Ib 君に送るバラ (ホシボシ)
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Ib 君に送るバラ

※注意!

これはフリーゲームのIbの二次創作となっています。
注意として、この小説には

・オリジナル設定
・オリジナルキャラ
・カップリング要素(原作キャラ×オリジナルキャラ有り)
・独自解釈(バージョンアップ前)
・ED後、なのでネタバレ有り

等の要素が含まれています。
なので、上記の要素が苦手な方は申し訳ありませんが注意してください。



花言葉。

それは一つの花に複数ある物や、色の違いで異なるものと様々だ。

その中で、薔薇に込められた言葉は一体何なんだろうか?

 

赤い薔薇は愛情や、美、模範的。そして――

 

黄色い薔薇は嫉妬、不誠実。そして――

 

青い薔薇は――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

少女は緊張していた。

それがどういった類の緊張に入るのかは分からないが、とにかく胸の鼓動が激しく感じる。

ショーウィンドウに映る自分の姿がおかしくないか? と、しきりに少女は確認した。

前髪は変じゃないか? 洋服におかしな点は無いか? そうやっておかしな所を探す事に少女は集中する。

別に変に身構えなくてもいいと言う事は分かっているが、それでも少女は窓に映った自分を何度も確認していた。

特に気をつけたのは表情だ。どんな顔をして『彼』に会おうか? どんな顔をすれば彼は――。

自分でも良く分からない行動だとは思う。だが何故かそうしないといけない気がして、とにかくその本能に従い少女はその行動を繰り返す。

 

 

「イヴ?」

 

 

男性の声が耳に届く。

少女は『ついに来たか!』と言った期待と緊張が混じり合った表情を浮かべて振り返った。

あれだけ練習した表情も一瞬で飛び去ってしまい、少女は自然とにこやかな笑みを浮かべて手を振った。

当然だ、今日はデートなのだから。

 

 

「ひ、久振り。ギャリー」

 

「わぁ! おひさしぶりねーイヴ!」

 

 

相変わらず美しい紫色の髪を持った青年が、向こうから同じように笑みを浮かべてやってくる。

少女"イヴ"は"ギャリー"の姿を確認すると、ますます笑みを深くして彼に駆け寄る。

二人はそのまま近くまでやってくると再会を喜び合った。

 

 

「………」

 

 

いろんな事がフラッシュバックしてイヴの頭を駆け巡る。

それはギャリーも同じ様で、しばらく二人は無言で見つめあった。

あの日の事は今でも時々夢だったんじゃないかとも思う。

だけど今ココにイヴが、ギャリーが一緒にいる事が何よりの真実なのだ。

 

 

「イヴ、元気してた?」

 

「うん、ギャリーも元気そう」

 

 

過去が過去だ。

積もる話もあるが、何よりも大切なのは――

 

 

「ん、じゃあ行きましょうか」

 

 

そう言ってギャリーはイヴに向かって手を差し出す。

イヴはその手を満面の笑みを浮かべて握り返した。

二人は歩き出す事に。何の為? 決まっている、約束を果たしに行く為に。

 

 

「わあ……」

 

「ふふっ、綺麗でしょ?」

 

 

卵白に砂糖、アーモンドパウダー。それらを加えて、混ぜて、そして焼き上げる。

二人の前に置かれたのはとてもいい香りがする紅茶と、色とりどりに輝くそのお菓子だった。

それは約束、無事にあの場所を出られたら食べようと誓ったマカロン。

二人はギャリーがお墨付きを出したお店に来ていた。

いろいろと話したい事があったが、兎にも角にもまずマカロンを口に運ばなくてはいけない気がしてイヴは早速その一つに手を伸ばす。

ほら、マカロンの声が聞こえてくる。ボクを食べて~! なんて声が!

 

 

「フフフ!」

 

「?」

 

「あ、ごめんなさい。なんでもないわ」

 

 

夢中でマカロンを口に運ぶ姿を見て、ギャリーはクスクスと笑う。

美術館での振舞いからやけに大人びていると思っていたが、こう言う姿を見ていると歳相応の子供らしさを感じるものだ。

 

 

「どう? おいしい?」

 

「うん……! とっても」

 

「でしょー? じゃあアタシも頂こうかしら!」

 

 

自分だってこの店のマカロンが大好きなのだ、ギャリーはイヴと一緒にしばらくお茶会を楽しんだ。

おいしい紅茶を飲んで、おいしいマカロンを食べられる。

これはとても幸せな事なんだとつくづく痛感する。

あの日、あの時、あの体験をしなければその事に気がつかなかったのだろうか?

今イヴとギャリーは笑い合っている。それはやはり生きているからこそできる事、この世界に立っているからこそ許される事なんだ。

二人はしばらく再会を祝っていろいろな事を話した。美術館でも二人はいろんな話をしたが、改めて考えるとまだまだ話す事は多い。

学校の事、家族の事、昔の事やこれからの事。二人の年齢は少し離れているかもしれないが、イヴの知識の高さもあってか二人の会話が途切れる事は無かった。

 

 

「それにしても今日の洋服も素敵ねイヴ」

 

「うん、おかあさんが選んでくれたの。ギャリーもかっこいいよ」

 

 

今日は二人共あの日とは全く違う服を着ていた。

イヴは母親に選んでもらった綺麗な洋服を、ギャリーは前はボロボロのコートだったが今は少し高級そうなコートを着ている。

もしかしてデートと言う事で少し気を使ってくれたのだろうか?

もしそうだったのなら――

 

 

「あれ? 顔が赤いわよイヴ、大丈夫?」

 

「え!?」

 

 

最初は久しぶりに会うと言う事で緊張していた。

もしかしてまだ緊張しているのだろうか? 胸の鼓動はまた一段と激しくなるばかりだ。

イヴはとりあえず大丈夫だと言う事をギャリーに告げて紅茶に手を伸ばす。

 

 

「そう? ならいいのよ。しかしそれにしても、イヴってばもてるんじゃない?」

 

「え? そ、そんな事ない……」

 

「え~、ぜったい嘘! 今日で確信したわ。クラスでも何でもいいから好きな人とかいないのぉ?」

 

 

ギャリーはニヤつきながら聞いてきたその質問、しかしイヴの心臓は今日一番の跳ね上がりを見せた。

ドクンッ! と衝撃が走る。 好きな人? 分かってる、それは両親に対する様な愛情ではないと言う事くらい。

ふとイヴの頭に浮かんだ人物は――

 

 

「わ……かんない」

 

「うふふ、そうよね。まだイヴは9歳だもんねぇ。ごめんなさい変な事きいて」

 

 

イヴはその言葉にちょっとムッとする。もう、子供扱いして!

あ、いや現に子供なんだが何故かギャリーに子ども扱いはされたくないと思った。

しかし、なによりも話す毎にあふれる暖かな感情。

 

 

「あ、そうだ! コレを返さなきゃね。いけない、いけない。忘れる所だったわ!」

 

「え?」

 

 

ギャリーはイヴに『ソレ』を差し出す。

 

 

「約束、したからね。ありがとう、悪かったわね長く借りてて」

 

「ううん、いいよ」

 

 

驚くほど綺麗になったハンカチをイヴはギャリーから受け取る。

しかし、コレを見るとどうしてもあの時の事を思い出してしまう。

別にもう今となっては嫌な思い出とは考えていない。

あの時があったから今こうして自分はギャリーに会えている。

それはギャリーも同じ様だ。あの時は嫌で仕方なかった訳だが、助かった今となってはむしろ自分の中では一つの思い出として変換されている。

ただ、二人共思う事が一つだけあるのも事実だ。どうしてもあの時の事を思うと胸が締め付けられる様に痛む。

その唯一の出来事が二人の間に若干の沈黙を齎した。

思い出す、今でも鮮明に。何故このハンカチを使う事になったのか。その原因となる彼女を思い出して、どうしようもなく切なくなる。

 

 

「本当に他に答えは無かったのかな……?」

 

「……そうね。メアリーの事は残念だと思うわ」

 

 

"メアリー"。

彼女の最期の姿が今でも忘れられなかった。

自分に向かって手を伸ばす彼女は、助けを求めていた様にしか見えなかった。

だけど彼女は死んだ。もう……いないのだ。

 

 

「……残念だけど、ああするしかなかったのよ」

 

「………」

 

 

それでも、そうだと分かっていても、炎が消えない。

心には彼女がまだどこかで生きているんじゃないかと都合の良い逃げ道を作っている。

生きる事に必死だったとは言え、今更彼女を助けたかったなんて思っている自分もいる。

どうしようも無くて、でもどうかしたくて、できなくて、イヴは悔しかった。

 

 

「……ッ」

 

 

ポタリと、イヴの膝に一粒の雫が落ちる。

少しの間だけだとは言え、彼女は友達だった。彼女は自分の事を好きだといってくれた。

なのに、裏切る様な事をしてしまった。その罪悪感とメアリーに対する想いがイヴの中で弾けそうだったのだ。

 

 

「ひぐっ……!」

 

 

耐え切れずにイヴの瞳から涙が零れ落ちる。

しかし、それもすぐに終わる事となる。

 

 

「!」

 

 

ギャリーが、自分の涙をぬぐっていたのだ。

彼は涙を浮かべるイヴに優しい笑みを投げかけると頭を優しく撫でる。ギャリーもイヴの気持ちは分かる。自分達が生き残り、彼女が消えた。

あの時はそれが仕方のない事なのだと割り切っていたが、どうしても思い出しては考えてしまうのだ。あれで、本当に良かったのだろうかと。

もちろん後悔はしていないつもりだ。今のこの感情は淡い期待、夢なのだと既に割り切っている。

現実は甘くないものだ、何も失わないハッピーエンドが全てにある訳ではない。ある筈が無い事くらい分かっている。自分が、何よりもイヴが生きている事が何よりのエンドなのではないかと思っていた。

ただ、やはりメアリーもできる事ならば一緒に――

 

 

「結局、アタシ達は同じ事で悩んでたのかもね」

 

「ギャリー、私――……」

 

 

涙が止まらない。

イヴはせっかくのデートの雰囲気を壊してしまったかもしれないとさらに自分を責めた。

しかしそんな時にまたギャリーの手が動く。人差し指をイヴの唇に当てて彼女の口をギャリーは半ば強制的に塞いだ。

いきなり何を? 混乱するイヴにギャリーはまたも笑みを投げかける。だが今の笑みは儚げな物だった。

イヴの苦しみは理解できる、だから一緒に背負ってあげたかった。そしてできる事なら少しでも足掻きたかった。だから、ギャリーは思いついた事を迷わず口にする。

 

 

「イヴ、良い考えを思いついたの。今からアタシの家に来ない?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、ギャリーって……」

 

 

数十分後、イヴが足を踏み入れたのはギャリーの家。

女性らしい彼だからなのか一人暮らしの男性とは思えない程綺麗なものだった。

しかし家と言ってもココはその一角。

 

 

「まあね、アタシも一応その道の人だから」

 

 

綺麗だった彼の生活空間とは違い、一転してこの空間は散らかっていた。

イヴが周りを見ると絵の具や筆が四散している。まるであそこに戻った様な感覚に、イヴは少し懐かしいものを感じた。

今イヴが立っているのはギャリーのアトリエ、彼は美大生だった様だ。

何か勉強になるかと思って久しぶりの美術館に足を運んだはいいが、運悪くあの事件に巻き込まれたらしい。

 

 

「実際気分転換になったかどうかって言われたら……微妙なのよね」

 

 

今は徐々に経験としてあの時の事が処理されているとは言え、当時は本当に怖くて最悪なものだった。

あの時の事を絵にできるかと言われれば、難しいものだと彼は答えるだろう。

だが、一つだけ心の中で燻っていたものがあった。イヴの涙を見たとき、ギャリーの中でそれが明確な形になったのだろう。

それはしてはいけない事なのかも知れないとずっと恐れてもいたが、イヴを笑顔にしたいと言う感情が理を破壊する。

 

 

「ゲルテナは魂を込めて造った作品には、同様に作品その物に魂が宿ると考えていたわ」

 

 

魂が込められたゲルテナの作品、それは彼らが一番知っている事だろう。

無個性や絵画達は確かに命を、魂を宿していたと思える。

そしてギャリーは知っている、らくがきの空間にあった美術館。あの青い人形はメアリーの友達だったのだろう。

彼もまた、人形でありながら彼女の為に動いていた。

 

 

「だからね、イヴ……」

 

 

魂ならここにある。その数は二つ

 

 

「!」

 

 

差し出されたのは絵筆。

それでイヴは彼が何を言おうとしたのか、完全に理解する。

 

 

「アタシ達で、メアリーを描きましょう?」

 

「ッ」

 

 

どうしても、彼女のもう一度会いたかった。謝りたい? 助けたい? それは分からない。

自分勝手な理由、分かってるそれくらい。だけど、どうしても自分が納得できなくて。

彼女に会いたくて、話したくて――。だから、イヴは頷いた。

 

 

「ギャリー、ごめんね」

 

「ふふ、どうして謝るのよ。アタシもメアリーにはまだ言いたい事あるしね、ここは一つ魂を込めてあげましょ!」

 

 

二人は頷き合うと筆を取る。

決めた、もう一度彼女に会うと言うその決意を二人は固めたのだった。

二人はそれから一心不乱に画を描き続けた。流石は美大生と言ったところか、ギャリーの実力はそれなりのもので真っ白だった世界に再びメアリーの姿が浮かび上がってくる。

それは記憶にあった彼女の姿、イヴの中に強烈で鮮明な彼女との思い出が浮かび上がってくる。

 

 

『ねぇイヴ!』

 

 

イヴもギャリーの足を引っ張ってはいけないと、彼に負けじと着色を手伝った。

全てはもう一度メアリーに会うために。

そして、彼女に――

 

 

「……メアリーはお外に出たかったのかな――?」

 

「どうなのかしらね。メアリーはゲルテナの事を父親だと思っていたから、きっと外の世界に憧れはあったと思うんだけれど……」

 

 

いろんな物を食べて、いろんな物を見て。そして彼女は何を望んだのだろうか?

彼女はイヴの事を友達と言った。だったらイヴと遊んで、ギャリーとも遊んで、彼女は人生を謳歌したかったのか。

今となってはもう分からない事だ、絵が燃えた事で彼女は消え去った。

それは果たして『死』なのか『消滅』なのか、どっちなのだろう。

 

 

「私メアリーの事、友達って思ってた」

 

 

しかし、記憶の中で見た彼女の最期の時。

その時には――

 

 

「でも、少し……怖かった」

 

 

頬を伝う涙、メアリーと一緒に笑いあった時間は確かにイヴの中に流れている。

彼女とギャリーと一緒に脱出したかったのも本当だ。

だけど、最後は彼女に恐怖していた自分がいた。彼女の事を怖いと、消えてしまえと火を持った事が、イヴにとってはとても苦しいものだったのだ。

だから彼女は涙を流す。友としてのジレンマだ。

 

 

「もしもう一度メアリーに会えたなら……」

 

 

その時は――

 

 

「ごめんねって言いたいの」

 

 

そう言ってイヴはグシグシと涙をぬぐう。

なんとしても完成させなければと彼女はもう一度強く筆を握った。

これは学校でやっている図工の時間で行うお絵かきなんかじゃない、友達に会う為の切符を手に入れる行為なのだ。

決してお遊びなんかじゃない。ギャリーもイヴの強い気持ちを感じて微笑むと、必ず完成させましょと強く頷いたのだった。

 

 

時間は過ぎる。

イヴは両親に、ギャリーの家に泊まると連絡を入れて尚も絵を書く事を止めなかった。

ギャリーが休憩にしようといってもイヴは聞かず、彼が描いた部分を修正したり必死に色を塗って入った。

その集中力に思わずギャリーも気圧される、だがしかし幼い彼女に無理はさせられない。

半ば強制的にイヴを抱えると、彼はいったん自室まで戻る事にしたのだ。

イヴをソファに座らせて、彼は紅茶を差し出す。

 

 

「疲れたでしょ? 頑張ったものね。はい、これでも飲んで元気だして」

 

 

イヴはギャリーから紅茶を受け取ると笑顔で口をつける。

その笑顔の奥に疲労が見えたのが気になったが、ギャリーはイヴにメアリーに出会えたら何をするのかを聞いてみる事にした。

イヴは言う、まずは何よりも謝りたいと。それはギャリーもだ、どこかやはり彼女に対する罪悪感がある。

それを消した後は思い切り遊びたいとイヴは言った。映画を見たり、お菓子を食べたり、一緒に笑って過ごしたい。

 

 

「……そう」

 

 

ギャリーはその願いを相槌を打ちながら聞いていた。

 

 

しかし、彼の心の中にはまだどこか疑いの様な物があったのも事実である。

果たして、うまくいくのだろうか? それはどちらの意味も含めてだ。

彼女にもう一度会えるのだろうか? 彼女にもう一度話をする事ができるのだろうか?

そしてその話は、果たして通じるのだろうか? 不安が無い訳がない。メアリーとは一度は行動を共にしたとは言え、結局最後は敵対する結末に終わった。

それがギャリーの心に一抹の恐怖と不安を抱かせる。もし次またイヴに危害を加える様な事があったら、自分はもう生きてはいけない。

 

 

(複雑だわ……)

 

 

メアリーにもう一度会いたいとは思う。

それにイヴの願いを叶えてあげたいと思う。

しかし反面でもう一度彼女に会ったところでうまくいくのだろうか、と言う不安が強くあった。

だが、それでもイヴは彼女に会いたいと強く願っている。紅茶を少し早めに飲み干すと、イヴは早速ギャリーに作業を再開するように持ちかけた。

やっぱり早く会いたいのだ、その思いがイヴを加速させていく。そんな姿を見たら手伝わずにはいられないだろう。

ギャリーは苦笑しながらも頷くとイヴと共にアトリエに戻っていく。大丈夫、うまくいく。あの時だってうまくいったんだから。

 

 

「それにしてもイヴのお母さんやお父さんはよくお泊りを許したわね。イヴもそう簡単に男の人の家に泊まるなんて考えちゃだめよ?」

 

「うぅん、お母さんもお父さんもギャリーなら安心だって言うから――」

 

 

あら、安心されてるのね。何かちょっと複雑だわ、そうギャリーは笑う。

しかし――

 

 

「でもね、でもねギャリー……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「襲いたくなったら、襲えばいいよ」※9歳です

 

「――――」

 

 

え? な、何が? お、おそ……ッ?

 

 

「いいいいイヴ、アンタ意味分かって……ッ、い、言ってるの……かかかかしら?」

 

「嫌なの……?」

 

 

そう言ってしょんぼりと俯くイヴ。

全身から変な汗が吹き出てくるのを感じながらギャリーは必死に答えを探す。

 

 

・分かったと答える=通報、逮捕。

 BADEND 『一人ぼっちのギャリー……』(牢屋的な意味で)

 

・嫌だと答える=イヴが悲しむ、嫌われる。

 BADEND 『一人ぼっちのギャリー……』(ぼっち的な意味で)

 

 

やべーBADしかねぇや!

ギャリーは棒立ちのまま必死に思考を辿るが、どれもこれも『一人ぼっちのギャリー』にしかたどり着けない気がする。

そうこうしている内にイヴが業を煮やしたのか――

 

 

「駄目なら……私が襲うね」※9歳です

 

「!?」

 

「ギャリーは……私のもの」※9歳なんです

 

「ちょ、ちょっとイヴ!?」

 

「安心してギャリー、すぐに怖くなくなるから」※しつこい様ですが9歳です

 

「ちょちょちょ! す、ストップ! 止まってイヴ!!」

 

「もう、逃がさないよギャリー」※9歳じゃないかもね

 

「イヴぅうううううううう!!」

 

「って、言えば良いってお友達が――」

 

「………」

 

 

やはり、イヴは意味が分かっていなかった様だ。

しかしギャリーのうろたえる姿を見てイヴは満足そうに頷いた。

それにしても恐ろしい娘だわ、ギャリーは赤面した頬を隠す様にして踵を返す。

迫ってくるイヴは何とも男らしいものを感じた、きっと将来イヴはもっと強い子になるのだろう。

彼はそう確信してうな垂れた。

 

 

そうして休憩も終わり再び二人はメアリーの絵を描き始める。

ギャリーはなるべく美術館で見た『メアリー』を複写しようと奮闘した。

流石に細部までの再現は不可能に近いので、ポージングや表情を重点的にして描き続けた。

……とは言え、その記憶も曖昧なものだ。あっているかどうかは怪しい所だが、今は記憶を信じるしかない。

そうして二人はそのまま夜まで作業を続け、ついに――

 

 

「できたわ……!」

 

「………」

 

 

長い作業が終わり、二人は疲労に満ちた表情でその絵を見る。

達成感は不思議と微塵も存在しなかった。

ただそこにある存在を、絵としてでなく彼女として認識する為に。

 

作品名『メアリー』

 

イヴとギャリーがつくりあげた彼女は、かつての生みの親であるゲルテナのソレには全く及ばないであろう。

全くメアリーを知らない人間からしてみれば、ギャリーの絵はとてもうまいと思えるものなのかもしれない。

しかしイヴにもギャリーにも自分達が完成させたメアリーは稚拙なものとしか思えなかった。

ゲルテナのメアリーとは何が違うのか? 想いか? それとも――

 

 

(愛情、なのかしらね……?)

 

 

納得がいかない、それが率直な感想だった。

その時ギャリーは初めて芸術家の意思に触れた気がする。

彼らは何度も同じ絵を描こうと苦悩した、そんな彼らの想いが今までは理解できなかったが今は違う。

できれば今すぐに自分達の描いた彼女をまっさらにして、もう一度最初からやり直したい気分だ。

しかし何がいけないのか、何がゲルテナと違うのかは全く分からない。

自分達の実力が原因と一言で片付けられるものではないと、それも理解できた。

違うと分かるのに違いが分からない。その矛盾が二人の胸に突き刺さる、このメアリーはメアリーなのか?

そんな意味不明とも言える疑問が浮かび上がって、とても気持ち悪かった。

ゲルテナは彼女に魂を込めた。それが自分達にできていたのだろうか? ただ彼女に会いたいと言うだけの理由。それで同じような絵を描いたところでどうにかなる訳ではないと神に言われた気分だ。

イヴもギャリーもその違和感を感じて沈黙する。目の前に置かれた彼女からは何も感じられなかった。

 

 

「……失敗、なのかしら」

 

「そんな……」

 

 

絵に触れてみても、当然何もおこらなかった。

しばらくジッと観察して見ても、メアリーに何か変化が訪れる事も無かった。

ゲルテナが特別だったのか、自分達の魂が足りなかったのかは分からない。だが恐らくはどちらもなのだろう。

怪談話でよく動くモナリザの事を耳にするが、おそらくダヴィンチの魂が込められたモナリザだからこそ噂が立ったのかもしれない。今になってそう思う。

ゲルテナやダヴィンチが歩んできた芸術家としての人生、それらは今の自分達じゃ届かない位置にあるものだ。

何もかも、足りないのかもしれない……

 

 

「イヴ、今日はもう帰らないと。ご両親も心配するわ」

 

「ギャリー……! でも私――ッ!」

 

「大丈夫、他に何か手がないか探しておくから。何かあったらまた連絡するわ」

 

 

その言葉にイヴは渋々納得する。

ギャリーは聞き分けのいいイヴを褒めると、家まで送ると彼女の頭を撫でた。

しかしその行動はイヴにとってはあまり好ましくないものだったらしい。

いや嬉しい事には変わりないのだが、ギャリーには子ども扱いしてほしくなかった。

イヴは嬉しい様な納得していない様な表情を浮かべて、メアリーの絵をもう一度見てみる。

 

 

「メアリー……」

 

 

もう会えない?

いや、絶対に会ってみせる。あれがお別れだなんて私は嫌だから。

 

 

 

 

 

 

そうして、イヴがギャリーと別れてからちょうど一週間が経とうと言う時だ。

イヴの母が彼女にギャリーから連絡があった事を告げる。

なんでも大切な話があるとの事、イヴはそれがメアリーが関係した何かと言う事がすぐに理解できた。

きっと再会の手がかりを掴んでくれたのだろう。母親はもしかして告白じゃない!? 等と笑っているが、イヴは真剣な表情でその詳細を求めた。

 

 

『イヴ、突然ごめんなさい。今からなんだけど会えるかしら?』

 

 

電話越しに伝わる彼の声。

ギャリーが言うには一週間前からアポを取ろうと奮闘していた人がいたのだが、中々うまくいかずに諦めていた。

だが今日に突然その人から会えると言う連絡がきたので、イヴも一緒にとの事だ。

もちろんそれはメアリーに関する事。イヴはすぐにオーケーの返事をだすと、母親に少しだけ事情を説明してギャリーの所へ行く事を了解してもらった。

そして、それは玄関を出て行こうとした時だ。イヴは母親に、こんな言葉を掛けられた。

 

 

「あんまり遅くなっちゃだめよ。ギャリーさんに迷惑もかけない様にね」

 

 

だけど。

 

 

「イヴ、あなた最近逞しくなった気がするから、大丈夫よね」

 

「え?」

 

「ふふ、美術館から帰ってきた後、急に成長したみたい。やっぱり連れて行ってよかったわ」

 

 

そうなのだろうか? 自分じゃ分からないが、少しイヴに勇気が出た気がする。

彼女はふんすと鼻を鳴らし、母に強く行ってきますと告げると、ギャリーの所へ向かうのだった。

 

 

「ギャリー!」

 

「イヴ!」

 

 

彼の姿を見たとたん心が暖かく、激しく跳ね上がるのはどうしてなんだろう?

イヴは少しの疑問を抱きながらも、彼に飛びついた。正直ギャリーに会えない日はどこか胸に穴があいた様だった。

学校にも彼がいてくれたらいいのに、イヴはそんな事を思う。そんな事をギャリーに告げると、彼は少し頬を赤らめて嬉しいと笑った。

そして同時に、メアリーの事が頭から離れなかったのもある。ギャリーを見てみれば大きな袋を抱えているではないか。

あの大きさ、イヴは待ちきれない様子でギャリーに今からの事を訪ねた。

 

 

「そうね、今からある人に会いに行こうと思うの」

 

「ある人?」

 

「ええ、メアリーに命を吹き込めるかもしれない人よ」

 

「そんな人がいるの! 神様!?」

 

「ええ、まあ。近いかも」

 

 

そう言われてギャリーについていく事一時間弱。

イヴの目には、老紳士が映っていた。

 

 

「お待ちしておりましたギャリー様。そちらがお連れのイヴちゃんですね?」

 

「はい、お会いできて光栄です。コルデス・ワイズ」

 

 

ギャリーが差し出した手をコルデスと言う老紳士は微笑みと共に返す。

握手を交わす二人をイヴは目を丸くして見ていた。このコルデスと言う老紳士は何者なのだろうか?

彼の家にやってきたのだがギャリーと彼は何やら少し話した後、すぐに別の場所に移動すると言った。

そして用意された車はドラマの中でしか見たことのない様な豪華なもの。イヴは置いていかれている気がしてギャリーに説明を要求した。

 

 

「あら、ごめんなさい。彼の名前を考えれば答えは出るわよ」

 

「?」

 

 

名前?

コルデス・ワイズと言ったか……?

 

 

「あ!」

 

「気づいたのね。そう、彼は――」

 

 

ゲルテナの名は、ワイズ・ゲルテナ。つまり――

 

 

「彼は、ゲルテナの子孫なのよ」

 

 

ワイズ・ゲルテナ。

彼がどういった経緯で結婚し子供を残したのかはコルデスは知らないらしい。

いくら子孫と言ってももう彼はほぼ赤の他人とも言える立場にある。ただワイズと言う称号に近い名を継承したと言うだけの話。

しかし彼の遠い家族がゲルテナと言う事実には変わりない。マイナーとは言えそれなりに成功を収めた芸術家だ。作品達をこの世に出すのも、また自分の仕事ではないかとコルデスは考えた。

だから、彼はゲルテナの作品をあの美術館に寄付したのだ。予算の都合上展示できなかった作品も多いが、結果としてはそれなりの成功を収めてくれただろう。

コルデスとてゲルテナの作品が評価される事は鼻が高い事でもある。現在彼は芸術とは無縁のビジネスで成功を収めているが、だからと言って芸術に興味が無い訳ではない。

ゲルテナの血筋として、恥じない様に振舞う事もまた大切だと彼は言った。ギャリーは彼の存在をネットで知り、ずっと会いたいとコールしてきたのだ。

 

 

「仕事の都合でギャリーさんとは中々お会いする事ができず、今日やっとこうして機会を持てる事になったのです」

 

 

コルデス視点、ギャリーは大層なゲルテナファンに見えた。

作品の名前はほとんど覚えていたし、なにより『青い服の女』を語るときの彼は絵を語る時とは思えない雰囲気を出していた。

あれはまるで人生を語る様な表情だ。苦しみや恐怖の表情をあそこまでリアルに出せるとは、彼は相当ゲルテナの作品に胸を打たれたのだろうと。

 

 

「熱心なゲルテナファンと言われれば、会わない訳にはいきません」

 

 

リムジンの中でそうコルデスは語る。

作品をもっと見たいと言う気持ちを無下にもできまい。

成る程、話が見えてきた。イヴはこれから自分達が向かう場所をなんとなく思い浮かべる。

確かに、おそらくあそこならば何か変わるかもしれない。その間にもギャリーはコルデスにある事を問うていた。それはイヴも気になっていた事、

 

 

「コルデスさんは、メアリーと言う絵をご存知ですか?」

 

「ほう……!」

 

 

メアリーの名を聞いた時、確かにコルデスの表情が変わった。

驚き、期待、歓喜、全てが混じったその表情に思わず二人は力んでしまう。

確実に何か知っている、そんな様子だったのだ。しかし、意外にもコルデスはメアリーと言う作品の事は何も知らなかった。

彼とてゲルテナ全ての作品を記憶している訳ではない。作品資料もある事にはあるが、それでも全ての情報がある訳ではないのだ。

しかし――

 

 

「懐かしい名だ。誰かがその作品の事を大切に語っていた気がする」

 

 

尤もそれが誰なのかは分からない。

だが確かにコルデスの心にメアリーの名は刻まれていた。

どうしてなのか知りたいが、不思議な事に知らなくても構わないと思っている。

何故か、そんな気分だったからだ。一応コルデスはギャリーにその名の詳細を問うが、ギャリーが知らないと言ってもコルデスはそんなに残念そうではなかった。

 

 

「ゲルテナさんは多くの作品を残された。もしかしたらその中にそんな名前の作品もあったのかもしれませんな」

 

 

そうコルデスが言ったと同時に、車は目的地に到着する。

車から降りる一同の前に現れたのは――

やっぱり。イヴの予想は当たっていた様。一向がたどり着いたのは、ゲルテナの作品を保管している倉庫だった。

 

『せきをする男』『個性なき番人』『無個性』『赤い服の女』

『ミドリの夜』『ピエロ』『ジャグリング』『心配』『吊るされた男』

『指定席』『あ』『うん』『息吹』

 

等々、ゲルテナ展が終わり、保存倉庫の中には二人が見知った作品達が眠っていた。それだけではない、見たことのない作品もその中には多数存在した。

コルデス曰く予算さえあればもう少し展示できたのだがと。絵画だけに留まらずゲルテナは指定席やワインソファ等の作品も多く手がけてきた。それもあってか、まるで倉庫の中は一つの世界として二人の目に映ったのだ。

 

ギャリーは考えていた。

どれだけメアリーに会いたいと願ったとして、自分達が創作者であるゲルテナの想いを超えることは難しい。

ならばいっそ、ゲルテナにもう一度魂を込めてもらおうではないか。このゲルテナが生み出した数々の作品達の中で、メアリーを紛れ込ませればきっと――

 

 

「イヴ、ちょっとだけコルデスさんを引き付けといてね」

 

「う、うん」

 

 

小声で二人は『お』合図を取る。

イヴはギャリーがメアリーの絵を紛れ込ませる時間をつくるためにコルデスにいろいろな事を聞いてみた。

 

 

「ゲルテナさんはどんな人だったんですか?」

 

「うーん、ごめんよ。私もあまりよく知らないんだ」

 

 

ゲルテナのことに関する一般書に記載されている情報ならばコルデスも知っているが、果たしてそれが本当なのかどうか。

いくら子孫と言えど当然コルデスはゲルテナとの面識はない。

彼のおじいさんのおじいさんくらい離れた存在だ。

 

 

「ただ、ゲルテナさんはいろいろ疲れてしまったらしいね」

 

 

それが意味なのかは、知らない方がいい。そう言ってコルデスは少し寂しげな表情を浮かべた。

イヴもその"疲れた"と言う言葉が、自分の知っている疲れたではないと言う事が分かった。具体的な事は見当もつかないが、きっと何か大変な事があったのだろう。

赤い服の女の説明文を読んで『か』いたギャリーが同じような事を言っていた気がする。

彼も自分にはまだ難しい話だとはぐらかしたが――……

ふと、イヴはギャリーの方に視線を移す。

どうやら絵をしのばせるのは成功した様だ。彼はニヤリと笑ってピースサインを出した。

これでゲルテナの作品が少しでも『メアリー』に共鳴してくれれば幸いなのだが。

 

『え』ギャリーはコルデスの所へ戻りなにやら作品の事で楽しそうに話合っている。

コルデスもゲルテナの作品を褒めるギャリーに好感を示した様だ。

二人は饒舌に芸術の事を話している。イヴにはまだ少し難しい話題だろうか?

いやいや、イヴだってゲルテナの作品の事は理解しているつもりだ。

ギャリー同様に作品の名前も記憶している。例えばそう、あそこにあるのは大き『り』い絵。ああ覚えているとも、題名は確か――

 

 

『絵空事の世界』

 

 

 

 

 

 

『お』『か』『え』『り』

 

 

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

イヴとギャリー、二人は立っていた。

しかしコルデスの姿はそこには無い、同時に作品の数々も存在していなかった。

あれだけの物が存在していた倉庫も、今は寂しさを覚える程あっけらかんとしたものだった。

でもそれは仕方ない事だ。なぜなら、そこはもう『倉庫』ではないから。

 

 

「ちょ、ちょっと……! そりゃ確かに狙ってやったけどさ――」

 

 

ギャリーは薄ら寒い物を感じながら、笑みを浮かべていた。

ほんの数十秒前まで自分はゲルテナ作品が眠る倉庫でコルデスと話をしていた。

だが今、自分とイヴがいる場所は倉庫ではない。尤も、それは彼らが望んだ事である。

だから正しいのだろうが……

 

 

「まさか――」

 

 

また、なのね。

そう言ってギャリーとイヴは小さく笑う。

これは少し予想外だった。まさかまた『この空間』に招かれるとは。

二人がいた場所が、いや空間そのものが変わっていた。

美術品を格納した倉庫などではなく、二人が命がけでさ迷った美術館の様な光景。

ギャリーが考えていたメアリーの絵をゲルテナ作品の中に混ぜる作戦、それは成功したのかもしれない。

ゲルテナの作品達はメアリーを本物と錯覚して共鳴、結果魂の増長を連鎖して再びこの空間を作り出した。

だが甘かった点もある。ギャリーはそれですぐにメアリーと会えると思っていた。

だがしかしこの場所にメアリーの姿はない。もちろん、自分達が創作した彼女の絵もだ。

おそらくこの大部屋を出てまた少しさ迷わなければならないのだろう。

 

早い話、二人は『あの美術館』にやってきたのと同じだ。

幻想と芸術、そして狂気が混じり合ったこの世界に二人は再び足を踏み入れた。

しかも――と、ギャリーは思わずため息を一つ。

コルデスの姿はない。代わりに自分達の前にいたのはゲルテナの作品である『無個性』だった。

それが何を意味するのか、イヴでさえ分かる。

 

それを確信した時だ、二人は同時に違和感を覚える。

まずは何よりも服装である、今二人の着ている物はあの日と全く同じだった。

もちろん二人は先ほどまで別の服を着ていた、しかし今は違う。ギャリーのボロボロになっているコートがそれを告げていた。

違和感はもう一つ。イヴは手の中に『それ』の触感を感じ、ギャリーはコートのポケットの中に『それ』の存在を確信する。

ああ、やっぱりここはあの場所と同じなのね、アタシ達は戻ってきたんだわ。

ギャリーは何ともいえないトーンで呟く。戻れない筈だった、全てを忘れて終わる筈だった。だが自分達は覚えていた、そして今またこの空間に戻ってきたのだ。

最後の絵画の説明文を読むに二度と戻ってはこれない筈だったが今自分達はココにいる。

 

 

それは奇跡?

 

それとも偶然?

 

それとも必然?

 

 

分かる事があるとすればそれはただ一つ。

全ては、彼女にもう一度会う為に――

 

 

「ギャリー……」

 

「大丈夫よイヴ、アタシが絶対に守るから」

 

 

イヴは手に持っていた、ギャリーはポケットから出したソレを、再び互いに見せ合い確認する。

間違いない、今回も同じルールなのだろう。

 

 

「アタシは青い薔薇」

 

「私は赤い薔薇」

 

 

二人の元に、再び精神の具現化がもたらされる。

美しい赤と青、立派な一輪の薔薇がそこには存在していた。

この世界の鍵でもあるそのアイテム、それが再び自分達の手に握らされている。

恐ろしさと懐かしさが交叉して、二人はしばらくその薔薇を見つめていた。

この花びらが全て散った時――、自分は『死』ぬ。

 

 

「ただいまって所かしらね……」

 

「うん――ッ!」

 

 

そして最後予想が当たる。

自分達の前にいた無個性がガタガタと動き始めたのだ。

彼女(?)達は所詮ゲルテナの作品でしかない筈だ。

などと言っている場合ではなかった。予想通り作品である筈の無個性達は、本物の人間の様に動き出しギャリーたちの方へと向かって走りだす。

全く同じ、その事に軽い懐かしさを覚えて、だけど恐怖も確かに感じてイヴは走り出す準備を始める。

メアリーに会うまでは絶対に死ねない、もちろんここで死ぬつもりもない。

 

 

「大丈夫よイヴ」

 

「え?」

 

 

逃げようとしたイヴの肩に触れる手。

何事かの彼女はギャリーに視線を移す、そして目を見開いた。

なんとギャリーは無個性達から逃げるのではなく、逆に彼女達の方向へと歩いていくのだ。

何故そんな自殺行為を? イヴはすぐにギャリーに逃げる様に促す。

だがギャリーは大丈夫と笑うだけでイヴの言葉に従う事は無かった。

そうこうしている間に無個性はどんどんギャリーに近づいてくる。普段感情をあまり爆発させないイヴも、ついにギャリーの名を叫ぶ程になった。

 

 

「早く逃げ――ッッ!!」

 

 

刹那。

 

 

「……え?」

 

 

ヒュンっと音がして、ギャリーの足が消えた。

かと思えば大きな音と共に吹き飛ぶ無個性。

何? 何が起こったの? イヴはあまりに一瞬の出来事でただ口を開けて立ちすくむだけだった。

三体の無個性は皆ギャリーに近づいていた筈なのに、今は彼と大きく距離を離して地面に伏している。

尚も呆気に取られているイヴに、ギャリーはニヤリと笑みを向けた。

 

 

「さ、今のうちに早く行きましょ! これ以上は壊しちゃうから♪」

 

「え……! えぇ!?」

 

 

そういってギャリーは足をプラプラと振って笑ってみせる。

それで彼女は気づく、彼は無個性達を蹴り飛ばしたのだ!

そんな馬鹿な事が? 確かに前回はギャリーにいろいろと力仕事をしてもらってはいたが、彼も美術品に襲われている時は無抵抗で悲鳴を上げながら逃げていたものだ。

しかし今は違っていた、彼は自分に牙を剥いた無個性達を自らの手で退けたのだ。

それだけじゃない、しっかりと破壊せずに。

 

 

「す、すごい! すごいねギャリー!」

 

「でしょ? 実はね――」

 

 

あの日、無事に帰還できたギャリーにはある想いがあった。

それはとても悔しいもの、自分よりも幼い女の子が襲われているのに自分は何もできず一緒に逃げる事くらいしかできなかった。

彼女の薔薇が一つ散る度にギャリーは虚しさと悔しさ、悲しみ、申し訳なさを抱いていた。

そして思う、もう二度とそんな事が無い様に。彼女をどんな物からも守ってあげられる様に。だから彼は手始めに格闘技に手を出したのだ。

争い事は得意とは言えない為、はじめは散々なものだったが今は取り合えず護身用としては十分なものだろう。

そうやって二人は手を繋ぎながらエントランスを抜け出していく。やはり先ほど自分達がいた場所とは似ても似つかない場所になっている。

果たして、自分達は彼女に会えるのか? そしてまた元の世界に戻れるのだろうか?

いろいろと不安は尽きないが、今回も――

 

 

「行きましょイヴ」「行こうギャリー」

 

 

二人なら、きっと大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

少女がいた、美しい黄色の髪にグリーンの洋服がよくマッチしている。

可愛らしい外見とは裏腹に今の彼女の表情は憂いに満ちていた。

空ろな瞳で彼女は地面に力なく座っている。手足をだらんと力なく下ろしている姿は意糸の切れた人形の様だった。

何も無い。そんな様子、彼女は呼吸すらしていないんじゃないかと言う程静かだった。

 

 

「わたしは……」

 

 

少女は呟く。

それが言葉なのかどうかすら分からない、続きも無い。

ただ本当に口から漏れた音声と言ってもいい。

 

わたしは――

 

その続きは無い。

少女は何かを問うように視線を配るが、結局何も語る事は無いのだ。

手に持ったパレットナイフをぼんやりと見つめるだけで彼女は動く気配すら見せない。

だが――

 

 

「君は、いつもそうだったね」

 

「………」

 

 

彼女は語らずとも、『彼』は語る。

 

 

「だけど君は知った筈だ。人は、愚かだと」

 

「………」

 

 

そして『少年』は彼女の肩に手を置いてしゃがみこむ。

視線を同じ位置にして、彼は少女に優しく微笑んだ。

そんな彼の瞳を見て少女も少し首を動かす。彼女はまじまじと自らの姿を確認していた、まるで傷を探すような様子に少年は歯を食いしばる。

 

 

「でも、私は……今、ここにいるよ」

 

 

少女はゆっくりと少年に視線を合わせて口を開いた、相変わらず目に光は無い。

少年に問う形で放たれた言葉。しかし疑問も真実も彼女にとっては同一なのかもしれない。

 

 

「そう、今君はココにいる。だけど君は知っている、人の愚かさを、人間と言う馬鹿な生き物の価値を」

 

「人間の価値?」

 

 

少女が思い出すのは最期の場面。

ああ、やめて。その絵にだけは触れないで、やめて……やめてよ。やめてったら! ねえ、やめてよッッ!!

どうして? どうして私ばかりこんな目に? わたしはただ……ただ――ッッ!!

 

 

「ッ」

 

 

土石流の様に流れ込む感情を受けて、少女は苦しそうにうめき声を上げながら頭を抑える。

狂いそうだ、長い年月にかけてつのった感情は彼女の小さな体を今すぐにでも引き裂かんと襲い掛かってくる。

でも、違う。あれは……間違って――! だから、大切な彼女を――

 

 

「大丈夫だよ。メアリー」

 

「!」

 

 

しかし彼女の肩にまた手が触れる。

少女、『メアリー』は少年にもう大丈夫と呟くと複雑な表情で立ち上がる。

踵を返すメアリー、その前には自らの肖像が存在していた。絵の部分は無い、当然だ。今ココにいる自分がそうなんだから。

どうして? どうして彼女達は自分を――

 

 

「おかえり、メアリー」

 

 

 

美しい茶色の髪、メアリーの服より深い緑色のローブで上半身を覆っている。

彼女と同じくらいの年齢に見える少年は彼女に微笑みかけると、同じように踵を返す。

少年が見るのも一枚の絵。メアリーと少年は互いにそれぞれ違う絵をジッと見つめている。

 

 

「あなた、お名前は? わたし、あなたの事知らないみたい」

 

 

メアリーは振り返る。

 

 

「……ボクは君たちとは少し違う存在だからね」

 

 

少年は振り返る。

メアリーはそう、と頷くと少年にある物を見せた。

 

 

「これ……うらやましいでしょ」

 

 

そういって意地悪に笑ってみせるメアリー。

彼女は少年に黄色い薔薇を見せる。

 

 

「でもね、これ……偽者なの」

 

 

所詮は偽者なのだ、どんなに本物に近くたってそれは本物の薔薇ではない。

当然だ、造花は造花、命などそこには存在していないのだから。

それでも、少女はそれを本物として見たかった。だって本物だったなら、自分もまた本物になれると信じたからだ。

 

 

「いや、綺麗だよ」

 

「え?」

 

 

しかし少年は迷う事無くそう言った。そして、自分の懐からそれを取り出す。

 

 

「あ……」

 

 

それは、薔薇。

緑色の薔薇だった。

 

 

「ボクの名は"デュシェ"。メアリー、ボクと一緒に……」

 

「っ?」

 

「人間共に復讐しないかい?」

 

 

デュシェはメアリーに自分の薔薇を投げ渡す。

緑の薔薇、しかし気がついたのはなによりもそれが造花だと言う事だ。

瞬時に理解するメアリー。まさか、この少年もそうなのか?

 

 

「!」

 

 

その時、メアリーはデュシェの背後にある絵を確認する。

間違いない、その絵のタイトルを見て彼女は確信した。

彼も、自分と一緒なのだ。偶像、虚構、幻想の存在。そうなってくると気になるのはやはり『父親』との関係性だ。

メアリーがその事を問うと、デュシェはゆっくりと首を振る。

 

 

「パパ、か。そうだね、君にとって『お祖父ちゃん』はそうだろう」

 

「お祖父ちゃん……?」

 

 

その言葉にデュシェは頷く。

普通に考えてメアリーが彼を知らない訳が無い、『ワイズ・ゲルテナ』。

彼の最期の作品である彼女は過去の作品を全て知っている。しかし、にもかかわらずメアリーはデュシェの事を知らなかった。

何故か? 簡単な話し、デュシェは『作品』ではないからだ。なのに彼が今ココに存在している理由――

 

 

「お祖父ちゃんは、ボクのお願いを聞いてくれたんだ」

 

 

そう語るデュシェはとても寂しそうだった。

お願い、メアリーは考える。そう言えば作品の説明文の中にこんなものを見つけた時があった。

ゲルテナ、つまり父は孫をつれてサーカスを見に行った時があると。

 

 

「あなた、もしかして――」

 

「ああ、そうだよ。ボクはお祖父ちゃんが書いてくれた"ボク自身"の似顔絵なのさ」

 

 

作品名ではない、それが答えだったのか。

ゲルテナの孫、それがデュシェ。

 

 

『ワイズ・デュシェ』

 

 

メアリーは呆気にとられてつい言葉を失ってしまう。

しかしそれならば今の彼の姿も頷ける、『本物のデュシェ』は既に死んでいると見て間違いない。

今目の前にいる彼は、本物のデュシェが子供の時に描いてもらった似顔絵なのだ。

つまり、レプリカ。

 

 

「それより、復讐って……?」

 

「決まっているさ、人間共にだよ。お祖父ちゃんを死に追いやった奴ら、お祖父ちゃんの作品を利用しようとする奴ら。全員反吐が出る!」

 

 

激しい憎悪の感情を爆発させ、デュシェは拳を壁に叩きつけた。

その迫力にメアリーも思わず後ずさる。どうやら彼はとても強く人間を恨んでいる様だ、自分と似ている様で根本的に自分とは違うのかもしれない。

少なくとも彼の最終的な目的とメアリーの最終的な目的は大きく違っていた。

しかし、それなのにメアリーは不思議とデュシェに興味が湧いてきたのも事実だ。それはやはり父親、創造主であるゲルテナの関係者だからなのだろうか?

 

 

「君も人間を恨んでいるんじゃないのかい?」

 

「え?」

 

 

わたし? わたしは……どうなんだろう――?

戸惑う様子のメアリーを見てデュシェは苦笑する。

 

 

「いずれ分かるさメアリー。君も人の滑稽さがね」

 

 

デュシェは自分の薔薇をメアリーから受け取ると、じっくりとそれを見回す。

美しい緑色の薔薇、しかしそれはメアリーと同じく造花でしかなかった。

どんなに、それこそ本物よりも美しくても一番大切なものが宿っていないのだ。

 

 

「君はお祖父ちゃんの作品の中でも特別だ。ココにいる限り、どんな手を使っても守ってみせる」

 

 

デュシェはメアリーに跪いて笑った。

そんな彼にメアリーは複雑な笑みを返す。

人に憧れていたメアリー、人を恨むデュシェ。二人は互いに心に秘めた感情を読み取りつつ笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けてtgは追いhどほいあhpづああうおいあじょははlはlhふぉいでょはおほでゃおはぁ助助け他yst会う位j助けて助けて怖いくすじゃいjふぉなkhぱ苦しいお、怖い怖い怖い怖い、止めてkうr¥亜dかああコロサレルあああああシヌあああいやだああああたすけてあああ来るしくすりあいそひはははははっはっはあっはhこわいよhぎああjふぃしにたくないアアアアアアアアアアもうあああゆるしてああああああああああああああああああああああああああああああッ苦しい苦しい苦しいもういやだ、もう止めてくれ許してくれ助けてくれ苦しいんだ繰るし位kるし合うゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ憎い、憎いッ、全てがにくい。コロシテコロサレテコロスノハコロシコロサレテコロスコロ――……

 

 

「………相変わらず、キッツイわね」

 

「これ、どこなんだろう」

 

 

赤いペンキで言葉とも言えぬ言葉を塗りたくった部屋、そこにイヴとギャリーはたどり着いていた。

絵の具や描きかけの絵があるところを見るとアトリエなのだろう。

しかし、作品は赤いペンキで塗りつぶされ、部屋の至るところには『苦しい』『助けて』『憎い』『殺す』等の憎悪にまみれた言葉が見える。

この世界が一体何なのか、それはもう二人の知りえるところでは無いだろう。

とにかく今はメアリーを探してさ迷うしかなかった。戻れる保障も無いが、他に選択肢は無い。

 

 

「ねぇギャリー……」

 

「あら、どうしたの?」

 

 

狂った世界の中、ポツリとイヴが呟く。

 

 

「メアリーは人間になって何がしたかったんだろう」

 

「……さあね。アタシには分からないわ」

 

 

普通に生きている自分達、それが当然だと錯覚していたのかもしれない。

普通に毎日を過ごしているつもりでも、誰かにとってはそれが喉から手が出る程羨ましく思えるものなのだろうか?

イヴはメアリーと本当の意味で和解する為にはメアリーを理解してあげなければいけないと思っていた。

彼女が何を思っているのか、それを知りたいのだが、なかなかうまくはいかないものだ。

そんな事をギャリーに言って見ると、彼は少し微笑んでみせる。

 

 

「そんなに難しく考えなくても大丈夫よ。イヴはメアリーと何がしたいの?」

 

「え? 私?」

 

「そう、メアリーとココを出られたら」

 

 

イヴは少し俯いて、パッと顔を上げる。

 

 

「マカロンを食べたい」

 

「ふふっ、それでいいのよ」

 

 

そう言って二人はさらに奥へと足を進める。

ふとギャリーは塗りつぶされている絵がゲルテナの作品である事を発見する。

だからなんだと言う訳ではないが。

 

 

「ぎゃ、ギャリー!」

 

「!」

 

 

イヴの震える声が聞こえてギャリーは彼女が指差した方向に視線を移す。

すると、そこには見覚えのある姿が見えた。

 

白い首。

 

マネキンの頭部に見えるそれは赤い涙を流しながらコチラを凝視していた。

薄暗いアトリエで遭遇したソレは二人の心臓を恐怖で捕らえる。

だが今の自分は過去とは違う。ギャリーはイヴをかばうようにして立った。

 

 

「下がっててイヴ。あんなヤツ今のアタシなら――」

 

 

※二分後

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

「………」

 

 

一体ならいけた。

それがギャリー氏の言い分である。

今現在彼の腕の中にいるイヴはチラリと背後の方に視線を向ける。

あ、目が合った。それも何十とだ。白い首、いや白い首達は自分達をそれなりのスピードで追いかけてきている。

イヴを横抱きにしながら全速力で走るギャリー、確かに一体くらいならば格闘で何とかなったかもしれないが相手の数はざっと見ても二十はありそうだ。

これは逃げるしかない。先ほどはドヤ顔だったギャリーも今は涙目で廊下を駆け抜けている。

とは言え、コチラには体力と言うものがある訳で。ギャリーの足はどんどん遅くなっていき、このままでは確実に追いつかれてしまうだろう。

 

 

「ッ! 見てギャリー!」

 

 

そんなとき、イヴは真っ直ぐ進んだ先に大きな扉があるのを確認する。

あそこに入れれば何とかなるかもしれない。

イヴはギャリーから飛び降りると、彼の手を引いて走りだす。

イヴが降りたことでギャリーの負担も減り、二人は何とか扉の向こうまで走る事ができた。

しかし安心はできない。後方から迫り来る大群を防ぐために二人は急いで扉を閉めようと手を伸ばす。

 

 

「こん……のッッ!!」

 

「うぅ……っっ!」

 

 

しかし扉は思ったよりも重く、イヴの力ではとてもじゃないが動かす事はできなかった。

ギャリーも思ったより硬い扉に苦戦しているらしく、迫り来る大群に焦りを感じている様だ。

 

 

「あああああ! もうっ! 知らないッッ!!」

 

 

やけくそだ、ギャリーは思い切り扉を蹴り飛ばす。

押してだめなら蹴って見ろ、するとまさかの出来事が起こった。

 

 

「あら」

 

 

どうやらこの扉は一度動けば後はすんなりと閉まるらしく、

どうやら蹴りの衝撃がきいたのかギャリー側の扉は大きな音を立てて閉まったのだ。

ならば話は早い。彼はイヴ側の扉も同じように蹴り飛ばすと、なんとかギリギリの所で大群たちをせき止める事に成功する。

扉は厚く頑丈で、少なくともブチ破ってくる事はないだろう。

二人は安心のため息をつくと、その場にへたり込んだ。これで少しは落ち着いて――

 

 

「ッ!!」

 

 

無い様だ。

ギャリーは今自分達がいる場所がホールだと言う事を理解する。

無数に存在している客席、ライトで照らされたステージ。

そして響く拍手の音。同時に、そのステージにいる少年にギャリー達は目を向けた。

イヴとギャリーに拍手を送る少年。美しい茶色の髪に、深い緑の肩掛けローブ。二人はすぐに彼がこの世界に関係していると理解する。

少年は自分達と変わらぬ人間に見えるが、この世界にいる事が異質であると言う事のなによりの証明でもある。

まして彼の服装が少し時代を感じさせるものならばなおさらだ。

 

 

「ようこそ。イヴ、ギャリー」

 

「「!」」

 

 

少年は何故自分達の名を?

疑問に思う二人に、少年は怪しく微笑んでみせる。

 

 

「始めまして、ボクの名はデュシェ。ワイズ・デュシェ」

 

「わ、ワイズですって!?」

 

 

と言う事はゲルテナの関係者と言う事なのか?

思考をめぐらせるギャリーだが、デュシェが指を鳴らすと思考さえも吹き飛ぶ。

デュシェの合図と共に現れたのは無数の無個性達。彼女達は客席に座るようにして何十とギャリー達を囲む様に出現した。

呼吸が止まる程の緊張がギャリーを包む。もし、今一勢に彼女達が自分達めがけ襲い掛かってきたのなら――

間違いなく、死ぬ。

 

 

「イヴ、ギャリー、君たちはあの空間に引き込まれ、そして帰還した」

 

「!」

 

 

デュシェはあの出来事を知っている!? まさか、彼が犯人なのか?

デュシェを睨むギャリーに彼は気がついたのか、ゆっくりと首を振ってその考えを否定してみせる。

 

 

「ボクは関係ないよ。無個性達からあの出来事をきいただけさ」

 

 

無個性達が情報を与える。

つまり、彼は無個性達の仲間と言う事に他ならない。

急速に思考を回転させるギャリー、はっきり言って目の前の少年は危険人物だろう。

となればもう少し刺激せず様子を見たい。あくまでもギャリーは冷静にデュシェと向き合う。

 

 

「あ……そう。と、ところでアタシ達人を探しているんだけど――」

 

「メアリー」

 

「「!!」」

 

 

ギャリーの問いかけに答えるのではなく、あくまでもデュシェは一人でにその単語を口にした。

ギャリーが人を探していると言う情報を聞く前であっても、デュシェはこのタイミングで彼女の名を口にしただろう。

彼は何か知っている、そんな様子の二人を見てデュシェは先ほどから浮かべていた笑みを消した。

 

 

「彼女を探しにきたのかい?」

 

「え……ええ、そうね。彼女とちょっとお話がしたくて――」

 

「君達が彼女を殺したくせに、よくまた会おうと思えるね」

 

「ッ!!」

 

 

もうデュシェに笑みは無い、代わりに浮かべていたのは憎悪の表情だ。

冷たい瞳で二人を睨んでいるデュシェ。ゲルテナ関係者といい無個性達を呼び寄せた事といい彼はこの世界でも上位の存在なのだろう。

下手に刺激すればそれこそゲームオーバーだ、ギャリーは冷静にデュシェの様子を伺う。

 

 

「君達はお祖父ちゃんの作品の作品を蹂躙した罪人だ。そして何よりも、メアリーを傷つけたッ!」

 

「あ、あれは――ッ!」

 

「また、君たちはメアリーを傷つけるのかい?」

 

 

彼は間違った事を言ってはいない、それがギャリーとイヴの心に深く突き刺さった。

もちろんギャリーとイヴにも言い分はある。もし抵抗しなければ自分達は殺されていたのも事実、つまりは正当防衛だ。

もちろんそれを正当化するつもりは無いが、どうしようもなかったのだ。

美術館にだって着たくて来たわけじゃない、もし巻き込まれる形でゲルテナの作品に襲われたのだ。多少の抵抗はするしかないだろうに。

 

 

「わ、私がメアリーを――」

 

 

しかし、事実は事実。

行われた出来事から必死に逃げていたのかもしれない、その事実であり真実をずっと正当化してきたのかもしれない。

直接手を掛けた、掛けなかったは問題ではない。そこに残った結果が全てなのだ。自分は助かった、だが犠牲にしたものもある。

 

 

「あ……あぁ」

 

 

イヴは逃げていたのかもしれない。

メアリーを、彼女の絵を燃やしたのは自分達だ。

それはつまり、彼女を殺し――

 

 

「やめてッッ! イヴは関係ないッ!!」

 

 

幼い彼女を苦しめる理由などない、ギャリーはデュシェの言葉を遮る様にして叫ぶ。

自分達はメアリーを殺した?

 

 

「理解したかい? イヴ、ギャリー」

 

 

デュシェは二人を見下す様に睨みながら一歩前進する。

 

 

「自分達が生き残るために、君たちは彼女を――」

 

 

殺意は無い。今も言える事だ、現に今は彼女に会って謝りたいと願っている。

だから絵を描いた。だが、結果はそうなのか?

ギャリーが、イヴが、メアリーを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、デュシェは笑う。

勝利を確信したからだ、異物には早々に消え去ってもらおう。

これからデュシェが相手にするのは一億を超える害虫だ。

その一匹、一匹に時間は避けない。まさか相手が自分達の事を知っていると言う事は予想外だった。

だがしかし、メアリーの関係者だったのは嬉しい誤算だ。彼女を傷つけた事を過去の記録をもった無個性から聞き取ったデュシェは二人を消す事を決める。

なによりも大切な彼女を、彼らは傷つけた。ソレ相応の報いは受けてもらう。

人間は脆い、特に心がだ。それを薔薇の花びらを一枚ずつ千切っていくなんて効率の悪い方法でしかない。

最も有効なのは、薔薇を一気に枯らせばいい。

 

 

(心を、殺す事。消えろ、作品を汚す者達よ)

 

 

彼の笑みが深くなる。

 

 

「もう一度言うよ。君たちは彼女を殺した」

 

 

 

 

「―――ぁ」

 

 

デュシェは冷静だった、ギャリー達を観察した結果でその言葉を放つ。

彼は違う、女性的な言葉や行動が目立つがそれに反して心は強くある。

彼の薔薇がとても強い輝きを放っているのをデュシェは確認していた。

恐らく、過去の出来事が彼の心を強くさせたのだろう。どういった経緯があったのかはデュシェにも分からないが、彼はゲルテナの世界に巻き込まれ帰ってきた。

 

 

(人間め、作品に取り込まれればよかったものを)

 

 

だが、デュシェは同時に都合のいい存在を見つけた。

それがイヴだ。彼女はギャリーとは違う、あの出来事が彼女を強くしたと同時に弱さも作り上げた。それが、メアリーへの罪悪感。後悔の念なのだ。

勝手なものだ、デュシェは思う。メアリーを傷つけておきながら都合の良い事だ、許すわけにはいかない。

デュシェはイヴに狙いを定めていた。彼女の心を壊す。メアリーへの罪悪感を刺激して完全に彼女を否定する。

 

 

「そうだ! イヴ、君はメアリーを……」

 

 

ギャリーが必死に声を上げてデュシェの言葉を遮ろうとするが無駄だ。

どんなに小さな声でもその事実はイヴに届くだろう。

耳ではない、心に向けて放つ言葉。

 

 

「殺し――」

 

「違うもんッッ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

その時、ステージに響く声。

イヴもギャリーも、デュシェでさえもそれは予想外だったのか声がした方向を探す。

 

 

「!!」

 

 

その声がイヴの壊れかけた心を一気に回復させる。

何故ならばそれはずっと彼女が求めていたものだからだ。

イヴ達の結果を否定した声、ギャリーはニヤリと笑いデュシェは信じられないと言う目で『彼女』を見る。

黄色い髪、緑の洋服。彼女は腰に手を当てて頬を膨らませている、どこか複雑な表情をしながらも。

 

 

「メアリー!」

 

「………」

 

 

イヴが彼女の名前を呼ぶ。

客席のどこからから現れたのはイヴ達がずっと会いたいと願った彼女だった。

イヴ達の瞳に映る彼女はあの時と何も変わってはいない、ギャリーの作戦は成功したのだ!

しかしメアリーの表情はどこか複雑だった。イヴが名前を呼んだ事に少しの反応を示すが、視線はイヴには移さずデュシェに向けられる。

 

 

「な、何を言っているんだいメアリー! 君は彼女達に!!」

 

「違うのデュシェ。わたし……わたしは――……と、とにかく! イヴもギャリーもわたしを殺してなんか……ない!」

 

 

若干トーンがバラバラだが、メアリーはしっかりとイヴとギャリーは関係ないと言ってみせる。

しかしそれでもやはり彼女の表情はどこか複雑だった。

それもあってか始めて戸惑いの表情を見せるデュシェ。デュシェはメアリーが二人の事を恨んでいると確信していた。

なのに今彼女は二人をかばっているではないか。それがデュシェには理解できなかった、操られているのではないかとすら思う程にだ。だがそんな事はありえない、それも理解している。

ならば何故彼女は二人をかばうのか? それを問うと、メアリーはより一層複雑に俯いた。

 

 

「だって……二人は――」

 

「ッ?」

 

「二人は……」 

 

 

しかし、メアリーはそこから沈黙を保ち続ける。

少し、いや数十秒そのまま固まる一同だがメアリーが言葉を発する様子も無い。

ますます混乱するデュシェ、彼女は一体何を考えているのだろうか?

 

 

「と、とにかく二人は悪くないの!!」

 

「なっ!!」

 

 

メアリーはそこから跳躍してイヴとギャリーの前までやってくる。

相変わらず凄い身のこなしだ。最後に襲われた時の事を思い出してギャリーはつい苦笑する。

反面、デュシェはやはり意味が分からないと混乱していた。

メアリーは呆気に取られているデュシェを見てチャンスと悟ったのか、イヴとギャリー二人の手を掴んで声を上げる。

 

 

「こっち! こっちなら逃げられるよ!」

 

 

そう言って三人は客席の中を駆け出していく。

デュシェもデュシェでその光景をしばらくは普通に見ているだけだったが、ハッとして声を張り上げる。

 

 

「な、何故ッ! 何故だいメアリー! どうして二人をかばうんだ!」

 

「……ッ」

 

 

メアリーは答えない。デュシェは仕方ないと歯軋りをして指を鳴らした。

 

 

「彼女だけは傷つけるな! 他の二人は最悪殺しても構わない!!」

 

 

デュシェが叫び、それに答えるようにして立ち上がる無個性達。

狙うはもちろんイヴ達だ、メアリーもそれを理解しているのかすぐにホールから脱出する。

ゲルテナの『作品』は扉を開ける事はできない。無数の無個性達も、一度指定された空間から対象を逃がしてしまえばそれでお終いなのだ。

 

 

「くっ!」

 

 

しかしデュシェは違う。彼もまた特別であるが故、扉を開ける事を許されていた。

彼はゲルテナの作品ではなく残された産物だ。彼はイヴ達が外に逃げた事を確認すると肩掛けを翻して追いかける。

しかし頭の中にまとわりつく疑問、何故メアリーは自分を燃やしたイヴ達をかばった? 彼女達を許したとでもいうのか?

ありえない、人間なんて薄汚い生き物を許した?

 

 

「絶対にありえないッ!!」

 

 

そう、ありえないのだ。

デュシェは改めてその間違いを確認する為に動き出した。

行き先ならば分かっている、きっと彼女達は出口に向かう筈だ。

このアトリエは広くは無い、どこに逃げようが追える。追いつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「め、メアリー……あのっ」

 

「………」

 

 

案外簡単に会えた事に少し戸惑いつつ、イヴは自分の手を掴んでいる彼女を見る。

びっくりするくらいあの時と同じ彼女に、思わず涙が出そうになった。

謝らないと、イヴはメアリーに声を掛けるが――

 

 

「早くしないと追いつかれるよ!!」

 

「う、うん!」

 

 

メアリーはまるでイヴの言葉を遮る様に話す。

それはギャリーに対しても同じ、ましてやメアリーは二人の顔を見ようとはしなかった。

確かに今はデュシェから逃げるのに忙しいが――

 

 

「メアリー、あんた……」

 

「ココから出たいんでしょ!? じゃあ早くしないと駄目だよ!」

 

「聴いてメアリー! アタシ達はアンタに――」

 

「……っ」

 

 

せっかく会えたのに、互いの距離は遠く離れている気がした。

無理もない話かもしれないが、この距離を縮めなければ意味は無い。

ギャリーもイヴもちゃんとメアリーと話がしたくてココまで来たのだ、このまま外に出られても意味は無い。

だが、それでもちゃんとメアリーが話を聴いてくれる事はなかった。

出口を知っているからと、彼女はそれだけしか言わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ!」

 

 

デュシェの心に、わずかな記憶が残っている。

彼の目に映るのは大好きだった祖父、その隣には『本物』の自分が楽しそうに座っていた。

自分は祖父に問う。

 

 

『どうしてお祖父ちゃんは絵を描いているの?』

 

 

祖父は笑う。

 

 

『それはね――』

 

 

別の記憶。

ガラスが割れる音と、誰かの悲鳴が聞こえる。

家族たちは半狂乱になっている祖父を押さえて必死に名前を呼んでいた。

祖父は狂った様に叫ぶ、お前が悪い、お前も私を殺すのか、お前も私の絵を憎むのか。

今になって思えば、祖父は何の事を言っていたのだろうか? 自分は飾られていた場所から祖父の姿を見ている事しかできなかった。

家族に向かってパレットナイフを振り回す祖父。彼は……何を恐れ、何に怯え、何を恨み、何に恐怖していたのだろう?

『本物』の自分は祖父が怖くて震えている事しかできなかった。大好きだった祖父の絵が、血の様に赤い絵の具で塗りつぶされていた時もある。後で聞いた話だがアレは本当の血だったらしい。

 

祖父の作品から優しさが消えたのはその時くらいからだった。

そして代わりに込められる狂気とよりいっそう込められる魂。

蝶が幼虫から成虫になって羽ばたく絵が『本物』の自分は好きだった。

しかし、祖父は新たに蝶が蜘蛛に食われる絵をもってしてその作品を完結させた。

それはまぎれもない狂気の波長だったのかもしれない。多くの人間はそれが世の中の真理と賞賛の声をあげたが、自分はあの絵が嫌いになった。

祖父が有名になる度に祖父は狂っていったのかもしれない。金の事しか話さない連中が何人も家にやってきたのを覚えている。

その度にアトリエからは叫び声が聞こえてきた。過去、祖父に言い寄ってくる女性も多かったと言う。もちろんそこに愛は無い、あるのは欲望だけだ。

サーカスに一緒に行った時の祖父はまだ普通に見えていた。だが、それは間違いだったのだろう。恐らく、もうあの時から始まっていた。

 

 

「あまりに『精神』が疲弊すると、そのうち幻覚が見え始め――」

 

 

最後は壊れてしまう。

そして厄介なことに、自信が『壊れて』いることを自覚することは出来ないのだ。

大好きだった祖父は、ワイズ・ゲルテナは狂っていた。否、狂わされた。人間に。

優しかった祖父は変わってしまった。人間の汚い欲望に巻き込まれて。

デュシェはいつの間にかゲルテナの作品の一つとして見られる様になった。

祖父は自分の事を正式な作品ではなく単なる孫へのプレゼントとして描いたのだが、そんな事など金に目が無い人間には関係の無い話だ。

いつからか自分には値段がつけられ、結局人間の欲望の渦へと飲み込まれる始末。

 

 

「お祖父ちゃんを狂わせた人間を、ボクは許さない……ッ!」

 

「お祖父……って、ゲルテナの孫ッ!?」

 

「ああそうとも! 君達、人間に『殺』されたワイズ・ゲルテナのね!」

 

 

殺されたのは心と作品。

デュシェはそう言って目の前にいるギャリー達を睨みつけた。

先に逃げられた時は焦ったが、メアリー自身逃げ道を思い出すのに時間がかかったようだ。

この世界の出口である絵画『絵空事の世界』に先に辿りついたのはデュシェの方だった。

出口はもうすぐそこまでなのだが、彼の前ではメアリーを含む三人が焦りの表情を浮かべこちらを見ている。

 

 

「よく聴くんだメアリー! そこにいる人間達は君の大好きだったパパ……お祖父ちゃんを狂わせただけでなく君自身まで傷つけた! なのにどうして君はそいつらの味方をするんだッ!?」

 

「……!」

 

 

メアリーは少しだけイヴの方に視線を移し、そしてまたすぐ悲しげな表情で目を反らす。

口をもごもごと動かしているあたり何か言いたそうだが、彼女はその言葉を発する事無くデュシェを直視する。

 

 

「だって、だって……イヴとギャリーは――」

 

「ッ!」

 

 

しかしまた沈黙、彼女はうつむいてそのまま言葉を中断してしまう。

やはり何か彼女に細工を仕掛けたのか? デュシェは歯軋りをしてイヴ達を睨む。

のこのこと再び彼女(メアリー)の前にやってきて、今度は何をするつもりなんだ?

デュシェがそう思った時、向こうも同じ事を思っていたのかギャリーに話しかけられる。

両者このままでは埒があかないと踏んだのだろう。

 

 

「アンタの目的は何なのッ?」

 

「ボクの目的か……」

 

 

デュシェはそのライトグリーンの瞳でギャリーを捉える。

強く、美しく、そして憎悪に濁る瞳はどこか悲しみさえ感じさせた。

しかし、そう思った途端デュシェは肩掛けローブを翻して踵を返す。

そのまま彼は少し離れた所に備えられていた窓へとたどり着く。

どうやらそこからは二人が最初にいたアトリエが見えるらしい。

赤いペンキで憎悪と恐怖の言葉がつづられていたあの場所……

 

 

「………見てごらん」

 

「ッ?」

 

 

デュシェはイヴとギャリーに同じように窓からアトリエを見る様に言う。

何か嫌な予感がしたが、断ればそれは彼を刺激してしまうだろう。

ギャリーもイヴも互いに頷き合うと、デュシェ同じくアトリエを見た。

 

 

「あそこには、何が描かれていた?」

 

「殺すとか、憎いとか、とにかくろくなもんじゃなかったわね」

 

 

血で描いた様な文字たちがフラッシュバックして、思わずギャリーは吐き気を覚えた。

あの空間は異常だ、作品をパレットナイフで突き刺している場所もあった。

とにかくあのアトリエは普通じゃない。狂っている――……

 

 

「!」

 

 

そこでギャリーはハッとする。

狂う? まさかあそこは――

 

 

「そうだよ、あそこに描いてあるのは作品じゃなく憎悪と狂気だ」

 

「まさか……っ! あそこって――」

 

「ああ、お祖父ちゃんのアトリエさ!」

 

 

ゲルテナが魂を込めていた場所。

それほどのエネルギーがある場所だ、この空間に実体化したと言うのも頷ける。

もちろんあの場所もあそこに描かれていた言葉も全ては幻想と言ってしまえばそれで終わりなのかもしれない。

実際に使われていたゲルテナのアトリエにあんな言葉が描かれた事は無かった。

しかし、ゲルテナの心の中では確かに描かれていた。いや、心が壊れたゲルテナにはあれが真実に映っていたのだろう。

 

 

「人の闇に、お祖父ちゃんは呑み込まれた」

 

 

大好きだった作品も、思い出も、全て真っ黒になった。

 

 

「ボクは、復讐するんだ――」

 

 

その時は揃った。

長い時代を経て様々な場所に散らばったゲルテナの作品は徐々に一箇所に集まっていく。

何故、あのような空間ができるのかはデュシェにすら分からない。しかし自分が今こうして立っている奇跡は、過去様々な悪意に呑まれ、苦しみながら死んでいった祖父からのメッセージなのではないかと思う。

 

 

「また、今度はもっと大きなゲルテナ展が開かれる」

 

「それじゃあ!」

 

「ああそうだね――」

 

 

イヴの言葉を待たずしてデュシェは頷いた。

 

 

「作品が、魂がより集まればもっと大きな規模でこの世界を展開できる。その時こそ、この世界と外の世界を融合させる事も可能なんじゃないか」

 

「「!!」」

 

 

デュシェの狙いは世界の融合、ゲルテナの作品達が現実でも活動できる様に力を蓄えていたのだ。

全ては復讐の為、全ての人間にもたらされるであろう薔薇。

その花びらを全て引きちぎった時、彼の目的は完遂される。

 

 

「人は、全て滅ぶべきだッ!」

 

「「「!!」」」

 

 

あの時、メアリーと最期に会った時と同じだ。

赤いヒビがデュシェを中心に発生したかと思うと、彼の雰囲気が一気に変わる。

間違いない、デュシェは自分達を殺す気だ!

 

 

「君達も運が無いね。ココに来た事が間違いだったんだよ」

 

 

デュシェの周りから石で出来た薔薇の蔓が無数に発生する。

彼はその一本を叩き折ると、剣の様に構えて走り出した。

もしあれで一突きにでもされようものなら薔薇など関係なく絶命しそうなものだ。

ギャリーはすぐにイヴとメアリーの前に立って彼と対峙する。

 

 

「ギャリー!」

 

「ああもう! ただメアリーに会いに来ただけなのに、どうしてこうなっちゃうのかしら!?」

 

 

さて、ギャリーは考える。

カッコつけて前に出たは良いが、果たして自分に何とかできる相手なのだろうか?

そりゃ格闘技は少しかじったけど……

 

 

「けっこう、ヤバイわね……ッ」

 

 

いや、割とマジで。

デュシェは殺意を露にしてコチラに向かってきてる。

何とか蹴りで怯ませる事ができれば一気に出口までいけるのだが。

しかし、やってみる価値はあるか。ギャリーは覚悟を決めるとデュシェの方へと走り――

 

 

「待って! お願い止めてデュシェ!!」

 

「っ!」

 

 

まただった。

イヴ達をかばう様にして立ったギャリーを、さらにかばう様にしてメアリーが立ちふさがる。

その行動に目を丸くする一同。先ほどから彼女の行動は明らかにおかしい、ギャリー達の味方をしていると言う事は分かるが……

 

 

「ま、また君は! ど、どういう事なんだよメアリー!?」

 

 

デュシェもメアリーを攻撃する気は無い。

しかし純粋にデュシェもまたメアリーの行動が気になっていた。

何が彼女をそこまでさせるのか? 仮にも自分を燃やした連中なんだぞ! デュシェはつい声を荒げて彼女に問いかける。

 

 

「え?」

 

 

ポタリと、何かが零れた。

 

 

「っ!」

 

 

そして理解する、その雫の正体。

 

 

「め、メアリー。なんで――っ」

 

「イヴは、ギャリーは……」

 

 

彼女は、泣いていた。

 

 

「友達なんだもんっ!!」

 

「!!」

 

 

その一言がずっと言いたかった。

だけど、言えなかった。メアリーの瞳からはせきを切った様に涙が溢れてくる。

友達が欲しかった、笑い会える人に出会いたかった。長い年月の間メアリーはその思いを抱いていたのだ。

おいしい物を食べたかった、素敵な物を見たかった。この足で歩いて、この手で触れて、この体で風を感じたかった。

それは当たり前の事、でも彼女にとっては特別な事。憧れだったのだ。

しかし、その夢が叶う事はなかった。絵であると言う劣等感に包まれ、あげく自分が辿った道は破滅でしかなかった。

少しだけとは言え築いた絆を、自分は――……

 

 

「友達? 友達って言ったのかいッ!?」

 

 

馬鹿なッ!?

デュシェは必死にメアリーが今口にした言葉を分析してみる。

友達、友人? もちろんそれくらいデュシェだって知っている。

しかし、あまりにもおかしな話だ。ありえない、ありえる訳が無いッ!

 

 

「メアリー! 何を言っているんだ君はッ! そいつ等は薄汚い人間だぞ!」

 

「わたしは人間になりたかったのッ!! デュシェだって昔は人間だったようなものじゃん!!」

 

「ああ、そうかもね! でも知ったよ、人は愚かで醜いと!」

 

「違うもんッッ! デュシェはそればっかり!!」

 

 

その時だった、メアリーが走り出したのは。

声をあげるギャリー、すぐに戻る様に言うがメアリーは聞く耳を持たない。

そして驚くべき事に、メアリーはそのままタックルをデュシェに決める。

予想外の攻撃に油断していたのか、デュシェはメアリーと共に地面へと倒れた。

 

 

「今の内に!! はやく逃げてイヴ!! ギャリー!!」

 

 

もう涙でぐちゃぐちゃになっているメアリーの顔、

彼女は呂律さえうまくまわらない状態で必死に叫んだ。

全てはイヴとギャリーを逃がす事、彼女は暴れるデュシェを必死に押さえ込んで抵抗する。

デュシェもメアリー相手にはどうする事もできずにしばらくそのもみ合いが続く。

どれだけ時間が経ったろうか? 遂にデュシェはメアリーを引き剥がす事に成功して彼女から距離を離す。

 

 

「ハァ……ハァッ! たいした根性だよ……っ」

 

 

息切れしながらデュシェは辺りを見回す。疲労からかへたり込むメアリーだけが彼の視界に入ってきた。

そう、それだけだ。他は何もない、誰もいない。

イヴも、ギャリーの姿もそこには存在していなかった。

 

 

「逃げられたか……ッ」

 

 

どうやら完全にイヴとギャリーを逃がした様だ。

しかし、またデュシェの心に黒い影が落ちる。

デュシェが見るのは弱弱しく震えるメアリー。

あの二人はこれだけ尽くしてくれたメアリーを易々と見捨てて逃げ帰ったのだ。

彼女に会いたい等といっておきながら、結局は自分の命を優先させたと言う訳か。

半ば理不尽ともとれるデュシェの心情、だがそれでも彼の怒りは募っていった。

 

 

「メアリー、結局彼らは君の事を友達だとは思っていなかった。君も見ただろう? 助けてくれた君を簡単に見捨ててあいつ等は――」

 

「ちがうって言ってるでしょ!!」

 

「ッ!」

 

 

ずっと、たった一言友達だとイヴ達に言いたかった。

自分を燃やしたのは確かに彼女達だ、だが今になって考えて見れば自分にも非がある事くらい分かる。

そうやって考えて見ると、自分のやった事であの結末になってしまったと言う事も事実だった。

もし、あのまま自分が彼女達とずっと一緒にいれたなら――。もしかすると、一緒に今も笑いあっていたかもしれない。

だがそれを拒んだのは自分自身、劣等感や嫉妬がそれを狂わせたのだ。

イヴ達が自分を書いてくれたとき、嬉しくない訳が無かった。

でも同時に思い出すのはあの時の出来事。"あんな事"をした自分を、彼女達は再び受け入れてくれるのだろうか?

そうやってメアリーが考えた結果、中々彼女はその一言を言えずにいたのだ。

何が友達だ、イヴ達を傷つけようとして、何が――

 

 

「イヴはわたしの事嫌いになっちゃった! ギャリーだってそう!」

 

 

だから、せめて今くらいは彼女の友達として出来なかった事をやりたい。それがメアリーの望み。

 

 

「メアリー……」

 

 

泣きじゃくるメアリーを見てデュシェは眉をひそめる。

まさかイヴ達を恨んでいるのではなく申し訳ないと思っているなんて。

そのメアリーの感情をデュシェは理解不能と考える。

友達? 逃げたのに? 申し訳なかった?

 

 

「デュシェはどうせ昔お友達がいたんでしょ? だったら分かるよね?」

 

「そ、それはっ! だけどメアリー! 結果は結果だ。彼女達は君が傷つくかもしれないのに尻尾を巻いて逃げ――」

 

「だれが、逃げたですって?」

 

「!!」

 

 

ズドンッ!

その衝撃を受けてデュシェは大きく仰け反る。

 

 

「なっ、なんだコレ!!」

 

 

視界が封じられて、デュシェは思わずよろけ倒れてしまう。

聞こえたのは男の声。知っている、さっきまで対峙していた男だ。

まさか、そんなまさか――ッ! デュシェは自分の視界を封じていたソレを自らの頭から引き剥がす。

 

 

「こ、これはッ!」

 

 

散る花びら達、それは花嫁の証とも言えようブーケだった。

自分はブーケを頭にぶつけられたのか、そして誰がやった?

いや分かっている。彼のコートから少しはみ出た薔薇がやけに綺麗だった。

 

 

「まさか、逃げなかったとはね。イヴ、ギャリー」

 

 

自分の前にいるギャリーはニヤリと笑う。

後ろにはイヴと、彼女に支えられているメアリーが見えた。

簡単な話だ。イヴもギャリーも逃げてはいなかったと言う事、恐らくどこかに隠れていて隙ができるのを窺っていたのだろう。

デュシェにとって問題なのはイヴ達が出口側と言う事、このままでは確実に取り逃がす。

 

 

「逃げて……なかったの?」

 

 

メアリーは目を丸くして自分を支えているイヴを見る。

彼女もまたデュシェと同じく二人が逃げたとばかり思っていた。

そしてそれでいいと思っていた。自分がした事を考えれば、自分を放っておいて逃げる事などおかしな事ではないと。

だがイヴはゆっくりと首を振って、にっこりと微笑んだ。

 

 

「置いていかないよ。友達だから」

 

「え?」

 

 

ぴたりとメアリーもデュシェもその言葉に動きを止める。

それにかまわずイヴは彼女の手を取って語り掛ける様に口を開く。

その瞳に、涙をためて。

 

 

「ギャリーも私も、メアリーの事を友達だと思ってる。でも私達はメアリーに酷い事をしたから……それで、どうしても謝りたくて――」

 

 

だから。そういってイヴの瞳から涙が零れる。

 

 

「ごめんね、メアリー……」

 

「イヴ……! イヴぅ!! う、うわあああああああああああんっ!!」

 

 

耐えていたものが切れたのか、メアリーはついに大声で泣き出してしまう。

だがイヴは両手を広げて彼女を優しく包み込むと、イヴもまた涙を流しながらささやく。

 

 

「まだ、友達でいてくれる?」

 

「うん……うん! もちろん……っ!」

 

 

メアリーがそう言うとイヴは満足そうに微笑んだ。

ギャリーもサムズアップで二人に合図を送る。

反面、引きつった笑みを浮かべるデュシェ、もう理解の範囲をはるかに超えている。

 

 

「ありえない……! 仮にも君達は殺しあった中だろう? それなのに何で――!?」

 

 

「ふふ、ちょっと過激なケンカって所なのかしらね。子供って絶交するとか言った次の日に仲良く遊んでるモンなのよ」

 

 

そう言ってギャリーは笑う、だがやはりまだデュシェは悔しそうだ。

どうしても彼はメアリーがイヴ達と仲良くしているのが面白くないらしい。

 

 

「もしかして妬いてるのかしら?」

 

「なッ!」

 

「あら、図星?」

 

 

あわて始めるデュシェを見てギャリーは意地悪く笑う。

道理でデュシェがメアリーに対して甘いかがよく分かった。

 

 

「やだやだ、アンタも結局は男って事なのかしら?」

 

「黙れ人間ッ!! お前らなんか――!」

 

 

その瞬間、ギャリーの雰囲気が一気に豹変する。

まるでその言葉を待っていたかの様な彼の様子にデュシェはうすら寒い物を感じた。

伊達にこの空間から生還しただけはあるか、ふざけたしゃべり方の裏で抱える覚悟がハッキリと伝わってくる。

 

 

「じゃあ聞くけど、アタシ達とアンタって何が違うの?」

 

「ッ!?」

 

 

何が? デュシェの心が大きく揺れる。

 

 

「体があって、言葉を話せて、会話ができる――」

 

 

そして感情が存在する。

そこに自分達との違いはあるか? 確かにメアリーとは一度決別の道を辿ったかもしれない。

だがその結末で終わらせない為に、自分達は抗う。そして信じている、必ず自分達は赦し合い再び手を取り合えると。

 

 

「デュシェ、あんたが人間を恨む気持ちは分かるわ。だけど、人は一人一人生きているのよ、全く同じ作品が無い様にね」

 

「くっ!!」

 

「アンタが恨んだ人間とアタシ達は違う。それを覚えておいて」

 

 

世界を滅ぼすなんて馬鹿な真似はやめろ、そうギャリーの目が語っている。

愚かな、デュシェはその言葉を聞く気など無かった。

所詮コイツの言っている事も自己保身の一種にしか過ぎない。赦しあえる? 何を馬鹿な事を。

人間は害しか生み出さない、祖父を見ていて理解した。だからこれ以上害が生まれないようにする事は正しい筈だ。

 

 

 

「………」

 

 

などと、数分前の彼ならば本気で思っていただろう。

だが涙を流しながらイヴと抱き合っているメアリーを見て、デュシェは何もいえなかった。アレほど固く決めた人間達への復讐心が揺らいでいる。

だから、デュシェは立ち尽くす事しかできなかった。ギャリーの問いにも答えず、ただその場でずっと。

 

 

「さあ、行きましょうイヴ。メアリー、今度こそアタシ達は一緒に帰るのよ」

 

 

そう言ってギャリーは踵を返す、まだデュシェがそこにいるにも関わらずだ。

だがしかしデュシェとて背中を向けたギャリーを襲う気にはなれなかった。

頭の中を駆け巡る気持ちの悪い違和感に、デュシェはただジッと耐えるしかない。

 

 

「一緒にって……メアリーは外に出てどうするんだい? 君の居場所は――」

 

「必ず、私達がつくる」

 

 

凛とした輝きが彼女の赤い薔薇から見えた。

イヴはデュシェを真っ直ぐな瞳で見つめると同じ様に踵を返す。

その手で、しっかりとメアリーの手を握って。

 

 

「………」

 

 

自分でも信じられなかった。

デュシェはイヴ達がそのまま出口に向かって歩いていくのを見ているだけだった。

追いかけようとも、抑えようともしない。ただジッとイヴを、ギャリーを、そしてメアリーを見ているだけだった。

心の中に渦巻くのは憎悪でも嫉妬でもない。この感情は一体――……?

 

ついには彼らの姿が見えなくなった時、やっとデュシェは一つため息をついた。

見たのは地面に落ちているブーケ、これのおかげで逃がしてしまった様なものだ。

デュシェはそこから少しだけ離れた所でそのブーケの持ち主を見つける。

どうやらギャリー達は『彼女達』に誘われてこの小部屋に隠れたらしい。

 

 

「やってくれたね。はい、これは返すよ。しかし君達のおかげで彼らを逃がしてしまったよ」

 

『ごめんなさいデュシェ』

 

『悪かったねデュシェ』

 

 

そう言って笑うのは祖父の作品である『幸福の花嫁』と『幸福の花婿』だった。

幸せに満ちたその作品を本物のデュシェは大変気に入っていたのを覚えている。

 

 

「別に君たちを責めるつもりは無しさ。ただ……教えてくれないか? どうして君たちは彼らに味方をしたんだ?」

 

 

彼らはお祖父ちゃんの仇みたいなものじゃないか? そう言うデュシェは心なしか弱気に思える。

花嫁も花婿も、そんな彼とは対照的にきっぱりと答えた。

 

 

『私達は彼らが滅ぶべき存在ではないと思うからです』

 

『デュシェ、君だって本当は分かってるんじゃないか?』

 

「……ボクは」

 

 

デュシェは答えない。

 

 

『確かにお父様(ゲルテナ)は人によって狂わされた。だが、お父様は人間を本当に恨んでいたんだろうか?』

 

 

「!」

 

 

その答えを、君は知っている筈だ。

そう言って花婿はデュシェを見る、そして二人はもう一度念を押すように言った。

 

 

『お父様は人の闇に狂ってしまったのは事実でしょう』

 

『現に、お父様は完成していた私達を作り変えて嘆きの花婿と花嫁にしたくらいだからね』

 

 

だけど、二人は声を合わせる。

 

 

『彼らのおかげで、私達はまた希望を取り戻せた』

 

「……ッ」

 

 

二人は一度イヴ達に会った事がある。

あの時は魂が足りず話す事はできなかったが、あの二人には大変感謝しているとデュシェに告げた。

もしイヴ達がいなければ、今も自分達の肩書きは嘆きだったろう。

 

 

『デュシェ、人は絶望しか生み出さない訳じゃない。"希望もまた生み出せるのだと、知ってくれ』

 

 

希望、その言葉にデュシェはうつむく。

この空間の正体はデュシェにも分からない、だが精神世界等を考えるに祖父の心の闇が生み出したものなんだろうと考えていた。

 

 

この世界の番人として利用、過ごしている内に、大切な物を見失ってたのだろうか?

 

 

『デュシェ、君はしきりに人を愚かだと罵るが、我らは人がいなければ意味をなさない』

 

「!」

 

 

それがゲルテナの――

 

 

「お祖父ちゃん……」

 

 

デュシェは思い出す。祖父に、ゲルテナに聞いた質問。

 

 

『どうして絵を描いているの?』

 

 

そしてその答えは――

 

 

「人に……幸福を与えたいから」

 

 

幸福の花嫁と花婿は笑顔で頷く。

デュシェは、ゆっくりとため息をついてもう一度出口の方向を見た。

 

 

「無駄だよ……」

 

『?』

 

 

デュシェは知っている。どう足掻いても、どう繕っても彼女は幸せにはなれない。

それはこの世界に長く居座るデュシェだからこそ知る一つの掟が故だった。

 

 

『それは、どう言う……』

 

 

花婿の言葉にもう一度デュシェは深いため息をついた。

彼女の、メアリーのバラはどこまで行っても造花でしかない。

言い方を変えれば、どこまで行っても偽者でしかないのだから。

 

 

「バラは魂の具現、そしてそれが造花のボクたちは偽物の魂を抱えるフェイクさ」

 

 

現実世界で活動するには本物の魂を手に入れるしかない。

その方法とは即ち交換、本物の魂を世界に取り込み自分たち偽物がその代わりとして世界に現れる。

だから自分たちは世界を広げ、偽者が本物になるために人を襲うのだ。人を取り込むのだ。

 

 

「イヴとギャリーのどちらかが魂をメアリーに与えない限り、彼女が外に出られる道理はないんだ」

 

『もしも掟を破ったらどうなるのでしょうか?』

 

 

花嫁の言葉に首をふるデュシェ、それは彼もわからない。

彼だってこの世界の構造、正体を把握している訳ではないのだ。

しかしこの嫉妬や憎悪に狂った世界を考えるに、おそらくは確実に不吉な事が待っている筈だ。

世界に、闇に喰われるかもしれない。そうすればメアリーはきっと壊れてしまう。

 

 

「ボクは……彼女が大切なんだ――ッッ!!」

 

 

だがこの世界にずっと閉じ込める様にする事も果たして彼女にとっての幸せなんだろうか?

もしかしたら普通に出られるかもしれない、自分が勝手な想像をしているだけで。

現に魂の交換をしているシーンなど見たことがない。それはこの世界から出て行った作品がいないからだ。

誰しもがその方法を模索している内に息絶え、作品の一部となっていく。

 

 

「わからない……っ! メアリーにとっての幸せは何なんだ!?」

 

 

そんなにあの人間達といたいと言うのか!? 彼女はルールを知らない訳ではないだろ!

僅かな可能性に賭けると? それがどれだけ危険な事なのか知っているのか!?

 

 

『当たり前の事なのではないでしょうか?』

 

「ッ?」

 

 

花嫁はメアリーの幸せを当たり前と説いた。

それは友達がいて、おいしい物を食べて、楽しい事をみんなで共有して。

 

 

『貴方だって、知っているでしょう?』

 

「………」

 

 

そのとき、デュシェは少し打ちのめされた表情を浮かべる。

知っている? そうだ、知っているさそれくらい。だって『デュシェ』には友達がいるんだから……。

 

 

「………」

 

 

そう、本物のデュシェには。

 

 

「!!」

 

 

そして彼はふと真剣な表情に戻る。

不思議に思い声を掛ける花嫁達、デュシェは何を感じ取ったのだろう?

 

 

 

「……何か、おかしい気配がする」

 

 

『え?』

 

 

「すまない! 少し急ぐんだ!!」

 

 

まずいかもしれない。

デュシェは焦りの表情を浮かべて舌打ちを行うと出口の方へと走りだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっとココまでこれたわね」

 

 

ギャリー達はついに出口であろう『絵空事の出来事』に到着する。

前回と同じならばここに飛び込めば元の世界に帰れる筈だ。

取り合えずまずはギャリーが足をソロリと入れてみる。

すると――

 

 

「!」

 

 

いけた! 足は絵の中に入り、ギャリーはそのまま絵の中へと入っていく。

続いてイヴがギャリーの手を掴み中へ。

後はメアリーだけだ。

 

 

「いこう、メアリー」

 

「でも――……やっぱり」

 

「何言ってんのよ。早く帰って、とびきり美味しいマカロン食べに行きましょ?」

 

 

微笑み掛けるギャリーにメアリーも笑い返す。

そしてその手を掴もうと――

 

 

 

 

した時だった。

 

 

 

 

『メアリー、どこにいくんだい?』

 

「え?」

 

 

メアリーは、ギャリーの手を掴まずにピタリと動きを止める。

急な彼女の行動に戸惑うギャリー達。

 

 

『メアリー、何をしているんだい? 早く帰ろうじゃないか』

 

「ぱ……パパ?」

 

 

イヴ達は確かにメアリーからその言葉を聞く。

パパ? メアリーは何を言っているんだ? 誰もいないじゃないか。

それにメアリーの父親と言う事は――

 

 

「ッ!!」

 

 

その瞬間、ギャリーとイヴによみがえる記憶。

ああ、どうしてあの時の事を忘れていたんだろうか。

見えているのだ、メアリーにはゲルテナの姿が!

 

 

「メアリーだめっ!!」

 

「メアリー聞いて! そっちに行っちゃ駄目ッ!!」

 

 

しかし、そんな二人の言葉は虚しく空を切るだけ。

メアリーは聞こえてくるゲルテナの声に応じて、フラフラとギャリー達の元を離れていく。

まずい! せっかくここまできたのに! イヴとギャリーはメアリーを追いかけようとするが完全に絵の中に入ったせいで向こう側に行く事ができない。

必死にメアリーの名を呼ぶギャリーとイヴ。だがもうその声すら彼女には届いていないのかもしれない。

メアリーは『見えているだろう』ゲルテナの方へと足を進めていく。大好きな父にまた会えた、メアリーにはそれを信じて疑う事は無い。

 

 

『メアリー、黄色い薔薇の花言葉を知っているかい?』

 

 

ゲルテナは言う。

メアリーは自分の薔薇を取り出してゲルテナに差出た、花言葉は難しくてよく分からない。

そう言って笑うメアリー、ゲルテナも笑顔で彼女を見る。

 

 

『嫉妬』

 

「え?」

 

『一人だけ外に出ようなんて、許せない』

 

 

一瞬で、ゲルテナの顔が消えた。

いや顔が消えたと言うよりは頭部その物が消失した言ってもいい。

顔は個性だ、それが無くなればもう人は人でなくなる。

個性無き存在に名称はいらない、ゲルテナだった物は無個性な産物への変化する。

同時に地面を切り裂いて出現する薔薇の蔓。大きな大きな蔓はまるで壁の様に出口とメアリーを隔てた。

蔓にあった棘が足に刺さり、メアリーはその場に倒れる。

ああ、そうか。メアリーは理解した。絵の中ではイヴ達が自分に向かって必死に何かを叫んでいるが、メアリーはもう分かってしまった。

自分は、彼女達とは一緒に帰れない事を。

 

 

「あーあ……どうしてこうなっちゃうんだろ」

 

 

ズドンと大きな衝撃と共に、また蔓が地面から生えてくる。

後ろを見ればもう父の姿はどこにも無かった。否、最初から無かったのか。

ご丁寧に、蔓は生き物の様にうねり自分が出口に向かえないようにしてくれる。どうせもう足が痛くて立てないのに。

ポタリと落ちる涙。

 

 

(悔しいなぁ。あんな罠に引っかかるなんて)

 

 

この世界はメアリーの脱出を許さなかった。

それがとても悔しくてメアリーは涙をこぼす。

でも、当然の事だったのかもしれない。絵である自分が見るには十分すぎる幸福な夢。

イヴ達を信じられなくなって、傷つけてしまった自分に訪れる正当な罰。

風を切る音と共に、薔薇の蔓がメアリーに向かって振り下ろされる。あれが直撃すればきっと自分は死ぬだろう。

でも、それは当然の報いなのかしれない。メアリーは心の中でイヴとギャリーに謝罪して目を閉じる。

願わくば、この続きの夢も幸せなものでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝るには、まだ少し早いんじゃないかな」

 

「!」

 

 

衝撃、しかし痛みは無い。

どう言う事なのか? メアリーは閉じていた瞳を開けて状況を確認して見る。

はっきりと分かっている事は一つ、自分は助かっている。

薔薇の蔓は鞭の様に自分を狙った筈なのに――

ふと出口をみればそこにはまだイヴとギャリーが見える。と言う事は。

 

 

「あ」

 

 

自分をかばうようにしてなにやら布の様な物が見えた。

それは盾の様にメアリーを守り、蔓を弾いたと言う事なのだろう。

そしてこの深い緑色の布、そして舞い散る緑の花びら。間違いない、これは――

 

 

「デュシェ!」

 

「間に合ったみたいで良かったよ。メアリー……ッッ!」

 

 

ローブを変質させて盾にしていたのはデュシェだった。

彼はメアリーを狙う蔓の起動を次々に予測して守っていく。

 

 

「よかった……」

 

 

イヴもギャリーも一瞬最悪の事を思い浮かべてしまいヒヤリとしたが、何とかなりそうだ。

この世界の上位存在であるデュシェならば何とかできると――

思っていたのだが、どうやらそんなに甘い話ではなかった様だ。

 

 

「イヴ、ギャリー。早く帰るんだ」

 

「な、なに?」

 

 

それはどう言う意味なのだろう?

戸惑う二人に淡々とデュシェは告げる。

 

 

「ボク達はもう助からない。だから、せめて生きている内にお別れするのがいいんじゃないかなって事」

 

「な! なによソレ!」

 

 

一見は余裕に見えるデュシェ。

しかし、実際は違っていたのだ。

薔薇の蔓は既にデュシェの背後からも現れており、彼らを囲む様にして襲い掛かっている。

そんな状態でいつまでも防御しきれるわけが無い、デュシェにも限界が存在するのだから。

今の防御行為はあくまでも延命にしか過ぎない。この蔓の正体は恐らく今まで蓄積されていた人の闇だろう。そんな強大なものにデュシェ一人では太刀打ちできないのだ。

 

 

「そんな……嫌っ! メアリー!」

 

 

イヴは届くわけ無いのにメアリーに向かって手を伸ばす。

せっかくまた分かり合えたのに、せっかくまた笑い合えると思っていたのにこれで終わりなんて悲しすぎる。

そんなの嫌だ、イヴは涙を流しながら懇願する。デュシェにメアリーを助けてと何度も訴える。

だが、それは全て塗りつぶされるのだ。無理なのは無理、それが真理なのだから。

 

 

「お別れの言葉があるなら言った方がいい」

 

 

蔓達はこのままでは無駄だと学習したのか、打ち付けるのではなく締めつける手段を取ってきた。

デュシェはこの瞬間敗北を確信する、ローブの強度ではこの数の蔓には勝てない。

だから、メアリーにその言葉を告げた。

 

 

「守ってあげられそうに無い。許してくれメアリー」

 

「ううん、いいよ。ありがとう……」

 

 

既に蔓の壁が構成されている中、メアリーはイヴとギャリーの名前を呼ぶ。

死の恐怖は不思議と無かったが、やはりどこか後悔の念はあった。

 

 

「二人は早く逃げて! わたしはもう駄目みたい」

 

「ちょ、ちょっと冗談でしょアンタ!!」

 

「嫌…! 嫌だよメアリー!」

 

 

イヴとギャリーは必死に絵から戻ろうとするが無理だった。メアリーの最期の言葉を聞く事くらいしかできない様だ。

メアリーは構わず続ける、時間はあまり残されていない。後悔しないようにしなければ、メアリーは二人に感謝の言葉を述べた。

 

 

「わたしの為に来てくれて本当にありがとう……できるなら、わたしの事忘れないでほしいな」

 

「やだよメアリー!! お別れなんてしたくないっ!」

 

 

イヴの叫びは虚しく消える、どんなに叫んでもメアリーの死は揺るぎそうには無い。

メアリーも自分の運命を悟ったのか静かに微笑んでいた。

 

 

「じゃあね、ありがとうイヴ。ギャリー!」

 

 

あくまでも、元気にお別れしたいと――?

 

 

「なんでよ……! なんでなのよ! なんでもう諦めてるのよ!!」

 

 

ふざけんな! そう叫んでギャリーは無理やり戻ろうともがく。

だがどんなに力を込めても絵からは出られなかった。

 

 

「………」

 

 

デュシェは必死に叫び、もがく二人をジッと見る。

彼らの言葉に、行動に嘘はない。メアリーの絵を描いた時から二人は本気で彼女を救うつもりだったのだろう。

それはある意味で、自分とまったく同じじゃないか。メアリーが大切だからこそ彼女たちはココにいる。

争いはあったかもしれない、憎しみもあったかもしれない。しかし今は切に友情こそが輝いている。

 

 

(もういいんじゃないのか?)

 

 

デュシェは後ろにいるメアリーを見る。その表情はなんとも切ない物だった。

もしも自分とこの世界に残ったとしても、彼女はきっと常にこの表情を浮かべ続けていたのだろう。

自分が本当に見たかった、彼女の笑顔は永遠に見れなかったのだろう。

つまり、この世界には彼女の望む幸福など存在しない。

 

 

(本当にこの世界はお祖父ちゃんがつくったのか?)

 

 

おかしくはないか? 自分の知っている祖父は確かに最後は狂ってしまった。

だけど、それでもこの世界はメアリーに優しかった部分もあったろう?

それに、ゲルテナは彼女に救いを求めていたはずだ。

 

 

(なのに傷つける?)

 

 

メアリーの幸せはココにないのに、メアリーを縛り付けると言うのか?

彼女が本当に笑顔を浮かべられる道を、あくまでも拒み続けるのか?

嫉妬するなよ、憎むなよ、そんなの悲しいだけじゃないか!!

 

 

「――――違う」

 

「え?」

 

「この世界は、お祖父ちゃんが作ったものじゃない……!」

 

 

たしかに始まりもきっかけもワイズ・ゲルテナが創造したものなのかもしれない。

しかし自分を、そして彼女を傷つけ、作品までをも傷つけようとする世界はゲルテナ自身が望まぬ事ではないのか!?

狂ったとしても、狂い続けたとしても根本にある彼の魂は決して折れなかったはずだ。

希望を、最後まで望んでいた筈だろ!!

 

 

「お前は、お前はお祖父ちゃんなんかじゃない!!」

 

 

デュシェが激しくにらみつける先、そこに先ほどメアリーを言葉巧みに導いたゲルテナの影が立っていた。

メアリーを愛するならまだしも、傷つけようとする意思を彼が持つ筈が無い。

もしもその意思を人の闇により汚されたなら――

 

 

「ボクは、貴方の為にも貴方を否定するッッ!!」

 

「デュシェ……」

 

 

祖父が愛した作品を、そしてなによりもメアリーを傷つけるのならば。

まして彼女の幸せを邪魔するのならば―――

 

 

「お前はもう、ワイズ・ゲルテナじゃない!!」

 

『………』

 

 

影は語る。

それは酷すぎる宣告だ。自分は人によって狂わされた、全ては人が悪い。

私は悪くない、私を理解してくれるのは作品だけだ、私の怒り悲しみ恨みを受け止めてくれるのは自己なる作品だけだ。

 

 

「人の責任にして傷つける事を正当化するな!」

 

 

ゲルテナは魂を作品にこめた。

その魂はきっと恨みだけじゃなかった筈だ!

 

 

「これ以上お祖父ちゃんを語るな屑がッ! さっさと正体を現してもらおう!!」

 

『………』

 

 

デュシェは確信する。目の前にいるゲルテナはゲルテナではない。

同時にその言葉を聴いたとき、ゲルテナの影は歪な笑みを浮かべて表情を崩していった。

 

 

「糞みたいな絵が、偉そうに言わないでよ」

 

「「「「!!」」」」

 

 

四人はゲルテナの影から現れた者を見て言葉を失った。

そして確信する。現れた者こそがこの憎悪にまみれた世界を継続させていたのだと。

さらにそれがイヴ達と同じく『人間』である事を知る。

そう、あったのだ。"彼女"の手には造花ではなく本物のバラが。

 

 

「黒い……バラ」

 

 

花言葉は『恨み』、『憎しみ』。そして、『貴方はあくまで私のモノ』

 

 

「イヒッ! イヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 

だめだよ、逃げるなんて。彼女はケタケタと笑って指を鳴らす。

するとデュシェ達を締め付けていた蔦の強度が上がっていくのを感じた。

そう、この攻撃は彼女が行っていたものだったのだ。それだけじゃなくこの世界に散りばめられた憎悪や悪意の正体。

 

 

「そうか、そういう事だったのか……!!」

 

 

思えば一つの絵画からそんな話を聞いた事がある。

展開されるゲルテナの作品達の世界、しかしそこに一つだけゲルテナ以外の作品が紛れ込んでいると。

それを必死に探したが結局見つからず、あげくに影響もないだろうから放っておいたがその考えは間違っていたようだ。

その異物こそが、全ての悪意を支配する元凶だったのだから。

 

 

「私、知ってる……」

 

 

イヴは、確かにその人物の名前を知っていた。

いや、もはや人の形すら形成していないが――

 

 

「うっかりさんとガレッド・デ・ロワ……!」

 

「!」

 

 

一同の前にいたのは人の筈だが人でない存在だった。

ピンクの髪に、同じく目と口。クレヨンで適当に書きなぐった様な人物――

それが、黒のバラの所持者である『うっかりさん』であった。

 

 

「だめだよ、勝手にわたしのおもちゃ箱から出ようなんて」

 

「おもちゃ箱だと!?」

 

 

そう、うっかりさんはメアリー達を自分の物としてみている。

花言葉が告げるとおりに。

 

 

「許さない、許さないから壊しちゃう♪」

 

「な、なんなのよアイツ……!!」

 

 

うっかりさんは次にギャリー達を見て表情をゆがませる。

残念だ、せっかく気に入った彼らをコレクションに加えられると思っていたのにと。

 

 

「コレクションですって!?」

 

「そう、わたし……決めてたんだ。タイトル」

 

 

うっかりさんはギャリーを指差した。

 

 

「忘れられた肖像」

 

 

次にイヴを。

 

 

「ひとりぼっちのイヴ」

 

 

でも駄目だった。

二人は自分の仕掛けた罠を次々に抜け出し、結局外の世界に逃げていく。

 

 

「人間である筈のお前が、なぜ……ッ!?」

 

「わたしも、気がついたらココにいたんだもん」

 

 

今でも思い出す。みんな酷いの。

お母さんはせっかく鍵を取り出してあげたのに、貴女は悪魔だなんて言って逃げ出した。

ほかの友達は悲鳴をあげて逃げ出した。酷い、酷いよ、どうしてそんなにわたしを遠ざけるの?

 

 

「わたしは、ただうっかりしてただけなのに」

 

「な、何を言って――」

 

「だから、みんな黙ってほしくて、またうっかりやっちゃった♪」

 

 

手には鍵を取り出す時に使った包丁があったし、簡単だったと彼女は言う。

でも酷いことは続く。みんなを黙らせたら次は父親に怒られた。警察に怒られた。

だからうっかりさんは怖くなって、つい逃げ出してしまったのだ。

 

 

「そしたら、いつの間にか楽しそうな美術館にいたの!!」

 

 

いろいろな作品が楽しそうに踊る世界は彼女にとっても最高な場所だったろう。

ここならば自分の気を悪くする存在などどこにもいない。

自分の欲望をみたしてくれる物だけが存在しているのだから!

 

 

「ま、まさか乗っ取ったというのか!」

 

 

うっかりさんの狂気はゲルテナの憎悪を凌駕し、この世界を自分の物にする事に成功した。

彼女はこの世界の住人となるべく自らを絵本に同化させ、永遠の寿命を手に入れたのだ。

彼女は狂っていた、ゆえに今日まで存在を隠すことにも成功した訳だ。悪意なき悪意にさすがのデュシェも気がつかなかったのだろう。

 

 

「だからぁ、逃げるなんて許さないぃいぃぃぃぃいぃいぃぃ!」

 

 

そういってもう一度うっかりさんは笑みを浮かべる。

同時にますます勢いを増すバラの蔓、もう完全にメアリー達を覆い隠す程に勢いと殺意を増している。

 

 

「うぐぅぅううううッッ!!」

 

「えはアハははいひヒヒ! シね死ねしネちねチねしネぇえええええ!!」

 

「嫌ぁ! メアリー!!」

 

 

もう、駄目だ。

でも諦めたくなくて、でもやっぱりどうしようもなくてイヴは叫んでしまう。

やはり、その叫びはメアリーには届かない。だが、しかし――!

 

 

「そこから、出たいの?」

 

「「!!」」

 

 

いきなり聞こえる声。

ギャリーにはそれが何か全く分からなかったが、イヴはハッとして地面に目を向ける。

そして見つけた。そう、イヴの叫びはメアリーには届かない。彼女を救う力にはなれないのだ。

だがしかし、彼女を助ける為の希望へと変化する!

 

 

「アリさん!!」

 

「おひさしぶり」

 

 

そこにいたのは、イヴがギャリーと出会う前に知り合ったアリだった。

どうして彼がここに? そう問いかけるイヴだが、それに答えたのはアリではなく――

 

 

「うぇへへへ、君たち叫んでたから何だろなーっておもって。うへへへぇ!」

 

「「!!」」

 

 

壁に掛けてあったのは、いつぞやの青い絵画。

彼にブーケを渡した事は覚えている。どうやら彼がイヴの叫び声を聞き取ったらしい。

しかしイヴ達を見つけたのは彼ではない、イヴ達を見つけたのは文字通り『目』だった。

壁に現れる一つ目。ああ、覚えている! 目薬をさしてあげたあの目だ!

目がイヴ達を見つけ、それを知った絵画がイヴの叫びを聞き取る。

そしてアリを連れてきたと言う事だった。

アリさんは言う。

 

 

「ぼくのおともだち、君たち出してあげられるよ」

 

「本当に!?」

 

「うん。いろいろおせわになったから、次はぼくたちが君たちを助けるね」

 

 

そう言ってアリが合図をすると、板に目がついたような生き物が浮遊してくる。

これもギャリーには分からなかったが、イヴにはピンと来た。あれはギャリーと別行動になってしまった時、メアリーと一緒に上を通らせてもらった彼だ。

板は絵の中に半分体を入れて着地する。イヴは聞く、乗ってもいい? 板は視線を送る、アイコンタクトと言うヤツだ。

 

 

『OK』

 

「わぁ、ありがとう!」

 

「す、すごい! 助かるわ!」

 

 

板が外の世界とこの世界を掛ける橋となり、

イヴとギャリーは板に連れられて再び幻想の世界へと足を踏み入れる。

さて、ならもう後は簡単だ。自分達の服装があの時に戻ったと言う事は、持ち物もあの時と同じではないかとギャリーは考えていた。

そしてポケットを探り確信した、自分の考えは間違ってはいなかったと。

 

 

「デュシェ!! 聞こえるッ!?」

 

 

既にメアリー達は蔓にがんじがらめにされていて姿を確認する事はできない程になっていた。

デュシェはローブを球体型にしてなんとかしのいでいるが、もう限界は近いだろう。

ギャリーはとにかく、声量全てを出しきって声を上げた。すると、蔓の中からデュシェの声が聞こえた

 

 

「驚いたな、まさかこっちの世界に戻ってこられたなんて――……」

 

「んんんんんんんんんん!? ナンデェエエエエエ!!」

 

 

コレにはうっかりさんも予想外。だけど今更何ができる?

もう力で引き剥がすのは不可能のレベルに達している。

この状態からメアリーを救うなんて――

 

 

「デュシェ、ちょっと聞きたいんだけど! アンタ、今ローブで自分達を守ってるのよね?」

 

 

どうやらデュシェのローブは特殊な力が宿っている様で、

自由自在に形を変えられ、伸縮性も意のままに操る事ができる様だ。

まずギャリーはそこに目をつけた。

 

 

「ああ、それがどうか……したのかい?」

 

「ローブは私達のところまで伸ばせる事はできるの?」

 

「力さえ込めれば可能だけど……っ!」

 

 

少なくとも今の状態では形を変える事は難しい。

しかしギャリーの表情は希望を感じさせるものだった。

最後に彼は一番重要な事を問う。

 

 

「そのローブ……『熱』には耐えられるのかしら?」

 

「!」

 

 

意味を理解するデュシェ。

もしかすると――! もしかするかもしれない!

デュシェは同じく声を上げてギャリーに答える。

 

 

「ああ! 少しだけだが耐えられる!」

 

「それを聞いて安心したわ」

 

 

ニヤリと、自信を持って笑うギャリー。

デュシェには彼が何をするつもりなのか、半ば確信していた。

だが問題もある。それはギャリーとて分かっていた事だ、既にこの空間には多くの蔓が張り巡らされている。

ある意味、蔓の部屋と言っても良いくらいに。

 

 

「できるのかい? 正直、一歩間違えれば君たちの命もないぞ」

 

「え!?」

 

 

メアリーが叫ぶ、そんなのは駄目だと。

しかしその言葉をイヴとギャリーは聞かない。

いや、聞けないのだ!

 

 

「できるわよ。あんたとアタシ達が力を合わせれば……だけどね」

 

 

とは言いつつギャリーの言葉からは言いようの無い自信が感じられる。

それに思わず吹き出してしまうデュシェ、まだ協力するとも言っていないのに。

 

 

「あら、じゃあこのまま死ぬのがいいのかしら?」

 

「冗談じゃない。ボクはどんな事をしてもメアリーを守ると決めたんだ」

 

 

じゃあ、協力してくれるのね?

ギャリーの言葉にデュシェは一瞬沈黙する。しかしすぐに声を張り上げた。

 

 

「ボクはっ! 君たち人間は愚かな生き物だとずっと思っていた!!」

 

 

だが――

 

 

「訂正しよう。ボクもまたそんな愚か者の一人らしい。頼むイヴ、ギャリー! メアリーをどうか救ってくれないか!!」

 

 

その言葉に力強く頷くイヴとギャリー。

三人は素早く作戦を伝え合い、実行に移すべく準備を始める。

幸いギャリーの考えていた作戦はギリギリ実行可能なものだった、もちろん大きな危険は伴うが。

正直、成功するかどうかは全く分からない。だがそれでもギャリーには絶対の自信があった。

彼は自分の分身でもある青い薔薇を取り出して、それをジッと見る。

 

 

「ねぇ、青い薔薇の花言葉って知ってる?」

 

 

いきなりどうしたのだろう? 青い薔薇の花言葉?

イヴもデュシェも少し考えるが思い浮かぶ事は無かった。

そしてギャリーは答えあわせを行う。

 

 

「青い薔薇ってねぇ。この世に実現するのは不可能って言われてたのよ」

 

 

しかし今、青い薔薇はギャリー達の世界でも購入する事ができる。つまり実現しているのだ。

それもあってか、青い薔薇に込められた言葉――

それは、『奇跡』。不可能を可能にすると言う事!!

 

 

「起こすわよ奇跡ッ!!」

 

 

ギャリーが力強く叫ぶ。それに呼応する様にして頷くイヴとデュシェ。

 

 

「うん、絶対にメアリーは死なせないっ!」

 

「了解したよイヴ、ギャリー。必ず奇跡を起こして見せようじゃないか――ッ!」

 

 

そして、作戦は実行される。

ギャリーがコートから取り出したのはライター。彼はそのライターを使って、張り巡らされている蔓に火をつけた。

 

 

「ッ!」

 

 

以前メアリーの絵があった部屋に行くまでの道を蔓が塞いでいた時があった。

その時ギャリー達はその蔓を燃やして先に進んだのだ。

それを今回もやってみようと言う事だった。だが今回は部屋中が蔓で張り巡らされている為、火が次々に燃え移っていく。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

幸か不幸か火はギャリーの予想をはるかに超える勢いで燃え上がり、あっという間にその場を火の海に変えた。

他の作品には影響ない程の範囲だが、当然中心部にいるデュシェとメアリーは火の中に呑みこまれていった。

そして同じく近くにいたうっかりさんも。

 

 

「ウエアアアアアアアアアアア!!」

 

 

憎悪と狂気によって自らを作品に変える事ができたうっかりさん。

寿命は消えたが、絵本になったが故彼女もまた炎に弱かった様だ。

彼女は苦痛の叫びをあげて一同の前から姿を消していく。

 

 

「くッッ!! 少しだけ耐えてくれよメアリー!」

 

「う……うん!」

 

 

デュシェはローブにありったけの力を込める。

彼も元は紙だ、当然火には弱く少しでも気を抜けば一気に炭に変わるだろう。

しかし、彼にも譲れないプライドがある。イヴ達にあっていろいろな信念を砕かれてしまった訳だが、祖父の大切な作品を……

なによりもメアリーを守りたいと思う心に一度たりとも嘘をついた事はない。

たとえこの体が全て炎に包まれようとも、必ずメアリーだけは救ってみせる。

デュシェは迫る炎を一片とてメアリーに触れさせない様に魔法のローブを広げた。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 

自分達を囲んでいた強固な蔓は、ギャリーの放った火のおかげで燃えて脆くなっている。

今しかない、デュシェの咆哮と共にローブは一気に伸張。

右と左から伸びたローブは燃えただれた蔓達を粉砕しながら、一直線にイヴ達の所へとたどり着く。

ローブは炎を防ぐ壁となり、メアリーとイヴを繋ぐ道を作る。ここを通っていけばメアリーは炎をに触れる事無く彼らの元へたどり着けるだろう。

 

 

「ぐぅぅううううぅぅううッッ!!」

 

「デュシェ!」

 

 

しかし、その分デュシェにかかる負担は大きい。

弱点の炎を防ぎつつ、巨大化させたローブを支えるのはその小さな体には荷が重い事だろう。

一瞬でも気を抜けば、デュシェの命は潰えるだろう。造花だろうとも次々に舞い落ちる緑色の花びらが目に映る。

 

 

「メアリぃいいいいいいいい!!」

 

 

その通路をイヴが目のついた板に乗って駆け抜ける!

板はもうスピードでメアリーのところへ向かい、このままなら確実に彼女を助けられるだろう。

安心した様に笑うデュシェ、まだローブも燃える気配は無い。

 

 

 

ズドンッ!!

 

 

「………」

 

 

どうして、嫌な予感程当たるのだろうか?

デュシェはベタな展開に思わず苦笑した。大きな音と共に背後に現れたのは新たな蔓。

当然火の海に生まれたソレは一瞬で炎の塊と変わる。だが、問題はそれが生まれた事で炎のローブにかかる炎の量が増えたと言う事。

つまりそれは――

 

 

ズドンッ!! ズドンッ!!

 

 

(ふざけやがって……そんなに外に出ることが羨ましいのかよ――ッ)

 

 

また背後から複数の蔓が生まれる。

同時に増えていく炎、デュシェは背中に猛烈な熱を感じた。

デュシェはイヴを見る。もうすぐ、もうすぐでコチラに着くんだ。それまでは持ちこたえ――

 

 

「!?」

 

 

直後、轟音。

最後に現れた蔓は最早、龍といえる程の大きさだった。

だが所詮それは炎には勝てず、すぐに燃える訳だ。

しかしそれが最悪の状況を呼ぶ。ローブに掛かる負担と熱量が一気に増えたのだ、デュシェは耐え切れずに膝をついた。

 

 

「……ッッ!!」

 

 

飛びそうになる意識、デュシェはその空ろな瞳でふいにイヴを見た。

 

 

「―――……ぁ」

 

 

そこに見えたのはコチラに向かって手を伸ばしているイヴだった。

その姿を見て、デュシェの心にゲルテナの姿が映る。

ずっと人間が憎いと思っていた。祖父を狂気の闇に落とした人間を恨み、復讐の計画を立てて――

そして美術作品達を守る事が自分のやるべき事だと、自分は信じて疑わなかった。

しかし、今のイヴの姿を見てデュシェの信じていた物が儚い幻想だった事を理解する。

人を傷つけるのが人間。そうとしか思えなかったのに、今イヴはメアリーの為に命を賭けている。

もちろん、それはギャリーもだ。幸福の花嫁たちが彼らに味方した事も内心信じられなかった。だがそれが事実、理由は自分には分からない。

それは、自分がデュシェではなく――

 

 

ただの、ゲルテナが作った産物だからなのではないだろうか?

 

 

花嫁や花婿に言われた言葉、デュシェにも当たり前の幸せがあった。

デュシェには友人がいたという言葉、しかし自分には友人と遊んだ光景は分かれど体感は無い。

だってそうだろ? 自分はデュシェであり、同時に彼とはまったく違うただの偽者でしかないんだから。

もし、本物のデュシェが自分と同じ状況に立っていたら祖父の為に復讐しようなどと思うのだろうか?

答えはきっと、ノーだろう。なぜなら、きっと本物のデュシェは今の自分と同じ様に人の光を見たからだ。

自分は上位たる存在だと思っていた、だがそれは違う。人の闇しか写さなかった愚かな産物。自分はゲルテナの作品ではないと、特別だと思って――

 

 

『わたしは人間になりたかったの!』

 

 

デュシェの心にメアリーの言葉がフラッシュバックする。

 

 

『私が絵を描くのは、人に喜んで欲しいからさ』

 

 

はるか昔に聴いた筈の祖父の言葉。

すくなくとも昨日までの自分は二人の言葉を理解することはできなかった。

自分は、人に触れていなかったから。人間を恨んだと言う形だけを掲げていただけ、本当は人間がどういう生き物なのかも知らなかった愚か者だ。

 

 

「メアリー」

 

「え?」

 

 

デュシェは、その時初めて涙を流す。

 

 

「ボク達は……いやボクは絵だ。お祖父ちゃん――いや、『ゲルテナ様』の孫を模しているが所詮それは偽り」

 

 

この心も、姿も、顔も、身体も、目も、耳も、髪も。

 

 

「全て作られた幻想でしかない」

 

「デュシェ……」

 

「それは君も同じ。ゲルテナ様が描いた……所詮はただの絵なのだと、ボクはそう思っていた」

 

 

だが君は違ったんだ。深い感情を込めて、彼は笑った。

 

 

「見てごらんメアリー、君にはあんな素敵な友人がいるんだね」

 

 

炎の中を突き進むイヴ、彼女は今その絵であるメアリーの為に戦っている。

何故か? 彼女にとってメアリーは絵では無いからだ。

大切な、友達なんだ。

 

 

「ボクは知ったよ、君の為に彼らは命さえ賭した。そこに偽りはない、幻想は無かった」

 

「メアリー!!」

 

「イヴ!!」

 

 

抱き合う二人、イヴがついにコチラに辿りついたのだ。

デュシェもメアリーも動けない為イヴがメアリーを抱きかかえて板に乗せる。

イヴは次にそのまま手をデュシェに向かって差し伸べた。

 

 

「あなたも、早く!」

 

「………」

 

 

デュシェは、ゆっくりと笑った。

 

 

「いや、彼は二人乗りなんだ」

 

「え?」

 

 

その言葉と共に背後で爆発が起きる。

迫る熱気と熱風をローブで受け止めるデュシェ、思わず苦痛の声を漏らす。

二人乗り!? イヴは板に視線を送る、すると彼は申し訳なさそうに目を配った。

どうやらデュシェの言った事は本当らしい。

と、言う事は――

 

 

「はやくメアリーを連れて逃げるんだ。ボクはここに残る」

 

「っ!」

 

「デュシェ! 駄目ッ!!」

 

 

暴れるメアリー、そんな彼女にデュシェは自分の薔薇を差し出した。

 

 

「っ?」

 

 

「ボクは大丈夫だ、それにボクがココにいないと通路を確保できない。だからイヴ、早く行ってくれ。そしてもう一度彼をボクのところへ飛ばしてくれればいい」

 

 

メアリーに薔薇を渡した意味を答えず、代わりにまだローブは耐えられる。

そう言ってデュシェはイヴをまっすぐな瞳で見つめた。本当なの? イヴが問いかける。もちろんだと、彼は頷く。

 

 

「わかった、もう少しだけ耐えて。お願いっ!」

 

 

イヴは同じく、強く頷くと板を発進させる。

メアリーはまだ納得していない様だが、今はそれしかない。

下手に時間を取れば本当に間に合わなくなるのだから――

 

 

「………」

 

 

デュシェはイヴとメアリーの背中を見て、優しく笑った。

 

 

「メアリー、君の居場所はココじゃない。彼らの所だ」

 

 

そしてどうか、どうか君には生きて幸せになって欲しい。

それがゲルテナ様の望みでもあり、何よりもボクの願いだ。

 

 

「「!!」」

 

 

また爆発、しかしそこで決定的な事が起こった。

イヴ達の背後、そこにあったローブが焼ききれたのだ。

一瞬意味が分からなかった。だって彼はすぐさっき言ったじゃないか!

まだ、耐えられるって!!

 

 

「デュシェ……いや……っ! いやあああああああ!!」

 

 

メアリーの叫び声と共にさらに炎は広がりローブを燃やしていく。

幸いにもイヴ達はもう確実に炎から逃げられる距離まで移動していたが――

デュシェは、炎の中に取り残された。何も不思議なことじゃない、デュシェは嘘をついただけ。

ローブが持つ? 残念だが既に限界を超えていたのだ。

今まで耐えられたのはデュシェの気力があったからに過ぎない。

彼の願いは作品達、そしてメアリーの無事。それが達成できた今、もう彼に力は残っていなかった。

メアリーが必死に自分の名前を呼んでくれている。知り合ってまだ一日経っていないと言うのに――

そう、『彼女は』知り合ってまだ……

 

 

「何で!? どうしてッ!!」

 

 

メアリーが叫ぶ、その目には涙が見えた。

もうそれだけでデュシェは満足だった、彼女の人としての部分を見れただけでよかった。

 

 

「いいんだメアリー。ボクが愚かだっただけさ」

 

 

もっと、もっと早く気づくべきだった。

自分もまた、人に憧れていたのだと。

 

 

(メアリー、知っているかい?)

 

 

ボクは。

いや、『デュシェ』は君が好きだった。

ゲルテナ様は素敵な感性を持っていた方だ。

 

だけど故に壊された。

富、才能、財力。それに毒された『一部の』人間共がゲルテナ様を壊したんだ。

そんなゲルテナ様をただ見ているだけしかできなかったデュシェに……君は希望をくれた。

ゲルテナ様の最後の作品にしては地味な、誰でもない『メアリー』と言う少女。

だけどその絵からは今までに無い、希望を感じた。

 

ゲルテナ様は……きっと世界に絶望していただろう。

だけど、パンドラの箱がそうだった様に、わずかな希望が残っていたんだよ。

それが君だ、君なんだメアリー。

 

君のあの優しさに満ちた姿は、完全に絶望している人間には描けないから。

だからデュシェは――、そしてボクは君が好きだった。

 

 

「お願いだ、生きてくれ。生きて幸せになってくれメアリーっ!」

 

 

そして、変わらぬ笑顔を浮かべていてくれ。

デュシェの前に迫る炎が、メアリーの姿を隠す。

デュシェは迫る死を受け入れるつもりだ。

ふと彼は、地面に落ちている薔薇の花びらを見る。彼女に渡した、自分の緑色をした薔薇。

デュシェは笑う。知っているかいメアリー? 緑色の薔薇の花言葉を――

 

 

「緑の薔薇に込められた言葉は――」

 

 

 

 

 

 

 

『あなたは希望を持ちえる』

 

 

さあお別れだ、最愛の君。ボクは君がうらやましい。だから、何度でも言うよ。

 

 

「生きてくれ、メアリー」

 

 

デュシェは目を閉じて倒れる。

炎が彼の体を飲み込み、その存在ごと全てを無へと帰す

 

 

 

 

筈だった。

それが当然の結果、もたらされる結末なのだから。

しかし、もう一度言おう。青い薔薇の花言葉を

彼は、『奇跡』を起こす。

 

 

「うぉっりゃああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

「ッ!!??」

 

 

デュシェは体に衝撃を感じたかと思うと、自分の体が宙に浮くのを確かに感じた。

聞こえるのはギャリーの叫び声。悲鳴ではない、勝利の雄たけび!!

 

 

「うぉぉぉおぉ!!??」

 

 

世界が加速し、平衡感覚が狂う中デュシェはなんとかソレを確認する。

自分の服に引っかかっているのは釣り針!? そして糸、と言う事は――……

釣られている!?

 

 

「!」

 

 

そして感じる冷たいもの。

気がつけばいつのまにか炎の勢いが弱まっている、そして降り注ぐのは雨。

雨が、降っていた。

 

 

「うぉぉおッ!!」

 

「はい、お帰りなさいっと!」

 

 

ギャリーの声、同時にデュシェは地面に叩きつけられる。

一体何が起こっているんだ!? 彼が起き上がると同時に感じる衝撃。

 

 

「ぶっ!!」

 

「ばかぁああああ!! デュシェのばかばかばかぁああああああああッッ!!」

 

 

目の前にいたのはメアリーだった。

デュシェはますます混乱する、何だ!? 何が起こった!?

どうして自分は生きているんだ!?

 

 

「間に合ったみたいね」

 

 

答えはギャリーだった、彼は二つの絵を使ってデュシェを助けたのだ。

まずデュシェを炎の中から引き上げたのは作品名『釣り人』。

そして火の勢いを殺したのは作品名『カサを差す乙女』、彼女が起こした大雨だ。

ギャリーはこの作品を使ってデュシェを救ったと言う事だ。

 

 

「ッ!! だけど……どうやって彼らをここまで運んだんだい?」

 

 

理屈は分かる。

だが釣り人もカサを差す乙女もこの近くにはいない筈だった。

もちろん絵である彼らが動けるわけも無い。自分達のように実体化もできないし――

 

 

「コイツ オレの口 通っていった」

 

「!」

 

 

声が聞こえ振り返るデュシェ。そこにいたのは、赤い唇・『猛唇』

彼の口はワープホールの役割を持っている。

彼もまた、イヴ達のピンチを聞きつけ駆けつけてくれたのだ。

 

 

「オレ りんご もらった。 だから お礼」

 

「ま、そう言う事ね」

 

 

ギャリーはそう言って笑うと、イヴとメアリー、そしてデュシェを抱きしめる。

 

 

「皆無茶して……本当に心配したわ!」

 

 

そう言って笑うギャリーに、イヴ達は同じく笑みを浮かべる。

 

 

「でも、うまくいったね」

 

 

イヴはブイサインを浮かべてニッコリと微笑む。

そして彼女は協力してくた作品達全てにお礼を告げた。

 

 

「本当に、ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

「にがザなィいいいいいいいいい゛い゛い゛い゛ッッ!!」

 

「「「「!!」」」」

 

 

その時イヴの背後からケーキを切る為に使用する包丁を持ったうっかりさんが走ってきた。

なんだかこのまま幸せに終わるなんて嫌、だったらうっかりミスで殺しちゃえ♪

世界なんて嫌な事ばっかり、だからこの都合のいい世界は自分の望む結末じゃないと許せない。

うっかりさんは焼けただれた姿になりながらも狂気を薄める事は無かった。

 

 

「もう終わりにしよう。狂気に囚われし愚かな影よ」

 

「!!」

 

 

デュシェはイヴの前に立ち、バラの蔓を模した剣でうっかりさんの包丁を弾き飛ばす。

彼女はいったいどこで何を間違えたのだろうか? 彼女だって当たり前の幸せがあった筈なのに。

友達と一緒に、ガレット・デ・ロワを囲んでいれば良かったのに。

 

 

「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

うっかりさんは狂気の咆哮をあげる。

メアリー達は自分のコレクションでなければならない、自分を安らげる道具でなければならない。

もうもどれない自分がいるから、代わりに彼女が出る事は許さない!

 

 

「殺してやるゥゥウウウウウウウウウウッッ!!」

 

 

憎悪、憎しみ、全ては自分のモノでなければ――――

 

 

「うるッせぇええええええええええええええッッ!!」

 

「!?」

 

 

その時デュシェの背後から飛び出してくる者が。

それは同じく怒りの形相を浮かべたギャリーだった。

 

 

「イヴとメアリーに近づくんじゃねぇよッッ!!」

 

 

ギャリーは思い切り地面を踏み、体を旋回させる。

風を切る回し蹴りがうっかりさんの頬を直撃したのをデュシェはポカンとした表情で確認する。

 

 

「オラアアアアアアアアッッ!!」

 

「ギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

きりもみ状に吹き飛び消滅するうっかりさん。

確か、オネエは怒らせたら怖いとか何とか言う情報を聞いた気が。

完全に男の部分が戻ったギャリーを見て、デュシェはブルブルと震えている。

 

 

「ギャリーかっこいい……!」

 

「かっちょいー!!」

 

 

守られた事が嬉しいのか、キュンキュンしているイヴ。

そしてキラキラと尊敬の目で彼を見るメアリーを見て、デュシェはつくづくギャリーが味方で良かったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

あれから少しして落ち着いた一同。

もう嫉妬の闇は完全に気配を消していた、となればもう彼らを阻む物は存在しない。

再び、イヴとギャリーは『絵空事の世界』に足を踏み入れる。

あの時と同じだ、だが違う事もある。

 

 

「はい」

 

 

イヴが手を差し伸べる。その手を、メアリーは確かに取った。

魂の交換もうっかりさんが元は人間だったおかげでクリアしている。

今にして思えば、彼女も可哀想な存在だった。純粋ゆえの狂気が彼女を人で無くしたのだから。

 

 

「行くんだね……」

 

「うん……デュシェは――」

 

 

メアリーの瞳が語る、デュシェも一緒に行かないか? と。

だが彼女がそれを口にする事は無かったし、デュシェもそれを受けるつもりはなかった。

 

 

「ボクはここに残るよ」

 

 

もう人への恨みは消えた。

だがそれは彼が……と言うだけの話、この世界にはまだまだ人を脅かす闇が存在しているかもしれない。

うっかりさんがそうだった様にだ、そんな存在がまだいるかもしれない。

それを放置しておく事もできないだろう。自由に動ける彼だからこそ、ココに残ってきちんと世界を管理しなければと言う使命感があった。

まして、メアリーも大切だが他の作品だって同じ様に大切だ。だからデュシェはイヴ達について行く事は無かった。

 

 

「だが、これは永遠の別れじゃない」

 

 

きっとまたいつか会えるさ、そう言ってデュシェは清清しく笑う。

 

 

「イヴ、ギャリー……メアリー」

 

「?」

 

 

かと思えば、少しデュシェは気恥ずかしそうに二人を見る。

 

 

「もし良かったら、ボクと友達になってくれないか?」

 

「「「……!」」」

 

 

三人は笑顔で互いに顔を合わせ、そしてデュシェに向き合った。

 

 

「「「もちろん!」」」

 

 

それを聞いてもう一度デュシェは優しく微笑む。

赤い薔薇、青い薔薇、黄色い薔薇、緑の薔薇。四本の薔薇はとても綺麗に輝いている様だ。

気がついたのだが、絵空事の世界に入ったときからイヴとギャリーの薔薇も造花に変わっていた。

だからと、ギャリーはデュシェに自分の薔薇を差し出す。

 

 

「これは?」

 

「再会を願って、あげるわ。奇跡の力が宿っているのよ」

 

 

それはありがたい、デュシェはお礼を言ってそれを受け取った。

ギャリーも満足そうに微笑むと、その体を完全に絵の中へ進めた。

 

 

「じゃあね、また会いましょう。今度は、もっと平和なところで」

 

「はは、そうだね」

 

 

デュシェは次にイヴへと向き合う。

 

 

「どうか、メアリーとずっと仲良くしてあげてほしい」

 

「もちろん。それに、デュシェともね」

 

 

嫌に余裕を持ったイヴの態度、彼女なら何も心配する事はなさそうだ。

イヴはふとデュシェの近くにやってきて、彼以外には聞こえない様に呟く。

 

 

「チャンスがあったら、メアリーのあられもない写真を持ってきてあげるからね」

 

「ぶっ!!」

 

 

いらないの? そう微笑むイヴ。

とんだ大物だよ彼女は、デュシェはイヴには勝てない事を悟る。

……できれば、頂きた―― あ、いや何でもない。

 

 

「じゃあ、またね」

 

 

イヴもまた絵の中に消えていく。残るは――

 

 

「いろいろ助けてもらっちゃったね」

 

「あ、いやいいんだ。それがボクの――」

 

 

軟らかい物が頬に当たる。

その意味を理解して、デュシェは完全に固まってしまった。

当の彼女は唇を押さえながら自分から距離を離すと、いたずらっぽく微笑む。

 

 

「じゃあねデュシェ! 絶対また会おうねー!」

 

 

メアリーは飛び切りの笑顔でイヴ達についていく。

世界が分離していくのを感じながら、デュシェは頬を押さえながら立ち尽くす。

ふと胸ポケットに見える青い薔薇。

 

 

「……感謝するよギャリー」

 

 

素晴らしい奇跡だ。

デュシェは満足気に笑うと、胸に再会の誓いを立てて踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

「いや、私も大変有意義な時間でした。どうもありがとう」

 

 

そう言ってコルデスは笑う。

ゲルテナのファンがもっといてくれればいいんだが、などと彼は笑っていた。

最後にコルデスはギャリーの隣にいた彼女に声を掛ける。

 

 

「お嬢ちゃん達は退屈だったかな? ごめんね」

 

 

お嬢ちゃん『達』

 

 

「いえ、そんなことないです」

 

 

そう言ってイヴは笑い。

 

 

「うん! みんな大好きだよ!」

 

 

メアリーは、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何コレおいッしいぃぃぃぃぃ!!!」

 

「でしょぉ?」

 

 

テーブルを囲む三人。

メアリーは色とりどりのマカロンを口にして何度もおいしいと絶賛している。

無事に戻ってこれた三人は、コルデスと別れマカロンのお店にやって来ていた。メアリーのこれからはゆっくり考えていけばいい。

何よりも彼女にはコチラの世界の素晴らしさを教えてあげたい。

それがイヴとギャリーの願いだ。そしてデュシェの願いでもあろう。

 

なんと、駄目もとでコルデスにデュシェの話を振ると無料で絵をプレゼントしてくれた。

よほどゲルテナのファンがいた事がうれしかったのだろう。大切にしてくれるならと言ってきたのだ。

おかげで、今ギャリーの荷物には彼の肖像画が。

 

 

「あ、そうだ! イヴ、これあげる!」

 

「?」

 

 

ふいにそう言ってメアリーは自分の造花、黄色い薔薇をイヴに差し出した。

お礼を言ってそれを受け取るイヴ。そんな彼女にメアリーは嬉しそうに微笑む。

 

 

「ねえイヴ! さっきお花屋さんに教えてもらったんだけど、黄色の薔薇の花言葉ってしってるー?」

 

「え?」

 

 

何だろう?

たしか――

 

 

「嫉妬?」

 

「うん、でもまだあるんだよ!」

 

 

黄色い薔薇は嫉妬、不誠実。そして――

 

 

「友情なんだよ! だからイヴにあげるね!」

 

「……! ありがとう!」

 

 

きゃっきゃっとはしゃぐ二人。

それを暖かい目でギャリーは見ている、これからもっと楽しい事が待っているだろう。

もっと、いろんな事をして遊ぼう。彼は心にそう決める。

 

 

「ギャリーにも今度あげるねー!」

 

「はいはい、ありがと」

 

 

上機嫌のメアリー。

だが彼女はイヴの耳元に近づくと、先ほどのイヴみたく真面目な表情になる。

 

 

「あのね、イヴ……」

 

「え?」

 

 

イヴにだけ聞こえる声でメアリーはささやく。

 

 

「赤い薔薇の花言葉はね――」

 

「……!!」

 

 

 

 

 

 

夕方、外で遊んでいる子供は帰る時間だ。

夕飯の為に帰る親子や、子供達に混じってギャリーもまた街を歩いていた。

 

背中にははしゃぎ疲れたのか、すやすやと眠るイヴとメアリー。

こんな姿を見てると、やっぱりまだまだ子供なのだとおかしくなってくる。

 

 

「それにしても……」

 

 

ギャリーは胸ポケットに輝く赤い薔薇を見る。

先ほどイヴから貰ったこの薔薇、それ自体は別になんともないのだが渡すときのイヴが気になった。

ただ薔薇を渡すだけの行為なのに、あの時の彼女は異常に顔が赤かったのを覚えている。

 

 

『ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃギャリー……こ、これっ! これあげる!!』

 

 

そんな感じでもらった赤い薔薇。一体なんだったんだろうアレは?

 

 

「ん?」

 

 

その時ふとギャリーは花屋の前を通りかかる。

そこには赤い薔薇が売られていたのだが、なにやら花言葉も一緒に記載されていた。

そう言えばイヴに黄色い薔薇を渡したメアリーは、花言葉がどうのこうの言っていた。

もしかしたらイヴもそうなのかもしれない。

ギャリーは同じ赤い薔薇と言う事で、早速花言葉を見てみる。

 

 

「………あらまあ」

 

 

赤い薔薇は愛情、美、模範的。そして――

 

 

『あなたを、愛します』

 

「………」

 

 

なんて魔性の女。

ギャリーはすやすやと眠るイヴを見てつくづく思う。さて、明日はどんな事が待っているんだろうか?

彼ははそんな人生の喜びを感じながら、ゆっくりと帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

『エピローグ』

 

 

その後は遅いからと言う事でギャリーの家に一泊したイヴ。

メアリーといつまでも遊んでいたい様子ではあったが、両親も心配するので一旦別れる事に。

ちなみにメアリーはギャリーの家に住む事になった。経済的な面でもギリギリ大丈夫だとギャリーは笑う。

 

 

「忘れ物は無い?」

 

「うん」

 

 

リビングではデュシェの絵が飾られている。

さあ、後はイヴを家まで送ればいいだけだ。メアリーもついてくるので、道中は軽いピクニックである。

 

 

「あ、そうだ。メアリーちょっと先に行ってて」

 

「うん、いいよ」

 

 

そう言ってパタパタと玄関に向かっていくメアリー。

ギャリーはその隙にイヴを近くに呼んだ。

 

 

「イヴ……」

 

「何?」

 

「昨日のバラ、ありがとう。嬉しかったわ」

 

「う、うん」

 

 

頬を染めてはにかむイヴ。

そんな彼女を見ているとちょっと意地悪したくなってしまう。

 

 

「花言葉の意味は知ってるの?」

 

「!!」

 

 

真っ赤になってアワアワと震えるイヴ、しかしやがて無言で目をそらしながらもコクンと頷いた。

 

 

「そう、じゃあ――――」

 

 

覚悟を決めたように微笑むギャリー。

彼は屈んでイヴと目線を合わせると、そのまま頬に軽くキスを。

 

 

「!」

 

「今度、私も赤いバラを貴女に送るわね」

 

 

それを聞くと真っ赤になりながらもイヴは満面の笑みを浮かべた。

そして立ち上がろうとしたギャリーの肩をつかむと、そのまま背伸びをして自分の唇を、ギャリーの唇へと押し当てる。

 

 

「………」

 

 

!?

 

 

ふにゅりとした感覚が離れると、イヴは赤面し嬉しそうに玄関へと駆けていった。

どうやら今の言葉を告白、もしくはプロポーズと勘違いしたようだ。

ギャリーとしてはそこまで深い意味は……あったかもしれないが、よもやここまでとは――

 

 

「おやおや、やりますなギャリーさんも」

 

「ブっ!!」

 

 

いつのまにか背後には腕を組んでニヤニヤ笑っているメアリーの姿が。

 

 

「アンタ何で!?」

 

「あんな適当な言葉でメアリーちゃんをどかそうなんて無駄無駄!」

 

 

結婚式にはちゃんと呼んでよ?

メアリーはジャンプでギャリーにおんぶすると耳元でからかうように囁いた。

 

 

「ロリコンと言う茨の道を行く勇気、やはり君は人間の中でも勇者だよ」

 

「ブゥウウウウウウ!!」

 

 

おまけに壁にかけてあったデュシェの肖像画が思い切り喋って表情を変えている。

同じくニヤニヤと笑う彼、どうやら外には出られないが外の景色は確認できるらしい。

しかもうっかりさんがいなくなったからなのか、普通に会話もできる始末である。

 

 

「という訳でボクも今日から同居人さ、よろしく」

 

「わーい! デュシェもいっしょー!!」

 

「………」

 

 

背中にぶら下がる新同居人と、壁にぶら下がっている新同居人2。

やっかいな家族が増えてしまった、ギャリーは思わずうめき声をあげる。

 

 

「まあいいわ、イヴが待ってる。行きましょ」

 

「うん! 出発ーッ!!」

 

 

大変なことはまだまだあるが、楽しくなりそうだ。

ギャリーは大きな期待に胸を躍らせ、笑みを浮かべたのだった。

 

 




かなり昔に書いた小説を移転させたので誤字とか多かったらすいません。
Ibはフリーゲームの中で一番ハマッた作品なので、これを読んで、まだIbをやってないと言う方がいれば是非、やってみてください。

では、お疲れ様でした。
この作品を読んでいただいて本当にありがとうございました。

※この作品は別サイト『小説家になろう』様でも掲載させていただいてます。
 (小説家になろうでは、Ibは投稿オーケーの二次創作となっています)


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