バカとテストと文学少女っ! (しほ)
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序章 -プロローグ-

文系女子によるバカたちとのラブコメディの始まり始まり。
「数学なんて滅べばいい」


問 以下の問題に答えなさい。

 

『調理の為に火にかける鍋を制作する際、重量が軽いのでマグネシウムを材料に選んだのだが、調理を始めると問題が発生した。このときの問題とマグネシウムの代わりに用いるべき合金の例を1つあげなさい』

 

姫路瑞希の答え

『問題点……マグネシウムは炎にかけると、激しく酸素と反応する為危険であるという点。

合金の例……ジュラルミン』

 

教師のコメント

正解です。合金なので鉄ではダメと言うひっかけ問題なのですが、姫路さんは引っかかりませんでしたね。

 

 

前原玲奈の答え

『問題点……マグネシウムは炎にかけると、激しく酸素と反応して危険であるという問題点。

合金の例……鉄』

 

教師のコメント

残念ながら不正解です。合金の例で引っかかってしまいましたね。問題点は合っているので中身の理解は出来ています。鉄は合金ではないので注意してくださいね。

 

 

土屋康太の答え

『問題点……ガス代を払ってなかった事』

 

教師のコメント

そこは問題じゃありません。

 

 

吉井明久の答え

 

『合金の例……未来合金(←すごく強い)』

 

教師のコメント

すごく強いと言われても。

 

 

 

 

 

文月学園。

試験召喚システムと呼ばれる訳のわからない物を導入した進学校であり、私 前原玲奈の通う高校。

私は今日、振り分け試験と呼ばれる高校2年生一年間を決めるといっても過言ではないテストで、(前日の明け方までミステリー小説を読んでいたことにより)寝坊をしてしまいました。

 

 

 

 

 

 

4月。

桜の並木道を潜り、本日は余裕を持って登校してきた私は、もう20分以上お説教を食らっています。

 

「お前はバカか!!? 数学以外はBクラス並みの学力を持っていながら振り分け試験に遅刻し、挙句その理由が明け方まで本を読んでいただと!!?」

「……」

「ハァ……文学好きなのはいいことだ。この時代本を読む若者は少ないし、お前が純粋に本を読みたかったという気持ちは分かる」

「……」

「だが、それにより高校生活の一年間を棒に振ったことになるんだぞ…」

「……返す言葉もございません」

 

私の目の前で私に事実と言う名の暴言を吐いているのは、西村教諭。担当科目を受け持たず、彼の補修は「鬼」とまで呼ばれ、密かに「鉄人」という渾名まである、ちょっとおかしな先生だ。

私は意外とこの人が好きだったりするのだが。

 

「…仕方ないな。俺も最後まで抗議したが…決まり(ルール)だからな。お前にはこれを渡すしかない」

「最後まで抗議して頂けただけ光栄です。西村先生、本当にありがとうございました」

「…ああ…

(真面目で勤勉、本を溺愛しすぎているところはあるが、それもこいつの魅力の一つだと思うんだがな…)」

「では」

 

ぺこりと西村教諭に頭を下げて、私は校舎へと足を進めた。

 

 

 

 

「…これは、また」

 

なんというか。

そう呟いた私を見ている人はいないにしても、少し独り言が大きかったかなと反省し、目の前にある酷い有様の教室を見る。

 

新校舎にも寄ってみたが、Aクラスとの設備の差が激しすぎる。

 

「……まあ…でも、Aクラスにいけるような学力なんて、生憎持ち合わせてないし…」

 

仕方ないよね、とガラリと扉を開けた。

 

「……」

 

まさかの誰もいない。

20分も説教を食らっておいて一番乗りということは、やはり素行もあまり宜しくないメンバーばかりのようだ。

 

「……本でも読んでおこう…」

 

持ち前の影の薄さを利用して、教室の一番後ろ端に腰をかけると、分厚い小説を開いた。

 

本が好きだ。

引き込まれるような世界観も、自分が主人公になれたような満足感も、主人公に対する共感や反感、たった一つの小さな世界が、自分を離さない。

本を読んでいる間の私はいつも、きっとどうしようもなく近寄りがたい雰囲気を醸し出しているに違いなかった。

 

____________だから、だろうか。

 

教卓に立つ男子生徒も、彼に罵倒されるバカの代名詞という不名誉な称号を持つ男子生徒も、その後ろから現れた福原教諭の声を聞くまで気がつかなかった。

 

「えー、おはようございます。2年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします」

「(あれ、福原先生!!? いつの間に…もう30分も経ってる…!)」

 

いつもの癖だ。読み始めると止まらない。

これが治らない限り、私は来年の振り分け試験でも同じことをするのだろう。

小さく溜息を吐いた。

 

「皆さん、全員に卓袱台と座布団は支給されていますか?不備があれば申し出てください」

 

正直勉強する環境としては不備しかないと思う。

しかしそんなことを言えるはずもなく、またひっそりと小さな溜息を零すことに留まった。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないです!」

 

確かに、そういう不備くらいなら受け付けてくれるよね。

私がそんなしょうもないことで納得したのも束の間。

 

「あー、はい。我慢してください」

 

受け付けてくれなかった。

 

その後も卓袱台の脚が折れているだの、窓が割れていて寒いだのと不備を申し出たが、全て塩対応に終わり、何だかもう溜息を吐くのにも疲れてきた、そのとき。

 

「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね。廊下側の人からお願いします」

 

そう言った福原先生の言葉によって自己紹介が始まった。すると、私とは正反対に座っている綺麗な男子生徒が腰を上げた。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる―――――と、いうわけじゃ。今年一年よろしく頼むぞい」

 

木下秀吉という名前を聞いて、自分の親友を思い浮かべる。そうか、彼は噂の弟くんか________と一人納得していると、彼は自分の自己紹介を終えて笑みを浮かべた。

 

「(やっぱり綺麗だなぁ。顔の節々が整っていて、優子に似ているからちょっと女の子っぽい感じ)」

 

思わず、ほう…と見惚れてしまう。そういえば彼は演劇部のホープと言われていたな、とそんな豆知識程度のことを頭に思い浮かべていると、次々と自己紹介は進み、小柄な男子生徒が腰を上げた。

 

「……土屋康太」

 

彼は見たことがある。何度か彼が盗撮を試みているのを見たことがあるのだが、この歳の男子生徒が女子生徒に対して興味や関心を覚えるのは当然のことだと思っているので、気づいても放置することにしている。

 

「……(彼も整った顔立ちだから、自分で自分の女装写真とか撮ったら売れると思うんだけど)」

 

ちなみに彼がムッツリ商会という名目で撮った写真を男子生徒に売り捌いていることは知っている事実だったりする。そんなことを考えていると、またもやどんどんと自己紹介は進んでしまう。

 

「(みんな淡白だなあ)」

 

そんなものなのかな、と考えながら次の自己紹介を待っていると、ポニーテールが揺れた。

 

「――です。海外育ちで、日本語はできるけど読み書きが苦手です。あ、でも英語も苦手です。育ちはドイツだったので。趣味は―」

「(わ、女の子だ…しかもカワイイ…)」

 

声まで可愛いな、と考えながら私以外の女子生徒にこっそり安堵していると、

 

「趣味は吉井明久を殴ることです☆」

 

特定の人物にターゲットを絞る危険な趣味の持ち主だった。

 

「はろはろー」

「……あぅ。し、島田さん」

「(こ、恐い…!!)」

 

初めて女の子に恐怖を抱いた。物理的な意味で。

 

「――コホン、えーっと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んで下さいね♪」

「(あれ、この人ってさっきの女の子の…)」

『ダァァーリィーン!!』

 

野太い男声の大合唱。 これは女の子が言うべきものではないだろうか。

 

可哀想な人だな、と思わず哀れんだ視線を送ってしまう。彼自身も吐き気を催したようで、すぐに自己紹介を終わらせようとしていた。

 

そして、気がつけば自己紹介は私の番になっていた。

誰もが退屈そうに欠伸をしているのを見て少しホッとする。

 

その方が緊張しないよね、と一人納得して席を立つと、いきなり視線が集中した。

 

「(えっ、な、何…?)」

『……え?』

「あ、あの…前原玲奈です!図書委員長を務めています!よ、よろしくお願いしますっ」

 

あまりにも視線が厳しかっただけでなく、ざわざわと私のことで話をしているのが恐くて、逃げるように話を終わらせた。

 

『……んで…』

『あり…な……』

「(……)」

 

何を言われているのか分からなくてびくびくしていた私は赤髪の男子生徒にじっと見られていたことなんて、気がつかなかった。

 

ガラリッ

 

「あの、遅れてすみま、せん…」

『えっ?』

 

心待ちにしていた次の人の自己紹介、と思っていたら、そこには桜色のふわふわしたロングヘアー、綺麗な青くて丸い瞳、そして豊満なバストを持った女子生徒がいた。肩で息をしながら飛び込んできたところを見ると、どうやら走ってきたらしい。

 

「(え?あれって姫路さん、だよね…?姫路さんはAクラスじゃ、)」

「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします」

 

特に驚く様子もなく自己紹介を促す福原教諭の言葉を聞く限り、彼女は間違えてこのクラスに来たようではないらしかった。去年同じクラスで彼女の努力を知っているから、少し悲しく、虚しい気持ちでいっぱいだ。

 

姫路さんに何があったのだろうか。

 

「は、はい!あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします」

「(でも、そんなに接点がないとはいえ、同じクラスに知り合いがいて良かった…)」

「はいっ!質問です!」

 

私が先ほどの女の子よりは心が安らぐ女子生徒の登場に、心から安堵した。

すると、男子生徒から質問の声が上がる。

 

「あ、は、はい。何ですか?」

「何でここにいるんですか?」

「(…その聞き方は失礼なんじゃ、)」

 

とは言い出せなかった。

思わず苦笑いが溢れてしまったものの、その質問は私を含め、きっとここにいる誰もが聞きたかったことだろう。

何故なら姫路さんは容姿端麗で成績優秀、入学最初のテストで学年2位という快挙を記録し、その後も一桁以内に常に名前を残している、才色兼備な優秀なる女子生徒だからだ。文月学園の生徒で彼女を知らないなんて人は存在しない筈、そう言い切れるほどに。

 

そんな彼女がFクラスにいるのはおかしい。きっと学年中の誰もが、姫路さんはAクラス行き確実だと思っていたに違いなかった。

そして、私もその一人だった。

 

「そ…その………振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」

『ああ、なるほど』

 

今度ばかりはみんなと一緒に納得した。

試験の途中退席が0点扱いとなるのはこの学園の方針で、彼女は振り分け試験を最後まで受けることが出来なかったのだ。

 

「(私の場合は欠席で0点だけど…)」

 

乾いた笑みを溢していると、不意に男子生徒たちが一斉に言い訳を始めた。

 

『そう言えば俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスに』

『ああ。科学だろ?アレは難しかったな』

『俺は弟が事故に遭ったと聞いて実力を出し切れなくて』

『黙れ一人っ子』

『前の晩、彼女が寝かせてくれなくて』

『今年一番の大嘘をありがとう』

 

こんな人達と馴染んでいけるのだろうか。

私は明らかに論点や考え方に大きく違いのある人達を見て不安を募らせた。

 

「で、では、一年間よろしくお願いしますっ!!」

 

姫路さんは緊張からか、逃げる様に…確か吉井くん、と…赤髪の男子生徒の隣の席に着いた。それは私の二つ隣の席なのだが、彼女は吉井くん…と赤髪の男子生徒とのお話に夢中で気がついていなかった。

 

「はいはい。そこの人たち、静かにして下さいね」

「あ、すみませ………」

 

バキィッ!パラパラパラ……

 

福原先生が教卓を叩いて彼らに注意したので、吉井くんが謝ろうとすると、教卓が壊れてゴミになった。

 

「えー……替えを用意してきます。少し待っていてください」

 

気まずそうに告げて教室から出て行く福原先生をみながら、私は再度ため息を吐いた。

 

 



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第一巻
第1話 -始まりの合図-


基本的に原作に忠実です。よってセリフなどは殆どが原作通りとなっています。決して盗作ではないのでそこの所はよろしくお願いします。




問 以下の意味を持つことわざを答えなさい

(1)得意な事でも失敗してしまう事

(2)悪い事があったうえに、更に悪い事が起きる喩え

 

姫路瑞希の答え

『⑴弘法も筆の誤り』

『⑵泣きっ面に蜂』

 

教師のコメント

正解です。他にも⑴なら“河童の川流れ”、“猿も木から落ちる”、⑵なら“踏んだり蹴ったり”や“弱り目に祟り目”などがありますね。

 

 

前原玲奈の答え

『⑴天狗の飛び損ない』

『⑵一難去ってまた一難』

 

教師のコメント

正解です。得意科目になると輝きますね。私が類義語を挙げたにも関わらず、他の類義語を知っているとは思いませんでした。他の教科もこの調子で頑張って下さいね。

 

 

土屋康太の答え

『⑴弘法の川流れ』

 

教師のコメント

シュールな光景ですね。

 

 

吉井明久の答え

『⑵泣きっ面蹴ったり』

 

教師のコメント

君は鬼ですか。

 

 

 

 

 

 

 

福原教諭が戻ってきた。私はさっきからやたらチラチラと視線を向けられて辛かったので、福原教諭に帰って来てもらえてかなり一安心していた。

 

福原先生が新しい教壇(とはいえやはり古い物だけど)を持ってくると、また自己紹介が再開した。もうあと数人だ。私の後ろには人がいないので、遅刻してきた数人と赤髪の彼である。

 

「えー、須川亮です。趣味は____ 」

 

淡々と自己紹介の時間が流れていることにほっと安堵した。何故あんなに見られていたのかわからないが、兎に角息がつまるというか、心臓が苦しかった。

 

「坂本君、キミが自己紹介最後の一人ですよ」

「了解」

 

福原先生に呼ばれて坂本くん(?)が席を立ち、ゆっくりと教壇に歩み寄る。何だか雰囲気に気の入れられないモノを感じて、私はごくりと生唾を呑んだ。

 

「坂本君はFクラスの代表でしたよね?」

 

福原先生に問われて頷く坂本くん。どうやら彼がFクラスの代表________つまり現時点での最高得点者という事だ。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺の事は代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」

 

教壇に立ってそう言う坂本くんは、何だか威厳があって、少し近寄りがたい印象を覚えた。それで自己紹介が終わるのかと思っていたけど、どうやらそれでは終わらないらしい。

 

「さて、皆にひとつ聞きたい」

 

クラス全員の視線が坂本くんに集まってゆく。私もきっとその1人で、彼は何かとても大きな事をしたいのだな、と直感的に感じた。坂本くんは教室内の各所に視線を移す。

 

 

かび臭い教室。

古い座布団。

薄汚れた卓袱台。

 

 

目線が移動している坂本くんを、視線で追いかけ、同時に備品を見ているFクラスの生徒たち。そして、わたし。

 

「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが____ 」

 

次の坂本くんの言葉に、

 

「不満は無いか?」

『大ありじゃぁっ!!』

 

Fクラスの生徒たちは一斉に叫んだ。

坂本くんは、まさに予想通り、と言わんばかりにうっそりと笑みを浮かべる。

 

「だろう?俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」

「(不満があるなら振り分け試験の前に、真面目に勉強していれば良かったんじゃないのかな…)」

 

何てことはこの周りのテンションを見る限りでは言えそうもないし、言うつもりもない。

 

嗚呼、何だか少し________

 

『そうだそうだ!』

『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ!改善を要求する!』

『そもそもAクラスだって同じ学費だろ?あまりに差が大きすぎる!』

 

面白そうなことになってきた。

 

私も大概性格が悪いな、なんて思いながら、そっと微笑んでしまう。

 

「みんなの意見は尤もだ。そこで____ 」

 

わたし達の反応に満足したのか、坂本くんは自信に溢れた顔に、不敵な笑みを浮かべる。

 

彼のこれから発する言葉に、私はどきどきと高鳴る胸を押さえながら、きっと生き生きとした表情で彼を見ていることだろう。

 

「これは代表としての提案だが________ 」

 

彼は、そう、きっと________「下克上」を望んでいる。

 

「 _______Fクラスは、Aクラスに“試験召喚戦争”を仕掛けようと思う」

 

戦争の引き金は、引かれた。

 

「…………“試験召喚戦争”」

 

坂本くんの提案に、私はポツリと呟いた。

その提案はどこまでも私を興奮させた。高揚させた。私が“本”以外でこんなにうきうきしたのは初めてだ。

 

だけど、実際はその提案は受け入れられない。

なぜなら________

 

『勝てるわけがない』

『これ以上設備が落とされるなんて嫌だ』

『姫路さんが居たら何もいらない』

 

最低成績者であるFクラスが最高成績者のAクラスに勉強で挑む、と言っているのだから。

これほどまでに勝ち目のない戦いは聞いたことがないし、これほどまでに楽しそうな戦いも、私は見たことがない。

 

因みに、“試験召喚戦争”と言うのは科学とオカルトと偶然により完成された『試験召喚システム』を使って、テストの点数に応じた強さを持つ『召喚獣』を呼び出して戦うというクラス単位の戦争のことだ。

 

「そんなことはない、必ず勝てる。いや、俺が勝たせてみせる」

 

それでも彼は自信満々だ。

私はどこにそんな根拠があるのだろう、と少し疑問符を頭の上に浮かべる。

 

『何を馬鹿な事を』

『できるわけないだろう』

『何の根拠があってそんなことを』

 

否定的な意見が教室中に響き渡る。

 

「あの、」

 

私が声を上げると、誰もが私を見た。

やっぱり視線が集まるのは得意ではないな、なんてことが頭の片隅を流れた。

 

でも、私は聞いてみたかった。どこにそんな根拠があるのか。そんな自身を作る要因となる人物がいるのか。

 

視界の隅で、坂本くんがニヤリとほくそ笑んだ。

 

「確かに今の私たち____Fクラスには、成績優秀で学年次席レベルの学力を持っている姫路さんがいます。でもそれだけで勝てるとは思えないんです。

坂本くんが姫路に頼った作戦を使っても、どうしても“勝ち”のイメージが湧いてこなくて____どんな根拠があったら、Aクラスに勝てるのかなって…」

「根拠ならあるさ」

「……?」

 

坂本くんは私の目をじっと見つめていた。

 

「このクラスには試召戦争で勝つ事のできる要素が揃っている」

「( ____この人はどこまでも、私を楽しませてくれる人だ…)」

 

私は「そう、ですか」と呟いて、席に着いた。

坂本くんはいつも通り、不敵な笑みを浮かべて壇上から私達を見下ろしていた。

 

「おい、康太。畳に顔をつけて姫路のスカートを覗いてないで前に来い」

「……!!! (ブンブン)」

「は、はわっ」

 

必死になって顔と手を左右に振る否定のポーズを取るのは土屋くん。視界の隅でもぞもぞとしていたから何をしているのかと思えば、姫路さんのスカートを覗いていたのか。土屋くんは顔に付いた畳の跡を隠しながら、壇上へと歩き出す。

 

「土屋康太。コイツがあの有名な、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)だ」

 

「…………!!! (ブンブン)」

 

またもや必死に手を左右に振っているが、私にだってそれくらいは分かる。

学年中で有名なその名前は、男子には畏怖と畏敬を、女子には軽蔑を以て挙げられる。

 

『ムッツリーニだと……?』

『馬鹿な、ヤツがそうだというのか……?』

『だが見ろ。ああまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ……』

『ああ。ムッツリの名に恥じない姿だ……』

 

周りが納得していると、土屋くんは否定しながらも頬に付いた畳の跡を隠している。

 

「(何だか小動物に見えてきたなあ…)」

「???」

「姫路のことは説明する必要もないだろう。皆だってその力はよく知っているはずだ」

「えっ?わ、私ですかっ?」

「ああ、ウチの主戦力だ。期待している」

 

当たり前のことだ。Aクラスに挑むには姫路さんがいなければどうにもならない。例え私たちがどんな作戦を練ろうがそれは変わらないことだから。

 

『ああ、そうだ。俺たちには姫路さんがいるじゃないか』

『たしかに彼女ならAクラスに引けをとらないな』

『ああ。彼女さえいれば何もいらない』

 

さっきから誰かが姫路さんに熱烈なラブコールをしているのが気になって仕方ない。そんなに姫路さんが好きなのだろうか。

 

「木下秀吉だっている」

『おお……!』

『確かアイツ、木下優子の……』

 

やっぱり優子の双子の弟だったんだな、と一人納得する。

私の親友は私なんかより全然成績優秀で、品行方正、見目麗しい模範生徒だ。彼氏が出来ないのはどこまでも完璧を求めるが故のその性格と、同性愛(特にボーイズラブ)に興奮する性癖があるからだと思う。それを知る人は少ないと思うけれど。

 

「そして____前原だ」

 

何故自分の名前が呼ばれたのか皆目見当もつかない。

 

「…え?」

「このクラスにも知っている人は数人いるようだが、前原玲奈といえば文系科目において驚異的な点数を持つ図書委員長だ。図書委員長という称号から特殊能力を持ち、得意科目である国語では学年主任である高橋教諭をも凌ぐと言われる」

「ま…待ってください!そんな根も葉もない噂話で____「それだけに飽き足らず、教師陣から全幅の信頼を寄せられていて、教師たちからは『困った時の前原』とまで言われているらしい」

それは、試召戦争と関係あるんでしょうか……」

 

たしかに、図書委員長という称号から特殊能力を持っているのは確かだ。でもそれは400点オーバーであれば誰もが持つことが出来るもので、私はそれが現代国語であればどれだけ点数が低くても使用可能というだけのものだ。他にも、点数を消費しないというメリットはあるが、私は召喚獣の扱いには慣れていないのでデメリットも少なからずある。

 

『前原さんは本が大好きだからなあ』

『それと可愛くて優しい。俺たちみたいな男にも分け隔て無く声をかけてくれるし』

『真面目で高橋先生や鉄人から可愛がられてるよなあ』

 

最初以外は認めない。

 

「坂本くん、まさか根拠って私のことも…」

「当然、この俺も全力を尽くす」

 

坂本くん、無視しないで。

 

『確かに何だかやってくれそうな奴だ』

『坂本って、小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』

『それじゃあ、振り分け試験の時は姫路さんと同じく体調不良かなんかだったのか』

『実力がAクラスレベルが3人もいるって事だよな!』

 

いけそうだ、やれそうだ。そんな雰囲気が教室内に広がっていく。自分も頼りにされていたことが少しながら不服だが、私は大人しく黙っておいた。今、士気を下げるようなことを言えば、後ろ指を指されてしまう。

 

 

「それに、吉井明久だっている」

 

 

……シン―――

 

 

さっきまで上がっていた士気が、一気に落ちるのをこの身で感じた。

 

「ちょっと雄二!どうしてそこで僕の名前を呼ぶのさ!全くそんな必要はないよね!」

 

吉井くんが豪快に自分を下げてみていることを少し不思議に思いながら、私は苦笑いを溢した。

 

『誰だよ、吉井明久って』

『いや、知らん』

 

吉井くんはそれなりに有名だと思う。

何せあんな不名誉且つ恥ずかしい勲章を貰っている訳だし、それをひけらかすわけではないけど、なんとなく名前だけなら知っている、という人はいくらでもいるだろう。

 

「ホラ!せっかく上がりかけてた士気に翳りが見えてるし!僕は雄二たちと違って普通の人間なんだから、普通の扱いを________ちょっと雄二、なんで僕を呆れた目で見るのさ!士気が下がったのは僕のせいじゃないでしょう!!?」

「(吉井くんのせいではないけど、吉井くんが普通の人かどうかと言われると、少し考えものだよね…)」

 

坂本くんは説明を続けた。

もしかして、と思って口を開こうとすると。

 

「そうか。皆は余り知らないようだから教えてやる。こいつの肩書きは《観察処分者》だ」

 

坂本くんは吉井くんが嫌いなのだろうか。

 

「……それって、馬鹿の代名詞じゃなかったっけ?」

 

言うまでもなく、その肩書きは他の生徒も知っている。________というか、知らない人は少ないと思う。

 

「ち、違うよっ!ちょっとお茶目な十六歳につけられる愛称で」

「そうだ。バカの代名詞だ」

「肯定するな、バカ雄二!」

 

________《観察処分者》。学園生活を営む上で問題のある生徒に課せられる処分で、吉井くんが唯一 この学園でこの処分を受けているのは有名だ。

 

「(でも吉井くんは何となく、そんなに酷い汚名を受けるほど酷い人には見えないんだよね…優しそうな好青年、って感じで…)」

 

と、私がそんな事を考えていると、

「あの、それってどういうものなんですか?」と姫路さんが首を傾げながら坂本くんに聞いていた。

 

そんな姫路の質問に坂本くんは答えた。

 

「具体的には教師の雑用係だな。力仕事とかそう言った類の雑用を、特例として物に触れられるようになった召喚獣でこなすと言った具合だ」

 

坂本くんの答えに姫路さんはキラキラと目を輝かせながら、吉井くんに羨望と尊敬の眼差しを送ったが、実際の所はそんなに良いことばかりではない。どちらかというと“罰”にしかならないデメリットばかりである。

 

そんな姫路さんの視線に、吉井くんも手を振りながら苦笑いで否定した。

 

「あはは。そんな大したもんじゃないんだよ、姫路さん」

 

確かに召喚獣を自分の思い通りに動かせると言うのは凄く便利だけど、フィードバックなどのデメリットがあるからこその《観察処分者》であって、凄い事ではない。学園にとって問題児とされる相手に課せられる、ペナルティなのだから。

 

『おいおい。《観察処分者》って事は、試召戦争で召喚獣がやられると本人も苦しいって事だろ?』

『だよな、それならおいそれと召喚出来ないヤツが一人いるってことだよな』

 

当然、そんなペナルティを課せられた人が自分から進んで戦闘に参加するのはただのMかど変態だけだろう。何せ、召喚獣が戦闘中によって受けた痛みが自分に帰ってくるのだから。

 

「(絶対にすっごく痛いよね…)」

 

考えるだけで、身体に痛みが伴う感覚があるような気がして、思わず肩を抱いた。

 

「気にするな。どうせ、いてもいなくても同じような雑魚だ」

「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべきだよね?」

 

ただ単に吉井くんの恥を暴露したかっただけのようで、私は苦笑いどころか少し心が痛くなった。

なんだか吉井くんが可哀想に思えて、考えていたことが口からするりとこぼれ出る。

 

「でも観察処分者は私達と違って召喚獣の扱いには長けていたよね…」

「…〜〜っ前原さんほんと優しい…!!!」

「えっ」

 

別にそこまで目をキラキラさせて、しかも瞳に涙を溜めながら言われるようなことを言ったつもりはないのだけど。

私がきょとんとしていると、どうやら私が吉井くんを庇うとは思っていなかったのか、坂本くんは少し吃りながらも言葉を発した。

 

「と…とにかくだ。俺達の力の証明として、まずはDクラスを征服してみようと思う」

 

自信たっぷりなその言葉は、どこか勝ちを確信しているような気がして。私は思わず彼をじっと見つめてしまう。

彼は不思議な力を持っているのだろうか。

 

そのメンバーに何の根拠もないことは分かっている。

確かに作戦によっては勝ち目がないとは言えないが、木下くんは演技にばかりかまけていて全く勉強していない、と憤怒する優子を知っているからそんなに成績が良いとは思わないし、坂本くんが本当に成績がいいならとっくにAクラス行きしているはずだ。

 

彼は士気を挙げるために自分の名前を挙げたに過ぎない。そして私もそうだ。姫路さんも私も、今時点では得点は0であり、戦力にも数えられない。

回復試験を受ける時間を稼ぐのに、相手がDクラスでは少し無理がある気がした。

 

「皆、この境遇は大いに不満だろう?」

『当然だ!』

「ならば全員(ペン)を執れ!出陣の準備だ!」

『おおーーーっ!!!!』

「俺たちに必要なのは、卓袱台ではない!Aクラスのシステムデスクだ!」

『うおおーーーっ!!!!!』

 

「お、おー……」

 

みんなから遅れて、姫路さんは小さく腕を上げた。

 

何故だろう。彼は、彼には力がある。

どこか、他人に力を与えるような、活力を与えるような。悪知恵が働くというか、何となく彼のことを少し恐ろしく思ったと同時に、尊敬した。

 

満足そうに笑みを浮かべた坂本くんは、吉井くんに_____

 

「明久にはDクラスへの宣戦布告の使者になってもらう。無事大役を果たせ!」

 

死刑宣告をした。

 

「……下位勢力の宣戦布告の使者ってたいてい、酷い目に遭うよね?」

「(確かにそうだよね…私が小説を読みすぎなだけなのかもしれないけど…)」

 

自分の思考回路がSF小説やらバトル漫画やらに乗っ取られているのか、私と吉井くんは同じことを思っていたらしい。

 

「大丈夫だ。奴らがお前に危害を加えることはない。騙されたと思って行ってみろ」

「本当に?」

「もちろんだ。俺を誰だと思っている」

 

吉井くんに優しい笑みを浮かべているが、私はさっきの吉井くんへの行動で、彼が“吉井くんに優しい”人には思えなかった。普通にしていれば多分きっと、優しい人なんだろうと思うけど。

 

だけどそんな坂本くんに、吉井くんは次第に警戒を解いていく。このままでは吉井くんは完全に騙されてしまいそうだ。

 

「大丈夫、俺を信じろ。俺は友人を騙すような真似をしない」

 

しかし、私がオロオロしている内の追い討ちの一言で、吉井くんは遂に騙されてしまった。

 

「わかったよ。それなら使者は僕がやるよ」

「ああ、頼んだぞ」

 

完全に騙されている吉井くんが哀れになってきて、私は思わず声をかけた。

 

「あの________ 」

 



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第2話 -初めまして-

バカテスト 英語

 

問 以下の英文を訳しなさい

『This is the bookshelf that my grandmother had used regulary.』

 

姫路瑞希の答え

『これは私の祖母が愛用していた本棚です』

 

前原玲奈の答え

『これは私の祖母が愛用していた本棚です』

 

教師のコメント

正解です。姫路さんと前原さんはきちんと勉強していますね。

 

 

土屋康太の答え

『これは            』

 

教師のコメント

訳せたのはThisだけですか。

 

 

吉井明久の答え

『☆●◆▽」♪*×          』

 

教師のコメント

出来れば地球上の言語で。

 

 

 

 

若干ではあるが傷ついてしまった吉井くんを連れて教室に帰る。

 

「本当に大丈夫…?保健室に行くなら、一緒に…」

「大丈夫だって!ありがとうね、前原さん!前原さんのお陰でこんな軽傷で済んだんだから!」

「でも……」

 

あの後。

宣戦布告をした吉井くんに、私の予想通り Dクラスは襲いかかった。

 

そのタイミングを狙って、(本来渡すはずだった)資料を手に私はDクラスへと入っていったのだ。

今後の為にも私がFクラスにいるという事は黙っておきたかったので(優子にはバレてしまうだろうが)、同じ図書委員であるDクラスの女子生徒に資料を渡しにきた、という名目で教室に入り、吉井くんを助けるという作戦だった。

 

途中で別れた私が現れたことで吃驚したのか、吉井くんは掴みかかられたまま私を見てきょとんとしていた。

 

私はそんな吉井くんに口元が緩みそうになるのを必死にこらえて、表情を作る。

 

「……え?」

「…っ前原!!?」

 

Dクラス代表の平賀くんが私を見て大きな声を上げた。

 

「なぜ君がここに!!?」

「え、なぜって…あ、その、わたし」

 

震えているフリをして、私はまるで何も知らなかったみたいに彼らを見た。ただの本バカじゃないんだから。

これでも中学時代は演劇部だったし、一年の時から優子と仲が良かったから、(秀吉くんは私のことを知らないと思うけど)演劇部に関わる機会は多かった。優子に頼まれて演劇部のモブとして出演したこともあったりして。

だから、ちょっぴりだけど、演技力には自信がある。人よりは少し、嘘をつくのが得意なのだ。

 

「図書委員の資料を渡そうと、思ったんですけど…あ、あの…わたし、今日は帰りますね…

吉井くん、だよね?」

「え、ああ、うん」

「あの、怪我…してるよね?保健室に行かないと…傷跡が残っちゃうよ」

 

焦っているフリをして、私は「失礼しました」と言うと、Dクラスの教室の扉を半ば無理やり閉めて走り去ったのである。

 

 

 

 

____そして、今に至る。

 

「それにしても…凄い演技力だね、前原さん」

「そうかな?…えへへ、ちょっとだけ演技には自信あるんだぁ」

 

でも、やっぱり怖かったよね…

そう続けると、吉井くんは困ったように小さくはにかんで「ごめんね」と言った。

 

「え…?どうして?」

「だって、僕が騙されていると思ったから、怖いのについてきてくれて、しかも僕を助けてくれたんでしょ?やっぱり前原さんは優しいね」

 

ふんわりと笑う彼に、私はまさかそんなことを言われるとは思っていなくて、顔を赤らめてあたふたしてしまう。

 

「そ、そんな大層なものでは!」

「照れてるー??」

「あ、う、あのっ、」

「可愛いー♪」

「い、いじわる…!」

 

吉井くんは結構 意地悪なんだと分かった。

 

 

 

「おかえり明久……っておい、お前…」

「…雄二」

「な、なんだ?」

 

怒りに震える吉井くんの声を聞いてか知らずか、坂本くんの声が少し上擦っている。

 

「僕を騙したね?雄二…」

「何のことだか」

「とぼけるなーっ!前原さんがいなかったら僕は今頃ボロボロだよ!!?」

 

涙ながらにそう語る吉井くんに、私は苦笑いで返した。

 

『やっぱり前原さんは優しいな』

『ああ、吉井を助けるなんて…』

『まさに人間国宝だな』

 

吉井くんを助けることは人間国宝に任命されるほど珍しいことなのだろうか。

 

どうやらこのクラスで、彼はかなり不遇の扱いを受けることになりそうである。

私は多分、今 驚愕に目を見開いていることだろう。

 

「雄二たちの扱いがおかしいんだよ!もっと僕を一人の人間としてそれなりに扱ってよ!」

「ま、まあまあ吉井くん、落ち着いて…私、姫路さん以外あまり面識がないから、お話したいな、って思うんだけど…」

 

なんとか吉井くんの気をそらすためにそう言うと、吉井くんも「そういうことなら」と考えを改めてくれた。

やっぱり常識人のような気がする。

 

「それもそうね。こっちが一方的に前原さんのことを知ってるけど、前原さんは私達のことは分からないわよね」

「お恥ずかしながら…」

 

私がそう言うと、「別に恥ずかしいことなんてないわよ」と言いながらポニーテールを揺らして二度目の自己紹介をしてくれた。彼女は島田さんだ。

 

「名前はもう知ってると思うけど、島田美波よ。女子がいてよかったー!って思ってた矢先に吉井と一緒に行っちゃうから、挨拶できなかったの」

「ご、ごめんね…図書委員の資料を渡すついでに一緒に行こうと思って」

 

そう返すと、「そうなのね」と納得したように笑って、島田さんはまた話し始めた。

 

「さっき瑞希とも話してたんだけど、折角女子3人なんだし名前で呼び合いましょうよ!いいでしょ?玲奈」

「うん!どうぞ、お好きに呼んでください!えーと、美波…と、瑞希ちゃん?」

「はい、よろしくお願いしますね、玲奈ちゃん!」

「よろしくねー」

 

にこにこと可愛らしい笑顔を返してくれた2人と一緒に軽く雑談していると、後ろから声がかかる。

 

「前原、今から屋上で色々と話をする。前原にも来てもらいたい」

「あっ、はい!」

「姫路と島田も来て貰うぞ」

「は、はいっ」

「ん、了解〜」

 

じゃあ行くか、という坂本くんの声で、私達は屋上へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

「明久。宣戦布告はしてきたな?」

 

私が吉井くんの傷を消毒し、偶然入っていた絆創膏で手当てをしていた途中の言葉。

 

「一応、今日の午後から開戦予定と告げてきたけど」

「あ、動かないで!」

「はいっ」

 

ピシリと固まってしまった吉井くんを気にかけず、私は黙々と作業を続ける。

 

「(カルガモの親子みたいになってやがる)

……そうか」

「午後に開戦予定ってことは、先にお昼ご飯ってことよね?」

「そうなるな。明久、今日の昼ぐらいはまともなモノを食べろよ?」

「そう思うならパンでも奢ってくれると嬉しいんだけど」

 

苦笑いしてそう言った吉井くんに、私は最後の傷を消毒しながら聞き返す。

 

「吉井くんは昼食は摂らないの?」

「いや。一応食べてるよ」

「………あれは食べてると言えるのか?」

 

じとりとした目で吉井くんを見る坂本くんに、私は疑問を浮かべる。

 

「どんなもの食べてるの?」

「こいつの主食は________ 塩と水だ」

「えっ」

 

思っていた以上に深刻な食事事情に驚きを隠せない。

この人は一体どんな生活を送っているのだろうか。

 

そんな心配をしながら最後の絆創膏を貼り終えて、よいしょ、とおばさんのような掛け声と共に吉井くんから離れる。

 

「終わったよー」

「ありがと、玲奈ちゃん」

「…はぇ?」

 

思わず変な声が出てしまったことに口元を抑えると、吉井くんはにこにこと笑いながら私を見ていた。

 

「…吉井くん」

「うん?」

「その呼び方は…?」

「ダメだった?」

「えっ、いや、そういうわけでは…」

 

ないんだけど…と、遂に言葉が尻つぼみになって何を言っているのかわからなくなってしまった。

 

「やっぱり意地悪だ…」

「あはははっ 反応が可愛い〜」

「もう勘弁してください…!」

「____お前ら、付き合ってるのか?」

 

「「え?」」

 

なんで?という言葉までハモってしまう。別に付き合ってはいないのだ。何故そんなことになったのだろうか。

 

「付き合ってないならいかにもなリア充オーラを出すな……」

 

ハァ、と溜息を吐く坂本くんに、私は小首を傾げる。

 

「そんなオーラ出てたかな…?」

「満載だったわね」

「付き合っているのかと思ってしまいました…」

 

目に見えて落ち込んでいる2人。

ナルホド、この2人は吉井くんのことが好きなようだ。恋愛的な意味で。

 

「そうだ玲奈ちゃん」

「ちゃん付けは定着したんだね……な、何かな?」

「僕らも名前で呼んでいい?」

「えっと…」

 

私は構いませんよ、と言うと、坂本くんは躊躇っていたようだったが、少し照れながらも玲奈、と呼んだ。

木下くん(弟)や土屋くんは意外と照れなどはなく、するりと口から溢れていた。たらしなのだろうか。

 

「じゃあ、アキくん」

「えっ」

「仕返し」

 

ふふ、と笑うと珍しく照れたように顔を真っ赤にしていたので、とりあえずゆでダコみたい、と告げておいた。でもそのあと何を思い出したのか今度は顔が真っ青になったので少し心配だ。嫌だったかな…?

坂本くん達に名前で呼んだ方がいいのかと聞いたところ、木下くんは姉と混じるから名前で呼んで欲しいと言われ、了承。

残り2人は名前+くんで呼ばれ慣れていない為か、少し照れ過ぎのような気がしたので、控えておいた。

 

「ええと、それで…アキくんの食事事情だっけ…?」

「玲奈ちゃん、やっぱり普通に呼んで。秀吉のように」

「え、明久?」

「秀吉は呼び捨てなの!!?」

「明久が秀吉くんのこと呼び捨てにしてたから、そういう風に呼べって言われてるのかと思って」

「いや、もう、いいよ呼び捨てで…その方が落ち着くし…」

「そうなの?」

 

じゃあそれで、と言うと、明久は照れた様に、玲奈ちゃんって天然なんだね……と言った。

 

 



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第3話 -作戦会議-

問 以下の問いに答えなさい。

『⑴ 4sinX+3cos3X=2の方程式を満たし、かつ第一象限に存在するXの値を一つあげなさい。

 ⑵ sin(A+B)と等しい式を示すのは次のどれか、①~④の中から選びなさい。

 ①sinA+cosB

 ②sinA-cosB

 ③sinAcosB

 ④sinAcosB+cosAsinB』

 

 

姫路瑞希の答え

『⑴ X=π/6

 ⑵ ④ 』

 

教師のコメント

そうですね。角度を『°』ではなく『π』で書いてありますし、完璧です。

 

 

土屋康太の答え

『⑴ X=およそ3』

 

教師のコメント

およそをつけて誤魔化したい気持ちもわかりますが、これでは解答に近くても点数はあげられません。

 

 

吉井明久の答え

『(2) およそ③』

 

教師のコメント

先生は今まで沢山の生徒を見てきましたが、選択問題でおよそをつける生徒は君が初めてです。

 

 

前原玲奈の答え

 

『⑴ わかりません。

⑵ およそ④』

 

教師のコメント

先生は今から吉井くんに謝りに行こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、えっと…明久がご飯をちゃんと食べていないからしっかり食べようねって事でいいのかな…?」

「あー…うん、そうだね…」

「あの…」

 

私と明久がまるでコントのように小言を言い合っていると、可憐な声がその空気を切り裂くように吹き抜けた。

 

「……あの、良かったら…私がお弁当作ってきましょうか?」

「ゑ?」

「『え』の発音がどことなく違うような…」

 

どちらかというと『ゑ』だった気がする。

私と同じで古典が得意なのだろうか。

 

「本当にいいの?僕、塩と砂糖以外のものを食べるなんて久しぶりだよ!」

 

なんて不憫な青年なのか。

 

「……ふーん。瑞希って優しいんだね。吉井“だけ”に作ってくるなんて」

「(嫉妬してる美波も可愛いなぁ)」

 

思わず口元が緩み、にこにこしていると。

 

「あ、いえ!その、皆さんにも…」

「俺達にも?良いのか?」

「大丈夫?瑞希ちゃん…また体調壊しちゃったりしない?7人分も大変じゃないかな?」

「はいっ 大丈夫ですよ!」

「そう?だったらいいんだけど…体調には気をつけてね?何だったら私、数人分くらいなら作ってくるよ?」

 

せめて自分の分だけでも、と言うと、瑞希ちゃんは少し悩んだが、私が明久“だけ”に作りたいだとかそういう疚しい気持ちではなく、純粋に自分を心配しているのだと分かったのか、ふんわりと笑顔を見せた。

 

「それじゃあ、3人分だけお手伝いして貰えますか?」

「うんっ!頑張る!」

 

ガッツポーズで意気込むと、美波はちょっと息を吐いて、「あんたも無理しないでよ?」と言ってくれた。

美波はどことなくお姉さん気質な気がするな、と思って、私は美波にお礼を言いながら笑った。

 

「ふむ、2人共作ってきてくれるのか。それは楽しみじゃのう」

「…………(コクコク)」

「………お手並み拝見ね」

「さて、話がかなり逸れたな。試召戦争に戻ろう」

 

とりあえず戻らないと、何のためにここにいるのかわからないし…と考えていると、秀吉くんが坂本くんに何か尋ねようとしていた。

 

「雄二。ひとつ気になっていたんじゃが、どうしてDクラスなんじゃ?段階を踏んでいくならEクラスじゃろうし、勝負に出るならAクラスじゃろう?」

「そういえば、確かにそうですね」

 

妙に納得したように言う瑞希ちゃんに、皆もその通りだと坂本くんを見る。

 

「……そうかな?」

『え?』

 

あ、今度は発音正しかった。

とそんなどうでもいいことが一瞬脳内を掠めたが、とりあえず気にしないことにする。

 

「…だって、今Fクラスには姫路さんがいて、多分…他のクラスはそれを知らないでしょ?姫路さんがいればEクラスは戦うまでもない相手だと思うんだけど…」

「…ほう。なるほどな。じゃあAクラスを攻めない理由は?」

 

面白そうに私を見ている坂本くんに、私は恐る恐る、という風に続ける。

 

「“現在(いま)”の私たちFクラスがAクラスに勝つ手段は無いから、じゃないかな…?」

「その通りだ。流石だな」

「え、っと…どうも…?」

 

当たっていたなら何よりだ。

 

「明久。理解出来ていないようだから一から説明してやる。周りの面子を見てみろ」

 

えーっと、と自分の周りを見渡す明久。

私は結構簡潔に言ったんだけどな、と小首を傾げていた。

 

「……っ、と、美少女が二人と馬鹿が二人、ムッツリが一人と天使が一人いるね」

「誰が美少女だと!?」

「ええっ!!? 雄二が美少女に反応するの!!?」

「………………(ポッ)」

「ムッツリーニまで!!? どうしよう僕だけじゃツッコミきれない!」

「明久、天使って人間なの?」

「あんた自覚してるのね…」

「え?何が?天使って人間の部類に入るのかなって思っただけなんだけど…」

「自覚してなかったみたいですね…」

 

呆れている美少女二人。

秀吉くんはそんなに馬鹿じゃないと思う。

 

「まぁまぁ。落ち着くのじゃ、三人とも」

「…そ、そうだな……コホン。要するにだ」

 

咳払いを一つして、坂本くんは続けた。

 

「姫路に問題のない今、正面から戦り合ってもEクラスには勝てる。Aクラスが目標である以上はEクラスなんかと戦っても意味はないということだ」

「?それならDクラスとは正面からぶつかると厳しいの?」

「個々の戦力差を考えると確実とは言えないな」

 

Fクラスの彼らがテストでどれだけ点を取っていたか、が問題になってくるものの、恐らくFクラス生徒の平均点数は100を越えれば良い方だろうと、誰もが分かっている。

 

「だったら最初から目標のAクラスに挑もうよ」

「それだとAクラスに勝てないよ、明久」

「でもDクラスは確実だと言えないんでしょ?どうせ負け戦なら最終目標に挑む方が…」

「私は坂本くんの作戦の全てがわかる訳じゃないけど…初戦だし、いきなりAクラスに挑んで負けてしまうと景気付けにならないんじゃないかな?…それに、」

「それに?」

 

坂本くんは面白そうに、明久や美波は本当に純粋に疑問符を浮かべながら、秀吉くんや土屋くんは何となく察したように、姫路さんは納得したように私を見る。

 

「えっとね、うーんと……ゲームや漫画で例えるなら、現在(いま)の私たちがAクラスに挑むということは、何の武器も持たない村人Aが、魔王とその側近に挑んでいるようなものなんだよ」

「……それは、勝てないね」

「でしょ?でも瑞希ちゃんのいる私たちがDクラスに挑むことは、最終兵器を手にした騎士達が、そんなに強くない中途半端な部下…?手下?…に挑むのと同じことなんだよ」

「……」

「可能性のレベルが全然違うでしょ?」

「うん、よく理解できたよ」

「ほんと?良かった」

 

ほっと一息つくと、坂本くんが拍手する。

 

「明久が理解しやすそうなゲームや漫画で例えたのは良い案だったな。まあ、要するにそういうことだ。初陣だから派手にやって景気付けにしたい。それに、さっき言いかけた打倒Aクラスの作戦に必要なプロセスだからな」

「(やっぱり私のまた何歩も先のことを考えてるんだな…)」

 

凄いな、と純粋に尊敬していると、瑞希ちゃんが大きな声を上げた。

 

「あ、あの!」

「ん?どうした姫路」

「えっと、その。さっき言いかけた、って…吉井くんと坂本くんは、前から試召戦争について話してたんですか?」

 

そういえば、と坂本くんと明久を見ると、坂本くんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、

 

「ああ、それか。それはついさっき、姫路の為にって明久に相談されて________ 」

「それはそうと!!」

 

ああ、優しい明久は体の弱い瑞希ちゃんの為に、Aクラスの設備を整えてあげたいのか。

そう考えて、やっぱり優しいな、なんてほのぼのしてしまった。

 

「さっきの話、Dクラスに勝てなかったら意味がないよ」

「負けるわけないさ」

 

軽く笑い飛ばして、坂本くんは自信に満ち溢れた顔で私達一人一人の顔を見た。

 

「お前らが俺に協力してくれるなら勝てる。良いか、お前ら。ウチのクラスは______最強だ」

 

力強い言葉。断言。

彼の自信が私達一人一人に伝わってくる。

 

「いいわね。面白そうじゃない!」

「そうじゃな。Aクラスの奴らを引き摺り落としてやるかの」

「…………(グッ)」

「が、頑張りますっ」

「うん。絶対皆でAクラスに勝とう!」

 

彼らもそんな坂本くんの策略に乗ったようだ。

 

「…ふふ、楽しみ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて彼女を見たとき。

それは自己紹介ではなくて。

 

彼女は覚えていないかもしれないが、僕は彼女のことを片時も忘れたことはなかった。

 

________『明久くん!』

 

あの花が咲いたような笑顔も、まだ幼かった僕に恋心を教えてくれたのは、間違いなく、あの笑顔で。

 

「…ふふ、楽しみ!」

 

そう言って綻ぶような笑みを浮かべた玲奈ちゃんは、お人好しで優しいところも、その笑顔も、やっぱりあの頃と変わってはいなかった。

 

 



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第4話 -開戦-

お久しぶりです。やっとこさ、色々落ち着いて来ましたよ。


 

 

問 以下の文章の( )に正しい言葉を入れなさい。

『光は波であって、( )である』

 

 

姫路瑞希の答え

『粒子』

 

前原玲奈の答え

『粒子』

 

教師のコメント

よくできました。

 

 

土屋康太の答え

『寄せては返すの』

 

教師のコメント

君の解答はいつも先生の度肝を抜きます。

 

 

吉井明久の答え

『勇者の武器』

 

教師のコメント

先生もRPGは好きです。

 

 

 

 

 

「吉井!木下たちがDクラスの連中と渡り廊下で交戦状態に入ったわよ!」

 

ポニーテールを揺らしながら駆けてきたのは同じ部隊に配属された島田さん。こうして改めて見ると、背は高くて脚も綺麗なのに、どこか女性としての魅力に欠ける。一体何が足りないんだろう。

 

「ああ、胸か」

「アンタの指を折るわ。小指から順に、全部綺麗に」

 

マズイ。何かのスイッチに触れたらしい。

 

「そ、それより…ホラ、試召戦争に集中しないと!」

 

そんな言葉で誤魔化して(誤魔化せていない)、なんとか戦線に集中する。

今現在、前線にいるのは秀吉率いる先行部隊で、そことFクラスの中間辺りに僕がいる中堅部隊が配置されている。引き受けた覚えもないけど、部隊長になっている以上は、僕には部隊の皆を導く義務がある。

ここは気を引き締めていこう。

 

まずは戦場の雰囲気を感じよう。耳を澄ませて、前線部隊の先頭の様子を聞き取るんだ。

 

『さぁ来い!この負け犬が!』

『て、鉄人!? 嫌だ!補習室は嫌なんだっ!』

『黙れ!捕虜は全員この戦闘が終わるまで補習室で特別講義だ!終戦まで何時間かかるかわからんが、たっぷりと指導してやるからな』

『た、頼む!見逃してくれ!あんな拷問耐え切れる気がしない!』

『拷問?そんなことはしない。これは立派な教育だ。補修が終わる頃には趣味が勉強、尊敬するのは二宮金次郎、といった理想的な生徒に仕立てあげてやろう』

『お、鬼だ!誰か、助けっ……イヤァァーー!』

 

____総員退避。

 

 

 

 

 

 

 

そんな逃げ腰を吉井くんが発揮しているとはつゆ知らず、私はといえば、瑞希ちゃんと一緒に0点しかないテストの補修を受けていた。

 

「どの教科から始めますか?」

 

補充試験の監督を務める高橋女史こと学年主任の高橋先生に問われる私たち。

確か、今回戦う相手はDクラス。制限時間が一時間もあっては3教科補充するだけでみんなやられてしまうかもしれない。

私は姫路さんみたいにすべての教科をバリバリ解けるわけじゃないから、いくつかに絞って受けることにする。

 

「現代国語でお願いします」

「わかりました。

それでは、準備が出来たら始めてください」

 

この一教科に___賭ける。

 

 

 

 

「Fクラスは全員一度撤退しろ!人混みに紛れて攪乱するんだ!」

 

相変わらずよく通る雄二の声を聞きながら、戦況が良くないことが伺える。しかし僕が今やらなくちゃいけないことはそんなことじゃない!

 

「逃がすな!個人同士の戦いになれば負けはない!追い詰めて討ち取るんだ!」

 

個々の実力に勝るDクラスだから取れる作戦。

見れば本隊の人達も分散し、追討にかかっているみたいだ。

その分、Dクラス代表である平賀くんの防備が薄くなるけど、代表である、ということはDクラスで最も点数の高かった人、ということでもある。

Fクラス相手なら、取り囲まれるようなことがない限りは負けることはないと踏んでいるのだろう。そしてその判断は間違いなく正解だ。

 

そして、こそこそ逃げ回っている僕には平賀くんの姿が見える!

 

「向井先生!Fクラス吉井が___ 」

「Dクラス玉野美紀、試験召喚(サモン)

「なっ!近衛部隊!?」

 

突如僕の目の前に現れたのは、Dクラスの女子。

いくら下校中の生徒に紛れているとはいえ、やはりFクラス所属に見える奴の動きには注意していたらしい。

 

「残念だったな、船越先生の彼氏クン?」

 

勝ち誇ったような平賀くんの顔と言動が腹立たしい。

 

「ち、違う!アレは雄二が勝手に」

「そんなに照れなくてもいいじゃないか。さ、玉野さん。彼に祝福を」

「わかりました」

 

玉野さんは既に古典の点数で武装した召喚獣を喚び出している。

 

「ちくしょう!あと一歩でDクラスを僕の手で落とせるのに!」

「何を言うかと思えば、彼氏クン。いくら防御が薄く見えても、さすがにFクラスの人間が近づいたら近衛部隊が来るに決まってるだろう?ま、近衛部隊がいなくてもお前じゃ無理だろうけど」

 

フン、と鼻を鳴らして僕を一瞥する平賀くん。うぅっ、ムカつく!死ぬほどムカつく!

 

だから僕は対抗して、片目を瞑って応えてあげた。

 

「それは同感。確かに僕には無理だろうね。だから____ 」

 

もったいぶって一息入れて、

 

「玲奈ちゃん、よろしくね」

「は?」

 

『何を言っているんだ、この馬鹿は?』といった顔をしている平賀くん。ふふん、平賀くんが玲奈ちゃんと関わりがありそうだと言うことはこの間のことでよく知っていたのさ。

だからこそ、平賀くんは玲奈ちゃんの努力や成績を知っているはず。ならば当然、Fクラスにいるなんて一ミリも思っちゃいないだろう。

それが仇になったのさ!

 

「あのう…」

 

馬鹿じゃないのか、今にもそう口走りそうな彼の後ろから、申し訳なさそうに、でも強い瞳で玲奈ちゃんは声をかける。

 

「え?あ、前原さん。どうしたの?図書室はこの廊下を使わなかったと思うけど…」

 

未だ現状をよく認識できていない平賀くん。

そりゃそうだ、彼女がFクラス所属だなんて、普通は誰も思わない。

僕だって、微塵も思っていなかったんだから。

 

「あ、そうじゃなくて…」

 

言いづらそうに萎縮して、体を小さくする玲奈ちゃん。

うーん、やっぱり秀吉よりも断然かわいい。いや、そもそも秀吉を可愛いと思ってしまうことが間違っているんだけど。

 

「Fクラスの前原玲奈です。えと、よろしく…お願いします」

「あ、こちらこそ」

「Dクラス代表の平賀くんに、現代国語勝負を申し込みます」

「……はぁ。どうも」

「じゃあ…あの、試験召喚(サモン)です」

 

『 Fクラス 前原玲奈 VS Dクラス 平賀源二

現代国語 533点 VS 129点 』

 

「え?あ、あれ?」

 

戸惑いながらも平賀くんは召喚獣を構えさせ、相対する。

けど、正直この点数差じゃ相手にならないだろうなぁ……。

玲奈ちゃんの召喚獣は見るからにとても強そうだ。二丁拳銃を携えてライフルを構える姿は勇ましい。

 

「ごめんなさいっ」

 

その大きな得物に似合わない素早い動きで相手を蜂の巣にする玲奈ちゃんの分身は相手の反撃も許さず、一撃でDクラス代表を下して、この戦いに終止符を打ったのだった。

 



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第5話 -究極の選択-

見ようによっては姫路さんアンチ・ヘイトに見えるかもしれません。そういうのが苦手な方はご注意下さいませ。ちなみに言っておくと、作者は姫路さんちゃんと好きです。努力家ってすごい。







問 以下の問いに答えなさい。

『ベンゼンの化学式を書きなさい』

 

 

姫路瑞希の答え

『C6H6

 

前原玲奈の答え

『C6H6

 

教師のコメント

簡単でしたかね。

 

 

土屋康太の答え

『ベン+ゼン=ベンゼン』

 

教師のコメント

君は化学をなめていませんか。

 

 

吉井明久の答え

『B - E- N - Z - E - N』

 

教師のコメント

あとで土屋くんと一緒に職員室に来るように。

 

 

 

 

 

Dクラス代表 平賀源二 討死

 

『うぉぉーーっ!』

 

その報せを聞いたFクラスの勝鬨とDクラスの悲鳴が混ざり、耳を劈くような大音響が校舎内を駆け巡った。

 

「すげぇよ!本当にDクラスに勝てるなんて!」

「これで畳や卓袱台ともおさらばだな!」

「ああ。アレはDクラス連中の物になるからなー

「坂本雄二サマサマだな!」

「やっぱりあいつは凄い奴だったんだな!」

「坂本万歳!」

「姫路さん愛しています!」

 

尚も姫路さんに止まらないラブコールを続けるクラスメートがすごく気になるけれど、今はこの勝利を喜ぶタイミングなので気にしないことにする。

 

___私と平賀くんとの対戦で決着のついたこの戦争。

代表である坂本くんを褒め称える声が至る所から聞こえている。

彼の作戦がなければ勝ち得なかったことだ、当然だろう。

さっきまで坂本くんがいた所を見れば、がっくりとうなだれるDクラス生徒たちの奥で、Fクラスのみんなに囲まれている姿があった。

 

「あー、まぁ。なんだ。そう手放しで褒められると、なんつーか」

 

頬をぽりぽりと掻きながら明後日の方向を見る坂本くん。あまり付き合いは長くないけど、照れているのはなんだか意外だ。

 

「坂本!握手してくれ!」

「俺も!」

 

もう英雄扱いだ。

この光景を見るだけで、彼らがどれだけあの教室に不満を抱いていたのかがよくわかる。まあ、それに関してはみんながもっと勉強すればよかったわけだけど、結局下がいることで上が育つこの仕組みはシンプルで合理的だ。私たちみたいな最底辺がいるからこそ、中途半端な()が育つのである。

 

そんなことはさておき、今回姫路さんがFクラスにいるということを見せずに戦争を終えられた。これは多分、すごく大きな功績だ。

私も現国、古典の二教科は十分補充できたし、残る教科は明日の補充で間に合わせることにする。

私は早めに切り上げて平賀くんを討ち取る役目があったので、三科目目である英語Wは中途半端な点数に終わってしまった。しかし、私の予想では次の相手はBクラス。もともと私はAクラス並みの学力があるわけじゃないから、どんなに頑張ってもBクラスと張り合うには200点以上は必要だ。そして今回の英語W、調子が良かったのか、217点という珍しくなかなか良い点数が取れた。中途半端でも、おそらくこれだけの点数があればBクラスとは戦えるだろう。

 

問題は数学である。多分頑張っても平均点以下___赤点は免れられない。数学においては明久の方がよっぽど点数を取れるだろう。

制限時間1時間で100点満点のプリントを一枚終えられない。良くても50点台、普段なら30点台常連である。公式とか訳わからないし。数学なんて滅びればいいのに。

 

そんなことを考えていた為に知らなかった。

明久が包丁を忍ばせて坂本くんに襲いかかったことも、返り討ちにあって生爪を剥がされそうになったことも。

 

 

 

 

 

「まさか、前原さんがFクラスだなんて…信じられん」

 

背中から聞こえる声に振り向くと、そこにはヨタヨタと歩み寄る平賀くんの姿があった。

 

「あ、その、さっきはごめんなさい…」

 

いたたまれない気持ちでそう告げる玲奈ちゃんに、「いや、謝ることはない」と平賀くんは続ける。

 

「すべてはFクラスを甘く見ていた俺たちが悪いんだ」

 

これも勝負だから、騙し討ちみたいになってしまったが、玲奈ちゃんが謝ることはない。だけど玲奈ちゃんは優しいから、きっと気にしているんだろう。

 

「ルールに則ってクラスを明け渡そう。ただ、今日はこんな時間だから、作業は明日で良いか?」

 

敗残の将か。なんだか可哀想に見える。これから彼は再び試召戦争を行使できる権利が回復するまでの3ヶ月間を、あの教室でクラスメートに恨まれながら過ごさなくてはならない。勝てば英雄のように扱われるのが代表なら、負ければ戦犯として扱われるのも代表なのだから。

 

「もちろん明日でいいよね、雄二?」

 

こんな姿を見て今日中に済ませろなんて言えないので、僕は雄二にそう聞いた。

 

「いや、その必要はない」

「え?なんで?」

「Dクラスを奪う気は無いからだ」

 

それが当然のことであるかのように告げる雄二。僕には雄二の言いたいことがさっぱりわからない。

 

「雄二、それはどういうこと?折角普通の設備を手に入れることが出来たのに」

「忘れたのか?俺たちの目標はあくまでもAクラスのはずだろう?」

 

打倒Aクラス。それは僕と雄二の至るべき到達点。

 

「でもそれなら、なんで標的をAクラスにしないのさ。おかしいじゃないか」

 

どうせ敵に回すのならこんな回りくどいことをせずに一気に攻め込めばいいのに。

 

「少しは自分で考えろ。そんなんだから、お前は近所の中学生に『馬鹿なお兄ちゃん』なんて愛称をつけられるんだ」

「なっ!そんな半端にリアルな嘘をつかないでよ!」

「おっとすまない。近所の小学生だったか」

「……人違いです」

「まさか……本当に言われたことがあるのか……?」

 

み、見ないで!そんな目で僕を見ないで!

 

「と、とにかくだな。Dクラスの設備には一切手を出すつもりはない」

「それは俺たちにはありがたいが……。それでいいのか?」

「もちろん、条件がある」

 

ま、そりゃそうだよね。このまま解放したらそれこそ意味がない。

 

「一応聞かせてもらおうか」

「なに。そんなに大したことじゃない。俺が指示を出したら、窓の外にあるアレを動かなくしてもらいたい。それだけだ」

 

雄二が指したのはDクラスの窓の外に設置されているエアコンの室外機。でも、この室外機はDクラスの物じゃない。ちょっと貧しい普通の高校レベルの設備でしかないDクラスにエアコンなんてものはないのだから。置いてあるのは、スペースの関係でここに間借りしている_____

 

「Bクラスの室外機か」

「設備を壊すんだから、当然教師にある程度睨まれる可能性もあるとは思うが、そう悪い取引じゃないだろ?」

 

悪い取引であるはずがない。うまく事故に見せかければ厳重注意で済み、それだけで3ヶ月もの期間をあの教室で過ごすと言う状態から逃れられるのだから。

 

「それはこちらとしては願っても無い提案だが、なぜそんなことを?」

 

平賀くんの疑問はもっとも。目標はAクラスなのにBクラスを、しかもエアコンなんて直接関係の無いものにダメージを与えてどうするつもりなんだろうか。

 

「次のBクラス戦の作戦に必要なんでな」

「……そうか。ではこちらはありがたくその提案を呑ませて貰おう」

「タイミングについては後日詳しく話す。今日はもう行っていいぞ」

「ああ。ありがとう。お前らがAクラスに勝てるよう願っているよ」

「ははっ。無理するなよ。勝てっこないと思ってるだろ?」

「それはそうだ。AクラスにFクラスが勝てるわけがない。ま、社交辞令だな」

 

じゃあ、と手を挙げてDクラス代表、平賀くんは去っていった。

 

「さて、皆!今日はご苦労だった!明日は消費した点数の補給を行うから、今日のところは帰ってゆっくりと休んでくれ!解散!」

 

雄二が号令をかけると、みんな雑談を交えながら自分のクラスへと向かい始めた。帰りの支度をするのだろう。

 

「雄二。僕らも帰ろうか」

「そうだな」

 

勝てたと言う満足感は大きいけど、正直疲労がかなり強い。まだ試召戦争は続くようだし、今日はおとなしく帰って寝ることにしよう。

 

「あ、あのっ、坂本くんっ」

「ん?」

 

皆の後を追って教室に向かおうとする雄二を呼び止める声。姫路さんだ。

 

「お、姫路。どうした?」

「実は、坂本くんに聞きたいことがあるんです」

 

胸に手を当てながら興奮気味に話す彼女。大事な話みたいだ。僕は席を外した方がいいのかな。

 

「おう。わかった」

 

なんだか寂しいなと思いながらも周りを見渡せば、そこには姫路さんを待っているのだろうか、玲奈ちゃんがいた。

 

「___玲奈ちゃんっ」

「え?…あっ、明久くん!」

「あれ?君付け?」

「結局、男の子を呼び捨てって慣れなくて…ダメかな?」

「いや、僕はどんな呼び方でも気にしないよ。

それより、今日はお疲れ様!玲奈ちゃんのお手柄だもんね」

「ええ?私は、そんな…」

 

坂本くんの指示に従ったまでだよ、と苦笑いを浮かべる玲奈ちゃんは相変わらず可愛い。

小さい頃から何も変わらず、優しくて穏やかで、僕の理想の女の子。

 

「明久くんだって」

「うん?」

「立派に戦ったんでしょう?姫路さんがいない中、格上のDクラス相手に、体を張って戦線を守ったって聞いたんだよっ」

「…………え?」

「私、それを聞いて興奮しちゃって!

美波もすごく頑張ったって聞いたし、すごいなあって思ってたの!」

 

そんなことを、まるで本当に興奮している様子で身振り手振りしながら伝えてくれる玲奈ちゃん。

 

「あはは、そんなことないよ」

 

撤退しようとしたし、島田さんを犠牲にしたし、僕は結構卑怯者だ。

その自覚はあるし、僕はそれでも構わないと思ってた。これは戦いで、戦争だから。

でも____

 

「すごいねっ!」

 

きらきらした瞳でこんなこと言われたら、がんばるしかないじゃないか。

 

「___うん。次はもっとがんばるよ」

「?うん、私もがんばるね!」

 

この愛しい人を守れるように。誰より優しい、この子のことを。

 



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第6話 -幸か不幸か-

大変長らくお待たせいたしました。
文学少女とその仲間達が帰ってまいりました。失踪気味の私ではございますが、長い目で更新を待っていただけると大変恐縮です。
なんか日本語おかしくない?


 

「うあー……づがれだー」

 

机に突っ伏す。

とりあえず四教科が終了。ただでさえテストは疲れるというのに、更に朝から船越先生(独身)とひと悶着あったから余計に疲れた。

ちなみに船越先生には近所のお兄さん(39歳/独身……お兄さん?)を紹介しておいた。昨日の呼び出しもその件だったということにした。

 

「うむ。疲れたのう」

 

いつのまにか近くに来ていた秀吉が僕の独り言に答える。

今日は髪をポニーテールにしているようだ。うぅっ。僕のストライクゾーンど真ん中じゃないか。男のくせに僕を惑わすなんて…!!

とはいっても、同じく栗色でセミロングの髪をポニーテールにしている玲奈ちゃんは更にかわいい。

さらさらの髪を高い位置でひとまとめにしているため、細くて白い首すじとうなじが見えて、思わずゴクリと生唾をのんでしまった。少しの後れ毛と、ふぅとひとつ吐いた ため息すら、恐ろしいほどの色気を感じて、僕は思わず目を逸らした。

 

「………(コクコク)」

 

僕がそうして玲奈ちゃんへの邪な気持ちを隠すようにブンブンと首を振っていると、秀吉の隣では、いつも無口で存在が薄く思われがちなムッツリーニも、秀吉や僕の会話に頷いているようだった。よし、コイツらを見て心を浄化しよう。男を見ても色気なんて………ああっ、やっぱり秀吉には並々ならぬ可愛さと色気が……!!ああでも僕には玲奈ちゃんという理想の女の子がいて…!

 

と、僕がくだらない(ようでいてとても大事な)ことで百面相していれば、隣の卓袱台で授業を受けていた雄二が突然勢いよく立ち上がった。

 

「よし、昼飯食いに行くぞ!今日はラーメンとカツ丼と炒飯(チャーハン)とカレーにすっかな」

 

そんな雄二からは全然疲れが感じられない。どういう身体の構造しているんだか。昼食のメニューも含めて。

 

「ん?吉井達は食堂に行くの?だったら一緒していい?」

「ああ、島田か。別に構わないぞ」

「それじゃ、混ぜてもらうね」

「………(コクコク)」

 

ムッツリーニが頷いているのは下心のせいだろう。島田さんに色気を求めても無駄だというのに。

 

「吉井、なんかウチの悪口考えてない?」

「滅相もございません」

 

なんて恐ろしい勘なんだ。

まぁ、とりあえず今は待ち望んだ昼休み。美味しいものでも食べて元気を出そう。

学食だからそこまで美味しいというわけでもないけど。

 

「じゃ、僕も今日は贅沢にソルトウォーターあたりを___ 」

「瑞希ちゃん、やっぱり声をかけないとみんな行っちゃうよね…?」

「は、はい…あ、あの。皆さん…」

 

立ち上がり、食堂に行こうとしたところで声をかけられた。

 

「うん?あ、姫路さん。それに玲奈ちゃんも…、一緒に食堂に行く?」

「あ、いえ。え、えっと……、お、お昼なんですけど、その…」

「昨日の約束、覚えてるかな…?」

 

姫路さんはもじもじしながら、玲奈ちゃんもそわそわと落ち着かないような様子で聞いてくる。昨日の、約束…?

僕が無い頭でなんとか思い出そうと記憶を振り絞ってみるが、昨日といえば教科書を忘れて取りに帰ったことや、姫路さんのラブレターを見て雄二を羨ましいと思ったこと、そして何より玲奈ちゃんのためにもう少し頑張ろうといつもより勉強したことくらいしか思い出せない。約束…約束…?

 

「おお、もしや弁当かの?」

「は、はいっ。迷惑じゃなかったらどうぞっ」

「わ、わたしからも!」

 

と、二人は身体の後ろに隠していたバッグを出してくる。

本当に!?姫路さんも玲奈ちゃんも、今日はテストもあるというのに、なんていい子なんだ…!

君たちのおかげで僕はもう少し長生きができるかもしれないよ!

 

「迷惑なもんか!ね、雄二!」

「ああ、そうだな。ありがたい」

「そうですか?良かったぁ〜」

「良かったね、瑞希ちゃんっ」

「はいっ、玲奈ちゃんも!」

 

ほにゃっとした笑顔で柔らかく、そして嬉しそうな表情を浮かべる二人にはほんわかとした空気が漂う。マイナスイオンたっぷりの二人の会話はまさに女の子。うんうん、これこそ僕が求める理想的な女子の会話ってやつだよ!

 

「吉井?やっぱりアンタ、ウチのこと馬鹿にしたわよね?」

「いえ全く」

「おかしいなぁ…このイライラは何なのかしら…」

「(嫉妬してるんだね、美波…カワイイ!)」

 

危ない危ない、また島田さんに怒られるところだった。この野生の勘は本当に侮れないな…と、それはさておき。

 

「それでは、せっかくのご馳走じゃし、こんな教室ではなくて屋上にでも行くかのう」

「そうだね」

 

確かに、こんな腐った畳と男の匂いしかしない場所で頂いて良いような物じゃない。屋上の気持ちのいい空間で最大級の感謝を込めて味わうべきだろう。秀吉の意見に頷く。

 

「そうか。それならお前らは先に行っててくれ」

「ん?雄二はどこか行くの?」

「飲み物でも買ってくる。昨日頑張ってくれた礼も兼ねてな」

「あ、それならわたしも…」

「いいわよ玲奈、アンタはお弁当も作ってきてくれたんだし、休憩してなさい。ウチが坂本について行くから」

「え、でも……ほんとにいいの?」

「いいっていいって!ほら、瑞希たちと先行ってて?」

「う、うん…ありがとう二人とも」

「気にするな。悪いな、島田。それじゃ頼む」

「おっけー」

 

雄二の手伝いを名乗り出ようとした優しい玲奈ちゃんを制して、柔らかな笑顔で気遣いを見せた島田さん。うーん、どういう風の吹き回しだろうか。僕だったらそのまま連れていかれてボコられるのを警戒する場面だけど。申し訳なさそうに笑ってお礼を言った玲奈ちゃんは、今日も可愛い。ポニーテールを結んでいる髪飾りがゆらりと揺れた。

 

「きちんと俺たちの分をとっておけよ」

「大丈夫だってば。あまり遅いとわからないけどね」

「そう遅くはならないはずだ。じゃ、行ってくる」

 

雄二と島田さんは財布を持って教室を出て行った。きっと一階の売店に向かったんだろう。

 

「僕らも行こうか」

「そうですね」

 

姫路さんと玲奈ちゃんが抱えていたバッグを受け取り、屋上まで歩く。律儀にお礼を言ってくれた玲奈ちゃんに笑い返しつつ、その重みに驚く。まあ全員で七人分の食事だし、雄二は食べ盛りだ。これくらいにもなるのか、と頷きつつも、随分張り切って作ってくれたことに感動する。

 

「天気が良くて何よりじゃ」

「そうですねー」

「風も気持ちいいね」

 

屋上へと続く扉の向こうには抜けるような青空が広がっている。絶好のお弁当日和だ。

 

「あ、シートもあるんですよ」

「わぁ、瑞希ちゃん気が効く!」

 

姫路さんがバッグからビニールシートを取り出す。準備も万端だ。ピクニック用のセットだったりするのだろうか。

わいわいと準備を始める僕達。幸い屋上は他に人もいなくて、僕らの貸切状態だ。

 

「うーん、気持ちいいねー」

「………(コクリ)」

 

ビニールシートの上に足を投げ出す。日差しと風が気持ちよかった。

 

「あの、あんまり自信はないんですけど…」

 

姫路さんが重箱の蓋を取る。と、同時に、気持ちよさそうに目を細めていた玲奈ちゃんも、慌てて可愛らしいピンクのバッグから驚くほど大きな重箱を取り出した。姫路さんが用意したものの数倍の大きさはあるだろうそれに、僕らは思わず「おお…」と感嘆した。

 

「玲奈ちゃん、結構大きいよね?それ」

「あ、わたし…お恥ずかしながら、よく食べるの…坂本くんも他のみんなも育ち盛り食べ盛りだろうしと思って、とりあえず多めに作ってきたんだけど…」

 

食べきれなかったら言ってね!わたしが食べるから!

と、なんとも元気よく告げた玲奈ちゃん。意外だ、見た目も可憐な玲奈ちゃんはどことなく少食のイメージがあったのだが。

しかしそんなところも可愛いというか、ギャップがあるというか、僕自身よく食べる方ではある(雄二ほどじゃないし、胃も小さくなっているから今はそんなに入らないけど)ので、気が合うな、と思わず笑ってしまった。

 

「あ、明久くん、笑わないで…」

「ち、違うよ!気が合うなって思っただけで、」

「ほんとにほんと?」

 

ぷくっとほっぺを膨らませる玲奈ちゃんがあまりにあざとくて、思わず目をそらす。しかしかろうじて出てきた「ほんとだよ…」の一言で何とか安心したらしく、表情を和らげて大きな重箱の蓋を開けた。

 

『おおっ!』

 

姫路さんが少し前に開けてくれたものと並べて、総勢6つの重箱に詰められていたのは、唐揚げやエビフライにおにぎりやアスパラ巻きなど、定番のメニューだ。玲奈ちゃんの重箱にはサンドウィッチやクロワッサンなどのパン類が入った箱のほか、肉じゃがやエビとほうれん草の胡麻和え、春巻き、ささみのチーズ揚げなどどれも手作りとは思えない仕上がりのものが並んでいて、どちらも凄く旨そうだった。

 

「それじゃ、雄二には悪いけど、先に___ 」

「………(ヒョイ)」

「あっ、ずるいぞムッツリーニっ」

 

動きの素早いムッツリーニがエビフライを摘みとった。そして、流れるように口に運び___

 

「………(パク)」

 

バタン ガタガタガタガタ

 

豪快に顔から倒れ、小刻みに震えだした。

 

「………」

「………」

「………」

 

秀吉と玲奈ちゃんと、三人で顔を見合わせる。

 

「わわっ、土屋くん!?」

 

姫路さんが慌てて、配ろうとしていた割り箸を取落す。

玲奈ちゃんも、持っていた紙コップが1つ、その膝の上に転がり落ちていた。

 

「………(むくり)」

 

ムッツリーニが起き上がった。

 

「………(グッ)」

 

そして、姫路さんに向けて親指を立てる。

多分、『すごく美味しいぞ』と伝えたいんだろう。

 

「あ、お口に合いましたか?良かったですっ」

 

ムッツリーニの言いたいことが伝わったのか、姫路さんが喜ぶ。

でもムッツリーニ、それならなぜ足が未だにガクガクと震えているんだい?僕にはKO寸前のボクサーにしか見えないよ。

 

「良かったらどんどん食べてくださいね」

 

姫路さんが笑顔で勧めてくる。そんなに嬉しそうに勧めてくれると断れない。むしろ、どんなにまずかろうとも残さず食べてやる、という気にさえなってくる。

 

___でも、僕には目を虚ろにして身体を震わすムッツリーニの姿が忘れられない。

 

(………秀吉、玲奈ちゃん。あれ、どう思う?)

 

姫路さんに聞こえないくらいの小さな声で、両隣にいる秀吉と玲奈ちゃんに話しかける。

 

(……どう考えても演技には見えん)

(だよね。ヤバイよね)

(ま、待ってください二人とも、あれは絶対に異物混入か毒を盛られたに違いありません!でなくちゃこんな悲惨なことにはならないはずです!)

(なかなか言うのうお主…さすが姉上の親友じゃ)

(と、とにかく!いくらなんでもあんな倒れ方するなんて…だってお料理ですよ?)

(だけど目の前で起こったことは現実だよ。落ち着いて玲奈ちゃん、深呼吸するんだ。そしてもう一度ムッツリーニを見てみよう)

(は、はい。___…すー、はー…すー、はー…)

 

なんとか深く深呼吸をした玲奈ちゃんが、そうっと側に倒れているムッツリーニを見遣る。

 

「やっぱりおかしいよーーーー!!!」

「玲奈ちゃん!落ち着いて!!」

「ご、ごめんなさい…つい…」

「ど、どうかしたんですか?玲奈ちゃん…」

「ううんなんでもない、なんでもないから!」

「そ、そうですか?」

 

その必死の剣幕に思わず頷いた姫路さんは、僕達の為に紙コップにお茶を注いでくれている。

 

(……明久。お主、身体は頑丈か?)

(正直胃袋に自信はないよ。食事の回数が少なすぎて退化してるから)

 

表情は当然笑顔のままだ。姫路さんにこの会話と僕らの驚愕を気取らせるわけにはいかない。若干玲奈ちゃんが荒ぶってしまったが、女の子だし僕らとは違って修羅場(?)の経験も少ないだろう。当然といえば当然だった。

 

(ならば、ここはワシに任せてもらおう)

 

勇気ある秀吉の台詞が囁かれる。

 

(そんな、危ないよ!)

(大丈夫じゃ。ワシは存外頑丈な胃袋をしていてな。ジャガイモの芽程度なら食ってもびくともせんのじゃ)

(見かけによらずタフな内蔵をしていらっしゃる…)

 

玲奈ちゃんの言う通りだ。ジャガイモの芽って確か毒だったと思うけど。

 

(でも……)

(安心せい。ワシの胃袋を信じて__)

 

外見はさながら美少女でありながら、誰よりも男らしい台詞を言おうとしたところで、

 

「おう、待たせたな!へー、こりゃ旨そうじゃないか。どれどれ?」

 

雄二登☆場。

 

「あっ、雄二」

 

止める間もなく素手で卵焼きを口に放り込み、

 

パク バタン___ガシャガシャン、ガタガタガタガタ

 

ジュースの缶をぶちまけて倒れた。

 

「さ、坂本!?ちょっと、どうしたの!?」

 

遅れてやってきた島田さんが雄二に駆け寄る。

……間違いない。コイツは、本物だ……。

ムッツリーニ同様激しく震える雄二を眺めながら、僕はそう思った。

 



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第7話 -世界は広い-

あの後、雄二は倒れたまま僕の方をじっと見て、目でこう訴えた。

 

『毒を盛ったな』、と。

 

『毒じゃないよ、姫路さんの実力だよ』

 

僕も目で返事をする。いつも一緒に行動している僕らだからこそできる技。こういう時は凄く便利だ。

 

「あ、足が……攣ってな……」

 

姫路さんを傷つけないようウソをつく雄二。昨日姫路さんが言っていた通り、確かに優しいかもしれない。

 

「あはは、ダッシュで階段の昇り降りしたからじゃないかな」

「うむ、そうじゃな」

「そうなの?坂本ってこれ以上ないくらい鍛えられてると思うけど」

 

事情のわかっていない島田さんが不思議そうな顔をする。余計なことを言い出さないうちに退場させた方が良いかもしれないな。

 

「ところで島田さん。その手をついてるあたりにさ」

 

ビニールシートに腰を下ろしている島田さんの手を指差す。

 

「ん?何?」

「さっきまで虫の死骸があったよ」

 

嘘だけど。

 

「えぇっ!?早く言ってよ!」

 

慌てて手を避ける。ここら辺は一応女の子みたいだ。

 

「ごめんごめん。とにかく手を洗ってきた方がいいよ」

「そうね。ちょっと行ってくる」

 

席を立つ島田さん。これでリスクは低減された。

 

「島田はなかなか食事にありつけずにおるのう」

「全くだね」

 

はっはっは、と男3人で朗らかに笑う。

一方その後ろ側で僕らは必死に作戦会議を行っていた。

 

(明久、今度はお前がいけ!)

(む、無理だよ!僕だったらきっと死んじゃう!)

(流石にワシもさっきの姿を見ては決意が鈍る……)

(雄二がいきなよ!姫路さんは雄二に食べてもらいたいはずだよ!)

(そうかのう?姫路は明久に食べてもらいたそうじゃが)

(そんなことないよ!乙女心をわかってないね!)

(いや、わかってないのはどちらかというとお前のことだと__)

(ええい、往生際が悪い!)

 

卒倒しそうな勢いでふわふわと意識を飛ばしている玲奈ちゃんと、そんな玲奈ちゃんを心配している姫路さんの目を盗んで、

 

(おらぁっ!)

(もごぁぁっ!?)

 

その隙に雄二の口の中一杯に弁当を押し込んだ。

目を白黒させているので、顎を掴んで咀嚼するのを手伝ってあげる。ご飯はよく噛みましょう。

 

「ふぅ、これでよし」

「……お主、存外鬼畜じゃな」

 

秀吉が何か言っているけど気にしない。

雄二が更に激しく震えているけど気にしない。

 

「お弁当美味しかったよ。ご馳走様!」

「うむ、大変良い腕じゃ」

「えっ」

 

まさか!とまるで鬼でも見たかのような形相でこちらを見る玲奈ちゃん。どうやらさっきの言葉で正気を取り戻したようだ。

 

「わ、私まだ瑞希ちゃんのお料理食べてなかったのに…」

「ごめんね玲奈ちゃん」

「すまんのぅ、ついつい箸が進んでしまったのじゃ」

「そんなに美味しかったんですか?流石だね、瑞希ちゃん!」

「えへへ、お口に合ったみたいで何よりです!」

「もちろん、とても美味しかったよ!ありがとうね!」

「ワシからも礼を言おう、ありがとう」

「あ、それじゃあ私も!ありがとう、瑞希ちゃんっ」

 

流石の演技力と言うべきか、自信があると本人が話していただけのことはあって、ころころと表情を変える玲奈ちゃん。秀吉も僕も貼り付けた笑みを剥がさない。せっかくムッツリーニと雄二が姫路さんを傷つけまいとしてくれたんだ、繋がなければ!

だけど作ってきてくれたことにお礼を言っているのはみんな同じ気持ちだ。有難く(雄二が)頂戴したのも事実。

 

「そういえば、美味しいと言えば駅前に新しい喫茶店が_____ 」

 

ここで話題を逸らしにかかる僕。これ以上下手なことを言って『それじゃ、また作ってきますね』なんてことにならないための配慮_____いや予防線だ。

 

「ああ、あの店じゃな。確かに評判がいいな」

「え?そんなお店があるんですか?」

「あ、知ってる!ラ・ペディスでしょ?私も行ってみたいなって思ってるんだ〜」

「そうそう、さすがよく知ってるね、玲奈ちゃん!」

 

とりとめのない会話が続く。作戦は成功した模様、どうやら危惧した事態は避けられそうだ。

 

「あ、そうでした」

 

姫路さんがポン、と手を打った。

 

「ん?どうしたの?」

「実はですね_____ 」

 

ごそごそ、と鞄を探る。

 

「デザートもあるんです」

「あぁっ!姫路さんアレはなんだ!?」

「明久!次は俺でもきっと死ぬ!」

 

雄二が命がけで僕の作戦を止めにかかる。

くっ、反応の良い奴め。

 

(明久!俺を殺す気か!?)

(仕方がないんだよ!こんな任務は雄二にしかできない!ここは任せたぜっ)

(馬鹿を言うな!そんな少年漫画みたいな笑顔で言われてもできんものはできん!)

(この意気地なしっ!)

(そこまで言うならお前にやらせてやる!)

(なっ!その構えは何!? 僕をどうする気!?)

(拳を貴様の鳩尾に打ち込んだ後で存分に詰め込んでくれる!歯を食いしばれ!)

(いやぁーー!殺人鬼ーー!)

(そ、それはいくらなんでも見逃せませんっ!それなら私が…!)

(((玲奈(ちゃん)は絶対ダメ(だ)(じゃ)!!!!)))

(ええええ…)

 

玲奈ちゃんが死を覚悟したような顔つきで告げた決死の覚悟も僕達は止めてみせる。それだけは許しません。それなら僕が食べます。

 

(……ワシがいこう)

(秀吉!? 無茶だよ、死んじゃうよ!)

(俺のことは率先して犠牲にしたよな!?)

 

そりゃそうだ。見た目が美少女の秀吉や中身まで完璧に美少女な玲奈ちゃんの方が雄二よりも遥かに重要度は高いんだから。

 

(大丈夫じゃ。ワシの胃袋はかなりの強度を誇る。せいぜい消化不良程度じゃろう)

(た、たしかに毒を無効化するくらい強い胃の持ち主ですし…で、でもやっぱり危険です!私の胃袋は両親からブラックホールと形容されるくらいだし、もしかしたら!)

(本当によく食べるんだね玲奈ちゃん)

(お恥ずかしながらこの中の誰より食べる自信があります…)

 

にしてはすらっとしてるよなあ、とその肢体を眺めていれば、視線に気づいたらしい玲奈ちゃんが体を抑えてこちらを睨んだ。ナニソレカワイイ。あとちょっとエロい。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いや!なんでもない!」

「あ、もしかして……」

 

姫路さんが顔を曇らせる。もしかして嫌がっているのがバレたか!?

 

「こめんなさいっ。スプーンを教室に忘れちゃいましたっ」

 

言われてみれば、容器に入っているデザートはヨーグルトと果物のミックス(のように見えるもの)だ。お箸で食べるのは難しいかもしれない。

 

「取ってきますね」

 

スカートを翻し、階下へと消える姫路さん。チャンスだ。

 

「では、この間に頂いておくとするかの」

 

戦場に向かう戦士のように秀吉が容器を手に取る。

 

「……すまん。恩に着る」

「ごめん。ありがとう」

「わ、私、やっぱり半分だけでも…」

 

申し訳なさで俯きがちな僕らにふっと笑いかけ、秀吉は言った。

 

「別に死ぬわけではあるまい。そう気にするでない。玲奈も、口直しと思ってお主のお弁当を食べることにする、気にするな」

「そう言われると途端に味に自信を失い始めてきました…」

「普通に食べられるものなら美味しいから大丈夫だよ、玲奈ちゃん…」

「すまん秀吉、頼んだぞ…!この後の玲奈のお弁当のためにも!」

「うむ。任せておけ。頂きます」

(みんな捨てないで食べようとするあたり、優しいなあ。手段がなかなか鬼畜だけど)

 

遠い目をして何か考える玲奈ちゃんはさておき、秀吉は容器を傾けて一気にかきこんだ。

 

「むぐむぐ。なんじゃ、意外と普通じゃとゴばぁっ!」

 

また一輪、花が散った。命という儚い花が。

 

「………ひっ、秀吉くーーーん!」

 

死なないでー!起きてぇー!!!と泣き叫ぶ玲奈ちゃんと、白目で泡を吹く自称『鉄の胃袋』を持つ秀吉。まさに地獄絵図。この世の終わりとも言える壮観だ。

 

「……雄二」

「……なんだ?」

「……さっきは無理やり食べさせてごめん」

「……わかってもらえたならいい」

 

 

 

 

 

 

さて、その後帰ってくる島田さんと姫路さんより先に、玲奈ちゃんの賢明な救命活動(殺菌効果のあるお茶をとにかく飲ませた)によりなんとか目を覚ました秀吉とムッツリーニ。二人が帰ってきたと同時に、僕達は口直しとも言える玲奈ちゃんのお弁当を食べ始めた。

 

「ん!このアスパラ巻き、凄く美味しいね、玲奈ちゃん!」

「ほんと!? それ、今日の自信作なの!塩加減にすごく気を使って…」

「わかるよ!アスパラの茹で加減もバッチリ!柔らか過ぎずしゃきしゃきで…」

「わぁ〜嬉しい…!明久くんってお料理得意なの?」

「え?うーん、人並みには…?」

「そうなんだ…!」

 

「なんじゃ、こちらのクロワッサンも大変美味じゃのう」

「本当ですね木下くん!さくさくの生地にバターの香りがして、とっても美味しいです〜!」

「こっちのサンドイッチも美味しいわよ!きゅうりにトマト、ハムにレタス…全部みずみずしいし、どこのお野菜使ったらこんなに美味しく出来るのかしら…」

 

「………エビフライも美味しい」

「よかったなムッツリーニ、今日は美味しいエビフライをたくさん食べられたな…」

「………(コクリ)」

「ん、肉じゃがも美味いじゃないか。玲奈は料理はよくやるのか?」

 

お料理談義に花を咲かせていた玲奈ちゃんと僕に声をかけてきた雄二。質問に対して、にこにこと笑っていた玲奈ちゃんは、少し照れたような表情をした。

 

「わ、私、さっきも言った通りよく食べるから、その…普段はダイエットも兼ねて、自分で出来る限り美味しいお野菜とか、カロリーの低いものを作るようにしてて…あとは、お母さんがお料理上手なの…」

「? いいじゃない、お料理上手なお母さん!羨ましいよ〜」

「………そう、思うでしょ?

お料理上手な母を持つと、料理に対して凄く厳しくなるの…」

 

更に遠い目をして苦笑いをする玲奈ちゃん。いったいどんなスパルタ教育のもと料理をしてきたのか、大変気になる。

 

「その昔、食べることばかりだった私に料理を作ることを勧めてきた母…自分で食べるものだし、作ってみたいと言う気持ちで軽々しく了承した私がお馬鹿だったの……っ」

「も、もういいよ玲奈ちゃん!そんなに涙目になってまで語らなくても!」

「そ、そうだぞ玲奈!忘れてくれ、今の質問ごと記憶から!」

「………美味しいことが、重要…!」

「そうじゃぞ玲奈!ほら、これも美味しいのう!」

「そ、そうですよ玲奈ちゃん!過程はどうあれ美味しいお料理なんですから!」

「そうよ!ね、玲奈も食べましょ!? ほら自信作のアスパラ巻きよ〜〜」

 

お箸を持ってこられてむぐ、と口にした玲奈ちゃんは、涙を流しながら美味しそうにむぐむぐと咀嚼する。ほらこれも、と次から次に料理を口に持っていけば、玲奈ちゃんはうっうっと泣きながらも料理を食べ続ける。その姿が妙に可愛らしく、思わず目を覆った。萌えの過剰摂取はいけない。

 

「………」

 

途中から楽しくなってきたらしい島田さんは、自身が食べることも忘れてただひたすらに玲奈ちゃんの小さなお口に料理を運び続ける。

 

むぐむぐ、もぐもぐ。

いつの間にやら泣き止んだ玲奈ちゃんは、美味しい気持ちを隠せないようにぱぁっと綻ぶような笑顔を見せ始めた。可愛い。

 

「………はっ!美波、もうだめだよ!みんなの分なくなっちゃうよ!」

「「「「正直お腹いっぱいです」」」」

 

可愛すぎる玲奈ちゃんの食べっぷりのせいでこちらはもうご馳走様です、という感じだが、それはさておき。

お腹が空いていることに違いはない僕らは、玲奈ちゃんに勧められるがまま、あれやこれやと料理を食べ進め…

 

「「「おお〜〜、完食!」」」

 

大きめの三段の重箱はあっという間に全員の胃袋の中へと消えていった。いやぁおいしかった。久しぶりの食事が身に染みる。

 

それでは全員で、ご馳走様でした!と手を合わせれば、重箱を片付けていた玲奈ちゃんはびっくりしたように目を瞬かせたあと、また綻ぶような笑顔で「お粗末様でした!」といった。

 

色々あったはものの、なかなか楽しい食事会になりました。まる。

 



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第8話 - 作戦会議 -

「そういえば坂本、次の目標だけど」

「ん?試召戦争のか?」

「うん」

 

激しくも楽しい昼食を終え、復活した皆でのんびりお茶をすする。特に秀吉には大量にお茶を飲ませる。さっきも飲んでたけどまだ飲め。何があるかわからないから。

 

「相手はBクラスなの?」

「ああ。そうだ」

 

そういえば昨日雄二が言っていた。Dクラスの窓の外に設置されている、Bクラス用のエアコン室外機に用があるって。

まさかAクラスを攻めるのにBクラスの室外機は関係ないだろうから、次の目標はBクラスだろう。

 

「どうしてBクラスなの?目標はAクラスなんでしょう?」

 

僕らの目標はAクラスだ。通過点に過ぎないBクラスを相手にする理由がわからないのだろう。僕もわからないし。

 

「正直に言おう」

 

雄二が急に神妙な面持ちになる。

 

「どんな作戦でも、うちの戦力じゃAクラスには勝てやしない」

 

戦う前から降伏宣言。雄二らしくもない。

______とはいえ、無理もないだろう。文月学園はAからFの六クラスから成るけど、Aクラスは格が違う。別次元だと言ってもいい。五十人のAクラス生徒のうち、四十人はまだいい。Bクラスよりも少々点数が上の普通の生徒だ。

でも、残り十人がヤバイ。特に代表をやっている霧島翔子さん。彼女の力は想像を絶する。奇襲が成功して僕らが彼女一人を取り囲んだとしても、おそらく返り討ちに遭ってしまうだろう。

どんな作戦を練ろうとも、代表を討ち取れない限り勝利はない。止めを刺せない以上、僕らに勝ち目はないだろう。

 

「それじゃ、ウチらの最終目標はBクラスに変更ってこと?」

 

AクラスほどじゃないけどBクラスの設備だって立派過ぎるほどに立派だ。皆には何の不満もないだろう。

 

「いいや、そんなことはない。Aクラスをやる」

「雄二、さっきと言ってることが違うじゃないか」

 

島田さんの台詞を引き継ぐように間に入る。Aクラスに勝てるかどうかは僕にとって大きな問題だ。

 

「クラス単位では勝てないと思う。だから一騎打ちに持ち込むつもりだ」

「一騎打ちに?どうやって?」

「Bクラスを使う」

「なるほど…」

 

納得したように頷く玲奈ちゃん。使う?Bクラスを?なににどうやって?

 

「試召戦争で下位クラスが負けた場合の設備はどうなるか知っているな?」

「え?も、もちろん!」

 

知らない。

 

(明久くん、下位クラスは負けたら設備のランクを一つ落とされるんだよ)

 

玲奈ちゃんの助け舟。なるほど、そうだったのか。

 

「設備のランクを落とされるんだよ」

「……まあいい。つまり、BクラスならCクラスの設備に落とされるわけだ」

「そうだね。常識だね」

「では、上位クラスが負けた場合は?」

「悔しい「相手クラスと設備を入れ替えられてしまいます」……だよ!」

「ムッツリーニ、ペンチ」

「ややっ。僕を爪切り要らずの体にする動きがっ」

 

間違ってはいないと思うんだけど。悔しいよね?

そしてありがとう玲奈ちゃん。でも玲奈ちゃんのフォローも虚しく爪剥がされそうになったよ。

 

「つまり、うちに負けたクラスは最低の設備と入れ替えられちゃうんだね」

「ああ、その通りだ玲奈。…そのシステムを利用して、交渉をする」

「交渉、ですか?」

 

姫路さんの疑問に、雄二はゆっくりと頷く。

 

「Bクラスをやったら、設備を入れ替えない代わりにAクラスへと攻め込むよう交渉する。設備を入れ替えたらFクラスだが、Aクラスに負けるだけならCクラス設備で済むからな。まずうまくいくだろう」

「ふんふん。それで?」

「それをネタにAクラスと交渉する。『Bクラスとの勝負直後に攻め込むぞ』、といった具合にな」

「なるほどねー」

 

学年でも二番手のクラスと戦った後に休む暇なくまた戦争。これはきついだろう。

Fクラスも連戦だけど、僕達には不満という原動力がある。そもそも頭は悪いけど体力の余っている野郎がほとんどのクラスだし。

でもAクラスはそうじゃない。勝っても何も得られないし、Fクラス相手に時間を食うのも嫌がるはず。モチベーションの差は歴然としている。

 

「じゃが、それでも問題はあるじゃろう。体力としては辛いし面倒じゃが、Aクラスとしては一騎打ちより試召戦争の方が確実であるのは確かじゃからな。それに_____ 」

「それに?」

「そもそも一騎打ちで勝てるのじゃろうか?こちらに姫路がいることはまだ知れていないじゃろうが、文系科目…特に現国や古文においてはあの霧島にも引けを取らない玲奈の存在はすでに知れ渡っていることじゃろう?」

 

FクラスがDクラスに勝ったとなると、当然その勝ち方に注目が集まる。前回は玲奈ちゃんの活躍で姫路さんの存在を隠すことは出来たが、玲奈ちゃんの存在はもはや周知の事実となっていることだろう。そうなると、相手も玲奈ちゃんに対してなんらかの対策を練ってくるはず。更に、Bクラス戦では姫路さんを隠すことは不可能。Aクラスと戦う時には姫路さんのことも相手に知れることになるのは明白だ。

 

「その辺に関しては考えがある。心配するな」

 

僕の不安とは対照的に自信ありげな雄二。

 

「とにかくBクラスをやるぞ。細かいことはその後に教えてやる」

「ふーん。ま、考えがあるならいいけど」

 

勝算がなければこんなことは言い出さないだろうし。

 

「で、明久」

「ん?」

「今日のテストが終わったら、Bクラスに行って宣戦布告をしてこい」

「断る。雄二が行けばいいじゃないか」

 

今更どの面下げてそんなことを。

 

「やれやれ。それならじゃんけんで決めないか」

「じゃんけん?」

 

うーん、ま、問答無用で行かされるよりはマシか。

 

「OK。乗った」

「あ…」

「よし。負けた方が行く、で良いな?」

 

何やら少し悲しそうな顔をしている玲奈ちゃん。え、なんで?

とりあえず雄二にこくりと頷いて返す。

 

「ただのじゃんけんでもつまらないし、心理戦ありでいこう」

 

そんな雄二の提案。心理戦って、あれか。何を出すかを言って、その裏をかくのかどうかっていうやつ。なるほど面白い。

 

「わかった。それなら僕はグーを出すよ」

 

じゃんけんの構えを取りながら雄二に告げる。

 

「そうか。それなら俺は_____ 」

 

さて、雄二はどう考えるだろう。僕がそのまま正直にグーを出すと思うのか。それとも裏をかいてくると思うのか。こうなるとじゃんけんも知的な競技になるね。

 

「お前がグーを出さなかったらぶち殺す」

 

ちょっ……!なにその心理戦!?

 

「行くぞ、じゃんけん」

「わぁぁっ!」

 

パー(雄二) グー(僕)

 

「ああ…」

「決まりだ。行って来い」

「絶対に嫌だ!」

 

玲奈ちゃんが可愛い顔を覆っているのが見える。ごめんね雄二がクソなばっかりに!

 

「Dクラスの時みたいに殴られるのを心配しているのか?」

「それもある!」

「それなら今度こそ大丈夫だ。保証する」

 

まっすぐな目で雄二が僕を見つめてくる。

騙されるもんか!そうやってまた酷い役割を押し付ける気なんだ!

 

「何故なら、Bクラスは美少年好きが多いらしい」

「そっか。それなら確かに大丈夫だね!」

 

これは僕にしかできない任務だ。責任重大だぞ。

 

「でも、お前不細工だしな………」

 

ため息混じりに雄二がつぶやく。なんだとこのっ!

 

「失礼な!365度どこからどうみても美少年じゃないか!」

「5度多いぞ」

「実質5度じゃな」

「二人なんて嫌いだっ」

 

一年365日と混ざっちゃっただけなのに、人のちょっとした間違いを馬鹿にして!ちくしょー!

 

「とにかく、頼んだぞー」

 

雄二の言葉を背中に受けて昼食はお開きになり、再びテスト漬けの午後が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言い訳を聞こうか」

 

僕はBクラスの暴行で千切れそうになった袖を抑えながら、雄二に詰め寄った。

放課後の教室には僕ら以外誰もいない。

 

「予想通りだ」

「くきぃー!殺す!殺し切る!」

「落ち着け」

「ぐふぁっ!」

 

み、鳩尾強打……。あんまりだ……。

 

「先に帰ってるぞ。明日も午前中はテストなんだから、あんまり寝てるんじゃないぞ」

 

爽やかに言い残して教室を出て行く雄二。外道め。

 

「うぅっ…」

 

何とか痛む腹を抑えながら匍匐前進で教室を出ようとすると、外から何やら声が聞こえた。

 

「………だろ?………なんだ………れよ」

「嫌………!何度………じゃな………か………!」

 

何だ?と思わずこっそり廊下を覗き込むと、そこには玲奈ちゃんと、外道で有名な根元の姿が。

 

(何だ…?あの二人、知り合いだったのかな?)

 

確かに、玲奈ちゃんと根元は去年同じクラスだったような気がする。しかし、なにやら玲奈ちゃんは嫌がっているようだ。

仕方なく、痛む腹を押さえて玲奈ちゃん達の方へと歩いていく。

 

「…何してるの?」

「…!明久くん、」

「おや、君は…」

 

根元くんはどうやら僕を知っているらしい。が、まあ当たり前と言えば当たり前だ。僕は馬鹿の代名詞、「観察処分者」と言う名を着せられた哀れな(美少年)生徒。

その名を知っていてもおかしくはない。

 

にしてもこんなダサい格好で玲奈ちゃんに会うとは、と溜息を吐きたくなる衝動を抑えつつ、その状況を分析する。

掴まれた玲奈ちゃんの細い手首、抱えられた腰、近すぎる距離、嫌がる玲奈ちゃんの目には涙。

 

「………強姦なら訴えるぞ?」

 

にこ、と笑顔でそう呟く。痛む身体も気にならない。

思わずもう反対の細い手首を引き寄せた。

 

「…っ!」

 

ぎゅ、と抱きしめた柔らかな玲奈ちゃんの体が震えているのがわかる。僕の怒りは更に沸々と湧き上がる。

 

「……まさか。強姦だなんて、そんな言い方はよしてくれよ。僕は、彼女と少し世間話をしていただけじゃないか」

「そんな風には見えなかったけど?それに、世間話なら玲奈ちゃんが泣く理由はないじゃないか」

「彼女が泣いていた?君の見間違いじゃないのか。

_____なあ、玲奈?」

 

名前を呼ばれて、玲奈ちゃんはびくりと体を縮こまらせた後、すぐに上目遣いに僕をみた。その顔はすでに笑顔だった。

 

「そうだよ明久くん、ほら!私元気だし!」

 

ありがとうね、と呟いて可愛らしい笑みを浮かべた玲奈ちゃん。

だけど僕は騙されたりしない。

 

_____僕の好きな玲奈ちゃんは、いつも花がほころぶような優しい笑顔で笑うんだ。こんな作り笑いじゃない。演技の上手な玲奈ちゃんでも、こんなに下手糞に笑うのは初めて見た。

 

「…恭二くん、それじゃまたね」

 

「ああ。

………玲奈が大事なら、せいぜい守れよ?騎士(ナイト)くん」

 

ニヤリと笑う根本くんに、嫌悪にも似た感情を覚える。

 

「……そうさせてもらうよ」

 

睨むことさえ馬鹿らしく、冷え切った目で相手を見れば、少し怯む。場馴れも喧嘩慣れもしてないのバレバレだよ。

 

「いこう、玲奈ちゃん」

 

「う、うん…」

 

ちらりとまた、根本くんを見て悲しそうな顔をする玲奈ちゃん。

一体こいつが何をして、玲奈ちゃんに何を言ったのかなんてわからないし、玲奈ちゃんは誤魔化すつもりみたいだけど。

 

僕は、この男を許さない。絶対に。

 

 

 



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第9話 - 戦争開始 -

問 以下の問いに答えなさい。

『goodおよびbadの比較級と最上級をそれぞれ書きなさい』

 

姫路瑞希の答え

『good ― better ― best

 bad ― worse ― worst 』

 

教師のコメント

その通りです。

 

 

前原玲奈の答え

『good ー better ー best

bad ― worse ― worst』

 

教師のコメント

前原さんには簡単すぎましたかね。

 

 

吉井明久の答え

『good ― gooder ― goodest』

 

教師のコメント

まともな間違え方で先生驚いています。

goodやbadの比較級と最上級は語尾に-erや-estをつけるだけではダメです。覚えておきましょう。

 

 

土屋康太の答え

『bad ― butter ― bust』

 

教師のコメント

『悪い』『乳製品』『おっぱい』

 

 

 

 

 

「さて皆、総合科目テストご苦労だった」

 

教壇に立ち、皆を労う雄二。

僕はといえば、昨日のBクラス代表である根本くんと玲奈ちゃんの不穏な会話に不安を覚え、未だふつふつとこみ上げる怒りのままに試召戦争を迎えようとしていた。

 

「午後はBクラスとの試召戦争に突入する予定だが、殺る気は充分か?」

 

『おおーっ!』

 

それにしても、我らがFクラスのモチベーションは全く下がっていないみたいだ。最低戦力であるFクラス(ぼくたち)の唯一の武器であると言ってもいいだろう。

 

「今回の戦闘は敵を教室に押し込むことが重要になる。その為、開戦直後の渡り廊下戦は絶対に負けるわけにはいかない」

 

『おおーっ!』

 

「確実に勝つ為、前線部隊は玲奈と姫路が指揮を取る。臆することなく、死ぬ気で戦え!」

 

『おおーっ!』

 

「が、頑張ります」

 

「ますっ」

 

姫路さんと玲奈ちゃんの存在によって、Fクラスの士気はさらに高まった。

Fクラスの最高戦力が揃い踏みで僕たちと一緒に前線に出るのだから当然だよね。それに玲奈ちゃんや姫路さんはFクラスのアイドルと言っても過言じゃないし。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

昼休み終了のベルが鳴り響く。開戦だ!

 

「よし、行ってこい! 目指すはシステムデスクだ!」

 

『サー、イエッサー!』

 

雄二の指示でFクラスのメンバーが教室から飛び出していく。

Bクラスを目指して駆けつつ、僕は何気なく振り向いた。

 

「ん?」

 

今気が付いたけど、姫路さんの姿がない。

姫路さんの体が弱いことを考えると、恐らく僕たち男連中のスピードに追いつけないんだろう。

 

「玲奈ちゃんはこのまま僕と前に。島田さん、秀吉!」

 

「どうしたの?」

 

「なんじゃ明久、何かあったのか?」

 

近くで一緒に走っていた島田さん達に、姫路さんがいないことを伝えて、姫路さんと合流するようにお願いする。

昨日の一件もある今、僕は玲奈ちゃんからあまり離れたくない。

 

「姫路さんが遅れてるみたいなんだ。Bクラスが束で姫路さんに奇襲をかけたりしたら、いくら姫路さんでも勝てないかもしれない。いったん二人で引き返して、姫路さんと合流してきて欲しい」

 

「なるほどのぅ、了解した」

 

「吉井にしちゃ賢明な判断じゃない、そっちは任せたわよ!」

 

二人がUターンして戻っていくのを確認して、僕と玲奈ちゃんは先を急ぐ。少し心配そうな玲奈ちゃんだけど、あの二人はなんだかんだFクラスの主戦力たち。特に島田さんは数学ならBクラスにも引けを取らないだろう。

 

僕たち前線部隊は、とにかく全力でBクラスへと廊下を駆け抜けた。

 

今回は数学を主武器に、英語のライティングや物理など立ち会いの教師を出来るだけ多くして、一気に勝負をかける。

 

「いたぞ、Bクラスだ!」

 

「高橋先生を連れているぞ!」

 

正面にはゆっくりとした足取りでこちらに向かってくるBクラスの生徒。

十人程度しかいないみたいだから、今は様子見ってとこかな。

 

「あ、あのっ、出来るだけ一人で相手をせず、三人一組(スリーマンセル)で行動してくださいっ!」

 

『おうっ!』

 

敵と交戦する前に味方に指示を出す玲奈ちゃん。昨日の一件はさておき、今は試召戦争に集中しているみたい。心配することはなかったのかな。

それはさておき、多対一なら、少なくとも早々にやられたりはしないだろうと思うけど、高橋先生と言えば総合科目。

となるとちょっとまずかったりしないだろうか。点差的に。

 

そんな僕の心配をよそに、両陣営がぶつかり、Bクラス戦が始まった。

 

 

 

 

『Bクラス 野中長男

     VS 

 Fクラス 近藤吉宗

      武藤啓太

      君島博

 

 総合   1943点

     VS

      764点

      682点

      706点 』

 

 

 

 

三人がかりでなんとか点数が並んでいる感じだ。

戦力を削られないのはいいけど、このまま拮抗して勢いを殺されると困る。

 

「高橋先生っ、Fクラス、前原玲奈が行きます――試獣召喚(サモン)!」

 

玲奈ちゃんの声に応えて魔方陣が展開される。

そこに現れたのは、愛らしい姿の玲奈ちゃんの召喚獣。

姫路さんの召喚獣と似たような、強そうだけど可愛らしいその姿。

でも可愛いのは姿だけで、その点数は驚異的だ。

 

 

 

 

『Bクラス 満島春香

     VS 

 Fクラス 前原玲奈

 

 総合   1834点

     VS

      3276点 』

 

 

 

 

「前原玲奈だ!」

 

「“図書委員長”か……!」

 

「一気に攻めて討ち取るぞ!」

 

「ああ!」

 

Bクラスが玲奈ちゃんの周囲を取り囲む。

だけど僕は知っている。そんな包囲は、玲奈ちゃんにとってはまるで問題にならないってこと。

 

「皆さん、失礼します…!」

 

玲奈ちゃんの召喚獣は、華麗な動きで取り囲んでいたBクラス達の包囲から抜け出すと、彼らに向けてその大きな剣先を振りかざす。

そう、例えるなら某召喚システムゲームの青い王様のように。

その剣は光を纏って。

玲奈ちゃんが放ったエクス○リバーはあっという間にBクラスの召喚獣を戦死に導いていた。

 

「さすがだよ玲奈ちゃん!Bクラスじゃ相手にならないね!」

 

「そ、そんなことないよっ!特殊能力のおかげだよ…!」

 

謙遜する姿も可愛い。とにかく可愛い。

あわあわと両手を左右に振る姿すら清楚で可愛いなんて玲奈ちゃんくらいしかいない気がする。

 

「は、濱田達がやられた!」

 

「岩下と菊入も戦死したぞ!」

 

「なっ!そんな馬鹿な!?」

 

「前原玲奈に姫路瑞希、噂以上に危険な相手だ!」

 

どうやら姫路さんも無事到着して参戦していたらしい。

多分岩下さんと菊入さんという生徒を倒したんだろう。流石です。

 

「み、皆さん、頑張ってくださいー」

 

「やったるでぇーっ!」

 

「姫路さんサイコーッ!」

 

姫路さんの指揮官らしくない指示も、彼らにとっては効果絶大だ。

Bクラスの先鋒のほとんどを討ち取り、逆にこちらの被害はかなり少ないように見える。

 

「中堅部隊と入れ替わりながら後退! 戦死だけはするな!」

 

Bクラスの指示が聞こえる。

少しずつ相手を下がらせるという作戦は成功しているみたい。

 

けど、このペースだと今日中の決着は無理かもしれない。

雄二はどうするつもりなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「明久よ、わしらは教室に戻るぞ」

 

「んぇ?なんで?」

 

「Bクラスの代表じゃが……あの根本らしい」

 

「根本って、あの根本恭二?」

 

「うむ」

 

なるほど、秀吉も根本くんの最悪の噂はかねがね…って感じみたいだね。それだけ根本くんの評判が悪いんだけど。

もちろん僕も、昨日の一件もあるし、出来うる限り根本くんと玲奈ちゃんが関わる状況は避けたいし、根本くんの評価なんて最低ランクだ。

 

「あの…差し出がましいようだけど、坂本くんには、恭二くんが代表だって伝えてあるよ。心配いらないと思うんだけど…」

 

「じゃが、相手があの根本ではな。何をしてくるかわからんじゃろう?」

 

「念の為に戻った方がいいかもね」

 

玲奈ちゃんも現状特に問題はなさそうだし、少しくらいなら離れていても大丈夫かな。一応島田さんに近くにいてもらうようにお願いしよう。

 

不安そうな玲奈ちゃんを安心させるべくにこりと笑って、僕たちは島田さんに声をかけ、教室へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこうくるとはのう」

 

「卑怯、だね」

 

俺達が教室に戻ると、そこには穴だらけになった卓袱台、折られたシャープや千切れた消しゴムが散乱していた。

 

「酷いね。これじゃ補給がままならない」

 

「うむ。地味じゃが、点数に影響の出る嫌がらせじゃな」

 

酷い有様の教室。

けれど、特に酷いのは…

 

「………」

 

おそらく教科書だったであろうものを彼女の鞄から取り出し、眺める。

彼女の名前は真っ二つにされていたし、教科書をぱらりとめくれば根も葉もない、心無い悪口が埋め尽くされていた。

 

「これはまた、一段と酷いのう…」

 

「……見たところ、ここまで酷いのは玲奈のものだけだな」

 

後ろから雄二達が鞄の中を覗き込む。

 

「玲奈ちゃんは、一年の時根本くんと同じクラスだったはず。

ちょっと前には付き合ってるんじゃないかって噂もあったんだけど、噂は噂のままだった。

 

確か、玲奈ちゃんに告白したけど、根本くんは振られたって。

その腹いせのつもりなのかもしれない」

 

 

「……」

 

「でも、ここまでされるいわれは無いよね。

 

僕、知ってるんだよ。玲奈ちゃんは教科書ひとつだってすごく丁寧に扱うんだ。それが“本”という形を持っている限り、玲奈ちゃんにとってこれは宝物で、大事にしたいもの」

 

「…」

 

「……どうしよう」

 

「…明久、」

 

「僕、根本くんを許せそうにないよ」

 

「………うむ。噂に違わぬ外道じゃ」

 

「キツめのお灸を据えてやる必要がありそうだな」

 

良かった、みんなも同じ気持ちだったみたいだ。

許せないよ、根本くん。僕は君を許せないし、許さない。

 

泣かせた。

傷つけた。

彼女の大事なものまで奪った。

あまつさえ、彼女に触れた。

 

 

 

_____死刑でも文句を言う立場にないよね。根本くん?

 

 

 

 



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第10話 - 協定違反 -

「明久。とりあえずワシらは前線に戻るぞい。玲奈のことも心配じゃ」

 

そう言うと、秀吉は教室を駆け足で出ていく。

 

「ん。じゃあ雄二、あとよろしく」

 

「おう。シャープや消しゴムの手配をしておこう」

 

手を挙げる雄二に背を向けて、秀吉を追いかけ走り出す。

そこまで全力で走っていなかったのか、すぐに追いつくことが出来た。

 

「なんか…まだまだ色々やってきそうだよね。玲奈ちゃんのこともだけど…」

 

「うむ、この程度で終わるとは思えんのう。気を引き締めた方が良さそうじゃ」

 

次はどんな姑息な手を使う気だろうか。全く、そっちの方が戦力的には圧倒的に有利なんだから、正面から迎え撃つくらいの気概があってもいいのに。

 

っと、そろそろ戦場が見えてきた。

 

「では、くれぐれも用心するのじゃぞ!玲奈のこともよく見ておくのじゃ!」

 

「秀吉もね!玲奈ちゃんのこと任せたよ!」

 

互いに警告し合い、それぞれの部隊に戻る。

秀吉が向かう先は廊下戦。最高戦力である玲奈ちゃんと姫路さんが集い、Bクラスを押し込めている戦線だ。玲奈ちゃんの教科書があんなことになっていた以上、根本くんが玲奈ちゃんに対し何か卑怯なことをする可能性は十分にある。秀吉もそれはわかっているみたいだ。

 

心配もしてるし、僕が守ってあげたいとも思うけど、これはあくまで戦争。今は僕の私情をつき通すわけにはいかないし、秀吉のことは信用も信頼もしてるからね。

 

「吉井!戻ってきたか!」

 

出迎えてくれたのは須川くん。でもそれはおかしい。

部隊は副官である島田さんが指揮をとっているはずなのに。

 

「待たせたね!戦況は?」

 

「かなりマズイことになっている」

 

「え!? どうして!? 」

 

向こうから本隊が出てきたわけでもなさそうだし、戦力としては負けるはずがないのに、どうして。

 

「島田が人質に取られた」

 

「なっ!?」

 

今度は人質か!卑怯な手段の王道じゃないか!

 

「おかげで相手は残り二人なのに攻め倦んでいる。どうする?」

 

現在、僕の部隊はそのせいで敵と睨み合いになっているらしい。

 

「…そうだね。とりあえず状況を見たい」

 

「それなら前に行こう。そこで敵は道を塞いでいる」

 

須川くんが前を歩き、僕があとに続く。

僕の部隊の人垣をぬけると、そこには須川くんの言う通り、二人のBクラス生徒と捕らえられた島田さん及びその召喚獣の姿があった。

 

そして、そばには補習担当講師もいる。

 

「島田さん!」

 

「よ、吉井!」

 

なんだかドラマみたいだ。

 

「そこで止まれ!それ以上近寄るなら、召喚獣にとどめを刺してこの女を補習室送りにしてやるぞ!」

 

島田さんを捕らえている敵の一人が僕を牽制してきた。

そうか、数少ないウチの女子をただ戦死させるんじゃなく、人質にとって補習室送りをちらつかせ、こちらの士気を挫く作戦か。うまいやり方だ。

 

このまま攻め込めば、僕らが相手を倒す前に島田さんにとどめを刺され、補習室送りにされて辛い思いをさせてしまう。

 

……………問題ないな。

 

「総員突撃用意ぃーっ!」

 

「隊長それでいいのか!?」

 

仕方ないさ!戦争に犠牲は付き物なんだ!

決して日頃痛めつけられている仕返しじゃなくて、これは指揮官として必要な判断なんだ!

 

「ま、待て吉井!」

 

敵からちょっと待ったコールが入る。往生際が悪いな。

 

「こいつがどうして俺たちに捕まったと思ってるんだ?」

 

「バカだから」

 

「殺すわよ」

 

え?何?どうして人質にされている島田さんに僕が気圧されてるの?

 

「コイツ、お前が怪我したって偽情報を流したら、部隊を離れて一人で保健室に向かったんだよ」

 

なんだって!?

 

「島田さん…」

 

「な、なによ」

 

島田さんの顔は心なしか赤い。

 

「怪我をした僕にとどめを刺しにいくなんて、アンタは鬼か!」

 

「違うわよ!」

 

恐ろしい。これじゃおちおち保健室で昼寝もできないじゃないか。

 

「ウチがアンタの様子を見に行っちゃ悪いっていうの!? これでも心配したんだからね!」

 

え………?

 

「島田さん。それ、本当?」

 

「そ、そうよ。悪い?」

 

ぷいっと顔を背ける島田さん。

そっか。僕のことを心配してくれたのか。あの島田さんが……

 

「へっ。やっとわかったか。それじゃ、おとなしく」

 

「総員突撃ぃーっ!」

 

「どうしてよっ!?」

 

どうして?そんなの決まってるじゃないか!

 

「あの島田さんは偽物だっ!変装している敵だぞ!」

 

変装するべき相手を間違えたな!あの島田さんにそんな優しさがあるわけがない!嬉々として僕を()りに来るに決まってるじゃないか!

 

「おい待てって!コイツ本当に本物の島田だって!」

 

狼狽するBクラスの生徒。

 

「黙れ!見破られた作戦にいつまでも固執するなんて見苦しいぞ!」

 

「だから本当に_____!」

 

 

 

『Bクラス 鈴木二郎

 英語W  33点

 

VS

 

Fクラス 田中明

 英語W 65点』

 

 

『Bクラス 吉田卓夫

 英語W 18点

 

VS

 

Fクラス 須川亮

 英語W 59点』

 

 

 

まずは死にかけ二人を撃破!召喚獣にとどめを刺す!

 

「ぎゃぁぁぁー……!」

 

「たすけてぇー……!」

 

近くにいた補習講師に連行される二人。いい気味だ。

 

さて、残りは _____

 

「皆、気を付けろ!変装を解いて襲いかかってくるぞ!」

 

この島田さんモドキをどうするかだ。

 

「よ、吉井、酷い……。ウチ、本当に心配したのに……」

 

「まだ白々しい演技を続けるか!この大根役者め!」

 

島田さんはそんな台詞を吐いたりはしない!

 

「本当だよ!本当に心配したんだから!」

 

「取り囲むんだ。いくらBクラスでも、この人数なら勝てるから」

 

「本当に、

『吉井が瑞希のパンツ見て鼻血が止まらなくなった』って聞いて心配したんだから!」

 

「包囲中止!これ本物の島田さんだ!」

 

こんな嘘に騙されるのは彼女以外いない。

 

「島田さん、大丈夫だった?」

 

床に座り込む彼女に手を差し伸べる。くそっ、Bクラスめ、なんで卑怯な真似を。

 

「………」

 

素直に僕の手に掴まり、立ち上がる島田さん。珍しい。

 

「無事でよかったよ。心配したんだからね」

 

「………」

 

「教室に戻って休憩するといいよ。疲れているでしょ?」

 

「………」

 

「それにしても、卑怯な連中だね。人として恥ずかしくないのかな?」

 

「………」

 

島田さんのリアクションがない。

なんか、やりにくいな。

 

「あー、島田さん。実はね」

 

「……なによ」

 

やっと帰ってきたリアクション。

こちらを向いてくれた彼女に対してお礼の気持ちを込めて、僕の出来る最高の笑顔を作る。

 

「僕、本物の島田さんだって最初から気付いていたんだよ?」

 

殺されかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここはどこ?」

 

目を覚ますと汚い天井が視界に入る。

そこは………ああ、教室か。

 

「あ、気がつきましたか?」

 

近くから可愛らしい声が聞こえてくる。この声は姫路さんだな。

 

「心配しましたよ?吉井くんってば、まるで誰かに散々殴られた後に頭から廊下に打ち付けられたような怪我をして倒れているんですから」

 

それ正解。

 

「いくら試召『戦争』じゃからといって、本当に怪我をする必要はないんじゃぞ?」

 

いや、あれは戦争というより一方的な虐殺だったような。

 

「ちょっと色々あってね。それで試召戦争はどうなったの?」

 

畳に横たわっているのが気持ちいい。もはや体も動かしたくない。ていうかさっきから視界がおかしい。

なんか柔らかいし、畳にしては布っぽい感触が頬にあるし。視界の隅には白い肌と赤いスカートが……って、え?

 

「……………ゑ?」

 

「明久くん、大丈夫…?身体とか痛くない?すごい怪我だったから本当に、本当に心配したんだよ…!?」

 

「………………………玲奈ちゃん。僕今キミの膝の上に頭を乗せていたりするのかな?」

 

「え?うん、その通りだけど…」

 

ゴンッ。

今すぐに頭を床に落として這いつくばって土下座したい。

むしろしよう。頭を床に落とすところまでは完璧に行えたし、あとは土下座して謝罪するだけだよね。

 

「あっ!もう明久くん、今は身体を休めないとなんだから勝手に降りちゃだめ!」

 

「幸せ者じゃな、明久よ…」

 

「私だって、吉井くんに膝枕したいのに…」

 

姫路さんが何か言った気がするけど聞こえなかった。

そして秀吉、たとえこれが幸せな状況でも僕はこれを甘受できないよ?

好きな女の子に膝枕されてるんだよ?そんな簡単に受け入れられないんだけど???

 

「玲奈ちゃん、お願いだから膝から下ろして。もう立てるから」

 

「ほんと?もう体痛くない?頭は?強打してたから、」

 

「大丈夫!大丈夫だから!!」

 

だからもうお願いだからこの幸せな太ももから解放してください!!!

 

「そこまで言うなら…うん、よいしょ…っと」

 

玲奈ちゃんは僕の頭を優しくどかして畳にゆっくりと下ろしてから、僕がうまく起き上がれるように背中に手を当てて起こしてくれる。まるで介護されている気分だ。

 

「…気を失っていた明久に説明すると、今は協定通り休戦中じゃ。

続きは明日になるじゃろうな」

 

「戦況は?」

 

「一応計画通り教室前に攻め込んだ。もっとも、こちらの被害も少なくはないがな」

 

雄二がこちらの被害を書いたメモを読み上げる。

どれも予想の範囲内だけど、こちらの被害もかなり大きい。

廊下戦は圧勝に見えるけどそれはこちらがほぼ全力を注いだ結果で、全体としては決していい状態ではない。

 

「ハプニングはあったけど、今のところ順調ってわけだね」

 

「まぁな」

 

でも、相手はあの根本恭二だ。絶対にまだ何かを企んでいるはず。

 

「…………(トントン)」

 

「お、ムッツリーニか。何か変わったことはあったか?」

 

気が付けばムッツリーニがそばに来ていた。

今日のムッツリーニは情報係で、戦闘には直接参加せずに周囲を警戒していた。相手の動きを逃さずチェックする為だ。

 

「ん?Cクラスの様子が怪しいだと?」

 

「………(コクリ)」

 

ムッツリーニの話によると、どうやらCクラスが試召戦争の用意を始めているとのこと。まさかAクラス相手に戦おうだなんて考えているわけないから_____

 

「漁夫の利を狙うつもりか。いやらしい連中だな」

 

雄二の言う通り、この戦争の勝者を相手に戦うつもりなのだろう。

疲弊している相手ならやりやすいだろうから。

 

「雄二、どうするの?」

 

「んー、そうだな」

 

ちらりと時計を見る。四時半、まだそんなに遅い時間じゃない。

 

「Cクラスと協定でも結ぶか。Dクラス使って攻め込ませるぞ、とか言って脅してやれば俺達に攻め込む気もなくなるだろ」

 

「それに、僕らが勝つなんて思ってもいないだろうしね」

 

Cクラスが僕らと結ぶのはそう難しい話ではなさそうだ。

 

「よし。それじゃ今から行ってくるか」

 

「そうだね」

 

痛む身体に活を入れて立ち上がる。うん、特に動きに支障はなさそうだ。

 

「明久くん、本当に大丈夫?頭痛んだり、立ちくらみしたりとか…」

 

「大丈夫だって、玲奈ちゃんは心配性だね」

 

「でも、本当にひどい怪我で…今こうして普通にしていられるのがすごいくらいなのに…」

 

「僕頑丈だし。玲奈ちゃんも一緒に行くよね?Cクラス」

 

「うん。もしものためにもついていこうと思ってるよ」

 

「じゃあ玲奈ちゃんが監視しておいてよ、僕のこと」

 

「…わかった。無理したらすぐにでも引き返してもらうからね!」

 

ふんす、と気合を入れてこちらをじっと見つめている玲奈ちゃんが可愛い。こんな監視ならいつまでもしていてほしい。

 

「秀吉は念の為ここに残ってくれ」

 

「ん?なんじゃ?ワシは行かなくて良いのか?」

 

「お前の顔を見せると、万が一の場合にやろうとしている作戦に支障が出るんでな」

 

「よくわからんが、雄二がそう言うのであれば従おう」

 

素直に引き下がる秀吉。でも、雄二の言う念の為って何を想定してのことだろう。

 

「じゃ、行こうか。ちょっと人数少なめで不安だけど、姫路さんも玲奈ちゃんもいるしね」

 

秀吉を残して、僕、雄二、姫路さん、ムッツリーニ、玲奈ちゃんの5人でCクラスに向かう。

 

「吉井。アンタの返り血こびりついて洗うの大変だったんだけど。どうしてくれんのよ」

 

「それって吉井が悪いのか?」

 

廊下に出たところで、ハンカチで手を拭っている島田さんと鞄を肩に担いでいる須川くんに会った。

 

「あ、島田さんに須川くん。ちょうど良かった、Cクラスまで付き合ってよ」

 

まさかないとは思うけど、万が一僕が使者をやっている時のようにCクラスの人にボコられそうになった時、この人数では心許ない。何より、玲奈ちゃんを守るための人材も必要だ、そう思って二人に声をかけてみた。

 

「んー、別にいいけど?」

 

「ああ。俺も大丈夫だ」

 

盾、もとい仲間ゲット。

 

「急がんとCクラスの代表が帰ってしまうぞい」

 

「うん、急ごう」

 

教室内にいた秀吉から声をかけられて、僕たちは7人でCクラスに向かうことになった。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。クラス間交渉に来たんだが、このクラスの代表は?」

 

「クラス代表は私よ。クラス間交渉ね…ふぅん…」

 

あまり悪口は言いたくないんだけど、小山さんは優しく穏やかな性格ではなさそうだ。雄二の言葉を聞いていやらしい笑みを浮かべている彼女は、確かバレー部のホープだったと思う。混じり気のない黒髪のショートヘア。気の強そうな女の子だ。

 

「不可侵条約を結びたい」

 

「不可侵条約ねぇ……。どうしようかしらね、根本クン?」

 

小山さんは振り返ると、教室の奥にいる人達に声をかける。

え?根本?

 

「当然却下。だって必要ないだろ?」

 

「なっ!?根元くん!Bクラスの君がどうしてこんなところに!」

 

奥から取り巻きを連れて現れたのは、目下の僕らの敵であるBクラス代表の根本恭二くん。みるからに性格の悪そうな目つきは、同じ鋭い目でも雄二とは大違いだ。

 

「酷いじゃないかFクラスの皆さん。協定を破るなんて…

試召戦争に関する行為を一切禁止したよな?」

 

「何を言って_____ 」

 

「先に協定破ったのはそっちだからな?これはお互い様、だよな!」

 

根本くんが告げると同時に取り巻きが動き出す。そしてその背後には先ほどまで戦場にいた、数学の長谷川先生の姿が隠されていた。

 

「長谷川先生!Bクラス芳野が召喚を_____」

 

「させるか!Fクラス須川が受けて立つ!試験召喚(サモン)!」

 

Bクラス芳野くんが雄二に対して攻撃しようとしたところを、間一髪で須川くんが身代わりになる。須川くんのファインプレーだ。

 

「僕らは協定違反なんてしてない!これはCクラスとFクラスの_____」

 

「無駄だ明久!根本は条文の『試召戦争に関する一切の行為』を盾にシラを切るに決まっている!」

 

「ま、そゆこと♪」

 

「屁理屈だ!」

 

「屁理屈も立派な理屈のうちってな」

 

「明久、ここは逃げるぞ!」

 

「くそっ!」

 

戦闘を行なっている須川くんに背を向け、僕らはCクラスが離脱を試みて駆け出す。

 

「逃すな!坂本を討ちとれ!」

 

背後から聞こえてくる根本くんの指示と複数の足音。

はっきり言ってこれはかなりまずい。僕らはBクラス相手で勝負になるわけがないし、頼みの綱である姫路さんも先ほどの戦闘で数学の点数はかなり消費してしまっている。

さらに頼みの綱である玲奈ちゃんは昔から数学は苦手で、この教科においては僕たちFクラス並み、むしろそれ以下の点数を叩き出すこともある。

さすが玲奈ちゃんに嫌がらせをするだけのことはあって、玲奈ちゃんの苦手科目もしっかりわかっているってことか…!

 

「はぁ、ふぅ…」

 

「姫路、大丈夫か?」

 

廊下を走っていると、姫路さんが遅れ出した。運動が得意でない上に身体の弱い姫路さんにこの全力疾走は厳しそうだ。

 

「あ、あの、さ、先に……行って、ください……」

 

息も絶え絶えに姫路さんが言う。このまま彼女を連れていたら確実に追いつかれるだろう。だがここで彼女を失うわけにはいかないし、何より女の子を見捨てて逃げるなんて出来るわけがない!

 

仕方ない、か……

 

「雄二!」

 

「なんだ明久!」

 

「ここは僕が引き受ける!雄二は姫路さんを連れて逃げてくれ!」

 

その場に立ち止まり振り向いて、後から走ってくる姫路さんと雄二にそう告げる。まさかこの僕がこんなことを言う日がくるなんてね。

 

「よ、吉井くん、私のことは、気に、しないで、」

 

「……わかった。ここはお前に任せる」

 

姫路さんの言葉を遮って、雄二が応える。さすが雄二だ、感情に流されず、今必要なことを正しく判断できる。

 

「………(ピタッ)」

 

「いや、ムッツリーニも逃げてほしい。多分明日はムッツリーニが戦争の鍵を握るから」

 

一緒に立ち止まってくれたムッツリーニだけど、ムッツリーニにも重要な役割がある。ここで失うわけにはいかない。

 

「んじゃ、ウチは残ってもいいのかしら。隊長どの?」

 

「……頼めるかな?」

 

「はーいはい。お任せあれっと」

 

笑いながら追手が来る方向を見つめる島田さん。ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

4対2の圧倒的不利な状況。

とりあえずどうにかしてこの場から逃げ出さないことには!

 

「島田さん!アレを!」

 

手が空いた島田さんに、前にも使った消化器を使うよう指示をする。

 

「了解!」

 

抱え上げ、安全弁を抜く島田さん。これで逃げ切れる_____

 

「………」

 

_____はずなのに、彼女は全く動かない。なんで?

 

「は、早く使って!」

 

「うーん。どうしよっかな〜?」

 

すごく楽しそうに笑顔を作ってくる。

 

「島田さん!何が望みなの!?」

 

こ、こんな時に島田さんの本性が!いつまでも三対一で戦うのなんてキツいのに!

 

「望み?うーん、そうね〜」

 

「今なら大抵の言うことは聞きます!」

 

「それじゃ、まずは呼び方から変えてもらいましょうか」

 

「変える!変えさせて頂きます!」

 

「じゃ、今後ウチはアンタのことを『アキ』って呼ぶから、アンタはウチのことを『美波様』って呼ぶように」

 

「み、美波様!これでいい!?」

 

「今度の休み、駅前の『ラ・ペディス』でクレープ食べたいな〜」

 

「おのれ!僕が塩水で生活しているというのになんという贅沢を_____ああっ!奢ります!奢らせて頂きますから置いていかないで美波様!」

 

「よろしい。じゃ、最後に」

 

「まだあるの!?もういいでしょう!?」

 

島田さん、とっても楽しそうです。

 

「ウチのことを愛してるって、言ってみて?」

 

くぅっ、調子に乗って!後で覚えてろよ!

 

「ウチのことを愛してる!」

 

一言一句間違い無く復唱しました!これで文句ないだろ!?

 

「……バカ」

 

そう呟いて消化器を吹き出そうとした島田さんだったけど、

 

「あ、あの、二人とも一体何を…?」

 

島田さんの行動は、突如現れた玲奈ちゃんによって保留になった。

 

「玲奈ちゃん!?どうしてここに、」

 

「あ、私は長谷川先生にお話があって」

 

そう言ってこちらを見つめる瞳は強い。多分余程伝えたいことがあるんだと思う。それに、戦わないなら点数の消費もない。そこまで言うなら、玲奈ちゃんを信じてみよう。

 

隣に立つ玲奈ちゃんは、少し怒ったような顔をしていた。

 



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第11話 - 制裁 -

「Bクラス!そこで止まるんだ!」

 

相手の気勢を削ぐように、強い口調で呼び止める明久くん。

明久くんは優しい人だけど、こういう強い口調で話すこともあるんだなあ。やっぱりどんなに酷いことをされても、友人には強く出られないみたい。優しい人だ。

 

「いい度胸だ。たった3人で食い止めようってのか?」

 

「いいえ。その前に、長谷川先生にお話があります」

 

私も、私のやれることをやるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでしょう、前原さん」

 

少し息の荒い長谷川先生が前に出てきた。

その表情は柔らかい。やっぱり玲奈ちゃんは先生達から絶対の信頼を得ているようだ。

 

「Bクラスの協定違反を訴えるつもりなら、話を聞く限り、休戦協定を破ったのはFクラスのようですが」

 

「私が訴えたいのは協定違反云々のお話ではなく、BクラスがFクラスに対し行った、妨害行為のことです」

 

「……と、いいますと?」

 

長谷川先生の目が厳しくなる。どうやらこの件に関して、Bクラスは予想していたらしく余裕の表情だ。

 

「Bクラスの生徒数名が、Fクラス代表である坂本雄二とその他数名のFクラス生徒がBクラス根本恭二と休戦協定を結ぶ為に教室を空けている間に、教室にあったシャープペンシルや消しゴム、教科書などの備品を壊して回っていました。

 

これに対し、Bクラス生徒のあなた方は何か反論はありますか?」

 

「はっ、何を証拠にそんなことを!俺たちは試召戦争に参加してたんだ、そんなことできるはずがない!

 

そもそも根本とお前らのクラスの代表との休戦協定だって後から聞かされたんだぜ?俺たちの知ったことじゃないな!」

 

「そうですか。では話を続けます。

 

_____ここに、一枚のビデオテープがあります。

 

これは私たちFクラスにとって希望のテープなのです。なぜかお分かりですか?」

 

「知るわけないだろ、そんなこと。てかいつの時代だよ、ビデオテープって…」

 

「このビデオテープは、昔ながらのカセットビデオが搭載するボイスレコーダーで教室内を録音したものですよ」

 

「……!」

 

玲奈ちゃんの言葉に、Bクラス生徒の顔がひきつる。

長谷川先生がちらりとBクラス生徒を見たのがわかった。

 

「ビデオテープ自体には映像はありませんので、大した証拠にはなりませんが……

 

あなた方の声や行動の“音”は立派に録音されていると思いますよ。

 

もしあなた方が先ほど行った、休戦協定のことを知らなかった、と言う言葉が本当なのであれば_____

 

 

私たちFクラスの教室に、間違っても用などありませんよね?

それも、代表も生徒もいない空っぽの教室なんかに」

 

「…っ!」

 

「ああ、それから。被害の中には私の教科書も含まれていましたが、あれは散々な書かれようでした。

 

あまり丁寧な字とは言い難いものでしたが、筆跡を照らし合わせれば誰が書いたものかわかるでしょうか?

急いで書いたんでしょう、よほど乱雑な字でしたので、その人の癖が出ていると思います」

 

「…っなんの話だ!俺たちはそんなものは、」

 

「知りませんか?本当に?ではこのビデオテープは長谷川先生にお渡しして、確認していただいても良いのですね?」

 

「………っ!」

 

「ああ、困りました。

壊されたものの中には確か、高価な万年筆が入っていたはずなのですが…あれは父からの頂き物で、確か数万はくだらない代物なんですよね」

 

はあ、とため息を吐く姿すら絵になる。玲奈ちゃんは可愛い。

それなのに、さっきから玲奈ちゃんはずっと真顔でちょっと怖い。

 

「もしこのビデオを確認して、あなた方の声が入っていなかったなら…一体誰が弁償してくださるのでしょう。

 

ねえ、あなたはご存知ないですか?私の万年筆」

 

「ご存知?ねえな!そもそもお前の鞄の中に万年筆なんてなかったんだから…「バカ、てめえ!」………っ!」

 

「…ふふ。もう遅いですよ。

 

長谷川先生。この通り、彼らはどうやらFクラスの_____ひいては私の荷物に触れたと言う確固たる事実があるようです」

 

「……そのようですね。

 

この協定違反について以前に、クラスの備品に対してなんらかの妨害を行ったことが事実なのであれば…私はFクラスの皆さんに謝らなくては」

 

「いえいえ、長谷川先生に謝っていただくようなことはございません」

 

ですが、ここは痛み分けということで、お互いに休戦状態を守り直すと言うことで手を打たせてはいただけませんか?

 

玲奈ちゃんの言葉に、Bクラスは口惜しげに俯き、長谷川先生はゆっくりとうなずいた。

 

「私は、Bクラスに戻って事実確認をしたいと思います。

前原さんにも、もしかするとお話を聞くかもしれません。

申し訳ありませんが、もう少しだけ教室で待っていてくださいますか」

 

「はい、わかりました」

 

「ありがとうございます。では」

 

そう言って、長谷川先生は立ち去っていく。

僕と島田さんはと言えば、長谷川先生と共に立ち去るBクラスの追手を眺めながらニコニコと笑う玲奈ちゃんを見て、互いに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごいよ玲奈ちゃん!あの状況からほとんど戦わずして脱出して、さらにBクラスのやった行いに対して検挙するなんて!」

 

「そ、そんなことないよ?ただ…

 

………私、恭二くんのああいうトコ、本当に嫌いなの」

 

そう言って強い目でBクラスが立ち去った廊下の方を向いて睨み付ける玲奈ちゃん。そういえば、玲奈ちゃんと根本くんはいったいどう言う関係なんだろう。

 

「玲奈ちゃん、つかぬ事を聞くんだけど…

玲奈ちゃんと根本くんって、いったいどういう関係なの?」

 

「あ、それはウチも気になってた。名前呼びだし、付き合ってたりするの?」

 

「えっ!?まさか、付き合ってないよ!

あとで言おうと思ってて、さっき思い出したんだけど…Cクラス代表の小山さんと、恭二くんは確か付き合ってるよ。

 

どうしてCクラスに恭二くんがいたのか…それは恭二くんの作戦だった、ってことだね」

 

「…!そうだったのか」

 

「なるほどね…悪どいことするわね、アイツ」

 

「うん。そういう人なの。

関係…関係と言うほど親しい仲ではないよ。ただの又従兄弟」

 

「えっ、親戚なの!?」

 

「うん。でも血の繋がりなんてほとんど無いよ、又従兄弟だもん」

 

「まあ、遠い親戚…くらいの印象ね」

 

島田さん_____じゃないや、美波の言葉に、玲奈ちゃんもゆっくりとうなずく。

 

「あんなのでも一応親戚だし、恭二くんの失態は私の失態でもあるから…本当、みんなには申し訳ないことばかりで…」

 

つまり、玲奈ちゃんと結婚したら根本くんと遠い親戚になる、と…

玲奈ちゃんと結婚できるならそんなの些末事だよね!仲良くはなさそうだし!

 

「そんなの気にしても仕方ないわよ!

親戚なんてウチらが決められる相手じゃないんだし。

それにさっきの、すっきりしたわ!Bクラスも、あれに懲りて教師に目をつけられるようなことはもうしないでしょ」

 

「だと…いいんだけど…」

 

長谷川先生に伝わったことに対して事実確認が取れれば…

もちろん、上手くごまかせたとしてもある程度教師陣に睨まれることになるのは確実だし、雄二のことだからなんらかの証拠の写真や証拠そのものは残してあるはずだけど。

 

「…そういえば玲奈ちゃん、さっきのビデオテープ…

根本くんたちがこう言うことをしでかすだろうと思って設置してあったの?」

 

「え?ううん、あれは形だけだよ。あそこには証拠なんて何一つない。

ああやってあそこに証拠があるように見せかけて、相手から言質を取りたかっただけ」

 

さらりとそう言った玲奈ちゃんだけど、それってかなり凄くない…?

 

「なんか、ほんと凄いね…玲奈ちゃんって」

 

若干キャラブレブレな気もするけど、小首を傾げる玲奈ちゃんが可愛いから全部許すよね!!!

そのまま教室に戻れば、姫路さんが駆け寄ってきてくれる。

揺れる胸部に思わず目が。

 

「吉井くん、それに玲奈ちゃんたちも…無事だったんですね!」

 

「うん、このくらいなんとも_____ いだぁっっ!」

 

爪先を踏み抜かれる感触。今日は特に扱いが悪い気がする…

 

「ふんっ」

 

「し、島田さん。僕が何か悪いことでも、」

 

「(キッ)」

 

「あ。い、いや、美波」

 

射殺すような眼光で睨まれる。流石に「様付けはしなくても良い」とは言われたけど、呼び方は変えなきゃいけないらしい。呼び慣れないから困るなぁ。

 

「……ずいぶん二人とも仲良くなったみたいですね?」

 

「え?これで?」

 

仲良しは脅迫を受けた挙句足を踏みつけられたりはしないはず。

 

「お。戻ったか、お疲れさん」

 

「無事だったようじゃな」

 

「ん。ただいま」

 

雄二と秀吉もこちらにやってくる。ムッツリーニもこちらを見て小さく頷いていた。あまり心配はしていなかったみたいだ。

 

「聞いてよみんな、玲奈ちゃんが凄かったんだ!」

 

「ん?なんだ、何かやってきたのか玲奈」

 

「うん、身内の不始末を片付けてきたの」

 

「??」

 

根本くんと親戚であることや玲奈ちゃんが先ほどBクラスに対しお灸を据えてきたことを話すと、雄二や秀吉達も満足げにうなずいた。

 

「な、なんだか照れちゃいます…」

 

「だって本当に凄かったんだよ!ね、美波」

 

「そうよ!アンタのおかげでウチもアキも大助かり!」

 

「…美波ちゃん、いつの間に呼び方を…」

 

姫路さんがまた小さな声で何か言ったみたいだけど聞こえなかった。

最近こういうこと多いなあ。

 

「さて、お前ら」

 

「ん?」

 

その場に残る全員を見回して雄二が告げる。

 

「こうなった以上、Cクラスも敵だ。同盟戦がない以上は連戦という形になるだろうが、正直Bクラス戦の直後にCクラス戦はきつい」

 

向こうもそれが狙いなのだから、僕らが勝ったとしたら間違いなく息つく暇を与えずに攻め込んでくるだろう。

 

「それならどうするの?このままじゃ、勝ってもCクラスの餌食だよ?」

 

「そうじゃな……」

 

「心配するな」

 

頭を悩ます僕らに雄二が野性味たっぷりの生き生きとした顔で告げる。

 

「向こうがそうくるなら、こっちにだって考えがある」

 

「考え?」

 

「ああ。明日の朝に実行する。目には目を、だ」

 

この日はそれで解散となり、続きは翌日へと持ち越しになった。

 

 

 



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第12話 - 作戦 -

問『女性は( )を迎えることで第二次性徴期になり、特有の体つきになり始める』

 

 

姫路瑞希の答え

『初潮』

 

教師のコメント

正解です。

 

 

吉井明久の答え

『明日』

 

教師のコメント

随分と急な話ですね。

 

 

前原玲奈の答え

『明後日からだったかな…』

 

教師のコメント

痛みに負けルナ。

 

 

土屋康太の答え

『初潮と呼ばれる、生まれて初めての生理。医学用語では、生理のことを月経、初潮のことを初経という。初潮年齢は体重と密接な関係があり、体重が43kgに達する頃に初潮を見るものが多い為、その訪れる年齢には個人差がある。日本では平均十二歳。また、体重の他にも初潮年齢は人種、気候、社会的環境、栄養状態などに影響される』

 

教師のコメント

詳し過ぎです。

 

 

 

 

 

 

「昨日言っていた作戦を実行する」

 

翌朝、登校した僕らに雄二は開口一番そう告げた。

 

「作戦?でも、開戦時刻はまだだよ?」

 

今の時刻は午前八時半。開戦予定時刻は九時だ。

 

「Bクラス相手じゃない。Cクラスの方だ」

 

「あ、なるほど。それで何をすんの?」

 

「秀吉にコイツを着てもらう」

 

そう言って雄二が鞄から飛び出したのはうちの学校の女子の制服。

赤と黒を基調としたブレザータイプで、他校にもオトナのオトモダチにもかなり人気がある垂涎の一品だ。

 

………ところで雄二、それどうやって手に入れたの?

君に何があったんだい?

 

「それは別に構わんが、ワシが女装してどうするんじゃ?」

 

男としては大いに構った方が良さそうな気もするけど、秀吉だし。

それにしても、そんなものを着たらますます秀吉は女の子らしくなって、Aクラスにいる双子の姉と見分けがつかなく_____

 

「秀吉には木下優子として、Aクラスの使者を装ってもらう」

 

なるほど、それが狙いか。

秀吉にはAクラスに所属する双子の姉がいる。

一卵性双生児かと思うほどよく似ていて、違う箇所なんてテストの点数と話し方ぐらいしか思いつかない。

 

彼女に化けて、Aクラスとして圧力をかけるということか。

 

「と、いうわけで秀吉。用意してくれ」

 

「う、うむ…」

 

雄二から制服を受け取り、その場で生着替えを始める秀吉。

な、なんだろうこの胸のときめきは。いやいやだめだ、僕には玲奈ちゃんという素敵な女の子が…いやでも相手は男なのに目が離せない!

 

「明久くん、私があそこで着替えてもあんなに見つめてくれないんじゃ…」

 

「めっちゃ見つめます」

 

「きっ、聞こえてたの!?ていうか見つめちゃダメなんじゃ、私以外の女の子の着替えもガン見するつもりでしょ!」

 

女の子の生着替えなんてたとえ僕の心に永遠のアイドル玲奈ちゃんがいたとしても気になっちゃうよ。仕方ないよ。

 

「女の子は繊細なんだからね!覗いちゃダメなんだからね!」

 

「うんうん、わかってるよぉ」

 

「なんでデレデレするのー!」

 

ぽかぽか叩かれているけど可愛い。そんなポカポカ殴りじゃまるで痛くないよぉ。

 

「よし、着替え終わったぞい。ん?皆どうした?」

 

きっと僕らはとても複雑な表情をしていることだろう。

 

「さぁな?俺にもよくわからん」

 

「おかしな連中じゃのう」

 

いや、絶対におかしいのは秀吉の外見だ。どうしてそんなに色っぽいんだよ!

 

「んじゃ、Cクラスに行くぞ」

 

「うむ」

 

雄二が秀吉を連れて教室を出ていく…ところで、玲奈ちゃんに手招きした。

 

「玲奈は確か、木下優子と仲がよかったな。廊下で誰かに出会った際に玲奈が一緒にいれば、木下優子としての信憑性が高くなる。ついてきてくれ」

 

「あ、はいっ。了解です!」

 

「あ、それなら僕も行くよ」

 

秀吉の演技も気になるし、と慌てて追いかける。

昨日も思ったけど、CクラスとFクラスって結構離れている。

クラスによって教室の大きさが違うから変な配置になるのも仕方ないけど、もうちょっとわかりやすい構造にしてほしいもんだ。

 

そのまましばらく歩き、Cクラスを目の前にして立ち止まる僕達。

 

「さて、ここからはすまないが一人で頼むぞ、秀吉」

 

Aクラスからの使者になりすます以上、Fクラスの僕や雄二、そしてFクラスであることが他クラスから認識されている玲奈ちゃんも同行するわけにはいかない。玲奈ちゃんはあくまで廊下などでのブラフなのだ。

 

「気がすすまんのう…」

 

あまり乗り気ではなさそうな秀吉。そりゃそうだ、姉のふりをして敵を騙すなんて、決して気持ちの良い話ではないだろう。

 

「そこをなんとか頼む」

 

「ムゥ……。仕方ないのう…」

 

「悪いな。とにかくあいつらを挑発して、Aクラスに敵意を抱くよう仕向けてくれ。お前なら出来るはずだ」

 

秀吉は演劇部のホープで、演技がものすごく達者だ。

勉強は苦手だけど、他の面に抜群に秀でているのだ。

 

「はぁ……。あまり期待はせんでくれよ……」

 

溜息と共に力なくCクラスに向かう秀吉。本当に気が重そうだ、うまくいくだろうか。

 

「雄二、秀吉は大丈夫なの?別の作戦を考えておいた方が…」

 

「シッ、秀吉が教室に入るぞ」

 

雄二が口に指を当てる。ここから声は聞こえたりはしないだろうけど、念のため指示に従うことにした。

 

ガラガラガラ、と秀吉がCクラスの扉を開ける音が聞こえてくる。

 

『静かになさい、この薄汚い豚ども!』

 

………うわぁ。

 

「流石だな、秀吉」

 

「うん。これ以上ない挑発だね……」

 

「な、なんだか秀吉くんの新しい一面を見た気分です…」

 

玲奈ちゃんも苦笑いの演技力。

もう何も言わなくてもCクラスの敵意はAクラスに向かっているんじゃないだろうか。

 

『な、何よアンタ!』

 

この高い声は昨日会ったCクラス代表の小山さんだろう、怒っているのが顔を見なくてもわかる。ま、いきなり豚呼ばわりだしねぇ…

 

『話しかけないで!豚臭いわ!』

 

自分から来たくせに豚臭いって。もうツッコミどころが多すぎだよ。

 

『アンタ、Aクラスの木下優子ね?ちょっと点数良いからって良い気になってるんじゃないわよ!何の用よ!』

 

知名度としては秀吉よりも断然Aクラスである木下優子の方が高いだろう。そもそも秀吉は女装しているわけだし、見分けがつくわけがない。しかも相手をうまく怒らせて冷静な観察力も奪われている。Cクラスは確実に木下優子と思い込むだろう。

 

『私はね、こんな臭くて醜い教室が同じ校内にあるなんて我慢ならないの!貴女達なんて豚小屋で十分だわ!』

 

『なっ!言うに事欠いて、私達にはFクラスがお似合いですって!?』

 

別にFクラスとは言ってないぞ小山さん!

 

『手が汚れてしまうから本当は嫌だけど、特別に今回は貴女達を相応しい教室に送ってあげようかと思うの』

 

演劇部ってここまで出来ないとダメなのかな。それともうちの学校がおかしいのかな。

 

『ちょうど試召戦争の準備もしているようだし、覚悟しておきなさい。近いうちに私達が薄汚い貴方達を始末してあげるから!』

 

そう言い残し、靴音を立てながら秀吉は教室を出てきた。

 

「これで良かったかのう?」

 

どこかすっきりした顔で秀吉がこちらへ近づいてくる。

玲奈ちゃんはもはや引き気味である。仕方ないね。

 

「ああ。素晴らしい仕事だった」

 

『Fクラスなんて相手にしてられないわ!Aクラス戦の準備を始めるわよ!』

 

Cクラスから小山さんのヒステリックな叫び声が聞こえてくる。

どうやらうまくいったようだ。……でも、なんだろうこの罪悪感は。

 

隣の玲奈ちゃんも同じように、渋い顔をしている。そんな顔も可愛いなあ。

 

「作戦もうまくいったことだし、俺たちもBクラス戦の準備を始めるぞ」

 

「あ、うん」

 

余計なことに気を取られている暇はない。あと十分で今日の試召戦争が始まるのだ。僕らは早足でFクラスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドアと壁をうまく使うんじゃ!戦線を拡大させるでないぞ!」

 

秀吉の指示が飛ぶ。

あの後午前九時よりBクラス戦が開始され、僕らは昨日中断したBクラス前という位置から進軍を開始した。

 

雄二曰く、『敵を教室内に閉じ込めろ』とのこと。

そんなわけで指示を遂行しようと戦争をしているんだけど、ここで一つ問題があった。

 

姫路さんの様子がおかしい。

本来は総司令官であるはずの彼女だけど、今日は一向に指示を出す気配がない。それどころか何にも参加していないように見える。何かあったんだろうか。

 

「勝負は極力単教科で挑むのじゃ!補給も念入りに行え!」

 

そんなわけで今指揮をとっているのは副司令の秀吉。ここ数時間は雄二の指示通りうまくやれている。

 

「左側出入り口、押し戻されています」

 

「古典の戦力が足りない!援軍を頼む!」

 

押し戻された左の出入り口にいるのは古典の竹中先生だったか。

まずいな、Bクラスは文系が多いので、先頭に立って戦っている玲奈ちゃんがどうしても戦いのメインになる。

玲奈ちゃんは文系は得意でAクラス代表をも凌ぐほどの実力だけど、長時間ずっとBクラスの袋叩きにされる勢いで攻め続けられているから、そろそろ体力的にも厳しいものがあるはずだ。

 

「姫路さん、左側に援軍を!」

 

「あ、そ、そのっ…!」

 

その肝心な姫路さんが、戦線に加わらず泣きそうな顔をしてオロオロしている。マズイ!突破される!

 

「だあぁっ!」

 

掛け声と共に人混みをかき分け、左側の出入り口にダッシュ。

そして立会人をやっている竹中先生の耳元でささやく。

 

「………ヅラ、ずれてますよ」

 

「っ!」

 

頭を抑えて周囲を見回す竹中先生。

いざと言う時のための脅迫ネタ〜古典教師編〜をこんなところで使う羽目になるなんて。これは計算外だ。

 

「少々席を外します!」

 

狙い通り少しの間ができる。

 

「古典の点数が残っている人は左側の出入り口へ!消耗した人は補給にまわって!玲奈ちゃんの消耗具合を見て玲奈ちゃんには下がってもらって!」

 

「了解!」

 

古典の援護に向かう人たちにそう伝えると、彼らは頷いて玲奈ちゃん達の方へ向かった。さて、この間に。

 

「姫路さん、どうかしたの?」

 

姫路さんに声をかける。なんだかわからないけれど様子がおかしい。この原因がわからないことには動けない。

 

「そ、その、なんでもないんですっ」

 

大きく首を横に振るけど、その動きはあまりにも大袈裟で、本当は何かあるのが見え見えだ。

 

「そうは見えないよ。何かあったなら話してくれないかな、それ次第では作戦も大きく変わるだろうし」

 

「ほ、本当になんでもないんです!」

 

そうは言うけど、泣きそうな顔は相変わらずだ。絶対におかしい。

 

「右側出入口、教科現国に変更されました!」

 

「数学教師はどうした!」

 

「Bクラス内に拉致された模様!」

 

右側までもBクラスの得意とする文系科目に切り替えられるなんて。

更に言うと美波は文系科目が苦手だ!まるで戦力にならない!

 

「私が行きますっ!」

 

そう言って姫路さんが戦線に加わろうと駆け出した。でも、

 

「あ……」

 

急にその動きを止めて俯いてしまった。

姫路さんが見ていた方を目で追えば、そこには根本くんの姿がある。

 

「っ!」

 

そこで僕は見た。彼が手にしているものを。

なんの変哲もない、手に入れようと思えば普通に手に入るものだけど、逆にいくらお金を出しても買えないものでもある。

 

彼が手にしていたもの。

 

それは、ピンクの封筒に入った、明らかに大事な、ラブレターだった。

 

「……なるほどね。そういうことか」

 

昨日の協定の話を聞いた時からおかしいとは思っていたんだ。あの根本くんが僕らの利になるような提案をしてくるなんて。

それでもあの提案は協定を組むことでの妨害のためだとばかり思っていた。

 

なるほど、結局あの時点で既に姫路さんを無力化する算段が立っていたってわけだ。たとえ玲奈ちゃんがいくら驚異的でも、同じ文系科目を得意とするBクラスなら十分押さえつけられると判断して、姫路さんにターゲットを切り替えたんだ。

 

姫路さんが参加できない前提なら、あの協定は明らかにBクラスが圧倒的に有利な条件なのだ。

 

うまい方法だ。合理的で失うものもリスクもない。

 

「姫路さん」

 

「は、はい……?」

 

「具合が悪そうだからあまり戦前には加わらないように。試召戦争はこれで終わりじゃないんだから、体調管理には気を付けてもらわないと」

 

「……はい」

 

「じゃ、僕は用があるから行くね」

 

「あ……!」

 

姫路さんは何か言いたげだったけど、気にせず背を向けて駆け出す。

しかし、僕は途中で呼び止められた。最悪の形で。

 

「吉井!待て、戦線から離れるなら前原さんも一緒に!」

 

「え?」

 

「酷い熱なんだ、もしかすると朝からかもしれない!これ以上戦ったら本当に倒れちまう!」

 

「なっ…」

 

そう言って須川くんが前原さんを僕に預けると、すぐに戦線へと戻る。

 

「……玲奈ちゃん」

 

「……ぁ、き、…さくん、」

 

「……いつから熱っぽかったの?朝から?」

 

「……はぃ……」

 

観念したように頷く玲奈ちゃんの体は熱い。これはヘタをすると四十度近くの熱があるかもしれない。

 

「保健室に行こう、今日はもうこれ以上は無理だ」

 

「………そ、んな……わたし、まだ…役に…」

 

「ダメ。絶対ダメだから」

 

僕が譲る気はないということがわかると、玲奈ちゃんは辛そうに涙を一筋流して、「ごめんなさい」と蚊の鳴くような声で謝る。

 

「もっと…お役に……」

 

言いかけて、辛さが頂点を超えたのかことんと眠りに落ちてしまった。

倒れそうになった体をなんとか支え、僕はもう一度、姫路さんが見ていた根本くんがいる方を見やる。

 

根本くんはこちらを見ていて、僕と意識を失った玲奈ちゃんを見てにやりと笑うと、そのままふいと視線をそらしてBクラスに指示を出しているようだった。

 

 _____ 根本くんは親戚だと玲奈ちゃんは言っていた。

 

玲奈ちゃんは根本くんが自分のクラスにしたことを恥じて、僕らのためにこんなにも尽力してくれている。

それなのにあの男は、卑怯な手で姫路さんを無力化し、あまつさえ親族である玲奈ちゃんが倒れたことをまるで計画通りとでも言わんばかりに眺めて、笑ったのだ。

 

「面白いことしてくれるじゃないか、根本くん」

 

そっと、玲奈ちゃんを起こさないようにゆっくりと抱き上げて、まず目指すのは保健室。

そして、次に向かうのは代表のいる教室だ。

 

 

 _____あの野郎、ブチ殺す。

 

 

 



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