苦肉艦闇雲、鎮守府に見参す (グッジョブ佐藤)
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第0.5話「沈守府」

この物語は艦隊これくしょんの二次創作です。
登場する人物、団体、諸々はフィクションです。
キャラクター崩壊なども見受けられますので、「そーゆーのー無理ー」という方は御手数ですがブラウザバックして下さい。


 終戦間際の日本海軍が寄せ集めで造った幻の一隻。

 それが私――闇雲である。

 

 

 ――てーとくのへや。

 誰が書いたのか。エラく下手くそな字体で、斜めにぶら下がっている板にそう記されている。

 ま、他人のこと言えた立場でもないけどね。

 

「失礼します」

 

 一応、ノックしてから部屋に入る。

 

「お、来たね」

「あなたが、提督?」

「そうだけど」

 

 ここが沈守府、なんて揶揄されているのは知ってたけど。ここまで酷いとは正直、思わなかった。

 

「失礼を承知でお聞きしますが、どうして上半身を覆い隠しているハズの衣服を身に纏って居られないのでしょうか?」

「嫁――ごほんっ。いたずら好きな娘に剥がれてしまってね。まったく、参っちゃうよな」

「ええ、本当ですね」

 

 こんな場所に回された事に、ね。

 やっぱり私みたいな出来損ない、お払い箱って訳なのよね。

 分かってはいたつもりだけど、いざその事実を目の当たりにするとどうにも、やるせない気持ちが込み上げてくる。

 

「どうした浮かない顔して、轟沈するには未だ早いだろうに……なんつって」

「あの、帰ってもよろしいでしょうか?」

「え、ウチの娘たちには鉄板のジョークなのに?!」

 

 はあ。

 頭の中でさえ溜息が吐けちゃうよ。

 

「あの。部屋の場所をお教え下さればもう用事はないので、早いところ教えて貰ってもよろしいでしょうか?」

「君、見た目通りにシュッとしたお澄ましさんなんだね」

「別に。私たち艦娘は深海棲艦を撃沈する為の存在です。本来なら言葉を発する事さえも不要なもののはずで、ましてや性格などの概念すら不必要な――」

「要らないこと、なんじゃないのかな」

 

 思わず言葉を切ってしまったけど、この人は何を言っているんだろうか。

 

「必要だと仰る理由をお聞かせ下さい」

「喋ったり出来なきゃ、こうやって笑い合えないだろう?」

「……私はこの執務室に入って以来、一度も笑っておりませんが」

「これから先は分からないだろう?」

 

 苦手なタイプの人間だ。

 この手の思想を持ち合わせる輩は総じて、いつか自分の甘さに絶望する。あの頃の私のように。

 

「すみません。本当に疲れて来たので、早く部屋の場所を教えて下さい」

「付き合わせちゃったごめんね。この部屋を出て右に行って、突き当たりを左に曲がった先の三零三号室だよ」

「ありがとうございます。それと最期に――戦うことが存在理由の相手に向かって先の話をするのは止めた方が良いですよ。意図せずに傷付けてしまう可能性がありますので。それでは、失礼します」

 

 何を言ってるんだろう私は……。




次回予告!
無事に部屋の位置を知ることが出来た闇雲だったが、その部屋で待っていたのは……。
次回「残娘」お楽しみに!

闇雲「歯を磨いてから寝ないと、深海棲艦になっちゃうぞ」


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第1話「残娘」

 

 赤い絨毯が敷かれる廊下を水墨画が飾られる白壁に向かって歩く。この絵は何? 波? ま、どーでもイイけど。

 突き当たったら右……じゃない、左に旋回して進む。

 傍の窓を見る。今朝方の爽快さはまだ失われていないようで何よりね。

 でも、私の心の暗雲はより一層にその黒を増している。時期に雷雨でも伴いそうな、そんな嫌な予感をもたらすのは言わずもがな。

 

「はあ……開けたくないな」

 

 『三零三』と表記されている、これから私の寝床になる部屋の扉である。

 

「いつまでもこんな所で肩を落としている訳にもいかないよね、やっぱり……」

 

 気乗りしない自分に言い聞かせてから、意を決して金銅の丸いノブを回す。

 カチャ。やや年季を感じさせる黒ずみとは裏腹に、意外にもノブは軽快に回ってくれた。

 どうしてだろう。こんな些細なことが、今はすごく嬉しく感じられる。

 

「失礼しま――」

 

 やや持ち直しを図ることに成功した私の気分は、引き開けた木目の扉の隙間から見えてきた光景を受け、今度こそ深海へと沈殿した。

 

「いいかしら雷。立派なレディになる為にはね、もう少しお淑やかさを磨く必要があるのよ。今のままじゃ全然ダメよ」

「別にいーもん。司令官はこれでイイ、って言ってくれるもの」

「はわわ――響ちゃん、それは枕じゃなくて魚雷なのですっ」

「……ハラショー」

 

 何、この混沌とした空間は……。

 

「あ、あの……」

 

 取り敢えず一歩だけ部屋に入り、存在だけでも気付いてもらうことにしよう。

 

「そーいう暁はどーなのよ?」

「私? 私はもう既に立派なレディよ。この間なんて、提督と一緒に大人の遊びをしたもの」

「はわわ――そっちも酸素魚雷なのですっ」

「……ハラショー」

 

 気付きもされない、と。

 出来損ないだと自覚はしているものの、流石にここまで無視される謂れはないハズよね。かくなる上は。

 

「あのー!」

 

 ようやく全員がこっちを向いた。

 

「あなた、誰?」

 

 黒髪の娘が口火を切る。

 あのレディだか、大人の遊びだかをの賜っていた娘だ。

 

「えー、本日付けでこちらの鎮守府に転属された暁型五番艦、闇雲です」

 

 一応、敬礼しておく。礼儀作法は大切だもの。

 すると四人は一箇所で丸くなり、ヒソヒソと内輪会議をし始める。案外、仲睦まじいのかもしれない。

 

「あ、あの。私たちは四姉妹なのです」

「そーだよ。五番艦が居るなんて聞いたことないわよ」

「自分の名前も満足に語れないようじゃ、レディへの道は険しいわね」

「嘘は良くない……」

 

 成る程ね。

 

「ご存知なられないのも無理はないと思いますが、私は暁型の五番艦として建造されたのは事実です。アナタ方が何と仰ろうとも、その事実は揺らぎません」

 

 まさか一番出会いたくなかった連中と同室にさせられるとは、あの提督、とんだタヌキ野郎ね。

 となると……あの黒髪は一番艦の暁、半目の白髪は二番艦の響、茶髪の八重歯が三番艦の雷、同じく茶髪のパッとしない娘が四番艦の電、ってことになるのね。

 揃いも揃って同じ服を着ちゃってさ、これじゃ信じてくれなくっても不思議じゃないわよね。こんな出来損ないの妹のことなんて。

 

「荷物を置きに来ただけですので、これで失礼します。それでは……」

「ちょっ――」

 

 バタン。

 最期に聞こえたのは多分、暁の声だった。

 

「私、何してんだろう……」

 

 これまでどんなに蔑まれようとも、どんなに邪魔者扱いされようとも、「仕方が無い」と誤魔化してきたのに……今回はどうしてだろう、耐えられない程の疎外感を感じてしまった。

 その結果、部屋を飛び出すなんてね。どうせ後で戻ってくることになるのに……。

 

「こういうところが出来損なってるんだよね、きっと」

 

 背を預けていた扉から離れると、私は当てもなく歩き出した。

 さっきは気の良い日和に思えた窓から見得る空も、今はとても疎ましくて、思わず視線を赤い床へと落とす。その赤色ですら歪んだ色味に感じるのは、この絨毯の古さからか、それとも私の目が潤んでいるからなのか。

 もう、どうだっていい。だって。

 

「私はただの――兵器だもの」

 

 そう。私たち艦娘は対深海棲艦用の兵器なのだ。

 敵を撃沈させる為に造られた存在で、同型の姉妹艦同士で馴れ合ったりする為に存在している訳じゃない。

 だから、あの娘たちは間違ってる。正しいのは私なんだ。あんなのは残念娘――残娘なんだ。

 あんな残念な姉妹なんて要らない。元から私は一人だったんだ。そうだ、これまで通りなんだ。

 

「寂しくなんか、ない……寂しくなんか」

 

 見慣れない廊下は何故か海原よりも寒く、広く感じられた。




次回予告!
部屋を飛び出してしまった闇雲。
失意に暮れ、日も暮れていたその時。
一人の女性が声を掛けたのだった!
次回「姉妹」お楽しみに!

闇雲「寝る前に物を食べると深海棲艦になっちゃうぞ」

おまけ

 暁型五番艦『闇雲』
 第二次世界大戦終局間際の日本海軍が寄せ集めの建材で建造した特攻目的の駆逐艦。その為、武装も装甲も最低限に絞られており、船体も他の駆逐艦に比べてやや小さい。
 暁型五番艦と銘打たれた理由として、物資不足も極まっていた事で相討ち目的での新しい艦の建造は多方面からの反発を招くことを危惧したもののひたすらに、それこそ闇雲に製造した為と語られる。
 初陣にして最期の出撃になった際には中破しながらも敵国の軽巡洋艦への突貫を成功させ、日本海兵の述べ二十四人の尊い命と引き換えにこれを撃沈させ、自らも轟沈した。
 しかし後に日本海軍は同艦の存在を隠蔽し、歴史や記録上この闇雲は存在していないことになり、当時のことを知る者たちからは「幻の一隻」と称されるに至った。
 ――Usodayoより引用


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第2話「姉妹」

 

 もう、どれ程の時間をこの場所で過ごしたのだろうか。すっかり太陽が水平線に被ってきている。

 やはり潮風に当てられていると気持ちが落ち着く。いい思い出なんてひとつとして無いのに、艦娘の性(さが)なんだろうね。

 

「はは……あのタヌキ野郎のギャグなんかよりもずっと笑えるよね」

 

 誰に語り聞かせた訳でもないけれど、返ってくるのが破堤を打ち付ける波音だけなのは少し、寂しい気もしてくる。

 

「感情、か」

 

 そんなのが備わってるからいけないんだ。始めからそんな物が無ければ、こんな詰まらないことで気を病む必要もなかったんだ。

 一人だけ名前が二文字、着ている服が違う……思えば、こんなにもちっぽけな事柄だよ。

 それなのに。それだけの違いなのに、あの空間では酷く除け者扱いされたような気になって、耐え切れなかった。あの輪へ加わる資格がないのだと、無言のまま突き付けられた気分だった。

 同型の姉妹艦なのにどうしてこうも違うのだと、そう嘆きたかった。

 

「ようやく自分の居場所に巡り会えたと思ったのに……だから会いたくなかったのにな」

 

 あの無神経なタヌキ野郎がいとも容易く、私をこれまで支えてきた淡い希望を見事に、完膚なきまでに轟沈させてきたのだ。

 それであの手の輩は自分のことを善人だと信じて疑わないのだから、本当に始末が悪い。最低な人種だよ。

 これなら、私のことを「出来損ないの駆逐艦もどき」と吐き捨ててくれた前の鎮守府の提督の方がまだ、私を救ってくれたように思えてくる。そのお陰で私は自分が出来損ないであることを悟れたのだから。

 あんな偽善者よりも、よっぽどいい。

 

「あーあ、このまま岩礁から海に飛び込めば沈めるかな……」

「多分、風邪引いちゃうわよ?」

「うわっ?!」

 

 突然聞き覚えのない声が聞こえて――あれ、誰だろう。

 金色の長い髪で、身体付きが何ていうか……豊満? な人だ。

 

「あ、あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「新人さんよね?」

「え、あ、はい」

「何てお名前なのかしら?」

 

 私が先に聞いたんだけど……ま、いいか。

 

「闇雲、です」

「闇雲ちゃんね。ずいぶんと可愛らしいけど、あなたってもしかして暁ちゃんたちと姉妹だったりするのかしら?」

「え?」

 

 どうしてこの人、分かるの?

 

「一応、そうです。暁型の五番艦です」

「パンパカパーンッ! 私、大正解ねっ」

「は、はあ」

 

 本当に何だろうこの人。

 

「それならどうしてここにいるのかしら。今日は第一艦隊の娘、みんな部屋に居るでしょう?」

「それは、その……」

「うーん……分かった、あれでしょう? 緊張しちゃってるのね」

 

 そんな悩み事だったら楽なのにね。

 ま、言ったところでしょうもないけどさ。

 

「あの、それよりアナタは――」

「それじゃ、行きましょうか!」

「はえっ?!」

 

 急に腕を引っ張られて連行された。

 

 

 謎の金髪女性に引っ張られてやって来たのは他でもない、三零三号室の扉の前だった。代わり映えることのないハズなのに、濃い木目調の扉は先よりも、幾分か大きく見える。

 聳(そび)えて見えるのは多分、私がこの扉の先に待っているであろう人たちに対して抱く心の壁を、勝手にこの木板が模しているように思っているからだろう。

 

「ささ、遠慮なく開けちゃいなさい」

「あの、開けますけど、最期にお名前を聞かせて貰っても宜しいでしょうか?」

「あ、まだ名乗ってなかったわね。私は――」

 

 その時、扉がひとりでに開いた。

 

「あの乳だけ女遅いわ、ね……て、え?」

「あら暁ちゃん。私がどうかしたのかしら?」

「あ、あははは……本日はお日柄もよく、なのです」

「ふふ、もう暮れちゃってるわよ?」

「いやあああ――」

 

 踵を返そうとする暁をあの金髪の女性は部屋から引きずり出すようにして、そのまま廊下の奥へと消えて行く。

 もしかして、すっごく怖い人?

 

「おーい暁――て、闇雲?」

 

 廊下の先を呆然と眺めていると、半開きのままだった扉から雷が出てきた。

 

「どうかしたのですか、あれは……」

「よくあることだからねぇ――それより早く入ってよ。アンタのこと、待ってたんだから」

「私を?」

 

 何故か嬉しそうな笑みを向けてくる雷に促されて部屋に上がると、部屋は先程とは全く別の装いを見せてきた。

 色紙で作られた輪っかを繋げた装飾が壁から、そして天井から垂れ下がり、なかで待っていた他の二人は頭に円錐状の帽子を被っている。

 

「なに、これ?」

 

 ぼうっとその光景に目を奪われていると、次いで雷が二人と同じ帽子を被りながら、私にもそれを差し出してくる。

 

「ほら、主役のアンタが被らないでどーするのよ」

「でも、どうして?」

「壁に貼った文字、見て」

 

 響が指差した先を見るとそこには「ようこそヤニクモ」と、こちらも色紙を切り取って作られたであろう文字が壁に貼られていた。

 

「はわわ響ちゃん、ヤニクモになってるのですっ」

「ハ、ハラショー」

「もー、何やってるのよぉ」

 

 え。何よこれは……何なの?

 これじゃまるで、私を歓迎してるみたいじゃない。

 

「何なのかしらあの乳だけ女、自分が旗艦だからって偉そうに……」

「お。暁聞いてよ、響が闇雲の字を間違ったのよぉ?」

「え、何してるのよ。それじゃ完璧なレディであるこの私が企画した、闇雲の歓迎会が台無しじゃない?!」

 

 受け入れてくれるの?

 こんな私を?

 どうして?

 

「響、これじゃ私の姉としての偉大さが闇雲に伝わらないじゃない!」

「始めから無い物は伝えようが――あうっ」

「はわわ――暴力はダメなのですっ」

「さっそく姉としての器の小ささを露呈してどーすんのよ……ねぇ、闇雲……て、闇雲?」

「どうして、ですか……どうして私のこと、歓迎してくれるの、ですか……」

 

 ダメ。震えてうまく喋れないや。

 

「どうしても何も、闇雲は私の妹なんでしょ? 姉妹を大切に想うなんて、レディとしては当然の嗜みよ」

「デコピン」

「さっきのは妹への愛のムチよ」

 

 私は何を勝手に被害妄想していたんだろう。

 唯一無二の姉妹であるこの人たちのいる所が居場所でなくて、どこが私の居場所だと言うのだろうか。

 

「よろしくねっ」

「よろしくなのです」

「……よろしく」

「ほら、主役はアナタよ闇雲。早くこっちに来なさい」

「――うんっ」

 

 お姉ちゃんたちがいる方へ歩み出した私は今朝、提督の言っていたことが少しだけ分かった気がした。




次回予告!
自分を受け入れてくれたことに安堵したのも束の間、
闇雲の前に再びあの女性が姿を現すのだった!
次回「その名は愛宕」お楽しみに!

闇雲「夜更かしすると深海棲艦になっちゃうぞ」


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第3話「その名は愛宕」

 

 翌朝、私は部屋の姿見に映る自分の姿に見惚れていた。

 と言うのも。

 

「すっごく似合ってるのですっ」

「いーじゃん、よく似合ってるよぉ」

「帽子、要る?」

「ま、まあ……私程じゃないけど、よく似合ってるわよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 昨日の歓迎会中に渡してもらったお揃いの制服を着たからである。だから正確には、お揃いの制服姿の自分に見惚れている、と言える。

 

「でもさでもさ、電はちょっとだけ嫉妬とかしちゃってるんじゃないの?」

「そんなことないのです」

「末っ子属性が消えちゃうじゃん」

「そんなこと、考えたことないのです」

「本当は?」

「す、少しだけ……なのです」

「やっぱあるんかーいっ!」

 

 突然、雷と電が何かを始めたけど……これってもしかして、あの提督の影響?

 

「ツッコミのキレ、まだ鈍い」

「電もまだ照れがあるわね。そんなんじゃ立派なレディにはなれないわよ?」

「アンタらもかいっ!」

 

 私としたことが、思わずツッコミを……。

 

「闇雲、キレが良い」

「やるわね。私程ではないけど」

「師匠、って呼ばさせてもらうわねっ」

「すごいのですっ」

「あはは……」

 

 やっぱ大丈夫かな、ここ。

 

 

 顔合わせをする、ということで私は今、お姉ちゃんたちよりも一足先に執務室へと訪れていた。

 そこで待っていたのは、提督の相も変わらずの腑抜け顏。

 

「お。その服よく似合ってるな。溶け込めたようで何よりだ、うん」

「どうも。それと……その、まだよくは分かりませんけど、貴方が言って下さったこと、少しだけ分かった気がします」

「僕が言ったこと?」

「その……笑い合う為に、とかの話です」

「ああ」

 

 もしかして。

 

「あの、忘れていたんですか?」

「いやいや。さすがに昨日の今日で忘れないさ。ただ、こんなにも早く分かってくれるとは思っていなかったからさ、驚いただけだよ」

「とか言いつつも、これが狙いであの部屋割りにしたのではないですか?」

 

 この提督はタヌキだ。

 これくらいの化かし、やってのけるに決まってる。

 

「確かに。何れは、程度に考えてはいたんだけどな」

「やっぱりそうでしたか」

「怒ったか?」

「いえ……今はその、感謝しています」

「なら良かったよ」

 

 そんな無邪気な笑みを向けられると、本当に化かされてしまいそうになる。

 そう思って目を背けた時、ちょうど執務室の扉が盛大に開け放たれた。

 バーン! 誇張も誇大もなしに、本当にそんな音を立てて。

 

「愛宕、入室しまーすっ!」

「あ、貴女は昨日の――」

「あら? 昨日着てた物より、その服の方がお似合いね」

 

 声からして視線を移さずとも分かったことだったが、今し方この執務室に姿を現したのは昨日の金髪の女性だった。

 名は愛宕というらしい。

 

「えっと、昨日はありがとうございま――うっ」

「ふふふ。やっぱりあの娘たちと同んなじで、抱き心地がイイわぁ」

 

 何故だろうか。胸の脂肪で圧死されそうになっていることよりも、この圧倒的な肉付きの差という事実の方が遥かに、私の心を蝕んでいく。

 

「お、おい愛宕、闇雲が動かなくなったぞ……」

「あら、ホントだわ。少しだけキツく抱き過ぎたかしら」

「……命に別状はありません。ありませんが、海水よりも冷たい何かが、私の中に溢れかえっています」

「闇雲。俺はな、無いは無いなりに大好ぶ――」

「もう提督さん? あんまりお口が過ぎると――私の連装砲が誤射しかねませんよ?」

「愛宕の連装、砲……」

 

 どうしてこの流れで青ではなく、顔を赤くしているのでしょうか。やはりこの提督、よく分からない……。

 

「居ないと思ったら、先に来てたのね闇雲」

 

 次いで扉をくぐって来たのは暁お姉ちゃんだった。

 

「すみません。提督と少しだけお話がありましたので」

「ん、そうだったのね。ならいいのよ。ただ、今度からは一声かけてから行ってちょうだい」

「はい」

「何だ闇雲。暁の前ではそんな可愛い笑顔、見せるんだな」

「え?」

 

 笑顔? 私が?

 

「ふふふ、ホントに素敵な笑顔よ」

「昨日の夜から普通に笑ってたわよ?」

 

 気づかなかったけれど私、笑えてたたんだ。

 どうしよう。何だか気恥ずかしくなってきた……。

 

「そ、それは私だって笑えますよ。一応は艦娘ですし……」

「そっか」

 

 またあの笑顔だ。

 

「それよりもさ司令官、顔合わせはいいのかしら?」

「あ、すっかり忘れてた――と言っても、もう愛宕とは知り合ってる訳だし、いいんじゃないか?」

「そうね。私だって闇雲ちゃんのこと知ってる訳だし」

 

 そんな適当な……。

 

「失礼ですけど、まだ私の所属する部隊についてお話を伺っておりませんが?」

「部隊と言ってもな……この鎮守府には闇雲、君を入れた六人しかいないんだ」

「は?」

 

 私を入れたって……愛宕さん、暁お姉ちゃん、響お姉ちゃん、雷お姉ちゃん、電お姉ちゃん、そして私の六人?

 終わってる……いやそこは、さすが沈守府と揶揄されているだけはある、のかな。

 

「って、そんな拠点あってたまるかーっ!」

「おお」

「わあお、すごいツッコミねぇ」

「ま、まあ私程じゃないけど、さすがね」

 

 本当に大丈夫か、ここ……。




次回予告!
顔見せを無事(?)に終えた闇雲。
しかし彼女は気付いていなかった……
自分が単装魚雷しか装備出来なかったことを!
次回「闇雲、ドックに散る」お楽しみ!

闇雲「お腹を出して寝ると、深海棲艦になっちゃうぞ」


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