オルタンシア学園 (宮橋 由宇)
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入学~オルタンシア学園~
「ここが..オルタンシア学園か.....」
桜吹きすさぶ校庭で一人呟く。
聞く者は居ない。誰に聞かせるでもなくただ己の居場所を確認し、肯定するために俺は一人呟いた。
そう、今俺がいるのはこのオルタンシア王国最大にして最高の学園。オルタンシア学園。
俺はアルフレッド・オーベル。
この春入学したばかりのピッカピカの一年生だ。
「取りあえず、マリユスと合流するかな....」
共に入学した少年を思い浮かべる。
同じクラスになれると良いのだが、まあ他のクラスでもたいした問題ではないだろう。結局は家で会えるんだから。
「もうすぐ始業式だな.....」
アリーナに向かって歩き出す。
桜舞い散る校庭から、春の足音が聞こえてくる。
───楽しい学園生活になりそうだ。
2
「やあ、アル。同じクラスだな」
「マリユス!」
始業式を終え、クラス発表が出た。俺のクラスは1ーA。クラス分け表を見たときには気づいていたがマリユスも同じクラスらしい。
「クラスまで同じになるなんてな」
「確かに。でも一学年にクラスは三つしかないみたいだぞ?」
「そうなのか?なら珍しいと言うほどでもないか」
マリユスは子供の頃からの腐れ縁で所謂幼なじみだ。正義感が強い奴で、悪を挫くためなら容赦はしない。
マリユスは両親の事情から俺の家に暮らしている。俺にとって家族同然、兄弟みたいな関係だ。
「なぁ、お前らも1ーAか?」
突如かけられる声。反射的に振り向く、いたのは青いボサボサの髪を持った男だった。
「お前は?」
「俺はデフロット。お前らと同じ1ーAの生徒だよ。よろしくな」
「ああ、俺はアルフレッド。よろしく」
そう言いながら差し出された手を取る。しかしマリユスは、
「同い年?……その顔で?」
「どう言う意味だコラ!確かによく実年齢より上に見られがちだけどよ!そこまで言うことねーだろ!?」
「あ、悪いつい本音が出てしまった」
「全く謝る気なくねぇ!?」
マリユスがからかい、デフロットが突っかかる。端から見ているとコントみたいだ……からかって、いるんだよな?本当に本音じゃないよな?
「まあ冗談はここまでにしとこう。デフロット、僕はマリユスだ。よろしく」
「お、おう、いきなり素に戻るなよ、びっくりすんじゃねぇか……あー、まあ、よろしくな」
先ほどと同じようにマリユスの手をデフロットが取る。
そうしたところでちょうどチャイムが鳴り響いた。
各々が自分の席に座る。
俺が座り付くと同時にガラッと音を立てて扉が開いた。
「1ーA全員いるな?私はゲオルグ。君たちの担任となる。これから一年よろしく頼む」
入ってきた先生がそう言って小さくお辞儀をする。
あたりからパチパチと拍手の音が聞こえた。
「早速ではあるが、君たちには五人づつの班を作って貰いたい。立派な騎士になるためにはチームプレーも欠かせないからな。バランスも重要だ。よく考えて決めて欲しい。30分後にまた来る。それまでに決めておいてくれ」
先生はそれだけ言うと出て行った。
しかし、班決めか……マリユス、デフロットをは誘うとして、後の二人はどうするか……
「まあ、とりあえず声かけていくか」
立ち上がり辺りを見回す。
そして俺は手近にいた、金髪の少女に向かって歩いて行った。
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2話「試練~身体測定と言うか身体能力測定~ 前編」
「ちょっと良いかな?」
「え?」
俺は前の席の金髪の少女に話しかけた。(因みに出席番号順ではない。来たときに適当に選んで座る。)少女はきょとんとした顔で振り向きこちらを見た。
「私?」
「うん。俺はアルフレッド。君は?」
「私はアリアよ」
少女、アリアは花も恥じらう笑顔で返す。
それを見たデフロットが鼻の下を伸ばし、マリユスが制裁を加えている……いやまあそれは今はいい。
「それで私に何か用? 」
「ああ、俺たちの班に入ってくれないか?あいにくと男ばっかりだが」
そう言いながらマリユスとデフロットを指す。また鼻の下を伸ばして手を振るデフロットをマリユスは容赦なく叩き潰す。咳き込むデフロットをまるでゴミを見るかのような目で見下ろすマリユス。まったく……何をしてるんだあいつらは……
「ふふっ、楽しそうね。いいわよ。あなたたちの班に入ってあげる」
アリアはそれを見て楽しそうに笑う。
そして、そう言った。
「ありがとう。となると最後の一人は女子が良いか……」
男四人に女子一人ではやはり問題があるだろう。となると誰に頼むか。
悩んでいたところにアリアが話しかけてくる。
「ねぇ、だったら私に選ばせてもらってもいい?」
「え?あ、ああ問題ない」
「じゃあちょっとまっててね」
アリアが立ち上がり一人の少女の元へ行く。
そしてしばらくして一人の少女を連れて帰ってきた。
「あなたがアルフレッド?」
「ああ。君は?」
「私はマリー。よろしくね!」
アリアにも負けず劣らずの笑顔。案の定デフロットが撲殺されたが見なかったこととする。
「そっちの二人は?」
「僕はマリユス。よろしく、アリア、マリー……で、こっちが変態パンツ仮面」
「どっから出てきたそのあだ名!?変態でもねぇしパンツも被ってねぇよ!」
「ああそうか、すまない。分かりづらい名前だから間違えてしまった」
「嘘だよなぁ!?そして本当だとしてもその間違えは絶対にない!……ったく。俺はデフロットだ、よろしくな」
「うん!よろしくね!アルフレッド、マリユス、デフロット!」
笑顔が似合う少女だな、とそう思った。
班が決まって、しばらくすると先生が戻ってきた。他の班も決まっていたようで先生はそれぞれの班を見渡して満足そうに頷く。
「よし。班は決まったな。この学園でのチームの授業は全て班ごとに受けて貰う事になる。その第一としてまずお前達には身体測定を受けて貰う。女子男子は勿論別だが、受ける時以外は五人で行動してくれ」
「身体測定か……」
背はどれくらい伸びているだろうか?
少しは伸びてくれてると良いのだが。
マリユスの異変に気づいたのはそんな他愛もないことを考えていたときだった。
「身体測定……だと……」
「マリユス?どうかしたのか?」
「い、いや!何でもない!何でもないんだ!」
「そ、そうか……」
必要以上に動揺するマリユス。どうしたのだろうか?特に問題はないはずだが……
「ああ、あと一つ注意点をいっておく。この学園の身体測定は少し特殊だからな、死なない程度に頑張れ。以上だ」
『!?』
全員が反射的に先生の顔を見る。しかし先生は意にも介さずそのまま出て行ってしまった。
『……』
教室が静寂に包まれる。
アルフレッド達が知るよしもなかったが、このときほぼ同じタイミングで他のクラスの生徒も先生から同じ台詞を言われていた。
それにより全一年生の思考がはからずしも一つになる。
彼らの思考を集約し、表現するならこの一言しか在るまい。すなわち..
『これから……何が起ころうとしているんだ?』
2
幸い何事もなくアリア達とも合流できた。
近いところから回っていこうと言うことになりまずは身長、体重、座高を測るためアリーナに行くことになった。アリーナの中は生徒達が予想以上に多く長蛇の列ができていた。皆、考えることは同じなようだ。
「どうする?」
「うーん.....後で来るって言うのも面倒だしこのまま計っちゃおう」
「でも、ここにこんなに集まってるって事は他の所は少ないんじゃないか?先に回った方が良いような気もするけど」
「なぁー、どっちでも良いから早くしようぜー」
『デフロットは黙ってて』
「……はい(´・ω・`)……」
すごすごと引き下がるデフロット。マリーとアリアは我関せずといった感じで談笑していた。
「……まあ、わかったよ。それじゃあ先にここを済ませよう」
「すまないな。これが終わったら次は保健室の内科検診にいこう」
「ん、わかった。三人共!ちゃんと聞いてた?」
「ええ。先にここを済ませて、その後内科検診に行くんでしょう?内科検診を一緒に受けるわけにも行かないし、ここが終わったら一旦分かれましょうか」
「そうだな、そうしよう。それじゃあ行こうか」
そうして、列に並ぶ。
その後俺たちは、予想より一時間もかかったものの無事に終わり、アリア達と分かれて内科検診をする2ーAに向かった。
「ここか」
「そうみたいだな」
2ーAの教室のドアには大きく『内科検診 最高のひとときを楽しみましょう?』と書かれた張り紙が貼ってあった。
「……何だろう、凄く嫌な予感がするぜ」
「甚だ不本意だが今回ばかりは同意するデフロット。僕もかなり嫌な予感がしている」
「……ま、まぁ入らなきゃ何も始まらないし、早めに終わらせよう」
「そうだな」
「ああ」
ドアノブを回そうと手を伸ばす。
その直前でガチャリと音を立てドアが開いた。
出てきたのは一人の青年だった。
ここの生徒らしく、制服を着ている。
ネクタイピンの色からすると……2年だろうか?
「ん?君たちは……」
青年は俺たちに気づいて一瞥する。
「あぁ、新しく入ってきた一年生かい?」
「はい、俺はアルフレッドです。こいつらは……」
「マリユスです」
「デフロットだ」
「アルフレッド……ああ、オーベルの所の……
俺はレオン。2ーBの議長を務めている。よろしく頼むな」
クールな微笑と共に先輩が差し出してきた手を握り返す。
しかし、先輩はすぐに苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「……君たち内科検診はまだだろう?」
「え?あ、はい。今から行くところです」
「一つ忠告しておく……内科検診には気をつけろ……」
「はい?」
気をつけろ...とは何を気をつければ良いのだろうか。
レオン先輩のいっている物が俺が想像している物と同じなら気をつけるようなこと何てないはずだが...
「いや、正確にはそれを担当しているジャマル先生には気をつけろ、だな。……何せあの人は男なのに女子の分も担当しその上、男女構わず陵辱された気分にさせるからな……」
「……」
何されたんですか。と声に出して聞く勇気は俺にはなかった。
そして、マリユス達の言う嫌な予感が当たってしまったことに嘆く余裕も、俺にはなかった。
何だろうなぁ.....もう少し長く書けない物かなぁ.......
精進せねば。
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3話「試練~身体測定と言うか身体能力測定~ 後編」
「さて.....と.....これでだいたい終わったかな?」
校舎と第一アリーナでの検査はあらかた終わり、一人小さく息をつく。因みに、アリア、マリーの二人とは既に別れており、マリユス、デフロットと三人で行動していた。
「みたいだな。後は第二アリーナと運動場だけど.....」
マリユスが支給された地図を見ながら冷や汗を垂らす。
......まあ言いたいことは判る。「反復横跳び」とか「走り幅跳び」とかはまだわかるとしても、「砲丸投げ」とか「32.195㎞走」とか「500mシャトルラン(30回以下で脱落した者はベルトラン先生の特別授業)」とかがあれば誰だって固まる。で、その後二度見する。
「SM測定」に至ってはもはや意味が分からない。
これらが先生の言っていた「少し特殊」な部分なのだろうか。そうだとするならば一つ訂正したい。「少し」ではなく「ものすごく」あるいは「恐ろしく」特殊だ。
身体測定と言うより身体能力測定と言った方が良いだろう。
「....まあとりあえず行ってみようか。」
「どっちを先に回るんだ?」
「アリーナから行こう。いちいち履き替えるのも面倒だろう。」
「わかった。おいデフロット!行くぞ。お前が変態なのは分かったから裸で逆立ちなんかしてるな気色悪い。」
「いや、してねぇよ!?」
デフロットの声が聞き届けられることはなかった。
アリーナの前まで皆無言で歩く。しかし、わいわいがやがやとした騒がしい声が途絶えることはない。
そして、アリーナの扉を開けた。
そう
開けてしまった。
俺たちは扉を開ける前に気づくべきだったんだ。
無言でも声が聞こえてくるという違和感に
あたりには誰もいないという事実に
そして、
聞こえてくるのは全て、アリーナの中から聞こえてくる悲鳴や嬌声だと言うことに。
ガララッ
「もっと!もっとだ!もっと腰を振れ!そう!もっとだ!」
「さぁ!もっと啼きなさぁい?クスクス..アハアハハハハハ!!」
...ボキッ...
「あ、今シリアスの砕ける音がした。」
「奇遇だなアルフレッド。僕にも聞こえた。」
「何言ってんだお前ら。シリアスなんてそもそも無かっただろ。」
『それもそうか』
...........うん、もう深く考えないようにしよう
。
「さて、それじゃあどれからやっていく?」
「無難に反復横跳びからで良いんじゃねぇか?」
「それもそうだな。よし、じゃあ反復横跳びからやっていこう。」
「あぁ。」
①『反復横跳び』
「次はお前らか。俺はベルトラン。体育の教師だ。アルフレッドにマリユス、それに首から下は変態仮面....じゃないデフロットか。早速だが、反復横跳びの測定を始めるぞ。
腰を落とせ!いいか!大事なのは腰だ!腰の振り方だ!とにかく腰を振れ!いいな!?
いくぞ...スタート!そうだ!もっと!もっと腰を振れ!もっと、もっとだ!限界まで振れ!端まで届いてなかろうがかまわん!とにかく腰を振るんだ!そうだ!それで良い!もっと振るんだ!違うそうじゃない!腰を振るんだ!もっと!もっと!そうだもっと振れ!とにかく振れ!そうだ!振れぇぇぇぇぇ!!!!!」
『うるせぇぇぇぇ!!!!!』
「何で首から下は変態仮面なんだよぅ.....(´・ω・`)」
②500mシャトルラン(30回以下で脱落した者はベルトラン先生の特別授業)
「よし!次はシャトルランだ!注意することは同じ!とにかく腰を振れ!いいな!?もはや首から上も変態仮面も分かったな!?
ではスタート!そうだ!最初は余裕を持って腰を振れ!最後にバテたくなかったらな!そうだ!それで良い!そろそろ少し強めに腰を振れ!もっと振るんだ!遅れてきてるぞ!もっと腰を振れ!そうだ!絶対に遅れるな!そろそろきつくなってきただろう!もっと振りを加速させろ!限界を超えろ!振れ!振れ!限界を超えてまだ先へ行け!振れ!そうだ!もっと腰を振れ!いいぞ!振れ!振れ!振れぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
『だからうるせぇぇぇぇ!!!!!』
「何でもはや首から上も変態仮面にランクアップしてるんだよぅ.....何もしてねーじゃねぇかよぅ...(´・ω・`)」
③砲丸投げ
「よっしゃあ!最後は砲丸投げだぁ!因みに砲丸は一つで3トンあるから気をつけろよ!特にそこのもはや存在が変態仮面!ちゃんと確認してから投げろよ!それじゃあ行くぞ!スタート!いいねぇ!そうだ!その腰の振りを覚えとけよ!違う違う!そうじゃない!もっと大きく腰を振るんだ!そうだ!それで良いんだよ!もっと大きく振ったらさらに良くなるぞ!おい!そうじゃない!腰の振り方はこうだ!ちゃんと振らないと力は出ないし飛距離も伸びないぞ!いいぞ!そのフォームだ!その力加減だ!その腰振りだ!今だ!投げろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
『いいかげんにしろぉぉぉぉぉ!!!!!!』
「なんかもうどうでもいいや.......変態で良いよもう.......(´・ω・`)」
●SM測定
「それじゃあはじめるわよぉ。私はデュケーヌ。生徒だけど手伝わさせて貰ってるわぁ..まずはSかMかを見るわねぇ。そんなおびえないで、簡単な質問からよ..クスクス.....それじゃあ最初にして最後の質問。縛られるのと縛るのはどっちが良い?......そう..じゃあほんとかどうか実践してみましょうかねぇ....それじゃあ、存分に楽しみましょう♪クスクスクス♪」
『イ”、ア”ァ”ァァァァァァァァァ!!!』
「はいはーい!俺はMです!なので踏んでくださいおねーさーん!!!!....はっ!?い、いや違う!俺は変態じゃない!へんたいじゃないんだぁぁぁ!!!!!」
......とまあ色々あった物の、身体測定はおおむね無事に終わった。ただ第二アリーナに入ってからの記憶が無い。思い出そうとするとなぜだか体が震えて思い出せない。何があったのだろうか。
記憶は無い、だが分かる。分かるからこそ思う。
俺は、いや俺たちはもう二度と、あの地獄への扉を開けるべきではないのかもしれない....
(まあ、来年の身体測定で嫌でも行くことになる訳ですが)
やっべ超短ぇ........もっと長く書かねば。
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4話「教師~やはり皆何かがおかしい~」
オルタンシア学園に来て三日が経った。今日は色々と個性が強...強すぎる先生方の一部を紹介していこうと思う。
1時間目『歴史』
「オルタンシアの歴史を知るにはまず最初にマゴニア文学、それにおけるマゴニアとは何か知っておいて貰わないといけませんね。マゴニアとはあなたたちも知っている数々のおとぎ話、その根幹となる力のことを指します。また、マゴニア伝承の起源といわれている楽園の島。それそのものをマゴニアと指すこともあります。一般的にはおとぎ話の総称のように思われているマゴニアですが実際には逆で、マゴニアの力でおきた事象、そしてそれを語り継ぎ、書き綴ったものがマゴニア伝承であり、マゴニア文学なのです。炎竜に黄金の土人形、植物の国などのおとぎ話はあなたたちも聞いたことがあるかと思います。これらのおとぎ話に登場する物は現実ではあり得ない物ばかりです。ですが、マゴニアのおとぎ話は所謂『作られた物語』ではなく、過去に起こった事実を記録した物なのです。故に伝承、おとぎ話に登場する物は遠い昔、確かに実在したのです。では何故マゴニア伝承として語り継がれている物だけがこの世界から姿を消したのか。その理由、そして原因はマゴニアの力そのものに関わってきます。マゴニアの力の考察については色々と議論されていますが、今の所一番有力な説は「心象の投影」です。簡単に説明するならばマゴニアの力は『心で思い描いた物を現実にする力』なのです。この説が有力といわれている理由としてはマゴニア伝承の中にこの力が描かれている物がある。あるいは、この仮説を当てはめることで納得いく伝承がある。と言ったところでしょうか。有名な物としては「トロン洞の魔物」があります。トロン洞の奥深くには魔物を生み出す泉がありその泉の主は相手が一番嫌な物に姿を変えることができる。と言う伝承です。相手が一番嫌な物に姿を変えるためには相手の心を覗き、無意識下でも嫌だ、苦手だと思っている物を見つけ出さなければいけません。マゴニアの力はそんな相手の中にいる嫌な物を現実として探し、見つけ、生み出す。時には竜と、時には魔物と、時には人狼として。それはまさに心象の投影の仮説がぴったりと当てはまります。勿論まだ全てが解明できたわけではありません。ですがマゴニアの力はこの仮説から大きく外れてはいないでしょう。私がそう思うようになったのは三年前の魔物の発生を見てからです。私はこの魔物達は人々の不安、恐怖、絶望などの負の感情から生みだされたとかんがえています。そして、その魔物達は──」
「あの......ヴェラ先生...」
「──.....はい、何でしょうアルフレッド君。」
途中で口を挟まれたのが気に入らないのか、ヴェラ先生は少しむくれた顔で返す。その顔は可愛い。可愛いのだが今はそんなことは微塵も関係なく──
「このマゴニアについての話.......いつまで続くんですか?」
「え?あぁ確かに言っていませんでしたね。すいません。」
良かった、終わりはあるのか。もし「え?卒業までずっとマゴニアですよ?」何て言われていてらどうなっていたことか...
「マゴニアについての話は三年間あります。ちゃんと全部覚えてくださいね。」
................先生。これは「オルタンシア」の歴史じゃない。「マゴニア」の歴史だよ.............
2時間目『商業』
「商業科目担当のジルベールです。よろしくお願いしますね。それではまず デットエクイティスワップ(DES)について勉強していきましょ── 」
「すいません、その前に一つ良いですか?」
チャイムと同時に来て、何だかよく分からないけど確実に入学最初の授業で習うような物ではないレベルものを話しかけたジルベール先生を呼び止める。
「はい、何でしょう?アルファベットくん。」
「アルフレッドです。...先生が腕に抱いてるその人形なんですか?」
そして、入ってきたときから気になっていたジルベール先生が腕に抱く人形を指してそう言った。
「ああ、これは私の祖父の形見なのです。これを持っていると大商人だった祖父の力を借りられるような気がしましてね。肌身離さず持ち歩いているんですよ。」
「そうですか.....」
その人形はかなり個性的...言ってしまえば悪趣味だった。ジルベール先生の祖父はかなり特殊な感覚の持ち主だったよう──
「それに、凄く可愛いでしょうこの人形。もう我々の家族全員がこの人形の虜ですよ。」
...失礼、先生一家は、に訂正しよう。
「ダメだコイツ......」
「全く同感だ....」
デフロットとマリユスの声が聞こえてくる。
おいダメだろ、そんな本当のこといっちゃあ。
「そうだ.....!」
デフロットが面白いイタズラを見つけた子供みたいな顔になる。おい、やめろよ、何する気だ......
デフロットは懐から七色に輝く前に『聖王』とか付きそうな石を取り出すと黒板に何かを書いている先生の人形に狙いを定め.....
「えいっ☆」
ガシャァァァン!!
「イヤァァァァァァァァーーーーー!!!!!!私の人形がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
(((なにやってんだよぉぉぉ!!!!!)))
イタズラが成功した子供のように小さくはしゃぐデフロットを尻目に、教室中の生徒(デフロットは除く)が冷や汗を垂らす。
数秒後、目に見えるほどの憤怒のオーラを振りまきながら、ジルベール先生がゆっくりと振り返った。
「....今、私の人形に向かってお金で出来た石を投げつけたのは誰ですか?」
先生の雰囲気にさすがにやばいと思ったのかデフロットは小さくなって俯く。
だが、さすがにやったことが大きすぎた。他の生徒達がデフロットを庇う義理はない。一人を守るために自分たち全てが犠牲となるか、一人を見捨てて、自分たちが助かるか...選ぶのはどちらか言うまでも無いだろう。
『『デフロットがやりました!!』』
「ちょ!?」
「....わかりました。デフロット君ちょっときなさい。特別指導です。」
デフロットをずるずると引きずっていく先生。去り際に「黒板に書いた文は写しておいてください。後は自習です。」と言って扉を閉めた。
.........うん、怒らせちゃいけない人って.....いるよね.....
※因みにデフロットは次の時間ぼろ雑巾のようになって帰ってきました。
3時間目『体育総合』
「さて、と.......」
体操服を持って立ち上がる。
次の時間は体育。この学園は体育系の授業が多くに分かれているので、基本的な体育は体育総合と言う名前になっている。
「...担当が『ベルトラン』先生って言うのがなーんかいやな予感がするんだよなぁ......」
体を動かすのは嫌いではないが正直今回は気乗りしない。理由は上記に述べた通りだ。
俺たちの中ではもはや禁句になっているが、身体検査の悪夢は未だに俺たちの中にトラウマとして残っている。
「まあ、どうにも出来ないのが現状だけどさぁ.....」
さすがに今回は何もないだろう...と思う....
アレは何かの間違いだったんだ......多分.......
「ん?どうしたんだマリユス?」
着替え部屋の前で止まって妙にそわそわしてるマリユスに声をかける。そういや身体測定の時もこんなだったよな....どうしたんだろう?
「い、いや!何でも無い。僕は別のところで着替えてくる、授業にはちゃんと間に合わせるから心配するな!」
「あ..ああ...」
身体測定の時と同じように、どこかへと走って行くマリユス。
どうしてそこまで嫌がるのか。理由が分からず少し傷つくアルフレッドであった。
「では、今日は腰振りの練習をする!」
『ですよねぇ!』
先生の告げた授業内容があまりにも予想通り過ぎてつい声をあげてしまう俺達。
ああ......悪夢がよみがえる.......
「と言っても、特に特別なことはしないがな。亀甲縛りをしてコイキングのはねるを実践をするだけだ。」
「それを特別と呼ばずして何という。」
「.......異質?」
「その通りだよ!けどそう言うことじゃねぇよ!」
「デフロット、抑えて。」
「そうだぞ亀甲縛りのはねるを想像して興奮してるのは分かるが少し抑えろ。」
「テメェもなぁ!その毒舌少しは抑えれんのか!」
「無理だな。」
「即答!?」
いつの間にか授業そっちのけで言い合う二人。.......おーい...後ろ後ろー....
「だいたい、お前が変態なのが──!......いや、何でも無い、授業に戻ろう。」
「ああ!テメー今何言いかけた!もう一度言ってみ..──」
ガシッ!
「ヒッ!?」
デフロットの頭をつかむベルトラン先生。ああ、終わったな..デフロット.........
「デフロットォ....俺の授業で良い度胸だなぁ.....良いぜ、てめえだけ特別授業だ。こっち来い。」
「ちょ!?まてって!何で俺だけ!痛い!引きずるな!クソッ、何で俺だけぇぇぇぇぇ!!!!!」
ずるずると引きずられて行くデフロット。
アリーナの中は、授業がなくなったことに対する安堵感やら、引きずられていく級友に対する同情やら、次は自分かもしれないという不安やらで、何とも言えない空気に包まれていた。
※因みにデフロットは結局帰ってこず、次の時間には何故か赤い肉界がデフロットの席におかれていた。
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5話「重愛~重すぎる愛は時にヤンデレの領域に片足を突っ込む~」
キーンコーンカーン........コーン.......
(何で間があったんだろう....)
「よし、じゃあ今日はここまでだな。議長、挨拶。」
「起立!礼!着席!」
フェルナンド先生の授業が終わる。
議長のアリアの声に合わせて起立し、礼をして、着席する。
フェルナンド先生が出ていくと、教室の中はが
と騒がしくなり始めた。
「ちょっと良いか?」
その中で、一人の男子生徒が俺たちに声をかけてきた。
「ガルム?どうしたんだ?」
男子生徒、ガルムは少し疲れたような顔色と声音で、そう話しかけてきた。
「いや、少し相談に乗って欲しいことがあってな....」
「良いけど、何なんだ?相談って」
「ここでは少し話しづらい、場所を変えよう。」
言うやいなやすたすたと歩いて行くガルム。
心なしかその動きもどこかぎこちない。
「....どうしたんだ?」
「...さぁ?」
マリユスと二人首を傾げる。
しかし答えが出るはずもなく、よく分からないままガルムについて教室を出た。
2
「で、何なんだ?話ってのは?」
校舎の裏まで来て「ここで良い」と言ったガルムに、俺は改めてそう聞いた。
「ああ....けどその前に、カルディナとロザリー、この二人を知っているか?」
「?...ああ、同じクラスなんだから一応知っているが....」
意味が分からないまま取りあえず答える。
「なら話が早い。相談って言うのはこの二人に関することなんだ。」
「その二人と何かあったのか?」
「ああ...実は二日前、カルディナ槍の稽古を付けて欲しいと頼まれたんだ。」
「へぇ...」
これには素直に驚いた。
ガルムが稽古を付けてくれと頼まれたことに、ではない。彼はそれだけの実力を持っているし、一年とはいえ無い話ではない。
驚いたのはカルディナが稽古を付けてくれと頼んだことに関してだ。
彼女もガルムには及ばないものの、かなりの実力の持ち主だったはずだ。
何か強くなりたい理由でもあるのだろうか。
「凄いことじゃないか!何が問題なんだ?」
「ああ、いや稽古をつけてくれと頼まれたことに関しては何も問題は無い。俺も頼まれたからにはできる限りはつけてやりたい。けど、ロザリーがな..........」
「ロザリーがどうしたんだ?」
「アイツがいつも俺の周りにいるのは知ってるだろ?慕ってくれてるのは嬉しいんだが、アイツは俺に近づく奴をことごとく敵視する傾向があってな。......ぶっちゃけると、昔俺に告白してくれた奴を半殺しにしたことがある。」
『..........』
ガルムの言葉に、二人そろって思考停止する。
二の句が継げずにいると、ガルムは疲れ切った笑い声を響かせながら話を続けた。
「ははは.....普段は良い奴なんだがな........少し考え方が過激というか...........正直今回は俺の手に負えない...」
「で、俺たちに頼んできたと。」
「ああ、コレットやレオにも頼んだんだが、コレットは俺が相談する前に「ちょっと!そんな顔してちゃ人生楽しくないよ!ほら、笑って笑って!あはははは!!」と言って俺の顔をさんざんいじくり回した後どこかに行ってしまい、レオは相談は聞いてくれたんだが「リア充め」と一言言って結局手伝ってはくれなかった......」
『..........』
何だろう、少し可愛そうになってきた。
「先に声をかけたのがその二人なら、僕たちに頼んだのはデフロットに代わりを頼むためか?」
「ああ、1-Aで槍使いは後はデフロットだけだからな。」
「なら残念だけど諦めた方が良い。あの変態に、稽古を付けるだけの実力は無い。....それに何より、アレが個人で稽古とか不安すぎる。絶対に手を出す。絶対に。」
「おいマリユス、いくら何でも言い過ぎじゃないか?さすがのデフロットもそこまでの変態じゃない.......はず.........多分......」
マリユスのあまりの物言いに、ついとっさに反論しようとする。が、悲しいかな、言ってる内にどんどん自信が無くなってくる。
「そうか.....」
「あ、でも、デフロットが使い物にならないってだけだからな。僕たちが手伝うよ!」
「いいのか?」
「あんな話を聞いて放っておけるわけがないだろう。.....放っておいたらこっちまで飛び火しそうだし......」
おい、マリユス。
「....ありがとう。この礼はいつか必ずする。」
「いや、そんなたいしたことをしたわけじゃないし。それに、まだどうなるかも分からないしね。」
「そうだな....っと、もう休み時間も終わりか。」
予鈴のチャイムが俺たちの所まで鳴り響く。
「それじゃあまた。」
「ああ、本当にありがとう。」
三人で教室へと向かう。さて、少し忙しくなってきたな。
3
「リア充め」
『そう言うと思ったよ』
教室に帰り、3時間目の授業終わり、デフロットにガルムの話をすると上記の言葉が返ってきた。
「しかし、俺にその代わりをさせようとしたことは褒めてやる。カルディナは俺が代わりに手取り足取り──」
「やめんかこの変態。」
ヒュン!
「おわぁ!?おまっ!剣はダメだろ剣は!!!当たったら死んでたぞ!?」
「....死ねば良いのに..」
「おいコラ。」
「....ハァ.......頼むから真剣に考えてくれよ....」
俺の言葉にさすがにやりすぎたと思ったのかマリユスは素直に引き下がる。デフロットも渋々ながらも引き下がった。
「けど、真剣にっつってもよー、やっぱ代役を立てるしかないんじゃねぇのか?」
「まぁ、確かにな...」
「けど、代役を頼むとして、誰に頼むんだ?このクラスには他に槍使いはいないだろ?」
「大丈夫だ。俺が代わりに稽古をつければ──」
『却下。』
「............(´・ω・`).....」
「さて、このクラス外となると誰がいるか....」
「うーん....」
俺たちと交流があり、尚且つ槍術でガルムなみの腕前を持つ人物。
誰がいたか....
「あ、」
いや、一人だけいた。あの人なら、上記全ての条件を満たしている。
「どうしたんだ?アルフレッド?」
「.....心当たりが一人だけいる。ほら、レオン先輩の....」
「!..そうか、あの人なら確かに......」
俺の言葉で察したのかマリユスも納得顔になる。
「そうと決まれば善は急げだ。」
「だな。おい行くぞ変態。」
「...人の名前みたいに言うのやめてくんねぇかなぁ...」
「え?お前の名前ってデフロット・ヘムターイだろ?」
「違うわ!!!」
「どっちでも良い、行くぞ。」
またいつものコントを始めそうになったマリユスとデフロットを叱責する。そして、件の人物のいる教室、1-Bに向かって歩き出した
4
「で、私の所に来たと。」
「ああ、突然悪いな。」
「いや、良いんだ。頼ってくれるのは嬉しいしな。」
そう言って、少し照れくさそうに笑うのは、1-Bの議長にして、生徒会書記。さらには生徒会長レオンの妹という完璧超人ステータスを誇る
この人物が俺の言っていた、心当たりである。
学年でも、1、2を争う槍使いの彼女なら適任だろう。
「で、カルディナに稽古をつけてやって欲しい、と言うことだったな。」
「まあ、結論から言えばそうなるな。出来そうか?」
「ああ、そちらに関しては問題ない。生徒会書記とは言っても一年の私は名前だけみたいなものだからな。」
「そんなこと無いと思うぞ?入学式の時の代表演説とか、格好良かったしちゃんとできてたと俺は思うよ。」
「っ!....そ、そうか..ありがとう.....」
突然赤くなって俯くアーデルハイド。それを見て不機嫌そうに頬を膨らませるマリユス。そして何故か「ありゃ、ダメだな..全く気づいてねぇ....」とのたまうデフロットの声が聞こえてきた。
何なんだ.....?
「ゴホン!....それで、結局は代わりをやってくれるって事で良いのか?」
「ああ、だがその前に一つ聞きたい。」
「なんだ?」
「カルディナとロザリー。この二人には本当に意思は変わらないのか聞いたのか?」
「?どう言う意味だ?」
「カルディナには本当にガルムでなければダメなのか。ロザリーには本当にカルディナ二ガルムが稽古をつけるのがダメなのか聞いたのか?」
「.....そういや、聞いてなかったな....」
「ああ、俺もすっかり忘れていた。.....そうだな、先にそれを聞きに行くべきだった。悪い、アーデルハイド。今から聞いてくる。」
「ああ、ならカルディナの方はこちらに任せてくれ。」
「そうか、ありがとう。礼を言う。」
カルディナをアーデルハイドに任せて1-Bの教室を出る。
「お、話は終わったか?」
出たところで外で待機していたデフロットを見つけた。
「ああ、代役を引き受けてもらえることになった。けど、その前にロザリーのとこに行く。デフロット、お前も来い。」
「?ああ、分かった。けど何で?」
「本当にガルムがカルディナに稽古をつけるのがダメなのか聞いてくる。それでOKが出たら何も問題ないだろう?」
「.....なるほどな、うっし、じゃあいくか。」
「ああ。」
放課後は校舎裏で稽古をしているとガルムは言っていた。
ならロザリーもそこにいるだろう。そう考え、俺たちは校舎裏へと向かって歩いて行った。
5
「無理。」
「即答.........」
一瞬で希望は潰えました。はい。
「本当にダメなのか?」
「無理。あんなの見せられて.....大丈夫と思う方が.....どうかしてる.......」
「あんなの?」
「うん......あれは......昨日の模擬戦終わった後........」
────────────
「ふぅ..........」
模擬戦終わり、汗をタオルで拭きながらガルムを探してきょろきょろ辺りを見回すロザリー。
しかし、探し人は見つからない。一年だけとはいえこれだけ集まれば混雑するのも当然、さらに言うと武器種ごとに模擬戦の場所は離れていたため、ロザリーはガルムを見つけるのに数分の時間をかけてしまった。
「あっ...ハンス....」
目的の人物を見つけて、笑顔で駆け寄ろうとするロザリー。
――だが、
「……ぇ?」
運命とは人の想いを嘲笑う、悪辣で、辛辣な物だと言うことを忘れてはならない。
見紛うはずも無い。探し人であるガルムが前方を歩いていた。
「ハンス……?」
呆然と吐き出された少女の声は、確かに震えていた。
両の眼は限界まで見開かれ、視界に映る光景が嘘であってほしいと声なき叫びを上げる。
なぜならば、そこには――
「その
赤い髪をした、少し小柄なかわいらしい少女と............手を繋ぎ歩いていくガルムの姿があったのだから。
To Be Continued....
なんか最後変なことに........
それに場面転換多すぎですね。次から気をつけまーす.....
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6話「黒幕~やはりギャグ漫画でまともな黒幕なんて出てくるわけがない。~」
「フフフフフ..... もう、ハンスったらイケないヒト♪ ――ホント、しょうがない……――プチっと潰して欲しいってコトかな?かな?」
身の毛もよだつ憤怒のオーラを振り撒きながら、一歩、また一歩と大地を踏みしめる様に歩を進めるロザリー。
完全に瞳孔が開ききっており、張り付けたような薄い笑みと相まって筆舌しがたい
とりあえずとっ捕まえて洗いざらい吐かせよう。
具体的には浮気相手の女のこととか、模擬戦の授業でナニやっていたのかとか。
別に恋人でも、夫婦でも何でも無いのだが今のロザリーにそんな言葉は届かないだろう。
ズンズンと道路を踏みしめながら歩を進める。
木々に止まっていた小鳥達がロザリーの殺気を感じて、全力で逃げ出していく。
小動物に怯えられたというのは何気に心が痛いものの、それすらもガルムのせいにしてしまうのは、ロザリーも相当理性がトんでいるせいか。
――失礼なコ達....私が怒ってるのは全部ハンスが悪いんだから.....
憎々しげにガルム達が消えて行った壁の方を睨みつける。
ロザリーの胸中に渦巻く嫉妬の炎はとどまるところを知らない。
激情に振り回される少女がひとり、道のど真ん中で頭を抱えてブツブツ呟くのは見ていて非常に痛々しかった。
幸いと言うか、辺りに人影は無く、醜態を人目に晒す事だけは阻止出来たと言う訳だ。
――だったのだが
「彼女、カルディナが君の大事な彼と何をしていたのか、知りたくはないかい?」
「!?」
突如として響く声に驚きを隠せないロザリー。
振り返る先、果たしてそこにいたのは.....
「.......変態?」
「誰が変態だ!!!」
怪しげなマスクをつけた、上半身裸の変態だった。
「いや、だって......ねぇ?」
「くっ!私だって好きでこんな格好をしている訳ではない....ちゃんと意味があるのだ....」
よく見ると男の上半身にはいくつもの紋様が描かれている。なるほど確かにただの変態ではないらしい。
まあ、変態に変わりは無いのだが。
「それで....さっきのはどう言う意味?怪人変態マスクさん.....」
「どこぞの老け顔変態槍使い見たいなあだ名つけないでくれるか!?」
「いいから.....」
「....はぁ、まあ良い......で、さっきの私の言ったことがどう言う意味か知りたいわけだな?」
「ええ...」
「簡単だよ。彼女、カルディナとガルム...いや、ハンスと言った方が良いかな?....彼らは○○○の関係だと言うことさ!」
「なっ!.....」
高々と響く自主規制音と共に放たれた言葉はロザリーを思考停止に追い込むには十分だった。
まあ言葉だけをとるなら『男』と『と』と『女』なので規制する必要は無いのだが。そこは変態クオリティ、彼にかかればあら不思議、日常会話があっという間に規制のオンパレードに。
「変な設定つけないでくれるか!?私は至ってまともだ!!!」
.....その格好で?
「黙れ。」
「..........あなたの言葉は....信じられない....たった1時間で.....そんな関係になるとはとても思えない......」
変態が一人で何かしている間に、ロザリーはフリーズ状態から復活していたらしい。変態を睨みつけながらそう言葉を漏らす。
「まあ、そうだろうな。だが、これを見てもそう言えるか?」
そう言って変態が取り出したのは一枚の写真だった。ガルムが、カルディナを壁際に追い詰めている。俗に言う『壁ドン』の写真だった。見ようによってはキスしているようにも見える。
「なっ......」
「どうだ?これを見てもまだ信じられないか?」
得意げに笑う変態仮面。その笑みは女子高生を前にした痴漢親父のようで、見ていて非常に気持ちが悪い。
「テメェ後で覚えてろよ!」
はてさて何のことやら....
写真を信じられないといったふうに見つめていたロザリーは糸が切れたように絶望に染まった表情で崩れ落ちた。
「嘘.....嘘よ......ハンスが.....そんな.....」
「残念ながら、本当のことだ。.......だが......ガルムを取り戻す方法ならある。」
「ほんとうに!?」
「ああ、簡単なことだよ。カルディナ、彼女は『魔女』だ。」
「!?」
「ガルムは魔女の術にかかっている。そして、これは魔女がいなくなれば効果は消える。.......ほら、もうどうすれば良いか分かるだろう?」
「........あの女を殺せば.....」
「そう、君の愛しの彼は戻ってくる....だが、焦らない方が良い。魔女はそう言うことには敏感だからな....実力でねじ伏せて、その後で殺せばいい。」
この方法が最善だと言うように、自信満々に言い切る変態。しかし、ロザリーは納得してはいなかった。
「.........そんな回りくどい───」
「回りくどいことはしていられない...か?まあ、その方法をとりたい気持ちも分かるがな、なあ?『
「!?....なん...で!?」
かつての、ガルムと共に過ごしたあの場所でのコードネームで呼ばれ驚愕をあらわにするロザリー。
「あなた.....まさか........」
「おっと、勘違いしないでくれたまえ。私あの施設の関係者ではないし、あの計画に携わった者でもない。施設の崩壊後、当時の職員から聞いただけだ。」
「........そう.......」
「全く信じてないね。...まあいいさ、それは今は問題ではない。」
「とにかく、陰からの奇襲はやめておけ。それは自らの身を滅ぼすだけだ。正々堂々戦って勝ちをとれば良い。なぁに心配はいらない。君の実力なら何の問題も無いさ。」
言うだけ言って、「それじゃあ健闘を祈ってるよ」と変態仮面は忽然と姿を消した。最初出てきたときも思ったが、やはりただ者ではない。
変態仮面の消えた虚空を見つめるロザリーの目は、決死の覚悟を抱き愛しき人を取り戻そうとする
2
「と、言うことがあったの。」
((なんかめっちゃ怪しい人出てきましたけどォォォ!?!?!?))
「だからあの女だけは赦さない。ハンスは私の物なんだから....フフフフ.......」
(((こ.....こえー...........)))
「なんか、ガルムの苦労が分かった気がするよ........」
「ああ.....これはヤベぇ......さすがの俺でも躊躇うぜ......」
ロザリーの話にデフロットと二人戦慄する。マリユスは「やっぱり僕もこれくらい...」「アーデルハイドも怪しいし.....」「いっそバラしちゃおうかな....」などとぶつぶつ呟いている。正直、こっちも恐い。
「?...どうしたの?」
『何でも無いよ。』
「そう.....?」
デフロットと二人、完璧に同調した動きで左右に首を振る。
ロザリーはそんな俺たちを見て不思議そうに首を傾げた。
「.......ねぇ........もういい......?.......早くハンスのとこに行きたいんだけど.........」
ガルムには、こんな質問をするのだからいない方が良いだろうと退いて貰っている。ロザリーはそのことが気にかかるようだ。
「あ、ああ。もういい、ありがとう。」
そう言ってロザリーを見送る。
ロザリーが曲がり角を曲がって姿を消す。
『...............』
すると俺たちの間に何とも言えない空気が流れ始めた。
そんな空気の中でデフロットが小さく呟く。
「.......なんか.......あれだよな......絶対黒幕的なのいるよな......」
「そうだな....」
「と言うかあれ黒幕以外にどう例えたら良いんだ?」
『分からん。』
変態仮面のことに関しても、一度アーデルハイドと話し合った方が良さそうだ。
「こんなことを軽々と話すぐらいだ 。ロザリーも、相当追い詰められて正常な判断が出来なくなっているみたいだな。」
「ああ、カルディナが魔女だなんて、ふざけたこと言いやがるぜ!」
「それもあるが、一度ガルムにも確認した方がいいんじゃないか?写真のこととか。」
「それもそうだな。じゃあ、ガルムもつれてアーデルハイドの所に行くか。」
「ああ。」
「そうだな。」
マリユスとデフロットと共に、ガルムの元に向かって歩き出した。
んー........(^_^;)
どうしてああなった.......オリキャラなんてだすつもり無かったんだけどなぁ.........
後報告、これから更新報告は活動報告でするようにしますので。
評価、感想などいただけると嬉しいです。
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7話「相対~そうか、これが修羅場か~」
「はぁ!?」
放課後になり、誰もいなくなった教室にガルムの素っ頓狂な声が響き渡る。
運動場やアリーナから時々元気なかけ声が聞こえてくるが、校舎の中にはもう誰の姿も見受けられなかった。いるのはガルムにアーデルハイド、マリユス、俺、デフロットの五人のみ。
俺たちのいる1-Aの教室はカーテンが閉められ電気も教壇前の一つのみ。まるで秘密の会合の如き雰囲気だった。.....まあ、秘密ではあるのであながち間違いでも無いわけだが。
「で、事の真偽はどうなんだー.....って聞くまでもないか。変態の言葉は嘘。Final Answer?」
「当たり前だ!ロザリーに何されるか分かったもんじゃないのにそんなことするわけないだろう!?」
「まあそうだろうな。てか無駄に流暢な英語だったな。デフロット。どっか壊れたか?」
「その反応はおかしくねぇか?」
「まあガルムがそんなことをするとは思ってなかったけれど.....でもそうなると疑問も残るな。」
「疑問?」
「写真のことだよ。変態の言ってたことが嘘だって言うなら、壁ドンの写真なんか持ってるのはおかしくないか?」
俺の言葉に皆虚を突かれたように固まった。
数秒で戻ったアーデルハイドが肯定するように呟く。
「それは..確かに。......そのような写真.....あるはずがない....」
「でもロザリーがガルムのことで見間違えるわけ無いもんなぁ......」
「合成写真.....とか?」
「よく考えろマリユス、この時代にそんなもんあるわけ無いだろう。」
「いやメタいんだよテメーら。」
鋭く響くデフロットのツッコミ。しかし俺たちはそのツッコミを華麗にスルーした。
「で、結局の所あの写真は何だったんだ?」
「うーん.....現状は何とも言えないな......」
「............その壁ドンっていうのは、壁に手をついて覆い被さるようになっている状態のことか?」
「え?え、うん....そうだけど......」
「.......それだったら、心当たりあるかも.....」
『はぁ!?』
汗を垂らしながら蚊の泣くような声で呟いたガルムに、俺たちは驚きを隠せない。
「心当たりって......!お前まさかァ!!!!!」
「お、落ち着いてくれ!多分デフロットの考えているような意味じゃない!」
「p&muむらMく-0!!_jp!vj!gvdtつ、sol&&!」
「黙れ!」
「ゴフォ!?」
マリユスの一撃で崩れ落ちるデフロット。
.....うん、....まあ気持ちは分かるけどちょっとやり過ぎじゃないかな.......峰打ちでもけっこう痛いんだよ?......
「で、どういうことなんだ?ガルム。」
「ああ.....いや、カルディナと模擬戦をしていたとき、どこからかは分からないが矢が飛んできてな。カルディナが気付いてなかったみたいだから無理矢理壁に寄せて避けたんだ。あ、ラッキースケベ的展開はなかったぞ!?本当だからな!?」
「いや、分かってるけど....そんな焦ってたら逆に怪しいぞ?後そこの老け顔、いつまで蹲ってんだ。さっさと起きろ。」
「テメーのせいだろうが!?いつつ....」
相変わらず災難だな...デフロット。......まあ半分以上は自業自得なので同情はしないけど。
「一ついいか?」
「どうしたんだ?アーデルハイド?」
「カルディナはその時、私と会ったときのような妄信的な状態では無かったのだろう?」
俺たちがロザリーと話している間、アーデルハイドはカルディナの所へ行き、ガルムのことで説得しに行っていたらしい。しかし、自らが稽古を付けるからとカルディナを説得してみてもまったく聞き入れてはもらえなかった。挙げ句の果てに「邪魔をするならあなたも倒す」と半ば強制的に追い出されてしまったらそうだ。
そして、カルディナの方にも、例の半裸仮面が来ていたらしい。詳しく話を聞けなかったから詳細なことは分からないが、どうやらロザリーの時と同じく偽の情報を流して相手を殺すように仕向けたらしい。
それ故の質問だろう。アーデルハイドの問いにガルムは躊躇無く答えた。
「ああ、普通に強くなりたいから稽古を付けてくれないかと言ってきたよ。」
「となるとやっぱり......」
「ああ、例のマント仮面が原因だろうな。ふむ.....どうした物か.......」
そこで会話が途切れてしまう。正直に言うと、もうどうすればいいのか分からない。
「......とにかく、今日はここまでにしよう。」
「そうだな...無駄にだらだらと話していてもらちがあかない。残りは明日考えることにしよう。」
「すまないな、皆。」
「いや、いいさ。俺たちは仲間だからな。仲間の頼みなら喜んで引き受けるさ。なあ?デ腐ロット。」
「....絶対馬鹿にされた.....絶対馬鹿にされた....」
「....ははは......」
緊張が解けたからか、いつもの空気が戻ってくる。
「よし、それじゃあ今日は解散しようぜ。」
「そうだな、それじゃあまた明日ガルム、アーデルハイド。」
「ああ、またな。」
「そ、壮健でな.....アルフレッド殿......」
「むっ!」
「?どうしたんだ?」
「....ダメだこりゃ....」
千差万別。それぞれのやり方で別れの言葉を継げる。そして、それぞれの帰路へと付いた。
2
そして翌日、教室の扉を開けた先に広がっていたのは、
「........................」
「.........むー.......」
『.......ナニコレ?』
カルディナとロザリーが睨み合っている光景だった。
.........ってちょっとまてどうなってんの。何が起こったの。
状況を確認するために教室の端っこで縮こまっていたガルムに囁き声で話しかける。
(おいガルム!どうなってんだこれ!)
(いや....その.........どうやら、昨日俺たちが話していたときにまたあの変態仮面にあったらしくて......)
(........それで変態に何かを吹き込まれ今睨み合ってると.......)
(ロザリーは、今日中に決着を付け無いと相手も動くぞ.....的なことを言われたらしい。)
(.....本当、余計なことをしてくれる......)
(......すまん.....)
(いや、いいよ。ガルムのせいじゃない。)
申し訳なさそうに謝るガルムに気にするなと返す。その間も二人の睨み合いは続いており、他の生徒達はドアの外からちらちらとこちらの様子を覗いていた。
(......さて、どうする?)
(どうもこうも、止めるしかないだろ。)
(だよなぁ....でも......)
あれに割り込むのはちょっと...と躊躇うマリユス。......分かる、すっごい分かるよ。なんか両者共に黒いオーラでてるし。禍禍しいエリア形成されてるし。
と、躊躇っていた所に、小さな、しかし何故かはっきりと届く声でロザリーが喋った。
「ねぇ......そろそろひいてもらえない?.......意地汚い泥棒猫さん?」
ビキッ!
((ひいぃぃぃぃ!?))
カルディナの顔に青筋が浮かぶ音を確かに俺たちは聞いた。
そうか、これが修羅場か。
「......それは出来ない。.....私にはやることがある.....そっちこそ引いて......口うるさい小姑.....」
ビキィッ!
((やめてぇぇぇ!?!?!?))
カルディナの言葉に、同様にロザリーの額にも青筋が浮かぶ。
「そう....ひく気はないのね?」
「ええ。」
「なら..........」
限りなく長い一瞬の静寂。一気に圧縮されたような高密度の重い空気の中、相対する二人は互いに静かに話し合い、そして、
「正々堂々、戦って決着を付けましょう。」
「.....望む、ところッ!」
『え........』
『ええええええええ!?!?!?!?!?』
つい声を出してしまったのは、仕方ないと思うんだ........
定期更新の他に、クリスマス特別編も制作中です。クリスマスイブと、クリスマス当日に前後分けて投稿します。お楽しみに。
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8話「決闘~そして物語は動き出す~」
『はぁ......』
響くため息は四人分。
空気は重く、どんよりとした雰囲気を醸し出している。
教室の中はいつかの時のようにカーテンは閉められ、つけられている電気は教卓近くの一つのみ。秘密集会の再臨だった。
「......それで、どうするよ......?」
「......どうするといってもな.....どうしようもないだろう.....もう一回戦わせた方がすっきりするんじゃないか?」
「それもそうか....でも、あいつら絶対本気で殺し合うぜ?」
「女の嫉妬は怖いというからな....いや、そういう問題でもないか。」
「うーん......」
いくら考えども結論は出ず、最終的には「殺し合わない程度にやらせよう」との結論に至った。
そして、決闘の日──
『うぉぉぉ!!!!!』
『やれぇぇぇぇ!!!!!!』
『fooooooooo!!!!!!!』
「これは......どういうことだ.....?」
決闘の場所となるオルタンシア学園近郊の森。
周りは柵で囲まれ、その外側には観客とおぼしき生徒の山が辺り一面を埋め尽くしていた。
柵の出入り口らしいところにアーデルハイドを見つけ駆け寄る。
「おい!アーデルハイド!これはどういうことだ!?」
「アルフレッド殿!....その、すまない。決闘の情報がどこからか漏れていたようでな、流石にこの人数を押さえ込むことはできなかった。」
「漏れたとしたら1-Aのクラスからだな....生徒達には今回の決闘のこと、どう伝わっているんだ?」
「どうやら伝わっているのは『戦うのはロザリーとカルディナ』『この森で決闘をする』この二つだけらしくてな。他の詳しい事情は伝わっていないようだ。」
「それは....都合が良いんだか悪いんだか....」
「とにかく!ここは私とフレッド、アルフォンスの三人で抑えておく!アルフレッド殿とマリユス殿はロザリー達の元に行ってくれないだろうか。」
「わかった!頼んだぞ!アーデルハイド!」
「任されよう!」
人の波に流されるようにアーデルハイドから離れる俺たち。
その波は激しく、滝のようで流されないか少し心配になるが、アーデルハイドほどの人物であれば大丈夫だろう。
「よし、ロザリー達のところへ行くぞマリユス!」
「わかった!」
人の激流に飲まれないように注意しながら、俺たちは森の中に向かって走って行った。
2
そして三十分後、ロザリーとカルディナの決闘は熾烈を極めていた。
「.....ッ!...」
シュッ!
「ハァァァ!!!!」
ギィィン!!
ロザリーの放つ矢を、的確に打ち落とすカルディナ。
その身には未だ傷一つなく、ロザリーの矢を悉く防いでいることが見受けられた。
しかし、息は上がり、衣服が汚れているところを見れば余裕で躱せていると言うわけでは無いことがうかがえる。
それもそのはず。カルディナにはロザリーの姿が見えていないのだから。
カルディナの目が悪いからとか、そういう理由では勿論無い。これはロザリーの能力とでも言うべき物だ。
『
その名が示すとおり、姿を隠し、音を消し、気配を消し、相手から認識できなくさせる技。
これが、ロザリーの二つ名が暗殺者たる所以でもある。
この技を発動したが最後、相手は為す術も無く....いや、何かを為そうとすることすらできずに敗北する。する....はずなのだが──
「ハァッ!!」
ガキィ!
カルディナは未だに膝をつくことも無く勇猛果敢に斬りかかっていた。
どれだけロザリーが優れていると言っても、それはカルディナにもいえること。ロザリーが気配を消すことに優れているように、カルディナもまた気配を悟る能力に優れている。
『
剣を鞘から引き抜く音を、矢を弓につがえる小さな音を、斧を振りかぶる風切り音を。
ありとあらゆる音をその耳で聞き取り、そして聞き分けて必要な音のみを取り出し対応する。
剣を抜く音には槍での防御を、矢をつがえる音には回避行動を、風切り音にはその場からの一時離脱を。
的確な対応、迅速な行動で相手の攻撃を悉く看破(リピール)し、それを自分の攻撃につなげる。彼女もまた一流の騎士に違いなかった。
「ハァハァ...ハァ......!」
だが、それも体力が持っているうちの話と言うことだろう。息の上がりが大きくなるにつれ、カルディナの動きも少しづつ悪くなっていく。
それは彼女自身も感じていたことらしく、だんだんと焦りを見せるようになってきた。
しかし、それでも少女の戦いには目を見張る物がある。
自らの獲物が双槍と言う両側に穂先の付いた特殊な槍故か、ロザリーの正確無比な射撃に対する対応(リカバー)が早い。
右の穂先で第一射を防ぎ、返す左の穂先で第二射を弾く。四方八方から撃たれる矢を迅速な対応で弾き、いなし、防ぐその姿はどこか鬼気迫るものがあった。
「フッ...!」
ギィンッ!
また一つ、背後より撃ち出された矢を弾く。発射された場所を凝視してみても、やはりロザリーの姿を視認することは出来なかった。
(このままじゃ......いつか瓦解する......どうにかして攻撃を当てないと.....)
焦る気持ちを必死で押さえ込む。今ここで焦って一つでもミスれば、その瞬間カルディナの敗北は決定してしまうからだ。
相手の姿を、気配をとらえられない以上、その姿を視認してから対応するしかない。そうなるといつ攻撃が来るか分からないため、常に気を張っていなくてはいけなくなる。
そんな時に焦ってミスでもすればどうなるかは、想像に難くないだろう。
(せめて......音が聞こえる攻撃だったなら......まだ少しは楽だったんだけど......)
内心愚痴をこぼしてみるも、状況が好転することはない。今カルディナに出来ることは、どこからともなく飛んでくる矢を形見の双槍で打ち払うことのみだった。
「ハァ!!」
ギィィン!!
弾く矢もこれで何射目か。
限界とは言わずとも、少しづつ集中力が途切れてきているのを感じ、カルディナは勝負に出た。
「スゥ.....」
全身の感覚を研ぎ澄ませて、必要となる音だけを感じ取る。
小鳥のさえずる声。
──違う。
流れる水のせせらぎの音。
──違う。
木の葉と葉がこすれ合う音。
──違う。
矢を弓に番える極小さな人工音。
──!..ここっ!!
「はぁぁぁ!!!!」
ロザリーが矢を撃つより早く、音の聞こえた場所に向かって自らの最大にして唯一の武器である双槍を
「なっ!?」
自らの武器を手放すという、戦場では最大の
ガンッ!
「くぅ...!?」
槍はまっすぐにロザリーの元へ飛んでいき、躱そうとしたロザリーがバランスを崩して枝から落ちた。戦闘が始まってから初めて、ロザリーの姿を視認する。右足のふくらはぎ付近に小さな切り傷と血の跡が見えた。恐らく投擲した槍を躱しきれずに付いた傷だろう。移動に際してはたいした問題にもならないだろうが、今この瞬間においてはこれで十分である。
(決める.....!)
落ちてきた槍をつかみ、そのままの勢いでロザリーに向けて特攻する。
ロザリーもさすがの対応の早さで既に矢を番えた弓をこちらに向けていた。
矢と槍、二つが交錯しようとし──
「そこまでだ、お前達。これ以上はさすがに見過ごせんぞ。」
これ以上はさすがに危険と判断したアーデルハイドによって止められた。
『きゃっ!?』
カルディナの槍は、自らの持つ双槍よりも圧倒的に細身なアーデルハイドの槍によって絡め、止められる。
ロザリーが放った矢もあろうことかアーデルハイドは掴み取り、止めた。とても一年とは思えない技量である。
「なるべく干渉しないつもりでいたが、これ以上は模擬戦の枠から逸脱する。」
『けど!..』
「規則は規則だ。私は生徒会書記として、生徒の規律を守らねばならない。お前達だけ特例とするわけにはいかんのだ。」
『........』
そう言われてしまうと、こちらとしても反論しづらい。
結局、ロザリーとカルディナの決闘は、アーデルハイドの干渉によって、不完全燃焼のまま終わりを告げたのであった。
3
しかし、ガルムを含めた三人のいざこざはそれで終わりというわけでは無い。
変態仮面の誘導した誤解はまだ解けていないし、カルディナの稽古の件に関してもまだあいては決まっていないのだから。
そこで、アーデルハイドはロザリーとカルディナだけで話してみてはどうかと提案した。最初は渋っていた二人だが、ガルムがもう泣く寸前のような顔で懇願したため、仕方なくといった具合にアーデルハイドの提案を受けた。そして、話していくうちに自らが聞かされたことは嘘だと知り、大きな被害を出すことも無く、今回の件は終わったのである。
そして、話し合いが終わり、解散した後の放課後。
「ふぅ....」
「お疲れ、アルフレッド。」
「マリユス....」
小高い丘の上で休んでいたアルフレッドの元に瓶を二本持ったマリユスが声を掛けてきた。中身はどうやら水である。マリユスはそれを「ん、」と言いながら差し出してきた。
「ああ、ありがとう。」
それを感謝の言葉とともに受け取り、煽る。
「ふぅ......終わったな。」
「ああ..........終わったな。」
互いに交わす言葉は少なく。沈みゆく夕日を見つめ続ける。
そしてふと、マリユスが小さく声を出した。
「疲れた......けど.....楽しかったよな。」
「...フっ.....そうだな。たまにはこう言うのも良いかもしれないな。」
「けどまあ、今回と同じことは流石に勘弁だけど。」
「全くだ。」
『あははは!!』と声に出して笑い合う、そしてひとしきり笑った後、
「それじゃあ、帰ろうか。」
「ああ、戻ろう。俺たちの家へ。」
互いにそう言い合い、談笑しながら帰路についた。
?
あたりは完全に真っ暗になり、人の子一人見つけられない闇の中で、変態仮面はまるで電話でもするかのようにどこかに向かって喋りかけた。
「どうやら、今回の計画は失敗に終わったみたいだね。アルフレッド・オーベル。彼はなかなかに強敵のようだ。」
すると、それに返す言葉がどこからともなく聞こえてくる。
──計画失敗の原因は、あなたやり方が問題では無いのですか?
「まさか!そんなことあるはず無いだろう。」
──しかし、私には少し回りくどいように感じましたがね。
「それで良いんだよ。今はまだ少し回りくどいぐらいがちょうど良い。......約束の日までは...ね。」
──そうですか......どちらにせよ、私が直接行くわけにはいけませんし、そちらはお任せします。
「ああ、任されよう。........それじゃあ、次の手を考えるとしようか。────次を楽しみにしてるよ、アルフレッド君?」
その言葉を最後に、変態仮面の姿が消える。
後には静寂が残るのみだった。
はい、第八話「決闘~そして物語は動き出す~」でした。
ちょっと意味深な感じで締めくくってますが、基本的にはのんびりとギャグを書き綴っているだけなので、あまり気にしないでもらって大丈夫です。笑
次は第九話......の前にクリスマス特別編を挟もうと思います。更新日は12月24日、クリスマスイブにしようと思ってますので、ご期待ください。
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クリスマス特別編「聖夜 ~Hortansia BlancNoël~ 」
『メリークリスマース!!!』
運動場に響き渡る、全校生徒の一斉唱和。
担い手達は、ある者はグラス片手に、ある者はチキンを頬張りながら、またある者は皿に料理を取り分けながら、しかしソの表情は一様に笑顔で、それぞれの思いで、それぞれの声で言葉を紡ぎ出した。
壮観、である。さすがは王国一の学園、と言ったところか。
今宵、このオルタンシア学園の運動場は、巨大なクリスマスパーティーの立食会場として、その姿を変えていた。
「しかしまぁ........よくやるなぁ......この学園も.....」
「運動場をまるまる使ったクリスマスパーティー....しかも飾り付けとかに使った諸費用に
、料理の代金まで全部学校(あっち)持ち。最初は自分の耳を疑ったぜ。」
「全くだ。」
デフロットと二人、苦笑気味に笑い合う。見渡す限りの生徒の山の中に、教職員の姿は見受けられない。このクリスマスパーティーは全て生徒が企画した物なのだ。
”オルタンシア学園名物『巨大クリスマスパーティー』”
生徒が企画し、飾り付けから、料理、小道具大道具の作成、タイムテーブルの組み分けに至るまで、全て生徒だけでするオルタンシア学園の中でも一、二を争う巨大イベント。
学園がするのは資金援助のみで、パーティーそのものには一切関与しない。生徒的には万々歳のイベントである。
毎年企画立案、進行監督はその代の生徒会長が受け持つこととなる。それにより、年ごとにパーティーの形は変わる。今年は生真面目な性格で有名な生徒会長、レオンの発案により、全校生徒にアンケートが取られ、その結果、一番投票数の多かった、この立食型のパーティー形式が取られた。さらには、校舎側にでかでかと作られたステージで、一部の部活動や、有志のグループによっていろいろな出し物が行われることとなっている。まるで学園祭の如き様相である。
「さて!せっかくのパーティーだ!食いまくるぜーー!!!!」
「食うことしか考えてないのかお前は....」
「ははは.........さて、俺たちはどうしようか?マリユス。」
「せっかく立食形式になってるんだ。色々回りながら考えたらどうだ?」
「それもそうだな.....それじゃあ適当に回っていこうか。」
「ああ」
マリユスと二人、適当にぶらぶらと歩いて行く。
───愉快な夜は、まだ始まったばかりだ。
2
「......~.......♪」
騒がしいパーティーの中で、ロザリーは上機嫌だった。
傍らにガルムの姿はない。今日は珍しく別行動を取っていた。勿論、悪い虫が付かないようにする仕掛けは、二重三重に仕込んでいるが。
上機嫌な理由は別にあった。
「ロザリー!」
「!....カルディナ!」
声の聞こえた方向に、嬉しげな表情で振り向くロザリー。手を振りながら向かってくるのは、頬に傷を持つ赤毛の少女、カルディナだ。
ガルムの一件の後、アーデルハイドの提案で一度話し合ってみた。二人とも大人しい気性故か、ロザリーとカルディナは、話していく内にすっかり意気投合。今では、無二の親友となっていた。
「ごめんなさい....待った...?」
「ううん...私も今来たところ。」
「そう....なら良かった...」
「じゃあ早速回る...?」
「うん!」
カルディナと共に、数々の料理の山やステージで行われているパフォーマンスを見て、気分が高揚するのを感じた。
ガラにもなく、興奮しているらしい。
「そういえば、本当にガルムと来なくて良かったの...?」
当てもなくぶらぶらと目に付く物から見ていたロザリーに、カルディナがふと思い出したように訪ねた。
「うん。ガルムとは....いつも一緒だし.....カルディナには....この前のことも謝りたかったから.......」
「そんな!あれは私の方も悪かったし...謝られるようなことじゃないよ...」
その言葉を皮切りに、二人の間に微妙な空気が流れる。それを振り払うかのように、一人の人物が声をかけてきた。
「やあ、楽しんでいるかな?」
「!アーデルハイド。」
一人だけ、制服姿のアーデルハイドが、笑顔で手を振る。
恐らく、実行委員に選ばれたのだろう。生徒会書記と言う立場なら、あり得ない話ではない。
「ええ、楽しんでるわ。」
「それならよかった。仕事が一段落したんだ。よかったら一緒に回らないか?」
「...いいの?.....私たちは別に良いけど...」
「生徒会長から、お前も見てこいと言われてな。手持ちぶさたにしていたところだ。」
「そう、なら一緒に回りましょう?良いよね?ロザリー?」
「ええ、問題ないわ。」
そうして、アーデルハイドも加わった三人で、クリスマスパーティーを色々と見て回っていく。
「そう言えば、どんなところがパフォーマンスをしてるの?」
ふと気になったのでそうアーデルハイドに問うてみた。
「うむ.....基本的には色々なところから出てるから一概にどれとは言えないんだが..そうだな、強いて言うとするならば部活動からの参加が多い、と言ったところだな。それは生徒会も例外ではない。大トリに会長のライブがあるらしい。」
「それは.......」
また斬新なアイデアだ。
確かにそれは少し見てみたいかもしれない。
「パフォーマンスも良いけど..この料理も誰が作ってるの?」
テーブルに並べられた数々の料理を見て目を輝かせているカルディナがチキン片手に興味津々と言ったように聞いてきた。
...別にいいんだけど...何かキャラ変わってない....?
「ああ、そちらは料理長のメイリン殿と、何人かの生徒に手伝って貰って作っている。そこのケーキはアリア殿の、そのチキンはカノン殿の、そのフライドポテトはブーメラン....失礼、アルノー殿の作った物だ。」
『...........』
「ポテト....いる.......?」
「......いらない........」
「あ、その串カツはガルム殿の作った物だぞ。」
「えっ!?」
思わず私は驚きの声をあげた。
そうか....今日は用事があるって....これのことだったんだ.....
「昨日会長が頼んでいたらしくてな。名前は「記憶をつなぎ止める串カツ」らしい。何故このような名前にしたのかはよく分からないが。」
「......」
やっぱり.....そのことを気にしているんだろうか.......
「まあ、一度食べてみると良い。味は私が保証しよう。」
「ええ......!...おいしい.......」
「本当だ!...凄く美味しい....」
カルディナと二人、感心と共に声をあげる。
これは確かに....レオン会長が頼むのも分かる気がする。
私がガルムのことなのに知らなかったなんて....ちょっと悔しい。
「さて、それじゃあ次はどうする?もうすぐ会長のライブが始まるが...」
「なら見に行きましょう。いいよね?」
「うん...ちょっと楽しみ...」
そして、ステージ前へと移動する。
レオンのライブ開始と共に、会場は熱狂的なまでの歓声に包まれた。
3
『盛り上がっていくぞぉぉ!!!!!』
『オォォォォ!!!!!!』
「...性格変わったなんてレベルじゃないんじゃ無いか?これ.......」
レオンのライブを見ながら、呆れ半分に独りごちる。舞台に上がったレオンは普段の生徒会長然とした雰囲気からはかなり逸脱した、まるで本当のライブのヴォーカルのようにノリノリで歌いまくっていた。それもヘビメタを、である。
「会長職はやっぱり疲労が溜まるんじゃないか?それを発散するという目的もあるのかもしれないぞ。」
「まあ、それもあるかもしれないな。それにしても変わりすぎだと思うけど....」
横にいるアルフレッドはいつもの優しい笑みで僕の発言をフォローしてくれる。
....だから、いやなんだ.....コイツと話をするのは......いつも僕の味方でいてくれるから....張り合いがない....僕だって、たまには....
「どうしたんだ?マリユス?」
「い、いや、何でも無い!」
不思議そうに首をかしげるアルフレッド。
今更だけど、コイツと二人きりというこの状況は、何だか恥ずかしい。どうしたんだろう....今までこんなこと無かったのに...
「そ、それはそうと、アルフレッド...その、ちょっと良いか?」
「ん?なんだ?」
本当はサンタみたいに、枕元にこっそり置いておこうと思ったけど、やっぱり....
「....その、これ、受け取ってくれないか?」
そう言って懐から小さな箱を取り出し、渡す。
「..マリユス...これ....」
「その、クリスマスプレゼントだ。い、言っとくけど!これはいつものお礼ってだけで深い意味は無いぞ!?」
「あ、ああ...」
虚を突かれたように呆然とするアルフレッド。
ああ、もう!どうして素直に言えないんだ僕は!いや!深い意味が無いのは本当だけど!あれ?そうだっけ?何もなかったんだっけ!?
「おい...どうしたんだマリユス....」
「なんでもない!」
「そ、そうか.....」
お、落ち着こう、落ち着こう。慌てる必要なんて無いじゃないか...深呼吸深呼吸...
「.....ははは...」
「...なんだよ、何がおかしいんだよ..」
「いや、恥ずかしがってた自分が馬鹿らしいな、と思ってな。」
そう言ってアルフレッドは包装紙で包んだ小さな袋を取り出した。
「それ......」
「俺からのプレゼントだ。受け取ってくれマリユス。」
「.......開けて良いか?」
「ああ。」
その小さな袋を受け取り、なるべく綺麗に開ける。中に入っていたのは──
「....綺麗だ.....」
中に入っていたのは、小さな十字架のペンダントだった。
真ん中には青い宝石がはめ込まれている。
「男子に送るには少し違うかな、とも思ったんだが、マリユスなら似合うかと思ってな。....気に入らなかったか?」
不安そうに聞いてくるアルフレッドに何故だか幸せな気持ちになる。
....ああ、やっぱり僕は......
「......いや、嬉しいよ。ありがとうアルフレッド。ありがたく使わせて貰うよ。」
「そうか...それならよかった。」
その場で宣言通りペンダントを付ける。
「うん....やっぱり似合ってるよ。」
「そ、そうか....ならよかった....」
ほっ、と安堵の息を漏らす。そして、何だかおかしくなって二人して声をあげて笑った。
「.....メリークリスマス、アルフレッド。」
「メリークリスマス、マリユス。」
12月25日、クリスマスの日。
忘れえない思い出と共に、一組の少年少女がその信頼を確かめ合った。
彼らの小さな祝福の言葉は、オルタンシア全土を駆け巡る博愛の音色となる。
鈴の音を響かせながら、王国は、世界は、人々は告げる。
≪メリークリスマス!!!≫
Hortansiaはフランス語で紫陽花、BlancNoëlはホワイトクリスマスと言う意味だそうです。題名考えているときに初めて知りました。
それでは皆さん、メリークリスマス!良い夢を!
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9話「煩悩~ゴリラとヘタレと、時々メロン~」
実に8ヶ月ぶりの更新となります。見ていられる皆様お久しぶりです。
「うん、普通ここで言うか?前書きとかで言うもんじゃないのか?こういうのは」
まぁ、細かいことは気にせずに。もう忘れている方も多いと思いますが、また、更新再開します。まぁ他作品もそろそろ書かないとやばいので、すこーしづつですが。
「前回似たようなこと言って書いてないのはどこのどいつだよまったく……」
「今回ばかりはお前と同じ意見だなデフロット」
……ま、まぁこれから更新していくと言うことで……
とにかく、この作品を覚えていたら、またよろしくお願いします。
あ、クリスマス回は特別編と言うことで、時間軸には組み込みません。今の時期は6、7月を想像してもらえれば。
9話「煩悩~ゴリラとヘタレと、時々メロン~」
1
今日も平和な昼下がり。のどかな時間が流れるオルタンシア学園の1-A教室にて、事件は起きた。──……事件と言うには少ししょぼい気もするが。
「よぉ!ラビ!」
左端から1列目。後ろから数えて二番目の窓際昼寝のベストポジション。そんな席を確保しておきながら、と言うかどこぞのチンピラみたいな顔しておきながら意外と真面目に勉学に勤しむ姿からギャップに萌えると一部の腐れ女子どもの間で密かに人気な中身は好青年、ラビに声を掛ける人影が一人。
「なんだルドルフ?俺に用か?」
名をルドルフ。通称「筋肉の人」。馬鹿ではあるが親しみやすく、生徒達の間でも割と人気が高いゴリラである。
はち切れんばかりの筋肉が制服の上からでも分かるほどピッチピチなのはともかく、本来この二人に接点はほぼ無い。なのでラビも喰い気味
話しかけてくるルドルフに少し戸惑いながら返事を返す。
「いや、チェドルフのやつが弁当箱を間違えて握りつぶしちまったみたいでよ、俺っち昼飯がねぇんだよ。だから食堂に行こうと思ってな」
「握り……いや、まあいい。……ん?じゃあなんで俺に話しかけたんだ?」
「お前いつも食堂だろ?いつもなら弁当組の奴らと食うんだが、たまには他の奴らと思ってな」
「そうか……」
というかなんか暑苦しいなコイツ。そんな感想を抱くが勿論優等生。口には出さない。数秒考え結論を出す。
「いいぜ。一緒に食べよう」
「おっ!そうか、よかったぜ。なら食べに行こうぜ!」
「いや、まだ三時間目なんだが……」
冗談だ。そう笑って自分の席に戻っていくルドルフ。そのタイミングでちょうどチャイムが鳴る。ラビも教科書を出し、授業へと意識を戻した。
(……やはり、変人が多いなこの学園は)
お前がそれを言うのかと言いたくもなるが、おおむね何事もなく三時間目、四時間目と過ぎてゆく。
──そして昼休み。
「よっしゃ終わったぁ!っと、それじゃ行こうぜラビ!」
「あぁ、食堂の場所は分かってるのか?」
「いや、さっぱり!」
「なら案内する。行こう」
「あぁ!」
供だって歩き出すラビとルドルフ。ラビだけが謎の巾着袋を持って行くことに、ルドルフは気づかないまま食堂へ向かった。
2
「いやぁー!食堂の料理も案外旨いもんだな!──中華だけ」
「そうだな。結構レベルが高いからなここ。──中華だけ」
食堂での食事を終え、昼休みの残り時間も後10分ちょっとと言ったところ。食堂から出てきて食事の感想を言い合う男二人、ラビにとっては慣れた味だが、ルドルフにはまた新しい発見だったらしい。
「それはそうと、お前の持ってるその袋なんなんだ?」
来たときから気になっていたとルドルフはラビの持つ巾着袋を指して言う。
「えっ!?……もしかしてお前、先生の話聞いてなかった?」
「えっ……何か話してたのか?」
「お前……次の授業──」
「水泳だぞ?」
世界の時が止まった。そう錯覚するほどに、ルドルフは思考停止していた。
なるほど、今は夏だ。水泳の授業もあるだろう。特にこの学園は運動系の授業に力を入れている。一日に一度は何かしら体育系の授業があるくらいだ。
ルドルフはその足りない頭で考える。水泳がある。つまり水着が必要なわけで、勿論先生の話も時間割も見ていなかったルドルフは用意もしていな──
「ってそうじゃねぇだろォ!」
「うわっ!」
そこまで考え、ふと重大な事実に気づく。
そして、そんなことはどうでも良い!と言い切ったルドルフにラビは呆れとも困惑とも付かない微妙な表情を浮かべる。
「今日水泳の授業があるんだよな!?」
「あ、あぁ……」
「それは男女供だよな!?」
「……そうだが……」
「つまり、つまりよォ……──」
「覗きのチャンスってことじゃねぇかよォ!!!!」
……………………。
「は?」
いやまて、こいつはなにをいっている?
本気で困惑するラビ。ルドルフは止まる気配なくまくし立てる。
「おいラビ!何してるんだ!さっさと覗きに行くぞ!」
「いや、そんな無駄にキリッとした顔でゲスいこと言われても……」
「お前も男だろ!覚悟を決めろ!」
「出来ればそんなことで覚悟を決めるのは御免被りたいのだが……」
「つべこべ言うな!ほら、行くぞ!」
「いや、俺は行くとは言ってな──っておい!服を引っ張るな服を!伸びるだろう!」
ラビの都合などお構いなしに一人で推し進めるルドルフ。そもそも更衣室の場所を分かっているかも怪しい物だが、本人は自信満々で歩き出す。
「……場所は分かっているのか?」
「知らん!」
案の定。だが進む方向が合っているのが無駄に腹立たしい。思春期の男の本能は恐ろしいものだ。
と、半ば諦め気味にルドルフに連れ回されていたラビの前に、一人の青年が姿を現す。
「あっ!おーい!ジムー!!」
「ん?……おぉラビ、とルドルフか?何してんだ?」
「助けてくれ!」
青年の名はジム。1-Bの生徒で、この学園でも屈指のイケメン。マリーへの愛が尋常では無い事で有名で、何度も告白しては空振り三振を繰り返している。マリー本人はジムにそういう類いの好意を向けられていることに気づいておらず、二人の間には何とも言い難い関係が続いている。──焦っているのはジムだけなのだが。
ジムはどこか外で食べてきた帰りなんだろう。弁当箱をぶら下げて廊下を歩いていた。ラビはジムを呼び止めて助けを求める。
「お!ジムか!どうだ?お前も一緒に行かねぇか?」
「おい!ジムまで巻き込むなよ!」
「……なんの話なんだ?」
「いやその……次が水泳の授業なんだけどな、こいつが、その……の、覗きに行こうって……」
「なっ!?」
顔を赤くして二、三歩後ずさる。……うん、平均的な男子の反応だ。多分。
「の、覗きって……女子のか?」
「当たり前だろう!男の裸なんか覗いて何が楽しいんだ」
それは別に覗きに行く必要も無いのだが。
「い、いやしかしだな……マリーに嫌われたくはないし……」
「あ、問題はそこなんだな」
「当たり前だろう!それ以外に何がある!」
「何があるかと問われれば……何とも言えないが……」
ていうか言いたくもないが。
しかし少しずれてるとは言えジムもやはり優等生。ちゃんとルドルフを止めてくれる……と、思っていたのだが、
「なぁジム……」
「な、なんだよルドルフ……顔が怖いぞ……」
「お前それでも男かァ!!!!!」
「は?なに?何でキレんの!?」
「馬鹿野郎!腑抜けやがって!女の子が着替えてるんだぞ!?うら若き乙女がその柔肌を晒してるんだぞ!?そんなの覗きに行かなきゃ男じゃねぇだろ!!!」
「そこまで言う!?い、いや、確かに覗きたくなるのは男の性だけど……」
「おい待て。流されてんぞジム」
「そうだろう!なら躊躇なんてするなよ!解き放て!感じるだろ?自分の中にふつふつと湧き上がる何かをよ!」
「え、えっと……」
「道徳は捨てろ!本能に従え!男なら自分に正直に生きやがれ!」
「……」
「……」
「…………ルドルフ」
「あぁっ」
「目が……覚めたぜ」
「分かったか。ジム」
「ああ!俺だってみたいさ!女の子の裸!と言うかマリーの裸!」
「そうだ!それでこそだ!」
お 前 も か 。
一部始終を軽蔑の眼差しで見ていたラビは、だんだんと染まっていく数少ないまともな学友を見て涙が止まらない。お前なら止めてくれると思ったのに……
「それじゃあ行くぞジム!ラビ!」
「ああ!行こう!エデンが俺たちを待っている!」
「だから誰も行くとは言ってな──服を引っ張るなぁ!!!」
いっそ清々しい笑顔で廊下を駆け出そうとする二人。服を引っ張られながらなし崩し的に行動を共にするラビ。男三人いざエデンへ!──と、物事はそう上手くはいかないのが世の常である。
「あら、どこへ行こうって言うのかしら?」
突如どこからともなく現れた紐に体を縛られ引っ張られる。
「あだっ!」
廊下にこかされたラビが見た物は、二つのメロン──失礼。三年のデュケーヌ先輩だった。
「デュ、デュケーヌ先輩……」
我に返ったのか、おびえきった表情で名前を口にするジム。
先輩はそんなジムに底冷えするような邪悪な笑みを向ける。
「さてさて……覗きなんて単語が聞こえた気がしたけど、気のせいかしらねぇ……」
「ち、違うんだデュケーヌ先輩!俺っちは覗きなんてするつもりはなかったんだ!!ただラビがどうしてもと言うから仕方なく──」
「ルドルフテメェ!!」
この野郎自分から言っときながら裏切りやがった!先輩はそんなルドルフを見てニコリと嗤う。
「あらそう、それなら仕方ないわね──」
「ホッ」
「──なんて言うと思ったかしら?」
「えっ?……あだぁぁぁぁあ!?」
そう言うやいなや、先輩はなぜか所持している鞭でルドルフの体を縛り上げる。俗に言う亀甲縛り。何者なんだこの人……
「って何で俺までぇ!?」
「皆同罪よ。ほら可愛がってあげるからこっちへ来なさい」
「来なさいってかあんたが引っ張ってる……」
「何か?」
「いえ、何も。先輩お茶をどうぞ」
「貰うわ」
このヘタレジムが。睨まれた瞬間に手のひらくるーり。なんと鮮やかな手並みでしょう。ずりずりと引きずられていくルドルフとラビを周りの生徒達は奇異の目でチラ見していく。くそっ……また変な噂が流される……
「ほら、来なさいあなたたち。体育は私の特別授業よ」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「何で俺までぇぇぇぇぇぇぇ」
「あ、ジム、あなたもね」
「ああ、やっぱりそうなんですね。そんな気はしてました、ええ」
そのまま体育倉庫に連れて行かれる。
その後のことは誰も知らない。当事者である三人もけして口を開こうとしない。ただ一つ、三人にその話を持ち出すとがたがたと震えると言う。
これは、オルタンシア学園で起こった、小さな小さなとある事件の話である。
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10話「乙女~女男が男を女にするとか言う地獄にもっとも近い地獄~」
「さて、まずは軽く自己紹介と行こうか」
「俺はジム。オルタンシア学園の1‐Bの生徒の一人だ」
「顔は良い方だと自負している。ただ、振り向いて欲しい人に限って全く効果がないもんだから、最近はちょっと自信がなくなってきているんだ」
「いや、そんなことはどうでも良いんだ」
「最近、俺はちょっと厄介な人に目をつけられててね。どうしたもんかとこうして君に話しかけているんだ」
「ん?君だよ君。画面の向こうこの俺の言葉を、恐らくは文字媒体で見ているであろう君さ」
「わからないか?まあいいさ」
「取り敢えず聞けばわかると思うから、細かい説明は省くよ」
「色々と言いたいことはあるんだけど、一言で表すとこんなところかな」
「オカマに目をつけられたんだけどどうすれば良いと思う?」
なんて話を延々と空中に向けてしゃべること5分。最後にに話しかけてきたジムの目はハイライトが消えていた。
「……と言うか僕たちに話しかけていたのか」
「ずっと上ばっかみてるからついにイカれたかと思ったぜ」
そのハイライトの消えた目をみていると、あながち間違いでもないのでは。と思うが口には出さないことにする。
「で?今度はどんな面倒ごとを持ってきたんだ?」
このジム。実は数日前に、女子の着替えを覗きにいこうとしてデュケーヌ先輩に見つかり連行され、こってりと絞られた、と言う経験をしている。状況を聞いた限りじゃルドルフにそそのかされたのが原因らしいが、結局覗きをしようとした事実は変わらないので、そこはどうでもいい。問題なのはその後「デュケーヌ様に叩かれるのが最近快感になってきたんだがどうすればいい?」などと相談してきたことなのだ。
結局うまいこと言いくるめて、保健体育のジャマル先生に全部丸投げしてきたのだが……今度は何があったのだろうか。
「実はだな──」
「三行で」
「」
説明しようとしたところをデフロットに遮られ、口をつぐむジム。そして少し考えてから──
「ジャマル先生に目をつけられた
貞操の危機
助けて」
「頑張れよ」
話を聞くやいなや光の早さで見捨てるデフロット。そんな彼をマリユスがジト目で睨み付けていた。
「いやほんと!頼むよ!このままじゃ死んじまう!」
「死……って流石に言い過ぎだろう」
ジャマル先生だから貞操の危機までは十分にあり得るが、流石に命の危険があるようなことまではしないのではないだろうか?
あれでも教職員の端くれなのだし。
「いや本当なんだって!このままじゃ俺が俺でなくなっちまう!いままでの俺が死んじまうんだ!!」
「具体的にどう言うことなんだよ?」
要領を得ないジムの主張に痺れを切らしてデフロットがそう投げかける。
「だから!このままじゃ心まで完全にメスにされちまうって言ってんだ!」
「体が堕ちてるならもう手遅れじゃ……?」
「多分マリユス突っ込むべきはそこじゃない」
「で?助けるっつったってどうして欲しいのよ?」
「え、いいの?今の爆弾発言スルーして良いの? 」
何事もなかったかのように会話を続ける二人になにか釈然としないものを感じるが、話が進んでる以上はおとなしく聞いておくしかないと、ジムの言葉に耳を傾ける。
「ようは、ジャマルの野郎の興味を俺からそらして欲しいんだ」
「急に口悪くなったなオイ」
「なるほど、用は自分に意識が向かなければ良いってことか」
「そうだ。あの非人間から逃げられるなら誰を生け贄にしても良い!」
「おいこいつ大分クズだぞ」
非人間って……そこまで言うか……そこまで嫌いか。
(まぁ……一応考えてはみるか)
ジムの言葉を前提になにか良い策がないかを考えてみる。
……………………
「ないな」
「うん、ない」
「あるわきゃねーな」
「ちょっと!?」
三人一致の答えを出した……が不満だったのかジムがすぐに抗議の声をあげた。
「だってよー、狙った男(えもの)は逃がさないことで有名なジャマル先生だぜ?俺らでどうにかできるもんじゃねぇよ」
「その男って書いて『えもの』って読むのやめろ」
「今回ばかりはどうしようもないな。すまないがジム。大人しく堕とされてくれ」
「いや!待て!まだ何かあるはずだ!何か打開策が────」
ガシッ
「ヒッ」
帰る準備を始める俺達に焦ったように追いすがろうとしていたジムの肩を誰かが掴む。
捕まれたジムはこの世のおわりみたいな顔をして、ゆっくりと後ろに振り返った。
「ジャ、ジャマル先生……」
「あら、ジム。こんなところにいたのねぇ。いらっしゃい、今日の『カウンセリング』をはじめるわよぉ!」
「い、いやだぁぁああああ!!!!!!メス堕ちしたくないいぃぃい!!!!!」
ずるずると引っ張られていくジム。やがて角を過ぎて姿が見えなくなり、そして声も聞こえなくなっていった。
「……………………SEKAI NO OWARI」
「やめてやれよ」
ジムが消え、静寂に包まれる教室のなか。その後僕ら、は得体の知れない恐怖に襲われながら、家路についたのだった。
あの後ジムがどうなったのか、それは本人とジャマル先生以外にはわからない。……ただ、
次の日、ジムの仕草が少し女っぽくなっていたことをここに明記しておく。
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