やはり心は叫びたい (ツユカ)
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番外編 Another story
Another world ver修学旅行 一話 八幡サイド


スマホでなんとか書きました!
今回はスマホを試すためのオリジナルです!
この2人は小学校五年生の途中から学校に通い
話せるようになる設定です!


修学旅行、それは小学校から高校までで行われる課外学習の強化版のようなものだ。故郷から離れ遠い地をわざわざ学習しに行くというアホな行事なのだが大抵の学生はこのイベントが大好きである。……今、横に座っている我が妹、成瀬順も例外ではない。

「ねぇねぇ、しゃべろうよお兄ちゃん。順退屈だよ」

小学五年生の時から呼ばれ続けているお兄ちゃんは小学校六年生にもなると多少恥ずかしいものがあるが、順は何を言ってもこの呼び方だけは頑なに変えてくれなかった。いつも、

「え?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」

と首をかしげるかわいい動作と共に言われるのだから、俺は何も言えないのである。これはお兄ちゃんとしては正常なことなので俺はシスコンではない、断じてない!

「ん?あぁ、これは俺が小学校二年生のときなんだがな」

と、自分の武勇伝を語ろうとすると順に止められる。

「はいはい、ゆりちゃんからのラブレターが罰ゲームだった話はいいから順と会話してよ。」

……なんでわかったんだよ、エスパーかよ。

「え、なに?俺この話お前にしたっけ?」

話した覚えはないんだがな……と、考えていると予想の斜め上な答えを教えてくれた。

「お兄ちゃんの日記を読んだんだよ。またまた辛いことだったね。そういう風に辛かったことを自虐するの止めなよ、順は心配になるよ?」

頭を撫でながらこんなことを言ってくる。その姿に俺は怒ることも忘れ、

「あ、あぁ、ま、考えとく」

と、中途半端な答えを返してしまう。顔に笑みを浮かべ「うん、よろしくね」という順が返す。この一年で順はとてもかわいくなった。前髪を伸ばしていて、ミステリアスな雰囲気を醸し出しているがその笑顔は純粋そのものでそのギャップにクラスの大半の男はやられるのだが大抵は俺にしかその笑顔を向けないのでクラスの男達は諦めるしかなかった。

「んで、なんだよ。京都なんて寝てればすぐ着くだろ。」

順はその言葉に口を尖らせ文句を垂れる。

「妹とがお兄ちゃんと話すのに理由なんて要らないもん、むしろ妹としゃべらないお兄ちゃんの方が重罪だー!」

その言葉とともに順は肩に頭を強引にあずけてくる。こういうことをして来るのが、兄としては少し心配になってしまう。ほかの男にやってないかとか考えてしまう。しかし、俺にしかしないとわかっているので杞憂だと思うのと同時に俺が特別という優越感に浸る。

なんとなく頭を撫で始めると順はくすぐったそうにしたがすぐに眠そうになり眠ってしまう。

(やっぱ昨日、あんま寝てなかったな?)

未だに一緒に寝てくれとうるさい妹が昨日はなにも言ってこなかったのでなんとなく予想はしてたが、やはり楽しみで寝れなかったのか。しかし、それは八幡も同じで昨日はよく寝られなかった。理由は違っていて、いつも一緒に寝ている順が居なくて寂しかったからだ。もちろんこんな恥ずかしい理由を誰にも話していない。

(俺もこいつがいないとダメなのかもな……)

そんなことを思ってしまう。安らかな寝息を立てている順を見ていると安心してまい、こちらも眠くなってくる。

(俺も寝るか……)

そう思い八幡は目を瞑り、静かに寝息を立て始めた。




こちらはほんと無視してくれてもいいです!
話す順とかはほんと想像出来ないので!


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Another world ver修学旅行 一話 順サイド

「ふぁ〜」

眠い……順はあくびをしながらそう思った。今は修学旅行先の京都へ向かう新幹線の中なのだが、窓の外を見ることに飽きが回って来たところなのだ。

(暇だなぁ……)

順は暇を持て余し横にいるこれまた暇そうなお兄ちゃんに声をかけた。

「ねぇねぇ、しゃべろうよお兄ちゃん。順退屈だよ」

出来るだけ可愛く聞こえるように言う、こうすれば単純なお兄ちゃんはきっと話してくれる!と確信していた。

「ん?あぁ、これは俺が小学校二年生のときなんだがな」

と、語り始めるお兄ちゃん。なんでこの話題なのかな……昔の話をする時のお兄ちゃんは順は嫌いだ。お兄ちゃんは気づいてないかもしれないがただでさえ濁ってる目がさらに濁り明らかに辛そうなのを嬉々として語る。その姿はとても見てられない。声をかぶせて止めようと試みる。

「はいはい、ゆりちゃんからのラブレターが罰ゲームだった話はいいから順と会話してよ。」

お兄ちゃんは驚いた顔をして話すのをやめてくれた。これはこれからも使えそうなのであの日記はこれからもちゃんと読んでおこうと決める。

「え、なに?俺この話お前にしたっけ?」

お兄ちゃんが聞いてくる。

(これは……正直に答えた方がいいか否か……)

答えに悩むがバレて嫌われるのは嫌なので正直に答えることにした。

「お兄ちゃんの日記を読んだんだよ。またまた辛いことだったね。そういう風に辛かったことを自虐するの止めなよ、順は心配になるよ?」

正直に答えると共に自分の素直な心をさらけだす。お兄ちゃんは怒ることも忘れて返事をするので、成功した、と笑い、「うん、よろしくね」と返す。

「んで、なんだよ。京都なんて寝てればすぐ着くだろ。」

お兄ちゃんは仕切り直し、振り出しに戻す。その言葉を聞き少し不機嫌になる。なにさなにさ、理由なしじゃ話しちゃダメなのか?

「妹がお兄ちゃんと話すのに理由なんて要らないもん、むしろ妹としゃべらないお兄ちゃんの方が重罪だー!」

怒ったふりをして、お兄ちゃんの肩に乱暴に頭をあずけた。お兄ちゃんの匂いが近くなり安心し、また眠くなる。

「………」

少しの間お互いに無言になり、お兄ちゃんが追い打ちのように頭を撫でてくる。

「……」

無言のまま頭をなでてくれる。それはとても心地よくて眠ってしまいそうになる。頑張って耐えているが、少し、目を閉じた瞬間に激しい眠気に襲われ意識を刈り取られる。最後まで、お兄ちゃんは頭を撫で続けてくれた。

どれくらい眠っただろう。軽く目を覚ますと頭から重圧を感じる。どうやらお兄ちゃんも私に頭をあずけて寝てしまったようだ。二人分の体温を感じながら、順はこの時間がずっと続けばな、と思いながら、もう一度眠りにつくのだった。



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Another world ver修学旅行 二話 八幡サイド

思ったより好評なのかな?と思いながら二話投稿です。

これはわがままというか出来れば、程度なのですが評価を読者の皆様につけていただきたいです。正直、このままのスタイルでいいのかかなり悩んでいます。なかなか同じ場面を違うキャラでやるというスタイルはないのでどうするか悩んでいます。そのため、評価を付けていただいてそれによってこれからの作品のスタイルを決めようかと思います。皆様、どうか宜しくお願い致します。


新幹線が止まり、俺達は京都の地へ降り立った。順が人の多さに圧倒され手を繋いでくる。

(みんないんのにいいのか……?)

俺は基本されるがままなのだが今回は流石に状況が状況なだけに順に小声で訪ねてしまう。

「おい、みんな見てるけどいいのか?」

順はなぜか赤くなり、質問へ答える。

「いいの!順がこうしたい時にこうするんだからお兄ちゃんは黙ってされてて!」

……そですか。我が妹、いや我がお姫様は見事な独裁政治を展開していた。

(まあ、俺は全然いいんだが……)

俺はやはり順が好きな時にこうしてやりたい。出会った時に約束したように。

「そか、ならそろそろ追いかけないと置いてかれちまうぞ。」

順は今初めて自分たちがおくれていることに気づいたようで急いでいこうとする。しかし、俺は走りたくなかったのでその順を引き止めるように歩く。

「お兄ちゃん!少しは走ってよ!置いてかれるんだよ!?」

順はそう叫ぶが、俺は歩くことをやめない。確かに、知らない地で小学校六年生が置いてかれたりしたら大変だろう。しかし、それは誰も見てない時、という制約がつく。

「大丈夫だろ、ちゃんとした先生が俺達のこと見てるからな、ね?平塚先生?」

声をかけ後ろを振り向くと、髪を腰まで伸ばし、白衣を着た女教師が苦笑いしながら二人に笑いかける。

「やはり君には気付かれていたか。これでも私が来ることは内緒のはずだったんだがな。」

意味深な登場をする小学校五年生の時の担任、平塚静はタバコを口に咥えさらにぼやく。

「しかし、君たちは相変わらず仲がいいな。出来れば先生にもその仲良しの秘訣を教えてくれないか?また彼氏に振られてね。」

自虐気味に答える先生に俺は正直に答える。

「とりあえず、生徒の前ではタバコを止める努力はした方がいいですよ。」

さらに順は追い打ちをかけるように聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく。

「先生、タバコ臭い……」

先生はそのつぶやきも聞こえたようでタバコを携帯灰皿に捨てる。そして、思い出したように話し出す。

「さて、それでどうするのかね?君たちは完全にこれではぐれてしまったが……」

わざとらしくいう先生に順は単純に引っかかり「えぇ!?」と声を上げる。しかし、俺は答えを口にする。

「どうせ、また平塚先生に俺達の面倒が回ってきたんでしょ?俺達はこれからどうすればいいです?」

すると、先生は楽しそうに笑いながら否定する。

「おいおい、回ってきてなんて言い方をするな、私はこれでも君たちを見ているのが好きなんだ。自ら名乗り出たのさ。君たちのことをよく思わない輩は沢山いるわけだしね。」

実際そうなんだろう、平塚静という教師はそういう人だ、そういうところがイケメンである。そして、そういうところに順は懐くのだろう。順は、基本教師が嫌いだ。しかし平塚静だけは例外だった。小学校五年生の一番困っていた時期に俺達兄妹を救おうとしてくれたのはこの女教師だけだった。しかし、それは教師にはどうしようも出来ない問題で、この先生は歯を食いしばりながら、謝ってきた。俺は初めて、家族以外の信用できる人ができた気がした。

順は唐突に先生にこう切り出す、

「順は先生のおすすめのラーメン食べたいなぁ……」

その言葉を待っていたかのように先生は反応しそれに同意する。

「お、成瀬は流石だな。そう、ここ、京都はラーメン激戦区で有名だ。その為、うまいラーメン屋は山ほどある。まあ他の先生には清水寺にでも連れていくように言われていたが、そんなのでっち上げればなんとでもなる。よし、成瀬の意向を汲んでこれからラーメンでも食べに行くか。」

と、教師らしからぬセリフを吐きながら地下鉄の切符を人数分買い、俺達に渡してくれる。

「もちろん、ほかの先生には内緒だぞ。それと、今日は私の奢りだ。」

俺と順は顔を見合わせるとその切符を受け取り、先生について行く。この先生はこういう時に男前だ。お願いだから。誰か早くもらってあげて!




これにて二話終了です。
ずっと出したかった平塚先生をこのような形で出せてとても嬉しいです。
そして、作者本人、用事というのは高校の修学旅行なのでこの作品でストレスの発散などをさせていただいてます。これは負担などはなく、むしろ精神安定剤のようなものなので、作者の体を心配して下さった方、ありがとうございます。むしろ、移動中なども書けるので結果オーライです。北海道なのでたまに圏外になることが辛いですが…
ちなみに順は八幡のことにだけ計算高くなっております。なので今回、はぐれ時にかなり焦っていました。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。順サイドは今夜投稿予定なのでそちらもよろしくお願い致します。


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Another world ver修学旅行 二話 順サイド

結果的にこのままのままで行かせていただきます!
ご迷惑?をおかけしました!!

昨日、夜に投稿すると言ったな、あれは嘘だ。
………………大変申し訳ありません!!!!!昨日は寝落ちして、そのまま電源が切れて、全て文章が消えてしまうという事象が起こってしまいました。
しかも自動保存という機能を知らず、ずっと手書きで書いていました。書き終わったタイミングで気づいて絶望しました。ほんとに申し訳ございません…


新幹線が止まり、出口から出るとそこは別の世界だった。周りを見る限り、人、人、人、見たことの無い人の数に少しだけ恐怖を覚える。あまりのことに隣にいるお兄ちゃんの手を握ってしまう。普段なら恥ずかしいのだがそれを気にしてる余裕はなかった。そうしているとお兄ちゃんが顔を近づけてきて耳打ちに

「おい、みんな見てるけどいいのか?」

と、聞いてくる。が、

(お、お兄ちゃん!?顔が近すぎるよ!!)

と、必死であり、思ってもないことが口を滑ってしまう。

「いいの!順がこうしたい時にこうするんだからお兄ちゃんは黙ってされてて!」

本当は素直になりたかったが、余裕のなさから本音でもないことが出てしまった。しまった、これではお兄ちゃんを中学の時にいじめてた輩と同じではないか、そう思ったがお兄ちゃんは傷ついてはいなかった。どちらかというと昔を思い出してる感じがする。そんなお兄ちゃんをじっと見ていると急にお兄ちゃんが我に戻り順に言ってくる。

「そか、ならそろそろ追いかけないと置いてかれちまうぞ。」

気づくとそこにはクラスメイトの姿も担任の姿もなかった。さっと血の気が引いていくのを感じながら順はすぐに追いつこうと走るが手を握っているお兄ちゃんがそれを許さない。ゆっくりと歩き続けるお兄ちゃんにイライラし始めた。

「お兄ちゃん!少しは走ってよ!置いてかれるんだよ!?」

このような見知らぬ遠い土地で迷子になんてなったらどうなるかわかったものではないので急ぐように促すがお兄ちゃんはそれでも走ってくれない。ここまで話を聞いてくれないお兄ちゃんはなかなかないので少しだけ涙が出る。しかし、お兄ちゃんは今でも余裕な表情だった。

「大丈夫だろ、ちゃんとした先生が俺達のこと見てるからな、ね?平塚先生?」

と、言い放ち、振り向く。順もそちらに目を向けると見知った、順の大好きな先生が笑っていた。

「やはり君には気付かれていたか。これでも私が来ることは内緒のはずだったんだがな。」

と、その先生は軽く挨拶を交わす。そして、ポケットからタバコを取り出し口に咥えて、火をつける。その慣れたような手際が終わるとさらにぼやく。

「しかし、君たちは相変わらず仲がいいな。出来れば先生にもその仲良しの秘訣を教えてくれないか?また彼氏に振られてね。」

……また振られたのか。と、少し呆れてしまう。それはお兄ちゃんも同じなようですぐに皮肉のように答えた。

「とりあえず、生徒の前ではタバコを止める努力はした方がいいですよ。」

それに追い打ちをかけるように順は一番思うことを聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく。

「先生、タバコ臭い……」

聞こえたようでタバコを携帯灰皿にしまい、話しかけてくる。

「さて、それでどうするのかね?君たちは完全にこれではぐれてしまったが……」

……え!?あ!ほんとだ!みんなが周りにいない!どうしよう!どの電車だっけ?あれ?どの方向にいった!?

「どうせ、また平塚先生に俺達の面倒が回ってきたんでしょ?俺達はこれからどうすればいいです?」

焦っていたところにお兄ちゃんは声を上げる。言われてみればそうだ、なぜこのようなところに平塚先生は居るのだろう。それは簡単で自分たち、つまり問題児を専門的に扱うためであると予想する。しかし、平塚先生はその質問に笑顔で

「おいおい、回ってきてなんて言い方をするな、私はこれでも君たちを見ているのが好きなんだ。自ら名乗り出たのさ。君たちのことをよく思わない輩は沢山いるわけだしね。」

と、答えてくれた。この言葉は順の心に響き渡る。

(やっぱり、この人も順の味方なんだ。)

過去に味方がいなかった順は、それを再認識し、お兄ちゃん以外の頼もしい大人の味方を嬉しく思う。順は平塚先生が好きだった。それはほかの先生と違い、問題を放置しない、優しい性格の人であることが大きい。そんなところに順は惹かれた。

ぐぅ〜〜

と、順のお腹は声を上げた。雑踏のおかげで二人には聞こえていなかったようだが、先ほど焦ったせいか、お腹が空いてしまっていた。

「順は先生のおすすめのラーメン食べたいなぁ……」

この間話した時に話していた、ラーメンが好きという事を思い出し、提案する。その言葉を待っていたかのように平塚先生は反応して、それに同意する。

「お、成瀬は流石だな。そう、ここ、京都はラーメン激戦区で有名だ。その為、うまいラーメン屋は山ほどある。まあ他の先生には清水寺にでも連れていくように言われていたが、そんなのでっち上げればなんとでもなる。よし、成瀬の意向を汲んでこれからラーメンでも食べに行くか。」

思い立ったが吉日!とでも言いたげにすぐに人数分の地下鉄の切符を買い、順たちに渡してくる。

「もちろん、ほかの先生には内緒だぞ。それと、今日は私の奢りだ。」

順たちはお互いに顔を合わせ、その切符を受け取り平塚先生についていく。

先生には早く幸せになって欲しい。もちろん、お兄ちゃん以外と。

誰か、もらってあげてください……




今日は投稿できるか分かりません!
申し訳ございませんが!少々お待ちください!
まあ、移動時間の長さは台風で増えたので、出来そうではあるのですがね……


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Another world ver修学旅行 三話 八幡サイド

皆様!一日ぶりです!
そろそろ本編に入りたいと思いながらも
キリの良いところまで終わらせたいAnother world編です!

今回は結構ゲロ甘注意です!
ちなみに作者は我が家へ帰ってきてテンションMAXで書いたのでこれからどうするか悩んでます!


ラーメン屋を三件ハシゴし終え、俺も順も満腹だった。ひとりなら今頃吐いていたと思うが、順と全てのラーメンを六対四で分けることにしたので、ちょうどいい腹の具合になった。ちなみに先生は全て一人で食べ終え、今も余裕そうである。

「さて、そろそろ我々もホテルに向かおうか。」

平塚先生は修学旅行の予定を見ながら言う。俺はずっと思ってた疑問を口にする。

「先生、そういや俺達部屋はどうするんです?このまま戻るわけにも行かないでしょ?」

そう、俺達は修学旅行を抜け出しているわけである。そんな二人が夜に部屋にいては気まずいに決まっている。それは先生達にとってもまずいことだろう。

「あぁ、それなら私と成瀬、そして比企谷、の三人部屋だ。」

当然のように言う先生だが、俺はその言葉をうまく理解出来ない。順もほうけているようだったが、すぐに理解して顔を赤くする。

「うぁ……ぇ、と…」

何かを言おうと頑張るが、うまく声を出せないようだ。なんとなく言おうとしていることは分かるが。俺もまだ整理がついてないが、順のために無理矢理にでも声を出す。

「いや、年頃の男女が同じ部屋ってのはどうなんですか?」

という、至極全うな質問だ、しかし、この先生には俺達には天敵とも言える人との繋がりがあった。

「おや?君たちは兄妹じゃないか、それに未だに一緒に寝ていて困っているとこの間泉から聞いたのだが?」

そう、この人の持つ繋がりとは俺達の母さん、泉との繋がりであった。聞いた話では小学校時代からの同級生で親友同士であったとの話だ。知られているとは思ってなかったため、俺も順も恥ずかしくなる。

「まぁ、もちろん私も教師なのでな、今夜は一緒に寝かさないつもりだ。」

笑いながら追い討ちのようにダメージを与えてくる。順は茹でたタコのように真っ赤になり、俺は顔を隠すために下を向いてしまう。

「うん、やはりこちらの君達の方が子供らしくていい、君たちは妙に大人っぽいからな、たまにはこうした方が疲れなくて済むだろう。」

どうやらからかわれたようだ。だがこの先生に怒りは覚えない。それは圧倒的な経験値から言われていることだとわかるから、素直に言葉を受け止める。先生はタクシーを止め運転手にホテルの名前を告げ、助手席に乗る。そして、俺達は後部座席に乗り、車が走り出す。

『ねぇ、お兄ちゃん。部屋、一緒なんだね。』

順が携帯で打ち込み見せてくる。このやりとりも久々だと思い、少しだけ懐かしく思ってしまう。おそらく前に座っている先生には聞かれたくないのだろう。俺は自分のスマホを出すことをせずに順の携帯を受け取り、その下に書く。

『あぁ、そうだな。ま、いつも通りだしいいんじゃないか?』

それを順に渡す。順はさらにその下に文字を綴る。

『そうなんだけどさ……やっぱりなんでもない!』

と、返ってきた。何かあるなら言えばいいのに、思いつつ携帯に打とうとするが、その前に順に取られてしまった。すると、目的地に着いたのかタクシーが止まる。先生がお金を払い車から出ると、そこには大きめのホテルがあった。先生について行くと、そこでは同級生達が食事をしているところだった。バイキング形式なのでそれなりの生徒が立ち上がり食べ物を取りに行っている。

「さぁ、君たちは自分のクラスに行ってきなさい。そして、食べ終わり次第、私のところに来なさい。」

……正直、先ほどラーメンを食べたのでお腹は空いていなかった。席に戻らずにその場に二人でとどまっていると、先生は察してくれたようで

「部屋は601号室だ。六階だからエレベーターで行くといい。」

部屋番号を聞き、部屋へ向かう。エレベーターを見つけ乗り込み六階へ向かう。この間、順は全く話さなかった。疲れたのかと思っていたが、部屋を見つけ、入った途端にそれは違うと分かる。

後ろから衝撃を受けた、順が抱きついてきたのだ。

「順?どうしたんだ?」

順は抱きついたまま動かない。それどころか更に強く抱きしめてくる。それは昔の順が悪夢を見た時のように見えた。しばらく経って順はそのままの体勢で少しだけ力を緩めて話し出す。

「充電中……かな?」

その言葉を聞いて順の拘束から逃げ出し、こちらから順を抱きしめる。

「そうか、なら俺も充電だ。」

順の気持ちも少しだけ分かる気がした。これからはおそらくこう出来ることも少なくなる。ならばこの間に順の匂いを、感触を感じていたかった。順はその言葉に反応して体をこすりつけてくる。やがて、立っていることが辛くなりお互いにベッドへ座る。順が俺を抱きしめ頭を撫でてきた。俺はこれが好きだった。これは初めて会ったときにもしてもらっていた。それ以来これは特別な意味の行為になっていた。

「お兄ちゃん、これ好きだよね?ホントは弟くんが良かったんじゃないの?」

なでながら聞いてくる順。しかし、それは否定したかったので、全く同じように抱きしめて頭をなでる。

「いや、俺は順を甘やかす方が好きだから兄貴でいいんだよ。」

順は気持ち良さそうに目を細める。そのままの体勢でなで続けてたら順は寝てしまった。いつもこうすると寝てしまうので俺としては少しだけ物足りない感じであるが、それ以上に幸せを感じる。ベッドに優しく寝かせて俺もその横に寝転がる。順の寝顔を見ながら順をなで続ける。

(順は妹なのにな……こんな気持ちを抱くのは兄貴として失格かもな……)

そんなことを考えながらも、気持ちは思い通りに動いてはくれない。そして、俺は寝ている順の唇に触れてしまった。

そして、そのまま幸せな気分で寝てしまう。次に起こされのは先生が戻ってきた時だった。




ありがとうございました!

別の世界ということで好き放題させてます!
そろそろ区切りをつけると思うので、本編を待っている方はもうしばらくお待ちください!

それとこのAnother worldは作者が修学旅行中の暇つぶしで書いたものなのですが、これからも時々続行すべきでしょうか?そちらもコメントに書いていただけると嬉しいです!


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Another world ver修学旅行 三話 順サイド

作者が展開に砂糖を吐きそうなので修学旅行は打ち切りにしたいと思います。
(本当に望むなら書きますが………)
明日からは本編を書いていきたいと思っています。

タグを増やしました。


(うぷ……もう入らないよ……)

ラーメンを三杯ほど食べた順は、吐きそうなくらい満腹だった。おそらくお兄ちゃんと食べていなければ、吐いていた。正直これ以上食べたくない。平塚先生は食べたものがどこに行くんだろう……というくらい余裕そうだった。

「さて、そろそろ我々もホテルに向かおうか。」

(ほっ……やっと終わった……)

安堵すると同時に体の力が抜けるが何とか耐える。

「先生、そういや俺達部屋はどうするんです?このまま戻るわけにも行かないでしょ?」

そういえばそうだった。このまま戻るわけにはいかないだろう。クラスメイトとは少し気まずい程度だが抜け出した途端だとそれどころではないだろう。

「あぁ、それなら私と成瀬、そして比企谷、の三人部屋だ。」

……一瞬思考が固まる。しかし、すぐにその言葉の意味を理解し、顔が熱くなる。反論しようと思ったが声がうまく浮かんでこず

「うぁ……ぇ、と…」

という声を出してしまう。それを見かねたお兄ちゃんが助け舟を出してくれる。

「いや、年頃の男女が同じ部屋ってのはどうなんですか?」

少し順の言いたいことと違うがおおむね間違ってはない。しかし、平塚先生はこの質問が来るのを予想してたかのようににやりと笑うと少し芝居のかかった声で面白そうに質問に対する答えを言う。

「おや?君たちは兄妹じゃないか、それに未だに一緒に寝ていて困っているとこの間泉から聞いたのだが?」

その言葉で順は固まった。お兄ちゃんのベットに移るのはかなり夜中だ。それを見られているとは思わなかった。それもママに……しかも、それが学校の先生にも知られるのだ。恥ずかしいに決まっている。お兄ちゃんも顔を赤くしていた。

「まぁ、もちろん私も教師なのでな、今夜は一緒に寝かさないつもりだ。」

追い打ちのような平塚先生もの言葉にさらにお互い顔を赤くし、ついには下を向いてしまう。

「うん、やはりこちらの君達の方が子供らしくていい、君たちは妙に大人っぽいからな、たまにはこうした方が疲れなくて済むだろう。」

平塚先生が何かを言ったようだが、順はそれどころではなく、聞こえなかった。先ほど部屋が一緒という話を聞いてから、順の頭には一つのことしかなかった。

(お兄ちゃんに甘えられるかも……甘えてもいいかな……)

そんなことを考えていると、平塚先生の呼んだタクシーが来た。

それに乗り込み静かな車内で、順は急にお兄ちゃんと話したくなった。

『ねぇ、お兄ちゃん。部屋、一緒なんだね。』

先ほど聞いたことへのお兄ちゃんの意見を求める。

『あぁ、そうだな。ま、いつも通りだしいいんじゃないか?』

と、順の考えていたこととは違う答えが返ってくる。順はそれを肯定して、自分の意見を書こうとしたが、恥ずかしくて手を止めてしまう。

『そうなんだけどさ……やっぱりなんでもない!』

お兄ちゃんに見せてすぐに回収する。すると、目的地に着いたのかタクシーが止まった。平塚先生がお金を払った後について行くと、そこでは同級生がみんなで食事をしていた。

「さぁ、君たちは自分のクラスに行ってきなさい。そして、食べ終わり次第、私のところに来なさい。」

そう言われたが、正直先ほどのラーメンでお腹は空いていなかった。そのためその場に残っていると、平塚先生も事情を分かってくれたようで、

「部屋は601号室だ。六階だからエレベーターで行くといい。」

と、部屋番号を教えてくれる。エレベーターを見つけ、乗り込み六階を目指す。六階につくと部屋を探し、部屋に入る。そこで順の我慢は限界だった。

後ろからお兄ちゃんに抱き着くと、お兄ちゃんの匂いに満たされる。

「順?どうしたんだ?」

お兄ちゃんが聞いてきたが、順はまだまだお兄ちゃんの匂いを堪能したかったため、更に強く抱きしめて答える。しばらくそのままの体勢で、ある程度満足すると、少しだけ力を緩めて、蕩けきった声で

「充電中……かな?」

と、答えた。すると、お兄ちゃんが急に順の腕から逃げた。ぬくもりが離れていくことを感じながらも、これが普通だと思った。普通の兄妹はこんなことをしない。そのことを知っていたから、順は離れていくぬくもりに未練を残しながらも、そのことに対して何も言わなかった。しかし、それは裏切られる結果になる。

お兄ちゃんが順を強く抱きしめたのだ。

「そうか、なら俺も充電だ。」

(こんなこと、言われたら、順、もう……)

順は胸が締め付けられる感覚を覚えながら、お兄ちゃんに体をこすりつける。

どのくらいそのままだったであろうか。一瞬とも永遠とも取れる時間が過ぎ、その体勢が辛くなり、ベットへ移動する。お兄ちゃんと一緒にベットへ座ると、順はさっきのお返しと思い、お兄ちゃんを抱きしめて、頭を撫でる。お兄ちゃんはこれが好きなのだ。実際今も目を細めて、気持ちよさそうにされるがままになっている。

「お兄ちゃん、これ好きだよね?ホントは弟くんが良かったんじゃないの?」

前から思っていたことを口に出すと、お兄ちゃんはそれは違う、と言いたげに順を同じような体勢で撫でる。

「いや、俺は順を甘やかす方が好きだから兄貴でいいんだよ。」

……こんなにうれしい言葉はなかった。順はまた、胸を締め付けられながら、それでも眠くなってしまう。いつも、これをやられると順はいつの間にか寝てしまう。しかし、順は耐えようと、頑張ったが、その頑張りも空しく眠りについてしまった。




ありがとうございました!!!


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本編
プロローグ


初めまして、「心が叫びたがってるんだ」にどはまりして
衝動的に書きました。
タイピングも遅く、おそらく亀更新でさらに短いという最悪な作品ですが
もしよろしければどうぞよろしくお願いします。


                  順サイド 

              その日、成瀬順は言葉を失った。

 しかし失ったものは言葉だけではない、例えば父親、例えば母からの信頼、まだ幼き少女には耐えられないほどのものを一度に失った。しかし、少女はそれでも心は失わない。それは玉子の呪いのおかげであった。皮肉な話だが父親を失い、母からの信頼を失ってでも、少女は自分のお喋りで人が傷つくのが嫌だった。

(私は言葉を玉子に封印された。他にもいろんなものを失くした、でも、これで私のお喋りで傷つく人がいなくなった。私一人が耐えて、これから私と関わる人たちが、私のお喋りで悲しまなくて済むのなら、そっちのほうが私はうれしい。)

 少女は幼いながらに考え、この呪いを受け入れた。それがどれほど辛くとも、この少女は呪いを受け入れ続けるであろう。

 

      この少女を救う王子様が現れるのは、呪いを受けてからすぐのことだった。

 

 

                  八幡サイド

              その日、比企谷八幡は声を失った。

 それは、突然のことだった。なんのことのない朝、目を覚ますと言葉を発することができなくなっていた。元々、話すことが好きではなかった。いつも一人で、話す機会がないというのもあり、話すのは妹である小町と両親だけ、彼には友達と呼べるものがいなかった。そしてそれは残酷な小学生には異端に見える。そのため、彼はいじめにあっていた。それが小学校の四年間続いたが、しかし彼は大人に相談などしなかった。そんなことをすれば仕事で忙しい両親に迷惑をかけるからだ。妹にも心配をかけないために様々なことに耐えた、しかしそれの限界が来たのだ。

 失声症これが彼の病気の名前だ。これは心因性の原因から声を発することが出来なくなった状態のことだ。そして、この病気は彼から母、そして妹を引き離す原因となる。

「八幡!どうしていじめられていることを言わなかったんだ!お前も、どうして気が付かなかったんだ!」

 父のこの一言がきっかけになった。母はこの一言で怒り、不満などを全てぶつけ、離婚を提案した。それは突然のことだった。たった一日の出来事で比企谷家はバラバラになった。小町は八幡にしがみついて泣いていた。

(俺は結局小町を守れなかった、小町を泣かせた。)

 少年は、震える小町を力いっぱい抱きしめる。

(言葉は出せない、俺は小町に何も言ってやれない。なんて兄貴だ)

 少年は、強く、激しく自己嫌悪する。濁ってゆく目に気付かずに。

 そして、それから数日後、母が小町を父が八幡を引き取る形で離婚が成立した。

 

         この少年を救う少女が現れるのに、時間はかからなかった。

 




コメントやアドバイス待ってます


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一話

続きです
自己解釈や勝手な設定などが
出てくると思いますが
生暖かい目でお願いします!


八幡サイド

 

「なあ、八幡。父さん、再婚をしようと思うんだ」

 父の一言に八幡は唖然とした。離婚して三か月がたった日のことだった。両親は離婚した後、父と八幡が家を出ていき、父の仕事場の近くのアパートに引っ越した。八幡は学校へ通うのをやめ、今は病院に通いながら自宅学習をしている。声が出せないため、意思疎通のために買ってもらったスマートフォンで急いで伝えたいことを打つ。

『再婚って誰と?』

 聞きたいことはいろいろあったが、とりあえず一番に思い浮かんだことを聞いた。

「父さんの同級生でな、彼女……泉さんも二か月前に離婚して、お前と同い年の娘さんがいるんだが、お金に困って、この間、父さんの会社の派遣になったんだ。そこで再開してから、意気投合してな、今回の再婚の話になったんだ。」

 説明を聞いている間も八幡は唖然としていた。いつかは再婚という単語を父からくるときが来るだろうとは思っていたのだが、こんなに早いとは思わなかった。

『もし、再婚したら家はどうするの?このアパートは狭いし無理だよね?』

 次の質問は住居についてだった。相手に自分と同い年の異性がいるならこんな狭いアパートは無理だろう。

「それは、泉さんが今住んでいる家に行こうと思う。職場からは遠くなるが、このアパートを借りっぱなしにしといて父さんと泉さんの帰りが遅いときは、ここに泊まろうと思う。お前と順ちゃん…泉さんの娘さんを残すのは心配だが、休日には帰るし、平日も家政婦さんを呼ぶから平気だろう。」

 ……そんな無茶苦茶な、と八幡は思ったが、この話をしている父の顔が真剣だったので本当のことなのだと思った。そして、一番聞きたいことを聞く

『その人は俺の失声症のこと、知ってる?』

 これが、一番聞きたいこと、そして再婚にあたって自分という存在が邪魔にならないか、という心配事でもあった。

「あぁ、知ってるよ。そして、それでも再婚したいと言ってくれている。」

 ……そうか、なら自分には止めることは出来ない。父さんにとっても最後のチャンスかも知れないんだ。

『なら、俺も再婚に賛成だよ。』

 父さんは安心したようにため息をつき、ありがとう。と言った。引っ越しの日程などを聞き終わり、作業に入ろうかと思ったとき、父は思い出したように俺に、この再婚で一番重要なことを言い、俺は目を見開いた。

 

 その日の夜、父さんに言われたことが頭から離れず、眠れずにいた。自分と同じ年で同じような症状の、成瀬順という少女、彼女はなぜ、どうして、様々な考えが浮かぶ、離婚だけでなるとは考えづらい、ならなぜか。

  八幡はいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 順サイド

 

 その日、順は家の異変に気付いた。

(ママがいる……)

 玄関に母の靴があった。それは順にとって久しぶりに見るものだった。朝は順が起きるより早く仕事に行き、夜は順が寝た後に帰ってくる。そんな母の靴が玄関にあるということは、今日は母が家にいるということだ。順は内心うれしさと気まずさが半々くらいの気分だった。

「あら、順おはよう。」

 ドキっ心臓が大きく跳ねた。

「あ、えと、おは……っつぅ」

 お腹が痛くなる。これが玉子の呪い、お喋りするとお腹が痛くなる。急いでトイレに駆け込む。

「ちょっと、順?大丈夫なの?」

 とんとんとトイレのドアを叩いてくれるママ。そういえば、結局挨拶を返せてなかったなと、持っていたガラケーで急いで文字を打ち込み、ドアを少しだけ開けて携帯を渡す。

『おはよう、ママ。順は大丈夫だよ!ママは今日お仕事お休みなんだね!』

 母は少しだけ小さく息を吐く、母がため息をつくことは最近多くなった、私が原因とわかるだけ、ため息を聞くと少しだけ泣きたくなる。

「えぇ、今日は休みなの。朝食の時に大事な話があるから早めに来て頂戴。」

 それだけ言い切ると母はリビングに向かって歩いて行った。

 大事な話って何だろう……。もしかして、順は施設に連れていかれるのかも……。いや、もしかしたら、玉子さんの言うとおり海に沈められるのかも……!

(どうしよう!どうしよう!順どうしたら!?)

 色々と考え、悩んだが何も思いつかない、ぐぐぅ~~…

(お腹減った)

 考えるのを放棄し、リビングへ向かう。母がフレンチトーストを焼いていた。懐かしい匂いがする。チンをしないご飯は久しぶりだった。

「順、お皿だしてくれる?」

 頷くだけの反応をして、私はお皿を運ぶ。二人分の食器を準備するのはいつぶりだろう。

「いただきます」

(いただきます)

 心で挨拶をし食べ始める。フレンチトーストはしっかり味がついてて、優い味がした。ママと食べているというだけで、順は泣きそうだった。ある程度片ついた後、お母さんはさっきの大事な話をする、と前置きして言った。

「あのね、順、お母さんね再婚しようと思うの。」

 …………!!!???

「さ、さ、再婚!!??」

 思わず叫ぶ、ママがびっくりした顔をしてる。自分でも顔が青くなるのがわかる。

(あ……痛い…………)

 トイレに駆け込む、五分ほど経ってからお腹が落ち着いてきた。リビングに戻ると、ママがお茶を淹れてくれていた。心なしか少しだけ笑顔だった。

「順、とりあえず、話しだけ聞いて?」

 先ほどの椅子に座り直し、話を聞く。相手のこと、住居のこと、息子さんがいること、学校へ順と同様行っていないこと、そして、失声症のことも、順は幸せそうに話す母のことを見て、反対する気なんてさらさらなかった。しかし、納得できないこともあった。

『なんで順とその……息子さんとは一緒の部屋なの?』

 そう、なぜ八幡と順は同じ部屋なのか……だ

「そ、それはね、さっき話した通りたぶんお母さんはほとんど帰ってこれないの。だから一緒のほうが寂しくないし、それに掃除も楽だし……ね?」

 明らかに後者が本音であるが、寂しいというのはあっていたので、否定はできない。

『あとね……なんで息子さんは失声症?になったの?』

 ママは読み終わると少しだけ暗い顔をして、すぐ笑顔になって言う。

「それは、八幡君から聞きなさい、これから一緒にすむんだから。」

 きっと深い理由があるんだと思った。

『そっか…それもそうだよね。』

「さ!おうちのお掃除しましょ!そんなに日もないことだし!」

 ママの掛け声で掃除が始まった。これからどんなことが起きるのか、順は期待に胸を躍らせながら、鼻歌を歌いながら部屋の掃除に取り掛かるのだった。

 

 




コメントやご意見、アドバイスお待ちしております


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二話 八幡サイド

質問があったのでこちらでも答えさせていただきます。
二人は小学校五年生です。
八幡が四年間いじめられ、五年目に差し掛かろうという三月頃に
失声症になり、離婚、それから一月後の四月に順の両親が離婚という形です。
なぜこの時期かというと、原作のここさけでの冒頭シーンで桜が咲いていたからです。
分かりにくくてすいません。

これは、心が叫びたがってるんだが軸です。
八幡が順の家に越してきたので、高校生になれば揚羽高校に入学します。


 

(雨……か)

 八幡は車の中で目を覚ますと、外の天気が変わっていることに気が付いた。季節は梅雨に差し掛かり、近頃雨が多くなってきた。

(引っ越しの日にこれじゃ大変だろうな……)

 そう今日は引っ越しの日、初めて新しい家族と顔を会せるのだが、八幡はたいして緊張などしていなかった。それはなぜか本人にもわからないが、父の選んだ人なら平気だろうという安心感は確かにあった。

「八幡?起きたのか?」

 父さんが質問を投げかけてくるが、答えを返せない、返そうとはするが声帯がうまく震えず声が出せない。仕方なく八幡は窓を三回叩き返事をする。

「そうか、おはよう、よく寝ていたな。」

 ……仕方がないだろう。日常生活ならスマホで会話出来るが、運転中はそうはいかない。会話のない車内など、ただ気まずいだけなのだから寝るしかない。こういう時、この病気がとても不便なものに思えてくる。

「そろそろ、新しい家に着くが……緊張とかしてないか?大丈夫か?」

 頷くだけで、大丈夫だ、という意味の返事をする。

「そうか……八幡は強いんだな……父さんなんか新しい娘と会うってだけで、嫌われないか心配で仕方がないのにな……」

 やはり父親という生き物はいつも娘という存在に嫌われないか心配しながら生きているのだろうか……そう考えると父親になるのが嫌になってきた。

『大丈夫だよ、きっと』

 スマホで書いて信号に引っかかったタイミングで見せる。

「そうかな……まあ八幡がそういうなら大丈夫か」

 俺の頭を少し強引に撫で、運転に集中する。

 少し照れくさいが、安心してくれたなら何よりだ、と八幡は思う。そうこうしているうちに車は住宅街へ入っていった。緑が多くとてもいい雰囲気だな、と八幡は思った。

「この辺のはずなんだが………お、あれかな?」

 そこにはクリーム色の大きくきれいな家があった。一台の車が止まっていて、家主がいるのだとわかる。表札には成瀬と書いてあった。車を止め終わった後、お互いに傘を差し玄関へと向かう。父さんがチャイムを鳴らそうとすると、ドアがその家主によってあけられた。

「思ったより早かったのね。上がって?」

 髪が肩にも届かないショートヘアな女性が言う。八幡はこの人が自分の新しい母親なのだと理解した。目が合ったので会釈をした。

「あら、その子が八幡君?賢そうな子ね。でも、私たちはこれから家族になるんだからそんなに他人行儀じゃだめよ?」

 その女性、泉さんが頭を撫でながら軽く注意してくる。とても心地よく撫でなれている手だな……と八幡は思った。

『はい、これから気を付けますが、慣れるまでは多少は目をつむっていただけるとありがたいです。元々人見知りですし……』

 スマホを泉さんに見せると泉さんは驚いたような顔で俺を見る。

「しっかりしてるわね……びっくりしちゃった。でも、家族に敬語は駄目よ?」

 と、改めて注意をされてしまった。この人はしっかりとした人だなと思うと同時に改めて家族になるんだ、と再確認が出来た。

『うん、わかったよ。母さん』

 それを見た泉さんは笑顔のまま、頭を撫で、リビングへ案内してくれた。リビングを開けるとソファーや机などが目に入ると同時に、こちらに背を向けて椅子に座っている少女が目に入る。少女は肩までのショートヘアで、黄色いパーカーを着ていた。

「順、挨拶しなさい。」

 泉さんが声をかけると、ビクッとし、立ち上がる少女。両手をお腹の前で繋ぎ、下を見続ける少女に父さんは、戸惑いながらも声をかける。

「こんにちは、順ちゃん。えっと……新しいパパになるんだけど……よろしくね。」

 少女はそれでも下を見続けていた。そんな態度に泉さんはイライラしたような素振りで髪をかき上げる。

「順!ちゃんと挨拶しなさい!」

 泉さんが怒鳴ると、その少女はその場を走り去っていった。とんとん、二階へ上がったようだ。正直俺はこの反応に少々腹を立てたが、少し気持ちがわかるような気もした、今日初めて会った人を家族と認識するのは多少なりとは嫌悪感を示すものだ。

「もう……あの子ったら……ごめんなさい、嫌な気持ちをさせたわね。ちょっと呼んでくるから、ソファーにでも座って待ってて頂戴。」

 この申し出を俺は首を振って断りスマホで伝えたいことを打つ。

『俺に行かせてください。』

 これは俺がこの家の家族になるための課題だと思った。あの少女、成瀬順と仲良くならなければ、俺にはこの家にいる資格はない。

「でも………」

 泉さんが反対しようというところで、父さんが言葉を重ねる。

「いいじゃないか。八幡、頼んだぞ。」

 父さんはそれだけ言うと、泉さんを強引に椅子に座らせる。泉さんはまだなにか言いたそうだったが、何とか理解してくれたようだ。

 俺は二階へ向かい、成瀬順を探す。部屋が四つあり成瀬順はひと際大きい部屋の大きな窓の窓枠で体育座りでうつむいていた。近づくと窓の外に先ほど通ってきた道路と二つの車が見つかった。さらに近づくと彼女の鼻をすする音が聞こえてくる。泣いているのだ。

『初めまして、だな。俺は比企谷八幡だ。』

 これだけスマホで打ち、少女の肩を軽く叩き、気付かせる。少女は驚きこちらを向く。俺は、この時初めて少女の顔を確認した。黒く大きな目、ぱっつんの髪の毛、きれいな肌、俺はこの少女に見惚れてしまう。しかし、いつまでもそのままではいけないので先ほどのスマホを少女に渡す。少女はそれを確認すると、俺に返しポケットから出したガラケーで文字を打ち込む。

『こちらこそ初めまして。順は成瀬順です。順って呼んで』

 その画面を俺に見せてくる、とりあえずはこれで第一ステップクリアだ。

『そうか、なら順は誕生日はいつなんだ?どっちが上かははっきりとさせておきたいしな。』

 順は読み終わり、自分の携帯を打っていく

『12月2日だよ?八幡君は?』

『なら俺が兄貴だな、8月8日だ。』

 順は読み終わると急に笑顔になり、急いで文字を打ち始める。

『ほんと!?やった!!お兄ちゃん欲しかったんだ!お兄ちゃんって呼ぶね!!』

 同級生からお兄ちゃんってのは少し恥ずかしいが、まあ順に呼ばれるのは悪くないな……と思いつつ、この少女のことを理解していく。

(感情がよく顔や行動に出るんだな……明るい性格みたいだ。)

『好きに呼んでくれ。まあ、ここからが本題なんだが……さっきはどうして逃げ出したりなんかしたんだ?』

 これを読むと順の顔は暗くなる。やはりストレートに聞きすぎたな……と思ったが順の指は動き出した。

『実はね、お父さん……っていうのが少し苦手なんだ……』

 これを見せてくる順の手が震えている。

『なあ、もしよければ何があったのか聞かせてくれないか?辛いなら無理にとは言わないけど……』

 順は泣きそうな顔でそれを教えてくれた、父親の浮気のこと、それを母親に言ってしまったこと、出ていく間際父親に言われた「お前のせいじゃないか」という言葉、そして、玉子の呪いから始まった、母親との亀裂。すべてを聞き八幡はこの少女のことを理解していく。

(なるほど……これがお喋りが出来ない理由か……順は全部自分のせいだと思い、自分の言葉を封印したいと強く望み、そして玉子という存在を作り出し、それのせいだと自分を納得させている。)

 自分には何もできない。八幡はそう思い、情けなくなった。せめて、自分のできることをしよう。そう思い、スマホに文字を打ち込んでいく。

『そうか……それは辛かったよな…でもな、順のせいじゃないと思うぞ?父親の浮気が原因だしな……って言っても無理だよな……だからさ、せめて、俺にだけは甘えてくれよ、俺はかわいい妹にこんなことを一人で抱え込ませたくない。だから泣きたいときとか、辛いときは俺に言え、何でもしてやるから』

 これは紛れもない本音で、嘘偽りのない言葉だった。順はスマホを手に、ぽろぽろと震えながら涙を流す。俺はそれを小町にやってやっていたように頭を撫でながら黙って見ていた。

 一通り泣き終わった順は携帯を手に文字を打ち込む。

『ありがと、お兄ちゃん。』

 笑顔を見せながら、携帯を見せてくる順にドキッとしてしまう。

『お、おう……さ、下に行こうぜ。』

 順に背を向け、廊下へ歩いていこうとしたところを、服を掴まれ止められる。疑問に思い振り返ると順は文字を打っていた。

『お兄ちゃんは?お兄ちゃんはどうして声が出なくなったの?』

 それは、八幡にとっては触れられたくない過去であり、もしも、話を聞いた順に軽蔑されるのが怖く話したくなかったが、

『お兄ちゃんは順のこと聞いたけど、順はお兄ちゃんのことを知らないよ?順、そんなの嫌だもん………』

 これを出されては引くに引けなかった。八幡は感情を表に出さないように、淡々と、いじめにあっていたこと、両親に相談をしなかったこと、小町を守れなかったこと、全てを順に伝えた。

 順は読み終わった後、少しだけおどおどとしながら、八幡の頭を撫でた、八幡は吃驚しながらも無言で受け入れた。

(順も「なんで相談しなかったのか」とかいうのかな)

 今まで言われてきたことの中で一番多かった言葉だ。正直聞き飽きた。しかし、順の打った文字は予想とは違っていた。

『お兄ちゃんは、小町ちゃんを心配させないために黙ってたんだよね?お兄ちゃんは<頑張ったね>。』

 <頑張ったね>これは誰にも言われたことがなく、一番自分が欲しかった言葉だ。八幡は泣いていた。いじめを受けても、声を失っても泣かなかった少年が泣いた。

 それを少女は、成瀬順は優しく抱き寄せる。少女は彼が泣き止むまでそれをやめなかった。

 

 いつの間にか雨はやみ、日差しがさしている。このまま二人はお互いに泣きつかれ、眠りに入ってしまうのだった。




二話です!
順の誕生日が12月2日というのは声優さんからの誕生日から取りました!
公式ではありません。

そしてこれからは
  二話  八幡サイド
  二話  順サイド
のように視点を変えて同じ場面を書くつもりですので
ご理解をよろしくお願いします。


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二話 順サイド

二話、順サイドです!



 その日、成瀬順は緊張していた。今日はお母さんの再婚相手と初めて顔合わせをするからだ。朝から落ち着きがなく家の廊下を行ったり来たりしていたのだが、それもお母さんに止められ順は困り果てて椅子に座っていた。二人が来るのは16時すぎと聞いていたし、まだ二時間もある!と安心していた。お母さんは仕事を持って帰って来ていて今は自室にこもっている。順は落ち着くためにホットミルクを自分で淹れ、のほほんと飲んでいた。しかし、そんな現実逃避をしていても仕方がない。そう思いコップを片つけ部屋の掃除を行う。私の……いや私たちのこれからの部屋は、一番大きく、大きな窓のある日当たりのよい部屋だった。順はこの家でこの部屋が一番好きだった。なぜなら窓にお城のような格子が掛けられているからである。お城に憧れていた順にとってこの部屋はまるでお城に中にある、自分のお部屋だったのだ。

(まあ、今この部屋が好きなのは日当たりが良くてお昼寝が一番気持ちいいからなんだけどね)

 順は父親の浮気を見たお城が、嫌いになってしまっていた。嫌い……というか苦手になったものがもう一つあった。それは父親というものだった。父の去り際に言った一言が心から離れない。今回の再婚相手の父親は大丈夫な人だと母の話から分かるのだが、順は不安で仕方がなかった。失礼をしないかだとか、愛想を悪く振舞ったりしないかだとか、心配事しか頭に浮かんでこない。

(駄目だ駄目だ!ちょっと休もう!)

 階段を下り、椅子に座って少しがたった時だった。母親が部屋から出てきたと思えば玄関を開け、誰かと会話をし始めうちに招き入れたのだった。聞いていた時間より30分早い到着。順がパニックになるのも仕方がなかった。

(なんで!?16時じゃなかったの!?何も考えてないよ!?)

 考えている間に、リビングのドアが開く。順はその場から動けずにいた。

「順、ご挨拶しなさい。」

 母のこの一言でようやく体が動き出した。しかし、動くのは体だけで頭は全くと言っていいほど動いていなかった。何を言えばいいのかわからない。いつもの癖でお腹の前で手を繋いでしまう。下を見ているせいで顔が見えない。沈黙が続く……沈黙を破ったのは再婚相手だった。

「こんにちは、順ちゃん。えっと……新しいパパになるんだけど……よろしくね。」

 向こうから挨拶をしてくれた。しかし、順はそれでも挨拶を返すことが出来なかった。さらに、パパという単語で鳥肌が立ってしまい、下を向くことしかできなった。次に聞こえてきたのは母の怒声だった。

「順!ちゃんと挨拶しなさい!」

 その一言は順を追い詰めた。順はリビングを抜け出し、二階に行き自分の部屋のお気に入りの場所に座り込んだ。

(あぁ……やっちゃった……また、お母さんに嫌われちゃうのかな……)

 そう思うと自然と涙があふれてきた。必死に涙をこらえていると、誰かが階段を上る音が聞こえた。

(お母さん……順を叱りに来たのかな……)

 さらに泣き止もうと鼻をすする。そして肩を叩かれた。振り返ると予想とは違う人物がいた。その人は自分と同じ歳くらいの少年だった。長い髪に一本のアホ毛、整った顔の中で違和感を醸しだす少しだけ濁った眼、少年はこちらをじっと見ていたが、スマホを順に渡してきた。

『初めまして、だな。俺は比企谷八幡だ。』

 そこには簡素な自己紹介が書いてあった。比企谷八幡、はちまん……思い出した、再婚相手の息子さんだ。順は自己紹介を返すためにスマホを返して、自分の携帯をポケットから引っ張り出す。

『こちらこそ初めまして。順は成瀬順です。順って呼んで』

 呼び方まで指定したメッセージを送る。すると八幡君はもう一度スマホを渡してくる。

『そうか、なら順は誕生日はいつなんだ?どっちが上かははっきりさせておきたいしな。』

 つまり、私がお姉ちゃんか妹かを知りたいのかな?私はずっと優しいお兄ちゃんが欲しかったので妹になりたかった。

『12月2日だよ?八幡君は?』

 私は次の八幡君の返答にドキドキした。お兄ちゃんなのかな…弟君なのかな…

『なら俺が兄貴だな、8月8日だ。』

 これを読んだ瞬間、順は嬉しくて飛び上がりそうだった。ついつい、顔を緩めて笑顔になってしまう。にやにやして止まらなくなる。

『ほんと!?やった!!お兄ちゃん欲しかったんだ!お兄ちゃんって呼ぶね!!』

 順はテンションでこんなことを書いてしまい、引かれないかと心配になったけどお兄ちゃんも満更ではなさそうなので安心した。

『好きに呼んでくれ。まあ、ここからが本題なんだが……さっきはどうして逃げ出したんだ?』

 順は正直答えたくない。これはあまり人に言うことではないのだと思う。ましてや実の息子の前でなんて……そう思ったのだが、お兄ちゃんは真剣な目で順を見ていた。そのとき、順はなぜかわからないけどこの人なら大丈夫、ちゃんと受け止めてくれる。そう思った。

『実はね、お父さん……っていうのが少し苦手なんだ……』

 初めて誰かに言った。順は少しだけ緊張して手が震えたけど、お兄ちゃんは、少しも気にせずにスマホで文字を打つ。

『なあ、もしよければ何があったのか聞かせてくれないか?辛いなら無理にとは言わないが……』

 順はお兄ちゃんになら、と思い全部ありのままに伝えた。少しだけ色々思い出して泣きそうになったりしたけど泣かなかった。

 お兄ちゃんは少しだけ何か考えた後スマホで文字を打ち、渡してくる。

『そうか……それは辛かったよな…でもな、順のせいじゃないと思うぞ?父親の浮気が原因だしな……って言っても無理だよな……だからさ、せめて、俺にだけは甘えてくれよ、俺はかわいい妹にこんなことを一人で抱え込ませたくない。だから泣きたいときとか、辛いときは俺に言え、何でもしてやるから』

 それは、順には魔法のような言葉だった。

(甘えてもいいんだ……もう、一人で抱え込まなくてもいいんだ……もう、順は、ひとりじゃないんだ)

 涙があふれてくる、目の前の少年は、もう、順のお兄ちゃんなんだ………

 頭を撫でてくれる手がとても優しく、温かい、順はもう一人じゃないよ、と教えてくれているようでとても、とても、嬉しかった。

 一通り泣いた順はお兄ちゃんに

『ありがと、お兄ちゃん。』

 と、最も言いたいことを簡潔に笑顔で伝えた。

『お、おう……さ、下に行こうぜ。』

 リビングへ行こうとするお兄ちゃんを順は止めた。

(お兄ちゃんは、順が支えてあげる)

 そう決意し、打った言葉をお兄ちゃんへ見せる。

『お兄ちゃんは?お兄ちゃんはどうして声が出なくなったの?』

 これは、お兄ちゃんにとって、触れて欲しくないであろう内容、しかし、順は引くつもりなどなかった。順はお兄ちゃんのことを知りたいのだ。そのためなら卑怯なことをしてでもいいと思えた。

『お兄ちゃんは順のこと聞いたけど、順はお兄ちゃんのことを知らないよ?順、そんなの嫌だもん……』

 こうして、お兄ちゃんの逃げ道を塞いででも聞いたお兄ちゃんの話はとても順には耐えがたいことばかりだった。クラスメイトからの、暴力、暴言、いやがらせ、無視、様々ないじめを4年間、誰にも相談などせず耐えていくなんて順にはとてもじゃないが出来ない話だった。

 順はお兄ちゃんは本当に実の妹である小町ちゃんが大切なのだと感じ、少々嫉妬したが、それでもお兄ちゃんにふさわしい言葉をお兄ちゃんに送りたいと思った。

『お兄ちゃんは、小町ちゃんを心配させないために黙ってたんだよね?お兄ちゃんは<頑張ったね>。』

 頭を撫でながら、お兄ちゃんにそう伝えると、お兄ちゃんは相当我慢してたのか、ぽろぽろと、泣き出してしまった。順はそんなお兄ちゃんを、抱きしめた。恥ずかしかったけどきっとお兄ちゃんはこうしてほしいんだと思い、優しく抱きしめ続けた。

 

 泣きつかれてお兄ちゃんは順の腕の中で寝てしまった。どうしようかと思ったが、雨が上がり、日差しが差し込むようになった部屋は暖かく順も眠くなったので、そのままの体勢で寝ることにした。

(ねえ、お兄ちゃん、これからもよろしくね……おやすみ。)

 

  少年と少女は体を寄せ合いながら、静かに眠りにつくのだった。 




コメントや、アドバイス待ってます!


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三話 八幡サイド

三話です!

たくさんのUAとお気に入りをいただいて恐縮です。
本当にありがとうございます。


 八幡が目を覚ました時、外はとても暗く室内が見えなかった。自身がベットで寝ていることに気付き、起き上がろうとするが、右腕が重くうまく体が上がらなかった。覚醒しきっていない頭で横にいるものを確認しようとするが部屋が暗くよく見えなかった。しかし、横にいるものが寝息のような音を立てていることに気付き、八幡の頭が一気に覚醒してゆく。

(なんで順が俺の腕に抱き着いて寝てるんだよ!)

 急激に発熱していく顔を自覚しながら対処を考えようとするが、このようなことは初めてだったので、うまい対処の仕方を思いつかない。

(とりあえず起こすか……?いや、順がこんな状況を見たら嫌われるかも知れないな……。なら抜け出す?いや、駄目だ。俺の左腕に壁があるということはおそらく右側…つまり順の方からしか降りれない……どうすれば…)

 八幡が何も思いつかず混乱していると順の方に動きがあった。

「んぅ……はぁはぁ……」

 どうやらうなされているようだった。右腕を抱く力が強くなり、荒い息を吐き始める。その様子を見た八幡は今の状態など忘れ、塞がっている右腕をそのままに腹筋の力で上半身を傾け、左手で順の頭を撫でた。体勢が悪いのでどちらかというと手ぐしのようになったが、順は安心したように先ほどのような安らかな寝息を立てる。その様子に八幡は安堵し、手ぐしをやめようかと思ったが、順の髪質が心地よくつい、もう少しこのままでいいか。などと考えてしまう。

(そういや、さっきも思ったけど順の髪質ってむっちゃ手になじむな。撫でてる方が気持ちいいんだよな。)

 などと、冷静に先ほどあったことを思い出す。

(ん……さっき……?)

 八幡は先ほどあったことを思い出し、顔が熱くなる。

(順の前であんなに泣いてしまった……兄貴なのに……)

 八幡は順に抱きしめられ泣いたことを悔むが、仕方がないと諦める。

 八幡の顔の熱がなくなり始めた時に順に動きがあった。

「ん……ふぁぁ~……お兄ちゃんおはよ……」

 まだ眠気の含んだ声で順はそう口にした。そう、口にしたのだ。その時、八幡の感覚で世界が止まった。

 初めて順の声を聴いた。それは、とてもきれいで、甘い声だった。寝起きのせいか妙に間延びしていて、その声をさらにかわいく魅せる。八幡は惚けていた。順の呪いによる腹痛が起こったことを認識はしたが対処は出来なかった。順は携帯の光を頼りに部屋を出てトイレに向かう。扉の閉まる音で八幡の世界は再び回り始めた。

(……なんだよ今の、かわいすぎだろ。)

 「お兄ちゃん」と初めて声に出して呼ばれた。それは不意打ちでもあり、八幡の心臓に大きなダメージを与えた。八幡の激しい鼓動はしばらく鳴りやまず、ベッドに座ったまま八幡は動けなかった。

 

 五分ほど経ってから部屋のドアが開き、電気がつく。見ると順が少し恥ずかしそうに立っていた。順はベットに近づくと、腰を下ろし携帯で文字を打つ。

『ごめんね?急に部屋を出たりして。お腹痛くなっちゃった。改めて……おはようお兄ちゃん!』

 順はもう一度挨拶から始めるようだった。

『おう、おはよう順。なんで一緒のベットで寝てたのかわかるか?』

 順は読み終わると、少し考えるそぶりを見せ、こう答えた。

『そういえば、お兄ちゃん、順がぎゅーしてる間に寝ちゃったから、私もそのまま一緒に寝たんだ。そこまでは覚えるんだけど、なんでベットで寝てたのかまでは知らないよ?』

 ……そうか。おそらくだが、答えがわかった気がした。自分たちのことが心配になり見に来たのだが、寝ていたから父さんがこの部屋のベットに運んだんだな。

『多分なんだが、父さんあたりが様子を見に来た時にベットまで運んで来てくれたんじゃないか?』

 伝えると順は納得したように頷き、そして……腹の虫が大きく鳴った。順は急いで腹を抑えるが、ばっちり聞こえてしまい、苦笑いしてしまう。その様子を見た順は顔を真っ赤にし、軽く腕をつねってくる。

 スマホで時間を確認すると、19時34分とあらわされていた。結構な時間寝ていたんだなと思いつつ、順へメッセージを書く。

『ごめんごめん。もういい時間だし、降りようか。』

 順は少しだけ悩んだようだが小さく頷くと、そのまま立ち上がり、俺に手を伸ばしてくる。俺はその意味を察し、ベットから出て、軽く伸びするとその手を取り、部屋の出口へ歩く。部屋の電気を消し、階段を下りていく。階段を一段一段降りていくにつれ、順はそわそわするが、手を強く握り、安心させようとする。階段が終わりリビングのドアの前に立つと、順は強く緊張したのか、手が震え始めた。安心させるために頭を軽く撫で、スマホで伝えたいことを書く。

『大丈夫、頼りないかも知れないが、俺がついてる。』

 順はそれを見ると首を振り、文字を打ち始める。

『ううん、全然頼りなくなんてないよ。ありがとね、お兄ちゃん。』

 震えが止まったのを確認すると、順と目を合わせ頷き合うとリビングの扉を開ける。

 そこには夕方は見なかった段ボールなどがあり、少し散らかっていた。二人は俺たちに気付くと声をかけてくれる。

「あら、起きたのね。おはよう。」

「おぉ、起きたのか、仲良くなったようで、結構結構。」

 二人の様子を見て、少し安心する。どちらも怒っているようではなかったし、順も安心できるだろう。順の方を振り向くと、順は携帯に急いで文字を打っていた。そして、打ち終わるとそれを父さんに渡し、走って俺の背中に隠れる。父さんは携帯に書いてあることを読むと笑顔になり、携帯を俺に渡してくる。そこには

『成瀬順です!さっきは逃げちゃってごめんなさい!これからよろしくお願いします!』

 と、簡素ではあるが、心がこもっていると思われる、自己紹介と謝罪が書かれていた。

「あぁ、こちらこそ、よろしくね」

 父さんは順の目線に合わせていった。順は俺の背中に顔を押し付け小さく頷いた。

 そこでチャイムが鳴った。泉さんが財布を持って玄関へ行き、戻ってくるとその手にはピザがあった。美味しそうな匂いが部屋の中に広がって行き、お腹が鳴りそうになる。

「今日は荷ほどきで忙しかったからピザを取ったの。お腹空いたでしょう?手を洗って来たらみんなで食べましょう?」

 俺と順は同時に頷き、洗面所へと順に案内してもらう。順は洗面所についた途端、胸に顔を押し付けるように抱き着いてきた。初めて気づいたが、順は同い年にしては少し身長が小さく俺の胸のところまでしかない。急に抱き着かれびっくりしたが、順が離れ、携帯に文字を打ち込み見せてくる。

『順、さっき、緊張したけど頑張ったよ?だからお兄ちゃん、順をほめて?』

 携帯を見せながら上目遣いで見てくる順の頭を撫でながら、スマホで文字を打ち込む。

『あぁ、よく頑張ったな。褒めるって頭を撫でるだけでいいか?』

 順は少しだけ赤くなりながら、携帯で文字を打ち、両手で照れ隠しのように勢いよく画面を見せる。

『出来れば、ぎゅーってしながら、撫でて欲しいな……順、お兄ちゃんにぎゅーってされたことないし。』

 それは、恥ずかしいが、俺は一度されたので、嫌ということは出来なかった。

『少しだけな……』

 と伝え、俺は順の小さく壊れそうな体を優しく抱きながら、順の後頭部を優しく撫でる。

 ………………

 いつまでそうしていただろうか、俺たちはどこからともなく離れ、お互いの顔を見れなくなり、下を向く。

『早く、手を洗って戻ろうぜ。腹減ったし』

 それを読むと、軽く頷き、手を洗い始める。

 リビングに向かうと、すでに机には皿やコップなどが準備されていた。

「遅かったじゃない。順がお兄ちゃんにでも甘えてたのかしら?」

 泉さんがからかうような口調でそう言うと順は激しく首を振り、全力で否定する。その姿が面白く俺は大口を開け笑ってしまう。それを見た順が頬を膨らませ、軽く睨んできたが、スルーし椅子に座る。順は慌てて俺の隣へと座る。

「それじゃあ、食べようか。いただきます」

 父さんが、手を合わせそういうと、泉さんはそれを復唱し、俺たちは手を合わせて軽く頭を下げ、いただきますと心の中でいう。ピザは二種類あり、シーフードのピザと玉ねぎや肉の入った具材たっぷりのピザだった。俺は両方のピザを取り、まずシーフードのピザを食べる。順もシーフードのピザを食べ、チーズを伸ばしていた。しかし、そのチーズがなかなか切れずに焦っている順はとてもかわいかった。口いっぱいにピザを頬張り、リスのようになりながらも幸せそうに顔をゆがめている順を見るとこちらまで幸せな気分になった。

「八幡?手が止まっているわよ?」

 泉さんの一言で気が付き、急いで食べ始める。シーフードのピザを食べ終え、具材たっぷりなピザを食べようと思ったのだが、そこで、俺の敵があることに気付く。

(ピーマン入ってんじゃん……)

 俺はピーマンが苦手なので箸で避けてから噛り付く。すると、横から視線を感じた。そちらを振り向くと順がにやぁとした顔でこちらを見ていた。ピザを咀嚼し終わり、飲み込んでからスマホで

『なんだよ……?』

 と聞くと順はにたにたしながら携帯で文字を打ち見せる。

『ピーマン嫌いなんだなぁって思って』

 読み終わると、少し腹が立ち逆切れのように

『悪いかよ』

 と、打ってしまう。

 しかし、順は首を横に振り、こちらを向いて口を開け、目をつむる。

(食べてくれるってことか?)

 俺はありがたく思いピーマンを順の口の中に入れる。順はゆっくり咀嚼するとそれを飲み込む。そして、自分の食事を再開した。

(あれ……?これってアーンってやつじゃ)

 一人顔を赤くし、順に首を傾げられる。父さんと泉さんは終始にやにやしていた。

 

  こうして二人の食事は続いてゆく。




八幡がピーマンを嫌いというのは設定です。
公式ではないです。


順サイドは今日中に書けるかわかりません!




コメント待ってます。


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三話 順サイド

セーフ?とりあえず三話 順サイドです。

それと、嬉しいことにランキング
ルーキーの30位なことに気が付きました!

皆様のおかげです!
ありがとうございます!



 順は、夢を見ていた。それは、あの日から毎日見る夢。あの日、玉子に出会った日の夢。いつも、順は見てるだけで何も出来ない。これで何回目だろう。もう、順は疲れた。いつも通り無感動で見ていた。

 しかし、今回はいつもと違っていた。順の後ろから見知った少年が現れ、玉子から少女を救ったのだ。それを見た順は驚き、唖然としてしまう。少年はこちらを振り向き現実ではありえないことだが、その口で言葉を紡ぎ順に優しい言葉をかける。順はその言葉を聞き、とても暖かい気持ちになり、目から涙があふれてくる。順はその少年のもとへ駆け寄ろうと走るのだが、その少年のもとへたどり着く前に夢が覚めてしまう。

 目が覚めると、頭を撫でられていた。眠たい頭でも誰が撫でていたか分かったため、声をかけた。

「ん……ふぁぁ~……お兄ちゃんおはよ……」

 眠たくて少し舌足らずみたいになったかも知れない。お兄ちゃんの様子を見るとこちらをじっと見、固まっていた。なぜだろう……と、考えようとしたところで腹痛が順を襲う。

(あ、お喋りしちゃってた。)

 順は腹痛が来てから自分の失態に気付いた。急いでトイレに向かおうとするが部屋が暗く足元がよく見えなかった。順は携帯を取り出しその明かりを頼りにドアを目指す。ドアから出て、トイレに向かう。トイレにたどり着き一息つくと猛烈な羞恥心が順を襲う

(わー!わー!お兄ちゃんに声聞かれた!!撫でられてた!!寝顔見られた!?)

 顔が紅潮し恥ずかしいという感情が頭を支配する。その場で少し回ったり、飛び跳ねたりするが、顔の熱が引く気配がない。

(とりあえず熱が引くまで籠ろう)

 しばらく経ってから熱はマシになり、少し頭が冷静になった。順は先ほどの夢を思い出していた。

(順、お兄ちゃんになんて言われたんだっけ……)

 どうしてもそれだけは思い出せない。思い出そうと四苦八苦するが、どうしても思い出せなかった。ぼーっとしているといつの間にか五分も経っていたので、順はトイレを出て、先ほどいた部屋に向かった。部屋が暗いので電気をつけると、お兄ちゃんの姿が見えるようになった。お兄ちゃんはベットに座ったままだったので、順はベットに近づき、お兄ちゃんの近くに腰を下ろした。先ほど、何も言わずトイレに行った謝罪と返って来なかった挨拶をもらうため、携帯で文字を打ち込む。

『ごめんね?急に部屋を出たりして。お腹痛くなっちゃった。改めて……おはようお兄ちゃん!』

 お兄ちゃんは読み終わるとスマホを取り出し、文字を打って順に見せる。

『おう、おはよう順。なんで一緒のベットで寝てたのかわかるか?』

 順は、記憶をたどった。けれど、覚えているのは、お兄ちゃんがぎゅーっとしている間に寝てしまい、そのまま順も寝たことまでだった。

『そういえば、お兄ちゃん、順がぎゅーしてる間に寝ちゃったから、私もそのまま一緒に寝たんだ。そこまでは覚えてるんだけど、なんでベットで寝てたのかまでは知らないよ?』

 すると、お兄ちゃんは少しだけ考えそれから答えを出した。

『多分なんだが、父さんあたりが様子を見に来た時にベットまで運んで来てくれたんじゃないか?』

 なるほど、それなら納得だと頷いていると、急に順のお腹から音が聞こえる。急いでお腹を押さえたがお兄ちゃんに聞かれてしまったようで、苦笑いをしていた。腹立たしいのと恥ずかしいのが同時にきて、ほっぺを膨らませてお兄ちゃんの腕をつねる。お兄ちゃんはスマホで時間を確認し

『ごめんごめん。もういい時間だし、降りようか。』

 と、提案をした。順は、降りるという単語に反応して少し体が固まってしまうが、それを耐えて立ち上がった。しかし、やはり少しだけ不安なので無言でお兄ちゃんに手を伸ばす。お兄ちゃんは手を繋いでくれた。その暖かさに順は安心する。ドアを出て、階段を下りてゆくのだが階段を一段一段下りていく度に緊張し落ち着かなくなる。しかし、繋いでる手を強く握ってくれるため、とても力強く、大丈夫だよ、と言われているようで安心する。最後の階段を下り、リビングのドアの前に立つと緊張がピークに達し、手が震えだす。

(もし、怒ってたらどうしよう……また、お母さんに嫌われたらどうしたらいいんだろう……)

 マイナスに考えてしまう思考を打ち消すように、柔らかくお兄ちゃんに頭を撫でられる。

『大丈夫、頼りないかも知れないが、俺がついてる。』

 その言葉は順から不安を取り除くのには十分だった。

『ううん、全然頼りなくなんてないよ、ありがとね、お兄ちゃん。』

 お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だ。順は、信用するお兄ちゃんと目を合わせ、リビングの扉を開けてもらう。お兄ちゃんについて行き、リビングに入る。

 そこは、いつも過ごしているリビングより少し散らかっていた。たくさんの段ボールが部屋を埋め尽くしていた。そこにお母さんと新しい父親がいた。二人は順たちに気付くと、声をかけてきてくれる。

「あら、起きたのね。おはよう。」

「おぉ、起きたのか、仲良くなったようで、結構結構。」

 二人の口調を聞いて怒ってないのだと思う。

 順はお兄ちゃんの背中に隠れて、携帯に新しいパパ向けのメッセージを書いていく。心臓の鼓動はうるさく、手は震える。何度も打ち間違えながらも、完成させたメッセージを本人の前に持っていき、手渡しで渡す。渡すだけで精いっぱいで、すぐにお兄ちゃんの背中に走ってしまうが。すると、新しいパパは笑って、こちらに歩いてきた。携帯をお兄ちゃんに渡すと、少しかがんで目線を合わせて

「あぁ、こちらこそ、よろしくね」

 

 <新しいパパ>が<パパ>になった瞬間だった。

 

 順は泣きそうになり、お兄ちゃんの背中に顔を押し付けながら、小さく頷いた。

 泣くのをこらえているとチャイムがなった。お母さんがお財布を持って玄関へ行き帰ってきたら、その手にはピザがあった。いい匂いが部屋を満たしていく。順はお腹が空いていたことを思い出した。

「今日は荷ほどきで忙しかったからピザを取ったの。お腹空いたでしょう?手を洗って来たらみんなで食べましょう?」

 順はお兄ちゃんと同時に頷き、お兄ちゃんを洗面所へ案内した。

 お兄ちゃんと二人になると先ほどの緊張が一気にほぐれ胸に飛び込んでしまった。順はそのままでもよかったが急に抱き着かれ驚いているお兄ちゃんのために一度離れて携帯で伝えたいことを打ち込む。

『順、さっき、緊張したけど頑張ったよ?だからお兄ちゃん、順をほめて?』

 お兄ちゃんは順の頭を撫でながらスマホを操作する。

『あぁ、よく頑張ったな。褒めるって頭を撫でるだけでいいか?』

 順は恥ずかしい気持ちを我慢し、わがままを言ってみる。

『出来れば、ぎゅーってしながら、撫でて欲しいな……順、お兄ちゃんにぎゅーってされたことないし。』

 お兄ちゃんはかなり悩んだようだが

『少しだけな……』

 と、書き、順の体を優しく抱きしめながら、頭を撫でてくれる。順は一瞬にしてお兄ちゃんの匂いに包まれたことに最初は戸惑ったが、その心地よさにそれもすぐになくなり、果てしない安心感に包まれた。

(……お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったな。)

 順は抱きしめられながらそう思った。

 ………

 時間の感覚がなくなり、お互いどこからともなく離れる。暖かさが離れていくことを、少しだけ残念に思ったが、いつまでもこうしているわけにはいかないと、我慢する。順は恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかったがそれはお兄ちゃんも同じなようだ。

『早く、手を洗って戻ろうぜ。腹減ったし』

と、提案してきたので、頷き、自分の手を洗った。

 リビングに戻ると、すでに皿やコップを準備されていた。

「遅かったじゃない。順がお兄ちゃんにでも甘えてたのかしら?」

 ……図星だった。隠すために首を全力で振り否定する。それを見たお兄ちゃんは、順の前で初めて大口を開けて笑った。

(こんな笑い方もするんだ。)

と思ったが、それ以上に腹が立ちほっぺを膨らまして睨んだが、無視されて椅子に先に座られる。その隣に急いで座った。

「それじゃあ、食べようか。いただきます」

 パパが手を合わせてそう言った。ママも同じことをしたけど、順とお兄ちゃんは手を合わせて軽くお辞儀しただけだった。ピザは二種類あった。エビの乗ってるピザとお肉の乗ってるピザだった。お兄ちゃんがどちらも取ったので順もどちらも取り、エビの方から食べた。チーズがびよーんと伸びた。でもそれがなかなか切れなくて、持っていたピザも全部口に入れると、口の中がパンパンになった。しかし、とても美味しかったのでもぐもぐと食べているとお兄ちゃんが横でピーマンを避けていることに気が付いた。順はピーマンを食べられるので少し勝ったようで嬉しくて、ついお兄ちゃん笑いながらじっと見てしまう。

『なんだよ……?』

 視線に気づいたお兄ちゃんがスマホで聞いてきた。

『ピーマン嫌いなんだなぁって思って』

 お兄ちゃんは少し気に障ったのか少し怒って

『悪いかよ』

と、書いた。

 順は悪いこととは思わないので首を振り、お兄ちゃんのピーマンを食べてあげようと思い、横を向き、口を開け、目を閉じた。すぐにピーマンが口に入ってきたので、よく噛んで飲み込んでから、もう一度ピザを食べる。お兄ちゃんはなんでか赤くなってたけど、なんでかは順には分らなかった。




コメントなど待ってます!


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四話 八幡サイド

四話八幡サイドです。

これで八幡と順の一日は終了します。四話まるまる一日に使ってしまいました。読んでくださる方には少々退屈だったかもしれませんが、これから日常に入っていく予定です。

そして番外編もそろそろ書こうと思うのでリクエストなどあればコメントでおねがいします。


 

 家族みんなで食べる初めての夕食を食べ終わった後、泉さんは風呂を進めてきた。寝汗で少し気持ち悪かったので、ありがたい提案だったが横にいる順を見て首を横に振る。

『順を先にしてやりませんか?緊張しっぱなしで疲れたでしょうし。』

 順は首を横に振るが、泉さんも少し考え納得してくれる。順は俺の服を引っ張り首を振り続けるが、俺は無視を決め込む。見かねた泉さんが助け舟を出す。

「順、わがまま言ってないで、早く行ってきなさい。八幡君が入るの遅くなるでしょう?」

 その一言で思いついたように順は携帯に文字を打ち込み、俺の目の前に見せてくる。

『お兄ちゃんと一緒ならいいんだよ!待たせないし、きっと楽しいよ!』

 どす、順の頭に手刀を落とし、スマホで文字を打ち込み、涙目で頭を押さえながら、頬を膨らませ拗ねている順に見せる。

『馬鹿な事言ってないで早く入れよ。俺はこれから段ボールとか運んで汚れるんだし、今入っても意味ねーんだよ』

 順は未だに拗ねた顔のままだが、納得はしてくれたようで、椅子から立ち上がり、舌を出して威嚇してから風呂へ向かう。

(やっと行ったか……)

 ため息をつき少し体の力を抜く。

「ごめんなさいね。あの子お兄ちゃんがよっぽど嬉しいみたい。あんなに楽しそうなあの子久しぶりに見たもの。」

 泉さんは微笑みながら俺にそう言う。

「八幡、一日でずいぶんと仲良くなったんだな。」

 父さんが俺に羨ましそうな目を向ける。

『まあね、俺も別に嫌なわけではないし、むしろああしてくれるのが嬉しいから平気ですよ。』

 それだけ見せると俺も立ち上がり、自分の名前が書いてある段ボールを探す。段ボールが合計三個。一度に全部行けそうだったが、疲れるのも嫌だったので比較的に軽い服関係の二箱を先に運ぶ。玄関を出て階段を上がり先ほどの部屋を目指す。

 扉を開け部屋に入る。適当な場所に段ボールを下ろし、部屋を見渡すと先ほどは気にならなかったがこの部屋の異常性に気が付いた。

(家具がベットしかない?ここはこれから俺と順の部屋になるんだよな……)

 そう、この広い空間にはベットが端にポツンと置いてあるだけでそのほかの家具が一切なかった。そのため、俺は少しだけさみしいと感じ背中がぞくっとする。

(そうか、さっきまでは順がいたから、そこまで気にならなかったんだな。)

 順がいないことでとても静かになっている空間をもう一度眺め、少しだけベットに腰を下ろす。それから少し経ったとき突然扉が開く。

「八幡君、ちょっと話があるんだけどいいかしら。」

 泉さんだった。特に断る理由もないので、頷き、ベットに座るように促す。

「ありがとう、それで話なんだけけどね……この部屋元々旦那の……離婚相手の部屋だったのよ。それで家具とか全部持って行ってね、残ったのがベットだけなのよ。嫌味よね……浮気相手のところに行くからってベットだけ置いていくんだもの……ううん、何でもないわ、忘れて頂戴。」

 ……そういうことだったのか。俺はこの部屋の事情を理解したが、一つだけ疑問なことがあった。

『俺と順はこの部屋なんですよね?家具、どうするんですか?』

 そう、これからの家具のことだった。家具なんてかさばるものはそうそう簡単には運べない。軽く見積もっても三日はかかるだろう。

「そう、本題はそれなのよ。家具は明日見に行くとして届くのは三日後になるのよ。それでね、順が寝てたベットはもう小さくなって捨てたし、布団もないの。だから最近順にはこの部屋で寝てもらってたんだけど。……つまりね、三日間は順と一緒にこのベットで寝て欲しいのよ。」

 ………は?

 驚きのあまりショートしてしまいそうになる意識を何とか保ちつつ、冷静になろうと深呼吸をし、手の中にあるスマホを操作する。

『なら泉さんと父さんはどこで寝るんですか?泉さんのベットしかないんですよね?』

「あぁ、それなら私とあの人は一緒に寝る。それだけよ。」

 何にを言っているの?と言いたげに簡単に答える。まあ新婚なんだし、変ではないのだが息子の前でその発言はどうなのだろうかと考えてしまう。逃げ道を塞がれている。もう逃げ場はないと思い、俺は諦めたように息を吐く。

『わかりましたよ。寝ればいいんですよね。』

 簡潔に答え、その場を後にする。後ろから「順のことよろしくね」と声をかけられるが反応できる余裕はなかった。残り一つの教科書や本が入っている重い段ボールを運び終え、リビングでソファーに座りテレビを見ていた。面白い番組はなかったが暇つぶしにはなる。どれくらい経っただろうか。番組が終わりに近づいたころ。

 順に後ろから抱き着かれた。花のシャンプーの香りが鼻孔をくすぐり、濡れた髪が頬を触れる。

「!?!??!?!?」

 突然の出来事に体が固まってしまう。横を見ると順の顔がこちらに向いていた。顔が近く、お互いの息を感じられる距離だ。順は顔を赤くすると体を離す。順はそのまま恥ずかしそうに下を向き耳まで真っ赤にさせる。しかし、それは俺も同じだった。顔が耳まで熱くて、鼓動がうるさい、胸が痛いくらいだった。順は携帯で文字を打ち込むと下を向いたままそれを渡す。

『えっと、上がったのを知らせようとしたんだけど、普通はつまらないなって思って……ごめんなさい』

 それは謝罪だった。まだ、心臓がバクバクしていて、怒る気にもなれずに頷くだけで返し、スマホで風呂に入ると伝え、先ほど持ってきておいた寝間着を取って、風呂場へ向かう。

 風呂場へ着き、ドアを閉めると、背中を預け、座り込んだ。

(なんだよあれ……反則だろ……)

 心臓が跳ね回る。顔が熱い。呼吸がうまくできない。

(風呂入ろ、のぼせそうだし、シャワーでいいか。)

 服を脱ぎシャワーを浴び、頭、体を洗ってすぐに出る。まさにカラスの行水だった。服を着てリビングに戻ると順がテレビを見ていた。自然とその横に座るが順が気付いた様子はなかった。おかしく思い順を見ると顔を真っ赤にし、目を回していた。

(恥ずかしいならするなよ……)

 そう思いながらもその顔をじっと見ていた。

(このままでもいいけど、そろそろ寝る準備を始めた方がいいよな……明日は早いだろうし。)

 そう思い、冷蔵庫から牛乳を取り出し、二つのコップにいれる。片方を先ほど座っていたソファーの前の机におくと、もう片方を順の頬に押し付けた。

「ひゃっっっ!?!?」

 順は驚き声を上げる。

(やっぱり、順の声はかわいいな。)

 牛乳を順の前に置き、飲むように促す。順は牛乳を一口飲んでから何かに驚き携帯で急いで文字を打つ。

『順、今、声出したけど、お腹痛くなってないよ!?なんで!?!?』

 やはり、俺の予想は正しかったようだ。順は言葉を封印されただけで声を封印されたわけじゃない。つまり言葉を発しようと声を出すと呪いに引っかかるが、先ほどのように反射的に出てくる声は呪いの対象外なのだろう。スマホで俺の仮説を説明すると順は目を丸くし、

『そうなんだ、知らなかった……お兄ちゃんは賢いんだね!』

 と、俺を褒めたので恥ずかしくなり顔をそらし牛乳を一気にあおる。

『順、そろそろ寝に行こうぜ』

 順に呼びかけたが順はきょとんとしたままだった。不思議に思い

『どうしたんだ?』

 と尋ねた。そして、順の返答は全くの予想外だった。

『え?順とお兄ちゃんって一緒に寝るの?』

 泉さんは順には説明していなかったのだ。仕方なくさきほど泉さんから聞いたことをスマホに綴っていく

『あぁ、泉さんから聞いてなかったのか。これから三日間、俺のベットが届くまでは順のベットで一緒に寝るんだと。』

 順はそれを読み終え、もう一度読む。こちらにほんとに?という目線を送ってきたので無言で頷く。その瞬間順は飛び上がった。喜びを全身で表現するように跳ね回る。それをやめると順は笑顔を向け、俺の手を引き階段を上がり部屋へと連れていく。

(いや、まだ歯も磨いてないんだけど……)

 八幡は順を止めようかと思ったが、順の笑顔を前にそんなことは出来なかった。

(まぁ、一日くらい大丈夫だしな。)

 部屋に入り豆電球へ電気を変え、順と一緒にベットへ入る。

『おやすみなさい!』

 順は読み終わるのを確認すると、携帯を閉じ枕元に置き、少し俺に近づいてから、目を閉じる。

 俺も寝ようかと試みたが昼寝をしたせいか目が冴えていて寝付けそうになかった。そこで目を閉じて、今日あったことを思い返した。

 

 初めて新しい家族と出会い、順と出会った。順の過去の話を聞き、俺の過去を話して、普通の兄弟以上の絆を順と結べたと思う。順にドキドキしながらも、自分はお兄ちゃんを全う出来たと思う。しかし、いつか、自分が順を女として見る時が来るのではないかと思ってしまう、

(その時俺は、どうするのが正しいんだ?)

 

 そこまで考えたところで、視線に気が付く。目を開けると、順がこちらを見ていた。順は俺と目が合うと、携帯を手に取り、文字を打ち込む。

『お兄ちゃん、順、怖い。このまま、寝たらお兄ちゃんがいなくなるんじゃないかって、考えちゃう。お兄ちゃんはいなくなったりしないよね?お兄ちゃんは、比企谷八幡は順のお兄ちゃんだよね?』

 順は泣きながら画面を見せてくる。順はおそらく久しぶりに人の温かさに触れたのだ。それが消えると考えてしまうのはやはり、父親の影響があるのだろう。そんな順の頭を自分の胸に優しく押し付ける。これだけで順には何が言いたいか伝わったのだろう。順はそのまま少し泣き、携帯で俺にとって一番嬉しいことを伝え、胸に抱き着いて寝てしまった。俺もそれに続き、幸せな気分のまま眠りについた。




コメント待ってます。

実は最後の隠してあるところは順サイドにあります。
眠くて両方とも確認をしておりませんのでミスなどがあると思います。
申し訳ありません。


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四話 順サイド

四話 順サイドです。

先ほどの投稿のあとがきにある通り確認をしておりませんのでご注意下さい。


 

 晩御飯を食べ終わるとお母さんがお兄ちゃんにお風呂を勧めていた。お兄ちゃんは疲れてるだろうし、一番風呂に入ってもらおうと思っていたが、お兄ちゃんはこちらをちらっと見ると

『順を先にしてやりませんか?緊張しっぱなしで疲れたでしょうし。』

 と、書いたのだ。お兄ちゃんの方が疲れてるのに!そう思ってお兄ちゃんの服を引っ張って首を振って断ろうとするが、お母さんが

「順、わがまま言ってないで、早く行ってきなさい。八幡君が入るの遅くなるでしょう?」

 と、言った。でも順はこれですごいことを思いついた。思いついたことを携帯に打ちお兄ちゃんに自慢げに見せる。

『お兄ちゃんと一緒ならいいんだよ!待たせないし、きっと楽しいよ!』

 そう!お兄ちゃんと一緒には入れば待ち時間もないし、きっと楽しい!よし!こうしよ……あいた!見るとお兄ちゃんが順に軽くチョップしていた。うぅ……痛い。手で頭を押さえて痛みが引くのを待つ。

『馬鹿な事言ってないで早く入れよ。俺はこれから段ボールとか運んで汚れるんだし、今入っても意味ねーんだよ』

 お兄ちゃんにこういわれては引くしかなかった。でもただで引くのも嫌なのでお兄ちゃんにあっかんべーしてからお風呂に向かった。服を脱いで浴室に入っていく。なんだかいつものことなのに今日はやたらとさみしく感じた。頭と体を洗い終わりお湯につかる。少し熱いくらいのお湯がちょうどよかった。

(ふぅ~~~)

 一日の疲れが取れていくようだった。そのままぼーーっとお風呂に入っているといつの間にかのぼせそうなくらい入っていた。少しふらふらする頭で

(お兄ちゃんに上がったこと伝えないと)

 と考えパジャマに着替える。音符の柄のついた順のお気に入りだった。

 順はタオルを首にかけ、髪を拭きながらリビングに向かった。そこではお兄ちゃんがテレビを見てた。順は上がったことを伝えようと肩を叩こうとするが、それをやめ、驚かせようと後ろから抱き着いた。

 順は驚いた顔を見ようと、お兄ちゃんの方に顔を向けたのだが、それが間違えだった。

(あれ?お兄ちゃんの顔……近くない?)

 お兄ちゃんの顔がすぐそこにあった。順の目はお兄ちゃんとばっちりあっていてそらせなかったが視界の少し下にお兄ちゃんの唇があった。それに気づくと顔から湯気が出てくるほど熱くなり、お兄ちゃんから離れ、下を向いていた。このままだと怒られるかも、そう思い覚醒していない頭で文字を打つ。

『えっと、上がったのを知らせようとしたんだけど、普通はつまらないなって思って……ごめんなさい』

 素直に謝って、次の返信を待つ、しかし、お兄ちゃんは軽く頷いて、

『そうか、風呂行ってくる』

 と、簡素な返事をしてお風呂に向かっていった。順は自然とソファー雪崩れるように倒れ込んだ。頭にはお兄ちゃんのことしかなかった。しばらくそうしていると急に頬のに冷たいものが当たった。

「ひゃっっっ!?!?」

 それの正体は牛乳の入ったコップだった。お兄ちゃんが入れてきてくれたのだろう。それを順の前に置くと飲むように勧められる。牛乳を一口飲むと、とても冷たく美味しいものだった。火照っていた体が冷えていくのを感じた。それと同時に思考も冷静になり先ほどの声に対して呪いが発動されていないのに気づく。

『順、今、声出したけど、お腹痛くなってないよ!?なんで!?!?』

 急いで携帯で文字を打ちお兄ちゃんに見せる。するとお兄ちゃんは

『順は言葉を封印されただけで声を封印されたわけじゃない。つまり言葉を発しようと声を出すと呪いに引っかかるが、先ほどのように反射的に出てくる声は呪いの対象外なんじゃないか?』

 と教えてくれた。順はそのことに気付くお兄ちゃんを素直に褒める。

『そうなんだ、知らなかった……お兄ちゃんは賢いんだね!』

 お兄ちゃんは恥ずかしかったのか、牛乳を一気に飲んでしまった。その姿に順は少しだけ笑ってしまったが、次にお兄ちゃんに見せられた文字のせいで、それもなくなってしまう。

『順、そろそろ寝に行こうぜ』

 順はそれに反応できなかった。きょとんとしてしまう。すると不思議そうに思ったのか

『どうしたんだ?』

 と、聞いてくる。順は簡潔に聞きたいことだけまとめた文で聞き返す。

『え?順とお兄ちゃんって一緒に寝るの?』

 するとお兄ちゃんはスマホで説明してくれる。

『あぁ、泉さんから聞いてなかったのか。これから三日間、俺のベットが届くまでは順のベットで一緒に寝るんだと。』

 順はそれを何度も何度も読み返し、さらにお兄ちゃんに目線で尋ねる。しかし、お兄ちゃんから帰ってきた反応は頷くだけ、つまり肯定だった。

 その時の順はとても嬉しかった。飛び跳ねまくり、それをやめると笑顔でお兄ちゃんを引きずって部屋に連れていく。豆電球にしてから、一緒にベットに入って、携帯で、おやすみなさい!と打ち、少しだけお兄ちゃんに近寄ってから寝ようと目をつむる。しかし、睡魔は現れなかった。襲ってくるのは緊張感と不安感だった。

(もしかしたら、これは夢なのかも。順はこんなに幸せになれるわけないもん。)

 そう考えると、目が潤んでくるが、お兄ちゃんがいなくなることを想像してしまい、本格的に泣きかけてしまう。お兄ちゃんを見つめ続けているとお兄ちゃんが目を開け、目があった。順は今先ほどまで考えていたことを文字にして泣いてしまうが、お兄ちゃんに見せる

『お兄ちゃん、順、怖い。このまま、寝たらお兄ちゃんがいなくなるんじゃないかって、考えちゃう。お兄ちゃんはいなくなったりしないよね?お兄ちゃんは、比企谷八幡は順のお兄ちゃんだよね?』

 すると、お兄ちゃんは順の頭をそっと胸に引き寄せた。それだけで順は、当たり前だ、俺はずっと、一生お前の兄貴だ。そう言われた気がした。順は携帯で今、心から叫びたい言葉を文字に変えお兄ちゃんに伝える。

『順のお兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった。お兄ちゃん、順はこれから何があってもお兄ちゃんが大好きだからね。』




突然ですが、10日まで投稿できないかもしれません。
諸事情でパソコンの使えない環境へいくので……

投稿できたとしてもスマホでなので違和感があるかもしれません。
申し訳ありません。


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五話 八幡サイド

お久しぶりです。本編五話です。

ツユカ@心が叫びたがってるんだ

@tuyuka3kokosake

ツイッター始めました。こちらで活動報告をしようと思います。


ミーンミーンミーン

目が覚めると遠くでセミの鳴く声が聞こえた。体に汗が流れ、着ているTシャツが張り付いて少し気持ち悪い。時計はいつも通り六時を指していた。聞こえる音は三つ。一つはクーラーの音、二つ目は扇風機の回る音、そして最後の一つが、横で寝る順の寝息である。

(またか……くそ暑いのにこいつは……)

 季節は夏。俺が順の兄貴になってから、四か月が過ぎようとしていた。今日は七月二十日、世間の小学五年生は夏休みのカウントダウンを開始しているであろう。しかし、俺たちにとっては毎日が夏休みなのであまり関係ない。毎日が夏休みといっても勉強していないわけではない。家庭学習は毎日のようにやっているし、学力は普通の五年生と二人ともそう変わらない。あえて言うなら俺の方が順よりも賢い。俺はどちらかというと順の家庭教師だった。今日は……というよりも最近両親は帰って来てない。元々向こうに寝泊まりする予定で引っ越したのだから当然なのだが、順はさみしいと感じているようだ。そのこともあり順には強く一緒に寝ることをやめろとは言えない。こうすることでさみしさがまぎれるのならそちらの方がいい。

 順は寝返りを打つとこちらに振り向いた。薄着のせいで色々と見えそうになるのをタオルケットをかけて回避しベットから出て顔を洗いに行く。毎日の習慣になっているランニングに出かける準備を整えると、靴を履いて外に出る。外は昼間より涼しかったがやはり少し暑い。今日は天気が快晴なのだろう。日差しが強かった。いつものコースをいつものペースでゆっくりと走る。三十分ほどの軽いランニングを終え、家に帰りシャワーを軽く浴びる。そして七時半ごろに朝ご飯を作り始める。順は四十五分ほどで起きてくるので、ちょっとしたものを作れる。白米、味噌汁、玉子焼き、ウインナー、レタスやキュウリの入ったサラダ。定番の朝食を次々と作る。準備ができたところで階段を降りてくる音が聞こえる。あらかじめいつもの文字を打っておいたスマホを持ち、椅子に座って待つ。順がリビングのドアを開ける。いつも通り朝が弱い順はまだ眠そうにしながらも、いつもの定位置、俺の横に座る。そしていつも通り俺の肩に頭を置き二度寝しようとする。そうはさせまいとデコピンを食らわせ、スマホを順の前に持ってきて読ませる。

『おはようさん。とりあえず顔を洗って来い。』

 いつも通りの文に頷き椅子から立ち上がり洗面所に向かう。しばらくすると目が多少覚めたようで携帯を片手にもう一度椅子に座りなおす。そして携帯をこちらに見せる。

『おはよ、お兄ちゃん。いつもありがとね。』

 その文字と笑顔にいつもながら照れながらも、手を合わせて口パクでいただきますという。順もそれに続けて手を合わせいただきますと口パクで言ってこちらに笑いかけてくる。照れるのを隠すように、朝食に向かい味噌汁をすする。順も同じように味噌汁に手を付け、ホット一息つくと朝食を本格的に食べ始め、そして片つくともう一度手を合わせごちそうさま、とつぶやくと皿を流しに運び、洗う。俺も食べ終わると同じように流しに運び、順の横で洗い始める。フライパンなどを洗い終え、順に渡し、拭いてくれる。この四か月、ほぼ毎日のように続けてきた行為だから特に苦もない。もちろん家政婦には来てもらっていた。しかしそれは最初の一週間のみだった。俺はその一週間で家政婦の仕事を見て盗み、父さんに言って家政婦を解雇してもらった。それからは毎日の家事を順とともに分担して行っている。料理などほとんどは俺の仕事だが順には洗濯を全面的に任せている。それは順の強い希望があってこそだ。本当はすべて俺一人でやるつもりだったのだが、

『洗濯だけは順がやる!』

と譲らなかったのだ。まあ、下着を見られたくないとかそんなところなのだろう。

 くいくい、服を引っ張られ、順の方を見ると早くよこせと急かしてくる。最後の皿を拭き終わり、軽く伸びしている順は伸びをやめると携帯で文字を打ち俺に見せる。時刻は八時半を過ぎていた。

『ひと段落ついたし、ちょっと休憩してから勉強しよ?』

 いつものやり取りだったが飽きたことはない。いつでも新鮮な気持ちだ。頷いてソファーに向かう。順と並んで座り、テレビをつける。この時間帯はニュースしかやってない。そのため眠くなり、いつも十五分ほど寝てしまう。しかし、俺にとってはこの時間が一日の中で一番好きだった。順に体を預け、聞こえるのはテレビのアナウンサーの話す音、そして順の呼吸音、順の鼓動、それらを感じながら眠りにつく。いつも通り、順にもたれかかりながら……




ありがとうございました。

番外編のリクエスト待ってます。


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五話 順サイド

 

 七月十九日午後十一時。順は自分のベットを抜け出し、ある場所へと歩みを進める。

 今日もパパとママは帰って来なかった。お仕事が忙しいので仕方がないと順もわかっているのだが、それでも少し寂しい。もしもこれが一人での留守番なのなら少しではなかったと思う。お兄ちゃんがいるから少しで済んでいる。比企谷八幡がお兄ちゃんだから少しで済んでいるといった方が正しいのかもしれない。順にとって比企谷八幡はそれほどまでのに大切な存在になった。

 一緒に住んでそろそろ四か月になるがお兄ちゃんの高スペックには驚かされるばかりだった。勉強はもちろん、運動、掃除、料理、本当に何でも出来てしまうのではないかというくらい出来てしまうのだ。勉強はともかく運動も出来るのには驚いた。一緒に住んでから二か月ほど経ったある日、家の前で二人でバトミントンをしていたのだが、最初はラケットを初めて持った初心者のような手つきだったのだが、徐々に慣れていき、お兄ちゃんは順に圧勝出来るまでになった。バレーボールも同じであった。お兄ちゃん曰く

『昔から一人だったからな。人の真似をするのは得意なんだ。』

らしい。それでも真似をして真似をした本人に勝つのだから、わけわかんない。

 目的の場所、お兄ちゃんのベットについた。順はいつも通り慣れた動きでベットに潜り込む。お兄ちゃんの匂いが鼻孔をくすぐる。順はその匂いにほっとした。この匂いを感じると自分が一人でないと改めて気付かされる。それは四か月近くたった今でもだ。腕に軽く抱き着く。たくましい腕だ。

(あぁ……順はこの腕に守られてるんだ……)

 そんなことを考えてしまい、順は首を軽く振る。

(いや、守られてるだけじゃダメなんだ。順はこれからお兄ちゃんと共存して生きていく。だから順はお兄ちゃんに依存しちゃダメなんだ。)

 これは比企谷八幡がお兄ちゃんになった日から決めていたことだ。この人とは対等の立場で生きていきたい、そう思ったのだ。お互いを守りあい、お互いを慰めあう、そういう関係を順は望む。

 順はお兄ちゃんの手を離し目を閉じて眠りについた。

 

 朝、目を覚ましたが横にお兄ちゃんがいなかった。その代わりにお兄ちゃんの枕を抱きしめていた。順は起き上がり、座ったままの体勢で伸びをした。七時四十五分ごろを指す時計。いつもこの時間に目が覚める。ベットから降り階段を下っていくと味噌汁のいい匂いを感じる。リビングのドアを開けるとお兄ちゃんがいつもの席で順を待っていた。順はお兄ちゃんの顔を見てまた眠くなってしまう。順のいつもの椅子、お兄ちゃんの隣に座り、肩に頭を預けもう一度寝ようとした。

(痛い……)

 お兄ちゃんがデコピンしてきたようだが眠すぎて痛いはずなのにそんなに痛くない。

『おはようさん。とりあえず顔を洗って来い。』

 目の前にお兄ちゃんのスマホが現れた。書いてあることに素直に従った。洗面所に行き顔を冷水で洗うと目が覚めてきた。歩きながら携帯を操作し、リビングのドアを開ける。お兄ちゃんの横に座り先ほど打った文をお兄ちゃんに見せる。

『おはよ、お兄ちゃん。いつもありがとね。』

 いつも通りの笑顔で言うと照れてくれるお兄ちゃん。手を合わせていただきますと口パクでいうお兄ちゃんに合わせて私も笑顔で真似をする。お兄ちゃんの作ってくれた朝食はとても美味しい。残念ながら順には料理の才能がないので料理はお兄ちゃんに任せっきりだ。朝食を食べ終わると、まだ少し残っているお兄ちゃんを残して先に流しに向かい軽く洗い物を開始する。するとすぐにお兄ちゃんが皿を運んできた。スポンジをお兄ちゃんにバトンタッチしタオルを持ってお兄ちゃんが洗った皿を拭いていく。ペースよく回っていたのだがお兄ちゃんの動きが急に止まった。不思議に思い顔を覗いたらなにやら考え事をしているようだった。順は放置されて面白くなくて、お兄ちゃんの服を引っ張り、手を前に出し皿を催促する。ようやく手が動き出したお兄ちゃん。何を考えていたのか少しだけ気になったが、追及しないことにした。

 しばらくすると皿洗いが終わり、八時半を過ぎていた。順は携帯でいつも通りの内容を打ちお兄ちゃんに見せる。

『ひと段落ついたし、ちょっと休憩してから勉強しよ?』

 お互い並んでソファーに座り、テレビを見る。ニュース番組ばかりでつまんないが、順はこの時間はテレビを楽しみにはしていない。しばらくすると順の肩に重みがかかる。お兄ちゃんが順の肩に頭を置いて寝ているのだ。順はこの短い、十五分という時間が好きだった。一日でお兄ちゃんが唯一甘えてくれる時間だ。順はお兄ちゃんの頭を軽く撫で、この時間を味わう。

(おやすみ、お兄ちゃん。)

 



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六話 八幡サイド

小学生、最後の会です。
次は、中学生になります。


 幸せな時間が過ぎ今はリビングの机に参考書を広げ、順と勉強しているところだ。正午までと時間を決めている。残り一時間ほどだ。今俺は算数をしている。順は漢字をしている。たまにわからない漢字があると俺に聞いてくる。それ以外は鉛筆を動かす音とページをめくる音だけの静かな時間だ。この時間は俺が越してきてから最初の数日を除き毎日設けられてきた。それは母さんの一言から始まった。

「ねえ、八幡君。順は勉強が苦手なの。あなた、順に勉強を教えてあげてくれない?」

 その一言に俺は頷いた。元々勉強は出来る方だった。友達がいないため、友達と遊ぶ時間が全てではないが、多小なりとは勉強に向いた。算数は少し苦手であったが、それ以外の教科は得意だった。テストはほとんど満点であったし、成績も問題なかった。順は暗記は得意であったが、頭の回転が少し遅いらしく、算数などでの応用でつまずいていた。それだけなので割と簡単に順は勉強を苦手から簡単にした。

(ん?これはどうすんだ……?)

 いつも通りに解いていたつもりだったが何度解いても答えがあわない問題があった。その問題は諦めることにしたが、八幡は内心焦っていた。

(やっぱ、このままずっと自習ってわけにはいかないか……このままじゃいつか限界が来る……まぁ、母さんにでも相談してみるか……)

 ぴぴぴぴ

 正午を知らせるアラームが鳴った。俺と順はお互いに伸びをし、勉強の片つけを始める。消しかすを捨て終わり、机を拭くと、俺は台所へ向かい昼食を作り始め、順は洗濯を始める。今日はナポリタンを作る予定だ。

 

 ナポリタンを食べ終え、洗い物が終わり一息ついたころ、俺は順にスマホを見せ、伝えたいことを伝える。

『そういや、昼から食材買いに行きたいんだが、来るか?』

 順はそれを見て首を縦に振ると、携帯を取り出し文字を打つ。

『着替えてくるから待ってて!』

 そのままでもいいと思うのだが、と思いつつ頷き、俺も準備を始める。順は部屋へ向かうが、俺は準備といっても帽子くらいなので、すぐに玄関で待機する。五分後、順は白いワンピースを着て降りてきた。その姿は見慣れているがそれでも見惚れてしまう。

『お待たせ、さ、行こ。』

 携帯を見せてから靴を履きすぐに家を出た順に続くように家に出る。日差しが強かった。俺は鍵をかける前に一度家に戻り、部屋から順の麦藁帽子を取ってくる。鍵をかけ少し歩くと順が木陰で俺を待っていた。小走りで向かい、順の頭に帽子をかぶせてやる。

『ありがと、お兄ちゃん』

 何をしてたかわかっていたようで、すでに準備されていた文だった。

 軽く頷くだけで、照れを隠し、バス停に歩き出す。横に並び歩いている順が時々肩にぶつかりちょっかいをかける、それを軽くあしらいながら歩く道は、やはり俺にはもったいないほど幸せだった。

 

 ちょっとしたスーパーについた。これから数日分の食材を買うためにカートとカゴを用意する。生鮮食品から見ていき、必要なものをカゴにぶち込んでいく。順に指さしで指示し、取りに行ってもらったり、順が買おうとしているお菓子を止めたり、退屈しない買い物だ。周囲の主婦はこれを見て微笑んでいるのだろう。こないだ知ったことだが、俺たちはこの時間帯に買い物をしていることに悪いうわさが立っていたようだが、ほほえましい買い物の様子を見ていると暗い事情ではないと理解し、それ以来「仲良し兄妹見守り隊」というのが主婦の間でできたらしい。順が迷子になっても周囲の主婦が教えてくれたりする。ありがたかったりする。ほんと、あざっす。

 買い物を終え、買ったアイスを食べながらバス停でバスを待っていると、順は突然携帯を向けてきた。

『ねぇ、なんでおばちゃんたちっていつもこっち見てるのかな?』

 ……答えに迷った結果。

『見られてるのか?俺は別に感じないし、気のせいだろ。』

 ごまかすことにした。

 

 家に帰ると、車が止まっていた。順と俺は目を合わし、同時に駆け出す。玄関の扉を開け、リビングに行くと母さんがコーヒーを飲んでいた。順は母さんに抱き着いた。母さんが帰ってくると、いつもこうしている。話せない代わりの、「おかえり」の挨拶らしい。

「あら、順。おかえりなさい。八幡も。」

 俺は頷くだけの返事をし、台所に向かい冷蔵庫へ食材を閉まっていく。すると後ろから人に体温を感じた。

「八幡?順みたいにしないとだめよ?せめて中学に上がるまでは……ね?」

 母さんが抱き着いてきたのだ。俺は照れくさくて何度も何度も頷く。それに満足したのか母さんは俺を開放する。

「ん、わかったならいいの。そろそろ離さないと順が怒りそうだしね。」

 母さんは順の方を振り向きながら言う。俺も順の方を見てみると頬をパンパンにさせ「私、怒ってます。」とでも言いたげな顔をしていて、つい腹を抱えて笑ってしまう。それを見て順はこちらに向かってきて痛いほどに抱きしめてきた。腕を何度もたたきギブの合図をすると満足したように解放した。

「あらあら、順のブラコンは進行してるわね……」

 母さんのその一言に、順は母さんがいたのを忘れていたように驚き、顔を赤くして部屋に行ってしまった。

 順が言った後、毎回恒例の報告会が始まった。基本いつも通りなのだが、今回は最後に勉強が難しくなっていることを伝えた。

「そう……勉強の方は知り合いに塾の講師がいるから、その人に昼、二人だけ見てくれないか頼んでみるわ。」

 母さんはそう言うと、俺の頭を撫でる。

「よく頑張ってるわね。ありがとう、順のそばにいてくれて。」

 この報告会の締めはいつもこれだ。しかし、俺はこれが好きだった。




次の章?から少しシリアスになるかもです。


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六話 順サイド

お久しぶりです。モチベが保てず全然書いてなかったです。
申し訳ありません。
これからはぼちぼち頑張ります。
応援お願いします。


 眠っていたお兄ちゃんが目を覚まして、勉強が始まった。順は学校の勉強は嫌いだったけどお兄ちゃんとの勉強は好きだった。お兄ちゃんは算数、順は国語をやっていた。漢字の問題でわからないところがあると、お兄ちゃんにシャーペンで質問を書く。

『セイセキのセキって糸偏だっけ?』

 お兄ちゃんは算数の問題に行き詰ってるみたいだった。

(珍しいなぁ……まぁ、お兄ちゃんにわからないのに順が分かる訳ないか。)

 悲しいことだがお兄ちゃんの方が順より賢い。お兄ちゃんは順に勉強を教えてくれるくらいに頭がいい。本当に高すぺっく?というやつだ。

 お兄ちゃんの肩を軽く叩いて、こちらに気付かせてから先ほどの紙を見せる。それに対してお兄ちゃんは頷くだけの返事をする。どうやら合っていたみたいだ。順は得意げになりお兄ちゃんに少しどや顔を見せるが、頷いてからすぐに自分のやっていた問題に移る。そのため順のどや顔は見られなかった。

(ほんと、珍しいなぁ。いつもなら頭、撫でてくれるのになぁ。)

 少しだけ物足りなかったが、勉強に集中することにした。

 ぴぴぴぴ

 お昼を知らせてくれるアラームが鳴った。順とお兄ちゃんは伸びをしてから、勉強道具や消しかすを片つけた。それが終わると、順は洗濯に向かって、お兄ちゃんはキッチンに向かった。

 

 洗濯を終えてリビングに向かうとお兄ちゃんは座っていて、ナポリタンが盛り付けてあった。一緒にいただきますと口パクで言い、食べ始める。食べ終わって、洗い物も終わった時にお兄ちゃんがスマホを見せてきた。

『そういや、昼から食材買いに行きたいんだが、来るか?』

 という誘いの内容だった。順は悩みもせずに頷いて、急いで携帯で文字を打つ。

『着替えてくるから待ってて!』

 それを見せると、順は走り出した。部屋について白いワンピースを引っ張り出す。お兄ちゃんとはよく買い物に行くけど、おしゃれはちゃんとするのが順が自分で決めたルールだった。急いで着替えて、鏡で確認してから玄関に向かう。

『お待たせ、さ、行こ。』

 携帯をお兄ちゃんに見せて、靴を履いて外に出る。外は強い日差しで、溶けそうなくらい暑かった。

(うわ、暑い……帽子持ってくればよかった……)

 今更後悔しても仕方がないと順は家の前の道路に出た。振り返ってみるが、そこにお兄ちゃんはいなかった。

(あれ?なんで……あ、そういうことかな?)

 順はお兄ちゃんの行動に思い当たることがあった。少しだけ顔が熱くなる。木陰に移動して、携帯で文字を準備してお兄ちゃんを待つ。少しすると、お兄ちゃんが戻ってきた、順の麦藁帽子を持ってきてくれた。それを順の頭にかぶせてくれる。順はさっき用意した携帯の文字を見せる。

『ありがと、お兄ちゃん』

 順はお兄ちゃんに向けて笑顔を向ける。お兄ちゃんは照れたのか、顔をそらして、頷いて、バス停に向かってしまう。そんなお兄ちゃんを追いかけながら、順は幸せな気分になる。こんな時間がずっと続かないかなぁ……

 

 いつものスーパーについた。食材を買うらしいのでカートとカゴをお兄ちゃんは取ってきた。生鮮食品から見ていくお兄ちゃんの言う通りに動いていく。と、そこで順はいつもの視線を感じた、おばちゃん達から感じるのだがなぜ見られているのかが分からない。今日はお兄ちゃんに聞いてみることにした。

『ねぇ、なんでおばちゃんたちっていつもこっち見てるのかな?』

 お兄ちゃんは答えに悩んだような素振りを見せながら

『見られてるのか?俺は別に感じないし、気のせいだろ。』

 ごまかされた気がする。

 

 バスから降りて、家まで歩く、荷物は全部お兄ちゃんが持ってくれてる。

 家に帰ると、お母さんの車が止まっていた、順とお兄ちゃんは走り出す、リビングに入るとコーヒーの匂いがした。お母さんを見つけると、順はお母さんに飛びついた。これはお喋りが出来ない、順のお帰りの挨拶だ。これをするとお母さんは順の頭を撫でてくれる。

「あら、順。おかえりなさい。八幡も。」

 お兄ちゃんは頷くだけの返事をして、台所に向かっていく、お母さんは順の腕から抜け出してお兄ちゃんの方へと向かっていく。すると、後ろからお兄ちゃんを抱きしめた。

(え……)

 お母さんはお兄ちゃんに耳打ちで何かを話している。順はなんだか、嫌な気分になる。お母さんを睨んでしまう。

「ん、わかったならいいの。そろそろ離さないと順が怒りそうだしね。」

 と言いながら、お母さんはお兄ちゃんを離した。お兄ちゃんがそれにつられて順を見ると、いきなりお腹を抱えて大笑いした。それはもう珍しいくらいの大笑いだった。

 順は何となくむしゃくしゃして、お兄ちゃんを力強く抱きしめた。お兄ちゃんの匂いを感じる。その中に少しお母さんの匂いが混ざっていた。順はそれを消す勢いで強く、強く、抱きしめる。お兄ちゃんが腕をバンバンと叩いてギブアップしてきた。お母さんの匂いが少しなくなったのを確認して、順はお兄ちゃんから離れた。

「あらあら、順のブラコンは進行してるわね……」

 と、誰もいないと思っていた、この空間から声が聞こえた。

(あ、お母さん、いたんだった……)

 顔が急激に熱くなる、そう思ったときには順は二階の部屋に向かっていた。




久々すぎてこういうのだったかと思いながら書いております。

本当に大変長らくお待たせしました。


誤字、脱字はごめんなさい


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七話 八幡サイド

 お久しぶりです!!最近もう一つ執筆をはじめましてそちらの方をやっていたら更新が遅くなってしまいました!

 これからは朝の七時半に投稿することにしました!朝の通勤、通学中に読んでいただけると幸いです。


 なんだか、もう一つの小説に引っ張られているのかいつもと違う感じになっていますがどうぞ!!


 外は雨が降っているようだった。最近梅雨入りしたようで、こうして雨が降る日が多くなった気がする。朝のランニングもなかなかできない。少しむしむしするので先ほどの昼飯はさっぱりするものを食べた。今は出かける準備をしているところである。

 俺が順の兄になってから二年の月日が流れた。俺と順は進学し、中学一年生になった。俺と順は学校には行ってないのだが、母さんと父さんが記念にと制服や教科書、カバン、革靴に自転車まで用意した。自転車は普段使いにしてるが、ほかのものは使う機会はおそらく二度とない。いや、全て一度は使っている。入学式だけ俺と順は登校した。両親は喜んで写真を撮り、俺たちは少し複雑だったのを覚えている。その後に両親と担任、そして俺たちだけの面談があったからだ。そこで両親は俺たちの不登校の理由を担任に伝え、了承を得た。その日、俺たちの中学校生活は始まる前から終わったのだった。

『お兄ちゃん、私のカバン知らない?』

 いつの間にか順が俺の前に立ち、スマホをこちらに向けていた。順は中学に上がってからガラケーからスマホに買い替えてもらった。

 順は最近一人称を私に変えた。理由は子供っぽいからと言っていた。俺はこのことに気持ち悪いくらい反対したのだが順は聞き入れてくれなかった。他にも順は最近色々と変えている。小6の時には前髪を伸ばし始めた。これにも俺は気持ち悪いくらい反対した。かわいい顔を隠す必要がどこにある?いや、そんなものはない!と、順に伝えたのだが順に

『少しでも、お兄ちゃんと似ているところを作りたくて……』

 と言われて、俺は嬉しさ半分、悶絶半分で何も言えなかった。

 順に裾を引っ張られ、俺はもう一度順の方に意識を戻す。

『知らねえよ、順の部屋だろ?』

 そう、俺と順の部屋は分けられた。これには俺は反対しなかったが順がかわいそうなくらい反対した。声を出して反対した。腹が痛くなるのを恐れずに。しかし、両親は無慈悲にもその猛烈な反対を無視し、部屋を分けた。俺は最近どんどん胸以外が大人びていく順に少し戸惑っていたので、このことは両親に感謝しているが、少し詰めが甘かった。部屋のドアには鍵がついていないので、順は両親のいない時を狙い俺の部屋に侵入しては一緒に寝ようとせがんでくる。俺はもちろん順の頼みを断ることはなかった。結局来た頃とほとんど変わらない生活を送っていた。

『ねぇ、今失礼な事考えなかった?』

 順が俺の足を踏みながら、スマホを見せる。

 失礼なことなんて考えて、と打った時に思い出した。俺は先ほど胸以外が大人びていくと考えていたのだ。俺は最近さらに鋭さが増していく順の勘に少しビビりながらも文字を消し、もう一度打ち直す。

『それよりカバン、早く探してこいよ。遅刻するぞ?』

 ごまかしを使い、順をだまそうと試みる。順は全く騙されていない目で足をどけ、部屋に消えていった。

 

 順がカバンを見つけ、玄関に降りてくる。スマホを触りながら階段を降りてくるのを危なっかしいと思いながら見ていると順は先ほどまで操作していたスマホを俺に向ける。

『ごめん、遅くなったね、遅刻しちゃうから行こ!』

 順に急かされながらも、傘を二本持ち片方を順に渡して家を出る。雨は未だ降り続けていた。バス停までの道は水たまりが多数あったが、全力で避け続けていた。順も同様に避けて進むのだが、運動神経の差で俺が少し先に行ってしまう。俺は順を水たまりのないところで待つ。順が同じ足場に立つともう一度、俺と順は競うようにスタートする。それを繰り返しながら、バス停についた。バス停のベンチに並んで座り、持ってきていたタオルで順の濡れた肩や顔を拭こうと手を伸ばす。順は少し身を引いて嫌がり、俺の手からタオルを奪い取り、自分で拭いてしまう。順は拭き終わるとタオルを俺の頭に置き、スマホをいじりだす。俺が軽く水気を取っていると、横並びの足からスマホを差し出される。

『ちょっと、遊びすぎて軽く汗かいちゃったから……拭くのはまた今度にして!』

 順は冷たい手で俺の手を取る。バスが来るまでの時間この手が離されることはなかった。

 

 バスが到着したので、バスに乗り込み二人席に座る。この時間は利用客が少なく、俺たちのほかには運転手と老夫婦しかいない。ここ一年近く、俺たちは毎週月水金、このバスのこの時間に乗っている。理由は家庭教師の家に向かうためだ。最初の数か月は自力で勉強をしていたのだが、俺はそれに限界を感じて母さんに相談したところ、知り合いの家庭教師の息子が大学をやめ、アルバイトを探している。ということだったので俺たちはその息子さんに勉強を教えてもらうことにした。なぜこちらから家庭教師の家に行くかというと。その息子さんが一人暮らしなのでこちらから家に出向いて生活のチェックをしてほしいということだった。

 バスが目的のバス停を掲示板に表示する。俺がボタンを押そうとしたところで誰かが先に押した。横を見ると順がどや顔でこちらを見ていた。その顔に少し腹が立ち、順の頬を軽く引っ張る。順の面白い顔を見て少しすっきりしたので席を立つ。バスはまだ動いていたので俺は順に手を貸し立ち上がる手伝いをする。バスが完全に停車したのを確認し、改札に代金を入れ、バスを降りる。そして目的地に向かって歩き出した。

 

 目的地はちょっとしたアパートだった。木造でかなり古いイメージがある。アパートの階段を登ろうとした時に声をかけられた。

「順ちゃん、はっちゃん。今日もお勉強かい?」

 そこにいたのはこのアパートの大家さんだった。もうかなりご高齢のようだがそれを感じさせないような明るい性格の気さくな人だ。この人は俺たちが話せないのを知っているため、俺は頷くだけの返事で返す。

「そうかい!きばりやー!」

 そう言ってくれる大家さんにお辞儀をし階段を上り、手前から二つ目の部屋のインターホンを鳴らす。

「はいはい、お、来たね。」

 ドアを開け出迎えてくれたのは短い髪に優しそうな顔の柔和な雰囲気の青年だった。

「遅いから心配したよ。さ、入って入って。勉強を始めよう。」

 俺たちはそれに従い、傘を玄関の傘立てに入れ、整えられた部屋に入る。テーブルに勉強道具を広げ、スマホを近くに置いておく。スマホがなければお互いの意思疎通に不便だからだ。

「さ、始めようか。」

 青年の合図で俺たちは勉強を開始した。

 

 数時間が経過し、スマホの時計が四時を示したところで俺たちの勉強は終了した。

「うーん、八幡は相変わらず理解は早いし、さすがだね。」

 青年は俺の頭を撫でる。少し恥ずかしくてその手を払う。青年は少し意外そうにしていた。スマホに文字を打ち込み青年に見せる。

『もう中学生なんで、そういうのやめてください。』

 読み終わった青年は少し困ったように笑う。

「ははは、まぁ順ちゃんはもうちょっと頑張ろうか。」

 こちらは諦め、順の方に切り替える。順は少しだけ下を向いたが、すぐに頷く。

「うん、また明後日……かな?頑張ろうね。」

 今日は水曜日なので次は金曜日だ。

「それじゃあ宿題はここまでやって来てね。それじゃあ今日はこれで終わり!ジュースだけ飲んで帰ってね。」

 俺たちは出されたジュースを飲み切り立ち上がり、お辞儀をしてから玄関に向かい、外に出る。順がスマホで文字を打ち込み、俺に見せてくる。

『疲れた!!アイス買って帰ろう!!』

 俺もそれに同意し、少し歩いたところにあるコンビニに一緒に向かう。

 

  いつも通りの日常だった。




 八幡がなんかおかしいですよね?すいません!!

 シリアスは嘘ですごめんなさい。


 以上が中学生の二人の日常です!!


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七話 順サイド

 ない。ない。ない。カバンが見つからない。一昨日にはあったはずなのだ。私はその後にどうしたのかを忘れてしまった。部屋に置いた記憶はない。というか、部屋には基本行きたくない。今の私の部屋にはお兄ちゃんの気配が全くないからだ。部屋にいるくらいならまだ廊下にいた方が安心できる。それくらいに私は自分の部屋が嫌いだ。だから私は自分の部屋以外は全て探した。それでも見つからない。仕方がないので私はお兄ちゃんを探した。お兄ちゃんにカバンの場所を知らないか聞くためだ。お兄ちゃんはリビングで何か考え事をしているようで立ったまま固まっていた。まだ私のことに気付いていないようで目の前に立っても全く反応がない。中学校に進学してからさらに身長の伸びたお兄ちゃんと私の身長差は頭一つ分くらい違っていた。他にも最近筋肉質になってきた気がする。お兄ちゃんは順調に成長していってるが、それに比べ私はあまり成長していなかった。身長は伸びないし、胸も大きくならない。まだまだ幼児体系といえる。最近の小学生は発育がいいという話しを聞いたことがあるが私には当てはまらなかったのだ。スマホで文字を打ちこみ、お兄ちゃんの眼前にスマホを持ってくる。

『お兄ちゃん、私のカバン知らない?』

 お兄ちゃんはようやく私に気付いたようだが、また自分の世界に入ってしまう。今ならキスしても気付かなさそうだ。それで気付かせるのも楽しそうだが、私は裾を引っ張ることでお兄ちゃんをもう一度こちらに戻す。お兄ちゃんはスマホをようやく操作し始める。

『知らねえよ、順の部屋だろ?』

 そんなことはないと思うのだが、まぁお兄ちゃんが言うなら探してみようかと二階に上がろうと思ったが、またお兄ちゃんが自分の世界に入ってしまった。なかなかこういうことも珍しいので気まぐれで少しその場に留まっていると、少し嫌な気配がしたのでお兄ちゃんの足を踏む。

『ねぇ、今失礼な事考えなかった?』

 お兄ちゃんに見せると図星だったようでばつの悪そうな顔をしたお兄ちゃんは

『それよりカバン、早く探して来いよ。遅刻するぞ?』

 という、ごまかしを使ってきた。私はそれを受け入れて足を自由にしてやってから二階に向かう。部屋に入り、もう一度部屋をちゃんと探すとカバンが見つかった。

(なんであるんだろ……まぁ、いいけど。)

 カバンの中を開け、必要なものが入っているのを確認する。部屋から出て階段を降りながら、携帯を操作してお兄ちゃんへの謝罪の文を打ち込む。お兄ちゃんに見せ、お兄ちゃんを急かす。傘を受け取って雨の中を歩き出す、お兄ちゃんと一緒に遊びながら先生のもとに向かう、この道は何度も通っている。見慣れた道をジャンプしながら進んでいく、お兄ちゃんに置いて行かれないように必死に飛ぶ、なかなか疲れるけど楽しい。少し汗ばんできたところでバス停に着いた。お兄ちゃんと並んで座って座るとお兄ちゃんがタオルを出して、私に手を伸ばす。

(え、え、え、え、待って。あ、汗かいてるんだけど!!雨だけじゃないの!!)

 私は内心必死にその手からタオルを奪い取る。自分の頭を拭きながら、顔が熱くなるのを感じる。お兄ちゃんを横目で見ると、少しだけ呆然としていた。

(受け取り方が悪かったのかなぁ……でも、恥ずかしかったしなぁ……私悪いのかなぁ、うぅぅぅ……)

 拭き終えると、お兄ちゃんの頭にタオル乗せる。スマホを操作してから、私は少ししょげたようにしながら拭いているお兄ちゃんの足にスマホを乗せる。

『ちょっと遊びすぎて軽く汗かいちゃったから……拭くのはまた今度にして!』

そう言ってから私はお兄ちゃんの手を取る。その手は私より少し大きくて、私より、温かかった。

 

 バスが来た。私とお兄ちゃんはバスに乗り込む。乗っていたのはおじいちゃんとおばあちゃんと運転手さんだけ。この時間は人が少ないみたいでいつもこんな感じだ。私たちが向かってるのは家庭教師の先生のアパートだ。毎週月水金に勉強を教えてもらっている。お兄ちゃんがお母さんに相談して紹介してもらったようだが、私は全く知らなかったため、最初こそ嫌々だったが先生の話はとても楽しいし勉強の教え方もうまいしで、お兄ちゃんも私もこの道のりの間は楽しみだ。

『次は~~~』

 社内アナウンスで目的地が流れると私はお兄ちゃんより早くボタンを押し、お兄ちゃんにどや顔を向けておく。お兄ちゃんはこちらを見ると頬を引っ張ってきた。いつも通りの行為、いつも通りの力加減で嫌という気持ちよりも先に嬉しいという感情が出てくる。しばらくするとお兄ちゃんは満足したのか、私の頬から手を離し、先に立ち上がり私に手を差し出してくれる。私はその手を取って立ち上がった。

 

 アパートに着くと大家さんからお出迎えを受けた。大家さんはいつも通り元気だった。きっとあの人は雨の日はテンションが上がるタイプの子供だったのだろうな、と考えながら階段を上る。先生の部屋の前に着くとお兄ちゃんがインターホンを押す。

「はいはい、お、来たね。」

 そう言いながら先生が出てくる。優しそうな顔が笑顔になり場を和ませている。

「遅いから心配したよ。さ、入って入って。勉強を始めよう。」

 いつもの席に着き、準備をする。準備が終わるのを確認すると先生は

「さ、始めようか。」

 と、改めて開始の合図を口にした。

 

 勉強を始めて数時間がたって、私が疲れてきたころに四時になったらしくその日の勉強が終了した。

「うーん、八幡は相変わらず理解は早いし、さすがだね。」

 先生はそう言ってお兄ちゃんの頭を撫でた。お兄ちゃんは恥ずかしかったのかその手を払う。先生は少し意外そうな顔をしたけどすぐにいつも通りに戻った。お兄ちゃんがスマホで何かを打ち込み先生に見せる。読み終わった先生は少し困ったように笑った。

「ははは、まぁ順ちゃんはもうちょっと頑張ろうか。」

 急に私の方に話が振られた。その言葉を聞いて私は少しだけ凹んでしまう。少し下を見て涙をこらえたが、心配させまいとすぐにうなずく。

「うん、また明後日……かな?頑張ろうね。」

 先生がカレンダーを見ながら言った。

「それじゃあ宿題はここまでやって来てね。それじゃあ今日はこれで終わり!ジュースだけ飲んで帰ってね。」

 私たちは出されたオレンジジュースを飲み切って立ち上がる。二人そろってお辞儀をしてから玄関に向かって、外に出た。私はお兄ちゃんに伝えたいことをスマホに打ち込み見せる。

『疲れた!!アイス買って帰ろう!!』

 お兄ちゃんはそれに同意の意味のうなずきで返してくれた。二人で並んで傘を差しながらコンビニに向かって歩いていく。

 

  それはいつも通りの毎日だった。

 

 

 

 



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八話 八幡サイド

 今回は順サイドと同時投稿です。
 結構シリアスなのでお好きな方からお読み下さい。


 その日は空は曇り気味で湿度は高い、嫌な天気だった。まだ梅雨は明けないようで今日も昼から降るようだった。今日は金曜日なので先生の部屋へ行かなければいけない。正直今日は行きたくなかったのだが、そんなわけにもいかないので今日も今日とて朝食を作る。

 最近、両親は家に帰って来ていない。仕事が大変なようなのだが、ちゃんと向こうで人間的な生活を送れているのだろうか。まぁ、親父だけなら心配で仕方がないのだが、向こうには母さんもいることだし、心配もいらないだろう。明日からは休日だから会いに行くのもいいだろう。順と応相談だ。

 なんて考えていると階段を下りてくる音が聞こえてくる。順が起きたのだろう。料理を皿に盛り付け、テーブルに置く。順はリビングに入るなり、背中に頭を擦りつけてくる。準備の途中なので適当にあしらいながら、準備を続ける。準備が終わると俺と順は席に着く。食べ始める前にスマホにてお互いに挨拶をし、合掌し、食べ始める。

 

 食べ終わると、俺と順はいつも通り、少しうとうとした後に家事に取り掛かる。俺は皿洗いや掃除、風呂掃除をする。その間に順には洗濯をしてもらうが洗濯機を回している間は俺の手伝いをしてもらう。いつものことながら中学生らしくないと思う。まぁ、順と同じなので辛くはないのだが、たまにはさぼりたくなる。ちなみにさぼると順が張り切って余計に酷い状態になる。なのでさぼる訳にはいかないのだ。なんて考えていると、順が脛を軽く蹴ってくる。

『お兄ちゃん失礼だよ!』

 順がスマホを突き出してくる。なぜ考えていることが分かるのだろうか。いつものことなので軽く頭を撫でて鎮めておく。それで解決するのだからチョロいものだ。

 

 昼ご飯も食べ終わると、先生の部屋に向かう準備を始める。勉強道具を入れてあるカバンに傘、財布、スマホ、家の鍵、くらいだ。バス停まで歩き、バスを待つ間、順と何気ない会話を交わす。

『順は宿題やったのか?英語と数学のやつ。』

『え、英語はやってない。他のはやったんだよ?』

『怒られても知らねーぞ。』

『だって英語ってわけわかんないんだもん……』

『また家でも教えてやるから頑張れ。』

『うぅー……』

 なんてやり取りをしているとバスが到着する。バスに乗っていつもの席に座って会話を再開する。

『お兄ちゃんは苦手な教科はないの?』

『あえて言えば数学だな。出来ないことはないんだが、得意じゃない教科は数学だけだ。』

『ハイスペックめ……』

 順が恨みがましい目を向けてくるが、俺はそれを受け流す。

『順も頑張ったら出来るだろうに……』

 と返そうとして、やめておいた。

(順が頑張ったら負けるかもしれないしな……)

 なんて意地悪なことを考えているとバスが目的地に着いたようだ。バスを降りて先生の部屋へと向かう。今にも雨が降りそうな天気だがまだ降っていない。早めに行った方がよさそうだったので、二人して小走りで歩く。ゆっくり歩くと十分ほどで着く距離なので小走りだと五分ちょっとだろう。俺はよく朝にランニングに行ってるので体力には多少自信があるため、息が乱れず目的地に着いた。順は少し息を乱しているようだった。何とか雨が降ってくる前につけた。

 

 俺達は先生の部屋のインターホンを押した。

「はいはい、入ってきていいよー」

 中から先生の声が聞こえてきたのでドアを開け、傘を傘立てに入れて、中に入っていく。先生は自分の自室でゴソゴソと何かをしていた。いつもの椅子に座って待っていると、少しして先生が出てきた。

「いやぁーごめんね。ちょっと押入れを整理していたんだ。」

 と、言いながら先生は冷蔵庫からジュースを出して俺たちに出してくれる。俺達は頭を下げてから、ジュースを飲む。

「色々出てきて楽しかったんだけど、どんどん出してたら片つけられなくなっちゃって……君たちが帰ってから続きをするよ。」

 軽く苦笑しながら話す先生は、なんだか懐かしい顔をしていた。相当懐かしいものが出てきたんだろう。

「ま、それは置いといて。はい、二人とも宿題出して。」

 その言葉にびくっと肩を震わせたのは順だった。俺は普通に宿題のノートを二冊取り出し先生に渡す。順も宿題のノートを()()取り出して先生に渡す。しかし、俺は知っている。あのノートの一冊、つまり英語のノートは宿題をやっていない。すぐにバレるのだが、順は賭けたのだろう先生が見逃す可能性に。

 先生は二人のノートを見終わって、俺たちに返してきた。

「八幡は流石だね。両方とも満点だよ、今日は難易度を上げるからね。」

 そこで先生は言葉を切って、順に笑顔で向き直る。

「順ちゃんはどういうつもり?英語やってないよね?」

 そこで順は俺の背中に隠れて、スマホを高速で打ち始める。言い訳を書いているのだろう。仕方がないので、順が打ち終わる前に俺がフォローしといてやろう。俺はスマホに、順が英語に苦手意識を持っていることを書き、これからは俺が順に家でも教えることを提案する。

 それを読んだ先生は少し考えてから

「順ちゃんが英語に苦手意識があることは知らなかったな……次からはちゃんと教えるように。それと今日順ちゃんはちょっと残って英語の補習。いいね?」

 その言葉に順は嫌な顔をしたが了承した。

「うん。それじゃあ今日の授業を始めようか。」

 

 

「はい、今日は終わり!順ちゃんは居残りだから八幡は帰っていいよ。僕が送っていくから。」

 という先生の言葉で授業が終了した。俺は帰ってもすることがなかったので先生に

『順を待ってちゃだめですか?』

 と、聞いたのだが先生に

「ちょっと二人で集中したいから……ごめんね。」

 と、言われたら俺は引くしかなかった。先生と順に手を振ってから玄関に向かう。先生の順への説明を聞きながら俺は先生の部屋を後にした。

 

 俺はバス停に向かう前にバス停とは逆にあるスーパーへ向かった。食材の買い出しをするためだ。時間はたくさんあるので、ゆっくりと歩きながら向かう。スーパーへは十分ほどで着いた。カートとカゴを持って買い物を開始する。そこで、改めて順が近くにいないということを強く感じる。

 順が近くにいないということはまずないことなので、正直、違和感というより強い喪失感を感じる。俺が順に出会って数年が経過したがよく考えたら俺と順が一緒にいなかったことはなかったように感じる。本当にお互いべったりだなと思うが、仕方がないとも思ってしまう。お互いにお互いの存在が心の支えなのだから、俺も順も常に一緒にいたいのだ。しかし、ずっとこのままではいけないと思っているのも事実なので、時を見て順と相談する気である。

 などと考えている間に、買い物は終了して袋に商品を入れ終わり、出口に向かう。

 外に出ると雨が降っていた。俺は傘を差そうとしたのだがそこで気づいた。

(あ、傘がない……先生の部屋に忘れたのか。)

 雨は少し強いが、走ればなんとかなるだろうと考え走り出す。雨は冷たいが、体は熱く、汗が出てくる。汗と雨で服が肌に張り付いて走りづらいが、走るのをやめると余計に濡れるので走り続ける。

 

 先生のアパートに着き、階段を上がって先生の部屋に向かう。先生の部屋の前に着いたとき俺は違和感に気付いた。先生の部屋は電気がついていなかったのだ。空には雲がかかっていて辺りは相当暗いので電気をつけないと勉強はできないはずなのだが……俺はドアを開け中に入る。

 中に入って、まずいつも授業で使っていたテーブルを見に行ったが、そこには順も先生もいなかった。そこで先生の自室の電気がついていることに気付いた。俺は先生の部屋のドアを開け、中の光景を目にした。

 

 そこには、順と先生がいた。ベットに順を押し倒し、順の服のボタンを外している先生を俺は見つけた。順は泣きながら、抵抗をせずにされるがままの状態だった。俺はそれを見て、順の涙を見て、

 

   俺の中のナニカが壊れた

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 声が出た。だが、俺はそれに気づかずに、近くの床に落ちていた何かを手に取り、先生に向かって走り出す。先生がこちらを振り返った。先生は驚いたような顔をしていた。俺はその顔に向かい、手に持った固く重い何かを、躊躇いも、躊躇もせず、全力で横殴りに叩きつける。先生はベットから落ち、そのまま気絶したのか、動かなかった。

 だが、俺はお構いなしに先生に馬乗りになって先生の顔に持っていたものを、

 振り下ろす。

 振り下ろす。

 振り下ろす。

 振り下ろす。

 何度も何度も先生の顔に何かを振り下ろした。先生の血が顔に飛んでくる。そんなことはお構いなしに何度も何度も何度も。

 

 

「もうやめて!!お兄ちゃん!!!」

 その大声と一緒に横合いから、何かが俺の体にぶつかってきた。俺が目線を向けると、そこには順がいた。順は俺の体に両腕を回し、抱きしめる。

「お兄ちゃん……もう、やめて……」

 俺は順の声を聞いて、

   自分の意識を手放した。

 



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八話 順サイド

 今回は八幡サイドと同時投稿です。
 結構シリアスですのでお好きな方からお読み下さい。


順は今日もお兄ちゃんのベットで目が覚めた。今日はいつもよりも少し早く起きたが、お兄ちゃんは朝ご飯でも作っているのだろう。

(なんの夢見てたんだっけ……)

 少し怖い夢を見てた気がする。思い出せない上に頭も働かない。私はお兄ちゃんのベットから出て、お兄ちゃんがいるであろうリビングへ向かう。階段を下りてリビングのドアを開けると、お兄ちゃんは朝ご飯の準備の最中だった。お兄ちゃんの背中に頭を押し付けると、だんだん頭が冴えていく。お兄ちゃんは私に箸を運ばせようとしている。お兄ちゃんは両手に味噌汁を持っているので、手が足りないのだろう。それを私は特に抵抗せずに受け取り、お兄ちゃんについて行って運ぶ。準備が終わったのでお兄ちゃんと私は、椅子に座ってスマホにて挨拶を交わしてから、手を合わせて朝ご飯を食べ始める。

 今日もお兄ちゃんの作る朝ご飯は美味しかった。食べ終わると、食べ終わったお皿を台所に運んで水につけておく。それが終わると私とお兄ちゃんはソファーに座って、いつも通り居眠りを始める。私はこの時間が好きだ。お兄ちゃんが私に甘えてくれる唯一の時間だからだ。お兄ちゃんが私にもたれかかってくるので、私もお兄ちゃんに軽くもたれ、この時間を過ごす。

 お兄ちゃんが起きると私は洗濯機を回す。洗濯機を回している間はお兄ちゃんの手伝いをする。手伝いをしてる最中、私はお兄ちゃんを軽く蹴って、スマホを見せる。お兄ちゃんがなにか失礼なことを考えていると勘付いたからだ。お兄ちゃんが失礼なことを考えているのを、私は長年の勘でわかるようになっていた。お兄ちゃんはそんな私を不思議がっていたけど、今は諦めているのか、私の頭を撫でてごまかす。お兄ちゃんはいつもこうして頭を撫でてくれる。お兄ちゃんの撫で方は触り方や力加減も完璧で私はいつもこれをされると怒っていても許してしまう。夜寂しい時はいつも撫でてもらいながら眠ったりもする。

 お兄ちゃんに一通り撫でてもらうと私は自分の仕事に戻る。今日は雨が降るかもしれないので、中に干す。ちなみに私はこのとき、私用の台を使わなければ届かない。身長がなかなか伸びない、お兄ちゃんとは頭一つ半くらい離れた、というか離された。お兄ちゃんの身長はぐんぐん伸びたのだ、しかし私は少しずつしか伸びなかった。身長差があるというのはいいこともあるけど悪いこともある。抱きしめられたときなんかは包み込まれるようで安心するが、逆に自分から抱きしめにくかったりする。両方ともお兄ちゃんがらみなのだけど、私にはそれしか思いつかない、私の生活はお兄ちゃんが中心に回っているんだ。

 

 お昼ご飯を食べ終わると、私とお兄ちゃんは先生のもとに向かうためにバス停に向かう、バス停までの道には水たまりがちらほらあって、最近雨が降っていたのを思い出す。

 バス停に着くとお兄ちゃんとスマホでお話しする、

『順は宿題やったのか?英語と数学のやつ。』

 お兄ちゃんの質問に私は少し悩んでしまう。英語をやっていないのを正直に言うか、嘘でもやったというかだ。この二択に私は前者を選んだ。お兄ちゃんに対してこの手の嘘は隠し通せないからだ。

『え、英語はやってない。他のはやったんだよ?』

『怒られても知らねーぞ。』

 お兄ちゃんは苦笑いしながら、そう返してくれる。

『だって英語ってわけわかんないんだもん……』

 これは事実で、私は英語が苦手だった。日本人なのに英語を勉強しないといけない理由なんか全くわからない。海外になんか行かないのに。

『また家でも教えてやるから頑張れ。』

 お兄ちゃんが教えてくれるなら、まぁ……

『うぅー……』

 なんてやってるとバスが到着したので、バスに乗り込み、いつもの席に座る。お兄ちゃんに対して気になっていた質問を見せる。

『お兄ちゃんは苦手な教科はないの?』

 何となく答えが分かっているのだが、聞いてみた。

『あえて言えば数学だな。出来ないことはないんだが、得意じゃない教科は数学だけだ。』

 やっぱりか、こんの

『ハイスペックめ……』

 私はお兄ちゃんを横目でにらむ。お兄ちゃんは本当に何でも出来る。というよりも出来てしまうというのが正しいのだろうか。家事や料理がそうだったように、少しの間見たり、少し教えてもらうと出来ていた。お兄ちゃんはそれを自分では器用貧乏とか言っていたけど、私はそうは思わない。きっとお兄ちゃんは天才という類の人なんだと思う。お兄ちゃんは認めたくないだろうけど……。

 お兄ちゃんは私に何か見せようとしてやめていたけど、悪いことではないので私は見逃してあげた。

 バスが目的地に着いた。ここからはいつもなら歩いて向かうのだけど、今日は雨が降ってきそうだったので、お兄ちゃんと一緒に小走りで先生の部屋へ向かう。お兄ちゃんはあまり疲れてないようだったけど、私は割と疲れてしまった。体力のなさは筋金入りな私だけど、さすがに私もそろそろ体力をつけないとまずいかも……学校に行ってないから体育もないし、自主的に、少しくらい……

(お兄ちゃんと一緒に走ってみようかな……)

 走るのは辛いけどお兄ちゃんとなら走れそうな気がする。

 

 先生の部屋のインターホンをお兄ちゃんが押した。先生は出てこずに中から声をかけてきたので、お兄ちゃんと一緒に中に入って、いつもの椅子に座っておく。先生はしばらくして軽く汗ばみながら出てきた。

「いやぁーごめんね。ちょっと押入れを整理していたんだ。」

 なんて言いながら、先生はオレンジジュースを私たちのコップに入れて渡してくれる。私たちのコップというのはそのままの意味で、先生が私たち用に買ってきてくれたものだ。私は赤色だ、お兄ちゃんは青色。お互いに色違いになっていた。私はコップを受け取って一口飲んだ。

「色々出てきて楽しかったんだけど、どんどん出してたら片つけられなくなっちゃって……君たちが帰ってから続きをするよ。」

 大学生にもなると押入れにしまうものとかが多くなるんだろうか。私はまだそんなに持っていないように感じる。せいぜいアルバムとか幼稚園の時の絵とか、それくらいだと思う。

「ま、それは置いといて。はい、二人とも宿題出して。」

 ……さあ、どうしようか。私は、その場しのぎで先生に英語のノートを出した。すぐにバレるのはわかってている、わかっているのだけど、やってしまう!!

 先生はしばらくノートを見て、

「八幡は流石だね。両方とも満点だよ、今日は難易度を上げるからね。」

 と言った。先生は言葉を切って、私の方を向く。

「順ちゃんはどういうつもり?英語やってないよね?」

 ですよね。

 私は先生への言い訳を私にできる最速の速さで打っていく。打ち終わったが先生はその前に

「順ちゃんが英語に苦手意識があることは知らなかったな……次からはちゃんと教えるように。それと今日順ちゃんはちょっと残って英語の補習。いいね?」

 と言ってきた。どうやらお兄ちゃんが先生を説得してくれたようだった。

 その言葉に私はわかりやすいように嫌な顔をしたが、先生の表情が消えていくのを見て、仕方なく頷いた。

「うん。それじゃあ今日の授業を始めようか。」

 

 授業が終わると、お兄ちゃんは部屋を出ていき、先生と二人になる。

「それじゃあ、順ちゃん。頑張ろうか。」

 私はそれに頷くと、英語の参考書を開く。

「あ、待って!その前にちょっと手伝ってほしいんだ。」

 と言って、先生は自分の部屋に引っ込んでいった。私はそれについて行く。

 先生の部屋に入ると、まず目に入ってきたのは床に広がっていた、様々なものだった。小学生の時に書いたような絵やクラスの冊子、トロフィーなどといった、思い出の品といわれるものが所狭しと広がっていた。

「あぁ、ごめんね。とりあえず、こっちに座って。」

 そう言って、先生は自分の座っているベットの横を指す。私は少しためらいながらも、その言葉に従う。床にあるものを踏まないように気を付けながら進み、先生の横に静かに腰を下ろした。

「ありがとう。ちょっと段ボールの中を整理していたんだ。そしたら懐かしいものがたくさん出てきたんだ。」

『それより、何を手伝えばいいんですか?』

 私は先生にスマホで聞く。早く終わらせて家に帰りたい。

「うん。ここの整理をね……」

 と、いいつつ先生は私の頭に手を伸ばしてきた。私はそれを反射的に避ける。

 

 その瞬間、先生の雰囲気が変わった。

「やっぱり、順ちゃんはかわいいね。」

 そう言いながら先生は私に覆いかぶさるように抱き着いた。その勢いのまま、私はベットに押し倒される。大きな体からは汗のにおいと柔軟剤の匂いが混ざった濃い匂いがしてくる。

 私は精一杯抵抗するが、大人の力にかなうはずもない。

「い、いや!!やめて!!!」

 私は声を張り上げたが、すぐに口を先生の手でふさがれてしまう。

「順ちゃんの声、初めて聞いたね。きれいな声だぁ。でも少し黙っててよ。」

 先生の顔には楽しそうな笑顔が張り付いていたけど、私にはそれが、とてもとても、汚らわしいものに見えた。

 私は涙を我慢できない。先生が怖いのは、当然なのだが、もう一つ。

(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!!)

 お腹が痛いのだ。先ほど声を出したせいで、抵抗の声を出しただけで、痛くなった。

「順ちゃん?お腹が痛いのかな??さっき声を出しちゃったからね。もう、出せないよね……」

 先生は私の口から手をどける。

 先生の言う通り、私は声を出せなかった。先生に対する恐怖と呪いに対する恐怖で。

「うん、大人しくなったね。それじゃあ、脱がすね。」

 先生の手が私の服のボタンに触れる。一つ、二つ、ボタンが外される、私は何も出来ない、何をしても意味がない。私の頭にはお兄ちゃんの顔があった。その顔を思い浮かべて、声を聞きたいと思った。お兄ちゃんの声を私は一度も聞いていない。

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 声が、聞こえた。誰のものかわからない、獣のような、怒りが濃縮された声。

 その声がした方向に目線を向けるとお兄ちゃんがこちらに走って来ていた。手には先生のトロフィーを持っていた。お兄ちゃんはそのトロフィーで先生の顔に向けて横殴りに殴りつけた。先生が私の上からどいて、床に転がる。

 お兄ちゃんはそのまま、先生に馬乗りになって、先生にトロフィーを振り下ろし続ける。私はそれを見ていた。先生の顔はすぐに原型を失い、見ていられなくて視線を外して、お兄ちゃんの顔を見ると、

 

 目が、腐っていた。

 

 そしてそれは、振り下ろすごとにひどくなっている。

 先生はもう意識すらないうえ、生きているかも怪しい。このままでは、確実にお兄ちゃんは先生を殺してしまう。

(早く止めないと!!!)

 そう思い、声を出そうとするが、私の声はまだ出なかった。

(なんで!?早く止めないといけないのに!!!!)

 私は必死に声を出そうとするが、出ない。

 

 その時、世界が止まり、私の前に帽子をかぶった玉子が現れた。

 

《うるさいなぁ、本当に君はうるさい。》

 その玉子は、うっとうしそうにつぶやく。

《口も、心も、封じてあげれば静かになるのかな……》

 その玉子は私にその手を向ける。

《いや、でもそれじゃあ、あまりにも面白くない。》

 その玉子はそう言って考え始める。

《う~ん、そうだな……》

 その玉子はなにかを考え始める。

《ならこうしよう。君はお兄ちゃんと二人だけの時だけお喋りできるようにしよう。》

 その玉子は当然のように私がずっと願っていたことを言った。

《うん、そっちの方が面白そうだしね。お兄ちゃんを傷つけることもできるかもしれない。》

 その玉子はありそうな可能性を口にする。

《それじゃあ、頑張ってね。》

 その玉子はどこかに消えた。

 

 世界が動き出す、お兄ちゃんが先生にもう一度振り下ろそうとした時に私は走り出した。

「もうやめて!!お兄ちゃん!!!」

 お兄ちゃんに飛びつき無理やりお兄ちゃんの動きを止める。お兄ちゃんの体はとても冷たかった。

 私はそんなお兄ちゃんの体を温めるように抱きしめる。強く抱きしめる。

「お兄ちゃん……もう、やめて……」

 お兄ちゃんの体から力が抜ける。手から血まみれのトロフィーが落ち、鈍い音がする。そのまま、崩れるお兄ちゃんの体を私は支える。気を失ったみたいだ。

 私はそんなお兄ちゃんの顔を見た瞬間、お兄ちゃんに覆いかぶさるようにして、

  意識を手放した。



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