ただのゲーマー高校生のハイスクールD×D (unat)
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Before Story
~プロローグ~ワシは神です


 神様ってのは頭がおかしいんだ。そうに決まってる。でなきゃあんなこと言わねぇ。

あの時の出来事は忘れもしない――

 

     

                    ※ 

 

 

 部屋でネットを見ながら食べるポテチは美味い。 ピコピコ動画を見ながらだとさらに美味い。さて、今日は他の投稿された動画でも見ますかね。

「ん~、やっぱり 旧家月尾(きゅうけつきお)さんのデスボイスはすっげえ。」

「いやいや、そこの 震乱剣酒蛇殷(ふらんけんしゅたいん)とかいう男のスクリームも中々ぢゃ。」

「分かってるねぇ、どうやったらあんな声出せるんだか。」

「長年の修行から出てるんぢゃろう。何事も修行が肝心ぢゃ。」

「だよな~、あんな声ホイホイと出せて……え?」

 

 ふと気づけば俺の隣で呑気に見知らぬじーさんが一緒に動画を見てるではないか!?

「おいおいおいおいおい、自然にいたから気付かなかったがアンタ、誰!?」

「おぅおぅ、そこの二人のヴォイスに聞き惚れて忘れておったわ。」

 

 そう言うとじーさんはエッヘンと胸を張り、杖をつく。おいおい、俺の部屋に泥付いてるじゃん。ってかじーさん外で使ってる杖中で使うなよ! じーさん杖の使い方ボケて忘れてるんじゃないか?

「さて、ワシは神だが質問あるか?」

「ハァ?」

 

 あ、ありのまま今起きたことを話すぜ……!いきなり髭面のじーさんが俺の目の前に現れたかと思ったら変なことを言い始めた。妄言だとかボケたとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ!!もっと恐ろしい片鱗を味わったぜ……。いや、そんなくだらないことはどうでもいい。問題は俺のまでに現れたじーさんだ。

「失礼、そういえば名前を聞いてなかったな」

「その前に色々と聞きたいことがあるんだが」

「なんぢゃ?」

「いや、なんぢゃじゃなくて俺の部屋になんで――って俺の秘蔵本見んなよ!?」

 

 いきなり俺がくつろいでいたかと思えばこれだ。自称神のじーさんが俺の秘蔵本を探知して熱心に読み始めた。

「ほーほー……む、これは中々……」

いやいや、これは中々じゃねーから!? 何考えてるのこのじーさん!? 俺の秘蔵本いきなり読み出して――ってあぁもう! 次はポテチ貪り始めやがった!!

 

「じーさん、アンタ落ち着くって言葉を知らないのか……?」

「バリバリ、そんなことぐりゃいわきゃっておりゅわい」

口に物入れてしゃべんなよ……しかもボロボロこぼしてるし。

 

 ダメだ、こいつ早くなんとかしないと……そう思った俺はさっきまでの荒らげた声をやめ、とりあえず事情を聞くことにした。

「なぁ、じーさんは神とか言ってたな。」

「む、そうぢゃそうぢゃ、忘れておったわい。いかにもワシは神ぢゃ。」

「ほぉ~……”ワシは神ぢゃ”なんて言う神がいるんだな……」

「む、中々に上手い声色使いぢゃな」

「まぁ、伊達に歌ってみたとかで耳を肥やしているわけじゃない。 声も鍛えているんだ。」

「ほぉほぉ、どうりて中々に先程もいいセンスをしておったわけだわい。」

 

 む、やはりこのじーさん超マイナーだけどめちゃくちゃ上手い歌い手さんを見抜いただけのことはある。断言しよう、このじーさん只者じゃない。

「じーさんやっぱり只者じゃないな」

「そうとも、ワシは神だからの」

「伊達に神って自分で言ってる訳じゃないんだな。」

「まぁの、神は色々と万能……じゃなくてそうだお主。」

「ん?なんだなんだ」

「話を曲げるでない、話を」

「誰のせいだと思ってんだコルァ!?」

テメェで話を曲げておいて何が話を曲げるな、だ!? このじーさんやっぱ頭おかしいじーさんだわ、一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。

「まぁまぁ、そう怒るでない。 さっきまでのはほんの冗談ぢゃ、これからはまともに話すわい。」

 

 そういうとじーさんはキリッとした表情に戻ったので、俺も真面目に話を聞こう。

「さて、お主に一回助けてもらったのは覚えているか? 早朝のあそこでじゃ」

「あー……早朝、早朝……」

 

確か早朝は珍しく早起きしたから春休みということもありブラブラと朝の空気をすっていて、そこにうだつのあがらないサラリーマンが酔いつぶれていて……

「あん時のリーマン!?」

「いかにも、あの時は色々と大変でな。」

「ふぅん……神様も酔いつぶれるのか」

「まぁの、ピチピチギャルとやらと飲んでいたら財布と共に色々と飲んだ勢いで落としてな。 結構高かった時計とかも無くしてしもうた。」

「いやそれじーさん、アンタ身ぐるみ剥がれたんじゃねーか……」

「なんと!!」

「なんとじゃないからね!? よくもまぁあのまま生きてたなアンタ!?」

 

呆れた。 このバカ神はあろうことか俺に拾われる前に明らかに怪しい女達と飲んで潰れていたというのか。 真面目に助けといて正解だったな、あのままだったらじーさん死んでたわ。神様がそのくらいで死ぬのかどうかは別として。

「しかしともかくぢゃ、ワシはあの時お主に手を差し伸べてもらわなかったら妻に電話すらできなかったわけぢゃ。」

「あぁ、まぁな。 そう考えたら危ないかもな。」

このじーさんがこの世界で生きること自体が死亡フラグだもんな、天界でぬくぬくと老後を過ごしてもらいたいもんだ。 もしこれで神様が死んで世界崩壊とか目も当てられん。

「で、ぢゃ……お主に恩返しとして願い事を叶える事としよう」

「おぉ、マジか」

「願い事をいくつか叶えよう。 ただし不老不死とかそういうのは無しぢゃ」

「俺もそれは願い下げだわ」

不老不死ってあれだろ、死ねないんだろ?どんなに死にたくなるような苦痛を受けても死なないんだろ?だったらせめて不老長寿で満足する、そういう人間なんだ俺は。

「ほぉ、意外に無欲な人間ぢゃな」

「まぁそんなもんでしょ それよりも……願い事を叶える、ねぇ」

あぁそうだ、最近見たアニメの世界でもちょっくら覗いてみてみたいもんだな、期限付きで。

「ほぉほぉ、アニメの世界とな」

「ん、できればその世界に特典を付けてくれよ」

「ほほぅ?」

「いやさ、ちょっとそこのゲームの主人公の能力をアニメの世界に居る時だけに身につけさせてくんないか?」

 

 そう言うと俺は指で棚に積んであるゲームの中の一つを選ぶ。 結構マイナーなのだろうが、面白いと有名な某RPG。 そのゲームなら堕天使やら悪魔に対しても対抗できるだろう。まぁ、対立することはあまりしないだろうが。

「ほぅ、どれどれ……むむむ! お主、中々渋いゲームを選んでるぢゃないか。 ライトユーザーと呼べるような奴ではないな、かと言ってディープユーザーと言うわけでもない。 ふむふむ、やはりお主とは気が合うの。」

「まぁ、悪い気はしないね。」

このじーさんとは何かと気が合うようだ。

「で、期限はいつにするんぢゃ?」

「期限ね……後々決めるってのはダメか?」

 

 よくあるバイキングとかでまだ食ってる時にタイムアップ、とかそういう事が嫌いな人間な俺なのでできる限り思い残すことが無いという時に終わりたいもんなんだ。 まぁ多少のわがままぐらいは許してくれるだろう、寛大なお心を持つ神様のことだ。

「まぁお主がそこまで言うなら構わんが、合言葉はどうする?」

「合言葉とは?」

「ほれ、いきなり帰りたいとか帰りたくないとかうっかり口を滑らしたら大変なことになるでな。」

 

 なるほど、たしかに期限付きじゃそうなるわな。いきなりボッキボキに心が折れて帰りたいとか言うかもしれないから合理的だ。後で後悔しないためにもそうするべきだろう。

「合言葉ね……」

 

 いきなり言われても考えつくわけではない。 何せ合言葉だ、あまり口に出さないでなおかつ強烈なインパクトのあるものがいい。そのほうがよく覚えてるものだし。

「ふむ、それぢゃお主の好きな漫画から抜き出すとするかな……」

「おう、それが名案かもしれん」

いいこと考えてくれるじーさんだ、やはり気が合うだけのことはある。 考えもそっくりだ。

 漫画の名言とかは以外に残ってるものであり、思い出しやすい。 好きなキャラや漫画だとなおさらだ。

「ふむ、ではこれはどうぢゃ?”オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!”に対しての”無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!”」

「いや、俺滑舌悪い方だからパス。」

 老人とJ●JOごっこしている若者が噛んでセリフ間違えるとか考えてみるだけで目も当てられない。そこまでイタイ子ではないのだ、俺は。

 

「あ、ではこれはどうぢゃ?」

「ふむふむ、あ、これならいいや。」

これは思い出しやすいし、面白い。

「ふむ、それでは色々と決まったな。よしそれぢゃお主、一晩ぐっすりと寝ればその世界に入れるぞ」

「ほぉ、一晩か。 で、ゲームのシステムとかその世界に組み込めるように頑張るわけか? 一晩」

「いや、それはもう済ませた。寝たほうが飛ばしやすいんぢゃよ」

ほほぉ、流石は神だ。もう終わらせたらしい。伊達にそんな格好してるわけではなさそうだ。見直した。

「で、帰ってきたとき時間帯はどうなる?」

「ん? ああ、そのまま時間は経っておらん。神様の特権ぢゃよ、時間を操ることなぞちょちょいのちょいぢゃ」

「となると朝起きたら俺は夢を見たようなもんなのか」

「まぁ、実体は向こうにも行くようにしておる。精神で構成されておるが要は只の生身の人間ぢゃから、向こうの世界では死んでもこちらの世界では死なず、目覚めたら汗びっしょりぢゃよ」

「うわそれは地味に嫌だ」

 でもそれでいいかもな、楽しい夢を見たような感じが一番楽だ。嫌な夢でも構わんがそれだと覚えが悪い。嫌な記憶はさっさと消したい人間の悲しい性だな、最初はいい夢でも最後に悪夢で記憶を消そうとしてしまう。

 

「ま、ともかくお主はこのままワシと今の段階ではこういった話をするだけで何もする必要は無いんぢゃ。全ては時間とワシが進める。」

「そうかい、そいつは楽で何よりだ。」

「まぁ、お主に一つ忠告ぢゃ。」

「なんだい?」

「その世界で経験すること、行動したことはれっきとしたお前の経験となる。そこから精神が作られるわけぢゃ。つまりお前がそこで悪行をすると……」

「なるほど、俺の精神は汚れるわけか。」

「まぁ、そこまで酷いことをせんなら大丈夫ぢゃ。問題は犯した罪から逃げることぢゃ。そして自分の良心の呵責というものを無くすでない。」

「まぁ、俺が行く世界は善も悪も良く分からない世界だけどな……」

「あと目的を持つんぢゃ。そうすればその世界で生きる希望となろう。」

「希望……ね」

 

 目的はひとつだけある。誰も傷つかないで堕天使だろうが悪魔だろうが笑っている世界が見たい。偽善だとか無理だと言われようが頑張るさ。天使?ああ、全く知らんからパス。中途半端にアニメを見て好きになってサーセン。原作知らなくったっていくらかは頑張れるさ、キャラへの愛でモブキャラに息を吹き込ませることは何度やってきたことか。

 

 ともかく俺は死ななくても良い好きなキャラを一回助けてそれで満足すれば終わり、いい夢を見たということで良い二次創作のネタになる。

何という美味しい出来事だろうか。情けは人の為ならずとはよく言ったもんだ。

そう思いつつ俺は眠りについた。

 

 ――そう、それが俺の人生で最高で最悪な出来事になるとも知らずにな。

 

 




懐かしいですね……一年ほど前にこの作品が始まりました。やっぱり最初の方ということで文も幼稚なところもあるとは思われますが、温かい目で見守ってやってください。


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第2話:~一日目が始まって~ 悪魔召喚

 起きてください――起きてください。

そんな声が聞こえて目覚めるとそこには花畑の様な綺麗な世界。声をかけてくれたのはローブを纏った綺麗な女性。ニッコリと微笑むその人はどこか懐かしい雰囲気がただよい、不思議と見ているだけでもうひと眠りできるような感じがした。

 

「ええと、アナタは……?」

「私は貴方達の最後を見届けると共に初めを見守る者です。何も恐れることはありません、誰しもが最後にはこの道を通るのです、生きとし生けるもの全てが」

「そう、ですか……」

ああ、とても眠い。もう一眠り……

 

 

「起きろ」

「おごぶぇ!?」

「あー起きた。」

「何何、何があったガバァ!」

口から喋ろうとすると言葉の次に水が出てきた。何があった!?

「おーおー生きてる生きてる。ウチ等が居なかったら死んでたね」

 

 金髪ツインテールのゴスロリ少女がボソッと呟いた。何か舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう。外国人の割には日本語が上手い。恐る恐る二人に質問してみる。

「な、何があったんです……?」

もう片方の女性は大人っぽい雰囲気でまた話にくい。

「私たちがたまたま河川敷の近くを通ったらお前が浮かんでただけだ。あんな光景は映画だけだと思っていたが」

なっ、あのクソジジイ今度はこれかよ!? どこまでテキトーなんだあのジジイ、今度一回ぶん殴ってやろうか。

 

「あぁ、どうもすいませんでした。何か迷惑かけちゃって」

「全くだ、拾うまで苦労したぞ」

「あーあ、賭けに負けちゃった」

賭け?なんの話なんだかさっぱりだ。

「まぁあそこまでの顔色で私も生きてるとは思わなかったから負けるとは思ってたがまさか生きてるとはな」

 

 ヒデェ、俺賭けの対象でしかも生きてるかどうか確認しただけかい。いやまぁ助けてもらったからありがたいと言えばありがたいんだけどさ。溺死寸前したせいか突っ込みする体力も無い。しゃーないので河川敷にゴロンと横たわってみると芝生がチクチクするけどまた心地いい。

また一眠りだ。メガネを外して……ん? メガネ……どこ? いやこれだけは洒落にならんぞマジで俺のメガネどこ行った!?

「ウチこれで4000円ぐらい損してるじゃん。レイナーレ様なんてどんだけ賭けに強いんだっての」

「まぁ、私も6000程負けたからな……ドーナシークの奴も中々に強いぞ、読みが深いからな」

 

 俺は慌ててまだ何か賭けの話をしてるお二人に聞いてみる。金なんぞ賭けに使ったっていいことなんぞひとつも……じゃなかったメガネだメガネ。俺のメガネ。

「あのーすんません」

「ん?」

「俺のメガネ知らないっすかね……」

「知らん。そこの川に沈んだんだろう」

「だぁー……最悪だクソっなんてこった!」

慌てて俺は川に飛び込む。ヘドロだろうが気にしないね、長年使ったメガネと使い古したペンは金よりも手元にないとイライラするんだよ俺は。

 

 

 

                     ※

 

 

 

「……なんなんだ」

あの青年はなんだ?落ち着きがない。それに女性に対しての気遣いもないのか。

「メガネがどうとか言ってたな。」

「うわ、どーりて何か足りない顔してると思った」

相変わらずミッテルトは口が悪い。まぁ良くも悪くもない平凡な顔だった。

さて、暇になったところで……先程のリベンジのチャンスをミッテルトにやろう。

「……浮いてくるか沈んで行くか、どっちに賭ける?制限時間は10分だ」

「ウチ浮いてくる方で2000」

「じゃあ私は沈んでいくほうに2000だな」

 

 しばらくすると泡が激しく水面から出てきた。恐らく足をガレキに挟んで酸欠で死んだだろう、今度こそ。まぁこれで金の激減は免れたな。

「ちぇっまた負けた」

「まぁそう気にするな、次がある」

そう言うとミッテルトの手から金を取り……

「おっしゃ、メガネ発見!!」

「まぁ、次があるから気にしないっしょ?」

損ねた挙句に笑顔のミッテルトから金を取られてしまった。

 

 

 

 

                      ※

 

 

 

「いやぁ、ともかく先程はまともにお礼も言わず川に飛び込んですいませんでした。あと、助けてくれてありがとうございました」

 とりあえず俺はさっきの大人っぽい雰囲気の女性に謝罪する。なぜか少し不機嫌そうにしているので話しかけずらい。

正直言って俺は女が苦手だ。特に同年代の女子は。

 まぁ、ほぼ毎日隣の席の女子が嫌味とか言ってきたら誰でもそうなるだろう。むしろよく苦手ですんだな俺。下手したら新宿2丁目のゲイバーで働くのが夢みたいな感じになってたんじゃなかろうか。

「まぁ、困ったときはお互い様という言葉があるからな」

うんうん、俺の生きてるか死んでるかどうかで賭けやってた人とは思えないぐらい清々しいなオイ。まぁ口に出したら相手に失礼だ。やめておこう。

 

「いや、でもどうしてああなったんだか全く覚えてないんですよ……ちなみにここは何処です?」

「ここは見ての通り河川敷だが?」

「いやいや、そう言うアバウトな感じではなく名前をですね……」

「利根川」

「ハッ倒すぞコラ」

こらえろ、こらえるんだ。仮にも相手は俺を助けてくれた命の恩人で、そんな人にハッ倒すどうのこうのだの言うほど俺は世間知らずじゃないだろう?落ち着け落ち着け。たかだか川の名前言われただけで怒るな俺。

 俺は自分にそう言い聞かせる。俺だってそこまでガキじゃない。命の恩人様に優しく、極めて優しく改めて質問する。

 

「どう聞けばいいですかね?」

「どう答えれば分かる?」

ダメだ、ちょっとこれ腹立ってきた。こらえろ、こらえるんだ。

 ここで俺が難しい顔をしているといきなり大人っぽい雰囲気の方がいきなり笑い出した。

「フフッ……あぁ、すまん。少し遊んだだけだ、真面目に教えよう。」

「はぁ……すいません」

「なに、お前が謝ることではない。ここは姫川市だ」

「あぁ、姫川市ですかありがとうございます。」

なんだ、俺の地元か。なら地形も元と同じなら覚えているぞ。ってよくよく考えてみればここ近所の川じゃないか。

 とりあえず命のお礼の一つや二つはしてあげたいのだが、いかんせん何もないし服を着替えたい。

 

「有難うございました。どうも迷惑をおかけしました。」

「ああ、何があったかは知らんが袖すりあうも多少の縁、というしな。」

「ま、ウチは勝ったから何でもい~けど♪」

……賭けの内容は何だったのかだけは聞かないようにしよう。場合によっちゃ正座させて説教するような感じになる。

「この御恩は一生忘れません。できれば何かしたいのですが生憎……」

「あぁ、また会った時でいい。」

うぅむ、優しい。さっきまでの冗談を軽く吹き飛ばしてくれるような優しさだ。やはり何かお礼をしたい。

 うんうん、人の善意に助けられると自分も何か良いことをしたくなるな。いつか二人にお礼をきちんとしよう、そう思いつつ俺は二人に礼をし家に帰っていった。

 

 

 

 

                     ※

 

 

 

 

 あの青年がどこかへ行ったところでミッテルトが話しかけてきた。

「……ねぇ、珍しくいつもの態度で接してたけど。あと何かいつもより優しかったけど」

「ふふん、お前はまだ若いミッテルト。あれは色気で押すより良い人だと思わせた方が良い。それにあの態度で接したほうが話しやすそうなタイプだったからな」

それにああいうヤツは大抵義理堅いから恩を売っておいて損をしないタイプだろう。命を助ければなおさらだろう。

「へぇ~色気で攻めないカラワーナとかただ怪しいだけだけど」

どういう意味だろうか。妖しいということか。

「ふん、そうと思わない奴もいるという事を知るんだな」

ただ、あの青年を助けた理由は自分でも何故だかわからなかった。あれもいわば何かの出会いというのだろうな。

 

 

 

 

 

                     ※

 

 

 

 

 家に帰るとあの自称神のじーさんがまたポテチを貪っていた。しかもコンソメパンチを。俺の普段は食わないコンソメパンチを。

「なぁ、じーさん……?」

「む、なんぢゃ」

「一回テメェをぶん殴って俺と同じように川に放り投げてやろうか?なぁ……!」

「おお、そうぢゃ。 お主に謝らなければならないことがあるな」

「ほほぉ、今更か。」

内容によっては川に捨ててきてやる。そう思いつつ俺はとりあえずじーさんの言い訳を聞く。

「実はな、お主が指定した世界とお主の世界をうまく掛け合わせた世界を作ったんぢゃがお主の名前を聞き忘れたので仕方なく河川敷の芝生で寝かせてたわけぢゃ」

「ほうほう」

なるほど、俺が名前を言い忘れてたのが原因だったのか。これは俺が悪いとしか言いようがない。とりあえずまだ続きがあるようだしこのまま聞いておこう。

 

「で、ワシが朝食をとっておったらコーヒー熱々がお主の服にかかったのぢゃ」

「おいコラ色々と待てや」

「まぁ待て。まだ続きがある」

「ほほぉ、その続きとやらを聞かせてもらおうかい」

場合によっちゃこのじーさんにも同じ目に遭ってもらおう。

「で、お主が飛び上がって起きたのぢゃがその際に川に飛び込んで流れてた丸太に頭をぶつけてな」

「……で、俺は気絶した、と?」

「そうぢゃ、お主の記憶にはないぢゃろう。気絶する前の記憶なぞたいてい残っておらんしの。で、助けようとして力を使おうとしたらあの二人が来たわけぢゃ」

「で、力を見られちゃ不味いから隠れた、と」

「いや、ナンパしてたんぢゃ」

「よしじーさん、熱々のコーヒー風呂に簀巻きにして沈めてやるよ」

俺の苦しみを思い知れ。

 

 俺がどこからともなく縄と布を取り出したのでじーさんはマジでビビッたらしい。何かまた願いを叶えるという事をほざいているがまぁ気にすることではない。それよりこのじーさんの腐った脳をコーヒーであっため直してやろう。俺が望むのはじーさんを責め苦の挙句土下座させることだ。

「さぁ、ションベンは済ませたか? 神様のお祈りは? 部屋の済でガタガタ震える準備は……OK?」

「落ち着くんぢゃ!! ワシが悪かったのぢゃ!! ほ、ほれ! これをやる!!」

そう言って差し出してきたのは――おお、この世界でのゲームのシステム解説書か。

 

 この世界に持っていったのは――女神転生。昔からディープなユーザー層が多いことで有名なゲームだ。俺はたまたま女悪魔がめっちゃセクシーだったというきっかけからこれを知り、思ったより面白いためこれにのめり込み、少ない小遣いでいくらか作品を買ったのだ。

 

 よし、じーさんを簀巻きにしたりするのはあとだ。風呂入って服着替えたらこの解説書についてじーさんにいろいろと質問だな。

「よし、じゃあ風呂入って服着替えるからじーさん、ちょっと待ってくれ。簀巻き云々は後だ」

「む、了解ぢゃ。では待っておるぞ」

やはりじーさんはTPOを弁えないがけじめは付けるんだな。いやまぁ付けてもらわなかったら俺もうじーさんに何してるかわかったもんじゃないが。

 

 

 

                     ※

 

 

 

「……ふぅ、さっぱりしたわ」

風呂上がりというモノは気分がさっぱりする。どれどれ、じーさんはおとなしく待っていたようなので解説共々聞いてみるか。

「さて、まずは悪魔召喚から始めようと思うんだが……」

「む、そういえば主に渡してなかったの。ほい、これが例のアレぢゃ」

 そう言うとじーさんが俺に見覚えのある機械を渡してきた。この近未来的なデザイン、間違いない。

これはCOMPだ。簡単にいえばパソコンみたいなもので、装着すると中々に重くもない。むしろ腕時計と変わらないぐらいの重さだ。

「でぢゃ、これはお主も知っておる通り悪魔召喚用のアイテムとなる訳ぢゃが少々違うのぢゃ」

「ほぉ」

 

 じーさんが話したのはこうだ。

 この世界では悪魔たちは使い魔という位置に存在するらしく、種族堕天使や天使、大天使、魔王、死神といった神様ポジションとかは分霊という言わば分身を具現化したものらしく、本物の数分の一程の強さらしい。いや、それでもかなり強いことに違いはないのだが。

「で、そういやレベルの扱いはどうなんだ?」

「言いことを聞いたのぅ。お主は何で構成されておるか分かるか?」

「精神。自分で言ったじゃねーか。」

「ほほほ、つまりその精神の強さ、意志の強さでレベルは上がるわけぢゃ。」

 

 なるほどねぇ、精神の強さ、意志の強さか。確かに悪魔召喚の基本は意志の強さやその元となる感情から来ていたな。怒り、憎しみ、慈愛、笑い……そういったものをネットからかき集めて簡略したのが悪魔召喚プログラムだったな。意志の強さだけでも呼べるっぽいが今の俺には無理。

「で、とりあえず呼び出すには生体マグネタイトとかマッカはどうするんだ?」

 

 生体マグネタイト(以下MAGと称す)は言わば悪魔がこの世にその形で存在し続けるために必要な物質で、それは人間にも僅かにあるため、悪魔はこれを求めて人を襲うわけだ。MAGはそれ程重要なもの故に契約を交わす際にもしばしば要求される。マッカは悪魔での通貨で魔っ貨とか言われている。Tとhが混ざった面白い記号となっている。

 

「心配するでない、マッカとMAGはある程度COMPの中にある。起動してみい」

「ええと……これか」

”COMPヲ起動シマス……名前ヲ言ッテクダサイ”

「ええと……若葉 啓介(わかばけいすけ)」

”ワカバ ケイスケ 記録シマシタ”

機械的な声と共にCOMPが光り始めた。COMPに表示されているMAGとマッカは……なんと!!それぞれ1万程入ってる!! 最初にしてはずいぶん羽振りがいいじゃないか。

 

「で、これが尽きたらどうすんの?」

「案ずるでない、紙幣をMAGやマッカに変える機能もあるわい」

なんとなんと、そんな便利な機能まで存在してるとは至れり尽くせりだな。

 試しに1000円程入れてみるとそれぞれ800ずつ増えた。なるほど、100円で80マッカと80MAGか。これまた嬉しいシステムだな。思わず顔がにやけてしまう。

 

「で、召喚はどうするんだ?」

「おぅ、これが一番重要ぢゃったな」

 召喚には色々と問題がある。例えば初召喚したときに悪魔を倒さないと契約できなかったりとかそういうことがある。また、この世界には悪魔は存在してるが女神転生とか以前に俺の世界とは悪魔、堕天使の扱いが違うし何より契約なんぞ悪魔としかできない。もししたら堕天使に命を狙われる存在になるためそういったことは避けなければならない。 

 だが女神転生の悪魔達はどうか。あそこの悪魔の定義もまた一癖二癖ある。何せ種族に女神とか天使とかあるのに悪魔なのだ。色々と理解ができないだろう。確か人間では計り知れない未知の存在だったか

なんだか。

 

 まぁ、俺は勝手な見解として女神とか神様とか天使ってのはある一つの宗教でそう呼ばれ崇められているだけであり、他の宗教から見れば只の破滅の道へと誘う悪魔としか見えない、という昔のキリスト教のような考えである。つまりは異教徒から見れば只の悪魔なら何も信仰しない人にとってはどれも悪魔じゃね?っていうことだ。よって悪魔信仰だってある意味では神様を崇めているようなものなのであろう。

 

 どうでもいい話だが仏教は結構そこらへんは心が広いのか、他のところの神様を自分のとこの神様としても崇めている。たしかガルーダをモチーフにした神様だったか仏様が居た。

「まぁ、呼び出せば色々と分かるぢゃろ。呼び出してみぃ」

「呼び出すって……どうすれば」

「まず悪魔召喚プログラムを起動するのぢゃ」

「ええと、これか」

ポチッとそれっぽいボタンがあったので押してみると、”悪魔召喚プログラム、起動シマス”という機会ボイスの後、COMPがまた光った。これ少し目にきついものがある。

 

「で、これから?」

「ふむ、それではお主に質問ぢゃ。結構お馴染みの序盤に仲魔にする悪魔といえば……なんぢゃ?」

「あぁ……アレね、アレ」

 やはりここはセオリー通りに行こう。熱狂的、という程でもないが多くのファンの心をつかみ、序盤で仲魔になるということもあり未だに人気で中には二人っきりで旅をするという強者すら現れるほどの人気っぷりで下手すればそこらのヒロインより人気が絶対的であるだろう。女神転生を代表する悪魔の地位は取れなかったが、女神転生の中でかなり人気であろうあの悪魔。 

「その悪魔をイメージしてみるんぢゃ。すぐに召喚できるぢゃろ」

俺はその悪魔の事を明確にイメージしてみる。

「キャハハッ。アタシを呼んだのはキミ?」 

「えっ?」

 

 不意に聞きなれぬ声と共に目の前に紫と緑の丸い光の柱が現れた。そしてその中にはあの悪魔が居た。

間違いない。蝶のようにもトンボの羽のようにも見える透けていて、角度によっては僅かに虹色に反射する羽。そしてあの青っぽいレオタードを着た小さな女の子のような体。

「アタシは妖精ピクシー、アタシを呼んだのはキミだね?」

なんてことだ、俺の目の前にピクシーが召喚されちまった。

 

 

 

 




これまた懐かしいです。完全にあとがきが過去のふり返りになってますがご容赦ください。この小説は色々なネタを仕込んでいるつもりですが……分かりにくいですね、これ(・ω・`)


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第3話:いきなりバトルですよ。

「アタシは妖精ピクシー。アタシを呼んだのはキミかな?」

 

おぉ……目の前にピクシーが居る。すげぇ、なんだこの感動は。

「お、おう……」

「ふ~ん……キミかぁ……」

まじまじと体を見回される。な、なんだ。ちょっとドキドキするぞ、試されてる感じがすっげえ緊張する。

「な、なんだ」

「いやぁ、キミ弱っちそうなんだよねぇ。ちょっと試させてくれない?」

「ほほぅ、いいだろう。」

俺が弱っちいとは舐められたものだ。陸上部あがりの体は3年の前半に引退したとはいえまだ衰えてはいないぞ。

 

「えいっ」

バチバチッ!という音と共にピクシーの手に雷らしきものが。え?何?物理じゃないの?このレベルでジオ覚えてるの?あれ?これはまずくないか?

「さぁて、死んじゃわないでね~♪」

「ちょ、おま待てぃ!!」

マズイ、このままPCとかに当たったら大変なことになる!!

「うぉっと!PCには当てさせんぞぉ!!」

手で放たれたジオを受け止めると手がビクビクとおかしな痙攣を起こし始め、ビチビチと痛い。

 

「……ぐぅ。この程度か、なら次は俺からだ」

そう言うと俺はピクシーに拳を向け……

「……っ!!」

ピクシーが回避できないと見たのか、防御体制に入る。が、何も来ないのを不振に思い防御解除したところを……

「そい!」

「あうっ!!」

デコピンしてやったわ。仮にも目の前に居るのが女の子なのでどうも手が殴ることを嫌がる。まぁデコピンでもダメージ大きいだろう。

「あう……キミ、強いね。アタシは妖精ピクシー。今後ともよろしくね♪」

 どうやら認められたっぽい。デコピンで強いことを認める程の強さなのか、それともピクシーが女の子故に体力低いからか。まぁいい。

「んで?契約したけどどうするんだ?」

「あぁ、COMPに格納するんぢゃ。そこのボタンを押してみぃ。そうそう、COMPはもうお主の物になったからこの世界では絶対に壊れないぞ。お主の一部みたいなものになったからの」

「ほぉ、これで戦闘中に壊れて大変なことになる事態は免れるわけか」

 

 と、ここでピクシーがちょんちょんと俺の肩を叩いてきた。なんだろうか。

「ねぇねぇ、キミの名前はなぁに?」

「ん?ああ、俺の名前は若葉啓介だ」

ピクシーに名前を聞かれる日が来るとは思わなかったな。まぁ女子に名前を聞かれることも少ない俺にとっては結構新鮮だ。

「ケースケって呼んでいい?」

「おう、別に構わんよ」

「ケースケ、その右手大丈夫?」

「え?」

ふと見ると俺の右手が何か力でも求めるかのようにビクビクと痙攣しているではないか!!

「え?ちょ、何これ!? え!?」

何も感じないのがかえって怖い。え?俺次から利き手が左になるの?マジ?右手とサヨナラするの?嫌だよミギー!!

 

「あー……アタシの責任もあるから手、見せて?」

そう言われたので俺は右手を抑えながらピクシーに見せる。

「鎮まれ……俺の右手……!ミギー……理性を失うんじゃない!!」

「寄●獣のストーリーはちゃんと覚えておるか?懐かしいのぉ」

「おう、微妙に覚えてるぞ。ラスト微妙に地味だったような……」

「そうかの、中々によかったと思うがの」

「えっと……良い? 治療するよ?」

「あぁ、オッケー」

何故か少しピクシーがこっちを若干引き気味に見てくる。なぜだ。

「……ディア」

そう唱えると右手の痙攣は収まり、心無しか右手の調子が良くなった気がする。

 ディアは回復呪文の基本であり、たいていの擦り傷とかなら完全に元に戻るようだ。どこまでディアで通用するのかわからないが、大体ディア係二人いれば初めのボスなんて楽勝だろう。

ちなみにジオは雷属性の呪文で当たると稀に麻痺したりする。1ターンが大体1分ぐらいだとすると1分間ぐらいは動けなくなるのか。戦闘の際に感電したら間違いなくアウト。ジオは食らわないようにしよう。

 

「ふぅん、キミ男の子なのに指が綺麗だねぇ」

なぜか指が綺麗とか言われるのだが、自分では良く分からない。爪のピンクの部分が長いから女っぽいとか言われたり。よくわからん。

「そうか?結構細いから指の関節の骨とか浮き出てるのに」

「んーまぁ綺麗な方だよ? 女の子のアタシより綺麗に見えるから嫉妬しちゃうなぁ」

「お世辞を言っても何も出ないぞ? ピクシーだってかなり綺麗じゃないか」

「キャハハッ。アタシにお世辞言っても何も出ないからね?」

「下心丸見えだったか」

「んも~冗談だよ?」

「分かってるって、からかっただけだ」

「やだ、からかわないでよ~」

「あぁ、悪い悪い」

 

「ちょっと若いの」

 と、ここでのんびりとピクシーと話をしているとじーさんがいきなり話しかけてきた。なんだ、楽しい雰囲気だったのに。

「お主……女子が苦手とか言ってなかったかの?」

「あぁ、じーさんに言ったっけ」

「ワシは神ぢゃ。そのくらい手に取るように分かる」

小さい女の子は心が無邪気だからな、話していて和む。ロリコンじゃないぞ? 和むんだ。

「で? お主はキャッキャウフフしとるわけか」

「ただ仲良くしたいなーと思ったからだが? この先長くお世話になるだろうしな」

 

 ピクシーの使うディアはかなり有効だろう。範囲はそれなりにあるし即効性がある。さらにジオというおまけ付きで戦闘の際のサポート役になってくれるだろう。無論戦闘以外でも癒してくれる可愛い奴だ。

「長くお世話になる仲魔とは連携が必要だろ。だからこうやって話をしていたんだが」

「そうか……」

「じーさんアンタ……嫉妬してるか?」

「ふふん、お主ワシを誰だと思っておる? 神ぢゃぞ? 若いのに負けると思うか?」

「ねーねー、このおじちゃんだれ?」

「フォッフォッフォッ。ワシは神ぢゃよ」

「ふぅん……」

見た目が妖しいじーさんにそう聞いたピクシーが深刻な顔してこっちに話しかけてきた。

「ねーケースケ」

「どうした?」

「あのおじちゃんアルツハイマーか歳ボケしてるからちゃんと介護しなきゃダメだよ?」

「あ、ああ……分かった」

 

 ピクシーなのにアルツハイマーとか知ってることにまず驚いたわ。最近じゃ悪魔の間でも人間の生活習慣病とかあるのだろうか。ちょっと聞いてみたいが何か怖い。太り気味のピクシーとかそういう特殊な趣味は俺には生憎無いからな。

で、とうのじーさんはと言うと……

「……貝になりたい」

小さい子の無邪気な言葉に心臓をえぐり取られたようだ。これはさすがにじーさんも可哀想だな。ちょっと男二人で語り合って慰めてやろう。さすがにピクシーがこれ以上じーさんの心臓をえぐると大変なことになりそうなのでピクシーには悪いが帰ってもらおう。

「あー……ピクシー、それじゃあまた今度な」

「えー?もう、まぁいっか。バイバイ」

「ん」

ピクシーとお別れすると俺はCOMPにピクシーを収納する。COMPの中ってどういう感じなんだろうか。後でこっそりピクシーに聞いてみるか。

 

 とりあえずじーさんと男二人に戻ったところで色々と質問だ。

「なぁ、じーさん。MAGって召喚中はどれ程減るんだ?」

俺がじーさんに質問してみると……

「……COMPを見るんぢゃ。後ワシは神なんぢゃよな? アルツハイマーなぞワシには無い筈ぢゃろ?」

とがっくり項垂れながら答える。マジでアーメン。

「あーうん、じーさんは神だ。俺が保証する。アルツハイマーは……かかりつけのお医者さんにどうぞ」

 アルツハイマーはごめん、実際洒落にならないから医者に見てもらったほうがいい。年ボケならまだしもアルツハイマーなんて神が発症したら”あれ? こんな世界作ったかの”の一言で世界滅亡ですよ。アルツハイマー恐ろしい。年ボケは朝食の内容を忘れ、アルツハイマーは朝食をとったことすら忘れてしまうのでつまりは内容を忘れるか行動自体を忘れるかで見分けられるから覚えておこう!!

 

 COMPのMAG消費量を見てみるとどうやらこの3分で10程消費しているようだ、安いな。ピクシーだと3分で10ってことは閣下とか召喚してたら……あぁ、一発ですっからかんだな。

ともかく閣下を呼べるレベルになるのは恐らくってか100%この世界じゃ無理だろ。

「そうそう、俺は魔法とか使えるのか?」

「使えるぞ、経験したモノを吸収していくからの。精神は経験と体験で育つのぢゃ」

「おお、ある意味俺スゲェ。で、レベルは確認できるか?」

「頭の中に聞いてみぃ」

「ふむふむ……」

俺の頭の中に聞いてみろって言われたけど、どんな感じだ?意味がわからん。さっきみたいにイメージすればいいのか?

「お主の今ある力を体で感じればそれが数字となる。慣れればすぐにレベル確認ができるし戦闘する際にも役に立つぢゃろう。自分の力を感じ取り、如何に相手に立ち向かうかが生き残るコツぢゃ」

 

 イメージ……ふむ、このアラミタマみたいなのが力か?それでサキミタマみたいなのが体力でクシミタマは速さか。ニギミタマは知力と魔力、運は……何これ、某人気スライムの色違いが出てきたぞ?

ふむふむ、数値は……アラミタマ5つのサキミタマ4のクシミタマ6のニギミタマ3の……某スライムが4、ほぉほぉ、良くも悪くもない俺らしい感じだな。

見やすくするとこんな感じか。

力 :5

体力:4

知力:3

魔力:3

速さ:6

運 :4

 

 アラミタマは女神転生で赤い勾玉をしており、力の象徴でそれ以外は以下略。ただの色違いだ。説明が長くなるがこれらはそれぞれのパラメータを象徴するものだと思えばいいだろう。で、レベルは……5?妥当だな。

「なるほど、で自分より強い悪魔を相手にするときはどうなる?」

「ふむ、自分で感じられるようになったぞ。自分より強い者に立ち向かう場合には肌が少しピリピリするだろう。まぁそんな輩はそうそう居ないから気にするでない。強い者のレベル差は5ぐらいぢゃがそれより上のボスの場合が殆どぢゃろう?」

「まぁ、そうだな」

「で、レベル10以上差が開いた場合人間の火事場の馬鹿力が発動するようになっておる。具体的には値が全部1つ上がるんぢゃ。ちなみにレベルの上がる時は自分でどれをあげたいか選べるぞい」

「なるほど、さっきみたいに上げたいもののミタマをイメージすればいいわけか」

「まぁ、そうぢゃの」

 

 結構良く出来たシステムだな。まぁ能力値は合計6上がるんだからレベル差10でも6上がることによって自分がレベル4の差しかつかないわけか。まぁ勝てないわけじゃないが自分にしか能力付与は無いから仲魔を考慮しなきゃダメだな。自分だけヒャッハーして仲魔が気がついたら全滅して回復役まで戦闘不能になったら待ってるのは俺の死だけだしな。

「おおそうぢゃ、お主の扱いは駒王学園の入学予定の高校新1年生ぢゃ。年齢だけはごまかせんからの」

「あ、そういや今日は……え?3月28日?」

「そうぢゃ、入学式は4月の3日ぢゃ」

「制服とか生徒手帳は!?」

「心配するでない、ちゃんと用意してあるからお主は飯食って済ませることすんだら寝るだけぢゃ」

「おぉ……そうか、高校か……」

 

 まさか高校生になる前に入学式を体験するとはな。まぁ予行練習予行練習。

制服もちゃんと合ってるみたいだし規則もそこまで厳しくない。

「で、COMPはどうする?」

「意識して格納したり呼び出ししたりできるのぢゃ」

「……戻れ」

 

 そう命ずるとCOMPはふっと消え、重みもなくなった。おお、これはかっこいいな。もしかしたらCOMP無しに呼び出せるようになったら結構かっこいいんじゃね?

「さて、ワシもたまには顔を出してやるが一つ言っておこう。レベルは精神の強さで精神は経験により磨き上げられるんぢゃ。つまり死にかけるとその分だけレベルは上がるがリスクも高いというわけぢゃ」

「経験を得るために死にそうになるとか俺だって嫌だよ」

「まぁ働けば経験が入るからそれで地味にレベルを上げるんぢゃな。ちなみにこのマンションはワシの所有物なので家賃はいらん。水道代電気代はワシの管轄外ぢゃからの。ちなみに預金通帳と印鑑もあるからの、ほれ。」

「ん、おぅ30万か。やっぱりこういうのはドカッと使うより溜め込んで使うのがいいよな」

「まぁワシ等の趣味は金がかかるからの、色々と考慮してみたわい」

 

 やはりこのじーさんとは酒が飲めるようになったら色々と語り合いたいもんだな。ちょっと頭がアレなのが気になるがそれでも話のわかるじーさんだよ。

「さて、じゃあ俺も夕食を作ってネットやって寝るかな」

「夕食はそこ手が込んでいないものでいいからの、ばあさんや」

「誰がばあさんだ。誰が。ほら、奥さんに頼んで来いって」

「ばあさんも中々料理が上手でな、ほれ、ビーフストロガノフという料理が得意ぢゃ」

どうやら夫婦円満のようで何よりだ。じーさんも普段は良い一家の大黒柱なんだろうな。

 

 

 

                  ※

 

 

 じーさんが帰ったあと俺は適当に冷蔵庫にあるものを見繕って作った味噌汁と炊けてたご飯。うん、やっぱ一晩目の味噌汁が一番うまい。ネギはシャキシャキしていないでトロッとしている物が好きだがラーメンの青ネギはシャキシャキしてるのがいい。みじん切りのやり方を知らないから作れないが。

 

「どれ、そろそろ寝ますか……」

 飯を食べたら眠気がしてきた。ネットをやる体力もない。朝いきなり死にかけたからなのか体力がごっそりと持ってかれて布団敷いたらバタンキュー。近々始まる高校生活を楽しみにしよう。

 

 




懐かしいですね……最近あとがきでこれしか言ってない気がしますが、ホントに懐かしいです……

寄生獣のラスト、未だによく覚えてません……なかなかに結構面白かったような気もしますが……
面の破壊力うんぬんだけは覚えてますw


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第4話:超絶的♂ 体験

 入学式までの5日間を俺はまぁ普段と変わらず過ごし、入学式も何とかこなし、始業式も終わって初授業が始まり、クラスでは普通の地位についた……はずだった。はずだったのに……。

 

「おいケースケ、やはりロリ巨乳なぞ存在し得ない夢幻ものだろう!? 元浜の幻想を打ち破ってやれ!」

「ふん、夢を追求せずに何を追求しろというのだ。イッセー、お前からもなんとか言ってやれ!!」

「いやだから俺はロリ巨乳より巨乳派だって言っただろうが元浜!!」

「……先輩達、朝から元気っすね」

どうしてこうなった。もう一回言おう。どうしてこうなったんだ……!

 そうだ、俺が登校初日にラノベを落として拾ったのが先輩達でそれをきっかけにかなり仲が良くなったんだ。いや、仲が良くなるのはいい。ただ……

 

「うわまたあの変態達朝から暴走してるよ……警察呼ばない?」

「そーいやあそこに居る一年生、誰だろうね」

「んー……何かあの馬鹿3人とはちょっと違うみたいだけど」

……先輩達の白い目が俺にも来てるんじゃないかと思うと正直胃の中に穴が開きそうで怖い。そろそろ本格的に新宿2丁目のゲイバーのママさんと話つけてこようか。

 

「ハァ……頭痛い」

「おおっと、ケースケ。そういう時は女の子を眺めて癒されるんだぞ!!」

松田先輩、先輩の親切で胃に穴が飽きそうです。そろそろ真面目に腹の調子が不味いことになってきた。あー胃のあたりがもたれてきた。これはもうダメかもしれんね。

「はい、それじゃあ俺教室こっちなんで……」

「体は大事にしろよー」

「了解っす……」

一誠先輩はぶっちゃけエロが無ければ気遣いもできる良い先輩なのにどうしてあそこまで残念なんだろうか。何故あそこまで女子に自分から嫌われるようなことをしているんだか。まぁ同じ男として全く理解できないわけではないけどさ。

 

「あーキミ、さっきの変態3人組と一緒にいた1年生!!」

 と、ここで誰か知らない人が話しかけてきた。恐らく2年の先輩達だろう、ポニーテールで綺麗な髪をしている。良かった、俺はまだ変態扱いされてないようだ。しかし時間が経てば俺も似たような感じになるかもしれない。早めに対応しないと10年後への自分に書く手紙の内容がとてつもないことになりそうで怖い。

「キミ?ねぇねぇ、聞こえてる?」

「あ、すんません。何ですか?」

やばいやばい、うっかり考え込んでいたようだ。場合によってはシカトしているようにも見えかねないから気を付けないとな。

 

「あのさ、キミ……あの3人組とどういう関係?」

「あー……」

 そうくるよなぁ、だって普通あの先輩達に後輩が普通懐くはずないって考えるもんな。しかも学校始まって間もないから尚更不思議だし。俺も先輩達と同じか疑われても仕方ないか。

 

「いやまぁ、たまたま先輩達と出会っちゃって……」

「……ふぅん。まぁ、気を付けたほうがいーよ? キミはまだ普通に見えるから忠告しとくけどアイツ等本当に頭の中エロしかないんだからね!?」

「まぁ、そこらへんは……諦めてます」

あの先輩達からどうやってエロを抜けというんだろうか。寺で3年ぐらい坊主としての修行を行なってもその修行が終わった瞬間破戒僧になるような先輩達だ。多分諦めるしかないだろう。

 

「キミも色々大変なんだねぇ。ま、あの3人とは早めに別れたほうがいいから。それだけ」

「あ、はい、ありがとうございます」

先輩達とは腐れ縁のどす黒い糸で結ばれてしまいましたよ。恐らくこの世界に居続ける限りずっと結ばれてるんじゃないっすかね。

 

「そういえばキミの名前は何かな?」

……おぉ、名前を聞かれた。何かピクシーに名前を聞かれる時とは違ってまた新鮮なものがある。俺もまだ道があるんだな。先輩達は後輩に名前を聞こうとして携帯で警察呼ばれそうになった挙句逃げられたもんな、まだまだ俺も大丈夫ってことか。

「あ、若葉啓介っす」

「ふんふん、ケースケ君かぁ……」

 

 まじまじと俺を見つめてくる先輩。な、なんだ? こういうのに慣れてないから怖い。無言で考え事してるのが尚怖い。俺なんかしただろうか? 何か言ってくれないと沈黙の重みに俺が耐えられない。見知らぬ人と沈黙で一定時間過ごすととても気まずく感じてしまう俺にはかなりキツい。

「あ、あのー……どうかしました?」

この沈黙に耐え切れなかった俺がたまらず先輩に質問する。

「あぁ、ごめんごめん、ケースケ君。ま、あの3人とは距離を置いたほうがいいってだけ。それじゃ!」

「あ、どうも……さよなら」

 

 ふぅ、何とか先輩達とは違うということが分かってもらえたみたいだ。うんうん、よかったよかった。おっと、もうそろそろ教室にいかないとまずい。さて、教室に行くとしよう。

 

 

 

                  ※

 

 

 

 あっという間に午前中の授業が終わって飯を食って授業を受けて気が付けばもう放課後だ。放課後といっても部活はやらず、アルバイトに励まなければはぐれ悪魔とかに出会った場合レベル不足でYOU DIED だしどうせ精神で出来た体ならわざわざ体を鍛えなくても力にガン振りで脳筋になるしな。

 

「それにしてもケースケ、お前も大変だなぁ。あの先輩達酷い噂しかないのに後輩として付き合わなきゃいけないもんな」

 そう話しかけてきたのは山田。同じクラスの男子で陸上部に所属してるらしくまぁ先輩との付き合いを知って以降何かお互い先輩達との付き合い大変だよなぁ、という同じ境遇にある後輩同士仲良くなってしまった。いい奴だ。

 

「まぁ、お前んとこも大変だよなぁ。山田んとこの先輩はどうだ?」

「ああ、キッツイもんだぜ。女性8割以上で男は俺等だけだしあの先輩達のせいでウチの先輩達がかなり男嫌いになったみたいでな、最近じゃ百合疑惑まで浮上してるわ」

「あー……ウチの先輩達が迷惑かけてほんっとすまん。そこまで悪い先輩じゃないんだがどうもエロとかに関わると異常でさ」

「ま、仕方ない。先輩達が異常に元気なだけで男として先輩達全ての行動を否定できないからな、全日本の健康男児は」

 

 物わかりの良いかなり良い奴だが、どうしてこいつに彼女ができないのだろう。不憫だ、不憫すぎる。どうしてこんな優しい男前な奴がモテないか、未だに俺は理解ができない。

「お前、どうしてそこまで良い奴なのにモテないんだろうな……」

「ん?それはウチのクラスにアイドルがいるからだよ。可愛いちっちゃいアイドルが」

 

 そう言って山田が指さしたのは……ああ、塔城小猫さんね。甘い物好きで何か甘い物あげるともしゃもしゃと食べ始め、その可愛さからお菓子を日々大量にもらっているのに体型が変わらないので彼女の胃袋は未知数としても有名な塔城さんね、悪魔だからブラックホール並に胃袋多くても納得できるし体型変わらないのもうなずけるな。

 

 てか最近塔城さんにアイスキャンデーを食べさせるのが女子の間で流行ってるんだが、その女子が先輩達、恐らく陸上部の人達らしく、真面目に百合なんじゃなかろうか。女子でもアイスキャンデー食べさせるとかセクハラだろうに。ちなみに塔城さんはちゃんと舐めていました。期待を裏切らない食べっぷりにクラス全員が釘付けだったというのは言うまでもない……俺も含む。

 

「確かに皆釘付けだからなぁ、女子も男子も」

「ま、お互いの苦労を労い合える友が居るし、陸上部の男共も何の不満も言わずにやってるような奴らだ、俺はそういうのが近くに居るだけで満足だよ」

 

 なんて良い奴だろうか。こういうヤツ程報われるはずなのに、現実は厳しいもんだ。物を欲さない者にこそ恵みというものは与えられるべきだろう?

「おっと、そろそろアップに行かないとな、例の先輩達がお前を待ってるみたいだし、じゃあなー」

「おう、お疲れー」

山田が教室に出ていくのとすれ違いで先輩たちが入ってきた。いやいや先輩達、女子に話しかけないほうがいいっすよって、何塔城さんにアイスキャンデーあげてるんですか。期待した目で見てもそんなホイホイ食べる子じゃなくて本当に小猫みたいに警戒心が強く……

「おお……アイスキャンデーペロペロだ!これこそまさに至高の極み!!」

「俺のも舐めて欲しい!いやくわえて欲しい!!」

 

 やっちゃったー!? まさかあのセクハラとエロの塊である先輩達の前でアイスキャンデーペロペロやっちゃったの!? どんだけ警戒心が薄いんだよ!? 誰だ小猫みたいに警戒心が強いって言ったバカ!?

 ……いや待てよ? 先輩達とは初めて会う訳だから先輩達が七つの大罪の一つの権化ということを知らないわけか。ならホイホイ先輩達のお菓子を貰ってそれを食べるのはおかしくない……じゃなくて怒らせたらまずくないか? とりあえず先輩達のセクハラ発言を止めさせねば。

 

「先輩? それセクハラじゃないっすか……」

そう言うと先輩達3人がこっちを音速を超越したスピードで向いた。やっぱ先輩達、人じゃねぇ……エロが絡めば修羅になるなホント。

「甘いぞケースケ!! こんなサービスしてくれる後輩が同じクラスだからって甘すぎる!! てか羨ましすぎるぞお前!!」

「いやいや、んなこと言われても……」

松田先輩、俺が菓子をあげ始めたわけではないからんなこと言われても困ります。どうしろっていうんだろうか。

「こんなセクハラを許してくれるとはまさしく天使!!すんばらしい!!なぁ一誠!」

「あぁ、それで溶けたアイスキャンデーが口から溢れ出て……」

 

 ダメだ、この先輩達早く何とかしないと……そう思った瞬間、先輩達の股間に何かが光った。

「先輩、最低です」

「「「すいませんで……した……」」」

ドサッ。先輩達は一言詫びると、股間を抑え、物言わぬ骸と成り果ててしまった。恐らく急所を一撃だろう。こいつぁひでぇ、いったい誰がこんなことを……!いや、誰がやったかは分かるが。とりあえずこの先輩達と絡む後輩として俺も謝罪したい。てかしないと気まずい。あまりにも先輩達が情けなさすぎる。

 

「あー……塔城さん、ウチの先輩達が……申し訳ない」

 本当に、どうしようもない先輩達で本当にすんません。ホント、エロが無かったら悪い人じゃないんですよ。

「……もう済んだ事ですから」

 そう言いつつもまだ不機嫌なようだ。まぁ、あそこまでのセクハラに不機嫌になるのもおかしくない。何か持ってなかったっけな……お、飴があった。いつも喉に気を使ってのど飴を持っていて正解だな。

「お詫びといっちゃなんだけど受け取ってくれないかな……?」

 すっとのど飴を差し出す。一応甘いやつでのど飴だから舐め続けてても喉にこない俺のオススメだ。たまに飴って舐め続けてると喉にくる場合とかあるがやっぱそういうのは無い方がいいよな。

 

「………」

 塔城さんはこっちをまだ不振な目で見てくる。うぅ、まだ警戒してるようだ。 いやまぁ一度あることは二度あるって言うから警戒されてもおかしくないけど警戒心高めるの遅くないか? あの先輩達がアイスキャンデー渡した瞬間に警戒しないか? フツー。

 

 と、ここでやっとのど飴を受け取ってくれた。いやはや、受け取ってくれなかったらどうしようかと。

とりあえず包みを破って小さな口の中に含む塔城さんの顔は見る見るうちに普段の状態に戻った。うんうん、俺のオススメが認められると嬉しいね。

「こののど飴、中にチューイングキャンデーが入ってるからじっくり舐めても噛んでも楽しめるよ」

「……美味しいです」

 いやぁ、自分のオススメを味わってくれると本当に自慢できるね。俺が作ったわけじゃないが菓子を作ってる人はこういう喜びとかを味わってるんだろうか。もしそうだったら誇らしいよなぁ、ここまで美味しそうに食べてくれる人がいるもんな。

 

「おい、ケースケテメェ……何女の子とイチャイチャしてるんだ……!」

「先輩命令を発令する!! 貴様は今ここで死刑!! 極刑だ!!」

「小猫ちゃんと仲良くなろうったってそうはいかねぇ!!」

 なっ……! 先輩達が起き上がってきた!? レベルが上がっていく……? レ、レベル15だと!? 序盤のボスなら楽勝じゃねーか!! これがエロの力だというのか!?

「「「死ねいケースケ!! あの世で天使さん達と知り合いになったら紹介しろ!!」」」

し、しまった!! 上を取られ……!

「えい」

「「「……オゥ……」」」

 

 うわ、塔城さん3人の急所を蹴り上げたよ……流石にエロのバーサーカーと化した先輩達も急所だけは鍛えようがないからなぁ。

 ズゥン……という重い音が似合うような動きで先輩達は崩れ落ちる。痛そうだ。

「ア……ガァ……」

「ヘヴン……ヘヴンが見えるぞ松田、イッセー……」

「こ、ここからなら小猫ちゃんの下着が……」

 

 重傷の松田先輩、元浜先輩を除いた一誠先輩はまだ懲りずに塔城さんの下着を覗こうとしてるが回避されて結局撃沈。そこには己の欲求に素直に従った先輩達3人の哀れな骸がまた転がることになった。

「……塔城さん、ホント、本っ当~に申し訳ない」

「もういいです。あと、下の名前で呼んでもらっても構いません」

下の名前っていうと小猫さん? なんかキザな感じがしなくもないが本人が望んでいるならまぁ、そうしよう。

「ええと……小猫さん?」

「はい」

 

 何かやりづらいなぁ。まぁそのうち慣れるからいいとして、先輩達いい加減起きてくれないと帰るときに困るんだよなぁ。捨て置いて帰ろうか。

「えっと、先輩達が起きたら俺は帰るんだけどさ、小猫さんは部活とか大丈夫?」

「まだ大丈夫です」

 いかん、ピクシーとか相手だと素の態度でいけるがどうもやりにくい。やっぱ女子は苦手だ。理由は自分でもわかってるけどやっぱ苦手だ。

 

「うぅ……下腹部が痛てえ……」

 と、ここで一番ダメージが軽かった一誠先輩が復活。これなら二人で背負っていく形で帰れるだろう。

「ほら、一誠先輩、帰りますよ。松田先輩を頼みます。俺は元浜先輩を運ぶんで。あ、小猫さん、色々と迷惑をかけて申し訳ないです」

「……別に構いません。ケースケさん」

「なっ、ケースケお前いつの間に小猫ちゃんとそこまで仲良く……!俺なんて名前すら教えてないのに!」

「いや、同じクラスですから。あとそろそろ帰らないともう日が傾いてますからね?」

「おおっと、もうこんな時間か!! よし、帰るかケースケ。」

「いやだから帰ろうって言ったばっかじゃないっすか……」

 そう言うと俺は一誠先輩と物言わぬ骸と化した先輩二人を担いで教室を出る。

 

「ケースケさん」

「はい?」

 と、ここで小猫さんに呼び止められる。なんだろうか。あ、そういやのど飴のメーカーとか名前を言うの忘れてたな。

「えっとね、はなまるってメーカーのはちま飴ってやつですよ」

「ありがとうございます」

「おい、ケースケ?早く帰らないとまずいんじゃないか?」

「っと、すぐ行きます!……また明日」

「はい」

 一誠先輩と急いで帰るため、一度呼吸を置いてしっかりとさよならをする。先輩を担いで走って行く際に

見た小猫さんの顔はうっすらと笑顔だったような気がした。




ここで初めて子猫さんと一緒のクラスだったということと、イッセー君との関係とかが固まって主人公組と関わりができましたねー……。こういうオリ主を作るときって、主人公組とどういう関係か、そしてどういう経緯でこうなったかとか考えるのが面白くてたまりません(´ω`*)


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第5話:口は禍の門

 朝起きて、いつもの先輩達と合流する場所まで歩いていったけど今日は先輩達が居なかった。よって今日の朝はいつもより太陽が眩しく感じる。

「んー……いい朝だ。先輩達が居ないとこうも静かで穏やかなのか」

「よっすケースケ。珍しいな、お前が先輩達と一緒に居ないのは」

 

 そう話しかけてきたのは山田。うんうん、朝に似合った爽やかな奴だ。俺を清々しい気分にしてくれるなぁお前はいつも。

「なぜか分からんけどまぁたまにはこういうのも悪くはないなぁ……こういう幸せはたまにくるから幸せなんだろうけど」

「ははっ、面白いこと言う奴だぜ、ホント」

「んー……まぁそうだろうけどさ、これから色々と大変だろうしさ」

 

 俺がこの世界に入って1ヶ月――そろそろ物語も始まっていることだろう。まぁ、まだなんの動きも見せないから呑気にハイスクールライフを楽しんでるけどさ。

校門を目の前にして、女子の多さに改めて驚く。まぁ、先輩達が居ないために平和だけどさ。……平和、ねぇ。

「なー山田」

「どうしたケースケ」

「堕天使とか悪魔とか魔王だの居たらこの平穏は続くんだろうかね」

「おいおい、ゲームのやりすぎか?」

「まぁな。で、居たらこんな平穏があると思うか?」

「んー……わかんねーよ。実際に居るわけじゃないんだしさ」

 

いやまぁ、実際に居るんだがそれはややこしくなるから置いておいて、山田の考えは面白いなぁ。普通のヤツなら絶対平穏が無いとか言うだろうけどさ、山田は違う。分け隔てなくモノを見ようとするその姿勢は流石だよ。俺も少しは見習いたいもんだ。

 

「だよなー……やっぱ堕天使だの悪魔だの魔王だのには会ってみねえとどんな奴だかなんて分かんないんだしさ」

「そうそう、そんなもんさ。案外そういうのにも気前の良いのがいるかも知んねーしな!!……おっ?」

「ま、悪魔も堕天使も魔王も居ない方が気楽だよなぁ」

 

その方がはぐれ悪魔なんぞに狩られる心配はないし悪魔と契約しちゃって堕天使に命を狙われることもないわけだしな。

「お、おいケースケ、お前の後ろ」

「え?」

 

 山田がただならぬ様子なので振り返ってみると……そこには綺麗な紅い髪。思わず見とれてしまうような綺麗な真紅の色。その髪の持ち主は整った容姿でこの学園を代表する生徒といってもおかしくない人。

その人の名はリアス・グレモリー。今は数少ない純潔悪魔の一人で部下への愛は悪魔一と言ってもおかしくはないだろう。

 

 そして俺はさっきまで悪魔と魔王と堕天使をディスってるような発言をした記憶が……あれ? ヤバくね? 俺悪魔に喧嘩ふっかけちゃったんじゃね? まずい、相手は超ラスボスとか言われてる悪魔だぞ? 本気出したらレベル90の大台いってるかもしれないような悪魔相手に俺は未だレベル5だぞ? 明らかに俺”レベルはたったの5か……フン、ゴミめ”ってラデ●ッツに倒されるような奴が魔人●ウを相手にするようなもんだぞ?

 

 そんな考えから、俺の結論は出たよ。”あ……俺、死んだな”って。とりあえず平静を装うことにしよう。うん、そうだゲーム、ゲームの話をしていたんだったな俺は。そうだそうだ、忘れていた。ゲームの話なら仕方無いな。やっぱ女神転生はNルートが一番平和だよ。

 

「君、どうしたの?」

と、ここで平静を装い現実から半ば逃避していた俺の意識を一本釣りで戻すかの如く件の悪魔が俺に話しかけてきた。やっべえ、どうする? 悪魔とか以前に女性に対しての接し方をまともに知らない俺だぞ?ええい、こうなりゃヤケだ。ポッと出た言葉を口にそのまま出してやる。

 

「いや、綺麗だな……って思って」

しどろもどろになってしまった俺は今実際何を言っているんだろうか。とりあえず命が助かるような発言であることを祈ろう。

「おい、ケースケ、それって……」

 

 ん? 俺なんか不味いこと言ったか? 残念だが俺は今自分の言葉をフィルターにかけて発言していい言葉とダメな言葉を分ける機能が停止しているために自分で悪いことを言ったのか全くわからん。

「え? 俺なんかまずいこと言ったか?」

え? なんで向こう方のお二人さん、ってドSに定評のある姫島先輩も居るのか。いやそれはいいとしてなんでそんなにお二人は俺の事見て驚いたような顔してるの? あれれぇ? いつBAD END"残念 私の 冒険は ここで 終わってしまった !!"を選んだっけ? あれ? 目の前に死神が見えるよどうしてだい?

 

「な、なぁ山田、俺何か不味いこと言ったのか!?」

不安になった俺が山田に自分がそこまで不味い発言をしたのか聞いてみると、山田は驚いた表情で

「お前、自分であの人に”綺麗”とか言ってどうしたんだ!? しかもそれ覚えてないの!?」

と言ってきた。

 えっ、俺先輩に綺麗って言ったの!? 何そのさり気ない自分先輩に気がありますよアピール!? やっべぇ、ルートによっちゃ俺が悪魔になって堕天使に殺されるじゃん! 死ぬとかマジ勘弁!

 

 と、ここであわてふためいていると先輩達が急に笑い出した。な、なんだ? ”よくぞ私の正体に気づいたな!!”みたいな感じですか!? 魔王の持つ貫禄ってやつですか!?

「ねえ、君面白いわね。名前は?」

「あ、若葉啓介っす……」

 

 とりあえず質問に素直に答える俺。あれ? 確か悪魔に名前を教えちゃダメって邪教の館のおっちゃんが言ってなかったっけ? あれ、まずいことしたんじゃないのか俺!?

「若葉啓介君ね……ありがとう。私の名前はリアス・グレモリー。よろしく」

あっ……フラグたった。確実に死ぬか下僕になって最終的に堕天使に殺されるオチになるわ。うん、ぜってぇ俺のBADENDルートは確定してしまった。

「本当に面白いわね、貴方。よければまた会いましょう」

貴方!? 君から貴方に昇格!? 怖えぇ……怖えぇよぉ……俺契約させられるんですか?一誠先輩の代わり? あぁ、それで一誠先輩悪魔に拾われずにそのまま死亡……マジでアーメン。

「……はい」

 

力無く返事をする俺。なんだろう、体から力が抜けていく。この目から流れているしょっぱいものは心の汗なんだ。だからっ……止まれよっ……止まってくれよぉ……

「山田ァ……」

 

 俺はすがるような思いで山田に話しかける。なぁ、お前とは短い付き合いだったよなぁ……

「まぁ、お前が先輩に気に入られたことによって若干周りの目が厳しくなるかもしれないが気にすんな! っと、そろそろ教室行かねーとまずい時間だぜ?」

違う……違うんだよ山田ァ……俺、悪魔に転生させられてポーンの駒が足りなくなって一誠先輩が死んで俺が半強制的に主人公みたいなものになるかもしんねぇんだよぉ……。またはこっそり路地裏に呼び出されて人知れず物言わぬ骸になるんだぜ……?

 

 

 

 

                 ※

 

「ねぇ、朱乃……」

「はい、なんでしょうか」

「あの若葉君っていう子のことだけど」

「あの坊っちゃんがどうしかしましたか?」

「ちょっと怪しいから調べたいの。私に気付かず堕天使や悪魔の事を話していたかと思えば私の事を綺麗って言ったり。……行動が読めないのよ。だから念の為」

「了解しましたわ、部長」

 

 

 

                 ※

 

 

 

 そんなことが分かるわけもなく、俺は山田に引き摺られながら教室へと到着。教室に到着するまでにすれ違う女子の目が痛いものだったり興味を持った目だったりで……死にたい。と、ここで騒ぎを聞きつけたクラスの大半の女子が駆けつけてきた。怖えぇ……餌に群がってくるピラニアじゃねーか!! マジで怖えぇよぉ……

「ねぇ、若葉君!! 君リアス様に告白したっていうの本当!?」

「噂じゃ、もう付き合ってるっていう……!!」

「あぁ、リアス様が私達の物じゃなくなるなんてっ……!」

「若葉君、リアス様がタイプなんて……悔しいっ」

 

 おいおい、噂にヒレがついて一人で泳いでるじゃねーか! 俺先輩と付き合ってもねーし告白もしてないからね!? と、とりあえず暴徒と化したウチのクラスの女子陣を落ち着かせよう。

「えっと……まだ、告白はしてないんだよね、確かに俺は先輩に綺麗って言ったけどさ……そりゃあ綺麗な先輩とはお近づきになりたいけどさ、その……綺麗だけど好みとは別っていうかさ」

「「「「つまり?」」」」

 

 怖えぇ……数の暴力って怖えぇ……何この威圧感、俺尋問受けてる訳でもないのにうっかり変なこと言ったらその次の瞬間……アウト。俺の高校生活(仮想体験)は終わりを告げるぞ……気を付けて言葉を選ばんと。さっきみたいにフィルターが停止してるわけじゃない、落ち着いていこう。

「その……綺麗だけど好みは別って言ったけど、いやまぁ、先輩を嫌いってわけじゃないんだ。先輩が好きっていってくれたら俺だって嬉しいよ? けど俺じゃあ不釣合いだから、告白もしてないし、付き合ってもいない訳です……これでいいですか?」

 

 あまりの威圧感にいつもより丁寧な口調になってしまっていますよ俺。と、とりあえず女子の皆様方の様子を伺おう……。こっちを見ながらヒソヒソと話をしている。怖い、何を話しているかわからない故にめちゃくちゃ怖い……

「……じゃあ、あの噂は嘘ってこと? 本当は先輩に綺麗っていっただけ?」

「はい、そうですそうです、その通りでございますだ」

 いかん、何か田舎の農民Aみたいな口調になってしまった。それよりも何よりも、女子の皆様方はまだ結論に納得していないのかヒソヒソと話している。あぁ、出来れば無罪放免であって欲しい。F●F団みたいな異端審問だったらどうしよう、俺間違いなく死刑だぞ?

 

「……若葉君」

「はい、なんでございますでしょうか」

 この際命が助かれば敬語でもなんでもいい。俺のクラスの安定した位置付けを守れるんだったらそれでいいさ。

 

「リアス様に変なことしない? 若葉君がつるんでる先輩みたいに」

「しません、誓ってしません。今も過去も未来も狼藉を働くことはしません」

したら俺はナニをちょんぎって新宿2丁目で新しい店を構えます。残ったナニは犬にでも食わせます。ですからお命だけはご勘弁をお願い致しますだ。

「ふぅん……まぁ、そこまで言うんだったら……色々と話を聞かせてくれてありがとね、若葉君」

「ははぁ……」

 

 とりあえずお奉行様が話の解る方で良かった。あっしの話なぞ聞き入れてもくれないかと思いました。

……じゃなくて、良かった。誤解は解けたようだ。これで何とか俺のクラスの地位が陥落することはないだろう。噂も嘘だと分かれば噂もすぐに消えるだろう。

 

「ういっすケースケ、終わったか?」

「ああ、終わったよ――お奉行様は寛大なお心をお持ちだった……」

「……頑張ったんだな、ケースケ」

 俺が遠い目をしてると山田がポンと肩を置いてきた。あぁ、親友って素晴らしい。親友がいなかったら俺はもう心がヘシ折れていたかもしれない。親友には色々と迷惑をかけるよ、本当に。

 

 

 

                  ※

 

 

 なんだかんだで授業を過ごし、飯を食っての昼休み。のんびりと過ごしていると、その時は来た。

不意に小猫さんが俺のところにやって来た。

「ケースケさん、部長がお話をしたいそうです」

 

 ……来たか、オカルト部部長であるリアス先輩とサシで話をするんだろうか。何をされるのか考えると陰鬱な気持ちになってしまうが、もうヤケだ。こうなれば行くところまで行ってやる。どうせ夢だ、起きれば寝汗でぐっしょりとした夢。そうだ、そういうことにしておこう。

 

「あー……分かった」

 席を立つ足がとても重い。確かこっちは新校舎だから旧校舎まで少し時間がかかるんだよな。

 

「こっちです」

 スタスタとマイペースに歩く小猫さん。何も交わす言葉がないので廊下が静かで何か嫌だ。この雰囲気がますます俺を陰鬱な気分にしてくる。ダメだ、何か話題を振ろう。

「そういえばこないだあげたのど飴だけどさ」

「……………」

 ダメだ、何もしゃべらない。眉一つ動かしてないぞ。人形じゃないんだから喋ってくれませんかね?こないだのあのやりとりみたいに話をしてくれませんでしょうかお願いします子猫先輩。

 

「ここです」

 おおぅ、一言も話さずにとうとう到着してしまった、オカルト研究部に。悪魔の総本山に。いや、確か生徒会の皆さんも悪魔だったから悪魔の総本山というよりはマフィアのアジトみたいなもんか。

 

 コンコン、とドアをノックして自分が来たことを知らせる。

「すいません、若葉です」

「どうぞ」

「では、私はこれで」

 

 あぁ、私はこれでっていうけどこれ絶対出入口を見張ってるんだろうなぁ……ハハッ、逃げ場はないか。ここ何階だったっけ?3階までならいざという時窓を破って逃げ出せる自信がある。足を負傷しようが命のためなら惜しくはない。

 

「失礼します」

ギィ……とドアが開き、中にはリアス先輩と姫島先輩が居た。おいおい、二対一かよ。話をする相手にこっちを監視する相手という感じか?絶対俺下手な動きをしたら後ろを取られて……南無。

 

「そこにかけていいわ」

「失礼します」

座れと言われたのでおとなしく座ろう。姫島先輩が視界から消えたために下手な動きをしないほうがいいだろう。座ってみたソファの心地は悪くない。が、そんな事を悠長に感じてる暇は生憎俺にはない。

 

「さて、単刀直入に言うけど……」

え?いきなり本題ですか? さり気なく聞いてくれたほうがこっちも誤魔化しが効くのに単刀直入か……これは不味い。

「な、なんでしょうか」

 

 嫌でも舌が鈍くなる。怖い、怖すぎる。そんな俺の心情を知ってか知らずかリアス先輩が一言。

「校門で言ってた、悪魔とか堕天使とかって……どういうこと?」

これ、誤魔化すことができるか……?




ふぅ……ここから姫島先輩ルート開拓とシリアス(笑)パートが始まったのでした……完。

いや、終わりませんけども。少なくとも現在23,4話までは執筆してありますからね、ハイ。
一応、23,4話を投稿し終えた後からググンと更新ペースが落ちるかもしれませんが、その時は
”ああ、ワナビもんとかプロフに書いてあるけど実際にはワナビ以下の精神力と根性を使い果たしたんだな……ヘタレがっ!”とでも思っておいてください。




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第6話:絶体絶命

「校門で言っていた悪魔とか堕天使って……どういうこと?」

 なぁ、じーさん。今、俺とてもヤベェ状況にあるんだよ。具体的に言うと新米ハンターが喜々として雪山にいったらティガレックスが出たぐらい本当にヤバイんだよ!

 

「……私の話を聞いているかしら?」

「あ、すんません。聞いてます聞いてます」

 どうやらじーさんに対する心の叫びを出している余裕もないらしい。さて、どうして誤魔化したものか……。いや、このままとぼけるべきか? こうして黙っている間にも先輩の俺に対する印象が悪くなるだけだしな……。

 

「…………」

 リアス先輩の様子を見ると、ずっと押し黙ったままこちらを睨み付けるぐらいの勢いでこちらを見つめている……怖い、怖すぎる。

「せ、先輩……俺、先輩に何かしましたっけ? そ、その……怒ってます?」

「……えっ?」

 

 リアス先輩はいきなり拍子抜けの質問をされてどうやら肩透かしをくらったらしい。ハッとした表情になったが、すぐに取り直したようで

「最近、少し徹夜が祟ってちょっと目が疲れてるみたいね……怖かったかしら?」

と返してきた。よし、これで少しは俺が”もしかしたらただの一般人”である可能性があるとリアス先輩の心の裏にでも植えつけられたかもしれない。

 

「あー……分かります。ちょっと目が疲れてると黒板の字をたまに睨んじゃいますもんね」

「ええ、体に悪いことはするものじゃないわね」

 そう言いながらリアス先輩は少し楽しそうに微笑むので、俺もつい少し笑ってしまい――――じゃなかった。ほのぼのとしている暇じゃない、さっさと身の潔白を示そう。

 

「えっと、で……さっきの話ですけど。ゲームの話ですよ、ゲームの」

「ゲーム?」

「ええ、まぁ……悪魔と天使とか堕天使とかが出てくるようなゲームですよ」

「そんなゲームがあるのね……どういう物かしら?」

 

 以外にもここでリアス先輩がゲームの話に食い付いてきた。こう食い付きが良いとメガテニストの端くれでもある俺の血が疼いてくる。どうしようか、簡略化してもかなり長い話になるんだよな……。

「えっと、じゃあこの作品はシリーズものなので初代の物語を大雑把に話しますね。まず――――」

 

 

 

                      ※

 

 

 

「……とまぁ、何も信仰していない人にとってはどれも悪魔みたいなもんで、人の目によって天使だって悪魔に見えるし堕天使だろと天使に見える人も居るし悪魔を天使と思う人もいるわけです。まぁ、人の価値観によってそれの定義は変わるって感じですかね」

「……中々に面白いわね」

「まぁ、そんな悪魔にも色々と複雑なものがあるんですけど……話すと長くなりますけど、大丈夫ですか?」

「ええ、構わないわ」

 ありがたいことにリアス先輩からの説明許可が出たので俺の思うままに説明させてもらおう。

 

「えっとですね、まず悪魔には3つの属性があります。L(ロウ)N(ニュートラル)C(カオス)というものです。L(ロウ)は法と秩序を重んじて、N(ニュートラル)は如何なる思想も持たず、ただ自由奔放に生きていき、C(カオス)はひたすらに力を求め、力のみが信じられるものとしています」

 そう説明し終えると、リアス先輩は一言。

「つまり……Lが善でCが悪ってことなの?」

 ふむ、リアス先輩はいい質問をしてくれるなぁ。よし、ついでだしもう一つだけ話しておこう。

 

「いえ、実はですね。Lの中には法を悪用する邪神や悪神もいるのですよ。まぁ、それについては後ほど詳しく話しますね」

 

 まず、LNCとは他にLNDというものがありまして、L(ライト)とN(ノーマル)とD(ダーク)というものです。この属性は更に細かく、LNCの中にさらにLNDがあると考えてください。

 

 まず、L-L(ライト-ロウ)は法と秩序を以って人々に幸福や豊かさを与えるような、言ってみれば理想的な神様や天使といった感じです。そしてN-L(ノーマル-ライト)はまぁ、一般的な善良な人々といった感じでしょうか。D-L(ダーク-ロウ)は先ほど言ったとおり、法や秩序というものを悪用している者や悪神、邪神といった感じです。

 

 そしてL-N(ライト-ニュートラル)は、如何なる思想にも囚われずに人を救うような、まぁどこぞのツンツン頭をした不思議な右腕の高校生といった感じです。N-N(ノーマル-ニュートラル)は、自由奔放に生きていきますが、怒らせたりすると恐ろしい者もいます。D-N(ダーク-ニュートラル)は何の思想も持ってはいませんがただ破壊を望み、力を振るうこと生きがいにしています。

 

 最後に、L-C(ライト-カオス)は、自分、または仲間の為なら力を奮い、唯一悪法等に打ち勝てる存在でもあります。N-C(ニュートラル-カオス)は、力を純粋に追い求めていき、修行などに励んでいます。D-C(ダーク-カオス)は力を求めるためならどんなことですら躊躇しないという外道な存在です。

 

「――――まぁ、こんな感じでしょうか。あくまで”感じ”ですので、当たってるかどうかまでは定かではないです」

「なるほど……それじゃ、一概にはどれが悪でどれが正義か、なんて分からないものなのね」

「そうですねぇ、世の中そんなもんですから」

 何やら、ただの説明からちょっと深い話に入り始めてきたなぁ。

 

「とても面白い話だったわ、ありがとう。それじゃ、面白い話のついでに質問いいかしら?」

「あ、大丈夫ですよ」

 そう言うとリアス先輩は少し考えて話したいのか、それともうまく言いたいことがまとまってなかったのか、間を置いて話しかけてきた。

 

「もし、もしもの話よ? 悪魔と堕天使と天使、この3つが世界で争っていたら、貴方はどれが正義だと思う?」

 なるほど……そういうことか。メガテン思考でいくと、この3つのどれかを選ぶとルートが確定して、ボスまでの道のりが決まったりするんだろうな……じゃない。つまりは俺がどういう考えかを聞いているということみたいだ。下手にどれかを選ぶとめんどくさいことになりそうだ……なら、俺の導き出す答えはこれだ。

 

「どれがいいか?そんなの知りませんね。人に害をなすなら全部滅べばいいんですよ、全部……ね」

 顔から表情を捨て、低い重い声でボソッと一言、聞こえるか聞こえないぐらいの大きさでつぶやいた。無論、演技だ。この論を通していくと最終的に俺の仲魔をオールマストダーイしなきゃいけなくなるし。

 で、リアス先輩はというと、少し驚いた表情をしたけどすぐに取り直したようで、何か考え込んでしまっている。よしよし、いい反応だ。

 

「……なーんてね、嘘ですよ嘘!どうです?怖かったですか?」

 さっきまでの表情とは打って変わって、笑いながらさっきまでとは違う普通の表情に戻る。

「もう……悪戯されるなんて思わなかったわ」

「いやぁ、さっきのお返しってことで無かった事にしてください」

 そう言いながら俺とリアス先輩、二人で軽く笑い合う。さりげない冗談で少しは気分も楽になってきた。よし、これで上手くはぐらかせただろう。

 

「確かに、そんな危ない考えの人なんてそうそう居ないものね」

「まぁ、もしそんな人がいるとしても、先輩みたいな上級悪魔に――――あ」

「えっ?」

 途端、俺のやらかしたアホなミスのせいで最初よりも酷い雰囲気が辺りを包み込む。ヤバイ、とりあえずこのままどうにかしてはぐらかして立ち去ろう。うん、そうしよう。

 

「おっと、もう昼休みも終わりそうですねぇ。それじゃ、失礼します」

 そう言いながら俺は、中学の時に軍人上がり……の血筋を持つ体育教師に鍛え上げられた無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで起立、回れ右をする。この綺麗な動きに誰もが見とれ――――――

 

「ここは通しません」

 ていなかったようだ……クソッ、なんてこった。よりにもよって、ルークの子猫さんが出てきた。これじゃあ通れないし手出しが出来ない……いや、この状況で手を出すこと自体がアウトか。自分の下僕を物凄く可愛がっている先輩のことだから、間違いなく手を出したら俺が死んでしまう。

 

 仕方ない……ここは、俺の舌先三寸をフルに生かしてこの状況を突破するしかないらしい。

「あー、子猫さん? 俺ちょっとトイレ行きたいんだけど」

「後にしてください」

 クソッ、俺の結構有力な部類に入る言い訳が通用しないだと? 万策……尽きたか、そう思ったその時。

 

「あらあら、私としたことが。殿方がいらっしゃるのにお茶をお出しし忘れるなんて」

 そう言いながら姫島先輩が紅茶を二人分運んできた……いや、えっ? このタイミングで俺に紅茶を振舞うの? いやこれ……絶対わざとでしょう? ”私は何にも知りませんから、どうぞ”みたいな感じなの?

 とはいえ、俺に残された選択肢としては、危険かもしれないが姫島先輩が出した泥舟かもしれない助け舟に乗り込むしかない。

 

「あー……紅茶があるなら仕方ないですね。あ、砂糖下さい」

「ではスプーンは――」

「あ、大丈夫です。スプーンはたまたま今日使ってないのがあるので」

 そう言いながら俺は椅子に腰掛けつつ、スプーンを懐から取り出す。なんで懐にあるかって? 懐にあると色々と便利だからな、手を洗うついでにこういうものは洗ったりも出来るので水道代の節約にも一役買っている……じゃない、この状況をどうにかせんと。

 

 とりあえず、落ち着こう。落ち着かなければ転ばぬ道も転んでしまう。まず、姫島先輩が俺にこうやって紅茶を振舞うということは、向こうも手荒なことをしたくはないということだろうか? だったらまだ穏やかに物事を済ませられる可能性がワンチャンあるかもしれない。

 姫島先輩の意思を明確に区別するために、そのためにもこのスプーンが活躍するわけだ。何を隠そう、このスプーンはなんと、銀製なのだ。ご都合主義とかそういうのではない、ただ愛用してたのがたまたま銀製だったのだ……と思う。

 

「いやぁ、甘いの俺好きなんですよ」

 そう言いながら砂糖入れのスプーンから山盛りの砂糖を三杯分ほど紅茶に投下し、自分の銀製のスプーンでなるたけ音を出さないようにかき混ぜる。もしこれで毒か何かでも入っていたなら、スプーンはすぐに変色するだろう。

 

 そうこう考えている内に、砂糖は全部溶けた。スプーンを恐る恐る取り出してみる……が、スプーンはやっぱり先ほどと全く変わらない、銀光をしている……つまりは、毒は入っていないらしい。安心した……。

 

 さて、どうやってここから誤解を解くべきか。先輩がさっきの質問に対しての答えを鵜呑みにしている可能性が高い。どうしようか、あれは舌先三寸で言ったことだからなぁ……。

 そう思いながら紅茶を一口、口に入れる。すると、口の中に甘ったるさと程よい香りが口の中で膨らみ――

「――おいしいです」

「あらあら、お口に合っていただけましたか」

「ええ、とってもおいしいです――――――?」

 

 そう言い終わった瞬間、指に力が入らなくなった。いや、指だけでなく気づけば全身が金縛りにあったかのようになり、口と目が動かせるのが不思議なくらいだ。

「リアス……先……輩? 姫……島先輩?」

 そろそろ口にも力が入らなくなってきた。もしこの束縛が一定時間のものだとしても恐らく俺が逃げられないようにするには十分な時間があるだろう。

「ねぇ、若葉君。ちょっと君に興味があるの。ちょっと色々とお話を聞かせてくれないかしら?」

 ああ、なんてこった。少しでも穏便がどうとか勝手に予想した俺が馬鹿だった。

 

「朱乃、色々と話を聞かせてもらってあげて?」

「了解しました、部長。あらあら、顔色が悪そうですが大丈夫でしょうか?」

姫島先輩がこっちに笑みを浮かべながらやって来て、俺の顔を撫でる。一見何かを期待しそうになるが、先輩の目が滅茶苦茶楽しそうな顔をしているところを見ると、どうやらそういうことは期待できなさそうだ。

「ぅ……ぁ」

 ダメだ、もう声をまともに出すこともできない。どうする、どうすればいい?

 

「殿方をリードするのは久しぶりですし、楽しませていただきましょう」

そういうと先輩は丁寧にカップを俺の手から外すとと机に置き、腕を上げさせるとどこから取り出したか分からない縄で俺の手首を縛り、足首も同じように縛り付け、俺の体をソファに縛りける。

 これから俺が何をされるのか、全くわからない。恐怖で目に涙が溜まってきた。畜生、どうしてこんなことになったんだ……あぁ、俺が朝うっかりアホみたいな発言をしたからか……

 

「あらあら、泣きそうな顔をされるとこちらも少し罪悪感というものを感じてしまいますが……心配ありませんわ。これから質問することに正直に話していただければ私達は何も害を加える気はありませんもの。」

 クソッ、話すことなんて何もないし、それを信じるかなんて相手次第じゃないか!! 俺が何も話すこともないという事を話したって聞き入れてくれるとは思えない。

 

「あ……う……?」

 薬の効果が切れてきたのか、口が動けるようになってきた。

「あらあら、薬の効き目が切れるのが早めですわねぇ。少々体が頑丈な殿方のようですね」

「お、俺が話すことなんて何も……!」

話そうとすると、姫島先輩が俺の口の前に人差し指を置き、静かにという合図を送ってきた。

「余計な体力を使うと、早めに何もしゃべることができなくなってしまいますよ?」

 体力を使うこと……?俺は何をされるんだろうか。

 

「さぁさぁ、まずは軽い手始めですわ」

 そう言うとバチバチッという音と共に部屋に雷が呼び出される。雷は姫島先輩の両手に篭手のようにまとわりつく。……あれで触られたら、間違いなく死ぬぞ。体力関係なしに。

「さぁ、始めましょうか。正直に答えてくださいね?」

 そう言うと、姫島先輩はクスクスと笑いながら雷の篭手を俺に近づけてきた。

 これは……もう、ダメかもしれんね。




どうも。毎度毎度お騒がせしてすいません。なんとか、アットの方が復旧したので執筆途中のとアットのでくっ付けて軽いリメイクをしてみました。

確実に姫島先輩ルートを突き進んでますね、SMルートを選んだ若葉君頑張れ。


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第7話:腹筋崩壊

 とりあえずあの手で触れらたら堕天使でも悪魔でもない人間の俺は御陀仏だ。そこんところを姫島先輩は知ってか知らずかとても楽しそうだ……楽しそうで何よりです。

 

「では、始めましょうか。すぐに質問に答えてくれれば痛くはしませんわ」

痛くはしないってなんですか、痛くはしないって。痛い事する前提ですか……そりゃ拷問だもんな、当然だよな……。

「では最初の質問です。貴方は、何処の勢力についているのですか?」

「いや、何処って言われましても……」

 

天使とも悪魔とも堕天使とも接触したことがないし、そもそも俺悪魔にも堕天使にも天使にも味方につく気は無いからそれでいいんだろうか。

 

「はい、時間切れですわ」

「えっ、は、早っ!!」

そう言うと姫島先輩は手を俺に伸ばしてくる。……短かったな、俺の人生。

 

「こういったことは初めてのようですし、優しくリードしてあげますわ」

リ、リード!? 一瞬期待しそうになるが落ち着こう。そういえば姫島先輩は究極的なドがつくS(サディスト)だったな。そんな人が優しいと言って実際に優しい訳がない。

 

「貴方の敏感な所は……ここかしら?」

そう言うと先輩は俺の両脇腹に手を当てる。少しピリッと来るがそこまで痛いわけではない。むしろむず痒さやくすぐったさがする。

 

「……?」

 どうも拷問が生ぬるいのは手加減してくれているからだろうか、なら今のうちにさっきの質問に答えよう。

「せ、先輩。俺は……」

「それとも……ここですか?」

「――――っっっ」

 ピタッと俺の両脇に姫島先輩の両手が添えられると、電気により脇がとてもくすぐったい。

「あらあら、ここでしたか。それでは、もう少し強くしてあげますわ」

 そう言うとさっきより強めの刺激が脇にくるが、痛みはなく、くすぐったさしかこない。

 

「せ、先輩……止めっ……止めてくださっ……」

 声を上げて笑うのも情けないので声を押し殺して先輩に止めるように懇願する。

「あらあら、では先程の質問に答えてくれますか?」

「こ……答えますからっ……」

 そう答えると姫島先輩がやっと手を離してくれた。あぁ、次あれより強いのが来たら声出して笑ってしまうぞ……そうなったら俺の羞恥心とか男としてのプライドが崩壊してしまう!

 

「お、俺は何処の味方にもなる気はないですし、敵になる気もありませんっ……!」

「……それは本当ですか?」

「ほ、本当ですっ!! さっきのは冗談ですっ!! 悪ふざけしすぎましたのはすいませんでしたっ!」

 これ以上拷問させられるともうダメだ。俺の精神が限界だ。

「部長……」

 

 姫島先輩はリアス先輩の方へと向かい、なにやら耳打ちをしている。そろそろウチに帰りたい。そうだ早退しよう、精神的にこれ以上女子に追い詰められたりしたら限界だ。

 姫島先輩とリアス先輩が何か話している。出来れば俺はもう無関係だと思うから縄を解いてウチにかえって寝よう。そうだ、その前に今日は帰りにスーパーで鶏肉のモモ肉でも大胆に買って贅沢なものを食おう、そうしよう。

 

「若葉君……もう一度聞くわよ? 私達に何か害を加える気はないのね?」

 俺が一人でそんなことを考えていると、リアス先輩が俺に質問してくる。そこまで疑わなくたっていいじゃないか……。

「まず俺が害を受け……いやなんでもありません、無いです。そんな気は更々ありません」

 

 少し余計な言葉を喋ってしまったがまあいい。

 リアス先輩はまだ怪しんでいたが暫くすると信じる気になったのか、それとも別段害は無いだろうという結論に至ったらしく、俺に一言。

「まぁ、貴方が害を与えないなら別にいいわ。ただ、私が悪魔だということは誰にも言わないで頂戴」

「誰もそんなこと言っても信じないんじゃないですかね……?」

 

 むしろ先輩の発言力で俺のことをロリコンとか言った方がアウト。100%俺が疑わしいことを指定なくてもロリコン認定されてしまう。俺が先輩は悪魔だとか言っても良い精神科医を紹介されるだけで終わりだ。

「……まぁ、それもそうね」

 

「若葉君」

 いきなり姫島先輩が優しげな目で見てきた。え、なにこれ怖い。さっきまで俺をくすぐりという拷問で精神的に追いやってきた人とは思えない目だ。しかもさりげなく俺を縛っている縄を縛りなおしている所からしていやな予感しかしない。

 

「ここまで正直に話してくれた若葉君にはご褒美をあげましょう」

 そう言うと姫島先輩が俺の脇に手を当ててきた。あれ?あれれ?

「ひ、姫島先輩……? あの、ご褒美は嬉しいのですがその、この手は一体……?」

「もちろんご褒美をあげるためですわ。こうやって……」

 そう言うと手を上にかざすとまた雷が先輩の手に宿る。

 

「さぁ、いい声で鳴いてくださいな……私、若葉君の反応を見てたらもう、我慢ができなくて……」

 え? これ、マジ!? いやいやいやいやいや目が怖い!! 恍惚とした表情が怖いよ!! 最後の方だけ聞けば嬉しいけど嬉しくもない!!!

「リアス先輩ッ!? 姫島先輩におかしなスイッチ入ってます!! た、助けてください!!」

 

 その声を聴いたリアス先輩の肩がピクッと動いたかと思うと窓の方を見て一言。

「……今日もいい天気ね」

 フルシカトですかあああああああああっ!? 酷い、非情すぎる、鬼!!悪魔ァーーーッ!先輩の血の色は何色だァーーーーーー!?

 

「まだまだ時間は有りますわ、二人で楽しみましょう」

 自分一人で楽しむの間違いじゃないですか!! 俺そういう趣味無いですから!!

 そ、そうだ小猫さん、小猫さんは何処だっ!! 助けてください……助けてくださいッッ!

 

「小猫さん、ヘェーーーーールプ!!」

「……こういうのは初めてです」

 え? 何勘違いしてるの!? なんで顔赤らめてるわけ!? ドアからこっちを半分覗いてる仕草は可愛いけどそれどころじゃないんだよ俺の持病リストの一つに女性恐怖症とは入ってるかもしれないのにそれでいいんですか子猫さん!!

 

「準備はできましたね?」

 もう待てませんという感じで姫島先輩が手を俺に近づけてきた。

 

 ――――グッバイ俺のハイスクールライフ。ようこそお呼びじゃないゲイバーライフ……。

 

 

 

 

                    ※

 

 

 

 

「……少し、効きすぎましたか?」

 少し戸惑い気味に姫島先輩が心配してきたけどもう遅い。

「ハハッ……ハハハ……フヒ、フヒヒヒヒヒヒァ~ッハハハハハハハハハハ!!」

 

 自分でももう何が可笑しいのか分からないのに笑っている。笑いが収まってきたかと思えばまた再発し、姫島先輩が満足して手を止めてからかれこれ10分以上経ち、お楽しみの時間も含めて30分程笑い続けている。 流石にこれは不味いと思ったのか姫島先輩が縄を解いてソファに横にさせてくれたがその程度では収まらない。涙がとめどなく目から溢れ、体全体が死にかけの蟲の様にピクピクと痙攣している。

 

 笑うことは体の腹筋を主に使って行う有酸素運動だ。無論やって悪いことではないがやりすぎれば当然悪化する。笑いすぎによる自律神経の麻痺により、笑いが止まらなくなりそして体力を使う有酸素運動によって体力が尽き、やがて呼吸困難に陥り――――死ぬ。だからしばしば拷問としても使われるくらいにくすぐりは凶悪なものだと、俺はそれを身を持って知ったよ。

 

 どうやら、人は死にかけると頭の中では冷静になるようだ。それに、走馬灯というのだろうか。色々なものが今見える光景とは別に見えてきた。じーさんが俺の目の前にいきなり現れたこと、ピクシーを召喚したこと、山田のことや、川で俺の命を救ってくれたあの人達……俺、あの人達の恩返しまだだったなぁ……。

 

 と、ここで何か別の映像が出てきた。あぁ、俺の服にじーさんの熱々コーヒーがかかってそれで飛び起きた俺が流れてきたガレキに頭を打って川の中で――――暗い、冷たい水の中で………

 

 ――――ドクン

 心臓が、一つ大きく動いた。

 

 イヤダ……シニタクナイ……ツメタイノハイヤダ……

 

 ――――ドクン

 

 ナゼ、オレガシナナケレバ……

 

 俺の心が、死にたくないと叫ぶ。まだ生きたい、まだ生きたいと叫ぶ。

 

 ――――そしてリアス先輩が、そんな俺に対して追い打ちをかけるように言い放った。

「彼の始末は私がつける」

 

”始末”……オレハコロサレルノカ? オレハイキルンダ……! コロサレルナンテゴメンダ……!

 

 ――――力が、湧いてくる。生きるための力だ。

 ぼやけている視界から誰かの手と紅い髪が見え、その手が俺に伸ばされる所で――――――俺の意識が完全に戻った。

 

 

 

「ハハハハハハハッ……ッッッッ!」

 俺は体を無理に起き上げさせると左手で口を抑えて右手で腹を思いっきり殴る。吐き気がしたがもう一回殴ると笑いが止まった。

 周りの先輩達が驚いていようが構わない。俺を殺そうとした奴がそばに居る、そんな奴と一緒になんて居たくはない。俺は走って逃げた。生きるために走って逃げる。力はいくらでも湧いてくる。生きる力が湧いてくる。

 

「若葉君、待ちなさい!!!」

 あぁ、俺を殺すつもりだ、早く逃げねば。死にたくはない。

「死んでたまるかよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 俺は自分の心を自分で奮い立たせる為に大きな声で叫び、体に気合を入れる。

 

 元陸上部の体は昔の動きも呼吸法も覚えており、心臓もきちんとリズムを覚えている。なら後は思いっきり走って逃げよう。

 廊下を曲がり、授業中なのか誰も居ない廊下を全力疾走で走り、出口を目指す。足音に気づいた生徒が廊下を覗いているが気にしている余裕はない。

その後、色々と記憶がないが家について敷きっぱなしの布団に俺が倒れ込んだ所までは覚えていた。

 

 

 

                   ※

 

 

「部長、どうしましょう……」

 珍しく朱乃が私に戸惑った様子で話しかけてきた。まさか朱乃もここまでの事態になるとは思わなかったみたい。

「とりあえず……彼の様子は?」

「ただ、笑ってるだけで……でも、体力の消耗が激しいみたいです」

 

 そう言う朱乃はいつもより心無しかしおらしく、流石にやりすぎたと反省している。彼が只私達の存在を知っているだけなら只の一般人、それが私達の勘違いで万が一死ぬことになったら……

 

「とりあえず……このまま様子を見ましょう。もし彼が死ぬような事が起きたら――――」

「……っ」

 

 死ぬ、という反応に酷く朱乃が反応する。余程自分のしたことに後悔をしてるようね……私も少し不謹慎なことを言って朱乃に申し訳ない。

「――――彼の始末は私がつける。幸い、悪魔(イービル)の駒(ピース)にもまだ余裕があるわ。……最も、それを使わないで済むのが一番好ましいけど」

 

「ハハッ……ハハハハハハハハッ!」

彼の様子を見るが、一向に状態が良くなるようには見えない。

 私が彼の額に手を伸ばそうとしたその時――――

 

「ハハハハハハハッ……ッッッッ!」

 いきなり彼は起き上がったかと思えば手で自分の口を抑えて自分の腹部を思いっきり殴り始めた!?

「ええっ……?」

「若葉君……?」

 

 私も朱乃も驚き、小猫も何があったのか分からないような顔をしている。

 今ので笑いが止まったみたいで私達が安心したのも束の間、彼はいきなり走って逃げ始めた。小猫も何が起きているのかが理解できず、ただ見送ることしか出来ないようだった。

 

「不味いわね……彼、今体力が尽きかかってるからあんなに激しく走ったら今度こそ……!」

 それだけは何としてでも止めなければならない。朱乃も小猫もそれは理解したみたいで私と一緒に彼を追いかけ始める。

「若葉君、待ちなさい!!」

 

 私の呼びかけにも反応せず、彼は走り続けている。そして彼はおかしくなったかのように

「死んでたまるかよぉぉぉぉ!!」

 と叫び、私達から逃げてるように走る。

「彼、錯乱しているのかしら……」

「私があそこまで……」

 

 そう言う朱乃の顔が曇り、自分を責め続けている。

「彼を捕まえたら謝りましょう」

「……はい」

 

「小猫、貴方の力が頼りよ。お願い、彼を捕まえて」

「はい」

 抑揚のない声で小猫は言ってるけれど、小猫も表情が曇っていてどこか元気がない。

 

 小猫がみるみると彼との距離を縮めて、彼の肩を掴みそうになったその時。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「!?」

 

 廊下の曲がり角を綺麗な直角を描いて左に曲がっていく。小猫はその動きについていけなくなり、やむを得ず急ブレーキをしてスピードを完全に殺して止まった。

「部長、すいません……」

「いいのよ、それより追いかけましょ」

 あそこまでの無理な動きをして彼の体力も更に消耗した筈。早く止めないと……!

 彼が通った曲がり角を曲がるとあちこちに彼がぶつかったような跡があり、掲示物がいくらか剥がれかけてたり無くなったりしている。

 

「 ! 小猫、バケツを投げて彼の足を止めて!!」

「はい」

 小猫はバケツを彼に向かって投げつける。彼には悪いけど、こうでもしないと彼が死んでしまう。

 投げつけたバケツは彼の頭に命中し、彼も体制を崩して前のめりになって――――

 

「WRYYYYYYYYYYYYY!!!」

 倒れそうになった瞬間手を床につけたかと思ったらきれいに一回転してまた走り始めた!?

「彼本当に人間!?」

「……多分」

 

 小猫も今まで自分が出会わなかったパターンに驚いている。私自身も人間であそこまでの身のこなしの素早い人間は初めてだ。

「部長、私は回り道をして彼の行く先を阻みますから部長はそのまま追いかけてください!」

「分かったわ、朱乃!!」

 

 そのまま彼を追い続けていると彼の背中に何か張り紙のようなものがついているのに気づいた。

「小猫、あれがなんだか分かる?」

「今日の購買のオススメが書かれた紙です」

 

 小猫に言われてよく見てみると、確かに紙には”オムッパイ弁当大特価!!”と書かれてあって何か緑の植物をシンボルとしたシールの様な物が見えた。

「……彼がこのまま皆にあの姿を見られたり、学校を出てあの格好で走り回ってウチの評判を落とすわけにはいかないわ!!」

「はい」

 

 と、ここで朱乃が彼の前に大の字で立ち塞がる。

「若葉君、止まってください!!」

 ここは狭めの廊下だから人が真ん中に立ち塞がると走るスペースは無くなる。目論見通りに彼の走るスピードはどんどんと遅くなって……

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄ァ!!」

 次は窓を素早い手つきで開けるとジャンプして窓から飛び降り――――!?

 

「いくら彼でもここは4階よ!? 只のケガでは済まされないわ!」

「あぁっ、若葉君!!」

「ケースケさん!!!」

 私達が慌てて窓を覗き込むと――――

 

 彼は消えていた。目の錯覚でもなく、彼は私達の目の前で消えた。

 

「……!」

「若葉君……?」

 その時、小猫も朱乃も私も、その場の全員に最悪な考えが頭の中を過ぎった――――彼は、死んだのでは、と。

 

「と、とりあえず彼がグラウンドに出たわ!! 私達では恐らく彼を捕まえるのは不可能よ!! 小猫は祐斗を呼んできて!! 私達はソーナに援軍を要請するわ!!」

 そんな考えを吹き飛ばすために指示をする。願わくば彼が無事であることを祈って。

「はい」

 

 一旦小猫と別れ、幸い近くにあった生徒会室に飛び込む。

「ソーナ!!」

「あら? 珍しいじゃない、リアス。貴方がここまで慌ててるなんて」

「そんな悠長なことを行ってる場合じゃないの!!」

「……どういう事?」

「理由を話している場合じゃないわ、早く来て、動かせる手数を全員揃えてね!」

「分かったわ」

 

 緊急事態が起きたという事が分かったのか、ソーナが真剣な顔をして私に付いてきてくれた。

 校庭に向かうと、小猫と祐斗が彼を探している。

「部長、小猫ちゃんから話は聞きました。ここを見張っていましたけどグラウンドにもテニスコートにも見当たりません」

「そう……じゃあ森かしら」

「ねぇ、リアス」

 ソーナが私に話しかけてきた。そういえばソーナに事情を説明してなかった。

「貴方達は何をそこまで焦っているの?」

「そう、貴方にはまだ話していなかったわね……」

 

 私はソーナにこれまでのいきさつを詳しく話した。

 彼を他勢力の刺客と疑い尋問をしたこと、それで彼がおかしくなり、これ以上体力を消耗させると危険な状態になることを。今でも朱乃はやりすぎた事を後悔しているので尋問の後に行なった事は控えておいた。

 

「なるほど……で、その1年生は今どこにいるのか検討はついたけれど確信は持てない――――そうね?」

「ええ、彼が森にいる可能性が高いけどもしかしたらもう学園を離れている可能性もあるの」

「とりあえず森を探しましょう。校門と森の近くの門に見張りを設置して、残った者が1年生を探す……これでいいかしら?」

「ええ、私もそれでいいと思うわ」

「ならウチの数名に脱出しそうな道を見張らせるわ、特徴として、その1年生はメガネをかけているのね?」

「えぇ、縁の色は黒よ」

「なるほど――――貴方達、聞いたわね?」

 

 ソーナが自分の下僕に聞くと、全員把握したらしく、頷く。

「部長! 一瞬人影のようなものが!!」

 祐斗がそう言ったので一同が森を見ると一瞬何者かがこちらの様子を伺うように見ていた、がすぐに消えてしまった。

「……見えたわね?」

「ええ」

 

 ソーナとそれ以外の全員もしっかりとその姿を確認したらしく、頷いている。

「……行くわよ!!」

 森に向かって走ると、素早くソーナ達の下僕は見張りの位置へと走っていき、それぞれが散開して彼の捜索を始めた。

 全員が全員、一生懸命に木の上から茂みの中までくまなく探した――――――――が、日が落ちかかる時間まで搜索は続けられたけれど、結局彼がそこに居たという痕跡すら見つからず、彼はもう私達が集合したときには学校を離れてしまった――――――そういう結論に落ち着いた。

 帰る際の朱乃の顔はとても落ち込んでいて、言葉をかけられなかった。

 

 翌日の放課後、小猫から聞いた話によると彼は無断欠席で連絡も一切なく、インターホンを鳴らしても音一つ帰ってこなかったらしい。

 

 

 ――――――――その次の日も、彼が学校に来る事は無かった。

 

 




どうも、今回はいつもより長めです、そしてシリアス回らしきものです。
今回は、3日に一回ペースを乱すわけではありませんが、前回のお話を保管し忘れたせいで1日ほど、本来のペースからずれてしまいましたので、一日早く投稿することにしました。

そしてなんかネタの突っ込み方が無理やりというか強引でつね、相変わらず(・ω・`)
一応これでも少し手直ししているのですけれども……あふれ出るコメディ臭の前にはシリアスなんてシリアルのようなものなのでしょうかね。


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第8話:どうも俺の心はツンドラの様に冷たいようだ

 ――――俺は、夢を見ていた。それは誰かに追いかけられている夢だ。舞台は学校で、ソイツは笑いながらこっちを追いかけてきて、向こうは歩いているのに俺が走っても走っても距離が縮まらず、直ぐに追いつかれる。ソイツは俺に追いつくとニヤニヤと笑いながらジオを俺に向かって放ち、全身の筋肉が痙攣している俺を見て嘲笑う。

 

 痙攣が止まると俺を追いかけるのを楽しむように何処かへ消え、また俺が逃げ始めるのと同時に何処からともなく表れ、俺に追いつくとまたジオを放つ。これの繰り返しだ。

 そして俺はついに力が尽き、倒れ込んだ。ソイツは俺を見下ろしてじっと立ち続けている。そして俺が力尽きもう遊べないと分かると、手を俺に向けて伸ばす。俺に近づいたソイツの顔の影が一瞬消え――――

 

「あああああああっ!?」

 絶叫と共に起きると俺はいつもの自分の部屋にいた……よかった、夢ではないようだ。

「ふむ、起きたかの」

「じ、じーさん……」

 そばにはじーさんがいた。おぉ……じーさんだ、久しぶりのじーさんだ……! やはりじーさんが居るとなぜか少し落ち着く。

 

「さて、お主が4日も寝ておるからの、ワシもお主の様子が不安で来たんぢゃ」

「お、おぅすまんなじーさん」

 じーさんに心配をかけちまったなぁ、未だに筋肉痛で体が痛い。

 

「で、ぢゃお主……何があったのぢゃ?」

「ん?……まぁ、色々とな」

 あー……思い出してきた。一気に学校行きたい気分を消し飛ぶぐらいにヤバイ事を思い出した。

 姫島先輩に殺されかけたんだよなぁ……で、あの後……追っかけられて色々と記憶がぶっ飛んで……今でも思い出せないのが多いな。

 

「お主、かなりレベルアップしとるんぢゃよ、それに呪文も幾つか覚えとる」

「んー? どれどれ……」

自分の筋肉痛で痛む体に宿る力を見ると……レベル20!? え? 俺レベル5から大幅レベルアップ!?能力ポイント15も有り余ってるじゃん! それとマハジオとサマカジャとラクカジャを覚えている。……あのくすぐりプレイで受身の魔法かなり覚えてるな。

 

 サマカジャは魔法防御力が上がり、ラクカジャは物理防御力が上がる。これを軽視すると中盤は結構大変な事になるがラスボスとかだとこういうドーピング系をかけた次のターンに効果を打ち消されたり通常攻撃よりヒデェ攻撃を行う場合が多いのであまり使わない。ってか使うと後悔する。マハジオは有効範囲が広くなったジオみたいなもんだ。

 

「さて……パラメーターが寂しいのでそろそろ上げようかな。何にしようか……」

とりあえず体力が欲しい。あと素早さと魔力と知力……運は、どうしよ。

 

「なぁじーさん、運ってどういう風にこの世界で関連してくるんだ?」

 部屋で屯しているじーさんに話しかける。しかしじーさんよ、アンタ俺が寝ている四日間そんな感じで過ごしてたのか……?

「なに、1上がろうとそこまで影響せんよ。ただ50ぐらい上がれば体感できるかの」

「なるほどね……」

随分とわかり易いな。さて、それじゃあこうしよう。

 

 

力 :5

体力:9

知力:9

魔力:9

速さ:10

運 :4

 

体力を5つ上げて、知力を6上げて、速さを4上げる。どうやらニギミタマはどちらも兼ねているのでどちらかにあげようとすることはできず、両方上がるシステムのようだ、便利で何より。

 HPというものはレベルを上げると僅かに上がるため、実際はそんなに重点的に見なくてもいいけどやっぱ多いほうがいいよな。

 

「よぉし……今何時かわかるかじーさん?」

「ふむ……午後の2時ぢゃ」

あー……今から行っても中途半端だし、飯食ってないし、体も筋肉痛で必要以上に動かしたくないし、とりあえずバイト先の酒屋のオヤジさんと学校の先生に電話しておくか。

 まずは酒屋のオヤジさんから。いやぁ、心配してるだろうなぁ何日も無断で休んで電話かけてないんだから。

 

 電話の前に立つと何件か留守電のメッセージがある。まぁ、それよりオヤジさんへの電話が先だ。

 プルルルルル……プルルルル……

「はい、酒屋の了です」

 2回コールで出てきたのは渋い声したオヤジさん。見た目30代なのに声は渋い。歳はいくつか聞いても30代としか言わないのでもう諦めている。

 

「あ、もしもしオヤジさんですか? 俺です、ケースケです」

「おぅ、どーしたんだオメーさん、電話ナシに何日も顔見せないで」

 ちょっと事実を言う訳にはいかないので風邪ということにしておくか。

「いやぁ、ちょっと悪質な風邪にかかって布団から出られなかったんすよ。俺一人暮らしだから連絡できなかったんすよ。連絡なしに何日も休んですいませんでした」

「おう、治ったなら明日はちゃんと来いよ? 病み上がりの今日は安静にしとけ」

 

 あぁ、オヤジさんの優しさが身にしみる。江戸っ子気質と言われるオヤジさんが本当は静岡育ちの静岡っ子だったということを聞かなかったら、俺はオヤジさんは江戸っ子だと信じていただろう。

「迷惑かけてすいません、ホント……」

「なぁに、元気になったらちゃんと顔出せばそれでいいからな」

「はい、それじゃあ失礼します」

「おう、体に気をつけろよ」

 

 さて、次は学校だな。この時間だとウチの担任は授業で出払っているだろうから誰が出るかわ分からないがまぁそんな細かいことは気にしない。

プルルルル……

「もしもし、駒王学園生活指導担当の小松原です」

「げぇっ……!?」

 

 思わず”げぇっ……”と口に出してしまったが、相手は馴染みのある大塚さんボイスに似た小松原という教師で、フランスの外人部隊に居るような奴だ。あんなんがこの世に存在すること自体珍しい。

 小松原とは先輩達がやらかす度に俺まで何故か巻き込まれ、一緒に説教されたことがある。反省文を20×20で3枚書かされた時は理不尽さを覚えている。んで、俺は書いてる途中で先輩達が”そういやお前なんで居るんだ?”という疑問を口に出したことから小松原が誤解だということを知り、罰の悪そうな顔で謝ってきた。

 

 まぁ、別にそれで嫌いになったわけじゃないがさっき言った通り、外人部隊にいたような奴なので正直お近づきになりたくない。

「何が”げぇっ……!?”だ若葉」

「あはは……」

「で? 何日も無断欠席して電話を無視した事に対して言い訳はあるか?」

「RPGとAKを持った武装ゲリラに襲われてました」

「よし、歯を食いしばれ」

「すいませんでした冗談です本当は風邪で4日間寝込んでましたごめんなさい」

 

 受話器を持ったまま土下座をして床に頭をゴリゴリと擦りつける。奴なら3分ぐらいで俺の家に走ってきてドアを蹴破れそうだからな、そこらへんを考えると素直に謝っとかないと悪魔より怖い。

「全く……俺はお前に銃火器を向けられたときどうやってCQBで対応するかを教えたはずだ」

「えぇ、しかし素手対銃では些かキツいものが……え?」

「冗談だ」

 デスヨネー。本当に教えられてたと思って一瞬内容を思い出せずに焦ったわ。

 

「……ちなみにゲリラへの対処法は?」

「簡単だ、アサルトライフルやライトマシンガン、サブマシンガンは近距離で撃つには無駄がありすぎる。よって近距離戦では素手、ハンドガンが一番有効なんだ」

「なるほど、流石は経験者ですね」

「まぁ、伊達にイエローウォーターに所属してたわけではないからな」

「!?」

 イエローウォーターって、あの有名なアメリカのPMCだろ!? なんでんな所にいるんだよアンタ!!

 

「PMCにいたとき大変だったのはVIP護衛だ。VIPの外出時は僅かな光の反射に反応するくらいに神経を尖らせていないとダメだ。いつ狙撃をされるか分からんからな」

 リアルッ!! すっげぇリアルな話し始めた!? やっぱアンタ怖いわ!!

 こんな話をしていると俺の復活したての精神が持たない、報告だけしておこう。

 

「……とりあえず、病み上がりなので今日はまだ学校に行けません。明日にはちゃんと登校します」

「分かった、お前の担任にきちんと伝えておく。じゃあな」

「はいー」

 ツー、ツー、ツー、という通話がキチンと終わったのを確認してからじーさんに一言。

 

「じーさん、塩! 塩持ってきて! 俺の背中にかけたら後は電話の横に塩盛るからさー」

 いやいや、縁起の悪い相手と話してしまったな。奴と話すだけで俺の命が何処かの特殊部隊とかに狙われそうで怖い。

「む、了解ぢゃ。それよりお主、お主のPCにメールが届いておるぞ」

「ん、分かった」

 俺が部屋に戻ってPCを見てみると……

”おい、俺に喧嘩を売るとはいい度胸をしているじゃないか”というメールが。題名は小松原先生よりと書いてある。

 

「……人じゃねぇ」

 とりあえず俺はじーさんに持ってきてもらった塩を時計回りに俺の部屋の四隅に置いておく。これで三日経てば軽い結界ができるそうな。三日まで俺の命が持てば人外の奴から逃れられるかもしれん。無駄だとは思うがメールには”すいませんでした、ほんの出来心だったんですどうか情けを、お慈悲をくださいお代官様ァー!”と返しておいた。

 

 

 

 

                 ※

 

 

 

 

 飯を食うとやることもないので暇……と、そういえば留守電でメッセージが何件かあったな、それを聞いておこう。

”メッセージが、5件あります”

「ふむ、お主が4日も寝ておったからにはもう少しあると思ったがのぉ」

「うっせー、どうせ俺は友達が少ないよ」

 じーさんのことは放っておいてメッセージだメッセージ。

 

”おい、若葉。欠席の連絡が無いがどうした? これを聞いていたら連絡を頼む”

 ふむ、また小松原か。よし、迷わず消去。俺の記憶のメモリーと電話のメモリーから両方消去だ。

 

 次のメッセージは……と

”おい、若葉お前何を考え”

 プツッ、という音と共に消去だ。しつこいヤツだな、アイツも。

 

 次のメッセージは……

”おぅ、ケースケ。お前が音信不通になって早二日目だ、クラスの皆も心配してるぜ? 早く来いよな!”

あぁ山田、山田よ、お前はどうしてここまで心がイケメンなんだよ。俺の荒みきった心を山田が励ましてくれる……親友って素晴らしい。

 

 次のメッセージは山田の厚意をぶち壊しにする小松原だったので音速で消去。

「さてさて、最後のメッセージは……と」

 

”……小猫です、先生から電話番号を聞きました。お話したいことがありますからもしこれを聞いたらオカルト研究部に来てください”

 ふむ……日付は昨日か、時間は……9時!? あ、ダメだまだ俺の命狙っとるわこれ。人知れず俺を闇に葬りますってメッセージがビンビン俺に伝わってくるわ。……明日、学校行きたくねぇ。

 

「あぁー学校行きたくねぇ……」

「ふむ、そういえばお主仲魔はピクシーだけかの?」

「あーそういえば全く契約してねーわ」

「ほほほ、いい場所を見つけたんぢゃが、そこで契約をしようではないか、気分転換ぢゃよ」

 

 どうやらじーさんは俺に気を使ってくれていたみたいだ。申し訳ない。

「あー……悪いなじーさん」

「なに、人は誰しもそういう時があるからの」

うーん、神であるじーさんから聞くと何処か深いものがある。

 

 

 

                 ※

 

 

 

「私は天使エンジェル。今後ともよろしくお願いします」

 ……よし、何とか悪魔と契約した。

 じーさんが連れてきたのは寂れた教会、と言っても山の上の方にある堕天使さん達4人組の根城ではなく、町外れにある廃墟みたいなもんで、こっちの方が人の立ち入りも少ないし人が生活できる空間ではないし、堕天使も悪魔もいないようだ。

 

 ここで俺が契約したのが夜魔リリムと魔獣ケットシーと妖獣ガルムと天使エンジェル。うんうん、俺とケットシーとガルムで前衛を担当してリリムが後方支援をしてピクシーとエンジェルが回復担当。これは素晴らしい陣ではないだろうか。単純故に長く愛され続ける陣だ。

 

 大概の悪魔が俺の実力を認めて契約をしてきたが何故かリリムだけは吸血と吸魔をしてきたので吸わせてやった。そしたら何故か懐かれた。いやまぁ、懐かれて嬉しくないわけではないがビックリだ。

 

「ほほほ、お主はN(ニュートラル)に偏っておるがまぁそこはL(ロウ)やC(カオス)に偏るよりはマシぢゃな」

「ちなみに現在俺の夢はフリアイとヤクシニ先生とジョロウグモと契約するのが夢です。モリーアンとも契約したいねぇ」

「お主も分かっておるなぁ、じゃがその道は遠いと言っておくかの」

「やってやらぁ」

 

 そんな他愛もない会話をしているが吸血と吸魔を食らうと体がダルい。足取りも結構重くなっているし少しは楽をしたい。

「なぁじーさん、トラエスト唱えられないのか?」

トラエストとは簡単に言えば転送魔法でルーラみたいなもんだと思ってくれればいいだろう。

「ほほほ、お主がもっと家に帰ったり歩いて地道に移動すれば覚えるかもしれんの」

「うげぇ、今体がダルいのにそれはきついぜ……」

 

 トラエストは地道にやったほうがいいな、気づいたらトラエスト使えるようになったってのが一番いい。そんなこんなで話をしていたらもうマンションが目の前に。時間が経つのは早いもんだ。片道二十分程かかったと思うが体感では五分ぐらいだ。そろそろ夕日が傾きかけているため、とても夕日が眩しい。

 

 家に帰るととりあえずリビングでダラダラ。さすがにそろそろ腹も減ってきた。

「さぁて、飯作るかー飯」

「ワシもバァさんに夕飯が何か聞いてくるとするかのぉ」

「じゃ、また来いよじーさん」

「まぁ、お主がまた一段階磨きがかかった時に来るとするわい」

 

 そういうとじーさんはご丁寧にドアから出ていった、律儀だなオイ。じーさんを見送ったあと、とりあえず鍵をかけて夕飯の準備をしようとすると、不意にチャイムが鳴った。

「んー?」

 じーさんが忘れ物でもしたのかと思い、とりあえずドアの穴から外の様子を伺うと……そこには小猫さんとリアス先輩、姫島先輩が居た。

「っ!?」

 思わず俺は声を上げそうになるが必死に抑える。危ない、俺が声を上げたら居留守が出来なくなるところだった。まさか堂々と俺の家に乗り込んで俺の命(タマ)ァ狙おうとは、マフィアの抗争を彷彿とさせるね。

 

「……ケースケさん、病み上がりと聞きました。お話があるのでいたら返事をしてください」

 ダメだ、普段なら見舞いに来てくれたという嬉しさから喜び勇んでコサックダンスを踊るところだが、相手はは俺の命を狙っているから喜べないし怪しい。

 

 俺が沈黙を続けていると次はリアス先輩が話しかけてきた。

「ねぇ、若葉君……もし、聞いてたらでいいわ。もし聞いているなら……貴方に謝りたいことがあるの。ちゃんと話をしたいからドアを開けて?」

「若葉君、私がしたことを……今でも、恨んでます……よね。それでも、もし許してくれるなら、ドアを開けて謝らせてください」

 リアス先輩と姫島先輩が俺に対して謝っている。俺の命が狙いではないのか? 記憶が曖昧だから要所要所しか覚えていない。俺が姫島先輩から拷問を受けてその後俺がリアス先輩に殺されかける所で間一髪でとんずらこいて逃げた事しか覚えていないが……。

 

 とりあえず、話を聞こう、そう思いドアノブに手を伸ばした、その時――――

 

”イイノカ……死ヌゾ?”

 

 俺の心の中で、何かがそう呟いた。死ぬ? いくらなんでも無理があるだろう。いくら俺でもそんな早まった結論は――――

 

”オマエハ、アイツ等ニ騙サレタコトヲ忘レタノカ……?”

 

 一瞬、息が詰まった。

 

 

 そうだ、俺は紅茶に一服盛られた事を忘れていた。信頼しようとしてその信頼を崩してきたんだ、向こうは。

 

”ソレニ、アノ目ヲ忘レルナ……人ヲ虐ゲ、ソレヲ楽シンデイタ、アノ目ヲ……”

 

 ……そうだ。姫島先輩は、俺をどういう目で見ていた? 俺を玩具か何かにしか見ていなかった。楽しんでいたよ、俺の苦しむ様を見て。

 

”死ニカケノオマエヲ、始末シヨウトシタノハ誰ダ……?”

 

 ……リアス先輩だ。あの声は間違いない。だが、小猫さん、小猫さんはどうなるんだ? あの人は俺に危害を加えようとしていないぞ?

 

”下僕ハ、主ニ逆ラエヌ……ソレガ証拠ニ、オマエガ逃ゲヨウトシタ時、ソイツハ何ヲシテイタ……?”

 

 俺を逃がさなかった、俺の目の前に立ち塞がった。俺の逃げ場を無くした……か。ハハッ、俺もお人好しすぎたな……畜生、信じてたのにな。

 

”最後ニ、オマエノ夢ニ出テキタノハ……”

 

――――やめろ、もうやめてくれ。

 

”死ニタクナイナラ、頭ヲ使ウンダナ”

 

 そう言うと俺に呟いてきた何かは消えていった――――手は、ドアノブに触れるか触れないかで止まっている。今、ドアノブを握ればどうなるだろうか。その先に待っているのは――――死か、それとも――――

 

 いずれにせよ、それはドアノブを握れば分かる。

 

 

 ――――だが、俺にそんな勇気はなかった。

 俺は、ただひたすらに立っていた。ただ、やり過ごしていた。長い、とても長い時間だった。

 

「それじゃ……私達は帰るわ。明日、学校で会いましょう」

「……さよなら」

「やはりまだ、許しては……さようなら」

 リアス先輩達が帰っていくようだ、足音もちゃんと聞こえる。

 今なら、まだ、まだ間に合う……そう思ってもなお、手はドアノブを触れることはなかった。

「……畜生」

 

 たまたま手元にあったのど飴を口に放り込むが、いつもより酸っぱく不味かった。




シリアスです、はい。シリアスです。
あと、ここらへんからサブタイトルを考える力がなくなってまいりました。サブタイ考えるの難しすぎるんや……(・ω・`)

さて、このケースケ君の頭の中の声は誰なんでしょうか? 誰でしょうね、ホント。
そしてこの後、ケースケ君は果たしてリアス先輩達とどうなるのか? お楽しみに。



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第9話:ランボー、悲しみのヴォルクダ

 正直言って、今日の学校は最悪だった。ウチのクラスのお奉行様含む殆どの女子の皆さんが俺に詰め寄ってきた。リアス先輩から走って逃げている俺がおかしなことをしたとでも思ったのだろうか。

 一応適当にバイトに遅れそうになって走っていたらハンカチを落としたらしくそれをリアス先輩が呼んだんだけどそれに気付かなかった俺が走って逃げてるように見えた、とまぁ間違いなくバレるであろう嘘をついたら信じてしまった。将来夫が浮気しても嘘で誤魔化されそうで心配になるわ、あそこまであっさりと信じられたら。

 

 その後小松原に出くわして例の塩の件をしつこく聞かれた。地獄耳か読心術を心得てるらしく、やはり奴は人ではないことを自分で証明しやがった。メールの事を聞いてみたがやっぱお奉行様はダメだった。

 昼休みの時、小猫さんが俺に話しかける前に逃げるように俺は適当にぶらついた。3年生のクラスがある階を極力避けて図書室とかで本を読んだりした。

 それで授業開始前ギリギリに教室へ帰り、その後も休み時間は来なかったので放課後。

 

「さて、お前ら。最近物騒になったから先生が護身術をひとつ教えてやる」

「アンタの護身術は高度すぎて誰にも使えねぇよ……」

 小松原がいきなり訳の分からんことを言い出したのでボソッ、と呟くとこっちを見ながら得意げに

「残念だったなぁ、若葉。これは本当に誰でも出来るんだよ」

 と言ってきたので俺も挑発気味に返しておこう。

 

「ほほぅ、じゃあ説明してみてくださいよ」

 元PMC社員が教える護身術が怪しいというか高度な技術を必要としないかどうか怪しい。ぜってぇ男にはできないことだったり女にはできないことだったりするんだろうなぁ。

 

「まず、女子は不審者ともみ合いになれば必ず力負けするから如何に距離を取り、相手に接近を許さない事が一番だが、もし掴まれたら……おい若葉、こっち来い」

 そう言いながら小松原は手招きをしてきた。こっちに来い、ということらしい。

「俺っすか?」

 嫌だなぁ、奴ならさり気ない所で本気出してくるだろうし、容赦ないし。しかもプロだから下手に失敗しないので、無理やり痛がって奴を失職させることも出来ない。

 

「誰でもいいだろう? で、まぁ相手がつかんできたとするだろう? おい、若葉。俺の肩を掴め」

「いや、俺そっち系じゃないんで」

 と、まぁ冗談を言いつつも小松原の肩を掴む。

 

「……このように腕を極める」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 痛てぇ! おかしいだろこの反応速度!! つかんだ瞬間に俺の後ろに回り込むとかマジでプロの動きだよ!? これのどこに素人のできる要素があるんだよ、これ絶対俺への仕返しじゃねぇか!!

 

「「「「おお……」」」」

 技に見とれてる場合じゃないからな!? 俺マジで極められてるんだぞこれ!? 肩下手したら外されるか痛んで使い物にならなくなるんだぞ、分かるかお前ら!?

「……先生? これの何処に素人要素が入ってるんですかね?」

「おぉ、すまんすまん。お前には立派な兵士の素質がありそうだからな、それでつい本気を出してしまった。まぁ、兵士なんぞになるのはお薦めできんがな」

 

 嬉しくない、兵士の素質があるとか全然嬉しくない。命を狙われるのは悪魔相手だけでOKだ、十分です、足りてます。サバゲーやるかFPSやる方が十分俺に似合ってるよ。またはケワタガモでも呑気に狩って余生は狩猟犬育成でもするね。

 

「さて、今の動きはどうやっても男でもやるのは難しい。ここからが本題だ」

「また俺が付き合わされるんすか……」

 これ以上肩を責められるとバイトに支障が出るから止めていただきたいもんだぜ。

「さて、相手に肩を掴まれるだろう? その時は……おい、肩を掴め」

「はいはい……」

 

 言われたとおりに肩を掴む。するとごく自然な動きで肩をつかむ動作が受け流され、掴んだ瞬間に手から肩が離れ、体制が崩れる。

「おぉ?」

「これは簡単だ、肩をポンと置かれた瞬間に引くんだ。すると相手は掴もうとするから滑ってしまう。これにより大体バランスが崩れる。その後に振り向きざまに相手の顎に、平手でアッパーの様に撃つ。遠慮はするな、相手がやってきたんだ、正当防衛になる。この平手の撃つ場所は手のひらのこうやって、直角にした後手首の真上の部分、親指の付け根当たりをラインとした下半分の部分を相手の顎に向かって横に撃つことだ」

 

「おぉ、本格的に教えてるよ……さすがCQCを開発した人と似たような声をしているだけのことはあるな」

「誰がキャ●ィ何とかコンボを開発したって?」

「そっちじゃないですよ、そっちじゃ。てかストフ●イが好きなんですか先生は……じゃなくて、両腕を塞ぐように掴まれたらどうするんですか?」

「その時は……上級者向けだがやってみるか」

「はぁ……計画通り」

「ん?」

「いえ、なんでもないっす」

「まぁいいだろう。それで両腕を掴むときはだな……」

「え?掴めって?OKわかりました先生ィィィ!!」

 

 フハハハハハハハ!! まんまと引っかかったな小松原よ!! 俺が貴様に仕返しをしないとでも思ったのか小松原あああああああ!!

 俺は小松原の腰に手を回してスープレックスを食らわせてやろうとしたが、生憎ヤツの太い腕に阻まれるので両腕ごと掴むと――

「――消えた!?」

 奴は幽霊のように服を残して消えた。馬鹿な、奴はやはり人外、人ではなかったということなのか!?

「……これが上級者だ。甘いぞ若葉、その甘さを身をもって知るといい」

「う、後ろだとぉ!? 馬鹿な、これが質量のある残像かっ……!」

 確か本当は何かの破片が固まって散らばってるのがレーダーに敵機だと誤認させるのが質量のある残像なんだろうが、そんなことはどうでもいい!!

 

「さぁ、来い若葉!! お前に格の違いというものを教えてやる!! 卑怯な心を捨ててかかってこい!」

クソッ、クソッ、今日は本当にツいてねぇ! なんて日だ!あぁいいさ、ヤケだ、やってやらぁ!!

「……テ」

 

「ん? 命乞いならもっと大きな声で言うんだな若葉」

「テメェなんざ怖かねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 負け役のセリフだろうが負けフラグだろうがどうでもいい、意地もプライドももう必要ねぇ。後は俺の生き残る為の力とお前の技術のぶつかり合いだ!!

「……ふっ、随分と言うようになったなベ●ット」

「俺は元コマンドーだ!! 舐めるなよ!?」

「試してみるか? 俺だって元イエローウォーターだ。見くびられては困る」

「野郎ぶっ殺してやらあああああああああああああ!!!」

 俺の掛け声と共に小松原と俺は走り、距離を詰め、互いにカウンター、フェイントをかけずにストレートでお互いの頬に思いっきりぶん殴る。

 

 

 ――――そしてクラスが静まり返り、やがて一人が音も無く倒れ込む。

「これが、プロとアマチュアの違いだ」

 主人公補正? かかるわけないだろこんな化け物相手にさ。

 

 

 

                 ※

 

 

 なんだかんだあって放課後、俺は保健室で氷水を貰って頬を冷やす。歯が折れてないのは奴に手加減されたからだろう、正直言ってかなり悔しい。

「おっすケースケ、面白かったぞコマ●ドーごっこ」

「そうか、面白かったか」

 よしよし、あれがガチの殴り合いということは皆気づいてないようだ。まぁあそこまでネタなセリフを吐いたら誰でもそうだろうな。俺だってそう思う。

 

「女子も一部うっとりとしてるのがいたり若葉君カッコイーって言ってたぞぉ」

「後半は嘘だとして前半のは何なんだよ……」

 あの殴り合いにうっとりしていたって何だよ、男の殴り合いにときめいたりする女子が今どきいるんだろうか。何か危ない感じがしなくもないぞ。

 

「じゃあの、山田。俺はバイトだ」

「おう、じゃあ俺もアップ行くかー」

 

 俺と山田が分かれるとそこには誰も居なくなり……

「ケースケさん、いいですか?」

 居なくなり、そう、誰も居ないんだ。だからさっさと行かないとバイトに遅れる。ああ、今日は確か初復帰の日だったな、しっかりと仕事をこなさないと。

 

「よし、バイトいかないとなー」

「……話を聞いてください」

 キュッ、と肘の所の制服を軽く掴まれる。

「あー、小猫さん。俺バイトがあるんで急がないとまずいんでそれじゃ」

 俺は多少乱暴に腕を振り、走って逃げる。俺は正直言って最悪だ。

 

 

 そりゃぁ、客観的に見てみると俺って、最悪で最低だよな。人の話を聞きもしないで勝手に殺されるとか妄想してさ、挙句女の子を乱暴に振り払って走って逃げてるんだよ。それでこんな事考えてるのに……さ、何で一回も話を聞こうとしねぇんだよ……何でこんなに情けねぇんだ?

 

「畜生……畜生!!」

 虫酸が走る。自分がやった事とそれに対してああいう風に考えてるのに行動に移せない、いや移そうとしない俺に。

 

 

 

                   ※

 

 

 

「ケースケ、お疲れさん。今日は疲れてるようだがどうした?」

「いや、ちょっと走り込みをやったんすよ……」

 オヤジさんも心配しているところを悪いが適当に誤魔化そう、少し陰鬱な気分だ。

「まぁ、あまり自分を追い詰めるなよ。それが一番物事を悪くさせる」

「……はい」

 

 そう返事をして、俺は店を出た。

 オヤジさんは俺の顔から何か汲み取ったのだろうか、だが今の俺にその言葉はあまり嬉しくない。自分でやった事をここまで引きずってそれにオヤジさんにまで心配かけたんだ、情けない事この上無い。

 

「……悪魔とやりあうか」

 気付けば俺はあのじーさんが教えてくれた廃教会への道のりを歩んでいた。実際俺は何かしたい。自分のやった事を忘れて何かがしたい。現実逃避だろうと今はその事だけを忘れられることがしたいんだ。で、悪魔とやりあいたい。悪魔もそれを望んでいる奴を呼ぼう、もう一回死にかければ脳みそもスッキリするだろう。

 

 教会の前に行くと、いつもの雰囲気とは少し違うような気がした。まるで、悪魔が普通に巣食っているような空気だ、俺が昨日悪魔を召喚したからか?

「失礼しまーす……」

 なぜだか、雰囲気からこう一言でも言って入らないといけない気がしたが、誰が居るわけでもないだろう。そう思いつつも協会に入ると――

 

 ――そこには女性が居た。後ろ姿しか見えないが、シスターっぽい格好しているからおそらくはシスターだろう。そのシスターさんはなにやらお祈りでもしているのか、膝立ちをしたまま動かない。

 

「もしもーし……?」

 とりあえず呼びかけるが返事はない。一応ここは廃教会のはずだから誰も住んでも来る筈もないから俺以外がいるとなんか怖いな……

 

「あのー……」

 トントン、と肩を叩くも返事はない、ただのしかばねのようだ。そんな冗談はおいといて、大丈夫だろうか? ここは空気が悪いから気分でも悪くなったのか?

「あぁ……」

 と、ここでいきなりシスター服の女性がため息をつく。声は艶のある大人っぽい声が教会に響く。

「主は私を試すのですね、それなら仕方がありません」

「……?」

 何を言ってるんだこの人は、何か危ない電波発言にも受け取れること言ってるけど大丈夫か? もしやシスターって、こういう人が多いのだろうか。

「あぁ、お許しください主よ。人を殺める私をお許しください」

「……え?」

 何を言っているんだろうか、そう思ったとき、不意に女性が立ち上がった。

 

 女性はゆっくり、ゆっくりと立ち上がっていく……大きいな、俺より背が高い。……あれ?窓ガラスってあそこまで低かったか? それに、なんでこの人はそんな高さまで背が伸びてて――

 

 

 ――どうして腰から下が蛇の胴体なんだろう。

「あらあら、心ここにあらずといったところですか。なら元に戻して差し上げましょう」

「……?」

 何が起きているのかわからない俺の横で―――

 

 廃教会の長椅子が吹っ飛んだ。散った木片が俺の頬を掠め、痛みが俺の気を元に戻す。

「くそっ、悪魔かよ……!」

 その発言に向こうがピクッと反応する。

「そう、私は悪魔です。穢らわしい魔の物です、聖書や聖水、十字架を恐る異形の存在……!」

 どうやら俺は向こうの最も気に障ることを言ってしまったようで、相手に挑発をしてしまったらしい、まずいな。

 

 レベルは30、勝てなくはないが……どうするよ?




どうも、ここらへんからサブタイトルが滅茶苦茶になってますねぇ。文章量も少ないですし、今回もかなりの適当回になっちゃってますね……まだまだ未熟者ですわ(・ω・`)



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第10話:Q.救いはないんですか!? A.俺が救いだ

 クソッ、目の前にレベル30のラミアさんが現れたぞ! 種族は鬼女カオス属性でストライクゾーンド真ん中なんだがレベルが低いから交渉できな……じゃない!!

 

 これどう見ても普通のはぐれ悪魔じゃねぇか!! どうする? ここはケットシー達を召喚するか?

だがここまでのべっぴんさんを殴るのには少し抵抗がある。オニとか筋肉四天王とかが相手なら殴り合いも結構だが殴りたくないなぁ。ここは一つ、きわめて穏やかに物事を進められないか試してみよう。

 

「あのぉ、帰ってもいいすかね?」

「それは叶えられない願いですね……さぁ、私があの世へ導いて差し上げましょう」

 ダメだ、和平失敗。やるしかないのか……

 

「出番だぜ、サモ……じゃなくて来いっ!!」

「……?」

 右腕にCOMPを召喚すると、俺を囲むように五つの紫の光の柱が現れる。突然の光景に相手も驚いているようだ。

 

「……ご主人様、随分と御早い呼び出しですね」

「も~、久しぶりすぎて退屈だったよぉ」

「ガルル……オレサマ、敵タオス!」

「ワガハイを呼んだからには安心するニャ!」

「あ、ケースケまた血ィ、吸わせてー」

 

 上から順番にエンジェル、ピクシー、ガルム、ケットシー、リリム。リリム、今血をお前にやったら俺は確実に死ぬから後でな!!

「これは、一体……?」

 

 相手も初めて見る光景のようで戸惑いを隠せないようだ。

「なぁに、ちょっとしたトリックだよ、トリック。悪魔を召喚するさ」

「悪魔とは、穢らわしい、醜い存在です、それを召喚する貴方は……」

「”如何なるモノをも受け入れるものは如何なる者のよりも穢れており、醜いのだ”とでも?」

 

 今俺が放ったこの言葉は、昔ある所に聖女と呼ばれる女性が居たそうな。その聖女は如何なる不浄の者をも受け入れ、助けていった。だが、その聖女に救われるために不浄の者は罪を重ねていき、遂にはその聖女はある宿命を持った者に討ち取られる……そんな聖女の魂を見て誰かが言ったセリフで、まぁ名言っちゃ名言かな。それを聞いた相手も多少驚いているようだ。

 

「自分で理解しているようですね。ならまだ罪は悔い改めれば」

「アンタが悪魔なのによく言うね」

「……!」

 

 キッ、とこちらを睨んでくるシスターさんは怖いね。だがそれがいい、怒った顔もまた美しいのさ。

「おっとっと、事実を言ってしまいました、これは俺の悪い癖だ。人の揚げ足ばっかとってしまう。あ、人じゃありませんでしたね、悪魔さんでしたか! ついでに足もございませんなぁ?」

「黙れぇっ!!」

 こちらの挑発に簡単に怒ったシスターさんがこっちに向かってきた……凄い迫力だな、レベルアップしなかったら俺足がすくんで動けなかったかもしれない。

 

「散れ!」

 そう仲魔達に命令すると、それぞれが散って相手の狙いをバラバラにさせる。だが向こうの狙いは俺だからあまり意味はないかもしれない。

 

「さぁ来いよ! 俺はここに居るぞ!」

 相手を挑発するために教会のベンチをバンバンと叩く。これで完全に俺にしか相手の視界には写っていないだろう。これも計画の内。

「一瞬で終わらせてあげましょう!!」

「うおっ!?」

 少し横に蛇の太い胴体が叩きつけられる。意外にスピートが速いし、この近距離ではきついかもしれない。だがこれも計算の内だ。

「ケットシー、エンジェル!!」

 

「「”ザン”!」」

「カハッ……」

 俺がケットシーとエンジェルに合図を送ると二人がシスターの後からザンを唱え、二発ともシスターの背中に命中。シスターは背中からの衝撃から口から空気を吐き出し、バランスを崩して倒れる。

 この間に俺はラクカジャを4回唱え、物理攻撃に備える。意外にMPには余裕があるようで、ジオやマハジオも5回以上撃てるようだ、これならいける。

 

「ん~? どうしたんですか?何も無いところで転んじゃって。 悪魔さんは自己嫌悪に至った上にドジっ娘でございましたか、これはかなり需要は高いですよぉ」

 

 俺は笑いながらシスターに近づき挑発すると、元々目を隠してはいるけどエンジェルの眉間が険しくちょっと怖い。だが真面目な話、シスターでドジっ娘とかかなり需要あると思うんだよな。

 

「いやぁ、それにしても悪魔が嫌いな悪魔なんて初めてですなぁ。反抗期か何かで?」

 ヘラヘラと笑い、近づきながらどこかふざけた口調でシスターに追い打ちをかける、これもまだ計算の内。

「貴方に……」

「お? お怒りモードですか? シスターさんから雷を貰っちゃいそうですなぁ、恐い怖い。神」

「貴方に何が分かるんですか! 貴方に!!」

 

 感情を爆発させたシスターが俺の体を蛇の下半身で締め上げる。エンジェル達が動こうとするがそれを止める。この動きも計画通りだ、この為にラクカジャを4回唱えたんだ、そこまでダメージはひどくない。

「貴方に、聖書を読めず、十字架を身に付ける事も出来ないこの体が分かりますか!? 貴方に……貴方に私の何が……!」

 なるほどね……、そういうことか。

 

「分からんね、さっぱり。シスターさんが何を仰ろうとワタクシめは貴方様ではございません故その気持ちの半分どころか微塵も理解はできません。もう少し理解と同情を汲めるように努力するべきかと」

「貴方、いい加減に……!」

「たださ、アンタ、ただそれだけでこんな事してんのか?」

 

「……どういうことです?」

「そんな下らねぇ自分の勝手な嘆きでそんな事をしてるのかって聞いてるんだ」

「下らない……ですって!」

「おぉそうさ、自分で聖書を読めないから、十字架を身につけられないから自分は醜い存在だって勝手に決めつけてさ、そんな下らない理念に囚われて人を殺そうとして、馬鹿じゃねぇの? いい迷惑だわ」

 

「なっ……!? ふざけるな! 私がどんな思いで……!」

「だから、そんな思いは知らねえって言ってんだろが、いいか? テメェがどう感じようが何を考えようが構わねぇ、だがテメェがそんなふざけた下らない理由が人を殺す理由にはならねぇって言ってるんだよ。OK? 自分の不幸で他人を傷つけてましてや人を殺すような社会不適合者はあの世へ、どうぞ」

「……殺す!」

 

 怒り狂った相手は俺をさらに締め上げてくる、そろそろ真面目に危ないな、腕がヘシ折られてもおかしくない。だがこれくらいで音を上げたら心が折れてしまう。こんな事で心をヘシ折ってたまるか、俺のソウルは赤目をした先生三人や只の小間使いを倒し忘れてボスに挑んでも健在だという事を教えてやる。

 

 そのためにも、小松原がやった”アレ”を成功させなければいけない。通常時だったらできないかもしれないが、今の俺は”火事場のバカ力”が発動している。これなら――――!

 

「さぁ、もっと締め上げても構わんぞ? 下らない理念に囚われるようなヤツがそんな力を持ってるとは思えんがな」

 ちょくちょく口調を変え、相手を更に挑発する。失敗すれば俺の命が間違いなく消えるだろうが、やるだけの価値はある。

「望み通りにしてあげます!!」

 

 シスターが俺を締め上げたその刹那――

 異変が起こった。まず、締め上げられていない、はみ出ていた肩から上がいきなり沈み、一番上の蛇の胴の描いた輪が急に小さくなり、その隙間から上半身がはみ出てている。制服を一枚脱いだので上はYシャツだ。

 

 つまり、俺は一番上の締め付ける輪を利用して服を摩擦緩和に使って、●ーメンマンがやってのけたデビル・トム固め破りを再現したわけだ。これで俺も人外こと小松原に一歩近づいたな……嬉しくない。

 

「!?」

「俺が逃げられないと思ったんだろ? 残念だが、その下らねぇ理念は俺がぶち壊した。見せてやるよ、理念に囚われない奴の強さってものをな!」

 

 どこぞのツンツン頭の高校生みたいなことを言いながら俺は上半身から下も抜け出し、一歩踏み下がる。

「頭冷やせこのドジっ子!」

 その一言共に俺は拳を握り直し、突き進む。

 

「ふざ……けるなあああああああ!!」

 シスターは蛇の胴をムチの様にしならせ、俺に向けて振り回す。当たったら死ぬが、大振りだ。一気に距離を詰めれば無意味!

「オラ、歯ァ食いしばれ!」

「……!」

 向こうは回避出来ないと思ったのか顔を腕で防御する。だがそれはピクシーがやった二番煎じなんだよ、お見通しだ!

 狙いは……がら空きの腹部! 自分の下半身が蛇で高めの位置にあるから狙いやすい!

 

「オラアアアアアアアアアアアアア!」

「! しまっ……!」

とっさに手で腹部をガードしようとしているが、残念だったな……俺の攻撃は体当たりだ!

 ガードしようとした手を巻きこんで体当たりが命中するとそのままシスターは面白いように吹っ飛び、柱に背中を打ち付けられ、完全にノックダウンしたようだ。

「これが、心の強さだよ」

 

 どこぞの高校生みたいなことをやっているが実際は肩がメチャクチャ痛い。下手したら複雑骨折してるかもしれない。いや、さすがにそれは大げさか?

「……さて、エンジェル、ピクシー」

 そう言うとエンジェルとピクシーが駆け寄ってきた、というか羽があるから飛んできた。

 

「見直しましたよ、ご主人様。まさかあの状態で逆転するとは思いませんでしたわ。さっきまでのご主人様の行為が些か目を瞑ってもどうしようもなく口を出したい程の外道の様でしたがこのためだったのですね」

「うんうん、ケースケが酷いこと言っててサイテーって思ったけど少し見直したよ! さっきの”これが、心の強さだよ”って所で自分がかっこいいと感じてたと思ってたけどそんなことはなかったよね!」

 

 痛い、心が痛んできた。何だよこの毒の吐き様、俺の心が簡単にヘシ折られそうだ。おかしいな、俺のソウルはこんな簡単に折れるわけじゃないと信じてたのに、さっきまで心の強さうんぬんと言ってたところだったのに、いきなり心が折れかけてさっきまでの行動が恥ずかしく感じてきてしまった。

 

「とりあえずディアを、ディアをくれ。あと俺の心はそういう意味では弱いから止めてくれ。いや、やめてくださいないてしまいます」

 そう言うと慌ててピクシーとエンジェルはディアをかけ、俺の肩、それ以外の痛んでいる場所を治療する。これで痛いところはなくなった、完全復活! ただし心の傷は若干残っているが。

 

「さて、そこで伸びてるシスターさんは……と」

 近寄ってみるとどうやら痛くはないがダメージが大きいようで動かないようだ。

「……殺してください。これが神の導きなのでしょう」

「残念だが俺は人を殺す程イカれてないんでね、ただまぁ人の話ぐらいなら聞いてやれますが?」

 そう言うと、少し驚いたような顔をしながら

「今……私の事を……何と?」

 と返してきた。

「人。お手手とお手手としわとしわ、合わせてうんぬんって奴の人」

「私を……人として見てくれるのですか? この体でも、本当に?」

「人じゃなきゃあんな風に乱れたりしないだろ。セクシーな体してるけどそれの何が悪い?」

「……っ」

 さらに驚いたような顔でシスターさんがこっちを見るけどそれもまた美しいなぁ、美人さんは怒っても笑っても驚いても美しい。

「で、お話はまだですかなー……聞いてみたいナー」

 さり気なく催促するとシスターは俺に向かってちゃんと話してくれた。

 

 

                     ※

 

 

 

 人間の頃のシスターは、神父に拾われた孤児だったんだそうで、神父に育てられたカトリックっ子だった。それで神父の教えを引き継いで成人するのとほぼ同時に神父は老衰でこの世を去り、教会を引き継いだと。その後もシスターは子供達とふれあい、悲しいこともあったけれどそれ以上に楽しいことや嬉しいことが沢山あったそうだ。

 

 

 ――――でも、その生活は悪魔にぶち壊しにされた。シスターが夜道を歩いていると悪魔がシスターに襲い掛かり、陵辱され、無理やり悪魔に転生させられた。理由は詳しくは知らないが、本人の考えでは体が気に入ったから、らしい。

 その日から毎日毎日が最悪の日。ある日の夜、シスターは逃げ出して教会に逃げようとした。道中シスターを見た人々は悲鳴を上げて逃げたそうで、おかしく思ったシスターが、無事逃げ帰った後教会の鏡を見ると、そこには下半身が蛇になった自分が居た。

 

 シスターは、頭がおかしくなりそうだった。そして自分を見た人々の目を思い出すと涙が止まらなかったそうだ。それで行く宛もなくさ迷い、ここにたどり着き、そして俺に出会った……。

 

 これが俺に話してくれた今までのいきさつらしい。

 

「人を殺そうと思ったのはどうして?」

 それを聞くとシスターは悲しそうな顔になった。聞いた俺にも罪悪感が出てくるが……これだけはしっかりと聞いておかなければいけない。

「その時から私の中で何かが壊れて……もう、何処までも、堕ちたって構わないと考えてしまってっ! それが……それがどんなに恐ろしいことかっ……!」

 そう言うとシスターは俺にしがみついて泣き始めた。よほど辛かったみたいで、溜まったモノ全部俺に吐き出してきた。

「そうか……」

 シスターの頭に手をぽんと置く。それ以外俺が出来ることも思い浮かばないしそれしかできん。

 

「とりあえずソイツを始末するか」

「ダメです! 貴方では……」

 確かに、シスターさん相手にこの様では俺が軽くあしらわれてアウトだよなー……だからといってその虫酸の走るような屑を放っておくのは関わってしまった以上嫌だしなぁ。

 

「……ケースケさん」

「ん……お?」

 振り向くと小猫さんが居るではないか。どうし……そうか、俺の命か。とうとう嗅ぎ付けてきたんだな……

 

「……俺の命が目的ですか、そうですか」

「話がありますが、その前に仕事が一つあります」

 そう言うと構え始めた、仕事……? 仕事……もしかして、はぐれ悪魔の始末? ふざけんな、そんなん許すか!

「仕事の前に俺と話でいいですか?」

 そう言ってシスターさんをかばう形で小猫さんの前に立つ。とりあえず事情を話せば最悪の結果は逃れるかもしれない。

 

「それは、できません」

「そうですか、なら一生話なんて聞かないね、一生軽蔑してやる」

 

 そう言って俺は小猫さんに睨みつける。これだけは譲れない。それこそリアス先輩と対立して勝ち目が無くても絶対にだ。

「それは……」

 よし、戸惑ってる。それでいい、リアス先輩も姫島先輩も来たらこの手を使ってまず話をしよう。

「小猫、私が話すわ」

 おおっと、大将が来た。リアス先輩と一緒に姫島先輩も居るな。バキ……じゃない、木場先輩はいないらしい。

 

「若葉君? 話があるけどその前にそこを退いてくれるかしら?」

「断ります、それと話とはなんでしょうか? それを聞きたいです」

「……そう、なら先にそっちを話すわ。単刀直入に言うと、小猫と仲直りして欲しいの」

「仲直り……ですか」

 

 仲直り……つまりは、俺の命を狙ってはいないということなのだろうか? 何やら俺の考えてたことと随分違うような……?

 

「私達の事は許さなくてもいいわ、それでも小猫だけは貴方に何もしていないでしょう? だから小猫を避けるようにしないで。お願い」

 リアス先輩が俺に向けて頭を下げている。つまりはそういうことなのだろう……なるほど、確かに小猫さんは何もしていな――――

 

”イイノカ? 油断シタトコロヲ……”

 

 心の中で何かがまた俺につぶやく。改めて聞くと、吐き気がするような声だ。

 

 うるせぇ、黙ってろ。ここまで謝っておいて何が油断したところを、だ。先輩が頭を下げているんだぞ?そこまでされて疑うとか何処まで俺の心は腐ってるんだよ、畜生……。

 

”……マァイイ、好キニシロ”

 

 そう言うと俺の心でつぶやく何かは消えた。二度と現れんじゃねぇぞクソめ。今度出会ったらケツの穴を溶接して隣に真新しい穴を作ってやらぁ。

 

「若葉君? ……大丈夫?」

「え? あぁ……その話について俺もひとついいですか?」

「えぇ」

「小猫さんとの事はすいませんでした。後、リアス先輩、姫島先輩もすいませんでした」

「いえ……私もやりすぎましたわ」

 姫島先輩が嬉しそうだ、よほどあの事を気にかけていたみたいだ。それなのにあそこまで避けた俺が面目ない。

「それでですね、この人の話も聞いて欲しいんです」

「まぁ、良いわよ。……名前は?」

「ミーナと申します。それで……」

 そこまで言うと、ミーナさんはどもり始め……うん?俺の顔をちらちらと見ているけど……あぁ、やっぱ言いたくないよな、自分が陵辱された話とか。

「あー……俺が話します」

 

 俺はリアス先輩にミーナさんの事を話した、生い立ちから悪魔になってここに来るまでの事を。

「そう……それで逃げ出してきたと」

「はい……」

 

「これじゃあ余りにも可哀想なので何とかしてあげられませんか、リアス先輩?」

「分かったわ……でも、主の名前は?」

「はい、確か……デカラビアと言う名前でした」

「ほほぉ……デカラビアねぇ」

 

 あのヒトデ野郎ミーナさんに手ェ出すとはいい度胸してんなオイ、フルボッコにしてやる。あの目玉潰してフォルネウスの所へ送ってやろうかマジで。いつも遅刻してるフォルネウスの気持ちを分からせてやろうか。

 

「……元72柱の末裔も落ちたものね、まぁいいわ。ちょっと調べれば分かることだし、これが知れたらあの家の没落も免れないわ」

「そうですか……それで、私はこれからどうすれば?」

「とりあえず最近堕天使が行動し始めてるからウチに来なさい、それからよ」

 ほほぉ……そろそろメインストーリーが始まるか。これはもっと忙しくなりそうだ。

 

「しかし今何時だ……? うわ9時過ぎか、飯食ってねぇ……先輩、俺帰ります。ミーナさん、また会いましょう」

「はい、この御恩は一生忘れません」

「いやいや、気にすることないですよ、それじゃ」

 

 爽やかな山田を見習って爽やかに退場、心のイケメンはこういう時も俺の為になるなぁ。

「送っていきます」

 と、ここで小猫さんが嬉しいことに一緒に帰ろうと言ってきた。おいおい、好感度アップですか?

 

「んー……俺遠いけど大丈夫?」

「構いません」

 キマシタワー、完全にキマシタワー! これは好感度アップ確実だわ、嬉しい。

「それじゃ、先輩、ミーナさん、さよなら」

 そう別れを告げると俺は先輩達と別れ、小猫さんと一緒に帰ることにした。

 

 道中、話すことがあまりなく、片道二十分もする道のりの中はとても気まずい。

「あの、小猫さん」

「……はい」

「そのさ……今まで避けてて、ゴメン」

「もう、済んだことです」

 そう言う小猫さんの表情は相変わらず無表情。いやはや、さっきまでのデレはどこに行ったんだろうか。もしや、”デレたと見せかけておいて実はなんてことはないように装ってこちらの気持ちを引く”っていう高度なテクニックを使って……いや、さすがにそれはないか。うん、こんな深読み、さすがに自分でやっておいて引くわ。

 

「あーそうそう、こないだ新しいうまい菓子見つけたけど……食べる?」

 そう言うと、小猫さんは無表情のまま、返してきた。

「今度、楽しみにしてます」

「オッケィ、甘い物を見るだけで思い出すぐらい大量に持ってこよう」

 

 そんなやり取りを繰り返していると、ちょうど俺のマンションの前についた。

「おーう、もう眠い。体もキツイしなぁ……それじゃ小猫さん、お休みー」

「おやすみなさい」

 軽いやりとりの後、小猫さんと別れた俺は珍しくカップラーメンで済まして布団に倒れこんだ。 

 

 今日はいい夢が見れそうだ。




 どうも。戦闘パートが結構あれだと俺も思ってます。もう少し頑張りたいですねぇ……台詞とか、描写とか。
 実は、一応この小説は@の所にある小説とは微妙に違います。細かなところを推敲して改稿してるんですけど、まだまだ未熟なゆえ、もっと面白い小説になればなぁ、と思います。


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第11話:酒なんて子供が飲むもんじゃない

※WARNING! キャラ崩壊が酷いです、お覚悟を。


 朝、目を覚ますと時間は7時、少し遅いがまぁいい、休日だし。そういえば昨日は夕飯はマトモなものを食べずに寝たから体が食べ物を求めている。肉と米を食おう、後適当に野菜とかも。

 

 そんな訳で朝から野菜炒めとご飯と味噌汁を作り、飯を食うと暇になった。いやぁ、休日だしたまには呑気にピコピコ動画で元気が出る歌とか聞いてやる気を出して明日に備えよう。夕方はオヤジさんの所でバイト……それで今日の平和な日はお終いか。こう言うと短く感じるけどまだ朝の10時、のんびりと夕方に備えよ

 

「やほーケースケ。休みだし遊ぼ!」

「ご主人様、私もお話をしたいと思い……」

 うと思えばピクシーとエンジェルの二人がいきなり飛び出てきた。おいおい、俺の命令なしに自由に出入りできるのかよ……まぁ、今まで大人しくしていたみたいだしこれからも問題がないならいいか。

 

「はいはい、従者を戯れるのも主の務めね、はいはい」

「むー、ケースケは私達と遊ぶの嫌?」

「それは私としても複雑です」

 そういいながら少ししょんぼりとした様子になるエンジェルとピクシー。おいおい、そんな事言わんでくれ。少し寂しくなるだろう。

「いやさ、俺も最近色々とあったからさぁ……」

 

 確かリアス先輩達に拷問されたり何日も眠りこけたりはぐれ悪魔のミーナさんと闘って某高校生張りに救ったり、先輩達と仲直りしたり……うん、色々とあった。これでやっと一週間とは思えないぐらい内容たっぷりの日々だったな。内容が濃すぎて一日を細かく描写したらラノベ一冊分はいけるかもしれん。

 

「じゃあさ、何して遊ぶの?」

「うーん……何するったってねぇ」

 俺がやるゲームは大体一人でやるモノだし、パーティゲームなんぞよりオンラインで世界の皆さんと遊ぶっていう奴が殆どだ。だからゲーム以外でやれるものは……あるか?

 

「ご主人様、チェスはいかがですか?」

 そう言うとエンジェルが小型マグネットの駒とチェス盤を持ってきた。最近使ってないので少し埃がかぶっているな。

 

「あー……チェスね、でも三人でやるもんじゃないぞ」

 俺はあまりチェスは得意ではない。ノートPCの付属ゲームでレベルが10ある内の3でやったら見事にフルボッコにされたので、苛ついて何回もやったら見事に惨敗。もう二度とチェスはやんねぇと俺の心に深く刻みつけられた。まぁどうせ今回も相手が悪魔なので負けるのは確実だし……いいだろう。

 

「じゃあアタシとエンジェルでケースケの相手をするね!」

「別に構わんよ、それじゃあやりますか」

 

 

 

 

                      ※

 

 

 

 

 

 それで、見事に10分後、俺の完敗。いやさぁ、まさか迂闊にルークを進めるだけでチェックメイトになるとは思わなかったんだよ俺も。なんでまたあんな所にビジョップとナイトが置いてあったんだよ、普通気づかねえって。

「キャハハッ、やっぱりケースケはダメダメだねぇ」

「フフッ、ご主人様が見事に罠にかかるのでついつい本気を出してしまいました」

「ふっ……どうせ俺は三流以下の策士ですよ」

 

 策なんてモノよりはその場しのぎと経験とカンとハッタリとカヴァーを使うことしかできない人間ですよ。ルアーとか器用な真似できないしサクリファイスなんて勿体ないから使えないんだよね俺。

「ねーねーケースケ、まだやるって言うならやってもいいよ~?」

「まぁ、ご主人様もあそこまで完封負けしたらさすがに心も折れてしまったでしょうし、他の遊びでも……」

 

 ほほぅ、俺のソウルを甘く見てもらっては困るな。無理ゲーだって心を折らずに皆と協力してクリアし、またクソゲーだって楽しんでいた俺だ、そのソウルの強さを見せてやろう。

「なら俺も少々本気を出さねばならんようだな……」

「あ、ケースケが真面目にやるってー」

「やはり勝負というのは全力を尽くしてこそですね」

 乗り気のお二人さん、後悔するぜ……? ハハハ、むしろ今こそ公開させてやる時だ、苦虫噛み潰させてやる!

 

 

 

                  ※

 

 

 

「はい、チェックメイトです」

 ――――負けた。結論を言おう、負けた、完敗だ、ウンともスンとも言えない。しかも、よりによって、あの”チェスの最速の詰み”をやっちまった。アホでも分かるあの一手で負けるとは……。

 

「キャハハッ。もう、ケースケってば冗談もいいけどもっと頑張ってよ~」

「やはりご主人様は手加減なさってるのですか。流石ですわご主人様!」

 ピクシーが楽しそうに腹を抱えて笑い、エンジェルは何か感動してる。絵としてはかなり可愛いし美しいし素晴らしいけどさ、全然癒されない。ここまでガッチガチに固めた意志を砕かれると泣けてきた。

 

「あーうん、俺今日調子悪くてね……」

 今しがた、気分といっしょに悪くなったばっかりだけどな。

「あら、でしたら気分転換にご主人様の今日の運勢を占って差し上げましょう」

「あー、うん頼む」

 気分の悪い俺に気を利かせてくれたのか、エンジェルが占いをしてくれるようだ。何で今日の運勢なの? そのポイントの絞りようから絶対嫌な予感しかしないが、どうせもう最近は毎日が厄日みたいなもんだ、どうってこともないだろう。

 

「では占います。ご主人様、私の目を見てください」

「いや、目は隠れてんじゃん」

「……この中央の印を見てください」

 あ、何か不機嫌になった。まずいこと言っちゃったか?

「真ん中の印ね……」

 とりあえずエンジェルの目隠しの真ん中のなんの意味があるんだか分からない印だか紋章を見つめる。何か本当にそれっぽい。いや、エンジェルだからそれっぽいというかそうなんだろうけども。

 

「……これは」

 俺の運勢を見てしかめっ面をし、エンジェルが名にやら考えている。どうしたのよ? 何が見えたんだ……? 怖い。

「え? 何何、どうしたのさ」

 

 少し不安になった俺がエンジェルに聞いてみる……やべぇ、滅茶苦茶気になる。もしかしてはぐれ悪魔にもう一回会うとか? それとも小松原が近くを通りかかるとかか?

 

「ご主人様、今日は色々と大変な日です。と言っても日のあるうちはそうではないでしょうけれど……」

 なにそれ、怖い。日が沈めば俺を何かが襲うの? サイレンが鳴り響いちゃうの? 時間限定されてるのがリアルさを引き出していて怖い。

 

「まぁ、ご主人様なら並大抵のことは跳ね除ける事が出来るはずでしょう、私達も居ますから」

「いやまぁ確かにそうだけどさぁ……」

 確かに、今週の俺は何度でも言うが色々と大変な経験をしてきた。だから今の俺は精神的にも強くなったような気もする……そういやレベル上がってるんじゃ?

 

「今のレベルは~……」

 体を集中させて確認する。レベルは――――21か、じゃあ今度は何に振ろうか。

「どうせなら力に振ってみるか、バイトでも筋肉鍛えられるし力は有って困るもんじゃないし」

 そういうことで力に振ったことで6になった。

「んっんー……ステ振りも終わったしやることないし昼飯作るかぁ」

「ケースケ、アタシにも作ってー」

「私も少々お腹が……」

 ふむ、なにやらお腹が空いたというお二人さん。二人とも悪魔だからお腹空かないはずじゃ、とかはいってはいけないお約束なんだろう。特にエンジェルなんて天使なんだから欲求が生まれないとかそういう突っ込みはしないでおこう。

 

「おしおし、ちょっと待ってなさい。俺の絶品料理を振舞ってやろう」

 ということで女の子二人のお腹を満たすために道端料理人の俺が本気を見せようではないか!

 

 

 

              ※

 

 

 

 そんなわけで作ったのはパスタ。あさりとしめじで塩味をつけて、ピクシーのことを考慮してあっさりと食感と食べやすさを重視してみた。

「ほれ、三人前だ、ピクシーのはパスタをカットしてあさりの身は剥いといた」

「わーい、ありがとね」

「ふふふ、ご主人様は手先が器用なのですね」

 そう言われると少し照れるが俺は全般的にこなせるけど特化したものがない。器用貧乏って言う奴か、陸上でも400、高飛び、1500とやってたがどれもそこまでいいわけではないが悪くもない。だから記録に伸び悩んで高校では陸上を続ける気はしなかった。

 

 唯一、趣味の中で優れてたのはFPSのスナイパーという兵科かな、ギリースーツを纏ったとある大尉が俺の人生を変えたと言ってもいいだろう。凸砂、遠距離射撃もなんでもござれで、12倍スコープでしっとりと拠点に篭るスナイパーを通常スコープで頭を一撃とかは楽しかった。

 

「まぁ、そこまで褒められて悪い気はしないなぁ」

「うんうん、ケースケの料理は美味しいよー」

 そういいながらピクシーがチュルチュルとパスタの麺をすする。つまようじしか丁度いい大きさのがなかったのだけれど器用に食べている……ほほえましいな。

 

「それじゃあ俺もパスタを頂きますかね」

 たまにはこういうのんびりとした日常も素晴らしい。

 

 

 

 

                 ※

 

 

 

 

 俺等は昼飯を食べた後、それぞれが呑気に休日をエンジョイし、楽しい時間はあっという間に過ぎて日が傾いてきたのでオヤジさんの所でバイト。久しぶりのバイトということで体も好調、あっという間に最後の配達になった。

 

「おし、じゃあこれが終わったら戻らずに帰っていいぞケースケ」

「了解っす」

 いやぁ、今日は仕事がはかどる。平和な日々万々歳だ。たまにはこういうサクサクとした仕事をして快く一日を終わらせたい。

 

「で、ここの所にワイン届けて終いだ」

「はいー」

 オヤジさんから受け取ったワイン4,5本のケースをチャリに極めて丁寧な動作でぶっこんで指定された所に運んでいく楽な仕事だ、慎重かつ迅速にこなそう。

 チャリンコをこいで、紙に書いてある住所の場所へと向かう。

 

 確かここを曲がってまっすぐ進んでここの教会……? 教会……か、最近廃教会でああいうことが起きたから、どうも嫌な予感がするようなし、何か不穏な感じだな。確かエンジェルが言ってた占いも日が暮れたあとだし……不安だ。

 

 

「もしもーし、三●屋でぇーす、了さんの所の配達に来ましたー」

 教会に着いて、とりあえずドアをノックしてから名乗る。ここまで来たら嫌な予感なんて吹っ飛ばして最後まで仕事をしよう。それで家に帰って夕飯食べてテレビ見て寝よう……今日は平和な日だった。明日もきっと平和に一日が終わるだろう。

 

 そんなことを考えているとドアが開く重い音がしながら教会の中から誰かが出てきた。

 

「どうも有難うございます……ん?」

「毎度ー……お?」

 出てきた人物をマジマジと見つめる。むこうもこっちをマジマジと見つめる……もしや、この大人っぽい雰囲気のこの人は!

 

「あ、あの時俺を助けてくれた人じゃないすか!」

「ほほぉ、あの時のか。ここで会うとは思わなかったぞ」

 そう言いながら優しく懐かしむ顔で微笑んでくれるこの人は天使のようだ。あの時してくれた人助けという素晴らしさをもう一回俺に教えてくれているようにすら感じる。

 

「あ、どうぞどうぞ、注文の品です」

「あぁ、すまないな」

 例の品のケースをこの人に手渡す。いやぁ、嫌な予感なんてなかったんや! 俺は今最高にツイているといってもいいんじゃないか?

 

「ふむ、たしかに受け取った……」

 受け渡した瞬間。さっきまでの優しげな表情が消えて、代わりに殺気というものが目でわかるとしたら間違いなく分かるような顔つきと目になった。

「ど、どうしたんすか怖い目をして……」

「臭う……」

「え?」

 

 臭う? あぁ、汗臭かった、確かに今までずっとせっせと仕事したからな、汗が臭うに決まっとるわな……

「あはは……ちょっと自転車で走ってきたんで汗びっしょりなんすよ」

うん、確かに汗臭いのは誰でも嫌だわな、俺だって嫌だ。

 

「悪魔の臭いがする……それも濃い、濃い臭いだ」

「えっ?」

 悪魔の臭いだって? なんでそんな物が分かるんだ? そもそも悪魔の臭いってどういう感じなんだ? 俺ちゃんと風呂入ってるけどそこまで酷く臭ってるのか……? それともウチで使っているのは悪いボディソープだっただろうか……弱酸性の力でにおいの元を消し去ってくれると思ったんだけど、今度から弱アルカリ性のボディソープにしてみようか。

 

「なるほど、あの時、あそこで捨て置けばよかったか……ふん、下らぬ情けはかけるものではないな」

 何を言ってるんでしょうかこの人は、かなりアレな発言をしているぞ? いや、この口調からしてミーナさんと同じ感じが……?

 

「まぁ、過ぎたことだ。せめて楽にしてやろう」

「あの……あ、そういえば名前聞いてなかったっすね」

 そう俺が戸惑いながら話しかけた瞬間、目の前の人から翼が生えた。何の比喩表現でもなく、そのままの意味で、翼が生えている。

 

 綺麗な、黒い羽根が辺りに舞っていてそれはとても、あの人とこの周りの空間がこの世のものとは思えないくらいに綺麗な光景だ。

 

 ただ――――

 

 どうして目の前の人は見た目が光のような槍を片手に持っているんだろうか。

 

「まぁ、最期なら名前ぐらい教えてやろう、カラワーナだ」

 あぁ、完全に。完全に思い出した……堕天使の、カラワーナさんね……レイナーレさんの部下の一人の。カラワーナさんね……ハハッ。

 

「ハハ……ハハハハハハハッ」

 名前を聞いて思わず俺は笑い出してしまった。ダメだ、頭がもうイカレ始めた、限界だ。もう、おかしくてかしくてたまらない。信じれるか? 今週、俺のバッドな出来事が、しかも命にかかわることが3回も、連続して起こっているんだ。もう、笑わずにはいられない。

 

「……目の前で起きたことに信じられなくなったか」

 哀れむ様な目でこちらを見ているがそんなことはどうでもいい。おもむろに俺は置いてあった注文のワインをケースから取り出す。

 

「……?」

 不審な目で見てくる堕天使さんをよそに俺はワインの封を切る。幸いコルク式ではないので簡単に開けられた。

 

「ハハッ……悪魔に殺されかけた次はこれですか、そうですかそうですか。なるほど? アハ、アハハハ……畜生」

 そう言いつつワインをグビッと一飲み。あぁ、ワインってこういう味なのな、あんま飲んだことないが嫌いじゃない。

 

「……ふぃー。あー、チクショーメ、何が悲しゅうて命なんぞパンピーの俺が狙われなきゃならないんだっつーの……俺、何かフラグ建てたかな? いつの間に俺は命がけの冒険を共にするヒロインと出会って親しくなったんだろ……あ、小猫さん? 小猫さんか! 小猫さんなら確かにそういうことなら頼もしいしいいかな……確か、小猫さんは逆お姫様抱っこできるんだっけ? うん、あれ。アレやってくれるかもしれないなぁ……いやぁ、楽しみだなぁ!楽しみだなぁ……畜生」

 

 ったく、何が悲しゅうてここまで普通に生活するだけで命の危険に晒されなきゃならんのじゃ、酒飲まずにやってられるかってんだ。

 

 そうだ、つまみつまみ、つまみは無いか? 酒の肴が無いとこのままだと胃がアルコールをダイレクトに分解しちまう。あー、ワインにはチーズとかフランスパンっていうのは合うのか? スルメとかはいくらなんでも合わなさそうだが……そうそう焼き鳥が合うって聞いたな、ちょっくら買いに行こうか……コンビニで売ってたはず。

 

「あっくまにマストダァイさせらっれてぇ~♪ 挙句の果てには堕天使にぃ~♪ 命を取られそうになるぅ~♪ わぁかぁばぁーケースケですっと。おっさけの肴を買いに行こぉ~♪」

 

 あー全てがどうにでもなれ、今の俺なら神様にでも絡めるような気がしてきた。ハハハ、そういやじーさんは神様だったなぁ? どうせならじーさんでも呼んで一杯飲ませようか、案外あれで下戸だったら驚きだな。

 

 

「おい、お前人の酒に手を……」

 おもむろに酒のつまみを買いに行こうとすると、件の堕天使が呼び止めてきた、なんじゃいなんじゃい、今の俺は酔拳使うジャッキーさんですぞ?

 

「あ゛ぁ゛ん? お酒はですねぇ、働き者が飲めるくんしょーなんですよくんしょー!英語で言うとプライズ! 直訳すると褒め称える! あれ? なんかおかしい……そんな気がしなくもないけど気のせいだな!」

「呆れた……殺す気すら失せる」

 何か知らないけど呆れてるよこの人、まあいい。そんなことはどうでもいい。大事なことは俺のこの最悪の気分を回復させることだ。酒はたくさんの人と飲んでナンボじゃ、ナンボ!

「へっへぃ、おねーさんも一杯いかがぁ? グラスぐらいなら用意して新しいの開けますよぅ?」

「いいから帰れ、下らん事をするな」

「ふっふっふっへへっへへぇ……そう言うと思いござんしてね、ほら、ここにワインは全てありますぞ?」

 そう言うと俺は注文のワイン全部を片手で持ち上げてみせる。多少重いがこれくらいならバイトで鍛えているのでいくらでもなるし、伊達に今のレベルは20を超えていない。

 

「……チッ、一杯だけだ」

 とうとう俺の饒舌巧みな交渉術に折れたのか、お酒を飲む人が一人増えたぞ! やったね俺!

「ふへへへぇ、やっぱ皆で飲まにゃお酒も寂しいのですぞ? そう、お酒は寂しいと死ぬのです! 無機物だけど、アルコールだけど、物だけど! そんな感じ」

 

 そう言いながらで俺はワインを開け、何処からともなく取り出したグラスに多すぎず少なからず注ぐ。

「……フン、これに付き合ったらすぐ帰れ、お前を殺す価値なぞ微塵もないが殺すぞ?」

「ハイハイハイハイハイ、一つの命を大切にしますよぉっと。マイライフイズオンリーワン」

 そう言うと、最後の最後での脅迫も効かないので諦めたのか、クイッと堕天使さんはグラスを傾ける。雅な姿よねぇー。

 

「このワインも阿保と飲むと薄ぼけた味だな」

「ほーほー、ならつまみだつまみ、おつまみあればイけますよんおねーさん! さぁ、おつまみオアトリート!」

 さり気なくワインのおつまみを要求する俺ってば命知らずぅ!! 出来ればワインのつまみは俺が調達したいんだけどねぇーっ!

 

「いちいち煩い奴だ……チーズでいいな」

「出来れば乳製品とは相性の合うお肉を!!ビーフオアチキンオアポーク! あ、ラムでも可」

 そう言ったら拳骨で殴られた、痛い。しかも割かし力が入っている。

「お酒が入っても痛いものは痛いんですよぉ?局部麻酔打ってるんじゃないんですからぁ。 あ、頭をぶったら脳の細胞がいくつ壊れるか知ってますぅー?」

「…………」

 あ、無視して行っちゃったよイケズゥ!

「 んもー、俺は放置プレイは苦手なんですよぉ?」 

 

「ったく、さっきからゴチャゴチャ誰だっつぅの人が寝てる所をギャーギャー騒ぐ馬鹿は」

 お? 何か新しい絡み相手さんが来たようですなぁ、いいでしょう。今日の俺は最高にハイってやつなんだぜぇ? どんとこいやぁ!

 

「あーアンタ? さっきからギャーギャーうっさいの……ってどこぞの川で浮いてた奴じゃん」

 そう言いながら現れたのは、今頃この都会でもない場所じゃ浮いてるとしか言いようがない、ゴスロリファッションをした、見た目に合わないビ●ッチっぽい言い方をしているのは!

 

「おーおーそういうおじょーちゃんは胸もちっちゃい貧乳っ子でござんすか!」

「なっ……気にしてること言ったなテメェ!? あとウチの名前はミッテルト!!」

「あーはいはい、ミッテルトねミッテルト……ん?」

 ミッテルトか、ミッテルトミッテルト……何処かで聞き覚えのあるような感じだよな、ミッテルト。そう、ミッテルト……そう、あの物理的除霊にも使えるといわれるあの……あの……!

 

「つか何でこんな所でワイン飲んでるわけ? アル中とかマジ勘弁なんですけど」

「ミッテルトミッテルト……テルミット反応? あーそうかそうか、テルミットだよテルミット! そうだ、お前の名前はテルミット反応だったのか!」

 

 そうそう、確か科学の授業でチラッと聞いたテルミット反応っつーのが引っ掛てたんだよ。そうそう、そうだよ、なぜ気付かなかったし。

「っ……!!ウチが気にしてる事を尽く言ってくれるじゃんアンタ!」

 お? 何だなんだ? お怒りモード? スイッチ入っちゃいましたかぃ? 殺る気スイッチが随分入りやすいのは若さ故の至り気という奴か……若いっていいね。振り向かないことが若さなのか。

 

「何何、どうしたのよそんな怒ったお顔で、ほれほれ、お酒を飲んで気分をハッピーにしましょうや」

 そう言うとどこからともなく取り出した新しいグラスちゃんにワインを注いでそこのゴスロリペッタンコテルミット反応に渡す。お酒ってのはこうでなくちゃねぇぇへっへっへっへへへぇ

 

「お? 只のアル中かと思ったけど気が利いてんじゃん」

 そう言うとグラスを素直に受け取って飲み始めるテルミット。どうも飲み方が少女、いや女とも呼べるような飲み方じゃない……おつまみ調達の人とは大違いだな。

 

「いやぁ、だって俺のじゃなくておたくらのワインだもんこれ」

「――――ッ!? ゲホッ、ゲホッ!」

 おーおー、見事に吹き出したねぇ驚きすぎじゃなぁーい? むせちゃってるじゃん。

 

「なっ、テ、テメェ人ん家のワイン勝手に飲んでんじゃねえぞ!?」

 おーおー三白眼で睨まれると怖いなぁ、オジサンゾクゾクして来ちゃったよ。それともそういう趣味を持っているのかい? いやいや、私にはエンジェルとピクシーという家庭があるからお誘いには乗れないんだよぉ~……。

 

「まーまー、これからつまみがやってくるから怒った顔しないでニコニコしましょーぜぃ?」

 そう言うと俺はテルミット反応起こしたテルミットのグラスにまたワインを注ぐ、いやはや今日も元気だワインがうまい!

「チッ……まぁたまにはいっか」

 うんうん、納得してくれたようだ、半分諦めのような気もするが関係ネェッー!

 

 

                 ※

 

 

「いやぁ、それにしてもおつまみ持ってくるっていった当の本人はどうしたんだろーかねー」

「何時までも待たせるなんて酷くないー?」

「そーだそーだ、つまみはないんですかっ!?」

「責任者出てこーい!」

 そんなこんなで叫んでいること約五分。やっとつまみ、もといおつまみ調達班が来たようだ。

 

「喚くな、頭に響く……ミッテルト、お前も居たのか」

「おー? カラワーナ遅いじゃん、さっさと調達してきた物出せぇ!」

「分かったから待て、ほら持ってきたぞ」

 

 そう言うと持ってきたのは魚肉ソーセージとチーズとパン。魚肉ソーセージに着いた一本100円のシールがわびしさを物語っている。

「おーおー、肉っていったら魚肉が出てきたでござるの巻ー」

「うわ、しょっぼ……」

「仕方ないだろう、これぐらいしか今丁度良いのは無かったんだ」

 

 俺等がブーブーとぶーたれるとおつまみさんは子供のわがままを聞くようなお母さんの様な態度で返す。誰が子供じゃ、誰が!

「しゃーないなぁ、俺がいっちょ超絶料理テクを見せてやろうではないか、ナイフさんとフライパンさんと油、その他調味料と皿と食器等々持ってきてよ美人なおねーさん!」

「私を何か使い走りだと勘違いしてないか……?」

「ウチからもお願いするからはやくー。ね? お願いだよぅ~」

 テルミット反応が上目遣いでそう言うと、おつまみさんは渋々重い腰を上げて戻っていき、暫くすると戻ってきた。

 

「ほら、持ってきてやったからにはしっかりと調理しろ、火は無いがな」

「ははは、俺にそんなもんは必要ねー! ほれ、取り出しつかまつるはこの電気!」

 そう言うと俺はジオを唱え、片手に電気の珠を生み出す。電気の珠は俺の手の上を浮くように静止しているので、気分はさながらかっこつけてる手品師さんだ。

 

「ほう……」

「んー? 何何、手品? ま、ウチ等の前じゃあこんなの子供騙しだけどねー!」

「ところがどっこい、これは本物ッ……!」

 そう言って俺は適当に狙いを決めて珠を撃つと、折れた木の枝にあたって見事に焦げ、プスプスという音が似合うような状態になった。

 

「へー、結局火を付けんの失敗してるじゃん」

「チッチッチィ! 甘いなテルミット反応、お嬢ちゃんは胸だけでなく脳みそも詰まってないようだな」

「……ッ! 言ってくれるじゃん、じゃあウチの前であれがどうやったら火がつくのか見せてよ!」

 

 安い挑発にマンマと乗ったな、挑発に乗りやすいとは情けないなテルミット反応。

 

「さぁて、この焦げた枝を燃えやすそうな枯葉と共に包まーす、そしてぶんまわしまーす」

 そうしてブン回す事数十秒、あらあら不思議、煙が枯葉から出てきました。これぞアイヌの人とかマタギとかマサイ族とかが使ってそうな種火を応用したサバイバル技術!

 

「「おぉ……」」

 ふっふっふ、二人とも驚いているようだがまだまだこれからが本番ですよ奥さん!

 

「そのまま振り続けるとなんとなんと、枯葉から炎がぶわっと出てきましたってアッチィ! アチチチチチ……枝、枝を集めてここに放り込んで煙が出ているのでしばし待機。ってかワインで指を冷やさにゃアカン!」

ワインのビンを指に当てるとそこそこひんやりとしているためにキモチイイ。

 

「さぁさぁ、ワインをぶっかけます」

ここでワインを料理人がやるようにビンの入口を親指で蓋しながら微妙なテクニックで火に数滴入れるとゴオッという音がして火が一瞬燃え盛ると火が元に戻り煙が落ち着いた。

 

「さぁさぁ、ここでフライパンに油敷いてあっためた所に魚肉ソーせージをスライスしてぶっこみます」

 スライスした魚肉ソーセージをフライパンに放り込むと、ジューッといい音が聞こえ始めた。辺りにいい匂いが立ち込めて来たところで醤油と刻んだ青ネギを投下し、火が通ったら醤油を加える。

「さぁ、できましたよー戴きましょう」

 

 更に盛り付けるとそこらにあるような居酒屋のつまみが完成!

「これは中々にいい匂いがするな」

「見た目は地味そうだけど匂いは良いじゃん」

 まぁ焦げた醤油の匂いは中毒性があると思えるぐらい素晴らしいからな、日本人の生み出した宝だろ醤油は。

 

「むぐ、いけるぞこれは」

「……お、いけるじゃん!」

「そうかいそうかい、じゃあ俺も一つ食ってワインと合うのかどうか……」

 食べながらワインを飲むとふんふん、噛み締めた時の魚肉ソーセージかた出てきた肉汁と醤油が絡み、そこへワインがやってきて……

「まぁ、悪くはないんじゃない?」

 と、テルミット反応のそこそこに良い評価。

 

「他にも合うものがあるだろう」

 そう言うとカラワーナさんはホイホイと食材調達をしにいった。気づけば俺の休日の夜は終わり、新しい日へと移り変わるのであった……オチはないんじゃよ。




どうも、3日ぶりです。 

 今まで、この小説を少し手直ししている中で恐らく一番悩んだ回です。ホントに悩みました。なぜならこの回は私の深夜テンションで書いた回だからです。勢いを殺すのも駄目ですけど、このまま出すにはとても我慢が出来ない……悩みましたよ、ホント。

 今回、やっと初めて堕天使勢の一部のメンバーと顔合わせが出来ました。全てはお酒の力によるものです。”小説のタグに堕天使ルートって書いてあるのに今まで堕天使勢出て来てんの2話だけじゃねーか!”と思ったそこのアナタ! 大変お待たせしました。これから面白おかしく登場するであろうレイナーレさんやドーナシークさんにご期待ください。

 そして小猫さんや姫島先輩、はたまたリアス先輩や、もしやもしやの木場きゅんルートもあるんじゃないかと思っているそこのアナタ! 乞うご期待!


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第12話:命ある限り何とでもなる

 朝起きるといきなり頭痛が俺を襲った。畜生、水を飲まずに寝たらこうなるのか。水、とりあえず水が欲しい……。

 

「うぐぐぐぐ……頭イテェ」

 

 周りを見回すと見知らぬ少し古めの内装の建物……ってここ教会? みたいな所か。そこの一つの長椅子に俺は寝転んでいたようだ……いつの間に俺はこんなところに寝ていた?

 

「起きたか」

 ん? 見知らぬ男の声がするな、誰だ? 振り返ると帽子とコートを着た紳士っぽい人が出てきた、誰?

 

「えっと……どちら様?」

「……ドーナシークだ」

「あ、若葉啓介です」

 とりあえず自己紹介。しかしここはどこなんだろうか。

「すんません、ここは何処ですかね……?」

「昨日の事は覚えていないようだな、ここはお前が酒盛りをしていた教会だ」

「あぁ……」

 

 そうか、俺ここで酒盛りをして……ん?

「俺は確か外で……」

「騒いでいたから何事かと思い外に出たらミッテルトとカラワーナが酒を飲んでいてそこにお前が居たんだ」

「はぁ」

「それでお前が絡んできてな、仕方ないから一緒になって飲んでいたら中で飲むかという話になった」

「なるほど……」

 

 それで俺はここに居たわけか、それでそのままここで酔いつぶれて……と。なるほど、どうりて天窓から差す光が真上から――――!?

「今、何時ですか……?」

「正午だ」

 なんてこった……無断欠席これで5回目……いや、今からでも遅くはない。せめて無断欠席を遅刻にするために急いで出よう。

 

「あぁ、とりあえず、夜分遅くまで騒いでてすいませんでした。それじゃ」

「待て」

 昨日の今日ということで、いきなり呼び止められて思わずビクッとなってしまう。何だなんだ、俺なんかしたか?

「後片付けをしてから行け、よくもまぁここまで散らかしたものだ」

「あぁ、了解です」

 どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。さっさと後片付けをして帰ると

 

「あと何か作ってくれないか? お前の料理が美味いと聞いたが食べてないんでな」

 したいのだがまぁ、昼食を作ってくれと言われて、断るというわけにはいかない。相手は堕天使、下手に逆らうよりは良いだろう。

 

「あー……材料は何処にありますかね」

「キッチンに適当にある。なんでもいいぞ」

 こうなりゃ俺も腹減ったし、自分の分も作ってしまえ。最後の授業までに間に合えば一応遅刻扱いだし、タダで飯食えると思えばいいか。

 

 

 そんなわけで適当に朝食を作り、味見。うん、中々うまい。出来たことをドーナシークさんに知らせるために一旦戻ろう。

「んん……朝は眠いわね……あら?」

「できましたよー……お?」

 

 顔を出すと目の前には黒髪の長い髪をした女性……間違いない、テルミット反応とかカラワーナさんは分からなかったがこの人は間違いない……レ、レイナーレさんや!! ていうか穴埋め式に考えていけばレイナーレさんだって分かるんだけれども。

 

「……誰?」

 何だろうか、この、目の前にいる人が実在するかどうかを疑いたくなるようなこのドキドキ感は。なるほど、確かに何度でも言うけれどレイナーレさんだ、自称至高の堕天使の。うん、それだけ聞くと中二病を発症した人みたいだな。

 

「聞いてるかしら?」

 いやあ、間近で見るとやはり美人だ、あの酷い性格は置いておいて。

「ジロジロと私の顔を見て何かあるのかしら?」

「……あ、すんません」

 いやぁ、流石にジロジロと見たら失礼だよな。そういや朝食は結構多めに作ったからレイナーレさんの分も多分足りてるはず……?

 

「あ、朝食できてますんで先に待っててください」

「そう……?」

 不振な顔をしつつレイナーレさんは食卓へと歩を進めていった。いやぁ、後ろ姿でもわかり易いなあの人。さて、出来た朝食を持っていきますかね……

 

 

                 ※

 

「はいはーい、朝食です」

「遅い!ウチ等が来るのと同時に出してよ」

「俺は万能な人間じゃごぜーません故にそこらへんは時を止めるメイドさんでも雇いなさい」

「そんな人間が居るわけがなかろう」

「居たら俺もビックリです」

 ……何? 朝起きたら人間が朝食を作っているのはどういう事? しかもミッテルトやカラワーナは知ってる顔らしいけど……どういう訳?

 

「……誰?」

 そう言うと人間は慌てて私の方を振り返り、話しかけてくる。なんだかパッとしない顔つきだ。

「あ、若葉啓介です」

「そう」

 

 とりあえずお腹も空いているので人間が出した料理を食べる。まぁ悪くはない味だ、及第点といったところ。

「で? 何でここに居て私達の朝食を作っているのかしら? しかも自分の分まで用意してるじゃない」

「あー……」

 怪しいわね。何故ここに居る理由を説明できないのかしら?

「カラワーナやミッテルトに連れて来られたならそう話せばいい筈だけれど?」

「いやまぁ、自分で来たというか……いや、まぁはい」

 

 人間は言いづらそうに目を泳がせたりキョロキョロとして忙しない。情けないわね、男ならしゃっきりとしなさいよ。

 

「……教会の前でワインを飲みながらくだを巻いていたんです」

 ついに人間の行動に見かねたカラワーナがいきさつを話した。

「で? それがどうなれば私達の朝食を作っているわけ?」

 それをカラワーナに聞くと今度はカラワーナまで目を背け始めた……この二人は昨夜、一体何をやってたのかしらねぇ……?

 

「……私が様子を見た時にはミッテルトとカラワーナが一緒になって飲んでいた」

「へぇ……?」

 ドーナシークから状況を聞いてさり気なくミッテルト達の様子を見ると――――全員が全員一瞬ドーナシーク睨んだように見ていたが私の視線に気づくと全員目を逸らしながら朝食を食べ始めた。情けないほどこの上ない。

 

「それで? まだ続きがあるはずよね?」

「…………」

 続きを聞こうとするとドーナシークまでもが目を逸らし始めた。……頭が痛い、この馬鹿共のアルコールが移ったかしら。

「そう……揃いも揃って誘われるがまま飲んでた訳ね?」

「「「「…………」」」」

 

 全員揃って沈黙する。黙秘権でもあると思っているのかしら?

「……アイアンナックル何処にしまったかしら」

「「「「すいませんでした反省してます」」」」

 ちょっと捜し物を探しに行こうとしたらいきなり謝ってきた。どうしたのかしら、私はただ捜し物を探しに行くだけなのに。

 

「あら、私はただ物を探しに行こうとしているだけよ?」

 なぜだか知らないけれど怯えている馬鹿共に、にっこりと笑いかけると余計怯え始めた……どういうことかしら? 全員私を何だと思っているのだろうか。

 

「全く……初めから素直に話しなさいよ、情けない」

「「「「はい」」」」

 まぁ、この馬鹿共が浮かれているのも仕方ない。仕事で田舎まで来て、そのやることがしばらく無いっていうのも退屈だし、ここは多少大目に見てあげるわ。

 

「あ、アイアンナックルここにあったのね」

 ふと、棚に目をやると、少し埃をかぶったアイアンナックルがあった。

 久しぶりに使ってなかったからどこにあるか覚えてなかったけれど、棚の中にあったのね……右手にはめ込むと特注品でもないのに綺麗にフィットする。うん、やっぱり安物にしては質がいいわね。

「さて……」

 

 振り返ると、馬鹿共4人はそこには居なくなっており、消えていた。余程慌てていたのか羽根が幾つか床に落ちている。

「チッ……まぁいいわ、狩りの時間ね」

 丁度暇だったし、軽く体を動かすことにしよう。時間はいくらでもある、いくらでも……ね。

 

 

 

 

                 ※

 

 

 

 

 っべぇ! マジっべぇ! レイナーレさんお怒りの巻ですよどうすんだこれ!?

 今現在、俺達はダッシュで教会を出て町へと繋がる道を走っている。

 

「ちょちょちょ、ちょっとどうなるんですかこれから!?」

「……逃げるか、捕まって死ぬかのどちらかだ」

 落ち着き払った様子のドーナシークさんですが、翼を出しながら走るという素っ頓狂な行為をしているために落ち着いていないことは確かだ。

 え? 俺ここまで慌てた旦那を見たことないよ? いやアニメだと描写薄かったけどさ、それでも結構冷静沈着なイメージを彷彿とさせる旦那がここまで慌てるってことはよっぽどじゃないか!?

 

「と、とりあえずドーナシークさん、翼、翼出してるのに走ってちゃ上手く走れませんよ! それに今から人目のつく場所に逃げるんですよ!?」

「ぬ……これは、うっかりしていた」

 うっかりでこれはかなり重症なんじゃないだろうか、いや確かにまぁ、死の危険と恐怖が迫りくる今、冷静でいられる自信がないのは誰だってそうだろう、俺だってそうだ。

 

「と、とりあえずこれからどうします?」

 このまま走りながらどうするか逃走会議を開こう、亀の甲より年の功と言ったとおりドーナシークさん達なら何かいい案があるかもしれない。

 

「このまま町に出て人に紛れる。人の少ない所には逃げるなよ」

「私もそれに賛成だ、ともかくこのまま逃げてほとぼりが冷めるのを待とう」

「ウ、ウチは先に逃げるからね! こんな所一刻も早く離れる!」

 

 そう言うとテルミット反応が一人で逃げようと、走るのをやめて飛び立とうとする。ま、待てそれは死亡フラ……

「捕まえた♥」

「……え?」

 不意に草影から手が伸びたかと思うと今まさに離陸しようとしていたテルミット反応の足を掴み、草影に引きずり込もうとする。何あのネメシス!?

「あ……た、助けっ」

 

 怯えた顔のテルミット反応がこちらに手を伸ばし、助けを求めた瞬間、黒い手がテルミット反応の口を塞ぎ、ゆっくりと、ゆっくりとテルミット反応の肩から上が草影へと沈んでいく。

「おい、止まるな、走れ! ミッテルトは見捨てろ!」

 カラワーナさんからの声にはっとすると自分は足を止めていた。不味い、今奴は捉えた獲物に気を取られている。今のうちに走らないと!

 

 焦って走ろうとした瞬間、足元からパキッ、という音がした。ふと見てみると足元の枯れた枝が踏んだ事で折れている。

 恐る恐る草影を見ると……

「……ヒィッ!?」

 

 草の影から真っ赤な赤い目がランランと光っており、その目はまるで赤い血だまり。それがこっちをじっと見ている……不味い、目が合った。次の獲物は俺に決まったらしい。

「……クソッ!」

 元陸上部の力と最近鍛えたバイトの力と火事場の馬鹿力を発動させ、思いっきり走る。さながら今の俺はチーターから逃げるシマウマだ。

「畜生!」

 

 必死に走って何とか二人が見える所まで追いついた、よしこのまま一気に街へ……!

「アハハッ♪」

 不意に後ろからそんな声が聞こえた気がした。その声はとても冷たく、少なくとも生き物が放つような声ではない。

「……!!!」

 後ろを振り向くな、振り向いたら死ぬ。そう俺は言い聞かせて走り続けると、二つの光が俺の両脇を過ぎる。あれが光の槍だと気づくのに長くはかからなかった。

 

 槍は前にいる二人には命中しなかったが、代わりに両端の木に命中し、木が二人の目の前に倒れ、一時的に道が塞がれたことにより完全に足は止まってしまっていた。

「飛んでください! もうすぐ近くにいます、早く!」

 そう前に居る二人に言うとカラワーナさん達はこっちを向き、慌てた表情で木を飛んで越えた。あの慌てぶりからすると、よほど近くに来ているのだろう、なんとか逃げねば!

「クソっ……どうする、どうする俺……!」

 

 頭をフル回転させて後ろにいるハンターとの距離を稼がなければ、木を飛び越えようとした、または着地の時点で狩られる。どうする、どうすればいい?

 思い出せ……これを飛び越えられそうな道具と今すぐ使えそうな物を、俺は持っている筈……! そうだ、アレ、アレなら行ける!

 ピンチのピンチという状態で発動する、ご都合的な俺の脳みそに天啓が訪れた。これなら、うまくいけば距離を稼げるかも!

 

 二つの木はうまい具合に積み重なって障害物のようになっており、もう目前だ。落ち着いてシュミレーションする。これは陸上部での経験を生かさないと成立しない、後は全てを信じるだけだ。

 

 木の何mか前で思いっきり踏み込み、ジャンプする。火事場の馬鹿力と力と素早さと鍛えた体のなせる技か、軽く2mは飛んでいる……が、距離はこれだけじゃ稼げない。しかしこれも計算内!

 

「ケットシー! 事情は分かってるはずだ、俺に思いっきりザンを撃て!」

「了解ニャ!」

 COMPを呼び出し、ケットシーを呼び出す。よし、俺の推測は当たっていたようだ。

 

 COMPの中に居る悪魔達は俺と行動を共にしている為に、外部のある程度の情報はCOMPから取り入れているようだ。それが証拠に、昨日はピクシーとエンジェルが休日だと分かって飛び出してきた!

 

 ケットシーはザンを思いっきり俺に向けて撃ち、そしてそれを俺は……足で思いっきり蹴る!

足に衝撃が走り、それと共に……ザンという足場が出来た!

 

「アイキャンフラァァァァァァァァイ!」

 ザンを足場に、また思いっきり蹴るとまたグン!と自分の体が上昇していき、木を飛び越える。思わず叫んでしまった。

「戻れ、ケットシー!」

 奴がケットシーに襲いかかる寸前にケットシーを戻す。さぁ、もう一回だ!

 

「エンジェル、お前も頼む!」

「はい!」

 エンジェルも同じように俺に向けてザンを……ってマハザンかい! まぁいい、計画に狂いはない。同じようにエンジェルがマハザンを放ったのを確認するとエンジェルを戻す。そしてマハザンを足場にもう一歩……

 

「って、衝撃強すぎだろこれウゴブゥ!?」

 予想外の衝撃が一瞬だけ俺の体全身を包み込み、ロケットのように俺が宙へ吹っ飛ばされる。まずい、このままじゃ落下した時死ぬ……!

 

「おっと、捕まえたぞ」

 ここでカラワーナさんが俺を抱きかかえてくれた。なんてラッキーなんだ、うまい具合に吹っ飛ばされた!

「全く、お前はどういう原理で飛んできたんだ? 翼が生えている訳じゃあるまいし」

「あはは……色々とあったんですよ」

 とりあえず下ろしてもらい、また走り始める。あの行動に向こうも驚いたようで、かなりの距離が稼げたようだ。しばらく走り続けると、街が見えてきた。

 

 

 

             ※

 

 

 

「よし、ここまで来ればなんとかなるだろう」

「……もう二度とあんな体験したくねぇ」

「ミッテルト……口は悪かったが正確はひねくれてはいなかった」

 それぞれが逃げ切ったことに安堵し、儚くも散っていった一つの小さな命を語り、ともかく生きていることに喜びを噛み締める。生きているって素晴らしい事が何度も分からさせられる。何度も分からされたところで全然嬉しくはないが。

 

「よし、一時の安全を得たところで今後どうするか、だが……」

「ただ詫びた所でレイナーレ様が鎮まるとは私も思わない」

「じゃあどうしますかねぇ」

 上から順にドーナシークさんとカラワーナさんと俺が意見する。やはり考える事は同じようだ。

 

 どう考えてもレイナーレさんがこのまま時間を潰したままだと怒りを鎮まるまでの時間は長いだろうし、その間に見つかって捕まる可能性は大きい。よって詫びを入れたいのだがそれだけではほぼ確実に焼きを入れられるだろう。ならどうしようか、そこらへんが難しい。

 

「……何かプレゼントでもしますか?」

 

 確かレイナーレ様は一応普通の女の子の感性ぐらいは持ってたような気がする。うん、確かだけど、今は亡きテルミット伍長よりはまともな今どきの感性をしている……はず。

 

「ふむ、ならカラワーナ、お前が貰って嬉しい物を幾つか上げてみろ」

「私でいいのか? それはまぁ、服とかアクセサリーは貰えば嬉しいが……これは恐らく女性全般に言えることだが、よく考えて時間を割いて選んだ物は嬉しいものだ」

「時間を割いて選んだ物ですか……」

 

 とはいえ自分の感性が女性向けの物、レイナーレさんに合う、とか気に入りそうな物を見つけられる自信がない。ここはカラワーナさんに選んでもらうのも……と、考えていたところ、ちらりとドーナシークさんを見るとやはり向こうも同じように考えているようで、迷っているようだ。

 

「……ここはやはりカラワーナに頼むか」

「それは出来ない。自分好みな物を選んでしまいそうで私も自信がない。レイナーレ様の嗜好や趣味は全く知らないから尚更……な」

 よほど自信がないのか、首を横に振って答えるカラワーナさん。なるほど、それでは仕方がない。

 

「じゃあ俺等男性陣で何とかしますか……時折カラワーナさんの意見を交えるとして」

「そうするか……では、所持金は各々いくらだ?」

 ここでお互いの所持金を確認すると、それぞれ八千円程持っていた。

 

「……これで全員が2000円出して、6000円ありますから、それでアクセサリーを買えばそこそこいいのが買えるんじゃないですかね?」

「そうだな、それが互いの財布に負担がかからない」

 と、言うわけでアクセサリーに決定。予算は6000円となった。これで如何にしてレイナーレさんの機嫌を良くさせる様な物を買うことに……どんなのが気に入るか分からないから、難しいな。




どうも、今回は楽しい楽しい堕天使ルート開拓です。かなり本編から脱線しているように思えるかもしれませんが、実はまだ始まってないのでセーフです、セーフ……おそらく。

今回も今回で、なんとも言えぬキャラ崩壊が起きているかもしれませんねー……どうなんでしょうか、これはギリギリ崩壊とは言えないレベルかどうか、怪しいラインだと私は思ってるのですけれども……コメディ風にやったらこんな感じになるんですかねぇ

さて、これから私は衝撃の告白をしなければならないのです。
実は、こんな風に一話を少しだけ手直し、少しだけ手直し……そんな風にし続けた結果!


ま っ た く 最 新 話 を 執 筆 し て な い ん で す ! !


……3日で更新のペースもあと一ヵ月ぐらいまでですかねぇ(・ω・`)


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第13話:レッツシンキング

 レイナーレさんがキレッキレになってテルミット伍長が天に召されたが俺とドーナシークさん、カラワーナさんは何とか生き延びる事に成功。どうにかしてレイナーレさんの怒りを鎮めるためにプレゼントをあげることを提案し、現在に至る。

 

「アクセサリー売ってる店って知ってますか?」

 とりあえず、ドーナシークさんに聞いても小洒落たバーの場所ぐらいしか出てこなさそうなのでこの中で一番詳しそうなカラワーナさんに聞いてみる。

「一応知っている。人気の多い場所ではないが良い物が揃ってある所だ」

「人気が少ない場所はリスクがあるが……この際多少のリスクを気にしているべきではないか」

「俺はそういういい所は知らないんでカラワーナさんに任せます」

 と、三者一致の結論が出たのでカラワーナさんの案内の下、その店へ行くことに。

 

 

 

               ※

 

 

 

「――――ここだ」

 案内された場所は、小洒落た若い子向けの店……な訳がない。第一そんな店だったら人気が多いはずだ。見た目は少し寂れた感じで、ここで御洒落なアクセサリーを売ってるとは到底思えない。

 

「いらっしゃい。おやおや、親子連れで来る店でもないのに珍しいねー」

 入ってみるといきなり怪しげな男……おそらくは店員がいきなりな挨拶をしてきた。こんな親子がいるかっての!

「すいません、プレゼントを贈りたいのですが何か良い物はないでしょうか?」

 いきなりここで、店員さんに話しかけるカラワーナさんの口調が変わった、どういうことだ?

 

 怪しんで小さな声でドーナシークさんに聞いてみると、「いつもこういう風に演技をするぞ、お前の時は素の対応だったみたいだがな」との事。何故わざわざ演技するんだろうか。

 

「なるほどねープレゼントね、その人の性別と関係と性格を詳しく」

 カラワーナさんにそう話を聞いた店員は、何かいきなり占い師みたいなことを言い出したぞ? おいおい、もしかしてその情報だけでレイナーレさんにピッタリの物を選んでみせるっていうのか?

 

 ドーナシークさんの様子をさり気なく伺ってみると、やはり向こうも同じことを考えていたようで、不振そうな顔をしている。まぁ、胡散臭さ100%で出来ているような店員の見た目だもんなぁ。

 

「ふんふん、上司で女の子の上に出世意欲が高くてプライドが高め……ね、ちょっと待ってくり」

 レイナーレさんの見事に当てはまる印象を聞いた胡散臭い店員は、そう良いながら奥に入っていってなにやら探し始めた……怪しいなオイ。

 

「ドーナシークさん、どう思います?」

「……正直な話、怪しい。レイナーレ様のルックスを知らない人間がピッタリのアクセサリーを見繕うとは思えん」

 いやはや、その通りですよねぇ、本物の霊能力者とかじゃあるまいし、そんな長年の勘とかそんなんで選べたらすごいってレベルじゃないですよねぇ。

 

「ほいほい、これなんてどうだい?」

 そういって男が取り出してきたのは……

 

「ゲェッ!? メ、メディーック!」

 思わず叫んでしまったが、それもその筈、ちぎれた親指を紐に通すという簡単なネックレス……これで貴方も今日から部族の酋長ってオイ!? スプラッタってレベルじゃねぇぞ!? グロいを通り越して親指がゲシュタルト崩壊起こしてて何か新しいわ!!

 

「慌てるな、これは只の玩具だ」

「……あ、ほんとだ」

 ドーナシークさんに指摘されてよく見ると確かにゴム製の親指だった。これを見てドン引きしないお二人の図太い神経に敬意を示したい。

 

「……店員、冗談に付き合ってる暇はない、まともなのを寄越せ」

「だー、はいはい。ジョーダンですよジョーダン!」

 ドーナシークさんにそう言われた店員は、親指スプラッタネックレスを指でブンブン回しながら奥に戻っていった……おいおい、大丈夫かこれ本当に?

 

「……これ、大丈夫ですかね」

「私の紹介する店だ、良い線は行っている筈……だ、恐らく」

 どうやらカラワーナさんも自分の感性が不安になってきたようだ。まぁ仕方ないね、あんなおにーさんがやってる店は不安だよな。

 

「ほいほい、こん中から選んでちょ」

 そういって男は箱に幾らか入ったアクセサリーの類を俺等に見せてくる。中身はかなりまともだ。まともっていうのはさっきと比べて、というものではない。まともにレイナーレさんに合いそうなものが有る、ってことだ。

 

「おー……胡散臭いのは見た目だけだったか」

 感心して俺がボソっと呟くと、男が待ってましたと言わんばかりに喋り始めた。

「まーねぇ、俺があーいう風に聞いたのはある程度の品を見定めるためであってね、俺が完璧にぴったしカンカンな物を選ぶもんじゃないのよ。だってさ、顔すら見てねぇのに似合うアクセなんざ選べねーっての! だからおめーさん等に選んでもらうのが一番だしょ」

 

 なるほど、この胡散臭いおにーさんは一応その道のプロみたいなモンなのか。やっぱその道を極めるとこんな感じになるのかねぇ、こんな見た目にはなりたくないが。

 

「ふむ……これなら似合うかもしれない、いやこれも合いそうだ」

 カラワーナさんもドーナシークさんも、真面目にアクセサリーを物色し始める。まぁ、命かかってるもんな……俺はこういうのは無理なのでパス……代わりに値段でも聞いてみよう。

「……店員さん、ちなみにこれ平均で幾らぐらいっすか?」

「八万以上」

「「「!?」」」

 しれっとした顔でなんつー額を出してきやがる!! おいこらカラワーナさんなんて危うくアクセ落としそうになって慌てて持ち直してるぞ!?

 

「まぁ、嘘だけどね☆」

 ……一回殴ってやろうかこの野郎。何がムカツクかって、いい年こいてる筈なのに動作がやったらぶりっ子アイドルっぽいところだ。喧嘩売ってるのだろうか?

 

「……で、いくらくらいなんですか本当は?」

「んー? 良くて7000ぐらい、最低なので3000ぐらい」

 ほぉほぉ、レイナーレさんに似合ったアクセが3000円から買えるのか、3000×2で買ってもいいんじゃないだろうか。

 

「ふむ……これにするか」

「ええ、それで私も賛成です」

 そんなことを考えている間にお二人さんが似合いそうなものを見繕ったようだ、っていうか結局俺は二人任せっきりにしてしまった。

 

「では、これに決めました」

 そういうとカラワーナさんが持ってきたのは……チョーカーっていうんだっけ? ネックレスみたいなのやつで真ん中に小さな黒っぽい石が通されている。なるほどね、似合いそうだ。それなら普段首に飾っても別段目立ちすぎることもないだろうし。

 

「あいよ、それは5000ジャストで売ってやる」

 5000ジャストで売ってやるってことは幾らか値下げしてくれたのか、気前の良いにーさんだ。……ん? つまり、1000円余ったわけか。

 

「はい」

「ん……5000ジャスト戴いたよ、おたくら他に何か欲しいモノあるかい?」

 おにーさんが俺等に訪ねてくると、カラワーナさんが何処か恥ずかしげに手招きしてきた。なんだなんだ?

「実は……だな、その、私も……」

 

 そう言いながら少し恥ずかしそうに何か訴えてきた。まぁ、大体は理解できますがな。大方カラワーナさんも新しいアクセが欲しくなったんだろうね。で、残りの1000円をそれの費用に入れてもいいかとかそんなんかな。

「いやまぁ、俺は別に構いませんよ」

「私もだ」

「……すまない」

 別にアクセに興味のない野郎二人の許可を貰ったカラワーナさんは嬉しそうにおにーさんに話しかけていった。

 

 うんうん、お洒落したいんだろうねぇ、やっぱ全女性はお洒落は好きなんだな。こういうお洒落したいって、男に変えてみたらどんな感じなんだろうか。

「ドーナシークさん、お洒落って男で言うとどんな感じなんでしょうかねぇ」

 そうドーナシークさんに聞くと、さっぱりだ、という感じに帽子をかぶる。

「……さぁな、私は女ではない、男だ。女の感覚を男が知ることはできんよ」

「ですよねぇ、女性も男の気持ちを理解できないっすもんねぇ。だから惹かれるのか、分かりませんが」

「人は己に無い物を求めるというがそれと似たような物かもしれんな」

 と、男二人で嬉しそうにアクセを選んでいるカラワーナさんを眺めつつぼやいていた。

 

 

 

                 ※

 

 

 

 ほくほく顔のカラワーナさんを筆頭に帰る俺達。いやぁ、女性の買い物に付き合うのも悪くはないが暇だ。結局カラワーナさんが何を買ったのか俺等に全く見せてくれなかったし。

「いやぁ、それにしても疲れましたねぇ」

「そうだな、女の買い物も長すぎると男には辛い物がある」

「おいおい、私だって短めに切り上げたところだぞ?」

 楽しそうにカラワーナさんが話しかけ、それをドーナシークさんと俺が冗談交じりに返す、あったかくてほのぼのとした光景がそこにはあった……あ、結局学校行くの忘れてた。

 

「さて、そろそろかえ……」

「どうした、ドーナシーク―――ああ……」

 帰るか、と言い出そうとしたドーナシークさんの顔が曇り、カラワーナさんも同じく曇り始めた。あぁ、そうだ忘れてたよ。

「「「レイナーレ様(さん)はまだ怒っているだろうか (かなぁ)……」」」

 ため息まじりに三人で同じことを口に出す。いやはや、今や夕日が傾きかけて眩しいですよ。何時間ぐらい経った? あっという間に感じたけれど三時間ぐらいは時間が経ってるよな?

 もしこのままレイナーレさんのイライラが続いてたら、俺等は今は亡きテルミット伍長の二の舞だぞ……?それだけは勘弁願いたい、さっさと詫び入れよう。

 

「……しゃーない、プレゼントをお二人が選んだから俺が先陣を切りましょう」

「いいのか? 下手をすれば人間のお前では死ぬかもしれないぞ?」

「そうだな、私もそれは嫌だ」

 ドーナシークさんとカラワーナさんが止めるように言ってくるが、カラワーナさんの言葉って受け取りようによっては俺に興味があるとかそういうふうに……じゃない!

 

「任せてくださいよ、そんな死にやしませんて」

 俺のFPSで培ったど根性ととっさの判断と機転を利かせる能力を甘く見ないで欲しい。あのハンターもといレイナーレさんから逃げるときにも、ミーナさんと戦ったときも俺はなんとかできたのだし。

 

「なら私達はお前が危なくなった時に全力で逃がそう。それとお前にプレゼントを渡す役目を請け負ってもらいたい」

 ドーナシークさんが嬉しいことに援護と逃げる時の足を提供してくれた、嬉しいねぇ。プレゼントを渡す役目ぐらいならお安い御用だ。

 

「それじゃ、先に行ってます。外で様子を伺っててください、死にそうになったら走って逃げますから」

「うむ、幸運を祈る」

「お前に死なれると夜の酒の共を作る者が居なくなるからな、それだけは避けたい」

「あいあい、生きて帰ったら暇な時とかバイトの時に顔出しますよ。そん時は奢ってくださいよ?」

「ああ、分かったよ」

 簡単に死亡フラグを建設し、レイナーレさんが居るであろう教会へ足を向ける。なぁに、明日も朝日と夕日を拝めるさ。




どうも、私です。そろそろ後書きとかサブタイトルがキツくなってきましたね。話す題材もありませんもの。

別に後書きは私が適当に好きでやってるわけですからいいのですけれども、サブタイトルだけはそうはいきませんのです、今もかなり適当な題名なのに、これで数字だけとかになったら味気なさ過ぎます、つまらないのにも程がありますよ(・ω・`)

そんなわけでこうやって後書きの文字数を稼いでいるわけですが……どうも話題がないので困る今日この頃です。


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第14話:堕天使だって限界はある

「ただいま戻りましたー……」

 ギィ……という重いドアの音が教会内に響きわたる……おかしい、気配がない。そこら辺に転がっていると思ったテルミット伍長の亡骸も見当たらないな……食ったのか?

 

「あ、あの……どちら様でしょうか」

 と、ここで見知らぬ女の子が出てきた。外見は、黒髪で綺麗な人で俺とタメかそれより一つ上位……でもこんな人いたか? 少なくとも昨日は見た覚えはない。

「あ、俺はここの人とお話なりやることがあるから来んだけどさ……」

「そうですか、でも今此処には誰も……あ、私御影って言います」

「あ、若葉啓介です、どうも」

 適当に自己紹介も済ませ、ここで気まずい静寂の時が流れる……どうする、向こうも少し気まずそうだ。そしてよく見るとおたまを持っている、そうだ何か作ってるのかもしれない。

 

「えっと……今何か作ってたのかな?」

「あ、皆さんのお夕飯を作ってたんです」

 なるほど、給仕さんみたいな感じの人が居たのか、全く知らんかった。よし、ここは一つ気まずい雰囲気を和やかにする為に少し手伝おう。

 

「俺、手伝うよ、こういう事慣れてるしさ」

「いいですよ、私の仕事ですし、迷惑かけちゃいます」

「いやいや、暇だし手伝わせてくれたらありがたいなー……」

「……いいんですか?」

「べっぴんさんのお手伝いができるって素晴らしい」

 

 最近何とか小猫さんとかカラワーナさんとかテルミット伍長(故)とかと話をし続けた結果、慣れてきたので持ち前のトークスキル(笑)でお手伝い&和やかな空気を獲得。いやぁ、年中無表情で営業してる小猫さんよりは話しやすい。

 今のうちに和やかな空気を作らないとレイナーレさんが現れた時に俺の胃がストレスでマッハになるので、ここは後から来るお二人の為にも頑張らねば。

 

「えっと……じゃあお手伝いをお願いします」

「ほいきた」

 俺が野菜炒めの炒めるの担当して御影さんが野菜を切る担当になった。一品作るだけなのに大げさな、とか思っただろうが、ところがどっこい。二人で作ってみましたって、和やかな雰囲気MAXになるじゃないか。つまりはそういう事だ。

 

 とりあえずフライパンに油を注いでスタンバイ、いつでも炒められるようにして肉も取り出しておく。あとは御影さんが野菜を切ってそれを俺が炒める、実に簡単な話だ。

「その、若葉君は、何をしていたんですか?」

 ここで御影さんが話しかけてきた。よし、何とかぎこちない空気は薄れてきた。このまま会話を続けたい……が、野菜を切りながら話しかけているために怪我をしないか少し心配だ。

 

「えっとね、まぁある人を怒らせちゃってね、それでどうするか皆で会議してたんだけどね」

 その瞬間、ザクッ、とネギを切る音が響く。な、なんだ? 一瞬不穏な空気が……?

「そう……ですか」

 そう言った時に、御影さんの目に光彩が宿っていなかったのは気のせいかな? いや、気のせいだな。そういうことにしておこう。

 

「それでさ、結局皆でプレゼント出してきちんと謝ろうってことになったんだけどね……御影さんはここで何を?」

「私ですか?私はここで皆さんに精一杯の料理を振舞う為に来たんです、精一杯の……料理を」

 今一瞬ヤンデレの妹に料理を振舞われて~という病んだドラマCDを思い出したのは気のせいか? いやはや、俺もまだまだ頭がどうかしてるんだな。

 

「ふぅん……料理を食べてもらって美味しいと言われたら嬉しいもんねぇ」

 とりあえず、怖さを表面に出さないように平静を装うことにしよう、何か怖い気がするのは気のせいではないだろうが、流石にそれを表に出したら失礼すぎる。

「はい、ですけど私の味が皆さんの口に合うかどうか……」

 健気に頑張る御影さんは優しいなぁ。こんな感じにいつもこういう所で料理を振舞ってるのだろうか、色々と大変そうだ。

 

「大丈夫大丈夫、きちんと作ったものにダメ出しする人なんて居ないよ」

「そう言っていただけると……嬉しいです」

 そう言ってにっこりと笑顔になる御影さん。うんうん、笑顔になってくれ、その笑顔は数十分後の殺戮と惨劇を回避できるかもしれないんだ。

 

 

 そんな風に野菜炒めを炒めつつ御影さんと楽しくお話をしつつ料理を完成させ、他の料理を適当に見繕った素材から作った。

「あ……ごめんなさい、私、皆さんに会う前に他のお仕事が……」

「いいよいいよ、俺がやっとくし、気にしなくていいよ。他の仕事があるならそっちを優先しなきゃ」

 料理が出来上がり、さぁこれから盛り付けだ。そんなタイミングで他の仕事が近いらしく、持ってきたらしい荷物を持ってお礼をする御影さんを見送ることに。

 

「それじゃ、お仕事お疲れ様です」

 そう言って俺はドアの前で御影さんを見送る。

「お手伝いまでしていただいちゃって……ありがとうございます」

「いやいや、俺も手が開いてたし。別に構わないよ」

 そんなやりとりをすると、御影さんは一回お辞儀をして歩いていった。

 

 一歩、二歩、三歩―――少し歩いた後に、御影さんが何かを思い出したかのように振り向く。

「あ、あの……若葉君」

「ん? なんでございましょうか」

「楽しかったです、またお会いできたら一緒にお料理作りませんか?」

 

 ああ――――畜生、反則すぎる。いきなりニッコリと嬉しそうな顔でこんな事言われて、ドキッとこない男が何処にいる?

「ああ……またね」

 俺はニコニコしながら手を振って教会を離れていく御影さんを見送った。ああ、手を振って返してくれる姿もまぁ可愛い。

「さて、それじゃあいっちょ謝りに行きますか!」

 パシーン! と両手を叩いて気合を入れる。気合い十分、駄目で元々、謝ってスッキリしよう!

 

 

 

                   ※

 

 

「……レイナーレ様はどうだったんだ?」

 ドーナシークさんが、帰ってきた途端に話しかけてきた。余程焦ってたみたいでまた翼を出したまま入ってこようとしてドアに突っ掛っている……なるほど、焦るとどーナシークさんはこういう癖が出るようだ。

「あー、給仕さんしか居ませんでしたよ、誰も」

 

 そういうと、二人とも不思議そうな顔をして、ドーナシークさんが答えた。

「……給仕? うちにはそんな者は居ないが」

 んんんん? あれあれあれれれれ? それじゃあ、あの人……誰?

 

「まぁ、ともかく夕飯の準備が出来てあるのは嬉しい事だ」

「いやいやいやいやいや、嬉しいことだじゃないですよドーナシークさん! あーた、見知らぬ人が作った美料理ですよ? 変なものが入ってたらどうするんですぅぅぅ!?」

「私達は堕天使だからな、死にやしないさ。もっとも人間のお前は死ぬかもしれないからお預けだな」

 カラワーナさんがケロっとした表情でサラッととんでもない言っているが、こっちとしてはハラハラドキドキで怖いわ!

 

「今戻ったわ」

 ここでお奉行様レイナーレ殿のお帰りに俺等三人ですかさず正座し、綺麗にシンクロして頭を下げる。

「「「すいませんでしたレイナーレ様(さん)!」」」

「あら、そう」

 そう言うとスタスタと歩いていった。あれ? 何か怒ってないね、あの怒りの時に出てた独特のオーラが消え失せている。

「夕食の準備はできてるわね? 始めましょうか」

「はぁ……」

 

 ともかく機嫌を損ねることのないようにさっさと箸だの器だのを用意し、食卓に並べる。

「あー、そういえばテルミ……ミッテルトは何処へ?」

「ああ、ミッテルト? あの部屋に放置していたわね」

 俺の質問に対してレイナーレさんがそう言って指で指したのは一室のドア。そうか、軟禁されてただけで食われては居なかったようだ……それともあそこは食糧貯蔵庫か。

「もしもーし、テルミット伍長ー? 援軍だぞー」

 そう言いながらドアを開けるとギィ、という音が部屋の中に響きわたる。んん……暗くてよく見えんな、明かり明かり……これか。

 

「おし、これで視界は万ぜ……んんんんんんんんんんんん!?」

 明かりをつけて見るとそこには……簀巻きにされた上に口枷を付けられたテルミット伍長の姿が!?

「ごごごご、伍長、今助けるぞ!?」

 慌ててテルミット伍長の束縛を解き、口枷を外す。するといきなりミッテルトが泣きじゃくり出した。よほど怖かったんだろう、かわいそうに。

 

「怖かった……と、途中でっ、な、何回もっ!し、死ぬかとっ……思ったぁ……」

「あー、よしよし、怖かったのな、死ぬかと思ったのな、もう大丈夫だからな。ほーら、あそこにカラワーナさんが居るぞぉ」

 とりあえず錯乱状態の伍長を落ち着かせるために話を聞いてやる。そしてカラワーナさんの方を指さすと、とてとてと歩いていった。おいおい、恐怖のあまり幼児化してるぞ? 心無しか一瞬だけ三頭身のちっちゃな子の面影が重なったのは気のせいではない筈。

 

「おいおい、ミッテルト、どうしたんだそんなに泣いて」

「カラワーナぁ……」

 よしよしと慰めるカラワーナさんには母性が丸出しでまぁ、まさに母親といった感じだ。それを何処か優しげな表情で見つめるドーナシークさんまでも父親に見えてきた。家族の愛ってやつを感じるぜ……。

 

「……さーて、夕食だ!」

 なんだかんだひと悶着あったけれど、やっと皆で食卓を囲んでの夕食だ。結局今日も、電話無しでの無断欠席しちゃったし明日からは真面目に行かないと不味い。小松原という人外に何をされるか分かったもんじゃないからな。ある意味ではレイナーレさんを超えた恐怖の存在だからな、奴は。

 

「さーてさて、それじゃあ折角だから俺はこの料理を選ぶ!」

 そう言って御影さんが俺が来る前に作ってたらしい、一番細工がしにくそうなから揚げを箸に取ろうとする所で、ドーナシークさんとカラワーナさんに掠め取られた……ああ、二人とも俺の取ろうとしたのを的確に取ってくるとは。

 

「甘いな、年上にこそ一口目は譲るべきだろう」

「それに毒味だ、毒味。お前が死なない程度の毒なら食わせてやるが……ああダメだ、お前には勿体無―――――?」

 ここで料理を一口含んだドーナシークさんとカラワーナさんの手がピタっと止まり、箸が手から滑り落ちる。二人の顔は真っ青になり、脂汗がじわじわと出てきている……見覚えのある光景のような?

 

 いやな予感がして、ふとお隣に居るテルミット伍長の様子を探ってみると……。

「……………」

 

”だれ かに どく を もられ ”という字が机に手で書かれており、ワインっぽい液体を指に滴らせたまま俯せのまま既に事切れている……不味い、これは非ッッッ常~~~~に不味い。

 

 もしやこの調子だと……そう思い、レイナーレさんの様子を見ると――――。

 

「うん、野菜炒めが中々美味しいじゃない」

 俺の作った野菜炒めを食していたために、毒の被害に遭わなかったようだ。これで俺以外誰もいなくなったとかだったらマジ怖かった……じゃない!

「ちょちょちょちょっと、レイナーレさん!」

「何? 食事中に騒ぐものではないわよ」

「いやいやいやいや、明らかに堕天使三名が致命傷なのか分からないけど、毒か何か盛られてえらいことになってるんですけどぉ!?」

「……アア、ナンデコンナコトニナッタノカシラ」

「棒読みしてる場合じゃないですって、とりあえずベットに寝かせますよ!」

 

 そうは言っても絶対レイナーレさんは手伝わないだろうから、俺一人で伍長とドーナシークさんとカラワーナさんをベットへと運んでいくことにした。

 

「き、気をつけろ……これは、強烈な神経どっ……!」

 ピクピクと翼を痙攣させながらドーナシークさんが何か俺に警告してきたが怖くて聞けない。こえぇよぉ、大抵の毒だったら死なない堕天使がここまで苦しめられるなんてどんな毒なんだよぉ……!?

 

「ハハッ、ケースケ、お前か……? お前と初めて会った時……覚えているか?」

「縁起でもないです、んな昔話はしないでください。ゾンビが出てきそうですから」

 真面目に死に際のセリフを放つカラワーナさんを静止し、ベットに運び込む。やれやれ、あとは伍長だけか。

 

「あ……あぁ……」

 一番重症っぽい伍長はもう呂律が回っていないようだ、これはもう……駄目、かもしれない。優しくベットに寝かせて毛布をかける。出来れば何かしてあげたいが毒を治療できるポズムディを覚えている仲魔は一人もいない。故にどうしようもない……後は三人の体力と堕天使の回復力に頼るしかない。

 

「レ、レイナーレ様への、プレゼント……は、お前に託したぞ」

「分かりました、分かりましたからもう話さないでゆっくり寝てください」

 死に体のドーナシークさんを静止する。これ以上体力を消費すると寝れなくなるかもしれない、寝るのにもある程度体力がいるそうだ。だからもうこれ以上変に体に負担をかけて欲しくない。

 

「……急患を寝かせつけましたよ、レイナーレさん」

 と、運んだことをレイナーレさんに一応報告していると、レイナーレさんは例の料理を口にしようとしていた……ってオイィィ!?

「ちょちょちょ、ストーーーーップ! それだけは、それだけはダメですレイナーレさん、あれ見たでしょう!?」

「別に食べるわけじゃないわ、どれくらいの毒か調べてみただけよ」

 

 そう言うと料理をちょっと齧っただけらしく、すぐにプッと出した。

「まぁ、死にはしないんじゃないかしら。一日寝てれば元気に起き上がるわね」

「そ、そうですか……?」

 口に入れただけで毒の強さが分かるレイナーレさん凄いな……それともそういうのは口にしてみたら分かるもの何だろうか……っと、忘れてた。あの二人が俺に託した遺志を叶えねば。

 

「あ、そういえばレイナーレさん」

「あら? 何かしら」

「実はレイナーレさんに俺等から渡したいものがあるんですよ」

「ふぅん……」

 と、レイナーレさんは口先だけは興味がなさそうだが、何故か少し嬉しそうに見える、なぜだ。

「実はこれなんですけど……」

 そう言いながら綺麗に箱に入れられたチョーカーを見せる。

「……ま、一応受け取っておくわ」

 素っ気なくそう答えている割にはキチンと首にかけてるじゃないですか、とは言わないでおこう。せっかくの機嫌が少しよくなった所を一々茶化すとろくな事にならん。

 

「野菜炒めだけ毒が入っていないみたいだし、食べたら?」

「ああ、はい戴きます……あ、野菜うまく切ってあるから熱も通っててうまい」

「……♪」

「ん?」

 今一瞬、レイナーレさんから嬉しそうな声が聞こえたけど気のせいか。

 

 

                   ※

 

 

「さて、飯食った、片付けも済んだ、やることない、それじゃあ俺は帰ります」

「そう、まぁ悪くはない味付けだったわ」

「そー言って戴けると嬉しいですね」

 こんな感じに簡単なやりとりをすると、俺は家に帰って直ぐに布団へGO。目覚ましもかけて少し早めの21時就寝。今日もいい夢を見たい。




どうも、私です。

正直な話、口調が崩壊してないかと最近かなりハラハラしております。何せ、アニメで見たドーナシークの旦那の顔をもう、まったく覚えていない程度です。かろうじてテルミット反応……もといミッテルトの顔が覚えていられているぐらいなんで。

そもそも”イッセー君と敵対してる勢力がこんなこと言うんだろうか?”的なことが読んでいる皆さんの中に深く植えつけられてるかもしれない上に、コメディ修正が入っているので、すごいことになりそうで怖いんですよねぇ(・ω・`)


さて、もう少しだけ恐らく堕天使ルート開拓は続くと思われます。オカ研ファンの皆さんにとってはつまらないことにならぬよう、そして堕天使勢ファンの皆さんにドン引きされないように頑張る次第でございます。










―――――――まさか、メガテンの仲魔ファンの方はいらっしゃいませんよね?


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第15話:絶望は希望の始まり

「よし、仕事も終わりだ、帰っていいぞケースケ」

「おつかれさまでしたー」

「おう、気を付けて帰れよ」

「はいー」

 何とかバイトも終わり、やることも終わったのでいそいで家に帰る。ついでに、汗を流すために風呂に入ってシャワーを浴びた。

 着替えた後、買ってきた材料をバックの中に突っ込むとカラワーナさん達が待っているであろう教会へチャリンコでキコキコ漕いで教会へ向かった。

 

 

「うぃーっす、給仕さんみたいな感じになってますけど夕飯作りに来ましたよーっと」

 教会のドアを叩けど叩けど返事はせず、どうしたんだか。

 

「入りますよー、入りますからねー、入っちゃいますからねー、大事なことなので三回言いましたよー」

 ドアに手をかけると心無しかいつもより重い。

 

 嫌な予感がする……おい、まだストーリーは始まってないはずだ。 だからレイナーレさんもイッセー先輩を殺してもいないし、アーシアさんもこっちに来ていない筈。

 それにリアス先輩がレイナーレさん達を殺す理由もない……よな?そう、だから安心して俺はドアを開けられる、開けられるはずなんだ……。

 

 そう信じて、俺はドアを思い切って開ける。低く、重い音と共に真っ暗な教会の中に、夜の光がが差し込む。

 俺の目の前には、何の変哲も無いいつもの空間が広がっていた……よかった、どう見ても普通だ。大方何かあって、全員出払っているんだろう。それじゃあ先に作って皆を待てばいいかな。

 

「しっかし暗いよなぁ、明かりどこだよ明かりは……」

 そう言って、光の入らない部分まで歩いていくと、水か何かが撥ねる音がした。

 何だ、水か? 足にかかっている液体は、暗くてよく見えない。さっさと明かりを探さないと……まったく、暗くてかなわん。

 

「……スケ?」

「ん? その声はカラワーナさんですか? 明かりどこですか、明かりは。それに床に水が溢れてますよ、拭かないと」

「早く……ここから、離れ……ろ、お前……が来ても奴の……餌が、増える……だけだ」

 何を言っているんだろうか。餌? 奴? 何でカラワーナさんの声は絶え絶えなんだ? とりあえず、カラワーナさんの所で話を詳しく聞こう。

 

「ちょ……カラワーナさん? 何処ですか? とりあえず今からそっちに行きますから話はその時に」

 声を頼りに足を踏み入れると液体のある方へと進んでいく、おい、これってもしかして……?

 

 足に付いた液体を手で触ってみるとヌルヌルとしており、ややゼリー状なこの感触、この匂い……間違いない、これは血だ。恐らく、カラワーナさんの。

「カ、カラワーナさん!? もしかしてケガしてるんですか!? この血の量……早く治療しないと不味いですよ!?」

 不味い不味い不味い不味い、どうしてこうなった、どうしてこうなったんだよ畜生!何でこんなことになったんだよ、何でカラワーナさんがこんな大怪我をしてるんだよ!?

 

 慌てて手探りでカラワーナさんの居る所を探すとカラワーナさんは隅の壁に何とか寄りかかっていた。肩からは動脈がやられたのか、血がドクドクと溢れ出ている。不味い、このままだと出血性ショックを起こして失血死してもおかしくない。

「ケースケ……来るなと、言った筈だぞ……?」

「こんな状態になった人を放っておけるわけないでしょう!? いいから、傷口を見せてください、すぐに応急手当を……!」

 

 慌てて傷口を見ると、肩の肉が抉られていた。誰だこんな酷いことをしたのは!? いや、まてまて、どうなったらこんなデカイ傷をカラワーナさんに負わせられるんだ? おかしいだろう、堕天使がここまで傷つけさせられるなんて……。

 

 とりあえずバイトの際持ち続けていた予備のシャツをちぎり、傷口に覆うようにかぶせると予備のタオルでしっかりと結ぶ。洪水の後に土袋を置くようなもんだが無いよりはマシだろう。

「とりあえず、何があったんです? 他のみんなは? どうしてこんな大怪我を?」

 

 大慌てで色々と一度に聞いてしまったが、これではダメだ、カラワーナさんに負担が増えるだけだ。落ち着け、俺が落ち着かないでどうする。

「レイナーレ様達は……分からない。私が帰った時には誰も居なかった……だが、ここらにある血は私の物だけではない……そして辺りに羽根が散らばっているだろう、だから……奴に喰われたんだ、恐らく」

「奴? と、とりあえずここは危険じゃないですか? ここにソイツが戻ってくるかもしれませんし、今すぐ逃げましょう!!」

 とりあえず逃げるならリアス先輩の所か? 何とか頭を下げて保護してもらうしかない。いくらレイナーレさん達を喰った奴だろうと、多分リアス先輩には勝てないだろう。急いで移動せねば!

 

「……駄目だ、アイツは一回撒いたが、血の臭いで追いかけてくる。逃げる途中で必ず奴に出会うだろう。その時は私が死んでも、お前が生きて逃げられるか分からん、それに迷惑がかかる」

「なっ……ふざけんなっ! それでここで怪我した人を見捨ててはいそうですかと帰れるわけないでしょう!? 何が迷惑だ、糞くらえ!」

 

 そう言うと、強制的にカラワーナさんを背負う。軽めの体重から血が刻一刻と出ていくと考えると、もたついている暇は無いだろう。

「それじゃあ行きますよ! 安全なところまで走ります!!」

「……すまない」

「謝らなくていいです、それより早くその傷を治しましょう」

 一歩踏み込むと血が足場を不安定にさせる。ゆっくり、ゆっくりとすり足で血のたまりを抜けると教会のドアを開け、カラワーナさんの体に負担をかけないようになおかつ早めに歩を進める。

 

「ハハッ、まさかお前に助けられる時がくるなんてな……」

「何を言ってるんですか、”困ったときはお互い様”でしょう?」

「どこかで聞いた覚えのある言葉だ」

「自分で言ったことを忘れ始めたら歳ボケですよ?」

「おいおい、乙女にそんな事を言うとは見下げ果てたものだな」

 クスクスと笑うカラワーナさんだがあまり余裕はなさそうだ。俺を安心させるためにやっているなら情けない話だ、自分の非力さが恨めしすぎる。

 

「カラワーナさん、あまり無茶はしないでください。死んじゃったら全て終わりなんです」

「おいおい、縁起でもない事を言うな。私が死ぬとでも思ったのか? 私は堕天使だ、人と同じように扱うなよ?」

「……すいません、ちょっと縁起でもない事を言ってしまいましたね」

「そうだ、お前には笑顔が似合うぞ……っ」

 カラワーナさんの言葉が途切れ、力んでいるようだ。駄目だ、これ以上負担をかけたくない。

 

「もういいです! いいからもう喋らないでください、もうこれ以上っ……!」

「私はもう……大丈夫だ、安心しろケースケ」

「大丈夫なわけないでしょう!! いいですか、絶対死なないでください! そんなの、絶対、絶対許しませんからね!!」

 そう言うと足を早める。クソ、なんで道がまだ続いてるんだよ! もうとっくに街に出ててもおかしくな―――?

 

「クソッ、これもそのクソッタレの仕業だっていうのか? このままじゃあ街に出ることも出来ないのかよ!?」

「なら……そいつは私が倒す。だからお前は……逃げろ」

 そう言うとカラワーナさんは無理に俺から離れようとするが、無論そんなのは許さない。しっかりとロックし、動けないようにする。

「そんな事できませんよ、無理ですし無茶です!もし戦うんだったら俺だって一緒に戦います!」

「お前では……敵わん、アレは悪魔だが、悪魔ではない……光が効かない」

 

 悪魔にとって猛毒である光が効かない? それでいて悪魔……? デタラメで矛盾しているようだが一つだけ心当たりがある。

 それは女神転生の悪魔達だ。アイツ等の中には光が効かない奴も居るだろうし、悪魔みたいな奴だっていくらだっている、というか悪魔だ。だが、俺のCOMP無しにそうそう簡単に悪魔が召喚されるなんて、そんな事がある訳がない。

 

「それなら心当たりがあります、アイツ等は……」

 言葉の途中で不穏な空気が辺りを包み込んだ。……なんだ? この嫌な予感は、何か、とてもヤバイものが近づいてくる……?

「奴だ……お前では勝てん」

 クソッ、何だよこの感じは!? まるで今の俺では確かに歯が立たなさそうな、そんな感じの威圧感がヒシヒシと伝わってくる。

 駄目だ、俺がこんなんじゃカラワーナさんを助けられねぇ! 力が俺にもっとあるなら……!

 

「いいから逃げますよ、しっかり掴まってください!」

 そう言って走り始めると、どこからともなくイナゴが道端に現れた。一匹や二匹ではなく十匹程いて気色が悪い。

「クソッ、邪魔だよ虫が!!」

 適当に蹴散らして走り続けると、どんどんどんどんイナゴが増えていった……おいおい、まさかこいつら!?

「嘘だろ? ”アイツ”が来るのか? クソッ、なんでこんな所にラスダンで出る様な奴が出てくるんだよ!?」

 

 やがて大量のイナゴが一斉に動き始め、左右に分かれて道を開け始めた。おいおい、ご主人様のお通りか……?

「……!」

 とっさに身構え、向こう側からいつ来ても対応できるようにしておく。”奴”に勝つのは100%無理だ、それを俺はよく理解している。だから奴の目を潰して逃げる。ジオやマハジオで敵の足を止めつつ、確実に逃げる作戦だ。

 

「来いよ……来るならきやがれ!!」

 いつまで経っても来ることのない、”あの悪魔”……おかしい、何かおかしい。何だ? この自分が犯している重大な間違いは? それが分からない、だが何か俺は大きな間違いをしている。何なんだ?

 

 ふと、イナゴ達を見てみるとイナゴは俺等を見ていた。

 

 

 そう、正確に言えば俺等が立っている方向を。

「クソッ、まさか後ろから――!?」

「ケースケ、危ない!」

 そう言うとカラワーナさんは、いきなりドンと俺を押してきた。気が付けばカラワーナさんは俺の背中から離れており、俺はカラワーナさんに背中を思いっきり押されたようだ。

「カ、カラワーナさん!? 一体何が起き――――」

 

 振り返ると、俺の頬に生暖かい液体が跳ねてかかり、辺りには羽根が散らばっていた。そして、目の前には巨大な顔、俺の身長よりはるかにデカイ顔が、目の前に佇んでいた。

 顔は地面に埋まっており、全体図が見えないが頭に翼が生えている。

 そして、そいつの顔にはたった今かかったと思われる血がベッタリと付いていた。

 

「……鳥モドキハ、ナカナカニ肉ガ柔ラカク、美味ダッタナ……雄ノヤツハ肉ガ少シ硬カッタガ美味カッタ。ダガヤハリ、雌ガ一番ダナ……ナカナカニジューシーナ食感ダッタ……今食ッタノモナカナカダ。ソシテ人間モ、ナカナカニ美味ソウダ」

 

 ――こいつ、今なんて言った? 喰った……だと? あのゴミクズ、皆を喰った……だと!?

「テメェ……喰ったって、今言ったか……?」

「安心シロ、スグニ腹ノ中デ会ワセテヤル」

 

 その一言だけで、俺の中で何かがブッツンと切れた。

 

「コンのぉ……クソ野郎がぁっ!!」

 目の前にある、糞の役にも立たねぇ様な鼻の先を思いっきり殴る。次に鼻の下を集中的に殴り続け、ジオを何発も撃った。マハジオや、覚えている限りの攻撃呪文もMPの尽きぬ限り全力で撃った。

 

 だが目の前にいるクソ悪魔は、平然とした顔で居た。こいつの顔を苦痛に歪ませられない、自分の非力さが憎い、情けない。こいつだけは許せない。こいつだけは俺の思いつく限りの方法で痛めつけても、まだ満足しない。体を微塵に刻んでなおかつ、意識を保たせて、その刻んだ一つ一つを丁寧に踏み潰したって俺の今の怒りを消せないだろう。

「クソッ……なんで俺はここまで弱いんだよ!? 誰かを救うこともままならねぇじゃねぇか!!」

「弱サハ、罪ダナ……己ノ非力サを悔イルカ。ナカナカニ分カッテイル餌ダ、サゾカシ美味カロウ」

 

 何か言っているが無視して俺は必死に殴る。殴って殴って殴り続けるがビクともしない。

「オワリ……ダ、苦シマヌヨウニシテヤル」

 そう言うとヤツは口を大きく開けた。何か腐ったような、吐き気のする不快な臭いが俺の身体を包みこみ、口の奧には闇が広がっているのが見える。

 

 

 ――これで、全ておしまいなのか? そんな、そんな事ってないぜ……? どうしてこうなったんだ? 俺がこの世界に入ったからか? 俺がここまで弱い存在だからか? そんな存在は誰かを守ることすら許されないのか?

 

「クソッ……力、力だ、何でもいいんだ。何でもいいから誰かを救えるだけの力をくれっ……!」 

 そんな叫びも虚しく闇に消えていった。 

 

 そして、俺の目の前に大きな前歯が降りおろされ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 気がつくとそこは風呂場で、俺は風呂に入りながら手を何処かへ差し出すように挙げていた。はたから見れば、どんだけ情けない格好だったかは考えないでおこう。

 

「ここは俺の家、だよな? 俺、何で風呂に……?」

 さっきまでの鮮明な記憶が夢だったのかよく分からないが、頭をフル回転させてここに至るまでの事を思い出す。どうやら俺はバイトを終え、家に帰って素材の準備の前に風呂で汗を流そうとしていた。それで、寝てしまったのか……?

 

「おいおいおいおい、あんなリアルな夢ってアリかよ……?」

 とりあえず、あの出来事は夢だったということにしよう。俺の目の前であんな出来事が起こるなんて、そうでもしないと俺のSAN値が直葬される。

 

 俺の夢の中に出てきた、今では思い出すのも鬱になる悪魔はアバドンだ。種族は魔王で頭に天使の翼が生えているキュートな悪魔――なわけがない。

 只顔のでかいハゲの頭に天使の翼が生えて、しかもソイツが地面に翼以外埋まっているという、ふざけたデザインの悪魔だ。とても強く、物理無効――つまり全ての物理が無効化されるスキルを覚えさせて無双した覚えもあるのだが、今の夢で一気に醒めた。

 

 アイツ、今度エンカウントしたらレベルを上げて物理で殴ってやる。

 

「……でも、本当に夢だったのか?」

 あんなリアルな夢は見たことない。以前見た学校での鬼ごっこだって、夢だとわかる程度のリアルさだった。だけどさっきの夢はどう考えても現実としか思えなかった……。

 

 つまりは……予知夢か? この世界で、あのゲームを組み込んだからには予知夢の一つや二つ、あってもおかしくはない。もしあんなのに出会ったら……間違いなく死ぬ。

 

 夢の中ではリアス先輩の所へ逃げると考えていたが、あんな奴ではリアス先輩でも危ないかもしれない。最初あったときはかなりビビってレベル90台とかぬかしてたが、よく考えればリアス先輩は上級悪魔。

 

 そんな上級悪魔にもピンキリあるのは確かだろうし、上級悪魔の条件……高く見積もってレベルを40ぐらいにしておいてみれば、リアス先輩はレベル40後半か50前半。そしてヤツのレベルはおおよそ60台を行くだろう……今のイッセー先輩が居ないPTで勝てるか?

 奴は小猫さんよりも力はあるだろうし、硬い。そして何より呪文に対する耐性も生半ではないだろう。つまり、俺が逃げ込んだところで逆に先輩達も死んでしまう可能性だってある。

 

 じゃあどうするか。その答えは簡単、強くなればいい。俺が今すぐ強くなって先輩達と同等、とまではいかないがレベルが30後半になれば仲魔もそこそこ質が良くなってきて、先輩達と力を合わせればヤツとなら勝てるかもしれない。

 

 誰かを守るために力が必要なのはどの世界でも共通、そして力は持っていて損ではないな。

 

「それにレイナーレさん達を助けるには必然的にある程度力が必要だよな……」

 このままいけばレイナーレさん達は死ぬ運命にあり、俺はそれを止めるためにやってきたんだ、忘れかけてたけど。その過程で、リアス先輩達と良くて一時的に、最悪の場合一生敵対するだろう。

 なら、その一時的な戦闘で生き残るために力は当然必要……か。ハハッ、死ぬ運命の命を守るってのも大変なもんだ。

 

 風呂から上がると素材が全部あるか確認し、チャリンコのカゴに入れ、発進。カラワーナさん達が待っているであろう教会へと急ごう。

 

 

 

 

 

「ちわーっす、夕飯作りに来ましたよっと」

「どうした、遅かったな」

 ドアを開けるとカラワーナさんが出迎えてきてくれた……よかった、やっぱりあれは夢だったか。いやまぁ、あれが夢だと分かってても、こういうのは確認したくなる。

「いやぁ、ちょっと疲れてたんでね、風呂で沈んで寝ていました」

「……大丈夫か? すまないな、私が用を頼んでしまって」

 

 そう心配そうに見てくるカラワーナさんに軽く癒される。いやはや、迷惑をかけてしまって申し訳ない。

「いやいや、大丈夫ですよ。でも明日は朝が早いので料理を作ったら直ぐに退散させていただきます」

「そうか……分かった。それでは私も手伝うぞ」

 お? おおおお? こ、これはっ……!?

 

 デレ? 新手のデレか? いやいや落ち着け、これはカラワーナさんがただ手伝ってくれると俺の体を労わってくれてるのか嬉しいぜイヤッホオオオオゥ!すっげぇ嬉しい! 少し疲れた体を労わってくれるってすっげぇ嬉しい!

 

「よぉし、じゃあちょっとこの野菜洗ってください!」

「あ、ああ分かった」

 俺がハイテンションになって、野菜を突き出したために軽く引き気味のカラワーナさんだが、そんなことはどうでもいい! 上機嫌でキッチンに入るとフライパンに油を敷いて火をかけ、いつでも料理が可能な状態にしておく。

 

「で、どうすればいい?」

「あいあい、そこのピーマンをみじん切りにしてくださいな、あとそこの豚肉も同じようにしてください」

「分かった」

 そう言うとカラワーナさんは手から光の槍を出してそれをピーマンに向け――ってちょっと待てオイ。

「あのー、カラワーナさん?」

「何だ、ケースケ。言っておくが、微塵に切るのはいいが、これだと木っ端微塵になるぞ」

「あのですね、みじん切りにするのにはですね。包丁を使うんですよ」

「包丁? 私がそんな原始的な物を使うと思ったか」

 原始的とまで言いますかカラワーナさん、いやまぁ長く生きてきた堕天使から見れば原始的かもしれませんけどさぁ。

 

「あのですね、その原始的な物が今まで使われてきた理由が分かりますか?」

「人間がラ●トセーバーも作れないからだろう?」

 おおぅ、堕天使の世界ではライトセ●バーで料理するのが一般常識なのか、知らなかったよ、って絶対嘘だろ。

「……冗談だ」

「ですよねー。はい、ですから包丁を持ってピーマンと肉を切ってくださいな」

 そう言って包丁を渡すと、カラワーナさんは包丁を左手にもったまま、ピーマンと肉に面と向かってにらめっこを始めた。

 

「……むぅ」

 年上の人に言うのもなんだけど、この戸惑っている感じがね、不慣れなことを頑張ってやろうとしている感じがね、可愛い。

 さっきからチラチラと、こっちを見て”助けてくれ”という意味の篭っているであろう視線が、俺に向けられるがここは心を鬼にしよう。決して、決してこの戸惑っている大人っぽいクールなおねーさんが戸惑っている様を見ていたいわけではない。とはいえ、軽く教えてあげよう。

 

「あー、まずピーマンの頭と尻を切ります」

「ふむ」

「次に半分に割ります、そして中に詰まった種を取ります」

「……おぉ」

 何故か、手際よくピーマンの種を取っただけで感心された。それほどすごい事か?

 俺が多少料理の心得があるのはウチのおじさんがコックさんでたまーに俺に”料理の出来る男はモテる”だのと言って俺に教えてきたんだったな、おかげで親には料理を手伝えだの、皮むけ、みじん切りにしろだの、疲れたからシチュー作ってくれとかパシられすぎて本当に困った。しかし、ここでこのスキルが役に立つ時が来たとはな。

 

「さぁ、次が本題です。これをこうやって……こう!」

「お、おぉ……」

「さらにこれをこうすれば……!」

「こ、これは……!」

 

 

                ※

 

 

 

「とまぁこんな感じです。それじゃ、俺はもう帰らせていただきます」

「あ、ああ……それにしても凄かったな」

 何かに感心したようにカラワーナさんが溜息をつく。いやぁ、空中で餃子のアンをのっけた皮を、一つ一つ握って餃子にするみたいなことはしていなくて、単にみじん切りと豚肉のみじん切りをやったのちに炒めてとろみをつけて、青椒肉絲を作っただけなんだけどね。

 

「それじゃ、さよならー」

「ああ、またな」

 教会を離れると、カラワーナさんが手を振ってくれたので、俺も手を振ってチャリンコを扱ぐ。その間俺はずっと考えていた。どうすればレベルが短期間で大幅に上げられるか。どうすればあの人達を守れるか。

 

 それを考えている最中、奴の顔が思い浮かぶ。俺の知ってる中で最も強い人間、人外中の人外。しかし手合わせをしても、命の危険がない程度の相手。

「やはり”奴”の力を借りるしかないか……」

 風呂場で決めた強くなる、という目標達成のため、自転車を90度回転させ、学校へ直行。恐らく自称”勤勉な人間”のヤツの事だ、まだ職員室にいてもおかしくはない。目標達成するためには計画を立てなきゃな。

 

「失礼しまーす、小松原先生いますか~」

 職員室に入ってみると案の定、小松原一人だけが職員室に残っていた。

「どうした若葉、珍しいじゃないか。お前がこんな時間帯にここに来るとはな、何かあったのか?」

「……喰らえや小松原ァ!!」

「む?」

 近づいてきた小松原に走り、一気に距離を詰める。そのまま飛膝蹴りをほぼゼロ距離で奴の土手っ腹に打ち込む。

 

「甘いぞ若葉っ!! 何をしでかすかと思えばこれか!」

 だが小松原は流石は元PMC社員だ。的確に俺の膝を左手で受け止め、俺に向けてカウンターの右ひじを、俺の顎を的確に狙うように打ち込んできた。

「ちょっと俺は今から強くなんなきゃならないんすよ!」

 それを俺は両手で受け止めて後ろに飛んで下がる。おたがいの足も手も届かない距離だ、ここからゆっくりと間合いを図る。

「そうか、なら今軽く稽古をつけてやろう!」

 

 そう、これが俺の一つめの計画。人外教師小松原との戦闘だ。




どうも私です。

今回は物凄く展開が速めになってしまったかなー……と思いつつ、推敲していました。
唐突のバトル回ですが、なんとか戦闘描写も頑張っていこうと思います、このあとも戦闘描写はあるだろうと思いますので。


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第16話:強くなるための第一歩

「若葉、お前のような素人が間合いなどとっても無意味だ!」

 グン、といきなり小松原が距離を詰め、拳底を俺の下腹部に放つ。これを俺回避することができず、モロに喰らい、腹に来た衝撃が全身を伝う。

 

「がぁっ!?」

 倒れそうになるのをこらえ、小松原の腕を掴み腕を極めようとするが簡単に抜けられる。

 クソッ、普通にやりあうだけじゃ埒があかない! ……だがこのままやり続けないと上がるレベルも上がらない。このままやりあうしかないのか。

 

「オ……ラァ!」

 小松原の腹に突きを入れようとするが回避され、蹴りが俺の脇腹に食い込む。一瞬だけ体に力が入らなくなり、倒れ込んだ。

「あっ……がぁっ!?」

「まだまだ、どこも詰めが甘いぞ若葉! だがそこそこの能力があることは認めてやろう」

 クソッ、余裕だな小松原は!! それに俺はこの程度のそこそこじゃまだ足りねぇんだよ!!

 

「どうした、まだ立てるはずだろう。立て若葉! まだ稽古は終わっとらんぞ!」

 この熱血漢は、これでも稽古を付ける程度にしか力を出していないらしい。それだけ余裕があるってことか、しかも油断はしていない。本当に兵だな、奴は。

 

「こっちだってこのままだらしなく地面に突っ伏している訳にはいきませんよ……!」

 グッ、と力を腕に込め、立ち上がると、若干内蔵にキてるがまだ戦える。最悪ピクシー達に直してもらおう。

「やはり俺の目に狂いはないな、お前ならまだ戦えると信じていたぞ」

「ええ、まだまだいけますよ!」

 俺と小松原は構え、第二ラウンドが始まる。俺は武術とかそういった心得がないので、自分のセンスと運動能力を頼りに攻撃をしている。よって構えなんてものがない。

 だが小松原は違う。構え方からどうやって力が入っていくか、どのように攻撃を繋げていくかを心得た構えだろう、何となくだがそんな気がする。だからもう少し戦ってみれば奴の次の一手が読めるかも……?

 

「どうした、次は俺から行くぞ!」

 そう言うと小松原は一歩大きく踏み込み、また同じように拳底を打ってきたが、流石にそこまで型が同じだと回避はできた。俺は無理に反撃をしようとはせずに猫だましで相手を牽制し、距離をまた取る。

 

「なるほど、少し学び始めたか若葉」

「ええ、流石になんども同じ手を喰らってたら俺の身が持ちませんからね!」

「だがこれを見切ることができるか?」

 そう言うと小松原はまた同じように掌底を打ち込んできた――なんだ? 全く変わらないぞ? 同じように掌底を躱すと次は……そのまま肘!?

「油断をするな若葉!」

 

 小松原の言う通り油断をしていた俺は肘がモロに顎先にヒットし……あ? 床が目の前に迫って……?

突如目の前に床が迫ってきた。俺は立っているはずだぞ? おかしい……。

 顔面が地面に激突する寸前に止まり、その時にやっと俺は自分が倒れかかっていること、そしてそれを小松原が掴んでくれたということに気づいた。

 

「ふむ……これで今日の稽古は終わりだ。あまり体に負担がかかっているようでは、これ以上は学校生活に支障を及ぼすようだからな」

 そういうと小松原は自分の席に俺を座らせる……情けない話だ。こんな無様な姿を晒し上げるとはみっともないことこの上ない。もっと俺は強くならなければならないというのに。このダウンしている暇にストーリーは始まりつつあるだろう、ストーリーが始まってから強くなったって意味がないんだ。

 

「小松原先生……」

「どうした若葉、脳が軽く揺さぶられただろうに意外と復活が早いじゃないか」

「いやまぁ、復活と呼べるまでに回復してないんですけどね……それより先生、確か知り合いにブートキャンプをやっている人が居るっていってましたよね?」

「ああ、そこらの軍隊と同じような訓練を行うということでロシア、フランス、イタリア、アメリカ、イギリス、その他諸々の国の兵志願者が一回通るらしいな……まぁ、お試し体験のようなものらしい」

「要するに有名な新兵訓練所なんですね……? そこに何週間か訓練に行くのはダメですかね?」

 

 そういうと、小松原は何か考えているのか、腕組みをしてそのまま動かなくなった。

「それはうちの学校の”あらゆる可能性を見出す”という教育方針に適っているから構わんが……何故行きたいんだ?」

 

 小松原が聞くのもおかしくないだろう、何せ新兵訓練所だ。今まで軍人になることを嫌がっていた人間が、いきなり行きたいとか言い出したら誰だって不審がる。

「ちょっと……力が必要になったんですよ、自分を守るための力ではなく誰かを守るための……ね」

 いきなりこんな事を言い出す俺は傍から見れば只の中二病を未だ引きずっているイタイ高校一年生だろう、だがこれは俺にとって真面目なことなんだ。

 

「……分かった、お前はこの学校の教育方針に法って、本人の新しい可能性を開くための教育を特別に受けに行く、という俺が公認した特別授業ということにしておく。ただ勉強はちゃんとしろ、留年することになるからな」

 俺の意志を汲み取ったのか、小松原は真剣な表情で了承してくれた。よし、これで計画その2、”ブートキャンプで長期トレーニング”を始めることができる……が。先立つものが必要だよな、こういう”プロの道への第一歩”は金が結構かかったりする。

「……ちなみに費用は?」

 

 恐る恐る聞いてみると、小松原は思い出そうとしたが思い出せなかったのか、インターネットでカチカチと調べ始めた……公式ホームページとかあるのね、知らんかった。

「ああ、あったぞ。お前は数週間希望だから、3週間コースでどうだ?」

 3週間コース? いや、コースとかあるのか? それに何だ3週間って、何故そこまで中途半端なんだ。一ヵ月じゃないのが気にかかる。

 

「それでいいんですけど……何で3週間?」

 これは自分でやるって言い始めたことだけど嫌な予感がし始めた。この3週間っていうのは何か引っかかるんだよな……?

 

「見ろ、最初に一週間アメリカで基礎体力、兵士のイロハを叩き込まれ、後の2週間をジャングルでサバイバル技術等々を叩き込まれる。場所は――南米か、丁度いいだろう。あとパスポートも必要だな、集合場所はアメリカの空港……ここだ。」

 嫌な予感が当たったぜ、万歳。アメリカ、大体現地集合で時差の計算つきだ……ハハッ、覚悟はある程度していたけど、いざ目の前にするとキツいものがある。

 パスポートは中学の時にイタリアに無理やり親の結婚記念とやらで折角の祝日付きの三連休が潰されたという今でもあまり嬉しくない思い出の際に取得した覚えがあるから多分大丈夫か、一応毎年更新してるし。

 

「で、その記念すべきブートキャンプの集合日は何時ですか? あといくらぐらいですかね?」

「ああ……若葉、これは3日後の朝6時、現金を直接支払う方法で5000ドル……約35万円といったところか、よかったな。最近は円高で、ある程度安くなっているからお前でも手が出せなくもない。残念だが、保険は効かないそうだ」

「あー……確かに35万ぐらいだったら今までチマチマと貯めてきたバイト代と貯金を合わせれば行けますね。保険は……どうせ効かないものだと思っていたんで別にいいです」

 しっかし一気に貯金が消えていったなぁ……。大体口座に10万程しか残らなくなっちまった。確かMAGとマッカはある程度補充していっているから、2万程それぞれ貯まっているし補充する必要もない筈。

 今の俺に、保険がどうのなんぞ正直どうでもいい。なんせピクシーとエンジェルという回復担当がいるのだ、多少のかすり傷ぐらいなら大丈夫だろう。

 

「あとは――学校から多少の補助金が出るようだ。よかったな、お前は一人暮らしだから何かとそういうものは便利だろう」

 なるほど、私立高校って凄いある程度のことは融通が利くのな。いや、この高校だからかもしれないけどさ……リアス先輩がこの学校の所有って前に小猫さんから聞いたような聞かなかったような記憶があったけど、リアス先輩はやっぱり教育熱心なのかね、下僕を可愛がってたし。

 

「来るべき日に備えて休養と持ち物でも整えておくんだな。あと時差の計算も自分で行うように」

「だぁー……了解です」

 えっと……東経何度とかそういうのに、時間差を含めて……駄目だ。今の頭じゃ全くわからん。一応明日学校行って明後日は空港で飛べばいいのか?

 

 ああ、エコノミーの席取らないと。あとはサーチャージ代だったっけ? あれも今は馬鹿高いんだろう、だからそのための補助金もパァになって結果的に消えるんだろうなぁ……。

 とりあえず今は家に帰ってやることを整理しよう。それからやることを順番にやればいい。

「それじゃあ先生、帰ってやることを整理してきます。あ、あとそういう補助金って申込書とか書かないといけないんでしょう?」

 

「心配するな、そういう事を手っ取り早く済ませるために教師がいるんだ。教師の名前にサイン、それとお前の名前をこれに書いて印鑑を押すだけだ。ほら、俺の分はもう書いたぞ」

 おお、珍しく気が利くな小松原は。普段はこういうのなんかやらないと思っていたが、少し見直した。

「それじゃあこれを俺が明日提出するとして……お金が降りるのはいつなんです?」

「……三日後だがこの場合お前がしばらく留守になるということなので学校がお前が帰ってきたときに受け取る形となる。まぁ、10万ぐらいは出るだろう」

 

 ……おぉ、10万だ、10万。それを確か4~5年までに返せばいいんだろう? バイトをほぼ毎日やっている俺なら、ちゃんと計画を練れば1年で返せるじゃないか。それに夏休みは高めにバイト代がつくかもしれないから、更に早く返済できるな。

「なるほど……それじゃあ、俺はこれで帰りますわ」

「ああ、もう大丈夫だろうが気を付けて帰るように」

「了解です」

 

 キチンと一礼して職員室を出る。教室を出る際、職員室をざっと見渡してみたのだが、あんだけ激しい戦いをしたのに何処も散らかってなかった。まぁ、後片付けしたくないからラッキーって言えばラッキーなんだけど……小松原は、もしかして後片付けを嫌って、物を散かさないように配慮してた……のか?

 

「そうだとしたら、やっぱりアイツは人じゃねぇな……」

「ん?何か言ったか若葉」

「なんでもないです」

 やっぱり奴の体は、通常の人体とは規格外だな……そう思いつつ俺は学校を出た。

 

 

                      ※

 

 

 家に帰ると、気付けばもう9時……普段ならまだ起きている時間だが、今日は色々とありすぎた。

 悪夢を見て、堕天使の面々の夕食を作って、小松原と殴り合って―――

 

「ああ……早く、レベルを上げないと」

 やることも、やらなきゃいけないこともまだまだ、たくさんある。その一つ一つを、もっと早くからやっていけばよかった……いや、そう嘆いていても仕方ない。

「とりあえず……今は、体を休めよう……」

 

 そう思いながら、俺は眠りについた。




どうも。

いい加減に次話製作を始めなきゃいけない頃になりました……が。まだ一文字も執筆してません。正直言って、かなり不味い状態です。

まず、私は原作小説を読んだことがありません。アニメだけで頑張ってきましたが、そろそろ本気で不味いです。現段階ではそうではないかもしれませんが、@で投稿した最新話が最新話なので……。

かといって、原作小説を買ったら買ったで私のことです。執筆作業に入らずに惰眠を貪りながらダラダラと読むのは目に浮かびます。

難しいものです……近日中に何とか、対策を練ろうと思います、それでは。


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第17話:二歩目前の一呼吸

 気がつくと俺はコンソメ味のポテチを片手にピコピコ動画を見ていた。ああ、今日もポテチがうまい。

「いやぁー、たまにはこういうのもいいよねぇ。どうせ少ししたら俺は修行に励むんだし……ん?」

「ちょっとケースケ、起きてよー」

 リンクをクリックすると、いきなりフルスクリーンモードになったかと思えば、ドアップでピクシーの顔が映し出された。もしや、これは夢……なのか?

「オーケーオーケー、あと五分ぐらいは良い夢見させてくれ、それくら罰は当たらないよな?」

 

 そう言いながら俺はフルスクリーンモードを解除し、動画をまた見始める。

「むー……それならこうだよっ!」

 フルスクリーンモードとは打って変わって、小さいウインドウからピクシーの顔が映し出される。どうやらピクシーは、何か俺に仕掛けようとしているらしい。

 

「おいおい、俺とピクシーのレベル差はもう15以上ついているんだぜ? いかな攻撃でも痛くも痒くも」

「えいっ」

「のわああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 余裕をぶっこいてたら、いきなり脇にあのトラウマと化していたあの、電気で脇を刺激した時特有の感覚が蘇ってきた。

 驚いて起き上がった時に、勢いがあまって軽く壁に頭がぶつかったらしく、頭がとても痛い。

 

「ちょ、ちょっと驚かせすぎちゃったかな……?」

 あまりの驚き具合に、ピクシーがドン引きしている。頼むから、人のトラウマと心の傷を抉る行為は止めてくれ……驚いた拍子に心臓が止まってしまいそうだ。

 

「勘弁してくれ……」

 ホッとした俺はベッドに座り直すと、メガネをかける。それにしたって何だってあんな事を……?

「ところでピクシー、いきなり俺のトラウマを抉ってきた理由を聞かせてもらおうじゃないか、ええ? お嬢ちゃんよぉ」

 少し不機嫌な俺の言い方が少し怖かったのか、ピクシーがちょっと焦り気味になりながら返してきた。

「え、えっとね、もう……寝坊してるよ?」

「あぁん? お嬢ちゃんはそんなことで俺に……へっ?」

 

 目覚まし時計を見てみると、7時50分を過ぎていた。これは、いつもの起床時間を1時間程遅い。

「不味い不味い不味い、あやうく2度寝しかけていたけど、もうこんな時間なのか!? 」

 昨日は倒れこんで泥のように眠っていたので朝飯の仕込みもしてないし、昼の分なんて言うまでもない。

 

「しかもケースケ、制服のまま寝てたでしょ」

 ピクシーに指摘されて服を見ると、確かに俺は制服のままだった。しかも寝相が悪かったのか、制服のあちこちにシワが出来ている。

「やべっ、制服を着たまんまだったか! 畜生、もう朝食なんてどうでもいい! 卵かけご飯作って行ってくる!」

「いってらっしゃ――って、アタシも一応COMPの中に居るから一緒に行くんだけどね」

 

 

              ※

 

 

 そんなこんなで卵かけご飯を食べて軽く腹を満たした所で、ちょっと早めに走りながら学校への道を行く。この調子なら、間に合わない時間ではない。

 しかし、どうしてこんな時間まで寝てたんだ……あ、小松原の肘をモロに食らってダウンして、それで帰ってバタンキューだったんだ。

 

「おっすケースケ、お前もか!」

 そんな声がしたので、横を見ると、Y字路の合流している所からいきなり山田が現れた。何という奇遇だ、山田も珍しく遅刻しそうなのか。山田は山田で陸上部らしく、すっかり萎んだゼリー型の10秒飯のパックを片手に走っている。どうやらそれを食いながら走ってきたようだ。

 

「ああ、ちょっと寝過ごしてな。お前は?」

 俺が質問すると、山田はどうも急いでいる割には余裕そうな感じで返してきた。

「おお、俺も寝過ごしちまった。それより今日は何か遅れたらまずい授業あったっけ?」

「授業よりも遅刻したことを小松原に知られる事が一番まずいだろ、あの人外に説教されること自体が不味い」

「だな」

 俺がそういうと、山田もうなずいた。やはり、山田だって小松原の説教は受けたくないみたいだな、当然だが。

「誰が人外だって?」

 

「「……え?」」

 聞きなれた大塚ボイスが後ろから聞こえた……。おい、嘘だろ……?

 走る足を止めずに俺と山田はゆっくりと首を後ろに向ける。

「ん? 教師のありがたさっていうものを、二人揃ってみっちり教え込む必要があるようだな?」

 そこには例のバケモンが俺らの後を追いかけるようにして走っていた。しかも、徐々にこちらへと距離を縮めてきている。

 

「スピード上げるぞケースケ!」

「お前もへばるんじゃねぇぞ!」

 そう声を掛け合い、ほぼ同時にお互いが走るスピードを上げる。死にたくないからな、俺等はまだ若いというのに、ここで小松原に殺されてたまるか。

「俺は陸上部だぞ? それよりもお前も途中で落ちるなよ?」

「へっ、言ってろ! 俺だってほとんど毎日バイトしてんだ、この足腰は並大抵の事じゃ」

「待たんかお前等ァ!」

 俺の声を遮って後ろから、小松原の怒号が上がったかと思えば奴の足音らしきものがぐんぐん近づいてくる。メチャクチャ怖い、怖えぇよぉ!

 しばらく走り続けると、道が二手に分かれているようだ。二手に分かれたら生き残る確率が上がるんじゃないか?

「おし、分かれるぞ山田!」

俺がそういうと、山田は素早く、

「おう、俺は右だ!」

 と返してきた。俺は山田の左隣で走っているので、お互い分かれるときにぶつかる、なんてアホな事は起きないはずだ。

「OK、生きろ山田!」

「死ぬなケースケ!」

 分かれ道で別れ、俺等はお互いを励まし合いながら逃げる。これで奴が迷って止まってくれれば……!

 

 しばらく走り続けた後、振り返ってみると小松原はいなかった。

 これは、奴から逃げることが出来たのか……? いやまて、これも奴の罠かもしれん。逃げ切ったと見せかけて油断させたところを襲いかかる。奇襲攻撃の基本的なパターンだ、安心するにはまだ早いかもしれない。

 とりあえず近場の自販機の影に隠れ、辺りの様子を伺う。とりあえず怪しい人影はないようだし、どうもおかしな挙動をしている人間もいない。もし小松原が現れたなら、大概奴の独特の雰囲気がある。遠目でみえば何となくあれは小松原じゃないか? って感じの、なんというのだろうかその、威圧感みたいなのが。

 

「怪しい気配は……ないな、一応物影に隠れながら移動するか」

「適切な判断だ。いつどこで敵が出てくるか、トイレの個室の中に敵が潜んでいても、おかしくないことを忘れるなよ」

「んな事分かって……へ?」

 

 後ろから声をかけられたので、振り向いてみるとそこには小松原が。しかも肩に乗っかっているのは……やま、だ? 山田らしきものは全く動いておらず、何か抜けているような感じがする。

「お前が考えることなんて大体分かっているからな。用心深いお前のことだ、先に山田を捕まえて後ろから回り込めばそう遠くには行っていないと思ってな」

 

 クソッ、なんてこった。奴に完全に俺の性格共々把握されていたせいで、行動を読まれていたようだ。いや、まだだ。今がチャンス、奴は獲物を前にして舌なめずりをするようなもんだ。三流のようなことをしている。今なら逃げるチャンスだ!

 

「おっと逃がさんぞ」

 逃げようとするところを予測していたかのように、小松原に首根っこをつかまれる、猫か俺は。一人担いで置きながらもう一人を片手で持ち上げるって本当に人かコイツは。

 

 ――結局俺はこのまま小松原に運ばれて学校へと登校。メチャクチャ目立って恥ずかしかった。これなら山田と同じように気絶してたほうがどれだけ楽だったか。何が辛いって女子がキャーキャー言ってた事と、首根っこ掴まれて宙ぶらりんの状態を良いことに、周りで興味深そうに見てきたことだよ。

 しかも若葉君が受けだのどうだのっていう声とかも聞こえたし……正直言って鳥肌が立った。それよりも顔が真っ赤だったのを見られたこともかなり恥ずかしかった。穴があったらそこに水を入れて溺死したい。

 

「おっすケースケ、顔赤いぞ? 何あった」

「山田……お前はいいよな、気絶してたんだから……ましてや顔を見られた訳でもないんだ」

「? まぁ、お疲れさん」

 どうやら山田は気絶したついでに気絶前の記憶を何処かに落としてきたらしく、山田は不思議な顔をして去っていった……全く、羨ましい奴だ。とりあえず授業に取り組もう。

 

 

 

                ※

 

 

 

 とりあえず放課後まで難なく授業をこなし、小テストなんかもあったが一応一通りは解けた。いやはや、さっさと帰って準備したいんだが最後のHMがなぁ……どうせ小松原のことだ、面倒なことになりそうだ。

「えー、俺からみんなに話すことがある……若葉が、暫くここを離れアメリカに行くことになった」

 

 きたよ、ええきましたとも。いやまぁ分かってはいたことだけど、それでも、恥ずかしいんだ。朝のあの一件もあったからかなり小っ恥ずかしい。

「おい若葉、一応そこまで長い間ではないが別れを告げるんだ、皆に一言ぐらい言ってみろ」

「あー……了解です」

 

 そう言って前に行くと少しざわついた空気がピタッと止まり、クラスの視線が俺に集まった。この見られてる感じがニガテなんだよ、かなり話しづらくなった。

「あ……えっと、明日から3週間、アメリカに行ってきます! お土産はー……向こうに行ってから考えます」

 危ない危ない、こっそり銃弾とか薬莢とかサバイバルグッズとかサバイバルナイフとかレーションとか言ってしまいそうになった。いやしかし、お土産買うとか言っちゃったけど……俺、残金大丈夫か? ハハッ、帰ったらウチの電気も水道も止められてたりして。

 

 そう言って席につくと、周りがざわざわとざわめき立った。しかし小松原が話を続け、HM終了。さっさと家に帰ってさっさと準備を整えないと、直ぐに病院送りか、布を被された状態で、無言の帰宅をすることになる。それだけは勘弁だ。

「それでは、各自部活なり帰宅するなり、いずれにせよ気をつけるように」

 そう言うと小松原は教室を出て行った。よし、それじゃあ俺も帰ることにしよう。

 

「「「ねぇ……若葉君」」」

 そう思い、俺が席を立とうとすると、誰かから声をかけられた。この声からして……お奉行様達か。

「はい、なんでございますでしょうか」

「若葉君、アメリカ本当に行っちゃうの?」

 ここでお奉行様が3人を代表してか、話しかけてきた……三人とも何故かとても真剣な顔をしている。

「あー、3週間ほどね、アメリカに行ってきます」

「そ、そう……」

 

 俺がそう言ったら、お奉行様達はいつも通り審議に入り始めた……俺、何かやった?

 不思議と、お奉行様の審議を見ていると、自分でも何か悪いことをしたわけでもないのに悪いことをしたような感じになる。これはお奉行様の持つオーラにでも当てられた、とでも言うのだろうか……。この人に問い詰められたら、如何なることも吐いてしまいそうだ……多分、将来警察で飯食っていけるな。

 

「若葉君?」

「はい?」

 そんなことを考えているうちに、審議は終わったようで、お奉行様は俺の前に出ると改まった感じに、こっちを見てきた。お奉行様は恥ずかしいのか何か知らないけど顔が少し赤い。熱があるのか?

 

「そ、その……アメリカ、気を付けてね」

「あ、はい……」

 簡潔に一言、それだけ言うとお奉行様達は帰っていってしまわれた……やっぱ熱でもあったんだろうか? 体は大事にしないと大変になりますよ。

 

「さて……じゃあ帰りますかね」

「ケースケさん」

 次は小猫さんが話しかけてきた。小猫さんは、少し不機嫌そうな顔をしている。どうしたんだろうか、さては今日買ったチョコが溶けて大惨事とか? 意外に触っても溶けないけどお口で溶けるタイプのチョコは気を付けないと溶けちゃいますよ小猫さん。

 

「まぁ、チョコはあったかいところに放置しちゃダメだから」

「……? それよりも、お話があります」

 何か違ったみたいだ、やっぱりチョコじゃないとしたら……まさかペロキャン落としてアリにたかられたとか、そんなちっちゃな子供みたいなこと……いや、まさかね。いくら小猫さんでもそれは考えすぎか。

 

「……ちゃんと聞いてください」

「ちょちょちょ、耳は、耳は引っ張ったら……イデェ!!」

 小猫さんの怪力で耳を引っ張られ、本当に裂けるか、それとも剥がれるかぐらいの痛みが耳を襲う。少しは手加減してくれたって良いじゃないか。

 

「わ、分かった、分かりました! ちゃんと聞きますって、いや聞いてますから!!」

 そう言うとやっと小猫さんは手を離してくれた……今、耳ついてるな? 血とかダラダラ流れてないな?

「ちゃんと、連絡をください。皆が心配します」

 

 痛いところを突いてきた。確かに、最近俺はあまりにも無断欠席が多いからな……山田とかも心配してたし、小猫さんも少し気にかかってたみたいだし、なんだかんだいっても、あの人外教師小松原も気になるんだろう。俺も少しそういうことは怠らないように気をつけないと。

 

「あー……それは俺も気を付けるよ。最近無断欠席が多くて連絡つかないことが多かったし、ごめん」

 そう言って頭を下げて謝る。最近、何度も小猫さんに謝ってるような気がする。理由は主に、俺がこういう風に人に心配かけたせいで。やっぱり少しは自分でもこまめに連絡を入れるべきなのか? 明日空港に着いたら小松原に電話入れるか。

 

「……本当に、約束してくれますか?」

 どうも、その一言だけでは信用できないらしく、相変わらず不機嫌そうな顔をしている……いや、もしくは怒っているのかもしれない。

 やっぱり何度も何度も約束破ったから、あまり信用されなくなってるな、俺。まぁ自分のしたことだから仕方ないことだけどさ。

 

「誓います、指切りげんまんだってやってみせますよとも」

「それなら……」

 そう言うと小猫さんは、手を指切りげんまんをやるときの形にしてすっと差し出してきた……マジですか? いや、しかし……今約束した以上これをやらなきゃ男が廃る。これくらいやらなきゃな。これで人の信用を取り戻せるなら安い。

 

「あー……はい」

 俺も同じように手を差し出すと、小指を軽くお互い絡み合わせる。

「「ゆーびきりげーんまん嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」」

 例のお約束の歌を歌って指を切る。こういうことをやっていると、ちっちゃい頃に戻った気分になる。

 

「ほいほい、これで嘘ついたら俺は針千本飲まされる訳ですか」

「嘘、つかないでくださいね」

 一応形式上とはいえ、しっかりとした約束をしたせいか、小猫さんはさっきよりは怒ってはいないようだ。

 

「いやまぁ、連絡はこまめにするつもりだから」

「本当ですね?」

「うん、本当です本当です。ジャパニーズウソツカナイ」

「……怪しいです」

 思わずくだらないことを言った途端に、小猫さんに怪しばまれてしまった――やはり、インディアンウソツカナイ方が信憑性が高かったか?

 

「いやいや、冗談はともかく気をつけるから、本当に」

「分かりました」

 小猫さんの子猫の様な警戒心もやっと解けたのか、なんとか納得してもらえたようだ。

「それじゃ、俺は明日の用意がまだあるんで」

「さよなら」

「ほい、さよならー」

 

 お互いに別れを告げて教室を出ると、俺は明日に備えての事を色々考えていた。

 

 

 チケットはどうにかして取ったエコノミーのがあるし、パスポートもある。あとは着替えを持ってってサバイバル用の救急キットも、配布されるかわからんし一応持ってって、後は……水かな? 外国の水は腹を壊しやすいらしいからミネラルウォーターを何本か多めに持っていこう。

 ――明日から、訓練と修行の3週間が始まる。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は明日へと備えた。




どうも。

ケースケ君の行動力がとてつもないですけれど……まぁ、人間としてD×Dの世界でオカ研メンバーや堕天使勢に関わっていくわけですし、これくらいは仕方ないかもしれませんね。

さて、次回から”ケースケ君の愉快な新兵訓練編”になります――――と言えたら楽だったんですけれども、残念なお話です。

実は、アメリカに行く話……全然書いてません。ハイ、一文字どころか新規小説作成のボタンすら押してません。よって、ここから更新未定――――になりません。

なぜかと言うと、もうアメリカ編は番外編という形で設けて、”ケースケ君がレベルアップした”ということだけを一応本編に繋いでいくことにしたからです。

こんな見切り発車の小説が、ここまで見ていただいたのも全ては、皆さんの深いご理解と、東京湾より深い情けとお慈悲の心でこの小説は成り立っていると思います。

ですので、謝罪と感謝の意をこめて――――本当に申し訳ありません。

結局、今後どういう形になるか、といいますと。次話はケースケ君はアメリカから帰還した後のストーリーとなります。

本当に、改めて、申し訳ありませんでした。次話もunatというどうしようもない屑の作品でよろしければ、ご期待ください。



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story start
第18話:ケースケ、学校に帰還す


 ――今日は、記念すべき……かどうかは分からないが、俺が修行後に初登校する日だ。見慣れた学校の風景も、校内の雰囲気も、匂いも、空気も、3週間という長いような、短いような時間のせいで、すっかり懐かしく思えてきた。

 

 校内に入り、足を一歩一歩進めていくとあの、いつも俺が通っていた教室が近づいてきた。

「これより出席点呼を行う。相葉……井上……」

 教室に近づいていく旅に人外――小松原の懐かしい、出席点呼をする声が聞こえてくる。久しぶりに、奴にもご挨拶をするとしようか。

 ドアに手をかけ、ガラガラ……と開ける。周りの目が俺に寄せられる、がもう人の目なんてどうでもいいぐらいに俺はこの懐かしさを体感していた……そして、一言。

 

「アメリカから帰ってきました!」

「おお、帰ったか若葉!」

 そう言いながら小松原が親しげに近寄っているが……わかるぞ。コイツ、俺に一発かます気だな? コイツの足の動き方や、微妙な手の仕草、そして何よりコイツの性格からして、何をする気かが手に取るように分かる。

「では……確かめさせてもらおうか!」

 

 予想通り、奴は俺に掌底を放ってきた。俺はこれを片手で軌道を逸らしていなし、奴の腕を右手で掴むと、左腕で奴の顎めがけて同じように掌底を放つ。が、やはり回避されてそのまま頭突きを一撃食らわされた、相変わらずの威力だ。

 

「今までよりかなり腕を磨いたようだな若葉、だがまだまだお前では俺に勝てん」

 それもその筈、奴のレベルを測ろうとしたけど、できなかった。どうやら、自分よりあまりにも強すぎるとレベルが測れないようだ。リアス先輩はというと、最初は測れなかったけれど今なら測れる自信がある。

 

「まーもしこれで先生が負けたら一気に自信喪失して老いてくたばっちまいますからね。中年と老人から芸を取るもんじゃないとも教わったんで」

「フン、弱い犬ほどなんとやらだな」

「いつか超えてみせますよ、いつかね」

 そんな感じに互いに言葉を交え、席へ着く。小松原も、さっきまでの一瞬の交戦も何も無かったように振る舞い、朝から注意事項だの説明している。と、ここで山田が話しかけてきた。

 

「なぁ、お前……若葉か?」

 いきなりな挨拶だなオイ。確かに、初日にバリカンがガリガリ芝刈り機のように俺の髪を刈り取って行ったせいで未だ髪が短めだし、筋肉が引き締まったからちょっと、というよりかなり雰囲気は変わっているかも知れない。

「当たり前だろ、ってか俺をどういう風に見てるんだ」

「アーノルド・シュ●ワルツネッガー」

 あそこまで筋肉ついてないぞ俺は。それに、自分で言うのもなんだが、シュ●ワちゃんここまで細身の筋肉質の男だったか? それとも俺の体に筋肉が異常に付いたのか。

 

「まぁ、シュワちゃんに一歩近づいたならいいや。あと俺寝るから……眠い」

 俺はバッグから柔らかいクッションを取り出してそれに顔を半分埋めるような形で眠りについた。一時間目が何の科目だろうが、今の俺には関係ないぐらいに眠気が襲ってきている……とりあえず、寝よう。

 

 

 

                 ※

 

 

 

 

「……きてください……ケさん。起きてください」

 俺の睡眠が浅くなってきた頃、誰かが俺を呼んでいるような声がした。もう少し、もう少しだけ寝かせてくれ……あと、あと10分……。どうせ今日はもう全部フケるんだ……教室に居ながらしてフケるってのもかなり勇気があるだろうけど、それより何より眠い……今日学校休みゃよかった。

 

「……えい」

 俺が反応しないことに苛立ったのか、小さい女の子が耳元で何かをささやいたような気がした。この声……どこかで聞いたような

 

「アガベッ!?」

 突如、俺の耳の少し上のところの骨の辺りに猛烈な衝撃が走り、心無しかピキュッ、ていう怖い音が頭の中に響いた。

「目が覚めましたか?」

「あががっがあがががががっがっがががががが頭が頭が頭がっ……!」

 頭痛と衝撃でジンジンしている頭を無理やり起こして、話しかけてきた人であろう人物を見上げると、案の定そこには小猫さんが居た。どうりて、どうりてここまで骨にも響くダメージを与えられるわけだ……後でちょっとレントゲンでも外科医に取りに行こう。

 

「大丈夫ですか?」

「いや、小猫さんあーたこれやっちゃ不味いやつだって、自分で分かって言ってるでしょ……って、あたたたたたたた……」

 北斗百烈拳をやってるわけでも、北斗壊骨拳を受けた訳でもないが、今俺の頭は猛烈な痛みと衝撃はミックスされている。これがいわゆる脳を揺さぶる攻撃だとでも言うのだろうか。

 

「これから、イッセー先輩のクラスへ行くので、一緒に来てください」

「え? 先輩の所? あのアイスキャンデーペロペロはもう許してあげてくださイテテテ……」

 

 何か言おうとするたびに、頭に言葉が響いて頭痛を呼び起こす。これで耳元で何か叫ばれた日には、俺の耳から脳髄が出てきてもおかしくないってぐらいには痛い。

 

しかし先輩のクラスに行くということは……ああ、そうか。

 

 もうストーリーは始まっているのか……察するところ、イッセー先輩はレイナーレさんに刺されてドーナシークさんと鬼ごっこ♂した次の日辺り……ストーリーが始まるまでに色々と準備をしたかったのだけれど、急ピッチで色々と準備せにゃならんな……間に合わせるしかない、か。

 

「聞いていますか?」

「はいはい、聞いておりますです」

 小猫さんは、またもや俺が話を聞いていないと思ったのか構えてきたので、慌てて俺は返事する。もしあの攻撃をもう一発食らうものなら、北斗神拳喰らったモヒカンと同じような末路を迎えるかもしれないし、それだけは勘弁だ。

 

 ……ちなみに、構えを見てみると、小猫さんはどうみても手がデコピンをする形をしている。あれデコピンだったのか……人一人殺れるぞ?アレの力で、もし指弾を使ったら大変なことになるだろう。恐るべしルークの小猫さん。

 

「行きましょうか」

「はいはい、お供させていただきます」

 小猫さんが移動し始めたので、俺も後に続く。さながら気分は桃太郎の後に続くサルとかキジとかイヌみたいな感じだ……案外小猫さん桃太郎の格好似合ってるかもな、それっぽい。ただ、万年無表情で営業してるから鬼に勝っても喜んだ表情とか見れなさそうだけど。

 

 

 

                 ※

 

 

 

「イッセー先輩、いいですか? リアス先輩の使いです」

 小猫さんが先に教室の入口に立ったので俺は横で待機。どうやら、木場先輩の代わりに小猫さんがリアス先輩の使いに選ばれたらしい……これも、俺がリアス先輩達に関ったことと関係あるのだろう。

 

「ああ、小猫ちゃんが……」

「はい、ケースケさんも居ます」

 そう言って小猫さんが一歩、俺が見えるように下がった――俺と小猫さん、10cm以上は身長差があるから、別に下がらなくてもいいんだけど……。

 とりあえず、俺も居るということを言っちゃったので俺も先輩に挨拶をすることにした。

 

「先輩、お久しぶりっす」

「お前っ……俺を差し置いて小猫さんと二人っきりでいたのか!?」

「いや、二人っきりってなんすか、二人っきりって」

 先輩の妬みっぷりと、性欲への忠実さは呆れる程にいつも通りで、何だか……。3週間ぶりに会ったのに、いつもと変わらぬ反応だし。

 

 先輩はちょっと性格と行動を直せばモテるだろうけど、あんなんじゃあモテるわけがない。なんというか……うん、残念すぎる、色々と。

 どう育てばここまで年中発情期とかウサギみたいな人間になれるんだろうか。ただ惜しむところは、その性欲のおかげで、先輩の神器は強い――何か複雑な気分だ、後輩として。

 

「イッセー先輩、小猫さんの事もいいですが俺等はリアス先輩の使いできてるんですからね、そこんところ忘れないでくださいね?」

 先輩は多分、いやおそらくきっと小猫さんとの事でリアス先輩の事が空気になっているだろうから、念を押して注意しておこう。この性格のまま社会に出たらエラいことになりそうだし、さっさと直して欲しいもんだ……悪魔の社会がどうなってるかなんて事まで知ったこっちゃないが。

 

「そうだ、先輩は俺に使いが来るって言ってたけど……」

 そう言うと先輩は思い出したかのように俺に話しかけてきた。まぁ、予想は出来ていたけれど……やっぱり完全に忘れてたな、鳥頭過ぎやしませんか先輩。

 

「付いてきてください。ケースケさんも」

「分かったよ小猫ちゃん。ほら若葉、お前も来いよ!」

「了解っす」

 スタスタと歩き始めた小猫さんの後に先輩が続き、その後ろに俺が続く。まるでドラ●ンクエストを思い出すかのような、並び方。今は三人パーティだから、小猫さんは動物に変身させられた王女様役か。

 またはお転婆ではないけど、武闘家のお姫様とその付き人とかそんな感じか。どちらかといえば、後者も捨てがたいが前者もなかなか……。

 

 

 そんなことを考えながら、新校舎から旧校舎へと移動し、オカルト研究部の部屋の前へと到着。この中にリアス先輩含め木場先輩とかも居るんだろうか。一応、木場先輩とは初対面のはずだから挨拶しなきゃいけないな。

 後は……あー、そういやそろそろはぐれ悪魔のバイザーっていうのが出るんだったっけ? 訓練の成果を試させてもおらう。確か討伐の命令が出るのはもう少し後だけど、それよりちょっと前に居るだろうし今夜あたり行ってみるかな。

 

 そう考えていると、コンコン、と小猫さんがノックする。

「イッセー先輩を連れてきました」

「入っていいわ」

「「失礼しまーす……」」

 リアス先輩から入室の許可が出たので先輩に続いて俺も部屋に入る。中に入ると、この部屋の独特の雰囲気と匂いが俺のトラウマを刺激してなんとも言えない気分だ。

 

「掛けていいわ」

 そうリアス先輩が言うと、姫島先輩が二つの紅茶を運んできた――――つまり俺にも座れということか。お言葉に甘えて、イッセー先輩と一緒にソファに腰掛ける。

 

 イッセー先輩は、姫島先輩の淹れた紅茶を飲んで、満喫しているようだが、いかんせん紅茶に手を付け難い。なにせ、一回一服盛られたのを引きずっていて、何も盛られていないというのが分かっていても、どうにも手が進まない。

 

「ほら、お前も飲めよ。姫島先輩が作った紅茶だぞ」

 俺が紅茶に手をつけないのを不思議に思ったのか、イッセー先輩が勧めてきた。さすがにこうまでされると、手を付けないわけにはいかない――の、だけれども……。

 

「あー……砂糖ないですか?」

「はい、ここにありますわ」

 苦し紛れに紅茶を飲む時間を延ばそうと、砂糖を貰おうと頼んだ。すると、すかさず姫島先輩が角砂糖の入ったカップを机に置く。相変わらず先輩は手際がいいなぁ……じゃない。

 

 ―――手ェ、付けないとさすがに失礼だよな……。俺の行動から、どう考えてもまだ疑ってるようにしか取られないし、それで姫島先輩が悲しそうな顔をして、こっちを見てくるのもかなり困る。何が困るって、悲しそうな顔、いかにもポッキリ折れてしまいそうな感じが、しおらしさと申し訳なさを引き立てるからだ。

 

 とりあえず、角砂糖を2つほど紅茶の中に入れてかき混ぜる。砂糖は綺麗に溶かされていき、あっという間に消えていった……さて、どうするか。

 

「そんなに躊躇わなくても、大丈夫ですわ」

 ここで、俺が難しい顔でもしていたのか、姫島先輩がそっと耳打ちしてきた。情けない、姫島先輩に心配かけてしまった……幾らなんでもさすがに失礼だぞ俺、腹をくくれ!

 意を決してカップを持ち、傾けて飲む。口の中に、ほんのりと砂糖の甘さと紅茶の上品な香り、ミルクののど越しが相まって……

 

「……美味しいです」

 思わず、ポロッと口に出してしまったが本当に美味い。やっぱり、良い茶葉を使ってるのだろうか。

 それを聞いた姫島先輩が、少し嬉しそうな顔で微笑む。結構、気にかけてたんだろうな……あの件。俺はもう、そこまで気にしてないけどさ。そこまで気にすることなのだろうか、ドSなのに…………いや、流石に失礼すぎるなこれは。先輩だってドがつくSなんだろうけと、優しい一面があるんだろう。

 

 確かに、自分の所為で人が一人死にかけたら、その人に対して何らかの責任感を抱いてもおかしくない……うん、人なら。決して姫島先輩が悪魔だから、というわけじゃない。姫島先輩だってリアス先輩だって、畜生道に堕ちきったようなイッセー先輩だって、俺の中じゃ、ちゃんとした人だと思っている。

 

「さぁ、これで全員揃ったわね」

 完全に俺が気を抜いた所でリアス先輩が話を切り出してきた……けど、なんで俺まで? 俺はここに別に必要ないよね? なのにここにいるのは何故だ。

 ……まぁ、ある程度先輩達は信用してるから別に変に疑う必要もないな、あまりまたギクシャクした感じを作りたくないしな。

 

「私達オカルト研究部は貴方達を歓迎するわ」

「「はぁ……」」

 貴方達? 何か俺まで勘定に入ってる? いやいやいや、俺悪魔とかそういうのノーサンキューですよ、遠慮します。それに、ポーンの駒とか余りはあるんだろうか……いや、悪魔になりたい訳じゃないぞ?

 もし悪魔になろうものなら、カラワーナさんやテルミット反応辺りに、体中を串刺しにされた挙句、蔑まれた目でこっちを見てくるだろうし、流石に俺だってまだ死にたくない。

 

「単刀直入に言うけど私達は悪魔なの。もちろん、若葉君は違うけど」

「はぁ……」

 まだ何を言ってるのかを理解できてないイッセー先輩は、ボケっとしたまま話を聞いているが……まぁ信じられない話だよな。いきなり私は悪魔ですとか言ったら、完全に頭のおかしい人だろうし。

「このオカルト研究部は私の趣味みたいなものなの」

「はぁ……」

 イッセー先輩はまだ話が飲み込めていないらしく、適当に相槌をうっている。

 

「昨日の男、あれは堕天使よ」

「……っ」

 おそらく、ドーナシークさんとの出来事を話すと、さっきまでとは打って変わって、イッセー先輩の顔が強ばった。なるほど……やっぱりゲイのドーナシークさんに追っかけられたらそりゃ誰だって強ばるよなぁ……トラウマになっても仕方な、じゃなかった。

 

 そんなイッセー先輩を放ってリアス先輩は話を進めた。

「神に使えし存在でありながら、邪な感情を抱いた為に冥界へと堕ちた存在よ。彼らは人間を操り私達を滅ぼそうとしているの。冥界――――人間でいう地獄の覇権の為にね。堕天使の他にも、私達を滅ぼそうとする天使も居るの。つまり三すくみの状態ってわけね」

 

「……はぁ」

 こんな事を切り出したリアス先輩に対して、イッセー先輩はまた、気の抜けた返事をしだした。さっきまでの強ばった表情はどこへ行ったイッセー先輩。まぁ、唐突にそんなことはなされても困るだろうけどさ。

「二人ともここまでは理解できたかしら?」

はい、まぁ」

「いやぁ……ちょっと、普通の高校生には難易度の高いお話っていうか……」 

 俺とイッセー先輩が一応返事をするが……この話、絶対信じてないだろ先輩。アンタ、ドーナシークさんに殺されかけたので大体理解できるだろうが。それにこの手のゲームも一応詳しいじゃないか先輩。

 

 

「……天野夕麻」

「っ!!」

 リアス先輩が”あの名前”を口に出した瞬間、イッセー先輩の顔が強ばった。そうか、やっぱり刺されたのか……。

「忘れてはいないでしょう? デートまでしたんですもの」

「あのっ……!」

 イッセー先輩が、真剣な顔でリアス先輩に話しかけてきた、さっきよりもずっと深刻な表情で。

 

「何処でその名前を知ったのかは、分かりませんけど、それをオカルトとかで話されるのは、その……不愉快なんで、すみませんけどっ……!」

「先輩……」

 えも言えぬ表情で、イッセー先輩はそう言うと席を離れようとする……が。リアス先輩が懐から一枚の写真を机に置いた。

 

「「これは……っ!?」」

 写真を見た俺と先輩は、ほぼ同時に息を呑んだ。イッセー先輩は目の前の写真に、消えた彼女が写っていたを知って。

 

 そして俺は……あの、忘れもしない黒髪の給仕さん、御影さんがそこに写っていることを知って。

 

 




どうも。今回は前回の通りアメリカでの修行を終えたという話になっております。

さて、いよいよです。長かった前置きが終わり、ストーリーが始まります。これからがケースケ君の本当の戦いです……打ち切りはしませんので、ご安心を。

これから、パワーアップしたケースケ君がどんな活躍をするかの……乞うご期待ください。


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第19話:舎弟GETの巻

 どういうことだ? この写真にいる人は、何処をどう見ても御影さんだ。いや、でも先輩達は天野夕麻さんの話をしている――――ってことは

 

 御影さんの正体は……レイナーレさん!?

 

 いや、しかしそれにしても謎が多過ぎる。何でわざわざあの時、レイナーレさんは姿を変えて偽名まで使っていたんだ? 確かあの料理、俺と一緒につくったヤツ以外には毒が入っていた。堕天使が痙攣する程度の毒。

 間違いなく俺が食ったら死んでいたであろうが、それはわざわざ、姿を変えないといけない程の事だったか? だが現に、御影さんの容姿と天野夕麻さんの容姿は完全に一致している……駄目だ、これは本人に聞いてみないと俺にはさっぱりだ。

 

「彼女は確かに、存在していたわ」

「何処でこれを……!?」

 イッセー先輩が焦ってリアス先輩に食いついている間に、写真を手に取り、まじまじと写真を見てみる……これ、盗撮か。いやまぁ撮以外ありえないけど。しかしよくまぁレイナーレさんも気付かなかったもんだ。いや、でもいちいちそんなの気にしてる訳ないか。

 

「あの子は、いやあの者は堕天使、昨日貴方を襲った者と同質の者ね」

 リアス先輩がそう説明すると、イッセー先輩は納得がいかないのか、かなり焦った様子でその説明に反論する。

「で、でもっ! 松田や元浜だって夕麻ちゃんの事を覚えてなかったし、携帯のアドレスだって……!」

 レイナーレさん、ケータイ持ってたんだ……お金がどこから出てるとか、どういうケータイとか突っ込んだら負けなのか……もしかして、カラワーナさんとかテルミット反応も持ってたりして。

 

「力を使ったのよ……私が貴方のご両親にしたように、ね」

 リアス先輩はイッセー先輩の反論をさも当たり前のように、こう一言で完結させてしまった。けれどその一言は何か、それが当たり前だと思ってしまうような一言だった。……これがリアス先輩の言っていた力なんだろうか。

 

「夕麻ちゃん……」

 そうボソッ、と一言呟く先輩の顔は、何処か愛おしんでいるような、切なそうな、複雑な顔をしていた。

 それを見たのか見ていないのか、リアス先輩は話を進め始めた。

 

「それで目的終えた彼女は自分の居た記憶を周囲の人から消したり、証拠を隠滅させた訳ね」

「目的……?」

「貴方を殺す事。貴方の体に物騒なものが宿っているかどうか確認するために近づいて、それが確認されたから貴方は殺されたのよ。光の槍に貫かれてね」

「そういえば――――夕麻ちゃん、確かあの時セイ何とかって言って……」

「……セイクリットギア」

「特定の人間が持つ規格外の力。歴史上の人物の多くがその力を所有したと言われていますわ」

 

 ここで姫島先輩が、ご丁寧に神器の解説をしてくれた。しかし、そんなもんがイッセー先輩にあるっていっても、結構身近にいたはずなんだけど、全然実感が湧かない。まぁ、一番驚いているのはイッセー先輩だろうけどさ。

 そういえば、COMPはこの世界でどういう物なのか……後でじーさんに聞いてみよう。もしかして、セイクリットギアだったりするかも……いや、無いか。

 

「時には、私達悪魔や堕天使の存在を脅かすモノすらあるの。イッセー、左手を上に挿頭して頂戴」

 ここで何故かリアス先輩の呼び方がさっきとは違って、いきなり親しげになった……まぁ、俺もいきなり君から貴方に昇格したし気にすることでもないか。

 

「こ、こうですか?」

「そう。目を閉じて、自分が一番強いと感じる何かを、思い浮かべて頂戴」

 いきなりのリアス先輩の無茶振りが始まった。それに対してイッセー先輩は、急なことの連続に少し戸惑っているようだ。

 

「きゅ、急にそんなこと言われても……」

「集中してイッセー」

 リアス先輩に少し窘められて、イッセー先輩はまた集中し始める。

 

 一番強いと感じる何か……ねぇ。やっぱ”閣下”かな、あの人、”ベル神”すら倒せそうだ。でもいきなり一番強いと感じる何かを思い浮かべるのは、かなり難しいんじゃないか?

 

「集中集中……っ!」

 そういいながらイッセー先輩は目を閉じて必死にうんうん唸っているけど……これ、絶対リアス先輩の胸見てるだろ。薄目でちょっと見ている所がスケベさを物語っている……が、途中から目すら閉じなくなってるぞ。流石にそれはセクハラの極みだと思うんだが。

 

 

「小猫さん……あれ、どう思います?」

「サイテーです」

 さり気なく、アウトかセーフか審査員の小猫さんから聞いてみると、審議の余儀なくアウトのジャッジが下った。だけど、どうもこの場を邪魔すると流石に不味いと思うので、とりあえずこの場は見てるだけにしておく。絶対リアス先輩も気づいてるだろうけど、気にしてないし、いい……のか?

 

「集中集中……!」

 今度はイッセー先輩の視線が下に行き始めた。この角度からして……スカートの中か?

「ちょっとちょっと、見ました奥さん? イッセー先輩ったら何処見てるんですかねぇ」

「ケースケさん、静かにしてください」

 

 近所によくいそうな、ちょっとウザイ若奥さん風に話しかけられたら五月蝿がられてしまった……俺が原因ではなく、明らかにイッセー先輩の顔を見て怪訝な顔をしているから主な原因はイッセー先輩だろうけど。

 

「集中集中っ…………ッハァ~、これ以上無理っす!」 

 どうも集中が切れ始めたのか、へなへなとイッセー先輩は膝をついてしまった。そこまで体力を使うものなんだろうか……絶対、集中が切れたのはイッセー先輩のスケベ心のせいだろうな。

 

「まぁ、仕方ないわね。初めてなんだから」

「やっぱり先輩、何かの間違いじゃあ……?」

 そうイッセー先輩が弱気になるのも、仕方ないかもしれない。悪魔になったからてっきり他の所でもかなりパワーアップしてるかと思ったら、実際はそんな事がなかったとか結構悲しいことだろうな……。

 レベル1上がって強くなったと思ってボスに突っ込んだら見事に惨敗した時とかと似たような気持ちかもしれない。なんとなくだけど。

 

「いいえ、イッセー、貴方は堕天使にその身に宿した力を恐れられて殺されたのは事実よ」

「でもそれじゃあ今俺が生きていること自体に矛盾が……!」

「それは貴方がこれを使って私を召喚したからよ」

 そう言ってリアス先輩は、一枚の紙を取り出した。見出しには”貴方の願い叶えます”と書いてあり、如何にも怪しい感じっていうか、宗教臭いというのか、悪魔らしい感じのビラだ。

 

 最初になまこを食べた人は偉いというが、最初にこのビラを信じた人は……いや、何も言うまい。

 

「これを通して貴方は私を召喚して契約し、この私、リアス・グレモリーの眷属になったのよ」

 そう言ってリアス先輩は、腕を組んだ状態で悪魔の羽を出し、イッセー先輩を見下ろす。

 

 見事に決まってますね、そのドヤ顔といい決めポーズといい。これでリアス先輩をイジるネタが増えた気がする。この姿をこっそり撮って後で、リアス先輩に見せてみたらどういう反応するんだろうか。まぁ、撮らないけどさ、撮ったらあとが怖そうだし。

 

 

                    ※

 

 

 結局、俺の立場はわけの分からないまあで集まりは終わり、あの後俺と小猫さんで軽くイッセー先輩をしばき倒した後、俺はバイトへGO。

 久しぶりに会ったオヤジさんに挨拶をして配達も終え、一応今日のノルマはクリアーし、今居るのはじーさんが紹介してくれたあの廃教会。

 今日も今日とて悪魔と契約して仲魔になるように強要する作業が始まった。いやまぁ、毎日悪魔と契約してるわけじゃないけどさ。

 

 とりあえず、本日一体目の仲魔は地霊ドワーフ。女神様を要求する代わりに武器を作ったりしたけど、結局石化しちゃった有名な職人さんだ。この職人さんには、後で色々と仕事を頼みたいから仲魔にしたんだけど……正直その仕事を請け負ってくれるかどうか不安だ。頑固おやじだったらどうしようか。

 

「さて、次の悪魔は……」

 例のごとく頭の中にイメージをし、悪魔を召喚する。これが意外に手を抜いてはいけないもので、シルエットとかをはっきりとさせてないと、たまに失敗して外道スライムが呼び出されたりする。

 もし間違えて召喚しちゃったのがスライム程度だったら、焼却処分すればいい話なんだけど、仮に”ご立派様”とか間違えて召喚した日には、俺は帰らぬ人になるから、やっぱりそういうのは極力避けたい。

 

「オウ、俺を呼んだのはお前か」

 何処からか声が聞こえ、例の目に悪い紫の光の中から、悪魔が召喚された。赤い体に青い服を着たモヒカンへアーで、角角一本、筋骨隆々の男。コイツは妖鬼オニだ。

 一応初めてのカオス悪魔召喚になる……のかもしれない。夜魔っていう種族は、たまにカオスだったりニュートラルだったりするからよく分からない。

 

「ああ。単刀直入に言うと、お前の力が欲しい」

 オニの問いに対してスッパリと、言いたいことだけ言う。これがカオス悪魔、主にオニとかそういう野郎共と上手く渡り合う秘訣だと思う。ややこしい話なんざ後でいくらでもできるからな。

 

「なるほど、そりゃあ早い話だな……じゃ、ちょいと試させてもらうぜ」

 そう言うとオニは持っている薙刀の様なモノを振りかざし、俺の胴体めがけて大振りに横に振ってきた。正直言って、分かりやすい動きだ。これならナイフを持ち出されたほうがかなり厄介だ。何せ1mぐらいしか離れてないこの距離で、薙刀なんて振るわれても驚異でもなんでもない。

 

「お前、真面目にやってるか?」

 そう一言だけ言うと、俺はオニの軸足を蹴ってバランスを無理やり崩すと、オニの体勢は片膝を付いた状態になった。

 

「おっ……!?」

「そんな事悠長に言ってると、死ぬぞ?」

 刃物を持った近距離戦では、体制を崩されることは死を意味するということをアメリカでは嫌というほど学んだからな、そういった物を恐れる分対処の仕方もよくわかっているつもりだけど……そういうのも教える必要があるな。

 

「せいっ!!」

「ア……グガァッ」

 掛け声と共に俺は、片膝をついたオニの丁度いい高さにある顎に思い切り蹴り上げると、オニは空中で半回転し、地面にセルフスープレックスをかけたように後頭部を強打し、床に叩きつけられた音が中に響いた。

 

「ウ……グゥ、ニンゲンにここまでされたのは久しぶりだ。俺は妖鬼オニ、よろしく頼むぜアニキ」

「おう、よろしくなオニ!」

 ダメージはそこまででもないのか、ゆっくりと起き上がるとオニは俺を上と認めたらしく、契約成功だ。

 俺とオニはスパァン! という音がするほど強く互いの手を叩き、握り合う。何か青春漫画のワンシーンみたいなことをしているが、それとは違った爽やかさというものがある。お互いがお互いの強さを称え合うこの素晴らしさ。

 

「さぁて、それじゃあオニ。最初に一仕事行くか」

「あいよアニキ。何処までも付いて行くぜ」

「あ、でも途中での道のりはお前居たらマズイからCOMPにな」

 流石にこんなコワモテじゃ済まされないような顔したオニが道端にいたら、深夜徘徊とかしてるおじーさんが見たら心停止しそうだし、それ以前に普通の人ですら驚いた拍子に気絶しそうだし。

 

「まぁ……別に構わねぇけどよ、他に誰か居るのか? 例えばよ、スケとか……」

「んー? えっと……」

 他に居る仲魔と言えば、エンジェルとピクシーとケットシーとガルムとリリムと、さっき契約したドワーフだ。

 女と呼べるのは……エンジェルだけだけど、LとCだから折り合いが少し悪そうだ。流石にピクシーとかに手を出すほどロリコンじゃないだろ、もしそうだったらフルボッコ確定だがな。

 

「性別でいったら3人ぐらいか、ピクシーとエンジェルとリリム」

「なるほど……アニキ、男だったらお気に入りの女の一人や二人はいるってもんだぜ?」

 それを聞いて何か納得したのか、オニはニヤニヤと少しニヤけ始めた……コイツ。流石にアニキ分に対しての接し方がなってないと思うんだが。

 

「オイコラ、俺の本命は別だよ、別。ピクシーに手を出す程俺だって変態じゃねーよ!」

「そんな無理に否定すんなって! 俺もガキに興味はねーしな!」

 ゲラゲラと笑いこけながらオニはCOMPに戻っていった――――あの野郎、覚えてろよ? さっきまでの軽口を後悔させちゃる。

 

 ――――と、まぁこんないきさつでで一人、いや一匹の舎弟が出来た。目指すははぐれ悪魔が多分いるであろう洋館だ。




どうも。

今回は結構短めになってしまいました……元が元なんで、推敲して膨らませるのも結構難しいです。

さて、今回は妖鬼オニを仲魔にしましたね、舎弟という感じで。これからケースケ君は漢道を突き進んでいく事でしょう……。

そして、いよいよ3日ずつの投稿で騙し騙しやっていきましたが、最新話も近くなってきました……おそらく最新話を投稿したら、更新未定とはいきませんが、かなり更新が遅れます。

何せ、全く何も書いていませんので。まだ執筆をしてすらいません……ご了承ください。


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第20話:はぐれ悪魔と対決の巻

「だぁ……ダルっ!」

 俺は今、宛もなくキコキコと自転車でブラブラしている。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、夜だってのにこんな事をして何をしているんだと自分でも思っている。

 

 なぜ俺がそんなことをしているのか――理由はこうだ。

 ちょっくら、はぐれ悪魔とか言うのが本格的に暴れる前に、軽くシめて元の主人の所へクール便でお届けしようということになったが、どうにもその洋館だか廃館だかが何処にあるのかが全く分からない。かといって探さないことにしたらまぁ、ストーリー通りそのはぐれ悪魔は死んでしまう訳だ。

 

 もし、俺がレイナーレさん達を含む堕天使の皆さん方全員を助けるなら、このはぐれ悪魔だって恐らく助けられる筈。何故助けるとか、そういう事をするかって言うと……だ。

 

 誰にだって良い所があるってことで、陰と陽ってヤツ? あれと同じように”その人に悪い所しかない”ってのは無いと思うようになってきた訳だ。ただ、その良いところってのは本当に親しい人とかにしか見えないとか、そんな感じで。その小さいかもしれないし、見えにくいかもしれない、その部分を尊重したい訳だ。

 

 実際、カラワーナさんだって、テルミット伍長だって、ドーナシークさんだって、良い所は有る訳だ。

 例えばカラワーナさんと伍長は俺を成り行きとはいえ助けてくれたし、カラワーナさんの場合は俺がハンターと化したレイナーレさんから逃げるのを含め2回。何だかんだでカラワーナさんは面倒見がいいし。そういった良い所は絶対、誰かを助けるきっかけになるし、自分を良くしていくと俺は信じてる。

 

 じゃあ、あのはぐれ悪魔はどうだったんだ? ミーナさんと同じように主人から暴行を受けて逃げてきて、何らかの形でああなったとしたら? もしかしたらそれも止められるかもしれない。人を食ってああなったらしいがその食われた人だって食われずに済むかもしれない。

 

 まぁ、救いようもない理由ではぐれ悪魔になったとしても、主人の元に配達すれば、どうするか決めてくれるだろう。

 それに、はぐれ悪魔と対峙できるくらいの力を持っているかどうかを量るのにも丁度いい。

 

 こう考えるようになっていったのもアレか? じーさんが俺に言っていた自分の今までの行いで、精神が云々かんぬんの事が関係しているのかもしれない。

 

「俺の知ってる、ツンツン頭の高校生もこんな感じだったのかなー……」

 そうボソッと呟きつつ俺は自転車をキコキコ漕いでいるがまぁ、相変わらず何処行っていいのかさっぱりわからん。今までの経験上、ある程度の”人じゃない存在”みたいなのが近くにいると空気が重くなったりするんだけど、全然そういうのがない。困った困った。やっぱり第六感に頼るだけじゃダメなんだろうか。

 

「あー、腹へった。夜なのに何も食べてないし昼も全く食べてないからフラッフラだー……」

 今までの疲労&空腹でテンションがおかしくなってきた。何だか頭がぼぉっとしてきた。体重がおかしな方向にかかり、自転車が倒れそうになる。駄目だ、ちょっとコンビニを探そう……そう思ったその時。

 

 

 俺は見知らぬ建物の前に突っ立っていた。

 

 

 気のせいだとか、いつの間にか来ていたとか、そういったものは断じてない。何故なら、近くの街並みをハッキリと覚えているからだ。これは……俺、瞬間移動か? またはどっかの空間に紛れ込んだとか? それとも、ここが俺の探していたはぐれ悪魔の居た洋館だか廃館か?

 

 

「おい、オニ。出番かもしれないからスタンバイ」

「おぅ、分かったぜアニキ」

 念には念を入れて、俺はオニを召喚し二人でこの建物の様子を伺う。やっぱりどうも何かが居るような感じだが、ミーナさんの時よりも反応が小さいというのか、弱々しいというのか……?

 

「しっかしまぁ、こンな寂れた所に何があるってンで?」

「まぁ、入ってみれば分かるだろ」

 そう言って俺とオニは建物に入る。中は長い間放置されていたためか、かなり埃っぽい。とてもじゃないがやっぱり人が居る場所とは思えない。

 

「しっかしまぁ……本当に何処だここ?」

 外見といい中身といい、俺の知っている場所ではないのは明らかだ。結構ここら辺のことは知っているつもりだが、こんな場所は全く覚えがない。やっぱりおかしな空間というか、そういう胃空間に紛れ込んだんだろうか。

 

「アニキ、ここは……どっかの端切れじゃねェか?」

「端切れ?」

 俺が尋ねると、オニはさらに詳しく説明し始めた。端切れ、とはどういうことだろうか?

 

「アニキも多分、気づいたら此処に居たって感じじゃねェっすか? こういう、どっかの世界とどっかの世界とか、異なる世界の境界にここは在るンじゃねェンすかね?」

「あー……なるほど。よく分からんけど、なんとなく分かった」

 あまりそういうことは詳しくないけど、異世界の住人であるオニが言うんだから多分間違いないだろう。確かに、身を隠したりするのにはうってつけの場所かもしれないな。

 

 

「……何か、来ますぜ」

 オニが、建物の奧の方を見つめ始めた。やはり、外で感じるよりは強い気配が感じ取れる。それも人ではない、何かの気配だ。

 

 そして、その気配の正体は現れた。

「良い匂いがするわぁ……酸っぱい匂いもする……美味しいかしら? 酸っぱいかしら?」

 そんな台詞と共に現れてきたのは……上半身マッパの若い女性……カラワーナさんより胸大きいか? いや、同等か……?ともかく、いい発育の良さだ。

 

「ア、アニキィ……デ、デカイっすね!」

「ああ……俺もあのレベルは正直言ってそんなに見たことが無いぜ……まさに化けもんだ」

 あまりの大きさに思わず狼狽する俺とオニだが、決してやらしい方面じゃないぞ? 体(一部)の大きさに驚いているだけだ。うん、眼福眼福。

 

「うーん、このまま眺めていたいよなぁ……出来れば腕組したポーズのままでいてくれればかなり嬉しい」

「いやいや、アニキ……分かっちゃいねェ。女豹のポーズが至高よ!」

「おいちょっと待て、それには色々と異議がある。具体的に言えば体型とかな」

 そう言って俺は例のはぐれ悪魔を指さす。肝心の下半身は暗闇の中で、まだ見えていない。

 

「あン?アニキ、どういう――――!?」

 オニは、どういうことか、と言おうとしたらしいが、その前に驚きで口が閉じないらしい……それもそのはず。

 

 はぐれ悪魔の下半身は、人間のものではなかった。しいて言うなら、4つ足の獣。しかも、かなり大きい。軽くに4mは越しているだろう。

 ミーナさんといい、このはぐれ悪魔といい、なんでこんなに下半身だけ変化しているんだろう。ミーナさんの場合は下半身が蛇だったし。

 

「なっ……俺としたことが、胸に気を取られていた……」

 オニにとっては、下半身が4つ足なのは別におかしいことじゃないらしく、女豹のポーズが出来ないことについてしか落胆していないらしい。まぁ、オニらしいといえばオニらしい。

 

「まぁ、気にすんな。やっぱりあの形だと仰向けになってこっち目線でいいんじゃないか? 少し顔を赤らめていればなお良し」

 こんな会話をしていたら、小猫さんに白い目で見られてイッセー先輩と同じように扱われそうだが、別にこういうのは嫌いじゃない。ただ、イッセー先輩は遠慮というものがないのと、セクハラが酷いっていうのと、年中発情期だから抑えてくれと、そういうことなんだ。

 

「フフフッ……アハハッ……何だ、こうすればもう苦しまなくて済むじゃない!」

 ここでいきなり、はぐれ悪魔が何やら笑いながら独り言を言い始めた。……獲物を目の前にして舌なめずりをするのは三流のやることだ……小松原の場合はただの強者の余裕だったけど。

 

 いやいやそれよりも、だ。苦しまなくて済むとはどういう事だ? 何か一悶着あってここに流れ着いたのか? これは聞いておかないと後悔しそうだ。

 

「なぁ、一つだけ、質問してもいいか?」

「フフフ……いいわ、今の私は機嫌がいいの。冥土の土産に一つだけ答えてあげる」

 よし、向こうは機嫌が良いのを良い事に、ホイホイとこっちの要求を飲み込んだ。油断もしているから、不意打ちのチャンスを待とう。俺とこのはぐれ悪魔とじゃ、体格や体重が違いすぎるからな。不意打ちで急所なりを狙って倒すしかない。

 

「その……苦しむっていうのはどういう事だ?」

 それを聞いた瞬間、一気にはぐれ悪魔の表情が厳しい顔になった。……地雷を踏んだっぽいな、これを聞くのは間違いだったか。

 

「人の分際で、私の気を悪くさせないでくれるかしら? まぁ、最期にそれを聞く勇気だけは褒めてあげるわ」

「ご丁寧にどーも」

「ッ……! 何時までその減らず口が続くか楽しみね……!」

 

 そう言うと、完全に堪忍袋の緒がプッツンと切れたようで、胸をまざぐり始めた……。何も知らないとただの嬉しいサービスだけど、濃硫酸みたいなのを発射してくるから恐ろしい。

 

 これ、悪魔でもかなりイレギュラーな戦法だと思うんだが。いやまぁ、ハニートラップみたいなのはよくあるんだろうけどさ、まさしく体を武器にしているよなぁ……色んな意味で。

 

「おおおおおっ……! こりゃたまンねーぜ!」

 ちなみにさっきまで空気だったオニは、ものの見事にそのハニートラップというか、女の武器に魅了されていた……。

 

「気持ちは解るが、もう少し緊張感を持とうな?」

 そう言うと俺はオニから2、3歩離れて距離を取る。これもオニの為だ、油断するとどうなるかって言うことを体で教えさせてやろう。決して、契約の後の会話を引きずっているわけじゃない、本人の為だ。

 

「へっ? アニキ、何言って……うぉっ!?」

 オニが、完全に視線をこちらに移した瞬間。俺の居た場所と、オニの居る場所の数歩手前で酸の弾が着弾。酸が床を溶かしている激しい音と共に、嫌な臭いが辺りを漂う。

 

「チッ……外れたか」

 思わず舌打ちをしてしまったが、本当にオニに当たって欲しかったわけでは、断じてない。ただ、肌の表面だけ酸で焼けてくれないか、とかそんなことしか思ってない。

 

「アアアアアニキィ!? オ、オレを嵌めようとしたンすか!?」

「いや、むしろ勝手にお前が嵌ってただけだし、胸に見とれてて」

 オニが焦りに焦っているのを、俺はきわめて冷静に返す。もう少し、落ち着きを持とうなオニは。

 

「こ、ここまでの屈辱は初めてよ……!」

 俺とオニが他愛もない会話をしている所が、余裕を持っている様に見えたのか、激昂したはぐれ悪魔がこっちに突っ込んできた。どうやら飛び物じゃ当たらないと踏んだんだろう、これで俺とオニは一方的に攻撃されるという不利な状況を回避できたな、ここからは俺等のターンだ。

 

「おいオニ! ボケっとしてないで仕事だ仕事!」

 そういうと俺はオニの背中を軽く叩き、はぐれ悪魔が突っ込んでくるのに合わせて同じく突っ込み、当たるか当たらないかの間際で横にスライディングし、ヤツの視界から消える。

 

 実際にやってみるとコレ本当に危ない。ヤツの足の先が俺の服を掠っただけで、簡単に裂けた。モロに当たってたら絶対死んでいたな。

 

「なっ……! 何処に……」

 頭に血が昇っていたヤツには俺が一瞬にして消えたように見えたようだ、足元でしゃがんでいるだけなのに全く気づいていない。顔を左右に振って見るだけじゃ案外気づかないもんなんだな。 

 

 ここで俺は、反対側にいつの間にかちゃっかりと退避していたオニと目で合図をして、一気にヤツを落としにかかる。狙いはヤツの身動きを封じることだ。

 その為に、俺はホームセンターで買った超強力ガムテープを懐から取り出す。元々は俺があの小松原の化け物から逃げる時の為の対小松原最終兵器だったがこれが役に立つ日が来るとはな。

 

 ちなみにどうやるかというと、ガムテープを持ちながら必死にベロベロと剥がした後リングを振り回す。これだけでヤツの体にガムテープは襲い掛かり、身動きを封じるという画期的なアイディアだ。

 

 向こうの準備も万端になったようなので、俺ははぐれ悪魔に向かって大きな声で叫ぶ。近くだから多少驚いてくれると助かるんだが……。

「おい、俺はこっちだ!」

「いつの間にっ……!」

 予想通り驚いたヤツは俺の方を向いた。よし、これでオニは完全に相手の死角に入っているな……計画通りだ。

 

「おっと、本命はこのオレ様よっ!」

「……っ!」

 驚いたヤツは振り向こうとするが、それより早かった。オニの拳がヤツの頭を正確に打ち抜き、これをまともに喰らったヤツは”うっ……”と小さく呻きながらバランスを崩して倒れた。

 

「よっしゃ、チャンスだオニ! これを使って身動きを封じるぞ!」

「オーケー、楽しい時間の始まりだァ!」

「しまっ……キャアッ!?」

 慌てて体制を整えようとする前に俺とオニはまず胸をガムテープでぐるぐる巻きにする。これで一発硫酸を出してきたとしても、完全には溶けないだろう。思わぬ攻撃に動揺してくれた間に俺は足を、オニは腕をガムテープで関節などをしっかりと固定して縛り、完全に身動きを封じた。これで勝負は決まったな。

 

「さて、これでお前の負けは確定したわけだ。後は俺等が何をしようとお前は抵抗できない、そうだろ?」

 俺が質問すると相手は完全に闘争心を失ったようで、諦めたように答えてきた。

 この言い方だと、俺がまるで未成年者では、口に出すのにも憚れるような行為をこれからするかのようだが、別にそんなことはしないぞ。できるとしても、R-15じゃ流石に堂々とやれないな。

 

「……何が望み?」

「話が早くて助かるね。でさ、さっきの”苦しむ”っていうのはどういう事よ?」

 さっきかなり厳しい表情をしていた所からすると、本当に嫌な事だったみたいだし、ここに来ることになった原因とか、はぐれ悪魔になったいきさつが聞けるかもしれないと思って聞いてみたけど、答えてくれるだろうか。答えてくれないならこっちもそれ相応のことをしなくちゃいけないから、さっさと吐いてくれると助かる。

 

「……死にそうになる程の空腹を味わったことはあるかしら?」

「無い」

「じゃあ、喉の乾きを潤す事も出来ない経験は?」

「……つまりは?」

 大体話は見えてきたが……やっぱり主人に虐待を受けたとかそういう方面か?

 

「私はね、どれだけあそこに居たか解らないけど、何もない部屋で長い間居たのよ。明かりも何も無い部屋でずっ……と。何日経ったのかしらね? 私はドアが開いた瞬間に飛び出して此処まで逃げ込んだのよ。どう? 最高の話でしょ?」

 はぐれ悪魔はヤケになって話しているが、どうやらこの話を聞かせて不快な気持ちを与えるのが最後の最後で見せた抵抗のつもりらしい。

 

「なるほどね……おいオニ、ちょっとこっち来い」

 俺はオニを手招きすると、少しはぐれ悪魔から距離を取る。一応声が聞こえないようにしつつ、はぐれ悪魔の方を見ながら。

 

”なぁ……どうする?”

”どうするったって……ありゃオレとかとはモノが違いますぜ”

 

 確かにオニとは違って契約もできないしCOMPに格納も出来ない。今まで考えてもなかったから困ったもんだ。

”ああ、解ってる。それに此処から出る方法も分からねぇし、向こうも知らないみたいだしな”

 

 腹も減ったし、疲れたし。されど目の前に居るのは放っておけないし。いやはや、やることが多すぎて疲れてきた。明日明後日は休日だったっけ? ともかく休みたい……。

 

”とりあえず、あれ運んで知り合いに引き渡すか……頑張って”

”いや帰れたとしてよ、どうやって知り合いに会うンで? オレが見られるだけでもあぶねェのにそいつぁ無理難題だぜ?”

”確かにな……そん時はそん時…………じゃ無理だな、何かいい手段は無いか……”

 

 

 ふと懐にあるケータイを思い出す。リアス先輩ってケータイ持ってたっけ? いやイッセー先輩がいるか、頼りないけどこういう時は役に立つかもしれない。ケータイを開いてみると、予想通り圏外。やっぱり此処から出るのが最優先か……。

 

”それじゃあ、あれ運んで頑張って此処から出るか……”

”アニキがそう言うんだったらオレは別に構わねェけどよ……”

 

 とりあえずはぐれ悪魔を引き摺りつつ脱出という”絶対阿呆だろお前”と言われても仕方ない計画が提案、採決されたのでどうやって運搬するかを考えよう。ガムテで太い紐作って、それで引っ張るか? いやいや、流石にそれは無理があるかもしれない……いやでも、何本か太めのを作ってそれで一本辺りの負担を減らして……

 

 

 

                    ※

 

 

 

「せーのっ……! お、重い……」

「ア、アニキィ……こりゃ無理があるぜ!」

 結局俺とオニでおんぶすることになった。ガムテープで紐を作ろうにも残りじゃ無理だと分かったしな。まあ、俺一人の力じゃたかが知れてるだろうがオニの力は未知数のようで結構踏ん張ってる。

 流石はオニだ。後もう一人居れば楽ができるんだが……何せエンジェルとピクシーじゃきついだろうし、ドワーフは背が低すぎるしガルムとケットシーは論外。いやはや、このまま運んでいくしかないのか……。

 

「ちょ、ちょっと降ろしなさいよ! 何してンンッ……!」

 あまり騒がれても迷惑なのでガムテープで口を塞ぐ。まるで気分は誘拐犯だがまぁ、本人の為だ。仕方ないね♂

 何とか建物からはぐれ悪魔を運び出し、一息つく。周りは森林で緩やかな下り坂になっていてやっぱり見覚えがない。

 

 んー……何処だここ? もしかして俺の知らない場所だし、俺の街と原作の街が融合されてるとかそんな感じなんだろうか。

 カラワーナさん達と一緒に行った店も全く知らなかったし、そもそも道順すら分からなかった。あんな道があるのを初めて知ったぐらいだ。やっぱりここも空間の切れ目か、それとも原作の方であったものなのか……? もしかしたら両方だったりしてな。

 

「オニー、ちょっと俺周りの様子を探ってくるからちょっと待っててくれないか?」

「あいよ」

「セクハラ厳禁な?」

「しねェよ! いやまぁ胸なら考えるな……」

 ……こっそり暫くしたら様子見をしよう。もしセクハラしてたら奴のケツに奴の獲物♂をぶち込んでやる。そしてケツの皮膚が裂けていく痛みとついでに兄貴分に対する接し方も優しくレクチャーしてやろう、うんそうしよう。

 

 

 

 そう考えつつ軽く走ると何故かどんどん体から力が抜けていく……どう、した? 目の前が霞んで見えてきた……? フラフラする……駄目だ、もう限界……。

「それじゃあ、10分ぐら……いしたら戻……」

「ア、アニキ!?」

 

 視界に地面が迫ってきたのとオニの声が聞こえたのを最後に俺の意識は吹っ飛んだ。




どうも。

謝らなければいけない事があります。3日に1回のペースをうっかりと忘れていました。誠に申し訳ありません。次話は、元のペースに戻すために17日に投稿させていただきます。

今回ははぐれ悪魔のバイサーとの対決でした。まだまだ戦闘描写は未熟ですね……もう少し精進したいです。


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第21話:閑話休題と見せかけてのストーリー続行ッッ!

「ん……今、何時だ?」

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、自然と目が開いた。目は覚めたものの、まだ頭はぼんやりとしている。今日はいつもより居心地のいい朝だ。しばらく天井を見続けているとようやく頭が回転し始めた。

 

「朝食、作るかぁ……」

 ボソッと呟き、起き上がろうとすると片方の手が何かに軽く当たった。

「ん? 何だこ……っ!?」

 隣に何か、丸いのがある。いや、正確に言うと俺の布団が何故か少しデカくなってて、デカくなった部分に人の大きさ程の何かが、俺の掛け布団の下に潜んでいる―――誰?

 

 

 恐る恐る掛け布団を引っ剥がすとそこには……カラワーナさんが居た。しかも寝巻きがよく分からないが大人っぽい。

 不法侵入はまぁカラワーナさんなら出来そうだからおいといて、俺カラワーナさんに住所教えたっけ? まぁ住所特定された程度でもう驚くことではないけど、何で俺の布団で寝てるんだ……?あれっ?俺昨日の記憶が消えてるぞ? も、もしかして昨日っ……!

 

 

 

 

                     ※

 

 

 

 

「汚い所ですが……どうぞ」

 そう言って俺は自宅のドアを開ける。今日はカラワーナさんが料理を教わるついでに泊めて欲しいとのことだった。

「ああ。今日、突然泊まるなんて言ったが……本当に大丈夫なのか?」

 部屋に入る前に、カラワーナさんはどうやら俺に対して少し遠慮があるのか、自分で言ってきたことなのに少し躊躇っているようだ。

 

「大丈夫っすよ、どうせ俺一人暮らしなんで」

「そうか……分かった」

 そう言ってカラワーナさんは中へと入っていったので俺も中へ入り、ドアに鍵をかける。最近少しだけ寒くなってきた。やっぱり雨の降る日は何処か肌寒い日が多いな。

 

「さて、早速だが……」

 そう言ってカラワーナさんは台所へ行き、俺があらかじめ用意した材料を並べているのを、俺はぼんやりと眺めている。教え方としては、まず料理のお題を出して、基本的に俺があれこれ言わず、カラワーナさんに必要最低限の事以外は任せ、補助が欲しいときは回数制限を設ける、という方針にしている。

 カラワーナさんは野菜を取り出し、水で洗うとそれぞれ一口サイズに切っている。やはり今まで教えた結果が少しずつ出ていっているようで何よりだ。

 

 

「う……何か急に眠くなってきた」

 突如、なんの前触れも無く眠気が俺を襲ってきた。俺何かしたっけなぁ……? とにかく寝るな俺。ここで寝たら俺がここでカラワーナさんが頑張ってるところを見れない…じゃない……か。

 

「どうした? 寝るのなら寝てもいいぞ。料理ができたら起こしてやるからな」

「う……すいません。少し寝ます……」

 そう言って俺はリビングで座布団を枕変わりにして横になる。すると意識が自然と溶けるように消えていった……。

 

 

 

                      ※

 

 

 

「ん……ん?」

 気がつくと目の前でカラワーナさんが俺の頭を撫でていた……えっ!?

「カ、カラワーナさんっ……!?」

「あ、いやケースケこれはっ……」

 俺が起きたのに気づいたカラワーナさんが慌てて手を離して弁解し出した……そうか、坊主にした後だから特に短い後頭部の髪の部分とかザラザラしてて面白い触り心地なんだよな……仕方ない、というべきか……?

 

 いや、これはカラワーナさんをイジるチャンスだ! きっと久しぶりに意地悪してもいいよという神様もとい、じーさんの御告だ! そうだそういうことにしよう。

 

「触りたいなら言ってくれればオーケー出しましたよ~?」

 そう少し意地悪にニヤニヤしながらそう言うとカラワーナさんは少し動揺して返してきた。

「ち、違うぞ? お前が何時までも寝ていたから叩き起そうとしただけだ」

「ほぉ……随分ヤサシク叩き起してくれたようで」

 

 

 ここまで追い込むと流石にカラワーナさんも観念したようで

「……ああ、分かった、認める。お前の頭を撫でていたさ」

 と、諦めたように言ったがすぐに気を取り直した様子で

「……じゃあ、お前の頭を撫でてもいいな?」

 と言ってきた。

「……えっ!?」

「お前が大丈夫なんだろう、なら撫でてもいいな?」

 

 マズイ、してやられた。明らかに自分の発言で墓穴を掘ってしまった。

 頭を撫でられるのは男として、非常に恥ずかしい。しかもやたらカラワーナさんの手つきが優しかったので更に恥ずかしい。

 ここで俺は少し身じろぎをしてしまったので、動揺を誘えたと踏んだカラワーナさんが更に迫ってきた。

「どうした、撫でていいなら逃げる必要がないだろう?」

「あ……いや、それはっ……」

 駄目だ、ここからどうやって逃げれば良いか分からない。とりあえず距離を取ろう。

 

「と、とりあえずトイレっ……」

 トイレに逃げ込んで戦略を練り建てようとすると、カラワーナさんが後ろから抱きついてきた。主に胸と胸と腕が背中に当たっている。

 これは不味い、俺の思考回路が半分以上ショートし始めてきて、少しヤバい事になってきた……耐えろ、耐えるんだ俺の理性と思考回路よ。これは間違いなく場の雰囲気にノったら不味いヤツだ。

 

 もし、これで俺が間違えてでもカラワーナさんに襲いにかかった日には、間違いなく俺は、逆十字か十字架に貼り付けられて、西暦0000年誕生の人よろしく鞭打ちやら、槍で生死確認とかされるに違いない。

 

「ケースケ……私はな、お前が何時しか何処かへフラッと行ってそのまま消えてしまうんじゃないかと、そう思うと怖いんだ」

「カ、カラワーナさん……?」

 俺がどうにかして理性を保とうと奮闘していると、カラワーナさんはさっきまでとは違って真剣な声で、俺の傍で囁いた。

「かつて……私が好きだった男がそうして消えたように、お前が居なくなるんじゃないかと……お前が居なかった間、ずっと……!」

 

「なぁに言ってるんですか、カラワーナさん。俺はそう簡単に死にゃしませんよ、今ここで世界が終わらない限り。……でも、アメリカの件は正直言ってすいませんでした。連絡も無しに」

 あえておちゃらけた感じで、カラワーナさんに謝る。

 やっぱり、そこまで不安だったのか……小猫さんの件といい、やっぱりどうも周りの人に心配させる癖がついたようだ。さっさとこの癖を治したいもんだな。

 

「……すまない、私の所為で要らぬ世話をかけた」

「いや、俺も連絡しなかったのは事実っすから……」

 なんとかカラワーナさんは一安心したのか、落ち着いたようで俺から離れる。冷静になった後に思えば、少し嬉しいハグだったからちょっと残念だった。

 

「さて、すまないがシャワーを借りてもいいか? 少し気晴らしがしたいからな」

「ああ、いいですよ。えっと風呂場はそこです」

「分かった」

 そういうとカラワーナさんは風呂場へと入っていった。駄目だ、ここでまた睡魔が……?

 

 

                   ※

 

 

「おい、起きろケースケ。ここで寝たら風邪を引くぞ」

「ん……あぁ、また寝てた……?」

 目が覚めると俺はカラワーナさんに揺すり起こされていた。ううん、今は……23時かぁ、駄目だもう眠さも疲れも限界突破。これはカラワーナさんの料理を明日食べることになるか。残念だが俺はもう限界だ……。

 

「カラワーナさん……俺、もう限界っす」

「ああ、分かった。寝室まで連れていこう」

 そう言うとカラワーナさんは肩を貸してくれてカラワーナさんに歩くのを手伝ってもらう形で、寝室へ入った。布団は予めってか敷きっぱなしだったので好都合だ。

「うー……すんません。先に寝させてもらいます」

「ああ、遠慮するな」

 俺は布団に入ると完全に意識が飛んだ……。

 

 

 

                    ※

 

 

 

「――なんて事があったりしたのかっ!?」

 そ、それでカラワーナさんが俺の布団に入って――うはぁっ! これ以上考えてたら頭がパンクしそうだ。

 どうしようか、”責任、取ってもらうぞ”とか言ってきた日には……俺、親父や母さんに顔見せが出来なくなる。

 いやいやいや、そもそも堕天使と人間の間に子供は生まれるのか……?いや、無理か。流石に、人種が違うくらいだったら良いけれど、人種どころか種族が違うんだから。

 

「ん…………ケースケ?」

「あっ、カラワーナさん、少し騒ぎすぎましたかね?」

 慌てて様子で俺が体勢を立て直して、とっさに正座をすると、カラワーナさんは寝そべって頬杖をつきながら、少し意地悪そうに笑う。

 

「どうした? 昔みたいに”さん”付けとは寂しいな。いつものように呼び捨てで構わんぞ?」

「なっ……あっ、えっ!?」

 突然の事に、俺は何が何だかちんぷんかんだ。俺、いつの間にカラワーナさんとそこまで深い仲になったっけ!?

 そそそ、それともカラワーナさんの悪戯か!? うんそうだ、きっとそうなんだ! これはカラワーナさんが俺に悪戯をしているんだ、そうだそうだ。そういうことにしよう。

 

「と、とりあえず朝食朝食……」

 今の俺の頭では状況を理解できないので、頭をフル回転できるようにするために、朝食の準備をしようとすると、カラワーナさんも起き上がる。

「それは私の仕事だよ。それにもう準備は済ませてあるから気にするな。だから……」

 そう言うと、カラワーナさんは俺に近づいてきて顔と顔が触れそうな距離にまで近づいて――――俺とカラワーナさんの唇がくっついた。

 

 紛れも無くキスをしたのだ、俺とカラワーナさんは。

 

「――――っ!?」

 何が起きたのかよく分からないが、自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。カラワーナさんはそんな俺を見てクスクスと笑う。

「どうした、いつもしていることだろう? ほら、私が朝の気付けをしてやったんだ。頭を醒まして朝食の出来具合を見てくれ」

「あー……はい」

 

 俺とカラワーナさんは、一緒にキッチンへ移動してみると、確かに朝食の準備ができていた。ちゃんと味噌汁も作りおきがあるし、朝の分のサラダも冷蔵庫にある。

「これを昨日作ってみたが……ほら」

 そう言うとカラワーナさんは俺に温めた味噌汁を味見用のスプーンにすくい、俺に突き出す。味噌汁の匂いが鼻をくすぐり、食欲をそそる。

 

「どれ……うん、美味い」

「そうか、それは良かった。じゃあ早速食べるか」

 

 そう言うとカラワーナさんは食器を棚から取り出し、ご飯をよそり出す。しかも俺のお腹いっぱいにならず丁度腹八分目になる程度の絶妙な量だ。クソゥ、見るだけで腹が減ってたまらん!

「私の箸も取ってくれ。それだ」

「はいはい」

 カラワーナさんの箸と自分の箸を取り、よそったご飯、その他おかずを机の上に置く。何というか、幸せだ。この幸せと共にご飯も噛み締めたいもんだ。

 

「それでは……戴きます」

「戴きます」

 そう言って俺とカラワーナさんはご飯を食べ――――――――

 

 

 

「あがががっ!?」

 気がつくと、俺は何かの木材を、歯で思いっきり噛んでいた。歯、歯が……オデノ歯ガボドボドダァ……。

「ち、畜生! 夢オチかい!!!」

 そりゃそうだよなぁ、いきなりカラワーナさんと同棲とか、絶対ありえないもんなぁ……。それにまだカラワーナさん、千切り出来るか出来ないかだもんなぁ……。微塵切りをしようとすると、木っ端微塵にしようとするし。木っ端微塵切りはオニが覚えてるから要らないっての……畜生、泣けてくるぜ。

 

「おや。目が覚めたかね?」

「ん?」

 声の方を見ると、見知らぬ老人が立っていた。そして、辺りを見て見ると、俺の居る部屋は洒落た洋風チックで、少し昔のヨーロッパを思い出す場所……。

 辺りを確認した俺はおもむろに頷きながら、一言。

 

「ここ何処よ?」




どうも。

今回の話も、随分と短いんですけれども、一応、繋ぎの話なんで仕方ないです(震え声)。

さて、果たして見知らぬ老人は敵なのか、味方なのか! (一応、ネタバレすると、オリキャラです)次回を乞うご期待ください。


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第22話:僕に飯を食えというのか!!

「起きたか。目覚めの調子は、どうかね?」

 目が覚めると、なんかメガテンⅢに出てくる閣下みたいな外見をした初老の男性が話しかけてきた。

 なんだなんだ、俺これから悪魔の体にされちゃうの? トウキョウ消えるの? あ、でもここトウキョウじゃねーや、なら大丈夫か……ってそうじゃない。此処は何処なんだ此処は。

 

「えっと……此処は……?」

「私の家だよ。そして此処は客室だ。君は私の下僕に運ばれてきたのだよ。どうやら、私の下僕の一人が君に迷惑をかけてしまったようで、すまないな」

「あー……」

 そうか、何となく思い出してきたぞ。俺はあの後疲労と空腹で倒れたのか。それで、この人にお世話に……か。あともう一つ、重要なことを思い出した。あのはぐれ悪魔はどうなった?

 

「あー……一つ聞きたいことがあるんですけど」

 そう俺が言うと初老のおじーさんはクルリ、と振り返る。な、何だ? もしかして一戦おっぱじめようというのか?

「まぁ、積もる話もあるだろう。付いて来たまえ」

 そう言うとおじーさんは部屋を出ていった。いやいや、ベットから出るまで待ってくれませんかね?

 

 

 部屋を出ると、中々に品のいい雰囲気が漂う廊下に出てきた。全体的に照明が落ち着いた感じの明るさで、心が安らぐ。

「あの……」

 俺が話しかけるとおじーさんはこちらを見ずに歩きながら返してきた。

「何、もう少しすれば食堂だ。そこでゆっくりと話をしよう」

「はぁ……」

 食事つっても……俺、過去二回も食い物や飲み物に毒盛られた事あるからなぁ……なんか、あんまり嬉しくない。まぁ二回目は俺が食う前にカラワーナさんとかドーナシークさんが引っかかってギリギリ被害に遭わなかったけどさ。

 

 そんな鬱々とした思い出を振り返っていると食堂とやらに到着。どうやら先客が居……っ!?

 

「オ、オニィ……テメェ何堂々と食ってやがんだ?」

  俺が食堂に到着すると、バカスカバカスカ飯を食っているオニ。いやいや、何でお前俺を差し置いて一人でバカスカ……ってあれ? 例のはぐれ悪魔も居るな。

 

「オゥ、アニキ! アニキも食ったらどうっスか?中々に美味いモンですよ!」

 いやいやいや、オニ。お前、兄貴分への口のききかた講座の足しに、お世話になっている人への接し方講座も開催して欲しいのか? 俺もあまり他人にどうこう言える程の品の良さではないけど……流石にお前、失礼すぎるだろ。

 

「まぁ、掛けてくれ給え」

「あぁ……はい」

 席に着いて料理を見ると、滅茶苦茶美味そうだ。やべぇ、今まで腹が減ってきたからそろそろ我慢するのにキツくなってきたな……。

「まぁ、遠慮なく食べると

「戴きます!」

 とりあえず目についたパンを頬張ると、口いっぱいにふんわりとした食感と良い匂いがして……

 

「うまっ!! 何これ、うまっ!!」

 思わず叫んでしまうぐらいに感動的に美味い。空腹というステータスであることを差し引いても美味い。なるほど、オニもバカスカ食べるわけだ。

「喜んでもらって何よりだ。それでだな……」

「やべぇ、美味い、美味いぞこのスープ!」

 スープはスープで、程良い塩かげんによって、味に深みが出ている。何度飲んでも飽きない工夫が凝らされていてパンにも合う、最高だ。

 

「アニキ、肉も美味いぜ! あとサラダも中々!」

 オニに勧められたので、更に肉――――ローストビーフを口に入れる。

 そしてビーフを噛むと、ミディアムレアに焼かれたビーフの脂とソースが口の中で絡んで―――

 

「――うっ、美味い! 何だこの美味さ……っ! 犯罪的だっ……! これは徹底的に食い尽くすぞオニ!」

「オウよ、元よりそのつもりだ、肉ウメェ! サラダと一緒に食うと二度ウメェ!」

「なんのなんの、俺はパンに挟んでさらにスープを浸す!」

 このパンとスープと肉とサラダ、黄金の4つが合わさって至高に思えるような食べ物を食すと、絵の具でいう、綺麗な色を全部入れたら汚い色――――なんてこともなく、最高だ。

 

「ウォ……いや、オレだってまだ腹2分目よ!」

 俺等がそんな風にハイテンションになりつつ飯を食っていると、例のはぐれ悪魔が呆れた顔で話しかけてきた。そういえば何か体があの姿じゃなくて普通の人間の姿に……だが今はそんなことより飯だ飯。体が栄養を求めている!

 

「全く、もう少しは落ち着いて」

「何ですと!? こんな飯を食っておきながら落ち着けだと!? いいだろう。喰らえ、パンとスープと肉の黄金比率を実現させた幻のコンボ!!」

 そう言うと俺ははぐれ悪魔に例の極ウマコンボを口に突っ込ませる。

「ンググッ!? ちょ、ちょっと何を……やだ美味しい」

「だろー!? レッツイート! ウィーニードフゥゥゥッッド! 」

 そう言いながら、更に俺とオニは食べるテンポを底上げしていく。それも、今なら大食い選手権に出場できそうな勢いだ。

「もういいかね?水を差すようで悪いが……」

 

「オニ、もう片付けますよ! コックさんが運ぶスピードより早くこの食卓を空にするのだぁ!」

「オウ、行くぜェ!!」

「ヒャッハー! 飯ダァーーーッ!」

「わはははははぁぁぁぁ! 今日も元気だ飯が美味いぜェ!」

 そう言いつつも俺はオニと一緒に机の上にある目についた料理から片っ端に喰らい尽くしていく。後机に残っている料理は半分。たった半分だ……あと5分もかからんね。

 

「まずは話を……」

「あーくそ、ここまで食ってきてチキンだと? このローストチキンを焼いたのは誰だーっ!……うん、うまい。」

 このローストチキンは、さっきのローストビーフとは違い、さっきのビーフはしっとりとしていたが、このチキンは皮がパリッとしていて美味い。

「アニキィ、やっぱチキンはいいっすねェ!」

 

「……おい」

 おじーさんが華麗に指パッチンをすると、コックが何かを持ってきた。どうやらトマトスープなのか、真っ赤なスープにブロッコリーやエビなどの具がちらほらと見える。

「さぁ、当家の絶品スープだ。じっくりと味わうがいい。じっくりとな……」

「おー、丁度スープのおかわり欲しいところだったんだよ!」

「いやぁ、丁度酸味が欲しいとこだったんで助かったぜ!」

 そう言うと俺とオニはスプーンを持たず、皿を両手で取り、礼儀なんざクソ食らえと言わんばかりにスープを一気に飲み込んだ。

 

 ――――そう、今思えば、こんなことするなんて。いつもの俺らしくもなかったし、本当にどうかしていたと思う。

 

「「口当たりがよくサラサラとしていて、それでいて酸っぱすぎず、僅かな塩あガパァッ!?」」

 気がつけば口の中全体の感覚がない。いや、ないというよりは痛すぎたせいか一瞬の激痛の後から何も来なくなった。

 

 しかし痛かったもんは痛い。俺とオニは床にゴロゴロと転がっては、たまに痙攣するのを繰り返すことを繰り返すこと十分。やっとまともに話せるようになってきた。

「あっ……ああぁ、あっ、ががががあがっ……いぁ……いぁ……くとぅるー……ふだ……」

「ギァッ……テメェ……何しやがっ……」

 

 オニが何とか質問をすると、おじーさんは、極めてにこやかな笑顔でこう言い放った。

「ああ、すまない。これが悪魔流の絶品スープなのだよ。言おうと思ったのだが先に飲んでしまうものでな」

 そう言うとおじーさんはコックが運んできたスープを、美味しそうにお上品に飲んでいる――――ちなみに、スープの色がまっっったく赤くない。寧ろコンソメの色で綺麗に濁っている。さらに言えば例の元?はぐれ悪魔も同じく綺麗なコンソメだ。

 

「お、俺等が……何をしたっていうんだ」

「人の話を聞かない、マナーは酷い、物を口に入れながら喋るわ、挙句にレディにセクハラもどきのことするわ……最悪ね」

 明らかにこちらを小馬鹿にするように言いながら、更に養豚場の豚を見るような目でこっちを見下ろしている……ああ、屈辱的だ……。

 

「さ、最後のほう……あからさまな私怨じゃねぇか……」

 そう言いつつ俺とオニは何とか椅子に座り直す。オニはテーブルに肘をついて顔を抑えている……そうか、アイツ辛いもの苦手だったか。覚えておこう。

 

「で、その……話ってなんですか?」

 そう言うと老人はさっきまでとは違った、真剣な顔になった。

「ああ、実はだな……この、バイサーの件でだ」

「はぁ……」

 そういえば、そうだ。俺はあそこに居るはぐれ悪魔……バイサーだったかと一戦やって気を失ってここに来たんだったな……。

 

「そ、そういや……体が、元? に戻ってるけど……」

「ふむ……やはり、あの姿を見たか……いや、見ていないわけがないか」

 そう言うと老人はしばらく思い悩んでいたようだが、決心したのか話し始めた。

 

「そうそう人間に話していいものではないのだが……身内が世話になったのでは仕方あるまい。バイザーはな、危うく”はぐれ悪魔”になりかけていたのだ」

「はぐれ悪魔……ですか」

 一応、はぐれ悪魔についてはそれなりに知っているつもりだけど……詳しくは思い出せないので、そのまま聞いてみる。

 

「まぁ……”はぐれ悪魔”とはな、簡単に言えば下僕となった悪魔が主人を殺す、あるいは主人の元から独断で離れ、己の欲望のままに力を振るうことによって醜い存在になった者の総称だ」

「ほぉほぉ……ん?”なりかけた?”とは?」

 なりかけ……ミーナさんとかはどうなんだ? ミーナさんもはぐれ悪魔になりかけだったのか?

 

「はぐれ悪魔に完全に成り下がるにはな、己の欲望を開放……いや、欲望を叶える……といえばいいのだろうか……私にもよく分からん。だが……一つだけ、一つだけ言えることがある」

「一つだけ……ですか」

 つまり、はぐれ悪魔に成り下がる……つまり、化けモンの体になるにも、行程を重ねる必要があるのか。それで、俺が成り下がる所を奇跡的にとっちめたから、今もこうやって普通に居られる……とか、そんな感じなのだろうか。

 

「まず……私の見てきたはぐれ悪魔は、人を必ず殺していたな。それも主人の元を離れた後にだ」

「つまり、主人の元を離れて人を殺したらはぐれ悪魔に完全に成り下がると?」

 そう聞くと老人は顔が更に難しい顔になった。

 

「いや……はぐれ悪魔になった後、人を殺していたのもいる。だから……確実にそうとも、言えん」

「なるほど……」

 つまり、欲望を満たす、または人を殺すとはぐれ悪魔に完全に成り下がる……のか?初耳だ。

 

「えーと……つまり、なりかけの所を俺が縛り上げて更にそこを貴方が見つけて何とかなった……と?」

「まぁ、そういう所だ。いやしかし、危なかった……いきなり逃げ出すものだからな。まさか人間を襲ったとは……申し訳ない」

 そういいながら、おじーさんは俺に頭を下げる。

 

「いやいや、大丈夫ですよ俺は。いいもん見してもらいましたから……なぁ、オニ?」

 そう俺がオニに振ると、オニは思い出し笑いをしながら頷いた……まぁ、気持ちは分からんでもない。

「ああ、サイコーだったぜ……見張りの時間は特に……おっと、何でもねェっす」

 ほう、見張りの時……ねぇ?

 

「まぁ、後で詳しーく、事実をありのまんまに、その時の話を聞かせてもらおうか。なぁ?」

「へ、ヘイ……」

 睨みを効かせると、オニは少し恐縮したような様子を見せた。よしよし、これぐらい大人しくしてくれよ戦闘の時以外。

 どうもオニはまだまだ教育が足りないようだ……いつか絶対矯正させてやる。

 

「ああ、そうだ。確か、そこのバイサーさんから話を聞いたんですが……」

 確か、バイサーさんはここから逃げたんだよな? 確か数日間飲まず食わずの監禁とかそんなので。それで、どうして監禁された当の本人は平然と飯食ってるんだ?

 

「ああ、その話はな……その、なんだ。あまり……身内の恥は晒したくないのでな。なぁ?」

「ええ、まぁ……他人にそうそう事情を話すわけにもいかないし……」

 そう言うと、二人は二人の中では自己完結したのか、それぞれ飲み物を手に取り、食事を再開し始めた。

 ……なんか様子がおかしいな。何か俺に隠してるのか?

 オニを手招きでこちらに引き寄せ、しゃがんで二人に聞こえないように囁く。

 

「……なぁ、明らかに怪しいよな」

「なンか隠してますよね、明らかに」

「探るか?」

「勿論」

 意見がまとまったのでお互いに席に就き、何事もなかったかのように食事を再開する。うん、改めて出てきたスープがうまい。

 

「まぁ、仕方ないですねー。本人達が納得してるんだから。それだったら俺等被害者に話す必要はないですもんねー……仕方ないなー、オニ」

 そう言うと、オニも俺に続いてオーバーなリアクションで話し始めた。

「仕方ねェよなぁ~……テメェにとって被害者にすら話せねェぐらい都合が悪ぃんじゃ、話せなくても仕方ないよなぁ?」

「まったくだな、だから俺等は泣き寝入りして、飯食ってさよならだもんなー……ああ、世の中は寂しい」

「心狭い世の中になったもンだぜ」

 そしてとどめに二人でハァ……と同時にため息を付き、淋しそうな顔つきで食事を再開。カチャカチャと俺とオニの動かすフォークやスプーンの音だけが響き渡る。

 

「――ッ!ああもう、話せばいいんでしょ話せば!!」

 と、ここでこの空気に耐えられなくなったのか、バイサーさんが机をダン!と叩いた。

 よし、何とか聞き出すことに成功だ。

「いい?絶対に笑うのは禁止よ!」

 その言葉を聞いた俺とオニは、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。

 

「待ってましたよその言葉ァ!」

「聞かせてくだせェ姐さん!」

 調子づいた俺等を見て、バイサーさんはちょっと引きつった笑顔を見せながら”後で覚えてなさいよ……!”とか言ってるけど、気にしない気にしない。

 

「私はあまり覚えてないけど、確かあれは―――」

 

 

 

 

                       ※

 

 

 

 

「―――というわけだったのよ」

 語り始める頃にはバイサーさんは恥ずかしいやらんやらで疲れきった表情になっている。

「へ、へぇ……そうだったんですかー。知らなかったなーオニ」

「オ、オゥ」

 そんな話を聞いた俺はなんとも言えぬ反応を見せていた。なぜなら……その、”これ絶対ウソだろ”とかそれに近い感じだ。

 俺等の聞いた話がどんな感じかというと――

 

                         ※

 

「なぁ、バイサー。そろそろお前もレーティングゲームに参加できるぐらいにはなった」

 老人……ここでは閣下としておく。閣下がレーティングゲームの話を持ちかけたらしい。何でも、そろそろ十分に悪魔としては成長したらしいからだ。

 

 だけど、その時バイサーさんはワインを飲んで結構酔ってたもんだから

 

「え?んー……レーティングゲームね。最近は米ドルより豪ドルが狙い目だし」

 と、噛み合ってない会話をし始めたらしい。しかも、なぜか世界為替の話だと勘違いして。

 

「……何の話だか分からんがまぁいい。で、そろそろお前にもレーティングゲームに向けてそろそろトレーニングをするべきだと思ってな」

「んー?トレェニング?」

 ここでようやく、イサーさんの脳内では、世界為替からトレーニングの話に切り替わったらしい。 

 

「そうだ。まずは何から鍛えるかを考えていたんだが……」

「トレーニングはね、忍耐が基本じゃない」

 

「まぁ、そうだな……それではまず何を耐える?」

「食制限しなきゃー駄目でしょ、食制限」

「食制限……ふむではどれくらい減らすか」

 

 閣下がそう言うとバイサーさんは即決で、胸を張って答えたそうな。

 

「思い切ったほうがいいわよやっぱ。どうせ悪魔なんだし」

「……いいのか?後悔すると思うが……」

「するくらいならしない。これ大事」

「……そうか、そういう考えも悪くはない。では期間はどうする?」

「1ヶ月続けて変化が見られないなら駄目ね」

「……大丈夫なのか本当に?」

「あーうんうん、大丈夫だから。思いっきりキツくして一回絞ればいいのよ」

「そうか、では明日から始めるとするか……」

 そう言うと閣下とバイザーさんはグラスに互いにワインを注ぎ、飲みかわしたそうな。

 

 

                       ※

 

 

「……で?レーティングゲームの訓練の話をしていたのに、持ちかけられた当の本人は、自分の主のトレーニング……つまりダイエットの話と勘違いして? 更にその話をその後飲み過ぎたせいで忘れ? 二日酔いに苦しんだ挙句?10日でギブアップして? 様子を見に来た所を脱走した……と」

 ……なんだろうか。

 仮にも、仮にもだ。俺は、下手をしたら死んでいたかもしれない相手と、戦っていたわけだ。その相手がとってもおマヌケだと知った時に走る、この情けなさや虚しさや悲しさやアホらしさは何なんだろうか。

 

「……なぁ、オニ。俺達、何と戦ってたんだろーな……」

「何スかね、兄貴……」

 俺とオニは今度こそ本物のため息をついた……。

「だから話すのが嫌だったのよ……ッ!」

 バイサーさんは、悔しそうにしながらも俺等の反応に、更に自分のした行為が恥ずかしく思ったのか、余計顔が赤くなっている。

 

「あー……うん、俺も聞かなきゃよかったと今初めて思い始めました。好奇心猫を殺すってホントだったんですね」

「くっ……やたら素直なのが腹立つっ……!」

 歯ぎしりをしながら顔芸されても威圧感も何もないですよ、ハイザーさん……っと相手をおちょくるのもここまでにしよう。そろそろ家に帰らなければ出席単位が大変なことになる。

 

「あー、そろそろ御暇させていただいます。大量のごちそうをありがとうございました。ほら、帰るぞオニ」

「ん?ああ、あいよ」

 俺とオニは席を立ち、二人に対して深く礼をする。一宿一飯の恩義というやつだな。

「いや、私の部下を助けてくれたのに対してこの仕打ちですまない。またいつか暇があったら歓迎しよう」

 

「いえいえ、こちらこそ色々とやってしまって……その、料理とか」

 今思えば、かなり汚い食い方でテーブルを汚しまくったし、オニに対してあれこれ言ってたのが情けなくなってくる。

 

「なに、コックが最近食の細い私の料理だけでは作りがいがないと嘆いていたのでな。久しぶりの客を招いての食事だ、満足していることだろう」

「なるほど……では、またいつか食事をする時を楽しみにしてますよ。えっと……」

 ……そういえば、名前をまったく聞いていなかった。なんだろうか、ルシファーとかそういう名前だったらどうしようか、いや確かこの世界だとルシファーって名前は受け継ぐんだっけな……?

 

「失礼、名を名乗り忘れたようだ。私の名はペオル・ベルフェゴールだ。名も知られぬ没落貴族の名前で良ければ覚えてくれ給え」

 そう言うとペオルさんは席を立ち、一礼した。この一礼自体に、何か一つの大きな意味があると思えるほどの堂に入った動きに俺も思わず頭を下げてしまう。

「ああ、すんません。俺も名乗り忘れていました。若葉 啓介です、ペオルさん」

「なるほど、若葉 啓介か……良い名だ」

 そう言いながらペオルさんはそのまま歩き、手招きをしている。どうやらついて来いという事らしい。

 

「玄関へ案内しよう……と言っても場所が場所だ、きちんと送らなければなるまい」

 場所が場所……? そういえば、ここが何処にあるかまったく聞いてなかったな。

 

「ええと……ここは、その……人間の住む場所じゃなかったりします?」

 そう言うと、ペオルさんは頷いた。

「貴族でも有力になると人間界にも隠れ家を作るが……生憎、私はそこまでの身分ではないのでな」

 ……そうか、そうだよな。悪魔の貴族が住む場所って言ったらそりゃ――――

 

「ここは冥界、堕天使と悪魔が未だに覇権を競い争う世界だ。私の連れや私の案内なしでは人間界には帰れん」

「ああ……で、ですよねー」

 薄々気づいてたけど……俺、冥界に居たのね。




すいません。はい、申し訳ありません。

またもや3日に1度の更新ペースを破ってしまいました。どうも最近忙しくなってきてしまい……推敲に時間が裂けなくなってきました。もう少しで最新話に届くので、このまま3日に1度の更新でいきたいと思います。

さて、とうとうケースケ君も冥界入りです。なんか、色々と行程が飛んでいる気がしなくもないです。冥界に入ったケースケ君はどうなってしまうのか、乞うご期待ください。


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第23話:カチコミ、IN冥界

「ここは冥界、堕天使と悪魔が未だに覇権を競い争う世界だ。私の連れや私の案内なしでは人間界には帰れん」

 まぁ、薄々とは気づいてたさ、ここが人間界じゃないってことぐらいはさ。

 

「あー……まぁ、ここが人間界じゃないってことはまぁ、薄々勘付いてました」

「ふむ、ならば話は早い。外ではあまり私のそばから離れないようにしてくれ給え」

 そういうとペオルさんは、スタスタと中庭を歩いていく。俺もそれに続くが、いま少し思い出したことがある。

 

 ここは冥界で、堕天使勢力もここにいるんだよな? 確かレイナーレさんは”上に内緒で”インなんとかさん……じゃない、アーシアっていうシスターさんからセイクリットギアを抜き取ったわけだ。つまりは元々上司に知られてはいけない、または知られては不味いこと、ということだよな?

 

 ということは、俺がレイナーレさんの密かに行っている計画を、その上司に洗いざらい暴露したらどういうことになるんだ?これがとても気になる。もし、部下の命を大切にする上司とかだったら、運がよければレイナーレさんの計画をぶっ潰した後に、命ぐらいは助けてくれるんじゃないだろうか。

 

 もしそうだとしたら、俺の計画はかなり楽になる。どのくらい楽かといえば、最初から各宝石を5個ぐらい持ってメガテンストーリー始めるぐらい楽だ。とりあえず、人間界に戻る前に堕天使勢力の本部的なところに行くことにしよう。

 

「ペオルさんペオルさん」

 俺がペオルさんに話しかけると、ペオルさんは歩きながらこちらを見ずに返す。

「何かね」

「万万万が一、はぐれたら大変なことになるので合流地点みたいなところを決めませんか?」

 

 これは無論きちんと合流するためであり、実際にペオルさんとはぐれたら俺が無事に人間界へ帰れる確立が皆無に等しくなるからだ。

 まあ、やろうと思えばリアス先輩のお家にお世話になるという手も無くは無いけれど……多分、無理。

 

 俺の質問に対して、ペオルさんは少し考えた後、何かいいアイデアでも浮かんだのか、こちらに振り向いて答えた。

「ふむ、ならば……冥界には有名な待ち合わせスポットがある。そこを待ち合わせに使うとしよう」

「待ち合わせスポット?なんですかそれ」

 分かりやすいところでいくと忠犬ハチ公の像があるところみたいな感じか?

 

「一度見てみるといい。君を帰すついでに冥界の名所を少し覗きに行く予定だ」

「名所ですかー……」

 どんな場所なんだろうか。

 もしかして、冥界版ス●カイツリーとかそんな感じなんだろうか? いや、そもそもあれは電波塔だから、冥界にTVでもない限り無いよな……?

 

 

                     ※

 

 

「ここが、冥界で一番有名な場所だ。ここを合流地点にするとしよう」

 そういいながらペオルさんが連れて来たの、は日本人ならおなじみ、あの有名な犬の像があるあの場所―――ってオイ。

 

「これ完全に忠犬ハチ公じゃないですか……」

 そんな俺のツッコミをペオルさんは華麗にスルーし、この像について解説し始めた。

「この像は魔犬マガ公と呼ばれていてな、人間界にも似たような像があるらしい。奇しくも人間界にある像とこの像は元々ある悪魔とある魔犬の話が元になっていると聞いている。なんでも昔、禍々しい魔犬と禍々しい悪魔がいてな、その一人と一匹は毎日魔ブ谷を散歩するのが日課で――――どうしたのかね? 疲れきっているように見えるが」

「いえ、冥界ってそういう意味の冥界だったんだな……って」

 

 もしかして、ここの初代あたりの魔王はこの世界を獲得するために、つるはしのような形をした破壊神を2~3回ぐらい呼び出したことがあるんじゃないだろうか。

 

「……?まぁいい。疲れているのなら何処かで、休みを入れるとしよう」

 あんまりにも俺がくたびれている様に見えたのか、ペオルさんは気を利かせて近くで休む場所を探し始めたので、ここはご好意に甘えて――――じゃない。

 とりあえず、第一目的は堕天使勢力の基地か何かを探すことだ。もし見つかったとしても、レイナーレさんの上司には会えないかもしれないけど、それは見つけてから考えればいい。

 

「あ、いえ大丈夫ですよ。それと……もしはぐれたとして行ってはいけない場所とかありますか」

「ふむ……ここら一帯は特に危険ではないが……いや、一つ。一つだけあるな」

「ほうほう、なんでしょうか」

 堕天使勢力の駐屯地とかだったらいいなー。本部が何処にあるか分からないし、きわめて優しく親切に問いただせば教えてくれるかもしれない。

 

「ここから東……といっても方角は分からないだろう、ここから左に20キロほどいくとな」

 そういってペオルさんは真剣な顔をして、東らしき方角を指差す。その表情からして、余程重要な事のようだ。

「ふむふむ」

「堕天使の本拠地がある」

 

 堕天使の本拠地がある、と。なるほどなるほど、随分危ないもんだなぁ……って

 

「いやいやいやいや!え?堕天使の本拠地ここから左折20km先!? 近っ!?」

 俺の動揺するのを見つつ、ペオルさんはさらっと答えた。

「冥界は意外と手付かずの地がほとんどでな、私達も好き好んでここに住んでいるわけじゃないさ。今は停戦中とはいえ、相手もうかうかと手出しはしまい」

 ほうほう、そうだったのか……なかなかに肝が据わってるんだな、ペオルさん。そこら辺は貴族の貫禄といったところだろうか。

 

 なんとか堕天使の本拠地を知ることが出来た。とりあえず、今の目標は堕天使の本部に乗り込んで堕天使の偉そうなのと会う事。よし、この目標を達成するとしよう。

「まあ、人間相手に堕天使が何かをするということもないだろうが……私達悪魔と接触したことが判ると、最悪殺されるかもしれない。そこは忘れないでくれ給え―――ん?」

 

 俺の壱百八ぐらいあるんじゃないかという秘技の一つ、”一般人に紛れる”を使い、ペオルさんの視界から消える。ペオルさんには悪いが、ちょっと堕天使の本拠地を見てこよう。

 

「おい、オニ。聞こえてるだろ?ちょっと出入りするから準備しておけ。それとドワーフ、例の頼んでおいたブツは出来てるか?」

『おうよアニキ!出入りだって? 久しぶりだぜェ、腕が鳴るってェもンですよ』

『ワシを誰だと思っておる?神の武器をも作る職人じゃ、あんなもんすぐに出来たわい。しかし中々に面白いカラクリじゃのぉ……お主の注文も中々に興味深い仕様だったがの』

 

 COMPの中のオニとドワーフの準備は万端らしい。なら、俺の準備も万端だ。早速堕天使本拠地へと歩みを進めよう。

 

 

 

                       ※

 

 

 

「……よし無事拠点前に進入成功」

 20kmほど歩くと本当に到着。足が重くなり始めているが、それくらいで音をあげてる場合じゃない。拠点前といっても、見張りもいなければ、見張り台の一つも見当たらない……停戦中、なんだよな?一応。

 道中も同じく、詰め所とか見張りとか、そういったのは何も無かった。

 

 これは逆に怪しい。これは、余程自分達の腕に自信があるということなのか。それとも、こうやって安心させた所を罠で嵌めるとか、またはここはダミーで嘘の情報が流れてるとかか?いずれにせよ、何かあるっていうことは確実に分かる。

 でも、進むしかない。何か一つでも成果を得ないとわざわざ20kmも移動した意味が無いからな。

 

「おーいオニ、スタンバイ。あとドワーフ。例のブツはどうやったら取り出せる?」

 とりあえずオニを召喚し、ドワーフも召喚しておく。どう作らせたブツを取り出すのか、それと使用方法も気になるところだ。

 

「うむ、これがお前が依頼した品じゃ。もう一つは今はまだ渡さない方がよいか?」

 そういいながらドワーフが俺に差し出してきたのは10本近くある筒。筒といってもダイナマイトとかそんな危なっかしいものじゃないぞ?もっと平和的に使えるものだ。

 

「サンキュー。んじゃ、荒事は俺とオニに任せてくれよ」

「ワシももう少し若ければのう……」

 そう言いながら少し残念そうに、ドワーフはCOMPに戻っていった。もう少し若かったら、どうするつもりだったんだ……もしや一緒に参戦するとか言い出すんじゃないだろうな。

 

「アニキ、これからどうするンで?」

 一方のオニは随分と楽しそうにしている。最近まともな戦いがないからか?いや、まぁ戦闘になる確率はあるかどうか……結構低いと思うし、戦闘起きたら相手次第では死にそうだよな……。まぁ、どうにかなるんじゃないだろうか。いざとなれば、ここで無理矢理レベルアップするっていう手段もある。

 

「とりあえず、普通に入るか。普通に。いざとなったら、だからな? 戦ったりするのは」

「ヘイヘイ、分かってますよ」

 オニは了解した、といってもやはり血気盛んだな……まぁ、一応俺の命令は聞いてくれるからこのまま召喚してたって大丈夫だろう。

 

「しっつれーしまーす。誰かーいませんかー」

 ドアを開け、とりあえず入り口に入って呼びかける。

「…………」

 返事が無い、ただの留守のようだ……いや、そんなこと思ってる場合じゃない。

 困った、これは予測外の出来事だ……どうするかな。まさか、誰も俺が入ってきたことに気づいてないって事じゃないだろうな?

 それとも、本当にここはダミーで堕天使の本拠地じゃ無かったって事か?

 

「と、とりあえずどうするかなー……うーん、困った」

「やっぱ間違えたンじゃねぇっすか?」

「いやでもなぁ……周りになんもないし、ここだと思うんだよなー」

 うーん、どうしようか。どうする? やはりここは、最悪の結果を予想して用意したものを使う予定がありそうだな――――

 

「アニキ、とりあえず奥に……」

「あ、ちょい待ち。その前に」

 とりあえず奥に言ってみる前に、ドアを無理矢理蹴ってドアの止め具を壊し、ドアを倒す。辺りに、ドアの倒れる大きな音が鳴り響き、遠くまで響いたようだ。

 

「よし、じゃあ行くか」

「イヤちょっと待てやアニキ」

 俺がスタスタと奥に進もうとするとオニが呼び止めてきた。なんだ、兄貴分に対する口が相変わらずなっていないなコイツは。

 

「どうした、進むんだろ?」

「イヤイヤ、それよりなんでドア蹴り破ったンすか!?」

 オニが慌ててドアの方を指差すが、俺は特に見向きもせず避難用のときの地図を見て、階段を探す。なるほど、ここから階段はそう遠くないなー。

 

「いや、だって……出入りだろ?これ」

 俺がそう返すと、オニは何か納得がいっていないのか、やたらオーバーな手振りで返してきた。

「出入りって……ここまでガキ臭ぇことやるもンじゃあねぇでしょう」

「いいから、行くぞ」

 

 そう言いながら俺は廊下にある、あの赤い懐かしい防災ベルの非常ボタンをプラスチックの部分を拳で破壊し、スイッチを押すとけたたましい音があたりに鳴り響く。うん、プラスチックが綺麗に壊れて気持ちいい。

 

「今の音は……!?」

 ここで、流石にこの騒ぎに反応したのか誰か……といっても堕天使だろう。が、駆けて来る音が廊下から聞こえてきた。

「どうすンですかアニキ!見つかっちまいますよ!」

 オニはやたら焦った様子で俺に耳打ちする。やれやれ、まだまだこういう経験を積み足りないなコイツは。

「焦るなって。よし、それじゃ……」

 

 用意した筒のピンを抜き、音のした方向へと投げつけると、僅かな鈍い爆発音と共に、ここまで来るほどの濃い煙が立ち込めた。凄い煙幕だな……流石だ、ドワーフは良い仕事をしている。

 

「な、なんだこの煙はっ……?」

「何が一体どうなってる!?」

 いきなりの防災ベルが鳴り響いたのと、あたり一面の煙に戸惑っているらしく、こちらに向かってくる様子はないようだ。ハハハッ、久しぶりにこういうことやったなぁ。

 

 俺は楽しそうに笑いながらオニの方を振り向く。

「何事もたのしまねぇとな?オニ」

「まぁ、それだけは同感ッスけどねェ」

 そんなやり取りをしつつ、煙幕に気を取られているであろう堕天使達を尻目に階段を上り、また途中で目に付いた防災ベルを片っ端から鳴らし続ける。気分はさながら小学生の悪ガキだ、だがとても楽しい!

 

「とりあえず派手に荒らすぞオニィ!」

「オウよアニキィ!」

 そう言いながら、適当な階に煙幕を張りつつ階段を駆け上る。

 

「何だ!何が起こっている!?」

「どうやら何処かで火事が起こったらしい!」

 何も知らない堕天使AとBは、あまりの煙に火事が起きたと思っているらしい。いいぞ、このまま混乱に乗じて一気にお偉いさんの所へたどり着こう!

 

 しばらく階段を駆け上がり続けて、目に付いた男用のトイレの個室2つに俺とオニは忍び込んだ。

 

「とりあえず、ここで少し様子を伺おう。どうもお偉いさんみたいなのが何処にいるかわからんし、一番上に居るかと思ったけど、上に全然着かないし」

「いやアニキ、地図を見てたじゃないッスか。あれに書いてあったんじゃあないッスか?」

「残念だな、あれは一階の大雑把な見取り図だ。全くわかんねぇ……っと、誰か来た」

 足音がするので静かに音を殺す。飯を食った後走ったせいか腹が痛いが我慢だ。

 

 どうやら、廊下に2人いるようだ。その証拠に、2人分の足音と声が聞こえてきた。

「なにやら、下が騒がしいな」

 一人は男らしい。声と口調だけで判断するとしたら、真面目そうだ。それに続けて、もう一人が返し始めた。

「ん~? 非常事態だったらここに連絡が来るはずだから特に問題ねぇだろ」

 もう一人は、口調が軽い男だ。

 真面目そうな方は、さっきまでの騒ぎに疑問を抱いているが、こっちの軽い方はどうも危機感が薄いのか、特に何も思っていないようだ。

「だとしてもこの騒ぎは異常だろう」

 真面目そうな方が軽い方にそう返す。どうやら、このままやり過ごせそうだ。

 

 声からして、二人ともそれなりに若いな……もしかしたら軽い口調の方がここの幹部だったりして。いや、流石にないよなーそんなの。ありえないありえない。

 

「んじゃ、騒ぎの本元を確認するか?」

「ああ、そうしたほうがいいだろうな」

 そう言いながら、足音と声はまだこの階から聞こえてきている。

 うーん、さっさと下の方に行ってくれないものだろうか、ちょっと催してきた。音を立てるような行為はしたくないんだよなぁ……。

 

「っと、その前に出すもん出してくる」

「全く……では先に下に向かっているぞ」

「おう」

 そんなやりとりのあと、足音一人分がこちらに向かっている。さっきの会話から察するに、口調の軽い方だ。

 不味い、これは不味い。ディ・モールト不味い……済ませる方がデカイ方じゃありませんように。今、二つしかない個室は俺とオニが使っているからな……。

 

 そんなことを考えているうちに足音はトイレに入ってきた。デカイ方ではありませんように、そうではありませんように。

 そう祈っていると、祈りが通じたのか足音は小さい方へと向かっていき、チャックが降ろされる音がする。

 

「ふぅ……」

 そんな声といっしょに小さい方の音が、静まり返っているトイレの中に響く。ああ、何が悲しゅーてこんな音を聞かにゃならんのだ。

 

「……なぁ、居るんだろ? さすがのアイツも騒ぎの本元がトイレの個室に隠れてるたぁ思わなかったみてぇだが」

 おもむろに、軽い口調の男がこちらに話しかけてきた。どうやら俺等が侵入者だとバレているらしいな……ここはシラを切るべきだろうか。

 

 男は。無言で黙り込む俺等を見透かしているかのように更に話を続ける。

「今は俺の部下がやられた、なんて話が一切ねぇから俺はお前にこうやって話している。目的はなんだ?」

 ”今は”ってことは後々怪我人が出てきたら俺らを敵と認識するってことか……これ以上の沈黙は危険……か。

 

「フフフ……フハハッ……ンフッ、ンフハハハハハハハハハッ!」

「ちょっ、ア、アニキィ!?」

 オニが何か驚いているが気にしている場合じゃない。とりあえず、相手に舐められないようにそれなりの態度で返さんと。

 今やっているのは俺の壱百八ぐらいあると思う秘技の一つ”3段笑い”だ。ただの悪役がよくやる笑い方をモノマネしてるだけとかそういうのは言わないお約束だぞ!

 

「よくぞ私がここに潜んでいると見抜いたな! その観察眼、恐れ入る。では私もそろそろ次の行動に移させてもらおうか」

 そう言いながら俺は便座からすっくと立ち、大きく深呼吸をする。そしてジーンズのチャックを開けると、その音がトイレに鳴り響く。

 

「ア、アニキ?」

 ここで、オニが俺に話しかけてきた。なんだ、俺の神聖な儀式を声で邪魔してからに。

「今俺は真剣なんだ。余計なことを言って俺の集中力を絶やさないで欲しい」

「イヤイヤイヤ、今ジーンズのチャックを下ろす音がしたと思うンッスけど!?」

 オニが俺の行為にいちいち突っかかってくるので、今からすることをはっきりと言ってやらんといけないようだ……やれやれ、手のかかる舎弟だ。

 

「当たり前だ、俺は今からクソをする。止めれるものなら止めてみろ! 俺はもう便座に座り直しているぞ?」

「よくもまぁこンな状況で出せるもンッスねぇ!?」

 余計なお世話だ、生理現象を止められる人間なんて、世界中のどこにも居ないだろうに……むっ!?こ、これは!

 

「不味い……規模が俺の予想外だ……単純に言うとスッゲェ太い」

「ンなことこっちに実況しなくていいッスから!」

 オニがやたらと俺にツッコミを入れてきているが、今はそれに反応する余裕すらない。

 ま、不味い……これは、下手をしたら裂けるかもしれない。クソッ、料理がうまいからってあそこまでたらふく食うんじゃなかった!!

 

「あー……なんでこんな時に催すかね、マジで。こんなことならここ来る前に済ませればよかったわ……料理が美味すぎるのがいけないんだ、そうあの料……」

 そう言った所でふと、違和感を覚える。何か、とてつもない事を忘れている気がしてならない、そんな違和感だ。

 

 何か――とてつもない――――

 

 

 

「あっ」

 ”アレ”を思い出してしまった俺は、うっかり声に出してしまったが、それどころではない。

 思い出してしまった。思い出してはいけない、あの禍々しい物を。触れただけで激痛を起こす、あの禁断の物を。

 

「アニキ?どうしたンすか?」

 オニが、今の声に対して並々ならぬ”何か”を感じ取ったのか、さっきとは違う声のトーンで俺に話しかけてきた。

 

「オニ……いいか?決して、決して慌てるな。これを聞いた瞬間、お前は絶望するかもしれないが、パニックは起こすな。いいな?」

「あ、ああ」

 さっきとは違った俺の声と口調に、オニもかなり焦ってきているようだ。だが、これはオニにも起こるであろう災い。俺はその災いをオニにも告げなきゃならない。

 

「聞く覚悟は出来たか?」

 しばらく、時間を置いてオニに覚悟を決めたかどうかを問うと、すぐに帰ってきた。

「勿論。俺ァ何が起きたってぇアニキに付いてくぜ」

 頼もしい限りのオニの答えが聞けて満足だ。

 だから、俺は告げなきゃならない。あの恐怖と苦痛を、これから確実に来る災いを。

 

「よし、じゃあ言うぞ。俺等――――」

 ここで、少し震えてきた。これから起こる災いが怖くて、だ。だがそんな程度で震えてちゃ、オニの兄貴分失格だ。

 震える声を無理矢理押さえ、勇気を奮い立て俺は、言った。

 

 

 

 

「―――俺等、ここに来る前に激辛スープ飲んじゃってるよ……」

 あの激辛スープのせいで、もし裂けたら絶叫では済まされないぐらいの苦痛が訪れるかもしれない。下手をしたら最悪、あまりの苦痛に失神するかもしれない。

 ああ、なんという恐ろしい災いなんだ!

 

「ちょ、オニ。ヤベェよこれ!」

「アニキ……俺、帰っていいッスか?」

 焦りに焦っている俺に対してオニはやたら呆れ返った声で返す。ここまで兄貴分への思いやりがないとは……いや、そんなことを考えている暇はない。もうすぐそこまで来ている特大サイズの爆弾をどうにかしなければ……っ!?

 

「あ、いかんこれもう出る」

「えっ」

 俺の一部に熱いものが集まっていくのを感じ取る。これは……間違いなく、”奴”だ。激辛スープの辛さはまだ残っているようでかなりの激痛が俺の体を支配する。

 

「――――っ!?」

 声にならない絶叫がトイレに響く。そして、”奴”はとうとう顔を出して――――

 

 

                        ※

 

 

「勝った、俺は苦痛に打ち勝ったぞ……」

 結果的に言えば俺の門は奇跡的に破壊されることは免れた。多分俺の今までの人生でかなりの危機を乗り越えたといっても過言ではないだろう。

 大きく深呼吸をする。大きな安息が俺に訪れる。よし……さっきまでの緊張もほぐれた。

 

「よし。オニは一回戻ってくれ、俺だけでいいだろ話をするのは」

「アニキ……いいんすか?」

 オニは俺を心配しているようだが、俺はなんも問題ない。むしろオニの様子を見られる方がアレだし。

 

「安心しろ、お前までクソをし始めたらキリがないからな」

「ヒデェ!?」

 そんなやりとりをしつつオニをCOMPに戻す。

 とりあえずどんな奴かも分からんけれど、さっき”俺の部下”とか言ってたしおそらくはそれなりに高い階級なんだろう。話をしてみるのも悪くはないかもしれない。

 

 そう思いつつ俺は個室のドアを開けると、さっきまで空気と化していた男がそこには立っていた。なんというか、さっきまでのやりとりを聞いて気が抜けた顔をしている。

 とりあえず、自己紹介とまではいかなくても名前は名乗っておこう。 

 

「えー、私、人間、若葉啓介。コンゴトモヨロシク……」

 定型文となったような挨拶と一緒に軽い会釈をすると、男もさっきと変わって気を取り直して名乗り返してきた。

「俺の名前はアザゼル、堕天使どもをまとめている。気軽に総督と呼んでくれ」

 そういうとアザゼルさんの背中から、6対と12枚の黒い翼がトイレの狭い部屋の中に広がる。ちょっと小便器に翼の先っぽが当たってそうで嫌だ……じゃない。

 

 

 いきなり堕天使の頭と出会っちまったよ、コマンド?




どうも、私です。

ようやっと最新話になりました、相変わらず迷走していますね、ケースケ君。

そして、今回から更新ペースが3日に1度から不定期更新となります、ご了承ください。現在次話を鼻づまりと鼻炎に苦戦しつつ絶賛執筆中です。

いきなりアザゼル総督にエンカウントしたケースケ君がどういった行動をとるのか。

次回、『挨拶代わりは拳の交わり』。乞う御期待ください。








サブタイトルは流石に嘘ですよ?


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第24話:喧嘩をしたら仲直り

 とりあえず、今の状況を確認してみよう。

 俺がはぐれ悪魔ことバイサーさんをとっちめたら、疲労によりダウン。その後、ペオルさんの下僕に連れてこられてあのお屋敷に。

 それで冥界の名所、魔犬ハチ公を紹介してもらったあと、左折して20km進んだら堕天使の本基地。しかも初めてエンカウントしたのがどうやら一番上の人。

 

 どう考えても、御都合主義でもそうそう見ないパターンだなこれ。物事がトントン拍子に進みすぎていて、逆に怪しい。

 もしかしたら、これは俺を嵌める罠かもしれない。その可能性が万万万が一ということもあり得なくは無いし、下手に相手の要求を全部呑むよりは、こちらもその要求のいくらかを呑む代わりにいくらかこちらの提案を呑んでもらったほうがいいかもしれないな。

 

 何にせよ相手は堕天使だ、油断の出来る相手じゃないだろう。今目の前にいる相手だって、一番上の頭というのも実は嘘で、影武者か何かかもしれない。

 そう思いながら、俺は目の前にいる自称総督に話しかける。

 

「&M%G#ZZ>T?」

「……?」

 どうやら、何を言っているのか分かっていないらしい。”何を言っているんだコイツは”とでも言いたそうな顔だ。

「DTO、&M%G#ZZ>TS($S>K)」

「すまん、確か若葉啓介とか言ったよな?名前からして―――日本人か、なら日本語で頼む」

「……ああ、そうか。こうしないと聞き取れなかったか」

 うっかりしていた。ついついピクシー達と話す時みたいになっていた。相手はピクシー達とは違うんだったな……そういえば、ピクシーと最近話をしていない。たまにはリリムに血を吸わせたり、ガルムを風呂でシャワーしてやったり、エンジェルと話をしてやったりするのも悪くないな。

 

「何の言葉で話していたかは知らねェが……で、何の為にここに来た?」

 さっきまでとは打って変わった調子でそう俺に尋ねる。

 堕天使の総督だからか、物凄いオーラというのか、圧力を感じる。俺が計れるようなレベルじゃないのは明らかな、それもはぐれ悪魔程度じゃ比べ物にならないくらいだ。

 

 仮にこれが影武者だとしても、影武者でこの程度ということになる。間違えてでも刺し違えたりしたくはないな。

「……やめとけ、お前じゃ俺には勝てないぜ?」

「えっ?あ、ああうん」

 そう言われて、俺は初めて自分が知らぬ内に臨戦態勢に入っていたことに気づく。駄目だ、これじゃあ相手に舐められる。気をしっかり保て、俺!

 

「えーっと、で。ああ、そうそう。俺がここに来た理由?だったっけな……」

 落ち着いて俺は今居る相手に伝えたいことを頭の中でまとめる。えっと、確か―――

”レイナーレさんがやらかして魔王の妹に喧嘩を売りそうだ”と伝えればいいのか?

 待て待て、落ち着け俺。レイナーレさんの名前を出したところで、名前を知らない場合だったらどうする。それに、大雑把過ぎる。こういうことは事細かく伝えないとおかしな風に認識されそうだ。

 

「あー……ちょい、ちょい時間ください。用件が上手く纏まらないんで」

「いや、普通そういうのは考えてから来るもんだろ」

 ごもっともな意見だが、そうもいかない。こちとら時間が無い、こうしている間にもイッセー先輩がアーシアさんに出会っているかもしれないんだ。頭を余計なことに動かす前に体を動かさないと。

 

「いやぁ、まさか入り込んでいきなり出会ったのが、一番上の総督……だったか。総督に出会うとは思わなかったもんで。誰も普通にトイレで出くわすとは思いもしませんがな」

「ああ、まあそりゃそうだろうな」

「ご理解いただけてどうも」

 なんとか理解してもらったので、急いで伝える用件をまとめよう。簡潔に、早急に分かりやすい言葉で、だ。

 

「えーっと、まず。レイナーレっていう堕天使を知ってます?」

 俺の質問に対して、アザゼルさんはしばらく思い出そうとして考え込むことおそらく10秒。

「いや、聞き覚えがねえな」

 なんということでしょう、レイナーレさんは上司に認めてもらってそれなりの階級を目指すために、アーシアさんからわざわざセイクリットギアを抜き取ったというのに、名前すら覚えられていないとは。なんというか、少しだけ同情したわ。

 

「あー、んじゃそういう堕天使がいるというのは覚えていてください。んで、その堕天使がですね。どうもセイクリットギア所有者を巡って悪魔といざこざ起こしそうなんですね。というか、起きる予定です」

「なるほどな……別に構わんだろ、多少の小競り合い程度で俺が口出しするのは、俺の面子が立たねェ」

 そうアザゼルさんは言い切った。どうやらこういう小競り合いはよくあるらしい。只、それはそこら辺の悪魔が相手だからだろう。もし相手が、リアス・グレモリーという魔王の妹だったら?

 

「いやー、相手が相手なもんで……しかも、レイ……その堕天使も堕天使で、無駄なプライドがあるもんで。相手が上級悪魔っていうのを知らずに意気込んでいるんで、間違いなく死にますね」

「……で、それがどうやったら俺に対して頼み事をする程のモンになるんだ?」

 どうやら、まだまだ関心は薄いようだ。どうも、これは洗いざらい全部ぶちまけなきゃいけなくなるかもしれないな。それだけは、こちらが不利になるかもしれないので、完全に乗り気になるまで控えたいところだ。

 

「えっとですねー……俺、その悪魔と堕天使の両方と知り合いなんですよ……流石に、俺の学校の仲のいい先輩達と、知り合いが殺し合いをするのは避けたいんですよ」

「……つまり、俺が出て行ってその殺し合いの仲裁をしろってか?そりゃ―――」

 アザゼルさんはそこまで言った所で、ふと何かを思い出しているのか言葉が止まり、何かを思い出そうとしている。

 

「――――その先輩ってのは、ひょっとして髪が紅いか?」

「よく知ってますね?紅いですよ、かなり真っ赤で確か名前が……」

 

「「リアス・グレモリー」」

 丁度俺がリアス先輩の名前を言うのと同時に、アザゼルさんもその名前を口にした。これは、ひょっとしたら脈有りか?

「あー、先輩の名前って結構有名だったんですね」

「……その話を、もっと詳しく話してくれ」

 そう言うアザゼルさんの顔は、一気に険しくなった。さっきとは全く違う、真剣そのものの表情だ。これは、俺が予想してたのと少し違う反応なんだけれども……とにかく、話を続けるしかない。

 

「えーと、で。どうしてこうなったのかを話すのはかなりしんどいですね……」

 どう説明すればいいんだろうか。まずは、イッセー先輩がレイナーレさんに殺されるところからか?それとも、リアス先輩のことを詳しく話せばいいんだろうか。それとも、両方か?

「ああ、どうやらここで話せるような話じゃねェみたいだしな」

 俺の顔から、色々と汲み取ってくれたのか、アザゼルさんはトイレを出てようとしているので、俺も後に続く。

 

「さっきの騒ぎだが、どうやら――――」

 トイレを出た瞬間。さっきのやたら生真面目そうな声の持ち主が俺とアザゼルさんの目の前にエンカウントした。

「どうやら―――手早に済みそうだな」

「……!」

 そう言うと、俺に向けて光の槍を向けてきた。その動きは冷徹に俺に狙いを定めていて、下手に動こうものなら心臓を一突きされてYOU DIEDだ。

 

「あー、悪いな。俺も最初はそうする気だったが――そうもいかなくなっちまった」

「……何?」

 アザゼルさんがフォローしてくれたので、そういう事をする場面じゃないというのを理解してくれたのか、一応光の槍を収めてくれた。

 よかった、本当によかった。間違いなくあのままだったら俺は死んでいたかもしれない。俺の運のよさアザゼルさんに感謝だ。

 

「本当に……一発で会ったのがアザゼルさんで良かったですわ」

「ああ、感謝感涙して咽び泣いとけ……そういや、お前どうやって此処まで来たんだ?」

 それを言っていいのかどうか……いやこのまま白を切るのも、相手の俺に対する心証が悪くなるかもしれないし、これ以上無駄に出し惜しみをして俺の命が亡くなったら元も子もない。

 

「えーっとですね、これ。これのレバーを握ってからこのピンを抜いて投げると煙が出るんですね」

 そう言いながら、俺は発炎筒のレバーとピンの交互を指差す。まあ、これくらいは教えても大丈夫だろう。

 

「なるほど、これで混乱させてから一気にここまで駆け上がってきたのか」

「あーはい、何か運が良かったみたいです」

 今思うと、最近のご都合主義も真っ青なくらいのリアルラックだったな……。正直言って、こんな危ない綱渡りは二度としたくない。

 

「ていうか……ここ、入り口に人はいないし、人自体がこの建物に少ないし、堕天使の本拠地って聞いたんで来たんですけど……」

 俺がうっかりそうポロッとこぼしてしまった言葉を聞いて、アザゼルさんともう一人の生真面目そうな方がおかしそうに笑い始めた。

 

「ハハハハハハッ!ここが本拠地だと?この程度の規模でか?冗談にしちゃぁ少し凝り様がねェな」

「全くだ。冗談が過ぎる」

 どういうことだ?やっぱり、ここは堕天使の本拠地じゃなかったってことだったのか?

「あー、もしかして……違いました?」

「俺達も随分と見くびられたもんだなぁバラキエル?」

「ああ、全くだ」

 この反応からして、どうやらここは本拠地じゃないようだ。まあ……流石にそれはありえないよな。左折して20kmで堕天使の本拠地とか、どう考えても現実的じゃない。

 

「まあ、そういうことを聞きつけて、俺はわざわざここに結構な覚悟で来たんですけどね……」

 そう言うと、俺の口から思わずため息が出た。まあ、一番上であるアザゼルさんに会えたのが唯一の救いだった。

「ハハハ!ま、運が良かったな」

 そう言ってアザゼルさんは、俺の肩をポンポンと叩いてくれた。この僅かな心遣いが少し嬉しい……じゃない、話が完全に脱線していたな、話の続きをし忘れていた。

 

「えーと、まあ。で、話の続きをですね……」

 俺がそう言うと、アザゼルさんはさっきまでとは表情がガラッと変わり、ヘラヘラした感じから真剣な顔に戻った。

「ああ、悪ィな。んじゃ、適当な部屋に入るか」

 アザゼルさんはそう言いながら適当な部屋を探しているので、俺もその後に続く。ついでに生真面目そうな方も一緒に付いてくるようだ……俺の後ろの絶妙な位置に立っている。まあ、俺がどういう人間か、まだ分かっていないから仕方ないといえば仕方ないんだろうけども。

 

「ま、俺の部屋でいいか」

 そう言うと、アザゼルさんは一等立派そうな部屋の中に入っていった。後ろに居る生真面目さんが俺に早く入れと促していそうなので、俺も急いで中に入る。

 

「適当に掛けてくれ」

 アザゼルさんは立派な椅子に座り、その後ろに生真面目さんが立っている。俺も言われたとおりにソファに腰掛ける。中々に良い素材で作られているのか、フカフカで弾力性がある。

「中々にいい座り心地ですねこれ……じゃなかった。ええと、どこから話せばいいでしょうか」

「んじゃ、手短に頼むぜ?」

「ああ、それじゃ……まずそのレイナーレっていう堕天使がとある高校生……セイクリットギア所有者を殺したことから始まるんです」

 

 その後、俺はなるべく事細かにかつ手短に今まで起きているであろうことを話した。

 具体的に言えばセイクリットギア所有者と発覚したイッセー先輩をレイナーレさんが始末して、死にそうになった所をリアス先輩がイッセー先輩を悪魔にして、それでその後アーシアさんがイッセー先輩と出会い、そのアーシアさんはレイナーレさんがセイクリットギアを抜き取る為にあの町に来たのだけれども、それを聞いたイッセー先輩が、レイナーレさんからアーシアさんを取り戻そうとしているという話だ。

 

「えーと、で。まあ、何が面倒臭いかっていうとですね、そのレイナーレさんっていう堕天使が、そういうのをアザゼルさん達に秘密で行っているっていうことと、俺はリアス先輩達とレイナーレさん達とそれなりの仲というか、知り合いなんですね。どちらも、俺にとっちゃ両方大切なんです。かといって、俺が出たぐらいじゃ多分何の意味もなさないでしょう」

 

「つまりは、俺に頼み込んで仲裁しろって話だろ?その小競り合いを」

「まあ、簡単に言えば」

 どうだろうか、これでアザゼルさんが動いてくれれば俺も一安心なんだけれども……。

 

「悪いな、俺の立場からじゃ、そりゃ無理な願いだ。堕天使と悪魔の小競り合いなんてのはよくあることだ。それについて俺が口を出すってのはな、最悪戦争が起きるかもしれねェんだ。もし戦争がまた起きたら、俺等堕天使だけじゃねェ、悪魔も天使も人間も破滅だ」

 クソッ、ここまで来てこれか!

 戦争は俺も嫌いだ、だけど俺の知り合いが、レイナーレさん達がそれの代わりに死ぬのは納得がいかねぇ!

 

 確かに、レイナーレさんは見ての通りあの性格だ。顔とスタイルと性格で天秤を取ってると居えるほど、顔とスタイルの何倍も酷い、どうしようもない絶望的な性格だ。

 俺やドーナシークの旦那やカラワーナさんやテルミット反応を、アイアンナックル片手に追い掛け回して、挙句俺が食ったら確実に死ぬような猛毒を料理に盛ったということも重々承知だ。正直、今でもあんなことがあったと思うと泣けてくる。

 だけど、だとしても!レイナーレさん達は俺の大事な知り合いだ!俺の知り合いが死ぬ予定なのを”残念だった”で済ませる気は俺にはない。

 

 俺がそんなことを思いつつ、これからどうするかを考えていると、アザゼルさんはおもむろに口を開いた。

「……そんな顔すんな、仲裁の代わりはできるぜ?」

「というと!?」

 俺は思わずソファから思い切り前に寄りかかる。あんまりに必死の形相だったのか、アザゼルさんは舌うちをしながら人差し指を横に振り、落ち着けという合図をしてきた。

 

「おいおい、落ち着け。いいか?まず、俺等はセイクリットギア所有者を見つけたら無理矢理殺す訳じゃねェ。セイクリットギアで暴走を起こすような奴か、セイクリットギア自体に強大過ぎる力を持つってェのだけを始末するようにしてる」

「なるほど、つまり”イッセー先輩をとりあえずセイクリットギア所有者だからという理由で殺した”ということで無理矢理拉致って職務怠慢を突き詰めれりゃいいのか!レイナーレさんはそういう上から圧力を掛けられるのを嫌って大人しく従うだろうし……いや、待てよ?確か先輩のセイクリットギアは……」

 確か、物凄い強いセイクリットギアで、神様やら魔王ですら滅ぼせるというくらいだったような……あれ?

 

「えーと、確か先輩のセイクリットギアの名前は……えーと、リアス先輩の髪の紅と一緒の……えーと、ドラゴンだったっけな……何リューテーだったか」

 俺がそう呟くと同時に、またしてもアザゼルさんと生真面目さんの顔が凍りついた。

「またですか……」

 こうやって二人が凍りついたり、顔の表情が一変するのは俺の心臓にとても悪い。二人とも、俺が悪魔でも堕天使でもないパンピーだということを忘れているんじゃないだろうか。

 

「なあ、若葉啓介。そのセイクリットギアの名前は―――赤龍帝って名前か?」

「ああ、それですそれ。リアス先輩とイッセー先輩で紅コンビと勝手に今命名しました」

 今考えた名前にしては中々……いやでも、捻りが足りないかもしれない―――じゃない!

 

 こんなアホなことを考えている内に、アザゼルさんと生真面目さんは険しい顔をして何かを話している。

 ――――どうも、何か嫌な雰囲気だ、嫌な予感がする。

 どうにかしてこの雰囲気を穏やかにするべく、何か質問をしてみよう。そう、何かこの場を和ませるような……!

 

「あ、そういやまだアザゼルさんにしか自己紹介してなかったですね。俺の名前は若葉啓介っす」

 俺が自己紹介するものの、まったく二人とも動じない。どうやら俺は空気になっているようだ……本当に、不味いなこれは。

 

「こりゃ……下手すりゃ職務怠慢どころじゃ済まねェかもな」

「えっと、つまりは?」

「最悪、いや……かなりの確立で不味いことになる」

「不味いこと―――ですか」

 アザゼルさんは、更に話を続けた。さっきまでとは比べ物にならないくらい程に真剣で、真面目な顔をしている。

 

「グレモリー家はな、眷属や身内に対しての愛情が深い。お前もそういう一面を見たかもしれねェな」

 そう言われると思い起こすフシはいくらでもある。リアス先輩が、イッセー先輩に対して裸で添い寝するわ、添い寝するわ、添い寝するわで、イッセー先輩の性欲を無駄に掻き立てているのをよく覚えている。

「ええ、まあ思い当たるフシはいくらでも」

 俺が激しく同意すると、アザゼルさんも納得したように話を続けた。

 

「もし眷属に手を出そうもんなら、主の怒りを買う。それに、眷属同士での繋がりも厚い。つまりは、だ」

「その、もしレイナーレさん達がリアス先輩の眷属の一人でも傷つけたら、大変なことになる……と?」

 俺の発言に対して、アザゼルさんは「それだけじゃねェ」と付け足した。

 

「相手はな、リアス・グレモリー……魔王の妹だ。それに、眷属に赤龍帝がいる。もしソイツ等が、リアス・グレモリーか赤龍帝を傷つけたら?その状況で、俺が口出ししたら……?最悪――――戦争が起こる」

「戦争って……いや……」

 つまり、どうにかしようとすれば最悪戦争が起きて、何もしないとレイナーレさん達が死ぬ。選べるのは二つに一つ、どちらかだけ……ってことか!?

 

「嘘だろ……?命一つ助けるだけだぜ?なんで、なんでこんなっ……!」

 あまりの絶望に、俺の頭はパンクしそうだ。

 今、俺がここにいるのは夢じゃないのか?こんな、信じられないことが他にあるか?死ぬ運命を変えるっていうのは、そんなに因果なことなのか?

 

「畜生……!俺にゃ何もできねぇのか。力を手に入れたって、これじゃ何の意味もねぇよ……っ!」

 何か、まだ他に手段は?方法は?

 一つでいいんだ、一つだけでいいから。俺の数少ない知り合いが消えるのはうんざりなんだよ……だから。

 

 

「一つでいいから、俺の大切な知り合いを助ける方法をくれよ神様っ……!」

 ボソッ、と言葉を呟く。俺の目頭から熱いものが流れて、目に熱いものが溢れ出てきた。それは俺の頬を伝い、顎から滴り落ちる。

 

「お前……」

「すんません、アザゼルさん。少し、俺に時間をください」

「……ああ」

 俺は、震える手を強く握って深呼吸をする。深く息を吸い、肺にたまった空気を吐く。それをしばらく、体の震えが止まるまで繰り返した。

 

「すんません……本当に、こんな迷惑かけてすんませんでした」

 ソファから立ち、アザゼルさん達に頭を下げる。

「いや、気にすんな。それより……だ、そこまでしてソイツ等を助けたいか?」

 そのまま部屋から去ろうとする勢いの俺を、アザゼルさんは呼び止めた。

 

「ええ、俺の命の恩人だったり一緒に飯を食ったりしたんです。今度はこっちが命を助ける番です」

 今思えば、カラワーナさんやテルミット反応に利根川から引きずり出されなかったら、間違いなく俺はあのまま川底でカニの巣穴兼餌になっていた。

 リアス先輩達オカルト研究部のメンバーに出会えたのも結果的に言えばあの2人のおかげなんだ。だけど、助けるのは2人だけじゃ駄目だ。

 レイナーレさんがいて、ドーナシークさんがいて、カラワーナさんがいて、テルミット反応がいるのが普通なんだ。それは何があっても欠けちゃ駄目だ。

 

「それに、約束したんですよ。まあ、当の本人にとっちゃ……ほんの些細な約束だろうし、聞いたところで覚えてるとは思えませんけどね」

 レイナーレさん――――いや、御影さんとも”また一緒に料理を作る”っていう約束すら果たせてないんだ。

 

 それを聞いて、アザゼルさんはしっかりと俺の決意を受け取ったのか、こう言い出した。

「そうか――――なら、俺がやれるのは一つだけだ。だが、お前にそれなりの物が代償になるだろうな」

「……俺にできることなら」

 迷うことはない、ここまで来て何をためらう必要があるんだ?

 俺の望む物――リアス先輩達と過ごす学校生活と、レイナーレさん達と一緒に俺が飯を作って食う……そんな日常が手に入るんだ。

 

「確か――――お前はリアス・グレモリーやその眷属とそれなりの仲らしいな」

「ええ、確かにまぁ……多分」

 俺は一応オカルト部員みたいだし、リアス先輩曰く。多分普通に部室に遊びに行っても大丈夫なくらいの仲じゃないだろうか。

「なら―――お前がソイツ等の命を助ければいい」

「……というと?」

 

 そう質問すると、アザゼルさんは「なぁに、簡単な話だ」と切り出してきた。

「お前が、リアス・グレモリーに頼んでみろ。”頼むから命だけは見逃してやってくれ”ってな」

「……それで、リアス先輩が素直に分かった、なんて言うとは思いません」

 都合のいい時だけ先輩達にそういったことを頼めるほど、俺はリアス先輩達とは親しい仲じゃないと自覚しているつもりだ。

 

「そこはお前がどうにかするしかねェな。その後、俺の部下がソイツ等を回収する」

「なるほど、確かにそれしか手は――――いや、ちょっと待ってください。一応、俺の懇願が成功した時点で決着はついてますよね?アザゼルさんが回収する意味がないじゃないですか」

 アザゼルさんは、首を横に振った。つまりは、何か重大なことがあるということなのか。

 

「まず、アーシア……だったか?その娘からセイクリットギアを抜き取ろうとしたことと、知らずとはいえ、魔王の妹にちょっかいを出して悪魔との戦争へ展開させかねなかったという2つだ。特に後者の罪は重い。それを見逃すってのは、俺達が戦争継続に賛成だと受け取られちまう」

「そんなに……不味いんですか?」

 そう質問すると、極めて真剣な顔でアザゼルさんは頷いた。

 

「さっきも言ったが、戦争が起きると全てが破滅だ。俺はな、前の戦争で多くを失った。数え切れない部下に、古い友人、戦友……とにかくな、俺はもう戦争なんざクソくらえだと思ってる」

「……なるほど。だから、これ以上争いの種を生むのは処分、ですか」

 つまり、いずれにしてもレイナーレさん達はどうしようにも救いようがない……ってことか。

 

 ちょうど俺がそう思った瞬間、アザゼルさんはその考えを遮るように話を続けた。

「いや、その処分を軽く出来る方法がある。それはお前にしかできねェことだ」

「……それが、俺の払う代償ですか」

 つまり、アザゼルさんは俺に対して何らかの利用価値があると踏んだんだろう。それで、レイナーレさん達の処分を軽くする代わりに俺に一仕事働いてもらおうって訳か。

 

 そんなことを俺が考えていると、アザゼルさんは軽く笑いながらこう言ってきた。

「簡単な話だ。喧嘩をしたら、仲直りだろ?つまりは、俺等と悪魔との和平の仲介人になれってことだ」

「何?」

「えっ?」

 いきなりの話に、ここまでの話を理解した俺の頭も流石にまだ処理が落ち着いていない。さっきまでアザゼルさんの傍で、沈黙を保ってきていた生真面目さんも、俺と同じくいきなりの話に付いていけなかったようだ。

 俺が?仲介人?何の?いや、俺等ってことは……堕天使と悪魔の?いや、なんで?もう少しまともな人材がいるでしょ?

 

「あー、えっと?つまり?俺が?堕天使と悪魔との仲を紡ぐきっかけになる人だと?」

「おお、そうだ。悪魔と堕天使の和平を仲介した人間として冥界の歴史に残るぜ、お前」

 そう言いながらアザゼルさんはニヤニヤと笑っている……なんちゅー無茶苦茶だ。




どうも、お久しぶりです。

今回の話で大分物語が進行しましたね。原作で言うところの一巻の半分がもう終わりました。はい、24話かけてやっと半分です。先が思いやられますね、はい。

最近は執筆作業もなかなかに捗っているので、余程のことがない限り2ヶ月や半年更新しないなんてことは無いでしょう――――半年更新しなかったこともございますけれども。

執筆している最中もアザゼルさんやバラキエルさんの口調やキャラが崩壊していないか内心ビクビクしながら執筆している毎日です。ああ、早く10巻まで揃えたい……お金が無いのも困り者です。


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第25話:和平大使若葉君

 状況を再確認だ。

 アザゼルさんと話し合った結果、なぜか俺が悪魔と堕天使の和平の仲介人になった――――駄目だ、内容は理解できても意味が理解できないから再確認も何もあったもんじゃない。

 

「大体、なんで俺なんですか?俺じゃなくてもアザゼルさんが行きゃいいじゃないですか!」

 そもそも、こういうのは堕天使達でやるからこそいいんじゃないのか?仲直りに人間の使いを送るとか、友好的に取ってくれるとは思えないんだけれども。

 俺がそう思っていると、アザゼルさんは舌打ちをしつつ、またしても指を振りはじめた……今こういう場面でやられると少し腹が立つなこれ。

 

「いいや、お前だ。お前には2つツテがある。1つは、この俺と。もう1つは……」

「リアス先輩っていう、魔王の妹とのですか?」

「その上、物解りが良いときた」

 どうやらアザゼルさんは、俺に親善大使だか平和大使だかをやらせるつもりらしい……いや、やっぱりおかしいと思うんだが。

 

「悪魔と堕天使の仲直りだか何だか知りませんけど、天使さん達とかをそういうのの仲間はずれにしていいんですか?」

 不振そうにアザゼルさんに質問すると、片手をヒラヒラとさせてめんどくさそうに返す。

「あー、あいつ等苦手だからパス」

「オイ待て色々とおかしいだろ」

「冗談だよ、冗談。お前に天使とのコネもあるんなら、そうさせてたがな」

 俺が思わず突っ込みを入れると、アザゼルさんは楽しそうに笑いながら返してきた……腹立つな、本当に。

 

「大丈夫ですか本当に……?」

「心配すんな、天使か悪魔のどっちかと和平を結べば後は簡単だからな」

 ……確かに、そう言われればそうなのかもしれない、もし断ったら、実質1対1対1から2対1になるようなもんなのか。

 

「言っとくが、俺はコネがあるなら誰でも良い訳じゃないぜ?」

「……ここまで来れた突破力と行動力と運の良さで選んだとか言わないでくださいね?」

 俺が念のために釘を刺しておくと、アザゼルさんは少し驚いた様子で

「よく分かったな」

 と一言。

 流石に、そろそろ冗談は止めてくださいませんかね……?

 

「だー……もう、どこからどこまで真面目な話なんだか分からなくなってきましたよ」

「さっきの俺は真面目に考えている。なーに、駄目で元々だ。成功したら報酬ぐらいくれてやる。お前も別にコイツに任せて構わねェだろ?」

 アザゼルさんはさっきまで空気と化していた生真面目さんに話を振る。すると、生真面目さんは首を横に振って

「アザゼル、早急すぎる。それに、この男を信頼できるのか?リアス・グレモリーの知り合いという証拠がない」

 と、さっきまでの話をぶち壊すかのような意見を出してきた……できれば空気を読んで欲しかった。

 

「んー……ここまで話してきて、信憑性もクソも無いと思うんですけど……んじゃ、証拠を出せばいいんですね?」

 そう俺が言うと、生真面目さんは当たり前だと言いたげに頷いた。

「ああ、それが出るまで信用するわけにはいかんな」

 アザゼルさんの無用心さをカバーするぐらいにこの生真面目さんは用心深いようだ……。この人に対して信頼できる証拠があるならいいんだけども。

 

「えーと、んじゃ。とりあえず駒王学園の生徒手帳兼身分証明書。顔写真付きです」

 俺は懐からいつも持っている……というより、使い道が無いからとりあえず放置していた生徒手帳を手渡す。キチンと顔写真も付いてるし、結構な証拠になるんじゃないだろうか。

 

「んーと、後他に俺の身分証明できるのは無いんで、これで全部ですかね―――しかし、喋り疲れてきた……ちょっと喉渇きません?」

 今まで緊張していて汗も気づけば結構かいていた。喉も喋り疲れて水分を欲しているのに気づいたので、休憩も兼ねる意味でアザゼルさんに飲み物を遠まわしに要求。

 

「茶でも飲むか?」

「いやいや、お茶といっても水汲んだり、お湯沸かしたり、お茶っ葉を用意したりと色々と手間を取ってしまうのでジュースで結――――いやすいませんお茶で良いです」

 ジュースで結構と言いたかったけれども、言い切る前に生真面目さんが睨んできたので止めておいた。 ついつい忘れてしまったが、俺とこの二人では戦闘力は天と地よりも酷い差がある。あんまりふざけて相手を怒らせないようにしないとな……。

 

「これでも飲め、冷えてねェが」

 そういうとアザゼルさんは、何処のメーカーよりも緑茶らしさが出ているお茶をペットボトルで出してきた……。冥界にペットボトルってあるのね。

 

「ああ、お茶なら冷えて無くても大丈夫です」

 封を切って飲むと、緑茶のあの匂いと味……懐かしの日本の味がする。

 ああ、我が故郷に早く帰りたい―――まだ冥界に数日も居ないと思うけれども。

 

「あー……久しぶりに水分補給した。ところで、緑茶もいいですけど紅茶も中々に美味いですよね。まあ紅茶に一服盛られたことあるんですけどね、リアス先輩に。あ、その時の話聞きます?身分証明になるか分かりませんけど」

「いきなり饒舌になったな……」

 生真面目さんは気の抜けた顔でそう言う。一方のアザゼルさんはというと、もう俺に慣れたらしく生徒手帳の校則をまじまじと見ている……何か面白い物でもあったのか?

 

「いやー、喉乾いてたんで。それと、こういうことを話せる相手も中々いないんですよねー……あ、友達居ないわけじゃないですからね?あ、あとまだ自己紹介してないですよね?俺の名前は若葉啓介っす」

「名乗られたからにはこちらも名乗らないとな……。バラキエルだ」

 ふむふむ、この生真面目さんの名前はバラキエルさんか。一見真面目そうに見えても堕天使なんだからドーナシークの旦那のようにアッチ♂系だったりするんだろうか……?

 そう思いつつも、あんまりそういうことを思いながら顔を見るのも失礼なので、例の紅茶に一服盛られた話でもすることにした。

 

「そう、確かあれは俺が駒王学園に入学してまだ一週間も経ってない頃でした―――。あの時は俺もまだ、堕天使とか悪魔とか天使の勢力事情やらをよく理解してなかった頃でしたね、今もあんまりよく理解してませんけど」

 この世界に入る前にアニメで知った知識として、リアス先輩は魔王の妹と分かる辺り―――何処ぞの種まき焼き鳥野郎が、リアス先輩に婚約を迫るという所までしか知識にない。

 だからアザゼルさんという、堕天使の頭の名前すらも知らなかったし、その本人が戦争に消極的だということもだ。

 

「その時は登校した校門の前だったんですけどね。運悪く悪魔や堕天使や天使の事についてタベってましてねー……それも、リアス先輩の目の前で堂々と。魔王とか居ない方がいい、なんてディスってるのが多分丸聞こえだったんでしょう」

 今思えば、そこからリアス先輩との出会いが始まったんだ。

 あの時のリアス先輩は俺にとって、物凄い力を持ってる悪魔で、仲間には優しいけれど怒らせたりうっかり変な事して敵対したらヤバイ存在だと思っていた。

 

 だけど、リアス先輩は思ってる以上に怖くは無かったし、むしろ姫島先輩の方が怖かった。今でもあのくすぐりプレイをしようと言われたら、俺は泣いて謝るか、それでも許されなかったら首を掻っ切るだろう。

 

「……で、リアス先輩が後ろに居るということに気づいた俺は当然慌てました。まぁ、その時に俺は焦りすいて、更に口を滑らせて先輩に変なこと言っちゃいましてね……で、リアス先輩の下僕がクラスメートだったんで昼休みに連れてかれて、部屋に連れてこられたんですよねー……。リアス先輩をその時うまく誤魔化したんですけど、またまたうっかりと口を滑らしちゃいまして。で、紅茶に一服盛られて拷問されたのが、リアス先輩との関わりを持つことになったきっかけでしたね」

 でも、こうしてリアス先輩と関わったおかげで、俺は今こうしてアザゼルさん達とこんな話している―――出会いの運命っていうのも随分と不思議なものだ。

 もしリアス先輩と知り合ってなかったら、レイナーレさん達助けても重犯罪者になってただろうし。

 

 俺が大体の経緯を話すと、アザゼルさんは生徒手帳を見つつも話は聞いていてくれたらしく、笑いながら返してきた。

「ハハハ!リアス・グレモリーに拷問されたのがきっかけか!随分と波乱万丈じゃねェか」

「いやー、おかげさまで。まぁ、姫島先輩の淹れた紅茶は美味しかったんですよこれが。毒が入ってる分美味しかったのかというと、それも違いましてね。その後もう一回紅茶を振舞って貰ったんですけど、寸分も違わぬ美味しさでした。あれとお茶菓子の組み合わせを考えるだけで、小腹が空いちゃいますよ」

 

「……なるほど、確かに。少なくともリアス・グレモリーと繋がりは確かなようだ。それに、信じ難いが――――此処まで来たということは、実力もそれなりにあるようだ」

 バラキエルさんは、俺の紅茶の話で何故か納得してくれたようだ。だけど、納得してくれた割にはまだ色々と不服そうな顔をしている。

 

「んー……本当に俺で大丈夫ですか?この先、バラキエルさんみたいに俺を疑う人が出たら、いやまあ、用心に越したことはないと思うんですけれども……一々事情を説明したりするのって大変ですよ?」

 もし、俺の話が通用しなかったなら……俺の身が危なくなること間違いなしだ。最悪、俺が死んだっておかしくないし、それをきっかけに更に仲が険悪になることだって起こりえる。

 

 そんな俺の意見に対してアザゼルさんは、一理あると思ってくれたのか、何か考えながら一言。

「……確かに、有り得なくはねェな。何か良い証拠が必要だな」

 そう言いながら、アザゼルさんはまたしても考え込み始めた―――そこまで考え込むなら、俺を選ばなくても良いと思うんだけどなぁ……それともそこまで考え込んでまで、俺には持っている物があるということなのか。

 

 ボンヤリと俺が思っていると、突然アザゼルさんは何か良い案を思いついたのか、ニヤリと笑い出した。とても悪い笑い方をしている……。何か嫌な予感がしてきたぞ。

「これだな、これしか有り得ねェ」

 そうアザゼルさんは言いながら、ニヤニヤと何かを見ている。

 俺はその視線を目で追っていくと―――俺の生徒手帳があった。正確に言うと、生徒手帳の俺の顔写真の部分をアザゼルさんは見ている。

 

 

 

 

                      ※

 

 

 

「―――で、アザゼルさん?これ、どういうことです?」

「なーに、直ぐ終わる。ほら、笑え笑え」

 俺は今、アザゼルさんのとった行動に対して、疑問と戸惑いを隠せないでいる。何故か?そりゃ――

 

「ほら、撮るぞ。少しは愛想良く笑ってみろよ」

 俺とアザゼルさんは今、写真を撮っているからだ。しかも、それを提案した当の本人は超ノリノリでバラキエルさんにカメラを構えさせて。

「いやいやいや、写真で俺がアザゼルさんの使いだって証明できるんですか?」

 その質問に対してアザゼルさんはあくまでカメラ目線を保ちつつ返してくる。

「堕天使の羽が6対12枚ありゃ俺だ。それで俺とお前が写っときゃ証拠になるだろ」

「そーゆーもんですかねぇ……?」

「そーゆーもんだ。ほら、そろそろ撮るぞ」

 言われるがままに俺はアザゼルさんと並んで椅子に座る。俺とアザゼルさんはバラキエルさんが立ってカメラを構えているのでそれに対して見上げているような形になった。

 

 しばらくの間の後、カシャリという気の抜けたカメラのシャッター音と同時に、カメラから写真が出てきた―――インスタントカメラという、今のご時勢じゃ絶滅寸前の物がどうしてこんな所にあるのかは聞かないでおこう。

「ほら、撮れたぞ」

「お、どれどれ……良い写り栄えしてるぜ、ほら」

 アザゼルさんが俺に写真を渡す。その写真には、見事に綺麗にくっきりと写っているアザゼルさんが。ちゃんと6対12枚の羽もフレームの中に納まっている―――が。

 

「なんで、俺だけ顔の部分が写っていないんでしょうねぇ……?」

 そう、アザゼルさんが羽を出したせいで辺りに羽根が飛び散り、それが綺麗にカメラのフレームに入って俺の顔の部分だけを見事に隠しているのだ―――これ絶対仕組んだろ、絶対。

「ハハハ!仕方ねェ、もう一枚なもう一枚」

 アザゼルさんは俺の肩を軽く叩きながら、バラキエルさんに”もう一枚”と指示して、俺の横に並ぶ。

 

「ほら、笑え笑え」

「はぁ……これで最後ですからね?」

 アザゼルさんのノリが軽すぎて少しイライラしてきた……が、ここでキレたとしてもアザゼルさん達は俺の数倍以上の力を持っているから、やるだけ何が出来るわけでもなく無駄なので大人しく、カメラに作り笑顔を向ける。

 

「おう、次は真面目にやるぜ?」

「最初のは真面目じゃなかったんですか……」

 そんなやりとりをしつつも写真を一枚撮った。もちろんさっきとは違って普通の出来栄えで、アザゼルさんも写真の出来栄えに納得したのか、写真をしばらく眺めてから満足そうに頷く。

「んじゃ、サーゼクスに向けて書くか……少し待ってろ」

 

 そう言ってアザゼルさんは何処かへ紙でも取りに行くためか出て行った。部屋に残された俺とバラキエルさんの間に、気まずい空気と沈黙が続く。この空気をどうにかしたいのだけれども、バラキエルさんは何か考え事をしているのか、どこかを見つめて少しも動かない。

 

「……君には、大切な人がいるか?」

 徐に、バラキエルさんがさっきとは少し違ったトーンで俺に質問をしてきた。視線はさっきとは全く変わらないものの、表情が少し違うように感じた。

 

「ええ、いますよ……たくさん。人間じゃない場合もありますけど」

 リアス先輩達にレイナーレさん達に、クラスの面々に、俺の仲魔達。それと、大切とは少し違った意味で、小松原。誰だって、俺が今ここに居られる要素でしかない。

 俺の答えに、バラキエルさんは黙って頷いた。

 

「そうか……なら、傍に居てやるといい。私が言いたいのはそれだけだ」

 ゆっくりと、俺を諭すようにそう言ったバラキエルさん。……いや、寧ろバラキエルさんは自分自身に言っているのかもしれない。

 そう受け取れるほど、バラキエルさんはどこか哀しそうな、寂しそうな表情をしていた。

 

「すまない。今のは忘れてくれ、どうやら疲れているらしい―――それにしてもアザゼルめ、どこに紙を取りに行っているんだ……?」

 バラキエルさんは、一つ大きくため息をついて少し憎らしそうにドアを見つめている。なんでさっきあんな質問をしたのか気になるけれど、あんな顔をされたら聞そうにないよなぁ……。

 

「おう、待たせたな。紙の調達に手間が掛かってな……今書くから待ってろ、すぐに終わる」

 ドアが開いて、アザゼルさんが戻ってきた。その手には紙と万年筆と封筒を持っている。てっきり、紙を取りに行ったついでに書いていたのかと思ったけど、違ったらしい。

 そのまま机に着いて、アザゼルさんは紙に走り書きをしている。何を書いているかは近づいてみれば分かりそうだけど、アザゼルさんは集中しているようなので、そっとしておこう……。

 

「ほら、出来たぞ。後はこいつを―――いや、火が無ェな……」

 アザゼルさんは片手に何やら赤い蝋燭のような物を持ちながら、もう片方の手でポケットを探って何かを探している―――あれは、ひょっとしたら映画とかでよく見る、手紙の封に使うシーリングワックスっていう奴か? ろうを溶かしてスタンプで型を取るアレだ。

 

「あー……火?火ですか。えっと、それの紐の部分に火が点けばいいんですね?なら―――」

 紐を人差し指と親指で掴んで、指先に火のイメージを頭に思い浮かべる。そして指と指を擦り合わせると……。

 

「―――ほら、点きました」

 小さな紅い火がちろちろと、綺麗な暖かい光を小さいながらも灯しだしている。

 こういう風に破壊魔法をある程度制御出来るのも強くなった証拠という奴だ。もしかしたら、完全に制御できたらこんな風にわざわざ動作をせずに物を燃やしたりとか、姫島先輩みたいに雷の篭手を作り出せるかもしれないな。

 

「おう、すまねェな。探す手間が省けたぜ、と」

 スタンプをアザゼルさんが押すと、何かの紋章のようなものが出来上がっていて、いかにも秘密の文書ですといった風体だ。

「こいつをサーゼクスに届けてくれ。誰かを通してで構わねェ、ただしサーゼクスに間違いなく届けることが出来て信頼できるヤツ……ま、一人しかいねェだろうがな」

「なるほど……それがリアス先輩だと」

 

 アザゼルさんから文書を貰い、懐にしまう。後はこれをリアス先輩に渡して届けてもらうだけか、確かに簡単なのだけど――――もし、リアス先輩が中身を見てしまったらどうしようか。まあ、誰に渡されたとか言われたら適当に話をでっちあげて誤魔化すしかないんだけどね。それに、リアス先輩ならわざわざ中身を見ないで届けてくれるだろうしね。

 

「あ、そうだ。確かレイ――例の俺の知り合いの堕天使をアザゼルさんの部下が回収するって話ですけども、合図か何か必要になると思うんですよ」

 万が一、間違えて戦闘中にアザゼルさんの部下が踏み込んできたら―――。目も当てられないほどの大参事になって、それこそ悪魔と堕天使の溝が深まること間違い無しだ。

 

 俺の提案に対してアザゼルさんは色々と考えているのか、顎に手を当てながら俺に返してきた。

「通信手段か。無線は……持ってる訳がねェな、なら―――」

「無線?無線は無いですけど……ワイヤレスっていう意味じゃ携帯なら」

 俺は携帯を懐から取り出す。ただ、冥界と人間界じゃ電波も届かないんじゃないか? それを考えると、やっぱり手軽な無線よりは多少嵩張っても有線の連絡手段が欲しいところだ。

 

「いいアイディアじゃねェか。ちょっと待ってろ、メールを送ってやる」

 アザゼルさんも携帯を懐から取り出した。黒くて武骨そうな携帯で、なんともアザゼルさんみたいな人が使っていそうな感じだ。

「―――よし、これでお前の携帯にメールを送ったしアドレスも登録した。これが俺のアドレスだ」

 アザゼルさんに俺の携帯を返してもらい、確認してみると確かにメールが一件届いている。

 件名は、”総督様より”と書いてある。しかも、アドレス帳には総督様という名前の見知らぬアドレスが。これがアザゼルさんのか……"Grigol-azazel"という分かりやすいものの、明らかに何処の携帯会社でもありえない形式だ。

 

「えっと、電波って冥界にまで届くんですかね……?」

「ん?ああ、俺が直接人間界に出張ってお前の合図が着たら部下共に支持を出すさ。日本は暇潰しの手段には困らないらしいしな」

「暇潰し……まあ、もう俺は何も言いませんよ……突っ込みは疲れますからね」

「そりゃ残念だ」

 アザゼルさんが意地悪そうに笑う。やっぱり、アザゼルさんは悪戯とかそういうのが好きらしい。出来ればそんな真面目な話をしているときは止めて欲しいもんだ。

 

「……とりあえず、これを届けてきますんで。そしたらアザゼルさんにメール送るってことでいいですかね」

「ああ、構わねェ。ただ――――どうやって人間界に戻る気だ?」

 そういえば、どうやって人間界に戻るのか……全く分からない。ただ、ペオルさんと合流すれば帰れるのは確かなので、また40kmぐらい歩いて帰ることになるわけだけど。

「うーんとですね、ここまで来た道を20kmぐらい戻ってなんやかんやします」

 そう俺が答えるとアザゼルさんは、此処まで運だけで来れたような俺が本当に戻れるのかどうか流石に心配になったらしく、腰を重そうに上げた。

 

「仕方ねェ、この間完成した”アレ”を使うか……元々は”アレ”の為にここに居た訳だしな」

 ”アレ”とは一体何なんだろうか……何となく、俺が何かの実験のモルモットにされそうな予感がしなくもない。

 俺がそんなことを考えていると、アザゼルさんは俺の肩をポンと叩いて手を置いた。

 

「ツいてるぞお前。冥界観光ツアーのシメにワープ体験できるからな」

「へ? ワープ? 何を? いや、俺を!?」

 ワープというと、リアス先輩達の魔方陣から飛ぶみたいな感じなんだろうか……ちょっと体験してみたい気がしなくも―――いや、待て待て。

 

 もしワープに失敗したら、どうなる? 最悪、”いし の なかに いる !!”とか地球のド真ん中にワープして骨すら残らず消えるとか、もしかしたらお猿さんが人間を支配する惑星に飛んだりするかもしれないじゃないか。それなら、確実性のある20km歩いてペオルさんと合流の方が遥かにマシだ。

 

「いやいや、いいですいいです結構です! ワープ怖いです! 石の中に入りたくないです! 」

「心配すんな、そういうのは今までの実験で起きたことはねェよ。実験体のネズミが俺の頭の上にワープしたことはあったがな」

「ネズミじゃない俺で同じことがおきたら、天井に首なしの体が生えた気持ち悪い新手の悪趣味なインテリアじゃないですか! そ、そんな危険なモノ体験できるか!俺は戻―――のわっ!?」

 俺の必死の抗議も空しくアザゼルさんはバラキエルさんと一緒に俺の腕を持ち、半ば引きずられるようにして俺は部屋を後にしていった――――

 

 

                      ※

 

 

「―――着いたぞ。ほら、死にゃしねェから泣くな」

「お、おしまいだぁ……残念!私の人生はここで終わってしまった!」

 俺はしゃがみこんだまま、今までの人生を振り返り懺悔している。

 まだ、俺はまだ死にたくねぇよぅ……。ああ、こんな事で死ぬならレイナーレさんかカラワーナさんか姫島先輩かリアス先輩達のDは下らない胸を揉んでそれが原因で殺された方が何億倍もマシだ……。

 

「ったく……ほら、立てよ。じゃねェとお前をさっさと人間界に飛ばすぞ?」

 俺に追い討ちをかけるようにアザゼルさんが言う。このまま飛ばされてはたまったもんじゃないのでしぶしぶ立ち上がる。すると――――

 

 目の前には映画に出てきそうな、ワープ装置みたいな機械が目の前に広がっていた。足元にはとても太いプラグみたいなものがあちこちを這っている。……すげぇ、近未来の世界に居るみたいだ。

 

「どうだ、これが俺の自信作だ。暇な時間を潰して作り上げたにしちゃ上出来だぜ?」

 アザゼルさんは誇らしげに、機械を見ながらニヤニヤと満面の笑みを浮かべている。この口ぶりからして、出来具合はかなり自信があるらしい……。

 うーん、そこまで自信があるなら少しは信頼してみるのも悪くはない……か? とりあえず、どんな風に使うのかを見せてもらおう。

 

「どういう風に使うんですか?これ」

「ああ、まずだな……このコンピューターに位置を指定する。地球のどこでも指定できるぜ。大まかな国とかを設定してから、細かい座標を指定する。後は、お前があの装置の中に入って作動させるだけだ」

 アザゼルさんは、外国のホテルのシャワー室みたいなカプセルもどきを指差す。どうやら、あれに入るだけで良いらしい。

 

「へぇ……それじゃ、日本の姫川市に座標指定をお願いします。そこに住んでいるんで」

「おう」

 コンピューターにカタカタと何かを打ち込んでいるアザゼルさん。座標指定に時間はそうかからないらしく、すぐにOKというサインを俺に出してきた。

 

「よし、それじゃもう入りますよ」

 ワープ装置の中は少し狭いものの、息苦しく思えるほどではない。透明なガラス越しにアザゼルさんがこっちを見ているのが見える。

「その中でじっとしていろよ。すぐに作動してお前を飛ばしてやる」

 アザゼルさんはそう言いながらコンピューターのエンターキーを押す。

 

「おお?」

 途端、俺の足元から白い光が俺の体を徐々に包み込む。あまりの眩しさに、俺は思わず目を瞑って顔を腕で隠してしまった。

 そして、急に足場がなくなるような感覚と不思議な感覚が俺の体に襲い掛かる。内臓がふわりと浮くような感覚とは違う、自分自身の体が軽くなったかのように感じる不思議な感覚。今まで感じたことのないような感覚に、俺の胸は不安と興奮で高鳴りっぱなしだ。

 

 しばらくするとそんな感覚も薄らぎ、完全に消えた。ちゃんと地に足が着いている感覚もあるし、周りから人が話しているであろう声も聞こえる。

 もうワープが終わったと思い、俺は目を開ける。そこには―――

 

 

 

                    ※

 

 

 

「なあ、アザゼル。何故あんな事を……まさか和平とは」

「嫌か?」

「いや、そうではないが……。なぜあの男に任せようと思った?」

「長年の勘だよ」

「アザゼル、いいか?」

「いや、俺は真面目だぜ? 考えてもみろ、バラキエル。リアス・グレモリーの知り合いで尚且つ俺達堕天使と宜しくやってるような奴……それも人間だ。そしてソイツが悪魔と俺達の小競り合いをやめてくれと、わざわざ冥界にまでやって来て俺に出会った―――偶然にしちゃ出来過ぎだとは思わねェか?」

 

「それは……」

「俺はな、偶然の一言で片付けられねェ”何か”を感じて、それを信じたくなったのさ。それに―――」

「他にも何かあるのか?」

 

「お前とお前の娘が”ああなっちまった”のは俺の責任だ。だが、俺の出る幕はねェし、やれることは何一つねェ―――そう思っていたさ」

「―――っ。アザゼルッ……! お前のその考えをよく思わん部下だっているはずだぞッ……なのにお前は……お前は……ッッ!」

「いい、別に構わねェさ。それよりも、だ。シェムハザのガキが遠からず生まれるんだ、お前が色々と教えてやれ」

「ああ……そう、だな……」

「アイツ……若葉啓介だったな、信じてみようじゃねェか――――あん? 誰だこんな時に……」

 

「どうした?アザゼル」

「いや、さっきのアイツからのメールだ。内容は……”アキバにワープしたぞ、どうしてくれる”だと」

「アキバ……何処だ?」

「さぁな」

 

 

 

                     ※

 

 

 

「メールを送信完了……っと」

 改めて、周囲を確認してみる。メイドさんに、と●のあなに、コトブ●ヤに、メロ●ブックスに、一目で分かる大量のA-boyと”秋葉原電気街前”という分かりやすい看板。

 どうやら、俺は今秋葉原に居るらしい……なんてこったい。

 




若葉君がワープしてアキバに到着しましたね、やっと冥界編からアキバ編に突入です。本当に、いつになったら原作1巻編を終わるんでしょうかね……あと5話ぐらいでしょうか。

これだけ1巻を遠回りしまくっている理由として、レイナーレさん達堕天使4人組を生存させる条件を作るのと原作ストーリーが開始する前から若葉君が入っている、ということが主な原因でしょうか。

まあ、わざわざ生存させる意味は”オカ研と少し仲良くなった時とか、若葉君のコメディルートの生贄……もといお供になったりして面白くなるんじゃないか。あとレイナーレさんとカラワーナさん可愛いです美人です。ミッテルトちゃんマジテルミット反応”だったりするんですけど。

なので、2巻はさっくりと10話~15話で終わるんじゃないかなーと思います。


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第26話:俺とアキバとコスプレ少女

とりあえず駅の券売機で駅の路線を見てみたものの、今持っている残金で姫川まで帰れるかどうか……これなら20km移動した方が何万倍もマシじゃないか。

 人間、どうしようもない事になると諦めがついて力が抜けるらしく、疲れたように俺は近くのベンチに腰掛けた。

 

「はぁ……ここまで頑張り過ぎたから一気に疲労感が……」

 そもそも、何をどう間違えたらアキバと姫川を間違えるんだ? 市と地区名で全然関連性がないじゃないか。

 憎憎しげにケータイを開くもアザゼルさんからの返信はない。どうしたものか……。

 

 ふと、アドレス帳を何気なしに見ていると、アザゼルさんのアドレスの下にイッセー先輩のアドレスが。

「あ、そうだ。イッセー先輩に電話してリアス先輩達にここまで来てもらってリアス先輩達からお金を借りることにしよう、そうしよう」

 お金の貸し借りは基本したくないが今回ばかりは仕方ない、背に腹は代えられないというやつだ。

 とりあえず今日中に家に帰れないという可能性は無くなったので、心に余裕は出来た。今の時間帯は真っ昼間。平日の昼に制服姿の高校生が居るのは違和感があるかもしれないけど、幸いここはアキバだ。コスプレか何かだと思ってくれるだろう。

 

「さて、それじゃあ……アキバ観光と行きますかね」

 腰を上げ、軽く背伸びをして深呼吸。気分を一新させるにはこれが一番だ。

 大通りに出てみると、色々な店がずらりと並んでいる。免税店にゲームセンターにラーメン屋……etc。どれもついつい寄って行ってしまいそうな場所ばかりで、特にラーメン屋のとんこつラーメンなんかが美味しそうで食指が伸びそうだ。

 

 ラーメン屋の前にあるメニューの看板を見ていると、近くで物凄いA-boy二人組が走っている。二人共ポロシャツをジーパンに入れてリュックサックを背負い、片方は痩せていてもう片方は脂汗が眩しいほどの太ましい体型だ。

 

「こっちだ、こっちの方でクオリティの高い魔法少女のコスプレした子がいるってよ!」

「真でござるかキバヤシ殿!ぜひ拙者の一〇八式カメラの被写体に!」

 そう言いながら二人は元陸上部の俺からしても有り得ないほど綺麗なフォームで、原付もかくやというスピードで走り去っていった……恐るべし、ヲタク。

 A-boyがあそこまでの走りをするのは夏や冬のそれぞれ3日間ぐらいだと思っていたけれども……もしやそれと同じくらいの出来事なんだろうか。

 

「そこまでクオリティ高いのか?ちょっと覘きに……いやでも、とんこつラーメン食いたいしなぁ」

 さっきから換気扇を通して匂う魅惑の香り。俺の小腹も体も癒しを求めている――――が。

 もしとんこつラーメンを頼んでお勘定を支払った時にはレイヤーさんの高度なコスプレを見れない可能性もあるわけだ、だがとんこつラーメンは見てからでも食える。

 

「よし、せっかくの初アキバなんだし見てみるか。とんこつラーメンは待ってくれるがレイヤーさんは待ってくれないし」

 結論が出た俺は、さっきのA-boy二人組が走っていった方向へと足を進める。多分ここから歩いて500mぐらい離れているんだろう、じゃなきゃ走る意味が

 

「うおおおお!俺等のミルキーちゃんが画面から光臨したぜ!」

「うはっ、等身大ミルキーちゃんマジ可愛いっす!」

 なかったらしい。ラーメン屋から20mも離れてないところ曲がったらそれらしき人ごみを発見した。

 何人ものカメラ小僧やさっきのA-boy二人組なんかが、一人の少女を必死でパシャパシャと撮っている。真ん中に居る女の子の顔はよく分からないが、確かあの服はイッセー先輩が大好きな『ミルキースパイラル7オルタナティブ』とかいうアニメのキャラの格好だった筈。

 

 更に近づいてみると確かに可愛い女の子で、よく言うアニメの中から出てきた女の子って感じだ。ステッキを片手に何回もポーズを変えたりしてとても楽しそうだ。

 そうだ、イッセー先輩とか元浜先輩とか松田先輩に撮った画像メールで送るのはどうだ? 最近イッセー先輩達と話すきっかけとか機会が少ないんで、全く話していない。これをきっかけに先輩達と話すのも悪くないかもな。

 

 俺はもっと近づいてレイヤーさんを撮っている野郎共と並んで何枚かケータイで写真をとろうと構える。良い写真を撮るのは以外に難しいらしく、ズームしすぎたり顔を強調しすぎたりでなかなか良い写真が撮れない。

「んー……今度はピンボケか……も一回」

 もう一回ケータイを構えると、偶然ケータイのカメラとレイヤーさんの視線がバッチリと合う。このチャンスを逃すまいとケータイのボタンを押すと、レイヤーさんの笑顔と衣装が輝いて見えるくらいの良い写り栄えをした写真が撮れた。このクオリティなら、先輩達に送って自慢できるレベルじゃないか。

 

「よしよし、我ながら良い腕前じゃないか」

 しばらく自分で撮った画像を満足そうに眺めた後、ケータイをしまい未だ写真撮影に夢中なA-boy達をよそ目に人ごみを離れる。目標は果たした、次はとんこつラーメンだ。

 

 ラーメンのトッピングを何にするか考えながら歩いていると、不意に誰かに肘辺りの服の袖を掴まれたような感覚がする。誰だろうか、俺の知り合いはアキバにいるはずがないだろうし。

 振り向いてみると、先ほどのレイヤーさんが目の前に立っていた。後ろには物凄い形相で、恨めしそうなA-boy達が俺のほうを睨んでいた。大方この人の知り合いか何かだと勘違いしてるんだろう、迷惑な話だ。

 ともかく、俺はラーメンを食べるんだ。俺に対して何か用があるならさっさと済ませてしまおう。

 

「えーと、俺になんか用でもあるかな?」

 俺の質問に対してレイヤーさんはにこやかにフレンドリーに返す。

「うん、ちょっとお茶でもいいかなって☆ キミ、さっき私を撮ってた人でしょ?」

 どうやら、俺とお茶がしたいらしい。まいったな、俺はお茶よりとんこつラーメンが―――いや、そうじゃない。問題はそっちじゃない。

 

 つまり、今俺は今逆ナンパと呼べるものに出会っているらしい。ナンパという文字とは無縁だと思っていたのだが、よりにもよってまさか逆ナンパとは。

「うーん……駄目かな?」

「いや、駄目じゃないけどさ。いきなり言われて驚いたから……」

「じゃっ、決まりね☆ こっちにお気に入りのお店があるの!」

 俺がはいと言うのを待たずに、レイヤーさんは俺の手を取って歩き出す。ここまで積極的な人も初めて見たぞ……まあ、悪い気はしないかな。

 

「着いたよ~☆ ね、入ろ入ろ」

 ボケっと俺が考えていると、レイヤーさんと俺は一つの店の前で足を止めていた。それは、アキバを代表するような場所。アキバと言えばあそこ、あそこと言えばアキバ。そんなくらいメジャーな場所、つまり。

 メイドカフェの真ん前に俺は今居る。

 確かに、お茶と言えばカフェだろうけど……よりによってメイドカフェですか。初めてアキバに来た一見さんなら絶対入るような場所だろう、メイドカフェって。

 

「二人で☆」

「かしこまりました、ご主人様」

 俺がもたもたとしているうちにレイヤーさんは、メイドさんに入店する旨を伝えちゃったので、もう入るしかない。

「ここね、すっごく美味しいスイーツがあるんだよ」

「へぇ……それは楽しみだ」

 こうなったら、とんこつラーメンはもう完全に諦めてそのスイーツで小腹を満たすことにしよう――――そう考えながら入ると、目にしたのは予想通りメイドさんがいっぱいで辺りで萌え萌え言っている光景……ではなかった。

 

 落ち着いた、ゆったりとした空間で、本当の意味で”メイド”カフェといったところだろうか。そう、例えるならぺオルさんの屋敷の中みたいな感じだ。

 豪華でもないのに、ほのかに感じる高貴な気品……そして暗すぎず明るすぎずの照明に、床は派手過ぎない色だ。

「おお……スゲェ」

 あまりのカフェとは思えない内装と雰囲気に思わず感心してしまう。なんとも上品な風格が漂うお店だ。

「どう? 本格的でしょ☆」

 レイヤーさんが少し自慢げに言う。確かに、こんな穴場スポットなら自慢できるし、それこそリアス先輩達に紹介したって恥ずかしくないんじゃないか、というくらいクオリティが高い。

 

「大変お待たせいたしました、ご主人様。こちらへどうぞ」

 色々と感心していると、席の用意が出来たのかメイドさんがやってきた。見た目は俺より一つ上か同じかほどの女の子だというのに、どことなく大人びて見えるような立ち振る舞いだ。

 俺とレイヤーさんはメイドさんの案内に続く。どうやら個室の部屋がそれぞれあるらしく、案内された部屋の席にお互いが向かい合うように着くと、レイヤーさんと俺の二人分のメニュー表が机の上に置かれた。

 

「御用がございましたらお呼びください。それではご主人様、失礼いたします」

 恭しげにメイドさんは一礼すると、部屋から音を立てずにドアを閉めて出て行った。

 メニューを覗いてみると、全体的にそこまで高いわけではないようだ。内容は、ご飯ものは少なめで、スイーツをメインにしているようだ。チーズケーキにモンブラン、普通のショートケーキもあるし勿論パフェもある。至れり尽くせりだ。

 とりあえず注文はチーズケーキと、飲み物は紅茶―――ミルクティーにすることにした。

 

「決めたっ☆」

 丁度俺が決め終えたところでレイヤーさんも何にするか決めたらしい。俺とレイヤーさんはパタンと同時にメニューを閉じてしまい、更に目が合った。

 整った目鼻に、綺麗な肌……改めてみると、本当に綺麗だしとても可愛らしい。今こうして話しているのが夢じゃないか、疑いたくなるくらいだ。

 

 気づけば俺はじっとレイヤーさんの顔を見つめていて、はっとなる。いかんいかん、何もいわずに顔を見つめるとは失礼だぞ俺。何か言わないと!

「えっと、頼みたいものは俺は決まったけど……どうかな?」

 俺の問いかけにレイヤーさんはニコッと笑う。畜生、なんていう可愛さだ。

「私はもう決まったよ☆ けど、もう少しだけ呼ぶのは待って欲しいかな」

「あ、好きなときに呼んでもらって構わないからさ」

 俺がそう言うと、僅かな沈黙が訪れる。さっきから話し続けていたから会話が途絶えるのは少し寂しい。

 何か、良い話題は――――そうだ、自己紹介とかまだしていない、しとくべきだろうしやろう。

 

「えっと、俺の名前は若葉啓介って言うんだけど……その、どうして俺なんかが……なんて言ったら良いかな、こういうのあんまないからさ」

 初めての事なので何といえば分からないものの、レイヤーさんはなんとなく俺の言いたいことを理解してくれたようだ。

 

「うーん……キミに興味があるから、じゃ駄目かな☆ キミのことを知りたくなっちゃった」

 可愛らしい口調でなんて大胆なナンパなんだ、そして可愛らしすぎる。

「えっと、じゃあ何か知りたいことあるかな?」

 俺がそう言うと、レイヤーさんはうーん、と少し考えると何か思いついたのか、可愛らしい笑顔で一言。

 

「じゃあ、キミのそこにある物は何かな?」

 そう言ってレイヤーさんが指を刺しているのは俺の懐。正確に言えば、アザゼルさんから貰ったサーゼクスさん――――リアス先輩のお兄さんに渡す文書だ。

 

 レイヤーさんの質問で、俺の顔から笑みが消えるのが手に取るように分かる。心拍数が上がっていき、少し冷や汗も出てきた。

 落ち着け、俺。落ち着かないとこの場で俺が今何をしでかすか自分でも分かったもんじゃない。

 さりげなく、相手に悟られないように状況を確認する。この部屋には俺と目の前にいるレイヤーさんだけ。そしてレイヤーさんのほうがドアに近く、この部屋に窓はない……と。これはやっかいだな……。

 

「ほら、そんな怖い顔しないで☆ 少し怖がらせちゃったかな?」

 俺が逃げる算段をしていると、レイヤーさんは無邪気に俺に笑いかける。今となってはこの無邪気な笑顔すら少し不気味にすら感じる。

 この目の前にいる人―――いや、悪魔か? 堕天使か? それとも天使か? いずれにせよ、警戒しなきゃいけない相手だ。

 

「なあ、アンタ―――いや、ごめん。俺の勘違いだったら悪いよね。えっと……君の名前は?」

 恐る恐る俺が質問する。それに対してレイヤーさんは立ち上がって答えた。

「私の名前はセラフォルー・レヴィアタン。気軽に”レヴィアたん”って呼んでね☆」

 そう言いながら横にピースをしながらウィンクをすると、星がピコンと飛んで消えた――――すげぇ、瞬きして本当に星を出せる人がいるなんて……じゃない。そうじゃない、一人でボケて一人で突っ込んでる場合じゃないんだ。

 

 確か、レヴィアタンといえば……リヴァイアサンの事だよな? 悪魔も悪魔、大悪魔だ。しかも、ファミリーネームがレヴィアタンということは、恐らくかなり高い地位の人ってことじゃないか?

 つまり、リアス先輩のお兄さんを知っている可能性が――――いや、落ち着け俺。どうもついさっき、アザゼルさんと運だけで出会ったからといってその考えはさすがに愚かだ。

 

 俺と見た目の変わらない女の子――――しかも、コスプレ趣味にしてアキバのこんな穴場を知っているような子が高い地位を持っているとか、そんな有り得ないことがあるわけがない。多分、この年で中二病を再発させた子なんだろう。うん、きっとそうだそういうことにしよう。

 

「あー、なるほど。”レヴィアたん”」

「うーん……本当にレヴィアタンなんだけど……」

 何かレイヤーさんが困り顔になっているが、よくある話だ。自分の決めた設定があまりにも素晴らしいから半分自分の名前として使っているんだろう、それで10年後にそれを同窓会で指摘されると顔真っ赤になって顔を手で隠して思わず叫びたくなるんだ。誰だって一度は通る道だ。

 

「うんうん、俺もよく分かるよ。こういう時期が俺にもあったからさ―――って、ちょちょちょ、ちょっと待った!」

 俺がしみじみと恥ずかしい過去を振り返っていると、レイヤーさんがいつの間にか俺の懐から例のアザゼルさんの文書を抜き取っているじゃないか!?

 文書を取り返そうとするも、時すでに遅し。レイヤーさんは文書を読み始めてしまった……いや、待て待て。よく見ると、この文書は日本語や英語じゃない何か別の言語で書かれている。これなら読めな

 

「ふむふむ、悪魔と堕天使で和平を結びたい。ゆくゆくは天使達とも和平を結びつけ、今後二度と戦争を繰り返すことのないよう……」

 

 さっきこれなら読めないといった奴、今すぐ俺の前に出てきやがれ。しっかりと読んでるじゃねーか。しかも俺にも分かるようにしっかりと音読して。

 

「……もしかして、悪魔?」

「もう、私の名前はセラフォルー・レヴィアタンだよ☆」

 今度こそ、この目の前に居る人が悪魔だと信じざるを得なくなった。なるほど、確かに悪魔だ。あの内容もアザゼルさんが言ってたように悪魔と和平を結びたいというものだったしな。

 なるほど、悪魔にもコスプレイヤーは居るのか。悪魔というと、リアス先輩や姫島先輩を基準に考えているからコスプレを趣味にしている悪魔がいるとは思わなかった。

 

「ホント、悪魔もまだまだ俺には謎な存在だ……」

 ため息と一緒にポロリとつぶやく。それを見たレイヤーさん―――レヴィアタンさんが不思議そうに返す。

「うーん……私としてはキミの方が十分不思議かな? キミみたいな子がこんな物持ってるんだもん☆ キミの制服、駒王学園の制服だよね? リアスちゃんかソーナちゃんの知り合いかな?」

 この口調からして、どうやらリアス先輩や生徒会長で悪魔のソーナ先輩とも知り合っている、またはそれなりの仲らしい……意外と世間は狭いもんだな。

 

「あー、知ってるけど……ひょっとして先輩達と知り合い?」

「ソーナちゃんはね、私の可愛い妹なの☆」

 まさかの、ソーナ先輩のお姉さんでした。ソーナ先輩といえば、結構厳しそうな人でレヴィアタンさんとは正反対の性格だ。まさかそれでお姉さんとは――――いや、待て。確かソーナ先輩の名前はソーナ・シトリーだったはず。ファミリーネームが違うのに姉妹なのか?

 

「いや、でもファミリーネームが確かソーナ先輩はシトリーだったような……」

「そうだよ☆ でも、魔王になるとレヴィアタンっていう風に変わっちゃうの☆」

「なるほど、魔王になるとファミリーネームが変わるのか――――って、魔王!?」

 さらっと納得して聞き流しそうになったが、魔王だ魔王。あの、lv20くらいで倒せるのに世界の半分をくれてやるとかいっちょ前にほざいていたあの魔王だ! いや、ニュアンスはちがうけれども。

 

「あれ、俺の知っているのはサーゼクスさんなんだけど……魔王ってそんないるんですか? それともあれですか、私を倒しても第二第三の魔王が―――みたいな感じですか?」

「うん、私を含めて4人いるよ! だから、私を倒してもまだ3人いるんだから☆」

 そう言ってピースならぬスリーピースで可愛く決めるレイヤーさん。

 なるほど、つまりこの人はいわば四天王の中の唯一の女性で、その四天王の上にいるボスと恋仲だったりするパターンが多いキャラ――――じゃない!

 

「へぇー……それじゃ、リアス先輩のお兄さんとレヴィアタンさんと後二人いるんですか……」

「そういうこと☆ あと、出来れば”レヴィアたん”って呼んでほしいな☆」

 レヴィアタンさんはそう言いながらもう一度パチンとウィンクをして星を出す。

 ”レヴィアたん”と呼んでほしいのは分かるが、相手は魔王だ。つまり、結構、というか物凄く偉い人だ。そんな人を”たん”付けするのは少し気が引けるな……。

 

「えっと、じゃあ代わりに”レヴィアさん”じゃ駄目ですか? または”レヴィさん”」

「もう、それじゃ魔法少女じゃなくて魔砲少女だよ。でも、キミが好きなように呼んで構わないよ☆」

 レヴィアさんからのお許しか出てとりあえずひと段落着いた。念のため、アザゼルさんに報告のメールを送ることにしよう。

 

「あ、それじゃちょっと待っててください。ちょっと連絡するんで」

 ケータイを開いてメールを作成する。うーん、どう説明すればいいものやら……そうだ! 報告ついでに少しアザゼルさんを驚かせてやろう。

 思い立ったが吉日、早速カチカチとケータイで文章を打つ。

 ”アキバに着いたらクオリティの高い魔法少女のコスプレした人がいたんで送ります。今、その人とお茶してます”――――と。このメールにさっき撮ったレヴィアさんの画像を添付して送る。

 後はアザゼルさんがぶったまけてどんなメールを返してくるか待つだけだ。

 

「よし、連絡も終わったんで注文頼みますか?」

「お願い☆」

 レヴィアさんも何か頼みたいということなので、机の上に置いてあるベルを軽く鳴らす。

「御待たせ致しましたご主人様。ご要望をお伺いします」

 ベルを鳴らして何秒もせずにメイドさんがやって来た。ここまでの徹底振りだと、プロの領域に等しいんじゃないか……?

 

「それじゃ、紅茶とチーズケーキを一つずつと―――」

「イチゴパフェ一つ☆」

「畏まりました」

 一礼すると、メイドさんは足早に部屋から出て行き、それと同時にケータイが震える。どうやらアザゼルさんからメールが返ってきたようだ。

 

 メールを開いてみると、”落ち着いて聞け、いや読め。信じられんかも知れねェがソイツは魔王だ。サーゼクスに送る手間が省けたな”と書いてある。

「ふふふ……ここで更に焦らせてやるか。”え? アザゼルさん冗談は程々にお願いしますよ”……と」

「? 随分楽しそうなことしてるね☆」

「ええ。その文書を渡してくれた人が、散々俺を弄んだ挙句和平大使に仕立て上げてくれたんで、ちょっとした仕返しを」

 そう話していると、早速アザゼルさんからの返信が来る。

「お、返ってきましたよメール。随分と早い。どれどれ―――”うそじゃないほんとうだおれをしんじろ”だそうです。随分焦ってますねぇ」

 全部ひらがなで書いてある辺り、余程焦っていると見える。よし、止めの返信だ。

 

「”はいはい、オオカミ少年ですねオオカミ少年。全部ひらがなで書いている辺り、生々しい迫真の演技ですね(笑)”……と」

 カチッとアザゼルさんにメールを送る。そろそろ、アザゼルさんがもどかしさと苛立ちでソワソワし始める頃だろう。次のメールが楽しみだ。

 

「いやー、アザゼルさんの焦る姿が目に浮かびますよ――――っと、そういえば。魔王って4人いるんですよね? 魔王っていうのはどんなお仕事をしているんですか?」

「私達魔王は外交とか軍事とか、そういったことを4人でそれぞれ取り仕切ってるの。ちなみに私は外交担当だよ☆」

 なるほど、日本で言うところの内閣みたいなものが悪魔の中にもあるわけだ。とすると、悪魔の中にも法律とか税金とかあるってことか……? 随分とファンタジーなイメージが崩れるけれども。

 

「なるほどー、それじゃあ悪魔にも社会とかがちゃんと形成されてるんですね―――と、アザゼルさんからだ」

 メールを開くと、”もういい、俺は知らん”という投げやりなメッセージ。どうやらもう折れたらしい。あとでドッキリ大成功とでも送っておこう。

 

 ケータイを閉じると、メイドさんがケーキと紅茶のセットとパフェを運んで来た。

「大変お待たせ致しましたご主人様。チーズケーキと紅茶、イチゴパフェでございます」

 チーズケーキとイチゴパフェを置かれて、熱々の紅茶が入れ過ぎず、かといって足りなさ過ぎずの絶妙な量注がれる。

 

「では、ごゆるりとお寛ぎくださいませご主人様」

 一礼するとメイドさんは部屋を出て行った。

「それじゃ早速いただきます、と」 

 フォークでチーズケーキを口に運ぶ。チーズのねっとりとした食感とチーズケーキ独特の甘みが俺の口の中でふんわりと広がり、とても美味い。流石はレヴィアさんがお気に入りの店だ、雰囲気から料理の一品までちゃんとこだわっている。

 続けて紅茶を飲む。姫島先輩の淹れる紅茶とはまた一味違って、とても美味しい。

 

「うーん、流石のおいしさですね」

「ここのパフェはいつ食べても美味しい☆」

 そう言いながらパフェを食べているレヴィアさんもご満悦のようなので、俺も堪能させてもらおう――――

 

 

                        ※

 

 

「――――ふう。美味しかったですね」

「うん☆」

 結局、あの後他愛もないおしゃべりをしつつ、スイーツを食べ終えた。

 ニコニコと満足した顔で店を出る俺とレヴィアさん。メイドさんが深々と頭を下げて俺等を見送ってくれているのがなおさら気分を良くする。

 そのまま少し駅の方へと歩いていくと、レヴィアさんが俺を思ってか心配そうに口を開く。

「でも、私の分まで払ってもらっちゃったけど、大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ、いい店を紹介させてもらっちゃいましたし」

 そう笑いながら言うものの、やっぱりあれだけ美味しいと値段もそれなりにいくもので、俺とレヴィアさんの食べた分で財布の中身は0だ。見事に十円や一円すら残っていない、よってかなり不味い状態ではあるがリアス先輩から借りるから何とかなるだろう。

 

「それじゃ、俺はちょっと済ませる事も済んだのでここらで失礼します。あ、あとその手紙をサーゼクスさんにお願いします」

「分かったわ、任せて☆」

 レヴィアさんはピースしながらウィンクをする。すると、やっぱり星がキラリと落ちていった。

 

 そのまま俺とレヴィアさんは別れ、俺は駅前まで向かう。ワープして飛ばされてきた時とは違って夕日も少し傾いてきた。これ以上遅くなると家に帰れるのがとんでもなく遅くなるだろうしさっさと帰りたいもんだ。

 

「さーて、イッセー先輩に連絡――――?」

 ケータイを開いて電源をつけた瞬間、電源が落ちた。もう一度つけようとするも、電源がつかない。もう一度試してみるも、電源がつかない。つまり――――ケータイの電池が切れたらしい。

 

「おいおいおいおいおい……冗談キツいって」

 どうしてここまで俺の運はおかしなところで発揮されて、こういう時にとことん落ちるんだ?

 確かに、レヴィアさんと一緒に甘味を楽しんでたときに、アザゼルさんにイタズラのメールを送ったり、チーズケーキを食ってる途中でレヴィアさんのいきなりの提案で俺とのツーショットとか撮ったりしたさ。でも、あの時電池は3分の2だったじゃないか。それなのになんでバッテリーがへばるんだここで。グリコーゲンが足りてないのか? バッテリーだけど。

 

 とりあえず、ケータイが使えなくなったのでコンビニとかで充電するよりは安い公衆電話を探す為に、ついでにレヴィアさんも探すのを兼ねてアキバを歩き回る。ひっそりとした電気屋に本屋やゲームセンター、etc……くまなく探してみたものの、公衆電話が見当たらない。これが所謂ケータイの普及による弊害か……便利って不便だ。

 

 背に腹は代えられないので、渋々コンビニで充電をしようと財布を開く。

「……あ、俺無一文だったんだ」

 あんまりにもケータイの電池切れが重大な事件過ぎて忘れてしまっていたが、俺は今1銭も無いノーマネー状態だ。だから、そもそも公衆電話を使うことすら出来ないのだ……。

 

 今度ばかりはもうどうしようもない。レヴィアさんも見当たらないし、そろそろ辺りも本格的に暗くなってきた。俺は歩き疲れた足を無理やり働かせて、駅前のベンチに腰掛ける。

「チクショウ、どうすりゃいい……? 金も無ければ時間も無い俺に今何が出来るんだよ……?」

 そんな嘆きは誰に聞かれるわけでもなく周りの音にかき消されていく。

 ああ、家に帰りたい。俺の物であふれかえった小汚い部屋の布団で寝てしまいたい。

 

 しかし、そんな願いが叶うわけも無い。こういう時こそ、リアス先輩とかが魔方陣から現れて願いを叶えてくれればどれほど楽か。しかし、その例の先輩たちを呼び出すビラなんてのがここにあるわけでもないし、持っているわけでもない。

 

「こういう時にトラエストが使えたら――――?」

 トラエスト。それは簡単に言ってしまえば、つまりはワープできる魔法だ。そして俺は姫島先輩の電撃くすぐりプレイを受けて、マハジオ等の魔法を覚えたことがある。さらに、俺は一回アザゼルさんのわけの分からん機械でワープされた……ということは、だ。

 

「今の俺ってトラエスト……使える、か?」

 どうして疑問系なのかというと、今まで覚えた魔法は、使えるというのが体に染み付いているというのか、例えてみると”練習してなくても年を重ねたら自転車に乗れるようになった”みたいな感覚で”気づいたら当たり前に出来ている”といった感じが殆どだ。

 だが、トラエストだけはその感覚が無い。その間隔よりはもっと不安定な、言わば”自転車に乗れるだけ”みたいな感覚で、それこそ成功するかどうかも分からない。

 

「一か八か……やってみるか? いや、でもな……」

”ご主人様、何やらお困りのようですね”

 俺が悩んでいると、いきなりどこからともなくエンジェルの声がする。

 

「えっ? エンジェル、お前何処? ていうか、人前に出るなよ周りがパニック起こすだろ」

 辺りをパッと見てみたものの、エンジェルらしき人影が見当たらない。いや、見当たられても困るわけだけれども。

”私は今、COMPを通じてご主人様に話しかけています。これはなかなかに疲れるのですけれども、どうやらお悩みがあるようですし、何かアドバイスをと思いまして”

 そう健気にエンジェルは俺に話す。なんという良い奴なんだ、かなり長い間召喚すらしていなかったというのに、おとなしく俺のために文句も言わずに忍んでいてくれたとは。

 

「ああ、とりあえずトラエストを使いたいんだが……どうにも成功するとは思えないんだよ」

”なるほど……ご主人様。こういうものはイメージする力とそれを実現する力が大事なのです”

 つまり、イメージする力があってもそれを実現させないと意味が無いし、何かを実現させる力があってもその何かをイメージできないと意味が無い、ってことか……。

 

”後者はともかく、前者は自分の経験や体験を元にするのが一番なのです”

「なるほど……やってみる。ありがとな」

”いえ、ご主人様のお役立てが出来て嬉しいですわ”

 目を閉じてイメージすることに集中する。まず、俺の行きたい場所……つまり俺の家を頭の中に思い浮かべる。今は靴を履いているから家の玄関を特に強くイメージする。そしてワープしたときの感覚を頭の中に思い浮かべる。

 足場が無くなって不安定な、それでいて何処となく体が軽くなったような……そう、自分自身が浮いているような――――

 

「お……?」

 突如、またしてもあの感覚が俺の体を襲う。まるで自分自身が浮いているような、足場は無くなっているのにしっかりとそこに立てているような感覚。しばらくするとそんな感覚も消え去り、代わりに温かみのある空気と俺の良く知っている匂い。

 目を開けて確認してみると、間違いなく俺は自分の家の玄関に立っていた。すっかり薄暗くなってしまった廊下の電気をつけ、靴を脱いでリビングへ行くとやっぱり俺の知っている光景が目の前には広がっている。

 

「おお、やっぱりウチだ……家だ……帰ってこれた……! トラエストも習得できたーっ!」

 家に帰れた喜びと安心とトラエストを習得したという喜びと達成感。自分の肩から力が抜けていくのが分かる。カーテンを閉め、玄関の鍵を閉め、テレビを点けてケータイを充電する。

 そのまま座椅子に腰掛けると、うとうとし始めて眠気が襲ってきた。どうやら、トラエストを使ったり色々あったりしたので体が疲れているらしい。

 

 眠気に身を任せ、座椅子に腰掛けながら目を閉じる。できれば、良い夢を見れることを期待しよう。




どうもお久しぶりです。

今回も今回でやたらと長くなってしまいました。仕方ないですね。

なんとか広げた風呂敷を畳もうと絶賛奮闘中です。それにしても、まだまだ描写も文法テクも拙いですね……もう少し頑張りたいものです。

相変わらず今回もレヴィアタンさんの口調がおかしくなっていないかとか物凄く不安です。多分、新しいキャラが出てくるごとに、この不安は消えないでしょう……。

レヴィアタンさんと一緒に写真をとったりお茶をしたことによって、魔王少女ルートを新たに作った若葉君。果たしてここまでルートを作りまくった若葉君はどうなるのか……乞うご期待ください。


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第27話:着火する導火線

 朝―――カーテンの隙間から差す光で目が覚めた。テレビも電気もつけたままだというのに、外から見える日差しは中よりも明るいようだ。

「んー、今何時だ……?」

 テレビを見てみると、朝のニュース番組が映っている。どうやら寝過ごすことはなかったようだ。安心して日付を確認すると、ラッキーなことに学校が休みの休日だ。しかも今週は特売をスーパーでやっている筈……買いそびれないうちに、さっさと朝食を食べて特売に備えるとしよう。

 

 目が覚めたばかりの体を起こして伸びをすると、体のあちこちでパキパキと骨の鳴る音が聞こえる。今日も体の調子は悪くないようだ。

 台所へと足を向けようとすると、留守電が何件かあることに気づく。いやな予感しかしないぞ……?

 恐る恐る用件が何件あるか確認してみると、2件あるようだ。

 

「んー……どうせまた小松原からなんだろうな……嫌だなぁ……でも、小猫さんからの可能性もナキニシモアラズなんだよな」

 小松原が電話している確立はどう考えても高いが、どうせ用件は全部確認しなければいけないので、嫌々1件目を再生すると、案の定小松原からだ。

”若葉、無断欠席とはいい度胸だ。さっさと来い、お前を心配する奴は多いんだぞ?”

 開口一番に不登校を促進するような脅し文句を止めて欲しいもんだ。さっさと消去して次の用件を再生しよう。

 

 2件目は、どうやら小猫さんからのようだ。

”ケースケさん。携帯が繋がらないのでお家に電話しました。大丈夫ですか?早く連絡を下さい、皆が心配しています”

 どことなく焦っているような小猫さんの声。電話のかかった時間帯を確認してみると、どうやら昨日の深夜に電話をしてきたらしい。そりゃケータイも繋がらないし家の電話も出れないわけだわ、寝てるんだもん。

 

「……待てよ? この時間に俺の状態を確認するってことは、何か起きたのか?」

 普通俺がぐっすりと寝ている時間に俺の安否を確認するってことは、少なくとも何か俺に関係あることで事故なりトラブルが起きたってことじゃないか? とりあえず、確認することに越したことはないな。

 ケータイの電源をつけて小猫さんに電話をかける。とりあえず、何事もないと良いんだけどな……。

 

『――――はい、小猫です』

 呼び出しコール3回きっちりで小猫さんが出た。とりあえず、今小猫さんが無事なようで一安心だ。

「あー、小猫さん? 俺俺、若葉だけどさ。小猫さん、大丈夫かな?」

『ケースケさん、連絡をするって約束したはずです』

 俺の質問を無視するほど不機嫌なようだ。若干怒り気味の声がケータイを通じて聞こえてくる。不味いな、機嫌を損ねてそのまま切られたりしたら次会う時が気まずすぎる。なんとか事情を説明して理解してもらおう。

 

「いやさ、ちょっとケータイが使えなくなるところまで行っちゃってたみたいでさ……その、電波が圏外の所に行ったていうのかな、それとも飛んだって言えばのかな……俺にもこないだ起きたことがいまいち説明できなくてさ」

 なんとか上手く納得できるような嘘をつこうと考えるものの、いざという時になると頭がてんで回転しない。かといって本当のことを説明しようも、信じてもらえないだろうしどう説明すればいいのか分かったもんじゃない。

 

『ケースケさん、本当のことを言ってください。怒りませんから』

「いやいやいや、本当なんだって! 昨日なぜか知らないけど、なりゆきで秋葉原に―――」

 全部言い終わる前に、通話が切れてしまった。どうやら、本当に怒らせてしまったらしい……次会った時、気まずいなぁ……トホホ。只でさえ皆に連絡してないから、心配かけてるっていうのにこれじゃ駄目だぞ俺!

 

「へこんでても仕方ないよな……とりあえず、朝食食ったらスーパーで買い物に行くか」

 材料を冷蔵庫から適当に見繕って作って食べる。さて、今日の昼と夕飯は何にしようか――――?

 

 

                        ※

 

 

「ふう、豊作豊作!」

 スーパーから帰る途中、ビニール袋の中にある戦利品を見て思わず顔がほころぶ。

 大ぶりな鯖の切り身や豚のバラ肉、他にもピーマンや玉ねぎなどが格安の値段だったので思わず買ってしまった。しかしこれでも500円で買えるというのだからお得じゃないか。今日の昼は肉野菜炒めに、夜は肉野菜炒めの残りと鯖の塩焼き―――なんて素晴らしいメニューなんだ。洋食も良いがやっぱり和食だな。

 

「随分と楽しそうだな?」

「そりゃもう、最高―――って、ん?」

 ふと振り返ってみると、懐かしのカラワーナさんが。懐かしいなあという思いに浸っていたいが、そんなことをしている場合はなさそうだ。

 何故かって? 物凄く不機嫌そうな顔をしているからだ。……なんかデジャヴを感じるぞ?

 

「ケースケ。質問に答えてもらおうか」

「え? そりゃなんでまた――――いやはい、真面目に答えます。ハイ」

 何か冗談を言おうかと考えていると、カラワーナさんはその考えを見透かしたのか、物凄い怖い顔をしながら睨んできたので真面目に答えることにしよう。

 

「そう、それでいい。まず一つ――――今まで、事前に連絡も無しに1ヶ月程、何をしていた?」

 なんとなく気づいていたけれども、やっぱり怒っている理由はそれか。確かに、アメリカに行く前に何も連絡してないし、帰った後も何も連絡してないんだもんな……。

「あー、はい。アメリカへ行ってました。学校で留学するチャンスがあるっていうんで、試しに志願してみたら……運が良くて当たっちゃったんですよ。で、なにぶん当たるとは思ってなかったんで大慌てで準備してたんで連絡できませんでした。すいません」

 いくつか嘘が混じっているが、アメリカに行ったのは本当のことだし、信じてくれるはず。

 

 カラワーナさんは、嘘か本当か吟味する為なのか俺を試すようにじっと目を見つめている。しばらく俺の目を見続けたが、どうやら信じたらしく大きくため息をつく。

「そうか、ならいい。いや、良くはない。お前がいない間の夕食が質素でな……。まぁ、過ぎた事だ。何処かへ長期間出かけるのなら教えてくれ。そうでないと――――」

「……?」

 カラワーナさんが何か言う前に、少し躊躇うようなそぶりを見せる。何かあったんだろうか?

 

「カラワーナさん? どうしたんです?」

「………」

 俺の問いかけに返事をせずに、そのまま何か考え込むカラワーナさん。一体何を考えているんだろうか。俺が不審に思っていると、カラワーナさんは俺の手首を掴んで引っ張る。

「少し、場所を変えるぞ」

「えっ? あ、はい」

 言われるままに、手を引かれるままに体をそのまま素直に動かす。強く握っていないものの、しっかりと確かに握っているカラワーナさんの手。

 

 俺は、何かとても深刻な話があるとしか思えなかった。

 

 連れて来られたのは、静かな朝の人気の少ない公園のベンチ。カラワーナさんはそのまま腰掛ける。これは俺にも座れということか。

 ベンチに腰掛けると、カラワーナさんは何かを思い出すように、何処かを見ているのか分からないまま口を開いた。

 

                         ※

 

 ―――昔、それは途方も無い程ではないが昔の話だ。お前達の言う所の第一次世界大戦……だったか? その頃だ。私は今のように人間界に居た。その頃も、今とそう大して変わっているとは感じなかった。ただ、人間達が殺し合いをしているだけだからな。

 

 その頃はまだ、私はレイナーレ様やドーナシークやミッテルトとは出会っていなくてな、適当な廃教会を根城にしていてな、特に変わらぬ日々を過ごしていたさ。

 

 ―――ある日、おかしな男が私の所を訪れてきた……単なる偶然でな。その男は、私が堕天使ということを恐れずに普通に話しかけてきた、珍しい男だったよ。その日から毎日、その男は私の元を訪れるようになってきた。私も最初は暇つぶしには丁度いいと思っていたんだが――――会う度に、その男を気に入り始めたんだよ。

 

 その男は、自分は軍人だと言っていた。わざわざ同族を殺す仕事をしていて楽しいか、とからかったこともあったが……何処か自虐的な笑い方をして、そのまま口を閉じていた。今になって我ながら愚かだったと分かったよ。軍人というのは、殺す為ではなく何かを守るために居ると知った今ではな。

 

 日が暮れれば、私の元にその男がいつも訪れる―――それが当たり前、いつまでも続く事だと思っていた。そんな筈があるわけ無いのにだ。滑稽な話だな、私達堕天使と人間では生きる時間が違うというのに……。

 

 いつも通り、男が私の元に訪れてきたある日……男が、戦争をしに遠出をすると言ってきた。すぐに終わる、クリスマスまでには帰れる、と言って笑顔で去って行き――――クリスマスどころか、何年経とうと帰ってこなかった。

 

 予想は出来ていた。男がどうなったのかも。何も悲しいことは無い、また一人で過ごすだけ……そう強がっていたがな、きっぱりと諦めがつくまでの夜はいつも、寂しさに襲われていたよ。

 それから時が流れ、レイナーレ様達と出会い――――川でお前を拾うまで、さっぱりとその事は忘れていたんだがな……。お前と出会ってから、その男のことを思い出し始めた。

 

 ――――以前、お前が悪魔の臭いを漂わせながら来た時、どうして殺さなかったか。そうお前は質問しただろう?

 

 それはな、似ているんだよ。お前とその男が何もかもがな。

 

                         ※

 

「……まあ、そういう事だ。だから、長い間何処かへ行くなら、せめて何か言え。何も言わずに何処かへ行くな。そのまま、二度と戻って来ない奴を待つ時の気持ちは―――もう、味わいたくないからな」

 カラワーナさんは、何処かを見つめると俺の目を見てそう話す。

「分かりました」

 ただ、俺はカラワーナさんの話を聞いてうなずくしかなかった。その反応を見て一応は安心したのか、微笑みながらカラワーナさんはベンチから立つ。

 

「あまり真剣に返事をするな、調子が狂う。ただ、心配する者の気持ちを汲み取れということだけだ」

 何という酷い言いようだ。でも、さっきの表情を見て反論する気も起きない。ずるいもんだぜ、ホント。

「真面目に返事するだけでこれですか……まあ、それはともかく。まず一つ、って事はもう一つぐらい質問があるんですか?」

 そのまま立ち去ろうとするカラワーナさんだが、それを聞いて何かを思い出したかのように立ち止まる。おいおい、もしかして俺が言わなかったらそのままどっか行く気だったのか。

 そんな俺の心配を他所に、カラワーナさんはただ一言だけ告げる。

 

「ああ、別に大したことじゃない。ただ、お前と同じぐらいの年のシスターを見たら教えてくれ。それだけだ」

 そう言ってカラワーナさんは何処かへ行ってしまった――――。シスター……つまりアーシアさんが逃げ出したって事は、そろそろレイナーレさんの行う儀式が近いってことか。どうやら俺も、うかうかと夕飯の準備だけをしている暇は無いようだ。

「やれやれ、どうして俺の知り合い同士が殺し合いを始めるんだか。確かに、戦争なんざ糞食らえだね……」

 ベンチから立って荷物を持つ。さっさと家に帰ろうか……色々と準備が必要になるだろうしな。

 

 買い物から帰る途中、別の公園でイッセー先輩がうんていで懸垂しているのが見えた。どうも、あんまり鍛えてないのか5回程やったところで力尽きて尻餅をついてしまっている。おいおい、悪魔になってそれは流石に情けないぜ先輩……。

 流石にあれを見てしまった以上は通り過ぎるのもアレだからせめて声の一つでもかけておこう。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 俺が声をかけると、イッセー先輩は慌てて立ち上がって尻についた土埃をパンパンと払う。

「ケースケ!? お、お前もしかしてさっきの……」

「ああ、見てましたよ。懸垂5回くらいやって力尽きてるところまで全部」

 俺が正直に言うと、イッセー先輩は情けなくへなへなと座り込んでしまった。あーあ、これじゃさっき土埃を払った意味が無いですよ先輩。

「イッセー先輩、ほら汚いですから立ってくださいよ」

 手を差し出すと、イッセー先輩はヨロヨロと立ち上がる。まるで生まれたてのヤギか羊の赤ん坊じゃないか。よほど疲れたのか、それとも何か悩みがあるのか……。

 

「俺さ、悪魔になったんだよな……。でも、全然強くないんだよ」

 ボソッと、イッセー先輩が呟く。

「だから、強くなろうと今こうして懸垂やってたんだけど、見ての通りこんなんで……。これじゃ、強くなんかなれる訳ないよな」

 そのままイッセー先輩は自虐的に笑う。まるで、少し前の俺みたいだ。守りたいものがあるのに、自分の力が足りないせいで、守れなかった。そういう後悔と自虐の感情。なんとなく他人行儀に、はいそうですかで済ませたくなくなってきた。

 

「先輩、いいですか? 強くなるつったってね、lv1のキャラが強いけど経験値ウハウハなモンスターを狩れるわけないじゃないですか。少しずつ、地味にやっときゃ強くなりますよ。それは自分だけが感じれるものじゃなくて、他人も感じれるものなんです。いいですか? つまりは一に鍛錬二に鍛錬、三、四は飛ばして五百まで鍛錬です」

 そんな俺の言葉を受けて、イッセー先輩は少しだけ元気を取り戻し

 

「そうか……そうだよな! ケースケ、ありがとうな。おかげで元気が出てきたぜ! とりあえず、懸垂30回!」

 少しどころか全快して元気が有り余ってもう一回懸垂にチャレンジするようだ。これなら、やりすぎて空回りして大怪我するか、翌日筋肉痛になること意外はもう心配は無いだろう。筋肉痛になったとしても先輩にはいい薬になるだろうしな。

 

「1、2、3……!」

「ほーら、あとそれを9セットやるんですよ」

「分かってらぁ!」

 俺の煽りに元気よく答えるイッセー先輩。しかし勢いはいいものの、やっぱりどうやっても5回近くが限界らしい。こればっかりは、時間の問題だ。毎日毎日地道に鍛えて頑張るしかないな……。

 

『イッセーさん?』

「ほーら、先輩。先輩の知っている人が見てますから恥ずかしいところを――――ん? 英語……?」

 誰かのイッセー先輩を呼ぶ声に振り返ってみると、そこには金髪のシスターの格好をした女の子が。シスターの姿といい、このいかにも運動神経が0に近そうな感じ――――間違いない、この人がアーシアさんだろう。

 

「アーシア――――っ!?」

 器用に懸垂をしながら驚くイッセー先輩。だが、驚いた拍子に肩の筋肉の筋でも思い切り伸ばしたのか、僅かなうめき声と共にイッセー先輩はさっきよりも酷い転げ落ち方をしてしまった。これは下手すりゃ骨折する転び方だぞ……大丈夫か?

 

「ちょ、先輩大丈夫っすか!」

 先輩に近づくと、どうもそこまで酷くは無いようだが擦り傷が酷い。傷口を綺麗にしないとすぐに膿んで酷いことになりそうだ。

『イッセーさん、じっとしていてください……』

 俺が先輩を立たせようとする前にアーシアさんが駆け寄って傷口に手をかざす。すると、傷口を緑の光が包み、見る見ると傷口がふさがっていく。その様はまるで傷が出来るまでの映像を逆再生したようだ。

 

『―――おお、コイツはたまげた』

 思わず感心してしまうほどの回復だ。ディアの何倍も強い、ディアラハンもここまでいくかどうか、という程の回復量だ。流石はシスターさん、人を癒したい、助けたいという気持ちの強さが伝わってくる。

『これで、大丈夫だと思います。次は肩を……』

 同じように肩も治療していく。生傷にも対応しているなんて便利だな、ディアとかも確か対応できるはずだったけど。

『はい、これで終わりました』

 アーシアさんが治療を止めると、イッセー先輩が恐る恐る肩や腕を上げたり、グルグルと回したり、膝を延ばしたり曲げたり、腿上げをしてみたりすると、さっきの怪我が嘘のように軽やかに動いている。

 

「おお、全部治ってる! 膝も肩も!」

 怪我の治ったことが主な理由なのか、さっきよりも更にテンションが上がってきているイッセー先輩。このまま更に怪我をしたりしないか非常に心配だ。

「先輩? そのまま怪我をしたら恥ずかしいことになりますからね――――と、あんまり話し込んでると、買った魚とか肉が痛むんでそろそろ俺は行きます」

「おう、じゃあなケースケ!」

 イッセー先輩に軽く手を降ると、先輩も振って返す。先輩はこのまま筋トレか、アーシアさんと話すのかは知らないが、さっさと家に帰って冷蔵庫に素材を放り込まないとな。

 

『あ、あの―――』

 そのまま家へ帰ろうとすると、アーシアさんが俺を呼び止める。なんだ? 俺に何か用だろうか。

『えっと、自己紹介をするのを忘れてました。私、アーシア・アルジェントです』

『ああ、俺も自己紹介してなかったね。俺は若葉啓介。イッセー先輩と同じ学校に通ってるんだ。あ、そうだ。イッセー先輩は気をつけないと怖い目に遭うからね、気をつけたほうが良いよ』

 どうやら自己紹介をするだけだったらしいので、適当に挨拶をしてイッセー先輩の危険さを忠告しておく。一応先輩がアーシアさんを襲うことはないだろうけれども、心配に越したことは無いしな。

 

「おいケースケ!聞こえてるっての!」

「冗談ですよ冗談。でも、金髪ブロンド娘とか俄然OKでしょ?」

 事実を言われて憤慨するイッセー先輩だが、俺の質問にニヤリと笑って親指を立てる。どうやら、その通りということらしい。相変わらずの変態っぷりで何よりだ。

 

『それじゃ俺は買い物の帰りでさ、早めに帰らないと傷んじゃうからこれで』

 これ以上鯖の切り身や豚のバラ肉を日光に晒すわけにはいかないので、足早に立ち去ろうとするものの、もう一回アーシアさんが呼び止める。

『あ、あの……!』

『ん? 何か他にあった?』

『いえ……』

 何か言いたげだが、そのまま口を塞いでしまった。なんだったんだろうか?

『あー……用が無いなら俺は行くよ。それじゃ』

『はい、またお会いできるかもしれませんね』

 アーシアさんにも別れの挨拶をしつつ、足早にそのまま家に直行して冷蔵庫にそれぞれ野菜や肉や魚を入れる。なんとか痛まずにもって帰れたようで嬉しい限りだ。

 

「さて、お昼の準備もいいけど色々と準備しないとな……。おーいドワーフ、また仕事だ」

 ドワーフを呼び出すと、相も変わらぬ目に悪い紫色の光とともにドワーフが召喚される。その様子からして随分と張り切っているようだ。

「やれやれ、最近は暇で退屈しておったところじゃ。次は何を作るんじゃ?」

「ああ、次は色々と作ってもらうぜ? まず――――」

 ドワーフに、今回無事にレイナーレさんをとっちめた後に何の面倒を起こさせることも無く済ませるためのアイテムを色々と注文する。仕組みから強度まで、事細かに指示する。

 

「―――ふむ、まあからくり物を作るのは悪くないんじゃが、儂等ドワーフは武器を作って何ぼじゃて……まあ、愚痴は良い。代償はいつもどおりでいいな?」

「ああ、分かってるよ。いつも通りのあれだな? こっちもそうそう手に入れにくい物だってのに」

 ドワーフは一度受けた注文はしっかりとやってくれるのだが、いかんせん代わりの報酬がなかなかに難しいものなんだよな……。

「それでも結局手に入れられるのがお主じゃろうに」

「ああ、分かってるよ。報酬は――――」

 そう、その報酬というのが。

 

「―――”どっきゅん☆ポロリどころじゃ済まされない! ドキドキ真夏の夜の女性達~美しき百合の世界~”だったろ? あれ、本当に手に入れるの大変なんだからな……?」

 そう、報酬というのが超レア物のエロ本なんだ。流石は神の武器の報酬に女神を要求したエロジジイだ、いい趣味してやがるよホント。

「うむ、あれでなければ”知られざる女性刑務所の実態! 女性囚人同士の熱帯夜”でも構わんぞ」

「ホント、いい趣味してるよ……おれが読んだ後でいいか?」

「汚したらもう一冊じゃぞ?」

「誰が汚すか!」

 なんという事を言うのだろうかこのエロジジイは。そんなことをするはずがないだろうに、超レアなエロ本を汚すなんてとんでもない。いや、普通の本でも汚すのはとんでもないことだけれども。

 

「とりあえず、きちんとやってくれよ。夕暮れまでに、手早に確実に頼むぜ」

 俺のこの発言に自分のプライドを傷つけられたのか、ドワーフは少しふんぞり返りながら偉そうに返す。

「当たり前じゃ。儂等のドワーフのモットーは”早い、確実、高い報酬”じゃからの」

「見返りが高いってのは自覚してんのな……」

 尚更タチが悪いな、このエロジジイ。

 

「それでは、さっそく仕事に取り掛かるとするかの。さっさと堪能したいからな」

 そういう言うとドワーフはCOMPの中に戻っていった。ドワーフが物を作っているところを見たことはないが、神の武器すら作る職人さんだ、なんだかんだですぐに作ってくれるだろうしな。

 

 今は昼前、一応夕暮れまで時間はたっぷりとある。今のうちにやれることをやっておこう。




どうも、なんとかここまで来れました。いよいよ1巻クライマックスへ秒読みが入りましたね。

今回は前回より少し控えめの文量にしてみました。まあ、前回が異常に多かったっていうのと丁度区切りが出来たんで切っただけなんですけれども。

今回も今回で相変わらずカラワーナさんの方が他の堕天使3人とは格段に出番が多いのはお約束です。私のモチベーションがあがるんですよ、カラワーナさんとの絡みを書いていると(笑)他にも小猫さんとか姫島先輩とかもそうですかね。

もう少しで1巻編も終了です。なのでなるべく早めに仕上げようと思います。目指せGW中。それでは次回を乞うご期待ください。


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第28話:ドカンと弾ける5秒前

 とりあえず腹が減っては戦は出来ぬ、昼になる前には昼飯を用意しよう。腹が減って動けなくなったら元も子もないからな。

「さて、肉野菜炒めの材料は――――と、あったあった」

 材料をまな板の上にドンドンと並べる。肉にピーマン、ニンジンとキャベツにモヤシ……うん、全部揃ってるな。とりあえず野菜を洗ってそれぞれ下ごしらえをしておこう。

 

 何故俺がここまで緊張感が無いのか。それは、恐らくレイナーレさんが動いてアーシアさんをかっさらった後、セイクリットギアを抜き取るまでにそれなりの時間がかかるであろうからだ。そしてそれをいかに早く妨害して、アーシアさんを助け出すのかが今回のレイナーレさん救命の鍵だ。

 

 正直な話、レイナーレさんの命を見逃してもらうだけなら、俺が出て行ってレイナーレさんを殴ってアザゼルさんの所へクール便配達した方が手っ取り早い。でも、それが出来るのなら苦労はしない。

 

 ド腐れ神父フリード君やカラワーナさん達は不意打ちで無力化するからまだいい。ただ、レイナーレさん達含めはぐれ神父達の集団がかなり厄介だ。フリードみたいに飛び道具を持っていたら火力負けすること間違いなし。それに、レイナーレさんも邪魔されまいと必死に俺を止めてくるだろう。今のところ俺とレイナーレさんはそこまで力差はない。だから、はぐれ神父集団に気をとられすぎていても負ける。これは多分、俺の仲魔全員召喚しても変わらないだろう。

 

 もし勝てるとしたら、レイナーレさんを一瞬で無力化した後に俺の仲魔とで全員ではぐれ神父集団と戦うこと。ただ、これは無理だ。おそらく、はぐれ神父に見つかった瞬間にレイナーレさんも気づくだろうしはぐれ神父がレイナーレさんの壁になって攻撃も通らないだろう。

 

 それにいくらレイナーレさんと力差がそこまで無いとはいえ、空を飛べる相手と戦うのは分が悪すぎる。こっちは素手、または鉄パイプみたいなリーチのある武器だろうとそれが届かない場所まで飛ばれたら、こちらがアウトレンジの場所からひたすらに攻撃を受け続けることになる。そこで飛び道具が欲しくなるところだけれど、いくら多少訓練を受けたとしても飛びまわる標的に当てるのは難しいし、当たり所が悪ければ死ぬかもしれない。助けるために戦ったら殺しちゃったなんてブラックジョークは止めておきたいところだ。

 

 破壊魔法は破壊魔法で、ザンを手から衝撃波のように出すことが出来るが、有効射程距離が短い。普通に撃つとスピードはあるがさっきも言ったとおり当てる自信が無い。ジオは撃ち慣れてきているためか、他の魔法よりかはコントロールも得意だし、当てれば麻痺させることもできるかもしれない。だが、これも当てられるかどうか怪しいところだ。

 そして、全体的にジオよりも広範囲に当てられるマハジオは未だ撃ったことが無いからうまくコントロールできるかどうか……手堅く確実にいきたい時の一手としては入れないほうが良いが、土壇場で使うのには良い一手かもしれないな。

 

 他のアギやブフ――――炎や氷の破壊魔法は、精々アギで指先からマッチのように火を出したり、ブフでコップを冷やす程度。普通に撃ち出して他の魔法と変わらないぐらいだ。

 やっぱり、何かもう少し飛び道具が欲しい。今後もこういうレイナーレさんみたいな、空を飛べるタイプの女神転生の悪魔達を相手にする時のためにも何か保険が欲しいところだ。

 

 こういう時にドワーフの仕事なんだけれども、生憎さっき仕事を夕方までに終わらせるように頼んだので今追加注文をするとあのドワーフのことだ、追加報酬やら時間の事で色々と面倒臭いことが起きるに決まっているだろうから止めておこう。

 

「――――っと、料理に集中しないと具材が焦げる」

 考えすぎで野菜や肉が焦げないように、なおかつ均等に熱が回るように箸でかき混ぜるように具材を炒める。後は適当に塩やコショウで味付けをして完成――――なんだけれども、やっぱり対空手段を持ったほうがいいよな。如何にして空にいる敵を引き摺り下ろす、または攻撃を当てるか……それが今後の課題だ。

 

 ここまで考えて、ふと目を下に向けるとそこには、フライパンの中で焦げる寸前にまで火が通った野菜や肉の数々。あわてて火を止めて全体的に焦げているかどうか確認すると、ギリギリ焦げていない。よかった、このまま焦げていたら今日の昼と夜の分の一品がおじゃんになる所だった。危ない危ない……。

 

 何はともあれ今日の昼ご飯の分は完成。あとはこのままゆっくりと――――

「むぅぅ! ケースケ、今日くらいはかまってよー!」

「私もです!」

 するわけにはいかないらしい。ピクシーとエンジェルが我慢できずに飛び出してきた。多分、しばらく召喚されなかったし、勝手に出るわけにもいかない状況が多かったから、色々と鬱憤が溜まっているんだろう。たまにはかまってやるか……。

 

「しゃーない、他の奴等も呼ぶか……おーい! オニ、ガルム、ケットシーにリリム! それと……ドワーフは仕事してるだろうしいいか。ともかく……出て来い!」

 目に悪い光と共にドワーフを除く俺の仲魔全員が召喚される。そのせいか、いつもよりもリビングが賑やかになって何よりだ。

 

「もう、血を吸わせてくれないと禁断症状を起こしちゃうよ?」

 そう言いながらリリムはガオーッと何か猛獣のマネでもするかのように指を曲げて八重歯を見せる。少しふざけてはいるもののやっぱり寂しかったんだろうな……。

「はいはい、血なら後で吸わせてやるから。というか夢魔のお前が血を欲求してどうするんだ? 吸血鬼じゃあるまいし」

「血から精気吸い取ってるのー! それとも……他の方法で貰ってもいい?」

 リリムは妖しげな笑みを浮かべながら俺ににじり寄る。流石は夢魔といったところか、物凄い元が可愛いし惹かれそうになる。だが、生憎童貞をささげる気は無い。捧げたら捧げたで、主従関係とか逆転しそうだしな。

 

「むー、釣れないなぁ……」

「もう、ご主人様をみだらに誘惑してはいけませんよ」

「ぶーぶー……」

 頬を膨らますリリムをエンジェルが軽いお説教をする……なんて平和なんだ。妹を叱る姉みたいな感じで、見ててとても微笑ましい光景だ。

 

「悪くねェな。悪くはねェ……」

 オニもその光景を見てニヤついている。どうやら色々と分かっているようだな、コイツもコイツで。相変わらず趣味だけはいい趣味してるよコイツは。

 

「な? 悪くないだろ?」

「エンジェルってぇと頭がお堅い説教屋とばかりに思ってたんスけどねェ……コイツァなかなかに悪くないっスよ。アニキもいい趣味っスねェ?」

 オニは更にニヤけながらも俺をひじで小突いてくる。それを見てエンジェルが

「貴方の行動はCOMPの中でよく見ておりましたよ。お仕置き……されたいですか?」

 ただそう言いながら笑う。ただ、その笑顔とは裏腹に声のトーンがとてつもなく低くて……とてつもなく、怖い。

 

「イヤ、何でも無い……デス、ハイ」

 流石のオニも並々ならぬ何かを感じたのか、いつもより3割増しくらいで丁寧語を使っている。なるほど、確かにあれはとてつもなく怖いな……。

 そう思っていると、オニがエンジェルに聞こえないように小さな声で俺に耳打ちする。

「アニキィ……やっぱ女ってのはおっかねェモンっスね……」

「ああ、俺もそう思う……」

 俺とオニの意見は完全一致したようだ。二人揃ってため息をついたところをエンジェルがクルリとこちらを見て笑う。

 

「聞こえましたよ?」

「「はい、すんませんでした」」

 綺麗に俺とオニは土下座をする。そうまでしないと、後で何されるか分かったモンじゃないからな。笑顔だけでここまで威圧できる女の人って怖いわ……。

 

「クゥーン……オレサマスコシ、サミシカッタ……」

 次はガルムが擦り寄ってきた。擦り寄ってくるのはいいんだが、首輪のトゲが軽く俺の体に刺さりかけていて非常に危ない。せめて首輪を外れないかどうか後で試してみるか。

「分かってる分かってる、お前とリリムが一番出番無かったもんなー。結局なんかとりあえず新キャラだから顔見せしといたまま、人知れず物言わぬモブキャラになるであろうタイプだったもんなーお前」

「オレサマ、ソレイワレタクナカッタ……」

 ガルムはうな垂れてしょんぼりとする。耳まで下にパタリと落ちていて、とても申し訳ない気分になる……。せめて少しぐらいは機嫌をとってやらないとな。

 

「ほら、今日の昼の野菜炒めの肉が少しあまったから。そんなにしょげるなよ」

 冷蔵庫から豚のバラ肉を取り出してガルムの前に置く。すると、ガルムは尻尾を振りながら嬉しそうに近寄って豚バラにがっつく。これはこれで可愛いな……。

 

「オレサマ、アブラミモイイケド、ウシノロースガオコノミ」

「牛ロースとか絶対くれてやるか、勿体無さ過ぎるわ」

 軽くガルムの頭をパシパシ叩く。ガルムは喉を鳴らして随分と楽しそうだ。

 

「ねぇねぇ、ケースケ。和気藹々としている所悪いんだけどさー」

 つんつん、と俺の肩をピクシーが叩く。どうもピクシーの手が小さくて叩くというよりも、つつくという方が近いかもしれない。どうしたんだろうか?

「どうした?」

「んとねー……料理、冷めかけてるよ?」

「おっと、忘れてた」

 急いで丼に飯をよそって箸を用意する。野菜炒めの温度を確かめるために混ぜてみると、どうやら中に熱が篭っていたのか熱々の湯気が上がってきた。これ以上冷まさないために早めにいただこう。

 

「ねぇねぇ、ケースケ。アタシも少しもらっていい?」

「ご主人様、私も少々頂いても……」

 ピクシーとエンジェルが、なにやらもの欲しそうな顔をしている。どうやら、少し肉野菜炒めをくれということらしい。まあ、少しぐらいはあげても良いか。

「ほら、取り皿と箸。あとピクシーはいつも通り爪楊枝な。あとは、お前等も食うか? 野菜炒め」

 エンジェルとピクシーに適当に野菜炒めを盛り付け、オニやリリムにも欲しいかどうかを聞く。まあ、リリムは食う物が違うから必要ないかもしれないが念のためだ。

 

 とはいえ案の定、どちらの反応も薄くオニは

「あー……アニキ、オレァ今腹減ってねェんでいいスよ」

と首を横に振りながらあぐらをかき、随分とくつろいでいる。リリムもリリムで

「うーん……精気の方が欲しいかな。くれるなら今すぐにちょーだい♪」

そう言いながら俺の方に妖しい笑みを浮かべながらにじり寄ってくるのでデコピンで撃退し、飯を盛ることにした。

 

「あうー……ケースケのデコピン痛いよ」

「汝濫りにやらしい事に手を出す事なかれって聖書でも書いてあっただろ、確か」

 冗談半分でそういうとリリムは思いっきり不機嫌そうな顔をして頬を膨らませる。

「いいのー、悪魔だもん。夜魔だもん。カトリックでもプロテスタントでもないのー!」

 これ以上はおちょくると本当に押し倒されそうなので、後でちゃんと血を吸わせてやろう。

「OKOK、そこまで腹減ってるなら飯食ったら吸わせてやるからな」

 その一言にリリムの表情はは一気に上機嫌なものへと変わっていった。現金な奴め。

 

「それじゃ……いただきます」

「「いただきます」」

 まずは野菜炒めを口に入れる。野菜にも肉にもきちんと通っていてかみ締めると肉汁が口の中に溢れ――――

 

 

 

「味薄っ……」

 エンジェルとピクシーもこの微妙な野菜炒めを口にして何とも言えない顔をしている。やっぱりこれはあんまり美味くないよな……。

「肉汁というよりは、ただの油ですね……。味付けはしましたか?」

「味付けは、確か塩を足して―――あっ」

 記憶を少し前にまき戻してみると、確かに塩で味付けをしようとしたけれども色々と考えていて結局、塩を手にしたものの味付けはしてない事に気づいた。なんというポカだ。

 

「あーくっそ、塩足し忘れた……どうりて野菜とかにも味に物足りなさが出たわけだ」

 急いで塩を台所から持ってきて適当に塩を足して野菜炒めをかき混ぜる。試しにもう一度味見をしてみると、さっきとは違って肉に塩気が、野菜に甘みが加わって美味い。

「うん、今度は大丈夫だな」

「あ、ホントだ。おいしいね」

「簡単な味付けでここまで味が深まるのは塩という海の恵のおかげですね」

 今度はエンジェルもピクシーも美味しそうに食べてくれるので何よりだ。

 

                    ※

 

 昼飯を食べ終え、片付けてやっとリラックスできる時間がやってきた。夜に備えなきゃいけないわけだけれども、ドワーフの仕事を待つしかないわけなので頭を使わずに体力を温存しておきたいところだ。

「うーん、料理って何か欠けると結構致命的に不味くなったりするんだろうなー……」

 そう思わず呟いた所をエンジェルが同意するようにため息を吐いた。

「ええ、そうですね。私も一回料理を興味本位で一回作ったことがありまして……案の定失敗しまして」

「へぇ、エンジェルも料理作ろうとして失敗したことあるのかー。まあ、料理なんて練習すりゃ上手に作れるようになるだろ」

「そうですけれども……その、なんと言ったらいいのでしょう」

 エンジェルは何か言いたそうだが躊躇っているのか、腕を組んで何か考え込んでいる。珍しい、素直に言えることはスパッと言って言えないことは言えないと断言するタチだと思っていたんだけどなぁ。

 

「余程の事でもないんなら俺は怒らんし、言ってみ?」

 そう言ってようやくふんぎりがついたのかエンジェルは少し恥ずかしそうに口を開く。

「あの……ご主人様、今もその失敗した物が……その、凍らせて……あるんです。冷蔵庫に」

「ああ、なんだそんなことか。別にそれなら何にも問題ないけど」

 しかしエンジェルはまだ何か隠しているのか、もじもじとしたままそのまま口を閉じてしまった。これなら実物を拝んだ方が早いな……見てみるか。

 

「よーし、そんなに凄いならちょっと解凍してみるか」

「どうなっても知りませんよ……?」

 ここまで念を押してくると怖いものがあるものの、怖いもの見たさで冷蔵庫の冷凍室を探る。中をパッと見てみると、いつもどおり冷凍食品やらアイスやら、普通の物が敷き詰められている。

 

「んー……奥のほうか?」

 更に物を掻き分けていくと、タッパーを一つ見つけた。今までタッパーに何かを入れて冷凍した覚えはないので、恐らくこれだろう。

 蓋を開けると、なんと言えばいいのか名状し難い臭いを放っていて、色はヘドロを思い浮かばせるような色だ。

 

「これ……産業廃棄物?」

「いえ、これは凍っているのでこのような臭いを放っているのです。解凍してみれば分かります」

「ホントかよー……」

 とりあえず、エンジェルの言うことを信用してタッパーにラップをかけ、電子レンジに入れる。そしてそのまま解凍すること数分。

 

「大丈夫か……これ、本当に」

 電子レンジから取り出したタッパーのラップ部分が水滴や水蒸気で曇ってるので中身はよく見えない。本当にこれは食べても大丈夫なのか……?

 恐る恐るラップを剥がすと、湯気と一緒になんともいえぬ程よい匂いが鼻をくすぐる。例えるなら、そうだ。海苔やカツオでとったダシなどの匂いを混ぜた和風チックな匂いだ。そして色は変わらないものの、見た目は多少濃く煮詰めてドロドロになっているように見える。

 

「おお、確かにこれはいい匂いだ。ダシとか煮詰めて限界まで濃くした結果こうなったのか? それなら確かにあのキツい色は納得だわ」

 思わず指で少しすくって舐めてみたくなったが、ぐっと我慢をする。流石にまだ熱いだろうからもう少し冷ましてからにしよう。

 とりあえず少し冷ますために台所にタッパーを置くと、オニが鼻をヒクつかせながら台所に入ってきた。

 

「ンー……アニキ、なんか作ってるンすか? さっきからやたら良い匂いが……」

「ああ、これのことか? エンジェルが作った奴なんだけどさ」

 そう言って俺がタッパーを指で指すとオニは楽しそうにタッパーに入っているダシ汁エキスを指ですくった。不潔なことに、手を洗ってもいない。

「おい、お前な。せめて手ぐらい洗ってからスプーンですくうとかそういう配慮ってモンがあんだろ……」

「まぁまぁ、アニキ。ここは俺が毒見って奴をやるンですよ。多少の無礼は許してくださいや」

 そんな俺の説教もオニの前では馬に念仏のようだ。馬じゃなくオニだけれども。そしてオニは涼しい顔をしてそのまま口に含んだ。

 

「……美味いか?」

 オニはしばらく口の中でゆっくりゆっくりと味わっているのか、うーんと唸ってから一言。

「シイタケの旨味にコンブと海苔の風味、後はなンですかねェ……カキのエキスも混ざって――――」

 そこまで言った所で、オニの様子が少しおかしくなってきた。呂律がうまく回らないのか、ゆっくりとした口調になってきていて、非常に嫌な予感しかしない。

「混ざって?」

「非常に―――」

 そこまで言うのが限界だったのか、オニはフラフラと立ちくらみを起こしたかと思うと、後頭部から床にダイビングをした。その際、非常に強く打ったのか、中身のたっぷりと詰まったカボチャを殴って抉ったような鈍い音がしたかと思うと、オニの両腕両足、果ては胴体が一回大きく痙攣したかと思うと、そのままピタリと動かなくなった。

 

「オニ……馬鹿野郎、無茶しやがって」

 息の根を完全に止めるために近づいて脈を確認すると、先ほどの出来事を無視するかのように脈拍はきわめて正常なようだ。やはり首を刎ね飛ばすか心臓を一突きしないと地獄に送り返せないようだ、頑丈な奴め。

「安心しろオニ。今すぐ楽にしてやるからなー……」

 刃の部分が長いのが特徴的な刺身包丁を包丁入れから抜き、オニに歩み寄ろうとするとエンジェルがいきなり焦ったようにオニの前に立ち塞がった。

 

「ご、ご主人様!? 一体何を……」

「安心しろ、ちょっと処方してやるだけだから。大丈夫大丈夫、動いてる物止めるだけだからさ」

「それは処方じゃなく処刑ですよね!?」

「そうとも言う」

「そうとしか言いません!」

 ノリノリで突っ込んできてくれるエンジェルをさておき、更にオニに歩み寄る。

「だ、駄目です! 殺生はよろしくありません! 確かに一回死んで無間地獄で数兆年苦しみぬいた挙句大量に掃いて捨てる程居る中の亡者Aみたいになられた方が身のため世のためになるような相手でも殺生はいけません!」

「いや、その言葉だけでメンタルが弱い人一人殺せそうな言葉だぞ、それ……」

 思わずドン引きして一歩身を引く程酷いが、何が恐ろしいってエンジェルはこれを無意識にやっていることだ。よくもまぁここまで人、というよりは悪魔の心をズタズタに引き裂くような事を言えるもんだ。これを無意識のままならともかく、意識して言っているのだとしたら末恐ろしい。

 

「と、とにかくいけません!」

「冗談だって冗談」

 これ以上ふざけるとエンジェルが何かやらかしそうなので刺身包丁を元の位置に戻し、オニに近寄る。オニの様子は呼吸も安定しているようだし特に問題があるというほどでは無いように見える。

 

「まあ、これなら放って置いても大丈夫だろ。なんならサンドバック代わりとかサッカーボール代わりにしてみるか」

「そんな酷い事……もしこれで重症だったら」

「ンー……兄貴ィ、いやケースケ。これからは俺の事をアニキって呼ぶんだなァ……」

 必死のエンジェルの弁明も空しく、オニが空気を読まずに寝言を大声で言い出した。しかも、明らかに俺に対して喧嘩を売っているとしか思えない内容をニヤニヤとふざけた笑みを浮かべながら。

 

 俺とエンジェルは無言で顔を見合わせ、頷くとオニの顔面にそれぞれ手を添える。エンジェルはオニのデコを、俺はオニの鼻っ柱に手を添えている。

「「いっせーの……ザン!!」」

「ギプルチッ!?」

 俺とエンジェルの全力のザンをデコと鼻っ柱に受けたオニは、あまりの痛さに意味不明の言葉を発して顔面を手で覆いながら、一本釣りでカツオ漁船の船上に釣り上げられたカツオのように跳ね回ったり床を転げまわっている。いい気味だ。

 

「いやー、悪いなオニ。ついついそんなところで気持ちよさそうに寝てるからザンを撃っちまった」

「アニキィ……そりゃねェッスよォ……」

「大体、兄貴分の話も聞かずに勝手に食って勝手に自滅したバカは何処のどいつだと思ってるんだ?」

「グゥッ……」

 オニも流石に自分に非があると認めざるを得なくなったのか、諦めた様子で口を開いた。

 

「そういや、アレ何なンスかねェ? 口に入れた途端に眠気が襲って来たンスよ」

「ああ、あれか? 俺もよく分からん。ただ、どこかの兄貴分不孝のオニが人の話も聞かないでまんまとモルモットになってくれたから効果はよく分かったぞ」

「相変わらず手厳しいッスねェ……」

「お前が悪いんだろうが、お前が。――――ただ、これを上手く使えば例の作戦が更にグッと成功率も効率も高くなるんじゃないか……?」

 改めてこのエンジェルの作った料理―――もとい非殺傷兵器――を見てみる。もう少し安全性、用量、用法、持続時間を確かめてみないといけない。

 チラリ、とオニの方を見るが……駄目だ。人間でどれくらい効くのかどうかが分からない限り安心できない。そしてここで今すぐ試せる人間は俺一人―――か。

 

「し、仕方ない。俺がほんの少しだけ舐めてこの兵器の効果を確かめるしか……」

「兵器って……そりゃ言いすぎッスよ兄貴」

「ええい、これを非殺傷兵器といわないでなんと言う!睡眠薬か? 薬なのか? これが薬に見えるか? どう見ても薬というよりは人をあの世に送って楽にするための物だろ!?」

「そ、そんな……そこまで仰らなくても……」

 そう言いながらエンジェルがひどく傷ついたような表情でこっちを見ている。まぁ実際は顔を布で隠してるからよく表情は分からないわけだけど。

 

「あー……うん、さすがに俺も言い過ぎたよ。悪かった悪かった」

「では、しっかりと食べてくださいね?」

「えっ」

「……えっ?」

 冗談にしてはかなりキツいことを聞いたような気がする。言うなら、無害な一般人を殺せとか今から銀行強盗して人質と一緒に立て篭れとか、そんなレベルの無茶振りを。

 空耳をしたのかもしれないので一応、再確認のためにエンジェルにもう一度尋ねる。

 

「これを、しっかりと、食べる? スプーンとかでおいしくこれ頬張れって言ってるのか?」

「できないんですか?」

 目を隠しているのに上目遣いでこちらをみるエンジェル。いや、できるできないじゃなくて、それは俺に対して睡眠薬を大量服用して死ねって言ってるのと同意義だぞ……? オニが少し口に入れただけですぐに昏倒するようなモンをスプーン―――おそらくオニが口にした量の10倍、いや15倍は下らない量を一気に人間の俺が服用したらどうなるか……。どう想像しても、その先に待っているのは冷たくなった俺の体を囲む俺の仲魔達とエンジェルが首を吊らんとする勢いで懺悔している光景しか思い浮かばない。

 

 いや、もしかしたら口に入れるだけなら飲み込まないからギリギリセーフかもしれない。いずれにせよ、効果が出るのは口に入ってからか、それともきちんと飲み込んでからなのかも確認する必要はあるわけだしな……。ここは覚悟を決めるしかないか。

 

「よし分かった、やってやるよ」

 スプーンを食器棚から取り出し、一気にすくって口に放り込む。舌触りは見た目と違ってサラサラとしていて悪くない。そして味もなるほど、オニの言ったとおりシイタケの旨味にノリの風味と、カキらしきもののエキスか何かが混ざり合って非常に―――

 

 

「非常に―――」

「非常に?」

「―――不味い」

 なんとか声を搾り出して一言言うと、すぐに眠気が俺を襲ってきた。これは……随分と強力な……本当に、俺もう死ぬんじゃないか……?

 

 眠気で頭をまともに回転させることもままならないまま、俺はそのまま眠りについた。

 

 

 

                     ※

 

 

 

「――起き―――い。――様。ご――人様!? 聞こえてますか! ご主人様! ご主人様!」

「ん……んー……」

 意識が覚醒してくると、エンジェルが必死の形相で俺を抱きかかえていた。どうも視界が激しく動いているのはエンジェルが激しく揺さぶっているからか。あんまりにも激しく俺を揺さぶるのでもう一回俺の視界がフェードアウトしそうだ。

 

「おい、やめ……頭を揺らすな。もう一回気絶するだろ……?」

「ご主人様! お気づきになられたのですね!」

 このままボロボロと泣き出すんじゃないかというほどの勢いの表情でエンジェルが俺に抱きついてきた。一応人ではないのでエンジェルとはいえ、並の人以上の力で強く抱きしめられるので今度は骨がミシミシと軋み始めてきた……俺に何の恨みがあるんだ。

 

「ちょっ、骨……折れ、折れっから、俺が悪かったから、俺が悪かったからベアバックは簡便……死ぬ、死ぬから」

「ああっ、すいませんご主人様」

 慌ててエンジェルが俺を手放すと、まあ当然俺は体勢をまともに取れていないので、そのままあわや床に頭をぶつけそうになったが、何とか手が床につく方が早かったようだ。

 

「危ねっ……危うく二度寝か永眠するところだったぜ」

 少し重い体を持ち上げておきると体が重い以外に特に変わった所はない。多分これはまともな場所で寝てないのと体がまだ完全には起きてないからだろう。あとはどれだけ俺が寝ていたか、だな。

 

「なぁエンジェル、どれくらい寝てた?」

「数時間程は」

 ということはもう夜だ。これは急いで準備をするしかない。幸い、もう俺の頭の中では準備する物も計画も練りに練っている。後は行動を起こすのみだ。

 

「よし、エンジェル!お前も手伝え、少し忙しくなるぞ」

「分かりました。では、まず私は何をすれば?」

「まず、どんぶりにサランラップを敷いてご飯をその上に乗せます」

「はぁ……」

 言われたとおりにエンジェルはどんぶりを用意してくれているので、このまま次の注文をつけよう。

 

「次に、塩を程よく適当に振りかけてラップでご飯を包み、三角形になるように手で少しご飯を固めつつ三角形の形を作ります」

 エンジェルにまかせっきりでは効率も悪いので俺も横でエンジェルに指示を出しながらサランラップに包んだご飯を握る。

「なるほど……少々綺麗に形を作るのは難しいですね」

 エンジェルの握っているご飯の形をみると、三角形にすることを意識しすぎてか、握るたびに形が崩れているようだ。

 

「んー、もう少し強く握ってみれば上手くいくだろ。あ、あと握り終えた奴はそのままにしといて。その後は俺がやっとくから」

「分かりました」

 そんな会話をしているうちに一個目のおにぎりが完成。とりあえず3つ作れば間に合うはずだから、もう一つは俺が作ることにしよう。

 

「ところでエンジェル」

「なんでしょう?」

「お前、どうやったら正16面体を手で握って形作れるんだ……?」

「あら、すいませんご主人様。つい余所見をしてしまいました」

 こんな感じで、果たして無事におにぎりをエンジェルに握り終わらせることはできるのか……?

 

 

                     ※

 

 

「―――よし、無事……かどうかは分からんけれどもおにぎりは出来たな」

「ふう、こういう事をたまにするのは気分転換になりますね」

 楽しそうに微笑むエンジェル。確かに料理は気分転換には丁度いいのかもしれない。まあいつもいつも作っているから特にそうは思わないんだがな。

 

「あとは小道具を用意して終わりか。ドワーフもそろそろ仕事が終わってるだろうし、呼んでみるか……おい、ドワーフ!」

 ドワーフを召喚すると、恒例の目に悪い光柱からドワーフが召喚された。光柱の中心から見える頼もしそうなシルエット。やっぱり、これからもドワーフは頼りにな――――

 

 

「おぉぉぉぉぉぉ! こりゃ凄い! こんな松葉くず―――」

「そぉい!」

 夢中でエロ本を読んでいたドワーフが興奮しすぎて放送禁止用語を発言しそうになったので 、下段回し蹴りでドワーフを蹴り倒す。丁度わき腹にクリーンヒットしたのか、くの字に折れ曲がったドワーフの体は気持ちいいまでに吹っ飛び、壁に叩きつけられた。その際ですらエロ本を片手に持って離そうとしない根性だけは見上げたもんだ。

 

「おい、ドワーフ。お前、R-15を飛び越すような内容はNGだと言ってなかったか? 四十八手は完全にアウトだバカ野郎」

「うむ……すっかり夢中になって忘れておったわい。例のお主の頼んだものは、もうできあがっとるよ」

 エロ本を懐にしまい、キリッとした表情で仕切りなおしたドワーフは俺に筒状のものを渡してきた。見た目はこの前に作ってもらった発煙筒と殆ど変わらないが、筒のところに小さな爆発のエフェクトのようなマークがある。多分これはドワーフが俺に見分けをつきやすいようにしてくれたんだろう。

 

 ちなみに、これは閃光音響弾―――つまりはスタン・グレネードだ。物凄く強い光と音でパニックにさせたり思考を停止させたりするためのもので、これがあれば恐らくはぐれ神父が何人いようともモーマンタイ。希望的観測はよくないものの、これが無いと有るとではアーシアさん救出作戦の成功率は雲泥の差がある。

「これの使い方も前のとそう変わらないんだよな……しかし、このマークを見てるといかにも爆発しそうで怖いな」

「案ずるでない、しっかりと試しをしておる」

 それならばいいものの、いきなり爆発とかそういうのは勘弁して欲しいところだ。まあ、ドワーフの事だから大丈夫だろ。

 

 そう俺が思っていると、ドワーフは徐にスタン・グレネードをまじまじと見ながらボソリとつぶやいた。

「しかし……儂は武器を作り続けてきたが、なるほど。近頃のものもからくりが施されておって中々に面白い。儂もこういった物を作ってみるのも悪くはないかもしれんのぅ」

 どうやら、割とドワーフは鍛冶だけでなく、こういう現代兵器を作ったりするのもわりと嫌いではないようだ。それなら多分、もう一つ作って欲しいものが今出来たのだけれどもやってくれるかもしれないな……少し頼んでみるか。

 

「あー、ドワーフ。それならお前が好きそうな物を作ってもらいたいんだが―――」

「ほほほ、次の注文は今回の報酬を受け取ってからじゃ。いつまでもツケが溜まってはたまらんからのう」

 俺が全て言うよりも早くドワーフはさっと断ると朗らかに笑った。抜け目のない奴め。まあどうせ今頼もうとも完成するのは後になるだろうから、おとなしくこのまま作戦を開始するに限る。

 作戦に向けた準備のために動きやすい服に着替え、必要な物をきちんとリュックサックなりヒップバックなりに詰め込む。ヒップバックにはもちろんスタン・グレネードと発煙筒を入れて、他にも細々とした物を入れておく。自分で使ったスタン・グレネードで自滅しないための耳栓だとか黒いサングラスだとかだ。

 

「さて、揃うものも揃った。やることも決まった。時間は余裕がある。事を終わらせるのに早過ぎて不味いことはない。早過ぎて悪いのはナニの時だけだ」

「下ネタは厳禁とさっきお主言っておったろう……」

 ジト目でドワーフが横で何か言っているが、気にしない気にしない。

 そのまま俺はケータイでアザゼルさんにメールを送る。内容は、これからレイナーレさん達の確保に向かうので、待機またはいつでも合図に応じれるように準備をして欲しい、といった感じの内容だ。

 

 よし、これで下準備は全てそろった。後は行動あるのみだ……けれど、その前にCOMPにアイツ等を戻しておく必要があるな。

「おーい、そろそろ俺は出かけるから全員COMPに戻すぞ」

「ウース」

「うむ」

「分かりました」

「了解ニャ」

「ケースケ、バイバーイ」

「豚ノアブラミ、ウマカッタゾ……」

 それぞれ、別れの言葉を告げておとなしくCOMPに戻っていった――――が、一人だけCOMPに戻らない奴がいた。

 

「ケースケ……血ヲ吸わせテくれルって……言ッたよネ……?」

 ニッコリとこちらを微笑んでくるリリム。ただ、笑っているだけなのに殺意のようなものをプンプンと感じて仕方ないのはなぜだろうか。

 とりあえず、これ以上血を吸わせてやらないと吸血鬼よろしく襲い掛かってくるだろうからそろそろ血を吸わせてやる必要があるな。少し血をやるのは苦手なんだが……まあ致し方ないか。

 

「ほら、特別サービスだ。時間がないから手短にな?」

 おとなしく首筋を見せると、リリムはさっと表情を変えて喜んで近寄ってきた。現金な奴め。

「いっただっきまーす♪」

 俺の耳元でリリムはそういうと、リリムの唇が俺の首筋に吸い付いた。その柔らかい唇はとてもと言うほどじゃないが、くすぐったい。これが俺がリリムに血をあまり吸わせたくない理由だ。

 どうやらリリムは直接歯を立てずとも血を何か特殊な方法で吸血できるらしい。ただ、吸う時に舌で軽く舐めてきたりするので物凄くくすぐったい。こっちがそう感じるのを分かっててやってるんじゃないかと思うくらいだ。

 

「―――ふぅ。ごちそうさま! おいしかったよ、ケースケ♪」

 リリムは満足そうに微笑むと俺の頬に軽いキスをするとCOMPに戻っていった。こういう所は可愛らしいといえばそうなんだけれども、血を吸わせた後の多少のめまいや少し頭がぼーっとなる感覚が苦手なんだ。これも血をあまり吸わせたくない理由のひとつだ。

 

 これでリリムもCOMPに戻ったので、俺は黙ってオヤジさんに借りてきた店のエプロンを着て、これまた黙って借りてきた空の瓶とケースを持っていく。

 外に出ると、分かってはいたがもうすっかりと夜だ。昼からしばらく時間が経ったので腹も少し減ってきたがそれは後だ。

 

 俺は自転車に乗ってレイナーレさん達が居る廃協会を目指す。俺のハンドルを握る手も、ペダルを扱ぐ足も、いつもより力が篭っていて汗ばんでいる気がした。

 




どうも、久しぶりの更新となってしまい申し訳ありません。そして今回もただ引き伸ばしまくった内容のない回になってしまいました……。

しかし、もうそろそろで第一巻も終わりそうです。あと5話以内には終わるんじゃないでしょうか……多分。いや、おそらく。

次回、いよいよケースケ君のアーシアさん救出計画が始まります。一体、どのような作戦で、どのような展開になるのでしょう……乞うご期待ください。


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第29話:爆発。鳴り響く決戦の合図

 自転車を漕いでいくと、教会が若干見えてきた。

 裏道に確か、”まさか正面から突破してこないだろう”とか考えて正面に見張りすら配置しない、頭が残念なテルミット反応がいたはずだ。

 

 鼻歌交じりに裏道を自転車で歩いていく。テルミット反応はどこにいるのやら。

「こっこはーお国のなんとやら~……」

 鼻歌から更にランクアップして歌を軽く口ずさんでいると、目の前から誰かが木か何かから飛び降りてきた。テルミット反応だ。

 

「ハァイ♪ 下等な悪魔の下――――ってなんだ、ケースケじゃん」

「そういう貴方はペッタン子」

「……たまーに思うんだけど、ウチが堕天使だって忘れてない? アンタ」

 どうやら俺に対してもうキレたりするのはただの体力と気力の無駄遣いだと学習したらしい。

 チッ、これでいつもいつもテルミット反応の発狂寸前じゃないかっていう怒り具合を楽しく鑑賞するのもできなくなった。

 

 しかし、そんなことはどうでもいい。とりあえず適当に機嫌をとってさっさとカラワーナさん達を呼ばせよう。

 俺は腰を90度近く曲げて揉み手摺り手でテルミット反応に話しかける。

「いえいえ、今日は最近の非礼をお詫びにちょっとした差し入れを持ってきたんでございますよ」

「へぇ? ウチらの力をやっと理解できたんだぁ? ま、今までの行動を省みて? ウチに土下座でもしてみれば許してあげないこともないけどぉ?」

「なーに調子に乗って言ってんだ顔面ヘロインドラム缶娘」

「がっ――――!?」

 しまった、あんまりにも調子に乗ってニヤけたドヤ顔で俺の額を中指でグイグイ押してくるもんだから、腹が立って俺の思いつく限りのテルミット反応の見た目を比喩してしまった。

 

 まあおかげでテルミット反応の開いた口がふさがらないというマヌケ顔を拝めるわけだが。

 

「―――もう許さない! 絶対許さないから、極刑確定っしょ!」

 怒り狂ったテルミット反応が俺の胸倉を掴む。やっぱり人並み外れた力だ。このまま口喧嘩をしてテルミット反応を泣くまでいじるのもまあいいかもしれない。しかし、しかしだ。

 

 ……よく考えてみるとレイナーレさん達は罪は軽くなったとしても、万が一、下手すれば俺がこの世界にいる間、いや俺が生きている間に会えるのかどうかも分からない。そう考えると、こうやって喧嘩別れするよりも、俺が後悔しないようにした方がいいのかもしれない。

 

「……うっわ何、その顔。殴る気すら失せるんですけど」

 俺の顔から何か察したのか、テルミットは俺の胸倉を離した。どうやら俺はよっぽどの顔をしていたようだ。

「いや、ちょっと色々あって。これが最後かと思うとさ。なんとなく、これでいいのかなーと思って」

「ハァ? いきなりそんなこと言われても理解できるわけないじゃん。バカ?」

「バカ……まあ、バカかもなぁ」

 

 今までの行いを振り返ってみると、俺も色々と馬鹿な事をしたかもしれない。小猫さんとの約束も破るわ、ご都合主義の如き展開で読者の度肝を抜くわ……。ああ、度し難いことばかりしてるな俺。

 俺がそんな風にボケッと思いふけっていると、テルミットが気味の悪そうな目で俺を見ている。

 なんだ、俺がセンチメンタルな気分になって悪いのか寸胴め。

 

 俺が心の中でテルミットに毒づくとテルミットは軽くにらみつけてきた。

「……今ウチに喧嘩売ったっしょ?」

 どうやら読心術なんていう、今時流行らない無駄な廃れきったテクニックをテルミットは会得しているらしい。自分の中身を外見と同じどおりにしようと時代の流れに必死に追いつこうとして会得したなら、お涙頂戴ものだな。

 

 そんな風な事を考えて余計な時間を費やすのはただのお間抜けな行動なので、適当に誤魔化してさっさとほかの二人も呼んでもらおう。

「気のせい気のせい。カラワーナさんとドーナシークさんいる?」

「あー、今から呼ぶから。カラワーナ、ドーナシーク、デルパ!」

 テルミットは何かを念じるように呪文を唱えると、魔方陣からカラワーナさんとドーナシークさんが出てきた。……召喚した呪文が非常に聞き覚えがあるのは気のせいだろう。

 

「どうした、テル―――ミッテルト」

 カラワーナさんが出てきて開口一番にテルミット反応の名前を間違えかけた。やっぱりミッテルトよりテルミットの方が覚えやすいようだ。

 テルミットはテルミットでカラワーナさんが間違えかけたのを耳ざとく聞き逃さずに食って掛かる。

「今ウチの名前をテルミットって言おうとしたよね! したよね!」

「ああ、すまない。間違えた」

 

 毅然とした態度で謝るカラワーナさんに援護をするようにドーナシークさんがテルミットをなだめるように話しかけた。

「まあ落ち着けアル―――ミッテルト」

 おい、待て今なんと言い間違えたんだ。

 

 それを聞いたテルミットがさらに憤慨して俺たち3人をにらみつけながら半分発狂したように、まくし立てる。

「ウチの名前はミ・ッ・テ・ル・ト! テルミット反応でもアルミノテルミー法でもないっつーの!」

「分かった分かったミ・ッ・テ・ル・ト! さんよ。貴方の名前はミ・ッ・テ・ル・ト! さんだってことはよく分かったから」

 

 次に名前を間違えたらテルミットがキレて話も進まなくなるので今度こそ名前を間違えないように俺がきわめて丁寧に大事なことなので2回言うと、ミッテルトは若干の涙目になりながら三白眼で俺をにらみつけてきた。

「―――ッ! ―――ッ! ――――――ッ!」

 足をバンバンと地面に叩きつけるように地団太を踏むテルミットの口からは言葉にもならない声――おそらく俺に対しての恨みの念が篭っている――を発声している。

 

 さすがにこれ以上やってはテルミットが可哀想だし時間を無駄に食っているのでさっさと謝っておこう。

「あー、うん。その、ミッテルト。ごめん、ちょっとふざけすぎた」

 おとなしく頭を下げると、テルミット反応は敵意むき出しのそろそろ本当に泣き出すんじゃないかという目で口を開いた。

 

「……今、ウチのこと心の中でテルミット反応って呼んだ」

 おう、無駄な読心術使ってんじゃねーぞドラム缶。話が進まなくなるだろ。

「それに今、無駄な読心術使うなドラム缶って思った」

「分かった分かった……お前さんには負けたよ。俺が悪かったよ、ごめんな。ミッテルト」

 さすがにここまでミッテルトをいじめるのはやりすぎたかもしれない。何事もやり過ぎはいけないよな、うん。そうだそうだ。

 

 心の中でも反省しつつミッテルトに頭を下げると、ようやっとミッテルトは敵意むき出しの目で見るのをやめた。そしてこちらを見て話しかけてくる。

「……ホントに反省した?」

「ホントです。ジャポンズヒューマン嘘ツカナイ」

 もみ手すり手でそういうと、ミッテルトは機嫌を良くしたようだ。これで話も進められるのでとりあえずさっさと要件を済ませよう。

 

「あー、それでですね。こんな時間ですが用があってですね。結構大事なんですけど結構簡単に済むんでちょっと聞いてください」

 俺がそういうと、3人共俺の方を向いた。少し緊張もするがきちんと言っておかなければいけないことなので、しっかりと3人の目を見つつ俺は口を開いた。

 

「えっとですね……実は、身の上の都合が色々ありまして。近々、もう会えないかもしれないんですよ……」

 それを聞いたカラワーナさん達は、一瞬の沈黙の後にボソッとつぶやいた。

 

「なんだ、そんなことか」

「はい、そうなんです……。いや、え?」

 思わず耳を疑ってしまうような、思わぬ変化球が飛んできたので驚いた。あれ、夕方まで俺に”勝手にどこかに行くな”とか言ってた人物とは思えないくらい随分とさっぱりとした反応だ。

 

「意外か? 私達を何だと思っている。堕天使だぞ?」

 ドヤ顔でカラワーナさんがそう言って、それに続くようにテルミットが不敵な笑みを浮かべ、ドーナシークさんがうなずいた。

 ただなぜだろう、物凄く堕天使と言われても説得力が足りなくなってきた気がする。最初のときの第一印象と随分かけ離れ過ぎているからだろうか。

 

「場所さえ分かればお前の所に行くことくらい容易い」

「あー、なるほど。そういうことですか」

 つまり移動できる魔法みたいなのがあってそれで行けると。随分と便利だな、悪魔と堕天使。

 何はともあれ、自信満々にそう言われたので安心したフリをしておこう。

 

「じゃあ、また会えますね」

「ああ、いつでも会えるぞ。約束してもいい」

 そう笑いかけるカラワーナさん。俺もそれに答えるように笑い返した。そして、俺はバックからおにぎりを3つ取り出した。

 

「ああ、それと今回ついでにおにぎりも作ってきたんですよ。どうぞ」

 そういって俺は3人におにぎりを手渡す。無論中身の具はエンジェル特製のあの非殺傷兵器だ。

「すまないな、受け取っておこう」

「おお……久しぶりのまともな食事か」

「……なんかウチのだけ正16面体なんだけど」

 上から順番にカラワーナさん、ドーナシークさん、テルミット反応がそれぞれ嬉しそうに受け取ってくれた。若干一命だけいぶかしんでいるように見えるが気のせいだろう。

 しかし、テルミット反応も運の悪い奴だな、エンジェルの作ったおにぎりを手にするなんて。ある意味おいしい所をいっつも持ってくな本当にコイツは。

 

「さ、どうぞどうぞ。食べてつかぁさい」

 俺が3人にそう勧めると、3人ともお握りを口にしてくれた。ちゃんと齧れば一発で中の具が口に入るように考えて入れたので大丈夫だろう。これで後は3人は何を知るわけもなく、ぐっすりと寝て気づけば―――。長くなるだろうな、このしばらくの別れは。

 

「これで少しの間お別れですか……。いや、でもやっぱり、もう会えるかどうか……」

 それを聞いたカラワーナさんが俺に笑いかける。まだ堕天使というだけあって効いてくるまで時間がかかるようだ。

「何を言っている、約束しただろう?」

「そうなんですけど……。いや、やっぱ謝ります。すいません。ホント、すいません……」

「大丈夫だ、安心―――?」

 カラワーナさんがそう言いかけた所でやっと効果が出てきたらしい。多少の立ちくらみを起こしたようにフラフラと立つのもおぼつかなくなってきたようだ。

 

 とうとう立てなくなり倒れ掛かってきたカラワーナさんを俺は受け止める。

「ケースケ……?」

「ホントすいません。ホント……守れない約束させちゃって、すいません」

 俺がカラワーナさんの耳元でそう呟いた頃には、カラワーナさんはもう目を閉じて寝息を立てていた。ドーナシークさんの方は木にもたれかかるようにして、テルミット反応は……生きてるのかどうか分からないが大の字で仰向けに突っ伏して寝ている。

 

 3人をガムテープで手足を縛り、ついでにロープで近くの木に3人を縛り付けておく。さすがに3人を縛るって運ぶと面倒臭いが、これも逃げられないためだから仕方ない。

「後は……念のためにリアス先輩が来たときに備えてこれを……」

 3人の額に紙に”リアス先輩へ、手出し無用です。若葉啓介”と書いてガムテープで貼っておく。これで一応手出しはしないだろう。多分、きっと。

 

 

 とりあえず、最初の段階は無事に終了。次はド腐れ外道のフリード君をどうにかしよう。まあ、不意打ちにせよ、おにぎりを食わせるにせよすぐに終わるだろう。一応ただの人間だし。

 

 教会の前まで来たので、俺は空き瓶ばっかりを積んだケースを持ち運びながら教会のドアを開けた―――が、誰もいない。おかしい、誰もいないのか?

「すんませーん。誰かいませんかー?」

『あーん? 俺っちただいま睡眠中。夜更かしはお肌に悪いんですのー』

 俺の呼びかけに誰かが英語でそう答えると、ベンチから誰かが起き上がってきた。

 この風貌とこの口調……間違いない、ド腐れ外道のフリード君だ。どうやらベンチで寝てたらしい。なにが夜更かしだ深夜でもなんでもないだろうに。

 

『あー、ここにワインを配達しろって言われましてね。今持ってるのと他にあと何ダースかあるんですよ』

 俺がそういうと、フリードは機嫌よさそうに口笛を吹いた。

『ワーオ、あの堕天使のねーちゃん気前いいねぇ!』

 そしてそのままアホ面を引っさげたままフリードは俺の後ろを通り過ぎ、簡単に俺に背後を見せ、覗き込むようにドアから外を覗き込んでいる。

『あ? ワインなんて何処に――――』

「お前に飲ませるワインなんてねーよ馬鹿野郎」

 無防備な後頭部にそのまま空のワイン瓶を叩き込む。なんとも言えない鈍い音がしたかと思うとフリードは無様に地面にキスをしたまま動かなくなった。まあ、生きているだろう。

 念のため脈も確認したが大丈夫だし呼吸もしてるから自律神経は正常らしい。ならとりあえず先に中に入れておこう。

 

 そう思い、俺がフリードを中に入れようと持ち上げたところで、茂みに隠れている小猫さんと目が合った。木場先輩もイッセー先輩も一緒のようだ。やっと本命が到着したな。

 そのまま先輩たちは小走りで俺の方へと走ってきて、まず小猫さんが俺に対して話しかけてきた。

「ケースケさん、こんなところで何をしているんですか」

「ああ、小猫さん。詳しい話は後ね後。あんまりゆっくりしてられないからさ」

 そう言うと俺はフリードを持ち上げるのをやめ、先輩たちを先導するように中に招き入れると、中央にある教卓のような机を指差す。

 

「あそこ、あそこを動かすと隠し階段になってるみたいなんで突入しますよ。まず、俺が……」

 俺が話し始めると、イッセー先輩が俺に対して焦った様子で俺に話しかけてきた。

「なあ、なんでお前がここにいるんだよ! お前、最近連絡つかなかったり小猫ちゃんが心配してたんだぞ!?」

 まあ、当たり前だが俺がここにいることがおかしいのでイッセー先輩もパニックのようだ。木場先輩や小猫さんも随分と俺がいたことに動揺を隠せないようだし。

 

 しかし、そんなことを悠長に話している場合ではない。さっさと儀式が終わる前にアーシアさんを助けないと色々とめんどくさいことしか起きないからな。それにアーシアさんもやっぱり死なせずに助けたい。

 

 俺はゆっくりとイッセー先輩に言い聞かせるように話しかける。

「イッセー先輩。こういうことは初めてですか? 肩の力抜いてください。とりあえず、アーシアさんを助けるのが先ですよ」

「あ、ああ。そうだまずはアーシアを……!」

 急いでイッセー先輩が隠し階段のある教卓もどきへと駆け寄ってどうにか動かそうとするものの、少し重いらしく動かないようだ。

 

「退いてください」

 見かねた小猫さんがワンパンで教卓もどきをふっ飛ばした。相変わらずの力持ちっぷりに少し肝が冷える。よくあんな細腕から力が出るもんだ。

 

「よし、道は開けました。では作戦を言いますから……」

「今行くぜアーシア!」

「ちょっと待てや」

 俺の話を無視して駆け下りようとするイッセー先輩の首根っこをつかんで引き戻す。やれやれ、熱血漢なのはいいんだけれど策を練らないと駄目ですよ先輩。

 

「だから肩の力抜いてくださいって。落ち着かないと助けるものも助けられません。いいですか、私が先導しますので、私の後ろに木場先輩と小猫さん、それと一番最後にイッセー先輩です」

 それを聞いたイッセー先輩が物凄く何か言いたげな表情をしているので、俺は何かを言われる前に付け足すように話す。

「これにはですね、向こうには大量の外道……じゃなくてはぐれ神父がいるので、木場先輩と小猫さんが道を開いて、その道をイッセー先輩が突っ切ってアーシアさんを助けるという一連の手段を効率よくするためです」

「でも、はぐれ神父の他にもイッセー君が言っていた堕天使もおそらく居ると見ていいはずだよ。そう簡単にはいかないんじゃないかな」

 木場先輩が難しげな表情でそう俺に言ってきた。まあ、確かにそうだがこっちには秘密兵器がある、これは少なくともはぐれ神父には聞くだろう。

 

 俺はバックから例の発煙筒と閃光音響弾を取り出す。

「これを使います。これで奴らの目と耳をつぶして、てこずるようであったらこれで煙をまいて視界を塞いでからアーシアさんを奪回します。アーシアさんを奪回するのが今回の目標ですので、取り巻きとの交戦は避けましょう」

「なるほど、奇襲をしかけて一点に集中して相手の反撃を待たずに助け出すんだね」

 感心したようにそう言った木場先輩。我ながらこの作戦は結構出来ていると思う。

「ええ、こっちの方が数は少ないと思われますし、さっさと終わらせますよ。じゃあ付いてきてください」

 

 俺が先輩たちを先導して階段を、なるべく人数を音で判断されないように忍び足かつ迅速に降りる。薄暗い中をヒタヒタと歩いていくと、曲がり角だ。そこから光が差し込んでいるのでその先がおそらく儀式の場と見ていいだろう。

 こっそりと覗くと、やはりビンゴだ。数十メートルくらい先に無駄にでかい階段がありその上にアーシアさんが十字架にかけられていて、その隣でレイナーレさんがなにやら怪しげなことをしている。無論その間に40人程はくだらないはぐれ神父が控えている。

 

 俺の視線に気づいたのか、レイナーレさんはこちらの方を振り向いたので俺はすかさず顔を引っ込め、先輩たちに状況を報告する。

「数十メートルくらい先に無駄にでかい階段があります、そこをまっすぐ行けばアーシアさんと誰かいますね。多分堕天使です。それとはぐれ神父もいます。こちらの10倍くらいは数はいるんじゃないですかね」

 木場先輩と小猫さんは落ち着いて俺の報告を聞く。イッセー先輩も多少冷静になったらしく俺の話を黙って聞いている。

 

「作戦は、先ほど話したとおりです。まず、木場先輩と小猫さんで道を開いてイッセー先輩はすばやくアーシアさんを奪取、それを確認次第とんずらこきますよ」

「ああ、分かってるよ」

「うん、僕も大丈夫」

「分かりました」

 イッセー先輩、木場先輩、小猫さんがそれぞれうなずいた。それを見た俺はサングラスをかける。

「軽く耳塞いでおいてください、物凄い音がしますんで。突入の合図は肩を叩きますので叩かれたら後ろに人に肩を叩いて突入してください」

 

「もう隠れていないで出てきたらどう? 悪魔の皆さん」

 レイナーレさんの声が聞こえる。どうやらこちらに気づいてくれたようだ。手間が省けて助かる。

「それじゃ、ご要望どおりいってきてあげてくださいねっ……と!」

 

 俺は閃光音響弾のピンを抜いて力強く投げる。そして耳を塞ぐと、ほんの僅かな時間を置いて耳を塞いだとは思えないほどの大音量が聞こえてきた。

 あまりの音量に多少驚いたが、効果のほどを確かめるために少し覗いてみると、はぐれ神父達は全員ノックアウト状態だ。それぞれが耳を塞いでうずくまったり、立ったまま硬直していたり、床を転がりまわったり、失神していたりと阿鼻叫喚の地獄を味わっている。

 

「GO!GO!GO! 早く!」

 俺が叫びながら木場先輩の肩をバンバンと叩くとそれに次いで木場先輩が小猫さんの肩を叩き、小猫さんはイッセー先輩の方を叩いて駆けていった。イッセー先輩もそれに負けずと突っ込んでいく。

 そして俺は後方を注意しつついつでも先輩たちが脱出できるように発煙筒を片手に覗くようにして先輩たちの様子を見ている。要は俺はケツ持ちだ。

 

「イッセー君、プロモーションを!」

 駆けながら木場先輩がイッセー先輩にそう叫ぶ。

「プロモーション!」

 イッセー先輩がそう叫ぶと、みるみるとイッセー先輩は加速していってあっという間に階段を駆け上がっていった。どうやら、あれはナイトの駒にプロモーションしたらしい。

 そして、イッセー先輩は一回殴りつけて鎖が壊れないと見るや、もう一回プロモーションをすると今度は簡単に鎖を引き裂いて軽がるとアーシアさんを持ち上げた。なるほど、今度はルークか。

 

 しかし、アーシアさんの傍にはレイナーレさんがいる。無論イッセー先輩を見逃すわけがない。レイナーレさんは光の槍をイッセー先輩に投げつけるが、やはり先ほどの音響閃光弾のために狙いが定まらないのかイッセー先輩はするりとかわすとこちらへと駆け寄ってきた。

 

「先輩、無事ですか! 早くッ!」

 俺がたまらずイッセー先輩をせかすように叫ぶと、回復してきたのかレイナーレさんがイッセー先輩の背中めがけてもう一度光の槍を投げてきた。

「先輩後ろッ!」

 俺があわてて叫ぶが、その間にも光の槍はイッセー先輩が回避するには不可能な距離にまで届いていた。

 

「危ないっ!」

 ここで木場先輩が飛んできた光の槍を一刀両断、スパンと横から真っ二つに槍を斬り捨てた。木場先輩、流石の物凄い腕前だ。

 

 そして木場先輩はレイナーレさんの方を向き直ると剣を構えた。

「イッセー君、君は先にアーシアさんと一緒に! 僕は少し足止めをするから!」

「木場ァッ!」

 心配そうにイッセー先輩が木場先輩に向かって叫ぶ。そして更に小猫さんまでもが木場先輩と並んでレイナーレさんの方へと拳を構えた。

「私も残ります」

「小猫ちゃんも!」

「先輩一人では不安ですから」

 あいも変わらぬ無表情でそうきっぱりと言う小猫さん。木場先輩は苦笑しながらもレイナーレさんの方へと視線をそらさない。

 

 イッセー先輩は俺の所へようやく到着。急いでイッセー先輩に階段を上がらせる。俺はケツ持ちだがこの場合はイッセー先輩とアーシアさんを一刻も早く来ているであろうリアス先輩たちに保護してもらったほうがいいだろう。

「無理しないですぐにこっち来てくださいね!」

 俺はそう叫ぶと急いでイッセー先輩の後を追う。

 

 教会についた後、肩で息をついているイッセー先輩に駆け寄る。

「イッセー先輩、急いでリアス先輩の所へ!」

「ああ、だけど……それはお前がやってくれないか? 俺は今すぐにでも木場や小猫ちゃん達の所へ行かないと!」

「駄目です! いつあそこにいるクソ外道が目を覚ますかも分からないのに、でアーシアさんを運んでいるところを襲われたら、俺一人じゃアーシアさんを守れませんよ!」

 俺の話に一理あると見たのか、イッセー先輩は一瞬と惑っていたが、

「……クソッ! もう少し待っててくれよ、木場! 小猫ちゃん!」

 そう言うと俺にアーシアさんを預ける。俺も急いでアーシアさんを背負うと駆け出す。

 

「急ぐぞケースケ!」

「分かってますよ!」

 俺とイッセー先輩は急いで走り出す。若干足は遅くなるがアーシアさんは軽いので負担にも苦にもならない。

 

『んー……頭イテェ』

「お前は寝てろっ!」

 ダメージから復活した腐れ外道フリードが体を起こしたが、そこをイッセー先輩が勢いよくサッカーボールキックを食らわせた。

 蹴りは見事にクリーンヒット。フリードは汚い雑巾みたいな吹き飛び方をするとベンチに激突し、そのまま物言わなくなった。成仏してくたばってくれ。

 

「えげつないことしますねぇ、先輩も」

「今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇッ!」

 そう言いながら教会を出ようとすると、俺とイッセー先輩の間を何かが通り抜けた。

 

 それは俺の頬をピッと掠め、頬からは少し出血をしている。

「逃がさないわよ」

 後ろから聞こえる声。間違いない、レイナーレさんだ。時間稼ぎが終わるのが予想以上に早い、このままだとアーシアさんを逃がしている暇はない……か。

 

『イッ……セー……さん?』

 突如、このタイミングで俺の背後でアーシアさんの声が。どうやら目が覚めたらしい。丁度いい、このままアーシアさんには逃げてもらって俺とイッセー先輩で足止めをしよう。

 

 アーシアさんを降ろすと、アーシアさんはしっかりと足で立っている。これなら走れそうだが、念のために確認しないといけない。

『アーシアさん、走れますか!?』

 俺がアーシアさんに話しかけると、少し何が起きているのか分からないような目でアーシアさんは答えた。

『ケースケさん……? はい、何とか』

「アーシア! 逃げてリアス・グレモリーって人の所まで走るんだ! 紅い髪をしてるからすぐ分かるから!」

 イッセー先輩がそう言うと、後ろを向いて構える。俺もそれに続いて構えた。

 

「何でお前も逃げないんだよっ!」

「一人より二人ですよ。こういう展開だと、大体敵は負けフラグが立ちますっしょ?」

 驚いた様子で話しかけるイッセー先輩に対して俺は不敵にそう笑い返す。俺の冗談に、イッセー先輩も少し笑いながら構えなおす。

「そうだな……。俺とお前、負ける気がしねぇよ!」

「ええ、俺もそう思います。さ、アーシアさん早く逃げてください」

 振り向かずに俺がそう言うと、レイナーレさんは明らかに小馬鹿にしたように笑い出す。

 

「1と2が合わさったって3じゃない。所詮1000や2000には勝てないのよ」

 それに対しイッセー先輩は自信たっぷりに言い返した。

「1と2? 違う、俺達は二つ合わせて―――1万だ!」

 なんておいしい発言をしたんだ先輩は……今俺が言おうと思ったのに。

 

「あっ、俺が言おうと思ったんですけど……」

 俺がそう言うと、イッセー先輩は笑いながら俺に対して口を開いた。

「へへっ、お前にばっかりおいしい所を――」

 

 

 その瞬間、イッセー先輩の腹に光の槍が突き刺さった。

「ぐっ……がぁぁぁぁぁぁっ!?」

 イッセー先輩が悲鳴を上げて倒れこむ。見てみると、傷は随分と深く出血は激しい。急いでエンジェルとピクシーに治療をしてもらわないと……!

「イッセー先輩!」

「だから言ったじゃない。1と2は合わさっても3なのよ!」

 そう言いながら可笑しそうにレイナーレさんは大笑いをしている。今すぐにでも顔面を殴ってやりたいところだが、今はそんなことをしている場合ではない。まずは止血してディアをしないと……!

 

 

 そう思い、俺がしゃがみこもうとすると、その前に誰かが俺の前にしゃがみこんだ。

『いいえ、お二人だけじゃありません……。私も―――私だって、私だってお二人の役に立てるんです!』

 そう言いながらアーシアさんがイッセー先輩の傷に向かって暖かい、緑の光を当てている。その光に当てられたイッセー先輩の傷はみるみるとふさがっていく。何度見ても凄い治癒力だ。

 

「アーシア……逃げたんじゃ」

 傷が完全にふさがったイッセー先輩がアーシアさんを心配そうに見上げている。

『イッセ-さん。私、決めたんです。このまま逃げていたって、誰かが悲しんで傷つくだけでしかないなら―――私、もう逃げません!』

 しっかりとした目でイッセー先輩にそう話しかけるアーシアさん。これはもう俺達がどう言ったって無理だろう。てこでも動かなさそうなほど、強いまなざしだ。

 

「アーシア……ありがとう。俺、今からお前が生きようとするのを邪魔する奴をぶっ飛ばしに行くからさ。そしたら……俺達、また一緒に遊ぼうな!」

『はいっ……!』

 涙を流しながらアーシアさんがイッセー先輩と熱い王道の展開を繰り広げている。俺とレイナーレさんは全くの空気だ。さっさと倒すようにするからイチャつくのやめてくれませんかね、ホント。

 

「アーシア。本当にもう戻る気はないのかしら?」

 ここでレイナーレさんが空気を読まずに口を開いた。どうせこの展開をひっくり返すのは無駄だというのに、余計にイチャつかせないでくれませんかね。

『はい……。私、もう戻りません』

「そう……残念ね」

 そう言うと、レイナーレさんは表情を変え、飛びながら両手に光の槍を構える。

 

「行きますよ、先輩!」

「応っ!」

 俺とイッセー先輩も構えながらレイナーレさんの方へ駆け出す。

 

 

 ―――さあ、ここからが本番だ。連携と団結の力を見せてやるぜ!

 




 どうも。お久しぶりです。

さあ、いよいよ始まってまいりました。レイナーレさんVSイッセー先輩&ケースケ君。いよいよ物語りもクライマックスを迎えます。

今回はなんとか熱い展開にしてみようと頑張ってみました。いかがだったでしょうか?


次回、果たしてイッセー先輩とケースケ君は勝てるのか。乞うご期待ください。


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第30話:全ておしまい

「無駄よ!」

 そう言ってレイナーレさんは光の槍を投げる。おそらく、まとめて俺達を避けられないであろう範囲内で爆風で吹き飛ばそうって魂胆だろう。そうは問屋が下ろさない。

 

「オラァ!」

 俺は掛け声と同時にイッセー先輩の左手―――つまりセイクリットギアで覆われてる手の甲を引っ掴むと光の槍に手の甲をぶつけて無理受け止める。

 少し鈍い金属同士のぶつかった様な音がしたかと思うと、光の槍は先っぽの部分がへし折れは消えた。よし、駄目元だったけれど成功した。

 

「痛ッッッ! ケースケ、おまっ……俺悪魔なんだぞ!? 光でダメージ倍増だっての!」

「大丈夫大丈夫、セイクリットギアは悪魔で出来てるんじゃないんですから」

 俺が思うに、おそらくレイナーレさんの光の槍は多分色々とおかしい。というよりは、やっぱり不完全なのかもしれない。

 例えば、光の槍を地面に突き刺さると爆発を起こしたがイッセー先輩の体を貫いたときは貫通しなかった。一撃で仕留めるにはどう考えたって、体の中で爆発させた方が威力も高いしグロいしR-18Gとかタグ付けざるを得なくなってこの小説をおしまいにすることだって出来る。

 

 しかし、それができないということは……つまり、光の槍には言ってみればミサイルやロケットみたいなもの……グレネード弾だっていい。そういうのには衝撃信管があって、それがいわば爆弾のスイッチの役割になるわけだ。どうもそのスイッチがレイナーレさんの場合ぶっ壊れていると見て良い。つまり、人間の肉体との衝突での衝撃ではスイッチが反応しないが地面との衝突での衝撃では反応するってことだ。

 今回は、非常に危うい賭けだったけれどもセイクリットギアで光の槍を受け止めてみた。結果は大成功、受け止めたときの衝撃では光の槍は反応しないようだ。

 

 よかったよかった、これでもし爆発したら先輩の左手は弾け飛んでただろう。ついでに俺も多分爆風に巻き込まれてもれなく爆死してたに違いない。本当に運が強くて感謝だ。

 それに、イッセー先輩も痛がってはいるが光でのダメージじゃなくて単に手首を少し傷めたようだしそこまで心配しなくて良いだろう。

 

「さーて、これでもう光の槍は怖くない。一つ武器を潰せましたよ」

「俺の武器も潰さないでくれ……」

 割と痛そうにイッセー先輩はそう言いながら左手をぷらぷらとしている。まあ、多少痛い程度で動かすには全くの問題もないようだ。

 とはいえ、やっぱりイッセー先輩の左手ばっかりに負担をかけるのはあまり良いことじゃない。ほかにも受け止められる物があればいいんだけれども……。

 

「その程度で勝ったつもりなの? おめでたいわね!」

 レイナーレさんはまたしても次の光の槍を投げてようと大きく振りかぶった。無論俺達は無防備に立ち尽くしたまんまだ。

 

「やべっ、流石に暢気に構えすぎた!」

 そう叫びながら俺はとっさに先輩の前に出ると、真ん中でポッキリと割れている壊れたベンチを持ち上げて投げる。半分に割れているとはいえベンチを投げるとは我ながら化け物じみているとは思う。これどんくらい重いんだろうな……。

 

「くっ! 無駄な足掻きをしてくれるじゃない」

 流石にこれは直撃は危険と見たのか、レイナーレさんは投げるのを諦めて回避した。残念、直撃してくれれば一発で昏倒はしないだろうが墜落確定だったのに。

「先輩、俺らにだって対空手段はあります! そこらへんのベンチとか石とか!」

「石はともかくベンチは投げるもんじゃねーよ! まあ、やるけどな……っと!」

 そういうと先輩もなんとかといった様子でベンチを遠心力を利用してレイナーレさんめがけて投げつける。ルークにプロモーションしてるからだろうけど、やっぱり化け物じみた力だ。俺も人のことは言えたもんじゃないが。

 

「っ……無駄よ!」

 流石にベンチ丸々は避けづらかったのか、レイナーレさんは少し焦ったように回避する。回避されたベンチは壁にぶつかり、落ちるとバキッ、という音と共に何等分かに割れた。

 

「よっし、これで俺も投げれる! どんどん投げちゃってください」

 急いで俺はもう一個の割れたベンチを投げると、イッセー先輩が投げたベンチの残骸へと向かう。

 向こうは光の槍のストックはいくらでもあるんだろうが、こっちにだって投げるものはいくらでもある!

 

「おう、俺だって伊達に筋トレ始めた訳じゃ―――ねぇっ!」

 もう一回、俺のダッシュを援護するようにイッセー先輩はベンチを丸々と投げる。ここぞというときはカバーしてくれる先輩は何だかんだ言って頼りになるなぁ。

 

「チッ……何度も何度もっ……!」

 流石にレイナーレさんも焦りを隠せなくなってきた。光の槍を作ってる暇もなく回避に専念するしかないようだ。

 これで形勢逆転、あとはこのまま押し切って難なく撃破だ! 

 

 

                     ※

 

 

「ケースケ! そっちいったぞそっち!」

「任せてください……オラッ! ああ、外れた! そっち行きましたよ今度は!」

「いい加減当たれよっ……!」

 かれこれ10分くらい、俺とイッセー先輩でのレイナーレさんとの死闘は繰り広げられている。いい加減、誰か援軍来ませんかねホント。小猫さんや木場先輩はともかくリアス先輩や姫島先輩は何やってんですかマジで。

 

 レイナーレさんもレイナーレさんで無駄に粘る。粘る粘る。とにかくかわして俺達が疲れるか自分が疲れるかという体力比べの持久戦に持ち込む気らしい。

 おかげで俺達はベンチの残骸やらベンチやらを持って追い掛け回している。原始人が鳥を狩ろうと必死になっているようで、なんとなく古に眠っていたDNAか何かが目覚めて気分はすっかりネアンデルタール人。なぜかちょっとだけ楽しくなってきた。

 

「羽か腕狙いましょ羽か腕!」

「んじゃ俺羽な!」

「じゃあ俺腕で!」

 とうとう気分が最高にハイってやつになってきたのか、虫取り少年がどっちがカブトムシでどっちがクワガタを狙うかみたいな会話になってきた。これもレイナーレさんが粘るのが悪い。俺達は悪くない、うんうん。

 

「揃いも揃って私を馬鹿にしてっ……! 私は至高の堕天使なのよ!」

 先ほどの発言でレイナーレさんの無駄に高いプライドのせいで我慢が出来なくなったか、光の槍を構えた。よし、チャンスだ!

 

「三角筋ッ! 頂きぃぃッ!」

「キャオラッ!」

 俺とイッセー先輩による同時攻撃。光の槍を構えるなんておろかな行動をしたレイナーレさんは避けられるわけもなく、二つともが直撃。これでレイナーレさんは流石にもう飛べないだろうし片腕も潰せたと見ていいんじゃないだろうか。

「よし、これでチェックメイト!」

 

 

 そう俺が喜びの叫び声をあげたのもつかの間、突如光の槍が飛んできた。しかし、それは見当違いの真上へと飛んで行き――――爆発。

「先輩、危ないッ!?」

 咄嗟に先輩を抱きかかえるようにしてタックル。間髪要れずに俺とイッセー先輩のいたところへと瓦礫が落ちてきた。瓦礫キルを狙うとは、なんと言う高度なテクを。これはFPSでもそうそう―――じゃない。

 

 急いで先輩に手を貸す。さっさとレイナーレさんを倒さないとめんどくさいことが起きる。

「先輩立てますか?」

「おう、大丈夫……よっと」

 先輩は俺の手を握って普通に立ち上がった。俺の体もイッセー先輩の体も特に以上は無いようだ。何も無くて幸いだ、頭とか強かに撃ってたらとうしようかと思ったがそんな心配も無駄だったな。

 

 

 

「それじゃ、さっさとレイナーレさんをたおしマ゛ッ―――――?」

 軽い衝撃と同時にうまく話すことが出来なくなった。口の中で鉄っぽさと血なまぐさい何かがあふれかえる。たまらず吐き出すと、赤い赤い新鮮な血が出てきた。本当に動脈を流れてる血は赤いんだな。割と綺麗だな、絵の具を水に溶かしたのよりも綺麗かもしれない。

 

 下を見てみると、俺の体には綺麗に穴が開いていた。この様子だと、腎臓もやられてるだろうし、小腸とか大腸はズタボロだろう。むしろ、よくも体からはみ出ないもんだと思うくらいだ。

 

 これを確認すると、次は俺の体から簡単に力が抜けていく。自然に、血といっしょに体といっしょに流れ出てるんじゃないかと思うくらいだ。そしてそのまま、自然とイッセー先輩に倒れこむような形になった。

 

 こうやって、今自分の状況を冷静に確認できるのが自分でもやっぱり不思議だ。やっぱり、一回体験したことだけど人間死に際は冷静になるもんらしい。

 

「ケースケッ!?」

 イッセー先輩が取り乱した様子で俺の名前を叫ぶ。

 駄目ですよ、先輩。こういうときは取り乱しちゃいけないんですよ、ほら、落ち着いてください……。

 ニッコリと俺が笑うとさらに血が喉から遡って来た。それを見たイッセー先輩は余計に取り乱した表情でこっちを見る。

 ははっ、安心させるつもりが余計に焦らしちゃいましたね、すいません。

 

『ケースケさん!』

 慌ててアーシアさんが俺の傍に駆け寄ってきて俺の傷所に手を添える。淡い光が俺の傷をふさいでいくが、それでもやっぱり俺の流した血の量はすさまじい。傷がふさがるまでにも俺の血は勢いよく体から出て行っていく。

 多分、傷がふさがっても俺は血が少なくなって死ぬだろう、間違いなく。

 

 ようやく血があふれかえってこなくなったので、俺は血反吐を吐き出して声を出す。

「ははは……。いやー、油断大敵とはよく言ったもんですね……」

「いいから黙ってろよ! そのままじっと動くなよ!?」

 涙目になりながら先輩が俺を励まそうとしている。しかし、俺の体は正直らしい。物凄く眠い。ただ、随分と心地のいい眠気だ。このままぐっすりと寝てしまいたい。心行くまで思いっきり寝てしまいたい。

 

「あー、じゃあちょっと寝ます。すぐに起きますんで……」

 そういうと、俺は目を閉じた。

 意外と、教会に敷かれた絨毯も悪くないな……。

 

 

 

 

 

 

 

                      ※

 

 

 

 

 

 

 

「ケー……スケ?」

 目を閉じたまま動かない俺の後輩。一回、頬を思いっきりはたいてみた。

 まったく、何の反応も無い。

 

「嘘だろ……? おい、ケースケ。なあ、起きろよ。お前のブラックジョークはいつも笑えないんだよ。……何もこんな時にさ、タチの悪い冗談は止めてくれよ。なあ、なあ!」

 今度は思い切り肩を揺さぶる。何度も、何度も揺さぶったって何の反応も無い。

 

 止めてくれよケースケ。本当は今すぐでも起きれるんだろ? ”死んだと思った? 残念、死んだフリでした!”ってやってくれよ。いつもは笑えなかったけど、今日だけは笑ってやるからさ、頼むよ。お前が探してた俺の秘蔵本だってなんだっていい。全部くれてやるよ。俺はお前と一緒にクリアするって言ってたガンコンだって結局まだ最後のボス倒せてないんだぜ? ランキングを俺とお前で全部埋め尽くすのだってまだ半分も住んでないんだよ。

 

 頼むよ。頼むから。なんだっていい。神様。こいつは悪魔じゃない、人間なんだよ。俺なんかと違ってちゃんとした、俺の数少ない唯一の後輩なんだよ。だから、だからさ。

「なあ神様、頼みます。なんだっていいです。なんだってやりますからケースケを連れてかないでやってくれ! なんで俺じゃなくてこいつが死ななきゃならないんだよ! 俺が悪魔でこいつと仲良くしたのがいけないんですか!? こいつは何もしていないってのに、何でこいつが死ぬんだよ! こんなの、あんまりだ……ありえねぇよ! なあ神様頼むよ――――!」

 

 気づけば、俺の目から涙がボロボロと流れてた。俺の願いは教会の中で響くだけで何も起こらない。

 

「悪魔が教会で懺悔なんて、どういう冗談かしら? 笑えない冗談ねぇ?」

 レイナーレだ。振り向くと、アイツは笑っていた。

 

 アイツだけは許せない。アイツだけは、絶対に許さない。アーシアを利用しただけじゃなく、ケースケを殺した。俺の後輩を。

「レイナーレ! テメェッ……よくもっ」

「まあ、お似合いのコンビなんじゃない? 貴方もそこの死んだ――――若葉って言ったかしらね? 貴方と同じでちょっと遊んであげただけで面白い反応するんだもの。そっくりさん同士仲良くやれるじゃない」

 そのままクスクスとレイナーレは笑う。……どういうことだよ? なんでコイツがケースケの事を……?

 

「テメェ……まさかケースケまで弄びやがったのか!?」

「まさか。たまたま私の部下が連れてきたから色々と使っただけよ。まあ、作った料理はお世辞にもおいしいって言えなかったわねぇ。カラワーナもドーナシークもミッテルトも最近だらしなかったから、これでも見せれば多少は身が引き締まるかしら」

 レイナーレはいいことを思いついたとでも言わんばかりの笑顔で笑う。それを見てるだけで吐き気がする。こんなんじゃどっちが悪魔なのか分かったもんじゃねぇぜ……!

 

「レイナーレ! テメェだけは、テメェだけはっ……!」

 気づいたときには俺はそう言いながらもう走り出していた。ただまっすぐに、アイツだけを殴るために。

 

「あんまり私の名前を気安く呼ばないでくれるかしら、汚らわしい」

 レイナーレがそう言うと同時に光の槍が俺めがけて飛んできた。これを交わすことが出来ずに深々と俺の太ももに光の槍が突き刺さる。

「――――ッ!」

 声にならない悲鳴が口から漏れ出る。太ももが燃えるように熱い。力が抜けて今にも立っていられなさそうになり、たまらず倒れた。

 でも。それがどうした。

「こんな痛みがどうした……ケースケは、アイツが味わった苦しみはこの程度じゃねぇ!」

≪Boost!≫

 俺のセイクリットギアが力をくれる。俺の心、意志の強さがそのまま俺の力になる。アイツを、ただアイツを一発でいい。

「アイツを一発殴らせる力をくれェェェッ!」

「無駄って言ってるじゃない」

 立ち上がったところで、俺のもう片方の太ももに光の槍が突き刺さる。無様に俺はまた倒れた。

 

「―――ッ! ―――ッ!」

 悲鳴を無理やりに堪える。これじゃ駄目だ。まだ、まだ力が足りない。もっと力が欲しい。

「へえ? まだ耐えるなんて丈夫じゃない」

 

 ―――力が欲しいんだ。頼む。頼むよ。

「神様……よりは、悪魔の神様―――じゃないか。魔王だよな、悪魔だったら。魔王様。お願いです、俺に力を、俺の力を下さいッ……!」

 無理に足に力を入れて立ち上がる。太ももから血がドロドロと噴き出てくる。けど、そんなの構わない。

「なっ……!? な、なんで立てるのよ! 両足に光の槍を刺したのよ!? ありえない、ありえない……」

 驚いた顔でレイナーレが俺を見ている。そのまま止まっててくれ。今すぐにでもその顔に俺の拳をめり込ませたいんだ。

 

 一歩一歩、レイナーレに近づく度に俺の足からさらに血が噴き出る。痛みで頭がどうにかなりそうだ。眩暈もする。このまま倒れてそのまま動きたくなくなくなってすらくる。

 

 ―――でも、それでも。

「俺は、テメェにムカついてんだよっ……!」

 拳をレイナーレに向ける。その瞬間、左手のセイクリットギアが光り輝いた。

≪explosion!≫

 

 俺の左手のセイクリットギアは気づけば形が少し変わっていて、完全に俺の手はセイクリットギアで覆われていた。

 力もドンドン溢れてくる。大量の力だ。

 

 魔王様、ありがとう。これで思う存分―――

「お前を殴れる! レイナァァァァレ!」

「ヒィッ……!」

 空を飛ぼうとレイナーレはおびえた表情でもがくが、飛べない。

 それもそうだ。俺がコイツの羽を潰したんだからな……!

 

「逃がすわけねえだろッ!」

 全身のありとあらゆる力を拳にかけてレイナーレの顔面を殴る。

「ギッ……アアアアアアアアアァァァ!」

 面白いようにそのままレイナーレは吹っ飛んで教会のガラスに突っ込み、そのまま外へと飛んでいった。

「へへっ……ざまぁみやがれ」

  俺の体から力が抜けていく。それを誰かが倒れないように肩を貸してくれた。

 

 

「いやー、レイナーレさんは強敵でしたね」

「ケースケ、やめてくれよそのネタ――――って、は?」

 俺に肩を貸してくれていたのはケースケだった。死んだはずの、俺の後輩だった。

 

 あ、ありのまま今起きたことを話すぜ!

 

 ―――死んだ後輩の仇を討ったと思ったら、倒れそうになった肩を貸してくれたのがその後輩だった。お、俺も何を言っているのかさっぱり分からねぇ……。主人公補正だとか、欝クラッシャーだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ!

 もっと恐ろしい、何かの片鱗を味わったぜ……。

 

 

 

                         ※

 

 

 

 ギリギリ倒れる寸前に先輩に肩を貸すことは成功。とりあえず先輩の傷をさっさと治してもらうためにアーシアさんを呼ぼう。

『アーシアさーん。先輩の傷お願いします』

『は、はいっ!』

 アーシアさんが駆け寄ってきてイッセー先輩の傷の治療をする。

 やっぱり、いつ見ても感心するくらいの治癒力だなぁ。俺もディアでこれくらいできるんだろうか。

 

「もう立てますね? 離しますよー」

 ゆっくりと慎重に先輩から離れると、なんともなかったかのように先輩は立っている。うん、やっぱり光の効果もアーシアさんの場合は完全に無効化することもできるらしい。色々と便利だなー、常世の祈りみたいだし、常世の祈りみたいにMPもそんなに使わないだろうし。

 

「ケースケ、お前死んだんじゃなかったのかよ!」

 そう言いながらイッセー先輩は必死の形相で俺の胸倉に掴み掛かる。

 失礼な、勝手に人を殺さないでもらいたいですね。先輩そこまで俺が嫌いなんですか……。そりゃ確かに俺もあんだけ血が体からドクドク出てたら死んだなとか思ったけれども、人間の体以外に頑丈だったね、あれくらいじゃ死にゃしないらしい。体が寒かったのだって、そりゃー自分の体が血で濡れてたら寒くもなるわな。

 

「いやー、死ぬなんて言ってませんよ? 寝てただけなんで。呼吸とか脈確認しました? あと顔の両頬が起きたときに真っ赤に腫れ上がってて痛かったんですけど、何してくれてんですか」

 未だにまだ頬がなんか温かし、指で触るとヒリヒリするんですけど。どんだけ強く俺の顔叩いたんですか。

 

「だから言ったじゃないですか。落ち着けって。なんであれほど俺が何べんも落ち着けって言ったのに先輩は人の話を無視するんですか」

「お前が寝るなんて紛らわしい、それっぽい死に際の台詞みたいなこと言うからだろ!? 俺、お前が本当に死んだと……」

 すっかり安心したのかイッセー先輩はへなへなと尻餅をついてしまった。さっきまでのレイナーレさんを殴り飛ばした気迫はどこへやらだ。

 

 しかし、先輩の言うことももっともで、あそこで寝た俺が悪いといえば悪い。

 とはいえ……なんであんなに眠かったんだ?

「いや、俺も不思議なんですよ。物凄い眠気がしたと思ったら気がつけばバチッと目覚めて体は寝る前よりも快調になってるし、何がなんだか……。何か分かりますかね、リアス先輩」

 壁によりかかってにこやかにイッセー先輩を見ているリアス先輩に話を振ってみる。

 リアス先輩はどうもイッセー先輩が成長したことが随分と嬉しいのか上機嫌だ。

「ぶ、部長まで居たんすか!?」

 

「ええ、道中で堕天使の気配がしたと思ったら、ガムテープやロープで縛られて若葉君が書いた”手出し無用”って紙を額に張りながらもがいてる堕天使達が居たのよ。ちょっと反応に困ったけれど、そのあとすぐに全員ぐっすりと眠りだしたからそのままにして、儀式の場所まで移動したら祐斗と小猫がはぐれ神父との大立ち回りをしてたから、朱乃と一緒に少し加勢してたの。まさか一人で堕天使を倒すとは思わなかったわ」

 イッセー先輩をベタ褒めするリアス先輩。まあ、それはいいんですが俺のことに関しちゃノーコメントですか。そうですか。

 いやまあ、うん。そりゃー俺ただの人間ですもん。オカルト部員じゃねーですよ。うん。でもね、少しは心配してくれるかなーとか思ったんですよ? 一応血だらけで倒れてたんですし、万分の一ぐらいは心配してくれてもいいんじゃないですかね。

 

 そんな風にちょっと悲しそうに俺がリアス先輩を見ていると、リアス先輩がこっちを見て不思議そうに口を開いた。

「そういえば、若葉君はどうしてここにいたのかしら?」

 まずそっちですか。はい、そうですね。俺、無関係の人間ですね、この一連の事件に関して無関係の人間ですもんね! 表向きは!

 このまま俺グレてさっさとレイナーレさん回収して不貞寝してもいいんじゃないかな、そう思うんだ。

 

「へっ……まあ、大体皆そういう風に言いますよね。そうですよ、どうせ俺はここに居ちゃいけない人間なんでしょう、知ってますよ。でもね、いいじゃないですか。少しは、少しは心配されたって。こんな自分の血でドロッドロになって死にかけて、かけられた台詞が”どうしてここにいるの?”ですか、そうですね。はい、そうですよ……。どうせ、どうせ俺は命張って誰か助けるなんて柄じゃないですよ、ええそうですよ……」

 大体、レイナーレさんを倒すのに俺だって半分くらいは貢献してるんですよ? まあ、どうせ先輩一人でも主人公補正とかついて結局倒せるんでしょうけどね。そうですね、俺はいらない子ですよ。俺はどうあがいたってちょっと余分な子ですよ。そういう運命なんでしょ? うん、知ってた。

 

 俺が落ち込みながらそういう風につぶやいていると、リアス先輩が苦笑している。なんですか、その”しょうがない子ねぇ”みたいな感じは。そうですよ、どうせ俺はめんどくさい手間のかかる子ですよ……。へっ、どうせひねくれた根性曲がりですよ。

「ふっ、俺ァどうせぼっちの運命、ぼっちの人間ですよ……。こうもりですこうもり。獣と鳥の間を行ったり来たりでどちらからも嫌われるただの道化です」

 

 俺が拗ねていると、どこからともなく外からレイナーレさんを引きずってきた小猫さんが近寄ってきた。

「ケースケさん、頑張りました」

 そしてそう言いながら小猫さんが俺の頭を撫でてくれる。いつものデコピンだのとかとは違って物凄い優しい手つきだ。

 

「神はここにいたのかっ……! 救いの女神だ……。万歳っ……万歳っ……!」

 その後20秒という永い永い至福の時を過ごし、俺の体は元気百倍、今なら何だってやれる気がする。

 

「ケースケはアーシアを助けるときにも、堕天使を倒すのにも一役買ってくれたっす。あいつが居なかったらきっと、俺達だけじゃ無理だったかも……」

 さらにイッセー先輩が援護射撃をしてくれた。ああ、本当にやっぱりイッセー先輩は性欲以外は全面的にいい先輩だ。性欲以外は。

 

 イッセー先輩の話を聞いたリアス先輩はにっこりと俺に笑いかける。

「そう……ありがとうね、若葉君。色々とお礼をしないといけないわね。貴方には色々と貸しもできたから、そろそろ貸しも返したいわ」

「あ、いいんですか? 俺遠慮ないですよ?」

「ええ、遠慮なく言ってみなさい。なんでもいいわよ」

 ん? 今なんでもいいって言いましたね? よし、言質は取った。じゃあ遠慮なく言わせて貰いましょうかね。

 

「んじゃ、そこにいるレ……堕天使の命を見逃すってのでどうですかね」

 それを聞いたリアス先輩の顔はなんともいえない難しい顔をしてきた。

 まあ、そりゃそうだろうね。可愛い可愛い下僕に手を出してるからやっぱりそう簡単には許してくれるとは俺も思っちゃいない。

 

 ここはやっぱり、粘り強い説得でどうにかするしか

『あー……首』

「だからお前は寝てろって」

 起き上がってきたフリードに対してすばやく手元にあったベンチの残骸を投げつける。これも側頭部に見事にクリーンヒットしてまたフリードは物言わぬただの肉塊となった。

 どうしてアイツはここまでしても死なないのかが不思議だ。無駄に丈夫な上に気絶から回復するのも早いのが腹立たしい。

 

「あーもう、アイツもガムテで縛っとくか……」

 俺はフリードを担ぎ上げてレイナーレさんのそばに置くとガムテープで縛り、すばやく気絶させるために空き瓶もそばでスタンバイ。これでいつフリードが起きても即座に対応できること間違いなしだ。

 

「えーと、それで何の話でしたっけ? そうそう、こっちの堕天使の命を見逃してもら」

「ぐっぁ……う」

「だから寝てろってゆーとるやろが」

 今度はレイナーレさんが起き出した。すばやく俺は後頭部を死なないよう安全かつ強かに空き瓶を打ち付ける。

「――――っ! アァァッッ!」

 少し鈍い音がしたかと思ったらレイナーレさんは痛そうな叫び声をあげる。なんてことだ、まったく気絶しない。それどころか気つけの役割になってしまった。

 めんどくさいことになった、早々に気絶させないとどうせ余計な命乞いなんかして死亡フラグを無駄に立てるだけだ!

 

「はーいレイナーレさんちょっと寝ててくださいねー少しガツンとするかもしれませんが我慢してくださーい」

 もう一度強かに空き瓶を打ちつけると、なんと瓶は割れた。ガシャンといいながら瓶は二つに割れた。さながら映画のワンシーンを見ているようじゃないか。それかミステリードラマで犯人が犯行におよんでいるようだ。

 

「―――っ! や、やめっ……」

 レイナーレさんはまだ健在のようだ。なんてこった、とりあえず適当な物で気絶させないと!

「ちょっとだけ! ちょっと痛いだけだから! ほーら痛くない!」

 今度はベンチの残骸で後頭部を打ち付ける。

 これでどうだ、今度はちょっと威力を強めに意識してみた!

 

「ア゛ッ!? い、いや、死にたくない。許して、命だけは……命だけは……」

 駄目だ、全く効いていない。それどころか命乞いを始めた! レイナーレさんの馬鹿、自分から首を絞める気か! はやく止めないと後戻りできなくなる!

 

「こ、こうなったら……秘儀! 人を眠らせる秘孔突き!」

 手を二手貫の形にすると、レイナーレさんの首筋のとあるポイントを突き刺すように思いっきりつよく押した。

 すると、ぐにゅりと何かに少し当たったような感触がした。よし、手ごたえありだ!

 この技はひそかにアメリカで中国人の超から習った極秘テクニック、いくらレイナーレさんでもこれで気絶するはず!

「――――ッ! ――――ッ! ――――ッ!」

 レイナーレさんの体は声にならない声と同時に大きく何回か跳ねるように痙攣している。よし、このまま気絶すれば……。

 

「んん? 間違えたかな?」

 思わず声に出してしまったが、まったく気絶する傾向がない。というよりは、むしろエクソシストに出てくる少女を思わせるような大きい痙攣になっていく。もしかして悪魔祓いごっこができる秘孔を突いちゃったか?

 

「あ、そうかそうか。右首筋じゃなくて左首筋だ」

 慌てて左首筋の似たようなポイントを二手貫で突く。これで今度こそ気絶するはず……。

 

「―――ッ! ―――ッ! ……イッセー君、助け……私、死にたくない……」

 痙攣は治まったものの、駄目だ。また命乞いをし始めた。しかも今度は涙を流しながらの迫真の演技付きだ。まったく、腐りきった根性だとは知ってたけどここまでとは知らなかったぜ。

 

 レイナーレさんのゲスっぷりの性格を再確認したところで、ともかく急いでリアス先輩達の心証が悪くならないように急いで気絶させないと。もはや手段を選んでる暇はない。

 

「よ、よーしお兄さん奥義中の奥義使っちまうぜ! ……オラッ!」

 手でレイナーレさんの特定の首筋、特に先ほど秘孔を付いた部分付近をそれぞれ親指と人差し指あたりで力強く押さえつける。

「宇宙人から教えてもらったこの技―――バル●ン神経掴みをくらえっ!」

 

「―――ッ! ア゛……ギ……ダ……」

「まだアギダインを唱えようとするくらい余裕だと!? どういう体してんだよもう!」

 なんということだろう、体中の神経という神経を知り尽くした宇宙人の奥義も通用しないとはどういう体の持ち主なんだ! 頑丈すぎる、なんてタフなんだ堕天使は!

 

 こうなれば、一か八かあの技で落とすしかない! これが最後の賭けになるだろう。しかし、俺は諦めない。レイナーレさんは死なせん! やらせはせん、やらせはせんぞォォォ!

 

 少々見苦しい技をレイナーレさんにかけるので、リアス先輩達からは見えないように俺は先輩達に背を向ける。

 そしてレイナーレさんも俺と同じ方向を向かせると、気道を締めつけないようにきちんと配慮しながら首の頚動脈を思いっきり締め上げる。

「裸締めッ! 極めれば逃れることは出来ないッ! このままじわじわと意識を地の底まで落としてくれる!」

 

 そのままゆっくりと首を折らないように締め付ける力を強めていく。気道も圧迫していないか心配だ。

 締め付けるにつれ、レイナーレさんの抵抗も激しくなっていくが、しばらくするとその抵抗も弱くなってきた。よしよし、順調に血の流れを止めていってるな。

 

 そして最終的にレイナーレさんはぴったりと動かなくなった。脈も確認してみたが正常だし、心臓もきちんと動いている。裸締めによる気絶は成功したようだ……。

 

「ふう、やっと気絶しましたよ。いやー、皆さん真似しないで下さいよ? この人多分特別な訓練受けてますからここまで粘りましたけど、多分一般人だったら瓶が割れた時点で死んでますんで」

 そう言って振り向き、笑いながらリアス先輩達に話しかける。ちょっとした冗談でさっきまでのレイナーレさんの性格のゲスさが誤魔化せればいいんだけれども。

 

 リアス先輩はリアス先輩で物凄い複雑な表情で俺を見ている。あれ、これはレイナーレさんについて心証最悪なパターンか?

「そ、そうね……やりすぎは駄目ね。私分かったから、その。ええ、その……。ごめんなさい、こういう時どんな反応をするべきかわからないわ」

「笑えばいいんじゃないですかね」

「そ、そうよね!」

 そう言いながらリアス先輩は物凄いぎこちなく引きつった笑みを浮かべる。なんというか、非常に無理をしているためにそのまま頬の表情筋がつるんじゃないかってくらいに無理をしている。

 

「あー、やっぱり、駄目……ですかね。その、やっぱり命、取っちゃいます?」

「取りたくないわよ……取れるわけないじゃない」

 俺が恐る恐る聞くと、リアス先輩はなんというか頭を抱えて非常に疲れた様子だ。なんだ、とりあえず許してくれるのか?

 

「若葉君。私、貴方に行ったことを反省しますわ。嗜虐行為とははここまで残酷な物だったんですね……」

 今度は姫島先輩がなんか知らないけど、非常に申し訳なさそうに俺に謝ってきた。なんですか、いきなり。怖いじゃないですか姫島先輩。また俺は先輩とのプレイに付き合わされるんですか?

 

 何はともあれ、レイナーレさんの命は助かったようだ。いやはや、何事も平和的解決が一番だ。

「いやー、しかしよかったよかった。流血沙汰はやっぱり避けるべきですよね。もう二度とこんなことはさせないんで、大丈夫ですよ」

 それを聞いたリアス先輩が遠い目をしながらこう呟いた。

 

「……空き瓶で後頭部を乱打されて、瓦礫で後頭部を乱打されて、神経器官を狂わせるようにいじられて、命乞いも聞き入れられずに挙句首を絞められて死ぬような思いを一回に何度も味わったら、私なら二度と同じ真似しないわね」

「ケースケ、もしかしてお前……実は結構刺されたこと恨んでないか……?」

 イッセー先輩がそうドン引きした様子で俺に話しかける。そんなまさか、恨むなんて。

 

「まさか、面白い冗談を。そこまで恨んでませんよ。そこまで」

「ああ、恨んではいるんだな……」

「否定したら嘘になりますね、はい」

 俺がきっぱりとそう言うと、イッセー先輩は「俺、絶対アイツは怒らせたくないっす……」みたいなことをボソリと呟いていた。詳細まではよく聞こえないし実際にそう言ってたかも分からないので追求しないでおこう。

 

「さて、先輩達はどうするんですか? 帰ります?」

「帰るって、お前はどうするんだ?」

 イッセー先輩が不審そうにそう聞いてくる。まあ、アザゼルさんに引き渡すなんて馬鹿正直に話してもめんどくさいだけなので適当に誤魔化そう。

 

「そりゃーもちろん縛って起こして……うわっ」

 倒れこんで気絶したレイナーレさんの顔を持ち上げて見てみると、鼻が折れて顔芸したまま気絶してる。さらに後頭部には殴打されたような跡が複数あり、たんこぶが、たんこぶというよりは脳みその一部がそっちに行っちゃってるんじゃないかと言うほど膨らんでいる。誰がこんなこと惨い真似を……。

 

「生きてるよなーこれ。心臓も一応動いてるし……」

 とりあえず鼻を元に戻しておこう。力を入れて鼻をねじると、多少痛そうな音がして鼻は元の位置にきちんと戻った。

 

「よし、これでOK……じゃない。確かもう一回鼻を折るんだっけな治療法は」

 鼻に力をこめてもう一度折る。そして嫌な音がもう一度したその瞬間、一瞬レイナーレさんの体がビクンと大きく一回震えたが、すぐにおさまった。

 もう一度鼻を元に戻す。これできちんと鼻がくっつくことを祈ろう。

 

「今度こそ大丈夫……で、なんでしたっけ話って?」

「帰りましょう、今すぐ」

 リアス先輩が頭を抱えてそうきっぱりと言った。どうしたんだろうか、先輩も偏頭痛か何か持病があったりするんだろうか?

 

「頭痛いんですか? 頭痛薬ありますよ?」

「大丈夫よ。多分今夜はよく寝れば直ると思うから……帰らせて頂戴」

 そう言うと、頭を抱えながらリアス先輩は教会から歩いて出て行った。なんだ、このまま普通に魔法で転送とかしないのか?

 

「先輩、お大事にー」

「ええ、貴方も体は大事にね……」

 そう言ったリアス先輩は物凄く疲れているように見えた。まあ、夜もだいぶ遅いし時間だし、疲れて眠くなってきても仕方ないよな。

 

「それじゃ、俺達も帰るから」

 そう言って先輩達も教会を後にする。

「お疲れ様ですー、おやすみなさーい」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「じゃあね、若葉君」

「さようならですわ」

 

 先輩達と一通り別れの挨拶もすませ、先輩達が教会から離れるのを確認すると俺は大きく伸びをした。

 本当に、今日一日だけでも随分と内容が濃かった。色々なことがあった。今日一日で結構な数の命が亡くなるはずだったのに、その全部が死なずにすんだ。

 

「あー……達成感あるなぁ」

 思わずベンチに腰掛けてそう独り言を言ってしまうくらい達成感がある。嬉しさや気持ちよさが混じってなんて言えばいいのか分からない。

 

「そうだ、アザゼルさんに連絡しないとなー」

 アザゼルさんに”万事順調に終了しました。回収お願いします”というメールを送る。

 

「送信……っと。これであとは帰って寝るだけ……。色々あったなー」

 今日の出来事に思いを寄せていると、ふととある疑問が俺の中に浮かんできた。たった一つ、あの場で起きた不可解な出来事。結局話をしている間にうやむやになってしまった、あの出来事。

 

「なーんで俺、レイナーレさんに刺されて治療されたあと寝たんだろ?」

 今でも全く理由が分からない、あの猛烈な睡魔。あれは結局なんだったんだろうか。俺が死にかけたから、自分の体が回復させようと寝たのか? それにして眠りから覚めるのが早すぎる。

 

 そういえば、随分と引っかかることをリアス先輩も言っていた。カラワーナさん達が起きてもがいていたがまたすぐに寝た、とかなんとか。

 カラワーナさん達はリアス先輩を見てまた二度寝するほど馬鹿じゃない。むしろ襲い掛かろうとしたっておかしくもない。それがどうして二度寝なんてするのか……妙に引っ掛かる。

 

「うーん……謎だ。なんで寝たんだ? リアス先輩に何か盛られたとか? いやでもそのままにしたって言ってたしなぁ……。いや、まてよ。盛る?」

 盛る。一服盛る。つまり、睡眠薬を飲んだってことだ。俺が一回エンジェルの非殺傷兵器を食わせたからカラワーナさん達は寝たんだ。

 それで、俺も例のエンジェルの非殺傷兵器を口にして一回寝た。もし、俺の場合とカラワーナさん達の場合に共通点があるとしたらそれだけだ。

 

 それでもし、アイツも俺と同じことが起きたなら、おそらくは……。

 

「エンジェル、ちょっといいか?」

 エンジェルを召喚する。相変わらず目に悪い紫色の光だ。

「はい、なんでしょうか」

「俺が寝てる間、オニが一回寝なかったか? 物凄く眠いだとかなんとか言って」

 俺がそういうと、エンジェルは少し思い出そうと顎に手を当てている。しばらくすると、思いあたりがあるようにこちらに顔を向けた。

 

「そういえば、ご主人様が倒れたあとに眠いと言って寝ていました。そのあと元気そうに起きましたが」

「なるほどね、サンキュー」

 確認も出来たのでエンジェルをCOMPに戻す。なるほど、つまりはそういうことか。

 

 あのエンジェルの作った非殺傷兵器には副作用というのか、一度眠くなったあとにもう一度強烈な睡魔に襲われるようだ。ただ、その睡眠時間は随分と短いらしい。これだともうそろそろカラワーナさんも起きだしてくる頃だろうから早くアザゼルさんの回収を急いで欲しいもんだ。

 

 ここでブルブルと俺のケータイが鳴った。アザゼルさんからかな?

 届いてきたメールを見ると、アザゼルさんからだ。”すぐに俺の部下が行く”と書いている。全然こないんだけど。どういうことですかねアザゼルさん。

 

「全然来ないじゃ―――ん?」

 いきなり地面から魔法陣が出てきた。魔方陣は強い光を放っていてまぶしい。無駄にまぶしい。だいぶ教会の中は暗いので夜目に慣れた俺の目にはこの光はとてもまぶしく見える。

 しばらくすると、目の前に堕天使の一団さんが現れた。特に、その中でもリーダー格なんじゃないかと思われる人がこっちに向かってきた。

 

「はじめまして、私の名前はシェムハザと申します。以後お見知りおきを」

「あ、俺の名前は若葉啓介っす。ご丁寧にどうもすいません」

 お互いに真面目に頭を下げて挨拶する。こんなまともな初対面の人はどれくらい久しぶりだろうか。最近だとアザゼルさんとかそこで転がってる外道神父フリード君やらが悲しいことに今まで初対面の最も新しい3人のうちの2人なんだ。どんだけロクな出会いをしていないんだ俺は。

 

「ここにいる堕天使の他にも私の部下が拘束された3名を発見しました。全員で4名で間違いないですね?」

「あ、はい間違ってないです。あとそこの神父もいいですかね」

「構いませんよ」

 気がつけばトントン拍子に物事が進んでいく。ああ、このテンポの良さがむしろ気持ちいいと感じられる。なんて順調なんだ。こんなサクサク物事が進むのも新鮮でいいな。

 気づけばシェムハザさんと俺以外の全員が居なくなっていた。レイナーレさんも腐れ外道フリード君も居ない。回収も撤退も随分と早いな、キビキビしすぎてて関心すら覚える。

 

 そんな風に俺が思っていると、シェムハザさんが徐に俺に話しかけてきた。

「それとこれは、アザゼルから聞いたのですが……。貴方が和平の為に一役買ってくれているとか」

「え? あ、その事ですか……。まあ、一役買ったといえばそうなのかもしれないですけど……」

 普通にあれって、よく考えれば誰でも出来るんじゃないだろうか。アザゼルさんから和平提案の紙をレヴィアさんに送るだけだったし。いわば、俺は郵便配達員みたいなもんで何が凄いのかがよく分からない。

 物凄く俺が無駄に持ち上げられてる気がしなくも無い。アザゼルさんが俺に何かしようと企んでるんじゃないのかこれ?

 

「突然のことで混乱すると思いますが、私は貴方にとても感謝しているのです。是非とも貴方に会って一言言いたくてこの仕事を買って出たのです」

「はぁ……なるほど」

「貴方にただ一言、言いたかった。―――ありがとう、と。貴方には感謝しきれません」

 そう言ってシェムハザさんは俺に頭を下げた。いやいや、そんなにいきなり頭を下げられてもこちらとしてもどう反応すればいいのか分かりませんよ、笑えばいいんですか?

 

「そ、そんな俺もたいそれたことをしたわけじゃありませんよ!」

 とりあえずシェムハザさんに頭を下げてもらうのをやめてもらおうとすると、すんなりとやめてくれた。色々と機転も利く人で、とてもまともないい人だなぁと本当に思う。アザゼルさんがあれだからこうなったのかもしれないけど。

 

「俺もアザゼルさん達には色々と感謝―――」

 そういった瞬間、ケータイがまた震える。誰だこの重要な時に……。

「すいません、本当にすいません。少しメールが来ましたので確認を―――」

 ケータイを開くと、イッセー先輩からだ。

 題名は……”逃げろ”? 題名から物凄く嫌な予感しかしない。急いで内容を確認すると”だてんしがそっちにいってるにげろおれたちもすぐいく”……だって?

 

「ちょ、嘘だろマジか……。シェムハザさん、不味いことになりました」

「緊急事態ですか?」

「こっちにちょっとリア―――知り合いの悪魔の人たちがこっち来てます! 今鉢合わせしたら確実に不味いことに――!」

 そう言った瞬間、さすがはシェムハザさん、すぐに転送魔法を展開させて……

 

 

「おいケースケ! 大丈夫……」

 急にいきなりイッセー先輩が教会のドアを蹴り破ってきた。無論すぐ後ろには先輩達が肩で息をきらせて物凄い必死の形相だ。

 

 それと殆ど同時にシェムハザさんは転送魔法で姿を消した――――が、絶対シェムハザさんは見られた。リアス先輩とか木場先輩とか姫島先輩が特に凄まじい表情でこっちを見ている。

 ここまでくるともはや誤魔化すのも不可能に近い。ただ、一か八か誤魔化してみるしかない。

 

「ど、どうしたんです? 物凄い形相ですよぅっ……財布でも落としました?」

 あ、駄目だ。試しに言ってみたけど少し声が裏返った。明らかに挙動不審の男にしか見えないじゃないか、最悪だ。

 

「若葉君、正直に答えて。今の人と何を話してたの? 答えて」

 いつも以上の、先ほどの頭抱えてた人と同じようには見えないくらいの真面目で迫力のある、言い変えると物凄い表情で更にドスの聞いた声でそう俺に話しかけてくる。

 

「ど、どうしたんですか先輩。物凄い怖い顔してますよ」

「誤魔化さないで。すぐ、答えて」

 これ以上誤魔化したり少しでも本題からそれた発言をした瞬間俺の首が飛びそうなくらいだ。どうすればいい?

 

 いっそのこと、本当の事を――――話した所で信じてくれるだろうか。実はシェムハザさんとは初対面で初めて今回会いました。実は俺はアザゼルさんに頼み込んでレイナーレさんたちの罪を軽減する代わりに悪魔の人たちと会ったりしてました。そのときにシェムハザさんと俺は初めて会いました……か。

 それを聞いてリアス先輩達は、信じてくれるだろうか。にこやかに笑って、なんだそうだったのかと言ってくれるだろうか。

 

 ―――無理だ、無理に決まってる。誰がこんな話を信じるんだ? 俺だって最初自分の事なのに信じられなかったくらいだ。自分でも信じられないことを信じてもらえるわけも無い。

 

 俺が沈黙を保っているのが拒否と受け取ったのか、リアス先輩はもう一度俺に話しかける。

「……質問の仕方を変えるわ。貴方は何者なの? 貴方の目的は? 今すぐ答えなさい、じゃないと―――」

 前よりも厳しい、さらにドスの効いた声。リアス先輩の心証は秒読みレベルで悪化して言っているのが嫌でも分かる。

 

「―――貴方は、私達の敵よ」

「……っ」

 それを聴いた瞬間、俺の全身が雷に打たれたような感覚に囚われた。今までの何よりもその発言が俺にとってショックだった。

 

 敵。つまり、俺はリアス先輩達の敵になる。姫島先輩の、イッセー先輩の、木場先輩の、小猫さんの……全員、もしかするとアーシアさんの敵にも俺はなるかもしれない。

 

 

 信じてもらえるはずも無い事実を話すか、嘘を話すか、何も言わないか。その三つのどれかを俺は選ばなければいけない。どの道も結果は同じ、誰一人俺を信じることなんてなく先輩達の敵になるんだろう。

 

「ははは……参っちゃいますね」

 そう言いながら少しベンチに思わず腰掛けようとしたその瞬間。

「動かないで。動けば貴方を消滅させるわ。だから、動かないで」

 どこまでも底冷えするような声。

 それを聞いて俺は、もうリアス先輩の敵になってしまったんだと感じた。もう、何を言ったって信じてくれないだろう。俺がずっと沈黙を続けていたせいで。

 

 

 ――――結局、俺はリアス先輩を信じることも出来なかったし、リアス先輩も俺を信じることは出来なかったんだよな。

 俺はそう悟る。それだけでもう十分だ。たくさんだ、これ以上何も考えたくない、感じたくも無い。

「俺は―――」

 気づけば、俺は言葉を口に出していた。俺のただ一つ、俺の言える真実。そして言葉と同時に俺の目から何かが流れているのが分かる。

 

 

「俺は、先輩達の後輩です。小猫さんの同級生です。友達です。そのつもりでしたが―――」

 そう言うのと同時に頭の中でトラエストを唱える。

 

「―――俺がただそう思ってたつもりだっただけみたいです。それじゃあ、さよなら」

 そう先輩達に言い残し、次の瞬間には俺は家の玄関に居た。

 俺はそのまま靴も適当に脱ぎ散らし、布団に頭から飛び込む。

 

 

 

 その夜、俺は初めて夜を泣き明かした。

 

 

 

 

 




どうも、私です。

筆が乗りに乗ってしまった結果こうなってしまいました……。物凄く長くなった挙句、適当なころあいで切ると中途半端な長さになってしまうため、やむなくこのような長文となってしまいました。申し訳ありません。

今回はシリアスとギャグが激しく入り混じるという多少読み手の皆さんを置いて独走しかねないような感じになってしまいました。これも私の未熟さゆえでしょう、面目ありません。


さて、物語はとうとう終局です。リアス先輩達と深い溝が出来てしまった若葉君。果たして一体若葉君は、オカルト研究部のメンバーは悲しい最後を迎えるのでしょうか、それとも和解できるのでしょうか。乞うご期待ください。


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第31話:おしまいの次は始まり

 ―――若葉君が学校に来なくなってからもう5日は経つ。日が経つにつれて小猫が落ち込んでいるのが分かる。イッセーもそうだ。私もずっと悩んでいる。特に酷いのは堕天使と過去に因縁がある朱乃や祐斗だ。

 

 原因は分かっている。あの夜の一件だ。

 結局、あの堕天使をそのままにしておかなかった方がこんな事にならなかったかもしれない。そう思った方がまだマシに思えるくらい、今の状況が恨めしい。自分が招いた結果だというのに。

 

 

 ――――あの夜、イッセーの力が完全に覚醒して、その後も説得によりアーシアを私の眷属にして、色々と私は嬉しかった。そしてその為に、あの時に湧き出た色々な疑問を一つ一つ潰さずに放っておいた結果こうなったのだと思う。

 

 朱乃が堕天使がこちらに向かってきていることを感知し、慌てて若葉君を迎えにイッセーが走り出した。それに続くように私達は走り、教会の扉をイッセーが開いた瞬間に見えたのは、若葉君が堕天使と話している光景だった。

 すぐに堕天使は消えたがその特徴からすぐに分かった。堕天使の名前はシェムハザ―――グリゴリでも有力な幹部の中でも特にアザゼルを支えるトップ2。

 

 それを見た瞬間、理解が出来なかった。なぜあのクラスのレベルの堕天使と人間、それもただの高校生が普通に会話をしているのか。そもそも、彼はどうして教会に居たのか。なぜあの堕天使の命を見逃してくれといったのか。なぜ、なぜ、なぜ。

 

 それまで、心のどこかにあった彼への疑問が一気に湧き上がってきた。同時に私は焦りも覚えた。彼は何者なのか。私は、彼が怖かった。不安で仕方がなかった。

 もし、彼が小猫やイッセーに向けていた笑顔が嘘偽りのものだったとしたら。笑顔で私の可愛い下僕にすり寄り、傷つけようとしていたのなら―――。そんなことまで私は考えてしまっていた。これではまるっきり、被害妄想のそれだ。

 

 結果、焦った私は彼に問い詰めた。どこかで、彼が満足な答えを出してくれると思いながら。そして彼を追い詰めた。それで結局得られたのは、彼が涙を流しながら何処かへと魔法で消えていく姿とその際に発せられた言葉だけだった。

 ただ、その言葉を聴いた瞬間。私は動揺を隠せなかった。

 

 ―――もしかしたら私は、先輩と慕ってくれる後輩を、私の考えうる限りでは最悪の方法で突き放したのでは。そんな考えが今までずっと消えることなく、耳元で囁き続けるように私の心に残っている。

 その考えを理論的に完全否定したこともある。事実だけを見れば彼はどの勢力についているわけでもないと言いながらも、シェムハザという堕天使の中でもドップクラスの者と普通に話していた。その事実は変わらない。その事から彼は堕天使側の人間だと予測することも簡単だ。

 

 ただ、倫理的に完全否定できても心が、感情が何処か彼に期待している。もしかしたら、もしかしたら―――と。

 彼ともう一度話がしてみたい。もう一度話を聞けば何もかも解決するかもしれない。ただ、それは叶わぬ願いだ。

 私が彼への信頼を失くして突き放した以上、彼だって私への信頼を失くしているに決まっている。そもそも、私は彼を信頼していたのかすら怪しい。私がもはや自分ですら彼を信頼しているかどうかが分からないのに、そんな私を彼が信頼するわけがないだろう。だからかもしれない、こんな事になってしまったのは。

 

 もし私が彼を信頼できたなら。彼が私を信頼できたなら。彼が私を仲間だと思っていたとして、私もそう思っていたとしたら。

 彼は真実を話してくれていただろうし、私はどんな真実だって受け入れられただろう。彼が堕天使側の人間だったとして、私達を仲間だと見てくれていたなら……私はどうするだろう。彼を殺すのだろうか? 彼をこちら側に誘うのだろうか? それとも今までどおりの関係で居ることを望むのだろうか……?

 

 こんな考えをすること自体が馬鹿げているのは分かっている。所詮は自分の頭の中の絵空事、考えれば考えるほどに深みにはまり、抜け出せなくなる。

 

 考えるのをやめて彼に会うのが一番手っ取り早い解決方法かもしれない。けれど、小猫から聞いた話だが一日おきに若葉君の家を訪ね、インターホンを押しても呼びかけても返事はなかったそうだ。さらに日を追うごとに新聞受けに新聞が増えていくことから、どうやら彼は全く家に帰っていないとのことだ。

 この様子だとおそらくイッセーも彼を探している筈だ。ただ、小猫と同じくまったく探し出せていないだろう。

 

「私はどうすればいいのよ……」

 休日の、誰もいないオカルト研究部室で私はそうため息をつく。すると、床の魔方陣が光り輝いた。誰かが来る。誰だろうか?

 

「どうしたんだい、リアス。随分と浮かない顔をしているじゃないか」

「お、お兄様」

 突然、お兄様が訪れてきた。下僕で女王のグレイフィアも一緒だ。でも、魔王であるお兄様は仕事で多忙なはずなのに、どうしてここに来たのだろうか?

「少し、人間界に用があってね。ある人物と会いに来たんだ。名前は……若葉啓介君だったかな」

 お兄様から若葉君の名前を聞いた瞬間、頭が混乱しそうになった。もう、訳が分からない。なぜお兄様までもが彼の名前を知っているのだろうか? 彼はそこまで名の売れた人間なのか?

 

「お、お兄様? 若葉君のことを知っているのですか?」

「……これは、大きな声では言えないことだけどね。彼はこの先おそらく重要な人物だよ。私も一目彼と会って話をすることになってね」

 そうお兄様は言うが私にはそれでもまったく理解が出来ない。彼が重要な人物? どうしてそうなるのだろうか。

 いやしかし、彼はシェムハザと対等の会話が出来るほどの人物。やはり、彼は堕天使側の人物なのだろうか……。

 

「彼は、堕天使側の人間なのですか?」

「ふむ……。わが妹よ、君は色々と勘違いをしているようだ。彼の身元を調べたところ、ただの高校生だよ。しかし、彼は堕天使とも悪魔とも繋がりがあったようだね」

「堕天使と……悪魔の両方に繋がっていたと?」

 それを聞いて、私は驚いた。そんな人間がいるとは知らなかった。ましてや彼のような一般人がそんな人間だと誰が思っただろうか。

 

「そんな、彼は普通の……」

「彼は確かにただの高校生だ。しかし、彼には驚くべき行動力があったようだ。知り合いである堕天使と悪魔の衝突を恐れた彼は、まず手始めにアザゼルと接触を試み、成功した」

「できるのですか? そのような事が」

 そう簡単に堕天使勢力のトップであるアザゼルと接触できるはずがない。まず、冥界にどうやって一般の人間が行くというのだろうか? 理解が出来ない。

 

「方法は不明だが、彼はやってのけた。そして、彼はアザゼルとの話し合いの末に和平を取り結ぶことに成功し、次はレヴィアタンと接触した」

 もはや何も言うまい。これがお兄様以外の誰かから聞いたのなら嘘と確実に分かるくらいに無茶苦茶だ。事実は小説より奇なりというが奇怪にもほどがある。

 

「そして彼はアザゼルから渡された密約書を渡してきた。そして彼は次に堕天使と悪魔の争いを止めた。つくづく、彼の行動力……いや、人間の行動力には驚かされるよ。リアス、もう分かるだろう?それが昨日のことだよ」

 

 一連の話を聞いた私はまるでひとつのおとぎ話を聞いているようだった。今でもそんなことがあったとは信じられない。つまり、彼は本当にただの一般人だったのだ。

 そう気づいた瞬間、私は深い後悔に襲われた。私は彼を傷つけただけでなく、私自身の下僕も傷つけてしまったのだ。これでは私は王失格だ。

 

「……お兄様、一つ良いですか? どうしてアザゼルを信用しようと思ったのですか?」

 そう私が聞くと、お兄様はいつもより優しく私に微笑みかけてこう話す。

「いいかい、リアス。関係というのは、どちらかがどちらかを信頼して初めて関係たりうるのだよ。誰かが自分を裏切るかもしれない、などと常に考えている人間に友人関係なんてものが生じないようにね。人を一度でも信じてみようという心が私達には必要だ。もっとも、それも度が過ぎると恐ろしいものだけどね」

「誰かを一度でも信じる……ですか」

 

 ほんの少しだけ、希望を持とう。私が彼を信頼するのなら、彼もまた私を信頼してくれると信じよう。

 そう決心した瞬間、私のケータイにメールが来た、イッセーからだ。題名は、”ケースケを見つけました”と書いてある。詳細文を見てみると、彼の居場所も書いてあった。場所はそう遠くない。

 

「お兄様、私は少し用事が出来たので失礼させていただきます」

「そうか……私もたった今、急用ができてね。もう戻らなければいけなくなった。彼と会うのはまた今度にしよう」

 そういうと、お兄様はグレイフィアをつれてまた冥界へと戻っていった。そして私は急いで部室をあとにした。

 

 

 

                       ※

 

 

 

 最悪な日が最近はよく続く。バイトは失敗の連続でオヤジさんからは心配されてしばらく休暇をもらうことになったし、家に帰りたくもないし、仕方なくネットカフェを宿代わりにしたりする日がもう4日くらい続いている。

「……もう俺、じーさんに頼み込んで帰ろうかな」

 誰もいない河川敷の川原で寝転びながら俺はそう一人でつぶやく。ここは色々と懐かしい、俺の始まりの場所だ。初めてここでカラワーナさんたちと出会ったり、その前に死にかけてたりする。俺が最後に来た場所としてはうってつけだ。

 

 そんなことを俺が考えていると、電話がかかってきた。全く知らない番号だ。小猫さんのとも違うし、リアス先輩かもしれない。

「……もしもし?」

『俺だ』

「詐欺師は帰れ」

 そう言って俺はアザゼルさんからの電話を乱暴に切った。今あの人と話すとイライラしてしょうがない。

 しかししつこくアザゼルさんはもう一度電話をかけてきた。めんどくさいのでそのまま寝ようと思ったが、着信音のビッグ●リッジの死闘がやたらとうるさく耳に響くので仕方なくもう一度出ることにした。

 

「なんですか、俺にはもう用済みでしょう」

『シェムハザから聞いたぜ。お前と話してるところをグレモリーに見られたとな』

 それを聴いた瞬間、無性に悲しさと苛立ちが込み上げてきた。あの日のことを思い出したからだ。

『……悪かった。タイミングを誤った俺のミスだ』

「いーんじゃないですかね別に。簡単な算数ですよ、算数。俺一人がたかだか5人と険悪な仲になるのと数え切れない人が数え切れない人が険悪な仲を続ける。数は少ない方がすっきりしてシンプルでしょう?」

 あからさまな挑発。俺はアザゼルさんが怒るのも重々承知でこうして喧嘩を売っている。

 

 アザゼルさんは以外にもそれを聞いても普通に話を続けた。

『……そうか、お前がそう思うんなら俺は何も言わねェよ。それと、報酬の件だったが―――』

「別に要りませんよもう。どうせ俺には必要なくなるでしょうし」

 今俺が金を持って何の意味があるっていうんだ。使い道もないし遊びに使う気にもならない。

 

『いーや、お前は報酬を受け取れ。何があっても受け取らせるぞ、俺の提督としてのプライドが許さねェ』

「じゃあ好き勝手に振り込むなり何なりしてください。俺寝ますんでもう』

 そういうと俺はすぐにアザゼルさんが何かを言う前に即座にケータイを切って昼寝を続ける。次はなり続けても無視だ無視。

 

 

                       ※

 

 

 ――――また、夢を見た。最悪な夢だ。ここ最近よく見る夢だ。俺の知り合い全員が俺の敵になって、俺を追い回す夢だ。結局、それは俺が知り合い全員を殺すか、俺が殺されるまで覚めることのない最悪な夢だ。

 今日もまた俺を追いかけてくる。俺も逃げて道知らぬ道を走った。走っていくうちに、どこか不思議なところへと出てきた。随分と大きい橋だ。そのまま走っていくと、誰かが先にいる。

 

 腕が何本もあるあの男は……

 

「ギル●メッシュかよ、ビッグブリッジじゃねーかここ!?」

 そう叫んだ瞬間、俺は飛び起きた。俺のケータイがまた鳴っている。電話だ。なんとアホらしい夢だろうか、ビッグ●リッヂの死闘を聞いてビッグブリッジが夢に出てくるとは。単純にもほどがあるだろ俺の夢よ。

 

 何はともあれ、この着信音はとてもやかましい。悪夢から開放されたが眠りを妨害されたので苛立ちつつも電話に出る。どうせアザゼルさんだろう。

「だーかーら! 俺は何も要らないって……」

 怒鳴って俺がそういうと、何かおかしい。全くしゃべらない。いたずら電話か?

 

「『やっと……見つけたぜ』」

 後ろから、突然そんな声が聞こえた。電話からも同じ声がする。

「先輩……?」

 間違いない、この声はイッセー先輩だ。どうやら俺の電話の着信音をたどってきたようだ。

 

「ケースケ、俺と喧嘩しようぜ」

「はい?」

 いきなりの提案に俺がボケっとしていると、イッセー先輩がさらに続ける。

「負けたら勝った方の言うことを聞くって事でどうよ? あ、先輩命令だから拒否すんなよ!」

 先輩の言うことはいつも突拍子も無いし意味も分からない。

 

 




どうも、私です。

今回は前回のことを踏まえて少し短めにしてみました。あっさり目で読みやすくすることを意識してみました。

それというのも、私の小説を読んだ友人から『くどい、読むのが大変、もっと軽めに』との意見があったからなのです。今回はなるべく読みやすいようにと読みやすさを重視してみました。なんとか読みやすくなったことを祈ります。


次回、今度こそ次回、やっと物語は感動のエンディングを迎えます。乞うご期待ください。


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第32話:終局……?

「喧嘩しようぜ!」

 イッセー先輩が現れた、コマンド―――なんてボケをかましてる時じゃない。どういうことだ。相変わらずイッセー先輩は唐突過ぎて何がしたいのかよく分からないときがたまにある。

 

「……なんですか、急に」

 俺がそういうと、イッセー先輩は相変わらずの調子で返してきた。

「さっき言ったとおりだよ、俺が勝ったら――――」

「じゃあ俺が勝つんで俺の言う事聞いてくださいね? 放っておいてください」

 イッセー先輩が言い終わる前に、俺の右ストレートを先輩の顔面にめり込ませる。本気とまではいかないものの、イッセー先輩ぐらいなら倒れるくらいのレベルで殴ったのですぐに倒れるだろう。

 

「―――ッ、そうだよな……そうこなくっちゃなッ!」

 ところが、予想を反してイッセー先輩は元気に俺に対して左ストレートを打ち込んできた。全く予想外の不意打ちに俺は避けられずに右頬に直撃する。

 悪魔の先輩の力はやはり並一般の人とは違ってとても重い一撃だ。おかげで今ので完全に目が覚めた。

 舌で頬を触って頬を切ったか確認すると、切っていないようだ。よかった。

 

「そういや、先輩悪魔でしたっけね……どうりていいパンチが出せるわけですね……っ!」

 先輩の左ストレートに対して左ストレートで返す。これを先輩は特によけることもなくそのまま先輩の右頬に直撃する。どうやら、先輩は避ける気も無いらしい。ノーガード戦法で勝てると踏み込んだのか、それともノーガードで殴りあうと思っているのか……いずれにせよ、ノーガード戦法にはノーガードで行くのが俺の趣味だ、乗らせてもらおう。

 

「ああ、おかげでお前のパンチもわりと受けれるんだよねっ……お前に勝ちはゆずらねぇよ!」

 先輩はそう言いながら右ストレートを打ち込んできた。これをそのまま左頬で受けて同じように右ストレートを返す。

「こっちだって放っておいて貰いたいんでさっさと勝ちますよ!」

 そう言うと俺は一歩下がってから大きく振りかぶり、先輩の顔面めがけて思い切り拳を突き立てる。先輩は、さすがにこれが直撃すると不味いと踏んだのか避けるとカウンターに一発ジャブを入れてきた。

 その瞬間、顔に走る痛み。カウンターの上にかなりいいパンチを貰ったがまだまだやれる。

 

「このまま放っておけるか! 小猫ちゃんが可哀想だろ!? お前のこと必死で探してるんだぜ!?」

「小猫さんには申し訳ないですけど、俺は死んだとでも思ってもらいますよ!」

 俺はもう一回大きく振りかぶって左パンチを繰り出す。無論、こんなものはすぐに避けられる。また同じように先輩もカウンターの一撃を放つ―――が。

 

「同じ手を二度使うとでも?」

 パンチの際の踏み込みから更にもう一歩踏み込み、イッセー先輩のパンチを無理やり背をそらして避けると無防備な左頬に打ち込む。

 

「ぐっ―――!?」

 上半身のバネを最大限に生かした一撃。さすがの先輩も――――

「まだまだァッ!」

 俺の予想に反して先輩はよろめいただけですぐに体勢を立て直した。全く倒れる気がしない。どれだけタフなんだ……?

 

「随分頑丈ですねっ……」

 若干頑丈さに驚きつつも右ストレートを放ち追撃する。多少よろめいたのならダメージは入っていたはず。

「後輩にやられてまんまで倒れちゃ先輩失格だからな……今度は俺の番だ!」

イッセー先輩は俺の右手首をつかんでくる。すかさず俺は空いている左手で殴ろうとするが、先輩はそれを見計らったかのように、殴りかかってくるところで俺の腕を強く引いた。

「っ!」

 俺はなんとかバランスをとって姿勢を崩さないようにもがく。

「逃がすかっての!」

 そのままさらにイッセー先輩は俺の手首を引っ張ると、先輩の顔が物凄く近くなる。クソ、ここまで顔を近づけるなら小猫さんとかの方がマシだし嬉しい――――などと思っていたら俺の鼻先辺りからゴリッという嫌な音と衝撃が俺に襲い掛かる。

 

「がっ……」

 あまりの痛さに思わず呻きが出てしまう。そしてよろめいた所をイッセー先輩は見逃すはずもなく更に追い討ちをかける。

「まだまだァ!」

 その声に思わず俺は咄嗟に顔面をガードする。そしてそのまま、一秒にも満たない時間が過ぎる。何もないのを不振に思った俺は、思わず構えを解くと―――

 

「バカが見る豚のケツってな!」

 イッセー先輩のストレートが飛んできた。これをよけることもいなすことも出来ずに俺はそのまま、まともにそれを喰らい、倒れた。

 今までの攻撃でも一番破壊力のあるパンチを喰らった俺の体はもう限界だ。体は起こせるものの、うまく立てない。

 今も元気なイッセー先輩に対して立てない俺。どっちが優位かなんて目に見えている。

「くそっ。もう限界か……。あー、もう。俺の負けですよ。ええ、負けですとも!」

 

 諦めて俺は河川敷の芝生の上に横たわる。さっき寝転んだときとは違い、何かがふっきれた感じだ。諦めというか、決心というか覚悟というか……そんな感じのものが俺の中でついたと思う。まあ、負けてヤケクソになって開き直ったといった方が的確かもしれないけど。

 

 

「で、何が目的ですか。まあ予測はつきますけど……」

 俺が諦めて投げやりがちにそう言うと、イッセー先輩は俺の隣に座って話し始める。

「俺ってバカだし、お前に何があったのかとかそういうの分からないけどさ。でも、小猫ちゃんとお前がこんなままじゃ良くないってのは分かる」

「じゃあ、どうしろって言うんですか」

「部長と仲直りしろよ」

 あっさりとそんなことをさも当然のように言うイッセー先輩。いやいやいや、大丈夫かねこの人。”不審な動きをすれば消す”と脅すとか俺の考えうる限りじゃ最悪な関係にまで落ちに落ちてるのに仲直りですか。

 第一どうやって仲直りするんだ? 謝りに行ってそれで菓子折りの一つでも提げた日にゃ、中身を爆弾と勘違いされて殺されても当然だと考えるね、俺なら。

 

 つまりこの状況を言い換えてみるなら、”後輩がファーザーと呼ばれてる人と親しげに話してて、今まで気づかなかったけど後輩の胸元であぐらかいてる観音様がこんにちはしてるのを発見し、見られたことに気づいた後輩がフレンドリーに超至近距離まで近づいてきて普段着てもいないスーツの懐に手を突っ込みだした”のとまったく変わらない状況だ!

 

 意味が分からないか? 分からなくて結構だ。つまりは”明らかにコイツ俺の命狙ってるな”って状況を自分から作ったら殺されても正当防衛成立で文句言えないってことだ。ちょっと大げさかもしれないが大げさすぎるくらいが丁度いい。

 

 そんな風に俺が思っていると、表情から察したのかイッセー先輩が俺を諭すように話しかける。

「心配すんなって、俺が部長を説得するからさ。小猫ちゃんが悲しい顔してるのはお前だって嫌だろ? 」

「いやまぁ、そうなんですけど……。そこで小猫さん引き合いに出すのは卑怯っすよ」

 そう言われたら、いいえなんて言えないに決まってる。だって小猫さんですよ小猫さん。普段何考えてるか分からないような顔なのに、それがはっきりと悲しみ一色に染まったら見ているだけでこっちまで悲しくなってくる。想像するだに恐ろしいことだ。拷問だ。

 

 そんなことを思っていると、俺の視界の端から何か見えてきた。視界の端からしか見えないのに紅い髪だとはっきり分かる。無論その髪の人物は誰か、なんて言うまでもない。

 

 どうも俺はタイミングが良いのか悪いのか、よく決心する前に選択を迫られる。まあいいさ、もう慣れた。長いものとユルングには巻かれろというし、為すがままだ。やってやる。

 そう決心した俺は件の人物がやってくる前に起き上がる。シリアスなシーンでパンモロとか俺の趣味じゃないからな―――大人っぽい、勝負下着か何かなんじゃないかと思われるのが視界の端から挨拶てきたけど。

 

 顔を見上げると、紅い髪がゆらゆらと揺れる。だいぶ思いっきり走ってきたらしく、多少顔も赤いし息が少し乱れている。

 そしてそのまま少し息が乱れたまま口を開いた。

「若葉君、少し話がしたいの」

 たったそれだけだけど、その言葉以上に言いたい事が目とか表情に表れていた。目は口ほどものを言い、とはよく言ったもんだと思う。

 

「はい、分かりました」

 その言葉を聴いた瞬間、俺の口から反射みたいにその言葉が出てきた。自分でも素直にそんな言葉が出てくるとは信じられないくらいだ。

 それを聞くと、俺とイッセー先輩の間に座り込むと話を始めた。

 

「―――最初、イッセーをオカルト研究部に招いた時の話をを覚えているかしら? 私はあの時、”二人を歓迎する”って言ったのよ」

 冥界編決戦バトル編とかシリアス編とか、いろいろな事があったので忘れかけてたけどそんなこともあった。1話から今まで一気読みしてきた読者でも多分気づかなくなって”ん? そんなことあったっけ”とブラウザバックして該当する話を探してもおかしくないくらい見落とされても仕方ないことだけれども。

 

「どうして私があんなことを言い出したか、分かるかしら。それはね、貴方と私達は無関係じゃなくなったからなの。堕天使達やはぐれ神父はきっと貴方を狙うと思っていたわ。貴方は小猫やイッセーにとって大切な存在だったから」

 なんだかよく分かりにくいが、”俺を守るためだった”ということだろうか。確かに、脳内がエデンの園状態のセルフトリッパーフリード君とかなら”悪魔と親しくする人間は畜生未満”とかの考えで間違いなく俺を襲ってくるだろう、納得だ。

 さらに悪魔の知り合いよりは悪魔の身内とかそういう肩書きの方がまだ堕天使やはぐれ神父も手を出してこないだろうという考えなんだろう。

 

 俺がしみじみとそう思いながらも話は続いていく。

「でも、あの時。貴方がシェムハザと話をしていたのを見て正直混乱したわ。途端に貴方がもしかしたら堕天使側の人間で、小猫にわざとすり寄って行ったんじゃないか、なんて思ったりもしたの。でも、問い詰めたときの貴方を見ていると、何が本当なのか分からなくて」

 

「…………」

 

「だけど、考えて悩んでも仕方ないって気づいて、貴方の事を一度でも良いから信じてみようと思ったの。だから、若葉君お願い。私に本当のことを話して頂戴」

 

 ゆっくりながらも、どこまでも真剣な口調。

 

 信用していいのだろうか、この人を。俺の言葉はどこまで信じてくれるだろうか。俺はどこまで話せばいい? 全く分からない。そしてそんな事を考えてる暇はない。

 それに俺はさっき言った。長いものとユルングには巻かれろと。let it beとまでは言わなかったけれど、俺の覚悟はもう決まっている。リアス先輩が信じてくれるなら俺も信じて言うしかない。

 

「俺は……」

 慎重に、慎重に言葉を選んでいく。これをミスしたら多分、ずっとこの先チャンスも無い。更に余計にそれが俺を慎重にさせる。

 

 慎重になる度に余計この言葉を言うべきかどうかためらう。だけど、悩んだってもう遅いし時間なんてものはとっくに時間切れを越して一週回った。言ってやる、何があろうと知ったことじゃない、リアス先輩は信じてくれるはずだ。

 

「俺は、先輩たちの後輩で、多分小猫さんの友達……です。知り合いレベルかもしれませんけど……。とにかく、俺はそれしか言えません。それと俺は最初の言葉を貫き通します。どの陣営にも付きません。けど、先輩達は俺の中ではずっと大切な人達です。俺からは、これだけしか言えません」

 言える事は全部言った。これ以上は俺は何も言えない。言ったってむしろ信じてくれないからだ。なら、余計なことは言わずに信じてくれることだけを祈ろう。

 

 俺は頭を下げて言ったので表情は分からない。しばらくの沈黙の間に一言だけ聞こえた。

「……言いたい事はそれだけかしら」

「はい、これだけです」

「そう……」

 

 この反応から察するに、もう駄目みたいだ。多分、もう――――

 

 

 

 そう思った瞬間、俺の頭に柔らかい何かが触れた。暖かくて優しく俺を包んでくれているような何か。そう、これは例えるなら――――。

 

「――――胸?」

 イッセー先輩風に言うとおっぱいが、紛れもなくおっぱいが、哺乳類の雌特有の母乳を蓄えておく器官が、元浜先輩から聞いた情報によるところのバスト99cmHカップさんが俺の頭の上にある。

 

 これはどういうことだろうか。胸を男性の頭に載せるという行為に何か特別な意味でもあったか? 俺の知る限りじゃ胸に挟まれて窒息死寸前なんていうコメディとかじゃお約束なことしか――――!!!!

 

 なるほど、読めた。つまりこれは俺を悪魔故の身体能力の高さを生かしてベアハッグと同士に胸での窒息を狙うという高度なサブミッション的な何かだな? 幸いにも格闘技をあまり慣れていないからかゆっくりとした動作なのが幸いだ。今すぐにでも抜け出し―――

 

 

「ありがとう。私はそれが聞けただけで満足よ」

 そう言ってそのまま俺の頭に腕がかけられる。あくまでも優しく、こう言うのはなんだけれど赤ん坊の頃に抱かれてた時と似たような感じで、なんというか、愛でられている感じだ。

 

「本当によかったわ。本当に……」

 うん、愛でられている感じだ。ただ、さっきとは違って……なんと言おう。”初めて買ってもらった少し大きなくまさんのお人形をぎゅっと抱き締めている”とでも言おうか。無論俺はそのくまさん人形だ。 力が少し入ったのは別に構わない。しかし俺の頭を徐々に持ち上げていくのは勘弁してもらえませんかね、そろそろ鼻での呼吸が苦しくなって口呼吸になってきたんですよ。

 

「祐斗や朱乃は私から言っておくわ。小猫にも勿論。だからまた部室にも顔を出して頂戴」

 また? ”また”って、俺何回部室に行った? しかも任意同行どころか強要されて行ったのだけでたった2回ですよ? 少々想い出が美化されて――――おっと不味い、そろそろ口呼吸も危うくなってきた。

 

 最初はまだ本人もよほど嬉しいんだろうとこのままにしておいたけれど、これ以上は流石に俺の命が危ない。リアス先輩に息が苦しいことを告げないといけない。

 

 焦るとかえって余計パニックになるので落ち着いて俺はリアス先輩の肩をトントンと叩く。

「先輩……息が」

「ええ、私も嬉しいわ」

 どうして会話のキャッチボールをしようとボールを投げたら避けるんですかねリアス先輩。え? 今のワンバウンドしたからノーカウントですって? そりゃドッジボール―――じゃない。酸欠で頭のネジが緩んできたみたいだ、急がないと三途の川を見る羽目になる。

 

 こういう時は落ち着いて周りの人に助けを求めるのが一番だ。河でおぼれたら大声で助けてと叫ぶようなもんだな、きっと。

「イッセー先輩―――」

「ち、畜生……部長のおっぱいをあんなに味わうなんて羨ましすぎるッ!」

 ぶっ●すぞ脳内色欲変態色ボケ節操無しのおっぱいフェチ野郎――――ああ、酸欠でわけの分からないワードとイッセー先輩への殺意が沸々と湧き出てきた! これ以上は本当に危ない。危険が危ない。

 

 とりあえず脳内カラーがデフォルトでピンク一色のイッセー先輩は狼狽しているので使い物にならず、リアス先輩もよっぽど嬉しいのかお花畑状態。

 となるとやはり最後に頼れるのは己の肉体のみということになる。やってやるしかない。

 

 まず俺は頭を動かし、下に向けることで下から空気を確保することにした。頭だけ下に動かすのだと可動域が狭いので体もゆっくり起こしていく。あともう少しで新鮮な空気が吸える―――

 

「ぐきゅぷっ」

 今の声は俺の声だ。決して車に轢かれてもまだ生きている可哀想なヒキガエルの悲鳴じゃない。リアス先輩が少し抱き締め直したせいで危うく俺の頚椎が損傷するところだった。というかもしかしたら損傷したかもしれない。

 

 これ以上頭を動かしてまた抱き締め直されたら本当に死んでしまうので、最後の手段だ。

 俺はリアス先輩の肩を掴んで無理やり引き剥がしにかかる。こっちは命が懸かっている。対して向こうはじゃれているだけだ、力加減の差からして圧倒的にこっちが有利だ。

 

 徐々に力を入れ、じわじわと頭を抜いていく。よし、もう少し。もう少しで呼吸が出来る―――よし、実に1分くらいぶりの新鮮な空気だ。さっきまでの時間がやけに長く感じたぜ。

 

「先輩、ちょっと苦しいんで、そろそろいいですか?」

 やっとの思いでリアス先輩に苦しいことを伝えられた。

「ええ、ごめんなさいね」

 すっとすぐにリアス先輩は俺を放してくれる。俺はぐったりと力尽きたように河原に寝転んだ。やっぱりここの芝は心地いい。特別心地よく感じるのは色んなことから開放されてすっきりしたからだろうな。

 

 

 

 

                       ※

 

 

 

 

 ――――あの後、なんだかんだあって木場先輩も姫島先輩もリアス先輩の説得により無事関係修復は完了。まさしく鶴の一声ってやつだ。聞いてみると木場先輩は眩しいほどのイケメンスマイルで”部長がそう仰るならそうなんだろうね”と言って姫島先輩も似たような感じだった。

 

 俺は今家でコーヒーと牛乳の割合が1:4にも満たないくらいコーヒーのうっすいカフェラテもどきを飲んで久方ぶりのまともな休息を満喫している。

 

「あー、生き返るわ」

 思わずこんな一言が出てしまうくらい、今までの俺には心労が溜まっていた。これでしばらくは何もしたくないし何もおきないと良いなと切実に思う。まあ、明日は明日で実は小猫さんとの買い食いツアーがある。小猫さんにはいろいろ心配をかけまくったのでツアー費は俺持ちということにしたが、お金がカッツンカッツンになってしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたりもする。

 

 とにかく、俺は普段通りに戻ってこれた。また小猫さんとも先輩たちとも元の普通の仲になったんだ。それだけで俺は最高に満足だし何も要らない。全部が全部元通りというわけじゃないけれど、これでよかったんだと思う。

 

 さあ、PCの電源をつけよう。明日のツアー用の店を調べておかないとな。

 




終わりました。やっと終わりました。これでこの物語も一巻が終了です。いやはや、長かったです。思えばことの始まりはハイスクールD×Dのアニメ第一期が終わった頃に、むずむずと自分の中の創作意欲が湧き出てきたのがきっかけでした。

小説を執筆すること自体はやってきましたが、長々と長編を書き続けるのは初めてだったために何とかやっとという感じでした。さらに言えばオリ主なんてのも初めてでしたし、初めてのことばっかりでした。

やっと自分の中で踏ん切りをつけれた気がします。ここまで来れたのもお気に入り、コメント、評価、ご拝読して下さった皆様のおかげでございます。ありがとうございます。


さて、次の2巻まではだいぶ時間が空くと思われます。ご容赦ください。

それでは皆さん、さようなら。また会う日まで。














ちょっとだけ続くんじゃよ?



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おまけ
幕間:俺と小猫さんのグルメな一日


 ――――昨日のあの出来事から翌日。待ちに待った買い食いツアーwith小猫さんの日がやってきた。あんまりにも楽しみだったので、今俺は待ち遠しい時間を潰すためにタイピングゲームをPCでやっているけど、楽しみすぎて手が震えるので二回くらい無駄タイプするという、致命的なミスをしまくっている。いつもならA判定余裕なのにC判定貰ってしまった。

 

 よくこんな風に時間潰しをしていると、何か忘れてるんじゃないかと思うことがままある。そもそも俺がこの世界に入ったのは……そうだ、特に理由なんてなかった。うん、なかった。神様ことじーさんを助けた俺はお礼としてこの世界に入り込んだわけだ。振り返り終了。

 

 振り返りも終わったけれど、何か不安がまだ残る。何か大切なことを忘れているような忘れていないような……何と言えばいいのだろう、自分が自分であるための何かを忘れてしまったような―――。

 

「……流石にこの年で中二病発症は恥ずかしいぞ俺」

 そう自分を戒めてみるものの、どうも引っかかる。こういう時は大人しくその”引っかかる何か”を見つけてすぐに対処したほうがいいんだけれど、それでも見つけるのが難しかったり骨折り損だったりする。

 

 じゃあ、どうするか? 簡単だ。さっさと小猫さんとの待ち合わせ場所に行こう。

 

 

 

                      ※

 

 

 

 待ち合わせの時間よりも思ったよりも早く着いた。待ち合わせ場所には小猫さんらしき影が。どうやら早く着いたらしく、俺より先に待ち合わせ場所で待っていたようだ。

「小猫さーん」

 名前を呼びながら駆け寄るとこっちに気づいた小猫さんが振り向く。見返る姿も可愛いな小猫さん。

「ごめん小猫さん、待った?」

「さっき来たばかりです」

 よかった、さっき来たばかりということは大丈夫―――いやいや、待て待て。30分くらい早く来て待ってたとかそういうのを聞いたことがあるぞ、大体そういうことするの男だけと聞くが……そもそもそんな30分早く来て何の得があるんだ? なんかのリハーサルでもするのか、それとも女は待たせちゃいけないみたいな心得か?

 

 ともかく、そんなことを考えて時間を浪費するよりは美味い物を食べるために動いて消費した方が何倍もマシだ。

「それじゃ小猫さん、ちょっと予定より早いけどもう行く?」

「はい」

 俺がそう聞くと、こくりと小猫さんが頷いて同意する。可愛いなぁ。

 

 まず最初に二人で行ったのは近くにあるクレープを売っている屋台。一見そこらと同じような屋台と見間違えるほどの平凡な見た目だが、ここにあるクレープはどれもうまい。店主はちょっと優しそうな中年のおじさん。唯一ネックなのが週に数回、それも曜日などは決まっていない完全ランダム。おじさんの仕込みの日の気分次第でやったりやらなかったりなので、今日やってるかどうかは完全に運任せだったがラッキーな事に今日はやっていた。

 

 俺はマンゴーとみかんのクレープを、小猫さんはシンプルなイチゴと生クリームのクレープを頼んだ。「んじゃここは俺が払うよ」

 二人分の料金を払おうとすると、小猫さんが俺の手を止めてきた。

「私も払います」

 しかしここで、はいそうですかとすんなり払ってもらっては締りが悪い。男の沽券に関わる。

「いやいや、普段いろいろと迷惑をかけて悪いから」

「ここは譲れません」

 ここで折れない俺も俺だが小猫さんも小猫さんで中々にしぶとい。仕方ない、ここは折衷案で行こう。

「分かった、せめてここは払わせてくれないかな。言い出したからにはやらなきゃ締りが悪いし……ね?」

 俺がここまで言うと、小猫さんもさすがに折れて「分かりました」と言うとお金をしまってくれた。よしよし、素直な子は好きですよ俺。

 

 買ったクレープはちょっと離れた所で立ち食いする。ベンチで座ってゆっくり食べても悪くはないが、なんとなくこういう物は立って食った方がうまいと感じるからだ。立ち食いそばとか、座って食うそばより安いのに悪くない感じなのもそのせいなんじゃないかと思う。

 

 そこそこ評判のクレープは、頬張るとみかんのほんの僅かな酸味が爽やかさと、マンゴーとみかんの甘さをしつこ過ぎないようにしていて、さっぱりとしていておいしい。

 

「んー、うまい。ここのクレープ美味いなやっぱ」

「美味しいです」

 小猫さんもお気に召してくれたようなので何よりだ。小猫さんは少し感情を読み取りにくいけれど、なんとなくで今嬉しいとか悲しいとかは分かる。一番分かりやすい見分け方は眉がどんな形をしているか、だ。

 

 たとえばイッセー先輩がセクハラしていると思いっきり眉とか目が不機嫌そうというか侮蔑のそれになるし、ちょっと嬉しい時はちょっと眉が上がる。意外と見分けはつくもんだ。これもアハ体験30分耐久とか暇なときにやった賜物だな、きっと。

 

 そんな事を考えていると小猫さんが俺のクレープを少し欲しそうに見ている。柑橘系のにおいって嗅ぐだけで食欲沸くもんな。

「……食べる?」

「はい。私のも食べますか?」

 そう言いながら小猫さんは俺の方へクレープを向ける。こういうのはありがたく頂戴しておこう。

 

「ん、ありがたく頂いとくよ」

 申し訳程度に端っこの方から少し貰うと、なるほど。イチゴとそんなに甘くない生クリームで丁度いい甘さになってる。甘ったるいのが苦手な人でも食べれるような工夫がどのクレープにも施されているんだろう。

「こっちのも美味しいです」

 小猫さんも小猫さんで俺の買ったクレープもお気に召してくれたらしい。最初の店は無事成功ってところだな。

 

 次に向かったのはたこ焼き屋。といってもこっちは屋台ではなく、たこ焼きだけを売っているところだ。ここは女将さんが店主でちょっと気前がいい。俺と小猫さんで6個セットを2つ買うと、それぞれ一個ずつおまけしてくれた。なんとも得した気分だが……ここのたこ焼きは一個一個が少し大きい。そしてタコはブリッブリとしていて要するに非常に食べ応えがある。たとえ6個でも腹4分目くらいは簡単に膨れるくらいだ。

 

「うーん、これは二人で6つの方が良かったかなぁ……」

 全部食べてそのあとで買い食いできるかと言うと、俺の胃袋と今までの経験から考えると……あと良くて2件いけるかいけないか、ということになる。途中休憩を入れるとして3件か。しかもあんまり重い食べ物は入れられないな……流石に小猫さんでもあんまり食べると体壊しそうだし。

 

 色々と思索しながらもたこ焼きを頬張る。ちゃんとした店で座りながら食べるたこ焼きというのも中々乙なものだ。ジャンクフードはジャンクフードとして食べる食べ方と一人前の料理として食べる二種類の食べ方があってこれがまた楽しい。

 しかし、しっかりしたたこ焼きあってこそ店の雰囲気は生まれるもの。肝心の味は―――美味い。生地もちゃんとダシが入ってて、表面のちょっと焦げた部分が香ばしくてそれがソースと鰹節、青海苔とマヨネーズの風味とマッチして食欲を更にそそる。まさしくこれぞBグルメといったところか。

 

「……ちょっと熱いですね」

 小猫さんは名前が小猫だけに猫舌なのか、熱々のたこ焼きに若干苦戦しつつも頬張っていく。ちょっと大きいたこ焼きを頑張って一口で食べようとする様はとても可愛らしい。うん、眼福眼福。

 

 

 

                      ※

 

 

 

 ゆっくり時間をかけてたこ焼きを完食した俺と小猫さんは少しそのまま店で休憩したあと、次の店目指して歩き始めた。なるべく胃袋に負担をかけない程度にゆっくりとだ。

「いやー、やっぱりたこ焼きちょっとボリュームあったね」

「はい。でもあそこはいい所ですね」

「気に入ってくれて何よりです」

 こんな風に他愛もない会話を交えて歩いていると、非常に平和で穏やかな気分になる。そういう穏やかな時というのは普段よりも心が落ち着いているため非常に勘が冴える。どれほどかというと、例えば―――

 

「―――誰かに尾けられてるよね?」

「はい」

 これは勘とか第六間と推測でなんとなく思っただけだけど、やっぱり小猫さんも薄々感づいてたようだ。間違いなく誰かに俺たちは尾行されてる。心当たりはさっぱり無い。

 

 まず最初に帽子を被った3人組に待ち合わせの時にすれ違い、クレープ店の時にまたすれ違った。そしてたこ焼きの店前でも外を通り過ぎるのを見て、店を出る際も離れたコンビニに居た。これだけならまだいいのだけれど、そのうちの1人と目が合った。遠くからでも目と目が会うと、人間嫌でも分かるもんだ。間違いない。

 

 数回もすれ違い、そして離れたところに居るのを見つけ、更に目が合うことなんて確立としてどれくらいだろうか? そうそう無いだろう。

 俺の考えすぎかもしれないが、あの3人組とすれ違うにつれて、こっちを監視するような視線を感じる。小猫さんもそれを感じ取ったのだし十中八九怪しい奴らなのは間違いないだろう。

 

 お互い尾行されてるのを確認した所で俺たちは徐々に人気の少ない道を選んで行く。しばらくすると、俺たち以外誰も居ないような、周りも殺風景なまっすぐの一本道にたどり着いた。

「まだ居るかどうか念のため確認するからゆっくり歩くよ」

「分かりました」

 俺は自然な動作でケータイを取り出す。そしてカメラモードを起動してなるべく不自然にならないようにレンズの部分だけを体から覗かせるようにして画像をとる。景色を撮るためのモードに設定したのでピンボケとかはしないだろう。

 

「どれどれ……」

 ケータイを見てみると、やっぱり写っていた。人相までは流石に分からないが、俺たちから20mくらい離れたところに同じ服装の奴らが3人。ここまで来ると、どう考えても尾行だこれ。

 

 確実に尾行だとすると、すれ違った時の記憶と画像を元に3人の特徴からどんな奴らかを推測する必要が出てくる。

 一人目、一番気にかかった奴で背が一番3人の中では小さい。黒いサングラスとニット帽を被っている女。ニット帽のせいで髪型なんかは把握できなかったものの、金髪だったような気がする。これが気にかかった理由だ。

 

 二人目、こっちは体格の悪くない男だ。俺と近い身長でこっちは野球帽を深めに被っているので人相は良く分からなかった。

 

 最後に三人目、なんというか一番目立った。最初にすれ違った時の印象が”胸デカイなオイ”だったからな。そんぐらいデカい。帽子は大きめで茶髪。こっちもこっちでサングラスである程度人相を把握されないようになっている。

 

 外見で分かることはこれだけ。あとは俺の予測だが―――この3人は尾行に慣れてないとみた。追跡対象に何回も自分たちの姿をさらけ出すどころか目を合わせるなんてトーシローにも程がある。ただのカカシのほうがまだいい仕事をするんじゃないか?

 それともよっぽど腕に自信があって、こっちに感づかせた方が捕まえる手間が省けるとかいう大胆な考えも否めない。

 

 しかしこちらには俺がいるし小猫さんもいる。そんじょそこらのはぐれ悪魔なら楽にあしらえる俺たちが人間相手にそうそう負けるわけも無い……が、油断は禁物。とりあえず一人でいちびってるよりは小猫さんと、どうするか相談するべきだろう。

「泳がせます? それとも捕まえますか?」

「次の曲がり角で待ち伏せしましょう」

 小猫さんがそう言った所は、コンクリートの塀で曲がった先が見えない死角のある所。なるほど、ぴったりだ。

 

「それじゃついでに小芝居を打とう。小猫さん、ちょっと後ろに回るよ。転ぶかもしれないから注意してね」

「分かりました」

 小猫さんの後ろにさりげなく回ると、こっそりと膝カックンをしてちょっと大げさに声を少し大きくして言う。

「おっとコリャ不味い。小猫さんが怒った!」

 そう言いながら曲がり角まで走る。

「……許しません」

 そう言いながら小猫さんも追いかけてきてくれた。芝居とはいえ、小猫さんが怒って俺を追いかけていると考えるとちょっと怖い。デコピンですらあんなに痛いのに怒ってぶん殴られたら多分骨折れるんじゃないか?

 

 そんなことを考えつつ曲がり角を曲がると回れ右をしてピタッと止まる。小猫さんも同じようにして俺の隣で止まると構えた。

 俺の予想が正しければ、多分あいつ等は焦って走りだすだろう。俺らを見失わないように必死になってな。そこを突いて奇襲をかければ―――!

 

 俺の予想通り走る足音が聞こえてきた。心臓の鼓動があがっていくのが感じる。だが、あくまでも冷静に待ち構えないといけない。それが待ち伏せってもんだ。

 もうすぐそこまで足音は迫ってきた。俺の握り拳にも余計力が篭っていく。

 

 そして例の3人組の、野球帽を被った男が目の前に出てきた――――!

「俺等に何か用かい大将?」

「……えい」

 その言葉といっしょに俺と小猫さんは男めがけてパンチを繰り出す。男はもろにそれを食らうと、あとに続いてきた二人を巻き込んで倒れた。

 

 決め台詞も言えてガッツポーズしてやりたいところだが、急いで目の前にいる奴らを尋問――――

 

「う、うぅ……」

「い、イッセーさん! 大丈夫ですかイッセーさん!」

「イッセー? 大丈夫?」

 尋問するまでもなかったわ。目の前にいるのはリアス先輩、アーシアさんにノックダウンしてるイッセー先輩だった。

 俺と小猫さんは三人の前に立ちはばかると、小猫さんの分も代弁して俺が一言。

「さて、どういう訳だか説明してもらいましょうかね御三方?」

 

 

 

                     ※

 

 

 

「―――なんだ、そういうことだったんですか? わざわざ尾行せんでもいいでしょうにそんなの」

 俺たちは今、ちょうど次に行く予定だった喫茶店で先輩たちから話を聞いたところだ。

 

 話は要約すると、”小猫さんがいつもより機嫌がよくて気になったので、あとを追ってみると俺が居た。プライベートで俺と小猫さんが出合うとは思わなかったのでちょっと気にかかって尾行してみたら美味い物めぐりしていたので自分達もそれに乗っかろうとした”ということらしい。

 

 そこで先ほどまでダウンしていたイッセー先輩が申し訳なさそうに言う。

「いやー、二人の邪魔しちゃ悪いかなと思って」

 その気持ちはありがたいんですけどちょっと怪しい3人組に尾行されるよりはマシですよ、マジで。

 

「私も二人には申し訳ないと思ったのだけれど、思ったよりもたこ焼きとクレープが美味しくて……」

 そうリアス先輩がイッセー先輩に続いて言った。案外庶民系フード好きなんですねリアス先輩。フレンチ料理とか食べてそうな印象が常に漂ってたのに意外だ。

 

「はい、とっても美味しかったので私もついつい食べすぎちゃいました……。主よ、私をお許しくださ―――あうっ!」

 アーシアさんはアーシアさんでいきなり神へのお祈りをしてダメージを受けている……。新手の自傷症なんだろうか?

 

 ともかく、これ以上この件については突っ込まないでおこう。リアス先輩の付けているウィッグとかそこらへんは多分突っ込んだらキリがない。

「まあ気に入ってくれたのなら結構ですよ。俺も頑張って選んだ甲斐がありますから。とりあえず食べましょうか」

 そう言って俺は注文しておいたアイスをスプーンで削り取るように食べる。バニラアイスはこうやって食うのが一番だ。これを口に入れたあとにちょっと温かい紅茶飲むと、アイスの冷たさの次に来る紅茶の暖かさが非常によく合う。アイスと紅茶って合うもんだね。

 

 ちなみにリアス先輩は紅茶とバウムクーヘン、アーシアさんと小猫さんも同じものを、イッセー先輩はコーラを注文していた。

 

 

 しばらく先輩たちと会話を交わした後、リアス先輩達と俺達は別れることに。別にこのままついてきても構わないと俺は言ったが、もうお腹一杯だし二人の邪魔をすると悪いとのことだった。別に邪魔でもなんでもないけどなぁ……?

 

 喫茶店を出た俺と小猫さんは近くの公園のベンチで佇むことにした。ちょっとしたイベントのせいで時間がもう夕方の一歩手前まできている。昼もそろそろ下がりきる頃の公園は珍しく人もいないので、ゆったりとした気分でいられる。

 こんな時が一番のチャンスだ。俺は小猫さんのほうに向き直る。

 

「小猫さん……話があるんだ」

 俺の真剣な表情を察したのか、小猫さんもこっちを向いた。少し不思議そうな表情だ。それもそうだ、俺がこんな話をしだすとは夢にも思わないだろうしな。

 

「俺がもし―――仮に、仮にだよ? 人を殺した殺人犯として疑われてて、それの証拠品が色々あって高確率で俺が犯人って言われてるのに俺が犯人じゃないって言ったとしたら、信じる?」

 

 こんなこと、自分で言っててもアホかと思うくらい遠回りな言い方だと思う。でも、俺はあの事はできれば思い出したくもないけど、ちゃんと確かめたいことなんだ。

 俺は小猫さんと友達でいられるのか? 小猫さんは俺のことをどう思っているのかが知りたい。今日小猫さんを誘った理由の半分以上がこれを確かめたかったからだ。

 

「はい」

 そんな事を思っていた俺に対して小猫さんは頷きながら即答だった。いや、マジで即答だ。2秒かかってなかったぞマジで。

 

「……マジ?」

 あんまりの即答具合に俺は質問内容を”小猫さん、甘いもの好き? もう一件行く?”とかそんな事を言ったのかと思うくらいだ。

 

 そのまま小猫さんは俺の目をまっすぐ見たまま、いつも通りのトーンでいつも通り、まるで当たり前のことを当たり前に言うかのように言った。

「ケースケさんは誰かを傷つけることは出来ても、命を奪ったりしません。嘘はつけても態度にすぐ出る正直な人です」

「……そっか」

 これがつまりは、小猫さんがあの時俺に対して思ったことなんだろう。これを聴いた瞬間、俺は小猫さんに対して申し訳なく思ってくる。俺はなんて馬鹿なんだろう。

 

「……ごめん、小猫さん。ありがとね」

 俺がそう言うと、小猫さんもちょっと罰の悪そうな顔で返す。

「私もケースケさんに謝らないといけません」

「いや、いいよ。小猫さんが謝らなくても」

 

 俺がそう言うと、小猫さんは懐から何かを取り出した。

「違います。これを渡せと先生から言われていました」

 ……何も聞かなかったことにしたい。先生―――つまり、最近出番もなくて陰の薄い小松原から何を渡されたのかも知りたくない。知ってたまるものか。マジで知りたくない。

 

 しかし知りたくない知りたくないと思いながらも知ってしまうのが人の悲しいサガ。俺は小猫さんから震える手でその折りたたまれた紙を開いた。

 そこには―――

 

 

”若葉 啓介 上記の者、数学、現代文、古典、科学、世界史各科目の小テスト及び課題を未提出、未出席。よって数日に渡る個別指導を行う。 追伸:いい度胸だな貴様。 by小松原”

 

「お、終わった……俺の人生、終わった……」

 そうか、何か忘れてると思ったらこれだ。何かモヤモヤがあると思ったらこれだよ! どうりて最近小松原からの留守電メッセージがないと思ったよ! そりゃそうだ、マジギレした声がヤバすぎて脅迫罪で訴えられないためだ! クソッ、なぜ俺は気づかなかったんだ!

 

 そしてよく見ると、紙の端っこに何か書いてある。

「ん? ―――なお、この手紙は読み終えると自動的に爆発四散するので5秒以内に始末――ふざけんなっ!?」

 全文を読み終える前に紙をクシャクシャに丸めて空高く放り投げると、見事空に打ち上げられた紙はパイプ爆弾のように爆ぜて木っ端微塵――――にはならなかった。

 

「……あれ?」

 天に唾を吐く行為とでも言わんばかりに拍子抜けした俺の頭に紙が当たると足元に落ちる。爆発するわけじゃないのか?

 もう一度クシャクシャになった紙を元に戻して詠んでみると、”――始末するかゴミ箱にでも捨てるように。全部読まずにお前が本当に爆発すると思って丸めて空に投げるような馬鹿ではないことを祈る。”と書いてあった。

 

「んだよもー……洒落にならない洒落は勘弁だ」

 あの小松原ならやりかねないから困る。奴ならクリーム状の揮発性の高い可燃物質とか平気でこれに塗り込みそうだしな……。

 

 しかし、改めてこの紙を見ていると自分の置かれている状況がヤバイかが感じてきた。あれ? もしかして俺このまま勉強しなかったら学校一のBAKAとして夏休み返上して勉強とかマジでありえるんじゃないか? しかも小松原がずっとそばに居るという地獄付きで。

 ……考えるだけで腕が震えてきた。足もそのあとから震えてきた。今は生まれたての小鹿も真っ青なくらい震えまくってきたぜ、へへっ。

 

「こ、小猫さん……頼みがあります」

「駄目です」

 即答!? 小猫さんは常に即答するっていうポリシーかなにかあるの!?

 

「小猫さん、頼みます。お願いします。数ピコグラムでも俺の事を哀れと思うなら少しでいいんです、俺に勉強を教えてください、一生のお願い3回目だけど使わせてくださいお願いします」

 俺は恥もプライドもかなぐり捨てて頭を砂利にゴシゴシ擦り付けて土下座する。元々プライドあってなんてないようなもんだ、捨てたところで何の後悔もないさ。

 

「……分かりました、そこまで言うなら……私が分かる範囲で教えます」

 俺の土下座でなんとか小猫さんは了承してくれたようだ。最近俺の土下座が安っぽく感じてきたが気にしない気にしない。

 あとの小猫さんも教えられないような所は先輩達にも色々と教えてもらうしかないな、物凄い勝手なお願いではあるがここは先輩達に頼るしかない。

 

「ありがとう! そしてごめん小猫さん俺勉強しなきゃいけなくなっちゃったからここで! それじゃまた明日学校でね!」

「はい」

 小猫さんには申し訳ないが、別れの挨拶を済ませると走って俺は家へと――――いやいや、こんなときのトラエストだ。

 

 走るのをやめて落ち着いて立ち止まり、小猫さんの方を振り向いて手を振る。小猫さんもちょっとだけ手を振ってくれた。よし、あの可愛さでやる気は十分だ。

 

 時間短縮でトラエストを使って家に戻った俺は真っ先に小汚い勉強机へと向かう。今の一秒でも惜しい。今日は一夜漬けで勉強だ!

 

 

 

 

 ――――まだ春は半ばだけれど、俺の中で何かが変わり始めていた。主に学生本業関連で。




 どうも、皆さんこんにちは。

前回は、”大分更新は先になります”と言ってましたが……少し前回についてお詫びを。

実はですね、今は違いますが前回のあとがきが完全に小説を完成させた人の発言のそれでした。これも私の睡眠欲に逆らったことが悪いのです。眠すぎて完全にいろいろと字が飛び飛びになりました。申し訳ありません。今もわりとおかしい感じになってると思います。

話は変わりますが、今回は番外編みたいな感じになっています。いわゆる一巻と二巻の間のおまけストーリーといった感じです。別名を”私がやりたかったことを実現させる回”でもあるわけですが……。今回のような話を今後も巻の合間合間にやって行きたいと思います。

では、恐らく次回から2巻目に入ると思われます。乞うご期待ください。


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second story
第1話:恐怖! 局部を狙われる不死鳥―――忍び寄るおっさんの魔の手!


※WARNING! 今回は下品極まりない下ネタが多々発生します。


※WARNING! 今回は下品極まりない下ネタが多々発生します。


※WARNING! 今回は下品極まりない下ネタが多々発生します。


重々ご注意ください。


 どうも皆さんこんにちは。若葉、若葉啓介、若葉啓介でございます。

 

 ――――最近、唐突に頭の中で自己紹介をしたくなる病気に苛まれてうんざりしている。イッセー先輩もたまにそういう事がおきるらしい……心因性の精神病かな?

 原因に心当たりがないわけじゃない。最近日夜勉強漬けの上に放課後は1,2時間程小松原の特別指導という名の講習を受け、テストを受け、バイトをしてぐっすり眠る。これを繰り返しまくれば嫌でも疲労と心労は溜まっていくに決まってる。

 

 幸い今のところ疲労は溜まってないけど、気分的にガーゴイルのHPを削ってる途中でもう一体おかわりが来たとか、マンイーターがヘビの尻尾を切る前にもう一体おかわりが来た気分だ。分かる人だけ分かってくれればいい例えだけどそんな感じだ。そのせいで大事なもの―――人間性とかそういうのが色々ロストしかけてる。切実に。

 

 しかし小松原も講習の休みをたまに入れてくれる。そんな日はオカルト研究部へ行って勉強する。姫島先輩が出してくれる紅茶とかおいしくて心が安らぐ上に、分からないところは先輩たちが教えてくれるので本当に助かっている。何か恩返しがしたいと毎度毎度思っていた。

 

 そこで今回、俺は奮発してチーズケーキを買って献上することにした。小松原が与えてくれた休みの日に、あらかじめチーズケーキを予約しておいて買いに行き、部室へ直行するという寸法だ。

 で、俺は今チーズケーキを買って部室へゆっくりと向かっている。いやー、先輩たちの喜ぶ顔が目に浮かぶね。ちゃんとメンバー分ケーキもカットしてもらったし、値段は高いものの味は評判だし。

 

 部室の前まで来ると、少し何か物々しい雰囲気がするような気もするが、まあどうせ何もないだろうということで部室のドアに手をかける。

「こんにちはー、また教えてもらいにきま……」

 のんきにドアを開けた瞬間、瞬時に俺は固まった。

 

 なぜかって? そりゃー見知らぬ団体さん十数名――しかも全員女の子と、男一名―――がいっせいにこっち向けばそうなるわな。今の状況を表すとすればヤーさんの出入りに出くわした蕎麦屋の配達のアンちゃんだ。すっごい場違い感がする。

 どうしよう、このままドアを閉じるのもアレだけどこのまま立ってるのも凄い気まずい。このまま話なりなんなり再開してくれればいいんだけど、俺の行動を伺っているから再開もクソもない。

 

「あらあら、若葉君。どうしたんですか?」

 ここで姫島先輩がフリーズした俺に声をかけてくれる。おかげで我に帰ることができた。

「あ、先輩。えっと、今日はお取り込み中みたいなんで……あ、これ手土産です。」

 姫島先輩に渡すと、先輩はビニールの中を見て微笑む。

「まあまあ、こんなものを頂けるなんて」

「喜んでいただいて何よりです。それじゃ、これで……」

 用が済んだらすぐ帰れ、触らぬ神に祟りなしの精神で俺がそう言って回れ右をして帰ろうとすると、リアス先輩が口を開いた。

 

「あら、すぐに済む話だから気を使わなくても大丈夫よ」

 ものすごい棘のある声に振り向いてみると、笑顔でリアス先輩がそう言っていた。その笑顔と言葉のギャップ差がメチャクチャ怖いんで帰らせてくれませんかね……。

 しかし、俺にそんなことを言える勇気はない。ない。マジでない。リアス先輩の発言で空気が一段階悪くなったとしても俺が出来ることはただ一つ。

 

「あ、そうですか……」

 そう言ってイッセー先輩とアーシアさん……こないだイッセー先輩のクラスに入ったらしいからアーシア先輩と小猫さんの近くに申し訳程度に隠れるように隠れるようにと待機する。

 

 そして、本当は滅茶苦茶話しかけたくないが、部屋に入ったときからずっと号泣してるイッセー先輩に小声で話しかける。どうして話しかけたくないかって? 大体こういう時のイッセー先輩はロクなことで泣いてないからだ。

「先輩、ちょっとどうして泣いてるんですか?」

「ケースケ……見ろよ! う、羨ましすぎるッ……これが、俺の夢にまで見たハーレムッ!」

 殺してやりたい。マジで。ハーレム見て悔しくて泣いてるの? バカなの? 死ぬの? 嫉妬でジェラ死ーってか―――今のは見逃して欲しい。滑った。

 

 イッセー先輩の奇行を見て、見慣れぬ男……おそらく団体様の頭っぽい、ホストみたいな奴がドン引きしている。すいませんねこんな先輩で。直そうとしても直らないんですよ。

「なあ、君の下僕君が俺を見て泣いているんだが……」

 その男がリアス先輩にそう言うと、先輩は少し困った顔で答える。

「その子の夢が……何と言えばいいのかしらね。そう、ハーレムを目指してるのよ。貴方の下僕を見て感動したみたいね」

 と言った。なんというか、身内の恥を語らされるなんてリアス先輩も気の毒ですね……。そしてイッセー先輩、うんうん頷いてないで主に恥をかかせたんだから侘びに切腹しないと。介錯は俺がするんでさっさと腹切ってくたばってくれませんかね。

 

 そんなイッセー先輩の様子はむこうはどんな目で見ているかって? 決まってる。

「ライザーさま、あの人気持ち悪いです」

「きもい……」

 

 よかったですね先輩、本気で気持ち悪がられてますよ。変質者への道を一歩一歩順調に進んでますね。ほら、気持ち悪がらずに可哀想な目や哀れみの表情を向けている人も何人か居ますよ。生ゴミを見るような目で見られるよりはマシじゃないですか先輩。

 

 こんなことをイッセー先輩に言ってやりたいと思っていると、ライザーと呼ばれた男が口を開いた。

「いつでも羨望のまなざしを受けるのが上流階級というものさ、そう言ってやるなお前たち」

 コイツもコイツで上流階級というのが驚きだ。このホストが上流階級? ペオルさんの方がよっぽど上流階級だって。どう見ても七光りにしか見えないぞ。

 

 ―――気づくと、だんだん俺の毒を吐くのが激しくなってきた。ストレスが自分の知らないうちに溜まってきてるのか? 自分でもよく分からない。ただ色々と些細なことにイラつき始めてるのはいけないことだ、自分でも気をつけないと。

 

 ……と、こんな風に自分を戒めているとライザーが何か言ったあとに一人の下僕を呼び出した。そしてその下僕の顔とライザーの顔がお互いに近づいていき―――オイオイオイマジかよ。

 

 慌てて俺は小猫さん……とアーシア先輩の目を手でふさぐ。危ない、少なくとも元シスターの人がみたら不愉快極まりない行為で、小猫さんが見るには3年早いようなディープキッスを見せずに済んだ。

 この人たち無垢で純真だし、ただでさえイッセー先輩っていう不穏分子がいるんだから変な刺激をしないで欲しい。リアス先輩や姫島先輩は裸で男の隣で寝たりSMプレイをする人達なので別に耐性はあるんだろうけど、このお二人だけはせめて変な色に染められないようにしないと。

 

「ケースケさん、見えません」

「あー……ごめんよ小猫さん。変なの見せて変なのに染まったら責任を問われるのって真っ先に俺だからさ」

「何が一体起こってるんでしょうか……」

「誰かさんと誰かさんが麦畑で戯れてるだけですよ」

 俺が必死に誤魔化していると、ホスト野郎ライザーはまだまだイチャコラと長いキスを楽しんでいる。

 早く終わらせろよホスト野郎。こういう言い訳って言っても大体5秒も持たないんだよスケコマシめ……。

 

 しかもタチの悪いようにイッセー先輩の方を見てバカにしてるような視線を送っている。まずいな、イッセー先輩はこういう煽りに耐性ないから、まず間違いなくキレる。ここでイッセー先輩にキレられたら俺は両手が空いていないので止める人がいない。さっきのライザーの行動で、小猫さんとアーシア先輩を除いて、俺を含めた全員が不愉快に思っているのをヒシヒシと感じるからだ。

 

 一応ライザーは上流階級らしいし、そんな奴相手にキレて手を挙げるとロクなことにならないのは世の常。よって殴るとかバイオレンスな行為はなるべくしないで欲しいのだけれど―――

 

 そう思いながらイッセー先輩の方を見ると、なんとか怒りを堪えているようだ。偉いですよ先輩、もう少しだけ辛抱してください。キスが終わったらいつキレてもいいですよ、俺が止めますから。

 

 と、ここでやっとライザーはキスを終了。二回戦まで始めたせいで、いつイッセー先輩がキレるかどうかヒヤヒヤしたが、安心した。イッセー先輩も前よりも煽り耐性も付いて見直したぜ。

 

 しかし、俺の安堵を吹き飛ばすかのようにここでライザーがトンでもない爆弾発言を投下した。

「お前じゃこんなことは出来まい、下級悪魔くん?」

 下級悪魔―――つまりこれはイッセー先輩に向けての発言だ。明確なことだ。……だとしても、彼女いない暦=年齢の俺にも結果的に宣戦布告をしてるんだよな、これ。そうだよな、きっとそうだよな!?

 

 しかし相手は上流階級。腹の立つ話だが社会的地位の高い奴を攻撃すると、さっきも言ったがロクなことにならない。俺は怒りを必死の思いで飲み込んだ。

 だが、イッセー先輩は違った。なんせ俺と違い名指しされたんだからな、俺の時とはわけが違う。

 

「この野郎言いたい放題言いやがって! ブーステット・ギア!」

 怒りに怒るイッセー先輩は持ち前のセイクリットギアを発動させた。そして殴りかかるのはさすがに控えてライザーに指をさして一言。

 

「お前みたいな”たらし”が部長の許婚なんて不似合いだ!」

 そうだ、もっと言ってやれ先輩! 彼女無し勢の叫びと、このクソ野郎の行動がどれだけ唾棄すべきものか指摘してやるんだ――――って、え?

 

 部長の許婚? これが? 目の前で堂々とほかの女とイチャつく節操無しのヤリ●ン野郎が? 世の中マジでどうなってんの?

 

 俺が衝撃の事実に混乱していると、ライザーが余裕たっぷりに返す。

「は? お前はそんな俺にあこがれているんだろ?」

 なんという的確なブーメラン。自ら放ったボディブローを自ら喰らうことになるとは……。自業自得ってこういうことも指すんだろうな、きっと。

 

 しかしイッセー先輩はそれでもめげずに喰らい付く。頑張れ先輩!

「う、うるせぇ! ともかく部長の目の前で堂々とイチャつくような奴が結婚後もイチャつかないわけがねぇ!」

 おお、これはなかなか的確な指摘だ。さすがにこのアッパーカットはライザーにも少しは効く―――

 

「下僕とのスキンシップをして何が悪いんだ?」

 ―――全く効いていない。先輩のパンチ力が足りないのか! こうなったらカウンターを狙いに……じゃない。今そういう事言ってる場合じゃない。

 

 大胆不敵に開き直ったライザーにイッセー先輩もさすがに堪忍袋の緒がプチプチと切れ始めたのか、叫ぶ。

「やっぱりイチャつくんじゃねぇかローストチキン! それが嫌なら種まき焼き鳥野郎だ!」

「なっ……言わせておけばこのガキがっ!」

 イッセー先輩の罵倒に、ライザーなぜかキレだした。過去にケンタッキーフライドチキンで胸焼け起こしたとかそういう過去でもあるんだろうか? いやいやまさか、俺じゃあるまいし。

 

 ただイッセー先輩の発言であの野郎がキレるのは見ていてとてもすっきりする。よし、ここはさらに奴を煽ってやろう、どうせもうイッセー先輩が煽ってしまったんだから行けるところまで行ってしまえ。毒喰らわば皿までだ。

「イッセー先輩、落ち着いて!」

 そう言いながら俺はもっともらしい動きでイッセー先輩を羽交い絞めにする。

「うるせぇ、これが黙っていられるか!」

 イッセー先輩はジタバタと暴れるが、俺も俺でしっかりと動きを取れないようにしている。そして俺はイッセー先輩の耳元で聞こえないように囁く。

『おとなしく俺の言うことを奴に言ってください。まずは”金髪のトサカ立てやがってニワトリ野郎”と』

 

 俺がそう囁くと、イッセー先輩はおとなしく俺の事をそのまま叫ぶ。

「金髪のトサカ立てやがってニワトリ野郎!」

「この野郎ッ……!」

 むこうもむこうでこっちの煽りの内容を鳥ネタにしたらどんどんいらだち始めた。面白い、まだまだいけそうだ、とことん煽ってやるぜ。

 

『次は”鳥がいやならお前はほーでんだ! 焼いて調理されて再起不能になっちまえ”で』

「鳥がいやならお前はほーでんだ! 焼いて調理されて再起不能になっちまえ! ――――ところで、ほーでんって何だ?」

「そりゃーキ●タマですよ。雄ニワトリの。焼き鳥で使われますよ」

 俺がそう言うと、顔を見合わせた俺とイッセー先輩はしばらくの沈黙の後、堪えきれなくなったイッセー先輩がプッ、と吹きだす。

 

「キン●マ? 鳥の? 焼き鳥? くっ……焼き鳥野郎の……キ●タマ……ッ!」

 完全にツボに入ったらしく、声を押し堪えて必死になっている。い、いかん俺もつられてきた。

「ちょっと、先輩、やめ、俺もおかしく……種まき……再起不能……! ぷっはははははは!」

「ヒッ……ヒーッ! 腹痛い! ストップ、こりゃむしろ可哀想だぜ、キン●マを焼き鳥にして食うとか報われねぇよ!」

「ウマいんすけど大抵中年辺りのオヤジしか食わないのが玉に瑕! ははは! スケコマシの大事な部分がオヤジに食われて再起不能! タマだけに玉に瑕! たまんねぇ!」

「哀れな最後だぜ! ”たまたま”アイツのキン●マになったのが運の尽き、いや精の尽きってな!」

「駄目! もうこれ以上は可哀想……俺たちが! 笑い死んじゃう! 笑い死んじゃう! 女好きのキン●マが食われて腹中死! 中で逝けただけよかったね! ヒャハハハ!」

 

 こんな風に俺とイッセー先輩は床を転がりながらもトンでもない下ネタと寒いギャグを大声で、文字通り抱腹絶倒しながら叫んでいる。ごめんよ小猫さん、白い目で俺を見るかもしれないが、これは抵抗不可能なんだ。

 思いつきで言った事がたまにツボに入るってよくあるよね、うん。仕方ない仕方ない。こんなにくだらない下ネタで笑えるのも思春期ならではだ。あー、面白い。

 

 床を転げまわらんばかりの勢いでまだまだ爆笑している俺たちを見たライザーが、当然ながら肩をわななくわななく震わせながら激昂している。

「こ、の……ッッ! 下僕の躾がなっちゃいないぜリアス!」

 そんな貴方は愚息の躾がなっちゃいない……っと、さすがに下ネタはこれ以上は止めておこう。これ以上は腹筋耐久値のレッドラインを超えるからな。

 

 話を戻そう。リアス先輩はリアス先輩で、ライザーから分かりやすくそっぽを向いて”知らないわね”と言わんばかりにスルー。散々笑いの種にしたから中身がないように聞こえるかもしれないけど、この仕打ちには多少は同情するね、ドンマイ…………ざまぁみやがれ! よし、これで馬鹿にするのはもうおしまい。ホントにホントにおしまい……多分。

 

 大笑いし飽きたイッセー先輩が起き上がり、とどめの一撃と言わんばかりにこう言い放つ。

「お前なんて俺のブーステット・ギアで十分だ! 木場や小猫ちゃんが出るまでもねぇ、ゲームを始めるまでもねぇ! お前等全員俺一人で十分だ! お前なんか怖くねぇ!」

 そう言ってかっこよくセイクリットギアといっしょに決めるイッセー先輩。

 ―――まあ、ここまでの流れだったらもう誰でも分かるね、100%負けたね、これ。

 

 さすがのライザーもこれに対してはアホらしくて怒る気にもなれないのか、イッセー先輩を哀れむような視線とため息を上げつつ、こっちもこっちでかっこよく手を上げて合図する。

「ミラ。相手をしてやれ」

「はい」

 

 ライザーの合図に応じて前に出てきたのは棍棒を片手にしたミラと呼ばれた女の子。少し狭い室内とはいえ、素手相手に対してどれだけリーチの面で優れているかなんて言うまでもない。ましてやそれが棒術に優れているとしたら、相手が生身の人間だろうとイッセー先輩に勝ち目はない。それぐらい、素人と武芸の達人には格差がある。

 

 まあ、イッセー先輩も流石に調子に乗りすぎたのでいい薬―――と思っていたら。

 

「ふべっ!?」

 いきなり俺の頭に衝撃が走った。一瞬何が起きたのかと思ったが、すぐに理解できた。俺を踏み台にして例の女の子が飛びやがった。中国雑技団みたいな真似しやがって。

 そして俺も驚くくらい速いスピードでイッセー先輩との距離をつめるとその棍でイッセー先輩を突き上げ―――

 

「かはっ……」

 ―――ついでに俺にも軽く一発入れてきやがった。俺が人間と分かっているからか露骨に”人間ならこれで倒れるだろ”と言いたげな手加減のし具合だ。

「ぐふぇっ!? ちょ、待ったなんで俺にあぎゃっ」

 俺が何か言う前にまた振り返ることもなくジャンプすると俺の頭を踏み台にしやがった。おかげ軽く舌噛んだ。

 流石に女の子相手とはいえ、俺もここまでバカにされて黙っていられない。

 

「てめっ……人の話を聞けやオラ!」

 振り向きざまにまだ空中にいる女の子目掛けて割と本気で横蹴りを放つ。これは空中にいるので流石によけれまいよ! 

 ところがどっこい、女の子は体を捻らせて突きを放つ。俺の蹴りは女の子のわき腹に、棍も同じように俺のわき腹に突き立てられ、相打ちという結果となった。

 振り向きざまのあまり力の入っていない攻撃だというのに、重い衝撃がわき腹を襲う。倒れこみたくなるのを必死で我慢して立っているが、歩くのもままならないという情けない姿を晒すことになった。

 

 ただ、相手も相手で大丈夫と言うわけではないようだ。着地に失敗して苦しそうに手でわき腹を押さえながら立ち上がる。

「してやったぜ、へへ……」

 そろそろ俺も限界になり、ふらりと情けなく俺は尻餅をつきかけたところを誰かが支えてくれた。

「大丈夫ですか」

 

 支えてくれたのは小さいけれど力持ちの小猫さんだった。相変わらず小猫さんには迷惑をかけっぱなしだ。

「ん……ごめんよ小猫さん」

 小猫さんにそのまま近くの椅子に座らせてもらう。俺も俺で少しあの子を見くびりすぎていたかもしれない。情けない話だ、まだまだ俺にも鍛錬と言うものが足りないらしい……。

 

 ライザーは、俺とイッセー先輩の姿を見下しながら嘲るように言い放った。

「お前たち、弱いな。ミラは俺の下僕の中ではもっとも弱い。だが、この有り様だと確かにそうだ。ゲームをするまでもなく俺の勝ちは見えている」

 そしてライザーはイッセー先輩の下へと近寄ると、先輩の顔とセイクリットギアとを見ながら続ける。

「お前のセイクリットギアはそうだ、確かに恐ろしい。俺どころか神も滅ぼせる。だがお前のような使い手では宝の持ち腐れ―――そうだ、日本では豚に真珠というんだろう? まさしくお前に似合いの言葉だよ」

 ライザーはそのままイッセー先輩の頭をペチペチ叩いている。見ているだけでムカつく野郎だが、言う事がごもっともなので言い返せないのが悔しい。

 

 そしてライザーは俺の方にも向かってきた。何を一言言ってくれるんだか期待で吐き気を催しそうだ。

「俺を散々コケにしておいてこれじゃあな。確かに実力は人間の割にはあるようだが、上には上がいるんだよ。そう、こういうのを井の中の蛙大海を知らずって言うんだろ? 身の程を知るんだな」

 そう言うと俺の方から振り返ってリアス先輩の方に向かう。

 

「リアス、十日だ。十日もあれば君ならコイツ等を十分鍛えられるはずだ。そのあとにレーティングゲームといこうじゃないか。そこの人間も鍛えれば特別に参加させてやってもいい。そのくらいが面白いゲームになりそうだ」

 明らかに嘗められているのが悔しい。俺やイッセー先輩がこの面子で一番弱いという事実、そのせいでリアス先輩が低く見られることがなによりもだ。

 

 リアス先輩もライザーの言葉にはプライドが傷つけられたのか、イラッとしている様子を隠そうともせずにライザーに返す。

「強者の余裕かしら?」

 その言葉を聞いたライザーは、ため息混じりに子供をあやすようにリアス先輩に話しかける。

「戦いの基盤であるポーンがこの有り様で勝てるとでも? 君だってよく分かってるだろう。君一人の感情で勝てるほど甘くはない。経験もない初心者と経験者の違いは目に見える程に鮮明な上に、君は数も劣っている。そもそもこの程度じゃハンデにもならない。これが分からないのか?」

 あまりの正論にリアス先輩も言い返すことは出来ずに、ただその話を悔しそうに聞くのみだった。

 

 この沈黙を承諾とみなしたのか、ライザーはこれで終わりと言わんばかりに魔法陣の上に立つと、魔方陣が光を帯びだした。

「それじゃ、決まりだな。十日後にレーティングゲームを始めよう。君ならその時間でいい試合が出来るまでに鍛え上げられるだろう、リアス」

 そう言うと、イッセー先輩を見てライザーは最後に一言。

 

「結局はお前がどこまでやれるかだな、リアスのポーン君」

 そしてライザーと下僕は魔法陣の中に消えていった――――。

 

 

 

                      ※

 

 

 

「―――部長、すいませんでした!」

「すいません、リアス先輩。俺らのせいで先輩に恥かかせて……」

 ライザーが去った部室でイッセー先輩と俺はリアス先輩に頭を下げていた。先輩の顔に泥を塗るような行為をして恥ずかしいの一言だ。

 

 しかしリアス先輩はそれでも心配そうに俺とイッセー先輩のやられた痕を見ている。

「私はいいの。それより、二人とも傷は大丈夫? イッセーも若葉君もだいぶ痛めつけられたようだけれど……」

「俺は大丈夫ッス。アーシアのおかげでピンピンしてますから! ケースケ、お前は大丈夫か?」

「やられた時は痛かったんですけど、アーシア先輩のおかげでなんともありませんよ」

 俺とイッセー先輩はせめてこれ以上心配をかけないようにと元気アピールをする。もちろん空元気なわけじゃなくて本当に元気だ。体もどこも異常はない。

 

「そう……ならよかったわ。じゃあ今日はこれで解散。私は朱乃と一緒にこれからの事を考えなきゃいけないわ。朱乃」

「承知いたしましたわ、部長」

 そう言うと先輩達は奥の部屋へと入っていった。それを見た木場先輩や小猫さんもリアス先輩に言われたとおり大人しく帰っていく。イッセー先輩もそれに続いて帰ろうとしている。

 

 そして俺は、部室で立ち尽くしていた。俺の中ではただ悔しさと、リベンジしたいという思いが一杯だった。このまま素直に帰るという気すら起こらない。せめて、俺も何か先輩達の役に立ちたい。そこで俺の中の脳裏にひとつの言葉が浮かび上がった。

 

 ――――レーティングゲーム。これにどうやらリアス先輩達は勝たないといけない。どういう物かは知っている。負けるとどうなるのかも簡単に想像がつく。俺が知っているこの世界のシナリオはここまでだ。ここからは俺が全く知らないことが起きる。俺という存在がこの世界にいることで、どういう変化をもたらしたのかは全く分からない。

 だから、俺は俺がやれることをやるしかない。今俺が先輩達のために、せめてもの恩返しとしてやれることは――――ひとつだけだ。

 

 やるべきことを見出した俺は奥の扉を勢いよく開ける。勢いが強すぎてリアス先輩と姫島先輩は少し驚いていたが、まあちょっと気合いが入りすぎたってことで見逃して欲しい。

「若葉君、どうしたのかしら?」

 不思議そうに聞いてくるリアス先輩を前に俺は覚悟を決めて口を開いた。

「リアス先輩、質問があります。先輩、俺はオカルト研究部の一部員ですよね?」

「ええ、貴方は―――――駄目よ。私のワガママに貴方は巻き込めないわ。」

 俺が言わんとすることを理解したのか、先手を打つようにそうリアス先輩が言うが、こっちもこっちでもう辛い修行の覚悟は出来ているんだ。

 

「そうは行きませんよ、俺だって意地ってもんがあります。何があっても譲りません」

 俺の言葉を聞いたリアス先輩は、ただじっと俺の方を見ていた。まるで俺の覚悟を見定めているかのように。

「……本気なのね?」

「本気です」

 いつも以上に真面目な俺の返答に、少し困ったように苦笑しながらリアス先輩は口を開いた。

 

「分かったわ。そういえば貴方も頑固だったわね……。もう、言い出したら聞かないんだから」

 俺はその言葉を聞くと喜んで頭を下げる。

「ありがとうございます! 俺もせめて先輩の役に立ちたいんです。普段いろいろとお世話になってるもんで……」

「気持ちだけでも十分にありがたいわ。明日に備えてゆっくり休んで頂戴」

「失礼します」

 そう言うと俺は部屋をあとにする。気持ちだけでも修行に備え、今日だけはトラエストは唱えずに走って帰った。

 

 

 

                      ※

 

 

 

 バイトを終えて家に帰り、夕食も風呂も済ませた俺は、寝る前にCOMPからドワーフを召喚する。ドワーフは俺の顔を見るなり、ふさふさの顎鬚を撫でながら何か納得したようすで頷いた。

「ふむ、どうやら儂に入用のようじゃな」

「ああ。ドワーフ、作ってくれ。今から俺が言うもの全部を10日以内で」

 俺が造って欲しいものの内容を事細やかにドワーフに耳打ちをすると、ドワーフは多少難しそうな顔をしながら腕組をして唸る。

「……できないことはないが、高くつくぞ? そのようなカラクリはワシでもだいぶ難しい」

「やってくれ。頼む、報酬は色を付ける」

 俺は頭を下げてドワーフに頼み込むとドワーフは、うーむと唸りながら悩んでいたが、しばらくするとにっこりと微笑みながら俺の要望に応えてくれた。

 

「そこまで言われて仕事を引き受けないのは、ドワーフの名が廃る。よろしい、やってみせよう」

「毎度毎度助かるよ、本当に」

「それじゃ、さっそく取り掛かろうかの。ほほほ」

 そう言い残してドワーフはCOMPへと戻っていった。とりあえず装備面の問題はひとまず解決したので、俺も安心して布団の中へと入り込む。

 

「―――もっと強くならないとな」

 あの夢を見たあの時の夜とまったく変わらない想いを胸に、そう呟きながら俺は眠りについた。

 




ごめんなさい。後書き早々謝罪ですがごめんなさい、下ネタが下品でどうもすいませんでした。例によって今回も深夜テンションで書かせていただきました。毎度毎度深夜テンションで書くとロクなことが起こりませんね、どうにかしたいものです。

さて、今回から第二巻のストーリーが始まります。なるべくグダグダとならないようにしたいと思います。修行中の十日間、クマと戦ったり必殺技を編み出すための修行で話を嵩増しなんてしません! ……しませんよ? いや、しないかもしれません。……多分するかもしれません。


次回から修行パートです。最近空気気味な仲魔達もそろそろ登場させたいですね、次回を乞うご期待ください。


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第2話:先輩、軍事訓練は修行内容にありますか?

――――朝だ、夜明けだ。オカルト研究部メンバーである俺は山の息吹をうんと吸いながら登山をしていた。

 俺は調理器具やらサバイバルキッドやら修行用の道具やらと、色々な物を詰め込んでパンパンに膨れ上がったリュックサックにそのほか色々と詰め込んだヒップバックなどを所持してフル装備だ。

「んー……久しぶりの山! 気分が高揚するっすわ」

 俺が呑気にもそんな事を言っていると、後ろで苦しそうなうめき声が聞こえる。

 

「嘘だろ……木場や小猫ちゃんどころかお前まで余裕だなんて……」 

 そう言ったのはイッセー先輩だった。先輩は自分の身長よりも大きく、異様なまでに膨らんでいる荷物を背にヒィヒィと喘いでいる。見ていてこっちまで疲れそうなほど物凄く重そうだが、リアス先輩曰くこれも修行とのことなので仕方ない、せめてここは世間話にでも花を咲かせてイッセー先輩の励みに勤めることにしよう。

 

 俺はイッセー先輩が追いつくようにわざわざ歩調を合わせながらイッセー先輩に話しかける。

「山とか森林地帯を見ると思い出すんですよー、俺の初めてのサバイバルをした南アメリカのジャングルを。その時の話でも聞きますか? 色々ありますよー。暗器とかの使い方を教わったり、ワニをハントして捌いて皆で食った話とか」

「聞きたくねぇよ……。ってか、お前だんだん小松原に似てきたんじゃないか……?」

 イッセー先輩は俺の話を聞くと、かなりげんなりとした様子でそう答えた。失礼な、俺のどこがあの元グリーンベレーも真っ青な男に――――あれ?

 

 ジャングルで野郎と一緒に軍事訓練しながらサバイバル? 思い返してみれば一般人がやることじゃなくて軍人さんがやるような事じゃないか。しかも今回も思いっきりサバイバルするつもりの準備をしていたぞ、俺?

「―――ひょっとして俺、小松原に似てきたのか……?」

 今度は俺がげんなりする番だった。あんな筋肉もりもりマッチョメンの変態になると想像するだけで足取りが重くなってくる。最悪だぜ……。

 

 そんな事を憂鬱に重いながら歩みをしばらく進めていくと、先頭に立っているリアス先輩が前方を指差す。

「着いたわ、あそこが私たちが泊まる場所ね」

 前方をよく見てみると、確かに木造の大きな建物が見える。なるほど、ここに十日泊まるわけか……。 ゴキブリとかいないよな? 大体こういう所ってなぜか高確率でいたりする。南米のゴキブリはデカいけどゆっくりだし色が綺麗だったりダンゴムシみたいだからいいけど、日本のは触角が長くてすばやい上に触角の動きが―――ああ、これ以上は駄目だ。自分で自分をKOしてどうするんだ。

 

                      ※

 

 部屋に入るとまず荷物を下ろし、着替えやすい姿に着替える。着替える前に木場先輩がイッセー先輩に冗談で”覗かないでね”と言っていたけれど……。なぜだろう、木場先輩が言うと現実味を増していて怖い。

 

 外に出ると、まずは全員で軽いストレッチや柔軟体操で体を整える。やっぱり準備運動はきっちりやらないと余計な怪我が多発するから、準備は万端にしないとな。

 そして今、俺と小猫さんはペアを組んで、イッセー先輩はリアス先輩に手伝ってもらって、座って足を広げて手を地面につけてぐっと伸ばしたり、足と足同士をくっつけて前の方に体を倒したりとストレッチをしている。

 

「痛ででで……部長、痛いッス!」

 俺がのんきにストレッチをしていると、イッセー先輩は悲鳴を上げている。先輩は平均的な体の柔らかさのようだけど、後ろでリアス先輩がグイグイと力を込めて押している……。ありゃ痛そうだ。

「ほらほら。イッセー、貴方にはこの十日でもっと体を柔軟にしてもらうのだから、このくらいで悲鳴を上げたら困るわ」

 イッセー先輩の訴えもどこ吹く風と、リアス先輩は更に力を入れて押し始めている……。なるほど、前々からイッセー先輩が”部長のシゴキは鬼だぜ……”とか言ってたけれど、その通りだ。

 

「ケースケさん、もっと強くしますか」

 俺がイッセー先輩とリアス先輩の様子を眺めていると、後ろで俺の背中を押している小猫さんがそう俺に聞いてきた。

 ふふふ、体の柔らかさにはちょっとだけ自信がある。もう少し強くっても大丈夫だろう。

 

「ああ、大丈夫大丈夫。思いっきりやっていいよ」

 俺はそうにこやかに小猫さんへ告げる。

「そうですか」

「こう見えても俺体は柔らかい方――――うわらばっ!」

 突如、余裕ぶっている俺の関節やら筋肉が、稼動限界を迎えて悲鳴を上げ始めた。本当に体からミシミシとかギチギチとか、そんな感じの音がするなんてお兄さん知らなかったよ。また一つお利口さんになれたね、俺!

 落ち着き払ってそんなことを思ってるが、そんな場合じゃない。これ以上は俺の体が持たない、小猫さんに止めてもらわないと!

 

「こ、小猫さん……体がもう限界だから、その、少し力を緩めてくれないかな……」

「だめです。ケースケさんにも体をもっと柔らかくしてもらいます」

 なんということだろうか、リアス先輩以外にも鬼の様に厳しい人が俺のすぐ後ろにいたよ。姫島先輩と組んでドSな面を全開にされるより小猫さんと組んだ方がマシかと思ったのに、これじゃそんな変わらないじゃないか……。

 

「あと5秒でおしまいです」

「ウギギ……」

 うめき声を上げながらも必死に5秒間耐えていると、小猫さんがやっと力を緩めてストレッチは終了した。小猫さんは俺よりもかなり体が柔らかかったのは言うまでもない。

 

 

 体も温め、体も運動するのに万全な状態になった所で俺とイッセー先輩は木場先輩から剣術について軽い手ほどきを受けることになった。

 俺はナイフ術くらいならアメリカで教わったのでいけなくもないが、剣道とか剣術なんかはやったこともないので多少不安だ。

 俺とイッセー先輩は、正しい剣の握り方とか構え方とかを教えてもらったあとに、まずは実践ということで木場先輩とそれぞれ1対1の手合わせだ。まずはイッセー先輩から。

 

 イッセー先輩は木刀で木場先輩に果敢に切りかかるものの、その全てを木場先輩は必要最低限の動きでいなし、避けている。前も一回見たことがあるけれど、やっぱり木場先輩の剣捌きは凄いなぁ。

 ある程度イッセー先輩の攻撃をかわすと、今度は木場先輩の番だ。一瞬にして木場先輩はイッセー先輩の手から木刀を叩き落してしまった。

 

「ひぇー……刀剣で木場先輩とは闘りあいたくないっすわ……」

 そう俺がつぶやくと、木場先輩はイッセー先輩と、勝負ともいえない勝負だったとはいえ汗一つ見られない涼しい顔をしてこちらの方を向く。

「さ、次は若葉君の番だよ」

 今度は俺があの攻撃を受ける番か……。十日間、木場先輩に勝てないにしても、せめて動きを捉えられる程度にはなるのを目標にしてみよう。

 

 俺は木場先輩と対峙すると、まずは強く木刀を握り締めて思い切り強く一撃切りかかる。しかし、やっぱり木場先輩に簡単に木刀で受け流されてしまった。

「ちょっと肩に力が入りすぎてるね、これだと単調な攻撃しか繰り出せないよ」

 受け流しながら木場先輩がそう俺に教えてくれる。なるほど、銃を撃つときも力を入れすぎるとガク引きといって銃全体が大きく揺れて狙いから大きく外れることがある。それと同じようなことなんだろうな、きっと。

 

 木場先輩のアドバイスを元に今度は少しだけリラックスというか、肩の力を抜いて横薙ぎに一太刀入れると……

「おっ……?」

 さっきよりもスムーズに腕が動くし、木刀も心なしかさっきよりも速く振れた気がする。試しにもう二三回木場先輩に続けて攻撃してみると、すんなりと攻撃が次に繋げられる。

 

「うん、さっきよりもいい動きになったね」

 木場先輩も褒めてくれたのでこれが一番いい振り方ということなんだろう。これなら、もしかしたら一太刀浴びせるまではいかなくても、一泡吹かせることくらいならできるかもしれない!

 ちょっと調子付いてきた俺はまず、あえて木場先輩を狙わずに先輩の持つ木刀に狙いを定める。ポイントは木刀の下半分、手で持つところよりもちょっと高めの場所だ。

 

「そいやっ!」

 掛け声と同じにまた横薙ぎに例のポイントめがけて木刀を振るうものの、木場先輩は木刀の切っ先の部分を下に向けてうまくいなしてしまう。あの場所なら少しは受けにくいかと思ったけれども、そう簡単にうまくはいかないようだ。

 

 次は大胆に兜割りよろしく縦での脳天めがけて切りかかりだ。しかし、これもまた簡単に避けられてしまった。これも駄目か! 横から打てばいなされ、縦から打てばかわされる。ええい、それならこれはどうだ!

「とりゃーっ!」

 俺は最終手段の渾身の突きを木場先輩に放つ。狙いは体のど真ん中、しかも重心であるヘソ! これはどうあがいても避けることもいなすこともできまい!

 

 しかし、予測とは裏腹に木刀が木場先輩の体まで到達しないうちに俺の手は止まった。なぜかって? 俺の喉元にはすでに木刀が突きつけられていたからだ。もう少しでも前に動いていれば、真剣なら間違いなく俺の命は無かっただろう。木刀でよかった。なにより実戦でなくてよかった……。

 

「いきなり突いてきたのは驚いたけど、突きは隙が大きいからあまり多用しないようにね」

 そう言うと木場先輩は俺の喉元から木刀の先を下ろす。木刀とはいえやはりこういうものを突きつけられると心臓に悪い。もっとも、俺も木刀で突こうとしたからどうこう言えないんだけどね。

 

「次はまたイッセー君の番だね」

 にっこりと木場先輩はイッセー先輩にそう言う。つまりはイッセー先輩が終わったら次は俺の番か……これは以外にハードだぞ。

「どりゃぁっ!」

 この掛け声からものの数秒でイッセー先輩は木刀を落とされ、休む暇も無く俺の番に移動するのであった……。

 

 

 

                        ※

 

 

 

 木場先輩との稽古を終えた俺たちはすかさず姫島先輩の魔力の発達させる練習へと移った。今度はアーシア先輩とも一緒のようだ。

 部屋に入ると、ジャージ姿の姫島先輩が俺たちを待っていた。

「あらあら、全員揃いましたわね?」

 姫島先輩は俺たちを見ると、とりあえず長机から椅子を引いて座るように指示すると、机をまたいで俺たちの前に立つ。

 

「では、始めましょうか。まず魔力というものは――――」

 姫島先輩はゆっくりと分かりやすいように俺達に魔力とはどんなものか、どういう風に使いこなすのかということを説明してくれている。ついでに悪魔じゃない俺のために魔術云々についても解説してくれている。

 なんでも魔術は人間が悪魔の業を真似ようと、古い魔術師が見出したものだとか。もしかしたら俺の魔法も魔術に近い何かなのかもしれない。俺も魔術を覚えたら更に役立てそうだし、この話は真剣に聞いておくことにしよう。

 

「では、早速実践してみましょうか。魔力を体から一点に集める練習です」

 そういうと姫島先輩は手を前に出すと、手の上にキラキラとした綺麗な球体が生み出された。さっきまでの話を統合してみると、どうやらこれが魔力の塊らしい。

 

「お二人にはこれを作ってもらいますわ。若葉君は私と一緒に少し外へ出ましょうか」

「了解です」

 姫島先輩に連れられて外に出ると、先輩は俺の方を向いて口を開く。

「ではまず、若葉君がどのくらいの力を持っているのか見せてもらいますわ」

 なるほど、つまり俺の出来る限りの魔法を打ち出せってことか。しかし、ただ見せるというのもつまらないな……。

 

「ではまず簡単な発火から」

 俺は手のひらをまっすぐ明後日の方向に突き出すと、そこから瞬間的に火が出てくる。火といっても、優に1リットルのペットボトルを包み込むくらいの大きさはある。近距離での威嚇、または相手との間合いをつめてからの猫だましには丁度いい一撃だ。

 

「そして次に大発火」

 次も同じように手のひらから火を出すが、今度のは違う。荒々しく空気を裂くような音と同時に、先ほどの火とは一回り二回りは大きな炎と呼べるほどのものだ。

 

 ちなみにこの二つは、種を明かすとアギとアギラオを手のひらで生み出しているだけだったりする。破壊魔法も上手くコントロールすれば手品とかをしているみたいで面白い。もっと上手くコントロールしたいけれど、それにはとてつもなく集中する必要があるので、今回の修行でやれるようにしたい。

 

「まだまだあります。次は氷のつぶてを作ってみましょう」

 そう言うと今度は人差し指で天を指差す。すると指先から少し上に、みるみると30cmくらいの氷の塊が出来てきた。そして天を指した指を勢いよく地面に向けると、その氷の塊はいくつかの破片となって地面を抉っていく。

 

 この芸当はさっきのようには上手くいかない。ブフで作り出した氷をザンの衝撃波で砕き、なおかつそれを衝撃波に乗せて飛ばす、といった具合に少しだけ複雑な小細工が必要だ。

 

「こんな所ですかね。あとはまあ、電気を少々扱えます」

 姫島先輩はこう言った俺に対して少し驚いたように俺の方を見ている。ふふふ、どうですか。少しは俺だってやれるんですよ姫島先輩。

 

「思ったよりも魔法を使いこなせているようですね、若葉君。私も少し驚きですわ」

「いやー、そんなに褒められるとは。照れちゃいますよ」

 少し恥ずかしながらも思わず俺は笑みを浮かべてしまう。照れ笑いというやつだ。

 そんな俺を見ながら姫島先輩もニコニコと嬉しそうに言う。

「これで遠慮なく私も若葉君を鍛えてあげることができますわね」

「えっ」

 姫島先輩、今遠慮なくって言いました? 姫島先輩の遠慮なくは恐ろしいんですが……。

 

「最初は不慣れのようでしたら優しめに手ほどきをして差し上げる予定だったのですけれども、この様子ではその必要もありませんもの」

「お、お手柔らかにお願いしますね……」

 調子に乗ってポンポンとこんなことをしてしまった自分が少し恨めしいが、やってしまったことは仕方がない。どれだけ厳しいかは分からないが、やるしかない。

 

 そう思いながら俺は姫島先輩と一緒に川へと着いた。川といっても山の中の上流の方なので、ちょっとした渓谷みたいに流れもまちまちで、ところどころが淵になっていて深かったり、水の流れがあるところでは緩やかだがある所は激流、といった感じだ。さらに2、3mくらいの高さの滝まである。

 

「あー、なんというか。もうお約束な感じの場所ですね……」

「もちろんこれからやることもお約束ですわ。うふふ」

 姫島先輩は笑っているが、俺としてはこの先にやることについてかなり不安を感じている。

 試しに川に近づいて水に手を触れると、やはり暖かい春とはいえ冷たい。あんまり長く浸かっていたくはない冷たさだ。だが何度も言うけれどやるしかない。修行ってそういうものだもの。

 

「では、若葉君。まずは服を脱ぎましょうか」

「わかりました」

 覚悟を決めて俺はそう言い、上を脱いで上半身裸になり、靴も脱ぐと姫島先輩もジャージを脱ぎ―――ん? 姫島先輩がジャージを脱いでる? あれ、俺だけじゃなくて先輩もやるの?

 

「姫島先輩もやるんです?」

「いいえ、私は少し準備をするだけですわ」

 そう言いながら姫島先輩は川に近づくと、しゃがみこんで水面に手をかざす。

 するとみるみると俺と姫島先輩の居るところから滝へとひとつの氷の道が出来上がった! 魔力ってすげぇ!

 

「では私についてきてください」

 言われたとおり俺は姫島先輩のあとをついていく。氷は素足には少し寒さが辛い。これを足場にしてやるとすれば、水の寒さに加えて氷の寒さも加えられるわけだ。随分と厳しい修行になりそうだ……。

 俺はそんな事を思いながらも滝の下に立つ。すると姫島先輩は無理に立たなくていいと言ってくれたので座禅を組む事に。なんでもこうしないと今の俺ではこの修行は到底厳しいらしい。ちなみに、滝は今凍らされているのでこうやって姫島先輩の話を聞けるわけだ。

 

「では、はじめますわ。若葉君はこのまま目を閉じずに滝に打たれながら集中してくださいね。氷はしばらくすると溶けてしまいますので、凍らせて足場を保たせないといけませんわ」

 ニコニコとそう姫島先輩は言うが、なんとも難しい修行だ。滝に打たれることに耐えて顔に水がかかっても目を閉じずに集中して足場を保て、か。精神をいじめるこの修行、果たしてやりきれるだろうか?

 

「ここの滝壺は少し深いので気をつけてくださいね、うふふ。では始めです」

「えっちょっと待ってくださ―――」

 俺が言い始める前に滝を姫島先輩は元に戻したため、少し不意打ち気味に滝の水が俺の頭上に襲い掛かる。思わず一瞬目を閉じてしまいそうになるものの、なんとか目を閉じずに集中し始める。

 こればかりはやれるやれないなんて話じゃない。やりきらないと命に関わる。何せ一度深い滝つぼに嵌ったら死んでも浮き上がって来れないからだ。なんてスパルタなんだ姫島先輩……。

 

「精神を統一して集中するのですよ」

「はいっ!」

 ニコニコとそう言いながら微笑む姫島先輩に俺はなんとか返事をするが、返事をするだけで精一杯だ。頭から受けると、見た目は控えめな滝なのに勢いはぐいぐいと俺の頭を下げるような強さだ。そして頭を打つ水はある程度は跳ねてしまうが、それでも顔にかかる水の量はお世辞にもシャワーとは言いがたい量だ。

 思わず顔を手で拭ってしまいたくなるものの、それでは精神統一の意味がない。ぐっとこらえ両手を硬く結んで足場を保つことに集中する。

 

 

 しかし、しばらくすると、抗いがたい不快感が俺を襲う。目に水が入っても目を開けたままで水をぬぐうことも出来ないことや、水が常に顔にかけられる感触がとても苛々する。早く、早く終わってくれ……!

 そう祈りながらも足場の氷が割れてしまわないように注意を払い、凍らせ続ける。氷はとてもつめたくて体の感覚が若干麻痺していくが、不快感ほど嫌になるものじゃない。体を痛めつけるよりも精神を痛めつける方が辛いというのも納得が出来るほど、この不快感は俺にとって耐え難い。

 

 気づけば俺は、歯はギシギシと食いしばり、手は硬く結ばれ、目は水であまり見えず、体全体が水と氷の寒さで震えていた。もはや辛すぎて自分の体を客観的に観察できる領域まで達してきている。

 

 そして次の瞬間、俺の頭に何かが訪れた。何かと何かが繋がったような、脳裏をほんのわずかに刺激する電撃が走るような、不思議な感触。

 そして頭の中では、俺は山の上か崖のようなところに立っていた。そして暗雲が二つに綺麗に割れ、そこから差し込んだ日光が一筋の線が地上に差し込む。そんな風景が頭の中で見えたような気がした。

 

「お、お、おお?」

 いつまでも見てみたいような風景だったものの、すぐにその光景は消えた。けれど、頭の中は妙にすっきりとしている。先ほどまでの苛々や不快感なんてものを本当に俺は感じていたのかと疑問に思うくらいだ。

 

 今では、水が目に入ることさえも当たり前のようにすら感じる。むしろ、そんな状況で物がはっきりと見て取れることが不思議なくらいだ。

「なんだ、これ……?」

「ほほほ。よくやってるようぢゃのう?」

 思わず出てしまった呟くと、誰かが俺に対して話しかけてくる。この声、そしてこの話し方―――間違いない。あの―――

 

「あの―――ええと、名前。あれ? 名前なんだっけな」

 あまりにも久しぶりに会うせいか、名前が出てこない。誰だっけな、あの外で使った杖を部屋の中でも使うようなボケ老人は。

 俺がそう思ってると、突如頭の中にやったら髭を伸ばしたじーさんがずっこけた。とうとう老いぼれて杖を持つ体力すらなくなったのか、じーさん……。

 

 いや、そうだ思い出したぞ。こいつの名前はじーさんだ。またの名を神とも言う。20話以上も出番のないキャラクターの名前なんてほぼ忘れていたぜ。もちろん、ミーナさんのことだけはきっちりと覚えている。今どうしてるだろうね、あの人。

 

「まったく、ワシよりもおなごを覚えているとは……。お主らしいといえばそれまでだがのう」

「よく言うぜ、今まで雲隠れしやがって。なーにが”お主が強くなったらまた来るからのう”だ」

「まあそう言うでない、ワシとて暇ではないんぢゃ。それにワシが出て行ったら、明らかに台無しになるシリアスなシーンばっかりしとったではないか」

「いやまあ、それはそうなんだけれども……」

 確かに一人で泣いてるときにじーさんがやってきたら、反射でじーさんの顎に回し蹴りを入れてしまうかもしれない。それを考えるとこう言われてはどうしようもない。

 

「で、なんで今更こんなときにやってきたんだ?」

「おう、そうぢゃ。お主、今レベル90近くあがったんぢゃ」

「はぁっ!?」

 一瞬、このじーさんはとうとう本当にボケたんだと思ったものの、慌ててレベルを確認すると―――

 

「―――あれ、レベル確認できない? ていうか能力確認もできない?」

 なんどやっても全く出来ない。そういえば、忙しくて忘れていたがアメリカに行ったときもそんなことがあったような……?

「うむ、面倒なので単刀直入に言うぞい。レベル処理と能力処理は大人の事情により廃止ぢゃ」

「そうか、大人の事情なら仕方ない―――ワケねぇだろオイ待てやジジイ」

 首根っこを引っつかんでやりたいところだが、生憎じーさんは俺の頭の中だ。掴むとしたら自分の首根っこくらいしか今は掴めるものはない。

 

 仕方なく俺はじーさんの話を聴くことにした。

「で? つまりは俺はこれ以上強くなれないと?」

「いや、なれることはなれるんぢゃ。ただ能力割り振り制とレベル確認はできないようにしたんぢゃ。自分より強いかどうかはある程度はお主も分かるぢゃろ? もうレベルに頼る必要もない、鍛え方は今までと同じで構わんのぢゃ」

「なるほど。まあそれはそれでいいけれどもさ……」

「言いたい事はそれだけぢゃ。では修行に励むんぢゃよ? ワシは草葉の陰から見守っておるでな」

 それってじーさん、もうとっくのとうに死んでるってことになってるんじゃ、と言おうとしたがその前にじーさんは俺の頭の中から消えてしまった。まったく、せっかく不思議な気分だったのに興醒め―――

 

「醒めてる場合じゃねぇっ!?」

 慌てて俺は今まで忘れていた足場を急いで凍らせることに専念する。危ない、もう少しで氷が割れて滝壺に落ちるところだった。

 ひとたび安心してまた精神統一をする。先ほどの不思議なことが起きてから視界がクリアーになったので、集中するのも楽に―――

 

「若葉君、どうしました?」

 ここで、座って俺のことを監督していた姫島先輩が立ち上がる。ところで、姫島先輩は胸が大きい。リアス先輩と姫島先輩、どちらが大きいかと聞かれたら悩むくらいには大きい。しかしやっぱりリアス先輩の方が若干大きい気がしなくもない。

 そんなくらいに姫島先輩の胸は大きいので、立ち上がれば無論揺れる。胸が揺れるのは先輩たちと知り合った時から何回も見ている。このくらいの事を気にしていたら先輩たちとは付き合えないから、無論慣れている。

 

 しかし、問題はそっちではない。胸が揺れることよりも胸に問題がある。話は若干遠回りをするが、俺はブラジャーというものがどういうものかは理解していない。胸の形を保つものだとかなんとか、その程度の認識だ。そんなものだから俺は運動するときもつけてるもんだと思っていた。しかしどうやら違うらしい。

 

 なぜそうなのか分かるかって? 滝の水しぶきですっかりと姫島先輩の上半身は濡れてしまっていた。だから、水で透けて見えるのだ。つまりは、その……胸がだ。胸の先っぽから谷間まで、完全に。

「ちょっ、姫島せんぱっ、うぶっ!?」

 慌てて叫んだために、口の中に水が大量に入り込み、むせてしまった。

 

「あらあら、大丈夫ですか?」

 姫島先輩はそんな俺を心配してか、俺の傍へと歩み寄ってきた。まずい、姫島先輩は服で透けていることに全く気づいていない。今至近距離であれを拝んだら間違いなく吹っ飛んでしまう。主に俺の中のいろんなものが。若い青小年相手にそんな無防備な姿は刺激がいささか所か劇薬並みの強さだ。

 

「がふっ、せんっ! だっ! げふっげふっ!」

 先輩にこっちに来ないように言おうとするものの、むせて上手く言うことができない。それを見た先輩が心配してさらに俺に歩み寄ってくる。これじゃ全くの逆効果だ。

 

「若葉君、これ以上はもう危険ですのでおしまいにしましょう。立てますか?」

 そういいながら姫島先輩は俺に手を伸ばす。無論胸はさっきよりも俄然ズームアップされている。思わず手をとらずに別のところを掴みそうになるが、なんとかこらえて先輩の手を取る。先輩の手は、綺麗なだけれなくすべすべとしていて、白魚のような指とはこんな指を言うんだろうな。

 

「なんとか、立てますよ……っと」

 姫島先輩の手を借りるて立ち上がると、嫌でも視界に胸が入ってくる。なるべく目をそらして起き上がると、姫島先輩が親切にもタオルで俺の顔の水を拭いてくれた。

「いや、なんともハードな修行でしたね……」

「これを何日か続けて行いますわ。時間も日につれて増えていきます。―――髪も拭いてあげますわ、頑張ったご褒美です。うふふ」

「あ、すいません」

 そう言いながらうっかりと正面を向くと、若干上目遣いな感じの姫島先輩の顔がズームで映し出される。一応俺の方が姫島先輩よりも背が高く、髪に視界が行ってしまっているためとはいえ、とても綺麗な顔がとても近い。

 

「はい、これで終わりました―――きゃっ!」

「おっと、危ない―――うおっ!?」

 先輩が転びそうになったので俺が支えようとすると、今度は俺がすっ転んでしまい二人とも倒れてしまう。なんとか頭を打たないように受身を取る。こんなところで頭を打ったら昏倒間違いなしだ、危なかった。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「そう、それならよかっ―――」

 そこまで言って、今の状況が理解できた。俺の体の上に姫島先輩がいるわけだ。そして支えようとした形になっているわけで、更に俺が先輩を支えようとした結果軽く抱きしめてるような形になっているわけで。

 

 

 そこまで確認すると、俺の頭の中でぷっつんと何かが切れた。

 

「据え膳食わぬは男の恥ッ……!」

 そういいながら俺は姫島先輩の肩を掴む。この場合据え膳でもなんでもないが、そんなことはどうだっていい。大したことじゃあない。

「若葉君……?」

 不思議そうに姫島先輩が俺の顔を見る。畜生、辛抱たまらん!

 俺はそのまま、本能がままに姫島先輩を突き飛ばす。

「あぁっ!」

 驚いた先輩をよそ目にそのまま立ち上がると―――

 

 ピシッ、という音が俺の足元で響く。そしてその瞬間、あっという間に俺の足場の氷が割れて俺は瞬く間に水の中へと吸い込まれていった。

 水の中は冷たく、おかげさまと言おうかそのせいでと言おうか、すっかりと文字通り頭が冷やされた。畜生、転んだときに若干もろかったのか、だから俺が立ち上がったときに耐え切れなくなって割れたんだな……。

 

 助かった、というべきなのだろうか。惜しいことをしたような気もしなくもない……。

 




お久しぶりです。私です。

相も変わらずサブタイトルが迷走していますね、どうしたもんでしょうか。
今回も今回でなかなかのボリュームになってしまいました。なんとか読みやすいくらいの文量を目指したいものです……。

さて、今回は修行ということで何をしようか非常に迷っています。あんなネタやこんなネタを詰め込みたいなぁと思っていますが、詰め込みすぎてえらいことにならないか心配だったりもします。

さて、次回は『~俺と姫島先輩の危ない夜~』です。無論嘘です。乞うご期待ください。



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第3話:取捨選択と四捨五入って何か似てる

 

 川から上がった俺は服と体を乾かすために丁度いい、日当たりのいい大きな岩の上で大の字に寝転がっていた。姫島先輩は食料の調達とイッセー先輩達の監督だそうだ。俺も食料調達を手伝おうとしたものの、今は修行で疲れた体を休めておくようにとの事。ありがたくお言葉に甘えておこう。なんだか物凄く気分的に疲れた……。

 

さっき、俺は思わず姫島先輩を襲いかけたんだけど、姫島先輩に襲いかけたことを除いて見えた光景のことについて聞くと、いわゆる俺の頭の中のロックが一段階解けたという事だそうだ。大抵そういったあとの場合、脳は一瞬不安定になるので動物としての行為を本能的に行ってしまうとか。

 

「若葉君はそんな状況でも冷静に私を助けてくれましたし、心が強いんですね。うふふ」とそのあと姫島先輩は付け足すように言っていたが―――ま、怪我の功名というやつだろう。

 

「それにしたっていくら修行でも一回一回先輩を襲ってたら身が保たねぇって……」

 

 ぽかぽかとした日光で暖められた岩はとても気持ちがいい。しばらくすると、冷えた体もすっかりあたたまって体も十分乾いてきた。

 そのまま、またしばらく休憩しているとだいぶ気力も回復してきたので起き上がって周囲を見渡す。姫島先輩の影はもちろん他には俺以外人っ子一人居やしない。だから音も川の流れる水の音とか滝の音、それくらいしかない。

 

「そろそろ戻るかー……」

 俺が岩から立ち上がると、その瞬間ポチャンと魚が跳ねた音がした。

 そうか、一応ここは渓流になってるからヤマメやイワナなんて魚もいるんだな。それなら、ちょっと食料確保に勤しんでも悪くはないか―――?

 

 そんな風に俺が思っていると、またしてもポチャッと跳ねる音が俺の耳に入る。まるで俺に”捕まえられるなら捕まえてみろ”とでもいわんばかりだ。

 ……いいだろう、その挑発に乗ってやる。俺は長ジャージの首と腕を結んでしっかりとチャックを閉める。これで簡易的な網ができた。

 次は川を石でどんどんと流れを狭めさせて八を横に倒したような形にする。そして狭めたところにジャージの穴を大き目の石を入れてピシっと張らせて口を広げ、かつジャージが流れないようにする。

 

 これで準備は整った。俺はまず川から上がると石を思い切り投げ込む。一回投げると間髪要れずにまたもう一回という風にどんどんジャージの方へと誘導していく。石を投げるたびに魚影がジャージの方へと逃げていくのが見えた。よしよし、今のところ順調だ。

 

 あとは思いっきり水にまた飛び込んで追い込みの仕上げにかかる。バシャバシャと対岸を行ったりきたりしながらジャージまで走っていく。そのままジャージにまでたどり着くと、モゴモゴとジャージが川の流れでゆれているのとは違う不自然な動きをしている。

 

 そのまま急いでジャージの口を閉めると、素早く岸まで運んでちょっとのぞいてみると……ひぃ、ふう、みぃ…………うん、人数分より少し多いけれど、小猫さんとかイッセー先輩とか俺がおそらくあのメンバーの中ではたくさん食べる方だと思うし、ちょっと多くてもおかわりしてくれるだろう。

 

 ジャージをサンタのおじさんよろしくハイホーハイホーと担ぎながら屋敷に戻っていると、美味しそうな匂いが漂ってきた。どうやらお昼の用意はもう出来ているようだ。

 俺の歩みも自然と速くなってくる。メニューは何が出てくるのか楽しみだ。

 

 

 

                      ※

 

 

 

 昼を済ませ小休憩すると、次は小猫さんとの格闘訓練だ。ふふふ、近接格闘なら小猫さん程ではないが多少の自信はある!

 俺は意気揚々と小猫さんと対峙する。なお、これはイッセー先輩と交代でやっている。イッセー先輩は飛び掛った瞬間に吹っ飛ばされていたが俺はそうはいかないぞ?

 

 まずは俺と小猫さんは一礼してから5mほど距離をとる。お互い無言で構えると戦闘開始だ。

 小猫さんはどうやら俺の出方を伺うようだ、積極的に動こうという意思は見られない。それとも間合いを計っているのか……?

 

 身長差からしてみれば、リーチとしてはこちらの方が圧倒的有利。打撃系に関しても体重等々を考えればこちらが”通常”は有利だが……相手は戦車だ。打撃に関しては侮れない。脅威と言っても良いが……一番恐ろしいのは、距離を詰められた上での関節技や裸締めといったサブミッション系か。小柄な人間ほどまとわり付かれて厄介なものはない。なるべく距離を詰められないようにするべきか。となると初撃は蹴り技……。

 

 初撃は決めた。俺は素早く下段蹴りでまず小猫さんの足を攻める。しかしこれを小猫さんは後ろへとダッジした。すかさず俺は追撃にかかる。

 次は単純にストレート。これは体の重心であるヘソを狙う。しかしこれもまた後ろへと回避される。下手に距離を詰めないほうがいいと意識しすぎたか、上手いこと小猫さんにかわされるな……。

 

 ならばこれでどうだ、まず俺は距離を詰めると左フックでわき腹を狙う。無論これはかわされる。しかし本命はレバー狙いの右中段後ろ回し蹴りッ!

 俺の放った蹴りは寸分たがわず小猫さんのレバーへと吸い込まれるように入っていき―――

 

「……遅いです」

「なん……だと?」

 ―――俺の足は小猫さんの手で受け止められていた。がっちりと掴んだその手は小さいながらも力強く、振り払おうとしても動かそうとすることができない。

 これは非常に不味い、なんとかしてこの体勢から抜け出さないと……!

 

「ま、まだまだッ!」

 空いている左足で蹴たぐりを放つ。しかしこれもただの悪あがきにしか過ぎなかった。

 小猫さんは簡単に俺の蹴りをよけると、それによって俺は転倒。俺がべシャッと地面に倒れこむとすかさず小猫さんは逆片エビ固めを極めた。

 

「――――ッ! ギ、ギブアップ! ギブアーップ!」

 たまらず俺はバンバンと強く地面を叩いてタップをすると、小猫さんはようやく俺の足首を放してくれた。格闘訓練で本気で足首を極めるのはやめていただきませんかね、小猫さん……?

 

「速さが足りません。攻めるときにはもう少し手数が多い方がいいです。その為には基礎体力がもっと必要です」

「ははーっ」

 小猫さんの助言を承った俺は深々と面を下げる。速さと体力か……なるほど、その為にはインナーマッスルをもっと鍛えるべきか。

 

「次はイッセー先輩の番です」

 そう言うと小猫さんはイッセー先輩の方を向く。

「うおおおおおぉぉぉ!」

 イッセー先輩は勇猛果敢に突っ走っていく! そして投げられた! 木に当たってダウン! 俺のターン!

 あっという間の出来事にあっけに取られていると、木で伸されたイッセー先輩からくるっとこちらを向いて小猫さんが無表情で俺を見つめている。

「マジですか……?」

「マジです」

 俺の体が持つのですか、本当に……?

 

 

 

                       ※

 

 

 

「あー、腰がまだ痛いぜ……」

 野菜の皮むきをしているイッセー先輩がそう呻く。

 結局、あのあと計3回イッセー先輩は投げ飛ばされていた。俺も2回投げ飛ばされて、2回右腕を極められた。腕がまだ痛むし小猫さん容赦ない……。

 

「小猫さん意外に力持ちですからねー、んでもってよく食うときました」

「ああいうのギャップ萌えっていうんだよな」

「そうそう、無口で小柄で大食いって典型的な奴で」

「あ、あのっ……」

 

「小猫ちゃんさ、この前部室でバケツプリン一人で食べてたんだぜ?」

「俺もちょっと前に三郎ってラーメン屋でトッピング全部載せを平らげてるの見ましたよ。いやー、小さい体に収まるんだなぁとしみじみ思いましたね」

「よく動くからよく食べる、じゃ説明つかないくらいだよなー……」

「あのっ!」

「「ん?」」

  声に気づいた俺とイッセー先輩がふと横を向くと、アーシア先輩が若干涙目になりながらこちらに訴えかけるような目で見ている。

 

「まだまだ一杯あるんです……」

 そう言いながらアーシア先輩は魔力で皮を剥いていた。俺らはというと、まだ一個剥き終わっただけで話に夢中になってしまっていて全然作業をこなしていない。

 ここにあるのは全部で7人分の野菜なので、量もそれなりになってくる。しかも小猫さんは言わずもがな、俺やイッセー先輩、木場先輩だって食べ盛りの男子高校生なので7人分+2~3人分は追加されて、じゃがいもやらニンジンやらといった野菜が山盛りだ。

 

 いくら三人でも料理人でもない素人がこれを全部綺麗に剥いて切って下ごしらえをすると、労力はもちろん時間もかかって仕方ないので、ここで登場するのが魔力の修行―――らしい。無論俺はそんなのできっこないので黙々と皮を剥くだけだ。

 イッセー先輩は先輩で魔力はてんで弱いらしく、うんうんと唸りながら格闘しているものの結局俺が一個皮を剥き終えるスピードの方が圧倒的に速い。

 

 キッチンには姫島先輩もいて、なんでも昼の猪を捌いてるとかなんとか。俺の捕ってきた川魚も調理してもらってるので、俺たちの監督兼和風料理担当といった感じだ。

「ほらほら、先輩。急がないと俺が全部剥きますよ?」

 ピューラーでニンジンの皮を剥きながら言うと、イッセー先輩はタマネギを見つめながら

「んー……これが着物を着た和風美人だったら”よいではないか、よいではないかーっ”なーんてことができちゃったりするんだよなぁ……」

と意味不明なことを呟いていた。

 

「先輩、とうとう欲求不満で野菜に手を……っ!?」

「このたまねぎの曲線ラインが―――って、出すわけねぇだろっ!」

 うん、やっぱり先輩の突っ込みはなかなかにキレがある―――じゃない、さっさと皮を剥かないと。野菜の山はまだまだ高く立っている。アーシア先輩も頑張ってるけどこりゃ時間かかりそうだなぁ……。

 

 そう思いながらイッセー先輩を見てみると、先輩は剥いたタマネギを手になにやら考え事をしているのか、視線を一点に固まっている。

「先輩、剥いたタマネギはこっちに置いてください」

「お、悪い悪い―――って、あれ? 俺タマネギ剥いたっけ……」

「白昼夢でも見たんじゃないんすか? 今夕方ですけど」

「ん、そうかもな」

 

 

 

                       ※

 

 

 

 なんだかんだあって姫島先輩のヘルプもありつつも料理は無事完成。ぼたん鍋に野菜炒めやじゃがバターなどなど、どれもご飯のお供にはうってつけそうなものが大量だ。

 白い米の飯も6合くらいある。これが一食分だと考えるとよく食べるなぁ……。

「じゃあ、いただきましょうか」

『いただきます』

 手を合わせてからそう言ってまずはじゃがバターに手をつける。バターの塩気とじゃがいもがとてもマッチしていて美味い。たまに食べたくなるんだよな、じゃがバター。

 

「「あー、うんめーっ!」」

 あまりの美味さに、イッセー先輩とほぼ同時に同じ言葉が口から出た。それを見てリアス先輩や姫島先輩はクスクスと笑う。なんだか少し恥ずかしい……。

「いやー、でも久しぶりにこんな賑やかな夕食を食べましたよ。一人暮らしだと、まあ当たり前なんですけど一人なんで、夜」

 照れ隠しにそう言うと、イッセー先輩がぼたん鍋をつつきながら返す。

「ふーん……それじゃ、お前いつも自分で作ってたのか?」

「まあ、めんどくさい時以外は。でもまぁ、一人暮らし始めてちょっとは夜の一人飯は割と寂しかったりはしましたね……」

 

 だけど夕飯はそのあとレイナーレさんたちと食うことになって割と寂しくなくなったんだよな……。初対面だったけどなんだかんだ言って、レイナーレさんから逃げて死線を一緒に乗り越えた仲になってから夕飯作りに行くのもそこまで抵抗もなかったし、向こうも割と歓迎してくれたし。

 そのおかげで今はもう全く寂しくない。ぼっち飯なんてもうお手の物だ。

 

「……ケースケさん」

 とんとん、と小猫さんが俺の肩を叩く。なんだろうか、もしかして俺の近くにあるコショウが欲しいのかな? それとも醤油か酢か。

「ん、はい。辛すぎたようで実は塩辛かったけど結局はやっぱ普通の辛さだったラー油。あ、それともこっちのラー油の方がいい?」

 とりあえずラー油を小猫さんに渡そうとすると、小猫さんが俺の目の前にぼたん肉を箸で寄せてきていた。えーと、つまりこれは……。

 

「あ、かけて欲しいのね」

「違います」

 即答された。小猫さんは突っ込みにキレというか独特の味があるよね、ドツキ漫才からトーク漫才でもぶれない感じの―――って思っている場合じゃない。

 つまりええと、これは……。

「えーっと、食べていいの?」

 俺が聞くと小猫さんは無言でコクリと頷いた。ここで断るのも失礼だろうし、食べるか……。

 

 ぼたんを口に入れると、獣臭くもなく脂ばっかりではなくしっかりとした弾力のある肉。これは旨いぞ。

「んー、うまい。ありがとね」

「ケースケさんは、独りじゃないですから」

 そう小猫さんは俺に呟いた。どうやら俺に気を遣ってくれたようだ、なんか小猫さんに申し訳ないな。

 

「ありがとね、小猫さん。なんか心配させちゃったかな」

 そう言うと小猫さんは黙って首を横に振ると、そのまま食べることに専念し始めた。

 そんな様子を見てリアス先輩や姫島先輩なんかは俺たちを見てまさしく、あらあらうふふと言ってるんじゃないかという顔だ。イッセー先輩? ああ、もちろん悔しそうな顔してた。

 

 

 

                        ※

 

 

 夕食後、食器を片付けたあとに食卓に集まって今日一日の反省会を行った。

 リアス先輩がまず俺とイッセー先輩に向かって話しかける。

「さて、二人とも。今日の修行でどう感じたかしら?」

「「俺が一番弱かったです」」

 またダブってしまった。しかも全く同じタイミングで。

 イッセー先輩がそれを聞いて俺のほうを向く。

「お前だって俺より強いだろ、小猫ちゃんとだって木場とだって練習についていけてたし!」

「先輩だってセイクリットギア使えばすぐに俺以上の力になるじゃないですか何言ってるんですか!」

 

 そう言い合いをしていると、リアス先輩は笑いながら続ける。

「二人とも仲が良いわね。二人の言っていることはどっちも正解よ。現状、イッセーよりも若葉君の方が全面的に上回っているけれど、セイクリットギアを使えば若葉君を凌駕できる」

 そこまで言うと、リアス先輩は「でも」と付け足した。

 

「セイクリットギアにも限界はあるの。未熟な体では強大な力に対して体が付いていけなくなってしまう。そうね、大きなエンジンを載せた小さな車を想像して。スピードは出るけれど、ある程度まで達してしまうと―――」

 リアス先輩は手をグッと握ってからパァッと開いた。

「車がバラバラになってしまうの。だから、イッセーにはこの修行で力に対して相応の体になってもらう為に全面的に鍛えてもらうわ」

 そう言うとイッセー先輩は、神妙に頷く。そして次に俺のほうをリアス先輩は向いた。

 

「朱野から聞いたわ。若葉君、貴方は全体的によく出来てる。技量面でも魔法面でも、格闘でも。だけど、全てを完璧にこなすのはとっても難しいことだわ。どれも使いこなそうすると、結果的に全体からしてみれば中途半端になってしまう、なんて事は多いの。器用な人にとってそれが一番怖いことなの」

「つまり、秀でた方向性を見極めろってことですか?」

 俺が質問すると、リアス先輩は頷いた。

 

「貴方には貴方にしか出来ないことがきっとあると思うの。それを探して頂戴」

 俺にしかできないこと―――か。

 俺が考えていると、リアス先輩はとりあえずこれで解散、といって全員休憩に。俺は先輩たちには申し訳ないが、一番風呂に入らせてもらった。なんでも先輩たちは夜にも練習があるんだとか。

 

 そういうことで俺は先に就寝することにした。体が気づけばくたびれていて、ベットはやっぱりフカフカでぐっすりと眠れそうだ。

「秀でた方向性を見極めろ―――ね」

 見極めるだけが選択肢じゃない気もするんだ。俺は、独りじゃない。仲間もいて、仲魔もいる。

 そう思いながら俺は、ある決心して早起きをしようと思いつつ眠りについた。

 




どうもどうも、少しばかり予告と遅れましたが無事に投稿です。生きてます。

今回は今までが長かったということもありますが、若干短めになっております。

さて、次回はなんとなんと、邂逅です。邂逅。どんな出会いがあるのか、乞うご期待ください。


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第4話:マトリックスタイム

 目がぱっちりと覚めた。ベットから体を起こして背伸びをすると、カーテンを開けて窓の景色を見る。

 外はまだうっすらと暗いが、太陽が昇る方角の空はもう明るくなっているので明け方らしい。せっかくだからこのまま日の出まで待ってみようか、なんて思ったが朝食を作ってからでもまだ間に合うかという結論に至った。

 

 台所に行って冷蔵庫を見ると、野菜やら肉やら調味料やらと色んな物で溢れ返っていた。ここまで多いと壮観だね、ホント。そしてこれが10日で消費されると思うと何処となく凄みを感じる。

 とりあえず卵を人数分取ってベーコンと食パン、あとはコーヒーと牛乳を取り出してまずはコーヒー多めのコーヒー牛乳を作って飲む。

「あー、うまい」

 あんまり苦いと一気飲みできないけれど、牛乳で割ったので一気に飲めるし目がパッチリと覚めた。

 

 コーヒー牛乳でリフレッシュしたところでフライパンを取り出したところではた、と卵を割ろうとする手を止める。

「んー、先輩達って朝は和食派かな、洋食派かな……?」

 こういうのは結構こだわってる人も居ると聞くから、勝手にベーコンエッグとトースターなんて洋食は作っちゃいけないような気もするんだよな……。

 

 姫島先輩は和食派っぽいし―――いやまてまて、意外に朝はスクランブルエッグにソーセージとかジャーマンポテトとか、スイーツにヨーグルトとか食べてる可能性だってある。”若い頃は大和撫子でした”なんて言ってた俺の母さんも今では朝にヨーグルトとか平気で食べてるし、10代の頃から食べ続けてたらしいしな……。

 

 リアス先輩だってそうだ、朝は洋食派と見せかけてバリバリの和食派かもしれない。ツヤツヤの銀シャリに納豆かけたり、漬物と味噌汁とあじの干物とかをおかずにしていることだってありうる。日本大好きらしいし。

 

 となると困った。ここは和食と洋食の二つを作るべきなのか? いやでもだな、そうしたら人数分作った結果残ったベーコンエッグやあじの干物は昼飯に回すことになる。先輩達の特訓で疲れた体にはできたてを食べてもらいたいし、昼に電子レンジでチンしただけの朝の残り物というのはいかがなものか……。

 

 うんうんと頭を悩ませたが結局、作らなかったらどうしようもないということで和洋折衷にすることにした。

 ただ、それだと俺一人では手がかかって仕方ないので、ここは猫の手も借りたいとエンジェルやピクシーを召喚することにする。

 

「呼びましたか、ご主人様」

 呼び出して早速、エンジェルに卵を数個渡す。するとエンジェルは不思議そうに小首をかしげているがまあそれは置いておこう。

「うーんと、これは料理のお手伝いかな?」

「大正解。はいこれスプーン」

 ピクシーにスプーンを持たせると、若干ぐらついたもののすぐに両手でしっかりと持った。どれくらい持てるのか実験したいけれど今は止めておこう。

 

「まずエンジェルはゆで卵作ってくれ、鍋に水を張って卵を入れて火をかけて待つだけの簡単なお仕事です。ゆで卵が出来たら殻を綺麗にむいてピクシーと一緒にスプーンでそれを潰す、OK?」

 二人はそれにコクリと頷いたので、俺は干物を焼いて和食の準備をすることにした。

 

 

                       ※

 

 

 ―――朝食の準備ができた。洋食はサンドイッチにジャーマンポテトとソーセージ。野菜ジュースもお好みでつけておこう。和食はアジの干物に銀シャリと味噌汁に白菜、茄子、キュウリの三色漬物だ。これなら多分残り物も少ないだろうしいけるはず!

 

 一息ついてコーヒー牛乳を一杯作りぐびっと飲む。一仕事終えたあとの一杯はたまらんね。

 

「ふう、それじゃあこれを運んで終わりだ。エンジェル手伝ってくれー、ピクシーは俺たち両手が皿で一杯一杯だからドアとか開けてくれると嬉しい」

 そう言いながら料理を運び、食卓にあらかた並べた後に食器なんかも用意したら準備は万端だ。末端の席に深く腰掛けると達成感がわいてきた。

 

「いやー、終わった終わった。疲れたわ」

 俺がエンジェルとピクシーにそう話しかけると、エンジェルは何やらもじもじとした様子でこちらを見ている。ピクシーはどこからか持ってきた爪楊枝でジャーマンポテトを口いっぱいに頬張っていた。

「あー、うん。腹減ったのね。サンドイッチいくらか摘まんでいいから」

 それを聞いてエンジェルは嬉しそうに頭を下げ、サンドイッチに手を伸ばした瞬間―――

 

「あらあら、朝食の用意を―――」

 ―――姫島先輩が入ってきた。

 

 

 

                     ※

 

 

 

 世の中、何かしらの形で人の生活には魔というものが関わってくる。人によってはタイミングの悪い時を妖怪のせいにしたりして、”魔が悪い”なんていう人も居るし、それこそ”魔が差した”なんて言葉もある。

 魔というものは集まるところに集まるというので、魔という物が集結しているこの場所は魔の者が集まってくる上に、何があってもおかしくはない―――

 

「―――それが、貴方の言い分なのかしら? 若葉君」

 そうリアス先輩が若干冷えた目で俺を見つめている。具体的に言うと若干呆れたような、そんな感情も先輩の表情から見て取れた。

 俺はというと、正座をしてこの視線を受け止めていた。周りには姫島先輩や小猫さんやリアス先輩がいる。これは強制されたわけではなくあくまで自主的なものだ。だって先輩達の視線とか小猫さんの視線が痛いんだもの。

 一応エンジェル達は引っ込めておいたのでこの場にはいない。居たら居たで自体が余計にややこしくなりそうだからだ。

 

「いやその、えーとですね。なんて言うんでしょうね? 一般高校生であった俺はある時、魔法や格闘術を身に着けた陰陽師に~みたいな? ハハハ……」

苦し紛れの軽いジョークで乾いた笑い声を出してみるものの、案の定俺以外全員が笑っていない。さあて、これはどうやって弁明したらいいものか……。

 

 冷や汗と脂汗をだくだくと流しながら思考を巡らせていると、リアス先輩は深くため息をつきながら改めて質問を投げかけた。

「彼女達は、貴方とどういった関係なの?」

「あ、えーと。従者っていうか、契約者っていうかですかね……」

俺の答えに対して先輩は少し考えているのか顎に手を当てながら話を続ける。

「信用は?」

「できます」

 きっぱりと俺がそう言うと、先輩は頭に手を当てながらしばらく何かを思案していたがまたため息をつくと俺の肩に手を置いた。

 

「とりあえずは不問にしましょう。ただし、トレーニングが終わる日までに何かしらの説明をしてくれるわね?」

「あ、はい!」

 とりあえずはこの詰問が続かないことに俺は安堵の息をつく。あのままの状態だと、うまく答えられないかもしれなかった……。

 

「貴方を詰問したって意味がないんだもの、それよりも後々になってきちんとした回答と私や私の眷属に害がないと分かれば問題ないわ」

 ただ、と言うとリアス先輩は俺にこっそりと耳打ちをした。

「祐斗の前では彼女―――あの天使、でいいのかしらね? 彼女は近づけさせない方がいいわ」

「はあ……」

 それだけ言うとリアス先輩も食卓に座り、朝食を食べ始める。俺以外の他の全員も食卓についているので俺も席に着いて食べることにした。

 

 焼き魚を食べながら俺は木場先輩の様子をさり気なく伺うとリアス先輩からの忠告のせいなのか、心なしか難しい顔をして考え事をしているようにも見えた。

 このままだと木場先輩はずっと考え込むんじゃないかという様子なので、やっぱり早く話して悩みの種を無くした方がいいんだろうか……?

 どうしたものか、と考え込んでいると隣からイッセー先輩が味噌汁を飲みながら俺に話しかけてくる。

 

「そういやさ、ケースケ。さっきの二人はどこに行ったんだ?」

「あー、あの二人ですか」

 もちろんこれはピクシーとエンジェルのことだろう。どこかと言えばもちろんCOMPの中に格納してある―――が、それを言うべきか言わないべきか……。

 悩みつつ、なんの気もなしにふとリアス先輩に目をやると、リアス先輩はじっと俺を見つめていた。その目から察するに”言えるのなら早く言って欲しい”という感じだろうか。

 

 ここまで来たなら仕方ない、腹をくくって喋ることにしよう。朝飯をいくらか食べて頭も回り始めてきたところだしな……。

 覚悟を決めて俺は箸を置いて口を開く。

「話せば長くなりますけど、いいですか? まずどこから説明したものか……」

 決心はついたものの、どこから始めればいいんだろうな? 悪魔から? 悪魔召喚プログラムからか? COMPから? それとも世界観から?

 

 そうだ、そういえばリアス先輩に話したことがあるところから始めるのがピッタリじゃないか。

「リアス先輩、俺が以前話したゲームの話覚えてますか?」

 そう聞くと先輩はええ、と言いながら頷いた。

「あれと同じように、あいつらは”アクマ”と呼ばれています。リアス先輩達のような種族としての悪魔ではなく、ああいった存在自体を指して”アクマ”と言います―――」

 

 

                       ※

 

 

 あの語り始めから、説明するのはとても骨が折れたが話の要はこうだ。

 こことは違う世界に住んでいるアクマを俺が召喚しているが、それは分霊と呼ばれていて本物の数分の一の強さであるということと、俺はそれを使役しているということだ。

 

「なるほどね……一ついいかしら? 彼女達―――だけじゃないわね。彼らは何を目的として契約をするのかしら? 貴方の話を聞く限りでは、彼らに契約を結ぶメリットというものが見当たらないのだけれど」

 そう言って出してきたリアス先輩の質問は中々鋭い。確かに、俺の説明ではアクマがこき使われているだけでそこにメリットなんてものは一つもない。

 

「色々とあるみたいです。例えば、この世界での経験を糧に力を高めるだとか」

 俺がそう言うと、リアス先輩は多少は納得をしたようでそれ以上は何も質問はなかった。他の先輩達も特に何も質問はないようだ。

 

「そうだ、トレーニング相手にちょうどいい奴らが居るんでどうですか、この後一戦」

 俺の提案にリアス先輩はニッコリと笑っていいわよ、と許可してくれた。そうと決まれば話は早い、俺は飯をかき込んで先に外で待つことにした。

 

 オニとケットシーを召還すると、二人は久しぶりの召喚ということでだいぶ張り切ってるようだ。

「ンー、アニキ。久しぶりの出番で腕が鈍りそうッスわ……」

 オニが呑気にそう言うと、ケットシーもそれに同調する。

「そうだニャァ……最近割と出番がなくて空気だったニャ」 

「だろうと思ってな、今日は一日特訓に付き合ってもらうぜ―――先輩! こいつ等が今日の相手です」

 俺がそう言って二人を指すと、先輩達全員が目を丸くしていた。それもそうだな、オニ達もいわば異界の住人ってわけだし、多分そういった存在とは初めてなんだろう。

 

「わあ、毛並が揃ってて綺麗ですね」

「つやつやです」

 アーシア先輩と小猫さんがそう言いながらケットシーの頭を撫でて微笑む。ケットシーはそれに対してゴロゴロと喉を鳴らして喜んでいる。

「チッ、アイツ文字通り猫を被ってやがりますねアニキ」

 オニが小声で俺に耳打ちをする。どうやらケットシーがチヤホヤされているのが気に食わないらしい。まあ確かにその気持ちも分からなくはないが、それを女の前で見せるのは男としてどうかと思うぞ?

 

「あらあら、こちらの殿方はずいぶんとたくましいのですね。うふふ」

 姫島先輩がオニに近づいてくると、今度はオニがデレデレとし始めた。情けない野郎だぜ。

「イヤァ、アッシなんてまだまだッスよ。姐さんみてェな方に言われるたァ光栄でさァ」

 何故だか無性にイラついたので、モヒカンを掻きながらニヤけるオニの頭を叩いた。

 

「ッテェ……アニキィ、堪忍つかぁさい」

「いいからさっさと始めるぞ。オニは木場先輩と、ケットシーはイッセー先輩とだ。それと、木場先輩はお前より強いからな?」

 俺にそう言われた二人は残念そうにしていたが、すぐに元の調子に戻ると先輩たちを品定めするかのようにじっと見つめている。

 

 特にオニはニコニコとしている木場先輩に思い切りガンをくれていた。これじゃオニはそこらのコンビニで便所座りしているヤンキーそのものだ。

「気に食わねェ面ァしてんなァ……」

 オニはそう言っているが、つまりは俺みたいに鍛えているわけでもない一見、一枚目の優男みたいな木場先輩が俺より実力があるということが信じられないらしい。イケメンなのも気に入らない理由の一つではあるらしいが。

 

 一方のケットシーとイッセー先輩はお互いに相手をナメてかかっていた。いや確かにセイクリットギアを発動させてもいない先輩は物凄く弱っちいのだが……ケットシーを侮ると痛い目にあいますよ先輩。

「貧弱そうだニャァ……」

「へっ、言ってろ!」

 お互いに睨み合って両者とも爆発寸前の状態。いつ誰が動き出すのか分からない状況になってしまった。

 一応ケットシーやオニは訓練用の獲物を持っているので、うっかりで誰かが死ぬことはまずない。

 

「先手必勝!」

 ここでイッセー先輩が勢いよく駆け出した! ケットシーもそれに応じるかのように構えて迎撃の姿勢を見せる。そしてそれとほぼ同時に木場先輩とオニの方もやり合い始めたようだ。

 

 まずはイッセー先輩が勢いよくケットシーを蹴り上げる―――が。

「飛んだッッ!」

 ケットシーはなんと、その蹴りを利用して勢いよく飛び上がった。そしてそのまま落下スピードを利用して回転しながら先輩の顔面めがけて蹴りを放つ。

「がっ!?」

 イッセー先輩はこれをモロにくらってしまい、たまらず体がグラついた。その隙を逃さずケットシーは追撃を試みる。

 ケットシーのための小さな木刀が容赦なくボコスカとイッセー先輩の膝や肘など関節部分を打ちつける。ガードをしようと曲げていた腕はそのせいで否が応でもまっすぐに引き延ばされた。

 

「はい、そこまでな」

 そう俺がケットシーを摘み上げながら止めると、ケットシーは若干不服そうにしていたがどう考えてもイッセー先輩の場合あのまま畳みかけられて負けという未来が目に見えていたし、必要以上にボコボコにするのもどうかと思うしな。イッセー先輩だって自分が弱いってことを負い目に感じているわけだから傷を抉るようなことは避けないと。

 

「先輩大丈夫ですか?」

 イッセー先輩に手を貸して起こすと、先輩は特に目立った外傷というものも無いようだ。少しすればすぐ良くなるだろう。

「うぅ、頭が痛いぜ……」

「痛いと言えるなら大丈夫ですね、それじゃ木場先輩とオニの方でも見ますか」

 俺が頭をさすりながらそう言うイッセー先輩と二人の様子を見ていると、どうやらオニが劣勢のようだ。

 オニがどれだけ攻撃をしても木場先輩はそれを弾き、躱してしまうので若干オニには焦りの表情が見て取れる。

 それにしてもオニの動きが前よりは随分と機敏になってきたようだ。よく動いてるしベタ足にならずに獲物を振るう早さも随分と早くなった。それでもしかし、木場先輩相手では分が悪いようだ。

 

「グゥ……」

「うん、一撃がとても重い。僕が受けるには少し辛いかな」

 そう言いながら木場先輩が今度は攻めはじめた。素早い動きでオニをかく乱し、鋭い斬り込みでオニを追い込んでいく。

 流石は木場先輩だ、こういう時でも冷静に判断できるとは。

 オニはどうしようもなく、ただひたすらに防いでじりじりと後退していった。そしてそのままオニはとうとう防ぎきれずに武器を叩き落される。

 

「勝負あり、ですわね」

 姫島先輩がそう言うと、がっくりとオニがうな垂れた。姫島先輩の前で負けて男としてのメンツが立たず、随分と落ち込んでいる。

「まあオニ、その……相手が一枚上手なんだ。あの速さには太刀打ちできない以上、どうしようもないだろ?」

「アァ……そうッスネ……」

 駄目だ、この様子だとオニはだいぶやられてるな……。ここまでオニがへこんでいるのはそうそう拝めないからあとで写真でも撮っておこう。

 

「えーと、それじゃあ次は俺ですかね……木場先輩どうぞお手柔らかにお願いします」

 木場先輩が木刀を構える一方で俺は脇差に見立てた木刀をナイフのように握った。刃渡りにして40センチを優に越す刃物をナイフと呼べないんじゃないか、とも思うがナイフのように使えればナイフなのだ。多分。

 

 木場先輩と対峙すると、まずは木刀の届く範囲に入らない位置ギリギリを保つために―――といっても所詮は素人の大雑把な目視計量でだけれど―――慎重に歩みを後ろへと運ぶ。

 もちろん木場先輩も俺が後ろへと向かうたびに体が無駄に揺れることなく一歩ずつ前へと動き、俺を必中範囲内に留めようとしてきた。

 

 そこで俺は一瞬だけ前へと向かうようにフェイントをしながら素早く後ろへと下がる。木場先輩は一瞬食いついたように見えたものの、至って冷静だった。

 

 困ったな、動揺した瞬間に素早く木場先輩の懐に飛び込んでタックルをして地べたにもつれこませて組み伏せる、または木刀を喉元に突き付けるつもりだったが、これだと次にフェイントをかけようとした瞬間に逆に脳天に木刀が来そうだ。

 

「仕掛けてこないなら、僕から行かせてもらおうかな!」

 ここで木場先輩が動き始めた。

 まずい、早く受け身を取らないと―――!

 

 しかし、ここでおかしなことが起こる。突然、物事が徐々にゆっくりになっていっていった。木場先輩の僅かな指の動きやスローモーションで俺の元へと迫りくる木刀……そのすべてがはっきりと見て取れる。

 

 ―――なんだこれ、スローモーション?

 ―――あ、これあれだ。走馬灯とか、スポーツ系アニメで主人公の見えるものがスローになって思考だけ加速してるやつだ。

 ―――じゃ、俺死ぬのか? いや、流石にない。木刀で強く打ち付けられたら死ぬけど木場先輩は手加減してくれる。

 ―――そうだ、木刀。避けないと不味いじゃん!

 

 そんな考えが俺の頭の中で一瞬にして駆け抜けていく。とにもかくにも木刀を避けようと体を動かそうとするが、思考の速さに体がついていけない。まるで感度最低値に設定したコントローラーでの操作みたいだ。

 木刀を避けるために俺はなんとか必死で体を動かし、ギリギリ避けられるようなところまで体を動かすことができた。体が思うように動かないと、とてつもなく変な気分だ。

 

 そして次の瞬間、突如として俺の見ているものが元の速さに戻った。俺は無事木場先輩の木刀を避けていたし、周りの動きも木場先輩も、そして何より俺自身も普通の状態に戻っている。

「な、な、なっ……なんだコレッ!?」

 俺は思わず大声で叫んでしまったが、当たり前だ。こんな経験人生で滅多にあるもんじゃない。

 

 俺の声に様子がおかしいと思ったのか、木場先輩は攻撃を加える手を止めて俺の様子を伺っている。その顔はいきなり大きな声を出した俺を不思議に思っているようだった。

「どうしたんだい、急に」

 そう疑問を投げかけてきた木場先輩に、俺はさっき起きた出来事への興奮を見せないように努めて平静を装いながら質問する。

「あ、あの……俺どんな避け方しました?」

「どう―――いや、正直驚いたよ。綺麗に躱していた。君のことを完全に捉えていたし、反撃されていたら僕も危なかったね」

「そうですか……」

 やっぱり、というか当たり前だがあの出来事は俺一人だけが経験したらしい。これは果たして一体全体、何がどうしてこうなったんだ?

 

 ここで俺と木場先輩のやりとりを目にしていたリアス先輩が俺達の所へとやってきた。理由はやっぱり俺のさっき叫んだことについてだろう。

「若葉君、どうしたのかしら?」

 少し迷ったが、正直にさっき起こったことについて俺は話すことにした。もしかしたらリアス先輩なら何か知っているかもしれないしな。

「そのですね……」

 

 

                        ※

 

 

「―――なるほど。突然スローモーションがかかったように目の前の光景が変わった、ということね」

 俺からの話を聞き終えたリアス先輩はうんうんと頷きながら顎に手を当てて何か考えている。流石にこんなことはいくらリアス先輩でもそうそう見当がつくものではないのだろう。

 

「んんん……そうね。卓越した精神力を蓄えた結果、全神経を集中させると全てがゆっくりと動いているように見える―――なんていう話を聞いたことがあるわ。もちろん私は聞いただけだから、それが本当かどうかわからないのだけれど……」

 リアス先輩は難しい顔をしながらそう答えてくれた。

 

 なるほど、卓越した精神力を蓄えるとああなるのか。心当たり? もちろんある、滝当たりをしながらのあの修行だ。あの後姫島先輩から聞いた話だが、俺はあの滝に3時間は打たれていたというから信じられない。体感じゃ5分あったら良い方だ。3時間もあそこで座っていたと考えるだけで目がかゆくなる。

 

「ともかく……貴方の才能が一つ開花したこと、これは喜ばしいことだわ。今後はこの能力を最大限に生かせるように特訓をして頂戴」

「了解っす」

 そうは言われてみたものの……何をどうすれば俺のこの力を伸ばすことができるんだろうか? 滝に打たれるだけでいいならそれに越したことはないけれど……あれは体力を非常に消耗する上に時間も大きくかかる。これだけに特訓の時間を割いていたら他の事がまったくできなくなるぞ。

 

 うーん、と俺が唸っていると姫島先輩がにっこりと笑った。

「私にいい考えがありますわ」

 

 

 

 

                        ※

 

 

 

 パコーン! と軽快な音が鳴り響く。テニスの時に聞こえる小気味いい音だ。俺は走ることは得意だがテニスはあまり得意じゃない。だが、幸か不幸か……いや、この場合は絶対不幸だわ。俺はテニスをしていない。俺がしているのは……

 

「うふふ、若葉君。まだまだ球はありますよ」

 そう言いながら姫島先輩は一切の加減が見られない強さのサーブを丸腰の俺に向けて放つ。あり得ないスピードのテニスボールを俺は必死にかわしながらも姫島先輩は次々とサーブを打ってくる。

 何が凄いってこのテニスボール硬式なんだよ……当たり所悪かったら死ぬんじゃないか?

 

「せ、先輩もう少し手加減してくれませんかね……?」

 俺が必死に避けながら姫島先輩に懇願してもみるものの、姫島先輩はニコニコと笑いながら

「頑張ってくださいね、終わったらご褒美をあげますわ。うふふ」

 これしか言わないからどうしようもない。ご褒美以前に俺が死ぬかもしれんのですよ先輩……?

 

「う、うう……なんだってこんな……」

 俺がそうぼやいていると突如として目の前に二つのテニスボールが飛んできた。危ねえっ!?

 ギリギリのところでかわした所で前を見ると、なんと姫島先輩に次いでリアス先輩までノリノリでテニスラケットを持ってるよ! 俺を本気で殺す気なのか!?

 

 唖然とした表情で俺が見ていると、リアス先輩と目が合った。ニコッと笑っている。いやいや、違う。俺が求めてるのはそういうリアクションじゃなくてなんでリアス先輩も参加してるのかという理由が―――あぶねえっ!

 

 またしても姫島先輩とリアス先輩の球が飛んできた。しかも今度はバウンドしている球とノーバウンドで真っ直ぐこっちに向かってきているのの二つだ。

「若葉君、私最近運動不足気味なの。だから少し手伝ってもらえるかしら? そうすれば若葉君もおしゃべりできる余裕を特訓の方に回せるでしょう?」

 う、うう……なんてこった、イッセー先輩が言ってた通り鬼じゃないか……先輩達の鬼! 悪魔! 人でなし! ……いや実際そうなんだけどさ。

 

「ケースケさん、頑張ってください」

 イッセー先輩との訓練が済んだのか休憩中の小猫さんが木陰でアイスキャンデーを食べながらそう言ってくれた。いやあ、嬉しいなあ……小猫さんだけが今の俺の心の頼りだ。

 

「よそ見している暇はないわよ? さあ、私の球を受けてみなさい!」

「ウッス―――いや受けたら死にますから!」

 テニスボールがリアス先輩や姫島先輩のラケットから打ち出される音はほぼ日が暮れるまで続いた。

 




どうもお久しぶりです。
去年はどうも忙しかったので殆ど手を付けられず仕舞いでありましたが今年こそはと思っています。

さて、次回あたりから何とか頑張ってライザー達とぶつかり合う所まで持っていきたいと思っています。頑張れ私。



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第5話:開始の合図にチャイムを4回

 ―――厳しい特訓をこなして、やってきた最終日。俺はイッセー先輩と一緒に自分達の実力を披露することになった。

 イッセー先輩は最終日までアーシア先輩と一緒に訓練を終えた後も夜遅くまで何かを必死に練習していたらしい。毎朝毎朝、少し眠そうな顔をしながら先輩達は朝食を食べていた。

 

 勿論俺だって何もやらなかったわけじゃない。必死に厳しい先輩たちのテニスボールを避けたり木場先輩と剣を交えたり、小猫さんと格闘をしていた。こっそりと先輩達に内緒で魔法をうまく使いこなせるように練習もした。

 

 まずは俺が先に先輩達に実力を見せる番だ。へへへ、先輩達のド肝を抜かせてやるぜ!

 先輩達の前に立つと俺は精神を統一させる。手には訓練用の木刀を持ちながら、イメージを強くしながらジオを唱えると―――

 

「―――おおっ」

 イッセー先輩が思わず声を漏らして驚いたような声を出すが、それもそのはずだ。俺の持つ木刀は雷をまとわりつかせている。

「なるほど、魔法で雷を剣に宿らせているわけね……」

 リアス先輩が関心したように頷いていた。ふふふ、リアス先輩にこういうことで感心されると少しうれしい。だけど、俺が会得したのはこれだけじゃない。

 

「まーだまだ、これからです」

 一旦解除させると、俺は次にブフを唱える。すると木刀を芯にするかのように氷はギザギザと返しのついた刃となって、木刀はあっという間に凶悪な剣へと変身した。

 切れ味を見せるために俺は近くにあった平均的な人の腕位はあるであろう木に無造作に剣を振るうと、木はたちまちと切られた場所から凍りつきながら二つに分かれる。

 

「まだまだありますよっ!」

 今度はザンを唱える。すると木刀の周りに風がまとわりつく。しかし、当たり前だがこれだってただの風じゃない。

 俺は倒れた木にそっと木刀を当てると、風が木の幹に触れるたびにクマが思い切りツメで裂いたかのような跡ができた。これが人間に触れた時、どうなるかなんていうのは言うまでもない。

 

 これが俺の今回の修行で身に着けた力だ。格闘能力も魔法を扱う力も大幅にアップ、さらに小猫さんに股割りされて柔軟性も倍以上アップだ!

 

「これが俺の修行の成果です」

 どうですかリアス先輩、姫島先輩、木場先輩、小猫さん? 俺だって少しはやればできるんですよ、ふっふっふ。

「ええ、上出来よ。今までよく貴方は頑張ってきた……私も鼻が高いわ」

 リアス先輩がニッコリと笑いながらそう言ってくれた。へへっ、少し照れるなあ。俺もこれで少しは先輩の役に立てる!

 

 次はイッセー先輩の番だ。イッセー先輩の場合は木場先輩と手合せをすることになっている。イッセー先輩はリアス先輩の指示でまずセイクリットギアで先輩自身の力を倍増させてからだそうだ。

 

≪boost!≫(ブースト!)

 

 イッセー先輩のセイクリットギア―――ブーステッド・ギアは力を何回でも倍増させる効果を持つ。それすなわち、先輩の基礎能力が高ければ高いほど強くなるということだ。

 

≪boost!≫(ブースト!)

 

≪boost!≫(ブースト!)

 

≪boost!≫(ブースト!)

 

 イッセー先輩のブーステッド・ギアはどんどんと力を倍増させていく。なんというか、某特撮ライダーの変身ベルトとかが声を出してるのとそっくりだな、今こうして見てみると。 

 

「もう結構よ、イッセー」

 リアス先輩がそう言うと、木場先輩は木刀を構える。どうやら始まったらしい。先に動いたのは木場先輩だった。素早く間合いを詰めるとイッセー先輩を八文字に切らんとばかりに木刀を振り下ろすが、イッセー先輩はこれをブーステッド・ギアで受け止める。やっぱりあれはきちんと籠手としても機能してるらしい。

 

「イッセー、魔力を開放してみなさい」

 リアス先輩がそう指示すると、イッセー先輩は魔力を片手に集中し始める。一瞬のうちに光の粒子の塊がイッセー先輩の手のなかに集まったかと思うと―――

 

 ―――光が辺りを包んだ。そしてその後に押し寄せる轟音、爆風。

 

「はあっ!?」

 俺は咄嗟に頭を抱えて屈む。なんだなんだ、何が起きた!? まさかイッセー先輩が魔力の開放に失敗して暴発たのか!

風が止んだのを確認した俺はまだ残る耳鳴りでうるさい頭を持ち上げて周囲を確認してみると、イッセー先輩も対峙していた木場先輩も傷一つ無いようで、呆然と二人とも何かを見つめている。

 

「先輩? 無事でしたか……って、えっ?」

 先輩達の視線の方向へと目をやると、山が綺麗に削れていた。それはもう見事なもんで、某電子系会社の林檎のかじられた部分のようにきれいさっぱりと消し飛んでいる。こんな威力だったら木場先輩にあたった瞬間俺らもヤバかったんじゃ……?

 

 イッセー先輩の方を見てみると、口を大きくあんぐりと開けて呆然としていた。なんというか、まさしく自分のしたことが理解しきれていないというのが見て取れるな。

「先輩。イッセー先輩? おーい、聞こえてますかー?」

「はっ……はああああああああっ!?」

 うわっ、うるせえっ! 俺が顔を近づけた瞬間イッセー先輩が叫び出した。いくらなんでもびっくりしたぞ。

 

「それが貴方の今の力よ、イッセー」

 リアス先輩がそう言いながら微笑む。やっぱり自分の眷属の成長は嬉しいモノなんだろうな。

「これが……俺の力」

 イッセー先輩はまじまじと自分のセイクリットギア見つめながら、リアス先輩に言われたことを反復するように呟いた。

 

「これが貴方達が今回身に付けた力よ。何倍にも増した力……そしてお互いにお互いを補うように連携すれば更に強力なものになるの。この力でライザーを見返してやりましょう!」

『はいっ!』

 俺たちは力強くリアス先輩にそう応える。士気は最高潮、どんな奴が来たって怖くはないぜ!

 

 

 

                   ※

 

 

 

 修行を終え、家に帰ってきた俺はとりあえず一息といった具合にのんびりとくつろいでいる。試合の時間は夜の12時。夕方の今からだとかなりの時間があるので仮眠を取っておきたいところだが、そうはいかない。

 というのも、ドワーフに頼んでおいたブツが完成したかどうかが気がかりで仕方ないのだ。ぶっつけ本番で使うよりも、ある程度触れてみてどういう感じかを知る必要があるしな。

「ドワーフまだかー? 」

 COMPにそう話しかけてみるが、うんともすんとも言わない。

 

 そろそろ無理矢理にでも召喚してやろうかと思い始めたちょうどその時、目の前に例の目に悪い光がしたかと思うと、ドワーフが出てきた。

「そう急かすでない。ワシは約束の時間までにはキチンと終わらせるわい」

「で、どんな感じにできた?」

 俺の急かしにドワーフはやれやれ、といった様子で頼んでいた品を取りだした。

 

ギラリと光り、重い刃を持つ刃渡り50センチはあるククリナイフや、鈍い色をした矢じりとそれを飛ばすためのボウガンが複数。そして俺が特に念入りに説明をして注文した品がーーー

「そうそう、これだよこれこれ!」

 見た目はそのまんまM1911、コルト・ガバメントという拳銃がドンと俺の目の前に置かれていた。

「さて、これを作るのに一等苦労したんじゃが……その分傑作といってもよいな。使い方はーーーまあ、多少特殊じゃがお主ら人間が使っているそれとほとんど変わらんじゃろ。試しに、何か魔法を唱えてみるといい」

 そう言われて俺は、とりあえずザンを唱えようとすると……なんだ?銃に力が吸われたような感覚がするぞ。

「詠唱したか。さあ、このスイカを撃ってみるのじゃ」

 そう言うとドワーフはどこからともなく人の頭くらいの大きさのスイカを取り出すと部屋の端に置いた。まあ、この程度の距離ならちょっとアメリカで鳴らした程度の俺でも当てるのは簡単だ。

 

  狙いを定めて引き鉄を絞る。するとバスンッ! という音がしたかと思うと、スイカが爆発して破片が部屋中に飛び散らかった。

「ああああっ! ドワーフテメェ、こうなると分かってて俺にやらせたな!?」

「ほっほっほ。スイカが良い具合に割れておる。……うむ、美味い」

 美味いじゃねーよ、色ボケジジイめ。これの後始末がどれだけ大変だと思ってるんだ。

 そう思いながら俺は割れたスイカでも手ごろな大きさに割れたのを掴んで頬張る。うん、みずみずしいうえに甘みがしっかりとしてて水っぽくなくて美味しい。

 

「んぐっ……うん。美味かった。で、つまりこれザン一回唱えると一発撃てるってことか」

「うむ……んんん。いや、どうしてなかなか美味いのう。魔法は8回ストックすることができるぞい」

 なるほど、8回まで魔法をストックできるのか。魔法を一々唱えずに撃てるし、見たところ普通にザンを唱えた場合よりもずっと速い。

 

「いやしかしのう……わざわざ魔法を銃で撃つなぞ面倒なだけの気がするがのう。儂としてはただの銃の方が作るのが楽じゃったが」

 シャクシャクとドワーフがスイカを頬張りながら言うが、そりゃ銃作ってもらった方がイイんだけどな?

 

「何言ってんだ、銃弾なんて作ってもらうのも買うのも面倒だし、何より魔法を操りながら動き回るのなんて難しいったらありゃしないわ」

 姫島先輩の時に見せた発火とかならともかく、氷のつぶてを衝撃波に載せて飛ばすことなんて魔法を操作することに全部の注意を注ぐから走ることもままならないんだぞ?

 俺が必死に魔法の練習をして刀にザンとかジオとかを纏わせるようにしたのだって少しでも魔法を飛んだり走ったりしながら使えるようにするためだったんだし。

 

「それで、こっちの刀とボウガンは特に細かい注文はしてないわけだが……どうなんだ?」

 ふむ、とドワーフはボウガンを手に取るとエヘンと胸を張ってドヤ顔をしながら説明し出す。

「うむ……このボウガンはな。なんと!」

「なんと?」

「水筒になるんじゃ」

「水筒」

「矢も特別性で水筒代わりになる」

「矢も」

 

 ほうほう、ライフラインに関わる重要な水をわざわざ水筒に入れて携帯することもせずに済んで無駄な荷物を省けるとは、それはなんて―――

 

「―――なんて無駄な機能の付いたボウガンなんだよこれ」

「儂の傑作に文句を付けるか青二才」

 ドワーフがブチ切れて啖呵を切ってきやがったが、むしろ何でこんな機能を付けたのか問い詰めてやりたい。

 

「うるせえ、こんなもん付けるくらいだったら狙ったら絶対外れないボウガンとか作ってみろよオラァ!」

「あんな機能ミョルニールでもう飽きたわ!」

 飽きたとかお前、クライアントのニーズに合ってそうなモノよりもクリエーターとしてのあくなき探究を重視するなんて信じらんねえよこのエロジジイ! 

 

「だったらせめてマシな連射機能とか付けてみやがれ! 実用性を考えろ!」

「そんな考えでは凡作しか生まれんわい!」

「トンデモビックリ無能兵器よりはそれでも何ぼかマシだっての!」

 そんなことを言い合いながら無駄に時間を俺たちは費やしていくのであった……

 

 

 

                    ※

 

 

 

「―――つまり、奇抜な見た目で威圧をしつつも使い捨てで、回収されて対策される心配の少ない、パンジャンドラムが一番実用性があるってことでいいか?」

「うむ、まあ妥当なチョイスじゃろ」

 白熱した議論の結果、なんとかお互いの融通の利く所まで持っていくことができた。いやあ、久しぶりに中身のある良い討論だった。

 まあ、夢中になりすぎてて何でこんなことになったのかを全然覚えてないんだけれど、終わり良ければなんとやらだ。

 

 気が付けば、夜もどっぷりと暮れて来ている。俺は適当にささっと胃袋に軽く詰め込み、必要な装備を持てるだけ持って学校に行くと、先輩たちは既にスタンバイしていた。

 リアス先輩は自分が一番リラックスできる恰好でと言っていたが、俺は身動きがしやすいようにとアメリカで使った軍服に着替えておいた。なので制服姿の先輩達と違って、結構浮足立ってるような気がしてならないな……。

 

「ケースケ、お前気合入ってるなあ」

 イッセー先輩が俺の姿を見て、少し感心したようにそう話しかけてきた。

「いやー……リラックスできる恰好でと言われましてもねえ? 制服だと動きづらいんで一番動きやすい服を選んだらこうなりました」

 むしろ先輩達が制服で戦えるあたり身体能力が違うなあ、と思う。特に一番上の制服なんて邪魔くさくて俺ならすぐに脱ぐ自信があるもんな……。

 

 ちなみに他の先輩達の様子―――木場先輩は小脇に剣を携えてたり、アーシア先輩はシスターの恰好をしている。小猫さんは指開きのグローブを手に嵌め、準備は割と万全の模様。

 リアス先輩や姫島先輩はいつも通りの恰好でくつろいでいる。随分どっしりと構えているようだ。流石は部長と副部長といった感じの貫録だなあ。

 

 刻々と時間は過ぎて行き、もうそろそろ12時だ。試合も12時からのはずなんだが……何の知らせもないぞ?

 俺がそう思っていると、魔方陣が光り輝いた。そしてそこにはメイド姿で銀色の髪をした女の人が立っている。

「皆さん、準備は済みましたか? 時間になりましたら魔方陣から戦闘用のフィールドへと転送します」

 そう言いながらメイドさんが全員を見回していると、俺と目が合った。そしてそのままメイドさんがつかつかと俺の方に歩み寄ってくる。

 

 なんだなんだ……? もしかして、俺は部外者だから参加できませんとかそういう事言われるんじゃないよな?

 そんなことを考えながら少しドキドキしていると、メイドさんが恭しく頭を下げる。

「お初にお目にかかります。私の名はグレイフィア、グレモリー家に仕える者です。以後、お見知り置きを」

「ご丁寧にどうも……。若葉啓介です」

 グレイフィアさんの丁寧な自己紹介につられて俺も頭を下げて返した。自己紹介が済むと、グレイフィアさんが何やらお札のような―――というか魔方陣が描かれた紙を差し出してきた。

「これを身に着けて魔方陣の中に入ると転送されます。なお、ダメージを受けリタイヤした場合の転送の際にも使用しますので、処分なさらぬようお願いします」

「はあ……」

 テキパキと説明するグレイフィアの話を聞き、とりあえず紙を懐に入れておく。裏の胸ポケットに入れておいたら間違っても落としたり処分したりはしないだろう。

 

「なお、今回の戦闘フィールドは使い捨ての空間を使用しておりますので、存分に力を開放してくださって構いません」

 うん? というと、確かええと……レーティング・ゲームだったっけか―――には、何らかの力の制限が課される場合があるのか? だとすれば奥が随分と深そうだ。

 

「部長、そういや前々から気になってたんですけど……。部長には『僧侶』が一人いるって聞いたんですけど、その人は参加は……?」

 イッセー先輩がそう口にすると、リアス先輩達の表情が一変した。先輩達の表情は曇っていて、何やらのっぴきならない事情があるようだ。

 

「彼は……参加できないわ。いつか、彼の事は話さないといけないわね」

 リアス先輩がそう重々しく呟いた。うーむ……過去に重傷を負って動くのすら難しいとか、そういうことなんだろうか。いずれにせよ、参加はできないという事は、ただでさえ頭数の少ない俺達にとっては手痛いな。

 

 そんな少し曇りがちな雰囲気の中、グレイフィアさんが口を開いた。

「今回のゲームは、両家の方のみならず、魔王様もご覧になります。それをお忘れのないよう」

 へえ、ていうことは外部からも観戦できるようになっているのかー。それに魔王様って……ああ、えーとリアス先輩のお兄さんが魔王やってるんだっけ? アザゼルさんから聞いてたけどすっかり忘れてた。

 

「ま、魔王様が!? 」

 イッセー先輩が驚いてるけれど、それもそうだよな。リアス先輩のお兄さんが魔王やってるって知らなかったらこういう反応にもなるんだろうな……。

「イッセー君、部長のお兄様は魔王様だよ」

 木場先輩がそうイッセー先輩に教えたが、部長のお兄様は魔王様ってなんかライトノベルのタイトルでありそうだよな。なんかゴロも悪くないし。

 

「ええええっ!? 部長のお兄さんって魔王様!?」

 おお、驚いてる驚いてる。アーシア先輩も一緒に驚いてるなあ、イッセー先輩の声の大きさに驚いただけかもしれないけど。

「先の大戦の結果、魔王様がお亡くなりになったから部長のお兄様がなられたんだよ。悪魔は三大勢力の中じゃ一番劣勢だけれど、それを今の魔王様達のおかげでなんとか保っていられるんだ」

 ほおー、アザゼルさんも同じようなことを薄ぼんやりとぼやいてた気がするなあ。まあ、自分が一番ヤバいと自覚してるなら安心できるね。

 

「まあともかく、そういった事情があったから部長のお兄様はグレモリーから代々魔王に受け継がれる名前に変えてサーゼクス・ルシファーと名乗っているんだよ」

「ん? ああ、だからリアス先輩が家を継ぐ云々という話になってくるんですか」

 事情がやっと呑み込めたぞ。先輩のお兄さんが魔王やってる限り家を継ぐことはできなくて、結果妹であるリアス先輩が家を継ぐわけだ。

 

「皆様、そろそろお時間です。こちらへ」

 グレイフィアさんの誘導に従って魔方陣へと移る。何気に魔方陣での異動は初めてなので、少しワクワクするぞ。今まで転送されたのはアザゼルさんの怪しいマシンと自分の魔法くらいなもんだしな。

 

 魔方陣が光ると、何やら不思議な紋章のようなもの―――多分、紙に描かれたれたのと同じだと思う―――が

足元に描かれている。おお、なんかいかにもそれっぽくていいな。

 そのまま視界が白い光で埋め尽くされていく。思わず目をつぶってしまいそうになるが、すぐにその光は消えた。

 

 光が消えた後に広がっている光景は、はたまた関ヶ原や大草原のような場所―――ではなかった。オカ研の部室だ。さっきまでの光景とミリ単位も変わってないが……失敗したのか?

 不思議に思い先輩達の様子を見てみると、イッセー先輩とアーシア先輩も同じように不思議そうにあたりを見回している。他の先輩達や小猫さんは平然としていた。

 

 そして気づけばグレイフィアさんはいつの間にかいなくなっている。ええと、これはどういうことだろう? グレイフィアさんだけが転送した? いやいや、一人だけ転送とかどうやったらそんな器用なことができるんだよ。そうそう、こういう時は発想の逆転をしよう。グレイフィアさんだけが転送されたのではないなら、その逆……ってことは、まさか?

 

『皆様、この度グレモリー家とフェニックス家のレーティング・ゲームの審判役を担う事となりました、グレモリー家メイドのグレイフィアです』

 あ、グレイフィアさんだ。校内放送を使っているという事は放送室に今いるのか……。んで、ここでゲームの審判が宣言を行うってことはつまり?

 

『我が主、サーゼクス・ルシファーの名の元に御両家の戦いを見守らせていただきます。なお、今回のフィールドにつきましては双方の意見を参考に駒王学園を模倣したフィールドをご用意いたしました。』

 ほうほう、やっぱりうちの学校がモデル、というかそのまんま作り出したのか……いやはや、驚きだ。もしかしていつも飲んでる紅茶の茶葉とか、俺の置き勉してる教科書とかもあるのか? まあ、そんなわけはないか。

 イッセー先輩もアーシア先輩も驚いている。部室を見たり外の風景を見たり―――うん? 空が白いぞ。異空間だから空が白いのか。

 

『リアス様がいらっしゃられる、旧校舎オカルト研究部部室がリアス様の本陣になります。ライザー様は現在ライザー様がいらっしゃられる、新校舎生徒会室がライザー様の本陣となられますので、ご留意くださいませ。なお、プロモーションを行うには本陣周辺まで移動が必要となりますので、宜しくお願いいたします』

 えーと、チェスのルールだと一旦女王とかに成ると、そのまま成りっぱなしだから本陣周辺は絶対死守ということか。そう考えるとますます俺達の数の少なさが痛いなあ……。

 少なくとも、最優先の目標はポーンでいいのかな? そういう所もリアス先輩から後で聞いておかないとな。

 

『それでは、ゲームを開始いたします。制限時間は現時刻から人間界で朝日が昇るまでとなります』

 グレイフィアさんがそう言うと、学校のチャイムが鳴りだした。キーンコーンカーンコーン、という音が開始の合図といったところだな。

 

「さて、それじゃあ朱乃。あれを」

 リアス先輩が姫島先輩にバーとかで”いつものを”と注文するみたいに言うと、姫島先輩は何かを出してきた。

「はい。皆さんこれを」

 見たところ、小型のイヤホンマイクだ。これで連絡を取るってことか……。まあ、学校内くらいだったらどこでも会話はできるだろうな、これなら。

 

「これを使って味方同士でやりとりをするのよ」

 リアス先輩がそう言いながら耳に装着する。俺も先輩達も同じように耳につけた。

「あ、あ、あー……ケースケ、聞こえてるか?」

「ああ、聞こえます聞こえます。先輩のデカい声が目の前から」

 いくらなんだってそんな大きな声出さなくてもちゃんと音は拾ってくれるだろうに。

 

 そんなやりとりをイッセー先輩としていると、リアス先輩達が地図を広げて何やら戦略会議をしているようだ。

「私達の本陣近くに森があるけれど、これは私たちの領土―――安全地帯と言ってもいいわね。そして新校舎全体は相手の領土。イッセーにはこの新校舎に行ってもらうわ。ついては新校舎までのルートなんだけれど……」

 リアス先輩がそう言いながら難しい顔をしている。

 それもそうだ、何せウチは数が少ない。俺達は絶対本陣を死守しなければいけないから、ただでさえ少ない人数が更に割り当てられると、とんでもない少数精鋭になってしまう。

 

「んー……校庭は見晴らしが良すぎますねえ。だから相手も逆に攻めてこないとは思いませんけど、どうしましょう。新校舎に行く道って校庭以外だと結構限られますよね……」

 運動場に体育館、色々と新校舎に行くルートはあるけれど、どうすればいいんだろうな……。この場合の最善の手段が分からない。

 

 うーん、と先輩達と一緒に俺も悩んでいると、ここでイッセー先輩が手を挙げた。

「裏の運動場を使うってのは駄目ですか?」

「ええ、恐らく運動場に来ることは相手も当然予想してくるでしょうね。それに中々広いから……機動性のある、ナイトが待ち受けている可能性があるわ」

ならやっぱり、もしも運動場を攻めるなら同じナイトである木場先輩をぶつけるのかな? もし行くとしたら俺も運動場の頭数に入ってそうだな……。一応練習では、ある程度木場先輩の動きにも対応できたし、ナイトにある程度太刀打ちができる自信はあるぞ。

 

「部長、体育館を先に占領するのはどうでしょうか。ここは旧校舎の方が近いですし、新校舎への道にもうってつけですし、けん制にもなります」

「ええ、ここならうってつけね。恐らくナイトよりもルークが来そうだから……その対策もしておく必要があるわね」

 木場先輩の意見にリアス先輩も頷く。どうやら主戦場は体育館ということになりそうだな……体育館を守りながら、運動場の隙を伺うという感じかな?

 

「それじゃ……祐斗と小猫は、森にトラップを仕掛けてきて頂戴。地図を持って行って、仕掛けた場所を記すようにね。後でコピーを皆に渡すから」

「あっ、それじゃ俺も少し仕掛けたいものがあるんでいいですか?」

 俺はそう言いながらボウガンをぶら下げてみせる。5つあるうち一つは俺が使うとして、後の4つを罠に使うことになるな。

 

「ええ、いいわよ。貴方の分もきちんとマークしておいて頂戴」

 リアス先輩のお許しが出たので、俺は姫島先輩から地図を貰って小猫さんや木場先輩と一緒に部室を出る。

 森に入ると、簡単な空き缶と釣り糸を使った警報器なんかを仕掛ける。これは新校舎側の方向に重点的に置いておくことにしよう。

 あとはボウガンの罠なんだけれども……やっぱり4つじゃ数が少なすぎるよな……どう設置したものか。

 

「ケースケさん、こっちの設置は終わりました」

 そう言いながら小猫さんがこっちにやってきた。

「ん、ええと……とりあえず俺もこことこことここ……あとここに仕掛けておいたから」

 小猫さんに罠の場所を教えながら、俺はどうするか考えていた。どこに置けば効果的に使えるんだろうか……。先輩達の罠の近くで連鎖的に引っかかるのを期待するとか?

 ふと小猫さんを見てみると、いつもの黒猫の髪飾りが魚を咥えた黒猫とちょっと変わった感じになっているのに気付いた。

 

「ん、小猫さんいつもと違う髪飾り? 魚を咥えてるね」

「はい。今日は試合の日なのでいつもとは違うものにしてみました」

 そうかー、髪飾り変えたのか。魚を咥えた―――魚?

 

「あっ、魚か。魚捕りだな」

「…………?」

 不思議そうな顔をしている横目に、俺はウキウキと罠を仕掛けた。そうそう、これならいけるぞ!

 

 

 

                     ※

 

 

 

 罠を仕掛け終えた俺達が部室に戻ると、イッセー先輩がなんかリアス先輩に膝枕をしてもらっていた。なんというか、自分から望んで行っておいてあれだけど、後輩二人と同級生が頑張って罠仕掛けてる間に何やってるんだろうねホント。

 まあ、そんなことをイッセー先輩に言っても仕方ない。割とリアス先輩が甘やかしてる節があるっていうのは俺も重々承知してるしな。

 

「さあ、全員そろったわね。地図は持ったかしら? イッセーと小猫は体育館を。祐斗と若葉君は私の指示通りにお願い。アーシアは私と一緒に待機。朱乃は頃合いを見計らって動いてもらうわ」

 リアス先輩の言う事を俺は先輩達と頷きながら聞き入る。俺と木場先輩は遊撃隊ってところか……。期待に応えるように頑張らないとな!

 

「フェニックス家の才児と言われるライザー・フェニックス。相手にとって不足はないわ、消し飛ばしてやりましょう!」

『はいっ!』

 声をそろえ、気持ちを一つにしてリアス先輩の呼びかけに答える。

 目指すはただ一つ、勝利のみ。やってやるさ!

 

 

 

 




さあて、いよいよ始まりますよ、ライザー戦。
しかしどうも話の数が1巻の時よりも圧倒的に少なく終わってしまいそうですね……。
それだけ1巻の時は話が進まなかったということなんでしょうかね。


次回はなるたけ早く完成させたいですね。2か月以内に投稿したいです。
それでは皆さん、また会う日まで。


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オープン・ザ・バトルフィールド

さあ、いよいよ始まりだ。

 俺は先輩達と一緒にオカ研の部室を離れてしばらく同じ道を移動していたが、途中でイッセー先輩と小猫さんとは別れる。イッセー先輩と小猫さんは体育館へ、俺と木場先輩は運動場へだ。

 

「イッセー先輩、小猫さんの足引っ張らんでくださいよ?」

「わあーってるよ、お前も木場の足は引っ張るなよ?」

 そんな他愛もない冗談をイッセー先輩と交わしながら拳をガツッ、と合わせて別れの挨拶代りにする。小猫さんにも軽く手を振ると、小猫さんは軽くペコリと会釈してイッセー先輩と一緒に走っていった。

 

「じゃあ、僕達も行こうか」

「了解です」

 これからは手ごわい相手と戦うんだ、気を引き締めないとな……。

 そう思っていると、突如僅かなノイズと同時にリアス先輩の声が聞こえて来た。通信用のイヤホンマイクからだ。

『祐斗、若葉君? 聞こえているかしら』

「聞こえます、部長」

「あ、はい。聞こえます先輩」

 すかさず俺と木場先輩が反応すると、リアス先輩はそう、と言いながら話を続ける。

 

『貴方達に行ってもらう運動場は相当厳重な配置だと思われるわ。周回の見張りも、勿論居るでしょうね。だからまず、見張りから撃破しましょう』

 ふむ、まずは周りから削っていくのか。まとめて見張りを叩けば向こうも手も足も出なくなるだろうし、できれば一気に片づけたいな。

 

「とりあえず森から様子を伺ってみますか?」

「うん、そうだね。森は僕達の方が有利に立ち回れる」

 木場先輩も賛成してくれたので早速森へと進路変更。割と旧校舎を覆う森はそこそこ広いし、その気になれば、結構高い木がいくつもあるから、そこから新校舎側を一望もできなくはない。

 

 

                      ※

 

 

 

「よーし、それじゃあ適当な木に登って斥候してきます」

 森に到着すると、木場先輩にそう言って俺は木に登り始める。俺の服の迷彩柄ならてっぺんまで登って行っても相手に見られることは多分ないだろう。

「さーてどこに居るかな……?」

 新校舎側―――特に、運動場の方を注意深く見てみると、まだ人影らしきものは見当たらない。まあ、こっちみたいに罠の一つや二つくらいは仕掛けてありそうだし油断は禁物か……。

 

「木場先輩、リアス先輩。運動場にそれらしき影はないです……が、おっと?」

 僅かに何かが視界の隅を掠めた。すかさず念のため持っていた双眼鏡でよく見てみると、ビンゴだ。三人の女の子がこっちに来ている。

 流石に役職まではわからないけれど、恐らく斥候だろうからポーンだろう。一人はやけに露出が多くてセクシーな踊り子風って感じか? もう二人はメイドさんっぽい恰好してるな……。これもアイツの趣味か。

 

「三人、こっち来てます。恐らく斥候か何か―――役職までは分かりませんが、多分ポーンですかね。ちょっと降ります」

 落ちないように慎重かつ素早く木を降りると、リアス先輩が俺と木場先輩にコールしてきた。

『恐らく運動場には遠目では分からなくするために魔法がかかっているか、それとも何処かに潜んでいる可能性が高いわね。偵察が安全を確認したら一気に森を突破する魂胆かしら。ともかく、その三人を帰すわけにはいかないわ』

「生かして帰すな、了解です」

「実際殺すわけじゃないけどね―――分かりました」

 俺の返答に苦笑しながら木場先輩も返す。

 いやだってさ……生かして返すなとか、一生になかなか言えない台詞じゃん? 一度でいいから言ってみたかったんだよね。ドラマとか映画じゃ悪役くらいしか言わないけどさ。

 

「それじゃあ、まとめて倒すならやっぱり奇襲戦法ですかねえ。数も向こうの方が多いですし」

「ナイトの流儀には反するけれど……今はそんなこと言っている余裕もないからね。そうしよう」

 先輩の同意も取れた所で奇襲をかけるわけだけど、どうしよう。三人いっぺんに倒すって、乗っている車を爆破でもするわけじゃないし。木場先輩の獲物は剣で、俺はボウガンとナイフとハンドガン。

 やっぱり罠で一人、あとは木場先輩と俺で一人ずつ倒した方がいいよな。

 

「罠はええと、確か先輩達と一緒に仕掛けたのと……あ、姫島先輩が何か仕掛けたって言ってましたっけ?」

「うん。結界をここに貼って、その周辺に旧校舎が現れたように見える魔法を施したそうだよ」

 旧校舎だと思って近づいたところを結界で閉じ込めるのか。なるほど、最終防衛ラインにもきっちりと罠を施してあるんだな……。

 

「それにしても……。うーん……まとめて倒す方法かぁ」

 どうしたものか。こっちは逃がすと折角の相手の駒数を減らすチャンスが消えるし、向こうにこちらの手の内がバレる。

 なんとかまとめて倒す方法はないものか……。

「若葉君、一度に三人倒すのはとてもじゃないけれど、難しいと思うよ」

 木場先輩がそう言う。確かにそうだよなあ、でもやっぱり一度に三人やらないと最悪二人で時間稼いで一人だけ逃げるなんてことが―――ん?

 

「逃がさないようにする……待てよ? そうか、なんだ! 最初から逃げようと思わなくさせればいいんだ!」

「何かいい案が思いついたみたいだね」

「ええ、ですからつまり……」

 かくかくしかじか、と作戦内容を伝えると木場先輩はふむ、と少し考えていたが

「悪くないんじゃないかな。ちょっと奇策かもしれないけど、僕のナイトとしての特性も活かせそうだ」

 そう不敵に微笑んで見せた。よし、これならいけるぞ!

 

 

 

                      ※

 

 

 

「―――準備できました」

『僕の方も大丈夫だよ』

 イヤホンマイクを使ってお互いに小声で確認し合う。そろそろ頃合いかな……?

 俺はサックから、緑色の毛むくじゃらみたいな特殊な服―――ギリースーツを取り出して着ていた。これは簡単に言えば、植物に擬態するための服みたいなものだ。

 一応俺のお手製で、修行を行っている間に手袋を編むお母さんのように夜なべをしてチクチクと麻糸を染めたりして愛着があるので結構お気に入りだ。

 

 それを着た俺は、運動場と森との境界線のギリギリまで来ていた。これを着でもしないと迷彩服だろうと、流石に一発で俺がいることがバレるだろうしな……。

 出来る限り音を立てないようにそっと茂みから覗き込んでみると、見つけた。例の三人だ。こっちには気づいていないようで、どんどんと俺のそばまで歩いてきている。

 

 まだバレてはいないと分かってはいても、緊張で心臓の鼓動が嫌でも高まっていく。気付かれたら、それでこの作戦は全部パァになる。

 必死に息を押し殺して、目の前に居る三人をやり過ごす。ちょっと腕を伸ばせば脚を掴んで捉えるなんてどうってこともないくらい近い。イッセー先輩ならこのまま三人の生足鑑賞とかいって堪能するんだろうなあ……。

 

 そう考えた瞬間、なぜか一気に身体から力が抜けたような気がした。普段のイッセー先輩ならやりかねないし、そんな事を思っただけで少しバカバカしくて、ちょっと肩の力が抜けていい感じに緊張がほぐれて来た。イッセー先輩に失礼だろって? 普段から覗きしてるんだから仕方ない。

 

 そんなことを考えていたら三人とも俺の目の前を通り過ぎていった。よしよし、流石に後ろからならボウガンも避けれまいよ!

 音を立てないように狙いを定める。目標は一番後ろを歩いている子の背中だ。頭はなんか怖いからやめとこう。後遺症とか、ホラ……ね?

 

 こうしてみると、ボウガンみたいな殺傷能力のある飛び道具を人に向けるのはこれが初めてだ。訓練とか、試し打ちで物を撃ったことはあっても動物とかの生き物を撃ったことはない。

 そう考えた途端、ボウガンの引き金がやたらと硬くて重いように感じ始めた。ちゃんと事前に調整したはずなのに。

 

 ―――落ち着け、俺。今がやる時だ。

 

 目を閉じながら自分にそう言い聞かせる。心の中で覚悟をしたと思った。セーフティを解除する時だと。それも結局全然ダメだったけれど、もう大丈夫だ。引き金は重くない。

 

 改めて狙いを定める。引き金を絞り、ボウガンはそのまま真っ直ぐと飛んでいった。そしてそのまま吸い込まれるように背中へと突き刺さる―――はずだった。

 

「……? あれ?」

 殆ど引き金を引くと同時かそれより少し前に、狙っていた子がしゃがみこむ。ギリギリのところで矢は当たらずに木に突き刺さった。

 

「……っ!」

「罠!」

 狙ってない二人が先ほどよりも、より一層険しい表情で辺りを警戒し始めた。クソッ! これじゃこっちも迂闊に動けないな……。それにしたってなんてツイてないんだ。よく狙撃がくしゃみ一つで失敗するなんていうけど、実際にあるのかよ! 俺の覚悟が無駄になったじゃないかと叫んでやりたい。

 

 さて、どうしたものだろうか。予定では一人を撃破できないまでも一時的に行動不能にできるだろうから、そこで木場先輩が姿を見せてちょっと戦った後にわざと撤退して奥へ奥へとズルズル引きずり込んで、俺が不意打ちで混乱させてから木場先輩が叩くっていう予定だったんだけどなあ。

 

 作戦を変更するべきか? もう一つの作戦も木場先輩に伝えてあるしインカムで変更できることはできるけど、そのためにはまずここから離れないといけない。正直三人相手に目を盗むのは無理、ギリースーツだってそこまで万能じゃないし、俺もそこまで隠れるのは得意じゃない。

 

 それに万が一俺がやられちゃったら、2対3から1対3になって一気にこの場での数的不利が更に酷くなる。そうなったら木場先輩が勝ったとしても、負担が強くかかるし1人無駄死にして3人倒すってのはあまりにもこっちに不利すぎる。局地的勝利だろうと、戦略的には敗北だ。

 

「木場先輩、一人仕損じましたが作戦通りでお願いします」

『分かった、今行くよ』

 その返事と同時に、木場先輩が三人の前に現れた。流石に不意打ちで仕留めるのは無理と感じたのか、それとも先輩のナイトとしての矜持なのか。どっちにしても、俺が口出しすることでもないな。

 

「やあ、僕はリアス・グレモリー様に仕えるナイト。いくよっ!」

 木場先輩は三人にまさしく弾丸のような速さで切りかかるが、三人共警戒してたためか簡単に躱した。木場先輩は無理に誰かに狙いを定めずに一旦下がると、剣を構えて相手全員が視界に入るような位置に陣取る。

 

「あら、随分といい男。でも残念、三人相手に勝てると思うおバカさんだなんてね」

 そう随分と色っぽい恰好をした女の人が木場先輩に笑いながら挑発する。やれやれ、どうやらさっきの俺の放ったボウガンは罠だと勘違いしてるらしい。まあそっちの方が俺はやりやすいんだけどね。

 

「僕はそうは思わないかなっ!」

 そう言いながら木場先輩は潔く後退する。言葉と行動が一致してないって? いいんだいいんだ、あとから実行すりゃそれでOK。

 

「あら、逃がすと思ってるのかしら!」

「待てっ!」

「逃がさない!」

 木場先輩の後を三人が追いかけていった。よしよし、案の定木場先輩に釘付けだ。さっきまでの罠の事も気にかけてすらないだろうな、この様子なら。

 

 さて、まずは第一トラップ! 最低でも一人、あわよくば全員罠に引っかかればいいんだれども。さあてどうなるか。罠にひっかかったのの止めを刺す役は俺だからな、ちんたらしてるほど暇はないぞ。

 急いで先輩達の後を追うと、なんとか罠の場所に先回りで来た。

「先輩、移動完了です」

『うん、そろそろそっちにつくよ』

 急いで俺もボウガンの再装填を済ませて隠れる。勿論今度も先輩達の仕掛けた罠に紛れてボウガンで狙い撃つ。さっきはしくじったが今度は当ててやるぞ。

 

 先輩が予定してたルートを無事に通っているなら、こっちの方向で合っているはず。ならこのまま狙っていれば問題ない。それよりも問題は焦って先輩を撃っちゃうことだ。誤射ダメ絶対、一発だけでもダメ。

 そんな事を考えていると、先輩の走ってくる音がした。よし、狙いを定めて―――

 

 ―――サイトを覗き込む瞬間に木場先輩が通り抜け、その後を三人が追った。そしてトラップが発動して三人に魔力の矢が降り注ぐが、これを三人が躱して木場先輩の後を追う―――

 

 この間わずか1秒。オイオイオイ、早すぎんだろ! 狙いどころか構えた瞬間に通り過ぎてったぞ! こんなに早いとは思わなかった。俺のアホ! もっと早く集中してればあいつらの動きに対応して狙えたのにボケっとしすぎだ!

 

「先輩すいません! 次は仕留めます!」

『うん、期待してるよ!』

 もう木場先輩の期待は裏切れない。失敗は二度までにとどめておかないと、二度あることはなんとやらで非常に縁起が悪い。急いで次のトラップゾーンに移動だ。次の罠は俺の仕掛けたボウガンと先輩達の罠であらゆる角度から矢が飛んでくる上に、俺も狙うから流石に一人くらいは負傷するだろう!

 

 急いで現地についた俺はボウガンを構える。さあ、集中だ。先輩達の自称百八式まである魔球をすべて躱すとかいう狂人じみた特訓を超えた俺なら、あのスーパースローモードに入ることくらい容易い。さっきはちょっと油断しただけなんだ、うん。

 

 深く呼吸し、目を閉じる。五感に全集中力を注ぐと、木場先輩の足音が聞こえて来た。よし、このペースならあと三秒でここにつく。今の俺なら十分くらいにも感じられるくらい長い時間だ。絶対に当ててやる。

 木場先輩がまず現れた。その足取りから木場先輩の表情まで、俺には全てがゆっくり動いているように見える。

 そして次に例の色っぽい人、狙うは足だ。動きを封じれば罠で仕留められる。軌道を予測して足に狙いを定めてレバーを絞る。

 

 急いで矢を再装填する。飛んでいる矢から目を離さずに装填するのは大変だが、これも今の状態のみでなせる業だ。放たれた矢はトラップの矢と同時に襲い掛かる―――が、その一つ一つを見切っているかのように躱していく。これでも駄目か畜生!

 

 再装填した矢で次の目標。なんか背中をやたらと露出させたメイドさん姿の二人組の片割れ!往生せいや!

 迫りくる矢の中をかいくぐるメイドさんに狙いを定める。今度こそ当てる! これで当たんなかったらグダグダすぎる!

 

 神様仏様と祈るような勢いで放った矢は、今度こそよけられることもなくメイドさんの脇腹へと突き進み―――

 

「っ!危ない!」

 

 ―――そして、もう一人のメイドさんの放たれた魔力によって無事消滅! チクショーめ! ああもう、作戦が思った以上にグダグダじゃねーか!

 

「だーっもう! 先輩、例の場所にお願いします! 一人確実に仕留めますんで!」

 

 

 

                       ※

 

 

 

 俺は例の姫島先輩が仕掛けた場所に先に待機する。ここで逃がしたりはしない。確実に一人は俺が倒してせめて同数にしないと、明らかに俺が木場先輩の足を引っ張りかねない。

 となると、あれだけ避けられてしまったボウガンはあまり使えない。正直もう当てる自信がないし、確実性を求めればハンドガンの方がいい。とは言っても、ハンドガンは奥の手として最後の最後までとっておきたい。

 

 つまり最終的には、己の鍛え上げた肉体のみが頼り………ってどんな脳筋だ俺は。いやしかし、実際に俺はレイナーレさんを裸締めで落とした実績がある。同じ要領でやれないことはないはず!

 小猫さんに鍛えられて更に磨かれた俺のゲリラ戦の奇襲戦法の腕前を見せる時ってやつがついに来たのか……。へへっ、目にもの見せてやるぜ。

 

 隠れて辺りを見回していると、木場先輩が見えた。森の中でも開けた場所であるここはまさに機動性の高いナイトのホームベースといった所だ。逆に俺にとってはあまり出たくない場所でもあるけれども。

そしてすぐさま例の三人組が登場。俺もそれに合わせて背後を取るためにコソコソと移動開始。

 

「さて、もう逃げられないわね? 旧校舎まで私たちが入ってしまえば、プロモーションで私達3人共クイーンになる。勝負は決定的よ?」

 近づいていくにつれてそんな声が聞こえてきた。なんという分かりやすい説明だろう、読者に優しいな。

「ふふふ、私好みだから特別に痛くしないで終わらせてあげる」

 続いてまたこんな声が。やれやれ、順調に負けフラグを構築していってるな………獲物を前に舌なめずりをするのは三流だぜ?

 

 俺は音を立てずに木へと登る。その際に木場先輩と目が合い、軽く俺が頷いた。作戦開始だ。

 

「……まだ勝つと決めるのは早いんじゃないかな?」

 木場先輩がそう笑顔で三人組に返す。その瞬間結界が発動し、ドームのように辺り一帯を包み込む。そして幻覚が解かれ、旧校舎は蜃気楼のごとく消えていった。

 

「っ……! ここに誘き寄せるためにさっきまで逃げていたのね」

「でも、それって貴方も逃げられないってことじゃない?」

「貴方を倒して結界を解けばいい話じゃない。それとも3対1で勝つ自信が?」

 一瞬驚いたも束の間、3人は平静を装いながらそう木場先輩に答えている。さて、そろそろ出番か……。

 

「それはどうかな?」

 木場先輩がそう呟いた瞬間、俺は足で木の枝にぶら下がりながら一番近くにいた例の露出度の高い踊り子さん風の人の首を捉えた。身を反らし、左の腕で完全にホールドしたのを確認すると、そのまま木の上にまで俺の体を持ち上げて吊り上げる。まあ、軽く人間離れした技だなこれ。

 

 木の幹を背に俺は踊り子さんの頚動脈を圧迫。よし、完全に極まった。これなら5秒と経たずに落とせるな。

「残念、3対2でした♪」

 決め台詞っぽく俺が囁く頃には、とっくのとうに踊り子さんの意識は遥か彼方に飛んでしまっていた。

 

『ライザー様のポーン、一体撃破』

 グレイフィアさんのアナウンスと同時に踊り子さんの体が消えていった。確か戦闘不能になったら魔法で転送される仕組みになってるんだっけか。その後治療を受けるとか。

 

「な、何が起きたの!?」

「け、毛むくじゃらの生き物がシュリヤーを襲ったのよ! 私見たわ! 見たの! 目だけが光ってたわ……」

 あっという間の出来事にメイドさん二人がテンパっているな。しかし毛むくじゃらっていうのはともかくとして、俺はプレデターか何かかよ……。そしてあの踊り子さんシュリヤーって名前なのね、なるほど。

 

「二人ともよそ見をしている場合はないと思うよ!」

 木場先輩が駆け出し、一気に二人に詰め寄る。逃げてる時とは比べ物にならない速さ……これが木場先輩の本気か! 二人はこの速さに対応しきれず―――

 

『ライザー様のポーン、2体撃破』

 

 ――――追加のアナウンスが鳴り響くことになった。

 

「ん、そういえばもしかして俺達が先に倒したんですかね?」

 剣を鞘に収めながら木場先輩は俺の問いに答える。

「どうやらそうみたいだね、向こうはだいぶ手こずってるみたいだ」

 作戦的には向こうの方が早く済むと思ったんだけれど……。実は何だかんだいって失敗しまくったけど木場先輩が囮になって結界まで誘き寄せたので早く済んだのかな? 怪我の功名というかなんというかだけれども。

 

『ご苦労様。どうやらイッセー達より先に撃破したようね……なら、先に運動場へと移動して頂戴。そうね、相手が私達が仕掛けてくるのを待っているようだったら、若葉君はイッセーと小猫の所へ助太刀に。祐斗はそのまま出方を伺っていて。運動場は今回のゲームの主戦場、戦力を集中させて何としても勝たなければいけないわ』

「了解です」

「分かりました」

 運動場に行く前にギリースーツだけは脱いでおこう。運動場じゃ必要ないし、正直動くのに邪魔だ。白兵戦なら、やっぱり動きやすくしておかないとな。あと、これ着たままイッセー先輩達と出会ったら敵と間違えられそうだし……。

 

 

 

                       ※

 

 

 

 運動場の手前で俺と木場先輩は歩みを止めた。小屋の影に隠れて木場先輩は運動場の方を覗き込んでいる。

「先輩、双眼鏡どうぞ」

「ありがとう」

 木場先輩に渡しながら俺もちょっと顔を出して辺りを伺ってみると、運動場には誰もいない。本当に誰もいないわけじゃないだろうけど、実際は罠やら待ち伏せやらが山盛りで”ぜひ飛び込んでください、息の根を止めて差し上げます”って感じなんだろうな。あれが俗にいう殺し間ってやつか。

 

「あー……絶対伏兵が一杯いるんでしょうね、あそこ」

 ボソっと呟いた俺に対して木場先輩は双眼鏡を俺に返しながら頷いた。

「十中八九はそうだろうね。流石に僕達二人で飛び込むのは自殺行為かな」

 となると俺の役目が回ってきた。イッセー先輩と小猫さんと合流だな。そして運動場で大決戦の始まり、っと。いざとなったら、木場先輩と小猫さんとイッセー先輩に前線は任せよう。俺は後方支援に徹する方が良いかな、俺が闘うより先輩達を支援した方がよさそうだし。

 

「それじゃ、いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 ちょっとふざけた感じのやりとりを後に俺は体育館へと足を運んだ。えーと、段取り通りにやればいいんだよな? 作戦は俺も耳にしてるしさっさと終わらせてしまおう。

 そう思いながら歩いていると、突如姫島先輩からの無線が入ってくる。

『若葉君、伏せていてくださいね』

「あれ、俺助太刀しなくていいの―――危ねえっ!」

 

 素っ頓狂な声を出した俺は、作戦の最終段階を思い出して慌てて頭を腕でカバーしながら物陰に隠れる。それとほぼ同時に爆音が鳴り響き、静まったのを確認した俺が物陰から体育館を見てみると綺麗さっぱり体育館が消えていた。

 姫島先輩は随分と派手に吹き飛ばしたなあ、イッセー先輩達もちゃんと避難したよな? うっかりイッセー先輩が巻き込まれましたとか割と洒落にならないぞ。

 

『ライザー様のポーン2名、ルーク1名撃破』

 アナウンスを聞く限りだとイッセー先輩も小猫さんも無事なようだ。そしてこれでルークが残り1人、8人居たポーンはもはや3人。怖いくらいに順調だなあ……。

 

 辺りを見回すと、小猫さんとイッセー先輩を発見。何やらちょっと雰囲気がギスギスしてる、というよりは小猫さんが何やらイッセー先輩に対して怒ってるのかな? 何をしでかしたんだ先輩は。

「おーい、小猫さーん。イッセーせんぱーい」

 俺が手を振ると、二人が気付いて俺に手を振り返してきた。小猫さんが俺に近寄ってきて―――

 

 

 

 

 ―――次の瞬間、小猫さんを炎が包んだ。




私は帰ってきた!
はい、ごめんなさい。正直に言います、全然間に合いませんでしたごめんなさい。
とりあえず次はなるたけ早く仕上げます。……仕上げたいと思います。……仕上げるんじゃないかな。……少し覚悟はしててください。


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