俺だけ能力を持ってない (スパイラル大沼)
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1話

朝。慶と茜の部屋。慶というのは茜の双子の弟で、ぶっちゃければオリ主だ。布団に包まった慶をめちゃくちゃゆすってくる茜。

 

「慶ちゃん、起きてよ!遅刻しちゃうよ!」

 

言われても慶は被った布団から出ない。

 

「起きてるよ。寝たふりしてんだよ」

 

「寝たふりしてるのに返事しちゃうの⁉︎」

 

愕然とした様子でツッコム茜。それを無視して慶は布団から出て来ない。

 

「ほら起きてよ!私も遅刻しちゃうでしょ⁉︎」

 

「別に待ってる必要なんてねーぞ。先に行けよ。俺は気が向いたら行くから」

 

「それやられると怒られるの私なんだよ⁉︎なんでか知らないけど!お願いだから起きて!」

 

「うるせーな。ぶっちゃけ今日の15時からゴッドフェスだから石回収に忙しいんだよ。学校行く暇なんかねーよ」

 

「ええっ⁉︎それ超暇だよね⁉︎」

 

「だからお前先に行け」

 

「あーもうっ!てか私もぶっちゃけるよ!みんなもう学校行っちゃってここにいるの私達だけなんだよ!私、一人じゃ学校行けないよ!」

 

そう、茜は極度の恥ずかしがり屋で一人で表を歩けない。

 

「………お前いい加減慣れろよ」

 

「だって監視カメラがあちこちにあるんだよ⁉︎やだよ!」

 

「確かにプライバシーは全く守られてねぇけども……」

 

いい加減めんどくさくなった慶は起き上がった。

 

「分かったよ。今着替えるから待ってろ」

 

「ほんと⁉︎ありがと」

 

で、自分の上のパジャマを脱ぎ捨てる。その瞬間、茜は顔を真っ赤にした。

 

「って、ここで着替えるの⁉︎私まだ部屋の中だよ⁉︎」

 

「姉弟で何言ってんの」

 

「そ、それはそうだけどさぁ……」

 

「見たくなきゃ出て行けばいいだろ。あ、もしかして見たいんだ。茜エロイー」

 

「そ、そんなわけないでしょ⁉︎わ、分かったよ出て行くよ!」

 

で、着替え終わって歯を磨いて、朝飯用のカロリーメイトを二箱持って家を出た。あと5分か。

 

「茜。これ」

 

慶は自分のバイクに跨ると、ヘルメットを茜に投げた。それを危なっかしい手付きながらもなんとかキャッチする茜。で、バイクの後ろに跨った。

 

「しっかり掴まってろよ」

 

「う、うん!」

 

「………背中にオッパイの感触がねーな。本当にペチャパイだなお前」

 

「う、うるさい!ぶっ叩くよ⁉︎」

 

「叩いたら事故るぞ」

 

「ひ、卑劣!」

 

「褒め言葉だ。行くぞ」

 

出発した。ちなみに二人の通う学校はバイク禁止である。茜は校則や普通に人間としてのルールは守るタイプの人種だが、毎回バイクに乗るのをねだって来る。理由は、メットで顔を隠せるからだ。

 

「ち、ちょっと速いよ慶!スピード違反!」

 

「分かってる。だから人通りのない道を選んでんだろ」

 

「警察にバレなきゃいいってもんじゃないんだよ⁉︎」

 

「ちげーよ。家から学校までの行き方は約540通り。今日みたいに急いでる時に一番避けるべきものは交通事故だ。なら一番人が少なく、尚且つ最短ルートをえらぶべきだろ。そこを進んでるんだ。文句言うな」

 

「相変わらず頭良いね。運動も出来るし器用だし優しいし……なのになんで選挙やらないの?」

 

「するわけないだろ。俺だけ能力ないし、なんなら友達もないし人望もない。そんな奴が国を引っ張っていけるかよ」

 

「そもそもそこがおかしいよ!なんで慶ちゃんに友達が出来ないのか……」

 

「着いたぞ」

 

「はやっ!」

 

「じゃ、俺は帰るから」

 

「ダメ!慶ちゃんも来なさい!」

 

「やだって言ってんだろ。じゃあな」

 

「もう、慶ちゃんめんどくさいなぁ……えいっ」

 

「あ?」

 

気が付けば慶の体は浮いていた。飛行能力に目覚めたのかと思ったが、茜が浮かせてるのだった。

 

「おまっ!離せよ!」

 

「ダーメ。すぐ逃げちゃうもん」

 

そのまま学校に引きずられていった。

 

 



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2話

 

 

そんなわけで、学校。

 

「お疲れ、茜様」

 

「今日も大変だね。茜様」

 

「わざと様付けないでよ……」

 

お疲れの様子で茜はため息をついた。クラスメートの女子二人が、机に突っ伏す茜に声をかけたのだった。

 

「まぁ家と学校が茜にとっては周りの目から逃れられる場所だもんね。ここにはカメラもないし」

 

「うん!」

 

と、元気良く返事をしながらも教室の隅をチラッと見た。廊下側一番後ろ。そこが慶の席だった。全力で石回収してるのか、iPhoneをメチャクチャ弄っている。

 

(相変わらず一人なんだなぁ……)

 

姉として何かしてやりたいが、前に「学校で俺に話しかけたらもうバイクで送らないから」の一言で一蹴された。

 

「はぁ……いいのかなぁ、それで」

 

「? 何が?」

 

思わず漏れた呟きに友達が反応した。

 

「あ、いやなんでもないよ!あははっ……」

 

 

 

 

放課後。

 

「楽しい時間ってあっという間よね……」

 

げんなりする茜。

 

「あんた以上に学園生活を満喫してる子いないと思うわ」

 

「だってここでは、誰も私を特別扱いしないでしょ?」

 

「それはそうだけど……でも今日はバイクで来たから大丈夫!ヘルメット被れば……」

 

ピンポンパンポーン

 

『櫻田慶くん。職員室までお越しください』

 

「バイクの件で呼び出されたみたいね」

 

「私帰れないじゃん!」

 

「いやその年で一人で帰れないのはどうなの?」

 

と、突っ込まれた時だ。

 

「茜、帰りましょう」

 

葵が教室の前の扉にあらわれた。その瞬間、群がるクラスメート。

 

「すごい人気だね……」

 

「ていうか、茜の人気がないだけなんじゃ……」

 

「言わないで!」

 

 

 

 

帰り道。葵と茜は2人並んで帰宅していた。

 

「お姉ちゃんすごいねぇ……どこでも人気者で」

 

「そうかなぁ?」

 

などと会話しながら信号を待っている時だ。後ろから「キャアー!」と悲鳴が聞こえた。

 

「「えっ?」」

 

二人して振り返ると、サングラスに帽子にマスクの男がガッと後ろからぶつかってきた。

 

「ご、ごごごめんなさい!後ろに目が付いてなくて!」

 

ものすごい謝罪の仕方をする茜。するとその男はチッと舌打ちすると逃げ出した。

 

「引ったくりよー!」

 

「! お姉ちゃん!」

 

「うん」

 

すると、茜は鞄を葵に預け、能力を発動。

 

「待ちなさーい!」

 

「チッ!」

 

信号を渡り、角を曲がる。それを追う茜。そして、一度頭上を追い越して、電柱に脚をつけた。

 

「正義は……」

 

そう言って足に力を入れる。

 

「勝……!」

 

「おぼっ!」

 

「えっ?」

 

が、犯人の男が慶のバイクに跳ねられた。その男が茜に突っ込み、二人は頭をぶつけ、地面に倒れた。が、それら全てをまったく無視して慶は家に向かった。

 

(そういや、ジャンプ買ってねぇな)

 

ブォォォンと音を立ててコンビニに向かった。

 

「茜ー!大丈夫ー?」

 

遅れてやってきた葵が声をかけた。

 

「茜!大丈夫⁉︎」

 

「痛た……うん……。平気。って、犯人は⁉︎」

 

「へ?茜がやっつけたんじゃないの?そこで伸びてるけど」

 

「え?いや私は……」

 

何もしてないと言おうとしたところで、報道陣に囲まれた。

 

「犯人逮捕おめでとうございます!」

 

「フライングヘッドバットで仕留めたそうですね!」

 

「今のお気持ちは⁉︎」

 

「えっ?い、いや私は……ていうか……」

 

顔を真っ赤にしてテンパる茜。

 

「う、写さないでー!」

 

 

 

 

その日の夜。コンビニでジャンプを買い、ついでにワールドトリガーとかその他諸々の単行本を買って慶が帰宅した。

 

「ただい、まっ⁉︎」

 

目の前には奏が腕を組んで殺意の波動を放ちながら仁王立ちしていた。

 

「おかえり」

 

「な、なんで怒ってるの?」

 

「あなた、下校中に何かしなかった?」

 

「何か?………あーいやしてない、はず……」

 

「なら来なさい!」

 

力付くでリビングまで連れて行かれる慶。

 

「あ、慶兄さん。おかえり」

 

「お兄ちゃん、おかえり」

 

「栞、ただいま。あなたのために帰ってきました」

 

「け、慶……。相変わらずキモいぞ。おかえり」

 

遥、栞、修と挨拶する。で、テレビ。

 

『櫻田家の三女、茜様がひったくり犯を捉えた映像です』

 

「? これが?」

 

慶が尋ねると、ギロリと睨む奏。すると、巻き戻した。

 

「え、なんで巻き戻せるの?」

 

「ビデオよ。で、この下のバイク」

 

「…………あ、俺だ」

 

「これ、見方によってはあなたがこの男を跳ねてるようにも見えるんだけど?」

 

「……………」

 

言われて慶は落ち着いて思い出す。

 

「……………ああ。そういえば何かにぶつかった気がしないでも……音楽聞きながらゲームしながら運転してたから気付かなかったかも」

 

「音楽……?ゲーム……?」

 

「い、いやなんでもないです!」

 

「今回はたまたま茜のフライングヘッドバットに見えたから良かったけど王族が事故なんてあってはならないのよ⁉︎」

 

「言わないでカナちゃん!キスしてるように見えなくもないって友達からメール来てるんだから!」

 

「もっと王族としての自覚を持ちなさい!」

 

茜の抗議を鮮やかにスルーして奏は叱った。

 

「ままま、そう怒るなよ。少しは器も大きく持てよ。デカイのは態度とオッパイだけか?」

 

その瞬間、奏はチャキッとバズーカを精製して構えた。

 

「は?」

 

「ごめんなさいじょうだんです」

 



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3話

 

 

 

週末。

 

『テレビの前の皆さん、こんにちは!なんと今週の櫻田ファミリーニュースには、王家御兄弟全員に来て頂いております!』

 

司会の声が響く。親父の手回しで10人はどっかのビルの前に立っている。

 

「おい茜。いい加減背中に張り付くのやめろ。投げるぞ」

 

「だ、だってぇ〜……」

 

慶が言うも涙目で離れない茜。

 

『みなさま、よろしくお願いします!国民の皆様もこ存じの通り、王族の皆様には特殊能力があります。本日はあるゲームに挑戦し、その能力を発揮してもらおうと思います』

 

言うと、全員がやる気のある顔を見せる。あ、ごめん。修と遥と慶以外な。

 

『そのゲームとは、危機一髪ダンディ君を救え!』

 

「なんだその樽にナイフ刺すゲームみたいな名前のゲーム」

 

思わず呟く慶。

 

『屋上に取り残された人形、ダンディくん。それを制限時間内に多くそれぞれのカゴに入れていただくシンプルなルールです』

 

『国王からも激励のメッセージを頂いております』

 

すると、画面に国王が映った。

 

『みんな、惜しみなく力を発揮し、国民の皆様に自分達の事を知ってもらうために頑張って欲しい。一番成績の悪かったものには城のトイレ掃除をしてもらう』

 

「えー⁉︎」

 

「お城のトイレ掃除⁉︎」

 

「んどくせっ」

 

光、岬、慶と声を漏らした。

 

『制限時間は60分』

 

『みなさま、準備はよろしいですか?』

 

で、全員が表情を変える。

 

『それではスタートです!』

 

まず前に出たのは輝だった。お得意の怪力超人を使って登り始めた。

 

「よし、あたしだって!」

 

今度は光が近くにある木に登った。そして、生命操作を使って木を成長させて屋上へ向かった。が、木の成長は屋上までだけでは止まらない。軽々と超えてしまった。

 

「ちょっ、降ろしてー!」

 

そんな様子を見ながら慶は薄く笑った。

 

「なぁ奏」

 

「なによ。ていうか呼び捨てで呼ばないで」

 

「光を助けてやれよ」

 

「はぁ?嫌よ。これも大事なアピールなんだから。あの子には悪いけど、私は私の仕事をさせてもらうわ」

 

「おいおい、アピールするんだったらもっと別のアピールをした方がいいんじゃないか?」

 

「はぁ?」

 

「9人兄弟のバトルロワイアル、互いのアピールも混ざり合って全員が一位を目指す中、お前は一人ピンチになってる妹を助けるんだ。そうすりゃ誰もが自分の欲より妹のピンチを救う奏様素敵!となって、上手くいけば葵も抜けるかもしれないぜ?」

 

「………悪くないアイディアね」

 

掛かった!そう慶が思い、ニヤリと口を歪ませた時だ。

 

「でも嫌」

 

「な、なんでだよ⁉︎」

 

「私はあなたの思い通りに事が運ぶのが一番気に食わないの」

 

「嫌な姉だな……」

 

「結構。私は私なんだから」

 

言うと奏はドローンみたいなのを5体ほど召喚した。そのままドローンは屋上へ向かっていく。

 

「じゃ、仕方ない。俺が光を助けるわ。一応、妹で心配だし」

 

慶はそう言うと、背中の茜を引っぺがして、栞のところへ向かった。

 

「おーい、栞。こっち来い来い」

 

「? どうしたの?」

 

「光を助けたいんだ。いつ落ちるか分からないし落ちたら危ないだろ?だから屋上まで行って、そこから木に飛び移りたいんだが、その近道を教えてくれないか?」

 

「分かった」

 

で、慶は栞を肩車し、マンションの中へ消えて行った。その後ろ姿を見ながら奏は口を邪悪に歪めた。

 

「今ね」

 

そう呟くと、奏はドローン四機を光救出に向かわせた。

 

 

 

 

屋上に慶が到着した。

 

「さぁ栞、着いたぞ。拾っといで。悪いけど帰りは自分で戻りなよ」

 

「うん。肩車ありがとう」

 

(天使)

 

と、思いつつも慶は屋上に現れた修に言った。

 

「修」

 

「おう。どうした?」

 

「悪いんだけど一つだけ俺にくれないか?」

 

「………また奏と競うつもりか?」

 

「まぁね」

 

「………分かった。ほらこれ」

 

「サンキュー」

 

で、慶は木の方へ向かった。だが、ふとビルの下を見ると、奏がちょうど光をドローン四機で下に降ろしていた。

 

「ありがとう!奏ちゃん!」

 

「ううん。競技よりもあなたの方が大事だもの。それとこれ」

 

さらに奏は残りの一機のドローンでぬいぐるみを一つ回収していた。それを光に渡すアフターサービスをした後、ニヤリと邪悪に笑って慶を見た。

 

(甘いのよ。あたしのドローンがあればここから逆転は可能!光を助けて人気もぬいぐるみもいただくわ!)

 

だが、それに対して慶も微笑み返した。

 

(なっ……⁉︎)

 

(計画通り……ッ‼︎)

 

慶は未だ屋上にあるぬいぐるみを見た。そして、それらを片っ端からビルの室内へとぶち込んで行く。

 

「ち、ちょっとけーくん!何すんのよあんた!」

 

食って掛かってきたのは岬だ。

 

「ちょうどいい!岬、ここにある全部のぬいぐるみを室内に運べ!」

 

「おい!テメェどういうつもりだコラァ!」

 

「え、えーっと怒った岬の……名前なんだっけ?まぁいいや。別にお前らにデメリットはないだろ。どーせ室内は降りるときに通るんだ。むしろ1mでも運ぶ距離が短くなるんじゃないか?」

 

「……それもそうか。よっしゃ!行くぜみんな!」

 

『おー!』

 

と、8人が拳を突き上げる。その頃下。奏は木に拳を叩きつけた。

 

「ええい、小癪な!室内だろうとドローンは入れるのよ!」

 

屋上の扉からドローンが5機入り込んでくる。それを見て慶は再び口を歪めた。

 

(バカめ!入り口にぬいぐるみを放ったのはドローンの侵入経路を一本に絞るためだ!心理的に自分から故意的に遠ざけられたぬいぐるみを取りたくなる負けず嫌いの本質、奏なら絶対にここを狙ってくると見た!)

 

そんな事を考えながら慶はドローンを全て壊した。

 

「あー!あの野郎、一機200万円もするのよ⁉︎」

 

その時だ。

 

『さぁー!残り10秒となりました!』

 

アナウンスの声が響いた。慶はそれを待っていたかのように再び屋上に出て光の生やした木に飛び移り、落ちてるとしか見えない格好で降り始めた。手には一つのぬいぐるみが握られている。

 

「あ、あの野郎ッ……!」

 

ギリッと奥歯を噛み締める奏。そして、慶は地上に着地すると、自分の籠に向かってぬいぐるみを叩き込もうとした。それをさせまいと走る奏。

 

「あんたも道連れにしてやるわ!」

 

「やってみろ!」

 

だが、その直前だ。試合終了の合図が鳴り響いた。

 

「「…………は?」」

 

二人して間抜けな声を出す。画面にはしばらくお待ちくださいませの文字。

 

『せ、制限時間前ではありましたが……ゲームはここで終了とさせていただきます』

 

「えっ、なんそれ」

 

「はっ、ザマァみなさい。ラフプレーなんてするからそうなるのよ」

 

で、俺たちはスタジオに集められた。

 

『えー、トップは修様。そして最下位は奏様、茜様、慶となりました』

 

(なんで俺だけ呼び捨てなんだよ)

 

心の中でツッコミつつも堪えた。

 

「ち、畜生……茜のスカートが消えることさえなければ……」

 

「わ、私だって恥ずかしかったんだからね!」

 

で、司会がまた口を開いた。

 

『では、ここで国王選挙現時点での順位を発表します!』

 

デデン!とモニターに表示された。一番下から慶、修、輝、遥、岬、光、栞まで発表された。

 

『まだ公示されたばかりなので、今のところ票数に差はありません』

 

「な、なんで……?まだ私呼ばれてない」

 

「うわあーい。茜お姉ちゃんすごーい」

 

「やめてよ慶ちゃん!」

 

『続きまして、第3位は……茜様です!』

 

デデン!とでてきた。

 

「ふえぇ〜良かったぁ〜……」

 

「良かったんだ……」

 

「………はっ!3位⁉︎全然良くないよ!」

 

ガバッと起き上がる茜だった。ちなみに1位葵、2位奏だった。

 



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4話

 

突然だが、慶と奏は仲が悪い。いや悪いというか……性格が合わない。奏は何事も基本的にはキッチリしてるタイプだし、慶は基本全部が全部ルーズだ。だから合わないというのもある。だが、一番の理由は別にある。

その事を知らない茜は、今とても気まずかった。その2人と一緒に登校しているからだ。

 

「か、カナちゃん……私達、どうしてこんなに早く登校してるんだっけ……?」

 

「朝、委員会があるからでしょう?」

 

「そ、そうだったねー。あははっ……。け、けーちゃんは?」

 

「あ?親父にバイクの鍵没収されたから仕方なくだ」

 

「や、だからなんでこの時間?」

 

「そうよ。いつも学校に行くのすら渋るくせにどうしていつもより早い時間にいるのかしら?もしかしてシスコン?茜のこと大好きなの?」

 

「ちげーよカスは黙って死んでろ。俺はコンビニで今日発売のONE PIECE買ってくんだよ」

 

「あら、カスはどっちかしら?この前はラフプレーした癖にビリになってた人を本当のカスというんじゃないの?」

 

「外面をフェイズシフト装甲並に固めてるカスには言われたかねぇ」

 

「は?」

 

「あ?」

 

「ふ、二人とも喧嘩はやめてよぉ〜。周りの人が見てるよ……」

 

茜が涙目になると、奏は「チッ」と舌打ちし、慶はペッと唾を吐き捨ててお互いに引き下がった。

 

「ていうか茜。手ェ離せ。歩きずらい」

 

「え〜だって人の目が……」

 

「甘えるな。お前今年で16だろ。成長しろ」

 

「成長しろ?それは自分に言ってるのかしら?」

 

「黙れ名前の割に楽器一つできないゴミが」

 

「あら、名前と自分の特技になんの因果関係があるのかしら?」

 

「両親の想いがまったく人生に届いてないっつってんだハゲ」

 

「は?」

 

「あ?」

 

「だからやめてってばぁ!………まったく、どうして喧嘩ばかりするのかなぁ……」

 

なんて話しながら登校する。

 

「じゃ、俺はそこのコンビニで漫画買ってくから。茜、奏のこと頼むぞ」

 

「どういう意味かしら?」

 

「お前みたいなお姉ちゃん(笑)よろしくと言ったんだよ。日本語くらい分かれ」

 

そのまま慶はコンビニへ向かった。

 

 

 

 

「慶と奏?」

 

学校。屋上で茜が修に聞いた。

 

「うん。どうしてもいつも喧嘩ばかりするのかなーって……」

 

「そりゃお前あれだ。奏が慶に失望してるからだ」

 

「失望?」

 

「昔、奏が慶のことかなり気に入ってたのは覚えてるか?」

 

「え?うん」

 

「その時の慶は自分に能力がないのが分かってたから、それだけ頑張ってただろ?あいつは基本的に今はなんでもできるし、一年の時なんて剣道で全国行ったからな」

 

「そうだね。あの時のけーちゃんはかっこよかったなー」

 

「でも、弟や妹が出来ていくにつれてどんどん能力も出てくる。結局、あいつがどんなに努力したところでやっぱ注目されるのは俺たちの能力だったんだ。でもそれでも頑張って、中3最後の大会」

 

「ああ……去年、足の筋痛めて……」

 

「そう。それからあいつは努力をしなくなった。ゲームやアニメに逃げて、元々剣道だけじゃなく、他のことも努力してたあいつだから、勉強だって授業なんか出なくても出来た。だから本人は問題ないと自分では思ってたんだけど、奏はそれを許さなかった」

 

「それで、仲悪くなっちゃったんだ……」

 

「最初の頃は奏も俺によく相談してきたんだけどさ、向こうが頭良いだけあって中々にムカつく返答をされたらしく、こうなってる」

 

「ふーん……」

 

「まぁ、どっちが悪いとかじゃないから困るんだよな。お前も変に首突っ込んで疎まれないようにな」

 

「はーいっ」

 

そう釘を刺された。にも関わらず、茜はあの二人と一緒に帰ろうとか思っていた。

 

 

 

 

放課後。再び並んで歩く奏、茜、慶に追加して修。

 

(な、なんで俺まで………)

 

嫌な汗をものっそい流す修だった。

 

「なぁ修」

 

「ど、どうした?」

 

「確か読みたがってたよな?ONE PIECE最新巻」

 

「ああ。そうだけど……」

 

「読む?今朝買ったんだ」

 

「おお、さんきゅ」

 

「けっ、人を物で釣るなんて最低ね……」

 

「外面で釣ろうとしてる女に言われたかねぇんだよ」

 

「は?」

 

「あ?」

 

(ほら見ろおおおおお!早速喧嘩始まってんじゃねぇか!自分がこの空気に耐えられないからって人を巻き込む奴があるか!)

 

そんな事を考えながら茜を睨む修。だが、意外にも茜は真顔だった。いや、ていうかカメラを避けようとしててそれどころじゃなかったようだ。

 

(こいつ、何も考えてないな……)

 

ハァ、とため息をつく修。だが、修も別に何かしてやろうとか考えてるわけではない。このまま何事もなく帰れればいい。そう思っていた時だ。

 

(そういえば今週の買い物係茜だったな)

 

昨日、泣き喚いてたのを思い出した。

 

「茜、お前買い物係じゃなかったか?」

 

「………あっ!そ、そーだった!」

 

「今のうちに行ったほうが楽なんじゃないのか?」

 

「お願い!みんな手伝ってぇ!」

 

「嫌」

「断る」

 

「声をそろえて⁉︎」

 

揃ったのは奏と慶だった。

 

「お願いー!一人で買い物はいやー!タダでさえ買い物が嫌なのにー!」

 

「うるせぇぇぇ!大体、なんで高校生にもなって一人で買い物……あ、いやいいよ。やっぱ行くわ」

 

「これまた綺麗な手のひら返し⁉︎」

 

「ポテチ欲しいから」

 

「子供か」

 

言ったのは奏。

 

「黙れババァ」

 

「ば、ババァ⁉︎私はまだ17よ!」

 

「まぁお前は帰ってろ。老害が買い物についてきたってメリットがない。疲れてるなら家でマッサージチェアに揺られながら仮眠のついでに永眠でも取ってろ」

 

「優しさに見せかけた暴言やめなさいよ!」

 

「とにかく茜、行こうぜ」

 

「ポテチは買わないけどね」

 

「俺も帰るわ」

 

「買ってあげるから!」

 

てなわけで、スーパーに向かった。

 

 



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5話

 

 

そんなこんなで、スーパー。

 

「えーっと……何買えばいいんだっけ?」

 

「そういうのは料理当番が何を作るかによるんじゃねーの?」

 

「ああ、そうだね確かに」

 

慶の台詞にポンっと手を打つ茜。ちなみに修は瞬間移動で逃げた。

 

「今週の料理当番は?」

 

「知らね」

 

「あんたでしょ。そのくらい覚えときなさいよ鳥頭」

 

「よーし今日は焼肉だ。そこの牛乳女を調理してやる」

 

「スーパーの中でまで喧嘩やめてよー!」

 

慶と奏が目で火花を散らしてると、頭を抱えて声を上げる茜。その時だ。

 

「なぁ、あれ茜様じゃね?」

 

「ほんとだ。奏様もいるぞ」

 

「うおお、すげぇ……」

 

などと周りから声が上がる。その度に「えっ?」「えっ?」とテンパる茜。その時だ。奏が急に笑顔になった。

 

「皆さん、こんにちは。いつも見守ってくれてありがとうございます」

 

「うわっ………」

 

慶が思わずドン引きした声を上げるほどの外面だった。

 

「誰だこいつ……」

 

「そ、そんなことより周りの人なんとかしてよ!こ、このままじゃ……」

 

「この前、0ptだった俺にどうしろと?一部の国民には俺は王家とすら思われてねんだぞ」

 

「ぜ、ゼロ?ぷふっ……」

 

今のはイラっときたため、慶は茜の背中を人前にドンっと押した。

 

「ふぇ……?ひゃあっ!」

 

ドサッと転んでしまう茜。

 

「いてて……な、何するの慶⁉︎………って、ひゃああ!見ないでぇ!」

 

恥ずかしがる茜、ここぞとばかりに愛想よく振舞う奏。いつの間にか慶は茜から財布をスッてポテチを買いに行っていた。

 

 

 

 

「うぅ……酷いよけーちゃん……」

 

昼間なだけあって、ほとんど人のいないレジに並んでいる途中、涙目で愚痴る茜。

 

「うるせーよ。それより買う物はそれで残り全部なんだろうな」

 

「うん。間違いない……はず」

 

「そこは言い切りなさいよ」

 

奏が株をチェックしながら呆れて言った時だ。奏の後ろに並んでいる男が、奏が肩から掛けている鞄の中に手を突っ込んでる男がいた。

 

「オイ」

 

「っ⁉︎」

 

「けーちゃん⁉︎」

 

慶が声をかけると慌てて鞄から手を抜き、そっぽを向く男だが、慶はそいつの胸ぐらを掴んだ。

 

「テメェ、今何してやがった」

 

「やめなさい、慶!」

 

奏が言うが慶は言うことを聞かない。

 

「何もしていない」

 

「してねーことねーだろ。明らかに手ェ鞄に突っ込んでたよな」

 

慶がそう言うと、辺りは「何?喧嘩?」「また慶が?」「スリ?」などと騒然とする。

 

「してない。君の見間違いだ」

 

「………なぁるほどぉ、王家の中で一番信用のない俺にあえて見つかるようにスリをしたか。そうすれば見つからなければ金が手に入るし、見つかったとしても相手が俺なら逃げる口実はいくらでも作れる。いやあ、悪くない考えだ」

 

「………………」

 

「だが、方法が甘い。俺ならまずチャックで閉められている鞄は狙わないし、人混みに紛れてケツポケットの財布を盗る」

 

「君が何を言ってるのかサッパリ分からない。俺はスリなんてしていない。第一、証拠はあるのか?」

 

「ああ。悪いがある」

 

「なに?」

 

言うと慶は携帯を取り出した。その画面には思いっきり鞄の中に男が手を突っ込んでる写真が写っていた。

 

「んなっ……⁉︎」

 

「悪いが、お前がしらばっくれることも俺は想定済みだ。さらに、証拠はあそこの監視カメラだ。レジを映さない監視カメラがあるかってんだ。いいか、俺の家族を狙ってスリをするなら20手以上は先を読んでおけよ」

 

「グッ……クソッ‼︎」

 

男は逃げようと出口に向かって走り出した。

 

「逃がすかよ!」

 

後を追う慶。

 

「あのバカ!能力もない癖に……!茜、お会計お願い!」

 

「ええ⁉︎一人にしないで!」

 

さらにその後を奏が追った。で、犯人はスーパーの外を出た。

 

「チィッ!」

 

閉まる自動ドア。だが、慶がすぐに到着し開いた。その時だ。真横から振り下ろされるナイフ。

 

「ッッ‼︎」

 

なんとか躱すが、頬を掠めた。

 

「慶!」

 

「馬鹿、来るな奏!」

 

店の出入り口にいる奏に言い放った瞬間、ナイフを振り回してくる犯人。その動きをよく見て躱す慶。下手に手を出さずに隙を伺っていた。

 

(野郎……思ったより喧嘩慣れしてやがんな……めんどくせぇ!)

 

と、思ってる通りめんどくさくなった。慶は、次の一撃を左手のひらに突き刺させた。

 

「っ⁉︎」

 

「捕まえた」

 

手のひらにナイフが貫通した状態で敵の拳を握る。そのまま顔面に拳を叩き込んだ。

 

「ぐあっ……!」

 

「今のは奏の鞄の恨みだ」

 

そして、そのまま裏拳を顔面に放ち、相手はヨロヨロと後ろに飛ばされる。

 

「今のは俺の左手の分」

 

そして、相手の後頭部を右手で掴むと、顔面から地面に思いっきり叩き付けた。

 

「これは、演出の分だ」

 

「さい、ごのは……いらね、え……だろ……」

 

その捨て台詞と共に気絶する男だった。

 

「っふぅ……あー痛ぇ」

 

左手に刺さってるナイフを抜く。その瞬間、ブシューッと音を立てて血が噴き出した。

 

「オイオイ、血ィ出過ぎじゃね?」

 

「慶!」

 

声がして振り返ると、買い物袋を持ったまま走ってくる茜と奏が走ってきた。

 

「おう。鞄の中の物は無事か?」

 

と、聞く慶を無視して奏は飛び付いて、抱き締めた。

 

「うおっ!」

 

「バカ!無茶しないで!」

 

「ちょっ…奏お姉様⁉︎顔に胸が……!」

 

「いいから黙って!」

 

「は、はい!」

 

顔を真っ赤にする慶。すると、茜が慶の左手を摘み上げた。

 

「うわあ……穴空いてる……。カナちゃん、消毒液と包帯出せる?」

 

「任せて」

 

言われて出す奏。そして、消毒液を慶の左手の上に持って行った。

 

「染みるわよ」

 

「いっだ!いだだだ!待っ……染みッ………!」

 

「我慢して!」

 

「無理無理無理無理!泣きそう!」

 

「てか、けーちゃん泣いてるよ?」

 

「嘘?マジ?」

 

で、包帯でキュッと血を止めるように結んだ。

 

「………ったくもう、能力もないくせして出しゃばるんだから……」

 

「別に出しゃばったわけじゃねーよ。ただ、その、なに……お前は能力的に金ないと困るんだろ?」

 

慶が言うと、感動し涙を流しそうになる奏と茜。だが、

 

「だから借り作っといてお礼の一割くらい貰うのも悪くねぇかなって思って……」

 

と、続いた瞬間、二人は半眼になった。そして、奏が言った。

 

「へぇ、ってことは何?その謝礼金のためにそんな怪我をしたと?」

 

「ああ。お前の1割はデカそうだからな」

 

「なら、それ召喚したお金でチャラよ」

 

「そりゃねぇだろ!てかこんなん500円くらいだろ⁉︎財布を守ってやったんだからせめて5000円くらいいいだろ!」

 

「嫌よ!せっかく私のせいでって責任感じて心配したってのに損したわ!」

 

「え、なに心配してくれてたの?あれだけ今朝悪口言ってきた癖に?なに、ツンデレ?」

 

「違うわよ!あーあったまきた!今日の晩御飯はあんたのハンバーグだけタバスコ大量にぶち撒けるから!」

 

「いや当番今日俺だし!」

 

というやり取りはしばらく平行線を辿ったが、茜はニコニコしながら見守った。

 

 



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6話

 

 

 

翌日。慶がニュースに出ていた。慶VS強盗を誰かが携帯で撮影していたらしく、それがテレビに丸々放映されていた。

 

『櫻田家次男、慶様見直される!スリの犯人を撃破!』

 

よくもまぁこれだけ失礼なタイトルをテレビ放映させられるもんだ、と思わずにはいられない慶だった。

で、今は登校中。

 

「良かったじゃない。これで慶の人気も上がるんじゃない?」

 

ニヤニヤしながら奏が行ってきた。

 

「冗談じゃねぇよ。今まで何のために校則とか平気で破ってきたと思ってんだ」

 

「………自分の人気を下げるためにやってたの?」

 

「当たり前だろ。そもそも、ニート志望の俺が王様になったらこの国どうなるよ」

 

「崩壊するわね」

 

「分かってんならお前の演説で俺の悪口メチャクチャ言ってくれよ」

 

「嫌よ。私の人気が下がるでしょ」

 

なんて話してる二人の後ろを歩くのは修、茜、葵の三人だ。が、例によって茜は隠れている。

 

「なんか仲良くなったね。あの2人」

 

葵が微笑みながら言った。

 

「そーだな。喧嘩は相変わらずだが、昔に戻った感じもあるな」

 

「懐かしいわ。奏が昔言ってたの覚えてる?けーちゃんのお嫁さんになるー!って」

 

「なんだ、知らないのか?今も寝言で言っ……」

 

その瞬間、修の顔面に拳がめり込んだ。

 

「嘘を言うな……」

 

「えっ……や、本当に……」

 

「じゃあ余計なこと言うな」

 

奏の拳だった。

 

 

 

 

一年棟に差し掛かる扉。

 

「じゃ、先行けよ茜」

 

慶の提案で、茜と慶は別々に教室に入る。と、いうのも、クラスに友達のいない慶とクラス委員の茜が一緒にいると茜の立場が悪くなる、というどこかのラノベで読んだようなアドバイスを慶がしたからだ。

だが、

 

「けーちゃん。私はあまり気にしてないよ?ていうか、クラスの子達も気にしないと思うよ?」

 

「ダメだ。俺ごときのためにお前に迷惑かけられるか」

 

だが、納得してない顔の茜。すると、茜が慶の腕を引っ張った。

 

「お、おいバカネ!」

 

「茜よ!いいから一緒に行くよ!」

 

「お前なぁ……」

 

(ていうか、何よりファンクラブの視線がめんどくせんだよな……)

 

で、教室に到着。すると、

 

「あ、茜来た!」

「慶くんも!」

「見たよーニュース!」

「映画みたいだった!」

 

などとわらわら寄ってくるクラスメート。

 

「えっ?えっ?」

 

「何か格闘技でもやってるの?」

 

「い、いや……その、剣道とか、やってた、けど……」

 

ちなみに慶はこの国の軍隊の訓練を自分から望んで一ヶ月だけ受けたことがある。感想は「もう二度とやらない」ではあったが、かなり優秀だったらしい。

 

「剣道⁉︎」

「そういえば昔、ニュースで見た!」

「俺も!櫻田家の人が剣道で全国出たって!」

「スゲェじゃん!そりゃつええわ!」

 

そこが限界だった。慶はその場から逃げ出した。

 

(けーちゃんも人見知りだもんね……。私ほどじゃないけど)

 

ほっこりする茜だった。

 

 

 

 

その日の帰り道。慶は一人で帰っていた。その時だ。

 

「櫻田くんのことが、好きだから!」

 

面白そうな台詞が聞こえ、携帯を構えてその方角へ向かった。そして、どっかの路地裏。慶は撮影を開始した。

 

「すまん佐藤……。佐藤の気持ちは本当に嬉しい。できることなら俺も……だが、今は選挙に専念したいんだ。奏を王様にさせないために妨害工作で忙しいんだ!」

 

「……なら、待っててもいいですか?」

 

「え?」

 

「選挙が終わるまで待ってていいですか?」

 

「佐藤…少なくとも二年は先のことだぞ?そんなに待たせるわけには……」

 

「私は全然平気です!」

 

「わかった!約束しよう!必ずや佐藤の想いには応える!」

 

「は、はい!」

 

と、見事なラブコメをやっていた。だが、

 

(なんで茜もいるの……)

 

と、思わずにはいられなかった。

 

(っと、そんなことよりこの動画、岬あたりに見せたら面白そうだな)

 

そんな事を考えながら帰宅した。無論、家で修に殴られた。

 

 

 

 

家。慶は岬とポーカーをやっている。金欠なので金を賭けているが、点数の数え方知らないから100円賭けて、みたいな。

 

「……………」

 

「んっ……くぅ〜……」

 

明らかに慶がボコボコにしていた。

 

「勝負でいいのか?」

 

「いいわよ!」

 

フラッシュと2ペア。

 

「っはぁー!また負けたぁ!」

 

「そりゃそうだろ。ポーカーフェイスの欠片もねーもん」

 

冷静に突っ込む慶。

 

「うるさいなぁ!逆にけーちゃんは表情動かなさ過ぎなんだよ!」

 

「そうしなきゃ勝てないからな」

 

「ゲームごときで何を怒ってるんだか……」

 

ボソッと、ボソッと口にした遥の何気ない一言がキッカケだった。

 

「オイ、遥」

 

慶の声にビクッとする遥。

 

「お前は今、言ってはならない事を言ったな……」

 

「な、何さ」

 

「ゲーム如きだと?」

 

「そうだよ。大体、僕にトランプゲームで勝つのは無理だよ。能力的にね」

 

「いいだろう。お前を今からトランプ勝負でボコボコにしてやる」

 

「………へぇ、言ってくれるね。負けたら?」

 

「なんでも言うこと聞いてやるよ。ただし、それはお前も同じだ」

 

「上等!」

 

で、やるのは大富豪だが、二人でやっても手札がバレるだけなので、トランプをランダムに27枚外した。

 

「ルールはスペ3、7渡し、8切り、10捨て、11バックに革命、縛り。それでいいか?」

 

「構わないよ」

 

ディーラーは岬。カードが配り終えられ、二つの束が出来た。遥は早速能力を発動し、右側の束を手にした。

 

(こっちのカードなら勝つ確率60%。ふっ……ゲームなら僕に勝てると思ったんだろうけどね兄さん、物事にはジャンルというものがあるんだよ。それを教えてやろう!)

 

そして、手札を見る。

 

(3が2枚、4が1枚、7が2枚、8が2枚、Qが1枚、Aと2が2枚ずつ。ジョーカー1枚。勝てる!)

 

「スペ3は僕が持ってる。僕から行くよ」

 

「へーへーどんぞ」

 

そして、遥は早速能力を使い、Qを出した。

 

「………ほい、K」

 

慶はすかさずKを出した。だが、能力を使ってさらにAを出す遥。

 

「パスだ」

 

カードが流れ、さらに能力を使って遥はカードを出す。

 

「8切り2枚」

 

当然流れ、遥は能力を使ってさらに7を2枚出した。

 

「7渡しだ。ほれっ」

 

渡したのは3を2枚。

 

(これで向こうが何を出そうと2を2枚かA+ジョーカーで勝てる。すでに勝利の方程式は出来ているよ兄さん!)

 

すると、慶は口を開いた。

 

「随分と能力を連発してるなぁ、遥」

 

「そうだねぇ。でも、まさか反則なんて言わないよね?」

 

「ああ。ほら、イレブンバック」

 

「パス」

 

(チィ、僕の手元に10以下で尚且つ、2枚あるカードはない。でも問題ない。向こうがどう来たって、僕には2とジョーカーが……!)

 

「いやー。7渡し2枚で3を2枚もくれるなんて、ほんと素直になったもんだ」

 

言いながら慶が出したのは3が4枚、つまり革命だ。

 

「んなぁッ⁉︎」

 

「お前、能力を使って手札の束を選んだだろ?だからそっちに強いカードがあって、こっちに弱いカードが入ってるのは大体予測できた」

 

「ッ………‼︎」

 

「出さないのか?」

 

分かってる事を聞く慶。悔し紛れに「パス……」と、遥が言うと、慶はさらにカードを2枚出す。

 

「10捨てだ。これで6とKをすてる」

 

「グッ……!」

 

慶のカードは残り4枚。

 

(だ、大丈夫だ。僕にはまだジョーカーがある。向こうはスペ3を捨ててるし、問題はない……)

 

と、思っていたのだが、

 

「あー悪い。終わりだわ」

 

慶が言いながら出したのは10が2枚だった。

 

「ほい、これで終わり」

 

慶は10捨てで残りの手札を捨てた。

 

「んなっ……ぼ、僕が………負けた……」

 

「そりゃそうだ。お前は能力によって常に最善の手しか打たない。お陰でどこで崩せばいいか計算しやすかったぜ。ありがとう」

 

「ンギッ……‼︎」

 

「プフッ」

 

思わず噴き出す岬だったが、遥に睨まれて萎縮する。

 

「さて、なんでも言うことを聞くんだったな……」

 

慶がニヤリと邪悪に笑うと、嫌な汗を流す遥。退路はいつの間にか岬によって断たれていた。

 

「さて、お前がこれからすべきことは……」

 

 

 

 

翌日。登校中。茜が慶に聞いてきた。

 

「ねぇ、けーちゃん。昨日、遥が私の枕の匂いを嗅いでたんだけど……どうしてあげればよかったのかな」

 

「慰めてあげれば良かったと思うよ」

 

 



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7話

 

 

 

 

当番のくじ。櫻田家では年長組の五人がクジを引いて決める。クジの内容は掃除、洗濯、料理、買い物、そして休みの五つだ。で、全員が引いた。

 

「買い物ぉおおおおおお‼︎」

 

雄叫びを上げて頭を抱えるのは茜だった。その様子を見ながら慶は部屋に戻る。手元に握られている札には料理の二文字。基本、慶は面倒だからサボるのが自分のスタイル。その慶の肩を葵が掴んだ。

 

「サボりはダメよ?」

 

「…………うぃっす」

 

なんてやってると、光が茜に言った。

 

「あたしカレー食べたいっ!なんなら一緒に行ってあげるから!」

 

「出かけたくないって言ってるじゃん〜…宅配ピザじゃダメ?」

 

「あかねちゃん!そんなにカレーが嫌なの⁉︎」

 

「カメラが嫌なんだってば!」

 

「この前全国に自分のパンツ晒しといて何言ってんだよ」

 

慶のいうこの前、とはあのぬいぐるみの時だろう。慶と奏が争ってる時に途中で競技が終わってしまったのは、茜が遥にケツを触られ、動揺して能力を誤作動し、輝に突っ込んだ所を修が瞬間移動で助けたのだが、間違えて茜のスカートごと移動してしまい、パンツを全国に晒されたらしい。

 

「言わないで!」

 

なんて話してると、奏が口を挟んだ。

 

「あんた達って選挙活動する気ゼロよね」

 

「まぁな。俺は将来は王様になったやつに養われるつもりだ」

 

「どうでもいいけど、私が王様になっても養わないからね」

 

「嘘っ⁉︎」

 

「ていうかあたしはやる気あるもん!」

 

光がグイッと会話に入る。

 

「光じゃ相手にならないの」

 

「そんなことないよ。光だって頑張ってるよね」

 

「いや頑張ってはいないかも」

 

「フォローした私の為にも頑張って⁉︎」

 

茜が絶望的な声を出しながらも光は無視して言った。

 

「大丈夫!いざとなったらあたしの能力で票集めなんて楽勝だもん!」

 

「国民にはあんたが10歳ってバレてるんだから意味ないじゃない。それも変化するのは外見だけだし。見た目で人を引きつけようなんてダメよ」

 

そう言う奏は鏡を見ながら前髪を弄っている。

 

「自分だって外見めちゃめちゃ気にしてるじゃん!」

 

で、光は何を思ったか、胸を張る。

 

「いいもん。将来はあたしの方がおっぱい大きくなるし‼︎」

 

「はぁ?おっぱいは形が大事なの」

 

「大きさだよ‼︎修ちゃんが言ってた‼︎」

 

「言ってねぇ!感度だ……」

 

「けーちゃんはどう思う⁉︎おっぱい‼︎」

 

「お前らは何も分かってない。いいか?オッパイは形でも大きさでもない……」

 

「「はぁ?」」

 

言いながら慶は手だけで栞を呼んだ。すると、とててと寄ってくる栞。そして、慶の膝の上に乗せた。

 

「見ろ!このオッパイを!」

 

「…………小さいし子供オッパイじゃん」

 

「光!お前、なんっも分かってねぇな!形だ大きさだじゃない、オッパイは……可愛い子のオッパイがベストなんだっ!」

 

言いながら慶は栞を抱き締める。

 

「慶お兄様……痛い……」

 

「お?そうか?悪いな我が天使よ。今日の飯なにがいい?栞の好きなもの作っちゃうぞー?」

 

「じゃあ……唐揚げっ!」

 

「任せろ。栞のために作ってやるからな。オイ栞以外のその他大勢、貴様らの飯はこの栞様のついでだ。ありがたく思え」

 

「シスコン……」

 

「気持ち悪い……」

 

「死ねばいいのに……」

 

「おい最後の奏。言い過ぎだろ」

 

 

 

 

なんやかんやで、茜と光は買い物へ行った。

 

「さて栞。お前なんでそんなに可愛いの?天使なの?もう結婚しちまおうぜ、な?」

 

「ちょっと、気持ち悪いわよ本気で」

 

奏に止められる慶。

 

「なんだよ。別にいいだろ。可愛いんだから。なぁ栞?」

 

「ちょっと……怖い……」

 

「えっ」

 

「ほら見なさい」

 

「奏、言葉に気を付けろ。うっかり自殺するぞ」

 

「だから死ねばいいじゃない」

 

「………お前、なんか怒ってる?」

 

「別に」

 

「いや怒ってるだろ……」

 

「別に」

 

なんなんだ……と、眉をひそめていると、ポンっと肩に手を置かれた。

 

「修………」

 

「大丈夫。お前は悪くない」

 

「ならいいんだが……」

 

「それより、今週のジャンプ貸してくれ」

 

「おう」

 

そんな事を話しながら自室に向かった。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

帰ってきた。が、茜が小さくて光が大きい。

 

「おう、待ってたぜ」

 

「な、なんで⁉︎もしかして私に会いたかったとか……」

 

「ようやく栞たんに美味しい唐揚げを作ってやれるからな」

 

盛大な勘違いに顔を真っ赤にする茜を捨て置いて、慶は聞いた。

 

「つーか、買い物袋は?」

 

「ていうか突っ込めよ⁉︎なんかお前らサイズ違くね⁉︎」

 

修が遅れてツッコム。

 

「何々⁉︎なんかあったの⁉︎何この子どこで捕まえたの⁉︎」

 

岬がハプニングの匂いを嗅ぎつけ、ちっこい茜を抱き締めて誘拐した。

 

「猫を助けるためにね。で、自分が大きくなったんだけど服がアレで……それで茜ちゃんを小さくして服を取り替えたの」

 

そう説明する光は猫を抱いている。

 

「……なるほど。で、さっきから気になってるんだが……慶。何してんの?」

 

「えっ?」

 

修の視線の先では、慶が奏を盾にして隠れていた。

 

「な、なに……どしたの?」

 

光が聞いた。

 

「知らないの?慶って猫ダメなのよ」

 

「「嘘ぉッ⁉︎」」

 

修と光が声をそろえて突っ込んだ。

 

「はぁ⁉︎お、おまっ……ナイフ持ってるスリ男は倒せんのに猫はダメなの⁉︎」

 

「なんでよ!どういうこと⁉︎」

 

と、問い詰める二人に奏は冷静に答えた。

 

「実はね、小さい時に私と慶はよく一緒に遊んでたんだけど、その時に猫が近寄ってきて、慶がたまたま持ってた煮干しをあげようとしたのよね。そしたら、噛まれて、その時の猫の歯が思いの外深く刺さって……」

 

「すごく痛かったんだぞ!血ぃ止まらなくて!」

 

(可愛い)

 

(可愛い)

 

(可愛い)

 

ほっこりする光と修と奏。

 

「だから早く捨ててこいよ!そんな人類壊滅兵器!」

 

「ダメだよ!可哀想じゃん!」

 

「俺の方が可哀想だろ!」

 

「それは頭だけでしょ⁉︎」

 

「どぉぉういう意味だコラァっ‼︎」

 

「うるさい。耳元で叫ばないで」

 

ペシッと慶の額を叩く奏。

 

「栞、ちょっときてくれる?」

 

言われて来る栞。

 

「あの猫の心を読んでくれる?」

 

言われて能力を発動した。

 

「『………木の上から助けてもらい、この人間なら信用しても構わないと思ったのだが、その中にまさかこれほどまでに器の小さなものがいたとは、王族もたかが知れたものだな』」

 

「んだとこのクソ猫がコラァッ‼︎」

 

「にゃー」

 

「ごめんなさい……怒らないで……」

 

「「「「弱っ⁉︎」」」」

 

修、光、奏、栞が思わず声を上げる。すると、猫が言った。それを、通訳する栞。

 

「『なんだ、大したものではないようだ。ならば、力付くで貴様の意見を捻じ曲げてやろう……』」

 

「ご、ごめんなさい!わかりました!ここに住んでくださいお願いします!」

 

「『分かればいい』」

 

そのまま猫はのっしのっしと家の中へ消えて行った。

 

「………奏」

 

「何?」

 

「今日は一緒に寝てください」

 

「仕方ないわね……」

 

 



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8話

 

 

 

体育の授業。男子はサッカー、女子もサッカー。ただグラウンドが違った。すると、女子の方から上がる歓声。

 

「きゃー!慶くんすごーい!」

 

今までは友達がいなかったので、体育の授業中はパスはされないし、むしろ少し離れた場所でパズドラをやっていたのだが、あのスリ犯捕獲以来、よくパスが来るようになった。

結果、サッカー部の中でスタメンとは言わないが、ベンチ入りしてる奴と同じくらい強かった。

 

「櫻田!こっち!」

 

言われて完璧なパスを通す。パスを貰ったそいつは見事なドリブルでデュフェンスを躱すと、別の奴にパスを出し、そいつがシュートを放った。

 

「っしゃ!」

 

「ナイス!田中!」

 

まぁすっげぇ活躍してるかと言われたらそうでもない。まずまずだ。

 

「ほーんと、やれば出来るのがすごいなぁ……」

 

それを見ながら茜が声を漏らす。

 

「? そうなの?」

 

友達の鮎ヶ瀬花蓮が聞いた。

 

「うん。成績優秀スポーツ万能、残念なのは性格だけなんだから」

 

「性格残念って……姉が言っちゃうんだ……」

 

「この前なんて猫に泣かされそうになってカナちゃんと一緒に寝………」

 

と、言いかけた茜の顔面にシュートが直撃した。慶が当てたのだ。プレイ中に。撤回しよう、ベンチ入りどころか即戦力レベルだった。

 

 

 

 

学年集会。

 

「と、いうわけで、町内清掃活動をやります」

 

と、いうわけだった。が、慶にとってはどーせサボるからまったく関係ない。学年集会の話を片っ端から無視して、パズドラをしていた。

 

 

 

 

教室。

 

「な、なぁ。櫻田くん。ちょっといいか?」

 

急に声をかけられた。

 

「え?な、なんですか……てか誰ですか?」

 

「福品だよ。一応同じクラスなんだけど……」

 

「そ、そう……な、なに?」

 

「その、今度の町内清掃活動なんだが……校内に変えてもらえるように君のお姉さんに頼んでもらえないかな?」

 

「な、なんで?」

 

「い、いやだってさ……茜様がほら、恥ずかしがるじゃないか……可哀想だと思わないか?」

 

「断る」

 

「な、なんで⁉︎」

 

「可哀想だと思わないからだ。それに、俺が仮にふ、ふく……福岡くん?の意見に賛同しても大した変化にはならないよ。俺は王家の中でも特に人気がない。何より、奏と俺は仲悪いから」

 

「そ、そっか……そだね。悪かった」

 

そのまま福品は去っていった。

 

 

 

 

そんなこんなで、結局は町内清掃となった。福品と茜がなぜかクラス全員と話している中、慶は当然のようにサボった。監視カメラを見事に躱し、ゲーセンに到着。

 

「あの、すいません」

 

店員に声をかけた。

 

「け、慶様⁉︎何ですか?」

 

「ゴミ箱って何処すか?」

 

「そこにありますけど……」

 

「ゴミ、少しだけもらえます?」

 

「構いませんが……何に使うんですか?」

 

「隠蔽工作」

 

「は?」

 

そう言うと慶はテキトーな数だけの空き缶とその他燃えるゴミを回収した。

 

「ありがとうございます」

 

お礼だけ言って、そのゴミ袋を手に持ち、いつもやってる音ゲーを始めた。

 

 

 

 

「また買い物ぉ⁉︎」

 

ガビーン!と声を上げる茜。

 

「なんでまた私なのよぉ〜……もうやだぁ〜……」

 

「くじ運悪過ぎ」

 

言いながら慶は休みのカードを葵の持っている箱にしまう。

 

「じゃ、茜。こういうのはどうだ?」

 

「?」

 

「2000円で買い物係を変わってやる」

 

「はぁ⁉︎高いよ!絶対やだ!」

 

「ならこのごまんといる国民の皆様に貴様の姿を晒すがいい小娘」

 

イラっとした茜は半眼になり言った。

 

「ボルシチ、集合」

 

「待ってくださいお願いします‼︎俺が悪かった!言いすぎたからやめて下さい‼︎」

 

「なー」

 

「だからごめんってば!本当にやめて!」

 

「いや〜いい弱点をもらったねぇ。あ、そうだ。いっそのこと買い物今日は私と変わりなさいよ」

 

「はぁ⁉︎ふざけんな!」

 

「ボルシチ……」

 

「なんなりとお申し付けくださいお姉さま」

 

「うむ、よろしい……」

 

と、言いかけた茜の頭をコツンと叩く葵。

 

「コラ茜。良くないわよそういうの」

 

「じ、じょーだんだよお姉ちゃん……。さて、仕方ない。行きますかぁ……」

 

と、茜が涙目で立ち上がった時だ。

 

「葵姉様!僕も当番やらせてください!」

 

「輝?どうしたのよ」

 

「僕は大切なものを守るために……もっともっと強くならなくちゃいけないんだ……そのためには、試練が必要なんだ!」

 

すると、修が突然声をかけた。

 

「気に入った!いいだろう、任せる!」

 

「なんで修ちゃんが許可してるのよ……」

 

「まぁ待てよ輝」

 

そう言って立ち上がったのは慶だ。

 

「どうせ強くなりたいなら買い物だけなんかじゃ中途半端だと思わないか?」

 

「むっ、確かに……」

 

「と、いうわけでこれからは炊事洗濯家事全般こなせ」

 

「ええっ⁉︎」

 

「慶、やめなさい」

 

今度は慶が葵に怒られた。

うおおお!と、1人燃えている輝に栞が声をかけた。

 

「わたしもいく」

 

「栞、これは試練なん……」

 

「絶対にダメだ‼︎栞が輝と二人で買い物、だと……⁉︎ふざけるな!そんな暴挙は俺が絶対に許さん‼︎そんなことをするなら……俺は世界を滅ぼす‼︎」

 

「落ち着け」

 

言いながら修は慶を二階に瞬間移動させた。で、改めて輝は栞に言った。

 

「栞、これは試練なんだ。どんな危険が待ち受けているかわからないんだぞ…」

 

「………いくっ」

 

「栞……。栞は本当に甘えん坊だな……わかった。絶対に僕から離れるんじゃないぞ!」

 

「待て!そんな、俺は……許さないぃ〜…!」

 

と、戻ってきた慶を修はまた瞬間移動させる。

 

「じゃ、行ってきまーす!」

 

出発する2人。すると、慶はリビングに戻ってきて、なんか食ってる光に言った。

 

「光……ちょっと、いいか……」

 

「ふえ?な、なに……?」

 

「手伝え」

 

 

 

 

そんなわけで、小さくなった慶と大きくなった光でストーキング。

 

「世の中の国民……栞に何かしてみろよ……?全員殺してやるからな……」

 

言いながら慶は拳銃を懐に忍ばせている。

 

「けーちゃん、その拳銃どうしたの?」

 

「前に一ヶ月だけ軍の訓練受けてた時にもらった。こいつで栞に危害を加えようとするゴミは殺す」

 

「…………」

 

「なんだよ」

 

「なんか、戦争ごっこしてる小学生みたいで可愛いなぁーって」

 

「お前を撃つぞ」

 

なんてやってるときだ。目の前でワンワン!と犬の声がした。

 

「ああっ⁉︎ぶっ殺すぞ駄犬……ッ‼︎」

 

「やめてよバレちゃうでしょ⁉︎拳銃しまって!(小声)」

 

なんてやってる間に、栞が能力で対話して通り過ぎた。

 

「ほ、ほら。輝はともかく栞なら自分の力でなんとかするから大丈夫だよ。だから……」

 

「追跡するぞ」

 

「む、無駄にプロっぽい動き⁉︎」

 

そのまま二人は尾行した。すると、ようやくスーパーに到着した。

 

「なんとか無事着いたねーけーちゃ……あれ、けーちゃん?」

 

「光!あれ買って!ガンダムのガチャガチャ!」

 

「あんたは子供か!自分で買いなさいよ!」

 

 

 

 

そんなこんなで、ようやく買い物も終わって帰宅中。

 

「だから言ったでしょ?そんなに心配しなくても平気って……」

 

「バカ、アホ、カス、死ね。任務は家に帰るまでだ」

 

「言い過ぎじゃない⁉︎」

 

その時だ。また犬の鳴き声がした。

 

「「⁉︎」」

 

慶と光が同時に前を見ると、さっきとは別の犬が立ち塞がっていた。

 

「な、なんだお前!あ、あっち行け!」

 

輝が怯えながらも追い払おうとするが、犬は退かない。

 

「そうだな……あっちの世界へ逝かせてやろう……」

 

「だから拳銃はしまいなさい!………だいじょぶだよ、栞の能力を使えば……」

 

と、光が言うように能力を使う栞。だが、犬は栞に向かって駆け出した。

 

「ターゲット確認、これより破壊する」

 

「あーもうめんどくさいなこの兄!」

 

その時だ。ダゴォォォンッ‼︎と地面が割れた。

 

「………なにその拳銃」

 

「まだ撃ってねぇよ!」

 

すると、輝がいつになく怒った表情で犬に言った。

 

「おいお前、弱いものを攻撃するなんて卑怯なやつだな。生き物に向かって能力を使っちゃダメだって言われた。でもお前が栞を傷つけようとするなら、ぼくは約束を破るぞ」

 

その瞬間、逃げていく犬。安心したように息を吐く光と、拳銃を懐にしまう慶だった。

 

 

家に帰った慶は、奏に全力で愛でられた。

 

 



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9話

 

 

 

 

夜。慶が食卓についてテレビを観てたときだ。どっかで見たことあるやつがアイドルやっていた。

 

「……奏、こいつどっかで見た気がしなくもないんだが……」

 

「どっかでも何も、そこにいるじゃない」

 

「あ?」

 

奏の視線の先には光がすごい笑顔で慶を見ていた。

 

「…………まじ?」

 

「マジだよ!王家ってことは内緒でね!」

 

「そういえば、あの時あんた部屋に篭ってゲームしてたもんね」

 

奏がきゅうりを口に運びながら言った。

 

「あの時?」

 

「アイドルのプロデューサーがお父さんに土下座したのよ。アイドルやらせてくれーって」

 

「ふーん……」

 

「どう?けーちゃん!あたし、アイドルだよ?」

 

ドヤ顔の光。だが、慶は冷めた表情で言った。

 

「俺、アイドルに興味ないから悪いけど。てか俺のアイドルは栞だけだ」

 

「や、だからそれ気持ち悪いって……」

 

完全にドン引きしてる光。テレビはCMになった。すると、ゲームの広告が始まった。

 

「あ、そういや明日発売か」

 

「あんたねぇ……明日、期末よ?試験大丈夫なの?」

 

言ったのは当然、奏だ。

 

「余裕。あんなん勉強する必要皆無だろ」

 

「あら、すごい自信ですこと」

 

「まぁな」

 

なんてやってると、茜と岬がガタッと立ち上がって慶の席の後ろで土下座した。

 

「「勉強教えてください」」

 

「いくらで?」

 

「「2000円で!」」

 

「ダメだな」

 

「2500円で!」

 

「お願いします!」

 

「一人につき2815円なら許す」

 

「細かい⁉︎」

 

すると、奏が慶に聞いた。

 

「なんの値段?」

 

「明日のゲームが5630円なんだよ」

 

「なるほど……」

 

「さて、小遣い稼ぎのために頑張るか。ご馳走様」

 

そう言うと、慶は自室に引き返した。

 

 

 

 

そんなわけで、夏休み。期末も終わり(慶が学年トップ)、思いっきりダラけている慶。

 

「慶」

 

そんな慶に修が声をかけた。

 

「なにー?」

 

「出掛けるぞ。うちのプライベートビーチに」

 

「はぁ?そんなん持って……あぁ、そういうこと」

 

「それ以上は言うなよ。さて、行くぞ」

 

「ほーい」

 

そんなわけで、移動した。

 

 

 

 

プライベートビーチ(仮)。周りの兄弟姉妹達が水着ではしゃぐ中、慶は私服でビーチパラソルの下でボンヤリしていた。

 

「けーい!」

 

隣に奏がやって来た。

 

「なんだよ」

 

「どう?新しい水着」

 

「はいはい、オッパイオッパイ」

 

「殺すわよ」

 

なんてやってると、隣にいた遥が能力を使った。

 

「なんの予知?」

 

「アレだよ。スイカ割り」

 

「…………なるほどね」

 

「じゃあ私は私に一票」

 

入ってきたのは奏だった。

 

「ふーん、僕の予知だと奏姉さんは1%なんだけど、いいの?栞が80%だよ?」

 

「いいのよ、なんかムカつくし」

 

「じゃあ俺も俺に賭けよう。負けたら?」

 

「アイス奢りってことで」

 

「「OK!」」

 

奏の提案に遥と慶は威勢良く答えた。まず一人目の輝。慶がアドバイスした。

 

「いいか?木刀を振ってると思うな、釘バットを振ってると思え」

 

「はい!」

 

わけのわからないアドバイスだったが、元気良く答えて輝は出発した。が、大きく外した。

 

「くっそう……僕はスイカも割ることが出来ないのか……!」

 

膝をついて悔しがっているうちに光も出発。だが、外した。

 

「いっけなーい!失敗失敗☆」

 

「寒気するから本当にやめて殺したくなる」

 

「酷ッ⁉︎」

 

次は岬の番だ。

 

「岬、あの西瓜を遥だと思え。そうすればブラコンのお前なら辿り着け……」

 

「よ、余計なこと言うなぁ!」

 

慶が木刀で殴られた。次は茜。目を隠して出発した。

 

「前!そのまま!」

 

「もう少し右だよ!」

 

などと輝や光が声を上げる中、フラフラした足取りで進む。そして、木刀を振り上げた時だ。慶がパシャッと写真を撮った。

 

「ふえっ⁉︎い、今シャッター音が……ひゃあ!」

 

転んで終わった。

 

(この写真はふ、ふく……福井?辺りにでも売ろう)

 

そう心に誓いつつ、次は修の番。慶はビーチパラソルの下に戻った。

 

「あの修兄さんには余計なアドバイスしなくていいの?」

 

遥が聞いてきた。

 

「ああ。それと葵にもな。あの二人ならちゃんと栞のために残すさ」

 

「それもそだね」

 

予想通り、修も葵も外した。そして、次は奏だ。目隠しをする前に慶と遥を見た。そして、邪悪に笑って見せた。

 

「「ッッ‼︎」」

 

「なぁ、奏ねえさん……」

 

「ああ、やる気だな。大人気ない」

 

そして、ニヤニヤ笑ったまま迷いのない足取りでスイカに向かう。スイカの前に立った。

 

(悪いわね栞。でも、これにはアイスがかかってるのよ!)

 

そのまま木刀を振り下ろした。だが、

 

「奏、愛してる!」

 

「ふぁ⁉︎」

 

『ブフッ‼︎』

 

慶の突然の告白に顔を真っ赤にし、動揺した奏は空振りした。他の兄弟も思わず吹き出す。そして、奏は目隠しを外してキッと慶を睨んだ。

 

「いっいいいいきなり何言うのよ!」

 

「いや、みんなにアドバイスしたし奏にもと思ってな。ちなみに冗談だから」

 

「…………殺す。殺す殺す殺す殺す!ぜーったい殺すー!」

 

顔を真っ赤にしながら鈍器を召喚して襲い掛かる奏。それをどうどうと修と葵が落ち着けてる中、慶は遥の横へ。

 

「これで、あとは俺と栞だな」

 

「うん。でも、悪いけど僕が勝つよ」

 

「そいつはどうかな」

 

栞が出発。そのままスイカの前に立った。が、中々殴らない。

 

「………どうしたのかな」

 

「多分、スイカの声が聞こえてきたんだろうな。割られたくないよーみたいな」

 

解説しながら慶は立ち上がった。そして、栞の手を握った。

 

「栞、もしかして木刀重いのか?」

 

言いながら慶は邪悪な笑みで奏を睨んだ。その瞬間、遥は戦慄した。

 

(ま、まさか……!二人で割ることによって奏姉さんを独り負けさせるつもりか⁉︎ど、どこまで鬼畜なんだ!)

 

「へ?兄様?ち、違う……」

 

「じゃ、一緒に割ろうな。せーのっ」

 

「ま、待って!」

 

だが、栞の静止も虚しく、慶は栞と一緒に木刀を振り下ろした。見事に割れるスイカ。

 

「やったぁー!」

 

と、輝や光、岬が喜ぶ中、慶は栞の頭を撫でながら言った。

 

「良かったな、栞」

 

「良くない」

 

「えっ?」

 

「お兄様、きらいっ」

 

「」

 

慶のガラスのハート、ワールドブレイクした。

 

 



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10話

 

 

 

翌日。栞ショックとも呼ばれる激震によって精神を粉々に粉砕された慶だったが、その後に「やっぱり、好きっ」と言われて(葵が言わせて)、高揚感マックスになった。その為、今はかなり機嫌が良い。

 

「フハハハハッ‼︎ダメじゃないかァッ‼︎死んでなきゃあッ‼︎」

 

ザビーネで無双している時だ。

 

「けーちゃん、ご機嫌だね♪」

 

茜が後ろから肩に手を置いた。

 

「おう!」

 

「そこでお願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

「ちょっと動きやすい格好に着替えてついてきて!」

 

「はぁ?なんでまた……」

 

「いいからいいから♪」

 

渋々着替える慶。で、半強制的にバイクに跨らせられ、後ろに茜が乗って茜の案内により移動。慶が連れて行かれた先はどっかの学校だった。

 

「あ?何ここ……」

 

「はい!早くこれに着替えて!」

 

「これは……剣道着?」

 

「二年生の山田先輩が風邪で休みなんだって!だから今日1日だけけーちゃんは山田先輩ね!」

 

「何言ってんだお前」

 

「いいから早く!もう試合始まるよ!」

 

「いくらなんでも急過ぎだろ!つーか、アップしてねぇよ!せめて切返しだけでも……」

 

「早く!」

 

「あー畜生ッ!」

 

とりあえず体育館へ向かった。

 

 

 

 

で、慶は中堅。なんとか着替えて挨拶を終えると面をつけ始めた。

 

「おい、山田」

 

「え?」

 

横から声がして、見ると副将の人がいた。

 

「今日は頼むぜ」

 

「頼まれても困りますよ。剣道なんて一年ブランクあるんすからね」

 

「奏様の推薦なんだから。しっかり頼むよ」

 

「え?そなの?あの野郎、五回殺す」

 

「頼むよ」

 

「は、はぁ」

 

で、面をつける直前だ。たまたま視界に入った自分の兄弟姉妹。

 

(なんでお前らいんだよ……)

 

キュッと面をつけると懐かしい感覚になった。

 

(そういえば……昔はもっと燃えてたっけ……)

 

そんな事を思い出しながら立ち上がる。ちょうど次鋒が終わったところだ。

 

「って、二本負け⁉︎二人とも⁉︎嘘だろ!」

 

「「ご、ごめんね……」」

 

仕方なく慶はため息をついた。竹刀を左手に持って歩く。そして、開始線まで歩いて、相手とお互いに礼をした。三歩歩き、蹲踞。

 

「始めッ」

 

審判の声でお互いが立ち上がった。

 

「イヤァァァァッッ‼︎‼︎」

 

声を出す相手に対して、慶は声を発しなかった。ただ、相手を見据える。

 

「懐かしいな、慶の剣道」

 

修が呟いた。

 

「そだね。あの時はギラギラしててカッコよかったなー。なのに今は……」

 

光もそう言った。

 

「………そうなの?」

 

「あー栞は覚えてないかー」

 

「そうだぞ栞。慶お兄様はめちゃくちゃ強かったんだぞ」

 

輝が力説をすると、目を輝かせる栞。

 

「ま、一年もブランクあるんだけどね」

 

遥も読んでた本を閉じて試合場を見た。

その試合場では、慶は動かない。ただ構えて相手の動きを見ていた。そして、向こうが面を打とうと跳んだ。その瞬間、慶の姿は消えた。だが、剣先だけが相手の小手を捉えていた。ポコッとマリオみたいな効果音を立てて、残心をとった。

旗は全部赤に上がっている。あ、慶が赤ね。

 

「…………今、何したの?」

 

岬がポカーンとした表情で呟いた。

 

「小手よ。出小手」

 

そう言ったのは奏だった。

 

「………よく見えたね」

 

「誰でも見えるわよ」

 

「ほら、奏って慶の剣道の試合は必ず観に行ってたから」

 

「姉さん!余計なこと言わないで!」

 

顔を真っ赤にして怒る奏だった。で、試合は2本目。再び「始め!」の声。今度は向こうは気合いなしでいきなり竹刀を振り被った。ガードする慶。が、向こうは面に振り上げた竹刀を小手に軌道を変えた。

 

「!」

 

「こてェェェェッッ‼︎」

 

それをわかっていたかのように、慶は手首を返し、小手を竹刀でガード。そのまま面を打った。相手は首を曲げて避けた。そのまま鍔迫り合い。

 

「今の、よく躱したね相手」

 

「スゴイの?」

 

奏の呟きに栞が聞いた。

 

「ええ。大抵の相手はアレで勝ってたから慶は……」

 

「よく知ってるね」

 

「! え、ええそうよ!全部見てたからね!悪い⁉︎」

 

「開き直った……」

 

栞とのやり取りを聞いてた茜が呟いた。で、また試合。慶は竹刀を握る左拳で鍔迫り合いを崩すと、引き小手を放った。が、浅い。それを好機と見た相手は面を打ってきた。それを慶は見透かしていた。竹刀で受けて、そのまま高速で胴に返す。返し胴だ。パパァーンッ!と綺麗に決まり、全部の旗が上がった。

 

「おー!勝った!勝ちましたよ兄上!」

 

「ああ、勝ったな」

 

はしゃぐ輝の頭を修は撫でた。他の家族もはしゃいでいる中、奏は礼をして面を取る慶を見ながら微笑んだ。

 

(ほんと、剣道の時はカッコいいんだから……)

 

ちなみにこの後は副将も大将も負けて一回戦敗退となった。

 

 

 

 

夏休みも終わり、学校開始。

 

「けーちゃん!起きてよー!」

 

茜が慶を起こしていた。慶の枕元にはゲームに漫画に携帯と、遅くまで夜更かししてたんだろうなぁと予想できるアイテムが転がっている。

 

「もう……めんどくさいなぁ。ボルシチ」

 

「おはよう」

 

「うん。朝ごはんだよ」

 

そのまま着替えて連行された。

 

 

 

 

学校。結局、慶はあの後朝食中に3回ほど寝落ちし、遅刻した。時間は9:10。一時間目は始まっている。一時間目はサボることにしました。

その間は体育館裏でずっと携帯を弄り、ようやく終了時間になった。で、教室に向かった。ガララッとドアを開けると、茜が立っていた。スカート無しの。

 

「もうっ!遅いよけーちゃん!」

 

「」

 

「今までなにしてたの⁉︎」

 

「………………」

 

慶はしばらく考え込んだ後、iPhoneを取り出した。そして、パシャりと一枚茜を撮った。

 

「? なに?」

 

「なんでもない」

 

そのまま慶は自分の席へ向かい、クラス全員に言った。

 

「欲しい奴は、放課後に屋上に来い。売ってやる」

 

『うおおおおおおおおおッッ‼︎‼︎‼︎』

 

男子全員が答えた。

 

 

 

 

昼休み。ピンポンパンポーン、と教室のスピーカーが鳴った。

 

『1年A組の櫻田茜さん。副会長がお呼びです。至急生徒会室まで来てください』

 

「カナちゃん?なんだろう……わざわざ呼び出しなんて」

 

いや絶対スカートだろ。と誰もが思った。ちなみに1年A組は2階。生徒会室は3階にある。つまり、男子全員が立ち上がった。

 

(必然的に下から覗ける)

 

だが、その隙に慶は別の場所へ向かった。で、男子一同は茜と付き添いの花蓮を後ろから堂々とストーキング。

 

『下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける下から覗ける………』

 

「茜!早く行くよ!」

 

「え、ええ?なんで?」

 

「いいからっ!」

 

そのまま逃げている時だ。バッタリと奏と出会した。

 

「茜?」

 

「奏さん!いいところに……!」

 

「あんたホントにスカート履いてなかったのね」

 

カミングアウトした。だが、茜は言った。

 

「や、やだお姉ちゃん。ちゃんと下履いてるよ」

 

「でもどう見ても……」

 

「ああ、それで今日はやたらと男子が……も、もう、しょうがないな男の子は……」

 

で、顔を赤らめて続ける茜。

 

「登校中スカートが破けちゃったから、途中で短パンに履き替えたんだって、ほらちゃんと履いてるよ」

 

言いながら茜は自分のブラウスを捲った。が、どう見ても下着で、男子全員が鼻血を噴射した。

 

「あ、あんた!早くしまいなさいそれ!」

 

奏に言われて「えっ?」と間抜けな声を出す茜。で、自分でも確認すると、どう見ても下着だった。

 

「イヤァァァァァァァッッッ‼︎‼︎」

 

悲鳴が響いた。

 

 

 

 

その頃、慶。

 

(いくらバカネでもスカートを履き忘れるなんて思えない。つまり、登校中になんらかのアクシデントが起こり、スカートが破けて何処かで履き替えていたところを予鈴が聞こえてズボンだけ履かないまま登校したと思われる。この仮定が正しかったとして、予鈴が聞こえて尚且つ下半身を露出出来る場所といえば監視カメラの存在しない学校の敷地内のみ!そこをしらみつぶしに探せば……あったぜ!スカートと短パン!こいつは売れるぜ!)

 

慶はそれを確保すると、今朝寄ったコンビニの袋の中に隠し、教室へと引き返そうとした。だが、

 

「慶?」

 

声をかけられ、振り返ると茜と葵と奏が立っていた。

 

「な、なんでここに⁉︎」

 

「葵お姉ちゃんが教室で外を見てる時にあんたが外であたしのスカートを握ってるのが見えたって教えてくれたの」

 

殺意の波動を醸し出す茜と奏。

 

「あ、あの……なんで奏も怒ってんの?」

 

「なんとなく」

 

「八つ当たりじゃねぇかそれ!」

 

「「死ねェーーーーッッ‼︎」」

 

「おまっ……!能力は……ギャアァァァッッ‼︎」

 

ボコされた。

 

 



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11話

 

 

 

 

ある日。茜が風邪を引いた。そんな日に限って家には奏、慶、栞しかいなかった。

 

「だいじょーぶかー?茜ー」

 

「大丈夫だよ。微熱だもん……けほっ」

 

「ふーん、大丈夫なんだ……ならっ」

 

そこで邪悪に笑う慶。

 

「俺が看病してやろう」

 

「ふえっ⁉︎な、何する気⁉︎」

 

が、茜の質問も無視して慶は部屋から出て行き、すぐに戻ってきた。手にネギを握って。そのネギをバトンのようにスタイリッシュに回すと、慶は良い笑顔で言った。

 

「銀魂で見たんだけどよ、風邪のときはネギをケツにねじ込むといいらしいな」

 

ビクッとする茜。が、危険を感じた時には遅かった。床、壁、天井を踏み台にして死角から死角へ移動しつつ、茜に近付いた。

 

「えっ?えっ?えっ?」

 

布団をひっぺがし、慶は茜のケツの下に潜り込む。

 

「ふえええええっ⁉︎」

 

必殺仕事人の如く、ネギを指でヒュヒュヒュヒュヒュッ!と回すと、ズボンに手をかけた。

 

「や、やめなさい慶!私達姉弟よ⁉︎」

 

「安心しろ。処女は取らんし、ビデオで撮影もしちゃいない」

 

「いやぁぁぁぁっっ‼︎」

 

茜が涙ながらに悲鳴を上げた時だ。慶の肩にポンっと手が置かれた。

 

「あ?」

 

奏が立っていた。手に金属バットを持って。

 

「あ、あははっ……」

 

奏がニッコリ微笑むと、ガンッ!と音を立ててぶっ倒れた。

 

「ったく……このエロガキ……」

 

「や、やり過ぎだよカナちゃん」

 

「大丈夫よ。…………やり過ぎたかしら」

 

「思い直すの早いね⁉︎」

 

「大丈夫だ……この程度ならなんとか……」

 

「ソンビ⁉︎」

 

「殺すぞ赤髪」

 

「けーちゃんだって赤でしょ⁉︎」

 

今更だが、双子ということもあり慶の髪の毛は赤い。髪型は……あれ、なんか普通な感じ。どこぞのビーターみたいな?

 

「けほっけほっ……」

 

「だ、大丈夫?もう、慶が暴れるから……」

 

「その可能性もあるな」

 

「それしかないのよ!」

 

なんてやってるとまた咳き込む茜。

 

「ああもうっ。とにかく大人しくしてて。慶もだからね!」

 

「あーい」

 

そのまま出て行く奏。

 

(まったく、あのガキは……何考えてるかサッパリ分かんないんだから……)

 

でも、心配になりやっぱ戻った。その時だ。

 

「あっふぁっふぁっふぁっ!」

 

「いやああああああああっ!」

 

「⁉︎ 茜、慶!」

 

バタンとドアを開けると、

 

「エースが死んだぁーっ‼︎」

 

「エネルの顔……あっふぁっふぁっふぁっ!」

 

「何やってんのよあんたらは!」

 

奏の声が響いた。ベッドの横には大量に積まれたONE PIECEの単行本の山。

 

「え?ONE PIECE読破ですけど……」

 

「そんなん読んでたら熱上がるでしょう⁉︎」

 

「大丈夫だよカナちゃん。これすっごくおもしろ……けほっけほっ」

 

「大丈夫じゃないじゃん!ていうか面白さと熱は関係ないでしょ‼︎」

 

「まぁONE PIECEは熱いバトル漫画だからな。次はクールにワールドトリガーでも……」

 

「あんたは出て行きなさい」

 

「えっ、いやそんな辛辣な……」

 

「出て行きなさい」

 

「でも看病とか……」

 

「出てけ」

 

「はい……」

 

すごすごと慶は出て行った。すると、ドアの前には米の袋を抱いた栞がいた。

 

「どうした?」

 

「茜お姉様に……お粥……」

 

「………なるほどな。うしっ、兄ちゃんとお粥作るか?」

 

「………出来るの?」

 

「舐めるなよ。俺は食戟のソーマを全巻読んでる男だ」

 

「何それ?」

 

「うん、とにかく作ろうか」

 

そのまま一階へ。で、一緒に料理すること数分、

 

「あ、あーんっ」

 

栞が慶に完成したお粥を食べさせる。

 

「ん……んっ、美味い。栞が作ったから尚更な」

 

いうと、嬉しそうな顔をする栞。

 

「さて、持っていくか。こぼさないようにな。零しちまったら兄ちゃんは世界の物理法則に喧嘩売らなきゃならない」

 

「うんっ」

 

そのまま二人で茜の部屋へ。すると振り返った奏が言った。

 

「慶。殺すわよ?」

 

「もはや出て行けも言わないか……。や、用があるのはこいつだ」

 

すると、栞がお粥を持って来た。

 

「おかゆ」

 

「ありがとう、栞」

 

「お兄様が、てつだってくれた」

 

「そう。慶」

 

「あ?」

 

「出てって」

 

「そこはお礼言うところじゃね⁉︎」

 

が、慶は追い出された。で、お粥を完食。

 

「おいしかった?」

 

純粋な目で聞く栞。

 

「もちろんだよ。ありがとう栞」

 

「さ、移っちゃうとあれだから栞はもうお兄ちゃんのところにいきな?」

 

「うんっ………」

 

そのまま栞は出て行った。

 

「じゃ、ちゃんと寝なさいよ。私は栞と慶のご飯作ってくるから」

 

「はーい……」

 

奏も出て行き、三人で下でご飯を食べている時だ。上でガタンッと音がした。

 

「?」

 

「ちょっと見てくるか……」

 

「いや、私が行くわ」

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「大丈夫よ。いざとなったら戦車でも作るから」

 

「戦争を起こす気かよ」

 

そのまま奏は出て行く。そして、心底ビビりつつも音のした部屋に到着。

 

「あ、あかね〜…?」

 

ガチャッと開けると誰かがいた。

 

「キャアァァァァッッッ‼︎‼︎」

 

スタンガンを呼び出し、そのまま発動。

 

「アババババババッッ‼︎」

 

「って、し、修ちゃん⁉︎どうしてここに……!」

 

その時だ。特殊部隊が突入してきた。

 

「「って、わああああッッ‼︎‼︎」」

 

その悲鳴が聞こえた瞬間、下にいる慶の目付きが変わった。

 

「栞、机の下に隠れてろ!」

 

言いながら慶は部屋の電気を消して、上に向かった。すると、特殊武装をした男達が数人いた。

 

「っ⁉︎ 慶様⁉︎」

 

と、いう声を無視して慶は一人目の顎に右手の平を顎に打ち付けて一瞬だけ失神させると、武器のマシンガンを奪い、マシンガンをそいつの顎に付けて言った。

 

「何者だお前ら。こいつの顎を吹っ飛ばされたくなければ全員マスクを外せ」

 

と、言ったがすでにマスクは外していた。というより武器すら構えていなかった。

 

「け、慶?」

 

後ろから奏と修が出てくる。

 

「か、奏?というかなんで修が?」

 

「父さんのせいよ」

 

で、事情を説明。ようやくすると、やめろと言ったにも関わらず特殊部隊を配備させていたらしい。

 

「………アホくさ」

 

慶が言うと、すごすご帰っていく特殊部隊の皆さま。

 

「な、なにかあったの〜?」

 

部屋から茜が出てきた。

 

「なんでもない。てか疲れた。ちょっと早いけど俺寝るわ」

 

「そ、そう。分かったわ」

 

「茜ー。部屋戻るぞー」

 

慶が肩を貸して部屋に戻る。そのままベッドに寝かせた。

 

「ったく……いい歳して風邪なんか引きやがって……」

 

そう言うと慶は茜の頭を軽く撫でると、自分のベッドに籠った。

 

「っくしゅ。寒ッ」

 

 



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12話

 

 

翌日。風邪が移っちまった。

 

「ゲホッゲホッ」

 

「何やってんのよあんた……」

 

「あ、あははっ……」

 

咳き込む慶に奏は呆れ、茜は苦笑いを浮かべた。

 

「う、うるせっ……そこのバカのが移ったんだよ……」

 

「ご、ごめんね……」

 

「別にいいよ……油断した俺の落ち度だ」

 

「いや、備えてれば助かるってもんでもないと思うけど……」

 

「ぇほっぇほっ!」

 

「だ、大丈夫?カナちゃん、どうしよう……」

 

不安そうに奏を見る茜。だが、奏は、

 

「ふん、そんなのほっとけばいいのよ。それより茜、なんか1日長引いてお父さんたち帰るの遅くなるみたい」

 

「あ、うん。分かった」

 

「それと、栞がお腹空いてるだろうから朝ご飯作るの手伝って」

 

「へ?それくらいカナちゃん一人で作れるでしょ?私、けーちゃん見てるよ」

 

「いいから来なさい」

 

そのまま茜は廊下に連れ出された。

 

「もう、どうしたのカナちゃん?」

 

と、聞いた茜の肩をガッ!と掴んだ。

 

「ど、どっどどどうしよう茜!け、慶が……慶がぁ!」

 

「慌て過ぎだよ!てかなにその豹変っぷり⁉︎」

 

「だっだだだだって!死んじゃうかも……!そ、そうだ!万能薬!かいふくのくすり!いにしえの秘薬!」

 

「落ち着いて!未知のもの作っちゃダメって言われたんでしょう⁉︎」

 

「未知じゃないわよ!慶のやってたゲームで見たのよ!」

 

「ゲームの世界にしか存在しないじゃない!」

 

「止めないでぇ〜!」

 

「ああもう!めんどくさい姉だな!」

 

そんな様子を聞きながら慶はニヤリと口を歪ませた。そして、大きく息を吸い込んだ。

 

「ゲッフッ!ゲフッ!」

 

「慶!」

 

バタンッ!とドアが開いた。

 

「だめだー死ぬー」

 

「し、しししし死ぬぅ⁉︎ど、どうすれば……!」

 

「新作ゲームがないと死んでしまうー」

 

「げ、ゲームね!何がいい?」

 

「モンハンで」

 

「わかったわ!モンスターハンター……モンスターハンター……」

 

などと呟く奏。その頭をペシッと茜が叩いた。

 

「カナちゃん落ち着いて。そんな病気があるわけないでしょ?」

 

「はっ!確かに、騙されたわ!」

 

「いや騙されないでよ……」

 

チッ、と舌打ちする慶。

 

「病気でもやっぱり慶は慶ね……」

 

「でもまぁ、その様子なら大丈夫そーだね」

 

「えー無理ー。ご飯食べたい〜。ラーメンで」

 

「「却下」」

 

茜と奏は口を揃えて言った。

 

「そういえば茜、病人は汗を掻くといいんだったわね?」

 

「そーだったねカナちゃん。じゃあタバスコでも買ってくる?」

 

「待てお前ら!何を入れる気だ⁉︎」

 

「え、何って……」

 

「汗かくといいんなら辛い物入れるの当たり前じゃん?」

 

「何処の星の常識⁉︎」

 

「じゃ、買い物に行くわよ茜!」

 

「私は無理!監視カメラがある!」

 

「いいから行くわよ!」

 

そのまま嬉々として出て行った。

 

 

 

 

「クッソー……奴らめぇ……」

 

ボヤきながら慶は近くにある名探偵コナン3巻に手を伸ばした。

 

(そういえばここで一回、蘭にバレるんだっけ……)

 

なんて考えてる時だ。ガチャッと扉が開いた。

 

「栞……だめだろお前。風邪移るぞ。いや俺の移した風邪なら少し興奮するかも……」

 

「だいじょうぶ?」

 

「ああ。平気だから。栞は部屋に戻ってろよ」

 

「でも……兄様以外にだれもいない……」

 

「あー……あのクソ姉貴共……じゃあアレだ。ゲーム貸してやるから下にいろ」

 

「…………やだっ」

 

「へ?」

 

「お兄様と、一緒にいる……」

 

「やだこの子可愛い一緒にいよう」

 

「うん♪」

 

そのまま布団に潜り込んできた。

 

「可愛いなぁ、小動物みたいで。いつか結婚しような」

 

「お兄様となら、いいよ」

 

「でも移るから出なさい」

 

「えっ……」

 

「栞の苦しむ姿を見るくらいなら俺は世界の病原菌を敵に戦争を起こさないといかん。だから頼むよ?」

 

「分かった……」

 

そのまま栞が出た時だ。

 

「げほっげほっ!」

 

「お、お兄様!」

 

「だ、大丈夫だから……ゲホッゲホッ……栞は、外に出て……」

 

「……………」

 

そのまま栞は駆け足で出て行った。

 

 

 

 

買い物中の奏と茜。ちなみに茜はサングラスをかけている。

 

「これなら、大丈夫、だよね?」

 

「そーね。それより、タバスコと何入れる?」

 

「うーん……豆板醤とか?」

 

「あんた……エゲツないわね……」

 

なんて話しながら歩いている時だ。奏の携帯に電話が掛かってきた。

 

「もしもし?」

 

『お姉様!栞』

 

「あら、どうしたの?というか電話かけられるの?」

 

『電話さんに教えてもらったの!』

 

「そ、そう……ちなみに私の番号はどうやって?」

 

『電話さん!』

 

「買い換えた方がいいかしら……」

 

『そんなことより、大変!』

 

「? どうしたの?」

 

『お兄様が!』

 

「えっ………?」

 

 

 

 

茜の能力で二人は急いで帰宅した。そして、玄関に入る。

 

「そんな……!辛さで泣かそうとしてる場合じゃなかった!」

 

「栞、いる?」

 

茜が呼ぶと、涙目で出て来る栞。

 

「すごい、咳き込んでて……それで……」

 

そのまま三人で部屋に突入した。

 

「慶!」

「けーちゃん!」

「お兄様!」

 

「あー?」

 

中で慶はゲームをしていた。瞬間、踏み付ける三人。

 

「いってぇ!何すんだお前ら!」

 

「あんたこそ何してんのよ!栞が電話なんてよこすから心配してたってのに……!」

 

「そうだよ!ゲームなんてやって!バカなの⁉︎」

 

「お兄様、めっ!」

 

三人に怒られて、慶は3DSを閉じると、ため息をつきながら布団に篭った。

 

「悪かったよ……。大人しくしてるからお前らは出てっていいよ」

 

「はぁ?何その言い方」

 

「移すと悪ぃーしな。風邪引いた時は一人で寝てんのがなんだかんだで最高の形なんだよ」

 

「……………」

 

「分かったら出てけ。シッシッ」

 

「分かったわよ。でも辛くなったら言いなさいよ」

 

「おー。おやすみ」

 

そのまま奏も茜も栞も出て行った。

 

「何よあの言い方!腹立つなぁ!そう思わないカナちゃん⁉︎」

 

「ねぇ、茜。知ってた?」

 

「なにが!」

 

「慶ってね、たいしたことない時は大騒ぎする癖に、本気でヤバいと思った時は隠すんだ」

 

「……………えっ?」

 

「どうしよう……本気で辛いみたい……」

 

「えっ?」

 

もう少しだけ続く

 



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13話

 

 

 

「どっどどどどうしよう……やっぱりブラックジャックでも精製したほうが……」

 

「だからダメだってば!ていうかあの人の手術代高いんだよ⁉︎」

 

「ダメよー!私は慶を助けるんだからー!」

 

「あーもう!面倒なんだから!」

 

(でもカナちゃんがここまで取り乱すなんて……どんだけけーちゃんのこと好きなんだろう……。姉弟の関係なのに……)

 

なんて考えてると、栞が下からトタトタとやって来た。

 

「栞?」

 

「これ…お兄様に……」

 

持ってきたのは濡れたタオルだった。

 

「あ、ありがとう栞。でもごめんね、お姉ちゃん今このお姉ちゃん抑えるので忙しいから栞が乗せてきてくれるかな?」

 

「分かった」

 

そのままガチャッと扉を開けて、栞は中へ入った。

 

「い、今……出すからね、慶!」

 

「もうっ!お姉ちゃん!そんなものでけーちゃんが治ってもこの国が破産しちゃったらけーちゃんは喜ばないよ⁉︎」

 

「っ! ………そ、そうかもしれないけど……」

 

「それにただの風邪なんだから、ほんと冷静になってよ」

 

「ごめんなさい、取り乱したわ……」

 

「とにかく、中で看病してあげようよ。あと大人しく寝かせてあげよう?ね?」

 

「ええ。そうね」

 

そのまま二人で部屋に入った。中では、真っ白な布を顔に被せた慶がベッドの上で横たわっていた。その横では栞が俯いて下を向いている。

 

「け、慶……?」

 

「そんな、けーちゃん!」

 

2人が涙目で慶に駆け寄った。だが、

 

「なんだようるせーな」

 

ひょいっとタオルを取って慶は起き上がった。

 

「栞!タオルの掛け方違うわよ!」

 

「それは亡くなった人にかける奴でしょ⁉︎」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

シュンっとする栞。その2人に慶は不機嫌そうに言った。

 

「ったく、頭に響くから黙ってろよ……」

 

「ほんっとに風邪引いてても態度だけは変わらないのね」

 

奏にじと目で睨まれる。

 

「まぁとにかく、辛かったら言いなさいよ」

 

「辛くないから平気。なんならこの状態で町内一周でも……」

 

「やめなさい!わかった!平気なのは分かったから!」

 

そう奏が言うと、慶は布団にもぐった。

 

「あーあ……昔はカナちゃんとか呼んでくれてて可愛かったのになぁ……」

 

「人は成長する生き物なんだよ。てか、今の俺にカナちゃんって呼ばれて嬉しいか?」

 

言われて顎に手を当てて考える奏。

 

『カナちゃん、コーラ買ってこい』

 

「………それはそれでありかも」

 

「あ?なんか言った?」

 

「なんでもないわよ!それよりお腹すいたんじゃない?お粥作ってきてあげる」

 

「サンキュ」

 

慶が礼を言うと二人は部屋を出た。すると、栞も部屋を出た。

 

「栞?」

 

「どうしたの?」

 

「栞も、作る」

 

「うん。分かった」

 

そのまま三人でクッキングした。その頃、慶。

 

「あー。頭痛い。まぁ自分の好きなことしてれば治るよな」

 

そんなこと言いながら慶はPSPを付けた。ネクプラだ。

 

「うー懐かしい。ユニコーンにしよう」

 

出撃。アーケードでボスルートしかない奴を選択した。

 

「バナージ・リンクス。ユニコーンガンダム、行きます!」

 

そう言って出撃した時だ。扉の開く音がして急いで布団の中に潜ってPSPを隠し、電源を切った。

 

(やっべぇ〜……作んの速すぎだろあいつら……!)

 

「お兄様」

 

「ん、栞?どした?」

 

「おかゆ」

 

「しおりの手作り?」

 

「うんっ」

 

「それだけで心がピョンピョンするわ」

 

「うんっ?」

 

「なんでもない。いただきます」

 

慶はそう言うと、手を合わせてありがたくいただいた。

 

 

 

 

そんなこんなで、翌日。

 

「治ったー!」

 

慶が元気よく手を挙げた。

 

「良かったね、お兄様」

 

「もう、心配かけさせないでよ」

 

栞、茜と声をかけられる中、慶は微笑みながら会釈した。すると、三人のいる部屋に奏が入ってきた。

 

「お、カナちゃん。治ったよけーちゃん」

 

「良かった」

 

「………………」

 

「? どうかしたか奏?」

 

顔色悪い奏がどんよりとした声で言った。

 

「……なんか、頭痛い……」

 

「「「…………」」」

 

無限ループって怖い。

 

 





長かった割にオチが微妙になってしまった……。



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14話

 

季節はぶっ飛んで、クリスマス。葵の誕生日となった。で、櫻田家は思いっきりクリスマスの準備をしている。もちろん、それはカモフラージュで葵の誕生日をサプライズでやるつもりなのだが、

 

(私の誕生日も一緒に祝ってくれるのね)

 

てな具合にモロばれていた。

 

「手伝おうか?」

 

と、葵が気を利かせても、

 

「間に合ってるから!」

 

と、光が断っている。そんな様子を見ながら慶は立ち上がった。

 

「や、葵。悪いけど買い出し手伝ってくれ」

 

「ち、ちょっとけーちゃん⁉︎」

 

いきなり振り返って光は慶に耳打ちした。

 

「どういうつもり⁉︎内緒にするんだよ⁉︎」

 

「ああ、わかってる。だからこそある程度手伝わせないと不自然だろうが。買い出しならクリスマスパーティのってことにもできるし勘付かれる事もないだろ」

 

慶が言うと、目からウロコ!って感じで「なるほど」と呟く光。

 

「ま、ここは俺に任せろ。岬、買い出し手伝え」

 

「えっ⁉︎な、なんで?」

 

「何買うのか俺知らんし。葵も知らねーと思うから頼むわ」

 

「わ、分かった!」

 

「いいよな葵?」

 

「うん。いいわよ」

 

そのまま三人で出掛けた。

 

「じゃ、まずはプレゼント交換用の物でも買いに行くよ!」

 

張り切って岬はそう言うと、葵と慶の少し前をタタタッと走る。

 

「元気ね、岬ったら」

 

「ああ。悪いな葵。もう少しだけ気付いてないフリしててやってくれ」

 

「あら、何のことかしら?」

 

うふふっと微笑む葵。それを見て慶は思わずため息をついた。

 

「嫌な姉だ」

 

「嫌な弟ね」

 

二人は岬の後を追った。どっかのデパート。岬は必死に葵のコートを選んでいた。

 

「岬様、こちらはどう……」

 

「全然ダメ」

 

店員さんの勧めを見もせずに一蹴すると、岬は別のコートを取る。

 

「つーかさ、」

 

と、慶が口を挟んだ。

 

「クリスマスプレゼント交換のプレゼントを選ぶんだから、三人ばらけた方がいいよな」

 

慶がそう言った瞬間、岬がまた耳打ちした。

 

「何言ってんのよ!葵姉さんのプレゼント選ぶんでしょう⁉︎」

 

「バーカ。んなことしたら不自然だろ」

 

「でもサイズとか分からないじゃない!」

 

「その位テメーで考えろ。いいな?」

 

「むぅっ……分かったわよ」

 

そんなわけで三人ばらけた。

 

「さて、何を買うか……」

 

慶はとりあえず、一階に降りておもちゃ屋のガンプラコーナーへ向かった。

 

(さて、葵が好きそうなモビルスーツ……葵、グフ、いやそれは安直過ぎる。それに葵が鞭を持つタイプには見えない。と、なるとズゴックとか?や、それ俺が好きなだけだし……ハンブラビ?ダメだ、葵のオッパイデッカいし……)

 

などと思考を巡らせた結果、ダブルオーガンダムに決定した。そのMGを買って慶はおもちゃコーナーを出て、ブラブラ歩き回ると、視界を塞がれた。

 

「あ?」

 

「だーれだ?」

 

「ババァ」

 

「このまま目、潰しとく?」

 

「冗談ですごめんなさい」

 

言うまでもなく葵だ。

 

「どしたの?」

 

「私は買い物終わったから。って、慶も終わったのね」

 

「ああ。今欲しいか?」

 

「後にするわ」

 

二人はテキトーに近くの店に入った。暖房入ってるから。二人はエスカレーターの足元のベンチに座ると、慶がすぐに立って近くの自販機で缶コーヒーを二本買いに行った。

 

「ほい」

 

「あら、ありがと」

 

「誕プレなそれ」

 

「あら、ありがとう」

 

なんて言い合いながら二人はコツンと乾杯して一口飲む。

 

「慶はさ、選挙はどうするの?」

 

唐突に葵が聞いた。

 

「参加しないよ」

 

「へ?そ、そうなの?」

 

「当たり前だ。俺は王様なんて器じゃない」

 

「そうかなぁ、頭もいいし……」

 

「頭良くて王様になれるわけじゃないだろ。農業・牧畜業、水産業、林業、狩猟業、鉱業。第一次産業だけでこの数だ。それだけじゃなくて第二次、第三次とまだまだまとめなきゃいけないものはあるし、これらは内政の一部でしかない。他にも他国との貿易だの外政だのなんだのって考えただけで頭が痛くなる。そんなんやりたがるやつの気が知れんわ」

 

「………」

 

「なんだよ」

 

「ううん、ちゃんと考えてるんだなって思って」

 

「当たり前だろ。仮にやるとなったとして、革命が起こるような政治には出来ない。全国民の生活を俺がまとめなきゃならないんだ。税金にしてもなんにしてもな。そんなの俺には合わないよ」

 

「うーん……むしろそこまで考えてるのって慶以外にいないと思うし、慶こそお似合いだと思うんだけど……」

 

「とにかくやらない。俺はせいぜいサポートするまでだ」

 

「じゃ、質問を変えるね。慶を除いた9人で、誰の力になりたい?」

 

「栞」

 

「」

 

と、即答した時だ。店の中央のレジで悲鳴が聞こえた。

 

「?」

 

「なに?」

 

真ん中には拳銃を持った覆面の奴が5人ほどいた。

 

「出口は抑えた!」

 

「動くな!全員、妙な真似したらぶっ殺すぞ!」

 

強盗だった。

 

 



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15話

 

 

 

そんなこんなで、強盗に入られました。慶は困った表情を浮かべながらも落ち着いてエスカレーターの陰に葵と一緒に隠れていた。

 

(奴ら、こんなデパートなんか占拠してどうするつもりだ?身代金を目的か?いや、デパートを占拠するのに五人だけってのは少な過ぎる。いや、この際目的はどうでもいい。奴らをどうするかだな。拳銃を持ってる以上は穏便には済ませられないだろう。この客の数だとあいつらの拳銃の腕がどうあれ誰かには当たるだろうし……クソッ、リア充どもが。だからクリスマスは嫌いなんだ。死ね)

 

と、ボヤきつつも慶は強盗を見た。

 

(考えるのめんどくせーな。もうここで大人しくしてるか)

 

そう思って慶はふぅっと息をついた。

 

「何か思いついたの?」

 

葵が聞いてきた。

 

「逆だ。考えるのメンドクセーからほとぼりが冷めるまで待機。どーせ監視カメラで何処に逃げようと後を追える」

 

「そっか……」

 

「奴らの目的にも寄るんだけどな。身代金とかじゃなくてもっと……こう、テロリストみたいな目的だったら話は別だ」

 

「テロリストみたいって?」

 

「『この国のやり方に意義を反するー!』みたいな?そういうのだったら自由にはさせられないな」

 

「そうね」

 

「ま、変に暴れたりしなけりゃ撃ってはこないだろ」

 

そう言って2人はエスカレーターの裏で一息つく。慶は気付かれないように写真を撮った。

 

『強盗なう☆』

 

で、Twitterに投稿。すると、隣の葵がふるふると震えてることに気付いた。

 

「………怖いのか?」

 

「当たり前よ。こんな状況で落ち着いていられるわけがないわ」

 

「…………俺、落ち着いてる」

 

「慶が異常なだけよ」

 

言われて慶はため息をついた。すると、「次は二階を制圧するぞ」と、声がした。

 

「! 上には岬が……!」

 

声を上げる葵。その瞬間、ニイッと笑う慶。

 

「作戦変更だ」

 

「え?」

 

「制圧するのは俺の方だ」

 

すると、後ろからどたどたと足音が聞こえた。強盗が五人、エスカレーターに向かってきた。その瞬間、慶はバッと飛び出て先頭の奴の顎に拳を叩き込んだ。

 

「⁉︎」

 

「な、なんだお前……っ!」

 

そう言うと残りの強盗は拳銃を向ける。慶は殴った奴の拳銃を奪うと、そいつの背中をドンッと強盗に向けて押した。仲間が前に出されたため、撃てない。その隙を見て、慶は懐に潜り込んで、更に前の奴の拳銃を握る拳を払い、さらに腹パンを決めた。

 

「てめっ……!」

 

と、殴られた奴が声を上げるが、その頭を浮かんでエスカレーターの取手に叩きつけた。

 

(こいつら……撃って来ないところを見るとやっぱ拳銃なんて使えねぇのか。なら、この間合いは俺のものだ)

 

そう判断すると、さらにもう一人にあっという間に近付いて袋叩きにした。そのまま拳銃を奪った時だ。

 

「動くなッ!」

 

その声が響いて、慶は残りの2人に銃口を向ける。敵のうちの1人は慶に拳銃を向け、もう一人は葵の首に手を回し、こめかみに拳銃を突き付けていた。

 

「!」

 

「この女がどうなってもいいのか?」

 

「お前、そいつが誰だか分かってる?」

 

「はぁ?誰でもいいだろ」

 

慶に聞かれるが、強盗はシレッと答えた。が、もう一人の強盗が「あっ」と声を上げた。

 

「おっ……おまっお前っお前それ……お、お前……お前………」

 

「あ?お前お前言い過ぎだろ。なんだよカス」

 

「そ、その人………」

 

「あん?」

 

言われて、銃を向けてる奴は葵を見た。

 

「あっ……」

 

「離れた方がいいぞ。現時点で一番人気の人だ。お前ら社会的に死にたいの?」

 

慶が言うと、強盗はダラダラと汗を流す。

 

「さっき、Twitterでお前らの写真ばら撒いたし、警察いつ来るかわからんよ?どうするよ。今のうちに自首するなり巣に帰るなりしたほうがいんじゃね?」

 

慶がそう言うと悩む強盗2人。

 

「じ、じゃあ……帰ります……」

 

「なんか悪いね」

 

「いえいえ」

 

そのまま強盗は倒れた奴らを背負って帰ろうとした。その時だ。

 

「逃がすかァッ‼︎」

 

慶が片方のの背中にドロップキックした。

 

「んなっ……て、てめっ嘘だろ⁉︎」

 

と、言った奴の背後を取ってバックドロップした。周りの客や葵が思わず半眼になる中、慶は気絶する強盗に言った。

 

「敵に背中を向けるとか、論外」

 

 

 

 

そんなわけで、無事に三人は帰宅した。

 

「ただいま」

 

「ただいま〜!」

 

「ただいま」

 

慶、岬、葵が挨拶をした。岬と慶は先に部屋に入る。そして、「いいよ〜」の声。葵が中に入ると、パンパンパンッ!とクラッカーの音がした。

 

『葵お姉様、誕生日おめでとう〜‼︎』

 

そんなわけで、誕生日会が始まったのだった。

 

 



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16話

 

 

 

大晦日になった。

 

「このパンツ誰の⁉︎今日の分の洗濯終わったよ!」

 

「光!箒は使ったら元の場所に戻して!」

 

「岬!窓拭き終わったの⁉︎」

 

「お風呂掃除係!洗剤置きっ放し!」

 

「光!クイックルワイパーは使ったら元の場所に戻して!」

 

「修ちゃん!サボってないでこの本片付けなさい!」

 

「洗い物係は……奏。一つ残ってるぞ」

 

「光!フローリングワイパーは使ったら元の場所に戻して!」

 

「遥ー!窓拭き手伝って〜!」

 

「茜姉様ー!掃除機は何処ですか?」

 

「光!掃除機は使ったら元に戻して!」

 

「栞、それ一人で持てるか?」

 

「うんっ。へーき」

 

「光!高圧洗浄機スチームクリーナーは使ったら元に戻して!」

 

「そんなのあたし使ってないよ!ていうか何に使うのよそんなもん!」

 

などと戦争状態の中、リビングの真ん中で慶と葵は誕生日プレゼントのダブルオー1/100スケールを創っていた。

 

「そうそう。で、ここ。わざと若干残して……そう、そしたら綺麗に削れるっしょ?」

 

「本当だ……ありがとう。慶」

 

「いえいえ、当然のことをしたまで」

 

言いながらも慶は自分のガンプラ(1/100スケールケルディム)を作っていた。

 

「すごいのね……。こんなに関節って動くんだ」

 

「ああ。最近のは高性能だからな」

 

「慶はどんなの作ってるの?」

 

「そっちの機体の仲間の機体、っていうのか?まぁそんな感じだ」

 

「へぇ〜。じゃあ私と慶も仲間ね」

 

「そーだな(棒読み)」

 

「何よその言い方」

 

なんて話してるときだ。ガンッと慶が頭を殴られた。

 

「って!」

 

振り返ると、不機嫌そうな顔で奏が立っている。

 

「なんだよ。つーか何すんだよ」

 

「何サボってんのよ。あんたも葵姉さんも」

 

「俺と葵は自分の掃除終わってるよ。お前らノロマと一緒にするな」

 

「な、なんですって⁉︎」

 

「俺の掃除場所は自室に階段、葵はコタツ周辺。気になるなら確認してみろ」

 

「むぅ……」

 

「奏、本当に終わってるのよ。けーちゃん要領だけはいいから」

 

「頭と運動神経と性格もな」

 

「「性格はないかな」」

 

「ちょっと待て声を揃えるか普通?」

 

反論しても、なぜか不機嫌そうな顔をする奏。葵はなんでか分かってるかのように微笑む。すると、奏がニヤリと笑った。

 

「なら慶はボルシチの世話しててくれる?」

 

凍り付く慶。が、構わずにボルシチを抱いてくる奏。

 

「まっ、待って待って!流石にそれはないんじゃないの⁉︎」

 

「あら、いいじゃない。手が空いてるんだもの。ねぇ、葵姉さん?」

 

「そ、そうねぇ……」

 

葵からのお許しが出て、奏は慶の元へボルシチを運ぶ。

 

「ま、待って!奏様!ごめんなさい!」

 

「やだ」

 

「いやあぁぁぁぁ‼︎」

 

女みたいな悲鳴をあげて慶は葵に抱き付いて逃げた。顔に胸が当たっているのだが、テンパってるのか慶は気にしていない。その様子を見て凍りつく奏。

 

「あ、葵助けてコノヤロー!」

 

「あ、あははっ……」

 

苦笑いで頭を撫でる葵。が、やがて奏からドス黒いオーラが放たれてきた。

 

「か、奏……?落ち着いて……?」

 

葵が言うも奏から放たれるオーラは止まらない。魔人ブウみたいになっている。が、慶は気づいていないのか、葵の胸に顔を埋めたまま震えている。その震える慶の肩に何かが乗った。

 

「? なんだこれ……」

 

なんだか理解する前に慶は自分の肩に乗ったものを触ろうとした。が、それがカプッと噛み付いてきた。

 

「」

 

顔を真っ白にしながらもそれを見ると、ボルシチだった。声にならない悲鳴が響いた。

 

 

 

 

ようやく掃除も終わり、全員でダブルオーとケルディムが並べられたコタツに集まり、テレビを見ている。

 

『櫻田家!チキチキ年末大世論調査会ー‼︎王家ごきょうだいの中から時期国王を決める選挙に先駆け。今宵、全国民回答による世論調査会を開催いたします!』

 

「実質、本番の国王選挙みたいなもんだよね」

 

岬が言うと、奏が口を開いた。

 

「あくまで現段階での順位よ。これで王様が決まるみたいな捉え方は……」

 

「……れ…がれ…下がれ……」

 

奏の台詞は誰かの念仏で遮られた。

 

「順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ順位下がれ………」

 

「うるせぇカス」

 

慶が一蹴すると茜はキッと慶を睨んだ。

 

「たった今岬が言ったじゃない!実質総選挙だって!」

 

「その後の奏の台詞も聞いてなかったのか」

 

「そーだよ。それに、案外ビリかもよ〜?」

 

光が乗って言った。だが、

 

「いやビリはけーちゃんだからないかな」

 

「その通りだ。ビリは俺だ」

 

『ではまず10位から!』

 

一応、全員テレビを見た。

 

『第10位、茜様です‼︎』

 

『はっ?』

 

茜や慶どころか、全員が声を漏らした。

 

「………………」

 

「喜べよ茜。最下位だ」

 

「なんか、慶より下って素直に喜べない……」

 

「お前いつか殺してやるからな」

 

で、テレビが言った。

 

『第9位、修様‼︎』

 

「んなっ……け、慶が、順位を上げている⁉︎」

 

「待て修!俺は何もしてない!この前俺、ゲーセンで他校の奴に絡まれて全員まとめて蹴散らしたんだぞ⁉︎」

 

「慶?ちょっとお話しましょうか」

 

葵に連行されていった。

 

「この様子だと、次は光かしら?」

 

奏がニヤニヤしながら言った。

 

「待ってよー!あたしまでけーちゃんより下だっていうの⁉︎」

 

「なんかそんな感じするのよ。ねぇ、栞?」

 

膝の上にいる栞の頭を撫でながら奏は言った。栞は奏の胸に頭を置きながら何も言わずに視線を逸らした。

 

「栞まで⁉︎そんなわけないわよ!あたしだって……!」

 

『第8位は光様です!』

 

「」

 

「ほら見たことか」

 

すると、慶と葵が戻って来た。が、慶は涙目だ。

 

「死んじゃおっかなーもう」

 

「慶⁉︎どうしたの⁉︎」

 

「なんでもねーよ……」

 

葵は慶に何を言ったんだろうと思いつつも全員何も聞けなかった。すると、またまたテレビから声がした。

 

『第7位は輝様です』

 

「妹の栞より下なんて……兄としての威厳が……!」

 

と、悔しがる輝の頭に慶が手を乗せた。

 

「大丈夫だ輝。あそこに兄としての威厳なんてない奴もいるし、そもそも栞はこの世の生き物の頂点に立つ天使なんだ。俺たちなんかと威厳が違う」

 

『続いて6位、栞様です』

 

「兄様、生き物の頂点6位ですが」

 

「ちょっと栞に投票しなかったゴミクズども全員殺してくる」

 

「慶?」

 

にっこり笑う葵が怖かったのでやめといた。

 

「しかし、けーちゃん快進撃だね〜」

 

岬が微笑みながら言った。

 

「そーだよね。万年最下位だった癖に」

 

光もそれに乗って言う。

 

「へ?俺、8位じゃないの?」

 

「8位は光だよ」

 

「……………」

 

顔色が悪くなり、ドッと汗が浮かぶ慶。

 

「おい国民、どういうつもりだ……」

 

「そりゃ、強盗とかスリとか退治してるし、当然じゃない?」

 

「…………あっ」

 

遥に言われてようやく慶は理由がわかった。

 

「なんで俺の目の前でばかり問題が起こるんだよ……。コナンくんかよ俺は……」

 

「でもまぁここまでよきっと。流石にこれ以上はないわよ」

 

奏が口を挟んだ。

 

「そうだな。同じ下位グループとしてこれ以上上げられるのは困る」

 

修も腕を組みながら言った。

 

『それでは、ベスト5の発表です!』

 

テレビがそう言うと、全員がそっちを見た。

 

 



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17話

 

 

 

『第5位は……』

 

そう言うと、みのもんたバリに引っ張る司会。そして、口を開いた。

 

『岬様です!』

 

「遥に負けたぁー!」

 

岬がうがぁー!と絶望的な声を上げた。そんな中、慶は遥の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい……。てめぇは俺より上なんだろうな……」

 

「えぇ?いや知らないけど……」

 

「上じゃなかったらマジで許さんぞ」

 

「そんなこと僕に言われても困るよ!」

 

「お前のその歪みを断ち切る」

 

「むしろ歪んでるのは兄さんの方だよ!」

 

『第4位、遥様!』

 

「よし、殺す」

 

「待って待って!ぼ、ボルシチ!」

 

「ごめんなさい」

 

「ほんと弱いね……」

 

『では、第1、2、3位は纏めて公開したいと思います!』

 

その声が響き、全員がテレビを見た。葵か、奏か、慶か。

 

「おい、まじ頼むぞ。一位なんてなった暁には暴動が起こす」

 

「やめなさい。猫を飼うわよ」

 

「やめとくわ」

 

「猫を飼うわよって……斬新な脅迫だな……」

 

修が呆れた時だ。テレビにランキングが映った。

 

一位 慶様!

二位 葵様!

三位 奏様!

 

「ちょっと自爆テロ起こしてくる」

 

「待って待って!落ち着い……ボルシチ!」

 

「落ち着く」

 

「なっ、なんで⁉︎」

 

ボルシチを使った慶と茜の心温まる茶番の後、奏が声を上げた。それに応えるように司会が解説を始めた。

 

『えー今回は慶様のものすごい快進撃でしたが何があったのでしょう?』

 

『それなんですがね、彼は少し前まで喧嘩や校則違反などで一番人気がなかったのですが、その喧嘩の理由のほとんどが苛められそうになっていた人を助けるとかだったようですごく支持を集めていますね』

 

「ち、ちげーから!俺別に助けたわけじゃねーから!た、たまたまボコったら結果的に助けになっただけだから!」

 

『それと、アイドルの米澤紗千子さんからですね。ストーカーに追われていたところ、助けていただいた、ともあります』

 

「ち、ちげーから!お前なんて助けてねーから!あの時は肩ぶつかって買ったばかりのファンタ落としてブチギレただけだから!」

 

「あー……最近さっちゃんがけーちゃんのこと顔を赤らめながら聞いてくるのってそういうことだったんだー」

 

光が声を漏らした。

 

『他にも定期テスト毎回トップ、バイクに乗ってる姿がカッコイイ、アレはツンデレの素質有り、などありますね』

 

「おーい最後の。誰だ殺すぞ本当に」

 

「ツンデレ……慶……」

 

そう呟くと奏は妄想する。

 

『べ、別に奏を助けたとかそんなんじゃないからな!ムカつく奴がたまたまいたってだけだからな!勘違いすんなよ!』

 

「…………イイ」

 

「カナちゃん鼻血!」

 

「ふえっ?」

 

なんて馬鹿やってる中、慶は炬燵に頭を打ち付ける。

 

「どうする……どうやって順位を下げる……」

 

なんてブツブツ呟いてると、父親が部屋に入ってきた。

 

「おーう、みんないるなー」

 

「どうしたの?」

 

茜が聞いた。

 

「今回、こんな感じの結果が出たと思う。ポイントが高いのも低いのもいたな。だから明日、逆転のチャンスを与えようと思う」

 

「へ?」

 

 

 

 

そんなわけで、外。ルールは二つのチームに別れて写真のペットを捕まえるようだ。先にとらえて勝利したチーム全員に100pt渡し、そのポイントを譲渡できる。さらにそのポイント1につき一万票の価値があるようだ。

 

「重要な事前情報として1.この一枚の写真、2.目標はこの街から外には出ていかないだろうということ、3.名前はミケだそうだ」

 

と、父親が言った。そんなわけで、クジでチーム分け。

 

A:茜、慶、岬、遥、輝

B:葵、奏、修、光、栞

 

となった。

 

「よーっし、じゃあさっそく探しに行こう!」

 

と、岬が言ったのだが、その襟を慶が掴んだ。

 

「待てバカ」

 

「んげっ!」

 

潰れたカエルみたいな声を出す岬。

 

「何するのよ!」

 

「お前ら、今回のターゲットがこの鷹だと思ってるバカは何人いる?」

 

手を挙げたのは四人だった。つまり、慶以外全員。

 

「どこまで素直な奴が多いんだよ」

 

「何よ、違うの?」

 

茜が聞いた。

 

「ちげーよ。写真の左下あんだろ?ここに猫がいる。こいつがミケだ。鷹にミケなんて名前付けるわけないだろ」

 

「な、なるほど……」

 

「向こうも葵いる以上、この事に気付いているはずだ。だから、栞を誘拐する」

 

「えっ……」

 

「おい引くな岬。ロリコンじゃないから。シスコンだから。俺は。あいつと遥がいれば俺たちに負けはない。だけど栞の誘拐に夢中になれば先手を打たれる。岬の分身二人と輝、頼む」

 

慶が言うと岬は分身し、三人は走って行った。

 

「茜、携帯の通話入れっぱなしで飛べ。遥が場所を指示する。お前なら建物を避ける必要はないだろ」

 

「う、うん」

 

「残った岬は全員バラて探す。俺と遥は一緒に行動する」

 

「なんで?」

 

「俺が向こうのチームならまず遥を消すからな。向こうには修がいる。地球の裏側に飛ばされるかもしれない。まぁお前は俺が守るさ」

 

「兄さん……少し気持ち悪い」

 

「ホモじゃないぞ」

 

「その前に一つだけ聞かせてくれる?」

 

「なんだよ」

 

「どうしてそんなにやる気出てるの?」

 

「は?」

 

遥が聞くと、茜が言った。

 

「そんなの、決まってるじゃん。誰かにポイントを譲渡するためでしょ?」

 

「違う。俺はやるからには勝つ男だ。特に奏に負けるのはなんか腹立つ」

 

「ああそう……」

 

「じゃ、行くぞみんな」

 

行動開始した。

 

 



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18話

 

 

 

「こっちだよ慶兄さん」

 

「おう、流石」

 

「茜姉さんも聞こえてるね?」

 

『うん。スーパーのあたりね』

 

通話して話ながら移動している時だ。

 

「つーか岬。お前までなんでいんだよ」

 

「べ、別にいいでしょ?」

 

「いや、遥の予知だと可能性が一番高い場所に俺たちが向かうわけだが、0%じゃないところもあるからお前の分身に行かせようと……」

 

「………………」

 

「………あっ、なるほど。遥と一緒にい……」

 

「余計なこと言うなッ!」

 

と、岬が慶をブン殴った時だ。慶は気配を感じて受け身を取ると、遥の後ろに修が現れた。

 

「遥ッ!」

 

「えっ?」

 

慶は遥の腕を引っ張って自分の後ろに隠れさせると、修の姿が消えた。

 

「何処に……⁉︎」

 

「テレポートさせる対象がいなくなったんだ。そしたら自分だけ移動する事になるに決まってんだろ。だけどいつ戻ってくるか分からないからさっさと行くぞ。スーパーの近くでいいんだな?」

 

「うん」

 

そのまま三人でスーパーの近くへ向かった。だが、

 

「ここで予知頼む遥」

 

「うん。………待って、場所移動した!公園の方!」

 

「OK」

 

すると、岬が言った。

 

「けーちゃん!栞捕獲部隊から。栞を公園で発見だって!近くに葵姉と奏姉、光の姿あり!」

 

「そいつらの足止めだけ頼む。輝は力を使っても構わないし、なんなら地割れの一つや二つくらい起こさせて足場を奪え」

 

「言っとく」

 

「茜、岬、遥。作戦がある」

 

 

 

 

公園。

 

「フンヌッ‼︎」

 

輝が地面を殴ると、地面が割れて公園の足場がボコボコになった。

 

「こら、輝!」

 

「待って奏。輝が自分からこんなことすると思う?」

 

「ってことはやっぱり……慶ね」

 

「あの子は後でぶっ飛ばすとして、奏。ダンディ君のぬいぐるみの時のあれ、お願い出来る?」

 

「………あれ高いのよ?」

 

「私のポイント上げてもいいんだけどなぁ」

 

「任せて」

 

そのままドローンみたいなのを三機呼び出し、それが空中から猫に迫る。

 

「栞、ご苦労様。もう危ないから私の上においで?」

 

「うんっ」

 

葵が言うと、栞は抱っこしてもらった。で、ドローンの方。

 

「やらせるかオラァッ!」

 

迫ろうとする岬の分身。だが、足場が安定しないのと向こうが空中なのもあって中々捉えきれない。ドローンは岬など相手にせずに猫に迫る。

 

「もらったわ!」

 

が、パシュッと音がして、ドローンが一機堕ちた。

 

「200万が……!」

 

奏がそう言うと、近くに慶がサイレンサー加工された拳銃を構えて立っていた。

 

「やらせるかよ」

 

そのままパシュッパシュッとドローンもどきを全て堕とした。で、慶はもう片方の銃を猫に向けた。こっちは空砲だ。それで猫をびびらすつもりだ。

 

「触れなければ問題ない」

 

その時だ。慶の後ろに修が現れ、慶の肩を掴んだ。

 

「っ⁉︎」

 

「少し旅行しててくれ」

 

そのまま慶は何処かへ消された。そして、修は猫の方を見た。

 

「さて、こいつで終わらせよう」

 

だが、その猫の元へ茜が降りてきた。

 

「チィッ!」

 

その瞬間、修の姿が消えた。そして、茜背後から声がした。

 

「慶と同じところへ飛べ」

 

その時、茜の頭に慶の言っていた台詞が思い浮かんだ。

 

『足場を崩されたら向こうで機能できるのは修しかいない。が、こちらも茜しかいない。修は間違いなく邪魔な茜を飛ばしに来る。触れられたら飛ばされるけど、それは茜も同じだ。触れたものに、重力をかけて吹き飛ばせるだろ?』

 

そして、修の手が自分に触れる瞬間、振り返って微笑んだ。

 

「けーちゃんの言ってた通りだ」

 

「んなっ……⁉︎」

 

そのまま茜は修を吹き飛ばした。そして、そのまま空中から猫を追撃する。さらに、

 

「遥?間違い無いのね?」

 

「僕の予知は絶対だ」

 

残り6人の岬が猫を包囲した。猫がこの先、どの方向に逃げるかを遥が予知し、岬6人がそのベスト6の方向から岬が突撃した。さらに、上空から茜。その時だ。本物の岬に誰かの手が乗った。

 

「?」

 

「ごめんね、岬ちゃん」

 

光だった。光の能力が発動し、岬は子供になる。すると、連鎖的に他の岬も子供になった。

 

「しまった……!」

 

そのまま光は猫を確保しようと飛び込む。上から茜。結果、二人は猫の上で激突し、気絶した。

 

「あらら………」

 

苦笑いで葵が見ていると、後から誰かがやって来た。

 

「お父さん……」

 

父親だった。

 

「タイムオーバーだ」

 

結果、引き分けになった。

 

 



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19話

 

 

 

 

1月3日になった。昨日までの王族としての務めは終わり、パーティやら何やらに参加させられ、全員お疲れムードである。その為、ほとんど全員が昼まで寝過ごす羽目になった。唯一早起きした葵は玄関に出た。

 

「ほっ、さむっ」

 

白い息を吐きながらポストの中を漁ると、もう3日目なのにたくさんの年賀状が届いていた。それらをすべて回収し、炬燵に入ると仕分けを始めた。

 

(私、奏……これも奏、輝、茜、私、光………)

 

と、心の中で呟きながら分けているときに、事件は起こった。

 

(あら、今年は慶のも来てるのね。クラスに友達が出来たみたいで良かったわ。……………あれ?慶?)

 

どたどたと走って葵は茜、慶の部屋に入った。

 

「慶!」

 

「……んー、どうしたのお姉ちゃん………」

 

茜が眠た気に起きた。

 

「昨日まで動きっぱなしだったんだからゆっくり……」

 

「そんな事より!慶は⁉︎1日から見てないわよ私!」

 

「けーちゃん………?」

 

ぼーっとした目で隣のベッドを見た。誰もいない。眠たげな目が見開かれた。

 

「けーちゃん⁉︎」

 

全員慌てて起こし、会議。

 

「と、いうわけで慶の居場所に心当たりのある人!」

 

すぐに修が手を挙げた。

 

「はい修ちゃん!」

 

「1日からいないんだったら、ミケの一件で俺が飛ばしてから迎えに行くの忘れてたのかもな」

 

「すぐに迎えに行きなさい!」

 

そんなわけで、修は瞬間移動して迎えに行った。南の島には大量の魚や動物の骨と焚き火の跡、そして慶がいた。

 

「よ、よう………」

 

控えめに修は声をかけた。慶はジロリと修を見ると、「うっ……」と涙腺が緩んだ。

 

「しゅううううううううッッ‼︎‼︎」

 

ガバッと修に抱き着いた。頭を撫でてやる修。すると、慶が乾ききった唇で言った。

 

「とりあえず、お前は後で殺す」

 

 

 

 

櫻田家。シャワーを浴びて慶は自室で拗ねていた。それを葵と茜が全力で慰めていた。

 

「携帯は繋がらないし、水は海水しかないし、ろ過しようにもペットボトルも何もないし、森には変な肉食動物たくさんいて眠れないし、そいつら焼いても硬くてマズイし、魚を取りに行っても中々捕まらないし、いい歳して野糞したし、まさか本当に葉っぱでケツ拭くことになるし、なんか嵐が来て火とか全部消えちゃうし……」

 

と、暗い思い出が蘇っていた。

 

(というか……肉食動物に素手で勝ったんだ……)

 

とは思わずにいられなかったが口には出さなかった。

 

「本当にごめんね。私達も忙しくて全然気付かなくて……」

 

「怒ってないし。…………でも修は殺す」

 

ボソッと物騒なことを言う慶。

 

「ほんとにごめんね。私もお姉ちゃんなのに全然気付かなかった」

 

茜も詫びた。

 

「いいよ別に。クソダルい新年パーティサボれたと思えばマシに思えるし。…………でも、辛かったなぁ。よく泣かなかったなぁ、俺………」

 

しみじみと呟く慶だった。

 

 

 

 

慶は修を殺す代わりに奪ったお年玉を持って出掛けた。

 

(何買おうかな……。こんだけあればMG10個は買えるよな……)

 

なんて考えながら歩く。すると、こんな声が聞こえた。

 

「やだ!離してください!」

 

「いいから金出せって。お年玉いっぱいもらってんだろ?」

 

「持ってない!やめて!」

 

それを聞いて慶はため息をついた。で、ゴキッゴキッと指を鳴らす。

 

「さて、と。今年一発目」

 

言いながら路地裏へと入った。女の子が二人の男に囲まれている。

 

「おーい。そこまでにしとけよ」

 

気だるげに声を出すと、その三人は振り返った。

 

「あ?なんだテメェ。関係ねぇだろ」

 

「ほっとけよカス」

 

「ほっとけ、かぁ……ダメだよお前……ほっとかれる奴の気持ち分かってねぇなぁお前……分かってないようん……」

 

「はぁ?何言ってんだお前」

 

「まぁいいや。テメェもついてねぇ野郎だ。この子と一緒に金出してもらおうか」

 

「ついてない、か。確かにな。正月から無人島に飛ばされてゲームセットしても迎えに来てもらえずに無人島生活我慢選手権だ。確かについてなぁい……」

 

「本当に何言ってんだこいつ」

 

「もうめんどくせーや。逃げる?やる?」

 

「やるに決まってんだろ!」

 

「死ねコラァッ!」

 

と、殴りかかってくる2人。それを二発で壁に減り込ませた。

 

「………無人島行ってから少し強くなったかな」

 

と、呟いた時だ。

 

(しまった。こういう行動が国民の人気一位獲得の原因になってるんじゃ……!)

 

そう思った瞬間、さっさと退散しようとした。だが、

 

「あ、あの!」

 

声をかけられてしまった。仕方なく振り返ると、助けた女の子が立っていた。

 

「はい?」

 

「た、助けていただいてありがとうございます!」

 

その子はペコッと頭を下げた。

 

「いやそんな気にしないでください。じゃっ」

 

「櫻田慶さん、ですよね⁉︎」

 

(うわあいバレてる)

 

ガッカリしつつも慶は頷いた。

 

「そうですけど」

 

「その、よかったら……お茶しませんか?」

 

「え、いや………」

 

「お、お願いします!」

 

勢いよく頭を下げられ、断るに断れなくなってしまった。

 

「わ、分かりましたから頭上げて……」

 

「では行きましょう!あ、名前まだでしたね」

 

その女の子はそう言うと、笑顔で言った。

 

「米澤紗千子です」

 

 



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20話

 

 

 

 

何処ぞの喫茶店。慶と、先ほど助けられた女の子は一緒に座っている。あ、女の子サングラスしてるからね。言い忘れたけど。アイドルだし。

 

(米澤紗千子……どっかで聞いた気がしなくもないんだが、なんだっけ?なんか光あたりが騒いでた気がするんだけど)

 

「そ、その、慶さん」

 

「あ?」

 

「二度もたすけていただいて、ありがとうございます」

 

「二度?なんで?いつ?」

 

「実は、前にストーカーにおわれていたところを助けていただいて……」

 

「あー」

 

(どっかで見たことあると思ったらそれか。あれ……確かそいつって……なんだっけ?)

 

と、思い出しながらも慶は言った。

 

「別にいいですよ。ただムカついたから減り込ませただけですから」

 

言いながら注文したコーヒー(ガムシロ、ミルク3個入り)を啜る。

 

「それで、今日はどこに行こうとしてたんですか?」

 

「あー今日は買い物です。一昨日から今日の朝までサバイバルやってたから正月中に買う予定だったもん買いに」

 

「サバイバル?」

 

「とにかく買い物ですよ」

 

「そうですか。何を買うつもりだったんですか?」

 

「とりあえずプラモデルかな」

 

「プラモデル?」

 

「ガンダムの。とりあえず4機欲しいな」

 

(なるほど……趣味はプラモデルか)

 

紗千子は心のメモをすると、深呼吸をした。そして言った。

 

「あ、あの!もしよろしければ一緒に行っても構いませんか⁉︎」

 

「ふえ?なんでまた急に」

 

「お願いします!その……行きたいんです……」

 

「いやそんなん言われても……」

 

だが、慶はハッとする。

 

(俺と女の子が一緒→誰かに見つかる→スキャンダル!熱愛発覚!→俺の支持率大幅ダウン)

 

「いいですよ。行きましょう」

 

「! は、はい!」

 

5秒で手のひらを返す慶だった。

 

 

 

 

櫻田家。

 

「いやー……流石にけーちゃんには悪いことしちゃったね……」

 

光がテレビを見ながら言った。

 

「ああ。そーだな……あの時に『俺のお年玉あげるから』がなかったら確実に俺死んでたな……」

 

「……修ちゃん、大丈夫?」

 

「ああ。大丈夫だ」

 

そう答える修はボッコボコだった。

 

「むしろ、奏は大丈夫なのか?」

 

「あー……奏ちゃんは……」

 

光がチロッと部屋の隅を見ると、奏が壁に頭を打ち付けていた。なんか呪いの言葉みたいなのをブツブツ言いながら。

 

「…………まぁ、そうなるよな」

 

「誰か止めてあげなよ」

 

 

 

 

ビックキャメラ。そこのプラモコーナー。

 

「わあ!これ全部ガンプラなんですか?」

 

驚く声を上げる紗千子。

 

「ああ。っと、こっちだな」

 

慶はMGの方へ。普段ならHGなのだが、正月ということで奮発したいらしい。もらった金だし。

 

「うわあ、金色ですよこれ……」

 

「百式?………ああ、ゴールドスモーね」

 

「なんかお金持ちってイメージあります……」

 

「まぁ分からなくもないですね」

 

なんて話しながらも慶はプラモを選ぶ。

 

「なぁ、どっちがいいと思いますか?」

 

「へっ⁉︎わ、私⁉︎」

 

慶が聞くと、ビクッとする紗千子。

 

「や、この黒いリックディアスと赤いリックディアス、どっちがいいかなーって」

 

「へ?あ、あーそういう……。何が違うんですか?」

 

「パイロットが違うかな。俺的に黒い方が好きなんだけど、赤い方は色んな人が乗ってるからさ」

 

「なるほど……。んー……なら、赤い方かなぁ」

 

「そっか……。なら黒い方にするわ」

 

「ええっ⁉︎なにそれ!」

 

「誰も米澤さんが選んだ方を選ぶなんて言ってない」

 

「ずるいよー!」

 

「それが人間だ」

 

「なんか大袈裟だし!」

 

なんて話しながらリックディアスを買った。その後もお互いに色んなところを周り、気が付けば夕方になっていた。

 

「そろそろ帰るか」

 

「そうだね」

 

「送るよ。家まで」

 

「え?い、いいですよ」

 

「ストーカーが多いんだろ?」

 

「う、うん」

 

「しかしストーカー多いとか、アイドルみたいだな」

 

「はっ?」

 

「えっ?」

 

「…………や、なんでもないです。そうだ、今日の8:00からテレビ見てみてください。10chで」

 

「へ?なんで?」

 

「いいから。お願いします」

 

「? お、おう」

 

「あと、その……アドレスの交換出来ますか?」

 

「別にいいけど……LINEじゃダメなのか?」

 

「じゃあ両方で」

 

「うい」

 

 

 

 

紗千子を送った後、慶は帰宅した。

 

「ただいま」

 

「おかえりぃ〜っ!」

 

ガバッと飛び込んできた奏。それに抱き着かれながらもまったく無視しながら慶は家の中へ。

 

「あ、けーちゃんお帰り」

 

「おう、光」

 

言いながら慶は時計を見た。19:30。

 

「なぁ、20:00から見たいテレビあるんだが、いいか?」

 

「お、けーちゃんが珍しい。何チャン?」

 

「10」

 

「おーあたしと同じ。いいよ」

 

「さんきゅ」

 

「今日はさっちゃんが出るんだー!Mステ!」

 

「ふーん……音楽番組か……」

 

「そんなのも知らずに見たいとか言ってたの⁉︎」

 

「はいはい、さっちゃんねぇ……」

 

そんなことを考えながら奏を引き剥がしてその辺に捨てながらソファーに座って携帯を弄った。

 

「は?さっちゃん?」

 

「え、なにどしたの?」

 

「光、さっちゃんの本名は?」

 

「はぁ?米澤紗千子だけど?」

 

「………よ、米澤さん……?」

 

慶は携帯を見てアドレス帳を確認。米澤紗千子の文字。

 

「…………す、スキャンダルになるのむしろ向こうだったかも……」

 

「どしたの?」

 

「や、なんでもない。サイン頼んどきゃ良かったなーって」

 

とりあえず今度会うときに頼もうと心に固く誓ったのだった。

 

 



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21話

 

 

 

 

3月になりやがった。葵は卒業し、春休みに入り、それぞれの学年が一つずつ上がろうとするこの頃、奏は張り切っていた。

 

(慶の誕生日プレゼント……何がいいかな)

 

そんな事をかんがえながら街を歩いている。

 

(あの子の喜ぶもの……まず鞄や衣類は論外ね。ゲームかガンプラ、漫画の大人買い……)

 

すると、見掛けたのはブックオフ。

 

(いえ、中古品はやめておきましょう)

 

そう決めるととりあえずヤマダ電機に入った。ここなら本もガンプラもゲームもある。とりあえずガンプラコーナーへ。正体が奏だとバレると選挙に響くので、帽子と伊達眼鏡をかけている。そして、メモ帳を開いた。慶の持ってるガンプラを全て記入してある。

 

(…………ダブらない様に選ばなきゃね)

ちなみにこの日のためにガンダムシリーズのアニメを全て見た奏である。で、改めてメモを見直した。

 

(………なるほど。慶は実弾系の武器を使うモビルスーツが好きなのね。と、なると……)

 

奏は候補の中にハイゴッグを入れておいた。

 

(次はゲームね)

 

ゲームコーナーへ向かった時だ。奏の携帯が鳴った。

 

「もしもし?」

 

『あー俺。慶』

 

ギョッとする奏。

 

「なっ、何⁉︎」

 

『いやーもうすぐ茜の誕生日だろ?だから誕生日プレゼント買うの手伝ってくれ』

 

(ほっ……そっちか。良かった)

 

と、思いつつ言った。

 

「別に構わないわよ。何処にいるの?」

 

『駅前のスタバ』

 

「分かった。今行くわね」

 

そのまま通話を切った。

 

(慶とデート♪)

 

とか考えながら。

 

 

 

 

だが、待ち合わせ場所に着いた瞬間、奏は固まった。慶が知らない女……いや知ってるけど知らない女と一緒にいたからだ。

 

「つまりねけーちゃん。もう春になるから冬物より夏物の方が……」

 

「なるほど……。あ、奏来た」

 

慶がそうつぶやくと手を振ってくる。それに対して奏は氷の微笑で返した。

 

 

 

 

「「で、どういうこと?」」

 

2人にジト目で睨まれる慶。

 

「いやだからどういうこともなにも2人に手伝って欲しいんだって。茜へのプレゼント。俺、女心とか皆無だし」

 

「「そのようで」」

 

声を揃える2人。心底ビビりつつも慶は言った。

 

「あー……とりあえず紹介するわ。さっちゃん」

 

「…………さっちゃん?」

 

その紹介を聞いてさらに機嫌の悪くなる奏。

 

「で、さっちゃん。こっちのおっぱい魔人が奏」

 

「…………どうもです」

 

「失礼ですが、」

 

と、奏が口を挟んだ。

 

「慶とはどのような関係で?」

 

「お友達です。ね?けーちゃん」

 

「え?あ、ああ。まぁ」

 

「…………けーちゃん?」

 

声を低くしてそう復唱する奏。

 

(えっ、俺今なんかマズイこと言ったかな……)

 

「けーちゃんったら優しいんですよ。今日もここのお金奢ってくれるみたいで」

 

「そりゃ、まぁ付き合ってもらってるわけだし……」

 

「なら私の分も出してもらおうかしら?」

 

「いやお前は姉だろ。そうだ、むしろお前が俺の分奢れよ」

 

「……………はぁ?」

 

ギロリと睨む奏に心底ビビる慶だった。

 

「お、奢らせていただきます……」

 

そんなわけで、修羅場になった。

 

 



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22話

 

 

そのまま三人でヤマダ電機へ。

 

「おいお前ら。茜の誕プレでなんでヤマダ電機だ」

 

「いいじゃない、意外と喜ぶかもよ電化製品」

 

奏がしれっと答えた。

 

「いや意外性狙いですか……」

 

「いいから黙って付いて来なさい」

 

「俺が付き合ってもらってるはずなんだが……」

 

納得いかない顔ながらも慶はついていった。で、到着したのはガンプラコーナー。

 

「ってお前ら!誰の誕プレ買いに来てるか分かってんの⁉︎」

 

と、いうツッコミも無視して二人は選んだ。すると、慶は「おっ」と声を上げる。

 

「へぇ、ガーベラじゃん。もう発売してたんだ」

 

「? それなに?」

 

紗千子が聞いた。

 

「ああ、これはガンダム試作4号機。カッケーだろ」

 

「そうね。でもガーベラって何処かで聞いたような……」

 

「おっ。お前ガンダムいける口か?そのガーベラはガーベラテトラじゃない?」

 

「確かキララの機体だよね!」

 

「あーそっち選んじゃったかー……」

 

ガッカリする慶。すると、奏が口を挟んだ。

 

「ガーベラ・テトラ。元々はガンダム開発計画においてガンダム試作4号機。強襲、突撃、白兵戦用というコンセプト。ガンダム開発計画が漏れた後に外観をジオン系MSであるかのように仕様変更してある」

 

と、ポケモン図鑑のような説明をした。

 

「………でしょ?」

 

「お、おう……。奏って、ガンダム好きだったの?」

 

「ちょっと興味出ただけよ」

 

「いや絶対嘘ですしおすし」

 

紗千子も少し引いていた。

 

「で、何よ。これ欲しいの?」

 

「あ、あー。いや別にそういうわけじゃないんだが、俺は今はほら、サイサリスかドーベルウルフが欲しいし……」

 

「ふーん……分かった。もういいや。行こう」

 

「は?もういいの?」

 

「うん」

 

そのまま奏と慶が去ろうとした時だ。

 

「ま、まって!少しだけようあるから!」

 

「は?ガンプラコーナーで?」

 

「い、いいから待ってて!」

 

そう言うと紗千子はガンプラの方へ。

 

「ガンプラ買うのか?」

 

「ほら慶はこっちに来なさい」

 

「は?いや待ってろって……」

 

「だからこっちで待つわよ。乙女心くらい考えてあげなさい」

 

「はぁ?」

 

「早く」

 

「わ、分かったよ……」

 

仕方なく慶は離れた。

 

 

 

 

そのまま三人でしばらく買い物をした。結局、慶が茜に買ったのは鞄とGNアーチャーのMGだった。ちなみに少し前の奏と修の誕生日にはセラヴィーとアリオスをプレゼントしている。

今は帰宅中。

 

「いやーいい買い物したわ」

 

「慶、せっかくだから米澤さんを送って行ってあげなさい」

 

「!」

 

「はぁ?いやいいけど……」

 

「じゃ、なるべく早く帰ってこないでね」

 

「なにそれ、俺に帰らぬ人になれってか?」

 

「だいたいあってる。じゃ、またね」

 

そのまま別れ、慶はまた紗千子のマンションの前。

 

「じゃ、またなさっちゃん。今日はマジ助かった。サンキューな」

 

「う、うん。それでさ、けーちゃん」

 

言うと、紗千子はバッと手に持っていた紙袋を慶に突き出した。

 

「はいっ」

 

「あん?」

 

「誕生日、おめでとう」

 

「…………えっ?これ俺に?」

 

「中、開けてみて」

 

言われて慶は紙袋を受け取り、中を見るとドーベンウルフが入っていた。

 

「おおおおお!ドーベンウルフじゃないか!マジでくれんの⁉︎本当に⁉︎」

 

「うん」

 

「マジかァァァァ‼︎俺お前大好きだわ!」

 

「ふえっ⁉︎」

 

「や、マジでサンキューな!今度絶対なんかお礼するから。じゃな!」

 

言うだけ言って慶は帰って行った。

 

 

 

 

慶は帰宅していた。家に帰ったら茜の誕生日会だから少し楽しみにしていた。ケーキが食い放題だからだ。

 

「ただいまー」

 

と、家に入ると、茜がリビングの前で待っていた。

 

「おう、茜」

 

「あ、けーちゃん……」

 

「どした?何してんの?」

 

「また準備できてないって締め出された……」

 

「おい、それ茜に言うのかよ。葵の時に比べて雑過ぎるだろ……」

 

「とにかく大人しく待つことにするよ……」

 

「じゃ、俺は中に入ってるぞ」

 

「なんでよ!けーちゃんも誕生日でしょ⁉︎主役だよ⁉︎」

 

「待機、怠い」

 

「ちょっ……ダメだって……!」

 

だが、茜の静止を無視して慶は部屋に上がり込んだ。そしたら、パンパンパーンッ!とクラッカーが鳴った。

 

「…………あ?」

 

『茜、慶。誕生日おめでと〜!』

 

「「…………へ?」」

 

二人して間抜けな声を出す。

 

「ふふ、大成功ね」

 

葵が微笑んだ。そして、遥が解説する。

 

「葵姉さんは、慶兄さんが待つことをしないことを予測して茜姉さんを待機させたんだよ」

 

「なるほど………」

 

「まぁ驚いてたし、サプライズにはなったんじゃない?」

 

奏がまとめると、まぁそれもそうだねーみたいな空気になった。そんな中、栞が一歩前に出た。慶の方だ。

 

「どうした栞?結婚する気になった?」

 

「修お兄様がよろこぶって言ってた、栞から、誕生日ぷれぜんと」

 

で、手招きする栞。頭に「?」を浮かべながら慶はしゃがんだ。すると、

 

「んっ」

 

「」

 

頬にキスされた。その時だ。慶はうごかなくなった。

 

「うれしい?」

 

「」

 

「おにいさま……?」

 

返事はない。隣にいた茜も不審に思い、慶の肩を掴んだ。

 

「ちょっと、慶?………死んでる」

 

 



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23話

 

 

 

ある日の夜中。慶は寝ていたのだが、胸の苦しさに目が覚めた。恐る恐る目を開けると、ボルシチが立っていた。

 

「○△□※☆〜〜〜ッッ‼︎」

 

声にならない叫びを上げながらベッドから転げ落ち、隣に寝ている茜を叩き起こした。

 

「茜!起きろ!助けて!」

 

「ん……」

 

が、中々起きない。そうしている間にボルシチはのっしのっしと慶に向かって歩みを進める。

 

「やめてぇ!来ないでぇ!」

 

と、声を上げた時だ。

 

「もぉ……うるさいなぁ……」

 

「! 茜!助けてください!明日辺りにスタバでなんでも奢ってやるから!」

 

「わかった、わかったから……。で、どうしたの?」

 

「ぼ、ボルシチが……」

 

「やっぱりね……。はいはい、ボルシチおいでー」

 

茜は言いながら起き上がり、部屋から出る。その後を追うボルシチ。下に行って茜はボルシチにキャットフードをあげる。壁の脇から慶は隠れるように覗いた。

 

「……いつもいつも飯をねだってたのか。なんで俺を起こすんだよ……」

 

「さぁ?仲良くなりたいんじゃない?」

 

「言っとくが無理だぞ。号泣するぞ」

 

「情けない……。本当に男の子?強盗の方がよっぽど怖いじゃない」

 

「お前は分かってない。その人類滅亡兵器の恐ろしさが…」

 

「はいはい、わかったわかった。じゃ、そろそろ寝るよ。おやすみボルシチ」

 

だが、せっかくあげた飯にボルシチは興味を示さない。それどころかビニール袋に噛み付きはじめた。

 

「ビニールのがマシだっての⁉︎」

 

「もういいだろ。ビニールでもなんでもあげとけよ。そいつの好きにさせてやれよ」

 

慶が言うと二人は自室に戻った。で、ベッドに茜が入った時だ。

 

「………茜」

 

「なに?」

 

「その……眠れないから……」

 

「またぁ?仕方ないなぁ……。ほらおいで?」

 

茜が言うと、慶は同じベッドに入った。

 

「いつも悪いな……」

 

「別にいいよ。でももう少し慣れなよ?」

 

「それはわかってるんだが……だいぶ前にコタツに足入れたら噛まれて……」

 

「あー騒いでたね……」

 

「ほんとごめん……」

 

「いいよ。私だって監視カメラで迷惑かけてるもん」

 

「そうだな。さっき謝ったのなしで」

 

「ベッドから落とすよ?」

 

 

 

 

翌日。

 

「と、いうわけだ栞。こいつがなぜ俺のところに来るのか教えてくれ」

 

「わかった」

 

で、能力発動。

 

「『彼の元へ行くと涙目になって逃げようとするから面白いwww』」

 

「上等だこんの糞猫がオラァッ‼︎表出ろハゲェ!粉々に粉砕してやるよォッ‼︎」

 

「にゃー」

 

「『よろしい、ならば我が秘伝奥義ー真・六爪桜の舞ー(ルビの振り方は各自テキトーに読んでください)で返り討ちに……』」

 

「ごめんなさい参りました」

 

と、慶は土下座した。すると、栞がボルシチにデコピンした。

 

「ボルシチ、お兄様いじめちゃ、めっ」

 

「なぅ……」

 

すると、一歩後ずさるボルシチ。そして、栞は泣きそうな顔をしている慶の頭を撫でた。

 

「お兄様、だいじょうぶ?」

 

「おっほおおおおおお!俺もう死んでもいい!」

 

「だいじょうぶ?」

 

なんてやってると、奏が呟いた。

 

「私もそいつの性格なんとなく好きになれないのよね」

 

「またまたそんなこと言って。本当はけーちゃんがいじめられてるからじゃないの?」

 

岬が言った。ニヤニヤしながら言った。

 

「そ、そんなわけないでしょ」

 

「いや、むしろいつもけーちゃんが普段見せない顔を見させてくれるから好きなのかも?」

 

「だ、だから違うわよ!」

 

すると、岬はボルシチを抱っこして慶に放り投げた。

 

「あああああああッッ‼︎岬テメェ後で木っ端微塵に……!」

 

パシャッと奏の携帯からシャッター音が鳴った。

 

「後者だったかー」

 

「………悪くないわね」

 

「二人とも、お兄様いじめちゃだめ!」

 

そんな二人に栞が立ち塞がった。

 

「うっ、ごめんなさい……」

 

「栞、本当に結婚しない?」

 

「けーちゃん、それだから気持ち悪いって……」

 

岬が割と本気で引いていると、ボルシチはソファーで寝転がってる茜の上に座った。

 

「そういえば、」

 

と、修がそれを見て言った。

 

「ボルが茜以外の上で寝てるのってあんま見ないな」

 

「そりゃ、オッパイ小さいけど柔らかいからじゃね?」

 

「けーちゃん?明日から一緒に寝てあげないよ?」

 

「ゴメンなさい……」

 

「えっ、待って。あなた達一緒に寝てるの?」

 

奏が聞いた。

 

「うん。最近、けーちゃんのことボルシチが起こしにくるからその度にけーちゃんが一人で寝れなくなっちゃってねー」

 

「羨ま……あっ、いやだめよ。姉弟で不健全だわ」

 

「いや本音だだ漏れだから……」

 

茜が軽く引いてると、その隣に光が寝転がった。

 

「それならあたしも小さくて柔らかいよー」

 

「いや光、お前の方が大きい。無理だ」

 

「そう?あたしまだ小学生だし茜ちゃんよりは……」

 

「揉んで見ればわかる。おい、二人とも服を脱げ」

 

殴られた。

 

 



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24話

 

とある日。葵が自室にいると、ノックの音がした。

 

「葵、入っていいか?」

 

慶の声だった。

 

「いいわよ」

 

「失礼しまーす」

 

珍しく礼儀正しく入ってきた。と、思ったらポテチの袋とか抱えていた。

 

「どうしたの?一緒に食べたいの?」

 

「あーまぁそんなとこ」

 

「あら素直」

 

「少し聞きたいことあってさ」

 

「なぁに?」

 

「葵の本当の能力って何?」

 

その瞬間、ギクッとする葵。

 

「な、なんのこと?」

 

「ウソ下手だなーお前。ってことは、本当の能力じゃないって俺の勘は正しかったってことだな」

 

「いいえ。私の能力は完全……」

 

「見たことは全部覚える……だったか?だが他の兄弟の能力は学力にはプラスにもマイナスにも支障は出ない能力ばかりだ。だが完全記憶だけは明らかに異質だ。やろうと思えば誰でもできる」

 

「そうかなぁ?私は3年前の今日のお昼とかも覚えてるけど?」

 

「そんなもん、テキトーに言えばどうとでもなる。誰も覚えていないことだからな」

 

「…………」

 

「まぁどれも俺の推測だけど。違うか?」

 

「…………お姉ちゃん悲しい。そんな疑い深い弟になっちゃって……」

 

「うるせーバカ。まぁ俺にとっては能力なんてどうでもいいことなんだけど」

 

「じゃあなんで聞いたのよ」

 

「気になったから?もしかしたら俺と同じで能力ないんじゃないかなーっと」

 

「残念な理由だったのね……。でも残念ながら私は能力あるわよ」

 

「ケッ、ツマンネ。じゃあいいや、なんでもない」

 

そのまま慶は部屋を出ようとした。だが、扉が開いて鼻に直撃した。

 

「オゴッ!」

 

割とモロに直撃したらしく、鼻血を抑えて悶える慶を無視して入ってきた茜は葵に土下座した。

 

「葵姉様、高校ご卒業おめでとうございます」

 

「えっ?あっ、いやうん」

 

「これからは私はお姉ちゃんの手を借りず、一人で登校しなければなりませんね」

 

「あ、ああ。うん。そっか…」

 

「うっ……うぐっ、ふぐううううううっっ」

 

「ちょっ……茜⁉︎本気で泣いてる⁉︎」

 

「うええええええええっっ‼︎」

 

「お、落ち着いてよ!ほら、そこにいる慶もいるんだし……」

 

「葵、いい歳して鼻血出ちゃった……ティッシュない?茜は後で殺す」

 

「はい」

 

慶がティッシュを鼻に入れている中、茜は言った。

 

「今のままではお姉ちゃんに心配をかけてしまうことでしょう……。しかし私にはお姉ちゃんに頼ることなく登校を成し遂げる覚悟があります。その証明として今からお買い物に行ってきます」

 

「一人で⁉︎大丈夫なの⁉︎」

 

「丁度いいな。オイ茜、テメェ俺に鼻血出させた詫びとしてついでにガンプラ、ドラクエ、モンハン、黒バス全巻、劣等生全巻、あとトイレットペーパー買ってこい。もちろんお前の金でな。一つでも忘れたら町内全裸でうさぎ跳びな。5兆周」

 

「慶、やめなさい」

 

葵に止められたのだが、慶は止めない。

 

「いやいやぁ、ハードルは高いほうがいいでしょう」

 

「高過ぎよ、いくらなんでも」

 

「分かった!けーちゃん、私頑張る!」

 

そのまま行った。

 

「慶」

 

「何」

 

「鬼」

 

「知ってる」

 

 

 

 

そのまま慶は葵の部屋を出た。が、すぐに遥にMS図鑑を借してることを思い出し、部屋に向かった。

 

「遥、はいんぞ」

 

「ふぁっ⁉︎」

 

返事を待たずに入った。すると、高速でパソコンを閉じる遥。で、恐る恐る慶の方を見た。すると、真顔だったのだが、目を閉じて顎に手を当てる。そして、目を開くと、目玉だけで遥を見た。で、

 

邪悪にニヤリと口を歪ませた。

 

一発で嫌な予感のする遥。その瞬間、慶が飛び掛った。

 

「ちょっ……!やめっ……!」

 

「遅いな」

 

いつの間にか慶はパソコンを奪っていた。

 

「ちょっ!見るなよっ……!」

 

「黙れ」

 

軽く腹パン決めて黙らせると、お腹を抱えて苦しむ遥を無視してパソコンを開いた。映っていたのは茜の写真だった。で、さらに口を歪ませる。

 

「へぇ、何これ?」

 

「い、いや……それは、その……」

 

「もしかして、茜お姉ちゃんの観察日記的な?うわあ、シスコンもそこまで度を超えるとちょっとキチィわぁ〜……てか普通に引く」

 

「ち、違うよ!ていうかパソコン返せよ!」

 

「残念ながらその願いは叶わない。これは茜に上納する」

 

「それはやめて!お願いだから!」

 

「だが断る!」

 

「んなっ……⁉︎」

 

なんてやってると、ガチャッと扉が開いた。

 

「何してるの?」

 

茜が入ってきた。遥の世界が終わる音、確かに聞こえた。

 

 



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25話

 

 

 

「と、いうわけだ茜。この弟はパソコンで茜の写真を見ながらハァハァしていた」

 

と、慶が宣言したものの、茜は遥のお腹をさすっている。

 

「腹パンされたんだって?大丈夫?」

 

「平気だよ……。痛いのは一瞬だったから」

 

「まったく、酷い兄もいたものだよね」

 

言いながらジロッと慶を睨む茜。どうやら、写真の件はなかったことになりそうだ、と遥が一息ついたときだ。

 

「で、なんで私の写真なんて見てたの?」

 

全然助かってなかった。

 

「そうだぞ遥。オカズにするんならこんなペチャパイより奏とかのがデカいぞ」

 

「あんたは黙って死んでて。で、なんで見てたの?」

 

「死ん……⁉︎そこまで言うかね普通……。てかお前買い物は?」

 

「遥に付いてきてもらおうと思ったらこんな事になってたから……」

 

「一人で行くんじゃねーのかよ」

 

「お、お姉ちゃんの手を借りないって言ったんだもん!」

 

「てか俺のお使いも含んでんだからマジ早く行けよ」

 

「あんなにたくさん買ってこれるわけないでしょ⁉︎」

 

「さっきは威勢良くうなずいてたくせに……」

 

「あ、あれはその場のノリで……」

 

「男に二言はねぇだろ!」

 

「私は女だよ!」

 

「男らしい胸して何言ってんだ。俺の方がおっぱいデケェぞ!」

 

「けーちゃんのは大胸筋でしょ⁉︎」

 

で、茜は遥に抱き着く。

 

「遥ぁ〜。けーちゃんが私の胸バカにする〜……」

 

「う、うん………」

 

「で?写真はなんなの?」

 

「このタイミングで⁉︎」

 

「ふーん……言わない気なんだ?」

 

「ま、待って!そんなこと言ってない!……いや言うとも言ってないけど……」

 

すると、慶が携帯を開いた。

 

「あーもしもし岬か?実は遥が……」

 

「待って待って!もう少しだけ考えさせてください!」

 

「どーぞ」

 

「………………」

 

「タァーイムアァーップ」

 

「早過ぎない⁉︎」

 

「もしもし岬……」

 

「わかった!言う!言いますから!」

 

遥が言うと慶は携帯をしまった。

 

「実はこれ、僕たち王族のファンサイトなんだ。これに茜姉さんの写真とかが色々はっ付けられてて。僕はそれを遠回しにやめさせようとしてたんだよ」

 

「なんだツマンネ」

 

「ふ、ファンサイトって……どんなこと話すの?」

 

恐る恐る茜が聞く。

 

「それは、可愛いとか、なんだとか……見えただの、見えてないだの……」

 

「見えたって、何が?」

 

「そんなん決まってんだろ。パンツだよ」

 

慶があっさり言うと茜は一発で顔を真っ赤にする。

 

「おっ、この茜パンツ見えてね?ほらっ」

 

「やめて!見ないでぇ!」

 

「あ、これブラスケしてる。てかお前いまだにスポブラしてんのかよ……」

 

「やめてってばぁ!」

 

顔を真っ赤にしてパソコンを奪おうとする茜だが、慶はものともせずに躱す。

 

「まぁ別に俺に見られるくらいならいいじゃねぇか。中2くらいまで一緒に風呂入ってたんだし、その頃から体型変わってないし」

 

「一々、私の体をバカにしないと会話出来ないわけ⁉︎」

 

涙目でそう言うと茜は泣きながら「おねえちゃ〜ん!」と部屋を出て行った。

 

「兄さんってさ、」

 

「ん?」

 

「ドS?」

 

「まぁ、『ド』が付くほどかどうかは分からんが」

 

「あっそう……。でもあんま茜姉さんを虐めないであげてね」

 

「おっ、なんだ。浮気か?」

 

「いや彼女いないから僕」

 

「岬」

 

「違うから。茜姉さんが慶兄さんに虐められて泣き付くのって大抵は僕か葵姉さんなんだから」

 

「あー……そういやそうか。大変だな。お前の姉と妹は」

 

「岬は姉だよ」

 

「へ?そだっけ?」

 

 

 

 

ある日の学校の図書室。慶が本を取ろうとした時だ。別の人と手が重なった。

 

「「あっ」」

 

横を見ると、佐藤花が立っていた。

 

「あっ、修の彼女」

 

「かっかのっ彼女だなんて……まだそんな関係じゃないですよ!保留って話だし!」

 

「そうすか。これどうぞ」

 

ひょいっと本を渡した。

 

「えっ?け、慶くんも読みたかったんじゃ……?」

 

「いや、彼氏の分のお弁当作ろうと頑張ってる人がいるなら譲りますよ」

 

「なっ、なんでわかったの⁉︎………じゃない!違いますから!」

 

「いや遅過ぎますよ……」

 

「むぅ……先輩をからかうなんてぇ……。ていうか慶くんは料理とかするの?」

 

「それなりには出来ますよ。この前、栞のためにマルゲリータピザ作りました」

 

「よくそんなの作れるね⁉︎」

 

「ていうか俺は基本的に出来ないことありませんから」

 

「………そういえば修くんも慶くんは料理上手って言ってた気が……」

 

「修くんって呼んでるんですね」

 

「ちっ違っ……!だからからかわないでよ!」

 

「はいはい。じゃ、俺はこれで」

 

「あっ、待って!」

 

「はい?」

 

「この本、読みたかったんだよね?よかったら、一緒に見ない?」

 

「えっ、いいんすか?」

 

「うん。そうすれば慶くんもまた別の日にここに来ることもなくなるでしょ?」

 

「や、そういう事じゃなくて……。まぁ佐藤先輩がいいならいいんですけど」

 

「全然大丈夫だよ。ほらあっちの机空いてるし」

 

「は、はぁ」

 

そのまま慶は後ろをついていった。

 

 

 

 

「………あれは佐藤と……慶か?」

 

 



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26話

 

 

自宅。慶が茜とモンハンをやってるときだ。携帯が鳴った。

 

「悪い茜、電話だ。キャンプ戻る」

 

「ええっ⁉︎ジンオウガ亜種二頭は一人じゃ厳しいよ!」

 

「ならお前もキャンプ戻れ。………っと、もしもし?」

 

『あ、けーくん?』

 

「さっちゃんか、どした?」

 

その言葉に耳がピクッと動く茜。

 

『その、少し相談があるんだけど』

 

「相談?俺に?なんで?」

 

『詳しいことは会った時に話したいから。空いてればでいいんだけど』

 

「When?」

 

『明日とか……』

 

「いいよ。何処に待ち合わせ?」

 

『うーん……あまり人目の付かないとこがいいんだけど……』

 

「ならいいとこあるぜ。とりあえず○○駅前でいいか?」

 

『うん。じゃあまた明日ね』

 

「おー。変装忘れんなよー

 

『分かってるよー』

 

通話は切れた。

 

「…………アイドルってのも暇なのか?光とかなんかいつも家にいる気がするし……。っと、お待たせ。片方は角も尻尾もないからさっさと……」

 

「けーちゃん!」

 

「お、おう何?」

 

「今の電話の相手、誰?」

 

「あ?…………あっ」

 

やっべぇーっと頭に手を当てる慶。

 

「ねぇ、誰?誰なの?さっちゃんって言ってたよね?ねぇ、誰?誰?誰?」

 

「ヤンデレかお前は。落ち着けよ。そして少し待て」

 

慶は電話をかけた。さっちゃんにだ。だが、留守電になる。

 

「…………やっぱアイドルは忙しいみたいだ」

 

「ねぇ誰なの⁉︎」

 

「うるせぇカス。だーってろ」

 

少し悩んだものの、このままだとこいつしつこいなと思い、言うことにした。

 

「お前の思ってる奴だよ。米澤紗千子」

 

「えええええええええッッ⁉︎」

 

「うるせぇ!」

 

「知り合いだったの⁉︎なんで⁉︎どうして⁉︎」

 

「ストーカーとカツアゲをボコって知り合いになった」

 

「…………。あぁ、そういうこと」

 

「よくわかったな今ので」

 

「何年けーちゃんと一緒にいると思ってるの?」

 

「なんだろー。素直に喜べねー」

 

「それで、明日さっちゃんとデートなの⁉︎」

 

「はぁ?ちげーよ。相談受けてるから乗るだけだよ」

 

「相談なんて受けるような仲なの⁉︎」

 

「あーまぁそうなんのかな」

 

「私も!私も行きたい!」

 

「ダメ」

 

「なんでよ!」

 

「だってお前絶対めんどくさいもん」

 

「どういう意味⁉︎」

 

「1、監視カメラを避ける必要がある。2、さっちゃんに会うとお前は絶対暴走する。3、向こうはアイドルなのにお前はアホだからバラしかねない。4、王族二人と一緒になると向こうにも気を遣わせる。よってお前は連れて行かない」

 

「えぇー!そんなぁ……」

 

絶望的な声を上げて項垂れる茜。すると、慶の携帯がまた鳴った。

 

「もしもし?」

 

『ごめんね!電話くれた?今仕事終わったところ!』

 

また紗千子だった。

 

「あーいや大した事じゃないからいいよ。ごめんなわざわざ」

 

『ううん。あ、そういえばさ……』

 

と、2人が電話で楽しそうに話すのを恨みがましい顔で睨む茜だった。

 

 

 

 

翌日。慶はバイクに跨り出発した。その上空を茜と何故か遥が尾行する。

 

「行くよ遥」

 

「ちょっと待ってなんで僕……」

 

「いいから行くわよ」

 

飛んだ。で、慶は待ち合わせ場所に到着。

 

「おーい、さっちゃん」

 

「あ、けーくん!」

 

トテテと慶の元へ走る紗千子。

 

「五分オーバーだけど謝らない」

 

「何それー」

 

なんでやってる二人を上空で見ながら遥は呟いた。

 

「………バカップルか。吐きそう」

 

「うわあ!本物のさっちゃんだよ遥!」

 

「お願いだから能力解除しないでね。僕死にたくないよ」

 

地上でら慶がヘルメットを紗智子に被せている。そして、二人乗りをすると出発した。

 

「早かったり怖かったりしたら言えよ」

 

「うん」

 

言われて紗千子は、顔を赤らめて慶の腰に若干強く抱きついた。

 

「もっと飛ばすから」

 

「あれ⁉︎飛ばしちゃうの⁉︎」

 

なんて話しながら慶の向かった場所は小さなプラモ屋だった。

 

「着いたぜ」

 

「プラモ屋?」

 

「ああ、ここなら誰にも何も聞かれないだろ」

 

「いやプラモ屋で相談ってシュール過ぎだよ……。いいよ近くのカフェで」

 

「えー俺新しいガンプラが欲しいんだけど……」

 

「何しに来たのよあなた……。まぁいいわ。10分だけ待ってあげるから買っておいで」

 

「うーっす」

 

そのまま走って店に入った。その頃上空。

 

「ないわー」

 

「ないわー」

 

二人は声を揃えた。

 

 

 

 

そんなこんなで、どこぞのスタバ。

 

「で、相談してもいいかな?」

 

「ああ。どうしたんだ?」

 

「桜庭ライトって、知ってる?」

 

「知らない」

 

即答だった。妹なのに。すると、紗千子は話し始めた。

 

「聞いといてよかったわ……。私の後輩のアイドルなんだけどね?その子が、その……ライブに手を抜いているように見えるの。だけど、才能があるからプロデューサーとかはその子を伸ばすつもりでいる。でも、私は負けたくないの。私は才能とかじゃなくて、地道に努力してここまで来たから………」

 

「すいませーん!チョコパフェ一つ!」

 

「話聞いてます?」

 

「ああ。で、つまりどういうこと?」

 

「つまり、その……負けたくないの」

 

「あっそ。闇討ちでもすればいんじゃね?」

 

「真面目に聞いてるんですが」

 

「冗談だ。まぁ才能に勝ちたいってのは分かるよ。俺も努力はして来たからな」

 

「そ、そうなの?」

 

「ああ。俺だけ王族で能力ないだろ?だから比べられるのが嫌で勉強運動その他諸々努力してきたからなぁ……」

 

「なるほど……」

 

「けど、途中でやめたよ。努力するのを」

 

「な、なんで?」

 

「中3最後の剣道の大会。足の筋やっちゃって出場すら出来なくなった」

 

「っ」

 

「その時思ったんだ。俺は何のために努力してたんだっけって。で、周りに比べられたくないからってすぐに思い出した。けど、なんで周りに比べられたくなかったのかって思った。その問いに答えは出なかった。そして思ったんだ。別に他人は関係ないって。ていうか、他人と自分を比べたところで下らない優越感が劣等感しか感じられないんだ。競争原理とか言うけど、あれマジ意味分からん」

 

「……………」

 

「まぁ少なくとも俺の考えだけどな。だからそいつがライブで手を抜いてるのに売れようがどうだろうが関係ない。自分が頑張ればそれでいいんじゃねーの?」

 

「チョコレートパフェです」

 

「あ、ども」

 

そのまま慶はパフェを一口いただいた。

 

「そっか……。そういう考え方もあるんだ……」

 

「まぁ、あくまで俺のポリシーだけどな。お前も自分なりのモットーとかあったりすればそっちに従えばいいんじゃね?」

 

「ありがとう。参考になった」

 

「あんま参考にしないほうがいいと思うけどな。あ、ついでにその夜神ライトって奴見せてくれよ」

 

「桜庭ライトよ。ほらこの子」

 

携帯には光が写っていた。

 

「ぶふっ!」

 

「ちょっ、大丈夫⁉︎」

 

「ごめっ……平気」

 

光かよ……こりゃ家でなんか言っておこうと心に決めた時だ。目の前に封筒を渡された。

 

「あん?」

 

「次のライブのチケットです。良かったら見に来てね」

 

「ああ。行くよ(光が不安だから)」

 

そのまま慶は紗千子を送って帰った。で、自宅。

 

「ふぅ………」

 

一息つきながら自室に入ると、中には茜と遥がいた。

 

「「おかえりー」」

 

「おお。お前と遥に用があったんだ」

 

「えっ」

 

ギクッとする2人。慶は笑顔で言った。

 

「尾行してたろ?」

 

「「ごめんなさい」」

 

「殺す。40回殺す」

 

悲鳴が響いた。

 

 



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27話

 

 

 

「光」

 

慶は光に声をかけた。

 

「んー?何けーちゃん」

 

「お前、ライブに手を抜いてんだって?」

 

「えー?そんな事ないよー。普通だよー」

 

「や、さっちゃんが言ってたから。素人目にゃ分からんが、少なくともわかるやつにはわかったんだろ」

 

「待って、さっちゃんと知り合いなの?」

 

「友達みたいなもん。いいか、お前が手を抜くことによって迷惑だと思ってる奴もいるし、客も金を払って見に来てんだ。俺が言うことじゃないとは思うが、やるならちゃんとマジメにやれ。いいな」

 

「………はーい」

 

言うだけ言って慶はパズドラを開いた。

 

 

 

 

ある日の櫻田家。能力暴走期間となっていた。目の前から消えたりふわふわ浮いたり石をめちゃくちゃ精製したりして居る。

 

「カナちゃん。どうして石なんて精製してるの?」

 

「………石ころはタダだもの」

 

茜が聞くと、めちゃくちゃ神経を使っている奏が答えた。その横では遥の周りに数字がメチャクチャ光っていた。

 

「明日の天気は晴れの確率が85%……明後日は雷の確率が65%……」

 

と、思ったらソファーでは8人の岬がやりたい放題やっている。大人になった光が言った。

 

「岬ちゃん。分身邪魔」

 

「仕方ないでしょ!引っ込められないんだから!」

 

さらにリビングの別の場所。

 

「破壊しちゃダメだ……破壊しちゃダメだぁッ!うおおおおお!」

 

輝が必死に力を抑えている。

 

「机さん、熱いものを直接乗せられると嫌だよね。椅子さん、いつもみんなに座られて大変だね」

 

栞が机と椅子に話しかけていた。すると、葵が帰ってきた。

 

「ただいまー。あっ、やっぱりみんな始まってたんだ。能力暴走期間……」

 

その背後に現れる修。

 

「なんでこんな能力のぼ……」

 

が、すぐに消えた。そんな中、ゴロゴロしながら慶がポテチを齧りながら言った。

 

「辛そーだな」

 

『呑気なもんだなお前は!』

 

唯一能力のない慶は余裕そうにゲームをしている。すると、立ち上がった。で、まずは奏の横へ。

 

「な、なに?今集中してるんだけど……」

 

そして、耳元で言った。

 

「ジュアッグ」

 

「だからなによ!」

 

その瞬間、外で重低音がした。

 

「な、何⁉︎」

 

と、茜が外を見に行くとジュアッグが外に建てられていた。本物の。

 

「うわっ!ろ、ロボット!」

 

「な、なにするのよ!これいくらすると……!」

 

「集中しないと別の物作っちゃうけどいいの?」

 

「はっ!しまった!あー!なんで手錠なんて作ってんの私!」

 

で、慶は次に輝の元へ。

 

「膝カックン」

 

「ふあっ⁉︎」

 

その瞬間尻餅を着き、床に穴が空いた。

 

「ああああっ!床がぁ!」

 

そして、次は遥の元へ。

 

「な、なに……?」

 

「光が茜よりおっぱい大きくなる確率」

 

「へっ?ひ、100%……」

 

「「ちょっと何を予知させてるのよ!」」

 

突っかかってくる茜と光。だが慶は光を茜に押し付けた。その瞬間、光も一緒に茜と浮く。

 

「ひゃあっ!」

 

「茜ちゃん能力切って!」

 

「出来ないから浮いてるんだよ!」

 

で、ケラケラ笑う慶。その慶の左手にカシャッと何かが掛かった。さっき奏が作った手鎖だった。葵が笑顔で掛けている。もう片方は葵の腕に掛かっている。

 

「慶?能力暴走期間が終わるまでしばらく大人しくしてなさい」

 

「えっ?ちょっ……」

 

「お風呂とかの時は外してあげるから」

 

「あの、怒ってる?」

 

「いいわね?」

 

「……………はいっ」

 

怖くて何も言えなかった。

 

「あ、奏。鍵ある?」

 

「作ってないわよ」

 

「はっ?」

 

「いや、だって手錠しか作ってないもん……」

 

「つ、作って!手錠の鍵!」

 

「手錠の鍵ってどんなのかしら……こんな感じ?」

 

ポンっと出て来た鍵。だが、合わなかった。

 

「合わないわよ?」

 

「待って。今出すから」

 

「おいおい待てよ。勘弁してくれよ奏」

 

「はいはい、ちょっと待って。手錠の鍵……手錠の鍵……」

 

また鍵を生成した。だが、鍵穴には入ったものの開かない。

 

「ちょっ……奏?」

 

「おい輝!これ引き千切れ!」

 

慶が言うとめちゃくちゃ神経を使いながら輝が歩いてきた。として、葵と慶の手首をグッと掴んだ。

 

「行きますよ」

 

「待て待て待て!手錠の前に手首が千切れる!やめて!ストップ!」

 

「は、はぁ」

 

「……………葵」

 

「な、何?」

 

「どうすんのこれ」

 

「今日はこのまま一緒にいるしかないわね……。明日、開けてもらいに行きましょう」

 

「えっ」

 

最も長い夕方が始まった。

 

 



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28話

 

 

 

飯の時間。必然的に慶と葵は隣になった。で、慶はお茶碗を左手で持ち白米をかっ込む。

 

「ちょっ……慶?」

 

「なんだよ」

 

「あなたが左手を使うと私がご飯を食べられないんだけど」

 

「なら食わなきゃいんじゃねー?」

 

「いやそうも行かないでしょう。少しジッとしてるか片手で食べてくれないと……」

 

「めんどくせーよ。俺が食い終わるまで待て」

 

「あなたねぇ……。分かったわよ」

 

言うと葵は左手で食べられるものから食べて行く。例えばほら、刺して食べられる物とか。

 

「お姉ちゃん。大丈夫?アレだったら私が食べさせてあげるけど……」

 

ぷかぷか浮いた状態で茜が言った。

 

「そんな状態でどうやって食べろって言うのよ……。パン食い競争みたいになるじゃない」

 

「ご馳走様」

 

慶が食べ終わった。

 

「はやっ⁉︎」

 

「ほら、早く食え」

 

「へ?」

 

「なんのために早く食ったと思ってんだ」

 

言うと慶は照れ臭そうに顔を背けた。

 

「あー!けーちゃん照れてる!」

 

「黙れ岬……どの岬だ今言ったの」

 

『へ?』

 

今日の家族の約半分は岬だ、その為、飯係の奏も大変だったので茜が手伝っていた。

 

「しかし、手錠が葵姉さんと慶で本当良かったよな」

 

「どういう意味?」

 

修の何気ない一言にさっきからとても不愉快そうにしていた奏が聞いた。だが、修の姿はすぐに消える。が、また現れた。

 

「い、いやほ」

 

シュンッ

 

「……他のと違っ」

 

シュンッ

 

「……えさんは外に干し……」

 

シュンッ

 

「……る能力じゃな」

 

シュンッ

 

「……じゃん?」

 

「ごめん。何言ってるかさっぱりわからなかった」

 

「だからこういうとだろ」

 

慶が改めて言った。

 

「葵とか遥とか岬以外の能力は他人にも干渉するだろ。だから下手したら俺もふわふわ浮いたり瞬間移動したり小さくなったり大きくなったりしてたかもしんないんだよ。輝とか栞は小さ過ぎて俺の腰死ぬし」

 

「あー確かに」

 

「てか遥はともかく、岬は嫌だわ。周りが喧しそうだし」

 

『どういう意味⁉︎』

 

「ほらうるさい」

 

なんてやりながら飯が終わった。

 

「さて、今日の金曜ロードショーってラピュタだったよな」

 

「嘘!ラピュタ⁉︎あたしも観たい!」

 

言いながら慶は葵とソファーに座る。その葵の隣に光が座った。手錠してるから仕方ないが、葵と慶の距離は近い。それを見ると奏は不機嫌そうに舌打ちするも、能力暴走期間のため石の生成をするために部屋に戻った。すると、ラピュタが始まった。

 

「………うーわ、懐かしい……」

 

「出たよ。ムスカ」

 

「あ、出た。ここ本当シータすごいって思うよねー。殴るとは……」

 

「あ、飛行石」

 

「おー。懐かしい」

 

などと話している時だ。隣の葵がモジモジし始めた。

 

「どうした?」

 

「う、うーん……ちょっと、トイレに行きたいなーなんて……」

 

『はぁ⁉︎』

 

その場にいた光と遥とその他岬が立ち上がる中、慶は呑気に言った。

 

「じゃあ行くか」

 

『ええっ⁉︎』

 

「早く行くぞー。もうすぐシータとパズーがめちゃくちゃ逃げるいいとこなんだから」

 

「ま、待ってけーちゃん!」

 

ぷかぷか浮いてた茜が顔を赤くして声を上げる。

 

「と、トイレって事はお姉ちゃんのまん……っ!あそこを見ることになるんだよ⁉︎」

 

「別に姉弟なんだから問題ねーだろ。それに繋がってんのお互いの片腕だけなんだから、見られたくなかったら俺はトイレからはみ出てればいいし」

 

「そ、そうだけど……」

 

「安心しろよ。動画撮って売ったりはしないから」

 

「うん。したら国外追放する」

 

(うわあ、怖ぇ……)

 

と、思いつつも慶と葵はトイレに行った。

 

「あっ、そういえば……」

 

「どうした?」

 

「トイレの紙って右側に付いてたなって思って……」

 

「あー俺入るしかないのか。てかうんこ?」

 

「殴るわよ?」

 

「ごめんなさい……。まぁいいじゃん、姉弟だし」

 

「姉弟だから問題あるとも思うんだけどね……」

 

なんて話しながら二人でトイレに入る。お互いに向かい合った。

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………早く脱げよ」

 

「いや、見られてると脱ぎにくいなーって……」

 

「ああ、悪い。目、閉じてるわ」

 

慶は目を瞑った。ちなみに頭の中ではじゅげむを唱えていた。すると、自分の左腕が揺れた。

 

(…………ああ、紙か。つーかウンコしてんのに無音なのな。流石、葵様)

 

で、バシャアァァッッと音がする。流し終わったなと思い慶が目を開けるとズボンとパンツを履こうとしてる途中だった。

 

「あっ」

 

「えっ?」

 

若干、顔を赤くする葵。

 

「悪い」

 

まったく顔色を変えずに目を閉じる慶。少しイラっとする葵だったが、なんとか堪えてズボンとパンツを上げた。

 

「いいわよ」

 

「おお。じゃ、ラピュタ見るか」

 

「うん」

 

リビングに戻った。

 

 

 

 

「終わったー!」

 

「やっぱいつ見ても最後ラピュタ飛んでく時は切なくなるよねー」

 

「分かるわー」

 

「じゃ、お風呂入って寝るわよ」

 

葵が言うと、はーいっと全員が声を上げた。そのまま茜やら光やらは風呂に向かった。

 

「葵、今日風呂入んの?」

 

「うん。当たり前でしょ」

 

「…………そう。まぁいいけど」

 

なんとなく嫌な予感のする慶だった。

 

 



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29話

 

 

 

 

そんなわけで、風呂。上半身は修の空間移動で脱がしてもらい、下半身は自分で脱いで入浴。あ、一応言うけどタオルくらいは巻いてるからね。

 

「さて、入ろっか」

 

「ん」

 

二人で入浴。

 

「先に洗えよ。俺は後でいいから」

 

「そう?ありがとう」

 

特に気にした様子もなく、葵はシャワーの前に立ってお湯を出した。

 

「? けーちゃん?」

 

「なんだよ」

 

「なんか、顔赤いよ?」

 

「い、いやなんでもない……」

 

「あー、照れてるんだ?たかが姉弟なんだから欲情しないんじゃなかったの?」

 

「や、その……見る分には何も思わないんだけど……その、こっちが見られるのは……」

 

「………なるほどね」

 

言いながら葵は悪戯っぽく微笑んだ。普段、太々しい慶がタジタジしているのだ、こんな痛快なことは滅多にない。

 

「そうだ、慶。良かったら背中洗いっこしない?」

 

「はぁ?」

 

「ただ待ってるだけじゃ暇でしょ?」

 

「あー……まぁ、うん」

 

「じゃ、後でお願いね」

 

で、葵はシャンプーをする。無論、右腕には慶の左手が付いているから、なるべく右手を使わないように。で、洗い流すと、今度は慶が頭を洗う番。それも無事終わると、とうとう体を洗う。

 

「はい、お願い」

 

体を洗うスポンジを渡されて、慶はゴシゴシと洗った。

 

「気持ちいい」

 

「なんかエロいな」

 

「スケベ」

 

「男はみんなそうだ」

 

「きゃー。襲われるー」

 

「それはないかな」

 

なんて話しながら背中は終わった。で、葵が体の正面を洗っている時だ。事故は起きた。葵の右手にぶら下がってる慶の左手が葵の胸に触った。

 

「ひゃっ」

 

「あっ」

 

お互い、思わず黙り込む。

 

「…………えっち」

 

「事故だろ今のは」

 

「ふふっ、冗談よ」

 

その後も尻に触ったりとアクシデントはあったものの、なんとか洗い終わり、次は慶が洗う番。

 

「じゃ、お背中お流ししますね〜」

 

「そいつはどーも」

 

なんてやりながら背中を洗ってもらう。

 

「あーこれ確かに気持ちいいわ」

 

「でしょ?昔はこうして一緒に入ってたもの。なんか懐かしいわね」

 

「ああ。そういえば奏は今でもたまに誘って来るんだよな。なんなのあいつ」

 

「えっ、そなの?」

 

「うん。対応に困ってる」

 

「…………少し注意しとくわね」

 

「助かる」

 

なんて話してるときだ。葵はニヤリと笑って見せた。で、

 

「おっと滑った」

 

と、わざとらしく言って後ろから慶に抱き着いた。

 

「ふぁっ⁉︎」

 

予想以上に動揺した慶、思わず後ろにひっくり返った。

 

「えっ、きゃあっ!」

 

そのままどしゃっ!と葵が慶の上に被さるように倒れた。

 

「ってて……」

 

やらなきゃよかったと後悔しつつ、葵が目を開いたときだ。目の前にエリンギがあった。

 

「…………へ?」

 

顔が真っ赤になる葵。そして、慶の目の前にも多少ひじきが生えたダブルの穴が目の前にある。

 

「「あっ………」」

 

二人はしばらく固まった。

 

 

 

 

風呂から出て、睡眠の時間。当然、同じベッドに入った。が、なんか気まずい空気が流れている。

 

「………」

 

「………」

 

お互い、何も喋らない。ていうか何を言えばいいかわからない。なんとか葵が口を開いた。

 

「その、二人で寝るのも久しぶり……でもないか、この前ボルシチに虐められて一緒に寝たわね」

 

「あ、ああ。あの時はおっぱいで窒息させられそうになってびびったわ」

 

「今日はそんなことない様にするわね」

 

「まぁ手錠もあるしな。やるほうがむずいだろう」

 

「そうね……」

 

「そうだな………」

 

会話が止まる。気まずくなってお互いに離れるように寝返りを打った。だが、手錠で繋がれているため、ピンっと一瞬なった後、反動で逆に向かい合ってしまった。

 

「「あっ」」

 

葵の顔が赤くなる。葵なのに。

 

(か、顔が近い………)

 

心拍数が上がっていくのが自分でも分かった。

 

「あ、葵………」

 

慶が声を絞り出した。

 

「な、何………?」

 

「そ、その………」

 

「う、うん………」

 

で、気恥ずかしそうに慶が言った。

 

「………あの、うんこしたいんだけど」

 

ブチッとブチギレた葵は慶の腹を思いっきり蹴った。

 

 

 

 

慶は脱糞中。慶は左手に手錠がついているので、葵は廊下に出ていることが可能だった。待っている最中、考え事をしていた。

 

(私、さっき何を期待してたんだろう……)

 

 



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30話

 

 

 

 

翌日。なんか重くて葵が目を覚ますと、目の前に慶の顔があった。いや、目の前というより胸の上だ。

 

「ッ⁉︎」

 

思わず動揺する葵だが、慶が余りにも気持ちよさそうに寝ているので起こそうとも思えない。

 

(でも……このポーズって襲われてるように見えないでもないような………)

 

すると、ガチャッと扉が開いた。

 

「姉さん、慶。ご飯………」

 

奏が入って来た。直後、凍り付いた。

 

「か、奏……?こ、これは違うの……」

 

「………………」

 

葵は言い訳しようとするも、何も言わない奏。

 

「………んっ」

 

そこで慶が目を覚ました。

 

「……………まだ8時か」

 

二度寝した。

 

「いや寝ないで起きなさいよ!」

 

流石に大声を出す葵。だが、慶は中々起きない。すると、奏がゴミを見る目で言った。

 

「姉弟で不潔……。お母さんに言う」

 

「ま、待って奏!本当に違うんだって……!」

 

「ブヨブヨした皮(モンハン)だぁ〜これで装備作れる……」

 

言いながら慶は葵の胸を揉んだ。

 

「話をややこしくするな!」

 

「ほら不健全」

 

「寝言聞いてたでしょ⁉︎……って、やめっ……んっ」

 

「姉さんエロイ」

 

「し、仕方ないでしょ⁉︎ってかいい加減にしろ!」

 

最後の部分は慶を蹴ってベッドから落とす時に言った。が、手錠で繋がってるわけで。葵も一緒に落ちた。

 

「グッフォアッ!」

 

「きゃっ!」

 

結果、慶の溝に葵の肘が突き刺さり、慶を起こすことには成功した。が、今度は葵が慶の上になる。

 

「ほら」

 

「これは偶然よ!」

 

「どうだか?」

 

すると、奏は写真を撮って去っていった。

 

「あーあ………」

 

「な、何すんだてめぇ……」

 

「黙りなさい」

 

 

 

 

茜は佐藤花とお出掛け。で、慶と葵はさっそくこの手錠の鍵を開けに出発した。葵は能力の使用を回避するために伊達眼鏡を掛けている。

 

「…………似合うな」

 

「ありがと」

 

バイクは使えない。手錠のせいで。だから二人は歩いている。

 

「で、どこに行くんだよ」

 

「電車で少し行ったところに鍵屋さん?があるらしいわよ」

 

「なるほどな。あとさ、」

 

慶は辺りを見回しながら言った。

 

「………すっげー見られてんだけど」

 

「そりゃあ、こんな王族が仲良く手錠してたらねぇ……」

 

「仲良いかどうかは微妙だけどな」

 

「えっ?」

 

乾いた声を上げる葵。

 

「慶……わたしの事、嫌いなの?」

 

「はぁ?………あっ、いやそういう意味じゃなくてだなっ」

 

「ふふっ、冗談よ」

 

「んなっ……!て、テメェ!」

 

「ほら行くわよ」

 

「チッ」

 

で、電車に乗る。休日ということもあってか、結構混んでいた。そのため二人は立つしかなくなった。

 

(慶と電車に二人で乗るなんて久しぶりだな)

 

そんなことを考えながら窓の外を見ている時だ。自分のお尻が触られる感覚がした。

 

「っ⁉︎」

 

痴漢だ、と一発でわかった。だが、人が多過ぎて誰が触ってるのか分からない。不安と恐怖で思わず涙が出そうになったときだ。

電車の窓がズガシャアンッ!と割れた。よく見ると、男が頭を窓に突っ込んでいる。気が付けば自分のお尻に当たっていた手はなくなっていた。

 

「おい、誰に断って俺の姉上のケツ触ってんだコラ」

 

慶が痴漢の頭を窓に叩きつけて、窓を突き抜けたのだった。

 

「〜〜〜ッ!〜〜〜ッ!」

 

「あっ?聞こえねぇよ。何?」

 

走行中のため、何も言えない強盗。ていうか風圧で顔がすごいことになっていた。

 

「〜〜〜ッ!」

 

「いやまぁ分かるよ?出来心だったんだよな?気持ちはわかる」

 

会話してるし!と、乗客の全員が思った。

 

「でもね、王族に痴漢はダメでしょう。まぁ俺は優しいから謝れば許してやるよ。ほら、謝れ」

 

「ごべんばばい!」

 

「あ?何?聞こえねぇよやり直し」

 

鬼か!とも思った。

 

「ごっ!ごぇんあい!」

 

「聞こえませぇ〜ん。はいもう10回いってみよう」

 

10回⁉︎などと周りがリアクションしてると、電車のスピードが落ちていった。

 

「あん?」

 

すると、電車が止まる。そして、駅員が入ってきた。

 

「ちょっと何をやって……あ、葵様に、慶様⁉︎」

 

「あ、ちょうどいいや。こいつ、痴漢。あとよろしく」

 

そのまま慶は葵の手を引いて逃げようとした。だが、その肩を駅員が掴んだ。

 

「待ってください。この窓は慶様がやったんですよね?」

 

「は、はぁ」

 

「痴漢止めるために電車止めますか普通」

 

気がつけば乗客の全員が慶を睨んでいた。

 

「……………ご、ごめんなさい」

 

「とにかく、後でお話を聞きます。葵様もいいですね?」

 

「は、はぁ」

 

結局、事情聴取(という名の説教)を受けていて鍵を開けることは出来なかった。店が閉まってて。

 

「まったく……慶のお陰で……」

 

「悪かったよ……。葵が痴漢されてたから力入っちまって……」

 

「慶………」

 

「半分はストレス発散だけど」

 

「本当に台無しの極みね」

 

 

 

 

家。

 

「でもどうするの?今日もまたこのままいるつもり?」

 

「それしかないだろ。はぁ……また風呂お前と一緒に入んのかよ……」

 

「仕方ないでしょー。私だって恥ずかしくないわけじゃないんだからね」

 

「さいですか……」

 

なんて話しながら二人はテレビを見ている。すると、修が言った。

 

「ていうか、俺が手錠を瞬間移動させればよくね?」

 

「「…………あっ」」

 

解決した。

 

 



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31話

 

期末テストが終わり、季節は夏となった。そんな中、慶はネカフェにいた。漫画をダラダラと読んでいると、自分の部屋のドアが開いた。

 

「お兄様、これ読んで?」

 

栞が入ってきた。手に持ってるのは魔法少女まどかマギカの漫画。

 

「う、うん……。そのアニメはやめとこうか……。気持ちはわかるけどリバースカートでミラーフォース潜んでるから……」

 

「…………分かった」

 

素直に従い、栞は引き返していった。慶と栞はネカフェに来ている。と、いうのも色々な行事が重なって、家には慶、栞、茜、岬しかいない。その分、家事とか全部四人でやらなければならないわけだが、栞はまだ出来ない。だから、慶はお得意の交渉術によって栞の世話係として一緒にネカフェに来たのだった。

 

「お兄様、これ」

 

戻ってきた栞が持っていたのはエンジェルビーツの単行本。

 

「………うん、なんかもう何でもいいや」

 

エンジェルの部分に唆られたんだろうなぁと思いつつ慶はパソコンで動画サイトを開く。

 

「アニメあるから、そっちでいいか?」

 

「うんっ」

 

そのまま栞にイヤホンを着けさせて、一話を視聴。その間に慶は銀魂を読んでいた。

 

(じゅげむじゅげむうんこ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生三分の一の純情な感情の残った三分の二は逆剥けが気になる感情裏切りは僕の名前を知ってるようで知らないのを僕は知っている留守スルメメダカかずのこ肥溜めメダカ……今のメダカはさっきと違う奴だから。池乃めだかの方だから。ラー油ゆうていみやおうきむこうペペペペペぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸………懐かしいなオイ)

 

そんなことを考えながら慶が銀魂を読んでいると、栞が自分の胸前の襟を掴んでふるふる震えていた。

 

(なにこの子可愛い)

 

と、心底思いつつも慶はなんとか耐えて言った。

 

「どうした?」

 

「刺された………」

 

「は?」

 

見れば、音無が天使に刺されている部分だった。

 

(あっ、忘れてたわ)

 

エンジェルビーツは多少グロい。栞にはまだ早かったかもと思いつつ慶は頭を撫でて言った。

 

「あー……じゃあ、別のアニメにしとくか?」

 

「うんっ」

 

慶は銀魂を流して再び漫画に戻った。

 

 

 

 

帰宅。

 

「ただいま……」

 

「あっ、おかえりー」

 

テンションの低い慶がそう言うと、パタパタと茜が玄関に来た。で、栞の前にしゃがみ込む。

 

「栞もおかえりなさい」

 

「ギャーギャーやかましいんだよ。はつじょうきですかこのやろー」

 

「」

 

栞がそう言うと固まる茜。だが、栞はそれを無視して家の奥へ歩く。

 

「ち、ちょっと!」

 

茜は慶の耳を引っ張った。

 

「何教えたのよあの子に!」

 

「銀魂見せただけでああなった……。ああ、俺の栞たんが……」

 

「けーちゃん、冗談抜きで気持ち悪い」

 

 

 

 

「はぁ?茜を覆面ヒーローに?」

 

慶と奏が二人でポーカーしてると(慶24連勝中)、葵が入って来たのだ。

 

「そう。素性を隠せばきっと茜も積極的に人助けが出来るし、選挙前に正体を明かすことで人気も急上昇するはず」

 

「待てよ。あいつ王様になるの嫌がってなかった?」

 

「あら、知らないの?あの子、王様になって監視カメラを廃止するために頑張ってるのよ」

 

「うーわ……動機が不純過ぎるだろ……」

 

と、慶の呟きを無視して葵は奏に言った。

 

「茜の支持率を上げるにはこれしかないと思うの。特別な変装道具生成してもらえないかな……。お願……」

 

「嫌」

 

「奏〜!」

 

今回の話は俺は関係ないな、と判断した慶はトランプをシャッフルし、三人分配った。

 

「葵、やるか?」

 

「あ、うん。じゃあ、お邪魔します……」

 

で、ポーカーやりながら会話。

 

「茜と一緒に全国を回ってて思ったんだけど……」

 

「はぁ?全国回ってたの?」

 

「うん。それで、王様とか関係なくあの性格のままじゃこの先辛いことばかりだと思うの」

 

奏が黙って聞く中、葵は続ける。

 

「曲がりなりにも人前で堂々としていられたという実績でもあれば……」

 

「勝負でいいのか?」

 

「あ、うん。少しずつ自身もついていくと思うんだ」

 

「フルハウス」

 

「スリーカード」

 

「フラッシュ。だからお願い!」

 

「お願いされながら負かされたの初めてなんだけど……。まぁいいわ。話が長すぎて気が変わってしまったわ」

 

「奏っ!」

 

「ツンデレ」

 

「黙れ愚弟。ちょっと待ってて」

 

言うと奏は部屋を出た。数秒後、眼鏡を持ってきた。

 

「はい」

 

「ただ眼鏡を取ってきたように見えたけどこれは……」

 

「ジャミンググラス、掛けると周りから個人を特定されなくなる眼鏡よ。ただし、生成コスト削減のために効果は茜が装着した時のみ発動。更に、この性能を知っている人間には効き目が薄いわ」

 

「うーわっ……」

 

「……………」

 

慶も葵も目を腐らせる。だが、

 

「信じられないなら……」

 

「わっわぁ!ありがとう奏!」

 

「そんな事よりもっかいやる?次は大富豪とか」

 

てなわけで、借りることになった。

 

 

 

 

で、茜の部屋。

 

「と、いうことなんだけど……」

 

大体の事情を説明した葵はさっそく茜にジャミンググラス(笑)を渡した。

 

「私もできることなら人見知りは治したい。やってみる!」

 

で、メガネをパイルダーオン。

 

「ど、どうかな……!」

 

「う、うん。いつもと雰囲気違う…かな……」

 

「で、でも……正義活動って言っても、一人じゃ自信ないかな……」

 

「うーん、そうねぇ……」

 

葵は顎に手を当てて考えた。

 

(でも、茜の選挙のためでもあるんだし……他の人にやらせるわけには……あっ)

 

「いるわよ。もう一人協力者が」

 

「へっ?」

 

 

 

 

「絶ッッッ対嫌だッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

慶だった。

 

「まぁまぁ、茜を助けるためだと思って……………」

 

「なんで俺がこいつの人見知りのために正義活動なんかしなきゃなんねぇんだよ!」

 

「いいじゃない。ほら、ゲーム買ってあげるから」

 

「いいだろう。任された」

 

(チョロい)

 

と、思いつつも慶にも眼鏡が渡される。

 

「これはジャミンググラス改……」

 

「はいはいそれはもういいから。ジャミンググラスでも催眠ガスでもいいからさっさと終わらせようぜ」

 

すると、慶の腕を茜は握った。

 

「よろしくね!ナイト・ブルーム!」

 

「えっ、何それ」

 

「ちなみに私はスカーレット・ブルームだから!」

 

「ちょっ、名前とかお前が決めちゃったの?」

 

そんなわけで、バカ2人のバカ作戦が始まった。

 

 



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32話

 

 

そんなわけで、二人は早速翌日から正義活動開始。

 

「と、いうわけで早速パトロールね」

 

「おい待て……」

 

「どうしたの?」

 

「なんで俺の衣装までスカートなんだよ!」

 

慶は茜と全く同じ服を着ていた。

 

「男物まで用意するのはめんどいってカナちゃんが……」

 

「やっぱやだ!ゲームいらないから帰る!」

 

「ダメだよ!もう約束しちゃったんだから!」

 

ちなみに陰でこっそりと慶のスカート姿を写真撮ってる奏だったが、とにかく2人は出掛けた。片方は飛んでてもう片方はバイク。

 

「う〜……スカートってなんかヒラヒラする……」

 

「けーちゃん!そこの信号右ねー!」

 

「ヒーローをけーちゃんって呼んじゃうのかよ……」

 

イヤホンを耳に入れて携帯をいじりながら、そしてノーヘルでバイクを運転しているというヒーローにあるまじき行為をしている慶。すると、警察が通った。

 

「そこのバイク。止まりなさい!」

 

「………………」

 

「君!止まりなさいって!」

 

「……………あっ?何?俺に話しかけてる?」

 

「そうだよ!止まりなさい!道路交通法違反だっての!」

 

「何⁉︎聞こえないよ!」

 

「や、だから道路交通法違反だってば!止まれって!」

 

「無理!パトロール中だから!」

 

「いや何が⁉︎いいから止まりなさいって……!」

 

「信号変わるまで待てって!話ならいくらでも聞くから!」

 

「いやそれまでに事故起きたら危ないでしょ!止まりなさい!」

 

「何⁉︎聞こえねーよ!」

 

「都合の悪い時だけしらばっくれてんじゃねぇよ!」

 

「今忙しいから無理だ!オロチの覚醒にはベイツールが必要なんだよ!」

 

「いや知らねーよ!早く止めろって……!」

 

「馬鹿野郎ッ!時間が止まることなんてねぇんだぞ‼︎」

 

「なんの話⁉︎」

 

で、焦れったくなった慶はバイクを急ブレーキさせて、後輪を持ち上げて後ろの白バイの運転手の顔面にぶつけた。

 

「ブフッ!」

 

「うるせっつってんだろ!今いいとこなんだから邪魔すんな!」

 

すると、周りに白バイが三体ほど止まる。

 

「てめっ!よくもやってくれたな!」

 

「うるせーな!忙しいっつってんだろハゲ!」

 

「禿げてねぇよ!まだ毛根は死んでないはずだ!」

 

なんてやりながら殴り合いが始まった。

 

 

 

 

「茜様に免じて許しますが、次は逮捕しますからね」

 

正義活動初日から警察のお世話になった慶だった。隣にはジャミンググラスを外した茜がいる。

そんなわけで、二人はトボトボと警察を出た。

 

「まったく……正義活動1日目から警察のお世話になるなんて聞いたことないよ」

 

「いいじゃねぇか。新しいヒーローの形ってことで」

 

「良くないわよ!」

 

「とにかく、さっさと行こうぜ」

 

そんなわけでスタートは最悪だったものの、二人のヒーロー計画はスタートした。元々、重力を操る人と基本完璧超人の2人が手を組んでいたため、解決できないことは何もない。木の上の風船取るのもクジラ助けるのもその他諸々も難なくクリアした。

で、今は自宅。

 

「大活躍だな、二人とも」

 

修が言った。すると、慶が不機嫌そうな顔で答える。

 

「俺の正体はバレてないみたいだけどな。なんか本当に女の子と思われてるらしい」

 

ちょうど、ニュースで『スカーレットブルームとナイトブルームの正体に迫る!』みたいな特集をやっていた。

 

「確かに服装とメガネ掛けるだけでほとんど別人だからな。そこらの女の子より全然可愛い」

 

「修。殺すぞ」

 

ギロリと修を睨む慶。すると、テレビが言った。

 

『ではここで、ブルームヒーローズの決めポーズをお見せします』

 

「おお!来た来た!俺の考えたポーズ!」

 

「どんなの?」

 

「まぁ見とけよ」

 

奏に聞かれるも慶はニヤニヤしながらテレビを見た。そして、テレビでスカーレットブルームとナイトブルームが構えた。

 

『流派!』

 

『東方不敗は!』

 

『『王者の風邪よ!』』

 

『全新』

 

『系裂』

 

『『天破狭乱!見よ、東方は!赤く燃えているううううううッッッ‼︎‼︎‼︎』』

 

で、ビシィッ!と二人はポーズを決め、テレビの中の全員が拍手する。

 

「どうっ⁉︎」

 

「完ッ全にGガンパクってんじゃない」

 

ため息をつく奏。

 

「いいだろ。カッケーじゃん」

 

「そもそもブルームどこいったのよ」

 

「知らねっ。てかお前なにその鼻血」

 

「へっ?あっ、また出ちゃってた……」

 

急いで鼻血を止める奏を捨て置いてテレビは世論調査に移った。

 

「………あれ?なんで正体隠してるのに私の支持率が…」

 

「演説の効果が出てるんだよきっと!」

 

全力で誤魔化しに行く慶。

 

「でもなん……」

 

「茜、ケーキあるんだけど食べる?」

 

葵の援護射撃でなんとか誤魔化した。

 

「そういえば小さい頃の茜はやんちゃだったなぁ」

 

修が思い出したように言った。

 

「この街の平和は私が守るんだ!とかいってたぞ」

 

「本当ですか姉上!カッコイイです!」

 

「昔の話だから……」

 

輝の台詞に茜は顔を赤らめる。すると修が立ち上がった。

 

「流派、東方不敗は!って最近もやってるじゃないか」

 

「やめてよぉおおおっ!」

 

で、机に伏せた。

 

「もぉ〜こんなことなら家族だからって正体明かすんじゃなかったよ〜……」

 

「え〜?別にもう国中の人が……」

 

と、言いかけた光の顔面に慶の脚がめり込んだ。壁に減り込む光。

 

「ちょっ……けーちゃん⁉︎何してんの⁉︎」

 

茜がガタッと立ち上がる。

 

「……………蚊だ」

 

「脚で⁉︎」

 

すると、減り込んだ壁から光が鼻血を垂らして出て来た。

 

「ちょっと何するのけーちゃん!」

 

「っせーな!空気読め!」

 

「だってあたしのクラスの子達も言ってたよ!茜ちゃ……」

 

さらに後ろ廻し蹴りを顔面に叩き込んで、また顔面が壁に突っ込む。

 

「だからけーちゃ……」

 

「蚊」

 

言いながら慶は光の食べかけのケーキを齧った。

 

 



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33話

 

 

それから一週間ほど、1日も欠かすことなくヒーロー活動を続けた。で、今はまたパトロールなう。二人は街の上を飛んでいた。ていうか茜が。

 

「茜、その……も少しゆっくり……」

 

「はぁ?」

 

「早くて怖い……」

 

「はいはい……。ていうか、ちゃんと地上を見ててよね。困った人がいたら降りないといけないんだから」

 

「ういっ。わかった」

 

「ほら、これくらいでいい?」

 

「も、も少しゆっくり……」

 

「まったくもう……」

 

「ああ、そのくらい……あー助かった……」

 

と、慶が茜の肩に掛けてる腕の力を抜いた時だ。ぶら下がった腕が茜の胸に当たった。

 

「っっ⁉︎ち、ちょっと慶⁉︎どこ触って……!」

 

「はぁ?オンブされてるだけだけど?」

 

「胸に手が当たってるよ!」

 

「あ?マジ?あー悪い。どこ触っても変わんねぇから分からなかったわ。まぁ別にこのままでも姉弟だし問題な……」

 

と、言いかけた慶の腕を茜が掴んで地上に叩きつけた。

 

「問題あるよ!…………あっ」

 

今更、上空から投げ付けた事実に気付く茜。慶は物凄い勢いでコンビニの屋根に激突し、突き抜けた。

 

「痛て……。あんにゃろ……あれ?」

 

そこのコンビニでは強盗が行われていた。

 

「…………あれっ?」

 

「なんだテメェ!」

 

強盗は二人。客は二人(内一人が慶)、店員が一人だった。

 

「や、えっと……。ピカチュウ(裏声)」

 

「嘘付けェ!なんだかよく分からねぇが邪魔するってんなら容赦はしねェぞ。オラァッ!」

 

殴りかかってくる強盗A。その拳を躱して慶は強盗の腹に拳を叩き込んだ。

 

「ゴフッ!」

 

「あぶねぇなこの野郎」

 

その時だ。ガキリと拳銃を向けられた。

 

「動くな」

 

「………さすがに、素手で来てるわけないか……」

 

慶の頬に汗が流れた。思いの外、相手は落ち着いている。下手に動くと自分や自分以外の奴が撃たれかねない。

 

「ナイト、ブルームだったか?ご苦労なこった。ヒーローごっこなんてよ。お前の正体がどこのどいつだか知らねぇが、もう片方の王族に付き合わされ、こんな目にあってるんだからよ」

 

(本当に俺だってバレてねぇのかよ……)

 

と、思いつつも慶は自分のスカートの下の足に括り付けてある拳銃を抜く機会を伺っていた。

 

「しかし、お前かわいいな。本当に何処の馬の骨だ?」

 

その瞬間、慶は作戦を思いついた。そして、口を開いた。

 

「うるせぇよチンカス」

 

めちゃくちゃ低い声でそう言った。思わずキョトンとする強盗B。その隙にスカートをめくった。で、拳銃を抜いて強盗の持ってる銃を弾いた。

 

「んなっ⁉︎」

 

リアクションしてる間に顔面にドロップキック。後ろに倒れたところを慶はまたがって拳銃を顔面に押し付けた。

 

「俺は男だ」

 

「………………」

 

警察に通報した。

 

 

 

 

「もう!けーちゃん一人で倒したら意味ないでしょ⁉︎」

 

「バーカ、お前に拳銃持ってる奴相手にさせるわけに行くか」

 

「そ、そう………」

 

「なぁ、そんなことよりさ。俺のこのカッコってそんなに可愛い?」

 

「は?」

 

「や、だから俺だって分からなくなるほど可愛いかな……」

 

「あー……うん、まぁ……」

 

「そ、そう……」

 

そのあと、「女装……女装か………」などとブツブツ呟き始めたが、茜は無視して引き続き正義活動を再開した。

 

 

 

 

帰宅した。

 

「あー疲れたー!」

 

茜はそのままソファーにダイブ。慶は二階に上がった。で、葵の部屋に入った。

 

「入っていいか?」

 

「えっ」

 

中では葵は着替え中だった。一瞬、動きを止めたものの、慶はそのまま中へ入り、ベッドに腰をかけた。

 

「葵……相談があるんだが……」

 

「待って、何を何食わぬ顔で着替えてる人の部屋に入ってこないで」

 

「いや、相談っつーか質問だな。いい?」

 

「や、だから着替えてる人の部屋に……」

 

「これ葵だから相談出来ることだからな。本気で信用してっから聞けることだからな」

 

「その前に私の心、察して」

 

「女装って、どう思う?」

 

「お願いだから話を………今なんて言った?」

 

聞き返すが慶は何も答えない。ふっと顔を背けるだけだった。その瞬間、慶の両肩をガッと掴んで揺さぶる葵。

 

「目を覚ましなさい慶!」

 

「まっ……ちょっ!死………っ!」

 

「あなたはそっち側じゃないはずよ!お願いだから戻って来なさい!ねっ⁉︎」

 

「ガッ……ちょっ……激しッ……!」

 

「私はあなたを社会的に殺させたくないわ!お願いだから落ち着きなさい!ねっ⁉︎ねっ⁉︎」

 

「いやお前が落ち着っきゃっ……舌噛んだ!舌噛んだからたんま!」

 

すると、ようやく収まった。

 

「で、どういうこと?何があったのか詳しく説明しなさい今すぐに!」

 

「や、だからさ……そのっ、俺が茜とヒーロー活動始めたじゃん?」

 

「そうね」

 

「それでさ、茜の支持率は上がったし、外歩いてても余り茜は周りを意識しなくなったと思うんだよ」

 

「うん」

 

「だけど、ナイトブルームの方は誰も俺と気付かない余りか本当に女だと思ってる奴も多いじゃん?で、今日コンビニ強盗ボコったときにさ……可愛いって言われたのよ……」

 

「…………」

 

「で、スカートの下に俺は短パン履いてるわけだが、そこをまた可愛いだのなんだのとネットで言われてるし、てか今思えば俺、茜と同じくらいしか身長ないし、なぜか茜も岬も光も『けーちゃん』だし、なんつーのかな、自分に自信がなくなってきたというか……あれ、なんだそれ……なんか自分でも何言ってるか分からなくなってきた。まぁとにかくそんな感じ」

 

「慶。貴方しばらくナイトブルーム辞めなさい」

 

「はぁ?なんでまた急に」

 

「辞めなさい。ていうか辞めてください」

 

「いや別にいいけど……」

 

「それで眼が覚めると思うわ」

 

「わ、分かった」

 

 



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34話

 

 

それから一週間くらい、ナイトブルームは姿を消した。活躍するのはスカーレットブルームのみとなっていた頃。

 

「どう?女装したいーみたいな衝動は収まった?」

 

「元々そんなにしたかったわけじゃねぇよ」

 

「ふーん?あんなに深刻そうにしてた癖に?」

 

「いや、一歩間違えれば変態だったからなぁ……。でもナイトブルームは辞めたくねぇ。せっかく合法的に暴れられてたのに」

 

「まぁコンビニ強盗で発砲って聞いた時にはビックリしたわね」

 

「仕方ないだろ。相手意外と落ち着いてたし」

 

「そっちじゃないわよ。怪我なくて良かったって意味よ」

 

「相変わらずお優しいお姉さまですね」

 

「ありがとう」

 

なんて話しながらテレビを見ていると、なんか臨時ニュースみたいな事をやっていた。

 

「お?なんや?」

 

『えーこちらの銀行です。ただいま、銀行強盗が入っている模様です。あか……スカーレットブルーム、いや茜様だっけ?ま、どっちでも伝わればいいや。茜ブルームが中にいるようです』

 

「えっ?」

 

「ていうか茜ブルームって何」

 

『目撃者の証言によると、銀行強盗やっているところを見つけた茜ブルームが中に入って行った瞬間、銃声が聞こえたそうで……』

 

「はぁ⁉︎」

 

「じ、銃声……⁉︎」

 

『腰を抜かして動けなくなっているところ、人質の一人にされてしまい、シャッターが閉まったそうです』

 

「「当たってねぇのかよ!いや当たってたら困るけど!」」

 

最後の部分まで完璧にハモらせて突っ込む2人。

 

「茜……とりあえず警察に……!」

 

「無駄だよ。警察に連絡したところで強盗の計画の内だろうし、つーか目撃者がいるんならとっくに連絡してると思う。ていうか、下手に刺激して茜を人質にされたら最悪だし」

 

「じ、じゃあ……どうするの?」

 

「………こういう時のための、ナイトブルームだろ」

 

言いながら慶は着替え始めた。

 

「ほ、本気⁉︎」

 

「ああ。ヒーローものは片方が捕まったらもう片方が助けるのが王道だろ。エースキラー然り、ヒッポリット星人然りれ」

 

「なんで両方ともエースなのよ」

 

「………ウルトラマン地味に詳しいのな」

 

「チョイス古くない?平成でも『ウルトラマンダイナ&ティガ、光の戦士たち』とか『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』とか……」

 

「うるせーな。いいだろ別に。てか言ってる場合じゃねぇ。ちょっと行ってくるわ」

 

「ちょっと慶……!」

 

が、無視して慶は自分の部屋へ入った。で、拳銃をスカートの下に隠し、部屋を出た。部屋の前では葵が心配そうな顔で待っていた。

 

「いいの?危ないし……それに、また女装したくなっちゃったら……」

 

「いいんだよ。茜のためだ」

 

「そう………」

 

「さて、じゃあ行くか」

 

そう言うと、ナイトブルームは出撃した。

 

 

 

 

銀行に到着。シャッターは閉められていて、周りは警察に取り囲まれている。慶は隣のビルに入り、屋上からバレないように飛び移った。

で、まぁなんやかんや上手いこと移動して銀行のトイレの中に入った。

 

「まぁ、まずはこんな感じか……」

 

言うと慶はトイレの入り口のドアを強く締めた。バタンッと音がして、金を集めてる強盗の一人がそれに反応する。

 

「おい、なんか音しなかったか?」

 

「そう思うなら見てこいよカス」

 

「カスって言う方がカスだ」

 

なんて軽く口喧嘩しながら1人が確認しに行った。で、トイレの中に入る。が、誰もいない。

 

「……………気のせいか」

 

そう思って戻ろうとした時だ。個室から慶が出て来て、一撃で気絶させられた。で、慶はそいつの服装を剥いで衣装の上から着て、武器だけ奪って、体を縛って顔面を便器にぶち込んだ。

 

「さて、行くか」

 

拳銃を一丁はポケットにしまい、最後に覆面を被る。中をそーっと覗くと敵は後四人。

 

(下手には動けないか……まぁ一応変装してるし大丈夫だとは思うが)

 

で、普通に出てきた。

 

(………なるべく口数は少ない方がいいよな)

 

「よう、なんかいたか?」

 

「ああ、花子さんだった」

 

「そいつは危なかったな」

 

なんとか誤魔化せたようで慶が銀行から出るときにこいつら裏切ろうと決めた時だ。

 

「慶!助けに来てくれたの⁉︎」

 

茜が大声で正体をバラしやがった。

 

 



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35話

 

 

バカがバラした時、慶は不敵に笑った。

 

「は、はっ。誰だ慶っていうのは?」

 

「いや、何カッコつけてんの⁉︎そんな場合じゃないから!助けてよ!」

 

「助ける?なんで強盗が人質を助けなきゃならねんだ?マジなめんのもいい加減にしろよ」

 

「そっちがなめてるんだよ!何惚けてんの?いいから助け……!」

 

「ああもうっ!なんでバラすかなぁお前!分かったよ!正体バラせばいいんだろ⁉︎へぇーんしんっ!トォウ!」

 

惚けるのを諦めて、慶は強盗の衣装を脱ぎ捨ててスカーレットナイトとなった。

 

「ナイトブルーム、行きまーす!」

 

言いながら見参し、スカートの下の拳銃とさっき奪った拳銃を構える。

 

「うおおおおおおお!」

「ナイトブルーム来たあああああっ!」

「何このウルトラマンダイナ&ティガ、光の戦士達的な展開!」

「懐かしいチョイス!」

 

などと声が上がる。そうそうこれだよ〜、と慶の内心も気持ち良くなってた。だが、

 

「てか、さっき男の声だったよね」

「なんでスカート履いてんの?」

「茜さ……スカーレットブルームさっき慶って言ったよね」

「慶様じゃね?」

「女装趣味?しかもコスプレ?うーわ……」

「そう言うなよ。助けに来てくれたんだからさ……」

 

などという声も上がってきた。正体がバレたことなど、恥ずかしさがすべて広がり、慶は天井に発砲した。

 

「テメェら……全員財布出せ」

 

強盗に参加することにしました。

 

『えええええええええええッッッ‼︎⁉︎』

 

当然のリアクションが強盗からも出た。

 

「ふざけんな!」

「何しに来たんだあんたは!」

「正義の味方だろ⁉︎ふてってんじゃねぇよ!」

「この女装癖が!」

 

などと声が上がる中、慶も声を上げた。

 

「うるせーうるせーうるせー!女装趣味じゃねぇっつの!誰がお前らみたいなの助けるか!いいから財布出せってんだよチンカスどもがァッ!」

 

言いながら慶は拳銃を人質の群れに向ける。

 

「と、いうわけで強盗。これから俺はお前らの仲間だ。金はお前らだけで分けていい。その代わり2万だけくれ。今月ピンチなんだよね」

 

「おう、いいぜ」

 

で、全員の財布を回収し、強盗たちは銀行を出ようとした。だが、

 

「待て。正面は警察がいる。屋上から逃げるぞ」

 

「そんなん人質使えば済む話だろうが」

 

「馬鹿たれ。奴らに気付かれずに逃げればその分だけあいつらをここに釘付けに出来んだろ。俺の侵入ルートを通るぞ」

 

で、全員でまったく気付かれないように抜け出した。

 

「車は?」

 

「近くのパーキングに停めてある」

 

「バッカお前あそこはどう足掻いても警官に見られんだろうが。全員着替えて人目のつかない道をを堂々と歩くぞ」

 

「それ堂々とって言うのか?」

 

「とにかく、行くぞ。この街は監視カメラで囲まれてる。ここから何人かは強盗服に着替えろ。そして、あえて監視カメラに映る道を通るんだ。その後に着替えて監視カメラの映らない道から集合場所に集まれ。いいな?」

 

もはや完全にリーダー格となっている慶だった。

 

「で、その集合場所ってのは?」

 

「監視カメラがない場所に決まってんだろ。監視カメラがない場所、学校だ」

 

「目立ち過ぎないか? 」

 

「今日は休日だろうが。ここに来る理由の奴は部活しかいない」

 

「な、なるほど……」

 

「まぁ目立ち過ぎるってのは本当だ。だからルートを絞る。あそこの一年棟の階段なら休日は誰も通らないはずだ。そこの屋上だ。いいな?」

 

『おう!』

 

この後、当然慶はそこを警察に教えて一網打尽にした。

 

 

 

 

その夜。ナイトブルームの正体は櫻田慶様だった!みたいなニュースがやっていた。

 

「…………死にたい」

 

「まぁまぁけーちゃん。大丈夫だよ」

 

光が慰めるが、慶は頭を上げない。

 

「死にたい……」

 

「同じこと二回も言わないの」

 

「うるせーバーカ。世間にゃ俺は女装趣味だぞ」

 

「そう思われてもおかしくないくらい可愛いもん」

 

「真顔で言うな。また蹴られたいのかカス」

 

「いや、真面目に」

 

「………………女装、か……」

 

「なんか言った?」

 

「や、なんでも……」

 

と、否定したものの慶の頭の中では女装の言葉が残っていた。

 

 



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36話

 

 

 

学校の帰り道。慶はジャンプを買った。で、いつも通り読みながら帰宅してる時だ。赤信号なのに気付かずに堂々と歩いた。その結果、車にはねられた。

 

 

 

 

病院。慶の病室。

 

「修ちゃん!」

 

茜がやって来た。声を掛けられて振り返る修。

 

「けーちゃんは?」

 

「命に別状はないそうだが、意識は戻ってない」

 

「ジャンプ読みながら歩くなっていつも言ってるのに……良い薬よまったく……」

 

「カナちゃん」

 

「なぁに?」

 

「貧乏ゆすり半端ないんだけど」

 

「べ、べべべべつに焦ってないし!」

 

「いや聞いてないし」

 

なんて話してると、遅れて遥と岬が光、輝、栞を連れてやってきた。

 

「事故ったって?」

 

「大丈夫なのけーちゃんは⁉︎」

 

「死にはしないってさ」

 

「良かったぁ……」

 

岬が椅子に座り込む。

 

「お兄様……死んじゃいや……」

 

涙目で下を俯く栞。その栞に輝が言った。

 

「大丈夫だ栞!慶兄様は無敵のヒーローなんだ!交通事故くらいじゃ死なない。むしろ車を兄様がはねるんだ!」

 

「いや、意味わかんないから。ていうか死なないって言われたばっかじゃん」

 

輝の力説に冷たく突っ込む光。

 

「でも、トラックにはねられたみたいだし、骨折くらいはしてるかもしれないわね……。その時はみんなで慶を支えてあげましょう」

 

その葵の台詞に「おーっ!」と、全員が拳を突き上げた。すると、ベッドから「ん………」と、声が出た。

 

『慶⁉︎』

 

全員がベッドの上を見る。慶は兄弟達を見ると、目をパチパチさせた。

 

「…………だれ、ですか?」

 

「へ?」

 

「僕を、どうするつもりですか……?」

 

涙目で慶はそう言った。

 

「け、慶……?冗談よね?」

 

「けーちゃん?」

 

葵と光が冷や汗を流しながら言った。

 

「な、なんなんですかあなた達……」

 

警戒してるような声を上げる慶。すると、修が言った。

 

「とにかく、先生を呼ぼう。話はそれからだ」

 

 

 

 

「「「記憶喪失?」」」

 

話を聞いてる葵、奏、遥が声を出した。人数が多いから三人だけ聞いて、残りの人たちにはあとで説明することにしてある。

 

「ええ。事故で車に吹っ飛ばされた時に記憶も吹っ飛ばされたみたいで……」

 

「あらら……そうですか」

 

「まぁ彼にとって刺激になるものを見せれば戻せるとは思いますが、まぁ気長に行きましょう。戻るまでは私達も精一杯力を尽くします」

 

「はぁ、よろしくお願いします」

 

そのまま話は終わった。

 

「……困ったわね」

 

「大丈夫?奏姉さん」

 

「平気よ遥……」

 

とりあえず慶と他の兄弟達が待つ病室へ。

 

「ねぇ、本当にあたしのことも覚えてない?」

 

「ご、ごめんなさい……えっと、光さん?」

 

「さん付けなんてやめてよ。光って呼んで?」

 

「慶兄様!僕は輝です!」

 

「な、なんか似たような名前ですね……」

 

などと盛り上がってる中、修が葵に聞いた。

 

「どうだった?」

 

「それが、記憶喪失みたいで……」

 

「なるほどな……。まぁそういうことならさっそく家に連れて帰ろう。外傷はないんだろ?」

 

「ええ。トラックにはねられた癖に無傷」

 

「あいつってご飯にボンドでもかけて食べてんのかな……」

 

修と葵が話してる時に茜は奏に聞いた。

 

「カナちゃん、大丈夫?」

 

「平気よ。ねぇ、人の記憶っていくらくらいで買えると思う?」

 

「本当に大丈夫⁉︎」

 

 



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37話

 

 

 

早速退院し、帰宅する。慶の腕に奏がしがみ付いている。その度に慶は顔を赤くしていた。

 

「あ、あの……奏、さん?」

 

「なに?」

 

「もしかして……僕と奏さんは恋人だったりするんですか?」

 

それに全員が噴き出した。

 

「なっななななんで⁉︎何言ってんの⁉︎」

 

「だ、だって……なんかベッタリくっついてますし……む、胸も、当たってますし……」

 

「や、それは………」

 

「もしかして僕って、奏さんに貰われて養子みたいになったみたいな感じですか?」

 

「そ、そんなわけっ……」

 

と、言いかけた奏だったが、「悪くないわね……」と、呟いた後、言った。

 

「ええ、そうよ」

 

奏以外の全員が噴き出した。

 

「や、やっぱりそうですか⁉︎なんか他の人と比べて距離近いしボディータッチ激しいしなんかあると思ったんですよ!」

 

「ま、まぁね。私、心配したんだからねけーちゃん♪」

 

誰だお前⁉︎と、全員が反応する中、慶は気恥ずかしそうに聞いた。

 

「じ、じゃあその……カナちゃんって、読んでもいいですか?」

 

「ゴッファアッ‼︎」

 

「カナちゃん⁉︎」

 

血を吐いて倒れた奏に慶が駆け寄った。その2人を捨て置いて残り8人は思った。

 

((((((((俺、知ーらねっ♪))))))))

 

 

 

 

そんなこんなで、自宅。

 

「ほら、ここが私達の家よ」

 

「大きいんですね……」

 

「その敬語禁止、家族なんだから」

 

「そうですか……そうだね、カナちゃん」

 

で、微笑み合う2人。

 

「ほら入るぞ」

 

修が言うと中へ入る。「お邪魔しまーす……」と、慶が小声で言った。

 

「けーちゃん!ほらほらこっち。リビング!」

 

光が手を引っ張って案内する。

 

「あれがテレビで、あれがソファー、あれが机だよ!」

 

「光、何かを思い出させるってそういうことじゃないぞ」

 

遥が冷たくツッコンだ。そして、そのまま提案する。

 

「とりあえず、みんなの能力を見せてみない?僕たちの能力を見たりすれば、何かしら思い出すかもしれない」

 

「なるほど……。じゃああたしから!」

 

光が前に出た。そして能力によって高校生くらいにまで成長して見せた。

 

「うわっ」

 

「どう?生命操作」

 

「光ちゃん……大人になっても可愛いですね……」

 

「えうっ⁉︎」

 

顔を真っ赤にする光を捨て置いて、今度は輝が前に出た。

 

「僕は怪力超人です!こんな感じで……」

 

言いながら輝はその辺のソファーを持ち上げた。

 

「おお……小さいのにすごいね」

 

「何か思い出しました⁉︎」

 

「いや皆目」

 

言われてショボンとする輝。次は岬だ。

 

「ほっ」

 

そう言うと8人に増えた。

 

「おお……これはまたすごいですね……」

 

「でしょー?」

 

「あら、本当に記憶がないのね」

 

言いながら岬の1人が慶の後ろから抱き着く。

 

「って、コラー!誘惑するなー!」

 

などと本体と分身による心温まる茶番の次に出てきたのは修だ。

 

「俺は瞬間移動。こんな感じ」

 

言うと修の姿が消えた。

 

「へあっ⁉︎」

 

そして、トッと上の階で着地する音がした。

 

「………なるほど。便利ですね」

 

みたいな感じで能力を紹介していった。全員終わったところで、「あっ」と修が声を漏らした。

 

「そういえば買い物してなくね?」

 

「そういえばそうね……。今日の買い物係誰?」

 

「あー!私だったぁー!」

 

大声で嘆く茜。

 

「な、なんですか?」

 

「あか姉は極度の人見知りでお出掛けが嫌いなんだよ」

 

「そうですか……。では、僕がお付き合いしますよ」

 

「本当に⁉︎」

 

茜がガバッと身を乗り出す。

 

「はい。義妹の為ですから」

 

ニッコリと微笑む慶。

 

「うん、ていうか私が姉なんだけどね……」

 

「いきましょう。お腹空きましたから」

 

「そうだね。カナちゃんは行く?」

 

「私はいいわ」

 

「そっか。じゃ、行ってきまーす!」

 

そのまま二人は出掛けた。その背中を見ながら奏は呟いた。

 

「…………どうしよう」

 

「私は知らないからね」

 

冷たく葵が言い放った。

 

 



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38話

 

 

買い物へ向かった。慶と茜は2人並んで歩く。すると、自販機の前で慶が立ち止まった。

 

「茜さん。喉渇いてませんか?何か奢りますよ」

 

「へ?い、いいよ別に。買い物なんてすぐだし」

 

「いえ、僕が記憶喪失になってしまったことで迷惑かけてしまっているので、何か奢らせてください」

 

(この人誰⁉︎ていうか普段の方がよっぽど迷惑なんですけど!)

 

声に出さずもヒビる茜。慶は返事を待たずに缶コーヒーを買ってしまった。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがと……」

 

そのまま二人は近くのベンチで一息ついた。その時だ。

 

「あれ?けーくん?」

 

声をかけられて振り返ると紗千子が立っていた。

 

「って、さっささささっちゃん⁉︎」

 

「?」

 

慶の頭の上には「?」マークが浮かんでいる。それを察したのか茜はなんとか理性を抑えて言った。

 

「あ、えと……さっちゃ……米澤さん」

 

「あ、茜様。初めまして。米澤紗千子です」

 

「ああ、ご丁寧にどうも。で、けーちゃんなんですけど……今、記憶喪失でして……」

 

「…………今なんて?」

 

「や、だから記憶喪失でして……」

 

「」

 

固まる紗千子。そして、「そんな……」と呟きながら肩を落とした。その紗千子に慶が言った。

 

「申し訳ありません。今は覚えていませんが、必ずあなたのことも思い出してみせます。だから、落ち込まないでください」

 

「けーくん……」

 

思わず涙が出そうになる紗千子と茜。茜は別の理由だけど。そして、続けて慶が口を開いた。

 

「それで、貴女と僕はどういう関係何ですか?」

 

「へっ?………あー」

 

紗千子は口を開いたまま固まった。そして、ピーンと良いことを思い付き、言った。

 

「彼女です」

 

「「ブッフォアッ!」」

 

缶コーヒーを噴き出す慶と茜。で、茜が「へっ?そ、そうなの……?」みたいに困惑していると、慶は膝をついた。

 

「ど、どうしたのけーくん?」

 

「ふ、二股じゃないですか!なんて奴だったんだ僕は……」

 

「へっ……?けーくん、彼女いるんですか?」

 

「はい……。どうやら僕は王族のカナちゃんに貰われたはずだったんですが……どうやら不倫していたみたいです……」

 

しょぼんと肩を落とす慶。それに少なからず紗千子は驚いた。奏と慶の関係の真相を知っている茜はオロオロするばかりだった。そんな茜の気も知らずに慶は言った。

 

「こうなったら仕方ありません。米澤さん、カナちゃんと僕と三人で話し合いましょう」

 

「は、はぁ?」

 

「あなたは僕の2人目の女性かもしれませんが、それでも僕を愛してくれた女性の一人、ここは三人で決めるべきです」

 

「や、あの……」

 

「け、けーちゃん?」

 

「茜さん、申し訳ありませんが僕は買い物より大事な用事が出来てしまいました。失礼します」

 

「ええっ⁉︎」

 

そう言うと慶は紗千子の手を引っ張って自宅へと引き返していった。

 

 



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39話

 

 

 

 

そんなこんなで、慶、紗千子、奏、葵の四人で席に座る。奏と紗千子は顔色を悪くしながら思った。

 

((どうしてこんなことになった……))

 

で、グルグルと思考を巡らせる。

 

(なんで?ちょっと見栄を張っただけでなんでこんな事になるの?そりゃ私も悪いことしたとは思うけど……)

 

(まさかけーくんが養子だったなんて……ただでさえその事実でメンタルズタボロにされてるのにここで嘘つきましたーなんて言ったらカミーユの如く精神崩壊起こすよ)

 

と、全力で後悔してる中、葵が手を挙げた。

 

「あの、慶?どうして私もここにいるの?」

 

「裁判長です。最終判断で僕に下す裁きをお願いします。死ねと言うのならば切腹もします」

 

(((どんだけ責任感強いんだこの人!)))

 

心の中でツッコむ三人。

 

「ちなみに慶、仮にこの二人のどちらかが彼女だと嘘付いてたら?」

 

「その場合は、ちょっと僕はそんな人とは関わりたくないですね……。今言えば笑って済みますが……結論が出てから『実は嘘でしたーてへぺろ☆』みたいなのは腹立ちますし何よりウザいので」

 

その瞬間、二人はブルッと身体を震わせる。

 

(と、いうことは偽物はけーちゃんと絶交するということ?そんな事になったらこっちが切腹したくなるわよ!)

 

(偽物の人は即刻死刑宣告喰らったと考えるべきね……。あ、あれ?ちょっと待って?)

 

(よく考えたら……)

 

((私、偽物だ………))

 

二人の頬を冷たい汗が流れる。

 

(と、いうことはあのアイドルが慶の彼女になるってこと⁉︎)

 

(流石にけーくんに絶交させられるのは嫌だ。だけど……ここで『実は偽物でしたーテヘペロ☆』なんてやったらけーくんに軽蔑されることは間違い無いし、何よりアレだ。恥ずかしい)

 

(だからと言ってここで絶交は嫌だし………どうするべきか。いや待て、これは逆にチャンスなんじゃない?)

 

(ここでテキトーに難癖付けて……)

 

((本物を蹴落として、私が本物の彼女になればいいんだ!))

 

そう思い2人が口を歪ませた時だ。葵が立ち上がった。

 

「葵さん?」

 

「ごめんね慶。後で好きな物なんでも買ってあげるから」

 

「へ?」

 

すると、葵は思いっきり慶の頭を殴った。

 

「ほげっ⁉︎」

 

そのままパタリと気絶した。で、奏と紗千子を見てニッコリと微笑んだ。

 

「二人とも、ちょっとお話しようか?」

 

二人は恐怖を見た。

 

 

 

 

30分後。慶が目を覚ました。

 

「えっと……あれ、ここどこ?確か、ジャンプ買った帰り道に……トラックにはねられて……あれ?」

 

記憶が曖昧で視界もボーッとしている。が、すぐに視界は戻った。目に映ったのは奏。

 

「おい奏。何があったかわかんない?なんか記憶が曖昧で……」

 

「知らない」

 

「…………なんか汗凄いけどどした?」

 

「知らない……ごめんなさい……生きててごめんなさい……」

 

「奏⁉︎どうした⁉︎」

 

一方、紗千子も仕事を二週間休んだ。

 

 



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40話

 

 

 

とある日の夜中。夜中の2時。慶はゲームをやっていた。

 

「っし、ボス倒した……。って、もうこんな時間か」

 

目覚まし時計を見ながら呟いた。隣のベッドの茜はすでに寝息を立てている。

 

「切りいいしここでやめとくか……」

 

そう判断すると、布団の中に潜った。だが、

 

「歯ぁ磨いてねぇや……」

 

そう思い出すと慶は立ち上がった。で、洗面所に向かい、歯をシャコシャコする。ふと何かの気配がした気がして、扉の向こうの風呂場を見た。ピチャッと水滴が落ちた気がした。

 

「……………いや、ねぇって。ねぇよ。大体、歳いくつだと思ってんだ」

 

そう思いながら鏡を見ながら歯を磨く。鏡の中の自分を見ながらシャコシャコしてると、自分の後ろに誰か黒い影が映った気がした。内側からズコッと頬に歯磨きが刺さり、止まる。

 

「……………疲れてんなこれ。間違いなく赤疲労だわこれ。やべーよ轟沈するよこれ」

 

で、気を紛らわすためにリビングへ向かった。で、電気をキッチンまで全部つけてシャコシャコする。

 

『逃げられると思うなよ……』

 

「ッ⁉︎」

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

「む、無音はつまんねーよな。いや別に怖いとかじゃなくて……」

 

そう決めると、慶は少しでも気を紛らわすため、テレビをつけた。その瞬間、

 

『お前の後ろにだぁぁぁああああああッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

「ギャアァァァァァァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

テレビに頭と目から血を流して白い顔をしている女が映り、反射的に自分の後ろに裏拳をブン回した。だが、誰もいない。ハァハァと息を乱していると、テレビから声がした。

 

『と、このように呪われる場合があります。殺人はやめましょう。警視庁からでした』

 

「どんなCMゥッ⁉︎広告するほどこの街治安悪くねぇだろ!お前らが呪われろ!今すぐ呪い殺されろ!」

 

で、ハァーッハァーッと呼吸を整え、テレビを消した。

 

「んだよコンチクショウ。もういい寝る。それがベストだこの野郎。警視庁め、明日親父にチクってあのCMやめさせてやる」

 

言いながら慶はリビングだけじゃなく、廊下まで電気を付けっ放しにして洗面所に入った。

 

「……………」

 

念のため、風呂場の電気もつけて、さっさとうがいをすると、つけた電気は消さないで自分の部屋に戻った。

 

「……………流石に自室の電気までつけたら眠れねぇや」

そう判断すると、慶は自分のベッドに入る。そして、目を閉じた時だ。

 

『お前の後ろにだぁぁぁああああああッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

「ッッ⁉︎」

 

急いで目を開けて振り返るが、誰もいない。

 

「……………俺ってもしかして霊感あるのカナー……」

 

背筋に冷たい汗が流れた。そして、ゲームをつける。ボス撃破後のムービーでも見て気を紛らわそうと思ったからだ。

 

『………っし、これでこの町は大丈夫だな』

 

『ああ……やったな……でも、本当に大丈夫か?やつがこの程度で終わるとは思えないんだが……』

 

『大丈夫だって。奴の死体もそこに……何っ⁉︎』

 

『奴の死体が消えた⁉︎一体何処に……』

 

『お前の後ろにだぁぁぁああああああッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

『『ギャアァァァァァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎』』

 

「ギャアァァァァァァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

思わずゲームの画面を叩き割った。で、ゼーハーと呼吸を整える。

 

(間違いない……。俺、呪われてるッ!)

 

そう判断し、慶はチロッと茜の方を見た。で、ツンツンと肩を突く。

 

「あ、茜さぁ〜ん……」

 

「………………」

 

「お願い、起きてぇ?」

 

「……………んにゃっ、何ぃ………?」

 

「そ、その…一緒に寝てほしいなぁーなんて……」

 

「はぁ…………?何を馬鹿言ってるの………?大体、今何時だと………」

 

「お願い……。じゃないと俺、呪い殺されちゃうよ……『お前の後ろだぁーっ!』みたいな……何も言ってないのに後ろからバッサリ何もかも持ってかれちゃうよー……」

 

「何言ってんの……?分かったよ、おいで?」

 

「ほんとごめん……」

 

「ん」

 

で、同じベッドの中に入る。

 

「にしてもどうしたの?急に……」

 

「いや……ちょっと、な……」

 

と、これまでの事情を説明する。

 

「あははっ、考え過ぎだよけーちゃん。まぁ怖かったなら甘えさせてあげるから、おいで?」

 

言いながら微笑む茜。その笑顔が余りに優しく見えたもんだから、慶は気恥ずかしくなって背中を向けた。

 

「う、うるせっ。おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

言いながら茜は優しく後ろから慶を抱き締めた。普段なら拒絶するが、今はそれによって恐怖が緩和されていったもんだから、慶はそのまま身を茜に預けた。その時だ。

 

「けーちゃん」

 

「ん?」

 

「ようやく後ろを見せたな」

 

ニヤリと口を歪ませる茜。慶がゾクッとして後ろを見ると、テレビで見た顔の白い女の顔があった。

 

「ギャアァァァァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

と、いう夢を見て結局一睡も出来なかった。

 

 



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41話

 

 

 

体育祭の季節になった。あ、ちなみに能力の使用は禁止である。あと茜と慶は赤組、奏と修は白組だ。

 

「いいかぁー!櫻田さんの為にも絶対に勝つぞおおおおおおおおおッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

『ウオオオオオオオオオオオオッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

福品の掛け声に慶以外の全員が拳を突き上げる。その隣で顔を赤くして俯く茜。

 

「はぁ……。どうしてこんなテンションなんだろうみんな……」

 

「まぁまぁ、頑張ろうよ茜」

 

肩を落とす茜の隣に行って、ポンっと肩を叩く花蓮。

 

「それに、あそこでパズドラやってるあんたの弟がいれば勝てるでしょ」

 

花蓮の視線の先にはぐんまコラボを周回している慶の姿があった。

 

「そーだね。なんだかんだ負けず嫌いだもんけーちゃん」

 

そんなわけで、開会式。奏生徒会長の心温まる挨拶の間も慶はパズドラに夢中だ。で、ラジオ体操。それでも慶は微動だにせずパズドラをやっていた。体育教師に引き摺られた。体育館裏で怒鳴られた。

 

 

 

 

第一種目。徒競走だ。誰も出ないのでスキップ。第二種目、一年生による綱引きだ。先頭にいるのは茜。その後ろに並ぶ慶が茜に言った。

 

「茜、能力使えよ」

 

「ダメだよ。正々堂々!」

 

言われて、慶はペッと唾を吐き捨てる。そんなわけで、両チームが綱の上に立つ。

 

「けえええええいッ!頑張れえええええええッッ‼︎‼︎」

 

「奏、うるせぇ。あとチームが違ぇぞ」

 

全力で応援する奏にスパッと言い放つ修。で、パァンッと音を立てて綱引きが始まった。

 

「ッッッ」

 

「ふんぬぉおおおおおおおお!」

 

静かにひっぱる慶と喧しい茜。だが、慶の力は強くともクラス全体は引っ張られている。

 

「チィッ、仕方ない。福品、一秒だけ頼む」

 

「へ?お、おう」

 

後ろで引っ張っている福品に慶は言い放つと、前で引っ張っている茜のズボンを下ろした。

 

「えうっ⁉︎」

 

『ッッ⁉︎』

 

敵のクラスの前の方で見えた奴全員は顔を真っ赤にし、固まった。

 

「今だ、引っ張れ!」

 

さらに慶の号令で味方チームは思いっきり引っ張った(福品、茜以外)。

 

「キャアァァァァァァッッ‼︎‼︎」

 

茜が急いでズボンを上げる中、試合終了のピストルが鳴り響いた。

 

 

 

 

「けーちゃんのバカ!最ッッッ低!」

 

さっきから怒っているのは茜だ。慶は携帯を弄りながら言った。

 

「だから悪かったって。勝つためには仕方なかったんだよ」

 

「だからって普通脱がす⁉︎」

 

「他に良い方法が思い付かなかったんだよ。今度パフェ奢るから許して」

 

「私のパンツはパフェ以下か⁉︎」

 

「じゃあジャンボパフェ」

 

「サイズの問題じゃないわよ!」

 

なんてやり取りはしばらく平行線を辿り、結局遊園地栞と茜のチケット奢りで済むことになった。なんてやってると、二年の騎馬戦が始まった。

 

「っと、始まったか。じゃ、俺は席外すわ」

 

「ど、どこ行くの?」

 

「ちょっとな……」

 

返事を濁すと慶はスナイパーライフルを取り出した(麻酔銃)。で、校舎の屋上に登り、白組の鉢巻をしている奴に狙いを定めた。

 

「安らかに眠れ」

 

パシュッと音を立てて奏を撃ち抜いた。それを見た修がため息をついて瞬間移動した。

 

「よしっ、続いて二人目……」

 

と、言いかけた慶の頭をぽかんと殴り、スナイパーライフルを取り上げる修。

 

「馬鹿かお前」

 

「いってぇなこの野郎」

 

「そういう事はよせよ。これは没収な」

 

スナイパーライフルはシュンッと消滅した。

 

「あっ!てめっ……」

 

「じゃあな」

 

そのまま瞬間移動で修は逃げた。

 

 

 

 

「アホ!バカ!死ね!カス!ゴミ屑!」

 

「いや言い過ぎだろ!」

 

目が覚めた奏になじられてるのは慶だ。

 

「あんたね、普通騎馬戦で狙撃する?バカなの?」

 

「騎馬戦の文字には『戦』って文字が書いてあんだろ。これ即ち戦争だ。それなら狙撃くらいあってもおかしくねぇだろ」

 

「理論が飛躍しすぎよ!」

 

「まぁ気持ちいいくらい見事に当たったし、奏に当てられたし、俺は満足だぜ」

 

「結局、私に当てられたから満足しただけじゃない!」

 

などというやり取りも平行線を辿り、遊園地デート一回で許された。

 

 



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42話

 

 

 

体育祭。ようやく慶の出番となった。障害物競走だ。障害物は平均台→ネット潜る奴→跳び箱→袋に足突っ込んでピョンピョン跳ねる奴→パン食い→最後に走って終わりという少し変わった感じ。

しかも、一位の組みは地味に高得点もらえるので本気を出す組も多いのだ。そこにまさに本気をぶち込んだ赤組。慶はアンカーだった。

 

「花蓮、出番になったら起こしてくれ」

 

「はぁ?ったく……しょーがないわね……」

 

一人一周なので、起こすことは可能である。そして、第一走者の花蓮がスタート位置に立った。

 

「けーちゃん!起きなさーい!」

 

茜が言うも無視して鼻ちょうちんを出す慶だった。なんてやってる間に、パァンッ!とスタート。それと共に第二走者の福品がスタート位置に立った。

 

 

 

 

「ほら、起きろっ」

 

花蓮にビンタされ、ようやく目を覚ます慶。

 

「お、おお……。何位?」

 

「ビリから二つ目」

 

ちなみに4クラスである。

 

「距離はどのくらい?」

 

「半周も半周弱かな」

 

「ならいけるな」

 

言いながら首をコキコキと鳴らす慶。そして、アキレス腱を伸ばしながらスタート位置に立った。丁度、後ろからクラスメートの女子が走って来ている。

 

「………行きますか」

 

バトンのタスキを受け取り、スタートした。最初の平均台。それを前にしてもまったく減速せずに一秒もしないうちに渡り終えると、ネットをスライディングでこれまた減速せずに潜り終えた。

 

「おお!」

 

「いいぞー!けーちゃーん!」

 

ちなみにこの様子をビデオカメラで全力で撮影している奏だった。で、次の跳び箱。声援が気持ち良かったのか、跳び箱の上でロンダートするアレをやってみせた。

 

「うおお!」

 

「スゲェ!」

 

「逆にキメェ!」

 

などと声が上がる中、修は「手加減しろよ……」と呟いた。で、袋に足を突っ込む奴で一人追い抜くと、パン食いを一発でクリアし、ラストの直線。前にはあと一人だけ。

 

「加速っ……!」

 

そう呟くと慶はさらに加速し、一気に追い抜いた。で、ゴールラインを切り、パンを齧った。

 

「美味ぇ」

 

拍手が起こる中、慶はそう呟いた。

 

 

 

 

「いやーすごかったねけーちゃん」

 

お昼休み。茜、慶、奏、修で飯を食べてるときに茜が言った。

 

「まぁな。差が差だったから少し本気出した」

 

「ふんっ。少しは加減しなさいよ」

 

「見てて一番興奮してたの奏じゃ……」

 

ボグッと奏が修を黙らせた。

 

「余計な事言わなくていいの」

 

「………だからっていきなり殴るってなくね?」

 

鼻血を垂らしながら言う修を無視して奏は聞いた。

 

「で、慶の次の競技はなんなの?」

 

「あー。クラス競技と二人三脚と最後の組対抗リレーだな」

 

その瞬間、奏の耳がピクッと動く。

 

「…………二人三脚?」

 

「ああ」

 

「……ああ、茜とよね。そうよね。そうでしょうね?」

 

「なんで確認から問い詰める形になってんだよ」

 

「ちなみに私じゃないよ?」

 

茜が言った瞬間に奏の目の色が変わった。

 

「…………誰とよじゃあ」

 

「花蓮とだよ。本当は茜と出るつもりだったんだが、どうしても茜が無理って言ってな」

 

「だ、だって恥ずかしいもん!あんな競技。リレー種目じゃないしぃ……」

 

「いやリレー種目のがよっぽど目立つと思うんだが……」

 

最後に修が言うと「あっ、確かに……」と茜が呟いたのはともかく、慶は聞いた。

 

「つーか、俺の競技なんて観てどうすんだよ」

 

「ビデオに収め……あっ、いや失敗するざまを見下して笑うのよ」

 

((言い直した))

 

修と茜はおにぎりを齧りながら同じ事を思ったが、慶はツッコまなかった。

 

「お前ほんと性格悪ぃーのな」

 

「あなたにだけは言われたくないわね」

 

「ま、そう思うなら見とけよ。俺と花蓮のコンビネーション見せてやるから」

 

「ふーん、そっ」

 

興味無さげに思わせておいてうずうずしながら奏は答えた。

 

「しかし慶。お前のクラスは二人三脚は男子に人気じゃなかったのか?」

 

「人気だったよ。俺はじゃんけんで勝ち上がったんだ。そういう修は負けたのか?」

 

「いや?俺はジャンケンしてない。佐藤と組めってほとんど決定事項だった」

 

「けっ、リア充爆死しろ」

 

と、会話していると茜が入って来た。

 

「ねぇ、なんで男子に人気なの?」

 

「あ?そんなん決まってんだろ。女の子との距離が近いからだよ」

 

「………けーちゃん最低。カレンに手を出したら許さないからね」

 

「ふはははは!合法的におっぱいが触れられる距離にまで近付けるんだ!これほどいい競技はない!」

 

高らかに笑う慶だった。

 

 



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43話

 

 

そんなこんなで、二人三脚。花蓮と慶は軽く足を延ばす。

 

「いやーまさかお前と俺が組むことになるなんてな。正直、姉の友達感覚だったわ」

 

「昔はよく一緒に遊んだじゃない。茜と三人で」

 

「そーだっけ?忘れたよそんなもん」

 

「うーわ、ひどっ」

 

なんて話しながら足を紐で結ぶ。

 

「太もも柔けーなー。茜とは違って」

 

「何触ってんのよ勝手に!」

 

容赦ない蹴りが飛んで来たが、余裕でガード。

 

「いいだろ別に。てか許可とったらいいの?」

 

「なわけないでしょ⁉︎あんた本当にいつまで経っても変わんないわね」

 

「はっ、人間という生き物がそんな簡単に変われると思うなよ」

 

「そうそう、そういうところも相変わらず」

 

ちなみにそのやりとりを見ながら割と本気で殺意の波動を放っている奏だった。そんなわけで、二人三脚はスタート位置に立った。肩を組む慶と花蓮。

 

「ラフプレーと正々堂々、どっちがいい?」

 

「聞くまでもないわよ」

 

「OK」

 

ニヤリと邪悪に笑う2人。その様子を見ながら奏は茜に聞いた。

 

「ねぇ、なんかあの子さ。慶と同じ顔してるけど大丈夫なの?」

 

「大丈夫じゃないよ?」

 

「はっ?」

 

「昔からあの二人ってダメなんだよね。けーちゃんの悪巧みについていける数少ない人の一人だから。カレンって」

 

「なんでそんな二人を組ませたのよ!」

 

「わ、私に聞かれてもー……あははっ」

 

「クラス委員でしょうがあんたは!」

 

で、レーススタート。慶は早速、自分の鉢巻をとって、隣で走ってる奴の足を掬った。ちなみにこれ、0.1秒の早技である。で、転んだ一瞬を狙って花蓮がそのチームの足の鉢巻を解く。これも0.5秒。よって、そのチームは失格となった。

そして、また二人は邪悪に笑った。

 

「行くぜ」

 

「おう!」

 

そのまま、元々早い上のラフプレーによって断トツゴールを果たした。

 

 

 

 

続いて、クラスの男子全員によるタイヤ取り。ちなみに女子は竹取物語だ。あの竹を取るやつな。で、慶の指揮のもと、クラスは動く。

 

「いいか、敵兵の群がっているタイヤは無視しろ!なるべく空いてる、もしくは2人以下のタイヤを取りに行け!必ず2人組以上で行動しろ!いいか、我らが櫻田茜に勝利を収めるのだァァァッッ‼︎‼︎」

 

『うおおおおおおおおおッッ‼︎‼︎』

 

クラス全員の士気がさらに高まり突撃した。すると、トランシーバから声がした。

 

『こちら一番隊隊長福品、こちらタイヤにラクビー部がいます。応援頼みますどーぞ!』

 

「了解した。俺が今から行く。だが、無理だったら引き摺られる前に手を離せ。タイヤより貴様らの命の方が大切だどーぞ」

 

『大将………どーぞ』

 

「今行く!」

 

で、通信は切れた。慶は福品の元へ走りながら呟いた。

 

「これでは道化だよ……」

 

と、まぁ上手い具合に敵だけじゃなく味方もコントロールし、圧勝した。

 

 

 

 

「あんた……凄いわね。呆れるを通り越して軽蔑するわ」

 

「通り越したら尊敬しねぇか普通……」

 

奏の台詞に納得いかないと言いたげに呟く慶だった。

 

「いいだろ、勝ってんだから」

 

「ほとんどラフプレーじゃない」

 

「バッカお前正々堂々とも勝ってんだろ」

 

「味方まで騙してるじゃない」

 

「悪いな、頭良くて」

 

「うざっ」

 

ちなみに今はどっかの木の根元。二人っきりで話している。ふと気になって慶は奏を見つめた。

 

「………………」

 

「な、何よ」

 

「やっぱお前オッパイでけーなって思って」

 

「くたばれ変態」

 

「とても茜と一つしか変わらないとは思えん」

 

「あ、あんた本当に何言ってんの……?」

 

「汗でブラが透けてるって言ってるんだよ」

 

「本当に死ね変態!」

 

 

 

 

そんなこんなで、最後のリレー。クラス代表は当然、慶と茜だ。

 

「うー……出たくなかったのに……」

 

「まぁそう言うなって。体育祭なんだから生徒しかいないし大丈夫だろ」

 

アキレス腱を伸ばしながら慶が言った。

 

「それに、アンカーの俺よりマシだろ」

 

「アンカーだけ一周走るからねー」

 

「そもそもなんで三年差し置いて俺がアンカーなんだよ。意味わかんねぇよ」

 

「それはほら、けーちゃん王族だし早いじゃん」

 

「お前も王族だしはえーだろ」

 

「女子だもん。ていうかそんなに早くないし」

 

なんて話しながらもスタート位置に並ぶ2人。そのままスタートした。

 

「茜、終わったら起こしてくれ」

 

「はぁ……はいはい……」

 

一年生が走り終え、茜にバトンが渡る。

 

「櫻田さぁぁぁぁぁぁんッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

応援席から声が上がる。

 

「恥ずかしいからやめてよ〜……」

 

と、呟きながら茜は走る。で、自分の前の3年の男子生徒に渡した。茜に渡されたということもあり、バカみたいに張り切って出発。そのまま茜は慶を起こす。

 

「ほらっ、けーちゃんっ、起きてっ…」

 

「んっ……おお、おはよう。つーかなんで疲れてんの?」

 

「リレーだからだよ!」

 

「そりゃそうか……」

 

何て言いながら立ち上がる慶。軽く首をコキコキ鳴らすと、言った。

 

「じゃ、行くか……」

 

そのままスタート位置に立つ。後ろからは三年生の女子生徒が来る。慶の周りには3年の男子生徒ばかり。それでもまったく緊張した様子なく、慶はリードを取った。現在は白組がリード。慶はバトンを受け取った。

 

「今日の私は、阿修羅をも凌駕する存在だッ!」

 

と、訳のわからない事をほざきながら走り出した。前を走るのは陸上部の元エースだ。距離はほんの1mほどの差だが、縮まらずにも離れない。ひょっとしたら、ひょっとしたらあるんじゃないか?みたいな空気が流れてきた。そして、半周が終わり残り半周。

 

「けーちゃーん!頑張れー!」

 

茜の声が聞こえた。その隣で奏(さっきまで走ってた)がビデオカメラに慶の姿を納めていた。それに応えるように慶も加速する。

 

「っ」

 

「ッ」

 

二人は走る。その時だ。慶が転んだ。顔面から地面にヘッドスライディングする。世界が静止する中、そのまま前の三年生は走ってゴールした。

 

「…………………」

 

全員が黙り込む。勝った三年生すらも黙り込んだ。慶は中々起き上がらない。転んだ姿勢のまま微動だにせず、固まっていた。周りの生徒も、「あれ?なんか変じゃね?」「寝てんのあれ?」「微動だにしねーんだけど」みたいに騒つく。

 

「「慶!」」

 

不審に思った奏と茜が駆け寄った。

 

「大丈夫なの⁉︎」

 

「けーちゃん!」

 

すると、「うっ………」と声が聞こえた。

 

「どうしたの?どこか痛いの?」

 

「起き上がれないの?」

 

聞かれるが返事はない。と、思ったら枯れた声でこう言った。

 

「………やべーよ、恥ずかしくて顔上げらんねーよ……悪いんだけど、このまま閉会式行ってくれる?」

 

「「行くか!起きろ!」」

 

蹴られた。

 

 

 

 

体育祭が終わり、自宅。転んで泥だらけになった慶はシャワーを浴びた後、葵に手当てしてもらっていた。結構な勢いの後に豪快に転んだため、顔や腕、足などに擦り傷がある。

 

「痛た!痛いっつーの!腕取れるから!」

 

「我慢しなさい。男の子でしょ?」

 

「ナイトブルームは女の子ですぅ!」

 

「いや、あなたは櫻田慶よ?何言ってるの?」

 

で、膝に絆創膏を貼る。すると、栞がやって来た。

 

「お兄様、だいじょうぶ?いたくない?」

 

「おう。ていうか痛いという感覚を教えて欲しいまでもある」

 

「そう、じゃあ味あわせてあげる」

 

「いだだだ!いてぇよバカ葵!」

 

すると、栞が絆創膏を持って慶の膝の上に乗った。

 

「しおりが、貼ってあげる」

 

「えっ?マジで?ちょっ……そんなことされたら元気500万馬力サイクロン号になっちゃうよ?」

 

「バイクになるのかよ」

 

修がツッコンだ。で、栞はティッシュを消毒液で濡らすと、慶の頬の傷に当てた。

 

「いたい?」

 

「むしろ気持ち良いでござる!」

 

「よかった」

 

で、絆創膏を貼り終えた。

 

「どお?」

 

「拙者もう死んでもいいでござる」

 

「死んじゃ、めっ」

 

「あっ、すいません」

 

 



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44話

 

 

翌日。振り替え休日だ。てなわけで、約束の奏と慶のデートの日である。奏が鼻歌を歌いながら服を選んでると、服を決める相談役の茜が声をかけた。

 

「カナちゃんなんか機嫌良いねぇ〜」

 

「そう?普通よ♪」

 

「とてもそうは聞こえないよ……」

 

茜が呆れ気味にため息をついた。

 

「本当にカナちゃんはけーちゃんが大好きなんだねぇ〜」

 

と、何気なく茜が言った瞬間、ピタッと奏の動きが止まった。と、思ったら顔を真っ赤にして言った。

 

「ちっ、ちちち違うわよ!だ、だりゃっ……誰があんなヘンタイゴミバカクソ愚弟のことなんか好きになるもんですか!あんな奴を好きになるくらいならフナムシを好きになった方が100倍マシよ!」

 

「ふ、フナムシ……?」

 

「まったく……いきなり変なこと言わないで……。それより茜、やっぱり清楚系で行った方がいいかしら?」

 

「好きにすればいいじゃん……。ボディーラインを強調とか私はしたくても出来ないから……」

 

「それもそうね」

 

そのシレッとした反応にイラッとしつつもなんとか堪える茜。

 

「よし、これに決めたわ」

 

そう言うと奏は着替え始める。決まったのなら出て行こうと思って茜が立ち上がった時だ。ガチャッと扉が開いた。

 

「おい奏。あくしろよ」

 

慶が入って来た。茜は「あちゃー……」と言わんばかりに額に手を当て、奏は手に持っていたシャツで自分の身体を隠す。

 

「って、なんで半裸?露出狂の練しゅ……グホッ」

 

「出てけぇ!」

 

椅子を投げられた。

 

 

 

 

で、2人並んで駅へ向かう。

 

「あー……いてぇ」

 

「わ、悪かったわよ……」

 

「椅子投げられたの初めての経験だわ。ったく……」

 

「で、でも人を露出魔扱いしたんだからおあいこよ」

 

「へいへい。で、なんだっけ。遊園地?」

 

「そっ。たまにはいいでしょ?」

 

「まぁお前も生徒会で頑張ってたんだしな。いいんじゃねぇの?」

 

「へっ?わ、私頑張ってるように見えた?」

 

「なに、頑張ってなかったのかよ」

 

「い、いや?すごく頑張ってたよ。うん」

 

「へぇ、ほんとに頑張ってたんだ。俺は見てなかったから知らんけど」

 

「なにそれテキトーに言ってたの⁉︎」

 

「まぁな」

 

「なんか喜んで損した……」

 

そんな事を話しながら歩いてると、駅に到着した。てか、めんどいからもう遊園地到着でいいよね。約束通り慶の奢りでチケットを購入。

 

「ほら、奏。チケット」

 

だが、奏は受け取ろうとせず、顔を赤らめてモジモジしながら言った。

 

「ね、ねぇ。慶……」

 

「あん?」

 

「き、今日だけでいいからさ……わたしのこと、昔みたいにカナちゃんって、呼んでくれない?」

 

「カナちゃん」

 

「いやそうじゃなくて。永続的に」

 

「なんでまたそんなめんどいことしなきゃなんねんだよ。大体、俺が中三の時に馴れ馴れしく呼ぶなっつってきたのそっちだろ」

 

「い、今はいいのよ!」

 

言われて慶はため息をついた。で、改めて呼んだ。

 

「行くぞ、カナちゃん」

 

「! うん、けーちゃん!」

 

「それはやめろ。なんかお前に呼ばれると鳥肌立つ」

 

「どういう意味よ!」

 

そんなこんなで、デートスタートである。

 

 





リクエストがあれば、まぁできる範囲なら答えようと思います。できる範囲なら。


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45話

 

 

さっそく二人はジェットコースターの列に並んだ。振り替え休日なので、普通の人にとっては平日という事もあり、あまり混んでなくてすんなり乗れた。

 

「ジェットコースターなんて久しぶりだわ。ね、慶……」

 

言いながら慶の方を見ると、ものっそい汗をかいていた。

 

「…………どしたの?」

 

「は?何が?」

 

「いや、尋常じゃないくらい汗かいてるけど。なんかあったの?」

 

「いやー今日は暑いなおい。この遊園地暖房入ってんじゃねぇの?」

 

「いや外で暖房入れてどうすんのよ。もしかして怖いの?」

 

「は?怖いって何?ちょっと英語で話されても分かんないんだけど」

 

「純然たる日本語よ。ていうか英語でもあんた分かるでしょうが」

 

最初は多少心配していたものの、段々とからかいたくなってきている奏。

 

「ふぅーん、そっ。まぁそれならいいわ。この後も安心して色んなものに乗れるしね」

 

「…………いろんなもの?」

 

「あれとかそれとかこれとか」

 

奏の指差す先には色んなジェットコースターやら空中ブランコやら何やらと色々あった。それを見るたびに震える慶だが、「はっ」と笑ってみせた。

 

「怖くねんだよ。まだお前の方が怖ぇよ」

 

「なんか言った?」

 

にっこり微笑む奏が怖い。

 

「いやなんでもないです」

 

「お、来たわね。乗るわよ」

 

「お、おう」

 

今更、自分に気合を入れる慶。で、二人はジェットコースターに乗る。

 

(よりによって一番前ェッ⁉︎)

 

一番前に乗せられ、座らされた。二人の肩にガコンと安全バーが降りてくる。

 

(逃げられなくされた)

 

「あの、慶?なんか顔色悪いんだけど」

 

「はぁ?悪くねぇし。お前の目が濁ってるだけだろ」

 

「へぇ、そう?なら早く出発しないかな〜」

 

(こ、この野郎……)

 

なんてやってる間にグワンッと動き出した。そのままゆっくりとレールの山を登り始めた。

 

 

 

 

青白い顔をして降りてきた慶。

 

「し、死ぬ……」

 

「あら、怖かったんだ?」

 

「はぁ?怖くねぇし……むしろあと10回くらい乗ってもいいねうん」

 

「じゃあ乗ろっか。あと10回は無理だけど……3、4回くらい」

 

「えっ、ちょっ、嘘っ」

 

乗せられた。

 

 

 

 

そのまま死にかけで降りてきた慶。

 

「ん〜……。面白かったぁ。次は何乗る?」

 

「鬼か!少し休ませろ!」

 

「怖くないんじゃなかったの?」

 

「ジェットコースター5回も連続で乗ったら誰だって疲れるわ!」

 

「そう?じゃあ休憩しよっか。なんか飲む?」

 

「それくらい自分で買うからいい」

 

「それくらいお姉ちゃんに奢らせなさいよ」

 

「………別にあんま人いないんだし、選挙の顔作んなくてもいいんじゃねぇの?」

 

言うと、奏は少し黙り込んだ。で、「別にそういうんじゃないんだけどな」と小声でボソッと呟くと、すぐに笑顔を作って言った。

 

「いいから。何がいい?」

 

「………ジンジャエールで」

 

「了解っ」

 

そのまま近くの売店に走って行った。その後ろ姿をぼんやり眺めてると、ポケットがブルッと震えた。

 

AKANE『カナちゃんとデートどう?』

 

櫻田慶『死ね』

 

即答して奏を待ってると、また震えた。

 

AKANE『なんでそういう事言うかなー。で、どうなの?楽しい?』

 

櫻田慶『初っ端からジェットコースター連続搭乗記録チャレンジみたいなことさせられて死にかけてる。今、あいつ飲み物買いに行ってる』

 

AKANE『うーわ……それは辛いわ。何回乗ったの?』

 

櫻田慶『はいぱーびじょんだいありー』

 

AKANE『5回⁉︎けーちゃんジェットコースター苦手なのに平気なの⁉︎』

 

「あれ?通じた?」

 

と、呟いた時だ。

 

「はいっ、お待たせ」

 

「おお、さんきゅ」

 

奏が戻って来て、慶は飲み物を受け取ると、

 

櫻田慶『カナちゃん戻って来たから後でな』

 

と、返して携帯をしまった。その直後にヴーッとポケットで震えたが無視。

 

「で、この後どうする?」

 

「飲んでからでいいだろ」

 

「聞いただけじゃん」

 

ジンジャエールを口に含んでから、少し考えて口を開いた。

 

「げっふ!げふっエッフッ!」

 

「ど、どうしたの⁉︎」

 

「ジンジャエール、喉に……」

 

「で、どこ行きたい?」

 

「切り替えはえーな……。スイッチかよ。どこでもいい。なるべく穏やかな奴」

 

「じゃあメリーゴーランド」

 

「穏やかっつーかファンシーだな。てか恥ずかしいからパス」

 

「うん……。それは私も恥ずかしい」

 

ならなんで言った、と思いつつも口には出さなかった。

 

「で、どーすんだよ」

 

「一番近いとこでいいんじゃね?」

 

「えーっと……地図によると一番近いのは……」

 

と、奏が指差した先は、お化け屋敷だった。

 

 



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46話

 

 

「さて、じゃあ行こうか慶?」

 

勝ち誇った笑みで慶に言う奏。だが、

 

「おう」

 

と、すんなり立ち上がった。

 

「あ、あれ?怖くないの?」

 

「本物のお化けは怖いけどここはお化け屋敷だろ?中身は人間って分かってんだ。怖かねーよ」

 

すると、「つまんねー」とでも言わんばかりに奏はため息をついて立ち上がった。

 

「そう。それなら行きましょう」

 

「カナちゃんは怖くねーのかよ」

 

「そんな子供じゃないわ」

 

「じゃあ先に悲鳴を上げた方が後でなんか奢りな」

 

「いいわよ」

 

で、二人はお化け屋敷へ向かった。

 

 

 

 

(って、何よこれ!外見より本格的じゃない!)

 

と、心の中で悲鳴を上げてるのが奏だ。モチーフは病院で、患者服のお化けやら何やらが出てきて中々にリアリティがある。一方の慶は、

 

「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!大腸はみ出てやがる!あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

 

と、爆笑していた。

 

(あんたなんか地獄に落ちればいいのよ!)

 

心の中で呪う奏。その奏に慶はニヤリと笑って聞く。

 

「怖いか?奏」

 

「は、はぁ?全然怖くなんか……」

 

「………おい、おまえ後ろ」

 

「ひゃっ、なに?」

 

振り返るが何もない。

 

「いやなにもないけど」

 

「な、なによ!ビックリするじゃない!」

 

「ていうか、今『ひゃっ』って悲鳴上げたよね」

 

「はぁ?………あっ」

 

「はい、後で奢り〜」

 

「ち、ちょっとズルいわよ!そんな……」

 

と、言いかけた奏の手を慶は握った。

 

「やっぱり怖いんだろ」

 

「こ、怖くないわよ!」

 

「手汗がすごいけど」

 

「お、女の子に普通そんなこと言う⁉︎」

 

「怖いなら無理すんなよ」

 

言われて、奏は少しビクッとする。

 

「別に俺はお前の怖がってる姿見てどうしようとか思ってないから」

 

「……………」

 

「ちょっと弱みになればいいかなくらいにしか思ってないから」

 

「あんた最低だ!」

 

「さ、震えは止まったろ。行くぞ」

 

慶が手を引き、奏がついていく。

 

「ううっ……私がお姉ちゃんなのに……」

 

「そうかい。そりゃドンマイ」

 

いつの間にか手を繋ぐどころか腕に引っ付いてる奏。そして、そのままゴール付近まできたときだ。

 

「あん?」

 

「えっ、な、何⁉︎」

 

慶が声を上げた。視線の先には真っ白の着物を着た女が真っ直ぐこっちを見ていた。それになんとなく霊気のようなものを感じた慶。思わずゾクッとしてしまった。

 

「…………」

 

「ど、どうしたのよ?」

 

「なんでもねぇよ。ほらゴールだ」

 

そのままゴールした。お化け屋敷から出た瞬間、奏は胸を張っていった。

 

「ふんっ、まぁまぁだったわね」

 

「携帯みたいに震えてた癖に何言ってんだ」

 

「う、うるさいわね!大体、あんただって出口のところで震えてたじゃない!」

 

「あ?ああ、あそこにいた白い人はなんとなく雰囲気出てたからな」

 

「はぁ?そんなのいなかったわよ?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

慶に嫌な汗が流れる。

 

「……………」

 

「慶?」

 

「う、うん。気のせいだなうん……。カナちゃん、飯にしよう」

 

「う、うん」

 

 

 

 

そのまま二人で飯を食ってその他諸々のアトラクションを乗った。で、なんやかんやで夕方。

 

「そろそろ帰ろうぜ」

 

「あ、待って」

 

「えー。まだなんか乗るのかよ……」

 

「いいから。次ラストだから」

 

「何乗るんだよ」

 

「観覧車」

 

「恋人かっての」

 

「んなっ……な、なわけないでしょ⁉︎自惚れんなバーカ!」

 

「お前がバカ」

 

なんて話しながらも二人は観覧車の中に入った。

 

「おお……おいおいおい、高ぇなおい」

 

慶は窓の外を眺める。

 

「ガンダムより高ぇんじゃねーの?」

 

はしゃぐ慶を見ながら奏は微笑んでいた。

 

「ねぇ、慶」

 

「あー?」

 

「今日は楽しかった?」

 

「まぁな。怖かったけど」

 

「そっか、良かった」

 

「それは俺の台詞だ。奢ったのは俺の方だからな」

 

言うと慶は座った。

 

「ねぇ、慶」

 

「あ?」

 

「二人きり、だね」

 

「そーだな」

 

奏は慶の隣に座る。

 

「………なんだよ」

 

「……………」

 

奏は何も言わない。そのまま慶に顔を近付けた。

 

「おい、近いぞ」

 

だが、奏は無視して慶に手を伸ばす。と、思ったら慶の頬のご飯粒をとった。

 

「あ?」

 

「お昼の時からずっとついてた」

 

「マッジかよ!え、なんで言ってくれなかったんだよ!」

 

「その方が面白いもん」

 

「うーわ!マジ恥ずかしい奴じゃん!」

 

と、慶が喚いてる時だ。ガタンッと観覧車が止まった。その結果、奏と慶の唇が重なった。

 

「っ」

 

「……………」

 

目を見開く二人。そして、慌てて離れた。そのまま気まずい沈黙が流れることしばし。動き出した。

 

「………………」

 

「………………」

 

奏は真っ赤な顔をしたまんま動けなかった。すると、ヴーッと携帯が震えた。櫻田家の家族LINEだ。

 

櫻田慶『姉に童貞取られたったお☆』

 

「変なこと送ってんじゃないわよ!」

 

 



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47話

 

 

 

帰宅してから。奏はまだ顔を赤くしていた。

 

(慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした慶とキスした………)

 

頭の中がそればっかだ。

 

(というか……あいつはどう思ってるんだろう……。いやだったのかな……。や、でもあれ事故だし……)

 

と、思考を巡らせていると、ノックの音がした。

 

「おーい奏ー。ご飯だぞー」

 

「えっ⁉︎う、うん!」

 

修の声で急いで下に降りる奏。そういえば慶はどうしてるんだろうと気になり、なんとなくそーっと足音を殺して下の様子を覗くと、慶はいつも通りに3DSをいじっていた。

 

「バカ、光!死ぬ!死ぬから早く回復しろ!」

 

「え、えっと……回復薬グレート、回復薬グレート……ど、どこ?」

 

「知らねーよ!もういいから、エリア移動しとけ!」

 

慶が言うと、光は急いで移動する。

 

(なんであいつはいつも通りなのよ……私だけ悩んでバカみたいじゃない……)

 

「えー嘘ぉ⁉︎なんでアオアシラがこっちにいんのよ!」

 

「そいつ大して強くねーだろ!てか回復薬グレート飲んだらさっさとこっち来いよ!」

 

「死ぬ!カヤンバ!」

 

光と仲良くゲームしてるから余計に腹が立つ。その2人に葵から声がかかった。

 

「二人ともー。食器運ぶの手伝いなさーい」

 

「「はーい」」

 

で、食器を運ぶ。すると、茜が声をかけた。

 

「あっ、カナちゃんも手伝ってよー」

 

「………はぁ?」

 

「な、なんで怒ってるの?」

 

「別に」

 

「いや明らかに怒ってるじゃーないですかー」

 

「イントネーションむかつく」

 

そのまま奏は不機嫌そうに手伝った。すると、茜は慶の服の裾を引っ張った。

 

「ちょっと、カナちゃんと何したの?なんかすごく不機嫌だよ?」

 

「ん?ああ、キスした」

 

「はぁ……それでかぁ……いや待って、今なんて?」

 

「や、だからキスした」

 

その瞬間、カッシャーンッと食器の割れる音がした。葵がコップを落としたのだった。気が付けば、全員が固まっている。

 

「いやー二人で観覧車に乗ってたら奏が俺の頬の米粒取ってくれてさ。その時に観覧車がガタンッと止まっちまって勢い余ってキスしちゃったんだよね」

 

と、能天気に解説する慶の両肩を掴む葵。

 

「ってことは、事故なのよね?姉弟の中で起こってしまった間違いとか禁断の恋とかじゃないのよね?私がお父さんとかお母さんに怒られることはないのね?」

 

「そ、そうだけど……てか指が食い込んでる痛い痛い痛い」

 

すると、ホッとした雰囲気が流れる。

 

(そうだよね……慶にとってはそんな認識だよね……)

 

と、奏は少し自虐的にフッと微笑んだ。

 

 

 

 

体育祭が終わったと思ったら文化祭である。二学期というのは切羽詰まってるのだ。修学旅行もあるし。HRの間、慶はずって寝ていて起きたら文化祭実行委員になっていた。

 

「あの、なんで……?」

 

もちろん、奏→茜の根回しによるものだった。

 

 



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48話

 

 

そんなわけで、文化祭実行委員として委員会へ。ちなみにクラス委員の茜も一緒だ。そのまま席に着く。

 

「ったく、なんで俺がこんな事を……」

 

「いいじゃん別に。私はけーちゃんと一緒に仕事できて嬉しいよ?」

 

「ていうか、お前クラスであんま仲良くない人と一緒に組むくらいならって思って俺にしたろ」

 

「うん」

 

「家帰ったら殺す」

 

「そ、そんな怒らないでよ……」

 

なんて話してると、奏が前に出た。

 

「えーでは、そろそろ始めたいと思います」

 

と、場慣れした声。そのまま文化祭の目的だの何だのとのお利口さんにも程がある内容を話して今日は終わりになった。

 

「あー。つっかれたぁ……」

 

「じゃ、帰ろっかけーちゃん」

 

「おー」

 

そのまま二人は教室を出て、廊下を歩く。

 

「あ、ごめん。ちょっとトイレ行っていい?」

 

「どーぞ」

 

茜はそのままトイレへ。慶は暇だったので鞄から監獄学園を取り出した。すると、ペッタペッタと廊下を歩く足音がした。なんとなくそっちをみると、奏が歩いている。

 

「……………」

 

別に隠れているわけでもないが、「こっち気付くかなー」みたいな感じで奏を見ていた。が、奏はそのまま自分の前を素通りする。

 

(………意識はこっち向いてた、よな)

 

なんとなく分かる慶だが、今は素通りされた。無視されたということになる。いや、もしくは用がないから特に話しかけなかっただけかもしれないが。

 

(俺なんか嫌われるようなことしたっけ……)

 

なんて考えてると、後ろから声がかかった。

 

「おっまたせー。帰ろっかけーちゃん」

 

「お、おう。うんこか?」

 

「殴るよ?」

 

「ゴメンなさい」

 

で、そのまま二人はまた帰宅した。

 

 

 

 

帰宅。

 

「たっだいまー!」

 

茜が元気良く帰宅し、リビングに入る。慶はその後に続いてダルそうに。で、鞄をソファーに放って手洗いうがいをしようとした。が、鞄を放ったソファーから「痛っ」と声がした。

 

「あん?」

 

が、ソファーには誰もいないし、ほかの誰も気付いてない。何より、聞き覚えのない声だった。不審に思って慶はそのソファーの方へ向かう。が、誰もいない。

 

「……………」

 

そこにパンチをしてみた。が、当然空を切る。

 

「何してんのけーちゃん?」

 

岬に聞かれた。

 

「や、ここに誰かいなかった?」

 

「はぁ?いないと思うけど」

 

「………………」

 

慶の頭の中に「霊」の一文字が浮かんだ。

 

「ちょっ、なんか汗凄いけど」

 

「い、いやいやいやいや。なーい。ありえなーい。もう21世紀だよお前。そんな時代に霊なんてバカ言っちゃいかんよ君。確かに宇宙世紀になっても霊見えるどころか飛ばしたりする奴も一部にはいるけど、それはあれな連中だし、人類の革新だし、俺に先読み能力とかないし、ファンネル飛ばせないし、総合するとないっ。絶対ないっ。認めないっ。サイボーグゼロゼロナイっ」

 

「な、何言ってんの?本当に大丈夫?」

 

岬が割と本気で心配そうに声をかけた。だが、その後ろに白い着物を着た半透明の女が見えた。

 

「」

 

「けーちゃん?」

 

「岬、後ろ………」

 

「へ?」

 

言われて振り返る岬。側から見たらバッチリ目が合ってる。だが、

 

「? なんもないじゃん」

 

「はえっ?」

 

「ほんとどうしたの?」

 

「落ち着け岬」

 

「その台詞、そっくりそのままピッチャー返し」

 

「よく見てみろ」

 

「いや、だから何も……」

 

「あれ?」

 

確かにいなくなっていた。さっきまで岬の後ろにいた女はいない。

 

「な、なんだ……気の所為か……」

 

「ほんとにどうしたの?」

 

「や、何でもない。大丈夫だ」

 

「ならいいけど………」

 

なぁんだ、気の所為かぁ……と、慶がホッと息をつく。そして、栞でも見て癒されようと思った時だ。味噌汁の味見をしようとしてる栞の口から半透明の手が生えていた。

 

「おっふぁぎゃぎゃっ!」

 

腰を抜かしてひっくり返る慶。

 

「ちょっとけーちゃん?ほんとどーしたの?」

 

「栞ィィィイイイイッッッ‼︎‼︎手がァッ!とんでもねーところからから手がァァァアアッッ‼︎‼︎‼︎」

 

「? な、なにいってんの?」

 

「ペってしなさいペッて!ばっちぃから!」

 

「ちょっと慶?どういう意味」

 

にっこり微笑んで怒る葵だったがそれどころじゃない。ていうか、よく見ると葵と栞の間に半透明の白い着物の女が立っていて、栞の後頭部から口にかけて腕が貫通していた。

 

「ホッギャオアアアアアッッ‼︎‼︎」

 

悲鳴をあげる慶。

 

「な、なんか尋常じゃないよ慶兄さん……ついに壊れたみたい……」

 

遥がドン引きしながら言った。

 

「言ってる場合か!栞が死………」

 

と、言いかけた慶の後頭部をガンっと修が殴った。

 

「落ち着け」

 

「修!いやだっ……」

 

「いいから、一度顔でも洗ってこい」

 

「や、だから……」

 

「いけ」

 

瞬間移動で飛ばされた。で、洗面所。顔を洗う慶。

 

「あー……クッソ……何なんだあれ」

 

「本当何なんだろうね〜」

 

「あ?」

 

聞き覚えのない声がかかって、みると半透明の白い着物の女がいた。

 

「」

 

「やっほ〜」

 

「ギャッ……!」

 

悲鳴を上げかけた慶の声が止まる。

 

「っ………」

 

「ゴメンね〜。少し黙っててねぇ〜」

 

霊気的な何かで黙らせられ、呼吸が止まる。

 

「このままだとあなたが死んじゃうから手短に言うね〜。私はあなたのお婆ちゃんのお母さんでぇ〜す」

 

「」

 

「あなたに遊園地で見つかっちゃったから、しばらくあなたに憑くことにするね〜」

 

「」

 

「以上でぇ〜す。終わり〜」

 

「」

 

そのまま気を失った。

 

 



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49話

 

 

 

夜中。慶は気絶からようやく目を覚ました。どうやら誰かが部屋で寝かせておいてくれたようだ。

 

「あ、起きた〜?」

 

目の前に半透明の女。

 

「アギャッ……!」

 

が、また呼吸を止められる。

 

「いい加減慣れてよ〜。もうみんな寝てる時間よ〜?」

 

「ッッ」

 

「叫ばないって言うなら解放してあげるけど〜?」

 

すると、コクコクと頷く慶。で、プハァッと解放された。

 

「ハァ……そ、それで……ひいばあ様?」

 

「咲ちゃんでいいわよ〜」

 

「じゃあ咲ちゃん。まずなんであんたそんな若いんですか?」

 

「それはもちろん、若い時に私が死んじゃったからだよ〜」

 

いきなり踏み込んだ質問をしてしまったような気がして、つい黙り込んでしまう慶だった。

 

「なんかごめんなさい……」

 

「気にしないで〜」

 

「で、もう一つ。なんで俺に咲ちゃんが見えるんですか?もしかして……」

 

「能力じゃないわよ〜?ただあなたの霊感がニュータイプバリに強いだけよ〜」

 

「あの、その最後の語尾の間延びした感じのやめてもらえませんか?なんか身震いするんで」

 

「お化けの宿命だから、勘弁してね〜」

 

「そうすか……。てか霊感強いって……」

 

「だから相手に霊を飛ばして金縛りさせたりも出来るのよ〜?」

 

「マジでか!」

 

「その代わり、飛ばされた相手は幽体離脱しちゃうから気をつけてね〜」

 

「ていうかこれほとんど能力だろ!霊感強いなんて次元じゃねぇぞ!」

 

「だから言ったでしょ〜?ニュータイプばりに強いって」

 

「カミーユじゃねぇか!」

 

すると、隣のベッドから誰かがムクリと起き上がった。

 

「もぉ〜……どしたのけーちゃん……?夜中に……ていうか、洗面所で何してたの?」

 

「あ、いやなんでもない。つか何もしてない」

 

「そう……。晩御飯下にあるから、食べといてよ」

 

「おお、すまん」

 

そのまま茜は再び寝た。で、慶はリビングに向かう。で、サランラップに包まれてる飯をかっ込んだ。

 

 

 

 

それから3日くらい経った。文化祭実行委員会が終わり、今日も茜と慶は一緒に帰宅。

 

「茜、少しいいか?」

 

「へっ?」

 

慶はマックの中に入り、茜も後に続く。

 

「奢るから」

 

「ど、どうしたのけーちゃん。頭でも打った?」

 

「いや違うから。ちょっとな……」

 

で、二人でポテトのMとジンジャエールを買い、席に着いた。

 

「で、どうしたの?」

 

「実はさ、奏とデートしてから一回も話してないんだよね」

 

「へ?そ、そーなの?」

 

「いや話してないっつーか、マトモな会話が無いんだよね。話し掛けてもなんか理由付けられて逃げるし」

 

「ふーむ………」

 

「なんでかなーって思って」

 

「そんな事、私に聞かれても……」

 

「だから聞いてきてくんない?なんかあいつと話せないとつまんないから」

 

「へっ?そ、それどういう……」

 

「あれくらいプライド高い方がからかい甲斐がある」

 

「ああ、やっぱりそういうこと……」

 

「とにかく聞いといてくれ」

 

「うーん……タダでっていうのはなぁ……」

 

と、キャラに合わずニヤリと笑う茜。

 

「いや、だから前金払ってんだろ」

 

「へ?」

 

ポテトとジンジャエールを指差す慶。「読まれてた……」とばかりに茜は膝をついた。

 

 



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50話

 

 

 

そんなわけで、二人は帰宅。茜は奏の元へ歩いた。

 

「ねぇ、カナちゃん。けーちゃんと最近話してないけどなんかあったの?」

 

ブッフォ!と慶は噴き出した。

 

(安直!安直過ぎる!ガーベラストレートか!)

 

案の定、奏は不機嫌そうにジロリと睨んで聞き返した。

 

「………急に何?」

 

「えっ、あー……いや………」

 

案の定、びびりまくる茜。慶は速攻で自分の部屋に逃げた。

 

(もうあいつはダメだ。別の奴に相談しよう)

 

で、着替えて葵の部屋へ。あいも変わらずノックなしで入ると、葵が着替え中だった。が、全く無視して慶は部屋のベッドに腰を下ろした。

 

「なぁ葵、ちょっといいか?」

 

「………その前に何か言うことは?」

 

「綺麗な体してるね、とか?」

 

「そ、そう………」

 

許された。で、着替え終わって葵は若干顔を赤らめながらもコホンと咳払いして言った。

 

「それで、どうしたの?」

 

「や、奏の事なんだけどさ。ここ最近一回もまともに話してないからどうしたんかなって思って」

 

「うーん……それは私には分からないけど……。そういえば、キスしたって言ってたよね?あれほんとなの?」

 

「ガチだよ。事故だけど」

 

「それだね」

 

「はぁ?あんなんで?大体、ガキの頃はよくしてただろうが。お前も」

 

「子供の頃の話でしょ?」

 

「いや、子供でも立場は家族で変わらないだろうが」

 

「じゃあ、今私が慶にキスしたら?」

 

「状況が違うだろ。お前がやろうとしてるのは故意的だ」

 

「ひねくれ者」

 

「普通だろ」

 

で、困ったわねぇと顎に指を当てる葵。

 

「で、どうすればいいと思う?」

 

「うーん……。とりあえずその鈍感さをどうにかしたらどうかしら?」

 

「はぁ?つい最近ニュータイプみたいって言われたばっかだぞ」

 

「いやそういうことじゃなくて……」

 

本当にどうしましょうと考えてると、コンコンとノックの音がした。

 

「あ、どうぞ〜」

 

「入るわよ」

 

「きゃなでっ⁉︎」

 

「キャメラみたいに言わないで!」

 

と、そこを訂正しておいて奏は言った。

 

「慶。話があるの」

 

「あ?」

 

で、奏は慶の前に座った。

 

「なんだよ」

 

「その、茜から話聞いてね。ごめんね、別にあんたを避けてたわけじゃないのよ」

 

「いや避けてたよね完璧に」

 

「いや、だから……この前、遊園地でさ。その、しちゃったじゃない……?」

 

「キスのことか?」

 

「オブラートに包みなさいよ!」

 

「なんで?」

 

「………もういいわ。とにかく、その……しちゃったから……」

 

「『しちゃったから……』って意味深に言った方がよっぽどエロいけどな」

 

「いいから聞きなさいよ!」

 

で、コホンと咳払いして言った。

 

「と、とにかく、その……あの時にキスしたのが、恥ずかしくて……慶の顔を見ると、顔が赤くなっちゃうから……それで」

 

「今赤くねーじゃん」

 

「今はね⁉︎決心したからね⁉︎」

 

「いや決心するほど恐ろしい顔なのかよ俺……今のちょっと傷付いたぞ……」

 

言いながら慶は葵に抱き着いた。葵は葵で苦笑いしながら慶の頭を撫でた。

 

「と、とにかく!それだけだからね!じゃあね!」

 

「で、本題は?」

 

「話聞いてなかったの⁉︎もういい!」

 

そのまま奏は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。その奏の背中に慶は言った。

 

「でも良かったよ。嫌われてたわけじゃなくて」

 

言われて少しどきっとする奏。で、

 

「私が慶を嫌うわけないでしょ、バカ」

 

と言って出て行った。

 

 



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51話

 

 

 

そんなこんなで、文化祭当日となった。あれから奏はいつも通り復活し、文化祭の準備も良く進み、ゲストでさっちゃんと光も呼ぶ事になった。

 

「いいですか、皆さん。我々は文化祭実行委員として裏方で動かなければなりません。楽しむ時間はないかもしれませんが、それでもその他生徒たちのために頑張りましょう」

 

奏が言うと、「おーっ!」と全員が拳を突き上げた。

 

「それと、空き時間の方はなるべくクラスの方を見てあげて下さいね。それでは、解散!」

 

と、言うと全員がそれぞれの持ち場に着く。そんな中、茜が奏の袖を引っ張った。

 

「ねぇ、カナちゃん。けーちゃんは?」

 

「…………いないの?」

 

「うん」

 

言われて全員の背中を見る。ほんとにいなかった。奏が慶の存在を見逃すはずもない。

 

「………サボりね。見付けたらただじゃおかないんだから……」

 

「けーちゃんの担当は確か……私と一緒に見回りだよね」

 

「探すわよ茜」

 

「うん」

 

 

 

 

美術部による体験お絵描き会。そこに慶はいた。

 

「〜♪」

 

「さ、櫻田くん……。随分と上手いね……」

 

声をかけたのは二年生、つまり慶と同い年の部長だ。

 

「ん、おお。まぁ絵くらい家でも描いてるからな」

 

「や、それにしても上手すぎ……本当に素人?」

 

「おう。………っと、描き終わった」

 

慶が描いたのは奏と栞が気持ちよさそうに寝ている絵。

 

「なぁ、この絵その辺に飾っといてくれる?」

 

「へっ?い、いらないの?」

 

「後で欲しがりそうな奴が来ると思うから」

 

「わ、分かった」

 

そのまま慶は出てった。

 

 

 

 

その5分後。ガララッと美術部の扉が開かれた。

 

「あっ!さ、櫻田先輩に茜ちゃん!」

 

「ごめんなさい。慶はいる?」

 

奏が聞いた。

 

「ほんの5分ほど前に出て行きましたが……」

 

「一歩遅かったか……」

 

茜が悔しそうにつぶやいた。すると、奏が「あっ」と声を漏らした。目線の先には栞の絵。

 

「あ、それ櫻田くんが描いていったんです。上手ですよね〜」

 

「あんの野郎……余裕まんまでメッセージ残してやがるわね……」

 

「でも5分前ってことはまだそんなに遠くに行ってないよ!追うよカナちゃん!」

 

「ええ!でもその前に、」

 

クワッと美術部の部員に言った。

 

「この絵、袋に入れてくれる⁉︎」

 

 

 

 

続いて家庭科室。お菓子作り体験会と販売をやっている。そこに慶はいた。

 

「お、美味しい!何これ!」

 

家庭科部員の一人が声を上げた。作ったのは慶である。

 

「そうか?普通だろ」

 

「そんなことないよ!おーい、みんなちょっと来て!」

 

「おいおい……まぁたくさん作ったから食ってくれていいけど……」

 

で、その場にわらわらと集まってくる部員達。

 

「あ、部長さん。これ奏と茜が来たら渡しといてくれ」

 

「へ?う、うん」

 

そのまま慶はその場を後にした。

 

 

 

 

その6分後。奏と茜が到着。

 

「こんにちは」

 

「あっ!奏先輩!こんにちは」

 

「茜さんもこんにちはー」

 

部員全員が2人を見る。

 

「ここにけーちゃん来なかった?」

 

「来ましたよー。すっごく美味しいクッキー作ってほんの6分前にどっか行っちゃいました」

 

「そっかー。ありがと。カナちゃん、クッキー一つだけもらって行こ?」

 

「そうね」

 

と、茜が言った時だ。

 

「あっ、そうだ!2人に櫻田くんから渡してくれって」

 

「「へっ?」」

 

言われて出されたのはクッキーだ。

 

「このクッキー。すっごく美味しいんですよ」

 

「………慶の手作り?」

 

「はい」

 

「残りある分全部頂戴。買うわ」

 

 

 

 

音楽室。そこでも体験コーナーをやっていて、トランペット、ピアノ、ギターの中から好きな楽器を選んで演奏出来る。慶はピアノで機動戦士ガンダムUCの『RX-0』を演奏している。

「う、上手っ……何この人……」

 

「この曲知ってるかも……」

 

などと声が上がり、中には歌ってる奴もいる。そして、終わったところで曲が切り替わった。曲名は『Unicorn』。

 

「キタァァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

「『ここから、ここから、出て行けェェェェッッ‼︎‼︎』」

 

などと声が上がる。最早、ライブ会場とかしていた。

 

 

 

 

「目撃情報によるとこっちにいるわね……!」

 

「そうだねカナちゃん」

 

と、さっき全部買ったクッキーを二人で食べ歩きながら歩いてる時だ。

 

「おーい!奏ちゃん、茜ちゃーん!」

 

声がして振り返ると、光と栞が立っていた。

 

「あっ、光に栞⁉︎どうしたのこんなところで」

 

「ゲストで呼んだのはそっちじゃん!」

 

「だから時間早くない?」

 

「そりゃ、兄弟の文化祭だもん。少しくらい見廻りたいよ!で、栞も行きたいって言うから一緒に」

 

「そっかー」

 

と、茜と話してるときだ。

 

「茜、早く行くわよ」

 

「あ、うん。ごめんね二人とも。今急いでるから」

 

「? どうかしたの?」

 

「けーちゃん探してるの。音楽室に」

 

「けーちゃんが演奏してるの⁉︎あたしもいく!」

 

で、4人でクッキーを食べ歩きながら、音楽室に向かう。そして、ガララッとドアが開いた。

 

「あっ、奏さんだ!」

 

「茜もいるよ!」

 

「って、光様まで!」

 

などと声が上がる中、二人はピアノの方へ。

 

「慶!サボってないで実行委員の仕事をしなさい!」

 

と、奏が言い切った時だ。曲がまた変わった。曲は『Ring Ring Rainbow!!』。全員、「なんの歌……?」みたいになっている中、光と奏が前に出た。

 

「「Ring Ring Rainbow‼︎」」

 

そのまま盛り上がりが最高潮にまで達した中、いつの間にか伴奏者である慶は姿を消していた。

 

 



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52話

 

 

 

奏、茜、光の三人は音楽室から出た。

 

「また逃したわね……。逃げ足だけは早い……!」

 

「いや、純度100%でカナちゃんのせいで逃してるんだけど……」

 

「とにかく、三つに分かれて探すわよ。私は校舎、茜はグラウンド、光は体育館をお願い」

 

「了解」

 

(ていうかあたしはいつの間にこのパーティの一員に……)

 

と、不満を心の中で呟きながらも光も動き出した。

 

「………あれ?栞は?」

 

 

 

 

その頃、慶はグラウンドにいる。右手にたこ焼き、左手に焼きそば、ブレザーの左ポケットに学園祭のしおり、同じく右ポケットにジンジャエールをはみ出させて、頭の上に栞を乗せて歩いていた。

 

「どこで食べよっか栞?」

 

「お兄様と、落ち着けるところ」

 

「ラブホ行くかラブホ?」

 

「なあにそれ?」

 

「なんでもない」

 

なんて話しながら歩いてると、休憩所とかかれた場所を見つけた。

 

「おっ、あそこでいっか」

 

「うんっ」

 

で、二人で席に座り、机の上にたこ焼きと焼きそばとジンジャエールを置いた。ちなみに全部、二人で半分ずつである。

 

「おっ……学祭のたこ焼きにしちゃ美味いな……」

 

「おいしっ」

 

二人で口元に青海苔を付けながら食べる。

 

「さて栞、次はどこ行きたい?」

 

「うーん……ここ!」

 

栞が指差したのは慶と茜の教室の出し物だった。

 

「あの、それ俺も茜も出ないよ?」

 

「そうなの?」

 

「おう。実行委員で忙しかったからな」

 

サボってる奴の口から出た台詞である。

 

「うーん……じゃあ、お兄様と一緒ならどこでも良い」

 

「そうか?じゃあとりあえずここ行くか」

 

慶が指差した先は校舎のおばけ屋敷。本物の霊と知り合ってる慶はもはや恐怖の対象ではなくなっていた。

 

「怖いか?」

 

「へーき」

 

「うしっ、じゃあいくか」

 

「うんっ」

 

そのままふたりで飯を食った後、再び栞を肩車してお化け屋敷に向かった。

 

 

 

 

途中、わたあめとソーセージを買い食いしながらもお化け屋敷に到着。

 

「さぁーて、行くぞー栞」

 

「うんっ」

 

と、中へ入ろうとした時だ。ガシッと腕を掴まれた。

 

「あん?」

 

振り返ると、奏が立っている。

 

「あっ、やべっ」

 

「仕事。なさい?」

 

だが、慶は急いでお化け屋敷の中に入った」

 

「あっ、コラ待ちなさい!」

 

奏も入ろうとしたが、中々凝ったようなお化け屋敷に怯む。

 

「っ……」

 

が、なんとか勇気を振り絞って突入した。

その頃、前の慶。

 

(咲さん、咲さんいるか⁉︎)

 

(どうしたの〜?)

 

テレパシーである。

 

(後ろの奏の足止めを気付かれない程度に頼む!)

 

(どうして〜?)

 

(あとで板チョコ一枚でどうだ?)

 

(行ってきまぁ〜す)

 

そのまま慶と栞は急いで突破した。その瞬間、お化け屋敷の中から「ヒィヤァァァァァァッッ‼︎‼︎‼︎」とすごい悲鳴が聞こえた。

 

「………やり過ぎだろあの人……というか霊」

 

と、思いつつもなんとか逃げた。

 

 



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53話

 

 

 

慶は再びグラウンドにいる。栞に食べ物だの何だのを奢り歩いていた。

 

「ほーら栞。クレープだぞー」

 

「ありがとう、お兄様」

 

「ほら、あーん」

 

「あー、んっ」

 

で、パクッと食べた。

 

「おいしっ」

 

(天使)

 

ほっこりする慶。すると、手刀が慶の脳天に直撃した。

 

「って」

 

「やっと見つけたよけーちゃん」

 

「って、茜か。なんだよ」

 

「サボってないで仕事!見張りでしょあんたは!」

 

「あーそういやそうだな。でもパスだ。今は栞とデートしなきゃならない」

 

「そんなの理由にならないわよ!」

 

「まぁ落ち着けよ。とりあえずお前の分のクレープも奢ってやるから」

 

「そ、そんな食べ物で釣ろうとしたってダメなんだからね⁉︎チョコレートでお願いします!」

 

「はい契約成立な」

 

(ふんっ、口約束に決まってるじゃない。奢らせたら即逮するからね)

 

と、薄く笑う茜。で、三人でクレープの列へ並んだ。

 

「何がいい?」

 

「あのなんとかショコラって奴」

 

「うい」

 

で、バンシィが絵柄になってる財布を出す慶。

 

「あれ?けーちゃん、財布変えた?前までDXじゃなかった?」

 

「あー……まぁな」

 

「ふーん……」

 

で、クレープを奢った。

 

「あーんっ。んー!美味しい。ありがとうけーちゃ……」

 

だが、慶の姿はどこにもなかった。

 

「茜お姉様、慶お兄様が『あばよ』って……」

 

「また逃げられたァァァッッ‼︎‼︎」

 

 

 

 

校舎にいる奏。涙目になりながらお化け屋敷から出た。

 

(まったく、慶の奴は後で殺す)

 

そんなことを考えながら歩いていると、「生徒会長!」と自分を呼ぶ声がした。

 

「どうしたの?」

 

「それが、スリがあったみたいで……」

 

「スリ?」

 

「ええ」

 

で、そのスリのあった場所へ。そこでは女の子が一人泣いていた。

 

「大丈夫?何があったの?」

 

「か、奏様……。そ、その……グラウンドでかき氷のお店に並んでたら……いつの間にかなくなってて……」

 

「…………そう。どんな財布なの?」

 

「その……弟がくれた黒いガンダムが柄の財布で……」

 

「分かったわ。先生に連絡しましょう。あなたも一緒に来てくれるかしら?」

 

「はい……」

 

 

 

 

慶は一人で体育館で暇つぶししていた。このステージで紗千子と光がライブをやるのだ。今は合唱部の歌をやってるけど。とにかく、その様子を眺めていた。

 

「………移動するか」

 

そう思って立ち上がろうとした時だ。隣に座る女の子がいた。

 

「よっす、けーちゃん」

 

奏に頼まれたことなどすっかり忘れている光だった。

 

「よう。お前もここにいたのか」

 

「うん。誰かに何か頼まれてここに来たはずなんだけど……忘れちゃった」

 

「お前そんくらい覚えとけよちゃんと……。それよりなんか食いたいものがあるなら奢るぞ」

 

「ほんとに⁉︎ありがと!」

 

「おう」

 

で、二人は外に出た。

 

「で、何食うんだ?」

 

「じゃあ、一番高い奴!」

 

「りょーかい」

 

「え?いいの?」

 

「臨時収入が入ったからな」

 

で、二人はお好み焼きを買った。

 

「ほらこれ」

 

「おおおー!美味しそう。いただきまーす!」

 

で、光が美味しそうに食べる中、慶は学園祭の様子を見ていた。

 

 

 

 

「あ、カナちゃん」

 

「ああ、茜」

 

茜と奏はたまたま校舎内で出会った。

 

「慶はいた?」

 

「ううん。グラウンドにいたけど逃げられちゃった」

 

「そう……。それより茜、気を付けなさい」

 

「? 何が?」

 

「さっき、女子生徒がスリにあったわ。多分、まだ犯人はこの学校内にいる」

 

「ええっ⁉︎ど、どんな子がやられたの⁉︎どんな財布⁉︎私も探すの手伝うよ!」

 

「黒いガンダムの柄の財布みたいよ」

 

すると、ピクッと茜は反応する。

 

「黒いガンダム……?」

 

「ええ。どこかで見たの?」

 

茜は言おうかどうか迷ったが、口を開いた。

 

「その財布、持ってる人がいたよ」

 

「ほんとに?誰?」

 

「…………けーちゃんだよ」

 

「えっ………?」

 

 



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54話

 

 

 

光と別れ、慶はまた体育館で漫才を見ながらボンヤリしていた。すると、

 

「けーくん」

 

声がした。振り返ると紗千子が立っている。

 

「おー。さっちゃん。いいのか?こんなとこにいて」

 

「平気よ。まだ時間あるもん。それより、こんな所でどうしたの?」

 

「暇してただけ」

 

「暇なんだ?」

 

「おー」

 

それを好機と見た紗千子は目を光らせた。

 

「その、よかったら一緒に回らない?」

 

「ん?おお、いいよ」

 

そのまま二人は体育館を出た。

 

 

 

 

「……なんか今日1日でメチャクチャここにきてる気がする」

 

「? どうしたの?」

 

「なんでもない」

 

軽くつまらないことをボヤいた慶。二人でそのまま進む。

 

「なんか食いたいものあるか?ありゃ奢ってやるよ」

 

「ほんと⁉︎じゃあねぇ、たい焼き食べたいな」

 

「OK、じゃあ並ぶか」

 

そんなわけで、二人は列に並ぶ。その後も二人で周り尽くして30分くらい経ったところで、紗千子の携帯に連絡が入った。

 

「あっ、そろそろ戻って打ち合わせだって……」

 

「マジかー。じゃあまたな」

 

慶が去ろうとした時だ。

 

「ま、待って!」

 

「あん?」

 

声を掛けられた。振り返ると、紗千子が顔を赤らめていた。

 

「何」

 

「ライブ。来てくれる?」

 

「あ?あーまぁな。可愛い妹のためだし。ライブステージに乗り込んで抱きつこうとするゴミがいたらブチ殺す予定だ」

 

「そ、そっか……。その、せっかくだからさ。私のために来てくれない?」

 

「あ?どゆこと?」

 

「………こんのクソ鈍感………。と、とにかくそういう事だから!絶対来てよね!」

 

「おう。約束な」

 

「…………うん!約束!」

 

そのまま紗千子は体育館へと戻って行った。

 

「ふぅ……さて、俺も暇潰しに体育館に……」

 

と、思った時だ。地面に何か落ちてるのを見つけた。

 

「あん?」

 

財布だった。早速中を抜こうと中身を見ると空だった。

 

「なんだよ……」

 

とりあえず預けようと、慶は生徒会室に向かった。

 

 

 

 

生徒会室。奏と茜はとある女の子から話を聞いていた。

 

「これで三件目ね……」

 

奏は顎に手を当てて考える。さっきのように、スリにあった生徒が他に2人もいたのだ。

 

「まったく……誰だか知らないけどふざけたヤツね……」

 

「ねぇ、カナちゃん。けーちゃんじゃないよね?けーちゃん、こんな事しないよね?」

 

「そんなのわかんないわよ。でも、慶が黒いガンダムの財布を持ってるとわかった以上は話を聞かないわけにはいかないわ。ていうか、仕事サボった件もあるし」

そう言って奏はおデコに手を当て、不安げに目を閉じた。すると、ガララッとドアが開いた。

 

「おーい、奏」

 

「! け、慶!」

 

「あ?なんだよ」

 

「よくもオメオメと顔出せたものね!仕事サボっておきながら!」

 

「あっ……。いや、財布拾ったから届けに来たんだけど。これは立派な仕事だよねうん」

 

「はぁ?」

 

すると、慶は拾った財布を奏に放った。すると、被害者の女の子が立ち上がった。

 

「あっ!それ私のお財布!」

 

「えっ?そーなの?てか誰?」

 

と、リアクションする慶に茜は触れた。そして、重力を掛けて思いっきり地面に叩きつけた。

 

「うごっ⁉︎あ、茜!てめっ、何すんだよ!」

 

「カナちゃん、捉えたよ」

 

「おい!てめぇ!」

 

そして、茜は慶のポケットから財布を出す。絵柄はさっき見た通りバンシィだった。

 

「あっ!それ俺の財布!」

 

「なるほど……バンシィね。確かに黒いガンダムだわ」

 

で、奏は慶を見下ろす。

 

「慶、あなたの事を疑ってないからこそ聞かせてもらうわよ?あなた今まで何処で何してたの?」

 

「ああ?栞と光とさっちゃんとデートしてたんだよ」

 

その返答に奏は少なからずイラッとした。

 

「三股……有罪ね。別件で」

 

「ああ⁉︎」

 

「茜、私は黒いガンダムの財布の子を呼んで来るから、そのままにしてて」

 

「了解!」

 

「お、おい待てって!マジでなんの話だよ!おい!」

 

慶の台詞も聞かずに奏は生徒会室から出た。

 

 



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55話

 

 

 

「で、茜。なんで捕まってんの俺」

 

慶が言った。

 

「今、学園祭の中でスリが3件も起きてるの。そのうちの一人が黒いガンダムの柄の財布みたいで、それでけーちゃんもその財布持ってたからとりあえず話だけ聞こうとしたら、なんか三人目の被害者の財布をけーちゃんが空っぽで持ってきちゃったから、一応話を聞いてみただけ」

 

「疑われてんのかよ……」

 

「疑いたくなんかないよ」

 

そう言う茜の顔は少し真面目だった。だが、慶も真面目な顔をする。

 

「悪いけどな、俺はスリなんかやってねぇし、やるとしたら金だけ抜いて財布は戻す」

 

「うわあ……最低」

 

「とにかく、そんな下らないことで俺の文化祭を邪魔すんな。ゲーセン行ってくる」

 

「文化祭関係ないし!ていうか行かせないわよ。ここで捉えとけって言われてるんだから」

 

(確かにこの重力から逃げんのは無理だよなぁ……)

 

なんて考えてると、ガチャッと扉が開いた。

 

「連れてきたわよ」

 

中に入ってきたさっきの女の子。さっそく、慶の財布を見せた。だが、

 

「これじゃあ、ありません……」

 

「「へっ?」」

 

「ほら見たことか」

 

得意げに言う慶。

 

「そもそもな、黒いガンダムにも色々いるんだよ。Mk2、サイコガンダム、X2、マスガン、ブリッツ、ガイア、ダークハウンド、ダークマター、有名なのテキトーにあげただけでもこれだぞ。この上マイナーなの合わせたら……」

 

「ガンダム詳しいぜ自慢はいいから黙ってて」

 

奏にぴしゃりと言われて思わず黙る慶。

 

「仕方ないわね。また一から探すわよ」

 

「じゃ、俺はこれで用済みだな。今度は花蓮辺りと一緒に……」

 

「待ちなさい」

 

奏に引き止められた。

 

「なんだよ」

 

「これ以上、他の女の子とあなたを……あっ、いや、あなたをサボらせるわけにはいかないわ」

 

「お前俺の事好きすぎだろ。さすおにかよ」

 

「黙れ。だから、あなたも犯人逮捕に付き合いなさい」

 

「ええっ……」

 

「栞にあなたが仕事をサボってたことを言ってもいいのよ?」

 

「付きあわせていただきます」

 

茜と財布を盗られた生徒がドン引きする。

 

「と、いうわけで慶は逃げないように私と一緒に行動しなさい。茜は少し休憩でいいわ」

 

「う、うん……」

 

「じゃあ慶、捜査に行きましょ♪」

 

言いながら奏は慶の腕に飛び付いた。そのまま二人は生徒会室を出て行く。

 

「あ、茜さん……奏さんって普段はあんな感じなんですか?」

 

「見なかったことにしてあげてください」

 

 

 

 

で、グラウンド。

 

「で、奏。今まで被害にあった奴らはどんなところで被害にあったんだ?」

 

「えーっと……1件目がかき氷で、2件目がワッフル、3件目がたい焼きだったわよ」

 

「………全部グラウンドので店か。その時間帯で特に人の集まった店をテキトーに狙ったんだろうな。それが一番スリのしやすい状態だし……そうなると、今もスリをしてる可能性が高いのは今、一番客が集中してる店になるわけで……」

 

と、ブツブツ呟いてると、奏が裾を引っ張った。

 

「ね、ねぇ。私、あのワッフルが食べたいなーなんて……」

 

「買ってくればいいだろ。今、犯人について考えてんだ。邪魔すんな」

 

「んなっ……!」

 

(どうして私の時だけデートみたいに思ってくれないのよ!)

 

と、自分勝手なことを考える奏だった。だが、慶はそれらを全て無視して、チロッと時計を見た。

 

(さっちゃんのライブまであと30分くらい……それまでに間に合わせないとな)

 

改めて気を引き締める慶だった。

 

 



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56話

 

 

とりあえず、二人で今、一番人が集中してると思われる場所へ行った。

 

「で、どうやって探すのよ」

 

「どうするかなー。とりあえず片っぱしから殴る」

 

「逮捕するわよ」

 

「ごめんなさい」

 

なんて話しながら二人で進む。

 

「とりあえず、現場を抑えるしかないよな……いや、どうせなら罠でも張ってみるか」

 

「罠?」

 

てなわけで、慶は屋台の少し離れたところに自分が前使ってた財布を取り出す。

 

「ちょっと待って。それ囮にしちゃうの?」

 

「あ?悪いかよ」

 

「……別に」

 

なぜか不機嫌そうにする奏。

 

「安心しろ、中学の時にお前に誕生日でもらったもんだ。盗らせはしない」

 

「…………そっ」

 

返事はそっけないが、超嬉しそうな顔をする奏だった。で、、慶はベンチの上に置いといた。

 

「いや……あからさま過ぎるわよ」

 

奏がジト目でツッコむ。

 

「あんなん誰が盗むのよ。どんな馬鹿でも罠だって分かるわよ」

 

「俺なら盗るね」

 

「馬鹿ね」

 

なんて話してると、その財布に近づいて来る影。

 

「おい、来たぞ」

 

「さっそく捉えましょう」

 

「馬鹿、まだはえーよ。あいつが中身を見て初めてネコババ成立だ」

 

「お前が馬鹿」

 

「とにかく、このまま様子を見るぞ。死ね」

 

「お前が死ね」

 

で、そのまま様子を見る。すると、一人の男が近付いた。バッチし財布を見た後、財布の上に何も気付いてないフリをして座った。

 

「うーわ……」

 

「うーわ……」

 

二人して声を漏らす中、そいつはすぐに立ち上がり、歩き出した。

 

「追うぞ奏」

 

「本部に財布を届けに行った可能性は?」

 

「ケツポケットに財布二つ入れてる奴がいるか。それに、元から届けるつもりなら座るフリする必要もない。移動したのは場所を変えて中身を確認するためだ」

 

「本当に無駄に頭いいわね……」

 

「だーってろ」

 

で、そのまま二人はそいつを尾行する。そいつは校舎裏に逃げた。そして、中身を確認した。

 

「おい、ちょっと」

 

慶が声をかけると、そいつは振り返った。

 

「その財布、俺のなんだけど」

 

「そっか。ちょうど本部に届けようとしてたんだよ」

 

「中身見てたくせにか?」

 

「……………」

 

「今まで三人からも財布とってたよな。全部出せ。そうすれば、見逃してやる」

 

すると、そいつは口を歪ませると慶を睨んで言った。

 

「別にスリなんてやらなくても良かったんだ」

 

「あ?」

 

「カツアゲするってのも嫌いじゃないってんだ」

 

その瞬間、殴りかかってきた。寸前でかわす慶。

 

「中身入りの財布ももらう」

 

「やってみろ」

 

 

 

 

ライブ開始まで5分前。ステージ脇で顔だけ出して紗千子は客を見ていた。

 

(けーくん、いないなぁ……)

 

「はぁ……」と、ため息をつく紗千子。

 

(でも、お客さんのためにもきちんとやらないと)

 

なんとか気合いを入れる紗千子だった。

 

 

 

 

校舎裏。ボロ雑巾みたいになってるスリ犯を慶が引きずっていた。ちなみに慶は無傷である。

 

「ったく、面倒かけやがって……」

 

「ちょっとやり過ぎよ。その子泣いちゃってるじゃない」

 

「泣くほうが悪い」

 

「へぇ、そう。じゃあ私がボルシチを貴方に渡しても……」

 

「ゴメンなさい冗談です」

 

「最後まで言わせなさいよ。で、そいつ放り込んだあとはどーするの?」

 

「俺はさっちゃんのライブ行くよ。約束しちまったしな」

 

「………あっそ」

 

「お前なぁ……」

 

で、慶は困ったようにため息をつくと言った。

 

「一緒に行くか?」

 

聞くと、奏は少し目を見開かせた後、嬉しそうに微笑んだ。

 

「行ってあげる」

 

「なら来なくていい」

 

が、慶は冷たく言い放って去ろうとした。

 

「ち、ちょっと!行くってば!」

 

 



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57話

 

 

 

時には昔の話をしようか。てなわけで、12年前。

 

「じゃ、修。お出かけしてくるから、奏と茜と慶のことお願いね」

 

「はーい」

 

「それと、慶?」

 

「んー?」

 

「あなたは絶対に能力を使っちゃダメよ」

 

「分かってるよー」

 

そう言うと母親は出かけて行った。

 

「そういうことだから、大人しくしててくれよ」

 

と、言う修だった。だが、

 

「まだだ、たかがメインカメラがやられただけだ!」

 

「キャハハハッ!」

 

すでにガンダム大好きの慶と他の二人が遊んでいた。

 

「そこだぁ!迂闊な奴め!」

 

「当たらなければどうということはない!」

 

「奇跡を見せてやろうじゃないか!」

 

ほとんどカオスだった。なんか色んなキャラ混ざってて。

 

「おい、大人しくしてろよ。ていうかソファーの上で跳ねるなよ。あと一人だけ機体性能おかしいだろ。いくらアムロでもX1にはガンダムじゃ勝てないぞ」

 

だが、修を無視して慶は奏に言った。

 

「ねぇー、カナちゃーん。家の中飽きたー」

 

「そうね。けーちゃんがそう言うならお外で遊びましょ」

 

「ダメだよ」

 

修が止めた。

 

「母さんが留守番しててって言ってただろ」

 

「修ちゃんもいっしょにくればだいじょうぶですわっ」

 

「留守番の意味わかってる?」

 

言われて「ぐぬぬっ」と歯を食い縛る奏。

 

「カナちゃん、へーきだよ。きょーこーさくに出れば」

 

慶が言うとニヤリと笑う奏。

 

「そうですわね。来ないなら茜も連れて三人でいっちゃいますからねっ」

 

そう言うと奏は慶と茜の手を引いて家を出た。

 

「わかったから待てって奏ー」

 

「まちませんわーっ」

 

で、公園。そのまま遊びまくる。

 

「ぎゃははははっ!楽しいよなぁ、アレルヤ。アレルヤぁッ‼︎」

 

「けーちゃん!ハレルヤはダメってお父様に言われたばかりですわ!」

 

「そ、そーだったっけ?じゃあ、えーっと……えーっと……」

 

「まったくもう……」

 

「もう十分だろ」

 

すると、修が口を挟む。

 

「風も強いし、台詞のバリエーションも減ってきたし、帰ろう」

 

「一人で帰ればいいですわ」

 

「そうはいかない。俺はお兄ちゃんだからな」

 

「ぬうぅ〜〜」

 

「茜も慶も疲れただろ?」

 

「んー……」

 

「二人ともそんなやわじゃないですわっ!」

 

すると、茜のお腹がぐぅ〜〜っと鳴った。

 

「帰るか」

 

「だめですわーーーっ‼︎」

 

止める奏だが、修は無視して茜と慶に言う。

 

「帰ってラーメンでも食べよう」

 

「修ちゃんラーメンつくれるのっ?」

 

「おう、3分あればよゆーだ」

 

「すごい!」

 

「ちなみに帰るのはもっと速い。俺の瞬間移動があればな」

 

「すごーい!」

 

「ぬうううう〜〜〜‼︎」

 

そのやり取りを見て、奏が悔しそうに修を睨む。その奏に慶が言った。

 

「ねぇかなちゃん!ガンダムのーしんだいつくって!」

 

「えっ?」

 

「ほらはやくはやく!」

 

「は、はい!」

 

そのままボンッとガンダムをつくる。すると、

 

「すごおーい!」

 

茜がはしゃいだ。それを見て、パァッと嬉しそうな顔をする奏。さらにその様子を慶は見て嬉しそうに微笑んだ。

 

「おいおい……いくら使ったんだよ……」

 

修が軽く引きながら言った。

 

「おねーちゃん!こんどはザクがいい!」

 

茜がそうおねだりすると、少し困った顔をしたものの、奏は言った。

 

「任せなさいですわ!えーっと、ザク……ザク……」

 

「これだよ」

 

慶はポケットからザクのオモチャを出した。

 

「えーっと、えいっ」

 

ポンッとさらにザクの等身大が出てくる。

 

「できましたわ!」

 

「お前なぁ……お金使い切っちゃうぞ」

 

「どうですの?茜?」

 

「………あかくないの?」

 

「へっ?」

 

「あかいのがよかった……」

 

「で、できますわよ!」

 

「おい奏。もうお金……」

 

「えいっ!」

 

さらにシャアザクを作った。

 

「「おおおおおーーー!」」

 

目を輝かせる茜と慶。

 

「こんなものかしらっ」

 

「おねえちゃん、すごーい!」

 

(あとでぜったい怒られる……俺が……)

 

と、修が思った時だ。ザクの足が消えた。

 

「「へっ?」」

 

慶と修の声が重なった。そして、当然落ちてくるジオング状態のザク。

 

「あっ」

 

慶はたまたま位置がよかったが、残りの三人の所にザクは落下した。

 

「し、修ちゃん……?カナちゃん……?茜……?」

 

震えた声で名前を呼ぶ慶。だが、誰一人返事は返ってこなかった。本来なら、修と奏と茜の命はそこで終わるはずだった。

 

(お、俺のせいだ……。俺が、ガンダムなんか欲しがったから……)

 

で、慶は歯を食い縛る。そして、能力を発動した。慶の能力は死者蘇生(リザレクション)。自分の寿命を一年縮めて、死後30秒以内の死者を蘇らせる能力だ。もちろん、三人の生死を慶は確認したわけではない。だが、慶は死んだかもしれないと思ったから使ったのだった。

 

(これで、俺の寿命は………)

 

母親がこの能力を慶に使わせたくなかった理由は二つあった。一つ目はもちろん、慶自身に早死にして欲しくなかったから。二つ目は、慶の精神状態だ。自らの寿命を一年縮める。神経質の慶にその心の負担は大き過ぎた。今にも吐きそうになり、口を押さえて膝を着く。

 

(いいんだ……俺の一年が、みんなの一生に繋がるなら……)

 

だが、今ので三年縮んだ。そう思っただけで、慶は気絶した。

 

 

 

 

この事件がきっかけで、慶の能力は葵と同様、公式では発表されずになかった事にされた。慶自身には「能力を使い切った」と説明されている。

修、奏には「奇跡的に助かった」と説明されたが、二人はなんとなく理由は勘付いていた。

ちなみに茜はショックで事件前後のことは記憶から消えていて、能力が消えたことのみ話された。

 

 




結局、能力あんじゃねーか!みたいに思うかもしれませんが、なかったことにされたのでセーフですよね。
本当に思いつきでやってるのでどうもすいません。


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58話

 

 

「はぁ?演説?」

 

「うんっ」

 

茜が紙を差し出した。

 

「毎回同じこと言ってもアレだからさって葵お姉ちゃんが……。で、訂正は慶にしてもらいなさいって」

 

「ったく……あの野郎」

 

渋々紙を受け取った。で、紙に書かれている事をチェックする。

 

「どう、かな。我ながらうまくかけたと……」

 

「32点」

 

「赤点ギリギリ⁉︎な、なんで⁉︎」

 

「はい、茜さんに質問です。人を惹きつけるのに一番必要なものはなんでしょう」

 

「は?え、えと……それは……」

 

「それは、笑いだ」

 

「……………はっ?」

 

「この紙に書かれていることは偉くまともだ。内容も悪くないし、仮に王様になったとして、実行出来そうな事が書かれてる。そこまではいいんだ。だけど、文の中身がお利口さん過ぎてつまんないんだよ」

 

「ど、どういうこと?」

 

「この内容は、他の誰かでも言いそうなことなんだ。お前がいないんだよ。お前しか書けない事がないんだ。特徴がないと言ってもいい。顔のないアイドルは売れっこないだろ?そういう事だ」

 

「あー……そういうことか。でもそれでなんで笑い?」

 

「他の兄弟は全員クソ真面目だろ。つまんないこと言うくらいなら笑いなんてしないほうがいいが、真面目で全員が真剣な中、一人だけ愉快な話をすれば『あの人の治める国は楽しそうだな』ってなると思わないか?」

 

「確かに……」

 

「それと文が長い」

 

「ええ、それはやっぱりほら、自分の言いたいことを詰め込まなきゃいけないわけだから……」

 

「バカ、カス、消えろ、てか消すぞ、5円で売るぞ」

 

「言い過ぎじゃない⁉︎」

 

「人前で話すのが苦手なのに長文しゃべってどうすんだよ。短いほうがいいとは言わないけど」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「長文過ぎてお前のあのオン飛びしたような喋り方じゃ聞き手は聞き取れないだろ。だが、内容を要約すれば覚えてもらえる。覚えてもらえるってことは、相手に自分の印象がつくってことだ」

 

「なるほど……すごいねけーちゃん」

 

「普通だ。内容をどうまとめるかは俺に聞くなよ、めんどくさい」

 

「うん。わかった。ありがとねけーちゃん!」

 

そのまま茜は再び葵の部屋に戻って行った。

 

 

 

 

翌日の夜のニュース。茜の演説に前回までの倍以上の人が集まったことがニュースになっていた。

 

「すごーい!あか姉何したの⁉︎」

 

岬が素直に驚いた。

 

「いやー特に何もしてないよ。ただ演説の内容を少しだけ変えてみたんだ」

 

「ちょーっと、けーちゃんにアドバイスもらってねー」

 

たははっと頭を掻いた。

 

「へぇ、けーちゃんにねぇ……」

 

少し意外そうな顔をする岬。

 

「なんだその顔は。そんなに意外かこら」

 

「べっつにー?」

 

「ねぇけーちゃん。今日も何かアドバイスちょうだい?」

 

茜が聞いてきた。

 

「やだ。人に頼るな。自分で生きろ」

 

「いやニート志望の人に言われたくない……」

 

「とにかく断る。めんどくせーよ」

 

「ふーん?」

 

すると、茜は言った。

 

「ボルシチ」

 

「是非とも手伝わさせていただきます」

 

 



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59話

 

茜にアドバイスをしてから茜はドンドンと票を伸ばしプに再び返り咲いた。

 

「けーちゃんのおかげだよ!ありがとう!」

 

「おー」

 

テキトーに返事して慶はゲームをする。その隣の部屋では、

 

「じゃ、終戦したのは何年?」

 

「え、えと……1941年!」

 

「それは開戦でしょうが!」

 

奏が光に勉強を教えていた。

 

(まったく……茜の追い上げで選挙も焦ってるってのに……葵姉さんの頼みでも断ればよかったわ)

 

で、奏はため息をついた。

 

「もう!なんで1940年代に開戦して終戦しちゃうの⁉︎同じ4年なら1939年〜1943年でもいいじゃん!」

 

「そんなの今更言っても仕方ないでしょう。とにかく、年号暗記なんて覚えるしかないのよ。じゃあ、1940年に結ばれた同盟は?」

 

「え、えと……日米和親条約!」

 

「同盟って言ってんでしょうが!」

 

で、奏はため息をついた。

 

「まったく……どうして私の妹がこんなにアホなのかしら……」

 

「そもそも!日本の歴史なんて覚えてなんの役に立つわけ⁉︎日本の歴史からこれからに活かせるような事があると思ってるの⁉︎」

 

「またとてつもなくすごいこと言うわねあんた。というか、人間は失敗から学ぶことのほうが多いのよ」

 

「奏ちゃんこそ失敗って言ってるじゃん……」

 

「とにかく、最初からやり直しよ」

 

「もう嫌!奏ちゃんと勉強しても全然やできる気がしないよー!」

 

「失礼ねあなた!言っとくけど私だって教えたくて教えてるわけじゃないんだからね⁉︎葵姉さんに頼まれたから……!」

 

そこでピーンッと閃く奏。そして、ニヤリと笑って言った。

 

「光、せっかくだから慶に教えてもらったら?」

 

「けーちゃんにぃ?勉強できんのぉ?」

 

「あんた知らないの?慶、勉強学年トップよ?」

 

「そーなのぉ⁉︎」

 

「ええ。しかも、天才型じゃなくて努力家だから貴方にも合うんじゃないかしら?」

 

その心は茜と慶を引き離して選挙の形勢逆転を狙うことだった。あと普通に嫉妬。

 

「期待しないで言ってみるよ」

 

「いってらっしゃーい」

 

そのまま光は出て行った。ようやく一息ついて奏は選挙の作戦を考えようと思ったときだ。

 

「奏」

 

葵の声がした。ビクッとする奏。

 

「光の成績が落ちるようなことがあったら、私選挙頑張っちゃおっかな?」

 

「一緒に面倒見てきます……」

 

 

 

 

「いやいやいや、可笑しい。なんでそれで俺に頼ろうと思ったの」

 

「いいじゃない慶。正直、馬鹿すぎてその子は私の手には負えないわ」

 

「ふざけんなよ。こちとら忙しいんだよ。もうすぐエンドワールドのイベント終わるんだよ」

 

「知らないわよ。じゃあ、gleeのプリペイドカード1枚でどお?」

 

「いいだろー。光、こっち来い来い」

 

言いながら慶は自分の膝の上を叩く。

 

「いや……さすがにこの年で膝の上に座るのは……」

 

「小学生までは俺は妹は溺愛するって決めてんだよ」

 

「確かに栞が生まれる前はそうだったけど……」

 

「えいっ」

 

奏が膝の上に座った。

 

「重い帰れババァ焼くぞ」

 

泣きながら黙って退いた。

 

「ほれっ、ほいっ」

 

「う、うぅ……わ、わかったよ……」

 

顔を赤くしながらも慶の膝の上に座る光。

 

「えへっえへへっ……」

 

「ウザくて忘れてたけど可愛いなお前」

 

「久しぶりで、ちょっと安心する……」

 

「ほれほれ、もっと甘えてもい……」

 

と、言いかけた慶の後頭部を奏は踏付けた。光もろとも目の前のちゃぶ台にめり込む。

 

「イチャ付いてないで仕事しろ」

 

「「…………はいっ」」

 

てなわけで、勉強開始である。

 

 

 

 

「で、どこがわからないって?」

 

「太平洋戦争の辺り」

 

「まぁあの辺はややこしいからな。とりあえず、戦争の歴史ならこの機動戦士……」

 

その瞬間、慶の横に奏の拳が通った。慌てて説明を切り替える慶。

 

「は、はぁ?あんなんただの年号暗記だろうが」

 

「それができないんだよー!」

 

「まぁ年号暗記にも色々覚え方があるからな。それに歴史は流れを掴まないと出来るもんも出来ねーよ」

 

言いながら慶は教科書をパラっとめくった。

 

「例えばこの1940年の日独伊三国同盟な。これがどの国を指してるか分かるか?」

 

「さぁ?」

 

「全力のアホかお前は。日は日本、それは分かるな?」

 

「うん」

 

「まずこのイタリアの伊だが……これは、伊藤くんの伊だ」

 

半眼になる光と奏。

 

「イタリアっつーのはな?伊藤くんの国なんだよ。だから、イタリアの伊は伊藤の伊なんだ」

 

「な、なるほど……」

 

なぜか納得する光だった。

 

「で、次に独の文字。これはドイツだ。この時のドイツを治めていたのはヒトラーこれは知ってるだろ?」

 

「うん」

 

「なんで独かっつーと、ヒトラーって、プロの独りぼっちの人って意味もあるんだ」

 

「そ、そーなの⁉︎」

 

「ああ。だから、独の文字が使われてる。日本、ぼっち、伊藤。この三つを合わせて『日独伊三国同盟』となるんだ」

 

「ま、まさかそんな悲しい同盟だったなんて……知らなかった」

 

光はそのままブツブツと日独伊三国同盟について呟く。

 

「どうよ奏。この俺の華麗なる……」

 

と、言いかけた慶の襟を奏は掴んで廊下に引きずり出した。

 

「変なこと教えるのやめなさいよ。何を嘘教えてんの?」

 

「バッカお前アホには嘘教えてもいいんだよ。問題で出そうなところだけ押さえとけばな」

 

「どこの国の理論よ!光の成績が落ちたら私が葵姉さんに叱られるんだからしっかりやんなさいよ!」

 

「わーったよ。まぁ俺に任せろ」

 

部屋に戻った。

 

 

 

 

「で、この日独伊三国同盟の覚え方だが……」

 

「なんか奏ちゃんが行くよ俺たちとか言ってたけど……」

 

「違う。行くよおっぱいで1940年だ」

 

「何処からオッパイ出てきた!」

 

奏が突っ込んだ。

 

「なんだ、お前知らねぇのか。あの同盟は三国の指導的地位と相互軍事援助が取り決められたとなってるが、本当は世界のおっぱいをもみしだく会だからね」

 

「そんなわけないでしょ⁉︎三つの国でどんな会作ってんのよ!完全にヘンタイ国家じゃない!」

 

「男はみんなヘンタイだ。だから、日本がハワイの真珠湾をぶん殴りに行ったのも、水着のおっぱいがたくさん見れるかもしれないって思ったからだ。それが行くよ一発で1941年になるわけだ」

 

「どんな一発の使い方⁉︎」

 

「ねぇけーちゃん。一発って何?」

 

「あん?それはセッ……」

 

その瞬間、葵のドロップキックが慶の後頭部に突き刺すように飛んできた。ドンガラガッシャーンと慶は吹き飛ばされる。で、葵は慶を担いで部屋を出る直前、奏に言った。

 

「続き、よろしくね奏」

 

「…………はい」

 

 



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60話

 

 

 

ある日。始まりは慶の一言だった。葵の部屋に入ったら着替え中だった。相変わらずのタイミングの悪さである。

 

「………何か言うことは?」

 

「葵ってさ、奏よりオッパイ、小さくねっ?」

 

ヴァギャッと音がした。葵が壁を握り潰した。

 

「もう許さないから。絶対許さないから」

 

「あっ、いや冗談です」

 

「いや遅いから。絶対遅いから」

 

てなわけで、追いかけっこである。

 

「ふおおおお!殺される!間違いなく!」

 

「…っ…っ…っ」

 

「無言で走ってくるな!本物の化け物か!」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す……」

 

「いーややっぱり黙っててくれればいいです!」

 

で、そのまま玄関を出て外へ逃げた。が、当然慶のほうが足が速い。さっさと蒔いた。で、フゥ……と、息を吐きながらどっかの家の角を曲がった所で誰かとぶつかった。奏だった。

 

「うおっ」

 

「きゃっ」

 

「すまねっ、だいじょぶか?って、なんだ奏か……」

 

「慶?なんだとは何よ!」

 

「謝って損したと思っただけだ」

 

「なんですって⁉︎あんたは私のことなんだと思って……」

 

プップゥ〜ッと音がした。

 

「「あっ?」」

 

二人して振り向くと、トラックが迫っていた。

 

「! 奏!」

 

慶は奏を庇うように押し倒した。

 

 

 

 

病院。

 

「いやー弟さんに庇われたおかげでしょうな。直撃なのにほぼ無傷ですよ。その弟さんの体も素晴らしいものです。あなたも無傷ですね」

 

二人に医者が言った。

 

「まぁでもどこか痛む所はあると思いますから、とりあえず安静にしていてください」

 

「「分かりました」」

 

二人は頷いた。で、二人で病院を出て向かい合った。

 

「で、なんで俺が目の前にいるの?」

「で、なんで私が目の前にいるの?」

 

ハモった。それと共に大量の汗をながす。

 

「い、いやいやなぁい。ありえなぁい。入れ替わりなんてそんなベタなこと、起こるはずがなぁい。今21世紀だよお前。それなのにそんな入れ替わりなんてお前……」

 

「……………」

 

奏は黙って鞄から何かを探す。

 

「おーいなんか言えよお前。なに、お前はそういうの信じる口?バカなの?死ぬの?てか死んどく?」

 

で、奏が取り出したのは鏡だった。

あ、念のためここで説明しときます。入れ替わりネタはどっちが何を言ってるのかまるで分からなくなるので、心の方で進めていきます。つまり、今鏡を取り出したのは慶の身体をした奏な。

で、その鏡を慶の前に出す。当然、写るのは奏の顔した慶の顔。

 

「…………」

 

「…………」

 

「おい、奏……これ………」

 

言われて奏は頷いた。

 

「この鏡、穴空いてるぞ」

 

「いや、違うでしょッ⁉︎」

 

慶の台詞に奏が突っ込んだ。

 

「入れ替わってんのよ!あんたと私が!クロスソウルしてんの!」

 

「いや黙れよ!俺は認めねぇぞ!絶対……!」

 

と、言いかけた慶の目の前の奏の姿が消えた。葵のドロップキックである。

 

「あ、葵姉さん⁉︎」

 

「見ぃつけたぁ……」

 

「な、何⁉︎なんで私に⁉︎」

 

「へぇ、惚けるんだぁ……私のあんな姿見て、あんなこと言っといて……」

 

「な、なんの話か知らないけど私は関係ないわよ!今、慶と私入れ替わってるの!」

 

「そんな言い訳が通用するかぁぁぁぁぁ!」

 

「ああああっ‼︎頭割れる!目ん玉飛び出すって!慶!あんたからもなんか言いなさいよ!」

 

「慶……あなた何したか知らないけど人を傷付けといてそれはないわよ……」

 

「んなっ……⁉︎って葵姉さん!ギブギブギ……‼︎」

 

あがががっとキャメルクラッチを喰らう奏を捨て置いて、慶は家に帰った。

 

 



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61話

 

 

 

さっそく帰宅して二人は茜慶の部屋でお話。茜は下でテレビ見ている。

 

「で、どうする?このことみんなに言うか?」

 

慶が聞いた。

 

「いや、いいわよ。葵姉さんですら信じなかったんだもの。他の人に言っても無駄よ」

 

あれ怒り心頭だったからだろ……と、思いつつも慶は口にしなかった。

 

「まぁとにかく、それならバレないようにしといたほうがいいんじゃないか?」

 

「そうね。しっかり私の代わりをしなさいよ」

 

「おー。じゃ、早速お前の部屋で待機でもしてるわ。あんま人と関わらないほうがバレないだろうしな」

 

「はーい。あっ、勝手に物色しないでよね。下着とか盗んだら許さないから」

 

「盗むどころかこれから履くんだけどな」

 

その瞬間、ハッとする奏。

 

「待ちなさい!」

 

「なんだよ」

 

奏はアダルティーな下着も持っていた。そんなもん慶に見られたら自殺ものである。

 

「ち、ちょっと今から履いてもいい下着と履いちゃいけない下着選別してくるからここで待ってて!」

 

「あ、おい!」

 

慶は止めようとしたが、奏は行ってしまった。

 

「その体でお前の下着選別してたらヤバイだろ……」

 

見つかるのを想像しただけでゾッとした。慶も慌てて後を追った。

 

 

 

 

下着の選別も無事に終わり、二人は各自の部屋で過ごす。まずは奏ルーム。慶は早速、デンドロビウムのガンプラを出した。

 

「いやー良かったよ入れ替わって。これ高くて中々手が出なかったんだからよ。さて、あとは……」

 

慶はさらにニッパー、ヤスリ、パソコン、ポテチ、ジンジャエールを召喚。パソコンで銀魂のアニメを流しながら、ポテチを嚙りつつ、ジンジャエールを飲みながらガンプラを作り始めた。

 

 

 

 

一方、慶の部屋。

 

(………まったく、茜に選挙負けてきて焦ってるって時にこんな……)

 

奏は慶の部屋で選挙対策を考えていた。だが、チラッとベッドを見た。見てしまった。

 

「…………………」

 

(慶のベッド………)

 

何を思ったか、ベッドにダイブした。で、スンッと匂いを嗅いだ。はい、このまま一時間同じことループな。

 

 

 

 

飯の時間になった。

 

(あのバカ……ちゃんと私らしくしなさいよね)

 

さっきまでベッドの匂い嗅いでた奴とは思えない思考である。で、下の階に降りて、奏がそーっと中を覗いた。

 

「はい栞。これ運んでくれる?」

 

「はい、奏お姉様」

 

「カナちゃん、そこの醤油取ってくれる?」

 

「えー?それくらい自分で取りなさいよ……はいこれ」

 

「奏、俺はなんか持ってくものはあるか?」

 

「修ちゃんには……じゃあ、あそこのお刺身お願い出来る?」

 

「うい、了解」

 

「奏姉様!僕にもお仕事を!」

 

「ボルシチが机の上を荒らさないように見張っててくれる?」

 

「お任せください!」

 

(あ、あれ……?あそこに私がいるよ……?)

 

困惑する奏だった。

 

(それどころか……私より、お姉さんやってるよ?)

 

すると、慶は奏を見た。

 

「何やってんのよ慶。あんたも手伝いなさい」

 

「え?あ、ああ、うん……」

 

思わず素直に言うことを聞いてしまう慶。

 

「うわっ、けーちゃん素直!どしたの?」

 

岬が引き気味に反応した。

 

「え?い、いややっぱかったるいわ。準備できたら呼んで」

 

(こ、こんな感じかな……?)

 

「じゃああんたには食べさせない。光ー、お皿一人分回収してきて〜」

 

(人によって対応変えるとか何完コピしてんのよあいつ!本当に私としゃべってるみたいでムカつくんだけど!)

 

と、思ってると皿を回収する光が目の前を通った。

 

「い、いややっぱ手伝うわよ!」

 

『…………わよ?』

 

全員が反応した。

 

「じゃなくて手伝えばいいんだろ!」

 

(チッ、バカが……)

 

慶は心の中で舌打ちすると、再び晩飯の用意を始めた。

 

 

 

 

飯が終わり、風呂の時間。

 

「さて、じゃあお風呂入ってくるわね」

 

と、慶が立ち上がった瞬間、奏はピクッと反応した。

 

「………トイレ」

 

二人して部屋を出た。瞬間、奏は慶を壁に叩き付けた。

 

「ね、ねぇあんた。風呂ってどうするつもり?どういうつもり?」

 

「だって風呂は入んなきゃダメだろ。それともお前何、風呂嫌いだったっけ?」

 

「風呂に入るってことはあれよ⁉︎私の全てを見るってことよ⁉︎」

 

「姉弟で何言ってんだよ。てかお前の体だぞ。風呂入んなくていいのか?」

 

「いいわよ1日くらい!」

 

「俺は嫌だ。眠れなくなる」

 

「ち、ちょっと!」

 

「あとお前も風呂入れよ。俺は風呂入れる日は入らないと嫌だ」

 

「っ」

 

で、奏は立ち止まった。と、思ったら声を絞り出す。

 

「………………る」

 

「あっ?」

 

「だから、入るって言ったの!」

 

「そう。よろ」

 

「一緒によ!」

 

「………………は?」

 

 



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62話

 

 

 

風呂。慶は早速全裸になった。

 

「おうっ⁉︎」

 

「何変な声出してんだよ。さっさと風呂入ろうぜ」

 

「いやだって……自分の体でいきなり脱がれたら……」

 

「躊躇ったってしょーがないでしょ。じゃ、俺先入ってるから」

 

「ま、待ちなさいよ!私はそんな割り切れないわよ!」

 

「じゃあどーすんだよ!」

 

「め、目を瞑ってるから……脱がせて……」

 

「やだ。ガキかテメェは」

 

「ま、待ちなさいよー!」

 

仕方ないので自分で脱いだ。鼻血はなんとか耐えた。だが、

 

「やっぱ奏のおっぱいデケーな」

 

の一言でやっぱり鼻血が出た。

 

 

 

 

風呂から上がり、慶と奏は着替える。

 

「おーい奏。ブラ付けてくんない?」

 

「はぁ?寝るときはブラしないわよ普通」

 

「え?そなの?」

 

「そうよ。邪魔じゃない」

 

「なるほど……ならいいや。でさ奏」

 

「何?」

 

「これ、何カップなん?」

 

殴られた。

 

 

 

 

寝る前。奏は布団の中に潜りながら考えた。

 

(けーちゃん……すごく私の真似上手かったな……それだけ私のこと見ててくれてるってことだよね)

 

そう思うと思わずにやけてしまう。

 

(私も、けーちゃんの振り頑張んないとなぁ)

 

 

 

 

寝る前。慶は布団の中に潜りながら考えた。

 

(なんか奏の振りすんのもだり〜な。明日からは俺は俺のやり方で生きるか……)

 

そう決めて寝た。

 

 

 

 

翌朝。

 

「えっ?まだカナちゃん起きてないの?」

 

「ええ……。どっか悪いのかな」

 

茜と葵が話す中、奏は不安そうにその話を聞いていた。

 

(何やってんのよ慶……昨日はあんなにちゃんと私のフリしててくれたのに……)

 

「とにかく、ちょっと様子見に行ってみようか?」

 

「そうね。いこう」

 

「ま、待って!」

 

奏は立ち上がった。自分の目で確認したかったからだ。

 

「わ……俺が行く」

 

「? どうしてよ」

 

「あいつに用があんだよ」

 

「うーん……じゃあお願いするけど……」

 

そんなわけで、奏は1日ぶりの自室へ。中に入ると酷かった。転がるポテチの山、何処から……というか能力によって出されたゲームの山。デンドロビウムVSガーベラテトラのジオラマ。

 

「な、何よこれ!」

 

「ん、おお……おはよ」

 

「おはようじゃないわよ!何よこれ!」

 

「お前がエロい身体してっから中々寝付けなくてなー。眠れるまで暇つぶししてたらこーなったわー」

 

「ち、ちょっと、私のふりしててくれるんじゃないの⁉︎」

 

「めんどくさくなっちゃったー」

 

「んなっ……⁉︎ていうかそのポテチとかどうしたのよ!」

 

「能力使った。いやー便利な能力だ。ネットショップなんかより全然」

 

「あ、あんたねぇ!人のお金で何してくれてんのよ!」

 

「ままま、落ち着けって。お前だって俺の身体なんだし能力使えばいーだろ。あっ、俺能力ないんだったわー。ごめんね〜」

 

「こ、殺したい……超殴りたい……」

 

「ま、とにかく俺たちのこれからするべきことは元に戻る方法を探すことだ。だからお前も情報収集頼むな」

 

「そ、それはそうね……」

 

「まぁお前の能力で元に戻る薬とか作りゃいいんだろうけど……金かかりそうだからな」

 

「そうよ。もうこんなに使ったんだから……というか能力使わないで」

 

「悪かったよ。とにかく俺たちに必要なのは情報だ。お前は図書館あたりにでも行ってくれ」

 

「慶はどうするの?」

 

「三度寝する」

 

その瞬間、奏の踵落としが慶の腹にめり込んだ。

 

「ぐふぉっ!」

 

「この身体も便利じゃない……。昨日のお風呂の時から思ってたけど、すごい筋肉質だし……」

 

「ま、真面目にやります……ごめんなさい……」

 

 



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63話

 

 

翌日の放課後。慶は帰宅中。欠伸をし、鼻くそをほじると、後頭部をガリガリと掻きながら歩いていた。

 

「ダッリぃ……。あーそういや今日、ゲーセンで音ゲーのイベントだったな。やっとくか。あと今日から格ゲーで新キャラ参戦だっけ。使っとこーっと。あっ、そういやジャンプの発売日土曜じゃね?買っとくか。あと……」

 

と、ぶつぶつと呟きながら歩いてるのをすれ違った街の人は全員見ていた。

 

「か、奏様が……」

 

「なんか、ルーズになった……!」

 

が、慶はまったく気にした様子なくゲーセンに向かっていた。その時だ。電話が鳴った。

 

『もしもし生徒会長ですか⁉︎』

 

「あーい、みんなの生徒会長奏さんですよー」

 

『今日は放課後に集会があるって言いましたよね⁉︎』

 

「えっ?そうなの?マジかー。じゃ、俺休みで」

 

『そういうわけにはいかないんですよッ!戻ってきてください‼︎もう全生徒集まってるんです!』

 

「いやめんどくせーよ。もう、ゲーセン着いちゃったよ」

 

『ゲーセン⁉︎奏さんがゲーセンってちょっと見てみたい気も………じゃない!とにかく来なさい!』

 

「わかった、わかったからあんま耳元で叫ぶなって……」

 

そのままブツッと切れた。

 

 

 

 

体育館。30分経っても中々始まらない集会に全員がイライラし出す中、茜が奏に声をかけた。

 

「ねぇ、けーちゃん。カナちゃん何かあったのかな……」

 

「さ、さぁ?」

 

生返事しつつも思った。

 

(何やってんのよあいつ……。流石にこれはヤバイわよ……)

 

すると、ようやく慶がやってきた。そして、マイクを握るとスウゥッと、息を吸い込んだ。

 

「えーただいまをもちまして、集会は終わります。お疲れ様でした〜解散っ」

 

全員が「えっ?」となった。奏はイラッとなった。

 

「い、いやいやいや。待ってくださいよ生徒会長」

 

「なんだー。副会長」

 

「いや私は庶務です。そんなわけにいかないでしょう?なんか話して下さいよ」

 

「あ?だいたいお前いつまで奏生徒会長に頼り切りになるつもりだ。いいか、俺……わたしももうすぐ卒業なんだ。これから先はてめーらだけでこの学校を盛り上げなきゃならねぇ、だから、今日は休みにする」

 

「言ってることメチャクチャですよ!」

 

「はい、全員休みぃ〜さっさと帰れ」

 

そんなわけで、解散となった。慶は再びゲーセンへ向かった。

 

 

 

 

その日の夜。自宅ではニュースがやっていた。『奏様!なんか変!』みたいな。それを他の兄弟が見てる中、奏は慶の身体能力を利用して慶を締め上げていた。

 

「ねぇ、なんなの?バカなの?死ぬの?どういうつもりなの?」

 

「ご、ごめんなざい……わざとじゃないんです……俺は俺らしくあろうと思っただけなんです……」

 

「だからその体私のだから!私が必死にあんたに合わせた口調になってあげてたってのに……!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「とにかく、ちゃんとしてよ。私が変に思われるんだから!」

 

「うい……」

 

「で、何かわかったの?この現象のこと」

 

「なんとも言えん。ハッキリしてんのは二人同時に強い衝撃を食らわなきゃいけないってことだ」

 

(俺の体じゃないから霊能力も使えないし……さすがに咲さんの仕業とは思いたくないな……そうなると詰みだ)

 

考えながら話す慶。

 

「もう一度やってみれば戻るんじゃない?」

 

「嫌だ。今回は俺がお前をかばったから無傷だったけど、次もそうなるとは思わないだろ」

 

「うーん……」

 

「下手したら死ぬぞ」

 

「そうね。でもそしたらどうするのよ」

 

「それは最終手段として考えよう。それまではなんとか別の方法で……」

 

「やっぱりみんなに説明した方が……」

 

「証明できるわけねーだろ。信用されないと……」

 

「ボルシチよ!」

 

「は?」

 

「ボルシチなら証明できるんじゃない⁉︎あなたなら絶対ビビるじゃん!端から見たら私がビビってて慶は逃げない絵が出来るんじゃない⁉︎」

 

「やだよ!なんで俺がそんな怖い目に……!」

 

「いいから行くわよ!」

 

「ま、待って!ごめんなさ……!俺力つえーな!」

 

引き摺られた。

 

 

 

 

リビング。

 

「ボルシチを呼べばいいの?」

 

栞が聞いた。

 

「そうだ栞。頼めるか?」

 

「お兄様は大丈夫なの?」

 

「おう!これも俺の修行のためだ」

 

(奏には俺がどんな風に見えてるんだ……)

 

心の中で呆れつつもなんとか黙っていた。で、栞はボルシチを呼んだ。

 

「はい、お兄様」

 

(よし、これで私はビビらずに慶がビビってくれれば……!)

 

と、思った時だ。慶の体に鳥肌が立った。

 

(あっ、あれ?なんで?)

 

「お、おいい!なんで震えてんだカナ……慶!」

 

「わ、分からないわよ!体が勝手に……!」

 

「だ、大丈夫?お兄様……」

 

栞に心配された。

 

(ま、まさか……!体の方が恐怖の対象として怯えてるって言うの⁉︎ていうかむしろどんだけ猫にビビってんのよ慶!)

 

キッと睨みつけると、慶はいなくなっていた。すでに逃げていた。

 

「ち、ちょっと置いてかないでよー!」

 

慌てて後を追う奏だった。

 

「………なんか、二人とも変?」

 

 



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64話

 

 

 

ハァハァと息を吐く二人。

 

「おいおい……どーすんだよこれ……」

 

「あんた……どんだけ猫にビビってんのよ……体が無意識に拒否反応って……」

 

「うるせっ……そんなことよりどうすんだマジ。ボルシチ以外で何か兄弟に気づかせる方法なんてねぇぞ……。どうする、最終手段行くか?」

 

「……………」

 

「正直、リスクが高過ぎるとは思うが、方法がないんじゃどうしようもない」

 

「そうよね……」

 

二人して沈黙が流れた。

 

「ま、また明日考えるか。そろそろ飯じゃね?下行こうぜ」

 

「うん……」

 

そのまま二人は下に降りた。

 

 

 

 

それから、一ヶ月近く経った。周りのみんなはバレバレのサプライズのために葵の誕生日の準備をする中、奏と慶は深刻な顔して向かい合っていた。

 

「…………一ヶ月、経っちゃったな……」

 

「そうね………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「「なんでこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ‼︎‼︎‼︎」」

 

二人して吠える。

 

「そんなにか⁉︎俺が葵に『奏よりおっぱい小さいね』って言ったのがそんなに問題だったのか⁉︎」

 

「そんなこと言ったのあんた⁉︎てかあんたのせいじゃないそれ!」

 

「だぁからってさぁ!こんな仕打ち……あんまりだろ!俺が何したって言うのさぁ!」

 

「そ、それはそうね……。だって私全く関係ないもの……」

 

そのまま二人はげんなりする。

 

「………とにかく、今は我慢するしかないな……。今日は葵の誕生日だし」

 

「そうね……。そうだ、せっかくだから一緒に葵姉さんの誕生日プレゼント買いに行かない?」

 

「そーだな」

 

そのまま二人で下に降りた。その時だ。

 

「あっ、二人とも今日も二人でお出かけ?」

 

茜が声かけてきた。

 

「もうここ一ヶ月急に仲良しさんになったよね2人ともさぁ〜。なんかあったのー?」

 

((そう思うんなら気付けや……))

 

と、思いつつも声に出さない。

 

「それならお姉ちゃんも連れてってよ!ほら、色々買ってきてほしいものもあるし!」

 

「はいはいわーったよ。買ってくりゃいいんだろ」

 

いつの間にか、奏も慶の性格を完コピしていた。

 

「じゃ、よろしくね!」

 

そのまま三人でお出掛けした。

 

「で、どうする?どこ行く?」

 

「任せるわ。私は二人の買い物のお手伝いだから」

 

「はっ、やな姉貴だ」

 

奏はそう吐き棄てると、唾を吐いた。

 

(もう完全に俺マスターしてんなあいつ)

 

と、思いつつも慶は言った。

 

「まぁそう言わないの。それよりどうする?せっかくだからお互いバラバラに買い物しちゃう?」

 

「その前に、二人にお話があるんだけど」

 

葵が言うと、二人は「?」って感じで振り返った。

 

「二人は、入れ替わってるの?」

 

「「えっ?」」

 

 



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65話

 

 

はい、バレてたので事情を説明した。

 

「……なるほどねぇ」

 

「ってか、気付いてたんならなんで言わなかったんだよ」

 

慶がジト目で聞いた。

 

「いえ……最初は本当に言い逃れだと思ってたから……だけど、なんか二人の様子が変だなぁって思って、だけどこういうことって確信を持ってから聞かないと万が一違ったとき恥ずかしいでしょ?それで、確信が持てるまで聞かなかったんだけど……昨日、二人の部屋の前を通った時、たまたまそんな会話が聞こえてね……」

 

「そりゃ助かる。そういうこった。もう一ヶ月このままだぜ?」

 

「そうねぇ……とりあえず二人一緒にトラックで跳ねてみる?」

 

「トラックの運転手にも迷惑かかるし、今回も無事で済むとは思えねぇだろ」

 

「そうよねぇ……。でも、奏はもう卒業でしょ?」

 

「問題ない。冬休み前の期末は俺ちゃんと満点取ってやったしな」

 

「すごいわねあなた……」

 

「わ、私も満点取ったわよ?」

 

「お前は当たり前だろ。むしろ留年したような感覚はどうだった?」

 

「つまんないわよ……。クラスメートも知らない人多くて話し合わせるのが大変だったわ。でも体育の時間は楽しかったわね。体がいつもより軽くて」

 

「そういえば奏。お前の成績表とりあえずオール5にしといたから。あとでなんか奢れよ」

 

「私になってる間に散々能力使ったのでチャラよ」

 

「お前の場合は内部進学前の重要な成績表だろうが」

 

「デンドロビウム3万円なんだけど?」

 

「ぐっ……!」

 

「あの、その辺にして」

 

葵が割って入った。

 

「とにかく、元に戻れる方法を探さないと」

 

「いや、なんかもうどうでもよくなってきたんだよね」

 

慶が言うと、他の二人は「はぁ?」と声を揃えて言ってきた。

 

「なんかもう慣れてきた。仕方ない気がしてきた。別に俺は奏の身体でも不自由しないし、問題もない。だから……」

 

と、話してるとプップゥーっと音がした。後ろを振り向くと、トラックが来ていた。

 

「「「えっ」」」

 

ゴガッと跳ねられた。

 

 

 

 

病院。

 

「奇跡ですね。奏様が庇っていなかったら皆さん全滅ですよ。まぁ運もありましたと思いますけど……。それでも無事でよかったです。念のため一週間は安静にお願いしますね」

 

「「「分かりました」」」

 

三人は声を揃えて言うと、病院から出た。

 

「ィィイイヤッホォォォォウッッ‼︎‼︎」

 

瞬間、慶の身体の慶が跳ね上がった。

 

「もぉどったぁ‼︎いやったぜぇ!ィィイイヤァァァホォォォォウゥッッ‼︎‼︎‼︎」

 

そのまま暴れてると、慶の肩を2人がつかんだ。

 

「「なんで諦めかけてたあんたが戻るのよッッ‼︎‼︎」」

 

二人は怒鳴る。

 

「えっ?なんで?お前戻ってな……あっ(察し)」

 

つまり、葵と奏が入れ替わったのだった。

 

「まっ、人生諦めが肝心なのよ!君たちもさっさと諦めることだね!ハァーッハッハッハッ‼︎」

 

そのまま去ろうとしたが、掴んだ手に力を入れる葵と奏。

 

「「解決まであんたにも付き合ってもらうわよ」」

 

この後、なんか戻った。

 

 




結局、そんなに濃い話になりませんでした。
なんかすみません。次はもう少し考えてからやろうと思います(今更感)。


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66話

 

正月。家族で温泉旅行に行った。

 

「旅館貸切なんてよかったのかなぁ」

 

「そうでもしないと誰かさんがくつろげないからねー」

 

「しゅびばしぇん……」

 

茜の呟きに奏がツッコむと、涙目で申し訳なさそうに謝る茜。で、体を流して女子は湯船に浸かった。

 

「はぁ〜♪カメラもないみたいだし天国だぁ」

 

「ここにカメラあったら問題でしょ……」

 

「安心しろ。ここはプレハブじゃない。本物の旅館だ」

 

修が言った。

 

「別にプレハブ小屋だっていいけどさ……」

 

だが、その次の言葉が出ない。声が明らかに低かったからだ。で、ザパァッと上がる。

 

「って、なんで修ちゃんがいるのっ⁉︎」

 

胸を隠しながら思わず温泉から上がった。

 

「こ、ここ…ここって混浴⁉︎」

 

「いやちがう」

 

「え⁉︎じゃあ男湯だった⁉︎」

 

「いや、それも違う」

 

で、修は目を開いて言った。

 

「俺たちが間違えた」

 

「出てけ!」

 

修に向かって茜は桶を投げようとした。

 

「ま、待って。俺たち……?」

 

葵がそう呟くとその隣に誰かが湯に入った。

 

「ふぅ〜……疲れたぁ……」

 

「け、慶⁉︎どうしてここに⁉︎」

 

「あ?葵?なんでここに?」

 

「こっちの台詞よ!」

 

「慶、ここは女湯みたいだ」

 

修が落ち着いて言った。

 

「なんか豪快な覗きになっちまったな」

 

「そーだな」

 

「いいから出て行きなさいよ!」

 

茜が吠えるも無視。

 

「け、けーちゃん!」

 

桶とタオルで身体を隠した岬が声をかけてきた。

 

「も、もしかして……遥もいるの?」

 

「ああ、サウナにいるんじゃないか?」

 

その瞬間、サウナに突撃していく岬。数秒後、遥の悲鳴が聞こえた。遥も大変なんだなぁーっと慶が心にもないことをしみじみ思ってると、くいっと誰かに引っ張られた。見下ろすと、栞がタオルも巻かずに慶を見ていた。

 

「お兄様、一緒に入ろ?」

 

「OK」

 

メチャクチャいい顔で即答する慶。その慶をジト目で睨む茜、奏、葵。

 

「シスコン」

 

「ヘンタイ」

 

「ハンザイ」

 

「おい待て最後の。どういう意味だコラ」

 

「お兄様、はやく、あっち」

 

反論はしたものの、栞に急かされてすぐにまたシスコンの顔に戻って栞の後を追った。

 

「つーか奏。お前意外と動じないのな」

 

修が言うと、「どういう意味よ?」と言った顔で聞いてきた。

 

「いやほら、茜みたいに慌てるとかそういうの無くて意外だったってだけだ」

 

「あーそれは……いろいろあって……」

 

全裸を見る見られるどころかお互いの体を交換までしたのだ。そりゃ慣れるだろう。

 

「まさか…お前、BLもののエロ本とか……」

 

「違う!」

 

そのやり取りを見ながら、葵は終始ニコニコしていた。

 

 

 

 

旅館に入る前にクジで決めた部屋割り通りに部屋に泊まる一同。

 

1、パパ、ママ、輝

2、葵、奏、修

3、茜、岬、遥

4、慶、光、栞

 

(俺も死んでもいいや)

 

割と本気でそう思った慶だった。

 

 



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67話

訂正してくださった方、ありがとうございます


 

部屋割り通りに部屋に分かれ、慶は心がぴょんぴょんしていた。

 

「さぁー栞。こっちゃ来い来い」

 

「んっ」

 

で、栞は慶の膝の上に座った。

 

「よーしよしよしっ。良い子だなー栞は」

 

頭をワシャワシャと撫でまくる。

 

「んっ、きもちいっ」

 

すると、光が慶の膝の上に座ってきた。

 

「おっ、どした?」

 

「あ、あたしも!中学に上がってからはやってくれないんでしょ?」

 

「光……お前、満点……。中学入ってからでもやってやるから結婚しよう」

 

「だめ!お兄様とけっこんするのは栞!」

 

「ふおおおおおおお!」

 

思わず鼻血が出そうになる慶。その時だ。ガラッとドアが開いた。

 

「けーちゃん!みんなでトランプ……」

 

岬だった。が、その顔面に枕が減り込んだ。

 

「死ね!出てけ!邪魔すんな!」

 

ブフォッと断末魔をあげてぶっ倒れる岬。

 

「ったく……邪魔しおってからに……」

 

「トランプ⁉︎あたしもやりたい!」

 

「えっ」

 

光が立ち上がった。

 

「行こ?栞」

 

「うんっ」

 

仕方ないので慶もあとに続いた。

 

 

 

 

茜、岬、遥の部屋。

 

「で、何やんの?」

 

「大富豪!」

 

茜が元気良く答えた。

 

「OK。ボコボコにしてやるよ。どーせなら金賭けようぜ」

 

「だ、だめだよ!葵お姉ちゃんとかにバレたら怒られるよ⁉︎」

 

「バレなきゃいいんだよ。あ、もちろん栞と光の分は俺が出してやるからなー」

 

「うーん……どうする遥?」

 

「僕は構わないよ。慶兄さんには勝てないけど、僕の能力があれば負けはないからね」

 

「遥がいいなら私も……」

 

岬も賛成した。まぁ大富豪での金の掛け方なんて知らないし、あるかどうかも分からないので、みんなで100円ずつ出してくみたいな感じだ。

で、案の定、栞か光が毎回1位になり、慶、遥、茜か岬という順番になった。理由はもちろん、慶が二人を勝たせてるからだ。

 

「………なんかもうやめよう」

 

「えーなんで⁉︎儲かってたのに!」

 

遥の台詞に光が絶望的な声を上げるが、そりゃ完全にゲームをコントロールされちゃ周りはつまらなくなるもんだ。

 

「それよりさ、枕投げやろ!枕投げ!」

 

「「やだよ」」

 

岬が元気よく手を上げたのに対して、遥と慶が冷たく断った。

 

「なんでよー!」

 

「疲れるもん」

 

「そうだよお前。大体、枕投げやって旅館のどっかぶっ壊して母親にメチャクチャ怒られた5年前の夏を思い出せ」

 

「あー……確かにあれはやばかったねー……」

 

茜も思い出したように言った。その時だ。茜の顔面にボフッと枕が直撃した。岬が投げたのだ。

 

「ちょっ……岬!何するの⁉︎」

 

「えいっ!」

 

まったく話を聞かずに岬はさらに遥に投枕。が、ギリギリ躱した。

 

「あっぶな!岬!僕はやらないって言っ……!」

 

と、言いかけた遥に光が投げた。今度は直撃した。

 

「はい、ハルくん負けぇ〜」

 

ずるりと落ちた枕の下から出てきた遥の顔は鬼の形相だった。

 

「上等だよ!やってやろうじゃないか!」

 

そのまま枕投げ大会開催!

 

「お前らほどほどにしとけよ〜」

 

と、慶は言いながら立ち上がった。巻き込まれないように部屋に帰るためだ。だが、その慶のお尻に枕が可愛くポスっと当たった。振り向くと、栞が悪戯っ子の顔で言った。

 

「けーちゃん、あうと」

 

「お、おいおい冗談キツイぜマイシスター。俺に枕投げを挑むなんてザクがクアンタに挑むようなもんだぜ」

 

だが、栞はニコニコしている。すると、慶の背中にポスッと枕が当たった。

 

「あ?」

 

振り返ると、光が立っていた。

 

「みんな!今こそけーちゃん倒すチャンスだよ!」

 

光の合図で五人はザッと並ぶ。それに慶は「ふはっ」と笑う。

 

「一応、確認しとくけど、命は全員一つずつでいいんだよな?」

 

「そだよ。ま、この人数に勝てるわけないけどね」

 

茜が自慢げに言った。

 

「はっ、五人?少な過ぎだろ、それじゃ」

 

その瞬間、遥の顔面に枕が減り込んだ。

 

「んなっ……⁉︎ま、まったくモーション無しで……⁉︎」

 

「は、遥!」

 

思わず遥の方を振り返った茜と岬の間にいつの間にか慶は立っていた。

 

「「えっ」」

 

そして、スパパァンッ!と音を立てて二人に枕を叩きつけた。残り、光と栞のみとなった。が、圧倒的な慶の強さに二人は完全にビビってしまっている。

 

(ビビってる栞たんと光たん萌え)

 

と、思いつつ、慶は豪快に言い放った。

 

「ふはははっ!恐怖と後悔をするがいい!この俺に枕投げを挑んだことを後悔するがい………」

 

「何やってるの?」

 

ゾクっとする声が響いて、振り返ると葵が立っていた。

 

「あ、葵……」

 

「6人とも、分かるわよね?」

 

「「「ごめんなさい……」」」

 

気絶してる三人以外はとりあえず謝った。

 

 



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68話

 

 

温泉旅行から帰って数日。まだ冬休みが続く中、慶と茜はお城に呼び出された。

 

「と、いうわけで、お前たちにはヒーローショーをやってもらう」

 

父親に言われて二人は固まった。

 

「おい待て親父。どういうことだコラ」

 

「だから、遊園地でスカーレットブルームとナイトブルームのヒーローショーをやるってわけだ」

 

「なんで?は?なんで?」

 

「実は、遊園地の方から私に直接頼まれてな。『あなたなら、お二人の正体を知ってるでしょう』って」

 

それを聞いた瞬間、慶は悟った。

 

(茜にバレないようにするためか)

 

ジャミンググラスのせいで茜は周りに正体がばれてないことになってるが、もろバレてるので、こんな回りくどいことをしたのだ。

 

「ち、ちょっと待って!お父さんはなんでスカーレットブルームが私だって⁉︎」

 

「私は二人のパパだ。それくらい分かるよ」

 

で、ニヒッと笑う。

 

「お父さん……」

 

(うわあー。すっげえな……詐欺師の才能あるなこいつ……)

 

感動する茜と呆れる慶。

 

「まぁ、そういうわけだから、頼むぞ」

 

 

 

 

そんなわけで、自宅。リビング。

 

「ヒーローショー?」

 

「ああ。で、その脚本を考えたんだが……」

 

慶は葵に髪を数枚束ねたものを渡した。それをぺらっと捲り、中を見る葵。

 

悟空『俺は怒ったぞッ‼︎フリーザァァァッッ‼︎‼︎』

 

閉じた。

 

「最初からクライマックスじゃない!」

 

「いいだろ別に」

 

「ていうか悟空って何⁉︎スカーレットブルームの話じゃないの⁉︎」

 

「だから言ったじゃんけーちゃん。だめだって」

 

茜がため息をついて言った。

 

「やっぱりかー……てなわけで葵、なんとかしてくれ」

 

「うーん……なんで私なのよ……」

 

「そりゃ、葵だからじゃね?なぁ茜」

 

「うん。葵お姉ちゃんならなんとかしてくれるかなーって思って」

 

「最初から頼る気満々だったわけね……。まぁいいわ」

 

「あっ、ちなみにナイトブルームとスカーレットブルームの設定はこれな」

 

シュッと慶が新しい紙を出した。

 

『ナイトブルーム(18)

姉の葵をフリーザに殺された怒りと薄ら笑いによって目覚めた覚醒戦士。右手から放つ暗黒魔導砲は太陽系を破滅させる。

必殺技:→+↓+AorB暗黒魔導砲

A+B+Cバーストモード解放

武器:金属バットと木刀』

 

閉じた。で、震えた声で聞いた。

 

「や、あの、なんで?なんで格ゲー風?」

 

「や、なんか作ってる間に楽しくなっちゃって……」

 

「ていうかなんで私死んでるの?あと薄ら笑いって何?それから武器が親近感あり過ぎよ。あとその暗黒魔導砲っていうの、是非とも見てみたいんだけど」

 

「なんだよ文句ばっか言いやがって。いいだろ別に」

 

「駄目よ」

 

「ちなみにコッチが茜の奴な」

 

『スカーレットブルーム(18)

君がスカーレットブルームだ!』

 

「しかもテキトーじゃない!」

 

「けーちゃん!カッコいいのって言ったじゃん!」

 

今度は二人でキレた。

 

「どう?」

 

「よく聞けるわねあなた!」

 

で、葵はため息をつくと言った。

 

「はぁ……まぁ、このままじゃヒーローショーにならないわね。みんなで考えましょう」

 

てなわけで、会議開始。

 

 



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69話

 

 

 

そんなわけで、ヒーローショー会議。いつの間にか、高校生以上全員+遥が参加していた。葵によって6人にはルーズリーフが配られている。

 

「誰か案はある人〜?」

 

葵が全員に声をかける。それに茜が言った。

 

「あ、あまり私は目立たない奴で……」

 

「駄目よ」

 

一発で一蹴する奏。

 

「なんでよ!」

 

「あんたと慶が主役でしょ?目立たない主役なんて黒バスくらいしかありえないわ」

 

「むぅ……そ、それはそうだけど……」

 

「とにかく、どんな話にすればいいかを書けばいいんだろ?」

 

「ええそうよ」

 

修はそう確認すると、ルーズリーフにスラスラと何かを書き出した。

 

「こんな感じのタイトルでどうだ?」

 

『無気力クーデター』

 

「却下」

 

弾く奏。

 

「そんなどっかで聞いたことあるような曲のタイトルダメよ」

 

「お前よく曲のタイトルって分かったな……。俺はこの前、慶がニコ動で聞いてたのをたまたま見かけただけだけど」

 

「わ、私もニコ動で見たのよ!」

 

「………ああ。なるほど。慶の趣味と合わせたかっ……」

 

言いかけた修の頬をシャーペンが掠めた。無論、奏が犯人だ。

 

「お兄様?」

 

「や、ごめん」

 

「じゃあこんなのは?」

 

茜が出したルーズリーフ。

 

『薄命のナイトブルーム』

 

「だからダメだってば」

 

奏が拒否した。

 

「どうして⁉︎」

 

「何ちゃっかり自分を主人公から外してんのよ。ていうか慶が死んじゃってるし」

 

「こんなのは?」

 

遥がルーズリーフを見せた。

 

『ダブルブルームの誕生』

 

「悪くは無いけど……恥ずかしがり屋を治すためにやるっていうのが真実よ?」

 

「そこはほら、なんか脚色付けて……」

 

「どちらにしろ、長過ぎるのはダメよ。30分で終わらせなきゃいけないんだから」

 

言われて、「なるほど……」と顎に手を当てる遥。奏はジロリと慶をみた。

 

「ていうか慶。あんたはなんかないの?」

 

「おっと奏さん会話したいがためにわざわざ意見を求めるフリなんてしなくても……」

 

言いかけた修にシャーペンが突き刺さり、ドロリと血が広がった。

 

「で、慶。あんたなんかないの?」

 

「んっ」

 

ルーズリーフを見せる慶。そこにはシスター服の栞に学生服の慶が描かれていて、タイトルは『とある王族の物体会話』と書かれていた。

 

「今の短時間でそこまで描き込んだの⁉︎ていうかなんで栞がいるのよ!しかもちゃっかり自分ヒーローにしてるし!」

 

「その幻想をぶち殺す!」

 

「あんたの幻想をぶち殺したい!ついでにあんたもブチ殺したい!」

 

で、奏は葵を見た。

 

「なんか言ってあげてよ葵姉さん!」

 

「うーん……。そうねぇ、とりあえず真面目にやらないとみんな罰ゲームでどうかしら?」

 

「と、言うと?」

 

「それは……じゃあくじにしよっか。みんなで罰ゲーム書いて、それを箱に入れるの」

 

「それで私のツッコミが減るならそれでいいわね」

 

「ま、そういうわけだからみんな。真面目にね」

 

葵の一言で、ようやく会議が始まった。

 

 

 

 

箱が完成し、会議開始。

 

「じゃ、とりあえず確認するね」

 

葵の一言で全員が頷いた。

 

「狙いは小学生低学年以下の子供ってことだから、簡単なヒーロー物。悪者を茜と慶がやっつけていくタイプね」

 

それにも頷く5人。

 

「問題はその脚本だけど……何か意見ある人?」

 

「はいっ!」

 

手を元気よく上げたのは茜。

 

「とにかく私を目立たないように!」

 

「はい罰ゲーム」

 

「な、なんで⁉︎」

 

慶の冷酷な制裁に声を上げる茜。

 

「それはさっきだめだって言ったろうが。これは舐めた発言としか取れないよね」

 

「うっ……!」

 

「はいみんな判決は?」

 

慶が聞くと、全員が顔を伏せた。

 

「死刑だな。ほら、引け」

 

「ううっ……わ、分かりましたよー……」

 

箱から紙を一枚抜く茜。

 

『公開ディープキス』

 

「何よこれ!」

 

速攻で紙を机に叩きつける茜。

 

「誰よこれが書いたの!」

 

全員に気付かれないように顔を伏せる奏。どうやら、慶に引かせるつもりだったらしい。

 

「で、誰と?」

 

「茜が決めちまっていいんじゃないか?」

 

「そこの長男次男!勝手に話進めないでよ!まだやるなんて……!」

 

「ダメだろ。罰ゲームだし」

 

「そうだぞ茜。やると言ったからにはやらなきゃな」

 

「うう……」

 

で、茜はチラッと葵を見た。

 

「お姉ちゃん……」

 

「わ、私?」

 

「お願い…………」

 

「う、うんっ………」

 

そのまま二人は顔を赤くしながら顔を近付ける。修と慶以外も顔を赤くしていた。そして、口と口がくっ付いた瞬間、パシャッと音がした。携帯を構えた慶の姿があった。

 

「っし、激写」

 

その瞬間、葵と茜からプッツンと音がした。

 

「「慶、ちょっとこっち来なさい」」

 

「えっ?いやちょっ……たんま。ごめっ……ねぇ、聞いてる?ごめん!ごめんってば!てかごめんなさ……」

 

結局、話が進まなくなるので罰ゲームはなくなった。

 

 



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70話

 

 

 

「………ふぅ、こんなものね」

 

葵が息をつく。だいたいの流れは出来てきた。まぁよくあるショーにして、司会のお姉さん(葵)が挨拶してると敵の修と遥と愉快な仲間たち(岬's)が現れて観客を浚う。そこでブルーム二人が現れて周りをギッタギタにする。そこでラスボス(奏)が巨大モンスターを連れて登場し、苦戦しながらも戦うというものだった。

 

「問題は、奏の巨大モンスターよね。未知の生き物を作るわけにもいかないし……」

 

「そうだね。お金も掛かるし」

 

と、葵、遥と言った。

 

「いやいやいや、生き物に金はかからんだろ。ほら、命はお金じゃ買えないし」

 

「それそういう意味じゃ無いわよ」

 

呆れたように奏がツッコむ。

 

「じゃあロボでもいんじゃね?」

 

「そんなのいくら掛かるのよ」

 

「バッカお前そこはおもちゃのロボとか俺たちのこのジャミンググラス(笑)のレプリカも作って現地限定で売れば金にもなるだろうが」

 

「なるほど……」

 

「こうやって商売は成立すんだよ」

 

「じゃあそれでいきましょうか」

 

そんなわけで、決定した。

 

 

 

 

ヒーローショー当日。客席には栞や輝、光(引率なので中学生)の姿も見える。

 

「うーわ……なんでいるんだよ……」

 

ステージ傍でその様子を見ている慶。

 

「コラ」

 

その慶の頭にチョップする茜。

 

「サボってないで準備手伝いなさいよ」

 

「わーってるよ赤毛ババァ」

 

「双子でしょうが!それにそろそろ始まるわよ」

 

そう言う通り、葵がステージの真ん中に立つ。

 

「みなさーん!こんにちはー!」

 

『こんにちはー!』

 

と、声が上がる。そのまま葵は挨拶的なものを始める。その時だ。

 

「ハーッハッハッハッ‼︎」

 

高笑いとともに降りてきたのは変な仮面に黒マントの男(修)と、白衣にミニスカートの女(遥)と、全身タイツの8人(岬、内1人は鼻血出てる)だった。

 

「この桜遊園地は我々、沙九羅駄団がいただく!」

 

一言一言発するたびに変なポーズを取る修を見ながら、「ノリノリだな……」と、輝以外の家族が思ったのは言うまでもない。

 

「さて、そのためにはまず子供たちを浚うとしましょう!」

 

遥はそう言うと、客席に向かおうとした。その前に立ちはだかる岬(鼻血)。

 

「私をさらって!」

 

言った瞬間、ステージ傍から飛んできた石が頭に直撃し、気絶して放置された。

 

「さて、どの子にしましょうか……」

 

(とは言ったものの……知らない子はなんとなく連れていきずらいんだよなぁ……かと言って王族をさらうと贔屓だのなんだのなりそうだし……ていうか輝に能力使われそうで怖いし……)

 

若干、困った表情を浮かべながらも辺りを見回すと、見覚えのある女の子を見かけた。

 

(あれは……確か光の友達の子だったな……)

 

そう思い出すと、その子のところへ向かった。

 

「貴様に決めましたよ!」

 

そう言いながら指をさすと、微笑みながら言った。本人的には邪悪な笑みを浮かべたつもりだったが、元々女っぽい顔立ちの遥の笑顔は爽やかにしか見えなかった。

 

「来てもらいますよ」

 

「は、はい……!」

 

(あとで光に遥様に彼女いるか聞いとかなきゃ……!)

 

明らかに喜ばれていた。色んな意味で。で、ステージの上。

 

「みんなー!ダブルブルームを呼んでー!せーのっ!」

 

の、声に合わせて子供達は息を大きく吸い込んだ。

 

『ダブルスカーレットー!』

 

「もっと大きな声で!」

 

『ダブルスカーレットー!』

 

呼ばれた瞬間、バッ!とステージの上の方から音がした。そして、シュバッ!と二人の女性がステージに降り立つ。と、思ったらスカーレットブルームが言った。

 

「答えよナイト!流派!」

 

「東方不敗は!」

 

「「王者の風よ!」」

 

「全新」

 

「系裂」

 

「「天破狭乱!」」

 

「「見よ!東方は、赤く燃えているゥゥウウウウッッ‼︎‼︎」」

 

そして、ステージの後ろのほうが爆発した。

 

 



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71話

 

 

 

「スカーレットブルームにナイトブルームだと?面白い!我ら『黒い黒マント』と『白い白衣』の前に朽ち果てるがいい!」

 

また一言一言言うたびに変なポーズをとる修……黒い黒マント。

 

「朽ち果てるのはあなた達よ!この世界はあなた達なんかに渡さない!」

 

スカーレットブルームがそう言うと、白い白衣が言った。

 

「面白いですね!ならばまずはあなた達から始末してあげましょう!かかって来なさ……」

 

「ホワチャアァッ!」

 

「ゴッファアッ!」

 

ナイトブルームの飛び膝蹴りが白い白衣の顔面に諸に入り、鼻血を噴射しながらステージの傍に突っ込んだ。

 

「んなっ……⁉︎」

 

素の声が黒い黒マントから漏れる。その黒い黒マントにナイトブルームは邪悪な笑顔を浮かべて言った。

 

「先手必勝」

 

「ひ、卑怯な!行け!桃色のピンクタイツ軍団!」

 

黒い黒マントの命令でナイトブルームに飛び掛かる桃色のピンクタイツ軍団(岬軍団)。だが、ほとんどがフルボッコにされている。それをゲンナリした表情で眺めている黒い黒マントに葵が言った。

 

「ちょっと修。なんとかしなさいよ」

 

「オイオイ冗談だろ。見ろよあの顔。完全に悪役の顔だよ。完全にお楽しみモードだろうが」

 

「いや、行かないと岬達が全員死んじゃうわよ。子供達も幸い盛り上がってるし、あなたなら瞬間移動があるじゃない」

 

「……………」

 

「お願い。あの中に飛び込むのが嫌なら茜の方に行けばいいしさ。というか慶の気が引ければいいからさ」

 

「………わかったよ」

 

そんなわけで、黒い黒マントは瞬間移動を使った。

 

「スカーレットブルーム!貴様の相手は俺がしてやろう!」

 

言いながらスカーレットブルームの背後を取った。

 

「修ちゃん助かっ……!じゃないや、かかって来なさい!黒い黒マント!」

 

一瞬、本音が漏れたがスカーレットブルームは身構えた。で、お互いの拳が交差する。あ、もちろん寸止めな。だが、その二人に岬の分身が一人飛び込んできた。ナイトブルームが投げ付けたのだった。

 

「! 大丈夫かスカーレットブルーム!」

 

言いながら駆け寄るナイトブルーム。そして、茜を抱き抱えた。

 

「いや、私はけーちゃんに……」

 

「おのれ、卑怯者どもめ!」

 

「いや卑怯なのはナイトブルー……」

 

「お前の仇は俺が討つ!」

 

「なら切腹でもなんでもして」

 

なんてやってる時だ。

 

「ハーッハッハッハッ!」

 

高らかなのに乾笑いが聞こえた。見ると、目から嫉妬ビームをスカーレットブルームに飛ばしてる奏……黒きホワイトタイガー・奏が立っていた。

 

「! お、お前は……!」

 

「殺す」

 

「台詞端折り過ぎだろ!」

 

だが、奏は間髪入れずに5mくらいのロボットを呼び出した。右手にドリル、左手にチェーンソーを持ったロボだ。

 

「な、なんか……あれ本物っぽいんだけど……」

 

「気のせいよ。行きなさいブルームデストロイヤー!」

 

キュウィィィィイイインッッ‼︎と音を立ててドリルがナイトブルームに迫る。スカーレットブルームを抱えて後ろに躱す。ドリルはステージにデッカい穴を開けた。

 

「明らかに本物じゃねぇかァァァッ‼︎‼︎」

 

「この世界は私のものよ!」

 

「ほんっっっとに世界制服でもする気かお前は!」

 

で、ナイトブルームは武器である金属バットを取り出した。

 

「おいスカーレットブルーム!あいつヤバい。力を貸せ!」

 

「なっ、なんでカナちゃん本物出してんの……?」

 

「愛が重いだけだよ!」

 

「自覚してたんだ……」

 

そんなわけで、ダブルブルームは応戦を開始した。スカーレットブルームは飛び上がり、ナイトブルームは金属バットを構えて突撃。

 

「スカーレットブルーム!武器は俺が引きつける!その隙に得意のグラヴィティ・ブラストでぶっ壊せ!」

 

「了解!」

 

で、ナイトブルームに向かってくるドリルとチェーンソー。それを金属バットで弾く。

 

「ナメんなッ!」

 

ギィンッギィンッ!と鈍くて鋭い音が響く。どっちだよ。その時だ。ロボの腹からハンマーが出てきた。それがグオォォォッッとナイトスカーレットに向かってくる。

 

「ッ!」

 

ガードするも、ステージ傍にぶっ飛ばされた。

 

「! ナイトブルーム!」

 

司会の葵が声を漏らした。そして、ステージ傍に向かってドリルが伸びてくる。ドガァァアアアンッ!と何かが壊れる音がした。

 

「け、慶!」

 

素の声が響いた。今更、「やべっ、やりすぎた」と声を漏らす奏。すると、ガギンッという鈍い音と共にステージ傍から何かが回転しながら飛んで来た。ドリルの先端だった。そして、ステージ傍からナイトスカーレットがバットを担いで歩いてきた。

 

「あーびっくりした。流石に死ぬかと思った。あと奏、お前は後で殺す」

 

そして、再び突撃。すると、腹からハンマーが飛んできた。が、それを踏み台にして飛び上がり、チェーンソーをぶっ壊した。

 

「今だァァァ‼︎スカーレットブルームゥゥウウウウッッ‼︎‼︎」

 

「やぁぁあああああ‼︎」

 

ナイトブルームの声とともにスカーレットブルームはロボを持ち上げながら空中に舞い上がった。そして、地面に頭から叩きつけた。その瞬間、客席からすごい歓声が上がった。

ヒーローショーは大成功に終わった。

 

 

 

 

櫻田家。奏は葵と慶に泣くまで怒られた。

 

 



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72話

 

 

 

ある日、慶は寝ていた。その慶の腹の上に何かが落ちてきた。

 

「ゲッフォアッ!」

 

「起っきろー!」

 

光だった。

 

「ひ、光……親愛なる妹に起こしてもらうのは俺の夢だったが、もう少し穏やかに起こしてくれ……」

 

「ねぇ、お願いがあるの」

 

「なんだよ」

 

「実はさぁ、動物園に行きたくてねぇ〜」

 

「はぁ?なんでまた」

 

「虎の赤ちゃんが産まれたんだって!」

 

「それで?」

 

「見に行きたいの!」

 

「行けばいいじゃん。アイドルやって稼いでんだろ」

 

「お願い、お兄ちゃん」

 

「よし任せろ。交通費食費入場料お土産代全て俺が出してやる」

 

「ありがとう!栞と輝の分もお願いね!」

 

「へっ?ち、ちょっと待ってそれは聞いてな……」

 

「じゃ!明日よろしくね!」

 

そのまま出て行ってしまった。ちなみに財布の中には45円しかない。

 

「………さて、二度寝するか」

 

現実から逃げた。

 

 

 

 

「と、いうわけで葵お姉様。助けて下さい」

 

気が付けば土下座していた。

 

「なんで私なのよ……」

 

「そりゃあ、俺の3人の姉の中で一番頼れるからだろ」

 

「そ、そう……そうね」

 

ストレートに言われて少し顔を赤らめる葵。葵なのに。

 

「頼むよマジで。金は返すからさ」

 

「ていうか、そもそもどうしてお金ないのにOKしたのよ」

 

「俺が可愛い光の頼みを断れるわけないだろ」

 

「アホね……まぁ、お金返してくれるならいいわよ。行きましょう」

 

「いや、お前いらねーから金だけくんない?」

 

「………あんたぶっ殺されたいの?」

 

「や、冗談ですごめんなさい」

 

 

 

 

そんなわけで、翌日。五人は動物園へ。

 

「へっ?小学生以下入場料無料なの?」

 

慶がマヌケな声を上げた。

 

「なんだよ……じゃあ本当に葵いらなかったじゃん」

 

「電車代、誰が出したと思ってるの?」

 

「そ、そういやそうだったなー」

 

で、ご入園。

 

「すごーい!あそこ!猿!可愛い!」

 

「あっ、待ってください姉上ー!」

 

パタパタ走る光と追う輝。

 

「あんま離れんなよー。………ったく、はしゃぎやがって」

 

「あら、いいじゃない。子供だもん」

 

なんて慶と葵が話してると、慶の肩の上の栞が言った。

 

「なんか、今の会話、パパとママみたい……」

 

「うえっ⁉︎」

 

言われて顔を真っ赤にする葵。

 

「し、栞?き、兄弟で結婚すると思ってるの?」

 

「栞は、慶お兄様と結婚する」

 

「俺も栞と結婚する」

 

「なんか一度通報したほうが身のためみたいね……」

 

「それは勘弁してくれ、死んじゃうから社会的に」

 

「どうしよっかなー。………って、輝!余り遠くに行かないでね!光もちゃんと見てあげてて!」

 

慌てて二人のあとを追った。

 

「まっておにいさま!お猿さん見たい!」

 

「ああ?でもあいつら先に行っちゃってて……」

 

「いいわよ慶。二人は私が見てるから栞と一緒にゆっくり後から来て?」

 

「………いいのかよ」

 

「もちろん」

 

「なら、ゆっくり回るか栞」

 

「うんっ」

 

フヒヒ、栞たそと一緒に動物園デートとか死んでもいい。

 

「さて、栞。何処に行きたいー?」

 

「おさるさん」

 

「うんすぐそこだね。好きなだけ見てけ」

 

「うんっ」

 

と、まぁこんな感じで二人でデートを続けた。

 

 

 

 

数時間後、慶の携帯……略して慶帯にLINEが来た。

 

あおい『そろそろお昼にしましょう』

 

それだけ確認すると、慶は栞に言った。

 

「栞、そろそろ飯にしようだとよ」

 

「分かった」

 

そんなわけで、飯屋。モンハンコラボのつもりか、こんがり肉なんてものが売っていた。

 

「おーい、こっちこっちー!」

 

光の元気な声がして、ようやく合流した。

 

「さて、じゃあ何食う?俺が買ってきてやるよ」

 

「僕はこんがり肉がいいです!」

 

「あたしも!」

 

「私はハンバーガーでいいわよ」

 

「栞も、お子様ランチ」

 

「うぃっす。………一人じゃ無理だから誰か手伝って」

 

「じゃあ僕が手伝います!」

 

威勢良く手を挙げた輝と飯を買いに行った。

 

 



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73話

 

 

櫻田家。

 

「あれ?慶は?」

 

奏が聞くと、岬が答えた。

 

「けーちゃんなら動物園に行ったよ?」

 

「へ?誰と?」

 

「葵姉と光と輝と栞」

 

次の瞬間には奏はいなくなっていた。

 

 

 

 

昼飯が終わったあとはみんなで回る。すると、触れ合いコーナーなるものがあった。光の言ってた虎の赤ちゃんに触れるようだ。

 

「俺は行かないから、お前らだけで行って来いよ」

 

逃げようとする慶の腕を引っ張る光。

 

「どこに行くの?」

 

「あの、ほんと勘弁してもらえませんか?虎ってお前猫の上位互換みたいなもんでしょ?そんなもの触るってお前マリオがクリボーに触るようなモンだよ」

 

「大丈夫だよ。相手は子供だし」

 

「バッカお前子供の純粋さが一番怖いんだよ」

 

「もーけーちゃんめんどくさいなぁ……。栞」

 

光が呼ぶと、栞がキュッと慶の袖を握った。で、上目遣いで言った。

 

「お願い……お兄ちゃん……」

 

「よし行こうか」

 

出発した。

 

 

 

 

大量の人の列に並ぶ。輝やら光やら栞がしりとりとかして暇を潰してる中、慶は死刑宣告を待つような気分で立っていた。

 

「慶、大丈夫?」

 

葵が声をかける。

 

「へ、平気っす!」

 

「いや全然平気じゃなさそうなんだけど」

 

「大丈夫っす!自分元気っす!」

 

「ある意味元気良さそうね。でも無理は禁物よ?」

 

「うっす!」

 

「やっぱり大丈夫じゃなさそう……」

 

なんてやってると、ようやく櫻田家の番となった。周りが「葵様だ!」などとはしゃぐ中、順番に虎の赤ちゃんの頭を撫でていく。そして、慶の番になった。

 

「けーちゃん!頑張って!」

 

「兄様!頑張ってください!」

 

「お兄様……」

 

などと妹や弟からの声援をもらう中、慶が手を伸ばした時た。虎の赤ちゃんがピョンッと跳ねた。で、慶の頭の上に乗った。

 

「」

 

「」

 

「」

 

「」

 

全員が言葉を失う中、慶は恐る恐る口を開いた。

 

「………えっ、あれっ?何これ。あれっ?虎は?どこ行ったん?」

 

全員が慶の頭の上を指差す。

 

「は?何その指。どこに向いてんの?where?」

 

「あ、頭………」

 

葵に言われて慶は恐る恐る自分の頭に手を伸ばした。その瞬間、カプッと指がなんか暖かいものに挟まれた。所々尖っている。

 

「ありっ?指が……離れね……オラァッ!」

 

無理矢理、頭の上から指を引き抜くと、自分の中指に虎の赤ちゃんが噛み付いてぶら下がっていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「こ、こんにちは……」

 

後ろに倒れた。

 

 

 

 

気が付けば夕方になっていた。目を覚ますと、葵の背中の上だった。

 

「………ありっ?」

 

「起きた?」

 

「なんで俺背負われてんだっけ……」

 

「それは……覚えてない?」

 

「おう。さっぱり。なんで?」

 

「え、えっと……い、隕石が落ちてきて……」

 

「マジでか。なんでおんぶされてんの?」

 

「気絶しちゃったけど光達は回りたいって言うから、私がおんぶしてあげてたのよ。たまに輝が能力使って交代してくれたりしたけど」

 

「ふーん……なんか悪いな」

 

「そう思うなら降りてよ」

 

「やだ。このままのが楽」

 

言いながら葵の肩に顎を置く慶。

 

「まったく……甘えん坊なんだから……」

 

「おねーちゃーん」

 

「気持ち悪い」

 

「で、これどこに向かってるの?」

 

「動物園からでるとこ」

 

「なるほどな」

 

で、慶は3人に聞いた。

 

「おーいクソガキども。今日は楽しかったか?」

 

「はい!ライオンとか見れてすごく楽しかったです!」

 

輝が目をキラキラさせて言った。

 

「そうか。なら良かった」

 

「あたしはけーちゃんが寝ちゃってたからそーでもなかったー。まったく、虎の赤ちゃんに噛まれたくらいで……」

 

「あ?噛まれた?」

 

「光?」

 

ニコニコ笑顔で続きを言わせない葵。

 

「栞は?」

 

「楽しかった」

 

「なら良かったよ。いやマジで」

 

なんて話しながら動物園を出ようとする瞬間だ。

 

「慶?」

 

魔人ブウ並みのオーラを感じて振り返ると、奏が立っていた。

 

「何をしてるのかしら?」

 

「あ?帰るとこだけど?」

 

「その現状を聞いてるの」

 

「だから帰るんだってば。何言ってんだお前っつーかなんでここにいんだよ」

 

と、慶が言っても無駄だった。奏は笑顔で慶の首根っこを掴むと、葵から引っぺがした。

 

「行くわよ」

 

「あ?何処に」

 

「これから、私と動物園デート」

 

「はぁ?」

 

「私だけ不公平よね?いいわよね?」

 

「いいよ」

 

「ダメとは言わせ……えっ?」

 

「ほとんど寝てたから記憶おぼろげなんだわ。行こうぜ」

 

「そ、そう……」

 

思わぬ返答に戸惑う奏を捨て置いて、慶は葵に言った。

 

「そんなわけだから、行ってくる」

 

「遅くなる前に帰ってくるのよ」

 

「うーっす」

 

そのまま別れた。

 

 



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74話

 

 

慶は中学に来ていた。

 

「ったく……なんで俺がこんなこと……」

 

岬と遥の授業参観の親役で。慶の学校はあれ、なんか休みになったってことで。で、体育という事なので体育館にいる。もちろん、女子の方を見に。

 

「ねぇ、岬」

 

クラスメートが岬に声を掛けた。

 

「なに?」

 

「慶さん、だよね?仲良いの?」

 

「そーでもないよ。けーちゃんはパパの代理だし」

 

「でも普通、妹の授業参観なんか来てくれないよ?」

 

「まぁ、けーちゃんツンデレだからなぁ……」

 

「そうなの?」

 

「絶対そう。そんな気しかしない」

 

「………なんとなく分かるかも」

 

なんて話してる岬の後頭部にバスケットボールが直撃した。保護者の方から飛んできたようだ。

 

「だ、大丈夫岬⁉︎全然デレてないけど!」

 

「へ、へーきへーき。あれけーちゃんなりの愛情表現……」

 

と、呟いた所に二発目のバスケットボールが飛んできた。

 

 

 

 

で、終わって後片付け。何度も授業を邪魔した罰で慶も手伝わされていた。

 

「まったく……馬鹿だねけーちゃん」

 

「っせーよ。お前がツンデレだなんだ抜かすからだろうが」

 

「だからって普通邪魔しないから。ほら開いた」

 

岬が体育倉庫の鍵を開けて中に入る。

 

「とっつげきぃ〜!」

 

「きゃあっ!」

 

後ろからボールのカゴのあの台で突撃され、思わず転んでしまう岬。

 

「ちょっと何すんのよ!」

 

「いやごめん。力入っちゃった」

 

「わざとでしょ!突撃って言ってたもん!」

 

「まぁな」

 

「まったく……あれっ?」

 

「どした?」

 

「やだっ……服がどこかに引っかかって……」

 

「何やってんだよ…ったく……」

 

「けーちゃんのせいでしょ⁉︎」

 

すると、慶は岬の元へ歩く。

 

「へ?何?」

 

「どこが引っかかってんだ〜……?」

 

そんな事を呟きながら慶は岬の背中の辺りを覗き込む。

 

「ち、ちょっと、けーちゃん⁉︎」

 

「あーこれだこれだ。バレーボールのポールの引っかかるところに引っかかって……てか穴あいちゃってら」

 

「あ、穴⁉︎」

 

「今とってやるから……」

 

「ま、待って!触らないで!自分でやるから……!」

 

だが、慶は無視して外そうとする。その時だ。顔を真っ赤にした岬の蹴りが慶の腹にクリティカルした。

 

「触んないでってばぁーーーーッッ‼︎‼︎」

 

「グホッ⁉︎」

 

そのまま後ろのドアに突っ込む。

 

「いってぇな!何すんだよ!」

 

「触らないでって言ってるでしょ⁉︎」

 

「外してやろうとしてたんだろうが!その位置はお前とどかねぇだろ!」

 

「な、何を……!って、けーちゃんそれ何持ってるの?」

 

「あ?」

 

慶の手には白い布が握られていた。『櫻田』と刺繍入りの。そこでようやく自分の服が破れて半裸になってる事に気付いたようだ。

 

「き、キャアァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

その時だ。足音が体育倉庫の外から聞こえてきた。

 

「やばい……!」

 

自分は平気だが、岬は半裸。万が一生徒だったら見られるので急いで体育倉庫のドアを閉めた。で、慌てて岬の口を塞ぐ。

 

「………⁉︎」

 

「静かにしろ。半裸誰かに見られたいのか?」

 

「……………」

 

だが、この行動はダメだった。外から、ガチャッという鍵を閉める音がした。

 

「「………………えっ?」」

 

二人の思考はフリーズした。

 

 



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75話

 

 

 

体育倉庫に閉じ込められた。

 

「嘘おおおおおおおおッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

悲鳴をあげるように叫ぶ岬。

 

「なんでこうなるの!なんでこうなったの!なんでこうなんなきゃいけないの!最悪だよ!」

 

「ままま、落ち着けよ。俺が携帯で遥呼べば済む話だろ」

 

言いながら携帯を取り出す慶。だが、バッテリー切れ。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

二人に嫌な汗がドッと浮かぶ。

 

「だ、大丈夫だよ。お前この後体育館使うクラスだってあんだろ……」

 

「今のが6限だからもう誰も来ないよ」

 

「…………ぶ、部活やってるとことかあんだろうが」

 

「今日の放課後は体育館なんか使うみたいだから体育館使う部活はオフだよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「ヘルプ!ヘルプミィィイイイイイイ‼︎‼︎誰でもいいからこの重い扉を開放しろおおおおおおお‼︎‼︎」

 

「頼りなっ!もう少し冷静を保っててよ!」

 

「うるせぇ!どこか窓はないのか窓は!」

 

「ない」

 

「マジかよ………一応聞くけどお前携帯は?」

 

「教室よ」

 

「だよなぁ……」

 

「そもそもなんで充電切らしてんのよ」

 

「さっきまで白猫の協力バトルやってたから……」

 

「あんたは………」

 

「まぁ過去に理由なんて求めても仕方ねぇよ。未来に希望を探そう。とりあえず落ち着いてどこでもドアか通り抜けフープを探せ」

 

「あんたが落ち着けええええええ‼︎」

 

「未来に手を伸ばすって言ったろうが」

 

「何年先の未来⁉︎無限パンチでも届かないわよ!」

 

で、岬はため息をついた。

 

「はぁ……こんな時に遥がいてくれれば……」

 

「悪かったな。愛しの遥様じゃなくて。ブラコン」

 

「シスコンに言われたくないわよ!」

 

「馬鹿野郎!俺のシスコンは光と栞限定だ!」

 

「尚更危ないわよ!」

 

「まぁとにかく、ここから脱出する方法考えねーとな」

 

言いながら立ち上がる慶。すると、後ろから「くしゅんっ」とくしゃみの音が聞こえた。

 

「寒いのか?」

 

「忘れてたけど、体育着破けてるんだよねー……っくしゅ!」

 

「おら」

 

着ているコートを放る慶。

 

「風邪引かれると俺が葵に殺される」

 

「! あ、ありがと……。やっぱりツンデレだ」

 

「………やっぱそれ返せ」

 

「やーだよー」

 

ニヒッと笑う岬。それにイラッとしつつも慶はゴキゴキと両手を鳴らした。で、ドアを見る。

 

「あ、あの、けーちゃん?やめといたほうが……」

 

「やってみなきなわからんだろ」

 

「いや分かると思うけど……」

 

「オラァッ‼︎」

 

そのまま本気でドアを殴る慶。ゴッ‼︎と短く太い音が響き渡る。大きく凹んだものの、やはりドアは壊れなかった。それどころか、

 

「…………指折れた」

 

「だから言ったじゃない!」

 

「痛い……泣きそう……」

 

「そりゃ痛いわよ!こんなバカ久々に見たわ。とにかく、大人しくここで待ちましょう。明日になればまた部活やら体育やらあるでしょ」

 

「それもそうだけど……。でもここで何もしないのは俺のポリシーに反するわけで」

 

「どうでもいいわよあんたのポリシーなんか」

 

「まぁ、しばらくここで待ってるのもいいか。それより岬。バドミントンやろうぜ」

 

「今度は何⁉︎なんでそんな落ち着いてるの⁉︎」

 

「お前が落ち着けって言ったんだろ。暇だし寒いからやろって言ってんの」

 

「うー。別にいいけどさぁー」

 

そんなわけで、バドミントンをやる事になった。体育倉庫で。

 

 

 

 

5時間後、櫻田家。

 

「まだ帰ってきてないの?」

 

葵が言った。

 

「そう。けーちゃんも岬もいないんだよ」

 

「何かあったんじゃなーい?」

 

光がソファーの上でゴロゴロしながら言った。

 

「うーん……でも慶がいれば変な人に出会しても大丈夫だとは思うんだけど……」

 

「探してこようか?」

 

そう言ったのは修だ。

 

「うーん、そうね。お願いするわ」

 

「僕も行くよ。能力で探してみるよ」

 

遥も言った。

 

「別に慶兄さんはどうでもいいけど、岬は心配だから」

 

「そう。ならお願い」

 

「じゃ、行くぞ遥」

 

「うんっ」

 

そのまま二人は家を出た。

 

 

 

 

「予知だとこっちのはずなんだけど……」

 

と、遥と修が到着したのは中学だった。

 

「こんな所で何してんだあいつら」

 

「さ、さぁ………」

 

「もしかして、兄妹としての一線を越えたのかもな」

 

「ええっ⁉︎」

 

「冗談だ」

 

なんて話しながら進むこと数分、着いたのは体育倉庫の前だ。

 

「…………ますますやっちまってそうだな」

 

「そんなの僕は許さないよ!」

 

「や、だから冗談だって。とにかく、中の様子でも見よう」

 

修はそう言うと、遥と一緒に中に瞬間移動で中に入った。中では、

 

「1782!」

 

「1783!」

 

「1784!」

 

「1785!」

 

バドミントンをしてる二人の姿があった。

 

「…………何してんの」

 

「うおわあっ⁉︎」

 

急に声がかかって、思わずビクッとする慶。

 

「けーちゃん!前、前!」

 

「へっ?あっやべっ」

 

「あー終わっちゃったー……」

 

「終わっちゃったじゃなくて。何してんのって聞いてんの」

 

「や、体育倉庫に閉じ込められちまったからあったまるようにバドミントンやってたら思いの外熱中しちゃってな」

 

「1785回まで連続して出来るようになったよ!」

 

「「出来すぎだろ!」」

 

デュエットでツッコむ修と遥。

 

「ったくお前らは……ほら、早く帰るぞ」

 

「えーもーちょっとだけ。今なら2000回はいける気がする」

 

「葵姉さんに殺されても知らないからな」

 

「さて、帰る準備するか」

 

 



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76話

 

 

 

葵の部屋。

 

「王様って何すればいいのかな」

 

茜がベッドにゴロゴロしながら言った。

 

「ん〜、例えば国を守ったりとか?」

 

「それはわかるけど、なんだか漠然としてて……」

 

「そうだねぇ……。町の人たちと触れ合ってみたら何かつかめるんじゃないかな」

 

「ウゥッ……ちょっと外出てみようかな……ジャミンググラスもあることだし……」

 

(それしていくんだ……。ていうか、大丈夫かな……)

 

自分で言っておきながら葵は不安になっていた。だが、茜は出掛ける準備をしてしまっている。

 

(心配だなぁ……。うーん、こういう時は……)

 

で、葵は部屋を出て慶の元へ向かった。

 

「と、いうわけなんだけど、一緒に行ってあげられないかな?」

 

「やだ」

 

(ですよね……)

 

自分でもそう思う葵だった。だからこそ秘密兵器を用意してある。

 

「この前さ、栞と岬と茜と光と奏でカラオケ行ったのよね」

 

「あっそ。で?」

 

「その時にコスプレ衣装があったんだけど、これいる?」

 

葵が取り出したのは猫耳メイドの栞と光だった。その瞬間、鼻血を出しながら葵の手を握る慶。

 

「葵」

 

「な、何?」

 

「結婚しよう」

 

「取引成立ね?」

 

そんなわけで、慶と茜でお出かけである。

 

 

 

 

「悪いな。今日ジャンプの発売日なんだよ」

 

「ううん。少し不安だったもん」

 

念のため、ジャミンググラスを装着してる茜だった。慶は付けてない。

 

(しかしまぁ……見事に街の人は困ってんな……。そりゃそうか、茜のヒーローごっこにいつも気付いてないフリしてくれてっからな。………俺の時はあっさりニュースで報道しやがった癖に)

 

怒りをなんとか押さえ込んで慶は茜と共に歩いた。そして、バス停の椅子に座る。

 

「なに、バス乗んの?」

 

「うん」

 

(あー隣に座って新聞紙で顔隠してるオッさん、ドンマイ)

 

しかも、さらに悪い事に茜はそのオッさんに声をかけた。

 

「あの……」

 

「はいっ⁉︎」

 

「この国のいいところってなんだと思います?」

 

「うええっ⁉︎」

 

困った声を上げるオッさん。

 

(こ、これはどっちで対応すればいいんでしょうか……。「茜様」?「スカーレットブルーム」?いやしかし、慶様も一緒にいるし……って、慶様は眼鏡かけてないし!ど、どうすれば……)

 

と、グルグル思考を巡らせた結果、オッさんは逃げた。

 

「あ、あれ?なんで?」

 

「ゴメンなさい……オッさん……」

 

「? なんで謝ってるの?」

 

「お前のせいだタコ」

 

「た、タコ⁉︎」

 

 

 

 

で、バスで移動した先は土手だった。

 

「懐かしいな」

 

「うん。小さい頃はよくここで遊んでたよね。久し振りに橋の下でも覗いてみよ?」

 

「お好きにどーぞ」

 

そんなわけで、慶と茜は階段を降りて見てみた。そこには猫の親子がいた。

 

「まぁっ」

 

「嘘………」

 

明るい声を上げる茜と絶望的な声を出す慶。その時だ。

 

「フシャーッ‼︎」

 

威嚇する親猫。

 

「ひぃっ⁉︎」

 

「ごめんなさい許してくださいお金ならいくらでも払いますから見逃して食べないでお願い」

 

「土下座⁉︎」

 

泣いて謝る慶にオロオロする茜。その後ろから声が掛かった。

 

「ちょっと!何してるのよ!」

 

「「土下座」」

 

「はぁ?」

 

「べ、別に悪さしようとしてたわけじゃ……」

 

と、なんとか言い訳しようとする茜に、後ろからやって来た女の子はシッシッと追い払おうとする。

 

「知らない人が近付いたらケーカイするわよ。お母さんが子供を守ろうとするのは当たり前でしょ。そんなこともわからないの?」

 

「ごめんなさい許してくださいマタタビでもアラガミでも買ってきますから見逃してください動物ダメなんですほんと勘弁してください」

 

「あんたはいつまで土下座してんのよ!………って、慶様⁉︎」

 

「ご、ごめんね……けーちゃん、猫苦手だから……」

 

なんとか慶を落ち着かせると、自己紹介タイム。

 

「私は玉緒。こっちの妹は美緒。おねーさんは?」

 

ああ、どう答えるんだろ。スカーレットブルームとか?

 

「えっあっえっと、さ……佐藤花です……」

 

「ブフッ!」

 

本気かこのアホは。

 

「ふ〜ん……慶様の彼女?」

 

「ふええっ⁉︎ち、違うわよ!」

 

「じゃあ、なんでこんな所に一緒にいるのよ」

 

「え、えと……」

 

だめだ。完全にテンパってる。そう判断すると慶が言った。

 

「花と俺は幼馴染なんだよ。さっき偶然会ったから昔遊んでたところを回ってるところ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ああ」

 

「そうだ!慶様、私達のこと覚えてない?」

 

「あ?」

 

「ずーっと前なんですけど、私と美緒、助けてもらったんです。変な人に絡まれてる時に」

 

(あー……そういやそんな事あった気がしなくもない……)

 

地味に思い出してる慶。

 

「ああ、そういやそうだったな」

 

「あれから慶様のファンです!選挙頑張ってください!美緒も応援してます!」

 

「ち、ちょっと、おねえちゃん……」

 

「俺は王様にはならないけどな」

 

「「ええっ⁉︎」」

 

一発で一蹴した。

 

「俺は王なんて器じゃねーよ。応援するなら、そうだな。茜辺りに頼むわ」

 

「茜様……うーん……私の中では茜様は二番目なんですけどね……」

 

「その方が俺のためだし国のためだ。頼むよ」

 

慶はそう言いながら玉緒の頭を撫でた。

 

(あれ?今、けーちゃんはなんで私を勧めたんだろ……)

 

茜はそれを聞こうと声をかけようとしたが、その前に慶が口を開いた。

 

「それよか、猫の世話はいいのかよ」

 

「そうだった!慶様も手伝ってくれますか?」

 

「猫に触れる事以外の事ならいいよ」

 

「えー」

 

「俺に泣かれたいの?猫だけは本当無理」

 

「分かりました…」

 

そんなわけで、慶は茜と一緒にお皿を洗いに行く。

 

「しかし、あの2人見てると懐かしいね」

 

「あ?何が?」

 

「優しかった頃のカナちゃん。いや今も優しい時は優しいよ?」

 

「優しくねーよ。優しさと一番無縁の人物だろうが」

 

「優しいよ。けーちゃんには特に」

 

「あいつは俺の事大好きなだけだろ」

 

「自覚あったんだ……」

 

で、洗い終わった皿を玉緒と美緒の元へ届けた。

 

「ほい」

 

「ありがとうございます。……はい、ごはんだよー」

 

「お願いだからこっちに近付けないでね」

 

「大丈夫ですよ別に……」

 

「てか、それなら家で飼えばいいんじゃねーの?」

 

「お父さんが猫アレルギーなんです。だから、家じゃ飼えないの」

 

「ほー」

 

「でも、お父さんが稼いでくれでお金でこうしてあげられるから、それで十分です」

 

「………なるほどな」

 

(間接的にこの子のお父さんがこの猫ちゃんたちを守ってるんだね……)

 

茜がそう思った時だ。

 

「お姉さん、触ってみる?」

 

「えっ?」

 

「なんか触りたそうな顔してたから」

 

「じ、じゃあ……」

 

「茜、頼むからこっちに連れてくんなよ」

 

「分かってるよ」

 

なんてやりながら、猫に触れ合った。

 

 

 

 

数分後、

 

「そろそろ行くね」

 

茜が立ち上がった。慶も。

 

「も、もう行っちゃうんですか?」

 

「ああ。また来るよ」

 

「あ、あの!」

 

声をかけてきたのは美緒だった。

 

「わ、私も、頭撫でてくれませんか……?」

 

「あ?別にいいけど」

 

「お願いします」

 

で、頭を撫でてやった。

 

「ほい、猫の世話頑張れよ」

 

「は、はい!」

 

そのまま別れた。今は帰りのバスの中。

 

「で、どーだ?王様になってからやりたい事とか決まったか?」

 

「うん……。決まったよ」

 

「………ならよかったよ。ジャンプ奢れよ」

 

「いいよ。今日くらいは」

 

帰った。

 

 



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77話

 

 

 

「あ、飯係だ」

 

慶が声を漏らした。例によってあのくじである。

 

「はい!私、カレーがいい!」

 

茜が元気よく手を上げる。が、それをまったく無視して慶は栞の前に座った。

 

「栞は何がいい?お兄ちゃん、栞の食べたいもの作っちゃうぞー?」

 

「………私は、うーん……おさしみとカレーパン」

 

「はっ?か、カレーパン?」

 

「うんっ。この前テレビでね、インドの人はパンをカレーに付けて食べるんだって」

 

「ナンの事か?」

 

「たぶん……」

 

(カレーと刺身か……もっとも合わせちゃいけない組み合わせだなオイ)

 

「な、なぁ栞。どっちかじゃダメか?」

 

「りょうほう食べたいの!」

 

「OK任せろ。両方な」

 

「アホか」

 

後ろから修に頭をチョップされた。

 

「お前なぁ、それはダメな組み合わせだろ。どっちかにしろっての」

 

「……だってよ栞。どっちがいい?」

 

「やだ!りょうほう!」

 

「だってよ修お兄ちゃん」

 

「そもそもそんなにたくさん食べれないだろ」

 

「だってよ栞」

 

「たべられるもん!」

 

「だってよ修」

 

すると、葵が入ってきた。

 

「栞、両方欲張っても両方とも微妙な感じになるだけよ。ちゃんと選びましょう?」

 

「だってよ栞」

 

「あなたさっきからうるさい」

 

スパッと葵に言われて慶は黙った。

 

「う〜……じゃあ、どっちでもいい」

 

「へっ?」

 

「慶お兄様に任せる」

 

「えっ?お、おう……え?」

 

「栞、寝る」

 

そのままソファーの上で寝息を立て始めた。

 

「………段々我儘になってきた気がする」

 

「「お前(あんた)が甘やかすからね」」

 

「えっ?そなの?」

 

2人に声を揃えられて、思わず間抜けな声が出てしまった。

 

(…………にしても任せる、か。一番困るんだよなぁ。そんな時は遥に決めてもらおう)

 

そう決めると慶は遥の部屋に向かった。

 

 

 

 

「おーい遥。ちっといいカネ?」

 

中に入ると、岬と遥の間にカーテンが掛かっていた。

 

「遥。ちょっと予知してもらっていいか?」

 

「やだ」

 

「ダメ」

 

「やだにダメってなに⁉︎悪いけど僕、そんな気分じゃないよ」

 

「今日の晩飯に刺身カレー出されなくなかった答えろや」

 

「…………何の用?」

 

「いやー栞たんがご飯に刺身かナンが食べたいとか言い出しちゃうもんだから。どっちが栞が喜ぶカナ〜って、それで予知してくんない?」

 

「能力の無駄遣いもいいとこだろそれ……まぁいいや。それで出てってくれるなら」

 

「あくしろよ」

 

心底イラッとしつつも遥は予知した。

 

「…………ナンが78%、刺身が20%」

 

「残りの2%は?」

 

「ガララワニだって」

 

「捕獲レベル5か……いや、デッカいのは7か8だっけ?」

 

お礼だけ言って出て行こうとする慶。

 

「けーちゃん」

 

「あ?」

 

岬に声をかけられた。

 

「ちょっと、来て」

 

「あ?」

 

答える間も無く慶は岬に連れて行かれた。で、慶の部屋。

 

「なんだよ」

 

「遥と、喧嘩した……」

 

「あっそ。じゃ、俺飯作んなきゃだから」

 

「聞いてよー!」

 

「だって俺カンケーねーもん」

 

「むぅ……じゃあ、いい」

 

「冗談だよ。どした?」

 

「その……私は遥と一緒にアカ姉達の学校に行きたかったのに、遥が黙って全寮制の私立高校を受験してて……それで……」

 

「あっそ。残念だったな。じゃっ」

 

「待って!待ってよ!それだけなの⁉︎」

 

「ブラコンも大概にしろ。じゃっ」

 

「なーんーでーよー!分かった!iTunesカードでどう⁉︎」

 

「OK。お兄ちゃんに任せろ」

 

で、慶はとりあえず遥の部屋へ向かった。

 

 



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78話

 

 

 

「おーい遥ー。いるかー?いるよねー?愚問でしたごめんなさい」

 

わけのわからない挨拶と共に部屋に入った。

 

「おーいたいたぁ。遥、ちょっとお兄ちゃんとお話しようぜぃ」

 

「はぁ?今度は何?」

 

「とりあえず、嘘でもいいから岬に謝れ」

 

「……いきなり何?」

 

「そうすりゃ俺が岬にiTunesカード買ってもらえんだよ。謝るくらいいいだろ?カップラーメン作るよりはえーだろうが」

 

「やだよ」

 

「即答かよ。じゃあこうしよう。あいつが拗ねてるのを俺が何とかしてやるから、だからとりあえず謝れ」

 

「別に僕は岬に機嫌なおしてほしいなんて思ってないよ」

 

(………なかなか面倒だなコイツ。素直じゃないというかなんというか)

 

うへっとなる慶。

 

「あっそ。ならいい。仲直りしなくていいと?」

 

「うん。そもそも喧嘩してないし」

 

「了解。岬に『遥はもう一生お前と仲直りするつもりはない』って伝えておくよ」

 

「は、はぁ⁉︎誰もそんなこと言ってないだろ!」

 

「だってそういうことだろ?機嫌なおしてほしくないって事は、仮に今あいつがお前のこと嫌いとして、そのままでいいって言ってんだから」

 

「そ、それとこれとは違う!」

 

「じゃあ何?仲直りしたいの?」

 

「そ、それは……!」

 

「ハッキリしろよ櫻田〜お前なら言えるはずだ櫻田〜」

 

「お前も櫻田だろうが!」

 

キャラが段々ブレ始めた遥だった。で、ため息をつくと語り始めた。

 

「したくない事はないけど……」

 

「じゃ、謝れ」

 

「ねぇ、さっきからなんなの?何で僕が悪いことになってるの?」

 

「ぶっちゃけ言うとお前らの喧嘩なんて俺にとっちゃどーでもいんだよ。俺の目に映ってるのはiTunesカードだけだ」

 

「最低だね本当に……多分、櫻田家史上ダントツトップで屑だと思う」

 

「結構。だから、はよ謝れ」

 

「とりあえず話だけでも聞いてよ」

 

「断る」

 

「なんで⁉︎」

 

「ゴッドフェスが明日までなんだよ。さっさと終わらせたい」

 

「まだまだ猶予あるじゃねぇか!とりあえずiTunesカードから頭離せ!」

 

肩で息をする遥。

 

「で、なんで私立行くことにしたん?」

 

「聞いてくれるの?」

 

「聞いて欲しくないなら早く謝れ」

 

「い、言うよ。別に1人で暮らすのもいいかなって思っただけだよ」

 

「ふーん。本音は?」

 

「今のが本音」

 

「話聞くって言ってやったのに嘘ついちゃうのはダメだろ。俺に嘘つくなら声のトーンとか視線に気をつけろ」

 

「………このドチート野郎」

 

最早完全にキャラが定まってないが、遥は不機嫌そうに語り出した。

 

「いやなんだよ、岬と比べられるのが」

 

「あ?」

 

「双子ってこともあって、岬の能力も分裂だったから、僕も岬の分身みたいに思われることがあってさ」

 

「まぁな。顔似てるし。お前女っぽいし」

 

「それで、『遥は岬の分身の中で特にダメなやつ』とか言われたりして……そういうのが嫌なんだよ。だから……」

 

「安心しろ遥」

 

「何?」

 

「岬の分身の中で一番ダメなのは岬の本体だ」

 

「や、だからそういうことじゃなくてさ……。例え慶兄さんがそう思ってても他の人は違う。そういうのが嫌で僕は……」

 

「そんなん気にしなきゃいーじゃん」

 

「はぁ?」

 

「気持ちはわかるよ。俺は茜どころか兄弟全員と比べられてたから」

 

「どういう……」

 

聞こうと思ったところで踏みとどまった。兄弟の中でなぜか唯一能力を持たない兄のことを思ったのだ。

 

「だけど、所詮他人の評価だ。自分には関係ない。気にするだけ無駄だ。それに、自分の足りない部分は努力して他の部分で補えばいい。俺はそうしてきた」

 

言われて、遥はハッとした。慶が性格以外完璧超人になったのは能力がないからだと聞かされてきた。

 

「なんて、ガラでもない事話してみたりしてな。ちなみにお前が私立の高校行きたいならそれでいいんじゃねーの?男には旅立ちが必要だ」

 

「えっ?さ、賛成なの?」

 

「おう。ていうか、遥の決めたことに他人がグダグダ口出しすること自体、俺はどうかと思うけどな。じゃ、後は岬と2人でじっくりこってりもっさり話し合え」

 

そう言うと、慶は出て行った。数時間後の食卓では、いつものように、仲良く話す遥と岬の姿が見えた。

 

 



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79話

 

ある日。慶が競馬場で大負けした時、携帯がヴヴッと震えた。LINEが来ていた。

 

さっちゃん『暇なら、少し会えるかな?相談があるんだけど』

 

慶『今、競馬場だから。30分くらい掛かるけど』

 

さっちゃん『あれ?未成年じゃ無かった?』

 

慶『バレなきゃいんだよ。変装してるし』

 

ちなみに慶の服装はエゥーゴの制服だった。完全に変装のベクトルを間違っている。

 

さっちゃん『じゃあ、今すぐ来てくれる?』

 

慶『分かったよ。どこ?』

 

さっちゃん『いつもの喫茶店』

 

慶『うい』

 

返事だけすると、慶はバイクでぶっ飛ばした。

 

 

 

 

喫茶店に到着。

 

「よう、どーした?」

 

「その、相談があるの」

 

「はぁ」

 

「桜庭ライトって、知ってるわよね?」

 

「ああ。マイエンジェルだろ」

 

「あ?」

 

「や、なんでもない」

 

口が滑った。

 

「で、そのひか……夜神月がどうした?」

 

「その、引退、するみたいなの」

 

「ねぇよ」

 

「へ?」

 

慶は昨日の夜に光が楽しそうに自分が出てるテレビを見てるのを思い出しながら即答した。だが、正体は秘密にしてることを思い出した。

 

「あーいや、なんでもない。とにかくねぇから安心しろよ」

 

「な、なんでそんなことわかるの?」

 

「いつも見てるから」

 

「いつも見てる……?」

 

「あっ、いやなんでもない」

 

「ねぇ、けーくんってライトとどういう関係なの?」

 

いつの間にか、紗千子はものっそい形相で慶を睨んでいた。

 

「あっ、いや……えっと……し、知り合いだけど?」

 

「ただの知り合いでもアイドルといつも一緒にいられるわけないわよね?」

 

「や、それは……」

 

「ねぇ、どういう関係なの?」

 

目からハイライトが消えていた。

 

「え、えと……」

 

「もしかして、付き合ってるの?」

 

「何その神シチュエーション!」

 

また口が滑った。その瞬間、ガタッと紗千子は立ち上がった。

 

「もういい。さよなら」

 

「えっ、ちょっと何?えっ?何怒ってんの?」

 

「……………ばか」

 

そのまま紗千子は行ってしまった。

 

「………ごめん、光。お兄ちゃん余計なことしたかも」

 

 

 

 

紗千子はアイドルの事務所的なところに戻っている最中。

 

「最低………」

 

自虐的に言った。今思えば、まだ2人が付き合ってるかなんて分からないし、勝手に決め付けて呼び出しといて飛び出てきた。

 

「どうしよう……」

 

ため息をついて事務所的なものに戻った。

 

 

 

 

慶は家に戻った。

 

「てなわけで、なんで怒らせたのかさっぱりわかんねんだよ」

 

「あんたが悪いわね」

 

間髪入れずに葵に言われた。

 

「え?俺が悪いの?」

 

「10割とは言えないけどあなたが悪いわ」

 

「えぇ〜……なんでかさっぱり分からん……」

 

「まぁ分かれとも、謝りなさいとも言わないけど、少しは考えなさい。どうして怒ったのか」

 

それだけ言うと、慶は葵に部屋から締め出された。

 

 



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80話

 

 

考えろ、と言われて慶は部屋に篭って考え始めた。

 

「………そんなこと言われても、さっちゃんが俺のこと好きってこと以外思いつかねーんだけどなあ」

 

あっさりとゴールインした。

 

「………うーん、どうなんだろうな。いや、実際さっちゃん可愛いし、でもなぁ……彼女に、かぁ……。可愛いし、良い子だし……アリだとは思うんだけど……でもアイドル彼女だとデートとかできなそうだなぁ……」

 

しばらく考え込んだあと、彼女持ちに聞いてみることにした。

 

「と、いうわけだ。修、どうしたらいいと思う?」

 

「いや、好きにしろよ」

 

最もな答えが返ってきた。

 

「いいだろ、ケチケチすんなよリア充」

 

「いや、だから好きにしろって。お前がさっちゃんのことを好きなら付き合えばいいんじゃないの?」

 

「いや、好きっちゃ好きだけど……」

 

「なんか曖昧だな。その子とキスしたり手を繋いだり二人きりでどこか出掛けたりしたいかってことだよ」

 

「いや、向こうアイドルだからそんな暇ないと思うよ」

 

「例えだっての」

 

「うーん……そうだな……。あっ、そういえば修って佐藤さんとどこまでいったの?」

 

「ぶふっ!なんで俺の話になるんだよ!」

 

「いや、魔が差して。で、どうなの?」

 

「どこまでもなにも……健全なお付き合いをしてるんだ俺たちは」

 

「ふぅん……じゃあまだセ○クスしてないんだ?」

 

「してない!というかハッキリ言うな!」

 

「実際、健全な男子なら彼女に手くらい出すと思うよ俺は。ゴムつければ健全と言えるだろうしな」

 

「う、うるさい!」

 

「でもシたいと思ったことはあるんでそ?」

 

「そりゃあるよ」

 

「ならすればいいじゃん」

 

「そんな『そうだ、京都に行こう』みたいなのりでヤれるか!さっきの話の続きしないなら出てけよ!」

 

「えー。じゃあ出てく」

 

「何しに来たんだお前は!」

 

慶は出て行った。

数分後、奏が部屋に入ってきた。

 

「………修ちゃん」

 

「何?」

 

「さっき、慶と話してたことについて詳しく」

 

「あっ……」

 

当分、解放されないことを予期した。

 

 

 

 

翌日、アイドルの事務所。どうやって慶に謝ろうか、紗千子が考えてると、携帯が鳴った。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、さっちゃん?』

 

「け、けけけけーくん⁉︎何⁉︎」

 

なっ、ななななんで⁉︎と、内心怯えながらもなんとか平静を取り戻しつつ、聞いた。

 

「……ふぅ、何?」

 

『や、この前の件についてと、あと告白したいから今度時間取れるか?』

 

「え?うーん……来週の土曜日ならなんとか……」

 

『おk、じゃあその日に駅前で』

 

「分かった。じゃあ、またね」

 

そう言って、通話を切った。ふぅ……と、一息ついてから、紗千子は「ん?」と声を漏らした。

 

「あれ、さっき告白って言った?」

 

顔を真っ赤にして倒れた。

 

 



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81話

駅前。集められた紗千子は心臓をバックンバックン鳴らしながら待機していた。

 

(こ、告白って言ってたよね……?それってつまり告白は告白であって告白以外の何物でもないあの告白だよね?好きです、付き合ってくださいだよね?)

 

そう思うだけで顔が赤く染まっていった。

 

(うあー!どうしようどうしよう!いやいやいや、落ち着いてわたし。そもそも、愛の告白である可能性は高いけど、確定じゃない。というか、けーくんの場合はむしろ告白である可能性の方が低いよ。そうそう、どうせ「競馬で勝ちました〜」みたいな告白に決まってるわ。期待しちゃダメよ紗千子……)

 

自虐的に微笑みながらそんなことを思ってると、「おーい」と声が聞こえた。

 

「お待たせ。さっちゃん」

 

慶が奏を連れてやってきた。

 

「待ってないよ、けーくん」

 

予想していたからか、大したダメージはない。

 

「こんにちは。米澤さん」

 

「こ、こんにちは……」

 

「悪いな、どうしてもついてきたいとかほざくから仕方なく連れてきちまった」

 

「ううん。大丈夫だよ」

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

「何処へ?」

 

「え、どこって……あー何処行こっか。二人で落ち着いて話せるとこがいいんだけど……」

 

「ちょっと慶?私もいるんですけど?」

 

「黙ってろブラコン」

 

「ぶ、ぶぶぶブラコンじゃないし!」

 

奏の無理ある否定を完無視して、慶は言った。

 

「とりあえず、散歩しながらにしようか」

 

「うん。そだね」

 

 

 

 

そういうわけで、慶と紗千子は並んで歩き、その後ろで奏が二人の様子を見張るように歩いていた。

告白、というより慶が修に相談した内容を知っている奏は、自分がいるだけで告白を防げる、と思っているようだ。

 

(まさか、姉の前で告白なんてしないでしょ)

 

そのオーラを感じ取ってか、紗千子は実に居心地が悪そうなのだが、慶は一人だけ呑気に話し始めた。

 

「この前の件なんだけどさ、」

 

「え?う、うん」

 

「悪かったな」

 

「へっ⁉︎い、いやいやいや!悪いのは私だよ!自分で呼び出しておきながら、勝手に不貞腐れて帰っちゃったんだし」

 

「葵に怒られてさ、なんでさっちゃんが怒ったか考えてみたんだよね。そしたら、どう考えてもさっちゃんが俺のこと好きなんじゃねーのって結論しか出なくてさ」

 

「「ふぁっ⁉︎」」

 

紗千子と奏が声を漏らすも、無視して話を進めた。

 

「だから、もしそうだとしたら、本当に悪かったって思って」

 

「い、いいよそんな!別に気にしてないし!謝らないでよ!」

 

「や、でも」

 

「謝らないで!恥ずかしいから‼︎」

 

「え、おう」

 

紗千子が顔を真っ赤にして、慶の両頬を両手で挟み込んで言い、それに若干引きながらも、慶は言った。

 

「ああ、それで二つ目の話なんだけど」

 

「へ?うん」

 

「好きだから付き合ってくんない?」

 

空気が、凍り付いた。

 

 

 

 

櫻田家。葵の部屋。パキッという音が響いた。

葵がコーヒーを飲もうとした時、マグカップの取っ手が折れたのだ。

 

「………?」

 

 

 

 

外。修が花と歩いてると、草履の鼻緒が切れた。

 

「あっ」

 

「……あの、なんでこの時期にサンダルなの?」

 

 

 

 

公園。遥と岬が二人でベンチに座ってると、黒猫が前を通り過ぎた。

 

「わっ、黒猫」

 

「………あ、ほんとだ」

 

 

 

 

茜の部屋。急に何かを感じたように茜は天井を見た。

 

「な、なに⁉︎どうしたの茜ちゃん⁉︎」

 

「………カナちゃんの霊圧が、消えた……?」

 

 

 

 

土手。

 

「………えっ⁉︎お姉さんの前で⁉︎」

 

顔を真っ赤にしながら紗千子は思わず言ってしまった。

 

「え、ダメ?」

 

「い、いやっ、そのっ……空気読んだ方がっ……」

 

「えーだってついて来るなって言ってんのに無理矢理付いて来たのこいつだぜ?俺ぁ、悪くないぜよ」

 

気まずそうに、紗千子は奏を見た。超涙目である。

そして、

 

「覚えてなさいよおおおおおおお‼︎」

 

三下じみたことを言いながら号泣して逃げて行った。

残された紗千子と慶。

慶はジッと紗千子を見た。

 

「え、えと……」

 

「………………」

 

「あ、あの……」

 

「………………」

 

「そのっ………」

 

「………………」

 

「うわあああああああああん‼︎」

 

「えっ、ちょっ」

 

逃げられてしまった。

 

「…………ふ、振られた……。アイドルに告白して振られた……」

 

慶は膝を着いた。

 

 



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82話

 

 

櫻田家。奏の部屋。その中を、岬と遥と修は覗いていた。

血走らせた目を全開に見開き、「エロイムエッサイムエロイムエッサイムエロイムエッサイム……」と延々と呟いてる奏を見ていた。

 

「………どうしたの、あれ」

 

「さ、さぁ……?」

 

「怖い……妹が怖い………」

 

 

 

 

一方、慶の部屋。布団の中で頭を抱えて、「ああああ!」と叫んでる様子を、茜、葵、栞が見ていた。

 

「何……何事?」

 

「わかんないわよ……」

 

「お兄様……」

 

 

 

 

と、いうわけで、家族会議が開かれた。

 

「奏と慶が壊れました。何か理由を知ってる人はいない?」

 

葵が聞くも、全員首を横に振った。だよね……と、葵は深くため息をついた。

 

「どうしよう……あのままじゃ、二人とも壊れそうよね……」

 

「ヤバいのは奏の方だよな。なんか呪文唱えてたぞ」

 

「けーちゃんの方がやばいって。『死ぬ、恥ずかし過ぎて死ぬ……もう死んじゃおっかなー、生きててもいいことないし』とか言ってたよ⁉︎」

 

「お兄様、死んじゃ嫌……」

 

「いやいや、落ち着きなよ栞。私達兄弟の中で一番、国民に嫌われてても何一つ傷つく様子を見せずにいたバカ兄貴がそんな簡単に死ぬわけないじゃない。だよね、遥?」

 

「ちょっ、なんで僕に聞くの」

 

「そうだよ!遥が占えばいいよ!ほら、能力使って」

 

茜が言うと、遥は嫌な汗を額から流した。気が付けば、全員の視線が自分に向いている。

 

「………えっ、これやらなきゃいけない感じ?僕が?マジで?」

 

『当たり前じゃん』

 

全員、声を揃えて言った。これは逃れられない、と早々に思った遥は、目を閉じて能力を発動した。

 

『櫻田慶が死ぬ確率98%』

 

直後、遥は慶の部屋に向かって走り出した。

 

「遥⁉︎」

 

「どうしたの⁉︎」

 

「なんで⁉︎」

 

「けーちゃんに何か⁉︎」

 

全員、その後に続いて走り出した。

先頭の遥は嫌な予感と共に慶の部屋の扉を叩いた。

 

「慶兄さん⁉︎慶兄さん!」

 

「遥、どうしたの⁉︎」

 

二番目に早かったのは、茜だ。

 

「慶兄さんが死ぬ確率が……98%……」

 

「⁉︎」

 

直後、二人の後ろの修の姿が消えた。慶の部屋に能力で突入したのだ。

 

「慶!」

 

「うーわ、狩られたわー」

 

中に入ると、慶はモンハンをやっていて、ミラバルカンにやられていた。

修は無言で、後ろから慶の脳天にカカト落としした。

 

 

 

 

「で、どういうことなの?大丈夫なの?」

 

葵、修、茜に囲まれて、尋問されていた。

 

「大丈夫だよ。ちょっと普通に死にたくなってるだけ」

 

「大丈夫じゃないわよねそれ」

 

「けーちゃん。なんかあったの?」

 

「いや、言いたくない。というか言えない」

 

「なんでだよ。お前があれだけ取り乱すなんてただ事じゃないだろ」

 

「いや、言えない」

 

目を逸らし続ける慶。3人はその反応に顔を見合わせると、頷いた。

 

「じゃ、奏に聞こっか」

 

「そだね」

 

「待て待て待て待って!ってかなんで奏が絡んでること知ってんの⁉︎」

 

「そりゃあ、」

 

「奏も凹んでるし、」

 

「同時期に凹んでる時点で、」

 

「何であの馬鹿凹んでんだよ……」

 

「で、何があった?」

 

修か聞き直した。だが、慶は首を横に振った。

 

「………言わない」

 

「あっそ。隣行くぞー」

 

「行けばいいだろ。多分、奏は俺以上に凹んでるし、答えられねえんじゃねえの?」

 

「ぐっ、こいつ……!また冷静になりやがって……!」

 

「もう吐きなよ!ボルシチ召喚するよ⁉︎」

 

「いいよ逃げるから」

 

「俺がいて逃げられるとでも?」

 

「俺が逃げられないとでも?」

 

直後、慶は窓から飛び降りてバイクに跨って逃げ出し、その後を修と茜が追った。

その様子を見ながら葵は別の方法を思いついた。

 

(そういえば、前にアイドルの米澤さんの件で悩んでたような……)

 

ニヤリと笑みを浮かべると、とりあえず葵は光を捕まえに行った。

 

 



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