ワールドトリガー Another story (職業病)
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1話

都合上主人公の名前が変わりました


三門市

 

ネイバーと呼ばれる異世界からの襲撃者が現れるある意味戦地となっているにも関わらず多数の市民が暮らす都市。

その三門市で最も目立つ建物、界境防衛機関、ボーダー本部の周辺の放棄地帯の警戒区域に一つのゲートが開いた。

 

そのゲートの中から二つの人影が出てくる。

 

1人は小柄で髪が白い少年、もう一人は少し長めの黒髪をした長身の青年だった。

 

「ふむ、ここが日本か。」

 

白い髪の少年はそう呟く。

 

「そうだ。日本だ。でもここいるといろいろ面倒だからとっとと退散すんぞ。」

 

長身の青年は白い髪の少年にそうかえす。

 

「ふむ、そうか。じゃあそうしよう。」

 

「少し面倒事があるからな。忙しくなるぞ。」

 

青年は無表情で頭をガシガシかく。そのまま二つの人影は警戒区域からでていき、やがて市内に消えていった。

 

 

ゲート発生の一報を受け、防衛任務に当たっていた金髪の少年、出水公平が現場に来てみるとそこには何もなかった。ネイバーの残骸すらない。

 

「柚宇さん、なんもないよ?」

 

『あれ、ほんとなんもない。確かにゲートの反応はあったんだけど。でもネイバーのいた形跡もないから機材の故障かね〜。』

 

出水の問いに緩い口調で答えるのはA級1位太刀川隊オペレーター国近柚宇。生粋のゲーマー。

 

「そんなことあんのかね。まぁなんもないなら報告書書かなくていいからいいけど。」

 

顎髭を蓄えたボサボサの髪の長身の男性が疑問をこぼす。

太刀川慶。太刀川隊隊長No. 1アタッカー。

 

『まぁなんもないならいいんじゃない?エンジニアに後で報告しとくよ。』

 

そんな国近の緩い言葉を聞きながら出水は新たなゲート発生の警告地点に太刀川と向かう。

 

なぜだか出水は近々面白い事が起こる予感がしていた。

 

 

その一週間後、普通校の三門西高校。

その二階の2Cと書かれた表札がある教室に出水がつくとやけに騒がしかった。

 

「よー弾バカ。」

 

「誰が弾バカだ槍バカ。」

 

毎度恒例のやりとりをする相手はA級7位三輪隊アタッカーの米屋陽介。頭のカチューシャが特徴の出水の親友である。

 

「なんでこんな騒がしいんだ?」

 

出水は教室に入った時の疑問を口にする。

 

「なーんか編入生が来るらしいぜ。」

 

「編入生ぇ?こんな時期に?」

 

「なんでも帰国子女だとか。」

 

「三門市から出てくならともかく越してくるとは物好きな帰国子女だな。」

 

「おれも思った。」

 

そんな事を話しながら出水は自席につく。二番目に廊下側の一番後ろの席に着く。人数の関係上隣の席は誰の席でもない。出水のクラスは他と比べ人数が1人すくないのだ。

その誰もいない席に米屋は座りいつも通りの雑談をする。

その雑談中に2人に話しかけてきた者がいた。

 

「おはよう、出水くん、米屋くん。編入生の話聞いた?」

 

「おー熊谷、おはよう。聞いたぜ、さっきその話してたとこだ。」

 

二人同様ボーダー隊員B級12位那須隊アタッカーである熊谷友子が話しかけてくる。

 

「編入生ほんとらしいよ。さっき職員室前通ったらそれっぽい人いたって玲が言ってたから。」

 

玲とは那須隊隊長那須玲のことだ。もとより病弱で学校も休みがちだが今日は来てるらしい。

 

「案外ボーダー関係者かもな。わざわざこっちくるなんて。」

 

「と、思うじゃん?」

 

「何米屋くん、なんか知ってるの?」

 

「いやなーんも。」

 

「知らねーのかよ。」

 

そういって米屋にツッコミをいれる。それからしばらく談笑をしているとチャイムが鳴り、熊谷と米屋は自席に戻った。

それから担任教室が教室に入ってきた。

挨拶が終わり、連絡事項を伝えると教師が口を開く。

 

「もう知ってる人もいるかも知れんがうちのクラスに編入生がくる。」

 

その言葉にクラスメートは少し騒つく。出水は自分の隣の席になるのだろうな、と思いながら教師の話を聞く。

 

「よし、じゃあ入ってきてくれ。」

 

教師が言うと入ってきたのは長身の黒髪の青年だった。顔立ちはかなり整っていて髪は真っ黒で少し長めでボサッとしている。外国の血が流れているのか、瞳の色はとても綺麗な空色をしていたが、それを台無しにしかねないほどその目は死んでいた。俗いいう死んだ魚の目のようだ。身長は180あるかないかくらいだろうか。どことなく気怠げな雰囲気がある。

 

「神谷 遊です。諸事情により編入してきました。まぁ、よろしくお願いします。」

 

思ったより低くよく通る声で自己紹介をする青年は『遊』という名前らしい。その整った顔立ちと低くよく通る声によるものか女子の一部がざわめいている。

 

「よし、じゃああの一番端の席に座ってくれ。出水、いろいろ教えてやってくれ。じゃあ朝のホームルームはここまでだ。」

 

そう言うと教師はでていった。遊は言われた通り、そして出水の予想通り出水の横の席まで歩いてきた。

 

「神谷遊だ。よろしくな。」

 

「おお、よろしくな。おれは出水公平だ。」

 

そう言うと出水は手を差し出した。遊は僅かに微笑むとその手をとり握手に応えた。

そうしてそのまま隣の席につくとすぐにクラスメートに囲まれて、質問攻めにされる。特に女子が質問を多くしているように見える。

どこから来たのか。なぜ三門市にきたのか。ハーフなのか。趣味はなんなのか。彼女はいるのか。親がボーダー関係者なのか、などなどかなりの質問を同時に受け苦笑しながら目を泳がせしどろもどろに質問に遊は答えていた。大人数に囲まれるのは慣れていないようだ。

結局出水がまともに遊と話せる時間が得られたのは一限の授業がおわってからだった。

 

 

昼休みになり皆思い思いの場所に移動する。

 

「遊、メシ食おうぜ。」

 

「ああ。」

 

出水の誘いに遊はすぐに返事をする。あれから授業のことやらなんやらでいろいろと話をして出水と遊はすぐに打ち解けた。

 

「おれも混ぜろよー。」

 

そこに米屋も加わる。出水と話してるうちに米屋とも遊は話せるようになっていた。もとより遊はコミュニケーション能力が低くないようであり、さらに出水米屋の社交性の良さを考えれば当たり前のことなのかもしれない。

 

「しっかし遊大人気だな。初日からモテモテじゃねぇか。」

 

昼食の弁当を食べながら出水はそう口にする。

 

「おれも正直驚いた。できることならもう少し静かな方がいいのだがな。」

 

と出水の言葉に苦笑しながら疲れた顔で遊はかえす。

 

「何言ってんだ。女子からあそこまでちやほやされる奴なんでそうそういないぞ。」

 

米屋はパックの飲み物を開封しながら言う。

 

「まぁ遊はイケメンだしなー。目の色も綺麗だし。しかも帰国子女。女子が色めき立つには十分だろうな。やっぱり遊ってハーフなのか?目の色からして。」

 

「…女子と話すのは慣れてない。母親が外国の人だ。目の色は母親譲りだな。」

 

「なんだよ、意外と女子慣れしてないのかよその顔で。しかし母親が外人かー。今までどんなとこ行ってたんだ?」

 

「顔は関係ないだろ…。まぁ、いろいろ。ヨーロッパの方も行ってたし、お前らの知らないような『国』にも行ってたかな。」

 

「その、俺らの知らないような国ってどんなとこなんだ?」

 

米屋の問いに遊は少し考える素振りをみせる。

 

「まぁ…、紛争地帯かな?」

 

「紛争地帯⁈」

 

「マジか⁈」

 

「いろんなとこ行ったがお前らの知らないような『国』は大体どこも戦争してた。」

 

「はー…。想像つかねぇな。」

 

「すげぇ幼少期だなおい。」

 

出水と米屋は感嘆の声を上げる。

 

「まぁここも半分戦地みたいなもんだけどな。」

 

米屋の言葉に遊は少し反応する。

 

「それって、ネイバーってやつか?」

 

「おお、知ってんのか。」

 

「さすがに来る時に聞いたよ、いろいろとな。あとボーダーのこともな。」

 

「そうそう、ネイバーってのが三門市に攻めてきてんだ。んで、そいつらと戦うのがおれ達ボーダー隊員ってわけだ。」

 

「え、出水も米屋もボーダー隊員なのか?」

 

「そ、こいつは弾バカで通ってるぜ。」

 

「誰が弾バカだ槍バカ。」

 

「なんだそりゃ。てことは他にもいんのか?」

 

「ああ、うちのクラスならあとは熊谷くらいかな。他にもいるけどうちはこの3人だけだ。」

 

「ん、呼んだ?」

 

声のした方を見ると先ほど会話に出てきた熊谷友子がいた。

 

「おお熊谷、今ボーダー隊員の話を遊にしてたんだ。そんでクラスの隊員はおれと米屋とお前だけってことを言ってたんだ。」

 

「ああそういうことね。えっと、挨拶がまだだったわね。私は熊谷友子。一応ボーダー隊員ね。よろしくね、神谷くん。」

 

「熊谷、な。記憶した。よろしくな、熊谷。」

 

「なんだ、熊谷は平気なのな遊は。」

 

「ほっとけ…。」

 

出水の茶化しにげんなりした表情で遊は返す。熊谷は一人で頭に疑問符を浮かべているのを見て米屋が付け加える。

 

「遊のやつ、女子と話すの慣れてないんだってさ。」

 

「え、なに、意外と神谷くんヘタレなの?目が死んでるのに。」

 

「おい、人のことをヘタレ呼ばわりすんな。それと目は関係ないだろ。おれの目が死んでることを揶揄しているのか。」

 

「だって遊現にヘタレだし目、死んでるじゃん。」

 

「ほっとけこのやろう!」

 

そう言いながら遊は米屋に飛びかかり、じゃれあいのようなものが始まる。それをみて出水と熊谷は爆笑している。

とても戦地とは思えない平和な光景だった。

 

 

その日の授業も終わり、ホームルームも終わったので遊は出水、米屋の2人に校内を案内してもらっていた。

 

「んで、ここ右に行くと図書室と連絡通路で、そこがコンピューター室。んで上行くと音楽室と美術室がある。これで全部回ったかな。」

 

「まぁ体育館とかはいいだろ。目立つしすぐわかんだろ。」

 

「悪いな、2人とも。いろいろ助かったわ。」

 

「いいっていいって。気にすんな。」

 

「よし弾バカ、遊、帰りになんか食って帰ろうぜ。」

 

「誰が弾バカだ。まぁでもそれいいかもな。遊、メシいけるか?」

 

出水は遊に聞いてみるが遊は申し訳なさそうに苦笑して

 

「わり、まだ家の片づけ終わってねぇんだ。また今度誘ってくれ。」

 

「あーそうなのか。ならしょうがねぇな。」

 

「そうだな、じゃ、今日は帰っか。」

 

そのまま談笑をしながら3人は教室に戻るため連絡通路を通る。二年生の教室のある廊下につくと向こうから熊谷ともう一人遊の知らない女子生徒が歩いてきた。

 

「あれ、熊谷と那須じゃん。」

 

米屋が声をかける。

 

「ああ、米屋くん。出水くんと神谷くんも一緒ね。どうしたのこんな時間まで校舎内いて。」

 

「槍バカと一緒に遊に校舎内を案内してたんだよ。そっちは?」

 

「玲が保健室で休んでたからそれの付き添いでね。」

 

出水、米屋、熊谷が話している中、遊は熊谷と一緒にいた女子生徒を見る。美人、の類に入る顔立ちでどことなく儚い雰囲気があるというのが遊の第一印象だった。保健室にいたということは病弱なのかもしれない。肌も白くあまり外に出ていないように思われる。ぼーっとその女子生徒を眺めているとふと目が合い、遊は慌てて目をそらす。

 

「玲は神谷くん知らないよね。今日うちのクラスに編入してきた神谷遊くん。」

 

「まぁ、よろしく…。」

 

熊谷に紹介され若干しどろもどろになりながらも何とか返す。

 

「神谷くんね。私はB組の那須玲っていいます。よろしくお願いしますね。」

 

「ああ、いや、こちらこそよろしく。…てか同級生なんだし敬語はいらんよ?こっちもタメ語の方が気楽だし。」

 

「そう?じゃあそうするね。よろしく、神谷くん。」

 

「ああ、よろしく…。」

 

「やっぱり神谷くんヘタレね。」

 

「ヘタレだな。」

 

「ヘタレだ。」

 

「おいコラてめぇらうるせぇぞ。」

 

「神谷くんヘタレなのね。」

 

「おい、那須までやめろ。」

 

暗くなってきた校舎内に五人の笑い声が響いた。

 

 

その後、那須と熊谷と別れ米屋も途中で別れ、今は出水と遊の二人で帰路についている。

 

「どうだ?うちの学校の初日の感想は。」

 

出水はニヤリと笑いながら問う。

 

「まぁ、何とかやってけそうかな。」

 

「お前がヘタレとは意外だったがな。」

 

「ヘタレ言うな弾バカ。」

 

「あ!お前まで弾バカいうか!」

 

そい言いながらも出水の顔は笑っている。そこまでイヤではないようだ。

現在季節は冬なので溜息をつくと白い息が空中に舞う。

 

「まぁ、楽しくやっていけそうだ。」

 

遊の呟きに出水は笑いながらそうか、という。

 

「んじゃおれこっちだから。また明日な、遊!」

 

「おう、また明日。」

 

そう言い出水とは違う方向に遊は歩き始める。

 

「さて、レプリカ。遊真はどこだ?」

 

一人歩きながら誰かに話しかける遊。その制服の胸ポケットから黒い豆粒のようなものがでてくる。

 

『ユーマの学校付近の大通りの方にいる。ユーマともう一人ユーマの同級生がいる。』

 

「へぇ、遊真も楽しめそうだな。案内よろしく。」

 

『心得た。』

 

遊はマフラーを結び直し、レプリカの案内により街中へ歩いて行った。

 

 

レプリカの道案内によりコンビニやファーストフード店の並ぶ大通りに来てみると、裏路地からすごい衝撃音がした。

 

『ユーマはあそこだ。』

 

「はぁ、あのアホ…。騒ぎは起こすなと言ったんだがな…。」

 

溜息をつきながら裏路地にいってみると不良、と思われる男たちがのびていてその前で手をはたく白髪の少年と絶句しているメガネの少年がいた。

 

「よぉ遊真。派手にやったな。」

 

「む?」

 

「え⁈」

 

遊の言葉に二人の少年が振り返る。

 

「あなたは⁈」

 

メガネの少年が遊に問いかける。

 

「ん、ああ。おれは神谷遊。遊真の兄貴みたいなもんだ。」

 

「おおユウか。」

 

「おお、じゃねぇよ。騒ぎ起こすなつったろ。…まぁ見た感じ、お前だけに非があるようには見えないがな。」

 

「ふむ、こいつらがおれのカネを騙しとろうとしたからぶっ飛ばしただけだ。」

 

「こっちは向こうと違う。そういうのはいいが何でもかんでもぶん殴ったりすんなよ。面倒だから。んじゃ騒ぎ大きくなる前に退散すんぞ。まだ家片付いてないんだし。」

 

「あ、あの!」

 

メガネの少年が遊に声をあげる。

 

「ん?」

 

「あ、えっと、あなたは、一体「その話は後だ。まずは場所変えんぞ。」…わかりました。」

 

ちょっとメシ買ってくると言い残し遊は一旦その場を後にした。

 

 

ファーストフード店で適当に食料を買い、三人はハンバーガーを頬張りながら場所を移動した。

 

「さて、まずは自己紹介としよう。おれは神谷遊。血は繋がってないがこいつの兄貴みたいなもんだ。」

 

遊はハンバーガーのゴミを丸めてビニールに突っ込みながらいう。

 

「僕は三雲修です。空閑とは同じクラスで、それで、さっき、えっと「警戒区域とやらでバムスターを爆散させてきた。」…まぁそういうことです。」

 

「なるほど、理解。じゃあもう知ってんのね。」

 

遊は一旦言葉を切った。

 

「おれは、いや、おれたちはネイバーだ。」

 

「そういう事です。」

 

その言葉を聞き、修は冷や汗を流しながら二人のネイバーと名乗る対照的な二人に問う。

 

「やっぱり空閑の言った通りネイバーなんですね…。」

 

「そゆこと。ゲートの向こうから来たってこと。」

 

「じゃあ、神谷さんもトリガー、持ってるんですか?」

 

「ああ、これな。」

 

そういって遊は右手首につく黒い腕輪を見せる。

それを見て修はやや険しい顔になる。

 

「ちなみに遊はおれより強いぞ。」

 

「なっ…!」

 

「いらん情報喋んな。まぁでもおれらはこっちの世界をどうこうしようってわけじゃない。とりあえずは安心していいぞ。」

 

「そういうことです。」

 

「そういうことです。じゃねぇんだよアホ。お前は初日から学校での居場所をなくしたいのか。お前はこっちくんの初めてなんだからできるだけ大人しくしてろつったろ。」

 

「ふむ、申し訳ない。」

 

遊真の言葉に溜息をつく遊。

 

「まぁ修が日本についていろいろ教えてくれるらしいから多分大丈夫さ、多分。」

 

そう言いながら歩いて行く遊真。しかし先の信号は赤いのにきづかない。当然車は走ってくる。

 

「あっ!おい!空閑!」

 

修が引き止めようとする。

 

(間に合わない!)

 

そう直感したがその横を一つの影が通った。その影は遊だった。目にも止まらぬ速さで遊真に近づき小柄な遊真を小脇に抱えてそのままジャンプし、走ってきた車のボンネットを蹴り空中で一回転して修の横に着地した。

周囲で感嘆の声が上がるが遊はそれを無視して遊真の頭に拳骨を落とす。

 

「アホ、赤は止まれだっつったろうが。」

 

「む、申し訳ない。」

 

「ったく…。」

 

溜息をつき、遊は先ほどの車の運転手に頭を下げにいった。

 

修はこの先が不安でたまらなくなって来たが先ほどの遊の動き、そして遊真のもつトリガーにより二人がネイバーである事を確信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リア03と申します。
初投稿で長くなってしまい申し訳ありません。
至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。


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2話

あの後車の運転手に頭を下げてから遊と遊真は自宅へと戻った。

 

「お前、学校も遅刻したらしいな。なんで先に基地見に行ったんだよ。後でおれもいくつったろ。」

 

「好奇心には勝てなかったぜ。」

 

「はぁ…。」

 

遊の説教に悪びれもなく返す遊真に心底頭が痛いような表情を遊はする。

 

「とりあえず、メシは済ませたから荷物片付けんぞ。」

 

切り替えるように頭をかき、遊真に声をかける。

 

「りょうかい。」

 

それから日付けか変わるまで作業をしていた。

 

 

翌日、朝起きると眠る必要のない遊真は机に向かってペンを動かしていた。遊真は今までこちらの世界に来たことがなく、勉学に関しては壊滅的だった。それゆえ、学校に行くにあたって遊が遊真に勉強をかなり初歩から教えていた。

遊真は過去のある出来事により眠る必要のない身体になっているので夜は大抵暇にしている。ならその時間で勉強をしてみてはという遊の提案になんの抵抗もなく遊真は承諾した。

それから毎日夜は遊が教えたことの復習をしているらしい。なんだかんだでちゃんとできるようになっていることに遊は正直驚いていた。

 

「む、遊か。おはよう。朝飯はまだか。」

 

「おお、おはよう。まだだ。今から作るからもうちょい勉強してろ。」

 

「ふむ、わかった。」

 

といい、遊真は再び勉強に戻る。

一階に下りキッチンへ向かい朝食の支度を始める。

彼らの家はどこにでもある普通の一軒家だ。しかし、住人は遊と遊真の二人のみである。

この家はかつて遊の父親が暮らしていた家であり、それを彼らが使っているといった感じである。

朝食と作り終え、自分と遊真の分の弁当も作る。弁当も作り終え、遊真を呼ぶとすぐおりてくる。

二人で食事をとり制服に着替え、準備を終えるとすぐ家を出る。二人とも学校までの距離はそうないので時間はかなり余裕かある。学校はお互い別方向なので戸締りを確認すると軽く声をかけ各々の学校へ向かう。

 

「今日も、寒い。」

 

遊は1人、そう呟いた。

 

 

学校につき、下駄箱で靴を履き替えるとそこには昨日の帰り際に知り合った1人の女子生徒がいた。

 

「あら、神谷くん。おはよう。」

 

「おお、那須か。おはようさん。」

 

「ふふ、神谷くんっていつも眠そうな目をしてるのね。」

 

「ほっとけ、デフォルトだ。」

 

朝から失礼なやつだと思いつつ、まだ数少ない知り合いと挨拶を交わす。昨日あれから多少話したおかげで今は普通に話せる。

 

「今日は平気なのか?朝からいるってことは。」

 

「うん、最近は調子いいの。」

 

「そうか。」

 

「まぁ、それでも体育とかはできないけどね。」

 

「そっか…。」

 

昨日聞いた話だと那須は昔から身体が弱く、運動などほとんどできなかったらしい。病院にもよく通っていて、入院することもあっとか。

 

「そういえば、来週からテストね。」

 

「ああ、そうだな。」

 

「神谷くんは初めてのテストだね。得意科目とかあるの?」

 

「まぁ、化学と物理かな。基本理系はできる。文系はちょっと苦手だけど。」

 

「へぇ、理系なのね。私も理系科目の方が得意かな。」

 

「意外だな、なんとなく文系だと思ってた。」

 

「そう?よく言われるけどね。くまちゃんも理系なのよ。」

 

「それはもっと意外だ。体育会系かと思ってた。」

 

「くまちゃん、そこそこ成績いいのよ?私の方がいいけどね。」

 

「さりげなく自慢すんな。まぁ、なんなら勝負でもするか?ジュース賭けてとかさ。」

 

「あ、いいかも。」

 

そんな会話をしてるうちに教室につく。じゃあまた、と声をかけ遊は教室にはいり、那須はその隣の教室にはいる。

米屋と出水はまだ来てないようだ。二人が来るまで勉強でもしてようとノートとテキストを開きペンを動かし始めた。

結局米屋と出水は遅刻ギリギリに教室に滑り込んできたのだった。

その日も昨日と似たように普通の高校生達の日常だった。

 

 

その日の授業も終わり帰りの支度を始める。隣の出水は今日は防衛任務があるので途中早退し、米屋は掃除当番があるのですでに掃除場所へと向かっている。

いくら遊といえどもまだ編入して二日目では友人と呼べる者は出水と米屋しかいない。なので今日の帰りは昨日と違い1人だった。

 

「今日は1人か。帰りに食料買って帰るか。遊真にも手伝わせようかね。」

 

そんな独り言を呟きレプリカに遊真の場所を聞き、その場所に遊は向かった。

 

 

レプリカのナビゲートに従って歩いていくと、昨日会ったメガネの少年、修ともう一人初めてみるショートの髪の女性がいる。

そこはたとなく面倒ごとの空気を感じ取った遊はレプリカに問う。

 

「レプリカ、今日遊真は何をやらかした。掻い摘んで話せ。」

 

『イレギュラーゲートが学校に開き逃げ遅れた生徒を修が逃し、モールモッドにやられそうになった修をユーマが助けた。修はボーダーの訓練生だったゆえ基地外部でのトリガーの使用が認められていない。それ故本部に出頭し処罰を受けさせる為にキトラに連れられ本部に向かうところというわけだ。』

 

「なるほど、理解。」

 

(あのショート髪はキトラというのか。話を聞くに、キトラはボーダー隊員だろう。目をつけられると面倒そうだな。)

 

遊はそんな事を考えつつ、遊真の方へ足を向けた。

そしたら遊真と木虎がなにか言い争ってるのが聞こえる。

 

「部外者は黙っててくれる?さっきも言ったけれど彼のやったことはルール違反なの。きちんと評価されたいならルールを守ることね。」

 

「ルール違反なのはオサムだって知ってたわけじゃん。戦っても褒められるどころかむしろ怒られるのをわかってて、それでも助けに行ったんだから逆にエラいんじゃないの?」

 

遊真の言葉に木虎がぐっと押し黙る。遊真はかなりのリアリストなので口喧嘩はかなり強い。もともと頭の回転もはやいのもあるだろう。

 

「それとこれとは…。」

 

木虎がなにか言おうとしているがそれを遊はわかってて話をぶった切る。

 

「よぉ遊真、探したぞ。」

 

「む、遊か。」

 

「あ、神谷さん。」

 

「⁈誰ですか⁈」

 

想像以上にきついリアクションが木虎から来たため遊は少しきつい口調になる。

 

「相手に名前を聞くときはまず自分から名乗るもんだ。それとなにもしてないのに自分のイライラを他人にぶつけんのはやめろ。不愉快だ。」

 

遊の言葉に木虎は少し狼狽えるが、すぐに切り替える。

 

「私はボーダーA級部隊嵐山隊所属の木虎藍です。先ほどのご無礼は失礼しました。あなたの名前は何ですか。」

 

さっきのが少し癇に障ったのか睨みつけたままそう木虎はいってくる。

が、遊は涼しげに返す。

 

「神谷遊だ。この遊真の兄貴みたいなもんだ。まぁとりあえずよろしく。」

 

遊は無表情で木虎にそう返す。

 

「ああ、彼のお兄さんでしたか。でしたら弟さんの教育がなってないように思えますがね。」

 

木虎はかなりイラついていたのだろう。鋭い目つきで遊のことを睨みながらいってくる。

 

「みたいな、つってんだろ。本当の弟じゃない。それに教育に関してはそいつが生きてきた環境と育てた人間によるからおれにはどうしよもない。」

 

遊の言葉にまたも木虎はぐっと押し黙る。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて…。」

 

遊と木虎の舌戦を修が仲裁する。木虎は少し修のことを睨んだが、自分に非があるとわかっていたのか、おとなしく引き下がる。遊に関してももともと喧嘩するつもりがなかったわけで特に何も言わなかった。

 

「そういえば聞きたいことがあったんだ。」

 

修が口を開く。

 

「今日の学校のネイバー、あれはなんだったんだ?なんで警戒区域の外にネイバーが…?」

 

「ふむ、そういやそんなこと言ってたな。本当なら基地の周りにしかでないはずなんだろ?遊は知ってるか?今日うちの学校でネイバーが出てきたんだぞ。」

 

「ああ、うちの学校にも連絡が来てた。何が起こってんだ?」

 

今日学校であったことを修と遊真が木虎に尋ね、遊もそのことについて気になっていたのでそのことを口にする。

 

「…部外者がいるから話せないわね。」

 

木虎は憮然とした表情で遊と遊真をみて言う。

 

「おれは部外者じゃない。被害者だ。」

 

「おれは被害者の兄貴みたいなもんだ。」

 

その言葉に木虎は僅かに考える素振りをし、応える。

 

「…そうね、C級には知り得ない情報だもの。私が教えてあげる。まだ詳しくことはわかってないけど、ボーダーの誘導装置が効かないイレギュラーゲートが開き始めているみたいなの。今本部のエンジニアが総出で原因を探ってるわ。」

 

「…⁈イレギュラーゲート⁈」

 

「今日の一件以外にも、昨日から6件似たような事例が報告されてるわ。」

 

その言葉に修は絶句し、遊は眉間に指をあて、遊真は腕組みをしている。

 

「今までは偶然非番の隊員が近くにいたから犠牲者はでなかったけど今後どうなるかはわからない。パニックを避けるために公表はされてないけど、今はこの街のどこにゲートが開いてもおかしくない状況なのよ。」

 

「そんな…!早くどうにかしないと…!」

 

「それはエンジニアの仕事よ。私たちがどうこうできることではないわ。私は防衛隊員。戦って市民を守るだけよ。」

 

木虎は自身に言い聞かせるように言った。その時遊真の耳元でレプリカが囁いた。

 

『なるほど、キトラの言う通りのようだ。』

 

レプリカがそういうと修達の近くの上空にゲートが開く。

警報が鳴り響きゲートから魚のようなネイバーが二体現れる。

 

「おいおい、忙しい日だな。」

 

「そうみたいだな、全く。」

 

遊真の言葉に遊は同意する。

 

「何このネイバー!こんなのみたことないわ!」

 

(空閑!こいつは⁈)

 

「イルガー!珍しいな。イルガーは、爆撃用のトリオン兵だ。」

 

遊真がそういうとイルガーは街中に爆撃を始める。

 

「街が…!」

 

「他の部隊待ってられないわね。私がいくわ。」

 

「僕もいく!」

 

木虎の言葉に修がすぐ反応する。

 

「あなた、また出しゃばるつもり⁈そもそも空の相手に何ができるの?」

 

「それは向こうで考える!」

 

「「トリガー、起動!」」

 

二人が同時にトリガーを起動する。

が、修の手には武器が出現しなかった。トリオン不足らしい。

 

「…やっぱりC級ね、そこでおとなしくしてなさい。」

 

「キトラ、一人で大丈夫なのか?初めて見る敵なんだろ?」

 

遊真が声をかけるが木虎は自信ありげに返す。

 

「愚問ね、私はA級隊員よ。あのネイバーは私が始末する。」

 

そういうと木虎はすぐにイルガーにむかって走り出す。

 

「やれやれ、面倒な事になりそうだ…。」

 

遊は死んだ魚のような目でそう呟くのだった。




2話ですね。ようやく一巻終了。
神谷くんの容姿はDグレのネアみたいな感じ。
かなりもてるのに自覚なしかつヘタレゆえに女子と話せない(慣れればそれなりに話せる)というかなりタチの悪い性格。
次に神谷くんのトリガーでますかね。


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3話

木虎がイルガー迎撃に向かいその場には遊、遊真、修の三人がのこされた。

 

「キトラ、いっちまったぞ。どうすんだオサム。」

 

「僕も現場に向かう。」

 

「おいおい、武器なしで戦う気か?またやられるぞ。」

 

「わかってる。学校みたいな無茶はしない。ネイバーは木虎に任せる。僕は街の人を助けに行く。やれることがあるはずた。」

 

「ふむ、それいいな。ならおれもいく?」

 

遊真の問いを意外にも修は拒否する。

 

「いや、空閑と神谷さんは木虎についてくれ。」

 

「あ?」

 

修の言葉が意外すぎて遊は変な声が出てしまう。

 

「木虎も初めて見るネイバーだ。A級隊員でも手に負えないかもしれない。木虎がやばそうなら二人が手伝ってくれ。」

 

「え〜。」

 

遊真はかなり不満そうにする。

 

「本人が自分でやるつってんだからほっときゃいいんじゃねぇの?」

 

遊も面倒くさそうにする。

 

「頼む。」

 

修のかなり真剣な態度に遊と遊真は顔をみあわせる。そして同時に溜息をついた。

 

「オサムは面倒見の鬼だな。自分はすぐ無茶するクセに。」

 

「ぐっ…。」

 

「まぁしょうがねぇか。」

 

遊と遊真は渋々ながら同意する。が、

 

「でも、おれは修につくよ。」

 

遊の言葉に修は驚愕の表情を浮かべる。

 

「イルガーなら遊真一人で十分だ。それにおれのトリガーは正体を隠すのに向いてる機能もある。街の被害を抑えにいこう。」

 

「ふむ、遊がいるなら問題ないな。まぁでも一応念には念を、と。レプリカ。」

 

『心得た。』

 

遊真がレプリカに声をかけるとレプリカから豆粒のようなものが現れる。

 

『持っていけオサム。私の分身体だ。私を通してユーマとユウとやりとりができる』

 

「んじゃ遊、オサムをよろしくな。」

 

「あいよ。」

 

そう言うと遊真は木虎のいる方へ、遊と修は街の方へかけだした。

 

「さて、おれもトリガーつかうかね。」

 

そう呟くと遊は右手首につけてる腕輪を軽くかざして言う。

 

「トリガー、起動(オン)

 

そう言うと遊の身体はトリオン体と入れ替わる。

戦闘体の遊は黒いフードつきのアウターに白いラインのはいった黒いインナー、下はスラックスのような黒いズボンに黒いブーツという全身黒ずくめの格好になる。

 

「それが、神谷さんのトリガー…!」

 

「まぁそうだな。でも正体バレちゃ面倒なことになるから顔は隠させてもらうぞ。」

 

そう言って左手で顔を覆うと白地に黒い模様のついた仮面がでてきて、さらにフードを被る。見た目はかなり怪しい風貌になったが、一見誰かはわからないだろう。

 

「おれは爆撃を止める。修は街の人を頼む。」

 

「はい!」

 

「あと、おれの姿は十中八九誰かに見られる。けど何があっても修は知らぬ存ぜぬを通せ。これは絶対だ。いいな?」

 

「え!でも!」

 

「でももへったくれもねぇんだよ。いいから黙って言うこと聞け。でないと後々面倒なんだよ。」

 

「…はい。」

 

少し不満そうだが修は了承する。

 

「よし、じゃあ街の方よろしく。」

 

そう言うと遊は腰に携えてた剣を抜きそれをビルに向かって投げる。

 

「『シフト』」

 

そう言うと修の隣にいたはずの遊の姿は一瞬で光の粒子にかわり投げつけ、ビルに刺さった剣にぶら下がった格好で現れる。

修はその場で唖然としているが遊はそれに構わず先ほどまでぶら下がっていた剣の上に器用に立ち、手に新たに出現させた剣を別の場所に投げつけ、そこに瞬間移動する。

それを繰り返していきあっという間にイルガーの元にたどり着く。

 

「さて、まずは爆弾が街に落ちないように、と。」

 

左手をイルガーに向かってかかげる。

 

『捕捉』(ロック)

 

そう言うと遊の視界にイルガーにカーソルがつけられる。

 

『弾』判(バウンド)

 

足元に現れた『弾』という字がついた足場を思いっきり踏みつけると、一気にイルガーのすぐ下まで飛ばされる。

 

『追』判(チェイス)『壁』判(ウォール)

 

イルガーのすぐ下、遊のほんの少し上に光の壁が現れ、イルガーの軌道に合わせてその下を進んでいく。さながらマンタに寄り添うコバンザメのようだ。(もっとも、イルガーの大きさより壁の方が面積的には大きいのだが)

 

「とりあえず、これで爆弾は街に落ちないな。さて次は…ん?」

 

遊がもう一体のイルガーに目を向けるとイルガーからボンと小さく聴こえてきた。恐らく木虎がおとしたのだろう。

 

「あーあ、あの落とし方はダメだ。」

 

遊の独り言通りにイルガーは自爆モードへと変化し、こちらに向かって落下してきた。

イルガーの自爆モードはかなり硬くなるため並大抵の攻撃力ではどうすることもできない。空中でイルガーの防御力を上回る威力の攻撃をするか、地面に引きずり下ろすかの二択である。

さてどうすっかなーと考えていると、河川敷のところから鎖が伸びてきてイルガーを捉える。

 

(遊真の『鎖』印か。まぁそうするしかないよな。)

 

その光景を眺めているとイルガーは川の中に叩き降ろされ大爆発をする。

一体目が倒されたのはいいがもう一体のイルガーは未だに爆撃を続けている。遊の『壁』判のおかげて街に新たな被害はでていないがそれも持ってあと15分程度だろう。『壁』判はかなり丈夫とはいえ、あの頻度で爆弾を落とされたらさすがに長くは持たない。それにあの様子からしてあと15分で木虎がイルガーを落とせるとも思えない。また『壁』判を使ってもいいが遊個人的には早く終わらせたかった。

 

「もういいや、待つの面倒だしとっとと終わらせよう。」

 

そう言うと遊は左手の親指で人差し指の関節をならす。

ペキ、と骨が鳴る音がした。

 

「『弾』判、六重」

 

そう言うと先ほどより何倍もの勢いでイルガーの下まで飛んでいく。イルガーのやや上まで飛んだ遊は腰から剣を抜く。

 

「『強』判、三重』

 

そう言うと遊の背中に円盤のようなものがあらわれる。その円盤の中央には『強』とかかれている。

 

「『弾』判」

 

再び『弾』判を使用し、一気にイルガーに近づく。

次の瞬間、イルガーは真っ二つになり空中で爆散した。

街の上空に『壁』判をはり、落ちてくる残骸から街を守る。下の方から住民の歓声が聞こえるが無視する。

 

「任務完了だぞ、と。」

 

遊がそう呟きふと顔を上げると遠くの木虎が唖然としているのが見える。目があったのがわかるが、面倒事はごめんだったので遊は腰に剣を収め、ポケットに手を突っ込む。

 

『隠』判(ハイド)

 

そう言うと遊の姿は風景に溶け込むように消えた。

 

 

木虎は眼前で起こっている事態に動揺を隠せなかった。なぜなら明らかにボーダーのものではないトリガーを使うフードを被った仮面の男によって先ほどまで木虎が苦戦を強いられていて、挙げ句の果てに街中で自爆させそうになったネイバーをあの男は一瞬で真っ二つにし、倒してしまったのだから。

それに加えて街への被害も殆ど出さずにやるという荒技をやってのけたのだ。

その男の正体を確かめようとその男に近づこうとしたが、仮面の男はポケットに手を突っ込むと風景に溶け込むように消えてしまった。

 

(今のは、一体…?)

 

思考を巡らすが、答えは当然でそうにない。そしてその思考は歓声によって停止させられる。

そこには住民から歓声や感謝の言葉を受け、あたふたする修の姿があった。

 

(住民を守ってポイント稼ぎ…。そんなに人気者になりたいの?)

 

木虎は修の行動を相変わらず否定的にみている。

が、そこで修が木虎の存在に気づいた。

 

「みなさん、彼女です!彼女がネイバーを倒してくれたのです!」

 

修の言葉に住民が一斉に木虎の方を見る。木虎はボーダーの顔である嵐山隊であるため住民からの知名度も高く、修にかけられていた以上の歓声と感謝の言葉が木虎に浴びせられる。

その光景を木虎は驚愕の表情で見ていた。当然だろう。先ほどまで木虎は修はただヒーローであろうとするためにやっていた事であると認識していたのだから。それなのにわざわざ自分に手柄を譲渡したのだから驚くのは無理もない事である。

 

「言ったろ?お前とオサムでは見てるものが違う。勝負になんないってのはそういうことだ。」

 

いつの間にか横に来ていた遊真の言葉に木虎は心のどこかで納得する。

 

「…確かに、ただのC級隊員ではなさそうね…。」

 

「でもすごいなお前。あの魚あっという間に倒したんだからな。」

 

また違う声が聞こえてきたので木虎がそちらを向くと長身の学ランをきた瞳の青い青年が立っていた。先ほど神谷遊と名乗った高校生だった。

 

「違う。」

 

遊の言葉を木虎は即座に否定する。

 

「私はあのネイバーを止められなかった。誰かが手を貸してくれた。それにもう一体の方は私が駆けつける前に仮面をつけた男が倒した。その男のおかげて街への被害もかなり減っている。私は自分のやってないことまで自分の手柄にする気は無いわ。」

 

木虎の言葉に遊と遊真は顔を見合わせる。そしてお互い納得したように呟く。

 

「なるほど。」

 

「A級隊員とは、よくいったもんだな。」

 

しかしその平和な空気も一部の住民によって壊される。遊がある程度被害を抑えたとはいえ、被害はゼロではない。少なからず建物も壊されている。それに関する追求は当然の如くでてくる。

住民の対応を修のかわりに木虎がし、とりあえず損害賠償については後日ということになりその場は収まったのだった。

 

 

そのほぼ同時刻、警戒区域内

 

「はいはいもしもし?」

 

サングラスをかけた1人の男に無線で連絡がはいる。

 

『俺だ。片付いたか?』

 

「こっちは終わりました。向こうのチームももう終わるでしょ。」

 

サングラスの男は飄々とした態度で無線に応じる。

無線からはさらに指令が飛んでくる。

 

『よし、お前は本部に直行しろ。城戸司令が呼んでいる。』

 

「ほう、本部司令直々に、この実力派エリートを及びとは。」

 

サングラスの男、ボーダー玉狛支部所属S級隊員迅悠一は不敵に笑いながら呟いた。

 

 

その後、修と木虎は本来の目的である本部に出頭するためにボーダー本部への連絡通路に来ていた。その後ろに遊と遊真はついている。

 

『トリガー認証、本部への直通通路を開きます。』

 

機械音声と同時に通路が開く。

 

「ほう、トリガーが基地への入り口の鍵になってんのか。」

 

「ええ、ここから先はボーダー隊員しか入れません。」

 

「じゃあおれたちはここまでだな。なにかあったら連絡くれ。」

 

「…わかった。」

 

そう言い、修と木虎は通路の中に消えていった。

 

「帰るか、と言いたいとこだがまず食料の買い出しに行かなければメシも作れん。とりあえずどっかで食料調達すんぞ。手伝え。」

 

「ふむ、わかった。メシが食えないのは一大事だからな。」

 

対照的なシルエットの二つの人影がいつの日かのように市街地へ消えていった。

 

そのまま遊と遊真は二人で近くのスーパーまで来ていた。買い物カゴは遊が持っていて、遊真は並べてある商品を興味深そうに眺めている。

どうやら今日は肉が特売日のようだったので夕飯は肉類にしようと肉をカゴの中に入れながら遊はそんなことを考える。

 

「ふむ、今日は肉か。」

 

「ああ、特売日だったからな。どうせ遊真は大量に食うんだろ?少し多めに買っておいてやるよ。日持ちするのもあるしな。それに昨日はファーストフードだったから野菜も取らなきゃな。」

 

「遊の作るメシはなんでもうまいからな。おれはなんでも大量にたべるぞ。」

 

「うまいと言ってくれるのはありがたいがくいすぎんなよ。食費バカになんねぇから。」

 

そんな会話をしながらも野菜やらなんやら色んなものを物色しながらカゴに詰めていく。

二人分なら十分な量になり、必要なものはあらかた揃えたところで意外な人物に出会う。

 

「熊谷じゃん。」

 

「あれ、神谷。何してんのこんなとこで。」

 

熊谷友子。遊が編入してきて初めてまともに話せるようになった女子生徒だ。

 

「見ての通り買い物だ。」

 

「へぇ、神谷が買い物してるとなんか主夫みたいだね。なんかやけに様になってるし。お使いかなんか?」

 

「さりげなく貶された気がするんだけど?みんなおれの扱い悪くない?まぁそんな感じだ。お前は?」

 

「私もお使い頼まれてきたの。調味料と少しの食材のね。そういえばそちらは?」

 

今まで会話に参加してこなかった遊真に熊谷は話の矛先を持っていく。

 

「ああ、こいつは遊真ってんだ。おれの、弟みたいな感じ。」

 

「空閑遊真です。背は低いけど15歳です。どうぞよろしく。」

 

遊真はぺこりと頭を下げる。

 

「へぇ、兄と違って礼儀正しいのね。私は熊谷友子。神谷のクラスメートよ。よろしくね。」

 

熊谷は遊真に手を差し出し、遊真もそれに応え握手をし、二人してニヤリと笑う。なんでこいつらこんな息合ってんだ、と遊は内心呆れていた。

 

「ちょっと、おれ礼儀正しいだろ。むしろお前らの方がおれに礼儀正しくないだろ。」

 

「ふむ、よろしくお願いします、くまがい先輩。」

 

「神谷、気にしないのそんなこと。うん、よろしくね、空閑くん。」

 

「はぁ…。」

 

遊真と熊谷が知り合いになり、ちょくちょく遊のことを弄りながらお互いそのまま帰路についた。

その後遊が大量に作った食事を(遊の分を除いて)全てペロリと平らげたのは別の話。




遊がどんどん弄られキャラになっていく…
それはさておき、遊のトリガーは遊真のと似ているけどどこか違う感じです。
詳細は今後出てくるのでここでは言いませんがね
ではまた次の話で


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4話

ボーダー本部会議室

 

現在、そこにはボーダー上層部の面々が集結している。それに加え、出頭した修とボーダー本部司令城戸正宗の隣に立つA級7位部隊、三輪隊隊長三輪秀次が立っている。

そこに1人の胡散臭い軽薄な笑みを浮かべた男とスーツを着た女性が入ってくる。

 

「迅悠一、お召しにより参上しました。」

 

男、迅悠一は会議室に入ると軽いノリでそう言葉を発する。

 

「ご苦労。」

 

顔に大きな傷が入っている城戸がそう告げる。

 

(この人は…!)

 

『よう、無事か?メガネくん』

 

迅をみた修の頭の中では過去の記憶が再現される。あの時修を助けたボーダー隊員だ。

迅が椅子に座ろうとしたところで修に気づき、声をかける。

 

「おっ、キミは?」

 

「あ、三雲です。」

 

「ミクモくんね、おれ迅。よろしく。」

 

軽く挨拶をしてくる迅に曖昧な感じで修は返事をする。

さすがに覚えられていなかったのだろう。迅も特に修に対して思うところはなかったような態度だ。

 

「揃ったな。本題に入ろう。昨日から市街地に開いているイレギュラーゲートへの対策だ。」

 

城戸が会議の開始を口にし、議題を提示する。だがそこへ1人の男がそれを遮るように言葉を発する。

 

「待って下さい。まだ三雲くんの処分に結論が出ていない。」

 

声を発したのはボーダー本部長忍田真史。防衛部隊の指揮官である。

その隣には本部長補佐の沢村響子が座っている。

 

「結論?そんなもの決まっとろう。」

 

忍田の言葉に対して怒気を含んだ声があげられる。

 

「クビだよクビ。重大な隊務規定違反。それを1日に2度だぞ?」

 

本部開発室長鬼怒田。見た目はほぼタヌキであるが、実績はかなりのもので偉そうにするだけのことはある。

 

「他のC級隊員にマネされても問題ですし、市民にボーダーは緩いと思われたら困りますしねぇ。」

 

メディア対策室長根付。三門市においてアンチボーダーが少ないのはこの人のお陰である。

 

「そもそもこいつのようにルールを守れんやつを炙り出すためにC級隊員にもトリガーをもたせとるんだ。バカが見つかった、処分する。それだけだ。」

 

鬼怒田が早口に捲し立てる。かなりご立腹の様子であるのは誰の目からみても明らかである。

 

「おお、すごい言われようだな。」

 

迅の関心した声に修は何も返すことはできない。隊務規定違反なのは修も承知の上だった。反論できる立場ではないことは修も理解している。

そこで再び忍田が抗議の意を唱える。

 

「私は処分に反対だ。三雲くんは市民の命を救っている。」

 

「ネイバーを倒したのは木虎くんでしょう?」

 

根付が少し嫌味のこもった言い方をするが、忍田はそれに対してさらに付け加える。

 

「木虎は三雲くんの救助活動の功績が大きいと報告している。」

 

その言葉に修は驚愕の表情を浮かべる。あれだけ否定的なことを言われてきたから修の反応は当然といえる。

 

「へぇ、あの木虎が。」

 

迅もその事実に対して驚いたような声を出す。

 

「さらに嵐山隊の報告によれば、三門第三中学校を襲ったネイバーを三雲くんは撃退している。隊務規定違反とはいえ、非常時にこれだけの働きができる人材は貴重だ。彼を処分するよりB級に昇格させてその能力を発揮してもらうほうが有意義だと思うが?」

 

忍田は嵐山隊などの報告を伝え、修の処分に反対の意見を唱え続ける。が、

 

「本部長の言うことももっともだ。が、ボーダーのルールを守れない人間は私の組織には必要ない。」

 

忍田の言葉を城戸が一刀両断する。その言葉に忍田は僅かに顔を歪める。

 

「三雲くん、今日のような事態が再び目の前で起こったら君はどうする?」

 

城戸の問いに僅かに考えるような間が空いたが、

 

「今日みたいに人が襲われていたら、やっぱり助けに行くと思います。」

 

「ほれみろ、まるで反省しとらん。クビで決定だ。」

 

修はやはりとでも言うべき答えと、それに対して鬼怒田は変わらず修への処分を決定させようと口調を荒げる。

 

(バカ正直なヒーローだな…。これでクビとは勿体無い。)

 

もう一人の幹部のタバコを咥えた男はそう思った。

 

「三雲くんの話はもういいでしょう。今はとにかくイレギュラーゲートをどうにかすることです!先程の爆撃で幸いにも死者は出ておりませんが重軽傷者は150名以上。建物への被害もそれなりにでており第一次ネイバー侵攻ほどではないとはいえ、惨事であることには間違いありません!」

 

根付はかなり焦った様子で今回の被害内容を供述する。遊のお陰でかなり被害は抑えられているとはいえ、ゼロではない。それなりにでている被害に対する補償を考えると根付の態度は当たり前とも言える。

 

「このままでは三門市を去る人間も増えるでしょう。被害者への補償もかなりの額になりますよ。ねぇ唐沢さん。」

 

先程のタバコを咥えた男、唐沢は根付の言葉に淡々とした様子で応える。

 

「いえ、金集めは私の仕事ですから。言ってもらえれば必要なだけ引っ張ってきますよ。しかし今日みたいな被害が続くとスポンサーも手を引く可能性がでてきますね。開発室長。」

 

外務、営業部部長唐沢。三門市、県、国、しいては世界を相手に協議、交渉等を一人でこなす凄腕の男。この人のお陰でボーダーは成り立っているといっても過言ではないだろう。

 

「…それは分かっとる。しかし開発部総出でも原因がつかめんのが現状だ。今はトリオン障壁によってゲートを強制封鎖しとるが、それもあと46時間しかもたん。それまでにどうにかせんと…。」

 

鬼怒田の言葉を聞き迅はスマホをいじりながら現状を頭の中で整理する。

 

「…で、お前が呼ばれた訳だ。やれるか?迅。」

 

迅が所属している玉狛支部支部長のメガネをかけ、タバコを咥えた無精髭の男、林藤が迅に尋ねる。

その言葉に迅は不敵な笑みを浮かべ、

 

「もちろんですとも。実力派エリートですから。」

 

自信たっぷりに肯定した。迅の言葉に幹部一同は驚愕の表情を浮かべる。

 

「どうにかなるのかね⁈」

 

「まかせて下さい。イレギュラーゲートの原因を見つければいいんでしょ?その代わり、と言ってはなんですが、」

 

迅は一旦言葉を切ると、修の肩に手を置き、提案もとい要求をする。

 

「彼の処分をおれに任せてもらえませんか?」

 

「…?どういうことだ?」

 

「…彼が関わっているというのかね?」

 

「はい。おれのサイドエフェクトがそう言っています。」

 

その言葉にその場の修以外の全員が納得の表情をする。修だけが現状とサイドエフェクトの意味を分かっていないようだが。

 

「いいだろう。好きにやれ。」

 

「ありがとうございます。」

 

城戸は迅の要求を特に考えることなく要求をのんだ。

だが城戸は迅に新たな質問をする。

 

「もう一つある。迅。これは木虎の報告書に書かれていたことなのだが、街中に現れた二体の新型ネイバーのうちの片方は木虎が撃退、そして何者かの支援によって川に引き摺り下ろし討ち取ったとある。もう一体の方は仮面を付けた黒ずくめの男によって街の被害が抑制され、さらにはネイバーを撃墜した、とある。恐らく一体目のネイバーもこの仮面の男の支援によるものだと思うが、問題なのはこの仮面の男が恐らく向こうの世界からきた存在であり、ボーダー管轄外のトリガーを持っていることになる。この男については貴様は何か心当たりはあるか?」

 

城戸からの質問に迅は僅かに目を細める。

 

「いや、今のところはなにも見えませんね。」

 

「そうか…。ならば三雲くん、君は現場に居たからこの男のことを目撃、または接触しているのではないか?何か知っていることがあれば話してもらおう。」

 

修は急に話をふられ僅かに動揺するが、遊の言葉を思い出しその事を口にする。

 

「…いえ、確かに目撃はしましたが接触までは…。でもその仮面の男は街の上空に壁をはって街への被害を抑えてくれて、それで僕の救助活動もスムーズにできました。その仮面の男が何者かはわかりませんが、ボーダーにとっても有益な存在だと、僕は思います。」

 

修は事前に遊に自分について聞かれたらこんな感じで答えろと言われていたことをほぼそのまま声に出す。

城戸は相変わらず無表情だが、隣に立つ男の視線は一瞬にして鋭く冷たいものへと変化した。

その視線に修は気づかない。

 

「…そうか、情報感謝する。迅、お前はこの仮面の男についても調べてもらう。この男の正体が分かり次第捕縛し、連行しろ。」

 

「連行した後はどうするんですか?」

 

「決まっているだろう。ネイバーは全て始末する。それがボーダーの務めだ。」

 

修は城戸の言葉に驚愕し、冷や汗を流す。忍田も苦虫を噛み潰したような顔をする。街の被害を抑えてくれた存在を見つけ次第抹殺するというのだ。穏健派の忍田からしてみれば到底承諾できるものではないだろうが、この場においてその反論は意味をなさない。そのことを理解してるが故になにも言わないのだろう。

 

「では解散だ。次の会議は明日の21時からだ。」

 

城戸の号令により幹部の面々は席を立つ。

 

「さて、よろしく頼むぞ。メガネくん。」

 

「は、はい!(覚えてたのか!)」

 

修の返事を聞くとニヤリと迅は笑って幹部たちにいろいろ助言等々をしていく。その光景を修は感心と驚愕の入り混じった表情で見つめていた。

そんな修に一人の男が声をかける。先程から城戸の隣に護衛のように立っていた三輪という男だ。

 

「三雲くん、一つ聞いていいか?」

 

「え、はい。」

 

「昨日警戒区域でバラバラになっていた大型ネイバー。あれは君がやったことか?それとも例の仮面の男がやったことか?」

 

修はその質問に少し動揺する。昨日そのネイバーを倒したのは遊真であり、修でも遊でもないのだから返答に困るのは当然だろう。

 

「現場付近で保護されたのは君の同級生だった。そして昨日あの場に正隊員はいなかった。君が、または仮面の男がやったとなるなら腑に落ちる。」

 

「……。それは、僕がやりました。」

 

「…。そうか疑問がとけた。ありがとう。」

 

修はその言葉を聞き、会釈すると会議室を後にした。

その後ろで三輪からの視線がさらに鋭く冷たいものになっていることに修が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

その夜、修は遊真に渡されたレプリカの子機を通して遊と遊真に一つの質問をしていた。

今日の会議で迅が口にした『サイドエフェクト』についてだ。

 

『サイドエフェクトとは高いトリオン能力を持つ人間に稀に発現する超感覚のことだ。トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼし起こる現象であり、それらを総称してサイドエフェクトと言う。意味は「副作用」。』

 

「副作用…。超能力みたいなものか?」

 

『炎を出したり空を飛んだりといった超常的なものではない。あくまで人間の能力の延長線上のものだ。』

 

『目を閉じてる間だけめちゃくちゃ耳が良くなるやつとかいたな。』

 

『あー、あとは視力が恐ろしくいい奴とかもなー。多分数値にしたら視力10.0くらいあるんだとさ。』

 

遊と遊真のサイドエフェクトの例を聞き、納得した様子を修は見せる。

 

「迅さんがやたら余裕な感じなのはよっぽどすごいサイドエフェクト持ってるってことなのか…?」

 

『そんなすごいサイドエフェクトあるかなぁ?遊は今までで一番すごいと思ったサイドエフェクトってなに?』

 

『ああ、そうだな。頭の中で同時に多数の計算をやってのけるやつかなぁ。確か名前は「同時多数演算処理」とか言ってたかな。』

 

「そんなことできるのか…!」

 

修は遊のあげた例に驚愕する。そんな超人的なことができる人がこの世にいるのか。そしてサイドエフェクトとはそんなことまで可能にするのか。そう考えていると遊真の方の通信機からなにやら物音がする。遊の方からはしないのに遊真の方だけ、だ。しかもこんな深夜にである。修は不審に思い遊真に尋ねる。

 

「空閑、お前今どこにいる?」

 

『え?今?学校。』

 

「学校⁈こんな時間にか⁈」

 

『レプリカがなんかイレギュラーゲートに心当たりがあるって言うからちょっと調べて回ってる。』

 

「お前、ボーダーに任せるとか言ってなかったか?」

 

『まぁボーダーに任せてほっといたら多分その強制封鎖とやらがとけるまでにゲートの原因を見つけんのは、キツイだろうなー。』

 

「神谷さんはどこに?」

 

『おれ?普通に家にいんぞ。行くの面倒だし。あと修、別にさん付けじゃなくていいぞ?おれ気にしないし。』

 

「いや、でも年上ですし…。」

 

『まぁ修がそうしたいのなら好きにすりゃいいけどさー。』

 

「…じゃあ、神谷先輩で…。」

 

『まぁ、なんでもいいか。』

 

『まぁでもなんかみつかったらオサムにも教えてやんよ。また明日。』

 

遊真はそう言うと無線を切った。

 

「…強制封鎖がとけるまであと42時間。僕はのんきに寝てていいのか?」

 

『修が行ってもなにもできねぇよ。それに人間は休養が必要だ。どうせ明日は学校休みなんだからおとなしく寝とけ。』

 

「…じゃあ空閑はどうなんですか。」

 

『あいつはちょっと特殊でな。理由はそのうちわかる。今は気にすんな。』

 

「…わかりました。じゃあ、おやすみなさい。」

 

『おお、おやすみー。』

 

そう言うと遊も無線を切る。そのまま修はおとなしく床につきすぐに眠りにおちた。

 

 

次の日、街中にイレギュラーゲートが発生したことにより遊の通う学校も休みになっていたので少しだけ遅めに起きる。適当に朝食を済ませ恐らく一晩中街中を徘徊していただろう遊真におにぎりやらなんやらを(多めに)作って家をでる。レプリカのナビゲートに従って遊真の元へ歩を進めながらそろそろどっかでバイトでもするかなーと考えながら歩いていた。

 

しばらく歩くと警戒区域内で何かを漁っている遊真の姿を認める。

なにか見つけたようだ。

 

「よう遊真、お疲れ。朝飯持ってきてやったぞ。」

 

「む、遊か。それはありがたい、ちょうど腹減ってきて帰ろうかと思ってたところだ。」

 

「なんか見つけたみたいだな。」

 

遊がそう聞くと遊真は遊が作ってきたおにぎりを頬張りながら首肯する。

 

「ふぉう。ふぁんにんふぁこひふだっふぁ(おう、犯人はこいつだった)」

 

「食い終わってから話せ。ん、と、あぁこいつか。」

 

遊真が差し出した虫みたいなトリオン兵を見つめながら遊は納得する。確かにこいつならゲートの原因も理解できるものがある。

 

「なるほど、確かにこいつなら…。」

 

「なぁ遊。」

 

「ん?」

 

遊真から突然声をかけられる。

 

「最近発作の方は大丈夫なのか?」

 

「…。まぁ、大丈夫だ。」

 

遊の言葉に遊真は目を細め、おにぎりを頬張りながら言う。

 

「珍しくつまんない嘘つくね。分かってて言ってんだろ、おれに嘘は通じないって。」

 

「……。」

 

遊真の言葉にただ沈黙する事しか、遊は出来なかった。

 

「ん?」

 

そこで遊は不意に二人の人間の気配を察知する。遊は昔から気配察知の訓練を父親に課せられていたためかなり広範囲いあたって人間の気配を察知することができる。(サイドエフェクトではない。見聞色の覇気みたいなもの)

まだ少し距離があるためハッキリしないが恐らく片方は修だろう。もう片方はまだ知らない気配だ。

遊真が遊の作った朝飯を平らげた直後に警戒区域内に入ってくる二人の人影を遊は認める。

やはり片方は修で、もう片方の長身のサングラスをつけた男はまだ遊は知らない人間だった。

 

「空閑…⁈それに神谷先輩も…⁈」

 

「おっ、やっぱり知り合い?」

 

修が遊と遊真の姿を見ると声をあげ、隣の男は何かを確信したような笑みを浮かべいる。

 

「おうオサム。…とどちら様?」

 

「おれは迅悠一!よろしく!」

 

「おお、あんたが噂の迅さんか。」

 

「お前ちびっこいな!何歳だ?っと、お前は逆にでかいな。おれよりでかいんじゃないか?」

 

迅は遊と遊真の頭をわしゃわしゃしながら尋ねる。遊真はともかく遊は長身のため頭をわしゃわしゃされるのはかなり変な図であった。

 

「おれは空閑遊真。背は低いけど15歳だよ。」

 

「おれは神谷遊。16歳。遊真の兄貴みたいなもんだ。」

 

遊真は普通に答え、遊は迅を観察するように見ながら答える。

 

「空閑遊真、神谷遊。遊真と遊ね。ほんと兄弟みたいな名前してんな。」

 

迅はそこで一旦言葉を切った。そして再び二人に問いかける。

 

「お前ら、向こうの世界から来たのか?」

 

その瞬間遊は左手の人差し指を立て、迅に突き出す。

そうすると結晶が砕けるような光と音を発しながら十数ものそれぞれ形の違う剣が迅に切っ先を向けた状態で現れる。

 

「いやいやいやいや待って待って!そういうアレじゃない!お前らを捕まえたりしないよ!」

 

さすがにいきなりここまでのことをされるとは思ってなかったのだろう。迅はかなり狼狽え、弁解する。

その言葉をきき、遊は視線を遊真に向けるが遊真は反応しない。そうすると遊はそのまま手をおろし、再び結晶が砕けるような光と音を出し剣は消滅する。

 

「ふービックリしたー。」

 

「早とちりだったみたいですね。いきなりのご無礼お許しください。」

 

「ああいや、別に気にしなくていい。お前らもいろいろ警戒してるだろうしな。」

 

遊の謝罪に迅は本当に気にしていないように返す。なかなか懐の深い人間のようだと遊は思った。

 

「おれは向こうの世界にいったことがあるし、ネイバーにいいやつがいる事も知ってるよ。ただおれのサイドエフェクトがそう言ったからちょっと聞いてみた。」

 

「迅さんのサイドエフェクトって…?」

 

「おれには未来が見えるんだ。目の前の人間の少し先の未来が。」

 

「未来視…!かなり高ランクのサイドエフェクトですね。」

 

遊は驚いたような声を上げる。

 

「昨日メガネくんを見たとき、今日この場で誰かと会ってる映像が見えたんだ。その誰かがイレギュラーゲートの原因を教えてくれるって未来がな。それが多分こいつらだ。」

 

迅は遊の肩を叩き、遊真の頭をわしゃわしゃしながら言う。

 

「じゃあ、イレギュラーゲートの謎は…⁈」

 

「うん、ついさっき見つけた。」

 

そう言うと遊真は先ほど遊に見せた虫みたいなのを持ち上げる。

 

「犯人はこいつだった。」

 

「なんだこいつ…⁈トリオン兵⁈」

 

『詳しくは私が説明しよう。』

 

そう言うとレプリカが遊真のトリガーから姿をあらわす。

 

『初めましてジン。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ。』

 

「おお、これはどうも初めまして。」

 

突然現れたレプリカを迅は物珍しそうに眺めながらレプリカの挨拶に応える。

 

『これは隠密偵察用小型トリオン兵ラッド。ゲート発生装置がつけられた改造型のようだ。昨日と一昨日の現場を調べたところ、バムスターの腹部に格納されていたらしい。一体掘り起こして解析してみたところ、ラッドはバムスターから分離した後地中に隠れ、周囲に人がいなくなったところで移動を始め、散らばっていく。人が多いとこでゲート発生の準備をし、近くを通る人から少しづつトリオンを集めゲートを開く。ボーダー隊員の近くで開くのが多いのは高いトリオン能力がある人間からは多量のトリオンが得られるからだろう。』

 

「じゃあそのラッドを全部倒せば…!」

 

「いやーきついと思うぞ?」

 

修の言葉を遊真は即座に否定する。

 

『ラッドは攻撃力を持たない所謂ザコだが、その数は膨大。今感知できるだけでも数千体が街に潜伏している。』

 

「数千体⁈」

 

「そんなん全部殺してたら何十日もかかりそうだな。」

 

「しかもそれを殺してる間にまたラッド積んだやつがこないとも限らない。レプリカが今感知してるの以外にも多分結構まだいるだろうからぶっちゃけ無理ゲーだろ。」

 

遊と遊真はの言葉に修は冷や汗を流す。それは半分三門市が人の住めない場所であることを示しているからだ。

だが迅は動ずるどころかむしろ余裕の笑みを浮かべいる。

 

「いやめちゃくちゃ助かったわ。こっからはボーダーの仕事だな。」

 

ラッドの死体を弄びながら迅はそう言った。

遊と遊真は顔を見合わせ首を傾げるのだった。

 




修が後半半分空気。
ラッドのくだりは次回適当に流すつもり。
学校編もいろいろ書きたいし。
ではまた次回


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5話

ラッドのくだりはさらっと流す

そして遅くなってしまった…


そこからの展開は早かった。

迅がラッドを本部に持って帰って2時間たたないうちに本部隊員だけでなくC級隊員まで総動員してラッドの掃討が昼夜を徹して行われた。

 

 

 

 

 

 

現在、迅、修、遊、遊真、レプリカの一行は高台の公園にいた。

そこでレプリカがラッドの反応を探る。

 

『反応は全て消えた。ラッドはこれで最後のはずだ。』

 

「よーし、作戦完了だ!みんなよくやった!お疲れさん!」

 

迅が出動していた全部隊に通信をいれ、労いの言葉を口にする。

 

「これで、もうイレギュラーゲートは開かないんですよね?」

 

「うん、今日からまた通常運転だ。」

 

迅はそういうと伸びをしながら盛大にあくびをする。

 

「よかった…。」

 

「しかし本当に間に合うとはな。」

 

「さすが、数という最大の勢力を使っただけのことはあるな。」

 

「なに言ってんだ。間に合ったのはお前らとレプリカ先生のおかけだ。お前らがボーダー隊員じゃないのが残念だ。表彰もののお手柄だぞ。」

 

「いや、おれはなにもしてないっすよ。やったのは遊真とレプリカだ。おれはただ遊真に朝飯作って届けただけですので。」

 

「おれにとっては朝飯は表彰もののお手柄だぞ」

 

「なーに言ってんだか。」

 

まるで本当にの兄弟のように会話する2人をみて、迅は微笑ましい気持ちになった。

 

「ふむ、じゃあおれの手柄はオサムにつけといてよ。そのうち返してもらうから。」

 

遊真の言葉に修は目を点にする。

 

「あーそれいいかもな。メガネくんの手柄にすればクビ取り消しでB級昇進まちがいなしだ。」

 

「ま、待ってください!僕ほとんどなにもしてないですよ⁈」

 

「貰っとけって。別に損するわけじゃないんだから。」

 

「そうそう、貰っとけ。おれの手柄ナシになっちゃうし。」

 

修は遊兄弟の言葉に絶句する。これはもう何をいってもムダだと思ったのだろう。

 

「B級にあがれば正隊員だ。基地の外で戦っても怒られないしトリガーも戦闘用のを使える。おれの経験からいって、パワーアップは出来る時にしとかないと後悔するぞ。それに確かメガネくんは、助けたい子がいるからボーダーに入ったんじゃないのか?」

 

「…!」

 

「ふむ?」

 

「へぇ…。」

 

 

 

 

 

 

ラッド掃討の次の日、学校は普通にあるので普段どおりの時間にでる。

今日からテスト故に普段とは違う雰囲気が漂っている。やべーだの勉強してねーだのいろんな声が飛び交うなか、遊はテスト用の出席番号順の席に座る。前の席は出水であるが、まだきていない。

珍しく米屋は既に来ていて、友人と談笑している。勉強しなくていいのだろうかと遊は疑問に思った。

テスト範囲の問題集に手を動かしていると米屋が声をかけてきた。

 

「よー遊。ここきて初めてのテストだな。どんな調子だ?」

 

「おお、米屋か。まぁ問題ない。文系科目は得意ではないが、定期テストレベルなら問題なくとける。」

 

「え!お前頭いいの⁈」

 

「でなきゃ編入できないだろ…。そういえば出水は?」

 

「あーあいつはボーダーの長期任務についてる。しばらく来ねーよ。テストも追試だってさ。」

 

「へぇ…。ああ、そうだ。那須とか出水とかと点数勝った方にジュースおごるってやつやる予定なんだが、お前もやる?人数多いほうがいいだろ?」

 

「マジ⁈今回おれ珍しく結構勉強したから自信あんだよな!おれも混ぜろ!」

 

「オッケー。じゃあ結果、楽しみにしてるぜ?」

 

「こりゃ面白くなってきたな!」

 

そんな会話をしていたらすぐにチャイムがなり米屋は席へ帰っていった。

テストは、もう始まる。

 

 

チャイムがなり、その日のテストは終了する。まだ何日かテスト期間は残っているが特に問題はない。過去に父親に叩き込まれた知識のおかげで苦手な文系科目も問題なく高得点が取れるだろうと遊は確信していた。

そこでテスト中は切っていたスマホの電源を入れる。すると修から一通のメールが届いていた。内容は今度の休みに相談したいことがあるから遊真と河川敷まで来てくれ、とのことだった。

なんだろと思いつつ了解とだけ書いて返信する。

 

「遊!どうだった今日のテストはよ」

 

米屋が声をかけてくる。

 

「まぁ問題ない。あれくらいならいい点取れるだろう」

 

「マジか!おれも今回は結構いいと思うぜ」

 

「…と、思うじゃん?」

 

「それおれのセリフ!」

 

明日もテストだどいうことでその日遊と米屋は学校に少し残り勉強していった。

 

 

 

休日になり遊と遊真は修が指定した河川敷まで来ていた。遊真がそこで最近買った自転車の練習をしている。が、なかなかうまくいかない。遊は自分が乗ってるのを見せたりしていて教えていたのだが途中で面倒になって今は遊真が練習してるのをぼんやり眺めている。

遊真が再び自転車からすっ転んだとこをみていると1人の女の子が目につく。ぴょんとたったアホ毛、身長は遊真と同じくらいだろうか。見た感じ小中学生くらいかと思われる。

 

(誰だ?)

 

そう思い眺めていると遊真がまた自転車で転ぶ。

 

「なーにやってんだか…」

 

そんなに難しいだろうか。よくわからん。

そこで遊真とその女の子がなんか話してる。何話してるかはわからないが、話が終わると遊真は女の子に自転車押して貰っていた。おれもあれやればよかったのかと思っていたら遊真が川に落ちた。

 

「あのバカ!」

 

ーーー

 

「いや危なかった。せっかく買った自転車が川の藻屑となるとこだった」

 

「もうちょい自分でどうにかしようとしろ。まっすぐ川に突っ込んでったろお前」

 

「あ、あはは…」

 

遊真に説教していると女の子が苦笑いしている。そういえばまだ名前を知らない。

 

「そういえばまだ名前言ってなかったな。おれは空閑遊真。そんでこっちが遊だ」

 

「神谷遊だ。まぁこいつの兄貴みたいなもんだ。義理だけど」

 

「遊真くんに遊くんね。私は千佳。雨取千佳。あ、でも遊くんは年上ですよね、えっと、神谷さんの方がいいですか?」

 

「ああいや、気にしなくていい。好きに呼べ」

 

「じゃあ遊くんで」

 

千佳はホッとしたように笑う。

 

「チカの服ずぶ濡れじゃん。風邪ひくぞ」

 

「お前のせいだろアホ」

 

「あはは、遊真くんの方がずぶ濡れだよ」

 

「ふむ、そうか?」

 

「落ちた本人なんだから当たり前だろ…」

 

「そういえばチカはこんなとこで何してんだ?」

 

「あ、ちょっと待ち合わせしてるの」

 

「ほう、奇遇ですな」

 

そこで千佳が突然何かを感づいたように後方を振り返る。

そこで警戒区域から警報が聞こえてくる。

 

「お、警報だ」

 

「ごめん、私いくね!」

 

そう言うと千佳は足早に去って行ってしまう。不思議に思っているとレプリカから声が聞こえる。

 

『彼女、警報がなる前にネイバーに気づいたようだ』

 

「マジか」

 

ゲートの発生は遊の気配感知でもゲートが生成されるまでわからない。それなのに千佳はそれより早く感づいたというのか。

 

「遊、行って見よう」

 

「そうだな」

 

二人は警戒区域へ走り出した。

 

 

ついてみるとやはりトリオン兵がいた。あれは確かバンダーだったかなと思いながら遊真と警戒区域にはいる。

そこで携帯の着信音が鳴り響く。

 

「あ、やばい。遊真、千佳助けに行け。おれあいつひきつけっから」

 

「了解」

 

とりあえずそこら辺に落ちてた鉄棒を掴みバンダーにむかって走る。

千佳の方へバンダーが突っ込むが遊真がすんでのとこで救出する。

 

「遊真くん⁈」

 

「おうチカ、とりあえず離れよう」

 

遊真は千佳を抱えたままその場から離れる。遊はそのことを確認すると鉄棒をぶん投げバンダーの注目を引く。

 

「おいウスノロ、こっちだ!」

 

鉄棒が当たりギロリと目がこちらを向く。

 

「レプリカ、修はまだか?」

 

『もう到着する』

 

「よし、じゃあとは任せるか」

 

適当に飛び回りバンダーを撹乱する。突っ込んできたバンダーの頭を飛び越えると修の姿を視認する。

 

「おう修、あとよろしくな」

 

「神谷先輩⁈なんで⁈」

 

「いいからあれ、とっとと始末しろ」

 

そう言うと修はトリガーを起動。前の隊服とは違う隊服の戦闘体になっている。戦闘用のトリガーになったのだろう。

それからレプリカのサポートのもとすぐにバンダーを倒した。

 

ーーー

 

「おーやるじゃん、さすがB級隊員」

 

「千佳!なんで警戒区域に入るんだ!バカなことはやめろ!」

 

「お?」

 

この会話の様子から二人は知り合いのようだ。恐らく今日呼ばれたのは彼女についてのことなのだろう。

 

「ごめん、街にいたら危ないと思って…」

 

「二人は知り合いなのか?」

 

「ああ、今日は千佳に会わせたくて二人を呼んだんです。空閑、神谷先輩、レプリカ、みんなの知恵を貸してくれ。こいつはネイバーを引き寄せる人間なんだ」

 

「ふむ…?」

 

「ネイバーを引き寄せる、か」

 

『話をするなら場所を変えよう。付近にボーダー隊員がいる』

 

「そうだな、移動しよう」

 

 

「しかし、なんでみんな一緒にいたんだ?」

 

あの現状をそのまま伝えてもわからんだろうなと思いながらもどう説明したものか考えていると先に言われる。

 

「えっと、待ち合わせの橋の下で知り合って…」

 

「自転車押してもらって川に落ちた」

 

「……」

 

「さっぱりわからん」

 

まぁわからないだろう。むしろこれでわかる方がすごいのだから。でも他に説明のしようがない。

 

「まぁ、とりあえず自己紹介だな。こっちは雨取千佳。うちの学校の二年生。ぼくが世話になった先輩の妹だ。」

 

「よろしく」

 

「それでこっちが空閑遊真。最近うちのクラスに転校してきた。外国育ちで日本についてはよく知らない」

 

「どもども」

 

そこで千佳が驚愕したように目を開く。遊真の容姿からまさか年上とは思わなかったのだろう。

 

「え⁈年上⁈ごめんなさい、てっきり年下だと…」

 

「いいよ別に年の差なんて」

 

「最後にこの人が神谷遊。空閑の兄のような感じで外国育ちだけど日本に何度か帰ってきてるから空閑とは違い日本のこともよく知ってる。確か高2でしたよね?」

 

「そ、高2だ。よろしくさん」

 

「あ、よろしくお願いします」

 

「タメ口でいいよ、気にしないから」

 

「あ、うん」

 

「で、本題は何だっけ?ネイバーを引き寄せる?」

 

「あ、そうです」

 

「ふーむ、しかし狙われる理由なんてトリオンくらいしか思いつかんな」

 

「トリオン?」

 

「あー、トリオンってのはトリガー使うためのエネルギーみたいなもんだ」

 

千佳はボーダーの人間ではないためトリオンを知らず、遊がトリオンについて適当に説明する。

 

「なんで、トリオンが関係してるんだ?」

 

「関係あるも何も、大体こっち来てる理由はトリオンだよ。捕らえた人間のトリオン能力が高いのは生け捕りにして、低いのはトリオン器官だけとってく。そんでそのトリオンを向こうの戦争で使うんだ。千佳がしつこく狙われるならそれだけトリオン能力が高いということかもな」

 

「そうなのか、しかしどうすればいいんだ…」

 

「ふむ、なら試しに測ってみるか?なぁレプリカ」

 

『そうだな、そうすればはっきりする』

 

遊真の指輪からレプリカがにゅうっとでてくる。

 

「わ!」

 

『初めましてチカ。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』

 

「は、初めまして」

 

そしてレプリカの口からパッチみたいなのがでてくる。

 

『この測定策でトリオン能力がはかれる』

 

「どうぞご利用ください」

 

千佳は驚きと不安が入り混じったような顔をしている。当たり前だろう。こんなよくわからん炊飯器みたいなやつが急にでてきたらビビるであろうし。

 

「ま、いきなりは不安だろうしさ、ちとおれが手本見せるよ」

 

遊がそういうと測定器をもつ。そうして僅かに時間たつとレプリカの頭上に1.5メートル近くの立方体が現れる。

 

『測定完了。これはユウのトリオン能力を視覚化したものだ。キューブの大小がトリオン能力のレベルを示している』

 

「ほう、さすが遊だ。なかなかのトリオン能力をお持ちで」

 

「まぁな。ほら、大丈夫だ。千佳も測ってもらえ」

 

「うん、わかった」

 

そういうと千佳は測定器を手に取る。

 

『少し時間がかかりそうだ。楽にしていてくれ』

 

遊はそのことに若干ひっかかりを覚えた。遊もかなりのトリオン能力を持ってるがそれでも大した時間はかからない。それでも千佳は時間がかかるというのだからもしかしたらすごいトリオン能力なのかもしれない。

 

「なぁオサム。オサムはチカと付き合ってんのか?」

 

遊真が爆弾を投下した。

いきなりなに聞いてんだこのバカは…。

 

「⁈ばっ…!ち、違う!全然そんなのじゃない!」

 

とはいっても態度で修が千佳にそれなりの好意を向けてるのはバレバレではあるが。

 

「なんだ、そうなのか」

 

「だが修。あの手のほんわか系の子は意外とモテるぞ。伝えるなら早めであることをお勧めするぜ」

 

「先輩も冷やかさないでください!千佳はお世話になった先輩の妹で、それで知り合っただけです!」

 

「ま、いいけどさ。でもそんなネイバーに狙われてんならボーダー頼れよ。折角あるんだし」

 

「それが、ボーダーには頼りたくないらしい」

 

「「は?」」

 

「あいつ、過去に友人と兄が攫われててさ。昔からトリオンすごかったんだろうから昔から狙われてて、でも昔はボーダーなんて無かったし頼れる人がいなかったんだ。それでも相談に真剣に乗ってくれる友人がいたんだけど…」

 

「その子が攫われた、ということか」

 

「はい…」

 

「それで人を巻き込みたくないということか」

 

「まぁ、そうなる」

 

「ふーむ、あれ?おれとユウはいいの?」

 

「二人はネイバーだし、巻き込んだのは僕だからいいんだ」

 

「そか。しかし千佳よく逃げ切れたな。トリガー無しで」

 

「あいつは、ネイバーの場所がわかるらしいんだ。今まで半信半疑だったけど…」

 

「なるほど、サイドエフェクトね」

 

「ええ、多分そうでしょう」

 

確かに測定にこれほど時間がかかるトリオン能力があるのなら十中八九サイドエフェクト持ちだろう。それにまだ計測が終わっていない。多分、もともとレプリカの持ってる測定量を超えているから処理に時間がかかるとかだろう。

 

「なるほど、オサムはチカを助けたくてボーダーに入ったのか」

 

「別に、そうじゃない。僕は街を守るために…」

 

「お前つまんないウソつくねー。別に誰かを助けるってのも立派な理由じゃん」

 

「…違うよ。僕がボーダーに入ったのは、何もできない自分に腹が立ったからだ」

 

遊はその言葉に溜息をつく。いや、正確には修の言葉ではないが、今のこの現状の後処理を考えると気が重くなる。

後ろで待機してる二つの気配をどうするかの後処理だ。

 

『計測、完了だ』

 

レプリカの声とともに現れたのは、2メートル以上ある巨大なキューブだった。遊の記憶にもこれほどまでのトリオンを持った人間はいない。いや、厳密には一人いるのだが。

 

「すっげー…」

 

「でっけー!遊より多いじゃん!」

 

『尋常ではないな。これほどのトリオン器官はあまり記憶にない。素晴らしい素質だ』

 

「ネイバー狙われるわけだ…」

 

「そうじゃなくて!問題はそれをどうするかだ!」

 

『ボーダーに保護を求めるのが一番現実的であるが』

 

「チカはそれやなんだろ?」

 

「うん、あまり人に迷惑かけたくないし…」

 

「向こうはそれが仕事なんだし、別に気にしなくていいと思うけどなー。むしろ喜んでやるかもしれんぞ」

 

「でも、今までも逃げれたし、これからも多分大丈夫だよ」

 

「お前そんなわけないだろ…」

 

そんなことを話している中、二つの気配が動くのを遊は感じていた。そしてさらに遠くに二つの気配が増える。

溜息をつき、遊は声をあげる。

 

「そこの二人、コソコソしてねぇで出てこいよ。ストーカーは犯罪だぜ?」

 

そういうと二つの学ランを着た学生が物陰から出てくる。ひとりはマフラーをしていて、もう一人はカチューシャをつけて飲み物を飲んでいる。

 

「やっぱ米屋か…」

 

「遊、まさかお前とはなー」

 

「陽介、知り合いか?」

 

「うちのクラスの編入生だ」

 

「そうか、だがネイバーである以上処理するしかない」

 

「「トリガー、オン」」

 

ふたりの学生はトリガーを起動し戦闘体へと換装する。完全に臨戦態勢だ。

 

「さて、ネイバーは誰だ?まさかお前か?遊」

 

「今トリガーを使っていたのはそちらの女だ」

 

「⁈」

 

「え…?」

 

千佳がレプリカでトリオンを測っていたとこを見たのだろう。二つの気配が近くに来た時と千佳がトリオンを測っていたタイミングが運悪く重なってしまったのだ。

 

「初の人型ネイバーが女の子かー。ちょっとやる気削がれるな」

 

「油断するな。どんな姿でもネイバーば人類の敵だ」

 

「待ってください!こいつは…」

 

修が弁明を始めようとするがそれより早く遊と遊真が声をだす。

 

「違う違う、ネイバーはおれだよ」

 

その言葉に三輪は表情を僅かに歪める。

 

「お前がネイバーだと?」

 

「うん、そう」

 

「間違いないだろうな?」

 

「間違いないよ」

 

遊真が声をだすと同時に三輪は手にしたハンドガンで遊真を撃ち抜く。なんのためらいもなく、的確に遊真の頭を狙ってだ。

 

「な、なにしてんですか⁈」

 

「ネイバーを名乗った以上、抹殺する。それがボーダーの務めだ」

 

さも当たり前かのように三輪はいう。様子からネイバーに恨みでもあるのかもしれない。

 

「おいおい」

 

「!」

 

遊の言葉に三輪は驚愕する。当然だろう。殺したと思ったのだから。

 

「おれの弟に何すんだよ」

 

遊の目の前には透明な剣が幾つも浮遊していて、その剣が結晶のような光を撒き散らしている。

 

「それに、遊真がうっかり一般人だったらどうすんだ。責任負わされるぞ」

 

「うお、まじか。この距離で防いだ!てか遊、お前マジでネイバーなのか?」

 

「ま、そうっすね。それと人類の敵だとか言ってたけど、おれらもちゃんとした人間だよ?人類の敵とか言ってるけどさ、お前らにはおれらが宇宙人にでも見えんのか」

 

その言葉に一気に三輪の視線が鋭くなる。何か思うところもあるのだろうか。

 

「あのさ、迅さんってさ知らないか?知り合いなんだけど」

 

迅はボーダーの隊員であるからその人が知り合いならある程度の懐柔策がとれるだろうと踏んだ。だが

 

「迅?…やはり一枚噛んでたか。玉狛の裏切り者連中は」

 

(裏切り者?)

 

「退け、三雲。俺たちは城戸司令の特命で動いている。邪魔立てするなら実力で排除するぞ」

 

「退きません!僕は「すっこんでろよ修」…でも、先輩!」

 

「そうそう、下がってろよオサム。こいつらとは…」

 

「「俺たちだけでやる」」

 

そういうと遊と遊真はトリガーを起動。戦闘体へと換装し、臨戦態勢へと入る。

 

「オサムはチカについててくれ」

 

「…わかった」

 

すると千佳が遊と遊真を見ていることに遊は気づく。

 

「わりーな、千佳。巻き込んじまって」

 

「…!」

 

「うひょー!遊、お前強そうだな!なぁ秀次、遊とはサシでやらせてくれよ!」

 

「米屋お前軽いな、それでいいのか…」

 

「ふざけるな、遊びじゃない。こいつは二人掛かりで確実に仕留めるぞ」

 

「へぇ、お前、面白いウソつくね」

 

遊真の言葉に三輪は驚愕の表情を浮かべる。とはいっても遊真はサイドエフェクトで二人ではないことを見抜いただけだ。場所まではわかってないだろう。

 

「やっぱ増援いたか。多分スナイパーだろ。んで、片っぽ今気配が揺れたから遊真の言葉聞いて動揺したな?後ろの方の、距離は400と350ってとこかな」

 

「‼︎」

 

(この距離でスナイパーに気づくだと⁈そんなばかな!)

 

「ま、位置が割れてる以上スナイパーはほぼ意味ないよ。せいぜい牽制がいいとこだな。さて、それじゃ、

 

 

 

 

 

やろうか」

 

 

 

そして、二人のボーダー隊員が二人の黒ずくめに向かって飛んだ。

 




すげぇ中途半端な終わり方…
でもこれ以上続けたら文字数大変なことになるのでここで…

次に遊のトリガー機能が明かされます。


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6話

原作一部カットしてありますのでとりあえず土下座です。
諸事情により主人公の名前が変わりました。


米屋が槍を突き出し、遊が剣でそれを受け止める。

 

「秀次!遊とはおれがやるぜ!そっちは頼む!」

 

「わかった。知り合いとはいえ容赦するなよ。ネイバーは人類の敵だからな」

 

「行くぜ遊!」

 

「今の言葉の返事しなくていいのかよ」

 

大きく突き出された槍を剣で受け止め、大きく下がる。どうやら米屋はかなりの腕を持っていることがいまのやりとりでわかった。

 

(さて、どうするかね)

 

修の立場を考えると下手に手出しできない。とはいえ返り討ちにしたらそれはそれで面倒なことになる。

 

(穏便にすませる方法があればいいんだけどね)

 

遊真も同じことを考えているようで防戦に徹している。

そこで米屋が再び飛びかかってきた。

槍が首に一直線に突き出されてくる。かなりの早さで防ぐのは間に合わない。避けるしかない。

だが普通に避けようとしたところで、槍の穂先が変形する。

 

「ッ!」

 

さらに大きく体を捻り、なんとか回避する。僅かに掠ったが大したことはない。

 

「あらら、浅いか。やっぱいきなり首は無理か。狙うなら足からかなー」

 

「随分いい槍もってんな。変形すんのかよ、それ」

 

「お、今ので気づくのかよ。やっぱお前、ただもんじゃねぇな」

 

「ただもんなんだけどな…」

 

「大型ネイバーバラバラにしたのも遊がやったのか?」

 

「いや、ありゃ遊真だ。おれじゃない」

 

「まぁそんなデカイの食らわないけどなっ!」

 

今度は足を狙ってくる。槍が変形するためかなり大きく回避する必要があるためなかなか神経を使う。

そこで遊真が壁に追いやられる。

その状況を打破するために『弾』印で駅の屋根を突き破り脱出する。

 

「あのバカ。スナイパーいるつったろ」

 

スナイパーと遊真の間に『壁』判をはる。しかしそっちに少し気をとられ米屋の槍の攻撃が遊の左肩を削る。

 

「どこ見てんだ!」

 

「弟の方をな」

 

剣で米屋を押し返したと同時くらいに『壁』判にスナイパーの弾が当たり、遊真を守る。

 

『すまん遊、助かった』

 

『スナイパーいるつったろ。少し考えて飛べ』

 

内部通信で遊真を叱る。その間も米屋の猛攻は止まらない。手を出せない故にこちらが少しづつ削られる。

 

「オラ遊!少し反撃してみろ!いじめみたいになってんぞ!」

 

「ほっとけ」

 

(いやマジでどうしよう。多分『鎖』判じゃ捕まらないし、『罠』判だと間違いなくオーバーキルだし。やべぇな)

 

猛攻を防ぎながら考えていると遊真が相手の黒い弾丸にあたり重しを取り付けられる。

 

「おっ、秀次やったな。ならおれもとっとと片付けるか!」

 

「レプリカ、遊真がやられたあのトリガーどうなってる?」

 

『トリオンを重しに変えて拘束するトリガーのようだ。直接的な破壊力がない代わりにシールドと干渉しないしくみになっている』

 

『便利なのがあるもんだ』

 

『解析が完了した。印は『射』印と『錨』印にした』

 

「OK。『錨』印+『射』印4重」

 

その瞬間、先ほど三輪が放ったものと酷似した弾丸がトドメを刺そうとした三輪の体を貫く。

 

「秀次!」

 

(馬鹿な!鉛弾をおれの放ったものの倍近くの威力で…⁈)

 

三輪が放った鉛弾と遊真が放った『錨』印とでは倍近くの重さの差があった。遊真は鉛弾を食らってもギリギリ動けたが、三輪は身動きすらろくにとれない。

 

「へぇ、いいな、それ。『円』判(サークル)

 

すると遊を中心に半径20メートルほどの球体の半透膜ができる。

 

「うお!なんだこりゃ!」

 

『鏡』判(ミラー)

 

半透膜が一瞬光るが、それで半透膜は姿を消す。

 

「?なにした遊」

 

「さぁな」

 

そう言いながら遊は下がる。当然米屋はそれを不審に思いながらも追う。

だがそこでそれは失敗だったことに気づく。一歩踏み出すとその瞬間床が光る。

 

「⁈」

 

すると米屋の動きは止まり、かわりに光る球体が周囲に現れる。

 

「もう遅い。『錨』判+『罠』判(トラップ)

 

球体が爆発する。すると遊真の『錨』印と同じような重しが米屋のトリオン体に付けられ、行動を不能にする。

 

「うわ!こっちもコピーかよ!やっべー!」

 

「はー疲れた。よし、これで話せそうだな」

 

「ふむ、話し合いしようか」

 

(こいつのトリガーは、他者の攻撃を学習するトリガー!それにコピーするトリガーもある。そんな反則みたいなトリガーがありなのか!)

 

「迅さん!」

 

「どもー。おっ、なんかかわいい子がいる。初めまして」

 

「は、初めまして」

 

迅が遊達のもとに到着する。恐らく後ろにいるのはスナイパーだろう。レプリカもついている。

 

「だから言ったろ秀次、やめとけって」

 

「わざわざおれらをバカにしにきたのか⁈」

 

この秀次と呼ばれた青年は相当ネイバーに恨みがあるように見える。執着、とも捉えられる。

 

「違うよ、やられて当然だ。だってこいつらのトリガーは、黒トリガーだからな」

 

「⁈」

 

「マジ⁈」

 

「レプリカ、黒トリガーってなんだ?」

 

『ふむ、黒トリガーとは優れたトリオン能力を持つ使い手が死後もおのれの力を残すために自分の命と全トリオンを注ぎ込んで作った特別なトリガーだ。黒トリガーは作った人間の性格等が強く反映されるため起動できる人間は限られるがその性能は桁違いだ』

 

「じゃあ、空閑と先輩のトリガーも…」

 

修はどこか納得した様子を見せる。遊真のトリガーの話を少し聞いていたようだ。

 

「最近普通の相手でもごたついてるのにこれで黒トリガーまで敵に回したらやばいことになるぞ。しかも2つだ。お前らは帰って城戸さんにこいつら追い回してもムダってこと伝えとけ」

 

「…その黒トリガーが敵に回らない保証は?」

 

「おれが保証する。クビでも全財産でもかけてやる」

 

迅の言葉に修は表情を明るくする。だが倒れてる三輪は別だった。

 

「損か得かなど関係ない。ネイバーは、全て敵だ。ベイルアウト!」

 

すると三輪のトリオン体は爆発し、本体がボーダー本部に飛んでいく。緊急脱出用のトリガーのようだ。

 

「さて、三輪隊だけだと報告偏るし、おれもいくかな」

 

そうして迅さんは去っていった。

 

「おいコラ遊!お前のトリガーどんな機能ついてんだ!最後のなんだ!」

 

「うるせー。おれのトリガーは鏡判。相手のトリガーをマネする、というか写し取るトリガーだ。さっきの『鏡』判で相手のトリガーを写し取って、それを使うんだ。遊真のと違って機能が上がるとかはないし、相手のトリガーが黒トリガーだと相性悪いとマネできないけどな」

 

「なんだそりゃ。あんま使い勝手よくねぇな」

 

「ほっとけ。てか米屋はネイバー嫌いじゃねぇの?」

 

「おれはネイバーに被害受けてないからな。恨みとかは正直ない。それに、その、なんだ?おれはお前は他のネイバーとは違うと思うからよ。本当に悪いやつなら、学校であんなじゃねぇだろ」

 

「そっか」

 

「ま、そんなんだ。じゃあおれはいくわ。次は手加減なしでよろしくな!」

 

そうしてその場に残されたのは遊と遊真と千佳だけになった。

 

「とりあえず移動しようか。時間も時間だしメシでも買って迅さんまとう。迅さん帰ってこないとなんもできんし」

 

「ふむ、そうだな」

 

「あ、私いい場所知ってるよ!」

 

「お?」

 

 

ファストフードで適当に食物を買い、千佳に案内された場所に行く。そこは古びた神社だった。

 

「おー!いい感じのとこだな!」

 

「そ、そうかな」

 

(古びた神社、ね。確かにここなら誰も来そうにないし座るとこもあるしでいいな。しかし…)

 

「千佳は、なんでこんなとこ知ってたんだ?」

 

本来ここは警戒区域にほぼ入ってるようなとこだ。千佳のような一般人が来る場所とはとても考えづらい。

 

「あ、実はネイバーから追われてる時に偶然見つけて、それからよく使わせてもらってるの」

 

「ほう、そんなことが。ま、とりあえずメシでも食ってオサムを待とうぜ」

 

そういってみんなで買ったものをモサモサする。今時のファストフードはあんな短時間でそこそこうまいものがでる。技術の進歩とは素晴らしいものだ。無論、体にいいとは思えないが。

 

「二人は、本当にネイバーなんだよね?」

 

「ほうだよ」

 

「飲み込んでから答えろ」

 

「む、ぐ。あ、でも街襲ってたのとおれらは関係ないよ」

 

「うん、それは修くんに聞いた。…それでね、二人に聞きたいんだけど、向こうに連れてかれた人ってどうなるの?」

 

「気になるのか、お兄さんと友達のこと」

 

「え?」

 

「すまんなチカ、さっき修に少しだけ聞いたんだ」

 

「あ、そういうこと。うん、大丈夫だよ」

 

「ふむ、向こうの世界に連れてかれた人についてだったな。それは連れてかれた世界によるな…」

 

千佳はよくわからないのかキョトンとしている。知識のない人間からすれば襲ってしてるネイバーは皆同じに見えるし無理もないだろう。

 

「あっちにもたくさん国があって国によってスタイルが違うんだ。こっちに来てるネイバーも同じに見えて別の国のネイバーだったりする。だからその国の状況…、戦争に勝ってるか負けてるか、兵隊を鍛える余裕があるかないか、司令官がデキるやつかダメなやつか、いろんな事情で話は変わってくるけどトリオン能力が高い人間は向こうでも貴重だからほとんどの場合戦力として大事にされると思うよ。チカとか超大事にされるかも」

 

「じゃ…じゃあ、向こうにさらわれた人が向こうで生きてることも…」

 

「普通にあるだろうな。おれの行ったとこでもさらわれた人は大半生きてたし」

 

「そっか、そうなんだ…」

 

千佳はどこか嬉しそうに、そしてホッとしたように呟いた。

 

「しかし千佳、お前がボーダー頼りたくない気持ちと事情は理解したけどさ、その結果お前が被害にあったりしたら周りにもっと迷惑かけるということを忘れるな。今のやり方をやめろとは言わない。でも、周りのこともお前はもっと考えた方がいい。修と同じでお前はちょっと自分のことを考えてなさ過ぎだ」

 

「…うん」

 

「まぁ気持ちはわからんでもないけどなー。おれもオサムといたせいでオサムの出世をフイにしたかもしれんし。だとしたら申し訳ない」

 

「それは大丈夫だよ。修くん多分そんなこと気にしてない。『自分の意思でやったことだ。お前が気にすることじゃない』って言うと思う」

 

思いの外千佳のマネがうまくて遊はつい吹き出してしまう。本当に言ってる姿を容易に想像できる。

 

「さっきも修くん、遊真くんと遊くんのこと心配してたし」

 

「あいつもあいつで、面倒見の鬼だな…。心配の必要なんかないのに…」

 

「え、でもボーダーの人二人を狙ってくるんでしょ?」

 

「ボーダーが何人でこようと本気でやればおれたちは負けないよ。おれとレプリカだけなら、そうだな、迅さんとかならどうなるかわからんな」

 

迅悠一、先程のおでこにサングラスかけた人だ。確かにサイドエフェクトの能力と雰囲気からして彼は相当できると遊は思っていた。恐らく遊は負けないが、それでも相手にはしたくない。

 

「ユウなら勝てるか?」

 

「まぁ、やり方次第だがな。多分負けない」

 

「遊くん、そんなに強いの?」

 

「ユウは一人で城崩しとかやってたからな」

 

「おい、いらん情報喋んな。おれが戦闘狂だと思われたらどうすんだ」

 

「あ、あはは…」

 

ほのぼのした雰囲気だった。

 

ーー

 

「二人は、どうしてこっちの世界にきたの?」

 

「おれは親父が死んだから」

 

「え、あ、ごめん…」

 

「いいって気にしないし」

 

遊真がメシを食い終わりそこらへんの落ち葉を蹴って遊んでいると千佳が聞いてくる。その答えに対して遊真の返事が予想以上に重い理由だった。

 

「あれ、じゃあ遊くんは?」

 

「おれは遊真の付き添いと、あと持病持ちでね、おれ。それどうにかできないかなって」

 

「え、持病って…」

 

「時々発作で胸が苦しくなる感じかな。今は落ち着いてる。ただこれどうやらトリオンが関係してるみたいでな、他の国だと治せる方法が見つからなかったからこっちに来たんだ」

 

「そうだったんだ…」

 

少し空気が重くなる。申し訳ないことしてしまったな。

 

「ちっちゃいころからいろんなとこ連れまわされて、確かおれが11の時に親父が死んだ。『もしオレが死んだら日本に行け。知り合いがボーダーって組織にいるはずだ』って親父がよくいってたから日本に来たんだ。まぁ、親父のしてた話とは現状がだいぶ違ったけどな」

 

「遊真の親父さん、変な人だったもんな」

 

「ユウのとこもな」

 

「そうだな、遊真のとこより変人だった」

 

「遊真くんのお父さんはどんな人だったの?」

 

「変な人だったよ。例えばおれが6歳のころに聞かされた3つの教えってのがあるんだけど…

 

ーー

 

3つ、『親の言うことが正しいと思うな』」

 

「⁈」

 

「な、変な人だろ?」

 

「確かにちょっと変わった人だね」

 

ちょっとどころではないだろうけど。

そこで遊のスマホが震える。修からの連絡だ。

 

「修から連絡が来た。移動しよう」

 

 

それから少し移動。迅さん達と合流した。

 

「おっ来た来た。オサムと迅さん」

 

謎のドヤ顔迅さんと相変わらずの修。

 

「オサムえらい人にしかられた?」

 

「いやまあ叱られたけど、とりあえず処分は保留になった」

 

「そか、よかったなー」

 

「いやまだ安心できませんよ。先輩達のトリガーを狙ってくる可能性があるんだ」

 

まぁ今までのやりとりをみてればそうなることは大体予想できるが。

 

「これから、どうしますか?迅さん」

 

「んーそーだな。いろいろ考えたけどこういう場合はシンプルなやり方が一番かね」

 

「シンプルなやり方?」

 

「そ。遊、遊真、お前らさ、ボーダーに入んない?」

 

「ま、そうなりますよね…」

 

「おれが…⁈」

 

大体予想できていた。迅さんみたいなタイプならボーダーに勧誘してくる可能性も遊はなんとなく考慮していたので。しかしいろいろ迷惑かけるであろうからすこし不安ではあるようだが。

 

「二人をボーダーにいれる⁈」

 

「おっと、別に本部に連れてくわけじゃないぞ。ウチの支部に来ないかって。ウチの隊員は向こうにも行ったことあるし、お前らが向こう出身でも騒いだりしない。とりあえずお試しで来てみたら?」

 

「ふむ、ユウはどうする?」

 

「遊真に任せる」

 

「じゃあ、オサムとチカも一緒ならいいよ」

 

「よし、決まりだな」

 

 

途中で土産の品の饅頭を買って移動すると、川の上に建物が建っている。何かの研究施設だろうか?

 

「さぁついた。ここが我らの玉狛支部だ」

 

なぜ川の上にあるんだ。

 

「ここは昔川の何かを調べる施設だったらしくてな。使われなくなっていたとこをウチが買い取って支部にしたんだ。いいだろ?」

 

「さりげなくこころ読まないで下さい。洪水したら終わりじゃないすか?」

 

「そこはトリガーでどうとでもなる」

 

なぜドヤ顔…。それでいいのか。

 

「ただいまー」

 

ドアを開けると、なぜかカピバラに乗ったヘルメットの子供がいた。なぜ室内でヘルメット。

 

「しんいりか…」

 

「いやしんいりか、じゃなくて」

 

「おぶ」

 

迅さんがヘルメット小僧にチョップかましてる。すると上からなんかパタパタ聞こえてきた。誰かいるのだろう。

 

「おかえり迅さん!…あれ、もしかしてお客さん?うわ、お菓子あるかな⁈ちょっと待って!」

 

慌ただしく降りてきたのはメガネをかけた女性だった。見た所遊と同い年くらいだろうか。

 

「ごめんなさい!お菓子とか今用意しますからとりあえず上がって下さい!」

 

「あ、いえ、お構いなく。急に押しかけたのはこちらですし。あ、これ粗品ですが」

 

「え⁈あ、いやーすいません。あ、これいいとこのやつだ。じゃあ上がって下さい。すぐお茶用意するので」

 

いいって言ったんだけどな。

 

 

居間に通されてお茶だけでなくわざわざどら焼きまで用意してくれた。

 

「どら焼きしかなかったけど、このどら焼きいいやつだから食べて食べて。アタシ宇佐美栞。よろしくね!」

 

「これはこれは立派なものを…」

 

「いただきます」

 

どうやら彼女は宇佐美栞というらしい。メガネで結構明るい子だ。

そこで遊真がどら焼きを食べようとすると横からどら焼きを取ろうとする手があった。さっきのちびっこだ。

 

「あ!陽太郎!あんたはもう自分の食べたじゃん!」

 

「あまいなしおりちゃん。ひとつでまんぞくするおれではない」

 

なぜドヤ顔なのだろう。そこで遊真がちびっこの頭にチョップを下す。

 

「悪いなチビ助。おれはこのどら焼きというやつに興味がある」

 

お前もチビだしちびっこ相手になに大人気ないことしてるのだか…。

 

「ふぐぐ、おれのどら焼き…」

 

しかも半泣きになってる。

 

「あーもう、おれのやるからなくなチビ助」

 

「ふぉ!おまえいいやつだな!でしにしてやってもいいぞ!」

 

「あーハイハイ」

 

とりあえず適当に流す。遊はあまりちびっこの相手には慣れていないからどうすればいいのかよくわからないのだ。

 

「…なんていうか、本部とは雰囲気だいぶ違いますね」

 

「そう?まぁウチはスタッフ10人しかいない基地だしね。でも、はっきり言って強いよ」

 

ここまで自信もっていうのだから本当に強いのだろう。

 

「ウチは防衛隊員は迅さん以外に3人しかいないけどみんなA級レベルのデキる人だよ。玉狛支部は少数精鋭の実力派集団なのだ!」

 

「少数精鋭…!」

 

「キミもウチに来る?メガネ人口増やそうぜ」

 

なぜそこでメガネネタを入れてくるのだろう。そんなにメガネ大事なのだろうか。

 

「あの、迅さんからさっき聞いたんですけど宇佐美さんも向こうの世界に行ったことあるんですか?」

 

「うん、一回だけね」

 

「その向こうに行く人ってどうやって決めてるんですか?」

 

「それはねーA級隊員の中から選抜試験で選ぶの。大体チーム単位で選ばれるからアタシもくっついていけたの」

 

「やっぱり…すごいんですよねそれって」

 

「そりゃボーダーの中でも精鋭だからね。ツワモノ揃いだよ」

 

恐らく千佳は向こうに行って兄や友人を探したいのだろう。この様子からなら一目瞭然だ。

 

「よ、お前ら。親御さんに連絡して今日は泊まってけ。ここなら本部の人も来ないし空き部屋もあるから。宇佐美は面倒見てやって。そんで、メガネくん、遊、遊真。うちのボスが会いたいってさ」

 

ボス。支部長の事だろう。迅さんにつれられて支部長室へと向かった。

 

ーー

 

支部長室にはメガネをかけた無精髭の男がいた。

 

「お前が空閑さんの息子か。初めまして」

 

「どうも」

 

どことなく似た雰囲気のある二人だ。

 

「んで、お前が神谷さんの息子な。お久しぶり」

 

「…みたいですね。おれは全く記憶にないんですけど」

 

「そりゃそうだ。お前と会ったのはお前がこーんな小さいときだからな!」

 

その言葉に他の人は驚愕の表情を浮かべている。まさか知り合い、いや知り合いと言うのか甚だ疑問だが知り合いだとは思っていなかったらしい。

 

「いやしかし、ほんとでかくなったな。悠介さんにも見せてやりたいよ」

 

「……親父が見たがるとも思えませんけどね」

 

「素直には言わないだろうな。さて、本題に戻ろう。まずおれらはお前らを捕まえる気は全くない。あと迅と三雲くんに聞いたが、どうやらボーダーに知り合いがいるらしいな。それだけ教えてくれ」

 

遊は特別何も言ってないので恐らく遊真が何かしら修に言ったのだろう。

 

「モガミソウイチ。親父が言ってた知り合いはモガミソウイチって人だった」

 

「……そうか、やっぱり最上さんか」

 

二人の顔に陰がさす。そして迅さんは腰のベルトから黒い棒状のものを外し机におく。

 

「この黒トリガーが、最上さんだ」

 

それが意味すること、それは最上さんはもう亡くなっているということだ。

 

「最上さんは4年前にこの黒トリガーを残して死んだ」

 

「……」

 

「そうか、このトリガーが……」

 

「おれは有吾さんや悠介さんに新人時代いろいろよくしてもらった。その恩を返したい。ボーダーに入れば大っぴらにお前らのことを庇える。悪い話じゃないだろう。どうだ?ボーダーに入んないか?」

 

確かに悪い話ではない。だが遊真のこちらに来た目的を考えると……

 

「ユウはどうする?」

 

「わからん。少し考える。遊真は」

 

「おれは……」

 

 

「まさか断られるとはな」

 

「……」

 

今部屋にいるのは林藤支部長と遊のみ。

 

「遊、お前はどうする?」

 

「おれは、まぁあいつ次第でもありますけど今の所残ろうとは思います」

 

「そうか」

 

「で、おれを残した理由はなんですか?」

 

「ああ。悠介さんからある程度こちらのことは聴いてるんだろ?」

 

「そうですね、ある程度は。ボーダーが完全ネイバー排他的主義であるとこと街の平和第一主義のとこと、そこまでネイバーに排他的ではないとこの三つの派閥に分かれてることくらいなら」

 

「そこまで知ってんのか」

 

「ある程度親父に聞かされました。あなたの話もそこそこ聴いてます」

 

「うへぇ、変な話されてないといいけど」

 

「してませんよ、そんな変な話」

 

「そっか。じゃあ本題だ。お前の昔話を聞かせてくれ。そしてお前がこっちに来た理由も」

 

「……ええ、わかりました」

 

遊の過去が、明かされる。




神谷遊
身長179㎝
16歳(現時点)高2
誕生日 1月6日
鍵座 B型
好きなもの 海 空 本 コーヒー 和食
嫌いなもの 面倒事
トリガー 鏡判(きょうばん)
判(遊真でいう印)を使う。コピーしたのは大抵判になる。
『強』判 遊真の『強』印のコピー。効能は同じ。
『弾』判 遊真の『弾』印のコピー。効能は同じ。
『隠』判 姿を透明化させ、レーダーから消える。隠密行動に便利。
『壁』判 巨大な壁を出現させる。『追』判と併用すると可動式になる
『射』判 遊真の『射』印のコピー。効能は同じだが『追』判との併用で追尾式になる
『罠』判 罠を仕掛け、その上を通った相手の動きを瞬間的に止め、爆発を起こす光球を周囲に出現させ、攻撃する。イメージはFFの皇帝の「メランコリアの檻」
『錨』判 遊真の『錨』印のコピー。効能は同じ。
『追』判 他の判と併用する時のみ使える。使った判が追尾型になる
『円』判 光の半透膜状の球体を作り出す。そのサークルの中だと物を動かしたりすることが可能。『鏡』判と併用でサークル内の敵のトリガーをコピーできる。初期装備。
『鏡』判 初期装備。相手のトリガーをコピーする。『円』判と併用しないと、相手に直接触れる必要がでてくる。初期装備。
『捕捉』 ターゲットにカーソルをつけ、どこにいるか常に把握できるようになる。『追』判と併用で特定の相手につけられる。初期装備。
『シフト』 出現させた剣の半径2メートル以内に瞬間移動する。剣を投げてその場所に移動する事も可能。初期装備。
『幻影剣』 多数の剣を周囲に出現させる。防御も可能。トリガーを起動させずに出現させることもできる。初期装備。
なお、判でないものは大抵初期装備。


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7話

お久です。
那須さん、まさかのお嬢様学校だった。


遊は物心ついたころから外の世界にいた。

 

海洋国家リーベリー。広大で豊かな海をもつ水の世界だ。

 

リーベリーはあまり遠征もせず、なおかつ戦争もしないが、軍事力はそこそこある。他国とは貿易のようなこともしたりしているとか。

遊は生まれたすぐのことはほとんど覚えてない。だがこのリーベリーで生まれたということは父親から聞いていた。

父親、神谷祐介。もともと玄界の生まれであるが、トリオン能力の高さ故にネイバーに狙われ、気づいたらリーベリーにいたらしい。そこで彼はトリガーやネイバーについて知った。そして暫くリーベリーで働くと、リーベリーの当主に頼み込み玄界へと帰ってきた。

 

それからの後処理は大変だったらしいがここでは割愛させてもらう。

 

そしてそのころには既に後にボーダーとなる『旧ボーダー』は既に設立していた。空閑有吾ともそこで出会ったらしい。

旧ボーダーに入り、暫くすると祐介は再びリーベリーへと戻った。そしてそこで愛する人を見つけ、結婚。遊が生まれた。

だが遊の母親は病弱であり、遊が2つの頃に亡くなった。それから祐介は遊が物心つくと、遊を守る為にいろいろな事を叩き込んだ。

 

ーーー

 

波の音が聞こえる。いつものことだ。空も青く澄んでいる。何も変わらない。

 

「遊」

 

呼ばれて振り返ると、そこには見慣れた人物が立っていた。

神谷祐介。父親だ。

 

「親父」

「なにしてんだ?」

「……海を見てた」

「飽きないな〜。なんか見えるのか?」

「いや、別に」

「そうか」

「親父はなんか用?」

「父親に『なんか用?』とは、クソ生意気だなおい。用っていうか今日の稽古、始めんぞ」

「わかった」

 

祐介と遊は互いに木刀を構える。そして同時に飛び、木刀が重なった。

この時、遊は5歳だった。

 

ーーー

 

祐介の振った木刀を防ぎきれず遊は倒れる。

 

「これで853戦853勝だな」

「……大人気ない」

「うるせ。手ェ抜いたらお前が強くなれないだろうが」

「5歳の子供相手になにいってんの……」

「強い相手とやんねーと強くなれないんだよ」

「……」

 

遊は若干不貞腐れている。無理もない。今まで何百と手合わせをしてきても未だに一本も取れてない。3歳の頃からやっていてもやはり経験の差は簡単には埋まらない。

 

「親父」

「ん?」

「なんで俺こんなことしてんの」

「あ?」

「だって、リーベリーは遠征とかほとんどしないし、戦争だって今はしてない。そもそも俺はトリガーまだ与えられてない。なのになんで俺に勉強とか剣術とかやらせてんの?」

「この世界で生きていくには必要だからだ」

「……」

 

わからない、と遊は思う。同年代の友人達は自分のようなことはしていない。最低限トリガーの扱いの指導は受けているが遊ほど入念な指導を受けているのは誰一人いなかった。

 

「遊、これはもう少し伏せとくつもりだったが」

「?」

「……お前が6歳になったら、リーベリーを出る」

「え……なんで……」

「ちょっと探し物を探す為にな。となるとここを出る必要がある。他の国に行くとなるということだ。他の国がここみたいに平和であるとは限らない。そういう国に行ったら必然的に力が必要だ。だからお前を鍛えている」

「……」

「もし俺について行きたくないのならそれでもいい。そこはお前の好きにしろ。だがお前が来ようが来まいが力がどこかで必ず必要になる。お前を生き残らせるために、俺はお前を鍛えているんだ」

 

言い分はわかる。でも、納得はできなかった。

 

 

それからしばらくして、遊が6歳になると祐介は旅の支度を始めた。結局は遊もついていくことに決めた。他に身寄りがいなかったというのが大きいが。

そしていくつかの国を渡りたどり着いた場所は「カルワリア」という国だった。そしてその国にしばらく滞在することに決めた。

 

しばらくすると、空閑親子とレプリカがやってきた。その時遊は8歳、遊真は6歳だった。

年齢が近いということもあり2人はすくに仲良くなった。毎日お互いを高め合うために手合わせし、時折遊が勉強を教えたりいろいろした。そして遊真の父親の有吾にもいろいろなことを教わったりした。旧ボーダーについてはその時父祐介や有吾が教えてくれた。そして過去に自分がそのメンバーにあったことあるということも。

 

「こいつ、この傷があるやつが城戸ってやつでな。すんげー堅物なんだよ。こいつはネイバー嫌いな主義。んでこいつが忍田。こいつは基本素直な後輩だったが、ちとやんちゃなとこもあったなー。そんでこいつが林藤。こいつも俺らの後輩だった。俺はこいつと一番仲よかったな」

「親父みたいな変人にも友達いたんだ」

「クソ生意気な息子だなおい」

「ふむ。ならゆうすけさんと親父は誰と同期だったんだ?」

「俺らは城戸と同期だ。なんだが、あんま城戸とは仲良くなかったなー。あいつ堅物すぎんだもん」

「親父が変人なだけでしょ」

「おいコラ。っと、有吾!やっときたか!酒飲もうぜー」

 

そう言って話の途中なのにも関わらず祐介は酒瓶をもってどこかにいってしまった。

 

「クソ親父」

「ユウの親父さんはおれの親父並みの変人だな」

「否定しないよ」

 

そしてその夜は親の変なところを言い合うという謎の会が開かれていた。

 

 

時は流れ、遊が9歳になった。そして9歳になると同時にカルワリアを出た。理由は、カルワリア周辺の国には父親が探しているものがないことがわかったからだ。

そして再びいくつかの国を渡り、ある国に降り立った。

名前はわからない。だが、その国は戦争中だった。

 

父は敵意がないことを示し、そして話を聞いてもらおうとしたのだが相手は聞く耳を持たずに攻撃してきた。遠征艇に戻ろうにも遠征艇はトリオン切れで動かない。身を隠すしかないと思った父は、遊をつれて国内を逃げ続けた。だが国内を逃げ続けるには限界があり、遊だけ捕まってしまった。

 

 

「ん…」

 

目がさめると、そこは独房だった。両手足はトリオン製の鎖につながれていて動けない。

 

「起きたな」

 

いたのは、恐らく尋問官だろう。その男は坊主頭に顔に二つの細い傷が入っていた。

 

「ここ、は……」

「我が国の独房だ。まぁ、そんなことはどうでもいい。今、我が国は戦時中でな。加えてあまり状況がよくない。だからスパイの貴様を尋問し情報を吐いてもらう」

「す、スパイ、じゃない…」

「黙れ」

 

そういうと尋問官は、遊の目にトリオン製のナイフを突き刺した。

 

「がっあァァァァァァ!」

「安心しろ。貴様には、拷問用のトリガーを使ってもらっている。それはトリオン体だ。生身にはなんら影響はない。ただ、そのトリオン体は特別でな。痛覚が5倍になるようにしてある」

「あ、あァ、あ……」

「貴様のトリオン体が破壊されるまで、この苦しみは続く。まぁ、またトリオン体が生成されれば尋問は始まるのだがな」

 

そう言って次は腕に突き刺す。凄まじい痛みが遊を襲う。

 

「あァァァァァァ‼︎」

「クク、そうだ、もっと踊れ」

 

そして遊は確信した。この男は、ただ、楽しむためだけに自分を痛めつけてる、と。

その日は一日中拷問が続いた。終わる頃には遊の精神は壊れ始めてた。

 

 

一週間たった。拷問はひたすら続けられた。トリオン体であるため生身に影響はないが、精神の方はもう限界をとっくに超えていた。それを象徴するかのように、元は漆黒の髪をしていた遊の髪は、残さず全て白になっていた。

 

「ほらほら、さっきから聴いてるだろ?1000−7は?」

「……」

 

この男は、1000から7を引いた数を言い続けろと命令した。最初は訳がわからなかったが、これが自分に正気をギリギリ保たせるためのものだとわかった。遊は遊で、その数字にすがったが既に精神は壊れていた。

 

「じゃあ次は腕いってみるか」

「……っあァァァァァァ!」

「クククク、いいねぇ」

 

この尋問はほぼもう意味をなしてない。本当にただ憂さ晴らしをするためだけにやられているものだった。

 

「さて、じゃあ次は……」

 

再び遊を痛めつけようとしたその時

 

「ぎゃあ!」

 

独房の壁が爆発した。そしてその穴からは、

 

「遊!無事か⁈」

 

父、祐介が出てきた。ブレードで鎖を切ると遊を抱き抱えて外に出た。

 

「お……親父……」

「すまねぇ!遅くなった!予想以上に警備が硬くてな!突破するのに恐ろしく時間かかった!取り敢えずもう遠征艇のトリオンはたまった!こんなクソみてぇな国とっととずらかんぞ!」

 

そう言って逃げ出すが、一国そのものを相手にするのだ。いくら祐介と言えども捕まるのは時間の問題だった。

 

現在はどうにか逃げ切り建物の陰に隠れているが、見つかるのは時間の問題。祐介のトリオンは限界。加えて遊は左目を潰され満身創痍で精神は壊れかけている。

 

「クソが……。なんもしてねぇ子連れのおっさん1人に対してなにやってんだかな……」

 

この国はいろいろと異常だ。どんな国であっても、敵意の持たない人間には警戒こそすれど、攻撃はしない。ましてこんな躍起になって捕らえにきたりなどまずしない。

指揮官がヤバいやつなのか、それともそうまでしなければならない理由があるのか。どちらにしろ最悪な状況であることは変わりない。

もはや万事休すか。祐介はそう考えていた。

だが、ここで一つの策を思いつく。いや、もうこれしかないと言った方が正確か。

 

「遊、よく聞け」

「……」

「これから俺は、黒トリガーになる」

「…………え?」

「もう、これしかない」

「……まて、よ」

「俺から言うことは3つだ。よく聞けよ。

 

一つ、てめぇの人生だ。好きに生きろ。でも俺が助けてやれるのは、ここまでだ。困難にぶちあたった時はお前の持ってる全てのものを使って目の前の困難を打ち砕け。それでもダメなら誰かを頼れ。

二つ、俺の探し物についてだが、お前の持病に関わるものだ。黒トリガーの中に記録を封じ込めておく。どうにかして開け。そして探せ。

できなきゃお前は長くは生きられなくなる。

三つ、仲間をつくれ。お前の持ってる手札だけじゃどうすることもできないことも必ずでてくる。そんな時は、仲間を頼れ。

 

俺が言うことはこんくらいだ。悪かったな、今まで親父らしいことしてやれなくてよ」

 

やめろ。やめてくれ。そんなこと聞きたくない。そんなの、親父らしくない。遊にはそう思うことしかできなかった。

祐介はおもむろに遊を抱きしめる。

 

「…し……ぜ、遊」

 

何を言ってるのかは、よく聞こえなかった。

そして光が当たりを包み込んだ。

 

 

「なんだあの光は……」

 

兵隊の一人が見たものは、建物の陰から発せられるまばゆいほどの光だった。なにかある、と思わせるには十分すぎるほどの光。

 

「おい!こっちでなんか光ってるぞ!」

 

兵士は仲間を呼び寄せ、光の元凶を調べることにした。もしかしたら今指名手配されている親子なのかもしれない。

 

(しかし、あんなガキつれて歩く方もだけど、うちの上官は大人気ないな。いくら戦争に負けてるからってわざわざ旅人からトリガー巻き上げようとしなくてもいいのにな)

 

そんなことを思いながら呼び寄せた仲間と共に建物の陰を覗き込む。いたのは、やはり指名手配されていた親子の子供だけだった。その子供はうなだれて背を向けている。そして目の前には白い砂のようなものが散らばっていた。

 

「よおガキ。大人しく投降してくれれば痛い目には合わねーぞ。もう拷問したりしねーから投降してくんねーか?」

 

まだ10歳程度の子供だ。兵士としても、あまり痛めつけたくなかった。彼にも息子がいるから、という理由もあるが。

 

「………」

 

子供は答えない。もう一度同じようなことを言ってみるが、やはり答えない。そして気づいたが、子供の姿が先ほどと少し違う気がする。先ほどまで子供は囚人服のような黒いTシャツにボロボロの白いズボンだった。なのに今は黒いジャケットに長ズボンになっていた。

 

「やれやれ仕方ない。おい、こいつを縛りあげろ。逃げられたら面倒だ」

「……よ」

「ん?」

 

子供が何か話したように聞こえた。

 

「なんだ?」

 

髪を掴み聞く。そして兵士はその顔をみて、驚愕した。

全く生気のない目をしていた。まるでガラス玉のような目だ。

 

「ごちゃごちゃ」

 

凄まじい殺気。気づいて手を離した時には、もう遅かった。

 

 

 

「うるせぇんだよ」

 

 

 

衝撃波により兵士は吹き飛ばされる。兵士はトリガー使いではないが、防具をつけていたため死には至らなかったが、あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。此れ程の威力は、通常のトリガーではでない。

 

「がは……」

「次」

 

そう言って子供が手を翳すと、そこから剣が出てくる。先ほどまでとは別人。

 

(まさか……親父が黒トリガーになったってのか⁈)

 

だとしたら自分たちではとても太刀打ちできない。撤退するしかないと考え、兵士は本部に連絡をいれようと通信機を出したが

 

その通信機は、子供の投げた元凶により粉々になった。

 

「な……」

「死にたくない人は逃げろ。でないと、死ぬぞ」

「ひっ……」

 

先ほど以上の殺気。そして冷たい目。とても10歳かそこらの子供には見えない。その国のトリガー使いに此れ程の化け物はいない。そしてその殺気に押され、兵士たちはその場から一目散に逃げ去った。

 

 

人っ子一人いなくなり、遊は遠征艇の隠されてる場所へといこうとする。だが、その顔を掠めて弾丸が放たれた。

 

「よおクソガキ。見つけたぜ」

 

遊を拷問した尋問官だった。そして見た所トリオン体になっているようだ。

 

「……なにか用?」

「殺しにきただけだ。俺はたまたま近くにいただけだが、もうすぐうちの精鋭達がやってくるぜ。そうなりゃお前は終わりだ。……んで、お前の父親はどうした?死んだか?」

「………死んだよ。俺に力を残してね」

「はっ!そうかよ!ならその力とやらを見せてみろ!」

 

そう言って無数の弾丸を放ってくる。その弾丸は遊めがけて一直線に降り注ぎ、そして爆発した。

 

「他愛もねぇな」

 

恐らくトリオン体だったであろうからそのトリガーを回収しようと近づこうとしたその時、剣が飛んできて右腕を斬り飛ばした。

 

「なっ!」

 

結果からいうと遊は生きていた。無数の剣が遊を守るように浮遊していたからだ。そして飛ばされた剣もそのうちの一つだろう。

 

「『幻影剣』」

 

腕を翳すと、尋問官めがけて凄まじい速度で剣が放たれる。そしてその全てが尋問官に突き刺さり、トリオン体を破壊した。尋問官はシールドを展開していたが、そのシールドも一瞬で破壊されていた。

 

「ば、バカな……。この俺が、ここまであっさりと……」

 

膝をついていると、いつの間にか遊が目の前に来ていた。

 

「俺を殺そうとしたんだ」

 

とても10歳には思えないほど冷たい目。そして突き刺さるような声。

 

「だから」

 

この異常な少年をつくってしまったのは

 

「俺に殺されても」

 

まぎれもなく、自分たちの国だ。

 

 

 

 

「仕方ないよね」

 

 

 

自らの頬が引き攣るのを感じながら、振り下ろされる剣を視界に捕らえたのが、その尋問官がみた最後の光景だった。

 

 

尋問官が地に伏せると新手がぞくぞくやってきたが、遊はそれらを全て斬り伏せた。他のはトリオン体を破壊するだけにしていた。理由は数が多く面倒だから。

そして全てのトリガー使いを倒すと、遊はその国を後にした。

そして父の言いつけ通りにカルワリアを目指した。

遊の潰された目は父親がトリオン製の左目を創り補っていた。そのため右目と若干ではあるが色が違う。そして、そのせいかはわからないがもともと大人しくあまり喋らない遊だったが、少しづつ父親のような気さくで飄々とした性格にかわっていっていることを遊は気づかなかった。

 

 

 

そしてカルワリアを目指す道中、トリオン切れになりアフトクラトルという国に降り立った。

 

ーーー

 

「ここが、アフトクラトル。神の国とか呼ばれてるとこだな」

 

ネイバーフッド最大規模の軍事国家、アフトクラトル。遊の黒トリガーにはネイバーフッド間を渡ることのできる能力がついていたが、その能力はトリオン消費量が凄まじい。カルワリアを目指す途中、補給としてアフトクラトルに立ち寄ったのだ。

そしてこの時遊は12歳。まだまだ子供であるが、その雰囲気は一人の戦士そのものだった。

 

「無駄にでっけーな、ここ」

 

感嘆の声を漏らす。遊が今まで見てきたネイバーフッドの中で最も大きい国だった。

そこで背後に気配がする。そこには初老の男が立っていた。だが、遊は一目見てわかった。

 

(この人、強い)

「おや、見ない顔ですな。外の方ですかな?もしや……」

「いや、違います。ちょっと行きたい国があるんですけど、その道中トリオン切れになってしまいました。だからちょっと補給のために寄っただけです。自分はどこの国にも属してません」

「そうですか。どうやら早とちりをするとこでしたな。いや申し訳ない」

「あの、疑わないんですか?」

「はい。あなたのその目は嘘をついてる目ではない。実力もありそうですし、信用に足る人物であることは一目でわかりましたよ」

「そう、ですか」

「補給となると、しばらくいるのでしょう。なら私の家に来ませんか?」

「え?」

「寝泊まりする場所が必要でしょう。私の家なら安全ですぞ。もちろんあまり出歩くことはできないでしょうがね」

 

願っても無い話だ。しばらくは遠征艇に身を潜め、トリオンの回復を待つつもりだったが、泊まるとこがあれば話は別だ。

 

「お願いいたします」

「ええ、喜んで。ところであなたはおいくつで?見た所とても若いようですが」

「……神谷遊です。年齢は、12歳」

「なんと、12歳とは。これは随分お若いようですな。おっと申し遅れました。私はウィザと申します」

「よろしくお願いします、ウィザさん」

 

 

「ウィザ翁、後ろの子供は?」

「おおハイレイン殿、こちらは外から来られた遊という少年です」

 

武官のような男がウィザに話しかける。その内容は言わずとも遊のことだ。

 

「外だと?ならこの者は……」

「ご安心を。彼に敵意がないのはわかっておりますので。私の屋敷にいてもらう予定であります」

「………ウィザ翁がそう言うのであれば間違いないのでしょう」

 

どうやら、ウィザはこの武官に相当な信頼を寄せられているようだ。

 

「遊、といったか。ウィザ翁に免じて、君を我らの領土に匿うことを許可する。だが忘れるな。君が反逆を起こせば我らは容赦なく君を狩りにいく」

「…………」

 

それだけいうとハイレインは去っていった。

 

(あいつ、多分黒トリガーだな。俺で勝てるか……?)

「では遊殿、行きましょう」

「……はい」

 

 

それからしばらく、ウィザの屋敷で遊は過ごした。そこでウィザには剣の手ほどきを受け、もともと優れていた剣の腕がさらに上がった。加えてトリガーでの戦いも指導を受けたため遊は格段に強くなった。ほとんど出歩くことはできずにいたが、ウィザの屋敷にいる者とはそれなりに打ち解けていった。

 

 

しかし、この関係はそう長く続かなかった。

 

ーーー

 

一ヶ月後

 

ウィザ邸訓練場

 

「はっはっはっ……」

「ふむ、大分よくなりましたな遊殿」

「せめて勝ち越してからその言葉が欲しいですね……」

「ほっほっほ、そうですか」

 

こちらは全力でやり、滝のように汗をかいているというのに息すら切らさずにいるウィザに内心で舌打ちをする。

 

「…………では私は戻ります。遊殿はもう少し休んでから上にいらして下さい」

「……どーも」

 

ウィザが去ると訓練場は静寂に包まれる。

 

「…………」

 

そして遊はこれから来るであろうことを予測し、立ち上がる。

 

「トリガー、起動」

 

戦闘体に換装し、警戒レベルを全開にする。

するとやはりと言うべきか、背後から気配がする。それはゲートのようなものだった。中から現れたのは、ツノを生やした一人の女性だった。

 

「なんか用か?」

「あら、随分な口調ね。匿ってあげたのに」

「おいおい、何言ってんだ?俺を匿ったのはウィザさんであってお前じゃない。用があるならさっさとしろ」

「……そうね、ならそうさせてもらうわ」

 

そう言うと、釘のようなものが遊を貫こうとする。

だがそれを難なく遊は躱す。

 

「あら、少しはやるようね」

「そーかよ。それと、やっぱそういうことかよ」

「あなたのトリガーが、まさか黒トリガーだったとはね。普通のトリガーならこんなことしなかったのだけれどね。でも黒トリガーとなると確保しないはず無いわ」

「ハッ、ワープ女が」

「強がっていられるのも今だけよ。トリオン製のこの訓練場から私を躱して逃げ切れるとでも思ってるの?」

「ああ、だってお前ら、俺のトリガーの能力なんも知らねーだろ?」

「?」

「じゃーな」

 

とても12歳とは思えないような悪い笑みを浮かべると

 

「なっ⁈」

 

遊は忽然と姿を消した。

 

 

「ふう」

 

シフトを使いあらかじめマーキングしておいた場所へワープする。あの女性のことをワープ女とか言っていたが、自分は自分でワープしている。人のこと言えない。

遊はウィザに自身のトリガーが黒トリガーであることを明かした。そして過去も。だから遊のトリガーが黒トリガーであることはウィザからばれたのだろう。だがウィザもあのハイレインとかいう武官の部下だ。上司の命令とあれば仕方ない。だからウィザのことを恨んだりはしない。

だがそこで気配を感じる。もう追ってきたのだろう。

 

「チッ、仕事がはえーこった」

 

あのワープの能力をもつ女性の力だろう。

そして追ってきたのは

 

「まさか頭領サマが直々に出張って下さるとはな」

「恩を仇で返すとはな」

「ハッ、そーかよ。匿ってくれたことは感謝してるぜ」

「少しでも恩を感じてるなら我々の仲間になれ」

「寝言は寝て言え。てめーらが欲しいのは俺のトリガーだけだろうが」

「なら仕方ない。強硬策だ」

 

それだけいうとハイレインは鳥の形をした弾丸を放ってくる。

 

「幻影剣」

 

遊の周囲に剣が現れる。その剣が遊を守るように漂うが、

 

「⁈」

「ほう、なかなかいい反応だ」

 

弾丸が当たった剣は、当たった場所がキューブに変化した。そしてなお降り注ぐ弾丸を遊はシフトを使い回避した。

 

「………」

「逃がさん」

(弾丸の性能はなかなかヤバいが、速度は大したことない。シフトで逃げ続けてスキあらば『門』判で……)

「何を企んでいるのかしら?」

「!」

 

再び釘のようなものがくる。

 

「クソワープ女が……」

「逃げられるとでも思ったの?」

(これはヤバいな。無理矢理逃げるしかもうねぇか)

 

いくら遊といえども、黒トリガー2人と本気で当たって勝てるはずない。ここはもう逃げの一択だ。

 

「諦めなさい、勝ち目はもうな……」

「『火』判」

「なっ⁈」

 

凄まじい爆発と共に火柱が上がる。その火柱はまるで意思をもつようにミラに襲いかかる。

しかしそれを難なくワープで躱す。そしてその火柱に向かって無数の鳥が向かっていき、火柱はキューブと化す。

そして火柱が消えた頃には遊は姿を消していた。

 

「すみません隊長、逃しました」

「いや、仕方ない。レーダーで大まかな位置はわかる。それにその方向には

 

 

 

ウィザ翁がいる」

 

 

「………ふぅ」

 

シフトを駆使し、元いた場所から大分離れた場所についた。そこは遊が初めてアフトクラトルに降り立った場所だ。

そして、その場に佇む気配が一つ。

 

「………」

「お待ちしておりました、遊殿」

 

最悪の相手だ。遊は未だにウィザに勝てたことは一度もない。経験が違いすぎる。

 

「………まぁ、逃がしてはくれませんよね」

「私個人としては、逃がしてあげたいところですが……生憎わたしにも立場がありますので。だから遊殿、私の渾身の一太刀を受け切ったら見逃しましょう」

「………本当ですが?」

「ええ」

 

それだけ言うと、ウィザは杖に見せかけた剣を柄に手をかける。

なら遊の選択肢は一つだ。遊も刀に手をかける。

 

 

静寂が、あたりを包む。

 

 

そして……

 

「フッ!」

「………」

 

互いの剣が交わり、甲高い音があがる。

 

「………」

「………ほっほっほ、お行きなさい」

「…どーも。『門』判」

 

ゲートが開き、遊はそこへ足を踏み入れる。

 

「お世話になりました」

 

それだけいうと、ゲートは消え去った。

 

ーーー

 

「いやはや、若さとは素晴らしい」

 

アフトクラトルに来たばかりの遊なら、受けられなかったはずだ。だが一ヶ月で受けられるほどに成長した遊に、内心下を巻いた。

すると背後に頭首出歩くハイレインが降り立った。

 

「ウィザ翁、やつは?」

「申し訳ありません、逃げられました」

「ウィザ翁が取り逃がすほどの実力を持っていた、ということですか?」

「いいえ、なかなか頭のいい子でしてね。いろいろと面白い手を使い去っていきました」

 

もちろん嘘だ。ウィザが逃したのだから。

 

「………まぁ、仕方ないでしょう。ご苦労でした」

「はい。ハイレイン殿も」

 

それだけいうと、ミラのゲートを使いハイレインは去っていった。

 

「……遊殿、また会えるでしょうね。会ったその日は……」

 

また手合わせしましょう。

ウィザの言葉はアフトクラトルの空に吸い込まれていった。

 

 

それからしばらくして、遊はカルワリアへと降り立った。

そこでは遊真が前線で戦っていた。そしてその時には、有吾は黒トリガーになっていた。遊真自身、トリオン体へと成り代り髪も白くなっていた。

そして遊はカルワリアへと味方し、長い戦争は終結した。味方の勝利だ。

 

そして、やることの無くなった二人は親の故郷である玄界へと向かった。

 

***

 

「ざっくりとは、以上です」

「………そうか、大変だったな」

「いや、俺は別に」

 

とても幸福な人生だったとは言えない。幼い頃から厳しく訓練を受け、拷問を受け左目を失い、なおかつ両親を失っているのだ。

 

「それで、遊はどうする?ボーダーに入るか?」

「ええ、まぁ今の所。どうせあいつも入るでしょうし、探し物もここにあるかもなんで」

「そうか、よかった。じゃあ手続きはしておく」

「ありがとうございます。それじゃ失礼します」

「ああ、悪かったな長話させて」

「いえ」

 

遊が部屋をでていこうとした時

 

「ああ林藤さん」

「ん?」

「俺は遊真のチームには入りませんよ」

「……」

 

それだけいうと遊は去っていった。

 

「さて、あいつの心を解放してやれるやつはいるのかね……」

 

林藤は一人になった部屋で一人つぶやいた。

 

 

 

 

 

そしてその後、遊真達の入隊が決まりA級を目指すことを彼らは決めた。

 

 

 

 

 



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8話

支部長室を出ると、遊真、修、千佳の3人が集まっていた。

 

「お、ユウ」

「よう遊真、どーしたんだみんな勢ぞろいで」

「あ、それが」

「おれたち、チームを組むことになった」

 

やはりか、と遊は思った。迅が先ほど修にいろいろ言ってるのを見かけて、なおかつ遊真の過去の話を聞いているのを見かけていたから遊には容易に想像がついた。

 

「へぇ、チームか。いいな」

「それで、A級になって遠征部隊を目指すの!」

「ほー…」

 

千佳がここまで興奮して言うところを見れたのはなかなかレアかもしれない。

 

「ユウもやんない?」

 

そらきた。

遊はそう思った。遊真の性格的にこうくるのは当たり前だといえる。

使えるものはなんでも使う。それが遊真だ。

そして、遊の答えも決まっていた。

 

「断る」

「む」

「えっ」

「え」

 

遊真はある程度予想していたのか、あまり動揺しないが、他の2人は素っ頓狂な声を上げる。

 

「悪いが、俺は俺でやることがある。手伝ってやりたいのはやまやまなんだが、俺は自分の目的を優先させるわ」

「……先輩の、目的って?」

「秘密。でもこっちの世界をどうこうしようって話じゃねぇよ」

「………」

「じゃ、支部長室いけよ。手続きすんだろ?俺はもう寝るわ。じゃな」

 

訝しげな修の視線と、不思議そうな千佳の視線、そして無表情の遊真の視線を背中に受けながら遊はその場を立ち去った。

 

今日寝るために与えられた部屋に入り、扉を閉めて鍵をかける。

 

「っはぁ………」

 

その瞬間、遊は壁に寄りかかりながら座り込んだ。胸を押さえながら呼吸を荒くし、額からは脂汗が滲んでいる。

 

「………結構、やべーかもな」

 

もう、あまり時間は残されていないのかもしれない。そんな考えが遊の頭をよぎった。

 

「きっつ……」

 

遊のつぶやきが1人暗い部屋に響いた。

 

 

次の日、宇佐美がチームやポジションについて遊真達に説明をした。まずは訓練生から正隊員になり、ランク戦を勝ち上がりA級になるという感じのようだ。

そしてポジションは、攻撃手、銃手、狙撃手にわかれていて、それぞれに特徴があるといったところだ。修がなんなのかは知らないし、遊真もまだ全く決めてないようだが、とりあえず千佳が狙撃手になるということが決定した。そして遊はそんなやりとりをしてるのを後ろで壁に寄りかかりぼんやりながめていた。

 

説明がひと段落したと思ったら、廊下からなにやら荒い足音が聞こえる。

 

「あたしのどら焼きがない!誰が食べたの⁈」

 

入って来たのはセーラー服姿の女の子だった。見たところ宇佐美と同い年くらいだろう。そしてその女の子はまだ半分寝てる陽太郎を逆さ吊りにしてどら焼きについてギャーギャー言っている。

 

「なんだなんだ、騒がしいな小南」

「いつも通りじゃないすか?」

 

そして次に入って来たのは筋肉質の男性と髪がもさもさした男子だった。

 

(これが玉狛の人たちか?)

 

そう考えてるうちに、迅が小南と呼ばれた女の子をからかって遊び、ちゃんと名乗られるのは10分ほど先になった。

 

ーーー

 

「小南桐絵よ」

「木崎レイジだ」

「烏丸京介だ」

 

「空閑遊真だよ」

「み、三雲修です」

「雨取千佳です」

 

各々が自己紹介を終え、これからのプランについて説明される。

遊真達がA級を目指すのだが、正式入隊日までまだ時間がある。だからその期間を使って遊真達を鍛えようって話だった。

小南が少し不服そうだったが、「ボスの命令だから」と言われたらすぐに折れた。

 

「でも!」

 

そういうと遊真と遊の首根っこを掴んだ。

 

「こいつらはあたしがもらうわよ!」

「………」

「見たところ、あんた達が1番強いんでしょ?あたし、弱い奴はきらいなの」

(俺は関係ないんだけどなー)

「ほほう、お目が高い………と、いいたいけど、おれよりユウの方が断然強いぞ」

「え⁈そうなの⁈ていうかあんた誰よ」

「……神谷遊。俺も玉狛所属になったけど、遊真のチームには入らんから俺にトレーニングはいらんよ」

「え、じゃああんたなんなのよ」

「さぁ、なんだろうな」

「なんでもいいわ。そんなに強いならあたしにその実力を見せてみなさい」

「小南、ちゃんと遊真くんのトレーニングもしてよ」

「わかってるわよ!じゃ、いくわよ!」

「俺は関係ねー」

 

遊は早々に諦めたのだった。

 

 

 

ちなみに修の師匠は烏丸で、千佳の師匠は木崎だった。千佳と木崎が並ぶと親子に見えるとか思ったりしたりしなかったり。

 

 

連れてこられたのは地下だった。そこには扉が数個あり、なおかつデスクトップのパソコンとベンチがいくつかあった。

 

「ここは?」

「ここはトレーニングルーム。トリガーで空間を作ってそこで戦えるの」

「へぇ」

「早速やるわよ!えーっと、でっかい方、名前なんだっけ」

「神谷遊」

「そう、遊ね。やるわよ」

「トレーニングやんなきゃいけない方からにしろよ。遊真だって強いぞ」

「あんたの方が強いんでしょ?ならあんたからやるわよ」

「遊真からじゃないとやらない」

「…………わかったわよ」

「素直でよろしい」

「じゃあいくわよ!」

「はいよ」

 

そうして遊真と小南はトレーニングルームに入っていった。

遊はふと思ったことを傍らにいる宇佐美に聞いた。

 

「なぁ、普通に入っていったけど思いっきりやっちまっていいのか?トリオンのこととかいろいろあんだろ」

「大丈夫だよ。今遊真くんと修くんがいる部屋は仮想戦闘モードにしてあるからね」

「仮想戦闘モード?」

「仮想戦闘モードっていうのは、コンピュータとトリガーをリンクさせてトリオンの働きを擬似的に再現するモードなの」

「つまり、実際にトリオンを消費してるわけじゃないから連続してやれるってことか」

「おお〜さすが遊くん、話が早い」

「こっちは便利なのがあるな」

 

こちらの技術に感心していると、遊真と小南の模擬戦が始まる。遊真はなにやら少し小ぶりの剣を使っている。

 

「遊真が使ってるあのトリガーはなんだ?」

「あれはスコーピオンっていってね、スピード型の攻撃手がよく使うトリガーなの。いつでもブレードを出し入れできて重さもほとんど無い。手以外のとこからもブレードを出せたりするし、トリオンの調整で形や長さも変えられるの。ただ耐久性が無いから防御にはあんまり使えないかな」

「攻撃専用のトリガーってとこか……。なぁ、他にブレードのトリガーって無いのか?」

「あるよ。孤月とレイガスト。孤月は自由に出し入れできないし、重さもあって形も変えられないけど攻撃力も高いし、耐久性もあるからバランス型のトリガー。それで、レイガストはスコーピオンみたいにブレードを変形できて、耐久性を高める代わりに攻撃力が下がる盾モードがあるの。重さはこれが一番あるかな」

「成る程な……」

 

攻撃手はこれらのトリガーを使って戦うようだ。遊真は恐らくスコーピオンが一番あってるだろう。

 

(俺は……)

「俺は、孤月かな」

「お、そうなの?」

「ああ、スコーピオンでもよかったけど防御にはあんまり使えないってのが大きい。俺、あんまシールド使わないでブレードで防ぐタイプだから」

「ほほう」

「あ、それで宇佐美」

「ん?」

「孤月使ってて、強い人が戦ってるムービーって見れる?」

「うん見れるよ。ちょっと待ってね………はい」

 

そう言って宇佐美は遊にタブレットを渡す。

 

「その人が本部で一番強い孤月使い。ついでに攻撃手でも一番強いよ」

「へぇ、そりゃ楽しみだ」

「でもなんで?そういうのは大体自分のスタイルを確立させてからやるものだよ?」

「ん?ああ。まぁそうなんだけど、俺はこれでいいんだ。スタイルとか関係ねーし」

「?」

「すぐにわかるよ」

 

宇佐美はただ首をかしげるしかできなかった。

 

コンピュータに目を戻すと遊真が5本目を取られたとこだった。

 

 

しばらくすると10本終わった。その少し前に烏丸と修が出てきたが、どうやら全くダメだったらしい。

 

「……そんな、あたしが……」

 

でてきた小南は、なんだかこの世の終わりとでもいうような顔をしていた。

すると、なんか爆発にでもあったかのような髪をした遊真がでてくる。

 

「……勝った」

「え⁈」

「小南先輩負けたんすか⁈」

「ま、負けてないわよ!」

「最後に一本とっただけだよ。トータル9-1」

「そ、そうよ!あたしの方がまだ全然上なんだからね!」

「今の所はね」

 

ギャーギャー騒ぎながらも、どうやらお互い認め合ったようだ。お互い名前呼びと先輩呼びになっている。

 

「じゃあ遊!やるわよ!」

「デスヨネー」

「当たり前でしょ!遊真より強いならその実力見せてみなさい!」

「わーったよ…宇佐美、孤月の入ってるやつくれ」

「ほいほい」

 

宇佐美からトリガーを受け取る。

 

「へーあんたは孤月なのね」

「まーな」

「あ、さっき説明したオプションも入ってるから」

「お、サンキュー」

「ふん!オプションなんてまだ使えないでしょ。そんなすぐに使えるようになるもんじゃないわよ」

「いいから、さっさとやろうぜ」

 

トレーニングルームに入ると、そこは殺風景な空間だった。ただの立方体の部屋で、他にはなにもない。

 

「じゃ、早速やるわよ」

「へいへい」

『トリガー起動』

 

トリガーを起動すると、遊は黒の無地のシンプルな戦闘服に。小南はショートヘアになり、戦闘服は黄緑だった。

 

「がっかりさせるんじゃないわよ」

「善処しよう」

「いくわよ!」

 

小南は腰のホルスターから短剣を抜き、ふるってくる。

 

(さすがに鋭いな。まだ全力じゃないみたいだけど、全力になったらもっと鋭くなるだろうな)

 

そんなことを考えながら遊は小南の剣をかわしたり流したりしている。

 

「はっ!」

「よっと」

 

しばらくこの攻防が続く。どちらも全力ではないが、現時点では互角だった。

 

「さすがにちょっとはできるみたいね」

「そーか」

「でも…………甘い!」

 

そういうと小南は遊の孤月を弾き飛ばした。

 

「あ」

「終わりよ!」

「まだだね」

「⁈」

 

不意に腹部に衝撃を感じた。

 

(鞘⁈)

 

「鞘だって武器になるんだぜ?」

「………やるわね。でも、これならどう?」

『接続器、オン』

 

小南の短剣が繋がり、巨大な斧へと変形した。

 

『双月』小南専用の攻撃手トリガーだ。コンセプトは火力重視で、1発の威力は凄まじい。しかし、トリオン効率を度外視しているため、長期戦には向かない。

 

本来ならこんな早くには使わないが、ここはトリオン無限の仮想戦闘モードであるためどれだけ使っても問題ない。遊真も圧倒的火力差に一気に押されて9本とられてしまったのだ。

 

「はぁ!」

 

小南の鋭い一撃が繰り出される。

これを遊は流そうとしたが

 

「な⁈」

 

予想外の速度に真正面から受けざるを得なくなってしまった。

 

(あれだけデカイもんぶん回してるからもうちょい速度遅いと思ったんだけどな……しかも孤月少し欠けたし。どんな火力だ)

「まだまだいくわよ!」

「っと」

 

とても女子校生には思えないような姿だな、とかお気楽なことを遊は考えていた。

そしてそのまま一本とられてしまった。

 

「筋はいいわね。でもまだまだあたしの方が上よ」

「だな、次いこうぜ」

「いいわ。真っ二つにしてあげる」

 

振り下ろされた斧を最小限の動きでかわし、斬りこむ。しかし読んでいたのか小南は難なくそれをかわした。小南は斧を持ち替え斬り込みをかわした際にできたスキをついて斧を薙ぎ払う。

しかし

 

「よっ」

「なっ!」

 

それをまるで当然かのように流された。いや、流されただけなら大した問題ではない。その流した動きが問題なのだ。

その動きは、数少ない女性攻撃手で捌きや返し技の腕はかなりのものである那須隊攻撃手熊谷友子の動きと全く同じだったからだ。いや、同じでもない。その動きを我流に変え、極限まで無駄のない動きにまで昇華させている。

 

どんな攻撃手にも、自分なりの動きと考えがある。それは他のポジションでも同じだろう。つまり人それぞれ型があり、同じものは基本ない。最低限マネをしても、ここまで同じような動きはないに等しい。それをこの男はやってのけたのだ。

 

しかし偶然かも、という考えも僅かによぎったが、ここまで高い再現度の動きは偶然ではないだろう。

 

(………もう一回試すしかないようね)

 

そう考えた小南は今まで以上に気を引き締めて攻めにいった。接続器を解除、起動を交互に繰り返しながら変幻自在に攻めていく。しかしそれらを繰り出せば繰り出すほど、遊の動きは研ぎ澄まされていく。そしてその動きのベースとなっているのは間違いなく熊谷友子のものだ。だがその動きのキレは数段遊の方が上だ。

 

「くっ!」

「そこ」

「なっ!」

 

焦りと驚きによって生じたスキを遊は見逃さなかった。

孤月のオプションである旋空を使い、リーチを伸ばした孤月のブレードで小南の左腕を斬り飛ばした。

 

そしてその動きと鋭さは、No. 1攻撃手太刀川慶のものと酷似していた。

 

(こいつ、何者⁈)

 

そう驚きながらも遊の猛攻は続く。

太刀川の動きと似ている攻撃をしながらも、防御面では熊谷の動き。さらには今では狙撃手となっている荒船哲二の動きまでしてみせた。そして片腕を無くした小南はその猛攻にやられるのは時間の問題だった。

 

「くっ」

「そこだ。『旋空』」

 

伸びたブレードによって小南のトリオン体が真っ二つになる。

 

「真っ二つになったのは、小南の方だな」

『遊くん一本』

 

まるで理解できていない顔だった。とても信じられないような顔を小南はしていた。

 

「あんた、何者?」

「これが俺のサイドエフェクト、『行動模倣』だ」

「行動模倣?」

「そ、一度見た相手の動きを再現して、真似することができる。そしてその動きを我流に変えることだって可能だ。ま、あまりに常軌を逸した動きは再現度が低くなるけどな」

 

つまり、相手の動きをコピーすることができるということだ。

 

そこで小南は小南と同じくらい強い1人の攻撃手の言葉を思い出した。

 

『俺はただみんなの努力をサイドエフェクトで盗んでるだけなんだ』

 

その男に言ってやりたい。あなたはまだ努力している。やるべきことはやっている。本当に努力を盗んでいるのは目の前にいるこの男だと。

 

「まだ再現度低いな。やっぱ強い人の動きはマネし辛い。もう少し調整がいるかな。よし、次やろうぜ」

(このやろう………)

 

 

 

小南は思った。こいつは、強いと。

 

 

 

「じゃ、次行こうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

と、この一本では圧勝できたものの、この後から小南は全てのトリガーを使って本気で倒しに来たためかなりボコられた。

 

トータル3-7で小南の勝利である。

 

 

「私の勝ちね!」

 

意気揚々と言う小南に遊はげんなりしていた。

 

「シールドもねーのにトリガーフルで使われたら勝てるわけねーだろーが」

「それでもあたしの勝ちよ!」

「それは認める。ボーダーのトリガーじゃまだまだ小南には勝てんな」

「もうこれ以上取れると思わないことね!」

「さぁ、どうかな」

「なによー!」

「こなみ先輩、次おれとやろうよ」

「いいわよ、ボコボコにしてやるわよ遊真」

(なんだかんだ仲良いな、この2人)

 

遊真と小南は再びトレーニングルームに入っていった。

 

「いやーすごいね遊くん。小南から初見で3本取れる人はそういないよ」

「あのまま小南が使うトリガーが双月だけだったら勝ててたかもな」

「……すごい」

 

修の感嘆の声に遊真は苦笑いする。

 

「いや、今のは冗談だ。多分勝てん」

「え」

「当然だろ。いくら地力があっても経験の差はそう簡単には埋まらない。他人の動きをマネしたところで武器そのものに慣れないといい勝負はできても勝つことはできねーよ」

「へぇ……」

「まあそのうちわかるさ」

 

修はよくわからないといった表情をしている。

 

「神谷さん、すごいですね」

 

そこで傍らにいた烏丸が感嘆の声をあげる。

 

「そうか?」

「ええ、全力じゃなかったとはいえ小南先輩から初見で3本とれるのはすごいと思います。少なくとも俺じゃできません」

「そこは経験の差だろ。武器違っても俺とお前らじゃ実戦経験の差が大きすぎる」

「それもそうですね………さて、修。お前、まだできるか?」

「やれます!」

「よし。じゃあ早速やるぞ」

「はい!」

 

そういって2人はトレーニングルームに入っていった。

 

「いやーまだまだみんな気合い充分だね」

「そーだな。んじゃ、俺は一旦抜ける」

「お?どこいくの?」

「ちょっと迅さんに用がある」

 

それだけいうと遊はオペレータールームから出て行った。

 

 

「さて、そろそろ行くかな」

 

迅は今、支部の外に出てある場所に向かおうとしていた。そこは警戒区域。これから遊真と遊のもつ黒トリガーを狙って遠征部隊がここに来るはずだ。それを阻止しに行くのだ。

 

「プランも2つ用意したし、応援要請もしたから大丈夫だな」

「そのプランってどんなやつですか?」

「そりゃあ………って、遊⁈」

「ども」

「なんでいんだよ」

「迅さんがなんか暗躍してるみたいだから、その手助けに」

 

なぜそれを、と言おうとしたがこれは遊真たちには知られてはいけない暗躍だ。なにしろ彼らを守るための行動なのだから。

 

「さぁ?なんのことだ?」

「しらばっくれるのは自由ですが、こちらとしても迅さんがそこまで体張るのを黙ってみてるわけにはいかないんですよね」

 

どうやら、この青年はどうやったのかはわからないが自分の行動は全てお見通しのようだ。

 

「で、結局なんの用だ?」

「もし本部と交渉することになったら、これ持ってってください」

 

そういって差し出されたのは、小さな箱。

 

「これは、トリガーか?」

「ええ、収納用のトリガーです。結構な量入れられる優れものですよ」

 

何が入ってるのかを確かめるべく迅はその箱を開いた。

 

「これは……」

 

迅はその箱に入っていたものをみて驚愕する。

 

「多分、交渉の役に立つでしょう」

「どこまでお見通しなんだよ」

「さぁ?なんのことですか?」

 

この小生意気な青年は一体何者なのだろう。もしかしたら、ボーダーにいる誰よりも、敵に回したくない存在なのかもしれない。

 

迅はこの青年に対して恐れにも近い感情を抱いた。

 

 

 

 

 

 



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9話

黒トリガー争奪戦の戦闘描写はありません。だって原作と何も変わらないから!


すいません、書くのが面倒だっただけです……


「お、ユウ帰ってきた」

「おかえり遊くん」

 

迅に渡すべきものを渡し、すべきことを済ませてきた遊が再び訓練室に戻ると遊真と小南が休憩していた。

 

「お疲れ」

「おう。遊は何してたんだ?」

「ちょっと迅さんに用があった」

「ふむ?」

「まぁ大したことじゃねーよ」

「そうか。そういえば、最近迅さん見ないな」

「どーせ裏でなんかコソコソやってるんでしょ。あいつの趣味、暗躍だから」

 

あまりいい趣味とは言えないが、彼のサイドエフェクトを考えると当たり前なのかもしれない。

 

「ほら、あんたはそんなことより訓練の方が大事でしょ。そろそろ行くわよ」

「はいよ」

 

そういって2人は訓練室に入っていった。

 

「いやー2人とも気合十分だねー」

「どっちも戦闘狂なとこあるからな」

 

人のことは言えないのかもしれないけど。

 

「そういう遊くんもそうじゃないの?」

「あいつら程じゃねーよ」

「そうかな〜?」

「少なくとも殺し合いは好きじゃないぜ」

「そっか。『向こうの世界』だとベイルアウトなんてないもんね」

「そうだ」

 

遊にとってベイルアウトという機能はとても画期的なものだった。向こうではトリオン体が破壊されたらもうなにもできず、捕虜になるか殺されるかのどちらかだった。だから負けても逃げられるというのは凄いものなのだ。

 

遊真と小南の戦いをしばらく見ていた遊だったが、不意に胸に激痛を感じる。

 

「っ……」

「? 遊くんどうしたの?」

「…いや、なにも。ちょっとトイレー」

 

遊は逃げるようにその場を離れた。宇佐美は首を傾げることしかできなかった。

 

ーーー

 

「っはぁ……」

 

トイレに入り呼吸を整えようと試みる。だがすぐには治らず壁に寄りかかる。ふと備え付けの鏡が目に入り、自身の顔が映るのを見る。

 

「ひっでぇ顔……」

 

顔色は悪く、脂汗が滲み、もとよりやる気の無さそうな目はさらにひどくなりまるで死人のようだ。

 

「…………」

 

鏡に映る自分を見て、顔を顰める。

右目を右手で塞いで鏡を見てみる。

 

鏡に映る自分は、ほとんど見えなかった。

鏡に映る自分だけでなく、他のもののほとんどが輪郭すら捉えられない。

 

つまり、この左目はもうほとんどなんの像も映していないということだ。

 

「緑内障になった年寄りのじいさんじゃあるめーし……勘弁してくれよ……」

 

遊のつぶやきに答えるものはいない。

 

 

数日後

 

「さて、遠征部隊が帰ってきたし、今夜は忙しくなるぞ」

 

迅は玉狛支部の屋上で1人そうつぶやいた。

 

 

迅の暗躍が、始まった。

 

ーーー

 

警戒区域内の市街地。そこを凄まじいスピードで駆け抜ける集団がいた。

 

遠征部隊。ボーダーの中でも随一の戦闘力を誇り、外の世界に行くことを許されたチーム達だ。加えて、A級部隊の三輪隊もいる。

 

「おいおい三輪、そんな早く走んなよ。疲れちゃうぜ」

 

任務中でありながらも軽口を叩くのは、ボーダー隊員の中で最強と謳われる太刀川慶。今回、この玉狛支部にいる黒トリガーを奪取する任務の指揮を任されている。

 

「っ……」

 

軽口を叩かれた対象である三輪は、太刀川への苦手意識を再確認したのだった。

 

だが、ここである違和感が生じる。

 

 

人影だ。

 

 

「止まれ!」

 

太刀川の声により全員が立ち止まる。そしてその人影の正体は

 

「やあ太刀川さん、久しぶり。みんなお揃いでどちらまで?」

 

迅悠一だった。

 

「迅……!」

「なるほどそうくるか」

「うお、迅さんじゃん。なんで?」

「よう当真。冬島さんはどうした?」

「うちの隊長は船酔いでダウンしてるよ」

「余計なことをしゃべるな当真」

 

風間の一喝で当真は肩をすくめつつ口を閉じる。

 

「こんな所で待ち構えてたってことは、俺たちの目的もわかってるわけだな?」

「そりゃあね。うちの隊員達にちょっかい出しに来たんだろ?今あいつら結構いい感じだからジャマしないでほしいんだかけど」

 

尤も、そのうちの1人はこの暗躍に助力するように言ってきたし、そもそもこの後にあるであろう事態にも強力な切り札を用意してくれたのだが。

 

「そりゃ無理だ、と言ったら?」

「その場合は仕方ない。実力派エリートとして、かわいい後輩を守らなきゃな」

 

1人は全く可愛げはないけど、と思ったことは内緒だ。

 

「………」

「なんだいつになくやる気だな迅」

「まぁね」

「おいおいどーなってんの?迅さんと闘う流れになってない?」

 

迅はともかく、指揮を任されている太刀川が今にも抜刀しそうな勢いである。

 

「……『ボーダー隊員同士の模擬戦を除く戦闘行為を固く禁ずる』。隊務規定違反で厳重処罰される覚悟はあるのだろうな、迅」

 

ボーダーでは隊員同士の模擬戦以外の戦闘行為は禁じられており、それを破ると処罰の対象となるのだ。

 

「それをいうならうちの隊員だってボーダー隊員だ。あんたらがやろうとしてることもルール違反だろ、風間さん」

「……!」

「『ボーダー隊員』だと?ふざけるな!近界民を匿っているだけだろうが!」

「近界民を入隊させちゃいけないなんてルールはない。正式な入隊手続きをして入隊した正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせない」

 

迅の言葉からは後輩を護るという断固たる決意が見られた。その言葉に風間も三輪も押し黙る。

 

だが、1人だけ物怖じしない者がいた。

 

「いや違うな迅」

 

もちろんそれは太刀川慶だ。

 

「正式入隊日を迎えるまで、本部は正式にボーダー隊員だと認めてはいない。1月8日まではただの野良近界民だ。仕留めるのになんの問題もないな」

 

迅にとって相手を帰らせる切り札とも言える一手を、太刀川はいとも簡単に切り返した。三輪が彼らに対して苦手意識を持つのは、どちらもやり口が似ているからだろう。

 

「へぇ……」

 

だが迅もある程度は予想していたらしく、そこまで動じなかった。

 

「邪魔をするな、迅。お前と争っても仕方ない。本部と支部のパワーバランスが崩れることを別としても、黒トリガーを持った近界民が2人も野放しにされている現状を見過ごすわけにはいかない。城戸司令はどんな手を使っても黒トリガーを本部の下に置くだろう。玉狛が抵抗しようが早いか遅いかの違いでしかない。おとなしく渡した方が互いのためだ。……それとも、黒トリガーの力で本部と戦争でもする気か?」

「そっちにも事情があるんだろうけど、こっちにも事情があるんだ。あんたらにとってはただの黒トリガーでも、持ち主本人にしてみれば命より大事なもんなんだ。戦争する気はないけど、おとなしく渡すわけにはいかないな」

 

まさに一触即発な雰囲気である。どちらも引く気はない。そう言っていることを雰囲気から読み取れた。

 

(………近界民か。かたっぽは遊のことなんだろうな)

 

米屋は最近できた友人の顔を思い出し表情を曇らせた。横にいる出水はまだそのことを知らない。

 

「あくまで抵抗を選ぶか……。お前も知ってると思うが、遠征部隊は黒トリガーに対抗できると判断された部隊がなるものだ。お前だけで俺たち全員を相手にできると思うか?」

「そこまで自惚れてないよ。遠征部隊の実力は知ってるし、加えて三輪隊もいる。俺が黒トリガー使ってもいいとこ五分だろ」

 

そこで迅は一度言葉を切り、不敵な笑みを浮かべてこう続けた。

 

 

「俺1人なら、だけどな」

 

 

その言葉を聞くと同時に風間は近づいてくる気配を感じた。

そして近くの民家の屋根に降り立ったのは

 

「嵐山隊、現着した!忍田本部長の命により、玉狛に加勢する!」

「嵐山隊⁈」

「忍田本部長と手を組んだか」

 

玉狛だけならともかく、忍田本部長の派閥と手を組んだ以上、彼らのパワーバランスはひっくり返る。迅が黒トリガー、そしてA級の嵐山隊ともなると、人数では勝ってるとはいえ、戦力的には負けている。

 

「ナイスタイミング嵐山。待ってたぜ」

「三雲くんには恩があるからな。彼らのためとなると協力しないわけにはいかないな」

「木虎もメガネくんのために?」

「任務ですから」

 

相変わらず可愛げがない後輩である。

 

「嵐山たちがいればはっきり言ってこっちが勝つよ。俺のサイドエフェクトがそう言っている。こちらとしては退いてくれると嬉しいんだけど?」

「………ここまでやる気のお前は久しぶりに見たな」

 

太刀川は迅の言葉に口角を上げて、腰に携えている孤月に手をかける。

 

「お前の予知を、覆したくなった」

「……やれやれ、そういうだろうと思ったよ」

 

迅も臨戦態勢に入る。

 

黒トリガーをめぐる戦いが、遊真達の知らないところで勃発し、そして静かに終焉を迎えていた。

 

遊真達は、そのことを知らない。

 

 

 

ただ1人を除いて。

 

 

ボーダー本部司令室

 

「どういうことだ!」

 

怒りをあらわにした怒声が普段は静かな司令室に響いた。

 

「遠征部隊の敗走!迅の妨害!そしてなにより、忍田本部長!なぜ近界民を守ろうとするのだ!」

 

鬼怒田の苛立たしげな声と視線を向けられた忍田は、依然として姿勢を崩さずまっすぐ鬼怒田を見据えていた。

 

「ボーダーを裏切るつもりか⁈」

「『裏切る』?」

 

招集されてから一度も声を発することのなかった忍田が、ここで初めて口を開いた。

 

「論議を差し置いて強奪を強行したのはどちらだ。もう一度言うが、私は黒トリガーの強奪には反対だ。ましてや相手は有吾さんと祐介さんの子……。仮に彼らの子でなかったとしても、あなた方のやり方はあまりに非人道的すぎる。これ以上刺客を差し向けるなら、次は嵐山隊ではなく、この私が相手になるぞ。城戸派一党」

 

静かに、だが力強く忍田は城戸派一党を威圧した。

忍田は、先の作戦の指揮を任された太刀川慶に剣を教えた師匠。

 

ボーダー本部において、ノーマルトリガー最強の男なのだ。

 

(やはり強硬策より懐柔策をとるべきか……)

 

タバコを咥えた男、営業部長の唐沢はそう考えた。

だが城戸は全く違う答えを出した。

 

「ならば仕方ない。次の刺客は天羽を使う」

 

その瞬間、司令室に緊張が走った。

天羽月彦。ボーダーにおいて迅悠一と並ぶもう1人の黒トリガー使い。素行にいろいろと問題があるが、単純な戦闘力は迅悠一をも凌ぐほどの存在だ。

だが、これはボーダーとしてもできるだけ取りたくない手段のはずだ。

 

なぜなら天羽の戦う姿はかなり人間離れしている。市民に目撃された時の対処にこまるのだ。

 

「しかし城戸司令、天羽くんを使うのは……」

 

根付もその部分を懸念し、城戸に意見を述べる。

 

「遠征部隊を1人で倒す迅の風刃、それに忍田くんが加わるとなればこちらも手段を選んではおれまい」

 

しかし、城戸はもう完全に黒トリガーを強奪することしか頭にないようだ。

 

「城戸さん……街を破壊するつもりか……!」

 

互いに睨み合い、緊張感が最高潮にまで達したところで

 

「失礼しまーす」

 

少し気の抜けた声が入ってきた。

 

先ほど遠征部隊を1人で蹴散らした迅悠一だった。

 

「どうもみなさん、会議中にすいませんね」

「迅⁈」

「迅⁈きっさまぁーよくものうのうと顔を出せたものだなぁ!」

「まぁまぁ落ち着いて鬼怒田さん、血圧上がっちゃうよ」

 

血圧が上がりそうな鬼怒田を宥めるが、城戸は表情を崩さずまっすぐと迅を見据えていた。

 

「どうした迅、戦線布告でもしに来たか?」

「いやいや、交渉しに来たんだよ城戸さん」

「交渉だとぉ⁈」

「遠征部隊を退けて戦力的にも優位にたった今が交渉のタイミングとしてはうってつけでしょうからね」

 

唐沢の言葉に鬼怒田は黙ることしかできなかった。

迅はなお話し続ける。

 

「こっちの要求は1つ。神谷遊と空閑遊真の2名のボーダー入隊を許可してもらうこと」

「………そんな要求、私が飲むと思うか?」

 

城戸の言うことは尤もだ。いくら遠征部隊を退けたとはいえ、タダで相手の要求を受け入れる必要はないのだから。

 

「もちろん、タダでとは言わない」

 

そう言うと迅は腰につけられた黒い棒状のものを机に置く。

 

「代わりにこっちは風刃を出す」

「な⁈」

「正気か迅!」

「………!」

(そうきたか)

 

迅にとっては師匠の形見とも言える風刃を手放す。迅はそう言ったのだ。一時期はあそこまで執着していた風刃を手放す。これは城戸にとっても予想外の一手だった。

だが

 

「そんな交渉などせずとも、私はお前から隊務規定違反でトリガーを没収することもできるぞ」

「その場合、太刀川さん達のトリガーも没収なんだよね?それはそれで好都合。平和に正式入隊日を迎えられるならどっちでもいい」

 

迅は城戸の返答も予想していたようだ。こういう時、彼のサイドエフェクトが実にうとましいと城戸は思った。

 

「………仮に風刃がこちらのものになったとしても、そちらには黒トリガーが2つもあるのだ。到底これだけでは要求を受け入れることなどできない」

「そういうと思ってたよ」

「なに?」

「ここからは俺じゃなくて、もう1人の交渉人に代わるよ。ちょっと失礼」

 

そういうと迅はスマホを取り出し誰かに電話をかけ始めた。

 

「なにをしている、迅」

「ちょっと待ってくださいね。……ああ、俺だよ。こっからお願いしていい?………サンキュー、頼むわ」

 

それだけ言うと迅は台座を取り出しスマホをそこに乗せる。

画面には『sound only』の文字、そしてその上には

 

『神谷遊』

 

そう書かれていた。

 

『ボーダー上層部の皆様、こんばんは』

 

会話に出たのは

 

『神谷遊です』

 

先ほど彼らが争奪していた黒トリガーの所有者の片割れだった。

 

「なっ!」

「近界民の片割れか!」

「………!」

 

まさか本人がここで登場するとは誰も思ってなかったようで彼らに動揺が走る。

 

『俺と、遊真の入隊を許可してもらうためにこちらも交渉したいとのことです』

「………」

「まぁ城戸さん、話聞いてやってよ」

「城戸司令、ここは聞いてみるのもいいでしょう」

「唐沢くん⁈」

「どうせなら利用できないかと考えてしまうものでしてね、根が欲張りなものでして」

『話のわかる方もいらっしゃるようですね。で、どうします?』

「………いいだろう、まずは話を聞こう」

『ありがとうございます。では早速。迅さん、アレを』

 

迅は懐から黒いハコを取り出す。

 

「……これはなにかね?」

『この中に技術開発系の方はいらっしゃいますか?』

「む?それなら私だが」

『いらっしゃるようですね。お名前をお伺いしてもよろしいですか?』

「鬼怒田本吉だ。それより質問に答えろ近界民。これはなんだ」

『収納用のトリガーです。これには色んなものを入れて運ぶことが可能なのですよ』

「ほう………」

「それで、これがなんなのかね?」

『迅さん、開いてもらえますかね?』

「はいよ」

 

そういうと迅はハコを開き、それをひっくり返した。

そしてそこからでてきたのは

 

「なっ!」

「これは……」

 

大量のトリガーだった。

 

「これは、一体」

『俺はいろんな国を回りながら傭われ傭兵やってたんですよ。んで、行った国の傭兵としての報酬にトリガーを出すとこもあるんです。そういうふうにして集めたトリガー、しめて36本。これをそちらに譲ります』

 

トリガーというのはなにも戦闘用のものだけではない。収納用のトリガーが存在するように生活を送る上で助けになるものも存在するのだ。

 

『戦闘用のトリガーはあまりありませんが、トリガーという技術がこちらに来てからまだ日は浅い。ならこういうトリガーもそちらとしてはあって損はないはずです。鬼怒田さん、技術開発部門としても、これほどの数のトリガーはあって損は無いはずでは?』

「ぬぅ……」

『こちらの世界ではどうかは知りませんが、だいたいどこの国も一度の遠征で手に入れられるトリガーの数は多くても5つ、普通は3つ程度でしょう。3つだと仮定すると、この36本のトリガーには遠征12回分の価値があるということになりますが、どうでしょうか』

 

鬼怒田は内心非常に葛藤していた。

近界民をボーダーに入隊させるのは嫌だ。だが開発者としてこれほどまで価値のある機会を見逃す、それは札束をドブに捨てることよりも愚かであるということがわかっていたからだ。

こちらの世界でも遠征で手に入れられるトリガーの数はせいぜい3つ。それを考えると確かにこの36本のトリガーには遠征12回分の価値があるのだ。

 

『どうですかね?』

「ぬぅ……」

『城戸司令はどうですか?これで足りますか?』

「………これをこちらに提供したとしても、君が玉狛にいるならばパワーバランスがつりあうとこにはならない。君か、君の弟分のトリガーをこちらによこすというなら話は別だがな」

『パワーバランス、ねぇ……』

「なにかね?」

『いや、どの世界も同じで人間ってのは俺も含めて愚かなもんだなって思っただけですよ。そんなゴミみたいなことを気にするなんてねぇ』

「…………君は父親によく似ているな」

『でしょうね。一部人格が破綻してることは自覚してますよ』

 

ピリついた空気が指令室に漂う。

 

『さて、話を戻します。つまり城戸司令はパワーバランスが崩れることを懸念してらっしゃるのですよね?』

「そうだが?」

『じゃあ俺が本部所属になれば問題ありませんよね?』

「なっ⁈」

「なにを言っているのだ!」

「おい遊、本気か?」

 

このことにはさすがの迅も声を上げた。さすがに本部所属になるとは思ってなかったのだろう。それに本部には近界民に恨みを持つ者も多い。彼が無事に過ごせるとはとても思えない。

 

『なにか変なことを言いましたかね、俺。パワーバランスが崩れる。なら俺が本部所属になれば問題ないじゃないですか』

「………」

『ボーダーの規定を確認させてもらいましたが、近界民は入隊してはいけないなんて項目はありませんでした。まぁ俺を近界民とするなら、の話ですけどね』

「………どういうことかね?」

『あなた方が俺らを近界民だと言うのは自由ですが、俺らは住民票も戸籍も出生記録もこちらに存在しています。その他もろもろの個人情報もこちらに存在しています。ここまできたら俺らを近界民と定義するのは難しいのではないですかね?』

「ゲートの向こうからやってきた、これだけで充分だと思うが?」

『本当にゲートの向こうからやってきたという証拠はあるのですか?』

「なに?」

『俺らがゲートの向こうからやってきたという証拠はあるのですか?確かに俺と遊真はこちらで学校等に通ったという記録はありません。ですが海外で過ごした、ということに戸籍ではなっています。そしてボーダーの監視カメラ記録をハッキングして見させていただきますましたが、俺らがゲートから出てきたという記録はありませんでした。ここまできたら、もう俺らを近界民と定義するのは難しいのでは?』

「そんな必要はない。君が黒トリガーを持っているだけで…」

『そちらにも黒トリガーがいるのですから、あなた方の知らない所で黒トリガーになった人がいる、とは考えられませんか?』

「そんなことは……」

『無い、とは言い切れませんよね?少なくとも、そちらにも黒トリガーがいるんだから』

「…………」

『まーだごねるんですか?わかりました、こちらも少し譲歩しましょう』

「なに?」

『俺を本部所属にして、黒トリガーもあなた方にお渡ししましょう』

「……は?」

 

まさか黒トリガーをこちらに渡すと言うとは思ってなかった城戸は普段なら絶対に言わないような素っ頓狂な声をあげた。

 

『黒トリガーをそちらに譲ります、と言ってるのですが?といっても条件付きですけどね』

「条件、だと?」

『ええ。そちらの隊員全員に適合検査を行って下さい。それで1人でも適合する人がいれば、黒トリガーはそのまま譲ります。でも、1人もいなかったら俺に返却して下さい。誰も使えないなら俺が使った方がいいでしょう?』

「そんな条件でいいのかね?こちらにはそれなりに多数の隊員がいる。適合する者なら1人位ならほぼ確実にいるだろう」

『どうでしょうね、なにせ俺が今まで旅してきたなかで俺以外起動できた人間がいないものでしてね』

「!」

 

黒トリガーはそのトリガーの元となった人間と起動する人間の相性が必要となる。そのため相性が悪いと起動できないのだ。

 

『俺の親父と本当に相性いい人なんて、身内以外いませんよ。旧知の間柄の城戸司令ならばわかるんじゃないんですか?』

「………」

『どうですか?』

 

城戸は悩んでいた。

 

この取引はどう考えてもこちらが得するようにしかならない。迅の持つ風刃、加えて能力は未知数であるがもう1つ黒トリガーがこちらの手に渡るのだ。

 

だか、それと引き換えに憎むべき相手である金界民を2人も入隊させることになるのだ。しかも片方は『あの』神谷祐介の息子だ。父親そっくりの憎たらしく人を小馬鹿にして内心では誰も信用していないあの男そっくりな性格の息子だ。

 

こちらとしても簡単には受け入れがたい。もちろん、合理性のみを重視すればどちらをとるかは火を見るよりも明らかだ。

 

加えて迅もいるのだ。胡散臭さは倍増する。

 

「城戸さん」

 

不意に迅が声をあげる。

 

「…なにかね」

「ついでに言わせてもらうんだが、こいつらは城戸さんの本当の目的にも、いつか必ず役に立つ」

「!」

「俺のサイドエフェクトがそう言っている」

 

この言葉で、城戸の腹は決まった。

 

「……いいだろう。以上の条件で、空閑遊真、神谷遊両名のボーダー入隊を認める」

 

こうして遊と遊真の入隊が決定したのだった。

 

『ありがとうございます』

 

城戸は、画面の向こうで昔同期だった男の息子がほくそ笑む様を想像して内心顔を顰めるのだった。

 

 

「ふぅ……」

 

電話を切ると遊は深くため息をついた。正直、この交渉は賭けだった。そもそも城戸司令が近界民である自分を本部所属にするところから断られる可能性もあったのだから。もし断られたら交渉そのものが無くなってしまう。それ以外にも細かい心配事もあり、内心冷や汗をかきながら電話していた。

 

「戻るか……」

 

玉狛支部のすぐ近くの河川敷で1人そう呟いた。

 

 

 

 

 




今回、会話ばっかでしたね。


オリ主最強とか言ってますが、遊より強い人は数名います。ウィザさんとか。


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10話

今回は作者が好きなものを詰め込んでます。


この作品自体がそうなんですけどね。

では10話です。


遊が城戸相手に交渉した次の日も遊真達は相も変わらず訓練に励んでいた。

 

「おーおー今日もやってるなー」

「お、遊くん。おはよ」

「うす」

 

見たところ、遊真は昨日と同じでひたすら小南と戦うようにしているようだ。遊真の場合、あとは慣れるだけのようなものだから当然だろう。

修はまず自分の戦闘スタイルをどのようにするかを考えるところから始めるようでいろいろなトリガーを試しながら烏丸に指導を受けている。

千佳は普通に狙撃の練習のようだ。

 

「みんな頑張ってるね〜」

「そうだな」

「遊くんはなにかしないの?」

「やることねーだろ俺は。部隊組むあいつらが優先だ」

「それはそうだけど、なにか手伝えるんじゃないの?」

「………ふむ、なにかしらはあるだろうが、現時点じゃ師匠達に任せるのが1番だろ」

「それもそうかもねー」

 

結局、午前中遊は特になにもせず、時々小南と手合わせする程度だった。

 

 

「あんたら黒トリガーだったらどっちが強いの?」

 

木崎が作った昼食をとりながら急に小南がそんなことを聞いてきた。

 

「む?」

「あんたらどっちも黒トリガーもってるじゃん。黒トリガーで本気で闘ったらどっちが強いのって聞いてんのよ」

「そりゃもちろんユウだろうな」

「かもなー」

 

実際、黒トリガーで本気の手合わせなどしたことないからはっきりしたことは言えないが。

 

「つっても、単純な出力だけなら遊真のトリガーの方が強いけどな」

「そうなの?ならなんで遊の方が強いのよ」

「ま、実力かな」

「うわ、ウザ」

「しかしそれはちょっと気になるとこですな」

「ん?」

「いやさ、ユウとはずっと味方だったからさ、訓練用のトリガーとかでなら手合わせ何度もしてるけど、黒トリガーで本気でぶつかったことはないんだよね」

「んなことしたら街が一つなくなるぜ」

 

トリオン体は一度破壊されるとトリオン体が再構築されるまで戦うことはできない。そのため本気でやりあってしまうといざという時に戦えないということになりかねないのだ。

 

「じゃあさ、ユウ」

「ん?」

「ここの、なんだっけ、普段おれたちが使ってるやつ」

「ああ、仮想戦闘モードな」

「そうそれ。それなら思いっきりやってもいいんじゃないの?」

「………なるほど。どうだ宇佐美、可能か?」

「うん、可能だよ」

「決まりだな。遊真、メシ終わったらやってみっか」

「おう」

 

 

昼食が終わり遊と遊真は早速トレーニングルームへと向かった。宇佐美に頼み仮想戦闘モードにしてもらい全力でやってもいいようにした。

設定されたのは市街地。広さは普段チームランク戦やるときと同じ広さだ。

 

『トリガー、起動(オン)

 

2人同時にトリガーを起動し戦闘体へと換装する。

 

「んじゃ宇佐美、頼むわ」

『ほいほーい』

 

宇佐美の声とほぼ同時に2人はそれぞれランダムに市街地へと転送された。

 

ーーー

 

遊が転送されたのは河川敷のすぐそばだった。

 

「さて、やるか」

『じゃあバトルスタート!』

 

宇佐美の声と同時に遊はレーダーを起動した。

どうやら少し離れた場所にいるようだ。

 

「よっ」

 

手にわずかに曲がった短剣を出現させるとそれを遊真のいる方へと思いっきりぶん投げた。

すると遊の姿が消えて、投げられた短剣が青い光を放ちながら飛んでいく。

 

「っと」

 

空中で姿を現し短剣を逆手持ちにしながらキャッチする。そしてそのまま再び短剣を投げる。

投げられた短剣は川の向こう岸にたどり着くと再び姿を現した遊に掴まれる。

 

「もうちょいか。おら!」

 

再び短剣を投げる。

そして街中に入ると姿を現し短剣を掴む、

 

「みっけ」

 

遊真の姿を確認すると、一気に臨戦態勢に2人とも入る。

 

『弾』判(バウンド)

 

バウンドを発動し一気に遊真に近づいていく。

 

『射』印(ボルト)二重(ダブル)!」

「幻影剣」

 

遊真が放った無数の弾丸は遊の周囲に浮遊する半透明の剣に防がれた。

 

『強』印(ブースト)三重(トリプル)

「っと」

 

遊真の振り下ろされた拳を召喚した剣で防ぐが勢いを殺せず吹き飛ばされる。

 

『弾』印(バウンド)!」

「うお」

 

吹き飛ばされた遊を追撃すべく遊真は全速力で飛んできて拳を振り下ろす。

 

「せい!」

「甘い」

「どっちが?」

「!」

 

躱したと思った拳はフェイクで本命は振り下ろした方の拳とは別の拳の方だった。

 

「せーのっ!」

 

これが直撃すれば遊のトリオン体は粉々になるだろう。

だが簡単にやられる遊ではない。

 

「武装」

「!」

 

ゴキン、とまるで硬い金属を殴ったような音が響く。

 

「……でたな、『武装』」

「こんな早く使うハメになるとはな」

 

遊は遊真の拳を普通に腕をクロスさせてガードした。

だが『強』印を三重も重ねがけした遊真の拳をそのままシールドも無しでガードしてもトリオン体は粉々になるだろう。

なのに遊は普通に腕だけでガードした。

 

遊のトリオン体は少し特殊で体の特定の部位にトリオンを少量流し込むことでトリオン体のその部位を硬化させることができるのだ。

 

硬化させるだけ、と言えばあまり強くは思えないが、硬化させることにより防御力はもちろん攻撃力も大幅に上昇するのだ。

それにこの武装は幻影剣によって召喚された武器にも纏わせることができる。武器に纏わせることによりその武器は硬化しさらに攻撃力も上がる。かなり汎用性の高い技術なのだ。

 

もちろん「自由」がコンセプトである遊の黒トリガーのトリオン体のみ可能な技術であるが。

 

「おら行くぞ!」

「っと」

 

遊は召喚した槍を遊真に向かって投げつけ、遊真はそれを難なく避ける。

シフトを使い投げた槍に瞬間移動するとさらに短剣を召喚し投げつける。遊真はシールドを展開した腕を振り抜き短剣をあらぬ方向へと弾き飛ばす。

そしてそこへ瞬間移動した遊へあらかじめ仕掛けておいた死角からの『射』印で一斉に攻撃を加える。

 

「っと!」

 

無数の剣を周囲に召喚し全ての弾丸をやり過ごす。

 

『錨』印(アンカー)+『射』印四重(クアドラ)

「!」

 

『錨』印によって周囲の剣が全て重石がつけられ地面に落ちていく。

剣が全て封じられたため一瞬剣を召喚がすることができなくなる。

 

「『射』印+『強』印三重!」

 

着地した瞬間の遊へと強化された弾丸が襲いかかった。

 

 

「決まった……!」

 

外のオペレータールームで見ていた修はそう確信してそう呟いた。

 

「なによあいつ。俺の方が強いとか言っておきながらあっさりやられてんじゃない」

「……ちょっと遊真のことをなめてたのかもな」

 

確かに遊と遊真では本気の度合いが違うように思えた。

遊はなんとなく遊び半分な感じがしたが、遊真は本気でやってるように感じた。その差が勝負を決めたと思われても仕方ない。

 

「……どうやら違うみたいだよ〜」

「え?」

 

画面に目を戻すと遊がなにやら蝶の羽のような形をしたモノを目の前に展開していた。

 

「神谷先輩、多分こっからです」

 

烏丸の声に誰もが画面に釘付けになった。

 

 

遊真は正直決まったと思った。

 

なんとなく遊び半分な遊の気持ちの隙をついて一気に攻めれば勝てると思った。だから最速で倒せるように思いついた手を出し惜しみなく使った。

逆にいうと正面から崩せる気がしなかったというのもあるが。

 

だが遊はまだ倒れてない。

 

それどころか本気にさせてしまったようだ。

 

「……IXA(イグザ)

「まさか最初からこれ出すことになるとは思ってなかったわ」

 

IXA

遊が本気になる時に使うブレードの一つだ。

見た目は黒い中世騎士が使うような槍のような形をしているがレイガスト同様シールドモードが存在し、シールドモードになると蝶の羽のような形の盾が展開される。

その盾の強度は黒トリガーですら軽く防ぐほどである。

だがその防御力と引き換えにシールドモード展開中は重量がとてつもなく重くなるという弱点がある。

そのためシールドモード展開時は遊はきっ先を床に突き刺し逆さにして展開している。

そしてブレード部分を視界に届く範囲ならどこからでも起動できる遠隔起動という機能もある。

この遠隔起動はどこからでも展開できるが、風刃と違いそこまでの速度はなく同時に展開できるブレードは一つのみである。

だがそれでもかなりの性能と威力を持っている。

攻守一体となったバランスのいいトリガー、それがIXAだ。

 

「さて……アップはこんなもんでいいだろ」

「このやろう……」

 

遊は左手にIXAをもち空いた右手にもう一つ剣を召喚する。

 

「いくぞ」

 

右手の剣を変形させる銃型にするとそこから雷を放った。

 

「『弾』印!」

 

遊が放った雷をバウンドでかわす。

 

剣銃一体型ブレード、グラディウス。

普段は剣の形をしているが、変形させると銃型になり銃型になると追尾型の雷を放つ。

単純な威力なら普通の弾丸のノーマルトリガーと同程度の威力があるが、速度は速く雷であるがゆえに被弾すると僅かな間体の自由が奪われる。その数瞬は実に大きな隙となるため非常に厄介なトリガーだ。

 

『ユーマ、まずユウの武器をアンカーで封じよう。そうすればユウの選択の幅が狭まる』

「いや、多分幻影剣相手にアンカーは相性あんまよくない。一度消したら多分一度つけたアンカーも無効化される。そんでブーストつけて武器破壊しようとしても向こうには武装がある。一つ壊すだけでもかなりのトリオン持ってかれるからこれもできない。幻影剣をアンカーで一瞬封じて、その瞬間に攻撃を叩き込むのが1番だけど、さっきそれ使ったから多分もう効かない」

『…さすがユウだな』

「おれがあのトリガー使ってもこうは扱えないだろうな」

 

遊があの鏡判を使うからこそ恐ろしいほどの能力を発揮するのだ。

 

遊の恐ろしさを感じていると遊がバウンドて一気に近づいてくる。

 

「はっ!」

『盾』印(シールド)!」

 

ブレードモードのグラディウスの投擲攻撃をなんとかシールドでやり過ごすが、直後にIXAによる鋭い突きが放たれる。

 

「っと」

 

なんとかかわせたが僅かに顔を擦りそこからトリオンが漏れ出す。

 

「『射』印!」

「シールドモード」

 

遊真の放った弾丸も遊は難なくIXAの防御壁で防ぐ。

 

「『強』印三重!」

「遅えよ」

 

遊真の放った蹴りを軌道をずらしてかわすとそのスキにIXAでトドメを刺そうとする。

 

「『弾』印!」

「うお!」

 

だが遊真はバウンドで遊の体を弾き飛ばしどうにか凌ぐ。

 

「おお!」

「『強』判、五重」

 

2人の拳がぶつかり合い凄まじい衝撃波が起こり、それにより周囲の家が吹き飛ばされる。

 

「このやろう……」

「どうした遊真、お前の『強』印は三重ですむのに対して俺は五重もかけた上で武装もしなきゃ威力じゃ張り合えない。なのに、お前の方が押されてないか?」

「まだまだ、こっから」

「そうこなくっちゃな」

 

ーーー

 

「うおお!」

「おら!」

 

遊真の拳と遊のIXAがぶつかり合う。

 

「『弾』印」

「ふん」

 

バウンドで弾き飛ばされた瓦礫を遊がIXAで切り裂く。

 

『鎖』印(チェイン)

「『盾』判」

 

瓦礫につけられてたチェインをシールドで軌道を逸らしやり過ごす。

 

「『錨』印+『射』印四重」

 

そのスキに遊真はアンカーを飛ばすが遊はそれも難なく空中に放り投げた短剣の場所にシフトでかわす。

 

「『強』印、二重!」

「武装」

 

遊真の拳を武装した腕で防ぎ距離をとる。

 

「IXA、遠隔軌道」

「やば」

 

遊真が後ろに飛んだ瞬間、下から黒いブレードが生えてきた。

 

(ユウの遠隔起動は起動からリロードまで少し時間がある。そのスキに攻撃を武装で防ぐ暇もなく叩き込むしかなさそうだ)

 

IXAがある以上、普通に攻撃を加えてても全て防がれてしまう。空中に放り出してボルトで倒す、というのも考えたが、そうなったらシフトで逃げられてしまうだろう。ならば、IXAが防げないタイミングで攻撃するしかない。

 

「さてさてさーて、そろそろ上げて行こうか」

「………」

「鏡判、第二解放」

 

IXAを空に掲げると、その周囲に『火』や『天』などの漢字が書かれた判が現れる。

そのうちの一つの『火』と書かれた判をIXAで切り裂く。

そしてIXAを床に突き刺す。すると床に『火』と書かれた判が展開された。

 

「やっば」

「劫火灰塵」

「『弾』印!」

『火』判(ヒバン)

 

『火』判から放たれた火柱は遊真を蛇のようにうねりながら追跡していった。

 

「『盾』印、五重!」

 

火柱がシールドに当たり弾ける。強化してないシールドでも防げるため、『火』判はあまり威力がない。その分派手で目くらましや誘導に使えるのだが。

 

そして遊はその弾けた炎の中から姿を現した。

 

「おら!」

「ぐっ!」

 

遊の放った蹴りがモロに遊真の腹に入る。

吹き飛ばされながらも態勢を立て直し、追撃に来た遊に反撃する。

 

「『射』印+『強』印!」

「ふっ!」

 

放たれた強化された弾丸の間を縫うように投げられた短剣。それは遊真の眼前まで飛んで行く。そして突然姿を現した遊に思いっきり蹴られる。

だが遊真は床に叩きつけられながらも次の一手への思考は止めない。

 

「まだまだいくぜぇ」

 

遊は当然追撃に来る。だがその瞬間、床から鎖が放たれた遊を捕らえた。

 

「うお」

「『射』印+『強』印二重!」

 

遊を捕らえる鎖をIXAで切り裂く。だがその瞬間、IXAに重しがつけられた。

 

(アンカー!)

 

強化された弾丸が、再び遊を襲った。

 

 

弾丸を受けた場所から、トリオンが漏れ出す。

 

「……う、あ」

 

弾丸を受けたのは、遊真だった。

 

「あっぶねー、『円』判(サークル)張っといてよかった〜」

 

そして放たれたはずの本人はピンピンしていた。

 

あの瞬間、遊に弾丸が当たる瞬間、遊は手を前にかざした。その瞬間放たれた弾丸は向きを変えて遊真の方に戻ってきたのだ。ギリギリ反応できたとはいえ、無傷ではかわせなかった。

 

「なにを、した?」

「ん?ああ、見せたことなかったな。『反』判(リバース)って判でな、自分に向けられたトリオンを全て逆向きに反転させるんだよ。ブレードも、弾丸もな」

 

尤も、これの真髄はそんなやつじゃないけど、と心の中で呟く。

 

遊真は反則だろ……と言いたくなるが、自分も黒トリガーを使っているから自重する。そもそも条件的にはどう考えても向こうのほうが不利なのだから。

性能はピカイチだが、その分他の黒トリガーと比べると出力が落ちる。出力が落ちるというのは黒トリガー同士だとかなりきつい条件だ。それを覆すほどの技量を遊は持っている。それだけのことなのだ。

自分が目指す背中はまだ遠いようだ。だが、ここで負けを認めるわけではない。全力で、()りにいく。

 

「まだまだ」

 

遊真は飛んだ。

 

 

あの背中に追いつくために。

 

 

「『天』判」

「っと!」

 

目の前が大量の雷に覆われる。すんでのところでバウンドが間に合い回避に成功した。

 

「『射』印四重!」

 

距離を取るためボルトの弾丸で遊を牽制する。その弾丸は遊に着弾する前に周囲を漂う透明な剣に阻まれた。

しかし、距離を取ってもすかさず遊は右手にグラディウスを召喚し雷を放ってくる。その雷をボルトで打ち消すと再び『火』判が襲ってくる。

 

「ほんっとに多彩だな」

『それだけユウが戦ってきたということにもなるな』

「雇われ傭兵やってきただけあるよ本当」

 

戦って痛感した。

自分と遊とではくぐってきた死線の数が違いすぎる。自分もカルワリアで戦争に参加し、いろいろな敵と戦ってきたが遊には全く届かなかった。追いつこうと訓練に励んでも、差は広がる一方。彼の強さは底が未だにしれない。

それでも勝ちたい。そう思う気持ちが遊真にはあった。

幼い頃から遊真は遊の背中を見てきた。あのどこか哀愁を感じる背中に追いつきたかった。負けたくなかった。

でもその気持ちとは裏腹に、差は広まる一方。どんなに鍛錬しても、遊はその倍鍛錬する。寝る間も惜しんで自分を磨く。その上、自分はロクにやってこなかった勉強までしている。

 

「全く、敵わないなぁ…」

『ユーマらしくないな』

「向こうが化け物じみてるだけだよ。でも、負ける気も諦める気もないから」

 

諦めたらそこですぐに詰む。それがわかっているからこそ遊真は諦めない。やれることは全てやる、その決意を固めながら走る。

 

「『弾』印!」

「お?」

「『強』印、二重!」

 

遊の鏡判の弱点は出力。なら真っ向勝負で火力勝負をすれば勝てる。だが遊もそれをわかってるからうまく火力勝負にならないようにしている。なら、遊がかわす前に無理やりでも持ち込めばいい。

先ほどのリバースのせいでトリオン体は傷つきトリオンが漏れ出しているし、左腕も動かしづらい。トリオン無限モードとはいえ、トリオン漏出による敗北判定は存在する。時間がない。一気に行かねば先にこちらが終わる。

 

「はぁ!」

「っと」

 

振り下ろした拳はなんなくかわされるが、これは読み通り。

 

「うお」

 

再びチェインで動きを封じるが、今度は足だけを封じる。

 

「せーの!」

「………?」

 

武装させて強化したグラディウスで遊真の拳を防ぐ。この時、敢えて遊真は右側から攻めた。遊は左利き。そのためガードする時僅かに偏りができる。

ブーストをさらに付け足し、強化。遊は攻撃と攻撃の合間にできる僅かな隙に左手のIXAで鎖を切り裂く。当然というべきか、IXAにアンカーがつけられる。

 

「っと!」

「………」

「はぁ!」

「………」

 

常に遊の右側を攻めながら遊の余裕を奪っていく。バウンドでグラスホッパーの連続使用のピンボールをやってるような感覚だ。

ブーストが四重になったところで一際強い一撃を放つ。

 

「おお!」

「………」

 

右腕のグラディウスが弾き飛ばされた。

 

(ここで生じるロスタイムを、次の一手に……)

 

武器を召喚させる隙も与えずに次々と強烈な攻撃を放ち続ける。その攻撃の余波で周囲の家やら電柱やらが吹き飛ばされていく。今遊が持つ武器はIXAだけ。左腕だけで遊真の攻撃を凌ぎきるのは至難の技。そして左背後に飛んだ遊真はアンカーを纏わせた腕で遊に攻撃を放つ。

 

「………」

 

すると遊のIXAにアンカーが取り付けられた。アンカーは直接触れることにもよって発動する。

IXAが使えなくなったことを好機と悟り遊真は一気に攻撃を仕掛けにいった。

 

(つなげ…)

 

全力の拳を遊の胴体目掛けて放った。

 

 

 

「真面目にやれ」

 

 

 

遊真の、両足が切り裂かれた。

足を無くした遊真は地面に転がる。

 

「……え?」

 

一瞬、理解が追いつかなかった。なぜ自分の足が切られているのか。

だがその答えはすぐに出た。

遊の右手には、遊がよくシフトに使う剣が握られていた。名前はエアステップソード。なんの変哲もない普通のブレードだ。だが普通であるが故、扱いやすいということもある。

 

「詰みだな」

「ぐ……」

 

転がった遊真の眼前に剣が突きつけられる。

 

「なんかしようとしてもいいけど、お前がなにかしでかすより俺がお前を倒す方が早いぜ?」

「………」

「……はぁ、43回。なんの数字かわかるか?」

「む?」

 

 

「俺がお前に致命傷を与えることができた回数だ」

 

 

思考が止まった。まさかそんなに多くの隙を見逃していたとは思わなかった。

 

「同時に、それを見過ごした回数でもある」

「…む」

「前半はよかった。それでも10回は殺せた。だがさっきまでの動きはなんだ。あれだけで20回は殺せたぞ」

「………」

「お前、途中からヤケ糞になってたろ」

 

否定できなかった。『敵わない』とおもった時点で確かにそういう節があってもおかしくなかった。

 

「……むぅ」

「ヤケ糞で俺に勝てると思うな」

「…そうだな、おれ、確かにヤケ糞だったかもしれん」

「ヤケになったら勝負は詰みだ」

 

 

 

「そんなお前なんか、5秒で殺せる」

 

 

 

「………」

「じゃ、勝負は俺の勝ちってことでな」

「悔しいが仕方ない」

 

本当に悔しい。それが今の遊真の心象だった。

 

「なーんか最後が気に食わんから、ちょっと1発ぶっ放すか」

 

遊は『炎』と書かれた判をエアステップソードで切り裂いた。するとエアステップソードが赤く輝き始めた。

 

「そら」

 

そしてその剣が空を切ると

 

 

 

目の前の住宅街が真っ二つになった。

 

 

 

上と下で風景が違うように見えた。切り裂かれ宙を舞った家々はすぐに燃え上がり地面に着く前に燃え尽きた。

 

「すっきりしたぜ。んじゃ戻るか」

 

そう言って遊は武装解除し、生身に戻った。遊真も武装解除し生身に戻る。

 

「次は負けない」

「なら精神面も鍛えるんだな」

 

やはりこいつは一言多い。

 

 

「2人ともお疲れ〜」

 

訓練室を出ると宇佐美が出迎えた。

 

「おう」

「いやぁ遊くんすごいね!あんな多彩なトリガーよく使いこなせるね!普通ならあんなに機能あっても使いやすいやつだけになっちゃうよ!」

「かもな」

 

確かに機能は多い方がいいが、多すぎるといくつか使わないものがでてきてしまうだろう。

 

「あんた、黒トリガーなら強いのね」

「ならってなんだならって」

「ノーマルトリガーじゃ大したことないってことよ」

「ほー、なら今日5本俺に取られた小南も大したことないってことになるな」

「ムッカー!」

 

相変わらず小南は感情の起伏が激しく弄りやすい。

 

「遊真くんもお疲れ」

「ありがとうしおりちゃん」

「空閑、お疲れ」

「うむ」

「しかし……神谷先輩すごいな」

「だろ?」

「空閑より強いって聞いてはいたけど……正直、これほど強いとは思ってなかった。見た感じまだ全力でもなさそうだったし」

「……おれは、まだユウに全力を出させたことないんだ」

「そんなに…⁈」

 

修は驚愕した。

自分が知ってる中でも空閑はかなり強い。ノーマルトリガーなら小南の方が強いが、黒トリガーなら空閑の方が強い。つまり修の知る中では空閑が1番強いのだ。それを遊はあっさり上回った。

そして思った。この人が自分達に協力してくれたら、どんなに心強いか。

そしてその遊は今も小南を弄り烏丸と絡んでいる。

 

「なぁ空閑」

「なに?」

「神谷先輩の目的って…なんだ?」

「………それは、ユウから聞いて。おれから言うことじゃない」

 

そういう遊真の顔は僅かに陰っているように見えた。

修が遊の顔を見ると、たまたま遊と目が合った。

 

「…………」

 

遊はなにも言わずなにも感じられないような顔をして、修から目を逸らした。

 

 

 

まるでお前には言うつもりはないと言っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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11話

ボーダー入隊です。


1月8日

 

ボーダー正式入隊日。

ボーダー本部内の本部に彼らはいた。

 

「さぁ、いよいよスタートだ」

「…ふー…なんか緊張してきた」

「なんでだよ。オサムはもう入隊してるじゃん」

 

ご尤もである。なぜ入隊しているオサムが緊張するのか。

 

「よし……確認するぞ。C級隊員の空閑と千佳はB級を目指す」

「おれたちがB級に上がったら、3人で隊を組んでA級を目指す」

「A級になったら遠征部隊の選抜試験を受けて……」

「ネイバーの世界に、さらわれた兄さんと友達を捜しに行く!」

「………よし!」

 

「今日がその第一歩だ……!」

 

決意を固める少年たちを、遊は1人少し離れた場所から眺めていた。

 

 

「ボーダー本部長の忍田真史だ。君たちの入隊を歓迎する。君たちは本日C級……訓練生として入隊するが、三門市の、そして人類の歴史の未来は君たちの双肩にかかっている。日々研鑽し正隊員を目指してほしい。君たちと共に戦える日を待っている」

(お、知ってる顔だ)

「私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」

 

その言葉と同時に周囲が少し騒がしくなる。そして嵐山隊が出てくると、その喧騒は一層強くなった。

さすがボーダーの顔といった所である。

 

「あーあー喜んじゃって……」

「素人は簡単でいいねぇ…」

 

なんとなく頭の悪そうな3人がどことなく嵐山隊を見下した目で見ていた。

 

(なんだありゃ)

「なあ、それどういう意味?」

 

そしてそれに弟が絡んでいくのを見て兄は面倒事の気配を感じ取り我関せずを決め込んだ。

 

「無知な人間は踊らされやすいって意味さ。嵐山隊は宣伝用に顔で選ばれたやつらだから、実際の実力は大したことないマスコット隊なんだよ」

 

ドヤ顔でいうバカな言葉に遊はその言葉に内心失笑した。

以前、遊は木虎の戦いぶりを目にしたことがある。あのイルガーの時だ。あの戦いぶりを見ていたらとてもマスコット隊なんて呼ぶことはできないだろう。

 

(どこで仕入れた情報か知らねぇが、あの隊がマスコットなら、他の隊はそれこそお飾りだろうよ)

 

本当にあれでマスコットならどれだけボーダーの実力が高いのだろうか。それはそれで見ものではあるが、そもそもあの3人は嵐山隊に勝てるだけの実力は無いだろうに。

 

無知ゆえに踊らされてるのはどちらだろうか。

 

 

その後、B級に上がる為の説明を受けて狙撃手とは別行動を取ることになった。

 

「三雲くん」

「木虎……」

 

その道中、修が木虎に話しかけられた。

 

「なんであなたがここにいるの?あなたB級でしょ?」

「転属の手続きと空閑の付き添いだよ」

「おっ、キトラ。久しぶり。おれボーダーに入ったからよろしく」

「……あなたもですか、神谷さん」

「まーな。成り行きみてーなもんだが」

「…………」

 

なんとなく敵意を向けられてるように思えて遊は視線を外した。

 

「なぁキトラ、おれなるべく早くB級に上がりたいんだけどなんかいい方法ある?」

「簡単よ。訓練で満点とってランク戦で勝ち続ければいいわ」

「なるほど、わかりやすくていいな」

 

遊真が好戦的な笑みを浮かべていると訓練室に到着。

 

そこではトリオン兵との模擬戦をやることになった。相手はバムスター。遊や遊真からすれば見飽きて取るに足らない敵だった。これでモールモッドだったら遊はもう少しやる気が出せたのだが、バムスター相手だとわかった途端遊のやる気は目に見えてなくなった。

 

「ユウ、そんな面倒くさそうな目してると目立つぞ。背高いんだし」

「バムスター相手じゃねぇ……」

 

正直、トリオン体なら武器なしでも倒せる相手だ。そんな敵を仮想訓練とはいえ倒せと言われてもやる気はでない。

 

「じゃあ各自、初めてくれ!」

 

嵐山の号令により訓練が開始された。

 

 

「つまんねーなぁ…」

「気持ちはわかりますがそういうこと口にしないでくれます?」

 

現在遊は観覧席の上の方で他の人が戦っている姿をボーッと眺めていた。そしてその後ろには木虎と修。遊の包み隠そうともしない率直な感想に木虎は棘のある言葉を返す。尤も、その程度で怯む遊ではないのだが。

 

「さっきの58秒の奴が今んとこ最高。この訓練、見たところ初めてなら多分1分切ればいい方ってとこだろうな。それで58秒の奴しかいない状況じゃつまんなくもなるわ」

 

これでは遊真がトップになるのが目に見えてる。

 

「貴方も、初めはああだったんじゃないですか?」

「俺?ああ、そうだろうな。多分、初めて剣握った時の俺じゃ5分じゃ殺せないな」

「……ちなみに、それはいつの話ですか?」

「俺が3つの時だな。ま、仮にこの歳になって初めてだったとしても五分じゃ殺せないだろうよ。俺は天才と呼ばれるタイプの人間じゃねーからな」

「……!」

 

木虎はそれを聞くと黙り込んだ。いくらネイバーとはいえ、まさか3歳の頃から戦いに身を投じていたとは思ってなかったのだ。

 

「お、次は遊真か」

 

そんな話をしていると、遊真が訓練室に入っていくのが見える。他の人は先ほど58秒を出した今もなおドヤ顔して自慢しまくっている男に目を向けているため、遊真が入ったことに気づいている者は少ない。

 

(ま、結果は目に見えてるけどな)

 

その数瞬後、彼らの視線は遊真に向くのだった。

 

 

「0.6秒、ね。まぁ妥当だわな」

 

遊真の訓練の記録は1秒を切って0.6秒という歴代トップの記録だった。しかし今までの生活を考えるとこれくらいの記録は出て当たり前である。

その後58秒だった3バカの1人が遊真にもう一度やれと突っかかってきたが、遊真はさらに記録を縮めて0.4秒。訓練生達は皆唖然とするのだった。

 

「ま、スコーピオン使ってるならあれくらいはできるわな」

「弧月じゃできないんですか?」

「できない。弧月は重さがそこそこあるからあんだけの速度を出すには相当な技量が必要だ。ま、弧月でも1秒切るくらいならできるだろうよ」

「ならさっさとやってください。あとは神谷さんだけですよ」

 

気づけば訓練生達は二週目に入ろうとしていた。遊がまだやってないから次に進めないのだ。

 

「へーへー悪うござんした」

「…………」

 

露骨に嫌悪感を出しながら木虎は遊に嫌味を言ったが、遊は全く気にしない様子。

と、そこで足音が近づいてくる。そちらを見ると烏丸が歩いてきていた。

 

「か、か、か、烏丸先輩!」

 

なにやら面白い反応をしている木虎だが、突っ込むと面倒なことになるのが目に見えていた遊は黙ることに専念した。

 

「おう木虎、久しぶりだな。すまんな、少しバイトが長引いた。どんな感じだ?」

「問題ないです。空閑が目立ってますけど」

「あれ、神谷先輩はまだなんですか?」

「俺はこれからやる」

「そうですか。じゃあ頑張ってください」

「やる気出ねーけどなー」

 

そう言って遊は訓練室に気だる気に歩いていく。

 

「なんなんですかあの人。ロクにやる気も出そうとしないで……」

「あの人はそういう人だからな」

 

ーーー

 

「面倒くせぇ」

 

なぜ今更バムスターなんぞ相手にせねばならないのか。遊の心境はそんな不満と倦怠感で満ち溢れていた。

 

(素手で倒すか?いやでもどうせだしアレやるか、久々だし相手も弱い。ちょうどいい)

 

『3号室、用意』

 

アナウンスがかかったところで遊は弧月に手をかけ、僅かに抜く。

 

『始め!』

 

その瞬間、遊の腕が一瞬だけブレたように見え、そして僅かに抜いていた弧月をしまった。

 

 

そしてバムスターは倒れていた。

 

 

『記録、0.5秒』

 

 

「あら、遊真の記録に若干届かないか。まぁ弧月だしこんなもんだろ」

 

周囲の人間はなにが起こったかわからないでいたが、当の本人はそんなもん知るかと言わんばかりの態度だった。

実際の速度は遊真よりはるかに速いのだが、計測器のスペック上このような結果になるのは仕方ないことなのだが、遊はそれを知るよしもなかった。

 

ーーー

 

「な………」

「どうなってんだ………」

「今……え?なにした?」

「インチキじゃね?」

「いやでも……」

 

そんなざわついた空気をよそに、遊はあくびをしながら出てきた。なんともなめた態度である。

 

「木虎……今の見えたか?」

「いえ……抜いたとこまでしか見えませんでした」

 

烏丸も木虎もA級の強者であるが、2人とも見えたのは剣を手にかけ、抜いた瞬間までである。抜いたと思ったら気づいたら鞘に収まっているのだ。

修と遊真も含めて4人が遊の今の動きに戦慄していると、遊が3バカに絡まれてるのを見かけた。

 

「いやいやいやいや、そんなわけないから。どんなインチキ使ったんだあんた」

「別に、なにも」

「今のなにしてるか全然見えなかったからインチキに決まってんだろ!」

「ならお前がその程度ってことっしょ」

「……ふん、まぁいい。ここでインチキしていい記録出してもランク戦ではこうはいかない。ランク戦でこってり絞ってやるからな」

「そいつは楽しみだー」

 

誰が見ても遊が3バカを全く相手にしていないことが明らかだった。子犬が大人の犬にめちゃくちゃ吠えて威嚇するが大人の犬に全く相手にされていないような感じの光景である。

そんな3バカをスルーして遊が戻ってくる。

 

「ふむ、相変わらず化け物みたいな剣だけどおれの方が早かったな」

「お前はスコーピオンだからだろうが。俺がスコーピオン使ったら縮地使えてもっと速かった」

「でもおれの方が早い」

「あーはいはい俺の負け俺の負け」

(どんだけやる気ないんだ神谷先輩……)

 

あれだけやる気がないのにも関わらずあんな人間離れした動きができるのだ。修としてはチームに入ってくれればこれほど頼れる人はいないと思ったのだが、本人に「入らない」とざっくり切られたのを思い出して若干肩を落とした。

 

「……なるほどな」

 

不意に背後から声が聞こえてくる。小柄だが、強者のオーラを纏っているのが一目でわかった。

 

「風間さん、来てたんですか」

「嵐山、訓練室を1つ貸せ。迅の後輩とやらの実力を試したい」

「へぇ…」

「なっ……」

「待ってください風間さん!彼はまだ訓練生です!トリガーだって訓練用だ!」

 

僅かに焦るような口調の嵐山だが、遊はそれが勘違いだということをなんとなく悟っていた。

 

(多分、実力を試したいのは俺や遊真じゃなくて……)

 

そしてその予感は的中する。

 

「違う、そいつらじゃない。俺が実力を試したいのはお前だ、三雲修」

(やっぱねぇ…俺と遊真の方全く見てなかったし)

「訓練室に入れ三雲。お前の実力を見せてもらう」

 

その言葉に修は固まる。無理もない。修はまだ正隊員になってから日が浅い。加えて実力は訓練生と大して変わらない。本人もそれを自覚している。そのためここは受けないという手もあるだろう。

 

「受けます。やりましょう模擬戦」

 

修は逃げなかった。

 

(大方、実力は知っておいた方がいいとでも思ったんだろうな)

 

その判断は間違いではない。遠征部隊を目指す以上、いつかは戦うことになる。その人がどれ程の実力か知っておいて損はない。

しかし修の実力を考えると、A級の風間の実力の半分も出せずに終わるのが目に見えている。

 

それが一戦なら、ではあるが。

 

そして修の決断により周囲は僅かながら騒がしくなる。正隊員同士の対戦など訓練生で入ったばかりの彼らには物珍しいのだろう。

 

「はいはい終わった人はラウンジで休憩しよう」

 

そんな訓練生に時枝はラウンジで休憩するように促す。これから修が一方的にやられることがわかったから気を使ったのだろう。

 

「おれは見ててもいいの?」

「もちろんだ。君も見るだろう?神谷くん」

「俺はパスで」

「え」

「結果は目に見えてる。今の修じゃ風間さんとやらに傷1つ負わせられないでしょうね」

「………」

「でも」

 

そこで予想外の言葉が遊の口から出てくる。

 

「一回くらいは引き分けにできるんじゃないすか?そこにたどり着くまでに20回以上やるハメになるとは思いますけどね」

 

そう言って遊は去っていった。

 

 

 

 

 

そしてその後、修は本当に遊の言った通り最後に引き分けに持ち込むことができた。結果24敗1引き分けである。

 

 

訓練室を出て1人ラウンジでコーヒーを飲みながらスマホをいじくる遊。見ているのは修と風間の対戦状況だ。結果は目に見えてるが、彼らがどこまでやるのかが気になっていたのだ。

 

(あーあ、もう18敗か。さすがに実力差がここまであると一戦ごとの時間も短かいな)

 

そんな風にぼんやりしていると、後ろから3人が近づいてくるのに気づくことができなかった。

 

「おいあんた」

 

声をかけられるが、遊は思考の海の中。聞こえていない。

 

「あんただよあんた。そこの黒いジャージの」

(えーっと、今日は自宅に帰る日だったな。食材なにがあったかなぁ)

「おい、聞いてんのか」

(お、今日スーパーの特売日だったな。なんかいいもんあるかな)

「おい!」

「!ああ、悪い。聞いてなかった。なに」

 

この言葉で3バカのリーダー的な男の額に青筋を立てた。

 

「今期トップの実力での入隊である俺たちを無視するとは、いい度胸だな」

「ポイントで言ったら多分そうだろうけど、実力で言ったらお前らはトップじゃねーよ」

「ボーダーではポイントが全てだ。今期の入隊者の中では俺らより高いポイントを持ってるのはいない。あんた、1000ポイントしかないじゃないか。インチキでいい記録だしたからって調子に乗らない方が身のためだぜ?」

「なんで?」

「俺たちのような真の強者の前ではそんなの無意味だからさ」

「そ、よかったね。で、まだなんかあんの?」

「だがもし、あんたがインチキじゃなくて、なおかつ俺たちのお眼鏡に叶うようであったらあんたを俺たちのチームに入れてやろうって話だ」

 

話が飛びすぎてて遊はよくわからなかった。理解するのに数秒要した彼を責められる者はいないはずだ。

 

「俺たちは強者を求めてる。あんたのあの記録と動きはデタラメだったが、もしあれが本当にインチキじゃなかったら?という話が俺らの中で挙がってな」

 

ニット帽を被った目つきの悪い男がいう。

 

「もしそうなら俺たちにとって心強い味方になる。そう考えたのさ」

 

そばかす男が自慢気にいう。

 

「後でランク戦のブースに来い。俺たちがテストしてやる」

 

リーダーがそれだけ言うと3バカは去っていった。

 

「俺は俺で、なんでこう面倒事に縁があるのかねぇ……」

 

遊は1人深いため息をつくのだった。

 

 

ランク戦ブース。

訓練を一通り終え、他にやることもなかったのであの3バカが言っていたランク戦ブースとやらに遊は来ていた。

訓練は遊と遊真がトップ争いをしていた程度で取るに足らないものだった。

 

「さて、ここがブースとやらか」

 

たくさんの訓練生がこの空間にいる。よくみればちらほらと正隊員もいるようだ。どうやらここでは正隊員もランク戦に参加できるらしい。

そして遊真は知らぬ間に時枝といっしょに遊についてきていた。

 

「じゃあこっちに来てくれますか。やり方説明しますから」

「あー俺はよくわからん先約がある。遊真だけ連れてってやってくれ」

「先約………ああ、あのラウンジで……」

「見てたのかよ……ま、そーいうこった。遊真をよろしくな」

「はい。じゃ、行こうか」

「ありがとう、木虎の先輩」

「時枝だよ」

 

それだけ言って2人は去っていった。

 

「さて、あのバカ共は…」

「お、逃げずに来たな」

 

やたら自信有り気な声が聞こえそちらを見ると、案の定3バカがいた。

 

「さっそくテストしてやるよ」

「ま、俺たちの実力にビビってやる気無くさないようにな」

「弱肉強食が世の理だからな。そうなっても仕方ないとは思うが」

 

なぜ入隊したばかりのこいつらがこんな自信たっぷりなのか些か疑問である。

 

「で?なにすればいいんだ?俺、やり方知らねーぞ」

「それくらい説明してやるよ。弱者に教えを施すのも強者の役目だからな」

「さっさと言え。時間の無駄だ」

「まずはブースに入れ。そしたらパネルが設置されてる。そこに表示されてる部屋番号をタッチすれば対戦できる。それだけだ」

「俺たちは214にいる。あんたも好きなとこ入れよ。そしたらすぐに対戦できる。逃げんなよ」

 

それだけいい3バカは214のブースに入っていった。

遊も近くにあった空いてるブースに入る。するとそこは3バカが言ったようにパネルが設置されていて、なぜかベットもあった。

 

(確か214だったな)

 

そこに表示されているのは2058というポイントと『ハウンド』という使用トリガーの名称だった。

 

「これをタッチすればいいのか」

 

タッチして対戦スペースへと入る。入るとすぐに転送が開始された。

 

 

『対戦ステージ「市街地A」。C級ランク戦、開始』

 

転送されるとさっそく対戦がスタートする。相手はそばかすだった。

 

「速攻で終わらせてやる!ハウンド!」

「………」

 

やたら自信たっぷりなのは相変わらず。

遊は飛んできた弾丸を最小限の動きでかわし、相手のそばかすを観察する。ハウンドは追尾弾。そのためこちらの動きに合わせて進路を変えてくるが、どこまでいってもノーマルトリガー。

 

(『追』判つけた弾丸ほどの精度は当然ないか。加えて、扱うやつもまだまだ未熟ときた。これはつまんないことになりそうだ)

 

その後、遊は武器も抜かずにぼんやりしながら相手のハウンドをかわし続けた。

 

ーーー

 

「くそ!なんで当たらない!ハウンド!」

 

どんなに撃ってもさっぱり当たらないという事実に、そばかす(早乙女)は焦っていた。

 

(全くの素人の割にはスジがいいのは確かだな。さすがにポイント上乗せされてスタートするだけあるわ。でもまぁ、素人の域は出ないな)

 

当たらないという事実に焦り、もともと命中精度がやや粗い射手のもあり更に当たらなくなる。それこそナ○トのカカシ先生のように文庫本読みながら戦うこともできるまである。

 

「もうこれ以上やってもそれこそ時間の無駄だな」

「くそ!ハウン……」

「おせーよ」

 

射手の間合いで戦っていたはずが、一瞬で距離を詰められた。早乙女がその速さに反応できるはずもない。

 

「はいお疲れ」

 

そのまま首を飛ばされてベイルアウトしてしまった。

 

 

第二戦

 

「次は俺だ」

「………」

 

ニット帽の少年は弧月を抜くと一気に迫って、袈裟斬りを放つ。しかし遊にはあくびをしながらでもかわせる程度の動きだ。

 

「さすが早乙女を倒すだけあっていい動きするな。だが、その程度で俺を倒せると思うな!」

「……はぁ。あんま強い言葉を使いすぎんな」

「はぁ?どうした?怯えちまったか俺の実力に!」

 

 

 

「弱く見えるぞ」

 

 

 

その瞬間、遊の姿が視界から消えた。

そして気づいたら時には上半身がバラバラにされていた。

 

「な……」

「ま、実際まだ弱かったか」

 

そうしてニット帽もベイルアウトしていった。

 

 

「最後は俺だ」

「…………」

「あいつらを倒したところを見ると、やっぱアレはインチキじゃなかったようだな。ま、俺は最初から見抜いていたがな」

 

最初にインチキだと突っかかってきたのはお前だろう、という言葉は飲み込む。言ったところでどうにもならないことが目に見えていたからだ。

 

「あいつらもそこそこやるとは思うんだが、どうやらまだ修行が足りないようだな」

「お前なら勝てるとでも?」

「ああ」

「へぇ」

「正直あんたは強いよ。でも、あんたの動きはもうわかった」

「………」

「これで俺が攻撃手だったら勝ち目は薄かった。だが俺は射手。この射程の差が勝敗を生むのさ」

「…………」

「ハウンド!」

 

ハウンドが放たれる。遊はそれを難なくかわし距離を詰めようとする。しかしそれと同時にリーダーの男も下がり、そして下がりながらハウンドを更に放ってきた。

 

「あんたは攻撃手!射程が短いから距離を詰めようとする!だが、俺のハウンドをかわしながら下がる敵を追い詰めるのは至難の技だ!」

 

どうやら、下がりながら攻めるというのが策らしい。

 

「……まぁ、攻撃手相手なら間違った戦法ではねーな」

 

とは言ってもそれは戦いにおいて初歩の初歩である。そんな初歩のことを自慢気に言われても遊のやる気が無くなっていくだけでだ。

 

(極力相手の間合いで戦わないなんて、当たり前じゃねーか)

「どうだ?勝つべくして勝つ人間はそこいらの奴らとは違うのさ!」

(ま、ズブの素人ならそれもわかんない奴もいるか。でも自慢できるほどのことじゃねーな)

「どうした!手も足も出ないか!」

「はぁ…」

 

遊は相手にも聞こえるくらい大きなため息をついた。

 

「どうした?降参してもいいんだぞ?」

「さっきも言ったが……」

「ん?」

「あまり強い言葉を使うな」

「?」

 

その言葉と同時に、遊の姿が視界から消えた。

 

「な!」

「強い言葉使っても」

 

そして次の瞬間

 

 

「弱い奴は弱い」

 

 

遊が目の前に迫ってきていた。

 

リーダーは首が飛ぶ。

 

「な、あ」

「入隊初日、加えてまだロクに実践も積んだことないお前らがたかだか最初にポイント上乗せされた程度で真の強者になれるとでも思ったか?」

 

そしてリーダーはベイルアウトし、遊のポイントが増えた。

 

「へぇ、こりゃいい。訓練よりこっちのが断然稼ぎやすいな」

 

その後、高ポイントの訓練生達とかたっぱしからランク戦していく遊の姿がそこにはあった。

 

 

「合格だ」

 

ブースを出ると真っ先に言われたのはその言葉だった。

 

「は?」

「だから合格だと言っている」

「で?」

「俺たちと組もうぜ。強者同士が組めばより上を目指せる」

 

どうやら彼らは遊の言った言葉を何一つ聞いてなかったらしい。まぁあのベイルアウトする一瞬だったため聞き取れなくても無理はないのだが。

 

「なんで俺より弱い奴の下につかなきゃいけねーんだ?」

「確かにあんたの方が強い。でもそんな力の差は俺たちならすぐに埋まる。だが、あんたが強いのは確かだ。味方に入れれば心強い味方になるだろう?」

「興味ないね。俺はB級に上がっても当分チーム組む気ねーよ。ましてやお前らみたいなやつらなんて願い下げだ」

「な……!」

「用は終わりか?なら俺は行く」

 

そうして遊は呆然とする3バカの前から立ち去った。

 

 

 

 

 

「………へぇ、あの子、いい動きしてたわね」

 

 

 

 

 

そんな遊を見て1人の長身美女が微笑んでいた。

 

 

ラウンジ

 

遊の手の甲には『3069』というポイントが記されていた。

訓練だと訓練一つ満点で20点。そのことを考えるとランク戦がいかに稼げるかがよくわかる。

 

(4000でB級昇格つってたな。となると、あと2日もあればB級に上がれそうだな)

 

そんなことを考えつつスマホでニュースやらスーパーの特売情報を見ていた遊に、1人の女性が近づいてくる。

 

「こんにちは」

「ん?」

 

振り返ると、そこには長身長髪の美女が立っていた。見たところ、大学生くらいの歳だろうか。

 

「ここ、いいかしら?」

 

他にもたくさん席が空いているにもかかわらず遊の前に座ろうとしているということは何かしらの用が遊にあると考えた遊はそれを承諾する。

 

「どーぞ」

「ありがとう」

「いーえ。で、どちら様ですか?」

「そうね、要件の前に自己紹介が必要ね。私は加古望。A級加古隊の隊長よ」

 

A級。つまりはボーダーの中でもトップに位置する存在のことだ。

 

「加古さん、ですね。どーもC級の訓練生、神谷遊です。で?A級の隊長さんがC級の訓練生になんの用ですか?まさか新人潰しみたいなのじゃないでしょうね?」

「あら、あなた思ってたより捻くれてるわね。ボーダーに新人潰しなんてそうないわよ。……でもそういう子、私は好きよ」

「はぁ」

 

早く要件を伝えろ、と遊が目で訴えかけると加古はそれを感じ取り要件に入る。

 

「そんな急かさなくてもいいのに……まぁいいわ。率直に言うわね。あなた、私のチームに来ない?」

「C級の訓練生になにアホなことほざいてんすか?」

「あなたのさっきの戦いぶり、見せてもらってたわ」

(なんで見てんだよ)

「なんで、って顔してるわね。C級のランク戦ブースはね、現在戦ってる隊員達の戦闘がランダムで映されるのよ。その時私が見てたのがあなたの戦いだったの。あなたの動き一目みてすぐに思ったわ。『この子は大成する』ってね」

「随分感覚的っすね」

「感覚って大事よ?私は理論より感覚派だしね」

「俺はC級ですよ。A級のチームになんて入れないでしょうに」

「正隊員になれば入れるわよ」

「ま、なんにしてもお断りします」

「あら、どうして?」

「高く買ってもらってるところ悪いんですが、正直面倒くさそうなんで」

「ますます気に入ったわ」

 

なんでだ、という遊のツッコミは飲み込み、遊は席を立つ。この加古という女性はやたらセレブオーラが出ているため一緒にいるとやたら視線を引く。だからさっさとこの場から去りたかった。

 

「んじゃこれで。お誘いどーも」

「あ、ちょっと待って」

 

そういうと加古はメモ帳になにか描き始め、そしてそのページを破ると遊に渡してきた。

 

「これ、私の連絡先。もし気が変わったらここに連絡してくれる?」

「………ま、期待しないで待っててください」

 

それを受け取り遊はラウンジから去っていった。

 

「……あの子、本当に面白いわね」

 

1人になった加古は人知れずそう呟いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

司令室

 

司令室で1人仕事をしていた城戸の手元に一枚の資料があった。

 

「……………」

 

それは、黒トリガーの適合性テストの結果の資料だった。

ボーダーには現時点で正隊員だけでもそれなりの人数がいる。そのためテストする対象もそれなりの数になる。本来なら全正隊員でなく実力のある一部のみをテストするのだが、今回は異例の事態であったため全正隊員をテストした。

 

理由はその黒トリガーを譲渡した神谷祐介の息子、神谷遊が言った『今まで自分以外で起動できた人がいない』という話を聞いていたからだ。

 

今回、条件付きで譲渡された黒トリガー『鏡判』。それの適合性テストの結果が記された資料に目を通して城戸はもともと険しかった顔をさらに険しくした。

 

『適性検査の結果、黒トリガー『鏡判』に適合する隊員数0』

 

現時点で神谷遊を除く全ての隊員がこの黒トリガーを起動できないということだ。

 

 

 

そしてこの事実は遊に黒トリガーを返却するという意味も含まれている。

 

 

 

「………やはり、お前は誰にも心を開かないのだな、神谷」

 

城戸のつぶやきに答える者はいない。

 

 

 

 

 




ブリーチのセリフってこういうとこだと使い勝手がいい


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12話

お久しぶりです


「お、今日もやってんな」

 

入隊を済ませて数日、今日も遊は玉狛支部に顔を出していた。

遊真はここ最近学校以外は支部と家を行き来していて、ランク戦に参加する為にも本部にもよく行ったりと忙しくしていた。

対して遊は基本的には本部の方に行っているので家以外では遊真と顔を合わせることがなかった。(尤も、遊は交渉の時に玉狛支部所属ではなく本部所属になったため当たり前といえば当たり前だが)

 

遊が支部に来ると、そこには修しかいなかった。普段なら誰かしら他にもいるのだが。

 

「おろ、他の人は?」

「あ、神谷先輩。レイジさんや小南先輩、烏丸先輩は防衛任務。空閑はランク戦しに本部に行ってて、千佳もスナイパーの合同訓練で本部です」

「お前はいかねーのか?」

「あ、僕は烏丸先輩に組んでもらったトレーニングメニューをこなしてたので……」

 

確かにトレーニングを行うなら本部より支部の方がいいだろう。

 

「宇佐美は……防衛任務のオペレートか」

「はい」

「なるほど、一番暇な時にきちまったってことか」

 

誰かと手合わせできないか程度には思っていたが、どうやらそれは叶わないらしい。またの機会にするとしようと遊は内心ため息をついた。

 

「……あの、神谷先輩」

「ん?」

「ちょっと、お願いがあるんですけど……」

 

珍しい、と遊真は内心目を丸くした。遊は遊が修のチームに入ることを断った時から何処と無く近寄りがたいみたいに思っているものだと思っていた。その修が遊にお願いとは意外だったのだ。

 

「珍しいな。なんだ?」

「あ、あの……僕に、剣を教えてくれませんか?」

「………は?なんで。お前射手だろ」

「そうなんですけど、レイガストを盾としてだけ使うってのは勿体無いと思って……せっかくあるんだから、剣としても使えるようになりたいし、戦闘において選択肢が増えるかなって……」

「まぁ言ってることはわかるが、それなら烏丸にメニュー組み込んでもらえばいいじゃねぇか」

「あ、実は烏丸先輩にはもう話したんです」

 

これは意外。

 

「そしたら、『どうせ習うなら剣の扱いに長けてる人に教われ。神谷先輩とか』って言われて……」

(あのヤロウ……)

「ど、どうでしょうか」

 

遊は少し悩んだ。

なぜなら遊の戦闘スタイルと修の戦闘スタイルはかなり違うからだ。修はレイガスト、つまりは大剣の類を使うが、遊は弧月、カタナだ。

加えて恐らく修が習いたい剣は『近接戦になってもまた自分の間合いに戻せるくらいの捌きや返し』が知りたいのだろうが、遊のメインは『ただ敵を殺す剣』だ。捌きや返しも得意ではあるが、正直教えられる自信はあまりない。遊はかなりの感覚派であるし、サイドエフェクトを使って身につけた動きも多数存在する。

しかも自分は修の正規の師匠ではない。下手な教え方をして修が迷走してしまったら烏丸に申し訳ない。

 

だが遊真たちのことは応援したい感情も少なからず存在していた。

 

その二つの感情がぶつかり、わずかに沈黙が流れた。

 

 

それを破ったのは、遊だった。

 

「わかった、教えてやる」

「本当ですか⁈」

「ただ、あまり期待はするな。出来うる限りのことはするがそれでお前が上達する保証はない。それに俺は人に教える経験とかあんまねーから」

「はい!お願いします!」

 

 

トレーニングルーム

 

「とりあえず、だ。まずハッキリさせておくことがある」

「はい」

「多分、お前が教えて欲しい剣は敵に接近されてもある程度斬りあえて、それでいて自分の間合いにまで戻せるまで凌げるようにする剣だと思うんだが…」

「はい、そうですね。僕は射手なんでせめてサブウェポン程度にはできたらと……」

「だよな。でも俺の剣は敵を『殺す』剣だ。お前が求める剣とはだいぶ掛け離れてる。それでもお前は俺に習うのか?」

「はい!」

「……一応聞くが、お前さっきの話聞いてたよな。俺の剣とお前の求める剣はだいぶ違うぞ」

「それでもです。烏丸先輩が神谷先輩に習えって言ったのもありますが、神谷先輩なら僕に足りないものを教えてくれるっていう予感があるんです」

(……随分と信頼されたもんだ)

 

なにがこんなに自分を信頼させるのか遊はわからなかった。

 

「……わかった。そこまで言うなら俺も全力で取り組もう。ただ、俺は厳しいぜ?」

「はい!」

「んじゃまずお前がどれくらい剣が扱えるのか見させてもらうぜ」

 

この後修はめちゃくちゃ斬られた。

 

 

「はぁ!」

「遅い」

「うわ!」

 

修が振り下ろした剣が流され、修のトリオン供給器官が破壊される。

トレーニングルームなのですぐに修復されるが、修はすぐに立ち上がることができなかった。

 

「つっ……」

「よし、一旦休憩だ」

「ま、まだやれま……」

「黙れ、もう立ち上がることもロクにできてねーんだ。これ以上このままやっても無駄だ。ほれ、悪いところの洗い出しだ。行くぞ」

 

そう言うと遊はさっさと戻って行ってしまった。

 

厳しいとは言っていたが、正直烏丸が厳しくトレーニングしている時よりもはるかに厳しいものだった。

なにしろただ剣で斬るだけでなく体術を使って関節を破壊したりもするのだ。痛みがないとはいえ、衝撃による不快感は精神にかかる負荷は相当なものにする。

 

(でも……神谷先輩のあの剣の技術を少しでもモノにできたら…)

 

先ほど遊が言ったように遊の剣と修が必要な剣は違う。だがだからと言って全くの別物というわけではない。ならその必要なとこだけでも盗めればと修は思っていた。

 

ーーー

 

その後、遊と修は二人の手合わせのムービーを見てどこが悪いかを徹底的に指摘した。

 

遊曰く、『まずどこが悪いかを映像で見て判断した方が直しやすい』とのこと。

 

「ま、今のを総括するとまだまだ剣に慣れていない。使われてる状況だってことがよくわかるな」

「そうですね、他の強い攻撃手の動きだと剣をもっと滑らかに扱っている。駆け引きのようなとこでないとこなら考えずに直感で動けているのがよくわかります」

「まぁお前はそこまでしなくてもいいかもだがな」

 

実際修の主体は射手だ。そこまで剣を極める暇があるなら先に射手を伸ばした方がはるかに健全だ。

 

「まぁこのまま俺と剣だけで鍛錬続けていきゃ多少は使えるようになんだろ」

「そう、ですか」

「誰だって訓練積み重ねてきてんだ。一朝一夕でどうにかなるもんじゃねーよ」

「わかってます」

 

そんなことを話しながら休憩していると、遊は唐突に宇佐美がよくいじっている道具箱をあさりはじめた。

 

「どうしたんですか?」

「ん〜?ちょいとトリオン兵との戦闘でも見せてやろうかなって思ってな」

「え?」

「お前、多分今ならギリギリモールモッド程度なら1人で殺せると思うんだ」

「え……まぁ、射手トリガー使えばそうですね」

「モールモッド程度相手ならブレードだけで殺せるようになってもらわねーとな。ブレードの方が消費少ないし。お、あったあった」

 

取り出したのは一つのUSBメモリ。

 

「こいつにはモールモッドのメモリが入ってる。今から俺はこいつをレイガストで殺す。お前はそれを反撃のイメージの一つに組み込め」

「えっ……」

「ナメプじゃないちゃんとした正統派の剣でやってやるから安心しろ」

 

それだけ言って遊は訓練室に入っていった。

 

 

そしてその後見せた遊の太刀筋は非常に力強く、それでいて流れる水のような滑らかさを持っているもので修はつい見入ってしまった。

 

ーーー

 

「こんな感じ」

「いや、ちょっとレベル高すぎてとてもできそうにないんですが…」

 

なにせモールモッド三体相手に擦り傷一つ付けずに完封したのだ。今の修ではとても反撃の瞬間だけでも対応できそうにない。一体何度か見せてくれたが、訓練を続けないととても反撃のイメージとして組み込むことはできそうにない。

 

「ま、参考程度にはなったんじゃね?」

 

もはや参考にすらならない。参考になるのは空閑レベルになってからでないと不可能だろうし、そもそも修はそのレベルにまで剣を極めるつもりはない。全力でないにしても真面目にやったらここまで腕がある人なのかと修は内心驚きを隠せなかった。実質、遊がやったお手本が真価を発揮するのはまだ先のこととなる。

 

しかしそれ故修は思う。ここまでしてくれるというのに遊はなぜ自分のチームに入ってくれないのだろう、と。

そもそも遊の目的とはなんなのだろうか。

 

加えて、千佳から聞いた話だと遊は持病があるらしい。

 

「あの……」

「ん?」

「先輩の持病って……どんなものなんですか?」

 

その言葉に遊は驚愕の表情を浮かべる。

 

「なんだ、遊真から聞いてねーのか」

「空閑は『先輩本人に聞け』って……」

「なるほどね」

「えっと……言いたくないなら、それでも…」

「いや、いいよ。そのうち隠しようがなくなるのも目に見えてたしな。ここまで保っただけいいだろ。目的は言わねーけど」

 

そういうと遊は自身の胸に手を添えた。

 

「なぁ修、トリオン器官をバケツ、トリオンそのものを水と例える。バケツに水を汲んで、その水がいっぱいになったとする」

「はぁ……」

「水がいっぱいになってからも水を注ぎ続けたら、どうなると思う?」

「零れるんじゃ、ないんですか?」

「そ、その通りだ。溢れた水はどうなる?その溢れた水は無害で、飲めるものか?」

「溢れた場所にもよると思いますが、多分もう飲めないです」

「そうだな。だがその水はトリオンだ。……もう、言ってることちょっとわかってきたろ?」

「………」

「俺の持病は『トリオン過剰生成症候群』ってのだ。多分知らねーだろうな。まぁ簡単に言っちまうと、トリオン器官に収まりきらないほどトリオン器官が過剰にトリオンを生成してしまうことだ」

「そ、それは、どんな症状が出てくるんですか?」

「過剰に生成されたトリオンが、簡単に言えば毒になる」

「な……」

「定期的にトリオン使っててもこれはどうしよもない。トリオンが過剰に生成されてても、トリオン体が復活しなけりゃ戦うことはできない。だからといってずっとトリオン体でいられるわけじゃない。だからどうしよもない。

発作は、時々トリオン器官あたりに激痛が走る程度だ」

 

思っていたよりずっと重い病気だったことに修は戦慄を禁じえない。

そして次の言葉に修は絶句する。

 

 

 

「この持病なんとかしねーと、俺の寿命はもう長くないらしい」

 

 

 

遊の言ってることが理解できなかった。もう寿命が長くない。つまりは空閑同様いつ死ぬかわからないような現状というわけでもなく、もう長く生きられないことが確定しているということだ。

 

「俺の左目はトリオン製でな。この持病悪化してきた頃から徐々に視力が落ちてきてて、今はほとんど見えない」

「そ、そんな状態であんな動きしてたんですか⁈」

「まーそこらへんは気配とかでどうとでもなる。それに、トリオン体の時は視力は一時的に戻るからな」

「じゃあ、目的って……」

「んーそれもあるけど、そこはぶっちゃけついでだ」

「え⁈でも……」

「いいんだよんなことは」

 

自分の命を『そんなこと』で済ませる遊に、修はなぜか無性に怒りが込み上がってくるのを感じる。なぜかはわからない。自分の命を大切にしろ、と思ったのかもしれない。

 

「いっとくけど、『命を大切にしろ』とかは言われても俺は考え変えねーからな」

「⁈」

「俺は俺なりにやることやったんだ。だからなにを言われても変わらねーよ」

「………」

「うっし、休憩終わり。ほれ、与太話はここまでた。続きやんぞ」

「……はい」

 

その後も修はめちゃくちゃ斬られた。だがその甲斐もあり、修は他者剣の腕はわずかながら上がった。

 

だが頭にはずっと遊の言葉がぐるぐるしていた。

 

 

 

 

翌日

 

駅前広場に遊は向かっていた。

 

「おーい神谷ー!こっちだ」

「ん」

 

呼ばれた方を向くと、米屋と出水がいた。

 

「あれ、遅刻した?」

「いんや、まだ時間になってねーよ」

「というか、なんで俺呼ばれたんだ?」

「は?なにって……遊びにいく以外ねーだろ」

「いや聞いてねーしなんだその固定観念は」

「細けーことは気にすんな。ほらいくぜ」

「あ、おい!」

 

米屋はさっさと歩いて行ってしまい、遊は訝しげにその後ろ姿を見ていた。

 

「俺ら、せっかく仲良くなったのにまだ遊びに行ったことねーだろ?せっかくテストも終わったんだし、どっか行こうぜってなったんだ」

「それならそう言えよな。というか、お前ら俺とそんな関わってていいのか?」

「ん?」

「さすがにもう知ってんだろ?俺、ネイバーだぞ」

「だからなんだよ。仮にそうでもお前は俺らのダチだろ?」

「………よくわかんねーやつらだな」

「はは、そうかもな。まぁ行こうぜ」

「……ああ」

 

 

その後、遊は二人にいろいろな場所に連れ出された。カラオケ、ボーリング、映画館。今まで遊が体験することのできなかった『普通の』年相応の生活を、遊はようやく体験することができた。

 

焼肉店 寿寿苑

 

「あー楽しかったー!」

「こんな遊んだのいつぶりだ?」

「………疲れた」

「おいおい、この程度でグロッキーか?らしくないぜ遊」

「俺は運動とかの体力はあるけど、遊ぶ体力はねーの!」

「名前遊ぶって字なのにか?」

「それは関係ねーだろ」

 

散々いろんなところに連れまわされ、楽しむことができたがそれ以上に凄まじい疲労感を遊の全身が襲っていた。

 

「しっかしお前ってボーリングうまいのな」

「隣でやってたうまい人の動きをマネしただけだ」

 

サイドエフェクトの恩恵だなんて、口が裂けても言えないが。

 

「そんだけであそこまでスコア出るか〜?俺結構自信あったのに余裕で抜かれたしよ」

「米屋、お前のハイスコアいくつだ」

「俺は182」

「よっし、俺の勝ち!」

「お前いくつだ弾バカ」

「189」

「くっそ!」

「どんぐりの背比べ、お疲れ〜」

「うっせ!」

「お前絶対初心者じゃねーだろ!でなきゃいきなり234とか取れるか!」

「生粋のど素人だ」

『嘘つけ!』

 

二人が突っ込みを入れたと同時に注文した肉と飲み物が運ばれてきた。

 

「お、きたきた。ほれ、アホなことしてねーで乾杯してさっさと食おうぜ」

「くっそー次は負けねーからな!」

「覚えとけよ!」

 

そう言って米屋はコーラを、出水はサイダーを、遊はジンジャエールを手に取った。

 

「今日はサンキューな、いろいろ連れまわしてくれてよ」

「いーのいーの。俺らも楽しかったからな!」

「また行こうぜ!」

「ああ。んじゃ、乾杯」

『乾杯!』

 

3人のグラスが音を立てて重なった。

 

 

「んじゃーまたなー!」

「おう」

「じゃーな」

 

焼肉をたらふく食べ、帰路につく遊と出水。米屋は家の方向が逆なためすぐに別れ、今は遊と出水だけとなった。

 

「久々だったぜ、こんな遊んだの」

「お前らは普段、ボーダーの仕事に学校があるもんな」

「まーな。つってもお前だってボーダー入ったじゃねーか」

「俺はまだ訓練生だし、仮にB級上がってもチーム組む気はねーよ」

「は?なんで」

「気楽にやりてーからな」

「変なやつ」

「ほっとけ」

 

しばしの沈黙が流れる。

 

「なぁ」

「ん?」

「遊ってさ、今までこうやって遊んだことすらなかったのか?」

「こっちの遊びを体験したのは今日が初だ」

「……そうか」

「お前らの言う通り、俺の遊って字と反して俺は今までロクに遊んで来なかったな〜。まぁ、遊ぶ余裕もなかったんだが」

「壮絶だな」

「かもな。でも、今日はよかったわ。……『諦めて』たから」

「は?」

「なんでもね。じゃーな」

「変なやつ。じゃーな!」

 

去っていく出水を見届けると、遊はポケットの中にいるレプリカを呼び出した。

 

「レプリカ」

『どうした、ユウ』

「……少し一人になれる場所このあたりにあるか」

『少し離れたところに公園の展望台がある。この時間なら人はいないだろう』

「おっけ、そこまでナビよろしく」

『心得た』

 

 

展望台

 

「へー、割といい眺めだなここ」

『ここはどうやら天体観測などに使われることもあるような場所のようだが、最近はあまり使われていないらしい』

「なるほどな」

 

わずかな沈黙が流れる。

 

「なぁレプリカ」

『どうした、ユウ』

「俺の寿命って、あとどんくらいかね」

『私は医者ではないため、明確なことはわからないが今までの症状の進行具合から考えるとあと長くても2年ほどだと考えられる』

「2年、か。いろんなことを踏まえると精々あと1年ってとこか…」

『………』

「なんでお前が黙るんだよ」

『いや、私としても旧知の間柄であるユウが長くないことを再確認すると、そのことについて触れたくない、と考える私がいるのだ』

「へぇ、自律トリオン兵となると感情まで芽生えるのか」

『私にはこれが感情というものかはわからない』

「多分、感情だろ。本当のとこはわかんねーけどな」

 

そういって遊は空を見上げる。

 

『ユウ』

「ん?」

『ユウは、なぜこちらの世界に帰ってきた』

「………」

『本来、ユウがわざわざユーマに付き添ってこちらに帰ってくる必要性はないように思えた。ユーマがこちらに来ると聞いて放っとけないというのもあるだろう。だがそれだけだとはとても思えない』

「ハッ、相変わらず鋭いやつだな」

『ユーマほどではないとはいえ、ユウともそれなりに長い。今までのユウの性格を考慮したにすぎない』

「俺がこっちに来た理由、ね。……親父がさ、俺の黒トリガーに残した記録に親父が探してたものの手がかりがあるんだ」

『ユースケが残した記録か』

「そ。んで、それがまだ全然見れねーの。肝心なとこは全部ロックかかっててさ。死んでまで面倒なことしやがる」

 

そういって遊は腕につけられた黒トリガーを眺める。

 

「このロック、向こうのトリオン技術だとどう足掻いても外れなかった。でも、こっちの技術なら開けられるかなって。こっちならトリオン以外の技術も発展してらからよ」

『確かに、こちらの技術はネイバーフッドの技術とはかなり異なるものだ』

「それがまず一つ。んで次が俺の持病について。こっちの医術ならどーにかなんねーかなって思ったんだが、トリオン技術はあってもトリオンに関する医学は、どうやらさっぱりらしい」

 

これはもう諦めたわ、と遊は興味なさげにつぶやいた。

 

「最後の理由なんだが……これは言わなくていいか」

『それを決めるのは私ではない。ユウ自身だ』

「そーかよ。んじゃ、いわね」

『ユウ』

「ん?」

『ユウの左目は、今どれくらい見えているのだ?』

「んー、ほとんど見えてない。かなり近くに来ても人の表情が読み取れないレベルだ。ま、右目は普通だから特に問題ねーんだけど左からなんか来られたりするとどーも反応が遅れる」

 

それは今日の遊びでもよくわかった。米屋がボウリングをしている時飲み物を持って来たのだが、その時左から来られて全く気づくことかできなかったのだ。

気配感知を得意とする遊だが、四六時中発動しているわけではない。普段は発動していないため、気配感知が極端に遅れるのだ。

 

「これに関しちゃどーしよもねー。人がいるとこでは常に気配感知してる必要がありそうだな」

『……そうか』

「レプリカ」

『どうした』

「俺が今の状態で『アレ』使ったらどーなるかね」

『…………確証はないが、恐らく遊の体に甚大なダメージが入る』

「だよなぁ」

『ユウ、『アレ』を使う気か?』

「さぁ?ただ、迅さんが言ってたろ。今度大規模な侵攻があるって」

『ああ』

「場合によっちゃ、使わざるを得ない可能性も考慮に入れておいとくだけだ。ありゃ強力だが、反動と条件が厳しいからな」

『あれだけの能力だ。黒トリガーでもあれだけの能力を得るためには代償が必要だろう』

「難儀なこった」

『なにしろ名前そのものが限界突破(・・・・)だ。能力が黒トリガー、いや、トリガーとしての限界そのものを超えている』

 

ふぅ、とため息をつき光る街を遊は見下ろす。その目はなにも写していないようにレプリカには見えた。

 

『ユウ』

「ん?」

『ユウの痛覚は今どうなっている』

「うげ、お前そんなのも気づくのかよ」

『過去と現在の差異を比べれば容易だ』

「はっ!さすがだわ。おめーの予想どおりだよ。俺はもう痛覚すら死んできてる。発作のは別としてな。やれやれ、どうせなら発作のも消えてくれたらよかったんだがなぁ」

『……それは、過去の拷問のせいか?』

「多分な〜。あれからもかなり死ぬような体験してきたしな。生身でトリオン体の兵士とやりあって死にかけたりとか」

 

遊は今、ほとんど痛覚というものが存在していない。過去にされた悲惨な拷問の他にも、かなり自分を追い込むようなことや死ぬような体験を散々してきた。そのためか、痛覚が極端に鈍くなってきているのだ。発作の痛みだけは、消えなかったが。

 

「あと一年、か」

『実際にそうなると決まったわけではない。あくまで過去の症状の進行具合から予測したに過ぎないものだ』

「まーな。でも、実際そんなもんだと思うぜ?自分の体だ。もうだいぶ限界(ガタ)が来てんのも、なんとなくわかる」

『だからといって、死に急ぐようなマネはしないことを推奨する』

「わーってるよ。……そろそろ帰るか。これ以上ここにいると通報されかねん」

『そうだな』

 

夜の街を眺めながら遊は顔の向きを変えず、視線だけレプリカに向けながら、つぶやいた。

 

「サンキューな、レプリカ。与太話に付き合ってくれてよ」

『問題ない』

 

一人の青年と、豆粒が夜の闇に消えていった。

 

 

後日、遊は一人で玉狛のトレーニングルームにいた。

 

「ふー……」

 

息を深く吐き出し精神を安定させる。

 

「宇佐美、始めてくれ」

『あいあいさー!』

 

宇佐美が陽気に返すと、周囲にトリオン兵が多数出現する。

 

「さーて、鈍ってねーといいが」

 

鏡判のトリオン体に換装し、臨戦態勢に入る。

 

 

「鏡判、第3解放(・・・・)

 

 

遊の体が黒いオーラのようなものを纏った。そして一斉に襲ってくるトリオン兵。それを遊は

 

「っらぁ!」

 

素手で粉々にしていく。

 

モールモッドの鎌を掴み、握力だけで砕き、目に蹴りを叩き込む。続けて襲ってきたバムスターの攻撃を受け止め、手刀で目を切り裂き追い討ちの蹴りで顔部分を粉砕。飛んできたバドの尻尾を掴み他のバドに向かって投げ飛ばし、両者を共に跡形もなく消しとばす。

 

そのようなバーサーカーの如き無双であっという間にトリオン兵の大群を消し去った。

 

「ん、上々だな」

『すごーい!『強』判も使ってないのになんであんな怪力無双ができるの?』

「第3解放の基礎能力では、全ての動きにトリオンを乗せてブーストしてんだ。他の判の威力も上げられるなかなか使い勝手のいい能力だな」

『『強』判とはなにが違うの?』

「『強』判はトリオン体の筋力を上げるのに対して、トリオン放出はあくまで攻撃の威力のみを上げる能力だ。単純なトリオンの消費量は『強』判の方が上だが、他の判と併用するならトリオン放出よりも遥かに効率がいい。トリオン放出は他の判と併用できるが、『強』判と併用するよりは威力が落ちる。ま、処理の時間がいらないんだがな」

 

一長一短だな、といいつつ感触を確かめるように拳を握ったり開いたりしている。

 

『で、なんでわざわざこんなことしてんの?正直今の見てると全然問題ないように思えるんだけど』

「最近トリオン放出使ってなかったからさ、トリオン兵一体殺すのにどんくらいトリオン上乗せすりゃいいのか忘れてたのさ」

『なるほどね!じゃあ次行ってみよー!』

 

そうして出現したのは宇佐美がカスタマイズしたモールモッド、やしゃまるシリーズだった。

 

「へぇ、いいね」

『私のカスタマイズしたやしゃまるシリーズを舐めてもらっちゃ困るよ〜。みんなそれぞれ特性が違うからね!』

「いいじゃないか」

 

遊の体から一気にドス黒いオーラが放出される。

 

 

 

「皆殺しだ」

 

 

 

歪んだ笑みを浮かべながら、遊はやしゃまるシリーズを砕いていった。

 

どこか自暴自棄に見える遊の戦いを見て、宇佐美はなんとも言えない不安を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遊は長くないという設定はこれが始まる当初からありました。作者が『すごい力持ってるけど代償に残りの命が少ない』という設定が好きだからです。この作品がどこまで続くかはわかりませんが、今後遊は少しづつ変わっていくのでよろしくお願いします。


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13話

一年以上ほったらかしだった……。


翌日

 

本部ランク戦ブース

 

「つまんね」

 

そんな舐め腐った発言を1人、ブース内でつぶやいていた。

なにしろ遊の実力は既にA級レベル。メイン武器のみとはいえ、C級の隊員が敵うはずがない。

そして、先ほどの戦闘で勝利したため遊のポイントは4000を超えた。つまり、B級に昇格することが決まったのだ。

 

「ん?」

 

と、そこで異変に気付く。

本来なら訓練生のC級隊員ばかりがいるブースの視聴空間になぜか正隊員も数多く見受けられる。

そしてその騒動らしきものの中心には見知らぬ少年と

 

「あいつなにやってんだ?」

 

修がいた。

どうやら風間と引き分けたという噂が立ち、それにつられて人が集まってきたと考えられる。

 

「…………」

 

見た所、少年は修をボコボコにして評判を下げたいか虐めたいかのどちらかだろう。なにをしたかは知らないが、修は少年にとって不愉快な存在らしい。

 

「まぁ、修じゃ勝てねーな」

 

遊の言った通り、修は10-0で惨敗した。

 

そしてその後、通りかかった遊真にその少年は8-2でやられた。遊真が先に二本取らせたということはただの雑魚ではないらしい。本当の雑魚なら遊真は10-0で勝てるだろうから。

 

「あいつは正隊員か…」

 

遊は1人、面白そうに顔を歪めた。

 

ーーー

 

「よーし白チビ、今度こそ俺とやろうぜ」

「ふむ、いいよ」

「よっしゃ!」

「なんだ、楽しそうなことしてんな」

「お?」

 

楽しげに声を上げる米屋と遊真に1人の青年が近づくのが見える。

 

「お、ユウ」

「遊じゃん!お前も俺とやろうぜ!」

「いいけど、遊真が先だろ?俺はそこのやつとやってみてーんだよ」

 

そう言って遊が指差したのは、先ほど遊真にやられた少年、緑川だった。

 

「オレ?」

「そ、お前」

「あんた誰?」

「神谷遊。B級」

「む、ユウもうB級になったのか?」

「訓練バックれてランク戦ばっかしてたからな。でも飽きたからちょいと強いやつとやりたい」

「…へえ。遊真先輩の知り合いなんだ。でも、遊真先輩より強そうには見えないよ」

「緑川、ユウは俺より強いぞ」

「な……!」

 

緑川からみたら目の前の青年は強そうには見えなかった。

オーラもないし、体運びも素人そのものに見える。ある程度強い人はその自然な歩き方からも強さが滲み出るのだが、青年からはそのようなものは見て取れない。

 

「………へぇ、遊真先輩にそんだけ言わせるんだ」

「さぁな。で、やんの?やんねーの?」

「やるよ。B級だからって手は抜かないよ」

「そうこなくちゃ面白くねー」

 

そう言って2人はブースに入り、すぐさま戦闘を開始した。

 

「で、どうするのヤリの人。やる?」

「いんや、ちょいと見たい。あいつがどれだけ動けるかな」

 

そういう米屋の顔は喜色に染まっていた。

 

ーーー

 

「ふっ!」

「っと」

 

緑川はスコーピオンの刃を振るい、遊の首を凄まじい速度で狩にいく。しかし遊はそれを当たり前かのように避けた。緑川もこの一撃でやれるとは全く思ってなかったが、思ってた以上に動きがよくて内心期待を寄せていた。

先ほど自分を圧倒した遊真に自分よりも強いと言わしめるこの青年に今の自分がどれほど食らいつけるか、それを試す絶好の機会であるからだ。敗北は勝利以上の経験値を得られる。

A級部隊に所属するため、緑川本人も自身にA級レベルの実力があると思っている。だがその自分よりも遊真は強かった。そしてさらにそれよりも強い遊は、ボーダーでもトップレベルの実力であるはずだ。先ほどやられたため、今の緑川は遊真とやりあった時より研ぎ澄まされている。そのため簡単に勝つことはできないであろう。尤も、それは遊真が相手であればであるが。

 

「さすがに、いい動きだね!」

「そらどーも」

 

緑川は一閃一閃に全力を込めているが、遊はそれを全て見えているかのようにかわす。それどころか遊はまだ弧月を抜いてすらいない。

 

(まずは抜かせるとこからか…)

 

そう考えた緑川は自身の出せる最高のスピードで遊に迫る。

 

「ガッ!」

 

だが遊はそんな緑川の思考を読むかのように正面から蹴りを顔面に叩きつけた。

 

「動きが直線的過ぎる。フェイントもバレバレ」

「っつ〜…(そんな直線的過ぎるか?)」

 

なんにしてもまだ弧月を抜こうとすらしない時点で向こうは自分をナメてる。そこに勝機がある。緑川はそう考えた。

 

スコーピオンは孤月と違って重さがない。なら優っている速度という点で圧倒していく。

そう考え、行動に移そうとした瞬間

 

「思考が長い」

「!!!」

 

遊は目の前に迫り、弧月を一閃。咄嗟にスコーピオンで防いだが、耐久力が違い過ぎるためスコーピオンごとぶった切られた。

 

「はっや……」

「意識が俺に向いてないのがわかったからな。あの程度の速度でも、お前はすぐに対応できなかったんだよ」

「ちぇ…」

 

それだけ言い残し緑川はベイルアウトした。

 

ーーー

 

「あー!もー!ボロクソだった!」

 

10本勝負が終わり、緑川の第一声はそれだった。

 

10-0

 

遊真のように最初の二本くらいでわざと大負けさせることすらできないで一方的にやられた。

 

「まだまだだな」

「ぐぬぬ」

「でももっと鍛えりゃ強くなれんぜ」

「ほんと⁈」

「訓練次第だがな」

「ぐぬぬ」

 

からかうように笑う遊に緑川は頬を膨らませ遊に突っかかるが、全て軽くあしらわれていた。

 

「なんや、楽しそうなことしとるな」

 

そんな遊に1人の隊員が近づく。

 

「あ、イコさん」

「おっす緑川。さっきの見とったが、そこのキミ随分強いな」

「そりゃどーも。そこそこ鍛えてるんでね」

「俺は生駒達人や。お前は?」

「神谷遊。B級フリー」

「お前やろ?噂の凄腕新人コンビの片割れは」

「さあ?その凄腕新人の話も今初めて聞いたんすけど」

「そうなんか」

「で、そんな話するために来たわけじゃないんすよね?」

「もちろん。ちょいと相手してくれんか?」

 

その言葉に周囲のギャラリーがざわつく。どうやらこの生駒と名乗る青年はボーダーでも実力はかなり上だと思われる。

 

「メイン武器のトリガーしか入ってない新人とやるんすか?」

「緑川相手にあの戦績なら、俺でもええ勝負できるやろ」

「……」

 

目の前の青年は自分がまだ実力を隠していることをなんとなく察しているのだろう。人によっては先ほどの言葉は自分が格上であると言っているように聞こえるかもしれないが、実際は逆。生駒は遊が自分より格上であることを察していた。

緑川が遊を見て強さを感じることができなかったのは、遊がその強さを隠すことができるだけの実力があったからだ。そして生駒はそれをも見抜いていた。

 

「俺は剣一本しかないんだけど?さすがにオプショントリガーいれたらあんた相手だと厳しいと思うんだが」

「買ってもらってるとこ悪いが、多分オプションいれてもよくて引き分けか6-4でギリギリ勝てるくらいやろうな。そんくらいあんたは強いと思っとるわ」

「さすがに買いかぶりすぎだ」

「そおか?ならなんで緑川相手で剣抜いた時間が一分未満で済んだんや?それに気づいとるかはわからんが、あんた左利き寄りの両利きやろ?左で剣持っとる時の方が少しだけ間合いが長かったで」

「……おっとぉ。それに気づくか」

「どや?やる気になったか?」

「…わーったよ。やる。10本?」

「10本やな」

「やれやれ…」

 

やたらやる気な生駒にため息をつきつつ、相手の強さを感じ取り気を引き締めた。

 

ーーー

 

「いくで」

 

生駒は模擬戦が始まると同時に弧月を抜いた。

 

「弧月使い…」

「なんや、弧月使いとは初めてか?」

「実力があるやつ相手の模擬戦ではね」

 

そう会話しながらも生駒は剣を振るう。その剣は緑川のように素早さがありつつも重みがあるがのが受けなくともわかった。

 

(思ってたよりも早いな……)

「そら」

「っとぉ」

 

紙一重で剣を避ける。

すかさずカウンターを入れてくるがそれを受け流し鞘で顔面を殴る。殴られて仰け反りわずかにできた隙に剣を振り下ろすが、生駒はそれをかろうじて防いだ。

鍔迫り合いになり、体勢が不十分だった生駒は蹴りで遊を突き放し距離を取った。

 

「はー、ワンセットで落ちるとこやったわ」

「さすがに、簡単には獲れないか」

「ここで簡単に落ちたら威厳なくなるからな」

「そーですか!」

 

言葉とともに遊が距離を詰めて凄まじい速度で抜刀切りを放つ。生駒はそれを防ぐと剣で押し返し、そのまま弧月を振り下ろす。

遊は振り下ろされた弧月を弧月で火花を散らしながら受け流すと、受け流した向きのまま返し技でカウンターを放つ。生駒は受け流された勢いを殺しきれなかったためその勢いに逆らわず前転するようにカウンターを躱した。

 

「ごっ!」

 

前転した生駒の体勢が整わないうちに遊は後ろ向きのまま鞘で殴りつける。トリオン体にはダメージはないが、体制が整うまでのスキを長くすることができるし、精神的ダメージを少ないながら与えられる。

 

「鞘を使うかい普通!」

「普通に囚われないのが俺の型ってね」

 

立て直した生駒は迫り来る遊に正中線で全力の一閃を放つ。だが遊は身を翻して剣を避け、翻した勢いを利用して弧月を生駒の顔に投げつけた。

 

「んなアホな」

 

その弧月を避けることができず生駒の伝達脳は破壊されベイルアウトした。

 

「……確かにこの人は強かったな」

 

正中線で振り下ろしてきた剣の勢いと鋭さは瞬き1つしていたら恐らく完全に避けることはできなかっただろう。少なくとも腕は持っていかれていただろう。

 

「みーんな才能があって嫌だねぇったく」

 

こちとら10年以上剣振ってきてこのザマなのによと1人遊はボヤくのだった。

 

 

結果は、8-2で遊の勝利だったが、最後の方では相打ちに持っていかれそうになったり、腕や足を斬られたなど手傷を負わされての勝利など、ただで勝つことができなくなった。

 

「っかー!負けたわ!」

「最後の方は割とギリだったんすけど」

「それでも負けは負けや。今度飯奢ったるわ」

「それはありがたいっすね」

 

そんな気ままに話している2人だが、周囲はこの結果にざわついていた。なにせ現時点でNo.5攻撃手である生駒相手に8-2でB級になりたての高校生が勝利したのだ。No.1攻撃手の太刀川が近くにいたらすぐさま遊に練習試合を申し込んだだろう。

だがもともと戦闘狂でない遊はこれ以上やりたくなかったため、生駒に連絡先をわたすとそそくさとブースから出て行ったのだった。

 

 

「遊」

 

ブースを出てすぐに迅に声をかけられた。

 

「迅さん。どーしたんすか?」

「会議室に向かってくれるか?城戸さんが呼んでる」

「俺を?」

「正確には遊真もだけど」

「……なるほど、んじゃ先に向かってます。遊真はランク戦ブースにいましたよ」

「お、サンキュ」

 

遊は軽く会釈すると迅の横を通り過ぎ会議室へ向かった。

 

ーーー

 

「失礼します」

 

先に会議室へ向かった遊は一人会議室へと入った。中には城戸を含めた上層部全員が揃っていた。加えてA級部隊隊長も全員ではないがいるのがわかる。

 

「ご苦労……迅はどうした?」

「遊真を連れてくるために少し遅れます。すぐに来るかと」

「なるほど、了解した」

「んで、俺が呼ばれた理由は?」

「我々の調査で近々ネイバーの大きな攻撃があると予想が出た。先日の爆撃型近界民一体の攻撃で多数の犠牲者が出ている。我々としては万全の備えで被害を最小限に食い止めたい。平たく言えば君達にネイバーとしての意見を聞きたいのだ」

「………」

 

簡単に言えば、『元ネイバーだろうがボーダーに所属している以上こちらに協力してもらう。だから情報をよこせ』といったところだろう。

 

「構いませんよ。で?どんな情報が欲しいんですか?よほど細かい情報でなければこの場ですぐにお伝えできますが」

「ならばまず、次に侵攻してくると考えられる国はわかるだろうか」

「次に来るとこ?配置図見ればわかりますけど、それは遊真来てからの方がいいんじゃないすか?ねぇ林藤支部長?」

「そうだな。レプリカ先生がいた方がスムーズに事が進む」

「んじゃそれは後で。他は?」

「…ネイバーがこちらの世界を大規模に侵攻する理由はなにかわかるか?」

「主に戦力とトリオンの増強。場合によっては侵略ですかね」

「……なるほど」

「だいたいはそこらへんですけど、国の特色によって全く違う理由で侵攻してきたりもしますけどね」

「特色…?」

「まぁ、そこは遊真が来てから。前提条件を知らないようなのでそこも遊真の持つ資料があった方がいいですから」

「……なるほど、なら空閑隊員を待つとしよう」

 

そこで一度会話は途切れるが、そこで遊は気になることを言った。

 

「それと、先ほどからそこで俺に対した殺気を放ちまくってる彼をどーにかしてもらえませんかね」

 

その殺気を放ってるのはネイバーに恨みがある三輪だった。憎しみを少しも抑えようとせず遊のことを見ていた。

 

「……三輪、君がネイバーを憎む理由はわかるが彼は味方だ。仲良くしろとは言わんが、最低限の礼節は弁えたまえ」

「……はい」

 

言葉では肯定していてもその殺気は少しも弱まらない。

これはもう諦めるしかないか、と遊はスルーを決め込むことにした。

 

 

その後合流した迅、遊真、レプリカ、修により惑星国家の軌道配置図を加えての情報提供が開始された。

 

現在、こちらの世界に近づいている国は四つ。

海洋国家リーベリー

騎兵国家レオフォリオ

雪原の大国キオン

近界最大級の軍事国家アフトクラトル

 

「つまり、このうちのどれか、あるいはいくつかが大規模侵攻に絡んでくるというわけか?」

『断言はできない。未知の国が突然攻めてくる可能性もわずかだがある。また、惑星国家のように決まった軌道を持たず星ごと自由に飛び回る「乱星国家」も近界には存在する』

「乱星国家……!」

「細かい可能性を考慮したらきりがないな」

「ま、普通に考えてこの前のイルガーとラッドが大規模侵攻の下調べ用って考えていいんじゃないすかね」

「なら確率高いのはアフトクラトルかキオンかな。イルガーってコストかかるからそこそこ大きな国じゃなきゃ使って来ないし。ていうか迅さんのサイドエフェクトでそういうのわからないの?」

「おれは会ったこともないやつの未来は見えないよ。わかるのは近々どっかが攻めてくるってのだけ。そいつらが何者かはわからない」

「へぇ」

「一先ず、今はその二つのどちらかが攻めてくると仮定して話を進めよう。特に重要なのは、敵にどれほど黒トリガーがあるかだ」

『その情報ならば私よりもユウの方がいい情報を持っているだろう』

「数年前にアフトクラトルにはいたからな。キオンは五年以上前だけど」

「ほう、それで敵にいくつ黒トリガーがあるかはわかるか?」

「キオンは七本、アフトクラトルは十四本だった。俺が確認したのは、だがな」

「十四本……!」

『黒トリガーはどの国でも希少なため通常は本国の守りに使われる。遠征に複数投入されるのは考えづらい。多くても一人までだろう』

「どーかねぇ」

 

レプリカの意見に遊は突然声を上げる。

 

『どういうことだ、ユウ』

 

レプリカの意見はなにも間違っていない。黒トリガーは希少なため基本的に攻めることには使われない。多くても一人までというのはどこの国でも同じことであった。

だが遊はその言葉にいちゃもんをつける、とは少し違うが肯定をしなかった。間違ったことならば否定はするが、正しいことを否定するほど彼は捻くれてはいない。

 

「キオンならそうかもしれんが、アフトクラトルならちょいと話が変わる。そろそろあの時期(・・・・)だからな」

「どういうことかね?」

「アフトクラトルってのはちょいと他の国とは違いましてね。あの国はトリガーで国を作ってる。国そのものがトリガーなんすよ」

「国が…」

「トリガー…?」

「トリガーってのは武器じゃなくて、結局技術なんすよ。突き詰めれば国にもなりまさぁ。でもトリガーってのは結局トリオンがなきゃ動かせない。そのため国を作るトリガーを動かすためにある一定周期ごとに生贄を捧げる」

「生贄?」

「トリガーに人間放り込んで死ぬまでトリオンを出させる道具にするってことですよ」

「なに…⁈」

「もちろん放り込まれた人間の意識は放り込まれた時点で死ぬ。脳死に近いですかね。んで身体が朽ち果てるまでトリオンを出し続ける。そうやって国を形成させてるとこなんすよ」

「……外道め」

「でも、放り込む人間のトリオンが少なければ国土は狭くなり国民を匿うだけの国土がなくなる。だから放り込むためのでかいトリオン持った人間を得るために、黒トリガーも使って近隣の国全てに遠征に出る。国が死ねばみんな仲良く共倒れだ。だからやつらは血眼になってでかいトリオン持った人間を探す。代替わりの周期は短くはないが、それでも人間の寿命と同じくらいだ。俺がいた時期から考えて、その代替わりの周期はもうそろそろだったはずです」

「……代替わり、か」

「まぁ、その周期も放り込まれた人間によって多少変化します。だから俺が知ってる周期とは違うかもしれませんね。ただ、黒トリガーが複数攻めて来るという可能性もちゃんと考慮に入れておいてほしいってことです」

「……貴重な情報感謝する。人型ネイバー、並びに黒トリガー使いの参戦も考慮に入れつつ、トリオン兵団への対策を中心に防衛体制を詰めていこう。三雲くん、君は爆撃型、偵察型の両方の件を体験している。何か気づいたらいつでも言ってくれ」

「は、はい!」

「遊くん達は我々の知らない情報の補足を頼みたい」

「はい」

「了解了解」

「さぁ、ネイバーを迎え撃つぞ」

 

会議はその後も続き、会議が終わったのは日が沈む頃になった。

 

 

玉狛支部

屋上

 

「遊真」

「お、ユウ」

 

遊は屋上にいた遊真とレプリカに声をかけつつ、隣に座る。その手にはコーヒーを持っていた。

 

「飲むか?」

「コーヒーはあまり得意じゃない」

「苦いもんな」

「うむ」

 

そう軽口を叩きつつ、遊はコーヒーを一口啜る。

 

「お前、今度の大規模侵攻参加すんのか?」

「ん?するよ?」

「C級なのに?」

「いざとなったら、親父の黒トリガー使うさ」

「いいのか?あの司令のことだ。難癖つけて黒トリガー没収しようとするぞ」

「いいさ。戦いは迷ったらダメだ。オサムやチカが危ないって思ったら迷わず使うぞ」

「………そうか」

 

そう言ってまた遊はコーヒーを啜る。

 

「そういうユウは?」

「ん?」

「ユウは黒トリガー使うの?」

「使うよ。キオンならともかく、アフトが来るならノーマルトリガーだけで殺せる相手はそういない。少なくともサシじゃな」

「強化トリガー、だっけ?」

「俺らの使ってるボーダーのトリガーとは性能は段違いだ」

 

遊がアフトクラトラから出て数年経つ。アフトクラトラのトリガー技術はさらに上がっているだろう。

 

「……ユウより強い人は、いるのか?」

 

遊真にとってはそれが疑問だった。

ボーダーの太刀川や小南、迅のように遊真より単純な腕はいい人はいる。黒トリガーを使えば太刀川や小南には勝てるだろうが、同等の性能のトリガーを使えば、恐らく遊真は彼らに勝てない。勝てるときもあるだろうが、負けの確率の方が恐らく高いだろう。

だが遊は違う。彼らと同等の性能のトリガーを使っても、恐らく遊は勝てる。それほどまでに遊は強い。遊真の知る中で遊は父親を凌ぐレベルの強さを持つ存在なのだ。

そんな遊に勝てない存在がいるにはいるのだろうが、遊真としてはあまり実感が湧かない。そう思っての疑問だった。

 

遊は遊真に視線を少し向けると皮肉げに嗤いながらこう言った。

 

 

「いるよ」

 

 

 

 

翌日

 

学校が終了し、帰路につこうとしていた遊に一人の生徒が近づいてきた。

昨日の会議で殺気を向けてきた隊員だった。

 

「……ネイバーが我が物顔でうろついているな」

「なんか用か?それともネイバーは敵だーとか言ってまた襲ってくるか?」

「ネイバーは敵だ。全て殺すのが正しい」

「お好きに。でもお前じゃ俺は殺せないよ。知ってるだろ?」

「…………」

「で?やるの?やるならいいけど」

「……本部がお前の入隊を決めた以上、お前はこちら側の人間だ。勝手な戦闘は禁止されている」

「そうかい」

「ネイバーが……」

「やけにネイバー憎むね。家族でも殺されたか?」

「……」

「図星かよ。まぁ、それが理由でネイバーを憎むのは別に不思議なことじゃないけど、俺はその一件に一切関わりないからな」

「……貴様の言うことなど真に受けるか」

「そーかよ。…………おいあんた、ちょいと時間あるか?」

「は?」

「時間あるかって聞いてんだよ。どうなんだ」

「あ、ある」

「じゃあついてこい」

 

そう言って遊は一人で歩き始めた。

三輪はわけがわからない顔をしていたが、すぐに視線を鋭くしトリガーをいつでも起動できるように警戒しながら遊について行った。

 

ーーー

 

結果的に連れてこられたのは屋上だった。

 

「おいネイバー、何の用があってことに来た」

「んー?家族を殺したネイバーに復讐したいんだろ?だったら徹底的にやるべきじゃねーの?」

「それがここに来る理由となにが……」

「侵攻受けたのが四年前ってのは聞いてるんだが、詳しい日にちまでわかるか?」

「は?」

「だから日にち。わかるの?わかんないの?」

「……この日だ」

「んー、その日ね。ちょい待ち」

「おい、なにをしているんだ」

「その日、こっちに近づいていた国がどれか調べてんだよ」

「黙れ!ネイバーの手は借りない!」

「……ふーん。つまり、お前の復讐心はその程度なのね」

「なんだと?」

「ネイバーを全て殺すって言っても、無理なことくらいわかってんだろ?どんだけいると思ってんだ?ならまず家族を殺したであろうところに復讐するのがいいと思うんだが?」

「黙れ……」

「下手に敵意と殺意剥き出しにしてても、いつか限界来るぞ。仲良くしろとは言わんけど、そのやり方だといつかお前の身を滅ぼすぞ」

「黙れ、黙れ!黙れぇ!」

 

三輪の悲痛な叫びが屋上に響く。

 

「お前たちが!オレの姉さんを奪った!なんの罪もない姉さんを!お前たちが理不尽に殺したんだ!そんな理不尽をしたお前たちを!許せるか!断じて許せない!殺し尽くすまで!許してたまるか!」

「…………」

 

三輪の叫びはなおも響き、そして遊はそれを正面から受け止めていた。

 

「お前たちはなぜ姉さんを殺した!なぜこちらの世界を襲った!なぜここでなければならなかった!答えろ!なぜオレから姉さんを奪ったんだ!答えろネイバー!」

 

鬼のような形相で遊に詰め寄る三輪に対して遊は小さくため息をつくとこう言った。

 

「知るか」

 

その言葉は酷く冷たく、あれだけ激情していた三輪を一瞬で冷静にさせた。

 

「ギャーギャーうるせーんだよ。お前さ、ネイバーに復讐心持ってる割にはやってることが甘いんだよ。お前みたいな奴はやりたいようにやって、それで失敗してもできたら満足みたいなタイプじゃねーだろ。なにをしても目的を達成させたい。そういうタイプだろうが」

「……」

「それなのにせっかくの情報源からの情報を断つってなに?バカなの?それにさ、俺のことネイバーつってるけど、俺こっちにちゃんと出生記録も住民票も戸籍もあるからな?生まれが向こうってだけだ」

「…………」

「本当に復讐したいなら例え嫌いな奴からの情報であったとしても利用するべきだ。そんなことも許容できないならネイバーを全て滅ぼすみたいな戯言をほざくな半端者が」

「……っ」

「せっかく協力してやろうと思ったのにな。お前みたいな奴に力を貸そうとしてた俺がバカみてーだ。じゃあな半端者。なにもできないししない分際ででかい口叩くのはいいが、『そのまま』のお前でいるうちはなにもできやしねーよ」

 

そう言って遊は屋上から去っていった。

 

 

そして残された三輪は一人、屋上の壁を殴りつけた。

痛みは無かった。だが、心が軋むような音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14話

2年もほったらかし…ごめんなさい。


「……さて」

 

夜の街、1人の男が歩いていた。

その男はフードを目深に被り顔を隠していた。周囲に人気は全くないため顔を隠す行為は正直必要ないと思われるが、それを突っ込む者は誰もいない。

 

「…………このあたりですな」

 

そう呟くと男は地面に触れた。僅かにその場所が光るとすぐにその光は消えた。そして手元にあった羅針盤のようなものはある一方向を指している。

 

「……あちらですか」

 

そう言って男は夜の闇に1人消えて行った。

 

 

 

***

 

 

 

「おーい遊!」

 

昼休み、遊は出水と共に食事をしていた。聞き慣れた声が聞こえ、遊がその方向を見るとそこにはバスケットボールを持った米屋がいた。

 

「米屋」

「おっ、弾バカもいるな」

「誰が弾バカだ槍バカ。んで、何の用だ?」

「いやさ、今日昼休み体育館空いてるらしいからよ。バスケしに行こうぜ」

「飯は?」

「もう食った。お前らは?」

「もう終わるとこだ」

「ならさっさと食え。はやくやりに行こうぜ」

「わかった。少し待て」

「遊、俺ら次の授業ちょうど体育館だし着替えて行こうぜ。その方が戻らなくていいだろ」

「そうだったな。じゃあ俺ら着替えてから行くから先に行ってくれ」

「お、そうか。わかった、待ってるぜ」

 

そう言って米屋は体育館の方へ走って行った。

 

「全く、あいつは勝手だな」

「そう言うな。ああやって気楽に誘える奴なんてそういない。米屋の良いところだろ」

「お前は大人だけど米屋に甘いなぁったく」

 

少し苦い顔をしながら出水は残っていたパンを頬張りコーヒー牛乳で流し込んだ。

 

と、そこで出水の背後に人影が現れる。

 

「ねぇ、出水くん、遊くん」

 

その人影は同クラスの女子、熊谷だった。遊が気兼ねなく話せる数少ない女子である。

 

「お、熊谷」

「おう」

「今の話聞いてたんだけどさ、それ私も混ざっていい?」

「おお、いいじゃん。4人なら2対2できるじゃん。遊もいいか?」

「ああ」

「よっし決まり!」

「ありがと。次体育だから着替えてから行くよね?」

「ああ」

「じゃ、私も着替えてくね」

「おうよ。遊、飯は?」

「もう食い終わる」

「……ねぇ遊くん」

 

熊谷は遊の食べる弁当にじっと視線を向けながら聞いてくる。

 

「なんだ?」

「そのお弁当……手作りよね」

「見ての通りだが」

「誰が作ってるの……?」

「俺」

「えっ」

「は?」

 

あまりにも意外すぎたのか、2人は同時に素っ頓狂な声をあげた。いや、あげてしまったと言うべきだろうか。

 

「俺が作ってる。晩飯の残り入れたりとかしてるからそんな手間かけてないけどな。弟のも俺が作ってる」

「すっご!遊くん料理できたんだ!」

「まぁ、多少。親いないし」

「なら遊、今度お前の飯喰いにいっていいか?」

「はぁ?」

「ダメか?」

「……いや、まぁいいけど」

「マジ⁈よっし!熊谷も来るよな?」

「もちろん!米屋くんも誘ってあげよ」

「ったりめーよ!いやあ楽しみだな!」

「いやそんな楽しみにすんなよ……そんなご大層なもんは作れねーぞ」

 

やたら嬉しそうにする2人に対して若干引きながら呆れたような表情をしながら遊はそう言った。遊からすればたかが自分の料理にそこまで嬉しそうにするような理由がわからなかった。

 

「ダチの飯なんてそう食えるもんじゃねーだろ?楽しくもなってくるぜ!」

「……そういうもんか?」

「そーゆーもんだ!」

 

満面の笑みでそう言う出水に対して怪訝な表情をする遊。

 

(……わからないな)

「ほら、米屋待たせてんだ。さっさと食って行こうぜ」

「あ、私先に着替えに行ってるね」

「おう」

 

笑顔の2人を不思議に思いながら残った弁当をかきこんで水で流し込み、遊も席を立った。

 

「待たせた。いくか」

「おう」

 

 

 

 

「遊!」

「出水」

「やっべ抜かれた!熊谷!」

「ヘルプ行くわ!」

 

掛け声とともにボールが行き交う。

 

現在は体育館のハーフコートを使って遊、出水チームと米屋、熊谷チームで2対2をやっている。スコアは同点で、昼休みの間ずっとやっているが、お互いの実力が拮抗しているためか差は開かない。

普段から休日にバスケットボールをやっている熊谷が技術的には他のメンバーよりも一枚上手だが、米屋、出水はもともと運動神経がいいため遅れを取るようなことはあまりない。そして遊は遊でサイドエフェクトのおかげでバスケ部が練習しているのを見たことがあるためバスケ部並みの動きが完全ではないとはいえできている。そのため両者は拮抗していた。

 

だがその拮抗は最後の最後で崩れた。

 

「もらった!」

「甘いわよ!」

 

出水からのパスで一気にゴールへと遊が切り込みレイアップへと踏み込んだが、それを読んでいた熊谷がブロックに入る。女子だが、高身長の熊谷は比較的高身長の遊のブロックをするのになんの支障もない。

 

だが

 

「よっ、と」

 

そのブロックを華麗に空中でかわし、そのままボールをゴールへ放り込んだ。

 

「嘘⁈」

「ダブルクラッチ⁈」

(みんな上手いな……サイドエフェクトだけでどこまでやれるか……)

 

現在、遊は当然のようにバスケットボールをやっているが、今までやったことなど一度もない。なのになぜこれほどまで卓越した動きができるかというと、元々身体能力が高いこともあるが、やはりサイドエフェクトの恩恵が大きかった。あまりに人間離れした動きでない限り一度見ればほぼ完璧に再現することのできるサイドエフェクト『行動模倣』。競技をやる上ではこれほど役に立つサイドエフェクトはそうないだろう。

 

「かーっ……お前上手いなぁ。前にやったことあんのか?」

「部活とかではねーよ、知っての通りな。この前バスケ部の練習試合やってるの見たから」

「はぁ?そんだけ?かー、なめてんな」

「真似っこだけは昔から得意でな」

 

下手にサイドエフェクトのことを言う必要もないだろうと判断し、ジャージの袖で額の汗を拭う。

 

「真似が得意ってレベルじゃねーだろもはや」

「こればかりは才能ってやつかね」

「うーわムカつく!」

「絶対一泡吹かせてやるわ」

「でも本当にすごいわね。部活とかやればいいのに」

「今更入ってなにするんだよ。来年はもう受験だぞ?」

「それもそうね。神谷くんは志望校とかもう決めてるの?」

「まだ。つっても近場の国立がいいから三門国立大学とかになりそうだけどな」

「へー、国立志望なのね」

「マジー?頑張るなお前」

「5教科7科目とかやりたくねー」

「うちはあんま金ないから仕方ないさ」

 

そう言いながら談笑していると、体育館を使っていた他の組の一人がボールを受け損ねる。

 

「危ない!」

 

そのボールは遊の左側から迫ってきていた。

そこまですごい速度でもないためボーダーで戦っている米屋、出水、熊谷なら回避できただろう。本来なら遊も回避なり受け止めるなりできたはずだ。

 

「ぶっ」

 

だが遊は回避もキャッチもできなかった。

 

ボールは遊の顔にあたり、あらぬ方向に飛んでいく。だがそのボールは米屋がうまくとり、遠方にいくのを防いだ。

 

「遊、大丈夫か」

「ああ、大したことない」

「すいません、大丈夫ですか⁈」

 

ボールを使っていた生徒が近寄ってくる。

遊はそれに対して大丈夫だと返してなんでもない様を見せる。実際外見はどこもおかしくなっていないため生徒はほっとしたような表情を見せる。

だが米屋は違和感を感じていた。

 

(……今、角度的に遊の左目の視界には確実に入っていた。あの程度の速度なら、遊ほど動けるやつなら回避なりキャッチなりできただろう。なのに、できなかった。なんだ……まるでボールが来たのが全く見えていない(・・・・・・)ようだった。でも普段の動きから違和感はないし……)

「おい、米屋」

 

遊の声に米屋は我に帰る。

 

「えっ、ああ」

「ボール、返してやれ」

「お、おう。悪い」

「……?」

 

なにか変だと思いつつ遊は首を傾げるが特に突っ込むことはしなかった。

 

その後、何事もなかったように授業が始まるまでバスケットボールに興じたが、米屋の感じた違和感の正体は掴めなかった。

 

 

***

 

 

「遊〜」

 

放課後、荷物を纏めて帰宅しようとすると米屋に声をかけられる。

 

「どした」

「帰り、どっか寄っていかね?」

「ちょっと待ってな」

 

普段なら二つ返事で了承するが、今日の遊真の予定を聞いていない。家にすぐに帰ってくるのならば食事の用意が必要だが、最近遊真は玉狛に入り浸りだ。故に玉狛で食事を済ませてくることが多い。

遊真には最近ボーダー支給のスマートフォンを持たせているため学校後の予定は決まり次第すぐに連絡するように伝えている。だからもう連絡もきているだろうと思いながらスマートフォンを見ると案の定遊真から通知が入っていた。

 

『ユウへ。今日も玉狛に行く。夜は遅くなるから飯はいらない』

「了解っと」

「行けそうか?」

「ああ」

「よっしゃ。んじゃ行こうぜ」

「出水は?」

「あいつは防衛任務。代わりに暇そうな熊谷呼んだ」

「そうか。じゃ、行こうぜ」

「おうよ」

 

 

ーーー

 

 

「お、二人とも、こっち」

 

正門前で待っていた熊谷が手を振ってくる。

 

「わり、待たせた」

「いいよ、大して待ってないし」

「そうか。んで、どこ行くんだ?」

「駅前の方行こうぜ。あっちなら雑談とかもできる場所あるだろ」

「ん、いいよ。熊谷は?」

「私もいいわ。それじゃ早速移動しましょ」

 

 

 

ーーー

 

 

「さて」

 

手ごろなファストフード店に移動し適当に注文を済ませ、会計をして商品を受け取ると先に注文を済ませた二人が席を取ってるはずだと辺りを見回す。

 

「あれ」

 

しかし二人は見当たらない。二階は無いためこのフロアにいるのは確かだろうが、どうにも見当たらない。

 

「どこいった?」

「おい遊!」

 

不意に左側から声が聞こえ、そちらに顔を向けるとそこには二人がいた。

 

「わり、気づかんかった」

「おいおい、しっかりしろよ」

「悪かったって」

 

遊と米屋の会話を聞きながらも熊谷はわずかに違和感を覚える。

遊は普段、敏感過ぎるほど感覚に優れている。なにしろ背後を通っただけで誰が通ったかわかるほどの感覚を持っている。にも関わらずすぐ横にいたはずの自分達に気づかなかった。しかも顔はこちらを一度は向いた。なのに気づかないなんてことあるのだろうか。

 

「まいいや。さっさと座れ」

「ああ」

「で、遊はこっちでのはじめてのテストはどーだったよ」

「ん?まぁ、まずまずかね。知らんけど」

「かーっ!転校早々からいい点取るのが目に見えるよちくしょう!」

「熊谷はどーだったよ」

「え⁈あ、ああ。私も悪くないんじゃない?多分だけどね」

 

突如振られた話になんとか同調するも、胸の中から違和感は消えてない。

 

聞くのも変かと思い熊谷はその違和感を抑えて会話に参加した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「そういえば、神谷くんもうB級に上がったんだったわね」

 

ポテトを摘みながら熊谷は遊にそう言った。

 

「ん、まーな」

「早すぎない?まだ神谷くんがこっち来てから一月くらいでしょ?」

「あー、そんなもんか」

「反応薄っ」

 

遊本人からしたら、散々ネイバーフッドで戦ってきたのだからこれくらいできてないて困ると思っているほどなのだが、そんなことは二人からしたら知る由もない。

米屋は遊がネイバーであることを知っているが、それをわざわざ口外することはない。

 

「ね、ならこんど私とソロランク戦してよ」

「いいよ」

「即答?一応私もB級なんだけど、舐められてる?」

「まさか」

 

熊谷が弱くはないことくらい、かつてみた映像で知っている。B級中位を維持するくらいの実力はあるため、断じて弱くない。なによりあの捌きと返しはなかなかの技術だ。一朝一夕では身につかない。

 

「おいずりーよ。俺ともやれよ」

「わーってるよ。基本ソロだし、いる時は声かけろ。そしたら相手すっから」

「いったな?今度やるぞ!」

「へいへい」

 

苦笑しながら遊はハンバーガーの包み紙を丸める。

遊本人が感じた『違和感』はとりあえず二人に悟られずに済んだだろうと考え、ジュースで喉を潤す。

 

「ねぇ、神谷くんはどっかとチームに入らないの?」

 

『基本ソロ』という言葉に熊谷は素朴な疑問をぶつける。

当然だろう。B級は基本チームを組む。それによってチームランク戦に参加することができるし、チームの部屋ももらえる。上を目指す人間は誰でもチームを組むため、チームを組もうとしない遊は珍しかった。

 

「んー、いいかな」

「どうして?」

「まず単純にチームメイトを探すのが面倒」

「理由がものぐさすぎるんだけど」

「実際そうなんだから、いいだろ別に」

 

実際は、本部所属になって黒トリガーもとりあえず向こうに握らせた状態で下手なことしたくないという事情もあるが、そんなことをわざわざ言う必要もない。

 

「ふーん。まぁ神谷くんの自由だし、そこは私がどうこう言うことじゃないけど」

「そういやあの話本当なんかお前」

「あの話、ってなんだ」

「お前噂になってるぞ。加古さんにスカウトされた新人って」

「え、そうなの?」

 

加古、という名前を聞いてかつて声をかけてきた長髪の美女を思い出す。そういえばそんなこともあったなと思いつつ、それが噂になっているとは思いもしなかった。

 

「あー、そういやスカウトされたっけ」

「マジ⁈で、どうしたんだよ」

「断った」

「なんで?加古隊ってA級よ?」

「別にいいかなって。そもそもあのチーム女性しかいないのにそこに男一人ってしんどくね?」

「それは、そうだけど」

 

実際、あの後何度か本部で声をかけられているが、全て断っている。今は遊としては下手なことせずひっそりとB級でいたい。形見である黒トリガーの検査はそろそろ終了してもいいだろうが、本部から連絡がない以上こちらが下手に動くことは得策とは言えない。少なくとも黒トリガーが返却されるまでは誰ともチームを組もうとは思っていない。

 

「ま、気が向いたらやるかもな」

「なーんか向上心薄いわね」

「悪かったな」

「おれとしては、ランク戦できりゃなんでもいいや」

「本当にそれしか頭にねーのか」

 

そんな他愛無い話をしながら、遊は日常を噛み締めていた。

 

 

 

 

その後少し遅くまで二人と雑談し、いい時間を見計らい撤収した。

二人と別れ、帰路に着く頃には辺りは暗くなっていた。

 

「レプリカ」

 

そう呟き、コートのポケットからレプリカの子機が現れる。

 

『…ユウ』

「お前の予想通りだよ」

『左眼、見えているのか?』

「ほとんど見えてない。発作の頻度も少し上がってきてるし、なにより気配感知が鈍くなってきた。トリオン体じゃないと、ロクに動けなくなるのも時間の問題かもしれん」

『先程の様子からすると、味覚障害も出始めているのだろう』

「ああ」

 

先程のファストフード店で食べたポテトとハンバーガー、この二つを口に入れた時、最初は味がしなかった。食べていくうちにあざはわかってきたが、最初は味がほとんどしなかったため、味覚障害も起こり始めている。

 

「思ったより、残り時間は少ないのかもな」

『……』

「遊真は?」

『新たな仲間と共に研鑽を積んでいる。楽しそうだ』

「そっか。良かった。これで俺がいついなくなっても、大丈夫そうだな」

 

レプリカはその言葉に返事をしなかった。

 

 

 

『ユウ自身の幸せは?』

 

 

 

そう言葉が出てきそうだったが、レプリカはそれを口にはしなかった。なぜならしても無意味だからだ。仮に遊本人の幸せがあったとしても、それを実現することは、レプリカにはできない。遊が幸せを欲しても、それを実現してやることができる人間はいないのだから。

 

『…無理はしないことだ。私としても、ユーマの最も親しい人間が早くいなくなるのは心苦しい』

「そうかい」

 

そう呟くだけで遊は本当にわかっているのかわからないような表情で空を見上げた。

 

 

街頭の光で、星の光はかき消されてしまい空はただ暗闇が広がるだけだった。

 

 

 



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