霊夢と巫女の日常録 (まこと13)
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第0章:出会い
第1話 : あの頃のわたし


 

 

 

 あの頃の私は、いつも俯いたまま歩いていた。

 周囲の声に耳を傾けないよう、無心で歩いていた。

 

「ねえお母さん、今日の晩ごはんはなにー?」

「ふふふ、秘密よ」

「えー、教えてよケチー」

 

 ちょっと目線を上げれば広がっている、そんな光景が私には眩しすぎたからだ。

 母親に手を引かれながら頬を膨らましていた、あの頃の私と同い歳くらいの子供が、ただただ羨ましかったからだ。

 あの子にはきっと、これから温かいお家で温かいご飯が待っている。

 母親が子供と繋いでいない方の手一杯に持った荷物は、寺子屋のテストでいい点を取ったあの子へのご褒美が詰まっているのだろう。

 これからあの子を待っているのは、疑うこともない、ただ幸せな時間だけなのだろう。

 

「……どうせ自分一人じゃ何もできないくせに」

 

 その時の私は、確かそんなことをボソッと口にしていたと思う。

 あんなアホ面の子供がいい点を取れたテストなんて、私だったら簡単に満点をとれるだろうからだ。

 それだけじゃない。私はもっと冷静に物事を考えられたし、自分で食料を狩ることだってできたし、空を飛ぶことだって妖怪に勝つことだってできた。

 それでも、自分を褒めてくれる、自分と手を繋いでくれる温かい手なんてものは、私には存在しなかった。

 

 だから、多分私はちょっと見栄を張ろうとしたんだと思う。

 他の誰にもできないことをやってみせれば、誰かが私を褒めてくれると本気で思っていた。

 まともに読み書きができる子すら少ないような年齢でありながらも、大人でもできないことを顔色一つ変えずにやってのける気味の悪い子供だからこそ誰も手を取ってくれないということに、私は気付かなかったのだ。

 生意気でぶっきらぼうなくせに、そんな時だけ頭がお花畑だったあの頃の私を思い出すと、ちょっぴり恥ずかしくなる。

 

 だけど、私は少しだけ、昔の私に感謝している。

 もしその時の私があんな気を起こさなければ、何も始まることはなかった。

 あの人たちに出会うこともなく、ただ孤独に一生を終えていくだけだった。

 少なくとも、今の私は存在しなかった。

 

 これから話すのは、その頃の話。

 私の人生が変わった、とある日々のお話――

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の天気は、久々の快晴。

 川のせせらぎが心地よいメロディを奏でる、絶好の日向ぼっこ日和!

 私にとっての、至福のひと時。

 ……だったはずの時間を妨げる人なんて、私は一人しか知らない。

 

「霊夢っ! 霊夢はどこだっ!!」

 

 ドシンドシンと神社の床板を踏み抜かんばかりに大袈裟に足踏みをしながら声が近づいてくる。

 わざわざ身体を起こすのも面倒だったので、私は廊下に寝転がって頬杖をついたままそれに答える。

 

「うるさいわよ。そろそろ風情ってものを理解したら?」

「って! まーたそんな格好でダラダラして、たまには子供らしくしなさい!」

「グチグチグチグチと、あんたは私のお母さんか」

「いや、お母さんだよ!?」

 

 教えてはくれないけど、見た感じ年齢は20歳弱くらい。

 巫女服という神に仕える神聖な服を着ているはずなのに、足首のあたりまで届きそうなほど長い髪は、それに似つかわしくない茶髪をしている。

 別に生まれつき茶髪という訳でもなく、いわゆる「おしゃれ」のために最近になって染めたのだそうだ。

 巫女のくせにそんなのでいいのかと聞いても、「別に私は気にしないし」とか神を神とも思っていないような自分勝手なことを言い始める始末。

 わがままで、ぶっちゃけ私より精神年齢の低そうに見えるこの人は……一応、私の母さんということになっている。

 私の歳の割に若すぎるっていうのは、お察しの通り血の繋がった親子って訳ではないからだ。

 

「まぁ、とりあえず冗談はおいとくとして、何か用?」

「あ、よかった冗談か……って、そんなことより霊夢! 慧音……先生から、聞いたぞ。あんたまた最近寺子屋サボってるんだって?」

 

 普段名前で呼び慣れてるってのなら、無理して私に合わせずにそう呼べばいいのになーとはいつも思う。

 友達少ない母さんの、貴重な話し相手なんだから。

 

「だって、寺子屋つまんないんだもの」

「つまんないって……」

 

 読み書きの練習に簡単な計算問題、それとちょっとした体育。

 これだけ流暢に話せる私にとって読み書きの練習がどれだけつまらないかなんて、説明するまでもない。

 知らない子供に混じって、しちいちがしち、しちにじゅうしと声を揃えて言う算数の時間なんて、正直バカらしくなってくる。

 それに、体育の時間にしたってそうだ。

 無防備に飛び跳ねてる子供の死角からボールを投げて当てていくだけの、ドッヂボールなんていう作業の何が面白いのか私にはわからない。

 

「だからね、私はこうやって日光を浴びながら精神統一して、有意義に時間を使ってるの」

「……あのな霊夢、子供は勉強するのが仕事なんだぞ? 働かざる者食うべからず! ってね」

「でも、どうせ母さんだって本当は寺子屋の勉強なんてまともにやってこなかったんでしょ?」

「ぅ……」

 

 それを言った途端、母さんは次の言葉に窮する。

 しばらく前、私が寺子屋に行かないことを怒る母さんに2桁の掛け算を出してみたら、たった10本の指をしばらく曲げたり広げたりした挙句、私の目の前だというのに突然泣き崩れてしまったことがある。

 次の日まで口を開かなくなってしまって正直言うと面倒くさかったから、それ以来母さんに勉強のことを聞いたことはない。

 

「だけどよそはよそ、うちはうち! 霊夢は立派な大人になるんだから」

「母さんのことだし、よそのことじゃないでしょ……あ、じゃあさ、母さん! うちはうちの霊力の使い方、私に教えてよ!」

「……あー、それはまだ霊夢には早いかな」

「えー、ケチー」

 

 母さんは人間なのに「霊力」という特殊な力を使える。

 私も一応使えることは使えるけど、母さんのようにうまくは使えない。

 というよりも、母さんは私が霊力を使うことをそもそも禁止してくるのだ。

 ……まぁ、内緒で時々使ってるけどね。

 こんなことを言うのも何だけど、多分それが母さんの唯一の取り柄だから私に追いつかれたくなくて出し惜しみしてるんじゃないかとも思う。

 

「もう、とにかく!! 明日からはちゃんと寺子屋行ってもらうからな」

 

 そして、母さんは結局私に有無を言わさず寺子屋という退屈な場所へ追いやろうとしてくる。

 だけど、それを黙って聞く私じゃない。

 

「あれ? 母さん、そういう時はどうするんだっけ?」

 

 私はゆっくりと立ち上がって、少しにやけるようにそう言った。

 

「……そうだな。『いつもの』、やる?」

 

 我が家には、最近できたルールがある。

 私が言うことを聞かない時や母さんが頑なになっている時に、とあるゲームをする。

 そして、そのゲームの敗者が勝者の言うことを聞くというルールだ。

 そのゲームのやり方は簡単。ある程度の距離を置いて向かい合い、そこから母さんが撃ってきた霊力の弾を全部避けきれたら私の勝ちだ。

 元はといえば、だいぶ前に一度言うことを聞かずに空を飛んで逃げた私を、母さんが固めた霊力の弾で撃ち落としたことからこのゲームは始まった。

 霊力の弾はまともに食らうとめっちゃ痛い上、運が悪ければ気絶したまま地面に落ちた衝撃で死ぬので、私としてはもう真正面から逃げて撃ち落とされたくはない。

 かといって無条件で私が降伏するのも不公平な気がするので、母さんが威力を弱めた弾を撃って、もし私が一定時間それを避けられたら擬似的に逃げ切れたことにするという取り決めになったのだ。

 

「だけど、霊夢も懲りないな。せっかく勉強はできるんだから、そろそろ学習したら?」

「大丈夫よ。今日こそは私が勝つから!」

 

 私の答えを聞きながら、多分母さんは今「勝った」と思って内心ニンマリと笑っていると思う。

 このゲームで私は母さんに勝ったことがないのだ。

 その原因には、母さんがその身体に霊力を纏って動いていることによる、根本的な身体能力の差がある。

 つまりこれは、霊力の使用が禁止されている私にはほぼ勝ち目のない出来レースなのだ。

 

 だけど、そんな勝負の中でも私には狙いがあった。

 母さんの霊力の使い方を観察することだ。

 実は私は、今はまだこのゲームで勝つ気なんてなく、出し惜しみする母さんの技を盗むために挑んでいる。

 いつかその技を盗んでここぞという場面で突然霊力を使いこなして母さんを負かすために、わざと何度もわがままを言って勝負の回数を増やしているのはまだ内緒だ。

 そうとは知らずに、私の言葉をバカ正直に受け止めて一人で張り切っている母さんを眺めるのも割と和むしね。

 

「準備はいいか、霊夢?」

「いいわよ」

 

 境内に降り立った私が母さんから離れた位置に立つと、母さんはその右手を振り上げた。

 その手から解放された霊力が、光の弾となって空中に漂う。

 お互いに、準備はできた。

 このゲームのスタートを宣言する時の掛け声も決まっている。

 母さんのテンションが上がるらしいので、博麗の巫女に代々受け継がれる必殺技の名を叫ぶのだ。

 私があらゆる方角に対応できるよう構えると同時に、母さんが大きく息を吸って宣言する。

 

「じゃあいくぞっ、霊符『夢想封印』!!」

 

 そして、宙を舞った数多の弾が色鮮やかに視界を覆っていった。

 

 

 

 



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第2話 : 面倒くさいのと暑苦しいのと

 

 

 

 時間というのは不思議なものだ。

 楽しい時間はあっという間なのに、つまらない時間は永遠に感じる。

 たった2,30メートルほどに見える、寺子屋の殺風景な廊下。

 そんな距離は10秒もあれば渡り終わっているはずなのに、正直もう5分くらい歩いてるように感じる。

 多分それは、私に憂鬱が入っているからだ。

 「今日は8の段をやるぞー」という先生の言葉を聞くのが、あまりに苦痛だからだ。

 ……いや、私は別に掛け算ができないから嫌な訳じゃないのよ?

 その気になれば二桁の掛け算だって暗算でできるのに、周りにいるアホ面たちと同じタイミングで「えーっと、はちしちごじゅうろく!!」とか口にするのが嫌なだけだ。

 そんな憂鬱に苛まれる私を、変な金髪チビが出迎える。

 

「おっ、れいむ! 今日は来たか!」

 

 やっと教室に着いたと思った矢先、また面倒なのに絡まれた。

 もう、憂鬱ってよりも鬱だ。

 もうやだ。 おうちかえりたい。

 

「ふっふっふ。 見てろよ、今日は私が勝つからな!」

「もうあんたの勝ちでいいわ、おめでとう」

「……っかあああああああ、またバカにして!!」

 

 やたら私に絡んでくるこいつは、確か霧雨魔理沙とかいうお金持ちのお嬢様だ。

 家の教育方針の差なのか、他の子供と比べて知能も運動能力も少しだけ高い。

 例えば算数の時間だと、他の子供が4の段に四苦八苦している間に9の段まで終わって、周りに覚え方を教えてあげる社交性もあった。

 そして、いじめっ子の上級生3人を相手に1人で喧嘩をして勝って来た時は完全にヒーロー扱いで、いつの間にかクラス内でもボス猿的なポジションになっていた。

 まぁ、私は面倒だから目立たないようにはしてるけど、子供相手の喧嘩ならその気になれば10人や20人に囲まれたところで無傷で制圧できるだろうから、正直そんなに凄いことだとは思わない。

 それでも、ちょっと前までこいつはずーっとクラスの皆から羨望の眼差しを受け続けてきた。

 

 それが狂ったのは、この前のドッヂボールとかいう作業の時間。

 いつものように他の子供のボールを避け、キャッチし、次々とボールを当てていったこいつは、またも周囲からの注目を一挙に浴び続けていた。

 だけど、プロレスラーが腕相撲で普通の子供と腕自慢の子供どちらと勝負したところ大して差を感じないように、周りからヒーロー扱いされてるこいつの動きも、私から見たら他の子供とそんなに変わらなかった。

 だから、私は普段は面倒だからほとんどボールに触らないけど、その時は眠くてあんまり長引くのも面倒だったし、とりあえず適当に至近距離からこいつにボールを当てることにしたのだ。

 そしたら、辺りが突然シーンとなったのをよく覚えてる。

 どうやら、私は力加減を少し間違えたらしい。

 

「ぅっ、ぅっ……」

「え?」

「うわあああああああああああん」

 

 いつも子供たちを引っ張っていたこいつが、人目もはばからずに大声で泣き出してしまった時は流石に肝を冷やしたものだ。

 一応私は勉強がちょっとできるだけの普通の子でいたつもりだったので、私がこいつにボールを当てられたのは偶然ってことで片付けられた。

 だけど、ボールが当たったくらいで泣き出すような泣き虫として、それ以来こいつに羨望の眼差しが向くことは徐々になくなっていった。

 いや、別に私は悪くないのよ?

 確かに当たり所が悪ければ大人でも悶絶するような球は投げたけど、子供のちょっとした戯れよ?

 それなのに、こいつはそれ以来やけに私に突っかかってくるようになったのだ。

 

「もういい、体育の時間楽しみにしてろよ!!」

「あー、はいはい」

 

 私のその返事に少し不機嫌そうな顔を向けながら、そいつはやっと自分の席に戻っていった。

 いやー、それにしても相変わらず時間って不思議ね。

 たった3,4回のセリフ聞く間に10分くらい回想した気分だわ。

 そして、やっと訪れる静かな時間!!

 

「みんな席に着けー。 授業始めるぞー!」

「はーい!!」

 

 ……は、2秒くらいしかなかった気がするなぁ。

 先生の声に元気よく返事をしながら席に戻っていく子供たちをよそに、私は無言のままゲンナリした顔をしていた。

 

「よーし、じゃあ今日は8の段をやるぞー」

「えーっ!?」

 

 はい、フラグ回収。

 さーて、今日も眠らないように頑張るぞー。

 

 頑張るぞー。

 

 頑、張る…

 

 が……ま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が、クラクラする。

 授業も残り10分ってところまで耐えた私だったが、遂に耐えきれなくなって寝てしまった。

 だってしょうがないじゃない? 8の段ばっかり何十回やるつもりよ!?

 という本音を呼び出された職員室でつい漏らして開き直ってしまったばっかりに、先生からお叱りの頭突きを食らったのだ。

 白状する。 この頭突きは、ヤバい。

 低級妖怪の拳ですら何とか耐え切る私に、ここまでのダメージを残すなんて体罰ってレベルじゃない。

 ちなみに低級妖怪の拳というのは、まともに食らえば平均的な人間の成人男性の半数近くが一撃で致命傷となるレベルだ。

 この人は加減を間違えてもう何人か子供たちを殺してるんじゃないかと、私はけっこう本気で心配している。

 

「霊夢、もう一度だけ言う。 授業中に、居眠りはよくないぞ」

「……スミマセンデシタ」

 

 私の目の前でため息をつくこの人は、上白沢慧音というウチのクラスの先生だ。

 歴史の専門家らしいけど、教えるのは全部の教科を担当している。

 いい先生だとは思うんだけど……歴史以外の授業はできない子に合わせる分ペースが遅いので、勉強ができる人からはあまり評判がよくないらしい。

 かくいう私も、そう思う一人だ。

 だから、せっかくの機会だし思い切って言ってみる。

 流石に2回連続で頭突きをされるなんてことはないだろう。 普通の子供だったら間違いなく死ぬからね。

 

「だって、授業つまんないんだもん」

「ほーう。 言うなぁ、霊夢」

「掛け算が嫌だとまでは言わないけど、せめて次に進んでよ」

「……まぁ、霊夢は魔理沙と一緒で、できちゃうからつまんないんだろうな。 だけどな、霊夢」

 

 先生は私に目線を合わせるようにかがんで言う。

 その両手は、がっしりと私の肩を掴んでいた。

 

「寺子屋はな、勉強だけをしにくる場所じゃないんだ」

「……」

「勉強が得意な子も苦手な子も協力して、共に高め合い、友情を育み、そこから青春を得られる素晴らしい場所なんだ!!」

「……」

「って、ああすまない。 何を言ってるかわからないよな。 少し熱くなりすぎてしまった、許してくれ」

 

 先生がキラキラした目で何か言っていたようだが、私は本当に何を言ってるかわからなかった。

 両肩を掴まれたこの体勢は、忘れるはずもない、頭突きをくらう直前のポジションだったからだ。

 いつ頭突きが飛んでくるのかとヒヤヒヤしている子供に、何を言ったところで響かないことがわからないのかこの人は。

 そうこうしているうちにチャイムが鳴る。

 

「あっ、すまない。 せっかくの休み時間を説教に使い切ってしまったな」

「ううん、大丈夫。 好きだから」

「え!? そ、そうか。 あ、じゃあ霊夢、教室に行くぞ!」

 

 先生は何か少し嬉しそうな顔をして、張り切って立ち上がりながらそう言う。

 まぁ、私は休み時間に教室にいても変なのに絡まれるのが面倒だし、ぶっちゃけ大人しかいない職員室の雰囲気の方が静かで落ち着くから好きなのだ。

 そして、その私の好きという言葉を自分に向けられたものだと思って照れる先生かわいい。

 けっこう歳はいってるはずなのに初心な、先生のそういうところは私はけっこう好きだったりする。

 

 さて、次は読み書きの授業。

 それが終わったら週に一度のドッヂボール大会とかいうやつだ。

 今回は早々に当たって、また普通の子に戻ろう。

 そうすれば、きっとあいつももう私に付きまとったりはしなくなるだろうしね。

 

 

 



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第3話 : いきなり過ぎてついて行けん

 

 

 

 秘符、『直立睡眠』!!

 

 ……まぁ、一言で言うと、日光が心地よいから立ったままでも気持ち良く寝られそうだしウトウトしてきた、そうだ、寝よう!

 という、全然一言じゃない私の今の心情。

 今はドッヂボールの時間で、私は外野にいる。

 今回は第一投目でとりあえずボールに当たっておいた。

 受け身を取らずに、当たり際に「きゃっ!?」と軽い悲鳴を上げておくのも忘れない。

 あとは、ずっと外野だ。

 周囲からの「やっぱりこの前のはマグレかー」という眼差しが刺さる。

 だけど、あの金髪だけはなぜか不機嫌そうな目で私を睨んでいた。

 

 いや、もう正直そんなことはどうでもいい。

 あんたがどれだけ睨もうと、外野である私にはもう指一本触れられないのだよ。

 私は勝ち誇った顔で再び俯きながら目を閉じた。

 ……だが、現実は非情だ。

 

「んっ」

 

 何かが近づく気配を察知したので、とりあえず半分眠りながら片手でキャッチする。

 ボールが飛んできたようだった。

 それに気付いた私は、ハッとしたように目線を上げる。

 周囲からの怪訝な視線が痛かった。

 

「……今、ボール見てなかったよね」

「どうやったのかな……」

「それに、すごい速かったのに片手でとったよ?」

 

 そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。

 もう、しまったとしか言いようがない。

 というか、外野の私に向かって思いっきり投げた奴誰だ、出てこい!!

 確認するまでもない、あの金髪チビだった。

 どうやら今回あいつは味方みたいで、敵の内野の子供と外野の私が一直線上に来るような位置から投げて、わざと外して私に速い球が行くよう仕向けたようだ。

 くそっ、こんな時だけ頭のまわる奴め。

 今の私に残された選択肢は……

 一つ。 今からでも「ぬわー」とか言って吹き飛んで、あたかもボールを放ったあいつ必殺の時間差攻撃だったと言い張る。

 ……アホか私は。 次。

 二つ。 ボールをこのまま落として、「痛いー」とか言いながら泣き出す。

 無理。 痛くもかゆくもないのにそんな都合よく涙とか出せない。 次。

 三つ。 怖くて目を瞑ってたけど、手を伸ばしたら偶然とれちゃったことにする。

 よし、これだ。

 ここまでの思考の所要時間わずか2秒。

 

「あ、やったぁ。 怖かったけど手を伸ばしたらとれたよ!!」

 

 年甲斐もなくはしゃいでみせる私。 いや、そういえば年相応か。

 正直言うと、我ながらあざといなぁと思う。

 何か知らないけど、皆から拍手が漏れていた。

 一時的に目立つのは嫌だけど、多分こんな感じにするのが後々のことまで考えると一番目立たない方法だったと思う。

 私はそのまま別の子供にパスをして、なんとかこの場を凌ぎ切った。

 いやー、多分これはまた授業中に寝てた私への天罰ね。

 先生の頭突きもあと一回くらいなら甘んじて受け入れよう。

 そして、学習した。

 もう体育中には寝ない。

 だってほら、またボールが飛んできたし。

 今度はちゃんと両手でしっかりとキャッチした。

 あとは味方に適当にパスしてけば……

 

「きゃああああああああっ!?」

 

 そこに、悲鳴が響き渡った。

 その子供の目線の先を見ると、校庭の隅に異形の妖怪がいた。

 その妖怪は、明らかに殺気立っているのが遠目からもわかった。

 ……いや、そんな訳ないよね。

 まだ歴史の授業はない学年だけど、私は歴史の勉強は個人的によくしてる方だ。

 昔、何か偉い妖怪が、妖怪は人間の里の人間を襲っちゃいけないって決めてたはずだ。

 だけど、そこに見える妖怪は、荒い息のまま明らかにこっちに殺気を向けているように見えた。

 

「キシャアアアアアアッ!!」

 

 そして、その妖怪は突然奇声を上げながらこちらに突っ込んできた。

 ……何この展開。 いきなりすぎてついて行けん。

 それを見た先生が、とっさに子供たちを守るように立ちふさがった。

 

「――っ!! みんな、私の後ろに隠れろ!!」

「きゃああああああああ」

「いやああああああああ」

「うわああああああああ」

「たすけてええええええ」

 

 うるさい。

 あの妖怪の登場よりも、耳元で響き渡る子供の甲高い悲鳴の方が私には辛かった。

 見た感じあのくらいの妖怪なら私一人でも、まぁ無傷で済むかはわからないけど普通に何とかなりそうだからだ。

 でも、ここは私も一応悲鳴上げとかないと怪しまれるかな?

 いや、足がすくんで動けないってことにしておこう。

 

「聞こえないのか霊夢! 逃げろ!!」

「え?」

 

 そこに、先生の叫ぶ声が聞こえた。

 あ、もう私以外みんな先生の後ろに逃げてるじゃーん。

 ってかこの妖怪私の方に向かってきてるよ。

 どうしようかなー、迷っちゃうなー。

 今からでも逃げるか。 それとも戦うか。 さあ……どっちッ!?

 

「ちィッ!!」

 

 とかアホなことを考えてる間に、舌打ちしながら私を抱きかかえようとした奴がいた。

 まーたこいつか、霧雨魔理沙。

 ってよりもあんたのせいで前が見えないんだけど。

 

「魔理沙ちゃん霊夢ちゃん、危ない!!」

「シェアッ!!」

「このっ、子供たちに……手を出すなッ!!」

「グギャッ」

 

 名前もわからないような女の子が声を上げていた気がする。

 けど次の瞬間、先生が瞬時に距離を詰めるとともに、妖怪は関節をきめられて地面に叩き付けられる。

 それだけで、妖怪は沈黙した。

 わかってはいたことだけど、あっけなかった。

 

「……すっごーい!!」

「先生カッコいいーっ!!」

「ははは、まだ危ないから近づくなよー」

 

 先生に向かって子供たちが黄色い声を上げていた。

 今回ばかりは、私もそれに混じってもいいと思うくらいには同じ気持ちだった。

 いやー、やっぱり先生は凄いなぁ。

 相手が低級妖怪だとはいえ、私にはまだあそこまで鮮やかに打ち伏せることはできない。

 そこは、素直に感心しておく。

 っていうか、こいつそろそろ放してくれないかな。

 もうあの妖怪も…

 

「――っ!?」

「魔理沙、霊夢!!」

 

 こいつが私を放す前に、私のいる方に何かが迫っていた。

 少し濁った色の光を放つ、何か。

 私はそれが何かを知っている。

 妖力や霊力でできた魔弾だ。

 母さんが私に飛ばすものとは違って、これは明確な殺傷能力を持った凶器だった。

 多分あの妖怪が打ち伏される前に飛ばしていたものだろう。

 っていうか、さっきからなんで私よ。

 何か私に恨みでもあんのかあの妖怪は。

 心当たりといえば……昔やさぐれてた頃にその辺の適当な妖怪をボコボコにしてたこともある気もするけど、あの妖怪は関係ないと信じたい。

 どうしようかな、本当に。

 あの妖怪を押さえつけてる先生は動けなそうだし。

 

「伏せろ、れいむっ!!」

 

 それに気づいたこの金髪は、あろうことかそう言って私を突き飛ばして仁王立ちし始めたし。

 いや、それでどうするつもりよ。

 低級妖怪の魔弾とはいえ、子供がまともに当たれば死ぬわよ。

 ってよりも、そのやり方じゃあんたが木っ端微塵になった後、私まで巻き込まれるのよ。

 こいつの足は震えてるし、何か特別な力を持ってるようにも見えない。

 それなのに、こいつはただ私の前に立ちふさがってるから、

 

「あーもう、邪魔っ!!」

「えっ?」

 

 私はとりあえずそいつを蹴り飛ばして、偶然手に持っていたボールに申し訳程度の霊力を纏わせて、魔弾に向かって投げつけた。

 ……本当に申し訳程度だったのよ?

 何かすっごいことしてやろうとか思ってはいなかったのよ?

 自分の才能が怖いわー。

 

「―――――ッッ―――――――!?」

 

 もう、そもそも魔弾なんてあったの? って感じだった。

 私の放ったボールは真っ直ぐに大気を切り裂き、その魔弾ごと前にあるものを全て消し去って空の彼方へと消えてった。

 妖怪の魔弾ではなく、私が投げたボールの余波で校庭はメチャクチャになってた。

 何かもうみんな、地に伏している妖怪ですら呆然としていた。

 目の前のこいつなんて、漏らしてた。

 そして、正直に言うと私も本当に怖かった。

 

「なんで……?」

 

 今まで妖怪とケンカしてきた時は、一度もこんなことにはならなかった。

 私の霊力なんて、そんなに危ないものじゃないと思ってたのに。

 もし運が悪ければ、こいつを……殺していたかもしれない。

 しばらくの間そんな恐怖に支配されながら、体の力が抜けた私の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 

 



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第4話 : 謎の妖怪

 

 

 

 気付くと、私は保健室のベッドで寝ていた。

 まだ体が動くようにはなっていない、ボンヤリと目が見えるだけ。

 私が起きたのにまだ気付いていないのだろう、2人の声が聞こえてくる。

 

「そうか、霊夢が……」

「ああ。 授業中に妖怪に襲われてこの有り様だ。 私がついていながら、情けない」

「まぁそう自分を責めないで。 慧音は悪くないよ」

「……だが、あの妖怪には気付かれてしまったんだろう?」

 

 先生の声と、話しているのは母さんの声だった。

 うまく聞き取れないけど、何か真剣な話をしているのだけはわかった。

 あのちゃらんぽらんな母さんがあんなに真面目な声を出すなんて、私のせいでヤバい額の損害賠償でも請求されているのだろうか。

 そう考えると恐ろしかったので、とりあえず私は寝たふりをしたまま聞き耳を立てることにした。

 

「あの妖怪って……なんで慧音はそんなに毛嫌いするかなぁ」

「当たり前だ。 あんな胡散臭い奴にお前や霊夢を任せられるか」

「あーらら、私もまだ慧音の中じゃ子ども扱い? 一応これでももう、博麗の巫女として認められるようになったんだけど」

「それでもだ。 たとえ何十年経とうとも、お前が私の不良生徒の一人だということに変わりはない」

「はいはい。 ま、それでも慧音もちゃんと話せば仲良くなれると思うんだけどなぁ、紫とは」

 

 紫……?

 誰だかはわからないけど、母さんも先生も妖怪と面識があるってこと?

 それは、私には寝耳に水な話だった。

 

 実は私たちが住む博麗神社は、神様を奉るだけの普通の神社ではない。

 この世界、幻想郷には私たち人間の他に、知性を持つ生き物として妖怪や妖精や神様なんてものがたくさんいる。

 それらは人間とは違って妖力や魔力など特殊な力を使えて、特に人間を食べる妖怪のことは皆が恐れている。

 その昔、偉い妖怪が、人間の里にいる人間を妖怪が襲わないように規則を作ったらしいけど、それでも今回のようにその規則を破って人間を襲う妖怪がいる。

 それを退治するのが、博麗神社の巫女の仕事だと母さんは言っていた。

 それなのに、母さんはその退治するはずの妖怪と知り合いだというのだ。

 私こういうの知ってる。

 確か癒着っていう問題行動だった気がする。

 

 何か聞いてはいけないことを聞いてしまったかのようで怖くなったので、私はもう一度寝ることにした。

 念のため言っておくけど、ここで首を突っ込むのが面倒だったからではない。 念のため。

 

 

 

 

 

 

 ヒリヒリする頬を撫でながら、私は母さんに手を引かれて博麗神社の階段を登っている。

 保健室で私が起きるとともに、先生が頬を叩いたのだ。

 頭突きじゃなくてよかったが、それでも痛い。

 だけど、別に校庭を滅茶苦茶にしたことを怒ったのではないらしい。

 どうやら妖怪を前にして逃げなかったことを怒ったみたいだった。

 一般的には、たとえ低級妖怪でも武器を持った人間の大人2人がかりでも勝てないくらいの力を持っているらしく、寺子屋では妖怪からは絶対に逃げるよう教えられているのだ。

 ケガをしたらどうするつもりだったのかと、二度とやるんじゃないと、あの金髪のことも同じように叩いたらしい。

 それで、その後私のことを抱きしめて「でも、本当に……無事でよかった」って涙ぐむところまでテンプレ。

 私は先生のそういう熱血過ぎるところはちょっぴり苦手だったりする。

 

「む……」

「どうしたの、母さん」

「あー霊夢。 ちょっと紹介したい人がいるから、ちゃんと挨拶しなさい」

 

 さて、少し話が逸れたが、ここからが本題だ。

 母さんは紹介したい人と言うが、私には人じゃないことはわかっていた。

 保健室で少し話を聞いていたからというのもあるが、流石にこれほどの妖力が神社から溢れていたら嫌でも気付く。

 多分、私が今まで会ったことがないほど高位の妖怪。

 神社にそんな奴を入れること自体、どうかと思う。

 そうして階段を登りきった私たちの前には、腕を組んだ一人の妖怪が立っていた。

 

「久しぶりだな」

 

 それは、もう見た瞬間にわかった。

 獣が妖怪となった、いわゆる妖獣というやつだ。

 基本的に妖獣は尻尾の本数でその格が決まるといわれ、私は四本の尻尾を持った妖獣と一度だけ戦ったこともあるけど、その時は逃げるので精いっぱいだった。

 それが、九本。 九尾の妖狐、多分存在を確認されている中で最多の尻尾を持つ最強の妖獣。

 話しかけるのも躊躇われるような厳かな雰囲気に、押しつぶすように重々しい妖気を纏った妖怪。

 正直、私は立ってるのがやっとだった。

 だけど、母さんはいつも通りだった。

 

「おお、藍じゃないかー、久しぶりー!」

「……相変わらずだな、お前は」

「ってあれ? 紫は?」

「紫様は二度寝中だ。 突然冬眠から起こされたから寝覚めが悪くてな。 すぐ起きてくるとは思うが、しばらくは私が対応する」

「あー、そっかー」

 

 あー、こいつは話に出てた紫って奴ではないのね。

 しかも紫様ときたよ、九尾の妖狐が様つけ始めたよ。

 何? これ以上の妖怪がいるっていうの? やだー、もうおうちかえりたいー。

 だが、ここがおうちだ。 現実逃避はやめよう。

 

「それで、その子の件だが」

「ああそうだ。 ほら霊夢、挨拶しなさい」

「……博麗霊夢です、よろしくおねがいします」

「八雲藍だ」

 

 そして、沈黙。

 「~だ」とか名前だけ紹介して終わりの人初めて見た。

 普通はよろしくとか言うもんだと思ってたのに。

 私が言えたことじゃないけど、そうとうぶっきらぼうだねこの人。 あ、人じゃなかった。

 あれ、でも何か八雲って名前は聞いたことあるぞ、何だっけ? まあそれは別にいいや。

 とりあえず敵意は感じないし、せっかくだから私は勇気を振り絞って言うべきことを言っておくことにした。

 初対面の目上の人と会う時に注意するのは、ちゃんと丁寧な言葉を使うことだ。

 

「それで、今日はどういったご用件でしょうか」

「なに?」

「博麗神社は、幻想郷を守る神聖な神社です。 本来なら高位の妖怪が無断で立ち入ることは禁じられているはずですが」

「……霊夢?」

 

 母さんも隣の妖怪もキョトンとしてた。

 でもそんなの知ったことか。

 こういう話し合いは、母さんより私の方が冷静に進めることができるのは自分でもよくわかっている。

 だから、任せてと私は母さんに親指を立てる。

 

「ですから、まずは…ひゃいっ!?」

 

 そこで突然、首筋にヒヤリとしたものが当たった。

 一瞬見た限りでは、それは細長い指のようなものだった気がする。

 だけど後ろには誰もいなかった。

 それでも、声だけが聞こえてくる。

 

「あははははは、「ひゃいっ!?」だって! あんな真面目な口調で話しておきながら、聞いた? 藍」

「……紫様、お戯れが過ぎます」

「いいじゃないの別にー」

「誰っ!? どこにいるの!?」

 

 周囲を見回しても他に誰も見当たらない。

 そんなはずはない。 私は今、確かに誰かに触れられた。

 前! いない。 後ろ! いない。 右! いない。 左! いない。 上! いない。 下……

 

「こんにちはー」

 

 いつの間にか私の胸から女の首が生えて、話しかけてきた。

 何が何だかわからなかった。

 この世のものとは思えない光景を前に、私は気を失った。

 

 

 



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第5話 : 賢者(笑)

 

 

 

 顔が……顔が迫ってくる……

 いや、そんな訳のわからない悪夢があるはずがない。

 冷静になりなさい博麗霊夢、落ち着いて状況を整理するのよ。

 背後から誰かに触れられたから周囲を見渡して最後に下を見た、ここまではいい。

 そしたら胸から女の首が生えていた……これがナンセンスだ。

 妄想もいいところね、欲求不満なのか私?

 大丈夫よ、ほら、目を開ければ、そこにはいつも通りの景色が……

 

「……」

 

 いや、本当にいつも通り過ぎて逆にやるせない気持ちになったわ。

 ここは目を開けた瞬間本当に首が生えてるー、ぎゃあああああ、ってなる場面じゃない?

 本当にそうなってたら一応いくつかすることは決めてたのよ、例えば、

 

「あら、お目覚め…」

「そおいっ!!」

「ぶっ!?」

 

 ……こんな風に、問答無用にチョップ入れるとかね。 ああ、スッキリした。

 流石にこれが夢オチなんかじゃないことくらいはわかっていた。

 さて、今度は私の胸じゃなくて、私がかけてる布団から生えてきたよこの首。

 まぁ、また私の身体から生えてたら痛覚共有してるんじゃないかと不安だったから結果オーライってやつね。

 だけど、正直この手のものはもう見飽きてる。

 迫ってくる顔を夢の中で見過ぎて、そのネタはもうマンネリ化してるのよ。

 

「痛たたたた、貴方ねぇ……驚くのもわかるけど、もうちょっと別の反応をすべきじゃないの?」

「同じネタが何度も通用すると思ってる奴は二流」

「へ?」

「そして、相手の反応にケチつけるあんたは三流よ」

「……ぷっ。 あははははは、なによそれ」

 

 生首が笑い出す。

 世にも奇妙な不気味な光景だけど、もう慣れた。

 呪われそうだけど、頑張れば首の一つや二つくらいが相手なら多分私でも処理できるしね。

 

「それで、生首が私に何の用よ」

「生首? あ、そうね、このまま話すのもアレよね」

「え?」

 

 だけど、そこで突然布団から首だけじゃなくて肩が、胸が、というか何か人が湧き上がってきた。

 よく見ると、それは布団から生えてきているのではなく、その上にできている名状し難い色をした異空間から出てきているようだった。

 そこで、私は気付く。

 ただの生首という固定概念に囚われていたが、これはそういった類のものじゃない。

 あまりに有名すぎる、とある妖怪の能力。

 

「境界を操る能力……」

「あら、よく知ってるわね。 八雲紫よ、よろしく」

 

 こいつかー。 紫ってこいつかー。

 確か個人的に歴史の勉強をしていて何度か出てきた、幻想郷の創始者にして管理者、八雲の性を持つ妖怪の賢者。

 『境界を操る程度の能力』という、いろんなところに作った隙間を通じて空間移動することができる能力を持っているらしい。 今見たのがそれなのだろう。

 この世界を創った大妖怪で、母さんと先生の話にも出てた妖怪との緊張のご対面だけど……正直、幻想郷で最も有名な妖怪がこんなんなのかっていうガッカリ感の方が今の私の中で強い。

 もっと怖そうなのを想像してたのに、こいつ見た感じアホそうじゃない? こんなのが賢者で大丈夫なの幻想郷?

 

「貴方、だいぶ失礼なこと考えてない?」

「うん」

「……正直でよろしい」

 

 でも、確かにアホそうに見えるけど、こいつから感じる潜在的な妖力というかそういうものは底が知れない。

 こいつはそれを表に出してはいないみたいだから、あの八雲藍っていう九尾ほどの威圧感はない。

 それはいわゆる余裕というヤツなのか、あるいはただ適当なだけなのか……まぁ、多分両方だろう。

 だからこそさっきみたいな不意打ちチョップも通じたけど、こいつが気の短い妖怪だったら私なんてさっきの一瞬に小指一本で消し炭にされていただろうことくらいはわかる。

 いやー、よかった。 こいつが能天気なアホで助かった。

 と、そこに聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

 

「霊夢、もう起きて……って紫もいるのか」

「ええ、お先に自己紹介させてもらってたわ。 ちょっと喋っただけだけど、やっぱり貴方の子って感じね」

「ほほう。 それは嬉しい評価だな」

 

 部屋に母さんが入ってくる。

 隣には昨日の九尾も一緒にいた。

 うわー、こうして見るとヤバい光景ね、これ。

 博麗の巫女と妖怪の賢者と最強の妖獣に囲まれた状況って、普通は卒倒もんよ。

 何? 私そんなに悪いことしたの?

 ……とか、とぼけてみるけど、何の話なのかは予想がついてた。

 

「それで、多分今日はこの前私が使った力と、今後についての話よね」

「……ほう」

「話が早くて助かるわ。 ってよりもさっきのは取り消し。 貴方の子と言うには少し聡すぎるわね」

「ええ、自慢の娘です」

 

 なぜか母さんがドヤ顔で妖怪たちに向き直る。

 妖怪の賢者も九尾も何か少しだけ意外そうな顔をしていたのがわかった。

 今までこいつらは私のことを寺子屋のアホ面どもと同じような子供だとでも思っていたのだろう。

 まぁ、一応まだ年齢は7,8歳くらいだしね。

 一緒にすんな。

 

「じゃあ、とりあえず話を進めるわね。 貴方の中には、ちょっとばかり大変なものが眠ってるの」

「大変なもの?」

「まぁ、眠ってるってよりも、貴方が勝手に持ってったんだけどね」

「え?」

 

 私が勝手に持ってった? いやいやいやいや、いくらなんでも私は人様のものを盗むほど落ちぶれちゃいないつもりよ?

 ところでこんな場面で言うのもアレだけど、人様じゃなくて妖怪から物を盗むのって犯罪なのかしら。

 

「それについて話すと少し長くなるんだけど……貴方、いつからこの子の子供になったか覚えてる?」

 

 母さんを指してこの子扱いだ。

 あ、でもこの妖怪は確か1000年以上生きてるから当然か。 お婆ちゃんだね。

 見た目は一応20代くらいにも見える感じだけど、いつか「ゆかりおばあちゃん!」って呼んでみようかと思う。

 ……冗談だ。 正直まだ私も混乱してて、さっきからいろいろと現実逃避したくなってるだけなのだ。

 まだ私も死にたくはないので、とりあえずは質問に真面目に答える。

 

「一年くらい前ね。 母さんは、神社の近くで行き倒れてた私を軽いノリで拾ってみたとか言ってたわ」

「……」

「…あ、あははははは。 よいではないか、よいではないか!」

 

 母さんは突然笑いながら妖怪の賢者の背中をバンバン叩いてそう言った。

 妖怪の賢者と九尾の妖狐に睨まれてもいつも通りの母さんすげえ。

 今日はちょっと見直すことだらけね。

 適当すぎて、むしろ軽蔑してもおかしくはない場面だとは思うけど。

 

「……まぁ、いいわ。 貴方はあの時、ただ行き倒れてたんじゃない。 そこで神降ろしをしてたはずよ」

「神降ろし……ああ、確かにしてたわ。 失敗しちゃったけどね」

 

 神降ろしというのは、神の力を自分の身に宿す術のことで、少なくとも今の時代に人間の里にはできる人自体が誰もいないらしい高等テクなのだ。

 という訳で、実際にやってみた。 何が「という訳」なのかはご想像にお任せする。

 でも確かあの時は、何かおあつらえ向きなのが博麗神社の上空にいた気がしてやってみたのはいいものの、失敗してそのまま霊力の限界が来て神社の近くで倒れてたのよね。

 

「いいえ、失敗してないわ」

「え?」

「だって現に今も、貴方の中に宿されたままだもの」

 

 ちょっと待って。

 何? 成功してたの?

 終わった後ボーっとして記憶が曖昧だったし、その後何も変わったことがなかったから失敗したのかと思ってたのに。

 じゃあアレか、私の中には今も神様が宿ってるってことなのか。

 

「……ってことは、もしかしてこの前投げたボールが暴走したのは、降ろした神の力の影響ってこと?」

「察しがよくて助かるわ。 それを感じ取ったから私たちが来たのよ」

「へぇー」

 

 何か壮大なスケールの話になってきた。

 妖怪の賢者と九尾の妖狐を呼びつけるような神って何なのよ?

 ちなみに、神って聞くとそれだけでヤバそうに聞こえるけど、実は800万人くらいいたりする。

 人間の里の人口よりよっぽど多いわよ。 ありがたみがなくなるから99%くらい人員削減した方がいいんじゃないかと本気で提言したくなるレベルだ。

 まぁ結局何が言いたいかというと、とりあえず神の格も様々で、この2人より格の高い神なんてものはほんの一握りしか存在しないってことね。

 その2人が出動するレベルの神で博麗神社で降ろす神っていったら……まさか幻想郷の守り神的な龍神様を宿しちゃったとか?

 だとしたら、大事件だ。

 私の存在が幻想郷中に知れ渡って私の平穏な時間が奪われてしまう。

 明日から町内会のご老人たちが私のことを「ありがたやー、ありがたやー」って拝みに来るようになるじゃないですかー、やだー。

 

「……それで、一体私は何を宿しちゃったの?」

「落ち着いて、聞いてね」

「はい」

 

 ゴクリ。

 龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ龍神は嫌だ。

 龍神は、嫌だーーーーー!!

 

「……邪神よ」

「っしゃあ!! ……え?」

 

 龍神じゃなかったー!!

 と喜んだ私だったけど、何かもっと不吉なワードが聞こえてきた気がした。

 

 

 



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第6話 : 悪夢の始まり

 

 

 妖怪の賢者から、体内に邪神を宿していると言われた私。

 どうしてこうなった……

 

「昔ね、私たちはとある邪神を現実と幻想の狭間……つまりは、博麗大結界に封印したの」

「へ、へぇー」

「何も問題はなかったのよ? 何百年もずっと平穏無事に封印してきたのに……まさか、こんな子供に封印を解かれるなんて想像もしなかったわ」

 

 ……ヤバい流れね。

 「だから、もう一度封印しなきゃいけないのよー」とか言われそうな雰囲気だ。

 そうなったら、お終いだ。

 こういう時は宿主ごと始末しようって流れになるのが世の常だ。

 久々に私の背中を冷や汗がダラダラと流れていくのを感じる。

 

「そ、それで…」

「まあ当然だけど、私たちは幻想郷の管理者としてそれを放っておくわけにはいかないの」

「……」

「だから、私は貴方を――」

 

 妖怪の目が光った気がした。

 それと同時に私は跳び上がって妖怪の喉元を狙っていた。

 無防備に布団に入っているように見せながら、すぐに跳び出せるような体勢を立てていたのだ。

 実力差のありすぎる相手に長期戦は禁物。

 逃亡したところで逃げ切れるわけがない。

 だから、ここは先手必勝で主導権を……

 

 ……はい、無理。

 何これ?

 私の腕や首ってよりも全身がピクリとも動かなくなるほどに、鉄でできた変な棒が絡み付いてきた。

 頭上で例の境界みたいなのが大きく開いて、そこから寸分の狂いもなく私の動きを止めるように降ってきたのだ。

 いやー、一瞬だったね。 小指一本で消し炭どころか、本人動いてすらいないね。

 

「……もう、一思いにやりなさい」

「……」

 

 私は観念して目を瞑る。

 あっけなかったなー、私の人生。

 死ぬ覚悟なんてできてなかったけど、贅沢を言わせてもらうともう少しドラマチックな終わり方がよかったなー。

 

「ねぇ、この子本当に子供なの? 大丈夫?」

「……私の一番の悩みなんだよ。 霊夢ってばもう私より達観しちゃってさあ」

「え?」

 

 母さんがホロホロと泣いたフリを始める。

 妖怪たちは何かため息をついている。

 冷静に状況を観察すると、どう見ても私を始末しようっていう雰囲気じゃなかった。

 

「どういうこと? 私を始末するんじゃ…」

「貴方、通知表に人の話は最後まで聞きましょうとか書かれない? いや、あの場面だと確かに冷静っちゃ冷静な対応だったかもしれないけど、それでも子供のするような判断じゃないわよ」

「たとえ子供でも、命懸けの場面では同じでしょ」

「それでも、よ。 それに、そこまで考えられるのなら、本当に私たちが貴方を始末するつもりならもっと前からそうしてたとは思わなかった?」

 

 いや、それには気付いてましたよ。

 なぜそうしなかったのか不思議に思ったりもしましたよ。

 だけど、今までのあんたを見てたら「実は去年は寝てましたー、てへぺろ」とか本気で言いそうだとも考えるじゃない。

 多分、あんたには自分で思ってるほどのカリスマ性はないわよ、いやホント。

 でも、この状況でそんなこと言うと流石にぶっ殺されそうな気がするので、とりあえず黙っておくことにした。

 

「……まぁいいわ。 とりあえず状況を簡単に整理するわね」

「うん」

「貴方は昨年、神降ろしの術でその邪神の力を降ろして気を失った。 ここまではいいわね」

「うん」

 

 その辺は、実際はよくわからない。

 失敗したと思ってたから、それが原因で気を失ったのかとかも何もわからない。

 でも、それを説明するのも面倒なのでとりあえず返事はしておこう。

 

「それでその時、私はこの子と一緒に貴方を見つけて保護したんだけど……もうそれは貴方と深く絡み付いちゃってて、貴方の外に追い出すことはできなかったの」

「ふーん……」

「だからね。 白状すると、その時は私はその力を貴方ごと始末するつもりだったわ」

 

 あー、やっぱりかー。

 そりゃあ、一応こんな風に見えてても幻想郷を管理する立場の妖怪だしね、まあ妥当な判断よね。

 

「だけど、この子はそれを許さなかった。 自分が全部責任をとるから、貴方のことは自分が育てるんだとか言い始めてね」

「そうなの?」

「だって……霊夢が死んじゃうのなんて、考えただけで悲しすぎるじゃない!!」

「母さ…」

「母さんっ!!」

「霊夢っ!!」

 

 そして、なぜか抱き合う母さんと妖怪の賢者。

 もうお察しとは思うが、私を遮って若干涙ぐみながら「母さんっ!!」とか言ったのはこの賢者様だ。

 何だこの茶番……ってかこっち見んな。

 私に向かってニヤニヤしながら振り向くとこまで息ぴったりとか、仲いいな2人とも。

 だけどそんなことより、呆れ顔の私をよそにそれを眉一つ動かさず見てる九尾の冷静さがヤバい。

 本当はこっちが賢者なんじゃないかって本気で疑うレベルだ。

 

 ……ってあれ? でもよく考えると確かその時点では私たち赤の他人だったはずだよね。

 また適当なこと言ってるよね、母さん。

 そんな私のジト目に気付いたのか、母さんが頭をかきながら言う。

 

「まぁ、ぶっちゃけると一目見て霊夢かわいいと思ったからな。 その場でお持ち帰りよ」

「……そんなのでいいの?」

 

 うわー、ノリで拾ってみたってのは本当のことだったのね。

 私は捨て犬かなんかと同じ扱いだったのだろうか。

 いや、多分これもまた適当なことを言っただけだなのだろう。

 まぁでも、たとえ理由が何だったとしても、どうやら私が今生きているのは母さんのおかげだったみたい。

 ありがとう母さん……ブワッ。

 ノリでそれっぽい効果音はつけたけど、こんな場面で涙が出る訳ないよね。

 ってよりも、この賢者様は邪神なんてものが絡んでるのにそんな適当な理由でよく許したものだ。

 

「まぁ、私は当然それを許すわけにはいかなかったんだけどね」

「そうでしょうね」

「でも人間の、しかも子供がそれを宿せるってこと自体が想定外だった。 だから、しばらくはその邪神を貴方の中に封印し直してどうなるかを観察してみることにしたの」

「観察って……冬眠してたくせに?」

「ずっと私が見張り続ける訳にもいかないからね、私と藍がシフト制で見張ってたのよ。 2月29日は私、他は藍」

「横暴だっ!?」

 

 よりによって四年に一度のうるう年にしかない日にシフト入れおったわこいつ。

 今年はうるう年がなかったから、結局こいつは最後まで寝てただけだ。

 なのにそれでも顔色一つ変えないこの九尾は本当に生きてるんだろうか。 本当は機械とかなんじゃない?

 なんで最高位の妖怪がこんな奴に従っていられるんだろう。

 

「まぁ、そんなこんなでとりあえず一年近く貴方は平穏無事に過ごしてきたみたいだけど、この前ので遂に封印が少し解けちゃったみたいね。 貴方がこの子の言いつけを守らずに霊力を使っちゃったばっかりに」

「……ごめんなさい」

 

 あー、確かに母さんから霊力使うなとは言われてきたけど、そういうことだったのね。

 

「だけど、実は私けっこう何度もこっそりと霊力使ったりもしてたけど、昨日までは一度もあんなことにならなかったわよ?」

「えっ!?」

 

 やばっ、ちょっと余計なこと言ったかもしれない。

 母さんを見ると、驚いた顔をしていた。

 まぁ、そりゃ私は基本的に言いつけを守ってますって顔して生活してたからね。

 

「そこが、ポイントなのよ」

「え?」

「普通は霊力を使おうとすれば昨日みたいなことになるはずだから、実は貴方が霊力を使いそうになるたびに藍がすぐ対処できるよう待機してたの。 だけど、貴方は霊力を使う時はいつも、その邪神の力をほとんど抑え込んでいたわ」

「なんで?」

「そればっかりは私にもわからないけど、多分貴方の天性の才能によるものだと思うわ」

 

 ……私、妖怪の賢者に才能を褒められてる?

 表彰とか受けるよりよっぽど凄いことのはずなのに、全然嬉しくないのはなぜだろう。

 まぁ、多分一般に知られるこいつと実際のこいつのギャップが激しすぎるからだろう。

 

「だからね、私はチャンスだと思ったの」

「チャンス?」

「ええ。 その力を博麗大結界に封印し直してもどうせまたいつか似たような問題が起こるわ。 それなら、それをうまいこと制御できる貴方がいるうちに何とかすればいいんじゃないかなーと思ってね」

 

 うわー、発想がほんっと適当ね、妖怪の賢者。

 何かもう、賢者って呼ぶのがしんどくなってきたわ。

 

「だけど、それでも貴方は力を暴走させてしまった。 その理由もまだよくわかってないんだけど……」

「そうなんだ」

「でも、とりあえず私は貴方を特訓してみようと思ってここに来たの」

「へ?」

「ほら、今までは貴方が霊力を使わないようにすることで力が暴走しないように見張ってきたけど、逆に言えば貴方がちゃんと霊力をコントロールできるようになれば、その邪神の力も完全に制御できるようになるじゃない?」

 

 なるじゃない? って言われたってそんなの私が知るか。

 さっきからいろいろと発想が飛躍しすぎだ。

 

 ……だけど、実は正直に言うとそれは願ってもないことだった。

 明らかに霊力の使い方が達人の域に達しているだろう2人。

 そんな2人に霊力の使い方を教えてもらえる……ヤバい、考えただけですっごいワクワクしてきた。

 ポーカーフェイスを気取ってる私だが、それでもニヤニヤするのを止められない。

 

「ふふふ、そういうところだけはまだ子供みたいね」

「ま、霊力の使い方は元々興味あったからね。 そういうことなら協力するわ」

 

 私は少しぶっきらぼうにそう答えておく。

 これから特訓が始まるのなら、上手い力関係の構築が必要不可欠になるからだ。

 ただ教わるだけの、保護されるだけの子供として扱われるか、その邪神とやらの制御に一役買う協力者として扱われるかは最初の対応で決まると言っていい。

 だから、ここで調子に乗って「よろしくお願いします、師匠!!」とか言うと絶対あっちのペースになるからそれはタブーだ。

 師匠や先生とは呼ばず、さん付けや様付けなどもよろしくない。

 ここで大事なのは、あくまで対等な者として振る舞うことだ。

 

「では、私のことは…」

「じゃあよろしくね。 紫、藍」

「む」

 

 先手必勝。 そして成功。

 「師匠と呼びなさい」とか先に言われたら、一応は教わる立場である以上それを断るのは厳しいものがある。

 一応目上の人には敬語を使うようにと先生に言われたこともあったが、なんだかんだで私が常に敬語を使っている相手はいなし、授業でもまだ敬語は習ってないはずだから問題ない。

 あ、でもやっぱり一応は教わる側としてその態度はマズいかな。

 それに年齢でいうと確か私の100倍以上あるんだよね。

 とすると、それなりの敬意はやっぱり必要かな? でも、それなりにフランクさも求めるとしたら…

 

「やっぱり、ゆかりおばあちゃんっていうのも捨てがたい……っ!?」

「おば……?」

「ぶっ!?」

 

 あ、ヤバっ。 声漏れてた。

 表向きはニコニコしてるはずなのにすっごいプルプル震えてるのがわかる、どうしよう、地雷踏んだ?

 嘘嘘、全然若く見えるよ、とかいう言葉は今さら逆効果にしかならないことはわかってる。

 考えがまとまらないうちに何かこの人妖力漏れ始めてきたよ、うわっ怖っ、ちょっと疑ってたけどこれやっぱり明らかに隣にいる九尾以上の妖力だよ!

 ヤバいヤバいヤバいヤバい、なのにこんな時だけ何も思い浮かばないし。

 母さんは何かもうめっちゃ笑ってるし、あの冷静な九尾まで必死に笑いをこらえてるのが私の目からもわかる。

 やめて、おばあちゃんのライフはもうゼロよ! とか言ってる場合じゃない、お願いだからこれ以上刺激しないで、えーっと、えーっと……

 ……いいや。 もうどうにでもなーれ☆

 

「よろしくね、ゆかりおばあちゃん」

 

 何かがプツンと切れたような音が聞こえた気がした。

 流石の母さんの笑いも止んで、固まっていた。

 

「フフ、フフフフフフ…」

 

 な、何か寒気のするような小さな笑い声が聞こえてくる気がするけど……まぁ、その辺は気のせいだと信じよう。

 さ、これから一緒に頑張ろうね、母さん、藍、ゆかりおばあちゃん。

 

 ……そしてその日からというもの、思い出すだけで吐きそうになる拷問のような地獄の特訓の日々が始まった。

 

 

 




 とりあえずあらすじ回収したこの辺で一段落です。
 このペースで投稿すると書き溜めもすぐ尽きそうなので、ここからは数日に一話くらいのペースでゆるりと書いていきたいと思います。
 そのうち原作異変とかにも繋げるつもりですが、しばらくはこういう感じのまったり展開が続く予定ですので、よろしくお願いします。

 あと、感想とかもらえると非情に嬉しいですヾ(・ω・)ノ



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第1章:友達
第7話 : 年取ると時間の流れが速く感じるね、ほんとに




この章は、前回の一年後くらいの設定です。
しばらくはだいたい6話周期くらいで一段落してく感じになると思います。





 

 

 

 もう、限界……

 体の節々は痛いし、霊力が空っぽで力も出ない。

 分数を教える先生の声がただの暗号にしか聞こえない。

 何度も言うようだが、私は分数の計算なんて、だいたい暗算でできる。

 だけど、体力の限界の中で、同じような式の前で頭を抱えている隣の子供に合わせて数字ばかり見てたら完全にゲシュタルト崩壊起こしますよ、ええ。

 

「……はいはい寝ませんよ、寝てませんよ」

 

 先生も子供たちも私のその声には気付いていない。

 周囲の誰にも聞こえないほどの小声で呟いたからだ。

 それでも一人だけ聞こえてる奴がいる。

 私の首元に発生しかけた何かが、消えていくのを感じた。

 

 ここ1年ほど、私が寺子屋の授業中に寝ることはほとんどなくなった。

 というよりも寝られない。

 私の一挙手一投足まで見逃さないよう見張っている暇な奴がいるからだ。

 少しでも私がだらけると、その瞬間体のどこかをつねろうとしてくる、たちの悪い賢者様がいるからだ。

 ちょっとウトウトしただけで体をつねられた痛みで授業中に飛び上がった私に、学年と比例するように威力の上がった先生の頭突きが待っているからだ。

 

「もう、いやだ……」

「え?」

 

 うっかり声が漏れてしまった。

 そして、隣の席の子に聞こえてしまったようだ。

 はい、お仕置き確定だね。

 とかここまで頑張って冷静を装ってみた私だったけど、もう限界だった。

 肉体的にも、精神的にも。

 私の背中で何か隙間のようなものが開いたような気がした。

 

「もうこんな生活、嫌あああああああ痛たたたたたたたやめて、やめて!!」

 

 突然背中を強くつねられて、授業中だというのに突然大声で叫んでしまった。

 だけど、傍目から見たら多分私は勝手に一人で騒いでる奴にしか見えないだろう。

 周囲からの目が痛い。

 先生もため息をついていた。

 ……もういや。 おうちかえりたくない。

 

 

 

 

 

 

 さて、恒例の頭突きタイムだ。

 だけど実は最近は頭突きを免れている。

 月に一度くらいの頻度でこんなことが起こるため、先生だけじゃなくて他の子供たちからも私は何かの病気なのだと思われてるらしく、しばらく前にクラスメイトが私を許してくれるよう先生に頼んだらしいのだ。

 ありがとう、名も知らぬクラスメイト。

 だけど私はもう完全に変な奴扱いなので、同情はされても、多分その子も友達という訳でもない。

 というよりも、前に私があの妖怪を退けた一件のせいで、少なからず私はクラスメイトに怖がられているっぽいのだ。

 子供に話しかけられるのは確かに面倒だったが、同情や奇異の目を向けられ続けるのもそれはそれで辛いものがある。

 

「霊夢、本当に大丈夫か?」

「うん……」

 

 先生も本気で私を心配しており、もう私に頭突きをしてくることはほとんどなくなった。

 それはそれで少し寂しいような気も……する訳がない。

 今頭突きをされたら、流石の私も死ぬかもわからん。

 そこまで私が追い詰められてるのは全部、

 

「あいつのせいだ」

「え?」

 

 先生が怪訝な表情を浮かべる。

 だけど、今の私はそんなことを気にしない。

 もう、我慢の限界なのだ。

 たすけて、先生。

 あの傍若無人の悪魔を、こらしめて。

 そんな思いを込めて、私は思いっきり叫ぶ。

 

「何もかも全部、ゆか…」

「今度は床でも這いつくばって舐めてみたいのかしら?」

 

 ……うん、知ってた。

 先生に聞こえないように私の耳元で隙間を開けてそんなことを囁いてくるのもあいつらしい。

 

 もうお察しだと思うけど、私を苦しめているのは紫の地獄の特訓メニューだ。

 睡眠時間は5時間、寺子屋に行く時間と食事の時間その他でだいたい7時間、あとの12時間、つまり半日は修業。

 そして、寺子屋が無い日は修業が15時間に増える。

 これを既に休みなく1年近く続けてきた。

 とても成長期の子供にする仕打ちではない。

 睡眠時間とかが足りなくて私の身長や胸が成長しなかったら、将来的に訴訟も辞さないつもりだ。

 ……とか言ってみるけど、実際は口答えする余裕すらもなかった。

 

「床?」

「そうそう。 道端のゴミである私めはこれから床でも舐めてみようかなーえへへと」

「……本当に、大丈夫なのか霊夢」

「……平気」

 

 実は、先生はもう私が何に苦しんでるのかを知ってる。

 あまりに私のやつれ具合がヤバいので、何度か博麗神社に怒鳴り込みに来たこともある。

 紫と喧嘩になりそうになったこともあるが、その度に私が止めていた。

 一応は私が望んで始めたことなので、途中でやめる気はないのだ。

 ってよりも、なんだかんだで修業の成果自体は出てるので、私としては文句を言える立場にはない。

 

「そうか……どうしても辛いなら、たまにはこっちを休んでもいいんだぞ?」

「それは、絶対に嫌」

 

 毎日修業15時間にされてたまるか。

 先生の頭突きさえなければ私にとって寺子屋は苦悩を感じずに過ごせる唯一のオアシスとなっているので、絶対に休みたくはないのだ。

 私はキッパリと断ってそのまま一人で教室に戻った。

 

 フラフラの足取りで、自分の席にうつ伏せになる。

 近くにいた子供が何か言っていたが私の耳には入らない。

 既にちょっとした仮眠の時間に入っているからだ。

 わかっているとは思うが、私は寺子屋というもの自体には興味がない。

 「学業も子供の仕事」と、昔は絶対に言わなかった名目を乱用して修業の時間を少しでも減らそうとしているだけなのだ。

 そして、授業中に寝たり真面目にやらなかったりすると、学業をする気がないとみなされて身体をつねられた挙句に博麗神社に強制連行されたりする。

 だから算数の時間などは必死に睡魔と闘わなければならない。

 

 だけど、昔のように寺子屋の授業に全く興味がないという訳でもない。

 今年からは、待ちに待った授業が一つだけあるからだ。

 

「よーし。 じゃあ、授業始めるぞー!!」

 

 それが聞こえた瞬間、クラスの空気が一変した。

 それとともに私も顔を上げる。

 子供たちの目が死んでいくのがわかる。

 

「教科書中巻の420ページと資料集の1362ページを開けー」

「……」

 

 寺子屋名物っ! 上白沢先生のっ!! 歴・史・講・座―、わーパチパチパチ。

 テンションが上がっているのはどうやら私だけのようだ。

 いや、私は疲れ切って死にそうな顔をしているので、クラス内に生きた目をした子供は誰一人としていない。

 

 先生は基本的にはわからない子に合わせて授業を進めるが、こと専門の歴史についてだけは勝手に喋りたいことを喋りまくる。

 今までの読み書きや算数の教科書は所定のものを使い、1年分でも多くてせいぜい200ページくらいだった。

 だが、歴史だけは先生自らが作成した500ページあまりの上・中・下巻3冊セットの教科書と、およそ2000ページの歴史資料集を駆使する。

 ノートを取ることを考えると、どうやってこんな小さい机でそれを開くんだってくらい頭の悪い構成だ。

 当然、人数分のそれを揃えきるのは厳しいので、前回先生が担任をしていたクラスの卒業生から全巻寄付されるのが恒例行事となっている。

 

「――して、幻想郷においても近年、妖怪の山に住む河童により多くの科学技術が開発されているが、これは外の世界から来たのではなく、資料集411ページに参照されるような第一次月面戦争により知られることとなった月の技術の名残という説も――」

 

 子供たちは先生の声が聞こえているのかいないのかわからないほどに、ゲンナリとした顔でひたすらノートを取っている。

 先生はそんなことお構いなしに目をキラキラと輝かせながら、止まることなく早口で授業を進めていく。

 この授業を子供たちが甘んじて受けているのは、この授業でふざけたり寝たりすると、いつもの倍の威力の頭突きが飛んでくるからだ。

 先週頭突きを食らった隣の子なんて、既に洗脳されたかのように病んだ目をしていて怖い。

 

 だけど、今まで授業が退屈でしょうがなかった私にとっては、むしろこの授業は最近の唯一の楽しみだった。

 寺子屋で唯一、私の知らないことが飛び出してくる授業だからだ。

 博麗大結界を隔てて存在する外の世界の歴史と幻想郷の歴史の関係性など、この授業には幻想郷の知られざる不思議が詰まっている。

 書籍などを参考にした事実情報だけでなく、先生自身の見解を交えた新たな考察を述べつつ、今の幻想郷を解明していく。

 しかも月面戦争みたいに紫が出てくるものや、先代の博麗の巫女が関わった出来事など、私の身近なことと繋がっている部分があるのも興味を惹く一因となっている。

 もう、寺子屋の授業はずっとこれでいいんじゃないかと思うくらい私の心はワクワクでいっぱいだ。

 まぁ、他の子供は度々ページが移動する資料集を開くのに必死で、内容なんて頭に入ってないだろうけどね。

 

「……では、今日の授業はここまでだ。 みんな、ちゃんと復習しておくんだぞ」

 

 ああ、もう終わりかぁ。

 やっぱり面白い授業ほど早く終わってしまうものだ。

 そして、この授業が終わった瞬間にみんなスイッチが切れたように机に突っ伏してしまい、静かな休み時間が得られるので至れり尽くせりだ。

 私は皆に合わせるように眠りに入る。

 

 だが、この授業で皆が大人しくなってしまうことを抜かしても、このクラスにはあまり活気がない。

 私にとってはどうでもいいことだけど、正直言うと周りの雰囲気が辛気臭い上に勉強のペースも遅くなって少しだけ迷惑だ。

 やはりリーダー的な存在がいないと、集団というのはこうもダメになってしまうのかと痛感している最近である。

 こうなったのも、あいつがいなくなってからだ。

 霧雨魔理沙とかいうボス猿が、不登校になってしまってからだった。

 

 ……いや、べ、別に私はあいつのことが気になってる訳じゃないのよ。

 本当よ、本当にあんなチビに興味なんてないんだからねっ!!

 

 

 



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第8話 : 今日も元気だ特訓だ

 

 

 はい、突然ですがここで問題です。

 私は今、逆さ吊りにされています。

 真下には焚火があって、後頭部には重りが付けられています。

 さて、私は今何をしているのでしょうか。

 

 正解は、腹筋と背筋の修業でしたー。

 え? 不登校になったあの金髪はどうしたかって? だから、私は別に興味がないと何度も言ったはずよ。

 ってかそんなこと言ってる場合じゃないホントにこれ熱い、ってか死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!

 ただ逆さに吊るされただけの楽な姿勢だと、真下にある焚火でめっちゃ熱い上に髪が焼ける。

 だから、腹筋と背筋を交互に酷使してしゃちほこのような体勢でひたすら火の熱を避け続けるというアホみたいな修業である。

 

 紫は、外の世界と幻想郷を勝手に行き来することのできる唯一の妖怪で、気まぐれに外の世界の知識を取り入れてくる。

 芸人って人たちのネタや物語のセリフなど、紫が持ってきた知識を面白いと言って母さんも昔から時々使ってたらしい。

 かく言う私も、時々そのせいで言動がおかしくなってしまうことがある。

 基本的に私が口に出すことはないが、一度クラスで何かのネタをうっかり漏らしてしまった時は、それが一カ月くらいブームになって本気で頭を抱えたものだ。

 さて、なぜ突然こんな話をしたかというと、この修業も実は外の世界にある漫画とかいう娯楽本に書いてあったもので、それを読んだ紫が面白そうだからと私で試したものであるからだ。

 霊力の修業はそれはそれで別にあるけど、それを支える体の修業メニューは、だいたいこんな感じに紫の気まぐれで行われる。

 紫が幻想郷のどこかに投げた石を重い亀の甲羅を背負いながら拾ってこれるまで断食する修業とか、空を飛ぶの禁止で崖に突き落とされて生き残る修業とか、もう意味がわからない。

 だが、それでも必ず何かしら効果のある修業だけをチョイスしてくるので、文句が言えないからたちが悪い。

 そんな修業に四苦八苦している私を見ながら笑っている紫を見ていると、本気で殺意が湧いてくる。

 

「はーい30分よ。 お疲れさま~」

 

 そして、「はーい」って言う前に足に括り付けたロープが切断される。

 自分の体内時計で30分を計りながら紫の言葉に耳を傾けていないと、そのまま焚火の中に真っ逆さまというドSっぷりだ。

 だけど、1年も経つとそれはだんだん慣れてくる。

 むしろ最近は私の腹筋とかが硬くなってきたことの方が辛い。

 こんな子供の時からマッチョになるのとか絶対に嫌よ。

 私は母さんとは違って、もっとスラっと身長が高くてボンキュッボンでナイスバディな大人になる予定なのよ。

 そこ、発想がオヤジ臭いとか言うな。

 

「さーて、最後は実戦訓練ね」

 

 そして、こんなアホな修業は昼間にやってるかと思いきや、実はもう深夜なのだ。

 さっきの修業の休憩はなしで、一日の最後を締めくくる1対1の真剣勝負。

 さて、今日の組手相手は母さんか藍か紫か。

 紫は……やだなぁ。

 だって、ホント容赦ない上に性格悪いんだもの。

 母さんは少しくらいは優しく手ほどきを加えながらやってくれるし、藍は一思いにボコボコにしてくれる。

 でも紫は私が気絶するギリギリのところで寸止めしてそれを永延と繰り返すから、本当にやめてほしい。

 あと、大穴で嬉しいのは……

 

「じゃあ……そろそろ経過を見たいと思うし、今日は久々に橙にやってもらいましょうか」

「は、はい紫様!!」

 

 ちぇええええん!! きたああああっ!!

 橙(ちぇん)というのは、藍の式神の化け猫だ。

 二尾の妖獣で低級妖怪と思われがちだが、流石は藍の式神ってだけあって、この前は六尾の妖獣を仕留めてた。

 あの時ばかりは、尻尾の数が格を決めるって話はあんまりあてにならないねってのを痛感したわ。

 ま、主である藍からの霊力供給が強力すぎるってのもあるんだけどね。

 確か初めて勝負した時は、二尾と思って軽い気持ちでやったら話にならないくらいボロ負けしたのよねぇ。

 

「じゃ、よろしくね橙」

「うんっ! 今日も本気で行くよ、霊夢!」

 

 そんな強敵との実戦がなぜこんなに嬉しいかと言うと、この4人の中ではまだ一番勝てそうってのもあるけど、橙は割と私の実力のバロメーター的な存在となっているからだ。

 紫や藍は言うまでもなく強いけど、意外なことに母さんがメチャクチャ強い。

 私の最初の勝手な予想だと、普通に戦ったら多分紫が一番強くて藍がいて、母さんはだいぶ劣るんだろうなーって思ってた。

 だけど母さんが紫と組手をしているのを見た時は、互角どころか体術においては多分藍や紫以上で、本当に母さんは人間なのかと疑ったものだ。

 今までの私との勝負は全然本気じゃなかったんだなーと、私は自分の未熟さを改めて痛感した。

 そんな母さんや藍や紫が相手の勝負ではひたすら手加減され続けてるので、手加減の程度が変わったとしても結局はただのボロ負けであり、私自身は成長を実感できない。

 だけど、あまり手加減をしてこない橙にどれだけ食らいついていけるかというのは、私自身も成長を実感できる成果なのだ。

 つまり、橙と私が戦うことになる時は、私が何らかの成長を経ているという判断を紫がしたということなのである。

 ま、これだけ死ぬような特訓を続けておいて成長を実感できないってんじゃやってられないしね。

 さーて、今日こそは勝つぞー。

 張り切って私と橙が構えると、紫がそのまま合図をする。

 

「じゃあ、2人とも準備はいい? レディ……ゴー!」

 

 すると、ドウンって感じの轟音と同時に橙の立っていた場所の地面が大きくえぐれた。

 加速をつけるために地面を蹴っただけなんだろうけど……力強いよねぇ~。

 チーターなんかよりよっぽど速いね、うん。

 これを目の前で見ると、人間が妖怪に敵わないと言われる理由が一瞬で理解できる。

 人間の格闘家なんかが10人くらい集まったところで、その鋭い爪で数秒のうちに全員が首を切り落とされて終わってしまうだろう。

 

 だけど私は、そんなことを冷静に分析できるくらいにはその速度に慣れていた。

 最近の私は、修業の一環として妖怪の山にいる天狗の飛行を目で追ったりもしている。

 ちなみに、天狗というのは本当に速い奴だと音速を軽く超えてくる化け物みたいな種族だ。

 その成果もあって、私は橙のスピードくらいなら割とはっきり見えるようになっていた。

 まぁ、見えるのとそれに合わせて動けるのはまったく別なんだけどね。

 私も本気で応戦しないと、本当に一瞬で死にかねない。

 

 『封魔陣』!

 

 私は心の中で技名を叫びながら、上空に飛び上がった。

 最近は割と慣れてきたけど、戦いの最中に技の名前叫ぶのってやっぱりけっこう恥ずかしいのよね。

 こういう代々受け継がれた技の名前とかだとまだ何とかなるけど、自分が命名した技名を最初に口に出すときはけっこう勇気がいる。

 私以外は普通に技名叫ぶのに慣れてるのでいちいち照れる私が異端みたいな風潮になってるが、あえて言おう。 私は悪くない。

 

 とかバカなこと考えてる間にも、戦況は進んでいく。

 手に持ったお札の束に霊力を込めて放っていくけど、移動術はまだ筋力だけで行っているせいで橙と比べると私の速度は明らかに遅い。

 なぜ移動に霊力をつぎ込まないかというと、お札と自分の両方に同時に霊力を使うのは、実戦ではまだ許可されていないからだ。

 あの一件以来、例の邪神の力とやらは暴走していないが、それでも暴走したらシャレにならない被害が出かねないことは身に染みてわかっているので、私がある程度の実力を身に付けるまでは無茶な霊力の使い方をしないよう、紫も慎重になっているようだ。

 ま、霊力のこと以外は無理難題を平気で押し付けてくるんだけどね。

 

「そんなんじゃダメダメ、どこ狙ってるの!」

「っ!!」

 

 橙は私の放った多くの札の隙を一瞬で察知して、私に叱咤しながら近づいてくる。

 そのまま、私の前に配置した防御の要となっている一枚の札を切り裂いて跳び上がってきた。

 

「反応が甘いっ!!」

 

 そして……うおおおおおっ!? 死ぬかと思った、本当に死ぬかと思った!

 私の首擦れ擦れのところで、橙の爪が空を切る。

 とっさに私が身体を逸らしていなければ頭と胴がサヨナラしていた気もするが、恐ろしいので考えないことにする。

 橙はけっこう本気で私を殺しにかかってくる。

 本当に危なかったら流石に紫が止めるとは思うけど、下手をすれば死ぬ。

 驚いている私に向かって、橙は追い打ちをかけるように振り返って飛びかかろうとするが……

 

「って、わわっ!?」

「よしっ!!」

 

 橙が手足をじたばたさせながら空中に留まっている。

 ……成功した? 

 ……成功、したんだよね!

 ふっふっふ、この私が何の秘策も無しにそんな危ない橋を渡ると思うてかっ!!

 とか余裕の表情を浮かべながら橙にドヤ顔を向ける私だったけど、ギリギリの作戦すぎて背中が冷や汗でびっしょりと濡れていた。

 この封魔陣という技は代々博麗の巫女に伝えられている術の一つで、霊力を流し込んだ札を結界のように配置することで、それにかかった者の動きを封じることができる。

 今回私は、橙の私への道筋が一本道になるようにわざと隙を配置して、本命である私の後方の結界に橙を誘導したのだ。

 ま、橙が私に手ほどきをするかのように油断をしてなければ、成功してたか怪しいんだけどね。

 橙は必死にもがくけど、妖怪用に練られた結界に完璧にはまってしまえば脱出は困難を極める。

 やがて、動けない橙に向かって紫が声をかけた。

 

「はい、そこまで。 今回は霊夢の勝ちね」

「ええっ!? そんなぁ……」

 

 きたああああああっ! 初・勝・利!!

 苦節1年、何度も何度も死ぬ思いを続けてきた。

 報われず、挫折を繰り返しながらもそれでも私は諦めなかった。

 そして今日、遂にその努力が実ったのだ!

 私の1年間は無駄なんかじゃなかった。 私はもっと修業したい、私はもっと修業していいんだ!

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「……ありがとう」

 

 そんな私に、紫が拍手をしながら祝福の声をかけてくれる。

 どこからともなく現れた母さんも、同じように私に拍手をしてくる。

 珍しく紫からねぎらいの言葉をかけられたことは素直に嬉しかったが、私がお礼を言った途端に何か成功したと言わんばかりにノリノリで母さんとハイタッチしてるところを見ると、これもまた紫の仕入れた新たなネタなのだろうことがわかる。

 くそっ、私がせっかく念願の初勝利を決めたというのに、こいつら全く別のところで楽しんでやがる。

 だけど、今大事なのはそこじゃない。

 うやむやにされる前に、確認しておかなきゃいけないことがあるのだ。

 

「……それで紫。 約束、ちゃんと守ってよね」

「ま、霊夢も1年間頑張ったからね。 少しくらいいいでしょう」

 

 ぃいいやっほぉぉぉう!

 遂に私に修業をしなくてもいい日がやってくる。

 私が4人の内の誰かに一度でも勝ったら、休みをもらえる約束になっていたのだ。

 まぁ、橙の場合は3日間だけだけどね。

 さて、何をしようかなぁ。

 何でもいいんだ!

 どんなことでもできるぞぉ!!

 例えば日向ぼっことか、昼寝とか、えっと、えっと……

 

 ……ダメだ、何も思いつかん。

 

 





 8話以外にも他作品のネタがちょいちょい入ってきてますが、だいたい紫のせいです(笑)
 いちいちタグ付とかするとキリがないので、軽く流していただけると幸いです。



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第9話 : はじめての、敗北(仮)

 

 

 

 私は今、先生と一緒にすっごい大きい屋敷の前に来ている。

 一周するのに10分くらいかかるんじゃないかと思うほどの敷地を柵で囲まれた大豪邸である。

 この成金め、こんな家があるからウチの神社は貧乏なのよ。

 

「いくぞ、霊夢」

「うん」

 

 そう言われて、私は先生の後についていく。

 霧雨という表札の掲げられた家の中に。

 

 ……さて、どうしてこんなことになったかというと、ことは2時間ほど前に遡る。

 紫から3日間の修業の休みをもらった私だったが、昨日はただ境内でボーっとしてたらあっという間に1日が終わってしまった。

 今までずっと修業ばっかりしてたから、逆に修業なしだと何していいのかわかんないのよねぇ。

 それはそれで確かに有意義といえば有意義な時間だったけど、せっかくだし何かもう少し実のあることをしたいと思ったのだ。

 そんな時、私は先生がここ一年くらい毎週この家を訪れているという話を耳にした。

 だいたいの場合は門前払いを食らってしまうが、それでも諦めずに不登校になってしまったあの金髪を寺子屋に連れて行こうと頑張っているらしい。

 それを聞いた私は……これだ! と思った。

 先生が目を輝かせて喜んでくれる顔を見れたし、クラスの辛気臭い空気を変えられるし一石二鳥だね!

 ……まぁ、それにあいつが不登校になったのは私に一因があるとも言えるので、罪の意識を感じていないわけではなかったのだ。

 だって、あいつ私の霊力ボール目の前で見て、皆の前で漏らしたでしょ?

 あの後、あいつは白い目で見られるのが嫌だったのか、寺子屋に来なくなってしまったのだ。

 

「魔理沙、いるか」

 

 先生が数十あるだろう部屋のうちの一室のドアをノックする。

 ここ数週間は先生も会えていなかったらしいが、今日は私が来ていると言ったら久しぶりに本人が会うと言ったそうだ。

 あれ以来一度も会っていないので、私もしかしてむっちゃ恨まれてるのかなーとかすっごい不安はあった。

 そして、少し間をおいてドアが開いた。

 いきなり殴りかかられたらどうしよう、骨の一本二本くらい折っていいかな?

 いや、流石にやめておこう。

 今回は多分私が悪いのだ。

 だから、何か恨み言を言われてもとりあえず謝っておくことにしよう。

 

「こんばんは、お久しぶりです博麗さん」

 

 ……ん?

 誰だこいつって感じだった。

 私の知ってるあいつはもっとふてぶてしい態度をとる奴だった気がする。

 それなのにこいつの雰囲気は、まるでお金持ちのお嬢様だ。

 ああ、そういえばこいつお金持ちのお嬢様だったわね。

 

「……久しぶりね」

 

 なんか、そんな挨拶しか出てこない。

 これじゃ藍のことをどうこう言えないわ私。

 何を言うつもりか決めてなんか来なかったけど、ここまで何言っていいものかわからないとは思わなかった。

 こいつ相手なら適当なこと言っておけば大丈夫だろうと思ってたのに、すごい気まずい感じね。

 そして黙っている私の隣で、先生が張り切って話し始める。

 

「ほ、ほら、久々に友達に会うのも悪くないだろう? なあ魔理沙、そろそろ寺子屋が恋しくはないか?」

「すみません。 私まだ、いろいろとやらなくちゃいけないことがあって……」

「それはそうかもしれないが、青春は寺子屋でしか味わえないぞ、魔理沙!!」

「でも……」

 

 あー、ダメよ先生、それは完っ全にNGよ。

 そんな熱血が誰にでも通用すると思わないで。

 ほら、そんなに言いたいことばっかり一方的に言って、ああもう、こいつ完全に黙っちゃったじゃない。

 私ならうるさいって言って助走つけて殴りかかるレベルよ。

 熱血が取り柄の先生もこういう場面ではダメダメだし、こいつは見た感じ性格まで変わってそうだし、気長に攻略していくしかなさそうだ。

 あーあ、せっかく貴重な休日を費やしてこんなところに来たってのに、無駄足になっちゃいそうね。

 と、気楽にそんなことを思っていたけど、私はこいつが片手に持っていた本のタイトルを見てしまった。

 見てしまった。

 

「……それは?」

「え? これですか。 その、微積分の参考書です」

 

 待て。

 それは確か噂に聞く数学の高等テクで、私もまだできないやつではないのか?

 それを、何故こいつがやってる?

 あのアホ面が、何故私よりも先に進んでる?

 ふ、ふふん、どうせハッタリに決まってるわ。

 背伸びしてできもしないことに手を出そうとするなんて、まだまだお子様ね!

 

「へ、へぇー。 でもそんなの覚えて、一体何に使うのかしらね」

「その、計量経済学で必要になったので、とりあえず数学を一通り復習しておこうと……」

「……ふーん、経済! 経済ね。 なるほど、あんたもあれから少しは進んでるみたいね」

 

 計量経済学……何それ、初めて聞いた。

 正直、何に使うのって感じだ。

 ってかちょっと待ちなさいよ、そんな頭よさそうにしてたって、どうせただのハッタリでしょ?

 あんたなんて、私の足元にも及ばないガキどもの一人なんでしょ?

 落ち着きなさい博麗霊夢、こいつに見せてやればいいのよ。 私と凡人の差を、他の子供とは違うってことを!

 

「……536かける464は?」

「え?」

「ふふふ、ほーらわからないでしょ、あんたもまだまだみたいね!」

 

 秘技『3桁の難しい掛け算』!!

 授業中の暇なときに脳内で練習して、最近できるようになった私の必殺技である。

 ぶっちゃけ、こんなことできたからどうだという話だが、こいつに負けるのは私のプライドが許さない。

 だけど、ここまで言って初めて、私は少し冷静になった。

 

「そ、それじゃあ私はもう行くわ。 あんたもこれからせいぜい精進することね」

「あ、待て霊夢、もう少し……」

 

 先生が何か言っていたが、私は一目散に逃げ帰った。

 ……そして、走りながら果てしなく虚しくなった。

 なぜ、あの場面であんな子供じみたことをしたのか。

 自信満々に「536かける464は?」……って。

 うわああああああ、思い出しただけで恥ずかしくて死んでしまいたいぃぃぃ!!

 何よ!? 微積分やってる奴に掛け算の問題出して何得意気になってんのよ私!?

 そして、同時に私の隣で隙間が開いて……

 

「ふふっ、あははははは」

 

 やっぱり一番聞かれたくない奴に聞かれてたああああああ!!

 やめて、お願い母さんには言わないで、何でもするから、何でもするからあああああ!!

 そして泣きそうになりながら走っていた私を、追いかけてきた先生が呼び止める。

 

「おい霊夢、どうしたんだ?」

「何でもない、今日はもう先に帰るからっ!」

「そ、そうか。 ああ霊夢、そういえばお前が走り去った直後に魔理沙が248704と伝えてくれと言っていたんだが」

 

 ……はい。

 それを聞いた瞬間、何か頭冷えすぎて足も止まった。

 自分の愚かしさがどんどん浮き彫りになってきて、本当に情けなくなってきたわ。

 もう、認めるわよ。

 私が悪かったわよ。

 

「……紫」

「あら、何かしら? 掛け算の得意な霊夢ちゃん?」

「ってうおっ!?」

 

 例のごとく突然隙間から現れた紫が笑いすぎて震えた声でバカにしてきたり、先生がそれに驚いていたりしたが、そんなものはもう目に入らないし聞こえない。

 そんなことはどうでもいい。

 

「41729かける73845は…」

「3081478005だけど、霊夢は答えわかってるのかしら?」

 

 言い終わる前に一瞬で返される。

 適当な数字を並べただけの私には、もちろんその答えがあってるかなんてわからない。

 だけど、多分あってる。

 こいつも、そういう奴だ。

 藍も多分、あと5桁くらい増やした問題を出したところで一瞬で正解を答えて「もう10桁の計算をしているのか、最近の教育は進んでいるな」とか真顔で言いそうだ。

 つまりは、そういうことなのだ。

 こんなのは、私が自己満足のために身に付けた付け焼き刃に過ぎない。

 実際の私は他のアホな子供たちを頭の中で見下して調子に乗っているだけの、愚かで凡庸な子供に過ぎないのだ。

 実際の私はあの金髪の足元にも及ばない、戦うことしか能のない体力バカに過ぎないのだ。

 

「……特訓よ」

「あら、一応休みはもう1日残ってるわよ? 遂にやる気になった?」

「ありったけの数学の参考書を集めて。 それと、1週間だけ修業の休みをちょうだい」

「へ?」

 

 だけど、それをわかっていてなお、私の中にある言葉にできない感情が止めどなく溢れてくる。

 紫や藍や母さんに負けるのならまだいい。

 初めて子供に打ち負かされた。

 完膚なきまでに、差を見せつけられた。

 昔はあんなアホ面を見せていたガキに出し抜かれた屈辱。

 「訳のわからない修業なんかしてるからお前はアホなんだよ、れいむ」っていう心の声が聞こえてきた気がした。

 

「なんで…」

「文句があるなら来週から20時間だって修業してやるわよ。 だから、今は私に協力して」

 

 私の気迫に押されたのか、紫が黙ってしまった。

 もう、これが終わったら地獄の特訓でもなんでもやってやるわよ。

 だけど、今はこっちが先決よ。

 

「ふふ、ふふふふふふ、あいつ絶対泣かすわ」

 

 もう二度と私に逆らう気も起きないほどに叩きのめしてやる。

 でも、ただのガリ勉になってるあいつをぶっ飛ばしても何の意味もない。

 だから、あいつが得意気になってる計量経済とかいうのをマスターして見下してやる。

 寺子屋なんかに行ってるアホに負けた超アホとして、一生バカにしてやるんだから!

 

 こうして、私のプライドを満たす以外にあまり意味のないだろう一週間が始まった。

 

 

 



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第10話 : 私は霧雨魔理沙、普通の商人見習いです



今週は霊夢さんお勉強中のため、代わって魔理沙がお届けします。




 

 

 

 私にとっての寺子屋は、勉強するための場所でも、友達と遊ぶための場所でもなかった。

 私は言葉を話せるようになった頃からほぼ毎日、寺子屋とは別に半日以上の時間を勉強と護身術の稽古に費やしてきた。

 いわゆる、英才教育ってやつだ。

 既に家庭教師から複素積分を習い終えていた私にとって、寺子屋のみんなと一緒に一桁の掛け算を声をそろえて言ったりするのは、正直辛かった。

 だけどお父様は、その感情を表に出さず、他の子と同じように授業を受けることも大事だと言っていた。

 幻想郷の商業の全てを担う霧雨家の後継ぎとして、社交的に、嫌味にならない程度の優秀さを周りに見せつけて人心を掌握するのも一つの修業だと言っていた。

 だから私は寺子屋では周囲の子の勉強をサポートしながらテストで毎回100点をとって、体育でも一番で、普段もクラスで中心に立てるように明るく振る舞ってきた。

 そうできるよう、私はずっと頑張ってきた。

 それでも、それが当然のことだと言ってお父様は私を褒めてくれなどしなかった。

 

「魔理沙ちゃん、明日は私の家で誕生会をやるの! 魔理沙ちゃんも来てよ!」

「ごめんな。 私、そういうの行けないんだ」

「あ……そっか。 でも、魔理沙ちゃんにも来てほしかったな……」

「私も行きたかったけど……でも、ごめん」

 

 毎日すぐに家に帰って勉強や稽古をしななければならないため、私は何を言われても必ず誘いを断り続けてきた。

 休みの時の付き合いができないにもかかわらずクラス内で中心に立ち続けなければならないため、私は常に気を張り巡らせながら子供たちの様子を伺い続けてきた。

 それだけのために、寺子屋での時間を使ってきた。

 全然楽しい出来事なんてなかった。

 寺子屋の授業が終わるとともに虫取り網を片手に近くの公園に走っていく子たちや、かわいい人形を両手に友達とごっこ遊びをしている子たちが、羨ましかった。

 私には、他の子たちのように心の底から笑えることがなかった。

 私だけが、他の子たちとあまりに違う世界を生きなくてはならないからだ。

 

 それが変わったのは、1年前の体育の時間だった。

 

 護身術の稽古でずっと大人を相手にしてきた私にとって、子供たちのヒーローになるのはそれほど難しいことじゃなかった。

 あらゆるスポーツでみんなの先頭に立ってきた。

 だけど、ある日のドッヂボールでクラスメイトの一人が投げたボールが……強すぎて、本当に死ぬかと思った。

 お父様に怒られて叩かれた時も、稽古で大人の男の人に投げ飛ばされた時も、私は耐えきった。

 それでも、それが当たった時は予想外の痛みに耐えられず、私はその場で泣き出してしまったのだ。

 

 それを投げたのは、博麗霊夢というクラスでもあまり目立たない子だった。

 そんな子の投げたボールに当たったくらいで泣き出してしまった私は、周りの子たちからの信頼を少し失った。

 それがお父様の耳にも入ったらしく怒られそうになったが、その子の名前を出した途端お父様の顔色が変わった。

 絶対にその子に負けないように、と言われた。

 どうやらその子の家は、幻想郷で特別な意味を持つ神社なのだそうだ。

 経済的な権力を担う霧雨家と宗教的な権力を担う博麗神社は、人間の里の人にとって重要な意味を持つ二大勢力らしい。

 その相手に負けることだけは、絶対に許されないみたいなのだ。

 

 だから、私はその日以来、他の子よりも優先的にその子と関わるようになった。

 教育方針の問題なのかはわからないけど、その子は一言で言うと適当だった。

 子供にしてはぶっきらぼうで、他の子とは違う大人びた雰囲気が、今までとは違う強敵を予感させた。

 だけど、その子と話している時は、私は初めて心から楽しんでいたと思う。

 だって、今までみたいに周りに合わせて自分を下げる必要がなかったから。

 その子に負けないようにということは、自分が全力を出していいということだったから。

 

 だけど、その子も私と同じ境遇で……いや、それ以上だった。

 

 あの子が私と違う次元で力をセーブしていることを思い知ったのは、とある事件があってからだ。

 校庭に紛れ込んだ妖怪に襲われて足が震えていた私の横で、あの子はあろうことか持っていたボールで妖怪の魔弾を木っ端微塵にしたのだ。

 私はその時初めて、同世代の子を相手に一生敵わないと思った。

 多分、あの子は私なんかよりもずっと長い間頑張って、それでも自分を抑え込んできたのだろう。

 授業中につまらなそうにしていたのも、多分私なんかよりもよっぽどできるのを、無理矢理抑えてきたからなのだろう。

 

 それ以来、お父様の私への教育方針が変わった。

 お父様は、私が体力であの子に敵わないことはわかっていたらしい。

 だけど、せめて学力では有無を言わさないほどの差をつけるために、寺子屋にも行かずに今まで以上に勉学に励むことを優先させられるようになった。

 護身術の稽古すらも、次第になくなってきた。

 3時間程度の睡眠で、起きたら勉強して終わったら寝るだけの生活。

 ただ、それだけの生活。

 何も起きない、何も楽しくない、何も変わらない、ただ10年や20年後に私が霧雨家を正しく継ぐためだけの生活が続いた。

 

 

 そんな生活が始まって1年近く経ったある日のこと。

 私は一度だけ、思い切って屋敷の人たちの目を掻い潜って外に出た。

 人間の里の外に、出た。

 行き先は決まっている。

 私が唯一敵わないと思ったあの子が、どんな生活を送っているのかが気になったのだ。

 そして、私は長い長い階段を登って博麗神社の近くにまで来た。

 そこを覗くと、

 

「痛たたたたっったった、ちょっと母さん!? もう無理無理無理無理」

「甘いな霊夢、柔軟体操は基礎中の基礎だぞ!」

「いやこれ柔軟体操ってレベルじゃなっ、痛い、割けるっ! ほんとに割ける割ける!!」

 

 本当に、柔軟体操ってレベルじゃなかった。

 変な器具に固定されたあの子は、曲がるはずのない領域まで足を広げて無理矢理体を曲げられていた。

 あくまでも常識の範囲で行われる私の家の訓練では考えられない所業だ。

 その後も、あの子は変な修業を休む間もなくひたすら続けていた。

 私だったらすぐに音を上げてしまいそう、ってよりも死んでしまいそうな、地獄のような光景だった。

 

「……はい、お疲れ霊夢。 じゃあ次行ってみよう」

「ま、待って、もう限界…」

「だが、青春は待ってくれないぞ、霊夢!!」

「……似てない、25点」

「あれー。 慧音ってこんな感じじゃなかった?」

「セリフだけはね。 でも、あの何とも言えない暑苦しさが伴ってない」

 

 ……だけど、楽しそうだった。

 私とは違って、あの子は辛い訓練も楽しんでるようだった。

 そんな風に、辛いことも楽しめているのが羨ましかった。

 

「あらぁ? もう限界なの、だらしないわねぇ霊夢は」

「まったく、本当にダメダメだね霊夢は。 ね、藍さま」

「いや、記録が0.2ミリも伸びたのだからな。 全く進歩のなかった昨日より評価してやっても良いだろう」

「……いや正直、紫や橙の罵声よりも、藍の嫌味なのか慰めなのかわからないそれが一番キツいわ」

「何っ!?」

 

 そして何より、家族に囲まれているのが羨ましかった。

 私はどれだけ頑張っても、振り向いてすらもらえないのに。

 お父様が見守ってくれて、褒めてくれるのなら、私もそれだけで頑張れたのに。

 

 

 そして、こっそりと家に帰った私はまた退屈な勉強の時間に戻る。

 でも、その2日後、あの子が私のことを訪ねてきた。

 お父様に、その子に会うようにと言われた。

 その子を打ちのめせと言われた。

 

「こんばんは、お久しぶりです博麗さん」

「……久しぶりね」

 

 私はもうあの頃みたいにフランクな喋り方はしない。

 先生が何か言っていたが、適当に受け流す。

 そして、私がとっくに内容をマスターし終えた本をこれ見よがしに見せつけた。

 寺子屋でまだ子供と一緒に勉強をしているだろうあの子が焦ってるのが、私の目からもわかった。

 あの子は混乱して計算問題を口にして逃げて行った。

 その答えを、私はすぐに先生に伝えた。

 確認しなくても、私が勝っただろうことくらいわかった。

 

 ……だけど、私の中には虚しさしかなかった。

 あの子がそれをできないのなんて、当たり前だからだ。

 だって、私が20時間勉強してる間に、あの子は20時間修業しているのだから。

 もう、私とあの子は全く別の道を歩いている。

 もう、私があの子のような道を歩くことは決してない。

 そう考えたら、何もかもどうでもよくなってきた。

 

 魔法使いになりたいという私の夢は、その時にはもう完全に消え去ってしまっていた。

 

 

 



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第11話 : こういうシチュエーション、割と憧れてました


霊夢さんがログインしました。



 

 

 

 私は再び、あの屋敷の前に来ていた。

 もう、この日は来てしまった。

 

「たのもー!!」

 

 元気のいい掛け声をしたが、私の顔は死にそうで、目の下には大きな隈ができている。

 やるとなったら本気の紫と藍が交代で私に勉強を教えつつ見張っており、15分の仮眠をところどころ入れるのを除けばほぼ毎日24時間ぶっ通しだ。

 しかも、ついでに修業もしようということで、空気椅子や片手倒立をしながら徹夜で勉強させるのとか、頭おかしいと思う。

 ちなみに、当然のことながら母さんと橙は役に立たないのでしばらくは蚊帳の外だった。

 だけど母さんが久々に食事を作ってくれたのは単純に嬉しかった。

 でも流石に皆の前で「あーん」はやめてほしい。

 食事休憩という概念がないのでしょうがないかもしれないが、紫はニヤニヤした顔で、藍は真顔でそれをじーっと見てくるから何か気恥ずかしいのだ。

 だが、そんなこんなで私は1週間、地獄の勉強の日々を終えた。

 ま、明日からは地獄の特訓の日々なんだけどねー。 いや、今はそんなことは考えないようにしよう。

 とりあえず、あいつに言ってやりたいことはもう決まっているのだ。

 

「帰れ」

「……は?」

 

 だが、意気揚々と門が開くのを待っていた私にそんな一言がかけられる。

 そう言ったのは、2メートルくらいあるのではないかという筋肉モリモリのいかつい男だ。

 私を怯えさせようとしているかのように、門の向こうで3人くらいが仁王立ちでこっちを睨んでいた。

 その姿は……まぁ、ぶっちゃけ滑稽以外の何でもなかった。

 子犬たちがライオンに向かって必死に吠えているようなものだ。

 とかそんなこと思えるくらいには、私も自分が強くなったなぁという実感はあった。

 そいつらはまるでそこに私がいないかのように、もう相手にしていない。

 多分、子供だと思って私をバカにしてるのだろう……まぁ、別にいいけどね。

 そういう場合には、せっかくだし喧嘩を売って来いと母さんに言われているのだ。

 なので、私は一つ「挨拶」してあげることにした。

 

「あ、あのっ、すみませんっ!」

「何だ」

「はい、落し物」

「……―――――っ!?」

 

 私がそう言って小さな物体をその男の顔に放り投げるとともに、ポーカーフェイスを気取っていた男の表情が変わった。

 第二ボタン。 即ち心臓に一番近い位置にあるボタン。

 紫曰く、相手のそれを気付かれずに取ってみせることが喧嘩を売る時の作法なのだそうだ。

 だから私は、とりあえず門の向こうにピッタリ張り付きすぎたそいつのそれを門の隙間から一瞬で千切って、目元に投げつけてやったのだ。

 

「さーて、この屋敷のお姫様はどこにいるのかなーっと!!」

 

 一瞬目を瞑った隙だらけの男の横から、私は自分の身長の倍くらいの高さがあるんじゃないかという門を飛び越えた。

 そしたら、その男が私に殴り掛かってきた。

 マジかこいつ、自分の半分くらいの背丈しかない女の子相手に全く躊躇しないのか。

 だけど、そんな紳士な彼に失礼かもしれないけど、一つ言いたい。

 

 ……遅っそおおおおおいぃっ!!

 

 橙の速さにすら対応できるようになった私からすれば、ただの人間の動きなど止まって見えた。

 あんたは亀かと思うほどにゆっくりと向かってきたそいつの拳を、私は蠅でも払うかのように軽く受け流して屋敷に向かって駆け抜ける。

 こいつの態度は正直ムカついたから軽くボコボコにしてやってもよかったけど、こんな木偶の棒に危害を加えたりしたら後で色々言われて面倒そうだからねー。

 博麗神社の子が暴行を加えたとか言われたら母さんに色々と迷惑がかかりかねない。

 母さんは「やっちまえ」とか言ってたけど、まぁその辺は本気ではとらえないようにしておく。

 

 そのままあまりにあっさりと私を通してしまった門番たちは、焦りながら何か叫んでいた。

 多分、侵入者が来た時の合図か何かなのだろう。

 屋敷の扉までは目算3~4秒くらい。

 その間に正面の扉が開いた。

 屋敷の中にはゴツそうな奴から細身の奴まで、中には武器を構えた奴の姿まで見えた。

 流石にこの人数を無血制圧するのは無理そうなので、とりあえず、

 

「よっと」

「……は?」

 

 私は少しだけ足に霊力を纏って2階までジャンプして、そのまま窓を蹴破って侵入することにした。

 普通の2階建ての高さよりも高くて割とギリギリだったけど何とかなった。

 流石に空飛んだりして妖怪か何かと勘違いされたらマズいからねー。 まぁ、2階までジャンプするのも空飛ぶのも一般人からしたらそんなに変わらないと思うけど。

 辺りには怒号のような声が響き渡っている。

 侵入者を捕えろーとか、お嬢様は無事かーとか、命に代えてもお嬢様を守れーとか。

 どこのおとぎ話のお姫様だ、あいつは。

 

「……ぅおっ!?」

 

 後ろから突然飛んで来た何かを私はとっさに避けて、壁の裏に隠れる。

 そこに刺さっていたのは……なんと、弓矢。

 なるほどねー、そうくるかー。

 過保護とかそういうレベルじゃなく、あいつに危害を加えかねないと思われた私を人知れず消そうとしているかのごとく、屋敷の奴らは本当に殺気立っていた。

 いやー、金持ちの家ってのは恐ろしいね。 ただ侵入しただけでこの始末だよ。

 ま、多分もう私は人間じゃなくて危険な妖怪か何かだと思われてるだろうし、しょうがないのかな。

 殺せーとか物騒なこと叫んでる奴らの声とか足音を聞いた感じ16,17……うん、17人だね。

 飛び道具さえも持ってるだろうそれだけの数のプロに囲まれては、正直私もヤバいと思う。

 だから、寄り道せずにさっさと用事を済まそう。

 

「『二重結界』!」

 

 とりあえず私は、自分の後ろの廊下の四隅に札を投げつけた。

 それに呼応するかのように再び矢が放たれるが、それは結界に阻まれて力なく床に落ちる。

 後ろから走ってきた奴らは、結界に対応する策がないまま足止めされていた。

 

 さーて、あとはあいつの部屋まで急いで行くだけね。

 前回来た時に、だいたいの地理は把握していた。

 ここからだとあいつの部屋はそう遠くない。

 遠くない、が、曲がり角を曲がった時、その方向に既に2人、私の方を見据えて優雅に佇む奴らがいるのがわかった。

 こいつらは後ろから来た奴らみたいに足止めするだけでなく、その先に抜ける必要がある。

 だけど……

 

「……なるほど。 こいつらは別格って訳ね」

 

 あいつの部屋があるのは、確かその2人の背中の位置。

 だけど、そいつらの僅かな体重移動を見ただけでわかる。

 人間の、達人。

 この屋敷の、本当に最後の砦なのだろう。

 実際に戦わなくても、2人同時に相手するのは今の私では無理だろうことがわかる。

 でも、迷ってる時間はなかった。

 ここで立ち止まっていれば、その間に後ろで足止め食らってるはずの奴らが回り道をして私の前に辿り着いてしまうからだ。

 

「しょうがないか」

 

 私は両手両足に霊力を込める。

 人間相手に直接霊力を使うのに少しは抵抗があったが、霊力無しでどうにかなると思うほど私は自惚れていない。

 そして、私は意を決してその2人に向かって地を蹴った。

 それと同時に、2人は一歩目から瞬時にトップスピードに加速していた。

 いわゆる、縮地というやつだ。

 別に特殊な力で瞬間移動しているわけではなく、立ってる状態の位置エネルギーを利用して初速からトップスピードで駆ける、達人の技だ。

 ……え? 何でそんなのを知ってるかって? だって、私も今使ってるもの。

 

 私とその2人の間にあった距離は、一瞬で詰まる。

 その時点で相手の力量をある程度わかっていた私は、多分ここを突破できないことを瞬時に悟った。

 右の男は武術の達人、左の女は槍術の達人。

 まずは槍使いを先に仕留めないと、私に勝ち目はない。

 だが、そっちに気を取られていたらもう一人に一瞬で勝負を決められてしまう。

 しかも、格上というほどでもないけど、多分2人とも今の私よりも強い。

 ぶっちゃけ、一人を相手に勝つのも厳しい状況なのだ。

 だったら、私のとるべき道は……と、数歩の内にここまで思考を巡らせていた私だったが、その刹那、私の視界の端を何かが横ぎった。

 その気配を微かに感じたのかとっさに振り返ろうとした2人は、振り返ることすらできず音も立てずに倒れていった。

 何が起こったか恐らく誰もわかっていないだろうが、私は確かに見た。

 あれは、伝説の「首トン」だ。

 

「さあ霊夢、こっちだ!!」

 

 ……母さん、何やってんのよ。

 流石に博麗の巫女がこんな不法侵入まがいのことやっちゃマズいでしょ。

 私が達人扱いしてた奴らも含めて、いつの間にか数秒と経たずに10人くらいの気配が減っていた。

 多分、母さんは視認されることすらなく死角から首に手刀を当てて霊力を流し込み、全員気絶させてきたのだろう。

 はいはい、すごいね。 正直ここまで熱く戦況を語ってきた私がバカみたいよね。

 でも、せっかく私が迷惑かけないようにと思って一人で来たんだから、少しはその気持ちを汲んでほしい。

 

「母さん、来ないでって言ったのに……」

「別にいいだろう? せっかく霊夢が友達のために頑張ってるんだから」

 

 母さんが微笑ましいものを見るような目をしながら、そのドアの前で私を促してくる。

 

「べ、別に友達なんかじゃないわよ」

「むふふ、そうなの?」

 

 何かちょっと腹立つ笑い方でそう言ってくる母さんにいろいろ言い返したいこともあったが、迷ってる時間はない。

 私は逃げるように部屋の中に転がり込んだ。

 

「邪魔するわ」

 

 そう言った私の目線の先には、振り向きもせずに座っている見覚えのある姿があった。

 そいつは返事をしなかった。

 まるで私のことが目に入っていないかのように、ただ黙々と机に向かっていた。

 だけど、私はそんなことで動じるつもりはない。

 たとえこいつに届かなくとも、私は決めていた。

 ただの自己満足でもいい、よけいなお世話だと言われてもかまわない。

 

「あんたに、言ってやりたいことがあんのよ」

 

 そして私は、この前あいつが持っていた分厚い参考書と同じものを、見せつけるようにその手に掲げた。

 

 

 



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第12話 : ずっと欲しかったもの

 

 

 

 私は、その本を掲げたままじっと立っていた。

 あいつが、私に少しだけ目を向けたことにも、気付いていた。

 だけど私は何も言うつもりはない。

 あいつの方から何か言ってくるまで、何も言うつもりなんてない。

 

「……やっぱりすごいですね、博麗さんは」

 

 やっぱり、こいつから博麗さんって呼ばるのはどこかくすぐったい。

 それは、別にこいつが「れいむ!」って元気に呼んでくるのに慣れていたからじゃない。

 どこか無理してそう呼んでるのが、聞いてるこっちからも痛々しいほどにわかるからだ。

 

「すごい? 何がよ」

「私は生まれてから今までずっと、お父様に言われて勉強ばかりさせられてきたんです。 他の子が遊んでる間に、家族と喋ってる間に、修業してる間に」

「……」

「それで身に付けたのが、こんな知識だけです。 この8年、ただそれだけのために生きてきました。 ……それだけのために、全部捧げてきました。 他には私には何も……何もないんです」

「ふーん」

 

 こいつの喋り方に、濃淡はなかった。

 抑揚のない泣きそうな声で、独り言のようにそう言っていた。

 

「なのに、博麗さんは全部持ってる。 私が持ってないもの、全部。 なのに、私が必死に努力して、努力して、やっと身につけたものさえ簡単に手に入れてく」

「……」

「……ずるいよ、どうしてよ。 なんで、私には何もないのに。 才能もないし、温かい家族もいない、自由も許されない。 それなのに、博麗さんは……っ!?」

 

 ……あ、ヤバい。

 いつの間にかこいつのこと、ぶっ飛ばしてた。

 そんなつもりはなかったのに、こいつの言い分聞いてたら無性にイライラしてついやってしまった。

 だけど、反省するつもりなんてない。

 

「甘えたこと言ってんじゃないわよ」

 

 私は、泣きそうな顔で床に倒れてるこいつの胸倉を、自分でも気づかない内に掴んでいた。

 

「あんたには何もない? それなのに私は全部持ってる? まるであんたが世界で一番不幸みたいなその言い方、ムカつくのよ!!」

「だって! 博麗さんは…」

「あんたには家族がいる! その気になれば自由だって手に入る! なのにそれ以上、何を望むっていうのよ!!」

「違う! そんなことない!」

 

 違う? 何が違うって?

 もう無理、もう一回殴ろうこいつ。 とか考える前に手が出てた。

 だけど、それでもこいつは頬を腫らしながらも私に食って掛かってくる。

 

「博麗さんに、わかるもんか! 優しい家族に囲まれて育った博麗さんなんかに!!」

「ええそうよ、わからないわよ。 確かに今の私は幸せだからね。 私の隣で手を取ってくれる家族も、不器用ながらに私を見守ってくれるバカたちも、私にはもう十分すぎるほどいるから!」

「だったら!」

「だけど、それを手にする前まで本当に孤独だった子の気持ちがあんたにわかる? どれだけ努力しても、どれだけ何かを成そうとも、誉めてくれるどころか話す相手すらいない子の気持ちがっ!!」

「え……?」

「他の子みたいに遊びたいならそう言えばいい! 家族と話したいのなら、本気でぶつかってみればいい! あんたは恵まれてんのよ、そんなことができる相手がすぐ近くにいるあんたは!! なのに、あんたは一度でもその気持ちを伝えたことがあんの? 他の子みたいに遊びたいって、家族と話したいって、本気でぶつかったことがある!?」

「それは…」

「あんたにはわかんないでしょうねえ! いろんな人に囲まれてぬくぬくと育って、言いたいことを言える相手もいつだって近くにいる! そんなあんたにはっ!!」

 

 あー、ヤバい、何これ。

 何で泣いてんのよ私、我ながらもう意味わからんわ。

 別にこいつに説教しに来たわけでも何でもないのに、どうしてこんなことになってんのよ。

 どこに行ったのか母さんはもう近くにいなさそうだし、だんだん外も騒がしくなってきたし、あまりここに長居はできない。

 逃げることを考えれば、この辺が潮時だろう。

 だけど、それでも私は続けた。

 続けなきゃいけないんだと思っていた。

 

「……でも、あんたなら変われる。 相手にするのも面倒な子供の中で私が唯一認めたあんたなら、自分の道くらい自分で切り開けるわ」

「え?」

「今日私が来たのはね。 一つだけ、あんたに言ってやりたいことが……教えてやりたいことがあったからよ」

「教えるって、何を……」

 

 つっかえ棒で開かなくしたドアを蹴破ろうとしているかのごとく、外からドンドンと音が鳴ってくる。

 私はそれを気にせず、さっき床に落としてしまった分厚い微積分の参考書を無造作に拾い上げた。

 

「これの、使い方よ」

「使い方って、そんなの勉強のために…」

「違うわ。 これはね、こうやって構えて―――」

 

 そして、遂にドアを蹴破って慌ただしくこの部屋に入ってきた男に向かって、

 

「こんなもん、わかるかああああああっ!!」

「ぶっ!?」

 

 それを、思いっきり投げつけてやった。

 ああ、何かこの数日の疲れが全部とれたかのようにスッキリしたわ。

 目の前で、こいつは口をぱくぱくさせて驚いていた。

 そして額に巨大な本が直撃した男は泡を吹いて倒れていたが、私は見なかったことにしつつ、壊れたドアから他の奴が入ってこれないよう冷静に結界を張り直す。

 

「こうやって使うのよ」

「あ、あの、それは……」

「私には、無理だったのよ」

「え?」

 

 さて、ここからが本題だ。

 ザ・屈辱タイム。

 だけど、もうそんなことは気にならない。

 プライドとかそういうのは、ぶっちゃけどうでもいい。

 

「この一週間ね、修業の時間も寝る間も惜しんでいろいろと基礎からやってみたわ。 だけど、ダメだった。 正直3日も経った頃には心が折れたわ」

「……」

「でも、あんたには簡単にできるんでしょ? まだ他の奴が分数なんてやってるのに、あんたはもう全部できるんでしょ?」

「……はい」

 

 やっぱりか。

 こいつはもう、私なんかがどれだけ頑張っても追いつけないくらい先に行ってる。

 一週間前の私に会えたら、無駄なことはやめとけって言いたくなるくらいに。

 だけど、正直もう悔しくなんてない。

 

「それは、十分な才能よ。 この幻想郷の子供にあんた以上はいない、それは誇っていいことよ。 ……それが、あんたが本当にやりたいことならね」

「え?」

「そんなつまらなそうな顔で、死んだような目でやってて楽しい? 本当に、あんたはそれをやりたくてやってる訳? 違うでしょ」

「……」

「あの時ね、あんたが持ってたこの本を見たとき思ったわよ。 負けたって。 だけどね、どうしてもあんたが嬉しそうに見えないのよ。 体育のときにはあんなに私に突っかかってきたあんたが、完膚なきまでに私を叩きのめしたってのに」

 

 私には、それが気に入らなかった。

 私に勝ったくせに、勝ち誇るでもなく空虚な目をしているこいつの態度が、ただ気に入らなかった。

 別に私が取るに足らない相手だと思っているのならそれでいい。

 いや、むしろそうだろうと思ってたからこそ私は死ぬ思いでこいつを見返してやろうと思っていた。

 だけど、今話しててわかった。 こいつは絶対にそんな風に思ってはいない。

 こいつは、本当は……

 

「あんたは、別に勉強で私に勝ちたい訳じゃない。 勉強で人間の里のトップに立ちたい訳じゃない」

「……」

「そのくらい、最初からわかってんのよ。 あんたは私が得意気にあの参考書を掲げたから凄いと思ったんじゃない。 この屋敷のセキュリティを掻い潜ってここに来れたから凄いと思ったんでしょ。 あんたの頭脳が私の遥か上にあるのと同じくらい、私の強さがあんたの上にあるから……悔しかったんでしょ?」

「……うん」

 

 今思うと、こいつはいつもそうだった。

 勉強なんていつも手を抜いて作業のようにやってたのに、勝負をする時は誰が相手でもいつも本気で、そして負けず嫌いだった。

 年上のグループを相手に一人で喧嘩した時も、同じクラスの子供たちとスポーツをする時も、勝てないとわかっている妖怪に立ち向かう時も、こいつは全力だった。

 ならば、きっとそれがこいつの進むべき道なのだろう。

 やりたくもないことに囚われて全てを捨てるのなんて、そんなに勿体ないことはない。

 だから、私はもう一つだけ言ってやろうと思う。

 だいぶキザなセリフになってしまうかもしれないが、一度くらいいいだろう。

 

「だったら、全力で私を追ってきなさい」

「え?」

「私は、いつだってあんたより前にいるわ。 それが悔しかったら、これ以上離されないように頑張りなさい」

「でも、私は……」

「ま、あんたがどっちの道を歩くと決めたって、私には別に関係ないけどね。 でも、もしもあんたが私と同じ道を歩くというのなら、私はその道をあんたよりも遥か先に進んであげる。 あんたがもう迷わないくらい、どこまでも新しい世界を切り開いてあげるわ! だから―――」

 

 私は、手を差し出す。

 こいつの手はもうボロボロ泣いた涙と鼻水まみれになっているけど、それでも別によかった。

 

「私についてきなさい、魔理沙!」

「あ……」

 

 あー、何かちょっと照れくさいけど、念のため言っておこう。

 私は別に、こいつを子分にしたいわけでも何でもない。

 ただ、こいつは私が初めて認めた、一緒に高め合いたいと思えた相手だから。

 ……いや、そういう言い方をするのはズルいかな。

 私はこいつを認め、そしてこいつに認めてもらう口実が欲しいんだ。

 ただ、魔理沙と友達になりたいだけなんだ。

 

「……うん。 ありがと、霊夢」

 

 そして、魔理沙はそのまま私が差し出した手をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ、その後の話をしようと思う。

 

 あれで一件落着と思っていたが、よく考えたら私と母さんは屋敷の人たちを倒して忍び込んだ不法侵入者だったのだ。

 ……いや、ぶっちゃけ忍び込んだってよりも、暴れまわっていたテロリストみたいなものなのだ。

 まぁ、母さんは誰にも姿すら見られないまま何の問題もなく脱出してたみたいだけどね。

 でも、気付いたらこの屋敷の奴らに部屋を取り囲まれていた私は、とりあえず窓からそのまま空へとダイブしようとした。

 格子付きの窓で、流石に素手でこじ開けられるものではなかったが、そんなこと言ってられる状況じゃなかったので、偶然懐に隠し持っていた陰陽玉で壁ごとぶっ壊して逃げてきた。

 よく考えると、あの後の部屋って寒そうよね……ごめん、魔理沙。

 

 だけど、その部屋の持ち主が困ることはなかった。

 魔理沙が、次の日から行方不明になったからだ。

 霧雨の家を勘当されたそうで、かといって寺子屋に来た訳でもなく行き先もわからない。

 え? もしかして私のせい?

 魔理沙が住むところを失って、恐らく問題を起こした博麗神社にも何らかの処罰が下る。

 そう考えると、私は少しだけやったことを後悔しそうにもなった。

 

 でも、結論から言うと、それは私の取り越し苦労だった。

 博麗神社には何のおとがめもなく、その日あった一切が不問とされたのだ。

 魔理沙がそう取り計らったのだと、魔理沙の世話役だったあの武術使いと槍使いに後から聞かされた。

 てっきり魔理沙を失った恨み言でも言われるかと思っていた私は、なぜかその2人から涙を流しながらお礼を言われた。

 それは魔理沙の心からの笑顔を初めて見たという2人からの、裏の無い感謝の言葉だった。

 

 ただ、その時に聞かされた、魔理沙が私に伝えてほしいと言ったという言葉は、私を奮い立たせた。

 私についていくのではなく、私を超えると宣言したそうだ。

 そのために、たった一人で家を出て修業をするのだそうだ。

 そして、魔理沙が選んだ道が、

 

「私、魔法使いになる!!」

 

 ……魔法使いって、何?

 

 

 





 第1章、完。
 魔理沙みたいな別キャラの視点とか、唐突なシリアス展開とか、これからもちょくちょく出てくると思いますが、基本は霊夢が主人公のまったりした感じの小説つもりで進めます。




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第2章:家族
第13話 : せめて夢の中ぐらいは平和にしてて欲しい



1章からおよそ1年後



 

 

 

 少しだけ、嫌な夢を見た。

 人を愛し、人を助け、その身を犠牲にしてでも誰かのために尽くしたとある人間。

 だけど、その人は誰からも受け入れてもらえなかった。

 行く先々で化け物だと、妖怪の仲間だと言われ、それを否定するために悪い妖怪を退治しても決して認めてはもらえなかった。

 人間からは恐怖の目で見られ。

 妖怪からは嫌悪の目で見られ。

 次第に心を失っていった、一人の悲しい人間の夢。

 

 だけど、その夢には少しだけ救いもあった。

 

「貴方ね。 妖怪を退治して回ってるという人間は」

「……」

 

 突然何もない空間から現れた妖怪を前に、その人は驚くことすらなかった。

 その反応を見た妖怪は、厄介なものを見つけたと言わんばかりに頭を掻いて言った。

 

「ああもう、本当に噂通りね。 妖怪をこれっぽっちも恐れちゃいない。 臨戦態勢の私に会ったのなら、普通は妖怪ですら裸足で逃げ出すのに」

「だろうな。 だが、そんなのは私の知ったことじゃない」

「知ったことじゃない? いいえ、これは大問題よ」

 

 そう言うと同時に、妖怪は無限の境界を背後に開いた。

 並の者ならそれを見ただけで卒倒しそうな光景だけど、その人はまるでただの有象無象を目の前にしたかのように淡々と霊力を纏って構えた。

 

「妖怪は人間を脅かす。 人間は妖怪を恐れる。 その方程式が成り立つからこそ、幻想郷はいろんな種族が平和に暮らせるの」

「そうか」

「だから、妖怪を少しも恐れない……いや、むしろ人間でありながら妖怪を脅かす貴方の存在は――」

 

 そして、その人の後ろで大きく空間の隙間が開いて、

 

「――この世界にとって、邪魔でしかない」

 

 そこから九本の尻尾を持つ妖狐が飛び出して、その鋭い爪を振う。

 それと同時に、背後の空間の隙間から現れた無数の武具が、弾けるようにその人を襲った。

 

 そこで、終わりのはずだった。

 少なくとも、妖怪たちはそのつもりだったと思う。

 だけど、その2人の攻撃が当たる直前、辺りは突如として蜻蛉に包まれて……

 

 ……

 

 それから何時間経っただろう。

 気付くと、最初の面影など欠片も感じられないほど荒れ果てた景色の中に立っていたのは2人だけだった。

 妖怪と妖狐ではない。

 体中に大傷を負って満身創痍になった妖怪と、空間の境界に両手足を捕われながらも冷ややかな目をしたままの人間の姿だった。

 瀕死の重傷を負った妖狐を、妖怪はその能力を使って既に逃がしていたのだ。

 人間は、少しだけ息切れしていた。

 力を使いすぎたのか、その長い髪は色素を失って真っ白になっていたけど、それでも最初と変わらぬ目をして立っていた。

 それ自体があり得ないことだった。

 時代が時代ならたった一人で世界を脅かすこともできる九尾の妖狐を、それを使役するような大妖怪と同時に戦って生きている、ましてやそれを退ける人間は、もう人間とは呼べない。

 人間の里の人たちの言うとおりの、化け物。

 きっと、その人自身がそれを一番よくわかっていたと思う。

 

「ねえ―――」

 

 だけど、そこに立っていた妖怪はなぜか笑っていた。

 フラフラながらもまだほんの少しだけ余裕の残る表情で、その人に手を差し伸べて――

 

 

「貴方、博麗の巫女をやってみない?」

 

 

 そこで、夢は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてー、れ~い~む~っ!!」

 

 痛い。

 ほっぺたがぐにぐにと横に引っ張られている。

 誰だ、とかは言わなくてもわかってる。

 橙ならもっと過激に起こすし、藍なら冷静に起こすし、紫なら陰湿な悪戯を仕掛けてくる。

 だから、間違いない。 母さんだ。

 少しだけ目を開けるとそこには予想通り、私にかぶさるようにして頬を引っ張りながら、まるで母親を起こす小さな子供のような屈託のない笑顔をした母さんがいた。

 

「……もう、どうしたのよ朝っぱらからテンション高いわね」

「ひどい霊夢っ、忘れたのか!? 今日は一緒に出かける約束だっただろ!」

「……あー、そうだったわね」

 

 少しだけ横に目線を逸らすと、大きなリュックサック一杯にお弁当やら着替えやらいろんな物が詰め込んであった。

 そう、今日は修業のついでにピクニックに行こうという話なのだ。

 今日は巫女はオフの日ということで、変わった感じのズボンにサスペンダーという、とても大人の女性が着るとは思えない男の子みたいな格好をして、その目は眩しいくらいに輝いていた。

 ……ああ、夢に出てきた昔の博麗の巫女らしき人とはえらい違いね。

 ただの夢の登場人物と比べるのもどうかと思うけど、母さんももう少しでいいから大人になってほしいものだ。

 

「ほら、早くしないと待ち合わせに遅れるぞ!」

「別にいいでしょ。 紫たちなんて少し待たせてやるくらいのほうが…」

「何言ってんだ、今日は慧音と魔理沙ちゃんも来るんだろ?」

「……ああ、そういえば」

 

 しばらく前、紫が魔理沙のことを見つけたという。

 数か月も行方不明だったが、今は魔法の森という迷路みたいな森の中に住んでて、近くで魔法使いとして師事する相手も見つけたらしい。

 私は私で去年のわがままが祟って修業が今まで以上に鬼のようになってたから、会いに行くこともなかった。

 だけど、先生がせっかくなので久々に私も連れて行きたいということで、今日は魔理沙と会う名目で、一緒にピクニックに行くことになったのだ。

 

 ……という話があったのとか、完っ全に忘れてた。

 もう1年ぶりくらいだったっけ、会ったらなんて言おう。

 久しぶり? 元気してた? 相変わらずチビね?

 あー、わからん。 とりあえず行き当たりばったりで行こう。

 

「だから、早く行くぞ、霊夢!」

「はいはい」

 

 行き先は、ピクニックらしく山である。

 排他的な思想をした天狗たちの社会がある、妖怪の山。

 ……はぁ。 どうせまた天狗にケンカ吹っかけろとか無茶な修業が始まるんだろうなー。

 私の気も知らないで、母さんはたかがピクニックで大はしゃぎだ。

 

 そして、私は眠い目を擦りながら母さんに手を引かれて博麗神社を出発した。

 

 

 



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第14話 : 感動?の再会

 

 

「……ひ、久しぶりね。 元気してた? 相変わらずチビね」

「ダメだダメだ霊夢! せっかくの再会なんだぞ? もっとドラマチックにだな」

 

 あああああああああもう、暑苦しいっ!!

 妖怪の山の集合場所への道中、私たちは不運にも先生に出会ってしまった。

 そして、歩きながら魔理沙への再会の挨拶の稽古をさせられていたのだ。

 面倒なので聞こえてきた言葉をそのまま左へ受け流そうとするが、先生のマシンガントークを全て受け流せるほど私は器用ではなかった。

 

「ほら、ちゃんと名前も呼んで、もっと会いたかったっていう気持ちを込めて、飛び跳ねるような気持ちでもう一回!!」

「……わ、わぁーっ! 久しぶりね魔理沙、元気してた!? 会いたかったわ、相変わらずチビね!!」

「最後のは余計だアアアアアアっ!!」

 

 うるさああああああいっ!!

 とか言えたらなあ……でも、そんなこと言ったら先生の頭突きが飛んで来かねないので言えない私。

 そんな私と先生の掛け合いを見ていた母さんが、苦笑しながら言う。

 

「まったく、相変わらずだな慧音は。 でも、その元気さは霊夢も少しくらい見習った方がいいぞ」

「嫌よ、こんな暑苦しいの…」

 

 ……………

 

 ―――――――はっ!!

 

 ヤバい、一瞬三途の川が見えた。

 先生が前を向いたまま横に傾くように不意打ちで頭突きを入れてきたのだ。

 いつものように正面に構えられたときは頭に軽い結界を張って威力を軽減しているが、突然やられるとそんな前準備をする余裕はない。

 多分先生は威力を軽減したつもりだとは思うが、子供にハンマーで殴られたくらいには痛い。

 つまり、運が悪ければ死ぬ。

 いつの間にかうつ伏せに倒れていた私が涙目になりながら顔を上げると、正面に回り込んだ先生の笑顔が怖かった。

 

「で、私が何だって? 霊夢」

「……いやー、私も先生を見習ってそんなダイナマイトボディになりたいなー、と」

「ダイ……!? っ――――!!」

 

 私の視線の先がどこに向いてるかわかると同時に、微妙に前かがみのセクシーポーズになってた先生の頭がもう一度振り下ろされる。

 が、さっきのような勢いはない。

 とっさに飛びずさった先で顔を上げると、先生が顔を真っ赤にしていた。

 

「れ、れれれ、れーいーむー?」

「冗談よ、冗談。 だから落ち着いて、ね? せーんせ」

 

 先生は、こういうネタにはめっぽう弱い。

 からかうと面白いけど、夏場はよけい暑苦しいから止めておいた方がいい。

 

「まったく、こんな子供の戯れに大人げないわよ。 ねー母さん」

「……」

「母さん?」

「……どうせ私はお子様体型だよ。 悪い!?」

 

 ……あれ、もしかして地雷踏んだ?

 ってか気にしてたんだ。

 いやー、母さんもルックスはいいし髪も肌も綺麗なんだけど、なにぶん凹凸の少ないところとかね。

 別に際立ってお子様体型って訳でもないけど、いつも周りにいるのが先生とか紫とか藍だから、どちらかというと橙や私と同じグループになる。

 まぁ、その3人と比べるのも少しかわいそうな気もするけどね。

 ってよりも、そういうの気にするなら、まずはもっと女らしい格好をして喋り方や中身から変えていく方が先だと思う。

 

「……まあまあ、母さんにもいいところはあるから」

「本当?」

「そうよねえ。 うっすい胸とかちょうどいい抱き心地の背丈とか」

「そうそう、うっすい…」

 

 って、何言わせるんじゃあああああっ!?

 ああ……母さんのテンションが朝と比べてどんどん沈んでいってるのがわかる。

 本当にタイミングといい言動といい空気が読めないわねこいつは。

 

「……で、紫。 いつから見てたのよ」

「わ、わぁーっ! 久しぶりね魔理沙、元気してた!? 会いたかったわ、相変わらずチビね!! ってとこからね」

 

 似てない、全然似てない。

 私の真似のつもりなんだろうが、子供だと思っていちいち声色を高くして目をキラキラさせながら言うあたり、めっちゃ腹立つ。

 ってかヤメヤメ。 改めて第三者が言ってるのを聞いたら、私の言うようなセリフじゃないってわかるわ。

 どっちかというと……

 

「おおっす! 久しぶりだな霊夢っ、元気してたか? 会いたかったぞ~……ってあれ? 全然成長してないな」

 

 そうそう、あいつが言うようなセリ、フ、

 

「……って、ななななななあああああっ!?」

「どうした霊夢? そんな豆鉄砲食らったような顔して」

 

 お、おおおお落ち着きなさい博麗霊夢、冷静になるのよ。

 草むらから飛び出してきた怪しげな金髪、それが突然抱きついてきた、ここまではいい。

 服のチョイスも多分あいつのものだ。 上から下まで全身白黒の怪しい服だ。

 だけど、おかしい。 私よりチビだったあいつが、いきなり母さんより大きくなって、巨乳とは言わないまでも十分な……

 

「……って、あんた誰よっ!?」

「え?」

 

 冷静に考えると声質は澄んでいて、少しハスキーがかったあいつとは似つかない。

 ってよりも流石に1年で身長がここまで伸びるはずがない。

 むしろ何で気づかなかったんだ私はって感じで、いつものような冷静で白けきった態度が戻ってくる。

 私がジト目で見つめると、そいつはウインクをしながらポーズを決めて言った。

 

「私、霧雨魔理沙! 魔法の森に住む普通の魔法使いだぜ☆」

「嘘つけ」

「……あー、何よつまんない子ね。 子供はもっと子供らしくしなさいよ可愛げのない」

「えっ?」

 

 と、そいつは突然かぶっていた白黒帽子を不機嫌そうに地面に叩き付けるように投げ捨て、あからさまに冷めた目で声のトーンを下げてそんなことを言ってきた。

 ……って、なんで私怒られてんの!?

 何か知らないけど、今の一瞬でわかった。

 こいつは、苦手だ。

 

「おーい! 待ってくれよアリ…痛っ!?」

「違うわ、公式の場では私のことは巨匠と呼びなさい」

「師匠じゃなくてか!?」

「嫌よそんな安っぽい呼ばれ方」

「はいはい……って、あっ」

 

 そして、今度こそ間違いない。

 私より小さい背丈に白黒帽子、あの頃とほとんど変わってない魔理沙の姿だ。

 よし。 久しぶりね、元気だった? って感じでやっぱりシンプルに、今までみたいにクールにいこう。

 

「やっ、やあ、久ぶ、ひさ、ひさし……」

 

 あれ?

 ヤバい、うまく声が出ない。

 たかがあいつと会うために、何で緊張してんのよ。

 まぁ、確かに友達に再会するなんてシチュエーションは私には無縁だったけど。

 でも大丈夫よ、難しいことなんてないわ、いつものように冷静に…

 

「ひ、久しぶ…」

「おっす霊夢! 元気だったか? いやー、会えて嬉しいぜ」

「え? ええ元気、私は元気…」

「先生も久しぶり! 前はいろいろ迷惑かけちゃってごめんなー」

「ああ。 元気そうで何よりだ、魔理沙」

 

 そう言って先生と、なぜか紫や母さんにまでご丁寧に挨拶していく魔理沙。

 そして取り残される私。

 ……何だろう、この敗北感は。

 サラっと私のこと流して、何なの? この、私一人だけ昨日は楽しみで眠れませんでしたみたいな雰囲気。

 ムカつく。 何がムカつくって、いつの間に仲良くなっていたのか魔理沙と話しながらニヤニヤとこっちを見てくる母さんと紫が一番ムカつく。

 

「それで魔理沙、後ろの人が話に聞いてた…」

「ああ、紹介するぜ。 私の魔法の師匠の……っった!?」

「……」

「……巨匠、の、」

「アリス・マーガトロイドです。 ご機嫌麗しゅう、妖怪の賢者に博麗の巫女」

 

 そして、そいつは魔理沙にデコピン食らわせた直後、優雅にスカートの端を持ち上げて頭を下げる。

 何という変わり身の早さだこいつ。

 正直言うと、私じゃ絶対こいつに合わせることなんてできない。

 普段は絶対思わないけど、今こいつに会って初めて思ったことがある。

 私の師匠が紫で、こいつじゃなくて本当によかった。

 

「じゃあ、挨拶も済んだし私は今日は帰るわ」

「え? 待てよアリス…ってげほっ!?」

 

 そして、再びデコピンされて変な声を出しながら吹き飛ぶ魔理沙。

 ……って、一瞬魔理沙の方に目を向けてる間にもう帰ってるし!

 何よあいつ、気まぐれとかいうレベルじゃないわね。

 

「……随分と、個性的な方ね」

「ははは、否定はしないぜ」

「それより、いいの? 今日は私たちと話しに来た訳じゃないんでしょ?」

 

 そう言って、紫は私を一瞥する。

 それにつられるように魔理沙の視線が私に向く。

 ……ふん。 今更もういいわよ。 別に、そんなに私に会いたかった訳でも何でもないんでしょ?

 そう思って、私は不機嫌そうに目を逸らそうとして、

 

「いいんだ。 今日は、ただ仲良く再会の挨拶に来ただけじゃないからな」

「え?」

「私は霊夢に必死で追いつくって伝えたからな。 その成果も見せてないのに、いきなり仲良しこよしの態度で接するのなんて、霊夢に失礼だろ?」

 

 そう言って私を見る魔理沙の目は、メラメラと熱く燃えてるのがわかる。

 やめてっ、そんな綺麗な目で私を見ないでっ。

 そんな約束も忘れて子供みたいにふて腐れてた私が恥ずかしいじゃない!

 やっぱり、魔理沙はアホみたいな態度をとっていても、本当は私なんかよりずっと大人なのだ。

 そして、私がそんな恥ずかしいことを考えていたのを魔理沙は知らず、私のことをクールで大人びた相手だと思っているのだろう。

 そんな魔理沙の思い込みを壊さないように、私はクールに対応しなければならない。

 ……いや、別に壊してもいいけど、何かいろいろガッカリされてしまいそうで恐いのだ。

 

「ふーん。 そこまで言うってことは、少しはデキるんでしょうね?」

「ああ。 まだ追いついただなんて思っちゃいないけど、期待してくれてもいいぜ?」

「そ、わかったわ。 紫」

「はいはーい」

「うおっ!?」

 

 紫が例のごとく私と魔理沙の間の隙間から出てくる。

 私はもうだいぶ慣れたけど、やっぱ初見だとこの登場の仕方は心臓に悪いわよね。

 

「えっと。 お昼前にせっかくだし、これから霊夢がいつも修業の一環でやってる1対1の実戦形式の勝負をしてみようと思うんだけど、魔理沙はそういうの初めて?」

「……い、いや。 アリスやその辺の妖怪と何度かやりあったことはあるぜ」

「なるほどね。 じゃあ、ルールは相手を無力化させるかギブアップさせた方の勝ち、それでいい?」

「ああ、いいぜ!」

 

 そう言って魔理沙はその手に箒と……何かよくわからない物体を持っている。

 多分あれが魔法使いの装備なのだろう。 少し警戒しておこう。

 そして、それを観察しているうちに準備が整った私に、母さんがそっと耳打ちする。

 

「……念のため言っておくけどな。 本気になっちゃダメだぞ、霊夢」

 

 わかってる。

 そもそも今までガリ勉だった奴が1年くらい本気でやったところで、そこまでのレベルになっているはずがないのだ。

 だから、今回は私は魔理沙に少し胸を貸してあげるつもりだ。

 

「さて、じゃあ準備はいい? 実戦訓練、レディ……ゴー!!」

 

 とはいっても、せっかくなので少しくらいは圧倒的な実力差というものを見せつけておきたいという気持ちもある。

 という訳で、ここは一つ軽くあしらって、現実の厳しさというものを教えてあげよう。

 

「さあ魔理沙。 あんたの1年間の集大成、私に見せてみなさい!」

 

「ああ、いくぜ霊夢っ、『マスタースパーク』!!」

 

 

 



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第15話 : 唐突なラスボス戦

 

 

 「見せてみなさい!」……とかカッコつけたセリフを言ってみたものの、正直なところ本当に死ぬかと思った。

 開口一番に魔理沙が放ったレーザービームみたいな何かは、私の後ろにあった大岩を粉々に砕いていた。

 何アレ? 冗談とかじゃなくて、あんなのにまともに当たったら本当に死んじゃう。

 最近の私は橙にならあんまり霊力も使わずに安定して勝てるようになってきたし、少しなら藍のスピードにもついていけるようになってきたから、とっさに弾道を見切って避けることもできたが、去年の私だったら油断してる内に勝負はついていた。

 正直言うと私はもう冷や汗でいっぱいなのに、魔理沙は「やるな、霊夢!」とか言ってきそうなくらい楽しそうに笑っていた。

 

「へえ。 少しはやるじゃない」

「まだまだ、これからだっ!!」

 

 マジでか。 もう今のでお腹いっぱいよ、ハッタリならやめてよね。

 そう思ってるうちに、魔理沙が辺りに星の欠片を散りばめる。

 

「『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 そして、それを見て私は確信する。

 木っ端妖怪では対処しきれないほどの魔弾が、一つ一つ綺麗に凝縮されていた。

 魔理沙は多分、もうその辺の妖怪なんかとは比べ物にならない相手にまで成長しているのだろう。

 

「……なるほどね」

 

 正直言うと、私は魔理沙のことをまだ侮っていた。

 こういう勝負でならまだ私の方が遥かに強いのだと驕っていた。

 ちょっとアドバイスしつつも攻撃を全部見切って、落ち込む魔理沙を慰めてやろうとか思っていた。

 だけど、やめよう。

 本気で私に向かってくる強敵に、そんな失礼なことを続けるわけにはいかない。

 全力で、勝負をつける。

 

「いくぞ、霊夢っ!!」

 

 星の欠片を放ちながら、魔理沙が突っ込んできた。

 私はその星々の隙間を瞬時に潜り抜けて、魔理沙の箒の先端を地面に叩き付けるように軌道を逸らす。

 

「え……っぁ”!?」

 

 地面に向かって加速した魔理沙の顎を、私は狙い澄ましたかのように膝で迎え撃つ。

 これで隙はできたから、あとは止めを刺せば終わりだ。

 そのまま宙に放り出された魔理沙に飛び乗るように額を掴み、封魔陣をかけようとしたところで……私の腕は止められた。

 母さんが、焦った表情で私を止めに来たのだ。

 そこで私はようやく、魔理沙が人間だということを思いだした。

 

「魔理沙!? しっかりしろ…」

 

 私は母さんに突き飛ばされて、呆然としたまま動けなかった。

 魔理沙はぐったりしたまま動かない。

 それはそうだ。 多分顎の骨が砕けて、脳にまで衝撃が伝わってるはずなのだ。

 下手すれば、死んでるかもしれない。

 

「あ……ゆかり、どうしよう、私……」

 

 私はどうしたらいいのかわからなかった。

 そこに、数秒前までの楽しい雰囲気はなかった。

 先生も深刻そうな顔で魔理沙に駆け寄るが、それはどうしようもないものだった。

 魔理沙は虚弱な人間で、まだ小さな女の子なのだ。

 壊れてしまった人間は、妖怪のようには復活しない。

 母さん以外の人間をまともに相手にしてこなかった私は、そんなことすらも忘れていたのだ。

 

「……まだ、生きてはいるわ。 だけど、このままじゃ間違いなく後遺症が残るわね」

「後遺症?」

「少なくとも、生き残ったところで今までのように自分の足で立って生活するのは……普通に言葉を発するのは無理ってことよ」

「っ――――」

 

 私は、血の気が引いていくのを感じた。

 私の軽率な行動で、魔理沙の人生を壊してしまったのだ。

 家を飛び出してまで魔理沙が目指した夢を、私が一瞬で奪ってしまったのだ。

 私の頭はもう真っ白で、何も考えられなかった。

 

「……でも、魔理沙が助かる可能性がない訳じゃないわ」

「え?」

 

 だけど、紫がそんなことを言った。

 

「一人だけ、この状況を打開できる奴を知ってるわ。 このくらいの疾患なら直せる万能薬を持っている妖怪をね」

「え? じゃあ、それをもらってくれば…」

「でも、かなり危険な相手よ。 それに、私たちが行っても間違いなく諍いを起こすだけだわ」

 

 紫は勿体つけたようにそう言う。

 いや、紫の目を見る限り、本当に危険なのだろう。

 母さんや先生も紫が言う相手を察してか、表情は優れなかった。

 

「……じゃあ、私が行く」

「待て霊夢、お前にはまだ無理だ! 私が行く」

「先生?」

「幸いにも、私はまだそいつとほとんど面識がないからな。 お前たちとは違って、少しは話もできるかもしれん」

 

 先生が私を抑えるように前に出る。

 それを見た紫は、首を振って言った。

 

「ダメよ。 貴方はここに残ってもらうわ」

「はあ!? ちょっと待て、どうして…」

「魔理沙に何かあった時のために、貴方がここに残る必要があるわ。 歴史改変の能力を持つ貴方がね」

「――っ!? ……意味、わかって言ってるのか? 霊夢の前なんだぞ!」

 

 先生が、見たこともないほどの形相で紫のことを睨んでいた。

 歴史改変? 先生ってそんなことできるの?

 それは私には初耳だったけど、今はそれを気にしている場合じゃない。

 それなら代わりに私が、一刻も早くその薬をもらいに行かなきゃならない。

 だけど、私を止めるように母さんが前に出て言った。

 

「……いや。 だったら私が別口で何とかしよう」

「別口?」

「確かに紫の案も有効かもしれない。 だけど、霊夢にはまだ危険すぎるし、私はもっと確実な方法を知ってる」

 

 もっと確実な方法と聞いて、紫は怪訝な表情を浮かべていた。

 恐らく紫は、自分の案が魔理沙を助ける唯一の方法だと思っていたのだろう。

 まるで自分が知らないことなど、幻想郷にはないと言わんばかりに。

 

「だから紫。 私と魔理沙を人間の里の入り口まで送ってくれないか」

「待ちなさい。 そんな必要は…」

「絶対に魔理沙のことは助ける。 だから、頼むよ紫」

 

 母さんの目は、真剣だった。

 紫も何かを察したのか、母さんの後ろに境界を開いた。

 

「……わかったわよ。 勝手になさい」

「ありがとう」

 

 そして、母さんは魔理沙を背負ったまま先生に向かって、

 

「慧音! 霊夢のこと、頼んだ」

「待て、お前は…」

 

 それだけ言って、隙間の中に消えていった。

 紫さえも知らないところで母さんが何をするつもりなのか、私も気になる。

 だけど、この際それはもういい。

 

「……紫。 私も行く」

「霊夢!?」

 

 母さんのことを信頼してない訳ではない。

 だけど、魔理沙を助けられる手段は、多いに越したことはないのだ。

 紫の心当たりを私が埋めれば、きっと魔理沙は私か母さんのどちらかが助けられる。

 

「……そうね。 でも、霊夢にはまだ少し荷が重いかもしれないけど、大丈夫?」

「大丈夫な訳ないだろう!? そんなの…」

「いいの。 心配してくれてありがとう、先生。 でも、私は絶対魔理沙を助けたいから」

 

 私の真剣な目を察して、先生は押し黙る。

 だが、諦めたようにため息をついて、

 

「わかった。 ただし、私もついていく。 別にかまわないだろう?」

「……そうね、魔理沙はあの子と一緒に行っちゃた訳だし」

「紫はどうするの?」

「私は、あの子を追うわ。 魔理沙のことも、境界を弄り続ければ少しは延命できるだろうからね」

 

 そして、紫は何か考え込むように目線を下げながら、境界を開いて言う。

 

「霊夢。 その相手なんだけど……」

「わかってる。 なんで紫が、そんなに私を止めるのかも」

「そう。 ……いざという時のために、できるだけ早く藍を向かわせるわ。 だから頑張るのよ、霊夢」

「うん。 ありがとう紫、行ってくる!!」

 

 そして、私と先生は境界の中に飛び込んだ。

 

 ……あ、ヤバい。 この時点で身体の震えが止まらない。

 私はもう、その相手が誰なのか予測がついているのだ。

 幻想郷で、紫と並んで最も有名な妖怪の一人。

 紫を差し置いて最強の名を手にするまでに至った、最恐の妖怪。

 だけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 先生も一緒なら、きっと何とかなる。

 絶対、私が魔理沙を助けるんだ!

 

 そして、暗い境界の先に、その景色が見えてきた。

 視界いっぱいに広がる花畑が。

 

 

 



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第16話 : ドSとかいうレベルじゃない

 

 

 

 なまはげ、というものを知っているだろうか。

 外の世界では有名な、悪い子を探して回るとされる山神の使いらしい。

 架空の存在ではあるが、親が子供に「悪い子はなまはげに連れて行かれる」と教え、悪いことをしないよう躾をするためによく名前を出されるようだ。

 

 そんな、なまはげにも似たような教えのある妖怪が、幻想郷にも存在する。

 私が寺子屋に入って間もない頃に、先生が「命」についての授業で子供たちに教えたことだ。

 自分の意志で動き回るものだけではない、動かない植物も生きているのだと。

 だから、命ある花を大切にしなさい。

 もしそれを粗末に扱ったら、風見幽香がお仕置きに来るぞという話だ。

 だけど、ただの作り話に思えるその教えは、今なお子供のみならず幻想郷中で絶大な効果をもたらし続け、不良っぽい奴ですら花を粗末に扱うことはない。

 なぜなら、それは実際にいるかわからないおとぎ話の存在ではなく、幻想郷では実在の大妖怪だからだ。

 ……そして、今私の目の前にいる妖怪が、風見幽香その本人である。

 

「あら、これは随分と可愛らしいお客さんね」

 

 ただ、正直言うと私は少し拍子抜けしているところだ。

 私はずっと、般若のような表情で威圧感満載の佇まいをした恐ろしい妖怪を想像していた。

 だけどそこにいたのは、綺麗な花畑に囲まれながら優雅に佇む、日傘の下に微かに隠れた笑顔が似合う、優しそうなお姉さんだった。

 

「こ、こんにちは。 あの、お願いがあるんですけど」

 

 だけど、それでも私は自分の背中を冷や汗が流れていくのを止められない。

 紫の創った境界を抜けた一歩目、境界の不具合なのか、なぜか先生とはぐれてしまったからだ。

 そして、先生を探してよそ見をしていた私が、全力で駆け抜けたのが花畑の真上だったからだ。

 ちくしょう紫め、こんな時に適当な仕事しやがって。

 この状況で先生がいないというのは、私は予想もしていなかった。

 だけど、今の私には先生を探しに行く時間なんて残されていないから、先生がここにいないことは諦めるしかない。

 それ以上に私が何を焦ってるかというと、今私の遥か後方には、紫が開いた境界に飲み込まれたり私に踏み荒らされたりしてメチャクチャになった花畑が広がっていることだ。

 それを、魔理沙を助けるまで気付かれてはいけない。

 ってよりも、むしろ気付かれた瞬間、魔理沙の前に私の人生が終わる。

 

「お願い? 何かしら」

「私の友達が、今にも死にそうなんです。 だから、それを助けられる薬が欲しくて…」

「薬って……別に私は薬剤師でも何でもないわよ」

「でも、幻想郷のあらゆる花を司ってるって聞いてます。 それこそ、万能薬の材料にもなる伝説上の薬草でも持ってるって…」

 

 そう言った瞬間、背筋に寒気が走った。

 笑顔は崩さないけど、微かにその目に敵意が混じったのを感じる。

 

「……持ってる訳じゃないわ、あの子たちを育ててるのよ。 材料だとか、そうやって物みたいに言うの、やめてくれない?」

「あ……ご、ごめんなさい!」

 

 私は慌てて頭を下げる。

 ヤバいヤバいヤバいヤバい、こいつを怒らせるのだけは絶対ダメなのに何言ってんだ私!

 だけど、焦ってパニックに陥っている私の頭が優しく撫でられた。

 

「いい子ね。 そうやって、ちゃんと謝れるのは偉いわ。 ご褒美にいいこと教えてあげるから、ついて来なさい」

「え? あ、ありがとうございます!」

 

 ……あれ、それでいいの?

 ちょっと難易度易しすぎるんじゃない? ドSはドSでもド親切とかそういう感じじゃん。 噂と全然違うんだけど。

 でも、何だかよくわかんないけど、これで魔理沙を助けられる!

 問答無用に痛めつけられるのではないかと思っていただけに、あまりにあっけなすぎてぶっちゃけ拍子抜けもいいとこだ。

 やっぱり、私の日頃の行いがいいのかしらね。

 

「……ここで、いいかしら」

 

 そして、私はそのまま林の奥の秘境へと案内された。

 でも、私の目にはただの殺風景な荒れ地にしか見えない。

 さっきまでいた山肌の花畑の方が、まだそれっぽい雰囲気だった。

 まあ、フラワーマスター風見幽香なら、こんな場所にでも生命の息吹を見つけ出せるのだろう。

 それでも、私は気になって聞いてしまう。

 

「あの、本当にこんなところに薬草があるんですか?」

「ええ。 確かに、上手くすればある程度の疾患を治せる力のある花なら、この近くにあるわよ」

 

 そう言って、風見幽香は私の頭をポンと叩く。

 ……そして、優しい手つきだったそれが、私の頭を鷲掴みにするように変化して、

 

「例えば、貴方に踏み潰されて靴の裏に張り付いている、その子とかね」

「え……?」

 

 あ、やっぱり気付いてました?

 秘境に来たんじゃなくて、荒らしても問題のない場所に移動しただけなのね。

 そうよねー、あれだけ派手に荒らしたんだもんねー、気付かない訳ないかー、あははははは。

 

 ……終わった。

 さようなら、楽しかった日々。

 懐かしの記憶が走馬灯のように駆け巡っていく。

 あ、あれは初めて寺子屋に行った日の……

 

「ぃや”あああああああっ!?」

 

 って、走馬灯見てる場合じゃない、これ本当にヤバい!

 一応神社の屋根の上から頭から落下しても無傷でいられるレベルの結界を全力で張ったつもりだったけど、それを鶏の卵でも握ったかのように簡単に粉々にされた。

 どんなレベルの握力よ!? って痛っ、マジで痛い痛、痛あああああああああっ!?

 ちょっと本当にシャレにならないくらい死にそうな激痛が、現在進行形で私の頭を駆け巡ってる。

 でも、結界が壊れたのに私の脳みそがトマトみたいに飛び散らないのは、そこをうまく加減しているからなのだろう。

 花を粗末に扱ったからといって、風見幽香はそれだけで相手を殺したりはしない。

 殺さないよううまく加減しつつ「痛み」で済むギリギリのラインで甚振り続けることで、花を見ただけで全身の震えが止まらなくなるほどのトラウマを植え付けるだけだ。

 いや、むしろそっちの方がたちが悪いわよ! ドSとかいうレベルじゃないわよ!

 実際、先生や紫が私を止めたのも、風見幽香を敵に回したせいで一生外に出られないのではないかと思うほどに心を壊された人や妖怪が数知れないからだ。

 

 ……だけど、それでも私は諦める訳にはいかない。

 ここで私が倒れたら、魔理沙はどうなってしまうのか。

 今こうしている間も、魔理沙のタイムリミットは刻一刻と迫っているのだろう。

 

「ぁああああっ! 宝具、『陰陽鬼神玉』っ!!」

「っ―――!?」

 

 だから、私は激痛に耐えながら懐に入れていた陰陽玉を炸裂させた。

 閃光弾のように光って視界を奪いつつ、弾け飛んで数メートル程度を切り刻んでいく媒体。

 中堅どころの妖怪なら、これだけで相当な重傷を負わせられるはずの、私の切り札の一つ。

 それを飛ばすと同時に僅かに緩んだ手から、私は慌てて逃げる。

 

「……へえ。 いい度胸ね、貴方」

 

 だけど、その光で一瞬だけ風見幽香の目をくらました陰陽玉は、無情にも弾ける寸前に掴まれ、握りつぶされて粉々に砕け散っていた。

 ……さて、やってしまったよ。

 これで、間違いなくあの風見幽香を怒らせてしまったのだろう。

 

「ごめんなさい! あの、私、必死で……」

「いいわ。 そんなに私と遊びたいのなら、貴方の勇気に免じて少しだけ相手してあげる」

「え?」

「ルールは簡単よ。 これから先、もし私に一撃でも入れられれば、貴方の言うことを聞いてあげるわ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 あれ? 何か知らないけど、なんというたなぼた。

 いやー、人生何が起こるかわかんないね、ラッキーラッキー。

 とか半分投げやりに現実逃避してたけど、私に向けられている視線は確かに変化して、

 

「でも、もう手加減なんてしてあげない」

 

 周囲の空気が変わった気がした。

 辺りを覆い尽くすのは、呼吸すらまともにできなくなるほどの圧倒的な妖力。

 どうしよう。 これはかなり怒ってらっしゃる。

 表情は微笑を浮かべたままだけど、肌から感じられる殺気みたいなものは、怒り狂った野生妖怪なんかとはまるで比較にならない。

 普通ならここで諦めて、スライディング土下座でも決め込んで半殺しくらいで済ましてもらうべきなのだろう。

 だけど、何度も言うようだが、ここで私が逃げる訳にはいかないのだ。

 思い出せ。 昔、紫に聞いていたことを。

 

  ――幽香? ああ、あの子のことね。

 

 私は以前、興味本位で一度だけ紫に聞いたことがある。

 それは、とある書籍を見てふと疑問に思ったことだった。

 紫は、あらゆる妖怪の頂点に位置する妖怪だという。

 それなら、その紫を差し置いて、なぜ風見幽香が最強の妖怪と呼ばれているのか。

 

  ――そうね……単純な強さなら、多分私より上よ。

 

 それを聞いた時は、信じられなかった。

 紫以上の妖怪が存在するということ自体が、私には想像もつかなかった。

 

  ――でも、何の制約もなしに本気で殺し合えば、9割方私が勝つわ。

 

 だけど、その後に紫が続けたそれは、私を混乱させた。

 その矛盾を、あの時の私は理解できなかった。

 

  ――強い相手と勝てない相手はまた別物よ。 幽香は単純だし、悪ぶってみても根っこの部分までは非情になりきれない優しい子だからね。 そういう相手に勝つにはどうすればいいのか、頭を使えばいいのよ。

 

 紫や藍のように、長年積み続けた経験を活かして冷静に戦況を支配できる達人的な妖怪とは対照に、風見幽香はその時その時の戦いの空気とでもいうものを感じとって柔軟に動く、いわゆる天才肌の妖怪だそうだ。

 戦いの権化とでもいうべき相手だけど、だからこそ達人とは違って付け入る隙やムラもあるという。

 ……本当か、それ。 けっこう疑ってたけど、ぶっちゃけ本当にこの妖力は紫以上よ。 前に立っただけでこんなに足が震えるのなんて初めての経験だもの。

 でも、迷ってるような場合じゃない。

 今こうしている間にも魔理沙の命が削られているのだから。

 倒す必要なんてない、たった一撃入れるだけでいい。

 覚悟を決めて、短期決戦で終わらせる!!

 

 そして、私にとって初めての命懸けの実戦が始まった。

 

 

 



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第17話 : 本日の教訓。 笑顔は怒ってる顔以上の危険サイン

 

 

 

 戦いは、白熱していた!

 私、博麗神社の期待の新人博麗霊夢と、最強の妖怪風見幽香の初の一騎打ち。

 誰もが固唾を飲んで見守る、世紀の一戦の火蓋が切って落とされた!!

 

「やっ!!」

「……」

 

 ここで、最高加速からの突きを囮にして、全力の霊力を込めた死角からの空中回転蹴り!

 私の小さな体ならではの奇襲は、藍の体勢すら少し崩したことのある必勝パターン。

 ……は、まるで蠅でも払うかのように片手で弾き飛ばされた。

 うん、弾かれた足が真っ赤に腫れ上がって打撲とかいうレベルじゃなく痛くて、もう何も蹴れる気がしない。

 だけど、それで諦めるような私ではない!

 

「っ―――霊符、『夢想封印』!!」

「……」

 

 出し惜しみせずに繰り出したのは、自らの霊力を空間そのものに溶け込ませて相手の力ごと飲み込み封じる、博麗の巫女に代々受け継がれる必殺技だ。

 母さんが私に使ってた時はある程度避けやすいように視覚化していたが、本気で使うと目にはほとんど映らない不可避の一撃。

 たいていの妖怪なら何が起こったかも気付かないまま一撃で地に伏す、私の最強の切り札……も、眉一つ動かさずに、雨水を凌ぐかのごとく日傘で簡単に防がれた。

 くっ、流石は風見幽香、他の妖怪とは一味違うわね!

 と、まぁ何とかここまでテンション上げて頑張ってはみたけど、そろそろ一つ言わせてほしい。

 

 ……いや、どう考えても無理よこれ。

 アレよ、序盤に大魔王が出てきたとかそういう類の負けイベントよ。

 でも、残念ながらそこで負ければゲームオーバーという、在庫まみれ確実のクソゲーよ。

 ヤバい、混乱しすぎて訳わかんないこと考えてるわ私。

 

 その間にも私は追い詰められている。

 少しでも逃げに回った瞬間に、一撃必殺レベルの魔力弾が掠ってくる。

 だからといって私が何か少しでも反撃しようとすれば、そのたびに身体の肉を削ぎ落とすようなカウンターが返ってくるので、開戦から30秒も経った頃には私は必死で逃げることしかできなくなっていた。

 満身創痍の私を前に、当然のごとく風見幽香は全くの無傷である。

 私のやっていること、私の力の全てが無意味だと思い知らされているかのように、先に心が打ち砕かれそうよ。

 特訓中の紫のスパルタが子供の戯れのように可愛く思えてくるくらい、もう一思いに殺せってレベルにヤバい。

 

「ひっ、ひぇっ、ぃゃああ」

 

 そして、なんかもう途中から私の顔は涙と鼻水まみれで、呼吸も喋ることもまともにできなくなっていた。

 ダメよ霊夢、そんなのピチピチの女の子が出すような声じゃないわ!

 もっと「きゃー、助けてー!」みたいに正義の味方とかが助けてくれそうな感じにしないと。

 でも、人間本当に追い詰められると、そんな悲鳴らしい悲鳴なんて上げる余裕はないのだ。

 

「いつまで逃げるつもりかしら?」

「はっ、はっ、お願い、もう許…」

「許さない」

 

 ニコッ、って感じの爽やかな笑顔だ。

 怒った顔よりも、笑顔の方が遥かに怖いってことを思い知りました。

 そんな楽しそうに笑って、やられてる側の気持ちを少しでも考えたことがあるのかお前はって言いたくなる。

 多分もう今の私の姿は、傍から見れば巨大な猫から泣きながら逃げている鼠の子供と同じくらいの感じでしかないだろう。

 ……だけど、それでも諦めるつもりはない。

 私だって、このまま終わるほどヤワに育てられてないのよ!

 

「ぁぁ、やめて……っと、引っかかったわねっ!!」

「何?」

 

「神技『八方龍殺陣』!!」

 

 はい、もう出ないわ、これ以上は出ないわよ。

 逃げながらも私の霊力を込めた札を至る所に張り巡らせてつくった巨大な結界。

 こいつが勝負を一瞬で終わらせてこない甘さに付け込んだ、最後の手段だ。

 一撃だけ当てればいいというルールなら、これで終わりのはず。

 どんな妖怪でも、この結界内を埋め尽くす霊撃を全て躱しきれる奴なんていないわ!

 演技じゃなくて本当に恐怖で逃げてたからこそ上手く中に誘導できたこの結界、そう簡単には…

 

「ふーん。 少し構成が甘いわね」

 

 そして、飛散した魔力の光で札を弾かれて簡単に書き換えられる術式。

 私の周りをいい感じに囲うよう計算して飛ばされてきた札の数々。

 消えたかと思ったら逆に私を取り囲む結界。

 術者であるはずの私に向かって降り注ぐ霊力の滝。

 

「っゃああああああ”あ”っ!?」

 

 霞みゆく意識の中で、私は後悔した。

 一人で挑むべき相手じゃなかった。

 いや、そもそも近づくべきですらなかった。

 私はまだ修業中の、未熟な子供なのだから。

 紫ですら勝てる保証のない怪物に、太刀打ちできる訳がないのだ。

 そして、私の意識はそこで―――

 

「―――っ!!」

 

 ……途切れる訳にはいかない。

 私には、助けなきゃいけない奴がいるから。

 私のせいで魔理沙の人生が奪われるのなんて耐えられないから。

 いや、そうじゃない。

 私の初めての友達を、助けたいから!

 

「っぐ―――ああああああああああっ……」

 

 だから、私は必死にそれに抗った。

 激痛の奔る身体に鞭打って、その結界から脱出しようとした。

 でも、それでももう限界だった。

 全身に力が入らない。

 結局私には何もできない。

 助けられない。

 私は、ここで死ぬ。

 何もできないまま私はここで終わる。

 そしたら、助けられない。

 このまま死ぬ。

 あいつが。

 魔理沙が死んで。

 誰のせいで?

 私のせいで?

 そうじゃない。

 違う。

 私は。

 私はっ……!!

 

「……私じゃない」

「え?」

 

 気付くと、私は何か呟いていた。

 何故、口を開いたのかもわからない。

 何故、この状況で自分が笑っているのかもわからない。

 それでも、湧き上がってきた得体の知れない何かとともに、私は自然と言葉を発していた。

 

 

「ふふっ、そうよ。 あんたが、消えればいいのよ―――」

 

 

 ……その時の光景を、私は夢だと信じたい。

 

 大地が砕け散って灰燼に帰す。

 空間が歪み、その狭間から天が裂けていく。

 辺りの景色が、近くでひっそりと生きていた木々や動物たちの命の息吹きが塵に消えていく。

 そして、目の前の世界が真っ白に染まるとともに、意識が途絶えて……

 

 

「霊夢っ!!」

 

 

 母さんの声で、私は目を覚ました。

 

 

 




そして次話、唐突なシリアスシーン再び。



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第18話 : 運命の選択

 

 

 

 気付くと、私は博麗神社の布団で横になっていた。

 夢、か。

 そうよね、昨日のは全部夢だったのよ。

 あんなことがあったのなら私が今生きてるはずがないもの。

 

「よかった霊夢! 身体の調子はどうだ? 痛いところとかないか?」

 

 だけど、今までの経験上、わかっている。

 母さんの泣きそうな顔を見ればわかる。

 夢だと信じたいことが本当に夢であることなんて、基本的にあり得ないのだ。

 だから、何よりも先に確認したいことがあった。

 

「平気よ。 私は平気。 それより、魔理沙は?」

「あ……魔理沙ちゃんは無事だ。 心配はいらないぞ」

 

 あの状況で私が風見幽香から薬草をもらえたとは思えない。

 だから、魔理沙のことは多分母さんが何とかしてくれたのだろう。

 

「……そっか。 よかった」

 

 一つ安心できたけど、今どういう状況なのかは正直わからない。

 それでも、わかっていることが1つだけある。

 最後に起こったあの大惨事の原因が、私にあるだろうこと。

 未だに信じられないあの時の出来事。

 私の中から突然湧き上がった何かが、目の前の世界を消し去っていた。

 その意識が消える間際に見えたのは、尻餅をついたまま境界の力に飲み込まれていく風見幽香の姿だった。

 ならば、少なくとも紫は近くにいたのだろう。

 だから、私はあの場で何があったのか、一刻も早く紫に確認しなければならない。

 

「母さん。 紫は……」

 

 だけど、母さんは私から目を逸らして言った。

 

「紫は、来ない」

「え?」

「もう、霊夢には近づかせない」

 

 そこには確かに後悔と、そして怒りの色が見えた。

 いつも楽しそうに紫を呼んでた母さんは、そこにはいなかった。

 

「どうしたの? 一体、何があったの?」

「……」

「答えてよ母さん。 私は納得してないよ。 紫との間に、一体何が……」

「全部、紫の計画通りだったんだとよ」

「え?」

 

 私には、母さんが何を言っているのかわからなかった。

 そんな私に、母さんはあの時何があったのかを詳しく説明してくれた。

 

 実はあの実戦訓練の時、私の攻撃の直撃と同時に境界の力を使って衝撃を吸収することで、魔理沙へのダメージを無効化していたこと。

 ただその後に生死の境界を一時的に弄って重体に見せていただけで、本当は魔理沙は全然平気だったということ。

 魔理沙が危険な状態だという嘘を利用して、私を風見幽香のもとに一人で向かわせたこと。

 先生とはぐれさせて私を孤立させ、わざと花畑の上に境界を開き、必要以上に花畑を荒らして風見幽香を怒らせたこと。

 いや、怒らせたように見せかけただけだという。

 子供が誤って花を踏んだくらいでは、実際は風見幽香はそこまで怒ったりはしない。

 実は私が荒らしてしまった花畑は紫が創った偽物で、今回の件に関して紫と風見幽香は最初からグルだったらしい。

 つまりは、何かしらの手段を使って魔理沙を死にかけの状態に見せて、風見幽香のところに向かわせた私を痛めつけることまで、全て予定通りの出来事だったという。

 

「なんで、そんなことを……」

「修業の、次のステップに進むためらしい」

「次のステップ?」

「ああ。 霊夢にまだ恐怖が……強い感情の突出が足りなかったんだって。 最初から紫や私みたいなのの相手ばっかりしてたから、戦いや、誰かを傷つけることを恐れる機会がなかったと。 だから、邪神の力とやらをうまく引き出すために、霊夢が自分の力で友達を傷つけてしまう恐怖と、本当の命の危機に身を投じる恐怖を一度体験させたんだとさ」

 

 そうだ。 もう2年近くも何もなかったから、半分くらい忘れていた。

 私の中には紫が封印した邪神が住んでいて、それを制御するために紫たちが私に接触したこと。

 それが、紫たちが私と一緒にいる理由だったことを。

 

「……だけどな。 そんなことのためにこれ以上霊夢を傷つけるのは許さない」

 

 母さんの口調は、いつもとは違う強く芯が通った声になっていた。

 聞き覚えのあるこの声は、この前夢で見た博麗の巫女のそれを思い出させた。

 いつものおちゃらけた態度ではない、多分これが母さんの本当の姿なのだろう。

 気付いていなかったわけじゃない。 ただ、考えないようにしていただけだった。

 

「……だから、もう邪神の力の制御なんてしなくていい。 ここから2人でやり直そう。 霊夢が自由に生きられるように」

「え?」

 

 ……私が、自由に?

 それって、どういうこと?

 

「私は、霊夢からその力を引き剥がせる可能性に心当たりがある」

「え? 待って、なんで…」

「紫たちにも内緒にしてきたことだけどな。 多分、何とかできると思うんだ」

 

 私は母さんが何を言ってるのか、いつもみたいにすぐには理解できなかった。

 ただ呆然と聞いている私に、母さんは顔を寄せて言った。

 

「だから霊夢、もう少しだけ待っててくれ。 明日には、その苦しみを取り払ってあげるから」

「待ってよ、私別にそんなこと頼んでない…」

「本当に?」

 

 母さんが、真剣な表情で私の目を見てくる。

 そして、手を握ってくる。

 震えていた。

 気付かない内に、私の手は震えていた。

 本当は怖かった。

 母さんはあえて話題に出さないけど、わかっている。

 あの時、私はこの世界の一部を消し去った。

 多分、あの一瞬だけで私は数千や数万以上の命を奪ったのだ。

 あの風見幽香ですら、もし紫がいなければ、なす術もなく塵に還っていたのだろう。

 私のせいで、世界が壊れる。

 何の罪もない命が、ゴミのように簡単に散っていく。

 それが、怖くない訳がなかった。

 

「安心して。 明日までにはその震えを、私が止めてあげるから」

「でも、私…」

「そしたらさ。 せっかくここからもう一度始まるんだから、霊夢にも教えてあげる」

「え? 何を……」

「私の、名前」

 

 ドクン、と私の胸は高鳴った。

 今までずっと母さんとしか呼んでこなかった。

 誰一人として、その名を呼ぶ人もいなかった。

 だから、それはきっと知ってはいけないものなんだと思っていた。

 

「どうして……」

「決まってるだろ?」

 

 そして母さんは、もう一度ぎゅっと私の手を握って、満面の笑みで、

 

「家族、だからな」

 

 そう言った後、勝手に一人で赤面して顔を逸らすように、一人立ち上がった。

 

「だから、今日はもうゆっくり休んで。 疲れてるだろ?」

「……うん」

 

 言いたいこともあった。

 納得いかないこともあった。

 それでも、不思議と今は止めようとは思わなかった。

 母さんを信じて、全部終わってから聞こう。

 

「おやすみなさい、母さん」

 

 そして、私は目を閉じた。

 

 何が起こってるのか、まだ整理しきれていない。

 どんな方法を使うのかは知らないけど、紫たちですらどうしようもない邪神の力を、母さんが私から引き剥がしてくれるという。

 それが済んだら、それを制御する修業なんてせずに、普通の親子のようにこれから暮らしていこうという。

 ああ、何だろう。 涙が出てきた。

 寝坊する私を母さんが起こして、一緒に朝ご飯を食べて、寺子屋なんて行きたくないとだだをこねる私を前に困った様子の母さんを見て、しぶしぶ私は寺子屋に足を運ぶ。

 帰ってきた私をまた母さんが笑顔で迎えてくれて、今日こんなことがあったよ、と先生のバカ話でもしながら夜ご飯を食べて、明日に期待を膨らませながら眠りにつく。

 そんな、幸せな普通の日常が、もう一度始まるのだろう。

 

 ……だけど、それをそのまま受け入れる訳にはいかなかった。

 

 私はもう、知ってしまったから。

 私の世界にいるのは、母さんだけじゃない。

 家族は、2人だけじゃないことを。

 橙。 いつも元気に私と張り合おうとする私の妹。

 藍。 根っこは優しいのに不器用で口下手な私の姉さん。

 そして、紫。 厳しくて、バカみたいで、それでも私に必要な、私にとってもう一人の母さん。

 その5人が揃って初めて、本当に幸せな日常が始まるんだ。

 

 だから、私は決めた。

 今夜、私は……

 

 

 

  ・母さんを、説得する。

 

  ・紫たちと、話をつけてくる。

 

 

 

 






ルート分岐。





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第3章:博麗の巫女
第19話 : 何か友達になれそう




『紫たちと、話をつけてくる。』を、選択。
ほのぼの展開多めルート。 この小説のメインルートです。




 

 

 

「うぅぅ、寒い……」

 

 ほんとに、寒気がヤバい。

 別に気温が低いという訳ではない。

 ただ、背筋を冷たい何かが奔ったような感覚が絶え間なく私を襲っているのだ。

 

 今私が来ているここは、無縁塚という縁者のいない死体が眠る地だ。

 外の世界からの迷い人の死体が多く眠るが故に、幻想郷で一番博麗大結界が薄いと言われる場所。

 何が起こるかわからない危険な場所なので、人間はおろか妖怪すらも近づこうとしないという。

 だけど、わざわざそんなところまで一人で来たことにも、意味はある。

 

「紫っ!! 出てきなさい!!」

 

 とは言ってみたものの、別にここに紫がいるという確証がある訳ではない。

 いや、多分ここにはいないはずだ。

 紫たちは普段、幻想郷とは少し隔絶された境界の中に住んでいるが、紫の能力を使わない限りそこに行く手立てはない。

 だから、ただ単純に博麗大結界の強度が最も弱くなるこの場所なら紫たちの住処へも声が届きやすいだろうから、ここを選んだに過ぎないのだ。

 

「紫、藍、橙! ねえ、そろそろ出てきなさいよ!!」

 

 私がどれだけ呼んでも、誰も出てくる気配はない。

 やっぱりここで叫んでも意味がないのか。

 それとも、ちゃんと母さんに言われたことを守って、私と接触しないようにしているのだろうか。

 ……いや、多分それはないだろう。

 あの紫が、誰かの言うことを大人しく聞くわけがない。

 だから、聞こえてるくせに面白いから無視しているという線も十分にあるのだ。

 

「……仕方ないか」

 

 そういう時のために、魔法の言葉がある。

 博麗神社だろうと寺子屋だろうと、どこにいても一度口にすると紫が飛び出してきて修業が倍厳しくなる魔法の呪文だ。

 使いどころを間違えるとヤバいことになる諸刃の剣だけど、いざ!!

 

「ゆかりおばあちゃーん!!」

「ぶっ!?」

 

 来たかっ!! と思って私が振り返ると、そこにいたのは紫ではなかった。

 真っ赤な髪や長身、そして先生が可愛く見えるほど豊満なボディとかも気になる。

 だけど、誰もが一瞬で目を奪われるのは、背負ってるあまりにも大きな鎌だろう。

 命を刈り取る鎌は、その証。

 死神。

 ……そう聞くとヤバい響きがするけど、そんなに危険な相手じゃないのも知ってる。

 

「おばあちゃんて、紫おばあちゃんて! あははははは、こいつは傑作だねえ」

 

 そして、多分こいつも死神の中ではかなり残念な奴なのだろうと思う。

 何か一人で腹を抱えて爆笑してるあたり、私の命を刈ろうとかいう好戦的な奴ではなさそうだ。

 それに死神は、仙人のように本来の寿命を超えて生き永らえようとする人にとっては天敵らしいけど、むやみやたらに寿命を刈り取ったりはしないはずだ。

 

「……それで?」

「え?」

「あんたは、誰よ」

「あ、ああ、あたいは小野塚小町。 死神をやってるよ」

 

 まるで「いらっしゃい、ここは道具屋だよ」ってくらい軽い口調だけど、普通は子供に向かって軽々しく死神だなどと言わないだろう。

 子供がそんなこと言われたら恐怖で卒倒するだろうからね。 ま、私は平気だけど。

 というよりも、こんなところまで夜遅くに一人で来てる時点で、私が普通の子だなんて思ってはもらえてないだろうなぁ。

 でも、うまく説明できないけど、この人とはなんとなく波長が合いそうな気がする。

 いわゆる、「あんたとはうまい酒が飲めそうだ」って感じの。

 

「それで? お嬢ちゃんは…」

「お嬢ちゃんじゃないわ。 博麗霊夢よ」

「博麗? ……ああ、お嬢ちゃんが例のアレか」

 

 うわ、人のこと例のアレとか言ってきたし。

 ってかやっぱり私のこと知ってるのか。

 いや、多分私ってよりも博麗の名が死神とかの界隈でも有名なんだろう。

 

「んで、こんなところまで一人でどうしたんだい? ここは子供が来るような場所じゃないんだけど」

「あー。 その、人を探してまして」

「人、というよりも妖怪じゃないのかい? 八雲紫は」

「そうともいう」

 

 さっきまで大声で紫を呼んでたせいか、なんだかんだで私の目的を知ってるみたいだった。

 そして、私の直感が、こいつは何か心当たりがありそうだと告げている。

 

「紫の居場所、知ってるの?」

「あー、まぁ知ってると言えば知ってるけども…」

 

 やっぱりか、何かそんな気がしてたのよねぇ。

 でも、紫たちの手がかりを見つけた喜びよりも、今は私の中の危険信号が強くサインを発していた。

 私の正体を知ったあたりから、こいつの表情が「厄介なものを見つけた」と言わんばかりに変わったのがわかったからだ。

 

「だけど、今あたいの用事があるのはお前さんの方なんだよねぇ」

 

 そして、死神さんは突然その背に括り付けた鎌に手をかけた。

 その瞬間、明らかに辺りの空気が張りつめたのがわかる。

 ……あ、ヤバい。 適当な雰囲気に騙されてけっこう侮ってたけど、こいつ明らかに格上だわ。

 最近の私は前に立てば、ある程度は相手との力量差を感じられるようになっていた。

 正直言うと下っ端の死神一人くらいなら倒せると思っていたんだけど、正直こいつからは逃げ切るのもキツそう。

 私は瞬時に、自分の考えうる最大限の臨戦態勢に切り替える。

 切り替えたはず、なんだけど……

 

「うーん……でも子供とはいえ博麗の関係者と戦うのは面倒だし、捕まえたら捕まえたでその後の処理も面倒だしなぁ」

「え?」

 

 こいつは何か一人で勝手に考え込み始めた。

 隙だらけのその体勢は、一見すると罠にすら見える。

 だけど、こいつはポンと手を叩いて「いいこと閃いた!」と言わんばかり口調で言った。

 

「って訳で、今日は一つ何も見なかったことにして解散にしないかい?」

「……はあ?」

「いや、ぶっちゃけると久々のオフの日にまで仕事したくないんだよねぇ。 ただでさえこんな急に見回りさせられて疲れ切ってるのに」

 

 いきなりスイッチを切り替えたように、ぶつくさと一人文句を垂れる死神。

 張りつめていた空気が、和らいだように感じる。

 何だこいつ。 死神って、そんな適当で大丈夫な種族だっけ?

 

 ただ、それを聞いて少しだけわかったことがある。

 私に用事があって、私を捕まえるのが仕事。 つまりは、私を捕えるよう非番の死神にまで命令が出ているみたいだ。

 え、何それ怖い。

 でも、その原因にも心当たりはある。

 

「……今、彼岸が大変なことになってるんでしょ」

「え? あ、ああ、よくわかったね」

「なんとなく、そんな気がしたのよ。 急に死者が増えて、三途の川がいっぱいなんだよね」

 

 多分、その原因をつくったのが私なのだ。

 昨日の一件のせいで、今の三途の川には異常な量の霊魂が彷徨っているのだろう。

 私が妖怪の山で数えきれないほどの生物を虐殺してしまったが故の、異常事態。

 正直、予想はしていた。

 死神に狙われるのも、当然のことなのだろう。

 どんな罰でも受ける覚悟はあった。

 でも、聞こえてきたのは私が予想もしていなかった答えだった。

 

「ん? ああ、そっちの方か。 まぁ、確かにある意味間違っちゃいないんだけど」

「え?」

「正確には、生者を大量に彼岸に送り込んできたはた迷惑な妖怪が一人いるってのと……あ、いや、こっちの話はいいか」

 

 死者じゃなくて、生者?

 要するに、死んでない人を勝手に彼岸に送り込んだ妖怪がいるってことか。

 そんなことをできる妖怪なんて……

 

「まさか、紫が…」

「ピンポーン!! 大正解、犯人は紫ちゃんでしたー」

「どわあああああっ!? ぐげっ!」

 

 と、例のごとく目の前の隙間から突然紫が飛び出した。

 そろそろ来るころだろうと思ってたし、私はもうそれに慣れ切っていたから、特にリアクションはしない。

 だけど、驚いてマンガみたいな叫び声を上げた死神さんは、勝手にズッコケて頭を打って気絶していた。

 

「……あ、あれ?」

 

 予想以上のリアクションに、流石の紫もけっこう動揺していた。

 そりゃそうだ、私も紫のイタズラよりもむしろ今の叫び声に驚いて心臓がバクバクしてる。

 そして、この微妙な沈黙が、何ともいえないシュールさを醸し出している。

 

「だ、大丈夫かしら、もしもーし」

 

 紫が、少しだけ焦ったように気絶した死神に声をかけていた。

 こんなに慌ててる紫を見るのも久々な気がする。

 そして、しばらくゆさぶっても反応がないことに気付いたのか、紫は少しだけ固まった後、

 

「……て、てへっ☆」

 

 振り返りざまに、ウインクしながら自分の頭をコツンと叩いたぶりっこポーズで、そう言った。

 ……正直、少し眩暈がした。

 「おい、自分の歳考えろ」とか、ツッコみたいことはあった。

 

「紫。 いろいろと、聞きたいことがあるの」

「へ?」

 

 だけど、私は無性に身体の奥底から湧き上がってくる衝動を我慢した。

 今は、そんなコメディ展開に気をとられている場合ではないから。

 全てのボケを総スルーして、私は真剣に紫と向き合った。

 

 

 

 



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第20話 : 今年一番の

 

 

 

「き、聞きたいこと? 私のスリーサイズとか?」

 

 ……うん。 出鼻を挫くようで悪いけど、前言撤回。

 私が悪かった。

 ボケを回収しきってない紫を相手に真面目な話を始めようとした私が馬鹿だった。

 

「ダメよ霊夢。 それは、ヒ・ミ・ツ・よ」

 

 何か勘違いしてる感が強すぎて、正直見てて居たたまれなくなってくる。

 でも、流石の紫も少し焦っているのか、対応にキレがない。

 まぁ、多分この謎のテンションは私とギクシャクした感じにならないようにという、紫なりの気遣いなんだろうなぁとは思う。

 仮にも賢者とか呼ばれてる妖怪らしいし、きっとそのくらいのことは考えてるのだろう。

 

「紫」

「な、なに?」

 

 紫が、期待の眼差しでこちらを見てくる。

 ここで激しくツッコミを入れて、いつもの和やかな雰囲気に戻すのは簡単だ。

 だが、私はツッコまない。

 決して甘やかさない。

 ここは冷静に畳み掛ける。

 

「いいから」

「え?」

「そういうの、いいから」

 

 すると性懲りもなく、紫がわかりやすくガビーンって感じになっている。

 ガビーン、て。

 そんな死語を使って表現するしかない古臭いポーズと、追い打ちをかけるような変顔。

 ダ、ダメ、吹き出しそう……くそ、負けるな私! ここで笑ったら全てが台無しになるわ!

 今回の件については、笑って済ませてはいけない。

 紫は私を風見幽香と戦うように仕向けて母さんと仲違いした上、そのせいで実際に途方もない被害が出たのだから。

 怒るべき時は怒らなくちゃいけない、それは当然のことなのだ。

 だから、私は頑張ってポーカーフェイスを保つ。

 流石の紫も、何か場違いな空気を察したのか折れたみたいで、

 

「……霊夢」

「何?」

「怒ってる?」

「逆に聞くけど、怒ってないと思う?」

「……そ、そっか。 そうよね」

 

 でも、体裁上は怒ってるけど、正直言うと私は別に紫に対してそれほど怒っはいない。

 今回の件に関しては、どちらかというと母さんの異常な怒り方に疑問があるくらいだった。

 紫が無茶なことするのはいつものことだし、何だかんだで紫は私の失敗から魔理沙を助けてくれたからだ。

 紫がとっさに私の攻撃から魔理沙を守っていなければ、本当にあのまま魔理沙は死んでいてもおかしくはなかったのだから。

 

 ……あ、でもちょっと気を抜いたらまた風見幽香と戦った時のトラウマが蘇ってきたわ。

 という訳で、実際はもう紫のことは許してるんだけど、このイライラを今のうちに紫にぶつけることくらいは許されてもいいはずだ。

 あと、せっかくだし私がアドバンテージを持ってる今の内に、聞いておきたいこともぶつけておこう。

 

「だから、真面目に答えてよ紫。 さっきの、紫が犯人ってのはどういうこと?」

 

 私は、あの一件で死者が増えすぎたせいで三途の川が大変なことになっているんだと思っていた。

 だけど、あの死神さん曰く、別に死者が溢れ返っている訳ではないという。

 生者を大量に彼岸に送り込んだ妖怪がいるとか。

 死神さんが気絶してる今、それがどういうことなのかは紫に聞くしかないのだ。

 

「ああ、あの時ね。 実は幽香に頼んで、霊夢を怖がらせて様子を見ようとしたんだけどね」

「うん、知ってる」

「思ったより霊夢の力の暴走具合がヤバそうだったら、とりあえず周りの景色ごと私の能力で彼岸に飛ばしたのよね」

「へ?」

「まぁ、他に広くて安全な場所が思いつかないからとりあえず一時的に彼岸に飛ばしたんだけど、そのせいで結構面倒なことになった上に霊夢が気絶しちゃってね。 釈明する余地もないままあの子に霊夢と引き離されて、今に至るって訳よ」

 

 と、なあなあな雰囲気の中で、思いもよらない事実が飛び出してきた。

 え? 何? じゃあ、別にあの時の犠牲者とかはいなかったってこと?

 私が消し去ったと思ってた景色は、実はただ紫が移動していただけで被害なんて出ていなくて。

 実際は何事もなく済んだはずの計画で、私や母さんが勝手に早とちりしただけってこと、か。

 

「いやー、ごめんね霊夢。 ちょっといろいろ訳ありでね、どうしてもあの力を霊夢の外に早急に出させてあげる必要があったのよ」

「訳あり?」

「まぁ、詳しく話すといろいろ面倒くさくなるから……って、あ、ヤバっ、藍! あとお願い!」

「え? ちょ、ちょっと待って紫……」

 

 まだ聞きたいことは山ほどあるのに、何か焦って突然紫がもう一度境界の中に飛び込んだ。

 と、同時に食事中の藍が境界の中から上下逆さまに落ちてくる。

 そして、好物の油揚げを無表情でもしゃもしゃと咥えたまま、頭から地面に激突した。

 だが、それでも藍は何事も無かったかのように続きを噛みしめ、表情を一切崩さないまま起き上がり、軽く辺りを見回して状況を確認していた。

 

 ……今のは、危なかった。

 頭から落下した藍の身体がとかじゃなくて、私の笑いのツボがヤバかった。

 結構恥ずかしいシーンの途中で、あんなコントみたいな「ゴンッ」って感じの落ち方をしてなお冷静に振る舞う藍のシュールな面白さが、私も最近になってやっとわかってきた。

 紫とはまた別の、クール系のボケ方。

 流石は、紫と長年連れ添ってきた相棒って訳だ。

 くっ、結局最後の最後まで私を休ませる気はないみたいね、紫!

 とかアホなことをこの一瞬に私が考えてるのとか、真面目な藍は一生知ることは無いんだろうなぁ……

、擦り傷のできた額を擦りながらため息をついた藍から、やれやれという心の声が聞こえてきた気がした。

 

「と、いう訳だ。 詳しくは私から説明する」

 

 ……いやいやいやいや、何がという訳なのか全くわからないんだけど!

 でもまぁ、多分流石の藍も相当焦っているのだろう。

 基本的に藍は何か話すときは一から順序立てて話すが、冷静さを欠くと私が何でも知ってるのが当然のように勝手に話を進める。

 長年一緒にいるからこそわかる、癖みたいなものだ。

 まぁ、調理してる訳でもない油揚げを咥えてる時点で、人間で言えば夜中にマヨネーズを直に吸ってる途中で召喚されたようなものなのだ。

 そりゃ、恥ずかしいし焦るわな。

 それでもなお表向きは取り繕える藍の凄さは、私も積極的に見習っていきたいと思う。

 

「藍? 紫は、何をしてるの?」

「ああ、紫様なら彼岸を好き勝手にしたせいで閻魔様に説教を食らっている最中でな。 こうやって隙をついて時々逃げているみたいだが、途中で逃げたのがバレると説教が更に延長されるから、その前に彼岸に戻っただけだろうな」

 

 うわぁ……そんな子供みたいなことしてるのか、紫は。

 でも、そんなことよりも紫を子供みたいに扱える奴がいるってのがビックリだ。

 ってか、まさかその閻魔ってのは噂に聞くあの地獄の閻魔大王のこと?

 なんつー相手を怒らせてるんだ紫は……

 

「まぁ、紫様は彼岸に移動したものは全て自分で元に戻したから、実際はそれほど問題にはなってはいないがな」

「あ、そうなんだ」

「ああ。 ま、あと3日も説教を耐え抜けば解放してもらえるだろう」

「3日!?」

 

 3日も閻魔大王の説教食らい続けるとか、それなんて拷問?

 そりゃ、リスク負ってでも逃げ出したくなるのもわかるわ。

 

「……だが、あいつはちょっと拙いかもな」

「あいつ?」

「霊夢の母親の、あいつだ」

 

 その言い方が、また少し引っかかる。

 藍は、母さんとの付き合いは紫と同じで長いはずだ。

 なのに、紫も藍も、私の前で母さんを名前で呼んだことはない。

 「あいつ」とか、「あの子」とか、先生ですらいつもそうだった。

 だけど、今大事なのはそこじゃない。

 

「母さんが、何かしたの?」

「昨日、三途の川を渡ったんだよ。 一人でな」

「えっ!?」

 

 三途の川って……え、ええええええええ!?

 ちょっと待ってよ、三途の川って確か渡ったら死ぬっていうアレのことだよね?

 それが本当だったら、何? 今日私と喋ってた母さんは、もしかして、幽霊か何かってこと!?

 

「待ってよ、だって、母さんは今日…」

「知っている。 博麗神社にいたんだろう? だから問題なんだ」

「え?」

「人間が勝手に三途の川を渡り切って閻魔様に喧嘩を売って生きたまま帰った。 こんなことは幻想郷が……いや、有史以来初めてのことだそうだ」

 

 生きたまま閻魔に喧嘩って……うそーん。

 確か三途の川って、気合でどうにかなるものじゃないでしょ。

 死神のような案内役がいなければ、人間では決して生きたまま渡りきることなんてできない。

 というよりも、許可なく彼岸に生者が入れないように、勝手に渡ろうとしたらそれだけで途中で概念的に死ぬようにできているはずなのだ。

 

「……本当に、母さんって何者なの?」

「お前と同じ、人間だった。 それだけは確実のはずだ」

「でも、それじゃ…」

「ただな。 あいつはただの人間とは思えないほど大きな「闇」を抱えてる。 私や紫様では晴らしてやることのできなかった程のな」

「闇?」

 

 確かに私は時々、母さんのことがわからなくなる。

 昔の私は、母さんは悩みなんか何もない、ただのちゃらんぽらんな巫女なのだと思ってた。

 でも昨日のどこか余裕を失った、何かに憑りつかれたような母さんの表情は、そのイメージを一瞬で崩した。

 正直に言うと、少しだけ怖かった。

 だからこそ私は、紫が一体母さんの何に触れてしまったのかを知りたかった。

 

「それって、一体……」

「知ってどうする」

「え?」

「それを知ったところで、霊夢にあいつを救ってやれるか?」

「それは…」

 

 ただの興味本位で聞いたのに、藍の表情は本気だった。

 藍の気迫に気圧されて私は一瞬黙ってしまった。

 

「即答できないのなら、話はここまでだ。 私が勝手に話していいことでもあるまい」

 

 ……まぁ、確かにそうよね。

 母さんは頑なに自分の過去を話そうとはしなかった。

 なのに、勝手にこんなところで知っていいものであるはずがない。

 でも今日、初めて母さんが自分の名前を教えると言ってくれたのだ。

 なら、それを黙って待つのが私なりの礼儀ってものだろう。

 

「なら、もう母さんの過去には触れないから、一つ教えてよ。 紫は、どうしてこんなやり方をしたの?」

「こんなやり方?」

「私の……ううん。 邪神の力ってのを、どうして母さんにも内緒でこんな危険な方法で出させたの?」

 

 母さんの怒りっぷりは、正直ヤバかった。

 私がどれだけ困らせても、紫がどんな悪戯をしようとも、たいていは軽く笑って流していた母さん。

 でも、今回は紫に絶縁状を出さんばかりだった。

 それだけ、母さんを怒らせるような何かがあったのだろう。

 母さんが何に怒っていたのかは、聞かない。

 それでも、紫たちがどうして母さんを怒らせるようなことを内緒で進めたのかくらいは聞いても大丈夫だろう。

 

「……霊夢も今回の一件でわかったとは思うが、あの力を表出させるには本人の強い感情が必要不可欠でな。 だから、リアリティを追求するために内緒にしただけだ」

「リアリティ?」

「あいつにあらかじめ計画を伝えれば、反対されるか何かしらのボロが出る。 霊夢も聡い部分があるから、このことを先に話していれば計画が失敗する可能性があった」

「ああ、確かにね」

「まぁ、お前は感情の表現が下手だからな。 うまく感情を誘導できるよう、ただ万全を期しただけだ」

 

 ……う、うん。 まぁ、母さんはそういう演技力とかあんまりないタイプだから、もし母さんがそれを知ってたら私も多分何か不穏な空気は感じてたわ。

 それにそれに? 感情が邪神の力の大きな鍵になることをあらかじめ知らされていれば、多分私は今回の件であんまり怖がったりなんてしなかったかな。

 多分境界の途中で先生とはぐれた後に花畑を踏み荒らしたあたりで、「ああ……多分、紫が私を追い込むためにドッキリでも仕掛けたんだろうな」くらいに考えたと、思うよ?

 そういう意味じゃ、手っ取り早く邪神の力を出させるには、確かに今回のやり方が一番確実だったのかもしれない……けど、さぁ。

 

 だけど、どうしても一つだけ言いたい。

 こんな重要な事実を次々と聞かされた中で、多分かなりどうでもいいことだと思うけど、それでも一番言いたいことがある。

 藍の最後の言葉について、さっきからずっと心のモヤモヤが晴れないのだ。

 「お前は感情の表現が下手だからな」。

 「お前は感情の表現が下手だからな」。

 大事なことなので、二回言いました。

 これについては多分誰もが思っていることだろうから、せーので藍に言ってあげたい。

 せーのっ、

 

 

「 お 前 が 言 う な ! 」

 

 

 ……ふー。 何だかわからないけど、すごくスッキリしたわ!

 

 でも、いつも「あんた」とか「藍」って呼んでる私が、いきなり大きな声でお前とか言ったもんだから、流石の藍もけっこう戸惑っていた。

 ってか冷静に考えると人格攻撃っていうか、けっこうひどいことしたよね、私。

 なんかごめんね、藍。

 

 

 





今さらだけど、こいつら全然日常してねえ(笑)
タイトル詐欺とか言われる前に、次の章辺りは日常パートしておきたいと思います。

あと、12月に書く時間がとれなくて書き溜めが尽きてきたので、しばらくは後書きに簡単な次回予告的なのを載せていきます。(週1の更新は、多分しばらくは無理っす)




次回予告

紫たちとの和解を終えた霊夢を待ち構えていたのは、別人のように変わり果てた母の姿。
霊夢の言い分を頑なに聞き入れようとしない母を相手に、霊夢がとった行動とは……

次回
第21話 : 第一次反抗期、襲来!





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第21話 : 第一次反抗期、襲来!

 

 

 私は今、博麗神社の前に立っている。

 母さんが帰ってくるのを、神社前で仁王立ちで待っている。

 昨日、もう紫たちとの和解は済んだ。

 ……済んだ、のかしら?

 なんかいろいろショックを受けた様子の藍と、結局彼岸から帰れなかった紫と、気絶しっぱなしの死神さん。

 いろいろと疑問や聞きそびれたこともあったけど、それでもとても収拾できずに思わず放置して帰ってしまったあの時の状況。

 

 ……いや、ちゃんと話し合ったことにしよう!

 なんだかんだで改めて思った。

 紫たちも、私には絶対に必要な家族なのだ。

 だから、何とかして母さんにそれをわかってもらわなきゃいけない。

 詳しいことはまだわからないけど、多分私のためにこんな計画を進めていた紫。

 冷静に紫をサポートしながら、それぞれの立場を気遣いつつも、なんやかんやで人知れずこの家族を下から支えてる藍。

 そして、神社近くの木陰から、今の私の様子を固唾を飲んで見守っている橙。

 

 ……何かそんな橙を見てたら、親に内緒で捨て猫を拾ってきた子供みたいな気分になってきたわ。

 

「橙。 出てきていいわよ」

「えっ!?」

 

 あれで、気付かれていないつもりだったのだろうか。

 だとしたら、私も随分と馬鹿にされたものだ。

 実戦訓練の戦績は、今や私の10連勝中だというのに。

 

「で、でも、霊夢に近づいちゃいけないって言われてて……」

「私が許すわ」

「許すって…」

「いいのよ。 子供にはね、反抗期ってのが許される時期があるのよ」

 

 私は今、母さんの言いつけを破って橙と一緒にいる。

 別にそれだけで怒られるとは思ってはいない。

 これはただ単に、母さんの言うとおりにするつもりはないという、私なりの気持ちの表し方なのだ。

 

「さーて、来たわね」

 

 神社の階段を、登ってくる音がする。

 橙が少しだけ何かに怯えていたけど、私は何も恐れてはいない。

 私の気持ちは、もう決まっていたから。

 今までみたいに、母さんと一緒に暮らしたい。

 だけど、紫や藍や橙も私の家族だから、これからもずっと一緒にいたい。

 私は、こう見えて欲張りなのだ。

 

「……霊夢」

「え?」

 

 でも、聞こえてきたのは後ろめたい何かを隠すような、遠慮がちな声だった。

 博麗神社に現れた母さんの目は暗く、あまりにも弱弱しい佇まいだった。

 あの時のような強い目をした母さんではない。

 こんなに、何もかもに疲れてしまったような母さんの姿は、私は初めて見た。

 

「母さん……?」

「ごめん霊夢、ダメだった。 でも次は、次こそは絶対に霊夢を…っ!?」

「ぁ……」

「橙!! 何をしてる、ここに来るなとあれほど言っただろ!」

「ご、ごめんなさい、私…」

 

 そう怒鳴る母さんと、怯えたように再び木陰に隠れる橙。

 母さんは、昨日までとはまるで別人のようだった。

 目の下にできた大きな隈と血走った眼差し、そして疲れ切って痩せ細ったボロボロな姿。

 一体どうやったら、たった一日でこんなにも変わり果てるのか想像もつかないくらいだった。

 ……いや、本当は少しだけ予想はついている。

 彼岸に渡って閻魔に喧嘩を売ったという話も、普通ならそれだけで地獄に落とされても仕方のない所業のはずなのだ。

 しかも、母さんがしたことは多分それだけじゃない。

 母さんは今までずっと、たった一日でここまで変わり果ててしまうほどに危ないことを続けてきたのだろう。

 紫ですらどうにもできない私の中の邪神をどうにかしようと、一人で必死に奔走していたのだろう。

 それでも、ダメだったのだ。

 

 だけど、どう見ても母さんは諦めたようには見えない。

 このままじゃ、母さんは自分のことなど何も考えずに、私なんかのために心も体も壊してしまうかもしれない。

 そんな姿は、もう見ていられないから。

 だから、私は母さんを肯定しない。

 ただ強く、橙に向かって言う。

 

「橙! いいから、ここにいなさい」

「……霊夢?」

「母さん。 私の友好関係にまで口を出さないでよ。 私がどうしたいのかは、私が決めるから」

「う、うるさい、霊夢は口を挟むな!」

 

 母さんは、そんなことさえも聞いてくれなかった。

 でも、母さんにあるのは多分、私を無理に従わせようという支配的な感情などではない。

 母さんは、焦っているのだ。

 私を助けると言いながらもできなかった自分を、責めているだけ。

 母さんは私なんかとは違って、ただ優しすぎるだけなのだ。

 多分何を言ったところで、今の母さんには届かない。

 ならば、私がすることは一つだ。

 

「あれ? 母さん、こういう時はどうするんだっけ」

「何?」

「私は母さんの言うことを聞く気はない、母さんも譲る気はない。 なら、これはもう決闘しかないでしょ?」

 

 そう。 これは、私と母さんの戦争なのだ。

 頑なに紫たちを許そうとしない母さんへの、宣戦布告。

 だけど、私はもうわかっている。

 母さんは本当の実力を隠している。

 本気になった母さんは、多分紫よりも強い。

 まだ一度も藍に勝ててすらいない私が、そんな母さんを叩きのめすことなんてできるはずがないのだ。

 

 だけど、それはあくまで実戦訓練での話だ。

 我が家においてはもう一つ、喧嘩をするときのルールがある。

 ここ2年くらいご無沙汰だったけど、勝った方が負けた方に無理矢理言うことを聞かせる方法がある。

 

「『いつもの』、ってほど最近やってないけど、忘れた訳じゃないよね」

「……ああ」

 

 母さんが霊力を込めた弾を放ち、それを一定時間避けられれば私の勝ちという「遊び」。

 この遊びにおいても、私はまだ母さんに勝ったことはない。

 だけど、それは昔の話だ。

 実戦で勝てるはずがないのならば、今の私が母さんを負かすことのできる可能性があるのは、これだけなのだ。

 

「懐かしいな、まだ霊夢と私の2人だけだった頃」

「そうね。 でも、今はもう2人だけじゃないわ」

「……だが、これでまた元通りだ。 私が勝てば、もう二度と紫たちに霊夢を好き勝手にはさせない」

 

 その言葉は、私の奥底までずっしりと響いた。

 あくまでも、母さんが紫たちを許すつもりはないという言葉。

 そう言った母さんの目は、明らかに無理をしていることがバレバレだった。

 母さんは自分の感情の一切を捨てて、それでも前に進もうとしているのだ。

 

 だけど、そんなのは違う。

 母さんの心を犠牲にして進む未来に、一体何の価値があるのか。

 そんな未来の果てには、今までみたいに楽しいことも苦しいことも一緒に分かち合っていけるような、そんな時間はきっと来ないから。

 だから、私が掲げるのは、紫たちを許してあげてという願いではない。

 ただ自然と、私は口を開いていた。

 

「……じゃあ、私が勝ったらこれからは私が博麗の巫女になるわ」

「何?」

 

 そんなこと、今この瞬間までは考えたこともなかった。

 それでも、私は新たに芽生えたその決意を、言葉にしていた。

 

「そしたら、これからは母さんじゃなくて私がこの神社の主よ。 もう紫たちが来ることに文句は言わせない。 もう二度と、母さんにそんな辛そうな顔なんて絶対させない!」

 

 母さんが、少しだけ驚いた顔をしていた。

 だけど、私はそんなの気にしない。

 私は、本気で怒っているのだ。

 本当は母さんも、紫たちと一緒にいたいと思ってるくせに。

 紫も、藍も、橙も、本当は家族みたいに愛してるくせに。

 私なんかのために、自分の身も、幸せも、何も顧みない母さんに怒っているのだ。

 

「だから、これで本当に全部元通りにする。 母さんの目を覚まして、もう一度幸せな日常を始めるんだから!」

 

 それだけ伝えて、私は背を向けた。

 母さんが何か言っていたけど、聞き入れない。

 距離をとって、動きやすい体勢を整える。

 不思議と、気持ちは楽だった。

 守りたいものがあるから。

 そのために戦うのなら、何も怖くはなかった。

 

 ……ほんと、昔からは考えられないわよね。

 昔の私は、どこか人生を諦めていたのに。

 孤独な自分に大切なものができるだなんて、思ってもみなかったのに。

 でも、今は違う。

 母さんがいて、紫たちがいて。

 魔理沙がいて、先生がいて。

 きっと、これからもっと多くの人と関わっていくのだろう。

 これから多くの苦難を乗り越えていくのだろう。

 でも、怖くはない。

 今の私には、私を見守ってくれる大切な人たちがいるから。

 きっと明日からもまた、この幻想郷で幸せな日々が待っているから。

 もう、母さんだけに背負わせたりしない。

 

 

「さあ、始めよう母さん。 私は、絶対負けないから!!」

 

 

 これからは私が、母さんを支えていけるくらい強くなるから―――

 

 

 




次回予告

新たな決意を胸に始まった、霊夢と巫女の意地と意地とのぶつかり合い。
霊夢は無事、平和な日常を取り戻すことはできるのか。

次回
第22話 : 真剣勝負




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第22話 : 真剣勝負

 

 

 

 私の宣戦布告に、母さんはしばらく返事をしなかった。

 ただ、何かを考え込むように俯くだけ。

 それでも、やがて覚悟を決めたのか、母さんは一つ息をついて片手を振り上げた。

 

「……わかったよ」

 

 さて。 ここからが本番だ。

 集中しろ、感覚を研ぎ澄ませ。

 これから始まるのは、私と母さんの本気の想いをかけた初めての真剣勝負。

 開始の合図はいつも通り、私たちにとって最も身近で見慣れたその技。

 

「だったら、私も本気で行こう」

 

 博麗の巫女の代名詞、『夢想封印』で……って、えっ、ちょ待っ、何これ熱っ、え、ええええええっ!?

 私が今まで見たことのない力とともに、いつの間にか神社周辺の気温が異常に膨れ上がっていた。

 景色の全てが一瞬で灰塵に帰してしまいそうなほどの炎の塊が母さんの頭上に集まり、巨大な鳥の姿を形成していく。

 塵からやがて灼熱と化した不死鳥は、離れた場所にある神社すらも焦がしてしまいそうなほどに、高温と化していく。

 ってか、冷静に状況を分析してる場合じゃない、こんなの当たったら冗談抜きで即死よ!

 

「ちょっと待っ…」

 

 だけど、私は言い留まった。

 母さんは多分、この一日で想像もつかないような強敵と戦ってきたせいで、手加減の程度すらもわからなくなるほどに疲れ切っているのだろう。

 いや、これはむしろ、手加減してなおこのレベルに達するほどに、たった一日でここまで強くなってしまうような死地を乗り越えてきたとでも言うべきか。

 でも、それは母さんが私のために受け続けた、全ての苦難の証なのだ。

 何もかもを捨ててでも、それでも私を想い続けてくれた、母さんの優しさが形となったものなのだ。

 ならば、その本気を受け止められないのなら、私が母さんに反抗する資格も、母さんに代わって博麗の巫女を名乗る資格もあるはずがない。

 

「……私の準備はいいわよ」

 

 だから、私はその火の鳥をまっすぐに見据えた。

 絶体絶命の状況を前にして、私は一つ深呼吸する。

 いつの間にか、不思議なほどに気持ちは落ち着いていた。

 本当は、わかっているはずなのに。

 風見幽香を相手にした時も、私は結局何もできなかった。

 魔理沙を助けたい一心での特攻は、虚しくも一撃当てることすらもできなかった。

 気持ちだけで何でもできるほど世界は優しくできていないことくらい、本当は痛いほどにわかっているはずなのに。

 

 それでも、私の心には諦めるという選択肢も逃げるという選択肢も、存在すらしなかった。

 

「いくぞ、霊夢」

 

 たとえ現実が辛く険しいものだとわかっていたとしても。

 たとえこれが勝ち目なんてほぼ皆無の無謀な賭けだとわかっていたとしても、それでも信じているから。

 自分の力を、ではない。

 奇跡を、でもない。

 

「来い、母さんっ!!」

 

 ただ、母さんや紫たちと共に乗り越えてきた、これまでの全てを信じているから!!

 

 

「舞え。 『火の鳥 ―鳳翼天翔―』」

 

 

 そして、火の鳥は一瞬で空高く舞い上がった。

 旋回しながら天に昇る炎の渦は、辺りに火の粉の雨を降らせていく。

 

「っ―――このくらいっ!!」

 

 それを見る私に脳裏にあったのは、これまでに積み上げ続けた経験。

 橙や藍や紫と、そして母さんと本気で勝負し続けた2年間。

 あの時の母さんはもっと手加減していたけど、それでもその動きは冷静で、そして何より美しかった。

 こんな力が大きいばかりで冷静さを欠いた攻撃が、今の私に当たるはずがない。

 その経験は確かに、狙いの定まらない火の粉を完全に見切れるだけの力を私にくれた。

 冷静に考えれば神社がヤバいと少しだけ気を取られそうになりかけたけど、次の瞬間には私はそれを気にかけてはいなかった。

 

「ちゃんとそっちに集中して、霊夢!」

 

 わかってるよ、橙。

 降り注いだ火の粉の雨は、橙がとっさに創り出した結界に阻まれて消えていく。

 橙の目は、久々に本気だった。

 この2年間に成長したのは、何も私だけではないのだ。

 私に負けっぱなしなのが悔しいのか、橙が時間を見つけては藍に妖術の教えを乞うていたことくらい知っている。

 だから、この程度の火の粉ならば橙に任せておけば全く問題ないと思えるくらいに信頼できた。

 

 だけど、私が避けられたのも橙が止められたのも、あくまで前座である火の粉の雨に限った話に過ぎなかった。

 やがて天まで届いた不死鳥は、辺りに舞い散った炎の欠片を取り込んでその身を徐々に巨大化させながら、雲を弾き飛ばして私のもとへと急降下してきた。

 天を切り裂く鋭さと疾さを兼ね備えた、灼熱の巨鳥。

 藍ですら、これほどの力を正面から受ければまず無事では済まないだろう。

 ならば、私みたいな子供では言うまでもない。

 これを避けられなければ、数秒後に私は灰の欠片も残さず綺麗さっぱりこの世から消えるだろう。

 

 だから私は迷いなく、今の自分が出し得る最大の奥義に気持ちを切り替えた。

 それは奥義というよりも、むしろ一種の博打に近い最終手段。

 その目で火の鳥を捉えるのではなく、私はむしろ目を閉じて辺りの空間そのものに全神経を溶け込ませていく。

 紫から聞かされた、私の持つ力。

 邪神の力ではない、私自身が持つ本当の能力。

 小さい頃から、私はなぜか霊力を使わずに空を飛ぶことができた。

 でも、魔力も霊力も、特殊な力を何も使わずに人間が空を飛ぶことは不可能だという。

 だから、私は自分が『空を飛ぶ能力』を持っているんだと、そう思っていた。

 だけど、紫はそれを『空を飛ぶ程度の能力』と訂正した。

 

「左下の……違う、右翼の付け根? そうじゃない、これは…」

 

 右肩。

 ふと、そう思った。

 私に左寄りから向かってきた風切り音が、ほんの僅かに軋んだかのような違和感。

 それは普通なら誰も気付くことのないはずの、小さな歪み。

 目を閉じている私には、当然ながらそこに何があるように見えている訳でも確信がある訳でもない。

 だけど、私はその「直感」に任せるままに迷いなく目を開いて、

 

「やっぱり」

 

 目を向けたのは、あと3秒もかからず私のもとに降りてくる不死鳥ではない。

 それを放った、母さんの姿。

 左腕を天に掲げ、全身から溢れ出した炎を不死鳥に送りながらも、俯いたまま絶え間なく息切れしている母さんの姿。

 限界に見えないよう無理に我慢しているだけで、本当はもう母さんの身体は既にボロボロなのだ。

 立っていることはおろか、意識を保つことすら厳しいはずなのだ。

 だけど、それでも私は容赦しない。

 母さんが高く上げた方とは逆の、片腕。

 衣服の上からでもわかる、力なく下がっている右腕の付け根が、少し抉られるように左腕より細くなっているのを私は見逃さなかった。

 

「なら、左下ァ!!」

 

 その瞬間に、私は天空から急降下する火の鳥に向かって躊躇なく跳んだ。

 逃げるのではなく、その右翼の下部に正面から真っ直ぐに向かっていく。

 ただ「何となく」、その鳥の弱点が右腕を傷めた母さんの状態と連動していると思ったから。

 だから、これ以上火の鳥が炎を吸って大きくなる前に、確証もないその隙に向かって私は自分から迷わず突っ込んだ。

 

 それこそが、私の持つ本当の能力。

 「空を飛ぶ」のではなく、自分の感覚を「空と一体化」する力。

 空間を……この世界そのものを誰よりも近くに感じ取ることで、あらゆる障害の中を最善の手段で飛び抜けることのできる直感力こそが、私の持つ力の真骨頂なのだ。

 

 だから、私はただ思うまま前に進む。

 私が生き残る可能性があるとすればどこかを感じ取っていく。

 空気の鼓動が、伝わる。

 炎の声が、聞こえる。

 母さんの呼吸が、感じられる。

 だからこそ、その僅かな隙を見つけられた。

 あとはただ全身に霊力の障壁を纏ったまま、少しだけ炎の薄くなっているだろうその僅かな弱点に、針の穴を通るように正確に、それでも全力で向かっていく。

 

 ……ああ、でもやっぱりちょっと怖いなぁ。

 本当に、軌道が少しずれるだけで私は死ぬのだ。

 ってか、もし今の私の力がまだ弱点の部分の炎すら超えられないくらい未熟だったら、熱さを感じる間もなく燃え尽きてしまうのだ。

 

「―――ぃっけええええええええっ!!」

 

 だから、私は初めて気合で叫んだ。

 その恐怖に打ち勝つために。

 迷わずに、目の前の標的に立ち向かえるように。

 

 そして、遂に私は死の壁の目前に辿り着いた。

 灼熱を帯びた鳥の、懐の中。

 その瞬間は、異様なほどに長く感じた。

 走馬灯、とでもいうものなのだろう。

 私が今いるのは、本当にそういうものを見るような死地なのだ。

 叫んでいるはずなのに、それでも吐いた呼吸が熱く感じる。

 叫んでいるはずなのに、それでも鼓動の音が大きく感じる。

 瞼の上で蒸発しかけている汗を、それでも拭うことも瞬きすることもない。

 私はただ、最後まで信じ抜くだけ。

 今までずっと磨き続けてきた、私の力と経験を。

 生まれて初めて強く抱いた、私の想いと決意を。

 そして何より、私が生きてきた証を……母さんに紫、藍に橙に先生に魔理沙、皆と一緒に歩んできたこれまでの全てを!

 

 私の世界にある何もかもを、この一刻だけに凝縮して鋭く研ぎ澄ませたまま、その不死鳥に向かって飛び込んで――――

 

 

 

 ……青々とした空が、私を出迎えた。

 

 辺りの気温が、下がったような気がした。

 いや、気がしただけではない。

 熱を帯びて焼けそうになった私の額に、涼しい風が吹いてきた。

 右翼に大きく穴をあけられた火の鳥は、そのまま地に落ちていく。

 つまり、私は……

 

「っ―――しゃあっ! 抜けたっ!!」

 

 迫り来る死を回避したんだっ!

 その達成感と清々しいほどの清涼感に、ほんの一瞬だけ酔いしれる。

 だけど、そこまでだった。

 

「あ……」

 

 空から墜ちた不死鳥は大地を一瞬で融かし、その溶岩の中からもう一度突き上げるように飛び立とうとしていた。

 ……ヤバっ、油断したわ。

 流石に、これはもう無理ね。

 私はそれも、瞬時に悟った。

 たとえ一度は隙をついて乗り切れても、もう一度それを避ける余裕なんてない。

 ましてや、こんなのを止める力も残ってるはずがない。

 

「―――――!!」 

 

 橙が泣きそうな目で何か叫びながらこちらに駆けて来ようとするのが見えたけど、それももう間に合うはずがない。

 だから、わかっていた。

 今私が囚われているこの時間こそが、本物の走馬灯だということは。

 もう、私はここでなす術なく死ぬ。

 ここで終わり、そう思うのが普通だろう。

 

 ……だけど、私は静かに目を閉じていた。

 諦めたのではない、今の私は命をそんなに簡単に諦められるほど自分を捨ててなんかいない。

 ただ、私は最後まで信じ抜くって決めていたから。

 そして、炎に焼き尽くされる直前、奇妙なほどの無音とともに別の何かが突然私を飲み込んだ。

 

「……遅すぎんのよ」

 

 周囲の全てを覆っていた暗い何かの中で、誰かが私を抱きかかえている。

 いや、誰かなんて、わかっていた。

 こんなことができるのなんて、私の知る限りでは一人しかいないから。

 

「まったく、もっと早く来てくれればいいのに」

 

 何か、そんなそっけないことしか言えない。

 だけど、いつもポーカーフェイスを気取ってる私も、自分の顔が少し緩むのを隠せなかった。

 信頼、っていうのも気恥ずかしいけど、こんな時には絶対に紫が助けに来てくれると、最初から信じていたから。

 

「ま、とりあえずお礼は言っとくわ。 ありがとね、紫」

「……」

「紫……?」

 

 でも、紫は何も返事をしてくれなかった。

 私がこんな軽口を叩いたなら、すぐに何か言い返したりしてくるはずなのに。

 紫は私に目を向けずに、すぐにその異空間から脱して母さんを見据える。

 紫の目は、冷ややかだった。

 

「ちっ、紫か……邪魔をっ!?」

 

 それを見て少しだけ紫への怒りを蘇らせたように見えた母さんは、次の瞬間呆然と立っていた。

 同時に空に舞っていた火の鳥が消えていく。

 

「嘘……なん、で……」

 

 紫が空に開けた隙間の外に出て、冷静に見てみると流石の私も言葉を失った。

 目の前に広がっていた景色が、あまりに凄惨すぎたから。

 私が避けた火の鳥は一度地上に落ちて、焼けるという表現すらもできない程に大地を融かして辺りを溶岩溜りと化していたのだ。

 そこが神社の境内だったということなど誰も信じてはくれないほどに、そこは「滅び」ていた。

 母さんはその光景を見て、怯えていた。

 それが直撃すれば私が死んでいただろう事実に、たった今気付いたと言わんばかりに。

 

「……霊夢、一人で立てるわね」

「え? う、うん」

 

 いつの間にか、紫は私から手を離していた。

 最後まで、私を一瞥することもなしに。

 ただ、震えた声でその名を呼んだ母さんに向かってその手の平を振り上げて、

 

「紫……っ!?」

 

 乾いた破裂音が、辺りに木霊した。

 

 

 

 



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第23話 : 今一つ危機感が湧かない

 

 

 

「……何を、してるのよ」

 

 紫に頬を叩かれた母さんは、動かなかった。

 そもそも何が起こったのかすら理解していないようだった。

 ただ呆然と、立ち尽くすだけ。

 そんな母さんの胸倉に掴みかかった紫は、ギリギリと歯を食いしばった音を立てて、言った。

 

「確かに、私も悪いことをしたと思ってるわ。 貴方の怒りも、もっともだと思う。 でも!!」

 

 紫は、また母さんの頬を叩いた。

 無抵抗の母さんの頬を、何度も叩いた。

 だけど私には、母さんはその痛みすら感じていないように見えた。

 母さんは未だに悪い夢から覚めていないかのような、空虚な目に支配されていた。

 

「……違うでしょ、こんなの」

「……」

「貴方は、霊夢だけは守るって言ったじゃない! それが、どうしてこうなったのよ!?」

 

 本当に、紫は涙ぐんだ目で母さんの身体を何度もゆさぶっていく。

 ここまで激昂した紫を見たのも、私は初めてだった。

 やがて母さんを掴んでいた紫の手からは力が抜け、母さんの身体は静かにその場に崩れ落ちた。

 紫はただ物悲しい目で母さんを見ながら、その声もまた弱弱しかった。

 

「貴方が本当に霊夢を守るというのなら、私は別に遠くから見守るだけでもいい。 貴方の言うとおり、もう霊夢に近づいたりしないわ」

「……」

「でも、それなら貴方がちゃんとしなきゃダメじゃない」

 

 紫の声は、震えていた。

 でも、きっとその声は母さんに届いてはいないだろう。

 母さんの顔からは感情が抜け落ちてるようにすら見えた。

 そして、母さんはまるで紫の声が聞こえていないかのように、ゆっくりと私に目を向ける。

 

「……霊夢」

「何?」

「ごめん。 私は……最低だ」

「……」

「ごめんな、私は母親失格だよな。 ごめん、霊夢」

 

 母さんは、謝っていた。

 頭を下げる訳でもなく、何度も何度もただ「ごめん」と繰り返すだけだった。

 でも、静かに一筋の涙が零れたその瞳の色は、あまりに無機質で。

 その表情から見えるのは悲しみでも後悔でもない、まるで壊れてしまった人形のようだった。

 

「……違う」

 

 そうじゃないのに。

 私が聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。

 母さんに、そんな顔で、そんなことを言わせるために頑張った訳じゃないのに。

 

「なんでよ。 嫌だよ、こんなの」

「……」

「私は、今のままでよかったのに。 母さんが、紫が藍が橙が、皆がいてくれればそれだけで十分だったのに」

「でも、私にもうそんな資格は…」

「そんなの、どうでもいい!!」

 

 母さんが、一体何を背負ってるのか。

 一体、何に負い目を感じているのか。

 今はそんなことなんて、本当にどうでもよかった。

 確かに私は、紫が来なければさっきの追撃でこの世から消えていてもおかしくはなかったのだろう。

 目の前に広がる凄惨な光景を冷静に見ると、震えが止まらなくなってくるのもまた事実だ。

 だけど、今大事なのはそんなことじゃない。

 そんなどうでもいいことのために、この時間を無駄にしたくはなかった。

 

「ねえ。 私、母さんの本気を正面から受け止めきったのよ? だったら、もっと悔しそうにしてよ!」

 

 今は、ちゃんと私のことを見てほしかった。

 

「私が初めて勝ったんだから、よくやったって誉めてよ」

 

 私の成長を、喜んでほしかった。

 

「勝負はもう終わったんだからさ……いつもみたいに、笑ってよ」

 

 ただ、今までの元気な母さんに、戻ってほしいだけだった。

 

 それでも、母さんの目の焦点はどこか虚空を切っていた。

 何も返事をしてくれずに、ただ沈黙だけが流れ続ける。

 気付くと、私の目からは涙が溢れていた。

 魔理沙と本気で話した時とは違う。

 風見幽香に泣かされた時とも違う。

 本当に、涙っていうのが悲しくて出てくるものなんだと、私は初めて知った。

 

「お取込み中、失礼」

 

「っ!!」

 

 だけど沈黙の中、それは突然聞こえてきた。

 紫だけは跳ね上がって身構えたけど、誰も声を出せなかった。

 神社内の空気が、明らかに重々しい。

 そこにいるには、あまりに異質すぎる雰囲気。

 後ろにいるのは確か、この前会った死神の小町。

 そして前に立っているのは、小柄ながらも紫や母さんとも違う、静かで厳格な覇気を纏った何か。

 会ったことはなかったけど、一目見ただけでわかった。

 

「あらあら、閻魔様じゃないですか。 ご機嫌麗しゅう」

 

 紫は態度をさっきまでと一変させて、取り繕った言葉を並べていた。

 まるで母さんを隠すかのように、いつものような態度で前に出る。

 

「そんなに畏まらなくても結構ですよ、八雲紫。 貴方はまだ、彼岸で説教の途中だったはずですが?」

「いやー、すみませんね。 私なら今すぐにでも戻って…」

「いえ、それは結構」

 

 閻魔が見ていたのは、会話をしていた紫ではなかった。

 

「今は、私の用があるのはそちらですから」

 

 こんな出来事の中でも虚ろな目をしたまま膝をついていた母さんを、ただ静かに見下ろしていた。

 そこで、私は思い出した。

 母さんが彼岸で閻魔に喧嘩を売って帰るという、前代未聞の大罪を犯したことを。

 小町の話では、私を捕えるように死神に指示が出ていたという。

 それはきっと私が目的ではなく、母さんの娘である私が目的だったのだと思う。

 多分、死神の手には負えない母さんを捕えるために、私を人質にでも使おうという話だったのだろう。

 そして、遂にはこんなところまで閻魔直々の登場。

 今の母さんには、それと戦う余力や逃げる気力なんてあるようには見えない。

 いや、それ以前に抗うつもりすら全く感じられない。

 このままでは、母さんがどうなるのかは明白だった。

 

「っ、紫! 母さんを逃がして…」

「……」

 

 返事は、なかった。

 閻魔から少しも目を逸らさずに向き合ったまま、紫は一歩も動かなかった。

 

「紫っ!!」

「無理よ」

「どうして!?」

「相性が悪すぎるのよ、私の能力と」

 

 相性が悪い? こんな時に何言ってるのよ!?

 紫の『境界を操る能力』を使えば、母さんを簡単にここから逃がせるはずでしょ。

 紫なら今の状況がヤバいことくらい分からない訳がないのに。

 なのに……

 

「この世界が曖昧な連続性の上に成り立つからこそ、私は万物に生じる境界を操れるわ。 でも、映姫の持つ『白黒はっきりつける能力』は曖昧性を否定する。 連続という概念を強制的に二元的な断続世界に決定できるの」

「……うん?」

「ああもう、簡単に言えば今まで0から1まで存在した世界の概念が、映姫の能力で0と1だけにされてるって言えばわかる?」

 

 ……あー、なるほど。 なんとなくだけど、言いたいことはわかったわ。

 0から1の間だと0.1と0.01の境界でも0.999と1の境界でも無限に創れるはずのものを、全て0と1の間という境界だけに統一することで紫が普遍的な境界以外に介入できなくしたってことね。

 今いる場所と行き先の場所との境界線が曖昧だからこそ境界同士を無理矢理同一化して空間を繋げられたけど、完全に分けられて単一化した境界ではその隙間の移動はできないと。

 要するに、紫の能力を単調化して弱体化させてくる、まさに天敵ってことね。

 

「……ちなみに、逃げずに戦った場合の勝算は?」

「能力が使えないなら、藍を呼ぶこともできないし勝てる訳ないじゃない」

「だよねー」

 

 いくら紫が妖怪の頂点だからといって、それはどうしようもないのだろう。

 閻魔とかは本当に、人間や妖怪とは格が違う種族なのだ。

 今や伝説上の存在となっている、妖怪の力を遥かに超えた鬼、その頂点にあたる鬼神と同格扱いされる化物だもんね。

 普段は幻想郷にいないけど、もしこちらに住んでいれば間違いなく幻想郷最強と呼ばれるに相応しい相手。

 紫が大人しく説教を受けていたのも、仕方ないことなのだろう。

 ……じゃあ、完全に詰んでるじゃないこれ。

 

「でも、一つだけ。 映姫には決定的な弱点があるわ」

「え?」

 

 それを、紫はヒソヒソ声で言った。

 見ればわかると言わんばかりに、そのまま前を見る。

 

「お喋りは、済みましたか?」

 

 厳かな声で響き渡ったそれは、まさに死の宣告。

 その目に宿った余裕と圧倒的ラスボス感は、私の身体を震え上がらせる。

 本当に、弱点なんてあるのかこれ。

 そう不安に思ってたけど、紫は困ったような顔で弱弱しい声をして、言った。

 

「いえ、その、閻魔様。 大変恐縮ですが、もう少しだけお待ちくださいませんか?」

「どのくらいですか」

「あと、もう1分くらい?」

「そうですか。 仕方ありませんね」

 

 ……え?

 あれ、えっと、ちょっと待って、それで待つの?

 閻魔はまっすぐ綺麗な姿勢で立ったまま、動かない。

 ……もしかして、ツッコミ待ち?

 ねぇ、ツッコミ待ちなの? これツッコミ待ちなの!?

 

「これで多分、このままきっかり1分待つはずよ、あの人」

 

 小声で紫にそう言われて、私は思わず二度見してしまった。

 ……マジか、本当にじっと待ってるよあの人。

 そういえば紫が能力の解説をしてる時も、遮りもせずに待っててくれたよね。

 最初に登場した時も、不意打ちせずに一言断ってから来た。

 天然……ってよりも、単純に度を過ぎて真面目ないい人なんじゃないかしら。

 頭の後ろで腕を組みながらそれを黙って聞いていた小町も、これには思わず苦笑いだ。

 ヤバいどうしよう、何か私の中の恐ろしい閻魔大王像が音を立てて崩れていく。

 私や橙ほどじゃないけど、母さんよりも小柄な体格のせいで、悔悟の棒を両手で持ちながら律儀に立って待ってる姿がお人形みたいでちょっと可愛く見えてきた。

 

「でも、実力は本物よ。 時間稼ぎはできても、まだピンチってことに変わりはないわ」

 

 ピンチ。

 でも、そんなこと言われても何か緊張感が一気に失せたのよね。

 癒され効果のせいか、こんな状況なのに頭が回らないというか、何というか。

 実際のところ紫が本気になれば何とかなるんじゃないのかとか、思ってきたりもしちゃって。

 そんなことを考えていた私の表情を見て、紫は少しだけ呆れ顔を向けた後、

 

「……もう、とにかく! 詳しい説明をしてる暇はないけど、映姫の狙いはこの子よ。 とりあえずもう時間がないから、霊夢はすぐこの子を連れて逃げて。 橙も一緒に!」

「は、はい紫様!」

「紫は?」

「私は足止めするけど……多分30秒はもたないと思うから、後は何とか頑張ってね」

 

 30秒って……うそーん。

 確かに紫は能力を全く使わなければ藍と互角くらいだったりするんだけど、一応九尾の妖狐って、聞いただけで誰もが恐れおののく最高位の大妖怪なのよ?

 それと同格以上の紫をたった30秒で倒す相手とか、本物の化物じゃない。

 それはもう、全力で逃げるしかないわね。

 思考停止しつつあった私の頭が、瞬時に覚醒した気がする。

 

「わかったわ。 行くわよ、橙!」

「うん、霊…」

 

「あー、ちょい待ち。 流石にそれはズルいんじゃないかねぇ」

「っ――!?」

 

 いつの間にか紫の前を素通りして、小町が私の首元に鎌をつきつけていた。

 ……マジでぇ? 初動の気配とか何もなかったんだけど。

 何なの、小町ってただのギャグ要員とかじゃなかったの?

 

「……小町。 まだ19秒ですよ、もう少し待ちなさい」

「はーい」

 

 そして、時間前に逃げようとした私を怒っている訳でもなく、小町にジト目を向けながらも約束通り微動だにせず立っている閻魔様。

 どうしよう、ピンチなのに何かこの律義さがかわいい。

 

「っ……!? 霊夢っ!!」

 

 いやいやいやいや、違う、そんなこと考えてる場合じゃないのに!

 いつの間にか目の前に回り込まれて命を握られたのに、私はおろか紫ですら全く反応できなかったのだ。

 小町が私より格上だってのは何となくわかってたけど、まさかこれほどだとは予想していなかった。

 という訳で結論。 小町がいる以上、逃げるの無理。

 ちょっと無謀だけど、ここでどっちか……まぁ、普通に考えて小町を人質にでもして時間を稼ぐのが最善だろう。

 ぶっちゃけ、それも可能かは微妙だ。

 まぁ、でも紫と2人がかりなら少しくらい可能性は…

 

「わかってるわ! 橙は母さんを連れて先に逃げ…」

 

「聞き分けの悪い子には、お説教が必要ですか?」

 

 あ……ダメだ。

 足が地に縫い付けられたかのように、全く動いてくれない。

 殺気とかで身が竦んだ訳じゃないんだけど、本能が無理って告げてる。

 風見幽香とは何だったのかと言ってしまえそうなほどの、実際に戦わなくてもわかる絶望的な力の差。

 どうやら、立ち向かうことも逃げることも、小細工を弄することすらできそうになかった。

 

 ……それなら、もう方法は一つしかない。

 本当は怖いけど、母さんを助けられる方法は、一つしか……

 

「霊夢っ!!」

 

 だけど、止められた。

 それを止めたのは、母さんだった。

 その強い声色は、母さんが正気に戻ったのかとも期待したけど、違った。

 母さんは、何か諦めたような目で橙の手を払う。

 多分、母さんは私が何をする気だったのかを悟って無理に声を出したのだろう。

 

「……霊夢を放してくれよ、小町。 私が大人しく捕まれば、それで解決なんだろ?」

「あっ、待って……」

 

 呼び止めようとする橙から離れて、母さんがフラフラの身体で歩いてくる。

 その目には、まだ光は宿ってなかった。

 多分、母さんは抗うつもりなんてないのだろう。

 このまま地獄に落とされるとしても、抵抗もなく受け入れてしまうのだろう。

 

 そんなのは、絶対に……

 

「ダメっ!!」

「あっ」

 

 私は小町に突きつけられた鎌を振り払って、閻魔の前に立ち塞がった。

 怖かったけど、耐えられなかったから。

 母さんがいない、つまらない日常を。

 母さんがいなくなった、寂しい博麗神社を。

 母さんがいなくなって、悲しむ紫たちの顔を。

 ほんの少し想像しただけで、私の心が張り裂けそうになるから。

 

「来ないでよ」

「待てっ、霊夢…」

 

 私にはもう、何も聞こえない。

 母さんが制止しようとする声すらも聞こえない。

 もう、誰が何と言おうと、今の私にできることは一つしかないのだ。

 この前ので、少しだけコツは掴んだから。

 またこの力で誰かを傷つけるのが怖くないと言えば嘘になる。

 だけど、それ以上に母さんを失うことの方が遥かに怖かったから。

 今はむしろ、邪神の力とやらの存在に感謝している。

 母さんを助けられるかもしれないたった一つの希望が今、私の中にあるのだから。

 だから、私は感情の昂りとともに身体の奥底から湧き出してくるその力に身を任せて―――

 

 

「母さんに、触るなあああああああっ!!」

 

 

 目の前が、真っ白に染まった。

 

 

 

 



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第24話 : やっぱり、平和が一番

 

 

 

 ……終わった。

 閻魔を殺して、目の前には何も残らなくて。

 後先考えずにとんでもないことをしちゃったけど、これからどうしよう。

 死神たちに追われるだけの罪人として、一生を逃げ延びていくのか。

 でも、それも悪くはないかな。

 母さんや紫たちと、家族と離れ離れになるくらいなら、それでも……

 

「やめておきなさい。 貴方のそれは、こんなところで使うにはあまりに危険なものです」

「……え?」

 

 閻魔は何事もなかったようにそこに立っていた。

 ……冗談、でしょ?

 何で無事なのよ、傷一つ無いとかあり得ないじゃない!?

 

「どうして……」

「私の能力を、八雲紫から聞いているのでしょう? 貴方の力と邪神の力を、二極に分けて使えなくしただけですよ」

 

 そんな……あの力が私と分けられて、もう使えなくなったってこと?

 切り札のない私じゃ、この状況をひっくり返せる手段なんてもう何もないじゃない!

 ……って、あれ?

 使えなく、なったと?

 

「ですが、これでいいのでしょう?」

「え……?」

「まぁ、確かに何も知らない子供に背負わせるのはあまりに酷ですからね。 貴方の言うとおり、私が悪かったのでしょう」

 

 閻魔が私ではなく、母さんをまっすぐに見据えてそう言った。

 母さんは、呆然としていた。

 私も、何が起こっているのかわからなかった。

 ただ、閻魔は母さんに向かってまっすぐに頭を下げて、

 

「申し訳ございませんでした。 今回の件について貴方の罪は不問とし、全ての責任は私が負います」

 

 あれ、そういうこと?

 母さんを地獄に落としに来たんじゃなくて、謝りに来たと。

 そして、母さんが望んだとおり、私を邪神の力から解放しに来たと。

 ……えー、流石にそれはひくわー。

 最初からそう言えばいいじゃない、何でそんな勿体つけたのよ、馬鹿なの?

 まぁ、多分馬鹿とか不器用ってよりも、藍が可愛く見えるくらいの石頭なんじゃないかしらね。

 

「じゃあ、霊夢はもう…!!」

「いえ、完全に切り話した訳ではありません。 この子から一時的に分断しているだけです」

「一時的?」

「ええ。 後のことは全て、この子の決断次第です」

「え、私?」

 

 私の決断次第?

 ……よくわからないけど、何となく真面目な話になりそうな気がしたので気持ちを切り替えておいた。

 

「少し、貴方にも詳しいことを話しておきましょうか。 これからの人生に関わることですから」

「あ、はい」

「貴方の中にあるその力の正体。 それは、その昔世界を滅ぼそうと暗躍した邪悪の力の一端を封じたものです」

 

 うへぇ、何ぞそれ。

 確かにあんまり詳しくは聞いてこなかったけど、世界を滅ぼすとか、そんなヤバいものだったの?

 ってか、「一端」ってのがまた嫌な予感を醸し出している。

 

「まだ幻想郷が安定していない、数百年も前の話になります。 突如として幻想郷に現れて世界を飲み込もうとしたその邪悪を抑えるべく、かつての八雲紫を含めた当時の妖怪たちが奮闘し、多くの犠牲を出しながらもその力を抑え込むことに成功しました。 そして、最終的には私の能力と八雲紫の能力を使ってその邪悪の構成要素を3つに分割して封印したのです」

「分割?」

「ええ。 その邪悪の持つ力が、八雲紫や私の力だけではどうにもならないほど強力過ぎたが故、ですね。 その時はまだその邪悪が完全に目覚めてはいなかったからよかったものの、恐らくはその3要素が結びついて邪悪が目覚めたその時が、幻想郷の……いえ、この世界の最期となると言っても過言ではありません」

 

 ……マジで眩暈がしてきたわ。

 そんなヤバいものを知らずに宿してた、ってか使おうとしてたのか私は。

 

「貴方の中に封じられているのは、そういう類のものです。 そして、その力はもう貴方と……人間と強く結びつきすぎた」

「へ?」

「私と八雲紫の力を使えば、それを貴方から再び切り離すこと自体は可能ですが……今さら結界に封印、などという手段で抑え切ることは恐らくできません」

「えっ!? じゃあ、どうするんですか」

「それを、貴方に選んでいただきたいのです。 私たちに残された3つの道の内、貴方が望む一つの道を」

 

 閻魔様が指を一本開き、真剣な顔つきで言う。

 

「一つ。 いつか世界が滅びるリスクを承知で、その力を再び結界に封印する」

 

 まず、一つ消えた。

 そんな、いつ決壊するかわからない負の遺産を未来に遺す方法じゃ、何の解決にもならない。

 紫は幻想郷を、本当に愛しているのだ。

 だから、絶対に紫たちはそんな選択はしたくないだろう。

 もしかしたらその封印が破られる頃には私はもう死んでるのかもしれないけど、結局は紫たちがその後苦労するだけなのだから。

 

「二つ。 新たにこの力の人柱を立て直して封印する」

 

 それも、あんまり現実的じゃない。

 人間の里は結構見て回ったけど、正直なところこんなのを宿すのなんて大人でも無理だと思う。

 ってか、それができるほどの力を持った人間なんて、そもそも人間の里にはいないんじゃないかしら。

 そもそも「神降ろし」なんて芸当をできる人間自体が、今の時代には誰一人としていないのだから。

 そう、一人を除いては、ね。

 ……はぁ。 まったく、これだから天才ってのは辛いわね。

 

「そして、三つ」

「もう一回、今まで通り私がその力を制御できるよう頑張ればいいんでしょ」

「霊夢っ!?」

「いいのよ。 私にしかできないことなんでしょ、これは」

 

 まぁ、なんとなく予想はついていたけど、これが一番現実的な案なのだろう。

 結局は今まで母さんが頑張ってくれたのも、閻魔様がここに来てくれたのも、ただの取り越し苦労ってことになるけどしょうがないわよね。

 

「だったら…」

「却下」

「何?」

「どうせ「私が代わりにー」とか言うつもりだったんでしょ。 却、下!」

 

 はい知ってた、どうせそんなこと言うんだろうと思った。

 ま、いくら母さんでも流石に私より適任ってことはないだろう。

 多分それは母さんより私の方が才能があるから、とかではなく単純に能力の問題なのだ。

 紫曰く、私の『空を飛ぶ程度の能力』は、端的に言ってしまえば世界と感覚を共有する力だという。

 つまりは、得体の知れないものを感じ取って自分と一体化する力、特に神降ろし的な力に関しては、私の右に出る者はそもそも先天的に存在しないはずなのだ。

 

「でも、私は…」

「何?」

「そうでもしないと、私には霊夢を助けてやれない。 私なんかにはもう霊夢の親である資格が…」

 

 まぁた、何言っちゃってんのよこの人は。

 もしかして未だにさっきのことを思い悩んでるの? もう終わった話でしょそれは。

 まったく、こんなに母さんが石頭だとは思わなかったわ、本当にどうしたもんかしらね。

 と、思い悩んでいたら、閻魔様がいつの間にか私の隣に立っていた。

 

「……確かに、貴方は潔白な存在ではない。 限りなく黒に近い何かです。 本来はそうやって、深い苦悩の中で生を全うするのが正しい在り方なのでしょう」

「ちょっ!? なんてことを…」

「ですが、貴方は人の親としては限りなく白に近い人間です」

「え?」

「我が子を想うあまりの過ちも、悔いる心があるのなら償えない罪ではありません。 貴方はこの子のためなら、三途の川さえも躊躇いなく越えられるほどに深く愛している。 この子もまた、貴方のためなら恐怖を押し殺してなお私に立ち向かえるほどに深く愛している。 人の親であり子であるために、それ以上の条件が必要ですか?」

 

 愛している、とか直球に言われると何か凄く恥ずかしい。

 でも、それは間違いではないのだ。

 

「……ほら、貴方からも何か言ってあげなさい」

「え?」

 

 そして、ここでまさかの閻魔様からのご指名。

 ……何この公開処刑。

 この状況で、私が話すの?

 愛してるとかそういうこっ恥ずかしい話をされた後で、私もそういうこと言うの?

 

「……母さん」

 

 まぁでも、この際だから言ってしまおう。

 私の本音を、今までずっと言えなかったことを。

 勢いに任せた言動は私らしくないけど、今しかないのだ。

 今の母さんに声を届けるには、私の、心からの言葉をぶつけるしかないのだ。

 

「私ね、母さんのこと大好きだよ」

 

 ……言った。

 言っ、ゃあああ、何かああああ恥ずかしいいいいいいいっ!?

 多分今の私の顔とか真っ赤だと思うし耳とかまで血走って頭から湯気とか出てきて何か体中からよくわからない汗とか吹き出てきた気がするよし死のう。

 でも、ここで終わるつもりなんてない。

 こんな中途半端に終わるくらいなら、最初から何もしない。

 何かもう、どうにでもなれってくらいに突っ走ってやる。

 

「家族、だもん。 私がずっと憧れてた……大切な家族だからさ。 もう絶対、離れたくなんてないよ」

「……」

「でも、それは母さんだけじゃない。 紫や藍や橙も同じなんだ」

 

 母さんが、ハッとしたように顔を上げる。

 

「母さんがいて、橙が妹で、藍がお姉さんで、紫は……まぁ、父親ってよりむしろ、母さんが2人に増えたみたいな変な感じなんだけどさ。 でも、そうやって家族と一緒に頑張れるのなら、私は何も辛くないよ。 たとえこの邪神の力っていうのが怖くても、私は全然平気だよ」

 

 後で多分、私は今の自分の言葉を思い出して「誰だこいつ」とか思いながら恥ずかしくて転げまわるのだろう。

 それでも、今は。

 今だけは、本気で母さんと向き合いたかった。

 

「私には、母さんたちが傍にいてくれるだけで十分なの。 だからさ……もう他人じゃないんだから、そんな肩肘張らなくてもいいでしょ」

「……そう、なのか」

「そうよ。 だから……紫!」

「な、なに?」

「2人で仲直りして、今回のことは綺麗さっぱり終わり。 それで、いいでしょ?」

 

 私は紫の手を引っ張ってきて私と重ね合わせた。

 橙もこっちに走ってきて、輪になってそこに手を重ね合わせる。

 藍は今はいないけど、大丈夫。 

 きっと、皆でもう一度やり直せるから。

 

「さあ、お互いにごめんなさいで終わり! ね!」

「……でも」

「口答え禁止! これからは私が博麗の巫女なのよ、我が家の決定権は私にあるわ!」

「……ぷっ」

「霊夢が、博麗の巫女……ブフォッ」

「そこ、笑うな!」

 

 橙が、それを想像したのか笑っていた。

 想像できないそれを思い浮かべたのか、紫も露骨に吹き出す。

 そして、もう一人。

 

「そういえば、そういう話だったか。 ……それなら、仕方ないのかな」

 

 言い訳のようにそう言って、母さんも手を重ね合わせて少しだけ微笑んだ。

 母さんが、やっと笑ってくれた。

 だから、今なら自信を持って言える。

 きっとこの選択は間違いなんかじゃなかったんだと。

 

「ごめんな。 紫、橙。 いろいろひどいことしちゃって」

「ううん、私は平気!」

「いいのよ、私もごめんなさいね。 こんなことをすれば貴方が怒るってわかってたはずなのに」

 

 いつものような馬鹿騒ぎをするような雰囲気ではなかったけど。

 それでも、きっとまたいつか、今までみたいに戻れるから。

 だから、これで一件落着……としたいところだけど、せっかくなのでここで聞いてしまいたい。

 今まで通りではなく、一つだけ新しい風を吹かせたい。

 

「ダメよ紫。 それじゃ、ちゃんと心が伝わらないわ」

「え、わ、私!? どうして?」

「謝る時はね。 ちゃんと、相手の名前を呼ぶのよ」

 

 それを聞いて、少しだけ空気が変わる。

 紫が母さんの顔色を窺うような、母さんは少し迷ったような。

 

「それは……」

「私に教えてくれるって言ったでしょ? 家族だからって」

「……ああ」

「だったら、紫も藍も橙も同じでしょ。 これからは……いや、今までもこれからも、ずっと家族なんだから!」

 

 母さんが、少し私から目を逸らす。

 それと同時に、紫が気まずそうに私から目を逸らす。

 そして、紫と母さんの目が合った。

 どちらから、とでもなく自然と2人は笑みを漏らす。

 相変わらず息はピッタリだなぁこの2人と思いつつ、母さんはやがて笑って、

 

「……ああ、そうだな。 そうしよう」

「いいの? 貴方は…」

「いいったらいいんだよ。 私だって、いつまでも過去に囚われてる訳にはいかないだろ?」

 

 そして、母さんは息を吸う。

 今までずっと聞きたくて、それでも聞けなかった母さんのこと。

 私は緊張の面持ちでそれに耳を傾けて……

 

「私の名前は…」

 

「はっはっは。 どうやら一本とられてしまったみたいだな、妹紅よ!」

 

「へ?」

 

 その声は、突然降ってきた。

 「もこう」とかいう言葉が聞こえてきて、多分それが母さんの名前なんだろうと何となくわかったけど、そんな重要な情報以上にその声に気をとられてしまった。

 セリフから考えて先生かな? とか思ったけど、そうじゃない。

 間違いない、この声は……藍のものだ。

 「とうっ!!」って感じで神社の上から勢いよく回転しながら跳んできた藍が、華麗に着地して顔を上げると、

 

「だが、心を開いてくれたみたいで嬉しいぞ! これからは私も…」

 

「だ、大丈夫ですか藍様!?」

「藍、熱でもあるの!?」

「おい、しっかりしろ、藍!!」

 

「……あれ?」

 

 藍の声を遮って、橙と紫と母さんが一瞬で藍を取り囲むように叫んでいた。

 心から、藍の体調を心配するような表情と声で。

 藍が少し固まった後に私の方を見てきたんだけど……こっち見んなとばかりに無視する。

 まぁ、私だけは藍がこうなった原因に少しだけ心当たりがあったので、露骨に目を逸らさざるを得なかったのだ。

 多分、アレよね。

 昨日私に「お前が言うな」って言われたのを、今の今まで思い悩んでいたんだよね。

 感情の表現が下手すぎると言われたようなものなので、真面目な藍は今日この時まで、ずっと一人でどうすべきか考えていたのだろう。

 ……その結果が、これか。

 多分、これが「嬉しさ」を力いっぱい表現しようとした藍の末路なのだ。

 正直言うと、私は藍に初めて「アホか」って言いたくなった。

 

「藍様お願い、目を覚まして!」

「いや、私は…」

「私、主として失格よね。 藍がこんなになるまで無理をさせて…」

「そうではなく…」

「本当にごめんな。 藍が、ここまで思い詰めていたなんて知らなくて…」

 

 藍の奇行は、きっと藍が悪い病気なのか、もしくは心を壊すほどに思い悩んだ結果なのだろうと、完全にそういう雰囲気だった。

 そりゃそうよね。 母さんや紫とかならともかく、あの藍がいきなり先生みたいな暑苦しい喋り方をし始めたら、本気で心配するわ。

 そんなこともわからないとか、実は藍って一周回って馬鹿なんじゃないかしらね。

 流石の藍も困って泣きそうな目でチラチラこっちを見てたけど、助け船を出す気にもなれない。

 まぁ、藍にもいい社会勉強になったのではないでしょうか。

 

「……コホン。 とまぁ、場を和ませるジョークはこの辺にするとして」

 

 藍が、咳払いして3人を引き離す。

 いつもみたいな冷静な声で振る舞ってるけど、若干涙目になっているところを見るとジョークではなかったことは誰の目からも一目瞭然だった。

 まぁ、でもそれを指摘するような野暮な真似をするような奴は……

 

「嘘よ! 藍がそんなジョークを言う訳ないじゃない!」

「可哀そうな藍。 こんなにも、変わり果ててしまって…」

「ああ神よ。 どうして、藍が一体何をしたと言うのですか!?」

「藍さまぁぁ……嫌だよどうしてぇぇぇぇ……」

「……」

 

 ……うん、私を含めてそういう奴しかいないわね、この家族。

 ノリで便乗、ってよりむしろ真っ先に扇動しちゃったけど、私は悪くないわよね。

 何か間違った方向に突っ走った藍なんてのは、ウチじゃ格好の玩具にしかならないわよ。

 橙が何かマジ泣きっぽいのはアレだけど、少なくとも紫と母さんの表情はもういつも通りのそれだった。

 涙が出るほどに笑っていた。 お互いに顔を合わせて、今までのことが嘘のように。

 多分、藍は犠牲になったのだ。

 自ら道化を演じてまで、こんなにも早く母さんの笑顔を取り戻してくれたのだ。

 という風に、藍の名誉のためにも好意的に捉えておくことにしよう。

 

「行きましょうか、小町」

「いいんですかい? まだやるべきことが終わってないんじゃ」

「あの子たちなら、もう大丈夫でしょう。 間違わずに……いえ、たとえ間違ったとしても、これからゆっくりと前に進めるでしょう」

「はいはい。 で、本音は?」

「……私には少し、眩しすぎますからね」

「ははっ、そうですねぇ。 あたいもちょっと胸やけしそうです」

 

 小町が、閻魔様の言葉をカラカラと笑い飛ばしていた。

 去り際に、閻魔様が笑顔だった。

 って待って、流石にこのまま帰らせる訳にはいかないわよ、まだ何もお礼を言ってないんだから!

 だから、私は思いっきり手を振ろうとして、

 

「……せ」

「え?」

「いっそ、殺せ。 いっそのこと、ふふ、ふふふふふふ…」

「……藍様?」

 

 その、寒気がするような声に遮られた。

 藍の目からハイライトが消えていた。

 ……ヤバい、流石に調子に乗りすぎたかも。

 多分、藍にはこういう冗談が自分に向けられた経験なんてないだろうし、ましてや受け流せるような耐性はないと思う。

 ってか絶対ない。

 そして、私の嫌な予感は的中し、まるで噴火したかのように、

 

「ふふふはははああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「いやああああああああ、藍様が怒ったああああああ!!」

「あははははははは」

 

 藍が遂に、頭を抱えてギャグ漫画みたいに発狂した。

 それを見た紫がどうしようもないくらい大爆笑してて、橙がこの世の終わりみたいな声で叫んでた。

 ちょっと眩暈がしたような気がして、私が溜め息をついてから視線を上げると、閻魔様と小町は既にいなかった。

 ……まぁ、でももう正直何でもいいや。

 いつも通りの、にぎやかな日常。

 こんな景色が戻ってきてほしくて、今日の私は本当に頑張ったんだから。

 

「……母さん」

「あはははは……ん? どうした、霊夢?」

「おかえり、母さん」

 

 母さんは、少しだけ呆気にとられたような顔をして、それでも笑ってくれた。

 母さんも藍の変貌を見て笑ってたんだけど、それとは違う。

 ただ、いつものように微笑みながら、

 

「ああ。 ただいま、霊夢」

 

 いつぶりかわからないくらい、本当に久しぶりに私の頭を撫でて、母さんはそう言ってくれた。

 

 きっとこれからも、色々と大変なこともあると思う。

 閻魔様から聞かされた話だと、ぶっちゃけ私がこの世界の命運を担っていると言っても過言ではないのだ。

 だから、これからのことも、ゆっくりとでも考えていかなきゃね。

 それでも今だけは、こんな束の間の平和を堪能したい。

 だって、こんなに嬉しい気持ちは、初めてだから。

 皆、こんなにも楽しそうなんだから。

 

「ああ、それはそうとね。 れ・い・む・ちゃん?」

「へ?」

「何か忘れてること……ってよりも、言い残したことはないかしら?」

 

 紫も、いい笑顔だ。

 とても、清々しいほどにいい笑顔だ。

 それこそ、私のトラウマを呼び起こしそうなほどに……

 

「大丈夫よー、ゆかりおばあちゃんは心が広いから最後に何でも聞いてあげるわ―。 聞くだけだけど」

 

 紫が指をボキボキ鳴らしながら、背景に「ゴゴゴゴゴゴ…」って感じの音が出ていそうな雰囲気をしている。

 ……うん、正直これに関してだけは忘れていてほしかった。

 私が無縁塚で「ゆかりおばあちゃん」って叫んだこと。

 それを小町に聞かれて、爆笑されたこと。

 やっぱり、聞こえてたのね。

 どうしよう、今の体調じゃ流石に紫から逃げ切ることなんてとても……

 

「母さん。 助け…」

「強く生きるんだぞ、霊夢」

 

 母さんは、今日一番の笑顔でにっこりと親指を立てた。

 光の速度で母さんに見捨てられた私。

 藍と橙もそれどころじゃない様子。

 くそっ、この薄情者どもめ。

 

「……あー、えーっとね、紫?」

「何かしら? そんなのが辞世の句でいいの?」

 

 どうしよう。

 一瞬で天国から地獄に落とされた気分だ。

 なんで、今になって今日一番のピンチに陥ってんのよ。

 でも、ぶっちゃけ何とかなりそうな気がしなくもない。

 私だって、母さんに勝てるくらい強くなったんだから。

 今の私は今までとは一味違うのよ、きっと紫にだって…!!

 

「い、言いたいことがあるのなら勝負よ紫! 私が勝ったら…」

「百年早いわこの糞ガキがああああっ!!」

「いやあああああっ!?」

 

 そして、目の前を埋め尽くすのは、これで一件落着という、痛々しくも懐かしい終わりと始まりの合図。

 般若の面をつけた紫にいつも通りボコボコにされるという、ウチならではの「お約束」ってやつだった。

 正直なところ、こんな時が今日一番「ああ、やっと戻ってきたんだな」って実感した気がするかな。

 その後の記憶は曖昧であんまり覚えていないんだけどね。

 

 もう、本当にいろいろと大変だったけど、とりあえず最後に今回の出来事を振り返ってみて、その顛末を一言で綴ろうと思う。

 

 

 ――博麗神社は、今日も平和である。

 

 

 

 






第一部、完。


 お疲れ様でした、ここまで読んでくださりありがとうございます!

 日常録とか言いながら最近は全然日常してなかった霊夢たちですが、この後からやっと日常編に突入します。
 しばらくシリアス展開は控えめで、今回の後日談とか日常編とかを気が済むまでやった後に、徐々に原作に繋げていこうかとは思ってます。
 話のテンポも少しのんびりした感じになってくかとは思うので、これからもよろしくお願いします!




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第4章:スペルカードルール
第25話 : 新しい明日へ


 

 

 

 

 全身が痛む中、朝日と共に目を覚ましたことは覚えてる。

 随分早く寝た気がするのに、特に変わらないいつも通りの起床時間。

 私の枕元には、久々に張り切ってうさぎ型に剥いたりんごを皿に山盛りにしてくれている母さんがいて。

 襖から顔を出すか出さないかの位置で、未だにブツブツと何か呟いてる藍がいて。

 そんな藍にひたすら謝り続けてる橙がいて。

 そして、私をこんな重症の身にしておきながら、何食わぬ顔で私のりんごを食べている紫がいた。

 

「おはよう霊夢。 よく寝たな」

「まったく、随分と寝坊助さんね」

 

 誰のせいだ誰の。

 でも、いろいろ言いたいこともあったはずなのに、怒る気にはならなかった。

 なんだかんだで、私はこんな何でもない時間を愛おしく思ってたのだ。

 

「起きていきなりだけど、りんご食べるか霊夢?」

「……食べる」

「はい霊夢、あーん」

「はぐっ。 うーん、おいひい」

「……」

 

 母さんが私の口元に持ってきたりんごを、直前で隙間を使ってまた横取りする紫。

 そして、りんごを横取りされて口が寂しくなった私のリアクションを、期待の眼差しで見ている母さんと紫。

 ツッコまない、私はツッコまない。

 お前ら仲直りすんの早過ぎとか、絶対にツッコまない。

 

「ほ、ほら藍様! 霊夢が起きたよ、ほらっ!!」

「……初めまして、私が八雲藍だ」

「藍様ああああああっ!?」

 

 そして、橙が藍に縋り付いたまま膝から崩れ落ちる。

 こっちはこっちで引きずりすぎだ。

 藍は、未だにあの時のことをなかったことにしようとするくらいに現実逃避してるらしい。

 黒歴史の一つや二つくらいあっても別にいいんじゃないかとは思うんだけどね。

 ってかそんなんでいちいち落ち込んでたら紫とかどうなるのよっていう。

 見なさいよ、私がまだ一つも食べてないのにちょっと目を離した隙にあと一個しか残ってないのよ、私のりんごが!!

 太ればいいのに。

 

「ふぅ、食べた食べた。 あ、それより霊夢、早く準備してね」

「へ? ……準備って、何の?」

「決まってるでしょ」

 

 決まってるって、突然何よ。

 私のいないところで、一体何が進んでいたというのだ。

 すると、母さんと紫は顔を見合わせてニヤリとして、

 

 

「博麗の巫女の就任式よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢と巫女の日常録

 

第25話 : 新しい明日へ

 

 

 

 

 

 

 私は、寺子屋の校庭に造られた仮説ステージみたいなのの裏に立っていた。

 それも正式な巫女装束とでもいうものを着て。

 ……いや、いきなりすぎるでしょ。

 常識で考えてよ常識で。

 私が博麗の巫女を継ぐことになった……まぁ、これは私が言い出したことだし、百歩譲っていいとしよう。

 だけど、それを言った日の内にボコボコにされて寝込んで、身体の節々が痛い中起きてみれば、もう就任式だと。

 どうしてこうなった。

 

「……あー。 けっこう集まってるのね」

 

 昨日に突然開催することになった式典にもかかわらず、1000人近いレベルで人が集まってるっぽい。

 何でも、新しい博麗の巫女が決まったからこの時間にここで大々的に就任式をすると、昨日の内に紫が人間の里に触れ回ったのだという。

 隙間の能力を使って、人里中に紙吹雪的なものと横断幕をばら撒いて知らせたのだという。

 なんと傍迷惑な。 若干殺気立ってる人たちは、多分その後始末に苦労させられた人たちなのだろう。

 なんで始める前から敵つくってんのよあいつは。

 まぁ、母さんはそういうの伝えられる友達とか先生くらいしかいなそうだし、他に人を集める方法もなかったんだと思うけど。

 ……実際のところ、私が今日起きてこなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 

「そろそろね。 準備はいい、霊夢?」

「いや準備も何も何で私が今ここにいるのかすらもわからないし全身が痛いから帰って寝たいんだけど」

「大丈夫そうね、始めて!」

 

 話聞けよ。

 やっぱり、「ゆかりおばあちゃん」の嫌がらせはまだ続いてるんだろうか。

 そして私の祈りも空しく、母さんが一人ステージ上に立つ。

 その手に持っているのは、河童の発明品の「拡声器」とかいうメガホンみたいな道具だ。

 

「あー。 うん、その、何だ、えっと、今日はお日柄もよく……」

 

 ……いやいやいや、私ってよりも母さんの準備がダメじゃない!!

 耳障りなほど大きく響く機械音で、ただ意味のない言葉だけが並べられ続けている。

 わかってはいたけど、母さんの演説はへたくそだ。

 大勢の前で話すこと自体に慣れていないのか、次の言葉が続かない。

 まぁ、私も人のこと言えるほど話はできないんだけどさ。

 

「今まで長いこと博麗の巫女をやってきた私……ですが、」

「声が出てないぞ妹紅! もっと腹から声を出せ、腹からっ!!」

「う、うるさいな慧音っ、ちょっと黙っててっ」

 

 拡声器の声を掻き消すほどに大きく響き渡ったのは、先生の声。

 私が博麗の巫女を継ぐという話を聞いた時、先生はまだ私には早いとか、危険な役職だとか、最初は断固として反対していたらしいけど、何だかんだで最後には祝福してくれたらしい。

 諦めんなよ、どうしてそこで諦めるんだそこで!

 まぁ、それでも紫が迷惑をかけたにもかかわらず今ここに多くの人が穏やかに集まってくれているのは、ほとんどが先生の人望によるものなので、文句は言えない。

 先生の元気な声を聞いて、自然と辺りから笑い声が漏れる。

 ほとんどは苦笑だろうけど、沈黙よりはだいぶマシだろう。

 今だけは、先生の暑苦しさが少しだけプラスに働いたようだ。

 妹紅と名前で呼んでいいと言われたことが、少なからず先生のテンションをアップさせているのだろうか。

 やがて母さんは一つ咳払いして、静かに、真面目な声で語り始めた。

 

「えー、この度は異例のことではありますが、私が死ぬ前に新しい巫女に代替わりすることとなりましたので、本日はそれをお知らせしようと思って集まってもらいました。 とは言っても、今いちピンと来ない人も多いかなーとは思います。 多分今の人間の里じゃ私のことを……今の博麗の巫女のことをほとんど知らない人もいるんじゃないかなーと」

 

 自虐ともとれる発言に、人ごみが少しざわつく。

 

「私は、進んで人間と関わろうとしませんでしたから。 はは、そこにいる慧音くらいですね。 私がまともに関わってきたのなんて。 でも、それは私が望んでそうしただけです。 誰かに認めてもらわなくても自分一人でこんな役目くらい果たせるって。 ただ妖怪退治をすれば、それだけでいいんだと私が勝手に思ってきただけなんです」

 

 辺りは微妙な空気に閉ざされる。

 人間の里の、いや、幻想郷の中心人物であるべき博麗の巫女からのそんな独白は、それにどう反応していいのかもわからなかった。

 

「でも、これからの博麗の巫女というものは、今までとは違う形にしてほしいんです。 ただの妖怪退治の専門家としてじゃなくて、もっと何というか、こう…」

「長あああああああああいっ!!」

「そして暗ああああああいっ!!」

 

 そこに、鳩尾に向けた突然のロケット頭突き!

 追い打ちをかけるように、背中への後ろ回し飛び蹴り!

 犬猿の仲だったはずの先生と紫は、見事なコンビネーションで母さんの腹を前後から打ち抜いていた。

 

「なんでこんな時だけ真面目なんだお前は! 聞いてるこっちがむず痒くてしょうがないぞ!!」

「そうよそうよ、もっと空気読みなさいよ! 何か微妙な空気よこれ、ここは霊夢のために会場を温めておくところでしょ!?」

 

 紫たちの力説もむなしく、母さんは「ぐふっ」って感じのうめき声とともに目を回してのびていた。

 ってか会場を温めておくとか、紫は私のトークショーでも始めるつもりだったのだろうか。

 でもまぁ、この微妙な空気を打ち破ってくれた2人には少し感謝した方がいいかもしれないかな。

 

「もういい、私が代わる! 霊夢っ、出てこい霊夢っ!!」

 

 ……前言撤回。 先生、余計なことしないで。

 そんないきなり言われても何も準備なんてできてないわよ、私。

 時間を稼ぐよう、私は舞台裏から紫に両手で空間を引き伸ばすようなジェスチャーを送る。

 

 ――も・う・す・こ・し・の・ば・し・て。

 

 ――ま・か・せ・な・さ・い・!

 

 よし、伝わっ……

 ……そして、足元の隙間に飲み込まれて舞台上に直通で到着する私。

 

 ないわー。

 流石にこれはないわー。

 イタズラにしても、限度があるわー。

 

「……紫」

「もう。 ワープして華麗に登場したいなんて、霊夢もまだまだお子様ね」

 

 ああ、そう受け取ったのね……って、んな訳ないでしょ! とか言いたかったけど、紫がわざとやってることなんて言わずもがな。

 どうしろってのよこの微妙な雰囲気、私がこういうの得意とでも思ってるの?

 せめてもっと、話しやすい空気を作ってから…

 

「でも、無理して派手な登場なんてしなくても、勝手に会場は温めてくれるだろうから多分大丈夫よ」

「え?」

 

 すると、突然空に無数の弾幕が咲き乱れる。

 花火のように弾けていく魔弾の中を、一筋の流れ星が弧を描いていく。

 誰もがその光景に目を奪われていた。

 その中心にいるのは……間違いない、あれは魔理沙だ。

 よかった、あれ以来会えてなかったから本当はちょっと心配だったのよね。

 

「いくぞ皆、せーのっ!!」

 

 そして、箒に乗って空を舞う魔理沙が派手な破裂音と共に紙吹雪をまき散らすと同時に、寺子屋の屋上に待機してた子供たちがその手に持った大きな紙を一斉に広げた。

 いくつもの垂れ幕が、同時に校舎に現れる。

 

「……あー。 あんにゃろ、粋なマネを」

 

 そこに書いてあったのは、あまりにまっすぐな言葉。

 ただ、「がんばれ れいむちゃん!」とだけ、一つ一つの垂れ幕に一文字ずつ、違う筆跡でデコレーションされて書いてあった。

 

「おーい、霊夢! 緊張してんなよっー!!」

「れいむちゃーん!」

「がんばれ、れいむちゃーん!!」

 

 一人一人が楽しそうな笑みを浮かべて、こっちに手を振っている。

 活気のないクラスだったけど、やっぱり魔理沙がいるだけでこうも違うのか。

 ……ああ、何かこういう微笑ましい光景見てたら、少し元気出てきたわ。

 こうなってみると、「あれは誰々の文字だ!」とか言えるほど深くクラスメイトと関わってこなかったのが悔やまれるわね。

 今までは面倒でクラスの子の顔も名前も覚えてこなかったけど、これからは少しくらいは誰とでも話してみるようにしていこうかな。

 

「……あー。 えっと、ご紹介に与りました、新しい博麗の巫女に任命された博麗霊夢です」

 

 そして、私は今になって初めて、人間の里の人たちと正面から向き合った。

 

 

 



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第26話 : 弾幕ごっこの始まり



 すみません、だいぶ投稿が遅くなりました。
 何か調子に乗ってこの章が終わる分まで書き溜めてしまったので、割とペースは上げて投稿していけると思います。
 この話を最後に、しばらくの間シリアスパートから離れます。




 

 

 

 私の自己紹介とともに、ヒューヒューって感じの声が響いた。

 どうやら魔理沙が子供たちを先導してやってるみたい。 おっさんかあいつは。

 でも、少し冷静に周りを見回す余裕ができたおかげで、わかったことがある。

 微笑ましい感じで私を見守ってる人もいることはいるみたいだけど、真剣に、そして少し不安そうな目で私を見てる人が多そうだということだ。

 まぁ、まだ10歳くらいの子供が幻想郷を代表する博麗の巫女になるなんて言われたら、誰だって不安になるだろうからね。

 こんな子供が妖怪と戦えるのかと、これを機に妖怪が攻め入ってくるのではないかと不安になっているのかもしれない。

 正直言うと、私だってまだ実感が湧かない。

 確かにその辺の妖怪が相手ならほとんどは何とかなるけど、大妖怪が相手じゃ今の私ではまだとても太刀打ちできないことは風見幽香の一件で証明済みだ。

 

 だけど、博麗の巫女としてまだ未熟な私だからこそ、できることもあると思う。

 妖怪を退治するのが博麗の巫女だとか、博麗大結界を維持するのが博麗の巫女だとか。

 そんな、今まで通りの古いしがらみに囚われる必要なんて、ないのだ。

 だから、用意ができていないと言いつつも、何だかんだで最初から私のしたいことは決まっていた。

 

「馬鹿な友人のおかげで何とか話せてますが、私は母さんと……先代の巫女と同じであまりこういうのが得意ではありません。 なので、会場を白けさせる二の舞を踏まないよう、今の私たちの簡単な紹介だけしたいと思います」

 

 私はとりあえず、舞台裏に隠れていた橙と藍を手招きして舞台上に呼び出す。

 流石に、ざわついていた。

 紫はまだ完全な人型だからよかったけど、橙と……特に藍の尻尾はあまりに目立ちすぎるからね。

 

「えっと、いろいろ言いたいこともあるとは思いますが、これが今の博麗神社の……ウチの家族です」

 

 顔が引きつっている人もいた。

 そりゃそうだろう。 九尾なんてのは、人間からしたら恐怖の象徴だ。

 藍がその気になれば、ここに集まってるたかだか千人足らずの人間なんて、ものの数分もあれば全滅させられるのだ。

 でも、私はその藍の頭を、わかりやすく力ずくで下げる。

 

「怖いのも無理はないと思います、私も最初はむっちゃ怖かったので。 ってよりも隣にいる紫なんて今でも暴力の権化みたいな奴で、私のこのケガもこいつにつけられたものです」

 

 紫の笑顔が怖い。

 後で屋上来い、みたいな雰囲気がプンプン出てるけど、今は無視する。

 

「それでも、皆さんが思ってるような、人間を襲う恐ろしい妖怪なんかじゃないんです。 負けず嫌いで元気な、化け猫の橙。 ぶっきらぼうでも実は優しい、九尾の藍。 傍若無人で、だけど本当はこの幻想郷のことを誰よりも深く想ってる、妖怪の賢者と呼ばれた紫。 そして、いろいろ不器用な先代巫女である私の母さんと、私。 この5人が、まぁ、仲良く暮らしてる。 それが今の博麗神社です」

 

 今までの歴史では、それは博麗神社の在り方としては間違っている。

 そもそも、博麗の巫女は妖怪退治を専門とする、幻想郷の守護者なのだ。

 それが妖怪と仲良く暮らしているだなんて、博麗神社の存在意義を疑われても仕方がない。

 だけど、それでも……

 

「私はまだ先代の巫女みたいに一人で大妖怪を退治できるほど、一人で何でもできるほど強くはありません。 でも、そんな私だからこそ、妖怪とでも、種族を超えて誰とでも共存していける新しい幻想郷の形も見つけていけると思うんです」

 

 妖怪と人間の共存。

 妖怪は人間を脅かし、人間は妖怪を恐れることで、互いの存在意義を確固たるものにしていく。

 そして、過度に脅威を振りかざす妖怪を排除するためのシステムとしての存在が、今までの博麗の巫女のあり方なのだ。

 だけど、正直言うと私はそんなのは嫌だ。

 私のただのわがままなのかもしれないけど、私は博麗の巫女になってからもしがらみに囚われることなく、母さんや紫たちと会ってからの繋がりというものを大事にしていきたい。

 母さんと普通の親子みたいに人間の里を歩きたいし、私の妹ですとか言って橙を友達に紹介したいし、甘味屋で藍と団子でも食べながらのんびり過ごしたいし、いつか来る日の私の寺子屋の卒業式とかだって隙間からじゃなくて母さんの隣で堂々と紫に見てほしい。

 悪い妖怪を退治するためじゃなくて、人間と妖怪とがもっとうまく共存できる架け橋になれるような博麗の巫女になりたいのだ。

 

「人間を食べようとする恐ろしい妖怪が今でも多数いることは否定しませんから、皆さんに私の考えを押し付けるつもりはありません。 もし悪いことをしようとする妖怪がいたら、私が今まで通り博麗の巫女としてきっちり退治していきます。 でも、中にはうまく共存していける妖怪もいると思うんです。 なので、これからは皆さんもただ怖がるだけじゃなくて、もっと何というか、こう…」

「長ああああああああいっ!!」

「お前もかああああああっ!!」

「ぶっ!?」

 

 と、言いかけたところで意識が遠のいた。

 何か結構真面目な話してたはずなのに、多分紫の蹴りと先生の頭突きに挟み撃ちにされたんだと思う。

 母さんの時と比べて手加減はしてくれてると思うんだけど、流石に死ぬかと思った。

 

「……って、何すんのよ!?」

「いや、どうしてお前たちはそんなとこだけ似るんだそんなとこだけ!!」

「そうよそうよ! せっかく魔理沙たちが盛り上げくれたのに台無しじゃない!」

 

 かなり頭がボーっとしてるけど、それでも私は少し苛ついていた。

 何なのよさっきから、盛り上げる盛り上げるって。

 今はそういう話じゃないでしょ、私はもっと真面目な話をして……

 

「ああもう、だいぶ会場ポカーンとなってるじゃない。 せっかくの『スペルカードルール』のお披露目会だってのに」

「へ?」

 

 ……スペルカードルール?

 何か知らない単語がいきなり出てきたんだけど。

 それにお披露目会って何? 私の博麗の巫女就任式とかじゃないの?

 

「何それ、私そんなの聞いてないけど」

「だって言ってないもの、霊夢には」

「……流石にぶっとばすわよ」

「ま、まぁ見ればわかるわ」

 

 私に睨まれて、流石の紫も少し焦っていた。

 そして私の手から拡声器を奪うと、そのまま集まった人たち向けて手を振りながら、言った。

 

「はい、じゃあ皆さーん。 という訳で堅苦しい博麗の巫女の就任式はこれにて閉幕、そして今から見せるのがこれからの新しい幻想郷の人間と妖怪の決闘の形、『スペルカードルール』でーす」

 

 紫がアイコンタクトを送ると、いつの間にか目を覚ましていた母さんが上空に飛び上がった。

 それを聞いた会場の人たちは、私以上に訳が分からないと言わんばかりの,そして不安が隠せないような顔をしている。

 新しい決闘の形と、紫は言った。

 今まで人間の里では妖怪に人間が立ち向かうこと自体が無謀とされてきたので、多くの人は戦うことを考えたことすらないはず。

 そんなことを簡単に言われてもいまいちピンとこないだろう。

 

「ルールは至ってシンプル。 今までみたいにただ力の「強い」妖怪が勝つのではなく、ただ「美しい」方が勝つ勝負。 ……ま、とりあえず見ればわかると思うので、実際に私と妹紅で勝負してみましょう。 もこーう、準備いいー?」

 

 上から「どんとこーい」という声が響くとともに、紫は母さんと同じく上空に飛び上がる。

 そして、紫は懐から一枚のカードを取り出して、それを虚空に投げつけるとともに宣言した。

 

「いくわよ。 スペルカード宣言、境符『四重結界』!」

 

 同時に、空に浮かんだ母さんを取り囲むように幾重にも結界が重なり合った。

 そこから、無数の光の弾が放たれていく。

 その光景は……言葉にできないくらい、綺麗だった。

 今までの妖怪との戦いなんてものは、思わず目を背けてたくなってしまうような凄惨なものだったはずなのに。

 今までずっと、そう思い続けてきたはずなのに。

 なのに、色とりどりに弾けていく弾幕の花火に、皆いつの間にか目を奪われていた。

 その結界の中を華麗に空を飛び回って避けていく母さんの姿は、人々の視線を釘づけにしていく。

 でも、そんな中で私だけはその光景にどこか見覚えがあった。

 っていうか間違いない、これは……

 

「……これ、私と母さんがやってる『いつもの』ヤツじゃない」

「うん。 それを改良して、完全なごっこ遊びにしたものが、スペルカードルールだね」

 

 勝負してる紫と母さんの代わりに、橙が答えてくれた。

 何それ知らない。

 紫も母さんも、そして橙も知ってるということは、きっと藍も知ってるのだろう。

 いつの間にそんなことを考えてたんだこいつらは。

 そんな風に思ってたら先生が私に、

 

「これはな。 人間と妖怪が仲良くケンカできるための、幻想郷の新しいルールらしいな」

「え?」

「ま、こんなに早いとは思ってなかったみたいだが、いつか霊夢が成長して博麗の巫女になる日が来るだろうと、けっこう前から準備はされてたみたいでな。 妹紅は言わずもがな、紫も紫で霊夢のことをちゃんと考えてたみたいだぞ」

 

 ……何よ、それ。

 妖怪と人間が、仲良くケンカできるように。

 つまりは多分、私が博麗の巫女になっても、妖怪と仲良くケンカできるように。

 母さんとの喧嘩のためだけだった我が家のルールが、こんなに広く伝えられようとしているってこと?

 私がやり慣れたルールで、安心して妖怪たちに立ち向かえるように。

 私の知らない間に、私なんかのために、ずっと……

 そう思ったらもう、胸がいっぱいで他に何も考えられなかった。

 

「……そっか」

 

 そこにもう、言葉は必要なかった。

 その弾幕を放つ紫と、それを避ける母さんは確かに笑っていた。

 妖怪である紫の放つ綺麗な弾幕と、それをあまりに美しく避けていく人間の母さんの姿からは、粗暴な争いの空気は感じられない。

 それは細かいルールなんてわからなくても、ただただ見る者を魅了していた。

 誰もが紫と母さんの織り成す「遊び」に見入り、やがて来るその勝負の終焉とともに息をのむ。

 そして、煙の中から紫の弾幕を全て避けきった母さんがガッツポーズを決めながら地上に降りてくると、自然と拍手が波となって歓声となった。

 最上級の妖怪にたった今人間が勝利した新たなルールは、きっとこれからの幻想郷の在り方を変えていくのだろう、そんな確信が持てた。

 

「……もう。 本当、敵わないわよね」

「そうだな。 だが、それが親ってもんだ」

「うん」

 

 こんなルールが一体どれだけの妖怪に受け入れてもらえるのか、どれだけ時間がかかるのかも全くわからない。

 今だって、聞こえてきた拍手も歓声もまばらなものだし、歓声に混じって否定的な言葉もちらほらと聞こえてくる。

 実際、こんな遊びで妖怪が止まるものかと、紫の言うことが信じられない人もたくさんいるのだろう。

 ましてや、人間ですら簡単に受け入れられないルールを、これから妖怪たちに、いろんな種族に浸透させていくだなんて、ただの夢物語と一笑されても仕方のないことだとは思う。

 だけど、それでも私は何も心配してはいない。

 こうやって人間も妖怪も対等に喧嘩して、誰もがその後に笑顔で仲直りできる日がいつか来るのだろうと、なぜかそう思える。

 母さんが、紫が、藍が、橙が、こんなにも頑張ってくれたのだから。

 だから、私は私でその気持ちに応えなきゃいけない。

 これからは、私が頑張らなきゃいけない。

 私なんかにこんな最高の始まりをくれた母さんたちに恥じないような、最高の博麗の巫女になってやるんだから!!

 

「ほら。 行って来い、霊夢」

「うん!」

 

 だから、先生に言われて私は走り出す。

 もう恥じらいも照れ隠しもいらない。

 ただ一言、ずっと言いたかった「ありがとう」だけを添えて、私は母さんと紫を笑顔で出迎えた。

 

 

 

 



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第5章:日常の①
第27話 : 霊夢の家族と辻斬りと




 今回の話は魔理沙回です




 

 

 ふぅーっ、最近楽しくてしょうがないぜ。

 何か、毎日がエブリデェイって感じだ。

 私、霧雨魔理沙は最近よく博麗神社にお邪魔して、霊夢の修業に付き合っている。

 アリスにいろいろ魔法の教えを乞うのもためになるけど、常に新鮮さも取り入れてくのが人生を彩るスパイスになるのだ。

 

「くっそー、やっぱ先生は強えーぜ」

「いや、むしろ私はその歳でこのレベルまで来た魔理沙の方が異常だと思うぞ」

 

 今日は博麗神社に先生も来てたので、せっかくなので私は先生と手合せをお願いした。

 霊夢のおふくろさんの妹紅と先生は仲がいいらしく、暇を見つけてはけっこう会いに行ったり来たりするらしい。

 そんな先生と一緒にやってみたのは、霊夢の博麗の巫女就任式で紹介してた『スペルカードルール』ってのの勝負だ。

 魔法を弾幕として美しく撃って当てれば勝ち、相手の弾幕に当たれば敗け。 ただそれだけのルール。

 まぁ、だから基本的には魔法をぶっぱするだけの私にとっては、やることは今までとほとんど変わらないんだけどな。

 

 そして先生が強いの何のって、まだ私じゃ歯が立たずボロ負けだった。

 流石は人里の守護神とか言われてるだけあるよな。

 まぁ、最初からそうではなかったらしいけど。

 何でも、まだ人間の里に馴染んでなかった頃の妹紅をサポートするために、人里で何かある度に真っ先に先生が駆けつけて何でもかんでも一人で解決するもんだから、次第に皆から「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」とか言われるようになったという。

 実際、授業中に突然寺子屋を飛び出して行くことも多かったし、つまりはそういうことなのだろう。

 それ以来、人里に来た悪い妖怪たちを、博麗の巫女である妹紅を差し置いて千切っては投げ、千切っては投げ……とかしてる内に、強くなっちゃったらしい。

 最近まで博麗の巫女の存在感が薄かったことの一因は、先生にあると言っても過言ではない。

 

「スペルカード宣言、鬼神『飛翔毘沙門天』!!」

 

 そして、一息ついて休憩がてら境内に腰を落ち着けてちょっと右を向くと、妖怪が2人勝負していた。

 その片方は、回転しながら周囲に弾幕を散らしていく、霊夢の妹みたいなものだという二尾の化け猫の橙。

 二尾と侮るなかれ、アリスの無茶振りで何度か妖獣と交戦したことのある私だけど、橙の強さはその辺の妖獣とは比較にならない。

 初めて博麗神社で霊夢の修業に付き合った日にボコボコにされたことは一生忘れない。

 ま、それでもいずれ追いつくビジョンは何となく見えてるけどな!

 問題は、もう一人だ。

 

「式神『憑依荼吉尼天』」

 

 ……うわぁ、改めて見ると本当に九尾なんだもんな。

 橙のお手本になるよう、同種の技を加減して使ってるからこそ見てられるけど、その気になったら一人で簡単に人里くらい落とせる最強の妖獣である藍。

 流石の先生も、こんなのが人里に攻め入ってきたら本当になす術もなくやられてしまうだろう。

 私は昔、博麗神社にこっそり忍び込んだこともあってあらかじめ知ってたからよかったけど、人里で藍を初めて見た人たちの青ざめた顔は今でも忘れられない。

 だけど、何でそんなのがいても大丈夫かと言うと、九尾の妖狐すらもここじゃ前座に過ぎないからだ。

 

「『徐福時空』!」

 

 ドーンって感じの音がしたので左を見ると、マジで辺り一面を焼け野原にしてしまいそうな大戦争が起きている。

 いや、結界の中で行われているただの弾幕ごっこだとわかってはいるんだけどさ。

 スペルカードルールって、もっと安全で安心して見ていられるものじゃないのかよって感じだ。

 どこから出してんだってくらいの大量のお札を虚空に放つ、密かに一部からは歴代最強の博麗の巫女という呼び声も高かったらしい妹紅。

 

「ふふっ、スペルカード・ブレイクね。 じゃあ行くわよ、結界――『光と闇の網目』――」

 

 そして、相手の目を眩ますような陽と陰の力を無尽蔵に空間の狭間から放っていく、あの風見幽香と双璧を成す最強の妖怪であり妖怪の賢者と呼ばれた紫。

 いやー、相変わらず凄まじいな。

 なるほど家族が皆こんなだったら霊夢も強くなって当然だ、ずるいぜ。

 

 そして、その霊夢当人はと言えば……

 

「……」

 

 神社の境内にボーっと座ってるんだが……正直、最近霊夢の視線が怖い。

 何が怖いって、誰かが勝負していると、凄く不機嫌そうな顔で物思いにふけってるからだ。

 

「……魔理沙? 霊夢と何かあったのか?」

「ああ、何となく気持ちはわかるけど、私は何もしてないぜ?」

 

 あ、やっぱり先生もそう思うのか。

 私が勝負してる時も、何か最近霊夢がジロジロ見てくるから、気になってしょうがないんだよな。

 しょうがない、ここは魔理沙さんが一肌脱いでやるぜ。

 

「おーい、霊夢。 最近暗いぞー、どうしたんだ」

「……」

「霊夢ー?」

「……あ、ああ、何でもないわ」

 

 いや、何でもないって顔じゃないだろそれは。

 何か悩んでますーって、顔に書いてあるじゃんかよ。

 

「あー、ごめん魔理沙、先生。 しばらく出かけてくるって母さんたちに伝えといて」

「どこ行くんだ?」

「散歩」

「お、なら私も…」

「ごめん。 ちょっとね、一人になりたいの」

 

 そう言って、霊夢はふわふわと飛んで行ってしまった。

 相変わらずの自由人だな、あいつは。

 まぁ、霊夢はきっと今も、私の想像もつかないような深刻な問題をいろいろと検算しているのだろう。

 霊夢はけっこう大人びた部分があるから、そういうのも自分一人で抱えて解決しちゃうタイプなんだろうけど。

 史上最年少の博麗の巫女なんて大役に平然と就ける時点で、あいつはいろいろと別格なのだ。

 

「ふぅ、疲れたわー」

「くっそ、やっぱ思い通りにいかないもんだな。 これで4勝5敗8引き分けと」

「ふっふーん、弾幕戦はこれで私の勝ち越しみたいね」

 

 で、弾幕ごっこを終えて戻ってきた紫と妹紅。

 今日は紫の勝ちだったみたいで、いつも負けた方があの大戦争の後処理をしてるという。

 戦績を聞いた感じ、紫と妹紅のスペルカード戦の実力は割と拮抗してるっぽいな。

 その日その日で結果が変わる、まさにライバルと呼ぶに相応しい相手。

 私も、早く霊夢とそう呼び合えるくらい強くならないとな。

 

「という訳で後片付けよろしくー……ってあれ、霊夢は?」

「タッチの差だったな。 さっき散歩に行くって飛んでっちまったぜ」

「えー。 じゃあ魔理沙、ちょっと私と人里にお買い物に行かない?」

「お買いもの?」

「ええ。 和菓子のおいしい店があるんだけどね、あそこのおばちゃんは子供を連れてくとサービスしてくれるのよ」

 

 なるほど、私は和菓子の引換券扱いって訳か。

 こいつも戦ってる時はヤバいけど、普段は賢者とか呼ぶにはその言葉が勿体無いくらいのおちゃらけ野郎らしいんだよな。

 

「いいぜ、行こうか」

 

 ま、でも最近は人里を散歩する機会も減ってきたし、ちょうどいい機会かな。

 紫と2人で話したことは何だかんだであまりないので、交流を深めるにはもってこいだ。

 霊夢のことも、いろいろ相談してみたいしな。

 

 

 

 

 

 

 和菓子屋のおばあちゃんから買った2つの大福の内、サービスしてもらえた特大サイズの方を当然のように店前のベンチで頬張っている紫。

 「お前にあげたんじゃねーよ」という、おばあちゃんの目が少し怖い。

 でもまぁ、こいつがこんな子供みたいなことをしてるせいで、妖怪の賢者も案外怖くない相手だと思われて少しずつ受け入れられ始めたのもまた事実だ。

 霊夢は妖怪と人間が共存できる幻想郷にしたいとか言ってたから、ちょうどいいのだろう。

 霊夢は紫の行動に不平を言うけど、案外この紫のキャラは霊夢のために狙ってやってるのかもな。

 

「……それで? 悩みでもあるの、魔理沙?」

「へあ?」

「何となく思い悩んでるように見えてね。 勘違いだったらごめんなさいね」

 

 やっぱ鋭いな。 伊達に妖怪の賢者とか呼ばれてない訳だ。

 

「いやー、私の悩みってより、霊夢のことなんだけどさ」

「……ああ、霊夢のことね、私も少し気にはなっていたのよ。 博麗の巫女の重圧に耐えれないって訳じゃないだろうけど」

 

 そうなんだよな、なんだかんだで霊夢はあの就任式の後一カ月くらい、全然いつも通りだったしな。

 むしろ楽しそうにすら見えたんだけど、3日前くらいからか、こうなったのは。

 

「でもま、霊夢のことだし大丈夫でしょ」

「心配じゃないのか?」

「霊夢だしね。 案外、本当に子供みたいなくだらないことで悩んでるんじゃないかしら。 あ、おばちゃん他に何かお勧めのないー?」

 

 そう言って、早々に大福をたいらげた紫は和菓子屋の中に一人で突入していった。

 霊夢に限ってくだらない悩みってことは絶対ないだろう。

 でも、やっぱ少し気になるんだよな。

 どうしようか、紫も心当たりがないとなると、次は妹紅あたりに聞いてみるかな。

 橙じゃ多分わからないだろうし、藍はまだ世間話を振るには少し敷居が高いし。

 

「……お?」

 

 と、物思いに耽りながらベンチで足をぶらぶらさせてたら、向こうから一風変わった感じの恰好をした奴が近づいてきた。

 おっと、お前が変わった恰好とか言うなというツッコミは禁止だぜ?

 まぁ、別に服装のセンスが変な訳じゃなくて、この辺りの雰囲気にはそぐわないって言った方がいいか。

 背負ってる2本の刀が、人里じゃあまりにも目立ちすぎるんだよな。

 

「あのさ、お嬢ちゃん。 ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいかな」

 

 そして絡まれる私。

 歳は私より4,5歳くらい上かな。

 銀髪のショートカットで、顔つきはまだ少し幼さも残る感じだけど、背筋と目に芯が通った綺麗な姿勢だ。

 一目で只者ではないことはわかるけど、さっきまで隣に紫が座っていた私にとっては、別にそこまで驚くこともないかな。

 

「いいぜ。 どうしたんだ」

「ちょっと人を探しててね。 結構目立つ格好をしてるんだけどさ、水色っぽい着物を着てぐるぐる巻きの模様のついた帽子をかぶってて…」

 

 ふむ、そんな目立つ格好の奴がいたら絶対気付くよな……と、考えたところで言葉が止まった。

 口をあんぐりと開いて硬直しているそいつの視線の先には、紫の姿。

 あ、やっぱり妖怪は怖いのかな。

 だけど、そいつじゃなくむしろお団子を頬張っていた紫の顔の方が、一瞬で青ざめていた。

 そして、私の隣で一陣の風が吹いて…

 

「……や。 妖夢、久しぶり」

「天誅っ!!」

「ひゃっ!?」

 

 店が、二つになった。

 ……いや、実際そう表現するしかないぜ、これは。

 妖夢とか呼ばれてたそいつが背中の刀を縦に一閃すると、扉がとかじゃなく壁を超えて天井までスパッと斬られていた。

 信じられないことに、なぜか刀が当たっていない部分まで切れているのだ。

 紫の能力のおかげで天井の途中までで止められてたけど、紫が止めなければ本当にこの店は桃太郎でも飛び出すんじゃないかってくらい綺麗に真っ二つに割れていただろう。

 腰を抜かして「ひいいぃぃぃぃ」とか言ってる可哀そうなおばあちゃんをよそに、紫は引き攣った顔をしながらそいつをなだめていた。

 

「この悪霊が、よくも私の前にぬけぬけと顔を出せたものだな」

「いやね妖夢、私は妖怪よ? 悪霊って言うのならむしろ…」

「滅びろ!!」

 

 そして、そいつが縦横無尽に刀を振り回すと、もう店の中は目も当てられなくなった。

 鉄製の棚からやわらかい和菓子まで全て綺麗に細切れになり、元が何だったのかわからなくなって混ぜ合わされている。

 ヤベーなこいつ、私も一応人間の槍術や剣術の達人に稽古つけてもらったこともあるけど、そんなの子供のお遊戯に見えるような神業じゃねーか。

 まぁ、多分こいつもきっと人間じゃなくて何百年も生きてきた妖怪とかなんだろうな。

 紫も紫で必死だし、こいつも何か我を忘れてるっぽい。

 でも早く止めないと、乾いた笑い声を上げているおばあちゃんの心臓がそろそろヤバい。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、いきなりどうしたんだよ!?」

「五月蠅い! こいつは殺さなきゃダメなんだ、こいつは…!!」

「待ってよ妖夢、いくらなんでもそんな物騒な…」

「っ――!? 忘れたとは言わせないぞ、お前が…お前のせいで、幽々子様は――――!!」

 

 その名を口にすると同時に、こいつの目元から溢れた雫と、その手に構えた刀が光って見えた。

 あ、これは流石にマズい。

 店が真っ二つどころの話じゃない、多分4,5軒先の家で寝てる奴まで気付いたら天国行きになりかねないレベルのエネルギーを感じる。

 だから、私はとっさにミニ八卦炉という魔法具を構えて……

 

「もう、落ち着きなさい!!」

「がふっ!?」

 

 同時に紫の手刀がその首筋を打ち抜き、そいつが倒れた先に隙間を開いて飲み込んでいった。

 ……ふぅー、危なかったぜ。 流石、紫の能力は便利だな。

 気絶はしてるけど、おばあちゃんの心臓もギリギリ無事だったみたいだし、死傷者は出ずに済んだみたいだ。

 

「おい紫、今のは一体なんだったんだ?」

「ああ、ちょっとね。 古い友人よ」

「友人って雰囲気じゃなかったぞ、それに幽々子様って……」

 

 何だかよくわからないけど、あの妖夢って奴は本当に紫に憎しみでも持ってるかのような涙を流していた。

 あの目は、恐らくは復讐の目。 大切な人を奪われたような、そういう強い感情だと思う。

 

「……幽々子はね。 しばらく前まで私の親友、だった子よ」

 

 だった、という過去形。

 つまり、その幽々子って奴はもういないのか。

 ってかさっきのを見た感じじゃ、むしろ紫がそいつを……

 

「でも今は、個人的に幽々子のことはあんまり親友って紹介したくはないのよねぇ。 まぁ、確かに私が悪いっちゃ悪いのかもしれないけど」

 

 だけど、紫はあんまり深刻そうな雰囲気ではなかった。

 死別したとかより、むしろ喧嘩しちゃったとか、そういう感じのノリなのかな。

 

「あ、でも妖夢が人里で幽々子を探してるってことは……なるほど、少し面白いことになりそうね」

「おいおい、勝手に一人で完結すんなよ! 一体そいつは何者なんだ?」

「……まぁ、簡単に言うと、幽々子は私が外の世界から持ち帰った難病に感染しちゃった危ない奴なのよ。 魔理沙くらいになれば問題ないとは思うけど、今の霊夢なんか特に危ないかもね」

 

 はあ!? 外の世界の難病に感染って、だったら何でそんなに楽しそうなんだよ!

 ってか、そんなのが霊夢に感染したら本当に一大事だぞ!?

 そう思っていたら……

 

「ねぇ魔理沙。 聞いたことあるかは知らないけど――」

 

 紫は、その病気について詳しく教えてくれた。

 心が発展途上の子供が特に感染しやすいという、とある精神病の恐怖を。

 

 

 

 



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第28話 : カッコいい必殺技とか憧れるよね



再び霊夢視点に戻ります




 

 

 

 私には、悩みがある。

 最近、割と深刻な悩みがある。

 以前の私なら、くだらないと言って一掃してたことだけど、『スペルカードルール』が広まるこれからの幻想郷では、死活問題なのだ。

 

 そう―――私も、自分の必殺技とかほしい!!

 

 きっかけは、前に母さんと一度戦った時のこと。

 天に舞う不死鳥を繰り出した、あの技。

 あの時は必死であまり気にしてなかったけど、後になって振り返ってみて、私は思った。

 『鳳翼天翔』って響き……何かカッコよくない?

 そういう感じの技名なら、私としても皆の前で宣言することもやぶさかではない。

 

 という訳で、この前私は母さんにその技の伝授をお願いしてみたのだ。

 すると、こう返された。

 

「あー、それは無理かな」

「どうして?」

「これは、私の個性に合わせた技だからな。 博麗の巫女の技とかじゃなくて」

 

 私の技とか言われた途端、私はハンマーで頭をホームランされたような衝撃に襲われた。

 冷静に考えると、私って自分の技とか一つも持ってないんじゃない?

 封魔陣とか夢想封印とか、それって母さんも使える、博麗の巫女に伝わる技だし。

 確かにちょっと前まで、私は技名を叫ぶのとかが恥ずかしくて真面目に考えてこなかった。

 だけど、今になって少し後悔している。

 なぜって、これからの幻想郷では、スペルカード宣言、つまりは技名を口に出すのが必須項目になるからだ。

 そして、母さんも橙も藍も紫も、魔理沙や先生ですら何かしら自分のオリジナル技を持っているっぽい。

 なのに、私だけが何もないし、カッコいい技も浮かばない。

 納得いかない。

 

 納得いかない、だから――――私は思い立ったが吉日とばかりに、一人旅に出ることにした。

 

 

 そうして、今に至る訳だ。

 人里離れた森で森林浴でもしてれば、いい技が浮かぶんじゃないかなーと。

 そして、ここならスペルカードルールに則るつもりのない妖怪とかが適当に襲い掛かってくるので、悪い妖怪退治という名目のもと返り討ちにしつつ、思いついた技名を叫んでみようかなーと。

 実益と仕事を兼ね備えた、我ながらナイスアイデアだと思うわ。

 ほら、噂をすれば「見かけ倒し」ってのを絵に描いたかのようなムキムキの妖怪が一体。

 

「シャーッ!」

 

「博麗封印!!」

 

「グギュ!?」

 

 私に向かって突進してきた妖怪を、力任せの霊力で上から叩き潰した。

 ……うーん、これはちょっと違うわ。

 こんなの『夢想封印』をもじっただけじゃない、とても恥ずかしくて口に出せないわ。

 紫あたりを相手に使ったら、「……え、何て? ねえ霊夢ちゃん、今何て言ったの!?」とかニヤニヤしながら馬鹿にされるに決まってる。

 ここはそう、もっとカッコよく…

 

「アルティメット・バスター!!」

 

「グギャアアアアッ…!?」

 

 後ろから私の首に噛みつこうと飛びかかってきた野生の狼は、こんがりと美味しそうに焼けていた。

 振り向きざまに何か適当に両手から霊力光線を出してみたら、それがちゃんと必殺っぽくなる私マジ有能。

 ……って、だから違うでしょうがっ!!

 こんなの魔理沙のマスタースパークの響きをパクっただけじゃない。

 いくら新しい技ができようと、技名のセンスがそれに伴わなきゃ意味がないのよ。

 もっとこう、私だけにしかないオリジナリティに溢れた、色々混ぜ合わせて斬新で奇抜な、そう、奇抜な……!!

 

「霊夢ストレッチ!!」

 

「ぎぃゃぁああああ!? やめて、ギブギブ!!」

 

 これよ、これ! 相手の腕をとって関節を極めつつ私の身体を伸ばし、攻撃と柔軟体操を兼ね備えた最強の……ってアホか私はああああっ!?

 弾幕ごっことして使い辛いどころか、そもそも名前がお手本のようなカッコ悪さの極みよ!

 こんなの、馬鹿にしてすらもらえずに可哀そうな顔をされてお終いじゃない。

 もう、こんな技名を叫んだ悲惨な黒歴史自体をこの世から抹消したい。

 

「ぎゃっ――……」

 

 という訳で、可哀そうだとは思うけど、この妖怪の記憶は念入りに消しておくことにしよう。

 背骨がゴキッって感じで鳴る音とともに、金髪ショートの妖怪は大人しくなった。

 見た目が私と大差ない幼い子に見える妖怪だから罪悪感ハンパないけど、何かごめんね。 だけど私に襲い掛かったあんたが悪い。

 

「ま、これに懲りたら、次からはちゃんとスペルカードルールに従うことね」

 

 だから、忠告の意味も込めて、去り際はちゃんとそれっぽく締めておくことにした。

 

 ……さて、これでまた振り出しに戻る訳だ。

 流石に学習したのか、この周辺で私に襲い掛かってくる猛獣や妖怪はいなくなったし。

 何もしていない妖怪に自分から仕掛けていくのは流石に心が痛んだので、正当防衛として襲い掛かってきた奴にだけ試してたけど、それもままならなくなりそうだ。

 しょうがない、また場所を変えて……

 

「……」

 

 だけど、場所を変えようかと思っていた私の視線の先で、誰かが森の中をのんびりと歩いていた。

 全身に動き辛そうな水色の着物と変な帽子を纏い、右目はケガをしているのか、眼帯をしている。

 それも、私を標的から外して新たに機を窺っている、猛獣や妖怪たちに囲まれながら。

 ……ヤバくない?

 こんな立ち入り禁止区域に一人で歩いてたら、私みたいに自己防衛の手段を持っていなければ妖怪に食い殺されてもしょうがないはず。

 なのに何の警戒もなく歩いている人が、一人。

 そして、腹を空かせた猛獣が一匹、飛びかかった。

 

「マズいっ!!」

 

 とっさに走ったけど、間に合うか?

 いや、間に合うかじゃない、間に合わせるんだ!

 博麗の巫女になっていきなり、目の前で誰かが食われる場面を見過ごす訳には……

 

「……嗚呼、哀しいわ」

 

 背筋が凍った。

 冷たく静かに響き渡った声とともに、私の身体は硬直したように動かなくなった。

 この場で私だけが感じている、確かな危機感。

 それでも、猛獣たちは止まることなくその人に噛みつこうとして……牙は空を切った。

 その人がゆっくりと開いた扇子の滑らかな動きに合わせるように、完全に軌道を逸らされていた。

 合気扇術とかいうヤツだろうか、全く力を使っていないように見えた。

 

「何故、貴方たちはそんなに死に急ぐのかしら」

 

 その扇子で口元を覆い、見透かすような視線で猛獣や妖怪たちを見回す。

 一見すると隙だらけに見えるけど、恐らくは一分の隙すらもない。

 その実力差に全く気づいていない猛獣たちは、ここぞとばかりに数の暴力で一斉に飛びかかっていく。

 

「……そう、そういう運命なのね。 ならば、せめて安らかに星に還りなさい。 散り際は儚くも優雅に―――」

 

 だけど、その人が片手を軽く振ると同時に、突如として周囲を覆い尽くすほどに白き蝶が舞い、

 

 

「霊蝶――『蝶の羽風生に暫く』――」

 

 

 その羽ばたきが宙に波紋を描くかのように咲き乱れ、その羽風に微かにでも触れた猛獣たちが糸の切れた人形のように落ちていった。

 後から漁夫の利を狙っていた妖怪たちも、その光景を前に動けずにいた。

 ただ、何事もなかったかのように立つその人の目には、微かに涙が浮かんでいる。

 争いそのものを嘆くかのような、儚い眼差し。

 その美しき恐怖を前に立ちすくんでいた妖怪たちは、やがて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 その、野蛮さもなく、ただ美しく全てを終わらせて私の方に振り向いた姿は、

 

「……さて。 貴方には、多少の思慮分別くらいはあるのでしょうね」

「かっ…」

「か?」

 

 かっけえええええええええ!?

 何これ、そうよ、これこそが私の求めていたものよ!

 紫の時には言わなかったけど、今なら言える気がする、私を弟子にしてくださいと!

 

「あ、あの、私、博麗霊夢といいます! 貴方は…」

「止まりなさい」

「え?」

 

 だけど、その人が手に持った扇子を可憐に振りかざすとともに、辺りに吹いた向かい風が私の足を止めた。

 ただ、その人は吸い込まれるような瞳で私を見回して、

 

「感じるわ。 貴方の中にある、邪悪な『気』を」

「なっ……!?」

 

 驚きで、本当に心臓が止まるかと思った。

 見ただけで私の中の力を見破った、初めての人。

 この気持ちを、上手く言葉にはできないけど。

 でも、きっとこの出会いが、私の人生を変える。 私にはそんな確信があった。

 

 

 

 



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第29話 : 新たな決意

 

 

 

 柄にもなく、私は緊張していた。

 次に何を言うべきかも、全然思いつかない。

 恋をしている人とかって、こんな気持ちなのかなと少し考えたりもした。

 ……いや、別にそういう感情じゃないんだけどね。 ただの例えよ例え。

 とりあえず、私は沈黙を破るべく恐る恐る尋ねた。

 

「邪悪な気って、どうしてそれを…」

「『共鳴』するのよ、私の右目に封じられた邪神の力と」

 

 えっ!? 閻魔様は私の中の力が3つに分けられたものの一つと言ってたけど、まさかこの人がその内のもう一つを?

 ってことは、その右目の眼帯は力を封じるための……?

 しかもそれが『共鳴』するとか、一体どういうこと!?

 ヤバい、いろいろ思考が入り混じってきた、まさかこんなところで関係者に出会えるなんて思ってもみなかったわ。

 K点越えのカッコ良さに加えて、私と同じ力の持ち主……かつてないほど興奮してるわ私。

 

「あのっ、だったら教えてください! 私の中にあるこれは一体…」

「ダメよ。 それは軽々しく触れるべきでない禁忌なのだから」

「え?」

「深く知ってしまえば、貴方はもう二度と日常に戻れなくなるわ」

 

 えっ、そんなこと聞いてない!

 知るだけでダメとか、そんな途方もないものだったなんて。

 それなら…

 

「……だったら、せめて教えてください。 貴方の名前は…」

「それも、無理な相談ね。 私のことを知れば、貴方はきっと…」

「お願いします!」

 

 少しだけ、目を見開いて驚かれたように見えた。

 でも、構わない。

 今はどんなにカッコ悪いと思われてもいい。

 私は土下座するような体勢で、頭を下げた。

 

「……そう。 或いは、貴方が『運命の子』なのかしらね」

「え?」

「西行寺幽々子。 それが、私がこの世界に存在するための仮初めの名よ」

 

 西行寺、幽々子?

 でも、仮初めの名で存在ってどういうこと…?

 そう思って顔を上げると、この人はもう私に背を向けていた。

 

「待ってください、どこに…」

「でも、せっかくの心躍る出会いなのに、ここでお別れみたいね」

「え?」

「私と貴方の力は惹かれ合い、世界に禍を引き起こす。 だからこそ私は今日まで、誰とも触れ合わずに孤独に身を捧げてきた」

 

 え……何よ、それ。

 じゃあ、本当は私もそうした方がいいってこと?

 本当は母さんたちと離れて、一人で暮らすべきってこと…?

 そんなのって……

 

「でも、貴方が現れたということは、これで永きに渡って私に与えられた『天命』も終わりね」

「天命? それって、一体…」

「運命の子が現れたというのならば、これは恐らく私が背負うべき業。 まだ覚醒前とはいえ、貴方はいずれこの世界の因果を打ち破る力を秘めているのでしょうから」

「世界の、因果を?」

「ええ。 だから、貴方は前に進まなければならない。 そのためにも、貴方には私の力の全てを託すわ。 幾千にも渡る邪を封じる力を込めた、この眼帯を」

 

 そして、その目に付けていた眼帯を外すと……って、え!? 

 どうして、あり得ない……ちょっと待ってよ!

 何か生命力というか存在的なものがどんどん希薄になって、もうほとんど感じられなくなってるんだけど……

 

「待ってください、一体これは…」

「私はあまりに深く『染まり』過ぎた。 仮初めの名で、仮初めの身体に、仮初めの命……私はもう、日常には戻れないの。 だけど、貴方は違う。 私の代わりに幸福を追求する資格と、そして義務があるわ」

「そんな……じゃあ、貴方は!!」

 

 私にはもう、その存在を微かにしか感じられなかった。

 その身体は空に溶けてしまいそうなほど、儚く散ろうとしていた。

 それでも、私に向かってただ優しく微笑んで、

 

「泣かないで霊夢、私はいいの。 ただ隠居場所が冥府の狭間になるだけの話だから。 この世界も長く愛着のある場所だったから少しばかり名残惜しいけど……でも、貴方がその限りある生を謳歌してくれることこそが、私への何よりの餞よ」

「西行寺、様……」

「最期くらいは……いいえ、これからはそんな他人行儀なのはやめて。 きっと私の魂は、貴方の中で共に生き続けるのだから」

「っ!! ……はい、幽々子様!!」

 

 そして、幽々子様は最後に私を抱きしめて、

 

「ありがとうね、霊夢。 せめて貴方の進む道に、永久なる幸のあらんことを」

 

 全てを包み込むような微笑みとともに、ふわっといい匂いがした。

 幽々子様の身体は、既に冷たくなっていたけど。

 それでも、自然と心は温かかった。

 幽々子様の最後の温もりだけは感じられた。

 だから、私は幽々子様がここにいた証をこの身に刻み込むように、ゆっくりと目を閉じて……

 

 ……気付くと、そこにもう幽々子様の姿はなかった。

 青白く光る蝶の群れが視界いっぱいに弾けて、静かに天に昇っていくのだけが見えた。

 ただ、私の手の平に眼帯が一つだけ遺されたまま。

 それでも、微かな温もりだけは感じられた。

 まるで幽々子様が、私の中でいつまでも見守っているよと囁いてくれているかのように。

 

「っ……帰ろう、博麗神社に」

 

 耐え切れずに溢れていた涙を拭って、私は前を向いた。

 

 私は、今までなんてくだらないことで悩んでいたのだろう。

 この世には、こんなにも気高く生き抜いた人がいたというのに。

 なのに、自分だけの必殺技が欲しいだなんて、私は何てちっぽけな人間だったのだろう。

 もう迷いなんてない。

 私も強く、前を向いて生きよう。

 いつか幽々子様の名に恥じないような立派な巫女になって、冥府の門で再び出会えるその日まで―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 という話を胸に意気揚々と眼帯をして神社に帰ったら母さんと紫と橙に大爆笑され、藍にまで吹き出すように笑われ、魔理沙は完全に苦笑いだった。

 こいつら揃いも揃って幽々子様を侮辱するなんて許せない!とか最初は思ったけど、実は幽々子は紫の友人でただの中二病の亡霊らしい。

 あの時の何もかもが幽々子の妄想で、最高位の亡霊なので生命の気配を人間並みにすることも死んでるように希薄にする芸当もできて、この眼帯すらも何の意味もないただの布きれなのだという。

 実際、紫が能力を使って見に行ったら、既に幽々子は白玉楼という自分の家に帰っており、今はおやつタイムに入っているという。

 つまり、私は完全に騙されていたのだ。

 「あの時の涙を返せー!!」と叫びながら、私は眼帯を投げ捨てた。

 

 あの悪霊、次会ったらマジで殺すわ。

 

 

 

 



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第30話 : もこたん、爆誕!!

 

 

 

 遂に、この日が来てしまった。

 最近ウチの修業に魔理沙がよく混じっていたけど、今度は魔理沙の側に私が混じることになった。

 でも、私は別にウキウキしている訳ではない。

 むしろ、鬱屈な気分の方が大きい。

 なぜかというと、魔理沙側の修業に付き合うということは、つまりはヤツがいるのだ。

 第一印象で完全に苦手意識ができてしまった、あの変な魔法使いの家に行くことになるのだ。

 

「大丈夫か霊夢、顔色悪いぞ?」

「……うん。 ちょっと億劫だけど」

「ははっ、そんな緊張しなくても大丈夫だろ」

 

 母さんが私の背中をバシバシ叩いてそう言う。

 保護者同伴というのも情けない気がするけど、正直一人で行くのは躊躇われたから母さんに来てもらったのだ。

 流石に、こればっかりは一人で行くのはハードルが高い。

 まぁ、実際のところヤツとはそんなに深く話した訳でもないから、私の勝手なイメージが先走ってるだけだとは思うけどね。

 意外と人見知りなのかしらね、私って。

 

 そして、そうこうしている内に辿り着いたのは、迷いの森の中にある一軒家。

 こんな不便そうなところに住んでる時点で、よほどの変わり者であることは言うまでもないだろう。

 はい、あんな神社に住んでる私が言うなっていう。

 

「おーい、アリスー! いるかー?」

 

 あ、それまたデコピン食らうやつじゃないの?

 この前、そう呼ぶたびに「巨匠と呼べ」とか訳の分からないことを言って魔理沙を弾き飛ばしていたのをよく覚えている。

 そして、ゆっくりとドアが開いて……

 

「はーい。 あらいらっしゃい、魔理沙のお友達ね」

 

 ……。

 ………はっ!?

 ヤバいヤバい、一瞬トリップしてた。

 ってか何? 誰?

 私の知る限りじゃ、こんな奴じゃなかった気がするんだけど。

 こんな、女の子の理想を集めた様な可愛さと、まるでお人形のような……っ、イカンイカン騙されるな、中身は違うのよ!

 

「ささ、入って。 おいしい紅茶とクッキーを用意してるわ」

 

 ……マジで、誰だこいつって感じね。

 この前来てたのとは別人ってこと?

 実は姉妹がいて、姉がヤバい奴な分、妹は可憐な美少女的な。

 まぁ、そんなベタなことはないだろうけど。

 

「会うのは二回目だったかしら。 えっと…」

「博麗霊夢です、よろしく」

「あっと、ふじ……博麗、妹紅です」

 

 母さんはまだ博麗の苗字に慣れていないらしい。

 元々は母さんも自分の苗字があったらしいけど、私と別姓というのも何となく嫌なので、母さんの姓を博麗にすることにしたのだ。

 とりあえず、早く慣れろとだけ言っておく。

 

「あ、私は人形使いと少し魔法使いもやってる、アリス・マーガトロイドよ。 よろしくね、霊夢ちゃん、もこたん」

 

 アリスはパンと手を叩いてそう言いつつ握手の手を差し出してくるけど、何か違和感があった。

 霊夢ちゃん、という呼び方はまだいい。

 でも……もこたん?

 母さんの方を見るけど、母さんも反応に困っていた。

 多分何か聞き間違えたのだろうと、母さんはもう一度自己紹介をやり直す。

 

「…えっと、その、私は博麗妹紅って名前で」

「それはさっき聞いたわよ、もこたん」

 

 だが、華麗なるスルー。

 母さんがちょっと照れてるように見えた。

 

「えっと、その、アリスさん?」

「なに、もこたん?」

「一応、初対面…ではないけど、ちゃんと話すのは初めてだよな」

「そうね。 初めまして、もこたん」

「なのに、その、もこたんっていうのは一体…?」

「やーね、私たちもう友達でしょ? 友達はあだ名で呼び合うのが常識じゃない」

「そ、そうなのか?」

「そうよ。 えーいっ!」

 

 そう言って突然母さんの腕に飛びついたアリス。

 あだ名で呼ばれたことなんてないからか、可愛い感じの相手に不意打ちで抱きつかれたからなのか、母さんは初々しい反応で少し顔を赤くしながら指で頬を掻いていた。

 先生や紫のスキンシップとは違う反応に慣れていない母さんは、動揺してそわそわしながら視線を泳がす。

 泳がせているから気付かなかったのかもしれないけど……私は確かに見た。

 アリスが浮かべた、微かな笑みを。

 言葉にするなら、「また面白そうな玩具を見つけたわ、ニヤリ」的な感じの。

 やっぱり間違いない。 こいつはこの前の奴と同一人物だ。

 

「じゃあもこたん。 子供たちは子供たちで遊ばせといて、私たちは行きましょうか」

「へ? 行くって、どこに…」

「決まってるじゃない。 奥の部屋で……オトナの遊びを、ね」

 

 アリスの目が光った気がした。

 流石の母さんも何か嫌な予感を察知したのか私を見てきたけど、

 

「れ、霊夢…」

「じゃ、じゃあ私は魔理沙と遊んでるわ。 いってらっしゃい母さん」

「お、霊夢からの誘いとは嬉しいな。 じゃあアリス、ごゆっくり」

「ええ、後でねー」

「そんな、ぁぁぁ……」

 

 そう言って、奥の部屋へと母さんを引きずっていくアリス。

 青ざめた顔で私に手を伸ばしてくる母さん。

 ……ごめん、私にはどうにもできそうにないわ。

 本当に、私は気に入られなくてよかったと心の底から思う。

 そして母さんが抵抗する声は、虚しく奥の部屋へと消えていった。

 静寂の中、内側から扉の鍵を閉めた音だけがやけに鮮明に響いていた。

 

「……な? 面白い奴だろ」

「そうね。 私は多分3日も一緒にいたらストレスで胃が爆発する自信があるわ」

「ははっ、そこは慣れるまでの辛抱だろうさ。 いつも2人きりでいりゃ、その内慣れるぜ」

「2人きり、ねぇ……」

 

 ……うん、想像してみたけど私にはどれだけ時間をかけても慣れるビジョンは全く浮かばなかった。

 何か本能的に、いろんな意味で紫なんかよりよっぽどヤバい奴な気がするのよね。

 よくもまぁ魔理沙はあんなのと一緒に修業なんてできるものだ。

 今日は母さんがいたから母さんに矛先が向いてるけど、いつもは魔理沙が相手をしてる訳でしょ?

 あんなのと2人きり……そこで、一体何が…

 

「……別に変なことは何もないからな」

「ま、まだ何も言ってないでしょ!!」

「まだ…?」

「あっ」

 

 魔理沙がジト目でこっちを見てくる。

 何か幽々子の一件以来、魔理沙の中で私の株が大暴落してきてるっぽい。

 私が子供だましに引っかかる訳がないと信じてくれていた魔理沙の期待を裏切って中二病に染まって帰ってきたこととか、深刻な顔して必殺技の名前みたいなくだらないことで悩んでたこととかがバレたのだ。

 まぁ、魔理沙も魔理沙で私がクールな大人だと思って少し一線を引いて距離をとってたらしいので、それ以来少し距離が縮まって話しやすくなったのは結果オーライだったのかもしれないけど。

 でも、あんまり私が変なことばかり考えてるのがバレるのは嫌なので、華麗なトークテクニックで会話を逸らすことにしようか。

 

「そ、それにしても今日はいい天気ね」

「……」

「凄く、いい天気よね」

「……」

「本当に、言葉にできないくらい眩しい太陽が…」

 

 ……わかってるもん。

 私に、そんなリア充みたいな対応力がないことくらい、本当はわかってるもん。

 だって、ろくにクラスメイトとコミュニケーションとったこともないんだもん、しょうがないじゃない!!

 

「……そうだな。 こんな日はゆっくりと日向ぼっこでもして過ごすのが最高だよな」

「そ、そうよね!」

 

 ……ああ、その切り返し、マジで魔理沙イケメンね。

 こういうところは私は本気で魔理沙を見習っていかなきゃと思う。

 

「そんじゃ、せっかくだし寺子屋の校庭にでも行こうぜ」

「え?」

「久々にいいだろ? ま、私は寺子屋は辞めちゃった身だけどさ、先生の厚意で戻れるようにはしてくれてるみたいだし」

 

 魔理沙は、霧雨の家を飛び出すと同時に寺子屋を辞めたらしい。

 それでも、私の博麗の巫女就任式前日にクラスメイトの家に次々と突撃して頭を下げ、朝早くから垂れ幕の準備を先導してくれてたとか。

 クラスメイトの皆も、私のためってよりも久々に戻ってきた魔理沙にテンションが上がって皆で手伝ってくれたんじゃないかな。

 まぁ、魔理沙はその日以来、結局もう寺子屋には来なかったんだけど。

 

「そういや、霊夢は最近ちゃんと寺子屋に行ってるんだよな」

「まぁ、前よりはね」

「私以外の友達、一人くらいできたのか?」

「当たり前じゃない、一人できたわよ! ……って、あんたは私のお母さんか」

「魔理沙ママと呼んでくれてもいいんだぜ?」

「やかましいわ」

 

 毎日行ってる訳じゃないけど、最近は気が向いたら寺子屋に顔を出したりしてる。

 博麗の巫女の立場上、毎日お勉強って訳にもいかないから、別に来るのはたまにでもいいと先生から許しをもらったのだ。

 まぁ、でも前までみたいにイヤイヤ行ってる訳じゃない。

 流石に私のためにあそこまでしてくれたクラスメイトと、未だに向き合おうとしないのは流石に失礼だと思うからね。

 それに、一応上級生ではあるんだけど、いい感じの友達になれた子もいるし。

 

「んじゃせっかくだし、まずは霊夢のその友達に挨拶がてら誘いに行くかな」

「あー、待って。 言っとくけどあんまり外に出るようなタイプの子じゃないわよ」

「そんなのわかってるって。 どうせ阿求のことだろ?」

「え? どうして…」

「ま、寺子屋にいる子供で私以外に霊夢が認めそうなのなんて、他にいないだろうしな」

 

 うわ出たよ、流石は寺子屋の元ボス猿。

 こいつは本当に、行きもしないくせに寺子屋の全員の顔と名前を把握してるのだろうか。

 ま、でも知ってるのなら丁度いいか、せっかくだし魔理沙に紹介がてら阿求を誘いに行くのも悪くないわね。

 

「それじゃ、まず阿求の家に行く?」

「おう、その後のことはそれから考えようか」

 

 という訳で、次の行先は阿求の家である稗田家だ。

 何だかんだで私も行ったことはないんだけど、アリスの家に行く時とは違って少し楽しみね。

 

 

 ……そして、この時の私が母さんを忘れて帰ったことなど、言うまでもない。

 

 

 

 



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第31話 : プロジェクトX、始動

 

 

 

「ほほう、魔理沙と霊夢は元々友達だったんですねぇ」

「まぁなー。 親友歴1年の絶対の相棒だぜ」

「って、私の方が長いじゃないですかー!」

「ごめん阿求。 俺、他に心に決めた人が…」

「この人でなし! 鬼っ、悪魔っ!!」

 

 私を差し置いて、勝手に盛り上がってる魔理沙と阿求。

 新しくできた友達を紹介しようと思ったら、実はもう私より魔理沙の方が仲良かったでござるの巻。

 何それ死にたい。

 

「……そういうことは最初から言いなさいよ。 何か私、馬鹿みたいじゃない」

「え、何だって?」

「別に」

 

 まぁ、でも2人の仲がいいのも少ししょうがない部分もある。

 身体が弱く大人しめの阿求は周りから浮いていて、しばらく前までクラスで少しだけイジメの対象にされつつあったらしい。

 まぁ、実際はむしろ表向きだけ大和撫子的な側面のある阿求が、一部男子から子供特有の「好きな子をイジメちゃう」感じの扱いを受けてただけっぽいけどね。

 阿求も阿求でわかりやすい猛アタックをろくに相手にしてこなかったせいで、それが次第にエスカレートしちゃったんだと思う。

 で、そんな阿求を救ったのが、魔理沙なのだとか。

 魔理沙が昔、いじめっ子の……もとい、阿求への悪戯を繰り返す迷惑な上級生を3人呼び出してケンカして勝ってきたという話は、実は阿求を助けてあげるためだったみたい。

 あの頃の私は子供3人程度倒したから何なのだと思っていたけど、他人のために迷わず上級生のクラスにさえ突撃してそんなことをできる行動力が凄いのだと、私は最近になって気付いた。

 

「それにしても、魔理沙が霧雨家を飛び出したと聞いた時は本当にどうなることかと思いましたよ」

「まぁ、今が充実してるから私は後悔はしてないぜ」

「それならいいんですけどね。 ま、今後次第ですかねぇ、魔理沙を『英雄伝』に載せるかの判断は」

 

 阿求は『幻想郷縁起』を代々編纂する『御阿礼の子』として、霧雨邸と双璧を成す大豪邸である稗田家で、なんとこの歳で当主をしている。

 本当に、私の金運はこいつらに吸い取られきったと言って過言ではないほどの差だ。

 ちなみに幻想郷縁起とは、元々は妖怪に対抗するために妖怪の弱点等を記す書物だったらしいけど、最近の幻想郷はすっかり平和になったっぽいので、ただの幻想郷の妖怪紹介本になってしまっている。

 そして、英雄伝というのはその幻想郷縁起の一部で、特筆すべき人間のことが書かれるページのことだ。

 博麗の巫女となった私はもう載せられることが確定していて、今まで謎が多くほとんど完成していない母さんのことも、今後少しずつ書いていくつもりだという。

 だけど、魔理沙のように特殊な役職に就いている訳でもない人間が載るかは今後の魔理沙次第だそうだ。

 

「それは別にどっちでもいいけどな。 でもまぁ、載せるなら霊夢のライバルとかって書いといてくれ」

「ああ、「博麗の巫女にライバル現る!」、とか面白そうですしね」

「……そんな天狗のゴシップみたいな書き出しでいいの? もっと真面目な書物と思ってたんだけど」

「いいんです! 今の代は、私がルールですからっ!!」

 

 阿求がドヤ顔で胸を張る。

 こうして見ると、阿求も普通の年相応の子にも見えるんだけどね。

 だけど、阿求は私とは違って、変えるところは完全に切り変えるのだ。

 ほら噂をすれば、ノックとともに侍女が一人…

 

「失礼致します、阿求様。 今夜の会合の件ですが…」

「下がりなさい、客人の前ですよ。 無粋な話は後になさい」

 

 阿求の視線は、一瞬で「稗田家の当主」のものに切り替わっていた。

 相手はかなり年上の人だと思うんだけど、芯の通った阿求の視線とそれに恐縮する侍女の態度は、この屋敷の主が誰であるのかを如実に物語っていた。

 

「し、失礼致しました。 ですが、少しばかり会合の予定が早まりそうでしたので…」

「そうですか」

 

 私以上に学問に秀でている阿求にとって学校の授業はほぼ無意味なものだけど、現代の人と人との繋がりを学ぶために寺子屋に通い続けているという。

 まぁ、私も何やかんやで寺子屋に通ってたおかげで魔理沙や阿求に出会えたので、勉強がつまらないからといって行かないのはいろいろと損なのだと今になって実感してるしね。

 ただ、そのせいで、ただでさえ多忙な阿求のスケジュールが更にギリギリになっているっぽい。

 話を聞くと、どうやら今日も阿求はこの後の大事な会合までの僅かな合間に、私たちに時間をつくってくれていたみたいなのだ。

 

「……承知しました。 それでは、後ほど伺います」

 

 阿求が静かにそれだけ告げると、侍女は一礼して去っていった。

 いやー、でも何ていうかカッコいいなぁ、こういう時の阿求は。

 何だっけ、さっき入ってきたときの、こんな感じに鋭い視線でスカした表情で。

 

「……客人の前ですよ、無粋な話は後になさい。 キリッ!!」

「キリッ!! ヒュウッ、カッコいーなー。 さっすが阿求さん!」

「も、もうっ、からかわないでくださいよっ!!」

 

 魔理沙と一緒に茶化すと、顔を真っ赤にしていつもの口調に戻る阿求。

 当主の顔をし続けるのも疲れるらしいので、一部の気の合う相手の前だけでは息抜きに自然体の振る舞いになるらしい。

 でも、阿求のこんな顔を見れるのは寺子屋の中では私だけの特権だと思ってたのに……まさか魔理沙が先約だったとはね。

 

「でも、すみません。 せっかく誘ってもらったのに、この後に大事な会合がありまして……」

「ま、残念だけどそれならしょうがないわね。 ちなみに、何の話なの?」

「ふふっ。 内緒です」

「お? 何だ、そう言われると気になるな」

「いずれ話しますよ、でもそれは時期が来たらということで」

 

 いずれ話すってことは、もしかして私たちに関係のあることなのだろうか。

 むむむ、気になるけど……でも、阿求の邪魔になるようなことはしたくないので、この好奇心は心の奥にしまっておくことにしよう。

 

「じゃあ、あまり邪魔しても悪いし、今日はもう帰るわね」

「そうだな。 そんじゃまた来るぜ、阿求」

「またね、阿求」

「はいっ、今日はありがとうございました! またお待ちしてますっ!!」

 

 少し名残惜しそうにお辞儀をしてた阿求に手を振りながら、とりあえず稗田家を出ることにした。

 そして、私たちが外に出るとともに慌ただしく阿求に群がる人たち。

 本当にスケジュールがギリギリなのだろう、阿求は即座に真面目な顔でいろいろと指示していたのが遠くからでもわかった。

 

「……やっぱり、御阿礼の子ってのは色々と大変なのね」

「ああ。 名前ばっかり有名で実際は暇などこぞの巫女とは大違いだよな」

「喧嘩売ってんの?」

 

 まぁ、ぶっちゃけ私もその通りだとは思うんだけどね。

 博麗の巫女になったものの、実際に人間の里を襲うような妖怪もほとんどいないし、ぶっちゃけいうと拍子抜けなくらい暇なのだ。

 こんなことを思うのもアレだけど、そろそろ何か大きな事件でも起きないかしらね。

 

「それより、この後どうする?」

「ああ、そうね……」

 

 何かすっかり予定が狂っちゃったわね。

 とりあえず今日の予定は、阿求を誘って寺子屋の校庭でのんびりするはずだった。

 でも、実際は阿求が来ないと思ったら、何やかんやで改めて寺子屋に行くのも面倒になってきたのよね。

 どうしようかしら、やっぱりいつも通り博麗神社に帰ろうかな。

 新しい場所の開拓するほど元気が有り余ってる訳でもないし、またアリスの家に戻るのも嫌だし……って。

 

「あ」

「どうした、霊夢?」

「母さん忘れてきたわ」

「あー」

 

 あいつの家に長時間取り残されてるのとか、もしかしてそろそろ母さんヤバいんじゃない?

 何かこの時点で嫌な予感がするから戻るのが怖いんだけど。

 でも、流石に放っておく訳にはいかないので、やっぱり迎えに行かざるを得ないわよね。

 お願いだから、何事もありませんように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、結論から言うと、私の嫌な予感はただの取り越し苦労だったようだ。

 特に問題はなかった……というよりも、むしろアリスとはこれから少し仲良くなれそうな気がした。

 

「藍ー、私肩凝っちゃったなー」

「……は、はい、魔理沙様、只今…」

「あー、もふもふするぅ……」

 

 今、ここ博麗神社で何が起こっているかというと、まず寝転がったまま藍に肩もみを要望する魔理沙と、フリフリの服を着ながらそれに大人しく従う藍に、藍の尻尾に包まってずっともふもふしている橙。

 

「ご、ごはんにする、お風呂にする? それとも……」

「私は久々にお肉が食べたい」

「私はご飯よりも、もこたんを食べちゃいたい」

「に、肉か。 と……わ、私!? わ、わた、た、わあああああっ!?」

 

 母さんがリクエストを聞いてきたので、質素な食事に飽きたから久々の肉料理を要望する私と、母さんを食べたいとか訳の分からない要望をして母さんをからかうアリスと、恥ずかしさのあまり何か頭から湯気を出して爆発した母さん。

 うん、何を言ってるかわからないと思うから、順を追って説明しよう。

 

 母さんを迎えに一度アリスの家に戻ったものの留守だったため、私たちはとりあえず博麗神社に戻ることにした。

 そして、いざ博麗神社に帰ってみると、母さんと藍が壊れていたのだ。

 「お、お帰りなさいませぇ~ご主人様ぁ~」と、震えた猫なで声で顔を真っ赤にしながら私と魔理沙を迎えてきた母さんと藍。

 それも、西洋のメイド服とやらを着て。

 

 聞いた話によると、私と魔理沙がアリスの家を出た後、母さんとアリスは奥の部屋で、トランプを使った「インディアンポーカー」とかいうゲームをしていたらしい。

 お互いに自分のカードが相手に見えるよう額に構え、相手の表情や反応を見て自分のカードが強いかを判断し、勝負するか降りるかを決める、心理戦を含んだギャンブルである。

 賭け金が発生したりするので、どうやらそれでオトナの遊びとか言ってたっぽい。

 ……いや、別に私は変な妄想をしてた訳じゃないのよ、どうせそんなことだろうと思ってたわよ、本当よ!

 まぁ、とりあえずこのゲームはいかにしてポーカーフェイスを演じるかが勝負の鍵となるため、顔に出やすい母さんが弱そうなのは言うまでもない。

 そして、母さんはアリスと勝負し、負けて、負けて、時々勝つけどまた負けて、悔しいから次第に負け分を取り返そうと賭け金を釣り上げて……最終的に返せる訳のない負債を負ったという。

 だから、負け分を取り返すべく博麗神社で紫に代打ちを求めようとしたけどこんな時に限っていなかったみたいなので、代わりに藍に助けを求めたらしい。

 常にポーカーフェイスみたいな藍だからね、当然そういうのも強いと思ったんでしょうけど。

 藍も藍で得意なゲームなのか、まんざらでもなかったのだろう、「……くだらん話しだが、私がさっさと終わらせてやる。 博麗神社を担保にでも取られたら敵わんからな」とか言ってノリノリで勝負していたという。

 そして、それが藍の遺言だったらしい。

 藍の無表情は、負け続けるにつれて見る見るうちに物悲しく歪んでいったんだとか。

 

 そして今に至るという訳だ。

 あり得ないくらいの負け分をチャラにする代わりに、母さんと藍は今日1日はアリスの下僕らしい。

 それで、せっかくなので私と魔理沙と橙の下僕でもあるらしい。

 何それ楽しい。

 

「ア、アリス様、私を、た、食べて…」

「声が小さいわよ。 もっと可愛らしく甘えるような声で!」

「……お、覚えてろよ」

「えー何? 聞こえなーい」

 

「か、かゆいところなどありませんか、ご、ごご、ご主人様」

「うむ、苦しゅうないぞ、藍よ。 あ、もうちょい右ね、そうそうその辺」

「……くそっ、末代までの恥だ、こんな、こんな…」

 

 ヤバいわ、何か見てて凄く楽しい。

 最近何か色々と新鮮味に欠けていたので、アリスには感謝だ。

 正直言うと、また藍がダークサイドに墜ちないか不安だけどね。

 意外とメンタル弱いし長引くから結構面倒なのよね、藍って。

 でも、冷静に考えると、これって藍を相手にアリスが心理戦で勝ちまくったってことよね。

 ただのアホかと思ってたのに、何者なのよこいつって感じはする。

 どうせ何かイカサマでもしたんだと思うけどね。

 まぁ、今回の件に関して私は何も困ってないから別にイカサマ上等だけど。

 

 ……それにしても、紫はこんな時に限って一体何をしてるのかしら。

 こんな面白そうな場面を逃したことを知ったら、悔しさで紫まで発狂するでしょうね。

 仮に紫がいたとしたらここまで負けてるなんてことは流石にないだろうから、この光景はなかったとは思うけど。

 でも、紫ならたとえ負けてもノリノリでメイド服を着こなして楽しみ始めていただろう。

 「お待たせしましたぁ、皆のアイドル紫ちゃん17歳です☆」とか言ったりして。

 ……うーん、正直そっちはあんまり見たくはないかな。

 とりあえずこんな場面に居合わせることのできなかった紫の悔しがる顔を楽しみにしながら、私は母さんと藍を苛め倒せる今日という日をもう少し満喫しようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、稗田家。

 とある薄暗い部屋で行われた2人の会合は、厳かに、それでいて和やかに進んでいた。

 

「……ふふっ。 なるほど、それは面白そうですねぇ」

「でしょう? だから、貴方にも手伝ってもらいたいんです」

「お安いご用ですっ!!」

 

 任せろと言わんばかりに胸を叩く、人間の少女。

 その答えに、ホッと息をついてニヤリと笑う妖怪。

 

 霊夢たちの知らない場所で今、一つの壮大なプロジェクトが始まろうとしていた。

 

 

 

 



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第6章:紅魔郷① ―前夜―
第32話 : 瀟洒!




 遂に原作異変へと繋がっていきますが、霊夢さんはしばらく完全にお休みタイムとなります。
 とりあえず動かしやすそうなキャラの視点を中心に回していきます。





 

 

 

 三日月にしては、少し眩しいくらいに明るい夜のことだった。

 

 月光の差し込む廊下で、一人の女性が優雅にティーセットを運んでいる。

 広く長い道を静かに、颯爽と通り抜けていく。

 周囲のメイド妖精たちからの畏敬の眼差しのこもった挨拶からは、彼女の人柄を窺える。

 その完璧な佇まいは、従者の身でありながらもこの屋敷の「顔」であるといっても過言ではないだろう。

 

 ……とかまぁ、ここまで持ち上げといて、それ私のことなんだけどね。

 だけど、身体の奥底から這い上がりそうになるドヤ顔を表に出してはいけない。

 そんなはしたない一面など見せてはいけない。 表向きは完璧なデキ女であれ、それが私が自分に課したルールだ。

 そう、この紅魔館の瀟洒なる新メイド長、十六夜咲夜の名に懸けて!

 

 と、そんなアホみたいなノリを毅然とした表情で妄想しながらも、私は辿り着いた部屋の大きな扉を悠然とノックする。

 その部屋は、この紅魔館の主であるレミリア・スカーレットお嬢様の部屋だ。

 

「お待たせ致しました、お嬢様。 本日の紅茶は…」

「ああ、ありがと咲夜。 入って」

 

 だけど、聞こえてきたのはお嬢様ではなくパチュリー様の声だった。

 あ、パチュリー様というのは、自称お嬢様の客人である魔法使いのパチュリー・ノーレッジ様のことね。

 正直言うと、パチュリー様には広辞苑の「客人」と書いてあるページを開いておもむろに顔面に叩き付けてみたい。

 何故って、数十年以上も前からパチュリー様はずっと紅魔館に住んでて、地下の図書館に至っては使い魔まで雇って自分のものみたいに管理しているのだ。

 なのに、客人という一時的な肩書を頑なに貫くことには、何か意味でもあるのだろうか。

 もう、素直に親友よとか家族みたいなものよとか言えばいいのに、この照れ屋さんめ。

 

「お嬢様はどうなされましたか?」

「レミィならテラスで黄昏てるわ」

「……ああ、なるほど」

 

 テラスへ続く扉は少しだけ開いていた。

 お嬢様はこうなるとしばらく戻ってこないのよね。

 まぁ、仕方ないのでパチュリー様の分の紅茶を先に入れてからお嬢様にも一言だけかけとくことにしよう。

 

「お嬢様、紅茶が入りましたよ」

 

 テラスから顔を乗り出すと、低めの柵に小さな子供が腕をかけている。

 何を隠そうあの少女こそが、我が主であるレミリアお嬢様なのだ。

 子供のような見た目に騙されるなかれ、お嬢様はおよそ500年を生きてきた吸血鬼であり、幻想郷の王たるカリスマ的存在なのだ。

 その対応には、一挙手一投足まで気を遣わねばなるまい。

 お嬢様はまだ大部分が欠けている月を一人静かに見上げていたけれど、やがて小さく、

 

「咲夜」

 

 少しだけ、消え入るような細い声が聞こえた。

 だけど、お嬢様は振り向かなかった。

 

「いかがなされましたか、お嬢様」

「……」

 

 そして沈黙。

 ……って、呼んだだけか―い! みたいな感じのツッコミは脳内だけに留めておく。

 長年の付き合いだ、こうして焦らしてそれっぽく見せるのがお嬢様の常套手段であることくらいよくわかっている。

 だから、私はじっとお嬢様の次の言葉を待つ。

 主のそんな戯れに付き合うのも、一流の従者の嗜みなのだから。

 

「永い夜になりそうね」

「……ええ、そうですね」

 

 そして長く溜めて放ったにしては思わせぶりな、それでいてよく意味のわからない一言に、私はとりあえず適当に相槌を打っておく。

 「カリスマ」ってよりむしろ「かり☆すま」みたいな感じの何かの権化であるお嬢様の儚げな表情と言動は……うん、正直に言おう。

 毎日見てても飽きないくらい、ぶっちゃけ面白い。

 本人は至って真面目に話してるんだろうけど、思わずツッコミを入れたくなる言動の数々。

 私も「ええ、そうですね」とか、何がそうなのかわからずただそれっぽく答えてるのとか、謎のシュールな笑いが後からこみ上げてくる。

 もう、私の短い生の間くらいならば、一生ついて行っても退屈しないと思える。

 何をする訳でもなくお嬢様と一緒に欠けた月を静かに見上げる、ただそれだけでも毎日が充実している気がしていた。

 

 だけど、この時の私はまだ気付いていなかった。

 今回のお嬢様の何気ない一言が、本当に永い、永い夜が始まる前兆だったということに―――

 

 

 

 

 



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第33話 : 肝試し・トゥ・ザ・紅魔館



今回は阿求視点です




 

 さあ、遂にこの日がやってきましたよ。

 ずっと楽しみにしていた、待ちに待ったこの日が!

 興奮の抑えきれない今日この日の実況は、ここ博麗神社の階段下から私、稗田阿求がお送りします。

 

「紫」

「ええ、準備OKよ」

 

 どうしましょう。 私、かなり緊張してます。

 深夜の静けさが何かちょっと悪いことをしてるみたいで、余計にドキドキしてきてます。

 そして、紫さんが盛大にクラッカーを鳴らすとともに、

 

「ではみなさーん。 これよりお待ちかねの、肝試し・トゥ・ザ・紅魔館を始めたいと思いまーす!!」

「イエエエエエイ!!」

 

 待ってましたあああっ!!

 さて、こんなテンションが続いてもポカーンって感じになると思いますので、簡単に説明します。

 今日が何の日かといいますと、霊夢と魔理沙の初の異変解決……に、向けた下見の日なのです!

 あんまり異変を積極的に推奨するのはよくない気はするんですけど、今回開催するのはいわゆる出来レース。

 というのも、そろそろ幻想郷で『スペルカードルール』っていうのを流行らせ……もとい、浸透させる必要があるので、そのために黒幕に協力してもらって起こす異変とのこと。

 という名目のもとに、霊夢や魔理沙にいきなり危険すぎる異変に向かわせるのを避けるために、妹紅さんや紫さんのプロデュースで、割と安全な異変を運営できるように、ずっと準備を進めてきたのです。

 いやぁ、いいものですね、家族愛って。

 

「それでは、ルール説明に移りたいと思います。 皆さん、メモの準備はよろしいですか?」

「はーい!!」

 

 でも、正直な意見、霊夢や魔理沙たちのためってよりも、運営サイドが完全に遠足気分なんですよね。

 特に、さっきから紫さんと妹紅さんがノリノリすぎてヤバいです。 

 私も含めて、皆さんが既にワクワクを止められないのが見て取れます。

 

「まず、今回のゲームは2人1組の3チームで行いまーす。 皆さん、ペアとの挨拶や自己紹介は終わりましたかー?」

「はーい!!」

 

 今回このイベントに参加するのは全部で7人。

 ただ、紫さんは今回のルール上『境界を操る能力』がチートすぎるので、審判に甘んじているそうです。

 

「いやー、ちょうどよかった。 魔理沙の保護者って聞いてるからぜひ親交を深めたいと思ってたんだ」

「私もですよ先生。 ウチの魔理沙がお世話になっておりますー」

 

 エントリーナンバー1、ウチの寺子屋の慧音先生と、魔理沙の魔法の師匠というアリスさん。

 慧音先生については旧知の仲なんですけど、アリスさんは謎が多い人なんですよねー。

 初対面で私を完全に玩具扱いして遊んでた時と今とじゃ、口調とか物腰が全然違うし。

 いろいろ聞きたいこともあったんですけど、正直あんまり得意な相手じゃないので、同じチームじゃなかったことを喜ぶべきなんですかね。

 

「が、頑張りましょうね、藍様!」

「ああ。 そうだな」

 

 エントリーナンバー2。 紫さんの式神で九尾の藍さんと、その更に式神で化け猫の橙。

 2人の温度差や実力差が激しいけど、チームワークは抜群の仲良し姉妹チーム。

 いやー、こういうのを見てると私も兄弟姉妹が欲しかったなーと感じます。 本当に羨ましいですね。

 ま、最近の私は友人には恵まれてるので、これ以上贅沢言ったらバチが当たると思いますけど。

 

「じゃあ、改めてよろしくな、阿求」

「はい! よろしくお願いします、妹紅さん」

 

 そしてエントリーナンバー3。 私と、先代巫女であり霊夢の義理の母親である妹紅さん。

 密かに歴代最強の博麗の巫女とか言われてた上に特殊な術を使って若さを保ってるらしく、実は何十年も前からずっと博麗の巫女をやってるらしいです。

 この中で一番の戦力であるっぽい妹紅さんは、ハンデとして虚弱体質の私とペアになって護衛をしつつの参加になったとのこと。

 九尾の藍さんを差し置いて最大戦力扱いされる妹紅さんマジパないです。

 妹紅さんは本当に何者なのだろうか、これを機に仲良くなってその秘密に迫れたらいいなーと、実はそっちも楽しみな私。

 

 とまぁ、そんな3チームに分かれて、これからゲームが始まってきます。

 

「では改めて。 今回の目的はただの遊びではなくて、霊夢と、あと魔理沙もやる気になってるみたいなので、2人が安全にスペルカードルールに則った異変解決に向かえるための、下見となってます。 そのために、各チームで紅魔館とそこまでの道のりを探索して、危険な場所や強敵の情報を集めてくる、もしくは新たにスペルカードルールを誰かに広めれば高得点が得られる勝負になっています。 そして勝敗の判定は私、みんなのアイドル紫ちゃんが行いますっ!」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ……コホン。 さて、気を取り直して。

 今回向かう紅魔館は誰もが恐れる吸血鬼の城。

 初めての異変解決にはハードルが高すぎる気もしますが、紫さんがそこの主であるレミリアさんとあらかじめ話をつけたとのこと。

 そして、人間の里の代表としてなぜか私が紫さんにお呼ばれして色々と協議した結果、今に至るという訳です。

 

「……えー。 ただし、今回の下見の件について紅魔館の了承は得ていないため、あっちの機嫌を損ねるような行為をしたら状況に応じてそのチームは減点、もしくは失格となります」

 

 突然口調が不機嫌な紫さん。

 さっきの全員スルーが意外と辛かったんですかね。

 ってよりも、何かの冗談だと思って流したのに、まさか本気で言ってたんですかねあの人。 何か凄く不安になってきました。

 これが妖怪の賢者かっていうガッカリ感は確かにハンパないですよね、霊夢の言ってたことがわかる気がします。

 

「じゃあ皆さん、間もなくゲームスタートでーす」

 

 一斉にスタート位置につく皆さん。

 私は妹紅さんにおんぶしてもらうような体勢で若干恥ずかしいですけど、私が普通に走ったら紅魔館に着く頃には朝になっちゃいますからね、仕方ないでしょう。

 

「さあ、レッツゴーです妹紅さん!」

「ああ、いくぞ阿求!」

 

 ふふっ、でも妹紅さんにおんぶされて幻想郷を探検するだなんて、霊夢が聞いたら羨ましがりますかね。

 口調が雑だけど頼れる妹紅さんは、私にはお母さんってよりも優しいお父さんみたいな感じ。

 こういうの憧れてたんですよねー。

 

「では、位置について……すたああああとっ!!」

 

 そして、紫さんのコールと同時に、3チームが一斉にスタート!

 私たちはまずは近くの森の視察ですかね、頑張りましょう妹紅さん!!

 

 

 

 

 



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第34話 : あっきゅん突撃リポートの巻

 

 

 

「では妹紅さん、一つ目の質問です。 貴方は今、一体何歳なんですかっ!?」

 

 さぁ、森も奥まってきた、というよりも私が妹紅さんのスピードにやっと慣れてきたところで、そろそろ質問タイムに移りましょう!

 最初はおんぶしてもらうのが嬉しかったんですけど、スタートと同時に初動から時速百キロくらい出てるんじゃないかこれみたいなスピードで軽快に走り出すもんですから本当に死ぬかと思いましたよ、ええ。

 

「ダメだぞ阿求。 女性にいきなり歳を聞くなんてデリカシーがないと思われるぞ」

「いいんですっ! デリカシーなんて気にしてたら聞けることも聞けなくなるとか文さんが言ってました」

 

 いきなり妹紅さんに難色を示されたけど、私はへこたれない。

 あ、ちなみに文さんっていうのは、『文々。新聞』っていうゴシップ記事を書いてる烏天狗の射命丸文さんのことです。

 私もあのくらい図々しく取材ができればいいなぁと、目標にしてる人なのです。

 

「まぁ、いっか。 そうだな、多分紫よりは後に生まれたと思うけど」

「そんなの当たり前じゃないですか。 紫さんより歳くってる人なんてそうそういませんよ!!」

 

「―――ぴんぽんぱんぽーん。 皆さーん、減点のお知らせでーす。 妹紅・阿求ペア、マイナス10ポイント」

 

「ふえっ!?」

 

 そして、突然耳元で響く謎のアナウンス。

 えっ、こんなので減点とか横暴なっ!?

 

「ど、どうしてですかっ!? そんなの、ゲームに関係…」

「諦めろ阿求、まだ良かった方だぞ。 霊夢がそれ言ったらマジで今頃ボコボコにされてる禁句だからな」

「お……気を、つけます」

 

 うぅぅ、私、さっきから本当に足引っ張ってるだけですよね。

 初動から目を回していた私を気遣うようにスピードを落としてくれた妹紅さんの紳士的な振る舞いに甘えて、3チームの中で完全に取り残されてますから。

 

「じゃあ、質問を変えます。 貴方の特技は……もとい、貴方の持つ能力は何ですかっ!?」

 

 でも、だからといって妹紅さんの質問タイムを終わらせるつもりは毛頭ありませんけどねっ!

 

「えっと、能力ってもねぇ……霊力や妖術とか色々使えるからそんな感じで」

「もっと具体的に!」

「って言われても、割と何でも応用効かせられるからね。 お札使って簡単な式神作ったりできるし……あ、特に炎系の術とかは得意かな」

「なるほど、じゃあ「便利な術を使う程度の能力」って感じですかね。 それと、妹紅さんってけっこう口調が変わってたりしてますけど、何か意味とかあるんですか?」

「……本当にズカズカ来るな、阿求は」

 

 ふっふっふ、当然です。 私はもう、ただの根暗は卒業したんですよ!

 まぁ、前々から個人的に妹紅さんの不安定な口調は前々から気になってたんですよね。

 別に私みたいに相手で使い分けてる訳じゃなくて、本当に話してる途中にいつの間にか変わったりするので。

 

「……まぁ、なんというか、多分これは昔やさぐれてた頃の名残かな」

「名残?」

「昔の私はもっと棘のある感じだったんだけどさ。 霊夢の母親になってから、あんまり教育によくないと思って少しくらい母親らしい口調に直してこうとしてね」

 

 うわぁ、つくづく思うんですけど、妹紅さんっておちゃらけて見えるのに内面はほんっとに真面目なんですよね。

 紫さんみたいに飛び抜けてないというか、しっかりすべきところはしっかりしてるというか。

 なのに霊夢みたいに器用にこなせずに、どこか不器用でうまくいかないところとかはちょっと可愛い。

 

「けどあんまりうまくいかなくて、あんまり女っぽい感じで話してたら紫に笑われて。 それから思考錯誤してる内にいろいろ入り混じってきて自分でもよくわからなくなって今に至る感じかな」

「ああ、苦労してるんですねえ」

 

 私も人によって口調とか結構使い分けてるんで、よくわかりますからねぇ、その気持ち。

 稗田家とか、何か全体的に堅苦しくてあの雰囲気に合わせるのが億劫なんですよね。

 まぁ、魔理沙に会う前の私もあそこにいるのがお似合いのつまらない子供だったんですけどね。

 と、のんびり考えてたら叫び声が一つ。

 

「ぎゃっ!? 熱っ! なんだこれなんだこれ!?」

「お、やっと一人目か」

「え、何ですか?」

「とりあえずさっきから阿求にロックオンしてた妖怪とか適当に焼き払いながら来たんだけどさ」

 

 焼き払いながら……?

 何か物騒なことが聞こえてきた気がしたんですけど、大丈夫ですかね。

 ってよりも、今まで一人も妖怪がいなかったのは、私が気付く前に妹紅さんがいつの間にか退治してたってことですか。

 本当にいろいろと次元が違いすぎますね、妹紅さんは。

 

「一発で逃げないってことはそれなりの強敵か、もしくは力量差がわからない馬鹿か。 いずれにしろ、霊夢や魔理沙が会う相手になりそうだな」

 

 そして、声のした方を見ると……何か、黒い塊から小さな金髪ショートの女の子が飛び出してきました。

 私と同い年くらいに見えますけど、あれは見覚えがあります、確か……

 

「ふぅー、死ぬかと思った」

 

「……妹紅さん、あれはルーミアです」

「ルーミア?」

「はい。 暗闇を操る人食い妖怪です。 危険度「中」、人間友好度「低」ってとこですね」

「なるほどね。 ま、最初の相手としてはちょうどいいくらいか」

 

 低級妖怪とはいえ、見かけ倒しの適当な中級妖怪なんかよりはずっと危険で警戒した方がいい相手。

 といいますのも、ルーミアは他の妖怪にはない『闇を操る程度の能力』を使って相手の視界を遮断できるので、油断してるとそれなりに腕に自信があってもやられかねません。

 まぁ、妹紅さんクラスなら寝ながら勝てる相手だとは思いますけど。

 

「まぁいいや。 じゃあ阿求、ちょっと降りてて」

「え? あ、はい、妹紅さんは?」

「痛めつけない程度に、軽く力量を測っておこうかなと。 スペルカードルールを理解してるかも見ておきたいし」

 

 そうして、妹紅さんは私から離れてルーミアのもとに歩いていく。

 って、私はどうすればいいんですか私は! 

 こんなところで一人で他の妖怪に襲われたら、ってほらあああ何か熊みたいな大型の獣がこっちにいいいぃぃ……って、いうのは杞憂でした。

 お札でできた式神ってやつですかね、ふわふわとその獣に飛んでって炎を出して簡単に撃退しましたよ。

 紙きれ一枚であんな大きい相手が無様に敗走していくのを見てたら、もう何が来ても怖くない気がしてきました。

 

 ……と、いう訳で私は安心して実況に移らせていただきます。

 それでは、先代巫女の妹紅 VS 宵闇の妖怪ルーミアのスペルカード勝負、レディ……ファイトですっ!!

 

 

 



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第35話 : できる! スペルカードルール(入門編)

 

 

 さあ、無防備に歩いていく妹紅選手と、未だに動かないルーミア選手。

 誰もが目を見張らせる勝負の行方、果たして先に仕掛けるのはどっちだ、先に……

 とまぁ、ノリでそれっぽく実況はしてみたものの、スペルカードルールがそういう勝負じゃないっていうのはわかってるんですけどね。

 

「おい、ルーミアって言ったな。 スペルカードルールって知ってるか? 知ってるなら正々堂々…」

「んあ? いや、いきなり不意打ち仕掛けてきたくせに正々堂々とか何言ってんだお前」

「え? あ、ああ、あれは…」

「そういう野蛮なことは確か今の幻想郷じゃ推奨されないらしいけど、そこんとこどーなのか」

「えっと、その……ごめんなさい」

 

 ああっとおおおお、ここでまさかのルーミア選手からの正論攻撃、妹紅選手は反論できない!

 ってよりも意外とルーミアってまともな妖怪だったんですねぇ。

 てっきり「スペルカードルールっておいしいの?」とか言い始める妖怪だと思ってたのに、何かあったんですかねぇ。

 妹紅さんが初対面の妖怪に説教されてる絵とか、少し面白いんですけど。

 

「まーいいや。 じゃあ、スペルカード戦するなら宣言回数は2回でもいいのかー?」

「あ、良かった知って……2回? えっと、何で2回で、1回とか3回とかじゃ…」

「あーもう、面倒だなお前。 いいか、スペルカードルールっていうのはな…」

 

 ……妹紅さん、焦りすぎて何かすごくアホっぽく見えます。

 いつもスタンダードなルールしかやってなかったみたいなので、イレギュラーに対応できてなっぽいですね。

 先代博麗の巫女がルーミアからスペルカードルールの説明受けてるのとか、うわぁ…って感じに見えます。

 しかも不意打ちしちゃったことの罪悪感で恐縮してるのとか、見てていたたまれなくなってきました。

 

 でも、妹紅さんのためにも、とりあえず開始前にルールをもう一度確認しとくことは大事ですよね。

 という訳で皆さーん、稗田阿求流スペルカード講座、はっじまっるよー。

 

 コホン。 では、まずスペルカードルールとは、そもそも4つの理念を柱として設けられたものです。

 一つ、妖怪が異変を起こし易くする。

 一つ、人間が異変を解決し易くする。

 一つ、完全な実力主義を否定する。

 一つ、美しさと思念に勝る物は無し。

 このルールの本筋は、幻想郷の規則とかに縛られた妖怪の不満が爆発する前に危険のない形で適度に発散しようという試みと、力で劣る人間でもそれを止められるようにという試みを、同時に解決しようというものみたいですね。

 妹紅さんや霊夢みたいな一部例外を除けば基本的に人間が妖怪を制圧するのは生身じゃほぼ不可能だったんですけど、力の強さ以外の要素も勝敗に関わるようにすることで、その時の運や状況次第で人間が妖怪に勝つことをも可能にしようというものらしいです。

 それで、3つ目まではわかりやすいと思うんですけど、4つ目については、勝負はただ強大な力がぶつかり合うだけじゃなくて、美しくないといけないということみたいです。

 まぁ、日常的に妹紅さんや紫さんレベルの人が出力重視で勝負したら相手が冗談抜きに死にますからね。

 強さではなく美しさを……意味のある弾幕というものを重視することによって、過度に互いを傷つけることなく平和に遊ぶように勝負できるようにという意味合いが強いみたいです。

 

 そして、スペルカードルールは相手を倒すんじゃなくて、相手の技を攻略することが勝利条件なのです。

 スペルカードというのは、各自の必殺技を霊力や妖力とかを使って弾幕にしたもの。

 別にカードそのものに効果がある訳ではなくて、スペルカードはただ単に相手に自分の技を宣言して魅せるための象徴、簡単に言えばエンブレムみたいなものですね。

 それで、最初にスペルカード宣言枚数を決めて片方がその枚数分の弾幕を放ち、片方が避ける勝負。

 霊夢たちを見た感じ、短期決戦なら1回、通常は3回、長期戦なら5回くらいでいつも勝負してますかね。

 放つ側は相手に全部の弾幕を避けられたら、避ける側は弾幕に被弾したら、たとえ余力があったとしても互いに負けを認めるというものです。

 

「……と、いう訳だけれども、理解してるのか―?」

「そ、そんなの言われなくてもわかってるよ」

「本当に?」

 

 ルーミアにそう言う妹紅さんの姿が、言い訳してる子供みたいで若干ほっこりしてきますね。

 ま、でもとりあえず御託を並べるよりも実際にやってみた方が早いですよね。

 という訳で、気を取り直してスペルカード戦、スタートです!

 

「……でも、とりあえずさ。 私が勝ったら、今日の失態はなかったことにしてくれるか?」

「まぁいいけど。 そしたら、私が勝ったらそこの人間は食べちゃうぞー」

「えふっ!?」

 

 って、妹紅さんが負けたら私食べられちゃうじゃないですかー、やだー。

 妹紅さん頑張ってー。

 

「んじゃいくぞー。 スペルカード宣言、夜符『ナイトバード』」

 

 気の抜けるような声とともに、妹紅さんに向かって鳥の羽ばたきのような形で黒い弾が飛んでいく。

 夜の暗闇に溶け込んでて視覚的には見えにくいけど……まぁ、ぶっちゃけ難易度「低」って感じですね。

 前に博麗神社で霊夢や魔理沙のスペルカード戦を見せてもらったこともありますけど、多分このレベルだとあの2人とは勝負にならないかなーと。

 言っちゃ悪いけど、準備運動には丁度いいかなってくらいですね。

 妹紅さんなんて足すらほぼ動かさずに最小限の動きだけで完全に見切って、「ふむ」とか言いながら一つ一つの弾を吟味してますから。

 あー、ルーミアの顔が完全に引き攣ってきてますね。

 

「よし。 スペルカード、ブレイクだな」

「……くそっ、闇符『ディマーケイション』!!」

 

 そして、続け様にやけくそ気味にばら撒かれた弾幕は、全く掠りもしない。

 これじゃ霊夢や魔理沙の役には立たないだろうし、ルーミアの情報じゃゲームとしてはあんまり高得点は望むべくもないでしょうね。

 ま、このまま何事もなく終わって早く次に行きましょう……と思ってたら、何かバチンって音と同時に妹紅さんの肩で何かが弾けてました。

 

「あ、ヤバ…」

「え、当たっ……た?」

 

 わー、当たってるー、ってことは妹紅さん負けてるじゃないですかー。

 油断し過ぎってレベルじゃないですよもー。

 確かに完全な実力主義の排除もスペルカードルールの意義とはいえ負けるなんて微塵も思ってなかったから安心してたのに当たったから妹紅さんの負けでつまり私はルーミアの餌として短い生涯を…

 

「よーし、私の勝ちだな。 じゃあいただきまーす」

「いやあああああああああっ!?」

「って、待てえええええいっ!!」

 

 慌ててスペルカードを構える妹紅さん。

 助けて妹紅さん! ……とか思ってる一瞬の内に、暑いってより熱いくらいに一気に気温が高くなった気がするんですけど。

 ルーミアに襲われそうになった時よりも、遥かに嫌な予感がするんですけど。

 

「た、確かに私は被弾した、だけど今度は私がスペルカード宣言する番だろ!?」

「いやー、私はもう満足だし別にいいよ。 ほら、両者の合意の上じゃないと次の勝負は…」

「問答無用っ! 阿求は渡さん、スペルカード宣言、蓬莱『凱風快晴 ―フジヤマヴォルケイノ―』!!」

「え……いや待っちょ待っ、待って、食べちゃうとか普通に冗談だから、だから待って、そんなの撃たれたら…」

 

 わー、凄いー、何か妹紅さんのいるところの地面が融けてますねー。

 妹紅さんの足元から湧き上がってるのは溶岩というか火山の噴火というか、弾幕ってレベルじゃないですよそれって感じの……

 って、ルーミアどころか私まで死にますよそれえええええっ!?

 

「くらえええええええっ!!」

「いやあああああっ!?」

 

 そして涙目のままなす術なく大噴火に飲み込まれていく私とルーミア。

 ああ、もう駄目ね、これは。

 ごめんなさい霊夢、魔理沙。

 短い間だったけど、貴方たちに会えて、今まで楽しかっ………

 

 

 ……その後、私とルーミアは駆け付けた紫さんに何とか助けられたんですけど、妹紅さんはこっぴどく叱られてました。

 正直、妹紅さんがここまで向こうみずだとは思ってませんでしたよ、この辺一帯焼け野原ですから。

 威力を加減しないと何のためのスペルカードルールなんだとか、仮にも先代の博麗の巫女が負けを認めないのとかいきなりルールを破るとはどういうことだとか。

 私たちのチームはこれで更にマイナス100ポイント、合計マイナス110ポイントという最悪のスタート。

 足引っ張ってただけの私が言うのも何ですけど、やれやれだぜって感じですね。

 

 

 

 



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第36話 : 花鳥風月の囁き



         すみません。



 何か無性に謝りたくなったので先に謝っとくことにしました。
 今回はアリス視点です。






 

 

 夜の静けさと、情緒ある虫の鳴き声。

 暗闇の中、吊り橋効果とでも言うべき鼓動の高鳴りが一種の高揚感をもたらしてくれる。

 なるほど肝試しとはこうも趣溢れたものであったか。

 人生いろいろと奥が深いわね。

 

「……ねぇ。 私、暗いの怖い」

「安心しろ、私がついてる」

 

 暗闇に震える可憐な少女とそれを守る騎士の物語。

 グラマラス女教師の腕にしがみついて夜の逃避行。

 暗闇の湖で2人きりのパーリナイッ、テンション上がってきたぜええええええっ!!

 

 という勝手な脳内シチュで盛り上がるの楽しすぎ、何か興奮してきたわ。

 今度魔理沙を相手にでも実践してみることにしよう。 年齢的にちょっと犯罪の臭いがするけど、多分それがまたそそる気がするわ。

 

「……大丈夫か? だいぶ息切れしてるぞ」

「ごめんなさい。 魔法使いって、基本的に虚弱体質なの」

「そうなのか? 魔理沙とかは元気いっぱいな感じだけどな」

「魔理沙はまだ魔法使いの駆け出しだからね」

 

 とりあえず答えつつも若干震えたまま辺りを警戒しつつ、慧音の腕に強くしがみつく。

 興奮して息切れしてるだけなので、別に怖くも何ともないし疲れてもないけど、こういう女の子女の子した「守ってあげたい」感じの雰囲気を醸し出しとけば、だいたいの包容力のある相手は扱いやすくなる。

 妹紅も、また然りだった。

 妹紅や慧音は何だかんだで似たもん同士な部分があるんでしょうね、からかいやすくてしょうがないわ。

 まぁ、魔理沙ほどじゃないけど。

 

「……だったら、魔理沙もいずれそうなるということか?」

「どうでしょうね。 私はもう人間を辞めた身だから、人間のまま魔法使いとして生きていこうっていう魔理沙とは少し違うもの。 魔理沙がこの先どうなるかは……」

「そうか。 でもまぁ、魔理沙には霊夢や阿求といういい友がいるからな。 少しくらい身体が弱くなっても、何も心配はいらないけどな」

 

 霊夢に阿求、ねえ。

 阿求はいいわ。 年相応とは言わないけど普通の子だし、反応も悪くない。

 問題は霊夢ね。 まぁ、初対面の反応は霊夢も霊夢で魔理沙とタメ張るくらい面白そうだったんだけど……何か危ない感じがするのよね、あの子。

 クールぶってるだけで精神年齢的には魔理沙や阿求より幼そうだけど、霊夢は直感力が図抜けてていろいろ見透かされそうというか、あんまり近くにいるのは本能的に危険だって感じるのよね。

 まぁ、本能ってよりもただの女の勘ってヤツだけど。

 

「それにしても、肝試しとか紫も変なこと考えるわね。 確か、もこたんも一枚噛んでるんでしょ」

「ああ。 私も最初は不安だったが……ん、もこたん?」

「妹紅のあだ名よ。 多分、流行るわよ」

「そ、そうか」

 

 あ……いいわぁ。 中々に私好みのいい顔してるわ。

 親友を突然なれなれしくあだ名で呼び始めるライバルの登場に、慧音の内心はいかに?

 思い悩んだ挙句に明日から突然もこたんと呼び始める慧音と、それに戸惑う妹紅のぎこちない距離感……うん、多分これだけでご飯3杯はいけるわ。

 

「ま、まぁ、それはさておきな。 紫も紫で思ったより悪い奴ではないみたいだし、妹紅も見張ってるのなら訳の分からない暴走をすることもないだろう」

 

 露骨に話題を逸らしてくるか、なるほど懸命な判断ね。

 でも、慧音の妹紅へのその信頼は一体どこからくるのかと少し疑問な私。

 紫は見た感じおちゃらけてるけど、あれでも賢者とか呼ばれるくらい実際はちゃんとしてる妖怪なのよ。

 ぶっちゃけ妹紅の方がよっぽど暴走しそうな感じがあるし、慧音のそれは全然理にかなってないわよね。

 これが俗に言う「信頼関係」とかいう何かの産物なのかしらね。

 その辺は私にはまだ無縁のものでよくわからないから、とりあえず適当に話を合わせときましょう。

 

「そうね。 で、とりあえず霧の湖には着いた訳だけど、最初の目的地はここでいいのかしら」

「ああ。 紅魔館に向かうならここを通るだろうし、霊夢も魔理沙も要注意ポイントだ」

 

 ええ、確かに要注意ね。

 妖精がいることを考えると少なくとも私には無理だわ。

 会話が通じない奴の相手とか本当に億劫よ。

 特にチルノとかチルノとかチルノとかチルノとか。

 馬鹿のくせに妖怪並みの力を持ってるあの氷の妖精は、本当に厄介だと思うわ。

 

「おい、お前! 誰に断わってあたいたちのナワバリに来たんだ!」

 

 って、ほらぁ噂をすればもう来たわよ、何こいつ私のこと好きなの? でもお断りよ!

 あ、でも慧音がいるなら何か面白いことになりそうだし、それならそれで楽しいから別にいいんだけど。

 馬鹿と教師、2人が出合えばどんな化学反応が起こるのか……

 

「おお、チルノじゃないか。 久しぶりだな」

「え? ………ぁ、う、うわああああああ頭突き妖怪だあああああっ!?」

「誰が、頭突き妖怪だっ!!」

「もぷっ!?」

 

 そして結局頭突きする慧音と、頭からシュウゥゥって感じの煙を上げて動かなくなったチルノ。

 何よ知り合いだったの、ちょっと拍子抜けね。

 

「何、どういう関係?」

「前に少しだけ妖精たちに勉強を教えてみたことがあってな。 チルノはその時のガキ大将的存在だ」

「ああ、納得」

「でも、反発してくる元気な子もそれはそれで可愛くてな、よく覚えているぞ」

 

 一方でチルノは、勉強を教えてくれる先生ってよりも頭突きをしてくる怖い妖怪って思ってたみたいだけどね。

 それと、物陰からコソコソと慧音を見て怯えている妖精が数匹。

 残念ながら全く慕われてなかったみたいね、憐れ慧音。

 

「あっちにもいるわね、妖精」

「む、そうなのか?」

「ええ、とりあえず蹴散らしとくわ」

 

 せっかくなので慧音に少しくらい私のデキるところを見せておこうと、そういう妖精を人形を使ってまとめて駆除することにした。

 あ、ちなみに私は魔理沙の魔法の師匠的なのもやってるけど、本職は魔法使いじゃなくて人形使いなので、そこんとこヨロシク。

 魔法は使うといちいち疲れるけど、人形はいろいろと私の代わりに動かせるから便利なのよね。

 普通は魔力や糸で人形を手動操作するんだけど、魔力を込めたら半分くらい自動的に動いてくれる上海とかは特に重宝してるわ。

 それに加えて癒し効果もあるし、そういう可愛らしい人形と一緒に暮らしてるのとか、女子力高そうに見られて得だと思わない?

 どこぞの花妖怪みたいに、お花がお友達のメルヘン妖怪のくせに怖がられてるコミュ障とは違うのよ。

 

 ……って。 うっわ、しまった。

 嫌なもん思い出して一気に萎えたわ。

 

「きゃっ!?」

「うわー、逃げろー」

 

 とか考えてる間に、妖精駆除完了。

 たった一体で妖精たちを撃退できる万能上海人形が今ならたったの1980円、ただし人形使いはついてきませんクーリングオフの対象外です。

 ……あーもう、やっぱダメね。

 何かいまいち調子出ないしテンション上がらないし。

 嫌なもん思い出したせいでやる気なくしたし、そろそろこのノリも飽きてきたわ。

 

「チ、チルノちゃん!?」

「お、今度は大妖精か、久し…」

「飽きたから帰るわ」

「……え、はあっ!?」

 

 という訳で、帰って新しい人形でも作ろう。

 新しい妖精の登場とか割とどうでもよくなってきたし。

 もう、せっかく楽しい気分だったのに、だいたい幽香のせいね。

 今度腹いせにあいつの花畑とか毟り尽くしてやろうかしら。

 

「それじゃあね」

「って、待て待て待て待てええええいっ!?」

「どうしたの慧音?」

「いや、どうしたのじゃないだろう? 何だ、私にはさっぱりわからん、なんで今帰ろうとした!?」

「言ったじゃない。 飽きたからよ」

「答えになって、なああああああいっ!!」

 

 はい、そしてまさかの頭突きで解決という。

 思ったより痛いわ、なるほどこれは頭突き妖怪扱いされるのも無理はないわね。

 こういう無駄にテンション高いだけの暑苦しい感じは苦手だから、今後は慧音からは距離をとるようにしよう。 このノリに付き合うのは正直しんどいわ。

 という訳で、とりあえず頭痛いし起き上がるのも怠いし、このまま気絶したことにして寝よう。 おやすみ。

 こいつの根性は私が叩き直してやらないと、とかいう面倒な言葉が聞こえてきた気がするけど、知らん。 おやすみ。

 

 

 

 



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第37話 : 人(妖怪)は見かけによらないね




すみません、いろいろあって少し書くのに時間かかりました。
今回は橙視点です。





 

 

 

 視線の先に高く紅くそびえ立つは吸血鬼の城、紅魔館。

 その辺の妖怪や妖精の住処は素通りして、私たちは一直線に目的地の近くまで到着したんだけど。

 でも、張り切って来てはみたものの……やっぱりちょっと怖いかも。

 吸血鬼って、確か幻想郷の王とも言われるくらい強大な種族なんだよね。

 昔、幻想郷を侵略しに来たときに紫様と藍様が退治したこともあるらしいけど、2人が直々に対応しなきゃいけないくらい強いってことだよね。

 で、でも私たちが頑張らなきゃ霊夢と魔理沙が危ないんだから、怖がってなんていられないよ!

 たまには霊夢たちに頼られるような、お姉さんらしいところも見せないとね!

 よし、まずは進入しやすい経路を探すために…

 

「藍様! 私がどこか抜け道を…」

「いや、いい。 私たちは正面から行こう」

 

 正面って、藍さまああああ!?

 吸血鬼の城に正面からって、そりゃ藍様ならいけるかもしれないけど、霊夢たちにはまだ…

 

「でも、確か強い門番がいるって…」

「だからこそだ、橙」

「え?」

「霊夢たちがそいつと勝負しても大丈夫か、見極めるのが私たちの役目だ。 それに、ここの門番の佇まいは紛れもない本物だ。 霊夢たちのためだけじゃない。 霊夢にこれ以上離されないように、橙がここで学ぶべきことも多いだろう」

 

 そう言って、他のことには見向きもせずにまっすぐに門前へと進んでいく藍様。

 ああ、本当に藍様はカッコいいなぁ……何も考えずに忍び込もうとしてた私が恥ずかしくなってきたよ。

 こんな主人に出会えた私は、間違いなく幸せ者なんだと思う。

 私も早く、藍様に相応しい式神になれるよう頑張らないと!

 

「ほら、彼女を見ろ、橙」

「はい! あの人ですね!」

「そうだ。 あの隙のない立ち方は、まさにお手本とすべき……」

 

 やがて近くに見えてきた門前にあったのは、まっすぐ仁王立ちする一つの影。

 藍様と同じくらいの体格かな、確かに凄いオーラみたいなのを感じられ、て…

 

「……」

「……橙」

「はい、藍様」

「すまない、私が悪かった」

 

 ……ううん、藍様は悪くない。

 悪いのはあまりに綺麗な姿勢で立っている、あの門番だ。

 相手を威嚇するかのような「気」を放ちながらも、藍様の期待を裏切って立ったままぐっすりと眠ってるあの門番が全部悪いんだ。

 

「いいんですよ、藍様。 私に任せてください」

 

 だから、悪くない藍様の方は絶対見ない。

 まさにお手本とすべき……とか、多分ドヤ顔で言っていただろう藍様と、目を合わせない。

 藍様がこう見えて意外と豆腐メンタルなのは、しばらく前によくわかったから。

 べ、別に失望なんてしてないよ、むしろちょっと弱みがあるくらいの方が、かわいいからね。

 でも、藍様をカリスマブレイクしてくれちゃいそうになったあの門番には、とりあえず腹いせに蹴りでも一発入れておこう。

 

「このっ。 門番が、寝るなああああああ!!」

「……ふっ!!」

「ごふっ―――!?」

 

 ……と思ってたら、息ができないほどのお腹への衝撃とともに派手に吹き飛んでる私。

 ありのまま今起こったことを話すと、門番にツッコミの飛び蹴りを入れたと思ったらいつの間にか私が蹴り飛ばされていた。

 もう、訳が、わからないよ……ガクッ。

 

「彼女を甘く見過ぎだ、橙。 真の武人には、いかなる時も隙などない」

 

 でも、飛ばされた先で藍様がいつものクールな声で私の身体を受け止めてくれたので、ひとまず安心した。

 私の犠牲の甲斐もあって、藍様のメンタルは無事だったみたい。

 まさにお手本とすべき……とか言って居眠りしてた時はどうしようかと思ったけど、ちゃんと門番やってたんだね。

 って、そんなこと考えてる場合じゃなかった!

 これ以上藍様に情けない姿は見せられないし、早く立ち上がって次こそ頑張らないと。

 

「うぐっ……大丈夫です。 まだ、やれます」

「ふっふっふ、こんな夜中に吸血鬼の城に殴り込みとは。 命知らずも甚だしいですねっ!」

「な、なにおう、寝てた奴に言われたくないやいっ!!」

「寝ながらでも倒せるんですよ! たかが二尾の化け猫と、あと……あれ? 7、8、9……まさか、九尾の、妖…………さ、咲夜さーん!! 大変です、咲夜さーん!!」

「……」

 

 ……ああ、やっぱり駄目だった。

 藍様が、すごく悲しそうな目をしている。

 だってどう見ても隙だらけだし、すごく情けない感じがするんだもん。 あそこにいる、藍様曰くの真の武人。

 ため息をついて歩いていく藍様の後ろ姿が、泣きたくなるくらい寂しそうに見えた。

 そして、藍様は背を向けて叫んでるあの人の肩に手をかけて、

 

「おい、私は別にここを侵略に来た訳ではないんだ、ただスペルカード…っ!?」

「ふふっ、引っかかりましたねっ!!」

 

 ……って、え?

 ええええええええっ!?

 嘘っ、説得に回った藍様の腕がいつの間にか掴まれると同時に身体が宙に浮いてて。

 簡単に投げられて体勢が崩れたかと思ったら、そのまま追い打ちをかけるようにあの人が振りかぶった足が、まさか……

 

「アチョーッ!!」

「ぐっ!?」

 

 いやあああああ、藍様のお顔に蹴りが直撃いいいいっ!?

 

「ふははははは油断しましたねぇ! いかに九尾の妖狐といえどもこれなら…って足痛っ、え、ちょっ嘘なにこれええええっ!?」

「……っと、見たな橙! 今の流れるような一連の動きが武術、「技」というものだ。 柔能く剛を制す、橙でもその気になれば私を制することも不可能ではない!」

 

 と、顔面を思いっきり蹴り飛ばされたはずなのに、いつの間にか回転しながらカッコよく私の隣に着地して、いい顔を向けてきた藍様。

 いい笑顔だったけど……ごめんなさい、正直ちょっと何言ってるかわからないです。

 何があったのか詳しくはよくわかんないけど、藍様は多分蹴られる直前に顔に妖力を集めて防御しつつ、蹴られた反動で体勢を整えたみたい。

 その結果、無傷で私の隣に舞い戻った藍様と、硬いガードの上から蹴ったせいで逆に足の甲が腫れ上がっているあの人。

 全然剛を制してないし、どう見ても柔の方が一方的に被害こうむってるじゃないですか。

 

「だから、橙もこれをお手本、に”っ……!?」

 

 え? って、わあああああ藍様、鼻血鼻血っ!!

 結構派手に出血してますよ!!

 

「……すまない橙。 本当に、私の見通しが甘かったようだ」

「わ、わかりましたって藍様、だから後は私が…」

「いや、少し下がっていろ。 彼女はまだ橙の……いや、恐らく霊夢たちの手にも負える相手じゃない」

「え……っ!?」

 

 目線を上げると、あの人は藍様の目の前まで一歩で踏み込んでいた。

 嘘っ、こんなに気配もなく一瞬で!?

 

「隙ありぃっ!!」

 

 とっさに飛び退いた藍様を追い込むように繰り出される突きと蹴りのラッシュは、藍様や妹紅さんの体術を見慣れてる私でも目を奪われるものだった。

 結構疑ってたけど、藍様の言った通り、この人の体術は本物だった。

 正直、すごいとしか言いようがない。

 スピードが速い訳でも一撃が重い訳でもない。

 それでも、私なんかじゃ見えないくらい僅かな隙をつく、流れるようなその動きは、藍様をして徐々に押され始めている。

 

「っ……お、おい、少し待て。 別に私に敵意はない、ここは一つスペル…」

「ちぇいっ!!」

 

 あ、でもだめだあの人、話を全然聞いてないっぽい。

 藍様が何とかスペルカード戦に持ち込もうと説得してるのに、まるで聞く耳持たずだ。

 その辺の木っ端妖怪ならともかく、藍様に敵意がない以上、このレベルの人相手にこの状況はちょっとマズいかもしれない。

 

「…ちっ。 おい、お前」

 

 だけど、そんなことで苦戦する藍様じゃなかった。

 ってよりも、藍様の不機嫌そうな気持ちが嫌というほどにここまで伝わってくる。

 そして、藍様のイライラが最高潮に達するとともに寒気がした。

 いつの間にか、藍様からは禍々しいくらいの妖力が溢れていて……

 

 

「―――調子に乗るな。 殺すぞ」

 

「っ!!」

 

 

 うわっ、やばっ。

 藍様が本気っぽいので、とりあえず私は意識を戦いから逸らして目をつぶる。

 だって本気の時の藍様の殺気って正直言うと紫様より怖いんだもん、あんまり直視するとこっちまで震えが止まらなくなるんだよね。

 だから、大事な場面ではあるけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけその攻防を見てなかったんだけど。

 

 凄い爆発音みたいなのと同時にもう一度目を上げると、辺りは砂埃に……抉り取られた地面の残骸と血の色に覆われていた。

 

 ……って。 わああああああ藍様、やりすぎ、やりすぎですって、威嚇するだけじゃなかったんですか!?

 イライラしちゃうのもしょうがないですけど、こんなの相手が死んじゃいますよ!!

 

「って、待ってください、そこまで、そこまでです! 駄目ですよ藍様! ここは、ちゃんとスペルカードルールで…」

「下がってろ橙、それ以上近づくな!」

「え……?」

 

 でも、私の仲裁は、藍様の焦ったような声に止められた。

 そこから感じるのは、威嚇で放っている殺気じゃない。

 藍様は、本気で戦う時の妖力を発しながら構えていた。

 だけど、この状況で私が畏怖を抱いたのは、めったに見ることのない藍様の本気の姿じゃなくて、その視線の先にある人影だった。

 砂煙が僅かに晴れるとともに初めて理解できたその光景。

 抉り取られた地面の形は、藍様からではなく、あの人のいた場所から伸びていて。

 辺りに散った血の色も、藍様の腕から零れ落ちていた。

 

「……そういうことか。 このペテン師が」

 

 式神である私でさえ怖くてまともに近づけない、藍様の全開の妖力や殺気のこもった目は、並みの妖怪に耐えられるようなものじゃない。

 今の藍様から感じられるのは、普通ならそれだけで戦意喪失してもおかしくないほどの圧倒的な力なのに。

 なのに、その藍様を目の前にしてるはずのあの人は、無言のまま……

 

 狂おしいほどに、笑っていた。

 

 

 

 



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第38話 : 偽りの本性



今回は美鈴視点です。



 

 

 

 

 平穏が、好きだった。

 争いなんてない世界があるのなら、私はそれ以上何もいらなかった。

 だから、平和に暮らすために力をつけた。

 脅かされることのないくらいの力を。

 守りたいものを守れる力を。

 ただ、平穏の中を過ごせるだけの力を。

 私は生まれ持った力はあまり強い妖怪ではなかったけど、本当に自分を鍛えて、鍛えて、鍛え続けて。

 

 その結果……ぶっちゃけ言うと、やり過ぎた。

 

 最初はただ平穏が欲しかっただけなのに、いつの間にか強くなることに、強敵と戦うことに喜びを見出すようになっていた。

 私は誰彼かまわず勝負を挑み続けて、勝って負けてを繰り返して。

 勝てばやっぱり嬉しくて、負ければそれを糧に相手の強さを盗めるだけ盗んで自分を鍛え直し、次に会った時には勝てるようになっていて。

 ずっとそんなことの、繰り返し。

 がむしゃらに、何を目指すでもなくひたすらに自分を痛めつけ続けて。

 いつの間にか私の周りに守りたいものも平穏も何もなくなって、自分が何者かもわからなくなってしまった頃……お嬢様に出会った。

 

「自惚れるな。 信念無き力に、未来などない」

 

 初めて、そんな私を叱ってくれる人がいた。

 吸血鬼に挑み敗れ、そこからまた強さを学ぼうとしていた私の空っぽな心を見透かすように。

 私の本当に求めていたものを、思い出させてくれた。

 本当の幸せが何なのかも忘れて力に狂っていた私を、引き揚げてくれた。

 私はただ、そのカッコよさに……お嬢様の強さに憧れた。

 

「……ならば、私が貴方の盾となりましょう。 いつか貴方を超えられる日まで」

 

 だから、私はこの人の傍でもう一度やり直そうと決めた。

 平穏の中で、それでも自分を磨き続けようと。

 いつかお嬢様に追いつけるその日まで、お嬢様とともに進む新しい道を守れるよう強くなろうと誓った、はずだった。

 

 だけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっぱり、我慢できる訳ありませんよね。

 

 ここ最近はめっきり平和だったから忘れかけてたけど。

 思い出しちゃうんですよね。

 欲張りな私の、本性を。

 私の中に根付いた、野生の血を。

 

「それが、本当のお前の姿という訳か」

「……本当の私、ですか。 貴方の目にはどう映っていますか、今の私は」

「少なくとも今のお前から感じるのは武の精神などではあるまい。 その目、その殺気、まるで獣のようだ」

 

 侮蔑とでも言うべき言葉を受けたのに、気付くと私の口角は上がりきっていた。

 心の奥底から湧き上がってくる気持ちを抑え込むことなんて、できるはずがなかった。

 最初は、ただ自分の紅魔館の門番としての役割を果たすため。

 助けを呼んで、隙をついて、奇襲をかけて。

 あらゆる手段を用いて、突然の強敵の襲来を切り抜けるために必死だったはずなのに。

 本当に数十年ぶりに会うレベルの殺気を前にして、いつの間にか昔を思い出してしまった。

 目の前にある、静かで、それでも強大なその妖気は、私の闘気を昂らせていく。

 金色九尾、かつて最強の妖獣と呼ばれた貴方が目の前に現れたのなら。

 その気がなくても、私の中に眠る野性が蘇ってくる。

 

「……ふふっ、獣か。 貴方が言いますか、それを」

「……」

「ああ失礼。 でも、そうですね。 きっと、貴方の言う通りなんでしょう」

 

 この人はきっと、スペルカードルールによる決着を望んでいるのだろう。

 そして、お嬢様も幻想郷の新しいルールを積極的に受け入れようとし、私自身もまたそのルールの意義を好ましく思っていることも疑うべくもないけれど。

 

「すみませんが、一つ謝らなければなりません」

「何だ」

「スペルカードルール。 それがこれからの幻想郷のルールになることは、知っています。 ただ…」

 

 それでも、あえて言わせてもらおう。

 

「今日はまだ、ルールに縛られるつもりはない。 久々の強敵、そう易々とこの機を逃したくはないので」

 

 今だけは、そんな遊びのルールなんて知ったことか。

 私はそれを、受け入れるつもりはない。

 

「何を望む」

「力を。 我が空腹を満たす糧となる、死地を」

「……そうか」

 

 私はただ、何も考えずに挑戦したい。

 最強と呼ばれる相手に、今の私の武術がどこまで通じるのか。

 お嬢様のいる高みに、私が今どれだけ近づけているのか。

 

「ならば、来るがいい。 八雲が次席にして筆頭式神、この八雲藍が相手仕ろう」

 

 ……だから、申し訳ございません、お嬢様。

 ルールを無視することは、この幻想郷を受け入れようとするお嬢様の意志に背くことになります。

 そして、彼女が相手では、もしかしたら私は門番としての務めを果たしきれないのだろうことも、わかっています。

 だけど、この屋敷の門を守るためではなく、信念を貫くためでもなく。

 ただ自分の可能性を試すためだけに、私は今一度、紅魔館の門番としての誇りも何もかもを捨てて、一匹の獣に還ります。

 

「応。 紅美鈴、参るっ!!」

 

 そして、私は地を蹴った。

 高鳴っていく鼓動を感じながら、溢れ出る『気』の全てを集わせた拳を構えたまま……

 

「気符『星脈…―――」

 

 ……その鋭い視線を間近で感じて初めて、私の本能が覚醒した。

 

 全身が総毛立つような悪寒が私を襲って。

 瞬時に無理だと悟った。

 防御を捨てて全てを攻撃に懸けてしまった、私の浅はかな選択をあざ笑うかのように。

 私のこれまで積み上げた経験の全てが死神と化して、今から私は死ぬのだと囁いていた。

 

 その瞬間、私の思考を支配していたのは、後悔ではなかった。

 最強の敵との戦いへの、喜びや渇望でもなかった。

 ただ、何よりも私の中に眠る記憶が、走馬灯のように鮮明に蘇ってくる。

 

  ――冬の夜は冷えるわよ、美鈴。

 

 寒空の下に立つ私を気遣って、外に出かけるついでのフリをして不格好な手編みのマフラーを私に投げ捨ててくれたお嬢様の。

 

  ――美鈴。 今日は気まぐれにこんなのを作ってみたんだけど、どうかしら。

 

 私が興味があると言った料理を夜中にこっそり練習して、初めて作るみたいな顔をして極旨のハンバーグをドヤ顔で振る舞ってくれた咲夜さんの。

 

  ――これなんていいんじゃない? 美鈴に似合いそうだし。

 

 乾布摩擦とかいう健康法を推奨する変な本を、わざわざ埃っぽい本棚の奥から引っ張り出してきて長々と内容を解説してくれたパチュリー様の。

 

  ――ふふっ、引っかかりましたね美鈴さんっ!!

 

 唐辛子を混ぜた激辛紅茶を、それでも甘いケーキとセットで持ってきてくれたこあの。

 

「ぁ……」

 

 そんな……そんな温かい記憶ばかりが、私の脳裏を駆け巡っていた。

 その中に、戦いの記憶なんてものは一つもなかった。

 私を構成していると思っていた野生の血なんてものも。

 強敵に打ち勝つ喜びなんてものも。

 一瞬たりとも、見えることはなかった。

 この紅魔館に住む皆と、ただ楽しく平穏を過ごす日常だけが私の全てなのだと、今になってやっと気付いたから。

 

 だから、私の本能はいつの間にか気持ちを切り替えて―――勝つことを捨てて、生きることだけに力を注いでいた。

 

 

「――超人『飛翔役小角』――」

 

 

 その小声が鼓膜に響くと同時に、意識が飛びかけた。

 目にも映らぬ速さで突っ込んできた何かは、一瞬で私のガードを打ち砕いた。

 武術なんて介入する余地すらもない、圧倒的な力の差。

 多分、その辺の妖怪じゃ既に五体バラバラの血煙になって消えているだろう一撃。

 

 だけど、私はそうはならない。

 私の『気を使う能力』の全てを、全身を守ることだけに注いでいるから。

 それでも、ほんの少し気を抜けば私は死ぬのだろう。

 仮に死ななくても、たった一撃で動けなくなってしまうのだろう。

 だけど、耐え切れなくてもいい。

 その後に立ち上がれなくてもいい。

 この一撃を生き抜いてさえいれば、騒ぎを聞きつけたお嬢様たちが、きっと助けに来てくれるから。

 お嬢様が、咲夜さんが、パチュリー様が、こあが、皆が来てくれれば勝てない相手なんてどこにも存在しないから。

 だから、死ぬな。

 死ぬな私!

 こんなところで、絶対―――

 

 

「死んで、たまるかああああああっ!!」

 

 

 

 



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第39話 : こればっかりは譲れない

 

 

 

 私は叫んだ。

 死に物狂いで、喉が枯れるくらいに、出し得る全てを吐き出した。

 その、はずだったのに……

 

「ふむ、なるほど。 それが、お前の偽りなき本性か」

「へ?」

「命拾いしたな」

 

 思いっきり叫んだ私の目の前では、実際は何も起きていなかった。

 最初と変わらない無表情で私を観察する九尾が、腕を組みながら何事もなかったかのように立っているだけ。

 

「あれ? 私、どうして…」

 

 だけど、冷静に考えてみたらすぐわかった。

 多分、さっきのは幻術ってやつだ。

 そういえば妖狐って人を化かすことを得意とする種族だったからね。

 ってことはさっきのは幻で、私が死にかけたのも全部嘘だったってことか。

 まぁ、確かに安心したといえば安心したけど……でも、正直言うと私は苛立ちを抑えきれない。

 私の本気を、この人は踏みにじったのだから。

 

「幻術……余裕のつもりですか。 私なんていつでも好きに料理できると、馬鹿にしてるんですか?」

「いいや、お前は強い。 本気で近接戦に持ち込まれれば私とて危ないと判断できるほどにな。 だから、こうせざるを得なかった」

「え?」

「試すような真似をしてすまなかった。 だが、私にはお前の本質を見極める必要があってな」

 

 私の本質? それって、一体どういうこと?

 こんな幻を見せて、一体何がわかると……

 

「さっきまでのお前の目、私は知っている。 相手のことなど考えない、たとえ自分の身が滅ぼうとも気にも留めない。 そういう、戦闘狂の目だ」

「ぅ、それは……」

 

 ……確かに、正直言うと私はさっきまで戦い以外のことは全部忘れてたかもしれない。

 避けられるはずの戦いを、勝てる訳がないのにそれでも挑むのとかは、まだいい。

 でも、あの時の私は確かに笑いながら、意味もなく捨て身で攻撃していた。

 自分の命の危機よりも、戦いの空気に心を奪われて……何というか、お嬢様と会う前の狂った私に戻ってた気がする。

 

「白状すると、私が今日ここに来た理由は紅魔館の視察でな」

「視察?」

「ああ。 近く、私の……いや、博麗の巫女がここに来ることになるだろう。 これからの幻想郷を担う、新しくも未熟な芽だ。 だから、お前が本当にただの戦闘狂だったのなら、まだ会わせるつもりはなかった。 その時まで起き上がれない程度に、お前を痛めつけておくつもりだった」

 

 ……あー、なるほどね、そういうことか。

 お嬢様が妖怪の賢者と何か企んでるって話は少し聞いてたんだけど、この人もその関係者だったと。

 ってかそういえばこの人、八雲の式神とか名乗ってたよね、気づけよ私。

 まぁ、でも、それならしょうがないのかな。

 きっと新しい博麗の巫女っていうのは、この人にとって大切な子なんだろうから。

 私がこんなに危険な戦闘狂なのだと見抜いてたのなら、そりゃあ心配するよね。

 

「だが、そうではなかった」

「え?」

「お前は戦いよりも大切なものを知っている、それがわかれば十分だ。 橙!」

「は、はい!」

「私はもう目的は果たした、だからあとはお前の仕事だ。 お前はお前のやり方で、彼女を超えてみせろ」

 

 そう言って、颯爽と身を引いた九尾。

 全てを悟ったような優しい目で私を一瞥して背を向けた姿は……え、何この人カッコいいと私に思わせた。

 これはまさか、お嬢様に劣らないほどのカリスマの持ち主か、と。

 

 ……って、待って待って、ちょっと待って!

 何考えてんのよ私、それは―――ちょっと、個人的に気に入らないかな。

 

「で、でも、藍様とあそこまで張り合う人に私なんかが…」

「待ってください」

「え?」

「逃げるつもりですか。 こんなに差を見せつけて……見せつけられて、私が黙って引き下がるとでも?」

 

 私の中で、何かが燻っていた。

 でも、それはさっきまでみたいな、なんちゃって野生の血とかじゃない。

 ただ単純に、納得がいかないだけ。

 

「紅魔館の門番、紅美鈴。 ただのかませ扱いされて終わっちゃ、その名が廃るんですよ」

 

 ぶっちゃけ、私の名なんてものはどうでもいい。

 ただ、この紅魔館の名を、紅魔館の門番という使命を負った私が。

 誇り高き吸血鬼、レミリアお嬢様の配下である私が。

 こんなに情けないまま終わる訳にはいかない。

 何より、お嬢様以上のカリスマ的存在なんて、認める訳にはいかないから!

 

「だから、もう一度勝負です。 今度は貴方の望むスペルカードルールで、貴方を超えていきます」

「……そうか。 いいだろう、ただし条件がある」

「何ですか?」

「私の前に、この橙を倒してからだ」

「えっ!?」

 

 なるほど。 私はまだ少し、侮られてるんでしょうね。

 まぁ、それも当然ですか。

 私自身ですら既に、実質的にあの人に負けたと心から認めてしまっているのだから。

 

「……いいでしょう」

「スペルカードの枚数は1枚。 一発勝負でかまわないだろう?」

「ええ。 それで構いません」

 

 だけど、負けたのは紅美鈴という一匹の野良妖怪であって。

 紅魔館の門番として負けたというのには、まだ私は納得はいっていない。

 だから、今の私は負けていないのだ。

 自分の式神に経験を積ませたいという気持ちはわかりますけど、それがどれほど甘い見通しであるかを思い知らせてあげます!!

 

「そんな藍様、私まだ心の準備が…」

「行って来い橙。 勝てとは言わない。 ただ、たとえ届かずとも、少しでも彼女から武というものを感じ取れるよう心して挑め」

「っ!! ……そうですね。 わかりました、藍様」

 

 ……おっと、目つきが変わりましたね。

 冷静に見ると彼女からもまた、九尾の式神として相応しい静かな闘気を感じる。

 なるほど侮っていたのは私の方か。 まだまだ修行が足りませんね、私も。

 

「すみません。 準備は、いいですか」

「いつでも」

「はい。 ではいきますっ! スペルカード宣言、陰陽 『道満晴明』!!」

 

 そして、目の前に広がる五芒星と、そこから広がっていく弾幕の嵐。

 なるほど、なかなかに強かで、そして美しい弾幕ですね。

 ですが、この程度のものなら、簡単にいなして打ち消して受け止めて……

 

「……あれ?」

 

 でも、そういえば忘れてたけど、スペルカードルールって全部避けなきゃだめなんだっけ?

 ってかそもそも実際にスペルカードルールやるのって初めてなんだけど、これ全部避けなきゃならないの? 無理くない?

 いや、だって耐えたり打ち消すだけなら難しくないのに、思ったより隙間とか狭いし、これじゃあ……

 

「って、わああああああっ!?」

「え……?」

 

 いやいやいやいや、どーすんのよこれ!? どこに走り回って逃げても全然逃げ道とかないし!

 何なのこれ、こんな難しい勝負なの? ってかこれよく考えると近接戦しかできない私には不利なルールじゃない!?

 化け猫も九尾もなんかポカーンとしてるけど、そんなこと気にしてる場合じゃない、私それどころじゃ……

 

 ……あ、ヤバっ、詰んだわこれ。

 

「みぎゃあああああああっ!?」

 

 そして、避けることに必死で防御すら忘れた私の意識は、そのまま四方八方から飛んできた無数の弾幕に打ち抜かれて消えていった。

 最後に少しだけ見えた九尾の悲しそうで弱弱しい眼差しだけが、妙に印象的に私の瞼の裏に焼き付いていた。

 

 

 

 



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第40話 : 夢幻泡沫の願い



 思いのほか書きやすかったので、アリス視点再び。





 

 

 

 ――魔理沙へ。

 

 

 ごめんなさい。 私はもう、駄目みたい。

 疲れてしまったんだもの、何もかもに。

 貴方と過ごした刹那の日々は、私の心に秘めた砂時計にとって、ほんの泡沫の夢に過ぎなかったけれど。

 それでも、どんな永久の記憶よりも大切に、最果ての時まで噛みしめておくから。

 

 ……でも、最後に一つだけ、我が儘を言ってもいいかな。

 私なんかに、そんな資格なんてないのかもしれないけど。

 それでも、もし。

 もしも許されるのなら、こんな私が最後に願ってもいいのなら。

 

 せめて、私を想って泣いてくれる貴方の優しい声を、幻でもいいから聞きたかったわ――――

 

 

 

 さよなら。

 

 

 

「……で、そろそろ反省したか?」

「ええ、そりゃあもう」

 

 以上、題目『儚き少女アリス、最期の落葉(仮)』、完。

 

 ……ふぅ、悲劇のヒロイン的な気分に浸る妄想で、ちょっとは鬱屈な気分も晴れたわ。

 いや、こんな風にちょいちょい適当に現実逃避してないとやってられないわよ、マジで。

 だって、慧音に頭突きされてできた漫画みたいなたんこぶが痛くてヒリヒリする上に、長時間正座させられて足が痺れてきたんだもの、もうどこにも帰れる気がしないし死ぬしかないじゃない!

 正座で説教とか、時代錯誤も甚だしいのよ慧音は。

 まったく、せっかく紅魔館に着いたというのに、どうしてこんなことに。

 

「っ、何だその適当な返事は!! いいか!? 飽きた飽きたと、そんな気分屋な態度が魔理沙にうつったらどうするつもりだ!? 仮にもお前は魔理沙の師匠なのだろう!! なら、大人として然るべき対応を心がけるべきじゃないのか!? そういう些細なことの積み重ねが…」

 

 まぁ、慧音が教育熱心なのはわかる。

 それに、私から魔理沙への悪影響を懸念するのも、なんとなくわかる。

 それでも、私も慧音に忠告してあげたい。

 慧音の説教は、大人の対応として見本にするべきとはとても思えないほどに、マジでうるさいのよ。 

 いちいち「!!」とか「!?」みたいなテンションにならないと話せないのかしら。

 

「第一な!! お前は最初から…」

 

 ……あー、でも本当に何かもう心の中でツッコむのも嫌になってきたわ。

 多分ここからは慧音の無駄な叫びがしばらく続くと思うけど、それを真面目に聞くのも面倒だし疲れるので。

 

 せっかくだしこの隙に、慧音の声を都合よくあらすじ風に脳内補完して回想しておくことにするわ。

 

 

 という訳で、ここまでのあらすじ――――

 

 

 上白沢慧音の頭突きに倒れてしまった美少女アリス・マーガトロイドは、実は気絶したと見せかけて寝たふりをしていた。

 それでも、普通なら加害者は責任をもってそれを介抱して安全な場所に送り届けるのが正しい社会人としてのあり方であるはずが、この悪逆非道教師はあろうことか私を背負ってそのまま紅魔館へと向かった。

 まぁ、慧音に背負われてるのはいい感じに柔らかくて温かくて、起きるのはもったいない気がしたので、寝たふりは続けておくことにしたんだけど。

 一応は、紅魔館に連れていかれること自体は当初の目的には沿っているし、何となく心地よかったから、その件は特別に許すことにした。

 だけど、その時に一つ、どうしても看過できない問題が発生した。

 

「いくぞー、あたいに続けー!」

「うんっ、チルノちゃん!」

「あまりはしゃぎ過ぎるなよー」

 

 な ぜ 増 え た し 。

 

 なぜか復活したチルノと、大妖精とか言われてる妖精がついてきたせいで、私はますます起きられなくなった。

 何故って、面倒だから。

 慧音の相手だけでも面倒そうなのに、それに加えて妖精が、特にチルノが一緒に行動してるのとかほんと意味わかんない。

 でも、そんなこんなで辿り着いた紅魔館。

 チラッと見た感じ、どうやら先に着いた藍たちがここの門番と勝負してるみたいだった。

 で、それを遠くから見ながら律儀に順番を待っていた慧音に、チルノからの無情な一言が襲い掛かる!

 

「こっちから入れるよ!」

 

 チルノに促されるまま門番を無視して、私たちは横に回り込んで門じゃないところから塀を飛び越えて侵入した。

 わざわざ門番のいる正面通る必要なんてないし、幻想郷の奴らなんてほとんどが飛べるんだから、ぶっちゃけあの門番自体必要ないんじゃないかと。

 その発想は……まぁ、確かにあったけど、それは言わないお約束じゃないかという。

 まさかの策士チルノの活躍で、いとも簡単に紅魔館に侵入したはずの私たちは――――案の定、そういうズルい侵入者向けに仕掛けられていたトラップに引っかかって閉じ込められた訳だ。

 いやー、そりゃそうよね、冷静に考えればわかるでしょ、そんなの。

 で、紅魔館の中でまでチルノたちと一緒に行動するのは流石に勘弁してほしかったので、飛び起きて何とかあの二人だけ罠の外側に放り投げたんだけど、私と慧音はそのまま変な空間に閉じ込められて出られなくなったと。

 で、そこで状況を確認しようとしてる内に、イライラした慧音になぜか説教されるという理不尽に見舞われてるのよね、私。

 

 以上、ここまでのあらすじ。

 

 

「――という訳だ。 わかったか、アリス!!」

「……そうね。 ごめんなさい慧音、私目が覚めたわ。 これからは魔理沙を真っ当な魔法使いに導けるよう、頑張るわ!」

「お、おお、わかってくれたならいいんだ。 なら、改めてこれからもよろしくな、アリス!」

 

 そう言って、私の両手をがっちりと掴んでくる慧音。

 慧音が私に何を言ってたのかは全く聞いてなかったけど蒸し返すのも面倒なので、とりあえず何か反省してるっぽいそぶりでも見せとけば大丈夫よね。

 あー、早くここから脱出したいわ。

 

「で、話を戻すけど、今の状況はあまり芳しくない訳よね」

「……面目ない。 私がついていながら…」

 

 うーん。 とはいえ、これは慧音にどうにかできるレベルのものじゃないし、しょうがないわよね。

 まず、状況を整理しましょう。

 ここはどこまで進んでも、ひたすらまっすぐ同じ景色が続く廊下に、窓はなし、扉は開かない。

 壁を壊そうにもビクともしないし、進めど進めど先は全く見えない。

 ……多分これ、時空間魔法と結界の二重構造よね。

 正規のルート以外から入った場合に空間を捻じ曲げて、結界の中に侵入者を誘導して捕えるトラップ。

 つまりは、創造した無限空間に張り巡らせた結界の中に敵を閉じ込めるなんて高等魔法を常時使えるような超絶魔法使いがいると。

 それが普通にできるとしたら、むしろ吸血鬼よりそっちの方が厄介じゃない。

 なんかもう、本当にさっさと白旗振って帰りたくなってきたわ。

 

「おーい! 降参よ降参、大人しく帰るからここから出してー」

「なっ……おいアリス、諦めるのがあまりに早…」

「いいえ、妥当よ。 この魔力の流れ……少なくとも私たちじゃとても太刀打ちできないような、かなり使い手の魔法使いがいるわ」

「そ、そうなのか?」

 

 それに、私のリタイア宣言に紫が反応できてないことからも、この時空間魔法が紫の能力以上のものの可能性すらもあるしね。

 別に太刀打ちできないって訳ではないと思うけど、そんなレベルの使い手を出し抜くのは、ぶっちゃけ面倒すぎてやってられない。

 まぁ、紫の場合ただ単純にこの状況を面白がってるだけか、もしくはこのペアの動向についてはあんまり興味がないって線もあるけど。

 

「……ファファファ。 やっと自らの愚かさを思い知ったか、この愚か者め」

「っ!! 誰だ!?」

 

 と、そこに突然聞こえてきた謎のダミ声。

 

「我はこの吸血鬼の館を根城にする悪魔。 契約に従い、貴様らのような愚かな侵入者の生き血を啜る者なり」

 

 この魔法の使い手かしら。 すごい魔法使いなんだろうけど、小物臭がヤバいせいで期待外れ感が現時点でK点超えなんだけど。

 しかも愚かな以外の貶し言葉は見つからないのかしらね、ゲシュタルト崩壊起こしそうよ。

 まぁでも、これはむしろ脱出のチャンスなのかしらね。

 こういう自尊心の高そうな輩は刺激してはいけない、とりあえず下手に出て持ち上げとけば勝手に自爆してくれるだろうことは自明の理だ。

 

「ご、ごめんなさい悪魔さん。 どうしたらここから出してもらえますか」

「無駄だ。 貴様らはそこで一生、自らの愚かな過ちを悔いながら干からびていくのだ! ファッファッファ」

 

 いやいや、生き血を啜る話はどこにいったのよ、さっきから言ってることブレブレじゃないこいつ。

 私の中のツッコミ魂が目覚める前に、早くどうにかしてこいつを引きずり出したいんだけど。

 

「ふざけるな!! 隠れてないで出てこい、私がお前を…っ!?」

「黙って」

 

 余計な事するなと言わんばかりに、私は小声で囁いて慧音の足を踏む。

 こういう奴はたいてい実は小心者で、こっちが戦意を失うのを待ってたりするのよ。

 多分、私たちが空腹とかで動けなくなって、反撃できないようになって初めて前に現れるタイプ。

 少なくとも、そうなる前に引きずり出さなきゃいけないんだから、こっちが強気に出ちゃいけないのよ。

 

「そんなっ!? どうか……どうかご慈悲を」

「……ふふっ、ならば命令だ。 我が軍門に下れ」

「えっ!? わ、わかりました、貴方の仰せのままに」

「なっ、アリス!?」

「……ほう、やけに物分かりがいいな」

「貴方との力量差くらいはわかってます、逆らっても無駄だって。 私も、まだ命は惜しいので」

「ふふっ、よかろう。 我も利口な奴は嫌いではない。 どれ、少し待っておれ」

 

 すると、壁に突然大きな魔方陣が浮かび上がるとともに、その中心が暗く淀んでいく。

 大魔王の登場とでも言わんばかりの、派手な演出。

 慧音がゴクリと唾を飲んでいた。

 そして、その中心から現れたのは、一つの影。

 真っ赤な服に漆黒の翼を携えた、その不敵な笑みに向かって―――

 

「さあ、待たせ…」

「そおいっ!!」

「きゃんっ!?」

 

 私は持っていた大きな魔導書を思いっきりブン投げてやった。

 まだ半分しか出てきてないまま額に本の角が直撃した悪魔(笑)は、そのまま倒れて痙攣していた。

 グッジョブ霊夢。 あんたの技、とても役に立ったわ!

 

「んで、あんたが黒幕?」

 

 とは言ってみたものの、どう見ても使いっぱしりの雑魚キャラにしか見えない。

 ってか意外とかわいい声してたわよね、わざわざあんな耳障りな声に変声する必要ないじゃない。

 まぁ、確かにこの声じゃ威厳も何もあったもんじゃないとは思うけど。

 

「……フフ、フフフフ、なるほど何という策士。 だが、それで黒幕を倒したつもりか、笑わせてくれる」

「何?」

 

 そして、この子は足をプルプル震えさせながら、涙目で立ち上がった。

 うん、改めて観察すると、どう見ても雑兵よね。

 

「我は紅魔四天王の中でも最弱。 我ごときを出し抜いて満足するとは、侵入者の面汚しよ」

 

 何言ってんだこいつ、頭打ってネジが何本か吹っ飛んだのかしら。

 ……でも、ぶっちゃけ言うと、何かこいつのノリがだんだん面白くなってきた。

 正直、割と私好みかもしれない。

 

「そして、我もまだまだ終わりはせぬ。 ここから、真の本気を――」

 

「そこまでよ」

 

 そこに響いたのは、まるで寝起きのように凄く面倒くさそうな声。

 その、寝ぼけたような声のままに、

 

「え、パチュリー様?」

「ちょっと頭冷やしなさい小悪魔。 水符『プリンセスウンディネ』」

「――えちょっ、待ってください私まだごふっ、あばばばばばばばばっ!?」

 

 そして、突然押し寄せた水流に飲み込まれて廊下の果てまで流されていく悪魔っ子。

 多分、パチュリー様ってのはあいつの親玉か何かなんだろう、それなのに問答無用に流されていく。

 ……ヤバい、やっぱり面白いわあの子、このまま下っ端で終わらせるのはもったいないわ。

 

「……ふぅ。 ウチの子が迷惑かけたわね。 あ、私はパチュ…」

「ねえねえ、ところで私にあの子を任せてみる気はないかしら。 磨けば光るものを持ってるわよ!」

「へ?」

 

 という訳で思い立ったが吉日、早速ヘッドハンティング開始よ!

 

 

 

 



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第41話 : 紅魔館は今日も異常なし




 今回は咲夜視点です。





 

 

 

 ――聞こえる。

 

 ――誰かが私を呼ぶ声が、聞こえる!

 

 そんな気がしたので、というか単純に戦闘音が聞こえたので、私は紅魔館の門まで駆け付けた。

 徒歩で。

 そして騒ぎに乗じて私参上、と思いきや時すでに遅し。

 そこには、血に染まった美鈴の変わり果てた姿が……!!

 まぁ、ナイフを突き刺すという過激なツッコミで、倒れてる美鈴を無理矢理起こしたの私なんだけど。

 

「で? 貴方がいながら、結局侵入者を取り逃がしたと」

「す、すみません咲夜さん」

 

 体裁上、とりあえず美鈴にはお叱りの形をとってはみたものの、今回ばかりはしょうがないと思う。

 その辺の妖怪ならともかく、相手が九尾の妖狐、最高位に君臨する妖獣だったのなら、美鈴が無事だっただけ御の字だからね。

 え? それなら何でナイフ突き刺したかって? ただのスキンシップよ、スキンシップ。

 美鈴って何だかんだで話しやすいし弄りやすいのよね、私より何十倍も長く紅魔館にいる大先輩のはずなのに。

 

「まぁ、過ぎたことを言ってもしょうがないから後は私が何とかしとくわ。 だから美鈴、これ以上侵入者を増やさないよう門の見張りはよろしくね」

「あ、はい、咲夜さん!」

 

 そう言って、私は颯爽と身を翻して紅魔館に戻っていく。

 まぁ、手負いとはいえ、九尾みたいな例外さえいなければ門番は美鈴に任せといて大丈夫よね。

 そして、最強の妖獣が紅魔館に侵入したとわかってなお、私は決して落ち着いた佇まいを忘れない。

 この最高にクールな感じが、たった3年で紅魔館のメイド長に抜擢された秘訣なのだから!

 

「……とは言ったものの、どうしたものかしらね」

 

 私はゆっくりと歩きながら思考を巡らせる。

 さて、一度状況を整理しましょうか。

 今回侵入を許したのは、九尾の妖狐とその式神の化け猫。

 九尾の襲来なんてのは多分、私がこの紅魔館に来て以来最大の事件だろう。

 一応他にも塀を飛び越えて侵入して、私の『空間を操る能力』でつくった罠にかかった輩もいるみたいだけど、そっちはパチュリー様が何とかするとのことだったので心配はいらない。

 でも、ということは今、パチュリー様はそっちに手を取られてるという訳だ。

 そして今、お嬢様は秘密の用事で席を外されている。

 秘密って何をしてるかって? ふふっ、花も恥じらう乙女にそんなこと聞くのは野暮じゃありませんこと?

 まぁ、実際のところお嬢様が何をしてるのかは私も知らないんだけど、とりあえず秘密と言われたらその秘密を守るのも私の役目の一つなので、今はお嬢様に頼ることもできない。

 となると、この状況では……

 

「やっぱり、私が片付けるしかないのよねぇ…」

 

「に゛ぇっ!?」

「―――っ!!」

 

 はい、まず一匹。

 お嬢様の部屋に続く廊下で標的を発見したので、とりあえず投げナイフで化け猫の方は壁に磔にしといた。 

 そっちは最初から頭数に入れてなかったから、別にここまでは問題ないんだけど。

 でも、やっぱり流石に九尾の方はこんなの簡単に避けてきますよねー、はいはいわかってましたよ、ええ。

 とりあえず、このまま襲い掛かられたらヤバいので、

 

「お前はっ…!?」

「館内ではお静かに―――『ザ・ワールド』!」

 

 

 ――時よ止まれ――

 

 

 ……ふっ、決まった。

 あ、この技カッコいいでしょ。 外の世界で昔見た漫画の、悪のカリスマの必殺技をパクってみました。

 『空間を操る能力』だけではなく、『時を操る能力』というチート能力も使える私だけど、せっかくなのでそれを可能な限りカッコよく表現したかったのよね。

 私はまだ、お嬢様のように振る舞いだけで表現できるほどのカリスマなど持ち合わせていないので、せめて技名で紅魔館メイド長のカリスマを、という訳だ。

 

 で、その結果が、これだ。

 九尾は私に何か言いかけたまま、完全に固まって動かない。

 いかに最強の妖獣といえども、止まった時間の中では置物と大して変わらない。

 だけど、この隙にナイフを串刺しにしたり紅魔館の外に放り出せば終わり……と、話はそう簡単ではない。

 実は、私が触れたものの時間停止は解けてしまうのだ。

 まぁ、静止した空気の壁とかに阻まれずに私が前に進めるのはこのおかげなので、確かに必要なことではあるんだけどさ。

 でも、時間停止を解いてる対象が内包してるエネルギーの分だけ、私に強い負担がかかっちゃうのが意外とネックだ。

 昔、私がお嬢様と手を繋ぎながら停止した時間の中で吸血鬼無双! というあまりにチート過ぎる使い方をしようかと思ったら、私の体力的なものが一瞬で根こそぎ奪われて倒れたのよね。

 今回もうっかり触って九尾クラスの時間停止を解いたりしちゃったら、その時の二の舞になりかねない。

 っていうか、触れた瞬間に時間停止の解けた九尾にそのまま掴まれでもしたらもう時間は止められないし、反撃されて終わり、とか考えると迂闊には動けない。

 私はこんな能力を持ってても一応は人間なので、ちょっと間違えて致命傷を受けたらそれで死ぬのだ。

 

 そして、時間停止自体がけっこう疲れるから、長いこと止め続けられる訳じゃないので……

 

「っ!? くそっ!!」

 

 はい解けた、今能力解けました。

 とりあえず時間稼ぎのために投げられるだけ大量のナイフを九尾に向かって投げといたので、すぐに私に攻撃が来ることはないと思う。

 とはいえ、めっちゃたくさんナイフ投げたはずなのに全部見切って弾き飛ばされてるところとか見ると、やっぱり明らかに格上っぽいことがわかるので、あまり長期戦にはしたくない。

 

 という訳で、ここで私に残された選択肢は3つ。

 選択肢1、ほっといて逃げる。

 別にこの先にお嬢様がいる訳じゃないので、勝手に進ませて一旦ここは退く……というのは、個人的にイヤ。

 せっかくここまでお嬢様たちの信頼を勝ち取るに至ったのに、有事の際に限ってこうも簡単に逃げる臆病者だと思われたら紅魔館メイド長の名が廃るしね。

 選択肢2、お嬢様が来るまで時間を稼ぐ。

 これが一番現実的よねー、流石の九尾が相手でもお嬢様がいれば普通に何とかなるだろうし。

 時間稼ぎくらいなら、私の能力があればそう苦労もせずにできるだろうし。

 

 よし、じゃあここは冷静に……

 

「傷符『インスクライブレッドソウル』!」

 

 選択肢3の、「侵入者? ああ、この生ゴミのこと?」とか言って、返り討ちにした2人を門の外に投げ捨てる、君に決めたっ!!

 なぜこの選択肢を選んだかって? だって、こんな非常事態を涼しい顔して異常なしの一言で片づけられたら、超クールでカッコいいじゃない!

 きっと、私が寿命とかで死んだ後も紅魔館メイド長の職は永久欠番とかになるに違いないわ。

 勝算がある訳じゃないけど、私の能力をフル活用すればぶっちゃけ何とかなるんじゃないかと。

 とりあえず今は、ただひたすらナイフを投げまくってるだけだけど、流石の九尾もそろそろ疲れてくるはずよね。

 九尾クラスなら串刺しになっても死ぬことはないでしょうし、とりあえずこれで倒れてくれればいいんだけど……

 

「これで、少しは……っ!?」

「舐めるな」

 

 ……と、うぇっ、は、あはは。 いやぁ、心臓止まるかと思ったわ。

 間一髪で時間を止めて事なきを得たけど、一瞬で目の前にいるんだものこの狐。

 ちょっと身体能力が違いすぎて訳わかんないわ、本当にお嬢様とタメ張るレベルじゃないかしら。

 こんなのを相手にしてたら命がいくつあっても足りないわね。

 

 という訳で前言撤回。

 

「このっ―――な!? 何だ、ここは……」

 

 選択肢4の、私の『空間を操る能力』で創った無限回廊にこの狐を閉じ込めといて、お嬢様が戻るまで放置プレイするのが一番冷静よね。

 その分いつも紅魔館の外に張ってる罠の方が解けちゃうんだけど、この後に九尾以上の侵入者が来るなんてことは考え辛いから、別によしとしましょうか。

 それじゃ、とりあえずこの狐は放っておいて、私は別の所の見回りに行ってきまーす。

 

 

 

 

 



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第42話 : もう何も恐くない



 今回は阿求視点です。




 

 

 

 いろいろ紆余曲折はありましたけど、遂に辿り着いた紅魔館。

 ラスボスの館への侵入は中々に苦労すると思っていましたが……普通にすんなり入れました。

 といいますのも、門番のいないところをこっそり飛び越えてけば何の問題もなく入れたんですよね。

 あの門番、もう解雇していいんじゃないですかね。

 

「阿求、ここまでの道のりはバッチリか?」

「当然ですよ。 私を誰だと思ってるんですか!」

 

 さて、ここまでの道中、どう見てもただのお荷物でしかなかった私。

 しかーし、紅魔館に辿り着きさえすれば、今回のルールではむしろ最強のカードなのですよ!

 なぜなら私には、私の失言と妹紅さんの暴走のせいで失ったマイナス110ポイントなんて、一気に帳消しにできる力があるんですからっ!!

 

 今現在、私たちは既に紅魔館の中身を半分くらい解明済みです。

 妹紅さんが驚異のスピードで数多くある部屋のドアを開けて、閉めて、開けて、閉めて、鍵がかかっていてもドアの隙間から札を通して内側から開けて、閉めての繰り返し。

 その部屋の中の全てを、『一度見たものを忘れない能力』を持つ私が一瞬で覚えることで、歩いてきた道の地形から部屋番号と何がある部屋かまで鮮明に思い出せるのです!

 しかも、ほぼ無音で高速移動する妹紅さんは、その辺のメイド妖精に見つかる前にこっちから気配を察知して先に気絶させていくという荒業で、ここまで派手に動いておきながら未だに誰にも気付かれていないのです!

 最高の身体能力と最優の知能を兼ね備えた、正に最強のチーム。 これはもう、優勝は決まったんじゃないですかね。

 

「……むっ?」

「どうしましたか、妹紅さん」

「この部屋、鍵が開かないんだが」

 

 なんですとっ!?

 それは……怪しいですねぇ。

 他の部屋の鍵は簡単に開いたのに、たった一つ存在する開かずの間。

 何か私ワクワクしてきましたよ、妹紅さん!

 私も妹紅さんに背負われたまま全部任せっぱなしじゃアレなので、ちょっと降りて調べてみますね。

 

「うーん、どうしますか? ドア蹴破っちゃいます?」

「いや、流石にそんな音を立てたらマズいだろうし、何か方法は……っ!?」

 

 って、え?

 ええええええっ!? いつの間にか謎のメイドさんに背後をとられてて、妹紅さんの首筋にナイフがっ!?

 

「こんばんは」

「……ああ、こんばんは」

「あまり、いい趣味とは言えませんね。 こんな夜更けに…」

「それは悪かった、なっ!! っと……何!?」

「これはこれは。 話の途中で仕掛けてくるとは、随分と野蛮なことで」

 

 あわわ、あわわわわわ、何ですかこの人。

 あの妹紅さんに全く気付かれない内に首筋にナイフを突きつけられる人がいるなんて、完全に予想外ですよ!?

 しかも、妹紅さんの反撃を軽く避けて、気配すら感じさせないままもう一度背後に回り込んでるなんて、そんなのレベルが違いすぎて…

 

「へえ。 なるほどな、時間操作か?」

「っ!? ……何故、それを」

「さあね、なぜだと思う?」

「それは……っ!!」

 

 でも、私が混乱してるうちに、さっきまでの余裕の口調が少し崩れて隙を見せたメイドさんの後頭部を、何かが撃ち抜いてて。

 気付いた時には、妹紅さんはその人を地面に叩き付けて関節を極めてました。

 

「ぐっ……!!」

「慢心し過ぎなんだよ、強力過ぎる能力に」

「このくらい…」

「おっと、無駄だぞ? どう足掻いても自分の力じゃ動けない組み方をしてるからな。 たとえ時を止めても抜け出せない」

 

 ……正直、早すぎて何が起こってるかよくわかりませんでしたよ。

 ただ一つわかったのは、強力な敵の襲来が、あまりにもあっけなく終わってしまったことくらいですかね。

 

「……なるほど、降参です。 流石は博麗の巫女といったところでしょうか」

「あー。 もしかして、知ってた?」

「ええ、噂くらいは」

 

 あ、ヤバ。 素性バレてるじゃないですか。

 紅魔館の人の機嫌を損ねちゃダメなのに、これじゃ優勝どころか失格になっちゃいますよ!

 

「ま、いいか。 それよりちょっとこの部屋のことが気になってね、調べてもいいか?」

「嫌だと言ったら?」

「スペルカードルールで…」

「貴方のような無法者相手に、私がそんなルールに則る義務があると?」

 

 あー、やっぱりそうですよね。

 いきなり真夜中に不法侵入した挙句に拘束しといて、今さらルールとか言われても「何言ってんだこいつ」になりますよね。

 

「そうか。 だったら、悪いけどちょっと眠っててもらうことになるぞ」

「そうですか。 それは―――随分と舐められたものですね」

「え? あ、ちょっ、待ってくださ…」

 

 何か突然私の上から大量に降り注いでくるナイフの雨。

 嘘っ、何で、そんなの出す余裕なんてなかったはずなのに!?

 た、助けてください妹紅さ…

 

「さて、あっちの子を守らないと……がっ!?」

「悪いな。 ちょっといろいろあってね、その能力には慣れてるんだよ」

「ぁ……」

「じゃ、おやすみ」

 

 でも、いつの間にか私を囲うように結界が張られていて、降ってきたナイフは簡単に弾かれて終わってました。

 流石妹紅さん、私の不安なんて完全に杞憂でしたね。

 メイドさんは何か頭にお札を貼られて大人しくなってるし。

 

「それは……?」

「ああ、人間相手用の麻酔符だよ。 ちょっと眠っててもらおうかと思って」

 

 麻酔? 何ですかそれ。

 っていうか本当に、便利な感じの術を何でも使えるんですね、妹紅さん。

 ぶっちゃけ言うと、むしろ霊夢に博麗の巫女を代わらない方が、大体の異変とかは無事に解決できたんじゃないかと思っちゃいますよね。

 

「で、阿求。 どうする?」

「え? 何がですか?」

「いや、流石にこんな秘密にしてるような部屋に勝手に入るのはすごく悪いことをしてる気がするというか、あんまり深入りしちゃいけない気がするというか、何というか嫌な予感が……」

 

 何やらモゴモゴと歯切れの悪い口調の妹紅さん。

 まぁ、要するにここまで来てビビっちゃったってことですかね、でももう遅いですよ妹紅さん。

 いくら吸血鬼の館とはいえ、不法侵入した挙句に何人も気絶させてしかもそれが既に気づかれちゃってるんですから、今さら戻っても手遅れなんですよ。

 だったらもう、ここまで来たのなら、開き直って突き進むしかないじゃないですか!!

 よし。 ここは同調せず、意外と臆病な妹紅さんを私がちゃんと引っ張ってあげましょう!

 

「何言ってるんですか、だからこそですよ!!」

「え?」

「もしこの部屋に何か大変なものがあって、何も知らない霊夢がその直感力を発揮して開けちゃったら……どうなると思いますか?」

「あ、ああ。 そりゃあ、大変だな」

 

 ……という建前のもと、正直この知的好奇心を抑えきれないんですよね、私。

 ここまでして守られているってことは、まず間違いなく秘密の部屋。

 ふふふ、吸血鬼の知られたくないヒミツとか、あんまり人に言えない××とか、一体何があるんですかねぇ。

 何が出てくるのかちょっと不安ではありますけど、でも妹紅さんがいれば大抵のことは、いえ、もう誰が来ても全然大丈夫な気がするので!

 せっかく見つけた冒険スポット、みすみす逃すわけにはいきません!!

 

「んじゃ、引き続き……って、あれ? 今度は鍵、開いたぞ」

「え?」

 

 なんで突然?

 もしかして、このメイドさんを倒すと開けられる扉とかだったんですかね。

 時間操作とか言ってたし、ドアの時間を止めるような感じで鍵を開けられなくしてたとか。

 でも、そこまでして隠す部屋ってことは……これはますますワクワクが詰まってるという確信が持てますよ!

 暗号にトリック、厳重な金庫と謎の鍵穴に、そこから見つかる隠し階段!

 ふふっ、この名探偵阿求がこの部屋の謎を解いて……

 

「お。 なんか下りる階段があるぞ」

「……って、なんで隠してないんですかあああああああっ!?」

「ど、どうした阿求?」

 

 あああああああ、わかってない、何もわかってないですよ紅魔館の人たち!?

 なんで隠し階段が最初から見えてるんですか、もう意味不ですアホですガッカリですよっ!!

 せっかく地下へ向かう謎の階段という圧倒的アドバンテージがあるのに、そこへの道が無防備に開いてるとか、一体何を考えてるんですか!

 何かもう、楽しみの9割を理不尽に奪われた気分になってきましたよ。

 

「はぁ、もういいです。 早く行きましょう」

「……なんでいきなり不機嫌なんだ、阿求?」

「そんなの、この館の設計者に文句言ってください!」

 

 でもまぁ、確かに一気に冷めた部分はあるんですけど、隠し階段の先に一体何があるのかという楽しみ自体はまだ残ってるので、それで我慢しときますか。

 さ、では気を取り直して、早速謎の地下室に出発進行です!

 

 

 

 



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第43話 : カリスマ的存在

 

 

 

 さあ、遂にやって来ました謎の地下道。

 動く石像やら転がってくる大岩がある訳でもなく、ただ薄暗い照明が続いてるだけの廊下。

 何もないのが逆に不気味というか、すごく悪寒がするんですよね。

 で、ですがそれがどうしたというのですか!

 この身を駆け巡る熱い血の滾りは、寒気なんてものを感じさせませんよ!!

 熱くなれよ。 もっと、熱く、な……

 

「……ぅぅぅ、妹紅さぁん」

「はいはい」

 

 あぁ、あったかい。

 実は外とはうって変わって寒い気温に、体力を持っていかれそうになってたんですよね。

 でも、妹紅さんがつけてくれた炎の術で少しだけ暖をとれました。

 そのおかげで、辺りの様子も少し鮮明に見えるようになりましたよ。

 

「物置って訳でもないだろうし、一体何なんだろうなここは」

「ふふっ、ここまで怪しいってことは、まず間違いなくこの屋敷一番の重要スポットですよ!」

 

 流石にこの薄暗い場所に掃除は全く行き届いていない様子。

 ただ小さな足跡が無数にこの奥に続いているだけ。

 小さな、同じ大きさの足跡だけ。 恐らく主のレミリアさん以外は誰一人として立ち入らない場所ってことですよね。

 なるほどこれは更に期待が膨らみますね!

 

「でもさぁ。 正直、どんどん嫌な予感が膨らんでくんだよな」

「嫌な予感?」

「ああ。 何というか、ちょっと言葉にはし辛いんだけど、もう大人しく帰った方がいいんじゃないかと…」

「今さら何言ってるんですか!?」

 

 ここまで来て引き返すとか、そんな選択肢がある訳ないじゃないですか!?

 そんなチキンなハートは妹紅さんには似合いませんよ!

 まぁ、守ってもらってる私がそんな文句言える立場じゃないとは思いますけど。

 

「まぁ、ただの思い過ごしならいいんだけどさ」

「大丈夫ですよ、妹紅さんなら多少の障害くらいどうにかなりますって!」

「そうかな」

 

 今まで見た感じ、妹紅さんっていろいろ人としてヤバい気がするんですよね。

 どんな妖怪や神が現れても太刀打ちできないレベルの、むしろ普通なら畏怖すら抱いてもおかしくないような。

 でも、だからこそ今の状況じゃすごく心強いんですよ!

 もう本当に何が来てもきっと大丈夫なんだって、そんな気がするんです!!

 

「でも、危険はあると思うからほどほどのところまでだぞ、阿求」

「むーっ、まだそんなこと言ってるんですか、そんなのきっと…」

「―――っ!? 伏せろ阿求!!」

「へぶっ!?」

 

 と、楽観的に言った傍からいきなり床にたたきつけられた私。

 って、いきなり何するんですか! とか言おうかと思いましたけど、多分何かの罠とかから妹紅さんが助けてくれたんですよね。

 うぅぅ、でも突然だったのでいろいろ痛いし、埃とかゴミがいっぱい口に入っちゃいましたよ、ぺっ、ぺっ、もっと優しくお願いしますよ!

 そんな風にちょっとだけ冗談っぽく、妹紅さんに言おうとして顔を上げたら……

 

「もうっ、妹紅さんもうちょっと優しく……え?」

 

 でも、隣に妹紅さんはいなくて。

 そこには地面が大きく抉られたような跡と。

 その先に、続いていたのは、

 

「妹紅さん……?」

 

 ……そんな光景は、さっきまで想像すらしていなかったのに。

 そこにはただ、赤く染まった血だまりと。

 背中から大きな槍で胸を貫かれた妹紅さんが、壁際に、倒れて、て……

 

「え、嘘……ぃ、嫌あああああっ!? 妹紅さん!! 返事してくださいよ、妹紅さ…」

 

 

「―――随分と。 勝手なことをしてくれたものね」

 

 

 でも、泣き叫びたいのにそれ以上声が出なくて。

 背筋が凍ったと、そんな風にしか言い表せない感覚が私を襲って。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは私とほとんど背丈の変わらない、小さな女の子。

 それでも、その声色はこの世の全てを見下したかのように冷たく。

 その視線は、一切の感情すらもないと思わせるほどに無機質で。

 一目見ただけで理解しました。

 これこそが幻想郷の王、カリスマの権化と言われる吸血鬼、レミリア・スカーレットなのだと。

 

「ぁ……どうして、私たち、ただ、その……」

「どうして? 私に許可もなく紅魔館を喰い荒らす鼠を屠るのに、前置きが必要かしら?」

 

 動かなくなった妹紅さんを一瞥したその目はどこまでも冷淡で、何よりも無関心で。

 人一人を殺しておきながらも、本当に何一つとして感じてすらいないような表情でした。

 ……何なんですか、この人。

 鼠を屠るとか、そんな軽い気持ちでこんなことをしたっていうんですか。

 というか、どうしてそんなことでいきなり殺されなきゃならないんですか!?

 ここを見つけたのだってただの偶然なのに、そんな理不尽なことってないですよ!!

 

「で、でも、私たちは偶然階段を見つけたからここに来ちゃっただけで、ただちょっとした好奇心で…」

「いいえ、偶然じゃないわ。 私にはわかっていたもの、貴方たちがここに辿り着く運命だったことは」

「え……?」

「たとえどれだけ隠していても、貴方たちは僅かな手がかりをも探し出していた。 だから、他に余計な詮索をさせないために最初から私がここに誘導したってだけの話よ」

 

 知っていたとか、最初から誘導してたとか、一体何言ってるんですかこの人は。

 そんな訳の分からないことで、話を逸らさないでください!

 ……でも、尻餅をついて動けない私に、そんな口答えをする余裕なんてあるはずがなくて。

 私の隣には、動かなくなった妹紅さんの身体があって。

 私はただ恐怖のままに、許しを請うことしかできなくて。

 

「……ごめんなさい、私たちが悪かったです、だからお願いです、早く妹紅さんを助けてあげないと…」

「残念だけどね。 この場所を知った以上、生かしておく訳にはいかないのよ。 そいつも、そして貴方も」

「え……?」

「だけど安心なさい、せめて楽には逝かせてあげるわ。 そこの人間と同じように、痛みも苦しみもないように」

「あ、ぁ……」

 

 ……何ですか、これ。

 少し前まで、あんなに楽しかったはずなのに、どうしてこんなことになってるんですか。

 私が、あそこで素直に妹紅さんの言うことを聞いて帰っていれば。

 そうすれば、こんなことにはならなかったのでしょうか……

 

「神槍―――」

 

 最後に見えた光景は神々しいほどに光輝いていて。

 でも、それは私に絶対の死を突きつける死神の導きでしかなくて。

 私はそれを、黙って受け入れるしかなくて。

 

「……死にたくない」

 

 だけど、私はその時、初めてそんなことを思いました。

 今まで自分の命に執着したことなんて、ほとんどなかったのに。

 私が稗田阿求として転生するまでの8度の死を、大人しく受け入れられたはずなのに。

 それでも、私はどうしても死にたくありませんでした。

 私のわがままで妹紅さんの命を奪っておきながらも、図々しくもそんなことを願ってしまいました。

 

 ――忘れたく、ない。

 

 魔理沙に会えて、霊夢に会えて。

 私は一人じゃないって、この世界が楽しいって、初めて思えたのに。

 ただ幻想郷縁起を記すためのシステムとかじゃなくて、私が私でいられる友達に会えたのに。

 この出会いだけは、もっと長く噛みしめていたかった、のに。

 

「『スピア・ザ・グングニル』」

 

「嫌ああああああああああああっ!!」

 

 なのに、ここで終わり。

 辺りにはただ爆音と地響きだけが響いて。

 全身が焼き尽くされるような熱さに襲われて。

 もう、私は既に死んでるんだと確信しました。

 

 きっと、次に目を開けた時には違う世界。

 違う時間。

 違う感覚。

 違う、人たち。

 今まで何度も受け入れてきたはずのその瞬間が恐くて。

 10人目の御阿礼の子という別人として生まれ変わってしまった私の居場所を想像するのが、恐くて。

 

「―――か」

 

 私の耳に微かに聞こえてきたその声に気付くことが、恐くて。

 気づいてしまった瞬間、もうそこに今の私はいない。

 そこにはきっと、誰もいない。

 今までみたいに、私を私として話しかけてくれる人も、友達もいなくて。

 今の私のことを覚えている人なんて誰もいなくて。

 私はまた、ひとりぼっちで。

 私の名前を呼んでくれる人なんて、もうどこにも……

 

「おい、大丈夫か阿求?」

「……へ?」

 

 でも、聞こえてきたそれは、私のよく覚えのある声でした。

 まだ稗田阿求である私に覚えがある、強くも優しい声。

 そして、消え入るように小さな声が、もう一つだけ。

 

「……この、化け物が」

 

 おぼろげな記憶の中で目覚めると、目の前にあった光景は、私から言葉を奪っていました。

 4本の銀のナイフが、レミリアさんの両手両足を壁に磔にしていて。

 その隣で、妹紅さんがほぼ無傷のまま、あまりに何事もなかったかのように私を背に立っていたから。

 

「悪いな。 だが、吸血鬼ならそのくらい後でいくらでも再生できるんだろ?」

「……え? 妹紅さん? えっ、どうして…」

 

 私は夢でも見てるんでしょうか。

 心臓を一突きにされて、人間なら間違いなく死んでいたはずだったのに。

 なのに、刺されたはずの傷すらなかったかのように、妹紅さんは普通に立っていて。

 

「どうして……だって妹紅さん、胸を貫かれて、あんなに血を流して、死んだはずじゃ…」

「え? 私が死んだ? あ、あはは、な、何言ってんだ阿求、夢でも見てたんじゃないのか?」

 

 さっきのは、夢、だったんですかね。

 それにしては、ちょっとリアルすぎる気はするんですけど。

 しかも妹紅さんは何かを必死にごまかそうとしてるようにも見えるんですよね。

 

 ……でも、そんなこと今はもうどうでもよくなってきました。

 心臓がバクバクし過ぎて、正直あんまり思考が定まらないんですよ!!

 

「そ、それよりお前、いきなり襲い掛かってくるなんて、どういうつもりだ! あれで阿求が死んだらどうするつもりだったんだよ!?」

「……どうもしないわ。 別に興味もない」

「なんだと?」

 

 何やら口論している妹紅さんと吸血鬼。

 いきなりのシリアス展開に、まだ起きたての私の頭がついていけてないんですよね。

 とりあえず誰か、今の状況の解説ぷりーずですー。

 

「お疲れ様、妹紅、阿求」

「え?」

 

 そう思ってたら、ちょうど私の疑問に答えるかのように突然響いた声。

 ババァーンって感じの効果音とともに……ってすみませんババアなんて言ってませんごめんなさい声に出してないから許してください。

 という「ザ・黒幕」って感じの雰囲気で現れたのは、なぜか隙間の能力を使わず歩いてきた紫さんでした。

 ……ふぅ、一時はどうなることかと思いましたが、これで本当に助かったみたいですね。

 さて、この混沌とした状況、解説役の紫さんは一体どうやって収束させるのでしょうか。

 っていうか本当に何とかしてくださいよこの重い空気、お願いします紫さーん!

 

 

 

 



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第44話 : 吸血鬼と真実と



 今回は妹紅視点です




 

 

 

 さてと。 ちょっと遠足のノリでテンション上げ過ぎたけど、ここで少し冷静になってみようか。

 まず私、藤原……もとい博麗妹紅と阿求が今回この紅魔館に来たのは、霊夢が初めて解決する予定の異変を安全に執り行うための、いわゆる視察だ。

 そのために紫があらかじめここの主である吸血鬼と話をつけていたらしいんだが……まさか開口一番いきなり殺しにかかってくるとは予想外だった。

 っていうか視察に来てなかったら、本当に霊夢が殺されててもおかしくなかったぞ、本当に大丈夫なのかこれ。

 と、紫に文句の一つでも言ってやろうと思ってたら、ちょうど紫が来た訳だ。

 

「……ちっ。 やはりお前の差し金か、八雲紫」

「ご明察。 ま、正直ここまでの成果は期待はしてなかったんだけどね」

 

 成果?

 まさか、また何か勝手に企んでるんじゃないだろうな。

 紫は紫でいろいろと考えた上で行動はしてるんだろうけど、時々少しやりすぎなことがあるから注意が必要なんだよな。

 

「どういうことだ紫、ちゃんと説明してくれ」

「安心して、今日の目的は本当に視察よ。 ただし、彼女たちが本当に安全な異変を起こしてくれると信頼できる相手かの、ね」

 

 ……ああ、なるほどな。 話し合い自体はしてきたけど、本当に信頼に値すると判断できる相手でもなかったってことか。

 だからこそ、本人断りなしに抜き打ちでチェックしようとしたってとこかな。

 ま、紫らしいっちゃ紫らしい対応だな。

 

「それについては、話はついていたはずだろう。 こんなくだらないことをしなければ、協力してやるつもりだったよ」

「それを、簡単に信用しろと? 幻想郷に攻め入った前科のある貴方を?」

「……」

 

 何だ、こいつ前にも何かやらかしたことがあるってのか?

 そんな奴に大事な異変の運営を任せていいのかよ、本当に不安になってきたぞ。

 

「前科ってのは、何があったんだ?」

「まぁ、少し伝えられ方にはぼかしてある部分もあるんだけど……吸血鬼異変って、知ってるかしら?」

「あ、私知ってます! 確か昔、吸血鬼の軍勢が幻想郷に攻め入ったっていうアレですよね」

 

 あー、確かアレだよな。 百年以上前、私がまだ博麗の巫女になる前に起こった最後の異変とかいう。

 とある日の満月の夜、吸血鬼が幻想郷の侵略に来たという異変。

 その圧倒的な力と類稀なるカリスマ性に惹かれた多くの妖怪たちが手下となって、幻想郷を支配下に置こうとしたとか。

 

「まさか、その時の吸血鬼がこいつだったってことか?」

「そうそう。 孤高の吸血鬼、レミリア・スカーレット。 私たちは昔、彼女たった一人を相手に本当に手を焼いたのよ」

「どの口が言う。 結局お前が止めたくせに」

「互角……いえ、もし藍がいなければ、単純な実力ではそれ以上だったでしょう? この私を相手にして」

 

 ……マジか、満月だったらこいつの単騎戦闘力は紫以上ってことかよ。

 吸血鬼って種族が月の力の恩恵を受けやすいってのは有名な話だけど、そこまでのレベルの吸血鬼がいるなんてのは予想外だ。

 まぁ、月があんまし出てない今でさえかなりの手応えはあったし、確かに満月だったら結構ヤバいのかも。

 

「だけど、あの時は最終的には無事に話し合いで終わることができた。 貴方が理性的で、そして潔かったから」

「潔かった?」

「ええ。 本当はあの時、私と彼女の勝負はついていなかったはずなのよ。 それでも、彼女はそれ以上の不毛な戦闘を避けて降伏し、幻想郷に二度と害をなさないと誓ったわ。 私たちが、必要以上に彼女に介入しないという条件と交換でね」

「へぇー、そんなことがあったんですか。 なるほどそれは幻想郷縁起の執筆が捗りますね!」

 

 真剣な表情の紫や吸血鬼とは対象に、阿求は何かまた一人で勝手にテンションが上がってる。

 そういや阿求の目的は紅魔館の、吸血鬼の実態調査だったしな。

 やっぱり隠し階段とかよりも、本能的にこういう知られざる歴史的な情報の方が阿求の興味を惹きつけるんだろうか。

 

「そこからは、平和だったわ。 何も起こさず、貴方は本当に平穏を守ってきた。 ……表向きはね」

「表向き? どういうことだ」

「孤高の吸血鬼レミリア・スカーレットは、吸血鬼異変の時も、いついかなる時も一人だった。 その力に惹かれて集まってくる有象無象がいても、それでも彼女は本質的には孤高の存在だった。 ほんの数十年ほど前までは」

「それって……」

「ええ。 体術で藍と張り合うレベルの武術家に、あらゆる属性を司る万能の魔法使い、極めつけは時間を操る力を持つ得体の知れない人間。 それまで孤高を貫いてきたはずの貴方は、この数十年足らずで突然、強大な力を持つ彼女らを自ら集め始めた」

「……」

「特に彼女が、十六夜咲夜が現れてからは、私の不安は本物になっていった。 彼女の力は、私の能力さえも超えるわ。 彼女の能力に覆われてからというもの、紅魔館内部の境界を見つけることができなくなったから」

 

 マジかよ、それって結構ヤバいことだよな。

 そんなことができる奴なんて……まぁ、私は他にも知ってるけど、そいつらは例外として。

 そもそも紫の『境界を操る能力』は、幻想郷を管理する上で不可侵であることが必要な能力だ。

 一応、博麗の巫女が博麗大結界を張ることで幻想郷を現実から切り離してるんだけど、それも紫の能力があってのことだし。

 だから、紫の能力の範囲を簡単に超えてくる奴なんて、幻想郷の安定を考えるのなら、そうそういちゃいけないはずなんだけどな。

 

「でも、それまでの貴方の在り方とあまりにかけ離れたその行動は、明らかに不自然なのよ。 だから、私は一つ仮説を立てたの」

「仮説?」

「ええ。 ……ねえ、貴方は機を窺っていたのではなくて? もう一度、彼女たちの力も借りて、今度こそ幻想郷を支配できる日の」

「くだらん仮説だな」

 

 レミリアとかいう吸血鬼は、それを聞いても眉一つ動かさない。

 少なくとも動揺しているようには見えないし、むしろ本当に紫に落胆したかのような、そんな目をしていた。

 

「ええ、馬鹿馬鹿しく思える話かもしれないわ。 でも、私は不安を抑えきれなかった。 だから―――少し調べさせてもらったわ、貴方の過去を」

「―――っ!?」

 

 だが、そこで初めてレミリアの表情が変わったように見えた。

 それは、怒りとかじゃない。

 誰もが一目でわかるほどの、明かな戸惑いだった。

 

「貴方は両親がともに真祖の吸血鬼という、吸血鬼のサラブレッド。 もし仮に貴方の父君と母君、スカーレット夫妻がご存命であれば……吸血鬼が一人でなかったのならば、吸血鬼異変は今とは違う歴史を紡いでいたかもしれない」

「……存命であれば、ってことは」

「ええ。 幸いにも、というのも心苦しいけど、彼らは吸血鬼異変よりも前に死んでいるわ。 不死の吸血鬼がいつ、どうして亡くなったのかは知らないけど、2人の墓標も確認済みよ」

 

 そうか。 当たり前だけど、こいつにも親がいたのか。

 まぁ、妖怪とかにはそういう概念がない奴もいるから、当たり前ってことはないだろうけど。

 でも、孤高の吸血鬼とか言ってたし、ってことは両親を亡くしてからこんな小さな子がたった一人でこの広い屋敷に住んでたってことか?

 それはそれで、ちょっと可哀想な気もするな。

 なんかナイフで壁に磔にしたままってのも可哀想な気がしてきたし、そろそろ下してあげてもいい気がしてきた。

 でも、流石にこのシリアスな空気で話遮るのも空気読めてない感じがするし、どうしようかな。

 

「……やめろ」

「ん?」

 

 だけど、そのレミリアの表情には、また少し変化が現れてるように見えた。

 最初の能面のような面影など、全く感じさせない。

 それは戸惑いではなく、まるで何かに怯えるかのような。

 

「だから、その件については別に問題はないわ。 ただ――――」

「やめろっ!!」

 

 そして、紫が大きく息を吸うとともに発した、

 

「スカーレット夫妻には、子供が2人いたはずなの」

 

 その言葉で、レミリアは完全に沈黙した。

 

 

 

 



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第45話 : 最大の禁忌

 

 

 

 力なく俯いたまま、レミリアは動かなかった。

 ……ってか、吸血鬼に2人の子供がいた?

 要するに、このレミリアって奴はその内の一人で。

 こいつと同じ吸血鬼が、どこかにもう一人いるはずってことか。

 

「でも、貴方の兄弟か姉妹か、いずれにせよその痕跡はこの館からは不自然なほど綺麗に消されていたわ。 恐らくは最初から私たちの目を欺くために、その存在自体を隠していたんじゃないかしら」

「っ……!!」

「そして、貴方は待っていた。 強力な仲間を集めて、いつかもう一人の吸血鬼が幻想郷に現れる日を。 再び幻想郷に攻め込む準備ができるその日を!」

「……違う」

「それは、私としてはどうしても避けたい事態なの。 貴方が集めたあの3人に加えて、1人でも厄介な吸血鬼が2人になって満月の夜に襲ってきたら、とても手に負えない。 貴方たちの存在は、間違いなくこの幻想郷で一番の危険因子になるわ」

 

 なるほどな、それを懸念してたから、紫はイベントにかこつけてこいつらの調査をしようと考えた訳だ。

 まぁ、確かにそんなことは想像したくもないよな。

 このレベルの吸血鬼が2人、それに加えてあのメイドやらその仲間が満月の日に攻め入ってきたら、今の霊夢じゃどうしようもないだろうし。

 

「だからね、今回の目的の一つは貴方たちへの警告だったのよ」

「警告?」

「ええ。 新しく未熟な博麗の巫女が誕生した今、仲間が揃いさえすれば幻想郷に攻め入るのは容易だと思っているのかもしれないけど……」

 

 そこで紫は突然、私の腕を引っ張ってきた。

 

「秘密兵器がいるのは貴方たちだけじゃない、ってね。 私が藍と2人がかりでも止められなかった人間……いえ、それすらも今は昔の話なのかしらね。 まぁ、私がどうこう言わなくても、妹紅の力は今そこに磔にされてる貴方が一番よくわかってるでしょう?」

「……ああ」

「だから、今回のゲームを通じてそれを見せつけて、貴方への抑止力にするつもりだったのよ」

 

 あー、なるほどそういうことね。

 博麗の巫女を引退した私でも、確かにそういう意味じゃ少しくらい霊夢の力になれるってことかな。

 だけど、正直言うと勝手にハードル上げないでくれよって感じだ。

 何だかんだでこいつの初撃は躱せなかった訳だし、そこまで持ち上げられてもどう反応するか微妙な心境なんだよな。

 

「そういう意味じゃ、今回の視察は成功だった……いえ、期待以上の収穫があったのかしらね」

「っ!!」

 

 反応に困っている私を放っておいて、いつの間にか紫の目はこの廊下の奥へと向いていた。

 この地下室の奥に微かに見える、一つの扉に。

 

「実は、もう匿っているんでしょう? あの先の先に、もう一人の吸血鬼を」

「……やめて」

「準備が整う直前、本当に間一髪だったってことよね。 まぁ、いつから幻想郷に来ていたのかは知らないけど、もう一人にも同じく今の状況をわからせて…」

 

「やめてええええええっ!!」

「……え?」

 

 その悲鳴を聞いて、紫は呆気にとられていた。

 正直言うと、私も目の前の光景が信じらなかった。

 最初はあんなに強気だった吸血鬼が、まるで子供のように小さく縮こまって震えていたから。

 

「お願い、やめて……何でもするから。 私は何でも言うことを聞くから…」

「え? ちょっと貴方、一体…」

「おい紫、何か様子がおかしいぞ」

 

 何だ、これ。

 癇癪を起したとか、そういうレベルじゃない。

 本当に、どうしようもない心的外傷を抉られてるかのような、そんな怯え方だぞ。

 

「い、いや、ちょっと待って! ほら、今すぐ貴方たちをどうしようって訳でもなくて、ただ話し合いをしたくて……」

「……」

「いやほら、ちょっとだけ、ちょーっとだけご挨拶を…」

「殺すぞ」

「え?」

「それ以上触れたら、殺す」

 

 レミリアの目は、いつの間にかまた睨むような視線に戻っていたけど。

 でも、その涙と、全身の震えを止めることはできていなかった。

 

「殺すって、今の状況でそんなこと…」

「そこのひ弱なガキでもいい」

「え?」

「新しい博麗の巫女でも、そいつについてくる魔法使いでもいい。 一瞬で、簡単に殺せる」

「っ!!」

 

 そこのひ弱なガキ?

 ……阿求のことか。

 阿求のことかーーーっ!!

 とか言ってる場合じゃない、目がマジじゃねーかこいつ。

 このままじゃ阿求がヤバい上に霊夢や魔理沙にまで飛び火しそうだし、流石にこっちも少し譲歩した方がいいんじゃないのか?

 

「……なるほど。 そうまでして知られたくない秘密がおありですか」

「……」

「妹紅。 阿求を連れてここから逃げて」

「っ!!」

「え、紫?」

 

 逃げろって、そんな。

 ってことはまさか、ここで全面戦争ってことか!?

 おいおい、流石にそんなのは……

 

「って、待てよ紫! いくらなんでも…」

「待ってられないわ。 思った以上に、事態は深刻なのかもしれないのよ」

「え……?」

「著しく時空間が乱れたこの館じゃ、私の能力は十分に発揮はできない。 阿求が危険に巻き込まれても私が守ってあげることはできないわ」

「だけど、何も今すぐにそんな…」

「それにね。 言葉にはし辛いんだけど……直感的に嫌な予感がするのよ、あの部屋。 もう一人の吸血鬼とか、そんなのがどうでもよく思えるくらい危険な何かを感じるの。 レミリアのあの怯え様も、明らかに普通じゃないし」

 

 ……まぁ、確かにそれはわかる。

 私もだいぶ長いこと生きてきたから、本当にヤバい物事は何となくわかる。

 今回で言えば、あの部屋がまさにそれだ。

 別に私は鬼や閻魔なんかをぶん殴ってキレさせた後でも、全然ヤバいとか思ったりしないのに。

 それでも、この地下室に足を踏み入れた時から、何となくこれ以上進むべきじゃないって、本能が警告してた。

 ましてや紫も同じように感じてるってことは、あそこにある何かはこの館の……いや、下手すると幻想郷で最大の禁忌なのかもしれない。

 

「……ふむ。 十六夜咲夜が眠らされてる影響かしらね。 今なら、少しくらいなら―――」

「――――ぅぐおおおお!? 一体これは……っ紫様!?」

「遅いわよ、何やってたのよ藍」

 

 紫が手を振り上げるとともにほんの僅かに空間に開いた隙間から、絞り出されるかのように藍が出てきた。

 イメージとしては、チューブから歯磨き粉とかを出してる時の、にゅるんとした感じのアレだ。

 ……ちょっと思うんだが、紫にしろ霊夢にしろ、最近なんか藍の扱いがいろいろ雑になってきてないか?

 

「も、申し訳ございません。 隔離結界を破るのに少し時間をとられました」

「まぁ、いいわ。 戦闘準備はできてるかしら?」

「……はい」

 

 それでも、やっぱり藍は優秀な式神なんだろう。

 紫に言われてすぐに状況を把握し、目つきそのものを切り替えて臨戦態勢に移っていた。

 レミリアじゃなく、ただ奥の扉の先にあるだろう何かに向かって、2人が一斉に殺気を込めている。

 

「……本気なんだな、紫」

「ごめんなさい。 貴方には、後で話せるところまでは話すわ。 でも、月が欠けてて彼女が手負いである今がチャンスなのよ。 だから…」

 

「そこまでよ!」

「っ!!」

 

 そこで紫を遮って突然響いたのは、聞き覚えのある声。

 ……うわぁ、すごく嫌な予感がする。

 あの奥の扉とはまた違った意味で、こう、何かこのシリアスな空気を全部ぶち壊してくれそうな。

 

「…って、レミィ!? このっ、月符『サイレントセレナ』!」

 

 そしてもう一つ響いた別の声とともに、光が差し込む。

 入口のあたりから一直線に突き刺すように、月の光のような何かがレミリアを照らしていた。

 その先にいるのは少し華奢な印象の、恐らくは紫の話にあった魔法使いと……あれは、慧音とアリスだよな?

 どういうことだ、どうしてあいつらが……

 

「話は聞かせてもらったわ。 幻想郷は滅亡する!」

「……はあ?」

「いや、乗ってきなさいよ、せっかくこの微妙な空気を和ませようとしてあげたんだから」

 

 ……ああ、やっぱりアリスはいつも通りか、少しくらい空気読めよ。

 まぁ、確かに今ので何か一周回って白けたというかクールダウンした気がするけど。

 だけど、一息ついてる余裕はなさそうだった。

 アリスはともかく、その隣の魔法使いは明らかに紫や藍に敵意を向けていた。

 その後ろにいる慧音の目さえ、どこか血走ったかのように真剣だった。

 要するに今、あの3人は私たちとは対立する立場に、レミリアの側についてるって訳だ。

 

 でも、別にそれはいい。

 私も今の紫の行動に完全に納得してる訳じゃないから、いったん第三者を交えて冷静になることは必要だ。

 どうしてあいつらがあっちに味方することになったのか。

 その辺も含めて、もう一度ちゃんと話し合わないとな。

 

 

 

 

 



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第46話 : 仲良くできる気がしない



 時は少し戻って、パチュリー視点です。





 

 

 

「……ふむ、美味いな」

「当然でしょ」

 

 深夜のティータイム。

 気絶する小悪魔を叩き起こして入れさせたダージリンを飲みながら、優雅に過ごすひと時。

 この静かな図書館で本を読みながらゆっくりと紅茶を楽しめる環境こそが、私の求める理想郷。

 

「なるほど、入れ方一つでこんなにも素晴らしいものに……って、どうしてこうなったああああああっ!?」

「五月蠅いわよ慧音、少しは情緒ってものを理解したら?」

「そうね、激しく同意だわ」

 

 でも、それを邪魔する鼠が二匹も紅魔館に侵入してきて、その理想はあっけなく崩れ落ちていったのよね。

 とはいえ、少しは話の通じる鼠みたいなのが唯一の救いかしら。

 うるさいと言えば確かにうるさいけど、情報交換もここまで割とスムーズに進んだし。

 

「で、要するに貴方たちはレミィと八雲紫が起こす予定の異変を下見に来たと、そういうこと?」

「そうそう。 で、だんだん飽きてどうでもよくなってきた頃に捕まっちゃってね。 でも、そこで何か面白そうな子を見つけたから早速いただいていこうかと思って、飼い主っぽいパチュリーに話をつけに来たのよ」

「なるほど。 いきなり馴れ馴れしいし、図々しいってレベルじゃないわよね、貴方」

「貴方じゃないわ。 二度目になるけど、アリス・マーガトロイドよ、よろしく」

「……ええ、よろしく。 なんとなくだけど、貴方とはあまり仲良くなれない気がするわ、アリス」

「私は生涯の大親友になりそうな気がするわ、パチュリー」

 

 ……はぁ、何かどっと疲れたわ。

 もう、いろいろ思考が混在してきてるし、気を取り直してもう一度状況を整理しましょうか。

 

 まず、咲夜の罠にかかった侵入者がいると聞いたから、その後始末を私の使い魔である小悪魔に頼んでゆっくりしてたんだけど。

 ちょっと不安になって様子を見てたら、そこで気になるものを見つけたのよね。

 幾重にも重なった鎖で厳重に封印された、怪しげな魔力の波動を放つ魔導書を持っている謎の魔法使い。

 あれが一体何なのか、こいつが一体何者なのか、小悪魔を通じて興味本位で覗いていたのだけれど……

 

  ――そおいっ!!

 

 ……その声は、今でも耳に焼き付いている。

 あろうことか、こいつは魔導書を魔法ではなく物理攻撃に使い出した、というか小悪魔に向けて思いっきりブン投げたのだ。

 まさかの武闘派とは予想してなかったわ。

 ってよりも、もっと魔導書は大切にしなさいよ、折れ曲がったりしたらどうするつもりよ!!

 と思ってたんだけど、派手にぶつかった魔導書は折れるどころか傷一つなかった。

 それが私の好奇心を更にくすぐったのよね。

 だから、私の目的はこいつの持っている本が一体何なのかを究明すること。

 可能であれば、借りるか譲り受けるかすること。

 けど、いきなりそれの話を切り出すと警戒されるから、まずは興味のありそうな話で少しずつ切り崩していきましょうか。

 

「さて、じゃあその小悪魔の件だけど」

「ああ、それならもういいわ。 私の中でブーム終わったから」

「ひ、ひどいっ!! 私とのことは遊びだったんですか!?」

「触らないで汚らわしい」

「ぁ……うわああああああん家出します探さないでくださいいいいいぃぃ」

 

 突然ゴミを見るような冷めた目で見下すアリスと、涙目になりながら図書館の果てまで走っていく小悪魔。

 ……いや、別にアリスに毒されてる訳じゃないのよ。

 確かにこの短時間でかなり打ち解けたっぽいのもあるけど、もともと小悪魔ってこんな感じなの。

 ほら、見ての通り、主である私がこんな感じのクール&ビューティーじゃない?

 レミィなんて私以上に冷めてるし、咲夜は忙しいし美鈴はずっと外にいるし、妖精メイドなんかとはいまいち話が噛み合わないから、こういう感じに素で話せる相手に餓えてたみたいなのよ。

 

「とは言ったものの、やっぱりちょっと面白いわよね、あの子」

「……まぁ、あの子は私の使い魔なんだけど、見ての通り今一つ未熟でね。 貴方と相性はよさそうだし教育を任せてみるのも一つの手だと思ったんだけど」

「なるほどね。 そういうことなら全然OKだけど、そしたら代わりに私の弟子も見てくれない?」

「弟子?」

 

 へえ、本当に弟子なんかとるタイプだったのね。

 小悪魔の件も適当なお遊びみたいなもんだと思ってたから、ちょっと意外だわ。

 

「いやね、人間なのに魔法使いになりたいって子でね。 まだ幼い分成長は早いんだけど、猪突猛進というか、頭は回るくせに自分の決めたことにいい意味でも悪い意味でも突っ走っちゃう感じで」

「ふーん、それは何というか……ちょっと面白そうね」

「そうなのよ! でも、このままじゃそろそろ壁にぶち当たる頃だと思うから、パチュリーみたいなのにも見てもらいたくて」

「私みたいなの?」

「ええ。 冷静沈着、虚弱体質で動けないという弱点を補ってあまりあるほどの多属性魔法を使いこなす、万能の魔法使い! 魔理沙は飛び回りながら光魔法ぶっぱするだけだから、応用がきかなくてねぇ……」

 

 なるほどね、それならなんとなく理に適ってる気がするし、そこまで持ち上げられるのも別に悪い気は……って、ちょっと待って、今何て言った?

 虚弱体質で動けないとか、多属性の魔法を使いこなすとか。

 そんなこと、私は一言も言ってない。

 確かに私はこれだけ多くの魔導書に囲まれて生活してるから、ほとんどの属性魔法を使えると思われても不思議じゃないけど。

 でも、私がぜんそく持ちであんまり動けないというのは、相手に主導権を与える弱点にしかならないから、そのことは隠してるつもりだったのに。

 もしかして、こいつ……

 

「……ねえアリス。 私たち、前に会ったことある?」

「あ、やっと気づいた? そうよ、私こそが貴方の夢に出てくる亡国のお姫様…」

「ふざけないで、真面目に答えなさい!!」

「パ、パチュリー様っ!?」

「おいお前、いきなり何を……」

 

 ……違う。

 私と会ったことがあるとか無いとか、そういう問題じゃない。

 こいつ、おちゃらけた態度とってるけど、ただの残念な奴とかじゃない。

 私は今、本気で脅しをかけるために魔法を使ってる。

 私の根城に蓄積し続けた魔力を使って、七曜の魔法の全てで辺りを取り囲んでる。

 それは、本当はこんな場面で使うべきじゃない、私の切り札と言っていいような魔法なのに。

 この白澤も、遠目から見ていた小悪魔でさえ危機を感じたのか怯んでる、はずなのに……

 

「ちょ、ちょっと待ってパチュリー、アレよ、私たち本当は初対面よ! ほら、ふざけ過ぎたのは謝るから、ね!!」

 

 アリスの反応は、その2人とはどこか違うように見えた。

 焦っているかのように振る舞いながら、私のことだけを見ている。

 言い方を変えれば、検分するかのように一瞥した後、私の「魔法」にはもう見向きもしていない。

 この場で主導権を得てるのは、アリスにとってはまだ未知数のはずの魔法で先制した私のはずなのに。

 アリスからは、恐怖や焦り、そんな当然に抱くであろう感情を全く感じられなかった。

 まるで、この程度の魔法なんて見飽きたと、注視するに値すらしないと言わんばかりに。

 

「一体何なのよ、貴方は……―――っ!?」

 

 そこに突然響いた爆音。

 え? どうして、間違いないわ、これはレミィの魔力よね。

 しかも紅魔館の外じゃなくて、多分地下から……いえ、私の知らない場所から魔力の波動を感じるし。

 ……これって、何十年もここに住んでる私が未だに知らなかった謎の部屋で、レミィが暴れてるってことよね。

 何か嫌な予感がした。

 今の紅魔館で一体何が起こっているのか、かつてない不安が私の心を過っていた。

 

 

 

 



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第47話 : まるで別人のよう

 

 

 

 

「……はぁ。 やっぱり始まったのね」

「え?」

 

 その声が聞こえると同時に、寒気がした。

 さっきまで表向きだけでも焦っていたはずのアリスの目は、もう私を気にかけてすらいなかった。

 ……いえ、むしろ今度は私を見ているのかしら。

 まるで私を一つの「コマ」として扱ってるかのような、無機質な目で。

 さっきまでアリスから感じていた、うるさいくらいの感情の奔流は、ぷっつりと途切れていて。

 まるで人形を、無機物を相手にしているかのようなあまりに大きな感情の落差からは、一種の不気味ささえ感じられる。

 

「始まったって、一体何が…」

「今回の件で、紫と藍が前々から何か企んでたみたいなのよね。 ちょっと紫の会話とか盗聴してただけだから、詳しいことは知らないけど」

 

 うわぁ盗聴とか流石にひくわーとかツッコもうと思ったけど、冷静に考えたら八雲紫の会話を気づかれずに盗み聞きしてるとか、けっこう凄いことなんじゃないかしら。

 だけど、今はそんなことはどうでもいいわ。

 企んでたとか、何か聞き捨てならない言葉が…

 

「その、何か企んでたっていうのは?」

「確か、あの吸血鬼に力ずくで身の程を弁えさせるーだとか物騒なことを言ってたような気がするわ」

「え……?」

 

 何よ、それ。

 確かにレミィが幻想郷に攻め入ったことがあるとかいう話は聞いたことはあるけど。

 でも、それはもう昔の話じゃない!

 私たちが今まで一体何をしたっていうのよ、何でいきなりそんなこと言われなきゃならないのよ!?

 

「っ……ごめんなさい、ちょっと急用ができたわ。 だから…」

「無理よ」

「え?」

「だから無理。 多分もう、あんたが一人で行ってどうにかできるような状況じゃないわ」

 

 ……本当に何なのよ、こいつ。

 なんでこの状況で、そんな冷めた声でそんなことが言えるのよ。

 

「そんなの、やってみないとわからないでしょ」

「まぁ、そっちには吸血鬼がいる訳だし、普通ならそう考えるわね。 ただ、今回は一人、紫の側に普通じゃないのがいるから」

「普通じゃない?」

「聞いたことない? 先代の博麗の巫女のこと」

 

 先代の巫女って、確か数十年も続いてたという、歴代最強とか噂されてる幻想郷の守護者よね。

 でも、そんなの所詮は人間だし、数十年も経ってるってことは人間なら今はもう隠居するような年齢のはずよね。

 そんな奴が一人いたところで、どうにもできないはずがないでしょ。

 

「たかが人間が一人いたところで、って顔ね」

「……事実、そうでしょう? 数十年も生きて衰えてるだろう人間より、あの八雲紫の方がよっぽど…」

「だから、寿命の影響とか言ってられるようなレベルの奴じゃないの。 その紫を知ってる私から見ても、妹紅は異常だって言ってるのよ」

「でも、だからといって放っておけるわけないじゃない!!」

 

 そうよ、もしかしたらこいつは、八雲紫が私をここで足止めさせるために仕向けた刺客なのかもしれないわ。

 だとしたら、こんなところで油を売ってる訳には…

 

「だから、焦らないでって。 何しに私たちがここに来たと思ってるのよ」

「へ?」

「私たちも紫のやり方に納得してるわけじゃないのよ。 だから慧音、出番よ」

「は?」

 

 突然、話は後ろの白澤に振られる。

 ……でも、何を言われてるのかわからないって感じのポカンとした顔してるじゃないのよ。

 

「いや、どうして私が…」

「紫や藍は、多分説得したところでもう止められない。 でも、吸血鬼と紫たちの戦いなんて、止められるのは妹紅くらいしかいないわ。 なら、妹紅がその気になる前にこっちに引き込むしかないでしょ」

「だからって、どうして私が…」

「今はもうあんたくらいしかいないでしょ、妹紅を説得してこっちに引き込めるのなんて」

「え? い、いやー、最近のあいつはどうかな、私が何か言ったところで…」

「いいえ。 妹紅は敵には絶対したくない相手だけど、意外とチョロいから親友のあんたが口先で丸め込めば何とかなるわ」

「そ、そうかな」

 

 いつの間にか、白澤はおだてられて懐柔されていた。

 そんな穴だらけにしか見えない計画を勝手に進めようとしているアリスに、本当は私は異を唱えたかったんだけど。

 でも、他に何をできる訳でもない無力な私は、ただそれを黙って聞いていることしかできなくて。

 

「さてと、じゃあ行きましょうか」

「え、ええ」

 

 一方的にそう言って走り出したその後ろ姿を追いながら、私は正直、この得体の知れない魔法使いに恐怖していた。

 未だ一端すらも見せていない、その力にではない。

 ただ、その声に。

 そこにあるのは、自分が正しいという「自信」なんかじゃない。

 自分の選択が真に正解であるという「確信」とでも言うべき、冷徹なほどの迷いのなさ。

 普通は、そんなことはできない。

 どれだけ自信過剰な奴も、どれだけ強大な力を持った奴も、我を通すには迷わないだけの理由が必要なのに。

 まるで言葉にできる理由も感情もなく、ただ淡々と世界を操作しているかのような、そんな寒気のする声に私は畏怖せざるを得なかった。

 

 だけど同時に私は、そんな謎めいたアリス・マーガトロイドという存在に、少しだけ期待を抱いていた。

 もしかしたら、こいつなら果てのない絶望をも晴らしてくれるのではないかという、一種の希望を。

 

「……ねえアリス、ちょっと真面目な話になるけどいい?」

「何?」

「もしかしたら、貴方なら何かきっかけを与えられるかもしれないわ」

 

 だから、少し間が差したのかもしれない。

 気付くと、私はこの数十年間抱え続けた悩みを、アリスに打ち明けていた。

 

 私がこの紅魔館から離れない理由。

 そして、私がこれまで生きてきた目的の一つ。

 ただ、あの子を救う手がかりを探したかった。

 壊れてしまった、あの悲しい吸血鬼を。

 私の親友、レミリア・スカーレットの心の在り処を―――

 

 





 真面目な視点が続いてしまったので、次話あたりでそろそろ雰囲気を戻したいと思います。





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第48話 : うわああああああ



 今回は慧音視点です。




 

 

 

 さて、正直なところ、言おう。

 あああああああっ、何だこの状況わけがわからああああああんっ!

 ちゃんと説明しろアリス何してんだ妹紅何のつもりだ紫いいいいっ!!

 と、叫びたいのが今の私の気持ちだ。

 普段ならこのまま誰かに頭突きをかましてやりたいのがこの私、上白沢慧音の本音だ!

 それが、本来の私のはず、だった。

 

 ……だが、流石の私も今回は空気を読まざるを得なかった。

 紫たちがここの吸血鬼を追い込んでいる状況に割り込んだ、紅魔館の魔法使いであるパチュリーと、それに協力している私とアリス。

 いや、正確に言えば私とパチュリーはただアリスに言われるままここに来ただけだった。

 

「……アリス、どういうつもりかしら?」

「どういうも何もないわよ。 まったく、妖怪の賢者が聞いて呆れるわね。 何の根拠もなしに、3人がかりでよってたかって1人の子供を虐めて」

「子供を虐めるって、相手は吸血鬼よ?」

「それでも、中立を貫く立場のはずのあんたが、今の幻想郷でこんな一方的に特定勢力を潰すことが許されるわけ?」

 

 何だ、この重々しいシリアスな空気。

 というよりも、未だに信じられないんだが、ここにいるのは本当にあのアリスなのか?

 適当なこと言ってばかりの、いや確かに紫とかも普段はそうだが。

 それでも、この状況の中に、たった一人であんな平然と入っていけるなんて…

 

「まぁ、これ以上あんたが無駄な争いを続けるつもりなら、私は今回こっちにつかせてもらうけど」

「……貴方はわかってないのよ、彼女を放っておくことの危険性を。 貴方にとっても他人事じゃない、魔理沙にもどれだけ危険が及ぶか…」

「悪いけど、私はあんたたちほど過保護じゃないわ。 それで死ぬようなら、魔理沙も所詮その程度の人間だったってだけのことよ」

 

 ……ゾッとした。

 ほんの10分くらい前までなら、魔理沙を蔑ろにしたようなことを言ったアリスを、私は叱っていただろうと思う。

 だけど、私は何も言うことができないまま、自分の冷汗すら止められなかった。

 なんというか、こんなに冷たい眼差しってものが存在するのかってくらいに、別人を見ているかのようだったから。

 

「……随分な言い草だな、大した力もない魔法使い風情が。 貴様一人が抜けたくらいで…」

「よしなさい藍」

「しかし……」

「あんまり怒らせないほうがいいかもしれないわ。 アリスのことは私もよく知らないけど……少なくとも、この状況で幽香まで敵に回したくはないのよ。 アリスは幽香の友人だから」

「はあ!? 誰の友人って!?」

 

 突然、今日一番の怒りを爆発させたアリス。

 ……幽香って、あの風見優香のことだよな?

 あんな奴の友人だとか、本当に一体何者なんだこいつは。

 

「お嬢様っ!!」

「無事ですか、お嬢様!?」

「パチュリー様、これは一体…?」

 

 そこに現れたのは、ここの住人の3人。

 確か藍たちと戦っていた門番と、それを呼びに行っていた小悪魔と、階段の前で倒れていた……恐らくは妹紅に眠らされていただろうメイド。

 その3人も、今の状況を前に混乱していた。

 

「はい、これで形勢逆転ね。 妹紅はあんまり乗り気じゃないみたいだし、いくらあんたでも藍と2人だけでこれだけの人数を相手どれる?」

「それは……」

「はい、という訳で今日は解散! ほら、貴方も仮にも吸血鬼なんだから、いつまでもそんな情けない顔しないの」

「お前は…」

「あ、別に貴方の味方じゃないわよ。 どっちかというと、貴方のお友達に協力してあげただけ。 感謝するならパチュリーにしてね」

 

 どの口が言うんだ、こいつ。

 パチュリーは別に、何もしていない。

 ついでに言うと、私も本当に全く何もしていない。

 

 ……って、何故だあああああああっ!?

 いやお前アレだろ、確か妹紅を引き込めるのは私しかいないからとか言ってただろ?

 なのに、どう考えてもこの流れじゃ私必要なかっただろ、心の準備ができるまで私がどれだけ思い悩んだと思ってるんだ!?

 うわああああああ畜生こいつ、私のこと馬鹿にしやがって!

 あああああツッコミたい、こいつに何度も頭突きをくらわせてやりたいいいいいいっ!!

 

「うわああああああああああああ!!」

「お、おい!? 何やってんだ慧音!!」

「……へ?」

 

 ……あ。

 久々に、やってしまった。

 妹紅の声で我に返ると、いつの間にか私は両手でアリスの頭を掴んでて。

 私の連続頭突きをくらって血まみれになったアリスが、白目をむいてぐったりとしてて。

 

「……あ、あはは」

 

 ……うん、これは言い訳できない。

 いつかきっと、いっぱい謝ろう。

 許してくれなかったら、その時はアリスの我が儘を何でも聞こう。

 だから、今は……

 

「き、消えてなくなれええええっ!!」

 

 私は『歴史を食べる能力』を全力で使って、この十秒くらいの歴史を「なかったこと」にした。

 

 

 

 

 



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第49話 : そして、始まりへ

 

 

 

 ……っと、あれ、どこまで話が進んだんだっけ、少し記憶が曖昧なんだよな。

 何か突然アリスが出てきて、今回はこれでお開きーみたいな雰囲気になって。

 で、そのアリスは……いつの間にか血まみれになって倒れていた。

 

「なっ!? おいアリス、一体何が…」

「アリス!? ねえちょっと、どうしたのよ!?」

 

 倒れたアリスを、あっちの魔法使いが慌てて抱きかかえて呼びかけてるけど、返事はない。

 やがて、そのまま紫に侮蔑するような目を向けて、

 

「……そう。 なるほど、そういうことをするのね、貴方たちは」

 

 そこからは、静かな怒りの感情だけが感じられた。

 多分、紫が能力を使ってアリスに何かしたとか思ったんだろうか。

 

「ちょ、ちょっと待って、私も何が起こってるかさっぱりで…」

「とぼけないで、貴方以外に誰がいるっていうの? この状況で、アリスを退場させるメリットのある奴が」

 

 うーん、でも、流石に紫がいきなりそんなことするとは考え辛いし、紫が何かしたなら私が気付くと思うんだよな。

 むしろそこにいるメイドが、敵だと思って時間止めてボコボコにしたとかの方が現実的じゃないか?

 ほら、何かすごく青ざめた顔してるし、それに……ん?

 

「……」

 

 ふと、慧音と目があった。

 なぜか、何かをごまかすかのように露骨に視線を逸らされた。

 ぎゅっと握りしめられている慧音のスカートが、変色するほどに手汗で濡れていた。

 ……いや、まさかな。

 でも、頭部を中心に血まみれのアリスの状態を見る限りじゃ、むしろそれが一番可能性が高い気がしてきた。

 

 慧音の持つ、『歴史を食べる能力』。

 それは、この世界に存在する歴史の認識を、なかったことに書き換えてしまう能力だ。

 実際に起こった「事実」自体は存在するけど、それを正しい歴史として認識できていない状態に書き換えられてしまう。

 私の見立てだと今回の真相は、慧音がその能力を使って、慧音がアリスを頭突きして気絶させたという歴史を消したんじゃないかと思う。

 それで今、慧音がアリスを頭突きしたという過去の事実を観測できないまま、アリスが血を流して気絶しているという現在の事実のみが残ってしまったために、「誰かがアリスを排除した」という不確定な歴史だけが刻まれる結果になってしまった、そんなところだろう。

 混乱するとたまに退行して子供みたいになるんだよな慧音は、そんなんで教師として問題ないのかけっこう不安になる。

 まぁ、それも単なる私の憶測に過ぎない話なんだけど……念のためそれとなく聞いてみるか。

 

「なぁ、慧音…」

「そうか。 それが、お前の返答ということか」

「へ?」

 

 だけど、それは寒気のするほど冷淡な声に遮られた。

 いつの間にか、レミリアは既にナイフを引き抜いて立ち塞がっていた。

 その魔力は、最初よりもむしろ強大に膨れ上がっている。

 多分、さっきの月の光みたいな何かが、レミリアの魔力を補填したんだろう。

 

「もう、話を聞くつもりもないと。 私たちを庇う者は、たとえ味方であっても排除する。 要するにお前にとって、私たちは既にそういう対象になったということなんだろう?」

「いや、そうじゃなくて、私は別に…」

「いいだろう。 お前が、そこまで望むのなら―――」

 

 紫が必死に弁明しようとしてるけど、レミリアはもうその言葉に耳を貸してはいなかった。

 そして、そのまま大きく息を吸って、

 

「全面戦争だ」

「っ!!」

 

 レミリアが指を鳴らすと同時に、大きく地鳴りがした。

 気付くと、何かを感じ取ったかのように紫の顔色が変わっていた。

 

「これは……」

「たった今、日光を覆い隠す霧を幻想郷に放った。 お前が望んだ、「異変」開始の合図だよ」

「っ、この状況で…」

「待ちなさい! もう、異変は始まったのよ。 『スペルカードルール』が導入されて初めての異変で、提唱者である貴方が最初にルールを破れば、もう誰も貴方を信用したりしないわ。 そうなれば、二度とこんなルールが幻想郷で普及することはなくなるわよ」

「くっ……」

 

 何やら深刻な雰囲気になっているレミリアたちと紫。

 とても慧音に事実確認なんてしていられるような空気じゃなかった。

 そして、その慧音は……視線をぐるぐると泳がせながら、冷や汗をダラダラと流して固まっていた。

 ……ああ、やっぱりだったか。

 でも、自業自得とはいえ、なんか少しかわいそうになってきた。

 多分とっさに誤魔化そうとしただけで、本当はここまで大事になるとは思ってなかったのだろう。

 慧音の表情は、今にも泣きそうになっていた。

 まったく、しょうがないな。

 たまには私が助け船でも出して、たっぷりと説教してやるとしようか。

 

「……慧音」

「っ!! な、なんだ妹紅…」

「慧音が、子供たちにいつも言ってることだよな。 悪いことをしたら、謝れと」

「ぁ……」

 

 私が言いたいことを、というか自分の悪事がバレてることを察したのか、慧音は青ざめた顔で固まっている。

 しばらく俯いたままブツブツと何か言っていたけど、やがて涙目のまま一歩前に出て…

 

「……あの、みんな」

 

「さあ、これで貴方はもう手出しはできないはずよ、博麗の巫女を呼んで出直して来なさい」

「このっ……」

 

 だけど、こんな時に限って慧音の声は小さい。

 おいおい、「声が小さあああああい!!」とかいつも言ってる慧音はどこに行ったんだ?

 っていうか、状況的にこれマジで早く謝らないと取り返しつかないことになるんじゃないか!? 

 

「私、その、こんなつもりじゃ……その、何というか…」

 

「さて、それじゃあお帰り願おうかしら。 咲夜、パチェ!!」

「ええ。 いくわよ咲夜」

「っ!! はい、かしこまりましたお嬢様、パチュリー様!」

「ちょっ、待っ…」

 

 だけど、私の心配も空しく、あのメイドが手を振り上げると、空間を覆うように巨大な魔方陣が出現して、

 

 

「ご、ごめんなさ―――――」

 

 

 強い光とともに、いつの間にか私たちは紅魔館の外に放り出されていた。

 

「っ……何だ、一体何が…」

 

 見上げると、紅魔館から放たれている紅い霧が空を覆い、今が夜なのか朝なのかもわからない薄暗さに閉ざされていて。

 そこには、ただ事じゃないと一目で感じられる、そんな世界があるだけだった。

 

「けほっ、あれ、何ですかこれ、息苦しくて…」

「阿求!? 大丈夫か!?」

 

 くそっ、ここがあの霧の出所だからか、もう紅魔館の周囲の空気は身体の弱い阿求には厳しいみたいだな。

 早いとこ人間の里にでも連れ帰ってやらないと。

 その前にまずは一旦状況を確認しないと、えっと、外に放り出されてるのは後は誰だ?

 私と阿求以外にここにいるのは、焦りながら藍と何か小声で話している紫と、一人呆然と虚空を見つめている慧音。

 アリスはあっち側に取り残されたのか? いや、ケガの状態から考えればあっちで見てくれてるのかな。

 それに橙は無事なんだろうか、最後まで全然見かけなかったんだよな。

 

 まぁ、いろいろと確認しておきたいことはあるけど、それでも1つだけ確実に言えることがある。

 私たちが、レミリアたちに完全に拒絶されたことだ。

 ……大丈夫なのか、これ。 無事に霊夢が解決できる異変になるのか?

 不安はある。

 だけど、始まってしまったものはもうしょうがない。

 博麗の巫女を引退した私が出しゃばれるのはここまでだ、あとはもう霊夢を信じて待つことしかできないんだから。

 

 

 こうして、霊夢に博麗の巫女を引き継いで初めての異変、通称『紅霧異変』は最悪の形で幕を開けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ、あははははは、あっはっはっはっはっはっは。 死のう」

 

 ちなみに視界の端で異変の元凶が空を仰ぎながら壊れてたけど、今回ばかりは自業自得ってことで放っておくことにした。

 

 

 

 





 6章長すぎィ!!
 前夜のくせに実質3章分くらいの長さになってしまいましたが、多分次の章も似たような感じになると思います。
 次話より、懐かしの霊夢さんが帰ってきます。




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第7章:紅魔郷② ―道中―
第50話 : 私は、帰ってきた!!




久々の霊夢視点です。





 

 

 

 何か、最近やる気が出ない。

 やる気が出ないってよりも、全身が怠い。

 

「ああ゛あ゛あ゛暑いぃぃぃ」

 

 まぁ、異常気象のせいで暑いだけの気もするけどね。

 

「魔理沙―、麦茶汲んできてー」

「えー無理ー、橙よろしくー」

「無理だよー、藍様お願いー」

「よしわかった、橙の頼みとあらば」

「……ってわあああああ藍様、行きます行きます、私が行きます!!」

 

 今、博麗神社では各々が布団も敷かずに適当に寝転がっている。

 無茶苦茶暑い上に動くのも億劫なので、誰かに何か水分を持ってきてもらわないと干からびて死ぬという命の危機に晒されている。

 橙がとっさに藍にお茶汲みを頼んだことからも、いかに精神的にギリギリの状態であるかが窺えるだろう。

 滅多にない橙からの頼みごとで張り切った藍が、結局止められて少しだけしょんぼりしているように見えた。

 

「魔理沙―、あんた魔法使いなら氷魔法くらい使えないのー?」

「んな無茶な。 私はひたすら光魔法をぶっぱするだけのパワープレイヤーだぜ」

 

 使えん、全くもって使えん。 何しに来たのよあんたって感じだ。

 

 ここ最近、異常気象の影響で、危険なので人里に外出禁止令が出ている。

 そのくせアリスが勝手に外出中らしいので、魔理沙も暇だからと早々に博麗神社に寝泊まりすることになった。

 私も退屈だったから、それについては丁度よかったっちゃ丁度よかったんだけど。

 

「ってよりもさー、暑さよりこの空気の悪さが個人的にキツイんだよな」

「あー、わかる。 ほんと何なのかしらこれ」

「まぁいいか」

「そうね、外に出なければ別に…」

 

「……って、早く動けえええええええ!!」

 

 と、そこに響き渡ったのは母さんの怒号。

 大袈裟に襖を開けて、プンスカした感じで入ってきた。

 って、やめてやめて! 開けないでよ、変な空気が入ってきちゃうじゃない!

 

「外を見ろ霊夢! 赤いんだぞ? 空気が赤いんだぞ!?」

「わかった、わかったから! だから母さん、早く閉めて!!」

「わかったって? 何がわかったんだよ!?」

「確かに今年の異常気象はちょっと異常よね、だから早く閉めないと体に悪いわよ」

「馬鹿だなー、異常だから異常気象っていうんだぞ霊夢ー」

「うるさいわね」

 

 異常な暑さに加えて、外の空気が最近赤い霧みたいなのに覆われている。

 阿求とか大丈夫なのかしらね。 ただでさえ身体が弱いのに、こんなに空気が悪かったら相当辛いでしょうに。

 まぁ、阿求には立派な家があるから平気でしょうけどね。

 すきま風の絶えない我が家が憎いわー。

 

「とにかく、空気悪いから早くシャットアウトして…」

 

「だ・か・ら、異変だああああああああ!!」

 

 ヤバい、何か今日は母さんが先生レベルで暑苦しい。

 なんでこんなに興奮してんのよ、何かいいことでもあったの?

 とか思ったけど、母さんの言葉を少しだけ冷静に反芻してみる。

 いへん。

 ……異変?

 ああ、異変ね!!

 

「今まで大目に見てきたがな。 霊夢には博麗の巫女としての自覚はないのか!?」

「博麗の巫女としての自覚?」

「幻想郷で起こった異変を解決する。 それが、博麗の巫女の一番の仕事だ!」

 

 そうそう、そういえばそういう設定もあったわね。

 「異変」なんてものは私が博麗神社に来て以来一度もなかったから、架空の設定かと思ってたわ。

 もっと妖怪が暴れ始めるようなのを想像してたから、こんなのただの異常気象だと思ってたわよ普通に。

 

「そして遂に久々の異変、私もドキドキしながら……もとい、心配な気持ちを押し殺して見ていたというのに、霊夢は一体いつになったら動き出すんだ!!」

 

 なるほど、そういうことね。

 今まで自分が博麗の巫女をやってた時は結構楽しみにしてた異変を、博麗の巫女を引退したら解決する立場じゃなくなったから、要するに暇だと。

 母さんにとって、異変とはただのイベント感覚だったのかしら。

 

 ……でも、そうと知ったからには寝てなんていられないわ!

 異変ってことは、この異常気象を起こしてる元凶がいるってことだし、やっつけてくればこの空気の悪さも直るってことよね!!

 それに、私が博麗の巫女になって初めての異変、そして『スペルカードルール』の練習の成果を試す絶好の機会!

 よっしゃ、ちょっと興奮してきたわ。

 

「そうか、異変か……っしゃ! 待ってたぜ、この時を!」

「え?」

 

 そう思ってたら、いきなり魔理沙が箒を持って駆け出した。

 ……もしかして、魔理沙もやる気な訳?

 いや、ちょっと待ちなさいよ、アレよ、せっかくの私の晴れ舞台なのよ? ちょっとくらい空気読みなさいよ!

 

「んじゃ、お先行ってくるぜ―」

「ちょ待っ、待ちなさいよ魔理沙、私が先に……ゲッホッ!?」

「げっほげっほ、ぅえっ何だこの空気、マジで前よりヤバくなってるぞこれ!?」

 

 でも、外に出ると私のやる気は3秒で霧消した。

 ああ魔理沙、私の代わりに解決しといてもいいわよ、割とマジで。

 今の私:怠さ>>>>>>やる気。

 もうダメだ。

 やる気でない。

 外出たくない。

 そうだ、二度寝しよう!!

 

「……少し落ち着きなさい、霊夢、魔理沙」

「ゆかりゲッホ、ちょっと、今まで何してたのゲッホ」

 

 ダメだ、急に走りながら吸い込んだから、咳き込み過ぎてまともに喋れない。

 いつも通り神出鬼没な紫にツッコミを入れることすらできない。

 

「だから、落ち着いて喋りなさい。 私は今まで異変の調査、というか元凶の監視よ」

「……元凶の監視? 何だ、もう黒幕知ってんのかよ紫」

「まぁ、ね」

 

 えー、何よそれ。

 元凶知ってるなら紫がさっさと終わらせて来ればいいじゃん、ってのは野暮なのかしら。

 一応、妖怪の賢者の立ち位置としては、異変に対して中立を保つってのがあるらしいしね。

 

「ふーん。 それで、元凶は一体誰なのよ」

「……いきなり、それを聞く?」

「あ、もしかしてここからは全部私の役目?」

「……まぁ、本来であればそうだし、私もそれを教えるべきじゃないんだけどね。 でも、今回だけはちょっと事情が特殊だから、一応は伝えておくわ」

 

 特殊?

 私の初めての異変だからってこと? まぁ、それなら少し難易度を下げてくれた方が……

 

「今回の黒幕は、吸血鬼よ」

「……うわぉ」

 

 はい、詰んだ。

 いやちょっと待ちなさいよ、アレでしょ、吸血鬼ってラスボスの一角みたいな相手じゃない。

 どう考えても初心者向けじゃないっていうか、藍や紫と同格クラスの相手でしょ、何その無理ゲー。

 

「いやいやいやいや、ちょっと待ちなさいよ紫、その、いきなり吸血鬼が相手っていうのは、ちょっと…」

「大丈夫よ。 霊夢や魔理沙だけで来るのなら、スペルカードルールには則るって約束はしてきたから」

 

 ……あー、そういうこと。 それで最近、紫がいなかった訳ね。

 黒幕の動向をいち早く察知して、スペルカードルールを導入するための布石を打っといたということだろうか。

 

「ちょっと待て、紫。 霊夢や魔理沙だけってことは…」

「そうよ。 私たちは待機。 敷地内に私たちが一人でも入れば容赦しないって、そういう条件になったわ」

「……そうか」

 

 うわー、要するに母さんや紫の助力も期待はできないと。

 まぁ、でもちゃんとスペルカードルールの範囲で勝負ができるのなら、負けても死ぬことはないだろうし大丈夫かな。

 そういう意味じゃ、紫にも少しくらい感謝しといた方がいいのかしら。

 

「でも、よく知りもしない吸血鬼の住処に私たちだけでいきなり行くのは、流石にちょっと厳しいよな…」

「ふっふっふ。 そう言うと思って……この時を待ってたよ、霊夢、魔理沙!」

「んあ?」

「じゃじゃーん! 異変ガイドブックー!!」

 

 と、何か橙が変なテンションで2冊の冊子を持ってきた。

 「まるわかり! 異変ガイドブック」とか書いてある、手作りっぽい本だ。

 あ、後ろに「監修・監督:稗田阿求 上白沢慧音 橙」って書いてある。

 何よ、阿求の用事ってこれのことだったのね。 しかも先生まで関わってるっぽいし。

 

「……って、なんでこんなに準備周到なのよ」

「え!? そ、そりゃあ、怪しい相手がいたらまずは情報収集するのが基本だからね。 ね、藍様!」

「ああ、そうだな」

 

 何か隠してるかのように焦りながらもドヤ顔な橙だったが、藍の表情はいまひとつ暗い。

 紫たちは橙がこんなのを作ってることは知ってたんだろうか、何かちょっと橙と他の3人に温度差を感じるのよね。

 

 まぁ、でもせっかくの厚意なのだから、ありがたく受け取っておくことにしよう。

 相手が明らかな格上なのだから、情報はできるだけ頭に入れといて損はないだろうし。

 ……よし、じゃあまずは中身を確認してみることにしましょうか!

 

 

 

 

 



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第51話 : まるわかり! 異変ガイドブック




 今回は割とおまけ回で、あんまり内容的には進みません。





 

 

 

 

 <まえがき>

 

 Xデー、幻想郷は赤の霧につつまれた!!

 学級は閉鎖し、外出は禁止され、人々は引きこもりと化したかに見えた。

 だが、少女たちの目は死んではいなかった!

 

 さて、前置きはここまでとして、諸君らの任務はこの異変の黒幕を倒し、赤い霧の呪縛から幻想郷を救い出すことである。

 向かうは霧の湖の先にそびえ立つ吸血鬼の城、紅魔館。

 スペルカードルールを駆使して、立ちはだかる幾多の障害を乗り越え、幻想郷に平和を取り戻してほしい。

 以下に我々の入手した極秘情報を記す。 是非とも活用してくれたまえ。

 健闘を祈る。

 

 

 ……テーマパークのガイドブックか何かかしら、これ。

 なるほど、あいつら異変を使って完全に楽しんでるって訳ね。

 まぁいいわ、せっかくだしとりあえず活用はさせてもらいましょうか。

 なになに、次のページから道中の強敵についてデータが載ってる訳ね。

 えーっと、最初の相手は……

 

 

 強敵1 : 宵闇の妖怪 ルーミア

 解説  : 稗田阿求

 危険度 : E

 能力  : 闇を操る程度の能力

 生息地 : 森林など 不定

 見た目 : 金髪ショートの小さな女の子。 黒服。

 

 一般人からしたらかなり危険なレベルの人食い妖怪です。

 ルーミアの能力に飲まれると、視界が真っ暗になるので要注意です。

 でも、今の霊夢や魔理沙なら、よっぽど油断してない限り問題なく勝てる相手だと思います。

 

 

 よかった、内容は割と真面目に書いてあるみたい。

 なるほどね、まずはイージーモードの相手からってことかしら。

 闇を操る能力とか、文字面だけ見るとラスボス感ハンパないけど。

 ま、でも準備運動がてらに勝負しとくのも悪くない気がするわね、さて次は……

 

 

 強敵2 : 氷の妖精 チルノ

 解説  : 上白沢慧音

 危険度 : D

 能力  : 氷を操る程度の能力

 生息地 : 霧の湖

 見た目 : 青髪ショートの小さな女の子。 背中に氷の羽あり

 

 元、私の生徒の、元気な子です。

 勝手に思い込みで動くことが多いので、まずはスペルカードルールでの勝負だということを、きちんと理解させることから始めるのをお勧めします。

 大妖精という緑髪の子が一緒にいることが多いと思いますが、優しい子なのでお手柔らかにお願いします。

 異変、気を付けて頑張ってください。

 

 

 いやいやいやいや、こいつの情報が云々ってより、先生のテンションどうしたのよ!?

 「氷なんて気合で溶かせ!!」くらい書いてくるかと思ったのに、何この気持ち悪い丁寧語!?

 ……まぁいいか、とりあえずこの氷の妖精は私がもらってくことにしましょうか。

 この暑さを耐え抜くためにも、魔理沙に先を越される訳にはいかないわね!

 

 

 強敵3 : 武術使い 紅美鈴 

 解説  : 橙

 危険度 : D?

 能力  : 武を操る程度の能力?

 生息地 : 紅魔館の正門

 見た目 : 赤髪で緑服のお姉さん

 

 武術の達人みたいだけど、スペルカード戦は私の圧勝だっだよ。

 近接戦になると凄いから、距離をとって戦った方がいいかな。

 スペルカードルールでなら、霊夢たちも問題なく勝てると思うよ。

 

 

 武術家、ねぇ。

 確かに武術はスペルカードルールだとあんまり役に立たないわよね、お気の毒に。

 スペルカードルールが発足してなければヤバかったのかもね。

 ま、橙が圧勝できる相手なら、全然大丈夫そうね。

 

 

 強敵4 : 魔法使い 小悪魔

 解説  : 上白沢慧音

 危険度 : C

 能力  : 魔法を使う程度の能力?

 生息地 : 紅魔館の地下図書館

 見た目 : 赤の長髪で、黒い翼の少女

 

 悪ノリが好きみたいですが、それなりに魔法の実力はあると思います。

 次ページの魔法使いの使い魔なので、そのコンビネーションに注意してください。

 無事に、帰ってきてください。

 

 

 ……うん、もうツッコまない。

 えっと、次ページの魔法使い、と。

 

 

 強敵5 : 魔法使い パチュリー・ノーレッジ 

 解説  : 上白沢慧音

 危険度 : A

 能力  : 魔法を使う程度の能力?(強力)

 生息地 : 紅魔館の地下図書館

 見た目 : 青の長髪で、華奢な少女

 

 多彩な魔法を使いこなす、万能の魔法使いです。

 弱点は、少し身体が弱いことくらいでしょうか。

 今後の参考になると思うので、魔理沙は魔法のお手本として彼女と手合わせしてみるといいと思います。

 でも、お願いだから無理はせずに、生きて帰ってきてください。

 

 

 本当に何があったのよ、先生。

 異変じゃなくて、先生のお見舞いにでも行った方がいいんじゃないかしら。

 でも、先生の心配してる場合じゃない、この辺りから本格的に強敵みたいね。

 多彩な魔法使いか、きっと魔理沙とは違ってこの暑さをどうにかできる便利な魔法も使えるんだろうなぁ……

 

 

 強敵6 : 紅魔館のメイド長 十六夜咲夜

 解説  : 橙

 危険度 : AAA

 能力  : 時間を操る程度の能力

 生息地 : 紅魔館全域

 見た目 : 銀髪メイド服の女の子

 

 冷静沈着で、かつ実力を伴った超強敵!

 私は何もできないまま負けたし、藍様でさえ出し抜かれちゃってた。

 時間を止めてる間に大量の投げナイフを放ってくる相手で、まともに戦ったら霊夢も魔理沙も、とても敵わないと思うよ。

 でも、スペルカードルールならどうかはわからないから、頑張って!

 

 

 時間を操る? それ何てチート?

 そんなの勝てる訳ないじゃない、ラスボス前にとんでもないのが控えてるわよこの異変。

 アレでしょ? もしスペルカールールがなければ時間止めてる間に心臓一突きにして終わりみたいな。

 しかも藍が出し抜かれたとか……うわぁ、何かもうこの時点で無理な気がしてきたわ。

 って、藍も一緒に行ってたんかい!!

 

 

 強敵7 : 吸血鬼 レミリア・スカーレット

 解説  : 稗田阿求

 危険度 : S

 能力  : ???

 生息地 : 紅魔館

 見た目 : 水色髪ショートの、小さな女の子

 

 この異変の黒幕です。

 小さな見た目に騙される余裕すらないレベルの覇気の持ち主で、私は目の前に立っただけで震えて何もできませんでした。

 異変を解決するためには彼女を倒さなきゃいけない訳ですけど……正直、私は解決できなくてもいいから無事にお2人に帰ってきてほしいです。

 ちなみに、もし満月の夜に戦ったら、彼女は紫さんより強いらしいです。

 しかも、少し精神的に不安定な部分があるみたいなので、危険だと思ったらそこで降参して逃げてください。

 

 

 ……で、これがラスボスと。

 何よこれ、難易度設定おかしいでしょ、私たちにどうしろっていうのよ。 私も魔理沙もまだ藍にすら勝ったことないのよ?

 まぁ、今日が満月じゃないのが唯一の救いかしら、せいぜいが半月ってとこだしね。

 スペルカードルールでの勝負なら、もしかしたらワンチャンあるのかもしれないけど。

 それに……ん? もう1ページ…

 

 

 強敵8 : 禁忌の吸血鬼 ???

 解説  : 稗田阿求

 危険度 : SS

 能力  : ???

 生息地 : 紅魔館最深部

 見た目 : ???

 

 紅魔館には、レミリアさんが怯えて震えあがってしまうほどの、接触すべきじゃない危険な吸血鬼がもう一人いるみたいです。

 基本的に表舞台には出てこないみたいなので、普通にしてればまず会うことはないし、会う必要もないみたいです。

 余計なことは何もせずに、まっすぐレミリアさんの所に向かって、異変を解決し終わったら帰ってください。

 

 

 ……もう、吐きそう。

 とんでもない裏ボスが控えてるって訳ね、まぁ放っておけば大丈夫ってことみたいだけど。

 そんなの、言われなくても放っておく一択に決まってるじゃない!

 

 と、こんなところかしら。

 正直、博麗の巫女を代わるタイミング間違えたかもしれない。

 こんな異変、母さんでも解決できるか怪しいんじゃないの? 今からでも昼寝に気持ちを切り替えた方がいい気がしてきたわよ。

 

 まぁ、でも今さらそんなことは言ってられない。

 何だかんだで、今は私が博麗の巫女なのよ、弱音なんて吐けないわ。

 それに、私がビビってる間に魔理沙に解決なんてされちゃったら、歴代最高にお粗末な巫女として一生バカにされ続けられそうだしね。

 さてと、それじゃあ……

 

「おっと、じゃあ私は先に行くぜ?」

「あ、ちょっと待ちなさいよ魔理沙!!」

 

 しまった、先を越された!?

 こうしちゃいられないわ、魔理沙に捕獲される前に、まずは保冷剤を目指して霧の湖に直行よ!!

 

 

 

 



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第52話 : そんなの霊夢に言ってくれ



今回は魔理沙視点です





 

 

 

 うわー、冷静になって外に出てみると、よくここまで放っておいたなって我ながら呆れるレベルで空気がヤバいぜ。

 快適なはずの空の旅が、割と気を付けて低空飛行で霧を避けないと、目的地にたどり着く前に体調不良で脱落しかねない。

 霧自体が軽い物質でできてるからか、高台とか上空以外はそこまでひどくないのが唯一の救いか。

 でも、これは流石にさっさと何とかしないとなーとは思うんだが……正直、気分的には帰りたい。

 強がって異変解決に飛び出してはみたものの、吸血鬼ってどう考えても私の手に負える相手じゃないんだよな、さっきから手の震えが止まってくれない。

 まぁ、私の場合はそもそもそこまで辿り着けるかすら危ういんだが……

 だけど、霊夢のライバルを名乗る以上、簡単に引き下がってられないぜ!

 せめてガイドブックにあった魔法使いに一矢報いるくらいは頑張らないとな。

 

「にしても、意外と私って……」

 

 一緒に神社を飛び出したはずの霊夢の姿は、もう見えない。

 どうやら単純な直線上のスピードでは、私はもう霊夢よりだいぶ速いらしい。

 いろんな部分でまだ霊夢の背中にも届いてないと思ってたけど、部分的には対抗できるってことか。

 まぁ、私は箒と魔法を使って飛んでるから当然っちゃ当然なんだけどさ。

 人間のくせに何の媒体もなくあそこまで自在に飛べる霊夢の方が、よっぽど異常なんだよな。

 

「ま、この調子なら日が暮れる前には着けるかな」

 

 でも、せっかくなのでそのアドバンテージはフルに活用していきたい。

 今回の異変では、スピードで優ってるというのはかなり有利だ。

 なぜなら、吸血鬼は最も月の魔力の恩恵を受けやすい種族の一つだから、月が出てくる前にいかにしてラスボスの間に辿り付けるかが異変攻略の鍵と言っても過言ではないのだ。

 つまりは、準備運動にちょうどよさそうな道中の闇の妖怪やら、夏場にありがたい氷の妖精やらはフェイク、いち早く紅魔館に向かうのが正解のはずだ。

 霊夢のことだから、どうせ真っ先に避暑のために氷の妖精のところにでも向かうだろうけど、そこに私の付け入る隙がある!

 

 ……というのが、恐らくはセオリーだろう。

 けど、それは個人的に選びたくない道だ。

 圧倒的に経験不足な私は、少しでも初対面の相手と勝負する経験を積まないと、吸血鬼の館に辿り着いたとしても何もできないかもしれないからだ。

 私は周りからはけっこう社交的とか言われることが多いけど、抑圧的な相手というか、対等に接することのできない相手にはとことん弱かったりする。

 何だかんだ優しい奴だってのがわかってから普通に接することもできるようになったけど、藍も最初の頃は苦手だったっけな。

 まぁ、厳しかったお父様との関係がトラウマになってるだけかもしれないけど、とにかくそんな癖は早めに克服しておくに越したことはない。

 それに、私はたとえ今回の異変を解決できなくても、これからも霊夢と対等に張り合えるように実戦経験を積んでおきたいのだ。

 別に異変は今回ので終わりって訳じゃないし、より多くの妖怪と勝負して次回以降の異変に向けた肥やしにするのも悪くないだろ。

 

「さーて、最初に私の魔法の錆にされちまう運の悪い妖怪は……っと。 いたいた、あれは…」

 

 辺りを見回すと、森の中でキョロキョロしながら浮かんでいる一人の子供がいた。

 金髪ショートで黒服。 多分、あいつがガイドブックにあったルーミアって奴っぽいな。

 人食い妖怪ってことは要するに悪い奴みたいだし、実験台にはもってこいだぜ。

 んじゃ早速、宣戦布告だ!

 初めての異変の初勝負、歴史に残る一戦になる気がしてきたぜ。

 

「おーい、そこの妖怪!」

「んあー? 何だ私のことか……って、人間!?」

「ああ。 私の名は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ! いざ尋常に、スペルカードルールで……へ?」

 

 だけど次の瞬間、私の視界は暗闇に覆われていた。

 って、不意打ちかよ!? くそっ、流石は人食い妖怪、やることが汚いぜ。

 なるほど、これがガイドブックにあった『闇を操る程度の能力』ってヤツか、本当に真っ暗になっちまうんだな。

 こりゃなりふりかまってなんかいられない、一歩間違えれば私もルーミアの餌にされちまうんだから。

 

「おっと、そっちがそのつもりなら私も遠慮なくいくぜ。 魔府『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 私は目の前の闇のカーテンの中心に全力で魔弾を打ち込んだ。

 まずは相手の力量を図ろうかと思ったけど……思ったよりあっけなく暗闇は霧散していた。

 そういや危険度Eって書いてあったな、本気出すまでもなさそうか。

 ……ってバカ、油断するな!

 これはただの攪乱、ルーミアはきっとこの隙に私の背後を――――

 

「……何だ、アレ」

 

 だけど、ルーミアは私の背後をとる訳でも体勢を整える訳でもなく、怯えるように地上の岩陰に隠れていた。

 人食い妖怪なんじゃないのかよ、なんで人間に怯えてんだよあいつ。

 アレか、人間というか私に恐れをなしたってのか、この私を見て。

 ふっふっふ、なるほどそれは――――正直、ショックだ。

 いや、私だって普通の女の子なんだぜ?

 確かに口調も雑だし霊夢や阿求みたいに綺麗な髪してる訳じゃないけど、初対面の妖怪に逃げられるような厳つい顔してる自覚なんてないのに。

 

「……おい」

「っ!?」

 

 私が地上に降り立つと、ルーミアは過剰反応なくらい身構えていた。

 ってか、本当に妖怪なのかこいつ?

 ただの人間の子供なんじゃないのかと思うくらい、妖怪と対面してる危険を感じないんだよな。

 

「……何か用なのか?」

「ああ、ちょっと腕試しにな。 私とスペルカードの勝負を…」

「断る」

「へ? いや、お前人食い妖怪なんだろ? たかが人間の子供を相手に逃げるなんてことは…」

「いやー、近頃の人間は関わるとロクなことがなくてなー。 特に、こんなところに来るような変な奴には」

 

 ロクなことがないって、何かあったのかこいつ?

 でも、そもそもこんなところまで来るような人間なんて……あ。

 そういえば、ガイドブックのルーミアのページは阿求が書いてたっけ。

 ってことは阿求がルーミアに? いやいや、阿求がこんなところまで一人で来られる訳ないし、阿求に妖怪の相手ができるような戦闘能力なんてないよな。

 ってことは……なるほど、読めた気がするぜ。

 

 ぱっと見、あのガイドブックは少し変だ。

 阿求と先生と橙が異変についていろいろ解説してる訳だけど、中でも強敵の紹介ページは、多分3人がそれぞれの相手と勝負でもしてきたってことなんだろう。

 先生や橙は、まだわかる。 特に先生なら吸血鬼なんかに遭遇しなければ大体のことは何とか切り抜けられそうだ。

 だけど、阿求が一人でそんなことをできるはずがない。

 つまり阿求、というか阿求を含めた3人には、それぞれに誰かしら護衛がついていたと考えるのが妥当だろう。

 そして橙が解説していたメイド長のページ、そこには藍がいたかのような記述があった。

 なら、橙には藍が護衛についていたと考えて間違いはない。

 そして今ルーミアが人間を恐れている状況、つまりルーミアのことを解説していた阿求と一緒にいたのは恐らく……

 

「……妹紅と、何かあったのか」

「っ!? やっぱり、知り合いなのかー……うわぁ。 まさか類友ってヤツじゃないだろうなー」

 

 ルーミアは、げんなりした顔でそう答えた。

 あー、やっぱりな。 で、先生と一緒にいたのは紫か……まぁ、あとはアリスあたりか。

 いずれにせよ、結局あいつら全員この異変に関わってるって訳だ。

 

「ったく、そういうことは早く言えよな。 霊夢は知ってるのかねぇ、このこと」

「……霊、夢?」

「ああ。 今の博麗の巫女で、私のライバルの…」

「やっぱり、あいつも知り合いかお前えええっ!!」

 

 今度は、ルーミアからはっきりと敵意を向けられた。

 いや、いきなり何怒ってるんだよこいつ!?

 

「え、待て待て待て待て、一体どうしたんだよいきなり」

「……私は、あの妹紅って奴にスペルカードで殺されかけた」

「へ?」

 

 おい妹紅、何してんだよお前。

 一応は元博麗の巫女なんじゃないのかよ、何で率先してルールぶち壊してんだよ。

 

「それで、あの霊夢って奴には……あいつのせいで、あいつのせいでっ―――!!」

 

 ってかヤバいぞ、何か本気で怒ってるじゃねーか!?

 霊夢も一体、何をしたってんだ?

 殺されかけた以上の怒りを抱かせるなんて、並大抵のことじゃ……

 

「……」

「ん? どうした?」

「……腰痛が」

「え?」

「腰痛癖が、治らないんだよ!!」

 

 ……お、おう。

 よくわからんけど、霊夢はこいつの腰を思いっきり痛めつけてしまったらしい。

 何してんだよ霊夢、何してんだよあの親子。

 でも、ここまで引っ張っといて何だそれくだらない……とかは禁句なんだろう。

 腰痛は一生もんって言うしな、正直ドンマイとしか言えない。

 

「でも、これでやっと積もりに積もった恨みを晴らせそうだ」

「え? 恨みを、って」

「受けてやるよ、スペルカード戦」

 

 正直、笑顔が恐い。

 いやいや、恨みとかそんなの私は関係ないだろ!?

 あのバカ親子に言ってくれよ、逆恨みってレベルじゃねーぞ!!

 

「あの巫女どもの代わりだ、恨むならあいつらを恨めよ」

「いや待てよ、私は関係ねーだろ!?」

 

 でも、ルーミアは私の話なんて聞いちゃいなかった。

 そして、遂にイライラの爆発したルーミアがスペルカードを構えるとともに、

 

「うるさい! お前も、腰痛にしてやろうか!!」

 

 よくわからない戦いが、始まってしまった。

 

 

 

 

 



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第53話 : まさかの

 

 

 

「……くっ、やるじゃねーか」

「そっちこそな。 人間にしとくには惜しい素材だ」

 

 辺りに降り注ぐ光の流星と押し寄せる闇の津波を、互いにギリギリのところでかわしていく。

 私と対極の属性の弾幕を放つこいつは、もしかしたら私にとって永遠の宿敵になるかもしれない、そんな可能性すら感じさせる。

 

「いくぜ。 次のは、私のとっておきだ」

「来いよ、いくらでも付き合ってやる」

 

 不敵に笑い合う2人。

 勝負は終盤戦、それでも疲れなんてものは気にならない。

 きっと、今この瞬間、この戦いが楽しくて仕方ないんだろう。

 次から次へと、身体の奥底から活力が湧き上がってくる。

 

「くらえっ。 スペルカード宣言、恋符『マスタースパーク』!!」

 

 そして、その気持ちを抑えきれないままに、私は再び弾幕戦に身を投じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上、私が期待した、初めての異変のスペルカード戦の理想像。

 新たなライバルとの遭遇、肌を焦がすような張り詰めた緊張感、そんな幻想を信じていた頃が私にもありました。

 そして、現実。

 

「待てー、逃げるなー」

「いや、逃げるなってお前…」

 

 さて、この現実をどうコメントしたものか。

 ルーミアとスペルカード戦ってことになったんだが、正直こいつが本当にルールを理解してるのか怪しい。

 なぜって、「スペルカード宣言!」とだけ言って、こいつは私の腕を掴もうとしてくるのだ。

 逃げるなとか言ってくるけど、そんなの逃げるに決まってんだろアホかこいつ。

 

「ちょ待っ、お前本当にルール理解してんのかよ!?」

「してるさ。 前の博麗の巫女なんかよりはよっぽどな」

 

 妹紅、お前……

 

「でも、スペルカードルールは弾幕を放つ勝負で…」

「知ってるよ。 ただし、この技に関しては今の博麗の巫女の仕返しだけどな!」

 

 ……仕返し?

 要するに、霊夢はスペルカード宣言とか言って、ルーミアの腕を掴んだと。

 で、ルーミアが腰を痛めたってことは……物理攻撃かよ。

 何してんだあいつら、いきなり新旧の博麗の巫女が一緒になって妖怪いじめてんじゃねーよ。

 

「許さないぞ、関節「霊夢ストレッチ」。 屈辱のあの技の代償を、倍にして返してやる!」

 

 ……霊夢ストレッチ?

 霊夢、ストレッチ。

 霊夢ストレッチ! 霊夢ストレッチッ!!

 霊夢ストレッチ霊夢ストレッチ霊夢ストレッチ霊夢ストレッチ霊夢ストレッチ霊夢ストレッチ!!

 

「……ブ」

「あ?」

「ブフーーーーーーーっ!!」

 

 無理無理無理無理、何だそれ何だそれ!!

 ヤバい、それどころじゃないのに笑っちゃって力が出ない、マジで霊夢がそんなスペル使ったのか!?

 あー、でも確か一時期、必殺技の名前で悩んでるとか言ってたっけか。

 確かに普段のあいつは博麗の巫女の技しか使わないもんな、なるほど納得いったぜ、まさかここまでネーミングセンスが壊滅的だとは。

 余計なお世話とは思いつつも、将来の霊夢の子供に同情してしまう私であった。

 

「って、うわっ!?」

 

 とか考えながら爆笑してる内に、いつの間にか足が何かにとられて転んでしまう私。

 って、アホか何してんだ私!?

 私の足に絡みついた黒い何かは、縄のように巻き付いてとれない。

 くそっ、視界を奪うだけじゃなくて、実体化することもできんのかよ!?

 

「うふふ。 つかまえたぞー」

 

 何か、ゾワッとした。

 何故かはわからないけど、ひどい黒歴史をほじくり返されたような不快な気分だ。

 

 ……いや、さっきからほんとそんな場合じゃないだろ私、ちょっとは妖怪を相手にしてる危機感を持てよ!

 くそっ、箒は転んだ拍子に放り投げちまったのか取りになんて行けそうもないし、絶体絶命のピンチだ。

 助けてくれ、私はまだこの歳で腰痛になんてなりたくないんだ!

 まぁ、人食い妖怪に捕まって、そんな心配してるのもどうかと思うが。

 

「畜生、こんなところで……ん?」

 

 だけど、運がいいのか悪いのか、私の手は偶然にも今回用意した切り札を掴んでいた。

 私の兄貴分から預かった魔法具で、名をミニ八卦炉という。

 魔力を増幅して放つための道具なんだが、けっこう危ない代物らしいので、今までずっとリミッターをつけて使っていた。

 でも、博麗神社を出た時、吸血鬼を相手にするかもしれないので、今日は初めてそのリミッターを外してみたのだ。

 実際の威力がどんなものかは知らないけど、今は迷ってる時間なんてない! これで少しでも……

 

「動くな! 撃つと動く!」

 

 何か焦って訳わかんないこと口走っちまったけど、伝わるだろ。

 とりあえずは話し合いだ、少しは会話も通じる相手みたいだし、もしかしたら……

 

「そんな玩具で、どうするつもりだ?」

「え? いや、これ結構危ない魔法具なんだぜ?」

「どーせハッタリだろ?」

 

 ヤバい、こいつミニ八卦炉の危険性に気付いてない。

 まぁ、見た目は確かに玩具にしか見えないからな、脅しの道具としては使い辛いか。

 しょうがないな。 少しだけ、こいつの威力を見せてやるか。

 

「そんなに信じられないなら、一度だけ見せてやるよ。 こいつの威力」

「別にいいぞー。 ただし、それで私を仕留められなかった時が、お前の腰椎の最期だけどな」

「ちっ」

 

 加減を間違ったら、死ぬのは私の腰って訳か。 ははっ、笑えねーぜ。

 だけど、勢い余ってこいつを殺しちゃうのも流石に可哀想だ。

 だから丁度いい加減、うまくこいつを無力化できるのは……だいたい、出力50%くらいか?

 いや、でもそれで倒せなきゃ私は助からないんだ、70、80%……いや、いっそのこと100%出力全開で行くか?

 それがどのくらいの力なのかはわからない、でも、もう迷ってなんかいられない!!

 狙うは当たっても致命傷にはならないだろう、あいつの足元。

 よし! 覚悟決めろ私、たとえ当たらなくても脅しにさえなれば……

 

「後悔すんなよルーミア! 恋府『マスタースパー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ――拝啓、香霖へ。

 

      帰ったらマジで殺す。

 

 

 

 

 

「クぅあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

「ぎゃああああああああああああ!?」

 

 気づくと、私は魔法波の反動で空高くぶっ飛んでいた。

 ルーミアの悲鳴を一瞬で掻き消すほど耳をつんざく轟音とともに、輝く光の束が大地を抉り取っていた。

 広がった弾道は目も当てられないくらいルーミアのいた場所を焼き尽くし、同時に私の身体を赤い霧の更に上まで押し上げていく。

 

「止めっ、げっほ!? 誰か、誰か助けてっ…」

 

 ミニ八卦炉を止めればいいだけなのに、混乱するわ咳き込むわで、そんなことにも頭が回らない。

 いや、流石にここまでの威力があるだなんて想像もしてなかったんだよ、マジで!!

 っていうか、これマジで小さい山一つくらいなら吹き飛ぶんじゃねーか? いたいけな少女になんつーもんを渡すんだよ、あいつ!?

 とか言ってる場合じゃない、意識が、朦朧と……

 ……あ、アカンやつだこれ。

 

 そう思った時には、時すでに遅し。

 私の意識は、そこで途絶えていた。

 

 

 本日の教訓、得体の知れないものは軽い気持ちで使うな。

 そんなことを知るために犠牲になったのは、人間と妖怪が一人ずつ。

 一人の人食い妖怪の心の傷、人間恐いというトラウマを、確固たるものにして。

 一人の人間の少女の存在を、遠い世界へと旅立たせてしまった。

 

 さよなら魔理沙、感動をありがとう。

 お前のことは忘れないぜ。

 

 そして、私は空に輝くお星様の一つになって、幻想郷をいつまでも、いつまでも見守り続けた。

 

 

 

 

        満身創痍!

 

 

     → 最初からやり直す

 

       お星様になる

 

 

 

 

 

 

 



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第54話 : 戦う理由

 

 

 

 

「はっ!?」

「……気分はどう、魔理沙?」

「へ?」

 

 気付くと、私はいつの間にか博麗神社で横になっていた。

 微妙に呆れたような顔をした紫と、服の端々が焦げ付いた藍に見守られながら。

 

「あれ? どうして、私確か…」

「はぁ。 私は貴方をもう少し冷静な子かと思って評価してたんだけど……ちょっと認識を改めないといけないかしらね」

 

 しばらく時間をおいてやっと冷えた頭で話を聞くと、どうやら私は空の彼方に消える前に紫に助けられたらしい。

 もし紫がいなければ、私は本当にお星様になっていてもおかしくなかったはずだ。

 そして、ルーミアの方もギリギリで藍が守ってくれていたらしく、無事だという。

 ……何かもう至れり尽くせりってやつだな、本当にこいつらには頭が上がらないぜ。

 

「そっか……悪いな紫、藍。 ありがとう」

「どういたしまして。 それで、魔理沙はこれからどうするつもりかしら。 霊夢を追って、もう一度行く? ここで諦める?」

「決まってんだろ。 そんなん、当然もう一回…」

「次は、もう助けられないかもしれないわよ」

「え……?」

 

 また冗談か何かかと思ったけど、紫の目は真剣だった。

 

「今でこそスペルカードルールがあるし、それまでの妹紅の単騎戦闘力が異常だったから、ここ数十年は異変なんて割と安全なものに見えてきたのかもしれないけどね。 妹紅の前の代までの博麗の巫女っていうのは、いわゆる消耗品。 一つの異変を解決することもできずに妖怪に食われて死んでいった子なんて、いくらでもいるのよ」

「それは……」

 

 別に、知らない訳じゃなかった。

 妹紅が特殊な訳じゃない、そもそも本来の博麗の巫女ってのは、人間との関わりなんてほとんどなかった。

 人間と進んで交わることなんて、本来はあり得なかった。

 なぜなら、いつ死ぬかもわからない相手に、情が移ってしまうから。

 たとえ友達になれても、次の日には妖怪に食われてこの世から消えているかもしれない。 妖怪退治をするっていうのは、そういうことなのだから。

 

「霊夢が歩いてるのは、本来ならそういう道なの。 それと張り合おうっていうのが、どういう意味か分かる?」

 

 わかっているつもりだった。

 これが、本当に命懸けの危険なことだってのは、覚悟した上のはずだったのに。

 ……なのに私ときたら、こんなに簡単に終わってしまった。

 人生はゲームなんかじゃない、人間なんて本当にちょっとしたことで死んでしまうのなんて、わかっていたはずなのに。

 いざって時は何とかなるんだと、私はまだ認識が甘かったのだと思い知らされた。

 結局のところ、私はただスペルカードルールに、紫たちに甘えていただけの、勘違いした子供に過ぎなかったって訳だ。

 

「もう、異変に首を突っ込むのはやめなさい」

「……」

「でもね。 身勝手なお願いをして悪いけど、霊夢とはいつまでも友達でいてくれる?」

「え?」

 

 ……なんだよ、別にそれでもいいのか。

 異変に行かなくても、私は霊夢の友達でいていいのか。

 異変なんてのはあいつに任せて、私は普通の生活に戻って。

 霧雨家からは勘当されたけど、私ならきっと一人で適当に商売でも始めて成功することはできるだろうし。

 それでも、霊夢と友達でいられる。

 霊夢はたった一人で、これからも危険な異変に立ち向かい続けて。

 私は部屋で寝転がりながら、異変の顛末の報告を待っている。

 友達として、無事に霊夢が帰ってくるのを待っている。

 

「……ふざけんな」

 

 だけど、それに納得できるくらいなら、私は最初から一人で霧雨家を出たりなんかしない。

 私があの家を出たのは、自由になりたかったからだけじゃない。

 お父様とぶつかり合って喧嘩して、それでもまたあの家でうまくやっていく道だってあったはずなのに。

 それでも私が、他の何もかもを捨てて魔法使いを目指したのは……

 

「別に、異変に首を突っ込みたかった訳じゃない。 私はただ――――」

 

 

  ――私についてきなさい、魔理沙!

 

 

 ……そうだ。

 私は、あの日見つけた光を失いたくなかった。

 闇の中にいた私の手を引いてくれた、霊夢の強さに憧れて。

 私を初めて真に認めてくれた霊夢と、同じ道を歩きたかった。

 友達として?

 親友として?

 そうじゃないだろ。

 私は、霊夢に追いつくって決めたんだ。

 そう伝えたんだ。

 だったら、何も迷う必要なんてない。

 私がいるべき場所なんて、最初から決まってるんだ!

 

「もう、霊夢の後ろについていくだけじゃない。 私は、霊夢の隣にいるのに相応しくなりたいんだよ!!」

 

 ただ、ライバルとして。

 守られるだけじゃない、あいつを助けてやることも、認め合い高め合うこともできて。

 そんな、霊夢にとってただ一人の、同じ道を歩く強敵でいたかったんだ。

 

「……」

「……何だよ、文句でもあんのかよ」

「へぇ~。 そう、そういうこと。 なるほどねぇ、ふふふふふふ」

 

 なんか、さっきとはうってかわって、紫がすごく微笑ましい目で私を見てくる。

 なんだよ、確かに恥ずかしいこと言ったのかもしれないけど、それが何だってんだよ!

 私はただ霊夢の隣に……? 隣に、って!?

 

「男勝りな性格とは思ってたけど、まさか魔理沙がそういう趣味をねぇ…」

「なっ……ち、違っ、そういう意味じゃなくて! 私はただ、純粋にライバルとして…」

「はいはい、わかってるから。 魔理沙の気持ちは、よーくわかってるから」

「全然わかってない!! 第一、私にはこー…」

「こー?」

 

 紫がニヤニヤしている。

 ニヤニヤ……。

 ………っ!?

 

「あら? 顔が真っ赤よ、魔理…」

「わ、わ゛あああああああああっ!?」

「ちょっ!?」

 

 ぅぅぅ、違う違う違う違う、何も考えるな私!

 外の空気を吸え、速く、もっと速く飛んで余計なことは全部忘れろ!!

 ……くそっ、くそっくそっくそっ、もう紫なんて大っ嫌いだ。

 紫のばーか! 紫のバーカ! 紫のバー化! 紫の婆…

 

「――――っ!?」

 

 な、なんかわからないけど、凄く寒気がしたからこの辺で勘弁してやるぜ!

 もう何でもいい、くだらないことで悩むのなんかヤメだ。

 紫に言われたことなんて、知ったこっちゃない。

 さっさと霊夢に追いついて、こんな異変くらい私たちだけで解決してやるさ!!

 

 

 

 



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第55話 : 私の中の悪魔が囁く



今回は霊夢視点です。




 

 

 

 

 遂に始まった、私にとって初の異変。

 私と魔理沙はほぼ同時に博麗神社を出発した訳だけど。

 

「ちょっ、魔理沙速っ!?」

 

 何アレ卑怯でしょ、あっという間に魔理沙の姿が見えなくなったんだけど。

 ってよりも大丈夫なのかしら、見た感じ烏天狗とかと速度的に大差ないレベルじゃない、一歩ミスって墜落したら死ぬわよあんた!?

 

「あー、これじゃ氷の妖精は諦めるしかないかしら」

 

 移動速度的に、私が魔理沙より先に霧の湖に辿り着くのは私の力だけじゃもう無理そうよね。

 まぁ、魔理沙が律儀に他の妖怪との対戦も全部やってくれてればワンチャンあるけど。

 

「まぁいいわ、気長に行きましょうか」

 

 私はとりあえず、橙からもらったガイドブックをもう一度開く。

 紅魔館ってとこがゴールみたいだけど、そこに着く前に強敵は2人。

 ……2人って、そんな訳ないでしょ、幻想郷にどんだけ妖怪いると思ってんのよ。

 まぁ、遭遇率の高い相手ってことでしょうけど、それにしてもこのルーミアってのが嫌な予感がするのよね。

 金髪ショートの黒服の小さな女の子、すごく心当たりがある。

 私のことは忘れてくれてると嬉しいけど……正直、無理があるわよね。

 うまく避けて辿り着ければいいわね、こいつに会わないように霧の湖まで……

 

「あづいよ~。 大ちゃん、大丈夫ー?」

「私もけっこう辛いかも~」

「ねぇ、もう戻ろうよ大ちゃん」

「だけど、あの霧が濃い内は湖に戻るのは危ないよ」

 

「……」

 

 青髪ショートの、小さな妖精。

 背中には氷の羽と、隣には緑髪の大妖精という子がいることが多い。

 ……ダブルビンゴ。

 ここにいるはずのない相手、でも紅い霧のせいでこっちに避難してるっぽい。

 何これ、棚からぼたもちってレベルじゃないわよ、天から金塊みたいな。

 でも、信じたくない。

 すさまじいラッキーのはずなのに、間違いなくこいつが氷の妖精チルノなのに。

 

「もうだめぇ、あぁづぅぃぃょぉ~」

 

 溶けてる。

 妖精は自然の権化っていうから、暑いときに氷の妖精の力が弱まるってのは確かにわかるけどさ。

 体液がドロッドロになってて、正直あんまり触りたくない。

 私はこんなものを追い求めていたのかと、こんなもののために必死になっていたのかと、考えてたら空しくなってきた。

 

 で、でも、まだ希望は捨てちゃいけないわ!

 こいつがチルノだって、決まった訳じゃ…

 

「が、頑張ってチルノちゃん! きっとあの館からもっと離れれば…」

「やっぱりおんどれがチルノかい!!」

「ぎゃふっ!?」

「チルノちゃん!?」

 

 あ、ヤバ、何でいきなりチョップ入れてんだ私。

 まぁ、きっと暑すぎて脳細胞がおかしくなってるのかしらね。

 つまりこれは心神喪失で無罪、異論は認めないわ。

 ……でも結果オーライというか、今のチョップで体力が少し回復した気がする。

 溶けてるとはいえ、伊達に氷の妖精とか呼ばれてないわ、右手のあたりにすごくひんやりした爽快感を感じるもの!

 

「ちょっと、いきなり何するんですか!?」

「ごめんごめん、あんたらがチルノと大妖精ね」

「え? そう、ですけど…」

 

 という訳で、予定通りこいつは倒して保冷剤として持っていくことにしましょうか。

 言うこと聞かせるためにも、とりあえず何とかして弾幕戦に持ち込まないと。

 

「じゃ、とりあえず…」

「うがーっ!!」

「あ、起きたわね」

「いきなり何すんだお前っ!」

「弾幕ごっこよ」

「へ?」

「いきなり弾幕ごっこするのよ、今から」

「え? そ、そうなのか大ちゃん!?」

「え!? ち、違…」

「ほら、あんたは危ないから離れてなさい。 チルノは強いんだから、ちゃんと友達は守ってあげなさいよ」

「う、うん! わかった、さがってて大ちゃん! さいきょーのあたいが守ってあげるから!」

「そうじゃなくて……あぁ、いいや、そうだね、うん。 頑張って、チルノちゃん」

 

 うわぁ……思った以上に単純というか、アホねこいつ。

 勝手に思い込みとかいうレベルじゃないわ、おかげで助かったけど。

 隣の大妖精って子も手慣れた感じで説得を諦めてたし、いつもこうなのかしら。

 ……でも、多分スペルカードルールのことなんて理解してないってのが一目でわかるわ。

 ま、それでもとりあえず形式だけは整えてっと。

 

「じゃあ、スペルカードの枚数は3枚でいいかしら」

「なんでもいい! あたいが勝ったら、今日からお前はあたいの子分ね」

「はいはい。 で、私が勝ったらあんたは今日一日私に付き合うこと」

「あたい負けないから関係ない!」

 

 ……正直、ちょっとイラッとした。

 暑くて気が立ってる時に話したい相手じゃないわね、これ。

 それでも、無事に勝負に持ち込めたからとりあえず一安心ね。

 

「じゃ、私から行くわね。 スペルカード宣…」

「凍符、『パーフェクトフリーズ』!!」

「あー……」

 

 はいはい、知ってた。

 とても弾幕とは呼べない冷気を突然ぶっ放してきたチルノ。

 ま、ちゃんとスペルカード宣言できただけ褒めてやってもいいかしら。

 でもこれ、いやそんな、これはまさか……

 

「……涼しぃぃぃ」

 

 あぁ~癒されるぅ~。

 何これ、ここは天国?

 砂漠の真ん中でオアシスに巡り合ったかのような、至福の時間。

 あはは、もう何でもいいやぁ、私チルノの子分になってもいい気がしてきたぁ~。

 凄いわこれ、なんか細かい粒が少し当たってくるのを除けば、完璧な冷風で……

 

「……あの」

「何よ、今いいとこ…」

「当たってますよね、チルノちゃんの弾幕」

 

 ……。

 …………げ。

 

「ちょ、ちょっとタンマ、今のなし!!」

「今のなし? どうしてですか?」

「いや、その、今のはまだ練習というか…」

「へぇ……当たってから練習って言いますか、そうですか。 でも、それって卑怯じゃないですか? それとも、スペルカードルールって、そんな横暴がまかり通る適当なルールだってことですか? なるほど、ではそういう風に妖精のコミュニティに広めてもいいんですね?」

 

 この子、ニッコリしてるけど、なんか凄く怖い。

 笑顔の裏に巨大などす黒いオーラを感じる。

 わかるわ、これは裏社会で頭脳戦を繰り広げてきた、歴戦の勇士の目。

 きっとチルノを守るために、幾度となく死線を乗り越えてきたのね。

 こんな大人しそうな顔してるくせに……大妖精、恐ろしい子!!

 

「……そうね。 確かに今ので私の一敗ね、それは認めるわ。 でも、これは3枚勝負よ」

「そうですね。 じゃあチルノちゃん、次はアイシクルフォールを少し小さく柔らかめの氷にして撃とっか」

「え? う、うん、わかったよ大ちゃん!!」

 

 小さく柔らかめの氷……もしかして、口に入れたらほろりと崩れるアイスみたいな感じの氷ってこと? 何そのぜいたく品。

 くぅぅぅっ、あいつ私の弱点を完全に理解して助言してるわね、なんという策士。

 でも、もう油断はできないわ、次のスペルに被弾したら後がないもの。

 見た感じ、チルノの弾幕を避けるのはイージーモード。

 大妖精を出し抜くのはノーマルモード。

 そして、氷の誘惑に打ち勝つのはハードモード。

 理解するのよ、これはチルノとの戦いじゃないわ。

 涼しさを求める私の中の悪魔を抑える、いわば自分との闘いよ!!

 

「さぁ……来なさい!!」

「いっくぞー、氷符『アイシクルフォール』!!」

 

 そして、再び私の目の前に、札束の雨のような誘惑が降り注いだ。

 

 

 

 

 



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第56話 : 守りたい、この笑顔

 

 

 

 あの夏の日に味わった、至福のひととき。

 暑さを忘れさせてくれる、口の中でとろけるアイスの感触。

 ああ、この気持ちに身を委ねたい。

 今すぐこの氷の雨を受け入れて、灼熱地獄から脱出したい。

 

「ぅぅぅ……負けるかあああああああ!!」

 

 落ちていく。

 私の隣を、氷の塊が落ちていく。

 触れることもできないまま、無情にも通り過ぎていく。

 私は今、どんな顔をしているのだろう。

 きっと、ひどい顔をしているのだろう。

 それでも私は博麗の巫女として、鉄の意志でもって宣言する。

 

「……スペルカード、ブレイクね」

 

 全ての氷を避け終わるとともに、汗と一緒に温かい何かが頬を流れていくのを感じた。

 きっと、私の目から零れ落ちた何かが。

 私にとって初めての異変での、初めてのスペル取得。

 なのに、それがこんなに悲しい取得宣言になるなんて思ってもみなかった。

 

「そ、そんなっ、あたいの弾幕が…」

「大丈夫だよ、チルノちゃん。 もう一枚、とっておきのがあるでしょ?」

「あ……うん!」

 

 と、とっておき!?

 休む間もないっていうの? 私は今、やっと自分の中の悪魔を押し留めたというのに。

 なのに、既に私は次の弾幕が気になって仕方がないのだ。

 

「くらえっ、雪符『ダイアモンドブリザード』!!」

 

 え……? 何、この弾幕。 私のこと馬鹿にしてんの?

 速さなんて皆無の、ただゆっくりと空から降りてくるかのような……

 

「雪符『ダイアモンドブリザード』。 堅い氷とは違う、雪のような柔らかさの結晶ですよ」

 

 ……あ、もうダメな気がしてきた。

 これを無視して全部避けるなんて。

 そんな生殺しに耐えきる自信なんて、今の私には残されていない。

 きっと、全て避け切った頃には、私は血の涙を流していることだろう。

 あぁ、スペルカードルールって、こんなに残酷なルールだったのね。

 恨むわよ母さん、紫。

 こんな、心を砕くようなルールを作ったりして……

 

  ――ちなみに、スペルカードルールには『グレイズ』っていう特殊ルールがあるの。

 

 ふと、紫に聞いた言葉が走馬灯のように蘇ってきた。

 ……グレイズ?

 あの時の私は、全部避ければいいじゃんとか言ってあんまり真面目に聞いてなかったけど。

 でも、確かその特殊ルールって……

 

  ――ただ避けるんじゃなくて、かする。 あえて弾幕に触れるか触れないかのところを通過できる、紙一重の美しさを評価するルールよ。

 

「……ふふ。 ふふふふっ」

「え? 何、どうしたのあの人?」

 

 嗚呼、そっか。

 ありがとう、神様。

 ありがとう、世界。

 私に、こんなに素晴らしいプレゼントをくれて。

 

「ほっ!!」

「あ! 当たっ……て、ない?」

 

 1HIT。

 だけど、私に掠った雪の粒は、軌道を変えることすらなく落ちていく。

 これがグレイズだ。

 同時に、私の頬を襲うのは少しだけ冷たい感触。

 

「まだまだあああああっ!!」

 

 2HIT、3HIT、4、5,6,7……ええい、数えるのが面倒くさいわ!!

 降り注ぐ雪の弾幕に、私はこれでもかってくらいグレイズしていく。

 私の体温が、少しずつ下がっていく。

 気持ちが楽になって、頭が冴えていく。

 こうなったら、もう誰も私を止められない。

 縦横無尽に飛び回り、全ての弾幕に次々とグレイズし続けて―――

 

「―――スペルカード、ブレイクね!!」

 

 今度は、私は高らかに宣言した。

 悲しい取得宣言とか言ったけど、前言撤回。

 こんなにも清々しいスペル取得宣言ができるだなんて、思ってもみなかったわ。

 ありがとうチルノ、あんたは最高の妖精ね。

 お礼に、一瞬で勝負を終わらせる本当の弾幕ってのを、私が見せてあげるわ!!

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 貴方けっこう当たってたじゃないですか!?」

「知らないの? 今のは、グレイズっていう特殊ルールなのよ。 あえて掠るように避けることで高評価が得られんのよ」

「そんな、また後付けみたいな!? ほら、チルノちゃんからも何か…」

「すげえ!!」

「え?」

 

 だけど、欲望にまみれた私の濁った目や大妖精の真剣な目とは対照に、チルノの目はキラキラと輝いていた。

 

「やるなお前! なんか……すごく、カッコよかった!!」

「え? あ、ああ、ありがとう。 じゃあ次は私が弾幕を…」

「いいんだ! 今回はあたいの負けだ」

「え!? チルノちゃん!?」

 

 え、それでいいの? じゃあ、私の勝ちってことね!!

 ……でも、何だろう、この気持ち。

 目的を果たして、スペルも半数以上を取得して。

 勝負に勝ったはずなのに、なんか人間としてすごく負けたような気分なんだけど。

 

「だから、あたいにもそのカッコいい飛び方教えて!!」

 

 ……ああ。

 そっか、やっとわかった。

 この子はバカなんじゃない。

 ただ飽きれるくらいに自分に正直で、なにより純粋なんだ。

 

「……わかったよ。 チルノちゃんがそれでいいのなら、今回はそうしようか」

「うん! だけど、次は絶対負けないからね!!」

 

 どうしよう、なんかこの無邪気な笑顔が、一周回ってすごくかわいく見えてきた。

 ぎゅっとしてあげたい衝動に駆られてきたわ、ひんやりしてそうとかそういうの抜きにして。

 もう、この異変が終わったらウチで飼っていいかしら。

 私みたいな生意気なクソガキさえ可愛がってくれる母さんなら、相談してみれば何とかなる気がするしね。

 

「コホン。 それじゃ、約束通り今日は私に付き合ってもらうからね」

「わかった! あたい、頑、張る……あれ?」

 

 だけど次の瞬間、チルノは倒れ込んでいた。

 とっさに大妖精に抱えられて、それでもうまく立つことができていない。

 

「チルノちゃん!?」

「あれ? なんで、あたい、力が…」

「あ……」

 

 そこで、私はやっと気付いた。

 頭が冷えたからってのもあるけど、どうして今まで気付かなかったのか。

 そもそもチルノは、暑さと紅い霧のせいで弱ってここまで逃げてきていたのだ。

 あの時点でかなり弱っていたのに、そんな状態で弾幕ごっこなんてすれば、どうなるかは誰でもわかるはずなのに。

 なのに、私は無理矢理チルノに勝負を仕掛けた。

 自分勝手に保冷剤扱いして、チルノのことなんて何も考えていなかった。

 ……最低だ、私。

 種族を超えて誰とでも共存していける幻想郷にしたいって、そのために博麗の巫女になろうって決めたはずなのに。

 なのに私はチルノを、妖精を道具みたいにしか扱ってなかった。

 結局のところ、私は口だけ達者で何の覚悟もできてなかったんだんだ。

 

「……ごめんチルノ、やっぱりさっきの約束は取り消し」

「え?」

「今日は涼しい所を探してゆっくり休むこと。 それと、約束通り私の飛び方も教えてあげるから、明日の朝、博麗神社に来なさい」

「明日って……そんなの、今のチルノちゃんの様子じゃ、とても…」

「大丈夫よ」

 

 大妖精も、心なしか口調が沈んでいる。

 それはそうだろう、この子が優しい子だってのは、見てればわかる。

 きっと、ただチルノを心配してるだけじゃない、ひどい罪悪感に襲われているんだろう。

 チルノに助言して、必要以上に力を使わせてしまったのではないかと。

 私が悪いのに、きっとこの子は自分のせいでチルノが弱っていると、そんな自己嫌悪に陥ってるんだろう。

 だから、助けが必要なはずなんだ。

 この状況をどうにかできる、そんな救世主がいなきゃいけないんだ。

 

「心配しなくても、明日の朝までには私がこの霧を晴らしてやるわよ」

「え?」

「だって、私は幻想郷の異変を解決する、博麗の巫女なんだから!!」

 

 ……そう。 博麗の巫女である私が解決しなきゃ、異変は終わらないのだ。

 なのに、私は今まで異変から目を逸らしていた。

 暑いからチルノを探そうとか、吸血鬼に勝てる訳ないとか、挙句の果てにはスペルカードルールだから仮に負けても死なないだなんて。

 そんな、甘えたこと言ってんじゃないわよ!

 私が立ち止まってるせいで、こんなに苦しんでる子たちがいるのよ、もう迷ってなんかいられる訳ないでしょ!!

 

「だから、私はもう行くわ。 チルノのこと、お願いね」

 

 私は既に、遥か遠くを見ていた。

 あの霧の濃いところ、吸血鬼のいる館へと気持ちを切り替え、私は大妖精の返答を聞くこともなく飛び立った。

 

 もう、こんなことは終わらせる。

 私に助けられる子たちがいる。 それを待っている人たちがいる。

 きっと私はそのために戦っているんだと胸に刻み、一心不乱に前に進んだ。

 

 

 

 



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第57話 : 譲れない想い

 

 

 

 さっきまでとは比べ物にならないくらい、身体が軽い。

 それはきっと、冷気を浴びて体調が回復したからってだけじゃない。

 この異変を解決する理由ができたから。

 風見幽香や母さんと戦った時と同じように、私に戦う理由ができたから。

 あの時はただ、魔理沙を助けたくて。

 母さんを取り戻したくて。

 自分のためじゃない、誰かのために戦えるってだけで、こんなにも活力が湧いてくる。

 さっきまでの私は、そんな簡単なことすらも忘れていたんだ。

 

「……ここね」

 

 だけど、今の私にはもう迷いも恐怖もない。

 たとえ私の目の前にある館に、凶悪な吸血鬼がいるとしても。

 戦うって決めた。

 一刻も早くこの霧を晴らして、私がチルノを助けるって決めたんだから!!

 

「あんたが、ここの門番ね」

 

 紅魔館の門前に佇むのは、赤髪緑服の女性。 ……こいつが、紅美鈴で間違いないわね。

 ガイドブックに書いてあった危険度は、チルノと同じDランク。

 武術の達人で近接戦はNG、必ず距離をとって戦うこと。

 要するに上空から集中砲火すれば大丈夫ってことね、時間がないしさっさと進みましょうか。

 

「貴方が、博麗の巫女ですか」

「そうよ。 ここの吸血鬼がこの霧の犯人だってのはわかってるわ。 迷惑だから、さっさと止めてくれない?」

「お断りします」

 

 とは言ってみたものの、実際目の前に立てばすぐにわかる。

 静かな闘気、肌を刺すような鋭い気迫は、本気の藍を前にした時のような張り詰めた空気を彷彿とさせる。

 どう見てもチルノと同レベルの相手とは考えられないわね。

 まぁ、橙が勝てたってことは、スペルカードルールに持ち込みさえすれば何とかなるんでしょうけど。

 

「……ま、話してわかる相手じゃないだろうし、ここは押し通らせてもらうわ。 スペルカードルール、知ってるわよね」

「ええ、知っています。 お嬢様も、博麗の巫女や魔法使いが来たらそのルールに則ると言っていましたから」

「なら話が早いわ。 じゃあ、スペルカードの枚数は…」

「ただし―――」

 

 だけど、ひどい悪寒を感じた。

 その次の瞬間、門の前には誰もいなかった。

 代わりに、10歩以上もあったはずの私と美鈴の間の距離が消えていて。

 

「っ!!」

 

 考えた訳ではない、私は反射的に身構えていた。

 両腕に霊力を纏い、衝撃に備えたはずが―――そのガードは、あっけなく砕かれていた。

 

「がっ―――!?」

 

 とっさに飛び退いたおかげで少しは威力を緩和したけど、たった一発の突きだけで私の身体は後方の木の幹に強く叩きつけられていた。

 激しい衝撃と轟音で、視界が歪む。

 地面に崩れ落ちた私に、その鋭い眼光が向けられたのを肌で感じる。

 

「私は、そんなルールに従うつもりなんてありません」

 

 その目は本気だった。

 身を刺すほどに感じる、確かな敵意。

 いつの間にか、私の身体は震えていた。

 恐怖なんて乗り越えたつもりだったのに、本能的な感情は誤魔化せなかった。

 

「だから、大人しく帰りなさい。 もう一度来るというのなら、次は容赦しませんから」

 

 ……話が違うじゃない。

 なんなのよこいつ、ルール無視して、一体これのどこが武人だってのよ!?

 とか、今までの私なら不平を言って、紫にでも助けを求めていただろう。

 だけど、今の私ならわかる。

 こいつはただの愚劣な無法者なんかじゃない、その気迫からは確かな強い信念を感じる。

 その目に宿っているのはきっと、大切な誰かのために戦う覚悟。

 こいつにはルールを守ることより大事な、曲げられない信念があるのだろう。

 

「……帰れる訳、ないじゃない」

 

 だけど、それは私だって同じことだ。

 この霧が晴れなきゃ、チルノは弱っていく一方だ。

 それだけじゃない。 阿求も、人間の里の皆も、この霧のせいで倒れていてもおかしくはない。

 なのに、博麗の巫女である私が、こんなことで怖気づいていられる訳がないわ。

 

「そんなんじゃ、私はいつまで経っても何も守れないのよ!!」

 

 だから、私は身の震えを断ち切って立ち上がった。

 怖くないと言えば、そんなのは嘘になる。

 もし一歩でも前に踏み出せば、この人は今度は本当に容赦なく私を殺しに来るのかもしれない。

 しかも、今の一撃だけで確かに感じた。

 間違いなく格上の相手、まともに戦ってもきっと敵わない。

 でも、そんなのは今までの博麗の巫女も、きっと母さんだって、幾度となく通ってきた道のはずなのだ。

 私だけが逃げるだなんて、そんなカッコ悪いことできるわけないでしょ!

 

「交渉決裂、ですね」

「当たり前でしょ。 そっちがそのつもりなら、私も遠慮しないわ」

 

 こいつがスペルカードルールに則るつもりがないことは、わかった。

 私だって弾幕ごっこの特訓ばかりしてた訳じゃない、こういう例外が存在するかもしれないことくらい最初から覚悟の上だ。

 私は静かに一歩を踏み出す。

 

「ならば、私も手加減はしません」

 

 美鈴の視線が、私の一挙手一投足にまで集中しているのがわかる。

 これから始まるのは、風見幽香の時のような、手加減されっぱなしの勝負ではない。

 母さんの時のような、気遣われながらの喧嘩でもない。

 もしかしたら殺し合いになってしまうのかもしれない、そんな戦場なんだ。

 それでも、私は躊躇はしなかった。

 本気で誰かを守ること、それが簡単な道であるはずがないことくらいわかってるから。

 

 ――霊符『夢想封印』

 

 これは本気の決闘、だからスペルカード宣言はいらない。

 その霊力は弾幕ごっこで使うような、美しく彩られたものではなく。

 空気に溶け込ませて視覚情報を遮断、ただ相手を叩き潰すためだけの兵器として空中に散りばめる。

 紅魔館の門番にして武術の達人、紅美鈴。

 相手にとって不足なし、私はその懐に向かって一気に踏み込んだ。

 

 

 

 



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第58話 : 一人じゃないから

 

 

 

 不思議なほどに、時間がゆっくりと見えた。

 あと、互いに三歩。

 美鈴の歩幅と、私の歩幅で走り出した時の距離感だ。

 けど、きっと美鈴もそれをわかっている。

 むしろ距離感なんてものは、武術に精通した美鈴なら私よりも正確に把握しているだろう。

 だから、私は深く息を吸って、

 

「ふっ!!」

 

 三歩を、駆けない。

 タイミングをずらすために、あえて一歩で姿勢を低く、より低く飛び立つ。

 近接戦において跳ぶことはあっても、飛ぶことは普通はあり得ない。

 飛ぶ力よりも駆ける力の方が、瞬間的にはより強く前に進めるのは自明の理だからだ。

 不利になるだけのそんな戦術は一種の博打、裏をかくための手段にしかならない。

 

「速い――っ!?」

 

 だけど、それはあくまで普通の人の場合に過ぎない。

 『空を飛ぶ程度の能力』を持つ私にとって、空を飛ぶのは跳ぶのよりも遥かに簡単なことなのだ。

 三歩を駆け抜けて走るのより「早く」、私は美鈴の懐へと入り込む。

 そして、私はその速度のまま美鈴の直前で踏み込んで、

 

「が、未熟ですね」

「そんなの、わかってんのよ!!」

 

 二歩目とともに放ちかけた正拳を、突かずに引いた。

 私の奇襲なんて、美鈴は簡単に見切って止めてくるだろうという直感に従って。

 美鈴が守りに僅かに意識を向けたその瞬間、私は前ではなく真上に飛んだ。

 私は自分の未熟さなんて、熟知している。

 勝ち目のない近接戦なんて挑みはしない。

 さっきの急接近はただのブラフ、本命は……

 

「こっちよ!!」

 

 恐らく美鈴の意識は、緊急退避で飛び上がった私に向けられるはずだ。

 だけどそれは罠、あらかじめ放っていた『夢想封印』を、私は美鈴の死角から一気に解き放っていた。

 近距離戦は絶対に挑まない、これは遠距離に身を置きながら時間差で放つ高精度の近距離砲撃。

 美鈴の注意を私に引きつけたまま、無色の霊力の弾で美鈴を打ち抜こうとする。

 

「……致傷性の魔弾が、4つ」

「っ!?」

 

 だけど、美鈴はそれすらも全て見抜いていた。

 速過ぎてはっきりとは見えなかったけど、視認できるはずのない霊力の弾を、美鈴はその両の拳でいとも簡単に打ち抜いていた。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 それらが弾け飛ぶのとほぼ同時に感じるほどに早く、美鈴は空高く跳び上がって、

 

「誰が、4つだなんて言ったかしら」

 

 私もまた、既に懐からもう一つの切り札を取り出していた。

 宝具『陰陽鬼神玉』。

 直線コース、避けられるはずがない空中の軌道で、私はそれを構える。

 

「そんなものっ!!」

 

 美鈴はその弾道をも読んでいる。

 全ての戦況が美鈴の掌で踊らされている、かのように見える。

 ……だけど、美鈴がそれらを全て見切ってくることくらい、私は予測していた。

 こいつはきっと、こんなことでは止められない。

 裏の裏をかいた程度で勝てる相手じゃないことくらい、わかってるから。

 

「っ!?」

「いつから5つだと錯覚していたのかしら? 6つ、いや―――」

 

 4つの霊力の弾は、美鈴の注意を逸らすための布石。

 二歩目を踏み込みながら大地に張っていた結界は、内包していた力を空高く弾き返す。

 私を追って弾け跳んだ追撃弾は、同じように私を追って空高く跳ねた美鈴の顎を綺麗に打ち抜いていた。

 その僅かな隙、美鈴の意識がほんの少し私から逸れるとともに、私は気配を殺して大気と同化させていた霊力の全てを一気に解放して……

 

「20連の夢想封印よ」

 

 美鈴が怯んだ隙に、追い打ちをかけるように四方八方から光弾を叩き込んだ。

 スペルカードルールならこれで私の勝ちだろうけど、現実はそうはいかない。

 一つ一つが強力な戦術兵器は、それでも美鈴を倒すには至らないかもしれない。

 だから……

 

「これで、終わりよ!」

 

 ここまでの全てが、陰陽鬼神玉を確実に当てるための攪乱。

 これにまともに当たれば、たとえ美鈴だって無事じゃ済まないはず。

 私はそのまま自分の出し得る全力を込めて、一気に叩き込む。

 夢想封印で完全に取り囲んで逃げ道を塞いだ上に陰陽鬼神玉も直撃コース、これで決められない訳が……

 

「……ああ、そうか。 やはり強いな」

 

 だけど次の瞬間、私の直感は身も凍るような死の気配を察知した。

 美鈴の纏う気配が変わっていた。

 さっきまでみたいな、洗練された武の気配なんかじゃない。

 まるで、野生の獣のような気が膨らんで、

 

「だが、それがどうした」

「っ―――!!」

 

 私は焦ってしまった。

 まるで別人のような美鈴の狂気的な気迫に、ただ本能的に恐怖を感じてしまったから。

 そして、それが敗着だった。

 陰陽鬼神玉の軌道を見切ると、美鈴は夢想封印に見向きもせずに回り込んでいた。

 

「嘘っ!?」

 

 前方の10の弾幕を片手で弾き飛ばし、美鈴は既に陰陽鬼神玉の軌道を外れて跳び上がっていた。

 何よそれ、正気の沙汰じゃないわよ!?

 片手でどうにかできるような弾幕じゃないはずよ、そんなことしたら美鈴の手が無事で済むわけが……

 

「ぁ……」

 

 だけど、それを見た瞬間、私は美鈴との埋めることのできない差を思い知らされた。

 心・技・体。 武術の極意。

 技は、未熟な私と比べるまでもない。

 体も、妖怪と人間ではそもそもの体のつくりが違う。

 だから、私はせめて心で勝たなきゃいけないのに。

 

「っオオオオオオオッ!!」

 

 地の底から湧き出るかのような雄叫びは、私の反応を一瞬鈍らせた。

 きっと今、焼け爛れたその右腕は灼熱の炎に焼かれたような激痛に襲われているはずなのに。

 それでも美鈴は僅かにも表情を歪めないまま、その右手で私の首を掴んでいた。

 

「―――がっ、はっ!?」

 

 その次に私の耳に届いたのは、風切り音と、派手な衝突音。

 そして、私の骨が軋むような嫌な音だった。

 多分、私は上空から地面に向かって投げつけられたのだろう。

 霊力の鎧を纏ってなお、衝撃に脳が耐えきれずに目の前の世界が揺れている。

 そして、美鈴はそのまま私の身体に馬乗りになって、

 

「……は、ははっ。 なんだ、簡単じゃないか」

 

 その顔は、狂ったような笑みに支配されていた。

 憎しみを込めたように歪んだ表情で、私を押さえつけていた。

 それだけで、もうわかった。

 私は、負けたんだと。

 しかも、これは弾幕ごっこじゃない。

 首を刎ねられるか、胸を貫かれるか、頭蓋を砕かれるか。

 生殺与奪の権利は全て、美鈴にあるのだ。

 普通なら。

 私が邪神の力なんて持たない、普通の人間だったなら、ここで終わりだった。

 

「これでいいんだ。 これで、お嬢様は……」

「え……?」

 

 だけど、私は動けなかった。

 美鈴の目から、あまりに自然に流れていた涙に気を取られてしまって。

 負けたと、思ってしまったから。

 誰かを守りたいという思いで、心で負けてしまったのだから。

 美鈴の目に映っているのは、美鈴自身でも私でもない。

 ただ、お嬢様と呼んだその相手のことを。

 大切な人を守りたい、そんな強い想いだけが痛いくらいに伝わってきたから。

 

 ……だから、私には美鈴を殺せない。

 反撃しなければこの場で殺されるとしても。

 私に、それを覆して美鈴を殺すことができる力があっても。

 そんなこと、私にはできない。

 

「……たすけて」

 

 だから、私は卑怯にも、また縋りつくことしかできなかった。

 無理矢理に代わってもらった、博麗の巫女の座だったのに。

 なのに、私は結局何もできなかった。

 ごめんなさい。

 母さんや紫たちに頼ることしかできない無能のくせに、一体私は何を勘違いしていたんだろう。

 弱い自分が情けなくて、何もできなかったことが悔しくて。

 私はただ、静かに涙を流すことしかできなかった。

 

「――――スパークッ!!」

 

 ……だけど、微かに何かが聞こえるとともに、気付くと私の上に美鈴はいなかった。

 私から距離をとって、再び構えていて。

 

「え……?」

「おいおい。 何やってんだよ霊夢」

 

 その声で、私の頭は再び覚醒した。

 

「魔理沙……?」

「おう、魔理沙さんだぜ」

 

 顔を上げると、そこには私の数少ない友達がいた。

 なのに、いつも一緒にいたはずのその顔を見るのが辛くて。

 いつも隣にあったその声を聞くのが辛くて。

 

「……逃げて、魔理沙」

「は?」

 

 さんざん偉そうなこと言っておきながら、私は何もできなかった。

 きっと私には、魔理沙を助けることも守ることもできやしない。

 そんな情けない姿しか見せられないのが、悔しくて。

 だけど、それでもせめて魔理沙には逃げ延びてほしいから。

 

「何言ってんだ、お前」

「無茶だったのよ、最初から。 こんなの、私や魔理沙に勝てる相手じゃ…」

「……ま、お前が言うならそうなのかもな。 でもよ、だったら―――」

 

 でも、魔理沙は逃げなかった。

 私の後ろでもなく、私の前でもなく。

 ただ、箒から降りて私の隣に立っていた。

 

「早く立てよ、霊夢」

「え?」

「え?じゃねーよ。 お前が勝てない相手に、私一人で勝てる訳ねーじゃねーか」

 

 そう言って、魔理沙は私に手を差し出した。

 その顔は、最初と何も変わらない。

 ただ、いつものように憎たらしいほどニヤついた顔で。

 

「安心しろよ。 一人じゃない、私がいるんだ。 霊夢も、まだやれんだろ?」

「ぁ……」

 

 ……そうだ。

 何を勘違いしてたんだろ、私。

 なんで一人で突っ走っちゃったんだろ。

 私はまだ、未熟者で。

 母さんみたいに一人で大妖怪を退治できるほど、強くなんてない。

 一人で何でもできるほど、強くなんてない。

 そんなの、博麗の巫女になった日から、最初からわかっていたことなのに。

 

「……何言ってんのよ。 当然じゃない」

 

 不思議と、また力が湧いてくる。

 私は一人じゃない。

 心から信頼できる親友が……いや、同じ道を進んでくれるライバルがいるから。

 一人で戦ってる訳じゃないからこそ、私は立ち上がれる。

 

「ははっ、やっと霊夢らしくなってきたな。 よっしゃ、足引っ張んなよ」

「そっちこそ!」

 

 だから、私は諦めない。

 私には私の戦い方がある。

 母さんみたいに一人で何でもできる必要なんてない、私が博麗の巫女としてここにいる意味をもう一度噛みしめて。

 誰かに頼らないと何もできない未熟な私だからこそ進める道があるって思えるから、私は戦えるんだ!

 

 

 

 



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第59話 : 溺れるほどの策がない



 今回は魔理沙視点です。




 

 

 

 

 ああ、この感じだ。

 肌を刺すようなピリピリとした空気の中、私は胸の高鳴りを抑えきれなかった。

 私の隣では霊夢が、まっすぐに同じ方向を見据えている。

 今の私は守られる側でも引っ張られる側でもない。

 霊夢と肩を並べて戦える。 私はずっと、こんな居場所を追い求めてきたんだ。

 

 ……おっと、でも今はそんな感傷に浸ってる場合じゃねーよな。

 見るからにヤバそうな奴が、すぐそこにいるんだからな。

 

「それにしても意外ね。 私が立つまで待っててくれるなんて」

「いや、別に待っててくれた訳じゃねーだろ?」

「え?」

 

 あいつが、ガイドブックにあった紅美鈴って奴だろうな。

 やっぱりルーミアなんかとは格が違うっぽいのが一目でわかる。

 不意打ちのマスパを避けた上に、私がさっきから向けてるミニ八卦炉の危険性をもう見抜いてる。

 しかも恐ろしいのは、それを避けようとしてる訳じゃなくて、後ろに逸れるのを止めようと構えてるあたりか。

 紅魔館に被害は出せないってか? まさに門番の鏡って訳だ。

 

「霊夢、私の切り札はこいつだ。 ミニ八卦炉、見たことあるよな?」

「ああ、確か前に大岩を粉々にしてたやつでしょ」

「それはリミッター付きの場合な。 全力で撃てば、後ろの館なんて木っ端微塵だぜ。 だから、あいつも易々とは動けない」

「……うっわ、何それ」

 

 お、ビビってるビビってる、いいぞもっと警戒しろ。

 確かに出力全開にすればあの館もまるごと吹っ飛ばせるだろうが……残念ながら私がそれを使いこなせないことは、ルーミアとの一件で証明済みだ。

 今の私がコントロールして使えるのは、せいぜい出力20%くらいが限界か。

 でも多分、そんなんじゃあいつは普通に止めてきそうだしな、このハッタリがいつまでもつか。

 

「……で?」

「え?」

「だから、え?じゃねーよ。 お前が使えそうな切り札はあるか聞いてんだよ」

「切り札って、どうして」

「私が組み立ててやるよ。 私たちだけで、あいつに勝てる戦略」

 

 正直、ミニ八卦炉のハッタリだけでどうにかできるような相手じゃないのはわかってる。

 ってか、もし外せば次の瞬間には私なんて即お陀仏だろうしな。

 霊夢も霊夢でだいぶ顔色悪いしキツそうなのはわかるけど、何か一つくらい使える決め手があると嬉しいんだが……

 

「まぁ、夢想封印は見破られちゃったし、今のところ陰陽鬼神玉くらいね。 ……残りあと一発だけど」

 

 美鈴に聞こえないように、残りあと一発ってとこだけ小声で囁いてくる。

 まぁ、切り札の残数がバレちゃマズいし、それに頭が回るくらいの余裕はあるってことだな、安心したぜ。

 

「あの白黒のか。 でも、このレベルの相手じゃ少し心もとないな、何か私の知らない技とかねーのかよ」

 

 霊夢ストレッチとかな。

 まぁ、今それ言ったら霊夢の集中力が切れそうだから、あえて触れないけど。

 とりあえず、アレだけじゃこのレベルの相手には物足りないし、もう少し何か……

 

「……それなら一応、私の奥義的なのなら」

「お、それだよ! 一体どんな必殺技だ?」

「…んりょく」

「あん?」

「直感力!!」

 

 ……お、おう。 そうか、直観力か。

 どうしよう。 技って言ってんのに、ツッコミ待ちなのかこれ。

 マジで困った、思ったより霊夢がポンコツだった件について。

 いや、確かに総合力じゃ私よりも上なんだろうけどさ、それでももっと今はこう、何か現状を打開できるような……っ!?

 

「魔理沙、こっち!!」

「しまっ…!? え?」

「っ!! ちっ…」

 

 ……やっべ何だ今の、未だに心臓がバクバクしてんの止まんないんだが。

 私の気が若干逸れただけで、一瞬で目の前まで踏み込んできたぞあいつ。

 しかも直前で霊夢が張ってた『封魔陣』を見抜いて退けるあたり、相当な達人だな。

 前言撤回。 よくあんなの相手に一人で戦ってたな、霊夢の奴。

 ってか、そんなことより気になるのは……

 

「霊夢、何だ今の」

「封魔陣よ。 よく見せてるでしょ、妖怪の動きを封じるやつ。 ま、見破られちゃしょうがないけど」

「そうじゃなくて! なんで、あいつが動く前にわかった?」

「え?」

 

 少なくとも、私には美鈴の動きがほぼ見えなかった。

 直線的なスピードなら長期的には私の方が速いかもしれないけど、モーション無しでの瞬発力と間合いの詰め方の上手さが尋常じゃない。

 私だけだったら、さっきの一瞬でミニ八卦炉を弾かれて終わっていたと思う。

 なのに霊夢は美鈴が動く直前に、美鈴がちょうど踏み込む位置に封魔陣を張って逃げ道を確保していたのだ。

 

「だから言ったでしょ、直感力って」

「直観力て……」

「いや、他に分かりやすい表現がないのよ。 空気の流れとかから、なんとなくで次の戦況のイメージとか読んでるんだから」

 

 ……眩暈がしてきた。

 本気で言ってんのかよ、そんなのたとえ紫や妹紅にでも無理だぞ。

 そんなことができるとしたら達人とかいうレベルじゃねーよ、マジで神の領域だぞそれ。

 だけど、もし本当に霊夢に、そんなことが可能だとすれば……

 

「おい霊夢。 あいつから注意を逸らさないまま、耳貸せ」

「え? 何よ、一体…」

「いいから!!」

 

 もうほぼ死に体の霊夢と遠距離砲撃しかできない私じゃ、真正面から突っ込んでも勝率のほぼ無い捨て身にしかならない。

 私たちが美鈴に勝てる望みがあるとすれば、もう奇策と奇襲くらいだ。

 ある意味それも捨て身の策みたいなもんだが、少しでも勝算のある手段に頼るに越したことはない。

 だから、ここは……

 

「……いやまぁ、無理ではないと思うけどさ。 ぶっちゃけ、私もういっぱいいっぱいなんだけど」

「さっきはまだやれるって言ってただろ? 霊夢なら大丈夫だって」

 

 霊夢が微妙な目を向けてくる。

 私も正直言うと、我ながらアホな作戦立てたなーとは思う。

 だけど、この拮抗状態も長くは続かないだろうし、そろそろ賭けに出るしかない。

 

「……信じていいのね」

「ああ、任せろ」

「2分。 どう足掻いても、それが限界よ」

「はっ。 そんだけありゃ、十分だ!!」

 

 私はミニ八卦炉を構えたまま、空高く舞い上がった。

 それとほぼ同時に、美鈴と霊夢の距離は一気に詰まっていた。

 拮抗が破れた一瞬だけで、もう戦いが再開したのだろう。

 だけど、私はそれに気をとられたりはしない。

 

「今は霊夢を信じるしかないよな」

 

 もう、私のミニ八卦炉の脅しは通用しない。

 霊夢は読み飛ばしてるかもしれないけど、私はちゃんとガイドブック全部に目を通した。

 この紅魔館は特殊な結界で守られてて、正門以外からの侵入はできないという。

 つまりは、マスパ撃ったところで正門以外からじゃ紅魔館に被害は出ないから、美鈴を止めておける材料がないって訳だ。

 

「……頑張ってくれよ、霊夢」

 

 それでも、私は落ち着いて空高くからミニ八卦炉を構えた。

 作戦はこうだ。

 美鈴の知覚範囲から完全に離れるほど上空、私も2人の姿なんて豆粒ほども見えない場所。

 ここから、私が一点に集中させたマスパを、さっきみたいな暴走をしない程度に全力で撃つ!

 当然、コントロールなんてきく訳がない。

 だけど、もし霊夢が、私自身でもわからないマスパの着弾点とタイミングが直感でわかるのなら。

 その瞬間に、霊夢が美鈴をその地点に誘導できれば、ガードなしで奇襲をついて当てられる!!

 ……うん、何言ってんだこいつみたいな目はやめてくれ、アホなこと言ってるのは私が一番わかってる。

 ましてや私はこれから、美鈴を一撃で倒せる魔法波を撃とうとしてるんだ。

 もし失敗して霊夢に当たったもんなら、私が霊夢を殺すことになりかねない。

 

「うわー、責任重大ってレベルじゃねーな」

「大丈夫よー。 避けるのは霊夢の仕事だから、魔理沙に責任はないわ」

「うおっ!?」

 

 うわっ、マジでビビった。

 こんなとこまでついて来た、ってか作戦聞いてたのかよ紫。

 ってよりも、私のとこに来るくらいなら……

 

「霊夢のこと助けてやれよ。 もうスペルカードルールなんて機能してないんだぞ」

「そうね。 確かにあっちもルールに則る約束を破ってる訳だから、手を出してもいいとは思うけど……なんだかんだ言って、あの門番は軽々しく殺生に及ぶような相手じゃないはずよ」

「そうなのか?」

「ええ。 でも、レミリアは私たちが介入したら容赦しないって言ってきてるからねぇ。 私が手助けした上で紅魔館に入ったら、それこそ貴方たち本当に死ぬかもしれないわよ?」

「……だろうな」

 

 そう、これはまだ序盤戦、実際は中ボスにも差し掛かってないって訳だ。

 熟練の魔法使い、時間操作者、吸血鬼、いずれも私の命なんて簡単に消せる化物のはずだ。

 なら、ピンチだからってそんな簡単に裏技に頼る訳にはいかない。

 門番の一人くらい、2人がかりで倒せなくてどうすんだってことか。

 

「……そろそろ、だな」

「なに震えてるのよ魔理沙。 そんなんじゃ、またさっきの二の舞になるわよ」

 

 って、さっきからうるせーぞこいつ!!

 煽るだけ煽りやがって、この間にも霊夢は必死で戦ってるってのに。

 

「お前は霊夢のこと心配じゃねーのかよ。 私が失敗したら、霊夢は…」

「心配してないわよ」

「……え?」

「なんで、私が魔理沙の方に来てるかわかる?」

 

 そして、怪訝な目を向けた私に向かって紫は微笑んで、

 

「霊夢はもう、少しも疑ってないからよ。 魔理沙のことを」

「え……?」

「だから、貴方も信じなさい。 霊夢のことを、そして自分のことを」

 

 ……ははっ、そうか。

 私がまだ迷ってるって、ビビってるって紫にはバレバレだったってことか。

 やっぱり何だかんだ言って凄い奴なんだな、こいつは。

 

「……そうだな。 紫」

「ん?」

「ありがとよっ!!」

 

 だから、私は信じた。

 霊夢が、こんな凄い紫ですら、私を信じてくれている。

 なら、私もただ思うままに、霊夢のことを信じて―――――

 

「星符『ドラゴンメテオ』!!」

 

 私は、自分が制御可能なギリギリの魔法波を、狙いも定めずに思いっきりぶっ放した。

 

 

 

 

 



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第60話 : 無題



 今回は美鈴視点です。




 

 

 

 私にとってのお嬢様は、憧れであり、そして目標だった。

 いつかお嬢様を超えようと、それでもその日が来るまではお嬢様のために戦う忠誠を誓っていた。

 お嬢様の冷めた目や時々ちょっと冷淡な扱いは、心にグサグサと刺さることも多々あったけれど。

 それでも、いつの間にかそれが私の日常になっていて。

 いつの間にか、お嬢様は私にとってかけがえのない家族となっていた。

 

 ――だからこそ、私は。私たちは、お嬢様の笑顔を取り戻したかった。

 

 あの無表情が、いつか紅魔館を照らす笑顔に変わる日が来ると信じて。

 そんな日が来ることを、私たちはずっと追い求めてきた。

 だけど、私たちが最初に見たそれは。

 あの日お嬢様が私たちに初めて見せてくれた、その表情は。

 

 ――なのに、どうして。

 

 お嬢様は、泣いていた。

 目を真っ赤にして、いつもの凛々しさなど感じさせないほどに弱弱しい姿で。

 だけど、お嬢様はその感情さえも一人で抱え込んでいた。

 何も、相談してくれなかった。

 まるで孤独のような眼差しで、ただいつも通り、何事もなかったかのように振る舞っていた。

 

 ――違う。

 

 私たちは、そんな顔が見たかったんじゃない。

 ただ、お嬢様に笑ってほしかっただけなのに。

 私たちがついていますって伝えて、辛いことも楽しいことも、一緒に笑って共有していたかっただけなのに。

 なのに、どうしてお嬢様は泣いている。

 一体誰が、お嬢様にあんな顔をさせた?

 

 ――そうだ。あいつらだ。

 

 お嬢様はただ、協力してあげただけなのに。

 新しい博麗の巫女を、スペルカードルールという新しい時代の流れを、受け入れようとしていたのに。

 その気持ちを踏みにじった。

 裏切り、そしてお嬢様を傷つけた。

 

 ――絶対、許さない。

 

 たとえ優しいお嬢様が、寛大なる心であいつらを許そうとも。

 それでも、私はあいつらを信じない。

 誰が何といおうとも、私はただ私の信念だけに従って、私の守るべきものを守ると決めた。

 だって、少し思い出しただけで、どうにかなってしまいそうだから。

 あんな……あんなに苦しくて悲しいお嬢様の顔なんて、私は……私はっ―――

 

 

 

「もう二度と、見たくないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の賢者と、先代の博麗の巫女。

 あいつらが、お嬢様を苦しめる全ての元凶。

 

「もう、立つな」

 

 だから、こいつは通さない。

 いくら子供だからって、痛めつけるのに躊躇いはない。

 この前は結局、最後にその場の空気に流されてスペルカードルールなんてものに従ってしまった。

 その気になれば私が奴らを止められたかもしれないのに、簡単に通してしまった。

 

 ――そうだ。別にあいつらのせいってだけじゃない。

 

 ――結局は私が卑怯で、私が弱かったのがいけないんだ。

 

 ルールに従うような美学なんて、もう私には必要ない。

 私はただ、どんなに自分が汚れようともお嬢様を守ればいい。

 この門を守り抜き、あいつらを二度とお嬢様に会わせないことだけがきっと、今の私の存在意義なのだから。

 

 だから、私はもう迷わない。

 あのルールじゃ私はきっと勝てない、それはわかった。

 でも、私はもう負ける訳にはいかないから。

 あんなルールのことなんて、知らない。

 たとえその結果、私がたった一人で汚名を負って幻想郷の全てを敵に回すことになろうとも、それでも構わない。

 たとえ何を捨ててでも、これ以上お嬢様に辛い思いなんてさせないために。

 

「さっさと消え失せろ」

 

 退けと、確かに忠告もした。

 だからもう、手加減なんてしない。

 お嬢様の心を掻き乱そうとするような奴らには容赦しないと、そう決めたのに。

 

 それでも、私の目の前にいる人間は、痙攣したように震える二本の足で再び立ち上がっていた。

 

「っ……やっぱ強いわね、あんた。でも、負けない」

「何?」

 

 ……私が強いって? ははっ、冗談じゃない。

 武の道さえも外れてみっともなく足掻いてなお、たった10年も生きてるかわからない子供に翻弄されてる私が?

 たった一人を守ることもできない、無力な私が?

 

「うるさい、来るな。お前は二度と…」

「お前じゃないわ、霊夢よ。博麗霊夢」

「何?」

「倒す前に教えておこうと思ってね。私の……いえ、新しい博麗の巫女の名を」

 

 ……そうだ。こいつが、今の博麗の巫女。

 忘れるな、こいつは咲夜さんとお嬢様をたった一人で倒したという、先代巫女の娘なんだ。

 こんな歳でこの強さ。今はまだ未熟だけど、きっと3年もしない内に私じゃ全く歯が立たなくなるのだろう。

 なら、今のうちに……私たちを脅かす化物に変容する前に、その芽は私が摘む。

 たとえそれが、お嬢様の望みに添わない結果だとしても。

 これは私の、ただの独断なのだから。

 

「で? 知ってるけど、一応あんたの名も聞いといてあげる」

「……お前に名乗る名など、ない」

 

 だから、今の私にそれを答える資格はない。

 お嬢様に背いた野生妖怪が、お嬢様からいただいた名を名乗るなど、おこがましいにも程がある。

 

「私はただの妖怪。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 今の私はもう、恥も外聞も一切関係ない。

 たとえどこの誰が相手だろうと。

 私は何を犠牲にしてでもお嬢様を守る魔物になると、そう誓ったのだから。

 

 

 

 



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第61話 : 前へ。



 今回は霊夢視点です




 

 

 

 さっきから、走るとひどく足が痛む。

 背中を強く打ったせいか、呼吸のペースも定まらない。

 きっと、本当はもう私は戦えるような状態じゃないんだと思う。

 だから少しでも体力を温存して、一刻も早く魔理沙の準備が整うのを心待ちにしなきゃいけない、はずなのに。

 

「で? 知ってるけど、一応あんたの名も聞いといてあげる」

 

 気付くと、私は美鈴に問いかけていた。

 わかってしまったから。

 この戦いは、ただ美鈴を倒せばいいって訳じゃない。

 美鈴の想いに、その決意に打ち勝たなければ何の意味もないのだと、気付いてしまったから。

 

 あの日、母さんと本気で戦った時から、私の『空を飛ぶ程度の能力』は更に研ぎ澄まされていた。

 世界を近くに感じてしまうあまり、辺りに蔓延する強い想いが私に届いてしまうのだ。

 心を読むのとは違う、言うなれば感覚共有。

 本気で集中すれば目の前の相手の感情と同調できてしまうくらいには、私の感覚は世界と一体化している。

 だから、今の私にはわかってしまう。

 

「……お前に名乗る名など、ない」

 

 悲しい目だった。

 

「私はただの妖怪。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 痛々しいくらいの決意が、心に刺さる声だった。

 

 美鈴は今までずっと、何かを守ろうと戦ってきたのだろう。

 それはきっと、私なんかが軽々しく触れてはいけない領域なのだろう。

 だけど、それでも私は、ただ思った。

 

「悪いけど前言撤回ね。弱いわ、あんた」

「何?」

 

 一体、美鈴は何を一人で抱え込んでるんだろう。

 自分の心を騙してまで、何を強がってるんだろう。

 一歩前に出るだけで、その心は締め付けられて。

 私に一撃を放つたびに、見えない涙を流している。

 本当は助けてって、心の底から叫んでるはずなのに。

 

「そんなこと、わかってる」

「いいえ、何もわかってないわ」

 

 なのに、何を信じるべきなのかもわかっていない。

 美鈴の中にあるのは、不器用ながらにそれでも大切なものを守ろうという覚悟だけ。

 自分の中で全部抱え込んで完結させるだけで、そこから前に進む勇気が決定的に抜け落ちていた。

 

「……私が、何をわかっていないと?」

「さあね。でも、もう少しすればわかると思うわ」

 

 もうすぐ、私が魔理沙に告げたタイムリミットだ。

 そして、私の体力的にも、次が最後のチャンス。

 でも、魔理沙ならやってくれる。

 私なら魔理沙に合わせられる。

 2人で美鈴を倒すことも、きっとできるはずだと思う。

 

 ……だけど、それじゃダメなんだ。

 もう一度刻み込め。私が博麗の巫女として、成し遂げると誓ったことを。

 明らかに母さんより未熟な私が、それでも母さんから役目を奪うような形で幻想郷を担うと決めたのはどうしてか。

 確かに始まりは母さんとの衝突だった。だけど、私は別にその勢いで嫌々やってるって訳じゃない、根本的な理由は――

 

 

  ――でも、そんな私だからこそ、妖怪とでも、種族を超えて誰とでも共存していける新しい幻想郷の形も見つけていけると思うんです。

 

 

 紫たちと一緒の日常を過ごしてきて、わかった。

 妖怪だって、私たちと同じなんだ。

 生まれ持ったものは違うのかもしれない、だけど些細なことで笑ったり苦しんだりするし、その心の奥にはきっと譲れないものがあるんだ。

 もしかしたら、それは簡単に理解し合えるものじゃないのかもしれない。

 だけど、その想いをないがしろにしたまま不意打ちで退治しても、何の意味もない。

 正面から美鈴の信念を打ち抜けるくらい、私の信念を貫き通して見せなきゃ、きっと何も動かすことなんてできないから。

 

「これが最後の攻防よ」

 

 だから、私は覚悟を決めた。

 私の奥底に眠っている、邪神の力。

 暴走すれば紅魔館どころじゃない、一瞬でこの辺一帯を消し去る殺戮兵器。

 今までの私は、それを恐れて力を抑えることばかりを考えて、制御なんてしようとしなかった。

 だけど、私の出し得る全てでもって挑まないと、美鈴にはとても届かない。

 怯えたままの、弱い私じゃいられないから。

 

 恐れてちゃ、未来は見えない。

 今ここで私が前に進んでみせなきゃ、何も変わらない。

 私の掲げる信念で――『スペルカードルール』でまっすぐに打ち負かしてみせなきゃ、きっと今の美鈴には何も伝わらないから。

 

 だから――――

 

「スペルカード宣言」

 

 私は、私の中に眠る力の一部だけを外側に解放する。

 私の奥底から無限に溢れ出してくる力の全てに対応することなんて、私にはまだできない。

 だけど、外に表出させた力のほんの一欠片を、再び私の霊力に宿すくらいのことならできる。

 それは本来スペルカードルールを外れて絶体絶命の状況になった時にしか使うつもりのなかった、本当に最後の手段。

 危なすぎて魔理沙には言えなかったけど、これが今の私が使い得る最強の切り札なのだ。

 

 ならば、ここで使わずして一体いつ使うというのか。

 研ぎ澄ませ。ここはもう、通過点なんかじゃないんだ。

 今こそが最後の戦いなのだと自分に言い聞かせて、私は紅美鈴という一人の妖怪と全力で向き合う。

 

「……いくわよ、美鈴」

「違う、私は名など捨てた。ここにいるのはただの…」

「いいえ、私は覚えておくわ! あんたの名は紅美鈴、私が死力を尽くさなきゃ太刀打ちできなかった、紅魔館の誇り高き門番よ!」

 

 そして、私と美鈴が次の一歩を踏み出すのとほぼ同時に、強く宣言した。

 

「神霊――『夢想封印』!!」

 

 今度は視認できない多数の弾幕ではない。

 御霊の形に輝く6つの光、それでも一つ一つに魂が宿ったかのように荒々しく。

 そして何より、戦いを忘れさせるほど華やかな色彩でもって、美鈴に向かって飛んでいく。

 

「なっ―――!?」

 

 それを見て瞬時に飛び退いた美鈴は、きっと理解しているんだと思う。

 見た目とは裏腹に、一つ一つが一撃必殺の威力を秘めた追撃弾。

 これはさっきみたいに、片手で防げるような弾幕じゃない。

 紫ですら恐れた邪神の力、それを私は初めて自分の意志で誰かに向けて、一部とはいえコントロールして使っていく。

 たとえ吸血鬼を相手にしてもまともに当てる訳にはいかない、本当に危険な私の秘術。

 だけど、だからこそ。

 

「くそっ!!」

 

 美鈴は防がず、避けるしかない。

 これがきっと、今の美鈴を相手に私がスペルカードルールを強いることのできる唯一の弾幕。

 耐えきって反撃すればいいのではない、避けるしかない勝負だからこそ、きっと同じ土俵に持ち込めるから。

 

「こんな力を人間が容易く……この、化け物が」

「ええそうよ。私は他に何もない、壊すことしかできない孤独な化け物だった。本当はそんな、誰にも必要とされない存在でしかなかったのよ」

「なら、どうしてお前はっ!!」

 

 身を屈め反り返らせ、自らの拳で大地を削ることで僅かに避ける隙間を作り出して。

 迫り来る弾幕を紙一重で避けながらも、美鈴の鬼気迫る形相は私に向けられている。

 息切れしている美鈴の声は、それでも湧き上がってくるのを止められないまま叫びとなって発現する。

 きっと美鈴にはもう、さっきまでの私を相手にしていた時のような余裕はないのだろう。

 だけど、私はそれ以上に余裕がない。

 自分の許容範囲を遥かに超えた力の制御と、一歩間違えれば容易く美鈴を殺してしまう緊張感は、私の精神力を一気に削り取っていく。

 それでも、私は一瞬たりとも美鈴から目を逸らさない。

 集中と呼吸を妨げるとわかっていながらも、美鈴の声に全力で答えた。

 

「居場所ができたからよ! こんな私に帰る場所ができたって、こんな私に守れるものがあるんだって、やっとわかったから!!」

 

 こんな私を、母さんはここまで育ててくれた。

 紫や藍や橙がずっと一緒にいてくれて、先生が見守ってくれて。

 魔理沙に阿求、本当に信じられる友達ができて。

 本当に今まで、いろんな人にいろんなものをもらってばかりの私だったけど。

 それでも今日、こんな私にも助けられる子がいるって、私にも与えられるものがあるんだって、わかったから。

 私はここにいていいんだって、胸を張って思える。

 私はこの世界に私として生を享けたことを、感謝している。

 私を取り囲む全てを、今はもう何一つとして失うことは考えれられない。

 それを守り抜くためなら、私はどこまででも強くなれるし戦える。

 

「でも、それはあんただって同じなんじゃないの!?」

「っ―――!!」

 

 今の美鈴の心は、不安定な子供みたいなものなのだろう。

 きっと、今までの私と同じで。

 やっと見つけた大切な場所が、大切なものが自分より遥か高みにあって、きっと自分にはどうしようもなくて。

 それでも、どうしても守りたいと気付いてしまったから。

 だったら何もかもを捨てて自分の全てを懸けるしかないって、子供みたいにただ足掻いてるだけ。

 手が届かなくて、どうしたらいいかもわからないのに、どうにかしたい気持ちだけが強すぎるんだ。

 そう。美鈴は別にわかってない訳じゃない、美鈴はきっと――――

 

「だから私もあんたも、そうやって迷わず戦えんのに。なのに、あんたは見えてない、目の前しか見えなくなってるだけなのよ!」

「このっ……訳のわからないことを、言うなああああああッ!!」

 

 そう叫ぶとともに、美鈴は私に向かって特攻してきた。

 恐らくもう、美鈴には私の弾幕を避ける気なんてないのだろう。

 ただ捨て身のままに、たとえ自分の身が滅んでもいいという覚悟を宿した目で、私に向かってまた一歩を踏み込んでくる。

 この弾幕にまともに当たれば、たとえ美鈴といえども本当に死んでしまうかもしれない。

 だけど私は止めるつもりはない。

 だって止める必要なんて、どこにもないから。

 

「――え?」

 

 そのまま美鈴の身体を木端微塵に破壊しようとした私の弾幕は、直前で天空から落ちてきた光の束に飲み込まれていた。

 地を抉り取るほどに降り注ぐ光の柱が、私の弾幕を摩耗させていく。

 私の弾幕の力の方がずっと強いのはわかる。それでも、その光は確かに私の力を少しずつ削ぎ落としていく。

 だけど、だからこそ今の私の全力は美鈴に届けられる。

 今なら、美鈴に本気でぶつけても大丈夫だと信じられるから。

 

「だって私には、本当はあんたにだってっ――!!」

 

 空から降り注いだ魔法波が消えると同時に、戸惑っていた美鈴の懐に向かって私は迷わず飛び込んだ。

 今度は逃げはしない。

 私は一人じゃないから。

 魔理沙がいるから、逃げずに立ち向かえる。

 そして、私はそのまま、摩耗した『夢想封印』に残された霊力を一つだけその手に引き寄せて、

 

「助けてって言える、仲間がいるでしょ」

「っ!? しまっ…」

 

 反射的に身構えた美鈴のガードごと、その弾丸で打ち抜いた。

 

 

 

 

 



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第62話 : 正直ちょっとくらい休憩したかった

 

 

 

 腕が千切れそうだった。

 消耗させたはずのエネルギーは、それでも大気を歪ませるほどの衝撃で美鈴を打ち抜いていく。

 私の耳には、何も届いてこなかった。

 美鈴の声も私の叫ぶ声すらも、爆音のせいで何も聞こえなかった。

 

 やがて、頭がおかしくなりそうなほどの耳鳴りが止むとともに、私は空気を一気に吐き出した。

 息切れし過ぎて顔を上げるのも辛かったけど、それでも何とか視線を上げようとする。

 そしたら、確かに見えた。

 抉り取られた大地と、辺りに濛々と立ち込める土煙、無残に砕け散った紅魔館の正門。

 そして……

 

「……うっそ。冗談、でしょ?」

 

 土煙の中に、人型の影があった。

 なすすべもなく吹き飛び、ぶつかった衝撃で鉄の門を砕きながら。

 それでも、美鈴は未だ門前に立っていた。

 

「ぐっ……」

 

 耐えきれなくなったのか、美鈴は遂に倒れ込んだ。

 流石の美鈴も、もう限界だったのだろう。

 なのに、私は思ってしまった。

 負けたと。

 私は立っていて、美鈴は倒れているのに、それでもどうしようもない敗北感だけはぬぐい切れなかった。

 だって、あの場面にあってもなお、確かに美鈴は守り切っていたのだ。

 もう見る影もない正門とは対照なほどに傷一つない紅魔館の姿は、門番としての美鈴の勝利をこれ以上なく飾っているようにしか見えなかった。

 

「霊夢っ、大丈夫か!?」

 

 どのくらい立ち尽くしていたのだろう、それもわからない。

 それでも、魔理沙の声が聞こえて、私はハッとしたように顔を上げた。

 魔理沙の声は焦ってたけど、その表情は強張ってはなかった。

 私が勝つって信じてくれてたってことかしら、まぁ気恥ずかしくてそんなこと聞けないけど。

 

「……ええ。おかげさまでね」

「いや、お前の心配なんかしてねーよ、あいつのことだよ!」

 

 ……ああそうね、そんなことだろうと思ってたわよ。

 まぁ、魔理沙も魔理沙で全力ぶっ放したんだろうから、不安だったのもしょうがないかしら。

 でも実際のところ、美鈴が立っていられたのも、魔理沙のおかげっていうのもあるのかな。

 私の全力を、当てずに済んだから。

 魔理沙があの力を無事に美鈴に届くレベルまで消耗させてくれたからこそ、今こうして私たちの前には生きた美鈴がいるのだろう。

 

「ああ、だいぶ重症だとは思うけど、多分大丈夫だと思うわ。むしろあいつ、ちょっと前まで立ってたのよ」

「……そいつはよかった、のかな。そんじゃ、あいつが起きてくる前に早いとこ次に行こうぜ」

「待って、魔理沙」

 

 やっと歩き出せたその足で、私はヨロヨロと美鈴のもとへと近づいていく。

 

「私たちの勝ちで、いいのよね。美鈴」

「……」

 

 私は、私たちの勝利宣言だけは、美鈴に向けてはっきりと声にした。

 何を言うよりも先に、自分に言い聞かせるようにそう呟くことしかできなかった。

 そうでもしなきゃ、門の前で全てを受け止めて踏みとどまった門番に、とても勝った気分になんてなれないから。

 だけど、それで終わっちゃいけない。

 美鈴はただの通過点なんかじゃない。

 このまま美鈴を無視して先に進むことなんて、許されるわけがないんだ。

 

「そんで、追い打ちをかけるようで悪いけどね。私たちが勝ったんだから、聞かせてほしいことがあんのよ」

 

 私は、どうしても気になってしまった。

 どうして、美鈴はあそこまで頑なに私たちを拒んだのか。

 こんな霧を出せば、いつか博麗の巫女が来ることなんてわかってたはず、っていうか紫がその件については話し合い済みのはずなのだ。

 美鈴の話じゃ、吸血鬼は今回の件について、ちゃんとスペルカードルールに則るつもりだったという。

 なのに、美鈴はそれを無視した。

 思慮分別のない相手だとは思わないし、私はどうしても美鈴の本心を知りたかった。

 

「あんたが口にしてたお嬢様ってのは、ここの吸血鬼のことよね」

 

 私が最初に負けそうになった時に美鈴が呟いていた、その言葉。

 あの時に見た涙は、きっと嘘の涙なんかじゃなかった。

 何か大切なものを一人で抱え込んでいるかのような、そんな眼差しだった。

 

「あんたはそいつを助けたかったの? そのために、そこまで必死だったって訳?」

「そんなの、お前には関係ない」

 

 ……また、その目だ。

 私は今まで美鈴と会ったことはない、全くの初対面のはずなのに。

 美鈴が私に向ける眼差しからは、まるで親の仇のような憎しみのこもった感情ばかりを感じる。

 

「……行こうぜ、霊夢」

「でも」

「わかるだろ、無駄だ。そいつは簡単に口を割る奴じゃない」

「……そうね」

 

 まぁ、私もそう簡単にいろいろ聞けるだなんて思ってはいなかったけどね。

 美鈴が抱えてるのは、こんな会って間もないガキに易々と相談するような、薄っぺらな何かじゃないことくらいはわかってる。

 だけど、はいそうですかとそれで納得できるほど私も大人ではない。

 私が美鈴に言ってやることは、もう決まってるんだ。

 

「まあいいわ。でも安心してなさい、美鈴」

「……」

「何を勘違いしてんのかは知らないけど、私たちはあんたたちの敵なんかじゃないわ。あんたの悩みもそのお嬢様の悩みも、私たちがまとめて解決してあげるから」

 

 大して何もできない子供が、随分とおこがましいことを言っているのは自分でもわかっている。

 だけど、私が目指すのは、妖怪も人間も共に笑っていられる幻想郷であることだから。

 それは異変を起こした張本人だって例外じゃない。

 私は、異変を本当に解決するっていうのは、異変の元凶ともわかり合うってことだと思う。

 だったら、美鈴やここの吸血鬼が本当に困っているのなら、それを助けてあげるのもこれからの私の役目なのだ。

 別に何と思われたってかまわない、私がそうしたいからそうするだけ。

 だから、それだけ勝手に言い残して、私は美鈴に背を向ける。

 

「……ふざけるな」

「え?」

 

 だけど、背後からの声に導かれるまま振り返ると……正直、ゾッとした。

 嘘でしょ、まだ立つ気なの、こいつ?

 どうして、別にそこまでしなくても……

 

「まだ、終わってない。私はまだ――戦えるっ!!」

「っ!?」

 

 なんでこいつ動けるのよ、こんな状態で!?

 とか驚いてる場合じゃない、このままじゃ魔理沙が危ないのに、結界を張るのも間に合わない!!

 でも、これ以上攻撃したら流石の美鈴も死んじゃうかもしれない、だけど……っ!!

 

「魔理沙っ。逃げ…」

 

「はーい、そこまで」

 

 その声が聞こえた瞬間、美鈴の姿はなかった。

 代わりにそこにあったのは、間抜け面のまま首筋にナイフを突きつけられている魔理沙と私。

 そして、その背後にもう一人。

 

「お待ちしておりました、博麗霊夢様に霧雨魔理沙様ですね」

 

 ……うわぁ、何これおかしいでしょ。

 後ろの奴、さっきまで気配すらなかったし、正直何が起こってるのかさっぱりだ。

 いや、あのガイドブックのおかげで、なんとなく想像はつくけど。

 

「私、紅魔館メイド長の十六夜咲夜と申します」

 

 やっぱり、こいつが例の時間操作者って訳だ。

 私たちが美鈴の奇襲で焦ってる一瞬で、時間を止めて美鈴をどこかに移動して私たちを捕まえたってとこかしら。

 わかってはいたけど、美鈴を倒してホッとしてる場合じゃないみたいね。

 紅魔館のメイド長、危険度はAAAランクで藍と同等以上の使い手。

 忘れるな。私は今、本当に次元の違う奴らを相手にしてるんだ。

 

 ……っていうか、あれ?

 でも、今なんて言った? こいつ確か、

 

「今、お待ちしておりましたって?」

「はい。レミリア・スカーレット様と、パチュリー・ノーレッジ様がお待ちです。大事なお客様なので、私がお迎えに上がりました」

 

 えー。何よ、私たちって本来は招かれざる客じゃないの?

 何か美鈴には完全に拒絶された訳だけど、それって本当に美鈴の独断だったってこと?

 

「まぁ、いろいろ積もる話もあると思いますので、まずは中へどうぞ」

 

 それだけ言って、ナイフをしまって一人で館内に歩いていった。

 なるほど、今のは別に捕えるためじゃなくて力関係を示すためのパフォーマンスってことか。

 確かに今のだけで、逃げてどうにかなる相手じゃないってのはわかった。

 私たちに敵意を示さない分、ここは大人しくついていくのがいいとは思うんだけど……

 

「……どう思う、霊夢」

「一周回って、罠ではないと思うわ」

 

 ……そう、思うんだけど、でも正直あいつを信じていいのか怪しい。

 美鈴の前に立った時は、格の違う相手だと思って全力であたったけど、あいつはちょっと違う。

 なんというか言葉にし辛い、得体の知れない感覚があるのよね。あの笑顔の裏に一体何を抱えてるのか謎な感じの。

 

「まぁ、何か企んでるのは間違いないだろうけどな。ついてくか?」

「当然でしょ。毒を食らわば皿までってね」

 

 ま、でも他に選択肢もないことだしね。

 敵扱いされるよりはだいぶやりやすいし、ここは大人しく客人としておもてなしを受けることにしましょうか。

 

 

 

 



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第8章:紅魔郷③ ―紅魔館―
第63話 : もうやだこの師匠




今回は魔理沙視点です。




 

 

 

「あーもう。しょうがねーなー、あいつらは」

 

 ほんっと、最近の霊夢には呆れるばっかりだな。

 この歳になって迷子とか何してんだよ、しかもこんな大事な時に。

 っていうかあの咲夜って奴も案内役じゃねーのかよ、迷ってんじゃねーよちゃんとしろよな。

 

「まったく、ほんとにまったく! しょうがねえ奴らだよなほんとに!!」

 

 ……ふぅ、さてと。

 よし、現実逃避はここまでだ、まずは落ち着こう。

 

 実際マズいことになってる。

 私は少し前まで咲夜って奴に連れられて、霊夢と一緒に紅魔館の中を歩いていたんだが。

 突然の停電とともに、気付くと霊夢たちはいなかった。

 こうして、いとも簡単に敵地の真ん中で孤立した間抜けの出来上がりって訳だ。

 

「くそっ、やっぱ罠だったのかよ」

 

 まぁ、正直そんなのわかっちゃいたけどな。

 だけどこうなっちまったもんは仕方ない、早く思考を切り替えて……と考えながらとりあえず近くの扉の中に入ったら、突然に辺りを照らし出す照明。

 

「クククク。待っていたぞ、無垢なる福音よ」

 

 ……ああもう、すごくコメントし辛い光景が広がってるんだが、誰か解説してくれ。

 何か怪しい奴が、真っ暗な部屋の中心で大量のスモークとスポットライトを浴びている。

 喋ってる内容や口調の仰々しさと、声や見た目の可愛らしさが全く釣り合ってない気がするのは私だけだろうか。

 赤い長髪で黒い翼の少女、多分小悪魔って奴に間違いない。

 悪ノリ好きって書いてあったけど、危険度はC。あの美鈴より上ってなってる要注意人物だ。

 悪魔が相手か、確かにラスボスみたいな風格を感じるぜ。

 

「何だかわかんないけど、敵ってことみたいだし容赦しないぜ!」

「ふっ、そう死に急ぐな。まずは冷静に、己の立場を自覚することだな!」

「なっ……!?」

 

 だけど、私は動けなかった。

 だってそこには、ずっといなかったあいつが……

 

「……ごめん魔理沙。私もう、ダメみたい」

「アリス!?」

 

 仰々しいスモークの中に、弱弱しい姿で磔にされているアリスがいたから。

 ……なんであいつ純白のドレスなんか着てんだ? 何あの囚われの姫君みたいな。

 って、んなどうでもいいこと考えてる場合じゃねーだろ、今までアリスはここに捕まってたのか!?

 くそっ、人質を使うとは卑怯な。かわいい見た目や声に騙されちゃいかんな。

 やはり腐っても悪魔の名がつく相手は伊達じゃないってことか。

 

「くそっ、卑怯だぞ! アリスを放せ!!」

「卑怯、か。ふふふ、何と甘美な響きか。そうだな、此奴の身を案じるのならば、貴様はただそこで来たるべき時をじっと待つことをお勧めしよう」

「っ……畜生」

 

 ダメだ、アリスの命が握られている以上、迂闊には動けない。

 ってかアリスを捕らえるような相手ってことは私一人で勝てる訳ねーじゃねーか、どうすんだこれ!?

 Cランクでこのレベル、つまりこいつの親玉の魔法使いなんて出てきたらマジで詰みだろ。

 しかも美鈴の前例もあるし、こいつらがスペルカードルールに則ってくる保証もねーんだ。

 ヤバいヤバいヤバい、くそっ、せめて霊夢がいれば……

 

「では余興はここまでだ。さぁ、狂乱の宴を始めようぞ!」

「ふっふっふ。ではまず、この私がじきじきにきさまをいたぶりつくしてやるとしようか。くくくく、はーっはっは」

「え?」

 

 だけど、なんか一気に緊張感が萎えた。

 何だ今の棒読み、すごく気怠そうな声は。

 

「え、ちょっ、パチュリー様!? 真面目にやってくださいよ、せっかくいい雰囲気だったのに!」

「や、やってるじゃない、台本通りよ! 何が違うっていうのよ?」

 

 そこに凄く大きなヒソヒソ声が聞こえてきた。

 いい雰囲気とか台本通りとか、なんかもう嫌な予感しかしなかった。

 いろいろ考えるのもめんどくさいので、私はとりあえずミニ八卦炉を構えておくことにした。

 

「恋符……」

「いやそんな棒読みじゃなくて、もっと大魔王みたいな雰囲気でバーンッ感じで!!」

「バーンッて、そんな曖昧な感じじゃなくて、もっと具体的に…」

 

「『マスタースパーク』」

 

「え? きゃあああああああああ!?」

 

 そして、とりあえず軽めにマスパ撃ってみた。

 悲鳴とともに光の中に消えていく小悪魔。

 ……やっぱり、嫌な予感は当たってたか。

 多分アリス捕まった訳じゃないよな、やっぱりこれ……

 

「ちょっとパチュリー、この大根役者! 何やってんのよ、あんたのせいで台無しじゃない!!」

 

 何か普通に拘束を解いて食ってかかっているアリス。

 案の定、私はこの状況でなお謎のアリス劇場を見せられていた訳だ。

 やっぱりどこ行ってもアリスはアリスだったか、ある意味安心したぜ。

 

「えー、あー、いや何かもう納得いかないから一回ぶん殴っていいかしら」

「あん? やれるもんならやってみなさいよ、このモヤシ!」

 

 アリスの隣の奴から、イラッって効果音が太文字で飛び出してる気がした。

 わかる、気持ちはすごくわかる。

 ……けど、私は正直、そんな微笑ましい気分に浸っている場合じゃなかった。

 いや、確かにかなり手加減はしたんだけどさ、この部屋くらい吹っ飛ばす勢いでマスパ撃ったんだぜ?

 なのに、あの魔法使いこっち向いてすらないのに、あいつの前だけ何か魔方陣みたいなの出して片手で防がれたんだが。

 くそっ、適当なことしてるけどやっぱ只者じゃないな、あいつ。

 この空気に流されないように、私は一度深呼吸して冷静に備える。

 

「それで、お前らは…」

 

「はぁ、もういいわ。貴方たちの相手してたら寿命が勿体ない気がしてきたわ」

「我ながら、私もそう思うわ」

「私も同じく!」

 

 黒焦げになったかと思いきや、いつの間にか回復してアリスと一緒にはっちゃけている小悪魔。

 ……おい待てよ、今のシリアスな流れに移行するとこだろ?

 私のこと無視してんじゃねーよ、いつまで見させられんだよこの茶番。

 

「……小悪魔。貴方との次の契約更新も、考え直した方がいいみたいね」

「ええそんな殺生なー。そんなことしたら私、私っ……もっと時給のいいアリスさんのとこ…」

「だが断る」

「えちょっ、アリスさん裏切っ、裏切ったなあああああああ!?」

 

「長ええええええええっ!?」

 

 あああああああ、何だこいつら!?

 さっきの流れで終わっとけよ、何でまた次の茶番始まってんだよ!!

 

「何なんだよ、お前らの中にツッコミはいないのかツッコミは!?」

「私がツッコミよ魔理沙!」

「いいえ、私がツッコミです!!」

「……いや、どう考えても私じゃない?」

「だから、お前のツッコミが弱えんだよおおおおおおお!?」

 

 何だこいつらの噛み合わなさ!?

 ツッコミ不在の恐怖、アリスが3人に増えたみたいな収拾のつかなさ。

 もう私の手には負えない。

 私は頭を抱えてガックリと地に伏した。

 

「……ね? 面白いでしょ」

「いや、面白いってより正直なんか可哀そうになってきたんだけど、あの子」

 

 目線を上げると、アリスの隣の奴が私に憐みの目を向けてきた。

 おお、わかってくれるのか私の気持ちを。

 アリスの相手を毎日一人でこなしていた私の気持ちを。

 なんだっけ、あいつは確か…

 

「でも、確かに人間の子供としてはだいぶ優秀みたいね。伸びしろもありそうだし」

「でしょ? だから、よろしくねパチュリー」

「……本当はアリスが協力してくれるのが一番いいんだけどね」

 

 何やらアリスと話しながら降りてきた魔法使い。

 そうだ、あいつは魔法使いのパチュリー・ノーレッジ。

 危険度はAランク……なるほど、過剰評価って訳でもなさそうだな。

 

「はじめまして魔理沙。私はパチュリー・ノーレッジ、この図書館の司書長をしてるわ」

「司書長っ!? 二人しかいないくせに!?」

「そろそろ本気で消滅させるわよ小悪魔」

「あひぃ」

 

 わからん、私にはこいつらのノリが理解できん。

 ってか何だこれ、私たちついさっき美鈴との命を懸けた死闘を潜り抜けてきたはずなのに。

 こいつらからは緊張感の欠片も感じられない。

 ……まぁ、アリスの空気に毒されてるだけかもしれないけど。

 

「で、話を戻すわ。貴方は博麗の巫女と二人だけで私たちを退治しに来た、それで間違いない?」

「そりゃあ、まぁ、そうだな」

「……呆れたわ、まさか本当に二人で来るなんて。命知らずにも程があるわね」

 

 むっ、そんな言い方ないだろ。霊夢はもちろん、私だってスペルカードなしでもその気になればその辺の中級妖怪とも一人で戦えるんだぜ?

 今のだって、私が手加減したから防げただけじゃねーのかよ。

 

「納得いかないって顔してるけど、今の貴方じゃ私にすら一撃入れることもできないわよ」

「やってみないとわかんないだろ。私が本気出せば、この館どころか小さな山の一つくらいなら吹き飛ばせるぜ?」

「正確には、その小道具に十分な魔力を溜め込んだ上で十全に使いこなせたら、でしょ? 力任せで全く扱えてないもの」

 

 くそっ、やっぱ簡単に見抜いてくるか、予想はしてたけど。

 でも、そしたら一体どうしろっていうんだよ!?

 ここまで来たんだ、はいそうですかって帰る訳には……

 

「でもまぁ、とりあえず落ち着きなさい。私も別に貴方に喧嘩売りたいわけじゃないのよ」

「へ?」

「ま、いろいろ混乱してるだろうし、まずはゆっくり紅茶でも飲みながらこの異変について話しましょうか」

 

 ……でも、よく考えるとさっきから何だこのウェルカムな感じ、少し親切すぎないか?

 こいつといい咲夜といい、美鈴との温度差が激しすぎる気がするんだが。

 と、普通なら罠だと思っていろいろ疑うとこだけど、アリスマジック的な何かが働いてるのかもしれないと思っておくことにしよう。

 という訳で、今日はいろいろ疲れてるし、休憩も兼ねてゆっくり話を聞かせてもらおうか。

 

 

 

 

 



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第64話 : 早速のネタバレ



すみません、更新が遅くなりました。
いろいろあってしばらく執筆活動から離れてましたが、再開します。




 

 

 

「この紅茶を入れたのは誰だあっ!?」

「は、はいっ、私です!!」

 

 静かな図書館で唐突に始まった、魔法使いたちのお茶会。

 とても異変の本丸に乗り込んでるようには思えない、のほほんとした雰囲気だ。

 いや確かにちょっと休憩もしたかったけどさ、霊夢とか必死で戦ってる頃じゃないのかよって思うと少し申し訳ない気分になる。

 

「今までお疲れ様。もう明日から来なくていいわ」

「そんなっ!? この前は褒めてくれたのに!!」

「過去の栄光に縋りつくような向上心のない奴に興味はないわ。パチュリー、退職金の用意を」

 

「それで、まず貴方は私たちがこの異変を起こした目的は知ってるかしら」

 

 まぁ、のほほんというよりも、なんちゃって修羅場が目の前で繰り広げられてる訳だけど……何だこのパチュリーって奴のスルースキルの高さ。

 さっきから私はいろいろツッコミを入れたくてしょうがないというのに、顔色一つ変えず別の話題を振ってくるあたり、相当慣れてるな。

 

「まぁ、吸血鬼が霧で空を覆ったんだから、日光を遮るためとかじゃなくてか」

「それが表向きの理由ね」

「表向きって、裏向きの理由があんのか?」

「そうね。本当の目的はスペルカードルールの試験運用と、私たちが幻想郷に溶け込むためのきっかけ作りみたいなものよ」

 

 試験運用ってのはわかるけど……きっかけ作り?

 何だそれ、要するに友達欲しい構ってちゃん的な感じかこいつら。

 

「それで、レミィ……ウチの吸血鬼と八雲紫が安全な異変を運営できるよう前準備を進めてたんだけどね。いろいろあって、本来の予定よりだいぶ早まって異変が実行されることになったの」

「……予定が、早まった?」

「ええ。本来であれば、この異変はあと2~3年後に実行されるはずのものだったの」

 

 うーん、正直いろんな情報が一気に入ってき過ぎてちょっと何言ってるかわからない。

 まぁとりあえず、落ち着いて一度話を整理してみよう。

 パチュリー曰く、最近始まったばかりのスペルカードルールは、そもそもこんなにすぐに導入される予定ではなかったという。

 あと2年くらいして霊夢が一人前になったら妹紅と博麗の巫女を交代する気があるか聞いて、それで霊夢が乗り気になって初めてスペルカードルールを開始する予定で、そんでもってその次の年くらいに試験的にこの紅霧異変なるものを実行して、霊夢に経験を積ませる予定だったとか。

 なのに、霊夢が先走って博麗の巫女になってスペルカードルールが導入されたもんだから、いきなり他の大規模な異変が起きてその渦中に霊夢が放り出されたりする前に、急ピッチで計画が進められたと。

 

「確か博麗の巫女も貴方も、まだ修行を始めて2,3年足らずらしいわね」

「私が本格的に始めたのは去年かな」

「……それで美鈴を出し抜くってのが、本来は異常なことなのよね。仮に予定通りの時期に異変が始まってたとしたら、貴方たちは一人で美鈴や私を倒してそのままレミィと戦って異変を解決してたんじゃないかしら」

 

 確かに、霊夢ならもう少ししたら吸血鬼とでも張り合えるようになってたのかもしれないな。

 私ももう2、3年あればある程度のレベルにはなれるかもしれないけど……私の場合はアリスのおかげで何とかスピードと火力を強みにしてごまかしてるだけだからな。

 今のところ遠距離からいろいろぶっぱする戦い方じゃないとほとんど通用しないし、正直まだ厳しいか。

 

「でも、実際は予定より随分と早く異変を開始することになったせいで、貴方たちのレベルがあまりに不足してるのよ。これじゃうまく異変が機能しないし、私にとっても少し不都合なの」

「確かに、門番相手にこのザマじゃ吸血鬼なんてとても相手にできないだろうしな」

 

 スペルカードルールを無視されたとはいえ、2人がかりでしかも奇策で運よく勝てただけだったしな。

 流石の私も、実力で美鈴を倒したと思えるほど自惚れちゃいない。

 冷静に考えれば、私たちは今まで無事でいるのが奇跡なくらいの幸運の連続に恵まれてやっとここまで来たってだけなんだ。

 

「でもよ、そんなこと言ったって、今さら私一人で帰る訳には…」

「焦らない焦らない。それを解決するために、わざわざパチュリーに協力を仰いでるのよ」

 

 そこで突然、会話に割り込んできたアリス。

 そして、隅っこで一人しくしくと泣いている小悪魔。

 ……ツッコまない、私はツッコまない。

 

「協力って、何のだ?」

「結論から言うと今ここで、貴方にはレミィともスペルカードルールで勝負できるくらい強くなってもらうわ」

「はあ? 今ここでって、どういうことだよ」

「言葉通り、ここでパチュリーが魔理沙を鍛え直してくれるってことよ。私も一応魔法使いではあるけど、本職は人形使いだしいろいろ疎かになってる部分もあるからね。そろそろ基礎力も応用力も一段階上の先生がいた方がいいと思って」

 

 ……ああ、なるほどね。

 確かにアリスの教え方はあんまし普通じゃなかった気がする。

 私がここまで来れたのはアリスのおかげではあるけど、基礎的な部分なんてすっとばしてたからな、確かにそういう意味じゃ本職の魔法使いから学ぶのもいいのかもしれない。

 

「でもよ、いくらいい先生がいたって、今から吸血鬼と戦えるレベルになるまでどんだけかかると思ってんだよ。今って一応、異変の真っ最中なんだぜ?」

「時間的な問題なら心配いらないわ。ウチには優秀なメイド長がいてね、咲夜っていうんだけど」

「ああ、私たちを迎えに来たあいつのことだろ?」

「そうよ。咲夜は時間を操る力を持ってるの。それを使えば、現実時間で1時間もあれば十分に何とかなると思うわ」

 

 ……何かさらっと言ってるけど、とんでもないことだろそれ。

 そんなことできたらもう何でもアリな、神に匹敵するレベルのことじゃねーかよ。

 っていうか冷静に考えるとヤベーよな、この館。

 時空操作のできる短剣使いに達人クラスの武闘家、熟練の魔法使いにサポートや治癒のできる悪魔、何かそれだけで魔王でも倒しに行くようなパーティーが組めそうなバリエーションだ。

 まぁ、ぶっちゃけここの主の吸血鬼が魔王みたいなもんだけどな。本当によくこんな奴らが今まで知られずにいたよな、天狗社会とかに匹敵する幻想郷の一大勢力じゃねーのかこれ?

 

「はぁ。よくわからねーからその辺の理屈はツッコまないけど……本当に大丈夫なんだろうな」

「嫌なら別にやらなくてもいいわよ。そんなに瞬殺されて門の外に放り出されたいというのなら、私は止めないわ」

「……私に、選択肢はないって訳か」

 

 ……まぁ、正直言うと私にとっちゃ願ったり叶ったりの提案ではあるんだけどな。

 ちょっとズルい気はするけど、離され過ぎた霊夢との実力差を埋めるにはもってこいだからな。

 

「さて。じゃあ方針も決まったところで、そろそろ準備を始めましょうか」

 

 そう言って立ち上がったパチュリー。

 そろそろ鬱陶しいってパチュリーに蹴飛ばされて、泣く泣く立ち上がった小悪魔。

 こんなんで大丈夫なのかは、正直ちょっと心配ではある。

 けど、悪い奴らじゃないのは見ればわかるし、アリスもいるなら大丈夫かな。

 ま、ここはこいつらを信じて任せてみることにしようか。

 

 

 



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第65話 : とても手に負えない



今回は霊夢視点です。




 

 

 

「……うぐぅ」

「もうそろそろ、ご満足いただけましたか?」

 

 さて、また一つ弾幕戦が終わり、今の私は勝負の過程を語りたくなくなっていた。

 館に入って少しすると魔理沙の姿が突然消えて、きっとこの咲夜って奴の仕業だと思ってその場で弾幕戦を仕掛けたんだけど。

 ぶっちゃけ、勝負にならなかった。

 0勝3敗、この10分足らずでの私とこいつのスペルカード戦の戦績だ。

 美鈴と違ってちゃんとルールに則ってきた訳だけど、全く勝てるビジョンが浮かばなかった。

 まぁ、単騎で橙と藍の二人を倒すような奴みたいだしね、逆立ちしたって今の私じゃ敵わないって訳だ。

 途中までまだまだ私はやれるとか思ってたけど、だんだん強がるのも空しいだけな気がしてきたのよね。

 

「……わかったわよ、私の負け! ぐうの音も出ないわ」

 

 だって卑怯よこいつ、一瞬で目の前に弾幕が張られてるんだもの、あんな突然避けられる訳ないじゃない!

 時間停止能力があまりに強力すぎるし、しかも根本的な身体能力も私より上だった。

 私が勝てる部分なんて空間把握能力や飛行能力くらいだけど、狭い室内での勝負じゃそんなの大して役に立たない。

 しかも私はもう美鈴との戦いで既にボロボロなので、そもそもまともに勝負ができる状態にはないしね。

 ……まぁ、結局は全部ただの言い訳で、単純に私よりこいつの方が強かったってだけの話だけど。

 

「ありがとうございます。では、少し落ち着いて話をしたいので、場所を移しましょうか」

「……うん」

 

 そうして、一切顔色も変えずしれっとした態度のまま連れて来れられたのは、紅魔館の一室。

 シンプルな造りに、同じメイド服が数着。多分、こいつの部屋ってことなんだろう。

 客用の椅子に座りながら不機嫌そうに足を組んで待つ私に、こいつはお茶と茶菓子を2つ運んでくるとともに、私の正面に座った。

 

「……で? あんたの目的は、私と魔理沙の分断だったって訳?」

「いえいえ。そんなことはありませんよ、必要ないですし」

「私たちなんて、一人だろうが二人だろうが大差ないってことね」

「率直に言えば、そういうことですね」

「ふん、嫌味な奴……って旨っ、何これ!?」

「そちらは本日の紅茶、水出しのアールグレイティーとスコーンでございます」

 

 強さ、プロポーション、立ち振る舞い、女子力。……今のところ何一つとして私は勝ててないし、全てにおいて負けた気分になるわ。

 何というか、本当に子供扱いされてる感じで惨めになってきた。

 しかも私を負かしておきながらも、別に嫌味を言っているように見えないくらい淡々としてるのが余計に腹立つ。

 

「……ま、返す言葉もないけどね。自分の力不足くらい身に染みてるわ」

「いえいえ。二人がかりとはいえ、人間が実戦で美鈴を出し抜けること自体が異常ですから」

「ふーん、あんたは?」

「私は、貴方たちより少しばかり長生きしてますから」

 

 要するに、自分なら一人でもいけるってことね。ま、当然か。

 見た感じ私より3,4歳くらい上なのかしら、まぁ年齢差を言い訳にするのもカッコ悪いからそれ以上は言わないけど。

 でも、正直まだ全然子供って言って差し支えない年齢のはずなのに、この風格は只者じゃないのがわかる。

 私が言うのも何だけど、こいつは本当に人間なのかとマジで疑うわ。

 

「それで? 話を戻すけど、私と魔理沙を分断した本当の目的は?」

「至ってシンプルです。お嬢様は、博麗の巫女に。パチュリー様は、魔法使いに用があった。だから、別々の行き先にご案内しただけです」

 

 なるほどね。ま、理屈は通ってるのかしら。

 でも、それなら私をここに連れてきた理由は少し謎だ。

 見た感じ、こいつは完全に忠実な部下のタイプだろう。

 なら、主の客人をボコボコにして先に自分の部屋に招き入れることなんて、普通はしないはずだ。

 

「なら、あんたの興味も私にあったって訳?」

「まぁ……正確には、先代巫女の娘である貴方に、ですが」

「あー、なるほど」

 

 なんとなく、何があったのか見えてきた。

 あのガイドブックを見た感じ、橙たちだけじゃなくて藍や母さんたちも多分、私たちが来る前に既に紅魔館に来ていたんじゃないかと思う。

 で、母さんとこいつの間で何かあったと。

 

「それで? あんたは私に何の用な訳?」

「率直に申し上げますと、貴方にはお嬢様に会う前にもう少し力をつけていただきたいと」

「……は?」

「ですから、貴方が……今の博麗の巫女が予想よりも弱かったので、私が何とかしようかと」

 

 ……うん。オーケーオーケー、落ち着こう。

 別に私に喧嘩売ってる訳じゃないってのはわかる。

 だけど、何かいろいろイラッと来たので、ここからは会話内容をダイジェストでお送りするわ。

 

 しばらく前、この異変を安全に運営するためのゲームと称して、紫たちが紅魔館に攻め入ったらしい。

 多分あのガイドブックを作るためというか、視察かなんかのためだったんだろう。

 で、咲夜はその時に母さんにやられたみたいで、それで母さんは調子に乗って吸血鬼までぶっ飛ばしたという。

 けど、その後なんか吸血鬼の逆鱗に触れることがあって、完全に紅魔館のメンバーと母さんたちは対立することになったとか。

 その状態で、異変がスタートしたって訳だ。

 ……いや、でもそれ要するに母さんが博麗の巫女やってればもう吸血鬼退治も終わってたってことじゃない、何か本当に調子乗ってすみませんって謝りたくなってきたわ。

 

「そんで、どうしてあんたは私に力をつけてほしい訳?」

「いや、貴方があの巫女の娘だというので、てっきりお嬢様にワンチャン入れられるくらいの実力はあるのかと思ったんですが」

「……期待外れで、悪かったわね」

「まったくです」

 

 ……ちょっとは遠慮しろよこいつ。

 力不足なことなんてわかってるけど、流石の私もちょっと心が折れてきたわ。

 ぶっちゃけ、私もう泣きそう。

 

「っていうかさ。その言い方じゃ、あんたは自分の主に負けてほしいみたいに聞こえるけど」

「そうですね。まぁ、私といいますか、正確に言えばお嬢様自身が退治されることを望んでいますので」

「はあ!? 意味わかんないんだけど」

 

 半分冗談のつもりで言ったのに、まさかの的中という。

 いい勝負をしたいとかならわかるけど、私に負けるためって、じゃあなんでこんな異変起こしたのよ。

 ってか、普通おかしいとか思わない、それ?

 

「そうですね。ですから恐らく、パチュリー様も美鈴も困惑しているんですよ」

「……で、美鈴は吸血鬼の意向に背いて、私を追い返そうと襲い掛かってきたと。それで罰したりとかしないの?」

「いえ。お嬢様は命令もしますが、強要はしません。自分の行動に最終的な判断を下すのは、あくまで私たちの自由意志によるものになります」

 

 えー何それ、吸血鬼って暴虐の王ってイメージなんだけど、意外と理想的な為政者って訳?

 でも、逆に言えば全然統率取れてないってことじゃない、大丈夫なのこの館。

 

「まぁ、少なくとも私がこの館に拾われてから今までの数年は、パチュリー様や美鈴がお嬢様と道を違えることなんてありませんでしたけどね」

「……そう、でしょうね」

「ですが、身勝手とは思いますが、美鈴を悪く思わないでください。美鈴は美鈴のやり方で、お嬢様の力になりたいと思っているだけなんですから」

 

 そうね、それはよくわかるわ。

 少なくとも、美鈴からは吸血鬼への反感なんて全く感じられなかった。

 むしろ私は、必死にそれを守ろうとしている信念を感じたくらいだもの。

 でも、私は納得いかない。

 そもそもの、一番の謎に全く触れていないのだから。

 

「んで? 美鈴の時も謎だったんだけど、あんたたちは結局その吸血鬼に逆らってまで一体何がしたいのよ?」

「そうですね。いろいろ事情は複雑なのですが……目的は全員、お嬢様を助けることで一致してるはずです」

「だから、お嬢様ってのは吸血鬼のことでしょ? むしろあんたたちより強い奴を、何から助けようってのよ」

「いえ、それはわかりません」

「……訳わかんないわよ、それ」

 

 つまりは、幻想郷の王とまで言われた吸血鬼を脅かす何かがあって。

 それが何かはわからないけど、吸血鬼は助けてもらうことを望んではいない。

 一方で、美鈴やその魔法使いは一体誰なのかもわからないそいつから吸血鬼を助けようとして独断で動いていて。

 その結果、私は美鈴に敵意を向けられて、あんな死闘が始まってしまったと。

 なるほど、さっぱりわからん。

 

「じゃあ、あんたは一体どうしたいのよ」

「私は、お嬢様の忠実なる従者ですから。私はただ、お嬢様の望むままに動くだけです」

「……そう」

 

 だけど、一つだけわかった。

 その吸血鬼は、ずっと何かと一人で戦っている。

 美鈴も、パチュリーって奴も、自分なりに考えて動き続けている。

 なのに、こいつは……

 

「あんたには、自分の意志はないの?」

「はい。必要ありませんから」

「っ!? ……必要ないって、何よ。だったら、美鈴のやってることも必要ないっての? 主が間違ってるのなら、それを正すのも従者の役目じゃないの!?」

 

 こいつだけは、何か違う。

 正直、見ててイライラした。

 何なのこいつ、お嬢様の言う通り、お嬢様の望むままって、そんなの忠義でも何でもないのよ!!

 

「そうですね。確かに、そういう考え方も必要でしょう」

「だったら!」

「ですが、お嬢様が間違った道に進もうとすれば、パチュリー様が叱り、引っ張ってくれます。小悪魔が和ませ、見守ってくれます。美鈴が盾となり、戦ってくれます。……では、それなら一体誰がお嬢様の味方をするのですか?」

「え?」

 

 私は一瞬、言われたことの意味が理解できなかった。

 だって、どう聞いても吸血鬼の味方しかいないような状況なのに。誰も吸血鬼の味方がいないかのように言う意図がわからなかったから。

 

「確かに、今のお嬢様は間違った道に進んでいるように見えるのかもしれません。それが仮に本当に間違いだったのなら、きっとその道から救い出そうとする人も必要なのでしょう。でも、それなら今のお嬢様の気持ちは? お嬢様もきっと悩んだ末の決断なのに、信じていた仲間からも間違ってると言われ続けてなお一人で進むお嬢様の気持ちは、一体どうなるのでしょうか」

「それは……」

「確かに、私は卑怯なのかもしれません。あえてお嬢様に逆らう道を辿らず、ただ言われるままに動くだけ。ですが―――」

 

 咲夜の瞳に、一切の曇りはなかった。

 ただまっすぐ迷いなき目で、

 

「たとえ世界中の誰がお嬢様を否定しようとも、それでも根拠もなくお嬢様が正しいと頷いてあげられる。そんな人が、一人くらいいてもいいとは思いませんか?」

 

 咲夜の確かな覚悟を突きつけられて、私はもう何も言い返せなかった。

 自分を捨てて誰と対立しようとも、主の心を決して一人にはしないために。

 こんなにも誇り高く忠誠を誓った従者の在り方を、私の浅はかな正義は何もわかっていなかった。

 

「ですから、私はただお嬢様の望むよう、お嬢様が博麗の巫女に敗れる結末を求めます。そのためなら、何でもすると決めていますから」

「……強いのね、あんた」

「少なくとも、貴方よりは」

 

 もう、反論する気も起きない。

 私はきっと、何か一人で勘違いしてた子供に過ぎないのだろう。

 私は、深く考えるのをやめた。

 

「……じゃあ、頼むわよ」

「はい?」

「私が吸血鬼に勝てるようにしてくれるんでしょ、よろしく頼むって言ってんのよ!」

 

 こんなのまだ、今の私に介入できるような次元の話じゃないわ。

 だから、まずは私はただ私のすべきことを達成するためのベストを尽くすだけよ。

 咲夜の思いどおりに利用されてもいい、私は博麗の巫女としての私の進むべき道を行くわ。

 

「そうですか、ありがとうございます。では、参りましょうか」

「で? 具体的には何をすんの?」

「まずは地下図書館へ向かいましょう。きっと、あちら側の話も終わった頃でしょうから」

 

 あちら側、といきなり言われても何のことかはわからない。

 けど、そんなところにいちいちツッコんでもしょうがないので、私はそのまま咲夜に連れられて地下へと向かうことにした。

 

 

 



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第66話 : 咲夜の世界


ちょっと早めの五月病でした、すみません。
最近は執筆意欲も復活しつつあるので、徐々に投稿ペースも戻ってくると思います。


今回は咲夜視点です。





 

 

 

 ふぅー、危ない危ない、辛うじて紅魔館メイド長の面目躍如ってとこね。

 でも、何とか弾幕戦は乗り切れたけど……この霊夢って子、絶対おかしいわ。

 頑張って余裕の表情作ってたけど、ぶっちゃけ何回か危ない場面もあったのよね。

 あの先代巫女の後釜っていうからどんな猛者が来るかと思って待ってたら、来たのは既に死にそうなくらいボロボロな子供で、なのにちょっと侮ってたら高位の妖怪並みに強くて。

 私も実年齢はそこまで変わる訳じゃないけど、時間操作ってチート能力で裏技使ってるからここまで来れたのに、この子は素の実力でこれだもの。

 しかも修行を始めたのはここ2~3年って言ってたわよね、冗談でしょ?

 何これ私こんな子を育てるの? あと2年もしない内に完全に追い抜かれるわよ本当に。

 ……でも、それがお嬢様の望みだというのだから、雇われの身の悲しい所よね、まったく。

 

「……で? そろそろ何をするのか教えてくれない?」

「そうですね。まず、貴方は『精神と時の部屋』というものをご存じですか?」

「何それ?」

 

 ……うっわ、やってしまった。

 そらそうよ、それ外の世界の漫画の話よ。

 この子幻想郷の子供じゃない、逆になんで知ってると思ったのよ私。

 

「簡単に言えば、1日で1年間修行できる部屋のことです」

「……は?」

「私の『時間を操る能力』とパチュリー様の魔法を組み合わせて、時間の流れの遅い部屋をつくるって言えばわかりますか?」

 

 部屋の中に1年間いても外の世界では1日しか経っていないという魔法の部屋は、まさに人類の夢だ。

 ただしあんまり濫用するといつの間にかおばさんになっているという、人間の女性にとっては諸刃の剣。

 特にこのくらいの年齢だと、出てきた頃には入った時と別人になってるだろうから、あまり長時間の使用はお勧めしない。

 

「何そのチート。そんなん使ってるから、あんたは強いってことなのね」

「いいえ。私は歳をとりたくはないので、実際に使ったことはありませんよ」

「何よ私にそんなもの使わせようっての!?」

 

 私の場合、そんな部屋で過ごす時間なんて無駄でしかないからね。

 ただでさえ寿命が短いんだし、お嬢様の傍にいられる時間はなるべく長いに越したことはないのだ。

 

「使うかどうかは貴方次第です。ですが、今のままでお嬢様の相手が務まると思いますか?」

「……聞かなくても、無理ってのはあんたが一番わかってんでしょ」

 

 でも、それも今日限りね。

 お嬢様は、本気で戦った上でこの子に負けることを望んでいる。

 つまりはこの子をお嬢様と対等な戦力として機能させることがお嬢様の望みだというのだから、もう私の都合なんて言ってられないのだ。

 そう、全てはこの世界の因果律を支配するという、お嬢様の『運命を操る能力』によって定められた最良の未来のために!

 

 ……いや運命て。失礼だとは思いつつも、これについては流石の私も苦笑いになる。

 そもそも因果律を操れるとか言うのなら、なんでこの前は先代の巫女にやられてベソかいてたんですかねぇ、とかいろいろツッコミたい。

 私が時間を操るようなチート能力を持ってる訳だから、主は従者以上の能力を、とか考えてるんでしょうか。

 まぁ、お嬢様もカッコつけたいお年頃なんでしょう。

 お嬢様の表情はいまいち読めないので、本気なのか冗談なのかはわからないけど。

 

「失礼いたします、パチュリー様」

「遅いじゃない咲夜。待ちくたびれたわ」

 

 さて、そうこうしている内に図書館に着く。

 ここからが本題だ。

 実はこの部屋を作るのは、そもそもがパチュリー様の提案だった。

 今の私とパチュリー様の目的は違うんだけど、パチュリー様の目的のためにはアリスさんの協力が必要みたいで、その交換条件であっちの魔法使いの子を育ててほしいという要請がアリスさんからあったとか。

 それで、この部屋を使おうと思い立ったらしい。

 私は元々はこの部屋を使うつもりじゃなかったんだけど、どうしても使いたいってことでパチュリー様が私に頭を下げてきたので、私はパチュリー様に貸しをつくりつつ、ナイスアイディアそれに便乗するぜyahooという訳だ。

 

「おっ。よかった霊夢、無事だったか。霊夢もこのまま修行コースか?」

「もしかして魔理沙も? ……ってうわっ、何かいるし」

「いやちょっと失礼じゃない霊夢!?」

 

 霊夢がアリスさんを見て微妙な顔をしてるけど……正直言うと、私もあの人は少し苦手だ。

 何というか、私たちとは違う世界に生きてるように感じるのよね、いろんな意味で。

 まぁ、アリスさんが来てからパチュリー様や小悪魔の表情が少し柔らかくなった気もするし、いい人だとは思うんだけど。

 

「それで? その子はちゃんと納得したの?」

「ええ。生意気だったのでコテンパンにしてあげたら大人しくなりました」

「ぶふっ、生意気とか言われてやんの」

「ちょっ、余計なこと言わないでよ!」

 

 霊夢がいきなりブーブー文句を言ってくる。

 あーそっか、この魔法使いの子にはカッコつけたいって訳ね、子供っぽいとこもあるじゃない。

 柄にもなく微笑ましくもほっこりした気分になった私であった。

 

「で、その子はどのくらい時間が必要そうなの?」

「そうですね。お嬢様と張り合うのなら、これから2年くらい修行を積んでもらわないと」

「2年!?」

 

 あれ、なんでこんなに驚いてるのよこの子。

 まさかもっと短期間でお嬢様に勝つ気だったの?

 お嬢様は500年以上生きてる本物の吸血鬼なのよ、それに簡単に勝とうとか図々しいってレベルじゃないわよ。

 

「どうかされましたか?」

「いやちょっと待って、2年ってことは、こっちでは丸2日経ってるってことよね?」

「そうですね」

「それじゃ間に合わないのよ! 私は、明日の朝までには戻らなきゃならないの!」

 

 明日の朝まで?

 こんな異変の次の日に予定入れてきたってこと? 信じられないんだけど。

 まず吸血鬼の館に攻め込んで次の日立っていられるって思ってること自体、いろいろ甘すぎるんじゃない?

 

「ですが、それでは長くてもせいぜい半日、半年の修行で限界ですが」

「それでもいいから!」

「……少し、舐めてるんじゃありませんか? それじゃあとても…」

「倍頑張るから! ギリギリまで、何でもするから!」

 

 でも、私に食ってかかってくる霊夢の目はあまりにまっすぐだった。

 この目はよく知っている。

 お嬢様の望みを断って、一人で戦おうとしていた美鈴と同じ目。

 譲れない何かを貫く決意を宿した、何を言っても絶対に退かない目だ。

 

「……そこまで言うなら、地獄を見る覚悟はあるんでしょうか」

「当然っ! 地獄の特訓なんて、もう飽き飽きするほど経験してんのよ」

「なるほど。かしこまりました」

 

 ふふっ、これは面白くなってきました。

 ぶっちゃけ言うと私が時間操作する訳だから、本当は一日で一年間って括りにこだわる必要もないし、その気になれば1分で1年とかもできるのよね。

 まぁ、確かに時間の圧縮率を高めれば私の負担も増えるっちゃ増えるけど、別に問題がある訳じゃなくて、そんな勝手な都合で名作の設定変えるのが癪ってだけだし。

 でも、半日、つまりは半年でお嬢様に追いつくと勝手に言い出したのは霊夢なのだ。

 私は二年くらい必要だと見積もったけど、果たして本気の霊夢は半年で一体どこまでやれるのか、これは見物ね。

 

「……話は済んだ? 準備は整ってるし、時間が勿体ないから早く始めたいんだけど」

「そうですね。では、早速始めましょうか」

 

 図書館の床の中心には、既に巨大な魔方陣が張られていた。

 その上には大量の本と、くつろぎスペースや紅茶セットも完備。

 流石はパチュリー様、飽きた時の対策すらも既に準備万端という訳ね。

 でも、適当な感じに見えるパチュリー様だけど、この部屋を作るのはパチュリー様の負担がかなり大きいので、決して軽い気持ちではないはずだ。

 

 この部屋を作るときの私の役目は、パチュリー様の魔方陣を起点にして時間軸をずらした空間を図書館に張り巡らせることだけ。

 要するに、私の役割はただのきっかけ作りに過ぎないのだ。

 この部屋を使うために重要なのは、部屋の状態を維持し続ける役割を担うパチュリー様なのよね。

 時間軸をずらした空間に他人を招くなんて神のような力を維持し続けるのは、魔力や霊力の少ない私じゃ数秒が限界だから、実際はパチュリー様の魔力や貴重なマジックアイテムを惜しげもなく投入して部屋を維持し続けることになる。

 まぁ、何が言いたいかというと、結局のところ一番ヤバいのはパチュリー様の懐事情って訳だ。

 でも、そんなことを伝えてせっかくの貸しが薄っぺらなものになるのは勿体ないという気持ちも大きい。

 という訳で、私は限界まで無理してる雰囲気を醸し出して、この部屋が私の力で成り立ってる流れにしとくのが最良の選択のはずだ。

 

「では……っ、今です、お願いしますパチュリー様!!」

「ええ。巻きでいくわよ小悪魔!」

「はいっ!!」

 

 パチュリー様と小悪魔が私に気を遣って、最初から魔力全開でサポートを頑張ってらっしゃる。

 うわぁ、私は別に大変でも何でもないだけに、何か罪悪感で胸が痛いやぁ(棒)

 

 まぁそれはいいや、さてと。それでは霊夢、準備はいいかしら。

 Hello World. ようこそ私の世界へ―――

 

 

 

 

 



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第67話 : 譲れぬ宿命



今回は妹紅視点です。




 

 

 

「……遅おおおおおおいっ!!」

 

 博麗神社の中心で、私は叫んだ。

 門番と戦ってた時を最後に途絶えた、紫からの連絡。

 たとえ紅魔館の中に入れなくても、霊夢たちがスペルカード戦をしてるのなら何かしらの変化を感じ取れてもいいはずだ。

 なのに、それでも何の連絡もないってのは流石に不安になってくる。

 

「ああああっ、もう限界だっ!!」

「待て妹紅、紫様を信じろ」

「でも!!」

「別に紫様とて、指を咥えて見ている訳ではない。いざという時にはどんな手段を使ってでも霊夢を守ろうとすることくらい、お前が一番わかってるだろう?」

「……そう、だけど」

 

 確かに藍の言う通り、紫はいつも私より冷静に霊夢に助け船を出す。

 だけど、不安なのは霊夢や魔理沙のことだけじゃない。

 紫の能力が紅魔館の内部に及ばないとは聞いていたけど、それなら何も把握できないっていう報告があっても不思議じゃない。

 なのに、何時間も音沙汰無しってのは不自然すぎる。もしかしたら紫の身にも何かあったのかもしれないんだ。

 

「だから、そう焦るな。紫様が戻るまで大人しく待っていろ、いいな」

 

 藍はそう言って腕を組んだまま目を閉じた。

 自分は紫を信じていると、何も心配していないとでも言いたげな表情のまま、静かに待っている。

 

「藍」

「どうした」

「……いや、何でもない」

 

 そう、表情は冷静だ。

 だけど、言ってやるかどうか私はすごく迷っている。

 

「霊夢、大丈夫かな」

「……」

 

 藍の帽子が揺れ動く。

 

「紫も、もしかしたら捕まってたり…」

「しつこいぞ」

 

 尻尾が、ピクピクってなった。

 さっきから紫や霊夢の名前を出す度に自分の耳や尻尾が反応していることに、藍は気づいているのだろうか。

 顔がシリアスなだけに、さっきからどうしても話を切り出せないんだよな。

 

「藍は心配じゃないのか?」

「ここで慌てふためいても仕方あるまい。私は八雲の名を背負う筆頭式神だ、いついかなる時も冷静さを失うことなどあってはならないからな」

「……ぶふっ」

「何だ」

「あ、悪い、何でもない」

 

 くそっ、我慢しろ私、ツッコんだら負けだ。

 さっきからカッコつけてるみたいだけど、落ち着きがないのはどう見ても藍の方なのだ。

 私が叫ぶけっこう前から、あんなでかい九本の尻尾がわっさわっさと揺れてるもんだから私としても気になってしょうがなかった。

 でも、それを言って藍がまた前みたいに微妙なテンションになったらと考えると、何も言えない私。

 

「全く、少しは落ち着け。お前も、まだまだ精神的には修行が足りんようだな」

 

 ……でも、今のは流石にイラっとした。

 もうツッコミ入れてどうなっても私は悪くないよな、うん悪くない。

 という訳で、もはや恒例となった藍のカリスマブレイクタイム、はっじまっるよー。

 

「そういう藍こそ…」

「ふーん。言うようになったじゃない、藍」

「ほぁっ!?」

 

 と、私が言う前に突然変な声を上げて倒れ込んだ藍。

 尻尾の間から、いやらしく毛並みを撫で回すような一本の手が生えてきていた。

 

「口では随分と強がってたみたいだけど、尻尾は正直なようねぇ」

「や、やめっ、おやめください紫様っ」

「ふふっ、よいではないかよいではないか」

 

 いつの間にか地面で悶えている藍と、隙間から上半身だけ出して藍の尻尾を甚振ってる紫という構図。

 ……大丈夫かこれ放送コード的に。あっちの物陰から橙も見てると思うんだけど。

 いや、別に変なことしてる訳じゃなくてただ単に紫が藍の尻尾を撫でてるだけなんだけどさ。

 藍って尻尾弱いんだっけか。橙とかけっこうもぐりこんで抱きついてた気がするから全然平気なんだと思ってたんだけど。

 でも今はそんなどうでもいいこと考えてる場合じゃない、大事なのは……

 

「何やってんだよ紫。霊夢たちは大丈夫なんだろうな?」

「あら、今日は妹紅は乗ってくれないのね。紫ちゃん寂しい」

「それどころじゃねーだろうが」

「もう。せっかちね」

 

 紫が残念そうに藍から離れる。

 藍が「くふぅ……」みたいな声を出しながら息切れしてた。

 普段なら一緒になって藍を虐めてもいいとこだったけど、不安とかの要素の方が大きくて今は流石にそういう気分にはなれなかった。

 まぁ、こんだけ遅くなっといてこのテンションってことは、霊夢たちは無事だったってことだろうけど。

 

「そ、それで紫様、霊夢たちはどうなったのでしょうか」

「安心して、とりあえずは2人とも無事よ。ただ、やっぱり館の中はこれまでみたいに簡単にはいかなかったみたい」

 

 紫の話では、どうやら霊夢は咲夜にあっさり負け、魔理沙はパチュリーと勝負すらできなかったらしい。

 まぁ、2人とも門番の所で既にボロボロだったっぽいからな。それに、見た感じ咲夜の実力は霊夢よりだいぶ上っぽかったし、こればっかりはしょうがないんだろう。

 だから、確かにこれも予想の範疇ではあったんだけど……そしたらこれからどうなるんだ?

 っていうか、やられたのなら一旦帰ってきたりしないのか。

 

「でね。十六夜咲夜とパチュリー・ノーレッジが霊夢と魔理沙を鍛え直すことになったみたいなの」

「……はあ? 鍛え直すって?」

「なんでも、時間操作の能力を使って2人に稽古をつけてくれてるみたいでね。色々事情があって、異変がうまく回らないと困るのはあっちも同じなのよ」

 

 何を隠してるのかは知らないけど、実際はこの状況も紫の想定内だったという。

 まぁ、そんな想定とか私は何も知らされてなかったけどな、私は!!

 そんなこと私が知ったところで別に何も変わらないってのはわかるけど、もっと信頼してくれてもいいんじゃないかと思う。

 隠し事をしてるのは紫だけじゃないので、私もあんまし強くは言えない訳だけど。

 

「なんとなく状況はわかったけど……本当に信用していいんだろうな、紅魔館の奴らは?」

「大丈夫よ。本来であればあの4人の中で不安要素は紅美鈴だけだったのよ。だから藍に直接視察を頼んだんだけど…」

「も、申し訳ございません」

「いいのいいの。彼女はちょっといろいろ測り難い部分があるから」

 

 確かにそいつは、聞いた感じちょっと危ない雰囲気があるよな。

 実際に会ったことある訳じゃないけど、出会い頭に問答無用に霊夢をぶっ飛ばしたって聞いた時はどうなることかと思ったし。

 

「でも、前回の視察での所感も含めると、他の3人は霊夢たちに極端な危害を加えたりはしないと思うの。だから、紅魔館の中にさえ入れれば心配ないはずだったんだけど……」

「例の、もう一人の吸血鬼か」

 

 あの地下深くにいた、何か。

 扉越しでもわかるくらい、確かにアレはヤバい代物だった。

 もし仮にこの異変の最中に表舞台に出てくることがあれば、たとえレミリアの反感を買ってでもどうにかしなきゃならないと思う。

 

「まぁ、確かにそれもあるけどね」

「へ?」

「でも、その件については少なくともこの異変の間は一切の接触をしないことでレミリアと合意したから。まぁ、あっちが本当に私を信じてくれてるかはわからないけど、少なくともレミリアはもう一人の吸血鬼が出てくることを望んではいないはずよ」

「なら、一体何があるってんだよ」

「……アリス・マーガトロイドのことですか」

「ええ、問題はそこよ」

 

 え、アリスのこと?

 確かにあいつはいろいろ面倒な奴だけど、例の吸血鬼以上の問題になんてなるのか?

 

「そもそも、本来であればこっちの味方だったはずのアリスが、レミリアたちの側についてること自体が私にとって完全に想定外なのよ」

「でも、アリスがあっちにいるのがそんなにヤバいことなのか?」

「さてね。それがヤバいかどうかわからないから厄介なのよ」

 

 まぁ、確かにアリスの行動は全く読めないからな。

 綿密に計画を立てて動く紫にとっちゃ、敵味方問わず状況をカオス化させるアリスは存在自体が爆弾みたいなものなんだろう。 

 

「……でね、アリス自身のことは私も詳しくは知らないけど、幽香の友人だってことは前に話したわよね」

「本人は思いっきり否定してたけどな」

「でも、そこに深い繋がりがあることは確実だった。だから、私はアリスが何か企んでるかを知らないか、念のため幽香に直接聞きに行ってたのよ」

 

 あー、なるほど。それで遅くなってた訳か。

 っていうか前の一件といい、もしかして紫も風見幽香と仲いいのか。

 なんか風見幽香って孤高の一匹狼って感じの妖怪だと思ってたんだが、意外と友達多いのか。

 まぁ、普通にしてれば悪い奴には見えないし、変なイメージがついてるだけなのかねぇ。

 

「で、なんて言ってたんだ?」

「何も知らないと。ただ、関わらない方がいいとだけ忠告されたわ」

「なんだよ、結局何もわかんねーんじゃねーかよ」

「いや、風見幽香は紫様を相手にしてすら全く動じることはない。にもかかわらず、アリス・マーガトロイドのことになると途端に口を濁す。それだけで、十分だろう?」

 

 ……まぁ、それは確かに何か気になるかもな。

 それだけ聞くと、あの風見幽香がアリスのことを紫以上に特別視してるようにも聞こえるし。

 でも私の予想じゃ、知られたくない過去があるとか、別の意味で関わりたくないとかじゃないかと思う。

 私や藍も、メイド服とか着せられてさんざん虐められたことあるしな、風見幽香も似たような弱みを握られてるんじゃないかね。

 

「とにかく、今の私にとって一番の不安要素はアリスなの。だから、アリスから直接話を聞きたいところなんだけど…」

「レミリアとの約束で紫はあの館に入れない、つまりアリスには会えないってことか」

「そうよ。私と貴方と藍は、ね」

「ん?」

 

 あー、なるほど、わかってきた。

 つまり、あの場にいなかった橙や、一応あっちの側の味方ポジションだった慧音は例外になってるってことか。

 本当はむしろ慧音がこの異変のそもそもの元凶なんだが……知らぬが花ってヤツか。

 

「だから、私は橙にもう一度視察をお願いしようと思うんだけど、一人じゃ心もとないから慧音にも協力を仰ぎたいのよ。でも……最近どうしたのよあの子、大丈夫なの?」

「あー、大丈夫だと思うけど、そっとしといてやってくれ。私の方から一応打診はしとくから」

「お願いね」

 

 そう言って、紫は早速とばかりに人間の里への隙間を開いた。

 もう夜も更けてきたし霧のせいで誰も外には出てなそうだけど、慧音のいそうな所ならある程度の予想はつく。

 まぁ、今は精神的に病んでそうだから、地雷踏まないよう扱いには注意しないとな。

 

「そんじゃ、私は早速慧音に……っ!?」

 

 だけど、紫が開いた隙間は次の瞬間閉じていて。

 同時に、紫たちの姿が消えていた。

 場所は変わらないはずなのに、それでも私以外の誰もいなくなっている。

 そして、まるで別世界に迷い込んだかのように視界が歪む、異様な感覚が私を襲っていた。

 

「なっ、これはまさか……」

 

 普通なら、突然そんな異常事態に遭遇したらパニックに陥ってしまうだろう。 

 だけど、私は冷静だった。

 この感覚をよく知っていたから。

 多分、紫たちが消えた訳じゃない。消えたのはむしろ私の方なんだ。

 これは、私の時間軸だけを他の生物の時間軸から問答無用に切り離して別の歴史の中に閉じ込める異空間。

 咲夜みたいに一時的に時間を操る能力じゃない、時間という単位そのものを支配する力。

 紫の力ですら介入できない……いや、同じ土俵にすら立たせてもらえない、悪魔のような力だ。

 

「妹紅いるー?」

 

 そして、気の抜けたその声を聞いて、私の予感は確信に変わった。

 

 私には一つだけ、誰にも言っていない秘密がある。

 霊夢に隠してることはけっこうあるけど、紫も慧音も知らないのは多分これだけだ。

 だけど、私はたとえ相手が紫であっても、これから先も知らせるつもりは全くない。

 だって、これは私だけの因縁だから。

 紫たちと会う前からずっと続いている殺し合いの歴史を、掘り返したくないから。

 何より、憎しみという魔物に憑りつかれてしまった私の本当の姿なんて、誰にも見てほしくないから。

 

「あ、いたいた」

「どうしてお前が、こんな所に…」

「いや少し相談、というか頼みがあってね。ちょっと上がるわよ」

 

 図々しくも神社に入ってきたのは、私の前に立ち塞がる生涯の仇敵。

 私の全てを狂わせた、私の人生とは切っても切り離せない宿命の相手だった。

 

 

 

 



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第68話 : お姉ちゃんパワー、注入!



今回は橙視点です。




 

 

 うぅぅ、さっきから緊張の連続でお腹痛くなってきた。

 霊夢たち本当に大丈夫かな。こっそり話を聞いた感じ、何か凄い不穏な空気があるんだよね。

 でも、吸血鬼の意向で藍様たちは動けないみたいだし、これ以上どうしようもないのかな。

 私も少しでも力になれたらいいんだけど……

 

「だから、私は橙にもう一度視察をお願いしようと思うんだけど」

 

 おっ、噂をすれば来たよ私の出番!

 でも焦りは禁物、ここで飛び出しちゃだめだ。

 この前の視察じゃ、途中でやられちゃって結局最後の場面は私だけ除け者にされちゃったんだよね。

 霊夢たちと同じで私もまだ未熟なんだから、ちゃんと最後まで話を聞かないと。

 

「一人じゃ心もとないから慧音にも協力を仰ぎたいのよ。でも……最近どうしたのよあの子、大丈夫なの?」

 

 ……ふにゃぁ、やっぱり私じゃまだ紫様の信頼は勝ち取れないか。

 今の私じゃ力不足だろうし当然だとは思うんだけど……ちょっとくらい期待してもいいでしょ?

 でも、今回の件についてはむしろ先生が一緒でよかったかもしれない。

 最近元気ないみたいだけど、それでも一人で行くよりはずっと心強いしね。

 

「あー、大丈夫だと思うけど、そっとしといてやってくれ。私の方から一応打診はしとくから」

「お願いね」

 

 よし、じゃあ私も早速準備しとこう!

 いつ声をかけられてもいいように、まずは準備運動から……

 

「そんじゃ、私は早速っ、悪い紫すぐ紅魔館に向かわせてくれ!」

「え?」

 

 だけど次の瞬間、妹紅さんはすごい剣幕で紫様に詰め寄っていた。

 

「え、いやどうしたのよ妹紅、だから私たちは行けないって…」

「そんな場合じゃないんだよ! 詳しいことは後で説明するし、責任は私がとる。だから紫も一緒に、早く!!」

 

 ……どうしたんだろ妹紅さん、さっきまでけっこうのんびり構えてたはずなのに。

 何か大事なことでも思い出した? でも、そういうレベルの焦り方じゃないよね。

 

「それは聞けないわ妹紅。理由もなくレミリアを怒らせる訳には…」

「じゃあ紫、今の紅魔館は普通か?」

「普通? それって、どういう意味?」

「咲夜の力のせいで中に入れない、本当にそれだけの状態か?」

「そんなの当然……っ!? 妹紅、貴方一体何をしたの!?」

 

 ……え? 何、一体どうなってるの?

 何か、紫様まですごく焦ってるみたいなんだけど……

 

「どうかされましたか、紫様」

「紅魔館が、存在しないのよ」

「え?」

「いつの間にか紅魔館内部の座標だけ、全く観測できない空間に飛ばされてるの」

 

 観測できない空間って?

 どういうことかは私にはよくわからないんだけど、霊夢たちがさっきまでいた場所が存在しない?

 それって、もしかして霊夢たちが消えちゃったってこと!?

 

「どういうこと妹紅。どうしてこんなことに…」

「私も詳しいことはわからない、だけどこれは紫の想定内の出来事か? 違うだろ、だったら早く行かないと霊夢と魔理沙が危ないんじゃねーのか!?」

「……そうね。確かにこれは、約束とか言ってられる状況じゃなさそうね」

 

 あわわわわわ、どうしようどうしよう、何かとんでもないことになっちゃってるみたい。

 そうだ、こんな時こそ慌てず騒がず「人」って三回手の平に書いて飲み込むんだ!

 人、人……あれ、私の場合は「ねこ」の方がいいのかな? でも、「ねこ」ってどんな漢字書くんだっけ、どうしようわかんない! えっと、えっと確か……

 

「とにかく時間がないんだ、行くぞ!」

「ええ。藍もすぐ行ける?」

「勿論です。橙、そこにいるんだろう?」

「苗、苗……え? あ、あわっ、は、はい藍様! 私も…」

「お前は留守番を頼む。危ないから、来るんじゃないぞ」

「あ……待ってください藍様…っ!!」

 

 だけど、私がしょーもないことを考えてる間に、もう藍様たちは境界の中に消えていた。

 私が陰から飛び出した時には時すでに遅し、境界は閉じてて……うにゃああああ、完全に取り残されたあああああああ!!

 ……ああ、でも今回ばっかりはしょうがないのかな。

 紫様ですら予測できない異常事態に私なんかが行っても足手まといにしかならないし。

 それなら、大人しくここで待ってた方がいいのかも……

 

「……何やってんだろ、私」

 

 今度こそ役に立とうって思ってたのに。

 また一人でバカみたいに慌てて何もできないままで。

 結局今回も、私だけ最後まで蚊帳の外、なんて。

 ……そんなんじゃダメだ。

 私は霊夢のお姉さんなんだから、霊夢がピンチなら私が頑張らなきゃいけないんだ!

 

「先生は、多分まだ人里にいるんだよね」

 

 さっきの話だと、紫様は慧音先生にも協力を仰ぎたいって言ってた。

 今は呼びに行く余裕がなくなっちゃったみたいだけど、それなら私が代わりに呼びに行けばいいよね。

 私じゃ直接何かできる訳じゃない。だけど、間接的にでも役に立てるよう頑張ればいいんだ。

 

「待ってて霊夢。私も、お姉ちゃんも今から助けに行くからね!」

 

 だから、私は思い立ったままに、紅い霧が覆いつくす暗闇の空へと一直線に駆け抜けた。

 

 

 



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第69話 : 半年後。完成したものがこちらになります



今回は霊夢視点です。




 

 

 

「おおぉ、うおおおおおおパチュリーのことかあああああっ!!」

「うるさい」

 

 なんか魔理沙がパチュリーに怒られてたので、私は慌てて口を閉ざす。

 正直、私も同じようなテンションで叫びそうになってたから。

 だって力がみなぎるんだもの。

 およそ半年の修行を終えて、私はパワーアップした!!

 それは今まで以上の、格段のレベルアップ。

 というのも、パチュリーの休憩場所以外は本当に何もない部屋なので、寝るか修行するかしかやることがなかったのよね。

 しかも咲夜がつきっきりで修行に付き合ってくれる上に、周りに何もないからこっそり全力出しても問題ないし。

 今の私なら吸血鬼だって倒せるかもしれない……ってのは、誇張し過ぎかもしれないけど。

 それでも、咲夜ともいい勝負ができるくらいには、私は成長していた。

 

「……正直、驚いたわ。本当にこの短時間でここまで成長するなんて」

「当然でしょ! 私を誰だと思ってんのよ」

 

 とはいえ、私が強くなれたのは完全に咲夜やパチュリーのおかげなんだけどね。

 母さんたちとは違うタイプの強さを持つ咲夜やパチュリーとの修行は、私の弾幕センスを一気に向上させてくれたのだ。

 それに、パチュリーは見るからに真面目そう、というか半年一緒にいて本当にしっかり者なのはわかったからね。

 紫やアリスみたいに途中でいちいち話が脱線することもないし、魔理沙の修行も随分と捗ってそうだった。

 アリスや小悪魔はいつの間にかいなかったんだけど……あの2人がいないのはむしろプラスに働いたんじゃないかと私は勝手に思っている。

 

 という訳で、本当にあっという間に強くなった私たち。

 修行シーンがない? いや、今時そんなの流行らないのよ、美少女がただ死にそうになりながら吐いてる場面なんて誰も見たくないでしょ!

 とにかく、これでレミリアに挑戦できるくらいの力はついたんじゃないかしら。

 流石に相手が吸血鬼というのは不安だけど、なるようになるでしょ。それじゃあ日が昇る前に決着を……

 

「じゃあ、早速レミリアのとこまで案内してもらいましょうか。行くわよ魔理沙」

「あー、ちょっと待ってもらえない?」

「何よ?」

「その、私は別にそれでもいいんだけどパチュリー様と魔理沙は…」

「そうね。協力するのはここまでよ、咲夜」

 

 咲夜は私の、パチュリーは魔理沙の腕を掴んで向かい合う。

 なぜか分裂し始める紅魔館。

 え、何、ケンカでもしてたのこの二人?

 

「ちょっと待って、どういうこと?」

「最初に言ったでしょ。私と咲夜は一時的に協力しただけで、本来の目的は全く別にあるんだから」

 

 ……ああ、そういえば、そんな設定もあったわね。

 一応は利害の一致で協力してたものの、私が異変を解決することを望んでる咲夜とは、パチュリーはこの先の目的が相容れないって訳ね。

 多分、今の紅魔館は私たちを止めたい美鈴、パチュリー、小悪魔の3人と、先に進ませたいレミリア、咲夜の2陣営に分かれてるってことよね。

 パチュリーたちはいきなり襲い掛かってきたりはしないけど、要するに私の敵ってことだ。

 まぁ、一応レミリアも咲夜も私が倒さなきゃいけない敵ってことには変わりないんだけどさ。

 

「という訳で、霊夢だけスタートからやり直しね」

「へ? やり直しって?」

「紆余曲折あったけど、霊夢は一応私に負けたんだからね。入口からでもやり直しなさい」

「入口って…」

「あ、安心して。美鈴はまだ寝てるから、紅魔館に入ったところからでいいわよ」

 

 いや、なんでそんな面倒なことしなきゃならないのよ、そのまま向かえばいいじゃん……ってのは、野暮なのかしらね。

 ま、咲夜にも事情はあるんだろうし、ここまで世話になったんだからそのくらいのわがままは聞いてあげましょうか。

 

「ったく、しょうがないわね。魔理沙!」

「ん?」

「負けんじゃないわよ」

「当然!」

 

 ニヤリと不敵に笑い合う私と魔理沙。

 私はそのまま背を向けて、図書館を後にする。

 これでいい。

 魔理沙とはピンチの時は助け合う、それでも本来は競い合うライバルなんだから。

 今度こそ、どっちが先に異変を解決するか勝負よ!

 

「いい友人を持ったわね」

「あんたたち程じゃないわ」

「そりゃそうよ」

 

 ……ちょっとは謙虚になれよと思う。

 でも、そんなこと言い合えるくらいに、咲夜がフランクに話しかけてくれるようになったことは正直言うと嬉しかったりする。

 私もやっと咲夜の世界の一員として認めてもらえたってことかしら。

 パチュリーの話だと、こういう感じで咲夜が話すのはこれまでは美鈴と小悪魔だけだったみたいだしね。

 レミリアとパチュリーに対しては主従関係みたいだし、メイド妖精を相手にする時は完全にカリスマ気取りらしい。

 カリスマ気取りとか言われてるし、私も半年一緒に過ごしてわかったけど、こう見えて咲夜も意外と子供っぽいところもあるのよね。

 美鈴も普段は咲夜以上ににぎやからしいし、いつか美鈴とも和解できたらこういう風に語り合えたらいいなぁとは思う。

 

「……じゃあ、私の案内はここまでね」

 

 と、十秒くらいしか歩いてない気がするのに、気がつくと私は紅魔館の入口に立っていた。

 

「え? 嘘、もう着いたの、早くない?」

「そりゃあ、紅魔館の空間構造は私が管理してるからね」

 

 要するに、それを変えて私がすぐここに辿り着けるようにしてくれたってことか。

 正直、咲夜の力の底が知れないのは未だに変わらない。

 だけど、もう手の届かない相手じゃないわ。

 今度こそ咲夜に勝って、私がこの異変を解決するんだから!

 

「じゃ、健闘を祈るわ」

「咲夜」

「どうしたの?」

「ありがとね」

「……」

 

 そして、咲夜の姿は無言のまま消えていた。

 時計を見るとちょうど深夜0時、吸血鬼にとってはゴールデンタイムだ。

 ま、昼間の吸血鬼を相手にするのも気が引けるしね、丁度いいんじゃないかしら。

 

「さてと。それじゃ、吸血鬼退治に行きましょうか」

 

 私は広い吹き抜けのエントランスを飛び抜ける。

 目指すは吸血鬼レミリア・スカーレットのいる部屋。

 それを探すためにも、まずは……

 

「……何のつもりかしら」

「お待ちしておりました。博麗の巫女……博麗霊夢様、ですね」

 

 いきなり首筋に突きつけられそうになったナイフを、私はとっさに二枚の札で挟み取る。

 振り返ると、そこには予想通りの張り付けたような微笑。

 完全に初対面の感じで思わずツッコみそうになったけど、私は間一髪で堪えた。

 

「申し遅れました。私、紅魔館でメイド長を務めております、十六夜咲夜と申します」

 

 それにしてもこのメイド長、ノリノリである。

 ったく、そういう茶番はいいのよ、この半年くらいもう嫌ってほど見たから。

 さっさと私をレミリアのところまで案内……

 

「この館の主、レミリア・スカーレット様がお待ちです。大事なお客様なので、私が直々にお迎えに上がりました」

「……」

 

 ……ああ、そういうことね。

 私は本来、歓迎されるべき客人なんかじゃない。

 異変の元凶である吸血鬼を退治しに来た、幻想郷の守護者なのだ。

 それを客人扱いの上、ナイフ突きつけて強制連行だなんて、馬鹿にしてる以外の何物でもない。

 以前の私は相手にされてすらいない子供、ただの道化に過ぎなかったんだ。

 

「お客様? 何をふざけたこと言ってんのよ、こっちは変な霧のせいで迷惑してんのよ」

「そうですか。でしたら、まずは話を…」

「ごちゃごちゃうるさいのよ! 仮にも吸血鬼の使いなら、口じゃなくて拳で語りなさい!」

 

 よし、キマった!

 何かただの話を聞かない危ない脳筋みたいな口上だけど、このくらいがちょうどいいわよね。

 

「……かしこまりました。それでは、貴方は我々の敵ということでよろしいのですね」

「当然でしょ。スペルカードルール、知ってるわよね」

「ええ」

 

 少しだけ、堪えきれずに笑う咲夜。

 私ももういっぱいいっぱいだ。

 きっと、後から思い出したら「あの時は何を馬鹿なことをしてたんだろう」とか言って笑っちゃうような、そんな茶番。

 

「では、始めましょうか。スペルカードは3枚でよろしいでしょうか」

「そうね。いくわよ、咲夜!!」

 

 だけど、これこそがきっと本来の私たちの出会い。

 異変の元凶と博麗の巫女がぶつかって勝負して、激しい弾幕ごっこの果てに和解できる。

 それが母さんや紫がスペルカードルールに求めた、幻想郷の異変解決の形なんだから!

 

 

 

 



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第70話 : これが私の全力全開



 今回は咲夜視点です。




 

 

 

「幻象『ルナクロック』」

 

 時を止めて辺りに散りばめた、ナイフの雨。

 突然目の前に現れる弾幕は、大半の相手は何もできないまま被弾する。

 仮にこれがゲームの世界であったのなら、時間停止中にだいたいの避け方を考えてから動けるから簡単に思えるのかもしれない。

 だけど、現実はそう簡単にはいかない。

 何が来るか、いつ来るか、どこから来るか、距離はどのくらいで、どんな大きさでいくつあるのか、放たれた弾幕について一切の情報がないまま次の瞬間目の前に迫っているのだ。

 

 さて、最初に紅魔館に来た時は5秒くらいで被弾していた弾幕、今の霊夢は避けられるかしら。

 

 

 ――そして時は動き出す。

 

 

「っ……!!」

 

 時が動き出したその瞬間、霊夢は目を閉じていた。

 馬鹿にしてると思うかもしれない、だけどそれが霊夢の本領なのだ。

 目の前の世界そのものを一度感覚で掴み、それから目を開いて動き始める。

 視覚よりもまず第六感を優先する、普通ではありえない避け方をこの子はこの歳でものにしている。

 辺りに乱舞するナイフを全て、霊夢は持ち前の空間把握能力で華麗に避けていた。

 これは私にはできない芸当だ。

 他の誰かが直感だけで避けようと思ったら、うまくいってもきっと数秒が限度だろう。

 だけど、それを完璧にやってのけるのが今代の博麗の巫女、博麗霊夢なのだ!

 

 強く、なった。

 本当に強くなったわ、霊夢。

 もうワシが言うことは何もないぞい、免許皆伝じゃ。

 

 とか、言うとでも思うてかーーー!!

 

「甘いっ!!」

「くっ……」

 

 追加で死角から飛んできたナイフを、霊夢は間一髪でのけ反ってかわす。

 それも正直言うと、人間技じゃない。

 普通に弾幕を避けるための力だけなら、今や霊夢は私よりもずっと上なんだろう。

 だけど見た感じ、まだ身体の反応が直感についていけてない。

 わかってはいるけど体がうまく動いていない、そんな感じだ。

 

「っ……スペルカード、ブレイクね!」

 

 私の一枚目のスペルが、全て避けられた。

 だけど、これじゃ足りない。

 お嬢様の弾幕の速度と密度は、こんなものじゃない。

 お嬢様に勝つことを目標とするのなら、これを避けきれたからといって別に褒められたものではない。

 むしろこのレベルで被弾してしまうようなら、まだお嬢様と戦うには値しないわ!

 

「では、これならどうでしょうか。奇術『ミスディレクション』」

 

 だから、次はまた趣向の違う弾幕。

 霊夢はまだ、私の力の全てを知らない。

 このスペルは、ただ時間を止めてナイフを放つだけの弾幕じゃない。

 時間と空間の両方を歪ませて私の居場所の座標を変化させ、相手の方向感覚を狂わせる。

 恐らくこれは、霊夢にとって初めての感覚のはず。

 だけど、見たことのない弾幕に対応できないようじゃ、お嬢様にはとても勝てないからね。

 少し厳しいかもしれないけど、これも愛のムチよ。霊夢ならきっと……

 

「ほい。はいよっと。ちょっと咲夜、手加減してんの? いきなり楽になったんだけど」

 

 ……あれ?

 うそーん、これはこれでけっこう難しいはずなのに。

 霊夢は全く焦る様子もなく微妙に開いた隙間をすいすいと潜り抜けていく。

 方向感覚の変化に、むしろ私の弾幕が変化する前くらいから準備してるようにも見える。

 ……よくよく考えたら、相手の感覚に訴えるような弾幕は霊夢の直感との相性最悪よね。

 でも、霊夢の前では長い間出し惜しみしてきた技なのに、こうも簡単に破られるとちょっと納得いかない。

 

「スペルカードブレイクね。何よ咲夜、もしかしてその程度だったの?」

「そうですね、私の能力ももうネタ切れです」

 

 納得いかない、というよりぶっちゃけ霊夢のドヤ顔がムカつくから。

 

「ですから、ここからは純粋な弾幕勝負でお相手しましょうか」

 

 ちょっと大人げないけど、私も本気出すわ。

 私の持ち味が時間停止からの奇襲だけだと思ってる霊夢に、現実の厳しさってものを教えてあげないと。

 

「スペルカード宣言――奇術『エターナルミーク』」

 

 視覚的にも感覚的にも、ただまっすぐ飛ばすだけの弾幕。

 ただし、一つだけ違うのはスピード。

 飛ばした弾幕の速度を速め、3倍速で乱打するだけ。

 

「何よ普通の……って、いやあああああああ何これっ!?」

 

 だけど、何だかんだ言っていろいろ捻った弾幕を飛ばすより、これが一番キツいのだ。

 直感だけで「避ける」弾幕じゃない、制限時間までひたすら動き続けて「当たらないように」し続けなきゃいけない弾幕を攻略できるかは、純粋な経験値がものをいう。

 霊夢も頑張ってるけど、被弾するのは時間の問題だろう。

 ちょっと弾速の遅いマシンガンの乱射を避けてるようなものだからね、普通なら数秒もたずに蜂の巣になる私の必殺技だし。

 なのに……

 

「……は、はは。私も、歳なのかしら」

 

 いや、私もまだピチピチの13歳くらいなんだけどね。

 だけど、それでもそんなおばさんみたいな感想を持ってしまうのも無理はないと思う。

 

「っ、なんの、これしきっ!!」

 

 ちょっと前まですぐボロボロになっていた子が、こんなにも早く成長していく。

 しかも、修行の成果だけじゃない、今この瞬間にもどんどん動きがよくなっていく。

 自分を超える才能が開花していく瞬間、それに立ち会う愉悦を私はこの若さで味わっている。

 きっと誰かの師というのは、この瞬間を楽しみにして生きてるんだろう。

 今の霊夢は私のおかげで強くなった、いわば私が師匠みたいなものなのだ。

 そう思うと、妖怪の賢者やら先代巫女の楽しみを全部横取りしたみたいな気分になる。

 気付いたらぽっと出の子供に霊夢の師としての喜びを奪われていたと、奴らの悔しがる顔を想像しただけで……ヤバい、超楽しくなってきた。

 

「ス、スペルカード、ブレイクよ!!」

「ふふっ、そうですね」

「……なんで、そんな嬉しそうなのよ」

「いえいえ、そんなことありませんよ。あー悔しいですねえ」

 

 結局霊夢には私のスペルを3枚とも取得されてしまった訳だけど悔しくはない、むしろその成長が嬉しいくらいだ。

 でも、まだまだ霊夢は卵みたいなもの、いえ、やっと孵って雛鳥になったところかしらね。

 だから、私はその成長をこれからも引き続き見守っていきたい。

 

「じゃあ、次は私の番ね」

 

 次は霊夢のスペルカードが3連、これを全て避け切らなきゃ私の負け。

 ここで被弾して霊夢を先に進ませるのは簡単だ。

 だけど、それじゃ霊夢のためにはならない。

 お嬢様の相手を務めるのなら……いや、これから博麗の巫女として幻想郷を背負っていくのなら、本気の私くらい乗り越えていかなきゃダメでしょ。

 だからこそ私も手加減なし、全力でぶつかっていくわ!

 

 

 



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第71話 : おおむね予想通り


 いやもう、度々長期休載してしまいすみません。
 この先の展開がちょっと迷走気味になってたので、しばらくこの小説から距離を置いて書き直してました。


 今回は霊夢視点です。




 

 

 

 ……やった?

 咲夜のスペルを、全部攻略できた?

 くぅぅぅぅ、ぃよっしゃああああああっ!

 頑張ったわ私、あの苦難の修行の日々を超えて、本当にやり遂げたのよ!!

 半年前、まぁ実際には数時間前なんだろうけど、その頃には一枚も取得できなかった咲夜のスペル。

 それを、なんか本気っぽいヤツまで全部取得できるなんて……まぁ、正直言うと予想はしていた。

 だってもうこの半年くらい咲夜とばっかり勝負してるんだもの、咲夜の癖とかはほぼ見切ったと言っても過言ではないのだ。

 

 母さんや紫クラスが相手だと感覚だけで攻略するのはキツいけど、私の能力があればたいていの相手の動きなんかはしばらくすれば慣れる。

 咲夜もまだ若いのか、独特のリズムがあるというか荒っぽい部分も多いのよね。まぁ、そんな熟練の猛者と比べるのも可哀想だとは思うけど。

 だからごめん咲夜、たとえ新しいスペルでもあんた自身の癖が変わる訳じゃないから、なんとなくで弾道とか割と読めちゃうのよ。

 というのを伝えるのは流石にかわいそうなので、そっと胸に閉じ込めておくことにした。

 

「じゃあ、次は私の番ね」

 

 という訳だけど、さて次をどうするべきかしらね。

 ここで天狗になっちゃいけない、まずは冷静に状況を分析しましょうか。

 私と咲夜のレベルの差、ここはまだそれなりに離れてると考えていい。

 私が咲夜を超えたって訳じゃなくて、単純に私の能力の前に咲夜が晒され続けたせいで、咲夜の弱点が私に丸裸状態なだけなのだ。

 咲夜の弾幕の癖をわかってるから避けやすいし、咲夜自身の動きのリズムを考慮して弾幕も撃てる。

 例えるなら、今の私はレベル50の水タイプ、咲夜はレベル60の炎タイプって感じで言えばわかりやすいかしら。

 ぶっちゃけ言うと、完全攻略できたのはこの半年で築き上げた相性のおかげなのだ。

 だから、今なら私が一人で美鈴と戦って勝てるかと言えば、それはまた別の話になってくる。

 ましてや、咲夜の次に勝負するのは、別に相性がいい訳でもないラスボス級の吸血鬼だ。

 このまま咲夜の弱点を見極めて勝てばいいって訳じゃない、今のうちに少しでも私自身のレベルを上げなきゃとてもレミリアには勝てないだろうから。

 

「スペルカード宣言、夢符『封魔陣』!」

「……これは」

 

 だから、今から撃つのは咲夜に勝つための、咲夜に有効な弾幕じゃない。

 封魔陣の形をあえて十字架型にクロスさせて囲い込む、レミリアの注意を引くための対吸血鬼用の特性弾幕。

 レミリアを相手にしたつもりで、最後の予行練習を……

 

「……スペルカード・ブレイクね」

「くっ、だったら今度はこれよ! 霊符『夢想封」

「スペルカード・ブレイクね」

「くぅっ!!」

 

 ううぅ、まただ、また私のスペルが簡単に破られた。

 確かにこれが咲夜に有効な弾幕じゃないのはわかってたけど、こうもあっさり破られると納得いかないものがある。

 何なの? 私と咲夜ってまだこんなに差があったの?

 特にアレ、夢想封印が破られた時の、あの、何というか、えっと……

 

 ……って、あれ?

 私どうやって、というかいつの間に負けたんだっけ?

 いやいやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って一旦落ち着こう。

 咲夜に私のスペルを既に2枚取得されて追い詰められてる訳なんだけど、何かどうもモヤモヤが晴れない。

 と、とりあえずありのまま今起こったことを話すわ。

 私はついさっき咲夜に封魔陣と夢想封印を撃ち始めたと思ったんだけど、気付いた瞬間には全弾避けられていた。

 何言ってるかわかんないと思うけど、ぶっちゃけ私も自分が何言ってるかわかんなくなってきた。

 催眠術とか超スピードとかそんなチャチなもんじゃない、もっと恐ろしい何かを……ってかこれ、もしかして普通に時間早められただけなんじゃないの!?

 

「ちょっ、待って咲夜! こんなの卑怯…」

「卑怯? 何のことでしょうか?」

「え?」

 

 でも、ツッコミを入れようとした私に返ってきた声は、今までとは違った。

 微笑を浮かべて冗談っぽくとぼけているその感じは、他の人だったらいつも通りの咲夜の対応に思えるのかもしれない。

 だけど、最近ずっと咲夜と一緒にいた私だからこそわかることがある。

 今の咲夜の声はいつもとは違ってて、心なしか冷たく感じた。

 

「私は貴方の弾幕を避け切ってスペルを取得したし、貴方はそれを受け入れた。スペルカードルールでの勝負なら、それが全てでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「だったら、次が最後の弾幕ですね。早くしてくれませんか?」

 

 ……なんかわかんないけど、咲夜さんだいぶ怒ってるっぽい。

 いや、多分だけど私が咲夜に対して有効な弾幕じゃなくて、レミリア用の弾幕を使ったことに怒ってるんだろうとは思う。

 咲夜が言いたいのは恐らくこうだ。今の私の相手はレミリアじゃなくて咲夜なんだから、ちゃんと咲夜との勝負に集中しろ、と。

 でも、「ちゃんと私のことだけを見てよっ!」って感じで拗ねてるフィルター越しに見たら、何か咲夜がただのツンデレに見えてきた。

 

「ったく、わかったわよ。そしたら、しょうがないから次ので決めるわ! 境界『二重――」

 

 だけど、そう宣言しかけて、私は止めた。

 だって今の咲夜の目は、どこかあの時の美鈴を思い出させるような……いえ、それ以上に名状しがたい異質さを感じさせたから。

 とにかく、咲夜の真意を掴めてないまま続けてもさっきの二の舞になるだろうことはわかった。

 

「……やっぱり、予定変更ね」

「え?」

 

 さっきまでの取り繕っていた咲夜の口調は、いつの間にか元に戻っている。

 何か、空気が重々しい。

 咲夜相手になら勝つにしろ負けるにしろ、普通に勝負して終わりにできるかと思ってたけどそうはいかないみたいね。

 

「ねえ霊夢。私ね、貴方と私って実は似た者同士なんじゃないかって思ってたの」

「そうね。私も割と気が合いそうだと思ってたんだけど」

 

 それは多分、性格的なものもじゃないかと。

 なんとなく、咲夜も脳内じゃ私と同じようなこと考えてそうな気が……ってのは流石にないとは思うけど。

 

「だけどね。霊夢と私には、真剣勝負の場においては致命的な差があるわ」

「何よ」

 

 いやそんなの、ぶっちゃけ探せばいくらでもありそうな気がするわよ、例えば足の長さとか……それが真っ先に思い浮かんで何かすごく空しくなった。

 って感じで適当に考えていた私だったけど、次の瞬間にはそんな緩い気持ちは一気に弾け飛んでいた。

 

「――さあね。それは、これから自分で確かめてみなさい」

 

 ……ヤバい。冗談とか通じないガチのやつだ、これ。

 咲夜の目つきが今までと違う。

 今の咲夜から感じるのは、本当に人も殺しかねないような、そんな空気だ。

 

「霊夢には今までにあったかしら。本気で生死を懸けた殺し合いをしたことが」

「それは……」

 

 なくは、ない。

 風見幽香に蹂躙された時、母さんと本気で勝負した時、そして美鈴との死闘。

 それは確かに下手をすれば死んでいたかもしれないけど、咲夜が言いたいのは多分そういうことじゃない。

 本当に自分一人の力で潜り抜ける、死線。

 私は今まで、何だかんだでいつも誰かに助けられてきたのだ。

 本当に危ない時は母さんや紫や、きっと誰かが助けてくれるって、私の中にはそんな甘えがあるのかもしれない。

 

「まぁ、霊夢みたいなのは一度くらい本当に何かを失ってみれば、覚醒するのかもしれないわね」

「……どういう意味よ」

「そうね、じゃあこうしましょうか。貴方に残されたあと一枚のスペル、それで勝負を決められなければこの霧をもっと強力なものにするわ。例の妖精には、このまま消滅してもらうことにしましょうか」

「っ!?」

 

 例の妖精って……まさかチルノのこと?

 ちょ、ちょっと待ってよ!? そんなこといきなり言われても…

 

「待って、チルノは関係ないでしょ! どうして…」

「だったら、何が何でも勝ちなさい」

「え?」

「それが、真剣勝負で敗れるということよ。負けても次があるなんて甘えたことを言ってるようなら、貴方は博麗の巫女になんてなるべきじゃなかった」

 

 ……咲夜は本気だ。

 もしここで私が負ければ、本当にそれで全て終わりになってしまうのかもしれない。

 

「……わかったわよ。そこまで言われちゃ、私も本気でやるしかないわね」

 

 私は周囲の空間に全神経を集中し溶け込ませていく。

 今や私の能力は空間を把握して避けるためだけのものではない、視界に頼らず自分の弾幕の流れを完全制御することにも使える。

 ……まぁ、この使い方はまだ試験段階で、本当は対レミリア用の未完成の切り札だったんだけどね。

 だけど、出し惜しみは無しだ。

 咲夜はきっと無駄なことはしない、こんなことをするには何か意味があるはずなんだ。

 だから、私もお遊びタイムはここまでにしよう。

 私と咲夜の差。咲夜の真意に気づけた時、私はきっとまた次のステップに進める、そんな気がするから。

 

 

 

 



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第72話 : 全力少女



 今回は咲夜視点です。




 

 

 

 話をしよう。

 あれは36万……いや、3年前だったか――え? シリアスどこいったって? 訳のわからないこと言って話の腰折らないでもらえません?

 まぁ、でも私からはとりあえず一言。計画通りとだけ言っておくわ。

 

 さてと、なんかいきなり霊夢に怒ってるシリアス風の空気を作ってしまった訳だけど、別に私は怒ってる訳ではない。

 お嬢様用の弾幕の練習ってのも、それはそれで一つの手段として必要なことだとは思うし。

 でも、私のスペルを全部取得して調子に乗ったからかは知らないけど、霊夢は何か今一つ集中しきれてないように見えたのよね。

 そこで、とりあえずそれっぽい雰囲気を出して霊夢を本気にさせよう大作戦を実行した訳だ。

 

 では、どうしていきなりそんなことをしたかといえば、話は本当に3年前にさかのぼる――――

 

 

「スペルカード宣言、大結界『博麗弾幕結界』!!」

 

 

 ――あ、違う違う、まだ3年前の回想してる訳じゃないわよ、これは霊夢が使ってきた弾幕……うわっ。何このスペル聞いたことないヤツだし。

 どうやら霊夢は、私が過去編の回想に入ることを許してはくれないらしい。

 まぁ、今の霊夢は私と違って真面目に本気モードなんだろうし当たり前だけどね。

 という訳で前回の問いの答え。勝負の場における霊夢と私の致命的な差は――真面目シリアスパートの有無でしたー。

 ……という冗談は、その辺にしといて。

 

 私を取り囲む二つの結界。その内外を、若干リズムにズレのある弾幕が乱舞している。

 二重弾幕結界の強化版ってところかしら。これが恐らくは、霊夢が本来であればお嬢様との最終決戦のために温存していた切り札なのだろう。

 こんなの普通の人間が操れるレベルの結界じゃないわね、空間の支配力がある意味神の域に達してるし。

 なるほど、これはお嬢様といえど全て避け切るのは容易ではない、確かに切り札になり得るものかもしれないわ。

 ならば、お嬢様ほどの瞬発力も経験も体力もない私には、余裕なんてあるはずがない。

 ……そう。普通にやればの話だけどね。

 

「――甘いわ」

 

 ぶっちゃけ、言おう。

 スペルカードルールの避ける側だったら、短期戦なら本気を出せば私は誰にも負ける気がしない。

 どんなに複雑な弾幕が迫ったところで、時間の流れを遅くすれば私にはほぼ全て止まって見えるのだから、それを避けるのが容易であることなど自明の理だろう。

 お嬢様の弾幕でさえも、時間操作の力を持続できる間なら苦も無く避けられてしまう。

 まぁ、この前は先代巫女とかいうバグキャラレベルの相手がいたせいで不覚をとったんだけど、このルールに則るのなら私はそいつにも負ける気はしない。

 今も目の前に広がっているのはきっと高難度の弾幕なんだろうけど、時間操作のおかげでこうやっていろいろ考える余裕があるのだ。

 

 それでも私は、もう少ししたら能力を解こうと思っている。

 時間操作をすれば特に問題なく勝てるけど、あえて能力をフルでは使わない。

 それではつまらない……いや、私がここにいる意味がないからだ。

 

 

 さっきから度々話が脱線して申し訳なかったけど、今度こそちょっとだけ真面目な話をしようと思う。

 

 実は私は、自分がどうやって生まれたのかも知らない。

 ただ、気付くと時間を操る力を持っていて、気付くとそれを使って暗殺業を営んでいた。

 殺す相手の情報を把握し、時間を止めてターゲットの心臓を一突き。それだけで全てが終わり報酬を得る。

 そんな最低の生き方をしてきた私だけど、当時の私はちょっとしたダークヒーローの気分だった。

 殺していい相手は悪人だけ。そんなルールを決めて悪を排除していくことで、自分が実は正義なのだと思い込んできたのだ。

 

 ある日、私は少し変わった依頼を受けた。

 ターゲットは人間ではない。幻想世界に落ち延びた吸血鬼を探し出して殺し、その死体を持ち帰るという任務だ。

 報酬は高額だった。

 どうやら、どこぞの金持ちが不老不死の研究目的で資金援助しているとか。

 私はその依頼を受けた。

 吸血鬼とは即ち悪なのだという勝手な倫理だけに従って、私はその暗殺を引き受けた。

 

 その標的こそが、吸血鬼レミリア・スカーレット。私とお嬢様が出会うきっかけとなった任務だった。

 

 あの日、吸血鬼狩りに出向いた私はなぜか苦もなく幻想入りし、紅魔館の内部へと辿り着いていた。

 今や私の悩みの種となっている美鈴の居眠り癖だけど、本心では美鈴にそんな癖があって本当によかったと思っている。

 だって、もしもあの日美鈴が真面目に門番をやってたら、少なくとも私か美鈴のどちらかは死んでいただろうから。

 

 そして、私はお嬢様の部屋まで辿り着き――いつの間にか、敗れていた。

 お嬢様の気配に気づく前に、私は死角から現れたお嬢様に打ち伏せられていたのだ。

 時間操作前に既に触れられていたため、私には時間停止ができなかった。

 どうしてあの時のお嬢様が私の存在に気付けたのかは、今でもわからない。

 だけど、その理由を確認する気にはならなかった。

 正直言うと、そんなことは当時の私にはどうでもよかったのだ。

 

  ――殺せ。何故、私を生かす。

 

 私は確か、お嬢様に向かってそんなことを言っていたと思う。

 あの頃の私は、その任務を受けるだいぶ前から心のどこかで疑っていたのだ。

 今まで私が殺してきた相手の中に、依頼人と私の都合のいいように解釈されただけで、悪ではない人がどれだけいたのかと。

 そして、本当はこの吸血鬼も、悪ではないのではないかと。

 そう考えたら、私は自分の存在意義がわからなくなっていた。

 私は結局、金のために殺しを請け負ってるだけのただの殺人鬼なのだと自覚し始めた頃から、自分が一体何のために生きているかもわからなくなっていて。

 私はきっと、ここに来るずっと前から、どこかで死に場所を求めていたんだと思う。

 

  ――さあ、なんでだろうな。私にもわからないよ。ただ――

 

 だけど、お嬢様は私を殺してはくれなかった。

 あろうことか私から手を放して、じっと私の目を見ていた。

 その瞬間に時間停止をすれば、私はきっと状況を逆転させてお嬢様を殺せただろう。

 でも、私にはできなかった。

 その瞬間に初めて、お嬢様の顔をはっきりと見てしまったから。

 吸い込まれてしまいそうなほどに奥深くまで真っ暗に閉ざされたお嬢様の瞳に、目を奪われて。

 その時に言われたことは、今でも忘れられない。

 

  ――お前はまだ、笑えるだろう?

 

 その一言が、私の人生を変えた。

 私がまだ、笑えるのだと。

 こんな無意味に人を殺し続けてきただけの私が、笑って生きていいのだと、初めてそう言ってくれる人がいたから。

 

 その日以来、私は決めたのだ。

 今までの罪の分だけ、私は笑っていようと。

 もう笑えなくなってしまった人の分まで笑って、生きる意味を見つけようと。

 それがひどく自分勝手なことだというのはわかっている。

 だけど、こんな私を許してほしい。

 死に場所さえ求めてたはずの私も、今は生きていたいのだ。

 

 私はきっと、死ぬ瞬間までずっと道化でいるのだろう。

 私に生きる意味をくれたお嬢様が笑ってくれる日まで、私はお嬢様の代わりに絶えず笑っているのだ。

 それが今の、私が生きる理由。

 だけど、もしも私が生きている内にお嬢様が笑ってくれたのなら、私は一体どうするのか。

 そんなことはもう、決まっている。

 隣で一緒に笑うのだ。

 私はお嬢様のために生きているのではない。私がそうしたいから、お嬢様の隣で笑っているために生きているのだから。

 それだけはもう、譲れない。

 たとえ誰が泣き叫ぼうとも、何を失おうとも、それでも私だけは笑顔を崩さない。

 私はただ、日々の時間を全て心から笑っていられるように全力で生き抜くと、そう決めたのだから。

 

 

 そして、だからこそ私は、霊夢のことも真っすぐに受け止めたい。

 私が霊夢の弾幕を避けられるのか避けられないのかなんて、正直どうでもいいのだ。

 ただ、せっかくだから、私は本気で霊夢とぶつかり合えるこの瞬間を楽しみたい。

 中途半端に終わらせるのではなく、全力を出し切った勝負の果てに本気で笑ってやりたいのだ。

 私が勝ったら、「修行が足りないわね、霊夢」って嘲笑って。

 私が負けたら、「見事な弾幕ね、霊夢」って微笑んで。

 私の行動に深い意味なんていらない、ただそれだけでいい。

 それが、今の私の生き方なのだから。

 そんな自分を、今の私は誇らしく思うことができるから。

 

「その程度じゃないでしょ、霊夢。見せてみなさい、貴方の本気を――」

 

 だからこそ私は今、能力を解く。

 勝ち負けを度外視して弾幕ごっこという遊びに、霊夢の生み出した最高の弾幕に正面から立ち向かっていくのだ。

 

 

 

 



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第73話 : おおむね予想通り②



 今回は霊夢視点です。



 

 

 

 意識が飛びかけていた。

 この『博麗弾幕結界』は、今の私が自分の力だけで制御し得る最強の弾幕。

 二つの結界の維持、そしてその中に二つの異なるリズムの弾幕を同時に展開するこのスペルは、今の私じゃ完全には制御しきれない。

 

「……っ」

 

 めまいがして弾幕のタイミングが少しズレただろうけど、そんなのは気にしない。

 正直言うと、咲夜に向かって弾幕が正しく飛んでいるかもわからないし、咲夜に当たったかを判別する余裕もないのだ。

 私の情報処理能力が魔理沙みたいにもっと高ければ、もう少し何とかなったのだろう。

 だけど、ないものをねだっても仕方がない。

 

「ぃっけええええええええっ!!」

 

 私は最後に、気合で力いっぱい叫んで撃ち切った。

 もう、やれることは全てやったのだ。

 

 あとは、既に制限時間に達してしまったこの弾幕が、咲夜にたった一発でも当たっていたかだ。

 

「はっ、はっ……」

 

 次第に土煙が晴れていく。

 粉砕したはずの辺りの床も壁も既に元通りになっていた。

 これもきっと、土煙の向こうで何事もなかったかのように立っている咲夜の、能力の一端なのだろう。

 

「……届かなかった、か」

 

 意識が朦朧として思考も定まらないけど、一つだけわかった。

 なりふり構わず全力で挑んで、私は結局レミリアどころか咲夜にも届かなかった。

 私は結局、何も救えなかったんだと。

 もうこれ以上私には何もできない、なんて、そんな……甘ったれたことを、言ってる場合かあああああああっ!!

 

「それじゃ、これで引き分けね」

「……」

「私もあんたも、お互いのスペルを全部避け切った。引き分けなんてあり得ない、だから延長戦よ!!」

 

 確かに私の弾幕は咲夜に当たらなかったのかもしれない。

 けど、私が咲夜の弾幕を避け切ったのもまた事実なのだ。

 だから、私はまだ負けてない。

 最後の弾幕を当てられなかったら霧を強めるだとか、そんな口約束なんて無効よ無効!

 

「……私はもういいわ」

「はあ? 何を眠たいこと言ってんのよ、それとも何? 私に恐れをなして逃げ出すつもり?」

「霊夢がそう思うのなら別にそれでいいわ。好きにしなさい」

「え?」

「霧をどうするかなんて、最終的には私じゃなくてお嬢様が決めることよ。今の霊夢の実力でお嬢様に勝てると思うのなら進めばいい、私はもう止めないわ」

 

 自分との勝負にも勝てないくせにレミリアと勝負ができると思うのかと。

 そんなことの判断もできないのかと、私は咲夜に見下されてるのだろう。

 だけど生憎だったわね、咲夜。

 

「あっそ。それならありがたく、不戦勝ってことで進ませてもらうわ」

 

 それだけ言い残し、私は咲夜に背を向けて飛び立った。

 今の私は、プライドとかはもうどうでもいいのだ。

 チルノを助けるためにも、何があっても絶対に諦めないと決めているから。

 こんな私を見限るというのなら、勝手にすればいい。

 レミリアに勝てばそれで解決だというのなら、たとえどれだけカッコ悪くても私はレミリアのもとに向かうわ。

 

「霊夢」

 

 遥か後方から、私を呼び止める声が聞こえた。

 だけど、私は振り返らなかった。

 前に進むと決めたんだから。

 ま、どうしても私に話があるのなら、レミリアを倒した後にいくらでも聞いてあげるわ。

 

「見事な弾幕だったわ」

 

 でも、咲夜がなんて言ったのかは遠くてはっきりとは聞こえなかったけど、ちょっとだけいつも通りの声色だった気がする。

 その声を聞いて、私も自然と笑みがこぼれた。

 よかった。

 さっきみたいな冷たい空気はもう感じない。

 咲夜とはまた、この異変の後もきっと仲良くできそうだと、なぜだかそう思えた。

 そして私は、心の底から湧き上がってきた気持ちを、自然と呟いていた。

 

「……何よ、結局ただのツンデレじゃないの」

 

 それが咲夜に聞こえていたのかはわからない。

 ただ、なぜか急に空間が歪んで道のりが険しくなったような気がする廊下を、私はひたすらに進み続けるのだった。

 

 

 



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第74話 : 待ちきれない瞬間



今回は魔理沙視点です。




 

 

 

 私はパチュリーに紅魔館の廊下を連れまわされて、とある一室の前に立っている。

 一見なんの変哲もない部屋の扉は、押しても引いてもビクともしない。

 

「……なにがあるんだよ、ここに」

「詳細は後で教えるわ。だから今は集中しといて」

 

 どうやらパチュリーの目的は、この部屋を開けることだったらしい。

 何でも、咲夜がこの部屋の時間を止めているらしく、鍵を使っても決して開けられないという。

 そこで咲夜の時間結界を出し抜くために、パチュリーは紅魔館の中から、小悪魔は今は紅魔館の外から咲夜の力に干渉しているらしく、咲夜の能力が弱まったところを力ずくで打ち抜くことでドアを破ろうって作戦みたいだ。

 この作戦の片棒を担がせることも、パチュリーが私を育てた理由の一つっぽい。

 

「こんな大事な役目、私じゃなくて美鈴かアリスに頼めばよかったじゃねーか」

「美鈴と私も目的は別なの。それに、アリスはいつの間にかいなかったのよ、魔理沙を育ててくれたら協力するとか言ってたくせに」

「それは、何か……ごめん」

 

 アリスはその約束を守らずに、いつの間にか消えてた訳だ。

 まぁ、師匠の不始末は弟子の責任だ、アリスに代わって私がパチュリーをサポートしてやらないと。

 っていうか、実際にパチュリーにいろいろ教えてもらって助かってるのは私なんだから、普通は私が手伝うのが筋だろうしな。

 

「でもさ、何してるのかちょっとくらい事前に説明してくれてもいいじゃねーか。パチュリーの本当の目的は一体、なんなんだよ」

「それは……」

「お嬢様を助けたいんですよね、パチュリー様は」

 

 どこからともなく、外にいるはずの小悪魔の声が聞こえてくる。

 なんて便利な魔法だ。悪戯とかにむっちゃ使いやすそうだし、今度私にも教えてくれないかな。

 

「お嬢様ってのは、ここの吸血鬼のことだよな」

「……そうね。私の目的は、レミィ……この館の主、レミリア・スカーレットを救うことよ」

「それが、よくわからないんだよ。お前らは一体何からレミリアを守ろうとしてんだ?」

 

 少なくとも私には、進んでレミリアを脅かそうとする奴がいるとは思えない。

 幻想郷の王とまで呼ばれた吸血鬼、それと敵対するメリットは果たしてそのリスクに見合うのか。

 

「……そしたら、とりあえず順を追って話すわ。まず、レミィの目的が、異変を自分の敗北という形で無事に終結させることってところまでは大丈夫?」

「ああ。そんで、紅魔館が幻想郷に溶け込めるようにってやつだろ?」

「ええ。今の紅魔館は幻想郷でほぼ孤立状態、それを解消するきっかけがほしいのよ。多分、私たちのためにね」

 

 まぁ、吸血鬼とその配下って言われたら、誰だって警戒以上の感情なんて抱かないわな。

 吸血鬼なんて普通のイメージじゃ、全てを暴力で解決する暴君でしかないからな。

 だからこそ、新たなルールに積極的に従う理性的な側面を見せつつ自分が泥をかぶり博麗の巫女に負けることで、パチュリーたちが吸血鬼の支配から抜け出して幻想郷の一員となったように見せていこうということらしい。

 ……マジで理想的な上司ってヤツじゃねーか、カリスマの塊だろそいつ。

 

「で、咲夜はレミィの言いなりね。私や美鈴を含めた全てからレミィを守る、忠実な従者よ」

「はあ? なんだよ、お前らレミリアの敵なのかよ」

「意見が分かれることと敵であることとは、別に一致することでも何でもないわ」

 

 要するに、パチュリーや美鈴はレミリアを守るために、それでもレミリアと意見の食い違いがあると。

 んで、咲夜だけは完全にレミリアの側についてると、そういうことか。

 

「でね、美鈴の敵は八雲紫と藤原妹紅。レミィの抱える心的外傷を抉ろうとした2人とその関係者から、レミィを遠ざけようとしてるの」

 

 藤原妹紅? ……あの妹紅のことだよな、それって。

 っていうか何だよ、あいつらレミリアの心的外傷を抉るとか、そんなえげつないことしてたのかよ。

 そりゃ美鈴に拒絶されんもの無理ないか。

 

「でもよ、そんなん霊夢は関係ないだろ。どうしてあそこまで…」

「美鈴は美鈴で、いろいろ難しいのよ。レミィとの関係も、私や咲夜とはちょっと事情も違うし」

 

 ……まぁ、確かに美鈴の事情なんて私たちが簡単に踏み入っていいことでもなさそうだしな。

 私も大してよく知りもしない奴に自分の大事なもんを土足で踏み荒らされたら怒ると思うし。

 

「なるほどね、なんとなくだけどあいつらの目的はわかったよ。んで結局、そんならパチュリーと小悪魔は一体何と戦おうとしてんだ?」

「……それは、わからないわ。でも、レミィを苦しめる何かがこの館に……この先にいるはずなのよ」

 

 ……待てよ、それってまさか、アレか?

 ガイドブックの最後に載ってた、

 

「もう一人の、禁忌の吸血鬼ってヤツか」

「っ!! どうして、それを…」

「いやなんかさ、実はこういうのをもらっててな」

 

 私がガイドブックを渡すと、パチュリーはそれをひったくるように取ってめくっていく。

 パチュリーの顔色が変わっていた。

 ……そりゃそうだろうな、自分たちのことがこんな風に既に伝えられてたなんて普通は考えねーだろうし。

 それに、「まるわかり! 異変ガイドブック」……とか、題名の時点でこいつらにとったらふざけてるようにしか見えないもんな。

 

「そう。これはまた随分と、ナメた真似してくれるわね」

「それについては私から謝る、すまなかった」

「……どうして、貴方が謝るの?」

「いや、多分これはあいつらなりの、霊夢や私にくれた愛情みたいなもんだと思ってるからさ。私がそれを自分のものとして話すのは当然のことだろ」

 

 だけど、私や霊夢にとって大事なもんなのは間違いない。

 正直、このガイドブックがなかったら私がここまで来れたかは怪しいんだ。

 アリスだけじゃない、なんだかんだ言って紫たちがこうやって私たちのためにいろいろしてくれてるからこそ、今の私たちがあるんだよな。

 

「……そう。まぁ貴方に当たってもしょうがないことよね、ごめんなさい魔理沙」

「え、いや、なんでパチュリーが謝るんだよ!?」

「だから、それもお互い様でしょ」

「あ」

「何?」

 

 少しだけ微笑を浮かべるパチュリー。

 

「ははっ。やっと、笑ってくれたな」

「何よ? 私そんなに不愛想だった?」

「いや、ただ今日はちょっと表情が硬いと思ってな。そうやっていつも笑ってた方が可愛いと思うぜ」

「……ガキんちょが、調子に乗んじゃないわよ」

「あたっ!?」

 

 おぉ痛、くもねーな。

 アリスの殺人デコピンくらってばっかだったから、だいぶ石頭になってきたか。

 まぁ、パチュリーのツッコミが優しいだけなのかもしれないけど。

 

「話が逸れたわね。とにかく、この前の八雲紫たちの襲来で、紅魔館の地下にそいつがいることが初めてわかったの」

「初めて? なんだよ、ずっといた訳じゃないのか」

「ずっと、いたのかもしれないわ。でも、私が紅魔館に来て百年近く、そんなのがいるなんて話は一度も聞かされてなかったわ」

 

 何だそれ、つまりそいつは百年近くも引き篭ってたってことか?

 もしくは何かしらの形で、封印されてたとか。

 

「でもよ、百年も害がなかったのならもう放っときゃいいじゃねーか。今さらわざわざ会いに行く必要なんてあるのか?」

「……あるわ。それが、私が今まで紅魔館にいた本当の理由なんだから」

「え?」

 

 紅魔館にいた理由?

 あまりに自然に図書館の管理とかしてるから普通に住んでるのかと思ってたんだけど、違うのか。

 

「貴方は会ったことないのよね、レミィに」

「そうだな。そのガイドブックに書いてある情報くらいしか知らねーな」

「だったら、先に会っといた方がよかったかもね。多分、違和感を感じるだろうから」

「違和感?」

「……感情がないのよ、レミィには」

 

 感情がない?

 吸血鬼ってすごい高笑いしてたりするイメージがあるんだが、そういうのがないってことか?

 

「実際、私はレミィと初めて会ってから百年近くになるけど、レミィが怒ってる顔も悲しんでる顔も、笑った顔すらも見たことがなかったわ」

「……何だよ、それ」

 

 100年も笑ったことがない?

 なんだそいつ本当に生きてんのかよ、藍ですら顔に出さないだけで割と感情豊かなのに。

 ってかそれって生きてて楽しいのか、想像できないしよくわかんないんだが。

 

「でもね。私はこの前、この先の地下室で初めて見たのよ。八雲紫と藤原妹紅に追い詰められた、レミィの涙を」

「え?」

「最初は私も美鈴と同じように、八雲紫たちに怒りが湧いたわ。でも……これは、転機なんじゃないかとも思ったわ」

「転機?」

「ええ。あの地下室で、あの部屋の奥にいる誰かを前にして初めてレミィは感情を露わにした。だから、私は思ったの。本当はあの奥にいる奴がレミィの心を支配して、レミィを苦しめ続けてるんじゃないかって」

 

 パチュリーの目は、美鈴と同じものを私に感じさせた。

 それは、見てるだけでゾッとする程の敵意だった。

 

「だから、私はこの奥にいる奴をぶん殴ってやろうと思ったの。たとえそれがレミィの意に反することだとしても、関係ない。美鈴みたいにレミィを守ろうとか咲夜みたいにレミィの味方でいようとか、そんな立派な目的なんかじゃない、単に私がムカつくからそうするだけ。これは私の勝手なエゴなのよ」

 

 ……でも、それが違うことだけは、わかった。

 エゴなんかじゃない。きっとパチュリーも美鈴と同じで、本当にレミリアを大切に思ってるのだろう。

 だからこそ、レミリアを傷つける奴は絶対に許せないんだろうと思う。

 

「そんな自分勝手な自己満足が、私の目的よ。それを知っても、貴方は私に協力してくれるかしら」

 

 パチュリーの気持ちは、わかった。

 それに私は……

 

「そんなの、当たり前だろ。私も一緒に、そいつのことぶっ飛ばしてやるよ」

 

 反対する理由なんて、何もなかった。

 私の中に浮かんでいたのは、今は昔の遠い記憶。

 ずっと一人で殻に閉じこもっていた私と、その殻を勝手にぶっ壊して私を救ってくれた霊夢。

 今のパチュリーは、きっとあの時の霊夢と同じで。

 そして、今のレミリアはあの時の私と同じなんだ。

 助けてって思ってるのに自分からは何もできない、だからきっと助けが必要なんだ。

 でも、パチュリーが助けたいのは私みたいなただの駄々っ子じゃない。

 何百年も生きてきた吸血鬼、自分より遥かに格上の相手なんだ。

 だから、いくら手があっても足りないんだろう。

 そんなの、私で役に立てることがあるのなら、喜んで引き受けるに決まってんじゃねーか!!

 

「だから、早くしろよパチュリー。私はもう準備OKだぜ?」

 

 私はもう待ちきれないんだ。

 百年に渡る時を越えて、パチュリーが親友を助け出す瞬間を。

 それを見るためにならどんな苦難が待ってても構わないって思えるくらい、私にとってパチュリーはもう他人じゃないんだ。

 

「……ありがとう、魔理沙」

「おおよ。小悪魔も準備いいか?」

「……」

「小悪魔! 始めるわ、返事しなさい!」

「……パチュリー様、一つ聞いてもいいですか?」

「何よ」

 

 だけど、その返事は弱弱しかった。

 それはとても、いつものおちゃらけた小悪魔の声とは思えなかった。

 

「今日は、半月のはずでしたよね」

「……そうよ? レミィの力も万全ではないけど十分な日よ」

「そうですよね、ちょっと前まで私の目にもそう見えてました。でも、だったら――」

 

 小悪魔の言葉は、遅れて私の脳裏に響いた。

 理解が追いつかなかったから。

 ただ理解の範疇にある何かを超えているような、呆然とした声だけが響き渡っていた。

 

 

「だったらどうして、こんなにもはっきりと満月が見えてるんでしょうか」

 

 

 

 



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第75話 : 安定の小悪魔

 

 

 

 あっけなく扉をぶっ壊した先にあった地下への階段は、寒かった。

 気温的な意味だけじゃなくて、何か寒気のするような雰囲気が漂っている。

 それに、さっき小悪魔から聞いた謎が心に引っかかってるのかもしれない。

 

「……どういうことだよ、今日が満月って」

 

 満月といえばまず狼男と並んで吸血鬼が思い浮かぶくらい、吸血鬼にとって満月は力の源なんだ。

 今から吸血鬼に立ち向かうのなら、今日の月の状態はマジで死活問題になりかねない。

 

「わからないわ。ただ、今はまだ修行前から数時間しか経ってないってのは確実よ」

「つまりは、アレは時間の経過じゃなくて、誰かが恣意的に満月にしたってことかよ」

 

 咲夜が時間操作をミスって半月から満月の状態まで時間が経過したとかの方がまだマシだ。

 月の状態を満月に変えるなんて芸当は紫でも無理だろう、本当に神の仕業レベルの出来事だからな。

 そんな得体の知れない何かが介入してるとしたら……

 

「……ここから先は別に来なくてもいいわ、魔理沙」

「はあ!? ちょっと待てよ、どうして…」

「震えてるわよ、貴方」

「っ!!」

 

 ……そりゃあ、怖いさ。

 なんだかんだ言って私はただの人間だ、今この紅魔館にいる中で一番弱いのが私だってことくらいわかってる。

 それがこれから、紅魔館で一番危険な……いや、もしかしたら幻想郷でも最強クラスの相手をぶん殴りに行こうってんだ。

 確かに私はちょっとビビリかもしれないけど、むしろこれでビビらない方が神経イカレてると思う。

 

「そんな怖がりなアナタに! 本日ご紹介する商品は……こちらあっ痛あああいっ!?」

 

 ……そう、こいつみたいにな。

 懐から勢いよく何かを取り出そうとした小悪魔を、パチュリーがグーで殴ってた。

 最近パチュリーの小悪魔へのツッコミがどんどんキツくなってる気がする。

 パチュリー曰く、アリスが来る前までは小悪魔は流石にここまでウザくはなかったという。

 それが、たった数日でこの有様である。

 小悪魔のことをアリスに任せたのを、今では少し後悔しているとか。

 

「ぅぅぅ……最近ツッコミに愛がないですよパチュリー様ぁ」

「ツッコミに愛なんていらないわ」

「こんなに苦しいのなら悲しいのなら……愛などいらぁぃ痛ああぁぃっ!?」

 

 分厚い本の角で殴られた小悪魔は、うずくまって涙目になりながら今度こそ大人しくなった。

 マジで緊張感ねーのな、こいつ。私と同じくらい弱いくせに。

 まぁ、それもある意味で一種の強さなのかもしれないけど。

 

「……それで、少しは緊張は解けたかしら、魔理沙」

「え?」

「まぁ、あの子もアホだけど何の考えも無しな訳じゃないのよ」

「アホとは何ですかアホとは!?」

 

 アホみたいな小悪魔を見てる内に、いつの間にか私の手の震えは止まってた。

 ……いや、ぶっちゃけまだ恐いんだけどね。

 ただ、何かこいつ見てたら真面目に考えるのも馬鹿らしくなっただけだ。

 

「あの扉よ」

 

 薄暗い廊下の奥に、微かに扉が見えた。

 少し頑丈そうに見えるけど、一見普通の扉だ。

 だけど、開かなくてもそれがとてつもなく危険なものだと、私の本能が警告していた。

 

「……何だよ、あれ」

 

 止まったかと思っていた私の身体の震えは、背筋を凍らせるほどの冷汗へと変貌していた。

 あれはもう、冗談とかで紛らわせるレベルのものじゃない。

 これ以上前に進むことすら躊躇わせるような、そんな得体の知れなさを感じる。

 

「……ありがとうね、魔理沙。やっぱりこの先は私が一人で行くわ」

「えっ!? 私はっ!?」

「貴方は、魔理沙のことを頼んだわ」

「あ……」

 

 また何か言おうとしてた小悪魔だったけど、パチュリーの声は本気だった。

 本当に真面目に、ここから先に冗談は許さないと、背中が語っていた。

 

「なあ、パチュリー。本気で行くのかよ」

 

 正直言うと、私はパチュリーを止めた方がいい気がしていた。

 きっとパチュリーもわかってると思う。

 この先にいるのはきっと、私たちとは別世界の住人であるかのような何か。

 これ以上関われば本当に命が危ないような、そんな雰囲気があるから。

 

「ええ、私は本気よ。だから――」

 

 だけど、パチュリーは止まらなかった。

 ただまっすぐに、前を見据えて。

 

「――そこをどいてくれないかしら、レミィ」

「え?」

 

 そこには、いつの間にか一人の小さな子供が立っていた。

 

 

 

 



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第76話 : 唯一つの願い


今回はパチュリー視点です。



 

 

 

 まだ魔法使いとして駆け出しだった頃の私は、自分の弱さもわからないほど未熟だった。

 ただ自分の使ってみたい魔法のために必要な素材を持っているからという理由なんかで、竜に挑んだ。

 勝てるはずがないのに。

 亜種とはいえ伝説上の種族、鬼以上の力を持つとされる最強クラスの存在なのに。

 

 それでも、そんな無謀な戦いを挑み死にかけていた馬鹿な私を、一人の少女が助けた。

 全身をボロボロにしながらも、私を守りながらたった一人で竜を殺して立っていた。

 私にも竜の死骸にも、そしてこの世界にすら興味を抱いていないような冷たい目をしたまま、何も言わず立ち去ろうとしていた。

 

「……なんで、助けたの?」

「……」

 

 少女は何も答えてくれなかった。

 助けたことに意味などないのだと、そう言われている気がした。

 少女にとっては本当にそれで終わりの、特に意味のないことだったんだろうと思う。

 だけどその時の私は馬鹿で、未熟で、そして図々しかった。

 

「待って、何かお礼をさせて! 私はいずれ世界一の魔法使いになる女よ、貴方の望むことなら何でも叶えてあげるわ!!」

 

 当時の私は、いつか自分が何者にでもなれるのだと思っていた。

 もっと魔法を覚えれば誰に頼らなくても一人で竜に勝てただろうし、持病の喘息だって治せると思っていた。

 だから私は、望みを何でも叶えるだなんて馬鹿なことを、本気で主張していたのだ。

 だけど、その時に返ってきた言葉は、当時の私には予想もしていなかったものだった。

 

「……それなら、貴方がほんの少しでも身の程を知ってくれれば十分よ」

 

 その時の私は、一言で言うとカチンときていた。

 無表情で、なんて癪に障ることを言うんだと。

 なんて冷たい奴なんだと。

 ちょっと前にその少女に命を救われていたはずの私は、なぜか怒りに燃えていた。

 

「なっ……馬鹿にしてるでしょ、私のこと!」

 

 それは、今考えると本当に自分勝手で身の程知らずな怒りだと、思い出すだけで呆れてしまうような記憶。

 だけど、正直言うとその時の馬鹿だった私には感謝している。

 そのおかげで、かけがえのない繋がりができたのだから。

 

「いいわ、決めた。だったらいつか私が、貴方の度肝を抜かせるような魔法を見せてあげるんだから!!」

 

 返事はなかったけど、私は勝手にそいつについていった。

 頼まれてもないのにそいつの屋敷に押しかけて、食事を作ったり身の回りの世話をしたりもした。

 ボロボロな服を着てるそいつにオシャレをさせたり、悪戯を仕掛けたりもして。

 だけど正直言うと、私はそいつに恩返しをしていた訳ではない。

 私には目的があったのだ。

 怒らせてもいい、驚かせてもいい、泣かせてもいい。

 私は何でもいいから、そいつの仏頂面を崩してみたいだけだった。

 

 だけど、その館で百年近くも生活している内に、私の心には変化が生じていた。

 数十年前に喧しい妖怪が増えて、その後に使い魔を召喚して、何年か前に人間の子が増えて。

 その頃には、既に私の願いは一つになっていた。

 笑顔を見てみたいと。

 いつも無表情な、それでも私にとって一番大切な親友をいつか笑わせること。それだけが私の目的になっていた。

 

 

 だから、貴方にはわかってほしい。

 命令なんてしない貴方が、たった一つだけ私たちに科した禁忌。

 この場所に来ることは、貴方との約束を破ることだって、貴方を裏切ることだっていうのはわかってる。

 

 それでも、我が儘を言うようで悪いけど、貴方にはわかってほしい。

 先代巫女たちが攻め入ってきたあの日。

 貴方が私たちに初めて垣間見せたあの涙が、どれだけ私の心を奮い立たせたのかを。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度だけ言うわ。そこをどいて、レミィ」

 

 貴方を苦しませる元凶を潰せるこの日を、私がどれだけ待ち続けたかを。

 

「断るわ」

 

 それが、たとえ貴方の望むことではなかったとしても。

 

「この先に行くというのなら、私は相手がたとえパチェでも殺すわ」

 

 そして、たとえその結果、私が貴方の手にかかって死ぬことになろうとも。

 

「……望むところよ」

 

 それに、後悔はない。

 たとえどんな形になろうとも、その決意だけは決して変わらない。

 この手の魔法は、ただ貴方を救うため。

 私の大切な友人の――レミィのためにあるんだって、そう決めたんだから!!

 

 

 



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第77話 : (不)安定の小悪魔


 今回は魔理沙視点です。



 

 

 ひどい寒気を感じた。

 奥の部屋からではない、きっとパチュリーの前にいる子供のせいだ。

 ……いや、ただの子供じゃないことくらいわかってる。

 あれこそがレミリア・スカーレット。この異変の黒幕の吸血鬼なのだろう。

 

「本気なのね」

「当然でしょ」

「……そう」

 

 私はゴクリと唾を飲んだ。

 真剣な表情でレミリアに向かい合うパチュリー。

 私は2人の一挙手一投足まで見逃さないよう注意深く見守っているつもりで――それでも、次の瞬間には私の視線の先には誰もいなかった。

 それは私なんかには、認識すらできない速度で行われていた。

 

「か、はっ……!?」

 

 ただ、私の耳に届いたのはパチュリーが叩きつけられて崩れた壁の轟音と、血を吐いたような濁音だけ。

 そして、私がゆっくりと振り返ると、

 

「……パチュリー?」

 

 パチュリーはもう、動かなくなっていた。

 駆け寄って確認しないと生きてるかもわからないくらい、たった一撃で終わっていた。

 なのに、いきなりのことすぎて私はどうしたらいいかもわからず、ただ突っ立ってることしかできなかった。

 

「残念ね、パチェ」

 

 その時私は初めて、パチュリーの言っていたことの意味がわかった気がした。

 抑揚のない声。

 こっちに振り返ったレミリアには、表情がなかった。

 感情がないと聞かされて、受け答えが淡々としているのとかを予想していたけど、そういうことではないのだと一目でわかった。

 目が、死んでいるのだ。

 比喩でよく使う、死んだ魚のような目とかではない。

 親友のパチュリーを一撃で沈めながら、既にその事実にさえ興味を失っているかのような、そんな冷めきった目。

 

「小悪魔」

「へ?」

「選ばせてあげる。大人しく帰って生きるか、それともパチェと一緒に死ぬか、貴方はどっち?」

 

 何も言えず一歩も動けないでいる私には、もはや目もくれていない。

 100年来の友人を殺すと、あまりにも無機質に言ったその声とともに……

 

「……えっと。いや、どっちも嫌ですよそんなの」

 

 次の瞬間、爆音と共に小悪魔の首を何かが掠めて血飛沫が飛び散った。

 それは多分、レミリアの魔力で形どられた何か。

 私がとっさに悪寒を感じて小悪魔を突き飛ばしたからかすり傷で済んだけど、反応が遅れてたら今頃首が飛んでたと思う。

 

「ぁっ、わあああっ!? ああ、ぁ……」

 

 私はただ、そんな訳のわからない声を垂れ流して尻餅をつくことしかできなかった。

 全身が震えて立つこともできないし、冷汗が全身を濡らしていく。

 考えが甘かった。パチュリーの話を聞いて理性的な相手なのかと安心してたけど、そんな訳がないんだ。

 だって相手は本物の吸血鬼、幻想郷の王とまで言われた暴虐の支配者なのだから。

 殺される、こんなの絶対無理だと、私はここに残ったことを後悔しそうにもなっていた。

 

「そこの子供のおかげで命拾いしたわね、小悪魔」

 

 レミリアは、あくまで淡々としていた。

 私がいなければ友人を殺していた事実に、何一つ感情さえ抱いていないかのような、そんな声。

 だけど、小悪魔の目は狼狽えることなく静かにレミリアを見ていた。

 

「もう一度だけ言うわ。今諦めるのなら、見逃してあげる」

「……あの、お嬢様。ちょっといいですか?」

「何かしら?」

 

「そういうつまらない冗談やめてもらえません? 1ミリも笑えないので」

 

 小悪魔は恐れてなかった。

 今頃自分が死んでいてもおかしくない状況で、それでも私なんかと違ってまっすぐにレミリアを見ていた。

 そして、小悪魔が魔力の込められたその手で、そっとレミリアの頬に触れようとするのと同時に、

 

「がっ―――!?」

「えっ、嘘っ、本当に効きました!? うわっ、さっすがアリスさん!!」

 

 レミリアの身体が、突然硬直していた。

 その隙にレミリアから逃れて、小悪魔はパチュリーのもとに駆けていく。

 

「ほら何やってるんですかパチュリー様、早く起きてください!」

「……ちょっと待ちなさい、アレよ、私に対してはレミィ割と容赦なかったのよ」

「そういう言い訳はいいですから、ほらっ」

 

 いつもと立場が逆転したことを楽しむように、小悪魔はパチュリーの頬をペチペチ叩きながら無理矢理起こしていた。

 

「何、なの……これは」

「いやー、お嬢様がご乱心の時に止める魔法をアリスさんに教えてもらったんですよ。ほら、この術式を展開したまま触れると、吸血鬼タイプにはこうかはばつぐんだ! って」

 

 いやいやいやいや、何だそれ、そんな便利な魔法がそう簡単に使える訳……って、アレか。もしかして解呪か。

 多分これ、アリスがレミリアに呪いをかけといて、それを解いた瞬間に発動するタイプのヤツだ。

 ……まぁアリスは小賢しい戦略は得意だしな、レミリアが寝てる間にでも魔法かけてたんじゃないかね。

 

「……情けないわね、レミィ。小悪魔なんかに出し抜かれちゃって」

「なんかとはなんですか、私だって頑張ったんですよ!!」

「っ……」

「ま、これが貴方を出し抜くためにずっと策を練ってきた私たちと、口では殺すなんて言いながらも非情になれない貴方の差よ」

 

 そう言ってパチュリーは立ち上がり、レミリアに背を向けた。

 奥の部屋に向かって、一人まっすぐに進んでいく。

 

「待ちなさい」

「……」

「待って。ねえ、待ってパチェ、お願い」

「……」

「もう私の負けでいいから、お願いだからっ…!!」

 

 そして、私はレミリアの姿を見てしまった。

 パチュリーから話に聞いてはいたけど、本当にあの扉のことになると、レミリアは焦っていた。

 何かに怯えるようにレミリアの全身が震えている。

 きっと本能が反応するくらいに、レミリアはあの扉を恐れているのだ。

 

「ごめんねレミィ。もしかしたら私の選択は間違いなのかもしれないし、貴方への裏切りなのかもしれない。だけど、もう退けないのよ」

「やめて、パチェ…」

 

 それでもパチュリーは、止まらない。

 もう少しで、扉の前まで辿り着こうとしている。

 

「お願い、私は何でもするから、だから……」

「……」

 

「やめてええええええええええええっ!!」

 

 そして、レミリアの泣き叫ぶような声とともに――

 

 

「……どうしたの、お姉様?」

 

「え……?」

 

 

 その扉が、微かに動いた。

 パチュリーはまだ扉まで辿り着いていない。

 それでも、その扉はひとりでに開いた。

 その奥から、か細く幼い声だけが聞こえてくる。

 

「嘘。どうして封印が……っ!? 出てこないで、そこにいなさい!!」

 

 取り乱したようなレミリアの声が響き渡る。

 その目には既に、パチュリーのことなど映っていなかった。

 ただ、次第に開いていくその扉から何かが見えて――

 

 

「来ちゃダメっ、フラン!!」

 

 

 同時に、悍ましい狂気がその場を支配した。

 

 

 

 



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第78話 : ま た お 前 か


今回は霊夢視点です。



 

 

 

 静かだった。

 随分と長い廊下なのに、何も見かけることはなかった。

 最初に来た時にはメイド妖精とかの姿がちらほら見られたのに、今は全く誰もいない。

 ただまっすぐ、まっすぐに道が続いているだけ。

 

「……何か、嫌な予感がするわね」

 

 それはただの直感だけど、最近の私の勘はだいたい当たるのだ。

 紅魔館の空気が、何かおかしい。

 何が、というのがわからないから対策なんて立てらんないけど、それでも強い警戒だけは解かずに飛んでいく。

 やがて私は二階奥の部屋の前に辿り着いた。

 いかにもって感じの大きな扉だ。

 私はそっと、扉に手を触れた。

 

 ――いる。

 

 その一瞬で十分なほどに伝わってきた。

 荒々しい力の波動じゃない、想像以上に静かに研ぎ澄まされた覇気を感じる。

 だけど私が感じている感情は、予想していたものとは全く違った。

 次元の違う力に恐怖してる訳でも、吸血鬼の強大な気迫に怯んでる訳でもない。

 ただ、もっと得体の知れない何かに引きずり込まれるような、そんな感覚が私を襲っていた。

 

「……ビビってんじゃないわよ、やっとここまで来たのよ」

 

 でも、ここまで来て逃げる訳にはいかない。

 私は覚悟を決めて、その扉を強く開け放った。

 

「邪魔するわ! 私は博麗の…」

「じゃじゃーん! アリスちゃんでしたー」

 

 ……はい。

 ごめん。さっきまでの全部なかったことにして。

 静かに研ぎ澄まされた覇気とか何恥ずかしいこと言ってんだ私。

 でも確かに得体の知れない何かに引きずり込まれたよ、そこだけピンポイントで当たったよ!

 

「……何してんのよ、あんた」

「私もレミリア待ちよ。暇だったしティータイムしてるだけね」

 

 アリスは図々しくも椅子に腰をかけながら優雅に紅茶を飲んでいた。

 レミリア待ちとか何その馴れ馴れしさ、こいつはいつの間にレミリアと仲良くなったんだろうか。

 でもまぁ、ここがレミリアの部屋だというのならちょうどいいわ、私もここでレミリアを待って……

 

「ほら、霊夢も座ったら? 紅茶のおかわりもあるし」

「……アリス。レミリアはどこ?」

「もう、焦らないで。見て霊夢、月が綺麗よ」

「とぼけないで! 生憎、私にはあんたとラブコメするような趣味はないわ」

 

 違う、何かが違う。

 確かにこいつはおちゃらけキャラだったし、敵陣の中心で勝手にティータイムに入ってても別に驚かない。

 だけど、アリスは別に馬鹿でも鈍い奴でもない、むしろ本質的な鋭さは紫と比べてなお劣らないと思う。

 だからおかしいのよ、今のアリスは……

 

「答えなさい。あの月は何なの? どう見ても普通じゃないでしょ」

「それな」

 

 ……やっぱり、アリスは気付いている。

 っていうか、気付かない方がおかしいのだ。

 そもそも今日は満月ではない、半月だったはず。

 咲夜が時間の調節を間違えて1週間近くも経ってしまったというのも考えにくい。

 そんなに長い間帰ってこなかったら、紫たちが不審に思ってもおかしくはないはずだ。

 そして極めつけは、ここから見える月の異常なほどの巨大さ。

 普段と比べても直径で5倍はあるように見える、普通そんなことはあり得ない。

 しかもアレは本当に月の……いえ、普段の月より遥かに大きな魔力を感じるわ。

 こんなの、妖怪にとっては過剰すぎる魔力供給よね。

 ましてや月の魔力の影響を最も受けやすい種族の一つである吸血鬼なんかにとっては……

 

「それだけじゃないわ。さっきまで、レミリアはここにいたんでしょ」

「そうよ。だから言ったじゃない、レミリアを待ってるって」

「どこに行ったかも、本当は知ってるんでしょ?」

 

 アリスは答えない。

 でも、答えなくても窓から少し見えるテラスの惨状が物語っていた。

 切り割かれて朽ち果てた館の残骸は、そこで暴れていた者の獰猛さと強大すぎる力を如実に物語っていた。

 そして……

 

「あんた、よくのん気にお茶なんてしてられるわね」

「あら、レミリアの紅茶って意外とおいしいのよ? 霊夢も飲んでみたら?」

「結構よ。あんた鏡見てみなさいよ、今のあんたの隣に座っててそんなのが喉を通る訳ないでしょ」

 

 部屋に入った時は正面から見てたから見えなかったけど、微かに血の匂いがした。

 近づいて見てみると、アリスの背中は真っ赤に染まっている。

 それは骨にまで傷跡が達しているような、人間だったら致命傷になりかねないほど酷い有様だった。

 

「……大丈夫なの、あんた?」

「平気よ平気。私は霊夢と違って、妖怪で魔法使いで人形使いで容姿端麗才気煥発天衣無縫の…」

「そんだけ喋れるなら大丈夫そうね」

 

 ……まぁ、アリスが大丈夫って言ってるなら、多分大丈夫なのよね。

 割と余裕そうに自分に治癒魔法を使いつつ人形に背中の縫合をさせながら紅茶を飲んでるから、別に傷の手当とかも考えなくてもよさそうだ。

 ま、治療とかそういう繊細な技が必要な時点で私にできることなんて何もないけど。

 

「その傷は、レミリアに?」

「そうね。一応パチュリーに協力を頼まれたから足止めしてたんだけど、やっぱり満月の吸血鬼は半端じゃないわね」

「満月ってレベルじゃないでしょ、アレ。一体何なのよ本当に」

「……さあね。どこかの誰かさんが、レミリアに味方でもしてるんじゃないの?」

 

 ……それは本当に、微かな感情の変化だと思う。

 それでも確かに、私はアリスの心からの苛立ちというのを始めて感じたと思う。

 アリスの話では、いつの間にか満月になっている謎の状況をつくった誰かがいるかもしれないという。

 でも、レミリアの味方って言っても、咲夜の能力でもあんなこと無理でしょ。

 ってことは咲夜以上の、紫クラスかそれ以上の誰かがいるってこと?

 あり得るとすれば……例の、危険度SSの禁忌の吸血鬼とやらかしら。

 やめてよー、お願いだからこれ以上難易度上げないでー。

 

「それで、結局レミリアはどこに行ったのよ」

「さあね。でも、多分もうすぐ戻るでしょうから大人しく待ってたら?」

「そんなの待ってらんないわよ」

 

 アリスと話してても話が進まない。

 こうなると次の行き先は手あたり次第ってことになりそうだ。

 私は一人、外の様子を窺おうとテラスに足を踏み入れて――だけどその景色は、既に私の知っている紅魔館とは全く違うものになっていた。

 

「……これは、ひどい」

 

 正直言うと、この惨状を見ただけで異変を放り投げて逃げるには十分な理由だと思う。

 私は今、紅魔館全体を見渡せるような、本来であれば見晴らしがいいはずのテラスにいる。

 そのテラスから見えるのは紅魔館の庭。私と美鈴が戦っていた場所に、砕けた正門があるはずだった。

 だけど、その戦いの痕は既に存在しなかった。

 地殻を変動させるほどに大きな四本の地割れ。ここから見える景色はそれに何もかも飲み込まれて、絶望的なまでに一変している。

 何があったのかは知らないけど、それは文字通り月の魔力を得たレミリアの「爪痕」なのだろう。

 こんなのをまともに相手にしたら勝てる勝てないとかいうレベルじゃない、即死は免れない自殺行為だろうことは一目でわかった。

 

「それにしても、あんたよく生き残れたわねアリス…」

 

 だけど、振り返ると既にアリスの姿はなかった。

 アリスのことだし、どうせ気まぐれに出歩いてるんだろうから別に気にする程のことじゃないはず。

 なのに、私は体の奥底から湧き上がってくる気持ち悪さに耐えられなかった。

 

「血の跡が、ない?」

 

 そこにはさっきまで確かにアリスがいた、それは間違いない。

 背中から血を流して、座っている椅子に血の跡がべったりと付着しているのも確かに見た。

 そして、あそこで紅茶を飲んでいた。

 

 だけど、アリスがそこに存在した痕跡の一切が、既になくなっていた。

 

「……何なのよ。何が起こってるのよ」

 

 何か言葉にできない嫌な予感が、私の本能に警告を発している。

 私はいてもたってもいられなかった。

 ここは一旦退いて、紫たちに状況を伝えよう。

 いきなり満月になってる時点で、もはや一種の異変だしね。

 流石に同時に2つ以上の異変が発生したとなったら、紫も黙ってないでしょ。

 呼びに戻ってる時間もないし、ここは紫が様子を見ていると信じるしかない。

 

「紫っ!! ちょっと聞きたいことが…」

 

 だけど、そう叫んだ私は違和感しか感じなかった。

 間違いなくその声が紫に届いていないという、変な確信があった。

 だって、気になって門の前まで来てみると……

 

「嘘、でしょ?」

 

 もう、逃げられないことだけがわかった。

 紅魔館の周囲を結界が覆ってて先に進めず、しかも普通の結界じゃないってことが私にもわかる。

 そして、こんなものが張られていたら普通は紫が気付いて対処しているはずなのに、それすらもできていないのだ。

 つまりこの結界は、紫の力の範囲さえも超えた何かなのだと、改めて確信するのに十分だった。

 

「勘弁してよ、もう……っ!?」

 

 そして、危機的状況は往々にして重なってしまうものだ。

 しかも今度のは危機的ってレベルじゃない、本当に私にとっては致命的な事態。

 

「はっ、はっ……何よこれ…っ!?」

 

 初めて感じる、うまく立てないほどの息苦しさとともに、何かが私の底から湧き上がってきた。

 何かなんて、わかってる。

 私の中に眠る邪神の力が。

 それがまるで何かに共鳴するかのように、無理矢理この世界に引きずり出されているような感覚。

 

「――――ぐっ!?」

 

 気付くと、凄まじい衝撃波とともに紅魔館の中庭が天まで昇る火柱に飲み込まれていた。

 辺りは灼熱と化し、まともに呼吸すらもままならない。

 同時に私の中には得体の知れない感情が渦巻いていく。

 

 そして、私の中に眠っていた力が目覚めたような感覚とともに、空を見上げると――

 

「…………あははっ」

「ぁ――」

 

 

「あははははははははははははははははっ―――」

 

 

 そこに、悪魔がいた。

 

 

 



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第9章:紅魔郷④ ―禁忌―
第79話 : 圧倒的ピンチ




 だいぶ遅くなりましたが、再開します。この先の展開もある程度書いてはいたんですが、文字化してみたら正直あんまり面白くなかったのでやり直してました。




 

 

 

 

 一目でわかった。

 甲高い声を発しながら空高く浮かんでいるあれは、何かよくないものだと。

 本気の美鈴や咲夜の前にも立ったし、レミリアと戦う覚悟もできているはずだった。

 なのに、今はそんな覚悟さえも吹き飛んでいた。

 だってあれは多分、強大な力を持っているとか、そういった類の存在じゃない。ただ人知の及び得ない域にまで達した、純粋な「狂気」の塊なのだ。

 故に、それは必然だった。

 

「あははっ――」

 

 その悪魔は、即座に私を見つけた。

 狂気と最も近い存在に、引きつけられているのだろう。

 私の中にある邪神の力、それと共鳴するかのように―――

 

「……とか、冷静に分析してる場合かあああっ!?」

 

 硬直していた私の身体は、その寸前でやっと動いてくれた。

 寸前って、何の寸前かって? 私の身体があそこにあった大岩みたいに木端微塵になる、ギリギリのラインってことね。

 そして同時に、弾丸のようなスピードで大岩に衝突して、高い所から投げつけたトマトのように自分の身体をクシャっと血飛沫に変えたその悪魔みたいに。

 

「うわっ……ぇ?」

 

 そう。そいつは1秒前に原形も留めないほどグロテスクに弾け飛んで、私の目の前で確かに「死んだ」はずなのに。

 次に私が目を向けた瞬間には既に全身を再生させて、その狂気に満たされた目で私を見ていた。

 

「ぅぁぁ、あはっ」

 

 そいつは私を見つけると、笑っていた。

 悪魔が魔力を解放すると同時に視界が歪んでく。灼熱が空気そのものを焼き尽くし、呼吸すらも阻害していく。

 その光景は、意味のある言葉を発せずとも私の脳裏に確実な行動だけを促した。

 

 逃げろと。

 こいつから逃げることは、恥でも何でもない。

 話し合いなど通じるはずがない、ほんの少しでも躊躇すればその瞬間に死ぬと。

 

「い、嫌ああああああああっ!?」

 

 私はそいつに背を向けて、一目散に駆け出した。

何も考えずただ全力で遠くへ、遠くへ逃げようとしたはずなのに――

 

「あはははっ!!」

 

 しかしまわりこまれてしまった!

 身体能力が違うとかいうレベルじゃない、方向を変えようとか思う間もなく灼熱の鎌が目の前に迫っている。

 ……いや、何これ。いきなり理不尽過ぎて、流石の私もご立腹気味よ?

 これで何度目になるかわからない私の走馬灯、それでも今回ばかりは本当に時が止まっているかのようなレベルの……

 

「とりあえず、状況を説明してくれないかしら?」

「ぁ……」

 

 でも、走馬灯じゃなかった。

 途中まで走馬灯だけど! 走馬灯じゃなかった!

 本当にあの悪魔は止まっていて、代わりに私を抱えて走る見覚えのある姿があった。

 

「さ……咲夜、咲夜あああああっ!!」

 

 私は鼻水とかで顔とかいろいろべしょべしょにしながら咲夜に飛びついていた。

 よかった、本当に死ぬかと思った、ってか咲夜来なかったら冗談抜きに私死んでたわよ!?

 

「うわっ、霊夢、あんまり鬱陶しいとこのまま置いていくっ……!?」

 

 でも、突然私は咲夜から放り投げられた。

 同時に世界の時間が元に戻り、鎌を空振った悪魔の目は再び私に向いている。

 

「えちょっ、冗談やめてよ咲夜、見捨てないで!」

「はっ、はっ……」

「え……咲夜!?」

 

 だけど、咲夜は私を見捨てた訳じゃなかった。

 その場で倒れた咲夜は全身が汗だくで呼吸も定まらず、目の焦点も合っていない。その消耗は誰の目から見ても尋常じゃないレベルのものだった。

 なのに悪魔は、そんなことすらお構いなしに、躊躇なく私たちへ向かって地を蹴っている。

 

「っ――!!」

 

 私の行動はもう、反射的だった。

 助けてくれた咲夜を放って逃げるなんてあり得ない。戦うしかない状況で私が迷わず選んだのは最後の切り札。

 手加減? 方向の調整? いやいや、そんなのやってられるか!

 ぶっ放す方向的に紅魔館が一部消滅するかもだけど……その時はごめんね、誰もいないことを祈ってるわ。

 

 

「――伏せなさい」

 

 

 だけど、既に覚悟を決めていた私の身体はその声を聞いた瞬間、考えるより先に本能が反応していた。

 悪魔の殺気ではない。静かで、心の底まで冷やすような声は、有無を言わさず私の身体をひれ伏させる。

 

「紅符『スカーレットシュート』」

 

 次の瞬間、悪魔の背後から超速で飛んできた紅の光がその身体を正確に弾き飛ばしていた。

 ここでまさかの増援とは。正直、なんというご都合主義と言わざるを得ない奇跡の連続だ。

 だけど同時に感じたのは、私なんかが測れるレベルじゃない次元の違う力の波動。

 

「咲夜を連れてここを離れなさい。一秒でも早く」

 

 その声に導かれるまま顔を上げると、そこにあった視線からはあの悪魔のものとはまた違った恐怖を感じられた。

 

 幼い子供のような容姿とはあまりに不釣り合いなほど暗く、底知れぬ闇に閉ざされた無機質な視線。

 これがきっと、吸血鬼レミリア・スカーレット。私が挑もうとしていたこの異変の黒幕なのだろう。

 私は一瞬で理解した。

 勝てる訳がない。

 私はこんな相手を倒そうなどと思い上がっていたのかと、自分がひどく愚かに思えるほどの覇気でもって君臨していた。

 

「でも…」

「早く!!」

 

 次の瞬間には、もうレミリアはいない。代わりに背後から爆音だけが響いてきた。

 振り返ると、再び蘇った悪魔にレミリアは素手で掴みかかっていた。レミリアの身に纏った魔力は左手一本に乗せられ、躊躇なくそいつを貫き組み伏せていく。

 満月の夜だったら紫より強いという阿求の評価が、誇張なんかじゃなかったことが一目でわかる。

 瞬発力も破壊力も、私が今まで見た中でこれ以上はないってくらい次元の違う身体能力。

 悪魔はあっという間に追い詰められていく。

 

「ぅぅぅ、あはっ、あははははっ!!」

 

 だけど、悪魔は未だ変わらず笑っていた。

 冷静に考えたらわかったけど、相手は恐らくはあのガイドブックにあった危険度SSの禁忌の吸血鬼とやらなのだろう、だとしたら満月の恩恵は同じ条件だし身体能力もレミリアと大差ないか。

 だけど戦闘センスはレミリアが圧倒的、レミリアは一回としてまともに反撃をくらっていない。

 そう、一見レミリアが押しているように見える……なのに、苦しそうなのはレミリアの方だ。

 

「大人しく……しなさいっ!!」

 

 一番厄介なのは、あの悪魔の再生速度だと思う。

 動けないよう磔にされた悪魔の両脚は、それでも瞬きをした次の瞬間には再び再生されている。

 いくら満月の吸血鬼とはいえ、それはあまりに異常だった。

 しかも、その悪魔はレミリアへ攻撃している訳ではない、まるで遊んでいるかのような余裕が見られる。

 一方でレミリアは私たちへと攻撃が逸れないよう一人で守りながら戦い続けているのだ、いくら満月の魔力を受けられるとはいえ消耗は尋常じゃないだろう。

 消耗していくレミリアと一向に衰える気配の見えない悪魔、このままでは戦況は一気に傾きかねない。

 

「霊夢。貴方は逃げなさい」

「……え?」

 

 すると、私の後ろで既に咲夜が立ち上がっていた。

 その能力を使って時間を早回しでもしたのだろうか、咲夜の疲れは既に回復している。

 

「あんたはどうするのよ」

「さあね。でも、言ったでしょう? 私は何があってもお嬢様の味方だと」

 

 咲夜は再び臨戦体勢に入っていた。

 私が泣き叫びながら逃げていたあの悪魔を前にしてなお、決して背を向けなかった。

 

 それを見て、私はやっと咲夜から言われていた「咲夜と私の差」がわかった気がした。

 私なんかとは、覚悟の大きさが全然違うのだ。

 譲れない目的のため、レミリアのためなら命を捨てるような選択さえも全く躊躇わないほど魂にまで深く刻み込まれた信念。

 咲夜と対等になれたと勝手に思い始めていた自分が、恥ずかしくなった。

 

「……あんたじゃ、無理よ」

「そんなこと関係ないわ。霊夢の方こそ、ここから先のことには無関係よ。だから早く…」

「何を勘違いしてんのよ。あんたで無理でも、私ならあいつを倒せるって言ってんのよ」

 

 ……だけど、そんな情けない私のままじゃ終われない。

 私は決意を固めて、咲夜に向き合った。

 

 

 

 



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第80話 : 最悪の結末

 

 

 

 

 一歩前に踏み出した私を、咲夜は怪訝な目で見ていた。

 それはそうだ。まだ咲夜にすら届かない私があんな化物を倒すとか、普通は恐怖で気が狂ったとでも思われるだろうしね。

 

「咲夜にはまだ伝えてないけどね、私には切り札があるの」

「切り札?」

「ええ。成功すればどんな奴でも一撃で消滅させられるはずよ」

 

 でも、咲夜は私の本当の力を詳しくは知らないのだ。

 たとえ相手がどれだけ化物じみていようと、それを超えるほど化物じみた力があればいい。

 私の中には――風見幽香すらも退けた、究極の力が眠っているのだから。

 うまく説明して咲夜の協力さえ得られれば、きっとなんとかできるはずだ。

 

「そう。で、私は何をすればいいの?」

「え?」

 

 と思っていろいろ説得の策を考えてたけど、咲夜は即答だった。

 

「……ちょっとくらい、疑わないの?」

「逆に聞くけど、この状況で霊夢に冗談や虚勢をはる余裕があるの?」

「それは……そうね」

「それにね、さっきの霊夢が内包してた力の量はお嬢様以上だったわ。霊夢が何か隠してた証拠は、それだけで十分よ」

 

 ……あー、なるほど。つまりは邪神の力が咲夜センサーに反応してしまったと。

 さっき咲夜が倒れたのはそういうことだったのね、やっと理解したわ。

 

 この前、咲夜に興味本位で聞いたことがある。

 咲夜がレミリアと一緒に時間停止の中を動けば無敵なんじゃないかと思ったけど、それはできないらしい。

 咲夜と一緒に停止時間の中を動いた者がいた場合、その内包するエネルギーの分、咲夜に強い負荷がかかるという。

 要するに止まった時間の中でレミリアを動かすということは、吸血鬼の魔力の全てが咲夜へ襲い掛かり、あっという間に限界になってしまうのだとか。

 

 そして、前に止まった時間の中で私を動かしてもらった時は大して咲夜の負担にはなっていなかったことから、普段あの力は私の力としてカウントされていないのだろうことがわかる。

 なのに今回は、あの悪魔の狂気にあてられて力を表出させる準備段階の分だけで咲夜の力を根こそぎ奪っていたという。

 つまりは、私の中にあるエネルギー量はほんの一端だけでもあのレミリアを超えるレベルということなのだろう。

 ……何それ怖い。閻魔様から聞いてはいたけど、ちょっとシャレになんないわよね。

 だけど、要するに私がこれを完全に使いこなせればあの悪魔だって倒せる可能性があると、そう予測するには十分だ。

 

「じゃあ、お願い咲夜。その切り札をコントロールするには少し集中しなきゃいけないの。だから、30秒だけ時間を稼いで」

 

 咲夜の返事を待たず、私は静かに自分の心を研ぎ澄ました。

 暴走させずにあの力を制御して使うためには、私の感情を完全にコントロールする必要がある。

 だから、私はこの瞬間に心の奥底から湧き出している自分の気持ちを全て理解したうえで循環させる。

 あの悪魔から逃げ出したいという、本能から湧き上がってくる恐怖。

 それでも、咲夜をあの悪魔から守りたいという願い。

 そして、この幻想郷を背負い、異変を解決するんだという決意。

 それらを強く、強く巡らせていく。

 

「30秒ね、そのくらい余裕よ。まぁ、頑張ってるのはお嬢様な訳だし私が何をできるわけでもないけど」

「……集中途切れるから、そういうことは思ってても言わないで」

 

 冗談交じりに言いながらも、咲夜はさりげなく私へと逸れる攻撃を受け流してくれている。

 軽口たたいたおかげか私の気持ちもなんとなく落ち着いてきたし、その辺は咲夜の計算なのかしらね。

 魔理沙といい咲夜といい、どうしてこう私の周りの子供は気遣いのスペックが高いのだろうか。私の周りの大人、特に母さんや紫には是非とも見習ってもらいたいものである。

 

「咲夜。私が合図したら、レミリアを連れてここから離れて」

 

 あの悪魔の狂気に引きずり出されているのだろうか、今はあの力が簡単に湧いてくるのを感じられた。

 咲夜は私を守るかのように静かに気を張り巡らせている。

 こちらを振り返りはしない、だけど咲夜は肩で息をしながら、その身体は微かに震えていた。

 この至近距離だ、私が使おうとしているものの危険性も肌で感じ取っているのだろう。

 だからこそ決定的な一打になると、咲夜も確信してくれている。

 あとの問題は、あの悪魔以外に攻撃を当てないよう私がコントロールできるかだ。

 

「……落ち着いて、落ち着くのよ」

 

 私は今この瞬間、かつてないほど緊張していた。

 だって、これは私にとっても人生の岐路になることだろうから。

 

 美鈴に向けて放った時とは違う。

 本当に自分の意思で相手を消滅させるつもりで放つのは、これで二度目だ。

 一度目は閻魔様が止めてくれた、だけど今回はそうはいかない。

 きっと次の瞬間、これが成功すれば私は初めて自分の意思で誰かを殺めることになるんだろう。

 それが怖くないと言えば嘘になる。けど、やらなきゃいけないんだ。

 紅魔館の奥深くにいたという禁忌の吸血鬼、恐らくはレミリアでも倒しきれずに封印していた危険な存在。

 あいつはどう見ても危険すぎる。ここで消滅させなきゃ紅魔館にいる全員が皆殺しに……いや、幻想郷の平和そのものが脅かされかねないから。

 

「……いくわよ、咲夜」

 

 私は覚悟を決めた。

 そして、目の前の一切を灰燼に帰す力が私の奥底から湧き出てくる。

 

「今よ!!」

 

「――――」

 

 その瞬間、私の視界から咲夜とレミリアが消えた。

 悪魔が私に気付いて地を蹴る。

 私の直線上にいるのはただ一人、あの悪魔だけだ。

 ドンピシャ、最高の位置関係! これならきっと――――

 

 

「――――ダメっ!!」

 

 

 同時に辺りは真っ白な光に包まれる。

 放たれた私の力は、目の前にある全てを問答無用に飲み込んでいく。

 辺りには何も残らず、あの悪魔は消滅したと――そう、私は確信していた。

 

「……え?」

 

 だけど、悪魔は無事だった。

 私が方向を誤った訳じゃない。ただ、悪魔は何かに突き飛ばされたかのように視界の端へと移動していて。

 代わりに、咲夜が連れていたはずのレミリアの姿だけが、世界から忽然と消えていた。

 

「お嬢、様……?」

 

 何が起きたかも、理解できない。

 いや、本当はわかっているのだ。

 この場から消えたのは……あの力に飲み込まれてしまったのは、一人だけ。

 

「ぁ……? ……ぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

 その事実を受け入れられないまま、発狂したようなその叫びだけが私の耳に響いていた。

 

 だけど、それは動けずいる私ではなく。

 呆然と膝から崩れ落ちた咲夜でもなく。

 ただ、その悪魔から。狂気ではなく、確かな憎しみという形でもって私へと向けられていた。

 

 

 

 



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第81話 : 魔理沙と秘密の地下室


 今回は魔理沙視点です。



 

 

 

 ……いやー、マジで死ぬかと思った。

 いやな、現在進行形で死にそうっていうか、今も火傷の激痛と息苦しさで全く生きた心地がしないんだけどさ。

 とかいきなり言われても何言ってんだこいつってなるだろうから、とりあえず何が起こってたのか恒例のダイジェストタイムでお送りするぜ。

 

 少し前、紅魔館の地下でパチュリーたちとレミリアが争ってる最中に奥の扉が突然開いて、中から小さな子供が出てきた。

 背中には枯れ枝のように質素な翼、それとは対照的なほどにキラキラと輝くダイヤ状の羽。

 少しだけレミリアと似たような顔立ちで金色の髪をしたその子は、部屋から出るとほぼ同時に頭を押さえて苦しみ始め、雰囲気が変わった。

 そこから感じたのはレミリアと比べてなお遜色のない魔力、だけど明らかに異質なものだった。

 恐らくは、あいつこそがガイドブックにあった禁忌の吸血鬼とやらだったのだろう。

 そして、身も凍るような狂気を振りまく化物と化したそいつは、天井を貫き溶かしながら地上へと飛び出していったのだ。

 同時に辺りを覆ったのは灼熱の熱風。辺りが火の海だった件についてはパチュリーが水魔法で何とかしてくれたんだけど、ちょっと息しただけで人間である私の肺はだいぶやられたっぽい。

 もう少し落ち着くまで立ち上がるのもキツそうで、ただうずくまってることしかできなかったんだよな。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 何か優しい魔力が全身を巡ってくるのを感じる。

 さっきから小悪魔が私の背中をさすりながら、治癒魔法をかけてくれていたのだ。

 身体の震えはまだ止まらなかったけど、おかげで少しは楽になったかもしれない。

 

「げっほ。あ……ありがと、小悪魔」

「よかった、もう声も出せるみたいですね。多分もう少しでよくなりますよ」

 

 小悪魔は結界を張りながら、恐らくは私が回復するまで看ていてくれるつもりなのだろう。

 私にとっちゃありがたいんだけど……でも、さっきからどう見ても小悪魔は別の場所ばっかり気にしてるんだよな。

 あの化物と、そしてレミリアとパチュリーが即座に飛び立っていった、天井に空いた大きな穴をチラチラとみているのだ。

 

「もう行っていいよ、小悪魔。私はもう平気だから」

「え? でも……」

「いいんだ。足手まといには、なりたくない」

「……ありがとうございます」

 

 小悪魔はすぐに飛び立っていった。

 私のことなんてもう気にもしていないくらい、振り返ることすらなかった。

 だけど、私はそれを薄情だとは思わない。

 

 だって、私は見てしまったから。

 この世のものとは思えないほどに悍ましい何かと、パチュリーのことさえ目に入らないほど狼狽していたレミリア。

 きっと、これは紅魔館が始まって以来初めてと言っていいほどの異常事態なのだろう。

 なら、私なんかに構っている余裕がないことくらい当然だ。

 むしろここまで一緒にいてくれた小悪魔と、私を気にかけて消火してってくれたパチュリーには、感謝してもしきれないほどなんだ。

 

「……オッケー、もう大丈夫かな」

 

 しばらくの休憩を経て、私はとりあえず自分の身体が問題なく動いてくれることを確認する。

 辺りの熱も引いてるし、体の震えも止まった。

 だったら、これから私がすべきことはもう決まっている。

 パチュリーたちを追いかける……なんて、何もできないくせにそんな選択をするのは愚の骨頂だ。

 だからといってただボーっとしてる訳にはいかない。

 私は皆が出ていった大穴に目もくれず、あの化物が出てきた小部屋へと向かった。

 

 その扉は、半分開いていた。

 その部屋がどんな場所なのか考えただけで怖かったけど、覚悟を決めるしかない。

 むしろ、調べるのなら今くらいしかないのだから。

 割とあっさり扉の前に辿り着いた私は、ゆっくりと中を覗いて――

 

「お邪魔するぜー……え?」

 

 その光景に、唖然とした。

 封印された禁忌の吸血鬼の部屋。

 私はもっと、おどろおどろしい術式で封じられた暗い牢獄のような場所を想像していた。

 だけどそこにあったのは、かわいい柄のベッドシーツとぬいぐるみ、整頓された本棚と行儀よく食べられただろう食事の跡。

 そこは今の私の家なんかよりずっと綺麗でファンシーな、普通の女の子の部屋だった。

 

「……何だ、これ」

 

 思考が追いつかない。

 部屋を出るなり天井を焼き尽くして消えたあの化物と、この部屋のイメージが全く繋がらない。

 だって、この部屋の持ち主はきっと理性的だ。

 さっきの奴みたいな、話すら通じなさそうなぶっ飛んだ相手ではないと思う。

 恐らくは読みつぶすほどに反復して読み込まれた難解な本の数々は、多分私が今まで読んできた本の数なんかよりよっぽど多い。

 そして、本棚の数段を埋め尽くすのは、膨大な量の日記。

 

「……」

 

 一体何百年書き続けたのか、考えただけで気が遠くなりそうだ。

 勝手に読むのは……まぁ、私はそういうのを全然気にしない。

 だから、私はそれをめくってみることにした。

 レミリア以外の誰も存在を知らなかった吸血鬼、そいつが一体どんな人生を送ってきたのか――

 

 

 

 



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第82話 : フランドール・スカーレットの日記

 

 

 

 

 きょうからにっきをつけてみたいとおもいます

 きょうわおねえさまがけーきをつくってくれました

 うれしかったです きょうのことわわすれません

 

 ふらんどーる すかーれっと

 

 

 

 

 おねえさまが、ご本をよんでくれた。

 ちょっとかなしいおはなしだったのでわたしはないちゃったけど、おねえさまはやさしいかおでだいじょうぶよってぎゅってしてくれた。

 また、よんでほしいな。

 

 ふらんどーる すかーれっと

 

 

 

 

 第1274回目

 

 お姉様からもらった本も、だいたい読めるようになってきました。

 文字もだいぶ書けるようになって、私がこうやって日記なんて書いてるって知ったらお姉様はどんな顔をするのかな。

 ちょっと楽しみです。

 

 フランドール・スカーレット

 

 

 

 

 7年5月19日

 

 最近、お姉様が食事にピーマンを入れてくる。

 体にいいからって言うけど、私は好きになれないなあ。

 吸血鬼がピーマンとか(笑)ってバカにしたら、ちょっと叱られちゃった。

 でも、私は悪くないよね。

 明日も出てきたら、私もちょっと怒ってみようかな。

 

 フランドール・スカーレット

 

 

 

 1年1月1日(7年5月20日)

 (今まで適当な日付で日記をつけてたけど、この日を私にとって始まりの記念日にしたいと思います!)

 

 お姉様が、久しぶりにケーキを焼いてくれた。

 フランって文字をチョコレートで書いてくれて、ロウソクが立っていた。

 外の世界に、何かを記念する日にそうする風習があるんだとか。

 まぁ、本当は今日は何の記念日だった訳でもないんだけどね。

 でも、今日はお姉様と一日一緒に笑ってお話しして、本当に楽しかったです。

 昨日のピーマンのこととか文句言おうと思ってたけど、そんなことどうでもよくなっちゃった。

 面と向かっては恥ずかしいから絶対言わないけど、ここには書いてみようかな。

 

 大好きだよ、お姉様。

 

 フランドール・スカーレット

 

 

 

 

 

「……これ、さっきの奴の日記なんだよな」

 

 レミリアは確か、あの扉から出てきた奴に「フラン」って言ってた。

 恐らくあいつが、この日記にあったフランドール・スカーレットっていうレミリアの妹なんだろう。

 最初の方から適当に何冊か読んでみたけど、その成長がはっきり見て取れた。

 それが今やあんな状態になったと思うと何があったのか気になるけど……でも、違和感があったのはフランよりもレミリアのことだった。

 ここに書いてあるレミリアは、今とは全然違うイメージだ。

 表情豊かな、優しいお姉さん。

 それが、一体どうしてああなってしまったのか。

 

「もう少し、読んでみるか」

 

 私はもう少し、時間が経ってからの日記を読んでみた。

 

 

 

 

 

 最近、お姉様の様子が少しおかしい。

 家を空ける機会が増えてきたのもそうだし、私がわがままを言っても怒らない。

 一番気になってるのは、お姉様が涙脆いこと。

 今日も本を読んで知ったことをお姉様と話してる内に、なぜかお姉様は「ごめんね」って言ってきた。

 私が外に出られないのは自分のせいだなんて言って、泣いていた。

 私は別に謝ってほしい訳じゃないのに、お姉様といろいろ話したかっただけなのに。

 今後は、あんまり部屋の外の話はしないようにした方がいいのかなぁ。

 

 87.9.14 Frandle Scarlet.

 

 

 

 

 明日は、100年目の記念日!

 私が勝手にそう言ってるだけなんだけどね、お姉様は覚えてるかな。

 覚えてなかったら、少しイジメてあげようと思います。

 最近ずっと元気がないみたいだし、明日をきっかけに元通りになれたらいいな。

 

 99.12.31 Frandle Scarlet.

 

 

 

 

 しばらく間が空いちゃったけど、今日からまた日記を書き直そうと思います。

 100年目の記念日のこと、結論から言うとお姉様は覚えててくれました。

 だけど、全然楽しくありませんでした。

 お姉様は、一回も笑ってくれなかったから。

 今までにないくらい、ずっと「ごめんね、ごめんね」って言い続けて。

 私はお姉様が来てくれるだけで嬉しいって伝えたのに、全然納得してくれなくて。

 もう少しで何とかしてあげるからって言って、すぐ出て行っちゃった。

 そんなこと、どうでもいいのに。

 私は外に出られなくてもいい、この日くらいお姉様と一日ずっと一緒にいたかっただけなのにな。

 

 100.1.7 Frandle Scarlet.

 

 

 

 

 158.3.30

 

 外で戦争があるみたいで、お姉様は明日からしばらくここに来られないみたい。

 お姉様がケガしちゃうのは嫌だけど、もう止められないんだって。

 私も協力できればよかったんだけど、やっぱり私は外には出られないって言われちゃった。

 

 どうして戦争なんてあるんだろう。

 本当はお姉様は優しいのに、すぐ泣いちゃうくらい弱いのに。

 お願いだから私からお姉様を奪わないで、無事にお姉様が帰ってきてくれれば私は他に何もいりません。

 

 

 

 

 163.2.20

 

 なんで、うまくいかないんだろう。

 今までいろいろ試してみた。

 お姉様とゲームで遊んでみたり、恥ずかしいけど私がこっそり書いてる小説を見せてあげたり。

 何かきっかけがあれば大丈夫だって、思ってたのに。

 なのに、お姉様は笑ってくれない。

 最近は、涙も見せてくれなくなっちゃった。

 どうしてかな。

 私、何か悪いことでもしたのかな……

 

 

 

 

 175.12.10

 

 今日もまた、お姉様はどこかに行っちゃった。

 ボロボロの服で、やつれた顔で、私に食事だけを置いて。

 もういいって、私は一生外に出れなくてもいいって、あれだけ言ったのに。

 どうしたらいいのか、わかんないよ。

 私なんて、もういなくなった方がいいのかな。

 

 

 

 

 185.11.25

 

 久々にお姉様の様子がいつもと違った。

 顔色も少し良くなったような気がした。

 何があったのか本当はすぐに聞きたかったけど、もうちょっと待とうかな。

 私をこれだけ待たせたんだから、お姉様の方から話をしてくれてもいいはずでしょ!

 私がどれだけ心配したのか、わからせてやりたい気もするしね。

 だから、お姉様が何か話してくれるまで、もうちょっとだけ様子を見てみようと思います。

 

 

 

 

 185.12.23 

 

 ……もー我慢の限界!!

 お姉様の方から話してくれるのを待ってたのに何も話してくれない。

 我慢しようと思ったけど、もう待ってらんない。

 という訳で明日、お姉様を問い詰めてみようと思います。

 

 

 185.12.24 

 

 重大発表。なんと、お姉様にお友達ができたみたいです!

 お姉様は「付き纏ってくる変な奴」とか言ってるけど、これは間違いなく友達です!!

 よかった、ここのところずっと暗い目をしてたから心配だったんだよね。

 でも、私はちょっと怒ってます。

 次からは何かあったら必ず私に教えてって、お姉様に言っときました。

 これでお姉様も少しは笑ってくれるようになるのかな。

 

 

 

 

 220.5.10

 

 お姉様が、笑ってくれない。

 また新しい友達ができたみたいなのに、笑ってくれない。

 お姉様と話してるのに、淡々と人形とでも喋ってるように感じた自分が嫌になります。

 そんな風に感じちゃう私がおかしいのかな。

 

 

 

 

 235.6.2

 

 お姉様の顔を見たくない。

 きっと全部、私のせいなんだ。

 私なんかがいるから、お姉様はあんな目をしてるんだ。

 

 

 

 

 240.8.5

 

 もう嫌だ。これ以上お姉様に会いたくない。

 

 

 

 

 241.1.30

 

 何もなかった。

 

 241.1.31

 

 何もなかった。

 

 241.2

 

 何もなかった。

 

 241.3

 

 何もなかった。

 

 241.4-

 

 何もなかった。

 

 242

 

 何もなかった。

 

 243 -

 

 

 

 

 

 

 日記は、これで終わっていた。

 この、最後の日がいつのことかはわからない。

 だけど、もうこの頃には2人とも壊れてたんだと思う。

 それもきっと、お互いへの愛ゆえに。

 

「……止めないと」

 

 パチュリーの選択は、別に間違ってはいないと私は思う。

 だけど、そこには誤解があるんだ。

 あのフランって奴がレミリアを苦しめているんじゃない。むしろ、レミリアにとってはかけがえのない大切な妹なんだろう。

 フランの日記からは、フランがあんな風になることは全く読み取れなかった。

 つまりは、フランはこの部屋にいる限りは、普通の女の子なんだ。

 そしてレミリアは、この部屋を出ればフランがああなってしまうことを知っていた。

 その原因なんてわからない、だけど……

 

「私は認めねえぞ」

 

 こんなの悲しすぎるじゃねえかよ。

 一体、あいつらが何をしたってんだ。

 ずっと苦しんで、何百年も苦しみ続けて、なのに何も解決できなくて。

 もしこの世に神様がいるのなら、私はそいつをぶっ飛ばしてやりたい。

 でも、私じゃきっと何もできない。

 もう私が異変を解決するなんて言ってる場合じゃない、そんなちっぽけなことにこだわってても誰も幸せになれない。

 私の頭なんかじゃ、何も解決策が浮かばないのなら――

 

「呼んだ?」

 

 いつの間にか、私の後ろから声がした。

 タイミングが良すぎる気もするけど、それがこいつらしいところだと思う。

 

「……ああ、呼んだよ」

 

 困ったのなら、相談すればいいんだ。

 私が何だかんだで一番信頼する相棒……とか言うと生意気ってぶっ飛ばされるけど。

 アリスなら、こういう時はきっと力になってくれる。

 この状況を打破するために、知恵を貸してくれるだろうから。

 

 

 

 



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第83話 : 一方あの頃、舞台裏では…


今回は紫視点です。



 

 

 レディースエーンジェントルメーン、ウェルカムトゥ・ゲンソーキョー!

 どぅるどぅるどぅるどぅる(ドラムロールの音)ツクテーン!!

 さーて、ゆかりんのぶっ飛び☆トークレイディオー、はっじまっるよー!

 <マッテマシター  <キャーユカリサンカッコカワイー

 

 ……っていう感じで喋りたかったのに。

 どうして初めてのMCなのにこんなシリアスっぽい場面なのよーとか言ってみたり。

 でもそれは流石に空気読めてなさすぎるわね。よし、切り替えが大事よ私!

 集中、集ー中ーーっ! はいっ、賢者モード入りました、今賢者モード入りましたよ!

 

 

 

 

 

 さて、それではおふざけはここまでにして真面目に話を進めましょうか。

 ここからの解説については私、八雲紫17歳が務めさせていただきます。

 

 紅魔館が虚数空間に取り込まれてると気付いて大急ぎで飛んで来た私たち。

 まぁ、飛んで来たとは言っても、実は境界ワープしてきたので一瞬だったんだけどね。

 だけど紅魔館に張られている境界が強力すぎて、私の能力でも介入できないという異常事態!

 なすすべもなく途方に暮れていると、突然何か変な空間に取り込まれて――その先はもう、ため息しか出なかったわ。

 

 はい、それでは皆さんご一緒にー。

 

「3名様ごあんなーい。アリスちゃんのお部屋へようこそー」

「結局お前の仕業かーーっ!!」

 

 という妹紅の叫びが空しく紅魔館の図書館に響き渡っていた。

 そんなこんなで、霊夢たちが咲夜の部屋で必死に修業タイムしてる中、アリスと私と藍と妹紅の4人で紅茶タイムin図書館inゆかりん空間が始まったのよね。

 ちなみに図書館の中で更に私の境界の中に隠れたのも、時々小悪魔がいたりパチュリー・ノーレッジが外に出たりすることがあるからよ。

 

「……それで? 一体どういうことか説明してくれないかしら、アリス?」

 

 とりあえずここで、私は真剣にアリスに向き直る。

 今回の件で、私の中でアリスへの警戒レベルが跳ね上がってるのよね。

 前々から何考えているかわからない相手だったけど、私も介入できない空間魔法を操る危険人物へと昇格したのだから。

 ま、こんなだけど、私も妖怪の賢者として幻想郷の安定を図る義務があるからね。

 今後平穏を乱しかねない危険な力を何事もなく放っておく訳にもいかないのよ。

 

「あー、そんな畏まらないで楽にしてくれていいわよ。ほら、おかわりいる?」

「結構だ。それより貴様が使っていた魔法は…」

「ただの隔離魔法、って言っても信じる訳ないわよね」

 

 藍からの急かすような質問に答えるように、アリスはおもむろに本を掲げて腕の袖を捲り始める。

 すると、アリスの腕からボコボコと血管が浮き上がってて、濃い紫色に染まっ……何アレ気持ち悪っ!?

 

「お、おい、それは…」

「これは昔ちょっとした伝手で手に入れた魔術書なんだけどね、内容は命を削る禁呪って言えば納得してくれるかしら。だから心配しなくても今回しか使うつもりはないし、しんどいからぶっちゃけもう使いたくもないわ。必要以上に幻想郷の秩序を乱すことはしたくないしね」

 

 淡々と言ってるけど、よく顔色一つ変えずに話ができるわね、なんか恐くなってきたわ。

 ゆかりんだったら腕があんなことになったらきっと泣いちゃう。だって、女の子だもん。

 

「……そう。まぁ、信じましょうか」

「しかし紫様…」

「いいのよ。アリスの行動が読めないのは今に始まったことじゃないでしょ」

 

 まぁ、正直アリスの得体が知れないのは間違いないけど、アリスが気まぐれに幻想郷に害をなすような節操のない妖怪だとは私は思ってないからね。

 私や妹紅にも秘密がない訳じゃないし、あえて深く追及する必要はないでしょう。

 藍の心配ももっともだとは思うけど、そこまで厳しくしてたら私も息苦しくなっちゃうわ。

 

「だけど、これだけは答えて頂戴。今回の貴方の目的は何?」

「ああ、そうそう。ちょっとパチュリーと約束しちゃったことがあってね、できればあんたたちにも手伝ってほしいのよ」

「約束?」

「ええ。レミリアと腹を割って話すために秘密を暴くこと、それが今回の私の目的よ」

 

 話を聞くと、あの視察の日アリスは紅魔館でパチュリーから相談を受けたみたい。

 あの感情なき吸血鬼に、一度でいいから笑ってほしいのだと。

 だからアリスはレミリアを観察するために、視察後も紅魔館に残りパチュリーの協力者としていられるよう振舞っていたとか。

 それで例の霧が出てから今日に至るまで、紅魔館をアリスなりに調べていたと。

 

「でね、私なりにいろいろ調べてみて、やっぱりあの地下室が怪しい気がしてね」

「例の部屋ね…」

「だから、私はこっそり部屋の調査をしようと思ったんだけど…あの部屋には強力な魔法がかけられてて調べられなかったの」

「魔法?」

「ええ、恐らくは概念停止魔法。中にあるものの概念的な時間だけを未来永劫止め続ける、私も初めて見るタイプの魔法よ」

「っ!? 待って、概念停止って……十六夜咲夜はそこまでのことができるっていうの!?」

 

 ちょっ、聞いてないわよそんなの!?

 そもそも時間停止自体が人間の使えるレベルの力じゃないし、概念停止なんてできたら老化を停止して不老不死になることも可能な、法則への反逆行為なのよ?

 それを片手間に地下の部屋に使い続けられる程の使い手だというのなら……もしかして十六夜咲夜こそが紅魔館一というか、幻想郷一の危険人物なんじゃないかしら。

 

「いいえ。あれは多分、咲夜の能力ではないわ」

「じゃあ一体誰が、何の目的で…!?」

「それを解明することが、私が今回この禁呪を使って時空を切り取った目的よ」

「え?」

 

 アリスの予想だと、地下室の魔法を使っていたのは外部者である可能性が高いとか。

 だからこそ外部との接続を完全に断ち切ることによって、術者を炙り出そうとしたみたい。

 

「それで、術者はわかったの?」

「残念ながら正体はわからなかったわ。だけど……きっちりお返しはくれたみたいね」

「お返し?」

「ええ。あんたの能力で、ちょっと外に繋いでくれない?」

 

 私はアリスに言われた通り、紅魔館の外に境界を繋げてみた。

 そしたら――そこには普段の数倍大きな「満月」が見えた。

 

「えっ、嘘っ!? どうして……だって今日は半月で…」

「そうね。概念停止魔法なんてものを使いこなしつつ、この隔離空間の中で月の状態を普段より強力な魔力の満月にすり替える。そんな神のような不可能を現実にするような奴が相手なのよ」

 

 ……嘘。私が把握してる中に、そんなことができるような存在はいないはずよ。

 もしあるとしたら龍神様クラスの誰かか、それともまさか……

 

「でも、今回の目的はその犯人を追い詰めることじゃないわ。そいつが私たちの手に余る相手だというのなら、放っておいてレミリアのことに集中すればいいだけだからね」

「……なるほど。だが、どうしてそいつは月をすり替えるような真似をしたんだ?」

「多分だけど、地下室を解き放つことを躊躇わせるためだと思うわ」

 

 ……それは、もっともな理由ね。

 あの地下室にいるのは恐らく吸血鬼、そしてレミリアも地下室の解放を望んでいない。

 だから、地下室を解放させないために、それを開けたら完全無欠状態の吸血鬼2人が敵に回るという「危険」な状態だとアリスに思わせようとしたということかしら。

 

「このイレギュラーさえなければ、本当はパチュリーたちがうまく動けば何とかなると思ってたんだけどね。満月の数倍の魔力を浴びた吸血鬼が2人いたら、ちょっとくらい策を練った程度じゃどうしようもないのよ」

「だから私たちに手伝えということか」

 

 正直なところ、予測してた倍くらい困った状況よ、これ。

 なのに全然動じてるように見えないアリスって、ほんとに何者なのかしら。妖怪の賢者の称号とか、ぶっちゃけ私よりよっぽど似合ってる気もしてきたわ。

 ……まぁ、流石にアリスに任せたら幻想郷がいろいろ破綻しそうで怖いから考えたくないけどね。

 

「……話は、わかりました」

 

 正直なところ、本来こんな危ない話はすぐに却下すべきなのでしょう。

 今回の異変は安全管理が最優先なのだから、地下室の吸血鬼を解放すること自体そもそも私もレミリアも反対の方針で同意してたんだしね。

 

 だけど、その提案に魅力を感じている私がいることもまた事実な訳で。

 もし本当にこれで、紅魔館の全員が納得してくれるハッピーエンドを得られるかもしれないのなら――

 

「それで? 貴方の思い描くビジョンを、詳しく聞かせてくれないかしら」

 

 私は久々に一つ、冒険をしてみたいと思った。

 

 

 

 

 



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第84話 : 作戦計画書R/S ~レミリアを救え~


 今回はおまけ回です。



 

 

 

<作戦目的>

 地下に封じられた吸血鬼を解放し、レミリア・スカーレットの心の闇を暴く。

 

<作戦遂行者>

 作戦立案・総責任者  アリス・マーガトロイド

 監視・緊急対応    八雲紫

 裏方・補助      八雲藍

 保険         博麗妹紅

 

<関係者>(作戦内容を伝えない)

 作戦協力  パチュリー・ノーレッジ、小悪魔、霧雨魔理沙、博麗霊夢

 ターゲット レミリア・スカーレット、地下の吸血鬼

 不確定要素 十六夜咲夜、紅美鈴、黒幕?

 

<作戦手順>

 (1)パチュリー・ノーレッジ、小悪魔、霧雨魔理沙の3名にて地下室へと向かい、地下の吸血鬼を解放する。

 (2)様子を見ることとするが、危険が予測されるため八雲紫および博麗妹紅にて吸血鬼を制圧できるようスタンバイしておく。なお、レミリア・スカーレットがその場にいる場合は、この限りではない。

 (3)地下の吸血鬼とレミリア・スカーレットを対面させるよう仕向け、反応を見る。この後の処理はアリス・マーガトロイドおよび八雲紫の判断による。

 (4)パチュリー・ノーレッジ、小悪魔、霧雨魔理沙のいずれかが地下の吸血鬼の部屋を調査しなかった場合、八雲藍またはアリス・マーガトロイドが調査を行う。なお、この調査の優先度は低く、場合によっては後日行う。

 

<補足手順>

 ・紅美鈴が動き、計画に重大な支障をきたすと判断された場合は八雲藍にて対応する。

 ・博麗霊夢にて、十六夜咲夜またはレミリア・スカーレットの足止めが行われることを期待する。レミリア・スカーレットの足止めが行われなかった場合、アリス・マーガトロイドにて足止めを行う。十六夜咲夜の足止めが行われず、計画に重大な支障をきたすと判断された場合、博麗妹紅にて十六夜咲夜に対応する。

 ・有事の際以外は、八雲紫・八雲藍にて、偽りの満月を解消する方法を探る。

 ・地下の魔法をかけた黒幕の介入を防ぐため、アリス・マーガトロイドは可能な限り空間隔離魔法を継続する。ただし、生命を侵す危険性がある場合、その任を解く。

 ※八雲紫、八雲藍、博麗妹紅の3名については、有事の際を除き可能な限り表舞台に出ないよう努めること。

 

<懸念事項>

 ・誰かが生命の危機に陥った場合、他の全てに優先して八雲紫が対応にあたる。

 ・地下の魔法をかけた黒幕が現れた場合、他の全てに優先して博麗妹紅が対応にあたる。

 ・レミリア・スカーレットまたは地下の吸血鬼が暴走し危険な状況に陥った場合、博麗妹紅(十六夜咲夜に優先する)、八雲紫、八雲藍(紅美鈴に優先する)、アリス・マーガトロイドの内、対応可能な状況にある者全員が対応する。

 ・作戦遂行者4人は、それぞれ単独で緊急事態宣言の発令権をもつ。発令された場合は作戦の一切を中止し、その後は各々が最善と考える行動をとること。

 ・その他の緊急事態について、アリス・マーガトロイド及び八雲紫の判断にて臨機応変に対応する。

 

 

 

 



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第85話 : 覚醒


 今回は霊夢視点です。



 

 

 

 目の前が真っ暗になりそうだった。

 私の手は、取り返しのつかない血で染まっていた。

 殺したんだ。

 あの悪魔ではない。きっと、レミリアを。

 咲夜が、パチュリーが、小悪魔が、美鈴が、誰よりも大切にしてきた人を奪った。

 そんなつもりじゃなかったなんて言い訳は許されるべきじゃないし、きっと断罪されるべきことなんだと思う。

 

 だけど、今の私はその事実にさえ思考を割く余裕がなかった。

 だって、どうしようもないくらいに怖いのだ。

 

「ぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

 さっきまで悪魔が垂れ流していた狂気が、殺意へと変わったのを感じる。

 暗く淀んだ感情が悪魔の魔力を増大させて、辺りの大気を歪ませていく。

 恐らくはレミリアを遥かに超える力の塊が、私たった一人へと向けられている。

 そして、その声が響くと同時に私の本能は一瞬で最大級の警戒音を鳴らす、はずだった。

 

「……何、これ」

 

 私の顔についているのが自分の目玉ではないんじゃないかと。

 脳が、心が、ここにある何もかもが私のものではないと感じるくらい、気持ち悪かった。

 世界の動きが、ひどくゆっくり見える。

 そして何より、奇声を発しながら私に向かってくるあの悪魔が――全然、恐ろしくなかった。 

 

 右に寄りに向かって来る、だから私は少し左に寄った。

 空振った悪魔の身体はあまりに無防備だ。だから私は少しだけ手を伸ばして、

 

「あ゛っ――――――!?」

 

 いつの間にか私の目の前には血煙が舞い、隕石が落ちたように飛び散った大地には大穴が開いていた。

 私は無意識に攻撃を避けて、悪魔に向かってほんの少し霊力を叩き込んだだけ。

 なのに、それで終わっていた。

 腹部がはじけ飛んで全身を真っ赤に染めた悪魔は、再生することもできず苦しみ悶え、地を這いつくばっている。

 さっきまで敵う気のしなかった悪魔が、まるでただの有象無象のように見えていて。

 ……なのに、私にはそれが不思議と、当然のことのように思えた。

 

 ――足リナイ。

 

 むしろ、何か物足りないようにすら感じていた。

 だから私は、死にかけの悪魔へと近づいていく。

 

「待って霊夢、何をしてるの!?」

 

 何か聞こえてきた気がした。

 大した生命力を感じない、恐らくはただの羽虫の声。

 鬱陶しい。

 喰らう価値もない、邪魔だから消して――― 

 

「霊夢!!」

「っ!? ……咲夜?」

 

 あれ? なんだ咲夜か。どうして……って、ちょっと待って。

 私、今、何を考えてた?

 あの悪魔が向かってきたから、避けて反撃して、それで私は一体……っ!?

 

「霊夢、あのね…」

「お願い咲夜、傍にいて!!」

「え……?」

「一人にしないで! 手を離さないで、私を呼び続けて!」

 

 怖い。言葉にできないくらい怖くて、息が苦しい。

 レミリアを殺してしまったことが? それともあの悪魔にむけられた殺気が?

 多分違う。

 あの力が……いや、その更に奥底に眠る何かが私を支配していくような感覚。

 風見幽香に追い詰められた時と同じ、目の前の全てが塵芥のように見えていく感覚。

 あの悪魔の殺意さえ軽く止められる得体のしれない力、こんなのは私がどうにかできるものじゃないと再認識させられた。

 このまま私が私じゃなくなってしまいそうで、怖い。

 無意識に、当然のように咲夜さえ殺してしまいそうになった自分が怖いんだ。

 

「一旦落ち着いて霊夢、冷静に…」

「ぅぅぁ……あはっ、あはははははははっ」

「……え?」

 

 だけど、私の心は再び別の恐怖に襲われた。

 関節をあり得ない方向に曲げながら無理矢理に立ち上がった悪魔の表情は、理解不能だった。

 憎しみではない、再び狂気の――いや、むしろ狂喜とでも思えるほどの笑みでもって私を迎えている。

 それは『空を飛ぶ程度の能力』を持っている私だからこそわかる、感情のうねり。

 こいつの中には、最悪の憎悪と至上の愉悦とでも言うべき感情が混在していた。

 私へ向けた破壊衝動、そして――自分を滅ぼしうる力を期待する、自殺衝動。

 今の私ならきっと誰でも殺し得るのだと、こいつはきっと本能的にわかっているのだろう。

 一体こいつがなぜそんな目的を持っているかもわからない。

 だけど、一つだけわかることがあった。

 私の中にある何かが、ずっとこいつの存在を待ちわびていたということだ。

 

「来ないで」

 

 私は反射的に臨戦態勢に入っていた。

 これ以上こいつの前にいるのは危険だ。

 こいつも確かに化物クラスの力を持っているのがわかる、だけど私の力は間違いなくその上位にあるものだ。

 今の私が本気になればすぐにでも倒せる。

 だから、やるなら今しかない。

 このまま、こいつを――――

 

「っ――!?」

 

 だけど、また一歩前に出ようとした私の身体は蹴り飛ばされていた。

 それも悪魔にではない、咲夜に。

 

「咲夜、何、を……」

 

 ……だけど、咲夜に拒絶された事実を冷静に考えればすぐにわかった。

 本当はそれを予想していたのに、ただ現実逃避をしていたに過ぎないこともわかっていた。

 咲夜にとっての敵。この世で咲夜が最も忌むべき仇は他でもない、レミリアを殺した私なのだから。

 

「もういいわ霊夢。後は私が引き継ぐから、早く逃げなさい」

「……え?」

 

 だけど、咲夜は私を責めてる訳じゃなかった。

 ただ静かに私に背を向けて、悪魔の方へと向かっていく。

 

「待って、いくら弱ってるとはいえ咲夜じゃそいつは…」

「でも、今の霊夢がやったら殺しちゃうでしょ。この子を」

「え……?」

 

 その背中は、ひどく寂しそうで。

 それでも、咲夜から負の感情は全く感じられなかった。

 私への憎悪も、あの悪魔への恐怖も。

 

「咲夜。そいつのこと、知ってるの?」

「いいえ。霊夢と同じで、たった今初めて会ったばかりよ」

「なら、どうして…」

「決まってるじゃない」

 

 咲夜は振り返らない。

 それでも、私の問いかけに答える咲夜の声は、

 

「この子はお嬢様が命を懸けて守った人。なら、私がそれを守ることくらい当然でしょ」

「あ……」

 

 何か大切なものを慈しむかのように、ただ優しかった。

 

 ……そうだ、どうして気づかなかったんだろう。

 レミリアはこの子を守ろうとして、この子を庇って私の力に飲み込まれたんだ。

 今ならわかる。この子が私に向けていた殺意は、レミリアを奪った私へ向けた憎しみ。

 きっとこの子は、レミリアのことを大好きだったんだ。

 

「そうだ、私、は……」

 

 なのに私は、そのレミリアを奪った最低の化物。

 悪魔はこの子じゃない。悪魔は私の方だったんだ。

 

「霊夢……?」

 

 だって、私は殺した。

 皆からこんなにも愛されていた人を、殺した。

 絶対に許されない。

 私の頭にはただ、後悔ばかりが巡ってるはずなのに。

 

 なのに、どうして。

 自分がわからない。

 私は。

 どうして私は。

 こんなに優しいこの子を――喰らい尽くしたい衝動が抑えきれないんだろう。

 

「霊夢っ!?」

 

 無意識に地を蹴った私の目の前には、何もなかった。

 視界から何もかもが消えて、目の前に広がるのは一面の荒野。

 

「……こっちよ、霊夢」

 

 振り返ると、そこには咲夜だけがいた。

 きっと危険を察知した咲夜が、時間を止めてあの子を逃がしてくれたんだと思う。

 だけど咲夜の能力には限界がある、多分遠くまでは逃がせてないだろう。

 きっとまだ、あの子はこの近くにいるはずだ。

 

 ――感じル。何処か近クニ。

 

 けど、それじゃダメなんだ。

 あの子の魔力を探している。

 私の身体から何かどす黒い、霊力とは違う何かが溢れているのを感じる。

 全てを飲み込むもの。

 この世の全てを破壊するための、ただそのためだけのものが。

 

 ――喰イ足リナイ。邪魔ヲスルナ。

 

 声を出そうとしたけど、思うように身体が動いてくれない。

 感情が真っ黒に染まっていく。

 視界に映る色が反転していく。

 多分もう私には抑えきれない、止められないから。

 

 ――否ナレバ、汝ニ。

 

 だから、お願い咲夜。

 いきなりこんな無理難題を頼むのは心苦しいけど。

 死なないで。

 このまま、私が壊れてしまう前に――

 

 

 ――永遠ノ安ギヲ賜フ。

 

 

 私の手からあの子を、皆を守ってあげて。

 

 

 

 

 



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第86話 : 守るべきもの


 今回は咲夜視点です。



 

 

 

 エマージェンシー、霊夢さんご乱心! 霊夢さんご乱心!

 いやいやアホなこと言ってる場合じゃないわよ。

 確かにこの吸血鬼の子も危なかったけど、今の霊夢それどころじゃないでしょマジで。

 

「……いやー。詰んだんじゃないかしら、これ」

 

 とりあえず今、私は時間を止めて次の手段を思索している。

 目の前には何か突然ラスボス通り越して裏ボスっぽい雰囲気を醸し出し始めた霊夢と、その霊夢に一撃でやられて悶えながらも立ち上がった吸血鬼の子。

 この2人をどうにかしなきゃいけないんだけど、知っての通り私は止まった時間の中ではどちらにも触れられないし干渉できない。

 私がこの子を連れて逃げられる時間は、多分頑張っても最長2秒くらい。でもその間私の手の中でずっと大人しくしててくれる訳がないから実質的に不可能。

 そして今の霊夢に触れたりしたら、力の逆流に耐えきれずに一瞬で心臓破裂とかで死ぬ自信がある。

 私が逃げるだけなら問題ないんだけど……ぶっちゃけ、この後霊夢がどうなるかわからない。

 とりあえず、まず間違いなくこの吸血鬼の子が瞬殺されるだろうことだけはわかる。

 

「それはちょっと、マズイわよねぇ……」

 

 この子はお嬢様が命を懸けて守った子なのだから、それはそれはきっと大切な子なんでしょう。

 私はお嬢様が悲しむ顔なんて、見たくないのだ。

 ……え? お嬢様は死んだんだからそんなこと言ってる場合じゃないって?

 あー、うん。運命が見える(笑)とか自負なさっているお嬢様があんなことで死ぬとか私は正直思ってないし大丈夫よ。

 それになんかパチュリー様が遠目から冷静に状況を見てるっぽいから、多分何とかしてくれてるんじゃないかしら。

 だから、私はお嬢様の心配はしていない。とりあえず今の私が考えるべきは、お嬢様が帰って来た時に最高の形で迎えられる状況をつくることだ。

 なら、今の私がとれる最善手は……

 

「邪魔するわよ」

「……え? ってわあああああああああっ!? 咲夜さん!?」

 

 第一弾。突撃!美鈴の部屋……とか言ってる場合ではない。

 まず、時間を止めたまま美鈴の部屋の窓ガラスをぶち破って、美鈴を吸血鬼の子の前まで引っ張り出してくる。

 美鈴はそこまで魔力とかの容量が大きい訳じゃないから、今の私でも美鈴を連れて10秒くらいなら割と余裕で時間を止めていられるのだ。

 

「美鈴お願い、何も聞かずにこの子を守ってあげて」

「うわっ、何ですかこの子ひどいケガじゃないですか!? っていうか咲夜さんも凄い汗ですよ、大丈…」

 

 そして、私は美鈴から手を離して次の作業に移る。

 美鈴の体感時間だと私と話してた次の瞬間に一人であの吸血鬼の子の前にいることになるだろうから、かなり混乱する大変な役目を押し付けてしまうことになった訳だ。

 けど、こればっかりはしょうがない。美鈴はやる時はやるのだ、何だかんだ私が本当に困った時に今まで一番助けになってくれたのは美鈴なのだから。

 とりあえず、頑張れ美鈴!

 

 そして第二弾。

 

「うぇっ、咲夜さん!? 突然何を…」

「小悪魔はパチュリー様を手伝って、もし余裕があればパチュリー様と一緒に全力で美鈴のサポートよろしく」

 

 地下深くまで空いていた大穴から飛び出ようとしていた小悪魔をパチュリー様のもとへとお届け、そして簡単な指示書を渡し要件を伝えて風と共に去りぬ。

 流石に今の私にパチュリー様の魔力逆流に耐えきる余裕はないから、小悪魔がうまく説明してくれることを信じるしかないわ。

 こうして、運び屋少女ミラクル咲夜ちゃんの本領が発揮される日が来たのだ。

 

 ……さてと。やるべきことはやった。

 ここから先は、本当に私も命を懸けなきゃいけない。

 なんだかわかんないけど、紅魔館周辺に謎の結界が張ってあることには気づいてる。

 私の力で破れるものでもなさそうだから、もう外に助けを求めることもできないし、逃げることもできない。

 ここにいるのは他には魔理沙とアリスさん、それとメイド妖精くらいか。

 魔理沙やメイド妖精にこの状況を打破させるのは無理だろう。

 アリスさんが何とかしてくれるってのがワンチャンあるけど、実際私はあの人のことはよくわからないし、そんな博打に懸けられる状態じゃない。

 

 でも、私は心配はしていない。

 外部に頼らなくても、私には信頼できる仲間がいるのだ。

 美鈴がきっと、あの子を守ってくれる。

 パチュリー様と小悪魔がきっと、お嬢様を助けてくれる。

 そして、お嬢様が戻ってくればきっと全部なんとかしてくれる。

 だったら、今の私がすべきことは一つだ。

 

「こっちよ、霊夢」

 

 時間停止の解除とともに私と霊夢がいたそこは、どこまでも広がる荒野。

 固有結界――とかカッコいい類のものではない。ただ私の『空間を操る能力』で中庭を際限なく広げただけの隔離空間、だけど一度入ればあの九尾ですら脱出困難な迷宮だ。

 

「……」

 

 周囲を軽く見回した霊夢の視線は完全に別人のそれだった。

 お嬢様と初めて会った時をはるかに凌ぐ恐怖、こんなレベルの力は私は生まれてこの方一度も味わったことがなかった。

 これがあの霊夢だと言われても、今でも現実を受け入れられないのが私の本音だ。

 暗闇を照らすように赤く吊り上がった眼と、どす黒く辺りを覆い尽くすオーラ。

 さっきから膝がガクガク震えて立ってるのがやっとだ。

 でも、やらなきゃいけない。

 

「――■■■■■■■」

 

 霊夢の口から得体のしれない咆哮が発されて、わたしの耳をつんざく。

 何か一つでも間違えれば、一瞬で私はこの世から消え失せることになるのだろう。

 それでも私は一歩も引かない。

 九尾の時みたいに霊夢だけをこの空間に閉じ込めておけばいいと思うかもしれないけど、それは絶対に嫌だ。

 

「まったく、何やってるのよ霊夢」

 

 だって、私は欲張りなのだから。

 前にも言ったと思うけど、私はこの先も一生楽しく生きていきたいのだ。

 だから、私は何一つ失わせない。

 私の大切な紅魔館という場所は、美鈴たちがきっと守ってくれる。

 ならば私は――

 

「このバカ、さっさと目を覚ましなさい!」

 

 大事な友人を、霊夢をこんな訳も分からないまま壊させないために。

 そう思えば私は戦える。

 この程度の恐怖なんて、失う恐怖に比べればなんてことはないんだから!

 

 

 

 

 



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第87話 : 明鏡止水の慈愛

 またかよって感じかもしれませんが、私生活の関係で執筆時間を最近ほとんどとれていない状況にあります。そのため、すみませんがしばらく更新が2週に1話くらいになるかと思われますm(_ _)m


 今回はアリス視点です。




 

 第87話:もこたんご乱心でござるの巻、はっじまr……

 

「紫! おい、しっかりしろ紫!」

 

 ……はいはい。流石に今回ばかりは遊んでいられるような状況じゃないことくらいわかってるわよ。

 紫は何か背中からものっすごい黒々しい出血して死にそうになってるし、妹紅は泣きそうになってるしで私が遊んでたらマジで収拾つかないもの。

 

「っ……これは一体、どういうことかしら?」

 

 そして、レミリアも紫と同じような状態でけっこうヤバい。

 しかもレミリアはいきなりのことすぎて状況についていけてないみたいだしね。

 

 さっきまで私たちは割と計画どおりに例の吸血鬼と霊夢たちの戦いを観戦してたんだけど、霊夢が何か企み始めたあたりから紫たちの顔色が変わった。

 そして、霊夢が何かヤバい力を使った。

 マジで何あれ?

 冗談抜きに、私が今まで生きてきた中で一番ヤバい部類の何かが霊夢から飛び出した。

 まぁでも多分、紫たちにはそれが予定内のことだったのかしらね、相応の対策を練ってたみたいで。

 んで、霊夢の何かに飲み込まれそうだった吸血鬼をギリギリのところで紫が助け出そうとした――その時、事件は起こった。

 紫が境界に取り込もうとしていた吸血鬼を助けようと、レミリアも飛び出してきてしまったのだ。余計なことしやがって。

 その甲斐あってか、もう一人の吸血鬼の方は助かったみたいだけど、代わりにレミリアがヤバかったので助けるために紫が危険を冒して境界の外に飛び出したからさあ大変。

 最終的に間一髪でレミリアを引っ張り上げて境界の中に逃れたおかげで一応2人とも生き残ってはいるんだけど、少しだけあの力を背中で浴びちゃったみたいなのよね。

 

「行って、妹紅。私のことはいいから」

「紫! よかった意識が…」

「いいから、早く行きなさい!!」

 

 叫んだ紫の目は本気で血走っていた。

 もう境界から外を見る力も残ってないのかしらね。まぁ、あの状況じゃそりゃあ外が心配でしょうよ。

 

「っ……くそっ。アリス、後は頼んだ!」

 

 不安そうに振り返りながら、妹紅は図書館を飛び出していった。

 藍も紫がこっちに戻った瞬間に状況を察知して霊夢たちのとこに向かったはずだし、まぁ妹紅と藍がいればあっちは多分なんとかなるでしょ。

 ……となると、私は紫おばあちゃんとレミリアお嬢ちゃんのお世話係かしらね。

 まぁ、あの訳のわからない場面に行くのと比べれば楽そうでいいけど。

 

「……何っじゃこりゃああああ!?」

 

 とりあえずそう言ってみたくなる有様だった。

 一番楽そう、そう思ってた頃が私にもありました。

 治癒魔法をかけても一向に2人の傷は治らない。

 レミリアは吸血鬼だし満月だしすぐ自己再生できると思ってたんだけど、その気配はない。

 いくら紫やレミリアでも、この出血量じゃもうすぐ死ぬわよマジで。

 そしたら看病してた私の責任になるのこれ? 勘弁してほしいわぁ。

 

「痛っ!? だだだだだだアリス何を痛あああっ!?」

「あーもう、子供じゃないんだから大人しくしなさい」

 

 という訳で、めんどいので物理的に傷口を縫い付けることにするわ。

 治癒能力でどうにもならないのなら、針と糸で無理矢理傷口を閉じればいいだけの話だからね。

 そういう意味じゃ人形使いの私がここに残ってたのは幸運だったかもしれない。

 まぁ、人形の裁縫用の針なので刺される側の痛みはたまったもんじゃないでしょうけど。

 

「はい、縫合完了。感謝しなさいよ紫」

「ぅぅぅ、もうお嫁に行けない…」

 

 うるせえ。

 今は紫にかまってる暇はないわ、問題はレミリアね。

 流石はカリスマ吸血鬼といったところかしら、紫と違って縫合中に悲鳴の一つさえ上げなかったのは素直に称賛するわ。

 だけど、正直なんと声をかけたらいいのかわからなかった。

 背中の縫合は済んでいる。

 ただ、焼けただれた右半身だけは私には手の施しようがなかった。

 だって、そこについていたのはレミリアの腕ではなかったから。

 確かこれは……

 

「レミリア、これは一体…」

「……助けてくれたことには礼を言うわ、だけど…っ!?」

「はい、動くのは禁止」

 

 立ち上がろうとしたレミリアの身体を、糸で床に縫い付けて制止する。

 普段のレミリアなら振り切って行けるでしょうけど、流石に今はもう無理みたいね。

 

「放せ」

「駄目よ。多分このまま行けば貴方は死ぬから行かせない。私はパチュリーに恨まれたくはないもの」

「っ……」

 

 原理はわからないけど、さっきの霊夢の攻撃は回復を完全に阻害している。

 糸で縫った部分が既に裂け始めていることからも、これは吸血鬼といえど放っておけば死に至る重傷だということがわかる。

 

「私は、行かなくちゃならないのよ」

「いいから大人しくしてなさい。後は多分、妹紅たちがなんとかしてくれると思うわ」

「……」

 

 レミリアは再び口を閉ざす。

 何かを耐えるように悔しそうに震えるばかりで、全然納得してるようには見えなかった。

 ……まぁ、私はレミリアが本当は何を言いたいのか薄々感づいてはいるんだけどね。

 だけど、それは私から言ってもしょうがない。

 これはレミリア自身が開けるべき扉なのだから。

 

「……だったら、大人しくしているから。恥を忍んで頼みがあるわ」

「何かしら」

 

 短い付き合いだけど、なんとなくわかっていた。

 レミリアはプライドなんてくだらないものに左右されたりしない。言いたくないんじゃなくて、誰にも相談できない理由があったのだろう。

 だってレミリアは私と違って、本当に大切なものを理解できる奴だと思うから。

 

「あの子を、助けてあげて」

「ああ、だから安心してていいわ。咲夜もパチュリーも小悪魔も、妹紅たちなら多分全員助けてくれるから」

「……違う」

「違うって、何が?」

「……」

 

 きっとこの数秒足らずの沈黙の中で、レミリアは心の中で数百年分の葛藤と戦っているのだろう。

 レミリアにとって一番大切なもの。

 ずっと孤独に守り続けてきたもの。

 パチュリーたちにとっちゃ悔しい事実かもしれないけど、多分間違いないと思う。

 でも、それがパチュリーの望みなのだから仕方ない。

 レミリアの口から、その本音を聞き出すことこそが――

 

「私の妹を……フランを、助けて」

 

 そう、これでやっとスタート地点ね。

 ったく、たかだかこんなこと言うためにどれだけ時間をかけてるんだか。

 

「あの子は何も悪くないの、全部私が…」

「はいはいわかったわ。詳しい話は後で聞くから、要は例の暴れまわってる吸血鬼の子を助ければいいんでしょ」

「え……?」

 

 実際レミリアに何があったのかは知らないけど、最近になって私にも少しわかるようになったことがある。

 人の感情には大きな力があるのだと。

 世の中には喜怒哀楽なんてものからは縁遠い奴もいるし、もう手遅れな奴もいる。

 でも、今の一瞬だけでレミリアは違うってわかった。

 こんなにも愛情に溢れた涙を流せるのなら、きっとまだ戻れる。

 だって、何があっても譲れないほどの願いを秘められる強い心が、レミリアにはあるのだから。

 

「紫」

「……何かしら」

「緊急事態宣言を発令するわ」

「……そう。了解したわ」

 

 まぁ、そうでしょうね。

 計画書懸念事項の四、緊急事態宣言が発令された場合は作戦の一切を中止する。

 これは多分紫たちが霊夢に何かあった時の保険として盛り込んでたんでしょうから、紫たちにとってもちょうどいいだろうしね。

 だから、ここから先は私の独断専行のため。

 ここまでの作戦をご破算にしてでも、自由行動をとる必要があるから。

 

「霊夢のことは、あんたたちに任せていいのよね?」

「ええ。アリスの方に、助けはいるかしら」

「結構よ。私には私で、割と優秀な助手がいるから」

 

 さてと。大見得を張ったものの、あの未熟者はせめて半人前くらいにはなれてるのかしらね。

 地下の調査すらせずに縮こまってたら破門してやるわ。

 

「アリス・マーガトロイド」

 

 私を呼び止める声。

 それはまた平坦な、感情の乏しい声だったけど。

 

「フランを……皆のことを、お願いします」

 

 レミリアの、その何よりもまっすぐな気持ちは……しかとムネにひびいたぜ!

 でも残念、私は適当なのだ。

 

「そうね。明日から私のことをアリスお姉さまって呼ぶのならいいわよ」

 

 私はぶっちゃけ、こんなシリアスな空気のまま去るのなんてもう嫌なのよ。

 基本的には面白そうなことが最優先、人生何でも楽しまなきゃ損、それが今の私の生き方なのだ。

 

「……ああ」

 

 だけど、今回ちょっと真面目にやったことに関しては、少しだけ役得も感じていた。

 もしかしたらパチュリーの悔しがる顔を見れるかもしれない、そんな役得だ。

 だって、レミリアの顔はまるで私を小馬鹿にしたようだったけど。

 憎たらしいほどにウザかったけど。

 

「考えておくよ」

 

 パチュリーたちが何よりも待ち望んでいたもの。

 レミリアが初めて浮かべたその微かな笑みを、最初に受け止めたのが私だったのだから。

 

 

 

 



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第88話 : 必ず愛は勝つ!


 大変遅くなり申し訳ありません、事故に巻き込まれてしばらく死んでました。落ち着いてきたので、投稿再開します。


 今回は小悪魔視点です。




 

 

 

「……どうして」

 

 孤高に浮かぶ満月の下、彼女は一人で虚空を見つめていた。

 唇は震え、目の焦点は合っていない。

 

「そんな訳ない。私が……私がまだ未熟だから…」

 

 魔力の残照を探りながら、フラフラの足取りで辺りを徘徊する。

 何もない空間に手を伸ばして、一人ぶつぶつと何か呟き続けて。

 そんなことを――彼女は一体、どれだけ続けていたのだろうか。

 

「嘘よ」

 

 やがて、彼女は遂に膝から崩れ落ちる。

 

「嫌ぁぁ、返事してよ…」

 

 そして、その目に浮かぶのは果たして……

 

「お願いだから出てきてよ、レミイイイイ!!」

「きたあああああああっ!!」

「ひゃっ!?」

 

 っしゃあああああっ、いただきました、いただきましたよパチュリー様の泣き顔!!

 いやぁ、召還されて以来初の快挙、あのクールを気取ったパチュリー様の弱みを遂に握らせていただきましたよ!

 まぁ、ここで調子に乗って反撃食らうのもいつものパターンなんですけど……そんなことを気にしないのが小悪魔クオリティ!

 

「『私が……私が未熟だから…』って泣いてるのとか、パチュリー様も意外と…」

「小悪魔、お願い手伝って! レミィが、レミィが…!!」

「へ?」

 

 でも、反撃はない。

 いつもならこの辺で私が水符くらって濁流に飲まれるところ、なんかパチュリー様は涙目のまま私の挑発とか気にもしてなくて。

 ……それはそれでつまらん!!

 

「ふっふっふ、遂に私の力が必要になったようですね、いいでしょう! ただしこの異変の後、私への一日服従を要求すr」

「何でもいいから! 早くしないとレミィが…」

 

 ……あー、はいはい。そういう感じですか。

 このまま続けるのも、まぁそれはそれで面白そうだから別に構わないんですけど。

 私の中で「コレジャナイ」感がハンパないので、終わりにしましょうか。

 

「とりあえず落ち着いてください。お嬢様は生きてますから」

「……へ?」

 

 あの大穴を抜けてくる途中、アリスさんの飛ばした人形から既にいろいろ情報を受け取っていた私。

 紫さんが実はあの時ギリギリでお嬢様を助けていたこと、それでも負傷し動けなくなったお嬢様と紫さんともども治療中ということ。

 などなど諸々、少女説明中……

 

 ……そして1分後、このこんがり美味しそうに焼けた物体が私になります。

 

「なるほどね。また八雲紫たちがろくでもないこと企んでると」

「……はぃぃ、でも今回の計画立案はアリスさんで、他の方々はアリスさんを手伝ってるみたいで…」

「そ。だったらそっちはアリスに任せましょうか」

 

 突然のロイヤルフレア一発。いやー、この灼熱に愛を感じますね、やっぱりパチュリー様はこうじゃないと!

 ……いや、別に私はドMとかって訳じゃないんですよ、ぶっちゃけ痛覚とかは普通に苦痛でしかないので。

 ただ、私に泣き顔見せちゃった照れ隠しに魔法をいい感じに手加減して撃って、またすぐクールぶる感じが……なんか可愛いんですよねぇ。

 私の方が使い魔ではあるんですけど、強がってる身分違いの子供に仕えてるみたいで楽しいっていうのが私の本音。

 ああ、こうしてみると昔の悪魔悪魔しようとしてナイフみたいに尖ってた頃の私は何だったのかしらと思う今日この頃。

 

「それで、レミィと交戦してたアレは一体何だったの? なんかあの後すごい爆発起こしてたんだけど――そういえば咲夜と霊夢はどうしたの!?」

「へ? いや、それはパチュリー様の方が詳しいんじゃないですか? だってずっと見てたんですよね?」

「……あー、その、ね。ちょっと忙しくて…」

 

 なんか歯切れが悪いんですけど……冗談、ですよね?

 だってお嬢様が消えた後も、咲夜さんと霊夢さんが例の子の目の前に残されてたんですよ。

 そんな危険な状況に気付いてない、なんてことは…

 

「だって私あの後ずっと、レミィを探してて、その…」

 

 ずっきゅううううううんっ!!

 うわー、アレですね、あの状況で咲夜さんたちに目がいかないとかどれだけ必死だったのかという。

 何ですかもう恋する乙女ですか「もうあの人しか見えない」的なアレですかー。

 

「うわっ、うーわー、うふふっ。愛ですねー、かーわいーですねー、ぱっちゅりーさm…」

 

 んどぅぅううううううんん!! 

 っていう訳で、はい。なんかすっごく見覚えのある太陽が頭上でいきなり光ったので…これは不意打ち照れ隠しロイヤルフレア第二弾ですねー。

 流石の私も、体力的にそろそろ辛く――

 

「ああもう、今はあんたに構ってる場合じゃないわ、早く咲夜たちを助けに…っ!? あ、れ……?」

「っとと。やっぱりですかー」

 

 なってこないんですよね、これが。

 何度もくらいすぎて私に炎属性の耐性ができた訳でも、必死に強がってる訳でもなくて。

 いつもよりも、パチュリー様の魔法が弱かっただけで。

 それは別に極端に手加減したとかじゃなくて、正直言うと私ももうわかってるんですよねー。

 一人で無茶するお嬢様をパチュリー様が心配するように、私にも心配な人くらいいますから。

 

「そろそろ限界なんですよね、パチュリー様」

「そんなこと…」

 

 突然足の力を失って私にもたれかかってきたパチュリー様が、それでも必死に強がっている。

 いやいや、そんな体勢で言っても何の説得力もないですからねほんとに。

 

「このたった数時間足らずの間に、霊夢さんたちの修業空間維持、咲夜さんの結界破壊に使ったのもほとんどパチュリー様の魔力でしたし、お嬢様からの一撃くらった時なんて流石に死んだかとヒヤヒヤしましたよ」

「でも、まだ咲夜たちが…」

「大丈夫です。咲夜さんは、あとは全部任せてって言ってましたから」

 

 ま、嘘ですけど。

 実は私が今ここにいる本当の目的は、ただの時間稼ぎに過ぎないんですよね。

 咲夜さんや美鈴さんが今、大変なことになってるのもわかってる。

 アリスさんからパチュリー様への伝言もある。

 だけどそれは言えません。

 だって、もし今の状況を正直に言ったらパチュリー様は無理矢理にでも咲夜さんや美鈴さんを助けに行こうとするだろうし、お嬢様の願いを叶えるためのアリスさんの計画なんて知ったら、自分の体調のことなんて気にも留めずに死ぬまで頑張っちゃう。

 そんな人だってことくらい、何十年も使い魔やってたらわかっちゃいますから。

 

「なので、パチュリー様は少しだけ休んでてください。もし――手に負えなくなったら、叩き起こしますから」

「待ちなさい、小ぁ…く…」

 

 だから、私はそっとパチュリー様を抱きしめながら、微弱な魔法をかけた。

 数十分とかでもいいのでゆっくりと休んでくれるよう、眠りの魔法を。

 

「んー。これだけ戦闘が激しいとすると……やっぱ例の地下室あたりが一番安全ですかね」

 

 そして私はパチュリー様を抱えたまま、誰にも見つからないようひっそりと大穴の中へ飛び込んだ。

 

 今こんなこと言うのもなんだけど、私はこの紅魔館が大好きだ。

 自由気ままで愉快な美鈴さんと一緒に、仕事をサボって遊ぶのが大好きだ。

 完璧を気取って頑張る咲夜さんを困らせて、追い回されるのが大好きだ。

 無表情でも実は優しいお嬢様を、ただのクーデレじゃないかと妄想しながら弄るのが大好きだ。

 だけど、それでも。

 私は何よりも、パチュリー様が大好きだ。

 だからこそ私は、パチュリー様を守るためなら何だってする。

 誰にだって物事の優先順位はある、それは当たり前のことですよね。

 たとえ誰かを見捨てることになるかもしれなくとも、後で恨まれることになろうとも、それはそれ、これはこれでしかないし。

 ……ま、かといって他の皆さんを見捨てる気なんてさらさらないんですけどね。

 

「さてと。それじゃ私もちょっと、本気出しますか」

 

 問題は、本気出してもいつもと大して変わる訳でもないってことくらいですかね(笑)

 さーて、まずはパチュリー様を安全なとこに隠したら、パチュリー様の分まで私が肩代わりしないと。

 という訳で、本当に私の手に負えなくなったら、その時こそお願いしますねっ、パチュリー様!

 

 

 

 



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第89話 : 不可能よりも残酷な

 

 

 

 ……はい。そして前回けっこうカッコつけて終わったくせに、地下室前でアリスさんに見つかって一瞬で計画が狂ってしまった哀れなピエロが私です。

 そういえば地下室前に魔理沙さんいたんだったなー。そりゃアリスさんもいる確率高いですよね、なんでこっち来ちゃったかなー私。

 

「どうしてあんたたちがここにいるの? 地上での作業を頼んでたはずだけど」

「あー、それが実はパチュリー様が地上で気絶しちゃってまして……かなり疲れてると思うので、寝かせといてあげてもいいですか?」

「……そう。でも、そんな余裕はないから起こしてくれる?」

 

 ですよねー。こんな大変な状況で寝かせとくとか、普通に考えてあり得ないですもんね。

 今この瞬間にも咲夜さんや美鈴さんは死にかけてるかもしれないし、お嬢様の妹とかいうあの子もそろそろ限界だろうし、本当に一分一秒を争うような状態ですからね。

 ま、それでも今のパチュリー様に無理させる訳にはいかないんですけど。

 

「パチュリー様はもう限界です。無理矢理起こそうっていうのなら、たとえアリスさん相手でも容赦しませんよ」

「……なるほど。それなら、死ぬ覚悟はできてる訳ね」

「当然です」

 

 あーあ、言った。言っちゃいましたよ、私。

 私はアリスさんのことも大好きなので本当は戦いたくなんてありませんし、何よりパチュリー様が一目置く大魔法使いに勝てる未来なんて全く見えませんけど……でも、こんな脅しに屈する訳にはいかないですからね。

 さあ、来るならどんとこい!!

 

「はい、じゃあお願い」

「え?」

「パチュリーの代わりをするんでしょ? 私は他にやることあるから、あとの術式展開よろしく」

 

 よく見ると、巨大な魔方陣が二重に張り巡らされてるみたいですけど……何ですかこれ、天体魔法?

 っていうかうわっ、これパチュリー様の魔法の強化版ですよね!?

 

「ちょっ、どうしてアリスさんがこれを…」

「計画にどうしても必要なのよ。本当は地上でパチュリーにやってもらう予定だったんだけど、こういうイレギュラーがあった時の保険で私なりに途中まで組み立てといたの。時間ないから、5分であとの準備よろしく」

「いやいやいやいや、こんなの私には無理…」

「無理ならパチュリーを叩き起こしなさい」

 

 あー、そういう「死ぬ覚悟」ですか。

 確かに私程度のレベルじゃ、こんなの途中で魔力が空になって消滅しかねないですからね。

 つまりは死ぬ気でパチュリー様の代わりを務めるか、パチュリー様を起こすか選べと。

 

「……私が代わりにやれば、パチュリー様は休んでていい訳ですね」

「ええ。あんたが代わりにやれるなら、一旦パチュリーのことは計画から外しとくわ」

「わかりました。それなら、やれるだけやってみます」

「よろしくね。多分すぐ戻ると思うから」

 

 そうして背を向けて例の地下室に歩いていくアリスさん。

 私は一度、深く深呼吸した。

 そして決意を固めた目で集中し、その魔方陣を……とみせかけて逃げる一択ですけどね。

 

 日符『ロイヤルフレア』と月符『サイレントセレナ』を組み合わせたパチュリー様の高等魔術、日月符『ロイヤルダイアモンドリング』。

 元々が強力なパチュリー様の必殺技を更に掛け合わせたものな訳ですから、そんなの使い魔の私なんかには不可能な術式ってことくらいわかりますよ。

 だとすれば、どうせ私が失敗した後は結局パチュリー様の仕事になる訳じゃないですか。今の状態でこんな消耗激しいのやらせたら冗談抜きに死にますよ本当に。

 っていうか正直言うと私は、アリスさんの計画……というか、お嬢様の妹だとかいう子の救出なんてどうでもいいんですよね。

 確かに私はお嬢様のことは好きですけど、その妹なんてさっき初めて見たくらいで関わりなんてないし、それを助ける暇があるのなら危険な状態にある美鈴さんや咲夜さんを助ける方が先ですから。

 なので一見薄情にも見えますけど、私はこのまま別の部屋にこっそり避難を…

 

「……え?」

 

 でも、何かわからないけど突然辺りの空気が変わった気がして……同時に何かが激しく折れたような嫌な音がしたので振り返ると、アリスさんが倒れていました。

 腕が変な方向に曲がって、本当に何か…

 

「って、アリスさん!? どうしたんですか、大丈…」

 

 慌てて駆け寄ると、私はもう何も言えなくなってしまいました。

 袖の隙間から微かに見えるアリスさんの腕はどす黒く変色して、前に見た時とは見違えるほどに痩せ細り、簡単に折れてしまっていて。

 なのに血の一滴さえも出ていない状況は明らかに普通じゃありませんでした。

 

「あれ? 私……っ!?」

 

 アリスさんが気が付いて飛び起きると次の瞬間、その手に大きな本が現れて、同時にまた周囲の空気が変わったような感覚。

 あれは確かパチュリー様も気にしていた、以前は厳重に鎖で縛られていたはずの本。

 その鎖が外されていてこの状況があることからも、きっとそれが高度な禁呪の魔導書で、アリスさんのこの状態がその副作用だということはすぐにわかりました。

 

「ヤバ……小悪魔、私どのくらい寝てた…?」

「あ、あの、それは…」

「いいから、私が倒れてた時間。どのくらい?」

「えっと、だいたい5秒程度だと…」

「5秒……そう、ありがと」

 

 なのに、アリスさんは少しだけ険しい顔をしたかと思えば、次の瞬間には本当に何事もなかったように歩き始めて。

 どれだけ我慢してるんだろうか予想もつかないくらい、腕の骨折の痛みにさえ眉一つ動かさずに。

 多分もう痛覚とかもないんでしょうか、なのにどうして、どうして…っ

 

「どうして、そこまでするんですか!!」 

 

 わからない。

 私たちが命を懸けるのは当然ですけど、アリスさんはそんなことないはずなのに。

 まだ会って間もない私たちの問題のために、ましてや助けようとしてる吸血鬼になんて直接会ったこともないのに。

 

「何が?」

「そんなになるまで……だって、あんなのどうでもいいじゃないですか! お嬢様の妹だか何だか知りませんけど、どうしてアリスさんがそこまで一生懸命になる必要があるんですか!?」

「……んー。何をいきなり熱くなってるのかは知らないけど……まぁ、強いて言うならそうした方が面白そうだから、かしらね」

「なっ……面白そうって、こんな時にまでふざけないでください!!」

 

 どうしてこんな状態で悪ふざけができるんですかこの人は。

 珍しく私が真面目に聞いてるのに、ちょっとくらい空気読んでくださいよ!!

 

「ねぇ小悪魔、知ってる? レミリアの笑った顔って、普通のクソガキみたいなのよ」

「え……?」

「そう、憎たらしいほど普通。正直言うと、どんな下手くそで気持ち悪い笑い方するか期待してたのに、気が抜けるくらい本当に普通なのよ」

 

 ……お嬢様が、笑った?

 いやいやいや、それはパチュリー様が何十年も頑張ってきたのに、今までずっとできなかったことなんですよ!?

 

「だけどね。この計画が失敗すれば多分レミリアはもう二度と笑えない……心が壊れて、今までのレミリアさえ戻ってこないと思う。そしたらもう、パチュリーの願いが叶うことは一生ない。そんなの、つまらないでしょ」

 

 ……え? 確かにパチュリー様がお願いしたのかもしれないですけど。

 本当にそんな口約束のために、ここまでやってくれたっていうんですか…?

 

「でもまぁ、成功すれば今度はそんな普通のものを人生をかけて求め続けたパチュリーのアホ面っていう、それなりに面白いものが見られそう。理由なんて、それだけで十分じゃない?」

「……だけど、それで誰かが代わりに犠牲になったら意味ないじゃないですか。そのせいで代わりにパチュリー様が死んじゃったら、アリスさんが死んじゃったら、誰ももう心から喜ぶことなんてできないじゃないですか!」

 

 この計画がうまくいけばお嬢様に笑顔が戻るかもしれないのなら、確かに魅力的に見えるのかもしれません。

 だけど、それは本当に今必要なことなんでしょうか。

 危険な状態にある人も、死にそうな人まで巻き込んでいいほどの理由にはならないじゃないですか。

 

「別に、誰も死ななきゃいいだけの話じゃない」

「アリスさんだって、今の自分がどんな状態かくらいわかってるはずです! これ以上無理をしたら本当に……それに、あんな複雑な術式は私なんかにはできない。だけど今のパチュリー様の状態じゃ無理なんです、本当に死んじゃいますよ!」

「あーもう、ゴチャゴチャうるさいわね。時間ないから私はもう行くわよ」

「待ってください、話はまだ終わってません!!」

「……はぁ。なら、一つだけ言っとくわ」

 

 そしてアリスさんは、フラフラの足取りで私の額を小突いて、

 

「確かに私は適当だけどね。感情に引っ張られて不可能なことに無駄な時間を割くほど酔狂じゃないの。あんたに対してもね」

「え……?」

「ちょっとくらい、覚悟見せなさいよ」

 

 それだけ言って私を振り払い、アリスさんはまた歩いて行ってしまいました。

 ……私に対しても?

 もしかして、私なんかにあんな術式を完遂させられるとでも、本気で思ってるんですか?

 これは根性論でどうにかできるようなものじゃない、謙遜とか抜きにサポートが専門の私じゃ不可能なんです。

 こんな魔法、たとえパチュリー様でも全快の状態じゃないと…

 

「あ……」

 

 ……そういうこと、ですか。

 これがパチュリー様にしかできないと知ってて、もう叩き起こすしかないと知ってて。

 きっとアリスさんは、パチュリー様が起きれば死ぬまで頑張り続けちゃうことをわかってて言ってるんだ。

 でも、そんなの……

 

「……あのっ、もしも――」

「それでも逃げたいっていうのなら、私はもう止めないわ。ただ、今この瞬間に命を懸けてるのがあんたたちだけだと思わないことね」

 

 振り向かず、そして問いかけさせないまま、アリスさんは小部屋に入ってしまいました。

 本当は逃げ出したい私の心さえ見透かすかのように。

 もし逃げたらどうなるかも、失敗したらどうなるのかも、何も教えてくれないまま。

 

「……情けないな、私」

 

 私のやるべきことは、わかってる。

 アリスさんの想定しているだろう私の仕事は多分、術式展開中のパチュリー様が死なないように回復し続けること。

 でも、それは言うほど容易なことじゃないんです。

 言ってしまえば、毒薬を飲んでいる人を服毒中に解毒し続けるようなものですからね。

 成功する可能性なんてほぼ皆無だけど、他に方法はない。

 このまま私が逃げればパチュリー様は助かるけど、皆さんの頑張りが全部無駄になって、もう二度と紅魔館に笑顔は戻らない。

 逃げなければハッピーエンドも見られるかもしれないけど、私の目の前で高確率でパチュリー様が死ぬ、そういう賭け。

 覚悟っていうのは何も、私の命を懸ける覚悟だけじゃない。

 自分の実力に自分の命を懸けることなんて、その気になれば簡単なんでしょう。

 だけど、今の私には自分の命を懸けることさえ許してもらえない。

 未熟な自分の実力に、大切な人の命を……パチュリー様の命を懸ける覚悟を決めろと、そう言われてるんだ。

 こんな残酷な選択をする日が来るなんて思ってもみなかったけど、もう他に選択肢も時間もない。

 ここで私が逃げたら、全部が無駄になっちゃうから。

 

 

「だったら、私の選択は……」

 

 

 

 

 

 



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第90話 : もはやカリスマなんてなかった


 今回は藍視点です



 

 

 解析中――妖力の損耗98.66%、消耗速度7.3倍。

 ……成程、これは少し厄介な状況だな。

 

「無事だといいが…」

 

 紫様が負傷した影響で、式神である私の力もまた不安定化している。

 更には紫様の回復のために私の妖力を一気に消費してきてしまったことで、もはや思うように力が出ない。

 だが、それでも休んでいる訳にはいかない。

 紫様が動けない以上、私が代わりに霊夢のもとへ行かなければ。

 

「っ!! ……やはり、か」

 

 外に出て目に入ったのは、最悪の状況だった。

 レミリア達が飛び出てきた穴や爪痕とは違う、さっきまでなかったはずの巨大なクレーター。

 来る途中に感じた大きな地響きはこれの影響だったのだろう、そこから感じられる力の残照は霊夢の中に眠る力の暴走を如実に物語っている。

 体温が、一気に下がったように感じた。

 あまりに次元の違う力は、私の心的外傷を蘇らせていく。

 たとえ最強の妖獣などと呼ばれようとも、あの力を前にしては私とてただの木端妖怪と大差ないのだから。

 

「っ……くそっ。止まれ、止まれっ!!」

 

 身体の震えが止まってくれない。

 ……落ち着け、何かもっと別の強烈なことを考えろ。

 そうだ 最近になって増えた私の黒歴史の数々を思い出せ。

 勘違いしたキャラ作りでシリアスな場面に飛び出した恥ずかしさを。

 何か危険物を取り扱うように橙に気を遣われながら過ごした屈辱の日々を。

 アリスの策略であんな……あんなフリフリの服を着せられて、あまつさえ、あんな……

 

「ぁぁ……うわああああああああああっ!?」

 

 やめろおおおおおっ、もう思い出すな、これ以上は危険だ!

 よし、だがおかげで頭は割とクリーンだ、あとはこのやるせない気持ちさえ晴らせば私は冷静だ。

 何か、何か良いイライラの捌け口は……

 

「……むむっ」

 

 微かにだが、あっちの方角……大きく崩れた紅魔館の一角から奇妙な力の波動を感じる。

 この気配は……恐らくはあの吸血鬼か!

 ということはそこに霊夢と十六夜咲夜もいるのか? 例の力も僅かにしか感じないということは、霊夢も元通りになったということだな。

 ならば私の役目は決まっている。いつもの口調で吸血鬼を無力化し、威厳を取り戻すのだ!

 

「そこまでだぶっ……!?」

 

 だが、猛スピードで突入した私の顔面を横から打ち抜く蹴り。私の身体はそのまま瓦礫の山へとダイブした。

 多分これは吸血鬼からの反撃でもないし、霊夢たちの誤爆でもない。

 この鋭さは……

 

「……やっぱり、貴方たちですか」

「紅美鈴……だと?」

 

 そこにいるのはどうやら気を失っている吸血鬼と、それに背を向け構えている紅美鈴だけだった。

 これはどういう状況だ? どうして霊夢も十六夜咲夜もいないんだ?

 それに、明らかにこいつが吸血鬼ではなく私に敵意を向けている状況。

 ……マズいな。今の消耗しきった状態ではこいつの相手はできそうにない。

 どうにかして戦闘は回避したいのだが……どうしたものか。

 

「どうしてお前がそいつと一緒にいる? それに、やっぱりというのは…」

「……事情は知りませんが、咲夜さんからこの子を守ってあげてと頼まれただけです。それに、今の私たちの敵であり得るのなんて貴方たちくらいでしょう?」

 

 なるほど、丁寧な回答に感謝する。

 その話からして、少なくとも十六夜咲夜は無事ということか。

 ならばあとは霊夢の安否だが、確かこいつと霊夢は敵対中のはずだ。

 とすると、こいつから霊夢の情報を得るには、冷静沈着に説得しつつ物事を進めるスキルが問われる訳だ。

 ふふっ、大丈夫だ問題ない。私の得意分野だ。

 

「ま、待て、私に敵意はない。今は停戦を…」

「停戦? いきなり殺気全開で押し入った人を信じろと?」

 

 う、うむ、確かにそれはもっともだ。

 正直、有無を言わさず不意打ちで吸血鬼を無力化してから考えようと思っていた訳だからな!

 ……改めて考えると、どうやら私はまた暴走していたようだ。

 やはり私は一度冷静さを失うとしばらくはダメらしい、もうこれは直そうと思って直せるものではないのだろうな。

 

「違うんだ、私の目的は霊夢の安否確認だけだ! だから霊夢の無事さえ確認できたなら私も手は出さないと約束しよう。霊夢はどこにいるんだ!?」

「霊夢……ああ、あの子ですか、そういえばどこに行ったんですかね。さっき咲夜さんの時間停止中に見かけた時は何か前と雰囲気が違ったのが気になりますけど……咲夜さんと一緒にいつの間にかいなくなってましたからね」

「……何、だと?」

 

 ちょっと待て。雰囲気の違う霊夢が、十六夜咲夜と一緒にだと……!?

 だとすると、まさか……

 

「まぁ、私はあの子のことをそれ以上知りませんので、用が済んだなら早く消えてくれませ…」

「どこだ」

「……何がですか?」

「霊夢がいた場所だ!!」

 

 最悪のシナリオが浮かんだまま、頭から離れない。

 もしも霊夢が扱いきれなかった力が暴走しているだけではなく、本当にあの邪悪の力が表出しているとすれば。

 そして、十六夜咲夜がその対処を一人で請け負っているとすれば――こんなところで油を売っている場合ではない!

 

「……外に大きなクレーターがあるでしょう。アレの近くです」

「そんな曖昧な情報じゃなく、もっと正確にだ! もういい、お前もついてきてくれ…っ!?」

 

 紅美鈴の腕を掴もうとして、それは激しく拒絶された。

 おいちょっと待て、確かに今は敵対中かもしれないが、過去のいざこざを気にしてるような場合じゃないだろう!?

 危ないのは霊夢じゃない、一刻も早く正確な結界の位置把握をして駆け付けなければ十六夜咲夜の命が危ないというのに、どうしてこいつは話を聞いてくれないんだ!

 

「いいから言うことを聞け、時間がないんだ!」

「何のつもりかは知りませんが、お引き取りください。私はこの子の手当てをしなければなりませんので」

「このっ、十六夜咲夜がどうなってもいいのか!?」

「……手を出さない約束はどうしたんですか? ま、今さら貴方たちの言葉なんて信用する気もありませんでしたが……咲夜さんを人質にしようというのなら、私は貴方を止めなければなりませんね」

 

 いやいやいやいや、そうじゃないだろう火に油を注いでどうするんだアホか私はっ!?

 だが、今更こいつを改めて説得する方法を考えてる余裕も、こんな押し問答に割いている時間もない。

 とすると、一刻も早く解決するには――

 

「この分からず屋が。ならば、力ずくでもついてきてもらうぞ!」

「やれるものならっ!!」

 

 そして次の瞬間には、なぜか戦いの火ぶたが切って落とされていた。

 ……どうしてこうなった。

 妖力の消耗が激しすぎて正直言うと今の私の状態じゃ戦える気がしないし、下手するとこのまま消えてしまいそうだ。

 せめて最初の一撃が様子見で、耐えきれるものであることを切に祈るが……

 

「華符――『彩光蓮華掌』!!」

 

 嗚呼、多分一発くらったらダメなやつだろうな、これ。

 念のため再解析中――妖力の損耗99.28%、消耗速度8.1倍。推定勝率……0.2%

 ……あーもう、私のバカ―。

 

 

 

 



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第91話 : ただ本能のままに


 時は少し戻って、今回は美鈴視点です



 

 

 

「痛たた……何なのよ、もう」

 

 起きた瞬間に死にかけた件について、後で咲夜さんに文句言っても許されますかね。

 ……いや、たとえ許されなくても今回ばかりは私の方が怒っていいと思う。

 

「ぅぅぅぁぁ、ぅあっ」

 

 ああもう、なんか怖いよあの子、さっきから何言ってるかわかんないし。

 いきなり咲夜さんに連れ出された先で、時間停止が解けると同時に何か変な子が飛びかかって来たんで勢いを殺そうかと思ったけど後ろに跳んだら勢い余ってそのまま紅魔館激突ルートというね。

 気づいたら壁ぶっ壊れてて部屋の中もメチャクチャ、瓦礫に埋もれたかと思ったら割と平然と出てきて。

 でもそれとは関係なく、なんでこれで生きてるのか不思議なくらい腹部が焼けただれて死にそうになってるし。

 多分内臓がやられてるのかな、見た感じたとえ妖怪でももってあと2~3分の命くらいで。

 

 だけど、確かに咲夜さんは言っていた。

 必死の形相で、この子を「守ってあげて」と。

 あれは冗談とか抜きの本気の目だった。

 ならば――

 

「ほ、ほーら、こっちでちゅよー」

「……ぁ、ぁ」

 

 仕方ない。今は咲夜さんと目的は別なんですけど、ここは一つ休戦といきますか。

 ま、たまには咲夜さんに頼られるのも悪くないですからね。

 小さな子をあやすくらい、私にとっちゃおちゃのこさいさいです!

 こう見えて私、意外と子供好きなところあるんですよねー。

 ……え? ちょっと前に子供たちボコボコにしてただろって? いやー、あの2人は子供にカウントするのはちょっと……それにボコボコにされてたの私ですからね!?

 でも、ああいう厄介な子じゃない限り大丈夫…

 

「あー、いい子でちゅねー。ほら、手当てするからゆーっくりこっちに…」

「う゛あ゛あああああっ!!」

「いやああああっごめんなさいいいいいっ!!」

 

 いやいやいやいややっぱ無理いいいいっ!! 冷静に考えてさっきの子たちの方がまだマシだよ!?

 ああ、一体どうしてこうなったんだろう。誰か助けて……

 

「……あれ?」

 

 …って、襲ってこない?

 だって今、確かに溜めに溜めまくった謎の力が凄まじい音を鳴らして、今度こそ私は消し飛ばされるのかと…

 

「――え、ちょっと何してるの!?」

 

 返事はなかった。

 ただ、さっきまで瀕死だったこの子の身体は、目の前で胸部から下が消し炭になっていく。

 あれだけの力が暴発でもしたのか、どう見ても即死だった。

 嘘……咲夜さんから頼まれてたのに、これじゃもう私じゃどうしようも…

 

「え……っ!?」

 

 だけど次の瞬間、私の予想に反してその子は再生していた。

 ほとんど元通りに……なのに、前からあった腹部の傷だけはそのままの状態で再生していた。

 っていうか待って、この再生力ってもしかして、お嬢様と同じ吸血鬼……?

 

「ぅ、う゛あ゛あ゛あ゛…あ゛っ!?」

「っ……ちょっとごめんっ!!」

 

 秘技、首筋手刀一閃!

 完全に正気を失ってる以上、危険だし野放しにする訳にはいかない。

 それにちょっと私にも冷静になる時間が必要だ、全然状況が掴めないし。

 まぁ、本当に吸血鬼だとしたらこんなことで気絶はしないとは思うけど…

 

「ぅぁぁっ――――ああああああっ」

「やっぱり。って待っ――!?」

 

 そして、今度ははっきりと見た。

 失敗した訳でも暴発した訳でもない、筋繊維をブチブチと切るような音ともに無理矢理動いたこの子は、再び手を振り上げて自らの意思で消し飛んだ。

 そして、再生し――また自分を攻撃していた。

 

「……何? どうなってるの、これ?」

 

 何度も何度もその繰り返しを、私はただ茫然と見ていることしかできなかった。

 恐らくは自殺、だけど不死者の自殺とはこんなにも痛々しいものなのかと心苦しくなった。

 次第に再生速度は遅くなりながらも決して止まることなく。

 時間が経つにつれて、どんどん苦しそうになっていって。

 

「ああもう、見てらんない!」

 

 秘奥義、秘孔連打! 相手は死ぬ……いや、動けなくするだけなんだけどね。

 これで気絶するか眠ってくれればいいんだけど、そう簡単には…

 

「ぅぅ、ぁあっ…」

 

 あれっ、効いてる?

 ちょっと隙ができればと思っただけで、まさか本当に動けなくなるとは思わなかった私。

 よっぽど消耗してたのかな……っていうか、冗談じゃなく現在進行形で死にかけだものこの子!

 えっと、こういう時はまず安静に、私のベッドで大丈夫かな、あとは急いでこぁを呼んで…

 

「……ぅぁ、ぁ……ぇさま」

「え?」

「ぃゃだ……なないで、」

 

 だけど、さっきまでうめき声を上げていただけの子が、少しだけ言葉と思える何かを発した。

 そして、その目から一筋の雫がこぼれると同時に、遂に気を失った。

 

「この子……」

 

 ……何だろう。理由はわからないけど、私はこの子を放っておけない。

 理解の及ばない狂気に満ちたその目からさっき流れていたのは、きっと普通の涙で。

 何かの病気や発作があるのかはわからない、だけど本当はこの子は普通の子供なんじゃないかと思った。

 それに……よく見るとどこか似ていた。

 髪色や狂ったような瞳は似ても似つかなかったけど、それでも顔立ちはどこかお嬢様の面影があって。

 確証なんてない、それでも気付くと私は一人で誓っていた。

 

「大丈夫だよ。貴方のことは、私が命に代えても守ってあげるから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、私は今度こそ守ると誓ったんだ。

 咲夜さんの頼みだから?

 それとも、お嬢様を守ると言いながら何もできなかった償いから?

 多分そうじゃない。

 この子はきっとお嬢様にとって大切な子なんだと、そして私にとっても大切な子になるんだと、根拠のないそれでも確信ともいえる直感があるからだ。

 

「この分からず屋が。ならば、力ずくでもついてきてもらうぞ!」

「やれるものならっ!!」

 

 だから私は再び地を蹴った

 この消耗しきった状態で九尾と戦う。それがどれほど愚かな行為かくらい、わかっているつもり。

 だけど、私はもうどんな状況で誰が相手だったとしても負けられない。

 ただ守るだけじゃない。この子が生きる道は――私が切り開く!

 

「華符――『彩光蓮華掌』!!」

 

 さっきの一撃が効いてるのか動きにキレがない、多分この一瞬が勝負だ。

 一度は否定された捨て身の業、それでもあの時とは違う。

 戦うためじゃない、格上相手に勝つために。

 この一撃に、私の全てを懸ける!

 

 そして――直撃した。

 

「弾けろ」

「か、はっ……!?」

 

 九尾の鳩尾に私の気を一気に収束、そして断末魔と……九尾が力なく地に落ちた音が響いた。

 ……だけど、私は以前に味わった苦汁を忘れるほど馬鹿ではない。

 弱すぎる、ここまで手応えがないはずがない。

 ならばこれも恐らくは幻術なのだろう、この隙にもこいつは何か企んでいるはずだ。

 だから私は、周囲の気配に全神経を集中する。

 何も気配は感じない、だけどきっと何か――

 

「――やはりかっ!!」

 

 突如、空気が一変したような感覚とともに背後に現れた3つの気配……なるほど、3人がかりの不意打ちという訳か。

 以前であれば光栄にも思えていたかもしれないが、今は卑劣にしか思うことはないな。

 だから、私も容赦しない。

 少なくとも、初撃で一人は仕留める!

 

「そこだっ!!」

「わたぶ゛っ!?」

 

 振り向き様に、一番背の高い敵の顔面に正確に回し蹴りを入れた。

 驚いている内の一人は見覚えがある。確か橙とかいう、この九尾の式神だ。

 ならば当たったのは九尾に間違いな――

 

「え? ……って、わあああああ先生っ!?」

「へ?」

「……きゅう」

 

 だけど、私が蹴り飛ばして気絶させたのは九尾ではなく。

 少しだけ見覚えのあるようなないような、二本の角を生やした女性だった。

 

 

 

 



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