ISU ~Infinite Stratos Unite~ (北斗七星)
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男は一人じゃない

 活動報告で書いた奴です。気が向いたら見てやってくだしあ。


「ここがIS学園か……」

 

 眼前にそびえる建造物にどこか感慨深そうな表情を浮べる少年。無造作に伸ばされた黒髪、直向な光を宿した双眸が特徴的だ。

 

『イチズ。感慨にふけるのはいいが、そろそろ時間じゃないのか? 君と彼女の話が正しければ、これから会う人物は時間に厳しい人だったはずだが』

 

 左手首に巻かれた腕時計から聞こえる声に少年は苦笑いで応える。

 

「時間に厳しいっていうか、全体的に厳しいんだよな、あの人……待ち合わせ場所も分かってるし、大丈夫だよ」

 

 よし、と頬を叩いて気合いを入れ、少年は地面に置いていた鞄を肩にかけて歩き出す。彼が目的の人物と出会うのはそれから十分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで待っていろ。私が呼んだら入って来い」

 

「分かりました」

 

 少年の返事によし、と頷いてその女性は教室に入っていった。静かに扉が閉じられると、少年は緊張の面持ちで大きく息を吐き出した。

 

『どうした、イチズ。柄にも無く緊張しているのか?』

 

「まぁ、ね」

 

 小さく深呼吸をしながら少年は頷く。何せ、これから彼が入ろうとしている世界は九十九パーセントが女性という、想像もつかないところだ。いくら教室(この)中に知り合いの男が一人いるとはいえ、この先上手くやっていけるかという不安は拭えなかった。

 

 まして、少年はこの施設が創られる原因になった人物と最も近しい人間だ。多種多様な人間から様々な意味で狙われる事になるだろう。

 

『心配するな。君と私が共に戦うんだ。畏れる事など何も無いさ』

 

「はは、そうだn」

 

 相棒の頼もしい言葉に笑みを零しかけたその時、

 

「キャーッ、千冬様、本物の千冬様よ!」

 

「ずっと、ファンでした!」

 

「私、お姉さまに憧れてここに来たんです、南アルプスから!」

 

「あぁ、お姉様、愛しのお姉様!!」

 

 突如、教室の中から響いた黄色い歓声に少年はびくりと体を震わせる。鼓動が早鐘のようになる中、腕時計の中の相棒も声に驚嘆を滲ませた。

 

『流石は初代ブリュンヒルデというべきか、凄まじい人気だな』

 

「その呼び方、本人の前でするなよ。千冬さ、織斑先生ってその呼ばれ方嫌いみたいだから。にしても、千冬様って、お姉様って……ここってIS学園の1年1組だよな? 織斑千冬ファンクラブか何かじゃないよな?」

 

 来る場所間違えたか? と少年は本気で首を傾げる。腕時計の相棒が間違ってないぞ、とフォローを入れるが、ビックリするほど説得力が無かった。

 

「おい、入って来い」

 

 ウンウン唸りながら悩む少年を呼ぶ声。考えるのは後回し、と少年はその声に従って教室の中に入っていく。

 

「失礼します」

 

 教室に入った瞬間、自分に向けられる三十二対の視線。一つ一つはそれほど大したものではないが(一名を除いて)、これだけの数が同時に自分を見ているとなると思わずたじろいでしまいそうになる。少年はそのまま回れ右して教室から出て行きたい衝動に駆られるが、グッと腹に力を込めて我慢し、皆に軽く一礼して見せた。

 

「こいつが1年1組最後の一人だ。十星」

 

「はい。初めまして、十星(とおほし)一途(かずと)です。苗字でも名前でも好きな方で呼んでください。で、こいつが」

 

『イチズの相棒をしているエックスだ』

 

「『よろしく!』」

 

 腕時計に表示されるXの輝きを皆に見せながら少年、一途は人好きのする笑みを浮かべた。



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再会と波乱

  一体、どれだけの数のIS二次創作作品がこの展開を書いたのだろう……。


 作者は基本的に無知なので、国と国との間で起こるいざこざなんかは上手く描写できないと思うので期待しないで下さい


『男のIS操縦者現る』

 

 そのニュースは当事者である織斑一夏を置いてけぼりにし、瞬く間に世界に広がっていった。

 

 その事実に驚き、揺らぐ世界を更なる驚天動地の極みへと追い込む映像が世界中に流されたのはそれから数日後の事だった。

 

 

 

 

『皆ー、こんにちはー! 束さんだよーっ! 今日は皆にいっくんに続く男の子のIS操縦者を紹介するよ~。イッチー、こっち向いて』

 

『何か用ですか、束さん? ってか、何でカメラなんか回してんですか?』

 

『この子が二人目の男の子、十星一途ことイッチーだよ~。ほらイッチー、挨拶』

 

『あ、挨拶? えっと、ども、初めまして。十星一途です……これでいいんですか?』

 

『バッチグー! イッチーはね、束さんの愛弟子兼理解者兼伴侶なのだ』

 

『あの、だから何でカメラ回してんですか? それに誰に向かって喋ってんですか? さっきから状況が丸で飲み込めないんですけど』

 

『目に入れても痛くない、いや、一心同体になってラスボスに神風特攻を仕掛けても悔いはないほど愛してるイッチーを送り出さなきゃいけない束さんの気持ちなんてアダダニハワカラナイデショウネエ!!』

 

『言ってることが意味不明です! それ以前に泣かないで下さい!』

 

『うぇ、ぐずっ、大丈夫だからね、イッチー。お互い、離れ離れになるのもイッチーがIS学園に行ってる三年間だけだから。束さんも我慢するから』

 

『……あの、本当に何の話ですか? 俺がIS学園に行くってどゆことです?』

 

『そういうことでイッチーのこと頼んだよ、ちーちゃん。守ってあげて。それといっくんに箒ちゃん、昔と同じようにイッチーと仲良くしてあげてね』

 

『質問に答えてください、束さん! マジでどういうことですか!?』

 

『あぁ、それと念のために言っておくね。いないとは思うけど、もしイッチーを利用したり、ちょっかいかけようとしたりするお馬鹿さんがいたら、国家国籍企業人種宗教思想の区別なく消し潰すからそのつもりで。じゃ、さようなら~』

 

『説明プリーズ、束さぁ~ん!!』

 

 

 

 

 そんなこんな紆余曲折あって、一途はIS学園に通うこととなった。ちなみに彼は入学手続きなど諸々の処理には一切関わっていない。IS学園側が東奔西走し、面倒くさい様々な手続きをやってくれたのだ。ただの一生徒にそこまでする必要があるのかと問われれば、あるという答えが返ってくるだろう。

 

 世界に二人しかいない男性IS操縦者である上、ISの製作者である篠ノ之束に愛弟子と言わせた秘蔵っ子だ。男性IS操縦者という存在、篠ノ之束から与えられた知識、篠ノ之束との繋がり。どれ一つにしても千金以上の価値がある。ありとあらゆる国家、企業、組織が彼を放っておかないだろう。

 

 だが、彼女はこうも言った。一途を利用したり、手を出そうとする奴がいれば、それが誰であろうと潰すと。篠ノ之束はその言葉を実現できるだけの力を有しており、その上、それを一切の躊躇なく実行する狂人だ。彼女に敵対されるということが何を意味するのか分かっている者たちならそんな危険は冒さないだろう。

 

 かくして、一途は篠ノ之束という確固たる存在に守られながら学園生活を送ることになった。

 

 

 

 

「しっかし、本当に女子しかいないんだな、ここ」

 

『何を今さら分かり切ったことを言っているんだ。君もそのことを承知でここに来たんだろう』

 

「そりゃそうだけどさ。この状況、愚痴の一つも言いたくなるって」

 

 そう言って一途は視線を巡らせる。自分に向けられる、珍獣を見るかのような目。クラス内にいる女子は勿論、噂の男子を一目見ようと集まってきた他の組の女子までもがドアから顔を覗かせていた。1年1組に集まっている悉くの女子が自分を見ている。この状況に居心地の悪さを感じるなというのが無理な話だ。

 

「……おまえの言う通りだ、エックス。ほとんど強制されたとはいえ、俺は自分の意志でIS学園に来たんだ。愚痴るのは止めだ」

 

 頬を叩き、自身に気合いを入れる。

 

『それでこそ君だ。ところで、例の彼とは旧交を温めなくていいのか? もう、何年も会ってないんだろ?』

 

 正確には三年だけどな、と呟く一途に歩み寄る一つの影。その足取りに一切の迷いも躊躇いも無かった。

 

「イチズ。やっぱり、お前イチズだよな!?」

 

「落ち着けよ。久しぶりだな、一夏」

 

 腰を上げ、興奮気味に話しかけてくる一夏を迎える。この二人、所謂幼馴染というやつだ。名前に同じ一という漢字が使われていることもあって非常に仲が良く、小学生時代はほとんど毎日のようにつるんでいた。

 

「落ち着けって、無理言うなよ! 小学校の卒業式の日に束さんと出かけてくるって書置きだけ残して、今の今まで行方不明になってた友達と再会して冷静でいられるはずないだろ!」

 

 ご尤も、と一途は微かに苦笑する。しかも何の因果か、三年ぶりに会えた友人は自分と同じ男性IS操縦者になっていた。驚くなというほうが無理だ。喜びや驚きがごちゃ混ぜになり、自分がどういう感情を抱いているのか把握できてない一夏の肩を一途は笑いながら叩く。

 

「積もる話はまた後でにしよう。今はこうやってまた会えたことを喜ぼうぜ」

 

「そう、だな。嬉しいよ、イチズ」

 

「俺もだ、一夏」

 

 男二人は笑い合うと、力強く抱き合う。二人の周囲にいる、俗にいう『腐』の気がある女子がその光景に黄色の歓声を上げるが、二人の耳に届いてはいなかった。

 

『おいおい、イチズ。二人だけの世界に入るのはいいが、私の紹介を忘れないでくれ』

 

「おっと、そうだったな。一夏、紹介するよ」

 

 抱擁を解き、一途は一夏に文字盤部分が見えるように左手首に巻かれた腕時計を持ち上げる。

 

「俺の相棒、エックスだ」

 

『初めましてだな、織斑一夏。私はエックス。よろしく頼む』

 

 声に合わせて文字盤に表示されるXの輝きに一夏は目を白黒させた。

 

「うおっ、また喋った。イチズ、さっきの自己紹介の時も普通に喋ってたけど、こいつって」

 

 何なんだ? と訊ねようとするも、

 

「……ちょっといいか?」

 

 投げかけられた女子の声に阻まれる。二人が視線を向けると、そこにはもう一人の幼馴染が腕組みをして立っていた。

 

「箒か?」

 

「よっ、久し振り」

 

 軽く手を上げる一途に小さく頷く箒。その瞳は一夏へと向けられていた。

 

「少し話がしたい、廊下でいいか?」

 

「話? 別に廊下に出ないでここで話せばいいだろ」

 

 一夏の発言に一途は思わずずっこけそうになる。三年経っても尚、彼は女心の機微に疎かった。やれやれと首を振りつつ、一途はそれとなくフォローを入れることにする。

 

「行ってこい、一夏。俺とお前は三年ぶりだけど、箒はお前と会うのは六年ぶりだ。単純計算すれば、話したいこと聞きたいこと俺の二倍あるだろ」

 

 そんな単純なものではないだろうが、今はそういうことにしておく。でも、と渋る一夏の背を廊下のほうへと押す。

 

「いいから。箒も、ほら」

 

「あ、あぁ……イチズ、ありがとう」

 

 気にしなさんな、と脇をすり抜ける箒に笑って見せ、一途は椅子に腰を下ろした。

 

『ふむ、あれが束の妹君か……織斑一夏に惚れているという』

 

 後半の台詞を一途以外に聞こえない声で言うあたり、エックスは少なくとも一夏以上に人の機微に敏いと言えた。まぁな、と頷きながら一途は授業の準備の手を止める。頭の中では箒と彼女の姉、即ち束のことを考えていた。

 

「箒、まだ束さんのこと恨んでるかな」

 

『それは本人に聞かなければ分からないだろう。デリケートな問題だ。不用意に首を突っ込んでいいものではない』

 

「そりゃそうだけどね」

 

 小さくため息。それと同時に二時間目開始のチャイムが鳴る。頭にたんこぶをこさえた一夏と箒が千冬と一緒に教室に入ってきたのはそれから十数秒後のことだった。

 

 

 

 

「い、意味が分からん」

 

「ま、そうなって当然だな」

 

 違いない、と呆れた視線を一夏に向ける一途にエックスは一も二もなく同意する。二時間目の授業が終わった後の休憩時間、一夏は頭から煙を吹きだしながら机に突っ伏していた。

 

「しっかし、一夏。お前、何をどうすれば参考書を電話帳と間違えて捨てるんだ? しかも、必読って書いてあったんだろ」

 

『勉強をしなかった言い訳にしても無理がありすぎる。もう少し、現実味をだな』

 

「いやいやいや、別に言い訳とかじゃないんだってエックス。本当、マジで電話帳と間違えて捨てちゃったんだよ」

 

「『尚のこと悪いだろ』」

 

 二人の正論に一夏はぐうの音も出なかった。

 

 男性IS操縦者である織斑一夏くん。入学前に渡された参考書を読みもせずに捨ててしまったのだ。当然、そんなことをすれば勉強ができない。勉強ができないということは、IS学園の授業を全く理解できないことを意味していた。

 

「ってか、イチズ。お前は分かったのか? あの意味不明な言葉の羅列としか思えない授業を」

 

「当たり前だろ」

 

 当然と言わんばかりに一途は答える。彼は三年もの間、あの篠ノ之束と一緒になって旅をしていたのだ。ISのことに関してなら束の次くらいに、即ちIS学園の誰よりも知っている。

 

「くっそー、分かってたけどスタートラインが違いすぎる。ってか、あれを一週間で覚えろとか普通に考えて無理だろ、千冬姉……俺が電話帳と間違えて捨てるくらい厚いんだぞ」

 

「諦めろ、一夏。俺とお前は今、その普通ってやつから最も遠い場所に立ってる。やるしかないさ」

 

「だよなぁ……イチズ。頼みがあるんだけど……」

 

 予想通りの言葉に一途は嘆息する。

 

「参考書を間違って捨てたお前の自業自得、ひぃこら言いながら自力でやれ……と言いたいところだけど、その苦労は俺も嫌ってほど知ってる。俺が教えられることなら、可能な限り教えるよ。いいよな、エックス?」

 

『イチズがそれで納得しているなら構わないさ。それに我々にとっても復習をするいい機会だ』

 

「イチズ、ありがとう! やっぱ、持つべきものは親友だな!」

 

 友誼に厚い一途に一夏は感涙するが、実際のところ断られる心配は全くしていなかった。何故ならこの親友、言うことは耳が痛くなるくらい厳しいが、それ以上に世話好きな部分があり困っている人を見捨てられない性分なのだ。その性は三年という月日が経っても変わっていなかった。友人の優しさを利用している気がしないでもなく、一夏は一抹の罪悪感を覚えるが今は気にしないことに。

 

「じゃあ、早速で悪いんだけど、さっき山田先生が授業で話してたところを教えてくれないか?」

 

「本当に何一つ分かってなかったんだな……まぁいいさ。確か、ISの運用関係についてだったな」

 

『一夏、分からない部分があればどんな些細なことでも聞いてくれ。私もイチズも可能な限り答えよう』

 

「エックス。お前、いい奴だな……」

 

「自慢の相棒さ。まずは教科書の二ページ目を」

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 三人仲良く頭を突き合わせて(約一名、そもそもボディがないが)勉強を始めようとすると、妙にタカビーな雰囲気の金髪女子が話しかけられた。見ると、白人特有の透き通ったブルーの瞳が二人を見下ろしている。二人を、正確には男を見る視線、高貴なオーラを放ついかにも今風の女子がそこにいた。

 

 今のご時勢、ISが女性しか使えないという性質上、女性がかなり優遇されている。というか、いき過ぎて女だから無条件に男よりも偉いと思っている輩もいるくらいだ。

 

「訊いてます、お返事は?」

 

「え、あ、あぁ、聞いてるけど」

 

「いきなり人の会話に割り込んできたくせして随分な言い方だな」

 

 戸惑い気味の一夏とは対照的に一途は不快感を隠そうともせずに金髪女子を見やる。その態度と返事が気に入らなかったらしく、金髪女子はわざとらしく声を上げた。

 

「まぁ、何ですのそのお返事は? わたくしに話しかけらるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

「「……」」

 

 パツキンチャンネーの言葉に一夏は戸惑いの表情を浮かべ、一途は露骨に不愉快な顔をしていた。一夏はこの手の女子が苦手だったし、一途に至っては蛇蝎の如く嫌っている。勉強を邪魔されたこともあり、二人には金髪女子にそれ相応の態度をとる理由など何一つとしてなかった。

 

「悪いな。俺たち、君が誰なのか知らないし。なぁ、イチズ?」

 

「それ以前に知ってなきゃいけない理由がないだろ」

 

 その返事、特に一途のものは金髪女子の気分をいたく害したようで、金髪女子は更に目元をきつくさせて男を見下した口調で話を続けた。

 

「知らない? このわたくしを? イギリス代表候補生にして入試主席のこのセシリア・オルコットを?」

 

 いや、知らねぇよ、と二人が内心で思う中、黙っていたエックスが徐に口を開いた。

 

『セシリア・オルコット。イギリス名門貴族の令嬢。イギリスの代表候補生であり、今年のIS学園の入試では実技、座学共に主席で合格している。専用機は蒼い雫(ブルー・ティアーズ)

 

 すらすらと出てくるセシリアに関しての情報。それに気を良くしたのか、セシリアは上機嫌でわずかにロールした長い金髪を後ろへと払う。

 

「あら、こちらの人工知能さんはご主人と違って優秀なようですわね」

 

「……人口知能じゃない、エックスだ」

 

『それにイチズは私の主ではないぞ。我々は互いに敬意を払っている対等のパートナーだ』

 

 二人の訂正もどこ吹く風。調子づいたセシリアの口は止まらない。

 

「どうです? 少しはわたくしに話しかけてもらえることがどれだけ光栄なことなのかご理解出来ましたか?」

 

「悪い、一つ質問」

 

「いいですわよ。下々の者の疑問に答えるのも貴族のつと「いや、君には聞いてない」なっ!?」

 

 気色ばむセシリアをナチュラルに無視し、一夏は己の疑問を一途とエックスにぶつける。

 

「なぁ、代表候補生って何だ? それに専用機ってのも」

 

 この発言には一途やセシリアだけでなく、聞き耳を立てていた女子たちも綺麗にずっこけた。

 

『い、一夏。君は本気で言ってるのか?』

 

「安心しろ、エックス。こいつは何時だって何処だって本気だよ……いいか、一夏。代表候補生ってのは読んで字の如く国家代表IS操縦者の候補ってことだ。そして専用機ってのは読んで字の如く、読んで字の如く、その人専用のISだ。ってか、これくらい単語から連想しろよ……」

 

 読んで字の如くの部分を強調するも、最後はどこか消え入りそうな声で一途は呟いていた。

 

「ふ~ん、つまり凄いのか」

 

 今の説明を凄いの一言で済ませるあたり、この男は大物だった。

 

「そう、凄いのですわ!」

 

 そして凄いの一言で復活する彼女はチョロかった。

 

「大体、あなたISのことを何も知らないくせによくこの学園に入れましたね。世界でたった二人の男性IS操縦者と聞いて少し期待していたのですが、とんだ期待外れですわ」

 

「いや、そんなこと言われてもな……」

 

「そしてもう一人は礼儀のれの字も知らない野蛮人ですし」

 

 あなたのことですわよ、と嫌味のこもった視線を送ってくるセシリアに一途はただ鼻を鳴らした。彼にしてみれば、悪意と侮蔑満載で接してくる奴に何で礼儀を払わにゃいかんのだ、という気分だった。

 

「まぁ、でも、持たざる者に恵みを施すのも貴族の務め。泣いて乞うならばISのこと教えて差し上げてもよろしくってよ?」

 

 ちらっと二人を見る。

 

「さっき山田先生も言ってたとおり、ISの運用には国家の認証が必要不可欠だ。もし認証なしにISを使えば刑法で罰せられることになる」

 

「まぁ、確かにIS(こんなの)が自由に使われたら世界が滅茶苦茶になっちゃうもんな」

 

「ちょっと!?」

 

 自分そっちのけで勉強を始める二人にセシリアは思わず机を叩いた。

 

「何だよ、さっきからぶちぶちとうるせぇな。勉強の邪魔すんなよ」

 

「で・す・か・ら! 優秀であるこのわたくしが教えて差し上げると言って」

 

「別に必要ないよ。イチズが教えてくれるし」

 

「こっちが頼みもしないのに勝手に嘴突っ込んできて騒ぐなよ。つか、邪魔」

 

『君の申し出は確かにありがたいものだ、セシリア・オルコット。だが、現状教師はイチズ一人で間に合っている』

 

 要するにお前なんて必要ないからとっとと消えろ。思わず、セシリアは声を荒げそうになるが、チャイムの音が彼女の言葉を遮った。

 

「また後で来ますわ! 逃げないことね、よろしくて!?」

 

 足音も荒く自分の席に戻っていくセシリアの後ろ姿を見ながら一夏はボソッと囁く。

 

「逃げるなって、どこに逃げ場所なんてあるんだよ?」

 

「さぁ?」

 

 親友の囁きに一途は気のない返事をするだけだった。

 

 

 

 

 セシリア・オルコットという女子のお蔭で勉強もろくに出来ずに迎えた三時間目。実践で使用する装備の特性についての授業のはずだったのだが、千冬が思い出したかのようにクラス代表生のことを話に出してきた。早い話、クラスの委員長だ。他の学校と比べて違う点があるとすれば、クラス対抗戦などのISを使用した試合に出ることがあるくらいだ。ちなみにクラス対抗戦じたいも再来週に予定されてるらしい。

 

 そのクラス代表生に男だという理由で一夏が推薦された。本人にやる気など絶無なのだが、千冬の推薦された者に拒否権はないという言葉に一夏は頭を抱えるしかなかった。

 

「だ、だったらちふ、じゃなくて織斑先生! 俺はイチズを、十星一途を推薦する! 男がいいなら、イチズでもいいはずだ!」

 

「俺を巻き込むなよ、一夏……」

 

 推薦されることは予測していたが、まさか親友にされるとは思ってもみなかった。非難の目を向ける一途に一夏は目で語る。お前も道連れだと。にゃろう、と一途がため息を吐いたその時、

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」




 書いてて思った。一途と一夏。並ぶとくっそ読み辛い。


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色々と波乱

 はようエックスの勇姿が書きたい……


 その叫びにクラス全員の視線が声の主に集まる。机に両手をつけた体勢のまま、声の主セシリアは口を開いた。

 

「そのような選出、断じて認められません! このセシリア・オルコットに男がクラス代表なんて屈辱を一年間も味わえというのですか!?」

 

(イチズ、彼女は自分の言っていることの意味を理解しているのか?)

 

(理解してたら、そもそもあんな態度で俺たちに接してこないだろうよ。理解云々以前にあの女の人間性の問題だ)

 

 アホくさ、と一途は頬杖を突きながらセシリアの言葉を右から左へと受け流す。彼女の極東の猿やらサーカスやらという台詞は非常に耳障りだったが、聞く価値なしと思っていれば半分以上を聞き流せた。

 

(問題は一夏か)

 

 ちらっと自分の前の席に座っている親友を見やる。セシリアの余りな言い分にカチンときているという顔をしていた。

 

「そもそも、文化としても後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、わたくしには苦痛で」

 

「イギリスはどうなんだよ? 少なくとも料理に関しては明らかに後進、というより世界でど底辺じゃないか」

 

 このまま馬鹿(セシリア)の戯言を聞き流し、そのまま話の流れでクラス代表を押し付けてしまえばいいものを。口を滑らせてしまった一夏に一途はただため息を吐いた。

 

「あ、あ、あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

「先の俺の祖国を馬鹿にしてきたのはそっちだろ!」

 

 顔を真っ赤にさせるセシリアに一夏が言い返す。つい、反射的に口を開いてしまったようだが、一度言葉にしてしまった以上引くことは出来ない。

 

「止めとけ、一夏」

 

 尚、口論を続けようとする二人を、というか一夏を止めたのは一途だった。

 

「何で止めるんだよ、イチズ! あんな好き勝手に言われて腹立たないのかよ!?」

 

「腹が立たないって言えば嘘になるけどさ、そういうこと言ってるんじゃねぇよ。俺が言いたいのは態々、相手と同じレベルにまで堕ちるなってこと」

 

 喧嘩は同レベルの者同士の間でしか起こらない、という実に的を得た言葉もある。一途の発言を受け、セシリアは矛先を一夏から一途に変えた。

 

「聞き捨てなりませんわ。わたくしとその男が同じレベルだと仰るんですの!?」

 

「いや、一夏以下だろ。少なくとも、そいつは性別やら役職やらで人を見下したりはしないからな」

 

 はっきりと一途は断言する。

 

「お前は典型的な誇り高く生きることと傲慢であることを履き違えてる大馬鹿だ。俺のダチはそんな奴じゃないんでね」

 

 怒りの余り言葉もないのか、セシリアは白磁の肌を真っ赤にさせながら一途を睨んでいる。自分もこうやって言い返している辺り、人のことをとやかく言う資格はないと一途は自覚するが、放たれた矢は止まらない。言いたいことを全て言うことにした。

 

「誇り高く生きてる人は自然とそれが言動から分かるんだよ」

 

 一瞬だけ一途は視線を教壇に立つ千冬へと移したが、誰に気づかれるよりも早くセシリアへと戻す。

 

「お前の場合……はっ」

 

 最後まで言う必要もないと、一途はただ鼻で笑った。それがトリガーになったようで、小刻みに震えていたセシリアは両手を机に叩き付ける。

 

「決闘ですわ!! 篠ノ之博士の愛弟子だか何だか知りませんが、わたくしを侮辱したことを地獄の底で後悔させて差し上げますわ!」

 

「いいぜ。そっちのほうが分かりやすい」

 

『おい、落ち着け一夏。何で受けたイチズ本人じゃなくて君が了承するんだ?』

 

 エックスの至極当然な疑問に答えを返す者はいなかった。

 

「気にすんな、エックス。昔から俺たちはこんな感じだ」

 

 小学生のころの喧嘩の時がそうだ。何故か一途がいちゃもんをつけられていた筈なのに、気が付けば一夏が割って入ってきて殴り合いの喧嘩になる。いつもそんな感じだった。

 

「で、ハンデはどうする?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

 懐かしい、と郷愁に耽る一途を置いて話は進んでいく。

 

「いや、俺たちがどれくらいつければいいのかと思って」

 

 一夏のその言葉にクラスが爆笑に包まれた。

 

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

 

「男の人が女よりも強かったのなんて昔のことだよ」

 

「いくら織斑くんたちがISを使えるからってそれは言い過ぎよ」

 

 極端な話、この反応が今の世界の現状を表していた。既存の兵器全てを凌駕する戦闘能力を有したIS。そしてISを使える可能性を秘めている女性と二人の特例を除いて誰も使えない男性。女が男よりも強いという結論になるのは当然の帰結なのかもしれない。

 

「……違う」

 

 女子たちの笑い声が今だに収まらない中、一途は誰に聞かせるでもなく静かに囁いた。あの人は、篠ノ之束は女を男よりも優位にするなんて下らない目的のためにISを創った訳ではない。そう、声を大にして叫びたかった。

 

『落ち着け、イチズ。今、ここで君が喚いても世界は変わらない』

 

「分かってる」

 

 今は目の前の問題を片付けるのが先だ。

 

「織斑先生」

 

 今まで黙っていた一途が手を上げる。クラスが静まり返る中、千冬は頷いて一途に発言の許可を出した。

 

「俺はどれくらいのハンデをつければいいでしょうか?」

 

 その問いにクラス中が疑問の声を上げる。何を考えているんだ、と全員が一途を見ていた。再び笑いが起きそうになる。だが、実際には起こらなかった。

 

「ふむ。確かに量産機を使うならともかく、お前がエックスで戦うとなればある程度のハンデは必要だな」

 

 千冬がこう言ったからだ。かつて、世界最強の名を手にした女傑がハンデが必要だと。それがどのようなことを意味するのか、この学園に通う者なら理解できるだろう。

 

「必要ありませんわ」

 

 千冬が口を開くよりも早く、酷く冷淡な口調でセシリアが言った。怒りが一周回って冷静になったのか、その表情は無機質なものになっている。

 

「ハンデなど不要です。織斑先生もそのような戯言を真剣に受け止めないでいただきたいですわ」

 

「……と、本人が言ってる。ハンデは特に必要はないだろう」

 

「十星一途」

 

 了解です、と頷いた一途の背にセシリアの声がかけられる。正直言えば無視を決め込みたいところだが、最低限の礼儀として一途は渋々セシリアに向き直った。

 

「何だよ?」

 

「あなた、篠ノ之博士の愛弟子とか言われて調子に乗りすぎですわ。ですので、わたくしが現実というものを教えて差し上げます。覆すことの出来ない実力差というものを」

 

「……そりゃご親切にどうも」

 

「これで話は終わりだ。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑、十星、オルコットの三名はそれぞれ準備を怠らないように。以上」

 

 パン、と千冬は手を叩いて話を締め括り、本来の授業を始める。背中に刺々しい怒りの視線が突き刺さるのを感じながら一途はノートを開いた。

 

 

 

 

「一夏、大丈夫か?」

 

「……」

 

『見るからに大丈夫ではないな』

 

 放課後。頭だけじゃなく、口や鼻、耳から煙を吹きだしながら一夏は完全にノックアウトしていた。ISに関わる膨大な知識を脳が処理しきれなかったようだ。

 

「うぅ、マジで意味分かんねぇ。何でこんな複雑なんだよ……」

 

「初日にそんな弱音を吐くなよ。授業だってこれからどんどん難しくなってくんだぞ?」

 

『完全なゼロからのスタートだ、致し方あるまい。辞書などあれば話も少しは変わってくるのだろうが、そんな気の利いたものは無いからな』

 

 知識も無い上、自分を取り巻く環境も最悪ときている。自分と一途に好奇の視線を向けながらきゃいきゃい騒ぐ女子たちに一夏はただただ絶望した。

 

「勘弁してくれ。俺たちは上野○物園のパンダじゃないんだぞ……」

 

 物珍しいという意味ではそんなに大差ないだろう。放課後は勿論、昼休みもこんな感じなのだから堪ったものではない。一定の距離を保って見てくる女子たちのお蔭で二人はろくに昼食も味わえないでいた。

 

『何というか、獲物が弱るのを待っているハンターといった感じだな』

 

 隙を見せれば襲われそうだ、というエックスの冗談に二人は笑う気力もなかった。

 

「イチズ、エックス。二人が俺の最後の希望だ……」

 

「どこの魔法使いだ。まぁ、確かに同性の友人が二人でもいるだけマシだな」

 

 一人きりではとても耐えきれないだろう。完全な余談だが、エックスの性別は男性ということになっていた。

 

「あ、織斑くんに十星くん。良かった、まだ教室にいたんですね」

 

 呼び声に二人が振り返ると、副担任の山田真耶が書類を片手に立っていた。童顔と巨乳がアンバランスな印象を与える女性だ。

 

「二人の寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って真耶は二人にキーを差し出す。一つは部屋番号が書かれたプレートのついたもの、もう一つには物置部屋と書かれていた。

 

 ここ、IS学園は全寮制であり、全ての生徒が寮で生活を送ることが義務付けられている。将来有望なIS操縦者を保護するというのが主な目的のようだ。それは当然、男子二人にも当てはまる。もっとも二人の場合、保護と同時に監視の意味もあるのだろうが。

 

「俺の部屋って決まってなかったんじゃないですか? 前に聞いた話だと一週間は自宅から通うってことになってたと思うんですけど。イチズはどうなんだ?」

 

「俺は最初から寮に住むってことで話は決まってたぜ……ま、色々とあるんだろ」

 

 その背景には日本政府の特命があったりするのだが、特に語るべきことでもないので割愛する。二人に用意された部屋は二つ。一つは相部屋、もう一つは物置を急遽一人部屋に改築した部屋だ。

 

「そういう訳で、二人にはどちらの部屋にするか決めて欲しいんですけど」

 

 顔を見合わせる一の字コンビ。女子との相部屋か、元物置の一人部屋か。どちらを選ぶかなんて決まっている。

 

「一夏、恨みっこなしだぞ」

 

「分かってる」

 

 両者、気合いの入った顔で対面する。え、え? と雰囲気の変わった二人に戸惑う真耶を他所に睨み合うこと数秒、、

 

「「最初はグー、じゃんけんポイ!」」

 

 それぞれ出される手。一夏はチョキ、対する一途はグーだった。

 

「イエス!!」

 

 そのままグーを突き上げてガッツポーズを作る一途。それとは対照的に一夏は無言で床に両手両膝をついて絶望していた。

 

「えっと、じゃあ十星くんが一人部屋で、織斑くんが相部屋でいいですか?」

 

 はい、と実に清々しい笑顔で一途はカギを受け取る。一夏は不満の表情を浮かべていたが、やっぱり部屋を変えてくれなんて見苦しいことは言わなかった。

 

「ところで山田先生、部屋は分かりましたけど、荷物は一度家に帰ってからじゃないと準備出来ないですし、今日はもう帰ってもいいですか? それとイチズ、悪いんだけど荷物を運ぶの手伝って」

 

「その必要はないぞ、織斑。既にお前の荷物は運んである。十星、お前もな」

 

 降臨する鬼教師、もとい千冬。威圧感を滲み出す姉の登場に一夏は盛大に顔を引き攣らせながら、一途は普通に礼を言った。

 

「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと携帯の充電器があれば十分だろう」

 

 何とも質素だ。

 

「じゃあ、二人とも。時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時の間に寮の一年生用食堂で取ってください。各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学園ごとに使える時間帯は違いますけど……えっと、今のところ織斑くんと十星くんは使えません」

 

「え、なんでもが」

 

「分かりました」

 

 何でですか、と問おうとする一夏の口を塞ぎながら一途は答えた。

 

「もがが、何すんだよイチズ」

 

「よく考えろ、一夏。今の今まで寮には女子しかいなかったんだぞ。そこにポッと出の男子二人が現れてだ、俺たち大浴場使うから君ら我慢してね、なんて女子が納得出来る訳ないだろ」

 

 特に今時の女は男のために我慢するなんて絶対に納得しないだろう。詰まる所、二人は学園側が大浴場を使える時間帯を指定してくれない限り、大浴場を利用できないということだ。

 

「そういうことだ。可能な限り、早く使えるようにする。だから、今はシャワーだけで我慢しろ」

 

『そのことなのだが、一つ聞いていいだろうか織斑教諭』

 

「何だ?」

 

『先ほど、山田教諭が各部屋にシャワーがあると言っていたが、これからイチズの住む部屋は元物置なのだろう。シャワーなどあるのか?』

 

「あぁ、それ俺も聞きたいです」

 

 大浴場が使えないのはまだいい。だが、流石にシャワーまで我慢しろというのは許容できない。というか、人として越えてはならないラインを越えてしまう。

 

「基本的には個室が用意されるまで教員用のシャワーを使ってもらう。多少、移動に不便するだろうが、我慢しろ」

 

 最悪、それが面倒なら一夏の部屋に行ってシャワーを借りればいいだろう。勿論、同居人の許可を取らなければならないだろうが。

 

「では、私たちはこれから会議があるのでこれで。二人とも、道草食っちゃ駄目ですからね」

 

 最後に教師らしいことを言い残し、真耶は千冬と一緒に教室から出ていった。その後姿を見送りながら一夏は呟く。

 

「校舎から寮まで五十メートルくらいしかないのにどう道草を食えと?」

 

「ま、アリーナとかIS整備室に開発室、それに部活動とか色々あんだろ」

 

 いずれは歩いて回ってどこがどこにあるのか把握する必要があるのだろうが、それは後日に後回しにする。とにかく今、二人は周りの女子の視線から逃れたかった。

 

「行くか、一夏」

 

「おう。後で遊びに行くから部屋の場所教えてくれよ」

 

 遊びに行く、という言葉に女子の一部が騒めき出す。二人は無言で、だが速足に教室から出ていった。

 

 

 

 

「ここか」

 

 部屋を確認し、鍵を開けて中に入る。元物置ということもあり、一途の頭の中では多少ゴミゴミとした部屋を予想していたのだが、それはいい方向に裏切られることになる。

 

『ほぉ、中々綺麗だな。とても元物置とは思えない』

 

 だな、と相槌を打ちながら一途はドアを閉めた。部屋の中にはシングルベットや勉強机など、学生生活に必要な家具が最低限揃えられていた。室内は掃除が行き届いており、とてもこの前まで物置だったのが信じられないくらいだった。

 

「広さも十分、ってか、一人だと広すぎるくらいだな」

 

 鞄を勉強机の上に置き、一途はベットに腰を下ろす。ふわふわとした感触が心地よかった。

 

「色々疲れたな……主にオルコットのせいで」

 

 左手首の腕時計を外し、ベット脇にあるサイドテーブルに倒れないように置く。そのままベットに仰向けに倒れ、大きく息を吐き出した。

 

『イチズ。セシリア・オルコットとの試合だがどうする?』

 

「どうもこうもねぇよ。国家代表ならともかく、候補生程度、お前と俺なら何の問題もないだろ」

 

 一途とエックスに問題はない。問題があるとすれば、

 

『一夏か』

 

「あぁ。授業に必要な知識もそうだけど、ISの動かし方もちゃんと教えてやらないと……一週間でどこまでやってやれるか」

 

 頭の中で一夏育成計画(一週間ver)を練っていた一途の表情がふと翳る。頭の中では二時間目の授業に千冬が言った言葉がリピートされていた。

 

『ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに使えば必ず深刻な事故に繋がる』

 

「やっぱ、IS=兵器ってのが世界の共通認識なんだな……」

 

 頭の中では仕方のないことだと分かっている。ISはそれだけ、今までの価値を覆す戦闘力を秘めていた。だが、それはISのほんの一部でしかない。ISは一途の心から敬愛する彼女が宇宙を求めて創ったものだ。断じて、ただの兵器などではない。

 

『焦りは禁物だ、イチズ。世界は今、ISの一面を見ているに過ぎない。いずれ、その本質を理解する時が必ず来る。その時のための君と私だ』

 

 ISはまだ幼い、黎明期を迎えたばかりだ。例え今は兵器として使われているとしても、そう遠くない未来に本来の役割を取り戻すはずだ。そしてその時こそ、一途とエックスの出番だ。

 

 そうだな、と頷き一途は上体を起こし、左手の拳を右の掌に軽く打ち付けた。

 

「今は目の前のことを一つずつやっていこう。エックス、一夏の訓練や勉強なんだが、どうすればいいと思う?」

 

『そうだな。まず、何よりも先にISに触れてもらうのが先だろう。知識や訓練といった話はそれから……』

 

 人と腕時計が会話をする非常にシュールな光景。その光景に同居人()に殺されかけている一夏が駆け込んできたのはそれから十分ほど後のことだった。




 戦闘シーンは次の次くらいに書けるといいなぁ……非ログインユーザーでも感想書けますのでお気軽にどうぞ……作者のハートを壊さない程度にお願いします。


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その名はエックス

 割と急いで書いたから駆け足なのが否めない……ちなみにウチのエックスは生まれてまだ一年です。


「よっ、お早うさん。二人とも」

 

『お早う。今日も一日頑張っていこう』

 

「お早うさん、イチズ、エックス。つか、朝から爽やかすぎだろ、エックス……」

 

「……あぁ、お早う」

 

 翌日の朝。一途は食堂で一夏と箒のコンビに遭遇し、そのまま一緒に朝食を食べることになった。まだどこかぎこちないものを感じるが、二人の様子を見る限り昨日の遺恨は残ってないようだ。

 

 昨晩、一夏に失礼なことをされたと言って竹刀片手に持った箒が部屋に飛び込んできた時は流石の一途も肝を冷やした。(ちなみにエックスも同じ感想を抱いていた)その後、鼻息を荒くしていた箒をどうにか一途とエックスが説得し、一夏への矛を収めさせたのだ。

 

(しかし私には分からない。イチズ。何故、彼女は好いた相手である一夏にあんな何の躊躇もなく暴力を振るえるんだ? しかも竹刀って……殺傷能力高すぎだろう)

 

(このくらいの年の女の子はな、色々とあるんだよ。色々な)

 

 思春期の女子とは摩訶不思議だな、とエックスは一人考え込んでいた。そうこうしている内に三人はそれぞれの朝食を持って空いてる席に座る。メニューは三人とも古き良き和食セットだった。

 

「んで、どうだよ一夏。IS学園に来て一日経ったわけだが、少しは慣れたか?」

 

「慣れる訳ないだろ。そういうお前はどうなんだよ?」

 

 一夏の返しに一途は苦笑しながら肩を竦める。それが答えだった。こんな環境に一日で適応できる者がいたとすれば、その人はきっと宇宙空間ですら余裕で生きていけるだろう。

 

 慣れない、という点で見れば一途と一夏にとってIS学園は宇宙空間と同じだった。何せ上下左右前後ろ、全てが女子。この状況に慣れるにはそれなりの時間が必要だろう。現に今も女子たちが遠巻きに視線を送って二人の精神を削っていた。

 

「まぁ、俺にはエックスがいるし、お前には箒がいる。頼れる相手がいるってのは心強いもんだ」

 

「確かに、相部屋の相手が箒で良かったよ。(他の女子と比べて)一緒にいて安心できるしな」

 

「そ、そうか……そうなのか」

 

 一夏の発言に箒は最初は驚き気味に、最終的には嬉しそうに頷く。こういった女の子が嫌でも意識してしまう台詞をさらっと言えるのは流石と言えた。

 

(イチズ、彼に今の発言に対しての自覚はあるのか?)

 

(あったら本人の横であんなのほほんとした顔してられるわけないだろ……大変だなぁ、箒も)

 

 内心で嘆息しながら一途は箒に同情するも、顔に出さずに朝食を続ける。そのまま三人は箸を動かしながらお互い離れ離れになっていた時のことを話していた。彼らの周りで相席のチャンスを窺っていた女子たちもその空気の中に押し入るほど面の皮が厚くなかったのか、食べ終わるまで三人は誰かに声をかけられることは無かった。

 

「ご馳走様でした、と。早く食器片付けて教室行こうぜ。遅刻したら千冬姉に何されるか分からないしな」

 

「それに関しちゃ同感だが、本人の前で言うなよ」

 

「それくらい分かってるって」

 

 大丈夫大丈夫、と全く信用出来ない笑顔で一夏はトレーを持って返却口へと向かった。一夏の後を追うように箒が立とうとするが、それより早く一途が声をかけた。

 

「どうした、イチズ。早くしないと授業が始まるぞ」

 

「そりゃ分かってるけど、言わせてくれ。詳しい話は聞いてないから昨日何があったか知らないけどよ、暴力は駄目だろ」

 

 自覚はあるのか、一途の諫めに箒はぐっと言葉を詰まらせる。

 

「し、仕方ないではないか。元はと言えば、あんなデリカシーのないことを言う一夏が」

 

『例えどんなに神経を逆撫でするようなことを言われようと、竹刀で殴るのはやり過ぎだ。下手をすれば死んでしまうぞ』

 

 エックスの正論にぐぅの音も出なかった。その上、箒の一夏に対する態度はどこかつっけんどんなものだった。その事を指摘すると、ふいと箒はそっぽを向いてしまう。

 

「一夏が女の子に囲まれてムカムカするってのはまぁ仕方ねぇよ? でも、それを態度に出すのはまずいだろ。ただでさえ環境が激変してストレス溜まってるのに、同室のお前にそんな態度取られてたらあいつの気が休まらないって。そう遠くない内にぶっ倒れるぞ」

 

「分かってる。分かってはいるんだが、一夏があぁやって私以外の女と喋ってるのを見ると、どうしても心穏やかではいられないんだ」

 

 箒が視線を送る先、一人になった一夏に女子たちが群がっていた。確かに想い人が自分以外の女に囲まれている光景を前に明鏡止水の心持ちでいろというのが無理な話だ。箒の言葉に納得してしまい、何も言えないでいる一途に代わってエックスが口を開く。

 

『箒。君は彼女たちのように好奇心や興味本位で一夏を気にしている訳ではないだろう。君は一夏のことが好きだから、彼のことを気にしている。そうだろ?』

 

 エックスの余りにストレートな言い方に箒は顔を赤くさせるが、否定することなく頷く。

 

『なら、その好意をしっかりと持ち続けるんだ。そうやって一夏を傍らで支え続ければ、その想いは自ずと彼に伝わる』

 

「そ、そうか、そうなのか? そうかもしれない。いや、きっとそうだな」

 

 半ば自分に言い聞かせるように呟きながら箒は立ち上がる。エックスのアドバイスが功を奏したのか、決然とした表情を浮かべていた。しかし、その顔が続いたのも数秒だけ。すぐに暗澹たる表情になってしまった。

 

「確かにお前の言う通りかもしれない、エックス……だがな、相手はあの一夏なんだ……」

 

 相手はあの一夏なんだ。彼の人となり知ってるだけに、この一言が有する一途と箒への説得力は絶大だった。

 

「まぁ、何だ。ただの幼馴染から気になる異性くらいにはランクアップ出来るだろ……多分」

 

 絶対とはどうしても言い切れなかった。二人でため息を吐くと、いつの間にか食堂の入り口に立っていた千冬がパンパンと鋭く手を叩いていた。

 

「何時まで食べている、時間を無駄にするな! 遅刻してきた者にはグラウンドを十周させるぞ!」

 

 そりゃ勘弁、と喋る事に口を動かしていた女子たちが急いで朝食を掻き込み始める。

 

「イチズ、箒。早く行こうぜ」

 

 今行く、と一夏に返事をして二人はトレーを片付けるべく立ち上がった。

 

「少し、一夏への態度を改めてみる。その、ありがとう。イチズ、エックス」

 

 気にすんな、と一途は軽く手を振った。幼馴染の二人には幸せになってもらいたい。それは紛れもなく一途の本心なのだから。

 

 

 

 

 二時間目、ISの基礎知識の授業。一夏はどうにかこうにか真耶の授業についていけていた。それこれも全部、エックスのサポートあってのことだった。現在、本来の居場所である一途の手にエックスはなく、一夏の左手首に巻かれている。

 

「今、エックスのサポートが必要なのは俺じゃなくてお前だからな」

 

 と一途は快くエックスを貸してくれた。エックスも可能な限り一夏に分かるように授業の解説をしてくれている。親友の友情とその相棒の温情に一夏は感涙を流して感謝した。

 

「という訳で、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで保護しています。また、生体機能を補佐する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態に保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗、脳内エンドルフィンなどがあげられ」

 

「あの、先生。それって大丈夫なんですか? なんか、体の中をいじくられているみたいで怖いんですけど……」

 

 女子の一人が不安げな顔を浮かべていた。それに対し、真耶は張り切って笑顔で答える。

 

「そんなに難しく考える必要はありませんよ。分かり易い例を挙げると、皆さんブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそしてますけど、それで人体に悪影響が出るということはありません。勿論、自分にあったサイズのものを使わないと……」

 

 そこまで言って真耶は男子二人の存在を思い出す。何のこっちゃ分からない、と言いたげな顔の二人と目が合い、真耶は顔をぼっと赤くさせた。

 

「そ、そうですよね。織斑くんと十星くんは男の子ですし、この例えは分かりませんよね。あはは……」

 

((分かってたまるか))

 

 二人の心が完全に一致した瞬間だった。その後、教室内が何とも言えない微妙な空気に包まれるが、千冬の咳払いで浮ついた空気は払拭され授業が続けられる。

 

「それともう一つ大切なのはISにも意識のようなものがあり、操縦者との対話、つまり一緒に過ごした時間で互いを理解するというか、操縦時間に比例してISは操縦者側を理解しようとします。互いを深く理解し合うことでより性能を引き出せるという訳です。皆さんもISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

(ほう、中々良いことを仰るな、山田教諭は)

 

(そうなのか?)

 

 授業を中断させない程度の声で一夏はエックスと会話する。

 

(あぁ。私とイチズがいい例だ)

 

(ん? それってどういう)

 

 意味と聞く前に授業終了のチャイムが鳴った。

 

「あっ、次の授業では空中でのISの基本制動をやりますからね」

 

 そう言って、真耶は千冬と一緒に次の授業の準備をするため教室から出ていった。エックスに聞きそびれて何とも言えない顔をしている一夏に一途が歩み寄っていく。

 

「どうだ、一夏。授業にはついていけそうか?」

 

『あくまで私の見立てだが、問題はないと思うぞ。一夏は飲み込みがかなり早いからな』

 

「二人のお蔭でどうにかやってけそうだ。ところでイチズ、聞きたいことが」

 

「ねぇ、織斑くんに十星くーん」

 

「質問しつもーん」

 

「今日のお昼暇? 放課後暇? 夜は暇?」

 

 何とも間の悪い女子たちの質問。二人への様子見は昨日で終わったようだ。あっちからこっちから質問を飛ばされて喧しいことこの上ない。

 

「あの、そんなに一度に喋られても」

 

「俺たちは聖徳太子じゃないんだ。質問するなら一人ずつ頼む」

 

 じゃあ、私からと一人の女子が手を上げる。

 

「千冬お姉様って家じゃどんな感じなの!?」

 

「え? 以外と」

 

 妙に目を血走らせた女子の迫力に押されて思わず答えようとした一夏の脇腹を一途が小突いた。何だよ、と目線だけで訊ねると、一途は親指で後ろを指し示した。途端、背後から感じられる圧倒的なプレッシャーに一夏は全身に鳥肌を立てる。

 

「休み時間は終わりだ。散れ」

 

 そこには案の定、千冬の姿があった。二人の周りに群がっていた女子たちが蜘蛛の子を散らすように席に戻る中、千冬は一途に声をかける。 

 

「あぁ、織斑。お前のISだが、準備に時間がかかる」

 

「はい?」

 

「予備機がない。学園で専用機を用意するから少し待っていろ」

 

「専用機って……」

 

 よく分からずに首を傾げる一夏を正反対に女子たちが騒めき出す。

 

「専用機? 一年のこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出るってことで……」

 

「いいなぁ。私も早く専用機欲しい……」

 

 意味が分からずにきょとんとしている一夏を見かね、千冬は教科書を開くよう指示する。

 

「六ページだ。音読しろ」

 

「は、はい。えっと……」

 

 その内容を要約するとこんな感じだ。

 

・ISは世界に467機しか存在しない。

 

・コアは束にしか作れず、そして束はコアを作っていない。

 

・コアは一定数、国家、企業、組織、機関に割り振られている。

 

・コアの取引、ダメ、絶対。

 

・専用機は国家、企業に所属している人にしか与えられない。

 

 ということになる。一夏の場合、状況が余りにも特殊すぎるため、データ収集という名目で専用機が与えられることになった。

 

「そっか……ん、ちょっと待ってくれ、ちふ」

 

 バシン!

 

「……一つ質問していいでしょうか、織斑先生」

 

「許可する」

 

「俺のことは分かりましたけど、イチズはどうなるんです? あいつも俺みたいに専用機が用意されるんですか?」

 

 そのことは皆も気になっているらしく、視線が一途へと集まる。一夏の問いに対して千冬は何でもないことのように答えた。

 

「十星は既に専用機を持っている。エックス(そいつ)をな」

 

 エックスへと集まる視線。束の間の沈黙、

 

「「「「「えぇ~っ!!!???」」」」」

 

 そして静寂を破る驚きの叫び声。

 

「十星は織斑以上の例外だ。エックスは458体目のISだからな」

 

「458体目!? で、でも、教科書には457だけって」

 

「そんなもの、篠ノ之束(あいつ)の気分次第で幾らでも変わる。当てにするなとまでは言わんが、過信はしないように……もっとも、それだけの気紛れを起こすこともそうそう無いと思うが。聞かれる前に言っておく。十星は今のところ、日本所属ということになっている、暫定的にだが。「俺は篠ノ之束所属ですよ、織斑先生」……本人はこう言ってるがな」

 

 そんな言い分通るのか、と聞かれれば通っちゃったんだから仕方ない、としか言いようがない。束の関係者から専用機を取り上げるなんて無謀をやる勇気を持った国はなかった。ちなみにIS学園入学の際、ほとんどの国や企業が絶賛全世界指名手配中である束の居場所を一途から聞き出そうとしたが、

 

「俺があの人を売る訳ないだろ」

 

 と一蹴されていた。力尽くで聞き出す、という選択肢は束を敵に回すという結果がある以上、誰も最初から選ばなかった。

 

「そういう訳だ。十星に関してはそういうものだと思っておけ。あれが関わってる以上、考えるだけ無駄だ」

 

 その後、苗字が同じということで箒が束の妹だということが分かってしまった。そうなれば好奇心旺盛な女子たちが話を聞こうと集まってくる。

 

「あの人は関係ない!」

 

 と、箒は自分の周りに群がってきた女子たちに怒声を浴びせていた。

 

「……いきなり大声を出して済まない。でも、私はあの人じゃない。だから、教えられることは何もないんだ」

 

 それだけ言って、箒は窓の外に顔を向けて言外に話す気はないと語った。押し黙った箒に一途は静かに息を吐く。

 

「……溝はそう簡単に埋まらないか」

 

 

 

 

 

 次の授業の休み時間、ちょっかいをかけてきたセシリアを振り切り、一夏は一途と箒を連れて人気のない場所までやって来た。

 

「二人に頼みがあるんだ」

 

『セシリア・オルコットとの試合のことだな?』

 

 エックスの言葉に頷く一夏。

 

「俺はISのことを全く知らない。だから、今のままだとあいつと勝負にならない。だから、俺にISの動かし方とか、色々教えてくれ」

 

 頼む! と一夏は顔の前で両手を合わせながら二人に頭を下げた。

 

「別に俺は構わないぜ。元々、そっちの方も教える気だったしな。箒、お前はどうする?」

 

 一途の視線を受け、箒は無言で腕組みする。暫し、沈黙を貫いていたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「下らない挑発に乗った貴様の自業自得だ……と言いたいところだが、あの女の言い方は確かに腹が立つものだった。いいだろう、手伝ってやる」

 

「イチズ、箒……ありがとう!」

 

 一夏は両手で二人の手をそれぞれ握り、感謝の意を伝える。顔を真っ赤にする箒とは対照的に一途はおいおい、と言いたげだった。

 

『では、今日の放課後から特訓開始だな。場所はどうする?』

 

「一夏、まずは剣道場に来い。腕が鈍ってないか確かめてやる」

 

「え? いや、俺が教えて欲しいのはISの動かしか」

 

 行っとけ一夏、と一途も箒の案を推す。

 

「ISの動かし方って言っても、結局動かすのは人だ。生身の時の動きがISの機動に直結すると言っても過言じゃない。だから、今の内に自分がどれだけ動けるかをチェックしておいたほうがいい」

 

 そっか、と納得する一夏。何で私じゃなくて一途の言葉に納得するんだ、と言いたげな目で箒が一夏を睨んでいたが、本人に気づく様子はない。

 

「俺とエックスは少し情報を集めてくる。剣道場には遅れて行くから、先に始めててくれ」

 

 こうして、一夏強化計画が動き出そうとしていた。

 

 

 

 

「剣道場って確かこの先だよな?」

 

『あぁ、地図を見た限りこっちのはずだ』

 

 放課後、目的の情報を集め終えた一途は剣道場へと向かっていた。ちゃんと地図を見たので、特に迷うこともなく剣道場へとたどり着く。予想通りと言うべきか、そこにはギャラリーの山が出来ていた。

 

「人気者だな、あいつも」

 

『君もだろ?』

 

 道中、クラス学年問わず女子に話しかけられ、若干疲れていた一途は何も言わずにギャラリーを掻き分けて剣道場に入っていった。

 

「悪い、遅くなった……って、何やってんだお前ら?」

 

 試合をしているかと思えば、防具を外した箒が床に座り込んでいる一夏に滅茶苦茶怒っているという光景に思わず一途は眉を顰めた。

 

「イチズか。この軟弱者が弱くなりすぎていてな。驚いたことに中学校三年間ずっと帰宅部だったそうだ」

 

「帰宅部? あぁ、バイトして家計の足しにしてたのか」

 

 何? と驚きの表情を作る箒を尻目に一途は一夏を助け起こした。

 

「ま、弱くなってるなら今から強くなればいいだけの話だ。アリーナと練習機の使用許可を貰ってきた。今日は無理だが、明日からはそっちで練習しよう」

 

「待ってくれ、イチズ。今の一夏はIS以前の問題で」

 

「だからってISに全く触れないってのも駄目だろ。剣道だけじゃ飛ぶ感覚を覚えられないからな」

 

 それはそうだが、と箒は不満げだった。

 

『心配するな、箒。君にもちゃんと活躍したもらうつもりだ。一夏、明日から君が使う練習機『打鉄(うちがね)』のデータを携帯に送っておく。後でも構わないから目を通しておいてくれ』

 

「分かった、ありがとう。ところでイチズ。情報集めてくるって言ってたけど、何の情報集めてたんだ?」

 

「セシリア・オルコットとその専用機のデータ。それとお前の専用機についてちょっとな」

 

「分かったのか?」

 

 千冬と真耶に聞いてみたところ、簡単な情報ならとセシリアの専用機について教えてくれた。ついでに一夏の専用機のことも聞いてみたのだが……。

 

「で、どんな感じのISだった?」

 

 ワクワクしながら訊ねる一夏。その子供のような雰囲気に一途は答え辛そうに頭を掻いていた。

 

「コンセプトとしてはだな……高速で動く近距離特化型というか……というか近距離戦しか出来ない」

 

 だって武器、刀一本だけだから。

 

「「……マジで?」」

 

 信じられないと顔に浮かべる二人に一途は頷くことしか出来なかった。あの機体、どっからどう考えても素人に与える代物ではない。余りにも性能がピーキー過ぎる。正直言って、一途は一夏にこの専用機を用意した者にどういうつもりなのか胸倉を掴んで問い質したかった。

 

『ちなみにセシリア・オルコットの専用機、蒼い雫(ブルー・ティアーズ)は中距離射撃型……相性は最悪と言っていいだろう』

 

「……勝てるのか、それ?」

 

「やるしかないだろ……」

 

 絶望的としか表現のしようのない空気の中、特訓は始まった。

 

 

 

 

 早いもので既に一週間が経過し、決闘の当日と相成った。この一週間、やれるだけの特訓はやったと三人は自負していた。後は自分と仲間を信じて力を出し切るだけ。問題などなかった……ある一点を除いて。

 

「来ないな」

 

「来ないな」

 

「あぁ、来てないな」

 

『何度確認しても来てないな』

 

「「「『一夏(俺)の専用機』」」」

 

 そう、試合直前になってもまだ一夏の専用機が届いてないのだ。第三アリーナ・Aピット。何度見ても、一夏の専用機は影も形も無かった。

 

「こりゃ俺とオルコットの試合が最初かな」

 

「そうなるな」

 

 と、現れたのは千冬と真耶の担任二人組だった。今回の試合、一途、一夏、セシリアの総当たり戦ということになっている。既にセシリアは準備を終えているらしく、ステージで試合開始を待っていた。

 

「これ以上、時間を無駄にするわけにもいかない。織斑の専用機もお前とオルコットとの試合中に届くだろう」

 

「だといいんですが……じゃ、行くか、エックス」

 

『あぁ』

 

 立ち上がる一途。その左手首に巻かれた腕時計が淡い光を放つ。

 

「イチズ」

 

 ピット・ゲートへと歩いていく一途を千冬が呼び止めた。振り返る一途に千冬は授業中では絶対に見せないような悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「あの小娘、少々鼻が伸びすぎている。適当にへし折ってやれ」

 

「……教師がそんなこと言っていいんですか?」

 

「何、どん底から這い上がる生徒を見守り、助けるのも教師の仕事だ」

 

 さいでっか、と肩を竦め、一途は一夏と箒に手を一振りして歩いていく。緊張もない、絶望もない。開いていくゲートを前に一途は立ち止まり、大きく息を吐いた。

 

「エックス、ユナイトだ」

 

『あぁ、行くぞ!』

 

 握り締めた左の拳を右の掌に強く打ち付ける。目も眩むほどの光がピット・ゲート内を照らした。

 

「エックスーーーッ!!!」

 

 力強い叫びと共に左拳を天に向けて突き上げる。腕時計(エックス)から溢れ出した光が球体となって一途を包み込む。光の玉となった一途は開いたゲートから勢いよく飛び出した。そのままステージ内へと飛び上がり、ある程度の高さまで昇ると地面に向かって急降下。激しい着地音、周囲に迸る青く美しい閃光。

 

 突然の出来事にステージが静まり返る中、それはゆっくりと立ち上がった。全身を覆う、赤、銀、灰色のカラーリングのメタリックな装甲。胸元で光る金色に縁取られたX字状のコア。シュッとした外観は見る者にスタイリッシュという感想を抱かせた。

 

 エックス。それがそのISの名だ。




 エックスのイメージですが、感想でもありましたようにULTRAMAN(漫画)のスーツをエックスにしたものを連想してください。


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色眼鏡をぶっ壊す

全身装甲(フルスキン)ですか。珍しいですね、十星くんの専用機は」

 

 リアルタイムモニターに映った一途の姿に真耶は率直な感想を零していた。第二世代型のISが最も配備されている今のご時勢、一途のように全身に装甲を纏うタイプのISは非常に珍しかった。そもそも、ISには操縦者を守るシールドエネルギーや絶対防御などの機能が備えられている。わざわざ、全身を装甲で守る必要などないのだ。

 

 

「あれがエックス、か」

 

 ISとなったエックスを見て箒は頼りなさそうという印象を覚える。大半のISは鎧や甲冑といった印象を見る者に与えるものだ。現にセシリアのIS、ブルー・ティアーズは王国騎士のような気高さを箒に感じさせていた。対してエックスの外観は非常に人間のものに近い。全体的にシュッとした見た目、人の双眸を模したセンサーアイがその印象を際立たせている。

 

「……」

 

「か、格好いい……」

 

 無言の千冬。その隣に立つ一夏は少年のように目を輝かせ、エックスを装備した一途に羨望の眼差しを向けていた。血が繋がっているにも拘らず、対極的な反応を見せる姉弟だった。

 

『中々、よろしいのではなくて? サーカスの見世物としては上等ですわ』

 

 モニターの中、セシリアは小馬鹿にしたような笑みを一途へと向けていた。セシリアの挑発に答えず、一途は大腿部と背部、それぞれ二基のスラスターを噴かしてゆっくりと浮かび上がる。スラスターの噴出口から溢れる青い粒子が言葉に出来ぬ美しさを演出していた。

 

「綺麗……織斑先生、あれは何なんですか?」

 

「ザナディウム粒子。エックスの攻撃手段であり防御手段、そして移動手段だ」

 

 エックスのスペックや一途の戦闘データは千冬などのごく一部の教師にしか明かされていない。なので、真耶は一夏と箒同様、一途とエックスについてほとんど何も知らなかった。この場で知っているのは千冬ただ一人だけだ。

 

「遠距離武器として撃つもよし。圧縮し、剣に見立てたり打撃の威力を高めるもよし。盾にすることは勿論、高速機動にも使える……出鱈目としか言い様がないな」

 

 その原理は開発者である束や一途はおろか、エックス本人も分かっていない。束曰く、一途とエックスがユナイトするからこそ使えるのかもしれないとのこと。

 

『束さんの手で束さんに分からないものを作っちゃうなんて、新手の哲学か何かなのかな? あぁ、周囲に悪影響を与えることはないからそこは安心していいよ』

 

 ザナディウム粒子の安全性に関しては束が全力全開で調べたので、それは完全に保証できた。今のところ、ザナディウム粒子について分かっていることは二つ。余程の奇跡が起こらない限り再現は不可能だということ。ザナディウム粒子を持つエックスを使えるのはこの世で一途だけなので、一途意外には使えないということ。

 

「つまり、エックスって本当の意味でイチズの専用機なんだな」

 

「そういうことになるな。完全に一個人しか使えない兵器など、欠陥もいいところだが」

 

 一応、採取されたデータはIS委員会を通して信用できる研究機関に送られるそうだが、果たして『天災』が匙を投げたものを解明することが出来るのかどうか。

 

「む、始まるようだな」

 

 

 

 

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

 ビシッ、と十メートルほどの距離を空けて自分と同じ高度に浮かぶ一途にセシリアは人差し指を突きつける。余裕を見せつけているのか、左手に携えている大型のレーザーライフル『スターライトmkⅢ』は銃口を下に向けたままだ。

 

「チャンス?」

 

「えぇ。このまま戦えば、貴方がわたくしになす術もなく負けるのは自明の理。惨めな敗北を皆さんに見せたくないというなら、先日の不敬を謝りなさい。そうすれば、許してあげないこともなくってよ」

 

 相変わらずの上から目線。小さく笑みを浮かべるセシリアに一途はセンサーアイ越しに見詰めていた。

 

「……で、お返事は?」

 

 いくら待っても返事をしない一途にイライラしながらセシリアは返答を促す。そこで漸く一途は口を開いた。

 

「そういや、まだ具体的なハンデが決まってなかったな、オルコット」

 

 まさか、今ここでハンデの話を蒸し返されるとは思ってなかったようで、セシリアははぁ? と目尻を釣り上げる。怪訝な顔をするセシリアに見せつけるように一途は左手を持ち上げた。

 

「俺はこの試合、左手を一切使わない。攻撃にも防御にもな。いいだろ、エックス?」

 

『あぁ、私は構わない』

 

 相棒の答えを受け、一途は何時でも始めろと言わんばかりに小さな前傾姿勢をとる。謝るどころか、ハンデまで出してきた一途に堪忍袋の緒が切れたセシリアは口角を引き攣らせながらライフルのセーフティを解除した。

 

「このセシリア・オルコットの温情をその様に踏み躙るのですか……もう、泣いて謝っても絶対に許しませんわ!!」

 

 耳をつんざく独特な砲音。左腕目がけて放たれた閃光を一途は半身になってかわし、右手から蒼い光弾を撃ち出して応じる。自分の射撃を避けた上に反撃までしてくることを予想していなかったセシリアはもろに光弾を左腕に受けた。装甲と一緒にシールドエネルギーが削り取られる。

 

「くっ、ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアの声に応じ、背後に控えていた四枚のフィン・アーマーが飛び出す。さながら主の命令を受けた猟犬のようだ。

 

『イチズ、分かっているな?』

 

「勿論」

 

 スターライトmkⅢの砲撃に合わせ、レーザーを放ってくる四基のフィン・アーマー、もといビットから注意を逸らさずに一途は迫る幾つもの閃光を回避していった。これぞブルー・ティアーズの特殊兵装『ブルー・ティアーズ』である。特殊(BT)レーザーの銃口を取り付けられた自立機動兵器だ。

 

『しかし、武装に機体と同じ名前を付けてややこしくないのか?』

 

「製作者に言えよっと!」

 

 急上昇し、多角的な機動で追いかけてくるビットから逃れる。かなりの速さで動いてるにも拘らず、ビットは追い立てるように一途に向けてレーザーを撃つ。回避した先への予測射撃、死角からの一撃など、見事な動きを見せていた。高速で動く四基ものビットをこれだけ的確に操れる技量を持ったセシリアは流石代表候補生と言えた。

 

 同時にビットの攻撃を悉く避け、防ぐ一途の技量もまた凄まじいものがあった。

 

「ふふ、無様に逃げ回る姿、中々お似合いですわよ!」

 

 最初の銃撃で負けこそしたが、逃げに徹する一途の姿にセシリアは調子を取り戻す。セシリアが右腕を一振りすると、全ビットがそれぞれ別方向から同時に攻撃してきた。

 

「『ソードX!』」

 

 しかし、どこを狙っているかは丸分かりだったため、一途は右手首から現れた光剣でレーザーをあっさりと切り払う。レーザーが霧散していく中、二人はセシリアのある弱点に気付いた。

 

「エックス」

 

『分かっている、突っ込むぞ!』

 

 今までスラスターから放たれる粒子で蒼いオーロラを描くかのように飛んでいた一途が突然、セシリアに向けて一直線に突っ込んでいく。

 

「なっ!?」

 

「はぁっ!!」

 

 今まで『線』の動きをしていた一途の機動がいきなり『点』の動きになり、反応が遅れたセシリアはどうにかライフルを盾にして振り下ろされる光剣を防いだ。一途の攻撃は止まらず、返す光剣でライフルを弾き上げる。同時にエックスの左脚装甲が蒼く輝き始めた。

 

『せぁっ!!』

 

 無防備になったセシリアの腹部に中段蹴りを叩き込む。更にインパクトの瞬間にザナディウム粒子を炸裂させ、セシリアを大きく吹き飛ばした。

 

「きゃぁ!!」

 

 体勢を崩すセシリアに追撃の光弾。続けざまの直撃にブルー・ティアーズのシールドエネルギーは大きく削られた。

 

「くっ、調子に乗って!」

 

 更なる追撃をかけようとする一途にビットの砲撃が襲い掛かる。咄嗟に後ろへと下がり、網目のようなレーザーを潜り抜けた。

 

「こ、幸運な方ですね。最初の一撃だけでなく、二回も奇跡が続くなんて」

 

 腹部に走った衝撃と痛みに顔を歪めながらも、セシリアは余裕を見せるような笑顔を浮かべる。だが、その顔は誰が見ても分かるほど驚愕と苛立ちで引き攣っていた。

 

「今ので勝負を決められなかったのがあなたの敗因。このようなマグレ、もう二度と起こりませんわ!」

 

『いや、起こるさ。君にその弱点がある限り』

 

 間髪入れずに告げられるエックスの言葉はセシリアの表情を完全に凍り付かせた。

 

『セシリア・オルコット、君のブルー・ティアーズの操作技術は見事の一言に尽きる。四つもの自立機動兵器をあれだけ自在に操るには相応の集中力が必要だ』

 

 ブルー・ティアーズを動かす凄まじいまでの集中力。それこそが彼女の武器であり、そして弱点だった。

 

『君は操作に集中する余り、ブルー・ティアーズの操作中はそれ以外の攻撃が出来ない。防御や回避などに移る時も若干のラグが生じる』

 

 セシリアの不幸はその弱点を突ける相手が国家代表など、極一部を除いていなかったことだ。彼女が戦ってきた相手の中で、彼女の弱点を攻めるだけの技量を持った者がいなかった。だから、彼女はその弱点の克服を後回しにしてしまった。そして今、彼女が相手にしている男はその弱点に付け込むだけの実力を有している。

 

「認めない……」

 

 ライフルを握る手を震わせ、セシリアは絞り出すように呟いた。

 

「わたくしに弱点があるなど、まして男なんかに負けるなんて絶対に認めませんわ!」

 

 自分に言い聞かせるように叫び、セシリアはスターライトmkⅢの銃口を一途に向ける。その銃口が微かに震えているのをエックスのハイパーセンサーと一途は見逃さなかった。

 

 

 

 

 試合開始から十分が経過した今、試合内容は酷く一方的なものになっていた。ビット操作中の弱点を的確に突かれ、満身創痍となったセシリア。ブルー・ティアーズのシールドエネルギーは既に三桁を切っている。一方の一途は一発の被弾も無い上に左手を使わないというハンデを今だに貫いてた。

 

「何で……」

 

 スターライトmkⅢから放たれる砲撃は豪雨となって一途へと降り注ぐ。その一撃一撃を一途は最小限の無駄のない、すり抜けるような動きで避けていった。

 

「何で……」

 

 四基のビットの同時攻撃も、幽霊のように動く一途を捉えることが出来ない。逆に反撃の光弾でビットの一つを撃ち落される結果になってしまった。

 

「何で、わたくしの攻撃が当たりませんの……?」

 

 掠れた、風が吹けば消えてしまいそうな囁きをエックスは聞き逃さなかった。

 

『それは君自身が君とブルー・ティアーズを貶めているからだ、セシリア・オルコット』

 

 最早、口を開くことも出来ないセシリア。動きの止まったビットに警戒しつつ、エックスは言葉を続ける。

 

『君の専用機は自立機動兵器であるブルー・ティアーズと操縦者による全方位からのオールレンジ攻撃が強みだ。君はその強みを自分自身の手で完全に潰している』

 

「そんな、こと」

 

『事実だ。現実に君は我々の左手のみに攻撃を集中していた』

 

 完全な図星だった。左手を使わないという一途のハンデ。それがどうしても許せずにセシリアは意地でも一途に左手を使わせようと、攻撃目標を左手に絞っていた。

 

『だからこそ、我々は容易に君の攻撃をしのぐことが出来た。例え死角から撃たれようとも、狙われている場所が分かっていれば対処することは容易い……君には聞こえないのか? 彼女(ブルー・ティアーズ)の声が?』

 

ー違う、そうじゃない。そうやって使うんじゃないー

 

ー何でそんな風に使うんだ? 何でちゃんと使ってくれないー

 

ーちゃんと使ってくれれば、撃ち抜けないものなんて無いのにー

 

 そんな叫びが今さらになって聞こえた気がした。

 

 じわりとセシリアの視界が滲む。彼女は自分が酷くちっぽけで情けない、滑稽な存在に思えてならなかった。自分自身の手で己の価値と誇りに泥を塗りたくる哀れな女。自分よりも格下だと思っていた『男』に手も足も出ず、一矢報いることも出来ない惨めな道化。

 

『どういう経緯でそうなったかは知らないが、君は男というものを無条件に自分よりも劣っていると思い込む節があるようだ。なら、私は断言しよう。その色眼鏡を外さない限り、君は永遠に我々と一夏に勝つことは出来ない』

 

 エックスの言葉が事実だということもあり、セシリアは反論する気すら起こらなかった。

 

 エックスの言う通り、セシリアは『男』という存在が自分よりも劣っているものだと決めつけていた。彼女を取り巻く環境がそうさせたのだ。彼女の父は母の顔色を常に窺っていた。名家に婿入りしたということを踏まえても、それはいき過ぎたものだった。対して彼女の母は女傑と呼ぶに相応しい風格と力を持っていた。

 

 そんな二人の関係を幼少から見ていたセシリアが男とは情けないものだという価値観を持つのは当然のことと言えた。その価値観は両親の死後、遺産目当てでハイエナのようにすり寄って来た男たちと出会うことで加速度的に大きくなっていく。

 

 故にセシリアは気に入らなかった。男でありながら自分の価値観内に収まらない十星一途と織斑一夏という存在が。現実を教えてやろうと決闘を申し込んだが、その結果がこれだ。

 

「……喋り過ぎだ、エックス」

 

 不意に黙っていた一途が口を開いた。

 

「俺たちは戦ってるんだ。口上での問答なんて無粋だろ」

 

『……確かに、そうだな』

 

 一途の思うところを察し、エックスは素直に引っ込んだ。代わりに一途が顔面を覆う装甲を開き、隠していた素顔を露わにする。黒い双眸が真っ直ぐにセシリアを見据えた。

 

「オルコット。お前が俺や一夏を、世の中の男をどう思ってるかなんて知ったこっちゃないし知るつもりもない」

 

 伝えることがあるとすればただ一つ。

 

「俺はお前に勝つ。だから、全力で来い」

 

 虚勢などではない。必ず勝つという絶対の意志を湛えた瞳がセシリアを射抜く。そこに媚びた劣等感はなく、まして下卑た下心など微塵も無い。それはセシリアが理想の中に描いた男性像と驚くほどに酷似していた。

 

「……」

 

 セシリアは無言で涙を拭う。ゆっくりと開かれたブルーの目に侮りや嘲りはなく、対等な相手に向ける敬意と闘志を秘めていた。

 

『もう、我々にハンデを付ける余裕はなさそうだな』

 

「だとしても、勝つのは俺たちだ」

 

 再び向けられるスターライトmkⅢの銃口が震えることはもう無かった。

 

 

 

 

『試合終了。勝者、十星一途』

 

 それから更に五分後、試合が決した。一途が振り下ろした光剣がライフルごとブルー・ティアーズのシールドエネルギーを切り裂いたのだ。数秒後、静まり返っていたギャラリーが一斉に立ち上がり、両者に拍手を送る。そこに勝者と敗者、そして男と女という区分はなく、皆が二人に惜しみない賞賛を送っていた。

 

「……出来ることなら、もっと早く貴方のような方と出会いたかったですわ」

 

 自分の手に残った、両断されたスターライトmkⅢの残骸を見ていたセシリアが小さく呟いた。一途は小さく肩を竦めて応える。

 

「そんなこと言ったって過去は変わらない。でも、俺たちは今こうやって出会ったんだ。大切なのはこれから先の未来だろ」

 

「……はい!」

 

 微かに頬を赤く染めながらセシリアは嬉しそうに頷いた。




 ザナディウム粒子。イメージはガンダムOOのGN粒子が蒼くなった感じです。

 しっかし短い。やっぱ、戦闘描写は難しいのね。


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友として

 この小説でのアタッカーエックスはこんな感じになりました。


「さてと」

 

 ピットへと戻っていったセシリアの後ろ姿を見送った一途はゆっくりと回れ右する。そこには専用機であろう白いISを纏った一夏がホバリングしていた。まだ一次移行(ファースト・シフト)を済ませてないのか、その姿はどこかちぐはぐに見えた。

 

「それがお前の専用機か?」

 

「あぁ。白式って名前だ」

 

 答える一夏の右手から光の粒子が溢れ出す。高周波音と共に光の粒子が形を成し、近接ブレードとなって一夏の右手に収まった。それ以外の武器を出そうとする素振りを見せないので、事前に仕入れた情報通り武器はそれだか無いようだ。

 

 だというのに、一夏の目には闘志が満ち満ちていた。どうやら一途とセシリアの試合に当てられたようだ。

 

初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が終わるまで待っていた方が良かったんじゃないか?』

 

「アリーナの使用時間は限られてるんだ。そんな悠長なこと言ってられるかよ」

 

 それに、と一夏はブレードを鋭く斜めに振り下ろす。

 

「あんな試合を見せられて待ってるなんて出来ないしな」

 

 代表候補生という強敵相手に互角どころか、それ以上の戦いをしてみせた親友。その強さはISに触れて間もない一夏が敵うものではない。だからこそ、心が滾った。こんなにも近くに目標とすべき相手がいることを一夏は純粋に喜んだ。

 

 今の自分が勝てるとは思えない。だからといって負けていいとも思っていない。今はただ、心に宿った高鳴りのままに出せる全てをぶつけよう。少しでも目の前の男に届くように、少しでも目の前の男に追いつけるように。

 

「じゃ、行くぜ」

 

「あぁ!」

 

 IS学園二人だけの男子生徒の試合は真っ向正面からのぶつかり合いから始まった。一夏の上段からの振り下ろしを一途は右ストレートで迎え撃つ。刃と拳がぶつかり合い、派手な火花が宙に舞った。

 

「らぁっ!!」

 

 強引に振り抜かれた一途の拳が一夏を吹き飛ばす。咄嗟に姿勢制御をして観客席に突っ込むのを避けるが、息つく暇もなく飛んできた光弾までは回避できなかった。

 

「ぐっ!」

 

 胸部に走る衝撃に息が詰まり、一夏は一度だけ瞬きする。瞼が持ち上がると、さっきまでは十数メートル離れたところで拳を振り切った姿勢だった一途が眼前に迫っていた。驚くことすら出来ない一夏の頭部を鷲掴みにし、一途はくるりと逆さまの姿勢になって地面に向けて急降下する。地面に激突する寸前、一途は一夏を地面へと叩き付けた。

 

 衝撃が地面を叩き割り、砂煙が柱のように立ち上がる。濛々と立ち込める砂煙で何も見ない中、金属と金属が激突したかのような打撃音が数回アリーナに響いた。

 

「がぁ……!!」

 

 弾き飛ばされたかのように砂煙から吐き出される一夏。ごろごろと地面を勢いよく転がっていくのをブレードを地面に突き立ててどうにかブレーキをかける。ブレードを支えに立ち上がり、いまだに晴れない砂煙の中から現れた一途へと視線を飛ばす。ISのシールドエネルギーで守られているエックスの装甲には汚れ一つ無かった。

 

「何だよ、さっきのあれ。まるで瞬間移動じゃないか」

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)ってぇ技術だ。その内、教えてやるよ」

 

「そりゃどうも!!」

 

 両肩の後ろ部分に浮いている推進翼(スラスター)の出力を上げ、限界まで加速する。飛矢の如く飛んだ一夏は加速の勢いを全てブレードに乗せ、横薙ぎに一途に叩き付けた。瞬時に左腕を上げて一夏の斬撃を防ぐが、踏ん張り切れずに一途は地面に跡を残しながら横へと滑っていく。

 

「おぉぉっ!!」

 

 攻勢を緩めてはならないと一夏は即座に追撃するが、蒼く輝く光剣にブレードを受け止められた。光剣ごと押し切ろうとするが、それよりも早く光剣が輝きを強くしながら巨大化していく。ザナディウム粒子を大量に注ぎ込まれた光剣は大幅に威力を増し、容易く一夏をブレードごと振り払った。

 

 力押しは無理だと判断し、一夏は咄嗟に上空へと逃げる。急速に小さくなっていく一夏を見上げながら一途は背部のスラスター二基で二連続の瞬間加速を発動させた。ノートに消しゴムを走らせたかのように一途の姿が消える。後に残ったのは瞬間加速の名残であるザナディウム粒子が描く円だけだ。

 

「なぁ!?」

 

 一瞬で追いつかれたことに驚く一夏を次の瞬間加速で追い越す。バブルリングのように広がるザナディウム粒子の輪を通る一夏の前に飛び出し、光を纏った拳を叩きつけた。地面へと逆戻りする一夏。姿勢制御と推進翼の全力噴射で地面すれすれで浮かび上がる。

 

「くそ……」

 

 体勢を安定させながら敵を見上げる。自分との実力差を突きつけるかのように高みから一夏を見下ろしていた。分かってはいたが、こうまで手も足も出ないと笑えてくる。口元に苦笑を浮かべる一夏。既にシールドエネルギーは半分を切っていた。

 

「だからって、諦められないよなぁ!!」

 

 

 

 

「織斑先生、これ以上の試合は無理です。すぐに終わらせましょう!」

 

 先の一途とセシリアのものよりも一方的な試合に思わず真耶は叫んでいた。白式の一次移行が終わってないことを踏まえても、一途と一夏には絶望的と言っていいほどの差があった。これでは試合ではない、ただの痛めつけだ。

 

「……」

 

「織斑先生!」

 

 何も言わずにモニターを見る千冬に焦れた様子で真耶が呼びかける。

 

「昔からあぁなんだ、あいつ等は」

 

「え?」

 

「互いが互いに驚くほどの競争心を持っていてな。一夏があることを出来るようになるとイチズは悔しがって同じことが出来るように練習していた」

 

 逆もまた然り、と千冬はどこか懐かしむように呟いた。

 

「イチズがまた別のことを出来るようになると一夏もむきになって練習していた。お互い、対等でいたいんだろうな」

 

 そんな二人が三年ぶりの再会を果たし、初めてやった競い合いがこのISの試合だ。中途半端な結果で終わらせれば必ず禍根を残す。でも、と真耶が納得できないと表情で語っていると、黙っていた箒がゆっくりと口を開いた。

 

「実力に差があることなんて最初から分かり切ってました。一方的な試合になることをを承知で一夏はイチズに挑んだんです……最後までやらせてやって下さい」

 

「だ、そうだ。ここは私と篠ノ之に免じて我慢してくれ、山田先生……そろそろイチズが決めに行くようだな」

 

 

 

 

 

『イチズ、本当にいいのか? これではただ、我々が一夏を甚振ってるだけではないか!』

 

 友人である一夏を一方的に攻撃していることをエックスが抗議してくるも、一途は一夏への攻撃の手を緩めなかった。

 

「だったら手加減してやるか? そっちの方が一夏のためにならないし、何より失礼だ」

 

『しかし!』

 

「分かってくれ、エックス。こいつは俺と一夏の友情なんだ。もし仮にあいつと俺が逆の立場になったとしても、あいつは今の俺と同じことをするさ」

 

 それに、と一旦一途は攻撃を止めた。

 

「どうした、イチズ? まさか、攻撃のし過ぎでエネルギー切れでも起こしたのか?」

 

 ボロボロになりながらも一夏は軽口を叩いて見せた。一途を真正面に見据える双眸に諦めの色は微塵も無かった。

 

「あれが諦めてる奴の目に見えるか?」

 

 最後の瞬間まで一夏は勝つことを止めないだろう。ならば、全力を以て答えることこそが親友である自分の礼儀。

 

『……分かった。納得は出来ないが、これ以上私は何も言わない』

 

 相棒がこう言っているのだから最後まで付き合うしかない。ありがとよ、と言葉短く囁く一途に一夏が迫る。振るわれるブレードを光剣で受けた。そのまま鍔迫り合いをする二人の間に眩いほどの火花が飛び散る。

 

「はぁ!!」

 

 競り勝ったのは一途だった。一夏の手からブレードを弾き飛ばし、光剣を消した右手で一撃、流れるように左の拳を一夏に叩き込む。一夏も両腕を胸の前に寄せて右と左の連撃を防御するが、抉るようなアッパーで鳩尾を穿たれる。

 

「ぐぅ、こんのぉ!!」

 

 打ち上げられながら一夏は一途を捕まえようと手を伸ばした。掴みかかってくる手を紙一重でかわし、一途は一夏の上へと飛び上がる。

 

「『しゃぁっ!!』」

 

 ザナディウム粒子で強化された蹴りが一夏を地面へと落とした。背中から地面に落ちて息を詰まらせるも、一夏は唯一の武器を取り戻そうと痛む体に鞭打って地面に突き刺さっているブレードの元へと飛んでいった。

 

「『アタッカー……』」

 

 宙に浮きながら一途は拳を胸の前で合わせる。胸部装甲のエックスコアがバチバチと音を立てながら一際強い光を放ち始めた。その光は球となって一途の胸の前に浮かび上がる。

 

「『エックス!!』」

 

 両手で受け止めた光球を腰だめに構えてから放つ。一途の手元を離れた光球は地面からブレードを引き抜く一夏へと向かっていった。

 

『警告。超高密度エネルギー反応接近』

 

 白式からのアラートに一夏は顔を上げる。既に光球は避け切れないところにまで来ていた。

 

「うおぉぉぉっっ!!!」

 

 かわすのは無理だと瞬時に判断し、一夏は渾身の力を込めてブレードを振り下ろす。光球を真っ二つに切り裂こうとするが、逆に光球にブレードの刀身が削られていった。

 

「嘘、だろ!?」

 

 その光景に愕然とする一夏。己の判断が間違っていたのかという疑念が脳裏をよぎった刹那、光球の光量が爆発的に増加する。目を開けてられないほどの光が一夏を包んだ。

 

 

 

 

「一夏!」

 

「織斑くん!」

 

 Xを描くかのように生まれた蒼い爆炎と煙が一夏を飲み込む。思わず声を上げる箒と真耶。蒼煙で見えなくなったモニターを千冬は無言で眺めていたが、やがて小さく鼻を鳴らした。

 

「機体に救われたな、馬鹿者が」

 

 

 

 

「エックス、今の」

 

『あぁ、確かに見た』

 

 地面が見えなくなるほどの蒼煙が薄れていく中、一途は一切の油断をせずに一夏がいた場所を見下ろしていた。確かに見たのだ。アタッカーエックスが炸裂するその直前、一夏が光り輝く刀で爆発を切り裂いたのを。

 

『あれが白式の本当の力か』

 

 その呟きに応えるように蒼煙の一部が弾け飛ぶ。蒼煙の中から飛び出してきた一夏を前に一途は思わず感嘆の口笛を吹いた。

 

「このタイミングでか。小説の主人公か何かか、お前?」

 

「あぁ、俺も驚いてる。まさか、あんなピンチの場面で一次移行が終わるなんてな」

 

 さっきまでとは打って変わって洗練されたフォルムになった白式に身を包んだ一夏。その手には近接ブレードとは微妙に形状が異なる刀が握られていた。武装情報がエックスを通して一途へと伝わる。

 

「雪片……あれでアタッカーエックスを切ったのか」

 

『ただの刀でないことは間違いないな』

 

 警戒する二人の前で一夏は感覚を確かめるように動いたり、雪片を軽く振ったりしていた。さっきまで蓄積していた実体ダメージは綺麗さっぱり消えている。

 

『振り出しに戻った訳か。いや、若干以上の消耗をしている我々の方が不利』

 

「いや。一夏の奴、次で決めるみたいだぞ」

 

 何? と疑問の声を上げるも、一夏を見てエックスはすぐに納得した。雪片を正眼に構えた一夏の表情がそのことを雄弁に物語っていた。

 

「勝負だ、イチズ!」

 

 一夏の言葉と共に雪片の刀身が展開し、光の刃が現れた。本来の刀身よりも一回り大きいそれを一途の本能は危険なものだと警告している。

 

『アタッカーエックスを切り裂くほどの威力だ。真っ向からの勝負は危険すぎるぞ』

 

 エックスも同様の意見を一途にしていた。分かってる、と口にしながら一途は逃げる素振りを全く見せなかった。

 

「でもよ、ここで逃げたら格好付かないだろ!!」

 

 ザナディウム粒子で両腕に盾を作る。自分の警告を無視して正面から受け止める気でいる相棒に呆れるも、エックスはザナディウム粒子の供給量を最大にまで上げた。

 

「イチズぅぅっっ!!!」

 

「一夏ぁぁっっ!!!」

 

 光り輝く白と蒼が交錯した。

 

 

 

 

「何故、避けれる攻撃を馬鹿正直に受けた?」

 

「いや、あそこで逃げちゃダメかなと思いまして」

 

 バシン!!

 

「男の意地を貫くのは大変結構だが、それなら意地でも勝て。負けては本末転倒もいいところだ」

 

 はい、と頷きながら一途は千冬にぶっ叩かれた頭を撫でる。一夏の斬撃を真っ向から受けた結果、盾諸共ぶった切られて一途は見事に敗北した。バリアー無効化攻撃という特殊能力を持った雪片を相手にしたのだからある意味、当然と言えた。

 

「しかし、拡張領域(バススロット)全部使ってるだけのことはあるな。バリアー無効化を差し引いても凄い威力だ」

 

『反面、自分のシールドエネルギーを消費するという無視できない代償がある訳だが……どちらにしろ素人に扱わせる機体、武器ではないだろう』

 

 同感、と一途が頷いていると千冬が一夏の頭に拳骨を落としていた。

 

「勝ったからと言って浮かれるな、馬鹿その一。貴様が勝てたのはあそこにいる馬鹿その二が貴様に戦い方を合わせていたからだ。もし、馬鹿その二が遠距離からの攻撃に徹していたら、相手がオルコットだったら貴様はなす術もなく負けていたぞ。そのことを自覚しろ」

 

「で、でも千冬n」

 

 ドゴン!!

 

「織斑先生だ。覚えるまで殴られたいか?」

 

「い、いえ、大丈夫です、織斑先生……」

 

 余程痛かったのか、一夏は頭を抱えながら蹲った。

 

(学習能力の無い、いや、今までただの姉だったのがいきなり教師になったんだから無理もないか)

 

 呆れ半分、同情半分の視線を一夏に向けていると、どさどさ、と音を立てて何かが一途の横に置かれた。電話帳の厚さほどのある紙束だ。表紙にはIS起動におけるルールブックという文字。

 

「十星くんは改めて言われなくても分かると思いますが、ISは今待機状態になっています。二人が呼び出せばすぐに展開することが出来ます。でも、規則があるのでちゃんと守ってくださいね」

 

 はいこれ、と真耶は同じものを一夏の前に置く。

 

「織斑先生、これって」

 

「いい機会だ。お前も覚えておけ、十星。お前が無暗にエックスを使うとは思ってないが、万が一ということもあるからな」

 

 分かりました、と言いつつ、一途は両手に持ったルールブックの重さに戦慄を禁じ得なかった。

 

「何ページあんだこれ?」

 

『少なくとも、二、三日で読み切れるものではないだろうな』

 

 ただ、深々と一途は息を吐いた。

 

 

 

 

「という訳で、一年一組のクラス代表は織斑くんに決まりました。一繋がりでいい感じですね!」

 

 翌日の朝のSHR。真耶は嬉々としてそう言った。クラスの女子たちもきゃいきゃいと盛り上がる中、一人暗い顔の一夏が手を上げる。

 

「あの、質問よろしいでしょうか、山田先生」

 

「はい、何でしょう?」

 

「何で、俺がクラス代表になってるんですか?」

 

「それはですね~、十星くんとオルコットさんがクラス代表を辞退したからです」

 

「おい、どういうことだイチズ?」

 

 凄い単純な話だ、と一途は前置いた。

 

「昨日の試合でお前だけ二勝してるんだよ。俺はお前に負けたし、セシリアは俺に負けた上に予備の武装が無かったからお前との試合も不戦敗。だから、一番勝ちの多いお前がクラス代表になったわけ」

 

「そういうことですわ!」

 

 一途の台詞に便乗するようにセシリアが立ち上がる。相変わらず腰に手を当てたポーズが様になっていた。

 

「わたくしとイチズさん、そしてエックスとで話し合った結果、クラス代表を一夏さんに譲ることにしましたの」

 

「クラス代表になりゃ、そんだけ試合とかも増えるしな。お前に一番必要なのはIS操作の経験だ」

 

 何だか面倒な役回りを押し付けられた感じがしなくもないが、とりあえず二人の説明に一夏は納得する。今はそれよりも、胸中に浮かび上がった疑問を氷解させるのが先だ。

 

「なぁ、イチズ。何で、オルコットがお前のことその名前で呼んでるんだ? それにお前も名前呼びだし」

 

「昨日、試合が終わった後、セシリアが俺の部屋に来て誠心誠意謝ってくれたからな。だから、仲直りした」

 

「そのことなのですが、一夏さん。後で、お時間いただけますでしょうか? わたくし、貴方にも謝らなければいけません」

 

「お、おう。分かった……」

 

 先日のセシリアと今のセシリア。本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどの変わりっぷりに一夏は目を白黒させるしかなかった。




 エックスの掛け声って文章にするとどんな感じになるのかしら?


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