ダンジョンに救済を求めるのは間違っているだろうか (美宇宙)
しおりを挟む

帰還

「君は?」

 

目の前に広がる迷宮、その入り口で出会った少年が少女に尋ねた

 

「……アイズ」

 

彼女がそう答えれば少年は笑顔で自分の名を口にする

 

「俺はカイ、オリムラ・カイ。これからよろしくね、アイズ」

 

それが、未来剣姫と呼ばれる少女と少年の出会い

 

 

「総員、撤退だ」

 

そこは迷宮(ダンジョン)と呼ばれる大穴、どこまでも続くモンスターの巣窟である場所の50階層

彼らの前にいる一匹のモンスター、完全な異常事態(イレギュラー)であるそれが姿を現したのだ

芋虫のような下半身を持ちながら、上半身は女性をかたどったような姿のモンスターがゆっくりと前進する

彼らはロキ・ファミリア、この迷宮の上に立つ迷宮都史オラリオで最も大きなファミリアの一つだ

その彼らに襲いかかった芋虫型のモンスターの進化形態のようなモンスター、その全長はこの迷宮の階層主と同等といえるだろうそれが彼らを襲っていた

 

急に現れたこの芋虫型の特徴は腐食液を吐くことにある

一般的な武器も、迷宮の岩盤さえ溶かすそれは身体を切った際、血の代わりとして噴きだされる

通用はするが武器は消える、まさに相手にとって自分たちの攻撃は諸刃の剣だ

そう、だからこそあのモンスターを倒そうとすれば必ず多大な被害が起きる

 

ロキ・ファミリア団長であるフィン・ディムナの指揮の元撤退を開始する

必要最低限の荷物を担ぎ上の階層へと進み始める中、1人あのモンスターに立ち向かう

金色の髪を翻し、風を纏い疾走する彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン

オラリオ最強の女剣士であり、彼女自身が剣を使うこともあり2つ名は剣姫

 

彼女の愛剣であるデスペレートは特殊武器(スペリオルズ)であり 不壊属性(デュランダル)

その特性上あのモンスターの腐食液にも耐える武器で、彼女は芋虫型と戦闘を繰り広げた

団長の命令である時間稼ぎを優先していた彼女にモンスターの攻撃、あの腐食液の攻撃が放たれた

防御が間に合わない、逃げることもかなわないほどのモンスターの完璧なタイミング、腐食液を受けると思い目をぐっととじる彼女にそれは当たらなかった

 

何かが跳ね返る音が耳に聞こえる

 

「ーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

モンスターの悲鳴、その後から自分の周囲が暖かくなるのを感じた少女はゆっくりと閉じていた双眸を開いた

自分の目の前に広がる妙な光景、迷宮から溢れ出す綺麗な光と、モンスターの下半身が溶け落ちているその姿

そして自分の前に立つ黒いコートを着込んだ誰かは、右手に持った青い装飾の鞘に包まれたままの刃を出していない剣をゆっくりと構えた

周囲の暖かな光を引き寄せた剣の姿は巨大な一条の光とかし、それを

 

「エクスブレイザー!!!」

 

振り下ろした

天井をえぐりながらモンスターの頭上にせまるそれに対抗する芋虫型は腐食液を吐きだした

しかし、消えたのは腐食液の方だった

そして、止められなかった光の剣はモンスターを包み込んだ

 

完全消滅したモンスター

先ほどまで握られていた剣は光となって消え去り、周囲にあった光も消え、またいつもの迷宮にへと姿を戻した

黒いコートを着た誰かが、アイズの方に振り向いた

フードを深くかぶっているせいで表情がわからないが、その口だけははっきりと見えた

少し嬉しそうに三日月を描いた唇、そこからでもいまその人がどんな表情をしているかはわかる

 

アイズがそっと手を伸ばす

先ほどの声からして男性、その声に聞き覚えはある

昔よく聞いていた声、ここに潜り始めた日から2年半、ずっと聞いていた声

そして6年半もの間、ずっと聞いていなかった声

懐かしいくも愛おしい人の名を彼女が口にする

 

「カイ?」

 

その名前に反応し、最初は口をポカンと開き、でもまた嬉しそうにして彼はフードをとった

黒い髪に彼女同様の金色の瞳、その何もかもを彼女は知っている

突如として消えた少年、いくら探しても見つからなかった少年が今、彼女の前に帰還した

 

「覚えていてくれたんだね、アイズ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリムラ・カイ

それは過去の話

誰もいない小さな家の椅子の上で膝を抱え何かに恐怖する少年

もうそろそろ彼女が来る、また力の差を見せつけられる、どうやっても今の少年では届き得ない領域にいる少女に恐怖する少年

 

扉が開く

ああ、きてしまった

視線は扉に向けずそのまま、彼女の姿を見れば彼はさらに恐怖すると思ってしまった

 

「貴方が私の後継者ですか?」

 

だが聞こえた声は違うものだった

ばれないように視線を横に移せばそこにいた人は別人だった

両手に握った黄金の剣、腰に付けられた青い鞘、彼女の方で気持ちよさそうに眠っている小さな白竜

そしてその持ち主、来ると思っていた少女と同じ金色の髪、碧色の瞳、白いワンピースを着ている女性がゆっくりとこちらに近づいてくる

 

「貴方は私達と同じ存在になれます。この先にどの様な困難があろうと貴方は突き進む事になるでしょう。それが貴方の運命なのだから」

 

3つの力が光となり消えていく

その瞬間自分の中に力が溢れてきた気がした

途絶えることのない、それどころか止まることを知らない得体の知れない力、それに彼は魅了され、そして溺れた

 

その力はとても強大だった

脆弱な自分はいない、自分こそこの街の最強である、まるで神にでもなったように少年はただただその力を振るう

しかし、そこで更に少年は力を求め始める

自分がもつそれ以上の力、人間が手にしたことのない神の力(未知の領域)を、少年は望み、それを得ようとした

 

そして欲望が抑えられなくなった少年は暴走する

あるファミリア、強大な力を持つファミリアを、彼はたった1人で攻め込んだ

握られた双黄金剣を幾度と振るい、宙を舞う巨大な白い龍に命令を下し人々を殺しそして彼は

 

神を殺した

 

光の粒子となって消えていった神、その際、不敵な笑みを浮かべ神が言った言葉により彼の心は元に戻る

 

「どこまでも突き進むがいい、”英雄”よ」

 

それにより元に戻った少年は絶望する

人を殺し、そして神をも殺した自分を否定する

しかし、自分の服に付着した人々の血と、そして神の血がそれを許さなかった

 

絶望し泣き叫ぶ少年は自分が堕ちた原因を見た

未だ空を走る今は小さな白竜、自分の左右両方に落ちている輝く聖剣、そしてこの場にはないが自分の中に眠る鞘

この力を手に入れた時から自分は間違っていたのだと、そう確信する少年は再び剣を握る

その刃先を自分の腹に向け、我が身を貫こうとした瞬間

 

「何をしているんだ君は!」

 

この場にはいないはずの誰かの声が聞こえた

恐る恐る顔をあげればそこには神がいた

黒い艶のある髪を頭の両端で縛り、その縛っている部分には銀色の綺麗な鐘が飾られている

青みがかった目は透き通っていて、それは吸い込まれそうなほどに綺麗な目にその身長には似合わない大きな胸

その服装からして神だと判定するには容易だった、なんでこんな所に?なんて思う少年に彼女は抱きしめた

 

「君は何をしていたんだ!?こんな血まみれで、こんなにボロボロで!」

 

「お……れは」

 

「喋るんじゃない!傷口が……ってなんで塞がっているんだい!?いやそんなことよりも体が悲鳴を上げているんじゃないのかい!?ミアハに薬を作ってもらって、あとそれから!」

 

他人のはずなのに、まるで子供が怪我をした時の親バカの様にあたふたとする神

 

「神、様」

 

「だから喋るんじゃない!取り敢えず僕の家に!」

 

少年の腕を自分の肩に回そうとする神に少年は思った

こんな自分を助けようとしているこの神様を、一瞬だけ親のように

冷え切った自分の体を温めてくれたその温もりを、知ることのなかった家族の温もりなのではないかと

 

「俺を、貴女のファ、ミリアに……入れて、貰えま、せんか?」

 

「……僕のファミリアにかい?」

 

「は、い」

 

その温もりをずっと感じていたい

意識があった頃には既にいなかった家族、その存在に浸かっていたい

彼の中にある欲望は、先ほどとはまるで別物だ

ただ力を振るう狂戦士ではなく、家族を守れる人間になりたい、その真逆の思いを叶えるために彼は神である存在に願う

 

「誰もいない弱小ファミリア、ファミリアかさえ疑問のある場所だよ?それでもいいのかい?」

 

まるで忠告のように告げる神

それを少年は首を縦に振り答えた

 

「俺に、希望を、くださ、い。俺に、生き、る意味を、くだ、さい。俺、に、家族、というも、のを、教え、て、くだ、さい」

 

ただ自分の願望を言った

自分になくて他人にあるものを願う少年に、神は笑い、手をさしのべた

 

「うん!歓迎するよ!僕の名前はヘスティア、君は?」

 

「俺の、名前は、オリムラ、カイ、です」

 

「よろしくね、カイくん!」

 

これが少年に家族ができた日の出来事

誰もが知らない秘密の、一柱の神と少年の家族の秘密の出来事だ

 

 

そして今

 

「なんで俺は拘束されているんだ?」

 

少年は、ロキ・ファミリアにて拘束されていた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拘束解答

今の状況をありのままお伝えしよう

アイズと顔を合わした後ロキ・ファミリアの主要メンバーがアイズを気にしてか殆どが50階層に戻ってきて、そこで顔を合わせた瞬間ほとんど全員によって縄で縛られたのが数分前

今はその主要メンバーに囲まれる感じで、一人は真横にいるけれど、俺は縄で縛られそこで前方にいる小人に視線を送っているというわけだ

 

「なんで俺は拘束されてるんだ?」

 

「カイが、逃げないようにするため」

 

「と言われても」

 

俺の質問に答えたのは今俺の横で俺の手をがっしりと握って逃がそうとしないアイズ

昔、俺が初めてこの迷宮に潜る際、一緒にスタートを切った少女であり、俺の初恋であり今も好きな少女であり、俺が恐怖した少女だ

いまでこそ普通に喋れてはいるが、恋愛感情よりも、俺の中にある恐怖心のせいで昔ならば冷たく接していたことだろう

 

「それで、なんでアイズの前から姿を消したの?」

 

俺に質問をする褐色少女、アマゾネス姉妹の妹の方であるティオナ・ヒリュテ

天真爛漫でとにかく明るい少女ではあるが少し怒ってそうな雰囲気だ

そして、俺はこの雰囲気を知っている

 

「諸事情です」

 

間違えた選択肢をとれば間違いなく終わる、俺が

 

「諸事情って言っても6年半も姿消すことないじゃん!」

 

「俺だって忙しかったんだよ?無理言わないでくれ」

 

「ダンジョンに潜らず何をしてたっていうのかしら?」

 

痛いところを付いてきたのはその姉ティオネ・ヒリュテである

ここの団長であるフィンに絶賛恋している乙女、だと思う

だがそれも俺がこの人たちと関わりを持っていた6年半前の話であるが

 

「……諸事情です」

 

何も言えない俺は諸事情を言い回す

事実ではあるが、顔を出すことぐらいなら出来ていたはずで、それがバレれば絶対に終わる

勘のいい数人はすでに気づいているかもしれないけど

 

「諸事情だけじゃん!」

 

「よく考えて欲しい、人それぞれにあるんだそれぐらい。君だってそうだろ?ティオナ」

 

「それもそうだけど!」

 

「まあここは穏便にいこう、ね?カイ」

 

「……」

 

この人が一番相手しづらい人、フィン・ディムナ

ここの団長である彼は当然オラリオの中でもトップクラスの強さを誇り、彼の戦っている姿は二つ名よろしく勇者(ブレイバー)

小人であるためその姿は他の人と比べると小さいがこれでも覚えが正しければ今は40を超える人だ

 

「なんで急に消えたりしたんだい?」

 

「諸事情です」

 

なんとしてもこれで貫き通す

過去の事件を喋る気なんてまんざらないし、これを喋れば俺にはリスクしかない

最悪俺はこの街から追い出される、そうなる可能性があるのならば根から潰すべきだと俺は思う

 

「じゃあ後はホームでじっくり聞こうかな」

 

「え?いやいやいや、冗談きついですねフィンさん、なんで俺が貴方達のホームに行くみたいになってるんですか?」

 

「だって君、ファミリアには入ってないんだろう?」

 

本当に苦手だ

あっちは事情を知らないとはいえ、俺の過去を引きずり出してくるこの発言に俺は戸惑う

昔のことを思い出してしまう、あの愚かな頃の俺の姿を、浮かべてしまう

 

「……ますよ」

 

「ん?」

 

先ほどの言葉に反発するように言い放った言葉は小さく、相手には届いてなかったらしい

だから、俺は先ほどと同じ言葉を全員に聞こえるように叫んだ

 

「入ってますよ!」

 

その場にいたほとんどの人が驚きの表情を見せる

何故か、なんて言葉は不要だ

昔、アイズに恐怖した理由は彼女が自分よりももっと強くなっていくから、その理由を作り出したのは俺がファミリアに入っておらず恩恵を授けられなかったからだ

当時lv.0だった事はこのファミリア内の俺の知り合い全員が知っているからこその表情だ

 

「……どこの、ファミリア?」

 

俺の手を握る力が強くなったアイズが、俺に問いただす

 

「教えない」

 

どうやったって教えない

俺の事情もあるものの、最大の理由は俺の主神であるヘスティア様と彼女達のファミリアの主神ロキは仲が悪い

毎回会うたびに喧嘩しているらしく、ここで言ってしまえば何か悪いことが起こる気しかしないのだ

 

「まあいいだろう、その代わりにといってはなんだが、君に頼みごとがある」

 

「残念ですが俺は帰ります、この縄を解いてください」

 

「そういうわけにもいかない。さて、頼みというのは先ほどのモンスターの事もあるから一緒に迷宮を出るまで同行してもらいたい」

 

「それこそ嫌ですよ、早く戻らないと家族に迷惑が掛かるので」

 

「そう言わないでくれ、君の荷物もこちらが持つし、君が同行するについてはやることは一つだけだ」

 

「……何ですか」

 

正直今の俺の荷物は一人で持つにしては少し重すぎる

もう一つの条件次第では同行しないでもない、戦闘ならまだましだ、あの芋虫モンスターについても一応対策もある

 

「帰還するまでの間、アイズの側にいてほしい」

 

「!?」

 

それが爆弾であることはすぐに分かった

これが遠征ということぐらいすぐにわかる、つまり地上に戻るまで数日彼女の側で生きないとならないということだ

無理がありすぎる、主に俺の精神的に無理だ

 

「いやで「カイを連行!」

 

「はいっす!」

 

誰かの命令により遠征構成員のうちの一人が俺を担いだ

人間を担ぐなんて普通は重いことのはずだが、彼ら神の眷属は恩恵によるステイタス発生、その中にある力のアビリティにより人間程度なら軽々しく持ち上げる事が出来る

そしてステイタスのない俺には抗う術は無く

 

「下ろしてください!」

 

「ここでおろしたらあとあと怖いから無理っす!」

 

「お願いですから!」

 

「無理っす!」

 

そのままロキ・ファミリアの地上への帰還に同行する羽目になった

 

 

「そろそろこの縄を解いてくれ。アイズ」

 

「逃げない?」

 

「逃げない、約束する。逃げたらなんでもしてあげる」

 

最後の言葉に反応したアイズは誰もばれないように俺の縄は解いてくれた

そして俺は逃げないことを誓うために先ほどのアイズと同じ行動をとる

彼女の手に自分の手を伸ばす、一瞬躊躇ったものの、その手を握った

 

「こうすれば、逃げられないでしょ?」

 

「……うん」

 

頬を少し赤に染め、握り返すアイズ

やばい、幸せなんだけどなんか複雑な気分だ

俺は出来るだけアイズを見ないように、前を向く

 

「おい、なんであいつがいるんだよ」

 

「いいじゃん!もしかして嫉妬?」

 

「ちげぇーよ!」

 

前の方が妙に騒がしい

今叫んだ狼男の名前はベート・ローガだ

彼にとって俺は恋敵かなにかだろう、なんせアイズに好意を寄せているのだから

そしてこのファミリアで俺が苦手な人二位だ

理由は自分よりも弱い人を見下すから、そんな人を好きになれって言う方が無理だ

昔は俺もその対象で、よく言われてたな

「雑魚はアイズとは釣り合わない」なんて

 

「そういえば、アイズ」

 

「?」

 

「無茶はしないでくれ。後でリヴェリアさんにエリクサー飲ませてもらいなよ?」

 

「……」

 

やっぱり、彼女は無茶をしていたのか

ばれないようにしているのだろうが、割とバレバレである

数年前、なんでわかったのかをヘスティア様に聞いたら「勘だよ!」何て言われてその時は理解できなかったのだ今なら分かる気がする

 

「アイズ、地上に戻ったら俺の家に来なよ。積もる話もあるだろうしね」

 

家、というのは俺が昔一人で住んでいたオラリオの東方面にある小さな家のことだ

今はヘスティア・ファミリアのホームで過ごしはいるが、ちょくちょくと掃除しに行ってたりする俺の数少な思い出の場所である

よくアイズとはそこで集合して迷宮に潜って、その家でご飯も食べたりしていた

まあその後アイズと一緒に怒られてたけど

 

「すぐに、行っていい?」

 

「すぐ、はどうだろう。神様に会わないとならないし、ギルドに行って魔石換金しないとならないし」

 

なんせ今俺が所属しているファミリは極弱ファミリアである

構成員は俺を含み2人、神様合わせて3人だ

俺が再び迷宮に潜り始めたのは2ヶ月前、そのせいでお金がなく俺が迷宮にいくまでヘスティア様のバイト代で生きていた事もあるほどだ

 

「カイの神様は、どんな人?」

 

「んー、どんな人なあ」

 

温かい人、と言えばいいのだろうか

でも何か違う気がする、もっとこう、何かいい表現の仕方があるはずだ

か、可愛い?バイト先ではマスコット的扱い受けてるらしいし、一応あってるとは思うがなんか違う気がする

家族思い?おお、なんかしっくりくる、よし、これでいこう

 

「家族思いな「何手ェつないでんだァ!」

 

前方から何故か殺気を感じたので俺はアイズの手を離し、体を逸らした

見事俺とアイズの真ん中を通過したベートは地面に足をつけてチッと聞こえるくらいの舌打ちをした

そんなに敵意むき出しにしなくてもいいのに、俺少しショックだ

 

しかもばれないように縄解いて手を繋いでたのにバレていた現実

アイズ、自分の手を見ながら悲しそうにしないでくれお願いだから

 

「ベート!せっかくいいムードだったのに!」

 

「台無しね」

 

「や、やめましょうよ」

 

最後の子は6年半前にはいなかったな、ここ数年の間に来たのだろうか

それにしても、この状況はどうしようか

前の方でフィンさんやリヴェリアさん、それにガレスさん笑ってるし

居づらいなあ、どうしようか、なんて思い始めた今日この頃である

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃走者

あれから進み、今は17階層、地上に向け歩いている途中である

その前に18階層でキャンプを行ったのだが、まあ酷かった

アイズと一緒に寝ろとか言われるわそれでベートが怒って全力の蹴りを何度ととされて避ける羽目になるわ、寝たら寝たらで抱き枕になってるし、しかも抜けようにも彼女のアビリティが高すぎて抜けれないし、それを覗きに来たアマゾネス姉妹に目撃されてまたベートに攻撃されるし、散々な1日だった

 

それはともかく出発し始めたロキ・ファミリアの後ろを歩く俺は今日も昨日同様にアイズと手をつないでいるわけで

最初は断った、ベートの事もあるし、何よりあれはあくまで俺に逃げる意思がないことを示すためのものであって、この階層までこればもうあと少しで地上に戻れるしやる必要がないと判断したからやらないと言ったのにその時のアイズの反応が反則且つ、周りが何故か痛い視線を送ってきたため手を繋ぐほかなかったのだ

 

「暴れ足りないよ〜」

 

「しつこいわよ」

 

「だってぇ……」

 

不満そうに告げるティオナ

ここロキ・ファミリアが遠征を行っていた理由は未到達領域である59階層に進出しようとしていたからである

しかし、あの芋虫モンスターのせいで万全の状態で望むことができなくなり、一旦帰還事を強制されたのだ

そのせいで暴れることができなかったのだろう、相当不満足そうだ

 

「そういえば、カイは1人であそこにいたの?」

 

何かを思い出したかのように俺に問いかけるティオナに俺は平然と答える

 

「俺に一緒に行くような人は居ないんだよ」

 

「え、じゃあ本当に1人で?」

 

「俺に仲間がいるように見える?」

 

俺の周りが一瞬固まった気がする

これをいうのは間違ってたかな、少し失敗感が残るがこの際置いておこう

彼女たちが固まった理由というのはあそこまで『1人』できたことにあるだろう

オラリオで最強の名を持つロキ・ファミリアが総力をあげて遠征という形であそこまで行っていたのに俺はたった1人、それがどれほど異質なものぐらい冒険者ならわかるはずだ

 

「と、到達階層は?」

 

「攻略という意味では45階層、探索と言う意味では貴方達と同じ58階層かな」

 

今度はファミリアほとんどが固まった

俺がこのファミリアと出くわしたのがちょうどその58階層の帰りに当たる

自分の金稼ぎを考えれば45階層がベストということを知っている俺はそこを狩場にしているため滅多にその下の階層に進まない

精々今回のように探索をするぐらいで、それも見るのはたったの一瞬だ、それだけでもわかるぐらい酷い場所だったけど

 

「それよりも、ミノタウロスが来ましたよ?」

 

話を流すように言った俺に合わせるようにルームに入ってきたミノタウロスは俺達を包囲する

この牛を人型にしたようなモンスターは中層モンスターであり、lv.2だ

仮にこのモンスターの攻撃を受ければ多分俺は重傷を負い、そこに這いつくばるだろう

まあ傷は条件を満たしていれば外傷はすぐ消えるのだが

 

「ぼさっとしないで早く戦闘準備を」

 

そう言われて動き出す彼ら

なんか俺が命令出したみたいになってる、俺じゃなくてフィンさんやリヴェリアさんの指示に従おうよ

 

「エクスブレイザー」

 

俺も戦闘準備を開始する

右拳を少し空間が開くくらいに握り、自分の武器の名前を呟く

そうすれば僅かに開けられた空間に剣の柄が刺さり、そこに1本の聖剣が姿を現わす

 

あいも変わらず鞘に収まったままの剣を構え疾走する

1体目、腕を切り落とし、そのまま核である魔石を砕き爆散させる

続く2体目、体を真っ二つにして地を吹かし爆散、3体目も同様だ

 

そうやこうやしているうちにミノタウロスの数も随分と減り、残り半数をきったところでモンスターがありえない行動をとる

自分達に背を向け一気に逃走し始めたのだ

 

「うっそだあ……」

 

あっけにとられている場合ではない、俺はモンスター追い始める

このままだと少なからず被害が出る可能性が高い、出来るならすぐに倒したいのだがモンスター達はさらに考えられない行動をとった

まさかの階層移動、上の階層にへと走りあがっていったのだ

 

それからさらに上層にへと走り去っていくミノタウロス達、いつの間にか6階層にまで来てしまった

ここにいるのはアイズとベートと俺だけだ、他の人達は他の階層に逃走したミノタウロスの排除に回っているのだろう

 

「どけぇ!」

 

ベートの蹴りが、ミノタウロスから冒険者を守り、ミノタウロスを倒す

ここは上層、多分ここにいる人のほとんどはあの牛に対抗できない

もしかすればこれより上に行けば家族がいるかもしれない、もしそこまでミノタウロスが移動すれば家族が殺られるかもしれない

 

「アイズ、ラストは!?」

 

「……見失った」

 

そう言われた時には既に剣に命令を下していた

 

「光走!」

 

自分の体が光に変換され、浮遊感に襲われながら光速移動を開始する

6階層には既にミノタウロスの姿は見当たらない、上の階層に移動したのだろう

俺は5階層に移動、そこを駆けまわればミノタウロスと冒険者の姿が見られた

白い髪の毛に赤い瞳、兎を連想させる少年はの名前を俺は叫んだ

 

「ベル!」

 

ミノタウロスの後ろに姿を現し眼前の敵に向け走り出す

剣先を相手に向けての突進、その剣が核を砕き、モンスターを葬った

 

「カイさん?」

 

俺の攻撃のせいでモンスターのちが付着しているベルが俺の名前を呼ぶ

 

「大丈夫?怪我はない?」

 

「はい、大丈夫です」

 

見る限り本当に無さそうだが大丈夫だろうか

彼が冒険者になってまだ半月、なのにミノタウロスに追いかけられるなんてレアな体験をした事は相当きついはずだ

 

「今日は帰ろう、まずはシャワー浴びて……」

 

「カイ」

 

俺の名前が聞い慣れた声で聞こえる

後ろを見ればそこにはアイズがいるわけで

 

……嫌な予感がする

 

「う」

 

「う、う?」

 

「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

家族にすごい速さで逃走された

 

「く、くく」

 

俺のことをあざ笑うベートを一睨みする

 

「エクス」

 

大気に溢れ出す光を剣に纏わせ、1つの巨大な光剣を作り出す

標的は狼男、その剣を振りかぶり、そして

 

「ブレイザー!」

 

思いっきり振り下ろした

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神様

「お世話になりました」

 

あちらの団員の1人から俺の魔石が入った袋を預かりフィンさんに頭を下げる

今は地上に出てギルドの入口前だ

あの後全員集合して再び出発し、そう時間が掛からないうちに地上に出た俺は別れの言葉を告げた

 

「ああ、また会おう」

 

「機会があれば、の話ですけど」

 

機会があれば、というのはそもそも俺が彼らと会うのを望んでいないからだ

今回はアイズを助けるためだったとはいえ同行し数日一緒に過ごす羽目になったがもううんざりである

これからは少し迷宮に潜る頻度を下げようと思いつつ俺はその袋を背負った

 

……おっも

え、前より重くなってないこれ、前はまだ持てる範囲だったと思うんだけど、なんでこんなに重くなってるの

というかよく持てましたね冒険者さん、まあ恩恵があるし当然といえば当然なのだが

 

「あ、いうの忘れてた」

 

俺はベートに視線を向ける

あ?とか声を上げて俺を見下すように見るベートに、俺は言葉を送った

 

「自分より弱い冒険者を見下すの、やめといた方がいいよ」

 

それだけ言って、俺はギルドの中に入っていった

 

 

今日も今日とて冒険者で賑わうこの場所はギルドという場所だ

どの冒険者もここを利用し、魔石換金、ランクアップ報告などを行う冒険者の総集部のような場所がここだ

さて、今回はどれくらいの稼ぎになったかな、できるならば今回のお金で神様とベルに何かご馳走したいものだ

 

「エイナさん、いますか?」

 

カウンターにいなかったので呼んでみた

数分後、奥の方からハーフ・エルフである女性が姿を現した

俺の担当であり、俺の事情を知る数少ない信頼できる人である

 

「あら、噂をすればカイくんじゃない」

 

「噂?」

 

「さっきベルくんがね、『カイさんとヴァレンシュタインさんの関係を教えてください!』って血まみれで言ってきたのよ」

 

「ち、血まみれ」

 

まさかあのままここまで来ていたのか、シャワー浴びてからきたほうがよかったのに、じゃなくて

やっぱりか、ベルのことだからこうなることぐらいは目に見えていたのだがそれでも血まみれで聞かないでも

絶対周りの冒険者びっくりしていたよねそれ、俺でもびっくりするわ

 

「なに?何か思い当たるとこでもあったの?」

 

「聞かないでくださいよ……」

 

少し落ち込んだところで俺は魔石の入った袋をカウンターに置いた

ドス!と音を立てながら置かれたそれの大きさなんとサポーターが持っているバックくらいの大きさである

ここまで引きずってきてしまったせいか少し穴が開いている袋をまじまじと見つめるエイナさん

 

「今回もすごい量ね……因みに何時間?」

 

「今回は2時間だったと思います」

 

「カイくんの強さを思い知らされる瞬間ね……」

 

そう、俺が迷宮に潜る時間は多くても3時間である

その全てが魔石目当てで攻略は全くしていないが、移動時間を考えても50階層まで行って帰る時間を合わせて2時間なんて無理がある

が、俺には後付けの力、あの武器達がそれを可能にしてくれている

光速移動に体にあるときは傷の急速修復、鞘としての役目を果たしているときは特殊攻撃を跳ね返す武器に、階層主並みの力を持つ白竜

自分でも思えるぐらいの化け物である、もしかしなくても神の力(アルカナム)に近いものだ

 

「それじゃあ換金してくるね、少し待ってて貰えるかな?」

 

「はい」

 

カウンターの奥に行ったのを見送って俺はソファに座り込んだ

 

 

「おっも」

 

金になっても重いのには変わりのない袋を背負いながら町外れにある廃墟とかした教会を目指す

そこが俺達のホームであり、俺がヘスティア様と出会ってからずっと住んでいた家だ

最近はベルも加わったことによってより賑やかな生活を送れていて嬉しい限りである

とまあそんな余談は置いておき、ここからだと相当な距離があり、その間これを担いで移動するとか無理がある

 

「こ、こうなったらエクスブレイザー使って帰るか?」

 

流石に使い道が何か小汚い気はするが俺のスタミナとか考えてもこのままだと帰宅中に過労で倒れてしまいそうだ、言い過ぎかな?

 

「カイさーん!」

 

「この声は!」

 

袋を地面に落として振り向けばこちらに手を振って駆け寄る少年の姿がある

俺の新たな家族であり、正真正銘ヘスティアファミリアの団員第1号であるベル・クラネルである

 

「ベル、すまないけどこれを持ってくれないか?」

 

「これですか?」

 

何て言いながら軽々しく持ち上げるベル

おお、流石ベル、冒険者に恥じない力持ちである

と言っても恩恵の力で力が上がってるだけなんだけどね

lv.1のベルでこれなんだから、一級冒険者とかになるとどうなるんだろうか?

ミノタウロスとかも持てるぐらいになるのだろうか?それもそれで怖いな

 

「なんで帰りが遅かったんですか?」

 

「君の今持ってるそれが、俺にとっては重いの」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんです」

 

他愛もない会話が俺たちの間で繰り返される

こういう会話は今も昔も俺はやったことがない

特に『家族』とのこういう会話はヘスティア様を除けばベルが初めてになるわけで

この会話だけで、心がとても暖かく感じるのだ

あの時のヘスティア様のような、これが家族のぬくもりだと俺は知ってしまった

飽きることなんてない、それどころか飽きようなんて思えないほどに中毒性があるそれに、俺はどっぷりと浸かっている

 

「幸せだなあ」

 

この他愛もない会話が、偽りとはいえ家族との会話が俺の心を満たしてくれている

その満足感を身に感じながら俺たちはホームに向けて歩き出す

 

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり!カイくんベルくん!」

 

帰ってきた俺たちを出迎えてくれたのは小さな神様だ

俺たちの親にしてこのファミリアの主神、ヘスティア様が俺たち二人を抱きしめる

 

「今回はなんで遅くなったんだい?」

 

「ロキ・ファミリアに捕まりました」

 

「え、ロキ・ファミリアに!?大丈夫かい!?何かされなかったかい!?」

 

「大丈夫ですよ、逆にお世話になったくらいです」

 

まあその代わりひどい目にはあったけど

 

「そういえば、ありがとうカイくん、ベル君を助けてくれて」

 

「いえいえ、家族を守るのは当然です」

 

「そっか」

 

俺たちから数歩引いて、彼女は再度手を開く

 

「さて、見ておくれよ!」

 

ババーン!なんて音が聞こえた気がする

さっきまでの親密な顔はどこに行ったのやら、笑顔で俺たちにあるものを見せてくれた

テーブルの上に置かれた皿に盛られた大量のジャガ丸くん、そういえば神様のバイト先ってここだったっけな

 

「僕ここ最近ここでバイトし始めたろ?客が増えたお礼にって貰ったんだ!」

 

「わあ、すごいです神様!」

 

「だろ!ふっふ、夕食はパーティと洒落込もうじゃないか、今夜は2人とも寝かせないぜ!」

 

親指をぐっと立てる神様にしゃがんで拍手を送るベルの姿はなぜか滑稽に見えた

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恩恵

「よし、じゃあステイタスを更新しようか」

 

あれからあのジャガ丸くんを食べ終え、ベルのステイタス更新を行おうとしている

ステイタス、冒険者に神が与える恩恵、神の恩恵(ファルナ)であり、彼ら冒険者を超人化させているものだ

それは数値として表され、更新しない限り永遠に同じ値で戦うことになるため、こうして神に恩恵を更新してもらい、また強くなっていくのだ

 

神様が自前に用意していた針を自分の指に刺した

そこから滲み出た一滴の血が、ベルの背中に落ちて波紋を広げ、ベルの背中にしみこんでいった

 

「(最近初めて見たけど、やっぱり不思議なものだなあ)」

 

これが俺の感想である

ベルの背中には、神の血(イコル)によって刻まれた 神聖文字(ヒエログリフ)がある

神達と特定の人物が読めるこの文字で、神はステイタスを数値として背中に刻み込んでいるのだ

他にもスキルや魔法もこの文字で背中に刻まれているが、生憎ベルにはまだ発生していない

 

まあ冒険者になってまだ半月ぐらい、最初から発動させている人もいるらしいが、それは特例である

半月でスキルを与えるほど恩恵は甘くない、という事だ

 

「そういえば神様!カイさんが既に出会っていたんですよ!」

 

「ん?誰にだい?」

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんにです!」

 

「べ、ベル!?」

 

彼が急に話題として出した物に俺は戸惑いの姿を見せた

それを無視し、話を進める2人、ベルは文句を言うように、ヘスティア様は何かに躊躇しているかのように

それが、俺のせいだということはすぐに分かった

俺がこのファミリアに入った時、神様に願い事を2つした

まず1つ、俺という存在のことを誰にも言わないでほしいというもの

そして2つめ、家族には俺が冒険者であると嘘をついていて欲しいということだ

その願い事のせいで満足な返答ができずにいる神様に少し後悔しつつ、俺は話の話題をそらす行動に出る

 

「ベル、なんで裏切り者なんて叫びながら逃げて行ったんだ?」

 

「だって約束したじゃないですか!2人で運命の人をあそこで探し出そうって!」

 

「……それでか」

 

そういえばそんな約束してたなあ、なんて過去を振り返りながら思う

ベルにここに来た理由を教えてもらった時そんなこと言った気がする

あの時の裏切り者は、既にあっているのに嘘ついて一緒に探そうと言っていた俺向けの絶叫だったわけだ

 

「それでも逃げることないじゃないか、少し傷ついたよ?」

 

「す、すいません」

 

「別にいいけどさ」

 

あの時の腹いせは既にベートでやったから問題ない

え、問題あるって?ないない、ないと信じたい

 

「まあ例えその2人が相思相愛だったとしても、婚約はできないだろうけどね」

 

「そ、そんなあ!」

 

「応援したい気持ちはあるけどねえ、あのロキが素直に頭を縦に振ることなんて絶対ないさ!ほら、ステイタス更新終わったよ!」

 

ベルの背中を2回ほど強く叩き、背中の上からベッドの上に移動しこれまた自前に用意していた紙にスラスラと文字を書き込んでいく

今回はいったいどれくらい上がったのだろうか、少し言いにくいがミノタウロスに襲われるなんてレアな体験をしたから敏捷はそれなりに上がっているのではないだろうか

 

 

そんなことを考えながら神にステイタスを書いていってる神様が変な表情をする

まるで苦虫を噛んだかのような表情、今書いているあたりは確か……スキル?

と思っていたのも束の間、その欄を指でこすって決してベルにその紙を差し出した

 

「これが君のステイタスだ」

 

素直に紙を受け取りジロジロと見つめるベル

 

「神様、僕はいつになったら魔法が発現するんですかね」

 

魔法、戦況を一気に逆転させるかもしれない奇跡の力のことだ

それは当然の如く神の恩恵を受けることで発生する可能性が生み出される

最低1つ、多くて3つのスロットが存在し、各1つにつき魔法が1つ発現する可能性がある

しかし、そう簡単に発現しないのも魔法な訳で

恩恵を受けても魔法が永遠に発現できない人もいるという、なんとも恐ろしい物だ

 

「本とか読むくらいしか、俺は知らないかな」

 

「本かあ、僕そこまで読まないんですよね」

 

「また今度、ここにある本か、エイナさんに本を借りて読んでみたら?」

 

「そうします……あれ?スキルの欄に何か消されたような跡が……」

 

「ちょっと手が滑ってね、いつも通り空欄だよ」

 

「ですよねえ、じゃあ僕は部屋に戻っていますね」

 

そう言って部屋を出て行ったベルを見送って、声が聞こえないぐらいの場所に行ったのを確認してから俺は口を開いた

 

「ベルのスキルは、そんなに珍しいんですか?」

 

「やっぱり、気付いてたんだね」

 

「家族のことはよく見ているんです」

 

あの時、きっと彼女はそのスキルを消したのだろう

予想は多分相当レアなスキルだから、他の神にばれないようにするため、と言ったところだろう

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)、早熟する、憧れへの思いが続く限り効果は持続し思いの丈により効果は向上する」

 

「憧れ?」

 

「君に憧れているんだろうね、なんたって彼からしてみれば君はあの姿そのものだったろうからね」

 

「英雄、ですか」

 

俺にしたら憎たらしい言葉No.1である

彼らのことは尊敬する、それはこの街の誰もが成し遂げられないようなことをやってのけているのだから

だがしかし、彼らのせいで過去の俺があり、今の俺が存在する

力に溺れた俺、力を恐怖する俺、そのどちらも作ったのは間違いなく彼らだ

 

「大丈夫、ベル君は過去の君のようにはならないさ」

 

「そう、ですね」

 

只今は、そんな日がくることがないようにとと願うことしかできなかった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怒り

「ベル、行こう」

 

「はい!」

 

俺たちが向かうのは豊饒の女主人という場所だ

今日ベルがそこでお世話になったらしく、お礼代わりに食べに行こう話になったのだ

神様も誘おうと思ったのだが用があるとかないとかで2人で行くことになり、今出発したとこだ

 

外に出てみればすでに夕日が上がっていた

ベルはダンジョンに毎日潜っているから外がどうなっているかはある程度把握できるのだろうけど、俺はそういうわけでもない

俺は2週間に1回ぐらいしかダンジョンに潜らず、かつそれも2時間程度である

それ以外は当然ホームにいる、そのホームが地下室ということもあり外の光が差し込むわけがないため外が今どうなっているかとかは確認できないのだ

まあ地下室を出ればわかる話ではあるのだけれど、なんというか、地下室の方が落ち着くのだ

 

「えっと、その豊饒の女主人って所にはいつ着くんだ?」

 

「そろそろです」

 

さっきも言った通り、俺が外に出る理由はほとんどがダンジョンに潜る事だ

それはつまり、2時間ほどダンジョンにしか潜らないと言うわけで

それも俺が外にで始めたのは2ヶ月ほど前からだ

2週間に1回のペースで考えると4回しか外に出ていない事になる

昔といってもやはり俺はダンジョンにしかいっていないわけで

そのせいで俺は長年住んでいるこの街の構図をほとんど理解していない

2ヶ月前の久しぶりの迷宮探索もそこに着くまでに1時間は迷った覚えがあるほどだ

 

「そうだベル、俺君がこのファミリアになった時の祝い、してなかったよね?」

 

「はい」

 

「今夜はパーティにする?」

 

ニヤリ、と頬を緩ませながらベルを見た俺に彼は苦笑する

 

「カイさんって時々子供みたいになりますよね。オレンジジュース好きなところとか」

 

「ぐ、いや美味しいだろ!?ヘスティア様のバイト先の近くの屋台にあるやつとか絶品なんだぞ!?」

 

結構前、神様がそこで働き始めて数日のことだ

偶然見つけたとかなんとかで買ってきたオレンジジュースを飲んだ時の感動はやばかった

あの甘酸っぱい感じがすごく美味しくて、時々ヘスティア様に頼んで買ってきてもらってたりする

 

「そんな事よりも、もう見えてきましたよ!」

 

「そ、そんな事!?」

 

ぐぬぬ、こうなったら明日の朝は聖剣極光目覚ましの刑にしてやる

あれで起こされると数秒目が眩んで何も見えなくなるんだよなあ、なんか知らないけど神様が俺を起こす時によくされた覚えがある

本当に痛いんだよな、あれに何度苦しめられてきたことか

 

ベルが言った通り、俺たちの視線の先には賑わった酒場の姿があった

看板には豊饒の女主人と書かれ、中は大盛況、それはもう外に聞こえてくるくらいなかではどんちゃん騒ぎが繰り広げられていることだろう

 

「すごいな」

 

「はい」

 

俺たちが中に入らずずっとそこにいたせいか、中から女性が現れた

ベルの反応を見る限りこの人が朝お世話になった人だろうか

 

「ベルさん、来てくれたんですね。そちらの方は?」

 

「僕のファミリアの先輩です」

 

「先輩というわけでもないですが、カイっていいます。今日はベルがお世話になりました」

 

「カイさんは僕の保護者か何かですか?」

 

「家族だけど?」

 

「そうでした」

 

二人して笑いながら、目の前の女性、シルさんに招き入れられ酒場の中にへと入り込む

 

「……すごい」

 

先ほどと同じ驚きの声が出る

外で聞いていた以上に大きな声、冒険者たちはジョッキをぶつけ合い、 店員たちが懸命に働いている

そして何よりも俺の目が引かれたのは、うまそうな料理である

一体、どのような料理が今から俺たちを満たすのだろう、その考えが一層俺の腹を空腹にする

今すぐ食べたい、今すぐにでもがぶりつきたい

 

「シルさん、おすすめを貰えますか?」

 

「おすすめですね」

 

そう言って厨房に行ったシルさんを見送り、俺達は席に座る

待ちきれるかな、できる限り早く来て欲しい、できる限り早く食べたい

なんか主役のベルより俺の方が楽しんでいる気がする、けれど欲求が止まらないのだ

 

「やっぱりカイさんって子どもっぽいですね」

 

「……否定できなくて辛い」

 

さっきは否定したものの、やはり自分はまだ子供なのだと実感する

これじゃあ俺とベルどっちが年上かわかったもんじゃない

 

「大丈夫ですよ!そんな人でも僕にとっては最強の剣士です!」

 

「そんな人がなかったら嬉しかったかな」

 

大体、俺が最強なわけがない

例えそれが各分野、俺の場合だと剣士の中だとしても一番上なんてありえない

このオラリオで強い人の名前を上げるのならば、猛者オッタル、勇者フィン、九魔姫リヴェリア、そして剣姫アイズ

名前をあげればきりがないぐらい、俺より強い人なんていっぱいいる

彼らの力は確かに神によって解放されたものだ、だが神はあくまでも冒険者たちの背中を押しているにすぎない

ステイタスもスキルも魔法も彼らの努力の結晶だ、特にステイタスは努力しない限り伸びはしないし、個人の努力次第では何処までも伸びていくのだ

対する俺のは自分の力ではなく後付けの、武器の力だ

それに、俺と彼らでは大きな違いがある

それは力に溺れていないこと、力に恐怖していないこと

常に全力で対象に立ち向かい、己の全てをぶつけていることだ

俺とは大違い、対極の存在である彼らを超えて最強という称号を得ることは絶対にない

それが俺の考えだ

 

なんか自分で言っていて悲しくなってきたな

やめよう、自分の悪口を言っているみたいで心にズバズバと何かが刺さってくる感じで俺が持ちそうにない

 

自分の頬を2回ほど強く叩き、心を改め待つこと数分、厨房の方からこの店の主人が料理を俺たちの前に運んでくれた

皿いっぱいに守られたパスタ、スープやサラダ、どれも美味しそうだ

 

「あんたがシルの言っていた冒険者かい?随分と可愛らしい顔をしているね!」

 

「ほっといてください……」

 

「落ち込まないで、ほら、目の前にある大量の美味しそうな料理をいまから2人で食べれるんだよ?元気出して」

 

「は、はい!」

 

ミアさんが行ったのを確認して俺たちは手を合わせた

 

「「いただきます!」」

 

そこからはただひたすらに料理を頬張った

最近は美味しい料理を食べていなかったせいかそれがスパイスとなってさらに美味しく感じる

 

こうして俺とベルが料理をどんどん食べている時、新たな客がぞろぞろとこの店に入ってきた

少しそちらに目を向ければほとんどが顔見知りなわけで、というかロキ・ファミリアなんだけど

俺はとっさにフードを深くかぶった、とりあえずはこれでバレはしないだろう、あとはベルだ

 

「どうしたんですか?」

 

「ベル、とりあえずこれをかぶってくれ」

 

そう言って俺は腰にかけていた帽子をベルに差し出した

不思議そうにそれを受け取り被ったベルが再度俺に訊いてくる

 

「それでどうしたんですか?」

 

「ここから1時の方向だ」

 

ベルはまた不思議そうに顔を言われた場所に向けるとすぐに俺の方に向き帰った

 

「ヴァレンシュタインさんじゃないですか!」

 

「シーっ!ばれたら面倒なことになるからやめてくれ!」

 

「なんでですか?今からでも行ってあげればいいじゃないですか」

 

「それが面倒ごとなの!」

 

これじゃ目の前の料理を美味しくいただけない

いや別に彼らのせいで不味くなるというわけではない、彼らがいると意識して食べてしまって味がわからなくなってしむという意味だ

それに料理に対してそれは失礼極まりない、料理は美味しいだけを考えて食べるからこそ美味しいのだ

 

しょうがない、ここはばれないように全部食べてお金払って帰ろう、さすがに食べずにお金払って変えるのは料理にも作ってくれた人にも失礼だ

再び、俺はご馳走を食べることを開始する

やっぱりうまい、アイズたちがいることを忘れて夢中になって食べていたい

そうやってもぐもぐと料理を食べている時、離れている俺たちのところまで、周りの大きな声さえも無意味のようにはっきりと声が聞こえた

 

「そうだアイズ、あの話を聞かせてやれよ!」

 

声からしてベートか、なんの話だろうか?少し気になるところだ

 

「白髪の冒険者が俺たちが逃したミノタウロスに追いかけられていてよ!」

 

「ふむう?その冒険者は助かったん?」

 

赤髪の彼らの主神、ロキがベートに尋ねれば、彼は笑いながら続きを話し始めた

 

「カイが間一髪ってところで助けてよ!それでそいつあの牛の血を全身に浴びてトマトになりやがったんだよ!は、腹いてぇ!」

 

「うわあ……」

 

「カイのやつ、あれ絶対狙ってたんだよな!?そうだよな!?」

 

「……そんなこと、ないです」

 

自分のことではないのに否定してくれたアイズとは裏腹に苛立っている俺がここにいる

聞いていれば聞いているほど腹たたしくなってくる

今ベートが話しているのはもしかしなくてもベルのことだ

よっているのだろう、それでも怒りがどんどんと溢れてきて、止められそうになくて

帰りたい、こんな話を聞いていられるほど、俺もベルも強くない

 

「アハハハハハハハ!そいつは傑作や!」

 

神も笑い始め、それにつられほとんどの人たちが笑い出した

だめだ、このままだと

 

「久々にあんなやつ目にしたぜ、野郎のくせに泣きやがって。泣くくらいなら冒険者なんかになるんじゃねえっての、なあアイズ?」

 

彼が、堕ちてしまう!

 

「ベル!」

 

叫んだ時にはすでに遅く、彼の姿は隣にはない

それに気づいていない彼らはさらに話を進める

 

「アイズはどう思うよ?アレが俺たちと同じ冒険者なんだぜ?」

 

いま、なんていった?

今あの狼男は、ベルのことを、アレ、といったのか?

 

「あのガキと俺、ツガイにするならっどっちがいい?」

 

「……ベート、君、酔っているのかい?」

 

「うるせえ、ほら選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って」

 

「黙れ」

 

もう、止められなかった

 

店の中が静かになる、まるで時が止まったかのように全員が行動を停止した

静かな店の中を歩き、ベートの前に立った

 

「……お前は、逃げずにいられるのか?」

 

「あ?」

 

「お前は!ミノタウロスを前にした時逃げずにいられたのか!?」

 

足を地面に叩きつける

歯を食いしばり、俺はまた口を開く

 

「lv.1、冒険者になって半月の少年がミノタウロスから逃げたことがそんなにもおかしいか!?」

 

心からくる怒りを全て吐くように

 

「お前がlv.1だったとして、逃げずにいられたか!?」

 

自分の怒りをその場にいる全員に押し付けるように

 

「お前は最初からあいつとまともに戦えたのか!?今のような力を最初から持っていたか!?恩恵を受けた最初からlv.5だったのか!?」

 

叫んだ

 

周りの空気が沈んでいく

誰も彼もが視線を下に向けていく、あげているのはロキ・ファミリアの主要メンバーだけだ

 

「……宣告します。もし俺の家族に手を出すようならば」

 

それが例え過去の俺と同じ道を再び通るとしても

 

「俺は、この街を敵に回してでも貴方達を叩く」

 

それだけいって、俺はその店を出た

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

同胞

あの店を飛び出してから俺は彼を追っていた

彼の背中は見えないけれど、向かった場所は多分ダンジョンだと予測し、今はそのダンジョンの前にある大きな一本道を走っている

 

「あと少し!」

 

迷宮の上に立つ大きな摩天楼は、距離を縮めるにつれ大きくなっていく

今の彼のことだ、大した装備なしに下の階層に行っているに違いない

イレギュラーだったとはいえ5階層で死にかけていたのにそれ以上に進むなんて無理ある

何よりも俺は今の彼がどのような感情を握っているかをわかってしまった気がするのだ

それは、力の欲求

もっと強くなりたい、誰にも負けないような、誰も追いつけないほどの絶対的な強さを求めているのではないだろうか

まるで、過去の俺みたいに

 

なら、その行き先も俺と同じになるかもしれない

力を欲した自分に絶望する前に止めないと、じゃないと

 

「止まれ」

 

聞こえたのは男の声

言われた通り止まって俺は眼前の男に目を向けた

ローブを羽織った人間が、俺の行く末を阻むように、ただ一本の道の真ん中に立っていた

右手に漆黒の剣を握り、唯一見えている口は三日月を作っている

 

「そこを、退け」

 

男は無言で、剣を構えた

 

「そこを退けって」

 

エクスブレイザーを呼び出し、それを握り、俺は一歩踏み込んだ

 

「言ってるだろ!?」

 

一気に距離を詰めての第一撃

上段からの一撃を男は剣で防ぎ、俺に顔を近づけさせる

少し見えた漆黒の瞳が、俺を捉えた

 

「っ!」

 

体が恐怖を感じ、咄嗟に後ろに下がってしまった

背中に刺さるような冷たい何か、それを振り払うように剣を振るい、構え直す

次はゆっくりと奴を中心に右に一歩づつ足を進める

その中、俺は考える

あの男が俺を引き止める理由はなんだ?いやそれ以前に奴の目的はなんだ?

俺を引き止めるではなく、俺を殺すことが目的、そう考えるのならば奴は、俺の存在を知っている?

 

「お前は、俺のことを知っているのか?」

 

聞くも、答えず俺が攻撃するのを待つように男はずっと立ったままだ

答える気はないということだろう、なら力ずくで、というわけにもいかない

今はベルを追いかけるのが最優先だ、隙を見て抜け出さないといつまでたっても追いかけられない

 

俺は地を蹴った

剣先を相手に向けての刺突、それを剣を使い受け流されながらも右足を軸に回転し振り向き治り、剣をぶつけ合った

つばぜり合いに持ち込み、奴の顔を覗き込んだ

さっきと変わらない不敵な笑みを浮かべる男は俺の剣を弾き飛ばし、自らを俺にぶつけた

 

地面に落とされた俺に迫り来るそれの側面に剣をぶつけ、すぐに立ち上がって追撃する

 

「あああ!」

 

歓喜の声を上げ、男は俺とともに超高速の剣劇を披露する

宙を舞う黒と金の軌跡、夜中に鳴り響く金属音

 

両者引かず、止まらない

 

その中、俺は一歩前進する

剣撃が止み、受け止めるものがなくなった剣が俺を襲う

それを無視し、俺は左拳を握り、それを思いっきりぶつけた

頬にめり込み、飛んだ男は、一瞬にして消えた

 

「!?」

 

そうか、そもそも俺は勘違いしていた

俺のことを知っているということはつまり、この男は俺と同じ存在"英雄のなり損ない"

 

「あああああああああああああ!?」

 

背中に激痛が走り、悲鳴をあげる

俺の背後に回ったその男が、俺の背中を斬ったのだろう

足に力が入らなくなり、意識が朦朧とし始めゆっくりと地面に向かう俺は最後、奴の顔見た

最後まで、男は笑っていた

 

 

夢を見た

それは過去の夢、あの頃の夢

力を追い求めた哀れな俺の姿が、夢の中に映る

両手に握られた黄金剣には血が滴り、その血の主と思われる大量の死体の中心で泣き叫ぶ

そこで手を差し伸べる少女が一人

違った、彼女はヘスティア様ではない

彼女は……

 

そこで夢から覚めた

目を開き状況を確認する

見慣れた部屋、ここは、俺の家?

なんで俺はここにいる?だって俺はあの男に斬られて……あの男は

 

「いっつ」

 

無理に動こうとしたせいで背中の傷が傷んだ

なんで傷が残っているのだろうか、いつもなら修復されているはずなのに

ここから考えられることは一つ、今も外にあるということだ

戻す前に意識を無くしたからか、そう思いながら部屋を見渡す

見える限りの場所は探したものの、剣は見えたらなかった、まさかあそこに置いてきた?

いや置いてきたもなにも、まず誰かここまで俺を運んだ?この家知っているのはヘスティア様とアイズだけだけど

 

ああ、なんかまた眠たくなってきたな

 

「カイ?」

 

ドアの開く音と、聞き覚えのある声を最後に、俺は深い眠りに落ちていった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月夜

閉ざされていた目をゆっくりと開いた

部屋に差し掛かった月光、ということはあれから更に数時間寝てしまったのか

いやそれは大した問題じゃない

今一番問題視するべき点は俺が今おかれている現状だ

 

「なんでいるの?」

 

相手に気づかれないように呟いた

目の前には金色の双眸を閉じ小さな寝息をしながら俺を抱き枕として寝ている彼女、アイズの姿があった

そこも問題視するところだが、一番アウトなのが、俺も彼女を抱きしめていることだ

今はある程度離したものの、さっきまでゼロ距離だった、彼女の顔がちょうど俺の胸に当たっていたし

俺は経験上今の状態を抜け出せないことを知っているので取り敢えず俺は彼女から手を引いた

 

まずは状況整理だ、なんで彼女がここにいるかを考えよう

俺はあの謎の男に背中を切られて気絶、そこからの出来事を彼女を絡めて考えると……

俺が倒れた後彼女が駆けつけ、あの男は撤退、彼女は俺のファミリアの場所を知らないからここまで俺を運んで看病していた、というところだろうか

よくもまあ自分のファミリアを敵に回したような男の看病やらなんやらをしたもんだとは思うが、あれの後だし、多分ファミリアに告げずにやってくれたのだろう

傷に関しては鞘さえ戻ればすぐに消えるんだけどね、なんというか、好きな人が看病してくれていたってだけで元気になれそう

 

さて俺はこの後どうしようか

今彼女を起こすのも何か可哀想だし、かといってもう寝れそうにない俺にこの状況を耐え抜けっていう方が無理だし

この状況をどう打破するか、もうこのまま耐えて1日過ごします?明日絶対干からびてますねパスで

ならやっぱりここは彼女を起こすか?でも気持ちよく寝てますし起こすのは可哀想だ

でもそうなるとやはり干からびコースになると思うんだよなあ

 

「……カイ?」

 

「……起こしちゃった?」

 

いつの間にか彼女の金色の双眸は開かれ、俺の事を見ていた

寝起きということもあってまだ視点があってないようだ、俺の背中に回していた手を一つ解き目を擦っている

 

「寝てたいならもう少し寝ててもいいよ?」

 

「どこに、いくの?」

 

「水を飲みに?」

 

片方とはいえ手が解かれたことによって身動きが取れるようになったので抜けるために作戦に出る

このまま隣の部屋にでも行って布団ひいて寝る、寝れるかは不明だけど

 

「……もう少し、だけ」

 

「……も、もう少しだけ?」

 

「一緒に、寝よ?」

 

「ぐはっ!」

 

アイズの攻撃、カイに100のダメージ!効果は抜群だ!

……やばい、完全に反則だ

 

「……少しだけなら」

 

俺は諦めて彼女と向き合う

嬉しそうに頬を少し緩めて再度俺の背中に手を回す彼女に合わせるように俺も彼女の背中に手を回し、自分に引き寄せた

胸に伝わる彼女の体温が妙に熱いのは気のせいだろうか

 

「俺が寝てから、何日過ぎた?」

 

「……1日」

 

1日、予想よりも少し早いな

しかし1日もの間神様とベルには連絡が言っていないと考えていいだろう、迷惑をかけていること間違いなしだ

明日帰って無事だったことを伝えて、あとはあの男のことも神様に伝えないと

俺と同じ存在は俺の知る限りもう一人だけだったのだが、それにもう一人追加された事はとても大きい

しかも俺を狙っていたというこはもしかすれば家族が狙われる可能性もある

それだけはなんとしても避けたいがあの感じだと一回勝ってもまた挑んできそうだし、まず俺が勝てるかも定かではない

 

「これまで、どこにいたの?」

 

「これまで、か」

 

彼女の前から消えて6年半

その前日がちょうどあの人から力を貰って、その半年後に神様と会って一緒に暮らすようになった

その間にも彼女はもっと強くなって、彼女の話を聞くと自分のことでもないのに少し嬉しくなってたっけ

 

「神様とずっと一緒だった」

 

「ずっと?」

 

「うん。ダンジョンに潜り始めたのも2ヶ月前くらいから」

 

そう事実を述べれば不満そうに俺を睨む彼女

いやだってそれまで過去のことが抜けなくて家の布団に包まっていたんだしょうがないだろ

……完全な自業自得ですねすいません

 

「アイズはlv.5になったんでしょ?おめでとう」

 

迷宮都市オラリオの現在最高lvは7

今はないゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアにはこれ以上いたかは不明だがこの街の最強は彼ということになる

まあそれはともかくそれに続くようにlv.6、そして現在彼女のlv.である5がある

今現在の最速lv.2昇格者はアイズ本人、1年だ

これからもわかるようにlv.上げはとても難しい

それを5まで伸ばしたものはこの街にも数える程しかいない、そこに彼女もたどり着いたのだ

 

「カイは、まだ?」

 

「0だよ」

 

俺は本当にファミリアに入ったわけではない

本当に神の眷属になるには彼らの恩恵を受けないとならない

けれど俺は自分の中にある力と神の力が反発して受け取れないのだ

あの時は悔しかったなあ、机を5回ほど強く叩いて泣いた覚えがある

 

「なのに、1人で58階層に?」

 

「見ただけだよ。多分3秒くらい……あ」

 

ここで思い出したことがあった

さっきまで背中の傷が大して痛くないから忘れてた

 

「俺の剣知らない?」

 

「下にある」

 

「取りに行くのは?」

 

「今日は寝る」

 

「そうですか」

 

下にあることだけわかっただけで安心した

あれ無くしたらもう顔向けできないよ、特に鞘の方は本当に洒落にならない

 

「無駄話はやめて、もう寝よう」

 

「うん」

 

外は少し明るくなってきている気がするけれど、まだ暗い

ならまだ寝てもいいだろう、あれだけ寝たのにまた眠たくなってきたし、彼女もそんなに寝れてないだろう

 

「おやすみ」

 

「おやすみ」

 

2人とも同じ金色の瞳を瞼の中に隠す

意識はゆっくりと薄れていく中、俺はもう寝息を立てている彼女に言葉を送った

 

「ありがと」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まり

「なあアイズ」

 

「何?」

 

「俺の覚えが正しかったら君の家は逆方向だった気がするんだ」

 

「気のせい」

 

「ならさ、なんで俺と同じ方向に歩いてるの?俺今家に行こうと「気のせい」……じゃないよね?」

 

唐突だが、何故かアイズと俺は一緒に行動している

朝何もなく起床し、一緒にご飯食べて何気ない時間を過ごした後解散しようという話になって家を出たはずなのだ

だが彼女は別れるどころか離さないように俺の手をぎっちりと握りしめ、俺の歩く方向に歩いているのだ

 

完全におかしい

 

まず考えて欲しい、町外れにある教会に行くまでの間、既に何百人単位で俺たちを過って行っているはずだ

その中手を握っている男女、しかも片方はあの剣姫であるアイズだ、この意味をご理解していただきたい

完全に勘違いしてらっしゃる方がいらっしゃいますよアイズさん、君人気高いんだよ?神にも負けてないんだよ?

 

「アイズのホーム、えーっと……黄昏の館だっけ?先にそっちに行く?」

 

「……なんで?」

 

「いやだって俺のせいで帰ってないんでしょ?顔見せとかないとみんな心配するよ?」

 

実際は俺が彼女から逃げるための作戦である

彼女のホームに行って、二日前のことを盾に彼女だけを戻してそのまま帰宅

完璧だ、これなら

 

「いける!」

 

「何が?」

 

「あ、いや何も!?」

 

なんとか誤魔化してみるものの怪しそうな目を俺に向ける彼女

いやそんな目で見ないでくれよ、俺の精神がギリギリと削られてるから

 

「大体……ん?」

 

言葉の続きを言おうとした時、後ろから視線を感じた

数からして三人だろうか、動かずじっとこちらを見ているようだ

気になって後ろを見れば、其処には褐色の肌を持つ少女2名とエルフの可愛らしい少女1名の計3名がこちらをずっと見ている

というかティオナにティオネだ、もう1人の子は前の遠征の時にいた子だ

なんでここに?というかなんでこっちをじっと見ているの?

 

なんて彼女らの事を見ていたら視線に気づいたのかティオナが不思議な行動をとった

自分の服をくいくいと、何かを伝えるかのように引っ張ったのだ

顔を傾げれば次はティオネがある場所に指を指す

その方向を見やればそこは雑貨店だった、いろんな物が売られていて店の前で何を買うか迷っている人々が見受けられる

 

服、雑貨店?これになにが……あ

服屋?でもなんで服屋なんか、俺今ある服で十分なんだけど

また顔を傾げ彼女らにヒントを問う、そうすれば彼女らは最後のヒントと言わんばかりに俺の横を指差した

 

……まさかアイズの服を買いに行けとかいうんじゃないだろうな

 

やっと気付いたと言わんばかりの表情を見せるティオナ、呆れたように額に手を当てるティオネ、何故かあたふたとするエルフの少女

どうやら正解のようだ、つまり彼女らは俺にアイズの服を買わせたいようだ

 

「いや無理だって」

 

「何が?」

 

「あ、いや、何もない」

 

大体買いに行けと言われても肝心の服はどうする気なのだろうか

そもそも服などに興味のない俺には彼女の服をどう選ぶかなんてわかるはずがない

更に彼女自身、服を買いに行くことなんてほとんどないだろうし、そういう事に興味はさほどないはずだ

そんな二人で一体どうしろと?

 

彼女らに再度目線を送れば、ティオナが拳を握り、親指をぐっと立てた

要するに頑張れ、ということですね、他人任せという事ですねわかったよコンチクショウ

 

「アイズ、買い物に行こう」

 

「え?」

 

「君の服を買いに」

 

こうして、彼女らの思惑どうり(?)俺と彼女のデートが始まった

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 15~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。