も、周辺地域のカードへの異変だけで済んだらしい。影丸理事長や鮫島校長、そして事後処理に来ていたペガサス会長曰く、完全に復活していてもおかしくはなかったらしいのだが、結局その真相は分からないままだった。

 精霊の力。私にはわからないし、そんなものが本当にあるとなんて思ってはいない。でも、兄さんや十代、そして影丸理事長の計画が、その存在を物語っていた。それなら、いつか自分の精霊たちも見てみたいと、子供の様に願ってしまう自分がいる。

 話がずれた。ともかく私、天上院明日香は、今、その保健室の前に来ていた。目を覚ました後の先生は、他の先生たちによる尋問や、ペガサスさんによる報告、という名の説教、そして今回の件による自分の行いについて激しく詰問されていた。それが全て落ち着いたのが今日で、そして私は十代とお見舞いに来ていた。

 

「なあ、明日香。入らないのか?」

 

 部屋の前で立ち尽くす私に、十代が話しかける。そんなわけないじゃない、と言おうとして、私は改めて体が動かないことに気が付いた。

 

「いやなら、帰ってもいいんだぜ?」

 

 そう言ったのは、十代だった。

 

「怖いんだろ?手が震えてる。」

 

 無理もないぜ。そう言って彼はまた前を向いた。本当に、こいつは意外なところで人を見ている。

 いや、違うか。きっと、こいつは周りが思っているよりも頭がいいんだ。オシリスレッドにこそ甘んじて、成績も悪い。でも、きっと心根は私たちが思っているよりも子供で、そして大人なんだ。

 

「舐めないでくれる?十代。先生が怖いわけないでしょう?」

 

 嘘だ。本当は怖い。あの日、あの時の先生の姿が忘れられない。

 セブンスターズとして名乗った先生の目は、どこか虚空を見つめているようだった。デュエルは、私が知るよりもはるかに早く、遥かに暴力的だった。淡々と進んでいく先生が怖かった。何の抵抗も出来ず負けた時の、あのモンスター達が忘れられない。力が抜けていく瞬間、モンスターに止めを刺された瞬間が、未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 あの時の先生は、私たちの知る先生ではなかった。それだけは断言出来た。それほどまでに、普段のデュエルとはかけ離れていた。

 

「そんなところで話していないで、中に入ったらどうですか。」

 

 考え事をしていた私に、扉越しから声がかかった。先生の声だ。

 促されるままに、私は扉を開けた。恐らく、先生用に設置されたのであろう孤立したベッドが、薬品棚の前に置かれている。窓が開いているからだろうか、シーツが風に吹かれて、たなびいていた。

 

「いろいろ、聞きたいことがあるんでしょう?」

 

 そう言って、あの人は笑って私たちを招き入れた。

 

 

 

 

「さて、何から話しましょうか。」

 

 そう言って、先生は横に置いてあるポッドにお湯を注ぐ。落ち着いたいい匂いがした。紅茶、だろうか。ポッドからして、先生の趣味とは思えないから、響先生や鮎川先生のものかもしれない。

 

「・・・まず、一つ確認させてください。」

「いいですよ。」

「・・・先生は、本当に裏切っていたんですか?」

 

 それが、まず一つ目の疑問だった。そして、それによって、私がこの後質問したいことも変わる。どちらにしても、ここが分岐点だった。

 

「その答えは、君が一番よく知っているんじゃないですか?」

 

 だからこそ。

 

 だからこそ、私はこの言葉の前に立ち止まるしかなかった。そう言われたら、どう答えればいいのか。どう答えればよかったのか。頭の中が真っ白になる。

 今なお、私は先生への疑いを晴らしていない。未だに、脳裏に張り付いたあの光景が過る。なぜなら、私のそれは確信を持った質問などではなく、懇願だったからだ。

 

「・・・意地悪な質問をしました。すいません、天上院さん。でも、君は違うみたいですね、十代君?」

 

 え?と、十代の方を見る。十代は、真剣な面をして、それでいて笑っていた。いや、目は笑ってないんだけれど。怖いんだけど。十代、あなたそんな顔できたのね。

 

「随分な言い草だな、先生。じゃ、俺が怒ってる理由も想像つくんだろ?」

「残念だけど、俺はエスパーでも何でもないんでね。理由を教えてくれなきゃ何とも言えないかなぁ?」

「言っとくけど、怒ってるのは俺だけじゃなくて紅葉さんも、みどりさんもだからな?」

「そりゃあ怖い。みどりは一階怒られたらそれで満足してくれるけど、紅葉は後からねちねち攻めてくるからなぁ、女かあいつは。」

「そういう性格を見破ってるから一回で済まさないんじゃないの?紅葉さん。」

「・・・君も随分言うようになりましたね。」

 

 随分と朗らかな会話。でも、私だけがそれについていけていない。十代は、どうやら確たるものをもっていたらしい。

 

「・・・どこで気付いた?」

「その前に、先生に渡さなきゃいけないものがあるんだ。」

 

 そう言って、十代はデッキを先生に手渡した。先生が倒れた後、辺りに散らばった、『魔轟神』のデッキ。

 事件に決着がついた後、意識のなかった先生の代わりに、みどりさんが回収していたものだ。十代が持っていたのか。

 

「・・・成程。君が持っていたのか。手元に『シャドール』と『サブテラー召喚獣』しかないから、誰かが持っているとは思っていたが。ありがとう。」

「・・・悪いとは思ったけど、デッキ、見させてもらった。融合デッキの方も。」

「構わない。一時とはいえ手放した自分が悪い・・・グリムロ、悪かった。悪かったから執拗に脛を蹴るのは止めてくれ。レイヴン、笑ってないでこいつを止めろ。「・・・そいつ、ずっと心配してたんだからな。」

「分かってる、十代。OKわかった、グリムロ、テンプシーロールだけは止めてくれ。」

 

 どうやら、彼らには精霊が見えているらしい。私には見えないが、実はここには精霊で埋め尽くされているのかもと思うと、自分だけが損をしているような気持になる。

 

「さて、十代。どうして気が付いた?自慢じゃないが、それなりにいい演技だと思ったんだけどなぁ。」

 

 十代が押し黙る。そして、一呼吸おいてから話し始めた。

 

「最初に疑問に思ったのは、先生がエアーマンをグラファで破壊したことだった。あの時に伏せカードを狙わないなんて、先生らしくない。」

「そうか?あの時ダイレクトアタックが決まればそれだけで俺の勝ちだ。たった一枚を警戒する必要はあるのか?」

「でも、実際はあれを狙っていれば俺をもっと追い詰めていた。」

 

 結果論だ。と先生は言う。私もそう思う。事実、伏せカードなんて伏せた本人以外にはわかりようのない事実だ。

 

「それはそうかもしれない。でも、先生はセオリーを意味なく無視する人じゃない。あの場面なら、バックを破壊するのがセオリーなんだ。何度考えてもそうなってしまう。」

 

 先生の手札にはデモンズ・チェーンがあった。次のターンだけで十代に攻め込まれるようなことにはそうそうならないだろう。万が一の保険もあることを考えるなら、確かにセオリーはモンスターじゃなくバックの方だ。でも、それは十代のモンスターの効果にもよる。エアーマンにはほかに効果があったかもしれないじゃないか。

 

「成程。では、俺がHEROの専用サポートを警戒した線は?」

「ないわけじゃないけど、それならなおさらバックの方を狙う。何より、エアーマンは先生が持っていたカードだから、エアーマン自体を警戒したとは思えない。」

「・・・その様子だと、他に考えてくれた人がいるねぇ。君にしては随分と考えている。」

 

 確かに、十代にしては随分と考えているようにも思う。まるで、これでは三沢君のようだ。いや、違う。多分これは。

 

「実は、三沢に手伝ってもらったんだ。で、おかしな点をいくつか考え直した。」

 

 やっぱりか。そう言えば彼らは仲が良かった。

 

「三沢君、か。成程、彼は俺のデュエルを研究していた生徒の一人だ。何より頭がいい。彼なら、俺のデッキからデュエルの棋譜の再現までこなしただろう。そしてその上で、改めて俺の思考を読んだ。その様子だと、神楽坂君も一枚かんでいるんじゃないか?

 彼もまた、俺を研究していた。3度見せただけで俺のアロマージを寸分たがわず再現した彼なら、棋譜から思考のトレースまで行える。」

「・・・悩んだんだぜ?それだけ多くの人にデッキを見せることになるから。」

「だから、それはこのデッキを手放した俺の責任だ。まあ、ここまで多くの人に見られたら調整を余儀なくされるだろうが。」

「神の宣告すら入れていないデッキだから?」

 

 先生の動きが止まった。神の宣告。ライフを半分支払うことで魔法、罠、モンスターの召喚などを封じるカード。汎用性が高く、あらゆるデッキに入るそれは、先生も愛用していた一枚だった。

 十代が続ける。

 

「先生にしては、妨害が少なすぎる(・・・・・・・・)。」

 

 確かに、先生は必要最低限と言える量しか妨害カードを入れていない。使ったのは、デモンズ・チェーン3枚のみだった。逆に言えば、たった3枚の妨害のみで十代はあそこまで苦しめられたのだ。

 

「それで、三沢に頼み込んで、俺と先生のデュエルを、可能な限り再現してみたんだ。映像とかはなかったけど、それでも三沢と俺、それにカイザーも居たし、万丈目も居れば、どういうカードが手札にあって、何が墓地に行っていたのか。

 でも、確認すればするほど、奇妙なんだ。」

「ちょっとまって、十代。」

 

 なんだよ明日香?今いいところなんだぜ。と言う十代に、私は苦言を申さざるを得ない。

 

「私、呼ばれてないんだけど。」

 

 それ、あの場にいたほぼ全員なんだけど。

 

「悪かったって。でも、集まったのがレッド寮だったし、夜中に男女だけはまずいって万丈目と三沢がうるさくってさぁ。」

「それは万丈目君と三沢君が正しい。」

 

 そうかもしれないが、呼ばれもしないのはそれはそれでなにかくるものがある。

 余談ではあるが、これをももえに愚痴ると「女として死んでます。」とありがたいお説教と着せ替え人形と言う名のファッションショーもどきが発生した。

 

「話を戻すぜ。

 とにかく、先生のデッキを見るうちに、入っていなければおかしいカードが何枚もあった。大嵐、神の宣告、強欲な壺、何より天使の施し。大嵐は分かる。フィールド魔法を破壊する恐れがあるから。でも、デモンズ・チェーンを入れて神の宣告を入れない理由はない。強欲な壺もそうだけど、なにより天使の施しは、暗黒界とも、魔轟神とも相性がいいはずなのに。」

「と、三沢君は考えたわけだ。いや、丸藤亮もか。」

「二人とも、不思議に思っていた。でもまあ、それを抜きにしても、違和感があった。で、神楽坂に頼んでみた。神楽坂のことは知ってるんだよな、先生。」

 

 神楽坂。先ほどから何度も名前が出てきた彼は、以前武藤遊戯の思考をトレースして、彼のレプリカデッキを使うことで十代を苦しめた。彼の特徴は、所謂コピーデッキの使い手ということ。デッキを再現し、使用者になりきることでそのデュエルを再現することが出来る。

 

「神楽坂君に関しては、俺も優秀な生徒として目をつけていた。彼の特性も知っている。それで、彼は俺の思考を読んだうえで、問題点をあげていったわけか。」

「ああ、それはいくつかあったんだけど、致命的なのはこれだった。」

 

 そう言って、十代は一枚のカードを、先生の融合デッキから取り出した。

 

「琰魔竜 レッド・デーモン・アビスか。そうだな、それを見せたのだけは失敗だった。」

「やっぱり、か。先生、あえてあの時アビスの効果を使わなかったんだな。」

 

 え?

 

「・・・レッド・デーモン・アビスには、ベリアルと同じ、チューナーを特殊召喚する効果。まあ、これはベリアルとは違ってデッキから特殊召喚する効果はない。でも、」

「アビスには、相手のフィールドの表側表示のカードを無効化する効果がある。つまり、あの時場にあったスカイスクレイパーはもちろん、」

「その次のターンに発動したモンスターの効果も、それどころか魔法の効果も、罠の効果も止めることが出来る。」

 

 つまり。

 つまり、あの十代のドローカードも、それどころかワイルドジャギーマンの効果も、十代の生命線だったフィールド魔法の効果も、そして、最後の足掻きだったシャイニング・フレア・ウィングマンすらも。

 そのすべてが、あのカード一枚で潰されていた。

 

「なのに、先生はこれを使わなかった。」

 

 使えなかった、じゃなくて使わなかった。十代は言外にそう言っていた。

 

「レッド・デーモンを使ってわざわざ攻撃表示モンスターを破壊しなくても、アビスを出すだけで、俺のフィールド魔法も、逆転の手だって封じることが出来た。カオス・ゴッデスで出したベリアルの効果で蘇生する先も、レッド・デーモンじゃなくてアビスの方を出すことだって出来たはずなんだ。打点だって、そっちの方が高いだろ?」

 

 そうだ、使える盤面は多かった。それでも、あえて先生は使っていなかった。デモンズ・チェーンだって、他に使いどころは会った筈なのに。

 

「そして何より、先生の態度。闇のゲームは最悪命に係わる。それは、先生のデュエルでも例外じゃなかったはず。それなのに、デュエル中の先生の言葉は、まるで次があるみたいだった。」

 

 つまり、殺す気がなかった。そしてそれは。

 

「最初から、負けるつもりだったんだよな、先生。」

 

 先生の、敗北を意味していた。先生は、最初から負けるつもりだった。

 

「まだあるぜ。闇のゲームの時の先生のダメージ量が大きすぎる。その割に、万丈目やカイザーはすぐに起き上がれるくらいのダメージしか負っていなかった。もしかして先生は、ダメージを肩代わりする」

「その先は不要だよ、十代。そこまで見破られているとは思わなかった。」

 

 そう言って、先生は笑った。パチパチパチ、と拍手を送る。

 でも、その様子がたまらなく私たちをいらだたせる。はらわたが煮えくり返る、とまではいかないが、それでも怒りが湧いてくる。

 

「どうして、こんな真似したんだよ。」

「どうして、と言われれば、そうしなければいけなかったから、としか言いようがない。成程、お前が怒った理由が分かったよ。」

 

 そして先生は、私たちが怒っている理由をその口にした。

 

「お前、手加減されて悔しいのか。」

 

 そうだ、悔しいのだ。たまらなく悔しい。そうまでお膳立てしてなお、先生はサレンダーしたのだ。

 

「いいや、それは違うぞ?サレンダーしたわけじゃない。あれは、あの時点で俺の負けだ。」

 

 えっと、それはどういうことなんだろう。先生の場には、まだ大量の大型モンスターがいた。それに対して十代の場には、シャイニング・フレイム・ウィングマンのみで、それすらデモンズ・チェーンの効果で効果が無効になり、攻撃できない2500の木偶の坊と化していた。

 正直に言って、敗因が見当たらない。何が理由で負けたのか、見当もつかなかった。

 

「デッキデス、だろ?」

「そうだ。」

 

 デッキデス、ってあの?でも、正直言って普通にデュエルして起こることじゃないはず。それが、あんな数ターンで起こるの?

 

「不思議なことじゃない。魔轟神は手札を捨てることで効果を発揮する。そして、カードを捨てる効果には同時にカードをドローする効果を持つものも多い。手札抹殺、暗黒界の取引に、暗黒界の門。墓穴の道連れや、天使の施しだってそうだ。何より、スノウもブラウも、手札を増やす効果を持つカード。手札の入れ替えで失うはずだった手札一枚というアドバンテージを、補って余りあるデッキの圧縮が可能になる。」

 

 いや、そうかもしれないけど。

 

「だから、そのデッキを選択したんだろ?」

「・・・。」

 

 え?

 

「ちょっと十代、どういうこと?」

「明日香、お前、先生とデュエルした時、どんなデッキだった?」

「えっと、シャドール。シンクロもされたけど。」

「やっぱり、か。先生、あんたは、デッキの時点で大分手を抜いてたんだ。」

 

 随分と聞き捨てならないことが聞こえた。十代が何かのメモをポケットから取り出す。それは、先生が倒した時に使っていたデッキの、リストだった。

 

「俺が相手をしたのが、魔轟神。明日香と三沢はシャドール。万丈目は召喚獣で、カイザーはサブテラーだって言ってた。サブテラーは裏側守備表示モンスターを主体にしたデッキで、貫通効果で大ダメージを与える、カイザーの切り札とは相性が悪い。万丈目に使った召喚獣に関しては分からないけど、明日香と三沢に関しては、シャドールの強みが生かせない。」

 

 あ、そうか。確かシャドールの融合魔法は。

 

「影衣融合は、相手のフィールドに融合モンスターがあって初めて、デッキから融合が出来る。カイザーとの時の様な、デッキからの融合はほとんどできないはずだった。」

「でも、十代。私にはサイバー・ブレイダーが。」

「明日香は最近、サイバー・エンジェルとの混合型にしたんだろ?それで、融合の比率が落ちてるはずだってカイザーが言ってた。三沢は今まで融合を使ったデッキは使っていない。ウォータードラゴンは、ボンディングH2Oの効果から出るけど、あれはあくまで特殊召喚だ。だから、影衣融合の影響は受けない。

 三沢が言ってた。俺が先生の立場なら、シャドールを使うなら万丈目やカイザーを狙うって。万丈目は色んなカードを使うけど、おじゃまやXYZだって入っているから、十分影衣融合の効果は使えただろうし、カイザーは言わずもがなだ。」

「さらに言わせてもらうなら、サブテラーを選んだのは二つ理由がある。弱点が明確なことと、初動が遅いから、君たちに十分チャンスを与えることが出来る。そのうえで、カイザーや万丈目君なら突破できると思ったんだが、そうはうまくいかなかった。」

 

 それじゃあ、あれはお膳立てされていた?

 

「当たり前だ。俺はもともと、全力のお前たちが勝ち抜けるなんて思っていない。カーミラ風情に鍵を二つ取られ、アムナエル、大徳寺のレベルで大半が倒されていた。何とも言えない範囲だとは思っていたが、それでも十二分に勝てなくはない、ギリギリのラインのはずだった。何より俺は監視されていて、人質がいたから、下手なことは出来なかった。」

「人質?」

「・・・以前、天上院さんと十代が俺の部屋に来た時に、写真があっただろう?」

 

 そう言って、先生はポケットの中から携帯を取り出し、写真を見せた。

 

「ジュリア、って言ってね。過去に精霊が絡んだ事件に巻き込まれて、今も昏睡状態だ。身動きの取れない彼女を、俺は人質に取られていた。」

「だから、俺たちに実力で出来るだけ勝ってほしかった。」

「ああ。彼女は、俺とネフィにとって、命よりも重い。そもそも、『シャドール』は彼女のデッキだった。今でこそ、俺と行動を共にしてはいるが、ネフィ達は彼女以外を主とは認めない。彼女を人質に取られたことで、ネフィは動きを封じられた。そして、俺が下手なことをすれば、ネフィが俺を殺しにかかるだろう。」

「あの精霊が?」

「不思議なことじゃない。精霊にとって、主とはとても重要で、そしてそれはネフィにとっても例外じゃないだけの話だ。俺か、ジュリアか。ネフィが天秤にかければ、俺は省かれる。そして、ジュリアの安全のために、俺を傀儡にでもして、お前ら全員をなぎ倒す。それが彼女だ。」

 

 精霊ってこわい。素直にそう思った。でも、先生はそこで身動きが取れなくなってしまった。味方だったはずの精霊は、既に味方とは言えなくて。それも、下手をすれば自分の命すらなくなる。

 だから一縷の望みにかけて、私たちに勝負を託すことにした。

 

「幸いにも、精霊による工作ならば、影丸の用意した監視を切り抜けられた。精霊に、闇のゲームの負担を減らす術式を、あらかじめ君たち全員に付与することは可能だった。まあ、俺の魔力《ヘカ》を大量に使うことになったし、体に多少の以上は出たが、まあ、最悪の結果よりは遥かに被害はなかった。三幻魔に関しては、あらかじめされていた封印とは別に、封印を施すことも可能だった。」

 

 ネフィとグリムロが一晩でやってくれました、と先生は笑った。

 良かった。先生は、最初から私たちの味方だったのだ。

 

「あ、それは違う。君たちを守ったのは、それが可能だったからに過ぎないし、十分君たちが死ぬ可能性もあった。と、言うかそっちの方がはるかに高かった。」

 

 え?

 

「そりゃあ、そうだろう。闇のゲームの負担が少なくなっても、呪いが込められることには変わりない。あのゲームは、互いの体力を奪い合うゲームだ。俺の魔力でかばえる範囲には限界があるし、ネフィのサポートを受けれない。グリムロやクルスは手伝ってくれたけど、影丸が近くにいるなかでネフィは動こうとはしなかった。

 正直に言えば、君たちの一人か二人は死んでもおかしくない。万丈目君に関しては、まともに庇えたかも怪しい。あの時点で俺の魔力は底をつきかけていたし、十代君に関しては一切魔力で保護することは出来なかった。」

 

 二人が生きて居られたのは、単に自分の精霊の力を、無意識に防御に使ったからだと彼は言った。

 

「そもそも、幻魔の力を二重に封印する際に、魔力の大半を使っているんだ。それでもなお戦えただけ、奇跡に近い。と、言うかあの状況でまともに動けるような化け物じみた精霊使いは、それこそ武藤遊戯くらいの物だろう。」

「じゃあ、こうしてみんなが生きているのは。」

「運がよかったね、としか俺は言わないよ。」

 

 その瞬間、サッと血の気が引いた。顔が真っ青になるのが、自分でもわかる。死んでたかもしれない、と改めて他人から言われるのがここまでショックだったとは思わなかった。

 

「で、先生はそうやって最後の手段として、魔轟神を用意していた。俺のデッキにブレイズマンを入れたのも、先生?」

「言っただろ、十代。そんなことをすれば、俺は今頃ネフィの操り人形だ。俺が出来るのは、精々お前に渡した鍵のついた引き出しに、HEROの専用サポートを入れることぐらい。その細工をしたのは、お前もよく知る人間だ。」

「・・・・。」

「みどりだよ、響みどりだ。」

 

 え、みどり先生が?でも、それって、もしかして。

 

「ああ、みどりは全部知っていた。言っただろ、十代。このアカデミアには数人だけ、精霊を見ることのできる人間がいる。みどりも、その一人だ。」

 

 みどり先生も、精霊が見える人間だったのか。どうやら、十代も知らないらしい。目を見開いて驚いていた。

 

「みどりは、俺の精霊であるグリムロから、大体の事情を把握した。それを鮫島校長に伝え、グリムロを使ってメッセンジャーの役割を果たしていた。

 その際、あいつは俺の今回の騒動の計画を知っていた。だから、お前と職員室で会ったっていうあの時辺りに仕込んだんだろう。」

 

 そして、何食わぬ顔で私たちの手当てを行った。処置が迅速だったのは、あらかじめ準備をしていたから。

 

「今回の計画は、俺がデュエルで負けることまで計算に入れていた。正直、誰が倒してくれてもよかったんだが、手を抜かずに負けられる相手なんてそういない。まして、それが生徒レベルならなおさらだった。」

「だから、そうやって俺のデッキのレベルを上げて、紅葉さんの持っているはずだったカードを渡して、俺とデュエルしたのか。」

「お前とのデュエルは、いわば最後の手段だった。正直に言うなら、俺を倒すと期待していたのは十代、君とカイザーだけだった。カイザー相手に負けてもよかったんだが、想像以上に早くデュエルすることになってしまった。それが誤算だった。

 そもそも、俺のプレイミスに、万が一影丸が気が付いても、それを連戦の疲労を理由にするつもりだった。どれだけの腕前を持っていても、プレイミスなんて1つや2つは出てくる。それが連戦ともなればなおさらだ。だから、お前を引き留めるようにみどりにグリムロ経由で頼んで、最後にお前が倒してくれることを期待していた。」

 

 ・・・・。

 

 部屋が、静まり返った。だって、先生の期待に、このアカデミアは誰一人ついてこれていなかったと、言外に言われた気がしたからだった。

 全力とは言わないが、これぐらいなら倒してくれるだろうという期待を、私たちは悪い意味で裏切っていたのだ。

 

「だから、デッキデスに計画を切り替えたんだな。」

「ああ。序盤の攻防で、十代が大量の手札を使っていた。その時点でそれでは勝てないと悟った。大型モンスターを処理するだけならともかく、それをデモンズ・チェーンをすり抜けて、となると難易度が上がる。

 だから、途中で自分でデッキを破壊する工作に出た。十代のインパクト・フリップのおかげもあったが、な。」

 

 いや、そうじゃない。あの攻防の中、自分のデッキを、ほとんどぴったり削りきるように計算していたことそのものが、自分たちとのレベルの差を実感させる。出来なくはないが、あの時先生は自分のデッキに殆ど目をやっていなかった。演技だとばれないように、目は常に十代の方に向いていた。

 頭の中で自分のデッキの内容を把握して、枚数を数えて、何をどう使って盤面の強度を維持しながらデッキを削りきるか。

 それをやってのけて、それでなお十代に実質的に勝っていたのだ。

 

「そう、か。じゃあ、俺はやっぱり負けていたんだな。」

「そう卑下することはないだろ。俺は、反則を使ったのも同然なんだぞ。シンクロ召喚、プロトタイプとはいえ、未発売のカードを使ってデュエルしていたんだ。」

 

 でもそれは、負けていい理由にはならない。だって。

 

「負けは負けじゃんか。どうせそのカードは一年もしないうちに出るかもしれないんだろ?ペガサスさんに聞いたぜ、俺ら全員。」

「まあ、そのあたりの説明はあるか。プロジェクトのことについて緘口令を敷かなければならなくなったことは、少々悔いが残る。なにより後始末は、結局ペガサスさんと鮫島校長にお願いすることになった。何より、計画のうちとはいえ生徒に被害が出たことだけは、どうあがいても弁明のしようがないし、美化しようもない。」

 

 それでも。

 それでも、言いようのない口惜しさと、怒りが湧いてくる。そしてこれは、自分自身に対する怒りなんだと、悟ってしまった。

 そして、それはとっくに十代達は気づいていて、だから、十代はさっきから苛ついていたんだ。

 味方に換算されていなかった悔しさと、鍵を守る守護者ではなく、鍵ごと守られる庇護者だと、気付いてしまったから。

 そして、それはデュエリストとして換算されていないことと、同然だった。

 

「俺からの話は、以上だ。」

 

 先生の話が終わった。それと同時に、言いようのない恐怖と違和感は私たちの中から消え去り、それと同時に、自身の力のなさに絶望する。

 私は、気が付けば地面を見ていた。いつの間にか、目線が下に言っていたらしい。手加減されていたことがないわけではないが、それでも今回のこれは、一段と効く。

 

「先生。」

 

 だけど、それでも。

 

「俺と、そのデッキでデュエルしてくれないか?」

 

 それでも、十代は前を向いていた。

 

 

    ◇

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 盤面は目まぐるしく動く。十代がモンスターを召喚しそれを先生がなぎ倒す。かと思えば、先生の場を十代が崩していた。

 でも、それでも拮抗は崩れるもので、そして、それは終わりの時だ。

 

「融合を発動!場のフレイム・ウィングマンと手札のスパークマンを融合!シャイニング・フレア・ウィングマン!!」

 

 十代が最後に出したのは、あの時と同じHERO。シャイニング・フレア・ウィングマン。光り輝く体をした、希望を体現したHERO。

 

「罠発動、デーモンの呼び声。手札の悪魔族を捨てることで、墓地のレベル5以上のモンスターを蘇生させる。蘇生するのは魔轟神レヴィアタン。

 この時、捨てられた魔轟神獣キャッシーの効果が発動する。フィールドの表側表示のカードを破壊する。破壊するのはシャイニング・フレア・ウィングマン。」

 

 でも、先生の場に伏せられていたカードによって、それすら破壊されることになった。十代の手札は0枚。フィールドは・・・0。

 

「・・・なあ、先生。今のは、先生の全力なんだよな。」

「ああ、俺の本気のデッキだ。」

 

 先生の場には、レッド・デーモン・ベリアルとレッド・デーモン・アビス。そしてレヴィアタンと、カオス・ゴッデス。

 十代の墓地にはネクロ・ガードナーがいるが、それでもなお4000のライフすら消しつくすだけの準備が先生にはあった。

 

「・・・ガッチャ!今回は、楽しいデュエルだったぜ!」

「ああ、十代。」

 

 やっぱりと言うかなんというか、十代は負けた。そりゃあそうだ。十代は今回、ブレイズマンもエアーマンも、あのアブソルートZeroも使わなかった。

 

 でも、負けた十代はどこかすがすがしくて、それが妙に格好良くて。

 

「またやろうぜ、先生!」

 

 

 

 その笑顔が、とてつもなく眩しかった。

 

 

    ◇

 

「これで、任務達成か。」

 

 幻魔をめぐる戦いは終わった。首謀者である影丸はもう幻魔を狙うことはないだろう。彼は、十代とのデュエルで文字通り改心した。

 

「そして、俺個人の目的も達成した。」

 

 そう言って、彼の手元には、3枚のカードが現れる。それらはまるで、どこからか転移してきたかのようだった。

 3枚のカード、『Uria, Lord of Searing Flames』、『Hamon, Lord of Striking Thunder』『Raviel, Lord of Phantasms』。それらは、全ての元凶であったカード。即ち、三幻魔。それらが、一人の男の下にそろった。

 

「封印の所為でやはり、多少弱体化はしているみたいだが、むしろありがたい。このくらいの方が、精霊の力を操りやすくなる。

 もう少しなんだ、もう少しだ。」

 

 地面を這いずり回るような音が聞こえる。いや、比喩なく這いずっているのだろう。男の体は既にボロボロだった。見た目が、ではなく中身がである。それはそうだろう。男はついこの間まで、寝たきりの容態だったのだ。

 

「・・・ジュリア。」

 

 男は一人、女の名前を口にした。それは、かつて男の青春であり、一部であり、恩人でありそして、男の生きがい、そのものであるのだ。

 

「このカードを使えば、あるいは・・・。」

 

 男、かつて沖田曽良と名乗っていたそれは、かろうじて意識を保ちながら病室にたどり着く。男自身に治療が必要なことは分かっていたが、そんなものを気にする余裕は、彼にはなかった。

 

「・・・よかった、生きてる。」

 

 男は、病室に着くなりそう呟いた。意識を失って、機械によってかろうじて生き繋がれている彼女は、確かにいつ死んだとしてもおかしくない存在なのだろう。

 

「ジュリア、ごめん、腕動かす。」

 

 そうして、寝たきりになっている彼女の腕に、三枚のカードを握らせた。

 

「ネフィ、頼む。」

 

 そして、横にいた精霊の力を借りて、彼らを限定的に起動(・・)させる。

 三幻魔のカードが光る。それと同時に、ジュリアの体が回復していくのが、視認できるほど急速に行われるのが分かった。

 男は、影丸の計画を聞き、三幻魔の力を知った時から、このことを考えていた。今まで彼は、世界中のありとあらゆるカードを集めていた。それも、回復の効果が付いた、精霊のカードを。

 モウヤンのカレー、ディアンケト、非常食、守護天使ジャンヌ。どれを試しても、彼女が意識を取り戻すことはなかった。それほどまでに、精霊の呪いが強力なのか、彼女自身が目を覚まそうとしないのか、それは分からない。

 でも、幻魔なら。ヘイブリック限界をとうに迎えたであろう老人の体すら回復させた、テロメアに喧嘩売ってるであろう幻魔の回復力なら、あるいは。

 藁にもすがる思いだった。もう、これしかないと思った。影丸の報酬であったカードのことなど頭に入らないほどの驚異的な回復力。これならば、彼女をこの呪いから解放してくれるだろう。

 唯一のネックである代わりの生命力は自分から吸い取ればいい。何なら、この命すら投げ出しても構わない。

 だって、かつて男が十代に言ったように、男の命よりも、ジュリアの命の方が重たいのだから。

 

「・・・・・・・・・・う・・・ん・・・?」

 

 声が聞こえた。何年越しかの、彼女の声だった。

 せめて、もう少し声が聴きたい。自分の愛が重たいことは自覚しているが、それでも彼は彼女を愛していたのだから。

 だけど、彼にはその一歩を踏み出すことが出来ない。当然だった。自分が死にかければ、かつて自分の心臓に封印したはずの精霊(・・・・・・・・・・・・・・・)が暴れだすことは想像していた。予期していた。

 おそらく、自分が自分として動ける時間はそうないのだろう。それでも、顔が見たい、声が聴きたい。その一心で体を動かす。

 

「・・・ぁ。」

 

 動かない。瞼が下りるのが分かる。周りの音も、もう聞こえない。

 でも、それでも、彼女が目覚めたことを伝えないと。幻魔の後処理もしてもらわなければ。

 眼が見えないから、手探りでナースコールのボタンを押す。それと同時に、体の力が抜けるのを感じた。

 

 

 

 もう、彼には、自分の本当の名を叫び続ける女の声すら、聞こえていなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話

新年あけましておめでとうございます。今年度もよろしくお願いします。
 
今回は短いです。ですので、仮投稿だとお考え下さい。しばらくしたら、これも含めて全話リメイクして再度投稿していこうと考えています。その時はよろしくお願いします。廃人の方は少々お待ちください。


 

 

 先生の姿をもう一度見たのは、病院のベッドの上だった。

 あのデュエルの後、先生は学校から姿を消した。学校は、また行方不明かと大騒ぎになり、捜索空しく、この人の姿を誰一人、学園から見つけることは出来なかった。

 それはそうだろう。先生はあの後、人知れず島を出て、そして、この病院内で倒れていたのだ。

 どうやって島の外に出たのかは分からない。先生の事だから、精霊の力でも使えば上手くいったのかもしれない。そして、先生はこうして倒れて、病院のベッドの上で寝たきりになっている。医者の話によればここ一週間、目を覚ましていないようだ。

 

「まったく、無茶をするのね、こいつは。」

 

 みどりさんが横で花を供えながらつぶやいた。みどりさんは、先生とそれなりに長い付き合いらしい。ジュリア、先生が言っていたあの女の人の友達だったそうだ。

 

「ジュリはね、昔は私と同じ地域に住んでたの。カナダで生まれたらしいんだけど、母親は結婚するときにが親戚筋から勘当されて、父親と離婚した際に、逃げるように日本に来てたんだって。

 そんな子だったから、友達が少なくてね。笑いもしないあの子に、みんなしり込みしてた。外国人だからっていうのもあったのかもね、小学校の頃だったし。」

 

 でも、そんなジュリアを救ったのが、彼だった。みどりさんは悲しそうに笑いながら、そう教えてくれた。

 

「嬉しそうに、彼女が私に電話で教えてくれたの。私以外に友達が出来たって。ラスベガスに住む、優しい人だって。その頃のジュリは母親を亡くしたばかりで、父親に再度引き取られて、ますます陰鬱とした雰囲気になっていたから、心配だった。でも、そのこいつも実際はとんでもない巨悪の一味。私はそれを聞いた瞬間にやめろって言ったのに、それでも改心させるんだって、ジュリは楽しそうに笑ってた。

 私が紅葉の付き添いでアメリカに行った時に、改めて彼を紹介されてね。丁度、十代君と出会う1年前くらいだったかしら。不器用に笑うこいつと心の底から楽しそうに笑うジュリを見て、心の底から安心した。紅葉も彼と仲良くなっていたし、ああ、もうジュリは大丈夫なんだって。今までの人生が人生だったから、すごくうれしかった。」

 

 でも、そんな笑い合える日は短かったなぁ。みどりさんは泣きそうになっていた。

 

「ジュリが倒れたって聞いた後、すぐ後に紅葉の体調がよくなった。十代君と会ったあの病院、実は紅葉は入院していたの。幸いにも体力は回復してきていて、ジュリの様子を見るためにアメリカに飛んだらね、こいつが病院の部屋の前で立ち尽くしていたの。」

 

 思わず一発ぶん殴ってやろうと思った。でも、出来なかった。

 

「部屋に入ることすらが申し訳なさそうにしていて、それでも一目、顔だけでも見たいってのが丸わかりだった。殴る気も失せた。『そんな顔しないで、顔だけでも出しなさい。くよくよすんな。』って言ったら、『そうだな。』って言って、前みたいに不器用に笑って、そして、彼は妙なカードを一心不乱に集め始めた。

 I2社に正式に社員として配属された後も、どこかに出かけるたびに精霊を探し出しているのは知ってた。それが、ジュリを目覚めさせるためなんだって言うのも、なんとなく分かっていた。4年間、いや、もう5年間、か。仕事の空いた時間にずっとそれを探し続けて、休む暇もないくらいにせわしなく動くこいつの体が心配になった。教師として出向してきた後も、ほとんど毎週ジュリの様子を見に行ってた。

 それがやっと報われて、これからだって時に、今度はこいつ、か。」

 

 今だけは、神様を恨みたい。

 何が原因で、こいつらはずっと嫌な思いをし続けなければいけないんだろうとぼやいて、いつもの気丈なみどりさんはどこにもなかった。

 

「こいつはこいつで、14の時に身内と呼べるものとは引きはがされて、社会の裏側に手を染めて、それでも一生懸命生きて、これからだっていうときに、これでしょ?」

 

 それは、みどりさんに聞かされた先生の人生だった。みどりさんも、ジュリアさんから聞いたらしい。

 先生は、14歳のころまでは日本に住んでいたらしい。でも、ある日突然アメリカに飛ばされた。神隠し、と言うのは簡単だけど、先生の場合、警察に言っても戸籍すら見つからなくなっていたらしい。そのことを知った先生は、警察から孤児院に移される際に、自暴自棄になって逃亡した。

 そしてその後は、マフィアお抱えの闇のディーラーの一人として雇われ、かつてのカジノ事件の際に、改めて警察のご厄介になった。

 でも、それをジュリアさんや周りの人たちに救われ、これからだっていうときに、ジュリアさんが倒れ、紅葉さんも死にかけて、やっとの思いで精霊の事件を解決しても、ジュリアさんは戻ってこなくて。

 きっと、先生はジュリアさんを心の拠り所にしていたんだろう、とみどりさんは言った。そんな存在が、理不尽に意識を失っている状況に耐えられなくて。

 

 だからこそ、先生はきっと『三幻魔』を奪ったのだ。

 

「『三幻魔』はもう封印されていたし、現状はちょっと力の強い精霊ぐらいで固定されているわ。一人で解決しようとするのは、あいつらしいけど。」

 

 ギィ、ギィ、ときしむ音がする。車椅子の車輪が回転する音だと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「みどり、遊城十代を連れてきてくれて、ありがとう。」

 

 それは、長年眠り続けていたはずの、みどりさんの友人で。

 

「初めまして、十代君。ジュリア、と言います。日本の友達には樹里、で通してるの。日本語は久しぶりで、うまく話せているかしら。」

 

 先生が救おうとした、彼女だった。

 

 

   ◇

 

 

「体はもういいの?」

「ええ、もう大丈夫、とは言い難いかな。何年も寝たきりだったから体はガタガタ。車椅子なしで移動するのは厳しいくらい。それでも、流石は幻魔と言ったところで、大分動くこと自体は楽。リハビリが必要ないくらいには体は動かせると思う。」

「やっぱり、現代医学に喧嘩売ってるわね、その力は。」

「だから、あの男(影丸理事長)が手に入れようとしたんでしょう?流石に、若返る力なんて言うのは現代医学に求めるようなものじゃなかったんだし。」

「それでも、あなたが生きていてよかった。」

 

 そう言って、みどりさんはジュリアさん・・・樹里さんを抱きしめた。「苦しいよ」なんて樹里さんは言っているが、それを許すみどりさんじゃなかった。

 数分ほどしてようやく、みどりさんはあの人を解放した。困った顔押しながら苦しそうにしていて、それでも冗談交じりに軽口をたたくのは、どこか先生の姿を思い出させる。

 いや、きっと先生が樹里さんに引きよられていたんだろう。なんとなくだけど分かる。それだけの魅力が、ジュリアさんにはあった。

 

「それで、ジュリアさん。」

「樹里、でいいよ。なんなら、樹里ちゃんでも。」

「じゃあ、樹里さん。」

 

 うんうん、と満足そうに頷いて、俺の答えを待ってくれる。

 

「どうして、俺が呼ばれたんですか?」

「それは違うなー。正確には、君の持ってる『あるカード』に用事があった。そうだよね、ネフィ?」

 

 そう言った瞬間に、彼女の横に精霊が現れる。それは、かつて沖田先生の横にいた精霊だった。

 

『初めまして、十代くん。幻魔の件では、色々とご迷惑をおかけしました。』

 

 彼女は、人の形をしていなかった。かつて先生の隣にいた時には人に化けていたが、今はありのままの姿をしている。そして、気付いた。ネフィリムが化けていた時のあの姿は、樹里さんの模倣だったのだ、と。それほどまでに、樹里さんと、あの時のネフィリムの姿は似通っていた。

 彼女が出てきたときの、先生との会話を思い出す。つまり、『あのカード』のことは・・・。

 

「『ハネクリボー』のことか。」

「正解。」

 

 ハネクリボー。その出自は、大変貴重な精霊であるというのは、先生から聞いていた。かつて、エジプトの神官が従えた、浄化の力を持つ神霊(・・)。そして、その浄化の力は、使いようによっては大きな武器となり、そして同時に、心強い盾でもある。

 

「私のお願いは、ただ一つです。幻魔の件は聞いています。そのことであなたに迷惑をかけたことも知っています。

 でも、それでもあなたに頼るしかない。私たちは、浄化とは無縁。むしろ、得意分野は汚染と言っても過言ではない。

 厚顔無恥なお願いだとは思います。でも、私にできることなら何でもしますから、どうか、彼を助けて」

「いいぜ。」

「そこをなんとか・・・え?」

 

 

 樹里さんはあっけにとられた顔をしていた。そんなに不思議なことじゃあないはずなんだが。

「いや、十代君。本当にいいの?」

「みどりさん。断る理由あるのかよ。」

 

 むしろ、俺からすればそっちの反応の方が不思議なんだ。先生を助けない理由はない。

 

「いや、あるでしょう?幻魔のことで・・・。」

 

 むしろ、それは助けられた側だった。先生が幻魔を封印していなければ、俺は負けてたかもしれない。

 

「でも、その封印は幻魔を奪うため(・・・・)でもあった。」

「俺たちを助けるため(・・・・・)でもあったんだろ?なら十分。」

「でも、君たちを殺そうとした。少なくとも、君と万丈目くんは殆ど・・・。」

「先生はああいってたけど、多分全力でかばっていたんだと思う。そのくらいは分かってるんだ。」

「でも、君に関しては・・・。」

「それも違う。だって、俺はこれを渡されてたから。」

 

 そう、これを渡されていた。先生が俺を庇う為に渡していた、この布が。

 

「聖骸布・・・。」

 

 そう、以前渡されたこの布が、俺を守っていた。ハネクリボーの力だけではなく、この布が守っていたのだと、後でハネクリボー自身が教えてくれた。

 

「そう。あの人、これを渡してたんだ。」

 

 相変わらず、馬鹿な人だなぁ、と樹里さんは言った。これまた泣きそうな顔で布を見る。

 

「これね、あの人を呪いから守るための道具だったんだろうね。それだけの力があるから。」

「え?」

 

 それって、つまり。この布は先生が使っていて、それを使って、この呪いを制御していたのか?

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、きっとこの人は、君を優先したんだと思う。だって。」

 

 だって、自分を優先しない人だから。そう、悲しそうに呟いた。

 

「うん、分かった。改めて協力をお願いします。十代君。」

 

 だから、お願い。

 彼を、助けて。

 女の人にここまで言われて、助けない男の人はいないと、そう思った。

 

「で、どうやって助けるんだ?」

 

 方法すら知らずに承諾したのか、危険性とか考えないのか、と二人は心配になる。横にいるハネクリボーすらが、もはや呆れ気味に鳴き声を上げていた。

 

「このカードを使う。」

 

 ジュリアは、1枚のカードを取り出した。それは、十代にとっても見覚えのある、一枚のカード。

 

「影衣融合?」

 

 シャドールフュージョン、と呼ばれるそれは、かつて沖田が使ったカードの一枚。敵に融合されたものがあれば、デッキから融合素材を落として融合することが可能になるカード。

 

「ねえ、影ってどういうものだと思う?十代君。」

「影って、えーと、光があって、それから・・・。」

「そうじゃなくて、人の影って意味。影法師って意味の方が近いかな?」

 

 影法師?

 

「そう。かつて人は、影の中に自分を見たという。魔術的な意味合いには、『もう一人の自分』なんてものもあるの。」

 

 いまいちよく分かっていないのか、十代は首を傾げた。精霊と言うものを感覚的に理解することは出来ても、それを知識的に理解することには向いていないということを、ジュリアはすぐに察した。

 

「とにかく、影は言ってしまえばもう一人の自分。なら、それに他の人の魂を融合させる。

 すると、彼の魂と半分だけ同化する。つまり、あなたと彼は、一時的に同一人物になるの。すると、そして、そこにはアレがいる。」

「アレ?」

「そう、こいつがここまで呪いに侵された原因であり、私が昏睡した原因であり、紅葉が倒れた原因。

 全ての元凶。それは、彼の心臓に、魂に同化している。私と同じ手段を使って。」

 

「それの名は、トラゴエディア。クル・エルナ村の悪魔(ゴエディア)。それを倒すことが、君にお願いする私の願い。」

 

 君に、大人の尻拭いをさせるようなことになって、本当にごめんなさい、と彼女は言った。

  

 

 

   ◇

 

 

「で、それでここに来た、と。」

「ま、そういうこと。それにしても、ここは何にもないんだなぁ。」

「人の心象風景に勝手に入ってきて、第一声がそれとは。馬鹿なのか大物なのか。」

 

 先生は、そう言って苦笑した。その言葉の通り、あの後俺はすぐに先生の影の中、心の中に来ていた。樹里さんは、『もう一人の自分』だったり、『陰と陽』だったり、いろんな言葉を言っていたが、それらを詳しくは理解できなかった。

 でも、まあ要するに、先生の影と融合することで、一時的に先生と同一人物になることで心の中に入れる、らしい。そして、それと同時に先生の中に住み着いた悪魔に会うことが出来るそうだ。

 

「でも、その悪魔が見当たらないんだけど。」

 

 そう、ここには何もない。先生がいる以外には、何も存在していない。黒いような、白いような、それでいて不思議な空間だった。

 

「下を見てみなさい。」

「下?・・おわぁ?!」

 

 言われたとおりに下を見る。そこには、鎖につながれた、大きな悪魔の姿があった。

 

「ここには、地面と言う概念がない。平衡感覚が少しおかしくなっているから、気をつけなさい。」

 

 いや、驚いたポイントはそこじゃないんだけど。単純にあの悪魔に驚いただけなんだけど。

 

「さて、君の目的は『あれ』という訳だ。」

「それが、先生に巣食ってる化け物、なんだろ?」

「まあ、そうだな。」

「だったら、あれが目的だぜ。」

 

 俺は、そう言ってアレに向かって足を進めようとした。だけど、それは止められてしまう。他ならぬ、沖田先生によって。

 

「待ちなさい、遊城十代。」

「どいてくれよ、先生。」

「駄目だ。お前にそんな危険なことをさせる訳にはいかない。」

「それ言うんなら、ここに来た時点で手遅れだって。」

 

 危険なら、重々承知でやってきた。みどりさんにだって止められたし、樹里さんには何度もいいのかと聞かれた。

 それでもここに来たのは、俺が先生を助けたいと思ったからだ。覚悟はしてきた。

 そう言うと、先生はため息をついて、俺を諭し始めた。

 

「だけど、あれは封印するほかにないぞ。かつて、ファラオに仕えた神官が、その総力を以てしても封印しか(・・・・)できなかった。俺は、その時の封印を利用してここまで封印できた。

 心臓を失った悲しき悪魔(ゴエディア)。それを止めるには、誰かの心臓を、かつての封印の石板に見立てて、封印しておく必要がある。

 あれを倒す?倒したところで霧散してまたいずれ復活する。討伐しきるには、それこそ『千年アイテム』(クラス)の闇の力か、あれを上回る精霊の力を引き出すしかない。」

 

 ああ、それは聞いたんだ。でも・・・。

 

「それについては、先生だって知ってるんだろ?」

「・・・。」

「『ハネクリボー』。封印と浄化にかけては他に追随を許さない、それほどの浄化の力を持った天使なんだって。」

 俺の言い方で、誰かに教えられたと考えたのか、先生は睨みつけながら聞いてきた。

「誰だ、お前にそれを教えたのは。」

「ジュリアさん。」

 

 そう言うと、ため息をついて頭を抱える。呆れかえっているのか、先生の声には力がなかった。

 

「・・・碌でも無いこと教えやがって。それが原因で無茶したらどうするつもりだったんだ。」

 

 そう言って、先生はどこか諦めた表情でつぶやいた。自分の体がどうなっていようが、こうやって俺の心配を優先しているあたり、先生も大概、人がいい。

 

「そんなわけないだろ。善人か悪人かの区別くらいは、ちゃんとつけることが出来るようになっておけ。」

 

 そう言いつつ、先生は俺をあの悪魔からけん制する。

 

「今ならまだ引き返せる。お前が俺のためにこれをする必要はない。

 第一、そんな資格もない。俺はお前らを見捨てた側の人間だ。そんな人間のために要らんリスクを背負う必要はない。」

 

 先生。おれは、したいからするんだ。リスクとか、そんな難しいこと気にしてデュエルなんかしてきてない。

 

「それでも、だ。失敗したらどうする。今度はお前が悪魔の傀儡になるか?悪いが、俺はもう助けられないぞ。」

 

 大丈夫、負けないからさ!

 そう言って笑うと、先生はぽかんとした表情で、あきれたように俺を見た。

 

「・・・十代。それでも、お前は帰れ。」

「どうしてだよ、先生!」

「価値がないからだ。」

 

 ・・・は?

 

「だから、その行為には価値がない。俺を助けたところで、益なんて一つもない。俺は、誰かに生きてほしいと思われるような生き方なんざしてないし、これから先、そういう風に思われるようなことなんてない。

 むしろ、俺はここでこいつと一緒に心中したほうが、よっぽどいいとすら思っている。」

 

 先生は、そう言ってどこかを見つめてた。

 

「人生に絶望した。」

 

 手を前に掲げ、悲しそうな目でそれを見た。

 

「生きる為に、人を犠牲にした。」

 

 辛そうな目で、その手を握り締めた。

 

「生きる希望が出来た。」

 

 先生の目に、僅かに光が出てきた。

 

「それも、目の前で消えていった。」

 

 これは、先生の人生。苦悩しかなかった、人生なのか。

 

「でも、樹里さんはもう大丈夫なんだろ?」

 

 ああ、そうだなと先生は同意した。

 

「でもな、十代。もういいんだ。疲れたんだ。

 人を踏みにじって生きてきて、今度は、今度こそは人のために生きようとした。大切な人のために、友人のために、未来を生きる子供のために。

 でも、結局俺がしたことはなんだ?」

 

 それが、先生の心の底からの叫びだと、直感した。

 

「未来の宝である生徒(子供)を傷つけた。それに大切な友人(みどり)を巻き込んだ。大切な人(ジュリア)を助けたい一心で、すべてを利用した。」

 

 でも、結果は最良だった。

 

「結果論だ。俺は理解した。俺はこういう人間(・・・・・・)だ。結局は自分が大事なだけだ。自分の周りさえ幸福であれば、と思っていた。そんなのは嘘なんだと気が付いた。」

 

 人ってのは、自分の嘘が一番堪えるもんなんだ。先生はそう言った。

 

「・・・どうして、アレは俺に期待したんだろうなぁ。」

 

 ・・・アレ?いったいそれはなんだ?

 

「『ククルカン』さ。お前も、いつかで会うかもしれない。そのときは、『前任はお亡くなりになりました。期待に沿えず申し訳ありません。』とでも言っておいてくれ。

 俺は、もう疲れた。」

 

 そう言って、先生は俺を追い出そうとした。手を翳し、俺の体が光に囲まれる。

 こうなることは、俺は想像していなかった。拒絶されるとすら思っていなかった。

 そう、『俺は』。

 

「先生。樹里さんからの伝言があるんだ。」

「最後だ。聞いておくよ。」

 

 うん。先生はきっとそうする。そう樹里さんが言ってたから。最後くらいは話を聞いてくれる。これが、最後の説得のチャンスだ。

 

「『言い訳してないで、さっさと皆で飲みに行くよ。バーニャカウダ作ってね。』だってさ。」

 

 そう言うと、先生は目を見開いたようだった。顔を手で押さえ、何かを思い出すように神妙な顔をする。

 そして、何かを察したかのように「そうか。」とつぶやいた。

 説得に成功した。ため息をついて、先生は俺をトラゴエディアの前に連れ出してくれた。

 

「・・・しゃーないから、今から封印を解く。あとは自分で何とかしろ。・・・ただし、封印でなく討伐したいのなら、条件がある。」

「条件?」

「なに、お前なら簡単さ。」

 

 そう言って、先生は笑って。

 

「あれとデュエルするとき、止めは『ハネクリボー』じゃないと討伐できないから。」

 

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・は?

 

「大丈夫、お前なら余裕だって。あ、ちなみに封印解いたら俺の自我が一時的に消えるから、自分一人で頑張れよ。俺はもう知らん。なるようになれ。」

「いや、ちょっと待って先生。ハネクリボーのステータスは・・・。」

「じゃあ、Let,s 縛りプレイ!」

 

 そう言った先生は、実にいい笑顔だった。

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 トラゴエディアの方向が聞こえる。悪魔の目の前には、どこからともなく石板が降ってきた。どうやら、あれがカードの代わりらしい。

 クリア条件は厳しい。それでも、どこかワクワクしている自分がいる、いつもの感覚。

 行くぜ、相棒。と、そこでよくよく考えたら、俺はいつも相棒に守られてるばかりで、相棒の攻撃で止めを刺したことが殆どないことに気が付いた。

 ・・・これを機に、HERO以外のデッキでも弄ってみようかな、相棒の為のデッキを。少しだけそんなことを考えながら、俺は目の前の悪魔に挑んだ。

 

 

 後日談ではあるが。

 正直、沖田先生の実力を基準に考えすぎて、割と普通に勝ててしまったことだけが、何とも言えなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話

すいません、モンハンやっていて遅れました。キリンが悪いよキリンが。
もう少しで第一部が完結します。それが終わり次第廃人の方を完結させるつもりです。リメイク、改定は、もう少し後になるかもしれません。





 

 ふと、昔の夢を見た。

 

 当時、俺はペガサスさんに保護されたばかりで、どこにも友と呼べるようなものはなく、周囲の子供たち(と、言っても既に15を超えた子ばかりだったが)から孤立していた。

 無理のない話だった。その時既に、俺の悪評は伝わっていたらしく、特にペガサスを敬愛していた月光やデプレなどは、俺を「デュエルモンスターズの価値を貶めた戦犯」として扱い、夜行などは逆に俺を「大人たちの被害者」として扱うものだから、無理はない。

 俺に同情的なのは「被害者」であるからで、それが違うことを知っているのは俺だけ。むしろ月光達の扱いの方が、正直ありがたかった。が、それはそれで精神的に摩耗していく。当時の俺は、これを一種の罰なのだと受け入れていた。

 そんな時だった、彼女と再会したのは。当時、彼女はペガサス・チルドレンではなく、コクラン邸と呼ばれる、コクランの屋敷に住んでいた。だが、そりが合わないのか知らないが、チルドレンたちが住むこの施設に、ミニオンのメンバーと同じように生活することがままあったらしい。

 さらに言うなら彼女は優秀で、よくペガサスさんの仕事を手伝ってもいたらしい。そのことを知ったのは、もっと後になってからだった。

 

「隣、いい?」

 

 そう聞いたのは俺かあいつか、どっちだっただろう。

 多分向こうからだったと思う。俺は、他人に顔向けできるような奴ではなかったから。施設の外にあるベンチの上で、二人して腰かけた。あいつも俺も、出来るだけ人に会いたくなかった。

 他の奴らとは遊ばないのか?と言うと、一人になりたい時だってある、と言って、俺の隣にいるのだ。不思議だった。チルドレンやミニオンから嫌われている俺はともかく、その逆であるこいつも、ここに一人でいるのだ。

 なんとなく、俺は急激に寂しくなった。新聞を読みながら、微塵もその内容は頭に入ってこない。久々に誰かといる感覚が、こんなにも落ち着かないものだとは思わなかったのだ。

 少し隣を見てみた。何を読んでいるのか気になったから。『シェイクスピア』の物語集、『タイタス・アンドロニカス』や『リア王』が表紙裏のリストに書かれていた。本の趣味がとても同世代とは思えない。思わず苦い顔をしてしまった。

 

「好きなんだ、シェイクスピア。現実味があふれてて。」

 

 声を掛けられるとは思っていなかった俺は、思わずぎょっとした。

 

「そんなに意外?『ドグラ・マグラ』よりはマシじゃない?」

 

 いや、そうじゃなくて見ていることを悟られたのが意外だったのだ。随分と集中しているものだと思っていたから。

 

「うん、なんとなく集中できなくて。」

 

 そう言って、彼女は本を閉じた。きっと、彼女も俺と同じで、落ち着かなかったのだろう。

 

「あなたは、何を読んでいるの?」

 

 彼女は、俺の持った新聞を覗き込む。そこには、何一つ楽しいことなんて書かれていない。強いて言うなら、あの事件の顛末を記したものが、新聞の三面記事の片隅に追いやられて書かれているだけなのだ。それを見て、あの事件が風化しつつあるのを、俺は感じ取っていた。

 渋い顔をする。そりゃあそうだろう。ああまで言って彼女を説得したのに、何一つ俺は前に進めていないのだ。

 話題を逸らしたかった。随分、残酷な話が好きなんだな、と声を投げる。

 すると、少し驚いたかのようだった。いや、どこか心ここにあらずだったのかもしれない。ああ、うん。と呆けたような返事をした後、彼女は言った。

 

「だって、分からなくないじゃない。」

 

 人間、誰だってああいう感情を持っているものでしょ?

 彼女が開けていた頁は、『ハムレット』の表紙が飾られていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 随分と、嫌な夢(・・・)だ。嫌な予感、と言うものを凝縮させると、何もない、平和な夢を見るのだと知ったのはいつだったか。自分が、そう言う人間だと気付いたのも同じ時期だったような気がする。

 不幸な、でも幸福な、でもないとこがミソだ。そもそも、夢なんてものは自分が見た記憶のツギハギから出来るものなのだから、それはただの記憶の塊だ、と流すことだって出来る。そして、俺の記憶は、その大半が不幸な過去で出来ていると言っても過言ではない。

 幼少、つまり前の世界の時は幸せだった。両親に恵まれ、祖父、祖母に恵まれ、成績もそこそこ優秀で、友達もそこそこいた。言ってみれば、少しだけ幸せな、平凡な生活だった。

 少年期に入ったころ、親に違和感を覚えた。自分、と言うものを全く見られていないように思った。それを感じるのと同時期に、親には離婚話が出ていたし、祖父や祖母の人となりが、よくわかった。

 祖父や祖母は、褒められた人間ではなかった。自分の都合のいい人間を手元に置き、そうでないものは迫害する。なまじ、中小企業の社長と言うのが余計にそれを助長させていた。

 母はそんな祖父母を嫌っていた。ああはならないと、自分の家族はああはならないと決めていた。そして、それを家族に押し付けようとした。いや、押し付ける、ではなかった。願っていた。

 そんな時に、浮気が発覚した。よくある話だった。父は、プレッシャーを感じていたのだろう、分からなくもない。当時中学生だった俺も、それに反発していたから。

 家庭はすでに崩壊していた。仮面、と言うものを全員が付ければこうなるのだと知った。

 幸せな思い出は、そこで途切れた。今はもう、かけらほどしか幸せな思い出はない。

 そんな折だった。よくわからない『何か』に出会った。平凡な夢の中だった。両親がいて、妹がいて、みんなで楽しく騒いでいる夢だった。

 でも、そんな光景はあり得ない。俺に、妹なんてものは存在しない。いるのは、判明したわりかし年の近い異母妹だけ。父の浮気がいつからだったのかは、想像がつくというものだ。

 

『幸せになりたいか?』

 

 夢の中の『何か』は、そう俺に告げた。『何か』は、人の形をしていなかった。

 そう、まるで大きな竜のような形をしていた。

 

『幸福になりたいか?』

 

 俺に問いかけた。これが夢の主だろうか。

 

『この光景を、現実にしたいか?』

 

 その言葉で、この光景は『何か』が用意した『if』なのだと、理解するのに時間はかからなかった。

 平和な空間だった。誰も彼もが楽しそうで、この世に憂うことなんてないと言わんばかりの光景だった。

 ここで暮らせればどんなに良かっただろう。素直にそう思えた。

 

 だけど。

 だけど、俺はこの光景を願わなかった(・・・・・・)

 だって、当時の俺は思春期だった。出来心だったんだ。

 

 つまり、何が言いたいかと言うと。

 俺は、『家族のいない世界』を望んだのだった。これから先の俺の未来は、すべて自業自得なのだ。

 

 だから、これから起こる俺の選択も、きっと自業自得なのだ。

 

   ◇

 

 不思議なことに、『俺』の入院は、『彼女』の入院よりも長引くことになった。

 まあ、幻魔の力を使って直した彼女と、精力気力をとうに使い果たし、その状態で尚且つ過労死一歩手前まで精霊の力を使った俺となら、幻魔の力>魔法、という図式が出来上がるのは仕方のないことだろう。彼女は早々に車椅子から立ち上がるほどに回復し、大して俺は入院生活を強いられていた。

 

「君ね、無茶するならそれはそれで事前に言っておいてくんない?」

 

 とは、担当してくれた顔見知りの医者の談だった。そんな無茶な、とは思うが、個室の病室を手配し、死の一歩手前まで逝っていた俺を文字通り救ったわけだから、何も言えない。

 

「・・・言っとくけど、私の責任じゃないよ、それは。君が無茶しすぎたのだ悪いんだ。」

 

 そう言う医者は、それでもなんだか罪悪感を抱いているようだった。

 

「・・・君は一度心臓が止まっていた。脳に酸素が言っていない、所謂脳死状態に近かった。

 発見が早いのが幸いしたね、ジュリアちゃんに感謝すべきだ。パニックになりながらも、必死に看護師を呼んだおかげで、何人もの看護師が集まってね。迅速な処置が行われた。

 ・・・君くらいだと思いたいね、心臓が止まっていてもなお動こうとする大馬鹿者は。」

 

 訂正、どうやら俺は一度死んでいたらしい。そりゃあ、入院も長引くはずだ。

 

「ちなみに聞きたいんだが、死ぬ直前に最後に残ったのはやっぱり聴覚なのかい?」

 

 その質問は余りに不謹慎だとは思ったが、最後に聞こえてきたのは彼女の声だったので、間違いはないのだろう。

 

「・・・いいねぇ、若いってのは。私もそんな青春を過ごしたかったよ。」

 

 先生の青春、と言うのは少し興味がある。目の前の人物は、ガタイのいい、所謂マッチョ体系だ、とでもいうべきか。顔つきも悪くなく、むしろ整っている部類に入るだろう。

 ・・・彼が『女』と言うことを知らなければの話だが。

 

「私の青春?そりゃあ灰色だったとも。レスリング部に入ったあとはボディービルダーを目指してたんだけど、うまくいかなくてね。結局親の後を継いで医者になったわ。」

 

 納得の経歴だった。いっそ、性転換手術をお勧めしたくなる。

 

「嫌、男の子は好きだけど、なるものじゃない。」

 

 全くである。至言である。

 

「・・・話を戻す。脳に酸素が言っていないっていうのは、それだけ障害が残りやすいということ。君の場合、左半身の神経が少しマヒしている。

 それだけじゃない。どれだけ心臓に負担をかけたのかは知らないけれど、随分と弱ってる。施術中、いつ心臓が止まるか冷や冷やしたわ。」

 

 俺からすればその程度で済んでいたというのが驚きだ。『トラゴエディア』の影響が及んでいるのは分かっていた。むしろ、そのまま心臓が止まっていてもおかしくはなかった、とさえ思っている。それに、地下にいた時に電撃は浴びることが多々あったから、その影響で心臓自体の機能は芳しくなかった。それでも生きているほうが不自然なのだ。

 やはり、『あれ』は俺を簡単には死なせてくれないのだと痛感した。左手の『痣』があった『痕』を見る。『竜の心臓』の絵が描かれたその痣の痕は、『あれ』、即ち夢に出てきた龍、『アルティマヤ・ツィオルキン』との契約の証だった。と、言ってもすでの痣は消えてしまったが。

 そう、俺は『シグナー』だった。正確には、『シグナーもどき』と言い換えて差し支えない。龍に『選ばれた』のではなく、契約した結果の『副作用』でなあなあで選ばれた『シグナー』。だから、何処かの主人公みたいに特に竜を扱えるわけではない。強いて言うなら、『過去のシグナーの龍』なら、ツィオルキンが貸してくれれば扱えるが、そうでないなら、俺は本当の意味では龍を扱えない。『レッド・デーモン』を使って地形を変えたり、『スターダスト』を使って自分や子供達を守ったりすることはもうできないだろう。

 報酬は『俺の幸せ』。契約内容は『守護』、こちらの世界に来てから、その役目と力を貰い、今まで生きていた。『ツィオルキン』としては、俺が次の世代の『シグナー』を選び、守ることを望んでいたらしいが、体に残った障害により、『守護』という役割を俺が果たすことは、これで出来なくなってしまった(・・・・・・・・・・・)

 俺が死んでいないのは、何かしらあの神様が、便宜を図ったのだろう。最低限の保証をしてくれて、俺が生かされたのはそう言うことだ、とそう感じた。その証拠に、もう俺の腕には痣がなかった。

 もしかしたら、『あれ』はもう、この時代の『守護』を担う誰かにとりついた(寝取られた)のかもしれないが、そんなことはもうどうでもよかった。

 

「聞いてる?」

 

 身を乗り出して先生が俺の顔を見た。どうやら考え事をしているのがばれたらしい。素直に降伏すると、注意事項を淡々と告げていく。

 

「とにかく、しばらく激しい運動は禁止、心臓に負荷をかけるような行為はもってのほか。

 ・・・できれば、アルコールの類もしばらくは禁止。それから・・・。」

 

 そして最後に、俺に究極の罰を先生は申告した。俺の口元にあるモノを拳で弾く。

 

「煙草、禁止ね。病院内で吸ったらぶっ殺す。」

 

 ひぎぃ。

 

 

   ◇

 

「病院内で吸ったらいけないんじゃなかったの?」

「『病院内』だろ?ここは中庭、『病院外』だ。」

「屁理屈こねて。」

 

 怒られても知んないよ、と彼女、ジュリアは言った。会うたびに思うが、幻魔、人の力が及ばない神秘とは、こうも凄まじいものなのか、と思わずにはいられない。それほどまでに、急速な回復だった。

 目の前にいる彼女は血色がよく、とてもこの間まで寝たきりだったとは思えない。少々肉付きが気になるが、数年寝ていたら仕方のない面もあるだろう。

 

「隣、来るか?」

「その煙草を吸い終えたらね。」

 

 そう言われたら仕方がない。携帯灰皿にまだ半分残っている煙草を無理やりねじ込んだ。煙草を買いに行くことを考えれば少々もったいない気はする(病院の購買では売られていなかった)が、ついこの前まで寝たきりだった彼女を立たせるほうが嫌だった。

 吸い終わるのを確認するとジュリアは隣に腰を下ろした。

 

「煙草、吸うようになってたんだね。」

「ああ。」

 

 『トラゴエディア』が好きだったんだ。そう言うと、ジュリアは酷く驚いたようだった。

 不思議なことじゃない。『トラゴエディア』は快楽を求める悪魔だった。だが、そのルーツを辿れば、あくまでそれは『クル・エルナ村の盗賊』の現身でしかなかった。元をたどれば、彼はあくまで()だったのだ。

 そんな悪魔が望んだのは、煙草を吸うことだった。あいつは、俺が煙草を吸っている間だけは大人しくしていた。俺が少しでも精霊の力を使えば、『トラゴエディア』は暴れだすことが出来る状態だった。そのレベルでしか、俺はあいつを封印できなかった、と言い換えていい。

 だからこそ、あいつは逆に俺に交渉(脅迫)してきた。『娯楽(ゲーム)』や『料理(うまい飯)』『上質な酒』。その望みの一つが、『煙草』だった。本人としては水煙草がよかったらしいが、そんなものは持ち合わせていない。まあ、吸いだしたら紙煙草の方が好みだったらしい。

 本来ならもう吸わなくていいのだろうが、そこは、まあ俺も好きになっていたから、仕方ない。というかそう簡単にやめられない。禁煙なんてものは知らん。

 

「そう、なんだかんだ上手くやってたんだ。」

 

 悪いことしたかな?と彼女は言った。だが、そういう訳じゃなかった。俺とあいつは、仕方なし、と言うことはあっても協力、なんてことは殆どなかった。

 どこぞの妖怪(字伏)人間(獣の槍)みたいなことはなかった。だから、あれでいいのだ。

 

漫画(うしおととら)で表現するのはどうかと思う。」

「なんで分かるんだよ、大分前だぞ、この漫画。」

「ペガサスさんの部屋にあったよ?」

 

 どうやらあの人はアメコミだけでなく日本の漫画にも手を出していたらしい。今度、『からくりサーカス』か『月光条例』あたりでも持っていこう。

 

「そういえばさ、一つ聞きたかったんだ。」

「なんだ?質問なら俺もある。答えてやるから、お前も答えろよ?」

「それはいいけど。」

 

 そう言って、一息おいて彼女は言った。

 

「なんで、『沖田 曽良』って名乗っていたの?」

「そりゃ、俺は有名だからよ。今の俺は、I2社のトラブル相談役(精霊事件の窓口)にして新召喚プロジェクトの責任者(プロジェクト・リーダー)だったんだからな。」

 

 まあ、元が付くが。

 

「凄いじゃん、大出世。その若さで任されたんでしょ?元、とはいえそれもこの事件があったからなんでしょ?外れたの。なら、これから先、任されることも多くなるじゃない。」

「かもな。だけど、今回の件で、俺はいろいろ問題を起こしたから、出世コースからは外れたかも。」

「なんとかなるでしょ、あなたなら。」

 

 期待が重いなぁ、と俺は笑った。でも、多分なんとかなってしまうような気がした。彼女がそう言ってくれると、不思議とそう言う気持ちになるのだ。

 

「でも、なんで『沖田 曽良』?『沖田』はまだある方だけど、『曽良』なんて名前は目立ってしょうがないでしょ?もっと、『山田 太郎』くらいのインパクトがない名前にしたほうがよかったんじゃない?」

 

 いや、『山田 太郎』の方が目立ってしょうがない。履歴書とかの見本でありそうな、明らかに狙った平凡な名前はこの御時世、むしろ見つかりにくい。

 

「ペガサスさんが用意したんだよ、経歴。ご丁寧に名前まで用意してた。一応、協力者だった校長には本当の経歴書渡していたけど、書類上在籍してたのは沖田、と言う名前で登録してた。」

 

 最も、そう言うことを嫌った鮫島校長はその経歴すらデータベースには乗せなかった。そして結局内通者であった大徳寺から俺が潜入者(スパイ)であることが判明したが。

 あれ、これ戦犯校長じゃないか?と頭に過ぎるが、その思考は消しておく。上が白と言えば黒も白になるのだ。社会とはそういうものなのだ。

 

「・・・ねえ、それ、嫌な予感がしない?具体的には命名する経緯。」

「奇遇だな、俺もそう思った。」

 

 大方、あの人の事だから何かの漫画から流用していたのだろう。個人的には『銀魂』と『ギャグマンガ日和』あたりだと思っている。

 

「その二つもあったわよ、本棚に。」

「確定した件について。ちょっとアメリカいってぶん殴ってくる。」

「今度にしときなさい今度に。」

 

 こうして、二人そろってため息をつくことになった。また仕事をさぼって漫画でも読んでいたんだろう。あの人が持つ仕事用のタブレットの中に、多くの電子化された漫画がインストールされていることを知っている身としては、何とも言えなくなった。

 

「そりゃあ、ばれるわ。というか、生徒によく今までバレなかったな、この名前。」

「そうよね、世代的には生徒にバレるか心配になるわよね、その名前。」

 

 ちなみにだが、後日十代に聞くと、普通に怪しまれていたらしい。元になった名前の二人が両方とも性格(キャラ)が似ているから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

「それで、聞きたい事って何?」

 

 わざわざ前置きしたからか、少し警戒されているらしい。そう聞く彼女の目は、真剣な眼差しだった。

 でも、俺はしばらく話すことが出来なかった。正直、したくはない質問だった。それを聞けば、今置かれた状況が180度変わってしまう。

 このまま聞かなければ、きっと俺は幸せになれるだろう。事件はすべて解決した。『ツィオルキン』はもういない。数年前に会った縁談話もない。俺たちを縛るものはもうほとんどない。それらは時間が解決していた。

 このままいけば、きっと彼女は俺を受け入れてくれるし、精霊たちは祝福する。I2社に戻って、二人仲睦まじく生活できるだろう。その一歩手前まで行っていたのだから、なんとなく想像はついた。

 それでも、けじめはつけなきゃいけない。やったことには責任を持たなければいけない。あの時と違って、俺は、俺たちはもう大人(・・)なのだ。

 

「なあ、ジュリア。」

 

 お前、態とトラゴエディアに呪いを受けただろ。

 

 そう言うと、彼女は驚いた顔で、でもすごくいい笑顔で、でもばつが悪そうに。

 

「やっぱ、バレた?」

 

 と、そう笑ったのだ。

 

 

    ◇

 

 

「最初に違和感を感じたのは、『トラゴエディア』と戦った時だった。」

 

 そう、あの時、少女を使って『トラゴエディア』と戦った時点で、『トラゴエディア』の力は恐ろしいものだった。

 人なんて簡単に殺すことが出来るその力。既に名のある決闘者を再起不能に送り込んでいた精霊。その力は強大だった。だから、俺は自分の心臓に封印する、なんていう荒業を使うしかなかった。

 

「でも、私と会った時はそこまで強力な精霊じゃなかったよ?」

「お前が、力を吸い取る型の精霊の脅威を見紛う訳ないだろ?そこまでお前は無能じゃないし、他にも理由がある。」

「理由?」

「お前、親友の弟(紅葉)と見知らぬ子ども、どっちが大事?」

 

 そう言うと、彼女は急に押し黙った。それはつまり、彼女はその二人なら迷うことなく紅葉を取るのだ、という選択を、既にしていたということに他ならなかった。

 

「力を吸い取る精霊は、その養分(吸い取った相手)が強ければ強いほど、手が付けられなくなる。何より、『トラゴエディア』の出自が出自だ。多少の犠牲を払っても、あれは倒すべきだ。普通の精霊使い(リアリスト)ならそう判断する。」

「いや、私はあのカードの出自なんか」

「お前がI2社のカードリストにアクセスした記録が残っていたぞ?」

 

 そう言うと、彼女は完全に諦めたようだった。手をあげて(ホールドアップ)、降参の意を示す。

 

「『トラゴエディア』は確かに脅威だった。でも、知識も何もかもが数千年前のエジプトで止まり、強力な精霊の力を他に吸い取っていなかった状態の『トラゴエディア』なら、俺はともかく、お前は十分に対処できる範囲だったはずだ。」

 

 ヴァンパイア使いの師匠(ティラ・ムーク)の下で精霊の力を学んだときに、よくわかったことがある。横の彼女が、この時代において、並ぶ者などいないほどの精霊使いであるということ。

 精霊に関する力量だけで言うならば、かの武藤遊戯すら遥かに超えるだろう力を、彼女が持っているということだった。

 そんな彼女が、『トラゴエディア』に負けただけで数年も眠り続けるだろうか。同じ時期、いや、それよりも前に負けて倒れていた紅葉の方が遥かにダメージは重かったはずなのだ。それなのに、彼女は昏睡し、紅葉は回復していった。

 道理が合わない。不条理にも程がある。何か裏があると、この数年、俺は考えずにはいられなかった。

 そして、確信を持ったのはつい最近だった。そして、それと一緒にもう一つ、気が付いたことがあった。

 

「十代から聞いたんだがな。アカデミアに帰るあいつが最後に俺に会いに来た時に言ってたんだ。」

 

 そう言って、俺はあの時十代が言ったことを思い出した。そして、それを一字一句違わずに思い出す。

 

「ネフィに、『初めまして』って言われたんだそうだ。」

 

 そして、それを聞いた瞬間に、ジュリアは空を仰いだ。どこがミスだったのか気付いたのだろう。

 

「おかしいよな、二度目のはずなんだ、十代がネフィに会うのは。」

「そうね、二度目なはずよね(・・・・・・・・)、十代君にとっては。」

「そして、それをお前が知っている。お前は、ついこの間まで寝たきりだったはずなのに(・・・・・・・・・・・・)、だ。

 あと、もう一つ言うなら、俺はお前にバーニャカウダを作った覚えはないぞ。料理を作るようになったのは、トラゴエディアの契約の一つだったからな。」

 

 話してくれるよな、事の顛末を。そう言うと、遂に観念したのだろう、彼女の話が始まった。

 

「まず、初めに断っておくけれど、私もこの事態は予想外だった。」

 

 そりゃあ、そうだろう。こんなこと、誰が望んでなるものか。数年も寝たきりになる事態なんて、誰だって願い下げだ。

 

「・・・こーちゃんに会った時に、呪いをかけられていたのはすぐに分かったの。」

 

『こーちゃん』とは紅葉のことだ。年齢は大して俺と変わらないが、何故かあいつは年よりも若く見られがちだったからか、いつの間にか定着していた愛称。そして、それはこいつが倒れてから誰も言うことのなかった愛称だった。そうして呼ぶこいつの声が少し嬉しくなった。

 

「で、私はその瞬間に、誰がその呪いをかけたのか分かったわけ。」

「いや、ちょっと待て、話が飛躍しすぎている。」

 

 なんで分かんないかなぁ、とでも言いたげに、彼女は俺を見た。

 

「・・・あ、もしかして、何か勘違いしていない?私が『トラゴエディア』の存在を知ったのは、こーちゃんが呪いをかけられる前(・・・・・・・・・)だよ?」

 

 ・・・は?え、どういうこと?

 

「私の仕事(バイト)は知ってるよね?」

 

 そりゃあ知っている。何せ、俺の前任者(・・・)だ。精霊の関与した事件の捜査、そしてその解決役。後に相談役(コンサルタント)なんて言われるようになるその仕事は、かつては彼女の管轄だった。

 元々、I2社に縁がある上に、精霊使いとしてはトップ(武藤遊戯)クラス、更に言うならば、彼女自身が精霊と縁のある生活を送っていたことが大きいだろう。『シャドール』を始めとした精霊たちとも良好な関係を気付いていたし、闇のゲームの存在を正しく認識していた。

 そんな彼女だからこそ、バイトと称して数々のちょとした事件を解決していたのだ。

 

「うん。そして、あの時の私の仕事は、『フェニックスさんが死んだときに行方不明になっていたカードの捜索』だった。

 元々、フェニックスさんも精霊については認識していたし、危険かそうじゃないかの判断はつく人だった。だから、I2社に保存するのとは別に、誰にも存在を知られずに保管しておくべきだ、と判断したカードは、いくつも彼の家に保存されていたの。」

「・・・それは分かった。でも、なんでそれが『トラゴエディア』だと分かった?それに、その言い方なら誰に取り憑いたかも分かってるみたいな言い草だったが?」

「みたい、じゃなくてその通りだよ。」

 

 開いた口が塞がらなかった。あれだけの情報で、もうそこまで特定できたというのだろうか。

 

「言い方が悪かったわね。正確には、『トラゴエディア』であることと、『呪いをかけた犯人』の大まかな年代、そしてその容疑者まで、って感じかな。」

 

 いや、十分すぎる。

 

「考えても見て?こーちゃんが、紅葉があんな風に負けたりする?仮にも世界チャンピオン。全世界で見てもトップクラスのデュエリストにして、私たち『ミニオン』の中で鍛えられた紅葉が、そんな簡単に負けたりする?

 そんな筈はない。なら、何らかの外的要因が必ずある。

 なら、あとはそれが何なのか。呪いを受けるのが分かっている『闇のゲーム』で、わざと負けようとするような状況。見たこともない人間のために、そんなことをすると思う?

 私は思わない。少なくとも私はしようとしない。でも、紅葉は『お人好し』だから、きっと子供か、それとも老人か。」

 

 ああ、俺もそこまでは理解した。でも、そこまでの考えに至ったのは、実際に犯人を見た後だったが。

 

「でも、多分老人はないと考えたわ。」

「まだ決めつけるには早いだろ?」

「ないわよ、だって、デュエルモンスターズが存在しているのはあの時点で十年と少しの話よ?そんな高齢の泥棒が、『ルールをちゃんと把握しているデュエリスト』で、それもそのカードの価値を測れるような人間がいると思う?」

 

 ・・・数は少ないだろうな、と負け惜しみを言うのが精いっぱいだ。

 

「例外はいる。「影丸」さんは多分正確な価値を知っている。でも、そこまでなりふり構って手に入れたいなら、もっと周囲の摩擦の少ない、陰険なやり口を使うわ。」

 

 そこまで言われる影丸に、少しだけ同情した。

 

「だから、多分犯人の年齢層は低い。小学生、よくて中学生くらいの子供。そんな子供が人を殺すとは思えない。だから、犯人の縁者かもしれない、でも、そこまで考えた時にふと別の考えが過ったの。」

「『フェニックスさんが渡した可能性(・・・・・・・・・・・・・・・)』か。」

 

 「正解。」と彼女は微笑んだ。その可能性を考えなかったわけじゃないが、俺はすぐに否定した。なにせ、その肝心の縁者である『エド・フェニックス』のカードにそんな精霊が付いていないことは、隣の彼女と一緒に確認したのだから。

 

もう一人いたの(・・・・・・・)。容疑者は。」

「・・・成程、知っていたのか(・・・・・・・)。」

 

 「まあね。」と彼女は何ともないように言った。

 その先は語る必要はない。フェニックスさんには恩師がいた。かつての上司にして、デュエルアカデミアという計画の先駆者でもあった人物。それと同時に、I2社のカードデザイナーでもあった人物だった。

 彼なら、カードを管理していたフェニックスさんもガードが緩くなって仕方がない。それほどまでに、あの人を崇拝していたのだ、と言うのは後になって知った。

 Mr.マッケンジー。そしてその娘であり、『犯人』によって操られた『実行犯』であるレジー・マッケンジーの存在を、彼女は知っていたのだ。

 

「そこからは簡単、いつも通り犯人を見つけて、元凶を取り除く。でも、そこで一つ思いついたこともあったの。」

「思いついたこと?」

 

 ろくでもないことである、と言うのは流石に分かった。

 

「うん。その呪いを利用して、私を結婚できないような大事故に持っていけないか、ってね。」

 

 想像していた数倍ろくでもなかった。

 

「私が倒れたら、流石に婚約話は破談になる。ベッドから起きれもしない女一人を、ただコネクションのための政略結婚にするには、ちょっと無理がある。

 『あの人』に迷惑はかけるだろうけど、そんなのはもうどうでもいい。それくらいの感覚だった。」

「おい。」

「何より、意趣返しに使えるかもしれないし。」

「おい。」

「それに私なら、最悪死ぬことはないし、自力で封印や呪いくらいなら解くこと出来るし。」

「ふざけるな!!」

 

 つい。

 つい、声を荒げてしまった。自分でも、酷く驚くくらいの声だった。

 

「うん。ごめん。こんな考えに至った私がバカだった。」

 

 だから、こうなったの。そう言って、ジュリアは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 正直を言うなら、俺はこの時ほどジュリアを、魂の恩人を憎い、と思ったことはなかった。

 だけど、どうして、という思いの方が強かった。そこまで、こいつは卑屈に生きているわけじゃない。邪道を快く思わず、正道を生きる人間だ。

 そんなやつが、本当にこんな手段を選ぶのだろうか。

 

「本当なのか?」

 

 冷静になって、思わず聞いてしまった。

 

「・・・うん。」

「そうか。」

 

 それしか言える言葉がなかった。それほどまでに、彼女が選んだ手段を信じることが出来なかった。

 

「正確に言うとね、実は直前で怖くなったんだ。」

 

 そりゃあそうだろう。その行為は、俺たちにとって自殺とほぼ同義だ。

 

「だから、やめようとしたの。でも、それを許してくれなかった。」

 

 許してくれなかった。そう言った瞬間に、俺は何か勘違いをしていることに気が付いた。

 

「なあ、ちょっと待て、その言い方だと、戦う相手はまるでいつもは許してくれるみたいな言い方じゃないか?」

 

 そう、許してくれなかった、と言ったこいつの言い方は、普段から親しい相手に言うような言い方だった。

 そんな筈はない。こいつとトラゴエディアにはそんな関係はない。

 

「そうだよ。」

 

 なら、こいつが戦った相手はなんだ?

 

「ネフィリム。」

 

 エルシャドール・ネフィリムだよ。そう言って、彼女はさも当然とでも言いたげに、居直った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 つまりは、こういうことだったのだ。

 こいつの結婚を喜んでいなかったのは、精霊であったネフィリムも一緒だった。

 その結婚を破談にするため、彼女たちは計画を立てた。問題になっている『トラゴエディア』を利用して、結婚を破談にするための計画だった。

 だが、直前になってジュリアは怖気着いた。当然だ。周りを巻き込むようなやり方を、こいつは望まない。それをするならば、いっそこいつは行方をくらますだろう。そういう方法を選ぶ人間だった。

 このやり方を計画したのは、単に、縁談話を持ってきた父親に対しての、『意趣返し《復讐》』でしかない。

 だが、ジュリアの計画を実行しようとした『ネフィリム』が、それを許さなかった。

 トラゴエディアを利用するのではなく、自らジュリアを昏睡させようとした。

 

 その結果が、この惨状だった。何年も起き上がることなく、永遠に眠り続ける彼女の姿だった。

 

 「ネフィリムは、私の魂だけを別の場所に追いやることで、私をある意味で封印したの。」と、言うのは彼女の談だ。影衣融合を用いて、自分の体をジュリアに明け渡す、と言うやり方で、ジュリアの体から魂を引きはがした。

 シェイクスピアの『タイタス・アンドロ二カス』を思い出した。

 タイタスはサターナイアスの助言に従い、辱めを受けた娘、ラヴィニアを殺してしまう。辱めを受けて生きながらえるより、いっそ生から解放してしまえば、という考えのもとに。

 今思えば、あれらの物語は、ネフィリムも好んでいた。望まぬ結婚で、望まぬ生を送るなら、いっそのこと、と考えたのかもしれない。そう言う危うさが、ネフィリムにはあった。それ故なのかもしれない。

 話を戻すが、まあつまり、俺がずっとネフィリムだ、と思っていたのはジュリアで、ネフィリム自体はずっとどこかで眠っていたのだ。

 そりゃあ、俺が料理を出来ることも、俺があの学校で起こした顛末も知っているはずだ。俺が、どういう思いで過ごしていたのかも知っていてしかるべきだ。

 なにせ、当の本人は5年間も、自分と共にいたのだから。

 謎は解けた。『トラゴエディア』が昏睡の原因ではないのなら、それを倒したところでジュリアの容態が回復することはない。

 5年も一緒にいたのなら、俺がどういうことを出来るようになっていたのかも、もちろん知っている。

 全ての真相がわかった今、これ以上語ることはもうないだろう。

 

「なあ、最後にもう一つ聞いていいか?」

「どうぞ?」

「その意趣返しの対象、俺も含んでいたのか?」

 

 まあね、と彼女は言った。不思議とすんなり納得した。つまり、彼女はこの縁談話を、俺からめちゃくちゃにしてほしかったのだ。『駆け落ち』と言う形なら、自分は決められた婚約者と暮らさなくて済むし、なにより父親に対してのいい復讐になる。

 あの時にそう言ってほしかった。期待していた。俺が彼女と一緒になりたいと言ったなら、そこでもう実行するつもりでいた。でも、そうはならなかった。

 だから、彼女は意趣返しと言ったのだ。復讐ではなく、意趣返しと。それは、俺を憎んではいないが、ちょっと痛い目にあってほしい、という願望だったのだ。

 そして、ここまでのことになることは、きっと彼女も想定外だったに違いない。好き好んで、ここまで長い間眠り続ける奴なんて、いないのだから。

 

「酷いことして、ごめんなさい。」

 

 それは俺のセリフだった。こいつの気持ちを汲んでやらなかった。前科者だから、と言い訳して逃げずに、こいつの気持ちを最優先に組んでやるべきだった。

 

「ずっと横にいたのに、このことを伝えなくてごめんなさい。」

 

 それは違う。伝えなくて、じゃない。俺が伝えさせなかった(・・・・・・)。ネフィリムに対して、俺は壁を作っていた。ジュリアを守れない精霊だ、とどこかで軽蔑していた。憎んでいた。

 それを、ジュリア(ネフィリム)は正しく察知していた。だから、それは違う。

 

「ごめん、なさい。」

 

 泣いていた。いや、違う。彼女を泣かしたのは、俺なのだ。

 だから、これだけは言わなければならない。

 

「なあ、伝えたいことがあるんだ。」

 

 あの時伝え損ねた、この言葉を。

 最後に会った時に伝えられなかった、この言葉を、俺は伝えなければならない。

 この年になって、どこのラブストーリーだ、と思わないこともないけれど、まずはそこから始めよう。

 

「ジュリア。」

 

 だって、俺はずっと。

 

「あなたを、愛しています。」

 

 彼女を、愛していたのだから。

 

 だから、多少のいたずらくらいは、ちょっとシャレにならない悪戯けのことは忘れてあげようと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




完結間近です。
それから、ヒロインの所業に反感を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、まだ十代の、それもちょっと家庭環境が複雑な子の癇癪と思って大目に見てあげてください。この後きっちり周りから絞られました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話

めっさお久しぶりです、紫苑菊です。今回はこちらの投稿。
短いです。かなり短いです。だいたい1万行かないくらい。そして、あと1話2話でこの小説はいったん締めくくらせていただきます。
まあ、本当は書きたい話はいっぱいあったんですが、カットにカットを重ねて、泣く泣くと言った経緯があります。時間がないんです。本当に時間がないんです。遅筆な上に書く時間がないとかまじで終わっています。さらに言うならその状況でデータがたびたび飛んだり、保存を忘れたり←おい
まあ、そんなわけでもう少しだけおつきあいください。


 

 

 とある喫茶店、昼と言うには少し遅い、夕方を少し過ぎたころ、俺はとある人物と喫茶店で向かい合っていた。目の前の彼女は、優雅に珈琲を飲みながら、美味しいわね、と言いつつ、今回の事件の経緯を聞いていた。

 

「それで、結局許しちゃったのね。」

 

 馬鹿な子、となじられる。この人になじられるのは、少し、いや、かなり不快だった。妙な気分になる。

 

「まあ、私からあの子にはお灸を添えておくわ。鞭は私がやるから、飴はあなたの担当ね。」

「重ね重ね、迷惑をおかけいたしました、師匠。」

 

 師匠は止めなさい、と随分前から言っているでしょう?と師匠は俺に言った。だが、俺からすれば目の前の女性は紛れもなく師匠で、恩師でもある。

 敬意をもってこの呼び方をしているというのに、というと、あなたの場合はからかい半分が入っているでしょう?と返された。流石は師匠、俺のことをよく分かっていらっしゃる。

 

「それで、件のあの子はどこに行っているの?」

 

 そう言われて、俺は返答に困った。仕方がなしに、俺はこの喫茶店にあるテレビを指さす。

 

 今現在、目の前のテレビでは近くで先ほどまで行われていたアマチュア杯の映像が流れていた。その大会はただの大会ではなく『マーズ杯』と呼ばれるもので、カードプロフェッサーの証である『ブラック・デュエルディスク』と『プラネットシリーズ』と呼ばれる、世界に一枚しかないカードを賭けた、とてつもなく大きな大会である。デュエリストなら、いや、デュエリストでない一般人ですら注目するような、大型のリーグだった。

 

「ちょっと待って、ねえ、中心にいるのって・・・。」

 

 その通りです、と思わずため息をついてしまった。『マーズ杯』は数日かけて行われるのだが、どうやら彼女は昏睡から目覚めて間もなくエントリーしていたらしい。車椅子に乗りながらプレイしている姿は、俺たちの第二の母、とも言えるであろう、舞子先生そっくりだ。長時間立っているのは疲れるから、と先生の予備の車椅子を借りたらしいが、やっているデュエルはド畜生に尽きる。そもそもネフィリムが突破しにくいのに横にエグリスタとミドラーシュを並べるのはいかがなものか。あ、ウェンディゴまで出てきた。実力伯仲で融合デッキから出てきたモンスターを無力化したうえで、デッキ融合を行っているらしい。

 

「うわ、えぐいわ。あなたならどうやって突破する?」

「デッキの上に手を置きます。」

「奇遇ね、私もよ。」

 

 ですよねぇ、と互いにため息をついた。病み上がりであんなに元気な彼女を見ると、なんだかやるせない気持ちになってくる。目の前の師匠も奮闘してもらっただけに、余計に。

 

「まあ、私は知り合いの精霊に聞くだけだったんだから、いいんだけどねぇ。」

 

 心配だけは返してほしい、と言う言葉には、思わず賛同してしまった。目の前の人物からすれば、そりゃあ手間では無かっただろうが。何せ、自分自身が精霊なのだから。

 

 『ティラ・ムーク』。ヴァンパイア使いであり、そして尚且つ精霊に愛された結果、自身が『ヴァンパイア婦人(フロイライン)』に昇華した、世界でも類を見ないであろうデュエリスト。

 と、言ってもその戦略(タクティクス)はさほど高くはない。実力だけなら自分の方が高い自負がある。それでもなお、彼女を師匠と呼ぶのは、精霊使い、としての向き合い方を教えてくれた、恩師であるからだった。

 

「それで、要件って何?あなたが私を呼び出した、と言うことはそれ相応の情報なんでしょうけど。」

 

 そう言う彼女に、俺は黙って手元の資料を手渡した。今回の事件、そしてセブンスターズ、七星門と呼ばれた彼らについてである。

 珈琲を飲みながら資料を読むさまは、本当に絵になっている。ここだけの話、タイプ、と言うならジュリアよりも彼女の方が好みのタイプではあった。なにより・・・。

 

「・・・ブフォオ?!」

 

 こうして、時々すごく残念なところなんかは、凄く嗜虐心と言うものをそそられる。口から噴き出した珈琲をだらだらと流し、茫然とした表情で彼女は資料を食い入るように見つめていた。

 

「ヴァンパイア、カミューラ?ちょっと、ヴァンパイア使いがそっちにいたの?」

「ええ、相手を傀儡化させるタイプのゲームの使い手でした。幸いなことに、傀儡化した後の相手を、任意に同族にする、なんていうことは出来ないようですが。」

「それでも十分厄介ね。」

「まあ、彼女自身の実力が大して伴っていないですし、なにより、人質を使わなければ学生にも負けてしまうような実力なので、お察しと言えばお察しですが。」

 

 その情報だけでも、あなたにとっては十分でしょう?と言外に告げてみる。目の前の人物の目的を知っているからこそ、このことだけは伝えないといけなかった。

 

「助かるわ。それにしても、カーミラ一族の側にも、ヴァンパイアの生き残りがいたのね。」

「そう言えば、あなたはヴラド側の一族なんでしたっけ。」

「そして、私の標的も、よ。」

 

 そう言って、彼女は笑顔で俺の方を見た。笑顔、と言うには邪気があるが、彼女にとっては進展があったのだから、それも仕方がないだろう。なにせ、数日前までなら、間違いなく俺も似たような顔だったと自信を持って言える。

 

「と、言っても、ペガサスさん辺りから、そのあたりの情報は得られるかもしれませんが、念のためこうして直接渡しているわけです。」

「あら、あの人は情報に関してはシビアよ?身内以外にはね。」

 

 暗に、私はお前達とは違う、と言われる。まあ、彼女はあくまで雇われの身ではあるのだが、だからと言って無関係、という訳ではないだろうに。

 

「まあ、情報料ならあげるわ。ちょっとこっちに来なさいな。」

 

 そう言って、彼女は俺にちょいちょい、と人差し指で指示する。それも笑顔で。

 こういう時のこの人は、大抵ろくでもないことしか考えていない。今回もそうなのだろう、とは思うが、それでも拒否しないのは後々まずそうだ。仕方なしに近寄る。

 

 すると彼女は俺に抱き着き、抱擁し。

 

 牙を肩に突き立てた。

 

「・・・・・?!」

 

 思わず叫びそうになる。痛い。悲鳴をぐっとこらえて、非難めいた視線を送る。

 

「そんな顔しなさんな。」

 

 そう言って笑うが、絶対態とだ。この人の牙はその気になれば相手を快楽じみた快感に襲わせることもできる。だのに態と痛みを強くしたことは明白だった。

 

「・・・あんた、随分無茶したでしょ?片腕、まともに動かせないことに気付かないと思った?」

 

 ・・・気付かれていた。まあ、そこまで隠す気はなかったし、女性は鋭いというから、覚悟はしていたことだった。

 

「まあ、ちょこっと今ので弄ってあげたから、少しは動きやすくなるはずよ?」

 

 そういわれて、初めて腕の異変に気が付いた。しびれが取れて、先ほどよりもはるかに動かしやすい。

 

「まあ、一時的な眷属化とでもいえばいいかしら。安心して、体の不自由が取れた以外は殆ど前と変わらない。日に当たってもどうこうなるわけじゃないから。と、言っても無茶していいわけじゃないわよ?負荷を賭けたらどうなるかは分からないし、気を付けてね。」

「助かります。」

「いいのよ、面白いものが見れそうだし。」

 

 それじゃ、私は行くから。そう言って彼女は姿を消す。半分精霊の彼女にとって、体を霧のようにするのは造作もないことなのだろう。

 席に戻って、残ったコーヒーカップに口をつける。はて、彼女の言う面白いものとは何なのだろうか。それだけが気になった。

 

 といっても、数秒後にはこの発言を撤回することになる。

 

「随分と、優雅だね。」

「・・・、いつからいた?」

「ついさっき。」

「・・・そうか。」

 

 理解した。したくはないがしてしまった。

 あの人が俺を治すのに用いた手段。それを傍から見ていたらどう見えるだろうか。答えは簡単だ。抱き合ってハグをして、そして首元にキスをしているように見えるのではないだろうか。

 そして、その光景を彼女が見ているとしたら。ありえない話ではない。なにせこのカフェは、件の、彼女が出ているリーグ会場の目と鼻の先で、終わった後に合流できるようにしていたのだから。

 あの人は、彼女が視認できるのを確認した後、この悪戯を実行したのに違いない。その証拠にあの人がわざわざ血霧になった(・・・・・・)のは、この状況を出歯亀するために巻き込まれない、かつ安全な立ち位置を手に入れる為だったのだ。

 

「・・・一般人を巻き込んだ罰、もう少し優しくしてくれませんかねぇ。」

 

 無理ね、と言う声が聞こえたのもつかの間、俺の意識は目の前の泣きそうになっている彼女を全力であやすことに没頭するしかなかったのだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「以上が、今回の事件の全容になります。」

 

 レポートを提出し終わり、目の前の上司に一連の出来事を報告する。本来、彼は上司ではないのだが、今回の一件に関してだけは、俺は彼に報告する義務があった。

 

「・・・頭が痛いな、あと胃も痛い。」

「奇遇ですね、自分もです。」

 

 お前には聞いていない、とにべもなく言われてしまう。感覚的には、自分も彼と同じなのだが。

 

「それで、あいつは今どうしてる?」

「リーグ7勝目記念に酒飲んでぐっすり寝てますよ。」

 

 まったく。あの馬鹿娘は、と愚痴る。人がせっかく時間を作ったのに寝ているのはどうなのか、と言う意味なのか、一連の事件の動機についてなのか、は分からなかった。

 

「起こします?数年ぶりの娘の声でしょう?」

「ゆっくり寝かせておいてくれ。」

「そうですね、それがいい。」

 

 分かってるなら聞くんじゃない、と怒られてしまった。大きな声を出すと彼女が起きますよ、とやんわりと言ってあげると大人しくなる。今日は、これが使えそうだ。

 

「貴様のそういう、見透かした上で聞いてくるところは嫌いだよ。あいつを思い出す。」

「彼、というとペガサスさんですか?」

「いいや、エリアスもだ。」

 

 エリアス。エリアス・ジミーロット。それは、社長の名前だった。

 

「あいつも、ペガサスとよく似ている。相手のことはよく見透かしているくせに、笑いながらその上を踏破していく様は、お前もよく似ているがな。」

「・・・買いかぶりすぎですよ。俺はそこまでじゃありません。ペガサスさんだって、見透かしているのはあのアイテムの力あってこそです。社長の様な怪物じゃありませんよ。」

「そう言っているのは過小評価だな。俺はお前を高く評価している。ペガサスもだ。あのアイテムなしでも、あいつはわが社にとって有益だ。」

「それなら、なぜジュリアに縁談を用意したのですか?」 

 

 核心に迫る。この質問は、ほんの数日前の俺ならできなかっただろう。この人、カール・コクランと正面を切って、面と向かって言葉を交わし合うことを、俺は恐れていた。

 理由は、まあ単純ではある。自分に自信がなかった。その一言に尽きた。だからこそ、俺はあの縁談話を仕方のないことだ、と受け入れた。でも、今の自分は違う。過去を受け入れて、その上で今の地位がある。今でこそ降ろされてしまっているけれど、新プロジェクトにそれなりの地位にいる。自分の仕事には自信を持っているし、他人が見たらうらやむ立場にはいる自覚がある。

 

 これは、今だからこそ聞ける質問だった。

 

 カールさんがグラスを鳴らす。中にはブランデーが注がれていた。一気に煽り、一言。「強いな。」と漏らす。彼女同様酒には強くない彼(アメリカンにしてはだが)がここまで酒を飲む、と言うことは言いづらいことなのかもしれない、と思った。

 だって、避けていたのは彼もなのだから。仕事以外で彼と話したことはほとんどない。あるのは、たった数回。

 

 彼女の病室、だけだった。

 

「本人相手には言いづらいがな。」

「構いません。後ろ指をさされる生き方をしていた自覚はあります。」

「そう言われても、言いにくいのは変わりない。」

 

 何より、自分は間違っていたのだからな、とぼやくその姿に、かつての覇気は全く感じられなかった。

 

「貴様が前科者だったからだ。」

 

 ・・・やはりそうか、としか思えなかった。

 

「・・・前科者と娘が付き合っているのではないか、と言われた時、私はそんな奴には任せられない、と思った。貴様なら分かるだろ?誰だって、好きでそんな男と一緒にさせる親がいると思うか?」

「いえ。」

「・・・随分と素直だな。」

「もっと怒ると思っていましたか?」

「まあな。」

 

 そう言って、また彼はグラスに口をつけた。

 

「話を戻すがな。正直、それでも彼女が選んだならいいかとも考えた。・・・自分が、娘に心を開かれていないのは分かっていたし、あの若輩者、ペガサスの方が、よほど親らしいとも考えていた。

 そして、私は君に会いに直接出向いた。覚えているか?最初に会った時のことだ。」

 

 忘れるわけがない。その時の彼は職場の誰よりも一層厳しい目で自分のことを見ていたのだから。

 

「貴様は、いや、君は成程、素晴らしい人間だと思ったよ。」

 

 だけど、そう評価されていたのは驚きだった。

 

「意外か?」

「ええ。」

「正直だな、あいつらならこういう時、茶化しに来るからそういう反応は懐かしい。」

 

 そう言って、珍しく微笑んだ。あるいはマウントを取れて喜んだのかもしれない。こういう時、彼女は父によく似たのだな、と思う。

 

「あの時の貴様は、誰よりも努力していた。世話になっているペガサスの顔に泥を塗らないように、そして、他人に顔向けできるような人間になる、という意志が感じられた。成程、こういう男なら確かにいいかもしれない、とも思った。」

 

 とも思った、と言うのが、彼の場合世事ではない、と言うことに気が付かないことには気づいたが、手放しに喜べるほど、俺は舞い上がってはいなかった。

 

「だが、貴様は前科者だ。それも、一度は彼女と敵対した男だ。」

 

 それは、リムジンの中での一件を言っているのだろう。

 

「そんな奴に任せていいのか、という意志が消えることはなかった。むしろ強くなっていく。そんな矢先、縁談話を持ち掛けられた。コネクション云々抜きに、その男を調べた。成程及第点だ。私はお前と彼を天秤にかけ、」

 

 そして、相手が選ばれた。

 

「だが、私は相手のことを考えるだけで、ジュリアのことを見ていなかった。ここまで強く、私を、お前以外の人間を拒否するとなんて思っていなかった。」

 

 さらに強くグラスをあおる。もう、普段の強い彼の姿は、微塵もなかった。

 

「正直に言うと、あいつが倒れた時、そんな予感がしていた。自分から襲われに行くような真似を、娘がするはずがない、と思いつつ、私はずっとその考えにとらわれていた。」

「・・・自分は、そんなことは微塵も考えていませんでした。不甲斐ないです、自分が彼女を追いこんだことに、一緒にいても気付けなかった。」

「それは私のセリフだ。貴様はマシだ。私に至っては復讐、とまで言われたんだぞ。」

 

 追い込んだ自覚があるから、なんとも言えんがな。ただ空しく、そして不甲斐なさで死んでしまいそうになるだけだ。

 互いにため息をつく。そして、ふっとおたがいに笑い出した。

 

「まあ、これで私の肩の荷は下りた。潮時だ。」

「引退なさるおつもりで?」

「引退、じゃない。離職だよ。」

「一緒でしょう。それに、話はまだあります。」

「なんだ、私はもう話すことはないぞ。ジュリアは業腹だがお前に託した。ああ、縁談相手ならもういないぞ。縁談が破談になった後、そいつは忌々しいあの場所(ラスベガス)で破産した。重度のギャンブル癖だったらしい。つくづく、あそこには縁がない。」

「知っています。そんなことはどうでもいい。破滅させた経緯と原因は俺にもありますので。」

「おい、ちょっと待て今大事なこと言わなかったか?」

 

 本当に大丈夫かこいつ。と言う目で見られるが、嘘はついていない。ただ、あの時の議員の息子が、彼女の婚約者である、ということを敢えて教えなかっただけだ。

 何度も破産している人間ではある。だが、その外聞はそこさえ目をつぶれば問題のない経歴、いやむしろ素晴らしい人間だった。MITに首席で合格、将来を期待される若手のホープ。ただしギャンブル癖。

 そうでもなければ、あの議員も息子のために多額の金を渡したりしないだろう。たしかに、金払いはよかったが、傲慢じみた性格を内包していることに気が付かないほど、ラスベガスは平和ボケしていない。あれは、カジノ側からすれば文字通りカモでしかなく、そのことをこの人に教えるほど、係りがあったわけでもなかっただけの話だ。

 

 それに、たったそれだけでジュリアとあいつの結婚を阻めたかもしれない、とは思わなかった。

 

あなたから依頼されていた件(・・・・・・・・・・・・・)、きっちり調べましたよ。」

「・・・結果は。」

「ご想像の通り、と申しましょうか。」

 

 やはり、か。そう呟いて彼はその顔を苦痛に歪ませた。手元には、きちんと資料を用意してある。簡単な仕事だった。そして、この人にとっては難しい仕事でもあった。

 簡単、と言うには語弊がある。手段は簡単だったが、それを聞き出すのには苦労した。何が悲しくて、自社のなかで内部調査を行わなければならないのか。だが、まあ結果はこの人の推測通り、だったわけなので何とも言えない。

 手元の資料には、かつてペガサスさんが危惧した、改革(コクラン)派と会長(ペガサス)派に所属しているメンバーの名前が載っている。そして、一番上にはそれぞれの創始者の名前がある。

 そして、その名前は同じものだった(・・・・・・・・・・・・)

 

「どうしてわかったんです?」

 

「勘、としか言いようがないんだがな。私を支持する側と、ペガサスを支持する側が対立し、会社が水面下で二分化しかけていた、と聞いた時、真っ先に出てきたのが、そいつの顔だったよ。あいつは、昔からこういうことが得意だった。

 私から言わせれば、お前の方が不可解だ。最初にこの仮説を話した時、貴様は驚くのではなく、ああやはりか、と得心していた。なぜだ。」

 

 何故だ、と言われたら、こう答えるしかないのだろう。

 

「知っていましたから。」

 

 クルサールさんに忠告されていまして。

 

 そう言った瞬間、苦虫をかみつぶしたような顔になる。今日のこの人はころころと表情が変わるから面白い。

 

「貴様ら、大事なことは話さないとでもいう暗黙の了解でもあるのか?」

 

 そんなのは物語(ホームズ)だけで十分だ。そう言うが、自分たちも信じてもらえない、と思ったから心のうちに留めていただけだというのに。

 

「・・・クルサールさんが彼と最初に会った時、そして、次に会った時。名前が違ったそうなんです。

 クルサールさんは、長い間カジノを経営していました。そんな中で、彼は人の名前と人相、特徴、そのすべてを一瞬で記憶し、網羅することが出来るんだそうです。クロフォード家の人間は、何かしら能力が突出しています。そのことは、あなたもご存じなのでは?」

 

 重々承知しているから、そこは疑っていない、という返事を、目でもらった。どうやら、前置きはいいからさっさと話せ、とも言いたいらしい。

 

「そこで、彼はくだらないことに気が付きました。俺も、思わず笑ってしまいそうになることなんですが、彼の名前はアナグラム(・・・・・)なんですよ。」

 

 多分、彼の遊び心なんでしょうね。そう言った瞬間、頭を?にした後、考え込み、手元の紙にありったけの単語を書き続ける。そして、数十秒もしないうちに思わず笑いだした。

 

「まさか、貴様ら本気にしたのか?こんなくだらないことを?!」

「其れこそまさか。」

 

 ですが、彼自身どこか信用ならない、本性をださない面がある。見ればわかる。そう言う人間は、カジノでよく見た。

 俺もクロフォードさんも、そこを警戒していた。だからこそ、クロフォードさんは、ペガサスさんではなく、俺にだけこのことを伝えたのだ。

 手元の資料には一つの名前が書かれている。家系図のように張り巡らされた線は、同じ名前で止まるのだ。少々変わった綴りで書かれた名前、エリアス・ジミーロット。それが、I2社を二分化しようとした犯人の名前。

 

「・・・引退は、まだ先のようだな。」

「それがいい。何かあったら力になりますよ。」

「貴様はペガサス派だろうが。」

「義理の父親を応援しないほど、不義理ではありませんので。」

 

 口だけは達者だな、と彼は踵を返して、扉に向かう。そして、小声でこう言った。

 

「そうそう、そこの部屋で狸寝入りをしている娘に、一度くらいは家に帰れ、と伝えておけ。」

「へ?」

「あいつは、私に似て居なくてな。」

 

 酒にはめっぽう強いのだ、と笑っていた。

 彼が去った後には、おそらくアナグラムを考えたであろう痕跡が残っている。筆記体で書かれたそれには、こう書かれていた。

 

 『James Moriarty』

 そして、思わず書いたであろう走り書き、『Fucckin’Kidding』の文字。

 

 ・・・たしかに、ふざけた、喜劇だと思った。

 

 

 




それから、廃人の方ですがいったん凍結することを検討しています。元々考えていた話が放送の関係で使えなくなり、シナリオが、まあ、あれだったのもあってHDDに溜めて放置していたのですが、HDDレコーダーを買い替えた時にデータを移すのを忘れていたので、今手元でどういう結末を迎えたのかわからない状態です。
DVDを借りたとしても、見る時間が取れない以上、お金の無駄になりかねませんので、いったん凍結し、時間が空いて再開のめどが立ちましたら、続きを投稿していこうと思います。

感想、評価よろしくお願い申し上げます。

・・・と、ここまで長々と話しましたが、実はそれなら手元にあるこのすばとかヒロアカとかの二次創作書きたい、というのも少しあったり←おい

という訳で、申し訳ありませんがまたしばらく廃人の方はストップするやもしれません。手元にある書きかけの分、どうしようかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。