八神家の養父切嗣 (トマトルテ)
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本編
一話:正義の味方


 ――正義の味方になりたかった――

 

 それは男なら誰しも一度は抱いたことのある夢だろう。

 だが、その夢は年を取るにつれて失われていく。

 長く生きれば生きる程にただの理想だと理解する。

 幼稚な夢だったと笑い話にする。

 

 しかしその男は違った。理想を抱き続けた。

 目に見える物全てを救う正義の味方になろうとした。

 だが―――全ての命は犠牲と救済の両天秤に乗っているのだと悟る。

 どちらかを救うためには必ず片方を切り捨てなければならない。

 

 そして切り捨てるものはできうるだけ小さくなくてはならない。

 10人を救うために1人を犠牲にした。

 100人を救うために10人を犠牲にした。

 1000人を救うために100人を犠牲にした。

 

 男はそうして切り捨て続けた。

 機械になれば悲しまずに済んだ。だが男の心は悲しいほどに人間だった。

 救った笑顔に心がどうしようもなく歓喜する。同時に奪った笑顔に心で懺悔の涙を流す。

 男はただ―――誰もが平和な世界が欲しかっただけなのに。

 

 

 

 

 

「おとん、おとん、聞いとるかー?」

 

 クルリとした目に茶色の髪の可愛らしい少女が男に声を掛ける。

 少女はどうやら足が悪いらしく車椅子に乗っていることからもそのことが容易に分かる。

 

「ん? ああ、ごめんね、はやて。少しボーっとしていたみたいだ」

「もう、おとん、レディをエスコートしとるのに失礼やないの?」

「ははは、手厳しいね」

「笑いごとやないよ」

 

 黒い髪に黒い目、無精ひげを蓄えた男は少女はやての指摘に頭を掻く。

 はやての車椅子を押している自分が止まれば当然はやても動けなくなるので怒られるのも無理はないかとどこか見当違いの考えをしながら車椅子を押してゆっくりと歩き出す。

 その姿は傍から見れば不自由ながらも仲の良い親子に見えるだろう。

 実際、親子であるわけであるが二人は血の繋がった親子ではない。

 はやての両親は彼女が今よりもさらに幼い時に事故で他界している。

 男は父親の親戚ではやての養父となったのだ。

 

「こんなんなら、おとん置いて一人で行けばよかったわ」

「そんなことされたら父さん悲しいなぁ……」

「そうならんようにエスコートしてーや」

「はいはい、お嬢様」

「はい、は一回や、減点」

 

 談笑しながら少しずつ夏に近づいてきた空の下を歩く親子。

 はやては少し暑いぐらいの日差しに目を細めながら自らの養父ことを何となしに考える。

 両親が亡くなり悲しみにくれるはやての前に現れたのが最初の出会いだった。

 その時に慰めるためか彼なりに冗談を言ってくれたのをよく覚えている。

 

 

『―――初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ』

 

 

 まだ幼かったはやてはその時は純粋に信じてしまったが勿論今は信じてなどいない。

 あれは養父の渾身のギャグだったのだろうと納得している。

 そんなことを思い出しながら養父の顔を見てみるとどこかを見つめていた。

 気になって見てみるとファストフード店が建っていた。

 

「はやて、今日の夕ご飯は―――」

「ちゃんと作るからそういうところで買わんでもええで」

「……はやて、今日は診察だから疲れるだろう。僕は買って食べた方がいいと思うな」

「おとんはただハンバーガーとか食べたいだけやろ。ダメやでちゃんと栄養考えて食べんと」

「偶にはいいじゃないか……」

 

 ガックリとうなだれる養父を無視して先を急ぐように促す。

 養父はどうにもジャンクフードを好む癖があると内心溜息をつく。

 なんでも『作業の手を止めず、機械的に口に運ぶだけで栄養補給が出来るのが素晴らしい』というらしいのだが食事は家族団らんで摂るべきだと考えるはやてには理解できない。

 故に自身が食事の当番を受け持ち養父の食生活を守っている。

 

「それよりもおとんがボーっとしとったせいで診察時間に遅れそうやないか」

「父さんのせいかい?」

「そや。やから少し飛ばしていくで!」

「押すのは父さんだけどね」

 

 今日は足の病気に関しての定期健診の日なのだ。

 だからこそこうして養父を連れ立ってかかりつけ医の石田先生に会いに行っているのだ。

 少し速度が上がったことで肌に当たる風を感じながらはやては満足げな笑みを浮かべる。

 足が不自由でも自分は幸せだと。

 

 

 

 

 

 ――男が通ってきた道は地獄だった――

 

 犠牲を少しでも少なくするためにありとあらゆる戦争に関わって来た。

 始めは純粋に助けることで救おうとした。

 だが襲い来る相手から守りたい者を守るには相手を殺すしかなかった。

 なぜならそこは戦場(地獄)だから。

 男は気づいてしまった。救えば救うほどに自分が誰かを殺していることに。

 それでもなお止まれなかった。

 止まれば今まで犠牲にしてきた者全てへの裏切りとなるから。

 ―――男は救い続けた(殺し続けた)

 

 犠牲を少しでも減らすために兵力の少ない方の首脳を殺し尽した。

 頭の失った者達は烏合の衆と化してあっという間に蹴散らされた。

 勿論そこでも人は死んだ。だが戦争が続くよりは余程多くの人が救われた。

 それでも男の心には達成感などない。殺した者への罪悪感だけが残っていた。

 男は悟った。正義の味方は味方をした方しか救えない。

 

 ―――かつて抱いた理想はもはや男の胸には残っていなかった。

 

 

 

 

 

「変化はなし。好転しているわけでもないけど悪くなっているわけでもないです」

「そうですか……」

 

 診察が終わり八神親子に対して結果が伝えられる。

 医師の石田先生は原因不明の病に自分の力が及ばないことに苦い思いをしているが患者の前なのでそれを顔にださない。

 

「でも、諦めないで。良くなる可能性だって十分にあるんだから」

「石田先生がそう言うんなら安心できますわ」

「切嗣さんもしっかりと支えてあげてください」

「勿論ですよ」

 

 最後に激励の言葉をかけてもらった後に二人は診察室から出て行く。

 はやては少ししんみりとした空気を変えるためか今日の晩御飯のメニューを相談する。

 そのせいか、受け答えをする養父―――八神切嗣が苦悶の表情を浮かべているのに気づくことができなかった。

 

「そう言えば、おとんって傭兵やったんよね?」

「うん、そうだよ。それがどうかしたのかい?」

 

 今でこそ休日の情けない父親の代名詞のような切嗣だが実は彼はその昔フランスの外人部隊で傭兵をやっていたとはやては聞いている。

 厳密には傭兵ではないのだが詳しく言っても仕方がないのではやてもあまり知らない。

 もっとも始めは半信半疑だったはやてだったが、切嗣の鍛えられた体と凄まじい運動能力を見て信じざるを得なかった。

 

 

「いや、どんなもん食っとったんかなーて、思ーてな」

「………聞きたいかい?」

 

 ニヤリと笑って尋ねる切嗣に嫌な予感がするはやてだったが怖いもの見たさで頷いてしまう。

 はやての様子に満足げに頷き切嗣は語り始める。

 

「そうだね、食べ物がないことなんて結構あるからね。トカゲとかを食べたこともあるね」

「……うへー」

「後は虫とかも意外と美味しかったかな。まあ、流石の僕もゴキブリだけは遠慮したけどね」

「もうええ、お願いやからそれ以上言わんといて」

 

 自分がゲテモノを食べる姿を想像して思わず口を押えるはやて。

 はやて自身そこまで虫が苦手というわけでもないがやはり嫌なものは嫌なのだ。

 一方の切嗣はクスクスと楽しそうに笑ってはやての頭を撫でる。

 

「冗談だよ」

「へ? な、なんや冗談やったんか」

「貴重な食料を無駄にするわけにもいかないからね。ゴキブリもしっかり食べたさ」

 

 そう告げた瞬間にはやては車椅子に乗っているとは思えない速さで切嗣から一気に距離を取る。

 取り残された彼が唖然として一歩近寄るとはやてもその分後ろに下がる。

 少し走って近づいてみるとはやても高速で逃げ去る。

 

「ど、どうしたんだい、はやて?」

「ち、近寄らんといて! おとんのことが嫌いなわけやないけどゴキブリ食った人の傍はちょっと……」

「大丈夫だよ、そんなものは何年も前の話―――」

「来んといてー!」

 

 その後、親子間で突発的に始まった鬼ごっこははやての悲鳴を聞きつけた警備員が駆けつけてくるまで続いた。

 その時に危うくロリコンの犯罪者に間違えられかけたのは切嗣にとっては一生癒えぬ傷になることだろう。

 

 

 

 

 

 ――正義で世界は救えない――

 

 世界に争いは絶えない。そこに人間がいる限り戦いは無くならない。

 次元を超えたところで、世界が変わったところで、流血は止まらない。

 男は知った。人間の在りようが変わらないのであれば戦いは避けられない。

 最後には必要悪としての殺し合いが要求されると。

 

 ならば最大の効率で、最少の浪費(犠牲)で、最短の時間で。

 処理(殺し)を行うのが最善の方法だと悟った。

 我が行いを卑劣と蔑むがいい。悪辣と語るがいい。この在り方を呪うがいい。

 それで―――世界を救えるのなら喜んで受け入れよう。

 

 例え誰からも認められることがなくとも構わない。

 

 例え無限に続く地獄に落ちるのだとしても構わない。

 

 例えこの身にこの世全ての悪を背負うことになったとしても構わない。

 

 例え―――愛する者をこの手で殺すことになるとしても構わない。

 

 ――それでより多くの犠牲を減らせるのなら――

 

 

 

 

 

「はぁー、おとんのせいで疲れたわー」

「これも父さんのせいなのかい?」

「そや、スーパー行ったときも思い出して食欲が……」

「じゃあ、今日はハンバーガーでも―――」

「それはアカン」

 

 家にたどり着き車椅子から降ろしてもらい疲れたようにソファに横になるはやて。

 それをチャンスだと思ったのか切嗣はジャンクフードを提案するがバッサリと切り捨てられガックリと肩を落とす。

 その姿を哀れに思い今度食べさせてあげよう、と思う事などなくはやては今日の予定を考えていく。

 

「ご飯食べてお風呂入ってそれから前借りた本一気に読もうかなぁ」

「本を読むのは構わないけど余り夜更かししないようにね」

「あら、声に出しとった?」

「うん、最初から最後までね」

 

 微笑みながら注意する切嗣に失敗したとばかりに舌を出すはやて。

 この手のやり取りがなされた時は大抵切嗣ははやてと一緒に寝る。

 夜更かしをしないように見張るという名目であるがはやてにとっては寂しい時などに悟られずに一緒に寝られるので時々利用させてもらっている。

 大人びているが何だかんだ言ってまだ子供なのだ。

 

「そういや、おとんタンスに服入れといた?」

「うん、入れておいたよ」

「……なぁ、手伝ってくれるのは嬉しいんやけどもうちょい綺麗に入れれんか? なんで既に入ってた服が飛び出てくんねん」

「……手先は器用だけどなぜか昔から整理は苦手でね」

 

 散らかしたことを責められてシュンとするその姿はどちらが子どもか分からない。

 家事を手伝うと偶にこういった事態が起きるので基本的に八神家の家事ははやてが中心となって動いている。

 そもそも親が手伝うという時点で何かがおかしいのだがはやては気にしない。

 自分で出来ることは自分でするが彼女の信条なのだ。

 

「まあ、ええわ。そろそろご飯作るから車椅子に乗せてくれん?」

「ああ、そうだね。僕も手伝おうか?」

「うーん、今日は簡単なものやからおとんは座っててええで」

「……はやていつも思うんだけどこういうものは大人がやるべきものじゃないのかい」

「美味しく作れる方がやるのが一番やろ」

「……そうだね」

 

 大人としての尊厳を保つために暗に今日は自分がやろうという切嗣だったがどうしようもない事実を突きつけられて頷くしかない。

 どういうわけかはやては料理が上手い。まだ小さい頃は切嗣が作っていたが少し教えてやるとあっという間に吸収して切嗣の腕を越えてしまったのである。

 そのことに情けなさを感じるものの自分では何もできないのでソファに腰を下ろし溜息を吐く。

 どこからどうみてもダメ親父である。

 

「……そろそろか」

「なんか言ったか、おとん?」

「いや、そろそろはやての誕生日だと思ってね」

「なんや、そんな話か。別にたいそうなもん用意せんでええよ。おとんと暮らせてる今で十分幸せやから」

「そっか……」

 

 背を向けたままはやての言葉に短く返す切嗣だったがその顔は様々な感情から歪んでいた。

 このままでは食事中にも表情が出るかもしれないと思い立ち上がり外に出て行く。

 

「おとんどこに行くん?」

「ちょっとタバコを買ってくるよ」

「タバコ吸っとったけ?」

「昔吸っていてね。ちょっと無性に吸いたくなったのさ」

「ふーん。ま、あんまり吸い過ぎんようになー」

 

 はやてに見送られて家を出る。そして近場の自販機でタバコを買い公園のベンチに座る。

 もう日も暮れていたこともあり辺りには人はいない。

 そのことを確認したうえで火をつけ煙を吸い込む。

 暗い空に消えていく白い煙を見ながら一人自嘲する。

 

「……僕以上に最低の父親もいないだろうな」

 

 そう呟いて悲しみに揺れる目を閉じる。

 再び目を開けた時には何も映していない、死んだような目になっていた。

 そこに一匹の猫が近づいて来る。

 切嗣はその猫に一瞥もくれることなくもう一本タバコを手に取る。

 

(ロッテ、そろそろ闇の書の覚醒も近い)

(分かった。こっちも備えておく。……でも、いいの?)

(何がだい?)

(何がって、娘を闇の書ごと―――永久凍結するんだよ!)

 

 念話で猫の姿に擬態している使い魔リーゼロッテと会話をする切嗣。

 ロッテの叫び声にも切嗣は眉ひとつ動かさずに口から煙を吐き出す。

 その姿からは感情が欠片も見受けられずどこか不気味さを感じさせる。

 

(初めからその予定ではやての養父になった。闇の書の悲劇を止め犠牲を無くすためにね。君も分かっているだろう)

(それは……分かっているけど)

(最も身近で監視ができ、最も怪しまれない、そして裏切った際に最も絶望に落としやすい人物―――それが親だ。それ以外に親になった理由なんてない)

 

 ロッテに言葉を続けさせないように無表情で一気に言い切る切嗣。

 はやてに語ったことは殆どが真実を混ぜた嘘だ。

 まず、第一に切嗣ははやての実父とは無関係だ。戸籍を捏造しただけだ。

 そして傭兵をしていた時期もあるがフランス軍になど属していない。

 どちらかと言えば殺し屋だ。

 ただ一つ事実があるとすればそれは魔法使い、魔導士であるという事だけだ。

 

(危険なロストロギアを無断に使用する人物がいるなら被害が出る前に殺してでも回収する。それが衛宮切嗣という男だというのを忘れたのかい?)

(……父様がこの世界で拾ってきてからあんたは全く変わんないね。

 機械のようで―――ちっとも機械になれない)

 

 そろそろ暑い季節になるというのに冷たい風が吹き抜ける。

 熱い吸い殻が風に吹かれて地面にポトリと落ちる。

 話はここまでだと言うように立ち上がり切嗣は家に向かい歩き始める。

 その背中にロッテの言葉が突き刺さる。

 

 

 

(あんたは悲しい程にあの子を愛する父親だよ)

 

 

 

 例えこの手で殺すと決めていても償いでも何でもなく最後のその一瞬まで最大の愛情を注いで育てる。

 そんな彼を父親と呼ばずに何と言うのか。立ち止まった切嗣の表情は見えない。

 だが、ロッテには分かった。苦しみを浮かべるべき顔にはなにも浮かんでいないことが。

 衛宮切嗣は既に迷いを捨て覚悟を決めていることが。

 

 

(大丈夫だよ、ロッテ。……世界の為なら僕は愛する娘だって殺せる。だってそれは―――)

 

 

 ―――間違いなく正義だから。

 

 それだけ口に出して言い残し彼は闇の中に消えていく。

 死ぬべき運命にある者が殺され、死ぬ理由のない人たちが救われる。

 これを正義と呼ばずに何と呼ぶのか。

 

 

 

 もしも世界を変えられる奇跡がこの手に宿るなら―――僕は“正義の味方”になりたい。

 

 




愛したうえで犠牲にするという選択をする話を書きたかったので書いてしまいました。
zeroの切嗣ならこういう選択をすると思ってます。


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二話:闇の書覚醒

 本格的に夏に近づき始めた季節に切嗣は真剣な顔つきで戦況を見つめていた。

 状況はまさに一進一退。下手な手を打てば敵は一気に自陣に食い込んでくるだろう。

 額を伝う汗を拭きとりながら切嗣は指先に力を籠め打ち込む。

 

「4、五に桂馬ですか……やりますね、お父上」

「ははは、シグナムに将棋を教えたのは僕だからね。まだまだ負けられないよ」

「ですが、ヴォルケンリッターの将としていつまでも負けるわけにはいきません」

 

 切嗣は現在、ピンク色のポニーテールに鋭い眼差しが特徴的な女性シグナムと将棋を行っていた。

 切嗣もそこまで将棋が得意というわけではないが、はやてと暮らし始めてから暇な時間を持て余していたので趣味として始めたのである。

 それをシグナムが興味を持ち今のように対戦する間柄になったのだ。

 

「ただいま!」

「お帰り、ヴィータちゃん。冷凍庫にアイスがあるから食べていいよ」

「本当か、切嗣!?」

「うん。でも食べ過ぎてお腹を壊さないようにね」

「分かってるって!」

 

 燃える様な赤髪のおさげが可愛らしい元気いっぱいの少女ヴィータが家に帰って来る。

 切嗣からアイスがあることを知らされると目を輝かせる姿に微笑みながら注意すると今度はほっぺたを膨らませながら冷蔵庫に走り去って行ってしまう。

 

「申し訳ございません。騎士の身でありながらあのような振る舞いで」

「いやいや、本来の自分を出してくれる方が僕も嬉しいよ」

「それはええけど、おとんはヴィータを甘やかしすぎやで」

 

 どこかヴィータに甘い切嗣を窘めるようにはやてが青い毛を持つ大柄の狼、ザフィーラの背に乗って現れる。

 ザフィーラは人型にもなれるが基本的に今の姿でいる。

 因みにはやてが言うには毛並みはモフモフモフらしい。

 

「そうかな? 僕としては普通に接しているつもりなんだけど」

「甘いって、ザフィーラもなんか言ってやってーや」

「……お父上の判断に任せます」

「ザフィーラぁ~」

「主はやて、耳を掴むのはお止めください」

 

 どちらに付くべきか迷った末に切嗣の判断に任せるという逃げの手を打ったザフィーラの耳をはやてが鷲掴みにする。

 少しこそばゆそうにしながらそう告げると渋々といった感じで頬を膨らませながら手を放すはやて。

 盾の守護獣と呼ばれる彼も家ではただのペット扱いである。

 

「お父さん、はやてちゃんは自分に構ってくれなくて拗ねてるんですよ」

「シャーマルー、ちょーとお話しよーか」

「お父さん、助けてください」

「はやてが怒ったら僕でも手が付けられないからね。自分で何とかしてね、シャマル」

「そんなー」

 

 はやてににじり寄られて助けを求めるシャマルを放置して盤上に目を戻す切嗣。

 そして、騎士たちとも随分距離を縮められたなと思い、闇の書覚醒の日を思い出す。

 それははやての誕生日になった直後のことだった。

 

 

 

 

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

「我ら、闇の書の主を守る守護騎士でございます」

 

「夜天の主の元に集いし雲」

 

「ヴォルケンリッター、何なりと命令を」

 

 今日も今日とて本を読みながら夜を過ごしていたはやての目の前には今よりも固く、人間味を捨てたかのような顔の騎士たちがうやうやしく跪いていた。

 はやては訳が分からずポカンと口を開けたまま動けない。

 しかし、そこにさらに驚くべき光景が飛び込んでくる。

 ドアを蹴破るようにして切嗣が部屋に転がり込んできたのだ。そしてはやてを庇うように前に立ち拳銃を騎士達に突き付けるのだった。

 騎士達もすぐさま立ち上がり戦闘態勢に入ろうとするがそれを制するように切嗣が声を上げる。

 

「君達は何者だい。娘のはやてに手を出すというのなら父親として命を賭けて排除させてもらうよ」

 

 普段とは打って変わって冷たい声を出す切嗣にはやては若干の怯えと安堵を感じた。

 一方の騎士達は切嗣の言葉を聞き何やら顔を見合わせ始める。

 

(おい、シグナムどうすんだよ。戦うのか?)

(いや、待て。あの男の言葉が正しいなら戦うべきではない。主の父親に剣を向けるなど不忠だ)

(あの男の言葉が嘘という可能性はないのか?)

(それはないでしょう。豪邸ならともかくここは民家だもの。親以外の人間がいるとも思えないし。何より主の顔を見れば私達とあの男、どちらが信用されているのか分かるわ)

(……ならば主の為にもここは話合いだな。頼むぞ、将)

 

 このような話が騎士たちの間では交わされているがこれは切嗣の狙った通りの結果だ。

 最初から彼等が何者かというのは知っている。

 だが、突然現れた彼等を自分が知っているのはおかしい。

 故に怪しまれないようにそ知らぬふりをして敵意を向ける。

 それと同時に自分がはやての父親であると宣言して主の味方であると認識させる。

 そうすることで今後の騎士達の監視もそれとなく行える。

 

「先ほども言った通り我らは闇の書の主を守る守護騎士です。主に危害を与えることは騎士の誇りにかけてあり得ません」

 

 シグナムが前に進み出て真っ直ぐな目を向け切嗣とはやてに宣言する。

 その宣言に僅かばかりに顔が歪む切嗣だったがすぐに無表情になり口を開く。

 

「……そもそもその守護騎士というのはなんなんだい? 突然現れてこっちも何が起こっているか分からない」

「簡単に言わせていただきますとこの闇の書の所有者、ご息女様をお守りし闇の書の完成を目指すのが我らの役目です」

「完成? 本なのに何も書かれていないのか」

「はい。リンカーコアの蒐集を行うことで本のページを埋めていきます。完成すれば闇の書の真の主となり絶対たる力を得ることになります」

「……大体わかったよ、ありがとう」

 

 切嗣は銃を降ろしながら知らないふりをして得た情報と事前の情報を照らし合わせていく。

 まず、闇の書の主を守るというプログラムと書の完成を目指すという目的は事前情報通りだ。

 そしてリンカーコアの蒐集でページを埋めることも情報通りだ。

 ただ一つ完成すれば絶対たる力を得るという点だけ、主が死ぬことを意図的に伏せているのか、それとも騎士達は知らないのかが分からない。

 これに関しては今後調べる必要があるだろう。

 

「ということだけどはやては分かったかい?」

「うーん、なんとなくやけど、私がこの子達の主なのが確かなのは分かるんよ。やからこの子達のお世話をしてやらんといけんのや」

「……お言葉ですが主、私達が主をお守りするのであって―――」

「とにかくや、私が主なんやから大人しく主の願い通りに家でお世話されてもらうで。おとんもそれでいいやろ?」

 

 自分がヴォルケンリッター達の世話をすると言ってはばからないはやてに騎士達は言葉が出ない。

 恐らくは長きにわたる旅路の中でもこうした主はいなかったのだろう。

 切嗣もこうした反応をするとは思っていなかったのか驚きの表情を浮かべている。

 

「……ああ、はやてがしたいようにしていいよ」

「おおきにな。あ、食費とか服代とか色々かかるけどお金大丈夫かいな?」

「私達は食べる必要がないのでご負担になるようでしたら何もなくて結構です」

「いや、その心配はないよ。これでも結構稼いでいてね。お金の心配はいらないよ」

 

 すぐさまお金の心配をするしっかりとしすぎた娘に苦笑しながら貯蓄額を頭に思い浮かべる。

 殺し屋として稼いでいた時期の金とギル・グレアムによる資金援助で八神家の財政事情は非常に潤っているのだ。

 もっとも、元々守護騎士の生活費が必要になってもいいように考えて金を入れていたので足りないわけがないのだが。

 

「なら、安心やね。本当は家の案内とか色々したいんやけど……寝むなってもーて」

「多分闇の書の起動で魔力を使ったせいだと思うわ」

「はやては大丈夫なんだね?」

「はい、一晩寝れば回復します」

 

 眠たそうに瞼を閉じるはやてを心配するふりをしてシャマルに尋ねる切嗣。

 勿論大丈夫なことぐらい分かっている。だが自分は騎士達の信頼を得るために演じなければならない、娘を愛する父親を。

 内心情けなさで吐き気を催しながら切嗣ははやてに布団をかけ直してやる。

 そして、はやてが寝入ったのを見届けると騎士達の方に振り返る。

 

「さて、僕達は話し合わなければならないと思うんだけど、どうかな?」

「私達もそのつもりです」

「なら、一度リビングに行こう。ここだとはやてが起きてしまう」

 

 それだけ告げて切嗣は部屋から出て行く。

 背中を向けるという行為は本来であればやりたくないが信用されるためには仕方がない。

 騎士達も一度顔を見合わせて頷いてから切嗣について行く。

 

「まずはそっちが聞きたいことから聞こうか」

「じゃあ、単刀直入に言うぞ。あんた魔導士か?」

「そうだよ」

 

 ヴィータの警戒心を隠さない問いかけにも顔色一つ変えずに答える切嗣。

 ヴィータの方はあまりにもあっさりと答えられたために面を食らっている。

 実際のところ切嗣は魔導士であることを隠し通すのは不可能だと考えていた。

 魔法見た際の反応や単語の知識などでどうしても隠せないのだ。

 そのため聞いてくれば答え、聞いて来なければ隠す程度の考えでいた。

 真に隠すべき真実は別にあるのだから。

 

「ではあなたは管理局とつながりはあるか?」

「それを聞くという事は何かやましいことがあるのかい」

「……私達は何人かの主に仕えた際に蒐集の過程で管理局と争っているのだ」

 

 切嗣に痛い所をツッコまれて口を噤むシグナムの代わりに今まで黙っていたザフィーラが答える。

 その答えに切嗣は、ヴォルケンリッター達は毎回ゼロから作られる存在ではないことを知る。

 記憶を持っているという事は同じヴォルケンリッターが何度も使いまわされているか、データを常にアップデートしている存在だということだ。

 

「とにかくあなたが管理局側かどうかを教えてもらいたい。……主の父親である以上、そちらから危害を加えないなら傷つける事がないことは保障する」

「そいつはありがたいね。簡潔に言えば答えはNOだ。僕も少し後ろめたいことがあってね」

「なにしたんだよ」

「いやね、昔管理局のデータベースにハッキングをかけたことがあってね。大体的じゃないけど目をつけられてね。今はこうして故郷で魔法捨ててのんびり暮らしているのさ。あ、はやてには内緒にしておいてね」

 

 そう言って切嗣は頬をポリポリと掻く。

 後ろめたいことがあるのもデータベースにハッキングをかけたこともあるのも事実だが、それは本当に隠したいことを隠すためのカモフラージュに過ぎない。

 切嗣は管理局側と言っていいかは分からないがギル・グレアムと結託しているので繋がりを持っている。

 

 しかし、騎士達もまさか犯罪者が管理局と繋がっているとは思わない。

 怪訝な表情はするもののどこか安堵した空気を漂わせているのが良い証拠だ。

 そう簡単に気づくことはできない。

 何せこれははやての親になったときから練られていた嘘なのだから。

 切嗣は内心でそう自嘲する。

 

「今度は僕の方から質問だ。蒐集は主の意志で行うものか、それとも君達が自主的に行うものなのかを聞きたい」

「私達は蒐集を行うための存在ですが主の(めい)を何よりも尊重します。ですので、あなたが止めても主はやてが望めば私達は動きます」

 

 シャマルは切嗣がはやてに蒐集をさせないように言いつけることを危惧して先回りして主以外の命は受けないと暗に告げる。

 だが切嗣としてはそんなことなど考えていないのでただ騎士達が主の命令であれば蒐集をしない行動をとることもあるのだと知る。

 それほどまでに主という存在はヴォルケンリッターにとっては大きいのだ。

 恐らくはプログラムにそう組み込まれているのだろうとあたりをつけ切嗣は目を瞑る。

 道具は所詮道具でしかない。手足を生やし喋っていても彼等は道具なのだと結論付け立ち上がる。

 

「なら今日の所は話は終わりだ。詳しくははやてが起きてから話そう」

 

 無言で頷く騎士達を見届けてその日は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

「……どうやら僕は間違っていたみたいだ」

「? 待ったはなしですよ、お父上」

 

 あの日のことを思い出し盤上に視線を戻しながら切嗣はポツリと呟く。

 シグナムは不思議そうな顔をするが打ち間違えたのだろうと検討をつけて視線を戻す。

 その姿にこれのどこが道具だと以前の自分を嘲笑する。

 道具は自らの意思で戦えない。

 ならばこんなにも感情豊かなヴォルケンリッター達が道具のはずがない。

 

 その事実がさらに切嗣の心をナイフで切りつけてくる。

 ヴォルケンリッターを人間と認めることは―――犠牲が増えるということなのだから。

 道具であれば犠牲と考えるまでもなかった。一発の銃弾を失う程度の気持ちですんだ。

 だが、道具だとは思えなかった。人間だと認めてしまった。家族だと認識してしまった。

 

 仮に自分が主であれば徹底して道具として扱う事もできただろう。

 しかし、主であるはやては彼等を家族として認め、愛した。

 そんな彼女とずっと暮らしていていつまでも道具扱いできるはずなどない。

 彼は演技でも何でもなく彼女を愛する父親なのだから。

 

「でも、本当によかったの、はやてちゃん? 蒐集を行えば歩けるようになるのかもしれないのよ」

 

 ふいにシャマルがそんなことを口にする。

 それは切嗣にとっても大いに問題なことでもあった。

 はやては闇の書の蒐集をヴォルケンリッターに禁じたのである。

 これが普通の親であれば娘の心の綺麗さに喜ぶところだろうが切嗣は計画に支障を及ぼす結果だと苦い思いをしていた。

 

「だから人様に迷惑をかけるような行為はやったらあかんって。な、おとん?」

「……うん、そうだね」

「一気に人が増えて毎日が楽しいんや。これ以上望んだら罰が当たるわ」

 

 だというのに……同時にはやてがまだ生きられることに喜ぶ自分が居る。

 それがどれだけ自分勝手で偽善的な想いかを知りながら彼の心は血を流し続ける。

 娘の幸せを祈りながら娘の心臓を抉るナイフを研ぐ。

 切嗣の行為とはそういうものなのだ。

 

「そう言えば、みんなに言っておかないといけないことがあったんだ」

「なんや、おとん?」

「イギリスにいる僕の知り合いの葬式があってね。僕は一週間ほど家を空けるよ」

 

 

 

 

 

「この国も久しぶりですね、父様」

「ああ、しかし帰ってくるたびに私がこの国の出身なのだと実感するよ」

「それが故郷なのだと思いますよ」

「そうだね。でも変わった所もある」

 

 豊かなひげを蓄えた一人の老紳士と若い女性がイギリスの街並みを歩いている。

 老人はどこかもの寂しげな目をして変わった所もあるが変わらぬ物もある故郷を眺める。

 

「それで、彼は来るんだね?」

「はい、最終調整は顔を合わせてしたいというのは彼の方からですしね」

「思えば私が全ての元凶でもあるのだな。……彼の―――『魔導士殺しのエミヤ』の」

 

 

 老紳士、ギル・グレアムは思い出す。

 正義に絶望した青年に新たな希望を持たせてしまった己の罪深さを。

 




次回『魔導士殺しのエミヤ』

「魔法があったところで人の本質が変わらない限り殺し合いは終わらない」

「僕は勘違いをしていたよ。非殺傷設定は人の殺意すら抑えられるんだとね」

「世界が変わっても戦争がなくならないのなら僕のやる事はあの頃と変わらない」

「より多くの人間の平和の為に小数を殺していくだけさ」


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三話:魔導士殺しのエミヤ

世界も違うのでケリィの過去はオリジナル要素も含まれます。
色々変更有です。


 ――世界を変えられる奇跡を渇望した――

 

 一人でも多くの犠牲をなくすために死地に赴いた。

 死ぬべき人間を殺すことで死ぬ必要のない人間を救ってきた。

 それでも犠牲がなくなることは無かった。

 犠牲の無い平和など訪れないととうに悟っていた。

 

 それでも心は激しく求めた。誰も死なないですむ奇跡を。

 だが心とは反対に男の手はもはや後戻りなど出来ぬほどに赤く染まっていた。

 誰も傷つかない世界が欲しいと心は泣き叫んだ。しかし、男は殺して救うことしか知らなかった。

 願いが美しく高潔であればあるほどに男は汚れていった。

 

 寧ろ己にしかその行動はできぬのだと意固地になり死に場所を求めるように戦場に赴いた。

 他者から見れば実利とリスクが釣り合わない破綻した思考。

 明らかに自滅的な行動原理。だが男にとっては足を止めることこそが滅びだった。

 犠牲にした分の対価(平和)を手に入れなければならない。

 そう思って行動しなければ自分が保てなかった。恐怖で狂ってしまいそうだった。

 

 正義など求めなければよかった。

 正義の味方になど憧れたから多くの犠牲を出してしまったのだ。

 もしも、正義を求めなければ犠牲にした者達は今でも笑っていたのではないか。

 どうして自分は誰かを助けたかったのに―――誰かを殺しているのだろう?

 

 正義を、己の在り方を、人の醜さを、呪いながら、絶望しながら、男の体は人を殺し続けた(救い続けた)

 その頃だった、男が魔法という存在に出会ったのは。

 

 

 

 

 

 一軒の如何にもイギリスの古風な住居だという家で切嗣は一人の男と向かい合っていた。

 テーブルの向かい側にはグレアムが座り優雅に紅茶を飲んでいた。

 そしてその隣には猫耳と尻尾を生やした若い女性、リーゼアリアが秘書のように立ち続けているのだった。

 

「現状ヴォルケンリッター達は蒐集を行っていない。恐らく現状が続くのであればこのまま蒐集は行われない」

「……今までの主と違い、はやて君は本当によくできた子だね」

「だが、それでは困る。ヴォルケンリッターには蒐集を行ってもらい闇の書を完成して貰わないと封印ができない」

 

 グレアムの言葉など聞こえていないかのように切嗣は淡々と状況と今後とるべき方策を述べて行く。

 そんな姿にグレアムは痛々しいものを見る目を向けるがそれでも切嗣は反応を示さない。

 

「……切嗣君」

「考えられる手段としてははやてに暗示をかけ意識を変えさせる。はやてを人質に取り騎士達に無理やり蒐集を行わせる。闇の書でなければ助からないレベルの怪我、病気にかける事だね。最もこれは足の麻痺の時点ではやてが拒否をしているから微妙な所だけどね」

「切嗣君!」

「……なんだい? 何か今後の方針で案があるのかい」

 

 見ていられなくなりグレアムは語尾を強めて切嗣の言葉を遮る。

 だが切嗣は相も変らぬ無表情で事務的な会話を返すだけである。

 しかし、グレアムには切嗣がわざと事務的な話に終始しはやて個人の話を避けているのが分かった。

 

「いや、はやて君の様子はどうなのかね」

「家を出る前に盗聴器をしかけてきた。それにロッテが監視についている。何があってもすぐに対処は可能だ、心配はいらない」

「私がそういったことを聞いているのではないことぐらい君だって分かっているだろう?」

 

 少し咎めるように告げるグレアムに切嗣は目を逸らす。

 しばらくの間沈黙が続いていたがこのままでは埒が明かないと判断したグレアムが折れる。

 紅茶を一口口に含みのどを潤してから事務的な話を切り出す。

 

「……頼まれていたもの(・・・・・・・・)は持ってきておいた。後で確認しておいてくれ」

「分かった。それでデュランダルの出来は?」

「威力としては申し分ない。タイミングさえ間違わなければ封印は可能だろう」

「そうか、後はアリアとロッテの腕次第というわけだね」

 

 主と共に闇の書の永久凍結。無限転生という非常に厄介な機能を持つ闇の書への最終手段。

 今まさに切嗣達が進めている作戦がそれだ。

 そのために強力な氷結魔法に特化したデバイス、デュランダルをグレアムは制作した。

 準備は整っている。後はヴォルケンリッター達の蒐集を待つだけなのである。

 

「そうなってくると問題は管理局に嗅ぎつけられるかどうかになってくるね」

「まさかこの立場になって身内から見つかるのを恐れるようになるとは思ってもいなかったよ」

「間違っても最終段階までばれないようにしてくれ。あなたがいないと計画に失敗した場合の対処ができない」

「肝に銘じているよ。……犠牲を無駄にするわけにはいかないからね」

 

 グレアムは十一年前の事件を思い出す。あの事件で自らの意思で部下を殺した。

 何年経っても後悔はなくならず傷口は決して塞がらない。

 あの状況でグレアムは客観的に見れば闇の書を止め世界を危機から救ってみせた。

 まさに正義の味方だ。だが……どれだけ繕ったところでやったことは殺しだ。

 正義(殺し)に酔いしれられる程彼は人間をやめていない。

 

 ならば……自分よりも遥かに若い年齢の頃から正義(殺し)を行ってきた目の前に居る男はどんな感情を抱いているのだろうか?

 正義に酔いしれている? そんなはずがない。

 正義に酔いしれた者はあのような死んだ目をしていない。

 何より彼は知っている。全てを救おうとした結果、全てを救えなかった男の絶望の涙を。

 

「君と会ってからもう何年も経ったが……君は変わらない」

「当然だ。人の本質というものは変わらない。魔法があったところで人が存在する限り殺し合いが終わらないようにね」

「……私はあのとき君を助けるべきではなかったと思っているのだよ。

 君にとってはあそこで死ぬことができた方が余程救いだったのではないかとね」

 

 死ぬことこそが救いだったと言われても切嗣は表情を変えることは無い。

 しかし、瞳の奥には人並みの幸福を祈り、正義を捨てようと思った在りし日が浮かんでいた。

 

「僕が死ぬとすればそれは犠牲に見合う対価が得られた時だ。もっともそれは不可能だろうけどね」

 

 そう言って酷く不格好な笑顔を見せる。

 その姿からは切嗣の自身には死ぬ権利すらなく永遠に殺し続ける(救い続ける)のだという諦めに似た覚悟を感じさせた。

 グレアムは余りにも残酷な運命に目を背けるように飲みかけの紅茶を見つめる。

 赤い紅茶は不思議なことに血と炎を彷彿(ほうふつ)させ老人に過去を思い起こさせた。

 

 

 

 

 

 ――片方しか救えぬのに両方を救おうとしたらどうなるのか?――

 

 男はその答えを身をもって知った。

 誰かを救うために誰かを殺し続けた男はある日傷つき倒れた。

 ここで終わるのもいいかもしれないと生きることを諦め、目を瞑った。

 だが、男は再び目を醒ますことができた。

 

 目を醒ました男の前には自分を救ったと言う美しい少女がいた。

 介抱をされていくうちに男は少女に恋をしていった。

 まだ若かった男はここで夢や義務を放り出して人並みの幸せを掴んでもいいのではないかと思った。

 少女の笑顔が好きだった。それを守ることができたらどれだけ素晴らしいかと思った。

 

 だが男にはそんなささやかな願いすら許されなかった。

 選択の時は非情にも男の元に訪れる。

 ある日男が少女の元を訪れると少女は血だらけで倒れていた。

 驚く男に少女は言った。自分を殺してくれと。呪いが他の者に移る前に。

 男は呪いなど信じていなかったが彼女を安心させるためにどちらも助けると言い残して医者を呼びに行った。

 ……彼女の肌を染め上げる血が彼女の両親のものだとも気づかずに。

 

 医者を伴い戻って来た男は絶句した。村は血を流して彷徨う亡者で満たされていたのだ。

 何の冗談だと絶句しているところに後ろから襲い掛かられ医者は噛まれてしまった。

 すぐさま撃ち殺そうとしたところで男は茫然とした。

 医者の肉を食いちぎっていたのは変わり果てた少女だったのだ。

 

 声を掛けても返事はなくただ自分を餌としてみる貪欲な視線だけが返って来るのだった。

 殺さなければならない。だが殺したくない。元凶はどう考えても少女だ。

 それでも殺せない。引き金を引けない。男は叫び声を上げて彼女から逃げ出した。

 あてもなく走り続けた。ただ全てから逃げ出したくて。

 

 気づけば変わった服装の高齢の男性と猫耳を生やした二人の女性が目の前に居た。

 ―――助けてくれ。男は三人の不自然さなど気にも留めずに助けを求めた。

 それが自分ではなく少女を助けてくれと言っているのだと三人は気づかなかった。

 だからその為に来たなどと軽々しく口にしてしまった。

 女性二人はすぐさま村に向かい魔法の力を使い亡者を殲滅していった。

 

 驚く男に高齢の男性は端的に説明した。自分達は魔導士と呼ばれる存在であると。

 そして今回の事件はロストロギアと呼ばれる古代遺産の引き起こしたものであると。

 人を操り血肉を貪る怪物に変える存在。

 吸血鬼やグールの伝承などはそれが元になったものだろうと語られるがそんなことはどうでもよかった。

 ただ少女が助かるのかと、村人が助かるのかと問う。

 

 男性はその問いに悲し気に首を振るだけだった。

 亡者になったものは既に死んでおり、元に戻しても生き返ることは無い。

 探せばあるかもしれないが放置すればいたずらに被害は広がるだけなのだと。

 男は黙って聞いていたがやがて立ち上がり止める声も聞かずに村の方へと歩いていく。

 全ての光を失った目のまま。

 

 男はただ機械のように淡々と亡者になった者達を始末していった。

 己が逃げたがために犠牲になってしまった者達を。

 表面上は無感情に。内心では懺悔の涙を流しながら。

 ただひたすらに殺していく。女性達が恐怖の眼差しで見てくるのも気づかずに。

 そして、男は目にする。先に女性達に敗れ事切れた少女を。

 

 ―――ごめんね。君を殺してあげられなくて。

 

 男の瞳から己の意思とは全く関係のない涙が零れ落ちていくのだった。

 

 

 ――全てを救おうとした愚かさの代償は全てを失うことだった――

 

 

 

 

 

「初めて君と会った日に私はこの悲劇を繰り返さないように管理局に入るように勧めた。魔法があればより多くの人を救うことが可能だとうそぶいた。あのままでは君が壊れてしまうと判断したから」

「ああ、事実僕はあのままなら壊れていただろう。その点ではあなたに感謝している」

「……だが、君は気づいた。魔法は万能でないと、結局正義で救えない人間はいるのだと」

「そうだ。だから僕は管理局をやめて必要悪となった。この件に関しては迷惑をかけたね」

 

 あの日里帰りで地球に帰っていたグレアムが駆けつけることができたのは切嗣にとって幸運だったのか不運だったのか。それは誰にも分からない。

 管理外世界とはいえグレアムや切嗣のようにリンカーコアを持った人間は存在する。

 そして、過去にも存在した。歴史上の偉人などは多くがリンカーコアを保持していたのではないかとグレアムは考えている。

 とにかく管理外世界とはいえそういった者達が魔法遺産を作っていた可能性は十分にあるのだ。

 というよりも実際に数は少ないがああして存在していたのだ。

 そうしたものが今でも伝説やオーパーツとして語り継がれている。

 因みにグレアムはムー大陸もロストロギアで滅んだのではないかと睨んでいる。

 

「最初は質量兵器を禁止している平和な世界だと思ったよ。でも、武器を奪ったところで争いは起こる。地球でも貧しい国に紛争が絶えないように次元世界でも貧しい世界では争いが絶えない」

 

 表情は変わらないが握りしめる手に力がこもっているのを見るに切嗣にとっては許せない事なのだろう。

 そもそも兵器がなくなれば争いが起きないというのは安易な考えだ。

 人類は棍棒さえあれば戦争を起こせるのだ。

 寧ろ地球で言う核抑止力の方が争いの数は減らせるだろう。

 正し、一度起きれば世界は滅びるが。

 逆に言えば武器の威力が低ければそれだけ小競り合いは起きやすい。

 最も、その場合は相手より強い武器を求め結果として古代ベルカのようになるだけだろうが。

 

「管理局はあくまでも平和を維持する機関だ。よほどのことがなければ武力介入はできない。でも管理世界ですら紛争は絶えない。平和に見えるのは表面だけだ」

 

 如何に管理局が次元世界の平和を守っているとはいえ世界の中の小国同士の紛争まで手を出すことはしない。

 そもそも管理局にそれだけの余裕はない。数年おきに新たな世界を発見している状態なのだ。

 誰がどう考えてもそのうち首が回らなくなることは見えている。

 それでもロストロギアが危険なために世界を広げなくてはならない。

 地上部隊も治安維持で精一杯で戦争をすることなど出来ない。

 

「でも非殺傷設定がある。それだけでも進化しているわよ」

「本当にそう思うかい、アリア?」

「どういうことかしら…?」

「僕は勘違いをしていたよ。非殺傷設定は人の殺意すら抑えられるんだとね。でも違った。進歩したのは技術であって人間じゃない」

 

 どこか疲れたようにアリアに返す切嗣。

 切嗣とて非殺傷設定という機能には初めは心を打たれた。

 しかし、そんなものは幻想に過ぎなかった。

 人を殺すのに必要なのは大層な魔法ではなくただの殺意なのだ。

 

「人間なんてそこら辺に落ちている石一つあれば殺せるんだ。質量兵器がなくとも、魔法がなくとも人を殺す方法はいくらでもある。アリア、君は人間がどれだけの歴史と知性を費やして殺人のテクノロジーを育んできたか分かるかい?」

 

 そう自嘲するように問いかける切嗣。彼は人間がどれだけの歴史と知性を費やして殺人のテクノロジーを育んできたかを身をもって学び取った。

 誰かを助けたいのに殺す技術だけ上手くなっていく。

 何という矛盾かと自分でなければ大笑いしてやりたい気持ちだ。

 

「それでも、大きな戦争は無くなっているわ」

「そうだね。でも流血は絶えない。人間の本質は石器時代から一歩も進んじゃいない」

「……やっぱり貴方は優し過ぎる程に優しいのね」

 

 普通の人間であれば大きな戦争でもなければ違う国・世界で誰が傷つこうが気にも留めない。

 しかし、切嗣は優し過ぎた。誰かが傷つく世界の残酷さが許せない。

 だから誰よりも冷酷になって世界に立ち向かおうとした。

 

「世界が変わっても争いがなくならないのなら僕のやる事はあの頃と変わらない」

「……引き返す道があってもかね?」

「もう遅すぎる。より多くの人間の平和の為に小数を殺していくだけさ」

 

 熱意もなければ信念もない。

 そんな目をしているのにも関わらず切嗣は真っ直ぐに歩き続ける。

 自分が彼女を殺さなかったから犠牲になってしまった人達の為に。

 

「それが次元世界のあらゆる紛争地に現れ強力な魔導士を殺し尽していった『魔導士殺しのエミヤ』の本質なのかね……」

 

「偶々敵の頭や、主戦力が魔導士だっただけさ。まあ、こっちとしては殺しやすくて楽だったけどね」

 

 グレアムの『魔導士殺しのエミヤ』という言葉に少し眉を顰める。

 切嗣自身はそのように名乗ったつもりはない。

 本人としては殺すことで犠牲が減る人物であれば分け隔てなく殺しているのだから。

 だだ、ターゲットを殺す際には余計な障害を減らすために敵側に雇われるように打診をすることが多かったのでこの名前はそれなりに役立った。

 

「それとこれは私の推測なのだが。管理局の警告を無視して危険なロストロギアを所持している人物が不審死する事件が相次いだ時期があるのだが……これも君だと思うのだが、どうかね?」

「危険なロストロギアを放置すればあの時の二の舞になるからね」

 

 何でもないように肯定する切嗣にグレアムはため息をつく。

 そもそも闇の書の件で接触してきた時点で見当はついていた。

 表には出さないがあの件以来ロストロギアに関して思うところはあるのだろう。

 だが、本当に気になっているのはそこではない。

 

(彼が奪ったと思われるロストロギアがなぜ管理局にあるのだ?)

 

 不審死を確認された後に管理局が回収した物は構わない。

 しかし、殺害と同時に奪われたはずのロストロギアまで管理局が所持しているのはどういうことだ。

 記録には不当な取引を差し押さえたと書かれているがその事件の担当にそれとなく聞いても知らないと答えるのだ。

 そもそも、広大な次元世界を後ろ盾もなしに本当に活動できるのか?

 

「ふぅ、随分と関係のない話をしてしまったね。時間は有限だ。今から予想される展開について作戦を練っておこう」

「ああ……そうしよう」

 

 余計な思考が頭を占めるが今は関係ない事だと切り捨てるために紅茶を飲み干す。

 反対に切嗣の紅茶は一滴たりとも減っていないのがいやに気になるのだった。

 




次回はほのぼのできるといいなぁ……。


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四話:つかの間の日常

 

 八神はやては充実した毎日を送っていた。

 自分の足で歩けないという不自由はある。だが自分には暖かな家族が居てくれた。

 養父は勿論だが自分を確かに愛してくれた両親のことも忘れはしない。

 それに今は本から出てきた不思議な騎士達も自分の家族だ。

 切嗣がイギリスに行っている間も寂しさにとらわれることなく過ごしていた。

 

「さーて、最後におとんの部屋を掃除したら終わりや」

「どうしてそんなに気合を入れてるの? はやてちゃん」

「シャマルは分かっとらんのや。おとんの部屋の散らかりようが」

 

 不思議がるシャマルに切嗣が如何に片付けが苦手かを説明していく。

 放っておけば物が溢れかえり足の踏み場すらなくなってしまうのだと。

 自分でやると言っても結局さらに散らかすだけというダメ親父だと。

 シャマルはクスクスと笑いながらその話をどこか楽しそうに語るはやてを見つめる。

 

「とにかく、いつもそんな感じやから気合入れとるんや」

「ふふふ、それじゃあ頑張りましょうか」

「まあ、今はおらんから散らかりようがないやろうけどな」

 

 如何にも掃除が楽で良かったと言わんばかりの言葉だがどこか物足りなさも感じさせる響きだった。

 そのことにシャマルはまた笑いながらはやてと共に掃除を始める。

 掃除自体は切嗣が留守にしていることもあり、あっさりと片付いていく。

 余りにもあっさりと終わってしまった為にはやては暇になってしまった。

 

「……おとんへそくりとか隠しとらんかな」

「探してみる?」

「勿論や!」

 

 結果、へそくりを探し出すという行為に発展してしまった。

 冷静に考えれば整理が苦手な人間が物を隠せばどこにかくしたのか分からなくなるので隠さないと分かりそうなものだが暇つぶしなので気にしない。

 切嗣の部屋は散らかる割には意外に物が少ない。キチンと収納すれば広い部屋なのだ。

 シャマルは本棚の本を取り出して中に紙幣が挟まっていないかを確認する。

 はやては机の中身をあら捜しする。

 ここで掃除をする前の状態にならないのが八神家の家事を統括する者達の底力である。

 

「ここにはなんもないなぁー。流石に鍵を開けるのはいかんし……シャマルそっちはなんかあったかいな?」

「ううん、こっちにもないわ」

「なんや、つまらんなぁ。男ならへそくりの一つや二つぐらい隠さんと」

 

 上がらない成果にブツブツと文句を言いながら引き出しを開けて行くはやて。

 ここに切嗣が居れば間違いなく苦笑いしか浮かべられないだろう。

 このまま何事もなく終わるかと思われたあら捜しだったが下から二番目の引き出しを開けたことで進展を迎える。

 

「ん? なんやって……これ」

「どうしたの、はやてちゃん?」

「シャマル、これ」

 

 そう言ってはやてが指し示す物は不気味に黒光りする物体だった。

 これだけだとはやてが最近苦手になってしまったゴキブリのように聞こえるかもしれないがそれ以上に物騒なものだった。

 

「銃ですね。お父さんが私達が現れた時に持っていたものだと思うわ」

「そうやな、銃やな」

『…………』

 

 何となく次の言葉を言うのが恐ろしくて押し黙る二人。

 そこに二人の帰りが遅いので見に来たザフィーラが現れる。

 

「なぁ、ザフィーラ。これ本物かわかる?」

「むぅ、この世界の武器については詳しくありませんが恐らくは本物であると」

「なるほど、ということは……これ違法やない?」

 

 切嗣は警察や自衛官と言った拳銃を所持可能な職業についていない。

 はやての介護の為に基本的に家に居ながらできる仕事をしているらしいのだがはやては詳しくは知らない。

 念のためネットで調べて見るが一般人には拳銃の所持は認められていなかった。

 猟銃や空気銃は許可を得れば可能だが拳銃は不可能だ。

 

「……我が家の父が銃刀法違反者やった」

 

 すぐさま八神家家族会議が開かれた。

 

 

 

「みんなに集まってもろーたのは他でもないおとんが犯罪者かもしれんちゅーことや」

 

 はやての言葉に訳を知らないシグナムとヴィータの肩がピクリと動く。

 まさか切嗣が管理局に追われる立場だと明かしたのかとシャマルに視線で問い詰める。

 ここで視線がザフィーラに向かないあたり彼の信頼の高さがうかがわれる。

 反対にシャマルは少し傷つきながら事情を説明するために拳銃を机の上に置く。

 

「これは……拳銃ですね。三十二口径、体格の小さい者でも使える」

「おとんの机からこれが出てきてな。前にも見たけどよう考えたら法律違反やった」

「はやて、なんで銃持ってたらダメなんだ?」

 

 さながら刑事のように説明するはやてにヴィータが素朴な質問を投げかける。

 管理世界でも質量兵器は禁止されている。

 しかし、今までただ戦い続けてきた騎士達にとって武器とはあって当然のものなのだ。

 そのことに少し悲しい気持ちになりながらはやては告げる。

 

「人様に怪我をさせれる武器とかは日本じゃ持っとったらあかんのよ。警察に逮捕されてまう。やから私らは家族としておとんをどうするべきか話し合わんといかんのや」

 

 覚悟を決めたかのように語るはやてにシグナムとヴィータは目を合わせる。

 シャマルとザフィーラはその様子に二人が何を言いたいのかを察する。

 二人は頷き合い自らのデバイスを手に取る。

 

「……レヴァンティン」

「アイゼン」

『Ja』

 

 シグナムの手には片刃の長剣が、ヴィータの手には体と同じほどの長さのハンマーが握られる。

 ここまで来てはやては四人がどういった存在かを思い出す。

 ザフィーラとシャマルはともかく二人は完全に武器持ちなのだ。

 

「我らもこうして武器を所持していますが全ては主はやてをお守りするためです」

「それに待機状態にしておけば安全だしな」

「主の意思に反して騎士の魂を抜くことはありません」

 

 要するに切嗣を警察に引き渡すのなら二人も引き渡さなければならないのだ。

 最も、切嗣はともかく二人に関しては色々どころではない問題が発生するだろうが。

 とにかくこうして八神家にはくしくも三人の犯罪者がいることが発覚してしまったのである。

 はやてはしばらく考え結論を下す。

 

 

「……バレんなら犯罪やないよね」

 

 

 この夏はやてはちょっぴり大人になった。

 それが良い方向にかどうかは誰にも分からないが。

 

 

 

 

 

 八神切嗣は窮地に立たされていた。知り合いの葬式と偽りイギリスに赴きグレアム達と密会を行った所までは問題はなかった。

 簡単ではあるが訓練を行い感覚を取り戻したのも収穫だ。

 最終段階までの計画も誤差はあるだろうが揺るがないだろう。

 ならば、八神切嗣を襲った問題とは何なのか。

 それは彼が衛宮切嗣ではなく八神切嗣だからこそ起こる問題だった。

 

「お土産を買ってなかった……」

 

 余りにも昔の感覚に戻り過ぎて父親としてやるべきことを見失っていたのだ。

 尤も、はやてのことを考えるだけで心がどうにかなってしまいそうだったのでお土産まで考えろというのも酷な話だが。

 何とか帰る間際で気づいて紅茶だけは買ってきたがこれでは心もとない。

 他にも何かなければ申し訳が立たない。まあ、葬式帰りに旅行帰りのようにいっぱいの土産というのも不謹慎のような気もするがそれはそれである。

 

「仕方がない。紅茶はあるんだ、お茶請けにケーキでも買っていこう。ヴィータちゃんを味方につければはやても強くは言えない……はず」

 

 一縷の望みにかけ切嗣はケーキを買うことを決断する。

 その姿を見た者がいるなら妻を怒らせて帰りづらくなった旦那かと思う事だろう。

 

(高町なのはの件もある。翠屋にでも行ってみるとしよう)

 

 今から数か月前に起こったロストロギア事件。

 その際にここ海鳴市にはジュエルシードと呼ばれるロストロギアがばら撒かれた。

 当初は自らの裏のコネを使って秘密裏に処理をしようと考えていた切嗣だったがそれはユーノ・スクライア、高町なのは、フェイト・テスタロッサの登場により止めた。

 計画最終段階まで身元が割れるわけにはいかなかったので自分達以外の人間が処理をしてくれたのは大いに助かった。

 もっとも、何度か海鳴市が崩壊の危険に陥りそうな時もあったが。

 

(しかし、高町なのはが魔法を知ってしまったのは痛手だ。蒐集対象として見繕っていたんだが……それに管理局と繋がりができたのも痛い。これでは高町なのはの蒐集をしたと同時に管理局に知られてしまう)

 

 いっそここで始末してしまおうかという物騒な考えが浮かんでくるが下策にも程がある。

 少女一人位など造作もなく殺すことはできる。

 いくら魔法の才があったところで所詮は子どもだ。

 しかし、殺してしまえば何かがあると疑われる。最悪管理局がこの世界に調査に来る。

 そもそも蒐集の前に殺すのは勿体ない。

 

(全く……面倒なことをしてくれたよ。プレシア・テスタロッサ)

 

 内心で今回の事件の発端と言われるプレシア・テスタロッサに対してぼやく。

 正直なところ裏から手に入れた情報を見た時は怒りでどうにかなりそうだった。

 たった1人の為に60億の人間どころか世界を危険にさらしたのだ。

 切嗣の生き方とはまさに真逆な生き方だ。そのことがどうしようもなく苛立たせた。

 だが本当に苛立ったのは心のどこかでその生き方を羨んでしまった自分に対してかもしれない。

 

「いらっしゃいませ」

 

 気づけば既に翠屋に行きついていたらしくマスターの高町士郎に声を掛けられていた。

 こんな状態では作戦に支障をきたすと内心歯噛みしながらケーキを一人二個ずつ注文していく。

 その際に店内を見まわして見るが高町なのはの姿は見えない。

 もっとも、自分が魔導士だとバレるのは避けたいので深い接触はこちらも御免なのだが。

 しかし高町なのはの馬鹿げた魔力量があれば簡単にページが埋まるので目をつけておくことには変わりはない。

 

「しかし、結構な量を買われますね。来客用ですか?」

「まあ、そんなところです」

 

 軽く話をしながらケーキを受け取る。

 一見すれば士郎は爽やかなマスターに見えるが切嗣には分かる。

 間違いなく自分と同じように裏の世界を知っている人間だと。

 それは士郎の方も同じようで初めて訪れた時はお互いに警戒したものだ。

 どうやら、血と硝煙の臭いは嗅ぎ慣れた人間には隠せないらしい。

 

「ありがとうございました。また、お越しください」

「ああ、また来るよ」

 

 ―――あなたのお嬢さんを傷つける算段をつけてね。

 

 そんな言葉を心の中で呟いて切嗣は家路に着く。

 何故だかタバコがたまらなく吸いたい気分になった。

 

 

 

 

 

「このケーキ、ギガウマじゃねーか!」

「確かに、これは美味ですね」

「うん、美味しいわ」

「気に入ってもらえて何よりだよ。翠屋はシュークリームがお勧めだから今度はそれでも買ってくるよ」

 

 顔をほころばせる女性陣。特にヴィータは目が比喩抜きで輝いている。

 一先ずお土産を気に入ってもらえたためにホッとする切嗣。

 紅茶に関してもグレアムお勧めなので味は申し分ない。

 もっともはやてはこれはお土産を買い忘れたなと気づいているが言わないだけである。

 切嗣が思っているほど彼女は子どもではない。

 

「それでイギリスはどうやったんや?」

「どう……って言われてもね。葬式に出たんだから旅行じゃないよ」

「それもそうやな」

「まあ、後は昔の知り合いと会ったぐらいかな」

「ふーん」

 

 ケーキに舌鼓を打ちながら話をする。そんな何でもない平凡な光景。

 だが、切嗣にとっては何よりも輝いて感じられ、同時にその光景の中に自分がいることにとてつもない違和感を覚える。

 あるべきでないものがそこにある。余りの違和感に殺意すら抱いてしまう。

 今すぐにでもこの違和感の正体(自分)を排除してしまいたい。

 見る影もなく引き裂いて、叩き潰して、燃やしてしまいたい。

 だが、当然のことながらそれはできない。果たさなければならない使命があるから。

 

「それにしても旅行かぁー……」

「何だい? どこかに行きたいのかい」

「うーん、色々あるんやけど海に行きたいかな」

「海ならすぐそばにあるじゃないか?」

「もー、おとんは乙女心分かっとらんな。やけ、お嫁さんおらんのやないの?」

 

 海ならば確かにすぐ傍にある。しかし、ただ地元で泳いでもつまらないのだ。

 遠くに出かけて綺麗な海で泳ぐからこそ雰囲気が出ていいのだ。

 もっとも、切嗣は好きな物が効率という男なので雰囲気というものは気にしない。

 近くに海があるのだからそこで泳ぐのが一番効率が良いというのが男の考えだ。

 はやての言うようにそういった所は確かにモテない。

 

「そこを言われると辛いなぁ」

「まあ、でも今は美女四人と暮らしとるハーレム状態やん。羨ましいでー」

「ははは、僕には勿体ないぐらいだね」

 

 本当に勿体ないと切嗣は思う。

 人殺しの自分を家族と思ってくれる人がいるなんて本当に勿体ない。

 

「今年はもう泳ぐには遅くなりそうやしなー。来年みんなで海に行こうや」

「主はやてが望むのなら我らヴォルケンリッターどこまでも」

「そこまでかしこまらんでええんやけどな。おとんも約束してーや」

「……そうだね、約束だ」

 

 己の罪深さを心の底で怨嗟しながら表情を取り繕い約束を家族と結ぶ。

 何でもないのに、奇跡が起こらない限り決して叶わない約束を。

 

 信じてもいないが神に祈る。この約束が―――守られることがないことを。

 




そろそろ動き出す……はず。


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五話:人と機械

 ――闇の書――

 

 時を超え、世界を廻り、様々な主の手を渡ってきた、旅する魔道書。

 しかし今はもはや呪いの書として機能することしか許されない。

 己の意思に反し終わること無き輪廻を繰り返し続ける。

 そこに安らぎは無く、悲しみと憎しみだけが支配していた。

 だが、しかし。

 

 今回は、今までとは違った。

 今までがいったいどれだけの時を示しているのか、それすら定かではない。

 気が遠くなるほどの長き時の中、闇の書は守護騎士らと共に旅を続けてきた。

 その中でも今この時は―――特別だった。

 

(主はやて、騎士達に安らぎを与えてくれた心優しき主)

 

 はやての元で闇の書が封を解かれて早数ヶ月。

 闇の書の頁は未だ1頁すら蒐集されていない。

 驚くことに彼女は騎士達に蒐集を命ずることなく家族として迎え入れた。

 今までにそのような主などいなかった。否、これからも現れることは無いだろう。

 

 戦い、奪う事しか行わなかった。ただ与えられた使命をこなすことしなかった機械。

 心など必要ないとばかりに押し殺していた道具。

 そんな騎士達がまるで本物の人間であるかのように主の傍に居るのを見るのが闇の書は好きだ。

 

 剣において勝る者は無し、烈火の将シグナム。

 その手に砕けぬ物は無し、鉄鎚の騎士ヴィータ。

 主に訪れる全ての災厄を防ぎし、盾の守護獣ザフィーラ。

 騎士と主を常に助けし、風の癒し手シャマル。

 何者にも負けることなどないと自負する最高の騎士達。

 

(こうして幸福な日々を受け入れ、喜ぶとは想像できなかったな)

 

 これも主の器の大きさ故か。それとも恐れも知らぬ子どもの特有の愛情故か。

 どちらかは分からないがただ一つ分かることがある。

 それは闇の書にとっても、騎士達にとってもはやてが最高の主であることだ。

 

 主はやて、闇の書という常夜の闇にさした一筋の光。

 救いの手を求めることもなかった騎士達に自ら手をさし伸ばした光の天使。

 絶望を希望に変えるに相応しい主。

 

 だが……それでも運命は変えられない。

 どれだけ主が平穏を望もうと、騎士達がそれを守る為に戦おうと、待ち受けるのは滅びのみ。

 闇の書は破壊以外に願いを叶える術を知らない。

 幾多の世界を破壊しつくしてきた力を持っても少女一人の願いも叶えられはしない。

 

 闇の書に意思はあれど運命を伝えることはできない。

 否、伝えることができても伝えることなどないだろう。

 目覚め、破壊し、再生の時を迎えるまで、闇の書はただ待ち続けるのみ。

 ただ……その時が僅かでも遠い日であるように祈りながら。

 

(しかし……主の父親。あの者は何者だ)

 

 闇の書は八神切嗣という人間に対して興味と警戒を抱いていた。

 一見すれば娘にうだつの上がらないどこにでもいるような父親。

 騎士達にも愛情を持って接してくれる一家の大黒柱。

 だというのに……あの目は何なのだ?

 

 家族には決して見せないが闇の書たる自身を見るときにふとみせる虚無。

 人間であるというのにプログラムのような、機械のような瞳。

 自分達と同じ機械のように“何をしたいか”ではなく、“何をすべきか”で動く者の目。

 本当に人間であるか疑いたくなる瞳。

 

 だが、主や騎士達と触れ合う時の目は間違いなく人間のもの。

 その不釣り合いさが興味と警戒を抱かせた。

 しかし、それでも―――闇の書にできることは目覚めの時までただ待ち続けるのみ。

 それこそが闇の書にとって今すべきことなのだから。

 

 

 

 

 

 冬も近づく秋口の深夜。切嗣ははやてが眠ったのを確認してからリビングに騎士達を呼び出していた。

 騎士達にはただはやての病気について話したいとだけ伝えた。

 主のことについての話とあって誰もが真剣な顔で切嗣を見つめる。

 

「集まってくれてありがとう。君達は間違いなくはやての家族だ。だからはやての病状について知る権利がある」

「……はい、お父上」

 

 シグナムがヴォルケンリッターを代表して緊張した面持ちで頷く。

 これから切嗣が話すことは騎士達の心を揺るがし蒐集に駆り立てることになるだろう。

 もし、騎士達がただのプログラムであればこの策は通じない。

 しかし、切嗣は彼等を人間だと認識しているため失敗するとは微塵も思っていない。

 

「はやての脚を苦しめている麻痺は未だに原因が不明。不治の病というやつかもしれない」

「そんな……はやてちゃん」

「何かできねーのかよ、切嗣?」

「石田先生は優秀な医者だ。その人が言っていることだ。……僕達にはどうしようもない」

 

 静かに淡々と語る切嗣とは反対に騎士達は顔を歪めて悲しみの表情を作る。

 その様子に計画の成功を確信する。人間であれば何かをしたいと思う。

 機械であれば与えられた命以外には動かない。

 

「そして足先から始まった麻痺は今や膝を越えて、少しずつ上に上がってきている。しかもこの数ヶ月(・・・)は特に進行が早い」

 

 シャマルとシグナムがまさかという表情を浮かべるが気づかないふりをしてそのまま話を続ける。恐らく二人は真相にたどり着いたのだろう。そうであってくれなければ困る。

 一刻も早く蒐集を開始してもらいたいのだから。

 

「このままだと麻痺は内臓器官まで上がって来る……つまり―――『死』が迫ってきている」

「嘘だろッ! なんではやてがッ!?」

「ヴィータ、落ち着け」

「落ち着けって、ザフィーラ! だってはやてが―――」

 

 取り乱して机を叩きつけるヴィータをザフィーラが目で制す。

 その目を見て何を言わんとしているかを悟り彼女は口を噤む。

 二人共原因に思い当たり、同時に治療法にも思い至ったのだ。

 

「……とにかく、覚悟だけはしておいて欲しい。いつ何が起きてもおかしくない」

「……分かりました、お父上」

「それじゃあ、僕は眠らせてもらうよ。……少し疲れた」

 

 切嗣は相も変らぬ無表情のまま頭を抑えながら自室に戻る。

 騎士達は苦悶の表情を浮かべその姿を見送るだけだった。

 家族の危機に悲しみの感情をあらわにするヴォルケンリッター。

 娘の死が近づくことを何とも思っていないように淡々と語る父親。

 

 

 ―――これじゃあどっちが機械か分からないな。

 

 

 客観的にその様子を想像した切嗣は内心でそう自嘲するのだった。

 

 

 

 

「……主の病因は十中八九、闇の書だろうな」

「闇の書の魔力が、リンカーコアの未成熟なはやてちゃんの体をむしばんでいるんだと思うわ。それが健全な肉体機能どころか生命活動さえ阻害している……」

「なぁ、シャマルの治療でどうにかならないのかよ! シャマルは治療系は得意だろ!」

「……ごめんなさい。私の力じゃ」

 

 何故今の今まで気づかずに呑気に過ごしていたのかと己の身を呪いながらシグナムは言葉を絞り出す。

 この世の終わりのような顔でシャマルは分析を行い、ヴィータはそんなシャマルに涙ながらに縋り付く。

 もしも自分達が罰を受けるのだというのなら何も文句はない。

 自分達はそれだけのことをしてきた。だが……どうして関係のない主なのだ?

 何も悪い事をしていないはやてなのだ? そんな不条理だけが騎士達の胸に渦巻く。

 

「少し場所を移そう。ここだと主が起きてきたときに聞かれる可能性がある」

 

 シグナムの提案により騎士達はリビングから移動しシグナムの部屋に移動する。

 しっかりと施錠をし誰も入って来られないようにして改めて話し始める。

 結界を張ることも考えたが切嗣に何かやましいことをしていると察知される恐れがあるので控えておいた。

 

「我らヴォルケンリッターは主はやてに多大なる恩を与えて頂いた。今、その主が危機的状況にある。ならば我らはこの恩を返さなくてはならない」

「はやてを助ける。どんなことをしてでも…ッ!」

「残された手は余りにも少ない。しかし―――ゼロではない」

 

 四人の視線が一つに交わる。彼等には闇の書の守護騎士としてのつながりがある。

 故に言葉など交わさなくとも相手が何を考えているかは分かる。

 主はやてを闇の書の呪いから解き放つには一つしか方法がない―――

 

『闇の書の蒐集を行い、主はやてを闇の書の真の主にする』

 

 闇の書が完成すればこれ以上はやての体を蝕む必要はない。

 完全に病が消え歩けるようにもなるだろう。最低でも病の進行は止まる。

 それこそが騎士達に残された唯一の道。しかし、それではある問題が発生する。

 

「だが、それは我らが主によって禁じられている」

「そう。優しいはやてちゃんは自分の為に他の誰かに迷惑をかけることはしない」

「だとしても……はやてが死ぬなんて認められない」

「そうだ。主の死を座して待つなど我らにはできない」

 

 主の命を破ることになるのだと考えると自然と表情が暗くなる。

 しかし、だからといって失うことを許容するなど到底出来る物ではない。

 そんなことができるのは与えられた指示をただこなすために存在する機械だ。

 もしくは愛の何たるかを知らない薄情者だ。

 

「烈火の将シグナムとしてではなく、八神はやての家族として私は主を救いたい…ッ」

「私も救いたい。それに家族の危機に何もしないなんて家族失格よ……」

「はやてを助けたい。そのためならなんだってする!」

「異論などない。我らの主は八神はやて以外に居ぬのだから」

 

 例え、騎士として許されざる所行だとしても構いはしない。

 不忠を罰せられるのだとしても構いはしない。

 ただ主を、一人の少女を、救えるのなら騎士の誇りすら喜んで捨てよう。

 

「そうと決まれば一刻も早く蒐集を行わねば」

「だが、主はやてとお父上に気づかれるわけにはいかない。あくまでも無関係に」

「そうね。誓いを破るのもあるけど二人には明るい道を歩いて欲しいものね」

「はやてと切嗣の未来を血で汚させない」

 

 各々が自身の獲物に不殺の誓いを立てる。

 彼等は古代ベルカの生きる継承者だ。それ故に非殺傷設定などという便利なものはもっていない。

 彼等にとっては殺さないことを前提に戦うという事は己の全力を出せないと同義だ。

 

 だからと言ってその程度の不利で怯むような彼等ではない。

 多少のハンデが何だというのだ。

 その程度で泣きごとを上げるのなら。障害を越えられぬというのなら。

 ―――八神はやての騎士を名乗りはしない。

 

「申し訳ございません、我らが主」

「ただ一度だけ」

「あなたとの誓いを」

「破る」

 

 四人が誓いを破ることへ苦悩しながら目を瞑る。

 その心中は恐らく誰であっても計り知れないだろう。

 だが、目を開いたときにその目に宿っていたものは強い覚悟だけだった。

 

『我らが不義理をお許しください』

 

 もはや、止まれぬ。

 覚悟を決めた騎士が足を止めるときは目的を果たしたときか、力尽きた時のみ。

 だが、しかし。例え力尽きるのだとしても一歩でも前へと進みながら倒れる。

 決して諦めはせぬ。何もかもを捨て去ることになったとしても。

 

 

『全ては―――主、八神はやての為に!』

 

 

 その為ならこの身はどんなことでもしてみせよう。

 

 

 

 

 

(ようやく蒐集に動き出したか……)

 

 切嗣は自室にてシグナムの部屋に仕掛けておいた超小型の盗聴器から受信を受けて情報を得ていた。

 騎士達の尻に火をつけるためにはやての病状を話したのが功を奏した。

 もし、騎士達がただの機械であれば従順にはやての命に従い蒐集を行わなかっただろう。

 

 だが、騎士達は人間のように家族を想う気持ちをもって誓いを破った。

 人の愛情を利用する手は腐るほど使ってきたのでやるのは簡単だった。

 本来ならもう少し早くしかけてよかったのだがある都合で遅らせた。

 まあ、若干闇の書からの働きかけがあったかもしれないが騎士達の想いは本物だろう。

 

(騎士達が全員で動くときは基本、僕は動けない。アリアとロッテに頼るしかないな)

 

 今までは騎士達が常にはやての傍に居たのでその間に切嗣が動くことができた。

 しかし、蒐集が始まった以上ははやての守りが手薄になる。

 如何に闇の書の情報を隠蔽しているとはいえその力を求める者は後を絶たない。

 仮に悪魔の頭脳を持った男が少し闇の書に興味を持っただけでも居場所は割れてしまうだろう。

 

 守りが手薄な時にはやてを始末されでもすれば封印ができなくなってしまう。

 さらに病状が悪化した際に周りに人が居なければそのまま死に闇の書に転生を許してしまいかねない。

 そんなまぬけな結果だけは絶対に防がなければならない。

 

(しばらくは予定通りにはやてを監視しつつ様子見に徹するべきだ。ヴォルケンリッターが早々に負けるとは考え辛いんだ。わざわざこちらの手札を見せる必要もない)

 

 いずれは騎士達と敵対することは確定しているのだ。もしかすれば管理局とも。

 計画通りにいくのならばたいした労力もいらないだろうが戦うはめになればここで手札をさらすのはデメリットしかない。

 戦場に置いての情報の価値は黄金よりも重い。秘匿するにこしたことは無いのだ。

 例えそれが現状味方をした方が効率が良いような相手であってもだ。

 もっとも、それも時と場合で変わるだろうが。

 

(高町なのはの情報は与えるべきか? いや、今は管理局に嗅ぎつけられるのを避けるために地球から遠い世界に行かせるように仕向けるべきだな)

 

 しばらく騎士達の行動を不信がる演技をしておけば間違っても地球、海鳴市で戦闘を行うことはないだろう。

 与えるとすれば時間が無くなり切羽詰まってくる時期。もしくはある程度余裕が出てき始めた頃。

 どちらにしても今すぐではない。

 ただ、終盤には管理局にも関わらせる必要が出てくる。

 こちらは欲のある者に情報が渡らないように少数精鋭で居るが故に駒が足りないのだ。

 

(万が一にもあってはならないが封印に失敗した場合はこの街ごとアルカンシェルで消し飛ばす必要がある。ベストがダメならベターな手段を用意しておくべきだ)

 

 切嗣はグレアム達に仮に自分達が封印に失敗した場合は闇の書をこの街事消し飛ばすように進言していた。

 数え切れない人が犠牲になるだろうが60億人より少ないのは確かだ。

 もっとも、それは本当に最悪の手段で管理局が出てくるなら、優秀な魔導士を使いなんとかさせるためである。

 欲を言えばグレアムが指揮権を握れればいいのだがそれは微妙な所だろう。

 

(後は臨機応変に対応しておくべきだな。過度に緻密な計画は一度崩れると立て直しがきかないからな)

 

 そう結論付けてロッテとアリアに暗号化したメッセージを送り盗聴器を片付ける。

 下から二番目の引き出しを開け拳銃をどけて二重底にしてある部分にしまう。

 拳銃はカモフラージュだ。現代日本で引き出しを開けていきなり拳銃が出てくれば誰だってそっちに注目するのが当然だ。

 

(しかし……僕は何をするべきかしか考えていないな。それに比べて騎士達は何かをしたいと心で決めていた。僕より遥かに人間らしい。しかし、そうすると僕は―――)

 

 ふとした思考が頭をよぎり、それを必要ないと切り捨てようとしている自分に気づきさらに深い思考の泥沼に引きずり込まれてしまう。

 “何をしたいか”ではなく“何をするべきか”で動く。

 それはただの機械である、ただの現象である、それは人の生き様とは程遠い。

 ならば何年も前に人の生き様を失った自分は―――

 

 

 ―――本当に人間と言えるのか?

 

 




次回から本編開始になるかと思います。


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六話:ファーストコンタクト

 冬も本番に入り、朝起きるのが辛くなる時期。

 外を出歩く人も少なくなり町は少しだけ静かになる。

 そんな中、切嗣は息を白く染めながらヴィータとザフィーラと共に散歩をしていた。

 

「もうそろそろクリスマスの季節だね」

「クリスマス?」

「ああ、ヴィータちゃんは詳しく知らないんだね。簡単に言うとね、昔の偉い人の誕生日をお祝いしてみんなでケーキを食べたりプレゼントをもらったりするんだ」

「へー、何だか楽しそうだな」

「うん。今年はケーキをギガウマの翠屋に頼もうと思っているからそっちも期待していいよ」

 

 ケーキという言葉に顔を輝かすヴィータに微笑みながら歩いていく。

 そんな中でも切嗣は内心は冷酷に計画の為に二人を誘導する算段を立てる。

 何気ない風に装い切り出す。

 

「そう言えば、翠屋と言えばあそこの末娘さん―――かなり魔力を持っているみたいだよ」

「……それ本当なのか?」

「…………」

 

 魔力という言葉に表情を変えて聞き返して来るヴィータ。

 ザフィーラも耳を立てて詳しく聞こうとしているのが分かる。

 それに気づかないふりをして続けて行く。

 

「うん。この前シュークリームを買いに行ったときに見かけたんだけど僕でも分かる位の量だった」

「そっか。なぁ、その翠屋ってどこらへんにあるんだ?」

「ん? 自分でも行ってみたいのかい。それなら―――――」

 

 ヴィータ、それに聞き耳を立てているザフィーラに翠屋の大まかな位置を教えながら同時にこの時期に伝えることになった経緯を考える。

 予定よりも早く管理局に闇の書について嗅ぎつけられたのだ。

 今はまだ騎士達の拠点を突き止められていないだろうが時期に地球から転移可能な世界が中心だと気づくだろう。

 

 そうなってしまえば高ランクの高町なのはに加えて管理局から増援が来かねない。

 それでは流石の騎士達も辛い。故に多少のリスクを犯してでもここで高町なのはから蒐集することに決めたのだ。

 拠点を突き止められかねないがどうせ最後には居てもらわねばならないのだ。

 計画が前倒しになるだけだ。

 

「行くならザフィーラと一緒に行ったらどうだい。疲れたらザフィーラに乗ればいいしね」

「あたしはそんなに弱っちくない!」

 

 まるで自分がケーキすら持てないと言われたようで腹を立てるヴィータを宥める。

 何も切嗣はそういった意図で言ったわけではない。

 二人で高町なのはを襲撃して一気に片を付けるように言ったのだ。

 才能があると言っても二対一なら為すすべはないだろう。

 もっとも騎士達がそのような卑怯な真似をするかは微妙な所だが。

 

「と、そろそろ晩ごはんができる頃かな。帰ってスープでも飲んで温まろう」

「ちぇ、まあ、はやてを待たせるわけにはいかないからな」

「じゃあ、帰ろうか」

 

 家までの道を歩きながら三人は無言で考え込む。二人は主を救う蒐集の為に。

 一人は目撃者を一人ずつ始末しておいた方がよかったかと。

 犠牲が減るのは大いに歓迎することだが生かした弊害で予定よりも早く闇の書に辿り着かれてしまった。

 

 殺しておけば死体を解剖でもしない限りはリンカーコアを奪われているとは分からない。

 しかし、生き延びたことで目撃証言や何をされたかの証言も容易く手に入れられた。

 完璧を期すなら騎士達がリンカーコアを奪った後に自分達で始末しておけばよかった。

 そう切嗣は思うものの、心のどこかで殺しを行わなかったことに喜ぶ自分に気づき顔をしかめるのだった。

 

 

 

 

 

 闇夜に紛れるつもりなど毛頭ないと言わんばかりの炎の様な赤色が夜空に浮かんでいる。

 その隣には巨大な青の獣。鋭い爪と牙が月に照らされ輝いている。

 

「切嗣が言ってたのはここら辺だよな、ザフィーラ」

「ああ、間違いはない。高い魔力反応も感じる」

 

 ヴィータとザフィーラは切嗣の情報を頼りに翠屋周辺にまで来ていた。

 後は大量の魔力を持つ相手を倒してリンカーコアを奪うだけだ。

 ヴィータはグラーフアイゼンを握りしめ気持ちを入れ直す。

 

「我ら二人がかりで一気に決めるか?」

「冗談だろ。あたしたちベルカの騎士に一対一で―――負けはねえ!」

「ふ、そう言うと思ったぞ。ならば私は結界を張っておこう」

「ああ、さっさと終わらせて来るからな」

「気を抜くなよ」

 

 自身の実力への絶対的な自信、騎士としての誇りから二人は一対一を望んだ。

 それ故に戦闘はヴィータに任しザフィーラは封鎖結界を張る役目をおった。

 ここまでのやり取りをサーチャー越しに監視していた切嗣からしてみれば甘いとしか言いようのない考えだが文句をいう事も出来ない。

 第一結界を張ればサーチャーは押し出されてしまいこれ以上情報を得ることができなくなってしまう。

 

「どんな奴か知らねーけどはやての為だ。悪く思うなよ」

 

 小さく呟いた所で赤紫色の結界が天を覆っていく。

 こうすることで結界の中には魔力を持った人間以外存在できないようにする。

 外から入ることは難しくはないが中からでることは決して許さない堅牢な結界だ。

 

「自分の方から近づいて来てやがるな。売られた喧嘩は買うってか?」

 

 近場に来れた為に標的がどう動くを観察しているとこちらに近づいて来るのを察知し、相手が血気盛んな人物だと予想する。

 まあ、実際のところは何かあるみたいだから行ってみようという程度の気持ちなのだが。

 とにかく、こちらも遠慮はいらないとばかりに名乗りを上げることもなく誘導弾を放つ。

 

 決闘であれば卑怯者と蔑まれる行為だが自分はただ奪いに来ているだけなので気にしない。

 火球が標的に向かい容赦なくぶつかるがバリアによって防がれてしまう。

 だが、これは相手の足を止めるのが目的。すぐに背後から鉄槌を振りかぶり襲い掛かる。

 

「テートリヒ・シュラーク!」

「くぅううっ!」

 

 咄嗟の判断で空いている手で防がれてしまうがヴィータには関係ない。

 まだ、バリアジャケットすら纏っていないはやてと同じぐらいの少女を睨みつけながら腕に力を籠める。

 そして、容赦なくバリアを砕き去る。

 

「あああっ!」

 

 バリアを壊された反動で宙に放り出され重力に従い落下していく少女、高町なのは。

 常人であれば青ざめ恐怖するところだろうが彼女は落下していることに関しても、攻撃されたことに関しても落ち着いていた。

 まるで眠るかのように目を瞑り己の愛機へと語り掛ける。

 

「レイジングハート、お願い!」

『Standby ready setup!』

 

 紅い宝石のようなインテリジェントデバイス、レイジングハートは主の呼びかけに応える。

 己の姿を魔導士の杖へと変化させ、主を白い戦闘服姿に変えさせる。

 その姿にヴィータは軽く舌打ちをする。

 できればあれで終わって欲しかったがそう簡単にはいかないらしい。

 

 己の愛機、グラーフアイゼンを握り直し改めて戦闘態勢を整える。

 今までのは奇襲に近かったこともあり相手は力を発揮することができなかった。

 だが、今からは実力はともかく形としては互角になったわけだ。

 だとしてもやる事は変わらない。鉄球を浮かべそれを勢いよくアイゼンで打ちだす。

 

「アイゼン、行くぞ!」

Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)

 

 打ちだされた特大の鉄球は赤く光りながらなのはに襲い掛かる。

 全力で打ちだしたものの殺す気でやったわけではない。

 とはいえ弱くはない。しかし、なのはは爆風を巻き起こすその攻撃を防壁で易々と防ぐ。

 少しはやるようだと内心で少しばかり感心しながらも間髪を置かずに直接叩き潰しに行く。

 だが、相手も素人ではない。

 追撃の危険性を理解しているためにすぐさま防壁を解除し距離を取りに出た。

 

「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど! どうしてこんなことするの!?」

 

 なのはからしてみれば突然理由もなしに見知らぬ人物、しかも子どもに襲われているので訳が分からない。

 その明らかに困惑した叫びに内心で覚えがある方がおかしいと思いながら無言で複数の鉄球を取り出す。

 一つでは防がれて先程の二の舞になるだけだと判断したのだ。

 しかし、なのはもただやられているだけではない。

 

「話してくれなきゃ―――伝わらないってば!」

「誘導弾!? 真後ろからかよ!」

 

 近接戦においてはベルカの騎士に勝る者はいない。

 しかし、遠距離戦ともなれば話は別だ。

 特にミッドチルダ式は射撃や誘導弾ではベルカよりも遥かに優れている。

 

 桃色の誘導弾に死角から襲い掛かられるヴィータ。

 間一髪のところで一発目は躱すが二発目は正面から受け止めるはめになる。

 誘導弾は爆散し大したダメージは与えられなかったがそれでもヴィータの心に火をつけるには十分だった。

 

「よくもやりやがったな!」

「レイジングハート!」

Flash Move.(フラッシュムーブ)

 

 一瞬で詰め寄り怒りの鉄槌を振り下ろすヴィータ。

 しかし、なのはは高速機動ですぐさま距離を取り、そのままカウンターの体勢に入る。

 なのはとレイジングハートは今まで高速機動を得意とする相手と散々戦ってきたのだ。

 高速で詰め寄られた時の対処法はわきまえている。

 

Shooting Mode.(シューティングモード)

 

 見せる構えは砲撃の構え。

 なのはの最も得意な魔法にして最大の持ち味。

 これに関しては誰にも負けたくないと密かに思う自身の長所。

 

「話を―――」

 

Divine(ディバイン)―――』

 

「―――聞いてってば!」

 

Buster.(バスター)

 

 撃ちだされる桃色の砲撃。思わずギョッとするヴィータ。

 それは今まで幾多の死線を潜り抜けてきた彼女から見ても相当なものであった。

 実際にこれだけの砲撃を撃てる人物は管理局全体を探しても多くはないだろう。

 だが、彼女がもっとも驚いたのは話を聞けという言葉とは真逆の行動だ。

 

 襲っている側が言うのもなんだがそれでいいのかと言いたくなる。

 しかしながら、悲しいことになのはという少女の中では話を聞いてくれないなら全力でぶつかり合うという考えが根付いてしまっているのだ。

 とはいえ、砲撃の威力は絶大。受け止めるのは下策と咄嗟に判断し全力で回避を行う。

 

「あ―――ッ」

 

 思わず声が零れ出る。ヴィータの視線の先には風に揺られて落ちて行く自身の帽子。

 砲撃を躱しきれずに僅かに破れた大切な帽子。

 大好きな主はやてから貰った大切な騎士甲冑。

 

 襲い掛かったのはこちらだ。相手は正当防衛をしたにすぎない。

 躱しきれなかったのは己の未熟さ故。明らかな逆恨みだ。

 戦いに来たのに傷つかずに帰ろうなんて虫が良すぎる。

 だが、それでも―――

 

「この野郎…ッ!」

 

 ―――許せないものは許せない。

 怒りでヴィータの青い目がさらに青く染まる。

 その今までとは違う気迫とも殺気とも呼べる気配になのはは思わず身を縮こまらせる。

 ヴィータはベルカ式の三角の魔法陣を発動させ己の相棒に呼びかける。

 

「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」

 

 ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジが吐き出され、グラーフアイゼンに爆発的な魔力が宿る。

 そして鉄の伯爵がその姿を変える。

 ロケット推進を利用した大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側が鋭利なスパイクに変化する。

 ただ狙った獲物を叩き壊す、力の集約を行うための姿へと変わる。

 

Raketenform.(ラケーテンフォルム)

 

「ラケーテン―――」

 

 グラーフアイゼンより凄まじいエネルギーが噴出される。

 ヴィータは己の飛行魔法にそのエネルギーを上乗せすることで先程までとは比べ物にならない爆発的な速度を得る。

 その速度はなのはにとっては全く持って反応できる速度ではない。

 条件反射でバリアを張るがそれは受け止めるべきものではなかった。

 

「―――ハンマーッ!」

 

「あああっ!?」

 

 まるでガラスを割るかのように易々とバリアを砕き去るグラーフアイゼン。

 さらにはレイジングハートの本体にまでそのスパイクは届きフレームをも打ち砕く。

 そして、その主たるなのはをボールのように吹き飛ばしビルの中に叩きこむ。

 

 普通ならこれで終わりだろう。

 だがヴィータには必ず相手がまだ立っているという確信があった。

 吹き飛ばした地点へとすぐさま向かうと予想通りに傷つきながらもなのはは立っていた。

 

「これでお終いだぁ!」

Protection.(プロテクション)

 

 止めを刺すために鉄槌を大きく振りかぶり襲い掛かる。

 傷つき立つのが精一杯のなのはに許されたことは残る魔力を全て使っての防御だけだった。

 桃色の障壁と鉄槌がぶつかり合い、桃色と赤色の混じった魔力光が辺りに飛び散る。

 一時の間そのぶつかり合いは拮抗する。しかし、傷つき動けぬ者と攻めたてる者。

 どちらが勝つかなど語るまでもない。

 

「ぶちぬけぇぇえええッ!」

Jawohl.(了解)

 

 主の想いに応えるべく鉄の伯爵は出力を上げて最後の砦を情け容赦なく砕き去る。

 そのまま、押せば容易く心臓を貫くだろうが生憎不殺を誓っている。

 なのはの体に直撃しないように上手く軌道を調整して衝撃だけを当てる。

 しかし、衝撃だけといえどなのはの体は後方に吹き飛び壁を砕いてしまう。

 

「はぁ…はぁ…手こずらせやがって」

 

 無事に勝利を納めたためかヴィータの目から怒りが消え普段の目に戻る。

 そして、蒐集するために近づくが驚いたことに相手はまだ意識を失わずあろうことか武器をこちらに向け敵意を向けてきている。

 その姿に内心で骨のあるやつだと感心するがそれをおくびにも出さずに鉄槌を振り上げる。

 このまま蒐集することもできるが何故だか意識のあるうちは危険だと直感が叫んでいるのだ。

 そのため完全に気絶させる選択をした。

 

「眠ってろ」

「……ッ」

 

 アイゼンを振り下ろしてなのはの意識を奪い去る。

 はやての騎士の誇りにかけて殺すような真似はしていないがダメージは大きい。

 それでも一週間もすれば体もリンカーコアも元通りになるだろう。

 

「闇の書、こいつはごちそうだぞ」

 

 闇の書を掲げ収集を開始する。

 桃色の魔力が本の中に吸収されまたたく間にページが埋まっていく。

 今日はこれで終わって帰ってはやてのシチューを食べようとヴィータが考えた時だった。

 

(ヴィータ、敵だ!)

Photon Lancer(フォトンランサー)

 

 金色の槍が二本ヴィータに襲い掛かって来る。

 完全に油断していたヴィータは防御の姿勢を取るだけで手一杯で直撃は避けられないと思った。

 だが、その前に体つきそのものが盾を体現しているかのような筋骨隆々の男が現れ難なく槍を防いでみせる。

 しかし、敵の攻撃はそこで終わらずに閃光に照らされる戦斧を振りかぶり、なのはから二人を引き離すように大きく斬り込んでくる。

 二人はもはやなのはには用がないので大人しくその場から飛び去って避ける。

 

「サンキュー、ザフィーラ」

「だから気を抜くなと言ったのだ。それと落とし物だ」

 

 人型の姿になったザフィーラが気を抜いていたことに苦言を呈しながら落ちていた帽子を被せる。

 それに対してヴィータは言い訳をしようとしたが帽子を被らされたことで恥ずかしくなり、ぐうの音も出なくなる。

 相手とて悟らせないように近づいていたのは確かだが神経をとがらせておけば気づけないほどでもなかったはずだ。

 やはり、言われたように敵を倒したことで気を抜いていたのだ。

 

 とにかく、蒐集を終え現れた敵に視線を向ける。

 限界まで蒐集をした方がページは埋まるがその分体に負担をかけてしまう。

 後遺症が残ると流石に後味が悪いのでこのぐらいで終えておいた方がいいだろう。

 どうせ、誘導弾が一発撃てれば御の字程度の魔力しか残っていないのだ。

 取っても大したページにはならないだろう。

 

「なのは! 大丈夫!?」

「…………」

 

 金色の髪に独特な民族衣装を着た少年、ユーノ・スクライアが声を張り上げる。

 そして、もう一人金色の髪にルビーのように赤い瞳の少女は黙ってヴィータを睨みつける。

 先程のヴィータが抱いていたよりも強い怒りを灯して。

 

「なんだ、仲間か?」

 

 その剣幕に油断ならない気配を感じてヴィータは尋ねる。

 少女はキュッと唇を結びながら間に合わなかった己の不甲斐なさに憤る。

 いつでも駆けつけると言っていたのに間に合わなかった。

 今度は自分が助ける番だと思っていたのに助けられなかった。

 でも……それでも自分は、フェイト・テスタロッサはなのはの―――

 

 

「―――友達だ…ッ」

 

 

 だから、全身全霊を尽くして友を救い出してみせる。

 

 




切嗣の誘導により探す手間が省けた。尚且つ移動距離も短め。
その為早めに戦闘が始まってしまいフェイトとユーノ間に合わず。
原作と違うのはこんなところですかね。

別になのはが嫌いなわけではないですよ。
ただ、切嗣が外道なだけです(笑)


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七話:誰が為の争い

 睨み合い硬直した状況でザフィーラは静かに周囲の気配を探る。

 相手は魔導士。それもかなりの量の魔力を持っている。

 フェイトからリンカーコアを奪えば先程のなのはと同等かそれ以上のページを稼げるだろう。

 しかし、欲に目をくらませて己が見えなくなるほど愚かではない。

 

 現在はなのはの治療でユーノが戦列には加わっていないがいつまでも治療しているという保証はない。

 フェイトを傷つければ助けに来る可能性は高い。

 例え、二対二になったとしても負ける気など欠片もない。

 ベルカの騎士に一対一で敗北はあり得ないのだから。

 

 だが、相手がそれ以上の数であれば話は別だ。

 ザフィーラの獣の感覚がこの場にまだ出てきていない存在がいることを知らせる。

 どうしたものかと無言で思考している所にフェイトが湧き上がる己への怒りを抑え込む様に静かに、深く、声を出す。

 

「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」

「手前は―――管理局の魔導師か?」

「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」

 

 フェイトの名乗りに二人は僅かに顔をしかめさせる。

 管理局はヴォルケンリッターにとっては最大と言っても過言ではない敵だ。

 一般の魔導士の練度であれば騎士の足元に及ぶこともないが組織というものは厄介だ。

 武力で敵に及ばないのなら搦め手で敵を追い込む。

 一騎当千の将と言えど補給を絶たれればいつかは倒れるのだ。

 

 しかも、記憶には自身たちと対等に渡り合う魔導士も数は少ないが確かに存在した。

 目の前にいるフェイトとて油断できる相手ではない。

 敵にさらに増援が来れば二人では少しばかり厳しい状況となるだろう。

 間に合わなかったがフェイトの迅速な行動はザフィーラに管理局はこの世界に目星をつけていたのではと警戒させるに至った。

 もっとも、嘱託魔導師について詳しく知っていればそこまで警戒することではなかったかもしれないが常に戦い続けてきた彼等に管理局の知識を求めるのは酷だ。

 

 故にザフィーラは考える。

 こちらは既に目的を果たしている。過ぎた欲は身を滅ぼす。

 さらにここで蒐集を強行したところで残りは200ページ以上。

 リスクを犯してでも無理するにはまだ早い。

 

(ヴィータ、戦闘を行いながら離脱の機会を探るぞ。もし、可能なら蒐集を行う)

(了解。さっさと奪って帰る)

(あくまでも離脱を優先しろ。敵は一人ではない。何よりこの辺りを警戒されると主はやての身に危険が降りかかる)

(……わかったよ。はやてのためだからな)

 

 離脱を優先する最大の理由ははやての安全の為である。

 ただでさえ魔法技術の無い管理外世界の少女から蒐集をしたのだ。

 普通に考えれば魔法技術のある世界に行く方がいいものをわざわざ(・・・・)この世界で行ったのだ。

 

 砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すような行動に出た意味。

 それは魔力持ちがいるという確信があったからに他ならない。

 この世界、もしくはこの近くの世界と関わりが深くなければ分からない。

 だというのに来たのは普段から近隣の世界を行き来していると考えられる。

 要するに近隣の世界に拠点があることをほのめかしているのだ。

 

 そうなると可能性は低いが人海戦術が可能な管理局にはやてを見つけられる恐れがある。

 ならば、追跡されてはやての居場所を知られぬように速やかに撤収するべきだ。

 今ならば地球というところまでは絞り込めても海鳴市にまで自分達の拠点を絞り込むことはできない。

 拠点を動かすという手もあるが病気のはやてには無理な選択だ。

 僅かでも主の身に危険が及ぶのなら主を優先する騎士達だからこそ離脱の道を取る。

 

「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武器を捨てて」

「生憎、捨てる武器なんて持ってねえんだよ!」

「行くぞ、ヴィータ」

 

 ヴィータとザフィーラは最速でその場から離脱を計る。

 その場で戦えばなのはを守らなければならないフェイトとユーノは圧倒的に不利だ。

 だが、それは誇り高き八神はやての騎士のするべき行いではない。

 二人は言葉を交わすこともなく互いに理解し合い潔くその場から去った。

 

「ユーノ! なのはは!?」

「大丈夫、気絶してるだけだよ」

「……わかった。お願い…っ」

 

 最後の言葉に込められた想いは悲痛なものだったがそれでも無事であることにホッとする。

 本来の冷静さを取り戻したフェイトは自身の役目を果たすべく勢いよく空へと駆けあがる。

 そしてすぐに腰まで伸ばしたオレンジの髪に勝気な青い瞳を持つ自身の使い魔、アルフが足止めを図っているのが目に入った。

 

「フェイト、こいつはあたしがやるよ。同じようなタイプだしね」

「分かった。気を付けて、アルフ」

 

 短い言葉ではあるが愛しい主からの確かな激励を受けてアルフは力を込めてザフィーラに右ストレートを繰り出すが容易くいなされてしまう。

 お返しとばかりに相手も蹴りを繰り出して来るがそこに覇気は無く、この場から徹底することを優先させていることを伝えた。

 だからと言って、通してやる道理は無い。

 彼女は犬歯をむき出しにした獰猛でいて美しい笑みを浮かべ語り掛ける。

 

「そうつれない事をしないでくれよ」

「…………」

 

 だが返って来たのは鋭い拳の一撃だけだった。

 素早くそれを交わしたアルフは笑みを消し鋭い眼光を相手に向ける。

 

「返事が拳ならこっちもお返ししないとね!」

 

 互いの拳がぶつかり合い衝撃波が生まれる。

 同じ格闘タイプでは時間がかかるなとザフィーラは考えながらチラリとヴィータの戦況を覗う。

 

「バルディッシュ」

Arc Saber.(アークセイバー)

 

 閃光の戦斧、バルディッシュが鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として放つ。

 回転しながら向かうそれはさながらチェーンソーといった所か。

 しかし、ヴィータはそれに臆することなく自身も攻撃を放つ。

 

「グラーフアイゼン!」

Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)

 

 四つの鉄球が弾丸と化してフェイトの元へ襲い掛かる。

 二人の魔法は互いに直進しながらも交わることなく進んでいき互いに相手をつけ狙う。

 それに対しての両者の反応は正反対であった。

 

「防げ!」

Panzerhindernis(パンツァーヒンダーネス)

 

 ヴィータは強固なバリアを生成し迫りくる閃光の魔力刃を防ぐ。

 まるで削り取るように回転を繰り返し、防壁を突破しようともがく魔力刃であったがそのかい虚しく消え去る。

 反対にフェイトの方は高速機動戦闘を得意とする半面装甲が薄いためヴィータのような防ぎ方は適さない。

 

 しかし、だからと言ってむざむざ当たってやるつもりはない。

 空を舞う鳥のように自由自在に飛び回り鉄球を翻弄する。

 高度なレベルの誘導弾であるがほころびがないわけではない。

 全ての鉄球が同じ軌道を通るように自身が餌となり誘い出し、当たる直前で急加速をして鉄球同士で相打ちさせる。

 どちらもダメージは無く、両者共に一歩も譲らない。

 

「ち、時間かけれねーってのに」

(どうした。苦戦しているのか?)

(シグナム? 来ているのか)

 

 中々離脱できずにいるヴィータとザフィーラに二人を心配したシグナムが念話を飛ばして来る。

 二人は相手と激しくぶつかり合いながら会話を返していく。

 

(状況はどうなっている)

(このまま戦えば負けることはない。だが、敵が管理局である以上長期戦になれば増援が来る可能性もある。それまでにはここを去るべきだろう)

(結界で中の様子が知れないために今は慎重になっているのだろうが、確かに長引かせるのは得策ではないな)

(結局、どうするんだよ)

(単純なこと―――迅速に討ち果たすだけだ)

 

 その言葉と共に凄まじい速度でシグナムが現れフェイトを剣撃で後退させる。

 突如、謎の敵に下方から詰め寄られ動揺する様子にシグナムの騎士道精神は少しばかり申し訳なさを感じる。

 だが、戦場ではいつどこから敵が来てもおかしくない。

 敵の数を見誤った方が悪いのである。

 

「レヴァンティン、カートリッジロードだ」

Explosion(エクスプロズィオーン)

 

 レヴァンティンから炎が噴き上がりその真価をあらわにする。

 シグナムが烈火の将と言われるゆえんこそがここにある。

 

「紫電一閃ッ!」

 

 愚直に真っ直ぐに。しかし、その軌道からは逃れられない。

 凄まじい勢いとエネルギーの籠った剣がフェイトに振り下ろされる。

 咄嗟にバルディッシュで防ごうとするが、ベルカ式のアームドデバイスに強度で勝とうなど無謀なのだ。

 少し耐えたところで無残にも二つに砕かれてしまう。

 

「くうっ!」

「はぁっ!」

 

 武器を砕かれたことによる一瞬の思考の停止。

 そこを逃すことなくシグナムは容赦なく己が剣を叩き込む。

 ルビーのような目が大きく開かれその軌道を為すすべなく映す。

 しかし、持ち主が動けずとも―――そのパートナーたるデバイスは動ける。

 

Defensor.(ディフェンサー)

 

 バルディッシュはすぐさま障壁を張り必倒の一撃を防ぐ。

 だが、その威力は恐ろしく、完全に力を殺すことはできず本体に罅を入れられてしまう。

 それに(とど)まることなく隕石のようにビルの上に打ち落とされてしまう。

 それでもバルディッシュの反応によりフェイトの傷に戦列から離れなければならないほどのものはない。

 

 だが、ザフィーラの戦闘でそれが分からないアルフは一目散にフェイトの元へと向かう。

 ザフィーラは敢えてそれを足止めせずに行かせる。

 このまま責めればフェイトの蒐集も可能だろうが次に撤退のチャンスが訪れるとは限らない。

 戦場で引き際を誤れば死あるのみということは十分理解している。

 全員がフリーになっている今が撤退するには絶好の機会なのだ。

 

「ヴィータ、狙いのリンカーコアは奪えたのだな?」

「当たり前だ。それより、シグナム。本当にもう帰るのかよ。あいつもかなりの魔力持ってるから、かなりページを稼げるだろ」

「欲をかき過ぎると痛い目を見るぞ。何より目標を達したにもかかわらず無理をして怪我でもすれば我らが主も悲しむ」

「……分かってるよ」

 

 はやての病気を治すために急いでページを集めるように急かすヴィータだが、その結果自分達が負わなくてもすんだ傷でも負えばはやてが悲しむと言われて冷静になる。

 はやてと共に笑って過ごせる日常の為に戦っているのにはやてを悲しませるのはあまりにも本末転倒だ。

 そう反省している所にシャマルから念話が入って来る。

 

(みんな、なるべく早く撤退しましょう。はやてちゃんが私達を心配してお父さんに迎えに行かせるかもしれないの)

(む、主はやてならともかくお父上だと結界に気づかれるな……。分かった、すぐに撤退する)

(じゃあ、一端散っていつもの場所でね)

 

 シャマルからの連絡により完全に撤退の意思を固めるヴォルケンリッター達。

 家族にも隠し通すためにこうした弊害が起きるのはどうしても防げない。

 因みに今回の件に関しては完全にはやての独断なので切嗣の策略ではない。

 何はともあれ騎士達は闇の書のページを大幅に増やすことに成功し傷つくこともなく帰ることに成功したのである。

 

 

 

 

 

 次元空間航行艦船アースラは今しがた封鎖結界が解かれたことで明らかになったなのはの負傷により慌ただしく動いていた。

 そんな中、艦長のリンディ・ハラオウンと執務官のクロノ・ハラオウンは通信主任兼執務官補佐のエイミィ・リミエッタの先程の結界の解析を静かに見守っていた。

 

「やっぱり、ミッド式じゃないのは確かだよ。多分、ベルカ式なんだろうけど……ちょっと違う」

「古代ベルカというのは考えられないか?」

「古代ベルカ? ちょっと待ってそれだと聖王教会のデータがあれば……」

 

 クロノに一つの可能性を示唆されてせわしなく手を動かし始めるエイミィ。

 出来れば今回の敵の情報を映像でも残しておきたかったが結界を自ら解除してあっという間に逃げたために追うことができずに情報を得ることはできなかった。

 だが、半ば確信に近い形でクロノは今回の事件が己の過去と大いに関係するものだと考えていた。

 

 検査の結果なのはの魔導師の魔力の源『リンカーコア』が異様に小さくなっていることが判明。

 そして、それは本局を騒がせていた一連の事件と同じ流れであること。

 このことから一級捜索指定ロストロギア―――『闇の書』が関わっていることは容易に想像できた。

 後は証拠が一つでもあれば断定できるレベルなのだ。

 

「それにしても、立場上動けないのは仕方がないが、やっぱり……傷つくのを見るのは嫌だな」

 

 クロノは己の立場故に事件現場に自由に赴くことのできない歯がゆさを感じる。

 残って解析や指揮を執ることの大切さは身に染みて分かっているが部下や家族や友が傷つくのを見ると自分も出ていればと思わずにはいられない。

 仮にもう少し連絡が取れない状態が続いていれば自分から艦長に出るように進言していただろう。

 

 誰も彼に責任があるとは思わないが彼だけは送った者達が傷ついたのは自分のせいであると考える。

 責任感の強さは美徳であると同時に危うさにもつながる。

 そんな息子の姿をリンディは母としても艦長としても見守ることしかできない。

 

 

「運命っていうのはどうしてこうも悪趣味なことをするのかしら……ねぇ、クライド」

 

 

 誰にも聞こえないように呟き、彼女はその顔に影を落とすのだった。

 




リンカーコアの詳しい仕組みってどうなっているのだろうか。
魔術回路みたいになってるなら切って嗣ぐけど……。


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八話:雌伏の時

 時空管理局本局の医務室のある一室にてなのはは一人考え事をしていた。

 頭に思い浮かんでくるのはいきなり襲い掛かって来た少女。

 最後の一瞬だけ苛烈な瞳の奥に悲しさを表した少女。

 どうにかして話をしたいと思うが今の自分ではどうしようもない。

 その事実が心に重くのしかかってくるのを払うように頭を振り気持ちを入れ替える。

 

「なのは、入ってもいいかな?」

「フェイトちゃん? うん、いいよ」

 

 控えめなノックの後に顔を俯けた状態でフェイトが入って来る。

 なのはは話し掛けようとするがいざ話すとなると言葉が出てこない。

 あんなに話したいことがあったのにと思っている所に今にも泣きそうな掠れた声が届く。

 

「……ごめん」

「え? どうしたの……フェイトちゃん」

「なのはを守れなくて……ごめんなさい」

 

 自分を助けることができなかったと後悔に顔を歪ませる親友になのはは驚く。

 彼女としては目覚めてからフェイトとユーノ、それにアルフが助けに来たと聞いたときは助けに来てくれたのだと心底嬉しかったのだから。

 それが謝られたのでは納得がいかない。

 寧ろこちらが感謝の言葉を述べねばならないのだ。

 自分の想いを伝えるために未だにしっかりしない足取りでフェイトに近づく。

 

「あっ!」

「なのは!」

 

 案の定躓いてしまいフェイトに抱き留められる。

 心配そうに自分の顔を覗き込む彼女になのははクスクスと笑う。

 何がおかしいのかとキョトンとする彼女に満面の笑みで告げる。

 

「守ってくれてありがとう。フェイトちゃん」

「……え」

「今もだけど、あの時もフェイトちゃんは私を助けてくれたんだよ」

「私が…?」

「うん、だからそんな顔しないで」

 

 頬を撫でられてようやく自分が酷い顔をしていたことに気づく。

 なのはには敵わないなと苦笑すると共に頬を赤らめる。

 

「ところでなのは、体の調子は大丈夫?」

「うん。ちょっとフラフラするけど大丈夫。フェイトちゃんは?」

「私はそんなに戦ってないから。でも、バルディッシュは……」

「私もレイジングハートが……」

 

 少し笑顔の戻ってきた二人だったが自分達を守る為に傷ついた愛機のことを想い表情が暗くなる。

 どちらも修復可能なレベルでの破損であるために最悪の事態ではないが自らが未熟だったために負った傷だ。

 笑って流せるようなことではない。

 

「フェイトちゃん。今からレイジングハートとバルディッシュの様子を見に行かない?」

「分かった。私も謝らないといけないから」

 

 傷つき、そして立ち直った二人の少女はお互いを支え合うように歩き出す。

 彼女達は今よりも強くなりいずれまた騎士達と(まみ)えるだろう。

 ただ、その裏にある様々な思惑に惑わされることなく歩めるかは彼女達の選択次第だが。

 

 

 

 

 

 一人部屋で味気の無い機械質な風景を眺める。

 時空管理局顧問官。それがグレアムの現在の立場だ。

 昔はもっと上の地位に居たが今の年でそれをこなすだけの体力はない。

 本来であれば引退して余生を故郷でのんびりと過ごしたいのだが生憎そうはいかないのが現状だ。

 

「失礼します」

「クロノ、久しぶりだな」

「ご無沙汰しています」

 

 何はともあれ今は自分の職務を全うするべくクロノ、フェイトそしてなのはを迎え入れる。

 フェイトの保護観察官として面接をしなければならないのだ。

 給仕の者に紅茶を入れさせフェイトとなのはをねぎらう。

 特になのはに関しては既にリンカーコアを奪われた後だというので罪悪感から丁寧に対応しようと決める。

 

「さて、私が君の保護観察官を務める、ギル・グレアムだ」

「よろしくお願いします」

「まあ、保護観察官と言っても形だけだよ。君の人柄はリンディ提督からもよく聞いている。とても優しい子だと」

「ありがとうございます」

 

 褒めると顔を赤らめて礼を言うフェイト。

 確かにリンディの言う通りにいい子なのだろうと確信し同時に罪悪感も出てくる。

 いざとなれば蒐集の餌にする可能性が高いからだ。

 

「ん? なのは君は日本人なんだな。日本、あそこは良い国だ」

「え? 来たことがあるんですか」

「実はね。私もなのは君と同じ世界出身なんだ。イギリス人だ」

「そうなんですか!?」

 

 まさか、時空管理局の重鎮に自分と同郷がいるとは思わなかったのか声を上げるなのは。

 地球は数こそ少ないがまれに高い魔力資質を持った人間が生まれる。

 例としてはなのはにグレアム、そして切嗣などだろう。

 

「管理局の局員を地球で助けたのが魔法との出会いでね。……もう、五十年以上前の話だよ」

 

 遠い日の風景を思い出しながらグレアムは語る。

 思えば管理局員を助けたことから始まり、管理局員として切嗣を助けた。

 因果というものはどうなるか分からないものだ。

 

「五十年以上前……」

「第二次世界大戦が終わってすぐのことだ。あの時私は世界を平和にしようとする管理局の理念に憧れてね。……思えば随分と遠い所まで来たものだ」

 

 戦争を知っていることが彼にこの道を歩ませるにあたった。

 あの日胸に宿った平和な世界が欲しいという正義の心は未だに心に残っている。

 だが、あのころと比べれば随分と薄汚れてしまっているだろう。

 それでも、自分は立ち止まるわけにはいかない。

 改めて覚悟を決め本題に入る。

 

「フェイト君、君はなのは君の友達なんだね?」

「はい」

 

 小さくも力強い返事が返って来る。

 これ以上聞くまでもない。フェイトにとってなのはは特別な存在なのだ。

 そんな存在を傷つけるように指示をしたことに良心が痛むが話を続ける。

 

「約束して欲しいことが1つある」

「はい……」

「友達や自分を信頼してくれる人は決して裏切ってはいけない」

 

 一体全体どの口が言っているのだろうかと自嘲したくなるが想いは本物だ。

 自分はすぐ隣にいる弟子や自分を信頼する全ての人を裏切るような行為を行っている。

 だからこそ、目の前にいる少女には自分のようにはなって欲しくない。

 身を焦がす裏切りの罪は自分のような汚い大人が背負えばいいだけなのだ。

 

「それができるなら私は君の行動に何も制限しないことを約束するよ。できるかね?」

「はい。でも……本当にその1つだけでいいんでしょうか」

「これはね、とても簡単でいて、とても難しいことなんだ。いずれ君にも分かる」

「……分かりました。必ず守ります」

 

 力強い返事にこの少女ならきっと大丈夫だろうと胸をなでおろし話を切り上げる。

 部屋から出て行く少女達に続いてクロノも出て行くが立ち止まり父親そっくりの目をグレアムに向けてくる。

 

「提督、もうお聞き及びかもしれませんが、先程自分達がロストロギア闇の書の捜索担当に決定しました」

「……そうか。君が(・・)、か」

 

 運命というものは因縁を背負う者を舞台に立たせねば満足できない程悪辣なのか。

 そう心の中で吐き出すが表には出ることがない。

 これでクロノとリンディと敵対することが決定したわけだが動揺はない。

 相手の実力は折り紙付きだが、逆に言えばほぼ知り尽くしていると言ってもいい。

 情報戦で後れを取ることはまずない。

 

「思うところはあるかもしれんが無理はするなよ。……言えた義理ではないがな」

「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」

「そうだったな……」

「では」

 

 それだけ言い残して出て行こうとするクロノ。

 その後ろ姿に少しだけ危機感を覚えて言葉を投げかける。

 

「だが、時として感情を優先させることがいいこともある」

「グレアム提督?」

「常に冷静で居続けるのはただの機械だ。人の身で機械になることがないようにな」

 

 少しの間どういったことを言いたかったのかと立ち止まり考える。

 そして納得のいった解が見つかり振り返ってクロノは微笑む。

 

「それこそ大丈夫です。僕の周りには機械になりたくてもそれを許してくれる人は居ませんので」

「……そうだな。とにかく頑張りなさい。私も微力ながら力になろう」

「はい、ありがとうございます」

 

 今度こそ部屋から出て行くクロノの背中が見えなくなってから椅子に座り込む。

 彼は大丈夫だ。もし、心が折れそうなことがあっても周りの人間が支えてくれる。

 常に孤独であった人間とは違う。彼ならきっと―――

 

 

「―――正義の味方にはならないはずだ」

 

 

 どれだけ絶望しても孤独故に理想以外に縋りつく物がなかった衛宮切嗣とは違って。

 

 

 

 

 

 高町なのはの蒐集から夜が明けた早朝。

 切嗣はある情報をリーゼ達から知らされて若干顔を引きつらせていた。

 

(司令部が海鳴市、しかも翠屋のすぐ傍だって? ……いくら何でもピンポイントすぎるだろう)

 

 こちらが地球を拠点にしているということがばれるのは想定内だ。

 司令部をその世界に置くというのもまあ、理解できる。

 だが、こちらと同じ町に司令部を構えるなど想定外にも程がある。

 まさか、もうこちらの居場所がばれたのかと戦慄したがどうもそうでもないらしい。

 

 第一こちらの居場所を把握しているのなら先に偵察が来ているはずだ。

 間違っても同じ町に司令部を置いて相手に自分達の行動を警戒させるはずがない。

 リンディ・ハラオウンはそこまで愚かな人間ではない。

 そうなれば、理由は一つだけだ。偶然同じ場所になってしまったということだ。

 

(だが、偶然にも理由はあるはずだ。翠屋のすぐ傍、つまり高町なのはの傍。……保護するためか。やはり始末しておくべきだったか?)

 

 こんなことになるのなら自分もあの場に行って騎士達が去った後に始末しておけばよかったと思うが全ては後の祭りだ。

 よもや切嗣も娘のような少女を友達の傍に居させてあげたいという親心が働いた結果だと思いはしない。

 

 しかし、この状況は中々に難しい状況だ。

 何せ普通に歩いているだけで見つかる可能性が高いのだ。

 蒐集の際に変身魔法でも使っていてくれていればまだ状況は違ったのだろうが非情に危うい。

 しかし、だからといって場所を移すわけにもいかないのも事実。

 

(考えても仕方がないな。逆に言えば灯台下暗しだ。見つからない限りは相手もよもや同じ町に住んでいるとは思わないだろう。それにこちらからも仕掛けやすい)

 

 相手はマンションの上の階に住むらしい。

 邪魔なようなら下の階から爆破して始末してしまえばいい。

 もっとも、こちらとしても高位の魔導士は餌としても戦力としても必要なので安易に死なれても困るのだが。

 

(取りあえず、今後はあまり表に出ずにあちらの偵察だな。リーゼ達が直接尋ねるのが一番簡単で怪しまれないんだが……そうなるとヴォルケンリッターの見張りが止まるか)

 

 これからはヴォルケンリッター達は管理局を警戒してかなり離れた世界まで行くだろう。

 二人ずつに分かれて行動するのならリーゼ達だけで監視はできるが四手に分かれられると難しい。はやての監視も続けなければならないが……。

 

「おとん。いつまで寝取るんや。朝ごはんできたよー」

「ああ、今行くよ」

 

 はやての呼びかけでもう朝食の時間かとようやく気づく。

 どうやら一時間以上考え込んでいたようだ。

 凝り固まった背筋を伸ばして椅子から立ち上がる。

 ふと、鏡を見てみると酷く憔悴した男がこちらを覗き込んでいた。

 それが自分だと気づくのに一時の時間を要してため息をつく。

 

「僕は弱いな……理想が少しでも揺らげば仮面が剥がれ落ちる」

 

 こんな顔は家族には見せられないと漠然と考え洗面所に顔を洗いに出る。

 顔を洗った後に鏡に映ったのはどこにでもいる父親の顔だった。

 

 

 

「今日もすずかちゃんと会えたらええなぁ」

「すずかちゃん? 誰だい、その子は?」

「あ、おとんには言ってなかったっけ。昨日図書館であった優しいお嬢様みたいな子や」

「そっか。友達になれるといいね」

 

 朝ごはんの和食を食べながらはやてと談笑する。

 昨日の残り物に簡単なおかずそして味噌汁。

 それだけでも白米が進むのはやはりはやての料理の腕のおかげだろう。

 

「やっぱりはやての飯はギガウマだな」

「それは嬉しいけどヴィータは後で寝癖直そうな。凄いことなっとるよ」

「分かった。はやてが梳いてくれるよな」

「もう、甘えん坊さんやなぁ」

「別に良いだろ」

 

 プイと横を向いて唇を尖らせるヴィータにその場にいる者全員が微笑まし気な笑みを向ける。

 騎士達はこの日常を何としてでも守らなければならないと改めて決意を固める。

 そしてその横で切嗣は刻々と近づいてくる運命の日までのカウントダウンを続ける。

 

「ごちそうさま。ちょっと外で一服してくるよ」

「またかいな。最近おとんよーけタバコ吸いよるよな? ダメやでタバコは体に悪いんやから」

「大丈夫だよ。加減は分かっているさ」

「お父さん、本当に分かっているんですか?」

「……みんな信用がないね」

 

 普段は優しいシャマルにまで言われて少し肩を落としながらベランダに出る。

 横目で家族の様子を確認するが別段こちらを気にする様子はない。

 安物のライターを灯し慣れた手つきで紫煙を吐き出す。

 タバコは良い。煙が体を侵すように吸う度に、以前の冷酷だった頃の自分がぬるま湯につかった自分を侵していく。

 

「状況が不味いなら僕自身が動かないとな……」

 

 小声で呟かれた言葉は冷たい北風に流されて家族の耳には届かない。

 右腕の裾を軽くまくり上げてそこにある十字架のブレスレットにチラリと視線を向ける。

 地球に居た頃から愛用していた武器を完璧に再現するストレージデバイス。

 切嗣の主要武装。ある科学者が創り出した魔導士殺しの象徴。

 

 

 その銃が解き放たれるときは―――近い。

 

 




切嗣「頼むぞ、セイバー」
セイバー(デバイス名)「Ok,my master」
ちょっと考えたけどやっぱり想像できなかった。

実はまだデバイスの名前を悩んでいます。
候補としてはナタリア、マイヤ、アイリ、イリヤ、シロウを考え中(棒読み)
あと待機状態が十字架なのはあれです。


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九話:進みゆく歯車

 八神はやての朝は早い。家の中で一番に目を醒まし朝食の準備をするためだ。

 自分の横で呪いウサギのぬいぐるみを抱きしめまだ幸せな夢の中に居るヴィータの姿に微笑みながら布団をかけ直す。

 そして起こさないようにそっと布団から抜け出しキッチンへと向かう。

 自分以外誰もいないだろうと思っていたがソファーに先客がいることに気づく。

 

 ピンク色のポニーテールが揺れていることからシグナムだろうとあたりをつけて挨拶をしようとするが出かけた言葉を飲み込む。

 ゆっくりと正面に回り込んでみるとシグナムはコックリコックリと舟をこいでいた。

 そして、すぐ足元にはシグナムの脚を冷やさないように丸くなって寄り添うザフィーラ。

 そんな仲睦まじい姿にクスリと笑い風邪を引かないように二人に毛布を掛ける。

 

「始めの頃は私が寝るまで寝んって言っとった子達やったのにな。……信頼してくれとるんかな」

 

 自分を信頼しているから、ここを安全な場所だと認識してくれているから気を抜いているのだと思うと自然と笑みが零れる。

 特に滅多に見られないシグナムの安心しきった寝顔を見られて今日は良い日だと思い料理の支度を始める。

 しばらく、スープを煮込んだり野菜を切ったりしているともぞもぞと人が動く気配を感じる。

 

「ん…ああ……」

「ごめんな、起こした?」

「いえ……」

「ちゃんとベッドで寝やなあかんよ。風邪引いてまう」

 

 自分が失態を犯したことに気づきシグナムが少し顔をしかめているとザフィーラもはやての声に反応して目を醒ます。

 とにかく、これ以上無様な姿は主の前では見せられないと毛布を畳み謝罪の意を示す。

 そんな姿にはやては小さく笑い何気なく話を続ける。

 

「シグナムは昨夜もまた夜更かしさんか? 夜更かしはお肌に悪いんよ」

「え……ああ、その……すみません」

 

 下手に理由を話すわけにもいかず、かといって彼女の性格上嘘を吐くことも出来ず曖昧な謝罪になってしまう。

 そんな素直な彼女の様子が愛おしくてはやてはまたクスリと笑う。

 シグナムは笑われたことに少し恥ずかしくなり誤魔化すように電気をつける。

 

「シグナム、ホットミルクいる? 温まるよ」

「はい。ありがとうございます」

「ザフィーラもいる?」

「頂きます」

 

 体が冷えてはいないかと心配して持ってきてくれたことに自分は大切にされているのだと改めて理解し噛みしめるようにお礼を言う。

 ザフィーラもまた自身の幸福を噛みしめるようにミルクを飲む。

 そこへ余程慌てていたのか寝癖の付いたままのシャマルが飛び込んでくる。

 

「すみません、寝坊しました! もう、本当にごめんなさい」

「ええよ。いつも手伝ってくれとるんやから、偶には寝坊ぐらい」

 

 飛び込んでくるなりエプロンを身につけ謝罪するシャマルにはやては朗らかに返す。

 自分が騎士達の世話をすると言ったのだから手伝ってもらう必要もないのだ。

 特に最近はみんながやることを見つけて忙しそうにしているのを知っているので自分が支えなければと気合が入っている。

 

「おはよ……」

「おはよう、みんな」

「おはようさん、ヴィータにおとん。それにしてもヴィータはえらい眠そうやなー」

「眠い……」

 

 どちらも髪をボサボサのままにして部屋に入ってきたが特にヴィータは目を閉じればそのまま二度寝入るだろうと確信できる。

 切嗣の方は身だしなみは最低と言ってもいいが目自体は冴えているようだ。

 

「もう、ヴィータちゃんは顔を洗ってきなさい」

「ミルク…飲んでから……」

「僕もホットミルクを貰えるかい」

 

 シャマルにだらしないと注意されるが対して意味はない。

 今にも眠りに落ちそうになりながらホットミルクを所望する。

 切嗣も一緒に受け取ってソファーに座り一口すする。

 

「いやー、温かいね」

「……はい。本当に……温かいです」

 

 手の平からじんわりと伝わって来る温かさは身も心も温めていく。

 この温かさがあれば自分達はいくらでも戦えるとかつて心が凍りついていた騎士は目を細める。

 そのすぐ隣にその暖かさを受け取れぬ様に自ら心を凍りつかせた男がいるとも知らずに。

 

「そう言えば今日は病院の診察の日だったね」

「ああ、それでしたら私が主に付き添わせていただきます」

「いや、今日は僕が行くよ。最近はあまり動いてないしね」

「しかし……」

「いいんだよ。君達は自分の好きなことをしてくれていれば」

 

 笑ってヒラヒラと手を振る切嗣にシグナムは考える。

 切嗣の手を煩わせてしまう事に罪悪感はある。

 しかし、それ以上に蒐集を一刻も早く行わなければならない状況が背中を押した。

 

「……分かりました。お気遣い感謝します」

「構わないよ。石田先生にも会いたかったしね」

「なんや、おとん。石田先生のこと好きなん?」

「そういうのじゃないけど魅力的な女性だとは思ってるよ」

 

 少しのからかいの含んだ会話をする親子を見ながら騎士達はこの家に来れて良かったと心の底から思う。

 

 

(君たちにはできるだけ蒐集に集中してもらいたいからね)

 

 

 己の素顔すら忘れてしまった愚かな道化の心中を知ることもなく。

 細めた目の奥に宿る残酷な理想に気づくこともなく。

 騎士達は己が為すべきことを為し続けるのだ。

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱりあんまり成果が出てないかな」

 

 医師の石田はカルテを眺めながらポツリと呟き目をつぶる。

 人を一人でも多く助けたいと願う根っこからの医者である石田にとってははやての現状は非情に歯がゆい。

 何とかしてあげたいのに何ともできない。

 自分の無力さを噛みしめて机を叩いてしまいたい気分に陥るが患者の前で取り乱すわけにはいかない。

 

「でも、今のところ副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか」

「はい。石田先生にお任せします」

「お任せって……自分のことなんだからもうちょっと真面目に取り組もうよ」

 

 はやての任せるという受け身の言葉に少し困った顔をする石田。

 病は気からというように自分で治そうという気持ちがなければ治るものも治らないのだ。

 故に若干諭すように語り掛けるがはやては静かに首を横に振る。

 

「違います。先生を信じてるって意味で言ったんです」

「……はやてちゃん」

 

 信じるという言葉に目を見開く石田。その言葉は医者にとっては何よりも尊く。

 何よりも重い枷だった。相手は自分を信じてくれているのに結果を出せない。

 純粋な優しさや想いが人を蝕むこともあるのだとどうしようもなく理解させられる。

 

「そうね。なら先生もはやてちゃんの期待に応えられるように頑張るわ」

「はい。期待してます」

「それじゃあ、はやてちゃんはもう出てもいいわよ。切嗣さんは少しお話があるので残ってください」

「分かりました」

 

 自分で車椅子を操作して廊下に出ていくはやてを二人して何とも言えぬ表情で見つめてから話の本題に入る。

 ここからは患者に聞かせられる話ではないのだ。

 

「はやてちゃんの普段の生活はどうです」

「足が動かないこと以外は僕よりも元気ですよ」

「そうなんですよね……。お辛いと思いますが私達も全力を尽くしています」

「はい、それは傍から見てもよく分かっています」

 

 麻痺で足が動かないにもかかわらず元気な姿を見せるはやて。

 だが、元気であればあるほどにそれが失われる時が恐ろしい。

 石田はそのときを見届けることになりかねない切嗣の心中を思って沈痛な面持ちを浮かべる。

 しかし、切嗣は無表情のまま頷くだけである。

 

「今は麻痺の進行を食い止める方向で検討しています。これから入院を含めた辛い治療になっていくと思います。切嗣さんが支えになってあげてください」

「はい。分かっています。本人とも相談しておきます」

 

 石田に対して抑揚のない返事をして診察室から出ていく。

 その姿にいつもと違うと思うが無理に感情を抑えようとしているのだろうと思い、考えを止める。

 結局切嗣の表情ははやてに話しかけるまで無表情のままであった。

 

 

 

 

 

 はやての診察日から数日が流れる。

 その間に騎士達はお世辞にも速いとは言えないが確実にページを埋めていく。

 管理局の方も騎士達を捕えるには至らないが犠牲を無駄にしないために徐々に追い詰めていく。

 状況は静かに、しかし大きく動いていた。

 

「みんな、今から大切なお知らせがあります」

「と、言いますと?」

「今夜はすずかちゃんが家に来てくれるんや。やから鍋パーティーをします」

 

 今日はすずかがはやての家に遊びに来てくれる日なのだ。

 今まではお稽古や習い事の関係で遅くなるので家に呼ぶのを遠慮していた。

 しかし、はやて自慢の料理が食べてみたいというすずかの希望と友達を家にお招きしたいというはやての希望が見事重なり実現したのだ。

 

「そういうわけなんでみんなも夕飯に間に合うように帰って来てな」

「はい、確かに主はやてからの命を承りました」

「ヴィータも老人会のおじいちゃん達に捕まり過ぎんといてな」

「分かってるよ。大体あたし達がはやて以上に優先するものなんてないんだから」

「そうですよ。私達ははやてちゃんの騎士なんですから」

 

 恭しく首を垂れるシグナム。

 少し恥ずかしそうに頷くヴィータ。

 微笑みながらはやての手を握るシャマル。

 無言ながら誰よりも主からの命を忠実に守ろうと誓うザフィーラ。

 どんな些細なことであっても主はやてからの命は何に代えてでも守るべきものなのだ。

 特に一つの命を破っている以上は他のものは是が非でも守ろうと決めているのだった。

 

「あはは、なんかそう言われると照れるなぁ」

「そう言われてもこれが我らの在り方ですので」

「そう言えば、おとんは? おとんにも伝えとかんと」

「切嗣ならさっき自分の部屋に行くのを見たぞ」

「お仕事かいな? なら、買い物は一人で行かんとな」

「あ、それだったら私が着いていきますよ。はやてちゃん」

 

 のんびりとした空気が流れる。

 騎士達も今日は早めに切り上げて主の願いを叶えようと漠然と考える。

 そのことが新たな戦いの引き金になるとも知らずに。

 少女達との二度目の邂逅はその日の夜にやってきたのだった。

 

 

 

「管理局か……」

 

 日が沈み星の光以外に明りがない闇夜の空にヴィータとザフィーラは浮いていた。

 周りを管理局員の武装局員と強装結界に囲まれながら。

 もし、普段通りの時間に戻って来ていたのなら見つかる事は無かったのだろうが鍋に間に合わせるために早めに戻って来たのが裏目に出た。

 

「でも、こいつら程度ならどうってことはないよ。寧ろページを一気に稼げる」

「確かにな。だが……なぜ仕掛けてこない?」

 

 囲まれたことは確かに不利だ。だが、相手の練度では自分達の足止めだけでも精一杯のはずだ。

 管理局側もそのことぐらい分かっているはずだ。

 そうなれば別の理由があるはずだ―――足止め?

 何かが頭に引っ掛かった所で武装局員達が離れていく。

 最初から相手の目的は足止め、時間稼ぎに過ぎなかったのだ。

 そして、今それが完了したので退避しているのだ―――上空から降り注ぐ味方の攻撃から。

 

「ヴィータ、上だ!」

「なッ!?」

 

「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」

 

 

 青白い光を放つ魔力刃がクロノの周囲に展開しておりその数は100を越える。

 その様はまさに(つるぎ)の軍隊。

 (つるぎ)の軍隊による一斉射撃。種類としては中規模範囲攻撃魔法。

 連射性ならばフェイトのファランクスシフトの方が上を行くだろうが、その形状が示すように貫通力ならば遥かに上回る。

 また、魔力刃は防がれると爆散するようになっており相手の視界を奪う効果もある。

 武装局員が強装結界の強化・維持の為に散開した隙をつかれないようにする狙いもある。

 クロノは個人戦ではなくあくまでも集団戦として戦っているのだ。

 

「ちぃッ!」

 

 先手を取られたザフィーラは思わず舌打ちをして片手でバリアを創り出す。

 後ろにはヴィータがいるためそちらにも気を割かねばならない。

 この攻防に関してはザフィーラの不利。

 

 だが―――それがどうしたというのだ?

 この身は盾の守護獣。常に己の背に守るべき主と仲間を背負い戦ってきた。

 ならばこの程度の攻撃、どうということはない!

 

「どうだ。少しは……通ったか?」

 

 クロノの問いに答えるように爆煙が去って行きザフィーラとヴィータの姿があらわになる。

 ヴィータは盾の守護獣の背の後ろにいたために掠り傷どころか服の汚れすらない。

 だが、全ての攻撃を受け切ったザフィーラは違った。

 防ぎきれなかった鋭利な刃が三本、彼の右腕に刺さっていた。

 

「ザフィーラ!」

「心配するな。この程度―――痛くもかゆくもない!」

 

 筋肉の収縮のみで刃をへし折る姿にヴィータはホッとして笑みを浮かべる。

 一方のクロノはダメージがなかったかと冷静に判断しながら愛機S2Uを握りしめる。

 クロノの目的は何も攻撃をすることではなかったのだ。

 自身が囮になり武装局員が結界の維持・強化やそれぞれの配置につけるように時間を稼いでいたにすぎないのだ。

 

 この場で為すべきことが相手を逃がさない事だった以上、ここまでの展開はクロノの思惑通りに進んでいると言えるだろう。

 後は二人の騎士を捕縛するだけである。だが、それこそが最も難しいのも事実。

 どう戦うべきかと頭脳をフル回転させている所にエイミィから通信が入る。

 

【武装局員、十名、配置完了。オッケー、クロノ君!】

【了解】

【それと助っ人を転送しておいたよ】

【助っ人? ということは……】

 

 クロノがチラリと目を斜め下に向けるとそこには予想した通りに二人の少女が立っていた。

 高町なのは、フェイト・テスタロッサの二名が、修復が完了したばかりの愛機と共に戦場に現れていた。

 その後ろにはアルフとユーノがサポート役として立っていた。

 

「あいつらッ!」

「…………」

 

 見覚えのある敵に嫌悪の表情を見せるヴィータ。

 ザフィーラは無言で戦況の変化を考察するだけで声を発する事は無い。

 少女達二人は合わせる必要もなく声を合わせて自らの愛機に声をかける。

 

「レイジングハート!」

「バルディッシュ!」

『Set up!』

 

 いつものように光に包まれて姿を変えると思っていた二人だったが何か様子が違う。

 何かを始めるように激しい点滅を繰り返し始める。

 

『Order of the setup was accepted.』

『Operating check of the new system has started.』

『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five.』

『The deformation mechanism confirmation is in good condition.』

 

「えっと、なにこれ?」

「いつもと違う…」

 

 二人の愛機は闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うため、否、打倒するために生まれ変わった。

 自分達の力不足を痛感し、今度こそは己の主を守りきるために。

 レイジングハートとバルディッシュは新たなる高みへと進化を遂げた。

 

【二人共落ち着いて聞いてね。レイジングハートとバルディッシュは新しいシステムを積んでいるの】

「新しいシステム……」

【ご主人様想いの優しいデバイス達の新しい名前を呼んであげて】

 

 エイミィの言葉に二人は愛機達を様々な想いの籠った瞳で見つめる。

 そして二機は促すように再び点滅を繰り返す。

 

『Main system, start up.』

『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible.』

『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained.』

『Condition, all green. Get set.』

『Standby, ready.』

 

 覚悟を決めて二人は二機を高々と掲げる。

 そして新たなる始まりに相応しい声で名を呼ぶ。

 その解き放たれる名は―――

 

「レイジングハート・エクセリオン!」

 

「バルディッシュ・アサルト!」

 

『Drive ignition.』

 

 眩く輝く黄金、鮮烈なる真紅。

 装飾があるものの、その本質は無骨で見る者に凶暴さを植え付ける。

 杖の先端付近に設置された弾倉に不屈の闘志を装填する力の象徴。

 自動式カートリッジデバイス、その名も『レイジングハート・エクセリオン』。

 

 他の追随を許さぬ漆黒、獲物を狙う眼光が如き金色。

 極限まで研ぎ澄まされた美しさ。されど、その本質は冷徹なる刃。

 新たに取り付けられた弾倉より非情なる終わりを生み出す終焉の象徴。

 回転式カートリッジデバイス、その名も『バルディッシュ・アサルト』。

 

「まさか、あいつらのデバイス!? 正気かよ!」

 

 本来であれば繊細なインテリジェントデバイスにカートリッジシステムをつける行為は自殺行為に等しい。

 もし、つけられたのなら主の愚かさを恨んでも仕方ない程に危険だ。

 だが、しかし。それらは二機が自ら望んで付けた物。

 驚愕する鉄槌の騎士を挑発するように二機はその姿を見せつける。

 

『Assault form, cartridge set.』

 

『Accel mode, standby, ready.』

 

 新たなる名を受けたバルディッシュ・アサルトは基本形態であるアサルトフォームとなり。

 同じく、レイジングハート・エクセリオンもまた基本形態であるアクセルモードになる。

 そして、主の腕の中で―――誇らしげに光り輝く。

 

「行くよ、レイジングハート!」

「バルディッシュ、お願い!」

 

『All right.』

『Yes, sir.』

 

 二人の少女は、頼れる相棒と共にベルカの騎士が待ち受ける戦場へと足を踏み入れる。

 




結界を維持・強化するということは常に結界に微量でも魔力を流し込み続けていると解釈していいのでしょうか?
ヴィータとかユーノは結界を張ってから戦闘しているから作るのに消費は大きくても維持自体にはそこまでかからないと考えました。
但し、強化に関しては文字通り魔力をさらに多く流し込んで強化してるものと考えました。

何が言いたいかといいますと
―――ケイネス先生の水銀みたいに注がれる魔力がなくなったら保てなくなりますよね?

追記:やっぱり無理かもしれませんでした。考え直します。


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十話:セカンドコンタクト

 ビルの屋上を跳んでいきヴィータとザフィーラに近づく二人。

 正規の管理局員のようにまずは降伏を呼びかけるのかとも思われたが二人の言葉は微妙に違っていた。

 

「ねぇ、私達とお話ししない?」

「はぁ?」

 

 なのはのお話という言葉に何を言っているのかと一瞬呆けるヴィータ。

 ザフィーラに至っては罠か何かと疑い鋭くあたりを見回す。

 だが、なのはとフェイトにはそんな打算などない。

 

「よかったら、闇の書の完成を目指している理由を聞かせて欲しいな」

「教えてと言われて答えるわけねーだろ」

「そんなこと言わずに……ね?」

 

 取り付く島もないヴィータになのはは困ったように笑う。

 そんな姿に思わず毒気を抜かれてしまうが相手は敵だと認識をし直す。

 そこへ、結界を貫き紫電が舞い降りてくる。

 

「どうやら無事なようだな」

「あの人…ッ!」

 

 やすやすと結界を突破してきたシグナムの姿にフェイトが反応する。

 以前その姿を視認すると同時に斬り伏せられたのは記憶に新しい。

 今度こそは無様な姿は見せないと誓い新しくなったバルディッシュを握りしめる。

 

「とにかく、話を聞きてえなら勝ってからにしな」

「本当! なら、絶対に勝って話を聞かせて貰うんだから!」

「……相手の士気を上げてどうする」

「うるせーよ。勝てばいいんだよ。勝てば!」

 

 勝てば話を聞かせてもらえると分かり俄然やる気になるなのは。

 その姿にザフィーラが溜息交じりに呟くのを聞きつけてヴィータが吠える。

 そんな中クロノは戦場を俯瞰する。

 

 こちらはなのはとフェイトにユーノとアルフ、そして自分の五人だ。

 相手は三人。過去の情報から守護騎士が四人いるのは分かっているため油断はできないがそれでも人数的にはこちらが有利だ。

 焦らずに連携戦で追い詰めていこうと考えたところで―――

 

「ユーノ君、クロノ君、手を出さないでね! 私あの子と一対一だから!」

「……マジか」

「なのはだからね。仕方ないよ」

 

 なのはのタイマン宣言に思わず本音が零れ落ちる。

 ユーノの方はなのはがこういった行動に出るのは予想の範囲内だったのか冷静に返すだけだ。

 さらにそこからトントン拍子でフェイトが雪辱を晴らすためにシグナムと。

 アルフがこの前の続きとばかりにザフィーラと一対一を望む。

 思わず頭を抱えたくなってしまうが並列思考で既に別の戦略を組み立てていた。

 

(ユーノ、それならちょうどいい。なのは達が騎士達を止めている間に僕達は闇の書を探すんだ)

(闇の書?)

(恐らく、まだ確認されていない騎士か主が持っているはずだ。君は結界内部を、僕は外を探して捕獲する)

(わかった)

 

 短く言葉を交わし合い迅速に行動に移す。

 正規の局員ではないユーノであるが理解力は高い。

 故に自身が内部を担当しクロノが外部を担当する理由を的確に判断していた。

 内部に敵が居たとしても凌いていればAAAクラスの魔導士の援護が見込める。

 

 しかし、外部には武装局員がいるだけだ。弱いという表現はおかしいが残念ながら騎士を相手取って戦力になる人物はいない。

 つまりは外部に騎士か主、もしくは両方が居た場合は単独で相手どらなければならないのだ。

 

 ユーノは優秀な魔導士ではあるが本来の適正的には戦闘には向かない。

 そうなるとクロノが危険な外部に行くしかないのだ。

 本人は執務官として当然のことをしたまでだと言うだろうが送り出す方からすれば複雑な気持ちになる。

 

「武器を強化してきたか……気を抜くな」

「分かってるよ」

 

 二人の少年が動き出したその横では騎士達と魔導士達の戦いが始まろうとしていた。

 騎士達としては有利な条件でもあり、騎士として挑まれた以上は無下にはできない一騎打ち。

 しかし、今の騎士達にはそれ以上に大切なものが存在していた。

 

(主とそのご友人と鍋を共にする誓い。何に代えても守らねばな)

(もし、遅れたらはやてが悲しむかんな)

(形としては受けるが、機を見て主の元へ帰還するぞ)

 

 はやてから下された命、夕飯に間に合うように家に帰る。

 騎士としての名誉よりも大切な何でもないような些細なお願い。

 そんな願いだからこそ―――守る価値がある。

 

「悪いがこちらに長引かせるつもりはない。覚悟してもらおう」

「前みたいに簡単にやられない…ッ」

 

 移動する時間すら勿体ないとばかりに動くことなく剣を構えるシグナム。

 呼応するように進化した相棒を構えるフェイト。

 一呼吸の間の後に両者の刃はぶつかり合う。

 金属が擦れ合う耳障りな甲高い音が響き二人の鼓膜を揺らす。

 

「負けない!」

「言ったはずだ。覚悟してもらうとな」

 

 金と赤紫が目にも留まらぬ速さで空を駆ける。

 幻想的な光景を創り出しながら二人は夜空に火花を散らしていく。

 一太刀、二太刀と交わすごとに相手の力量がデバイスを通して伝わって来る。

 思わず戦いの誘惑に流されそうになるがシグナムは己が今すべきことを見失わない。

 

「残念だ。もっと斬り結びたいがそうもいかない」

「逃がさない。プラズマランサー―――ファイア!」

 

 結界脱出の糸口を探すために距離を取るシグナムにフェイトは複数の雷撃の槍を撃ち出す。

 それをただの一振りで全て弾き返す。

 しかし、その槍は消えない限りは追尾機能が働き続ける代物だ。

 すぐさま軌道を修正し再び襲い掛かる槍にシグナムは好戦的な笑みを浮かべる。

 

「レヴァンティン」

『Sturmwinde.』

 

 炎の魔剣がその形状を変える。刀身が何重にも分かれていき鎖で連結した蛇のような状態になる。

 彼女はわざと槍とフェイトが一直線になる角度に移動する。

 そして蛇剣を勢いよく振るい炎の疾風(はやて)を巻き起こし己に襲い来る槍をご丁寧にフェイトの元へ打ち返す。

 だが、その行為を黙って見る程フェイトも甘くはない。相手の視界が炎で覆われた隙に接近を図り背後から閃光の戦斧でもって斬りかかる。

 しかし、シグナムとその騎士の魂もまたそれを予想できない程未熟ではない。

 

『Haken Form.』

『Schlangeform.』

 

 右手で蛇剣を振るうと同時に左手で鞘を抜きバルディッシュの一撃を防ぐ。

 驚くフェイトに向け容赦なく蛇剣を鞭のように振るう。

 だとしても生まれ変わったバルディッシュ・アサルトは揺らがない。

 瞬時に高速移動魔法を用い距離を置き、主が体勢を立て直す時間を生み出す。

 

 その貢献を無駄にすることなくフェイトは蛇剣に鋭い斬撃をお見舞いする。

 両者の攻撃がぶつかり、爆炎が舞い上がる。

 どちらも顔色を変えることなく飛び下がるがその体には微かながらも隠せない傷が刻まれていた。

 そしてもう一つ、まるで本物の蛇の様にバルディッシュにレヴァンティンが絡みついている。

 だが、フェイトは左手でフォトン・ランサーをいつでも撃ち出せるようにしてシグナムに狙いを済ませているのだ。

 

「ふ、強いな。私はベルカの騎士、シグナム。そして我が魂レヴァンティンだ」

「時空管理局、魔導士、フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ」

「そうか、その名しかと覚えておこう」

 

 どちらも一歩も引かない状況に好戦的な笑みを浮かべながらシグナムはレヴァンティンを通常状態に戻す。

 フェイトも撃ちだした瞬間に斬り込まれると予感し左手を下げバルディシュを握りしめる。

 敵であることが惜しい程に両者は戦いを楽しんでいた。

 

(シャマル、どうだ、結界は破れそうか?)

 

 但し、烈火の将は密かに仲間と連絡を取り合いながらだが。

 如何に楽しい戦いであろうと主の願いに変えられるはずもない。

 主の為なら汚名を被ることも辞さないのだ。

 

 

 

「大体、話合いをしたいって言ってるくせに武器持ってるなんておかしいだろ」

「いきなり襲い掛かって来た子には言われたくないよ!」

「うるせー、バーカ!」

 

 まるで子どもの喧嘩のように、と言っても本当に子供なのだが、口喧嘩を始めるなのはとヴィータ。

 しかし、その体は既に高速で動いており大人でも追いつけるものが何人いるかという状況だ。

 若干仲間から遠ざかるように移動しているのはどちらも高火力の技が得意なため、近くで戦いすぎるとフレンドリーファイアの恐れがあるのだ。

 

「とっとと決めるぜ! ラケーテンハンマーッ!」

「レイジングハート!」

『Protection Powered.』

 

 さらなる力を得た魔導士の杖があの時守りきれなかった再戦を願うかのように障壁を生み出す。

 あの時から変わらない。否、変わる必要などないと自負する鉄の伯爵は主の願いに沿うべく全身全霊を持ってその盾を打ち砕きに行くのだった。

 

「前よりも硬くなってやがる…ッ!」

「これがレイジングハートの新しい力……」

「だとしても、あたしとグラーフアイゼンに砕けねえものは―――ねえッ!」

『Jawohl.』

 

 出力が上がりただの防御ですら手強くなったレイジングハート。

 だが、ヴィータは鉄槌の騎士の誇りにかけてそのまま打ち砕きに行く。

 それに気づいたレイジングハートはこのまま守勢になるのは危険と判断し自らバリアを爆破させる。

 爆発は相手にさほどダメージは与えなかったが重要なのは相手と距離を開いたことにある。

 中遠距離からの射撃砲撃こそがレイジングハートの主の最も得意とする間合いなのだから。

 

「アクセルシューター……シュート!」

「何だ、あの量!?」

 

 レイジングハートから放たれる桃色の誘導弾の数に思わず声を上げるヴィータ。

 かくいう本人もまた以前よりも遥かに多くの数が出たことに驚きを隠せない。

 しかし、彼女の愛機は冷静に制御を促す。

 目を閉じ誘導弾を徐々に制御していく彼女にヴィータは己の鉄球を差し向けるが完璧に制御された誘導弾により全て撃ち落とされてしまう。

 

(マジかよ……本当に全部コントロールするなんて普通じゃねえ)

 

 その才に流石のヴィータも括目せざるを得ない。

 恐らくはこのまま相手の得意な距離で戦っていれば負けると僅かにでも考えさせられるほどになのはは強い。

 だが、しかし―――己が負けることなど許さない。

 

「この距離じゃジリ貧だ……アイゼン、行くぞ!」

『Ja』

 

 四方八方を誘導弾に囲まれた状況を打破するためにあえて防御ではなく前に進むことを選ぶヴィータ。

 なのはの誘導弾はネズミ一匹逃がさぬ程の精度で取り囲んでいるが関係はない。

 肉を切って骨を断つ。この間合いでは不利になるだけである。

 ならば、少々のダメージを負ってでも自分の間合いに持ち込んだ方が有利だ。

 何より―――

 

(こんな奴に時間かけてたらはやての鍋に遅れちまう!)

 

 主の命を守る為に前へと進み出る。

 当たってもさほど問題ない部分を見極め歯を食い縛って当たり、残りは簡易の障壁で防ぎヴィータはロケットのようになのはの元へ飛んでいく。

 それに驚いたのはなのはである。まさかあの囲いを強引に突破してくるとは思わなかったためにほんの僅かではあるが初動が遅れてしまう。

 しかし、レイジングハートは機械であるが故の冷静さで加速魔法を発動させ遠のく。

 計算されるヴィータのスピードなら追いつけるはずはなかった、が―――

 

Pferde(フェアーテ)

 

 グラーフアイゼンの声と共にヴィータの脚が魔力の渦に包まれる。

 高速移動魔法による加速により一気に詰め寄ることに成功するヴィータ。

 最初から使っていなかったのは相手にこちらの移動速度を誤認させるためだ。

 これ以上加速ができないと思われるところから更なる加速を行えば相手は意表を突かれる。

 

 もし、なのはとレイジングハートがクロノの様に経験が豊富であればそういったことも想定して動いていたであろうがいかんせん経験不足である。

 反対にヴィータは見た目こそ同じような年に見えるが騎士として戦場で戦い抜いてきた経験がある。

 カッとし易い性格ではあるがその実冷静な判断も兼ね備えている。

 そうでなければベルカの騎士は名乗れない。

 

「おらぁッ!」

「アクセルシューターが…コントロールできない…ッ!」

 

 お互いのデバイスをぶつけ合う両者だが先程の様に真正面からというわけではない。

 ヴィータは横、下、斜めと縦横無尽になのはの周りを旋回しながら細かい攻撃を加えていく。

 そのためなのはも不規則な飛び方を強いられ残っていたアクセルシューターの制御まではできない。

 飛行に関しては天賦の才があるといっても過言ではないなのはであるが試運転に等しい状態のレイジングハート・エクセリオンを十全に使いこなしながらリスキーな飛行はできない。

 

 さらに言えばヴィータが普段の戦い方を捨てて細々とした戦いに徹しているのも要因にある。

 本来であればその名に恥じぬ一直線な戦い方を好む彼女だが今回は主の命がある。

 自分の出来得る最良の手段を用いて帰還を優先させているのだ。

 もっとも、それでもなお凌ぎながら反撃の機会を狙い目を輝かせているなのはにやはり油断ならない敵だと警戒を続けながらではあるが。

 

(もうちょいで、ザフィーラとシグナムの傍に行ける。シャマルも近くに居んだな?)

 

 鉄槌の騎士は、心は熱く、頭は冷静に仲間達と連絡を取り合うのだった。

 

 

 

「あの時は見逃して貰って悪かったね」

「優先すべきことがあったまでだ」

「とにかく、あの時の続きに付き合ってもらうよ!」

「悪いがこの身には為さねばならぬことがあるのだ」

 

 線は細くとも鍛え上げられた野生の獣のように柔軟かつ力強い肉体と闘気がにじみ出る鋭い目。

 実質剛健を体現するが如き鍛え抜かれた肉体と清廉な心を思せる冷静な目。

 正反対のようでいてその本質は主の願いを叶えるという点で同じアルフとザフィーラ。

 

 二人の主に仕える誇り高き獣達は地上に降り立ち拳をぶつけ合わせている。

 格闘戦を得意とする者がもっともその力を発揮することができるのは大地に足をついた状態だ。

 如何に宙を自在に飛び回れようとも人体とは元々地上で活動するために生み出されたものである以上はその真価を発揮するのは大地の上だ。

 

「どりゃぁああッ!」

「はあッ!」

 

 踏み込みの一歩でアスファルトの大地を砕き、拳はビルを抉り取る。

 しかし、両者ともダメージらしきものはほぼない。

 例え、ダメージを受けたとしても倒れる事は無いだろう。

 全ては己が信ずる主の為に。

 

「これだからデカブツは嫌いなんだよ」

「ふん、鍛え方が足りんだけではないのか?」

「言ったね、あんた…ッ」

 

 お互いに挑発をし合いながらも頭は冷静である。

 アルフがしなやかな身のこなしから通常の格闘戦ではあり得ない角度での攻撃を仕掛けてくるがザフィーラは山のごとく構え動かない。

 彼が動くときは防御からの高速のカウンターの時だけである。

 まさに静と動。このまま硬直状態が続くかと思われたがアルフのかけた言葉から変化を見せる。

 

「あんたも使い魔じゃないのかよ!」

「ベルカでは主に仕える獣の事を使い魔とは呼ばぬ…ッ」

 

 アルフの拳がザフィーラを襲うがその鉄壁の守りは何人たりとも通さない。

 初めてとも言える程に感情をあらわにする姿にアルフは目を見開く。

 彼は己と主の誇りをかけてあらん限りの声で叫ぶ。

 

「主の牙ッ! そして盾! ―――守護獣だッ!!」

「同じ様なもんじゃんかよッ!」

「同じでは―――ないッ!」

 

 同じであるというのならば私を押し返してみせろとでも言わんばかりにザフィーラが強力無比なカウンターを繰り出す。

 それをアルフも迎え撃つが押し返すには至らず拮抗する。

 互いの魔力がぶつかり、限界を越え、爆発を引き起こす。

 しかし、やはりというべきかどちらも何事も無い様に立ち続けているのだった。

 変わったと言えるのは二人の立ち位置と―――ザフィーラと他の騎士達の距離だけだろう。

 

(相手には悪いがそろそろ仕掛けさせてもらうぞ)

(了解。そろそろそっちに着く)

(みんな、サポートは任せてね)

(この結界―――破らせてもらう)

 

((((主はやての願いを叶えるために))))

 

 騎士達の策が発動するときは近い。

 

 

 

 

 

 騎士達と魔導士が激しい戦いを繰り広げている結界の外部。

 闇の書の主もしくは騎士を捜索していたクロノはその足を止めていた。

 つまりは、主もしくは騎士と考えられる人物と遭遇したのである。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンです。少し話を聞かせていただきたい。あなたが無関係ならすぐに解放します」

 

 クロノは凛とした声で全身黒づくめにヨレヨレのコートを着た、白髪に浅黒い肌の男に話しかけるのだった。

 



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十一話:包囲突破

 怪しげな男を捕捉したクロノではあるが即逮捕はできない。

 その人物が闇の書を持っていれば断定できたのだが生憎持っていないようだ。

 もしくは見つからないように隠してある。

 魔力反応を探して発見と共にすぐさま駆けつけた結果こちらを待つように立っていた男。

 この付近の現地民になのは以外の魔導士がいないことは調査により明らかになっている。

 故にこのタイミングで結界の傍で立ち尽くしていた(・・・・・・・・)魔導士は高い確率で闇の書の主だ。

 

「事情聴取にご同行お願いします」

「……いいだろう。だが、その前に一つだけ聞いておきたいことがある」

「……なんでしょうか? 弁護の機会でしたら必ず与えられます」

 

 クロノは目の前にいる人物が大人の男であるために敬意を持った話し方をしている。

 万が一現地民であった場合などに後々面倒なことにならないようにこの国での礼儀というものをある程度遵守していた。

 もっとも、警戒を怠らず近づき過ぎず、離れ過ぎずの距離で愛機S2Uからは決して手を放す事はしていないが。

 

「いや、知らない方が楽に死ねるかな」

「まさかッ!」

 

 チラリと自身の背後に目をやる男に味方かと警戒し、釣られて振り返りそうになるが男が後ろに下がろうとしたことでブラフだと気づく。

 すぐさま捕縛するために駆けだした―――その瞬間カチリという嫌な音がして足元が爆発する。

 

 簡易の地雷式の魔法だと気づくと同時に先程のブラフの真の目的は警戒させずに自分を踏み込ませる罠だったのだと悟る。

 幸い、地雷はバリアジャケットを破る程の物ではないようだった為にすぐに行動に移せる。

 だが、敵の攻撃はそこで終わる事は無かった。

 

「くっ、防げ!」

 

 爆発で巻き上がった煙や破片物に紛れる様に放たれる無数の弾丸。

 条件反射で障壁を創り出し防ぐ。

 そして、弾幕が一瞬だけ途切れた隙に宙に浮き上がり男を探す。

 しかし、先程の攻防の際に建物の影に隠れたのか姿は見えない。

 

(逃げたか? いや、どれだけ早く逃げてもあの短時間で完全に姿を消せるわけがない。と、なると……物陰に隠れてこちらを狙っているか)

 

 そうなれば、こうして宙に浮いているのは的となって危険だ。

 だが、自身が隠れれば相手は間違いなく逃げるだろう。

 故に自身が囮となりつつエイミィに武装局員をこちらに寄越すように念話を飛ばす。

 その隙を狙ったかのように高速の弾丸が飛来する。

 

「そこか! スティンガーレイ!」

 

 しかしながら狙われていると分かっていて当たる程クロノも優しくはない。

 身を翻して躱すと同時に相手の攻撃が直射型だと一瞬で見抜く。

 そこから相手の居場所を割り出し、自身最速の魔法であるスティンガーレイを放つ。

 物陰に青色の弾丸が降り注ぐが撃った次の瞬間には逃げていたのか何の反応もない。

 内心で軽く舌打ちをして再び辺り全体に神経を集中させる。

 

「どこに行った、出て来い!」

【クロノ君、そっちに武装局員を向かわせたよ。逃げ場を無くすように包囲だね】

【どこに隠れてこちらを狙っているか分からない。一瞬たりとも気を抜かないように伝えてくれ】

 

 上空でこちらを探しているクロノをよそに白髪に浅黒い肌の男―――切嗣は舌打ちしたい気持ちになっていた。

 変身魔法で姿は変えてあるが本来は見つかるつもりなどなかった。

 そもそも、本来であれば自分がここに来る理由などない。

 ロッテに任せておけば何の問題もなかったのだ。

 だが―――

 

(どういうわけか通信が繋がらなかった)

 

 普段から連絡に使ってある通信機器が何故か繋がらなかったのである。

 ロッテの身に何かがあったのかと考え、慌てて騎士達の援護の為に出て来たのだがどういうわけかロッテは無事であった。

 そこから考えると意図的にこちらの電波を遮った人物がいる可能性が高い。

 無論、ただの故障という線もあるがそれにしてはタイミングが良すぎる。

 

(仮に遮った人物が居ると仮定した場合、狙いは僕とはやてを引き離すことだ)

 

 それが管理局員かどうかは分からないがこちらにとって不利な状況であることは変わらない。

 すぐさま引き返そうとしたところで狙ったのか偶々なのか分からないが、クロノが接近してきたために管理局のサーチャーに引っ掛からないロッテに向かわせ自分は囮となって残ったのである。

 とにかく、一刻も早くここから離脱し結界を破らねばならない。

 最悪、自分は騎士達に顔を見せてもそこまで怪しまれないのだから。

 しかしながら……それまでに越えねばならない敵がいる。

 

(クロノ・ハラオウン。最年少で執務官になったAAA+クラスの魔導師。経験も既に豊富にあり戦闘はオールラウンダータイプ。極めて隙の無いタイプだ。これは……てこずるな)

 

 ワルサーWA2000に取りつけたスコープ越しにまだ若い少年を観察する。

 ワルサーWA2000は自動式の狙撃銃でありながら手動式の狙撃銃並の命中率を誇る。

 切嗣はワルサーを降ろしすぐに武装局員が援護に来るだろうと考える。

 理想としては増援が来る前にこのまま離脱を果たしたい所だがそれができるのなら苦労はしない。

 しかしながら時間がないのも事実。こちらから仕掛ける以外に道はない。

 

「トンプソン」

『Mode Contender.』

 

 切嗣のデバイス、『トンプソン』がその姿をワルサーから、拳銃と言うよりは小型のライフルのような姿のピストルに変える。トンプソン・コンテンダー。

 一発ごとに手動排莢、弾込めをしなければならない性質上、ゲテモノと呼ばれる種のものだがその特性上ライフル弾ですら放つことができる。

 

 切嗣がさらにそこに改造を加え30-06スプリングフィールド弾をも打てるようにした物がこのデバイスのモデルだ。

 数多の魔導士の血を啜って来た切嗣最大の武器。

 馴染み過ぎたその銃の感触に陰鬱な気分になりながら、30-06スプリングフィールド弾サイズのカートリッジを装填する。

 

「正規の戦いなら分が悪いが、実戦なら話は別だ」

 

 面倒なことにクロノをここで殺すわけにはいかない。

 後々必要な保険(・・)としての戦力になってくることに加え蒐集もしていない。

 だが、ここで退いてもらう必要はあるのだ。

 左手に閃光弾を握りしめ背後から飛び上がり急接近を仕掛ける。

 

「そこか―――しまっ!?」

「これで終わりだ」

 

 接近に気づき振り返った所に閃光弾を炸裂させ相手の視覚を奪う。

 そこへカートリッジで増幅された魔力弾を叩き込めば終わる。

 クロノは止まったままでは危険と判断し、すぐにその場から離れていくが彼の銃口からは逃れられない。

 確実を期すために少し距離を詰めて(・・・・・・)引き金を引く―――

 

 

Delayed Bind(ディレイドバインド)

 

「設置型のバインドか…ッ」

 

 その瞬間仕掛けられていたバインドが切嗣を捕えるべく蛇の様に襲い掛かって来る。

 即座に横に飛んで躱しながら左手にキャリコM950を出し、弾幕を張り鎖を弾き飛ばす。

 キャリコM950の最大の特徴としてはコンパクトであるにもかかわらず50発という弾数を弾倉に籠められるところである。

 これまた扱い辛い銃ではあるが切嗣は敢えてこれを扱う。

 

『Blaze―――』

「ちっ! コンテンダー!」

 

 クロノがS2Uを突きつけるように構え先端に凄まじい熱量を放とうとする。

 切嗣もコンテンダーを構え直し引き金に指を駆ける。

 既に装填されているこちらの方が速い。

 勝つのはこちらだと確信した瞬間に―――強装結界が破れ灼熱の矢が飛んできたのだった。

 

 

 

 

 

 一対一での騎士の戦いを行いながら騎士達の心は、はやてと鍋のことで埋め尽くされていた。

 これ以上長引かせれば主とその友人を待たせるという最大の不敬を働くことになる。

 少々汚い真似になるが背に腹は代えられない。

 外から結界を調べたシャマル立案の作戦の元、騎士達は動き始める。

 まずは、ヴィータが引き金を引く。

 

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータ。あんたは?」

「なのは、高町なのは!」

 

 突如として攻撃をやめて名乗ったヴィータになのはは認められたのだと感じて若干嬉しそうに名乗り返す。実際にヴィータもその実力は認めているのだが、これは今からする行いに対する詫びのようなものだ。

 悟られぬ様に距離を取り次の行動を止められぬ間合いを取る。

 

「そっか、覚えとく。だから―――悪く思うなよ!」

 

 巨大な鉄球を取り出して全力で打ち飛ばす。

 なのはは勿論自分の所に来るはずと構えるが鉄球は完全に予想外の場所に飛んでいく。

 丁度(・・)自分達の足元で戦っていたアルフとザフィーラの間に飛んでいったのだ。

 

「えっ?」

 

 一瞬誤射かとも思うがまさかヴィータに限ってそんな事は無いだろうと思い鉄球の行方に注視してしまう。

 アルフは瞬時に感づき鉄球とザフィーラから離れる。しかし、ザフィーラは違った。

 逆に鉄球へと突進していきあろうことかその鋼の拳でアルフに向けて弾き飛ばしてきたのだ。

 

 これには流石に驚いたアルフはなりふり構わず後退していき大幅にその距離を離す。

 鉄球はまるで隕石が落ちたかのようなクレーターを創り出すに至ったがアルフにはダメージは無い。そのことになのはがホッと胸をなでおろしたところで―――

 

It comes master.(来ます、マスター)

「分かっ―――えっ!?」

「すまないな、テスタロッサの友人」

 

 レイジングハートが警告を発する。

 なのはは当然ヴィータだと思い顔を上げるがそこに居たのは鉄槌の騎士ではなく、烈火の将であった。

 理解が追いつかないものの体は反応し即座にバリアを創り、炎の魔剣を防ぐ。

 だとしても、即座に思考は切り替えられず防御だけで手一杯になる。

 

「なのは!」

「悪いけど、シグナムのとこには行かせねえ」

「どいて…ッ」

 

 いつの間にか戦闘中になのはとヴィータのすぐ傍(・・・)に来ていたのは分かっていたフェイトではあったがまさかシグナムが背を向けて全力でなのはに斬りかかるとは思っていなかった。

 慌ててなのはの元に行こうとするがそこにヴィータが現れシグナムと同じようにバルディッシュを叩き潰しに来る。

 なのはを見守ることしか出来ぬ歯がゆさに唇を噛みしめ躍起になってヴィータを押し返そうとする。彼女達は既に騎士達の術中に嵌っていた。

 

「フェイト! なのは!」

 

 地上に居たアルフは主達の危機に思わず頭上を見上げて叫ぶ。

 しかし、彼女がその時に真に見るべきだったものは頭上ではなく。

 前方で完全に自由となったザフィーラであった。

 

 

「縛れ―――鋼の軛!」

 

「な――ッ!?」

「え――ッ!?」

 

 二人の騎士からの攻撃を防ぐために完全に死角になっていた下方からの攻撃。

 地上から伸びていく藍白色の杭が少女二人を拘束しその動きを止めた。

 本来であれば突き刺して攻撃することもできるが騎士達の目的はあくまでも離脱して鍋に間に合う事だ。

 そして何より―――

 

「フェイトとなのはを放せ、デカブツ!」

「それはできん。だが、盾の守護獣の名にかけて無傷で返すことを誓おう」

「く…っ」

 

 今にも襲い掛かってこようとしているアルフに対する牽制の為だ。

 もし、これがただの管理局員なら任務を優先して襲い掛かって来る可能性もあるが使い魔である以上主の身に危険が降りかかる真似は天地が引っ繰り返ろうともしない。

 主の為ならば己の誇りが傷つくとも辞さない。

 そして、そうまでして為すべきことは。

 

(シャマル、こちらは準備完了だ)

(ええ、後はヴィータのギガントとシグナムのボーゲンフォルムで壊すだけよ。この二つを受けて耐えられる結界なんてまずないわ)

(これで何とか主の命を果たすことができそうだ)

 

 結界の破壊をしての帰還である。

 そのために三人で連携を取れるように戦いながら少しずつ距離を近づけていたのである。

 ザフィーラが見守る中ヴィータとシグナムは誰に邪魔されることもなく己の武具の真の力を解き放つ。

 

Gigantform.(ギガントフォルム)

 

 鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価。

 守護騎士の中で最も“物理破壊”を得意とするヴォルケンリッターが一番槍。

 それが彼女らである。

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態、ギガントフォルムがその姿を見せつける。

 途方もなく巨大な鉄鎚の姿は見る者に畏怖の念を植え付ける。

 これを仮に動けない少女二人に放てば間違いなく死ぬだろう。

 だが、それは不殺の誓いにより出来ない。

 しかし―――相手が人間ではなく結界ならば伝家の宝刀を解き放つことも許される。

 

「アイゼン、ぶち抜くぞ!」

Es gibt nicht das Ding , das zu mir nicht gerissen wird.(この身に砕け得ぬ物など、ありはしない。)

 

 横薙ぎに放たれる鉄の伯爵グラーフアイゼン最大の一撃。

 その威力は絶大で管理局員が十名以上かけて作り上げた結界に軽々と大穴を開ける。

 しかし、まだ結界はその力を維持し完全には崩れ去らない。

 

「今ならまだ結界の補強が間に合う…っ!」

 

 一人その様子を誰に止められることもなく見ていたユーノは即座に結界の補強を始める。

 もし、ここで騎士達の攻撃が終わっていたとすれば結界は持ち直すことができた可能性もある。

 だが、しかし―――最後にとっておきを騎士達は残していた。

 

(お膳立てはすんだからな。シグナム)

(後はお前の腕次第だな、将)

(お任せしますね、私達のリーダー)

 

(ああ、任せろ。一矢の元に―――消し去ってみせる)

Bogenform.(ボーゲンフォルム)

 

 烈火の将シグナムと、炎の魔剣レヴァンティンの底力。

 ヴォルケンリッターの将にして純粋な戦闘力では最強を誇る主の為の一振りの(つるぎ)

 それが彼女達である。

 刃と連結刃を越える、奥の手。最大の速度と破壊力を誇るフルドライブ状態。

 攻撃の核となる剣と、防御の核となる鞘、それが融合し弓へと姿を変える。

 研ぎ澄まされたその弓は一度向けられれば否応なしに死を覚悟させられる。

 そこから放たれる矢は己が射抜けぬ者など知らぬ。

 高々、強装結界如きが―――我らを止められると思うな。

 

「此度の無礼は次に(まみ)える時に清算させてもらおう」

 

 顕現させた矢をつがえ火炎を凝縮させる。

 放たれるは必滅の一撃。如何なる者も滅ぼさん。

 この業火の矢でもってその身に刻め―――我らヴォルケンリッターの力を!

 

 

「駆けよ! 隼!」

Sturmfalken(シュトゥルムファルケン)

 

 

 灼熱の炎を纏いし矢は音速の壁すら容易く越え、駆ける。

 阻む者などなく結界へと命中、そして容易く貫き、さらにその先へと消えていく。

 ―――完全に結界を破壊しつくして。

 

【武装局員は逃げられる前にヴォルケンリッターの捕捉を!】

【はっ! 直ちに―――なぁっ!?】

【何があったの! 報告を!】

【突如として巨大な嵐が出現、恐らくは他の騎士の仕業かと】

 

 結界が破られたのを見るや否やリンディは素早く追跡の指示を出す。

 しかし、局員が追おうとした瞬間にシャマルが魔力の嵐を生み出し局員を襲っていた。

 威力そのものは高くないが目くらましと足止めには十分だ。

 その間に騎士達は転移を行い、姿を消していく。

 

【クロノ君! そっちに矢が飛んでいったけど大丈夫!?】

【こっちは間一髪でなんとか回避に成功した。結界の影響で威力が落ちていたのも要因だろうが、ただ……逃げられた】

【主と思われる人物……捕まえられたら一気に進展したのにね】

【それとエイミィ、物理被害が出た。逃げる際に質量兵器、恐らくは手榴弾で道路を破壊された。そのせいで人が集まり始めているから追跡も難しい】

【ああ、もう。こういう時にここが管理外世界って実感するね】

 

 切嗣との戦闘中にSturmfalken(シュトゥルムファルケン)を被弾しかけたクロノであるが切嗣と共に回避することには成功していた。

 但し、その隙に逃げられたために悔しそうな顔をしているが。

 さらに、物理被害を起こして人が集まるように誘導されたために大規模な捜索もできない。

 そんな管理外世界ならではの問題も彼の表情を歪めている理由の一つだ。

 

 因みにシグナムの矢が二人の間に割って入ったのは全くの偶然である。

 しかし、クロノはタイミングが良すぎたのでシグナムが主を守る為にワザと狙ったのだと考えてしまった。

 そのため切嗣が闇の書の主であると強く思い込んでいるのだった。

 

【とにかく、一回仕切り直しだな。幸いこっちの被害はほぼない。それに多くの情報を得ることができた。今回の戦いは決して無駄じゃない】

【そうだね。それじゃあ、いったん戻って会議だね。なのはちゃん達も戻って来てるよ】

【わかった】

 

 クロノは通信が終わると短く息を吐いて夜空を見上げる。

 そして、幾ばくかの時間、亡き父に想いを馳せ憂いのある表情を見せる。

 しかしながら顔を下ろした時にはいつもと変わらぬ表情であったのだった。

 

 

 

 

 

「ただいまー! いい匂いだな、はやて」

「ただいま、はやてちゃん」

「シグナム、ただいま戻りました」

「…………」

 

 激戦を乗り越えて無事時間以内に主の元に帰還を果たした騎士達。

 その顔には隠しきれない達成感が滲み出ていたがはやては鍋が楽しみなのだろうと解釈する。

 因みにザフィーラは獣形態なので黙っている。

 

「もうちょい待ってな。もうすぐお鍋できるよ」

「お邪魔してます。ヴィータちゃん、シャマルさん、シグナムさん、ザフィーラ」

「あれ? 切嗣はどこに居るんだ?」

「おとんならさっきビールを買いに―――」

「ただいまー」

「噂をしたら影がさすってやつやな」

 

 遅れて帰宅した切嗣にザフィーラが荷物持ちの為に赴く。

 その忠犬ぶりにすずかが興奮していたがそれはどうでもいいことだろう。

 実際切嗣の内心はそれどころではないのだから。

 

 ロッテから念話で特に変わったところはないと伝えられていたがそれでも胸騒ぎが収まらない。

 実際にこの目ではやての無事を確かめねば気が気ではなかった。

 しかし、それをおくびにも出さずに家に入る。

 

「うん、いい匂いだね」

「おとんはあんまり飲まんようにしてな。すずかちゃんに恥ずかしい父親は見せられへん」

「ははは、出来るだけ気を付けるようにするよ」

 

 目を細めて笑うふりをしながらはやてに暗示などが掛かっていないかを確認する。

 間違いなく普段のはやてだと確信してようやく自然な笑顔を覗かせる。

 先程のシグナムの件もあるのだから通信ができなくなったのは偶然ということだったのだろうと結論付けてザフィーラからビールの入った袋を受け取る。

 

「そう言えば、おとん宛に荷物が届いとったよ」

「……本当かい?」

「なんか、会社の名前が全部漢字やったから中国の会社やと思う。あ、持ってこよーか」

「いや、自分で確認するよ」

 

 不安要素の登場に僅かに表情が硬くなるが鍋の様子を見ていたはやては気づかない。

 その後、短くはやての言葉を断りすぐさま荷物を調べる。

 一先ず爆発物の類ではないことを調べてから箱を手に取る。

 中身自体は何の変哲もない無色透明のグラスと保証書のようなものだった。

 しかし、重要なのはそこではなくはやての印象に残った会社名だった。

 

 

 ――安利実徹渡・出材亜――

 

 

「相変わらず、ふざけたことをする男だ…ッ」

 

 切嗣は誰にも悟られることなく一人、憤りで歯を食い縛るのだった。

 




安利実徹渡・出材亜
何となく運送会社っぽい漢字を選びました。

デバイスは色々ある中でトンプソンにしました。
ありがとうございました。


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十二話:狂気の笑み

 翠屋のすぐ傍に構えた司令部にて魔法少女達はその羽を休めると共に会議を開いていた。

 少女二人は途中、新しくなったデバイスについての説明も受けていたが大した時間ではない。

 今、議題として挙がっているのはズバリ闇の書の騎士達とその主についてだ。

 本来であればただのプログラム、疑似生命体に過ぎない騎士達であるが今回は明らかに己の意思を持ち動いている。

 そのことに疑問が尽きないが結局の所捕まえればそれは解き明かされるだろうと保留にする。

 それよりも、明らかになり始めた闇の書の主の情報について纏めるべきだ。

 

「クロノ、まだ断定とは言えないけど、今回の闇の書の主と思われる男の特徴を教えてくれるかしら」

「はい、かあ―――艦長。見た目は白髪に浅黒い肌の背の高い男性。ただ、変身魔法で姿を変えている可能性も十分に考えられる」

「これが男の姿ね」

 

 クロノの説明を捕捉するためにエイミィが画面に映像を映し出す。

 特徴的な容姿はこちらに誤った認識を持たせるための変装の可能性が高い。

 しかし、なによりも、深い深い絶望の底に居るかのような虚無の瞳がなのは達の目を引く。

 これだけは変装で変えられるものでもないだろう。

 

「武装としては拳銃型のデバイス、恐らくはストレージを所持している。少なくとも二種類に形状変化させて使っていた。もしかすると、狙撃型も存在しているかもしれない」

 

 淡々と実務的に話を続けていく、クロノ。

 しかし、その目は自分との戦闘映像から離される事は無い。

 次に遭遇した時にどう行動するべきかの作戦を既に組み立て始めているのだ。

 失敗を後悔し過ぎるのは良くはないが、全く振り返らないのでは進歩がない。

 次はこの経験を生かして成功に導かなければならないのだ。

 

「戦ってみてどうだった、クロノ」

「そうだな……一言で言うなら戦闘経験豊富な相手という印象かな」

「どんな風に?」

「単純な力押しじゃなくて、相手を仕留める為の道筋を考えた上での戦術だった。ただ、あくまでも短時間の戦闘でしかないから余り当てにしない方がいい」

 

 フェイトの質問に地雷で目くらましにしてからの射撃、そして影からのスナイプの例を挙げる。

 他にも閃光弾での目潰しの次に備えていた攻撃が止めの為の物でそれを撃ち込むことを基に作られた戦術だと分析する。

 

 あの手のタイプは自らが狩る側に回る時は確実に相手を倒せるという算段をつけてから動く。

 故に先手を取られるとそのまま後手後手に回る可能性が高い。

 おまけに慎重で姿を現しづらい。非常に面倒な敵と言えるだろう。

 

「それと、厄介な点が質量兵器を組み合わせて使っていることかな」

「閃光弾はともかく、手榴弾は完全にアウトだよねぇ。罪状が一つ増えちゃった」

「拳銃に爆弾……なんだか今までで一番犯罪者みたいな人だね」

「みたいというか、そのものだと思うよ、なのは」

 

 質量兵器の所持による罪状が増えたとぼやく、エイミィ。

 その横でなのはが犯罪者みたいな人物だと思わず零してしまう。

 ユーノはみたいではなく犯罪者だと苦笑しながらツッコミを入れる。

 

 しかし、内心では今までなのはが会って来た犯罪者というカテゴリに入る人物が皆犯罪者らしくなかったので無理もないかと思う。

 実力はともかく見た目は子どもや女性がほとんどだったので今回の如何にも犯罪者ですという人物は見慣れていないのだ。

 

「それに服装も黒づくめで殺し屋みたいだし」

「黒づくめ……殺し屋……」

「あ! ち、違うんだよ、フェイトちゃん。フェイトちゃんのことはそんな風に思った事は無いよ」

 

 ふと、自身の服装も黒づくめだという事に気づきへこむフェイト。

 慌ててなのはが誤解を解くが心の隅で今度からは黒を抑えめにしようかと考えるフェイトだった。

 一方リンディは殺し屋という言葉にどことなく引っ掛かりを覚えるのだがそれが何なのか分からずに喉の奥に小骨が刺さったような顔をする。

 

「取りあえず僕に分かることはここまでだ。次に問題になって来るのは何故、主が闇の書の完成を目指すのかだ」

「理由って、ジュエルシードみたいに凄い力が欲しいってだけじゃないのかい?」

 

 そんなことをわざわざ考える必要があるのかとアルフが首を捻る。

 彼女の考えとしてはその力を使って何かしたいことがあるから完成を目指しているだけではないのかというところだ。

 しかし、クロノは物憂げに首を振り説明を始める。

 

「ジュエルシードと違って闇の書は完成しても破壊しかもたらさない―――主も含めてね」

「別の使い方があるのかもしれないけど少なくとも過去の事例では存在しない以上はその可能性も低いわ。……今までの主で完成後に生き延びた人はいないのよ」

「……まるっきり呪いの書だね、そりゃ」

 

 クロノとリンディに語られる闇の書が辿る結末にゲンナリとした表情を見せる。

 しかし、とも考える。例え破壊しか振り撒かない代物であろうと己の目的の達成のためであればためらいなく使う人物を彼女は知っている。

 チラリとフェイトの方を見て喉まで出かかった人物の名を呑み込み、無かったことにする。

 今の主にはきっと辛い事だろうから。

 

「現地住民が偶然闇の書の主になった場合なら訳も分からず蒐集をさせているという線もあったが、正規の魔導士である以上は自分がどういったことをしているか分からないはずがない」

「じゃあ、その人は破壊の力を求めている?」

「管理世界でも闇の書についてはそこまで知られているわけじゃない。ただ、騎士達から絶対的な力が手に入ると唆されただけの可能性もある」

「でも、シグナムはそんな人じゃないと思うよ」

「プログラムである以上、自分の役目を放棄するわけにもいかないだろう」

 

 フェイトの反論をやんわりとしながらもハッキリと否定する。

 例え、人格が清廉な人物として設定されていたとしても己が存在意義に逆らえるはずもない。

 人間が意識して心臓を止められないように彼等にとってはリンカーコアの収集はそれだけ当たり前であり、絶対の目標なのだ。

 

 それ故に解せない。主に忠誠を尽くそうとする騎士の姿が。

 当たり前のように感じられるかもしれないが目的地が滅びならば主は人形でよく、忠誠を誓う必要などない。

 さらに転生機能がある限り主とは取り換え可能な電池に等しいのだ。

 それにも関わらず、守るだけでなく心からの忠誠を尽くそうとしている。

 まるで、本来の目的はそちらだとでも言うように。

 

「これ以上は考えても仕方がないわね。今日はこれで解散します」

「分かりました。ああ、それとユーノ。君は明日僕について本局に来てくれ」

 

 パズルのピースは一つずつ埋まっていく。

 但し、運命がパズルの完成を待ってくれるかは分からないが。

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。切嗣は海を見渡せる高台に来ていた。

 今日ばかりは騎士達も全員が大人しく家で寝ている。

 そのためはやてとその友人のすずかの護衛は万全だ。

 では、なぜこんな時間にこんな場所で苛立たし気にタバコを吸っているのかというとだ。

 

「やあ、久しいね、衛宮切嗣。くくく」

「とっとと用件を言え。生憎と僕は暇じゃないんだ―――スカリエッティ」

 

 闇夜の中でも目に付く、特徴的な紫の髪。

 賢者のような知的さを含みながらも、狂気を体現したかのような黄金の瞳。

 そして何よりも、道化の仮面のような、異形の笑み。

 人を安心させるのではなく、絶望の奈落に引きずり込むような、歪んだ笑顔。

 生命操作技術の基礎技術を組み上げた天才であると同時に広域次元犯罪者。

 ―――ジェイル・スカリエッティ。

 

「僕とあの子を引き離してわざわざ荷物の保証書に暗号を隠すなんて遠回りな真似をしてお前は何がしたいんだ」

「何、普通に会いに行っては面白みがないだろう?」

「そんなことだろう思ったよ…っ」

 

 はやてに危害を加えることなどいつでもできると半ば脅しの様に送られてきた荷物。

 わざわざ保証書に暗号を隠した謎解きのような無駄な手間。

 そうして切嗣がこの場所に来るしかないように仕向けた理由。

 聞く前から理解していた。だが、あれ(・・)を理解していると認めるのは、ただ苦痛だった。

 

「くくくく、久しぶりの同僚との再会じゃないか。もう少し喜んだらどうだい?」

「同僚だと? ふざけるな、僕達を表す言葉があるとすればそれは一つ―――共犯者だ」

 

 視線に人を害する力があるのならば間違いなく殺せるだろうという目を向けるが狂気の科学者は不気味な笑いを零すだけだ。

 不快、そうとしか言い表せない感情がその身を占める。

 それでもこの男から目を離すのは危険だと理解しているためにここを去れない。

 

「なるほど、共犯者。ふふふ、確かにそれは相応しい名だ。私が作り上げた兵器でもって君は人を殺す。本来は、兵器は私の管轄外であるが、人間が何を為せば死ぬのかを見せてくれたのだ。実に有意義な時だったよ」

「自分のことながら反吐が出るよ」

「くくく、そう自分を卑下するものではないよ。君は人類が生まれて真っ先に生み出した殺人というテクノロジーを私に教えてくれたのだからね。人を知りたいのにその殺し方を知らないのでは無限の欲望(アンミリテッド・デザイア)の名折れだよ」

 

 スカリエッティは生命の神秘に魅せられている。人間を知り尽くしたいと願う。

 命が生まれ、そして死んでいくまでの過程。そこに興味を引かれる。

 ならば、命が絶えるその瞬間にも興味を持つのは当然ではないのか。

 

 人間がその歴史の全てを費やしたとも言える程の文化(殺人)を知りたいと願うのは余りにも自然な流れではないのか。

 彼は何も殺人という行為に楽しみを見出しているわけではない。

 ただ、どうすれば肉体は壊れるのか? どうすれば生命は終わるのか?

 それが知りたかっただけなのだ。

 

「命とは何とも儚い。そこに転がっている石一つあれば潰える。しかし、だからこそ命というものは何物にも代えがたい光を放っているのだとは思わないかね?」

「……答える気にもなれないな」

 

 その言葉だけならば命を大切にしろと言っているだけにも聞こえる。

 しかし、スカリエッティはそんなことを考える様な男ではない。

 命が終わる瞬間を見たいだけならば得意のクローン技術で増産したヒト(・・)を殺していればいい。

 

 だが、彼はそれを拒んだ。何の過程も踏んでいない命が潰えたところでそれは死ではないと。

 モルモットを殺す行為は殺人ではないと。

 殺すために生み出した“物”が死んだところでそれは興醒めでしかないと。

 生きるために生まれ、全力で生を謳歌する“者”を殺して初めて―――殺人となるのだと。

 

 切嗣はそれを、声を大にして否定したい。

 命とはそこに生まれ落ちた時から、愛しく、尊いものなのだと。

 どんな命であろうと等しく平等で失っていいものなど一つたりともないのだと。

 誰よりも命を奪い続け来た男はそう口にしたかった。

 己にその資格がないことを誰よりも理解しながらも。

 

「……それで結局、何をしに来たんだ。管理局が潜入しているこの町に捕まりにでも来たのか」

「まさか私が、いや―――私達が管理局(・・・)に捕まるとでも思っているのかい?」

「ないだろうな……」

 

 スカリエッティの返しに短く答えるだけに止める。

 考えれば考える程、憂鬱になっていくだけだから。

 ならば考えない方がいい。機械には感情が宿らない方がいいのだから。

 

「さて、私がなぜここに来たのかだね。君が私の前から姿を消して五年。かつての『魔導士殺しのエミヤ』の名が世間を賑わわせることも無くなった。“共犯者”として非常に寂しく思ってね」

「僕としては願ったりかなったりだけどね」

「君の所在を探させてもらったよ。するとどうだね、あろうことかあの魔導士殺しが少女と仲睦まじく暮らしているじゃないか」

 

 切嗣の皮肉にまるで反応することなくスカリエッティはまさに道化の様に大げさに語っていく。

 今すぐにでもこの場から離れて家に帰りたいという欲求が湧いてくるがそれもできない。

 いっそここで殺してしまいたいとも思うが何とか理性で抑え込む。

 この男の研究は、過程はともかく多くの世界と人を救うのだから。

 

「私はそのことに興味を抱いて調べた。すると何とも悲しいことに少女は闇の書の主として呪われた定めを受けていた」

「……それで?」

「当然、君がその子の元で何をしようとしているかを調べたよ。いや、君のことだから何をするかの見当は付いたがね」

 

 余りにも嫌味ったらしい言葉に嫌気がさして、切嗣は吐き捨てるように話しだす。

 そこに懺悔の意味合いが込められていることに本人すら気づくことなく。

 

「そうだ。僕はあの子を犠牲にすることで闇の書を封印するつもりだ。やっていることの本質はあの頃から何も変わっちゃいない」

「くくくくっ。ああ、そうだろう、そうだろう。何故なら君は誰よりも―――優しい(・・・)からね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、切嗣は感情のままにトンプソンを起動させスカリエッティに突き付けていた。引き金を一度引きさえすれば容易く殺される。

 それが分かっていながらもスカリエッティは狂気の笑みを浮かべ続けるのだ。

 殺してもこいつは死なないと直感が告げ、苦々し気な表情のまま下ろす。

 

「勘違いしてもらうと困るな。私は君のことを尊敬しているのだよ。世界を平和にしたいという、人の身には過ぎた欲望を抱いた、誰よりも優しい人間としてね」

「そいつは“光栄”だね」

「人の身にして機械同然に振る舞い、救いを施し続ける。ああ、断言しよう。衛宮切嗣という人間はこの世の誰よりも人類を救っているとね」

 

 彼は誰よりも衛宮切嗣という人間をかっている。

 誰よりも正義を憎みながら、誰よりも正義に生きる矛盾が。

 体を機械のように動かしても心はいつまでも人間のままの滑稽さが。

 ちっぽけな一人の人間には重すぎる理想を背負いながら歩き続ける無謀さが。

 理想以外に縋るものが存在せずに全てを捨てて逃げることすらできない愚かさが。

 

 その無様な人間らしさが何よりも人の生の可能性を示しているように感じられるのだ。

 故にスカリエッティは衛宮切嗣の“命”を堪能したいのだ。

 彼に死という物語の終わりが訪れるその時まで。

 

「そこで私は君に問いたい。もしも―――八神はやてを救う手段があればどうするのかと」

「なん…だって…?」

「ん? 少し分かりづらかったかね。“夜天の書”はその呪いから解き放たれ、少女は人並みの幸せを謳歌する。そんな未来に至る方法があればどうするかと聞いたのだよ」

 

 自らの問いに茫然とする切嗣に異形の笑みを浮かべながらこれでもかと言わんばかりに丁寧に繰り返す。

 その顔だけでこの問いかけの為にわざわざ来たかいがあるというものだ。

 

「お前がそう言うということは―――あるんだな?」

「くくく、その通り。夜天の書について調べたが私の理論通りならば救えるはずだよ」

「……確実にか?」

「しかるべき準備をすれば確率は上げられるだろう。私に任せてくれるのならば100%成功させて見せよう」

 

 いっそ傲慢とも言える程の圧倒的な自信。

 しかし、悪魔の頭脳を持つ彼ならばそれを語るに相応しい力を持っている。

 勿論ただで動く気はないが受け持った仕事はしっかりとこなす程度の信念は持ち合わせている。

 

「……万が一にも失敗はないと言い切れるかい?」

「ふむ、万が一か。私も研究者の端くれだ。絶対という言葉がないことだけは知っているよ」

 

 絶対という言葉を打ち破るために研究者は日夜研究しているのだ。

 その気持ちだけは鬼才である彼も変わらない。

 それを聞いた切嗣は揺れ動いていた心を無理矢理に抑え込む。

 

 

「そうか……なら―――僕は予定通りに娘を殺す」

 

 

 何も映していない死んだ瞳で“父親”はそう断言する。

 しばしの沈黙の後、スカリエッティは狂わんばかりに嗤い始めた。

 全て予想通りだった。だが、つまらなさなどまるで感じない。

 

 この選択がどれだけの絶望を意味するのかを理解してなお男は選んだ。

 誰もが通ることを憚る棘の道にさも当然のように素足で踏み込んだのだ。

 犠牲と救済の両天秤の計り手はその上に迷うことなく娘を置き、切り捨ててみせた。

 それが堪らなく可笑しかった。堪らなく―――愛おしかった。

 

「ふふ、くくくっ! 理由を聞いてもいいかね」

「万が一の奇跡でも世界が滅びるというのなら僕はその可能性を徹底的に排除する」

「はははっ! 君は名も知らない誰かの為に、最愛の娘を生贄にすると言うのだね!」

「……そうだ」

 

 素晴らしい、素晴らしい。凡そ人間が下す決断とは思えぬことをこの男は人間のまま下す。

 誰よりも人間らしいのに機械のような選択をし続ける。

 まるで鉄の仮面を着けたかの様に動かなくなった表情の下では血の涙を流しているというのに。

 最も効率のいい演算をすればこの男の行動は簡単に読めるというのに面白い。

 だからこそだろうか。彼が演算から外れた行動をすることも望んでしまうのは。

 

「いい加減笑うのをやめろ。今すぐにでもお前を殺したい気分なんだ」

「くくく、開発名『ピースメイカー』。やはり、そのデバイスは衛宮切嗣に相応しい」

「『トンプソン』だ、間違えるな」

「いやいや、生みの親からすればこちらの方が馴染みがあるのさ。真名とでも言うかね」

ふざけた設定(・・・・・・)もそのためか?」

 

 再び突き付けられた拳銃に、さして気にした様子もなくおどけて手を上げてみせる。

 そんな様子に切嗣はやはりこいつには何をやってもダメだろうと諦め待機状態に戻す。

 狂人に常識を求めるだけ無駄なのだ。

 例えそれが、生物が備えている恐怖という本能であったとしても。

 

「それで、目的は下らない問いかけの為だけか」

「守護騎士のプログラムや管制人格である融合機についても少し調べてみたかったが、君の決断が揺るがないのなら私が邪魔立てするわけにもいかないだろう?」

「なら、とっとと消えてくれ。最初に言ったが僕はこれでも忙しいんだ」

「おや、つれないねえ。だが、覚えておいてくれ。君が心変わりするというのなら私はいつでも力になろう」

 

 縋るべき理想さえ奪われた時に彼がどんな行動をとるのかを見るのもまた面白いだろう。

 生命の神秘とは何も肉体だけにあるのではない。

 人の心の在り方もまた彼の欲望を満たすに相応しい。

 真っ直ぐな信念を持つ人間も面白いが、やはり心に矛盾を抱いた者こそ人間らしい。

 特に―――ねじ曲がった信念のまま無理やり真っ直ぐに歩こうとする愚者は。

 

 

「断言しよう、君に敗北は無い。何と言っても君は―――正義の味方(・・・・・)だからね」

 

 

 最後にそう言い残して笑いながら去っていくスカリエッティの姿が消えるのを待つこともなく切嗣は吸殻を踏みにじり感情をぶつけるのだった。

 




スカさんの好感度が異常に高い。
しかし、切嗣にとっては胃が痛くなるだけという。


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十三話:心の刃

「こんにちはー」

「いらっしゃーい。寄ってくれておおきにな」

「ううん、こっちの方こそお邪魔します」

 

 騎士達が家を空けることが多くなり、少しばかりの寂しさを覚え始めていたはやての元にすずかが訪れる。はやては趣味の合う友達としてすずかのことが気に入っている。

 そして何よりすずかの思慮深く優しいその性格がはやてには心地良い。

 

「今日はお土産にケーキを持ってきたんだ」

「あ、もしかしてこのケーキ、翠屋のケーキ?」

「うん。もしかしてよく食べてるの?」

「あはは、家のヴィータがあそこのシュークリームには目が無いんよ」

 

 すずかの手土産であるフルーツケーキに舌鼓を打ちながら八神家の末っ子に想いを馳せる。

 目を輝かせながら口いっぱいにシュークリームを詰め込む姿は思い出すだけでも微笑ましい気分になれる。すずかも思わず思い浮かべてクスリと花が咲くような笑みを見せる。

 

「実はね、翠屋さんはわたしの友達の御両親が開いているお店なんだ」

「へー、意外と世間は狭いもんやね」

「ふふ、そうかもね。もしかしたらもうどこかで出会ったりしてるかもね」

「あはは。そうやったらおもろいなぁー」

 

 微笑みあいながら冗談を交わす。

 しかし、あながち冗談ではなく、世間は広いようで狭いということを知ることになるだろう。

 何せ、彼女の家族はもうその友達と会っているどころか戦っているのだから。

 

「やあ、いらっしゃい、すずかちゃん」

「あ、お邪魔しています。はやてちゃんのお父さん」

「ゆっくりと寛いで行ってね。もう少ししたらヴィータちゃんも帰って来るから」

「はい!」

 

 部屋で仕事をしていた切嗣が水を飲みに出て来たことですずかに気づく。

 そして軽くあいさつを済ませ、ヴィータが帰ってくると伝えて部屋に戻っていく。

 はやてとすずかは今度は最近読んだ本の話に夢中になる。

 切嗣は部屋に戻り背伸びをして、眠気を覚ます。

 

「それにしても僕が闇の書の主に間違われるとはね……」

 

 予想だにしていなかった展開に自然と声が零れ落ちる。

 慌てて口を抑え、辺りに気を配るが二人共楽し気に話しているだけである。

 安堵の息を吐き椅子の上に沈み込む。

 どうも色々とありすぎて知らず知らずのうちに疲れが出ているようだ。

 人間である以上疲れが溜まればミスがでてくる。

 どうやら、自分の体にも気をつけなければならないらしい。

 

(とにかく、今後の方針の転換は必要だ。想定外だが僕が大きく動く必要が出て来た。早いうちにリーゼ達に連絡を入れないとな)

 

 本来であれば切嗣の存在をこの段階で管理局にばらす予定はなかった。

 しかし、スカリエッティの身勝手な行動によりリーゼ達による仮面の男よりも早くばれるという事態に。しかも、主の可能性が最も高いと疑われ念入りに調査されている。

 やはり一発ぐらいはあの科学者に鉛玉を撃ち込んでおくべきだったと八つ当たり的に考えながら端末に計画内容を打ち込んでいく。

 暗号にして万が一傍受されても安全なようにはしているが悪魔の頭脳相手には気休めにしかならない。

 

(こうなったら逆に僕を囮にしてはやてから目を逸らさせるか?)

 

 いっそ、自分が精力的に動いて管理局を引き付けるという作戦もありだろう。

 その間に騎士達が闇の書を完成させてしまえば後は全く目を付けられていないリーゼ達が不意を突き、永久凍結を施して終わりだ。

 ただ、こちらに目を引きつけ過ぎると、封印に失敗した場合にアルカンシェルが間に合わなくなる恐れが出てくる。

 可能性としては低いが不安要素は全て排除しておくべきだ。

 最終局面では最低でも真の覚醒にすぐに気づけるように働きかけなければならない。

 

(そして、闇の書の真の覚醒の引き金は僕が引く。これだけは他人に任せるわけにはいかない)

 

 絶望による破壊衝動を起こさせるために最も信頼していた者の裏切り程相応しいものはない。

 故に最後の瞬間に切嗣は立ち会わなければならない。

 絶望の表情を、憎悪に満ちた瞳を、己の目に焼き付けなければならない。

 それこそが父親として(・・・・・)の最低限の義務であるのだから。

 そこまで考えたところで頭をハンマーで殴られた様な衝撃に襲われる。

 

(何を考えているんだ僕は…ッ。これじゃあ、完全に私情だ。私情で計画を練れば破綻することぐらい目に見えているだろう!)

 

 ガンガンと痛む頭を押さえながら机につっぷす。

 これ以上考えたら心が完全に壊れると本能が警鐘を鳴らして来る。

 

 

 ―――キミがアタシを殺して……オネガイッ!

 

 

 血が滲むほどに唇を噛みしめる。

 今度こそは愛する者をこの手で殺さなければならない。

 そうしなければ“彼女”の死は無意味なものとなってしまう。

 理想も何もかもが壊れて消えてしまう!

 

「違う…違う……僕は最少の犠牲で最大の結果を出す。それだけなんだ…っ」

 

 うわごとのように呟きながら必要なことだけを端末に打ち込み送信する。

 今のところは自分が主だと勘違いさせたままの方がいい。

 後は臨機応変に対応すれば問題ない。盤面は既に終盤だ。

 もう、誰にも止められるはずがない。だというのに、頭は混乱したまま定まらない。

 気分を落ち着けるために外に出ようと漠然と考え廊下に出る。

 

「闇の書…?」

『…………』

 

 すると丁度移動中だったのか闇の書がフワフワと宙を漂っていた。

 まさか、先程の声を聞かれたかと警戒するが管制人格は主の承認がない限り目覚める事は無い。

 そして、今回の主であるはやてはそれを知らない。

 つまり、闇の書には意思疎通を取る手段はないのだ。

 

 それでも普段ならば念には念を入れて不用意な言葉は一切かけない。

 それどころかただの機械としてしか見ていない。

 だというのに、今日は魔が差したのか心の底に封じ込めたはずの感情が暴れ狂う。

 重く低い声でただの機械を問いただしてしまう。

 

 

「……答えろ、闇の書。お前はなぜ―――ッ」

 

 

 ―――はやて(僕の娘)(生贄)に選んだ?

 

 

 最後の最後でなんとかその言葉を呑み込み食い止める。

 しかし、闇の書はその先の言葉が分かるかのように静かに浮遊し続ける。

 しばらく重い沈黙が続いたがやがて切嗣が動き出す。

 

「……いや、なんでもない」

 

 今日はやはり疲れているのだろう。機械相手に謝罪までしてしまうなんて。

 後で二時間ほど睡眠をとるべきだ。そう判断して切嗣はその場から足早に離れていく。

 

 まるで、気の迷いが生じ“犠牲の分別”ができなくなった自分から背を向けるように。

 世界が滅びても娘には生きていて欲しいと願う、親の心から目を逸らすように。

 娘の不幸が他人のものであればよかったと呪う、醜い希望から逃げるように。

 

 ふらふらと揺れながら―――真っ直ぐに歩き去って行く。

 その背中を闇の書の意思はどうすることもできずにただただ見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 すずかがはやての元に訪れた数日後、クロノとリンディはアースラの武装追加、アルカンシェルが整ったという知らせを受けて本局に赴いていた。

 その結果司令部にはエイミィが残り指揮代行を務める事態になっていた。

 当の本人は緊急事態などそうそう起こるものではない楽観視していたのだが……。

 

「なんで、こんなタイミングで敵が見つかるのよー!」

「エ、エイミィさん、落ち着いてください」

「結界を張れる局員の到着まで最速で45分……まずい、まずいよ」

 

 敵が自分達の都合を知っているはずもなく見事に発見に成功したのだ。

 画面に映し出されるヴィータとザフィーラ。しかもヴィータは闇の書を抱えている。

 平時であれば喜び勇むところだが今回は最大戦力のクロノもいなければ司令塔であるリンディもいない。

 

 要するに、トップが居ない状態で戦わなければならないのだ。

 そして現在の指揮代行であるエイミィは戦闘指示などを出しながら己の職務をこなさなければならないのだ。少し泣きたい気分になって来るのも仕方がないだろう。

 

「クロノ君とは連絡が取れても本局からだと間に合うか微妙だし、リンディ提督も会議中みたいで繋がらないし……どうしよう」

 

 二人が居さえすれば絶好の機会なのだ。しかし、二人が居ないことでそれが逃げてしまう。

 ヴォルケンリッター達はどうも悪運が強いらしい。

 懸命にタッチパネルを操作するエイミィの横顔に何かを決心したなのはとフェイトが進言する。

 

「エイミィさん、私達が行きます」

「うん、ここで闇の書を抑えるチャンスを逃したら次はどうなるか分からないし」

「あたしはあのデカブツに言ってやりたいことがあるんだ」

 

 アルフがザフィーラと戦い足止めを行う。その間になのはとフェイトがヴィータと戦う。

 勿論、この二人が二対一で戦うような真似を取るとは考えづらい。

 恐らくはなのはが一対一を申し込み、フェイトは見守ることになるだろう。

 だが、ヴィータからすれば二対一であることに変わらない。

 

 何せ、なのはを倒しても後ろには自身よりも速いフェイトが控えているのだ。

 逃げ切ることは不可能。故に連戦を考えながらなのはと戦わなければならないのだ。

 さらに結界が張れない以上は相手に増援が来る可能性も十二分に考えられる。

 その場合に一方的にならないためにも二人居た方がいいのだ。

 勿論、リスクは高いがそれでも闇の書と騎士を捕える絶好の機会を棒に振るわけにもいかない。

 

「わかった。二人共お願い!」

『はい!』

 

 エイミィは自身が決断を下すという事の重みを噛みしめながら三人に出撃要請をする。

 もし、この場にクロノかリンディが居れば別の決断をしたかも知れないが臨時であるエイミィには己の決断を信じて少女達を送り出すしかなかったのだった。

 

「リンディ提督とクロノ君、それに武装局員にも伝えておかないと」

 

 エイミィは先程の自身の決定した内容を他の者達に急いで送信していく。

 しかし、彼女はその時に気づくことができなかった。

 自身の通信を傍受する者の存在に。

 

 

 

 

 広大な砂漠が広がる世界にてヴィータは巨大な虫のような竜のような巨大な生物と戦っていた。

 リンカーコアの蒐集という点では悪くない相手だが、その分純粋に強い。

 生物としての純粋な力が桁違いなのだ。

 

「たく、しぶといんだよ、てめえ。シグナムに楽勝だって大見え切ったんだから無様な姿は見せられねえんだよ!」

 

 実はこの魔法生物相手にヴィータは余り相性が良くない。

 しかし、他の騎士だと簡単に倒せるかと言われるとそうでもない。

 生命力が強く凶暴なのでどの騎士でも一苦労するというのがヴィータには分かっていた。

 そのため、心配して自分がこの世界に行くと言ったシグナムを訳も分からずに味方につけられた切嗣の説得によって渋々納得させたのだ。

 だからこそ、負けるわけにはいかない。そう覚悟を新たに、グラーフアイゼンを握りしめたところで砂の中から無数の触手が伸びてくる

 

「しまった!」

 

 このままでは動きを封じられてしまうと直感するものの体は動かない。

 せめて襲い来る衝撃に備えて身を固くするが―――

 

『Divine buster. Extension.』

「ディバイン・バスター!」

 

 長距離から放たれた桃色の砲撃により、触手はその体ごと掻き消されてしまう。

 見覚えのある魔力光にハッとして振り返ってみるとよくぞそこから撃てたと称賛したくなる距離から砲撃の構えを解くなのはの姿が見えた。

 今の攻撃であればそのまま自分を狙って落とすことなど容易かった。

 そうであるにも関わらずあの少女は自分を助けた。

 そのことに理解が及ばなくなりヴィータは思わず怒鳴ってしまう。

 

「おい! 何勝手なことしてんだよ! あんな奴、一人で楽勝だっての!」

「そう言われても、私はヴィータちゃんと戦いに来たんじゃないんだし」

「なのは、その調子で話せばきっと伝わるよ」

【いや、フェイトちゃんもその調子、とかじゃなくて捕まえてよ! 助けてどうするの?】

 

 少し恥ずかしそうに笑いながら近づくなのはとフェイト。

 モニターから覗くエイミィからすればチャンスを棒に振られたようなものなので思わず天然少女二人にツッコミを入れてしまう。

 その声に二人そろってそう言えばそうだった、という顔をするあたり彼女達の根の善良さが(うかが)える。

 

「ねえ、ヴィータちゃん。どうして闇の書の完成を目指すか教えてくれない? もしかしたら協力できることがあるかもしれないから……ね?」

「うるせー! 管理局の奴の話なんか聞けるか!」

「大丈夫、私は民間協力者だから」

「テスタロッサは管理局員だろうが!」

「ご、ごめんね、なのは。私が居たせいで……」

 

 自分が居たせいでなのはの説得が失敗してしまったと落ち込むフェイト。

 それを慌てて慰めるなのは。

 そんなコントのような気の抜けた光景に呆れながらヴィータは冷静に戦況を判断する。

 まず単純に二対一と数では不利だ。この様子だとザフィーラの方にも敵は行っているだろう。

 つまり一人で戦わなければならない。

 相手が弱ければどうという事もないのだが悔しいことに相手の実力は本物だ。

 完全に不利だと悟り無意識にグラーフアイゼンを固く握りしめる。

 

「ヴィータちゃん、私が勝ったらお話聞かせてね!」

「……テスタロッサは戦わねえのかよ?」

「私も……あなたの話を聞きたいから」

 

 胡散臭げにフェイトを見るが、ニコリと微笑み、さらになのはの横から一歩下がる。

 自分は本当に戦う気がなくなのはに任せるというのだ。

 やはり、この少女達と戦うと調子が狂うとヴィータは内心で溜息を吐く。

 一対一は望むところだ。しかし、この戦いに勝ったところで実りがない。

 

 一度蒐集した相手からはもう蒐集はできない。

 つまりなのはに勝っても闇の書のページは埋まらないのだ。

 どうせ戦うのならまだ蒐集していないフェイトにするべきだ。

 だが、それを見るからに頑固そうななのはが許すかと言えば許さないだろう。

 

「なんだよ、戦わねーのかよ。ビビってんのか?」

「そういうわけじゃないけど……戦えないのは少し残念かな」

 

 ヴィータからの挑発に少し困ったような顔で呟くフェイト。

 何とか怒らせて先にフェイトから戦おうと考えたヴィータだったがそう上手くはいかない。

 やはり、ここは何とか隙を作り出して撤退するのが最善かと考えたところで聞きなれた凛とした声が耳に入って来る。

 

 

「その心配はないぞ、テスタロッサ。私と―――レヴァンティンが相手になろう」

 

 

『シグナム!?』

 

 鞘からレヴァンティンを抜き放った状態で現れたシグナムになのはとフェイトだけでなくヴィータも心底驚く。

 念話で敵に発見されたことを伝えたのは確かだが余りにも救援に来るのが早すぎる。

 相手がこちらを発見したのとほぼ同時に動き出さなければ間に合わないはずなのだ。

 そんな疑問を感じ取ったのかシグナムが念話で話しかけてくる。

 

(シャマルから頼まれて来た。テスタロッサとその友人がこちらに向かったとな)

(シャマル? 確か今日は切嗣の代わりにはやての病院の付き添いで家にいるはずだろ)

(そうだ、そのシャマルから知らされたのだ。……我々にとっていい知らせと悪い知らせをな)

 

 どこか自分の失態を恥じ入る顔をしながらヴィータの横に降り立つシグナム。

 その表情に不安が駆り立てられるがここにこうして彼女が居る以上ははやての身に何かがあったのではないと理解し心を落ち着かせる。

 そんな心情を察してか安心させるような言葉を彼女がかけてくる。

 

(そう、心配するな。失態ではあるが戦闘前に気にする程のことではない……)

(これが終わったら早く話せよ)

(分かっている。ザフィーラにも伝えねばならないからな)

 

 確かに気にはなるが戦場で他のことに気を取られれば待っているのは無慈悲な死だけである。

 故にヴィータは歴戦の騎士として素早く心を整えてグラーフアイゼンをなのはに突き付ける。

 シグナムもまた、フェイトにレヴァンティンを突き付ける。

 少女達二人はその闘気に当てられて己の愛機を強く握りしめる。

 

「烈火の将、シグナム―――」

「鉄槌の騎士、ヴィータ―――」

「高町なのは―――」

「フェイト・テスタロッサ―――」

 

『―――いざ、参る!』

 

 一拍すら置かずにぶつかり合うデバイス達。

 こうして少女達と騎士達の三度目の出会いは始まったのである。

 




固有時制御(タイムアルター)、減速以外はソニックムーブやブリッツアクションとかの高速移動魔法を使った方がいい気がするこの頃。体の負担がないし。
でもそれはまんまフェイトさんという……何か他とは違う特性は無いのだろうか。
もしくは二倍速が普通の二倍ではなく高速移動魔法の二倍という設定にするか。
でも、体内時間操作だからなぁ……レアスキルに該当させるのが合うかなとも。
いっそ、オリジナル魔法としてとにかくどんな魔法よりも速く・遅く動けるけど体の負担がやばい魔法にするか。
でも、二重加速(ダブルアクセル)って言わせたい。そして体への負担は捨てられないと検討中。


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十四話:サードコンタクト

 

 魔法少女と騎士達が戦いを繰り広げている中、二匹の守護の獣もまた、争っていた。

 幾度交わしたかも分らぬほどにぶつけあった拳。

 お互いの攻撃の威力により軋みを上げる肉体。

 アルフとザフィーラの戦いは非常に無骨なものであった。

 

「デカブツ! なんであんたは主の間違いを正してやらないんだよ! あんただって主の幸せを祈ってるんだろ!?」

「無論、我らの願いは一つ。主が幸せになることだけだ」

「じゃあ、何で―――」

「道は一つしか残されていないのだ」

 

 闇の書の蒐集を止めさせるように語り掛けるアルフだったがザフィーラの余りにも真摯な目に黙り込む。

 ザフィーラとて分かっている。自分達の行いが間違いだと。

 主の命を破って行う活動が正しいはずもないのだと、分かり切っている。

 

 だが、間違っているからと言って何も行動を起こさないのが正しいのか?

 それもまた、間違っているのではないか。

 何が正しくて、何が間違っているかなど本来誰にも決められるものではない。

 だからこそ、自分自身が正しいと信じた選択を人は選ぶのだ。

 

「主の幸せの為にはこうする以外に道は残されていない」

「なぁ、話してくれないかい? あんた達がどうしてそうまでして闇の書の完成を目指すのか」

「……言ったはずだ、主の幸せの為だと」

「そういう意味じゃないよ!」

 

 必死に訴えかけるアルフにザフィーラは何とも言えぬ気持になる。

 相手は間違いなく敵。しかし、彼女は本心からこちらを助けたいと願っている。

 相手もまた良き主に恵まれたのだろうとその不器用な優しさに主の影を垣間見る。

 もしも、敵として見えていないのであれば同じ守護獣同士気があったかもしれない。

 だが、そんなものは叶うはずのない夢物語だ。

 すでに固まっていた覚悟をさらに堅くするように手を握りしめる。

 

「私は闇の書の主に仕える盾の守護獣、ザフィーラ」

「……フェイト・テスタロッサの使い魔、アルフ」

「私を止めたければその手を私の血で染める覚悟を持て、アルフ」

「あたしは何もあんたを殺したいわけじゃないんだよ、ザフィーラ!」

「くどい。それにお前も守護獣ならば主の為に血に染まる覚悟はできているはずだ」

 

 もはや聞く耳などないとばかりに襲い掛かって来るザフィーラの攻撃を苦悶の表情で躱す。

 彼女の心は何故同じく主を愛する使い魔が争わなければならないのかという感情で覆われる。

 しかし、いつまでも感傷に浸っていられるほど相手の攻撃は温くない。

 嫌な音が鳴る程に歯軋りをしてザフィーラを殴り返す。

 

「こんの、分からずやーッ!」

「分からずやで結構だ」

 

 お互いの思いの丈を籠めた拳がぶつかり合い魔力の火花が散っていく。

 それはまるで分かり合えないことに流す涙のように。

 虚しく散り、消え去っていくのだった。

 

 

 

 

 

「アクセルシューター、シュート!」

『Accel Shooter.』

 

「グラーフアイゼン!」

『Explosion.』

 

 砂漠での戦局の一つ、砲撃魔導師なのはと、鉄槌の騎士ヴィータによる遠距離戦。

 間合いの有利さで考えれば、圧倒的になのはが有利である。

 ベルカ式は強大な個人戦闘力を有する代わりに、射撃砲撃など遠距離攻撃などを苦手とするのだ。故に一定の距離を保ち遠距離からの攻撃に徹することができればミッドチルダ式の優位は揺らがない、はずであった。

 

「おらぁっ!」

「アクセルシューターを全部撃ち落としていってる……やっぱり強いね」

『Yes,master.』

 

 遠距離魔法が不得手なだけでベルカ式は魔力によって自身の身体と武器を強化することは得意分野である。

 故に相手に攻撃が届かなくとも、迫りくる誘導弾を叩き落とすことなど造作でもない。

 そして、間合いを離されると不利というのは逆に言えば近づけば有利だという事だ。

 お互いの実力は総合的に見ればほぼ互角。ならば、この戦いは間合いを制した者が勝者となる。

 

「来るっ!」

 

 誘導弾による攻撃がなくなるや否や己の間合いを手に入れるためになのはの元に高速で向かってくるヴィータ。

 避けることは容易ではないと悟り、すぐさま障壁を張り、備える。

 

「今度はこっちからだぁッ!」

Tödlichschlag(テートリヒ・シュラーク)

 

 カートリッジを使用することのない一撃をレイジングハートの防御に打ち込む。

 だが、やはりというべきか進化したレイジングハートの防壁は壊れない。

 それはヴィータも理解しているために焦る事は無い。

 とにかく、今は近接戦で砲撃を撃たせないように徹して有利な状況を作り出すのが先決である。

 

「距離をとって!」

Accel Fin.(アクセルフィン)

 

 しかしながら、なのはもまたそれは理解している。

 靴から翼を伸ばして急加速をもってヴィータとの距離を取ろうとする。

 彼女方からすれば遠くから砲撃を放ち、当てることができれば一撃で落とすことも不可能ではないのだ。まさに一撃必殺とも呼べる長所を引き出すべく間合いの維持を図る。

 

「逃がすかよ!」

Raketenform.(ラケーテンフォルム)

 

 鉄の伯爵が弾薬を吐き出し、姿を変える。

 第二形態、最も攻撃に適した姿。ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 遠ざかるなのはを追うためにロケット推進を用い突進していく。

 さらに、カートリッジを使用し加速時間とパワーを上げて必殺の威力を籠める。

 

「ラケーテン・ハンマーッ!」

「レイジングハート、お願い!」

Protection Powered.(プロテクション・パワード)

 

 ヴィータ渾身の一撃が横薙ぎに振るわれる。

 それに応えるようになのはは自身最大の防御を繰り出して迎え撃つ。

 以前と同様の結果であればレイジングハートが防ぎきるだろう。

 

 しかし、ヴィータも同じ過ちを繰り返すほど愚かではない。

 ここが勝負どころだと見極めカートリッジをさらに使用し、下がっていた出力を引き上げる。

 これにより押され始めるなのはだったがここで下がれば話を聞くことはできないと思い、押し返すために削れていた魔力を注入し直す。

 

「気張れ、グラーフアイゼンッ!」

「頑張って、レイジングハートッ!」

 

『Jawohl.』

『All right.』

 

 主の想いに応えるべく二機のデバイスは互いに全力を出し合う。

 そして、空間が捻じ曲がるかのような力のぶつかり合いの果てに―――相殺する。

 爆炎が舞い上がる中で二人の少女はどちらの土俵とも言えぬ中間地点で視線を交じり合わせる。

 

 ―――やるじゃねえか。

 

 ―――そっちこそ。

 

 お互いに目で称賛し合うと共に再び両者は動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 砂漠でのもう一つの戦い、時空管理局魔導士フェイトと烈火の将シグナムの近接戦。

 お互いに得意とする間合いはほぼ同じ。しかし、その戦い方は同じではない。

 高速移動で相手を翻弄し必殺の一撃を決めるフェイト。

 卓越した剣技でクロスレンジ、ミドルレンジの敵を薙ぎ倒すシグナム。

 スピードのフェイトに、パワーとテクニックのシグナム。その戦いは激戦であった。

 

Schlangeform(シュランゲフォルム)

 

 炎の魔剣レヴァンティンが刃の連結刃へと姿を変え、フェイトに刃の鞭となり襲いかかる。

 フェイトはそれを転がるように飛んで避け、巻き起こされた砂煙に紛れる。

 ミドルレンジ用の武器でこの威力なのだ。まともに当たれば装甲の薄い自分は一溜まりもないだろう。

 

『Load cartridge, Haken form.』

 

 故に対抗手段は一つ、やられる前にやる。攻撃こそが最大の防御。

 閃光の戦斧バルディッシュもハーケンフォルムを取り、迫りくる刃を迎え撃つ。

 

「ハーケンセイバー!」

Blitz rush.(ブリッツラッシュ)

 

 黄金の魔力刃を放ち、シグナムを襲うと同時に、加速魔法ブリッツラッシュを用いて高速機動を展開。ほぼ同時にシグナムの連結刃が逃げ場を無くすように迫って来るが彼女には当たらない。

 まるで噴火のように舞い上がる大量の砂の中から再び魔力刃を飛ばし、シグナムの注意をそちらに向けさせる。その隙に自らは高速機動によって相手の背後へと回り込む。

 

「はあああ!」

『Haken slash.』

 

 黄金の鎌が連結刃を伸ばし切り、無防備なシグナムを狙う。

 しかし、この時フェイトは失念していた。

 歴戦の騎士は鞘ですら武器として扱うことを可能とすることを。

 

「まだ、甘い!」

「そうだった、鞘があったんだ…っ」

 

 シグナムが魔力を流し込むことで、バルディッシュの刃すら受け止めることが可能な硬度を鞘に与える。そしてあろうことか、そのまま鞘でバルディッシュを弾き上げ間髪入れずに蹴りを放つ。

 

「おおおッ!」

「当たりません!」

 

 フェイトは以前の戦闘で鞘に防がれたことを思い出し、攻撃が防がれたことにさほど動揺せずに済んだ。そのため、何とか紙一重で回避に成功する。

 逆にシグナムはこのままでは分が悪いと判断し、距離を離すと共に連結刃を刃の状態に戻す。

 その隙を閃光の主従は決して逃さない。

 

Plasma lancer.(プラズマランサー)

「レヴァンティン、私の甲冑を!」

Panzergeist.(パンツァーガイスト)

 

 閃光の戦斧が射撃魔法を放ち烈火の将に追い打ちをかける。直撃は免れない一撃。

 されど、炎の魔剣とて主をむざむざと傷つけさせるわけにはいかぬ。

 命を受け、すぐさま彼女の魔力で編まれた見えざる鎧を身に着ける。

 その一瞬後に電光の槍がシグナムへと直撃し爆発を起こす。

 しかしながらその体には傷一つついていない。

 

Assault form.(アサルトフォルム)

 

 大地に降り立ったフェイトは、バルディッシュを基本形態のアサルトフォルムへと戻し黄金の魔法陣を展開する。

 シグナムもまた、それに応えるべくレヴァンティン振り上げ赤紫色の魔法陣を展開する。

 己の技と技、想いと想いをぶつけ合うに相応しい一撃の名を両者が上げる。

 

「プラズマ―――スマッシャー!」

 

「飛竜―――一閃!」

 

 バルディッシュが紡ぎ出す魔力を込め、最大射程を犠牲に威力と発射速度に重点を置いた、純粋魔力砲撃、雷鳴の一撃、プラズマスマッシャー。

 鞘にレヴァンティンを収めた状態で魔力を圧縮、シュランゲフォルムの鞭状連結刃に己が魔力を乗せ抜き放つ、砲撃クラスの射程とサイズを誇る異色の斬撃、竜の咆哮、飛竜一閃。

 

「はああッ!」

「おおおッ!」

 

 その激突の結果を見届けることもなく、両者共に飛び上がり激しく斬り結ぶ。

 高レベルの戦闘スキルを持つミッドチルダ魔導師と古代ベルカの騎士の戦い。

 それが生温いはずもなく彼女達の体には無数の切り傷が現れ、滴る血が砂に落ちて吸われて消えていく。

 

「バルディッシュ!」

『Yes, sir.』

 

「レヴァンティン!」

『Jawohl.』

 

 それでも二人はその手に持つ相棒達と共に戦い続ける。

 その心に譲れぬ想いを持つが故に。

 どれほど交わしたかも分からぬ攻撃を再びぶつけ合わせ、二人同時に地上に降り立つ。

 

(不味いな……。ここに来て捉えられない速度を出してきた。負ける気はないが短時間で決められるとも思えん)

 

 シグナムは少しばかりの焦りを感じ始めていた。

 戦況自体は五分、もしくはこちらが若干押している。

 しかし、戦略的には時間をかければかける程こちらが不利になる。

 今はまだ結界担当の局員が居ないために結界は張られていないが直にこちらに来るはずだ。

 

 そうなるとフェイトを倒したうえで結界の破壊をしなければならない。

 カートリッジの残り数的にも体力的にも難しいと言わざるを得ない。

 さらに以前結界を破られた経験を踏まえて何らかの対策を取ってくる可能性も考えられる。

 早く戦いを決めてここから撤退するのが上策だ。しかし―――

 

(テスタロッサ相手に高火力の技が当てられるか? 下手をすれば溜めの隙を突かれて負けてしまう)

 

 そう簡単にいく相手ではない。

 だが、自分はやらなければならない。否、やらなければ未来などない。

 倒すしかないと雑念を振り払い、剣と鞘を再び構える。

 

(やっぱりシグナムは強い。クロスレンジもミドルレンジも圧倒されっぱなしだ。今は速さでごまかしているけど……当たったらやられる)

 

 一方のフェイトも焦りを感じていた。

 こちらは純粋に相手の方が格上だと改めて理解した上の焦りである。

 フェイトは高速機動の為に装甲を薄くしてある。

 それ故に直撃しようものなら二度と立ち上がることはできないだろう。

 相手は格上。こちらが勝っているものは速さ以外にない。

 どうするかしばし悩んだ後にフェイトは覚悟を決める。

 

(私にはスピードしかないんだ。だから、ソニックフォームを使うしか道がない)

 

 フェイトの奥の手ソニックフォーム。

 極限まで装甲を削ることで常軌を逸した速度を手に入れることが可能。

 だが、それは同時に更なる防御力の低下を意味する。

 まさに諸刃の剣を抜く決意をし、バルディッシュを硬く握りしめる。

 そして、両者共に動き出そうとした瞬間―――

 

 

「―――え」

「…な…に?」

 

 

 ―――フェイトの体は衝撃を受け、後ろから撥ね上げられた。

 乱れ舞う金色の髪、崩れ落ちていく細い肢体。

 突然のことに唖然として声を上げるシグナムの耳にそこでようやく銃声が届く。

 彼女は狙撃されたのだと気づいた時にはもう遅い。

 静かに倒れ、うつ伏せのままピクリとも動かない姿に激高し犯人を捜す。

 

「何者だ! 出て来いッ!」

 

 天にまで轟く様な咆哮を上げ狙撃手が居ると思われる方角を睨みつける。

 この世界に遮蔽物は無い。狙撃手にとっては狙いやすいと同時に見つかりやすいという空間だ。

 魔法で隠れない限りは簡単に見つかる。

 シグナムの咆哮に、事態に気づいたなのはとヴィータも何事かと目を向ける中、その男は静かに姿を現す。

 

(やれやれ、折角助けたというのにその言い方は無いだろう、シグナム)

 

 届いてきた念話の声にシグナムは事情を理解し、目を見開く。

 ヴィータの方は事情が把握できずに信じられないという顔のまま固まる。

 しかし、男はそんな様子など気にすることなくヨレヨレの黒いコートをはためかせる。

 

「フェイトちゃんをあの人が…っ!」

 

 なのはの方は今回の事件の鍵だと言われていた人物の登場に声を上げる。

 そして司令部でその様子を見ていたエイミィも驚きの声を上げる。

 浅黒い肌に白髪、さらに黒づく目の服装。間違いなくその人物は―――

 

 

「闇の書の主!」

 

 

 その言葉に男は口の端を僅かに吊り上げるのだった。

 




普通のワルサーで射程は1000mだからスカさん監修のこれはそれよりも遥かに上の射程です。
故に砂漠でも気づかれずに撃つことができました。
後、ここだけの話、砂の中でスタンばってました(信じるかどうかはあなた次第)


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十五話:血染めの銃弾

 

 闇の書の主と思われる男の登場に騒然とする場。

 中でも最も事情が呑み込めていないヴィータが男に食って掛かる。

 

(なんで切嗣がここにいるんだよ!? それより……ばれたのか?)

家族(・・)を助けに来た。ここにいる理由はそれだけだよ。詳しい話はここを脱出してからにしよう)

(そっか……絶対に巻き込まないって決めてたのにな)

 

 自分達が巻き込まないようにしていた者にばれたことに肩を落とすヴィータ。

 何があっても罪を被らせる気はなかった。だが、こうなれば罪から逃れることはできない。

 そのことが何よりも優しい彼女を苦しめた。

 

「闇の書の主さん、教えてください! どうして…どうしてこんなことをするんですか!?」

 

 鍵となる人物の登場になのはは声を張り上げて尋ねる。

 どうして誰かを傷つけるような真似をするのかと、どうして友達(フェイト)を傷つけるのかと。

 今すぐにでもフェイトの元に駆けつけたいがヴィータがそれを許すとは考えられない。

 故に悲しみに身を震わせながら叫ぶのだ。

 

(お父上、何故お父上が闇の書の主と?)

(さてね。大方このタイミングで現れたから誤解しているんだろう。だが、丁度いい。このまま君達は僕を主として振る舞ってくれ)

(しかし―――)

(大丈夫、それがはやての為になるから)

 

 何よりも優先すべきはやての為になる。その言葉は麻薬のように騎士達の脳をマヒさせる。

 正常な思考を奪われ、ある意味で本来のプログラムに戻ったかのように何の疑いもなく受け入れる。嘘をはかれていることを知ることもなく。その異常さに気づくこともなく。

 全てを知れば絶望するしかないにも関わらず。

 騎士達は主の為と信じてその主の首を絞め殺していく。

 

「全てはただ一つの願いの為に」

「ただ一つの……願い?」

 

 切嗣は自身を闇の書の主と偽るためにワザと返事を返す。

 相手に主であると勘違いさせることで視野を狭めさせる。

 人は一度そうであると決めつけてしまえば疑う事を知らない。

 切嗣から病気で歩くことも出来ない少女が真の主であると考えられる人物が果たしているだろうか? いや、いない。

 

 徐々に潜伏場所を突き止められているのが現状。

 そこからはやての存在を隠し通すにはこれが最善の手である。

 ヴォルケンリッターは捕らえられようが、死のうが主が望めば再生させられるのだ。

 そうなれば、最も重要なのは闇の書と主の確保。

 それが為されている限りはこちらの優位は揺らがない。

 

「それって、何なんですか?」

「何があろうと変わることない願いだ」

「そういうことじゃなくて!」

 

 ただ一つの願い。

 ヴォルケンリッターにとってはそれは主はやての幸せ。

 切嗣にとっては誰もが幸福で争いなどない恒久的な世界平和。

 嘘など一言も言っていない。

 だが、シグナムとヴィータは切嗣も同じ願いを抱いているのだと疑いもしない。

 両者の願いに決定的な違いがあることを知ることすら出来ずに。

 

「無駄話が過ぎたようだ。シグナム―――奪え」

「し、しかし……」

 

 リンカーコアを奪えという指示に戸惑いを見せるシグナム。

 それが目的で戦っていた。しかし、このような結末での勝利など望んでいない。

 自身の剣で打ち果たした後に奪うことを目指していた。

 こんな事は彼女の本意ではない。

 

(大丈夫、奪っても殺さない限りは一週間もすれば回復するよ)

(そう…ですが)

(君は何も悪いことはしていないよ。だって全ては―――はやての為だから)

 

 甘く囁くように、毒を流し込むように、シグナムの心を傾けさせる。

 彼女の甘さを叱責するわけでもなく、非難するわけでもなく、誘導する。

 誰かの為という言葉で自身を正当化する誘惑。

 人を地獄の底へと誘う魅惑の言葉。それは悪魔の囁きであった。

 

「……はい、わかりました」

「フェイトちゃん!」

「ここは通さねえ!」

 

 甘言にそそのかされてフェイトの元に歩みを進めていくシグナム。

 なのははそれを止めようと必死にもがくがヴィータが許すはずもない。

 先程まですぐ傍に感じられていたが今は果てしなく遠く感じられる距離をゆっくりと詰める。

 友を想い上げる叫び声をどこか遠くに聞きながら手を伸ばし魔力の象徴を奪い取る―――

 

 

「悪いが、そう上手くはいかせない」

 

 

 その瞬間に背後に転移してきた黒いバリアジャケットの少年に杖を突きつけられる。

 反射的に側方に転がるように飛び込みその範囲から逃れるがリンカーコアの蒐集は絶望的だろう。

 フェイトを庇うように立つ少年には二人の少女のような甘さはなく歴戦の魔導士の風格を漂わせているのだから。

 

「時空管理局、次元航行部隊アースラ所属執務官、クロノ・ハラオウンだ。君達をロストロギア、闇の書の所持及び使用の罪で逮捕する」

 

「クロノ君!」

【なのはちゃんとフェイトちゃんが時間を稼いでくれたおかげで何とかクロノ君が間に合ったんだよ!】

 

 エイミィの素早い連絡により、現場に駆け付けることに成功したクロノの姿になのはが声を上げる。

 逆に切嗣は内心で無駄話をしすぎたかと苦虫を噛み潰したような顔をする。

 駐屯所の管制システムをリーゼ達にクラッキングさせてダウンさせることも出来た。

 実際、当初はリーゼ達もそのつもりであった。しかし、切嗣がそれを止めた。

 

 リーゼ達のクラッキングは内部から行うもので防壁や警報を素通りしてシステムをダウンさせる。

 一見すれば何が悪いのかというところだが、常識的に考えればそれは不可能だ。

 これがスカリエッティであれば造作もなくやってみせるだろうがあれは普通ではない。

 そうなれば、犯人は自然と内部犯となる。

 信頼の厚いリーゼ達が疑われる可能性は低いがそれでもゼロではない。

 

 何より、自分の姿をしっかりと見せることで闇の書の主と誤認させる意図もあったのでやらせなかったのだ。

 それらも踏まえ、管理局の情報を筒抜けにできるという利点を失う可能性を徹底的に排除したことが裏目に出る結果となってしまった。

 

(シグナム、ヴィータ。僕が合図をしたらすぐに離脱を図ってくれ)

(何かあるのか、切嗣?)

(勿論、君達とは違って少々汚い手になるけどね)

(……分かりました。合図をお願いします)

 

 しかし、この程度の不足の事態で魔導士殺しは揺らがない。

 クロノが到着したということは結界魔導士の到着も近いという事である。

 すぐさま思考を離脱に切り替えて指示を出す。

 幸いこちらは三人で相手は二人。全員を捕えることは難しい。

 そして、クロノさえどうにかしてしまえば、疲労しているなのはを振り切るのは難しくはない。

 

(なのは、全員を捕えるのは無理だ。結界班が来るまでの足止めが最優先だ。それも主を重点的に狙ってだ。主が逃げられない以上は騎士達も逃げられないはずだ)

(分かった、クロノ君)

 

 だが、クロノとて伊達に執務官をやっているわけではない。

 的確な指示を出して逃げられないように見えない包囲網を張る。

 ここで、取り押さえて闇の書の事件を終わりにするという強い意志の元、切嗣を睨みつける。

 しかしながら、彼は理解していなかった。魔導士殺しの―――辛辣さを。

 

 

「クロノ・ハラオウン、どうやら父親と同じで―――犬死にしたいらしいな?」

「―――ッ!」

 

 

 それまで冷静さを保っていたクロノの顔が僅かばかりに歪み、構えたS2Uが揺れる。

 わざと挑発することで作り出した隙に乗じて切嗣は離脱の合図を出す。

 その場から離れていく騎士達。

 しかし、なのははそれに目をくれることもなく切嗣に誘導弾を飛ばしていく。

 クロノの指示通りに動けば騎士達は逃げられないと思って。だが。

 

(お父上!)

(切嗣!)

(心配はいらない。君達ははやてを―――主を守るんだ)

((……ッ!))

 

 クロノの作戦は前提から崩れているのだ。切嗣は主ではない。

 故にシグナムとヴィータは己の未熟さに歯噛みしながらもはやてを優先し、転移していく。

 驚く二人をよそに切嗣も動き始める。

 何も、自分が生贄になってこの場を乗り切ろうなどという殊勝な考えではない。

 誘導弾が迫りくる中、ニヤリと不敵な笑みをこぼす。

 

 

固有時制御(Time alter)――(――)二倍速(double accel)!」

 

 

 告げられる言葉は自らの体内を流れる時を制御する為の暗示。

 神経の反応・伝達速度、筋肉の応答速度、体内活動全てを高速化させるレアスキル。

 体質故に普通の高速移動魔法が使えぬ切嗣唯一の高速機動の方法であり、固有(オリジナル)

 通常の二倍の速度で動くことが可能となった肉体でもって誘導弾を避けていく。

 

「速い…っ。でも、追えないわけじゃない!」

 

 なのはの言うように固有時制御は高速移動が可能であるが決して追えない訳ではない。

 特に高速機動を得意とするフェイトと何度も戦ってきたために、ただ速いだけであるのならば敵ではない。

 だが、魔導士殺しに真っ当な戦闘を期待するのは間違いだ。

 相手に弱点があるのならば徹底的にそこを突く。

 

「狙いはフェイトか!」

「フェイトちゃん!」

 

 気絶したまま動くことが出来ないフェイトに向け、キャリコを向ける。

 それに気づいたクロノがすぐさまバリアを張り、防ぐ。

 しかし、それこそが魔導士殺しの狙いだ。

 動けぬ味方は戦場では荷物にしかならない。

 助けようと思えば動きを阻害され攻撃を受け続けなければならない。

 誘導弾に当たらぬ様に動きながら弾幕を張って、牽制を行いながら右手にコンテンダーを構え標準を定める。

 

「トンプソン、カートリッジロード」

 

 30-06スプリングフィールド弾型のカートリッジは通常よりも多くの魔力が込められている。

 さらに、実弾として使用することもでき、切嗣の奥の手(・・・)を除いては最大の火力を誇る。

 そんな一発の弾丸が銃口から放たれる。

 

 通常のカートリッジの使用は基本的に派手な技を使う際の魔力を補うものだ。

 しかし、切嗣は全ての魔力を一発の弾丸の威力を底上げする為だけに使用する。

 種類としては直射型、貫通性を極限まで高めた一撃。

 辺り一帯を消し飛ばすような派手さはない。

 だが、しかし―――如何なる防壁であろうと貫き、敵を穿つ力はある。

 

 

Penetration shot(ペネトレイション・ショット)

 

 

 それは威力そのものよりも、人間を貫き、撃ち殺すことだけを目標として作られた魔法。

 フェイトの前から動くに動けないクロノのバリアを何も無い様に弾丸が貫いていく。

 彼が目を見開いたときには既に遅く、その左肩には無残な風穴が空けられていた。

 一瞬の間の後に赤い血潮が噴き上がり砂の大地を赤く染め上げていく。

 

「ぐぁああッ!?」

「クロノ君ッ!」

「ぐ…っ、僕のことは後回しだ! それよりも闇の書の主を!」

 

 肩を打ち抜かれた直後だというにも関わらず歯を食い縛り指示を飛ばすクロノ。

 窮持にこそ冷静さが最大の友。この少年は教えられた言葉を今まさに実践しているのだ。

 気丈な姿にこの年でよくやるものだと半ば感心する切嗣であったが体は既に逃亡の構えを見せている。その気になれば先程の一撃で殺せたのだがやはり殺さない方が、メリットがある以上は逃亡の為の時間稼ぎで限界だ。

 

「アクセルシューター、あの人の周りを囲んで!」

 

 そう言った原因もあり、何もかもうまくいく事などない。

 クロノの指示を受けたなのはが無数の誘導弾を切嗣の周りに集結させ始める。

 先程の速度であればもう抜け出すことは叶わない距離を取り、若干、安堵の息をつくなのは。

 だが、それは余りにも短絡的な思考だった。

 

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)

 

 

 その瞬間、切嗣の手にした時間は他の者達の三倍であった。

 なのはの視野から掻き消えるように姿を消し、あっという間にその場から離脱を果たす。

 そして、同じく三倍の速度で転移の魔法陣を完成させてそこで加速を止める。

 

制御解除(Release alter)!」

「い、いつの間にあんなところまで。でも……苦しそう?」

 

 余りの高速機動に目を見開くなのはだったが同時にある事に気づく。

 それは切嗣が血の滲んだ手で苦しそうに胸を抑えていることであった。

 固有時制御(Time alter)はその気になれば自分の体内に流れる時間を何倍にもできる。

 しかし、そこには相応のリスクがある。

 速くすればするほど、遅くすればするほどに本来の時間の流れに戻ろうとするフィードバックが発生するのだ。

 

 二倍であればバリアジャケットの保護もあり動悸が激しくなる程度で済む。

 だが、三倍になれば心臓が激しく痛み、毛細血管がちぎれる。

 四倍にもなればその後の戦闘活動はほぼ不可能といえる重傷を内部に負う。

 普通の移動魔法と併用できれば一番いいのだが、このレアスキルの影響か習得ができない。

 中々に扱い辛い難しい能力となっているのである。

 

「転移!」

「ま、待ってください。闇の書の主さん!」

 

 待てと言われて待つ人間などいない。その例に漏れず切嗣もこの世界から姿を消す。

 逃がしてしまったことに落ち込みかけるなのはだったがすぐにクロノの様子が気になり駆け寄っていく。

 

「クロノ君、大丈夫? 死んだりしないよね?」

「死ぬほど痛いがこの程度じゃ死なないさ。それにフェイトも守りきれた」

「よかったぁ……。でも、闇の書の主さんを逃がしちゃった……ごめんなさい」

 

 一応の無事を知りホッとするなのはだったがすぐに主を逃がしたことを謝る。

 一方のクロノは謝罪を聞きながら止血を行い、事の結末を報告する。

 その上で何やら地面にしゃがみ込み、傷ついていない右腕で何かを拾い上げる。

 

「別に君のせいじゃない。相手の策を読み違えた僕が悪い。それに……主の正体は掴めそうだ」

 

 そう言ってクロノはなのはに手を差し出してみせる。

 ―――己の肩を貫いた血染めの銃弾を乗せて。

 




固有時制御(Time alter)はレアスキルでいっそのこと切嗣はそれ以外に高速移動ができない体質にしました。
魔法だと便利過ぎるのでこっちの方がらしいかなと。
レアスキルなのはやっぱり元が固有結界なのでそれぐらいのレアさだよなと。

参考意見を下さった皆様、本当にありがとうございました。


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十六話:真実と嘘

「それで……いつから気づいてたんだ、切嗣」

 

 重々しい声で、同時に泣き出しそうな声でヴィータが口を開く。

 普段は明るく活気のあるリビングであるが今はその面影は飾られている家族写真だけである。

 明かりもなく、暗い部屋はヴィータの心を表しているようであった。

 

「大分前からだよ。あれだけ街中で派手にやっていたんだ。はやてならともかく魔導士の僕があれだけの結界を張られて気づかないのもおかしいだろう」

 

 その言葉にぐうの音も出ない騎士達。冷静に考えればその通りだ。

 自分達も自分の住んでいる街にいきなり結界を張られれば気づく。それも二回も。

 今の今まで何故そのことに気づかなかったのか理解できない。

 

「でも……それならどうして今まで黙ってたんですか?」

 

 シャマルの疑問は最もだろう。

 何せ家で一人に居たところに、いきなり自分達の行いを知っていると言われたのだから。

 しかも、相手の情報を自分よりも早く手に入れて、すぐに救援を出すように指示されたのだからその混乱もひとしおだ。

 

「影ながらの支援に努めるためさ。僕も正直止めるべきか、止めないべきか悩んだからね」

「しかし、主は我らに蒐集を禁じていました」

「ああ……そうだね。でも―――僕だってはやてに生きていて欲しいんだ」

 

 その言葉にシグナムは自身の浅慮さを恥じ入る。

 そうなのだ。自分達以上にこの父親ははやてを愛しているのだ。

 たかだか数ヶ月の付き合いでしかない自分達ですらこれほどの気持ちになるのだ。

 ならば、何年も共に過ごしている彼の愛情は、悲しみは、絶望は、想像を絶するものなのではないか。

 娘の想いを優先させたい心と、どんなことをしてでも娘を生き長らえさせたい心。

 相反する想いを抱いているのは騎士達だけではないのだ。

 

「申し訳ございません、お父上。私の浅はかな言葉をどうかお許しください」

「謝らないでくれ。僕には謝られるような資格なんて……ないんだ」

 

 意図せずしてこぼれ落ちた本音に切嗣は顔をしかめる。

 娘を殺そうと暗躍する自分には悲しむ資格もなく、懺悔する権利すらない。

 地獄の業火でこの身が焼きつくされようとも償いにすらならない。

 否、己を信ずる者達の安心しきった視線に晒されることに比べればぬるま湯にも劣る。

 それでも彼は目の前の家族を騙し続ける。全てが終わるその日まで。

 

「で、でも、管理局の情報なんてどうやって手にいれたんですか?」

「ははは、この家の家主は犯罪者だってことを忘れたのかな?」

 

 さらに重くなった空気を払拭するようにシャマルが気になっていたことを尋ねる。

 事実は司令部のエイミィの通信を傍受していたのであるが切嗣は無理矢理に笑顔を作り笑ってみせる。この時ばかりは常に笑い続けられる科学者が心底羨ましかった。

 もっとも、あそこまでの狂った笑みはごめんだが。

 

「そう言えば、昔、管理局にハッキングかけたって言ってたような……」

「そういうこと。元々、完全に足を洗えるなんて思ってなかったしね」

「でも……それだと切嗣が……」

 

 もう、切嗣が以前の生活には戻れないと思い、沈みこむヴィータ。

 自身を想うその表情に心をナイフでズタズタにされる気持ちになりながら彼女に微笑みかける。

 

「大丈夫、僕だって子どもじゃない。

 それに娘を見殺しにするなんて―――人間のすることじゃない」

 

 何よりも自分に対しての皮肉を含みながら口にする。

 騎士達は気づかない。この男がどれだけの隠し事をしているか。

 どれだけの罪を重ねているのか。

 何一つ知ることなく破滅への道を歩んでいく。

 

「それでは……これからも私達の手伝いを?」

「うん。まあ、これ以上はあまり派手には動かないけどね」

「それで十分です。危険な活動は私達だけで行います。主はやてだけでなくあなたもまた私達の守るべきものなのです」

「心配してくれるのかい?」

「当然です。私達はその……家族なのですから」

 

 シグナムから少し恥ずかしそうに告げられた言葉に心が締め付けられる。

 シャマルも笑顔で頷き、ヴィータも照れながら頷く。

 ザフィーラも当然とばかりの表情をする。

 そのことが、その温かさが―――何よりも彼を苦しめる。

 

「そうだね……家族だからね」

「ええ、はやてちゃんの病気が治ったらみんなでまた静かに暮らしましょう」

 

 噛み締めるように、血を吐くように絞り出した家族という言葉。

 その言葉にどんな想いが籠っているかを気づかずにシャマルは笑顔で告げる。

 その願いが決して叶うことがないというのに。

 

「そうだよ。はやての足が治ったらもう戦わなくていいんだ。静かに暮らせるなら……他には何もいらねえんだ」

 

 少し俯くようにヴィータも続く。小さな願い以外に何も望まない。

 彼等の願いが叶ったところで誰も被害を受けない。

 誰にも迷惑をかけないはずの美しい願い。

 だというのに犠牲が強いられる。

 どれだけの犠牲を払ったところで与えられるのは新たな犠牲と絶望。

 そして、少女の永遠の眠りだけ。与えるのは家族が信頼する父親という皮肉。

 

「ああ、闇の書の完成を頑張ろうね」

「お任せください。必ず闇の書を完成させてみせます」

 

 切嗣の言葉にザフィーラが力強く返す。

 どちらも目指すところは同じ。しかし、理由はどこまでも正反対。

 一人の少女を護ろうとする者。一人の少女を殺そうとする者。

 両者の願いは決して交じり合うことはない。

 

「それじゃあ、話はここで―――」

 

 終わりにしようと続けようとしたところではやての部屋から人が倒れる音が聞こえてくる。

 つまりは、はやてが倒れたということに他ならない。

 

「はやて!?」

「すぐ行きましょう!」

 

 主の身に何かが起きたことを察した騎士達が慌てて駆け出して行く。

 切嗣も追おうとしたがピタリと足が止まる。

 体が心を置き去りにして必要なことだけを選択させる。

 そんな懐かしい症状に切嗣は心の中で呟く。

 ―――もう、あの中に戻ることは出来ないのかと。

 

 

 

 

 

 アースラ内部にて主力メンバーによる闇の書事件の会議が開かれていた。 

 その中には狙撃により気絶させられたフェイトと肩を撃ち抜かれたクロノの姿もあった。

 フェイトは特に問題はなく、クロノは安静にしておけば傷は直ぐに塞がる。

 しかし、リンディは大人として親として声をかける。

 

「それじゃあ、会議を始めたいんだけど……本当に大丈夫? フェイトさんにクロノ」

「はい、大丈夫です」

「激しく動かない限り問題はありません」

「そう……でも、無理だけはダメですからね」

 

 声を揃えて問題はないと答える子ども二人に溜め息をつきたい気分になる。

 しかし、心情的にはやはり自分達だけが休むというのも辛いと分かっているので二人の意思を尊重する。

 同時に、どこか似た者同士の、これから兄妹になるかもしれない二人に目を細めるのだった。

 

「では、早速ですが闇の書の主の目的について、アルフさん、なのはさんお願いします」

 

 ザフィーラから話を聞いた、アルフ。切嗣と会話をした、なのは。

 この二人が事件解決のための鍵となる闇の書の主の目的について語る。

 

「アタシが聞いたのは主の幸せのためってことと、闇の書の完成以外に選択肢がないってことだね」

「私の方はただ一つの願いって聞きました」

「ただ一つの願い……それが叶えば幸せになれる。一体何なのかしら」

 

 二人の証言を照らし合わせても明確な答えは見えてこない。

 逆に情報を小出しにされているせいで混乱してしまう。

 ただ、一つだけ見えてきたことはある。

 

「闇の書を破壊のために使おうとしていないことだけは確かそうね」

「そうですね。主の願いが何であっても取り込まれての破滅が幸せになるとは思えませんし」

 

 リンディの意見に同意するようにエイミィも続ける。

 世の中には世界と共に滅びてしまいたいと考える異常者もいるが極稀なため、省いても問題はないだろう。

 彼等は何らかの明確な願いがあって行動していることは間違いない。

 しかし、そうなってくると。

 

「ヴォルケンリッターと主は闇の書の完成が滅びだと知らない。もしくは死なずに済む方法を確立しているか……」

 

 クロノが言うようにこの二つの可能性が浮上してくる。

 後者であればまだ救いようはある。だが、前者であれば最悪だ。

 完成してしまえば誰も救われることのない終焉が訪れる。

 しかも、どんな願いかは知らないがそれしか道がないのであれば相手の抵抗は必須。

 文字通り死に物狂いで向かってくるだろう。

 

「せめて話ができれば最悪の事態は避けられるんだけど……やっぱり難しいわよね、フェイトさん」

「はい……。一度覚悟を決めたらそれ以外のものに目を向けないし、話も聞かない。……昔の私みたいになっているから、難しいかもです」

「そうよね……。でも、フェイトさんみたいなら諦めなければ必ず声は届くわ。ね、なのはさん?」

「え、は、はい!」

 

 いきなりリンディから話をふられて慌てるものの、力強い返事を返すなのは。

 その言葉にフェイトは少し嬉しそうに頬を赤らめる。

 暗くなりかけていた空気も少し持ち直したところでクロノが別の議題を持ち出す。

 

「それで主の正体について何だが、銃弾の種類、魔法と質量兵器を組み合わせた戦闘、魔法を用いない高速機動、これらから少なくとも真っ当な魔導士じゃないことが分かる」

「まあ、魔導士の戦いって言うよりも質量兵器全盛期の戦いみたいだよね」

「ああ、それと特にカートリッジ銃弾何だが、製造元は分からなかったが、調べたら地球で使われている銃弾をわざわざ模して作られていた。おまけに銃器も全て地球で出回っている物がデザインだ。次元世界ならもっと高性能なやつが幾らでもあるのにも関わらずにね」

 

 クロノの考察にエイミィが相槌を打ち、さらにクロノが続けていく。

 コンビと言われるようになって長いがエイミィが居るときはクロノの口がよく回るというのがアースラ内で共通の認識となっている。

 

「それって地球にかなり馴染んでいるってこと?」

「もしくは使い慣れているからだな。そうなってくると出身世界が―――地球というのもあり得る」

 

 闇の書の主が同じ世界出身かもしれないということに目を見開くなのは。

 フェイトも驚くが同時にクロノがやけに銃器に詳しいことに小さな疑問を抱く。

 

「クロノ、どうしてそんなに詳しいの?」

「フェイト、君も執務官を目指すなら覚えておいた方がいい。僕達は目の前の犯罪者を捕まえたら仕事が終わりというわけにはいかないんだ。後ろを叩かない限りは終わらない」

「後ろ?」

「例えば質量兵器を使った犯罪が起きたとする。その時に犯人が使った質量兵器。まさか、犯人が自作したわけじゃないだろ?」

「あ!」

 

 そう言われてみてハッとするフェイト。

 質量兵器を使った犯罪者がいるということはその後ろにそれを売った者がいるということだ。

 質量兵器の所持が禁じられている以上、当然密売だ。

 犯人を一人捕まえてもそれは氷山の一角にすぎない。

 密売の大元をどうにかしなければ同じことが繰り返されるだけだろう。

 

「だから、ある程度は質量兵器にも精通しておかないといけない。物によってはどこの組織が後ろにいるか一発で分かる代物もあるしね。それに知っていれば対処も可能だ。まあ、今回は映像から調べて探してもらったが」

「なるほど……」

「ただ、僕としては君達にはあまりそういったことをして欲しくないんだけどね」

 

 感心しながら頷くフェイトにクロノは苦笑いする。

 自分の母親も自分が執務官になろうとしているのを見ている時はこんな気持ちだったのではないか。

 そう漠然と思い、そっと横目で見てみるとニコリと笑みを向けられる。

 やはり母には敵わないなともう一度苦笑してから逸れていた話を戻す。

 

「とにかく、地球に何らかの関係がある可能性が高い。ミスリードを誘う線もあるが、それなら有名な管理世界にするのが普通だ。こういうのもなんだが、地球を知っている次元世界の住民は極稀だからね」

 

 見当違いの場所に目を向けさせたいなら如何にも、というところにした方が捜査の目を逸らしやすい。

 だというのに、魔法文明の無いマイナーな世界を選んだのは何らかの関わりがあるからに他ならない。

 ランダムに選んだという可能性もなくはないが、クロノはあの男がそのような行き当たりばったりの行動をするようには思えなかった。

 

 あくまでも念密に、緻密に、計画を立てるタイプだと二度の戦いから感じ取っていた。

 そのような人物でなければ自分の父親のことをだして挑発することもない。

 相手はクロノ・ハラオウンについて調べ上げ、最も心を乱す言葉を選んできた。

 しかし、単純に父親に怨みを持つ人物、または関係者という線も捨てきれない。

 父、クライドの交友関係についても調べておく必要はあるだろう。

 

「そして、その推測を基に条件に一致する人物を調べてみたら一人の該当者が居た」

「本当!?」

「ああ。だが、あくまでも僕達の権限で調べられる範囲の人物から探しただけだから確率としては低い。どこかの世界の見知らぬ魔導士が偶々主になった確率の方がよほど高い」

「それでも、凄いじゃない。それでそいつは何者?」

 

 僅かな情報からここまでの考察を打ち立ててみせたクロノを師匠であるロッテが褒める。

 アリアの方は無限書庫でユーノの検索の手伝いを行っている最中だ。

 周りの期待の籠めた視線を受けながら若干答え辛そうにクロノは告げる。

 

 

「できれば当たって欲しくないが―――魔導士殺しのエミヤだ」

 

 

 その言葉にリンディは息を呑み、なのはとフェイトは魔導士殺しという物騒な二つ名に眉を顰める。

 ロッテはその名前が出ても相変わらずの表情で変化は見られない。

 ここまで突き止められるのは驚きではあるが全て想定内であり、作戦の一部である。

 元々、切嗣は最後までばれずに済むなどと都合よく考えてなどいない。

 ばれないようにすると同時にばれても挽回できる策を作っておいたのだ。

 

「魔導士……殺し?」

「五年程前まで精力的に活動していた、素顔すら明らかにされていない、フリーランスの暗殺者だ」

「依頼さえ受ければどんな高ランクの魔導士でも抹殺していったことからつけられた名前よ」

 

 管理局には主に上からの圧力で切嗣の素顔を知るすべは残されていない。

 魔導士殺しという響きに、思わず聞き返してしまうなのはにクロノとリンディが簡潔に概要を伝える。

 その話を聞いてフェイトはそれだけ強いのかと漠然としたイメージを浮かべる。

 なのはも同じように思ったらしく尋ねてみる。

 

「そんなに強い人なんですか?」

「正確な強さは分からないわ。でも、何よりも暗殺者というのが厄介な所なのよ」

「エミヤは手段を選ばない。食事に毒を盛ったり、睡眠時に寝床ごと爆破したり、普通に過ごしている所を狙撃すると言われている。とにかく、相手を仕留めることだけに特化しているんだ。ただ、強いだけよりも余程やりづらい」

 

 切嗣の殺しは正面から堂々と顔を見せ合って行うことは殆どない。

 殺された人間は自分が誰に殺されたのかを知ることもなくあの世へと行く。

 そして、例え素顔を晒したとしてもそれを見た人間は全てこの世(・・・)にはいない。

 そんなイメージをクロノは闇の書の主に抱いたからこそ調べたのだが、やはり確証を得るには至らない。

 

 寧ろ、そのような思考の人間が何をしでかすか分からないので主であって欲しくないと切に願っているのだが。

 なのはとフェイトは二人から聞いた話に思わず顔を青ざめさせる。

 純粋に戦うのであればそう簡単に負けないという自信はあるが搦め手には弱い。

 毎日、毎食、食事に毒が盛られているかどうかに怯えることや、寝る時ですら安心できないというのは精神にくるものがある。

 

「次元世界のあらゆる紛争地帯で活動して荒稼ぎしていたみたいだよ」

「管理局の方でも追っているんだが……情報が少なすぎてどうしても捕まらない」

「まあ、元々管理局員だからねぇ。もっとも、十年以上前の話だけど」

『えぇっ!?』

 

 ロッテが溜息と共に吐いた言葉になのは、フェイト、アルフが驚きの声を上げる。

 彼女達にとっては管理局員とは正義の象徴であり、悪とは正反対に位置するものという認識なのだ。

 

「元管理局員だからこっちのやり方は全部知っている。だから、中々捕まえられないんだ」

「それに、用意周到に管理局データベースにあった所属当時のデータはハッキングして消していくし」

「バックアップデータとかはないのかい?」

「それが、上層部が身内の恥だからって消されたことをいいことに元々所属していなかったことにして開示してくれないんだ」

 

 アルフからの問いに苦々し気に答えるクロノ。

 その真実としてはハッキングとデータの消去は切嗣とスカリエッティが行い。

 上層部への圧力は彼等のスポンサーが行ったものだ。

 故に管理局には当時の切嗣の写真一枚たりとも情報は残っていない。

 

 そして、切嗣と関わりがあった者達のほとんどは余程の高官でない限りは左遷や口止めをされているのでそこからも情報は出てこない。

 魔導士殺しは存在しているのに、その存在を知られないという伝説のような、怪談のような存在と化しているのである。

 因みに活動を休止したこともあり一部では都市伝説的な存在になりかけていたりする。

 

「ホント、そのせいで父様は降格されたしね。恩を仇で返すっていうのはまさにこの事だよ」

「え? それってどういう……」

「クロノがあの子を容疑者に挙げた一番の理由は地球出身ってこと、エミヤは父様が管理局にスカウトしたんだよ」

「本当ですか!?」

 

 明かされた驚愕の真実に信じられないような顔をする、なのは。

 ロッテは如何にも恨んでいるといった表情で切嗣について語っていく。

 しかし、それは擬態に過ぎない。

 いや、少しばかりは自身の主に迷惑をかけた事については恨んではいるが。

 これも作戦の一部。正体がばれた時の為の保険。

 より良い、状況を作り出すための嘘の前の真実。

 

「それにしても、良く知ってたね。調べても出てこないでしょ?」

「4、5年前に、グレアム提督に聞いたことがあったんだ。……全部自分のせいだって」

「父様が気にすることなんてないのに……」

 

 自分が間に合わなかったために彼の身に起きてしまった悲劇。

 手を差し伸べても結局、彼を救い出すことができなかった後悔。

 幼い少女の未来を奪い、その役目を彼に押し付けることになった罪悪感。

 

 普段から弱音など吐くことがないグレアムが罪の意識からつい零してしまった言葉。

 クロノはその姿が意外だったこともあり今まで覚えていたのだった。

 ロッテは情報の出処を聞いて切嗣が怒るなと考えながらも原因の発端は切嗣自身にもあるのだから許してやってほしいと思う。

 

「とにかく、確証はないけど魔導士殺しの可能性も頭に入れておいてね。ただ、別人の可能性の方が高いから今後もしっかりと調査を行うこと」

『はい』

「それと、ロッテさん。簡単でいいのでエミヤの特徴を教えてくれないかしら」

「はいよ。まあ、あたしらしく戦い方の指導でも」

 

 内心で来たと呟くロッテ。情報がない状況でそれを知る人物が身近にいれば必ず尋ねる。

 確かにそれならば情報は得られるだろう。提供者が嘘をつかない限りは。

 

「今回、クロノの肩を撃ち抜いたあの魔法はただの防御じゃ防げないよ」

「じゃあ、どうしたらいいんですか?」

「単純にもっと強い(・・)シールドを張るか、全力(・・)で自分の攻撃を当てて打ち消すかだね」

 

 切嗣から伝えるように言われていた言葉を伝えるロッテ。

 それは確かにあの魔法に対しては有効な手段であるだろう。

 貫通力は高くとも威力そのものはさほど高くない魔法ゆえに相手の魔法に押し負ける可能性が高い。

 それが―――ただの弾丸であるならばの話だが。

 

「分かりました。ありがとうございます」

「いいよ、いいよ、これぐらい。それよりも顔とか教えられなくてごめんね」

「いえ、十年以上前の顔だとそれほど参考にならないし、まだ確定していないのに思い込むのも不味いもの」

 

 笑顔でリンディと語り合いながらロッテはこれで目的は果たせたと胸を撫でおろす。

 しかし、彼女は気づいていなかった。

 いや、心のどこかで切嗣が全面的に自分達の味方だと思い込んでいた。

 

(それにしても、自分の銃弾を全力で撃ち落とさせるように誘導しろなんておかしなこというよ。ま、出来るだけ殺さないようにするって言ってたから三人とも大丈夫でしょ)

 

 自身もまた、どこまでも平等に嘘をつかれていることに気づくこともなく。

 




質量兵器を取り締まる側が質量兵器の知識は持っているべきだと思ってのクロノ君の語り。


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十七話:覚悟と理想

「はやてちゃんが入院?」

 

 朝の会までの、友達との触れ合いを楽しむ自由時間。

 なのははすずかから告げられた予想外の事実に思わずオウム返しをしてしまう。

 なのはとフェイトは、しばらくは捜索がメインになることもあって静かに有事に備えている。

 尤も、今この町に居ることが一番危険だということは知らないが。

 

「うん、昨日連絡があったの。そんなに具合は悪くないらしいんだけど、念のために入院したって……」

 

 すずかは昨日、シャマルから送られてきたメールの内容を告げる。

 友人の不幸に自然と表情が暗くなり、声もぼそぼそとしたものに変わる。

 そんな彼女の様子に見かねたもう一人の友人である、アリサ・バニングスがあることを即決して提案する。

 

「じゃあ、放課後にでもお見舞いに行きましょ」

「アリサちゃん、いいの!?」

「前から会ってみたかったし、大勢の方が賑やかでいいでしょ?」

 

 軽くウィンクをしてみせる、アリサ。

 その様子に気を使われたと思いながらも喜ぶ、すずか。

 そして、お見舞いが賑やかなのはどうなのだろうかと苦笑する、なのは。

 フェイトは断る理由などないので自分も行くと即答する。

 

「それじゃあ、何かお見舞いの品を持っていかないとね」

「あ、じゃあ私は家のケーキを持っていこうかな」

「いいね。はやてちゃん、翠屋のケーキ好きみたいだから」

「ホント?」

 

 実家のケーキが褒められてはにかむ、なのは。

 名前も知らない人に褒められるだけでも嬉しいが、自分の知る人物に褒められるのはまた格別だ。故に、今日はパティシエである母親に頼んで少し豪華なものを持っていこうかと考えるのも無理はない。

 

「それじゃあ、放課後はお見舞いで決定ね」

「あ、でも、はやてちゃんの用事も聞かないと」

「それもそっか、入院って色々と大変だろうしね。すずかが連絡してくれる?」

「うん」

 

 相手の用事を聞いておいた方がいいだろうとなのはが提案し、アリサがすずかに連絡を頼む。

 快く、それを受け入れたすずかは恐らくは家にいるだろうシャマルにメッセージを書く。

 途中で、都合が悪かった場合も考えて応援写真を撮ることを提案すると三人とも笑顔で了承する。

 

「折角だし、メッセージも書こっか」

「いいね!」

「やっぱり、早く良くなって…かな」

 

 ワイワイと楽しそうに計画を練っていく少女達。

 しかし、少女達は知らない。

 自分達が撮った写真が受け取り主を気絶させんばかり驚かせることを。

 無邪気な彼女達は知る故もないのだった。

 

 

 

 

 

「お父さん、どうしましょう!」

「まずは落ち着こうか、シャマル」

 

 不安そうな顔で駆け寄って来たシャマルに落ち着くように促す切嗣。

 大分、彼女が落ち着いたところで訳を聞いてみると高町なのはとフェイト・テスタロッサは月村すずかの友人で、その縁で今日はやての元に尋ねてくるというものだった。

 元々すずかの友人というのは知っていたのでその情報自体は驚くことではない。

 問題なのはヴォルケンリッター達とあの二人が出会わないかどうかだ。

 因みに連絡係がシャマルになったのは切嗣では少女相手のメールは荷が重いからである。

 

「取りあえず、はやては精密検査をしない限りはリンカーコアを持っているとは分からない」

「でも、私達はあの子達と会っていますし……」

「シャマルは姿は見られていないだろう? いや、サーチャーに引っかかっていないとも限らないか……」

「どうしましょう、どうしましょう!」

 

 再びオロオロと首を振りだすシャマルをあやしながら思考する。

 フェイト・テスタロッサは未だに蒐集できていない。

 見舞いに来たところに騙し討ちをして奪ってしまうという考えもある。

 強力な睡眠薬の準備なども整ってはいる。

 だが、残りページ数を考えればここで奪っても完成する可能性は低い。

 いたずらに相手にこちらの秘密を明かすヒントを与える必要もないだろう。

 

「大丈夫だ。僕は変身魔法を使っているから顔を見られても問題はない。ただ、リンカーコアから魔導士であることがばれる可能性はあるから出来るだけ局員の二人には会わないようにするよ」

 

 通常であればそこまで問題ではないのだがこの危険な時期に襲われてもいない魔導士が海鳴市にいるのは不自然である。

 闇の書の主だと睨まれる可能性も決して低いわけではないのだ。

 

「それじゃあ、お見舞いはお父さんだけが行けることになりそうですね」

「いや、友達が来ていないときは問題はないだろう。はやては気にしなくていいって言うだろうけど、やっぱり寂しいだろうから出来るだけ顔を見せてやってほしい」

 

 ―――それにそっちの方が僕も監視がしやすいからね。

 

 声に出さずにそう続けて偽りの笑顔をシャマルに向ける。

 時が近づくにつれて体は心とは反対に昔の感覚を取り戻し始めている。

 心と体は切り離されて動き、心がいくら拒絶しようとも標的の息の根が止まるまで引き金を引くのをやめる事は無い。

 

 本来、それは殺し屋が数年がかりで身に着けざるを得なくなる覚悟。

 だというのに、切嗣は生まれながらにしてそれを当然のように持っていた。

 己の意思や感情に関わらず人生を決めてしまう“度を過ぎた”才能。

 彼はその優しさに反して―――人殺し(正義の味方)になるために生まれて来たようなものなのだ。

 

「そう……ですね。分かりました。はやてちゃんをお願いします」

「任せておいてくれ。何と言っても、僕ははやての父親(・・・・・・)だからね」

「はい、信頼してますよ、お父さん」

 

 人を安心させる笑みに自嘲の言葉を乗せて届ける。

 応えるようにシャマルも心の奥底からの信頼の笑みを向ける。

 そんな笑みを向けられる資格はないのだと心は悲鳴を上げ、罪の意識から逃れようともがく。

 全てを洗いざらいに吐いて楽になりたいと叫ぶ。

 今すぐ喉を掻き切ってこの命を絶てと願いを告げる。

 だが、それでも―――

 

 

「ああ、勿論だよ。君達は蒐集を頑張ってね」

 

 

 ―――シャマルが切嗣の笑顔が酷く歪んでいることに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 四人の少女達による見舞いも終わり、先程までの賑やかさが嘘のようになくなった病室。

 はやては一人、余韻に浸るように本の表紙を見つめていた。

 そこへ、どこかに行っていた切嗣が戻って来る。

 

「どうだい、友達のお見舞いは?」

「うん、楽しかったよ。みんなええ子で、私みたいなのが友達でええんかって思うぐらいやった」

「大丈夫、はやては他の誰よりも優しい子だから」

「それって親馬鹿って言うやつやないん?」

「あはは、かもしれないね」

 

 軽く笑い合いながら、椅子を取り出して座る切嗣。

 しばしの間沈黙が場を支配するが不思議と嫌な感覚はない。

 切嗣は不意にはやてを抱き寄せてポンポンと背中を叩く。

 

「ど、どうしたん、おとん?」

「友達もいないし、あの子達もいない。だから……無理して我慢しなくていいんだよ」

 

 その言葉がはやてのやせ我慢を打ち砕く。

 自身の胸を抑えて苦しそうに呻き始めるはやてを切嗣はさらに強く抱きしめる。

 彼女は誰にも心配をかけないように感情を押し殺す癖がある。

 皮肉にも育ての親に似たのか表情をごまかすのが上手いのだ。

 

「痛い…痛い…痛いよ……おとん」

「大丈夫、父さんが付いているから……大丈夫だよ」

 

 もしも、はやてが誰にも引き取られることなく一人で生きていたのなら誰にも弱みを見せなかっただろう。

 しかし、父親という最も信用できる人物が居た為に切嗣にだけはその我慢も脆くなる。

 他でもない、その父親が自身を永遠の眠りへと誘う存在だとも知らずに。ただ、甘え続ける。

 

「おおきにな。大分楽になったよ」

「無理はしたらダメだよ。はやては我慢なんてしなくてもいいんだ」

「そんなこと言ったって―――おとんだって無理しとるやろ」

 

 自身が無理をしていると返されて思わず背筋が凍りつくような感覚に襲われる。

 完璧に偽っていたはずだ。この体は何が起きようとも動じぬはずだった。

 それなのにどうして。切嗣は乾ききった唇を湿らせてから尋ねる。

 どうしてそう思うのかと。

 

 

「だって、おとん―――最近、笑ってないやろ」

 

 

 真っ直ぐに目を見て言われた言葉に頭が真っ白になる。

 言葉を探すが何も出てこない。言い訳をすることすらできない。

 まるで、エラーを起こした機械のように―――当たり前の人間のように固まってしまった。

 

「今月ぐらいから、おとんが心の底から笑ってる姿を私は見てないんよ」

「そ、そうかな? 気のせいじゃないのかい」

「気のせいなわけないやん。だって私は―――おとんの娘やよ」

 

 ごく自然に、しかし、天使のような明るい笑みが切嗣に向けられる。

 男の体は機械として動いていた。

 血潮は氷で、心は人間なれど表に出すことは許されない。

 幾度の救いを行おうとも犠牲が絶える事はなく。

 

 涙は枯れ果て、僅かな希望すら抱かない。

 ただの一度も、真に彼の願いを理解する者など居なかった。

 彼の者は一人、死体の丘で正義に酔いしれ、朽ち果てるのみ。

 故に自身すら、心の内を知ることはない。

 だというのに―――

 

 

「私を見るおとんは特にぎこちなかったんよ。つまり、私は―――もう長くないんやろ?」

 

 

 ―――この娘は父の本当の心の苦しみを理解した。

 必死に目を背け続けて来た自身の感情。娘の死を認めたくないという想い。

 何度も口に出してそれを自身に納得させようとした。

 嘘だからと、騙すためだと甘えて声に出して伝えてきた。

 それこそが本心だということから目を逸らして。

 

 殺すために近づいたのにもかかわらず、殺す準備を整えているにもかかわらず。

 切嗣の心ははやての死を欠片たりとも認めようとしていない。

 それを本人からまざまざと突き付けられた彼は、糸が切れたように椅子の上に崩れ落ちる。

 一度直視してしまえばもう目を逸らせない。人間としての願望は彼を捕えて離さない。

 

「よう考えたら、検査とかだけで入院ってのも変やしな」

「はやて……君は今、麻痺が全身に回っている途中だ」

「そっか……迷惑かけてごめんなぁ」

 

 寂しそうに笑うはやてにそんなはずはないと言ってやりたかった。

 泣きながら再び抱きしめてやりたかった。

 だが、それをすれば自分はもう、“正義の味方”にはなれない。

 ただ、己の在り方を呪う以外に彼にできることはなかった。

 

「死ぬのは……何と言うかそんなに怖ないんよ。でも、みんなと会えなくなるんわ、怖い」

「きっと……それが死ぬってことなんだと思うよ」

「お父さんとお母さんはお星様になってもーたけど、私もお星様になったらおとんとみんなのこと見守っとくよ。特におとんはだらしないしなー。それに、私がおらんかったら美味しいご飯が食べられんし」

 

 自分が死ぬという会話をしているにも関わらず、切嗣達の心配をするはやて。

 利己というものが存在しないわけではないだろうが明らかに薄い。

 そんな姿にどこか既視感を抱いた切嗣だったがすぐにそれが何かを理解する。

 ―――この子は自分に似てしまったのだと。

 

「はやて、少し……昔話をしようか」

「なんや、急に改まって」

 

 娘の姿に少しだけかつての自分を思い出した切嗣は昔の話を切り出す。

 それは、もはやどうすればいいのか分からなくなってしまった自分を奮い立たせるためでもあり。もしかすると誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない。

 

「子供の頃、僕は正義の味方になりたかった」

「なんや、それ。なんで過去形なんや? 諦めたんか」

 

 不服そうに唇を尖らせるはやてに苦笑しながら思い出す。

 誰もが幸福な世界を探した。誰も傷つけずに済む方法を探した。

 だが、そんなものはこの世のどこにも存在しなかった。

 見つかったのは優しい正義などこの世のどこにも存在しないという現実のみ。

 手に入れたのは絶望への片道切符のみ。

 失った者は手に入れたものとは比べるまでもない程に大切な者達。

 

「うん。残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」

「そうなん?」

「うん。そうなんだよ。でも、やっぱり……今でもヒーローには憧れるかな」

 

 子どもの頃の理想は今もなおこの身に宿り続けている。

 だが、しかし。かつてのような輝きを放っているとは限らない。

 薄汚れて、砕けて、ゴミのように打ち捨てられている。

 だというのに、かつて夢見た光は瞼に焼き付いて離れてくれない。

 いつまでも子供の夢を捨てきれない。そんな愚かな自分に笑いが零れる。

 

「なぁ、おとん」

「なんだい、はやて?」

「大丈夫やよ。おとんは―――正義の味方になれるよ」

 

 予想だにしなかった言葉に、電流が体を駆け巡る。

 今、この子は何と言った。正義の味方になれる。自分が。正義を名乗る資格すらない自分が。

 夢を叶えられると、言ってくれたのだ。

 

「ほら、夢は諦めなければ叶うって言うやん」

「それは、そうだけどね……」

「まあ、私には正義なんて難しものは分からんから、おとんが正義だと思うことをやったらええんやない」

 

 はやての言葉に深く考え込む切嗣。

 自身が正義だと思う事をやればいい。何とも単純で、難しいことだ。

 しかし、それ故に真理をついていると言えるかもしれない。

 悩む必要などなく、今までのように自身の信じる正義を行えばいい。

 それが答えなのだと分かりながらも不安そうに尋ねる。

 

「父さんにできるかな?」

「何言っとるん。できるよ、なんと言っても―――私のおとんなんやから」

 

 満面の笑みで言われた言葉。その言葉は切嗣の目に燃え盛る炎をたぎらせる。

 どんな悲惨な結末が待っていようとも、希望のない未来であっても。

 “自身の信じる正義”を今までと同じように行っていくだけだ。

 例え、その業火がこの身を焼き尽くす炎であったとしても、もう彼は迷わないだろう。

 ―――その役目を果たす時までは。

 

「そっか。ありがとう、少し元気が出て来たよ」

「それなら良かったわ。あ、そろそろ帰らんといけん時間やろ」

「本当だね。それじゃあ、明日はヴィータちゃんも連れてくるよ」

「楽しみにしとるよ。じゃあ、また明日な」

「うん、また明日」

 

 必ず明日が来ることを祈って最後の言葉を交わす二人。

 切嗣はコートをはおり、病院から出ていく。

 しばらく歩いていき、病院から大分離れたところでタバコを取り出して火をつける。

 火は小さい、しかし、決して弱々しいものではない。

 天に舞い上がり消えていく煙を追うように、切嗣は月の無い星空を見上げる。

 

 

「もう、僕は迷わない。後悔するのは全てが終わった後で十分だ。

 全てを背負って進もう。例え―――この世全ての悪を担おうとも」

 

 

 男の覚悟は消えることなく夜空に昇っていく。

 全てを終えた時、彼がどうなっているかは彼自身にすら分からない。

 だが、それでも彼は止まることなく修羅の道を歩き続けるのだ。

 例え、辿り着く場所が―――絶望の底であったとしても。

 




実は結構久しぶりなはやてとの対話。
まあ、美味しいものは最後にとって置くものだからね。


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十八話:開演の時

 

 ――闇の書――

 

 真の名前は『夜天の書』と呼ばれる研究分析用の魔導書。

 主と共に旅をし、各地の偉大な魔導師の魔法を蒐集し、研究するためのものであった。

 しかし、長い歴史と、幾人もの持ち主を経るうち、その機能はいつしか歪められ、壊され、異形の品に姿を変えた。

 

 歴代のあるマスターが、その力を破壊に使う改変を行った。

 また別のマスターが旅をする機能を改変した。

 その後のマスターが破損したデータを自動修復する機能を改悪した。

 

 悲惨な歴史を経ていき、夜天の書は破滅の力を振るうだけの存在に。

 ページの蒐集が行われなければ主すら食い殺す呪縛を。

 無限の転生と永遠の再生機能を備えた呪いの魔導書『闇の書』へと生まれ変わった。

 

 闇の書は、確かに完成後に主に『大いなる力』と管理者権限を与える。

 しかしながら、その発露はごくわずかな時間のみである。

 その後は歴史が示すように瞬く間に闇の書は暴走を始めてしまう。

 そして、しまいには主の魔力と魂を食い尽くし、その力を破壊と侵食のみに使い始める。

 

 魔導書自体の破壊は、無限転生機能により意味をなさない。

 真の主として管理者権限を得た者以外に制御することはかなわず、その機を逃せば暴走。

 主を押さえたとしても、役に立たなくなった主を食い殺し、新たな主を求めて転生。

 それが、闇の書を『封印不可能』と言わしめる呪いの正体である。

 

「闇の書も可哀想だね……」

「うん、自分の力ではどうしようもない呪いにかけられて……悲しいね」

 

 エイミィにより送られてきたユーノの調査結果を見て悲し気に目を伏せるなのはとフェイト。

 どうにかして、悲しみから救ってあげたいと願うが今彼女達に出来る事はない。

 それが分かっているために優しい彼女達は落ち込んでいるのだ。

 

「このままだとヴィータちゃんも、闇の書の主さんも消えちゃうのかな…?」

「それは……わからない。けど、私達は闇の書の完成を止めないといけない」

「そうだよね。やっぱりどうなるか分からないもんね」

 

 このままいけば、あの人間らしい騎士達も、その主も悲惨な結末を迎えてしまいかねない。

 そんなことは絶対に許容できない二人は何としてでも止めてみせると闘志を燃やす。

 だが、幾ら闘志を燃やしたところで相手がいないのでは意味がない。

 捜索が進まない以上はいつまでも待機状態なのだ。

 

「あれから中々見つかってくれないね」

「うん。シグナム達も警戒しているんだと思う」

 

 現在、シグナム達は家に帰ることなく世界を廻り続けている。

 今までであれば地球近くにはっていれば見つけることも出来たが距離が広がったために捜索の目が追いつかないのである。

 しかし、そんな理由を少女達が知る故もなく、いたずらに時間が過ぎていくばかりだ。

 

「……待つしかないかな」

「そうだね。でも、明日はクリスマスイブだし、楽しもうよ」

「うん。はやてのサプライズもあるしね」

「はやてちゃん、喜んでくれるかな?」

「うん、きっと」

 

 クリスマスの前日の夜、運命は急加速していくことをまだ少女達は知らない。

 

 

 

 

 

「主はやて、御気分はいかがでしょうか」

「シグナム達が来てくれたから絶好調や。シグナムも元気やったかー?」

「はい、それは勿論」

「ヴィータも元気そうやし、私も一安心や」

 

 クリスマスイブ、騎士達にはそのような催し物は余り関係はないがはやてが楽しみにしていたのもあり、今日だけはと無理を言って日程を調整したのだ。

 ザフィーラも帰ってきてはいるのだが主の帰る家を守るのが守護獣の役目と言い張って家で留守をしている。

 

「シャマル、僕は一服してくるからはやてとヴィータちゃんを頼むよ」

「はい、お父さん」

「なんで、あたしまで入ってんだよ!」

「子どもだからね」

「こ、子どもじゃねーです」

 

 ちゃっかり子どものカテゴリに入れられたことに憤るヴィータ。

 しかし、切嗣の大きな手で頭を撫でられると頬を赤らめて俯く、可愛い反抗に収まる。

 その様子に微笑ましそうな笑みを浮かべるはやての顔を一瞥してから切嗣は病室から出ていく。

 ここまで来て邪魔に入られるわけにもいかないのだから。

 

「あ、はやてちゃんのお父さん。お久しぶりです」

「やあ、すずかちゃん。それに……はやての新しいお友達かな?」

 

 にこやかな笑顔を顔にはりつけながら少女達を見る。

 正確にはアリサとすずかに挟まれるように立っている―――なのはとフェイトを。

 

「初めまして、アリサ・バニングスです。ほら、なのはとフェイトも挨拶しなさいよ」

「あ、う、うん、そうだね。フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

「た、高町なのはです。はやてちゃんのお友達です」

「よろしくね。アリサちゃん、フェイトちゃん、なのはちゃん」

 

 どこまでも友好的な笑みで四人に対応し、細めた瞳の奥で冷たく魔法少女二人を観察する。

 相手の反応から見てこちらがリンカーコアを持っているのはばれていると見て間違いない。

 故に講じていた策がなるまでの間、自身への疑いの目を消さなければならない。

 シグナムとシャマルに虚偽の混じった念話を飛ばしつつ声をかける。

 

「今、はやては先生の検診を受けている最中でね。もし時間があるなら少し僕と話をしながら待っていないかい?」

「大丈夫です。やっぱりプレゼントは手渡ししたいので」

(なのは、この人結構な量の魔力を持っているよね?)

(うん、ヴィータちゃん達が気づかなかったのも少し変なぐらいは……)

 

 すずかと切嗣が話をしているその横で二人は念話を用いて相談を行う。

 もしや、闇の書の主かという疑念も少しばかり出てくるが確証ないためにもやもやとした気分になる。

 

「みんなも大丈夫だよね?」

「もちろんよ」

「へ? う、うん。大丈夫」

「わ、私も」

 

 そんな考え事をしていた為に若干、挙動不審になるものの友人二人は首を傾げるだけである。

 そのことにホッとしつつ歩き出した切嗣の背についていく。

 どことなくその背中に印象が残る二人だったが他に考えるべきことがあるのですぐに忘れてしまう。休憩室につくと切嗣は煙草を取り出そうとして途中で苦笑する。

 

「しまったな。レディの前でタバコはダメだってはやてに言われてたんだった」

「ふふふ、はやてちゃんらしいですね」

(どうする、フェイトちゃん。念話で話しかけてみようか?)

(驚くかどうかで見極めるんだね。いいんじゃないかな)

 

 無言で作戦を練る二人に事情が全く分からないアリサは緊張しているのかと不思議に思うばかりである。

 しかし、二人は自分達が奇怪なものを見るような視線を向けられているとは夢にも思わない。

 完璧だと自負する作戦をいざ実行せんと念話で話しかけようとしたところで。

 

「……はやての病状についてなんだけど、君達にも知る権利があると思うんだ」

 

 切嗣が話を切り出したことで見事に頓挫してしまう。

 明らかに真剣な話が始まろうとする中では純粋な少女二人は話を遮るような真似はできない。

 尤も、切嗣としては意図してのタイミングではないが結果的にベストのタイミングになったのは嬉しい誤算である。

 

「はやての脚は原因不明の麻痺に侵されている。明確な治療法は見つかっていない状況だ」

「そんな……何とかならないんですか?」

「石田先生にこの病院の先生も全力を尽くしてくれているんだけど……ダメなんだ」

 

 新しい友人の深刻な状況を知らされて思わず立ち上がるアリサ。

 しかし、切嗣は悲し気に首を横に振るだけである。

 この時ばかりは切嗣のねらい通りになのはとフェイトも闇の書の主のことは頭から消え失せていた。

 

「そして、今は麻痺が足から少しずつ上に上がっている。このままだと……」

 

 ―――もう先は長くない。

 その言葉を言われずとも聡い少女達は悟ってしまう。

 自分達の大切な友達が遠い何処へと行ってしまうのだと。

 

「……でも、いい方向に向かう可能性だってあるんだ。諦めなければ必ず奇跡は起こる。だから、君達は今まで通りにはやてを元気づけてやってほしい」

 

 言うと同時に切嗣は深々と頭を下げる。

 ―――どの口が言っているのだろうかと皮肉気に唇の端がつり上がるのを隠すために。

 奇跡が起こらないことは自分が誰よりも知っているはずだ。

 いや、奇跡が起こる芽を全て摘んできた。

 

 生かしておけばより多くの人を殺すだろうと判断した人間を殺してきた。

 しかし、それは本当に正しかったのか?

 彼等は本当にその後に及んで人を殺したのだろうか?

 改心して今度はより多くの人間を救う本物の『正義の味方』になったのではないか?

 

 彼の思考はどこまでも悲観的だ。未来が今よりも良くなるなどとは欠片も考えはしない。

 悲劇が起こるかもしれないという仮定(・・)正義(殺し)を行う。

 生きていれば無限の可能性があるというのに平然と決めつける。

 誰にもわからない、とてつもなく巨大な希望を壊し続ける。

 

 それは、本当は酷く独善的で、偽善的で、自己満足の押し付けなのではないか?

 大の為に小を切り捨てる。その一見、厳しくも当然に見える判断は間違えではないのか?

 切り捨てた小がその大を救う可能性を持っていなかったのか?

 小の中には未来においてより多くの大を救う術を持つ者がいたのではないか?

 

 この悩みと苦しみは一生彼を解き放つことはないだろう。

 否、例え死んだとしても彼を骨の髄まで蝕み続けるだろう。

 だが、しかし、今この時だけは彼は迷いを振り切って歩いている。

 他ならぬ―――愛する娘に背中を押されたのだから。

 

「……はい。はやてちゃんが元気なれるように精一杯応援します」

「大丈夫ですよ、きっと、良くなりますよ」

「まずは、プレゼントではやてちゃんを元気づけます」

「うん……そうだね」

 

 四人の少女達は彼とは違いどこまでも希望を信じている。

 そのことに思わず眩さを感じ、目をこする切嗣。

 それを泣いているのだと解釈した魔法少女二人の元にアースラのエイミィからある一報が届く。

 

 

(二人共、大変だよ! 見つかったんだよ―――闇の書の主が!)

 

 

 

 

 

 アースラ内部では巨大なスクリーンの前にクロノ、リンディ、エイミィが揃って立ち上がって映し出されている者を見ていた。

 一面が炎と荒野の世界に浅黒い肌に白い髪の毛の男が立っていた。

 それは身体的特徴から見れば間違いなく闇の書の主だ。

 今度こそ、万全の状態で見つかったと立ち上がってガッツポーズをするエイミィの隣でクロノは難しそうな顔をする。

 

「やったね、クロノ君! すぐになのはちゃんとフェイトちゃんとクロノ君で協力して捕まえようよ!」

「……いや、ダメだ」

「へ? なんで、今はヴォルケンリッターの姿もないのに―――」

「それだ。それがおかしいんだ」

 

 不自然さを指摘するクロノの横でリンディもまた同意見なのか頷く。

 どういうことかと不思議がるエイミィと念話でつながっているなのはとフェイトにクロノは頭の中を整理するように伝えていく。

 

「主が一人きりで蒐集に出るなんて自殺行為だ。幾ら強くとも単体で出るデメリットが大き過ぎる。しかも、闇の書すら持っていない。これじゃあ、わざと捕まえてもらおうとしているようなものだ」

 

 今までの主も含め、今回の主も単体で蒐集に出たという記録はない。

 さらに言えば、誘うかのように少し移動しては立ち止まるという不自然な行動を続けている。

 結論から言えばこれは―――

 

「罠の可能性が高い。転移と同時に隠れ潜んでいる騎士達にやられるかもしれない」

「ただ単に時間が無くなって焦っているってことはないの?」

「可能性としてはあるが、それなら、確実に質の良いリンカーコアを持っている人間を誘き出した方がいいだろう?」

「あ、そっか」

 

 蒐集を効率よく行いたいのならリスクを犯してでもフェイトとクロノを誘き出した方が良い。

 焦っての行動なのか、完成さえすれば負けないという自信の表れなのかは分からないが都合よく自分達の目の前に丸腰で現れる方が不自然だ。

 狡猾な相手ならそのようなミスを犯すはずもない。

 

「でも、どうしようかしら。明らかに怪しいけど動かないわけにはいかないし……」

「以前のように主の目的が陽動で、その間に騎士達が別の場所で派手に動くという可能性も否定できない」

 

 悩むリンディにクロノ。

 できればもっと時間かけて考えたい所ではあるがそのような時間はない。

 もしも、ただの相手のミスであればすぐにでも動き出さなければ逃げられる。

 しばしの間悩んだ末にリンディは決断を下す。

 

「クロノと武装局員が主の元に先行。なのはさんとフェイトさんはすぐに出動できるようにアースラに待機。状況によって臨機応変に対応してください」

 

 現状出せる指示の中ではこれが最も無難なものであった。

 しかし、執務官と武装局員を罠の真っただ中に放り込むかもしれない。

 そんな指示を出した自分に胸が痛むが表情にはおくびにも出さない。

 自分が不安そうな顔をすればクルー達全員が不安になる、それが艦長という役目だ。

 

「分かりました。艦長」

「クロノ君、気を付けてね。相手は下手したら全員でかかってくるかもしれなから」

「全員相手だと勝てる見込みはないな。でも、負けはしないよ」

「頑張ってね」

 

 転送ポートに消えていくクロノの後ろ姿に若干の不安を覚えながらも見送るエイミィ。

 様々な可能性を考慮した結果の作戦であるため大失敗はないはずだとも思うが何故か不安が残る。

 しかし、この時アースラの誰もが気づくことはなかった。

 あの闇の書の主は―――偽物の偽物だということに。

 

 

 

 

 

 リンディからの指示によりすぐさま動き出さなくてはならないと思うなのはとフェイト。

 しかながら、はやての身の上の話を聞かされたためにプレゼントすら渡せずに帰るのは良くないと思う。

 そのために動くに動けずにそわそわと小刻みに動き始める少女二人。

 その様子を冷たい眼差しで見つめながら切嗣は作戦が成功したことを確信する。

 

(偽物が管理局の囮となっている間に騎士達からリンカーコアを奪い闇の書を完成させる。そうすれば、邪魔が入ることなく永久凍結が可能になる。管理局が気づいて来ても丁度良い保険になるだけだ)

 

 全ては今夜、終焉を迎える。最少の犠牲で最大の幸福が保証される。

 奇跡も何もない実につまらない、すさんだ舞台。

 出演者は優しい少女とその家族。そして、客など居ぬのに踊り続ける滑稽な道化。

 開演の幕は今上げられようとしていた―――

 

 

「そう言えば、ヴィータちゃんやシグナムさんは元気ですか? はやてちゃんのお父さん」

 

 

(シャマル、妨害を!)

 

 だが、そこへ二人の可憐な少女が飛び入りで参加する。

 奇跡を起こし、観客を魅了し続ける飛び切りの役者が。

 誰よりも道化と正反対に位置するスターが現れる。

 

「……ああ、元気だよ」

「あ! そう言えば……ごめんなさい」

 

 素早く、近くに潜ませていたシャマルに念話妨害を行わせる切嗣。

 すずかに対して口止めを怠る程愚かな彼ではないが、常に成功するとも限らない。

 何より身内とそれに近い石田とそうではないすずかでは無意識下での規制が違いすぎる。

 

 脅しであればうっかりでも口を割らないであろうがあくまでもお願いとして言っておいたのだ。それも優しいシャマルが。

 切嗣ならばすぐ身近になのはとフェイトがいなければ洗脳魔法の一つや二つは使っただろうが気づかれる可能性を考慮して止めたつけが最後の最後で回って来る形となった。

 

「あの……ヴィータちゃんって」

「シグナムって……」

「うん、二人はね、僕の―――大切な家族(・・・・・)だよ」

 

 恐る恐る尋ねてくるなのはとフェイトに隠すことなく伝える。

 策は不完全な形となった。しかし、まだ失敗と言うには早すぎる。

 管理局側が不自然さに気づきこちらに向けて動き出す前に真の覚醒を行えば問題はない。

 せいぜい二人には騎士達の最後の戦いの相手でもして貰うとしよう。

 

 

「さあ、そろそろ行こうか。はやてにプレゼント(・・・・・)を上げにね」

 

 

 何の感情も籠っていない声で四人に呼びかけ背を向ける切嗣。

 なのはとフェイトも話し合いがしたいので危険は承知でその背中についていく。

 

 役者は揃った。終焉のカーテンは今上げられる。

 始まる舞台(Fate)は喜劇か悲劇か。それは彼等にすら分からない。

 だからこそ面白いのだと、誰もいないはずの観客席の客は異形の笑み(・・・・・)を浮かべる。

 

 ―――さあ、開演の時だ!

 




闇の書を改変した主って地味に凄いと思う。
後、スカさんは出来はともかくその姿勢は褒めそう(白目)


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十九話:Fake

 遮蔽物など何もない世界でクロノは慎重に闇の書の主の前へと歩を進めていた。

 相手とこちらの間に何もないために敵の動向はよく見える。

 だが、それは同時に自分たちの行動も筒抜けであるということである。

 ヴォルケンリッターが隠れ潜んでいないことを確認しながら進むにつれてやはり罠だったのではないかと嫌な予感が頭をよぎる。

 しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。

 周りを取り囲むように武装局員に指示を出して主の前に立ちふさがる。

 

「闇の書の主、あなたを逮捕する」

「…………」

 

 静かにS2Uを構えすぐ傍で宣言をする。

 敵の武器は銃器である。ゆえに距離を詰めていれば先手はこちらが必ずとれる。

 銃器である以上は構えて引き金を引くという動作がどうしても必要なのだから。

 しかし、主の行動はクロノの予想に反するものであった。

 

「――シッ!」

「なにっ!?」

 

 放たれたのは想定外の鋭い拳。

 紙一重で躱すが、風圧が髪を揺らし何本かを切り取ってしまう。

 思わず背中に冷たい汗が流れるが、敵はこちらの事情など汲んではくれない。

 一瞬の隙すら与えずにクロノの腕を掴み投げ技に移行してくる。

 

「――ハッ!」

「つッ!」

 

 流れるような動作で地面に叩きつけられるクロノ。

 そのまま寝技をかけてこようとする主。

 だが、クロノもその程度で負けるような柔な訓練はしてきていない。

 わざと魔力を爆発させてダメージを負いながらも距離を離す。

 

 まさか、近接戦法まで極めていたのかと驚くクロノであったが敵は休む暇を与えない。

 条件反射が如き反応で離れた距離をあっという間にゼロにする。

 そして、移動による反動を利用して上段へ蹴りを放ってくる。

 クロノはそれをS2Uで防ぎ、わざと吹き飛ばされるように後退し、空へと浮かび上がる。

 

Stinger Snipe(スティンガースナイプ)

 

 青色の魔力光弾が彼の愛機から放たれる。

 本来は、一発の射撃で複数の対象を殲滅する誘導制御型射撃魔法であり。

 発射後に術者を中心に螺旋を描きながら複数の目標を貫通しながら攻撃する魔法である。

 しかし、今回の相手は単騎である。

 故に目的としては自身の周りの狭い範囲を旋回させ相手の接近を封じるのが目的だ。

 先程の僅かな攻防の間でクロノは近接戦では自分に分はないと理解した。

 それ程までに相手の技量は高かったのだ。

 

Stinger Blade(スティンガーブレイド)

 

 続けて魔力刃を主に向けて容赦なく飛ばしていく。

 以前のエクスキューションシフトよりも遥かに本数は少ないがその分、溜めにかかる時間が少ない。速度重視の射撃で追い詰めていこうという魂胆であるが相手もまたさるものである。

 最小限の動きと動物のような身のこなしで襲い来る刃の弾丸をすり抜けながらクロノの元へ一直線に向かってくる。

 

「スナイプショット!」

「――フッ!」

 

 手を伸ばしさえすれば届くという距離で旋回させていた弾丸を加速させ当てに行くクロノ。

 それに対して主は右手でバリアを張り、弾丸の動きを止める。

 そして、空いている左手で空気を切るようなストレートを繰り出してくる。

 間一髪のところで身を捻り避けるクロノであるがまるで鎌のように曲げられた手により引き戻しと同時に掴まれてしまう。

 

「――ハァッ!」

「ぐぁッ!?」

 

 そのまま大きく体を捻り遠心力を乗せた蹴りを叩き込まれ地上付近まで蹴り飛ばされてしまう。

 何とか、体勢を立て直し地上寸前で踏みとどまり主を睨みつけるクロノ。

 主はなおも距離を詰めるために近づいてくる。その行動がクロノの胸に引っ掛かりを与えた。

 

(おかしい、明らかに戦い方が違う。初めは今まで隠してきただけかと思ったが、それだと先程から一切、遠距離魔法を使わない説明がつかない。銃器があるなら近づいて殴る意味がない)

 

 主と思わしき(・・・・)人物と激しい近接戦を繰り広げながら並列思考で分析を行っていく。

 この人物は不自然なまでに以前と違いがある。質量兵器とデバイスを併用する狡猾な人間がいきなり真正面からの戦闘に特化した人物になっているのだ。

 おまけにヴォルケンリッターが出てくる気配もない。

 恐らくはこれはこちらの目を何かから逸らすための陽動だったのだろう。

 要するに相手の目的は捕まることも覚悟の足止め。

 

(二度も陽動で主が単独で残るのは余りにもリスクが高すぎる。そうなると……偽物(Fake)か)

 

 相手は以前まで主と考えていた人物とは別人であると見抜く、クロノ。

 同時に地面に向かい高火力の魔法を放ち爆煙と砂煙を巻き上げ、目くらましを行う。

 煙に紛れて距離を取りながらエイミィに連絡を入れる。

 

(エイミィ、なのはとフェイトと連絡はとれるか?)

(さっきからやってるけど、妨害されているみたいで無理。今は解析中だよ)

(やっぱりそっちが本命か。……すぐにでも向かいたいが、一筋縄じゃいかなそうだ)

(まさか、協力者がいたなんてね。なのはちゃん達の方も無事だといいんだけど)

 

 魔力が回復したスティンガースナイプに煙の中を回らせ牽制を行いながら考える。

 どこかで自分はあの戦い方を経験していると。ひどく身近な人物と戦い方が酷似していると。

 だが、そんなはずはないと心が否定する。彼女が自分達に敵対する理由などないはずだ。

 

 ―――エミヤは父様が管理局にスカウトしたんだよ。

 

(……確かに関わりはある。だが、グレアム提督は後悔していた。第一、エミヤかどうかは確証されていない)

 

 嫌な予感に首を振って切り替えようとするが、忘れるに忘れられないあの猫姉妹の片割れの戦い方が頭から離れない。

 毎日毎日、体で覚えこむまで叩きのめされたのだ。

 何よりも自分は彼女の弟子なのだ。

 他の誰が間違えようとも自分だけは間違えるはずがない。

 

(……エイミィ、ロッテに救援に来れないか通信してみてくれ)

(え? そっか、ロッテはフィジカルのエキスパートだもんね。ちょっと待ってて、すぐに連絡を取ってみる)

 

 エイミィに伏せたまま確証を取るための行動を行う。

 その間に煙も晴れ敵が再び襲い掛かってくる。

 嵐のようなラッシュをしのぎながらクロノは念話を送ってみせる。

 

(ロッテ!)

「………っ」

 

 鋭い者でなければ分からないほど微細ではあるが声をかけられた瞬間に攻撃の手が緩む主。

 今の念話はあらかじめ特定の人間を指定して送ったいわばプライベートラインの様なものだ。

 つまり、別人であれば聞こえるはずなどない念話なのだ。

 

(クロノ君、ごめん。連絡をしたけどつながらなかったよ)

(……いや、大丈夫だ)

 

 お互いに一度距離を取り呼吸を整える。

 当たって欲しくない考えだが、当たらなければ自分の不利は確定的だ。

 世の中は本当にままならないものだと表情には出さずに零し、言葉を続ける。

 

 

(勝利への道筋は―――見えた)

 

 

 言葉とは裏腹に重い声でクロノはエイミィに伝える。

 それと同時にS2Uを構え砲撃の構えを見せる。

 

Blaze Cannon(ブレイズキャノン)

 

 大量の熱量による大威力の魔法。しかも、発射速度はディバインバスターよりも早い。

 巨大な青白い砲撃を放つ直前にクロノは設置型のバインドの詠唱を整えておく。

 敵は放たれる砲撃を気にすることなく真っすぐに突き進み、直前で躱してみせる。

 そして、側面から鋭い蹴りを放とうとする。

 

Delayed Bind(ディレイドバインド)

「―――フッ」

 

 そこに仕掛けられていたバインドが発動するがこの程度の罠を看破できない敵ではない。

 身を翻してクロノの頭上に移動しそこから脳天をかち割る一撃をお見舞いする。

 だが、クロノもここまでは想定内である。

 

Delayed Bind(ディレイドバインド)

「もう一つ!?」

 

 もう、罠はないだろうと相手を安心させたところで二段構えの罠を発動させる。

 近接戦では分が悪いクロノではあったが読み合いでは引けを取ることなどない。

 しかし、敵もさるもの。動物的な反射で無理やり体を動かしてバインドの範囲外へと逃げる。

 だが、クロノの策はここまでも予想していたのだった。

 クロノはブレイズキャノンを打ち終えた瞬間から相手に目もくれることなくもう一つの魔法の詠唱を行っていた。

 

Struggle Bind(ストラグルバインド)

「―――ツッ!?」

 

 逃げようともがく敵の体を縛り上げるバインド。

 これはただのバインドではない。

 魔法による一時強化が施された対象や魔法生物に対して高い効果を持つバインド。

 普段は副効果にリソースを振っている分、射程・発動速度・拘束力に劣るのだが、相手が変身魔法を使っており、尚且つ―――魔法生物であれば効果は抜群である。

 変身魔法が解かれ、その素顔が明らかになる敵。

 

「チェックメイトだ―――ロッテ」

「……こんな魔法覚えてたなんて聞いてないよ、クロスケ」

「少しでも研鑽するように言ったのは君達だろ?」

「あはは、こりゃ一本取られたね」

 

 変身魔法が解け、見慣れた姿になる闇の書の主の偽物、ロッテ。

 当たって欲しくなかった予想が当たり少し悲しそうな表情をするクロノ。

 しかし、捕らえられたというにも関わらずケラケラと明るく振る舞うロッテに警戒を抱く。

 ロッテの方もクロノのそんな様子に気づき話を続ける。

 

「それにしても、よく気づけたね。今まで少しも疑われてないのに」

「……あんたの攻撃は体が覚えこんでいるからね」

「あー。やっぱり、弟子相手じゃ変装も形無しかぁー」

 

 まだ、起死回生の手を残してあるのかと注意深く窺っていたクロノであったがどうもそういうことではないらしいことに気づく。

 益々、訳が分からなくなり少し苛立ち交じりに睨みつける。

 だが、いつものようにロッテは飄々とした態度を崩さない。

 

「悪戯じゃすまないことぐらいは分かっているな?」

「……勿論ね。こっちだってそれ相応の覚悟は持っているよ。じゃなきゃ、全てを捨てるあいつ(・・・)に申し訳が立たない」

「……何が目的だ? 闇の書の主に加担してまで何がしたいんだ」

「―――闇の書の永久封印だよ」

 

 強い覚悟の籠った瞳に思わず怯みそうになるクロノ。

 だが、有益な情報を引き出せたこともあり、気を取り直しさらに尋ねようとする。

 しかし、そこで相手が余りにも簡単に口を割っていることに違和感を覚える。

 同時に自分が相手の策に嵌ってしまったことを悟り、内心で舌打ちをする。

 

 相手の目的は足止めであると看破していたはずだ。

 それにもかかわらず情報に目がくらみ長居してしまった。

 ロッテの目的は少しでも長く自分をここに引き留めること。

 そのためにわざと情報を提供していただけに過ぎないのだ。

 

「気づいた? 残念だけど今回はあたし達(・・・・)の勝ちだよ」

 

 それを聞いた瞬間にクロノはロッテを武装局員に任せ、すぐさま転移の準備を始める。

 一刻も早くなのは達の元に行かなければ全てが終わってしまうと直感が告げる。

 ロッテはそんなクロノの背中にある言葉を投げかける。

 

 

「気をつけなよ、クロスケ。生半可な覚悟じゃ―――“正義の味方”は止められないよ」

 

 

 

 

 

 寒空の広がる病院の屋上。身も心も凍りつかすような冷たい風が吹き付ける。

 そこで騎士達と魔法少女達は譲ることのできない激しい戦いを繰り広げていた。

 

「あなた達が闇の書の完成を目指す理由は……はやての病気を治すためなんですね」

「そうだ。それ以外に方法などないのだ!」

 

 夜空に煌めく炎と閃光。シグナムとフェイトのぶつかり合いだ。

 フェイトはその姿を普段よりもさらに装甲を薄くした形態『ソニックフォーム』で何者にも視認させることない高速軌道を行い。

 シグナムは卓越した剣技でそれを迎え撃つ。

 

「どうしてこんな方法で…ッ。話し合えば他にも方法があったかもしれないのに!」

「他に方法などありはしない。何故なら闇の書そのものが主はやてを蝕んでいるからだ」

「え? はやてが……主?」

 

 衝撃の事実に一瞬動きが止まってしまうフェイト。

 そこに連結刃が襲い掛かってくるが間一髪で躱し体制を整える。

 自分達は今の今まで切嗣が主であり、娘を救うために蒐集を行っているのだと思っていた。

 しかし、真実としては、はやての代わりとして主のまねごとをしていただけだったのだ。

 

「私達家族は主はやてを助けるために全てを捨ててきた。今更―――止まれんッ!」

「いえ、私達が―――止めます!」

 

 お互いに悲痛な想いを籠めて己の獲物をぶつけ合わせる。

 そのすぐ横では同じようにヴィータとなのはが激しくぶつかり合っていた。

 

「もう少しではやてが元気になれるんだ! だから、邪魔すんじゃねーッ!」

「それは、本当なの!? 本当に完成したらはやてちゃんは助かるの!?」

 

 燃え盛る業火の上空を砲撃と鉄球が飛び交う。

 騎士の少女と魔導士の少女は涙ながらに叫び合う。

 それは踏みとどまるのならばここが最後とどちらも知るが故に。

 ヴィータは後戻りできぬ旅路へと踏み出す覚悟を。

 なのはは彼女を必ず悲しみの連鎖から解き放つ覚悟を。

 己の言葉に乗せあらん限りの声で叫ぶのだった。

 

「本当に…? や、闇の書が完成すればはやての病気は治んだよ!」

「じゃあ、どうして闇の書なんて言うの。本当の名前があるはずだよ」

「本当の……名前?」

 

 その言葉にどこか引っかかるところがあったのか手を止めるヴィータ。

 頭のどこかで、いつの日かの記憶で警鐘が鳴り響く。

 ―――思い出さなければならない。

 ―――思い出してはならない。

 相反する感情が、理性が彼女の心を少しずつ蝕んでいく。

 

「そう、本当の、もっと素敵な名前があるはずだよ」

 

 なのはは知っている。

 闇の書は仮の名前であり、真の名前は夜天の書という素敵な名であることを。

 悪意ある改変を受ける前の姿こそが本来の望まれるべき姿であることを。

 ヴィータ達が忘却の彼方へと追いやってしまった摩耗した記憶を知っている。

 

「思いだせない……でも、どうして…?」

 

 このままでは取り返しのつかないことになるのではないかと不安が押し寄せる。

 だが、ここで引くわけにもいかないのも事実。

 何かを恐れるように震える腕を気持ちで抑えて、グラーフアイゼンを握りしめるのだった。

 

「シャマル、状況はどうだい?」

「お父さん!? 危ないから隠れていてって言ったじゃないですか!」

「どうしても、気になってね」

 

 二組が争い合っている所から離れた場所で、一人通信妨害を行っていたシャマルのもとに切嗣が現れる。

 シャマルが危険だから隠れていろと告げるが欠片も動じることはない。

 寧ろ、さらに近づいてくるばかりである。

 

「もう、それなら私の後ろに隠れていてください」

「いや―――その必要はない」

「―――え?」

 

 戦場の中でも、一際大きく轟渡る一発の銃声。

 この場にいる者達の誰もが思わず手を止め、音の出所に目を向ける。

 そこにいたのは煙草を銜えながら銃を手にする切嗣の姿。

 そして―――手を撃ち抜かれて血を流すシャマルの姿だった。

 

「お、お父さん?」

「君達には今から最後の役目を果たしてもらうよ」

「あああッ!?」

 

 何が起きたかわからずに呆然と尋ねてくるシャマル。

 切嗣はその姿にも眉一つ動かさずにもう片方の手も貫き、クラールヴィントの使用を封じる。

 さらに立てないように念入りに足を撃ち抜いて床に倒れこませ、上から踏みにじる。

 そのあまりにも容赦のない姿に、今まで硬直していたシグナムが動き出す。

 

「お父上、何を!?」

「バインド」

 

 食って掛かるように駆け寄るシグナムを、それが当然という自然な仕草で拘束する切嗣。

 シグナムの表情はただひたすらに困惑の色を浮かべたままで未だに何が起きているのかを理解できていない。だが、それは何も彼女だけに限ったことではなくなのはもフェイトもヴィータも全く状況を理解できていなかった。

 ただ一人、切嗣だけは何も映していない能面のような表情で紫煙を吐き出すのであった。

 

 

「さて、最後の役目を果たしてもらおうか―――かわいい騎士さん」

 

 




次回、切嗣が精神的に死にます。
まあ、シャマル撃った時点でゴリゴリ削り取られていますけど。
後、残酷なやり方をするのはあくまでも覚醒の為と踏ん切りをつけるため。


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二十話:正義の形

 病院の白い屋上の床に広がっていく鮮血。

 鉄臭い匂いが切嗣の鼻腔をくすぐるが、そんなものを感じられる機能は残っていなかった。

 人が自分の匂いに慣れて気づけぬように、切嗣にとっては血の匂いはそれ程までに慣れ親しんだ匂いであるのだ。

 

「なんだよ……何やってんだよ、切嗣っ!?」

「闇の書の完成のためだよ、ヴィータ(・・・・)

 

 怒りと、悲しみと、困惑が、ごちゃ混ぜになった表情で叫ぶヴィータ。

 それを見ても切嗣の表情には何も浮かばない。

 息をして、立っているのが信じられないほどに人間からかけ離れた瞳で戦場を俯瞰するだけである。

 

「最後の蒐集は役目を終えた騎士達から行う。今までにも何度か行われてきた」

「そんな記憶は……いや、それよりも、私達が犠牲になるのなら主はやては救われるのですか?」

 

 切嗣から知らされる真実に記憶には残っていないと困惑するシグナム。

 しかし、すぐにはやての身を案じる。

 元々、この命を差し出すことで彼女が救われるのなら喜んで差し出すつもりだったのだ。

 だが、現実というものはいつだって残酷だ。

 

「いや―――助からないよ」

「……え?」

 

 こぼれた声は果たして三人の騎士の誰のものであったのか。

 もしかすれば、全員の声だったのかもしれない。

 彼らが信じて歩いてきた道を、唯一の希望の光を、切嗣は無感情に踏みにじったのだ。

 

「闇の書は歴代の主の悪意ある改変を受け、本来の力を失ってしまった。完成したところで主の魔力と魂を食い尽くし破壊の限りを尽くすだけだ」

「……うそ…よ。そんなの嘘よッ! 私達は闇の書の一部、闇の書については私達が一番知っているわ!」

 

 淡々と語られる事実に必死に否定の言葉を叫ぶシャマル。

 その言葉には願望と絶望が交互に混ざり、聞く者の心を揺らす。

 しかし、切嗣はその言葉をあざ笑うように鼻を鳴らすだけである。

 

「まさか。指先が脳の異常を知れると思っているのかい? 本当の名前すら忘れた君達が?」

 

 嘲るように語る切嗣に、騎士達の目からは希望が失われていく。

 誰も彼もが動くことすら忘れて呆然とすることしかできない。

 それは何も人間達だけに至ったことだけではなくデバイス達もまた、動くことができない。

 

「君達が今まで行ってきたことは全部―――無駄だったんだよ」

「無駄ってなに!? そんな言い方……あまりにも酷過ぎるッ!」

 

 信頼していた人物から、自分たちの行動を無駄と切り捨てられ、絶望が顔を覆う騎士達。

 そんな騎士達の様子に見かねたなのはが切嗣に向かってあらん限りの叫びをあげる。

 だが、全てを捨て、落ちるところまで落ちる覚悟をした男にその声は届かない。

 

「幾ら過程が美しくても結果が伴わなければ意味がない。無価値だ」

「そんなのおかしいよ…っ。頑張った人が報われないなんて間違ってる!」

「……決して叶うことのない理想を抱いた時、人は幾ら頑張ったところで報われないんだよ」

 

 なのはの叫びに対しても切嗣は終始無表情で己への皮肉を込めて返す。

 人が抱くには余りにも大きすぎる理想を抱いた時、その者の救いは自らの破滅だけとなる。

 諦めて投げ捨てることがなければ理想を抱いて溺死するだけだ。

 

「少し、長話をしてしまったな。そろそろ始めるとしよう」

 

 どこか疲れたような声で闇の書を掲げる切嗣。

 ページが開かれて騎士達の体からリンカーコアが浮かび上がる。

 本来であれば戦闘不能状態にでもしなければ奪うことのできないリンカーコア。

 しかしながら、元が闇の書の一部の騎士達であれば逆らうこともできずに奪われるだけである。

 所詮はプログラムとして構成されただけの存在なのだ。

 

「これが現実だ。幾ら人間のフリをしたところで、機械(・・)は自分の役目を果たすだけの存在だ」

「そんな…そんなことねえ! はやてが…はやては、あたし達を家族として扱ってくれたッ!」

「そうだよ、ヴィータちゃんは機械なんかじゃない! だから、こんなこと私が止める!」

 

 苦しみながらも自分達が人間だと叫ぶヴィータ。

 なのははその姿に涙ぐみながら切嗣を止めるために砲撃の構えを見せる。

 切嗣はその姿に胸がズキリと痛むのを感じながら無表情でデバイスを構える。

 

「トンプソン」

『Mode Contender.』

 

 既に布石は敷かれている。自らの切り札(・・・)を最大限に生かすための環境は整った。

 銃の構えを見せればなのははロッテから得た偽の情報によりさらに砲撃の威力を高めていく。

 高町なのはは危険である。封印が失敗した時の対処も考えれば居た方がいいかもしれないがクロノとフェイトがいれば足りる。

 生きていればメリットよりもデメリットの方が大きい。あの希望に満ちた目は危険だ。

 故にここで後顧の憂いを断つ。

 

「はやてはどうするの! あなたの娘だよね!?」

「簡単なことだよ―――永遠の眠りについて貰うだけさ」

 

 未だに戦闘態勢を取らずにフェイトの言葉に冷徹にそう返す切嗣。

 フェイトにとっては親から見捨てられるというのは他人であっても心が抉られるトラウマのため武器を構えることができないのだ。

 だが、切嗣の言葉は今の今まで絶望を浮かべていたシグナムの瞳に怒りの業火を滾らせることになった。

 

「全力全開! ディバイン―――」

「トンプソン、カートリッジロード」

 

 切嗣が一瞬早く魔弾の引き金を引く。

 なのはがロッテに言われたとおりに全力で弾丸を打ち落とすために最後の溜を作る。

 次の瞬間には銃弾と砲撃がぶつかると誰もが思った時、憎しみの烈火が割り込んでくる。

 

 

「このッ! ―――外道がぁああッ!!」

 

 

 リンカーコアが体外に摘出されている状態であるにも関わらず、全力で炎の魔剣を振りかぶるシグナム。なのははそのことに驚き、砲撃を止めてしまう。

 切嗣はバインドが解かれたことにほんの少しだけ眉を動かすが、一切の動揺をすることなく魔弾を放った。

 

「紫電―――一閃ッ!」

 

Origin bullet(オリジンバレット).』

 

 切嗣の切り札たる魔弾、『起源弾』が烈火の将の愛剣、レヴァンティンの纏う炎に焼かれて消えていく。

 そのまま、一気に切嗣ごと斬り伏せようとしたシグナムであったがその足はピタリと止まる。

 何かがおかしいと脳が気付く前に体が理解していた。

 ―――己の体の崩壊を。

 

「バイバイ、シグナム」

「―――ッ!?」

 

 何が起こったのかも理解できずにシグナムの全身から血が噴き出してくる。

 内部からズタズタに引き裂かれたかのようにその美しい容姿を血で染め上げる。

 抗うことすらできずに崩れ落ちていき、リンカーコアを全て奪われたことで足元からその姿は消えていく。状況の理解すらままならない頭で彼女は一つだけ理解した。自分は死ぬのだと。

 

「なに……なにが起きたの?」

「……折角の銃弾が無駄撃ちになったな」

 

 ――私達はその……家族なのですから――

 

 魔力の靄となって消え去っていくシグナムの言葉が思い出され心が騒めく。

 堅物と表現されることも多かったがどこか優しさも兼ね備えた女性だった。

 自分のことを慕ってくれていたことが嫌なほど簡単に思い出せる。

 家族をこの手で撃ち殺した罪悪感が全身を毒のように駆け巡る。

 だが、すぐにその感情を振り払い、切嗣は無表情を貫く。

 

「銃弾を斬ったからこうなったの…?」

「さてね、僕にもさっぱりだ」

 

 皮肉気な声でなのはに返す切嗣。

 起源弾、「切断」と「結合」の性質を持つロストロギアを合成することで作られた弾丸。

 それ自体は無害であるロストロギアを混ぜ合わせ凶悪な兵器に改造した辛辣な切り札。

 どういった仕組みかというとまず、魔法を使う際、リンカーコアから使うべき部分へと魔力は流される。

 

 つまり、回路の様なものが存在する。

 疑似的な神経の様なものであり電気を流す路の様なものである。

 リンカーコアが電気を生み出す炉であり、そこから電気を流すのに必要な回路なのだ。

 

 起源弾は切って、嗣ぐ、効果を持つ。

 それは修復ではなく、紐を切って結び直すようなものである。

 当然そこには結び目が生まれるように、不可逆の変化が対象を襲う。

 この弾丸で穿たれた傷は即座に結合され、まるで古傷のように変化する。

 ただ、結合であって修復ではないため、結合されたところの元の機能は失われていく。

 

 そして、この弾丸の真価は相手が魔法で干渉することで発揮される。

 弾丸の効果は魔法回路にまで及び、切断、結合される。

 結果、回路に走っていた魔力は暴走し、術者自身を傷つける。

 RPG的に喩えると、相手の保有するMP数値がそのまま肉体へのダメージ数値になるようなものだ。つまり相手が強力な魔法を使っていればいるほど殺傷力が上がる仕様である。

 

 ただし、材料がロストロギアということもあり弾数には限りがある。

 66発しか作られておらず、また製造できるのもスカリエッティただ一人とあって、とにかく希少である。

 現在までに37発を消費。1発の浪費もなく、起源弾は37人の魔導士と騎士を破壊してきた。

 そして、今、38人目の騎士が魔弾の餌食となったのである。

 

「僕一人で終わらせる予定だったけど、時間がない。頼むよ」

 

 新たに煙草を取り出しながら何者かに声をかける切嗣。

 すると、どこからともなくバインドが現れ、なのは、フェイト、ヴィータの三人をあっという間に縛り上げてしまう。

 本来であれば封印の直前まではアリアは隠れている予定であったが、なのはとフェイトの妨害を考えて早めに動かしたのだ。

 二人を始末するのは不可能ではないが時間がない以上は生かすしかない。

 

「お父さん……どうして? 信じていたのに……」

「生憎、僕は他人の信頼に答えられる人間じゃないんだ。君もシグナムの後を追うといい」

「なんで…なんで…どうしてなのッ…?」

「お休み、シャマル」

 

 溶けるように消えていくシャマルの姿を凍り付いたままの表情で見送り煙を吐き出す。

 

 ――はやてちゃんの病気が治ったらみんなでまた静かに暮らしましょう――

 

 少しドジな部分もあったが、はやてを見守る姿はまるで母親の様な温かさがあった。

 やわらかい笑みで自分に笑いかけてくれた。何か失敗すると泣きそうな顔で謝ってきた。

 思い出したくなどないのに頭の中を記憶が駆け巡っていく。

 できることなら今すぐ膝を屈して胃の中のものをすべて吐き出してしまいたい。

 それでも、彼の体は微動だにしない。

 

「切嗣ッ! ふざけんなよ…全部嘘だったのかよッ!? 今まで優しくしてくれたのも、頭を撫でてくれたのも! 出かけた帰りにアイスを買ってくれたりしたのも―――全部嘘なのかよッ!?」

 

 瞳から止まることなく涙を流しながらヴィータが悲痛な叫びをあげる。

 その声を聴く度に切嗣の心は軋みをあげる。

 嘘なんかじゃない。全部本心だ。今でも家族だと思っている。

 心の底から可愛がっていた。だが、返す言葉はたったの三文字。

 

 

「ああ―――嘘だよ(・・・)

 

 

「切嗣ゥウウッ!!」

 

 憎しみとも、悲しみとも、怒りとも、分からぬ声が夜空に響き渡る。

 リンカーコアを蒐集中ならば息の根を止めても蒐集に問題はない。

 一思いに楽にしてやろうと考え、切嗣はコンテンダーをヴィータに向ける。

 

 ――このケーキ、ギガウマじゃねーか!――

 

 どこか刺々しい態度も鳴りを潜め、甘いものやアイスに目がない末っ子的存在。

 自分に甘えてきてくれるのが嬉しくてついつい甘やかすことが多かった少女。

 素直になれない態度で自分に気を使ってくれた表情が浮かび上がる。

 心が声にならない声を出して今すぐ引き金から手を離せと絶叫する。

 だというのに、この指先はピクリとも震えはしない。

 

「今まで楽しかったよ、ヴィータ」

 

 無慈悲に、無感情に、鉛玉は風を切り、音を超え―――少女の胸を穿つ。

 なのはの悲鳴が辺りを包む中、ヴィータの体はその服のように真っ赤に染まっていく。

 同時にリンカーコアの蒐集も全て終わり、消えていく。

 本来であれば体も消えていくのだが演出(・・)のためにアリアに側だけを残させる。

 

「オオオッ!」

「ザフィーラか……待っていたよ」

 

 夜空にこだまする雄叫びにゆっくりと振り返り、向かってくるザフィーラを空虚な瞳で見つめながらコンテンダーに装填する。

 ザフィーラは勢いそのままに拳を振り上げて殴りかかって来る。

 しかし、切嗣の顔に当たるという瞬間にピタリと腕を止める。

 ブルブルと体を震わせながら、腹の底から絞り出したような声を出す。

 

「私は…っ、主はやてとその家族を守る盾の守護獣……ッ! だというのに、なぜッ!?」

「仕事熱心で感心だね。だけど、僕は君達を家族だなんて思っていない」

「私は! 私達はあなたを本当の家族だと思っていたッ!! この拳はあなたに向ける為にあるのではなかったッ!!」

「そうかい、そいつは光栄だね。だけど、何もかも終わりだ―――奪え」

 

 心まで凍り付くような冷たい音程で闇の書に命じる。

 白いリンカーコアが取り出され見る見るうちに小さくなっていく。

 だが、ザフィーラはなおも気持ちで踏みとどまり続け、拳を振り上げる。

 

「私達はただ静かに暮らしたかっただけだ! なのに、何故それを!?」

「はっ、今までさんざん人を殺してきた人間がのうのうと生きられるわけがないだろう?」

 

 ザフィーラの思いの丈を切嗣は鼻で笑ってみせ、コンテンダーをザフィーラの拳に向ける。

 しかし、その言葉は果たして誰に向けて言ったのであろうか。

 誰よりも人を殺してきたにも関わらず、平和を享受していた自分自身に向けて言ったのではないのだろうか。

 

「それにね。君達が現れた時から、いや、闇の書がはやての元に現れた瞬間から―――今日はやてが死ぬのは運命だったんだよ」

「うおおおおッ!!」

「だから、静かで平和な暮らしなんて―――幻だったんだよ」

 

 迫りくる鋼の拳。それを容赦なく穿つ魔導士殺しの銃弾。

 血しぶきを上げ、弾丸に貫かれた腕をなお、切嗣に向け伸ばす。

 そして、あと少しで触れるといったところで―――止まる。

 

「……お父上ッ」

 

 力尽き、血糊を切嗣のコートに押し付けながら崩れ落ちるザフィーラ。

 最後の最後に彼の拳が届かなかったのは力尽きたからなのか。

 それとも、最後の最後まで切嗣を信じていたかったのか。

 それは彼自身にもわからない。

 

「あの子の傍に行くといい。永遠にね、ザフィーラ」

 

 ――お任せください。必ず闇の書を完成させてみせます――

 

 騎士の中で誰よりも責任感が強かった男だった。

 一度誓ったことはどんなことがあっても必ず成し遂げてみせた。

 無口ではあったが強い信頼を寄せられていたのは知っている。それを裏切った。

 泣きたかった。ただ、ひたすらに泣き叫びたかった。

 泣いて許しを請いたかった。そんなことなどできるはずなどないのに。

 

「……これで準備は整った。高町なのはとフェイト・テスタロッサは?」

「四重のバインドにクリスタルゲージだ。数分は出られない」

 

 どこからともなく現れた仮面の男の姿をしたアリアに淡々と尋ねる。

 アリアも淡々と返してくるがどこか気遣うような視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 だが、こんなところで弱音を吐くのなら初めからこんなことなどしていない。

 切嗣はコンテンダーを強く握りしめて声を絞り出す。

 

「それで十分だ。はやてを……八神はやて(・・・・・)を連れてきてくれ」

「……分かった」

 

 青い魔法陣が屋上に浮かび上がり、光を放ち始める。アリアはそれと同時に姿を隠す。

 すると中から歩くことができずに地面に座り込んだ状態のはやてが現れる。

 すぐにでも支えに行ってあげたいという感情が呼び起こされるが体は動かない。

 何が起きたのかわからず呆然とこちらを見つめるはやてに能面の様な表情で声をかける。

 

 

「メリークリスマス、はやて」

 

 

「な、なにが起こったん? 急に屋上に―――あ」

 

 困惑した表情で尋ねるはやてだったが、切嗣のすぐ足元で血塗れで倒れ伏す二人の姿を見て言葉を失う。

 その二人とはヴィータとザフィーラの二人組である。

 すぐさま駆け寄ろうとするが立ち上がることすらできない彼女では這って動くことしかできない。

 

「おとん! 早よ、手当せんと、ヴィータとザフィーラが死んでまう!」

「その必要はないよ、はやて」

「なんでや!? なんで、そんなこと―――」

「―――もう、死んでるんだよ」

 

 時が止まったかのように静寂だけが辺りを支配する。

 はやての頭の中を何度もその言葉が駆け巡る。―――死んでいる。

 自分の大切な家族が。もう二度と帰ってこない。

 全身から力が抜け冷たい床に頬をこすりつける羽目になる。

 

「シ、シグナムとシャマルは…?」

「後ろを見てごらん」

「あ……あ、ああああッ!」

 

 はやての甲高い悲鳴が切嗣の鼓膜に突き刺さる。

 彼女の視線の先には血だまりに沈む、シグナムとシャマルの服があった。

 言葉に表すことのできない悲痛が彼女の胸を襲う。

 誰が? 一体誰がこんなにも酷いことをしたのだ。

 少女はそんな当然の疑問を誰に向けてもなしに叫ぶ。

 

「誰や…誰が、私の家族をこんなんにしたんやーッ!」

 

 その叫びを聞きながら切嗣はもう一本、煙草を取り出して口に銜える。

 まるで心を落ち着けるように火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込んでから吐き出す。

 立ち昇る紫煙に在りし日の家庭の情景を思い浮かべ、それを振り切るように宣言する。

 

「僕がやったんだよ、はやて」

「………え」

「だから―――僕がみんなを殺したんだよ。この手でね」

 

 心底訳が分からないという顔をするはやて。

 そんなはやてに優しく、丁寧に自分が殺したのだと説明する切嗣。

 それでも、納得がいかない、否、いくわけなどないはやては首を小さく振る。

 

「何言っとるん……だって、おとんは……私の家族やろ?」

「折角の機会だ。僕がどうしてはやての養父になったのかを教えておこうか」

 

 どこまでも、底が見えない暗い闇の様な瞳を向けながら切嗣は語り始める。

 その心を分厚い氷で覆い尽くしながら。

 

「まず、僕は闇の書を完成させるためにはやての養父になった」

「それと……父親になることの何が関係あるん」

「闇の書は起動しない限りは蒐集すらできない。そして完成しても主にしか使えない。だから、僕は君を利用することにした」

 

 はやての耳に信じられない、信じたくもない話がどんどんと入って来る。

 はやての養父として常に監視を続け、守護騎士達からも信頼を得て、何食わぬ顔で完成した闇の書を横から奪い取る。

 簡単に言えば切嗣の説明はこのようなものだった。

 だが、それだけの話で彼女の心は瞬く間に軋んでいく。

 

「私はこんな物なんか要らん。みんなが居てくれればそれでええんよ。なのに……なんでこんなことしたん!?」

「闇の書を完成させるために必要だからさ。騎士達は最後の最後でやっと無意味じゃない行動をしてくれた」

「無意味ってなんや…! おとんだってあの子達のことを家族として思っとったろ!」

 

 はやての言葉に切嗣は声を上げて笑う。後もう少しではやての心は絶望に覆われるだろう。

 後少しだ。悲しみと怒りを押し殺して笑い続けよう。この身は道化なのだから。

 大嘘をついて観客を盛り上げて見せよう。この心を犠牲にしてでも。

 

「家族? ただの機械が人間の真似事をしていただけじゃないか」

「あの子達は機械なんかやない! 人間やっ!!」

 

 そんなことは分かっている。彼らが機械ならこの心はこんなにも傷つきはしない。

 しかし、そのことをここで明かすわけにはいかない。

 世界を守るためには少女の心を犠牲にしなければならないのだ。

 ただ、思わずにはいられない。どうしてこの子なのだろうかと。

 どうして犠牲になるのはいつも自分以外の人間なのだろうかと。

 彼の心は血の涙を流し続ける。

 

「なんで…なんで、おとんがそんなこと言うんやッ! 私のおとんはそんな人やない! おとんは……私の味方(・・)やないん…?」

「目の前にあるものが全て真実だとは限らない。例えば―――君の両親の死のように」

 

 涙ながらに叫び声を上げるはやての姿に胸が張り裂けそうになるが耐える。

 そして、追い込みをかける。もう、遠慮などいらない。

 真実と嘘が入り乱れようが、死者の意思を踏みにじろうが知ったことではない。

 過程がどうあれ、結果にたどり着きさえすればいいのだから。

 

「君の両親は事故死したが、その事故は―――僕が人為的に引き起こした」

「……う…そ…」

「監視のために邪魔な者は排除するのは基本だよ。おかげで誰にも怪しまれることなく君を引き取れた。最初から最後まで計画の一部でしかない」

 

 はやての瞳が絶望と、怒りと、憎しみが籠った瞳に変わる。

 はやての両親の死が都合が良かったのは間違いないが、本当に殺してはいない。

 そもそも、引き取るという行動は無駄と手間が大きすぎる。愛がなければ絶対にできない。

 両親が健在であれば両親に洗脳をかけた方が早い。

 両親が死んだからこそ切嗣は養父となったのだ。

 

 誰も悲しまないように一人で暮らさせるという選択もあった。

 だが、彼はそれを選ばなかった。それは彼すら気づくことのなかった後ろめたさからだ。

 せめて自分だけは彼女の死に涙をしようと、誤った選択をしたのが今ここで味わっている地獄の苦しみの始まりなのだ。

 それでも、彼に後悔などない。はやては切嗣にそれ以上のものを与えてくれた。

 だからこそ……これから言わねばならない言葉が果てしなく重い。

 

 

「だからね、はやて。僕は君を―――愛したことなんかなかった」

 

 

 耳をつんざく声にならない悲鳴。砕け落ちる心の音。

 その音は果たしてはやての心なのか、切嗣の心なのか。

 はたまた、両方の心だったのかそれはどちらにもわからない。

 ただ一つ分かることとすれば、それは―――はやての心を絶望が覆ったことである。

 

 黒い三角の魔法陣がはやてを中心に浮かび上がり、禍々しい力の渦が天に駆け上がる。

 はやての小さな手に計りきれないほどのエネルギーを秘めた書が握られる。

 

「我は闇の書の主。この手に力を……封印開放」

Freilassung.(解放)

「こんナ……コンナセカイ―――ミンナコワレテシマエバイイッ!」

 

 絶望の言葉とともに真の覚醒を迎え、その姿を闇の書の意思に変えていくはやてに目を向けることなく切嗣は吸殻を放り捨て踏みにじる。

 そして、誰にも届かないように小さな声で謝罪の言葉をつぶやく。

 

 

「ごめんね、はやて……。僕は―――正義の味方なんだ…ッ」

 

 

 正義の味方は味方をした方しか、正義に含まれる人々しか、救えない。

 例え最愛の娘であったとしても、正義に含まれないのなら容赦なく殺す。

 それが切嗣の信じる―――正義の形だ。

 




リンカーコアは独自解釈ありです。細かいことは原作にもないのでお許しを。
起源弾はまあ、ロストロギア合成なので弾数が少ないという設定にしました。能力は同じ。
切嗣考案で作ったのはスカさん。この二人が組むとえげつない兵器がどんどん完成します(白目)

それと初期設定ではシグナムかシャマルが切嗣の恋人になっていて絶望度アップの予定でした。
さらに、はやての両親をマジで切嗣が暗殺して養父なったという設定も。
まあ、これに関しては本文でも書いてある通りに引き取るのは実際は効率が悪く、原作みたいに見張る程度が他の仕事もできて一番いいですからね。
両親が死なない限りは養父なる理由がない。そして、運悪く人間の心が働いた結果ですね。

さて、まだまだケリィの受難は終わりません。次回もお楽しみに。


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二十一話:闇の書の意志

 煌めく白銀の髪に、雪のように白い素肌。

 それを際立たせる、常世の闇を思わせる三対の翼。

 そして呪縛を意味するかのような黒い衣服に、鎖のようなベルト。

 本来の名前すら失った闇の書の意志がそこに立っていた。

 

「また……全てが終わってしまった。幾度、こんな悲しみを繰り返せばいいのか」

「さあね。今回で終わるかもしれないし、終わらないかもしれない」

 

 刺々しい口調で声をかけてくる切嗣に闇の書の意志はゆっくりと瞼を開ける。

 血のような赤さを備えながら、なお美しい瞳。

 しかし、その目から止まることなく涙が零れ落ちていた。

 

「切嗣……なぜ、主を裏切った?」

「裏切った? 言ったはずだよ。最初からこの時のためにはやてと会ったのだと。僕は最初から誰の味方でもないのさ」

「それでも、主と騎士達はお前を愛していた」

「く、ははは……愛で世界が救えるのなら正義の味方(・・・・・)なんて必要ない」

 

 闇の書の意志の問いかけにも小馬鹿にしたような態度で返していく切嗣。

 愛で世界は救えない。どれだけ人を愛していようと、誰も救われはしない。

 今回だっていい例だ。はやてという少女は闇の書も家族として愛していた。

 だが、闇の書はその身を蝕み食い殺すことしかしていない。愛では何一つ解決しないのだ。

 世界を救うのに必要なのは必要悪としての殺し合い。愛の正反対に位置する冷たい正義だ。

 

「そうか……ならば、我も為すべきことを為すまで。主の願いを―――」

 

 これ以上の問答は意味がないと悟った闇の書の意志がその手に禍々しい魔力を集中させる。

 まるで邪念が渦巻いているかのような闇の集合体は巨大な塊となり彼女の手の上に宿る。

 それを見て切嗣は冷たい笑みをこぼす。

 

 ほら、見てみろ。結局は―――殺し合うしかないんだ。

 

「―――冷たく残酷な世界に終焉を」

Diabolic emission. (デアボリック・エミッション)

 

 天へと昇っていき今にも破裂せんと膨張する闇の塊。

 空間攻撃魔法。砲撃などの点で攻撃するのではなく面で攻撃する魔法。

 本来であれば面になった分、威力も保ち辛いはずなのだが闇の書にそのような欠点などない。

 切嗣はもはや、止めることは不可能と判断し、一目散に逃げ去る。

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)

 

 その切り替えの早さについていくことができずに先程からこちらの様子を窺っていた魔法少女二人は呆気にとられる。

 しかし、空間攻撃である以上は当然彼女たちにも危険は訪れるわけである。

 防御に定評がある、なのはが急いで円状のシールドを作り出して空間そのものを削り取るかのような魔力の爆発を受け止める。

 

「……闇に染まれ」

 

 まるで核爆弾でも落とされたかのような光景が生み出され辺りが闇に染められる。

 その威力故になのはとフェイトは消し飛んでしまうかと思われたが、何とか防ぎ切り、今度は速さを武器とするフェイトがなのはを抱えて物陰に逃げ込む。

 ひとまず、相手の魔の手から逃れられたことに胸を撫で下ろしながらこれからどうするべきかと話し合っているところに増援としてユーノとアルフが現れる。

 

「なのは!」

「フェイト!」

「ユーノ君、アルフさん、来てくれたんだ」

 

 心強い味方の登場に笑みを覗かせるなのはとフェイト。

 しかし、すぐに先ほどまでの出来事を思い出して暗い表情になる。

 そんな様子にユーノが何事があったのかと尋ねる。

 

「はやてが闇の書の主で、それで覚醒したんだ」

「ちょっと待って、それじゃあ今まで僕達が主だと思っていた人は」

「うん、偽物だったみたい」

「そうなんだ……。だとすると今まで僕達が追っていた人は一体?」

 

 ユーノの問いかけに体を震わせるフェイト。

 一体何があったのかと訝しがるアルフとユーノ。

 なのはは気を使い、そのあとの言葉を自分が引き継ぐ。

 

「はやてちゃんのお父さんが偽物で……はやてちゃんを裏切ったの」

「なんだい、そりゃ! その子も騙されてたってのかい!?」

 

 子供が親に利用されたと聞いて憤りを見せるアルフ。

 彼女中ではどうしてもフェイトがプレシアに利用され捨てられたことが残っているのだ。

 故に他にも同じような子供がいるとなると怒りが抑えられない。

 何よりも目の前で傷口を抉られて震えている主の姿が許せない。

 いつもの笑顔を取り戻す為ならば彼女は如何なることも戸惑わないであろう。

 

「それで、その人はどこかに行っちゃって―――」

 

 そこまでなのはが言った時、辺り一帯が封鎖結界により閉じ込められる。

 闇の書の意志がその場にいる者全てを逃がさないように張ったのだ。

 彼女は主の願い通り、誰一人として生かして返す気はない。

 

「クロノも応援に来てくれているけど大分時間がかかる。だから、それまでは僕達だけでなんとかしないと」

「うん。……こんな終わり方なんて許せないもん」

「はやて……一人じゃないって、伝えてあげないと」

 

 これ以上の増援は望めず、補給もままならない状態だというのに少女達は諦めない。

 寧ろ、絶対に自分達の力で何とかしてみせるのだと熱い想いを胸に抱く。

 なのははこんな悲しい結末など認めないと。

 フェイトは自分のように決して一人ではないのだと伝えたくて。

 己の愛機達に語り掛ける。

 

「お願い、レイジングハート」

「行くよ、バルディッシュ」

 

『All right.』

『Yes, sir.』

 

 四人は飛び立ち、悲しみ檻に囚われているはやてと闇の書を救いに向かうのだった。

 

 

 

 

 硬質な音を響かせてぶつかり続ける闇と閃光。

 閃光の戦斧に対して闇は武器すら持たずに相手をする。

 しかし、闇は何人たりとも寄せ付けることはなく、閃光をはじき続ける。

 

「く……強い。本当の意味で桁が違う」

「全て闇に呑まれて眠れ」

 

 闇の書はロストロギアの名に恥じることなく圧倒的な力を見せつける。

 だとしても、フェイト達は諦めない。

 並みの攻撃が通らないのであれば、並みでない攻撃を繰り出すまでだ。

 かつてシグナムとぶつけ合った遠中距離で最も威力ある魔法、プラズマスマッシャーを使う。

 

 しかし、威力の高い技は往々にして発動までに時間がかかるものである。

 相手は自分の速さに簡単についてくる闇の書である。

 一人であれば当てるどころかカウンターの餌食だろう。

 だが、彼女は一人ではない。

 

「縛れ!」

「くらいな!」

 

 ユーノにアルフというサポート役としては最高峰の二人がいる。

 二人はフェイトの攻撃を当てるため、チェーンバインドとバインドを用い足と腕を拘束する。

 さらに、もう一人なのはが闇の書の意志を挟み込むように砲撃の溜を行う。

 動けなくなった相手に左右からの強烈無比な攻撃。

 普通であればこれだけで落とせる。仮に防がれたとしても大ダメージは逃れられない。

 

『Plasma smasher.』

『Divine buster, extension.』

 

 放たれる雷鳴の一撃に不屈の一撃。

 これならば攻撃も通るだろうと確信する四人であったが、彼らは闇の書を侮っていた。

 闇の書の意志はまるで紙でも引きちぎるようにこともなげにバインドを引き千切って見せる。

 そして、身を翻して砲撃を避ける。

 目標を見失った砲撃はお互いにぶつかり合い霧散して消え去っていく。

 

「刃以って、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー」

『Blutiger Dolch.』

 

 ついで闇の書の意志は血の色をした鋼の短剣を突如として、少女二人の目の前に出現させる。

 少女達が驚く間もなく血の刃は突進し爆裂四散した。

 アルフとユーノが心配し、二人の名前を叫ぶ中なのはとフェイトは多少衣服が汚れた状態ではあるが無傷の姿を見せる。少女達二人は反応できなかったが、彼女達の愛機が機械らしい冷静さをもって防いでみせたのだ。

 

「はやてちゃん! 闇の書さん! こんな悲しいことはやめてください!」

「悲しくて、何もかもどうでもいいって思う気持ちはよくわかるよ。でも! 何もかもが終わったわけじゃない!」

 

 破壊の化身の前に文字通り必死の想いで立ち塞がり、説得するなのはとフェイト。

 その言葉を闇の書の意志は眉一つ動かない本物の機械としての表情で聞いていく。

 自分には揺れるべき心など存在しないのだと言い聞かせながら。

 

「我は闇の書。主の願いを叶えるための存在。主は確かに全ての破壊を望んだ」

「なら、どうして私達と優先して戦ってるの?」

「私はいずれ暴走状態に陥る。世界の滅びはその時におのずと訪れる。なら、今は主との関わりが強い者達から壊す」

「そんな……それが本当にはやての願い? 違うよね。一時の絶望に身を任せているだけだよ、それは」

 

 自身も親に見捨てられた経験のあるフェイトは真っすぐに闇の書の意志の瞳を見つめて話す。

 その奥に居るであろうはやてにも声が届くことを信じて。

 

「主は私の中で絶望の淵で夢を見ている。私にできることは優しい夢を見せて主を癒すだけ」

「そんなの間違ってる…っ。現実から目を逸らさないで! 誰かが―――私達ははやての傍にずっと居る!」

「……もう、遅い。何もかも…遅すぎる」

 

 母親にゴミのように捨てられ、生きる意志も、目的も見失っていた時に気づいた事実。

 誰よりも信頼していた人物から見捨てられたとしても、必ず誰かが傍にいてくれること。

 必ず誰かが手を差し伸べてくれていること。

 世界は残酷だけど、同時に何よりも美しいことを。

 全身全霊をもって伝えようとしたが、悠久の時を絶望で染め上げた闇の書には届かない。

 

「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

「え? あれって……まさか」

 

 手を掲げ、桃色の見慣れた円状の魔法陣を展開する闇の書の意志にユーノが声を上ずらせる。

 ベルカ式ではなくミッド式の魔法陣。そして、なのはと同じ桃色の魔力光。

 何よりも周囲の魔力を収束していくあの姿は間違いなく―――

 

「なのはのスターライト・ブレイカー!?」

「不味い……早く逃げないとッ」

 

 なのはのリンカーコアを蒐集したことで使用可能とした切り札、スターライト・ブレイカー。

 技をコピーするという出鱈目な芸当に声を荒げるユーノ。

 誰よりもその威力と危険性を理解し、顔を青ざめさせるフェイト。

 肝心のコピーされた本人といえば、驚いたものの、闇の書は凄いんだなと思う程度である。

 

「行くよ、なのは」

「ちょ、ちょっと慌て過ぎじゃない?」

「至近で食らったら防御なんて役に立たない」

「そ、そうなんだ」

 

 周囲の余りの慌てように少し傷つきつつ尋ねてみるが、今日一番の真剣な顔で返されてしまい自分の技の威力に自分で少し引いてしまう。

 全力で飛び去り、範囲内から完全に離れてしまおうと目論む四人だったが、そこに思わぬアクシデントが起こる。

 

Sir, there are noncombatants(左方向300ヤード) on the left at three hundred yards. (一般市民がいます)

 

「フェイトちゃん!」

「うん。すぐに探そう、なのは」

 

 バルディッシュの警告により、すぐさま退避を止め一般市民の保護に目的を変えるのだった。

 

 

 

 

 

「あの二人、どれぐらいもつと思う?」

「さあね、こっちとしては暴走直前の数分前までは囮になってくれると助かるけどね」

 

 戦場から遠く離れた場所にて、アリアと切嗣は常軌を逸した桃色の閃光を見物しながら会話をする。

 切嗣とてあの爆心地に一般人がいるのには気づいてはいたが、計画に支障が出ぬように見捨ててきた。

 

 対管理局用に人質としてとっておいても良かったのだが、肝心の闇の書は人質ごとこちらを殺しにくる。

 片方にしか効かない人質を取っても乱戦ではあまり意味はない。

 それよりも、身軽に動ける方が闇の書の封印には有利だ。

 

「デュランダルの準備は?」

「もう、できている」

「オーケイ、なら、後は暴走開始直前の隙をつくまでだ。尤も、もうしばらくかかりそうだが」

 

 まるで核爆発でも起こしたかのようなスターライト・ブレイカーの爆発を見ながらぼやく。

 あのレベルの攻撃を際限なく撃ち続けられるのだからまさに反則級だ。

 あくまでも対人戦闘に特化した今の切嗣の武装では荷が重い。

 化け物じみた魔力量を誇る少女二人に押し付けるのが得策だ。

 ただ、あの二人がやられれば間違いなくこちらに向かってくるだろうが。

 

「それにしても、闇の書はこっちに来るものと思っていたんだが、意外だな」

「未だに信じたくないだけ……かも」

「…………」

 

 自分を目の敵にしてくるはずだと踏んでいた切嗣にとっては闇の書の意志がなのは達を襲っているのが不可解でならない。

 そんな切嗣に向けてアリアが闇の書の意志の考えを、いや、はやての想いが未だに裏切られたことを信じたくないのではないかと告げる。

 黙ってその言葉の意味を噛みしめる。それほどまでにはやては自分のことを信用して、愛してくれていたのだと今更ながらに感じ、首を振る。

 

「まあ、都合が良ければそれでいい。僕は闇の書の意志の近くの持ち場につく。機が満ちたら封印を頼む。可能な限り、良い環境は作り出す」

「分かった。そっちも、もしもの時の保険(・・)は任せた」

「ああ、わざわざ無理を言って頼んでいたもの(・・・・・・・)だ。と言っても、無駄になることを祈っているよ」

「分かっている。必ず、成功させる」

 

 仮面の下で並々ならぬ覚悟を決めた表情を作るアリア。

 そして、それ自体が仮面なのではないかと錯覚してしまうほどに無表情の切嗣。

 両者は最後に目を交り合わせることもなく、自らの持ち場へと向かっていく。

 何の罪もない少女の息の根を完全に止めるために。

 

 

「……許してくれなんて請えない。ただ、一つ願うとしたら、僕を―――呪ってくれ」

 

 

 自分が殺す人間から目を背けず、決してその顔を忘れぬこと。

 いつの日か、その死が報われる世界ができるまで。己も相手も決して忘れない。

 それが犠牲にする者に対して彼に唯一できることなのだから。

 

 舞台は最終幕を迎える。果たして今宵の劇はどう転ぶのか。

 結末は役者達にもわからない。もし、分かる存在がいるとすれば。

 それは狂いに狂った―――運命(Fate)だけだ。

 




次回は微妙に更新遅れるかもです。次回は結構長くなるかもしれないので。
次はかなり書きたかった部分ですので。


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二十二話:Fate〈運命〉

 何とか、スターライト・ブレイカーの直撃からすずかとアリサを守り抜き、安全地帯まで転送してもらったなのはとフェイト。

 ユーノとアルフは二人が心置きなく戦うためにすずかとアリサの守護を行っている。

 闇の書は翼をはためかせて二人のもとに寄って来る。

 それに対し、二人は強い眼差しで睨み返す。

 そんな態度に闇の書の意志は少しばかり悲しそうな表情を見せるのだった。

 

「闇の書さん、はやてちゃんを出してください。はやてちゃんとお話をしたら、きっと何かが変えられると思うんです」

「きっと……何かあるはずなんです。誰もが、あなたもはやても騎士達も幸せになれる道が」

 

 切実な想いで矛を収めるように説得するなのはとフェイト。

 しかし、闇の書の意志は首を横に振るばかりである。

 なおも、食らいつこうとする二人だったが、突如として地面から生えてきた巨大な尾により吹き飛ばされてしまう。

 

「きゃっ!」

「うっ……これって、砂漠の世界にいた生物?」

 

 眩む目をこすりながら相手の全体像を捉える。

 フェイトの言うようにそこにいたのは巨大な虫のような竜のような生物。

 かつて、ヴィータが蒐集の際に襲った砂漠の魔法生物だ。

 闇の書の力はリンカーコアを蒐集した相手の魔法を使うだけでなく、実態を伴って召喚することも可能とする。

 その事実に驚く二人向けて、さらに岩ばかりの世界にいた棘を背負った巨大な亀のような生物も召喚される。

 

「主は己の意志で眠りについておられる。奇跡でも起きなければ目を覚ますことはない」

「何をすればいいの?」

「閉ざされた主の心に届くこと。尤も、そんなものは冷たい残酷な世界にはありはしない」

「そんなことないよ! 必ず見つけて見せる。世界は暖かくて優しいんだから!」

 

 群がる巨大生物を自身の最大の長所である砲撃で蹴散らしながらなのはが叫ぶ。

 絶望を打ち砕く星の光を宿す少女はまだ世界の残酷さを知らぬ。

 いや、例え知ったとしても彼女は決して折れることなく希望を求め続けるだろう。

 それは、まさしく物語の主人公。世界の残酷さを知り希望を失った男とは違う。

 

「そうだよ! 100回やってもダメでも、101回目は成功するかもしれない!」

「同じことの繰り返しだ。ゼロを何度もかけてもゼロにしかならないように」

「私達の行いは決して―――無駄じゃないッ!」

 

 這いよる無数の触手たちを閃光の戦斧で斬り払いながらフェイトが前へ、前へと向かう。

 何を犠牲にしても決して叶わぬ願いがあることを少女は未だに知らぬ。

 否、心のどこかでは理解している。しかし、何の因果か、彼女の母親が決して最愛の娘(・・・・)の蘇生を諦めなかったように、彼女も諦めない。

 それは、まさしく健気な物語のヒロイン。

 理想のために支払った対価(犠牲)を無駄にせぬ為に諦めることができぬ男とは違う。

 

「だとしても、私は主の願いを叶えるだけの道具。何をしても私の行動は変わらない」

「道具? そんなの……嘘だよッ! だってあなたはこうしてお話しできるじゃない!」

「お前達のデバイスもそれぐらいはできるだろう」

「違うよ、レイジングハートは―――私の相棒(パートナー)だよ!」

『Yes. My master!』

 

 己を道具と呼ぶ闇の書の意志に対してなのは道具ではないと力強く告げる。

 例え、デバイスという存在であってもそれはただの道具ではない。

 己が生死を共にする、強いきずなを育んだ相棒なのだ。

 その気持ちはフェイトもまた、同じである。

 

「そうだよ、ただの道具のはずがない。ね、バルディッシュ」

『Yes, sir.』

「心のない物は等しく道具だろう。私には心がない」

「そんなこと言っても信じるもんか…っ。涙を流しているのに心がないなんて信じるもんか!」

 

 自身の相棒、バルディッシュを魂を込めて振るい、立ちふさがる巨体を斬り伏せながらフェイトが雄叫びを上げる。

 彼女の言うように闇の書の意志の瞳からは泉から湧き出るかのように涙が溢れ出していた。

 闇の書の意志は彼女の指摘に軽く涙を拭い取り感情の薄い声を返す。

 

「これは主の涙だ。道具は命じられたことを為すための存在。主の願いが滅びなら、全てを滅ぼすだけ」

「だから…ッ。そんな願いは本当のはやての願いなの? いつもはやては何もかも壊れてしまえばいいと思っていたの?」

「…………」

「違うよね? 私達でも違うってわかるんだから、あなたが分からないわけがないよね?」

 

 フェイトは静かに、ゆっくりと、諭すように話しかけていきながら近づく。

 闇の書の意志はそんな彼女様子を心底理解できないような視線を向ける。

 どうして、救おうとするのかが分からなかった。

 はやてはともかく、自分までも救おうという意思が手に取るように分かるのだ。

 

 なぜ? 自分には助けられるような価値などないのに。

 幾ら考えても答えは出ない。しかし、そのうちに思考している己に自虐の笑みが起こる。

 機械が、道具が、考える必要などない。機械はただ与えられた命題をこなすのみ。

 主には夢の中での安らぎを、それ以外の全てには破壊を与えよう。

 

「闇の一撃で沈め」

Schwarze Wirkung(シュヴァルツェ・ヴィルクング)

「バルディッシュ!」

『Defenser plus.』

 

 あと少しでこちらに到着するいうところで闇の書の意志は自らフェイトに近づき魔力の鉄拳を叩き込む。

 一撃でも入れられば落ちかねない為、フェイトもすぐさま防壁を張り防ぐ。

 しかしながら、闇の書の力は恐ろしく打撃力の強化に加えてシールド破壊の効果も兼ね備えた拳となっていた。

 

 罅割れる防壁に冷や汗が流れる。なのはも援護射撃を行おうとするが間に合いそうにない。

 今度は仕留めるとばかりに死神の鎌のようにゆらりと魔拳を構える闇の書の意志。

 それがフェイトにとってはスローモーションに見え、次の瞬間には殺られると直感する。

 闇の一撃が打ち込まれる刹那―――一発の弾丸が闇の書の意志に襲い掛かった。

 

「……ッ!」

「フェイトちゃん、大丈夫!?」

「まさか……今の」

 

 自身の頭部を狙った一撃に少しばかり気を取られてフェイトから気を逸らす。

 その一瞬隙を突き、フェイトは得意の高速機動で脱出する。

 頭部を撃たれたにも関わらず、分厚い魔力で何事もなく防いだ闇の書の意志は弾丸が飛んできた方を向く。

 フェイトとなのはも覚えのある攻撃に同じ方角を向く。

 そこには、ビルの屋上でワルサーを構えた状態で煙を吹かす切嗣が立っていたのだった。

 

「馬鹿げた魔力だな。今まで散々主を喰ってきただけはある」

「はやてちゃんのお父さん!?」

「君達があれと戦うのなら援護ぐらいはしてやる」

「で、でも……一体何が目的で?」

 

 闇の書を完成させたにも関わらず、何故かその闇の書と争う切嗣に疑問が絶えない、なのは。

 だが、切嗣にはその疑問に答える気もなければ、余裕もなく、時間もない。

 全神経を闇の書の意志の攻撃に向けるだけだ。

 

「悪いが長々と話す暇はない。早速か!」

『Blutiger Dolch.』

固有時制御(Time alter)――(――)二倍速(double accel)!」

 

 自身の周りを二十以上に及ぶ血の刃で埋め尽くされた瞬間に高速軌道を展開する。

 その素早い対処のおかげで肉体の損傷は阻止できたが、コートの端は背筋が凍るほどの切れ味で切断されてしまった。

 やはり、自分には荷が重い相手だと再認識し、再び物陰に隠れながら移動を始める。

 

「切嗣、なぜ邪魔をする。全てはお前が主を絶望させたのが原因だというのに。お前も世界を壊すのが目的ではないのか?」

 

 闇の書の意志の問いかけにも当然切嗣は答えを返さない。

 黙って息を潜め、再び陰から狙うだけである。

 闇の書の意志は隠れて姿を現さないのであれば辺り一帯を消し飛ばしてしまおうと考え手をかざす。

 しかし、現れたのは彼女が意図した物とは違う天をも焦がす無数の火柱だった。

 

「早いな……すぐに暴走が始まる。そうなる前に、主の願いを」

「闇の書さん! お願いだから止まってください!」

「仮に私が止まったとしても、暴走からは逃れられない。もう……何度も経験したからな」

 

 今までの主と同じようにはやてが滅んでいくのだと思い、少し悲しげな表情を見せる。

 そんな闇の書の意志に業を煮やしたのは、なのはであった。

 魔導士の杖を血が滲むほどに握りしめ、キッと睨みつける。

 

「だから…ッ、どうして諦めるの!? 終わるまでやってみないと分からないじゃない!」

「あり得ない。機械である私が計算して不可能だと判断されたことだ」

「この、駄々っ子! いいよ。それなら私が―――奇跡を起こしてみせる!」

 

 アクセルシューターで群がる触手を撃ち落としていきながら砲撃の構えをとる。

 不屈の魔導士の杖は奇跡を起こす魔法の杖。

 幾度の危機にも決して折れることなく奇跡を起こし続けてきた。

 ならば、今度もまた奇跡を起こすのが道理だろう。

 

「ディバイン―――バスターッ!」

「盾を」

Panzerschild.(パンツァーシルド)

 

 遥か先からも視認することが可能ではないのかと思わせる極太の光の束。

 心優しい少女の桃色の魔力砲撃は阻むものなど何もなく突き進む。

 闇の書の意志は避けることなどせずに正面から盾でもってそれを防ぐ。

 貫き通そうともがくなのはとは正反対に闇の書の意志の表情は涼しげだ。

 いくらなのはの魔力量が規格外と言えども、無尽蔵に魔力を持つ相手には及ばない。

 

「……闇に沈め」

 

 闇の書の意志は再び血の刃を出現させ動けないなのはを串刺しにしようとする。

 だが、何故か体は思う通りに動かずに回避行動を行ってしまう。

 まるで、相手を倒すことよりも自分自身の身を守ることを優先するかのように。

 

「本当に暴走の開始が早いな。それだけ主の悲しみが深いということか……」

 

 防衛プログラムが徐々に自分の体を乗っ取り始めたことに気づき憂いに満ちた声を零す。

 自分とほぼ同一の存在ではあるが、それでも乗っ取られるという感覚は気持ちの良いものではない。気づけばもう一方からもフェイトが砲撃を放ってきていた。

 沈み込むような気持になりながら彼女は防衛プログラムに身を任せるようにシールドを張る。

 そんな状況を心待ちにし、見つめていた者がいることを知らずに。

 

(アリア、もうそろそろだ。永久凍結の準備を)

(……分かっている)

 

 一進一退の攻防を続ける三人に気づかれぬように静かにその姿を現すアリア。

 管理局のデバイス技術の集大成。

 氷結の杖、『デュランダル』は既に待機状態から通常状態に移行されている。

 後は、クロノの魔法の師でもあるその卓越した技術で最強の凍結魔法を唱えるだけ。

 静かに、しかし、抑えられない心臓の動悸を意識しながらゆっくりと近づく。

 

 三人はその存在に気づくことなくなおも苛烈さを増す戦闘を行い続け、やがて戦場を海へと変える。そして、数秒とも、数分とも、数時間とも思える時間が経った後に闇の書の意志が海面近くでその動きを止める。

 

(今だ、アリア!)

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちに」

「なん…だ?」

 

 突如として現れた新手の姿に戸惑いを見せる闇の書の意志と少女二人。

 だが、そんなことは関係なく、見る見るうちに海面は凍り付いていき闇の書の意志の足を凍らせていく。

 このまま詠唱が完成すれば闇の書は永遠の眠りの淵につく。

 ……多くは望まなかった、誰よりも優しい少女の人生と引き換えに。

 

「永遠の眠りを与えよ―――」

「させるかッ!!」

「―――なっ!?」

 

 最後の一節を唱えようとした彼女の体が死角より訪れた青色の魔力弾により弾き飛ばされる。

 そして、一切の抜け目なく思考の空白を狙ってのバインドをかけられてしまう。

 後少しのところで邪魔をされた怒りでアリアは顔を隠しているのも忘れて自身を攻撃した相手の名前を叫んでしまう。

 

「よくも―――クロノッ!」

「暴走が始まる前の主は一般人だ。だから、君の行為を許容することはできないよ、アリア」

 

 憎悪にも等しい感情を向けられながらもクロノは冷静に言葉を告げる。

 本来であれば父親の敵である闇の書を恨んでもおかしくない。

 実際、かつては恨んでいたこともある。だが、父がなぜ命を賭したのか。

 以前の闇の書の事件で命を投げ出したのか。その理由を考えれば恨みは消えていった。

 父、クライドは己の命をもって愛する者を、名も知らぬ守るべき者を救いたかったのだ。

 その気高き心を息子である自分が憎しみで穢していいはずがない。

 クロノはクライドの意志を継ぐ者なのだから。

 

「クロノ!」

「それに……どうして? アリアさん」

 

 突如訪れた急展開に思わず闇の書の意志から目をそらして二人の方を向くなのはとフェイト。

 できれば説明してやりたかったがその時間もないので素早く状況からアリアの目的を推測していくクロノ。凍り付いた海に凍りかけの闇の書の意志。

 それだけで十分だった。

 

「闇の書を極大の凍結魔法で永久凍結して封印する。……それが君達の目的か」

「そうよ。終わらぬ連鎖を終わらせる切り札。それがデュランダル」

「だが、それはさせない。必ず別の方法はあるはずだ」

 

 自分たちのやり方に従えと暗に告げるアリアの言葉を一蹴するクロノ。

 そんな姿にアリアは悲しみの表情浮かべて俯く。

 疑問に思うクロノの耳に懺悔の言葉が入ってくる。

 

「ごめんなさい……切嗣。結局、最後も―――あなたにやらせることになって」

 

「『ピースメイカー』ロック解除」

『Mode Launcher.』

 

 まだ、敵は残っていたと自分の不覚に歯ぎしりしながら振り返るがもう遅い。

 切嗣は既にロケットランチャーを闇の書の意志に向けて構えている。

 ストレージデバイス、『トンプソン』の開発名『ピースメイカー』。

 その名は切嗣が対人以外の戦闘を行う際に使うランチャーモードを使うためのキーとなっている。

 

 スカリエッティが取り付けたふざけた設定(・・・・・・)。真名を解放しなければ真の力は発揮できない。

 切嗣は自身が最大の破壊行為を行うときはいつもPeace maker(平和を作る者)という自身への最大級の皮肉を言わなければならないという苦痛を与える。

 それ故、滅多に使うことはない。だが、今回はその限られた事例だ。

 

「『ローラン』装填完了」

 

 放たれる誘導弾(ミサイル)はグレアムに頼んで(・・・)極稀にしかいない凍結変換の資質を持つ者の魔力を籠めさせた物。さらに、言えば相当な時間をかけて魔力を込めているのでその威力はアリアの行おうとした魔法『エターナルコフィン』にも魔力という点では劣らない。

 

 そして、そのアリア自身が凍結強化の作用を持たせた魔法陣を書き込んだ誘導弾。

 最後に切嗣自身がこの日までの間に長年積み重ねてきた温度変化の制御により、一発限定でエターナルコフィンに近い凍結魔法を切嗣が使うことを可能とする為の保険(・・)

 それが誘導弾(ミサイル)『ローラン』である。

 

「さよなら、はやて」

「切嗣…! お前はどうして主を…ッ!」

 

 ――別にたいそうなもん用意せんでええよ。おとんと暮らせてる今で十分幸せやから――

 

 明るく元気に、そして何よりも優しく育ったどこに出しても自慢な娘。

 娘のどんな顔も完璧に思い出せる。笑った顔、怒った顔、泣いた顔……。

 目に入れても痛くない。いや―――目に焼き付いて離れてくれない!

 動悸がおかしくなる。奥歯がカチカチと鳴る。

 それでも指先だけは揺れずに引き金を引いてしまった(・・・・・・・)

 

「やめろッ!」

「僕は……」

 

 クロノが静止の声をかけるが時すでに遅し。

 誘導弾(ミサイル)は既に放たれ真っすぐに闇の書の意志の元に飛んでいく。

 彼女は避けられないのか、それとも避ける気力すら残っていないのか、動かない。

 

 ――今年はもう泳ぐには遅くなりそうやしなー。来年みんなで海に行こうや――

 

 自分よりもしっかりとしているが、偶にあどけない顔で甘えて来る。

 そんな、何に変えても守ってやりたいと願ってしまった娘。

 気が狂ってしまいそうだ。何もかも放り投げてあのミサイルを止めてしまいたい。

 でも、目は決して逸らさずに悲しみの涙を流す顔を焼き付ける。

 あの涙は闇の書の意志とはやての二人分の涙だから。

 

「僕は―――ッ!」

 

 ――大丈夫やよ。おとんは―――正義の味方になれるよ――

 

 

「君を殺して―――世界を救うからだ…ッ!」

 

 

 血を吐くような呟きとともに氷結の誘導弾が闇の書の意志に当たり、魔法が発動される。

 彼女の体が分厚い氷に覆われていきその身を永遠の眠りへと誘う。

 なんという皮肉だろうか。彼女は自身を殺すべきか迷う父の背中を押してしまったのだ。

 

 そして父は背中を押されたことで全てを、家族すらも捨てる決意を固めてしまった。

 正しいかどうかも分からぬ傲慢な正義へと足を踏み出してしまったのだ。

 動かぬ体となった娘を見つめる彼の表情は目の前の氷塊よりも硬く凍り付いていた。

 

「そん…な。はやて……ちゃん」

「嘘……だよね?」

 

 文字通り、冷たい現実に打ちのめされた表情を見せるなのはとフェイト。

 クロノは間に合わなかった自分に怒りを向けるように唇を噛みしめ血を滲ませる。

 そんな子供達の様子を何とも言えない表情で見つめながらアリアは寂しげに笑う。

 結局、切嗣は家族ではなく名も知らぬ他人を選んだのだと。

 

「……最後の仕上げだ、クロノ・ハラオウン。アリアの拘束を解け」

「…ッ。彼女にもう一度凍結魔法を使わせる気か?」

「ああ、理解が早くて助かるよ。僕のその場凌ぎの凍結魔法じゃ不安定だ。内側から破られる可能性も限りなく低いがないわけじゃない」

「しかし…っ」

「完璧を期すにはアリアに封印させるのが最善だ。それとも君がやってくれるかい? 君ならデュランダルを使えば可能なはずだ」

 

 まるで幽霊のように生気を感じさせない瞳で近づいてくる切嗣にクロノは恐怖すら覚えた。

 人間は理解できないものを恐れ、拒絶する生き物だ。

 その人間の本質がクロノに警鐘を鳴らしていた。理解できないと。

 娘として扱っていた人間を殺してもなお表情のない顔を持つ男。

 はなから感情のない機械のように動ける人間がいることに恐怖した。

 

 ――常に冷静で居続けるのはただの機械だ。人の身で機械になることがないようにな――

 

 思い出すのはグレアムの言葉。あの時は気づかなかったが今ならば分かる。

 グレアムはあの男のようにはなるなと警告していたのだ。

 

「はやてちゃんのお父さん! これ、どうにかしてくださいッ!」

「悪いがそれはできない」

「どうして!?」

「凍結を解除してしまえば、すぐに闇の書の暴走が始まる。そんな危険な真似はできない」

 

 身の危険も考えずに切嗣の元に飛んでいき食って掛かるなのは。

 切嗣はそんな少女に理を解くようにどこまでも冷静に淡々と告げていく。

 だが、少女がその程度のことで諦めるはずもない。

 さらにそこにフェイトも加勢に入ってくる。

 

「私達が止めて見せます! 暴走なんてさせない…ッ。しても止めます!」

「戦ってみてあれに勝てると思うほど君達も馬鹿じゃないだろう? あれは規格外だ。君達だけの力じゃあ、どうしようもない」

「それでも…それでも…っ! 友達を見殺しになんてできないッ!」

 

 フェイトも切嗣の言いたいことは分かっている。

 仮に暴走を起こす前だとしても自分達だけで勝てる見込みは少ない。

 奥の手があることにはあるのだがそれもぶっつけ本番だ。

 彼の意見が正しいのは分かる。だが、納得などできない。

 一向に退く気配の見えない二人に切嗣は無感情に息を吐きクロノの方を見る。

 

「それなら判断をクロノ・ハラオウンに任せる。凍結魔法は外からの攻撃で壊すことは可能だ」

「クロノ君、お願い!」

「クロノ……ッ」

 

 なのはとフェイトが期待を込めた眼差しでクロノを見つめる。

 その視線を受けてクロノは自身の手の平を見つめるが封印の解除を行うためには動かない。

 不思議に思い、二人が心配そうな顔で声をかけてくる。

 

「クロノ…君?」

「選べるはずがないでしょう。余りにも重すぎるんだから」

 

 そんなクロノに変わりアリアが子供達を諭すように声をかける。

 クロノはその言葉に己の不甲斐無さと力の無さを恥じ入る。

 こういったことも覚悟して執務官になったはずだった。だが、まだ自分は子供だった。

 

「できるはずがない。たった一人の少女の為に―――六十億の人間を危険にさらすなんてね」

 

 切嗣の言葉にハッとするなのはとフェイト。

 はやてを助けるということはこの世界の人間全てを危険にさらすということなのだ。

 天秤で測るまでもない。どちらが重いかなんて火を見るよりも明らかである。

 一度でも凍結されてしまった以上、管理局という立場からは凍結の解除はできない。

 例え、封印された少女が何の罪もない者だったとしてもリスクが大きすぎる。

 

「悔やむことはないよ、クロノ・ハラオウン。こうなった以上、その決断は何よりも正しいものだ。このままいけば世界は救われる」

「そんな理由で納得できるか…ッ。僕はできる限りの人を救いたい。こんな結末じゃあまりにも救いがないじゃないか」

「悲しみの連鎖はね、断つことはできるんだ。でも―――最後に悲しむ人は必ず出てくるんだ」

 

 憎しみの連鎖や、復讐は多くの人間が言うように著しく愚かな行為だ。

 それは疑いようのない事実だ。だから、人は耐えて連鎖を断とうとする。

 それで連鎖は確かに終わる。耐えた人間が決して報われることなく。

 要するに、殴られた人間は殴り返さなければ殴られたまま終わるのだ。

 

 美徳と、人はそれを讃えるだろう。だが、それは悲しみがなくなったわけではなく。

 誰かが悲しみをそこで堰き止め続けているだけに過ぎないのだ。

 誰もが幸せで笑いあえる未来など、悲しみの連鎖が始まった時点で訪れないことは確定しているのだ。

 

「奇跡でもない限りは誰もが笑いあえる世界が来ることはない。でも―――奇跡は起こらない」

 

 自嘲と諦めと憎しみを込めた言葉が波に呑まれて消えていく。

 もしも、世界を変える奇跡があったのなら全てを捨ててそれを求めただろう。

 でも、そんなものなど、どこにもなかった。

 だから、理想と真逆の行い(殺人)で世界を平和にしようとした。

 奇跡がこの世に存在するのなら衛宮切嗣という人間の人生は全て間違いだった証明されるだろう。

 

「こんな……こんな悲しい終わり方であなたは良いんですか!?」

「良いか悪いかじゃない。正しいか、正しくないかだ」

「そういうことを聞いているんじゃないんです! あなたははやてちゃんが居なくなって本当にいいのかって聞いているんです!?」

 

 なのはのどこまでも真っすぐな、理屈など関係ない言葉に切嗣の眉がピクリと動く。

 どこかしら捻くれた、子供のような若い心を持つ彼にとっては理屈よりも純粋な感情の方が届きやすい。

 そんなことなど、なのはは知らないだろうがなおも言葉を続けていく。

 

「私、そんなに頭が良くないから分からないことが一杯あるんだけど。でも、あなたが誰かを好きで傷つける人じゃないと思います」

「何を……言っているんだ?」

「だって、あなたが闇の書を封印しようとしたのは誰かを守るためじゃないんですか?」

 

 言葉が出なかった。切嗣は目の前の少女が何を言っているのかが理解できなかった。

 この期に及び自分が誰かを守ろうとしている人間と思う人間がいるとは考えてもみなかった。

 なのはは真っすぐな瞳で切嗣を見つめてくる。彼はその瞳が怖くて思わず逸らしてしまいそうになる。

 

「誰かを守るために封印しようとした。なら、どうして―――はやてちゃんとヴィータちゃん達も助けようとはしないんですか?」

 

 ―――助けようとはしない。

 その言葉を聞いた瞬間に切嗣から余裕は失われた。

 まるで、子供のように少女に対して敵意むき出しにする。

 

「高々数人のために世界を賭けるなんて愚かなことができるか…ッ」

「それでも諦めなかったら何か方法が見つかるかもしれない! みんなで笑い合える未来が掴めるかもしれない!」

「そんなことは不可能だ。どちらか片方しか救えはしない。両方救おうとすれば全てを失うだけだ」

 

 客観的に見ればそれは大人が子供に当たり散らしている情けない光景だろう。

 しかし、傍で見ていた者達からすれば何故かそれは子供と子供の喧嘩に見えるのだった。

 

「どうして、そんなに悲しいことばっかり考えるの!?」

「リスクが大きすぎる。夢や理想だけじゃ何も変えられない。それが子供には分からないッ」

「子供だよ、子供でいいよ! そんな悲しい顔で悲しいことしかできない大人になるぐらいなら子供のままでいいッ!」

 

 何かが音を立てて崩れ落ちていく。切嗣はその音を必死で無視しながら話し続ける。

 殺したいほどに目の前の少女が憎い。だというのに、憧れを抱いてしまう。

 どこまでも希望を、奇跡を追い求めて走り続けられる彼女が羨ましかった。

 彼女の言葉はまるで本物の正義の味方みたいじゃないか。

 薄汚れ、血塗れた偽物の正義の味方でしかない自分が酷くみすぼらしく見える。

 

「悲しいことを終わらせるために悲しいことをしたって、悲しみしか残らないよ!」

「ああ、そうだとも。悲しみは残る。だが、それでも終わることで少しはマシになる」

「最高の結果を目指そうよ! ―――夢は諦めなければ叶うんだからっ!」

 

 かつて、はやてに言われた言葉を出されて切嗣の表情は完全に崩れる。

 思わず頭を抑え血が出るほどに爪をたてる。

 しかし、痛み程度では少女に崩された表情は戻らない。

 そこに追い込みをかけるようにフェイトも話しかけてくる。

 

 

「あなたは本当にはやてのことをどうでもいいと思っていたの? 愛してなかったの?

 はやてのことを―――人形だと思っていたの?」

 

 

 まるで血液が沸騰したかのように憤りで体が熱くなる。

 心が体を凌駕し始める。本当の気持ちを吐き出そうと蠢く。

 それを何とか抑え込もうとするが続いたなのはの言葉で全てを壊される。

 

 

「あなたは、はやてちゃんに、家族に―――幸せになって欲しくないの?」

 

 

 気づけば大きく腕を振るい、目の前にいた少女達を振り払っていた。

 抗いきれぬ衝動が切嗣の体を襲う。心が体を食い破り、姿を現す。

 全身から力が抜け、震えが走り、瞳からは枯れ果てたはずの涙が流れ出る。

 その姿は感情を持つ者だけに許される姿―――絶望だった。

 

 

「……ふざけるな…ふざけるなッ! 馬鹿野郎ッ!!」

 

 

 怒りと、悲しみと、絶望の籠った悲鳴が夜空にこだまする。

 そのあまりにも痛々しすぎる姿に誰もが言葉を失う。

 もはや、彼の言葉を止めることができる者は彼を入れても存在しなかった。

 

 ―――初めて、父と呼んでくれた時は涙が出るほどに嬉しかった。

 

 ―――毎日成長していく姿がこの上なく愛おしかった。

 

 ―――騎士達も父と呼んでくれてただ楽しかった。

 

 ―――本当の家族だとこの世の誰よりも思っていた。

 

 ―――娘と家族さえいれば世界なんてどうでもいいと思えるほどだった。

 

 ―――こんな結末を願ったわけじゃない。

 

「愛していた! 家族をッ! 世界で一番愛していたッ! 娘をッ!!」

 

 紡がれる言葉は聞く者達の心を引き裂いていく。

 同時になぜそこまで思っていながらこのようなことをしたのかと疑問を抱く。

 しかし、その答えはすぐに彼の口から出されるのだった。

 

「それでも…それでも…っ、これで正しいんだ!!」

「何が……何が正しいと言うんだ?」

 

 恐る恐る尋ねたクロノに鬼のような眼光を向ける切嗣。

 先ほどとは別の理由で思わず怯んでしまうクロノ。

 だが、そんなことはお構いなしに切嗣は叫び続ける。

 

 

「死ぬしか他にない者が殺され、死ぬ理由のない人達が救われた!

 これが―――正義(・・)でなくてなんなんだッ!?」

 

 

 自分自身に語り聞かせるように、納得させるように悲鳴を上げ続ける。

 本心ではわかっている。それもまた、偽善で、独善的なものに過ぎないのだと。

 ただ、それでも衛宮切嗣は犠牲に報いる対価を得るために同じ方法で皮肉な正義を為し続けなければならない。

 

「だから…ッ、僕は絶対に正義を行い続けないといけない!」

「どうして…? どうしてそんなに悲しい想いをしてもまだ続けられるの?」

 

 なのはが目に涙を浮かべながら聞く姿を、ぼやけた視界で見ながらコンテンダーを構える。

 もう、何をしたいかすら分からなくなった。途方にくれ立ち続けていたい。

 それでも―――引き返すにはもう遅すぎる。

 

 

「だって、僕は……もう―――愛した娘(はやて)を殺したんだからッ!!」

 

 

 先に進めば進むほどに、犠牲を増やせば増やすほどに後戻りができなくなる。

 それが大切な者であればあるほどに意固地になって走り続けなければならない。

 決して終わることのない絶望への片道を。ただ、走り続ける。

 

「邪魔をするなら……容赦はしない…ッ」

「来るぞ!」

 

 右手にコンテンダー、左手にキャリコといった装備に切り替えて切嗣が動き始める。

 戸惑うなのはとフェイトを守るためにクロノは前にでて、S2Uを構える。

 必ず、ここで終わらせる。

 そう覚悟を決めた二人がぶつかり合おうとした瞬間―――巨大な氷塊が崩れ去った。

 

「―――あ」

 

 掠れた声を上げ、振り返る切嗣。背後でクロノが何事か叫んでいるが耳に入らない。

 彼の視線の先には所々凍っているものの動きには障害のない姿で宙に浮く者がいた。

 煌めく白銀の髪に、雪のように白い素肌。血のような赤さを備えながら、なお美しい瞳。

 闇の書の意志がその封印から解き放たれていた―――その瞳から新たな涙を流しながら。

 




ランチャーはスティンガー携行対空ミサイルが元ネタですが、対空専用しか持ってないのもおかしいのでロケットランチャーと表記させていただきました。
因みに初スティンガー。

切嗣の絶望はあと一回は訪れる予定。


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二十三話:理想の終わり

 凍りついていく己の体を無表情で見つめながら闇の書の意志は理解した。

 切嗣が成し遂げようとしたことは自分をはやてと共に永久封印することなのだと。

 凍結の際に与えられた膨大な魔力ダメージで防衛プログラムも停止している。

 その状況を永遠に続けさせるための永久凍結なのだろう。

 確かに、自分が意識を失い、その上で動かない防衛プログラムだけが残れば、動く必要のない状況に抗うこともない。

 

 ただ、逆に言えば自分の意識があるうちはこの氷を砕くこともできる。

 人間であれば凍らされた時点で砕こうと考えることもできないがこの身は機械。

 演算し、抜け出す方法を見つけることは難しくはない。

 だが、彼女は欠片たりとも抜け出そうとは考えなかった。

 

「これで……やっと私の旅は終わるのだな」

 

 機械である自身ですら記憶できないほど膨大な時間を過ごしてきた。

 数え切れないほどの主を喰い殺してきた。

 もう、たくさんだった。人間でいうところの疲れたという言葉がピッタリであろう。

 永遠の眠りにつけるというのなら、寧ろ喜んで受け入れたい気分だ。

 

 しかし、はやては別だ。

 仮にこれからどれほどの時が流れても忘れることがないと言える最高の主。

 彼女もまた眠りにつかなければならないというのは心が痛む。

 本当にどうして自分が彼女の元に来てしまったのだろうかと考えずにはいられない。

 

「それでも、主の優しい夢も永遠を保証された……」

 

 永久(とわ)に続く幸せな幻。それは幻なれど永遠だ。

 何を悲しむ必要があるというのだ。この世の全ての人間が望んでも得られぬ幸福。

 それを得ることができるというのだ。

 望んだ生き方すらできなかった少女に望む全てを与えることができる。

 悲観的になることはない。これが最善だとすら考えることが可能だ。

 

「生は苦しみの連続。死は一瞬の絶望。ならば、安らぎは生と死の狭間の夢にしかない」

 

 闇の書の意志は眠り続けるはやての頬を優しく撫でる。

 そこには、在りし日に、はやてが母に撫でられたものと同じ愛情があった。

 騎士達よりも長く彼女を見てきた。

 己の在り方を呪いながら、誰かを憎むことにすら疲れ果て。

 ただ、彼女を見守り続けてきた。

 

「眠り続けてください。あなたの望むものは全てそこ(・・)にあるのですから」

 

 誰にも邪魔されることなく、決して覚めることのない夢の中で永久の幸福を。

 眠りの姫を眠りから覚ます王子など、この世界にはおらず、彼女を傷つける者もいない。

 そう、はやてが眠りから目を覚ますことなどあり得なかったのだ。

 それこそ、奇跡(・・)でも起こらぬ限り。

 

 

 ―――……ふざけるな…ふざけるなッ! 馬鹿野郎ッ!!

 

 

 一瞬、誰の声か分からなかった。そもそも外の声が聞こえるのが不思議だった。

 一体誰が、これほどまでの絶望の叫びを上げているのか理解できなかった。

 だが、しかし。はやてはその心が、魂が、覚えているとでも言うように瞼を震わせた。

 その光景に闇の書の意志は目を見開き、掠れた声を零す。

 

「まさか……切嗣が?」

 

 あの機械のような男がこれほどに心を揺さぶる声を出せるのか?

 自分の全てを捨ててでも目標を成し遂げようとする男が心を捨てていないのか?

 世界の為に、家族を殺すような選択しかできない男が―――奇跡を起こすのか?

 

 

 ―――愛していた! 家族をッ! 世界で一番愛していたッ! 娘をッ!!

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、はやての凍り付いていた心は温かく溶かされ始める。

 閉ざされていた瞼から優しい涙が流れ落ちる。

 ゆっくりと目を開く主の姿に闇の書の意志は言葉が出なかった。

 あり得なかった。記憶している事例の中でこのようなことはただの一つもなかった。

 最も絶望に落ちた小さな少女が目を覚ますことなどあってはならなかった(・・・・・・)

 

「そっかぁ……。嘘…やったんやな…っ。愛してなかったなんて―――嘘やったんやなッ」

「主……」

 

 夢から目を覚ましボロボロと涙を流すはやてを闇の書の意志は何とも言えぬ表情で見つめる。

 余程のことがなければ目を覚まさないはずだった。

 その余程のことが他ならぬ切嗣の手によって起こされてしまった。

 間接的であるのかもしれないが娘を殺して世界を救うと誓った男が起こしてしまった。

 

「よかった…ッ。ほんまに良かったぁ……ッ」

「…………」

 

 父が自分と家族を愛してくれていたのだと知った彼女は絶望から救われていた。

 皮肉だ。絶望を与えたのは切嗣。そして絶望から救い出したのも切嗣。

 なのはとフェイトの言葉があったとはいえ、希望への引き金を引いたのは紛れもなく彼。

 はやてを絶望の底から救い出したものは―――愛。

 愛を捨て去った正義の味方(・・・・・)が否定した物。

 これを皮肉と言わずに何というのか。

 

 

 ―――死ぬしか他にない者が殺され、死ぬ理由のない人達が救われた!

 

 ―――これが正義(・・)でなくてなんなんだッ!?

 

 

「私達を殺すことで他の人達を救う……。それがおとんが思う正義なんやね」

「……恨みますか? 世界の為に娘を殺した父親を」

「恨めんよ……。だって、私のおとんはおとんだけやし。それに……背中を押したのは私やったんやなぁ」

 

 以前、病院で切嗣と会話をした時のことを思い出す。

 切嗣が正義と信じることを為すように促したのははやて。

 自信なさげに尋ねる父に微笑みかけたのは紛れもなく娘。

 罪があるのならばそれは自分も。だからこそ、もう一度話さなければならない。

 

「なあ、何とかここから出られんの? 話したい。おとんともう一回……話したい」

 

 未だに目から涙を流しながら見つめてくる主に闇の書の意志は顔を曇らせる。

 彼女は闇の書。主の願いを叶えるのが彼女の務め。

 だというのに、彼女にはそれができない。

 

「夢の中のおとんじゃなくて、本物のおとんと話がしたいんよ」

「……無理です。ここから出てもすぐに防衛プログラムが復帰し体を支配するだけです。話をする時間などとても……」

「なら、私が何とかする。なんたって私がマスターなんやから」

 

 柔らかい笑みを向けられて返す言葉に詰まる闇の書の意志。

 彼女は気づいていない。尤も、幼い少女に気づけという方が無理な話であるのだが。

 聡い彼女であっても絶望から希望に変わるという一種の興奮状態で冷静な判断ができるわけがない。

 

「…………」

「お願いや。これが私の心からの願い。おとんと話して、おとんを止めたい」

「……分かりました。私は闇の書、主の願いに沿うまでです」

「んー……。それや、その名前がいかんのや。もう、闇の書とか呪いの魔導書とか言ったらあかん。私が素敵な名前をあげるから」

 

 精一杯に背伸びをして自身の頬に手を添える主に闇の書の意志は涙を流す。

 自身を思ってくれる少女の優しさに。

 これからはやてが男に突き付けてしまうだろう―――絶望に。

 

「夜天の主の名の下に新たな名前を与える。強く支えるもの。幸運の追い風、祝福のエール。

 あなたの新しい名前は―――リインフォース。どうや、ええ名前やろ?」

 

「はい。本当に……良き名です」

 

 跪き、新たな名を承る、リインフォース。

 それは八神はやてを確かに強く支え、祝福を運ぶ追い風となるだろう。

 だが、逆に衛宮切嗣の支え(理想)を砕き、絶望を叩きつける向かい風となる。

 

 彼女は予感していた。失った者達の為に後戻りができない男が今までの在り方を否定されてしまうどこまでも明るく暗い未来を。

 しかしながら、彼女はそれを主に告げない。なぜなら、例え名を貰い生まれ変わろうとも彼女の本質は主の願いを叶えるというものでしかないのだから。

 

 

 

 

 

「早く! 早く再凍結をしろッ! このままだと暴走するぞッ!!」

 

 姿を現した闇の書の意志改め、リインフォースの姿に絶叫する切嗣。

 このまま暴走をさせるわけにはいかなかった。

 被害が出てしまえば今までの全ての犠牲が無駄になってしまう。

 それだけは絶対に防がなければならない。

 

「少し、待ってくれ。主の管理者権限で防衛プログラムの進行に割り込みをかけている。数分程だが暴走を遅延できる」

 

 リインフォースの言葉にその場にいる者達が全員信じられないといった顔をする。

 中でも切嗣は顔面蒼白になりながら震えているという酷いありさまだ。

 そんな切嗣に変わりクロノが状況を聞き出す。

 

「どういうことだ。一体何が起きたんだ?」

「主が目を覚まし、管理者としてプログラムを書き換えたのだ。直に主は防衛プログラムから切り離されるだろう」

 

 その言葉に顔を輝かせるなのはとフェイト。

 遅れてやってきたユーノとアルフも同じように笑顔をのぞかせる。

 しかし、衛宮切嗣だけは先ほどの方がマシだったのではないのかという表情で立ち尽くす。

 

「しかし、どうやって防衛プログラムを……いや、さっきの凍結魔法のダメージで一時停止していたのか」

「その通りだ。すまないが私も長く表に出ることはできない。直にこの体を防衛プログラムに明け渡すつもりだ」

「なら、八神はやての救出後に改めて封印を―――」

「ダメだ。抑えている数分間で再凍結をしろ」

 

 はやてを救いつつ闇の書の封印が可能になったかもしれないと頬を緩ませるクロノの背にコンテンダーを突き付ける切嗣。

 彼の手の平が出血していることから固有時制御を使用し近づいたことが分かる。

 この期に及んでそこまでして何故娘ごと封印しようとしているのか彼以外には理解できない。

 

「何故だ? 八神はやても世界も救うことができる。あなたにとっても悪い話じゃないはずだ」

「防衛プログラムと切り離した後に再び封印できるという保証はない。100%でない限りは今ここで再封印することが最も安全だ」

 

 確証がない以上は例え、99%成功するのだとしても選ばない。

 それが衛宮切嗣という男の生き方だった。だが、彼は決定的な過ちを犯してしまった。

 衛宮切嗣は如何なる理由であれど奇跡を起こしてはならなかった。

 奇跡など起こらないと断じて救えたかもしれない人間を殺してきた男が奇跡を起こす。

 それは今までの全ての犠牲に対する裏切り行為だ。

 だというのに……。

 

「時間がないから手短に伝えておこう。切嗣、主はお前の声で起きた。主の願いはお前と話すことだ」

「何…だと? つまり、僕が―――封印を解いたというのか?」

 

 カタカタと握る銃を震わせる切嗣。

 客観的に見ればそれは間接的な結果でしかない。

 だが、例え間接的であろうと結果こそが全てだ。

 世界を危機にさらすという結果を他ならぬ衛宮切嗣が招いてしまったのだ。

 

 

「目覚めぬはずの主が目を覚ました。これを奇跡と呼ばずになんという。

 喜べ、切嗣。お前はやっと―――奇跡を起こせたのだ」

 

 

 奇跡は起きた。他ならぬ衛宮切嗣の手によって。

 その言葉を最後にリインフォースは表から姿を消す。

 何も彼女は切嗣を絶望に落としたかったわけではない。

 ただ、崖っぷちに立っていた男を、主に代わりほんの少し押してやっただけだ。

 せめて、主の心に罪悪感が残らぬようにと。

 

「そんな……そんな馬鹿な。だとしたら、僕は今まで一体何のために…?」

 

 意識することもなく、力なく銃を下す切嗣。

 その瞳からは義務感や、強迫観念といったものすら奪われ、真の意味での空白があった。

 封印を行わなければならないといった思考すら浮かんでこない。

 ただ、思い浮かんでくるのは今までに殺してきた者達の顔。

 

「救えないと…殺すしかないと…言ってきた。それは……間違いだったのか?」

 

 防衛プログラムとの切り離しが成功したのか、巨大な闇の塊と、光の柱が分離されるのを何も映していない瞳でただ茫然と見つめながら彼は己に問いかける。

 もしも世界を変えられる奇跡がこの手に宿るなら、本物の正義の味方になりたかった。

 でも、それはできないと。奇跡など宿りはしないと諦め、妥協してきた。

 誰よりも彼らの救いを拒んだのは他ならぬ自分。

 

「奇跡などないと……起こることなどありはしないと……何人を犠牲にしてきた?」

 

 天を穿つ光の柱から姿を現す騎士達の姿。

 それは、なのは達には闇夜にさす一筋の希望の光に見えただろう。

 しかし、切嗣にとっては己の薄汚れた罪を明るみ照らし出す光だった。

 地獄の業火ですら生温いと思えるほどに咎人の己を焼き殺す灼熱の炎だった。

 

「彼らは死ぬ必要なんて……なかったんじゃないのか?」

 

 目の前で新たな誓いだてをする騎士達は生き返ることができた。

 だが、それ以外の犠牲にしてきた人達は、決して帰ってこない。

 自分が無慈悲に、無感情に、殺してしまったのだから。

 

 泣いて母の名を叫ぶ少年を。子供だけは助けてくれと懇願してくる母とその子を。

 家族の敵だと涙を流しながら素手で向かってくる男を。

 衛宮切嗣が殺してしまったのだから。

 

「誰もが死ぬ必要なんてなかったんじゃないのか…ッ」

 

 全ての呪いから切り離され姿を現すはやて。

 あの子がいい例だ。何が、死ぬしか他にない者だ。

 こうして彼女はしっかりと生きているじゃないか。死ぬ必要なんてなかったじゃないか。

 世界に危険が及ぶ確率以前の問題だった。

 誰もが幸せであるように祈りながら自分は人を殺してきた。

 いつの間にか、誰かを救いたいという原初の願いは、犠牲を減らすという別物にすり替わっていた。

 

「救えたんだ…っ。例え一人でも―――救えたんだッ!! なのに、僕は―――」

 

 殺してきた。誰一人救うことなく、引き金を引く手に奇跡を宿しながら殺してきた。

 理想という大義など関係ない。そもそもから行動全てが間違っていたのだ。

 誰かを救いたいとうそぶき、その実誰かに絶望を味合わせ、尚且つそれを正しいとほざいた。

 全てを救いたいという理想そのものがこんな悪辣な男を生み出したのだ。

 この手に奇跡が宿っていたというのに、救う方法があったのに殺し続けてきた自分は―――

 

「おとん……聞こえる?」

 

 薄汚れた正義の味方ですらない、ただの邪悪な―――人殺しじゃないか。

 

 

「―――――――――ッ!!」

 

 

 声にならない悲鳴が光差す夜天に響き渡る。

 どうしようもなく、己の罪深さを思い知らされた嘆き。

 そして同時に、男のそれまでの理想に終わりを告げる鎮魂歌(レクイエム)だった。

 




絶望させた相手に絶望を返される。
まあ、自業自得と言えば自業自得。



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二十四話:存在否定

 絶叫する切嗣の姿に驚いたのは、はやての方だった。

 それもそうだろう。声をかけた瞬間に悲鳴を上げられて驚かない人間など、お化け屋敷で働いている人間ぐらいなものだろう。

 改めて現界を果たした騎士達も変わり果てたその姿に目を見開く。

 

 家族としては弱々しく、どこか頼りなさげな顔だった。

 敵としては、どこまでも冷たく感情のない男だった。

 だが、こんな、こんな―――壊れ果てた男の姿など見たことがなかった。

 

「は、ははは……間違っていた。全てが間違っていた!」

 

 間違っていた。自分の抱いた理想は間違っていたと乾いた笑い声を上げる。

 自分が行ってきたやり方は間違っていた。多くの人間が救えるように少数を犠牲にした。

 その犠牲に無駄にしないように残った人間からまた少数を犠牲にしてきた。

 

「どうして、気づかなかった? そんな方法では決して世界は救えないということにッ!」

 

 300人が乗った船と、200人が乗った船。その船に同時に穴が開いた。

 どちらを助けるか。かつての衛宮切嗣なら、いや、多くの者が300人を選ぶだろう。

 切嗣は事実そうしてきた。その場だけならそれが間違いなく正しいことだ。

 だが、多くの者がそこで選択を終えるのに対して彼はその後も選択を続けてしまった。

 

「少数だと言ってもそれを積み重ねればいずれは多数となる……」

 

 残った300人から100人を犠牲に。さらに残った200人から70人を。

 その選択を永遠に続けていけば最後に残るのは2人(・・)だけだ。

 たった2人の為に498人を犠牲にする。衛宮切嗣の信念からかけ離れた結果。

 だが、それこそが事実だった。そして彼は何の罰も受けずに3人目として世界に生きる。

 今の今までこの狂った事実に気づくことができなかった。

 余りにも人間が多いから、殺してもすぐに生まれるから気づかなかった。

 

「天秤の傾いた方を取ってきた。常に平等に。でも、天秤()そのものが狂っていた…ッ」

 

 衛宮切嗣という男は天秤の測り手としてその生涯を賭してきた。

 その天秤も切嗣も一度たりとも間違いを起こさなかった。

 だが、見落としていた。天秤そのものが―――衛宮切嗣が狂っている可能性を。

 それは気づけなくて当然のことだ。何かと何かを天秤にかけるとき、自分をかける者はいない。

 簡単な話だ。天秤とは自分自身のことなのだから。それを疑う者などいない。

 自分を天秤にかけることができる者がいるとすればそれは間違いなく破綻者だろう。

 

「殺して、殺して、殺していった先に……どうして自分の姿が見えるんだ? 真っ先に犠牲になるべき僕自身が?」

 

 築き上げた死体の山の上に衛宮切嗣という男だけが立っている。

 積み上げて、積み上げて、これからもまた積み立てていき、盲目的に理想という太陽に近づいていっただろう。幾らでも積み上げる人間は居たのだからあの太陽(理想)に手が届くと思えば平気で殺せた。

 

 しかし、人間は決して無限ではない。無限であっていいはずがない。

 果たして、死体を積み上げていき太陽(理想)に手が届いたとして。

 そこから見える景色は望んだものなのだろうか?

 例え、それが誰もが幸せで平和な世界だとしても。

 そこにたった3人しかいない世界は本当に―――理想の世界と呼べるのか?

 

「呼べるはずがない! そんなものが―――理想の世界であってたまるかッ!?」

 

 衛宮切嗣のやり方では決して世界は救えない。

 己が原初に抱いた理想とかけ離れた世界が産み落とされるだけだ。

 余りにも滑稽だ。誰もが幸せな世界に少しでも近づけようとした結果、一握りの人間の幸せしか得られない世界を作っていた。

 

 まるで明かりを求めて飛び回る虫のようにひたすらに死体を積み上げて太陽(理想)に近づいた。

 下を見ると憎悪の目と怨嗟の声を向けられたから逃れるために必死に昇った。また、殺して。

 必死に太陽(理想)だけを見ながら、目を焼かれ、理想以外に何も見えなくなっても昇った。

 だから気づくことがなかった。世界を見渡すことがなかった。

 理想を砕かれてようやく思い至った。思い知らされた。

 頂上から見える景色とは、愛の溢れる世界とは真逆の死体以外に何もない荒廃した世界だと。

 

 愚かだった。この上なく愚かだった。人が幾ら努力したところで太陽に手が届くわけがない。

 例え、太陽(理想)に手が届いたとしても。

 積み上げた死体と共に太陽(理想)に焼き尽くされるだけ。

 人の世の理を超えた理想を追い続ければいずれはこうなることは必然だった。

 叶うはずがないと分かっても追い求めた。その結果がこれだ。

 そんな簡単なことにすら、衛宮切嗣は気づくことができなかった。

 

「ただの自分のエゴで殺してきた。そんな自己満足で殺された者達は一体何のために死んだんだ!? 世界を救うために殺したのに世界が救われなかったら―――無意味な死じゃないか!!」

 

 決して報われることなどない間違った理想の為に数え切れない者を殺してきた。

 救えたというのに殺してきた。その死に何の意味を見出せばいいのだ。

 彼らは訳も分からずに、理想を知らされることもなく、奇跡を宿した手によって死んだ。

 衛宮切嗣はその死に報いるために世界平和という結果を成し遂げねばならなかった。

 

 心のどこかで叶うことはないだろうと思っていた。

 でも、少しは彼らの死が報われると信じていた。

 だというのに、方法そのものが間違っていた。

 彼らは無価値なものの為に殺され衛宮切嗣のエゴを満たすだけの糧となった。

 そして、そのエゴもまた無意味で無価値なものだった。

 

「愛も……奇跡も存在した。人殺し(正義の味方)などいなくても世界は救えた……」

 

 自分という偽物の正義の味方など必要なく、世界は救えた。

 否、この手に宿る奇跡は本物の正義の味方として世界を救えたはずなのだ。

 それを拒んだのは自分。勝手に一人で世界に絶望して希望を見出すことをしなかった自分。

 衛宮切嗣というどこまでも罪深い咎人の偽善を守るため。

 

「どこだ…どこで全てを間違えた…? 僕は奇跡を起こせたのに、どうして間違った?」

 

 誰もが茫然と自身を見つめる中、切嗣は一人うわごとのように問い続けていく。

 全ての始まりは間違った理想を抱いた時から始まった。

 それを叶えようと愚かにも行動を起こした道化の罪。

 奇跡を起こせたのに諦めて、無意味な行動を続けてきたのは他ならぬ自分。

 

「く…はは…あはははっ! そうか……誰もが平和な世界という理想を抱いたことそのものが間違いだった!!」

 

 狂ったように笑いながら彼は涙を流し続ける。

 本当に狂えればどれだけ楽だろうか。しかし、自分だけ楽になることなど許されない。

 それは無意味な犠牲にしてしまった、殺してきた者達への懺悔のために。

 

「そうだ。衛宮切嗣という男が正義の味方など目指したからだ…ッ」

 

 誰一人として救えはしない、愚かな男が存在してしまったから悲劇が生まれた。

 正義の味方などを目指す男が居たから無意味な犠牲が生まれた。

 数え切れない絶望を生み出してきた。望むことすらなく。

 当たり前に、まるで呼吸をするかのように。……絶望を与えてきた。

 

「僕がいなければ誰も殺されずにすんだ…っ。悲劇が起こることなどなかった。絶望など生まれはしなかった…ッ!」

 

 全ては自分という存在が生み出した自己満足の結果。

 何がこの世全ての悪を担うだ。何を思い違いしていたのだ。

 衛宮切嗣という男こそがこの世全ての悪だった。

 邪悪の根源だった。誰かを救うと言って誰かを殺すことしかできない。

 そんな不出来を通り越して害悪な存在。そんなどこまでも滑稽な男。

 

 

「誰かを救いたいという願いなんて……間違っていたんだ…ッ」

 

 

 ―――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい。

 

 

 涙を流す権利も、謝る権利も、欠片もないと理解している。

 しかし、それでも男には謝り続けることしかできなかった。

 自分の身勝手な願いのせいで無意味に生を奪われた者達へと詫び続ける。

 

 いっそ、糾弾された方がマシだった。殺してきた者達に串刺しにされたかった。

 だが、そんなことは起こらない。他ならぬ自分がその権利を奪ったのだから。

 永遠に責められることすらない、心を焼き尽くす罪悪感。

 それが衛宮切嗣の―――罪だった。

 

 

 

「……やない。間違いなんかやない! おとんは絶対に間違ってなんてないッ!」

 

 

 

 その時、絶望に打ちひしがれる男の耳に大きな、それでいて優しい声が響いてきた。

 何も映っていない瞳を上げたその先にはリインフォースとユニゾンした影響か、しっかりとその足で立っているはやての姿があった。

 

「違う! 理想に縋りつく僕が居なければ! 誰もが救われる未来があったッ! 誰か一人でも救えたッ!!」

「私はおとんがどんな人生を送ってきたかはよう分からん。でも、おとんが救った人を一人知っとるよ」

 

 子供のように癇癪を起して怒鳴り声を上げる切嗣。

 それに対し、はやてはまるで母親のような慈愛に満ちた微笑みを向ける。

 彼には何故この子がこんな自分に微笑みかけてくれるのか理解できなかった。

 こんなにも罪深い自分に笑いかける価値などないのに。

 

「両親が死んで悲しみの底にいた少女にその人は笑いかけてくれた」

 

 死というものを理解できなかった。

 でも、大好きな人に会えないという悲しさだけは分かった。

 

「その人は魔法使いで、私に飛びっきりの魔法を見せてくれた」

 

 そんな時に男は現れた。どこか頼りなさげな顔で。

 それでも精一杯の優しい笑顔を向けてくれて。

 

「毎日を誰かと笑ったり、怒ったり、悲しんだりして過ごせる魔法を」

 

 初めはどちらもよそよそしかった。

 でも、それもすぐになくなり毎日を笑って過ごした。

 

「悲しみの底にいる少女を救う魔法……大切な家族になってくれた」

 

 失ったものは帰ってこない。でも、それ以上のものを彼は与えてくれた。

 今なら分かる。嘘偽りのない愛で少女を救ってみせた。

 

 

「おとんは―――私を救ってくれたんよ」

 

 

 満面の笑みを向けられて切嗣は目を見開く。

 銀色になった髪に、黒色の翼は客観的に見れば悪魔にすら見えるだろう。

 だが、しかし。切嗣にとって、はやては―――光の天使だった。

 

「おとんが居てくれたから、その願いを抱いたから私が救われた」

「でも、僕は君を殺そうとした……」

「それでも、私が救われた事実は消えんよ。それにどうせ、お父さんとお母さんのことも嘘なんやろ?」

 

 まるで、母親のように優しく切嗣を抱きしめるはやて。

 切嗣は振り払うこともできずに力なく頷くことしかできない。

 この身にそのような権利がないことを理解してなお振り払えない。

 

「僕は大勢の人を無意味な死に追いやった…ッ」

「救われた私が言っていいか分からんけど、失敗できんのならそれも間違いやない」

「でも、奇跡は起こせた…ッ! それなのに見捨てたッ!!」

「なのはちゃん達も失敗したらおとんよりも悪人になってしまうし。おとんの行動は正しいとは言えんかもしれんけど、間違いやないよ」

 

 殺されかけた人間が殺そうとした人間を肯定する。

 何とも奇怪な光景であるが、何故か酷く美しく見える光景。

 それはまるで咎人が聖人に懺悔を行う一枚の絵画のようだった。

 

「私が言うのもなんやけど、今回は偶々上手くいっただけや。なのはちゃん達の方が無謀やったのは事実」

 

 はやて本人から無謀だったと言われてしまい、気まずげな表情を見せるなのは達。

 成り行きで物事が上手く運んだが、一歩間違えれば彼女達が大量殺人犯だったのだ。

 だとしても、手が届くうちから諦めるのが正しいというのには疑問が残るが。

 

「それでも、助けてくれようとしてくれたのは、やっぱり嬉しくて。それだけで救われた気持ちになるんよ」

 

 例え、結果的には希望などない絶望が訪れるのだとしても。

 自分を助けるために必死になって手を差し伸べてくれる人がいる。

 誰かが自分の為に本気で涙を流してくれる。それだけで、人によっては救いとなる。

 決して自分は忘れ去られたわけでも、見捨てられたわけでもなく、必要とされていたのだと。

 心に小さな救いが訪れる。それだけで十分なのだ。

 

「だから……誰かを救いたいという願いは決して―――間違いやない」

「………あ」

 

 自身の願いを肯定されて切嗣の心の中には嬉しさと罪悪感が渦巻いていた。

 間違いではなかったという嬉しさ。こんな碌でもない自分が肯定される皮肉。

 どれだけ肯定されようともこの身に宿る罪が償われるわけではない。

 

「でも、僕は数え切れない犠牲をだしてきた。これが正しいはずがない……」

 

 かつてなら正しいと言いきれたことにすら自信が持てなくなった。

 大勢の為に小数を犠牲にするという当たり前のことすら、もうできる気がしない。

 衛宮切嗣の理想は既に砕けてしまったのだから。

 

「僕は罰せられなければならない…っ。今までの全ての罪の清算をッ」

「おとん……意外と駄々っ子やな」

 

 ほんの少し呆れたような顔をするはやて。

 そんな場違いな表情に思わずほおが緩んでしまう切嗣。

 しかし、すぐにその表情は凍り付くことになる。

 

 

「ええか、おとん。私は―――おとんを赦します」

 

 

「―――あ」

 

 再び絶望の表情のぞかせる切嗣。罪を赦されたというのに寧ろ罰せられた方がマシだと願う。

 そんな矛盾は彼がどこまでも人間的な心を持っているからだろう。

 それを娘のはやてが気が付かないわけもない。

 

「おとんはなぁ、罰を受けることで―――楽になりたいんやろ?」

「ぼ、僕は……」

「自分の罪を償うなんて言って、罰に甘えて償う心を忘れたらあかんよ」

「あ…ぁあ…っ」

 

 その通りだった。罰を受けることで楽になりたかった。

 罰を受け、償っていると己の心を安心させたかった。必死に己を正当化していただけ。

 衛宮切嗣という男はこれだけの罪を見せつけられても、どこまでも利己的で独善的だった。

 こんな人間だからどれだけの悲劇を起こしてきても平然としていられたのだ。

 自分のことながら反吐が出そうになる。

 

「おとんは今から必死に生きて償っていかんといけんのや」

「僕に……何ができるというんだい? 殺すことしかできない僕に?」

 

 大粒の涙を流しながら問いかける。

 こんな自分に殺し以外の何ができるというのだ。

 救うことすら放棄して、ただの人殺しに成り下がっていた自分に。

 一体全体、何ができるというのだろう?

 

「それは自分で考えんと。私が示したら罰と一緒やん」

「そう…だね」

「まあ、そんな落ち込まんといて。それにおとんは―――誰かを救えるよ」

 

 電撃が走ったかのように目が開く。

 こんな罪深い自分に誰かを救うことができるというのだ。

 人殺ししかできない衛宮切嗣という男に救える人間がいるというのだ。

 

「おとんに救われた私が言うんやから間違いない」

 

 屈託のない笑顔で笑うはやての姿に言葉が出ない。

 茫然とした表情でただ見つめることしかできない。

 そんな親子の元にクロノが向かってくる。

 

「すまないな。水を差してしまうんだが、もうじき暴走が始まる。主としての意見を聞きたいから集まってくれないか」

「そっか、まだあの子のことが終わってないもんな。おとんはどないするん?」

「あなたは……すまないが拘束されてくれないか。立場上、これ以上放置することができない。……本当にすまない」

 

 深々と頭を下げるクロノの様子にどうして自分の周りにはこうも真っすぐで優しい人間ばかりいるのだろうと自虐する。

 今の今まで執務官という立場があるにもかかわらず放置していただけでもかなりの温情があるのだ。断る理由も気力もなく切嗣は小さく頷く。

 

「すまないが、アリアと一緒に大人しくしていてくれ」

「待て、このバインドは―――」

「時間がない。八神はやて、すぐについて来てくれ」

 

 切嗣が静止の声を上げるのを無視してクロノははやてを伴い飛び去って行く。

 切嗣は軽く息を吐きながらかけられたバインドを眺める。

 一見すれば強固なバインドだが、その実、簡単に壊すことが可能だ。

 恐らくは逃げられずに暴走に巻き込まれる危険を無くすための配慮なのだろう。

 何とも、業務に忠実で優しい執務官だと内心で感嘆する。

 

「それにしても……僕は、どうやって償えば……」

 

 防衛プログラムの巨大などす黒い塊を眺めながら一人呟き、問い続ける。

 一体、衛宮切嗣に何ができるのかを、ただ、問い続ける。

 

 

「僕は―――」

 

 




上げて落とすはやては間違いなくケリィの娘。
まあ、落ちるとこまで落ちたから後は上がっていくだけ(棒読み)


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二十五話:闇の書の闇

 

「現状、あれを止める手段としてはアルカンシェルを撃ち込むしかない。誰でもいい、他に方法があるのなら教えて欲しい」

 

 残り数分で防衛プログラムの暴走が始まるという中、クロノ達はどのようにあれを停止させるかについて会議を開いていた。

 アルカンシェルという名に覚えがないなのははユーノに尋ねていたが、良く分からないが、とてつもない威力だということだけは分かり、顔を青ざめさせていた。

 

「アルカンシェルは絶対ダメ! あたし達の家までぶっ飛んじまう!」

「そうだ! クロノ君、さっきアリアさんが使った凍結魔法はどうかな? あれなら、きっと」

「ええと、それは無理だと思うわ、なのはちゃん。主と切り離された防衛プログラムは純粋な魔力の塊みたいなものだから」

「コアがある限りは無限に再生し続ける」

 

 なのはの提案にシャマルとシグナムが首を振る。

 かといって、アルカンシェルをこんな場所で放てば大災害どころの話ではない。

 辺り一帯の町全てを破壊し尽くし、その上で巨大な津波を発生させて他の地域も飲み込んでしまうだろう。結界を張ったところで意味もない。威力の次元が違いすぎる。

 

「僕も艦長も使いたくないが、最悪の場合は使うしかない」

「暴走が始まったら、無限に辺りのもの全てを侵食していくんだ」

「そうなれば、世界の破滅だ」

 

 クロノに続けユーノが説明を付け加える。

 二人の言うようにここで防衛プログラムを止めなければ全てが終わるだろう。

 だからこそ、切嗣は全てを投げ捨てでも止めようとしたのだ。

 世界を救うために。大勢の者の幸せの為に。

 

「アルカンシェルをこんな場所で絶対に使うわけにはいかない。それじゃあ、彼のやろうとしたことと何も変わらない。寧ろ、さらに酷くなる」

「お父上は……私達よりも名も知らぬ人達を取る選択をしたのだな」

 

 シグナムが凛とした顔を憂いに満ちさせる。

 裏切られたショックは勿論まだ心に残っている。

 はやてのように許せるかと言われれば情けないことに答えられない。

 だが、今こうして、ここで同じような選択を突き付けられると少しだけ彼の気持ちが分かってしまう。

 

「お父さんは常に正しい方を選んできた。……正直に言うとここが私達と何の関係がなかったら私も正しいって言うと思うわ」

「でも……だからってあたし達にやったことを全部は許せねーよ」

 

 シャマルはもし、自分達が当事者でなければ切嗣のやろうとしたことも辞さないだろうと呟く。

 それは彼女が大人であるということと同時に、やはり大切な者を優先する人間というのを示していた。しかし、いや、だからこそというべきか。

 ヴィータの言うように全てを許すことはできない。その大切な者に裏切られたのだから。

 信頼というものは作るのは時間がかかるが、壊れるときは一瞬だ。

 

「お父上は恐らくは同じような選択で犠牲にしてきた者達の為に引けなかったのだろう。だが、その支えを我々が壊した」

「だからな、私達はおとんと同じ選択をしたらいかんのよ。やないと申し訳がたたん」

「主の言う通りだ。異なる道を選んだ以上はそこから逸れるわけにはいかん」

 

 ザフィーラの重々しい言葉にはやても頷き、同じ選択をしてはならないと告げる。

 大の為に小を切り捨てる選択を否定した。

 それなのに同じ選択をしたら否定されたものは決して報われない。

 切嗣が誰よりも奇跡を否定しながら、奇跡を起こしてしまった為に犠牲を無意味にしてしまったことと似たようなことになるだけだ。

 

「アルカンシェルを撃つんなら、どっか別の場所に移すのはダメなん?」

「もっと、沖合に移動させるとか」

「いや、それでも被害は消えない。正直、この世界のどこに持って行っても被害が起きかねない」

 

 はやてとフェイトが意見を出すが、それをクロノが否定する。

 やはり、そう簡単にはいかないかと肩を落とす二人に対して、なのははクロノの言葉に引っ掛かりを覚える。

 そう、この世界のどこに持って行ってもダメなのだ。

 

「ねえ、クロノ君。アルカンシェルってどこでも撃てるの?」

「どこでもって……例えば?」

「アースラの軌道中とか、宇宙!」

「まさか…!」

 

 なのはが何を言いたいのかを理解して目を見開くクロノ。

 なのはは地球で撃てないのならば宇宙で撃ってしまえばいいと言っているのだ。

 確かに宇宙で撃つことは可能だ。アースラのエイミィも自信満々に頷いている。

 しかし、だからと言ってあのデカブツを移動させられるのか。

 

「そうだ。コアを露出させて、それだけを強制転移させればできないかな」

「防衛プログラムにバリアがあるけど……破れんこともない」

「つまり……ここにいる戦力でバリアを破いて、本体を一斉攻撃してコアを露出させてアースラ軌道上に転移。そこでアルカンシェルを撃つってことか……ムチャな。でも、理論上はいけそうだ」

 

 余りにも力押しで、ごり押しの作戦に呆れた顔をのぞかせるクロノ。

 だが、考えれば考えるほど実現可能だということが分かりため息をつく。

 賭けだ。個人の力だよりの危険な賭けだ。高ランクの魔導士が何人も必要だ。

 だというのに、この場にはその高ランクの魔導士が何人もいる。

 冗談抜きで奇跡でも起こっているのではないかと思いながらクロノは告げる。

 

「やって損はない。その作戦でいこう」

【みんな、暴走開始まで後二分を切ったよ!】

 

 エイミィからの連絡により全員の顔に緊張が走る。

 ザフィーラ、アルフ、ユーノ、シャマルの四人がサポートに回り、残りが攻撃に回る。

 手早く役割を決めたところで、海中からどす黒い闇の柱が幾つも噴出する。

 いよいよ、その姿を現すのだ。夜天の書を呪われた魔導書と言わしめた存在。

 

「―――闇の書の闇」

 

 黒いドームが消えた先にいたのは、一言で言い現すと異形。

 虫のように生えた六本の足。しかしながら、その佇まいは四足動物のようで。

 背中には巨大な棘と漆黒の翼がある。その構造は生物としては明らかに異常。

 キメラのような巨体は闇の書が今までに蒐集してきた生物の寄せ集め。

 しかし、人間を蒐集した影響か、かつての名残か、その頭部の頂上にはリインフォースの面影を少しばかり残した女性がついている。

 

「なんだか気持ち悪い姿になったねぇ。まあ、あたし達のやることには変わりないよ!」

「ストラグルバインド!」

 

 オレンジの鎖に、緑の鎖が闇の書の闇の周りを守るように取り囲む触手や足を千切り取る。

 アルフとユーノの役目は、なのは、ヴィータ、フェイト、シグナムの四人の最大火力の一撃を当てるためのおぜん立てだ。

 そして、それは盾の守護獣もまた同じ。

 

「縛れ、鋼の軛!」

 

 一本の巨大な藍白色の杭が現れ、残った触手達をあっという間に引き裂いていく。

 ユーノやアルフはサポートが得意な存在ではあるが、その為に生まれたわけではない。

 だが、ザフィーラは主の盾となり、立ちふさがる災厄を切り裂く牙として生みだされた存在。

 一点に特化した状況でのその力は二人を遥かにしのぐ。

 

「ちゃんと合わせろよ。高町なのは」

「ヴィータちゃんもね」

 

 三人のサポートにより、容易に近づけるようになりヴィータとなのはが姿を見せる。

 鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン。

 かつて、なのは達の結界を壊す際に使われた、最強の槌が再び握られる。

 今度は共に戦うために。

 

「轟天爆砕! ギガントシュラークッ!!」

 

 島ほどもあろうかという巨体に対応するために山の如き大きさに変化する槌。

 本来であれば隙が多くなるその形態も仲間という助けがあれば問題はない。

 唸りを上げて振り下ろされるのはその名に恥じぬ巨人の一撃。

 その威力は以前よりも激しく強く、闇の書の闇の防壁を一撃で砕き去る。

 

「レイジングハート、エクセリオンモード!」

『Ok, my master.』

 

 鉄槌の騎士に続くは幾度も彼女とぶつかり合った不屈の魔導士と魔導士の杖。

 魔導士の杖は主の願いを叶えるために、希望を体現する翼を生やす。

 その姿は自身が滅びるかも知れぬ諸刃の剣。

 しかし、主の願いを叶えることができるのなら問題はなし。

 寧ろ、主の願いに答えられないデバイスなどデバイスではない。

 そんな誓いと共に希望へはばたく桃色の翼をはためかせる。

 

「エクセリオンバスター!」

『Barrel shot.』

 

 消費されたカートリッジ本数は四本。今までで最大の威力を籠める。

 その威力ゆえに発動速度は遅い魔法。しかし、例え相手がその隙を突こうとも関係はない。

 軌道上に入るもの全てを風圧で吹き飛ばし、軌道を確保する。

 その後、光球を発生させて魔力をチャージと共に4発のバスターを発射。

 これだけでも並みの威力ではない。しかし、その程度では闇の書の闇は砕けぬ。

 故に、さらなる力が必要となる。

 

「ブレイク―――シュートッ!」

 

 チャージしていた魔力全てを中央から解放し、フルパワーで一気に放出して止めとする。

 桃色の閃光は一気に膨れ上がり、闇の防壁に罅を入れ、撃ち抜く。

 これで二枚の防壁は破られた。しかし、まだ後二枚防壁は残っている。

 普通であればこれを砕き切るだけの戦力は居ない。

 

「レヴァンティン。何か我らを阻む壁が見えるか?」

Nein.()

「そうだ、我らを阻めるものなど存在しはしない」

 

 (つるぎ)の騎士シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティン。

 夜天の主の願いを携えた時こそが二人が最も力を発揮するとき。

 刃から弓へと姿を変えるレヴァンティン。

 こちらもやはりというべきか、かつてよりも威力が増している。

 主が心の底から望んだ行動をする時こそが騎士の本領を発揮する場。

 ならば、かつてよりも力を発揮できるのは当然のこと。

 

Bogenform.(ボーゲンフォルム)

 

 湧き上がる炎とは反対に静かに弓に矢をつがえる。

 狙うは闇の書の闇のその眉間。彼女には防壁だけを破ろうという考えはない。

 その先も貫き主の敵を滅ぼしてしまおうとすら考えている。

 弦を引き絞り腕の筋肉を収縮させる。そして、溜めに溜めた一矢を放つ。

 

「駆けよ―――隼ッ!」

Sturmfalken(シュトゥルムファルケン)!』

 

 一筋の赤紫色の閃光となった矢は目にも止まらぬ速さで突き進み三枚目の防壁にぶつかる。

 矢はぶっかった先から爆炎を巻き起こし、途方もない巨大な爆発を起こさせる。

 その爆発に耐え切れずに防壁は脆くも崩れ去る。

 残りの防壁は後一枚。その最後の一枚を砕くのは閃光の戦斧とその主。

 

「バルディッシュ、ザンバーフォーム」

『Zamber form.』

 

 閃光の戦斧がその形を斧から電光の大剣へと変える。

 こちらもレイジングハートと同じように自身の破損の危険性を秘めているがバルディッシュは気にも留めない。

 主より与えられし命題をこなすことこそがデバイスの使命。

 ならば、それ以外の、自身の破壊の可能性など視野にも入れない。

 

「撃ち抜け雷神!」

 

 雷鳴が轟き、邪魔な触手達を薙ぎ払う。

 天に高々と大剣を掲げ、フェイトは高らかに叫ぶ。

 バルディッシュは主の想いに応えるべく光り輝く。

 

『Jet Zamber.』

 

 天をも切り裂く程にその刀身を伸ばしたバルディッシュを振り下ろす。

 海を割らんとする太刀に何とか相対する最後の防壁だったが閃光の主従には及ばない。

 砦をすべて奪われ、為すすべもなく切り裂かれてしまう。

 

「やった!」

 

 喜びの声を上げるフェイト。しかし、闇の書の闇の再生力を舐めてはいけない。

 切り裂かれた傍から再生を始めていき、無数の触手から砲撃の準備を始める。

 だが、その程度の砲撃を撃たせるようでは盾の守護獣の名が泣く。

 

「主とその家族を守る盾、ザフィーラ! 撃たせはせん!」

 

 海面から無数の藍白色の杭が現れ触手を貫いていく。

 その様はまさに鉄壁。その鉄壁の後ろでは守るべき主が備えていた。

 唱えられるは石化の魔法。初めての魔法になるであろうが、ユニゾン状態のリインフォースのおかげでしっかりと扱うことができる。

 

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。石化の槍、ミストルティン!」

 

 白い魔法陣より七本の光の槍が闇の書の闇へと降り注ぐ。

 その槍には直接的な攻撃力はない。

 しかしながら、追加効果として生体細胞を凝固させる『石化』を持つ。

 その証拠に槍が突き刺さった部分からすぐに石化していっているのが伺える。

 

「これでどうや?」

 

 確かな手ごたえはある。

 だが、この程度でやられるのならば、破壊不可能などと言われはしない。

 崩れ去ったすぐそばから新たな頭部を生やし、触手を生やしていく。

 ダメージを与えても即時再生するほどの治癒能力。

 それが闇の書の闇が破壊不可能と言われる由縁。

 

「ダメージは与えられているんだ。何か、動きを止められるものがあれば……」

 

 異常な再生力に歯噛みをしながら対応策を考えていくクロノ。

 ダメージを与えられているという事実がある以上は計画の成功は可能だ。

 だが、あと少し力が足りない。何か、強力な技があれば。

 そう考えたところで闇の書の闇が体から直接生やした触手をはやてを求めるように伸ばしてきた。当然のようにそれを防ぐザフィーラだったが攻撃はそれだけではなかった。

 触手を無数に分裂させる行動に出たかと思えば、体中から数え切れない触手が湧き出てくるという恐ろしい状態へと豹変していく。

 

「な、なんだか凄いことに……」

「辺りのものを侵食していくつもりだ。早くしないと止められなくなる!」

 

 グロテスクな光景に若干怖気づくシャマル。

 その様子を見ていよいよ時間がないことを悟り、焦るユーノ。

 ヴィータやシグナム、ザフィーラが押し止めるように攻撃を加えていく。

 しかし闇の書の闇は傷つけられるごとに原型を失い余計に手が付けられない状態になる。

 ベルカの騎士は人と戦うことを前提に戦術を組み立てる。

 勿論シグナム達ほどになれば巨大な生物と戦うことも難しくはないのだが相手はもはや生物という定義に当てはまるかすら疑わしい。

 

「仕方ない……。なのは、フェイト、はやては最大攻撃の準備をしてくれ。狙いが付けづらいかもしれないがやるしかない」

「うん!」

「分かった」

「了解や」

 

 もとより、コアを露出させるのが目的だ。

 残りの全員で三人が攻撃を放つまで相手の攻撃を耐えきるのは不可能ではない。

 無いものをねだっても仕方がない。そう思いS2Uを握りしめる。その時だった。

 

 

「全員、闇の書の闇から離れろ」

『Stinger missile.』

 

 

 男の声が聞こえてきた。それと同時に明らかにまずそうな音が響いてくる。

 全員が反射的にその声に従い後退する。

 一瞬の後、彼らが居た場所をミサイルが通り過ぎていく。

 そして、触手の大半を消し飛ばす大爆発が起き、闇の書の闇に近づく道が確保される。

 

「まだ、クビじゃないから管理局員らしく働こうかしら」

 

 女の声が聞こえてくる。どこか自虐的な笑い声を残して彼女は闇の書の闇の前に立つ。

 その手には氷結の杖、デュランダルがしっかりと握られていた。

 多くの者が驚きの声を上げる中、女はやり損ねた詠唱を行い始めた。

 

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ……凍てつけ」

『Eternal Coffin』

 

 海面が凍り付いていき、水平線先まで全て氷に覆われていく。

 水面のすぐそばで浮かぶ闇の書の闇もその例に漏れず体を氷に覆われていく。

 その様はさながら醜悪な氷のオブジェといったところだろうか。

 だが、しかし。氷のオブジェのままで終わってくれるのなら醜悪とはつけない。

 恐らくは最もコアに近いと思われる頭部付近はすぐに再生し氷塊を砕き去る。

 

「もう、砕いたの……呆れた。まあ、でも大分動きは止められた。後は任せるわよ」

 

 どこか、寂しげであり、嬉し気な口調でクロノに語り掛ける女。

 男の方は口を噤んだまま、どこか定まっていない瞳で闇の書の闇を見つめるばかりである。

 それでも、クロノとはやては感謝と驚きを込めた気持ちで彼らの名前を呼ぶ。

 

「アリア……」

「おとん……」

 

 拘束を破った二人の犯罪者が後を託すように子供たちの後姿を見つめているのだった。

 




最近少し忙しくなってきたので作品を書く時間が少なくなっています。
ただ、後少しなのもあるので余り投稿スペースは落とさないつもりです。
なので、できるだけ書く時間を取るために感想への返信を一時的に止めさせていただきます。
勿論、目は通すつもりですが感想を送ってくださる読者の方々にはご迷惑をおかけします。

それでは今回もお読みいただいてありがとうございましたm(__)m


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二十六話:舞台の終わり

 

 娘達が命を懸けた戦いをしている中、切嗣はただ眺めていることしかしなかった。

 何をすればいいのか。否、何をしたいのかすら分からなかった。

 ただ、与えられた枷に従うがままに拘束されていた。

 目の前で奇跡を起こそうと奮闘する少女達がひたすらに眩しかった。

 羨ましかった。妬ましかった。目的に向かいがむしゃらに走っていける心が。

 

「魂が抜けたみたいな顔をしてるわよ、あなた」

「アリアか……」

 

 横から声をかけられて、そちらの方を向いてようやく誰かを悟る切嗣。

 そんなまともな思考が働いているとは思えない姿にアリアは顔を歪ませる。

 事態はハッピーエンドに向かっていると言っても過言ではない。

 だというのに、この男は幸せを享受できない。幸福であることに苦痛を感じる。

 自分の中で自分を罰する。その傾向が今は特に顕著に出てきている。

 

「初めてあなたにあった時は何があっても折れない人間だと思ったけど……その分脆かったのよね」

「ああ、僕は弱い人間だ。支えがなければ立つこともできない」

「それで今はここで立ち止まっているってわけね」

「……ああ」

 

 弱々しく頷く切嗣。その姿からはかつての苛烈な男の面影は見られなかった。

 目の前では世界の命運をかけた戦いが行われているというのに動く素振りすら見られない。

 もう、自分はあの場に立つことはできなのだと完全に諦めているのだ。

 自分では決して世界を救うことができないと悟ってしまったが為に。

 

「はやては僕に生きろと言った。死ぬことすらできない。でも、償うために生きないといけない。だというのに、何をすればいいのかが分からない」

「…………」

「ここまで生きてきたのに、生きる理由が一つしかなかった。自分のことながら笑えないよ」

 

 衛宮切嗣は人生の全てを理想の為に賭けてきた。

 そんな自己破綻した行動がとれたのはそもそも生きる理由が一つだけだったからである。

 世界を救いたいと、誰かを救いたいという願いだけで生きてきた。

 それを今更変えろと言われても普通は無理な話だ。

 アリアもそれが分かるために何も言うことができずに沈黙したまま状況を見守るだけである。

 そんな折に状況は闇の書の闇の防壁を全て砕いた状態へとなる。

 

「本当に壊すなんて……でも、あれだけじゃ足りない。まだ倒せない」

「辺りのもの全てを侵食するつもりだな……」

 

 はやて達への攻撃も勢い増していく闇の書の闇。

 このままではあの子達が負けてしまう。そんな考えが二人の頭をよぎる。

 それと同時に切嗣の手足に力が籠る。完全に無意識での行動だった。

 体と心を切り離して動くという次元すら超えて本人が全く気付くこともない行動だった。

 

「あなた……動けるの?」

「……え? なんで、体が動いているんだ? もう、世界を救うなんて諦めたのに……」

 

 今にも動き出そうとしている自身の体に最も驚いたのは他ならぬ切嗣自身であった。

 理想の為なら体は勝手に動いた。でも、今はその理想は砕けたはずだ。

 立ち上がる気力すらない程に心は折れていたはずだ。

 故にこの体が機械のように動くはずなどないというのに。

 どうして体は今にも駆けださんとしているのだろうか。今の今になって。

 

「……ああ、そういうこと」

「なんなんだ、アリア?」

「衛宮切嗣という人間は、例え、理想が潰えようとも―――目の前で誰かが傷つくのを黙ってみていられないのよ」

 

 目の前で困っている人がいるのなら助けたい。

 目の前で誰かが傷つけられようとしているのなら体を張って守りたい。

 ―――目の前の誰かを助けたい。

 

 そんな、子供が抱くような幼い心。

 世界を救いたいという願いに比べれば余りにも小さくて。

 理想の為に全てを犠牲にする覚悟と比べれば覚悟とも言えない程に幼稚で。

 後先を考えることもない、呆れてしまうような愚かな想い。

 だからこそ、理想も何もかもを失った男の心に残っていた。

 

 衛宮切嗣の体を動かしていた本当の原動力。

 

「……ここで動いたら何か答えが得られるかな?」

「さあ、それはあなた次第じゃない?」

「そうだね。だとしたら……動くしかないかな」

 

 未だに想いは定まらない。何をすればいいのかも分からない。

 罪の意識だけが自身の内を占める。心がまだ動くのかと問いかける?

 眼差しは朧げでかつてのような力強さなどどこにもない。

 だが、体は動いてくれる。ほんの少しだけやりたいことは分かった。

 どうせ、何もできない人生ならば、今この瞬間だけは。

 ―――愚かな想いに身をゆだねてもいいかもしれない。

 

「ピースメイカー」

『Mode Launcher.』

 

 バインドを破りトンプソンを再起動させる。

 同時にアリアのバインドも砕き、動けるようにする。

 

「アリア、僕が道を作る。君は凍結を頼む。封印は無理でも動きは止められるだろう」

「分かったわ。師匠としては助けたいところだし」

 

 不思議な感覚だった。体のコンディションは最悪に近い。

 構えたスコープが揺らいで見える程に狙いは定まらない。

 だというのに、外すという考えが一切起きなかった。的が大きいからではない。

 偽りの全能感。何を為すべきかだけで動いていた時にはなかった感覚。

 後で今以上の後悔に襲われるかもしれない。折れた心が今度は擦りつぶされるかもしれない。

 それでも今ここで動かないという選択を衛宮切嗣はできなかった。

 

「全員、闇の書の闇から離れろ」

『Stinger missile.』

 

 目の前で誰かが苦しんでいるのだから。

 どんな理由であれ、それを助けたいと願うのが衛宮切嗣なのだから。

 

 

 

 

 

 アリアのエターナルコフィンのおかげで随分と狙いやすくなった闇の書の闇。

 コアに近い部分の再生力が速いということが裏目出てその位置をさらしている。

 それは争い合っていた二人の大人が力添えをしてくれた結果。

 手助けをしてくれた二人には色々と言ってやりたいが今はそれどころではない。

 なのは、フェイト、はやての三人は顔を見合わせて頷く。

 

「いくよ、フェイトちゃん。はやてちゃん」

「うん!」

「了解」

 

 最も魔力を持つ者が可憐な少女三人というのは何とも不釣り合いな絵だがこればかりはどうしようもない。

 火力という点においてはこの三人に勝る者達はまずいないのだから。

 大勢の者達が息を呑んで見守る中、三人はそれぞれ魔力を籠め始める。

 

「いくよ、レイジングハート!」

『Starlight Breaker ex.』

「全力全開! スターライト―――」

 

 掛け声に合わせ、自身と主が生み出した最強を誇る魔法を発動させる。

 周囲に拡散されていた魔力を根こそぎ収束させていく。

 集う星達、それは希望の光。咎人を滅ぼす光ではなく、未来へ繋げる道標。

 絶望を撃ち抜き、奇跡を手繰り寄せる不屈の闘志。

 

「バルディッシュ!」

『Plasma Zamber Breaker.』

「雷光一閃! プラズマザンバー―――」

 

 なのはの隣ではその親友たる閃光の主従が雷鳴を轟かせながら構える。

 高速の儀式魔法による雷の発生。その力をザンバーフォームの刀身に蓄積させる。

 さらに、フェイトとバルディッシュのカートリッジ全弾をも重ね合わせた魔力。

 それを、雷光を伴った強力な砲撃として放つ。

 

 紫電が降り注ぎ黄金の刀身に電熱で真っ赤な炎を灯らせる。

 まるで、それはシグナムの魂、レヴァンティンを思わせる姿。

 敵として戦いあった彼女も今は頼もしき味方。

 騎士達の想いも乗せたかのような閃光の大剣。

 

「ごめんな……お休みなさい……」

『Ragnarök』

「響け、終焉の笛! ラグナロク―――」

 

 口から零れるのは今から壊してしまう、何も悪いことはしていない家族への謝罪。

 優しすぎる彼女はただの防衛プログラムであっても、そこに命がなくとも謝る。

 その言葉が届いたのかどうか、否かは分からないがその一瞬だけ防衛プログラムの動きが緩まる。

 

 はやてが掲げし杖に夜天の魔導書全ての魔力が集まっていく。

 さらに三角のベルカの魔法陣の頂点それぞれに魔力が収束されていき、効果の異なる砲撃が生み出される。

 それは、まさに世界の終焉を告げるに相応しいメロディ。

 神々の黄昏が、悲しみの運命の滅びが約束された一撃。

 

 

『ブレイカーッ!!』

 

 

 三人による最大攻撃の同時発射。

 空間そのものを揺るがすかのような振動が見守る者達の体を震わせる。

 波が荒立ち、雷が暗闇を照らす。三人の攻撃が交じり合い赤とも青とも黄色とも言えるようなエネルギーの柱が闇の書の闇を中心に天に昇る。

 そして、耳をつんざくような音を立てて爆発を起こす。

 だが、その爆炎は不思議なことに虹色を浮かべ、成功を祝福しているかのようだった。

 

「本体コア……捕まえた!」

 

 その成功に背中を押されるようにシャマルも旅の鏡でコアの摘出に成功する。

 かつては共に主を守るために戦ってきた者達が争い合うという現実に少し胸が痛むシャマル。

 しかしながら、主の幸せこそ防衛プログラムも望むことだと思い直し、声を上げる。

 後は、これを転移させれば自分達にできることは終わりなのだ。

 

「強制転移……目標は軌道上!」

「いくよっ!」

 

 ユーノとアルフが闇の書の闇に逃げられないように転移魔法陣で挟み込む。

 その間にもコアは再生を続ける。このチャンスを逃せば恐らくは二度と封印できないだろう。

 だからこそ、魔力と想いをありったけ籠めて三人は叫ぶ。ただの二文字を。

 

 

『転送ーッ!』

 

 

 巨大な虹色の転送陣が現れ、コアの転送を開始する。

 ここから先はアースラで指揮を執っているリンディの仕事だ。

 転送されながらも再生を続ける相手を倒すために完璧なタイミングで。

 完璧な威力で、アルカンシェルを放つ。

 

「アルカンシェル、発射!」

 

 最終ブロックを解除するキーを接続したことで三重の魔法陣が砲口に展開される。

 そして、青白い極光が闇の書の闇目がけて襲い掛かる。

 撃ち出された魔力弾そのものにはそこまでの威力はない。 

 しかし、着弾後一定時間の経過によって空間歪曲と反応消滅が発生する。

 その効果範囲は発動地点を中心に百数十キロに及び、対象を跡形もなく殲滅させる。

 かつての闇の書事件の時にもクライドと戦艦、そして闇の書ごと葬った武装。

 それこそが、アルカンシェル。

 

「お願い…!」

 

 必ず滅ぼせるように、悲しみの連鎖を断てるように、天国の夫に祈るリンディ。

 空間歪曲と反応消滅がコアを中心にして起き始める。

 宇宙という何も存在しない空間であるにも関わらず、巨大な音を幻聴してしまうかのような爆発が起きる。

 様々な魔力光が辺りを明るく照らし出し幾重にも広がる光の輪が作り出される。

 最後に赤い一筋の閃光を放ち完全に反応は消える。

 

「コア……完全消滅。再生反応―――ありません!」

 

 エイミィの嬉しさを押し殺し切れていない声がアースラ内部に響き渡る。

 だが、リンディは冷静に警戒態勢を維持するように告げ、監視を続けるように言う。

 その指示を受けて肩を撫でおろしながらエイミィは地上のなのは達に作戦成功の連絡を送る。

 その吉報を受けて喜び合う子供達に、ホッと息をつく大人組。

 そんな中、切嗣は一人夢でも見ているかのような表情で降り注ぐ白雪を見つめるのだった。

 

「奇跡は……結局起きたのか。世界は救われたのか……」

 

 その声には嬉しさというものが感じられなかった。

 望んでいた結末のはずだった。かつて夢見た理想のはずだった。

 だというのに、喜べない。勿論、世界が救われたという結果にではない。

 完膚なきまでに己の今までの行いを否定してしまったからである。

 犠牲にしてきた者達にはどのような顔をして詫びればいいのかも分からない。

 ただ、世界は救われたという結果だけがそこにあった。

 

「そう言えば、本当の意味で世界が救われるのを見るのは初めてだな」

 

 衛宮切嗣は世界が救われた瞬間など見たことがなかった。

 彼がやってきたことは滅びにつながる全ての可能性を排除することだけだ。

 結果的には救われたのかもしれないがその後にどうなったかなど知らない。

 思えば、この道を歩いてきて本当に嬉しいと思ったことなどあっただろうか。

 いつも、救えなかった人々の存在に嘆いてきた。

 口では多くの人を救ったのだと言ってきたが、犠牲の大きさに救ったという人々にすら目を向けることができなかった。

 

「……あ、あの」

「その……」

「なんだい? 高町……いや、なのはちゃんにフェイトちゃん」

 

 ボンヤリと考え事をしていたところになのはとフェイトに声をかけられ首を傾げる。

 はやては少し遠くから見守るだけで何故か近づいてくる気配がない。

 不思議だったが、気にするほどの気力も残っていないので思考を放棄する。

 

「その……私達がやったことははやてちゃんが言ったように無謀でした」

「結果的に全てが救われた。……結果だけが全てだ。今回は君達が正しかった」

「でも、手を貸してくれなかったら危なかったですし」

「だから―――」

 

 なのはとフェイトが交互に反省するかのように語り掛けてくる。

 だが、切嗣にとってはそんなことはどうでもよかった。

 結果だけが全てだ。碌でもない敗者に憐れみをかけられる方が惨めだ。

 いや、ある意味では当然の報いなのだろうと、そう思った時だった。

 二人が全く予想だにしていなかった言葉を言ったのだ。

 

 

『ありがとうございました』

 

 

 満面の、打算など何もない嘘偽りのない本物の笑顔と言葉。

 対して切嗣は何を言われたのか理解できないといった表情で惚ける。

 言葉が理解できなかったわけではない。

 何故言われたのか、どうして自分にその言葉が使われたのかが理解できなかったのだ。

 

「な、なにを言っているんだい?」

 

 震える声で尋ねる。こんな綺麗な、余りにも美し過ぎる言葉は自分には相応しくない。

 そんな想いが零れ落ちるようだった。

 だが、少女二人はそんなことなどお構いなしに、気づくこともなく続ける。

 

 

『助けてくれて、ありがとうございました』

 

 

 二人は、ただ当たり前に自分達を助けてくれたことにお礼を言っているだけだ。

 だが、切嗣にとっては青天の霹靂だった。こんな言葉を言われると思っていなかった。

 はやてを騙しているときに言われたものとも違う。

 自分の意志で動き、言われた短い言葉。たったそれだけ。

 

 助けてもらったという感謝の言葉。

 ただ、それだけなのに切嗣の心はどうしようもなく―――満たされていた。

 嬉しかった。以前に比べれば余りにも小さな行動。

 それなのに、今までで一番の喜びが心を占めた。

 

「ああ……そうだったのか」

 

 簡単なことだった。結局、衛宮切嗣は誰かを助けたいという願い以外は抱けないのだ。

 だが、それでいいのだ。何も変える必要などない。

 今も昔もこの想いに従って歩き続ければよかったのだ。

 殺すという選択ではできなかった。だけど、こんなにも簡単に人を笑顔にすることができた。

 これこそが、衛宮切嗣の本当に行うべき、否、行いたかったことではないのか。

 

「そうか……僕は―――」

 

 自身の想いを口にしようと切嗣がした瞬間、それを遮る一際大きな拍手が聞こえてくる。

 誰もが音の出所を見る。そこにはある人間のホログラムが映し出されていた。

 その人間はただ拍手をし、惜しみのない賛辞を彼らに送っている。

 

 

【ブラボー! いやぁ、今宵の喜劇は素晴らしかったよ。まあ、私としては悲劇も見たかったがね、くくく!】

 

 

 ホログラム越しだというのに尚映える特徴的な紫の髪。

 賢者のような知的さを含みながらも、狂気を体現したかのような黄金の瞳。

 賛辞を送っているというのに見る者の背筋を凍りつかせる道化の仮面のような、異形の笑み。

 新たな絶望の奈落へと誘うような、歪んだ悪魔の笑み。

 その名前を、顔を、切嗣は忘れることなどできない。

 

 

「スカリエッティ…ッ!」

 

【くく、しばらくぶりかな。衛宮切嗣(正義の味方)

 

 

 舞台(Fate)の終わりに賛辞を贈るのはいつだって観客だ。

 




完結したら別ルートを書く予定。


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二十七話:終演

 

 突如として現れたスカリエッティの姿にそれまでの腑抜けた顔を一変させる切嗣。

 その目は敵を見るというよりも憎しみそのものを見るかのようである。

 彼の並々ならぬ顔に相手が何者かも分からぬ者達も一同に緊張した面持ちになる。

 そして、その名を知る者は驚愕の表情を見せる。

 

「広域次元犯罪者のスカリエッティだと?」

「如何にも私が稀代の天才科学者、ジェイルスカリエッティだ」

「一体何のようだ」

「いやいや、君達には興味はないよ。尤も、調べてみたいものと浅からぬ因縁のあるものはいるがね」

 

 クロノからの問いに肩を竦めながら答えるスカリエッティ。

 そして、黄金の瞳をギョロリと騎士達に向ける。

 そのままの視線で今度はフェイトを観察する。

 思わず後退ってしまうフェイトに不気味な笑みを返しスカリエッティは話を戻す。

 

「私が用があるのは彼、衛宮切嗣だけだよ」

「僕には一切用がないけどね」

「くくく、相変わらずつれないねぇ」

 

 あからさまにスカリエッティを嫌悪する切嗣。

 逆に古い友人と話すかのように嬉しそうに話すスカリエッティ。

 その二人のギャップが見守る者達からすれば異常だった。

 

「かつて奇跡を諦めた人間が奇跡を目にしてどんな気持ちを抱いているのかね?」

「おかげさまで、お前の顔を見た瞬間から現在進行形で最悪の気分だよ」

「ふはは、ということは少なからず救われたのかね?」

 

 切嗣の全力の皮肉にも全く反応することなく、土足で彼の心を踏み荒らす。

 しかもそれが遠からず当たっているのから性質が悪い。

 渋面を作る彼にスカリエッティはますます笑みを深めて笑う。

 この科学者の本質はとにかく欲望に忠実というところだ。

 誰かの心を荒らしたいと思えばとことん、遠慮など欠片もなく荒らしてくる。

 それが、彼が科学者を嫌う一番の理由だ。

 

「いやはや、今までの行いを否定された時はどうなることかヒヤヒヤ(・・・・)しながら見守っていたが元気そうで何よりだよ」

「心にも思っていないことを言うな。虫唾が走る」

「まさか、この世で誰よりも君の欲望を肯定している私がそんなことをすると思うかね?」

「……だから、お前は嫌いなんだ」

 

 スカリエッティは衛宮切嗣の理想をこの世の誰よりも肯定している。

 不可能だと分かり切っていた。だからこそ、そんな無限の欲望を応援した。

 自分の悦の為に他者を犠牲にする切嗣とは正反対の男。

 だというのに、この世で最も切嗣を理解しているのはスカリエッティだった。

 そのことが何よりも彼を苛立たせた。まるで自分が同じ存在だと言われているようで。

 

「あなたは、結局おとんとどういう関係なんや?」

「んん? 君は悲しき運命から解放された夜天の主か。くくく、私は彼とは同僚だよ。ああ、彼が言うには共犯者らしいがね」

「……あなたも世界を救おうとしとったんですか?」

「……くっ、ははは! ふははははは!」

 

 はやてからの素朴な問いかけにホログラム越しだというのにゾッとするような嗤いが起きる。

 問いかけたはやての方は一体何が起きたのか分からずポカンとする。

 切嗣はまた始まったのかと苛立ちも隠さずに舌打ちで反応する。

 

「くふふ……まさか、この私が! そのような殊勝な願いを抱くものかね」

「だろうな」

「私の願いは欲望を満たすことだよ。無限に満たされることなどない欲望をね」

 

 どこまでも貪欲に、己の欲望に忠実に、彼は生きることを望む。

 彼の欲望もまた無限に沸き上がり、決して叶うものなどではない。

 しかし、だからこそ追い続ける。何もかもを踏み台にしてでも欲望を満たそうとする。

 そんな本質がどこか切嗣と似ているのかもしれない。

 

「くくく、偶にはこうして知らぬ者と語り合うのも悪くない。だが、あまり時間もない。君の今後について話そうじゃないか」

「……今までのやり方じゃ世界は救えない」

「だとしても、やはり支障が出るだろう? 場所を変えてゆっくりと話そうじゃないか」

 

 そう言って指を鳴らすスカリエッティ。

 すると切嗣の足元に強制の転送陣が展開される。

 慌てる周囲。しかし、当の本人は落ち着いた様子で動くこともない。

 切嗣とて自分の現状をどうにかする必要があるのは理解している。

 故に抵抗などしない。

 

「おとん!」

「ちょっと、出かけてくるよ。はやて」

 

 愛娘に優しく笑いかけて姿を消す切嗣。

 それと同時にスカリエッティのホログラムも消える。

 急いで転移魔法陣の解析を試みようとエイミィに連絡を取るクロノ。

 だが、悪いこととは総じて続いて起こるものである。

 

「はやて!?」

「主!」

 

 今度は突如としてはやてが気を失って倒れてしまったのである。

 はやてに駆け寄る騎士達と少女二人を脇目にクロノは冷静にアースラへの転移を頼む。

 

「エイミィ、アースラへの転移を頼む。それと転移先は分かったか?」

【はやてちゃんの方はすぐに! でも、転移の方は複雑すぎて……これ頭おかしいよ】

「そうか……」

 

 後をつけられないように常人では解析できないレベルで複雑化された魔法陣に頭を抱えるエイミィ。

 クロノも相手はただの自信家ではなく、それを裏付けする実力を肌で感じる。

 広域次元犯罪者に魔導士殺し。二人がどんな関係なのかは詳しくは分からない。

 しかし、これだけは分かる。自分が本当に心休まる時はまだ先だということだけは。

 

 

 

 

 

「やあ、直接顔を合わせて話をする方がやはり趣があるね」

「それで、僕がこれからどうするかの話だな」

「おや、無視かい」

 

 どこの世界にあるかもわからない薄暗い研究所。

 そこにスカリエッティと切嗣は居た。

 スカリエッティが座るように勧めてくるがそんな気が起きるはずもなく切嗣は腕を組んで立ち続ける。

 

「今まで通りのやり方を通すつもりはもう僕にはない。あんなやり方じゃ犠牲が増えるだけで何も救えはしない」

「くくく、なるほど、なるほど。では、スポンサーの元から離れるかね?」

「そうなるな。元より、こうなった僕に利用価値はないだろう」

 

 大の為に小を切り捨てる。当たり前のように今まで行って来た行為ももうできない。

 そうなれば、衛宮切嗣に利用価値はない。

 心を押し殺した冷酷な殺人マシーンとして都合よく利用されていただけだ。

 なら、価値のなくなった道具は捨て去られるだけだろう。

 

「しかし、そんなことを私の前で堂々と言っていいのかね」

「まさか、お前が飼い主に尻尾を振るとでも言うのかい?」

「く、ふふふ。いや、痛いところを突かれたね」

 

 参ったとばかりに頭を抑えながら笑うスカリエッティ。

 この男はただ研究資金と施設が提供されるので上に従っているフリをしているだけなのだ。

 上は気づいてはいないが、いつ飼い主の首を食いちぎってやろうかと虎視眈々と狙っている。

 そうでなければ切嗣を放置しているはずがないのだ。

 

「そうなると、君の家族が危ないんじゃないかい?」

「だろうな。最悪僕をおびき出すための人質に使われるかもしれない」

 

 切嗣は知られると不味い情報を持ちすぎている。

 勿論、犯罪者の言うことをどこまで信用するのかということはあるが。

 とにかく、自分達の下を離れるというのなら相応の“処理”が必要だと判断するだろう。

 そうなった時に切嗣の家族(弱点)が突かれる可能性は高い。

 

 

「だから、衛宮切嗣はここで―――死ぬ(・・)必要がある」

 

 

 告げられた言葉に一瞬たりとも動揺することなくスカリエッティはニヤリと笑う。

 その言葉の裏に隠された真意を見抜いたからである。

 そして、何よりもその成功には自分の力が不可欠なのだ。

 つまりこれは仕事以外で初めて衛宮切嗣が協力を求めたということだ。

 

「くくく! それで君は私への報酬は何をくれるんだい?」

「鉛玉を眉間に一発でどうだ? 破格の待遇だぞ」

「ふはははッ! この私に脅しをかけてくるかい。相変わらずだね、君は」

「今なら喉にも一発サービスしてやるよ。先にその口を黙らせてやる」

 

 冗談などではない声色であるにも関わらず、スカリエッティは嗤い続ける。

 これで譲歩をしてきていた方が拍子抜けだ。

 やはり衛宮切嗣は目的達成の為なら残酷になれる男でなければならない。

 

「ははは! いいだろう。君の退職祝いだとでも思えば安いものだ」

「すぐに用意できるか?」

「君のレアスキルの研究の為にとっておいた“物”であればすぐに用意できるよ」

 

 水面下で動き始める計画。

 それは一人の男をこの世から消し去るための計画。

 家族を守るために男が選んだ一つの選択。

 

「最後の処置をどうするかね? こちらでやっても構わないよ」

「いや、“自分”のことぐらい自分でやるさ」

「くく、そうかね。では、私は準備を始めるとしよう」

 

 そう言ってすぐに研究室の奥に消えていこうとするスカリエッティだったが、ふと足を止めて振り返る。

 何事かと怪訝そうに眉を顰める切嗣にスカリエッティは問いかける。

 まるで、それが本当の前金だとでも言うように。

 

「一つ聞かせてもらってもいいかね。君が過去を否定されてもなお歩き続けようとする理由を」

「……何も変わらない。僕は誰かを救いたいだけだ」

 

 仏頂面のまま返事を返す切嗣。その言葉は彼と始めて会った時の返答と変わらぬものだった。

 だというのに、その声色はどこか満足しているかのような、答えを得たかのようだった。

 そのことが解せずにスカリエッティはさらに問いを重ねる。

 

「ならば、何故今までの行いをやめるのだね? 今回は素晴らしい奇跡が起きたがそんなものなどただの偶然だと君は心の奥底では思っているはずだよ」

「そうだね。現実を見ればこれからも同じことを繰り返し続けるのが正しいのかもしれない」

「では、何故?」

「正しいことをするだけじゃ、人の心は救えないからだ」

 

 ハッキリと目を見開き、宣言する切嗣に驚きを禁じ得なかった。

 誰よりも心を押し殺し、効率だけを追い求めた機械のような男が心を語ったのだ。

 衛宮切嗣は今まで数だけで選択をしてきた。人間を見ていなかった。

 心を無視していた。例え、100人中1人を犠牲にして残りの99人を救ったとしても。

 果たして、その99人全員がそこから先を立って歩いていけるのか?

 

 数でみればただの1人だ。だが、人間としてみればその1人は誰かの子供で、誰かの孫で、誰かの親で、誰かの友人で、誰かの最愛の人なのだ。

 そんな1人を奪われた者達は果たしてその先生きていけるのか? 希望を持てるのか?

 答えは分からない。だが、一つだけ分かることは、人は心が死ねば生きてはいけないことだ。

 例え命が助かっても、そこに希望がなければ、心が救われなければ真に救われたとは言えない。

 

「そのことに気づいた。だから……変えるんだ」

「なるほど……それが君の答えかね。くくく、安心したよ。全てを諦めたわけではなく、より難しい願いに変わったというわけだ」

 

 より難しい願い。その言葉に切嗣は顔を伏せる。

 そうだ。今まではただ殺し続ければ良かった。だがこれからは救わなければならない。

 誰かを助け続けなければならない。

 救えずに目の前で死んでいく人々を見続けなければならない。

 決して以前のように助けることを諦めないように。これからずっと。

 想像するだけで絶望してしまうような道のりだ。

 だが、それでも歩き続けなければならない。

 

「話は終わりだ、早く準備をしろ」

「ふふふ、相変わらずせっかちだねぇ」

 

 相も変わらぬ不気味な笑みを浮かべスカリエッティは準備へと向かっていく。

 その後ろ姿に鉛玉を撃ち込んでやりたいという衝動を抑えながら切嗣は煙草を取り出しそこで手を止める。

 しばらく箱を眺めていたが、やがて一本だけ取り出し残りは箱ごと握りつぶす。

 

「これが最後の煙草になるかな」

 

 火をつけて深く味わうように煙を吸い込む。

 しばらく煙の流れを見つめていたがフッと笑いを零しスカリエッティの向かった方へと自身も歩み始める。

 不思議と体が軽く感じる。これから行うことに対して少し不謹慎なことを考えながら歩く。

 

「さて、準備は整ったよ。いつでもやってくれたまえ」

「…………」

「おや、君ともあろうというものが戸惑うのかい?」

 

 声をかけるスカリエッティに対し、切嗣は無言で返す。

 その様子にさらに笑いを深める科学者に切嗣はしかめた顔を隠すこともなく告げる。

 

「流石の僕も自分で“自分”を―――殺すのは初体験だからね」

 

 コンテンダーを起動させ眉間(・・)に突きつけ押し付ける。

 嫌悪感がないわけではない。だが、他人を殺すのに比べれば幾らか気が楽だった。

 ゆっくりと引き金にかける指の力を上げていく。

 

 

「これが……衛宮切嗣、最後の―――殺人だ」

 

 

 誓うようにそう呟いた後、鈍い銃声が響き渡る。

 舞い散る脳髄と血液を見ながらスカリエッティはその場で一人だけ笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 アースラで切嗣とスカリエッティの後を追っていたクルー達は一同に言葉を失っていた。

 探索中に微かに観測された魔力反応を追ってサーチャーを飛ばした。

 そして、衛宮切嗣を補足することに成功した。

 だが、その衛宮切嗣の姿が問題だった。

 

「エイミィさん、はやてちゃんのお父さんが見つかったんですか!?」

「なのはちゃん、フェイトちゃん見たらダメ!」

『―――え?』

 

 切嗣が見つかったことを知ったなのはとフェイトが飛び込んでくるのをエイミィが静止しようとするが止められずに変わり果てた姿を目にしてしまう。

 遅れてやってきた、まだ眠っているはやて以外の八神家の家族も言葉を失ってしまう。

 

「うそ……お父さん」

 

 シャマルが信じられないと首を振りシグナムに寄りかかる。

 シグナムもそんなシャマルを支えながら信じられないと何度も瞬きをするのだった。

 だが、目の前の結果は変わらない。彼らが目にしたものは―――

 

 

 ―――眉間に巨大な風穴を開けられ、血まみれで息絶えている衛宮切嗣(・・・・)の姿だった。

 

 




ケリィがしんだー。このひとでなしー(棒読み)

次回で終わるかもです。そして、IFルート。
別名スカさんルート。


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二十八話:旅の終わり、新たな旅へ

 

 アースラのロビーで椅子に座り込み重苦しい空気を醸し出すなのは達と騎士達。

 誰もが言葉を発することができずに暗い顔をするばかりである。

 そんな近寄りがたい集団の元にクロノがキビキビとした足取りで歩いてくる。

 全員の視線がクロノに集中する中、クロノは重々しくも淀むことなく告げる。

 

 

「……先程―――衛宮切嗣の死亡が確認された」

 

 

 小さな、声にもならない悲鳴を上げるなのはとフェイト。

 ヴィータはどんな顔をすればいいのか分からずに感情が複雑に混ざった顔を作る。

 シャマルは顔を隠して小さな嗚咽を上げる。

 シグナムはやるせなさを隠し切れずに痛いほどに拳を握りしめる。

 ザフィーラは静かに目を瞑り冥福を祈るが本人ですら気づかないうちに肩を震わせていた。

 そしてリインフォースは悲しげに目を伏せるのだった。

 

「せめて、もう一度話をしたかった……」

「切嗣……」

「あの……会いにいけないでしょうか?」

「遺族の面会を止める権限は僕にはない。だが……見たいのか?」

 

 シャマルの申し出に念を押すように告げるクロノ。

 衛宮切嗣の遺体は眉間を撃たれた致命傷以外にも体中が滅多撃ちにされて損傷が激しいのだ。

 本人確認が難しかった(・・・・・)程の傷を負っている。だからそう尋ねたのだ。

 

「構いません。私達だって騎士です。……何度もこういう体験はしてきましたから」

「そうか……なら、案内をしよう。ただ、その前に一つ聞いておきたい」

「はい、なんでしょうか」

「このことは……八神はやてには伝えるのか?」

 

 クロノは未だに目を覚まさないはやてのことを気に掛ける。

 今日一日で様々な辛い経験をした少女。そんな少女にはまだ辛いことが待ち受けている。

 大切な家族であるリインフォースはこの後防衛プログラムの再生を防ぐために消滅する。

 夜天の書がある限りは防衛プログラムも存在し続ける。

 だから、夜天の書の管制人格たる彼女も共に消える定めにあるのだ。

 これだけでもはやてには辛いことだろう。だというのに、それに加えて父親が誰かに殺されたなど伝えられればどうなるかはわからない。

 下手をすれば壊れてしまいかねない。

 

「主には……伝えないでくれ。切嗣もまた主はやてを悲しませたくないはずだ」

 

 問いに答えたのはいずれ自身も消える運命にあるリインフォースだった。

 切嗣と言葉を交わしたのは短い期間しかなかった。

 しかし、本来の切嗣ははやてを悲しませるなど望まないということは直感で理解していた。

 そして、何よりも自分自身も消えることをはやてに伝えることをしないからだ。

 

「そう…か、分かった。主には私達が機を見て話す」

「なら、ついてきてくれ」

 

 リインフォースの言葉にシグナムが重々しく頷き、承諾の意を見せる。

 それを確認したクロノは切嗣の元へ家族を案内していく。

 残されたなのは達は自身の力の無さを噛みしめながら肩を震わせる。

 

「あの時……力づくでも連れられて行くのを止めればよかったのかな…?」

「どうして殺されちゃったんだろ……」

「なのは……」

「フェイト……」

 

 下を向いて俯くなのはとフェイトにユーノとアルフは声がかけられない。

 アルフとしては娘に酷いことをしたというのは許せない。

 しかし、あの心の底からの絶叫を聞いてなお、何も思わないほど非情ではない。

 本当は優しい人間だったのかも知れないと思っていた。

 

「ねえ、ユーノ君。どうしてこんなことになっちゃったのかな?」

「……口封じの為に殺されたんだと思うよ」

「口封じ?」

 

 なのはの声に頷いてユーノはゆっくりと話し始める。

 ユーノはまだ汚いことはよく知らない子供である。

 しかし、普通の子供の何倍も聡い。故に人間社会の闇についても少しはわかる。

 

「うん。あのスカリエッティっていう人は広域次元犯罪者といって犯罪者の中でもトップで追われている人なんだ」

「そう言えば、クロノが言っていた……」

「うん、共犯者だって言っていたから……切嗣さんが捕まって自分の情報が管理局に渡るのを恐れて……それで……」

 

 最後の言葉が上手く喉から出てこずに尻すぼみになっていくユーノ。

 しかし、その先の言葉は言わなくともわかる。

 衛宮切嗣は殺されたのだ。これ以上ないほどに無残に、残酷に。

 その事実がなのはの心に重くのしかかるのだった。

 

「私が…私がはやてちゃんを助けたからこんなことになっちゃったのかな?」

「なのは、それは言っちゃダメだよ」

 

 自身がはやてを助け出したことで間接的に切嗣を殺してしまったのではないのかと悔やむなのはにアルフが厳しい口調で声をかける。

 

「あんたが否定したら、はやてが報われない。それにあいつも報われないだろうさ。フェイトもそうだよ」

「うん……そうだね、アルフ。私達が選んだ道で誰かが傷つく。そのことを私達が否定したら傷ついた人への裏切りになる。でも……難しいね」

 

 一言一言噛みしめるように呟くフェイト。

 そして同時に今までの行いを否定してしまい、悲鳴を上げた切嗣の心境を少しだけ理解した。

 一人の犠牲だけでこれだけ心が痛むのだ。

 恐らくはその何百倍も犠牲を積み上げていた彼の絶望はこんなものではなかっただろう。

 だからこそ、たった一言で壊れてしまった。

 

「頑張って前に進んでいくしかないんだね……」

「そうだね。だから、リインフォースの消滅もちゃんと見届けないと」

「うん……」

 

 少女達は小さな、それでいて大きな覚悟を決め頷く。

 旅する魔導書の旅を終わらせるために。

 

 

 

 

 

 空から降り注ぐ白雪が海鳴を一面の銀世界へと変える。

 その中でも一際目立つ白銀の魔法陣が一人の女性の周りに展開されている。

 さらに、その三角の魔法陣に重ねるようにもう一つ。

 上は赤紫の魔力で、左は桃色、右は黄金の不思議な魔法陣。

 それこそが祝福を運ぶ風を新たな旅へと誘う終わりの(うた)

 

 だが、その旅立ちを黙って見送れるほど夜天の主は非情ではなかった。

 目を覚ますと同時に異変に気づき、こうして車椅子のまま自力で場所を探し出したのだ。

 しかし、それでも祝福の風の気持ちは変わらない。

 主の再三に及ぶ説得にも頷くことはなく、ただ満足気に微笑みかけるだけである。

 

「なんでや…今まで悲しい思いしてきたんや。救われなおかしいやろ!」

「主はやて、私の心と体は既に救われています」

 

 涙ながらに声を上げるはやてにリインフォースは近づいて触れ合うことなく微笑み続ける。

 本当は触れ合ってその温かさを感じていたいのかもしれない。

 だが、海よりも深く愛する者のために彼女は決して魔法陣の中から出ることはない。

 そんな想いが分かるからかはやても無理に近づくことができない。

 

「それに私の意思はあなたの魔導と騎士達の魂に残ります。私はいつも、あなたの傍にいます」

「そんなんちゃう! 一緒におらんのなら違う!」

「駄々っ子はご友人に嫌われますよ」

「リインフォース! ―――あ」

 

 ついに我慢が出来なくなったはやてがリインフォースの元に駆け寄ろうとする。

 しかし、雪の下に隠れた石により躓いてしまい、車椅子から身を投げ出されてしまう。

 その姿に全員が駆け寄って支えてあげたいと思うが儀式を中断するわけにもいかずに悲しげな表情を浮かべるだけである。

 

「なんでや……今から、たくさん幸せになっていかんといけんのに……なんでや」

 

 体を引きずるようにリインフォースの元に近づこうとするはやて。

 その姿に不謹慎ながらに自分のことをここまで思っていてくれるのだと嬉しくなるリインフォース。

 魔法陣から出ないように気を付けながらゆっくりと歩み寄り、涙の流れる頬を優しく撫でる。

 

「大丈夫です。私は世界で一番幸福な魔導書ですから」

 

 もし、心優しき主と最高の騎士達と共に生きていけるのならそれは素晴らしいことだろう。

 だが、それができなくとも幸福であることに変わりはない。

 主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器たる自身の命題。

 主を守るためにこの身を犠牲にでき、主にその終わりを惜しまれる。

 魔導の器としてこれ以上に幸せなことなど存在しないだろう。

 

「リインフォース……」

「私はこの世の誰よりも幸せです。だから、こうして―――笑っていけます」

 

 花の咲くような満面の笑みを浮かべて見せるリインフォース。

 その顔にはやては何も言うことができなくなる。

 本当に彼女は救われて、満ち足りているのだと分かってしまったのだから。

 もしも、彼女が一人の人間であればこんなにも笑えなかったかもしれない。

 

 だが、彼女は気が遠くなる時間を旅してきた魔導書。

 騎士達のように自身が人間だと無意識に思うのではなく、無意識に魔導の器と意識する。

 だからこそ、主一人に全ての愛を注げる。

 何よりも八神はやての魔導書であることを誇りに思う故に。

 

「お別れの時間です」

 

 最後にもう一度、優しく微笑みかけ、リインフォースは魔法陣の中心に移動する。

 目を瞑り、降り注ぐ雪が頬に当たるのを感じながら空を見上げる。

 自分は今からこの空に祝福の風となり還っていく。何一つ心残りはない。

 

 

「主はやて、守護騎士達。それから、小さな勇者達……ありがとう。そして、さようなら」

 

 

 最後の最後に感謝の言葉と別れの言葉を残しリインフォースは夜天の書と共に消えていく。

 白銀の粒となり、空へと昇っていき新たな旅へと向かったのだ。

 残った物ははやての手の平に降り注いだリインフォースの欠片のみ。

 はやてはその欠片を何よりも大切な物として固く抱きしめる。

 

「はやてちゃん……」

「はやて!」

 

 その周りに大切な友人と家族が駆け寄ってくる。

 だが、そこにはいつも傍にいてくれた夜天の書も父の姿もなかったのだった。

 

 

 

 

 

 一先ず、はやての気が休まる場所に移動しようと決めた騎士達はなのは達と別れて自分達の家に来ていた。

 色々なことがあったために随分と久しぶりに感じられる家に一息をつく五人。

 今日は家ではやての心をゆっくりと休めようと考えたところでヴィータがあることに気づく。

 

「なあ……はやては病院に戻んなくていいのか?」

「主の病はもう治った。これ以上苦しむこともない」

「いや、そうじゃなくてさ。……無断外泊ってやつじゃねーのか?」

 

 ヴィータの言葉に全員が顔を見合わせる。

 当然のことながら昨日のことなど石田は知らない。

 恐らくは今も居なくなったはやてを探し回っていることだろう。

 そこまで気づくとサッとシャマルとシグナムの顔が青くなる。

 

「シャマル、すぐに石田先生へ連絡を」

「分かったわ!」

「うわー……石田先生カンカンやろうな」

 

 これから怒られることを想像して苦笑するはやて。

 家に戻ってくるまでの間に大分落ち着いたのもある。

 しかし、それ以上にしっかりしなければならないという感情が働いたためにこうして気丈にふるまえているのだ。

 そんな心情をザフィーラは察していたが主の意思を尊重するに止める。

 もしもの時は自分達が支えればいいのだと硬く決意しながらであるが。

 

「はい、シャマルです。すいません、石田先生……え? そ、そうですか。すいません」

 

 石田に繋がるや否や開口一番に謝り始めるシャマルであったがハトが豆鉄砲で撃たれたような顔になる。

 そして、すぐに若干へこんだような顔になりまた謝り始める。

 何事を言われたのだろうかと不思議そうに自分を見る家族に電話を切って伝え始める。

 

「外泊許可は昨日の内にお父さんがもらっていたみたいです……」

「そうだったのか……ここは助かったと言うべきだろうか」

「でも、そのせいで私がおっちょこちょいだと笑われて……ううぅ」

 

 シャマルのことだからうっかり忘れていたのだろうと石田に笑われたことにへこむ。

 しかし、そんなシャマルを慰められる者はいなかった。

 全員が確かにシャマルならやりかねないと思うが故に。

 そんな空気を変えるためにはやてが話題の転換を図る。

 

「まあ、病院にはもうちょいゆっくりしてから行くとして。おとんはどうなったん?」

 

 はやてが切嗣の行方について聞いた瞬間にピクリと騎士達の肩が動く。

 切嗣は殺された。その相手に対しての恨みが心の中にないわけではない。

 しかし、はやてが落ち着くまでの間は隠し通すと決めた以上はそういった感情もまた、隠し通していた。

 

「……それが、まだ見つかっていないようです」

「そっか……早よ、帰ってこんかな」

 

 寂しそうに呟くはやての顔にシグナムは心が引き裂かれそうになる。

 衛宮切嗣は殺されても全く憎めない行為を今まで行ってきたのだろう。

 実際に自分たちが行われた行動だけでも十分にそれだけのことをされた。

 だとしても、家族として殺されることを許容できるかといえばそんなことはない。

 例え、殺された相手に非があろうともそれが大切な者であれば全く恨まないということができない。それは人間として当然の感情だろう。

 

「あ、私お茶淹れてきます」

 

 切嗣のことから話題を逸らすためにお茶を淹れにキッチンへと向かうシャマル。

 その後姿を見送りながらはやては何となしに事情を察していた。

 恐らくはもう切嗣は帰ってくることはないのだろうと考えていた。

 そんな時、チャイムが鳴らされる。

 

「はーい、今出ます」

「主、私が代わりに出ましょうか」

「ええよ、今はジッとしとるよりも動きたい気分なんよ」

「……分かりました」

 

 それは何か別のことをして悲しいことから考えを離したいということ。

 言葉の裏に隠された主の気持ちに気づき引き下がるシグナム。

 そんなシグナムに微笑みながらはやては車椅子を動かし玄関へと向かう。

 

「はい、どちらさまでしょうか―――」

 

 そこまで言って言葉に詰まる。

 何故ならその人物は帰ってこないと思っていたからだ。

 一面の銀世界の中で一際目立つ黒いコートを体に巻き付けながら男は笑った。

 

 

「ただいま、はやて」

「お帰り……おとん」

 

 




ばかな、いきていただと(棒読み)

IFはケリィが奇跡を起こした後も意地をはって今までの行いを貫こうとしたらどうなるかで書きます。二十四話と二十五話の順番が入れ替わったらどうなるかです。

リインさんはIFの方で色々とやります。


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最終話:八神切嗣

今回は二話同時投稿です。
最新話から来た人はご注意を。










 向かい合うように椅子に座る切嗣とはやて。

 そして、はやてを囲むように立つ騎士達。

 ヴィータは何度も切嗣の顔を見ては足の有無を確認しており。

 他の騎士達も信じられないという言葉を張り付けた顔で切嗣を見つめている。

 

「大丈夫だよ、ヴィータちゃん。ちゃんと足もついているから幽霊じゃないよ」

「でも! あたし達は確かに切嗣の死体を見たんだ!」

「ヴィータ、どういうことや?」

「あ、はやて……」

 

 この目でその死体を見たというのにこうしてとぼけた笑顔を向けられるのが理解できずに叫ぶヴィータ。

 そのせいではやてにばれてしまうが、そもそも本人が生きているというのなら隠す意味も無くなってくるので今更だろう。

 

「そうです、お父上。あの遺体は間違いなくお父上のものでした」

「そうですよ。私達が間違えるなんてありえませんし……」

「説明して頂けるのですね、お父上?」

 

 騎士達は全員が死体など幾らでも見て、そして作り出してきた者だ。

 だからこそ、少々遺体の損傷が激しくとも分かるという自負もあった。

 何よりも紛いなりにもこの数ヶ月を家族として過ごしてきたのだ。

 偽装などで騙せるものではない。

 

「うん。あれはね、僕のクローンなんだ」

「クローン…?」

「そう、DNAも、指紋も、顔も、全て同じクローン。それを僕の死体のダミーとして使ったのさ。まあ、ダミーというよりは正真正銘の衛宮切嗣(・・・・)の死体なんだけどね」

 

 スカリエッティが切嗣の固有時制御の研究の為に作っておいたクローンを殺して管理局の目を欺いたのだ。元々は起源弾の報酬の為に細胞を渡していたのだが今回は思わぬところで活用することになった。

 無償で手に入れられたが元々は自分の細胞なのでその点については何も思うことはない。

 それにスカリエッティのことなので一体だけで研究をしているわけがない。

 何体もいるうちの一体を使っただけだろう。

 

「でも……そのクローンも生きとったんやない?」

「そうだね、クローンも生きている。僕はまた一つの命を奪った」

 

 元は自分といえど、確固とした一つの生命。それを無慈悲に奪ったことは事実。

 だからこそ、切嗣は彼を最後の犠牲にしようと決めていた。

 自身が行う最後の殺人にしようと誓っていた。

 

「しかし……なぜそのようなことをなされたのですか?」

「まあ、僕が生きていると不都合な悪党(・・)は結構居てね。それを欺くためかな」

 

 シグナムの問いに真実を少しだけ明かしながら本当の理由は隠して説明する。

 切嗣が生きていて困るのは他ならぬ管理局だ。

 だが、他の犯罪者という風に言っておかなければはやて達の身が危ないのだ。

 

「つまりは、お父上目当ての者達が私達を襲う可能性をなくすためでしょうか」

「その通りだよ」

「じゃあ、お父さんはこの後……」

「うん、姿を消すつもりだよ。もう二度と会えないかもしれない」

 

 衛宮切嗣が死んでしまえば情報の漏洩をそれ以上気にする必要はない。

 だが、生きていると分かればはやて達にも危害が及びかねない。

 これ以上共に過ごすわけにはいかないのだ。

 本来であれば家族に対しても隠し通すべきなのだがあることを伝えるためにどうしても姿を現すしかなかった。

 

「リインフォースは……先に行ったんだね。少し、羨ましいかな」

 

 リインフォースが先に消えたことに若干寂しそうに笑いながら告げる切嗣。

 彼女は満足して笑っていけたのだろう。

 自分もそうやって逝ければいいなと思うが当分先の話になるだろう。

 

「おとん……おとんも私の前から居なくなるん?」

「はやて……ごめんね」

「違う。勿論、おとんが居なくなるんは嫌やけど、それ以上におとんが私達と一緒に暮らす権利がないからという理由やったら流石に怒るわ」

 

 はやての目は逃げるために姿を消すのは許さないと雄弁に物語っていた。

 彼女は家族の罪から逃げることはしない。共に償おうと考える。

 そんな姿勢に本当にまっすぐに育ったと思いながら切嗣は微笑む。

 

「少し前の僕ならそう考えていただろうね。実際、今回の事件に関しては全部の罪を僕に押し付けるように言うつもりだったし」

 

 こうなった以上は切嗣ははやてに、衛宮切嗣に殺すと脅されて無理矢理に蒐集を行っていたと証言させる気でいた。

 そうすればはやてが無罪になる可能性は十分にある。

 何よりも、今回の事件での死亡者は“衛宮切嗣”ただ一人なのだ。減刑の見込みはある。

 ただ、騎士達は自分の意思で動いたと明確に判断される可能性があるので罰は免れないだろう。

 だとすれば、はやてが共に罪を償おうとする可能性は高い。

 自分が幾ら止めて無駄だろうと切嗣は判断したのだ。

 

「そんなことせんよ!」

「そうだね。はやての意志に委ねるよ。ただ、僕が生きていることは本当に信頼できる人間にしか言わないこと。これだけは絶対に守ってね」

「……わかった」

 

 苦しそうに頷くはやてに少しばかりの罪悪感が湧く。

 しかし、ここで手を抜けば家族の命が危ないのだ。手を抜くわけにはいかない。

 ただの悪党ならばどうにでもなる。だが、正義を相手にするのは無謀だ。

 正義とは常に勝者のことだ。その勝者を敵に回すことほど厄介なことはない。

 

「やっとやりたいことが分かったんだ」

「……何なん?」

「僕はね、やっぱり―――誰かを助けたいんだ」

 

 かつてならこんな願いを自分が言っていいのかと悩みながら口にしていただろう。

 だが、今は迷いなく言いきれた。誰かを助けたい。

 以前の願いと変わらない。でも、少しだけ変わった。以前は数で助ける人間を選択していた。

 しかし、これからは違う。目の前にいる人間を救っていく。

 後先など考えない。そもそも、未来のことなど神でもなければ分からないのだ。

 ただの人間である自分は今救える人々を全力で救っていけば良かったのだ。

 

「助けられた人の笑顔が見たいんだ。少しでも多くの人を笑顔にしたい」

「それが償うことになるん?」

「僕には償うなんて高尚なことなんてできない。そもそも、過去は帰ってこない。だから、今助けられる人を助けていく。償いは必死に生き抜いて地獄に落ちたときに閻魔様が決めてくれるさ」

 

 ただ、ひたすらに懸命に目の前の人達を助けていく。

 後ろ向きに失った人達に詫び続けてもその人達は決して帰ってこない。

 なら、前向きに命尽きるまで誰かを救い続けよう。

 失った者達以上に今を生きるものが幸せになれるように。

 もしも償うことができるのならそれが唯一許されたことだろう。

 

「誰かを救いたいという願いは間違っていなかった。ただ方法が間違っていたんだ。

 救いたいなら助けて救えばよかったんだ」

 

 今までやってきたことに比べれば後のことをまるで考えない自己満足。

 その場限りの何の計画性もない愚かな行動。だが、誰かを殺すよりも遥かに尊い行為。

 殺しでは誰も笑顔にできなかった。でも、ほんの少し助けるだけで人を笑顔にできた。

 

「愚かな行為だと思う。でも、その愚かさこそが本当に―――大切なものだったんだ」

 

 一人殺せば終わった戦いにこれからは全員を救うまで挑まなくてはならない。

 その間に多くの者が死んでいくだろう。人は彼を愚かと罵るだろう。

 だが、彼は気づいた。人間に必要なのは冷徹な数の計算ではなく温かい希望なのだと。

 笑顔があれば、希望があれば人はどんな荒野からでも立ち上がって歩いて行ける。

 だからこそ人類は今まで決して滅びることなく命を繋ぐことができたのだ。

 そして、立ち上がった者達の中から新たな希望が生み出されるだろう。

 

「僕一人で世界を変えようなんて考えたからいけなかったんだ。人が後ろに繋げることで世界を変えてきたことなんて当たり前のように知っていたはずなのにね」

 

 争いのない恒久的に平和な世界。衛宮切嗣一人ではそもそも不可能だったのだ。

 切嗣は希望の種をまき、その花を咲かしてさらに希望を広めていけば良かったのだ。

 例え、衛宮切嗣が志半ばで倒れようともその芽吹いた種がある限り希望は失われない。

 別の誰かが遺志を受け継ぎ希望をさらに広げていく。

 何度踏み荒らされようとも。何度焼き払われようとも。希望を絶やさない。

 

「僕でダメなら別の人でいい。一人で意固地にならずに時間をかけて多くの人で行えばいい」

 

 その場限りの単純な計算では10の為に1を切り捨てるべきだろう。

 しかし、そのやり方では最後には誰も居なくなるだけだ。

 そうではなく、誰か一人でも目の前の人を救う。その場では一人しか救えないだろう。

 だが、その一人が自分のように誰かを救いたいと願えば今度は別の誰かが救われる。

 その繰り返しだ。

 

 救われた人が誰かを救っていけば、いつかは全てを救える日が来るかもしれない。

 何の現実性もない夢見物語だろう。現実はそんなに上手くはいかない。

 だとしても、現実は無慈悲ではない。衛宮切嗣という男が証明している。

 誰かを救いたいと願う者は必ず生まれるのだと。

 

「……それが、おとんのやりたいこと?」

「うん。やっぱり変なことかな?」

「ううん。素敵な夢やと思うよ」

「そっか、良かった」

 

 父娘は穏やかな笑顔を浮かべて笑いあう。

 騎士達もその周りを優しく囲む家族として笑いあう。

 この小さな世界こそが切嗣が心の底から望んでいた世界かもしれない。

 だが、しかし。切嗣はここから離れていく。

 心に宿る希望の種を世界に広めるために。

 

「シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。君達にも伝えたいことがあるんだ」

「謝罪は受け付けてねーからな」

「ははは、この期に及んで許してもらおうなんて思ってないよ」

 

 ヴィータの棘がありながらも優しい言葉に笑う切嗣。

 こんなに清々しく笑ったのはいつ以来だろうと思うがそんなことはどうでもよかった。

 

「はやてを頼むよ」

「はい、我らの命は主はやてを守るために」

「それから―――ありがとう」

 

 どこか救われたような顔で告げられた感謝の言葉に思わず瞳が潤むシャマル。

 シグナムは深々と頭を下げその言葉を受け取る。

 ヴィータは瞳をこすって涙を押し隠そうとする。

 ザフィーラは無言で拳を握り溢れ出す感情を抑え込む。

 

「それから、はやて」

「うん」

「風邪をひかないように。悩み事を溜め込まないように。体には気を付けるように。それから……」

「おとん、そんなこと言われんでも分かっとるよ。というか、私としてはおとんの方が心配なんやけど」

「ははは、それもそうか。なら、僕から言うことは一つだけだよ」

 

 苦笑い気味に突っ込まれ、頭を掻いて笑う切嗣。

 そのままはやての前に行き、少し戸惑うような仕草を見せてからその体を抱きしめる。

 親が子を愛する。どこまでも慈愛に満ちた最後の抱擁をかわす。

 

 

「幸せになってね、父さんとの約束だよ」

 

 

 その言葉に堪えていた涙腺が壊れ、涙が再び零れ始めるはやて。

 そんなはやての背中を優しく叩きながら切嗣はあやし続ける。

 彼はこの娘に救われた。光の天使によってその魂を救われたのだ。

 しばらくすると、はやてが鼻声で答える。

 

「うん……グス、約束する…ッ! 絶対に幸せになるからなッ!」

 

「ああ―――安心した」

 

 その言葉を聞き、本当に心の底からの安堵の言葉を零し、切嗣ははやてから離れる。

 騎士達はそんな様子を静かな眼差しで見つめる。

 切嗣は最後に愛しい家族達を一瞥した後に飛びきりの笑顔で微笑む。

 

 

「正義の味方は廃業だ。これからはただの衛宮、いや―――八神切嗣として人を救っていくよ」

 

 

 その言葉を最後に八神切嗣は二度とこの家に帰ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 ――十数年後――

 

「なあ、ヤガミって人知ってるか?」

「あの八神司令のこと?」

「いや、そうじゃなくて男の方だよ」

「知らないわね。どんな人なの?」

 

 一人の少年と一人の少女がミッドチルダの街を歩きながら話していた。

 少年の目は光り輝き、件の人物に憧れているのだと一目に分かる状態だ。

 少女もそれが分かっているためか流さずに真剣に聞き入る。

 

「色んな次元世界を回って人助けをしてるんだってさ」

「へえー、立派な人なのね」

「俺さ、昔火事にあったときにその人に助けられたんだ」

「火事になんてあってたんだ、あんた」

 

 意外なことを聞いたとばかりに少女が目を見開く。

 少年の方は言ってなかったかと首を傾げる。

 どちらにしても深刻ではないのかと判断して少女はそのまま話を続ける。

 

「それで、その人は結局なんなの?」

「その人はさ、俺の憧れでとにかく目の前の誰かを助ける人なんだ。一言でいうなら―――」

 

 少年は屈託なく笑い、眩しい笑みを少女に向ける。

 その姿はかつてどこかの誰かが見せたような子供らしい笑顔と似ていた。

 切嗣が蒔いた希望の種はしっかりと少年の胸の内に花を咲かせていた。

 

 

 

「―――正義の味方だな」

 

 

 

 ~八神家の養父切嗣END~

 

 




色々あるでしょうが作者の主義で取り合えず、本編はハッピーエンド。
まあ、凄まじく険しい道になるでしょうけど頑張っていきます。
後、気づいたらフェイトのトラウマをやたらと抉ってた(白目)

そしてIFですが、こっちは実は一番最初のプロットに近いかなと。
IFルートは続編も考えています。もう、好き勝手やります。

では、ご愛読ありがとうございましたm(__)m
評価等、ありましたらよろしくお願いします。


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IF:狂った正義
IF 一話:狂った運命


二十三話の中盤からの分岐となっています。



「時間がないから手短に伝えておこう。切嗣、主はお前の声で起きた。主の願いはお前と話すこと」

「何…だと? つまり、僕が―――封印を解いたというのか?」

 

 クロノの背中に突き付けた状態で銃を震わせる切嗣。

 『ローラン』による凍結魔法が解けたのは切嗣のおかげだというリインフォース。

 それは額縁だけで受け取れば感謝の言葉にも聞こえるかもしれない。

 しかし、そんなことはない。

 彼女は世界を危機にさらすという結果を他ならぬ衛宮切嗣が招いたと言っているのだ。

 

 

「目覚めぬはずの主が目を覚ました。これを奇跡と呼ばずになんという。

 喜べ、切嗣。お前はやっと―――奇跡を起こせたのだ」

 

 

 奇跡は起きた。他ならぬ衛宮切嗣の手によって。

 その言葉を最後にリインフォースは表から姿を消す。

 ―――だが、しかし。

 

 そんなことを彼が認められるはずもない。

 衛宮切嗣は如何なる理由があれど奇跡を信じることなどない。

 奇跡など起こらないと断じて数えきれない程の人間を殺してきた男が。

 ―――奇跡を認められるはずがない。

 

 

「ふざけるな…っ。そんなことを―――認められるかッ!!」

 

 

 もはや、意地であった。否、意固地にならなければ罪の重さに押しつぶされてしまうだろう。

 今までのような行いを選択し続ける。それだけが衛宮切嗣に許されたことと信じて疑わない。

 リインフォースが防衛プログラムとの切り離しを終える前に封印すべくアリアの方を向く。

 だが、その刹那に生じた隙をクロノが見逃すはずがなかった。

 

「はあっ!」

「ちっ!」

 

 一瞬の戸惑いも見せずに体を捻り、銃口から自身を逸らしながらS2Uを叩きつける。

 相手の本分は中・遠距離からの射撃。故に勝つには近接戦闘でいくしかないと考えていた。

 しかしながら、その考えは少々甘いと言わざるを得ないだろう。

 

『Mode knife.』

 

 コンテンダーとは逆の腕にナイフを出現させS2Uの軌道をずらし衝撃を緩和させる切嗣。

 何も切嗣は近接戦闘ができないわけではない。

 最も効率よく人を殺す手段が射撃であることが多いために銃を多用しているに過ぎない。

 必要とあらば如何なる道具も使いこなし、ターゲットを殺してみせる。

 それが殺人というテクノロジーの全てを手に入れた男、衛宮切嗣だ。

 

「―――フッ!」

「つ…ッ」

 

 最短かつ、最速で放たれるナイフによる無数の刺突。

 その技には光り輝くものはない。究極の一と言えるものでもない。

 だが、愚直に人を殺すという行為だけに全てを捧げてきた背景が手に取るように感じられる。

 故に、S2Uで弾き、いなし、躱しながらも額を伝う冷たい汗が消えることはない。

 しかし、ただ良いようにやられるだけでは執務官は名乗れない。

 

「……固有振動数は割り出させてもらった」

 

 防戦一方のように見えてクロノは静かに逆転の機会を探っていた。

 目標の固有振動数を割り出した上で、それに合わせた振動エネルギーを送り込み目標を粉砕する魔法。

 それを呼吸を忘れるような戦闘の最中に当然のようにやってのけたのだ。

 すぐさま、手を引こうとする切嗣だったが間に合わない。

 

「ブレイクインパルス!」

『Break Impulse.』

 

 接触し合った瞬間に砕け散るナイフ。

 相手のデバイスを破壊してしまえば後は捕縛するだけだ。

 だというのに、先程以上の寒気がクロノを襲う。

 目を向けてみれば自身の脳天に銃口を向け唇の端を吊り上げる姿が目に入った。

 馬鹿なと、思う。形態を変えるデバイスと言えど、元が同じデバイスである以上は一部が壊されれば何らかの不具合が生じるはずだ。

 そんな思考を読んだかのように切嗣が口を開く。

 

「ナイフは最初から消耗品としてしか作ってないんだよ」

 

 ナイフは何も手にもって斬りつけるだけが全ての武器ではない。

 投擲することもあれば、相手の肉を貫き固定させることもある。

 その際に一々回収するなどという面倒な真似はできない。

 故にナイフに関しては元より消耗する物としてストレージに保管してあるものを取り出すようにしてある。

 

 ―――死ぬ。

 

 クロノの頭にその一言が(よぎ)る。

 人は死を目前にしたときに時間が遅くなったように感じる。

 これは実際に遅くなるということではなく、本能が全ての機能をもって生命を維持させようとするからだ。

 他の全ての機能を蔑ろにして生存を優先させるための機能に力を集中させる。

 その結果、時が遅くなったように感じられスローモーションで見えるように感じる。

 切嗣がコンテンダーの引き金を引く姿もスローモーションに。

 

Penetration shot(ペネトレイション・ショット)

 

 弾丸が放たれる。もはや、頭は何も思考していない。

 普通の人間であればここで何もすることなく無残に脳を貫かれ即死する。

 だが、クロノは普通ではない。血の滲むような修練を行ってきた。

 頭が思考を放棄しようとも、身体に染みついた反応は嘘をつかない。

 ただ、何も考えずに無防備の状態でS2Uを眼前に持ち上げ防御の体勢をとる。

 できたことはそれだけだった。例え、間に合ったとしてもS2Uごと貫かれる。

 それだけの威力は持ち合わせている。そして―――防御はタッチの差で間に合わなかった。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 しかしながら、幸運の女神はクロノを見放しはしなかった。

 確かに彼の防御は間に合わなかった。そしてS2Uは破壊(・・)された。

 正面で受け止めるという本来の目的には達しなかった。

 だが、“奇跡的”な確率でS2Uが弾丸の下部分に当たりその軌道をずらしたのだ。

 そのおかげで弾丸が頭を掠め血が噴出するクロノであったが命に別状はない。

 

 “奇跡”のような出来事に驚愕の声を上げる切嗣だったが、身体は既に次の手を打っていた。

 コンテンダーを振り上げ、クロノの脳天に目掛け振り下ろす。

 単純であるが故に原始時代より前から行われた殺人方法、撲殺。

 たった今できた傷口に落としてやればいくらバリアジャケットがあろうとただではすまない。

 

(これ以上封印の邪魔をさせるわけにはいかない。保険は整っている。クロノ・ハラオウンはこのまま始末しても問題はない)

 

 既に最悪の場合の保険は整っている。

 時間をかけないようなら邪魔な物となった者は始末した方が良い。

 殺しを解禁された以上はそこから先は衛宮切嗣の独壇場だ。

 だというのに、運命は切嗣を嫌うかのように邪魔をし続ける。

 

「ハーケンセイバーッ!」

『Haken Saber.』

 

 金色の刃が高速で回転しながら飛翔してくる。

 その刃は高い切断力と自動誘導の性能を併せ持つ。

 フェイトとバルディッシュの容赦のない攻撃が今まさに止めを刺そうとしていた切嗣を襲う。

 思わず、内心で舌打ちを零す。だとしても冷静さは決して失うことはない。

 即座に固有時制御二倍速を使い、回避する。

 だが、黄金の刃は逃がさぬとばかりに迫ってくる。

 

「バリア!」

 

 切嗣は一端足を止めて防壁を張り、刃を防ぐ。

 しかし、この魔法にはバリアを“噛む”性質がある。

 まるで電動のこぎりで少しずつ削っていくかのように防壁を消耗させていく。

 そして、その特性を十二分に熟知している使い手たるフェイトは無防備になった切嗣の後ろに回り込み閃光の戦斧を振りかぶる。

 

「甘い…ッ」

「読まれてた!?」

 

 だが、その程度のことを予想できぬ切嗣ではない。

 わざわざ受け止めたのはフェイトをおびき寄せる為の罠に過ぎない。

 自身の動きを止めれば後ろに回り込んでくると予想を立てており、そこに向け振り向くこともせずにキャリコの銃弾の雨を浴びせる。

 威力そのものは低いキャリコであるが、元々装甲の薄いフェイトにとっては凶器たり得る。

 腕と足に数発の銃弾を受け、堪らずに障壁を張る。

 同時に光の刃もその役目を終え、消え去る。

 

固有時制御(Time alter)――(――)二倍速(double accel)!」

 

 そんなフェイトの様子には目もくれず、切嗣はアリアの元へ一直線に向かう。

 今果たすべき戦略的目標はアリアを拘束から開放し、永久凍結を行うこと。

 無防備な子供二人を殺すような無駄な手間は省きたい。

 案の定、急激な変化についてこられずにフェイトとクロノは置き去りにされる。

 あと少しでアリアの元にたどり着く。そう確信した瞬間に切嗣の背筋に悪寒が走る。

 

 

「ディバイン―――バスターッ!!」

『Divine Buster Extension.』

 

 

 桃色の極光が、切嗣が飛んでいた周囲を丸ごと吹き飛ばす。

 なのはには切嗣の動きを完全に捉える術はない。

 だからこそ、開き直って避けられない範囲での攻撃に切り替えたのである。

 

「当たった…かな?」

『master!』

 

 自身の攻撃が当たったかと目を凝らすなのはにレイジングハートが警告を飛ばす。

 ハッとして振り返ると海の中から現れた二つの誘導弾が背後から迫ってきていた。

 慌てて防ぎ、次に来るであろう攻撃に備え前を向く。

 だが、その行動もまた敵の予想の範囲内であった。

 

「きゃッ!?」

 

 目を向けた瞬間に凄まじい光が眼を焼く。切嗣が用いた閃光弾だ。

 切嗣はなのはの砲撃を三倍速になることでギリギリで躱し、死角となる海中から誘導弾に襲わせ、閃光弾で視覚を奪ったのである。

 そして、再びアリアの元に向かい移動を始めようとするのだが敵はまだ居なくはならない。

 

「よくも、フェイトを傷つけてくれたね!」

固有時制御(Time alter)――(――)二倍速(double accel)!」

 

 フェイトを傷つけられたことで怒りに燃えるアルフの上段への蹴りを加速することで避ける。

 すぐに攻撃へと転じたいのだが、固有時制御の使い過ぎにより肉体は既に悲鳴を上げている。

 軋みを上げる心臓を無理矢理抑え込むように大きく息を吸い込み距離をとる。

 まさに猛獣といった瞳が切嗣の体を射抜く。

 しかし、その瞳にも微動だにすることなく、彼は滲み出た血で滑る銃を握りしめる。

 

(近接戦闘タイプの使い魔、接近戦ではこちらの不利。コンテンダーはカートリッジの再装填が必要。閃光弾は先程失った。距離をとって戦えば勝てる。だが、それでは封印が間に合わない)

 

 さらに言えば、すぐにフェイトとなのはとクロノが追ってくる可能性が高い。

 クロノに関してはデバイスが壊した為確率は低いかもしれないが。

 とにかく、これ以上まともに敵の相手をする余裕はない。

 序盤にクロノ相手に少し時間を掛けすぎたことを若干後悔しながらタイミングを計る。

 

(少し負担が大きいが三倍速で一気に掻い潜るしかない。キャリコで牽制すればバインドを解く時間は稼げる。防御プログラムの状況を見るにこれが最後のチャンス……しくじるわけにはいかない)

 

 チラリとリインフォースの様子に目を向け確認を行う。

 これ以上の時間的ロスは許されない。故にリスクを覚悟で直進する。

 

固有時制御(Time alter)――(――)

 

 体内の時間を操作すべく暗示の言葉をかける。

 しかし、そうはさせぬとでも言うように鎖型のバインドが切嗣の下から現れる。

 そこには誰もいなかったはずだと驚愕し、視線を向けるとそこには一匹のフェレットが居た。

 

(しまった! ユーノ・スクライアは変身魔法で姿を変えられるという情報は頭に入れていたはずだった…っ。姿が見えない時点で疑っておくべきだったか。だが……この距離なら問題なく切り抜けられるはずだ)

 

 夜の闇に紛れるように姿を小さくしていたユーノの策に一瞬だけ気を乱される。

 しかしながら、勝機は逃げてなどいない。バインドが来ようとも捉えられなければ良い。

 己の時を操作する最後の一節を唱える。

 

三倍速(triple accel)!」

 

 自分以外の全てのものの速度が三分の一になったかのように感じられる。

 それは自分が他者よりも三倍の速度で動いているからこそ。

 ゆっくりと自身を捕らえに来る鎖の間を掻い潜り直進していく。

 

 アルフが驚きに満ちた顔で手を伸ばしてくるがそれを大きく躱すことなどしない。

 触れるか触れないかのギリギリの距離を通り抜けていく。

 本来流れる時間であれば無理だろうが三分の一になった時間であれば造作もない。

 相手の手から見事に抜け出し、アリアの前に到着する。

 

「ぐうぅッ!」

「切嗣、あなた…!」

 

 ミシリと嫌な音がアリアの鼓膜を打つ。

 固有時制御の度重なる使用による体内時間の修正が切嗣の肋骨を折ったのだ。

 苦しそうに顔を歪める切嗣に心配して声をかけるアリア。

 だが、彼はその優しさを鬼気迫る表情で撥ね退ける。

 

「…ッ、僕のことはどうでもいい。バインドを解いたらすぐに封印を―――」

 

 切嗣はその言葉を最後まで言い切ることができなかった。

 背中に突き刺さる小さくも大きな衝撃。

 呼吸ができなくなり、今までの疲労の蓄積から視界が白くなりながらも体は銃口を向ける。

 そこで、ようやく自身を打ち抜いた者の声が届いてくる。

 

 

「スティンガーレイ」

 

 

 それはデバイスを壊され、額から血を流すクロノの声。遥か遠くからの遠距離射撃。

 何も魔法とはデバイスがなければ使えないものではない。

 しかし、この距離を正確に、しかも殺さないように撃ち抜くのは並大抵のことではない。

 

「相手の目的が分かっているのなら、そこに張っておくのが定石だろう」

「……ッ。あの、痛みさえなければ拘束は解けていた…ッ」

 

 崩れ落ちようとする体を無理に支えながら切嗣は声を絞り出す。

 固有時制御の痛みがなければ拘束を解くことができ切嗣の勝利だった。

 まさに神に見放されたとでも言えるかのような不運が男を襲う。

 

 だが、それでも彼の体は決して奇跡を起こさせないために動き、アリアに手を伸ばす。

 その瞳にはアリアは映っておらず、在りし日の地獄だけが映っていた。

 全てを救おうとして、全てを失ったあの日を。

 救うと言って―――殺すことすらできずに逃げ出したしまったあの少女を。

 

「チェーンバインド!」

「バインド!」

 

 結論から言えば衛宮切嗣の手は決して届くことはなかった。

 アルフとユーノのバインドにより何重にも拘束されてついに動きを止める切嗣。

 そして、それを見計らったかのように白き光が天を穿つ。

 防衛プログラムと八神はやての切り離しが成功してしまったのだ。

 

 

『我ら、夜天の主の下に集いし騎士』

 

 剣の騎士が凛とした声で謳い始める。

 

『主ある限り、我らの魂尽きる事なし』

 

 泉の騎士がその詩を続ける。

 

『この身に命ある限り、我らは御身の下にあり』

 

 盾の守護獣が永遠に破られぬ誓いの言の葉を告げる。

 

『我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に』

 

 鉄槌の騎士がこの世で最も愛しき最後の夜天の主の名を誇らしげに謳い上げる。

 

 その光景を切嗣はこれが本当に人間にできる表情なのかと疑いたくなる無表情で見つめる。

 彼の心には喜びも罪悪感もなかった。ただ、恐怖だけがあった。

 全てが失われるかもしれないという、衛宮切嗣の“体”を突き動かす恐怖が。

 少女と家族は救われた。だが、世界はまだ救われてなどいない。

 ならば、やることは一つ。最悪の事態を招く前に対処するだけ。

 

 

「……アルカンシェルで辺り一帯ごと消し飛ばす」

 

 

 衛宮切嗣はここに来てまでも目の前の奇跡から目を逸らし続けていた。

 




囚われの女性を救うために高ランク魔導士5名を相手に大立ち回り。
己の肉体に極度の負荷を掛けながらも女性の元にたどり着く。
しかし、あと一歩のところでボス格に敗北。だが彼は決して認めず女性に手を伸ばす。
それでも届かずに捉えられる。そこで倒したはずの敵の復活。
だが、それでも主人公は認めることはなかった。


嘘は言ってないな、うん。なんかケリィが純愛熱血主人公みたくなってるけど(白目)


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二話:無意識

IFなんで好き勝手に書いてます。


 

 防衛プログラムとの切り離しに成功したはやての姿に歓声を上げるなのは達。

 そして、喜びを分かち合う為に傍に飛んでいく。

 泣きながら自身に抱き着くヴィータを優しく撫でながらはやてはジッと闇の書の闇を見つめる切嗣を見る。

 

「……おとん」

「…………」

 

 切嗣ははやての声に反応することなく思考する。

 ドス黒い魔力のベールで包まれているせいで姿は見えないがその巨大さから大きさは推し量ることはできる。

 並大抵の攻撃では通らないであろうが過去の例も見るにアルカンシェルならば問題はない。

 今のうちに放てば反撃されることもなく消滅させることが可能だ。

 

「取り込み中すまない。時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。夜天の書の主とその騎士達に聞きたい。あれをどうにかする方法は何かないか?」

 

 額から血を流しながら折れたS2Uで闇の書の闇を指すクロノ。

 その姿に思わず怯んでしまいそうになるはやてだったがすぐに気を取り直してシャマルに声をかける。

 

「その前にちょっといいですか。シャマル」

「はい。あ、なのはちゃんとテスタロッサちゃんもこっちに来て」

 

 何事かと顔を見合わせる三人に微笑みながらシャマルはクラールヴィントに囁きかける。

 すると優しき癒しの風が三人を包み込むように吹き込む。

 その風が通り過ぎた後にはなのは達の傷は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「静かなる癒し。泉の騎士シャマル、補助と回復が本領です」

「わざわざ、すまないな」

 

 シャマルに礼を言いながらもクロノの頭脳は如何にして闇の書の闇を封じるかを考えていた。

 ここにいる全員で仮に挑んだとして、滅ぼせるかと言われたら不可能だ。

 最悪、返り討ちに合う可能性すらある。

 そうなってくると、彼に残された手は―――

 

「アルカンシェルを使え」

「衛宮切嗣…!」

 

 今まさに口にしようとしていたことを先に切嗣に言われて驚くクロノ。

 確かに残された手段はアルカンシェルで闇の書の闇を蒸発させるしかないのだ。

 だが、そこにはおいそれと決断するわけにはいかない事情がある。

 

「しかし、こんなところでアルカンシェルを使えばどうなるかぐらい分かるだろう」

「そうだよ! アルカンシェルなんて撃たせたらはやての家まで消し飛んじまう!」

 

 クロノとヴィータの言うように周辺への被害が大きすぎる。

 この街だけの被害で済めばいい方で、最悪の場合は被害が津波などで増加していく可能性もある。

 だというのに、衛宮切嗣は表情一つ変えることなく言い切った。

 

 

「それがどうした」

 

 

 思わず一同は耳を疑ってしまう。

 この男は何万人もの人が死ぬことをどうしたのだと言ったのだ。

 ヴィータがそのことに食って掛かるが切嗣は淡々と告げるだけだ。

 

「お前の家もあるし、じいちゃん達もいるだろ、切嗣!?」

「最初から失敗した場合はアルカンシェルを使うように決めてあった。そのためにわざと管理局に僕達を追わせていた」

 

 どんな犠牲を払おうともこの世界を守れるなら構わない。

 それが自分にとって関わりのある人間すべての消滅だとしても。

 家族を殺す覚悟をした男が近所の知り合いを殺すことに今更戸惑うはずもない。

 何よりも少数を多数の為に犠牲にするという行為は―――

 

「数万人の命で何十億という命が助かるのなら、それは正しいことだ」

 

 悲しいほどに正しいことなのだと知っているからだ。

 クロノとて頭ではそれが正しいのではないかと思っている。

 しかしながら、認めることはできない。

 

「だが、それでは!」

「五人の犠牲で済んだところを下らない意地を張るから新たな犠牲が生み出された。だが、まだ間に合わないわけじゃない。数万人の犠牲で数十億が助かるんだ」

 

 切嗣は自身の正当性を主張するように語っていく。

 自分はこれ以上戦闘することはできない。ならば相手をこちらの意見に賛同させるしかない。

 故に相手の非を責めつつ、他の手段を提示する。

 他に方法はないと思わせるために。

 しかしながら、そう簡単に靡く相手ではない。

 

「最悪の場合はそうなるな。だが、現状で諦めていいはずがない。人の命は数で測っていいものじゃない」

「はっ、そんな綺麗ごとじゃ何一つとして救えはしない。結果的に全てを失うだけだ」

 

 クロノの考えを嘲笑うように鼻を鳴らす切嗣。

 しかし、クロノは気分を害した様子もなくジッと切嗣を見る。

 その目にはどこか哀れみが込められているようにも見え、逆に切嗣を苛立たせる。

 

「本当にあなたはそう思っているのか? 綺麗ごとの正義を本当に諦めたのか?」

「諦めるも何もない。お前たちの言う正義では世界は救えない。それが真理だ」

 

 本当に優しい正義で世界が救えるのならばこんな道を歩みはしなかった。

 奇跡がこの手に宿るのならば誰もを救う道を選んだはずだ。

 だからこそ、あってはならないのだ。奇跡という人々の目を眩ませる幻など。

 決してあってはならないのだ。

 

「必要なのは“最善の悪”。正義も奇跡も存在しない以上はそれ以外に道などない」

 

 最善の悪こそが、この世界では正義となりえる。

 そんな狂った世界こそが切嗣にとっての憎悪の根源なのかもしれない。

 世界を、正義を、奇跡を、愛したが故にそれらを憎むに至ったどうしようもなく哀れな男。

 衛宮切嗣とはそんな存在なのかもしれない。

 

「……確かに、あなたの言葉は正しいかもしれない。だが、あなたの正義は破綻している」

「なんだと?」

「いくら数の少ない方を殺していくのだとしても、それを続ければいずれは世界には二人しか残らない。違うか?」

 

 それは切嗣が今まで決して目を向けようとしなかった真実。

 しかし、突き付けられてもなお切嗣はその事実を見ようとはしなかった。

 クロノに掛けられた言葉の意味を理解できぬ訳ではない。

 ただ、心が叫ぶのだ。記憶の中の住人が怨嗟の声を上げるのだ。

 価値ある犠牲でなければ一体何のために自分達は死んだのかと。

 

「……だとしても起こることのない奇跡に縋るよりはマシだ」

「何を言っても無駄か……」

 

 分かり合うことは決してできない。

 態度でそう表す切嗣に悲しげ顔をしてクロノは顔を背ける。

 切嗣の方も今までの行いから逃げることもできずに希望から目を背ける。

 そんな、決裂した男達の物悲しい空気を壊すようになのはが声を上げる。

 

「……ねえ、クロノ君。アルカンシェルってどこでも撃てるのかな?」

 

 

 

 

 

「つまり……ここにいる戦力でバリアを破いて、本体を一斉攻撃してコアを露出させてアースラ軌道上に転移。そこでアルカンシェルを撃つってことか……ムチャな。でも、理論上はいけそうだ」

 

 防衛プログラムのコアを宇宙空間で消滅させて誰も犠牲にしない奇跡を起こすことを決めるなのは達。

 切嗣はそんな様子に無理だと心の中で断じるが動くことができない現状では何を言っても無駄であるために口を噤んだままだった。

 また、なのは達の作戦が失敗すればアルカンシェルをここに撃ち込むことになっている。

 故に作戦の有無は切嗣にとってはそこまでのことではないのだ。

 手遅れになる前にアルカンシェルで闇の書の闇を止める。

 結局のところ彼の頭にはそれしかなかった。

 

「今回の鍵は連携だ。全員頼むぞ」

「分かった。……でも、クロノはどうするの? その……S2Uはもう……」

 

 フェイトが案ずるようにクロノは切嗣によりデバイスを破壊されている。

 戦えないわけではないが、相手が闇の書の闇ということを考えると心細いことこの上ない。

 クロノ自身もそれが分かっているためか、渋い顔で頷くだけである。

 

「……クロノ。これを使いなさい」

「アリア…!」

 

 そこにアリアが声をかけてくる。

 驚きながら振り返ったクロノにアリアはデュランダルを差し出す。

 どうしたものかと戸惑うクロノにアリアは悲しげな瞳のまま告げる。

 

「これをどう使うかはあなたしだい。性能に関しては折り紙付きよ」

「……分かった。ありがとう」

 

 カード状態のデュランダルを受け取るクロノ。

 多くの者を悲しみの底に沈めてきた闇の書。

 その悲しみの連鎖を今度こそ止めるのだと覚悟を決める。

 まるで炎が灯ったかのような瞳にアリアは弟子の成長が嬉しいような悲しいような気分になる。

 

【みんな、暴走開始まで後二分!】

 

 エイミィからの連絡により改めて全員が目を黒いドームに向ける。

 全ての元凶であり被害者。望まぬ改造を受けた防衛プログラム。

 それをはやては何とも言えない悲しみの籠った瞳で見つめ、目を擦る。

 こうなった以上は望まぬ宿命から解放してやることだけが主である自分の役目。

 

「……もう、誰にも悪さなんかさせんから眠ってな―――闇の書の闇」

 

 黒いドームが消え、異形が姿を現す。

 虫のように生えた六本の足。しかしながら、その佇まいは四足動物のようで。

 背中には巨大な棘と漆黒の翼がある。その構造は生物としては明らかに異常。

 キメラのような巨体は闇の書が今までに蒐集してきた生物の寄せ集め。

 しかし、人間を蒐集した影響か、かつての名残か、その頭部の頂上にはリインフォースの面影を少しばかり残した女性がついている。

 

「行くぞ、全ての悲しみを終わらせに!」

『おおッ!』

 

 クロノの掛け声とともに全員が動き出す。

 その様子を切嗣はどうせ失敗するだろうという悲観的な態度で見つめていた。

 できれば今すぐでも無駄なことをやめさせて確実なうちにアルカンシェルを撃たせたいところだが動けない以上はどうしようもない。

 そこへアリアが声をかけてくる。

 

「不満って顔しているわね」

「当然だ。1%でも世界が滅ぶ可能性があるのならやるべきじゃない。彼らは子供だからそれが分からない」

 

 歯ぎしりをしながら切嗣はザフィーラが触手を一掃する姿を見つめる。

 少しでも世界が滅びる可能性があることをやるなど愚かにも程がある。

 奇跡など起こりはしないのだからやるだけ無駄だ。

 

「でも、あの子達の顔を見ていたら……少しだけ信じたくならない?」

「……夢想だ。夢物語を信じられる程、もう子供じゃない」

 

 なのはとヴィータが闇の書の闇のバリアを破る中、アリアが優しい声色で尋ねる。

 しかしながら、切嗣は顔を背けて目を逸らすばかりである。

 その仕草にどちらが子供だろうかと思わず思ってしまうアリアだったが口には出さない。

 

「まあ、私が言うのもなんだけど、誰もが助かる道があるならそれにこしたことはないでしょ」

「いいや、違う。そんな道はない。あっていいはずがない(・・・・・・・)! 平和のためには誰かが犠牲にならなければならない!」

 

 吠えるように助かる道の存在そのものを否定する切嗣。

 その余りにも意固地なった態度に思わず目を見開くアリア。

 同時にシグナムとフェイトにより最後のバリアが破られて消える。

 

「切嗣、あなた……」

「だって、そうだろう! もしそんな道があるのなら彼らは何のために死んだんだ!?」

 

 今にも折れてしまいそうな心を支えながら切嗣は叫ぶ。

 平和の為に、片方を助けるために犠牲にしてきた者達。

 誰もが助かる道があるのなら死なずに済んだ者達。

 その死は全てが救われた瞬間に無意味なものとして定義されてしまう。

 それだけは衛宮切嗣は認めるわけにはいかなかった。

 

「あなた……気づいている?」

「何にだ?」

 

 少し、怯えたような心配したような複雑な表情でアリアが尋ねる。

 尋ねられた切嗣は何を言われているのか分からずに不機嫌そうに眉を顰める。

 そして、アリアが意を決して呪いの言葉を突き付ける。

 彼の言動が決して背いてはならない願いに背いている事実に。

 

 

「あなたは客観的に見たら―――誰かが死ぬことを望んでいるように見えるわ」

 

 

 誰かを救いたいという衛宮切嗣の原初の願いに自ら背を向けている。

 驚愕のあまりに目を見開き固まる切嗣。すぐに否定しようとするが声が出ない。

 救おうとしてきたはずだった。だが、やってきたことはその真逆のことだった。

 いつだって自分は死体しか見ていない。誰かが笑っている姿なんて見たことがない。

 それでも……それでも、衛宮切嗣は誰かを救おうとしてきたはずだ。

 誰かが死ぬことなんて望んでなどいないはずだ。

 心の中で必死に自己弁護を行うが激しい吐き気がそれを拒む。

 

「誰かを救いたいという願いと犠牲を減らしたいという願いは同じようで違う」

「う……あ…」

 

 前者は誰かを救うことで心が満たされていく。

 後者は誰かを殺すことで心が満たされていく。

 衛宮切嗣は心のどこかで人を殺すことで犠牲が減ると喜んでいたのではないのか。

 裏にそんな意味が隠された言葉を受け、切嗣は呻き声を上げる。

 

 違うと叫びたかった。しかし、心のどこかでそうではないのかと誰かが呟いた。

 世界を守るために、誰かが死ぬことを望まなかったのか。

 心は確かに軋みを上げ、悲しみの涙も流した。

 だが、本当に、欠片たりともその死を望まなかったのか?

 世界が救えると心のどこかでその死を歓迎していなかったか?

 

 

「無意識のうちに、今までの犠牲を無意味なものにしないようにあの子達が失敗することを―――大勢の人間が死ぬことを望んでいなかった?」

 

 

 目の前が真っ白になる。真実であった。言われて初めて気が付いた。

 衛宮切嗣は自身の行いを否定されることを恐れ―――大勢の命が奪われることを望んだ。

 それだけは望んではならなかった。天地がひっくり返ろうとも望むべきことではない。

 だというのに、事実から見れば彼は望んでしまった。

 

 意固地になっていた部分もあるだろう。疲労から判断力も奪われていた。

 リスク管理の面からみれば何一つ間違っていない行動だった。

 だが、どんな形であろうと、無意識の内であろうと彼らの死を望んでしまった。

 世界を救うと吠えた―――正義の味方(・・・・・)が。

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ―――凍てつけッ!」

『Eternal Coffin』

 

 クロノがデュランダルの凍結魔法で海面ごと闇の書の闇を凍結させる。

 そんな光景をガラス玉のように空虚になった瞳で見つめながら切嗣は呆然としていた。

 世界を救うという大義の前では一人の命などどうというものではない。

 今の自分なら間違いなくそう断言する。しかしながら、それは原初の願いではない。

 今まで疑いもしなかった。どれだけ汚い道を歩くのだとしても必ず辿り着く場所は子供の頃に思い描いた理想の世界だと。

 

 だが、歩んできた道がそもそも間違いだとしたら?

 理想への道筋だと信じていたものがどうしようもなく醜悪なこの世の地獄への道だとしたら?

 誰も救われはしない、原初の願いとは真逆の到達点だとしたら?

 ―――衛宮切嗣という男は何のために罪なき人を殺してきたのだろうか。

 

「全力全開! スターライト―――」

「雷光一閃! プラズマザンバー―――」

「響け、終焉の笛! ラグナロク―――」

 

 娘達が奇跡を起こすために、最後の力を振り絞っている。

 この攻撃が通らないことをどこかで望んでいた。

 多くの人間が救われるという結末を心のどこかで拒んでいた。

 とんだ大嘘つきだった。救うと言いながらその実、他者への救いを拒んでいた。

 

 自分の行いを正当化するために他者の命をゴミのように捨てた。

 何という自己中心的な人間だろうか。

 何度殺されても足りないと思えるほどに罪深い人間。

 それが自分だというのだから笑いも出ない。

 

『ブレイカーッ!!』

 

 三人による最大攻撃の同時発射。

 その攻撃により見事にコアは露出し、強制転移によりアースラ軌道上に移される。

 切嗣の体はもう見たくないと心が悲鳴を上げるのも無視して見届けるために顔を上げる。

 勿論、見えなどはしない。だが、それでも己の行いが完全に否定される瞬間が怖い。

 いや、怖いと感じることすらおこがましい。

 どれだけの罪を受けても許さるはずがないのだから。

 

「お願い…!」

 

 なのはは祈るように手を組む。彼女の祈りは届くだろう。

 一人の男の全てを破壊しつくすのと同時に。

 奇跡は起こされる。衛宮切嗣という男の全てを否定するために。

 彼に今まで犠牲にしてきた者達は皆、救えたのだと突き付ける為に。

 ―――奇跡は起こされる。

 

 

【コア……完全消滅。再生反応―――ありません!】

 

 

 喜びに沸く周囲と反対に切嗣の目は完全に光を失う。

 これでもう目を背けることはできなくなった。

 奇跡は起きるのだと。この手には奇跡が宿っていたのだと。

 ―――誰もが救われるそんな未来があったのだと。

 

「――――――っ!!」

 

 はやて達の耳に不気味な程に、甲高く、泣いているかのような笑い声が届く。

 ゾッとして振り返るとそこには狂ったように涙を流しながら嗤う切嗣が居た。

 

 

「何だ…何なんだ僕は。邪悪だ! 鬼畜だ!」

 

 己の行いの無意味さと醜悪さに気づいた男はあらん限りの声で己への呪いの言葉を叫ぶ。

 

「奇跡は起こるというのに意地を張って罪もない人を殺し続けてきたッ!」

 

 何の価値もない。まさに犬死という表現がぴったりの死を数え切れない者に与えてきた。

 それを世界の平和のためだと傲慢にも謳いながら。

 

「こんな歪みが、汚物が、偽りでも“正義の味方”を名乗るだと? 誰一人救っていないというのに」

 

 己の存在意義がそもそもの間違いだったのではと思う。

 本物の正義の味方は存在した。

 だというのに、自分は唾棄すべき行いを正義と偽り、自らが“正義の味方”だと酔っていた。

 

「ありえない、ありえないだろ、何だそれは。僕は、ただの―――人殺しじゃないかッ!!」

 

 既に彼は壊れていた。もう、彼には何も残されていない。

 誰かを救うことなど決して出来はしない。

 自らその手段を放棄した男に誰かを救うことはできない。

 振り返ってみれば彼の人生はまさしく邪悪な人殺しの人生でしかない。

 

 

「僕が諦めなければ―――彼女は救えたんだッ!!」

 

 

 唯一、衛宮切嗣が救おうとした少女。その時に諦めさえしなければ奇跡は起きた。

 だが、彼は諦め、人殺しの道を歩むに至った。

 全てを救える奇跡を宿しながら自ら殺人鬼になることを選んだ鬼畜。

 そんな己が許せずに、切嗣は鬼のような形相で雄叫びを上げ続ける。

 

 心配して近づいてきてくれるはやての姿も、もう目に入らない。

 ただ、己に罰が与えられることだけを求め、狂い続ける。

 意識すら朦朧とし、自身ですら何を言っているかを理解できない。

 それでも彼は口にした。

 

「……偽善でも独善でも、エゴでもいい……誰か一人でも救いたかった」

 

 それは誰一人として救うことなく、己の在り方を否定された哀れな男の嘆き。

 己の行いが原初の願いと真逆のものだと悟ったからこそ祈った。救いたいと。

 誰でもよかった。誰かを一度でも救いたかった。ただの自己満足でいい。

 そんな正義の味方(人殺し)が抱くには過ぎた祈りは神ですら聞き届けないだろう。

 だが―――

 

 

【くくく、そんなに誰かを救いたいかね? なら、私の手を取るがいい】

 

 

 ―――悪魔はその願いを聞き届けた。

 聞き慣れてしまった声が頭に響く中、切嗣は発動された転移の魔法陣の中で目を閉じる。

 

「おとんは私を―――」

 

 意識が消える最中に聞こえてきたのは愛した娘の、届くことのない声だった。

 




ここからが本格的な分岐になります。
はやてからの救いが無いのがポイントでしょうか。
そして、スカさんが輝きを放つ時。


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三話:契約

 ふと気づくと目の前に誰かが居た。

 不思議なことに近くにいるはずなのにその人物の顔は見えない。

 どこかで見たような気がするがどうにも分からない。

 ボンヤリとして形がない。そんな人物の様子に切嗣は、これは夢なのだと理解する。

 先程まで何があったのかも詳しくは思い出せない。

 頭が正確に動いてくれない。しかし、それでもいいかと思えてしまう夢の中。

 

『助けて』

 

 不意に小さな声が響いてくる。

 振り返ってみるとそこには二つに分かれた線路に縛られた状態で横たわる一人の子供がいた。

 もう片方の道には二人の子供が同じように横たわっていた。

 そこへ列車が走ってくる。もう、止まれる距離ではない。

 どちらかの道へ必ず曲がらなければならない。

 切嗣はその様子を見て、死ぬべきは当然1人の方だと思った。

 だが、そうはならなかった。目の前の誰かが動いたのだ。

 

 謎の人物は信じられない速さで一人の子供の元へと駆け出していき間一髪のところで救い出して見せた。

 

 ―――なんだ、この茶番は。普通は間に合うわけがないだろう。

 

 常人の四倍の速さで動けるならば可能だが人間がそんなにも早く動けるはずがない。

 そう思い、謎の人物を見てみると案の定、血反吐を吐いて蹲っていた。

 それも当然だろうと他人事のように見ていると助けられた子が声を出した。

 

『ありがとう』

 

 切嗣は信じられないとばかりに目を見開く。

 ありがとうという言葉にではない。

 謎の人物が死にかけの体であるにも関わらずに笑ったからである。

 それも、本当に嬉しそうに、まるで救われたのは自分だとでも言うように。

 羨ましかった。ただ、その笑顔が羨ましかった。

 

『助けて』

 

 また、声が聞こえてきた。今度は5人が乗る船と10人が乗る船に同時に穴が開いていた。

 そして、どうやらそれを直す技術を持っているのは謎の人物だけらしい。

 自分ならば迷うことなく10人の乗る船を優先する。

 だというのに、謎の人物は5人の船を優先した。愚かだと思った。

 だが、謎の人物は10人の乗客に的確に指示を出して何とか船が沈むのを止めていた。

 そして、5人の船が直り次第にすぐに10人の船を修復して両方を救ってみせた。

 

 ―――なんだ、このご都合主義の塊は。

 

 出来の悪い映画を見せつけられている気分であった。

 こんなこと、常識的に考えればあり得ない。どちらの船も沈むバッドエンドが普通だ。

 しかし、目の前の光景は完璧なまでのハッピーエンド。

 乗客は口々に謎の人物に感謝の言葉を口にする。

 

『ありがとう』

 

 そして、謎の人物は顔が分からない状態であるにも関わらず本当に嬉しそうな笑顔を見せる。

 その笑顔が羨ましくて心がどうしようもなくささくれ立つ。

 全てが救われるという最高の結末だというのにこの苛立ちはなんであろうか。

 その後も、謎の人物は『助けて』という言葉があれば飛んでいき、助け続けていった。

 

『ありがとう』

『ありがとう』

『ありがとう』

 

 助ける度に言われる心からの感謝の言葉。

 衛宮切嗣が一度たりとも聞くことができなかった尊い言葉。

 こんな結末など不可能だろうと思いながらも心のどこかでは羨ましいと感じる。

 ご都合主義でも良かった。目の前の人物のように誰かを救えればよかった。

 でも、自分にはそんなことなどできない。目の前の彼のように奇跡を起こすことはできない。

 そう、思っていた。

 

『助けて』

 

 その声を聞いた瞬間に全身が凍り付いたかのような感覚に襲われる。

 何故なら、その声はかつて助けようとして救えなかった少女の声なのだから。

 夢だというのに全身の皮膚から冷たい汗が噴き出て止まらない。

 恐る恐る振り返ると、少女は確かにいた―――全身を血で染め上げた状態で。

 

『君はさ、どうして私を助けてくれなかったの?』

「ぼ、僕には……そんなことはできなかったんだ」

『うそ。だって―――君は人を救えているじゃない』

 

 少女の指が示す方を壊れたブリキ人形のようにゆっくりと向く。

 そこには先程と同じように人を救い続ける謎の人物が―――衛宮切嗣(・・・・)が居た。

 頭が真っ白になりその場に崩れ落ちる。そして思い出す。

 自分は目の前で奇跡を目撃したことを。全ての行いを否定されたことを。

 何よりも―――彼女が救えたことを。

 

『どうして、僕は殺されたの?』

『どうして、私は死なないといけなかったの?』

『あんなにも素敵な未来が待っていたかもしれないのに、どうして?』

 

 少女とは別の声が聞こえてくる。

 顔を上げてみるとそこには衛宮切嗣が殺してきた者達が居た。

 誰一人として忘れてなどいない。必ず価値のある死にして見せると誓った者達。

 だが、現実はどうであろうか。

 

『俺が死んだ意味はなかった』

『娘が殺される理由なんてどこにもなかった』

『僕達は一体何のために殺されたんだい?』

「あ…ああ……っ」

 

 気づけば目の前には死体と十字架だけが立ち並ぶ大地が広がっていた。

 全員が自分につけられた傷が元で死んでいる。刻まれた名前は己が殺した者達の名前。

 彼が創り出してきた死の大地。

 数え切れない人間の骸があれど、一つたりとも意味のあるものはない。

 謝罪の言葉すら出てくることはなく、掠れた音が喉から出てくる。

 

『お前は私達を助けることができたんだ』

『なのに俺達を殺し続けた』

『世界の為だなんて大嘘をついて』

 

 糾弾の声が途切れることなく響いてくる。責められることは良かった。

 だが、自分達の死は無意味だったと本人達に言われるのは耐えられるものではなかった。

 蹲り、夢だというのに胃の中の物を全て吐き出してしまう。

 

『君は全てを救えるんだよ』

「僕は…僕は…ッ!」

『だからさ―――助けてよ』

 

 

 ―――私達を助けてよ。

 

 

 大勢の声が直接、切嗣の脳を揺らす。

 助けてくれと、救われるべき人間が自分に懇願する。

 何度も命乞いをされてきた。何度もそれを拒んできた。

 しかし、これはそのどれとも違った。殺してしまった人間からの願い。

 無意味な死に追いやった者達の言葉。糾弾ではない心からの願望。

 生きたいのだと、死にたくないのだと、助かりたいのだと叫ぶ。

 

「僕には……僕には! 助けられない…ッ」

『だからそれは嘘だよね。ほら、あっちの君はまた人を救っているよ』

 

 ただの人殺しである自分には君達は助けられないのだと叫ぶ。

 だが、彼らは彼が現実から目を逸らすことを決して許さない。

 無理矢理に頭を掴まれ目を向けさせられる。

 

 あちらの自分はまた人を救おうとしていた。

 生存者など誰一人として居ないような火事の中を走り回っていた。

 自分だったらそんな無駄なことする時間があるのなら誰かを殺す計画を立てている。

 しかしながら、彼は目の前の誰かを救う為に走り続けていた。

 そして、小さな命を、手を握ることに成功していた。

 決して諦めずに走り続け、小さな救いを得ることができたのだ。

 

『ほら、君は誰かを救うことができたんだよ? だから―――助けてよ』

 

 無意味な犠牲となった者達が切嗣の周りを取り囲む。

 決して傷つけることなく、けれども、決して許すことなどなく。

 ただ、ただ、無価値な死に救いを求める。

 

『助けて』

『助けてくれ』

『助けてください』

『タスケテ』

 

 必死に自分を保とうと蹲り、耳を塞いで逃げようとする。

 だが、しかし。そんな甘いことは許されない。耳を塞ごうとも亡者の声は心を蝕む。

 ちっぽけな自我などでは彼らの声を拒むことも受け止めることもできはしない。

 たった一人の人間が背負うには余りにも重すぎる業。

 それを衛宮切嗣は知らぬうちに、望まぬうちに背負ってしまっていたのだ。

 

 

 ―――ねえ、私を助けてよ、ケリィ。

 

 

「――――――っ!?」

 

 少女の声が心を抉り、修復不可能なまでの傷を彼の心に与える。

 まるで断末魔のような悲鳴を上げながら切嗣は目を覚ますのだった。

 

 

 

 

 

 気づけばどこかの研究所らしき場所にいた。

 激しい動悸が止まらず、体中から気持ちの悪い汗が噴きだしている。

 だが、そのことに気づかない程に切嗣の心は弱っていた。

 ただ、己の罪深さを憎悪し、無価値にしてしまった命に詫び続けるだけだった。

 そこへ、異形の笑みを浮かべた男が入ってくる。

 

「やあ、目覚めた気分はどうだい? 衛宮切嗣」

「……殺してくれ」

 

 スカリエッティの声に切嗣は静かに、深く、絶望した声で懇願する。

 こんな罪深い自分に生きる権利などない。

 せめて惨たらしく殺されてほんの少しでも償いたかった。

 しかし、そんな切嗣の懇願をスカリエッティは笑い飛ばす。

 

「くくく! 君ともあろうものが随分と甘い考えを抱いているものだね」

「……なにを」

「確かに今の君ならば私でも簡単に殺せる。だが、それでいいのかね? 君が無意味な死を迎えれば、それこそ君が殺してきた者達の全てが無意味になるのではないのかね?」

 

 真実であった。既に奇跡は起こるのだと証明された。彼らは死ぬ必要はなかった

 しかし、まだ衛宮切嗣という男に価値があれば少しでも死んだ意味が出るというものだ。

 だが、ここで衛宮切嗣がゴミのように死を迎えてしまえば真の意味で彼らは無価値となる。

 どれだけ絶望した今でも、否、絶望した今だからこそそれだけは許せなかった。

 

「それは……できない…ッ。これ以上…彼らの死を愚弄することはできない…」

「その通り。衛宮切嗣は彼らに報いるために価値あることをなさねばならないのだよ、くくく」

「でも……僕には誰も―――救えない…っ」

 

 衛宮切嗣には本物の正義の味方として生きることができる道があった。

 しかしながら、別の道を選んでしまった彼にはもはや誰かを救うことなどできない。

 それは、力が足りないということではない。心が折れてしまったからだ。

 他ならぬ彼自身が誰かを救えるという希望を欠片も抱くことができないのだ。

 そんな人間ではどれだけ力があろうと何も救えない。

 否、何を救うべきかも分からない。

 

「僕にできることは殺すことだけだ。救う術なんて知らない…! いや、そもそも本当の意味で誰かを救うということに目を向けもしなかった。その結果がこの人殺しの完成だ!」

 

 掠れた声ながら腹の底から叫ぶ。

 この世の全ての人間が衛宮切嗣を許そうとも、彼だけは決して自身を許せない。

 奇跡があったのに、救う術があったのにも関わらず、見捨てた自分自身を。

 彼はただひたすらに呪い続ける。

 

「くっ、そこまで後悔するかね? 私としてはエゴを貫く人間は好きなのだがね」

「そんな理由で……人を死に追いやっていいわけがない。それは正義の味方なんかじゃない」

 

 自分の自己満足で人を殺していいはずがない。

 そう思うが故に切嗣は否定の言葉を返す。

 しかし、スカリエッティはさらに笑みを深めて両手を広げて語り始める。

 

「何を言っているんだい? 人間はみな己のエゴを満たすためだけに生きている生き物だよ」

「馬鹿な…。人間は……ッ」

「例え話をしよう。子供が幸せになってほしいという尊い願い。それは誰の欲望かね? 誰の心が元になっているかね?」

 

 ゆっくりと、大股で切嗣の周りを回るように闊歩しながらスカリエッティは語る。

 まるで、教師が子どもに物事を教えるかのような物言いに普段ならば不愉快になるのだが今回ばかりはそんな余裕もない。

 

「それは親の心だろう? 断じて子供の心ではない。見方を変えれば親は子供に自らの理想を、エゴを押し付けているとも受け取れないかね?」

「それは……そうだが……」

「君の願いも、あの少女達の願いも全てはエゴだ。自己を外した願いなど願いではない。故に全ての願いは、欲望は個人が抱くエゴに過ぎないのだよ」

 

 誰か一人を愛したいという願いも、大勢の異性を愛したいという願いも。

 世界を滅ぼしたいと願うことも、世界を救いたいと願うことも。

 それは総じてエゴだ。そこに貴賤はなく、平等に個人の欲望だけが存在する。

 どんな願いも個人が祈る以上は全てエゴとなり得る存在なのだと彼は語る。

 つまり、衛宮切嗣がかつて目指した正義の味方もまた。

 

「所詮は正義の味方も己の正義という名の欲望を満たすエゴイストに過ぎないのだよ」

 

 その言葉に切嗣はあることに気づく。

 誰かを救いたいという願いは、誰かが傷つくことを前提に成り立っているものだと。

 誰かが傷つくことを望み、自らの欲望を満たすためだけに人を救う。

 まさしく、エゴイストだ。

 

「故に私は肯定しよう。君の欲望を。誰かを救いたいというとんでもないエゴをね」

「僕は…ッ」

「ちょうど、救いを待つ者がいると言ったら君はどうするかね?」

 

 悪魔が囁きかける。その甘言に一度でも乗ってしまえば二度と戻ることはできないだろう。

 だが、それでも。誰かを救えるというのなら手を伸ばしたくなってしまう。

 こんな愚かな自分でも欲望を満たしていいのなら。

 

「私なら救う術を知っている。今までの犠牲全てに報いる方法を君に与えることができる」

「…………」

「何も心配することはない。君は今まで通りの行い(殺し)を続けていけばいい。私がそれを価値あるものにしてみせよう、正義にしてみせよう―――奇跡(・・)をもってね」

 

 悪魔が手を差し伸べる。切嗣はその手と自身の手を交互に見つめ考える。

 この手を取れば、自分は今までのように誰かを殺し続けていくことになるだろう。

 都合のいい手駒として一生を使い潰されるだけだろう。

 望まぬ道をかつてのような苛烈な意思もなく、()きだしの心のまま彷徨い続けるだろう。

 

「……本当に誰かを救えるのか?」

「ああ、前払いというのも失礼かもしれないが、私の研究も兼ねて君に救ってもらいたいものもいるしね」

 

 だが、それがどうしたというのだ。

 誰か一人でも救えるというのならば地獄への片道切符を喜んで受け取ろう。

 彼らの死が意味のあるものとなるというのならば自分の人生など安いものだ。

 例え、死後の魂までも縛られ、地獄を歩き続けさせられるのだとしても構いはしない。

 切嗣は手を伸ばす。そして―――

 

 

「誰でもいい……誰かを―――救わせてくれ…ッ」

「くくく、では、契約は成立だね」

 

 

 ―――ついに悪魔との契約を交わしてしまった。

 衛宮切嗣は人ならざる者に縋ってでも己の欲望を満たすことに決めたのだ。

 ゾッとするような笑みを浮かべ、スカリエッティは満足そうに頷く。

 そして、改めてを呪いの言葉をかける。

 

 

「これからの君は強いて言うならば―――世界の守護者というところかね。くくく!」

 

 

 スカリエッティはそうして、切嗣がこれから辿るであろう地獄を想像して、実に楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 空から降り注いでくる雪により町全体が白く染まった海鳴市。

 そんな一種の幻想的な景観を一人眺めている女性が居た。

 美しく輝く白銀の髪に、雪中でもなお映える白い肌。

 それを際立たせるかのように輝くルビーのように紅い瞳。

 敬愛すべき主から新たな名前を賜ったリインフォースがそこにいた。

 

「本当に世界は……美しいな」

 

 今から消えるからだろうか、全ての物が美しく感じられる。

 できれば、もっと生きてこの素晴らしいものを愛でていきたいがそれは叶わない。

 自分が消えなければ主の命が再び脅かされる。

 それだけは防がなければならない。故に今日、自分は消える。

 守護騎士達と小さな勇者達に頼んだ時間からは大分早いがそれでも自分が消えることに少しばかりの虚しさが残る。

 

「消えてしまいたいと思っていた私がそう感じるのも……優しい主はやてのおかげだろうな」

 

 自分を家族として受け入れてくれたはやてにはどれだけ感謝してもしきれない。

 その行く末を見守れないのは些か不安ではあるが、周りの者がいるのでそれは杞憂だろう。

 そんなことを考えていたところで後ろから足音が聞こえてくる。

 随分と早いなと思いながら振り向くとそこには予想だにしていなかった人物がいた為に目を見開く。

 

 

「驚いたな……お前まで見送りに来てくれるとはな―――切嗣」

 

 

 どこか優し気な笑みを向けるリインフォースに対して切嗣は無表情を貫く。

 だが、その顔には隠し切れない絶望感と悲しみが宿っていた。

 まるでかつての自分のようだと感じたリインフォースが声を掛けようとしたところで切嗣が口を開く。

 

 

「最後に一つ聞いておきたい。お前は機械か? それとも人間か?」

 

 

 どこまでも空虚な瞳で切嗣はリインフォースの瞳を見つめるのだった。

 




ブラック企業への永久就職おめでとう(白目)
本編がヤガミルートならこっちはエミヤルートかな。


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四話:救われる者、救われぬ者

 ―――お前は機械か? それとも人間か?

 

 その言葉にリインフォースは一瞬、目を見開いた後、クスリと笑う。

 まるで少女のような笑みに切嗣は思わず仏頂面をやめて彼女を見つめる。

 彼女はそんな様子がまたおかしかったのかもう一度微笑む。

 

「そうか、お前もそんな表情ができたんだな」

「……質問に答えてくれないか?」

「ふふふ、そうだな」

 

 からかわれたことを無視して話を進めようとする姿にまたしても笑いが起こる。

 流石に悪いと思うのだが、この世から消える前なので少し気が高まっているのかもしれない。

 そう結論付けながらリインフォースは笑いを抑え思考を始める。

 しかし、元から答えは決まっていたのかすぐに口を開きなおした。

 

「機械だ。魔導の器たる私がそうでなければ一体何だというのだ」

 

 それが全てだった。主に尽くし、主の為に死ぬ。

 その生き様こそがデバイス、魔導の器の本願。

 彼女はこの生き方をまさに実践してみせた。ならば、その身は機械。

 魔導の器にとって最高の最後を迎えられるのが彼女だ。

 

「そうか……」

 

 彼女の言葉に対して何かを考え込むように目を瞑る切嗣。

 幾ばくかの時間、そうしていたかと思うとゆっくりと目を開けて息を吐く。

 リインフォースは彼の姿に何事だろうかと首を傾げる。

 

「なら、今からすることに関しては許可がとりやすいかな」

「切嗣、何をするつもりだ?」

「非常にかってながら、僕は君を生きながらえさせるよ」

 

 彼の言葉に思わず美しい赤の瞳を見開くリインフォース。

 反対に切嗣の方はいつもの調子を若干取り戻したのか無表情に戻る。

 辺りが静寂に包まれる中、リインフォースがその静寂を破る。

 

「……どうするつもりだ。夜天の書がある限り防衛プログラムは必ず再生される。それを防ぐには夜天の書の破壊が不可欠だ」

「その点は重々承知しているよ。現状から破壊せずに修復するには時間が足りない」

「では、お前は私に何をするつもりだ?」

 

 赤い(まなこ)を細めて訝しげに切嗣の表情をうかがうリインフォース。

 対する切嗣はタバコを取り出し、火を点けるのに忙しく、目を向けない。

 尤も、彼女の視線に気づかない程鈍ければ戦場を生き抜くことなどできはしないので気づいた上で無視をしているのだが。

 ただ、その無視をしている理由は胸に残る罪悪感の為に目を合わせられないという弱さ故なのだが。

 

「君の人格と記憶のデータをコピーさせてもらう」

「……そうか、そういうことか」

 

 リインフォースはそれだけの言葉で納得したのか小さく頷く。

 管制人格であるリインフォースは夜天の書と一心同体と言っても過言ではない。

 だが、厳密には一心同体などではない。

 管制人格と言えど、夜天の書というハードを構成する一つのプログラムに過ぎない。

 切嗣が行おうとしていることは簡単に言えば。

 パソコンの中のあるデータをUSBにコピーし、別のパソコンに移し替える作業だ。

 機械であるがゆえに、デバイスであるがゆえに可能な方法だ。

 それを行えば元のパソコン、夜天の書本体が故障しようが大破しようがコピーしたデータ、リインフォースは別の場所で守られる。

 

「確かにそうすれば私の記録の全ては守られる。しかし、魔導の全ては失われるぞ」

 

 リインフォースの言うように人格部分と魔法行使に使われる部分は別なので魔法技術は失われてしまう。

 だが、その点は彼にとっては問題ではない。

 

「ああ、その点は気にすることはない。こっちの協力者は魔法に興味があるわけじゃないからね。機械でありながら人であるユニゾンデバイスの君に興味があるらしい」

「実験体として私を求めているのか?」

「否定はしない。だが、常識的な範囲での検査しかさせない」

 

 スカリエッティは戦闘機人という機械と人の融合を研究している。

 既に何体かの作品は仕上がっているが、彼にとっての研究は終わりではない。

 より、機械らしく、人間らしいという矛盾した作品を作り上げることを望む。

 その点で、機械でありながら人の姿を取り、感情を持つユニゾンデバイスは興味深いのだ。

 

「それを信じるかどうかは置いておくとしてだ。データを移し替えるのであれば私の体はなくなる。これではただのインテリジェントデバイスと変わりはしない」

「それに関してはこちらで君のデータを基に、体を、ユニゾンデバイスを復元させてもらう。一時的にデータとして窮屈な思いはするだろうが、すぐにそれもなくなる」

「なるほどな。しかし、私は再び囚われの身になる気はないぞ」

「あいつがどう思うかは知らないが、僕にそのつもりはない。解析が終わり次第、はやての元に返す」

 

 はやての元に返すという言葉に初めて興味を惹かれるリインフォース。

 常時の切嗣であれば相手を騙すための言葉であったかもしれないが今の彼にそこまでの余裕はない。また、最低ながらも父親として何か一つでも償えないかと考えた結果でもある。

 しかしながら、この計画にはある欠点が存在する。

 

「それとだ。これだけは言っておかないといけない。コピーを取ればそちらは無事なのは間違いないが……オリジナルのデータは、今ここにいる君は変わらず消える運命だ」

 

 ここにきて初めてハッキリと苦悶の表情を浮かべる切嗣。

 それは結局、自分には全てを救うことができはしないのかという憤り。

 もしも、スカリエッティの申し出を初めの段階で受け入れていれば全てを救えたのではという後悔である。

 オリジナルのリインフォースそのものの人格の移植という手段は防衛プログラムの再生を抑えている枷を外すと同義なので不確定の為に不可。

 移植ではなく、記憶と人格を引き継いだコピーが現状では限界なのである。

 もっと早く、切嗣が決断していれば別の方法もあったのかもしれないが。

 

 

「そうか……少し尋ねてもいいか?」

「……なんだい」

「どうして、それを私に伝えたのだ。お前の目的からすればそれを伝えることは目的達成の確立を下げかねない行為だ。理解しかねる」

 

 もしも、悪魔の契約であろうと、それで自分が救われるのであれば結ぶ人間は多いだろう。

 だが、救われるのが自分と同じ顔をした赤の他人だと言われて頷く人間はいない。

 切嗣の言動は最高の効率を求める行為に反しているのだ。

 その理由を聞かれて切嗣は何とも言えない表情を作り出す。

 

「……ただ、黙っていてもいずればれると思ったからに過ぎない」

「そうか、では質問を変えよう」

 

 リインフォースはこの手段ではいつまで経っても答えは得られないと悟り、手法を変える。

 その雰囲気の変化に目敏く切嗣は気づくがどうすることもできないので何も言わない。

 

「お前は私に罪悪感を抱いているか?」

「……それは」

「答えはYESかNOでしてくれ」

 

 口籠る切嗣にリインフォースはさらに追い打ちをかける。

 切嗣は仏頂面をさらに渋めて、無言で小さく頷く。

 その答えに満足げに笑い、彼女はさらに質問を続ける。

 

「お前は私に救われて欲しいのか?」

「……ッ!」

「私が一番聞きたいのはそこだ。嘘は許さないからな」

 

 嘘は許さないと釘を刺されて押し黙る切嗣。

 しばしの間、静寂が辺りを支配するが、リインフォースの純粋な瞳に負け切嗣が頭を抱える。

 本心を言わなければ、彼女は交渉の場にすら立ってくれないだろうと悟ったからだ。

 若干投げやり気味に切嗣は答える。

 

「ああ、YESだよ。僕は君を救いたい。この手で誰かを助けたという実感を得たい。別に君じゃなくてもいいんだ。これは偽善だ。そんな偽善だから、君を完全に救うこともできない。エゴすら満たせない愚かな願いだ。自分のことながら反吐が出るよ」

 

 心底、毛嫌いしていると、手に取るように分かる顔をする切嗣。

 だというのに、リインフォースは面白そうに、嬉しそうに微笑む。

 彼女が何故そのような表情をするのか出来ずにますます顔をしかめる切嗣。

 その表情に反対にますます楽しそうに笑うリインフォース。

 

「いや、結局は私のことに気を使っているのだと思うと嬉しくてね」

「何を言っている? これは僕のエゴだ。誰の為でもない僕の為だ」

「そうだろうな。だが、それでも素直に気を使われるのは嬉しくてね」

 

 思えば、純粋に彼女の身を案じてくれたのは騎士達を抜けば、今代の主はやてと、切嗣ぐらいではないかと思う。

 やはり、血の繋がりはなくとも親子とは似るものなのだなと思いながらリインフォースは笑みを深める。

 口に出してもよかったのだがそれを言えば、切嗣は最低の父親だったと返してくるだけだろうと今までのデータから分かっていたので言わなかった。

 

「それで、こっちの申し出には乗ってくれるのかい? 尤も、断っても無理やりにでも救わせてもらうけどね」

「それならば、最初からそうすれば良かったものを。やはり、私に気を使っているのではないか」

「…………」

 

 これ以上話せばボロが出ると悟り、口を噤む切嗣を見つめながらリインフォースは考える。

 このまま消えることに後悔などない。魔導の器として最高の終わりを迎えられるのだから。

 しかし、愛する主と騎士達と共に生きたくないかと言われれば迷うところだ。

 望みを抱くこと自体が、彼女が機械ではない証明になり得るのだが、そこまでは考えない。

 しばらく思考した末に彼女は答えを出す。

 

「いいだろう。その提案を飲もう。ただし、条件がある」

「内容次第だな」

 

 ある程度の譲歩は仕方がないだろうと考え、頷く切嗣。

 リインフォースはそれを見てゆっくりと条件を述べていく。

 

「まず、私の安全はお前が保証することだ」

「……構わない」

「次に、そちらの目的が終われば私を自由にすること」

「先程、言った通りだ。それよりも口約束でいいのか?」

「私はデバイスだぞ? 記録の保存など目を瞑ってでもできる」

 

 次々と盟約化されていく条件。

 切嗣としてもスカリエッティに全面的に従うということはするつもりはない。

 利害が一致していれば裏切ることはあり得ないが、自分以外の誰かが犠牲にならないように、ある程度の配慮は見せる。

 特に、口に出す権利がないと決めているが、切嗣にとってリインフォースは家族なのだ。

 何よりもはやてと騎士達への償いの為に無事に送り届けるまでが彼のエゴなのだ。

 

「最後に私に―――人間としての幸せを教えてくれ」

「……なんだと?」

 

 予想外の要求に目を丸くする切嗣。

 それを理解できていないと受け取ったのかリインフォースは丁寧に説明する。

 

「そのままの意味だ。デバイスとしての最高の幸せは得た。ならば、次の私には人間としての幸せを得て欲しい。それとも、デバイスたる私には無理だと思うか?」

「そんなことはない。寧ろ君は…!」

 

 ―――人間じゃないか。

 

 喉元まで出掛かったその言葉を飲み込んでリインフォースから目を背ける切嗣。

 感情のあるものは道具ではなく人間だ。それが彼の持論だ。

 故に彼女もまた人間として意識してしまう。だが、彼女は己を機械として認識している。

 間違ってはいない。まさにその通りなのだから。

 

 だから言えなかった。しかしながら、彼は納得できなかった。

 何よりも、その人間であると認識する彼女を見捨てる自分を。

 誰かを救うために契約をしたはずだった。

 だというのに、早速完全な救いとはかけ離れた救いとなった。

 これもまた、衛宮切嗣という男の愚かさ故なのかと自虐する。

 

「そう思ってくれるのなら私としても嬉しいよ。さあ、この条件をのむのか?」

 

 リインフォースの言葉に切嗣は深く考え込む。

 彼女が幸せを掴めるかどうかを悩んでいるのではない。

 果たして、人の幸せを摘むことだけを行ってきた自分が幸せを教えることができるのか。

 自分を幸せにすることを許せない男が誰かを幸せにできるのか。

 悩むことは全て自身の力の無さ故のものだった。

 

「……分かった。努力しよう」

 

 たっぷりと悩んだ末に下した決断は要求をのむことだった。

 自信など欠片もなかった。だが、それでも。

 誰かを少しでも救えるという誘惑の前では関係がなかった。

 己の欲望を満たすために契約を結んだ。

 

「なら、契約は成立だな。そうと決まれば早く済ませてくれ。騎士達がもうすぐ来る」

「分かった。……始めよう」

 

 

 

 

 

「なんでや…今まで悲しい思いしてきたんや。救われなおかしいやろ!」

「主はやて、私の心と体は既に救われています」

 

 夜天の書の消滅の儀式。その最中に現れたはやてにあやす様に話しかけるリインフォース。

 だが、一日の内に何人もの家族を失いかけたはやては決して認めない。

 

「嫌や……おとんの次にリインフォースも消えるなんて嫌や!」

「主はやて……これはお別れではありません。いつか必ず、また会えます。切嗣とも、私とも」

「リインフォース…?」

 

 慰めにしてはやけに確信の籠った言葉に涙の溜まった目を上げるはやて。

 リインフォースはその視線に微笑みを返すだけで答えを教えることはない。

 そのまま魔法陣の中心に移動していく。

 

「お別れの時間です」

 

 最後の最後にこの美しい世界を。愛おしい主を、騎士達を。

 そして、小さな勇者達をその目に焼き付けて彼女は目を瞑り、雪に当たるように顔を上げる。

 彼女は祝福の風となりこの世界を旅する、果てのない旅に出る。

 

「あぁ……本当に贅沢な生涯でした。主はやて、守護騎士達、小さな勇者達……ありがとう」

 

 なんと贅沢な生涯だろうかと彼女は満足げな表情を浮かべる。

 主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器たる自身の命題。

 その命題を果たし、主にその終わりを惜しまれる。魔導の器として最高の終わり方。

 そして、後に託した己の意思が人間としての幸せを得られる。

 デバイスとして、人間として、両方の幸せを得られる者など自分ぐらいなものだろう。

 これを贅沢と言わずに何を贅沢というのだろうか。何よりも―――

 

 

「そして―――また、会いましょう」

 

 

 ―――再びはやて達と巡り合うことができるのだから。

 自分の生涯は最高のものだったと胸を張って言える。

 最後にそう思い、彼女はしばしの旅路に出た。

 

「リインフォース……」

 

 白銀の粒となり、空へと昇り、天から主はやてに贈り物を届ける。

 はやての手の平に降り注ぎし物はリインフォースの魔導の欠片。

 新たな魔導の導き手を生み出すための彼女からのクリスマスプレゼント。

 はやてはその欠片を何よりも大切な物として固く抱きしめる。

 その周りに大切な友人と家族が駆け寄ってくる。

 

 

「……リインフォース、そろそろ行こう」

『主には姿を見せないのか?』

 

 

 そんな光景を隠れた場所から見守っていた切嗣と代わりの拠り所にコピーされたリインフォース。

 切嗣としてはそのままはやてに知らせてリインフォースを渡してもよかった。

 だが、スカリエッティとの契約もあり、何よりもユニゾンデバイスの復元という恐ろしく難易度の高い作業が待っているために復元後に知らせて返すことに決めたのだった。

 それに生きていると知られれば追手が付くので面倒でもある。

 尤も、一番の理由としては。

 

「……合わす顔がない」

『そうか……』

 

 切嗣自身にはやてと騎士達に会う勇気がないからである。

 リインフォースもそれが分かっているためかそれ以上は何も言わない。

 しばらく無言で立ち去っていた二人であったが珍しく切嗣の方から沈黙を破る。

 

「もっと、完璧な方法で救えればよかった……。僕がもっと早く助けようとしていれば…っ」

『気にするな。今はともかく、あちらの私は生粋の機械だ。コピーされる方が普通だろう。そして、どちらも同じ私だ。お前は間違いなく私を救った』

「でも……それでも、僕は―――」

 

 慰めてくるリインフォースの声を聞きながらも切嗣の顔は曇ったままであった。

 今回、衛宮切嗣は1人を救ったと言える結果を出した。

 だが、それだけだ。1人を救えば視野は広がる。

 1人の次は10人を、10人の次は100人を、100人の次は―――

 

 

「―――誰かが消える光景なんて見たくないんだ」

 

 

 ―――一体、何人を救えば良いのだろうか?

 




次回ははやて達を書きます。
リインフォースはこっちだと救われます。完璧な救いじゃないけど。
願いはデカすぎるとやっぱり人を苦しめる。
まあ、スカさん的にはケリィが苦しんで愉悦。


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五話:旅立ち

 

 向かい合う一人の少年と一人の少女。そして、少女に付き従う四人の騎士達。

 クロノとはやて達家族は騎士達の罪と今後のことについて話し合う必要があるのだ。

 

「辛いことがあったすぐ後にこんな話をするのも心苦しいが、避けては通れない道だ」

「はい、わかっとります」

「なら、君達の今後について話をしよう」

 

 クロノは目の前にディスプレイを出現させ、資料を出していく。

 はやて達はその資料に書かれていることに真剣に目を通していく。

 しばらく、無言で資料を読んでいたはやてだったが、やがて息を吐き、口を開く。

 

「この保護観察っていうのはどういうものなんですか?」

「大まかに言えば、更生の意思、見込みがある者が社会に復帰できるように保護、そして再び悪さをしないかを観察するためのものだ。嘱託魔導士になればさらに裁判で有利になる。フェイトが良い例かな」

「なるほど、それで私とこの子達が管理局に従事したりするんですか?」

 

 今後、騎士達と主はやてが共に暮らせる唯一の道である保護観察による管理局職務への従事。

 クロノが事件終了後から休むことすらなく探して見つけた唯一の道だ。

 それははやても重々承知しているので文句など言うことはない。

 騎士達も自分達の行いが罰せられ、償いを受けることができるというのは素直にありがたいことなので文句などない。

 

「その件についてなんだが……守護騎士達の罪は庇いようがない。死者はいないが負傷者は出ているからな」

「その……本当にすまない」

「僕に言われても困るが、まあ、話の本筋はそこじゃない。騎士達は、これ以上は庇えないが八神はやて、君なら無罪にできる」

 

 はやてが無罪になると聞いて騎士達全員が色めき立つ。

 やはり、自分達が罪に問われるのは当然だが何も知らなかったはやてが罪に問われるのは心苦しかったのだ。

 一方のはやては共に罪を償う気でいた為に不意を突かれた顔になる。

 

「どういうことなんです?」

「今回の君の立場は中々に複雑な立場だ。守護騎士達の主でありながら蒐集に関しては一切知らなかった。それどころか禁止の命を出していた」

「そうだよ、はやては何にも悪くねえんだよ。悪いのは全部あたし達なんだ」

 

 クロノの言葉にヴィータが同意の言葉を発し、ザフィーラも頷く。

 彼らはそもそもはやてが無事であれば自身の消滅すら厭わない存在だ。

 罪の全てを自分達が受けることになったと言われれば喜びさえするだろう。

 だが、心優しい夜天の王がそのようなことを許すはずもない。

 

「なに言うてるんや。私がみんなの主なんやから私にも責任があるやろ」

「そうだ。いくら、独断と言えど主には責任がつきまとう。言い方が悪いが、こっちの世界でも飼い犬が誰かを傷つけた場合は飼い主に責任が問われるだろう?」

 

 ヴォルケンリッターは疑似魔法生命体として定義される。

 簡単に考えればはやての使い魔のようなものだ。

 使い魔が罪を犯せば当然のことながらそれを放置した主へも罪は及ぶ。

 

「このままなら全員で保護観察を受けてもらうことになるが、ここで別の要素が加わる」

「別の要素?」

「ああ、それは―――衛宮切嗣だ」

 

 その名前を出した瞬間にはやての瞳が僅かに悲しみに揺れる。

 クロノもそれに気づくが自分がどう言っても解決できるものではないので淡々と事実だけを告げていくことにする。

 

「今回、衛宮切嗣は闇の書を完成させようと暗躍していた。それは間違えのない事実だ。そして、何よりも君達を騙していた」

「でも……おとんは」

「言いたいことがあるのは分かるが今は黙って聞いてほしい。君の立場はある意味で被害者でもあるわけだ。望まぬうちに蒐集をさせられたね」

 

 そこで一旦言葉を切り、話していいものかと若干の戸惑いを見せるクロノ。

 はやての方は、自分は決して騙されていただけではないと言いたかったが言われたとおりに黙って次の言葉を待っている。

 その様子にクロノも覚悟を決めて話を再開する。

 

「彼に脅されて蒐集を行わされた。催眠をかけられた。あるいは騎士達ははやてを人質に取られ否応なしに蒐集を行った。そう言った事実があれば無罪にもっていける」

「それは…! そのようなことはッ!」

「だが、父親という決して子供が逆らえない立場にあった人間が黒幕だったというのは事実だ。僕も嫌いだが、一つの、最善の選択肢なら示さないわけにもいかない」

 

 暗に虚偽の証言を出せばはやてが助かるという申し出に声を荒げるシグナム。

 クロノも渋い顔をしながら、それが最もはやてにとって良い選択肢なので告げたと答える。

 彼としてはこういったことは本来許せない性格なのだが、はやての為を思い提示した。

 何よりも、実際にそういったことがあったという可能性もあるのだ。

 確かめること自体は必要であるが直接聞いたのは、はやてにどちらかを選ぶ権利を与えるためだ。

 

「何よりも、今回の黒幕はあのエミヤだ。ヒールにはもってこいだ」

「なぁ……さっきからエミヤって言ってるけど、切嗣は八神じゃねえのかよ?」

「確証はないが、今回の件とロッテとアリアの証言から考えれば十中八九で魔導士殺しのエミヤの正体は彼だろう」

「魔導士殺しのエミヤ……」

 

 物騒な二つ名に表情を硬くするはやて達。

 彼女達は誰よりも切嗣のことを知っていると同時に誰よりも彼のことを知らない。

 衛宮切嗣の本当の姿を知っていても仮の姿は知らないのだ。

 

「五年程前まで精力的に活動していた、魔導士殺しに特化したフリーランスの暗殺者の名前だ」

「五年前って……おとんが家に来たのと同じ時期や」

「今の今まで素顔すら現さなかったんだが……今回の失敗(・・)でようやく顔がわれた」

 

 失敗という言葉に何とも言えない顔をする騎士達。

 当然のことながら切嗣の策が成功していれば自分達は今ここにいない。

 そして、逆に失敗したことで切嗣は自分達の前から姿を消した。

 生きているには生きているだろうがあの失意に沈んだ人間に生きる気力があるとは思えない。

 裏切られたとはいえ、やはり気になってしまうのは家族故だからだろう。

 

「次元世界のあらゆる紛争地帯で活動して荒稼ぎしていたと言われていたんだが……あの様子を見るに彼は……彼の正義を貫き続けていたんだろうな」

 

 今回のようなことを幾度となく繰り返してきたのだろうと察して思わず同情してしまう。

 心を殺した機械として生きていた彼はその実、誰よりも優しい心の持ち主だった。

 切嗣の行いを肯定するわけにはいかないが、永遠に救いのない道を歩きながらも世界の為に生き続けたという事実には畏敬の念を覚えてしまう。

 

「まあ、彼の過去は、今は良い。現状彼は姿をくらましている。こちらに姿を見せる真似はしないだろう。だから、君は誰の指示も受けない自由な選択ができる」

「…………」

「八神はやて、そして守護騎士達に聞きたい。衛宮切嗣に脅しや暗示、強迫紛いの行為は受けていなかったか?」

 

 黙ったまま真っすぐな瞳で自分を見つめるはやてにクロノは問いかける。

 ここではやてが頷けば、はやてを無罪放免にもっていくことができる。

 騎士達も以前よりも、より良い待遇で管理局に迎えることができるだろう。

 ただ、彼女が衛宮切嗣と、家族であったことを否定さえすれば。

 

 

 

「―――いいえ、全くありません」

 

 

 

 だが、彼女は首を横に振り、力強い言葉でそんなことはなかったと断言した。

 クロノは彼女の言葉にどこか眩しそうに目を細めた後、今度は騎士達に目を向ける。

 騎士達もまた、主と同じように真っすぐな瞳で彼を見つめ返してきた。

 

「私もそのようなことは一切確認していない」

「ええ、私も見たことも聞いたこともありません」

「あたしも記憶にねーな」

「同じく」

 

 四人が四人とも同じように首を振る。

 つまりは、彼女達は自由よりも家族としての絆を取ったのだ。

 その決断にクロノは少し頬を緩めるがすぐに引き締めて喉を鳴らす。

 

「そうか、なら事情聴取はこれで終わりだ。何とかして君達が離れないで済むようには取り計らう。安心してくれ」

「何から何まですんません」

「いや、これが仕事だからね。詳しいことは後で伝えるよ。今は休んでいてくれ」

 

 クロノは報告書の作成に移るために立ち上がり、ここに来て初めて笑みを見せる。

 その笑顔は相手を安心させる意味合いが殆どだが彼女の決断に感服したのも含まれている。

 それをはやても感じ取り、精一杯の笑みをクロノに返すのだった。

 

 

 

 

 

 その後、嘱託魔導士となるという選択肢を受け入れたはやては一端、病院に戻っていた。

 どうやら、昨日の内に外泊許可は切嗣が取っていたらしくおとがめはなかった。

 しかし、急に足の状態が良くなったこともあり、しばらくの間、精密検査が行われていた。

 そのせいで少し気だるげなはやてであったがお見舞いに来てくれたアリサとすずかの手前、そんな様子を欠片も見せることはなかった。

 そして、正午近くになったところでなのはとフェイトが訪ねてきた。

 

「それで、私は嘱託になることになったんよ。よろしゅう頼むな、先輩(・・)

「あはは……ちょっと恥ずかしいかな」

「うん……あ、でも、困ったことがあったら何でも言ってね」

 

 先輩という言葉に少し照れながらもしっかりと手を貸すことを約束するなのはとフェイト。

 はやての方も朗らかに笑いながら感謝を込めて頷く。

 色々と大変なことはあったがそのおかげか昨日よりも自分達の絆は強くなっている。

 これも、聖夜の奇跡なのだろうかとはやては目を細める。

 

「ねえ、はやてちゃん。お父さんの方は……」

「それがな、未だに帰ってこんのや。おとん、ああ見えて負けず嫌いやから自分から帰ってくることはないやろなぁ」

「はやて……ごめんね」

 

 できる限り悲しい表情を見せずに語るはやてだったが、やはりその瞳には影が差していた。

 それに気づいたフェイトが切嗣が消えてしまった非は自分にもあると頭を下げる。

 なのはもフェイトに続くように頭を下げる。

 だが、頭を下げられたはやての方は慌てて手を振る。

 

「なんで、二人が謝るん? 二人はなんも悪くないよ」

「でも……もっと他の方法ならはやてちゃんのお父さんも救われたかもしれないのに」

「それは、もしもの話や。悔やみ過ぎるんわ、良くないよ。それに……おとんは遅かれ早かれ、ああなったと思うんよ」

 

 はやては切嗣の半生を想像しながら噛みしめるように呟く。

 例え、今回はやてが永遠に凍結されるという結末を迎えていたとしても、切嗣は必ず己の理想の矛盾にぶつかっていただろう。

 そして、同じように絶望し、誰かの前から永遠に姿を消していただろう。

 何の根拠もない予想であるがはやてには確信があった。

 何といっても、彼女は切嗣の娘なのだから。

 

「二人のことはちっとも悪く思っとらんよ。やけど、ちょーっとばかし、手伝って欲しいことがあるんよ」

「何? 何でも言ってね」

 

 手伝って欲しいことがあると言われて俄然やる気になるなのはとフェイト。

 その素直さにこの子達は将来騙されたりしないだろうかと若干不安になるはやてだったが話の腰を折るわけにもいかないので気にせずに続ける。

 

「私達はな、何も償いの為だけに管理局に入るわけやないんよ。折角、警察みたいな職業に就くんやからこれを利用せん手はない」

「……はやてって意外と腹黒いタイプ?」

「なんや、失礼やな。こちらとなぁ、子ども相手にズルしてでも勝とうとする父親に育てられたんやで。色々と頭使う癖がついとるんよ」

 

 はやては思い出す。親子でポーカーをした時に初手からイカサマで勝ちに来た切嗣の姿を。

 あの時は一日中話すのをやめたことで逆襲した。

 だが、切嗣はそれに懲りることなく何か勝負をするときは一切の容赦がなかった。

 そのおかげと言うのもなんだが、騎士達が家に来てから遊ぶ時は、はやてが全戦全勝だった。

 

 最初は騎士達が気を使っているのかと思ったがヴィータとシャマルがかなり真面目な顔で涙を流していたことから自分が強くなりすぎたのだと悟った。

 特に、某、まんまるピンクの星の戦士が乗り物に乗って争うゲームでは大変だった。

 決して復帰を許さないように徹底的にシグナムのまんまるピンクを跳ね飛ばし続けた結果、土下座をして謝られたのは記憶に新しい。

 

「まあ、それはともかくや。私達の現状の目標は―――おとんを捕まえることや」

「はやてちゃんの……お父さんを?」

「そや、おとんが逃げるなら追って捕まえる。ぎょーさん、言わんといけんことがあるんや」

 

 真剣な目で語るはやてに続くように騎士達は頷く。

 なのはとフェイトもその顔に彼女達が本気なのだと悟り、黙って聞く。

 

「リインフォースが言うとった。『また会える』って。やから、また会えるように努力する。諦めないなら必ず叶うって私は信じてる」

「はやてちゃん……」

「そんでな、二人にはその手伝いをして貰いたいなって思ったんやけど……どうや?」

 

 例え、自分たち家族だけでも、いや、自分一人でも追い続けるつもりだ。

 だが、しかし。孤独で居続ければいつかは自分も養父のようになってしまいかねない。

 それでは例え、捕まえたとしても合わせる顔がない。

 切嗣が個人で行くというのなら、自分は多くの友と家族と共に行く。

 それがはやての考え抜いた上での結論であった。

 

「もちろん! なんだって手伝うからね!」

「うん。それに、私は執務官を目指しているから、個人的にも追えると思うし」

「おおきに、ありがとうな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 満面の笑みで答えてくれた親友に、自然とはやての顔も明るくなる。

 悲しみの記憶は決して消えてくれない。だが、それでいいのだ。

 悲しみを糧に、希望を道標に、ただ歩き続けていけばいい。

 途中で挫けることも、道を逸れることもあるだろう。

 しかし、優しい家族と、この真っすぐな友が居れば道を誤ることはないだろう。

 

「ほな、これからもよろしくな」

「よろしくね」

「うん」

 

 三人の少女は固く手を握り合う。

 それは未来への旅路の始まり、新たな時代への導き。

 その果てにどんな運命(Fate)が待ち受けるか、それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 

 

 

「今回の失敗をどう受け取るかね?」

「結果的にはより良いものとなった。エミヤに関しても変わらず“正義”に尽くす所存だと」

「ならば、そのまま使えばいいのでは? 使い潰すにしてもあれはまだ使える。使える駒を無意味に捨てるのは愚策」

「うむ、それで今回は問題ないであろう。結果的に管理局の戦力も増えた。そうと決まれば早速奴に指示をだそう」

 

 暗い闇の中、姿なき声が会話を交わす。

 声だけが不気味に響く。その声は不思議な程に威圧感と威厳に満ち溢れている。

 生半可な者であればその声だけで従ってしまいかねない。

 それは会話を行う三者の人生の重み故。

 

「それで、スカリエッティの方はどうなっておる?」

「順調ではあるのだが、どうにもあれはコントロールが効かん。もう少し従順にすべきだったか」

「まあ、如何なる時も余裕を持っておけば万が一の失敗もない」

 

 かつて、三者は願った。平和な世界が欲しいと。

 そのために人生の全てをかけ、世界に僅かではあるが安寧をもたらした。

 だが、それではまだ足りない。望んだ世界には遠く及ばない。

 故に彼らはその身を捨て去った。

 

「世界はかつてよりは平和になった。だが、望む世界にはまだ遠い」

「それ故に、こうして生き長らえておる」

「全ては我らの願いの根源に至るために」

 

 肉体を捨て去り、脳髄だけの姿となりながらも彼らは生き続ける。

 自分達が選んだ指導者の統治により、世界を平和にしたいというエゴを満たすために。

 己が信じる独善的な正義を貫き続ける。

 

 

『次元世界に永遠の平和を』

 

 

 例え、その過程でどれだけの犠牲と悲しみが生まれようとも戸惑うことなく。

 彼の者達は己の無限の欲望に従い続けるだろう。

 ―――己が正義を決して疑うことなく。

 




ここからはオリジナル要素が結構出てくると思います。
最高評議会も結構変わります。というか、こいつら資料少なすぎ。
活躍させるにはオリジナルで行くしかない。

それと三人って切りが良い数字ですよね。御三家も三人だし。


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IF:空白期
六話:正せぬ過ち


 ―――そこに地獄があった。

 

 かつて、衛宮切嗣が争いを終わらせるために介入した国と革命軍が争った紛争地。

 終わらぬ連鎖を終わらせるために、いつものように人を殺した場所。

 あの時は質量兵器の密輸入を行っている業者を狙いとして行った。

 その中でも特に大規模に行っている者を選び始末した。

 

 犠牲になった数は多くなく、“10名”程度。勿論すぐに代わりは現れた。

 しかし、たった少し、武具の補給が行き詰っただけで情勢は一気に傾いた。

 そして、元々武力で劣っていた革命軍は国に屠られていった。

 それで紛争は終わった。この世の地獄は確かに消えてなくなったはずだった(・・・)

 

「じゃあ……何なんだ、これは?」

 

 衛宮切嗣はどうしようもなく気力を失い、掠れた声を零す。

 地獄を終わらせるために尊い命を奪ってきたはずだった。

 犠牲を代償に平和を与えてきたはずだった。

 だというのに、彼の目の前にはかつてと同じような惨たらしい地獄が広がるだけだった。

 

 虫がたかる、腐りゆく死体。呻き声を上げる病人。傷口から蛆が湧き、身をよじる怪我人。

 動かぬ父の死体の横で途方に暮れる子供達。

 息絶えた母の乳を理解できずに吸おうとする赤ん坊。

 骨と皮だけになり、飢えのあまりに木の皮を剥ぎ食べる者。不自然に腹が膨れた者。

 誰とも分からぬ父親の子を抱く、はやてとほとんど変わらない少女。

 兵士に犯され、股から血と白いものを垂れ流す少女の死体。

 

 何度も見てきた光景だ。もはや、安心感を覚えてしまうほどに。

 しかしながら、初めて訪れる場所で見るのとは意味合いがまるで違う。

 あるはずがないのだ。否、自分はそれを消すためだけに生きてきたのだ。

 だが、現実はどこまでも残酷に彼の目に突き付けられる。

 

「なんだ、これは…っ」

 

 ―――そこに地獄がある。

 

 最大の効率と最少の犠牲をもって地獄を消してきたつもりだった。

 もう二度と、この地で地獄が起きることのないようにしてきたはずだった。

 だが、事実として地獄は再現した。繰り返された。目の前の人々が何よりの証拠だ。

 この地に来るのが初めてであればこれを見て、一刻も早く殺しを行おうとすら思えただろう。

 しかし、そのような感情など湧き上がってなどこなかった。あるのは絶望のみ。

 何故再び起きたかと考えるまでもない。答えなら既に出されているのだから。

 

「衛宮切嗣のやり方では……決して世界を救えない」

 

 こうして形として目の前に突き付けられ、再び理解させられた。

 何一つとして救えてなどいなかった。殺してきた。ただ、それだけだった。

 数でみれば大勢を救えた? そんなはずがない。

 誰一人として救っていないから再び争いが起きた。

 

 殺してきた者達に価値などなかった。価値があるのならば地獄の再現などあるはずがない。

 否、再現など断じてあってはならなかった。

 地獄を消すために罪のない人間を殺してきた。それが衛宮切嗣の人生。

 だというのに、地獄が再現したのならば、それは―――彼の人生の無意味さの証明。

 

「何も変わらなかった……僕のしてきたことは結局、人殺しでしかなかった」

 

 悟っていた。否、本物の正義の味方である少女達に悟らされていた。

 衛宮切嗣は結局、どこまでも利己的に己の欲望を満たそうとしたに過ぎない。

 誰かを救う過程を生み出すために心のどこかで彼らの絶望を望んでいた。

 己を正当化するために自分の行いの過程で誰かが救われていると信じていた。

 だが……目の前に広がる地獄こそが彼の行動の結果。

 何も変わることがなく、ただ争いは繰り返され、犠牲は増していくだけという結果。

 

「僕はこんな未来の為に…! 彼らを殺したんじゃない…ッ!」

 

 尊い犠牲の果てに戦争の終結を、その後の恒久的な平和を与えるつもりだった。

 しかし、平和など訪れるはずがなかった。

 残った悲しみ、怒り、憎悪が積もっていき五年もたたずに紛争は再び起きた。

 以前よりも激しく、何よりも終わりなど訪れぬ泥沼状態に。

 正義の味方(人殺し)が再びこの場に戻ってこなくてはならなくなるほどに。

 悲劇は繰り返され続けた。人は死に続けた。

 

「悲しいことを終わらせるために悲しいことをしても、悲しみしか残らないか……確かにその通りだ」

 

 思い出すのはなのはの言葉。自分はそれに対して少しはマシになると返した。

 だが、現実としてはどうであろうか。何が変わったのだろうか。

 寧ろ、自分が介入したせいで余計に酷くなったのではないのかとさえ思う。

 衛宮切嗣にできたことと言えば、根本的な解決ではなく先延ばしだけだろう。

 下手をすればそれすらも怪しい。

 

「どうしてこんなことに……」

 

 思わず零してしまった疑問。だが、答えなど初めから持っていた。

 誰がここまでの被害が出る惨状を生み出したのか?

 簡単だ。それは一人の愚かな男だ。救いようのない愚か者だ。

 

 誰かを救いたいというエゴを満たすために人の血を啜ってきた悪鬼だ。

 かつての戦場でエゴを満たしたというのに未だに足りずに再び戻って来た疫病神。

 まるで、死神のようだ。己で争いの種を蒔き、それが実ったところで刈り取りに来る。

 ご丁寧に我が身は救済者なのだと高らかに宣言しながら。

 

「正義というエゴを果たすために何人の命を喰らってきたんだろうな……僕は」

 

 切嗣は自虐のあまりに遂には笑いを零しながら歩きだす。

 以前と同じように最少の犠牲をもってして争いを止めるのが彼の役目。

 既にこのやり方では誰も救えないことは分かっている。

 武器を放り出して怪我人の手当てに奔走する方がよほど他人も自分も救われるだろう。

 だとしても、このやり方を貫き続けることしか彼にはできない。

 もしも、自身までもが今までのやり方を否定してしまえば犠牲になってしまった者を肯定する者が誰も居なくなってしまう。

 

 それだけは認められなかった。だからこそ、悪魔との契約を結んだ。

 いつか、彼らの死が価値あるものに変わる“奇跡”を信じて。

 全てを救うというこの目で目にした奇跡から背を背けて。衛宮切嗣は歩き続ける。

 世界そのものを滅ぼしかねない憎悪の全てを自分自身に向けながら。

 何度でも死体の丘を積み上げていく。

 

 

 

 

 

 ―――無数の骸が横たわっている。

 

 喉を抑え苦悶の表情のまま息絶えた者。助けを求めるように手を伸ばして力尽きた者。

 誰も彼もが生を失い、無様に崩れ落ちている場所。

 その中で、衛宮切嗣ただ一人が大地を踏みしめている。

 

 仕事は以前よりもスムーズに進行している。今回も革命軍側の主戦力を始末した。

 何故、再び革命軍なのかと言えば、この世界は管理世界に加入している。

 万が一に革命軍が勝った場合は管理世界から脱退する可能性もある。

 そうなれば管理局はこの世界から出ていかなくてはならなくなり、ロストロギアの発見が難航するだろう。

 

 それに現在の体制が崩れれば混乱は大きくなり、さらに犠牲が増えるだろう。

 犠牲が少なくなる方を選んでいるだけだ。

 だがそれは、所詮は建前に過ぎない。結局、人は死んでいく。

 彼は満足のいく生活を送っている者の利益を守るために火消しをするだけの身。

 そうしていれば、後は国が勝手に終わらせてくれるだろう。

 ―――死ぬ必要性のない人間を容赦なく喰い殺しながら。

 

「ここは随分とあっけなかったな。まさか食事に混ぜた毒薬に気づかないなんてね」

 

 食事に遅延性の毒薬を混ぜ、倒れたところに念押しで毒ガスを散布して命を奪った。

 こうしてここに立っているのは生き残りを“処理”するために過ぎない。

 正直のところ上手くいくとは思っていなかった。良くて一人ぐらいだろうと思っていた。

 

 本命としては倒れた一人に近づいてきた仲間を纏めて爆殺することであった。

 毒ガスはまとめて倒れたので使ったに過ぎない。

 結果としては楽に済んだがどうにも釈然とせず、罠かと疑ってしまう。

 しかし、やせ細った骸を見ていくうちに納得をした。

 

「……そうか、例え毒であっても飢えには勝てなかったか」

 

 兵士だというのに、主戦力だというのに痩せた体。

 勿論、道端で物乞いをしている者達に比べればマシだ。だが、それでも痩せている。

 それがこの国に足りないものを如実に表していた。荒れ果てた土地には作物も育たたない。

 動かぬ現状に焦り、どちらかが人も大地も腐らせる禁忌の兵器が使ってしまったのか。

 それとも、人が死に過ぎて作り手そのものが消えてしまったのか。

 どちらにせよ食料がない。当然、食べる物がなければ人は生きてはいけない。

 

 おまけにこちらは元々物資の少ない民衆側。僅かな食糧で食い繋いできたのだろう。

 その大切な食糧に衛宮切嗣は毒を盛った。食べれば死ぬ。食べねば死ぬ。

 そんな悪魔の選択を突き付けたというのに当の本人は気づきもしなかった。

 彼らが命の危機に晒されている中で何も感じもしなかった。

 余りの外道さと、悪辣さに笑いが零れてしまう。

 

「……っ」

 

 そこで小さな呻き声を聞く。生き残りかと思う前に体はキャリコをそちらに向けていた。

 ついで、視線を向けてみるとそこには蹲り、身体を震わせ、血を口から吐き出す少年が居た。

 年としては、はやてと同じ程度だろう。ただ、身体は栄養がないためにずっと小さい。

 運悪く死ねなかったのか、苦しそうに喉で風を切る。

 死にかけにも関わらず感じられる魔力から、彼が優秀な魔導士として取り立てられた存在だと分かる。

 

「……今、楽にしてやる」

 

 全身を駆け巡る毒の苦痛は並大抵のものではない。

 大の大人ですら悲鳴を上げて死んでいく代物だ。

 だというのに一言も叫んでいないのは叫ぶ力が残っていないから。

 初めから生きる気力を奪われているからだ。

 切嗣は楽にしてやろうと思いゆっくりと少年に近づいていく。

 苦しみを与えぬように脳に銃口を向け、少年を見下ろす。

 

「……何がいけなかったんだよ?」

 

 そこで少年が口を開いた。思わず警戒を上げる切嗣。

 しかし、少年の瞳には切嗣は映っていない。苦しみのあまりに譫言を呟いているのだ。

 すぐにでも殺して楽にしてやるべきだと分かっている。

 だが、身体は硬直して少年の言葉に聞き入ってしまった。

 以前であればこんなことはなかった。体が動きを止めることなどなかった。

 それが起きるのは彼自身が己の行動の無意味さを理解してしまったからだろう。

 

「こうしなきゃ……生きられなかったのに……何も悪いことはしていないのに」

 

 掠れた言葉が切嗣の心に突き刺さる。そうだ、彼は人を殺さなければ生きられなかったのだ。

 善悪の問題ではない。生きるためにはそれ以外の道がなかった。

 偶々、その道が人殺しであっただけの問題。衛宮切嗣のように自ら選んだのではない。

 年齢から考えればこの少年は以前の紛争で親を失い、人間兵器として拾われたのだろう。

 もしかすれば、かつて切嗣が殺した誰かの子供かもしれない。

 そして、少年は生きるために人殺しをするために育ってきた。

 

 何が正しくて、何が間違っているかを考える時間すら与えてもらえずに。

 彼を誰が悪人だと、邪悪な人殺しだと言えるだろうか? いや、言えるはずがない。 

 多くの者が彼と同じ状況になればそうする以外に何もできないだろう。

 この子は紛れもなく、衛宮切嗣が生み出してしまった被害者の一人。

 そのことが切嗣の心を深々と抉ってくる。

 

「僕が本当の意味で救いを行うことができていたら……この子はこんなところで死ぬ必要はなかった…!」

 

 少年は救われるべき人間だった。本当の意味で衛宮切嗣が救いたかった人間だ。

 だが、実際はどうであろうか。少年は善悪すら決める間もなく己に殺された。

 陽だまりにいる人間の生を守るために自分は救うべき、救われるべき者達を殺している。

 余りにも目指した場所とは違う光景に笑いすら起こってくる。

 犠牲にしてきた者達だけではなかった。数え切れない程の悲劇を衛宮切嗣は生み出していた。

 衛宮切嗣の行動で救われるべき人間までもが犠牲になっていっている。

 こんな行動はさっさと止めて、今すぐにでも自害した方がマシだろう。

 だが―――

 

 

「ごめんね……。君の犠牲は…絶対に! ―――価値あるものにするから…ッ」

 

 

 ―――それだけは、決してできない。銃声と共に、噴き上がる血を浴びながら切嗣は詫びる。

 自分は死ぬわけにはいかない。それは今までの、そしてこれからの犠牲への裏切りだから。

 彼らの犠牲を価値あるものにするには今まで通りに殺し続けていくしかない。

 その先に救いの道がなければ彼らは決して納得しない。

 だから、これからも死体の山を築き続けていく。

 それが―――

 

 

「間違っている……こんなことは間違っている。でも―――これしかできないんだ」

 

 

 ―――どうしようもなく間違っていることを悟っているのだとしても。

 

 衛宮切嗣が戦場を去って一ケ月後にこの地の紛争は終わりを告げた。

 だが、その三年後に紛争は再び起きたのだった。

 




今年の更新は多分これで最後です。
今年最後になんでこんな鬱を書いたのか……。
とにかく、皆様、良いお年を。



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七話:真夜中

 

 日付が変わり、多くの家で明かりが無くなる時間。

 そんな中でも八神家の一室では明かりが灯ったままだった。

 今では八神家の主となってしまったはやての部屋だ。

 

「うーん……古代ベルカ語がこない難しいなんてなぁ」

 

 聖王教会の方でもらった古代ベルカ語の教本の上に倒れこみながらはやては愚痴る。

 元々勉強は得意な方ではあるが、並行して現代ベルカ語とミッド語を覚えていれば混乱もする。

 話すだけならば苦労はないのだが読み書きの為にはどうしても必須になる。

 おまけにはやての立場は古代ベルカの継承者であり、最後の夜天の王。

 色々とお偉いさん方にお呼ばれする機会も多い。早く覚えないと色々と問題が生じる。

 故に、闇の書の事件から半年がたった今現在、こうして絶賛勉強中なのだ。

 

「はやてちゃん、入ってもいいですか?」

「シャマル? ええよ」

 

 軽くノックをしてからシャマルが入って来る。

 こんな時間になんだろうかと思うはやてにシャマルはお茶の入ったお盆を見せる。

 夜食というわけではないだろうが休憩しようということなのだろうと納得してはやては本を閉じる。

 

「おおきにな、シャマル」

「頑張るのはいいんだけど、あんまり根を詰め過ぎないようにね」

「あはは、これくらい大丈夫や。もうちょいしたら寝るしな」

 

 お茶を渡しながら、少し困ったように心配するシャマル。

 そんな顔にはやては苦笑いをしながらお茶を一口すする。

 相手が自分のことを心配してくれているのは分かるのだがどうしてもやめられないのだ。

 

「もう、昨日も同じこと言っていたのに遅かったですよね?」

「そうやったけ?」

「はやてちゃんは成長期なんだからしっかり寝ないと大きくなれませんよ」

 

 笑って誤魔化そうとする主に少しため息を吐きながらシャマルはベッドに腰掛ける。

 どうにも最近、というよりは些か長い期間、はやては寝る間も惜しんで魔法関連の勉強をしている。勤勉なのは良いことなのだが健康に問題が出ないか心配だ。

 特にはやては十歳になったばかり、この時期の睡眠はとても大切なものだ。

 厳かにしていいものではない。

 

「せやけど、やらんといけんことが一杯あるし……」

「でも、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。言葉は自然と身につくものですし。それに私達が傍にいるからしばらくは読めなくても問題はないです」

 

 ゆっくりと、優しく、理を解くように説得を行うシャマル。

 朝と昼はようやく再登校でき始めた学校。夕方は場合によっては管理局の仕事。

 そして夜に勉強では、いくら体があっても足りない。

 まだ、幼いために自身の疲労について気づかないであろうが間違いなく疲労は溜まっている。

 それを解消させるのが周りにいる自分達の仕事だとシャマルは思う。

 

「でもなぁ……この子のこともあるし。早よ、私も融合機について調べられるようにならんと」

「……リインフォース」

 

 しかし、はやても譲らない。剣十字のペンダント、リインフォースの欠片を握り、思いを語る。

 様々な事柄があれから進んでいく中で一つだけ変わらないものが彼女のことだ。

 新たな魔導の器として生を与えたいのだが、古代ベルカの融合機というオーパーツ級のデバイスだ。型があるとはいえ、作業は難航している。

 聖王教会の伝手や、無限書庫のユーノにも手伝ってもらっているが現状行き詰っている。

 

「みんなに手伝ってもらうだけやのーて、自分でも調べられるようにならんと」

「そう…ですね。でも、これだけは分かってください」

「なんや?」

「リインフォースの願いははやてちゃんの幸福。そのはやてちゃんが自分せいで体を壊すなんてことになったら悲しみます」

「そう言われると……敵わんなぁ」

 

 眉を下げて困ったように笑うはやて。

 彼女とて、自分の活動がオーバーワーク気味だというのは分かっている。

 しかし、頭でわかっていたとしても心がどうしても急かしてくるのだ。

 早く融合機を復活させなければならない。早く養父の後を追わねばならないと。

 

「とにかく、今日はもう寝ましょう。明日はグレアムさんも来ますし」

「あ、そっか。お茶菓子とかちゃんとあった?」

「はい、昼間の内に買ってきておきました」

 

 切嗣が消えたことで八神家の情勢は大きく様変わりしていた。

 何せ、家主が居なくなってしまったのだ。

 財産管理や、その他諸々のことに支障が出かねなかった。

 そんな時に訪ねてきたのがグレアムとリーゼ達であった。

 訳も分からぬ間に深々と頭を下げられて謝られて事情を聴かされた。

 その件に関してははやては一切咎めることなく許したが、財産管理などの件については世話になった。

 

 元々、グレアムがその財産の大部分を出費していたのもあり、その後の財産管理、土地の管理などを引き受けてもらった。

 一番ははやてが管理するのが理想であるが、日本では子どもにはできない。

 守護騎士達も日本での戸籍を持っていないために不可。

 そこで、管理局を自主退職したグレアムに白羽の矢が立ったのである。

 

「グレアムおじさんってやっぱり紅茶とかにうるさいんかな?」

「イギリスの人ってそうでしたっけ? でも、はやてちゃんが淹れてくれた紅茶なら喜んでくれると思います」

「そうやったら、嬉しいなぁ。……お爺ちゃんってこんな感じなんかな」

 

 今は故郷のイギリスで暮らしているが、つい先日にあったはやての誕生日を祝う為に来てくれるのだ。

 初めこそ、騎士達もグレアム達も気まずげな空気を漂わせていたがはやての仲介によりそれも大分中和されている。

 それに何よりも、グレアムが絵に書いたような優しいおじさんだったこともある。

 重責から解放されて本来の性格に戻れたグレアム。

 その姿からはやては、優しい人間ほど冷酷になれるのだと養父の面影を垣間見た。

 

「それに、おとんの話も聞けるしな」

「お父さんの昔話ですね……」

 

 何よりも、グレアムは最も古くから切嗣を知る人物である。

 養父の本当の人柄を知る上でも、追いかけるための情報を得るためにも非常に有益である。

 父親の昔を知っている人物という点ではグレアムはまさにはやての祖父に当たるような役割を担っているのかもしれない。

 

「ま、それやったら早よ寝んといけんな」

「はい、お休みなさい」

「お休みな、シャマル」

 

 湯呑をシャマルに手渡し、大きく背筋を伸ばすはやて。

 今日やり残したことは明日にやろうと、本に栞を挟み閉じる。

 そして、自らの足でしっかりと立ち上がりヴィータが眠るベッドに向かう。

 

 

「……おとん、私一人で歩けるようになったんよ」

 

 

 ボソリと寂しげに呟きベッドの中に潜り込む。

 そのまま目を閉じていると、寝ぼけているのか、ワザとなのか。

 ヴィータが慰めるようにはやてに抱き着いてくるのだった。

 

 

 

 

 

 ある管理世界のホテルの一室で切嗣は黙々と世界情勢の書かれた資料を読んでいた。

 時折、あまりにも愚かすぎる人間の業を見て眉を顰めるが、それ以外では表情の変化はない。

 部屋には切嗣以外の人間はおらず、沈黙だけが支配している。

 しかし、それを破る声が響いてくる。

 

『次はどの世界に行くのだ、切嗣?』

「マリドーラという世界だ。管理世界ではあるが、昔から小さな民族紛争が絶えない場所だよ」

『……哀しいな』

 

 哀しい、仮の器に入ったリインフォースはそう呟く。

 それは何千年と続く、終わらぬ人の争い。

 そして、再び誰かを殺さなければならない彼の残酷な宿命に対しての言葉。

 

「本当にね。人類は石器時代から何一つ変わっちゃいない。まあ、僕が言える立場じゃないけどね」

 

 作業の手を止めて、自嘲気味に笑う切嗣。

 その姿にリインフォースはさらに哀しい気持ちに襲われる。

 この半年ほど近くで彼を見続けてきたが、彼は自分自身を欠片も愛してはいない。

 叶うことなら今すぐにでもその心臓を引き裂いてしまいたいと願っているのだ。

 それでもなお、生き続ける切嗣の姿は直視できるものではなかった。

 

『……今回も私を置いて行くのか?』

「当然だ。君の安全を守るのが契約だ。戦地に連れていくような馬鹿なマネはできない」

 

 普段は基本的に切嗣がリインフォースの傍にいることになっている。

 しかしながら、切嗣はリインフォースを決して戦場には連れて行かない。

 確かに、彼の言うように守るならば戦場に連れて行かないのが普通だろう。

 

「あの男は自分から提示した契約は守る。それにウーノはまともな方だ。不自由な思いはさせているが、君に害を及ぼすことにはなっていないだろう?」

『それに関しては、問題はない。彼女ともある程度打ち解けてきた』

「そうかい、それは良かった。あと半年もすればスカリエッティが君の体を再現させるはずだ。そうすればはやて達の元に返してあげられる」

 

 だが、リインフォースは切嗣がワザと連れて行かないようにしているように感じられた。

 それは自分の汚い行いを見せるのを嫌がるように。

 間違いを犯し続けているのを責められるのを嫌がるように。

 まるで、子どもが親からいたずらを隠そうとしているかのように感じられるのだ。

 

「そうだ、この前送った映画や音楽はどうだった?」

『ああ、楽しませてもらったよ。永劫の時を旅してきて、全てを知ったつもりになっていたが、こういった娯楽に関しては疎かったようだ。世界というのは広いのだな』

「うん、世界は本当に広い……」

 

 少し、満足気な笑みを浮かべながら彼は遠くを見つめる。

 彼は人間の愚かさを憎んでいる。犠牲なくしては生きられぬ(さが)を呪っている。

 だとしても、彼は人間が大好きなのだ。人類を愛しているのだ。

 まさに愛憎が入り混じった感情を抱き続ける人間らしすぎる心を持つから苦しむ。

 もしも、聖人のように愛だけを持てていれば。狂人のように憎しみだけを持てていれば。

 こんなにも苦しむことはなかったであろう。

 ごく普通の人間だからこそ、現在の衛宮切嗣になってしまったのだ。

 

『いつかは、広い世界を実際に見聞きしたいものだ』

「そうだね、はやて達の元に帰ってから思いっきり人生を謳歌してくれると僕も嬉しい」

『…………』

 

 ああ、またこれだ。リインフォースは内心で小さくため息を吐く。

 切嗣は完全に自分が人生を楽しむことを放棄している。

 あくまでも、他人の幸せを祈ることしかしていない。

 そのことがどうしてもリインフォースには許せなかった。

 

『お前は人生を楽しむということはしないのか?』

「僕が? 人の人生を奪い続けている人間に人生を楽しむ権利なんてあるわけがない」

『それで、お前は自分が切り捨てた人生を私に送らせようとしているのか?』

「…………」

 

 返事はなかった。しかし、それが答えであった。

 衛宮切嗣がここに至るまでの間に切り捨ててきた人の営み。

 それこそがリインフォースに対して身に付けさせようとしているもの。

 日に日に人間らしくなる彼女に対して、徐々に感情を削ぎ落としていく彼。

 まるで、己の魂を分け与え、人形に命を与えようとしているかのような光景。

 太陽に追いつこうと必死に追いかける月のように決して距離は縮まらない。

 

『私は人としての幸せを願った。そしてお前はそれに応えてくれている。だが、同時にお前を見ていると何が幸福かが分からなくなってくるのだ』

「……まあ、僕程捻くれた人間もいないだろうしね」

『お前は誰もが望むであろう、一般的な幸福を私に教えている。しかし、人の幸福とは本当にそれだけなのか? 人間の心とはもっと複雑で怪奇なものではないのか?』

 

 リインフォースの問いかけに切嗣は何も返さない。

 部屋には痛々しい程の沈黙だけが息をしている。

 切嗣は黙ったまま、煙草の箱を取り出し、開けようとして手を止める。

 しばらく所在なさげに箱を見つめていたが最後にはため息をつき、ポケットに仕舞い込む。

 

「そこまで考えられるのなら君はもう立派な人間だよ、リインフォース」

『お前は返事に困ると別の言葉で誤魔化す癖があるな、切嗣』

「ははっ、まるで探偵でも相手にしている気分だよ」

 

 肩をすくめ小さく笑う切嗣。この時ばかりはリインフォースに体がなくて良かったと思う。

 もし、体があったのならあの吸い込まれるような紅い瞳で全てを見透かされたような気分になっていただろう。

 

「確かに君の言う通り、人間の幸福は単純なものじゃない。誰かを笑顔にさせることが幸せな人もいれば、誰かを絶望させることが幸せな人もいる」

『ということは、私に教えている幸福は不完全なものだと?』

「それも少し違うかな。僕から見れば君に教えている幸福は完璧だ。でも、僕以外から見れば変わる。結局のところ、人の幸福はその人が何を望むかで大きく変わるから自分で見つけるしかない」

 

 つまりは、切嗣は様々なサンプルを見せ、そこから自身の幸福を考え出せと言っているのだとリインフォースは解釈する。

 己の目で、心で望む幸福を探す求道の道。

 ひょっとすると、それこそが人生なのではないかとも考える。

 尤も、求道の果てに見つけた幸福が酷く歪んでいる人間もいるかもしれないが。

 

「僕は契約通り、君が人としての幸せを見つけ出すまでの手伝いをする。それが、僕の思い描く幸福と違っても止める権利はないから安心してくれ」

『……分かった。その言葉をよく覚えておこう』

「さ、大分時間が経ったみたいだし、僕は二時間ほど寝るよ」

『ああ、お休み』

 

 時計は既に夜中の三時を回っており、曇りの為か空には星の光すらなかった。

 切嗣が布団もかけずにベッドの上に倒れこむのを見ながらリインフォースは考えるのだった。

 自分にとっての幸福とはいったい何なのかと。

 

 




シリアスの書きすぎでネタが書きたくなった。
はやての卒業式でスコープ越しから号泣するケリィとか書きたい。
イノセント世界でのんびり店番するケリィも書きたい(錯乱)


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八話:会話 ☆

あとがきにおまけあり。


「ふーむ……これは中々に歯応えがあるね」

「ドクター、リインフォースの件で何か不都合でも?」

「いやいや、彼女の方は非常にスムーズに進んでいるよ。あと少しで完全復活だ。私が悩んでいるのは新しい家族のことだよ」

 

 スカリエッティと同じ髪の色をした彼の娘であるウーノの問いかけに彼は軽くタッチパネルを叩きモニターに件のものを映し出す。

 役割がスカリエッティの秘書と世話であるウーノは一目見ただけで納得する。

 そこに映っていたのは培養槽の中に浮かぶ衛宮切嗣の姿であった。

 

「衛宮切嗣の遺伝子で新しい家族を創るつもりですか?」

「そのつもりだったんだがね。どうしても適合率が低くくてね。クローン培養だとどうしても行き詰ってしまう」

「純粋培養にはなさらないのですか? いえ、彼のスキル狙いですか」

「その通り。だが、どうにも彼は細胞の一粒に至るまで私を嫌っているようだ」

 

 大げさに肩をすくめて見せるスカリエッティだがウーノは特に反応を返さない。

 スカリエッティが今進めている研究、『戦闘機人計画』人と機械が融合した新しい生命体。

 機械の部分は作ればどうにでもなるのだが、肉体の方は元となる細胞、遺伝子が不可欠だ。

 それ故に彼をもってしてもこうして難題にぶつかることがある。

 しかし、彼にとってはこのぐらいの歯応えがある方が、楽しみがいがあるのだ。

 

「しかし、何故、彼のスキルにこだわるのですか。高速機動なら、トーレのインヒューレントスキルで十分なのでは?」

 

 彼女達、戦闘機人にはそれぞれ先天固有技能、IS(インヒューレントスキル)が備わっている。

 どれもが非常に強力な能力であり、彼女達の最大の武器と言っても過言ではない。

 そして、この能力はクローン培養であれば元となった人間のレアスキルなどを継ぐことも可能となる。

 

 しかしながら、元々の人間と機械の相性にもよるのかその場合は成功率が低い。

 特に切嗣に関してはもはや、意志を持っているのではと感じられるほどに相性が悪いのだ。

 その点、純粋培養であれば狙った能力は出しにくいが成功率は上がる。

 こちらであれば、切嗣の遺伝子を使うことも不可能ではない。

 だが、それではスカリエッティが望む能力は付与できないのだ。

 

「んん、思い違いをしているようだが、彼のレアスキルは高速機動ではないよ。あれは体内時間の操作だ。現に彼はあれを用いて心臓の鼓動を三分の一にまで遅くしたりしているからね」

「そうでしたか。しかし、それでも彼のスキルはリスクが大きすぎるのでは?」

 

 ウーノがもっともな意見を出し、それにスカリエッティも頷く。

 確かに、切嗣の固有時制御はお世辞にも使い勝手がいいとは言えない。

 そもそも、彼自身が普通の移動魔法が使えるのなら使わないと断言する代物だ。

 魔法では到達できない速度に到達することも可能だが、そのリスクが骨折では割に合わない。

 

「だが、ウーノ。少し考え方を変えてみてごらん。彼は移動魔法とレアスキルを併用して使うことができないが、私達の新しい家族ならば可能になるのではないのかい?」

「つまり、究極の機動特化型の誕生ですか」

「そう。もっとも、トーレが居るから機動特化はあまり必要ではないかもしれないがね」

「なら、やはりそこまでしてこだわる必要はないのでは?」

「確かに。しかし、私が本当に着目しているのはそこではなく、時間を制御するという力だ」

 

 随分と回りくどく、答えにたどり着くまでに時間を掛ける話し方をするスカリエッティ。

 もしも、相手が切嗣であれば無視をして部屋から出ていくレベルだが、ウーノは気分を害することもなく静かに聞く。

 その様子は彼女が自身の存在理由はスカリエッティに仕えることだけと思っているのを如実に表している。

 

「時を思うがままに支配し、改竄する。それはまさに神の所業ではないかね?」

「確かに、そういった見方をすることも可能です」

「その通り。もしも、もしもだよ。彼の力を彼以外の物に付与できたとしたら素晴らしいとは思わないかね。既に死んだ者すら巻き戻し、蘇らせる。己以外の全ての時を止める。永劫の時を一瞬にして味合わせ、塵だけにする。勿論、自身の不死化も簡単だ」

 

 長々と演説を行い、疲れたのか少し咳をするスカリエッティにウーノが水を差しだす。

 彼はそれを一口程、口に含み一息をつき再び口を開く。

 

「ようするにだ。私は戦闘機人すら超えた生命体、いわば―――神を作り出してみたいのだよ」

「神……ですか」

「そう、神が人を生み出したのだとほぼ全ての宗教では言われている。しかし、私は知っている。人を生み出すものは人以外にあり得ないのだと。なら、人が神を創り出すことも不可能ではないのではないのか?」

 

 余りにも飛躍した話にここにきて初めて驚いたように目を見開くウーノ。

 一方のスカリエッティはまるで子供のようにキラキラと瞳を輝かせ、不気味に笑っている。

 そのギャップは常人が見れば鳥肌が立つほどのものだが、娘である彼女からすればむしろ落ち着くものであった。

 

「ドクターが目指すのならば可能でしょう」

「くくく、そう言ってくれるかい。嬉しいよ」

「しかし、今は妹達とリインフォースの件に集中してください。横道にそれてばかりでは進めたいものも進められません」

「む、それもそうだね。大切な娘達と客人の為だ。気持ちを入れなければね」

 

 少したしなめられるように言われて真顔に戻るスカリエッティ。

 それを澄ました顔で見つめながらウーノは実験のデータの分析と整理を行い始める。

 彼もまた、作業を始めようとディスプレイに目を戻すがふと、あることが気になり声をかける。

 

「ところで、ウーノ。君はやけにリインフォースのことを気にかけているように見えるのだが、私の気のせいかい?」

「いえ、気のせいではありません」

 

 スカリエッティは、彼女のはっきりとした肯定の答えに少しばかり驚く。

 基本的に冷静沈着な彼女が誰かに肩入れするというのも珍しいと思いさらに尋ねる。

 

「それはなぜだい?」

「そうですね……。以前、彼女に幸福とは何かについて問われ、ドクターに仕えることが全てと答えたら、高い共感を感じられたからでしょうか」

 

 誰かに仕えることが幸福という考えはデバイスであったリインフォースには理解しやすい幸せであったのだ。

 その為か、その在り方を称賛し尽くした。

 結果として、ウーノの方もリインフォースに好印象を抱き、良好な関係を築くに至ったのだ。

 それを聞いたスカリエッティは心底愉快そうに笑い、愛おし気に娘を見やる。

 

「くくく、そうかね。確かに、君達は誰かに仕えるという点では似通っているとも言える。私の方もいつも感謝しているよ」

「恐縮です」

 

 お互いに少しばかり笑って言葉を交わし、二人は新たな作業に戻るのだった。

 無数の命を弄んで得たデータを纏めるという作業に。

 

 

 

 

 

 木と木がぶつかり合う甲高い音が響く。

 音の出所に目を向けてみれば、一人の女性と少女が剣の稽古をしているのが見えるだろう。

 木と木がぶつかる音の正体は木刀同士の衝突音である。

 

「もらった!」

「まだ、踏み込みが甘いですよ、主」

「のわっ!?」

 

 少女、はやてが機と見て一気に勝負に出るものの、それは女性、シグナムの前では無意味。

 軽くいなされ、お手本を見せるかのように理想的な踏み込みで内に入り、木刀を弾き飛ばす。

 空しく宙を舞う自身の木刀を慌てて追おうとしたところでシグナムの木刀が突き付けられる。

 

「はぁ……降参や。また、負けてもうた。やっぱ、シグナムは強いなぁ」

「恐縮です。しかし、主も初めの頃より成長なされています」

「そか、ほんならもう一本や!」

「はやてちゃん! そろそろ休憩してください。もう三時間も続けているんですから。シグナムもちゃんと考えてやって!」

 

 さあ、もう一勝負といったところでシャマルの雷が落ちた。

 普段は怒らないシャマルに、はやてもシグナムも驚き条件反射で頷いてしまう。

 もしも、これがシグナム単独であればシャマルも特には言わないであろうが今回ははやてがいる。

 日常生活に支障なく歩けるようになったとはいえ、何年も歩いていなかった足にはまだ必要な筋力は備わっていない。

 やりすぎれば怪我の元になりかねない。

 

「はやてちゃんはまだ子供なんですから、急激に鍛えると背も伸びなくなりますよ」

「それは、堪忍やなぁ。……はぁ、早よ、大人になれればなぁ」

「そう思うならちゃんと休憩してください。……でも、どうして急に剣なんて習い始めたんですか?」

 

 またしても笑って誤魔化そうとするはやてにため息をつくシャマル。

 そして、何故はやてが今まで興味を持つこともなかった剣を習い始めたのか疑問に思う。 

 シグナムに関しても主の命、それに加えはやてが剣に興味を持ってくれたということで二つ返事で教えることを了承したので理由は知らない。

 

「つよーなりたいんや。その為なら何でも試してみんと」

「主はやて……そういうことでしたら私も全身全霊をもって主を鍛えさせていただきます。しかし……」

 

 真剣な眼差しで思いを語るはやて。その思いは現状に対する焦りも含まれてはいるが、何よりも目標への強い想いが根底にあるものだった。

 シグナムもその想いを感じ取りいっそう真剣な言葉で応える。

 しかしながら、あることを理解しているために少しばかり言葉を濁す。

 はやてもそれに気づかぬ程鈍い少女ではない。

 

「遠慮せんで言ってええよ、シグナム」

「はい。では、失礼ですが、主はやてには剣の才能は有りません。勿論、全く無いというわけではありませんが、それを獲物とするのは困難かと」

「はやてちゃんの適正はリインフォースと同じ広域殲滅型です。私達は元々、それぞれが一つの芸に特化した存在ですし」

「そっかぁ……そうやなぁ」

 

 二人に説明をされてどこか納得のいったような顔をするはやて。

 守護騎士はそれぞれが各々の長所を生かし、欠点を補うことを想定して作られた存在。

 ベルカの騎士は一対一でこそ、その真価を発揮する。

 しかし、彼らは例外的に高度なチームワークを持つことを許された存在でもある。

 

「私達四人と、主はやて。それらが揃えば隙は存在しません。故にご自身の適正である広域魔法を重点的に学ぶのが強くなるための一番の近道かと」

「そやな、シグナムの言う通りや。やけど私は学ぶよ。シグナムだけやなくてヴィータや、ザフィーラ、シャマルからもな」

「どうしてですか、はやてちゃん?」

 

 自分達、騎士達の技能を一通り学ぶと言うはやてに二人は驚き尋ねる。

 それは決して不可能というわけではないが時間もかかる上に険しい道だ。

 先ほども言った通り、はやては広域魔法を修めるだけで十分強くなれるのだ。

 劣っている部分を他の部分でカバーすることもできる。

 だが、彼女はさらに上を目指すと言うのだ。

 

「私は夜天の主や。やから、みんなの力を身をもって知っときたいっていうのとな。一人で戦うことになった場合の引き出しが欲しいんや」

「単独での戦闘ですか。私達の力だけでは不安でしょうか」

「ちゃうよ。今はみんなが一緒のことが多いけど、そのうちバラバラになって仕事に出ることも多くなる。その時の対処の為やな。後は……」

 

 一旦言葉を切り、喉を鳴らすはやて。

 その仕草に重大な発表があるのかと身構えるシグナムとシャマル。

 たっぷりとタメを作った後にはやては口を開く。

 

「おとんと戦う時の為の備えや」

「お父上と……ですか?」

「うん。賭けてもええけど、おとんのことやからこっちの長所を潰しに来る。みんなで揃ってる時には逃げるやろうし、一人ずつ襲いに来るに決まっとる」

「そ、それは……どうなんでしょうか」

 

 はやての父親に対する間違っているようで的確な信頼に思わず苦笑いを零すシャマル。

 シグナムは否定しようかとも思うが切嗣の前科が前科の為に何も言えずに困った顔をする。

 一方のはやてはと言えば、養父の卑劣さを思い出しているのか、うんうんと頷いている。

 

「そうなった時に逆にとっちめて、みんなの前に引きずって来るには近接戦も鍛えんといかんのや。勿論、メインは広域魔法やけどな」

「そういうことでしたら……分かりました。私も協力します、はやてちゃん」

「おおきにな、シャマル。ん? でも、よう考えたらシャマルの補助系は近接戦には役に立たんかも……」

 

 そう言えばと思い出したように呟くはやてに目に見えてショックを受けるシャマル。

 その様子にシグナムも面白がりさらにからかう様にポンと彼女の肩を叩く。

 

「ふ、残念だったな、シャマル。安心しろ、主の鍛錬は私達(・・)が責任をもって行う。お前はしっかりと応援をしてくれ」

「そ、そんなぁー。私もはやてちゃんに教えられることはたくさんあります!」

「ふふふ、冗談やよ。ちゃんといろいろ教えてもらうからな、シャマル先生(・・)

 

 その後、しばしば騎士達から戦闘訓練を受けるはやての姿が目撃されるようになった。

 しかし、その分、はやての休息の時間が減りシャマルの頭を痛ませるのだった。

 




おまけ~イノセントに切嗣が居たら~


題名 「私と家族の一日」 三年二組 八神ヴィータ

 八神家(うち)の朝は早い。一番の早起きはシグナム。
 次にはやてとアインスが起きて朝ご飯を作り始めるころにあたしが起きる。
 一番遅いのはいつも切嗣だけど、偶にシャマルが寝坊する。
 起きたらザフィーラと一緒に朝の散歩。
 ザフィーラはあたしを乗せたまま走れるすげー奴。
 偶に切嗣とも散歩に行くけど、近所の爺ちゃん達みたいにのんびり歩く。
 でも、色々なところに旅行に行った話をしてくれるから、全然退屈じゃない。

 散歩から帰ったら朝ご飯。はやての作るご飯はいつでも美味しい。
 はやては料理の天才だと思う。ご飯を食べたらシグナムとシャマルは大学に行く。
 あたしも学校、はやてとアインスはお店に行くんだけどアインスは偶にソファでうたた寝してることがある。
 夜遅くまで勉強頑張ってるのはすげーけど、ちょっと心配。
 でも、そんな時はいつも切嗣が何も言わずにアインスに毛布を掛けて自分が八神堂(お店)に行く。
 普段はちょっと情けないけど、こういうところはかっこいいと思う。

 学校から帰ったら、八神堂(お店)の二階で宿題をする。
 ここは何でも揃っていてまるで秘密基地。あたしのお気に入りの場所だ。
 ただ、みんなが帰ってくるとかまってくるので偶に大変。
 切嗣とアインスはアイスを持って来たり、シグナムは外で遊ぼうと誘って来たり。
 シャマルはあたしの好きじゃないフリフリの服を着せに来るから一番大変。
 宿題中ぐらいおとなしくしててほしい。

 宿題が終わったら塾か自由時間。
 この日は塾がお休みだったからBD(ブレイブデュエルのデッキ)の強化案を考えた。
 八神堂はベルカスタイルのBDオーナー店。
 ショッププレイヤーとして強くなるのも大事なお手伝い。
 ショッププレイヤーと言えば切嗣だけが家で入っていない。
 おじさんには辛いって言っているけどBD自体は上手いから不思議。

 夕方、この日はシグナムと一緒にアインスを夜間学校まで送った。
 帰りはスーパーで晩御飯の買い出し。
 買い物をしながらシグナムにもっと家にいてもいいと言ったら、笑いながら頭を撫でられた。
 いまいち、よくわかんない。
 帰ったらお風呂に入って、それから晩ご飯。

 はやてのご飯はやっぱりギガうま。食べ過ぎちゃうけどしょうがない。
 ただ、シャマルがお手伝いしたときはたまに凄いのが混じってるから油断できない。
 今日は麻婆豆腐の唐辛子の量が凄いことになっていた。
 あたしとシグナムは一口でギブアップ。ただ、切嗣だけが凄い勢いで食べていた。
 しかも、おかわりまでしていた。はやては男を見せたって言ってたけどなんだか違う気がする。

 ご飯を食べてのんびりしているとザフィーラとアインスが帰ってきた。
 いないと思ってたら迎えに行ってたっぽい。やっぱりザフィーラは凄い。
 でも、残った麻婆豆腐を食べてもらったらぐったりしていた。やっぱり、切嗣が変だと思う。
 だんだん眠くなってきたから今日も早めに寝る。あたしはいつもはやてと一緒に眠る。

 いろんな事があって一緒に暮らしてる。誰も血の繋がりはない変わった家族だけど。
 毎日楽しいし、幸せだから―――



「『世界で一番の家族だと思う』…かぁ。ありがとうな、ヴィータ」

 ヴィータの作文を読み終えた八神家の面々は微笑まし気に静かに寝息を立てるヴィータを見やる。
 但し、ただ一人、切嗣だけは感動の涙を流し続けているが。

「おとん、どうしたん?」
「いや……僕は幸せだなって思ってね」
「なんや、大げさやなぁ」
「ははは、そうだね。でも……本当に幸せだ。ありがとう、みんな」

 涙を拭いながら噛みしめるように幸せだと何度も呟く切嗣。
 その涙の意味を家族は理解できないが本心だということだけはわかるので頷く。
 彼らにとって切嗣は本物の父親のような存在なのだ。
 “家族だけの正義の味方”。それが彼らにとっての八神切嗣だ。

「ところで、あの麻婆豆腐をどうやって食べきったんや? ザフィーラが次の日の散歩を辞退するほどの代物やったのに」
「ん? だってあの麻婆豆腐は美味しかったじゃないか」
「え?」
「え?」

 ただ、最近どうしても理解できない部分ができたとか。

~おわり~



 おまけのおまけ

「なぁ、おとん。お風呂に入っとったらいきなり魔法少女のステッキが―――」
「スカリエッティのラボにでも捨ててきなさい」

 完

次回はスカさんの乱入時に颯爽と現れる正義の味方ケリィを書きます(冗談)


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九話:雪

 闇の書の事件よりおおよそ一年が経った冬のある日。

 一人の女性が改めてこの世界に足を下ろそうとしていた。

 名はリインフォース。祝福のエール、幸福の追い風。

 

「気分はどうだい? リインフォース」

「ああ、悪くはない。しかし、不思議な気分だ。まるで生まれ変わったようだ」

「そうか、君に問題がないなら……安心だ」

 

 新しく作られた肉体の動きを確かめるように手を開いたり、閉じたりするリインフォース。

 その様子にホッと胸をなでおろす切嗣。しかし、すぐに表情を引き締め、バイタルデータを取っているスカリエッティに冷たい声を出す。

 

「彼女の体に何も仕込んでいないだろうな、スカリエッティ」

「くくく、そんなはずがないだろう? せっかくの貴重なサンプルに異物を混ぜればサンプルの価値が無くなってしまう」

「そうかい、それは良かった。ただ、これ以上彼女を物扱いするようなら眉間に風穴があくぞ」

「くふふふ。君ともあろうものが随分と“彼女”にご執心のようだ」

 

 向けられた混じり気一つない純粋な殺意にもスカリエッティは嗤うばかりである。

 それどころか逆に皮肉を込めて切嗣をからかい、さらに煽る。

 まさに、一触即発という空気ではあるがこの二人が揃えばいつものことなのでウーノもリインフォースも特に仲裁を行うなどはしない。

 

「しかし、調べれば調べる程に不思議なものだ。融合機に人格を与えるのは理解できる。人格が二つあれば思考の死角はなくなるからね。しかし、何故肉体を与えたのだ?」

「それは私にも分からない。旅する魔導書には必ずしも必要な能力ではないからな」

「ふむ、君の言う通りだ。インテリジェントデバイスのように人格を与えるだけで十分君の役目は果たせる。それにもかかわらずだ。製作者は貧弱な人間の体を君に与えた。何故だ?」

 

 管制人格が人間の姿をとる必要などない。ましてや、食事をとる機能など無駄なだけだ。

 肌の温かさを与える血を流す必要もない。激しく動悸する心臓もいらない。

 涙を流す機能も作るだけ無駄である。だが、製作者は人に近づけた。

 単独で戦わせるという意図であれば人の姿は脆弱でしかない。

 カラスかドーベルマンの体を与えた方がまだ使い道があった。

 だが、製作者は頑なに人を作り続けた。戦うことを目的として作った守護騎士でさえ。

 守護獣であるザフィーラにすら人の姿を与えた。それは無意味なことでしかない。

 

「ドクターのように人間そのものに興味があったのでは? 人は有史以前から人を真似たものを作ってきています」

「なるほど、私のように純粋に人の姿をとることに興味を持っていた。実に研究者らしい理由だ。各地の魔法を調べる程だ。よほど勉強熱心だったのだろう。できれば会ってみたいものだ」

 

 ウーノの発想にそれが妥当なところかと手を打ち、パネルに目を戻す。

 しかし、後ろで切嗣がバカバカしいとばかりに鼻を鳴らしたことで振り返る。

 何も苛立ったからではない。寧ろ面白そうに、興味が湧いたと心の底から異形の笑みを浮かべながら。

 

「おや、不満そうだね。では、君の考えはどうなのか聞かせてもらえないかい?」

「……旅をする魔導書。だが、所詮は魔導書だ。一人で旅をすることなどできない。それに幾ら蒐集してもそれを研究する人間が居なければ意味がない」

「では、自己研究を行えるようにしたのが彼女だというのかい?」

「違う」

 

 短く、吐き捨てるように否定しリインフォースの方を見る切嗣。

 彼女の方は何があるのかと少し不思議そうな顔で彼を見ている。

 こんな表情をできる彼女が道具として作られたわけがないと彼は確信している。

 そもそも、心という器がなければ感情は宿らない。零れて消えていくだけだ。

 機械には心という器がない。だが、彼女達にはその器がつけられていた。それは何故か。

 

「旅をする人間、主の為の存在だ。人間にとっての恐怖は飢え、寒さ、外敵などがあるが、仮に一人で旅をする時に最も恐ろしいことは孤独だ。それを無くす為の機能だ」

「つまり、どういうことだい?」

 

 一旦、口を閉じ、想いを込めるように。

 内に持った気持ちを吐き出すように切嗣は声を絞り出す。

 

 

「彼女達は夜天の主の―――家族になるために生み出されたんだ」

 

 

 彼女達の本来の役目は主の家族となること。

 そう言い切った切嗣にリインフォースは目を見開き、見つめる。

 誰もが切嗣を見つめ言葉を発することができない。

 しかし、こういった沈黙を破るのはやはり狂った人間だと相場が決まっている。

 

「くくく! あはははは!! 素晴らしい! 実に素晴らしいッ!!」

「……ちっ」

「ああ、盲点だったよ。私自身が愛すべき娘達を、家族を創りだしている身だというのに。これが灯台下暗しというやつかね」

 

 まるで素晴らしい劇を見終わった後のように拍手を送りながらスカリエッティは嗤う。

 誰よりも、楽しそうに。誰よりも、狂ったように。異形の笑みを浮かべ続ける。

 それに対して、また始まったかと舌打ちをする切嗣。

 だが、この場で狂気の科学者を止められるものは存在しない。

 

「納得だ。初めから機械ではなく家族として作り出したのだから心を持っていなければ意味がない。自分と同じ人の体をしていなければ意味がない。共に泣き、共に笑いあえる家族が欲しかったのならば無意味な設計も合理的な設計となる」

 

 まるで難題が解けた子供のように喜びをあらわにするスカリエッティにウーノは満足げな顔をする。

 リインフォースは未だに驚きが抜けきらない顔で切嗣を見つめている。

 家族と触れ合うのは至極当然のこと。家族と食事を摂るのも当然のこと。

 感情を共有するために涙を流すのも当然のこと。

 目的が変われば、無意味な機能も必須の機能となり得る。

 

「つまり、八神はやてが最後の夜天の王となったのは必然だったというわけか。彼女だけが本来の守護騎士の、管制人格の、役割を理解していたのだから。くくく、実に素晴らしい娘に恵まれたものだね」

「僕にはもう……はやての父を名乗る資格はない」

「くふふ、そうかね。いや、こればかりは君個人の考えだ。私からはこれ以上は言えないね。では、失礼させてもらうよ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でリインフォースから目を背ける切嗣。

 その様子にさらに笑みを深めるスカリエッティだったものの、それ以上は話さずに踵を返して部屋から出ていく。

 ウーノの方もそれに従う様に後を追っていく。

 

「今日の検査はこれで終わりです。ご自由にお過ごしください」

 

 そんなウーノの言葉を最後に二人の居る部屋からは音が失われてしまった。

 だが、リインフォースには何故か不思議と不快感はなかった。

 寧ろ、安心感を覚えるような、そんな暖かな感情が心を占めていた。

 だからこそ自然と沈黙を破り、切嗣に声をかけるのだった。

 

「少し、外を歩かないか、切嗣」

 

 

 

 

 

 現在、彼らが潜伏している世界では四季というものが存在している。

 そして、日本と同じように現在の季節は冬。

 あの日のように一面の銀世界がリインフォースと切嗣を迎える。

 

「やはり、世界は美しいな」

「……そうだね」

 

 かつての自分では叶うことのなかった美しい世界を愛でるという行為。

 だが、これからはそれを行うことができる。

 リインフォースはその手で降り積もった雪を救い、ふわりと宙に投げ上げた。

 舞い上がった雪はすぐに重力に従い、下に落ちて幾つかが彼女の頬に当たる。

 

「ふふ、冷たいな」

「そんな薄手で寒くはないのかい?」

「この冷たさを感じていたいのだ。それに私は―――」

 

 ―――機械なのだから体を壊すことはない。

 そう続けようとしたところで切嗣のコートを掛けられる。

 驚きに目を丸くするが、ついで嬉しそうに笑う。

 

「君は人間として生きると言ったはずだよ」

「そうだったな。すまない、まだ癖として残っているようだ」

「はぁ……君は女性なんだ。これからは自分の体をもっと労わらないと」

 

 どこか呆れたように溜息を吐きながら切嗣は歩き出す。

 つられてリインフォースも彼の黒いコートを体に巻き付けながら歩き始める。

 しばらくの間、二人の間には雪が音を奪ったかのように会話が無くなる。

 まるで世界には二人しかいないような、そんな錯覚すら覚える。

 リインフォースは不思議な感情を覚えながら切嗣の隣に並び、話しかける。

 

「これも、人としての幸せなのかもしれないな」

「こうして散歩をすることがかい?」

「いや、誰かの隣を歩くということだ」

 

 そう言って、彼女は同姓ですら見惚れるような微笑みを切嗣に向ける。

 対する切嗣の方は自分という存在に笑みを向けられる資格などないとばかりに目を逸らす。

 だが、彼女は相も変わらず笑みを彼に送り続けるのだった。

 

「私達が主の家族となるために生み出されたというお前の考えは目から鱗だった」

「ただの妄想さ。本当のところはわからない」

「だというのに、そう思ったのはお前自身が誰よりも私達を家族だと思ってくれているからではないのか?」

「……家族を殺すような男は家族とは呼べない。ただの殺人鬼さ」

 

 どこか遠い場所を見るように呟く切嗣に、リインフォースはまた誤魔化そうとしていると直感する。

 かつて、家族の前で嘘を貫き通した男。

 しかし、その面影はもう見られない。どうしようもなく弱くなってしまった。

 今にも擦り切れてしまいそうになりながら生きている。

 心を許している相手の前では嘘を貫くとすらできなくなってしまった。

 なのに、かつてよりも過酷で苛烈な正義を為さねばならない。

 このままではそう遠くないうちに彼は壊れる。そう確信できるものがあった。

 

「お前は一人で旅をする時に最も恐ろしいことは孤独だと言ったな」

「ああ……それがどうしたのかい?」

「つまり、今のお前は―――孤独に怯えているのだな」

 

 彼女の言葉に一瞬、否定しようとして口を開きかける切嗣だったが、すぐに口を閉じる。

 何を言っても無駄だと悟り、せめて何も言わないことに決めたのだ。

 だが、彼女にとってはそんなことは大したことではなかった。

 彼がどこまで意地っ張りかなど、この一年で理解している。

 彼女は逃げられないように、そっと彼の袖を摘まむ。

 一瞬、ピクリと肩を動かす切嗣だったが、それ以上は何もしなかった。

 

「かつての、主はやてと出会う前のお前は本当の意味で一人でいられた。だから、孤独を感じることがなかった。孤独とは他者という存在があって初めて成り立つものだからな」

 

 仮に、生まれてこの方自分以外の存在と出会ったことのない者が居るとしよう。

 客観的に見ればそれは孤独だ。だが、その者は決して自分を孤独だとは思わない。

 何故ならば、その者は他者という存在を知らぬ故に孤独という概念を理解できないからだ。

 人の温もりを知らぬ者は己が孤独だということにすら気づけぬ程に悲しい。

 

「だが、お前は温かさを知ってしまった。二度とその温かさを忘れられぬほどに。その温かさが本当の意味でお前に孤独の冷たさを理解させた」

 

 人の温もりを知らなければ孤独であっても耐えることはできるだろう。

 しかし、一度でもその温かさに触れてしまえばもう戻れない。

 例え戻れるとしてもそれには想像を絶する恐怖に打ち勝たねばならない。

 寂しいという感情が感じられぬほどに寂しくなるには時間がかかりすぎる。

 今の衛宮切嗣には耐えきることができないほどの時間が。

 

「あの言葉はお前自身が誰かに傍にいて欲しいと思っているからこその言葉ではないのか」

「……全くの誤解だよ。僕は誰も近くにいて欲しいなんて思っていない。そもそも、僕の傍にいる人間はみんな不幸になるんだ。相手の方が願い下げだろう」

 

 若干、苛立ちが混じったような声で告げる切嗣。

 実際のところ、自分の傍に誰かを居させたくないというのは本心であった。

 それは親しくなっても必ず切り捨てなければならない時が訪れるが故。

 もう、これ以上親しい人間を殺したくないという弱々しい願い。

 どこまでも消極的で後ろめたさしか残っていない考え。

 それが今の切嗣の心の在り方であった。

 

「さあ、余り外に居過ぎると風邪をひく。そろそろ戻るよ」

 

 優しくではあるが、明らかに拒絶の意思をもってリインフォースの手を退け、背を向ける切嗣。

 リインフォースは悲し気に掴むものを失った手を伸ばすが何もかも既に遠すぎる。

 かつて、この世全ての悪を背負うと言った背中は、今はあまりにも小さく、悲しげだった。

 

「切嗣、お前は……」

 

 そっと伸ばしていた手を自身の胸元に添えるリインフォース。

 そこには先ほどまであったはずの温かさが無くなっており、小さな痛みだけが残っていた。

 彼女は美しく輝く赤い瞳を曇らせ、憂いのある声を零す。

 

「この感情は一体何なのだろうな……胸が痛い」

 

 彼女の声に答えは返ってこない。今はもう切嗣の姿も小さくなりかけている。

 彼を追う為に歩き始めたところで降り始めた雪が彼女の頬に当たる。

 その感触に、その温度に今度は悲し気な表情をする。

 

「……冷たいな」

 

 最後にそう一言呟き、リインフォースは切嗣のコートを体に密着させて歩き出すのだった。

 




リインフォース復活。この場合ツヴァイは妹になるのだろうか。


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十話:休暇 ☆

 一年の始まりを祝う正月。普段は学業と仕事で家にいることが少ないなのはとフェイトであるが今日ばかりは家族の都合に合わせて家で寛いでいた。

 しかし、普段から動き回っている少女達である。

 すぐにジッとしているのにも飽きて、はやての家を訪ねることにした。

 

「はやてちゃーん、来たよー」

「いらっしゃーい。悪いけど今手が離せんから勝手に入ってくれん? 鍵は開いとるから」

「お邪魔します」

 

 どうやら、守護騎士達は全員出かけているらしく家にははやてしかいない。

 珍しいなと思うものの、それ以上気にすることなく慣れた足取りではやての家に上がる二人。

 そして、はやてが居ると思われるはやての部屋に顔を出すと二人そろって固まってしまう。

 何故固まったかと言えば、はやての様子が異常だったからである。

 何かの資料に四方を囲まれ、まるで埋もれるようにして読み耽る目の下には濃い隈があった。

 

「は、はやてちゃん?」

「なんや、なのはちゃん? あ、もしかして机変えたのに気づいたん?」

「そこじゃないよ! はやてちゃん大丈夫なの?」

 

 徹夜明けで気分が高揚しているのか見当違いな話をするはやてに思わず叫び返すなのは。

 フェイトの方は今にも崩れ落ちそうな資料を支えに走るので忙しい。

 その中ではやては一人不気味な笑みをこぼすのだった。

 人間は眠らないとこうなるのかと思わず背筋が冷たくなるなのはだったが気を取り直す。

 

「はやてちゃん、もしかして……ううん、絶対寝てないよね」

「大丈夫や、一日は48時間あるやろ」

「ないよ! 一日は24時間しかないよ! 要するに丸一日以上寝てないんだね」

「はやて、私達のことは良いから今日はもう寝た方がいいよ」

 

 若干壊れかけているはやてに優しい目で眠るように説得するフェイト。

 しかし、はやては聞く耳を持っていないのかやたら男らしく缶コーヒーをあおるだけである。

 なのはが目を向けてみればある一角に缶コーヒーの空き缶の山が作られていた。

 

「はあ、カフェインが脳に効くわー。味は落ちるけど時間がない時にはこういうの助かるなぁ」

「は、はやて、ちゃんと何か食べてる?」

「そら、今は出かけとるけどみんなも居ったんやからちゃんと作ったよ。でも、自分一人だけなら片手で摘まめるもんがええなぁ」

 

 会話をしながらも目は資料に向け続ける姿に二人は思わず畏怖の念を抱く。

 対するはやてはやはり寝不足で思考が働いていないのか不気味な笑みで答える。

 

「ハンバーガーとかは作業の手を止めず、機械的に口に運ぶだけで栄養補給が出来るから理想的やなぁ」

「はやてちゃん、それ以上は何だか行ってはいけない道に行くような気がするよ!」

「そうだよ、はやて。そもそも、何を読んでいるの? お仕事?」

 

 忙しくなりすぎてかつて否定した養父と同じ考えに至ってしまうはやて。

 この話を後で冷静になった時に思い出して、しばらくショックを受けることになるのだがそれは今ではない。

 フェイトに何を読んでいるのかと尋ねられて一枚の紙を投げ渡す。

 慌ててそれをキャッチしたフェイトとなのはが題名を口に出して読む。

 

「『古代ベルカの融合機の構造についての研究』……融合機って」

「そや、ようやくこの子に新しい命をあげられそうなんや」

 

 ここに来てやっと手を止めて剣十字を手に持つはやて。

 この溢れんばかりの資料は全て融合機に関する論文なのだ。

 それもただの一人がつい最近発表したと言われる最新の論文だ。

 余りにも量が多いのは特に整理をしようとも思わなかったのが原因である。

 

「手詰まりやったところに、この論文や。嬉しゅうてなー、中々眠れんのや」

「そっか……それならしょうがないね。でも、一回寝ようか」

「待ってや、まだ半分しか読んでないんよ。このブンシュとかいう奴、やたら長々と書いとって要点を纏めてないんよ」

「ブンシュ?」

 

 余りにも長い論文に流石に嫌気がさしていたのかブツブツと文句を言い始めるはやて。

 その言葉になのはとフェイトが改めて論文に目を戻すと著者の名前が書いてあった。

 『Wunsch』と短く、ベルカ語で書かれた名前。

 

「ブンシュ……日本語にしたら欲望だっけ?」

「ああ、そう言えばそうやね。まぁ、本名かどうかはよう分からんけど」

「でも、すごく為になることが書いてあるんでしょ?」

「まあなぁ、まるで実際に融合機で実験でもしたんかっていうぐらい正確な情報ばっかりや」

 

 この論文は製作者のやる気が感じられるものではないが、情報自体は正確だ。

 はやてが喉から手が出る程欲しかった情報のほぼ全てが載っているのだ。

 もし、はやてがもう少し疑いをもっていればその不自然さについて考えたかもしれないがまだそこまで頭は回らない。

 

「とにかく、一気に読破してすぐに新しい魔導の器を―――」

 

 テンションを上げるために大きく手を突き出して叫ぶはやて。

 しかし、それが引き金になり絶妙なバランスで保たれていた資料がなだれ落ちていった。

 為すすべなく紙の中に埋まり姿を消すはやて。

 なのはとフェイトは一瞬固まったがすぐに救出に動き出す。

 

「はやてちゃん!」

「はやて! 大丈夫!?」

 

 二人が呼びかけるが返事はない。思わず最悪の事態を想像し、顔を青ざめさせ紙の山を漁る。

 すぐにはやての姿は見つかったが相変わらず反応がない。

 救急車を呼ぶべきかと二人がオロオロする中、初めて反応が返ってきた。

 

「すー…すー……」

「……もしかして、寝てるだけ?」

「……うん、そうみたい」

 

 資料の山に埋もれた衝撃からか、それとも緊張の糸が切れたのか爆睡するはやて。

 そんな姿に二人は胸を撫で下ろしながら、頷き合うのだった。

 

「後でシグナムさん達に伝えようか」

「うん、たっぷり叱ってもらわないとね」

 

 自分達を心配させたのだから少しぐらいは怒られてくれねば、つり合いが取れない。

 そんなちょっとした復讐心も混ざった感情で二人は騎士達に密告することに決めたのである。

 そして、案の定目を覚ました後、はやては騎士達と二人にこってりと絞られたのであった。

 

 

 

 

 

「本当にありがとうね。なのはちゃん、フェイトちゃん」

「あはは、ちょっとビックリしましたけど寝てるだけで良かったです」

「うん。私も驚いた。それで、相談って何かな? シャマル」

 

 爆睡してしまったはやてをベッドに運んだところで帰って来たシャマルに折り入って相談があると言われたなのはとフェイト。

 今も爆睡しているはやてのことであるのは何となく察しがついている為か二人は落ち着いている。

 

「それがね、はやてちゃん、最近ちゃんと休んでいないの。夜も勉強で夜更かしばかりしちゃうし」

「大丈夫……じゃないよね。さっきの様子からしても」

「うん、無理のし過ぎは良くないよ」

 

 友人の不健康な生活内容に心配そうな顔をする少女二人。

 しかし、自分達が同じように無茶な生活を行っていることには目を向けない。

 というよりも、この二人には特に無茶をしているという自覚がない。

 人間は不便なことに鏡を見なければ自分を確かめることができない。

 それ故に彼女達は他人の無茶を知ることはできても自分の無茶を知ることができないのだ。

 

「何とか休んでもらおうとしているんだけど、いつも笑って誤魔化されちゃって。どうにかできないかと思って相談したの」

「うーん……やっぱりちゃんと話し合うしかないんじゃ」

「はやてが頑張っているのは悪いことじゃないし……」

 

 どうにかして止めたいと思うが案が浮かぶことはなく、時間だけが過ぎる。

 そんな重苦しい空気の中シャマルは名案が思い付いたとばかりに手を叩く。

 それにつられてなのはとフェイトがシャマルを見つめる。

 

「悩んでも仕方ないわ。無理矢理でも一週間に一日は完全休養日を設けましょう」

「でも、はやて納得するかな?」

 

 もう、強硬手段に出てしまおうと腹をくくるシャマルにフェイトが不安の言葉を零す。

 幾らこちらが決めようとも肝心の本人が隠れて訓練でもすれば全ては水の泡だ。

 そして、はやての性格と成し遂げようとする物事の過酷さを考えれば素直に休む確率は低いと言わざるを得ないだろう。

 

「だからね、二人にお願いしたいことがあるの」

「それって何ですか?」

「はやてちゃんがきちんと休むように二人に見張ってほしいの」

 

 まさか自分達が友人の監視紛いのことをやるとは思っていなかったために目を見開く二人。

 その様子を見てシャマルは驚いて当然だろうと苦笑いをする。

 そこで気を取り直したなのはが何故自分達のなのかと疑問に思い、口にする。

 

「あの、どうして私達なんですか? シャマルさん達は家族だから私達よりも簡単に見張れると思うんですけど」

「勿論私達もやるけど、はやてちゃんは主だからって言って世話を焼こうとするから結局あんまり休めないの」

「つまり、友達である私達の方がはやても気が抜けるってことかな?」

「はい、それに二人なら堅苦しい見張りじゃなくて一緒に遊びに行くとかしてもいいと思うの」

 

 シャマルの理想としては休みの日は普通の女の子らしく友達と遊んでほしい。

 目標に向けて真っすぐに走るのは良いことだが、時には立ち止まらねば息切れをしてしまう。

 ゴールが明確な目標であっても休憩抜きで辿り着けるとは限らない。

 偶には寄り道をした方がいいだろう。

 

「でも、そうなってくると私達もお休みを合わせないといけないんだよね」

「あ、そうか。でも、それはスケジュールを調整すればまだ何とかなるかな……なのは?」

 

 はやてと一緒に過ごすには当然自分達の休日も合わせなければならないことに気づくなのは。

 フェイトの方はすぐに予定をそろえれば大丈夫だと頷くが、なのはの方はそうではなかった。

 自分が正月以外ほとんど休みを取っていなかったことに気づき、顔を青くするなのは。

 頭の中のスケジュール帳では月に一度休みがあればいい方になっていたのだ。

 

「……そう言えば、なのはちゃんもあんまり休んでないって聞いたんだけど?」

「あ、あはは……気を付けます」

 

 ここに来て、若干声を低くして確信的に尋ねるシャマル。

 その声色になのはは苦笑いのまま曖昧な返事をすることしかできない。

 フェイトの方もそんななのはの態度に心配そうな顔で見つめる。

 

「なのは、なのはも無理をしたらダメだよ」

「うぅ……でも、私が必要になるお仕事が一杯あるし」

「はやてちゃんと同じだと、はやてちゃんを休ませることができないわねぇ」

「うん。はやてのことだからなのはが言っても『まずは自分が実践するべきやと思うよ』って返してきそうだしね」

「ううぅ……」

 

 二人にチクチクと責められるように言葉を掛けられて縮こまるなのは。

 彼女としては自分が必要とされている以上はどんどん役に立つべきだと思っている。

 その結果、疲労がたまるのだとしても根性と気合いで何とかカバーできる。

 何の根拠もなく思っていたが、ここに来て自分が休まなければはやての役に立てないという状態に立たされた。

 普通の人間であれば特に気にすることもなく自分がやりたい方を選ぶだろう。

 しかし、極度に必要とされることに喜びを感じるなのはは迷う。

 

「お願い、なのはちゃん。はやてちゃんの為なの。本当に忙しいときはいいから、私達とはやてちゃんを助けてくれない?」

 

 頭を下げて頼み込むシャマル。それに慌てるなのは。

 この時点で勝敗は決まったようなものだった。高町なのはは助けを頼まれれば断れない。

 自分が必要とされているというのが嬉しいのもあるが生来の正義感からでもある。

 もしも、自分の為に休めて言われていれば頷かなかっただろう。

 だが、誰かの為になるという誘惑がなのはの心を傾かせた。

 

「……分かりました。できるだけ頑張ってみます。はやてちゃんにも何でも手伝うって言いましたし」

「うん、私もこんな小さなことで良いのなら力になります」

「ありがとうね。なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 これも自分の力が必要とされている人助けだと、自分の中で結論を出し頷くなのは。

 フェイトも断る理由などないのでにこやかな笑みを見せる。

 そんな二人にホッと息を吐くシャマル。実はここまでの流れはシャマルの作戦通りである。

 彼女は湖の騎士。仲間のサポートこそが本領。

 そして、サポートとは何も戦闘時だけではないのだ。

 

 かねてから、はやての無茶をどうにかして止めようと模索していたシャマル。

 そんな時に聞いた、同じように無茶を繰り返しているなのはの話。

 最初はどうして最近の子どもは戦争でもないのにオーバーワークをしたがるのかと頭を抱えたくなったが、いっそのこと彼女も巻き込んで休ませようと決意するに至った。

 そんな折に今回の出来事が起こり、実行に移したのだ。

 

「それじゃあ、はやてちゃんが起きたらお説教しましょうか」

『はい!』

 

 シャマルは元気よく、少しイジワルそうな笑みを浮かべている少女二人に微笑みを浮かべる。

 これで彼女達の保護者達にも良い知らせを伝えることができそうだと。

 




おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

「どうも、八神堂にいらっしゃーい」

 八神堂に訪れたなのは、フェイト、アリサ、すずか、レヴィ、そしてディアーチェを出迎えたのは昔ながらのネタであった。
 髪を右手であげながら『いらっしゃーい』と声を出すとある噺家のモノマネ。
 思わずアリサが何歳だとツッコミを入れてしまう程にはそれをやったはやては若すぎた。

「小鴉……我を使い走りにするとはいい度胸だの」
「そう言いながらちゃんと連れてきてくれるから王様好きやよー」
「我は嫌いだ!」

 仁王立ちしてはやてを睨み付けるディアーチェだが生来の人の好さの為に怖さはない。
 その為か、はやては臆することなく彼女に抱きつき頬ずりをする。
 当然のように嫌がるディアーチェだが傍で見ているアインスからすれば羨ましいことこの上ない。

「えっと……どなたさんでしょうか?」
「あぁ、挨拶がまだやったね。八神堂の店長、八神はやて言います。で、こっちが家族のリインフォースとうちのおとんや」
「いらっしゃいお嬢さんたち。アインスと呼んでおくれ」
「八神切嗣だよ。家の娘達をよろしくね」

 紹介されてにこやかに挨拶を返すアインスと切嗣。
 独特な家族だと思うなのは達であったが、それよりも気になることがあった。

「もしかして、ディアーチェちゃんとはやてちゃんって姉妹さんなのかな?」

 そう。顔といい、髪型といい、瓜二つの二人の関係性だ。
 姉妹どころか双子といわれても特に疑うことはないだろう。
 髪と瞳の色が違わなければ慣れていても間違えてしまいかねない。
 しかし、ディアーチェの方はそれが心底嫌なのか身震いをして否定する。

「そんなことがあってたまるか! おぞましいっ!!」
「えぇー、ひどいわぁ、お姉ちゃん」
「ははは、ディアーチェちゃんは照れ屋だね」

 だが、八神親子はそんな否定など気にも留めずに笑いあう。
 完全に遊ばれているディアーチェだが反抗は叫ぶだけに止める。

「赤の他人だ。全く関係ない! それと切嗣殿も止めてくだされ!」
「僕はディアーチェちゃんが娘になってくれるのは大賛成だよ」
「我が家に新しい家族の誕生ですね主」
「ええい! いい加減にせいっ!」

 ますます混乱していく場に完全に拗ねてそっぽを向くディアーチェ。
 そんな様子に頭を掻いて謝りながら切嗣は幸せそうに目を細める。

「さて、立ち話もなんだし家に入ったらどうだい」
「そやね、ならおとんは店番お願いなー」
「うん。それじゃあ楽しんでくるんだよ。それと、ディアーチェちゃん。家はいつでも歓迎だからね」
「それはもう良いと言っておるのです!」

 最後にもう一度冗談を飛ばして切嗣は少女達の背中を見送る。
 ここから先は若者の世界だ。年寄りには少しばかり辛い。
 店番に戻る前に広がる青空を一度見上げて小さな呟きを零す。


「本当に幸せで、まるで―――夢のような世界だ」

 
 その言葉を最後に切嗣は一人、静かな店の中へと消えていくのだった。

~おわり~


おまけ二作品目。本編よりも書くのが楽しい。
次回は切嗣とアインスです。


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十一話:心

 

 あれからどれだけの地獄を見てきただろうか。

 少しでも世界に平和が訪れることを祈って地獄を回って来た。

 そこで行ったことはいつも同じ―――人殺しだけ。

 苦しむ人達にただの一度も手を差し伸べることも、目を向けることもなく走り続けた。

 その結果が今もなお間違えを犯し続ける愚か者の誕生だ。

 

「そう言えば、海に行くと約束していたな……」

 

 切嗣は遠い記憶を思い出す様に目を細めて海を眺める。

 平素であれば穏やかで美しい海だが、今はそこかしこに死体が打ち上げられ、鳥が死肉を漁っている。

 

 近くで海戦があったのか、それとも空母でも沈められたのか。

 そこまで考えて彼は皮肉気に笑う。自分がこの世界でするべきことは既に終えた。

 何もできることはない。後はいつものようにここから去り、別の世界で殺しをするだけだ。

 そんな事を考えていた時だった。ウーノから連絡が入る。

 

『衛宮切嗣、連絡があります』

「なんだい? そっちは僕の仕事とは関係がないはずだろう」

『今回は私情のようなものです。リインフォースがそちらに向かわれました』

「……何だって?」

 

 若干苛立っていた表情はすぐに緊張した面持ちに変わる。

 リインフォースが体を得てから数ヶ月が経過していた。

 しかし、その間も切嗣は頑なに彼女を戦場には連れて行かなかった。

 何度か彼女が連れて行ってくれと頼んできた時はすべて無視をしていた。

 何が彼女を駆り立てているかなど分かりはしなかったが、それでいいと思っていた。

 自分と彼女はすぐに無関係の他人になるのだからと。

 

「なんで許可を……いや、今どこにいるか分かるかい?」

『こちらではそこまでは分かりかねます。しかし、彼女は―――』

「やっと見つけたぞ、切嗣」

『―――あなたを探していましたので』

 

 聞き慣れた声に切嗣は即座に振り返る。

 案の定そこには悪戯が成功したように笑うリインフォースが居た。

 ―――何故、こんな危険な場所に来た。

 そう口にする前に無事で良かったとホッとする自身の心に気づき唇をかみしめる切嗣。

 感情を優先するなどあの時の二の舞になるだけだ。

 

『どうやら、見つかったようなので私はこれで失礼させていただきます』

 

 通信を勝手に切り、消えるウーノに文句を言ってやりたい気分であったがそれを抑えリインフォースに集中する。

 ここまで来たということは何か余程のことがあったのかもしれない。

 何もなかったのだとしても今後はこのようなことはしないように言わなければならない。

 切嗣は一度大きく息を吸い込み、口を開く。

 

「危険だから来ないように言っておいたはずだよ」

「私は人間だ。お前に行動の制限をされるいわれはない」

「だとしても、自らを危険に陥れる真似をするのは自衛の観点から見れば最低だということぐらい分かるだろう。君だって死にたくないはずだ」

 

 傍から見れば戦場に、しかも激戦区に単身で身を放り込む自滅的な行動原理。

 それを行う男が逃げることこそが最善だと言うのは余りにも滑稽であった。

 しかし、切嗣はそのおかしさに目を背け、彼女を遠ざけるためだけに一心に言葉を紡ぐ。

 だが、彼女は口先三寸であっさりと意見を翻すような女性ではない。

 

「確かに、死にたくはないな。だが、私は知っている。例えこの身が亡びるのだとしても貫きたい想いがあることを」

 

 真っすぐに、心の底を見透かすように切嗣を見つめるリインフォース。

 その余りの純粋さに、自身の汚れた部分が照らし出されるようで目を落とす切嗣。

 しかしながら、ここで引いてしまえばもう押し返せないだろうと感じ、気持ちを入れなおして目を合わせる。

 

「それは君がデバイスだった時だからだろう。今の君にそうまでして貫き通したい使命があるか? 生きることに喜びと誇りを見出しているのならこんなくだらないことは即刻止めるべきだ」

 

 命はとんでもなく安いものだと衛宮切嗣は知っている。

 世界によれば先進世界の子どものお小遣い程度の値段で買えてしまう程に。

 ちょっと痛めつけてやれば風に吹かれた蝋燭のように消えてしまうことも。

 だが、しかし。如何に安くとも死んでしまえばそれで終わりだ。

 たった一つしかない。だからこそ、光り輝いている。

 そんな命を、ろくでなしに会いに来るためだけに危険にさらすなど言語道断だ。

 

「そうでもないだろう。お前が見せてくれた映画や小説の中にもいたぞ。家族に会いに行くために己の命をかける者はな」

「……それは創作だろう」

「いいや、現に私はこうして命を危機に晒しながらもお前の元にたどり着いた。そのことで確かな喜びを感じ取れている」

 

 悪びれることもなく話すリインフォースに切嗣は頭を抱える。

 それに、何よりも彼の頭を痛めさせているのは彼女が切嗣を家族と言ったことだ。

 彼の方も心の奥底では今でも家族だと思っている。

 しかし、これから未来を生きていかなければならない彼女達には衛宮切嗣は足枷でしかない。

 故に彼は彼女と家族であることを認めようとはしないのだ。

 

「ハッキリと言っておこうか。僕は君の家族にはなれない(・・・・)。君の家族ははやてと騎士達だけだ」

「なぜ、そうも否定する。確かに私達に血の繋がりはない。だが、かつてのお前自身が血の繋がりよりも強い絆を主との間に築いていたはずだ」

「あれは……紛い物だよ。人殺しが本当の意味で絆を作れるはずがない」

 

 リインフォースの言葉に耐え切れずに血を吐くように嘘をつこうとする切嗣。

 しかしながら、彼女にそんな嘘など通用するはずもない。

 

「それこそ嘘だろう。あれだけの涙を流せた絆が偽物のはずがない。何よりも主はお前の愛で目を覚ましたのだ。それは揺るぎのない事実だ。これでもまだ嘘だと言うのか?」

 

 ゆっくりと近づいてくる彼女に切嗣は血が出る程に唇を噛む。

 家族を愛していた。それは彼女も、彼自身も分かっている事実だ。

 だが、認めるのが怖かった。認めてしまえば以前の機械に戻れない。

 全てが無駄だと分かった以上は以前よりも心を殺さなければ為すべきことを為せない。

 

 もう、自分を騙す大義名分など存在しないのだ。

 それでも、犠牲にしてきた者を価値あるものにするために止まれない。

 故に今この瞬間も孤独にならなければならない。誰かに親愛を抱くわけにはいかない。

 抱いてしまえば、また苦しみの果てに殺さなければならない。もう、耐えられない。

 それほどまでに衛宮切嗣は弱くなってしまっていた。

 

「……仮に嘘でないとしても、それがどうしたと言うんだ。初めから僕にははやての家族になる資格などなかった」

「家族になるのに資格がいるのか? 資格などなくとも家族は家族だ」

「これは僕自身の問題だ。例え、この世全ての人間が僕を許したのだとしても僕だけはそれを許せない!」

 

 声を荒げて、何かを振り払うように手を振る切嗣。

 その姿はまるで、自身に触れようとする全ての者に怯えているように見えた。

 彼はそのまま辺り一面に広がる死体の山を無造作に指さす。

 

「見てごらん。これが僕が今までの人生で行ってきたことの積み重ねの結果だ。ただの殺人鬼なんか目じゃない程の死体を築き上げてきた。死肉を漁る疫病神だ。こんな人間が優しいはやての傍に五年もいたなんておぞましくて身の毛がよだつよ」

 

 どこまでも自嘲と憎しみを込めたセリフにリインフォースは返す言葉がなかった。

 人には皆、自分自身を愛する自己愛が存在する。

 もしも存在しないものがいるのならばそれはロボットだろう。

 かつての衛宮切嗣ですら自分自身を愛する心が残っていた。

 しかし、今の彼は愛が憎しみへと豹変してしまっている。

 

 自分自身を終わらせるために破滅の道へと突き進み続けている。

 だというのに、犠牲にしてきた者達の為に生き続けなければならない。

 破滅してしまいたいという願いを生きなければならないという義務だけで抑えている。

 いつの日か、この身が破滅できるその日だけを夢見て望まぬ行い(殺し)をし続ける。

 それは、おおよそ人間が、否、生物がするべき生き方ではないだろう。

 

「彼らを本当の意味で救える奇跡だって起こすことができたんだ。でも、僕はそれを選ばずに殺す道を選んだ。妥協した…諦めた…ッ! 自分可愛さに救われるべき人達を見殺しにしているッ!!」

 

 まるで呪いの呪詛を吐くように叫びながら近くに無造作に転がる骸に近づく。

 全てに怒りを向けているかのような形相とは反対に優しく仰向けに転がす。

 ところどころ痛み、食い散らかされているがその顔だけは綺麗なままだった。

 少年と青年に中間のようなあどけなさが残る少年だった。

 

「僕はね。幼い頃はこういう人達を助けたかったんだ。生きたくても生きられない、そんな弱い人達を」

「……切嗣」

 

 死への恐怖からか開き続けていた瞼を閉じてやり、切嗣は少年の骸から離れる。

 もしも、切嗣が子どもの頃に抱いた理想を持ち続けていれば、彼ははやてを助けようとしたはずだ。

 日陰に暮らすしかない、死に行く運命を定められた弱者を。

 だが、いつの間にか変わっていた彼は彼らに全ての代償を押し付けて殺そうとしていた。

 どうせ死ぬのだからどれだけ残虐な行為をしても問題はないとでもいう様に。

 既に光を得ている救う必要などない者達の利潤を守るために。

 

「でも、結局誰も助けようとしていない。人を救うと言いながら、守ったのは人ではなく自分の理想(エゴ)だけ」

「…………」

「当然と言えば当然の報いなんだろうね。今、こうして生きながらえているのも。いや、こんなことを言うのは彼らに失礼か……」

 

 まるで生きることそのものが罰だとでもいう様に寂しげに笑う切嗣。

 その笑みがどうしようもなくリインフォースの胸を締め付ける。

 どうしてこの男は心からの笑みを浮かべられないのだろうと悲しくなる。

 

「分かっただろう。こんな僕が君達の家族を名乗るなんておこがましいことが」

「……では、私達はどうすればいいのだ? お前を家族だと思っている私は(・・)

 

 心の底から悲しそうに、捨てられた子犬のように寂しげに切嗣に問いかけるリインフォース。

 切嗣が誰かの家族になどなれないと思うのは個人の自由だろう。

 しかし、そうなってくると未だに彼を家族と慕うはやて達の気持ちはどうなるのか。

 何よりも、彼と傍にいることで心に温もりを感じる彼女の気持ちはどうなるのか。

 その問いかけに一瞬、意外そうな顔をする切嗣だったが、すぐに無表情に戻り吐き捨てる。

 

 

「忘れてくれ」

 

 

 短く、たった五文字の言葉。

 だというのに、リインフォースの心は引き裂かれたかのような痛みに襲われた。

 そして同時に、余りにも身勝手な切嗣に怒りを抱きさえした。

 何故、自分がこのような感情を抱くのかすら分からない。

 しかし、何か大切なものが傷つけられたのは理解できた。

 

「悪いがそれはできない。私は一度記憶したことは忘れないんだ」

「僕みたいなろくでなしと過ごした嫌な記憶なんて早く忘れるに限るよ」

「……お前は時に私よりも余程機械らしくなるな」

「リイン…フォース? 怒っているのかい?」

 

 ここに来てリインフォースが怒りを表していることに気づき戸惑う切嗣。

 怒りを抱くということは自分自身に関心を持ち、人生に喜びを感じ。

 そしてそれを損なう出来事が起こったことに他ならないと切嗣は理解していた。

 だが、その損なう出来事がなんであるかが理解できずに困惑しているのだ。

 

「私にも理解できない感情がお前によって傷つけられた。それ故に私は怒りを抱いているのだろう」

「そうなのか……」

「そして、この傷つけられた感情こそが私の幸せに繋がるのではないかとも感じている」

 

 今の今まで怒りなど見せたことのない彼女の怒りに若干驚いていた切嗣だがそれを聞くと笑顔を浮かべる。

 彼女が人としての幸せを見つけたのなら、それは喜ばしいことだ。

 

「そうか、それならもうすぐ君をはやて達の元に帰せそうだ」

「……ッ」

 

 笑顔で告げられたその言葉にリインフォースの胸がチクリと痛む。

 同時にもやもやとした感情が胸を占めていく。

 彼女はそれに耐え切れなくなり、切嗣に背を向けて歩き出す。

 

「リインフォース? リインフォース! 一人で行くな、危険だ!」

 

 後ろから慌てて切嗣が追ってくる気配がする。

 その動揺に少しばかり胸が軽くなったように感じ彼女はクスリと笑う。

 そして、彼が隣に立った時に今まで感じられていた苛立ちがスッと消えたことに気づく。

 

「何をしているんだ。いくら守ろうにも君が傍にいないんじゃ守りようがないだろう」

「ふふふ。なら、お前は常に私の隣にいればいい」

「……急にご機嫌になったね」

「さてね。私にもさっぱりだよ」

 

 困惑したようにこちらの表情を窺う切嗣にまたしてもリインフォースは笑う。

 その様子に考えても無駄だと悟り、切嗣はため息をつき彼女の肩に手を置く。

 するとトクンと小さくリインフォースの胸が跳ねる。

 

「いいから、帰ろう。この世界は危険だ」

「ああ……そうだな」

 

 その言葉に頷き、同時に不思議なことにリインフォースは首を傾げる。

 切嗣に触れられた肩がやけに熱く感じられるのは一体どうしてなのだろうかと。

 




シリアスとかあんまり入れずにアインスの魅力を引き出せる回を書きたい。


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十二話:昔話 ☆

 はやては騎士達に無理矢理取らされたに近い休暇をお招きされたアリサの家で過ごしていた。

 両隣にはなのはとフェイトが居り、シャマルの策略は成功していると言えるだろう。

 このまますずかも入れた五人で年頃の少女らしくガールズトークに花でも咲かせれば完璧だ。

 しかし、現実とは何もかも上手くいくということはない。

 

「ああ……出撃要請とか入らんやろうか。それともシグナムに命令して訓練しようか……」

「私がお仕事休んで誰かに迷惑かけてないかな……」

「執務官試験……大丈夫かな」

 

 とてもではないが楽しい休日には見えない空気を纏う三人の少女。

 はやてとなのははワーカーホリックとでも言える症状を。

 フェイトはだんだんと近づいてきた執務官試験への不安から。

 暗くはないが、重い空気を纏っている。

 そんな三人にすずかは大変なんだなと苦笑いをしながら見守る。

 しかしながら、アリサの方は耐えられないらしく、なのはが丁度13回目の溜息を吐いたところで叫ぶ。

 

「あんた達、ちょっとは気を抜きなさいよ!」

 

 アリサの叫びに揃ってビクリと体を震わせる三人。

 その様子にすずかは小さく笑うがアリサの怒りは未だに収まらない。

 先程までの自分達の行動も分からずにポカンと見つめてくる三人に指を突き付ける。

 

「はやては何で自分が休まされているか理解しなさい! 体を休める日に動いたら意味ないでしょうが!」

「でもなぁ……落ち着かんし」

「でもじゃないわよ。休むのも練習の内ってよく言うでしょ」

 

 眉を下げたはやての反論をぴしゃりと撥ね退け、そのままの勢いで叩き潰すアリサ。

 そして、次はなのはに向きなおり、睨み付ける。

 その視線になのはは自分を心配してくれているのだと分かっていても思わず怯んでしまう。

 

「なのはは心配し過ぎ。詳しくは知らないけど、あんた一人が一日休んだ程度で回らなくなるならとっくの昔に潰れてるわよ、そこ」

「そ、それはそうだけど……やっぱり気になるわけで……」

「あのねぇ、あんたがどれだけ才能があるかなんて魔法を使えない私には分からないけど、これだけは分かるわ」

 

 一度言葉を切り、やれやれとでも言う様に肩をすくめて見せるアリサ。

 その仕草に余程自分が馬鹿にされているのかと思い若干ショックを受けるなのは。

 しかし、彼女の言葉はなのはの予想していたものとは違っていた。

 

 

「―――どんな天才でも一人じゃ世界は変えられない。まあ、パパの受け売りだけど」

 

 

 その言葉に息を呑んだのはなのはではなく、隣のはやてであった。

 なのはの方はすぐに意味が呑み込めずに難しそうに顔をしかめさせる。

 そんななのはにアリサは仕方がないとばかりに解説していく。

 

「要するに、なのは一人がいくら頑張っても限界があるってことよ」

「で、でも頑張るのをやめるのはおかしいよ!」

「誰も頑張るのをやめろなんて言ってないでしょ。自分一人で何とかしようとせずに他人も頼るってことよ。どうせあんたのことだから何でもかんでも自分がやらないといけないって思ってるんでしょ?」

「うっ……」

 

 図星を突かれて言葉に詰まるなのはに今度はアリサが溜息を吐く。

 自分の力だけで誰にも迷惑を掛けようとしないのは美徳だ。

 だが、行き過ぎればそれは自分以外の人間には何もできないという傲慢にもなる。

 そうした人間は必ずどこかで行き詰ってしまう。そして、自滅するのが理だ。

 

「とにかく、あんたは週に一日の休みぐらいしっかり休みなさい」

「は、はい」

 

 自身に気圧されたのかコクコクと頷くなのはに怒りのボルテージが下がったのか冷静になるアリサ。先程までのやたらと説教臭い自分に若干恥ずかしくなって頬を染めながら今度はフェイトの方を向く。

 いよいよ自分に回ってきたと唾を飲み込むフェイトに向けてアリサは口を開く。

 

「フェイトは、まぁ……頑張りなさい」

「私だけやけに軽くないかな!?」

 

 厳しく言われることを予想していたが心のどこかで心配されることを喜んでいたためにショックを受けるフェイト。

 今にも泣きだしてしまいそうな表情に慌ててアリサがオンオフの切り替えが大切だとそれらしいことを言っているのを聞きながら、はやては一人あることを思い出していた。

 それはグレアムに切嗣の過去を聞いた時のことだった。

 

 

 

 

 

「おとんと初めて会ったのはどんな時やったんです?」

「彼との出会いかい? ……もう随分と昔のことになるかな」

 

 グレアムが誕生日のプレゼントを持ってきた時のことだった。

 はやてはグレアムに切嗣との出会いを何気なく尋ねてみた。

 彼は彼女の質問に一気に老け込んだかのような表情になり遠くを見つめる。

 その様子にこれは重い話なのだろうと察し、佇まいを正すはやて。

 

「今からする話の内容は誰にも話したことがないものだ。恐らく、彼も誰にも話していないだろう」

「……はい」

「まず、私達の出会いは一つのロストロギアが起こした災害がきっかけだった」

 

 ロストロギア。その単語にはやてはゴクリと唾を飲み込む。

 それははやてが切嗣と巡り合うことになった発端でもあり、なのは達の出会いの発端でもあるからだ。

 グレアムは一端言葉を切り、紅茶でのどを潤してから話を再開する。

 

「祖国に帰省していた私が丁度その場に居合わせられたのは幸運だった……。いや、結局は何も救えていない以上はそれもあまり関係ないか」

「……一体、何があったんです?」

「昔ながらの伝承を残す小さな村があってね。そこに切嗣君は滞在していた。そして悲劇が起きた」

 

 あの事件の凄惨さを思い出したのか僅かに眉を顰めるグレアム。

 彼は許せないのだ。もっと早く異変に気付かなかった自分に。

 民間人を守るための管理局員だというのに誰一人救えなかったという後悔が今も残る。

 しかし、どれだけ後悔しようとも過去は変えられない。

 老兵にできることはせめて再発しないように伝えていくことだけだ。

 

「吸血鬼やグールの伝承は知っているかい、はやて君?」

「はい。そういった伝説の生き物の本も読んでますし」

「ああ、はやて君は読書が好きだからね。だが、それの元になるものが実在したことは知っているかい?」

「え?」

 

 驚いて目を見開くはやて。彼女自身は本の中から家族が現れたり、魔法少女になったりと色々と非常識なことをやっているという自覚がある。

 しかしながら、未知の世界からのものではない、自分の世界にもあったというのは驚きだ。

 特に、この世界には魔法文明がないと言われていたのも響いた。

 

「でも、魔法文明は地球にはないんやないんですか?」

「ああ、確かに“文明”はないね。ただ、私もはやて君もなのは君もみんな地球生まれだ」

「んー……つまり、私達みたいなんが昔にもおったってことですか?」

「その通り。文明自体はないが魔法を使える個人は確かに存在する。つまり、文明がないことイコール、技術がなかったということにはならないんだよ」

 

 そう言われてみて妙に納得するはやて。歴史物や伝承物も読んでいるはやてではあるが、そういったものは魔法でもないと説明できないものが多々ある。

 例えば日本で奇跡を起こしたとして有名な天草四郎。

 彼は呪文を唱えただけで鳥を動けなくした、海の上を歩いたなどと言われている。

 魔法を知る前のはやてならばそれは何らかのマジックだと断じていただろう。

 しかし、魔法の存在がある知った今となればデマだと断じることはできない。

 両方とも魔法であればそれほど難しいことではない。

 他にも炎の十字架を創り出したなどと言われているが頑張ればシグナムでもできるだろう。

 

「そして、魔法を知らない一般の人からは伝説として受け継がれ続けている。技術としては受け継ぐ人間が生まれないことが多いから廃れていった。ここまでなら問題はないんだがね。……中にはロストロギアとして今も人に害をなす物が残っているんだ」

「それで……ロストロギアのせいで村が酷いことに…?」

 

 はやての問いかけに重々しく頷くグレアム。

 どういった内容かは分からないが吸血鬼にグールといった言葉から碌なことではないことだけは分かる。

 だが、それでも切嗣を知るためには避けては通れない道だと思い、グレアムを促す。

 

「人を操り血肉を貪る怪物に変える洗脳型のロストロギア。それに汚染された村はまさしく地獄絵図だったよ。村人全てがグールとなっていたんだ」

「……それでおとんはどうしたんですか?」

 

 そうは聞くものの彼女の中では何となくであるが答えが出ていた。

 衛宮切嗣であれば被害が出ないようにグールに変わった村人全員を始末しただろうと。

 そう思っていたはやての予想は全てではないが裏切られる。

 

「……初めは逃げて、私達に助けを求めに来たよ」

「―――え?」

 

 予想だにしなかった答えに目を丸くするはやて。

 衛宮切嗣が為すべきことから逃げるなど考えられなかった。

 彼は常に己の正義を貫き続けてきたはずだ。

 だというのに、逃げたというのだ。全てから、己の責務から。

 

「私は彼を保護して、リーゼ達が村人の“処理”を行いに行った。その時に……助けてくれと言われたのだよ」

「誰を……ですか?」

 

 はやては切嗣が助けてくれと言った主語は彼自身ではないことを悟っていた。

 あの養父が心の底から救いを求めるとすればそれは他者を助けるためでしかないと。

 これだけは絶対に狂いがないと自信を持って言えた。

 

「村人は助かるのかと、彼女が助かるのかと言われたよ……」

「彼…女?」

「ああ、ことの起点となった少女だ。私は彼に助けられないと言った。……それからかな、彼の目から全ての感情が消えたのは」

 

 衛宮切嗣という男が本当の意味で機械となる決断を下したあの日。

 その決断を下させたのは紛れもなく自身だと悔い、目を瞑るグレアム。

 一方のはやてはどうしてもその少女のことが気になっていた。

 あの養父をして殺せないと留まらせた理由は何なのかと。

 

「その人は……どんな人だったんですか?」

「詳しくは分からないが……彼は彼女の亡骸の前で涙を流してこう言っていた。

『―――ごめんね。君を殺してあげられなくて』と」

 

 要するに、それは切嗣が彼女に自分を殺してほしいと言われたということだ。

 そして、切嗣はそれを拒んだ。その結果として全ての村人が死んだ。

 彼があれだけ全てを救おうとする行為を否定したのはこういった過去があったからなのだ。

 そう考えるとはやての心は重い重しが載ったように苦しくなる。

 

「もしかしておとんは……その人のことが好きやったかもしれんなぁ」

「そうかもしれないね。唯一殺せなかった女性……そしてそのせいでより多くの被害が出た。『全てを救おうとした愚かさの代償は全てを失うことだ』そう、彼は言っていたよ」

 

 重々しい空気が流れ、二人そろって紅茶を啜る音だけが部屋の中に響く。

 その中で先に動いたのは話を終わりにする義務を持つグレアムの方だった。

 

「それからの彼は孤独のまま走り続けた。鬼のように仕事に取り組んでいった。もう誰も悲しませないという理想だけを追い続けて。そして私達の言葉を聞くこともなく姿を消してしまった」

 

 もし、自分達が彼に声を届かせることができたのならば全ての悲劇はなくせたのではないか。

 考えども、考えども、出てくるのは後悔ばかり。老人である為か暗い考えばかりが(よぎ)る。

 そんな自分に少し嫌気がさしながら彼はティーカップを机に置く。

 

「そして私達が再び会った時、彼の目を見て私は確信したよ。彼のそれまでの人生はどれだけ絶望しても孤独故に理想以外に縋りつく物がなかったのだとね」

「誰かに頼ろうとは考えんかったんかな……」

「そうだね。一人で意固地になっても一人では世界は変えられない……それに気づけたら切嗣君も少しは救われたかもしれない」

 

 グレアムの言葉を聞きながらはやては思う。

 自分達と一緒に居た時ですら養父は孤独だったのだろうかと。

 彼がこの場に居ない今となっては簡単に聞くこともできない。

 またしても聞きたいことが増えたとはやては心を奮い立たせる。

 

「大丈夫です。おとんを捕まえたら、今度こそは孤独にせえへんから。グレアムおじさんも見とってください」

「……そうかね。それは楽しみだ。私も老兵ながら尽力させてもらうよ。これでも管理局にはまだコネがあるからね」

 

 ニッコリと笑って見せたはやてに眩しそうに目を細める。

 もう老兵には出番はないと思っていたが若者の手助けぐらいはできるだろう。

 そう心に誓い、彼ははやてに笑い返すのだった。

 

 

 

 

 

「……やて、はやて! ちょっと聞いてる?」

「ん? おぉっと、ごめんなぁアリサちゃん。ちょっとぼーっとしとった」

 

 思い出にふけっているところに声をかけられて頭を掻くはやて。

 そんな様子にアリサの方はまた仕事のことでも考えていたのだろうと思い頬を膨らませる。

 隣のすすかがそんな愛らしい様子に微笑みを浮かべているがアリサは気づかない。

 

「もう、こうなったら運動でもしましょ。何も考えられないぐらい動けばあんたらでも忘れるでしょ」

「いいね、アリサちゃん。私もちょっと動きたかったし」

「なら、決まりね。ほら行くわよ! なのはも嫌がらない」

「う、運動は苦手なのにー」

 

 わいわいがやがやと動き出す友人達の様子にはやては一人笑みを浮かべる。

 自分はこの友人達が居る限りは決して孤独にはならないと。

 




おまけは定番のFateネタを入れてあるんでそういうのが嫌いな人はその部分は流してください。


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

「チェ…チェックメイト」
「うぅ……参りました、主」
「アインスはもうちょい先読まんと。なんや、三分でチェックメイトって。カップラーメンやないんやで」

 八神堂では現在はやてとアインスがチェスを行っていた。
 と、言ってもほとんどその場凌ぎの考えしかできないアインスと先の先まで読むはやてでは一方的な展開となりはやての圧勝に終わった。
 机に突っ伏してしくしくと泣くアインスにはやては若干呆れ交じりに指摘する。

「そうは言われても……」
「どうしたんだい、アインス。そんなに落ち込んで」
「切嗣!」

 そこに店の奥で在庫の整理を行っていた切嗣がひょっこりと顔を出す。
 アインスは味方ができたと思ったのかガバリと起き上がり助けを求める。
 二人から事情を聴いた切嗣はなるほどと頷く。

「確かにそれは速すぎるね」
「切嗣ぅ~!」

 まさかの裏切りに切嗣の肩を掴んでカクカクと揺らすアインスに切嗣は苦笑いを返す。
 しかし、途中で何かに気づいたのかパッと顔を輝かす。
 何事かと首をひねる切嗣とはやてにアインスは告げる。

「切嗣も主と勝負すれば私を馬鹿にできないはずだ」
「馬鹿にしてるわけじゃないんだけどね……」
「まあ、まあ、アインスがああ言っとるんやしやろうか。休憩時間はまだあるし」

 頬を膨らませて怒っているアインスに困ったように頬を掻く切嗣。
 アインスの提案に面白そうに乗るはやて。
 そういったこともありあっという間に決定してしまう。

「まあ、やるのは構わないんだけど。一ついいかなアインス?」
「何だい、切嗣?」
「うん。やるのは構わないけど―――別に、勝ってしまっても構わないよね」





「ほ、ほんまに勝ちよった……普通は負けフラグやろ、あれ」
「ははは、まだまだ娘には負けられないからね」
「切嗣…切嗣だけは私の味方だと思っていたのに……」
「アインス、そんな裏切られたって顔をされるとちょっと傷つくんだけど」

 勝負の結果は接戦になった末に切嗣の勝利だった。
 だと言うのに、アインスは裏切られたという顔をして切嗣を可愛らしく睨む。
 若干ショックを受ける切嗣だったが持ち直して一つ咳をする。

「まあ、読み合いだとはやての方が上なのは確かだけどね」
「なら、どうして勝ったんだ?」
「それは経験かな。結局は盤上も戦場だからね」

 一瞬陰のある顔をする切嗣だったがすぐに笑顔に戻る。
 その為かはやてもアインスも何も気づくことはない。

「まあ、僕としては落とし穴を作ったり、相手陣営の後ろ側から攻撃できないのが不満だけど」
「おとん、これチェスや」
「そもそも反逆が起きないのはおかしくないかい? 円卓みたいに」
「おとんはチェスに一体何を求めとるん?」

 やたらとリアリティを求めだす養父に呆れながら時計を見ると時間が来ていたので慌てて動き出す。
 アインスと切嗣も店に戻る準備を始める。
 しかし、先にはやてが居なくなったところで切嗣がアインスを呼び止める。

「アインス」
「どうした、切嗣?」
「……今は幸せかい?」

 問いかけの意味が分からずにきょとんとした顔をするアインスだったがすぐに満面の笑みを見せる。

「この上なく幸せだよ」
「そっか―――安心した」

 その言葉に切嗣はまるで自分が救われたかのような笑顔を零す。
 その笑顔が余りにも綺麗だったためにアインスは思わず真紅の瞳を見開く。

「おとーん、アインスー。早よ来てーや」
「あ、はい、主」
「今行くよ、はやて」 

 はやての呼びかけに答えるように二人は足早に、しかし自然に二人並びながら歩き出すのだった。


~おわり~


イノセントと原典でアインスの口調が違うので違和感があったらすみません。


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十三話:幸せとは

 ホテルの一室で切嗣は安物のソファの上に腰を下ろし、ひたいに指をあてる。

 繰り返される自身の過ち。何の罪もなく消えていく人々。

 耳にこびりついて離れない助けを求める人々の声。

 ふと気を抜くとその声が思い出されてしまう。

 

 ―――助けて。

 

 もし、叶うのならばその声に応えて救い出したかった。だがそれは衛宮切嗣には許されない。

 何でもない日常の場面であれば応えられるかもしれない。

 しかし、彼の仕事場(・・・)である戦場ではいつもそれ以上に優先することがある。

 命令を忠実に遂行することだけが彼に許されたこと。

 誰かを救えという命令が下されるのならば喜んで命すら捨ててみせよう。

 だが、いつだって彼が行うことは最小の犠牲を生み出すことだけだ。

 悲しみの連鎖を続けていくだけだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 自然とその言葉が零れ落ちてくる。かつてであれば理想の為の犠牲だと割り切れた。

 必ず彼らの死は報われるのだと信じていた。だから謝ることなどなかった。

 しかし、そんなことは幻想だと気づかされた。それ故に謝り続ける。

 例え、これから先の行動で彼らの死が報われたとしても、見当違いの犠牲を強いられたことに変わりはない。

 だからこそ、彼は後悔と自責念を込めて謝罪の言葉を零してしまう。

 

「ごめんなさい……」

 

 そんなどこまでも弱く、今にも壊れてしまいそうな男を幸福の追い風は見つめていた。

 普段であれば彼女の前で弱音を吐くことはない。

 だが、今日の彼は彼女に気を使えない程に心身が弱り切っていた。

 一体何があったのかと心配になりリインフォースはゆっくりと切嗣に近づく。

 

「どうした、切嗣?」

「……また見捨てた。『助けてくれ』と縋ってきた人達を助けようともしなかった」

 

 切嗣は今にも泣きだしてしまいそうな子供のような声で告げる。

 思い出されるのは地雷で片足を失い物乞いをする者。

 ゴミを拾って売りその日の糧にする子供達。

 とにかく、この世の弱者の全てが集まったかのような町だった。

 切嗣は自身の仕事を果たすために彼らの前を通ってしまった。

 顔も名前も知らなくとも身なりから自分よりも裕福だと判断した彼らは切嗣に助けを求めた。

 

 彼らとて本当に助けてもらえると思っていたわけではない。

 それでも、何かに、希望に縋るより道がなかった。

 彼らの救いを求める声は切嗣の心に痛いほどに響いた。

 けれども、優先すべきこと為すために彼らを見捨てた。そこまでなら良かった。

 しかし、彼は為すべきことを為した後にあろうことかそこに戻ってきてしまった。

 自身が自由である時間だけでも誰かを救えればと思ったのかもしれない。

 

「もしも、僕が立ち止まっていれば…あの時助けていれば……やっぱり彼らは死なずに済んだ」

 

 しかしながら、そんな気の迷いは彼にさらなる絶望を抱かせたに過ぎなかった。

 せめて誰か一人でも助けられないかと再び訪れたそこに彼らはいなかった。

 いや、居るには居たが、皆―――息絶えていた。

 町には火が放たれ、弱きものは蹂躙され尽していた。

 限られた財を、糧を、奪う為に敗残兵が数の暴力をもって襲っていたのだ。

 

 無論、切嗣はそのことに対して灼熱のような憤りを抱いた。

 弱者を襲う者達を今すぐにでも撃ち殺して止めてしまおうかとすら考えた。

 だが、ふと気づいた。気づいてしまった。

 どうして“敗”残兵がこうも大挙して押し寄せているのかの理由を。

 簡単だった。衛宮切嗣が一方的な形で戦争が終わるように仕向けたからだ。

 

「戦争が終わったって争いが無くなるわけじゃない……当の昔に知っていたはずなのにね」

 

 敗残兵が犯した罪ですら彼に押し付けるのは余りにも酷だろう。

 しかし、彼自身の心は打ちのめされた。見捨てただけだと思っていた。

 けれども、真実としては彼が正義だとかつて思っていた行為は弱者への止めでしかなかった。

 本当に救われるべき、本当に救いたかった者達を地獄へ追いやっていたのだと今更ながらに突き付けられたのだ。

 

「少数を犠牲にして多数を救う。……ははは、言葉にすればどこまでも正しい。でも、あの光景を、人が人を喰らうのを見てもそう言えるのか?」

 

 今の今までそうした光景を見続けてきたにもかかわらず気づかなかった己を嘲る切嗣。

 何のことはない。敗残兵達は切嗣と同じ行為をしただけに過ぎないのだ。

 100人の敗残兵が30人の弱者から全てを奪い生き残った。

 それがどんなに残酷で悪辣極まりない行為だとしても、それは正しい(・・・)ことだった。

 

 そんな正しい(・・・)ことをしている彼らをどうして衛宮切嗣が断罪できようか。

 否、出来などしない。その行いの先端を走る人間が責めたところで笑い話にもならない。

 かつて、衛宮切嗣は大飢饉に襲われた人々が、人間を殺して食べる光景を見たことがある。

 その時はその行いを軽蔑し、もう二度とそんなことをしなくともいいように世界を変えようとした。

 

 もしも、その時にその行いは彼自身が行っていることの縮小版に過ぎないと理解できればよかった。

 多くの人間を生かすために一人を喰らう犠牲の分別。

 全ての命を等価に量り、より犠牲の少ない選択をする。

 驚くほどに衛宮切嗣の人生と一致する思考と行動。

 要するに、彼が行ってきた行為は人が人を喰らう食人となんら変わりがなかった。

 

「ねえ、リインフォース。世界はどうして……こんなに残酷なのかな?」

 

 おぞましいほどの下種で外道な行為が正しい(・・・)歪んだ世界。

 切嗣は苦悩のあまりにそんな世界への恨み言を零してしまう。

 この世界を創った神が存在するのだとしたら血飛沫や絶望が好みの悪辣な存在に違いない。

 だからこそ思う。もしも―――

 

 

「僕が神様だったら―――こんな世界は創らなかった…ッ」

 

 

 誰もが笑いあえる世界を創った。誰も傷つかない優しい世界を創った。

 仮にその世界が誰にも望まれない世界だというのならこの身は悪魔でいい。

 例え、悪魔だとしても自分はこんな血と絶望に満ちた世界など創りはしなかった。

 

「……切嗣」

 

 リインフォースは今にも泣きだしてしまいそうな切嗣の隣に座りそっと寄りかかる。

 突然のことに切嗣は驚いて目を見開き、リインフォースを見つめる。

 そんな切嗣に対して彼女は優しく微笑みを返す。

 

「泣いてもいいのだぞ」

「……そんな権利があるわけがないだろう」

 

 彼女の優しい言葉にも切嗣は何かを堪えるような表情をして首を振るだけである。

 数え切れぬほどの悲しみを生み出してきた自身が泣いていいはずがないと彼は思っていた。

 それが分かったためか彼女も少しだけ悲しそうに目を伏せる。

 しかし、それだけだ。決して離れはしないとでも言う様に彼の肩に頭をのせる。

 そのことに困惑する切嗣をよそにリインフォースは語り始める。

 

「世界は確かに冷たく、残酷だ。私もよく知っている」

「リ、リインフォース……」

「だが、それだけでもない。愛も奇跡も存在する。かつてのお前はそれらをどこまでも否定していたが、本当は全ての人がそういったものを受け取れる世界が欲しかったのだろう?」

 

 記憶が摩耗してしまう程に絶望の時を過ごしてきた彼女の言葉に切嗣は何も返せない。

 あれだけ否定し続けた。でも、原初の理想は否定したものが満ち溢れている世界だった。

 求めているのに否定していた。それがどんなに滑稽なことか、今になって理解する。

 矛盾した願いが叶えられるはずもない。最初から衛宮切嗣の理想は崩れ去る定めだったのだ。

 

「愚かすぎて理解できないよ……。どうして僕は矛盾に気づけなかったんだろうか」

「自身の姿を見るためには鏡が必要だ。そして、人にとっての鏡とは他者に他ならない」

「ああ……そうか。どうりで分からないはずだ。ずっと……一人だったからね」

 

 誰からも理解されないと心を閉ざして走り続けた。

 その間は心に迷いなど生じることなく走り続けられた。

 だが、誰とも理解し合えなかったためにその道が間違っているという指摘すらなかった。

 勝手に暴走して、勝手に道に迷って絶望しただけ、笑えるほどに自業自得だ。

 

「そうだな。だが、今はもう―――一人ではない」

 

 切嗣の体に温かく柔らかな感覚が広がった。まるで故障したかのように固まる。

 そして、ようやく頭が現状を理解する。自身は今抱きしめられているのだと。

 リインフォースからの暖かな抱擁を全身で受け止めているのだと。

 

「な、何をしているんだい? リインフォース」

「私が居る。お前の傍にいてやる」

「――ッ」

 

 声にならない程に小さく、短い悲鳴が切嗣の口から零れる。

 何も彼女が嫌いなわけではない。寧ろ親愛の念を抱いていると言っていいだろう。

 だからこそ、彼は悲鳴を上げる。自身のせいでまたも誰かが不幸になってしまう可能性に。

 どうしようもない自分の為に幸せを投げ捨てようとする彼女の行為に。

 何よりも恐怖する。

 

「何を言っているんだ、リインフォース! 君ははやての元に帰るんだろう。もうこちらの目的は達成されたんだ。僕に気を使う必要なんてない。そうだ、今すぐにでもはやての元に連れて行こう」

 

 まるで怒鳴りつけるように言い返す切嗣の姿にもリインフォースは一切動じない。

 それどころか楽しそうな表情で見つめ返すばかりである。

 困惑する切嗣の耳元に彼女は淡い桃色の唇を近づけてハッキリと告げる。

 

 

「嫌だ」

 

 

 その言葉に呆気にとられ間抜けな表情になる彼を見て、彼女は少女のように笑う。

 まるで悪戯に成功したかのような無邪気な笑顔に毒気を抜かれながらなんとか彼は声を絞り出す。

 

「……契約だとはやての元に帰るはずだっただろう」

「いいや。契約は身の安全の保障、目的の達成後の自由、そして人間としての幸せを教えることだ。つまり私がどこに居ようとも自由だということだ」

 

 本当に今まで言ったことは全て覚えているのかスラスラと読み上げる彼女に彼は頭を抱える。

 確かに彼女がどこに居ようとも自身に止める権利はない。

 しかし、自身の傍となれば人間としての幸せを得られるはずがない。

 何としてでも踏み止まらせようと考え、ため息と共に口を開く。

 

「それだと三つ目の人間としての幸せが満たせないだろう。やっぱり君ははやての元に帰るべきだ」

「確かに主と騎士達と共に過ごすのは幸せだろう。しかし、それ以上に私が幸せを感じることがあるのならばそちらが優先されるのではないか?」

「お、おい、リインフォース?」

 

 立ち上がり、肩を掴むようにして顔を近づけてくる彼女に切嗣は慌てふためくしかなかった。

 ルビーのような美しい瞳が彼を捉えて放さない。

 まるで、宇宙にでも吸い込まれるような感覚を感じ切嗣は動くに動けない。

 

「様々な形の幸せを見続けた結果、私は辿り着いた。私の幸福は―――お前の傍に居ることだ」

 

 二年余りの時を共に過ごした果てに彼女が得た答え。

 それは衛宮切嗣の頭を真っ白にしてなおも痛めつける程に威力があった。

 これだけはあってはならなかった。絶対に人を幸せにできない男の傍に居ることを選ぶなど。

 決してあってはならなかった。だというのに、彼女は選んでしまった。

 この世で最も過酷な道そのものに幸福を見出してしまった。

 余りの絶望感に切嗣はがっくりとうなだれてしまう。

 

「……どうしてだい。どうしてそんな碌でもない道を選んだんだい? 全ての幸福から背を向けて。全ての悲しみを飲み干す道を、どうして選んでしまったんだい?」

「切嗣……お前は鈍感なのか? そうでないのなら私も少し怒るぞ」

 

 切嗣がこの期に及んで理解しようともしないことに少し眉を寄せるリインフォース。

 対する切嗣と言えば、何を言っているのかが分からずに彼女を見上げる。

 そう言えば今の彼の自己評価は最低を通り越してマイナスに行っていたのだと思い出して彼女は少しため息を吐く。

 リインフォースは埒があかないのでストレートに言ってしまう。

 

 

「簡単なことだろう。私は一人の女性として―――お前を愛しているからだ」

 

 

 少しばかり恥ずかしかったのかほんのりと頬を染めるリインフォースとは対照的に切嗣の表情はまさに顔面蒼白といったものだった。

 それもそうだろう。彼を誰かが愛するということは。彼が誰かを愛するということは。

 ―――最後には愛する者をその手にかけなければならないということなのだから。

 

「……ダメだ。君は僕を愛してはいけない」

「『僕は契約通り、君が人としての幸せを見つけ出すまでの手伝いをする。それが、僕の思い描く幸福と違っても止める権利はないから安心してくれ』確かお前はこう言っていたが?」

「違う…っ。違うんだ! こんな僕に君を愛する資格も愛される資格もあるものか!」

 

 頭を左右に振り、必死に否定の言葉を言い続ける。

 しかし、それは彼が彼女の愛を拒むだけの理由とはならない。

 故に彼女は微動だにせず彼を見つめ続ける。

 

「だって、僕は必要になれば、名も知らない誰かの為に……愛する君を殺してしまうッ!」

 

 だから、自身には愛する資格も権利もないと続けようとしたところで彼女に頬を撫でられる。

 そして、自覚する間もなく一つ、どこまでも慈愛に満ちた口づけをされていた。

 呆然とする切嗣をよそにリインフォースは聖女のような笑みを向ける。

 

 

「それでもいい、それでも構わない―――お前を愛せるのなら」

 

 

 その言葉に感じたこともない感情が切嗣の胸の中に沸いてくる。

 自然と彼自身も気づくこともない柔らかな微笑みが零れる。

 彼はもうこれ以上言っても無駄だと悟り、柔らかな声を出す。

 

「とんでもない愚か者だ……君も、そして僕も」

「そうだな。私達はとんでもない愚か者だ」

 

 二人で笑い合いながら切嗣は立ち上がる。

 そして、ゆっくりと、不器用に、リインフォースを抱き寄せる。

 お互いの心臓の鼓動と体温を感じながら彼は少し冗談交じりに呟く。

 

「僕の完敗だ、リインフォース」

「ああ、そして……私の勝利だ」

 

 そんな切嗣に対してリインフォースは幸せそうに頬を緩めるのだった。

 この先に新たな絶望が待ち受けているのだと知りながらも。

 




ケリィを愛した女性はみんな……。誰か大河並みの幸運をリインさんに。


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十四話:落ちた少女 ☆

 ベッドの上で一人の少女がボンヤリとした表情で窓の外を見つめていた。

 外では鳥達が楽しそうに飛び回っており、まるで今日という日を祝っているようだった。

 しかし、少女の心はそんな鳥達とは正反対にどこまでも沈みこんでいた。

 優しい心を持つ少女であるが今日ばかりは鳥達が飛び回るのがやけに気に障った。

 自分の心もあの鳥達のように自由でいられたら、そう思わずにはいられなかった。

 

「二人が来たみたいだぞ。入れても構わないか?」

「……うん」

 

 扉の向こう側からは兄が自分を気遣いながら親友の訪れを知らせてくれる。

 少女はその優しさに少しだけ気持ちが楽になり返事を返す。

 すると、明らかにホッとしたような空気が流れてくる。

 おそらくは面会拒絶の可能性も考えていたのだろう。

 そんなことを考えていると少女の親友二人が遠慮気味に部屋に入って来る。

 少女はそんな様子におかしくなってクスリと笑う。

 

「なんや、心配して損したわ」

「うん。もっと落ち込んでいるかもって」

「二人の顔を見たら元気が出たんだ」

 

 三人はそこで一同に笑いを零す。

 するとどうだろうか、少女の胸に巣くっていたモヤモヤとした感情が消えていくではないか。

 そのことに驚きつつも少女は納得する。

 自分は多くの人に支えられていてその笑顔があれば何度でも立ち上がれるのだと。

 いつまでもこんな場所で立ち止まっていても仕方がないと少女は顔を上げる。

 

「いつまでも落ち込んでいたらダメだよね。ねえ、二人とも。私、決めたよ。絶対に―――」

 

 少女の強い視線に友人二人は黙ってその宣言を聞き届けようと見つめ返す。

 そして、不退転の覚悟が籠った言葉が可憐な口から紡ぎだされる。

 

 

「次の執務官試験で受かるから!」

 

 

 少女、フェイト・テスタロッサは不合格のショックを乗り越えて力強く宣言した。

 しかし、純粋な彼女はそれがフラグと呼ばれるものだとは知る由もない。

 同様に親友のなのはも彼女の覚悟を素直に受け入れるばかりである。

 はやての方は少しだけ微妙な表情をするが、言ってしまう方が本当にフラグになりそうなのでスルーする。

 

「フェイトちゃんなら大丈夫だよ!」

「その意気やで、フェイトちゃん」

「うん、私頑張るからね。なのは、はやて」

 

 がっしりと握手を交わして、応援してくれる友の優しさに目を潤ませるフェイト。

 その様子は外に居たクロノには分からなかったが精神リンクで繋がっているアルフが主と同様に落ち込んだ状態から復活したことで胸を撫で下ろす。

 なんだかんだ厳しいことを言ったりしながらも妹のことを大切に思っている兄なのだ。

 

「しっかし、フェイトちゃんが試験に落ちて引き籠った聞いたときはどないしよー思ったなぁ」

「ご、ごめん。心配かけたよね」

 

 はやてからのからかい半分、心配半分の言葉を聞いて申し訳なさそうに縮こまるフェイト。

 合格発表の場で自らが落ちたことを確認した後のフェイトは結果をクロノとリンディに伝えた後に部屋に籠りアルフを抱き枕にしてふて寝をしていたのだ。

 その落ち込みようがクロノからなのは、はやてに伝えられて今の状況に至るのだ。

 

「誰だって落ち込むときはあるから仕方ないよ、フェイトちゃん」

「ありがとう、なのは。でも、これから頑張るから」

「そう言えば、なのはちゃん。ヴィータからこの前、撃墜されそうになったって聞いたけど大丈夫なん?」

 

 見つめ合い、二人きりの世界に入っていきそうになるなのはとフェイトを引き戻すべく、別の話題を出すはやて。

 すると、面白いほどの勢いでフェイトが心配から釣れてしまう。

 一瞬で心配で仕方がないという顔になりペタペタとなのはの体に触りだす。

 

「大丈夫、なのは! 怪我とかしてない!?」

「フェ、フェイトちゃん。大丈夫だから、大丈夫だからやめて! くすぐったいよ!」

「ほほう、怪我か、それは大変やなぁ。フェイトちゃん、私も手伝うで」

「はやてちゃんも悪ノリしないでよぅ!」

 

 その後、たっぷりとなのはで遊んだ後で開放するはやて。

 その顔は何故か異常な程に輝いていた。最近、主がセクハラまがいの行為を行ってくるとシグナムとシャマルが頭を痛めているという噂は真実だと悟り、なのはは少しばかりはやてから距離を取ることにした。

 そして、もう来ないことを確認した後で小さく喉を鳴らして説明に入る。

 

「確かにお仕事の帰りに未確認の敵に襲われてちょっと危なかったけどヴィータちゃんが守ってくれたから大丈夫だよ」

 

 なのはは、少し前に武装隊の演習で異世界に行ったのだが、そこで謎の機械に襲われたのだ。

 しかし、相手は未確認と言えどなのはの相手ではなかった為にあっさりと撃退した。

 途中で日頃の疲れからか軽く攻撃に当たるという危ないところもあった。

 だが、一週間に一回は強制的に休まされていたおかげか大事には至らずに救援に来たヴィータによって助けられた。

 

「まあ、その後に念のために行った病院で無茶のし過ぎって言われちゃったけどね」

「なのはの砲撃はただでさえ体への負担が大きいんだよ」

「あんま怪我せんといてよ。なのはちゃんが休む日が増えたら私も一緒に増やされるからなぁ」

 

 闇の書事件でのカートリッジシステムの無謀ともいえるインテリジェントデバイスへの搭載。

 さらに闇の書の闇に対して使用したエクセリオンモード。

 これらの負担が自身とレイジングハートの体に蓄積されていると改めて言われて流石のなのはも反省した。

 同時に自分もはやてと一緒に休んでおいてよかったと思った。

 シャマルの策は時間を掛けてではあるが功を結んだのだ。

 

「あはは、どうしてもって時以外はできるだけ抑えるように頑張ります」

「なのはちゃんの場合、そのどうしてもって時がやたら多いからなぁ」

「そ、それは否定できないの」

「でも、私もなのはがピンチになったら無茶してでも行くよ」

「フェイトちゃん……」

 

 再び二人きりの世界に入っていくなのはとフェイトに溜息をつきながらはやては何となしに外を見つめる。

 切嗣が姿を消してから二年が経過した。

 死んだのではという不安もあるが、同時に生きているという確信もあった。

 後を追うことはできないが、明らかに『魔導士殺しのエミヤ』が介入したと思われる紛争が各地にあるのだ。

 今はまだ追うことができないがいずれは追えるように今は力と地位を上げていかなければならない。

 そう改めて確認をして二人に視線を戻すのであった。

 

「で、結局、何点足りんかったん?」

「うぅ……」

「はやてちゃん!」

 

 最近、自然と相手をいじるようになってしまったと噂のはやてであった。

 

 

 

 

 

「お帰り、クアットロ。ガジェットの試作機はどうだったい?」

「それが全部木っ端みじんにされちゃいました。流石に空のエース級は落とせませんねぇ」

「なに、この程度でやられては寧ろ興醒めだよ。壁は高い方がいいからね」

 

 試作機の性能を確かめる為にガジェットを伴い異世界へ赴いていたクアットロ。

 スカリエッティはその帰還を心の底から喜びながらなのは達に仕向けた成果を問う。

 成果事態はあがらなかったが逆にそのことが彼の意欲を高める。

 生粋の技術者とは不可能と思われる壁に挑戦する時こそが最も燃える時なのだ。

 

「しかし、これから忙しくなりそうですね。人造魔導士の素体もいいのが手に入りましたし」

「そうだね。レリックについてもそろそろ頃合いでもあるしね。おまけにスポンサー様からの特別な依頼もあるからね」

「特別な依頼ですか?」

「何、いずれ分かるさ。それまでのお楽しみというやつだよ」

 

 スカリエッティは不敵な笑みを浮かべてそう口にするのだった。

 それにクアットロは興味が引かれるものの、彼の言う通りに楽しみは取っておくべきだと判断し尋ねるを止める。

 

「しかし、魔導士クイントは良い素体だ。また彼女を素体として創るのも悪くない」

「そうなると九番目ですかね」

「そうだね。くくく、楽しくなってきたよ」

 

 今度はどんな素晴らしい作品を作り上げようかと忙し気に作業をしながらも、楽しげに試案するスカリエッティ。

 そんな様子を見ているとき、クアットロは机に見慣れぬ資料があることに気づく。

 何となしに手に持って見てみるとそれは脳の移植に関する資料であった。

 こんなものなどスカリエッティならば今更見返す必要などないと不思議に思うが先程の彼の言葉を思い返して気づく。

 

「なるほど、そーいうことですかー」

 

 一人で小さく呟き、頷く。しかし、まだ分からないことはある。

 あのスカリエッティが楽しみにしておいてくれと言ったのだ。

 自分が思う以上のことが隠されているのかもしれない。

 そう考えると自然と頬がつり上がってくる。

 彼女はスカリエッティの因子として、彼の冷酷さや遊び心を強く継いでいる故に。

 

 

 

 

 

 衛宮切嗣は苦悩していた。

 ここ五年程はもはや苦悩することが日課となっているが今回は悩みの質が違った。

 いつもであれば世界の悲惨さや、自身の愚かさについてだが、今回は少しばかり明るい。

 いや、明るいというわけではないのだが決して陰鬱な気分ではない。

 純粋に困っているのだ。目の前の少女とどう接すればいいのかを。

 

「あー……おなかは空いてないかい?」

「…………」

 

 無言で首を横に振る薄紫色の髪の少女、ルーテシア。

 そんな少女に切嗣は犬のおまわりさん程ではないが困り果てていた。

 助けを求めようにもリインフォースは来ていないために誰にも頼れない。

 何故こんなことになったのかと頭を抱えたいところだが子ども前でそんな無様は晒せない。

 少しばかり残った大人の意地で目の前の少女となんとかコミュニケーションを図ろうとしていた。

 

「ああ……そうか。二歳の子どもならそんなに話せないか。そうなると遊びが良いな」

 

 ちょこんと座りこちらをジッと見つめてくる二歳のルーテシアの様子に内心で焦りながらも冷静に考える切嗣。

 そもそも、どうして切嗣が子どもの世話をしているのかというとだ。

 スカリエッティのラボを訪れたところで彼女が一人で居たからである。

 ウーノに聞いてみれば彼女の母親が人造魔導士の素体として送られてきており、彼女もまた素質があるためについでとばかりに送られてきたらしい。

 

 ただ、スカリエッティは別の案件に取り組んでいる最中なので今は何もされていない。

 その為に殺伐としたラボに小さな少女が一人居るという事態に陥ってしまったのだ。

 それを聞いた切嗣は自分には何もできないと分かっていながらも、罪悪感から世話を買って出てしまったのだ。

 

「何か、遊ぶ物があれば……」

 

 あたりを見まわして見るもののこんなところにあるはずもない。

 なおも真っすぐな視線で見つめてくるルーテシアに内心冷や汗をかいたところである物が目に留まる。

 それは世界の情勢を知るために買っていた新聞であった。

 これしかないと感じた切嗣は新聞を一枚ほど取り、彼女の目の前に持っていく。

 

「ルーテシアちゃん、ちょっと見ててごらん」

 

 返事はないがしっかりと目を向ける彼女に幼い頃のはやてを思い出して鬱になりかけるがそこは気持ちを切り替えて笑顔を作り続ける。

 そして、新聞の端を持ちちょうどいい速さで千切っていく。

 

「ビリビリビリビリー。ほーら、新聞がたくさん千切れたよ」

「……しんぶん……ちぎる」

「やってみるかい? はい、こうして持ってね。後は好きなように千切るだけだよ」

「すきなように…?」

「ルーテシアちゃんが楽しくなるようにすればいいんだよ」

 

 コクリと小さく頷き、見よう見まねで新聞を千切り始めるルーテシア。

 すると、新しい感触と独特の音が気に入ったのか目を輝かせて黙々と千切り始める。

 その様子にホッと胸を撫で下ろす切嗣。

 はやての養父になるにあたって色々と育児の本を読んだ経験が生かされた。

 少しというか、かなり昔のことを思い出して心が折れそうになるがそこは我慢である。

 

「…もっと」

「うん、いいよ。新聞はまだいっぱいあるからね。でもその前に千切ったものでまた遊んでみようか」

「どうするの?」

「こうやってね、千切った紙を集めてね。それをグシャグシャって潰すと……はい、ボールになったよ」

 

 新聞で作られたボールを見せるとルーテシアもすぐに真似をして丸め始める。

 そこまで見届けると切嗣はおもむろにゴミ箱を取って持ってくる。

 

「これがゴールだよ。それでこのゴールにポンって」

「……はいった」

 

 近場からフワリと新聞紙ボールを投げ入れる切嗣。

 その様子に無感情ながらもどこかワクワクとした表情を見せるルーテシア。

 切嗣がそっと促してあげるとルーテシアもボールを投げ入れる。

 スポッと小気味のいい音を立てて入ると少し嬉しそうな表情を見せる。

 

「これはね、いっぱい千切って、丸めて、ゴミ箱にポイするまでの遊びなんだ」

「わかった…」

「他にもこうして小さく千切って上に投げると、雪みたいになるよ」

「フワフワしてる……」

 

 説明が終わるとすぐに新聞を千切る作業に入るルーテシア。

 その姿にこれで何とか退屈しのぎの遊びは教えられたかなと安堵の息を吐く切嗣。

 何となく疲れたような、気が楽になったような気持ちになりながらその後も彼女のおもりを続けていくだった。

 彼女が後にスカリエッティによって処置されることに罪悪感を覚えながら。

 




なのは撃墜回避。少しは休んでたからね。
でも、フェイトは試験に落ちる。仕方ないね、難関だから。
ルーテシアは本編開始前の八年前だから、二歳。書いている最中に気づいて何か書いてしまった。
この歳の家遊びで積み木とかお絵かきがあった中で何故かこれを選んでしまった。
因みに初期案はモロトフカクテルで火炎瓶を作るつもりだった(黒)

おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

 シグナムとアインス。この二人は家で一番家に帰るのが遅い。
 シグナムは剣道場での練習や防犯講習の手伝いで遅くなる。
 アインスは夜間学校に通っているために必然的に遅くなる。
 そして、そんな二人を心配して遅い時間であればザフィーラが迎えに行くのがほとんどである。
 しかし、二人が同時刻に帰るとなればそうもいかない。
 しゃべって、戦えて、賢い、八神家の守護犬ザフィーラであるが流石に分身はできない。
 そのため、そういったときは片方には切嗣が向かう。
 だが、どちらがどちらを迎えに行ったかで状況は大きく変わるのだ。

「む、ちょうど同時に着いたのか、アインス、ザフィーラ」
「そっちには切嗣が行ったのか、シグナム……」

 八神堂の前でばったりと出くわし、珍しいこともあるものだと声を出すシグナム。
 一方のアインスはどこか羨まし気に切嗣の隣に立つシグナムを見つめる。
 その様子に気づいたシグナムが悪戯気に笑い切嗣の正面に立ち、口づけをするように背伸びをする。

「シ、シグナム!?」
「お父上、髪にゴミがついていますよ」
「ん? ああ、取ってくれてありがとう」

 まさかそのままキスをするのかと声を上げるアインス。
 しかし、シグナムは不思議そうにする切嗣にゴミを取る素振りをするだけである。
 そして、振り向きざまに軽くウィンクをされてアインスは自身がからかわれたことを悟る。

「シ、シグナムは意地悪だ」
「おや? 一体先程の行動の何が悪かったのだ。私とお父上が近づいたことが悪かったのか?」
「う、うぅ……」

 怒って文句をいうものの理由など言えるはずもなく顔を赤くすることしかできない。
 一方の切嗣の方はシグナムに近づかれたことにも特に何も思っていないのか首を傾げるばかりである。
 ザフィーラは察しているが空気を読み黙っている。

「どうしたのみんな。店の前で大きな声なんか出して?」
「ふふ、シャマル。実はな、アインスが―――」
「あー! シグナムは何も言わなくていい!」

 声を聞きつけて顔を出したシャマルにシグナムが楽し気に伝えようとする。
 しかし、その口はアインスの手によって塞がれてしまう。
 だが、目は笑っており、彼女をからかってを楽しんでいるのが手に取るように分かる。

「ははは、やっぱり家は賑やかだね、ザフィーラ」
「……そのようですね。お父上、つかぬ事をお聞きしたいのですが?」
「なんだい?」
「お父上はご結婚なさる気はないのですか?」

 ピタッともみ合っていた女性陣の動きが止まる。
 明らかに興味津々といった様子で耳を澄ませるが切嗣は気づかない。
 因みにシグナムは内心でザフィーラにナイスアシストだと送っていた。
 そして、奮発して高級ドッグフードを買ってやろうと思う。
 もっとも、彼からすれば主はやての作る物以上の物は存在しないのでいい迷惑であるが。

「そうだね……僕はみんなが居てくれればそれでいいからね」
「…………」
「みんなが幸せに過ごしてくれるなら他には何もいらないから今は考えてないかな」
「そうですか、お時間を取って申し訳ありませんでした」

 切嗣の本当に満足しきった笑顔を見て、何とも言えない温かい気持ちになる一同。
 そして、家族で過ごせるこの時がいつまでも続けばいいとザフィーラは願う。
 その願いはこの世界が続く限りきっと叶うだろう。

「あ、お父さん。ここにお父さんしだいでもっと幸せになれる子が―――」
「シャマルー!」

 こちらもアインスをからかうシャマル。そこにシグナムが入り、ザフィーラが仲裁に入る。
 そんな家族の様子を見ながら切嗣はどこまでも幸せそうな笑みを見せるのだった。

~おしまい~

次回のおまけは何を書こうか。


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十五話:歪んだ平和

「それじゃあ、リインの二歳の誕生日を祝って、かんぱーい!」

『かんぱーい!』

 

 現在八神家では、フェイトが執務官試験に落ちたすぐ後に生まれたリインフォースⅡの誕生日を祝っている真っ最中だった。

 彼女ははやての苦心の末に生み出されたことと、リインフォースⅠの遺志を継いでいるためか家族全員から可愛がられている。

 特にヴィータに関しては長らく末っ子として扱われていたので妹分として非常に可愛がっていた。

 

「ありがとうございます。リインは今とっても嬉しいですぅ!」

「そっか、それなら良かったわ。今日はリインの大好きな物を沢山作ったからいっぱい食べてーや」

「はい!」

 

 まるで妖精のようにフワフワと宙を浮きながらニコニコと笑うリインの姿にはやても微笑む。

 そして、リインはその小さな体よりも大きな、といっても普通のサイズのフォークを持ち料理の上に飛んでいく。

 そんな様子を横目で見ながらはやては写真立てにかけられた一枚の写真を見つめる。

 以前に家族で撮った集合写真。そこにはリインは映っていない。

代わりにここにはいない切嗣の姿がある。

 一体彼はどんな気持ちでこの写真に写ったのか、そう思うと思考の海に沈みそうになる。

 

「主はやて、どうかされましたか?」

 

 そこへ、人間形態のザフィーラが心配をして声をかけてくる。

 はやては顔に出してしまったなと若干悔やみながらも少し暖かい気持ちになる。

 常に自分のことを心配してくれる人間が居るというのはとても贅沢なことなのだ。

 そう思い、ザフィーラに正直に話す。

 

「いやな、もう四年も経ったんかーってな。時間ってのは早いもんやな」

「それは主が充実した日々を送っていられるからでしょう。幸せな日々程早く過ぎるように感じるものです」

「そっか、それもそうやね」

 

 ザフィーラの言葉にゆっくりと頷くはやて。

 彼の言葉は何でもない一般論にも聞こえる。しかし、その重さは比べ物にならない。

 彼ら守護騎士ははやての元に来るまでに気の遠くなる時間を、望まぬ行いを繰り返してきた。

 それがどれだけ長く感じられたのか、どれだけの苦痛だったのか。

 それは主であるはやてにすら分からない。

 だからこそ、自分が彼らを幸せにしてやらなければならないと決めている。

 

「本当言うとな、結構早くおとんは見つけられると思っとったんよ。家におる時はいつもダラダラしとったからなぁ。簡単に行くと思っとった」

「……お父上は歴戦の強者です。そう簡単にはいきません」

「うん。今になって自分がおとんのことをよう知らんかったことを思い知ったわ」

「主が恥じることはありません。お父上の隠蔽は完璧でした」

 

 娘であるにも関わらずにその足跡すら掴めずにいる自分に若干苛立ちを見せるはやて。

 そんな主に対して知らなくとも無理はないと慰めるザフィーラ。

 そもそも、九歳の少女が自分の肉親を疑うはずがない。

 切嗣は歴戦の騎士である彼らすら簡単に騙して見せたのだ。

 はやてが本当の切嗣のことを知れなくとも何の不思議はない。

 それに何よりも切嗣は―――

 

「お父上は心の底から主を愛しておられた。これは嘘ではない真実です。もしも、本当に血の涙もない男だったのなら我らも、そして主も裏があると気づけたはずです」

「そうやね……。おとんは嘘なんてついてなかった。ただ本当のことを隠してただけ。だから、私らは最後の最後まで気づかなかった」

 

 自分自身が苦悩していたからこそ、他の者は裏切りに気づくことができなかった。

 彼もまた、はやてが苦しむことにどうしようもない絶望を抱いたために分からなかった。

 全ては捻じ曲がってしまった残酷な運命のせいだと、そう思わずにはいられなかった。

 

「このまま見つけられんかもしれん。でも、諦めることだけはしとうない。初代リインフォースは必ずまた会えるって言っとったんやから」

「……我らヴォルケンリッター、この命尽きる時まで主はやてについて行きます。しかし、決して無理はなさらぬように」

「分かっとるよ、そんなんしたらリインフォースも悲しむからな」

「はやてちゃん、私のことを呼びましたか?」

「リインやなくてアインスのことやよ。それよりもリイン、口の周りが汚れとるで」

 

 リインフォースと聞いてひょこっと顔を出したリイン。

 その口の周りが汚れていたのではやては笑いながらその口を拭いてあげる。

 リインはくすぐったそうにしていたが、それが終わるとまた料理の元に飛んで行ってしまう。

 そして、その先でニコニコと笑いながらシャマルが箸で渡してくれる料理を食べるのだった。

 

「でも、おとんがリインを見たら驚くやろな」

「リインフォースⅠの意思を継承する者ですので。しかし、お父上はリインフォースとは争ってしかいないのでどういった反応を見せるか」

「そういえばそうやったな。結局ちゃんと話せてないんよな、二人は。あかん、未知数や」

 

 思えばアインスは切嗣に対して止めを刺すような言葉を言っていたなと思い出し顔をしかめるはやてとザフィーラ。

 しかし、二人は知らない。アインスは今も生きており、切嗣の傍に居ることを。

 しかも、切嗣とアインスが愛し合う関係になっていることなど夢にも思わない。

 

「何はともあれ、今日はめでたい日なんやから暗くなったらあかんな」

「何か食べ物を取ってきましょうか?」

「じゃあ、お願いするわ」

「承知しました」

 

 ザフィーラに頼み自身は椅子に座るはやては知らない。

 いつの間にか自身に仕えた管制人格が自分の義理の母親になっていることを。

 そして、パクパクと料理を食べるリインも知らない。

 アインスが自身の姉と定義されてしまえば、マイスターであるはやての叔母になってしまうという恐ろしい事態を。

 彼女達はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 クロノ・ハラオウンは管理局データベースであるものを調べていた。

 それは現在までに回収、押収されてきたロストロギアの一覧だ。

 四年の月日が流れ、母親のリンディが前線を退きアースラを降りた。

 クロノはその後を継ぎアースラの艦長となったのだ。

 ここまでの地位に上り詰めれば秘匿情報の閲覧が可能となってくる。

 しかし、何故ロストロギアを改めて調べ始めているのかと言えばだ。

 

「『知る覚悟があるのならロストロギアの回収元を調べてみろ』……グレアム元提督は一体何を伝えたいんだ?」

 

 グレアムにより告げられた言葉だった。その言葉に何か裏があるのは分かる。

 しかし、それが何であるかは分からない。ただ、何かを伝えたいのだ。

 自分にとって利益となり、同時に不利益となる何かを。

 先程から注意深く目を通しているが目立って不審な点はない。

 つまりは、何か別のことに着目して調べる必要性があるのだ。

 

 クロノは一端手を止めて自身とグレアムとの繋がりを改めて考えてみる。

 自分の師匠であると同時に家族ぐるみで親しい関係。

 そして父の件では今はともかくとして複雑な関係性がある。

 しかし、これらとロストロギアの回収元で被る物はない。

 唯一被るとすればそれはかつて闇の書と呼ばれた夜天の書のみ。

 

 そこまで考えてハタと気づく。

 情報を伝えるということはあちらにもそれで利益が出るということに他ならない。

 勿論善意だけで伝える人物もいるだろうが、恐らくこれはそれだけではない。

 一先ずそう仮定することにしてクロノはグレアムにとって何が利益となるのかを思考する。

 彼が今更、管理局での地位や名誉などに拘るとは考えられない。

 

 そうすると、私情だと判断するのが一番確率が高い。

 そして、グレアムが自分を使ってまで何かをしようとしているのだから彼にとって重要な物。

 つまり、彼の家族に関する事柄だろう。

 リーゼ達は彼のすぐ傍に居るために何かあるならば自分で何とかするはず。

 そうなると、彼が最も気にかけているのは―――

 

「はやての為になることか……」

 

 最も確率が高いのはそれだろう。つまり、はやての利益となることを調べろと言うことだ。

 さらに言えば、クロノにも何らかのメリットが発生する事柄で。

 彼は個人的にはやての手伝いとして切嗣の犯行と思われる事件も調べている。

 そして、その情報を可能な限りはやてに提供している。

 だが、決定的な情報は未だに一つたりとも無い。グレアムもそのことは知っているだろう。

 要するに、この情報の中に切嗣を追うための手立て、もしくはヒントが隠されているということだ。

 

 しかし、疑問は残る。第一になぜこうも回りくどい方法を取るのか。

 知っているのならば直接はやてに伝えてやればいい。自分が仲介する意味がない。

 だというのに、そうするということは直接伝えることができないからだ。

 知る覚悟があるのならという言葉はその情報が危険を伴うことを示しているのではないか。

 その考えに思い至ると自然と背筋が冷たくなる。

 

 ―――自分は今とんでもないことに首を突っ込もうとしているのではないか?

 

 脳裏を掠める嫌な予感。それを振り払う様に首を振り、クロノは再び手を動かし始める。

 できることならばこのまま引き返したい。守る者も増えた。

 おとなしく引き籠って危ない橋を渡る真似はしたくはない。

 だが、彼の内に宿る正義の心がそのようなふぬけた真似はさせなかった。

 知らなければならない。それが何であったとしても。

 

 まず、彼は自分が知り得る情報、『魔導士殺し』が関わったと思われる事件を思い出す。

 続いてその中でロストロギアと関連があると思われるもの。

 管理局の警告を無視して危険なロストロギアを所持する人物が不審死した事件。

 それらを照らし合わせたところで彼は気づいた。

 不審死した人物が持っていたロストロギアは全て管理局が取得していることに。

 不審死を確認された後に管理局が回収するのは至極当然のように思える。

 

 ―――しかし、全てというのはあまりにも出来過ぎた話ではないか?

 

 ロストロギアを求める人間はそれこそ星の数ほどに居る。

 それらを潜り抜けて管理局が手に入れるのは業務上喜ばしいことだ。

 だが、現実としてそれは不可能だというのも彼は知っている。

 力を求める新たな持ち主に奪われることもあれば、金目当ての密売者にかすめ取られることもある。

 

 勿論、全てが全てその場で押収されたものではないらしい。

 所々に不当な取引を差し押さえたと書かれている。それがあることでデータは正常に見える。

 『魔導士殺し』が関わったと思われる物全てが差し押さえに成功していなければだが。

 そもそも、広大な次元世界で狙ったロストロギアを密売している場所を抑えるなどできない。

 

 そういった舞台である陸はただでさえ人材と資金が足りない。

 おまけに管理外世界で取引をされてはいくら努力したところで限界が見える。

 だというのに、彼が関わったと思われる事件全てで回収に成功している。明らかにおかしい。

 これではまるで。

 

 ―――彼自身が望んで管理局の手に渡るようにしているようではないか。

 

 ここに来て改めて彼の情報を思い出していくクロノ。

 広大な次元世界を渡り歩き、フリーランスの暗殺者紛いのことを行っていた。

 しかし、実際には切嗣は彼なりのやり方で世界を平和にしようとあがいていた。

 つまり、ロストロギアの不法所持などを行っていた者達を殺していったのはそれを悪用させないために他ならない。

 

 そして、殺した後は信用でき、悪用しない者にそれを保管させる必要がある。

 そんなことができるのはこの次元世界の中で管理局以外にはない。

 だが、彼は犯罪者だ。堂々と管理局にロストロギアを持ち込みに来られるはずがない。

 何らかの仲介人、もしくはルートが確立していなければ不可能だ。

 

 ―――彼の情報の開示もなく、簡単に情報の削除も行われた。

 

 おまけに上層部は元々存在していなかったことにして捕まえづらくしている。

 もしもこれが、身内の恥を隠すためではなく、彼を守るために行われているのだとしたら。

 そこまで考えたところでクロノの顔から血の気が引いていく。

 そもそも、広大な次元世界で単独で行動することなどできるのだろうか。

 何らかの後ろ盾がなければ世界を自由に渡ることすら難しい。

 

 ならば、彼の後ろには当然のように組織がついているはずだ。

 それも、数多に広がる次元世界の中でも強い力を持っていられる組織。

 しかも、彼の行動の真の意味を知って得をする組織で、ロストロギアを大量に回収する必要性がある組織。

 クロノにはそんな組織は一つしか思い至らなかった。

 

 

「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ……」

 

 

 力なく呟き椅子に座り込む。覚悟があるのならということはこういうことだったのだろう。

 自身が信じていた正義を裏切られる覚悟があるかどうか。

 どうりで魔導士殺しは捕まらないわけだ。味方を捕まえるような組織は普通はない。

 彼は一度たりとも裏切ったことはなかったのだ。

 心身ともにボロボロになりながらも世界の為に、組織の為に働き続けてきたのだ。

 最初から最後まで必要悪であることを自らに義務付けた。

 そして、それを心の底から歓迎したのは―――

 

 

 ―――世界の平和を守る時空管理局に他ならない。

 

 

 クロノが今の今まで正義だと信じていたものは、平和の為なら如何なる悪でも許容する存在だったのだ。

 




ここら辺からは結構時間が飛び飛びで進んでいきます。
STSまでの空白期が長い……。まあ、書かないといけないことが結構あるんで仕方ないんですが。


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十六話:現実と将来 ☆

 管理外世界には管理局の目の行き届かない世界が多くある。

 そういった場所はただ単に魔法技術が存在しない。

 そもそも意思の疎通が可能な知的生命体が存在しない。

 魔法技術も、人間も存在するが介入を嫌い管理世界に加入しない世界などがある。

 そして、そうした世界、特に意思疎通が可能な知的生命体がいない世界は管理局員ですら存在を知っている者は少ない。

 

 その為に、管理局の目の届かない世界では違法な研究が行われていることが多い。

 また、ロストロギアの密売や、密猟なども数多く行われている。

 基本的に管理局は管理世界に対する権限は持ち合わせてはいない。

 しかし、そこに管理世界の違法魔導士などが逃げ込めば捕まえる義務と権利が生じ、干渉することができる。

 

 ただし、魔法文明を持っていながらも拒絶している世界に関しては利権も絡み簡単にはいかない。もっとも、その場合は現地の警察のような組織が代わりに追うのがほとんどなのだが。

 とにかく、今現在フェイトが訪れている世界もそのような世界の管理外世界だ。

 無人世界ではあるが、非人道的な違法研究が行われていることを突き止め捕まえに来たのだ。

 

「アルフ、そっちは全員捕縛できた?」

「もちろん。全員研究者って感じで弱っちかったよ」

「良かった……。では、違法研究者の転送をお願いします」

「了解しました。フェイト・ハラオウン執務官」

 

 晴れて執務官となったフェイトはアルフ、それと他の局員を引き連れて違法研究所を落としに来た。元々、実力で言えば既に一流のレベルに達していたフェイトは執務官になるや否やメキメキと頭角を現していった。

 今回の違法研究の検挙でもいかんなくその実力を発揮し、迅速に解決して見せた。

 だが、彼女の顔は欠片たりとも明るくはなかった。

 

「それじゃあ、あたし達は生きている(・・・・・)子達の保護に行くよ」

「……うん、行こっか」

 

 何故ならばこの後には研究者達の研究の成果(・・)を見届けなければならないからだ。

 違法研究にも種類は多いが、ここでは人体実験が行われていた。

 そして、適応能力が高く、消えても怪しまれない子供達がそういった実験の材料として使われていた。

 

「……胸糞悪いったらありゃしないねぇ。フェイト、大丈夫かい?」

「私は平気だよ。それより……どうしてこんな酷いことを」

 

 研究所の奥に進んだフェイト達を出迎えたのは無数の檻に入れられた子供達だった(・・・)ものだ。

 その姿はもはや人間のそれではなかった。

 不気味な鱗が体中を覆った子ども。体の下半分だけが牛になった子ども。

 片腕だけが虎に変えられた子ども。

 皆、一様にしてつぎはぎされて無理矢理縫われたような人形のようだった。

 実際、研究者にとっては人形そのものだったのだろう。

 

合成獣(キメラ)でも作ろうとしたのかな……」

「そうじゃないのかい。ま、あたし達には到底理解できないだろうけどさ」

 

 心底不愉快そうに鼻を鳴らしながらアルフは子どもたちの残骸を見つめる。

 子ども達は証拠隠滅を図ろうとした研究者によって既に息絶えていた。

 そのことに腸が煮えくり返るような怒りを覚えるが、この姿を見てしまうと素直に生きていれば良かったとは思えなかった。

 仮に生きながらえたとしても彼らのその後の人生は決して楽なものではないことは明白だ。

 しかも、腕の良い連中ではなかったらしく、先に拒絶反応を起こし死に、そのまま放置されて腐敗した子どもの姿もある。

 

「ねえ、アルフ。……誰か一人でも生きててくれるかな?」

「……きっと生きてるよ。一人ぐらいさ」

 

 悲し気に問いかけてくる主に対し、アルフは優しい嘘を吐く。

 正直に言えば、この光景を見た時点で生き残りは居ないと思っていた。

 そもそもバルディッシュが生体反応を発見していないのだ。

 フェイトとて、望みが薄いのは十二分に承知している。

 だが、それでも奇跡的に生きていてくれないかと思わずにはいられなかった。

 

Sir, there is a survivor.(生存反応あり)

「…っ! アルフ!」

「了解!」

 

 その瞬間にバルディッシュから奇跡的な報告が入った。

 フェイトは目を見開き、ついですぐさま駆け出す。

 先程まで生存反応が出ていなかったのは単純に死にかけている可能性がある。

 何よりも濃厚な死の臭いが二人を急かした。

 

「見つけた、バルディッシュ!」

『Yes, sir.』

 

 生存者は周りと同じく動物のように檻に入れられていたが微かに息をしていた。

 フェイトは鍵を探す暇ももったいないとばかりにバルディッシュで檻の上部分だけを綺麗に切り取る。

 そしてそれをアルフが殴り飛ばして退け、中に飛び込む。

 中に居た女の子は全身に何も纏っておらず、その背中からは白い翼が生えていた。

 アルフはその子を抱え上げ、檻から出してやりながら声をかける。

 

「大丈夫かい。声は聞こえるかい?」

「……ん」

 

 女の子はアルフの言葉に弱々しい声を上げて反応を示す。

 しかし、明らかに健全とは言い難い状態の為にフェイトとアルフの顔には焦りが浮かぶ。

 一刻も早くちゃんとした施設で治療を受けさせなければならない。

 そう判断したアルフは自身よりも余程速く動けるフェイトに女子を渡す。

 フェイトも黙って頷き、女子を抱えてすぐさま飛び始める。

 途中にある邪魔な壁は粉砕して飛んでいることからも彼女が如何に急いでいるかが分かる。

 

「……おねえちゃん…だあれ?」

「良かった、気づいたんだ。もう大丈夫だよ、私があなたを守ってあげるから」

 

 目を開けてボンヤリと自身を見つめる女の子にフェイトは心からの安堵の息を吐く。

 そして、もう大丈夫だと、誰もあなたを傷つける人はいないのだと微笑みかける。

 女の子はそんな彼女の笑みに一瞬きょとんとした表情をした後に弱々しく笑う。

 

「そっか…だから…おねえちゃん……あたたかいんだね」

「大丈夫、寒いの?」

「うん…。おねえちゃん…もっと……ぎゅっ…として」

 

 自身の胸の中で小さく頷く女の子をさらに強く抱き寄せるフェイト。

 だというのに、感じるはずの鼓動は余りに弱々しく、どうしようもなく彼女を不安にさせた。

 このまま消えてなくなりそうな女の子を抱きかかえながら彼女はさらに速度を上げる。

 だが、当の女の子は幸せそうにうつらうつらと瞼をまたたかせている。

 

「えへへ…あったかいね。…おかあさんみたい……。ねえ…おねえちゃん? ねむってもいい?」

「……うん、いいよ」

 

 眠りたい。もしも常時であれば何の戸惑いもなく頷いただろう。

 しかし、今にも死にかけの人間が言えば、それは死につながりかねない。

 眠ってしまえば、何とか生きようとする気力が失われてしまいかねない。

 だが、それでも、フェイトは頷いた。

 それは、心のどこかでもう助からないと悟っていたからなのか。

 それとも、ただ願いを叶えてあげたかっただけなのか。

 フェイト自身にも分からない。

 

「ありがとうね……おねえちゃん…」

 

 最後の最後に本当に救われたような笑みを見せ、女の子は目を閉じた。

 そして、その後医療班により死亡が確認された。

 

 

 

 

 

 名前が記されることもない墓石。

 身寄りのない子ども達を弔う為に作られた墓。

 そこに、今回犠牲となった子ども達も入れられた。

 その前にフェイトとアルフは佇んでいた。

 

「結局誰も救えなかったね……」

「フェイト……」

「私がもっと早く突き止めていれば……私がもっと上手くできていたら……あの子達は生きていられたのかな」

 

 任務としては違法研究所を潰し、研究者を捕縛できた成功の部類だったのかもしれない。

 だが、フェイトの心には後悔の感情だけが渦巻いていた。

 どうして、誰一人として救えなかったのだろうかと。

 ただ、それだけの想いが心を占め、涙でさえ流すことができなかった。

 

「いつまでも悔やんでいても仕方がないよ。クロノだって言ってただろう?」

「分かってる。こんなところで立ち止まっているわけにはいかない」

 

 どんなに悲しくて、辛いことがあったとしても自分は進まなければならない。

 この道に進むと決めたのは自分自身なのだから。

 泣き言は言わない。救えないという現実を突き付けられた。

 それでも、目の前に居る誰かを救い続けていくしか自分にはできない。

 

「ねえ、アルフ……。あの子ね、最後に『ありがとう』って言ってくれたんだ。でも、私はあの子を助けられなかった。名前すら分からない。そんな私がこんな綺麗な言葉を受け取ってよかったのかな?」

 

 助けると言ったくせに、できたことはあの子を抱きしめてあげることだけだった。

 そんな弱い自分に果たして感謝の言葉を受け取る資格があるのか。

 あんなにも救われたような笑みを向けられてよかったのか。

 フェイトの中にはそんな救えなかった故の苦悩があった。

 アルフは彼女の言葉に一瞬哀し気に顔を歪めた後に彼女を優しく抱きしめる。

 

「何言ってるんだい。フェイトが受け取ってあげなかったら、誰が受け取れるんだい?」

「そう…かな?」

「そうだよ。第一、フェイトが受け取らなかったらあの子の気持ちはどこに行くんだい。フェイトが受け取ってずっと覚えていてあげることがあの子にとっての幸せにもなるよ」

 

 決して死んだ者の顔を、言葉を忘れない。それこそが生き残った者にできる最大の弔いだ。

 それに最後の言葉を受け取らないというのは余りにも酷いではないか。

 そう、思い直しフェイトはアルフから離れて目じりに溜まっていた涙を拭く。

 

「そうだね、ずっと覚えていよう。それで、次はちゃんと救えるように頑張っていく」

「その意気だよ、フェイト。じゃあ、そろそろ帰ろう」

「うん。……また、来るからね」

 

 フェイトは最後に一言、犠牲になった子ども達にそう残してアルフと共に背を向ける。

 彼女達が去った後には供えられた花が風に揺られるだけだった。

 

 

 

 

 

「いやー、教導隊が合うとは思ってたけど本当に教導隊になるとはねぇ」

「後輩として歓迎したいところだけど、もう私達はやめているからね。ごめんなさいね」

「い、いえ。リーゼさん達には色々とお聞きしたいことがありますし」

 

 閉店後の翠屋の一角にリーゼ達となのはが向かい合って座っていた。

 なぜ、この三人が共にいるのかというとだ。

 丁度、なのはの教導隊入りが決まった時期とグレアムがはやてを尋ねに来た時期が重なり。

 丁度、先達に当たるリーゼ達に色々と聞いてみたらどうかとはやてが提案したのだ。

 そして、なのはの両親も娘の将来に関わることなのだからと言ってこうして閉店後の翠屋を開けて自慢の洋菓子を提供しているのだ。

 

「それで、何か聞きたいことはある?」

「えっと…すっごく単純というか大まかな質問なんですけど、どんな風に人を教えたらいいかなと」

「とにかく、徹底的にボコボコにして体に覚えこませる」

 

 なのはの質問にロッテがケーキをパクリと口にしながらこともなげに言い放つ。

 そのあんまりな内容になのはは口を開いて固まってしまう。

 そこへ、もう少しちゃんと説明しなさいとばかりにアリアが溜息を吐き、補足を行う。

 

「まず、教育隊と戦技教導隊は似ているようで微妙に違う。あなたは戦技教導隊よね?」

「は、はい」

「そこでやる仕事は主に分けると三つ。新装備や戦闘技術のテストや研究、訓練部隊の仮想敵としての演習の相手。それで最後が一番教導らしい預かった部隊への短期集中型の技能訓練ね」

 

 そこで一旦話を止めて自分もケーキを口に運ぶアリア。

 なのははその間に今聞いた話をメモに書き留めていく。

 しかし、わざとアリアがそういった時間を作り出してくれているのだとは気づかない。

 これも人を教える上での小さなテクニックだ。

 子どもがノートを取る時間に説明する授業は結局どちらも疎かになるのと同じ理由だ。

 

「で、ロッテが言っていたのはその短期集中ってところが重要なの」

「ほんの少しの間で理論とか細々したこと教えるなんてムリムリ」

「だから、私達は基本的に実践訓練で相手の弱点を徹底的に突いたり、ワザと同じ戦い方をして効率の良い方法や欠点を教えたりするの。しかもそれを短期でやるから新人は大体ボロボロになるわけ」

「そうなんですか……」

 

 要するに自分の足りないところを自覚させる為の戦いをすればいいのだ。

 人間というものは横着なものでただ指摘されただけでは自分を変えようとは思わない。

 しかし、徹底的に弱点を突かれれば、否が応にも変えようという意識が働く。

 短期集中の場合だとこちらの方が身のためになるのだ。

 

「それと、徹底的に叩き潰すのは実戦の為でもあるかな」

「普通の訓練なら自分の力より少し上の相手とやるぐらいが一番伸びが良い。勉強でも出来るところを何度もやるより、ちょっと難しいところをやる方が楽しいし伸びがいいでしょ?」

「はい、数学とかでもちょっと難しいなって問題の方が解くのが楽しいです」

「でも、これが実戦、テストだったら受験になるかしら。その場合だとちょうどいい具合に自分より少し上の問題、敵が出てきてくれると思う?」

 

 勿論、答えは否だ。相手はこちらの事情などお構いなく強いやつは圧倒的に強い。

 受験も突如として意味不明とさえ思える問題が出ることがある。

 そんな時にはどういった対処をすればいいのか。

 それは常に一定の強さを持った敵と戦うだけでは身につかない。

 リーゼ達はそういったことが言いたいのだ。

 

「自分よりも圧倒的に格上との戦い。自分が一人なら逃げるのが正解。命に代えられるほどプライドは高くないからねー」

「でも、管理局員はそうはいかない。後ろには同僚が居る、家族が居る。

 何より―――守るべき一般市民が居る」

 

 故に何があろうとも後ろの者達の安全だけは確保しなければならない。

 決して退いてはならない。守らなければ管理局員足り得ない。

 時には絶対的な強者を相手にして、命を懸けて立ち向かわねばならない。

 その心構えを教える為でもあるのだ。

 

「日頃から自分の総合力で勝てない相手に対してどう戦うのかを考えさせるための訓練でもあるのよ」

「なるほど……」

「まあ、説明はこんなところかしらね。他には何かある?」

「えっと、教導中は部隊の人とは話したりしないんですか?」

「普通はあんまり話さない。そんな時間あったら技を叩きこんでやった方が良いし」

 

 ペロリとケーキを平らげたロッテがまたしても簡潔に答える。

 続いて、まだ残っているアリアの方のケーキを奪おうと画策するがアリアに肘鉄を入れられて断念する。

 

「ま、大体ロッテの言う通りね。ただし、一年以上同じ部隊を持つならちゃんと話しなさい」

「どうしてですか?」

「教師と実習生の違いみたいなものよ。実習生の時はみんな珍しいからよく言うことを聞いてくれるでしょ?」

「そう言えば、そんな気がします」

「でも、それは短期間限定。長い間一緒に居るのならしっかりと相手を知ってそれに応じた年間の計画を立てないと相手は聞く耳を持ってくれない。同じ教える行為でも短期間と長期間は別物と思った方が良いわ」

 

 アリアの言葉を頷きながらメモに取っていくなのは。

 因みにだが、このメモは士郎が人の話を聞く時にメモを取らないのは失礼だと教えた為に急遽用意したものだ。

 

「それに……もっと話していれば彼も理解できたかもしれないし」

 

 小さく、憂いを含んだ声を零すアリア。思い出すのは正義に徹していた男の姿。

 魔法の訓練もそこそこに誰かを助けるために最前線へと出ていった男。

 もしも、もっと彼と話していれば今も彼ははやての傍に居たかもしれない。

 そんな、どうしようもないことを思い、なのはに気づかれないように一つ溜息を吐く。

 

「さて、こんなものかしら」

「あ、はい。今日はありがとうございました」

「ちょーと、待った」

 

 席を立ち、帰ろうとするアリアとなのはにロッテがストップをかける。

 何事かと二人が見つめているところにロッテはあっけからんと言い放つ。

 

「父様にお土産買っていきたいんだけど、何かない?」

「え、えーと……」

「はぁ……この妹は」

 

 結局のところ翠屋自慢のシュークリームを士郎から受け取って帰っていったリーゼ達だった。

 




次回辺りで空港火災編に行くかな。
ここで問題、Fate+火災=?

おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

「僕はシロウが良いと思うな」
「あたしはアイゼンが良いと思う」
「私は五右衛門がいいかと」
「私が五右衛門と名付けられたら噛みつく自信があるぞ、シグナム」

 八神家では現在新しく増える家族の名前付けで大忙しだった。
 皆、思い思いの名前を上げていくが議論は白熱していくばかりである。
 このままではいつまでたっても終わらない。
 そう感じた切嗣はことの発端の原因である女性に話を向ける。

「アインス、君はどんな名前がいいと思う?」
「だな、アインスが一番権利がありそうだしな」
「わ、私か? その……恥ずかしいんだが……」

 急に話を振られ、若干頬を染めながらアインスは口を開く。
 彼女が口にした名前は―――


「ドラゴンズロアー!」


『却下だな』

 なんだか格闘ゲームの技名として出てきそうだったので全員一致で却下された。
 自信があったのか軽く傷ついて膝をつくアインス。
 そんなアインスを励ます様に白く小さな動物が彼女の肩に乗り頬を軽く舐める。

「ああ、お前は優しいな……やっぱり、ドラゴンズロアーで―――」

 白い動物、ハネキツネはそっぽを向いて彼女の肩からはやての肩へと移動した。
 どうやらドラゴンズロアーはお気に召さなかったようである。
 アインスはさらにへこみ今度は床にへのへのもへじを書き始めた。

「しっかし、ハネキツネなんて珍しい生き物をよう拾ってきたなぁ、アインスは」
「そうだね、ハネキツネは日本では珍しいからね」
「よくと言われましても……雨に濡れて寒そうにしていたので、可哀想で」

 このハネキツネ、まるで捨てられた子猫のように段ボール箱の中で雨に濡れていたところをアインスに拾われたのだ。
 そして、はやてがそのまま飼ってしまおうと即決した次第である。

「大変よ、みんな!」
「どうした、シャマル? こいつに何か病気でも見つかったのか?」
「それは調べてみて大丈夫だったんだけど……その子―――女の子だったみたい!」
「なっ!? 五右衛門ではダメだというのか!」
「シグナム、おめー、なんで五右衛門に拘ってんだよ」
「剣の道を志すなら、一度は憧れる方だ」
「しかも、斬鉄剣の方かよ。てっきり釜茹でにされたほうかと」

 何はともあれ、今までの案は全て男の子に付けるものだったので廃案となってしまう。
 そこで逆に元気を取り戻したのはアインスであった。
 男の名前は却下されたが、女の名前ではまだ落ちていない。敗者復活である。
 因みにであるがはやての案はアーサーであった。
 しかし、切嗣が自分の国すら守れなかった奴の名前は可哀想だと反対してお蔵入りとなった。

「なにかいい名前が……」

 頭を捻らせたアインスの元に天啓が下りてくる。
 なぜか、やたらと身近な響きに感じるこの名前こそがふさわしいと思い口にする。

「―――ナハト」

 その名前に反応してハネキツネが再びアインスの肩に戻って来る。
 そして、スリスリとその顔を彼女の頬に擦り付けて合格の印をつける。

「おお、その子も気に入ったみたいやなぁ。ナハト、これからよろしゅうな」

 はやての言葉にナハトはぴょんと小さくアインスの頭の上で跳ねるのだった。


~おわり~

ナハトはマテリアル娘のキャラです。今後もおまけはマテリアル娘の設定も出てきます。
後、油揚げが大好物でかざせば、誰でも摩耗した正義の味方みたく「フィーッシュ!」できます。


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十七話:至誠通天

 人混みの中を白い髪に浅黒い肌をした男が歩いている。

 一見すれば目立つ容姿を持つ男ではあるが多種多様な世界の人間が入り乱れるミッドチルダの中であれば特に目立つこともなく人々の記憶から消えていく。

 

「ここに来るのも久しぶりだな……」

 

 近くの人間にも聞き取れない程小さな声で呟き、変装した切嗣は空港の中を歩いて行く。

 彼が今来ている場所は、ミッドチルダ臨海第8空港と呼ばれる民間運営の空港である。

 民間が運営している空港ではあるが、元は国営の空港であった。

 しかし、数年前に経営上の問題から民間に委託されて久しい。

 ミッドチルダにあるために客入りも上々、利益も十分にあがっている。

 だが、それだけでは満足しないのが人間の悪癖だ。

 この会社は表の運輸だけでなく、“裏の運輸”も行っている。

 

 簡単に言えば裏社会で取引される品を大金と引き換えに審査を通さずに運んでいるのだ。

 麻薬、質量兵器、ロストロギアなどが何食わぬ顔で客と共に運ばれている。

 そして、そういった物は幾らでも利益を引き出せるので高額でも安全な方法をとってこの空港を利用するバイヤーが多いのだ。

 勿論、そんな悪事がいつまでも隠し通せるはずもなく管理局に尻尾を捕まえられた。

 普通であればそのまま検挙、調査という流れが取られるだろう。

 しかし、最高評議会の目に留まったのが運のつきだ。

 彼らは骨の髄まで利用尽してから滅ぼすことにしたのだ。

 

「すいません」

「はい、ご用件はなんでしょうか?」

「置いておいた荷物が見つからないのですが、そちらの方には届いていないでしょうか?」

「少し待ってください。何か特徴などはございますか」

 

 切嗣が職員に一般の客のフリをして話しかけ、その職員を引き付ける。

 その間に、その職員と全く同じ顔をした女性、ドゥーエが何食わぬ顔で職員以外に入ることのできない管制室に入っていく。

 基本的にスカリエッティの傍に居たくなどない切嗣だが仕事であり、相手が戦闘機人ならば我慢はできる。

 もっとも、スカリエッティの因子を持つ者は基本的に信用していないのだが。

 

 ともかく、ドゥーエの役目は火災などが起きたときに発動する防火扉や、スプリンクラーなどのシステムをダウンさせることだ。

 これは後に防災対策が整えられていなかったことを追求する口実にするための伏線だ。

 そして、今から行う作戦をスムーズに進める為でもある。

 

「申し訳ありませんが、こちらの方には届いて―――」

 

 職員の言葉を遮るようにけたたましいベルが鳴り響く。

 火災を告げる音色に利用客が一斉に不安な表情を見せる。

 しかし、すぐに落ち着いて外に逃げるようにアナウンスが流れたことで幾らか冷静さを取り戻し、早足で外に向かって歩いて行く。

 切嗣もすぐに逃げるように言われるが、流れに乗るフリをしてカメラに映らない隅に隠れる。

 半分程の人間が外に出たのを見計らい、デバイスを操作して最後の仕上げを行う。

 

 次の瞬間に利用客の耳に響いてきたのは爆発音。

 それを聞いた彼らは若干パニック状態になり我先にと出口へ向かっていく。

 もっとも、切嗣が爆発させたのは予め人が居ないことを確認した狭い範囲だ。

 火の手が回るまでに利用客全員が逃げ出すのは難しくない。

 しかしながら、音だけでも利用客を焦らせるには十分過ぎる効果がある。

 この作戦で切嗣はできるだけ被害を出さないためにこのようなことを行っているのだ。

 

(こんなものか。後は上の連中の腹芸の見せ所だな)

 

 切嗣の仕事はこれで終わり。

 後は駆けつけてくるこちらの息のかかった地上部隊が鎮火するだろう。

 そして、調査に入り防災システムに欠陥があったといちゃもんをつける。

 次にマスコミにこのことを報道すると脅しをかけ、同時に管理局への資金提供をすればこのことはなかったことにすると譲歩を示す。

 まず、間違いなく反抗されるだろうが、そこは交渉役の腕の見せ所である。

 恐らくは多少強引でも利益を奪い取って来るだろう。

 

 最も、それでも頷かない場合は裏取引を行っていた証拠を突き付けてやるだけだ。

 そして、同じように資金提供を条件にマスコミへの報道、及び逮捕を免除してやる。

 ここまでやれば、どれだけ頑固な相手であろうと折れるはずだ。

 どちらも利益が生まれるのだからと妥協する。だが、そんな甘い終わり方などにはさせない。

 

 会社の上層部には密売者や犯罪組織の情報を吐かせる。

 吐かないのならば切嗣が始末する。一人殺せば吐かざるを得なくなるだろう。

 そして、彼らに逃げ道はない。彼らは正義(・・)を敵に回してしまったのだから。

 さらに、一度取引先の情報を明かしてしまえば当然そちらからも報復を受ける。

 そうなれば、彼らは曲がりなりにも正義(・・)であるこちらに縋るしかない。

 そこへ、更なる資金提供や情報提供を促す。従わねばどうなるかは目に見えている。

 

 だから、彼らは己の命と家族の命惜しさの為に一生従わねばならない。

 どこをどう見てもこちらが悪にしか見えない手法だが暴走した正義は止まらない。

 因みにだが、吐かせた情報はレジアスに渡される。

 そうすれば、後は勝手に陸の名誉を上げる為に犯罪組織の検挙を行ってくれるだから。

 それに交渉役に自ら買って出れば陸の資金を獲得することも可能だろう。

 もっとも、ミッドチルダの為に使われる資金はほぼないだろうが。

 切嗣も最高評議会も結局は海に回してより数の多い人間を守るのが行動指針なのだから。

 

(さて、僕もそろそろ抜け出さないと怪しまれるか―――)

 

 そう思い、足を踏み出した瞬間に凄まじい爆音と衝撃が切嗣の体を襲う。

 こんな爆発は計画にはなかったはずだと慌てて振り返ると、そこは既に火の海だった。

 炎の向こう側から聞こえてくる悲鳴に思わず硬直してしまうがすぐに頭を動かす。

 

 これだけの爆発と炎はそう簡単に出せるものではない。

 石油タンクでも爆発させなければこんなことにはならない。

 だが、空港にそんなものがあるはずもない。つまり、原因は別の物にある。

 この空港には裏の運輸による危険なものが運びこまれることがある。

 そうなると、最も確率が高いのは―――

 

「ロストロギアか…ッ!」

 

 自然と顔が歪み苦々し気に声を吐き出してしまう。

 何らかのロストロギアが爆発を起こしたのならばこの被害の大きさも納得がいく。

 寧ろ、ロストロギアならばこの程度ですんでよかったとも言える。

 しかしながら、何故ロストロギアが爆発を起こしたのかが分からない。

 切嗣は危険物の傍で爆発を起こすような愚行は犯さなかった。

 

 ならば、火の手がそこまで回ったのか。だが、それもない。

 火の回る道順は計算しつくした。仮に予想外の動きを見せたとしても幾ら何でも早すぎる。

 何らかの人為的な作用がなければあり得ない。

 そこで、先程から姿を見ていないドゥーエの存在を思い出す。

 まさかと思い、炎の向こう側を睨み付けたところでモニターが現れ、この場に似つかわしくない異形の笑みが映し出される。

 

「やあ、首尾はどうかね?」

「何をした、スカリエッティ!」

「おやおや、まるで私が何かをしたかのような口ぶりだね。私はスポンサーからの指令を忠実に守り、ドゥーエを送っただけだよ」

「白々しい」

 

 苛立ちを隠すことなくぶつけてくる切嗣に対してもスカリエッティは嗤うばかりである。

 しかし、切嗣の予想通りにこの爆発はスカリエッティが望んだものである。

 ロストロギア『レリック』。このレリックをスカリエッティはある目的の為に集めているのだが、何も鑑賞するために集めているわけではない。

 利用するために集めている以上はその性能を知っておく必要がある。

 そのために今回は密輸されたレリックを他者に回収される前に“テスト”に使用したのだ。

 

 魔力を注ぎ込んだ場合に起きる爆発の遮蔽物があった場合の範囲、威力などのテスト。

 それを忍び込んだドゥーエが行ったためにこの火災は起きたのだ。

 因みに最高評議会もレリックとこの件に関しては知らず、スカリエッティの独断だ。

 もっとも、最高評議会としては多少の犠牲と空港の破壊は当初からの予定であるためにロストロギアが使われたこと以外はさほど気にも留めないであろうが。

 だが、切嗣だけはそれを認めるはずがない。

 

「この範囲での爆発だと逃げ遅れる人間が出てくる…ッ。僕の計画通りなら全員の避難が可能だったものを…!」

「くくく、計画にアクシデントは付き物だろう?」

「人為的に起こしたものをアクシデントと呼ぶか…ッ!」

「いやいや、これは偶然さ。おや? ドゥーエからの連絡だね。どうやら逃げ遅れた人々が100人ほど火の海の中に取り残されているらしい。ふむ、実に由々しき事態だ」

 

 画面の向こうで笑みを浮かべるスカリエッティを視線だけで人が殺せそうな迫力で睨む切嗣。

 続けて一体誰のせいでこのような事態になったのかと怒鳴りつけようとしたところでスカリエッティがゾッとするような冷たい笑みを見せる。

 その普段は見せることのない表情に思わず出かけた言葉を飲み込んでしまう。

 そこへ、どこまでも残虐で遊び心に満ちた提案が出される。

 

 

「さて、取り残された哀れな人々がいる。このままでは彼らは間違いなく死んでしまう。

 しかし、幸運(・・)なことに今その場には―――正義の味方(・・・・・)がいるじゃないか」

 

 

 ねっとりとした蛇のような眼差しが切嗣を射抜く。

 何を言っているか分からずに一瞬呆ける切嗣だったが、すぐに業火のような怒りが湧き立つ。

 誰かを救う為にその誰かを自分で傷つけ、それから助けろと言っているのだ、この男は。

 偽物だとか、本物の正義の味方だとかの問題ではない。ただの異常者の行動だ。

 言葉では到底言い表せない憤りをぶつけるように、切嗣は低く唸るような声を出す。

 

「自分で起こした火災から人を救い正義の味方になるだと? この上なく醜悪な自作自演だな」

「くくく! 何、心配することはない。これは不運な(・・・)事故だよ。君はその事故の対処をするのであって自作自演をするわけではない」

 

 確かに自作自演ではないかもしれない。

 あくまでも切嗣は人が犠牲にならないように爆破を起こした。

 そして、自分ではない人物が起こした火災現場に救出に向かう。

 別に切嗣は自身が起こした爆発の後始末をするわけではないので自作自演ではない。

 しかし、誰がどう見てもそれは滅茶苦茶な理論だ。

 殺人犯が人を殺した帰り道に、迷い人に道を教えたから善人だと言っているようなものだ。

 これは、もっと醜悪でおぞましい何かだ。

 

「以前言わなかったかね? 所詮は正義の味方も己の正義という名の欲望を満たすエゴイストに過ぎないのだと」

「だからといってこんなことが正しいはずがないだろう! こんなのは間違っているッ!」

 

 歪んだ正義ですらこれを正しいと結論付けることはないだろう。

 それほどにおかしいことだ。

 だというのに、スカリエッティはさらに笑みを増すばかりである。

 

「くははは! 間違っている? 違うね、衛宮切嗣。この世界には最初から絶対的に正しいことなど存在しない。それは君もよく知っているはずだ。正しくあればあるほどに人は人でなくなっていく。それは君ですら間違いだと思うものだろう?」

「それでも間違っているものは間違っている!」

「いやいや、正しいという定義が定められない以上はその反対の間違いの定義も定められない。

 白黒ハッキリできるものなど学校のテストぐらいなものだよ」

 

 狂っている。何度もこの男に抱いていた感情をこの場でも感じさせられる。

 悪魔の頭脳という代名詞はただ単純に高すぎる知能故につけられたものではない。

 この、常人には決して理解することのできない異常な精神性故に、人とは一線を画す存在としてその名をつけられたのだ。

 

「君は君の欲望の赴くままに動けばいい。私がそれを正義にしてみせよう―――奇跡をもってね」

「……何を企んでいる、スカリエッティ?」

「なに、君の願いである全ての犠牲者の救済、そして恒久的に平和な世界を創り上げようとしてあげているだけだよ、私は」

 

 明らかに“だけ”とは言えない絵空事を簡単に語るスカリエッティ。

 しかし、彼が言えばそれはただの絵空事ではない。

 いかなる方法をもってしてでも己の欲望を叶えてしまう。

 それが、アルハザードの遺児、ジェイル・スカリエッティである。

 

「それだけじゃ、答えになっていないぞ。スカリエ……ッ!」

「そういえば、リインフォースⅠ以来かね、君が誰かを救える(・・・)のは」

 

 なおも食って掛かろうとしたところであの声が聞こえてくる。

 燃え盛る炎の中から聞こえてくるどこまでも純粋な願いの声。

 救いを求め、残された生で必死にあがき続ける者達の言葉。

 

 ―――助けて。

 

 その声を聞いた瞬間に切嗣の表情は凍り付き、目も当てられぬ様になる。

 だが、スカリエッティはそんな彼の表情を心底楽しそうに見つめ声をかける。

 誰かを救いたいという願いを切嗣が再び叶えるには、明確な犠牲者が、弱者が必要なのだ。

 理不尽に奪われ、その生命を危機に晒される、正義の味方(・・・・・)の為の舞台装置が。

 

 

「―――喜べ、衛宮切嗣。君の願いは再び叶う」

 

 

 最後にたっぷりと溜めたセリフを言い残しモニターが消える。

 切嗣はモニターが消えた場所を無言で見つめながら怒りと悔しさで体を震わせる。

 こんなものを望んでいたわけではない。こんなことをしたかったわけではない。

 こんなものが―――救いのはずがない。

 

「ふざけるな…ッ」

 

 様々な想いが込められた重く苦しい言葉を煙火の中に吐き捨て切嗣は炎の中に飛び込む。

 こんなことをする権利もなければ、スカリエッティを糾弾する権利もない。

 所詮、自分は汚い犯罪者でしかないのだから。

 だが、それでも、自分は少しでも犠牲を減らさなくてはならない。

 こんな悪辣な方法でも、誰かを助けたいと祈ってしまったのは他ならぬ自分なのだから。

 

 ―――どれだけ狂っていようと、間違っていようと、誰でもいいから救えればそれでいい。

 

 そんな歪んだ生き方でしか犠牲に報いつつ、己のエゴを満たせないのだから。

 




『至誠通天』
吉田松陰の言葉で「誠を尽くせば、願いは天に通じる」といった意味の言葉。
頑張った結果願いが叶うって素晴らしいですね(棒読み)

さて、次回はスバルが来るかそれとも別の誰かが来るか。
あ、Fateキャラはもう出ません。オリキャラも出ません。
そして、原作通りに犠牲者Zeroになるとは限らない。


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十八話:救いは諦めぬ者に

 

 天をも焼かんと燃え盛る業火。異臭が漂う硝煙の中。

 そんな地獄とも呼べる場所を少女から女性へと変わろうとしている最中の少女が飛んでいた。

 少女の名前は高町なのは。今ではエースオブエースという名誉ある二つ名も持っている。

 仰々しい名前や、地位などを得た彼女ではあるがその心は今も昔も変わらない。

 困っている人が居たら助けたい。自分は誰かの為にならないといけない。

 そんな思いを持ち続けているからこそ休暇の最中に出くわした事故にも率先して救助を行いに来ているのだ。

 

Master, there are two survivors(左方向200ヤードに) on the left at two hundred yards.(2名の生存反応あり)

「分かった。すぐに行くよ、レイジングハート!」

Stop, master.(お待ちください。) there are two survivors(右方向400ヤードにも) on the right at two hundred yards.(4名の生存反応があります)

「反対方向にも!?」

 

 生存者の元へ一目散に飛んでいこうとするなのはだったがそれをレイジングハートが止める。

 全部で六名の生存者がいる。しかし、方向は逆。ここにいるのはなのは一人。

 要するに一度にどちらか片方しか助けに行くことはできない。

 ロストロギアが元となった炎は一般の陸士ではとてもではないが近づくことができない程の温度と勢いがある。

 

 しかし、彼らを臆病者扱いにはできない。

 災害時に最もやってはならないことは二次被害を生み出すことだ。

 無理と分かりながらも突入し自らが救助を待つ身になってしまえば、それを助けるためにまた誰かが突入しネズミ算式に被害が増えてしまう。

 そうならないための判断はどこまでも正しい。

 

 そして、なのはは同時に知っている。

 自分に後を託すしかないと悟った隊員達の悔しそうな声を。

 己の無力さに、救いを待つ声に応えることのできない情けなさに泣きそうになった顔を。

 だからこそ、自分は絶対に救いを待つ人を助けなければならない。

 

「近くに居る左方向の二人を発見次第すぐにバリアで保護。その後、すぐに引き返して四名の救出に向かうよ!」

『OK, master.』

 

 彼女が取った選択は数で犠牲の分別を行わずに両方を救うこと。

 決して少数の人間を見捨てることはしないという覚悟。

 だが、彼女はすぐにその過酷さと現実の残酷さに気づかされることとなる。

 

 全速力で向かった先でなのはが見たものは二人の初老の夫婦だった。

 既に諦めているのか、それとも力が残されていないのか。

 煤だらけの腕でのどを抑えながら横たわっていた。

 すぐになのははバリアを展開し、熱気と炎を遮断する。

 しかし、一酸化炭素を吸い過ぎた為か既に二人に反応はなかった。

 

「大丈夫ですか!? 意識があるなら何でもいいので反応を返してください!」

 

 なのはが必死に呼びかけるが二人とも一酸化炭素中毒で昏睡状態に入っているために目を閉じたままである。

 急いで治療をしなければとも思うが、彼女にはその術がない。

 ならば、とにかく安全なところまで運ぼうと考えたところで無慈悲な音声が響く。

 

Survival reactions lost.(生存反応消失)

「―――あ」

 

 レイジングハートの生存反応が失われたという報告に掠れた声が出る。

 それは目の前の二人を救うことはできなかったということに他ならない。

 それでも諦めきれずに、もう助からないと分かっていながらも転送を行う。

 本来であれば空港などの機関にはテロなどを防ぐために転移、転送を使用不可とする魔法がかけられている。

 

 しかし、それは被害により、というよりもドゥーエによりシステムごとダウンさせられているために現在は使用可能となっている。

 同じように結界魔法などもミッドチルダなどの大都市では基本的に使用ができない。

 もっとも、全域で使用不可能にすることは無理なので探せば使える場所はある。

 とにかく、なのはは犠牲者の夫婦を送り届け、すぐさま切り返していく。

 それは何も二人の死を割り切ったからではない。

 何が何でもあちらだけでも救わなければならないという強迫観念からだ。

 

「お願い……生きていて…ッ!」

 

 神に祈るようにどこまでもすがるような声を零しながらなのはは飛ぶ。

 だが、彼女は知らなかった。

 神という存在は人間賛歌と同じく、悲劇や血飛沫が大好きな存在だということを。

 死力を尽くして飛び、途中にある壁を貫いてでも飛んだ。

 時間にすればまさにあっという間の出来事と言えるだろう。

 しかしながら、生と死の狭間を彷徨う者達にとってはその時間は致命的となる。

 

Survival reactions lost.(生存反応消失)

「あ……ああっ!」

 

 彼女が辿り着く寸前で再び絶望の言葉が突き付けられる。

 折り重なるように息絶える四人の男女。

 そのすぐ横に降り立ち、バリアを張ったところでなのはは崩れ落ちる。

 旅行に来ていたのか、それとも遊びに行く予定だったのかは分からない。

 重要なことは一つしかない。それは―――彼らが死んでいるということだけ。

 

「ごめん…なさい……」

 

 言おうと思ったわけではない。ただ、自然に零れてきた言葉。

 どうして彼らが死んだのかを誰よりも理解しているが故の言葉。

 もしも、彼女が数を優先して先にこちらを助けに来ていれば助かっていたかもしれない。

 否、逆方向に行った時間があれば間違いなく間に合っていた。

 

 そんな根拠も何もない考えに取りつかれ、なのはは力を失い謝り続ける。

 誰も彼女の選択を責めることはできない。

 人命救助という観点から見れば彼女は間違ったことはしていない。

 ただ、犠牲を少なくするという観点から見た場合には彼女の行為は間違いだった。

 それだけのことだ。それでも彼女の心には後悔が泥のようにへばりついて離れない。

 

「私が……先にこっちに来ていたら……あっちの人を見捨てて―――」

Don’t talk anymore!(それ以上は言ってはいけません!)

「レイジングハート…?」

Don’t give up! Never give up, master!(あなただけは決して諦めてはいけません!)

「でも…私のせいで…!」

 

 なおも反論しようとするなのはにレイジングハートは叫びかける。

 

 ―――あなたが諦めてしまえば今まで諦めることなく救ってきた人々はどうなるのか。

 

 ―――たった今救おうとして救えなかった人々はただの間違えとして処理されていいのか。

 

 ―――今まで決して諦めなかった主に希望を見出してきた人々の想いを無駄にしていいのか。

 

 レイジングハートは続けざまに普段とは似ても似つかない勢いで主を叱責していく。

 その言葉になのはの目に再び力が宿って来る。

 決して諦めることなく、不可能に立ち向かっていく。

 

「ごめんなさい……私はきっと馬鹿です。でも……誰かを見捨てるなんて私にはできないんです」

 

 人はそれを愚かと罵るだろう。犠牲となった者の家族は呪うだろう。

 罵詈雑言を投げかけられても文句は言えない。

 だが、正しさだけでは結局人は救えない。衛宮切嗣でさえ気づいてしまった事実。

 人間に必要なのは冷徹な数の計算ではなく温かい希望なのだ。

 笑顔があれば、希望があれば人はどんな荒野からでも立ち上がって歩いて行ける。

 だから、彼女は立ち上がった者達の中から新たな希望が生み出されるように挑み続けなければならない。

 

 どうしようもなく、馬鹿で愚かな行為。

 しかし、その愚かさこそが真に重要で、人間にとって必要なものなのだ。

 故に、高町なのはは立ち上がる。今までの犠牲を新たなる希望に変えるために。

 決して絶やすことなく、決して折れることのない希望の芽を繋げるために。

 明日世界が亡びるとしても、希望の種を蒔き続けていく。

 

There is a survivor(前方1000ヤードに) on the front at thousand yards.(生存反応あり)

「うん……わかった。行くよ、レイジングハート。それから……ありがとう」

Please don’t care, master.(お気になさらずに)

 

 何度絶望しようとも、何度でも這い上がり立ち向かう。

 そう覚悟を決め直し、なのはは再び飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 瓦礫の山を掻き分ける。バリアジャケット越しでも感じる熱に手が悲鳴を上げる。

 しかし、そんなことなどどうでもよかった。

 助けを求める手を一刻も早く掴まなければならない。

 その命が奪われる前に救い出さなければならない。

 だというのに、彼の目の前にいる者達は次々と息絶えていく。

 

 横たわる少年を抱え上げたが、その心臓は既に停止していた。

 瓦礫の中から人の形をした炭を拾い上げた。

 だが、ボロボロと崩れ落ちてその手の中から零れ落ちていった。

 その度に彼は声にならない悲鳴を上げて瓦礫と炎の中を駆けずり回る。

 こうまでも彼が人を救うことができないのは、彼が最も被害が大きい場所を中心に探しているからである。

 

 それはこんな残酷な事態を招いてしまった罪悪感と、最も近くにいた自分が迅速に救助を行えば間に合うかもしれないという希望的な観測からだった。

 ただ、人を救いたいのなら生き残りが多くいる場所を探せばいい。

 しかし、彼にはそんな選択などできなかった。以前ならば数多く救う為にそうしただろう。

 だが、今は、今だけは本当に救いたい弱者を助けようとしていた。

 皮肉なことに彼はこの瞬間は本物の正義の味方でいられた―――どこまでも歪んだ形で。

 

(切嗣、切嗣! 私だ、一体何があった! お前は無事なのか!?)

「誰か……誰か……いないのか? 誰も……生きていないのか?」

 

 ニュースでも見たのかアインスが念話を使ってくるが切嗣はそれに答える余裕すらない。

 本物の正義の味方という者は何とも情けないものだ。

 全てを救うという理想を語りながらも、結局は何一つ救えずに彷徨うことしかできない。

 

 冷酷な機械に徹すれば助けられる者も出てくるだろう。

 今も叫びかけてくるアインスに声を返すこともできるだろう。

 二人の人間を無視して四人の人間を救うという選択をすれば良いだけの話だ。

 天秤に二つを乗せ、掲げられた方を無慈悲に切り捨てればいいだけ。

 何も難しいことはない。しかし、それを行い続けた結果が、衛宮切嗣が直面した絶望だった。

 今では間違いだとハッキリと断じながらも、逃げることができない呪縛だ。

 

 彼は諦めた。希望から目を背けて罪を積み重ね続けた。

 絶望したのはある意味で当然の帰結だったのだろう。

 希望から目を背ければそこには最初から絶望しかないのだから。

 人は彼を冷酷な判断を下せる意志の強い人間だと褒め称えるだろう。

 だが、それは本物の強さではない。

 彼が手に入れた強さとは死に急ぐ中で敵の死をさらに加速する手段でしかなかった。

 

 真の強さとは決して諦めないこと。

 どんな窮地にもそれを打開する策を見出し実行できること。

 自らの滅びの果てまで達成の意思を継承すること。

 それこそが真に強靭なる魂の力だ。

 

 そういう意味では不屈の少女のような底抜けな愚か者こそが真に強い者なのだろう。

 そんなことを考えているといつの間にかアインスからの念話が途切れていた。

 しかしながら、切嗣にはやはりそれを気に留める余裕がない。

 生きている人間を探すということ以外に目を向けず、それだけを貫いていた。

 

 そういった意味では今この瞬間だけは切嗣もまた、高町なのはのような愚か者であった。

 何度、目の前で人が死ぬ光景を見ても、伸ばした手が決して届かなくても。

 彼は歩いている。魂を失ったような顔をしながらも生存者を探すことを止めない。

 他のことには一切目をくれずにがむしゃらに走り続ける愚か者。

 神は残酷だ。だが、同時に―――そんな愚か者を愛し、尊ぶ。

 

 

「…いよ……いたいよぅ……」

 

 

 声が聞こえた。小さな声だった。だが、確かに生きた人間の声だった。

 彼は駆け出した。まるで、韋駄天の如く駆けた。

 どこからそんな力が出るのかと疑いたくなるほどの力強さで走る。

 決してその小さな命の灯を絶やさないように。

 彼はただ真っすぐに走り続ける。

 そして、見つけた。炎の中で傷つき涙を流す一人の少女を見つけた。

 

「おとうさん……おねえちゃん……かえりたいよぉ……」

 

 家族を呼び嗚咽を零す、かよわい小さな命。衛宮切嗣が真に救いたいと願う人間だ。

 そんな少女にさらなる悲劇が襲い掛かる。

 空港のモニュメントである女神像がコンクリート中に含まれる水分の熱膨張により、音を立てて崩れ落ち始めたのだ。

 不幸なことにその軌道は少女の真上。傷つき、涙を流す少女では避けることは叶わない。

 ならば、どうするか。このまま指をくわえて新たな犠牲者を出すのか?

 

 否、そんなことなどさせない。

 例え、この先何度も少女のような弱者を見捨てるのだとしても今この瞬間だけは救う。

 幸運なことに今この場では誰かを救うことだけが犠牲を減らす唯一の道。

 大であろうと小であろうと救わなければ犠牲は減らない。

 故に今までの犠牲者への裏切りとはならない。

 もっとも、その為に狂気の科学者はこの状況を創り出したのであろうが。

 今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 どうすれば少女を救えるのかだけを考える。

 今から、バインドで女神像を支える。却下だ。

 バインドに関してはそこまでの熟練度の高さは持ち合わせていない。

 何よりも、今からあれを支えるだけのものを作るには自分では時間も魔力も足りない。

 ならば、やるべきことは一つ。女神像が崩れ落ちる前に少女を救い出すのみ。

 

 

固有時制御(Time alter)――四倍速(square accel)ッ!」

 

 

 今この瞬間だけ、衛宮切嗣は他の何物でもない正義の味方となった。

 後先など考えず、自らの体がどうなるかなど考えずに目の前の誰かを救い出して見せた。

 後に起こる代償のことすら忘れて、彼は少女を守り抜いてみせた。

 

 後方で女神像が崩れ落ちる轟音を聞きながら切嗣は少女を抱きかかえる。

 内臓がズタズタになり、全身には激痛が走り、今にも吐血してしまいそうになる。

 それでも、彼は少女が今までの生涯で見たこともないような嬉しそうな顔をした。

 まるで救われたのは自分の方だとでも言うように涙を流しながら彼は口にする。

 

 

「ありがとう…! ありがとう…! 生きていてくれて……ありがとう…ッ!」

 

 

 少女には理解できなかった。何故、男が自分に礼を言っているのか。

 どうして救われたはずの自分よりも、救われたような口ぶりなのか。

 まだ、幼い少女には理解できなかった。

 それでも、その嬉しそうな顔だけは生涯―――忘れられそうになかった。

 




救ったけどスカさんプロデュースという罠。

ここのなのはは墜落もしてないので悲劇はその揺り戻しみたいなものです。
別になのはさんが嫌いなわけじゃないです。

火災編はもうちょい続きます。


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十九話:憧れ

 ―――助かった。

 その安堵に包まれて、切嗣に抱きかかえられた少女は目を細める。

 ホッとした影響で気が抜けてしまったのか今にも眠ってしまいそうだ。

 しかし、何故だか目は瞑れなかった。

 

 いや、ただ男の笑顔をずっと眺めていたかったのだ。

 体は煤だらけで傷だらけ、それは酷い状態だというのに少女は欠片も気にならなかった。

 一人でも助けられてよかったと涙ながらに言う男に憧憬を抱いた。

 死にかけた自分ですら羨ましく思ったのだ―――男の笑顔を。

 

「さあ、もう安心だよ。後は僕に任せてくれ」

 

 そう言って男は少女の頭を優しく撫でる。

 その手が余りにも優しくて、温かいから、少女は男に身をゆだねる。

 閉じまいとしていた瞼も自然と落ちてくる。

 次に目を覚ました時には、男の姿は何処にも居なくなっていることも知らずに眠りに落ちる。

 男の笑顔を心の奥底に焼き付け、忘れぬようにしまいながら。

 

「……ぐっ!」

 

 少女が眠りに落ちたのを確認したと同時に切嗣は抑えていた呻き声を上げる。

 四倍速で動いた影響は大きく、既に体はズタズタだった。

 口の端から濁った血が溢れ出てくるが、そのことに後悔はない。

 彼女を救えたのだから何の問題もない。

 問題が一つあるとすればそれは動くに動けないことだろう。

 

 幾ら、救ったとはいえこのままここに居れば二人とも焼け死んでしまうことには変わりない。

 何とかギリギリまで回復を行い、それから脱出を行うしかない。

 治療魔法が使えればいいのだが切嗣には人体を治すような緻密な魔法の素質がない。

 しかしながら、例え自分が死のうともこの少女だけは助けなければならない。

 改めてそう覚悟をし、痛みで他の感覚がない足を無理矢理に動かし、立ち上がる。

 だが、すぐによろめいて座り込んでしまう。

 

(ダメだ、体が思い通りに動かない。これじゃあ飛んで逃げるのも難しいな)

 

 やはり回復を待つ以外に現状打つ手はないかと、自分の弱さを悔いたところで異変が起きる。

 何かが軋む音が辺りに響き渡り、頭上から煤とコンクリートが混ざった粉が降って来る。

 まさかと思い、かろうじて動く上半身を上に向ける。

 そして、血と共に乾いた笑いを零す。

 彼の目の前には大きくひび割れ、今にも崩れ落ちてきそうな天井があったのだ。

 

「ははは……僕なんかには誰も救わせないとでも言うのかい、神様?」

 

 思わず、信じてもいない神に悪態をついてしまう。

 何と運が悪いのだろうか。否、元々このために少女を彼の前に置いたかのようだ。

 自分に希望をちらつかせ、いざ掴もうとしたところでそれを奪い取る。

 何とも悪辣で趣味の悪い采配だ。まるで普段の自分のようではないか。

 自嘲気に笑いながらも必死に落ちてくるであろう巨大な瓦礫から逃れようともがく。

 だが、あれほどまでに軽かった足は今やピクリとも動いてくれない。

 それでも、彼は諦めることだけはしたくなかった。少女だけでも守ろうとした。

 

 遂に限界を超え、巨大な音と共に降り注いでくる巨大な瓦礫を防ぐためにシールドを張る。

 しかし、加速の反動の為に魔力は余っていても魔法回路が傷つき、制御ができない。

 その為に普段の十分の一程度しか魔力が注げず、見る見るうちに削り取られてしまう。

 それでもなお必死に足掻き続けて、彼はシールドを維持し続ける。

 

 だというのに、神は彼を嘲笑うかのように横合いから強烈な爆発をも引き起こした。

 想定外の範囲からの攻撃に遂に限界を超え、砕け散るシールド。

 そして、止めとばかりに完璧な位置で二人を押しつぶしに来る瓦礫。

 ここまでかと思い、少女を守るように覆い被さり目を瞑る切嗣。

 そんな時だった。聞こえていいはずのない声が聞こえたのは。

 

 

「切嗣ッ!」

 

 

 聞き覚えの有りすぎる声の主に体が突き飛ばされる。

 続いて聞こえたのは重い物体が人体を潰す鈍い音。

 そして、皮膚に感じたのはぬるりと生暖かい鮮血。

 最後に驚愕に見開いた目に飛び込んできたのは赤く染まった雪のような白い肌。

 頭の中が真っ白になる。どうしてという気持ちが沸き上がり、ついで悲鳴を上げる。

 こんなところに居るはずのない最愛の女性の名を。

 

 

「―――アインスッ!!」

 

 

 切嗣と少女を庇い、瓦礫に押しつぶされた状態に関わらずアインスは弱々しく微笑む。

 反対に切嗣の顔は蒼白になり、少女を抱えたまま体を引きずるように彼女の元に向かう。

 そして、生存者を探している間中、彼女が必死に自分に呼びかけていたことを思い出す。

 続いて、自分はその声を無視していたことを思い出し、後悔に打ちひしがれる。

 

 何と馬鹿だったのだろうか。人間であれば心配して来ても何らおかしくない。

 愛する者の危機に猛々しく血を流すのが人間の本質だ。

 そんなことも思い出せない程に自分は人間を理解していなかった。

 そもそも、最愛の女性よりも他人の心配をするのは人としておかしい。

 

「どうして君が…っ!」

「だって…幾ら……声をかけても……応えないから……心配で……」

「違う…違う…ッ! そうじゃない! どうして僕を庇ったんだ!?」

 

 庇われるような人間でもなければ。守られる資格もない人間だ。

 言外にそんな意味を含んだ言葉を吐き出しながら切嗣は彼女の前で崩れ落ちる。

 精神的にも肉体的にも既に限界を超えていた。

 防げたはずだった。全ては自分のせいだ。

 呼びかけられた時に少し考えればこうなる可能性にも思い至ったはずだ。

 だが、名も知らない誰かを救うことに固執して大切な者を見失っていた。

 救いたいという欲望に駆られて愛する者を死の淵に追い込んだ。

 

 あの時、アインスの声に応えていれば、もっと上手い方法で少女を救っていれば。

 そもそも、自分がドゥーエを監視していれば。アインスを第一に考えていれば。

 こんなことにはならなかった。彼女は傷つかずに済んだ。

 果たして、自分に彼女を愛することなど可能だったのだろうか。

 彼は力なくうなだれて、血を流す彼女を呆然と見つめる。

 それでも自分が誰かを救ったという(少女)だけは離せない。

 そんな余りにも惨めな様子にもアインスは微笑みを向けて口を開く。

 

 

「お前を……愛しているからに……決まっているだろう」

 

 

 その言葉に切嗣はどうしようもない絶望感を抱いてしまった。

 そうだ、これこそが人のあるべき姿だ。愛する者の為にその命すら差し出す。

 当たり前の行動であるはずだ。だというのに、自分はそれができない。

 心の底から愛しているはずなのに、その死を加速する真似しかしない。

 アインスの手を縋るように握る。その手は火傷だらけで酷いありさまだった。

 

 それも当然だろう。今の彼女に魔法は使えない。それは単純に魔力がないからだ。

 ここまで来られたのはスカリエッティかウーノの力を借りて転移してきたのだろう。

 それでも、こんな自分を助けるために彼女はこの地獄を生身で彷徨ってくれたのだ。

 正しい選択ならば最愛の女性すら容赦なく切り捨てるような最低の男の為に。

 誰かを救えたことに浮かれて彼女のことを忘れるような救いようのない男の為に。

 この愛おしいはずの体は傷だらけになってしまったのだ。 

 

 せめて、彼女が以前のように騎士甲冑を身につけられればと思うがそれは不可能だ。

 管制人格の起動はそもそも400(ページ)を超えなければ成り立たなかった。

 理由は単純に管制人格と闇の書を分離させて実体化し、起動するために魔力が必要だからだ。

 そして、他の守護騎士達と違い魔力は自分自身で生成するのではなく闇の書から供給される。

 これは魔力タンクを外付けにすることでユニゾン時に半永久的に魔力を使うことができるようにした悪意ある改造の名残だ。

 

 その為に記憶と人格を引き継いだだけである彼女には魔力を溜める器官がないのだ。

 夜天の書に記されていた魔法だけでなく、彼女自身が記憶していたものも同様に使えない。

 つまり、彼女は魔法を扱う才能はあっても、生み出すことはできない状態なのだ。

 こればかりは以前の夜天の書のデータがないのでスカリエッティですら復元しかできなかった。

 だから彼女は己の身を守ることもできなければ、自身の体を癒すこともできない。

 なのに、その命を自分の為に投げ出してくれた。その事実が重く、重くのしかかって来る。

 

「アインス……僕は…僕は…ッ!」

「切嗣……逃げろ…今ならまだ逃げられる……天井もない…飛べるはずだ」

「そんなことは―――」

「その子を……助けたいのだろう?」

 

 自分を見捨てて行けと言うアインスに当然のように反論する切嗣。

 だが、彼女から諭すように少女を救えと言われて黙り込む。

 このまま、三人で転移をすれば全員で生き残れる可能性がある。

 しかし、それはできない。転移魔法は座標の割り出し、さらに複雑な魔法結合と構成を必要とするために回路が傷つき、精密な操作が行えない現状では使えない。

 

 それが分かっているからこそ、アインスは自分を置いて逃げろと言っているのだ。

 彼女の判断はどこまでも正しい。だからこそ、切嗣を深い絶望に叩き落す。

 今更ながらに自分が犠牲者達に与えてきた絶望の重さを実感する。

 こんなことを正しいなどと割り切るのは人間ではない、ただの機械だ。

 

「……僕も飛べそうにないよ」

「それは…私を……含めた場合だろう? 今なら…その子と…お前だけなら……」

 

 ダメ元で否定の言葉を続けて出してみるが笑いながら返されてしまう。

 そして、彼女の小さな口から血が溢れ出てくる。

 このままではどう足掻いても彼女は助からない。

 死ぬべき人間を犠牲にし、生きるべき人間を救う。それだけのことだ。

 衛宮切嗣が取るべき行動は一つだけ―――彼女を見捨てることだ。

 

 

「でも……それは―――他に道がない場合だ」

 

 

 だが、しかし。今だけは衛宮切嗣は諦めるという選択はしなかった。

 本物の正義の味方であろうとした。それが、スカリエッティの悪意だとしても。

 後で、今までの犠牲への裏切りだと糾弾されることになろうとも。

 今この瞬間だけは正義の味方を張り続けようとした。

 彼女を救うだけではない。まだ取り残された者達も救わねばならない。

 そのために彼女の力は必要不可欠なのだ。

 

「アインス……君は僕とユニゾンはできるかい?」

「まさか……主以外とは……いや…やってみなければ……分からないか」

「これが成功すれば君と僕は助かる……理論上はね」

 

 切嗣の考えはアインスとユニゾンを行うことで、アインスに魔法を使わせることだ。

 融合中はお互いに相手の魔力を自由に使用することが可能となる。

 つまり、魔力を溜めることのできないアインスが切嗣の魔力を使えるのだ。

 

 そうすれば、回路が傷ついた切嗣の代わりに魔法を行使することが可能になる。

 この場面で必要な転送魔法に治療魔法も使用可能となる。

 治療魔法に関してもアインスの行使であれば素質があるので可能だ。

 それも全てユニゾンさえすることができればの話だが。

 

「頼むぞ……アインス」

「ああ……ユニゾン…イン」

 

 ユニゾンに必要な魔力だけは切嗣が使用し、二人は目を瞑る。

 すると、地獄のような景色の中にまるで天国のような明るい光が差し込む。

 もしも、この光景を見た者が他に居たのならばこの地獄に希望を抱いただろう。

 眩い光に包まれ、その姿を消す切嗣とアインス。

 

 一瞬の後に光が途切れ、眠る少女とそれを抱きかかえる一人の男が現れた。

 男の髪は白というよりも銀色に輝き、開かれた二つの瞳は血のような紅さを湛えていた。

 切嗣の体にアインスの特徴が如実に表れた姿。

 つまりは、二人の体は融合したのだ。

 

『ユニゾン―――成功だ』

「アインス、すぐにこの子を安全な場所まで転送してくれ」

『了解した』

 

 成功に喜ぶこともなく、傷を塞ぐこともなく、切嗣はすぐさま少女を転送するように促す。

 それにアインスも阿吽の呼吸で応えて、あっという間に魔法陣を完成させる。

 彼女も自分の身よりも優先させるべきものがあるのだ。

 魔法陣の中に少女を優しく置き、切嗣は自分達より先に治療するようにも頼む。

 だが、アインスは言われる前から分かっていたとでもいうように既に行使していた。

 切嗣はそのことに少し笑みを零し、息を吐く。

 

「じゃあ、転送をしてくれ」

『ああ』

 

 恐らくは救護隊が来ているであろう座標に転送を行うアインス。

 そして、それが終わると後回しにしておいた自身と切嗣の体の治療を始める。

 元々集められた魔法をただ行使する存在であったが、簡単な治療魔法の構成と使用法は記憶の中にあったために夜天の書がなくとも難なく使用が可能であった。

 覚えておいて良かったと心底思いながら彼女は彼に話しかける。

 

『まさか、ユニゾンまでできるとはな。どうやら、私達は色々と相性がいいようだ』

「うん、成功して本当に良かった。……はやてに少しは似ているのかな」

 

 どこか、自嘲気味にはやてに似ているのだろうかと呟く切嗣。

 そんな切嗣の様子に励ましてやりたいと思うが、今はそれよりも優先するべきことがあるのでアインスは主導権を奪い、彼の体を無理矢理に炎の中に向かわせる。

 切嗣は最初こそ驚いた顔を見せるものの、すぐに表情を引き締める。

 

『まだ、救う者が居るのだろう。だから私を助けた、違うか?』

「……うん。まだ、助けを待つ人が居る…ッ」

 

 愛しているから救った。そう口にしたくともできない切嗣を気遣い、アインスが声をかける。

 切嗣はその言葉に奥歯を強く噛みしめ、悔しそうに肯定する。

 以前よりも意識して平等であろうとしなければならない。

 いつかは彼女を切り捨てる日が来てしまう。いつかはその愛を裏切らなければならない。

 

 それに耐えるには自分の心に嘘をつくしかない。

 こんなどこまでも弱い人間が今この場では正義の味方を張り続けようとしている。

 思わず、そのことに自嘲気な笑みを零してしまう。

 それでも人を救うという欲望に終わりなど来ることはない。

 何故なら、彼は―――

 

 

 ―――叶うことなら、目に見える者全てを救いたいと願ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 目を覚ます。鼻腔にツンとした消毒液の匂いが充満する。

 そこでここは病院なのだろうと理解して体を置き上がらせる。

 すると、ベッド脇にいた姉がすぐに抱き着いてきた。

 

「スバルッ!」

「ギンガ、怪我人にいきなり抱き着くもんじゃねえよ」

「あ、ごめんスバル。痛くなかった?」

「う、うん。平気だよ、ギン姉」

 

 少女、スバルはどこか現実味がなさそうな顔をしながら父と姉を見つめる。

 その瞳に、父、ゲンヤは僅かに目を細めるが姉であるギンガは気づかない。

 ―――変わった。何がとは言えないが間違いなく変わったのが分かる。

 しかし、あれだけの経験をしたのだからある意味で当然かと思い、父はそこで思考を止める。

 

「ギン姉は大丈夫だったの?」

「私は……スバルを助けに行こうとしたんだけど、その前に見つかって連れ戻されちゃったの」

「そっか、ありがとうね、ギン姉。あたしを助けようとしてくれて」

 

 反省しているのか、助けに行けなかったことを恥じているのか表情を暗くするギンガ。

 そんな姉にスバルは自分を助けようとしてくれたことに感謝の笑みを浮かべる。

 礼を言われたことに面を食らうギンガだったが、それ以上にその笑みに何か違和感を抱き、内心で首をひねる。

 

「そうだ、あたしを助けてくれた人、知らない?」

「んー、お前を助けた奴は良く分からねぇんだよな。陸士でも本局の奴でもねぇみたいだしな」

「他にもスバルみたいに正体不明の人に救われた人が3人いるみたいなの」

 

 一般人が救助活動をしてくれたのだろうと救助隊の方で表彰しようという話になったのだが、何処を探しても見つからないために小さな噂になっているのだ。

 それを聞いて、スバルは残念そうな顔をする。

 何故だか、彼とはもう一度会いたいと思ってしまったのだ。

 否、あの笑顔がどういったものなのかを聞いてみたかったのだ。

 

「突然現れて、礼も受けずに消えたからその人達はこんな風に呼んでいたわ」

 

 ギンガは特に意識することもなく、伝え聞いたことを口にする。

 それが妹の生涯の指針となってしまうことも知らずに。

 妹を救った人間の正体はその真反対に位置するものだとも知らずに。

 

 

「―――正義の味方って」

 

 

 決して叶うことのない願いであり、同時に呪いの言葉である名前を口にする。

 

「正義の……味方……」

 

 スバルはその名前を復唱する。

 この日、少女は憧れと理想を見つけてしまった(・・・・)のだった。

 




やったね、本編と同じで誰かの正義の味方になれたよ(白目)
ギンガは向かっている最中にフェイトに連れ戻されました。
そして、自然と誰も救助に向かっていない場所になのはもフェイトも切嗣も別々に向かったので会いませんでした。

まあ、次回辺りにそこら辺は書きます。
そして次回はおまけを書く(予定)


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二十話:三者 ☆

【昨晩起きたミッドチルダ臨海第8空港の火災現場からの情報です。現在、火は収まっていますが、煙は未だに立ち昇っている状態です。火災の原因は未だに不明ですが、現在、時空管理局の局員によって調査が行われています。また、防火システムが正常に作動していなかった可能性もあり、時空管理局は念入りに調査を行うと正式に発表しております。今回の事故においては空港最深部に取り残された50名の利用客が死亡するという被害が出ており、身元確認が急がれています】

 

 テレビから流れてくるニュースを聞きながらはやてはベッドの上で表情を暗くする。

 臨時ではあるものの指揮をとった以上は誰も死なせるつもりなどなかった。

 だが、現実は非情だった。三人のSランク魔導士が居ようとも救えぬ者は救えなかった。

 もっと早く出動できていれば全員を救えたかもしれない。

 もっと強ければ絶望的な状況からヒーローのように助け出せたかもしれない。

 そう思うと、情けなさと後悔が胸にへばりつき離れてくれなかった。

 

「私らは……小さいなぁ」

 

 隣で同じように表情を暗くするフェイトとなのはにそう声をかける。

 強くなったと思っていた。大人になり、できることも増えたと思っていた。

 しかし、結局のところ自分達は一人の人間でしかなく、できることは限られていた。

 それを二人も痛感しているのか深く、静かに頷き返してくる。

 

「……そうだね。手を伸ばしても届かないものがある」

「でも、諦めたくなんかないよ……。ううん、諦めたらダメ。犠牲を無駄にしないように」

 

 手を伸ばしても救えなかった命がある。過ちを犯した故に救えなかった命がある。

 後悔し始めれば一生経っても終わらないようなことばかりだ。

 だが、それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 それは今までの全てに対する裏切り行為なのだから。

 彼女達は決して立ち止まることをしない。

 

「そう言えば、フェイトちゃんとなのはちゃんは例の人を見かけんかったん?」

「救出に参加してくれた民間の人だっけ? 私は被害の浅いところにいる人達を助けてたから」

「私も見てないよ。できるだけ他の救助の人が居ない場所に行くようにしていたから」

「そっか……見てないんやな」

「はやてちゃん?」

 

 何か引っかかりがあるのか目を伏せて考える仕草を見せるはやて。

 その様子を不思議に思い、なのはが声をかけるがはやての思考は止まらない。

 例の人物、正義の味方は誰よりも火の手が激しい場所に居たらしい。

 しかし、その場に居た局員は誰も火の中に飛び込む人間は見ていない。

 

 つまり、その人物は誰よりも早く現場に着いた可能性が高い。

 もしくは、利用客の誰かが件の人物であったかだ。

 だが、そのような利用客は確認されていない。

 もっとも、その場で航空券を買うつもりだった客であれば未確認であっても当然なのだが。

 

「はやてちゃん!」

「ん? ああ、ごめんなぁ。ちょっとぼーっとしとったわ」

「もう、何か考えてたんでしょ、はやて。悩み事なら相談してよ、水臭いよ」

「あはは、二人にはお見通しか。まぁ、そんな悩み事って訳でもないんやけどな。一体どんな人やったんかなぁってな」

 

 それがどうしても気になるのは直感で自分の身近な者だと気づいていたのか。

 それとも、純粋に礼を言いたかったのか。はやてにも本当のところは分からない。

 ただ、分かるのは自分が“正義の味方”という言葉に異常な思い入れがあるということだけ。

 なのはとフェイトもそのことに思い至り、納得のいった表情をする。

 

「正義の味方……って呼ばれてるんだっけ、その人」

「そうやね。今でも……その言葉の意味を考えてしまうんよ」

 

 『大丈夫やよ。おとんは―――正義の味方になれるよ』

 かつて養父の背中を押してしまったその言葉は今でも覚えている。

 正義の味方とは大勢の為に小数を犠牲にする、現状維持を行うだけの装置。

 養父に聞けばそう答えたかもしれない言葉を思い描く。

 だが、同時に彼も彼女もあの事件で知ってしまった。本物の正義の味方を。

 目の前で自分のことを心配してくれる親友二人は間違いなく彼女にとって正義の味方だった。

 それがはやてが希望を諦めないで済む根拠であり、養父が己の罪深さに絶望した根拠でもある。

 

「ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなる……そんなことないと思いたいなぁ」

「大人になると難しくなる…か。本当に、そうはなりたくないね」

「そうやなぁ、夢を諦めた大人やのうて、夢を叶えた大人になりたいなぁ」

 

 しみじみとそんなことを話す、はやてとフェイト。

 多くの人間が子供の頃に抱いた夢を諦める。そして悔し紛れにそれを大人になると語る。

 だが、どれだけ言いつくろうと、自分を騙そうと、諦めたという事実は変わらない。

 よく、夢や理想を馬鹿にする人間ほど真剣にそれらと向き合ったこともなければ現実にぶつかり続けているわけでもない。

 逆に夢や理想を追う人間を応援する人間ほどかつてそれらを追いかけ、現実という壁に叩き潰された者が多い。

 

 結局のところ最初から不可能な夢を抱いていたとしても止めるのは妥協でしかない。

 何も妥協が悪いわけではない。生きていくためには必要な能力だ。

 しかし、一生、諦めたことを心のどこかに燻らせながら生きている。

 大人とは夢を諦めた存在を言うのではなく、夢を叶えた存在を言うべきだ。

 それがどれだけ、難しく理想的なことかも分かっている。

 だとしても、そう願いたい。それが理想というものだ。

 

「気になるなら、その人に助けられた人の所に聞きに行ってみればどうかな?」

「いや、流石にそこまではせんでもええんよ。それに今は精神的にも辛いやろうし、聞きに行くとしてももっと後の方がええやろ」

「まあ、はやてちゃんがそれでいいなら良いんだけど……」

 

 なのはからの提案に慌てて手を振りながら断るはやて。

 そんなはやてに少し不満そうな顔をしながらも本人の意思を優先させるなのは。

 彼女としては親友が頭を悩めるような問題は解決して欲しいのだ。

 だが、それも本人が望まないのならただの押しつけになるので諦める。

 昔から押しが強いところはあるが退く所は退く性格なのだ。

 

「そう言えば、なのはちゃんとフェイトちゃんは今日はどうするんや? 私は昨日の指揮の報告書を書かんといかんし」

「私は……もう一度現場に行って何か手伝えることをするかな。じっとしていられないし」

「私も同じかな。瓦礫の撤去とかは高ランク魔導士が居る方が早く終わるし」

「なんや、みんな休みがほとんどないなぁ。シャマルにまた怒られるわ」

 

 自分達の忙しすぎるスケジュールに三人で笑い合う。

 もっとも、三人とも忙しいのは特に気にしないような仕事人間だ。

 それでも、はやてはこうした落ち着きない状況はどうにかならないかと思う。

 どっしりと腰を下ろして自分のやることに集中できればいいのが、高ランク魔導士は数が少ないためにどこに行っても便利屋扱いで落ち着きがない。

 

「……やっぱり、自分で部隊を持てたらええなぁ」

「はやてちゃんの部隊?」

「そや、全員で一丸になって一つの事件を追う。その間に新人の育成も行う少数精鋭の部隊。それやったら、私達も落ち着けるし、何よりもしがらみに縛られんで早う動ける」

 

 今回の事件でもっと早く動けていればという後悔ができた。

 故に上からの命令がすぐに下に伝わり、動きだせる少数精鋭の部隊がいいのだ。

 地上部隊ではどうしても資金上の問題があり、出動して何もありませんでしたでは赤字にしかならないので上が慎重になりすぎるのだ。

 

 仮にも人の命がかかっているかもしれない状況でそれでいいのかとも思う。

 しかしながら、世の中は世知辛い。金がなければ理想を追うのも一苦労だ。

 なので、そういった点で地上部隊を責めるのは気が引ける。

 そもそも、海がロストロギアを探すために世界を広げ過ぎているのも原因の一つなのだ。

 もっとも、これは一つで複数の次元世界を滅ぼせるロストロギアの特性故に仕方ないことだ。

 

 誰だって、自分の家のすぐ隣に原爆が眠っていると知ればそれを取り除くことを優先する。

 泥棒に空き巣に入られても、被害が少なければまずは原爆を取り除くように頼むだろう。

 そのような状況だから陸には資金が回されず、市民もそれほど期待もしていないのだ。

 それでも、当然のように事件が起これば非難される。

 これではレジアスでなくとも文句の一つも言いたくなるだろう。

 

「それでな……もしも、やけど。私が自分の部隊を作れたら、なのはちゃんとフェイトちゃんも来てくれん? 勿論無理にやなくてええんやけど……」

 

 はやてが隊長となり部隊を指揮して運営を行う。

 フェイトが執務官としての手腕を生かし舞台として一つの事件を追う。

 そして、なのはが新人達の指導を行いながら戦闘では最前線で戦う。

 誰が見ても最強の布陣である。

 

 これだけの魔導士を揃えれば奇跡の一つや二つは起こせそうだと錯覚してしまう。

 だが、この三人が揃っても救えぬ者もいると、昨晩思い知らされた。

 それを思うと自然と言葉の最後の方が尻すぼみになってしまう。

 そんなはやての様子に眉をひそめるのが二人の親友である。

 

「水臭いよ、はやてちゃん。小学三年生からの付き合いじゃない」

「うん。寧ろそんな面白そうな部隊に誘ってくれないなら嫌いになっちゃうよ」

「二人とも……おおきに、ありがとうなぁ」

 

 悪戯気に笑いながら返してくる二人に思わず目尻に涙が溜まるはやて。

 しかし、すぐに笑顔を作り最高級の感謝の気持ちを伝える。

 少女達は新たな指標を見つけて歩き始める。

 “正義の味方”と再び運命が交わるのは、まだもう少し後のことである。

 

 

 

 

 

 暗い、暗い、部屋。外部からの一切の交流を捨て去ったかのような場所。

 そこに脳髄になり果ててまで世界を平和にしようと足掻き続けるかつての“英雄達”が居た。

 今より150年前に争いが絶えることなく、滅んでいくだけだった次元世界を纏め上げた者達。

 

 その時の彼らを人はできるはずがないと罵った。

 何の後ろ盾もない、力も持っていない若造に何ができるのだと。

 しかし、三人の若者は不可能を可能にし、世界を変えてみせた。

 嘘偽りのない、本物の英雄。彼らの背中に人々は理想の世界を夢見た。

 そして、その意思を継承しようと時空管理局を立ち上げた。

 ここまでやれば、後は後継者に任せて彼らは眠ればよかった。

 

 だが、彼らの願いは美しく―――正し過ぎた。

 人間では決して叶えることなどできない願いだった。

 だとしても、彼らに諦めるという選択肢は存在しなかった。

 なまじ世界を変えてしまったがために不可能を認めることができなかった。

 だからこそ、彼らは無理矢理に寿命を延ばしてでも理想を追い求めた。

 世界の永遠の平和を、悪の根絶を、追い求め続ける。

 例え、その身を悪に染め上げようとも。

 

「スカリエッティめがまた粗相をしたようだのう」

「あれには欲望の刷り込みではなく、忠誠の刷り込みでもしておくべきだったか」

「まあ、元より空港の破壊は想定の範囲内。死者が出たことで脅しも効きやすくなった。何も焦ることはない」

「ならばよかろう。変わることなく、計画は進行中よ」

 

 彼らはかつて目の前の誰かが泣いているのを見て武器を手に取った。

 苦しんでいる人を一人でも救う為に戦争だらけの世界を平定して見せた。

 その代償として、彼らは人の心を失ってしまった。残ったのは正義の心だけ。

 機械的に、数の上でしか人を見られなくなった正義の味方の成れの果て。

 

「それよりも、ボディの件はどうなったのだ?」

「朽ちぬ体は、戦闘機人の方のデータが多くならなければ簡単には実行に移せん。もっとも、元の体のクローンへの移植であれば難しくはない」

「私としてはそちらの方が好みなのだがね。仕方がないとはいえ、外付けの力を使うのは優雅ではない」

「まあ、お主ほどの力量があればそれで十分であろうな」

 

 生き長らえるために脳髄だけの姿となった。

 しかし当然のことながらそれでは何もできない。

 かつての英雄であっても体がなければどうしようもない。

 故に彼らは新しい体を求める。永久に朽ちることのない機械の肉体を。

 そして、平和への道のりを再びその足で歩み始めようとしているのだ。

 戦闘機人計画とは戦力不足を補うためだけではなくこのような目的もあるのだ。

 

「あの頃は力がなければ誰も我らの言葉を聞きはしなかった」

「とは言うても、お主は魔法工学が専門で戦いはからっきしではないか」

「何を言う。ミッドチルダ式の魔法を大成させ、非殺傷の技術を生み出したのはどこの誰かを忘れたか? それにアルハザードの技術を読み解きスカリエッティを生み出したのも私だ」

「私達はそれぞれがそれぞれの役割を果たした。いがみ合うのは間違いだろう」

 

 からかう様に一人が声をかけると言い合いが始まってしまうがそれをもう一人が止める。

 肉体があったころからこのような光景がよくみられていたのだ。

 仲が良いのか悪いのか分からないとよく言われていた三人である。

 

「なに、冗談じゃよ。あの頃と変わらず儂らは共に平和の為に正義を為すだけ」

「ふむ、それに異論はない」

「真の意味で争いなどない平和な世界。その為ならば少々の犠牲はいとわない」

「ああ、それが正義というものだ。最終的に多くの者が救われるのならそれでよい」

 

 彼らはもはや思い出せない。若かりし頃に願った世界の本当の形を。

 誰よりも優しかったはずの彼らが夢見た本当の意味での平和な世界を。

 正義という怪物になり果てた三人の男は思い出すことができない。

 




一体、なに三家なんだ……。


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

 なのは達がユーリ考案のBDのステージを楽しんでいるところへ突如現れた謎の乱入者。
 世界征服を目指す秘密結社、その名も『セクレタリー』。
 彼らは全てのBD陣営に宣戦布告を行い、グランツ研究所、八神堂へ侵略を開始させていた。
 その強さと行動はまさに“悪”。止められる者などいない。
 そう誰もが諦めかけた時、正義の味方はどこからともなく現れる。
 悪が亡びぬ限り、正義もまた滅びないのだから。

「くそ! すずかにアリサまで捕まっちまった!」
「ふふふ、博士の美しき秘書にしてスパイ『ドゥーエ・ザ・ライアー』と」
「戦略参謀『クアットロ・ザ・ミラージュ』の前では赤子同然よ」

 圧倒的な強さを誇る乱入者の前に為すすべなく押され続けるヴィータ。
 スキルの使えない状況かつ、人質が居る状況では勝ち目がない。
 アイゼンを握りしめ肩で呼吸をするが既に万事休すだった。

「ランカーってのもあっけねえな。えーと、この『トーレ・ザ・インパルス』の拳の餌食になりな!」
「くそ…っ。誰か……助けてくれ」

 ここまでかと思い、衝撃に備えて目を瞑るヴィータ。
 そこへトーレは手加減することなく拳を振り下ろす。
 だが―――そこへ正義の味方が現れた。


「うちの子どもに手を出すのはやめてもらおうか」


 弾丸が放たれ一直線にトーレに襲い掛かる。
 彼女はそれを躱すために無理矢理体を捻る。その結果ヴィータへの攻撃は届かなくなる。
 さらに、そこへ正義の味方はこれでもかとばかりに銃弾の雨を降らせ、トーレを後退させる。
 そして、ゆっくりとヴィータの前に出て守るようにセクレタリーに立ちふさがる。

「あら、誰かしら? 私達が悪だから、あなたは正義の味方ってところかしら?」
「正義の味方? 的を射てはいるけど君が想像するものとは違う。強いて言うなら僕はただの―――」

 男はコンテンダーを彼女達に突き付けながら睨み付ける。
 その目には、例え世界を敵に回そうとも家族を守るという意志が宿っていた。
 名も知らない誰かの為に戦うのではなく、愛する家族の為に戦う男。
 それは―――


「―――父親だ」


 そう名乗ると同時にコンテンダーの引き金を引く切嗣。
 人質がいるにも拘らずに取った非常識な行動にセクレタリーはギョッとして固まってしまう。
 しかし、それは切嗣の計画の一つに過ぎない。
 守り手が油断をした一瞬の隙をつき、横合いからザフィーラがすずかとアリサを奪い返す。

「しまった! 人質が!?」
「驚いている暇は……無いよ」

 しくじったと顔をしかめるドゥーエの真横にアインスが音もなく近づき、爆撃を行う。
 さらにはトーレの元にシグナムが斬りかかっていき、シャマルはクアットロを抑え込みに行く。
 八神堂対セクレタリーの戦闘が一気に展開される中、その主たるはやては切嗣に話しかける。
 
「いやー、作戦通りとはいえ容赦ないなぁ、おとん。ヴィータが本気で驚いとったよ」
「そうだよ、マジでアリサとすずかごとやっちまうかと思った」
「ははは、そんなことは…………ないよ」
「なんや、今の間は? ちょっとアリサちゃんとすずかちゃんが身震いしたよ」

 人質ごと相手を倒そうとしていたのかと察してちょっぴり引くはやてとヴィータ。
 そんな二人に対して切嗣は冗談だと笑うが本心としてはやりかねない。
 家族だけの味方になると決めた以上は家族を守るためならどんな汚いことすら許容する。
 彼はそんな男だ。

「それよりもはやて」
「なんや、おとん?」
「立派になったね……父さんは嬉しいよ。写真を撮ろうか、100枚ぐらい」
「あかん、親バカモードが発動してもーた。ヴィータ、抑えとって」
「わかった」

 若干涙を流しながら大人モードのはやてを見つめる切嗣。
 そんな養父の姿にまたかといった表情をしながらはやてはヴィータに抑えさせる。
 はやては飛び級などを活用して大学を卒業したこともあり、記念の写真が他の子どもよりも少ないのだ。
 次は成人式まで晴れの舞台がないのかと気づいてしまった切嗣のへこみようは言葉では言い表せない程のものだったという。
 そんな気の抜けたやり取りを行っているうちに正常化プログラムが広域拡散されてフィールドは解除されていた。

「博士からの撤退命令です。三人とも戻ってください」
「えー、これからだってのによぉー」
「ああ、ちょっと待ってくれ。その博士に伝言だ」

 ウーノからの指令で帰っていこうとする三人を切嗣が呼び止める。
 何事かと振り返る三人に切嗣はとびきりの笑顔で伝言を伝える。


「鉛球で眉間の風通しを良くしたくないなら、やりすぎるなってね」


 目が全く笑っていない笑顔に気圧されて三人は思わず頷いてしまう。
 それに満足が行ったのか消えていく三人を見送る切嗣にシグナムが微妙そうな顔で話しかけてくる。

「もしや件の人物とはお知り合いなのですか?」
「まあ……腐れ縁ってやつかな。まだマシな方だけどね」
「マシ?」
「何でもないよ。さあ、アインスも帰ろう。ちょっと眩しいからね」
「ああ、そうだね」

 一体何と比べてマシなのかという疑問を躱して切嗣はログアウトをする。
 やはり、どう足掻いても悪という存在なしに正義は成り立たないのかと、遠い昔を思い出しながら。

~おわり~


さっそうとした正義の味方ケリィを書こうとしたのに何故かこうなった。


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二十一話:愛ゆえに ☆

 ―――夢を見ている。

 いや、見せられていると言った方が正しいのかもしれない。

 あの子を救っている自分を遠くから傍観者のように見ている。

 ああ、その姿は紛れもない正義の味方だろう。かつて自分が憧れた姿だと言ってもいい。

 でも、ちょっと視野を広げてみればそれは間違いなのだと。

 決してかつて抱いた理想の光景ではないのだと思い知らされる。

 

 あの時は前しか見ていなかった。余裕などなく、狭い視野で少女だけを見ていた。

 だが、落ち着いてしまえば、一人を救ってしまえば視野は広がってしまう。

 少女を抱きかかえる自分のその向こう側で炎に焼かれて悲鳴を上げる少年を見てしまった。

 逃げるように視線を横に向ければそこには瓦礫の下敷きになり血を流す老人が居た。

 それにも目を背けて今度は後ろを振り返った。

 そこには―――助けられたはずの人々の焼死体が転がっていた。

 

 そうだ。自分は最も死ぬ確率の高い少女を救うために死ぬ確率の低い者を見捨てた。

 衛宮切嗣が取るべき行動を、今までの行動を否定したのだ。

 犠牲を救うために助けようとしたのは間違いではない。

 ただ、大勢ではなく、少数を助けようと、救いたいと願った弱者を助けたのだ。

 それは紛れもない裏切りだろう。自分の欲望に溺れ自分は彼らを裏切った。

 だから、きっと、これは―――そんな自分への罰なのだろう。

 

 助けたい人々が山のように目の前にいた。夢だと分かっていてもそれを助けに行く。

 でも、何度手を伸ばしても彼らは灰となって消えていってしまう。

 『あの子を見捨てていたら助かったのに』そう言い残しながら。

 その言葉は間違いなどではないだろう。最も救える可能性のある者を見捨てた。

 彼らの命と引き換えに少女の命を助けてしまったのだ、衛宮切嗣は。

 

 あの時のようにただ一つのことだけを見ることができるのなら楽だろう。

 怨嗟の声に耳を塞ぐことができるのならば何も問題はないだろう。

 しかし、一度広がってしまった視野は決して狭まってくれない。

 助けを求める者の姿を捉えて放してくれない。

 本当の意味で逃げ出せるのならばいい。

 

 だが、この体はどれだけ不可能だと知っていても、本当は怖くて逃げ出したくても救いに行く。

 一度味わってしまったのだから、もうそれ無しでは生きられない。

 誰かを助けるという極上の喜び(麻薬)を求めて彼は中毒者のように手を伸ばし続ける。

 砂漠でオアシスを探し求めるように夢中で歩き続ける。

 それでも、誰一人として救うことができなくて、絶望が心をむしばみ続ける。

 

 もっとも、誰も救えないのも当然だろう。彼が救おうとしている者達は全て彼が見捨てた者だ。

 一度見捨てたのに次は救うというのは余りにも虫の良すぎる話だろう。

 彼らの恨みがましげな視線がその証拠だ。ただ何も言わずに見つめてくるのだ。

 息などしていないはずなのに、瞳だけは蠢いていて彼にものを伝えてくる。

 ―――裏切り者と。

 

 気が狂いそうになる。その視線を受けただけで死んでしまうのではないかと錯覚する。

 しかし、そんな甘えなど許されない。死ぬことなど決してできない。

 ここにいる者達全てを救い出さなければこの悪夢は終わらない。

 だが、誰も救えない。伸ばした手は誰にも届かない。当たり前だ、もう死んでいるのだから。

 死者が生き返るはずもない。それは誰よりも人を殺してきた彼だからこそよく分かることだ。

 

 だからこそ、願ってしまう。彼らが全員、生き返ってくれるのならどれだけ嬉しいかと。

 彼らだけではない。今まで理不尽に犠牲となった者達全てが生き返るのなら、自分は解放されるのではないかと、錯覚してしまう。

 本当はそんなことなどあるはずもない。罪が消えることなどあり得ない。

 罪と善行は別物だ。どれだけ善行を積み上げようとも犯した罪は一生消えない。

 許されることなどあってはならない。何よりも自分が納得できない。

 だから―――

 

 

『ねえ、ケリィ』

 

 

 自分はこの地獄を永遠に彷徨い続けることしか許されない。

 目の前には彼女が居た。かつて救うことを放棄した少女が居た。

 昔は夢の中でも会えればそれだけで嬉しかった。だが、今となっては悪夢でしかない。

 彼女は衛宮切嗣の罪を映し出す鏡と化していた。

 

『ほら、やっぱり君は誰かを救うことができたんだよ? 私は助けてくれなかったのに』

 

 思えば、以前見た夢の中の自分と同じ行動をしたのだ、自分は。

 生存者など誰一人として居ないような火事の中を走り回った。

 そして、小さな命を、手を握ることに成功していた。

 決して諦めずに走り続け、小さな救いを得ることができた。

 あの夢の自分は可能性としての自分ではなく、未来の自分だったのだ。

 もはや、言い逃れはできない。

 

「僕は……僕は―――君を救えた…ッ」

『そうだよ、ケリィは私を助けられたんだよ。私だけじゃない、みんなを救えたんだよ』

 

 他ならぬ自分自身が証明してしまった。救えた、絶望的な状況から人を救えた。

 死ぬべき運命から助け出してしまった。その結果救われるべき人間を殺してしまった。

 だとしても、今まで見捨ててきた人々が救えたことに変わりはない。

 全てを救うなんて所詮は絵空事だ。必ず、誰かが犠牲にならなければならない。

 見捨てた者を救えば、救ってきた者達が救われない。

 当たり前だ。彼の腕は全人類を抱えられるほど大きくはないのだから。

 

『でも、君は諦めただけ。理屈をつけて切り捨てただけ。

 救えなかったんじゃない―――救おうとしなかった』

「……うん、そうだね」

『だから、私達はずっとこんなところに居る。ケリィが諦められるほど頑張らなかったからいつまでたっても消えることもできない』

 

 何かに全力でぶつかって、その上で不可能だと諦めるのならば諦めがつく。

 しかし、衛宮切嗣は救いたいと願いながら、一切の労力を割くことなく見捨てた。

 機械であればそれで何の問題もなかった。だが、彼はどこまでも弱い人間だった。

 だから、諦めることができずに彼らを忘れることができない。

 衛宮切嗣は彼らの死を一欠けらたりとも認めることができていないのだ。

 

 この夢は彼を苦しめるものであると同時に彼の願望を叶えているのだ。

 死者との再会。そこでの懺悔。さらに彼らが自分を八つ裂きにしてくれるのなら最高だ。

 だが、そんなにも都合の良い夢など見ることはできない。

 懺悔をする権利などないと彼自身が思い、己の欲望を抑えるから誰も彼を罰しない。

 彼らはただ願うだけ。救いを求めるだけ。衛宮切嗣の中で死ぬことすら許されずに。

 

『私達はケリィの願いを言ってあげているだけ。ケリィが私達を助けたいと思い続けているから助けてって言ってる。おかしいよね。ケリィは私達を見捨てたのに』

「僕は……みんなを救いたかったんだ。誰にも涙してほしくなかった」

『うん。その過程でどれだけの人に絶望を抱かせたんだろうね』

 

 彼女の言葉に表情が酷く歪む。忘れてしまえば楽になれるだろう。

 折れてしまえば、罰を自らに課してしまえばどんなに楽になれるだろうか。

 しかし、そんなことはできないからこうして苦しみ続ける。

 誰も傷つかず幸福を保つ世界はない。そんなことはとうの昔に理解している。

 だというのに、闇を直視できず平等という綺麗事を、弱者の戯言を言い続ける。

 結局のところ、彼の理想は醜さを覆い隠すだけの言い訳に過ぎない。

 それでも、それだけは諦められなくてこんな歪みを抱き続けている。

 

「せめて……君達を助けることができるのなら。もしも、生き返らせることができるのなら……」

『その時はやっと死ねるかもしれないね、ケリィ』

「そうだね。本当は……息をするのも辛くてしょうがないんだ」

『でも、それは全部ケリィのせい。私達のせいじゃない』

「うん、だから……本当にどうしようもない」

 

 夢の中の彼女は本物の彼女ではない。切嗣が生み出した幻想に過ぎない。

 だからこれは、自分自身との対話と変わらないのだ。

 一刻も早く死んでしまいたい。だが、背負ったものがある以上は死ねない。

 彼らの死を価値のあるものにするまでは死ぬことすら許さない。

 そのことでどんなに自分が苦しもうとも全ては自業自得。

 自己という概念を切り捨てることができないくせに、ロボットになろうとした罰。

 機械にも、人間にもなれなかった中途半端な男が辿り着く当然の帰結。

 だから―――

 

『助けて』

『助けてくれ』

『助けてください』

『タスケテ』

 

 その声達は決してやむことなく彼の心をむしばみ続ける。

 彼が死ぬその時まで、彼が本当の意味で彼らの救済を諦める時まで。

 犠牲になった者達全てが救われる、あり得ないその時まで。

 彼らの救いを求め続ける。それが彼の破滅的な願いなのだから。

 

 

 

 

 

「切嗣、うなされていたが大丈夫か?」

「アインス……大丈夫だよ。ただの……夢さ」

 

 切嗣が目を覚ますと赤い瞳が覗き込んできていた。

 その心配そうな様子に切嗣は無理をして笑いながら体を起こす。

 しかし、そんな強がりは彼女には通用しない。

 その温かな体に抱き寄せられ、強く抱きしめられてしまう。

 

「無理をするな。お前はすぐに溜め込むからな」

「はぁ……君には本当に敵わないな。……僕はね、もう……生きるのが辛いんだ」

「私のために生きて欲しいというのは……ダメなんだろうな」

 

 切嗣はいっそ死んで楽になってしまいたいと考えている。

 だが、それでも生き続けているのは今までの犠牲に報いるためだけだ。

 愛した女のために生きているのではない。否、そんな生き方は許されない。

 それが分かっているからこそアインスは悲しそうな表情をする。

 

「……ごめん」

 

 そう、一言だけ謝罪の言葉を口にし、強く抱きしめ返す。

 愛している。狂おしいほどにこの女性を愛している。

 だというのに、彼女のためにしてあげられることなど何一つない。

 否、もうどこにもいない犠牲者のためにしか彼は生きてはならない。

 こんな自分に愛を向けてくれる彼女を死者のために犠牲にする。

 愚かだ、ただひたすらに愚かな行為だ。だが、そうすることしかできない。

 

「アインス、君はどうして……こんな僕を愛してくれるんだい?」

「さあ、私にも理由はわからない。だが、愛情とは理屈で成り立つものでもないだろう」

「そうだね……。君には教えられてばかりだ」

 

 柔らかく、滑らかな銀色の髪を撫でながら切嗣は暗い目をする。

 つい先日に自分のせいで彼女が傷ついたというのにまた危険な目に晒してしまう。

 すべての責務から逃げて、彼女と共に残りの人生を静かに過ごせればどれだけいいだろうか。

 しかし、それは叶わない願いだ。

 

「もし、僕が今ここで君以外の全てを捨てて逃げ出すと決めたら―――君は許してくれるかい?」

 

 アインスに問いかけるのは彼の心に確かにある願望。

 決して嘘ではない確かな願い。人としての衛宮切嗣が抱いた願望。

 すべてを愛する女性に奉げたいという、女を愛する男の姿。

 それを受け入れるのは彼女にとって間違いなく幸せになるだろう。

 だが、アインスの答えは決まっていた。

 

「いいや、許さない。なぜなら―――お前が幸せになれないからな」

 

 愛する男の幸せにつながらないのなら、例え心の底から望んだことであっても否定する。

 衛宮切嗣は決して逃げることはできない。何故なら、自分自身が彼を追いつめているからだ。

 今だってそうだ。犠牲に報いる成果を出せない自分が赦せないから女を愛せないでいる。

 彼はどこまでも弱い。自分を赦すことができないのだから。

 

「お前はきっとお前自身を断罪者として殺すだろう。そんなことを私は許さない」

「……その方が僕にとってはいいかもしれないよ? 少なくとも君は死なないからね」

「お前が私のせいで犠牲になるのは私が耐えられない」

「君は僕のために犠牲になっているのに?」

「ああ、だからこれは私のわがままだ。女のわがままを許すのが男の務めだろう?」

 

 悪戯っぽく笑うアインスに切嗣は悲しみと絶望を抱く。

 もう変えられない。彼女は自分の為にどんな犠牲をも許容する。

 それなのに、自分は彼女に何一つ返すことができない。

 幸せになってほしいのに、自分と居ることで彼女は傷ついていく。

 こんな男を愛してしまったが故に自ら滅びの道に歩を進めてしまった。

 そのことがどうしようもなく悲しかった。

 

「やっぱり……僕に君を愛する資格なんてなかった。君を幸せにできない僕なんかに……」

「いいや、私は幸せだ。……愛する男の腕の中に居られるのだからな」

「アインス…ッ」

 

 声を震わせながら切嗣は痛いほどにアインスを抱きしめる。

 自分の全てを肯定してくれる女性。それ故にこんな歪んだ願いすら許容してしまう。

 機械になろうとした人間を愛した、人間になろうとした機械。

 ひどく美しく、歪んだ関係。だというのに彼女に自分は返すことができるものが一つしかない。

 

 ただ一言―――愛していると。

 




もうちょいで空白期終わる予定。


おまけ~在りし日の公園の風景~

このおまけは設定とか完全無視したギャグ時空のおまけですので普段のおまけとは関係ありません。ただ、感想欄であったやつを書いてみただけです。ではどうぞ。




 ある男達の話をしよう。
 これは相容れぬ存在でありながら親交を深めた男達の懐かしき話である。


「くくくく! 私の名前はドクターJ! 世界征服を企む『セクレタリー』の天才科学者。世界征服の第一段階としてこの公園から支配させてもらおう!」
「でたな、ドクターJ! この公園は正義の味方、衛宮切嗣…じゃなかった、バーガーキングが守る!」
「やはり君が私の前に立ち塞がるかね、バーガーキング。いいだろう、悪の前に立つのはやはり正義の味方でなくては!」

 海鳴市にある至って普通の公園。
 その公園で正義と悪が今まさに雌雄を決しようとしていた。
 みんなの物である滑り台を占拠し、その頂上で高らかに笑うドクターJ。
 そして、そんな彼を止めるべく立ち上がった正義の味方、バーガーキング。
 決して相容れぬ存在である二人。彼らに話し合いなど無粋。
 両者共に図ったように同時動き出す。

「私の先兵がお相手をしよう。行け、ガジェットドローン!」

 ドクターJが自作のラジコン兵器ガジェットドローンを繰り出す。
 対するバーガーキングには武器はない。しかし、彼の肉体こそが武器であった。

「そんな遅いのが当たるか! タイムアルター・ダブルアクセル!」

 高速移動を開始し、襲い掛かるガジェットドローンを開始する。
 なお、二倍速などと言っているがぶっちゃけるとただの全力疾走である。
 見事にかわし続けるバーガーキングであるがこれでは埒が明かない。
 攻めなければ勝利は訪れない。そう判断した彼は滑り台の滑る部分から駆け上がる。
 やってはいけないと言われる行動だが正義のためには必要な犠牲だ。

「覚悟しろ、ドクターJ!」
「くくく、まさか私がこのままやられるとでも? 行け、ガジェットドローンⅡ!」
「な! 二台目!?」

 一瞬追い詰められたかと思われたドクターJであるが隠し持っていた二台目のガジェットドローンをもってバーガーキングを迎撃する。
 このままでは直撃は免れない。狭い滑り台の上ではほんの少しの隙が命取りだ。
 バーガーキングは一瞬で思考を戦闘から逃走に切り替える。

「タイムアルター・トリプルアクセル!」
「なに? 自分から飛び降りたとでもいうのかい!?」

 咄嗟に滑り台から飛び降り、自ら足場を放棄して体制の立て直しを図るバーガーキング。
 その際に三回転半を行っていたのは彼の美意識の表れだろう。
 ちょっぴり着地した衝撃で足がしびれるが正義の味方はへこたれない。
 すぐに顔を上げてドクターJを睨み付ける。

「ふふふふ、流石は我が好敵手だよ、バーガーキング」
「そっちも中々やるな、ドクターJ」

 お互いがお互いの健闘を称え賛辞を送りあう。
 だが、所詮、彼らは水と油。反発しあう二つの存在なのだ。
 分かり合うことはできない。故に哀しみを背負いその魂をぶつけ合う。
 両者の視線が交差し、同時に再選の火蓋が切られる。
 その瞬間だった。第三勢力、絶対強者が現れたのは。


「兄さーん! 晩御飯だから早く帰ってきて! 後、迷惑だからそこ降りなさい!」
「ク、クイント!? 一体いつの間に?」
「いつの間にも何も、兄さん達が遊んでる間に来たのよ」

 腰に手を当てて帰りの遅い兄にご立腹な様子を見せるジェイルの妹のクイント。
 常識外れの行動をとる兄のストッパーとしてご近所でも有名な美少女である。 

「クイント、今いいところなんだから邪魔するなよ」
「切嗣も滑り台から飛び降りたりしたらダメよ。矩賢おじさんに言いつけるわよ」
「え! 父さんには言わないでくれよ」

 それを聞いて切嗣も戦闘態勢を解く。流石の正義の味方も親には敵わない。
 まあ、親に対して後ろから銃を乱射したりスティンガーをすれば別だが。
 そして、いつの年代も男の子よりも女の子の方がしたたかなのである。
 

「ほら、兄さん早く帰るわよ。私おなかペコペコなんだから」
「ああ、それは大変だ。では、そういうわけなので私は帰らせてもらうよ」
「今度は決着をつけるからな、ジェイル!」
「くくく! いつでもかかってきたまえ。悪は常に正義の前に立ちはだかるものだからね」

 夕暮れの公園を背にして三人の子供が家路に着いていく。
 これは後の正義の味方と、悪の科学者の若かりし頃の記憶である。





「まさかこの年になってもあの頃と変わらないなんてね……若いというかなんというか」
「なんか言った、おとん?」
「いや、ちょっと昔のことを思い出しただけだよはやて」

 そう言って切嗣は腐れ縁の友と写ったアルバムを閉じて店番に戻っていくのだった。

~おわり~


バーガーキングはFate/Zero黒が元ネタです。


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二十二話:歪む世界

 親しい間柄であるというのに痛々しいまでの沈黙。

 本来はあり得ない空気を作り出すに至った情報にクロノは目を瞑って考え込んでいた。

 それを緊張した面持ちで見つめるのはその情報をもってクロノの家を訪ねてきたはやてである。

 

「なるほど……現在の管理局体制の崩壊の危機。確かにその対策を講じる必要はあるだろうな」

「そう、せやからクロノ君にはそうなった時の後ろ盾についてもらえんかって頼みに来たんよ」

 

 聖王教会、騎士団騎士であるカリム・グラシアのレアスキルにより予言された管理局の危機。

 確定した未来というわけではないが何かがあってからでは遅い。

 そう考えたカリムやはやてにより現在こうして密かにではあるが対策をとるための体制が整えられている。

 勿論、余計な混乱を避けるために表向きにはこうした理由は伏せられているが後ろ盾となり、なおかつ信頼できる人物には真の理由を伝えられる。

 

「そうだね……うん、僕もできるだけ力になろう。母さんの方にも掛け合ってみるよ」

「ほんまに? おおきに、ありがとうな」

「これは放っておくにはちょっと大きすぎる案件だからね。それに君達にはできるだけ力を貸そうと決めているんだ」

 

 気にするなとばかりに笑うクロノに対してはやては何とも言えない表情になる。

 どちらかと言えば力を貸さなければならないのは自分の方なのだ。

 彼は一切責める気などないと言ってはいるが、自分は彼にとって父親の敵として見られてもおかしくはないのだ。

 だというのに、クロノはこうして友好的に接するばかりか力も貸してくれる。

 何度頭を下げてお礼を言っても足りないほどだ。

 

「しかし、そうなってくると地上に部隊を置くことになるだろうから、陸からの反発が大きいだろうな。特にレジアス中将は風当たりが強いぞ」

「ああ……あの人かぁ」

 

 何故かしみじみと呟くはやてにクロノが訝しげな視線を向ける。

 それに気づいたはやては若干恥ずかし気に頭を掻きながら話を始める。

 

「いやな、あの人なぁ、正面から言えばいいのに。ネチネチと『元犯罪者の再犯率は高い』とか『元犯罪者でも局で働かせようという考えはすかん』とか嫌がらせで私の前で話しよってからなぁ」

「それは災難だったな」

「あんまりにネチネチしとったから、私みたいな元犯罪者かつ犯罪者の娘は正義の為に使い潰したらええんですよって逆に言ってやったら睨み合いになったんよ」

「何をやっているんだ、君は……」

 

 若干呆れたようなクロノの視線に舌を出して笑って見せるはやて。

 どうにも、彼女は育ての親の影響からか何を言われても大して動じない耐性を持っている。

 そして、陰口を言われても『元犯罪者ですけど何か?』と言い返すメンタルがある。

 自由と家族の情愛を天秤にかけて家族であることを選択した。

 自らの意思で茨の道を選んだ。その自覚が八神はやてに鋼の意志をもたらしたのである。

 

「まあ、特にお咎めもなかったんやし」

「そういう問題じゃないんだが……終わったことに言うだけ無駄か」

「あはは、おおきにな。……そう言えば、なんで今日はクロノ君の家になんて指定してきたん? 別に本局の部屋でも良かったやろ」

 

 はやてがそんな小さな疑問を零した瞬間にクロノの目が鋭くなる。

 それに気づき、はやても真剣に理由を考え始める。

 今日の話し合いでクロノはわざわざ自分の家を指定してきた。

 よりリラックスして話し合うためという理由もあるが、真の理由は別にある。

 それは重要な話を他の誰かに聞き取られる可能性を無くすために他ならない。

 つまりは―――

 

「本局だと誰かに聞き取られる可能性が……高い?」

「……正解だ。今の君になら話しても大丈夫だろう。いや、話さないといけないか」

「そのために家に呼んだん?」

「それもあるかな。とにかく、話はもう少し続くよ」

 

 椅子に深く座りなおしながらクロノが言う。

 はやてもそれに倣うように、唾を飲み込みながら座りなおす。

 ここまでは管理局員としての話だがこれからは違う。

 八神はやてとしての話であり、クロノ・ハラオウンとしての話である。

 

「まず、単刀直入に言うとだ。衛宮切嗣についての大きな情報が……後ろ盾の組織が判明した」

「ほんまに! それってどこなん!?」

 

 思いもよらなかった情報に食いつくはやて。しかし、クロノの苦々し気な顔を見てハッとする。

 この話はそう単純なものではないのだ。しかも話の流れから考えれば管理局が関わっている。

 そこまで気づいたところではやての顔から血の気が引いていく。

 よりにもよって、その組織に養父が属しているとは信じられなかった。

 だが、現実とは残酷なものだ。

 

 

「―――管理局だ」

 

 

 血を吐き出すようにそう呟き目を伏せるクロノ。

 真実を突き止めてから数年の時が経過したが、それでも認められることではない。

 信じたものが偽物だった、自分の思い描くものとは正反対のものだった。

 それはとてつもない絶望感となって彼の胸を締め付ける。

 それでも、このまま何もせずにいることはできない。

 前に進むと誓った以上それは許されないのだから。

 

「そ、それってほんまなん?」

「物的証拠はないが状況証拠としては確実だろう。何よりも、あれだけ派手に動いていながら管理局が足取りすら捉えられないのが証拠だ。なんなら一から説明していこうか?」

「い、いや、それは今やなくてええ。それよりも、これからどうすればええかを」

 

 混乱しながらも今は養父のことよりも重要なことがあると冷静に思考を開始するはやて。

 クロノから示された情報は味方である管理局ですら信用はできないことを物語っていた。

 何故なら、恐らくは上層部は平和の為ならば、ひいては管理局の為ならば身内ですら始末することを許容しているのだ。

 恐らくはそのためのシステムの一つが『魔導士殺しのエミヤ』なのだろう。

 そんな人間たちが居る場所でこの話をすればどうなるかが分からないためにクロノはわざわざ自らの家を指定したのである。

 

「どこまでが彼の件に噛んでいるかは分からないが、この話はするべきではないだろうな。逆に、管理局の危機に関しては寧ろ協力は得やすいだろう。管理局が倒れれば複数の世界で同時に大規模な紛争が起きてもなにもおかしくないからね」

「……あくまでも世界の為なんやね」

「ああ、狂ってはいるが間違いなく大多数にとって正義ではあるだろう。だからと言って……認めたくはないが」

 

 大多数の正義を否定することはできないが、肯定することもできない。

 その考えは決して間違いではないと同時に理解もできる。

 しかしながら、受け入れられるかどうかは別である。

 何よりも努力した末に最終的に仕方なくその選択を行うのではなく、最初からその選択しかしないのでは大きな違いがある。

 彼は弱者を救おうともしない選択を正義だとは言いたくはないのだ。

 

「まあ、今は大人しくしておくのが賢明だ。それと、部隊の人員についてなんだが……」

「どこに敵がおるか分からん以上は身内で固めんと不味いってわけやね」

「そうだ。もしくは内部に深く関わっていない若い人間を選ぶべきかな」

 

 表立って動くことはないであろうがどこに敵がいるか分からないという状況は厳しい。

 遠回しな妨害であればどうとでも対処はできるのだが、内部から崩されればひとたまりもない。

 故に絶対にこちら側だと信頼できる身内で固めた方が有利なのだ。

 はやてが切嗣を追うのをやめれば部隊の設立には口出しはしてこないだろうが、そういうわけにもいかないので念には念を入れなければならない。

 

「結構厳しい条件やけど、私は人間関係には恵まれとるから助かるわー」

「フェイトとなのはにも声をかけるんだろう?」

「もちろん。ことがことやから戦力の出し惜しみはできんしなぁ」

「そうなると、かなりリミッターをかけることになりそうだな」

「まあ、本当の理由を言えん以上はそうなるやろうなー。でも、言ったら言ったで嘘か本当かで揉めて設立するのに十年ぐらいかかりそうやし」

「違いないな」

 

 既に陸の方ではこんなものは嘘だろうとこの案件は忘れ去られている。

 まあ、いきなり『明日世界が滅びます』と言われたようなものなのでそれも無理もない。

 予言したカリムと親しい関係でなければはやても真剣に取り合ったかは微妙なのだ。

 クロノが情報の真偽を判断したのも結局は信頼できる人物からの情報だったからというのが大きい。人間関係とは情報の伝達においても重要なのである。

 

「とにかく、今日はこのぐらいにしておこう。騎士カリムの予言となれば聖王教会の後ろ盾は確実。部隊の設立は表を納得させられる理由を適当に見繕えば確実だろう。はやて、君は肝心の部隊の人員の確保が仕事だ」

「分かっとる、カリムとの話でもそんな感じで決まったし。少々、無理矢理にでも戦力を入れてみせるわ」

「ははは……そこら辺の手腕は信頼しているよ」

 

 自信有り気に胸を張るはやてにクロノは少し苦笑いしながら言葉を返す。

 はやては不正行為などは基本的に行わない公正な人間に成長した。

 しかし、状況が状況ならば平気で規則を破って人を助けたりする。

 しかも、それを裁くに裁けないグレーゾーンに持っていくしたたかさを備えている。

 故に最近では不本意ながらもタヌキと称されることも増えてきたらしい。

 

「うちの子達は確定やろ。ザフィーラはペット枠で入れられるし、シャマルは医療班って言い張ればいける。ヴィータとシグナムは最悪、一回辞めさせて……それは流石にあかんか。なら、暇そうなあの2人(・・)を裏技的に……」

 

 ぶつぶつと言いながら歩き去るはやての背中にクロノはある男の背中を思い出すのだった。

 子どもというものは親が似て欲しくないと思う部分ほど受け継ぐものだ。

 

 

 

 

 

 ジェイル・スカリエッティはよく笑う。何がそんなに楽しいのかと思うほどに笑う。

 だから、そんな彼がクローン体の入ったカプセルの前で笑っていても誰も気にしない。

 と言っても、それが日常風景にまで染みついているのはウーノぐらいなものだが。

 だが、今日はそんなウーノですら何事があったのかと気になるほどに笑っていた。

 

「くくく! そうか、私はなんという思い違いをしていたのか、くふふふっ!」

「ドクター、どうされましたか?」

「いや、ふふふ。今までの自分の思い違いが恥ずかしくてね、くくくく」

 

 どこからどう見ても恥ずかしいという感情があるとは思えない姿に流石のウーノも首を傾げる。

 そして、彼が一体何を発見したのかが気になり始める。

 あのスカリエッティがここまでの喜びを見せるのだ。

 それは並大抵のものではないことだけは理解できた。

 

「一体何を思い違いしていたのですか?」

「衛宮切嗣のレアスキルについてだよ。私は時間を制御する力だと思っていたが違った。通りで実験がうまくいかないはずだよ。本質を見誤っていたのだからね」

 

 興奮が冷めやまないといった様子で早口で語り続けるスカリエッティ。

 確かに、切嗣のレアスキルは時間の制御を可能とする能力だ。

 だが、それは能力の一端に過ぎないどころか、副産物に過ぎないのだ。

 彼は自身の体の時間を制御していたのではなく―――

 

 

「自由自在に時間を操ることのできる世界を創り出していたのだよ!」

 

 

 時間を制御する世界を体内に展開してそれを応用していたに過ぎない。

 体内に限定して使われていたのは単に負担が大きすぎるためであるが、外にまで展開できることは本人ですら知らない。

 何故ならば、外に世界を展開してしまえば切嗣自身が耐えきれずにすぐに死んでしまうために一度も試そうと考えなかったからである。

 

「世界を?」

「その通り。大地も空も、空気も全てを内包した彼だけが持つ世界を生み出し、現実世界を塗りつぶしているのだよ」

「確かに素晴らしい能力です。ですが、リスクと合わせればそこまでの物になるのでしょうか?」

 

 世界を創り出すという馬鹿げた次元での能力だ。

 幾ら戦闘機人であってもそんなものを展開してしまえば到底もたないであろう。

 それ故に実用性としては余りないのではないのかという意味でウーノは問いかける。

 しかし、スカリエッティは全くそう思わないのか首を振る。

 

「確かに想像を絶する負担がかかるだろうが、足りないものはよそから持ってくればいいだけだよ。それよりもだ、世界を塗り替えることができるのなら―――この世界を望む世界に変えることもできるのではないのかね?」

 

 狂気の光がともった瞳がこれまでにないほどに見開かれる。

 これだけの狂気は流石のウーノも見たことがないために思わず言葉を失う。

 そんな娘の様子にも気づかないほどにスカリエッティは興奮したまま語り続けていく。

 

「この世界の法則すら無視をして望む世界に塗り替える! ああ、多くの人間がこんなはずではない世界に涙を流してきた。しかし、こんなはずではない世界そのものを望む世界に作り替えられるのなら、すべての者が救われるのではないかね?」

 

 世界の改変。歴史の改変。犠牲無くしては生きられぬ法則の改変。

 もしも望む世界を作れるのだとすればそれすらも可能なのではないか。

 スカリエッティはそう言っているのだ。

 しかし、そこには一つ越えねばならぬ壁がある。

 

「しかし……その創り出される世界は望んだ世界なのですか?」

 

 衛宮切嗣のレアスキル、固有結界は望む世界を創り出すものではない。

 あくまでも与えられた、元々決まった世界しか創り出されない。

 そうでなければ、時間の制御だけでなく治療なども自由に行っているだろう。

 しかし、行っていない以上はやはり決まった世界が創られるだけだ。

 

「勿論、それは大きな問題だ。やはりこのスキル一つだけではどうしようもない。しかし、そこに別の何かを加えれば、例えば……願望を叶える(・・・・・・)性質を持ったものなどをね」

「膨大なエネルギーはどうするのですか?」

「先程言った通りだよ。足りないものはよそから持ってくればいい。丁度いいものもあるからね」

 

 普通に考えれば実現など不可能だ。望んだ世界を創り出す、それは神の所業だ。

 禁忌と記されることすらないのはそれが不可能だと分かり切っているからだ。

 だが、無限の欲望にはそのようなことは関係がない。

 ただ欲望に従い、襲い掛かり奪い取るだけだ。彼が望むものすべてを。

 

 

「我々の望む世界、我々の理想郷、少しずつ変えるなどと言わずに根本から変えてしまえばいい。さあ、奇跡を起こそう。この世界全てを我々の欲望で―――塗りつぶしてしまおうじゃないか」

 

 

 悪魔が嗤う。この世界を真の意味で自らの望むものに変えんと声を上げる。

 そして、この悪魔と契約を交わした男もまた、望む世界を創り出さんとするのだった。

 




次回からSTSに入ります。予言は変わってるけどそれはSTSで書きます。
序盤はスバルかなぁ。


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IF:StrikerS編
二十三話:新たな始まり


 ―――その顔を覚えている。

 目に涙をため、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる、男の姿を。

 その顔があまりにも嬉しそうなので、まるで救われたのは自分ではなく、男の方ではないかと錯覚するほどに。

 死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、男は何かに感謝するように、ありがとう、と何度も何度も繰り返した。

 

 その姿に、その光景に、憧れたから今の自分が居る。

 お礼すら言えていないというのにその姿を追い求めて誰かを救うことを夢見る。

 あの時、地獄の底から自分を救い出してくれた正義の味方になりたくて。

 誰かを救えるように、強くなりたかった。

 あの日から、ずっと、それだけが自分を支えてきて、今この場に立たせている。

 

「スバル、練習で飛ばしすぎて本番でへばらないでよね」

「大丈夫だって、ティア。体力だけが私の取り柄だし」

「その唯一の取り柄を最大限に発揮できるようにしろって言ってるのよ、バカ」

「ええー」

 

 打ち捨てられた街並みである廃棄区画のビルの屋上。そこに二人の少女が居た。

 一人は短めの青い髪に白い鉢巻きを巻いた少女、スバル・ナカジマ。

 もう一人はオレンジ色の髪をツインテールに揃えた少女、ティアナ・ランスター。

 二人の少女は腐れ縁ともいえる関係で魔導士Bランク試験を受けに来ていた。

 

 スバルはストライクアーツを基本とした格闘戦を得意とする前衛型。

 ティアナは銃を用いた精密射撃を得意とする中・遠距離型。

 実際問題このコンビは相性としてもかなり良い部類に入るので中々離れられないのである。

 何よりも、両方が危なっかしい行動を取るので二人一組で一人前扱いされているのもある。

 とにもかくにも、二人はコンビとしては中々に有能なのである。

 

「それで、作戦はどうするの、ティア?」

「あんたが道を開いてあたしがそれをフォローする。いつも通りよ」

「さっすが、ティア。分かりやすい!」

「はいはい。それよりも、危険と分かってるのに飛び込むのやめなさいよ。あんたは毎回それで怒られてるんだから。試験でも減点されるわよ」

 

 いかにも不満げにジト目でスバルを睨むティアナであるが半ば諦めも込められている。

 スバルは基本的には馬鹿ではない。頭の回転も早く、呑み込みも早い。

 それ故に引くべき場所や抑えるべき場所もしっかりと認識できる。

 だが、その頭の良さを台無しにするがごとく危険に飛び込む。

 そして、それは決まって何かを救うときや助ける時だ。

 

「そう言われても……自分が危なくても、誰かが危なかったら助けないとダメでしょ?」

「……それを否定する気はないけど、フォローをするあたしの身にもなって欲しいわ」

「あはは、ごめんごめん」

 

 笑って頭を掻く相棒にティアナはどことなく底知れなさを感じる。

 何もスバルは危機意識というものが欠如しているわけではない。

 寧ろ、敏感に危険に気付いたりもする。しかし、それでもなお自らを危険にさらす。

 自分の危険を承知で危機に瀕した誰かを救い出そうとする。一言でいえば自己犠牲。

 

 だが、ティアナは最近、それは思い違いなのではないのかと思い始めてきていた。

 スバルは、頭は良いが良くも悪くも単純である。

 ただ、自分の中での優先順位に従って動いているふしがある。

 つまり、自らの危険の回避よりも、他人の危険の回避を優先している。

 そんな思考を持っているようにティアナには感じられるのだ。

 

「ん? どうしたの、ティア。そんなに見つめて」

「何でもないわよ。そろそろ時間だから最後の確認でもしときなさい」

「了解!」

 

 訝し気に視線を向けてくるティアナに気付き、首を傾げるスバル。

 しかし、ティアナの方はこれ以上関係のない話をしても仕方がないと思い誤魔化す。

 少しだけ疑問に思うものの、気にしないことにしたのかスバルは再び笑う。

 そんな自らの武装の最終確認を始めたスバルにティアナは考え過ぎかと首を振る。

 そう、考え過ぎなのだろう。顔は笑っていても、瞳の奥は笑っていないように感じるのは。

 

【お二人とも聞こえますかー。こちら試験官を務めます、リインフォースⅡ空曹長です】

『はい、聞こえます!』

 

 二人の気持ちが少し、試験からそれたところでそれを戻すかのようにモニターが映し出される。

 慌てて敬礼の体制を取り、失礼のないようにする二人。

 モニターに映っていたのは初めてではあるが今回の試験官を務めるツヴァイ。

 彼女自身は人形サイズであるが、画面上では当然のようにアップされているので二人はその大きさには気づかない。

 ただし、妙に幼い声をしているなとは思っているが。

 

【大丈夫みたいですね。それではお二人とも、ルールはきちんと頭に入っていますか?】

『問題ありません』

【はい、それでは今から魔導士ランクBの試験を行いたいと思います。準備はいいですか?】

『はいッ!』

 

 威勢の良い声にツヴァイも自然と笑顔になり内心で二人が受かるように祈る。

 そして、少しの緊張を含み微かに震える指先を動かしスタートシグナルを表出させる。

 スバルとティアナはそれを見た瞬間に顔つきを変え、足先に力を籠める。

 一つ、二つと、シグナルが表示されていき、一瞬の静寂の後に最後のシグナルが鳴らされる。

 

【それでは試験スタートです!】

「行くわよ、スバル!」

「オッケー、ティア!」

 

 こうして、二人の若き魔導士の戦いは始まったのだった。

 

 

 

 

 

「いやー、始まったなぁ。どうやって試練を越えていくかが見ものやな」

 

 ヘリの中で二人の試験の様子を眺めながらはやては楽しそうに笑う。

 そんな親友の様子に向かいに座るフェイトも朗らかな笑みを浮かべる。

 スバルとティアナはなのはが直々に見込みありと判断し、実際にこの目で力を確かめようとしたまさにダイヤの原石である。

 それ故に二人がかける期待も大きい。

 特にはやては、管理局内部に浸っていない若い人員を求めていたので期待もひとしおである。

 

「そうだね。まだ未熟だけど、その分勢いがある。なのはが目を付けたのも良く分かるね」

「そやな。なのはちゃんの人を見る目は確かやからなぁ」

「私も初めて会った時からなのはには心を見透かされてたし。やっぱり、なのはは凄いよ」

「その凄いなのはちゃんもフェイトちゃんも今では私の部下やからなぁ、腕が鳴るわー」

 

 ニコニコと笑いながら指を鳴らすはやてであったが何故かその視線はフェイトの胸を見ていた。

 その視線に気づいたフェイトはサッと手で胸を覆い隠し、警戒心を露わにする。

 少しばかり天然なところがあるフェイトであるが何度も胸を揉まれていれば学習もする。

 はやてはどこの中年のおっさんかと言いたくなるほどに隙あらば人の胸を揉むのだ。

 最初の頃は主な被害者はシグナムとシャマルだけで済んでいたが、今となってははやてと親しい人間に安息の地はない。

 

「はっはっは、冗談やって」

「日頃の行いのせいで全く信用できないよ」

「あ、ばれた?」

「うん。もう欠片も騙されないレベルで」

 

 手厳しいと頭を掻きながら笑うはやてにフェイトは一つ溜息を吐き、顔を引き締める。

 楽しいお話はここまでだ。今からは今後の部隊についての話でもしよう。

 フェイトの意図に気づいたのか、はやても笑うのをやめて真顔に戻る。

 

「レリック。何者かに明らかに意図して集められているロストロギア。機動六課はそのレリックを回収するために設立された、だったよね」

「そや、明らかに怪しいのに間隔が空いているせいで中々捜査本部が作られんかったレリック対策を専門にするために聖王教会のバックアップで作った私の夢の部隊や」

 

 つまることなくスラスラと以前にもした説明を繰り返すはやて。

 恐らくは何度も勧誘した相手に説明しているのでそれだけスムーズなのだろう。

 しかし、フェイトの執務官として鍛えられた目には少しだけ違和感が映った。

 夢の部隊だと言っているには余りにも感情の起伏が少なくスムーズ過ぎるのだ。

 はやての夢は彼女もよく知っている。

 それが実現したとなればもう少し感情に変化がみられるはずだ。

 しかも、自惚れかもしれないが自分は彼女の親友。今更感情を隠す仲ではない。

 

「私になのは、それにシグナム達まで、Sランク級の魔導士を良く集められたね」

「その点は二人にはほんまに感謝しとるよ。家の子達は私の一存で決められるけど、なのはちゃんとフェイトちゃんは自分の生活もあるのに。それに、リミッターをかけてまで私の部隊に来てくれるんやから私はほんまに幸せもんや」

 

 六課の隊長格は魔力出力を大幅に制限される予定となっている。

 これは部隊毎に保有できる魔導師ランクの総計規模を超えてしまうという事態を避けるための裏技である。

 そもそも、ただでさえ高ランク魔導士の数が足りない管理局でこれだけの戦力を一手に集中させるのはあり得ない事態である。

 

 そんなあり得ない事態を起こしてまで戦力を集めたのが機動六課。

 今まで捜査本部すら作られなかった事件にしては余りにも破格。

 正直に言えば、レリックを回収するだけの仕事ならばこれだけの戦力は必要ない。

 いくら、ガジェットの後ろに何が居るか分からないとはいえやり過ぎだ。

 つまり、これだけの戦力を揃える必要があったのは、それを必要とする何かがあるに違いない。

 

「友達だからね、約束したことは絶対に破らないよ。それに……嘘はいけないしね?」

「そうやなぁ、嘘はいかんよなー。なんかフェイトちゃんお母さんみたいやね。て、もうエリオとキャロのお母さんみたいなもんか」

「そうだと、嬉しいんだけど」

「大丈夫やって、二人共ええ子なんやろ? 実際に会うのが楽しみやわー」

 

 少しだけかまをかける様にはやての目を見つめながら問いかけてみる。

 だが、はやての目には動揺の色は一切見受けられなかった。

 つまり、先程の話には嘘は一切ないということだ。

 しかし、これ以上話を続けさせないようにさり気なく話題を変えたようにも感じられる。

 それも自分が喜んで食いつきそうな子供たちの話でだ。

 確かにはやては嘘は言っていないのだろう。だが、本当のことも言っていない。

 そんな気がしてジッとはやての顔を見つめる。

 

「どないしたん、フェイトちゃん? 私の顔になんかついとるん。それとも……惚れた?」

「大丈夫だよ。常時セクハラをしてくる人には惚れないから」

「あら、そら残念やわ。やっぱりなのはちゃんには敵わんかー」

 

 大げさに肩を落として無念という表情を見せるはやて。

 そんな道化のように振る舞うはやての姿にフェイトは不安な気持ちになる。

 だが、同時に彼女のことを言葉では言い表せないほどに信用しているためにこれ以上は何も言わないことに決める。

 

「はやて……()はこの話はやめておくね。二人の試験も佳境に入ってきたし」

「そうやね。……()はな。また今度(・・)な」

 

 裏のある会話を意味有り気に終わらせるはやてに少しだけフェイトはホッとする。

 今度ということはいつかはこの明らかに怪しい事情について話してくれるのだ。

 それだけで、フェイトははやてが何か悪いことをしようとしているのではないと理解する。

 そして、最大の難関である巨大なスフィアを越えてゴールに猛進している二人の映るモニターへと目を移すのだった。

 

 

 

 

 

「ティア、試験終了まであと何秒!?」

「後、15秒よ! あんたはとにかく前見て走りなさい! 最後のスフィアは私が落とすから」

「分かった!」

 

 試験途中のアクシデントにより足首をねん挫したティアナを背負い直線を駆けるスバル。

 ゴールはすでに視認できる距離まで来ている。その為スバルは一切の加減をせずに速度を出す。

 その間にティアナが最後のスフィアを撃ち落とし、その役目を終える。

 後はゴールをするだけである。しかし、ゴールが近づくにつれてティアナにある不安が芽生えてきた。

 

「スバル、これちゃんと止まれるんでしょうね?」

「大丈夫! ゴールと同時にティアを放せば壁にぶつかるのはあたしだけだから!」

「そう、それなら安心―――じゃないわよっ! 放り出されても困るわ! 大体、今足が使えないから受け身も取れないわ! というか、そんな映画みたいなことできるかーッ!」

「……あ」

「あ、じゃないわよ、このバカスバルッ!」

 

 『第一、あんたが危ないでしょうが』という言葉を言う素直さも時間もなくティアナは迫るゴールと壁に表情を青ざめさせる。

 一方のスバルもこのままではティアナに被害が及んでしまうと慌て、青ざめる。

 ただでさえ、自分の不注意で迷惑をかけたのだ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。

 そう思うものの、先ほど言われたとおりに彼女を投げ出すこともできずに壁だけが近づく。

 

『う、うわぁあああっ!』

 

 遂に念願のゴールを通り過ぎてその先の壁が目の前に差し迫る。

 思わず、二人そろって悲鳴を上げるがそんなことでは一度上がった速度は落ちない。

 しかしながら、そこに救いの手が差し伸べられる。

 

『Active Guard with Holding Net.』

 

 あわや壁に人型の穴を空けてしまうかといったところでクッションと魔力の網が展開される。

 そこに突っ込んだ二人はさながら網に絡まった虫のようだがケガはない。

 先程の走行のショックからか呆然といった様子で何をすることもなく、固まる二人。

 そんな二人にツヴァイが危険行為を厳しく咎めるが、その予想外の小ささも重なりまるで耳に入ってこない。

 そこへ、ツヴァイを宥めるように新たな人物が現れるのだった。

 

「まあまあ、そこらへんは後でしっかり言うとして、今は試験お疲れさま。リインもね」

「ありがとうございますぅ、なのはさん」

 

 舞い降りてきたのはなのはだった。先程のセーフティーネットは彼女が張ったものだったのかと思い、スバルとティアナはなのはを見つめる。

 そんな二人になのはは朗らかな笑みを返す。Bランク昇格試験に関しては微妙なところではあるが、六課に迎え入れるには十分の素材である。

 まだ、部隊長のはやての意見は聞いてはいないが彼女も欲しいと思うことはほぼ確定だろう。

 だからこそ、優しく朗らかな顔で二人に挨拶をする。

 

 

「初めまして、高町なのは一等空尉です。今から色々とお話しをしたいんだけどいいかな?」

 

 

 今ここに新たな運命の始まりが告げられるのであった。

 




次回は六課に入ったところまで飛びます。そこからエリキャロでも出していこうかと。
正直、序盤はキャラ紹介ばっかりになりかねないので可能な限り省いて事件まで進めようかと。
STSはキャラが多すぎる……。

それと、もしおまけで書いてほしいことがあれば活動報告にアンケートを出しておくのでご自由にどうぞ。ただし、今まで通り全部イノセント時空で書きますけど。


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二十四話:訓練と会話

 

 先月の初めに動き出したはやての夢舞台である機動六課。

 その訓練場は海に浮いた人工島のような場所にホログラムを具現化させたものを作り出すことで街並み等を再現したものである。当然のようにそれにかかった費用は大きいが、長期的に使う以上は実物を用意するよりも安上がりになる。

 さらに言えば、様々な状況を容易に創り出すことができるので他世界への演習などに行く手間も省け最終的には得をする。

 そのような贅沢な環境の中でフォワード陣の新人達はみっちりと指導を受けていた。

 

「ほら、エリオ、足が乱れてるよ」

「は、はい!」

「キャロもその位置取りだと簡単に狙われちゃうよ」

「す、すみません」

 

 襲い来る魔力弾から回避を行う、足さばきや位置取りの訓練が行われている。

 そこでお揃いの訓練服を着た二人の子供が息を切らしながらフェイトの指示に従っていた。

 一人は赤い髪が特徴的な十歳の男の子、エリオ・モンディアル。

 もう一人は、ピンクの髪と従えた小竜のフリードリヒが特徴的な女の子、キャロ・ル・ルシエ。

 二人はどちらもフェイトが保護をした子供である。

 保護責任者はリンディとなっているが実質的にはフェイトが母親のようなものである。

 そのため、二人にはやや甘い部分もあるが訓練で手を抜くことはしない。

 優しくではあるが欠点は決して見落とさずに指摘していく。

 

「一ヶ所だけを見るんじゃなくて全体を見ないとすぐに追いつめられるよ。ほら、こんな風に」

「うわっ!?」

 

 前ばかり見ていたために横からの攻撃に反応できずに直撃するエリオ。

 思わず、大丈夫かと駆け寄りたくなるがそこはグッと我慢する。

 本音を言えば子ども達にはこんな危険な仕事には就かせたくなかった。

 学校にでも通って、子供らしく過ごして欲しいというのが親心だ。

 だが、かつて自分が執務官という道を選んだ時と同じように。

 子供が選んだのなら黙って背中を押そうとも決めていた。

 かつて、自分と同じように安全な道へ進んでほしいと願いながらも最終的には自分の意思を尊重してくれた義母と義兄のように。

 

「攻撃を受けたら、すぐに立て直して。一旦物陰に逃げ込んで時間を稼ぐか、それとも強引にでも攻め入るか。この状況で二人ならどうするかな?」

 

 その言葉を受けてエリオはすぐさま障害物の陰に入り敵から距離を取る。

 キャロもそれに続くように別の物陰に入り二人で息を整える。

 現状としては正解の部類に入る行動にフェイトも満足げに頷く。

 敵はスフィアで、攻撃手段は全て遠距離射撃。下手に詰めれば一斉射撃の餌食だろう。

 

 もしも、フェイトほどの速さがあれば一気に決めるのもありかもしれないが、その速さはまだどちらにもない。

 さらに言えば、攻撃を受けたのはそれが可能なエリオ。

 訓練の為にダメージはほぼないがこれが実戦であれば深刻なダメージを受けていてもおかしくはない。故に、この場面での逃避の選択は正しい。

 

「そう、正解だよ。でも……まだ訓練は終わってないからね」

「エリオ君、こっちに来たよ!」

「分かった。うまく隠れてやり過ごそう、キャロ」

 

 こちらを探すように近づいてきたスフィアの死角を見つけ出し、そこに移動して自分たちの姿を隠すエリオとキャロ。

 エリオが攻撃を受けた後なので妥当な判断だろう。

 フェイトは何よりも生き残ることを優先した戦い方にホッと胸を撫で下ろしながら、再び的確な指導を行っていくのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日の訓練はここまで。みんなお疲れ様でした」

『ありがとうございました!』

 

 一日の訓練が終わりヘトヘトになりながら隊舎に戻っていく新人達四人を見送りながらなのはは大きく伸びをする。

 体力的な疲れは新人達に比べれば軽い方だがそれでも楽なものではない。

 しかし、彼女の仕事はまだ終わらない。

 今回の訓練のデータを纏め、デバイスの調整や次の訓練につなげなければならない。

 そう考えていた時に丁度訓練の見学に来ていた機動六課の通信とデバイスの制作・整備の主任であるシャーリーことシャリオ・フィニーノが声をかけてくる。

 

「お疲れ様です。今日もみんな良いデータが取れましたね。新しいデバイスにもしっかりと生かさないと」

「そうだね。シャーリー、あの子達の新しいデバイスは後どれぐらいで完成しそうなの?」

「もう、ほとんど完成してますから……明日明後日にでも頑張れば可能ですよ」

「あ、そんなに急がなくてもいいからね。今は個人スキルの基礎向上とチームワークの下地作りをやっているから、それが終わるまではデバイスの機能を上げなくても大丈夫だから」

 

 現在、なのはが新人達に行っている訓練は個人の技量を高めるために必要な体力や体さばき、これからチームとしてやっていくための実践的なチームワーク作りである。

 午前に個人スキルをインプットし、午後のチーム演習においてアウトプットを行う。

 こうすることで詰め込みに似た形にはなるが覚えが早くなる。

 

 本音を言えば一つ一つじっくり教えたいのだが、いつ出動がかかった場合でも対処できる力を短期でつけさせるためにはこの方法が最も適している。

 幸運なことに今はまだ出動がないのでじっくりと育てられているがいつまでも続くわけがない。

 直にガジェットが出現するはずだ。それまでに死なないように鍛えなければならない。

 もう二度と、助けようとして救えぬということがないように。

 

「そうですか……。でも、何かあってからじゃ遅いので早めに進めておきますね」

「そっか、ありがとうね、シャーリー」

「いいえ、素敵なデバイスを作ることほど楽しいこともありませんから。あの子達を思い出したら、なんだかやる気がわいてきました。よし、今日のフォワード陣のデータは私が纏めておきます! なのはさんには後で送っておきますので」

 

 デバイスマイスターとしての血が騒いだのかグッとガッツポーズをするシャーリー。

 しかし、なのはの方は自分の仕事なので悪いと思い、すぐに止めに入る。

 だが、やる気スイッチが入ってしまったのかシャーリーは止まらない。

 実際問題として自分でデータを纏めた方がよりデバイスの調整に反映させやすいのだ。

 

「そ、そんな悪いよ、シャーリー」

「大丈夫です。なのはさんは今日はゆっくりしてください」

「うーん……しょうがないか」

「はい、それでは私は早速作業に取り掛かりますので失礼しますね」

 

 言っても聞かなさそうな目と自分を思いやる気持ちに気づき、溜息とともに折れるなのは。

 その様子に少し恥ずかしそうに笑いながらシャーリーも隊舎に消えていく。

 残されたなのはは急に時間が空いてしまったのでこれからどうしようかと悩む。

 しばし夕日が落ちていく中で悩んだ末に彼女はある名案を思い付く。

 

「せっかくだし、フォワードの子達と食事でもしようかな」

 

 まだプライベートでの会話はなく、相手もこちらに遠慮をしている部分がある。

 そう考えるやいなや、フォワード陣を追うために早足で歩きだすなのは。

 どこか、その後ろ姿が楽しそうに見えたが、その姿を見たものは誰もいなかったという。

 隊舎に入ったなのはがまっすぐに食堂に向かうと丁度料理を取り終えた四人が座っていた。

 テーブルの上にはカロリー消費の激しい前衛のエリオと主にスバルの為にこれでもかとばかりに大量の料理が置かれていた。

 その様子に特に驚くこともなく、なのはは自身の料理を取り四人の元に向かう。

 

「みんな、一緒にご飯を食べてもいいかな?」

「なのはさん! は、はい、勿論です。みんなもいいよね?」

『はい』

 

 なのはが声をかけるとまさか来るとは思っていなかったのか四人はが慌てて料理を飲み込み立ち上がろうとする。

 なのははそれを大丈夫だと手で制して彼女達のすぐ横に座る。

 しかし、四人の方は上司が来たということもあって堅苦しく構えてしまう。

 そんな雰囲気を変えるためになのはは微笑みながら告げる。

 

「今は上下関係とか気にしないで食事をしようよ。私はみんなとお話をしたくて来ただけだから」

「は、はい。分かりました」

 

 コクリと頷くエリオの様子にすぐには硬さが消えないかと内心で呟く。

 そして、なにか話題が広がるものはないかとテーブルの上を見渡すと誰かが取っておいたデザートのシュークリームが目に入った。それを見て実家を思い出し、まずは自分のことから話すべきだろうと思い立ち、なのはは口を開く。

 

「スバルのご先祖様は第97管理外世界の出身なんだよね?」

「え? はい。私もお父さんも行ったことはないですけどそうです。でも、急にどうしたんですか?」

「実はね、私はその世界の出身なんだ。ほら、私やはやてちゃんの苗字となんとなくイントネーションが似ているでしょう?」

「え、そうだったんですか。それで、どんな世界なんですか? やっぱり魔法技術とかが進んでいるんですか?」

 

 管理局のエースオブエースに六課の部隊長であるはやての出身世界と聞いてキャロは管理外世界でありながらも魔法が盛んな世界を思い浮かべる。

 しかし、実情としては真逆であるのでなのはは笑って首を振る。

 よく、キャロのように勘違いする人が多いのでこの手の話には慣れっこなのだ。

 

「ううん。私の故郷はそもそもリンカーコアを持った生物がほとんどいないの。私やはやてちゃんみたいな人は本当に例外。普通は持っていたとしても気づかずに一生を終えることが多いの。私の両親は普通に喫茶店を営んでるしね」

「でも、それだったらなのはさんはどうやって魔法を使えるようになったんですか?」

 

 魔法のない世界でまるで選ばれたかのように才能を持って生まれたなのはやはやてに、少し劣等感のようなものを感じてしまうティアナ。

 しかし、そんなことを考える暇があればもっと特訓をしようと考え、質問を投げかける。

 

「詳しく話すと長くなるから手短にするけど、漂流してきた魔導士の子を助けたのが全部の始まりかな。その子と友達になって、それから魔法を学んで、管理局に入って、こうしてみんなと一緒に居られるんだ」

「八神部隊長も同じ理由なんですか?」

「うーん……はやてちゃんはちょっと複雑かな。魔法を習い始めたのが私やフェイトちゃんと出会ってからだから」

 

 流れとしてはやてについても尋ねられてしまい、若干答えに詰まるが何とか答える。

 はやての家庭環境、さらには魔法との関わり合いは複雑な上に重いために一言では語れない。

 もし、話す機会があるのならば彼女自身の口から話すのが理想的だろう。

 質問をしたティアナもそれを感じ取ってかそれ以上は何も言ってこなかった。

 そのせいか、場に沈黙が流れようとするがエリオの質問がそれを食いとどめる。

 

「あの、以前から聞きたいと思っていたんですけどなのはさんとフェイトさんの出会いはどんな感じだったんですか?」

「私とフェイトちゃん……え、えーと」

 

 エリオとて二人が親友であることは知ってはいる。

 それに付き合いが長い幼馴染みであることもフェイト本人から聞いている。

 しかし、具体的な出会いに関しては今までに聞いたことはないので興味がある。

 同じく、フェイトが大好きなキャロもキラキラとした目を向けてくる。

 

 対するなのははやての時以上にどう言えばいいのだろうかと困ってしまう。

 正直に話せば、最初は訳も分からぬうちに攻撃を受けてしまった。

 そもそも、名前を聞くためだけにどれほどの血と汗と涙を必要としたことか。

 思い出せば出すほどに説明していいものかと迷いが生じてくる。

 だが、逃げるわけにもいかない。そこで、なのはは決断した。

 

「偶々、私とフェイトちゃんが探しているものが同じでそれを探している時に出会って競い合ったのが私達の出会いかなー」

 

 取りあえず、嘘をつくことはせずに核心部分をごまかしながら説明をする。

 PT事件の詳細に関しては話すのならばフェイトの許可は必須。

 さらに言えば、子ども達には出会い頭に勝負などマネはしてほしくない。

 また、正直に恥ずかしいという思いもある。

 それ故に泥臭い戦いではなく、爽やかな青春を思い描くような説明にしたのだ。

 

「小さい頃のフェイトさんになのはさん……会ってみたいです」

「あはは、そんなにありがたいものでもないんだけどなー」

「でも、僕も会ってみたいです」

 

 幼い子ども達二人が楽しそうに笑い、それにつられて他の三人も笑う。

 最初の頃とは比べ物にならないほどに空気もほぐされてきて穏やかな雰囲気が流れる。

 スバルも上司の手前なので抑えていた食事の手を解放し、勢い良く食べるのを再開する。

 ティアナの方も紅茶を飲み、デザートのシュークリームを口にする。

 それを目聡(めざと)く見つけたなのはが自身の実家の宣伝を始める。

 

「さっきも言ったけど、私の実家は喫茶店をやっていて、お母さんの作るシュークリームは絶品なんだよ」

「そんなに美味しいんですか?」

「うん。雑誌にも紹介されたことがあるんだから、味は私が保証するよ。もし、みんなが地球に来ることがあったら紹介するね」

 

 そこまで食に拘りがある方ではないティアナであるが、ここまで押されれば興味がわく。

 何よりも、今まで遥か遠くに感じていたなのはが年頃の女性らしい顔で進めてきたのが効いた。

 先ほどまでよりもずっとなのはを身近に感じられるようになり、尊敬とは違った親しみの感情が知らず知らずのうちに芽生えていたのだった。

 

「そんなに美味しいならお姉ちゃんとお父さんに食べさせてあげたいな」

「ぜひ、そうしてくれると嬉しいな。しっかりサービスするからね」

「何だか今のなのはさんは店員さんみたいですね」

「これでも実家で手伝いをするときは看板娘ですから」

 

 少し威張ったように胸を張って見せるなのはの姿にフォワード陣は自然な笑みを見せる。

 その笑みを見てなのはは心の中で安堵の息を吐く。

 以前、教導隊に入る前にリーゼ姉妹に教わった内容の中に、長期で教導を受け持つ際にはちゃんと話して相手を知ることが重要だとあった。

 彼女はそれを実践するためにまずは素の自分から知ってもらおうと計画を立てたのである。

 

 フォワード陣の子は暗い過去を持つ者がほとんどだ。

 そういった子達に本音で話してもらうようになるためには、ありのままの自分をさらけ出すことから始めるべきだと考えた結果でもある。

 そして、計画は無事に成功したと言える。

 恐らくはこれでもっと近い位置から指導することができるようになり、不安や悩みなどを打ち明けてくれやすくなるはずである。

 

「みんなもこんな風に何でも聞いてもいいからね。勿論、訓練中は厳しくするけど、それでも訓練で尋ねたいことがあるならどんどん言っていってね」

『はい!』

 

 元気に声を揃えて答えるフォワード陣に満足気に頷き、なのはは笑う。

 全員がダイヤの原石であり、磨けば光るものだ。

 だからこそ、教導官である自分はそれぞれの原石がより美しく輝ける最高のカットを行わなければならない。

 その一筋縄ではいかない現実にも一切怖気づくことなく彼女は心に決める。

 

 ―――この子達を必ず、誰よりも美しく輝かせてみせると。

 




さて、次回は久しぶりにケリィが書けそうです。
後、おまけを次回書きます。


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二十五話:観戦 ☆

 生体ポッドに入った素体が光に照らされ不気味に浮かび上がる光景。

 明らかに合法の実験を行っているようには見えない異界のようなラボ。

 そんなラボの中に二人の男が居た。一人はこのラボの主であるスカリエッティ。

 もう一人は終始無表情を貫いている衛宮切嗣である。

 特に親しいというわけではないがどういうわけかこの二人は関わることが多い。

 それは切嗣が効率を意識するが故にこの科学者以上に有能な人間が居ないことを知っているので完全には無下に扱えないからである。

 

「それで、僕に何の用だい?」

「なに、リインフォースⅠの検査が済むまでの間に話でもしようと思っただけだよ」

「僕に話すことはない。武器の手入れでもしている方がよほど有意義だ」

 

 アインスはその性質上定期的に検査が必要である。

 切嗣が犯罪者でなければわざわざスカリエッティの元に来る必要もないのだが、それは仮定に過ぎない。

 今の切嗣が、しかもアインスというロストロギア級の案件を一般の企業に持ち込んでしまえば様々問題が起こることは目に見えている。

 それが分かっているために表情は変わらないものの明らかに辟易したような声を出す切嗣。

 しかし、スカリエッティはそんなことなど気にも留めない。

 彼は自分さえ良ければそれこそ世界を壊すことも許容するのだから。

 

「くっくっく。安心してくれたまえ、もう少しすれば話の肴は向こうからやってきてくれる」

「……どういうことだ?」

「それは、その時になってのお楽しみだよ。さあ、話す気にはなってくれたかい?」

 

 どこまでも楽しそうで、その実欠片も楽しくないような異形の笑みが向けられる。

 その顔に今更足掻いたところでこの男の話からは逃れられないだろうと観念し、切嗣は頷く。

 スカリエッティは満足そうにもう一度笑い指を大きく鳴らす。

 すると、巨大なスクリーンに山岳地帯を走るモノレールが映し出される。

 そしてそれに群がる大量のガジェットドローンの姿。

 

「まさか、僕にお前の作ったおもちゃの性能実験を見ろとでも言うつもりか?」

「くくくく、それこそまさかだよ。あれは私の作品ではあっても鉄屑と変わらない。勿論、妥協などは一切していないがね」

「じゃあ、なんなんだ?」

「それは……おっと、どうやらタイミング良く来てくれたようだね。機動六課の諸君が」

 

 スクリーンに一機のヘリが映し出される。それを見た瞬間にピクリと切嗣の眉が動く。

 彼は設立前から機動六課については詳しく調べ上げていた。

 周囲にはいずれ敵対する時の為だと言っていたが本当のところははやてが作った部隊だからである。どれだけ、口で親子関係を否定していても結局心は娘のことが気になっているのだ。

 

「……レリックの回収とお前のおもちゃの掃除に来たのか」

「もう少し知能を高く設定できれば気取られることもなく回収できるのだがね。量産性を考えると今の性能が限界でね」

「使えないな」

「おや、それは手厳しい」

 

 吐き捨てるように使えないと言われても特に気にした風でもなく笑うスカリエッティ。

 彼にとってはガジェットは鉄屑と言っても差し支えないものであり、真に信用し、自信を持っているのは彼の娘達やレリックウェポンと呼ばれる人造魔導士である。

 それ故の余裕であり、無関心でもある。

 切嗣もそのことは知っているので軽く鼻を鳴らすだけでそれ以上は何も言わない。

 

「さて、少し賭けでもしないかい。彼らとあのガジェット、どちらが先にレリックを確保するかを」

「なにを賭けるつもりだ?」

「ふむ、そうだね……私が勝った場合は君に一つ頼まれごとを引き受けてもらいたい」

「なら、僕が勝った場合はピースメイカーの設定を解除しろ」

 

 切嗣が簡単に賭けに乗ってきたことに若干驚きながらもスカリエッティは不気味に笑う。

 その視線に苛立ちながらも切嗣は何とか喉まで出かかった暴言を飲み込む。

 彼のデバイス『トンプソン』にかけられた音声でのロック解除機能。

 何度も自らをピースメイカーと称するのはいい加減に辞めたいために気の乗らない賭けを呑んだのである。

 

「いいだろう。では、君から先に選ぶといい」

「ガジェットが先に確保する方に賭けよう」

「おや、随分と私のおもちゃを評価してくれているようだね」

 

 心底嫌そうな声をしながらもガジェットが勝つ方に賭けた切嗣にニヤリと嗤い、追い打ちをかける様にスカリエッティが尋ねてくる。だが、これに関してはすでに予想済みであったために切嗣は反論する隙すら与えずに理由を述べていく。

 

「勘違いするな。既に内部に侵入している時間的優位性、さらにモノレールに乗り込んでくるのは空戦のできない新人達という経験の少なさ。これらから考えたまでだ」

「なるほど、なるほど、確かにその通りだ。では、私は彼らに賭けさせてもらうよ」

「あくまでも賭けはレリックの確保が早い方だ。逃走中にフェイト・ハラオウンに落とされたとしても関係はないな?」

 

 逃げられないようにワザと賭けが成立したところで条件を付けくわえる切嗣。

 実際問題として、どれだけガジェットが強くともなのはとフェイトを相手にして勝つことはできない。

 この条件が無ければ本来は勝負にもならないのだ。

 これを呑めないのなら適当に理由を述べて賭けをうやむやにさせるだけだ。

 しかし、その程度はスカリエッティも理解していたのか笑いながら了承する。

 

「くふふふ。ああ、それで問題はないよ。あれらでは確かにプロジェクトFの残滓を止めるのは不可能だからね」

 

 そう言ってスカリエッティは切嗣を見るが切嗣は彼を無視して画面を見つめていた。

 性格そのものはいつまでたっても変わらないものだと思い、自身も画面に目を戻そうとしたところで切嗣の表情が苦痛で歪むのを目撃した。

 何事かと思い、画面に映っている人物を見てみるとそこにはスバルの姿が映っていた。

 特にケガをしたわけでも何か目を見張ることをしたわけでもない。

 要するに他に何か理由があるということだ。

 

「おや、彼女がどうかしたのかい? 彼女もまた私の作品の一つだが」

「……ただ、見覚えがあるだけだ」

 

 切嗣は短く答えてすぐに無表情に戻る。

 あれから年月が経ち、子供だったスバルも大人びた顔になった。

 しかし、切嗣は覚えている。あの火災で救い出してしまった彼女の顔を。

 ボロボロになりながらも懸命に生きていてくれたスバルを忘れるはずがない。

 あの時は、あの時だけは自分は間違いなく救われたのだから。

 今までの行いを否定するような行いの果てに救われてしまったのだから。

 

「ふふふ、そうかい。しかし、この案件は実に興味深いものがあるね」

 

 二人の間に何かがあると確信するも、ここで出すのは面白みがないと判断するスカリエッティ。

 そして新しいデバイスを駆使しながらガジェットを破壊していくスバルに目を向けてその出来栄え(・・・・)を確認するように目を光らせる。

 初めは新デバイスである『マッハキャリバー』の出力の大きさにてこずっていたスバル。

 しかし、直ぐに感覚を掴み同じく新デバイス『クロスミラージュ』を手に奮闘するティアナと共に走っていく。

 

「レアスキル、ウィングロード。どうやらしっかりと受け継がれているようだ。まるで魔導士クイントを見ているようだよ」

「それを殺したお前が言うのもおかしな話だがな」

「くくく! なに、あれは不幸な事故だよ。私とて無意味に命を取るつもりはないからね」

 

 それは逆に言えば命を取ることに意味があれば彼は当たり前のように奪い取るということだ。

 命という最高の素材をスカリエッティはこの上なく尊敬し、崇拝している。

 機械であれば決まりきった答えしか返ってこないが、生命であれば無限の可能性を秘める。

 それが何よりも彼を興奮させるために彼は冒涜のような崇拝を生命に行い続ける。

 

「ところで君はあの子の腕をどう見るかね? 君と同じく珍しい銃型のデバイス持ちだ」

「ティアナ・ランスターか。そんなことを聞いて何の意味になる」

「ただの雑談だよ。それにいずれは私たちの目の前に立ち塞がる敵。なら、ここで戦力分析をしても問題はないだろう?」

 

 切嗣からすればスカリエッティの質問は無視しても何の問題もないものだ。

 しかし、言っていることすべてが間違っているわけでもない。

 まだ新人だとはいえ、敵である以上は過小評価をするべきではない。

 冷徹に分析を行い、確実に仕留められる算段をつけておくべきだ。

 そう判断を下して切嗣は口を開く。

 

「詳しい情報を得られない以上は正確な判断はできないが、彼女は才能があるだろう」

「なるほど、それは素晴らしいことだ。それで理由はどうなんだい?」

「思い切りの良さと、修正能力の高さ、それと的確な判断をすぐに導き出せる点だな」

 

 敵に対して怖気づくことなく向かい、新しいデバイスの扱いもあっという間に慣れる。

 戦闘技術が高い魔導士は数多くいるが全員が才能のある者ばかりではない。

 何度も繰り返し任務に出ることで覚悟やアクシデントへの対処の仕方を覚えていく。

 しかし、ティアナに関してはすでにその部分の能力が高い。

 魔力量や肉体的な才能は乏しいティアナであるが、彼女の真骨頂はその頭脳と精神性である。

 

 本人は才能がないと悩んではいるがそれは若さゆえに外面的な強さに注視しすぎるからである。

 戦闘の強さなどAAAランクの魔法少女を二人纏めて相手にして圧勝するAAランクの老人も存在するぐらいであるので、工夫さえすればどうにでもなる。

 本当に身につけるのに苦労するのは寧ろティアナが持っている能力の方である。

 

「では、戦うとしたら君はてこずるかい?」

「まさか。現段階の強さで単独での戦いなら負けようがない。そもそも、僕が相手をするのなら戦いに入る前に殺しているよ」

「くくく、それもそうだね。君が負けるはずもないか。なんといっても君は正義の味方(・・・・・)だからね」

 

 その言葉に憎悪の籠った瞳を向ける切嗣だがスカリエッティは笑うばかりである。

 この男はどこまでも人の精神を逆撫でするようなことしか言わない。

 それでいて本人以外には賛辞に聞こえるように言うのだから始末に負えない。

 契約がなければ今すぐにでも撃ち殺ししてしまいたい。

 それがスカリエッティに会ってからの切嗣の素直な心情である。

 

「おや? 話しているうちに面白い事になってきたようだ」

 

 スカリエッティの言葉につられてモニターに目を戻すとそこにはガジェットの腕に無様に放り投げられ、宙を落下していくエリオの姿が映っていた。

 そして、その様子を見て、何もできずに声を上げるキャロの姿も。

 

「あれは……ガジェットの新型とエリオ・モンディアルか」

「その通り。プロジェクトFの残滓の一部だ。ここで死ぬとすれば惜しいが、それも運命かな」

 

 自らが生み出した技術の生き残りに対しての興味はあるもののそれも価値があればの話である。

 力なく死んでいくのであればそれを止めることはしない。

 生命とは弱肉強食という絶対の掟からは逃れられないのであるから。

 しかし、それに反する願いを抱く者を見るのも彼にとっての楽しみである。

 例えば隣にいる世界全てから争いを無くそうとしている愚か者や、死に行く少年を救おうと決死の想いで飛び降りる少女のような者が。

 

「キャロ・ル・ルシエが飛び降りた? いや、A(アンチ)M(マギリング)F(フィールド)から離れるためか」

「ふむ、やはり閉鎖された空間以外だと逃げ道が簡単に確保されてしまうか。今後に生かさなくては」

 

 キャロが飛び降りていく姿にも二人は特に動揺はしない。

 何故なら、キャロには空で戦うための能力が備わっていることを知っているからである。

 逆にそれを知らないスバルは自身も飛び降りて助けに行こうとしてティアナとツヴァイに止められていた。

 

「召喚術、中々に厄介な能力だな」

 

 キャロとエリオ、そしてフリードがピンク色の光に包まれて消える。

 光が消えて再び彼らが姿を現した時には、フリードはその姿を巨大な竜に変えていた。

 アルザスの竜召喚を得意とするキャロは対人戦を主とする切嗣にとっては気の抜くことのできない相手である。

 それ故に新型のガジェットに再び立ち向かっていく姿に鋭い目を向ける。

 

「ふふふふ、やはり劇にはこういった見せ場が無ければ面白みがない。そうは思わないかい?」

「僕としては任務は何事もなく終わるのが一番だよ。お前ほど狂ってはいないからね」

「やはり、私の美意識は理解されないかい。まあ、いつものことだがね」

「お前を理解できる人間が何人もいる世界など終わっているだろう」

「くはは! それを君が言うかね、衛宮切嗣。君も―――他者に理解されることなどないだろう?」

 

 ―――決して理解されない。

 その言葉が切嗣の心に重くのしかかった。

 ベクトルは違うが切嗣もスカリエッティも他人に理解されることのない願いを抱いている。

 欲しくもない共通点がお互いの本質の部分に存在する。

 切っても切れない縁があるのは恐らくはその似通った部分のせいなのだろう。

 そして、どちらも理解されることがなくとも諦めることをしない。

 理解されないのなら、理解される世界に作り替えてしまおうと狂った願いを抱く。

 二人が歪んだ人間であることは疑いようがない。

 

「私達は常々思っている。この世界は間違っているとね。世界を変えるよりも自分を変えろ? そんなものは詭弁に過ぎない! 変えられるものか! 己の本質が、魂の形が変えられるものか! 私達にとっては呼吸のように当たり前のものを変えられるものか! 変わるべきは私達ではない、世界の方だ!!」

 

 例えばの話をしよう。

 盗みも、暴力も侵さない清廉潔白な善人とそれを平然と行う悪人。

 百人に聞けば百人が前者の方が正しく生きるべき人間だと言うだろう。

 だが、この二人の住む国が、世界が、大飢饉に見舞われたとしよう。

 二人も例外に漏れず飢えに苦しみ、後一日何も食べなければ死んでしまう状況となる。

 そんな時に二人の前に食料を持った人間が現れる。

 当然二人は食料を分けてくれるように頼む。しかし、その人間はこれは自分の分だと断った。

 

 善人は善人であるがゆえにそれを受け入れ次の日に餓死した。

 しかし悪人は悪人であるがゆえに食料を力づくで奪い取り生き延びた。

 正しいのは善人だ。だが、結局生き延びたのは悪人だけ。

 真に正しい者が死に、悪をなしたものだけが世界で生き続ける。

 そんなことがこの世界では絶えず起こっている。

 こんなものが、こんな世界が本当に正しい世界だというのか。

 

 そもそも衛宮切嗣という男の生き方自体が自分以外の人間の死を加速させる悪だ。

 だというのに善人を殺して悪人である衛宮切嗣はのうのうと生きている。

 こんなものが正しいはずがない。生きるべきは、報われるべきは真に正しい者であるべきだ。

 しかし、世界が生き残らせるのはいつだって悪人だ。

 そんなことしか起こらない、起こせない世界ならば―――壊してしまった方が余程マシだ。

 

「この世界で誰もが幸せになれないのなら誰もが幸せになれる世界を創ってしまえばいい。君もそう思ったからこそ今私に手を貸してくれているのだろう?」

「……僕は犠牲になってきた者全てが報われる世界が欲しいだけだ」

「そう! 君は誰よりも美しい願いを抱いているが故に理解されない。だが、私は知っている。その願いこそが真に世界を救うものだとね。だからこそ、私は肯定しよう―――」

 

 興奮で息が上がりながらも一切休むことなく喋り続けるスカリエッティだったがここにきて溜めを作る。

 その目はあり得ないほどの狂気と光に満ち溢れ人間のそれとは到底思えなかった。

 

 

「―――衛宮切嗣には望む世界を創り出す権利があると」

 

 

 その言葉にも切嗣は何も言うことなくジッとスカリエッティに視線を返すだけである。

 しかし、スカリエッティの方はそれだけで何かを感じ取れたのか満足気に嗤う。

 不気味なまでの沈黙と歪んだ空気。その状況が永劫のように続くかと思われたところでウーノから通信が入る。

 

「ドクター、刻印ナンバー9が護送体制に移されました。いかがなされますか?」

「おっと、つい話に夢中になっていて気づかなかったよ。これで賭けは私の勝ちだね。頼まれごとに関しては今度また話そう」

「ちっ……」

 

 すっかり忘れていたとばかりに目を見開きながら自身の勝利を宣言するスカリエッティ。

 切嗣はそれに苛立ちを隠すこともなく舌打ちをするが約束は破らずに頷く。

 そんなやり取りをしている二人にウーノは呆れることも、怒ることもなく指示を促す。

 

「ドクター」

「ん、すまないねウーノ。そうだね、何もすることはないよ。これは出来レースだからね」

「出来レース……ですか?」

「そう、戦略的目標はガジェットとあの子達が争う前から既に達成されているのだよ」

 

 何故、衛宮切嗣とスカリエッティがのんびりと賭けに興じることができたのか。

 それはひとえに自分たちの勝利が既に約束されていたからである。

 レリックはロストロギアであり、それは管理局中央で厳しくに管理される。

 それは逆に言えば、一度管理されてしまえばそれを目にすることのできる人間はほとんどいなくなってしまうということでもある。

 つまり、研究名目で貸し出して行方不明になったところで―――誰も気づけないのである。

 

「もう用はないな。アインスと一緒に帰らせてもらうよ」

「ああ、またいつでも来てくれたまえ。それと私達のスポンサー(・・・・・)によろしく頼むよ」

 

 レリックはガジェットが回収すれば直にスカリエッティの元に送られる。

 機動六課に回収されれば中央のラボに保管された後で、最高評議会によってスカリエッティの元に送られる。

 何故なら最高評議会もまた―――望む世界を創り出したいからである。

 




早いとこ進ませて書きたいところまで行きたい。
主人公なのにケリィが完全にボスキャラだから序盤では出せないというジレンマ。


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

 どんな争いも原因というものはいつも下らなく、単純なものだ。
 歴史は繰り返し、人は何も学ばない。
 それは何も戦争という巨大な舞台だけでなく日常でも同じこと。
 
 ―――どっちの娘の方が可愛い?

 きっかけはそんな下らない問いかけだった。
 プレシアは笑った。切嗣も笑った。
 下らないと。そんなことは議論するだけ無駄だと。
 理由? 簡単なことだ。どっちの娘が一番可愛いかなんて―――


『うちの娘が一番可愛い!』


 ―――親馬鹿の中では決まりきっていることなのだから。

「あら、何を言っているのかしら? 確かになのはちゃんもはやてちゃんも可愛いわ。でも一番可愛いのはアリシアとフェイトよ」
「それは間違いだな。一番可愛いのは家のはやて以外にあり得ない」
『…………』

 張り詰めた空気、飛び交う火花。そこは紛うことなき戦場。
 何人たりともこの空気を壊すことはできない。

「どうやら、譲り合えないみたいね」
「なら、正々堂々と娘の可愛い部分について語って勝敗を決するというのは?」

 二人は顔には笑顔を張り付けた状態で平和的解決を模索する。
 内心ではどう相手を屈服させるかしか考えていないが。

「じゃあ、最初は私から行かせてもらうわ。アリシアとフェイト、一言でいえば―――天使!
 アリシアはその活発な性格で誰にでも笑顔を振りまいてくれる上にその小さな体がとってもキュート!! もう連れ去ってしまいたいくらいの可愛さなのよッ!!」

 そこまで言い切り、一旦息を整え次はフェイトの魅力について語り始めるプレシア。

「フェイトの方は少し大人しいけどそこがまた可愛くて! 最近は独り立ちしたように見えて、ホラー映画なんかを見てしまった後は上目遣いで『お母さん一緒に寝てくれない?』なんて言ってきてくれて……ああ、思い出しただけでご飯三杯はいけるわ!!」

 娘の愛らしい姿を思い出したのか軽いトリップ状態に陥るプレシア。
 だが、それを見ても相手は一切怯むことなどなかった。

「確かに可愛らしいです。しかし、はやてはそれ以上の可愛さを持っている!」

 ここで負ければ死ぬという覚悟の籠った目で切嗣は睨み返す。

「わずか十歳にして大学卒業、そして八神堂の店主。これだけ聞けば近寄りがたい才女を意識する。だが、そんなもははやての本質じゃない! はやての本質は守ってあげたいという可愛らしさだ! 普段は大人びているがふとした瞬間に甘えてくる姿は女神だとしか思えない!!」

 普段はダメ親父であったとしても父であることに変わりはない。
 まだまだ甘えてきてくれるのだ。

「寂しくなったら布団に僕の布団に潜り込んで来たり、疲れたと言っておんぶをせがんで来たり……ああ、他にも言葉では言い表せない次元の可愛さだよ」

 基本的に親馬鹿であるが故に両者共に譲らない。
 しかし、このままでは埒が明かない。そう思い始めてきた時だった。

「プーレーシーアー…! 仕事を放置して何をやっているの?」
「リンディ!? ま、待ってまだどっちの子どもが可愛いかの決着が!」
「そんな下らないことで時間を取らないの。だって―――」

 プレシアを連れ戻しに来たリンディによって勝負は終わった。
 ―――かのように見えたが。


「―――一番可愛いのはクロノよ」
『っ!?』

 戦いはまだ始まったばかりであった。


~おわり~


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二十六話:道標

 

 今日も今日とて新人達は厳しい訓練に汗を流す。何週間も繰り返し訓練をしていれば慣れそうなものだがそうもいかない。毎日毎日、己の限界を超えるように鍛え続ける。言うのは簡単だがそれを実行するのは簡単ではない。しかし、新人達は各々が自らの目指すものの為に精進し続ける。

 

「うわぁあああ!」

「おらおら、もっと力入れて腰落とさねーから吹っ飛ぶんだよ!」

 

 そう。例え、自分よりも小柄な上司からハンマーで吹っ飛ばされようともめげることはしない。大木に叩き付けられた背中が痛み、呼吸が詰まるがすぐに立ち上がりバリアを張りなおす。そして、再び副隊長、ヴィータからの攻撃を全力で受け止め始めるスバル。

 

 フロントアタッカーの役割はただ前線で敵と戦い合うことだけではない。常に前線を支え続け、敵の攻撃を防ぎ死中に活路を見出させる時間を稼ぐのも役目。何より、後ろにいる仲間や一般人を守るための盾となることが求められる。それ故に敵の防壁を破ることに特化したヴィータは練習の相手としては非常に理想的なのだ。勿論、まだまだ彼女に全力を出させるには至ってはいないが。

 

「ぐぎぎぎっ!」

「よーし、その感覚だ。忘れんじゃねーぞ」

「はい!」

 

 地面を削りながらではあるが後ろに叩き付けられることもなく、障壁を破られることもなく耐えしのぐことに成功する。そのことにヴィータは満足げに頷きアイゼンを下す。それが休憩の合図だということを何度も吹き飛ばされているうちに覚えたスバルは精根尽き果てたように崩れ落ちる。根性だけは誰にも負ける気はないが流石に気が抜ければ足腰が立たない。

 

 大の字に寝転がり、辺りを見ると他の者達も丁度休憩に入っていたのか各々の寝やすい体勢で地面に転がっていた。なんとなくそのことにおかしさを感じ頬を緩めるスバル。そんな折にふと視線を感じてそちらに目を向ける。隊のうちの誰かかと思ったがその予想を裏切り、そこにいたのは茂みに隠れるようにこちらを見る猫であった。

 

 何故、こんなところに猫が? そう思った瞬間に猫は幻だったかのように音もなく姿を消していた。まるで狐につままれたかのような気分になり、丁度近くに自分と同じように転がっていたティアナに尋ねてみる。

 

「ねえ、ティア。今あそこに猫が居なかった?」

「はあ? いくらなんでもここまで来る猫なんていないでしょ、普通」

「んー、でも確かに見たような……」

「何かと見間違えたんじゃないの?」

「それも、そうかなー……」

 

 確かに見たと思うものの、他人から否定されていくうちに自信がなくなってくるものだ。スバルは自分の見間違いだったのだろうと結論付けて茂みから目を反らす。そして、ティアナに訓練の進行具合を尋ねる。

 

「ティア、そっちの特訓はどんな感じ?」

「今はとにかく反応訓練と魔力運用の基礎ばっかりやってるわ。そっちは?」

「こっちはバリアとシールドとフィールド魔法の使い分けと防御の練習をやってる」

「お互い基礎練習ってところね」

 

 現在なのはが新人達に課している訓練のほとんどが基礎を鍛えるためのものだ。それはどんな任務からでも生きて帰ってくるという最低にして最高の条件を満たすためである。何を為すにしても自分が生きていなければ意味がない。なのはが心に抱く想い故の指導方針は新人達にも伝えられている。

 

 早く強くなりたいティアナからすればもどかしさを感じるものであるが頭ではそれが正しいことが分かっているために一応の納得を見せている。さらに言えば、その方針を真っ向から破りそうな相棒がすぐ隣にいるので不満を言っている場合ではないのだ。

 

「でもどんどん強くなってるから、これでもっとみんなを守れると思うんだ」

「……ま、それがあんたの役目だから頑張りなさい」

「うん! どんなことになっても後ろのいる人達だけは守ってみせるから!」

「あんたが先に倒れたら後ろが大変なんだからそこらへんも考えてよね」

「あはは、大丈夫だって」

 

 何が大丈夫なのか。快活な笑顔を見せる相棒に思わずため息をつく。いつもいつも、自分が危険でも平然と渦中に飛び込んでいくのはいったい誰なのか。この能天気な笑顔の持ち主は分かっていない。いや、分かってはいるのだろうが正す気などこれっぽっちもないのだろう。そうでなければ“みんな”という言葉の中に彼女自身が入っていないように聞こえるはずがない。

 

「それにしてもヴィータ副隊長って凄いよね。あんなに小さいのに何回も吹き飛ばされちゃった」

「……あんた、怒られても知らないわよ」

「おい、スバル。お前あと十本追加な」

「ええーっ!?」

「ほら、言ったでしょ」

 

 不用意な発言からヴィータの怒り、といっても小さいものを買ってしまい休憩時間を終わらせられるスバル。そんな若干涙目になっているスバルを脇目にしながらティアナも休憩を終えて立ち上がる。それを見てフェイトと話していたなのはも訓練を再開するためにこちらに向かってくる。

 

「それじゃあ、再開する? あ、それか何か聞きたいこととかはない?」

「聞きたいことですか? 今は特に……」

 

 そこまで言ってティアナの頭に基本ばかりで成長したという実感が持てないことが浮かぶ。今までの彼女であれば思ってはいても上司との関係を考えて口にしなかった。しかし、以前からの会話でなのはに対しての親しみが上がっていたために思い切って言ってみることにする。

 

「いえ、あの……基礎を固めることは大切というのはわかります。でも、今の状況から少しでも早く強くならないとダメだと思うんです」

「そっか。うん、強くなれないと確かに焦るよね」

 

 ティアナの言葉になのはは笑顔を崩すことなく頷く。ティアナの焦りはもっともだ。センターバックというポジションの特性上、直接的な身体能力や反応速度、魔力運用が上がっても自分で実感できる上達にはならないのだ。勿論、外から見ているものからすれば以前との違いははっきりと感じることができるのだが自分自身となるとそうもいかない。彼女がこうした悩みを抱くのはある意味で当然の帰結なのだろう。

 

「じゃあ、ティアナに質問ね」

「え? は、はい」

「ティアナが早く強くなるには何をしたらいいと思う?」

 

 今度は逆になのはに尋ねられて面を食らうティアナ。何をすれば強くなれるのか。今までとにかく強くなりたいと思って訓練を行ってきたが、訓練の過酷さもあり自分で考えるということをやめていた。そのことに改めて気づき、彼女は答えを出すために頭をフル回転させる。

 

 どうすれば早く強くなれるのか。それを達成するためにまず必要となってくることはどういった強さを目指すかが重要だ。一人で何でもこなせるオールラウンダーを目指すのか。一点特化の職人のような力を目指すのか。それだけで方向性は大きく変わってくる。改めて自身が目指ししているものを考える。彼女は兄の夢を叶えるために執務官を目指している。つまり執務官に必要な能力を考えればいい。

 

 執務官は部隊を率いて事件に取り組むこともあれば、単独で潜伏任務を行うこともある。要するにある程度のことはこなせるようにならなければならない。そうなってくると目指すのはオールラウンダーに近い魔導士だ。オールラウンダーはその名の通り全てがこなせなければならない。その時に第一に必要になってくるのが基礎だ。どっしりとした土台を作りその上に全てを積み上げていく。結局のところなのはの言うように基礎を鍛えなければ話にならない。

 

 自分に改めて理解させるためにわざと考えさせたのかと恐る恐る目を向けてみるが、なのはは相も変わらぬ笑顔だった。そこから彼女は別の答えを求めているのだと察して再び考え始める。基礎以外で強くなる方法。オールラウンダーとして完成する道筋。それは―――

 

「欠点の克服、もしくはそれを補う何かを見つけることだと思います」

「うん、その考えでいいよ。じゃあ次はティアナ自身の欠点は何かな?」

「……色々とあり過ぎてどれから言えばいいか」

「それじゃあ、ティアナが今一番足りないなぁって思ってることを言ってみようか」

 

 自己評価の低いティアナは欠点と言われていくつも思い浮かべてしまう。そんな様子にかつての自分もこんな感じだったなと思い出しながらなのはは諭す。欠点を無くすと言えば聞こえはいいが正確に欠点を把握していなければ意味がなくなるどころか悪影響になりかねない。変える必要のない場所を無理に変えておかしくなった人間は数え切れないほどいるのだから。

 

「つまり、一番大きな欠点から埋めていけってことですか?」

「そうだよ。それで、ティアナ自身は何を埋めればいいと思う?」

 

 改めて問い直されてティアナは熟考する。自分にとって足りず、今ここでどうにかしておかなければ後々に影響が及びそうなもの。そう難しく考えるが中々答えは出てこない。そこで一旦視点を変えて自分が日頃どんなことに苦しみを感じているかを考えてみる。射撃の命中率は特別悪いわけではない。

 

 ポジション取りなどはまだまだ甘いがそこは普段の訓練でやっているので加えるものではない。そうなってくると自分に足りないものは魔力量だ。恐らくフォワード陣の中では一番低いだろう。今はカートリッジで誤魔化しているが連戦続きなどになればもろに響いてくる。これに対する対処法をいくつか身につけておいても損はないはずだ。

 

「魔力が少なくてもどうにかして戦える技術が足りないと思います。私は魔力量も多くないので」

「そうだね。カートリッジにも限りがあるし、使い過ぎは体にも良くない。それでも戦わないといけない時にどうするのか」

 

 ティアナ自身も考えてみるが中々思い浮かばない。そもそも魔力量は天性のものだ。増やそうと思えばそれこそ外法を用いた手術でもしなければダメだろう。そしてそんなものはいくら強くなれると言われてもお断りの代物だ。つまり現状としては打つ手が無い、というのがティアナの考えだった。しかし、なのはの方は違っていた。何か名案でも思い浮かんだのか、悩む教え子の様子が面白いのかニコニコと笑っている。ティアナもこれ以上は考えても仕方がないと思い、なのはに尋ねる。

 

「あの、何か方法はないんですか?」

「あるよ。私のとっておきのが一つね」

「それって、一体?」

「それは……午後のチーム戦が終わってから教えてあげる。終わったころにはきっと準備も整っているだろうから」

 

 そう言って悪戯っぽく笑って見せるなのはに何も言えずにティアナは頷く。この時は思いもしなかった。まさか、自分があれほどの技を教えてもらえるようになるとは。

 

 そうして時は流れ午後の訓練も終わり、フォワード陣は全員がまるでゾンビのようにフラフラと整列し、あいさつを終えて解散となった。だが、ティアナだけは居残り訓練と称してなのはと共に訓練場に残る。一体何をするのだろうかとティアナが見つめる中、なのははあたりを見回し納得したように頷く。

 

「よし、これだけあれば十分かな。ティアナ、そこで良く見ててね」

「はい」

 

 いよいよ始まると思い、真剣な眼差しをなのはに向ける。視線を向けられるなのはだが特に緊張した様子もなく桃色の魔方陣を展開し、その中心に魔力を溜めていく。ここに来てティアナは周りの魔力、正確に言えば自分達が訓練の際に放出した魔力の残りが集まっていくことに気づく。

 

「これって……確か収束魔法」

「そう。今日の練習でみんなが使った魔力を掻き集めて一つの塊にする。分かっていると思うけど今の私はほとんど自分の魔力を使っていない。まあ、私が訓練で出した魔力は使わせてもらっているけどね」

 

 なのはは戦闘の後半で自身が使用した魔力を再利用するためにあらかじめ収束しやすい形で放出している。これをやるのとやらないとでは大きな差が生まれるが、何も他の魔導士の魔力が使えないわけではない。しっかりと他人が使った分まで吸収しズルいとでも言えるレベルでの巨大な魔力の塊を生み出す。

 

「この集めた魔力を使って砲撃を―――放つ!」

『Starlight Breaker.』

 

 本人とレイジングハートからすれば十分軽め、だがティアナからすれば度肝を抜くような極太の桃色の柱が空に向けて撃ち出される。しばらく撃ち出された先にある空をポカンとした表情で眺めていたティアナであったがハッと我に返る。あれを自分に見せてくれたということは理由は一つ。自分にあれを習得してみせろということに他ならない。

 

「……あれが私にもできるんですか?」

「収束魔法はその名の通り魔力の収束、それと放出を上手く出来ればね。ティアナは凄く器用だからちゃんと練習すればできるよ。まあ、そのためには基礎を今以上に固めないといけないんだけどね。体への負担も結構重たいし」

「あんなに凄いのが?」

 

 今の今まで自分には特別なことはできないのではないかと思っていたティアナ。しかし、あれだけの攻撃が撃てるようになると言われれば、それこそそんな気持ちは吹き飛ばされてしまう。まさに切り札と呼んでもいい代物だ。魔力切れを起こしていても一発逆転を狙えるカード。戦術の切り札、エースオブエースの名に恥じぬ強力な技だ。だからこそ、ティアナの心に小さな怯えが現れる。

 

「スターライト・ブレイカーは私とレイジングハートが考えたとっておきの魔法なんだよ」

「えっと……そんなものを私なんかが教わってもいいんですか?」

「勿論。ティアナと私は同じポジションなんだし、それに……ティアナに覚えてもらえると私も嬉しいかな」

 

 そう言ってはにかむ様に笑って見せたなのはの顔にティアナは思わずドキリとする。普段の教官としての顔とは違う少女のような顔に不意を突かれたのだ。そんなティアナの心情を知ってか知らずかなのははゆっくりと歩み寄っていく。

 

「ティアナは自分のことを才能が無いって思ってるかもしれないけど全然そんなことはないんだよ。隊長陣のみんなもティアナの能力の高さを認めてるんだよ。勿論、私もね」

「……あ、ありがとう……ございます」

「それに、ティアナを教えられたら嬉しいなって思ってスカウトしたんだしね」

 

 ティアナは掠れた声で礼を言うが、脳が固まっていた。彼女は普段からよく自分のことを凡人だと評していた。一見すれば謙虚に見えるかもしれないがそれはどれだけ結果を出してもまだ足りないと思う完璧主義な面の表れでもある。それと同時に誰かから認められたいと願いながらも本当に認めてほしい相手からはもう認めてもらうことができない故の苦しみでもあった。それを普段の会話や、以前からの付き合いの長いスバルから聞き察したなのはは彼女をできうる限り認めてあげることにしたのだ。

 

「ティアナになら私のとっておきが使いこなせると思ったから見せたんだ。今すぐには無理だけど、これからはスターライト・ブレイカーができるように訓練をしていこうと思うけどそれでいいかな?」

「はい! 頑張ります!」

 

 断る理由などないのでティアナは疲れなど吹き飛んでしまったかのような元気な返事を一つ返す。その様子になのはもニッコリと笑い、ねぎらいの言葉をかける。

 

「うん。それじゃあ、今日は戻ってゆっくり休んで明日に備えてね。それと、夜中に出動がかかる場合もあるから眠れるときに寝るように他のフォワード陣にも伝えておいてくれる?」

「分かりました!」

 

 どこか気分が高揚しているかのような早歩きで去っていくティアナの背中を見つめなのはは晴れ晴れとした気持ちで大きく伸びをする。今日はいい気分で残りの仕事ができるなと思ったところにフェイトから連絡が入る。良いことがあれば悪いこともある。そんな当たり前のことを思いながらなのはは通信に出る。

 

【なのは、レリック事件の犯人について進展があったから隊長陣は至急集まってくれないかな】

「犯人の? 分かった。すぐに行くねフェイトちゃん」

 

 通信を切り、顔を引き締める。未だに事件は本格化してはいないがここから大きな変化が訪れるかもしれない。そうなると、しばらくはのんびりと教え子の成長を実感する暇もなくなるかな。そう、心の中で小さくぼやき、隊舎の方へ駆け出していくなのはであった。

 




これでティアナは大丈夫かな。
約一名どういう行動にでるのか分からないのが居るけど。

それと書き方を変えてみました。見辛かったら言ってください。


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二十七話:ホテル

 ホテルアグスタ。森の中に佇むその姿はアンバランスにはならず、寧ろその白い外観が周囲をより際立たせているかのように感じられる。ここでは年に数度、安全性の確認されたロストロギアのオークションが開かれる。

 

 ロストロギアはその危険さが強調されることが多いが元々は考古学的価値が高く、金持ちの道楽趣味として最適なものもある。いわば骨董品だ。そういった背景もあり、会場として使われるホテルアグスタにとっては大きな収入源となっている。

 

 これだけで終わるのならば健全なオークションで済むのだがそうもいかない。木を隠すには森の中が最も向いているようにロストロギアを隠すのはロストロギアの中が最適なのだ。

 

 管理局から正式に安全だと認められたロストロギアと同時に認められていない密輸入されたロストロギアも運び込まれる。その目的が裏で売りさばくためなのか、それとも購入した品に紛れ込ませて別のルートに流すためのかは分からない。ただ一つ分かることと言えばそこで少なからず悪事が行われていることだ。

 

「頼んでおいたものは仕入れてくれているかい?」

「ええ、それは勿論。途中管理局員の姿を見た時は肝を冷やしましたがね」

 

 多数のロストロギアが集まるため、そのどれかをレリックと誤認したガジェットが襲撃してくる可能性があるために機動六課がホテルアグスタの警護に当たっている。そのために裏の人間達はどことなく居心地の悪い思いをしている。

 

「あくまでも彼らは上の警護だ。密輸品の検挙に割く時間はないだろう」

「そのようですね。まあ、こちらとしては大助かりですが」

 

 ホテルアグスタの地下にある倉庫の一角にて行われる怪しげな会話。それは二人の男が織りなすもの。一人は違法ロストロギアの密売人。そしてもう一人は衛宮切嗣である。切嗣はある骨董品の購入をするためにこんな場所にまで来ているのだがこれには理由がある。

 

 まず、第一に切嗣の真の目的は骨董品、ロストロギアを買うことではない。勿論、買い取ったロストロギアを管理局に流して管理させるので無駄ではないのだが、本当の目的は密売人の後ろにいる組織を暴くことだ。言わば潜入捜査のようなものを切嗣は上からの命で行っているのだ。

 

「しかし、魔導士殺し様がこんな立派なコレクターだとは思いもよりませんでしたよ」

「奪ったものを売りさばくのもいいが、気に入ったものは集めるようにしているんでね。何、ただの趣味さ」

 

 切嗣が潜入捜査において有能な部分はそのネームバリューだろう。金の為なら何でもする殺し屋と周囲に思われているために相手も自然と同類と信じ込む。そのためコンタクトも取りやすく疑われづらい。

 

 また密輸された質量兵器の買い取り手にもなっているためより深く踏み込んでも怪しまれないのだ。相手もまさか切嗣が管理局側の人間だとは思わない。数週間後には突如として管理局員に攻め込まれ無残にも散っていく定めとも知らずに。

 

「そんなことより、現物を確認させてほしい」

「はい。ささ、頼まれていたものはこちらです」

 

 手に持っていた箱を置き、厳重に包まれていた衝撃緩和剤や包みを取り除く密売人。切嗣はその様子を微動だにせず見つめながらこの男をどうするか考える。ここで情報を聞き出せるのならそのまま返せばいい。

 

 だが、ここで口を割らなかった場合は少々強引に聞き出すことになる。最高評議会はこの案件よりもじきに訪れる重要案件に切嗣を投入したいと考えている。そのためにこんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。もっとも、密売人の末路はどちらであっても事故死(・・・)と決まっているのだが。

 

「さあ、こちらが古代ベルカ時代に作られた不思議な力を持つと言われる、黄金の杯です」

「確かに黄金だが……本物なのか?」

「はい、それは勿論。ただの黄金とは違い魔力を出してみますと、このように吸収します」

 

 密売人が手から赤色の魔力を放出すると、あっという間に杯は魔力を飲み込んでしまう。この性質にわずかばかりに目を見開く切嗣。密売人は驚いたのだろうと解釈しさらに説明を加えていく。

 

「その気になればこいつは底なしレベルで吸っていきますよ。人間じゃとてもじゃないけどこれは満たせませんよ。以前の持ち主なんかが試したらしいですけど十人がかりでも吸われ続けたとか。まあ、どれだけ注いでも特に何も起きないんですが」

「なるほど……確かに本物だろうな。しかし、毎回毎回これだけのものをどこから―――」

 

 そこまで言いかけたところで切嗣の耳に何かが爆発した振動が届く。ホテルの中、しかも地下の為に良く耳を澄ませなければ聞こえないが、戦場で生きてきた切嗣はすぐに察知したのだった。そろそろ頃合いだと判断し、もう一つスカリエッティから依頼されていた仕事をこなすためにデバイスを軽く操作しルーテシアに指示を送る。

 

「どうかされましたか?」

「どうにも上で戦闘が始まったみたいだ。激しいものになるかもしれない」

「私達も避難した方が良いでしょうか?」

「いや、機動六課が激しくとも全て防ぐだろうから大丈夫だろう。それよりも……」

 

 切嗣は何かを振り払うように首を振り再び出自を確かめようとする。まるで上にいる娘のことを忘れようとするかのごとく。

 

 

 

 

 

 切嗣が地下で違法取引を行っている頃、地上では六課とガジェットが争いを繰り広げていた。

 

「ヴィータ、上に逃げた敵を頼む」

「おう、シグナムは下のデカブツを頼むな」

 

 レリックの反応と誤認しホテルアグスタのロストロギアに群がってくるガジェット。それをシグナムとヴィータの二人が前線で攻めていき、取り逃がしたガジェットはシャマルが感知しザフィーラが串刺しにして始末する。ヴォルケンリッターの完成されたコンビネーションの前には知能の低いガジェットはひとたまりもなく壊されていく。

 

 その様子に新人達は感嘆の声を上げながら自分達は別にいらないのではないのかと心の中で呟く。だからと言って気を抜くわけにもいかない。そう気を引き締めなおしたところである変化が訪れる。

 

 突如としてガジェットの動きが無人のそれから有人の操作に切り替えられたのだ。同時にキャロのデバイスであるリュケイオンが近くで召喚術が使われたことを察知する。

 

「キャロ、それって?」

「私以外に召喚術が使える人は六課にはいません。つまり―――敵です!」

【こちらグリフィス。今しがた巨大な魔力反応を感知しました! 状況から考えて敵性反応と仮定します】

【こちらリインフォースⅡ空曹長。至急、反応ポイントに向かいます!】

 

 はやての副官であるグリフィス・ロウランからの報告を受けてツヴァイが反応のあった場所に飛んでいく。その間にも突如として有人操作に切り替えられたために驚き、取り逃がされたガジェットが隊長陣の守りを抜けてフォワード陣の元に向かってくる。それを素早く察知したティアナは他の三人に指示を出す。

 

「とにかく守りに徹して後ろには決して行かせないようにするわよ。アクシデントが起きた以上は隊長達が戻ってくるまでの時間を稼ぎましょ!」

「分かった! 絶対に守ろうね、みんな!」

「はい!」

「分かりました!」

 

 各々が現れたガジェットに対して苦戦しながらも対応していく。本来であれば速度でガジェットを上回るはずのエリオはガジェットの巧みな操作の為に中々トップスピードが出せずに苦戦していた。しかし、そこへティアナが複数の弾丸を放ちガジェットの移動ルートを限定させたことで状況は変わる。

 

 直線になればガジェットがエリオの速度から逃れられるはずもなくあっけなく討ち取られていく。その成果に喜ぶエリオであったが敵はまだまだいる。一機ずつ先ほどのようなやり方でやっていたのでは埒が明かないどころか他の機に突破される可能性がある。それに気づいたスバルはある行動に出る。

 

「みんな、ガジェットは私が引き付けるから集まったところで一気に倒して!」

「はあっ!? さっき隊長達が戻ってくるまで耐えろって言ったばかりでしょ!」

「でも、それだと一般人の方にガジェットが行くかもしれないよ! ティアだって空を飛べない私達じゃ全部は足止めするのは難しいって分かってるでしょ」

 

 その通りだった。縦横無尽に空を飛び回れるガジェットに対してこちらは飛べない。長引かせれば相手は自分たちの届かない距離まで高度を上げてしまう可能性もある。そうなれば自分達に敵を止める手段はない。唯一キャロとフリードが飛ぶことができるがそれだけの時間を確保できるとも思えない。

 

「……分かった、引き付けておいて。ただしあくまでも時間稼ぎとして引き付けておくのよ。一気に倒すとなるとあんたごと吹き飛ばしかねないから」

「オッケー、それじゃあ行くよ!」

 

 他に道がないと覚悟を決めティアナはスバルに指示を出す。ニッコリと笑顔を作ったスバルはガジェットの近くを通りわざと敵のレーダーが自分に向くように仕向ける。その数は四機。

 

 当然それだけのガジェットに銃口を向けられれば逃げ場は限られてくる。前も横も後ろも塞がれた。ならばどうする。簡単だ、上に逃げればいい。スバルはウィングロードを創り出し空へと駆け出す。これによって相手の一撃目は躱すことができた。だが、それは悪手だった。

 

「馬鹿、スバル! 空に逃げたら今度こそ逃げ場がないじゃない! 早く私達の援護が届く範囲まで降りてきなさい!!」

 

 自由に宙を飛べれば一見全方向に動けるように感じられどこにでも逃げ場があるように感じられる。それはあながち間違いではない。そう、自由(・・)に飛べればだ。ウィングロードを走ることで空を駆けるスバルに自由は少ない。姉のギンガや亡き母クイントであれば何本ものウィングロードを創り出すことで相手にどちらに向かうか悟らせないことができる。

 

 しかしながら修行中のスバルでは一本が限界。これでは自分の進行方向に待ち伏せをしていてくださいと言っているようなものだ。地上にいる時よりも逃げ道が狭まってしまう。それを理解しているためにティアナは悲鳴にも似た叫びをあげているのだ。

 

「う、うん。わかった」

 

 スバルも飛び上がってから同じことに気づいたらしく顔を青ざめさせて下に降りようとする。だがその時、彼女は見てしまった。自分から離れてホテルに向かう、民間人に危害を加えかねないガジェットを。

 

「ちょっ! スバルッ!? キャロ、ちび竜、あいつを止めて!」

 

 叫ぶティアナを無視してスバルはホテルに向かう一機に突進していく。すると相手も気づいたらしくこちらを向く。それだけなら喜ばしいことなのだが後ろにはしっかりと残りの三機がついて来ている。要するに挟まれてしまったのだ。

 

 この危機的状況から脱するには球状にバリアを張り身を守るか、横に逸れて全力で逃げ出すかのどちらかだろう。だが、スバルの選択はそのどちらでもない目の前の敵を破壊することだ。防御などしない。逃げもしない。

 

 ただホテルにいる民間人を危機から遠ざけることしか考えていない。その結果自分が撃ち落とされてもしかたがないだろう。一つだけ気になるのは後ろの敵だが、それは仲間に撃ち落としてもらおう。丁度固まっている上に今は自分の方を向いていて背後は死角になっている。倒すには最高(・・)の状況だ。

 

「ティア! 後ろの敵を全力で撃ち落としてッ!」

「だから、それやったらあんたまで―――」

「全然平気、私は前方の敵を落とすからお願い!」

「ちゃんと聞きなさいよッ!!」

 

 聞く耳を持たないとはまさにこういうことなのだろう。スバルは自分が仲間か敵のどちらかに撃ち落とされる可能性を理解しながらも止まらない。ティアナはある意味で普段通りの暴走に悪態をつきたいのを我慢しクロスミラージュにカートリッジを装填する。しかしながらその引き金を引くことはできない。

 

 味方に当たると分かっていて撃つのは敵に立ち向かうのとは違うプレッシャーを伴う。そもそも普通は撃たない。しかし撃たなければスバルは確実にガジェットに撃ち落とされる。何とかガジェットだけに当てようと汗ばんだ手で引き金に指をかけた時、ティアナ達の前を赤い風が通り過ぎていった。

 

「一撃―――必倒ッ!」

 

 そんな仲間達の混乱を知ることなくスバルはリボルバーナックルでガジェットを貫く。ひとたまりもなく爆発するガジェットを見送り、既にすぐそばまで迫ったレーザーに覚悟をして目を瞑る。

 

 次の瞬間には体に衝撃が訪れるだろうと思ったがそれは来なかった。代わりに届いたのはシールドでレーザーを弾く音。ハッとして振り返るとそこには自身を守るヴィータの姿があった。

 

「スバルッ! 勝手に暴走しやがって、馬鹿かてめえはッ!!」

Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)

 

 独断専行で危機的状況に陥ったスバルを怒鳴りつけながら器用に鉄球を打ち出すヴィータ。一機は鉄球に当たって落とされたものの他の二機は上手く躱してしまう。だが、そこまでは予想済みだ。

 

 よけた方角へ突進していきアイゼンで吹き飛ばし、もう一機へとぶつけて動きを止める。そのまま間髪を置かずに巨大な鉄球を上から叩き付けるように飛ばし、二機纏めて粉砕する。そして、怒りの形相を向けてスバルへ向き直る。

 

「ケガすると分かっていて突っ込む馬鹿が居るかよ! しかも自分ごとを撃ち落とせなんてふざけたこと言いやがって。おまえは今まで何を学んできたッ! 何があっても生きて帰ってくる訓練だろうがッ!!」

「すみません。でも……逃したら被害が出るかもしれない。それだけは認められないんです」

 

 謝りながらも直す気がない発言にヴィータの怒りはさらに上がりさらに怒鳴りつける。しかしながら、それでもスバルは動じない。

 

「そういう一丁前の言葉は自分の身を守れるようになってから言えって言ってるんだよッ!!」

「それでも―――目の前で誰かが傷つくのは耐えられないんです」

 

 その言葉を聞いた瞬間にヴィータは思わずゾッとした。言葉の内容以上にその瞳が余りにも澄んでいて。まるで透明なガラス球を覗いているような気分に襲われたから。怒りも言葉を失ってしまった。

 

 スバルのその顔は、その表情は、ある男を思い出させるにはあまりにも似すぎていた。

 

「ヴィータ副隊長、あの……私も止められなかった責任があります。こうなることは薄々感づいていたのに……」

「……ティアナ、おまえはスバルを連れて裏口の警護に行け。後は隊長陣で片づける」

「は、はい」

 

 駆け寄ってきたティアナにぶっきらぼうに指示を出し、ヴィータは何かを振り払うように空へと飛び立つ。考え過ぎだろう。考え過ぎであってほしい。だがスバルの瞳が脳裏にこびりついて離れない。あの目は―――人間がするべき目ではない。

 

 

 

 

 

 スカリエッティのアジトに不気味な笑い声が響く。今回、スカリエッティは六課、厳密に言えばエリオやスバルのデータ採取の為に切嗣とルーテシアの助力を得てガジェットに襲わせ、戦闘データをさらに詳細なものにした。

 

 個人的な趣味(・・)に使う骨董品に関しては切嗣に協力を要請し何食わぬ顔で入手することにも成功した。だが、この笑いはそれらの成功に喜んでいるからではない。もっと面白いものを見つけたからである。

 

「くははは! 素晴らしい、実に素晴らしい! 創造主の手を離れたが故に私自らでは決してなしえなかった変化が訪れるとは。やはり生命とは最高の素材だ!」

 

 モニターにはサーチャー越しにスバルの姿が映し出されている。今まではただのタイプゼロとして、作品の一つとしてしか見ていなかった。しかし、今回の件でその考えは変わった。いや、確信したと言った方が正しいだろう。彼女もまた異常者であると。

 

 己の欲望を満たすに相応しい存在であると。

 

「祝福しよう、スバル・ナカジマ。君は無限の欲望を背負うにふさわしい―――」

 

 そう、今の彼女がそんなことを望んでいないとしても彼女が衛宮切嗣に憧れる限り逃れられない。遠くない未来に彼女は彼と同じように願うだろう。誰もが平和であるというあり得ない世界を。なぜなら彼女は―――

 

 

「―――正義の味方だ」

 

 




ホテル+ケリィ=爆発
やりたかったけど特にフロアを貸し切って籠っている人もいなかったからボツに。
また、別の機会を探します。

後、黄金の杯が出てきましたけど特に願いを叶えたりはしません。あくまでも杯です。


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二十八話:理解

 今回のホテルアグスタのガジェット襲撃の事後処理も終わり六課に帰還した隊員達。新人達は自由時間となり、隊長陣は今回の件についての会議室で報告と会議を行っていた。その中でヴィータは一人苦悩に満ちた表情を浮かべていた。

 

「ヴィータちゃん、どうしたの?」

「なのは……いや、スバルのことについて考えてたんだけどよ」

「私からも言っておいたけどスバルはちょっと頑張りすぎているよね」

 

 今回の暴走とも呼べるスバルの行動。表面上だけ見れば緊急事態に焦った新人がミスを犯したという簡単なものだ。だが、現実としてはそれほど軽いものでないことはなのはも分かっていた。

 

 突撃癖があるのは前々からわかっていたことだが誰かを守るということになるとそれに拍車がかかる。いや、ブレーキが外されると言ってもいいかもしれない。とにかく、スバルの行動は異常性を感じさせるのだ。

 

「新人が暴走するのは見慣れてるんだけどよ。そいつらは普通はパニックになって訳が分からなくなって暴走してる。でも、あいつの場合は違う。冷静な上にどうなるか分かったうえで突っ込んでいったとしか考えられねえ」

 

 スバルは状況を的確に判断していた。そしてなにより、自分が撃ち落とされる可能性を十分に理解していた。あくまでも平然として、民間人の危険と自分の危険を天秤にかけ民間人の方を取って見せた。その後に自分に訪れるであろう結末をあっさりと受け入れて。

 

「自己犠牲……にしては度が過ぎてるよね。どっちかと言うと―――」

「強迫観念やな」

 

 なのはの言葉よりも先に話を聞いていたはやてが結論を出す。そのことに若干驚くもののなのはも答えは同じなので無言で頷く。ヴィータも同じようなものを感じ取っていたらしくはやてに続くように発言する。

 

「前のとこの上司も、付き合いの長いティアナも前からあんな危険行動を取り続けてきたって言ってる。1,2回ならともかく取り続けんのはどう考えても異常だ。あいつ、何があったんだ?」

 

 自分の身を一切(かえり)みずに他者の為に命を懸けることを当たり前に行う。言葉にすれば何とも美しく、何とも気高い人間性だ。ヒーローと言っても差し支えないだろう。だが、しかし。現実にそんな人間が目の前に居たらどう思うだろうか?

 

 ヒーローや英雄は普通の人間には、否、人間の理解には及ばない。他者の目から見ればただの異常者にしか映らないのだ。そう、平和を目指したが故に人間であることをやめようとした男のように。男のことを思い出してしまいどこか不安げなヴィータの質問に対して答えを返したのはなのはだった。

 

「ヴィータちゃんは四年前にあった空港火災を覚えてる?」

「ああ、はやてが仮だけど指揮をしてお前も出動したやつだよな?」

「うん。スバルはね、あの火災にあって生き残った(・・・・・)人達の一人なんだ」

 

 生き残った。それは正しいことであり、喜ぶべきことである。しかし、あくまでもそれは当事者以外からの主観。“生き残れた”のか“生き残ってしまった”のかは本人だけが知るところである。

 

「火災の発生地に居た人達は全員死んじゃって……スバルだけが助け出されたの」

「助け出されて……どうなったんだよ?」

「そっから先は私が話そうか。この前ナカジマ三佐から詳しいこと聞けたからな」

 

 この世の終わりのような地獄の中、“正義の味方”によって救い出されたスバル。そのことを聞きヴィータは顔を歪めると共にさらに尋ねる。その疑問に今度ははやてがなのはからバトンを受け継ぎ、つい最近スバルの父親であるゲンヤと姉のギンガと話して聞けたことを話し始める。

 

「スバルは昔は傷つくのが嫌いな子でストライクアーツも魔法も習ってなくて、あの事件の後から強うなろうとし始めたらしいんよ」

「別にそれは悪いことでもないよな」

「まあ、それだけならええんやけど、その時から今みたいな性格にもなって……あるものになるって決めたんやって」

 

 険しい表情で語るはやてになのはとヴィータは唾を飲み込む。普段は険しい表情をしないはやてがこういった表情をするときは必ず何か重い出来事があったときだ。つまり、今から言うことは少なくともはやてにとってはそれほどの話なのだ。

 

「自分を救ってくれた人みたいに―――正義の味方になりたいって」

 

 ああ、やっぱりそうか。ヴィータの心に沸いた感情は驚きではなく納得であった。ただひたすらに誰かの為だけに行動し続ける姿はまさに正義の味方であった。だが、それは人の理想が生み出した偽りの正義の味方だ。

 

 誰かのためにしか生きられないのははっきり言って歪みでしかない。正義の味方という理想像は現実に現れれば何者よりもおぞましい存在である。人間味を感じさせなければ人間はその人物を同じ人間とは思えない。はじめは救ってくれたことに感謝をするだろう。

 

 しかし、時が経つにつれ何も求めない正義の味方に疑心を積もらせる。本当に彼は無欲なのか? 実はもっと恐ろしい何かを企んでいるのではないか? 最後には人々は事実無根の罪を正義の味方に被せその命を奪うだろう。自らを正義(・・)と名乗って。

 

「まあ、その夢を目指すっていうのは間違いやないんやけどな。ただ、自分をないがしろにし過ぎなんよな」

「きっと……罪悪感があると思うんだ。自分だけが生き残ってしまったって」

「だから自分の命を投げ出してまで、誰かを助けるって責務を果たそうとしてるのか? せっかく助けてもらった命をなんてことに使ってやがんだよ……」

 

 重い空気が流れる。全員がスバルの抱く感情を思い、どうにかならないものかと頭を悩ませる。災害などで自分一人が生き残ってしまった場合に起こる心の病であるサバイバーズギルト。病名としては一言で済んでしまうが現実としては単純な問題ではない。

 

 治療をするにしても無理に思い出させてしまうと精神が崩壊する恐れすらある。同時に正義の味方になるという夢自体は単純に罪悪感だけで成り立っているものでもないだろう。そこには多分に憧れも含まれており、今のスバルの原動力となっている。無理矢理止めさせることもできない。

 

「自分のせいで味方が危険になる……って言ったら止まっても納得はしねーだろうな」

「それに自分一人なら問題ないって孤独になりそうやしなぁ」

「……とにかく、少しずつ話してお互い納得いけるように頑張ってみるね。一朝一夕で変わるようなものじゃないと思うし」

「そうやね。それじゃあこれからはスバルの動向に気を付けて指導をお願いな」

「うん」

 

 ひとまずは現状を維持しつつ徐々に変えていく。そういったところで落ち着き、なのは達は解散していく。しかしこの時彼女達は予想していなかった。予想よりもずっと早くスバルの理想を否定する者が現れることを。

 

 

 

 

 

 一体、どこでこの者達は歪んでしまったのだろうか。

 

 目の前にある脳髄を入れた容器を見つめ切嗣は思う。しかし、すぐにその考えは間違えだったと目を瞑る。自分と同じだ。彼らはどこまでも真っすぐに生き過ぎたが故に他者から見れば歪んで見えるのだ。

 

 一ミリたりとも歪みがなく、どれだけ伸びようとも何人とも触れ合わないほどに真っすぐ。それは歪んでいないが故に歪みだ。本来人間とは大なり小なり歪みを抱えて生きているもの。それが人間のあるべき姿。だが、彼らにはそれがない。世界を救うという一点に全てのベクトルが向いている。

 

 無数の曲線の中に一つだけ直線が混じっている。そんな時、歪んで見えるのは曲線だろうか、それとも直線だろうか。本来、歪んでいることが正しい物の中に歪んでいないものがある。それこそが歪みなのだ。黒い紙(間違い)の上に一滴だけ垂らされた白い水滴(正しさ)。どちらが場違いかは明白。穢れなき正義など人間にとっては歪みでしかない。

 

「エミヤよ。計画の方はどのようになっているのだ?」

「順調です。そう遠くないうちに全ての準備が整います」

「そうか。しかしくれぐれも気を抜くでないぞ。この計画には文字通り世界がかかっておる。それを重々承知しておろうな」

「勿論です。必ず―――理想の世界を創り出しましょう」

 

 最高評議会の書記に問いかけに無感情で答える切嗣。スカリエッティが考え出した世界を望む世界に塗り変える禁忌。最高評議会はそれに飛びついた。もとより、喉から手が出るほどに渇望していたのだろう。彼らの理想とする平和な世界を。

 

「この時をどれだけ待ち望んでいたことか」

「悪という存在がない、真に平和な世界。恒久的に争いなど起きない世界」

「誰も傷つくことのないあるべき未来、あるべき世界の為に」

 

 平和の為だけに生き続けてきた三人は何も映していない切嗣の視線も気にも留めずに語り合っていく。良き未来を、良き人生を、幸福な世界を。余りにも美しく、汚すことを戸惑うような夢の世界。しかし人々は彼らにこう尋ねるだろう。そんな世界をどうやって創るつもりかと。だとしても、彼らは迷うことなく答えるだろう。

 

 

『“この世全ての悪”の根絶を行う』

 

 

 彼らは疑わない。この世の悪という悪が消えた世界であれば全ての人類は永劫の平和を手にすることができるのだと。盲目的に、狂信的に、かつての英雄達は世界の平和を謳い上げる。そんな様子を切嗣は黙って見つめていたがやがて立ち上がる。

 

「それでは、仕事の方に戻らせてもらいます」

「うむ、おぬしも計画の最終段階では表に立つのだ。準備は怠らぬようにな」

「心得ています、議長殿」

「エミヤ、スカリエッティへ私からの言葉を伝えておいてくれないかい」

「なんでしょうか、評議員殿?」

 

 議長からの言葉を最後に歩き出そうとした切嗣を評議員が呼びとどめる。そのことにほんの少しだけ眉を動かし、体の向きを変える。副議長はまるで買い物を頼むかのような自然さで告げる。

 

「私の体を至急用意しておいてくれ。私自らが最後は赴くとね」

「……分かりました。伝えておきます」

 

 余りのことに一瞬だけ目を見開くがすぐに元に戻り頭を下げる切嗣。そして、一度目の奥底で残忍な笑みを浮かべている世話係の女と視線を交わし歩き出していくのだった。

 

 しばらく歩いたところでデバイスからスカリエッティに通信を入れる。その顔がどことなく不機嫌そうに見えるのは本来は彼の顔など見たくもないからであろう。

 

「スカリエッティ、さっさと応答しろ」

【やあ、君の方から連絡をくれるなんて珍しいじゃないか。何かあったのかね?】

「評議員が至急体を用意しろと言っていた。それと最後には自分で動くとな」

【なるほど、確かに承ったよ。しかし、くくく……実に滑稽なものだ。そうは思わないかね?】

 

 隠すこともなく最高評議会が滑稽だと告げるスカリエッティに切嗣は沈黙で答えを返す。彼らは夢にも思っていない。スカリエッティが自分達の拘束から抜け出す機会を虎視眈々と狙っていることを。己の正義を信じて疑わない彼らは気づくことなどできはしない。

 

【私の生みの親には最高級のお返し(・・・)をしようと思っているのだよ。そのための小道具も先日(・・)手に入れたからね。そうだ、君もなにかするかね?】

「僕にとってはどうでもいいことだ。興味があるのは僕の望む世界だけだ」

【そうかね。いや、実に君らしい答えだ。ところで話は変わるが面白いものを見つけたのだが、聞きたいかね?】

「お前がそういう時はどうせ聞かなければならないことだろ。いいから話せ」

 

 ねっとりとした聞く者を不快にさせる声。切嗣はその声に何か自分にとって不味いことが起きたのだろうと判断する。スカリエッティにとっては他者の不幸ほど甘美なものはないのだ。そして、彼は切嗣の不幸を最も楽しんでいる節がある。そのため聞きたくなくとも最悪の事態を防ぐためには聞くしか道がないのだ。

 

【くくくく、では、そうさせてもらおう。スバル・ナカジマ、彼女を知っているね?】

「……それがどうした? 確かに僕はあの子を知っているがあの子は僕を知らないだろう」

【それがだね、そういうわけにもいかないみたいだよ】

「どういう意味だ?」

 

 嫌な予感がする。熱くもないのに背中に気持ちの悪い汗が流れる。あの時は、ただ無我夢中で助けただけだった。その後のことなど何も考えていなかった。何かを救わなければ心が壊れそうだったから小さな命を救った。そこであの子との関係は終わるはずだった。だが、しかし。

 

【彼女のデータを改めて取っていたのだが、その時に彼女が見せた行動、いや信念は実に素晴らしいものだった。自分ではなく他者を第一に考え、戸惑うことすらなくその命を名も知らぬ誰かの為に投げ出せる精神性】

 

 一瞬目眩がする。何の冗談だろうか。それじゃあ、まるっきりどこかの愚かな男の行動じゃないか。いや、下手をすればそれ以上だ。まだ絶望を、現実を知らぬが故に割り切ることもできていないのだろう。他者から見れば異常者でしかない行動を取り続ける人間などもう増えなくていい。そう思うが現実は変わらない。

 

【その姿はどこからどう見ても―――正義の味方だったよ】

「…………あの子は誰かを切り捨てるような真似はしたかい?」

 

 知ってしまった新たな己の罪に愕然とする切嗣。だが、すぐに思考を切り替えて自分との差異を確認する。正義の味方など目指してなるものではない。全てを救うことなどできはしないのだからいずれ自分のように滅びを迎える。

 

 しかし、全てを救うことを諦めれば間違いなく自分と同じ存在になり果てる。それだけは防がなければならない。彼女を救ってしまった身として、多くの人を殺めてしまった咎人として。

 

【いいや、確認できてはいないが恐らく彼女はそれができないだろう。彼女が追っているのはあの日の理想像()だからね。あの日の君は普段と違い誰かを見捨てたりはしなかっただろう?】

「……ああ、それを聞いて少しだけ安心したよ。まだ、どうにかなる」

 

 できれば自分のように家族や大切な人間を切り捨てるような人間になって欲しくない。間違いで塗り固められた道を歩くのは自分一人でいい。あの子はまっとうに生きるべきだ。誰かを見捨てるような立場に立たず、普通に、ごく平穏に暮らしてほしい。

 

 そのためには正義の味方というものを目指されては困る。目指し続ける以上は必ずどちらか片方を切り捨てなければならない場面に遭遇する。かつての衛宮切嗣がそうだったように。そして、正義に味方することを選んでしまえばもう後戻りはできない。永遠に地獄を歩き続けるだけだ。

 

「スカリエッティ、もしもあの子達とお前の娘達がぶつかる時は僕を呼べ」

【彼女と話をするつもりかね。それはいい、憧れの人物と会えるのだから彼女も喜ぶ(・・)だろう】

「ちっ……話はこれで終わりだ。仕事を怠るなよ」

 

 通信を一方的に切り、切嗣は足早に歩きだす。偽物の正義の味方などに憧れるのは間違いだ。彼女の傍には人間味を捨てることなく彼の思う本物の正義の味方となった者達がいる。目指すべきはそちらだ。名も知らぬ誰かの為に己の全てを賭ける生き方など間違っている(・・・・・・)

 

 

「正義の味方という効率を優先するだけの“機械”は僕で終わらせる」

 

 

 その為ならば、全力で、己の全てをかけて―――彼女の理想(全て)を否定しよう。

 




頭冷やそうかは回避。なお、ケリィがスバルを否定しに来るもよう。

ようやく話も本筋に入ってくるかな。ASと違ってSTSは序盤が長く感じる。
まあ、話数が違うので当たり前ですが。


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二十九話:休暇の始まり

 隊長の前に整列する新人達。明らかに疲れたような顔をしている者は居てもその姿が汚れている者はいない。これも新人達の力が上がってきたためである。勿論、指導者の立場からすればさらに訓練を厳しくしてもいいというサインでもあるのだが。

 

「それじゃあ、今日の訓練はこれで終了ね」

「今日? まだ午前ですよね?」

「いいんだよ、今日は。そうだろ、なのは」

 

 いつものように訓練を終えなのはからの指導を受ける新人達だったがなのはの言葉に疑問符を浮かべる。太陽は自分達の真上にあり、どう見ても昼前である。それにも関わらず終了というのはどういう了見なのかとエリオが疑問を口にする。それに対してなのはとヴィータはニコリと笑い答えを伝える。

 

「そろそろ訓練も次の段階に行くところだしね。今まで休暇らしい休暇もなかったでしょ。だから、今日の午後は訓練はお休みです。みんな町にでも出て遊んでくるといいよ」

「本当ですか? よーし、ティア一緒にアイスを食べに行こうよ!」

「あんたはホント、アイスが好きよね……はいはい、どうせ断っても我儘を押し通すんでしょ」

 

 相変わらずアイスには目がないスバルに呆れたように見つめるティアナの頬も緩んでいた。やはり休暇というものはいくつになっても嬉しいものなのだ。もっとも、仕事が生き甲斐になりかけているワーカーホリックな人物も目の前にいるのだが。それは言わないのが花というものだろう。

 

「あ、そう言えばエリオとキャロはミッドの街はまだ慣れていないんだっけ?」

「はい、こっちに来てからは基本的に六課の中に居ましたし」

「じゃあ、お勧めのアイス屋さんとか教えてあげようか? 他にも行ってみたいところとかない。あたし達の方が詳しいから教えてあげられると思うし」

「馬鹿、スバル。いきなり言われたって何答えていいかわからないわよ」

 

 街の様子をあまり知らないというキャロにずいずいと押し売りをするように世話を焼きたがるスバル。そんなスバルを慣れた手つきで宥めるティアナ。キャロは思わず犬と飼い主のようだなと思ってしまうが流石に口にはしなかった。

 

 エリオも同じような感想を抱くがそれ以上にスバルからの心遣いが嬉しかったために笑みを零す。今まで色々なことがあったが自分の周りには優しい人がいてくれる。それがどれほどの幸福かを子供らしくもなく噛みしめる。

 

「あれ、どうしたのエリオ? あたしの顔に何かついている?」

「いえ、ただスバルさんって凄く親切だなって……そう思っただけです」

「あはは、当然だよ。だってあたしは―――正義の味方になるからね」

 

 スバルの言葉にエリオとキャロは首を傾げ、ティアナはまたかとため息をつく。どちらにせよ何か不味いことを言ってしまったという雰囲気ではない。

 

 だが、ほんの少しの距離しか離れていない隊長二人の空気は凍り付いたように冷たくなっていた。新人達はそのことに気づくことなく話を続ける。

 

「あんたも相変わらず子供っぽい夢を持ってるわよね」

「そうですか? 私はかっこいいと思いますよ、正義の味方」

「僕もです。フェイトさんみたいな人が正義の味方だと思ってます」

 

 本気でスバルが目指しているのは知っているティアナではあるがその素直になれない性格からか微妙な表情で子供だと評する。一方、エリオとキャロは文字通り子供であるので彼女の願いに素直に賛同する。

 

 何よりも二人の心には自分達を優しく救い上げてくれたフェイトという正義の味方がいるので明確なイメージを持っている。自分達が親から捨てられ、自分の力も心も制御することが出来なかったときに手を差し伸べてくれた人。これが正義の味方(ヒーロー)でないのならば一体誰が正義の味方(ヒーロー)なのだろうか。

 

「フェイトさんって白馬の王子様とか似合いそうだしねー」

「それは正義の味方とは違う気がしますけど……でも、確かに似合いそうですね」

「でしょー。まあ、確かにちょっと違う気もするけどね」

 

 話はそのまま誰々にはこんな役や、服装が似合うのではないかといったものに変わっていき、和気藹々とした雰囲気のまま新人達は歩き去っていく。そんな新人達の背中を何とも言えぬ表情で見送るのは、なのはとヴィータの二人組である。

 

 正義の味方になると言い切るスバルの顔には曇りなど欠片もなかった。それが良いことかと言われれば良いことなのだろう。だが、一欠けらも迷いがないというのもそれはそれで不気味である。何か言うべきかとも思うがやはり何と言えばいいのかが分からない。

 

「やっぱり、どういうものを目指しているかが分からないと何も言えないよね……」

 

 人の心も体も救おうとするのならばいい。一人一人を見つめて救っていくというのならば何も間違いではない。全てを救おうという心を持ち続けられるのならば目指しても構わないだろう。

 

 しかし、それに耐えられるのか。何度も何度も伸ばして手から、指の間から零れ落ちていく命を直視し続けることができるのか。まだ若く小さなあの少女に。それだけがなのはは心配だった。そんな彼女にヴィータが切り替えさせるように声をかける。

 

「まあ、今日は久しぶりの休暇なんだ。今言うのは酷だろ」

「そうだね。タイミングも大事だよね。それじゃあ私達も戻ろうか」

 

 今話すのは時期尚早。そう結論付けて新人達の後を追うように歩き出すなのはとヴィータ。しかし、この数時間後にこの話がある男により急速に進展していくことを二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 流れる白銀の髪、雪のように白い肌、鮮烈な真紅の瞳。一言でいえば絶世の美女。こんな自分には余りにも勿体ないと思ってしまう彼女を観察する。彼女、アインスはホテルのベッドに腰かけ何やら雑誌らしきものを読み、時折嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 その顔は子を見守る母のような温かさと穏やかさを兼ね備えていた。だから彼女が何を読んでいるかを切嗣は聞くこともなく察することができた。あの小さく弱々しかった子も今では一人で立ち、自分の道を歩いている。それがどんなに嬉しくとも顔には出せない。もっとも、彼女はそんな彼の心を見透かしたように声をかけてくるのだが。

 

「切嗣、こっちに来てみろ。主のことが載っているぞ」

「……僕はいいよ。雑誌は余り読まないからね」

「いいから、私がお前と共に読みたいのだ」

 

 悪戯気な笑みと共に期待の籠った眼差しを向けられる。あいにく、切嗣にはこの視線に打ち勝つ術を持ち合わせていない。困ったような、はぶてたような顔をして彼は彼女の元に行き、隣に腰を下ろす。そうすると図ったように勝ち誇った笑顔を向けられる。

 

 彼女がいつまで経っても娘のことを割り切ることのできない自分に対して気を使ってくれたのは分かる。しかし、こんな笑顔を向けられると惚れた弱みに付け込まれたような気持になってしまう。恐らく、衛宮切嗣という男はリインフォースⅠには勝てない定めなのだろう。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら切嗣は彼女が開いた雑誌に目を落とす。探す必要もなくあの子の姿を見つける。写真に写っているのはあれから十年の時を経て成長した娘の姿。元々童顔だったためかあの頃から大きく顔立ちが変わったという印象は受けない。しかし、確かに感じられる成長に心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚える。

 

「あれから十年、主は立派になられた。この目で見ることができないのが少し残念だがな」

「……直に会えるさ」

「ああ、その時は……私達と戦う時だろうだな」

「君が望むなら……いや、何でもないよ」

 

 ―――君が望むなら今すぐにでもはやての元に送り届けよう。

 

 切嗣はそう言おうとしたがアインスのむすりとした表情を見てやめた。何度もこのことについては話し合ったが彼女が自分の傍から離れると言ったことはただの一度もなかった。

 

 彼女はろくでもない自分を愛してくれている。それがどれだけ嬉しくて、悲しくて、憎いのかは言葉では言い表せない。彼女に幸せになって欲しいと一人の男として願わない時はない。だが、しかし、この身は一人の女性ではなく世界に、今までの犠牲に奉げると決めた。

 

 それがどれだけ歪んでいるか、穢れているか、間違っているかなど考えたくもない。そしてそんな間違ったことに新たな犠牲を強いている自分がたまらなく憎い。もし、過去に戻れるのなら自分は間違いなく生まれたばかりの自分を殺すだろうという自信があるほどだ。

 

「はやても、ヴォルケンリッター達も今を生きてくれている。ただ生きていてくれるだけで僕は良いのに……どうしてまた敵になったんだろうな」

「運命的なもので私達は対立することが定められているのかもしれないな」

「運命か……嫌いな言葉だ。神様はいつだって身勝手で我儘だ」

 

 神は気まぐれで人を殺す。人を苦しめる。誰も望みもしない運命を押し付けて人間が足掻くさまを見て興じる。衛宮切嗣は神や英雄という存在が嫌いだ。彼らは人を争いに向かわせる。宗教に至っては人類史を見れば最も人を殺してきたと言っても過言ではない。

 

 もっとも、多くの場合は人間の欲望の大義名分として働いてきたのが現実だろう。だとしても、人を争いに向かわせるそれが切嗣は嫌いだった。争いを起こしている身で言うのも滑稽だがどうしようもなく嫌いだった。

 

「そうか? 私はこれが運命だというのなら悪くないと思うぞ」

「どうしてそう思うんだい?」

「簡単なことだ。私も騎士達も主はやてに会え、何より……お前に会えたからな」

 

 そう言ってはにかんだように笑う彼女がどうしようもなく眩しく見え、彼は目を細める。アインスの考えこそが人間的で正しい考えだろう。彼女は未来を信じている。過去に囚われてなどいない。輝かしい人間の可能性そのものだ。

 

 だが、それでも―――彼はそのような運命を認められない。

 

 目の前の誰かが死ぬ運命があるのならそれを捻じ曲げてみせよう。

 その人物が死ななければ世界が滅ぶ運命だとしても救ってみせよう。

 犠牲無くしては生きられない運命(ルール)など破壊してみせよう。

 

「アインス、そう思ってくれるのは嬉しいし、僕も君に会えたことは人生最大の幸福だと思っている。でも……彼らが死ななければならなかった運命なんて、僕は認めない」

 

 数え切れないほどの人々に犠牲を強いてきた。死ぬべき運命にある人間を殺し、生きるべき運命にある人間を生かし続けてきた。以前は正しいことだと自分を騙して行ってきた。しかし、今となっては自分の行動全ては間違いだったのだと悟らされた。

 

 なら、死ぬべき運命の人々もまた間違った運命だったのだ。彼らは生きるべきだ。報われるべきだ。間違った運命でその生を弄ばれるということなどあってはならなかったのだ。全ての人間が平等に生きることのできる世界であるべきなのだ。

 

「そうか……ああ、お前はそういう男だからな。なら、仕方ない」

「ごめん……」

「気にするな。私はそんなお前を愛しているのだからな。お前の全てを私は肯定しよう」

 

 アインスは切嗣の願いを知っている。どうしようもなく愚かで破綻した願いを。そもそも、彼の願いは願いと言っていいものかすら分からない。何故なら彼自身が破綻していることに薄々気づいているからだ。だとしても、彼は止まらない、止まれない。

 

「ありがとう、アインス。僕は―――犠牲になった者達全てを報い、救いたい」

 

 その想いだけは本物だ。どれだけ過程が、今までの人生が間違っていたとしてもそれだけは言える。その為に彼は悪魔との契約を結んだ。自らが正義の味方などというものを目指してしまったが故に失われた命に報いるために。彼らに救いを与えることだけを考えて。

 

「ああ、お前のその願いに私は協力しよう」

 

 ベッドのシーツを様々な想いからきつく握りしめる切嗣の手の上に自分の手を重ね合わせてアインスは憐れむような、悲しむような表情を作る。そのままどれほどの時間が経ったのかもわからないほどに沈黙が部屋を支配していたがやがて一つの通信でそれが破られる。

 

【突然の連絡申し訳ありません。ドクターからの連絡です、衛宮切嗣】

「ウーノか……なんだい?」

【レリックの発見に伴い機動六課が動いたのでルーテシアお嬢様の補助を行っていただきたいと】

「……スバル・ナカジマも居るということだな?」

【はい。詳しい情報は随時ご連絡します】

 

 あの子が動くのならば動かなければならないだろう。心を折るのは早い方が良い。それだけ立ち直るのに時間を割けるのだから。切嗣は立ち上がると手早く準備を済ませながらマルチタスクで戦略を練り始める。同時に抑えきれない感情からある願望をポツリと漏らしてしまう。

 

 

「もう二度と、正義の味方(・・・・・)という必要悪が生まれる必要のない世界を……僕は創る」

 

 

 それが自分に唯一できる贖罪だと決めて(・・・)、男は破滅することだけを望みに歩み続ける。

 




戦闘の前の段階って書くことが少ないからいつもより文量少なめに……しかも書くのが遅れた。
次回は戦闘とスバルとの出会いだから早く書けるといいなぁ(願望)


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三十話:成れの果て

 スバルとティアナ、エリオとキャロとそれぞれ二人組で休暇を満喫していた新人達。どちらもゆっくりと羽を伸ばしていたのだが休暇は突如として終わりを告げる。シャーリーに作られたデートのようなプランを半ばゲーム感覚でクリアしていたエリオとキャロ。

 

 そんな微笑ましい二人の元に訪れたのは危険な香りのする事件だった。街並みを歩いている際に聞きつけた硬い何かが引きずられる音。およそ、街中で聞こえるはずのない音に違和感を覚えた二人が向かった先には地下水路から這い出てきたと思われる金色の髪を持つ謎の少女だった。

 

 それだけであれば救急車を呼んできて終わりだったが少女は爆弾(・・)を抱えていた。まるで商品のおまけのようにセットで足に括りつけられていたレリックとそのケース。ただの少女が危険なロストロギアを遊びで引きずるわけもない。明らかに何らかの事件に巻き込まれた結果だ。

 

 エリオとキャロはすぐにそう判断し、近場にいるであろうスバルとティアナに救援を要請し、同時に部隊長であるはやてに報告を行った。時を同じくして無限の欲望もまた事件に気づき動き始めていたのだが、それはすぐに明らかになることであった。

 

「この子がレリックを持っていたのね」

「はい。私とエリオ君が来た少し前から倒れていたみたいで。その時からレリックケースがつけられていました」

「それと、このケースなんですけど、明らかにもう一つレリックがあったみたいです」

 

 ティアナの言葉にはやてからの指示で駆け付けたなのは、フェイト、シャマルがレリックケースを見る。確かにケースには何かもう一つ括りつけられていたような鎖の痕跡があった。

 

 しかし、そうなってくるとこの少女は一人でいくつものレリックを持たされていたことになる。何かこの子自体に重要な役目があるのではないかと隊長達は考察するが部下の前ということもあって口には出さない。

 

「せっかくの休暇が潰れちゃってごめんね、みんな」

「いえ、大丈夫ですよ」

「ありがとうね。それじゃあ、フォワード陣にはここから調査を行ってもらうね」

『はい!』

 

 それが自分達の役目だとばかりに頼もしく返事を返す四人。その成長ぶりに嬉しそうに笑いなのはは安心してその場を任せる。

 

「なのはちゃん、この子をヘリまで抱いて行ってくれない?」

「はい、シャマル先生」

 

 長時間、足に重りを付けた状態で歩いていたようなものなので擦り剥け、赤く腫れている足の付け根を癒しながらなのはは少女をヘリに運んでいく。このように小さな少女が地下水路の中を長距離歩いてきたというのも驚きである。

 

 しかし、やはり無理があったのかバイタルは安定しているが気を失っている。贅沢を言えば一刻も早くしっかりとした施設で治療した方が良いだろう。目が覚めたところで詳しい情報を聞ければいい。ヘリに乗り込みそう思ったところでガジェットの接近を告げる通信が伝えられる。

 

「ガジェット……地下水路にレリックがまだあってその反応を追ってきたのか、それともどこかで私達の行動が見られていたのか……。はやて、どうする?」

【地下水路の方はフォワード陣とギンガに叩いてもらうから、なのはちゃんとフェイトちゃんは海上方面の制圧をお願いや。ヴィータとリインにも手伝ってもらうから二手に分かれてお願い】

 

 合同海上演習中のヴィータがゲンヤの計らいにより応援へと駆けつけてくれることもあり負担は大分減ることになるだろうと指示を出すはやては思うがこの時から何故か嫌な予感を感じ始めていた。

 

「了解。四人で一気にかたをつけようか。シャマル先生はヴァイス君とヘリを守ってください」

「お任せあれ」

「ええ、分かったわ。二人とも気を付けて」

 

 シャマルはヘリのパイロットであるヴァイスと共にヘリを守りつつ六課へ帰還し、なのはとフェイト、ツヴァイと応援に駆け付けるヴィータの四人が空から襲い掛かってくるガジェットの殲滅を担う。終わり次第、ヘリの護衛に戻り新たな敵襲に備えるという作戦の下、隊長陣は動き始める。それが―――

 

 

【ルーテシアちゃん、お願いがあるんだけど聞いてくれるかな?】

【なに、切嗣?】

【地下水路にいるガジェットを操って僕の指示するように動かして欲しい。そうしたらレリックも簡単に手に入るよ】

【……分かった】

【ありがとう、良い子だ】

 

 

 ―――敵の罠とも気づかずに。

 

 

 

 

 

 レリックケースの反応を目指して地下水路を進んでいくフォワード陣。序盤にガジェットが数機ほど襲い掛かってきたが難なく破壊に成功。その後も襲い掛かってくるガジェットの群れをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、と行きたいところであったがそうもいかなかった。

 

 何もガジェットに苦戦したというわけではない。予想外の敵に乱入されたというわけでもない。とにかくガジェットが出ないのだ。それはもう、RPGのボス部屋の前の部屋のようにまるっきり出てこないのだ。

 

 流石に敵が居なければ戦うこともできない。まさか、既にケースを回収されて撤退したのかという不安が出四人に始めたところに別件の調査から協力を願い出たギンガと合流する。

 

「ギンガさん、そちらはガジェットと交戦しましたか?」

「いいえ、こっちもほとんど遭遇していないわ」

「やっぱりおかしい……。通信ではガジェットの数はこれ以上居るって報告されたのに」

「ええ。なんというか……不気味ね」

 

 まるで○×問題で永遠と○が続いているかのような不安。敵は確かに居るはずなのにこちらに向かってこない。全員が何かがおかしいと察し始めた時、六課本部のシャーリーから連絡が入る。

 

【ガジェット反応が出ました!】

「どこですか!?」

【西と東の二方向に分かれた状態で“市街地”に向かってガジェット進行中!】

 

 告げられた情報はガジェットが自分達の目的地とは離れた場所、しかも正反対に向かっているという想定外の事態。一体どういったことなのかと全員が戸惑い顔を見合わせる。

 

 もしや市街地の方に新たにレリックの反応が出てそちらを優先したのかと勘繰るが探知担当のキャロは首を振るばかりである。ますます訳が分からなくなる五人の下にシャーリーの切羽詰まった声が届く。

 

【うそ…! 西側に数人の生体反応があります。至急、ガジェットの破壊を!】

「分かりました!」

「ちょ、スバル待ちなさいッ!」

 

 危険に晒されている人達がいると聞いた瞬間に飛び出そうとするスバルをティアナとギンガが抑え込み制御する。エリオとキャロはその行動に少し呆気にとられているがすぐに気を取り直す。スバルは若干涙目でティアナを見つめるがそれを無視してティアナは自分の考えをギンガに相談する。

 

「このままケースを回収しに行く班とガジェットを追う班に分けた方が良いと思いますけどどうですか?」

「うん、私もそう思っていた。ガジェット班は西と東に分かれるから東が私で西がスバルとティアナさん」

「それじゃあ、僕とキャロがケースの回収ですね」

 

 五人を手早く分けてあっという間に体制を整えるギンガ。その際にスバルをわざわざ生体反応があった西に向かわせたのはどうせそちらにしか向かわないだろうなと経験から分かっていたからである。

 

【五人ともお願いします。今、八神部隊長が地上部隊の方にもガジェットの進行方向を伝えているけどなるべく早くね!】

『はい!』

 

 返事を終えると共に全速力で動き始めるフォワード陣とギンガ。その報告を受けながら六課本部で指示を出していたはやては嫌な予感を肌で感じ始めていた。地下ではガジェットが不自然な行動を起こし当てつけのようにその先に数人の命がある。さらに空では突如としてガジェットの大軍隊が現れたかと思えば幻影と組み合わせた構成隊。

 

 明らかに今回は相手の力の入れ方が違う。つまり今回の件は本命というものが存在するということに他ならない。それも新人達が向かった地下かヘリのシャマル達の方に。急いで隊長陣を救援に向かわせたいがガジェットの大軍隊に阻まれて進めない。

 

 ヴィータとツヴァイの方は手が空いているが既にフォワード陣のフォローへと向かっている最中。もとよりあの2人では大量の敵を一度に倒せるタイプではない。そうなってくると……自分が動くしかない。そう判断したはやては六課の後見人である騎士カリムとクロノへと連絡を送り、自身も動くために席を立ちあがるのだった。

 

 所変わり、ガジェットが向かった西側に向かい走り続けるスバルとティアナ。時折、飛ばし過ぎてティアナを置いていこうとしかねないスバルを叱りながら二人は順調に前へと進んでいた。

 

「ティア、ガジェットの反応は!?」

「あともう少しで追いつく! 一気に決めるわよ!」

「もちろんッ!」

 

 曲がり角の一つ前でついに完全な反応を捕捉し、壁に背をつけた状態で足を止めて息を整える二人。そして、顔を見合わせて頷き勢いよく飛び出していく。すぐにガジェットがこちらに気づきレーザーを飛ばそうとしてくるがその前にティアナが一機を撃ち落とし、スバルが近づいてナックルでガジェットを粉砕する。これで残りは三体。

 

「スバル、防いで!」

「オッケー、ティア!」

 

 残りのガジェットが敵とばかりにレーザーを飛ばしてくるがすぐにスバルがバリアを張りそれを楽々と防ぐ。さらに守られている間にティアナは相手のAMFを破るための二重の膜に覆われた魔力の弾丸を生み出す。そして相手の攻撃が止んだ瞬間に二人して動き始める。

 

「ティア、右の二体をお願い。あたしは左の大きいやつを壊すから」

「ケガするんじゃないわよ」

 

 残った三体のうちでもっとも厄介だと思われるのはガジェットⅡ型であろう。装甲が硬いために攻撃も通り辛く、また攻撃性も高い。だが、その程度のことで敗れるようなやわな鍛えられ方を彼女はされてはいない。

 

 長い蛇のような腕を伸ばした攻撃を、小刻みに軌道をずらすことで避けていくスバル。そしてガジェットⅡ型の懐付近に接近することに成功する。ガジェットⅡ型は当然のように排除するべくその長い鋼鉄の腕を鞭のように横薙ぎに振りスバルを吹き飛ばしに来る。

 

 しかしながら、その行動はスバルの想定の範囲内であり計画の内である。すぐさまウィングロードを創り出し、ガジェットⅡ型の頭上への道を創り出すとともにそこを滑りガジェットⅡ型の攻撃を躱す。後は何も考えうる必要はない。ただ腕を振るい―――

 

「ディバイン―――」

 

 ―――破壊するのみ。

 

「バスターッ!」

 

 青色の光線がナックルから放たれ、敵を貫く。内部から食い破られたガジェットⅡ型はひとたまりもなくその機能停止させ動かなくなる。それに満足しスバルは顔を上げてティアナの方を見る。するとあちらも同じように終わったらしくこちらに顔を向けているところであった。

 

「これで何とか街への被害は抑えられそうね」

「それよりこっち側に人がいるって言ってたよね。もう逃げたのかな?」

「そうね、一応確認した方がいいわよね」

 

 もしかしたら隠れている人がいるかもしれないと二人が思ったところで水が大きく跳ねる音がする。その音に誰かが何かを落として鳴った音だと判断したスバルは小走りで音の出所に向かう。

 

「誰か居るんですかー!」

「あ、待ちなさいって!」

 

 いつものように独断で人を探し始めるスバルをティアナは止めようとするがもうガジェットの反応はないので心配はないだろうとゆっくりとその後を追う。だが、その判断は油断であり、間違いであった。

 

 スバルが音の出所である袋小路に差し掛かった時だった。突如として二人を分断させ、スバルを閉じ込めるように水路に道を塞ぐ巨大なシールドが展開される。おまけに念話を封じるジャミング魔法も使用され連絡も取れなくなってしまう。

 

「ティア! 何が起きたんだろう……」

「やっぱり君は来てしまったんだね。ここに来ないなら特に心配はなかったんだが」

「誰!?」

 

 狭い空間に男性の声が鳴り響く。スバルはその声に警戒してすぐに戦闘態勢を整える。しかし、男はスバルなど相手にもしていないような乾いた笑い声をあげて欠片も動く気配がない。その行動に訝しがりスバルは暗闇の中を目を細めて睨む。

 

 すると徐々に目が慣れて男の全容が明らかになる。浅黒い肌に色素が抜けきった白髪。瞳は何も映していないように死んでいる。しかし、その奥には何者にも負けないような強い意志が見て取れる。

 

 なんとアンバランスな人間なのだろうかと思いながら彼の足元に目を向けたところで息を呑む。そこには四肢を縛られて無造作に転がされている人間が六人いたのだ。とっさに駆け寄ろうとするが男は転がしている人質に銃を向けることでそれを制する。

 

「おっと、まずはこちらの話を聞いてもらおうか」

「こんなことして、何が目的なんですか!?」

「なに、幾つか君に質問させてもらうだけだよ」

 

 自分を怒りの形相で睨み付けてくるスバルにも特に動じた様子を見せずに男は抑揚のない声で返事をするだけである。それが不気味に思えてスバルは静かに唾を飲み込む。

 

 しかし同時にこの男とどこかで会ったような気もしてきて混乱する。それ以上に何故この男は自分などに興味を持っているのか。いくら考えたところで答えは出てこない。

 

「じゃあ最初の質問だ。君はどうしてこちら側に来たんだい?」

「え? それはこっちに行くように言われたから……」

「なるほど、なら質問を変えよう。人がいる西側といない東側、君は初めにどちらに向かおうとした?」

 

 鋭い眼光がスバルを射抜き嘘は許さないと物語る。どうしてこのような質問をするのかは分からないがスバルは答えようとしてふと気づく。この男はどうして詳細な情報を知っているのかと。

 

「待ってください。どうしてあなたがそのことを知っているんですか?」

「答えるまでもないだろう。僕がガジェットをそう動かしたからだ」

「あなたはどうして…ッ!」

「ふっ、それが分かったのなら早く答えた方が良い。人質はここにいる人間だけではないからね」

 

 ガジェットを自由に動かせるということは地上にいる人間へ危害を加えることも容易だということだ。それが分かりスバルはギュッと唇をかみしめる。今回のガジェットの不自然な行動は男がルーテシアに指示を出したフォワード陣を分断させるための作戦だ。

 

 六課はその性質上、民間人に被害が及ぶようならばそちらを優先させなければならない。つまり、ガジェットに民間人を襲わせるフリをすれば本命のレリックから簡単に引きはがせるのだ。

 

 地上部隊でもガジェットを破壊できる者は数名はいるだろうがAMFのせいでほとんどの局員が役に立たなくなる。そういうことなのでどういう状況であっても六課が動かなければならないのだ。

 

「……危険に晒されている人がいるなら助けないといけないと思ったからです」

「そうか、では次の質問だ。君はどうして助けようと思うんだい?」

「そんなの当然でしょう。誰かを助けるのが六課の、私の義務(・・)です」

 

 そう、義務だ。誰かを守る立場にある人間が守るのは義務でしかない。それは当然のことであり決して譲ってはならない考えだ。スバルはこの瞬間まではそう思っていた。何より壊れることがないと思っていた。だが、男の言葉によりその決意は容易く揺らぐ。

 

 

「次の質問だ。君の言うその義務は―――強迫観念から来るものじゃないかい?」

 

 

 男の言葉にスバルは思わず呼吸を止めてしまう。その通りだった。誰かを救わなければならないと義務的に動き続けているだけだった。そこにあるものは強迫観念であって能動的なものではない。

 

 恐怖から逃れたいから、何かを救わなければいけないから、ただ誰かを救おうとし続けた。他者から見れば限りなく能動的に見えても心の奥底では薄々と受動的な考えだと気づいていた。何よりもスバル・ナカジマにとってはそれが全てだった。

 

「やっぱりか……。だから君は簡単に僕の罠にはまった。強迫観念に突き動かされて君が西側に来るように僕とこいつらの反応をワザとそっちにばらして、君が一人になるように生存者のフリをして引き寄せた。本当に君は愚かだ」

 

 愚かと馬鹿にされたにも関わらず、スバルには不快な感情は湧いてこなかった。それは心の傷を切開されていた以上に男の言葉がどこか自虐的な雰囲気を漂わせていたからでもある。

 

 まるで自分の全てを知っているかのように語るこの男の正体はいったい何者なのだろうかと彼女は背中に冷たい汗を流しながら漠然と考える。

 

「さて、最後の質問だ、スバル・ナカジマ。ここに六人の人質がいる。僕の左側に2人、右側に4人だ。僕はこのどちらかを今から―――殺す」

「ふざけないでッ!」

 

 あまりの残酷で横暴な宣言にスバルは敬語もやめて怒鳴り声をあげる。だが男はやはり涼しげな顔で気にも留めない。それどころかさらに煽るようにうっすらと顔に笑みを張り付け、言葉を続ける。

 

「ああ、確かにふざけている。だから君に選択の自由をあげよう。

 君は2人と4人、どちらを―――切り捨てる(・・・・・)?」

 

 救うとは言わない。どちらかを切り捨てるのだ。大の為に小を切り捨てるという行為は大にとっては英断であるが小にとっては悪魔の宣告に過ぎない。それを男は暗に示しながらスバルに問いかけているのである。

 

 だが、そんなことを突如として言われてすぐに返答できるものなど普通は存在しない。もしも居るとすればそれは体と心を切り離して行動できる天性の才を持って生まれてしまった人間だけだろう。

 

「そんなの…そんなの……あなたは、こんな酷いことをするあなたは何者なんですか!?」

「僕かい? ああ、そう言えば初めにも聞かれていたね。いいだろう、答えてあげよう」

 

 当然答えられずにスバルは怒りの籠った問いかけをぶつける。すると今の今まで感情など灯していなかった男の瞳に憎悪の炎が燃え上がる。その様子に彼女は怒りも忘れて男の瞳を凝視してしまう。

 

 その瞳はまるで自分自身を赦せないようで。その声は己へ向けて呪いの呪詛を吐くかのようで。男は断罪を求めて狂う騎士のような形相をする。そして、少女の願う理想の、その先の姿を、彼は血を吐くように宣告する。全ては少女の願いを否定するために。

 

 

 

「僕はね―――正義の味方(・・・・・)の成れの果てだよ」

 

 

 




人質を取るという久しぶりに外道らしい行動が書けて満足。
さて、次回はもっと外道にするか(ゲス顔)
そして、遂に話数で本編を越えた。IFとはね、続編のことなんだよ(真顔)


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三十一話:理想の代償

警告タグの残酷描写が久しぶりに使われます。苦手な人は注意。


 

「正義の味方の……成れの果て?」

「そうだ。それ以外に適切な表現もない。まあ、僕のことは良い。今は君の選択の時だ」

 

 選べ。二人を切り捨てるか、四人を切り捨てるか。どちらを選んだところで犠牲が無くなるわけでもない。それでもなお、選ばなければならない。二つを天秤に乗せ、傾いた方を切り捨てるという単純作業をスバル・ナカジマはしなければならない。

 

 本人の意思など関係なく、不条理に、強制的に、どちらか片方を選ばなければならない。だが、そんなことを認められるはずもない。突如として誰かの命を選別しろなどと、天秤の測り手となれとなど受け入れられるはずもない。

 

 だからこそ、彼女は反逆の声を声高に上げる。

 

「ふざけないで、そんなの絶対におかしいよ! どちらか片方を選ぶなんて間違ってる!」

「そう思いたければ思えばいい。だが、目の前の現実を受け入れることも時には必要だよ」

「そんなの知らない! 正義の味方なら全てを救ってみせるっ!!」

 

 全てを救ってみせる。その言葉に男は嘲り笑うように鼻を鳴らす。かつてはそれは絶対にできないと思っていた。だが、本物の正義の味方が全てを救う様を見てしまった。そう、どちらも救うことが出来るのだ。

 

 不可能ではなかった。可能だった。だが、同時に本物の正義の味方ですら現実の壁に阻まれていることがある。可能という言葉は不可能という言葉ではないが、また、絶対という言葉でもないのだ。

 

「全てを救うか……都合の良い理想論だよ、それは。だが、否定はしない。それともう一つ質問をいいかい?」

「……なに?」

「その全ての中に―――正義の味方(自分自身)は含まれているのかい?」

 

 男の問いかけにスバルは彼が何を言っているのか一瞬理解が及ばなくなる。当然、全ての中に自分は……。そこまで考えて愕然とする。自分を救うことなど欠片たりとも考えていなかった。否、そもそも全ての中に自分というものを含むという概念がなかった。

 

 こうして問われて初めて直面する自分の中の歪み。彼女は自分以外の者を救うことに傾倒しすぎており、自分を救うということを考えていなかった。だが、それでもいいと、自分が犠牲になることで何かが救えるのならそれでいいではないかとも考える。しかし、そんな考えは男が容赦なく砕き去る。

 

「もし、君が自分を救う勘定に入れていないなら―――君には誰も救えないよ」

 

 どこか諭すような、憐れむような瞳でそう告げられスバルは心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。そんなことはないと叫び返したいが震えて声が出ない。まるで、ただ逃げるだけで何もできなかった無力なあの頃に戻ったかのような錯覚を覚える。

 

 燃え盛る業火の中、この世に地獄を再現したかのような光景の中を歩いた。助けてくれと救いを求める声を必死に聞こえないフリをして逃げた。一言たりとも責められても恨まれてもいないのに聞こえる声全てが怨嗟の声に聞こえてただ逃げ惑ったあの日を思い出す。

 

 自分だけが生き残ってしまった。そんな自分が赦せないから、無意識に救おうと考えなかった。だが、そのデリケートな部分を土足で踏み荒らしに来る。

 

「自分一人救うことが、赦すことが出来ない人間に誰かが救えるはずもない」

「そ、そんなことは……」

「そんなことはないとでも言うのかい? じゃあ聞こうか。君は誰を救いたくて、どうやって救うつもりなんだい? 自分の救い方すら知らずに救えるというのか。いや、全ての人を救えば自分も救われると思っているのかな」

 

 分からなかった。スバルは今までただ救いたかっただけだ。いや、救わなければならないと強迫観念に突き動かされていただけだ。誰を救いたいと思ったのかもわからない。否、明確に救いたいと思った対象などない。

 

 どう救うのかも考えたことがなかった。ただ目の前の危険から自分が体を張って回避させていただけ。ただの自己満足だったのかもしれない。エゴを押し付けていたに過ぎないのかもしれない。そう考えると頭がグチャグチャになり視界が真っ白になりそうになる。そんな彼女に男はさらに追い打ちをかける様に語り掛ける。

 

「さあ、どうする。それでも君は全てを救うと言うか? それともどちらか片方を選ぶか?

 答えろ―――スバル・ナカジマ」

「あ、あたしは……あたしは…ッ!」

 

 働かない頭で必死に考える。どうすればいいのかを。どちらか片方など選べない、選べるはずがない。人の命なのだ。多いか少ないかで選別を行っていいはずがない。だが、選ばなければならない。より最善だと思う選択を。

 

 どちらか片方を選べないのなら両方を選ぶしかない。しかし、その為には目の前の男をどうにかしなければならない。そう考えたところでスバルは男を一瞬のうちに叩き無力化するしかないと気づく。出来るかどうかは分からない。だが、やらなければ後がない。

 

 無論、立場としても信条としても男を殺すような真似はしない。あくまでも捕縛するために倒す。この時冷静になることが出来ていれば他にも考え付くことが出来たかもしれない。しかしながら彼女はこの選択を選んでしまった。後のない選択を。

 

「どっちも見捨てられないッ!」

「なるほど、確かにそうだ。僕を殺せば犠牲は一人で済む、その選択は間違いじゃない」

 

 ―――猪突猛進。

 その言葉を思わせるような直線的な突進。スバルの出した答え、男を排除してどちらも救うという選択。確かにそれならば両方を救うことが出来る。原因そのものを取り除いてしまえば誰も死ぬ必要はないのだから。

 

 間違いではない。しかしながら余りにも甘い考えだろう。未熟なその腕では男の創り出したシールドを貫くには至らない。だが、ここで引いてしまえば後ろの者達が殺されてしまう。その一念が彼女に恐怖心を掻き立てた。恐怖心は時に危機から逃れる力となる。

 

 相手を必ず倒すと決めた。無意識のうちにカートリッジを使用する。ナックルは爆発的な破壊力を得て男のシールドに罅を入れ、一気に砕き去る。わずかに目を見開く男の様子など見ることもせずそのまま吹き飛ばす。銃を手放し、大量の水飛沫をあげて見えなくなる男を確認することもなく人質の下に向かう。

 

「大丈夫ですか、しっかりしてください!」

 

 人質に声をかけるが返事はない。さらに言えば人質は皆、不自然なまでに日の光など当たったこともないのかと思うほどに白い肌をしていた。まるで、つい先日までどこかに閉じ込められていたかのように。とにかく、意識の確認が先だと判断したスバルはその後も声をかけ続ける。

 

 すると、そのかいあってか一人がうっすらと目を開ける。ホッとして、スバルはできる限りの笑顔を向けて一人に声をかける。

 

「よかっ―――」

 

 刹那、視界が暗転する。いや、赤黒く染まる。頬に生温かくべっとりとした何かが付着する。何が起きたか分からずにスバルは惚ける。ただ自分がいつのまにか仰向けになっていることだけは分かった。だから、ベッドから起き上がるような自然さで起き上がってしまった。そこにあるものを見てしまった。

 

「―――え」

 

 そこにあった()は何かの死体だった。内側から爆発したように原型など欠片も留めていない。焼けただれた腸が、血管から乱雑に引きちぎられた心臓が無造作に躯の横に転がっている。充満する鉄臭いにおいと唇にへばりつく何かの脂。剥き出しになった折れたあばら骨。

 

 ―――これはなんだ。

 

 吐き気を催す間もなく、目の前に転がるものが何なのかを理解するまもなく、彼女は目を反らし、左側の二人のうちもう一人の人質に手を伸ばす。すると、それを引き金にするかのようにまた何かが破裂(・・)した。人の形をしたものが血の雨降らしながら爆発した。天井に、壁に、彼女の肌に鮮血が降り注ぐ。

 

 理解した。否、無理矢理に理解させられた。これは死だ。どこまでも純粋で吐き気を催すような死だ。人質は何かによりその体を内側より壊されている。叫び声をあげる。また死んだ。目の前で誰かが死んだ。それだけはあってはならなかったのに。

 

「確かに、君の選択は間違いじゃない。だが、敢えて言わせてもらおう。今のは―――不正解だ」

 

 底冷えするような声が響いてくる。夜の闇におびえる子供のように瞳を揺らし、スバルはそちらを振り返る。銃を構えた男が立っていた。何も映していない瞳でジッと、責めるようにこちらを見つめてきていた。

 

「僕を狙ったのは悪くないが何故完全に無力化しなかった? フェイントで二丁あるうちの一丁を放しただけかもしれないのに? 犯人が人質に何の細工も施さないで呑気に顔を出すとでも? まあ、今は別にいい」

 

 怖い。そんなに自分を責めないでくれ。心がそう訴えるが唇は動かず声は出てこない。何かから逃げるように彼女は目を閉じる。しかしながら男はお構いなしに彼女の傷口を切り開きにかかる。

 

「僕はね、死ぬべき運命にいる人間を殺して生きるべき人間を生かすのが正しいことだと信じている」

「……そ、それは」

「だから今死んだ者達も最初から死ぬべき運命にいる者達だったんだ。正義の味方が切り捨てる弱者さ」

 

 男は信じているとうそぶく。本当は自分自身も信じることが出来ないような弱い人間なのに。既にそんな理屈は間違いだったことを見せつけられたというのに。男は少女を絶望の底に叩き落とすために言葉を紡いでいく。

 

「人造魔導士計画、戦闘機人計画、まあどちらでもいい。そういった人間を創る研究はお世辞にも成功率が高いとは言えなくてね。そこに転がっているような失敗作ができることが多い」

 

 何でもない石ころを指さすように男は人質を指さす。人間を創り出すという神に反逆するが如き研究はスカリエッティですら失敗することが少なくはない。もっとも彼の場合はだからこそはまっているというのもあるのだが。

 

 とにかく、失敗作と言われる望まれた性能が手に入れられなかった存在や、そもそも生きていくための能力が備わっていない存在が生まれる。失敗作は処分する。普通の研究では何の問題もないだろう。だが、人間を生み出す研究ではどうするのか。

 

 まさか、燃えるゴミの日にゴミ袋に入れて出すわけにもいかない。どう考えても大事件の発生だ。そうなれば誰も得をしない。では、その失敗作をせめて利益を生み出す形で処分するにはどうすればいいのか。

 

「そういったものは元々寿命が長くはない。もって一年ぐらいだろう。その間失敗作がどういった扱いを受けると思う? 女であれば売られるか、研究員の性処理道具。男もそういった扱いを受けることもあるが基本は使える臓器(パーツ)に分解されて売り飛ばされる。だが、これらはまだマシな方かもしれない」

 

 どこか自嘲するような、唾を吐き捨てるような表情をして男は言葉を続ける。スバルは彼の話に怒りを覚えることもできずただ何も言えずに聞いていくことしかできない。話の内容からすればやはり彼らを殺したのは男なのだろう。

 

 怒りよりもどうしてという感情の方が大きい。体の内部から爆発させるなどという残酷な殺し方を平然と行う男の心情は全く理解できない。さらに言えば、何故彼はこのような話を自分にするのかもわからなかった。

 

「最悪なのは再び培養層に入れられて好き勝手に体を弄ばれて研究の材料にされることだ。培養層に戻されれば役目が終わるまで死ぬこともできない。生命の自由など欠片もない。彼ら()また死ぬことこそが最後の救いだ。だから君は―――恥じることはない」

 

 何かが壊れる音がスバルの頭の中に響く。理解してしまった。男が何を言わんとしていたのかを。『恥じることはない、彼らを殺したことを。君は彼らを救ったのだから』そう告げられていたのだ。責められていたのだ。人質に取られた者達を殺すきっかけを作ったのは他ならぬ、自分だと。

 

「あ……あ、ああ…っ!」

「世の中には人体を内側から爆発したらどうなるのかと、純粋(・・)に興味を持つ奴も居てね。彼らはそれを確かめるためのモルモットで僕はその手伝い。もっとも、データ採取なんて二人もやれば十分だったんだけどね」

 

 男の目が生き残りである四人の方に向く。それを見てスバルは察知する。彼は殺すつもりだ。何の情けもなく、容赦もなく、ただ機械的に自分がすべきことを為すだけだ。スバルは必死に男にやめてくれと請う。

 

「や、やめて…っ!」

「殺すのは僕だ。そして彼らも死んだほうがマシな扱いを受けるよりはいいだろう。でも、忘れるな。選んだのは君だ。全てを救うことを目指す以上は全てを失うのも常に隣り合わせだ」

 

 だが、男は冷たく言い放ち、まだ残っていた四人の方にリモコンのようなものを向ける。スバルはそれを見て真っすぐに走り始める。人質を庇うように、悲鳴を上げながら手を伸ばす。その手が届くことなどありはしないと知る故もなく。

 

「やめろォオオオッ!!」

「覚えておけ、全てを救うことを目指すということはこういった光景を何度も目にすることだ」

 

 スバルの絶叫にも耳を貸すことなく、男は淡々と呟き指先を軽く動かす。スバルも手を伸ばす。あと少しで届く、この手が届けば救うことが出来る。そう何の根拠もなしに考え無我夢中で手を伸ばす。残り数センチ、届くはず。だが……。

 

「何度も指の先から命が零れ落ちていく光景に君は耐えられるか?」

 

 届くはずはない。その命の終わりを選択したのは彼女自身なのだから。頭蓋が割れ、脳髄が目の前に飛び出てくる。肉の焼ける焦げ臭い匂いが鼻孔をつく。目の前が鮮やかな赤色に染まる。生き物のはらわたの色が嫌というほどに目に映る。足元に転がってきた眼球が責めるように見つめてくる。

 

 砕けて吹き飛ばされた骨が弾丸のように彼女の肌を傷つける。死者のそれとは違う生き生きとした血が彼女の頬を伝う。だが、しかし。彼女にはそんなことなどどうでも良かった。そこに死があった。あの日から目を反らし続けてきた死があった。自分が死なせてしまった者が居た。

 

「――――――ッ!」

 

 それを認めたくなくて、否定するようにスバルは絶叫する。逃げたかった。目を反らしてこの地獄を忘れてしまいたかった。だが皮膚にかかる生温かい血と肉片がそれを拒む。

 

 逃げるな。目を反らすな。己の罪を直視しろ。死んだ人間の有様を忘れるな。これはお前が選んだ結果だ。男の声が現実味のない夢のように聞こえてくる。

 

「どちらか片方を選んでいれば両方を死なすことはなかった。両方救おうとしたから両方とも僕に殺された」

「じゃあ、どうしたらよかったのッ!? 四人を救えばよかったのッ!?」

 

 噛みつくように、迷子になった子供のように不安で泣き叫びながらスバルは叫ぶ。男はそんな彼女にゆっくりと今しがた人を殺した人物とは思えぬ落ち着き方で話しかける。

 

「答えなんてない。仮に二人を見捨てて四人を救ったとしてもそれは救った内に入らない。本当の救いとは程遠い。そういう点では君の選択は間違いではなかった。だが、結果がついてこなかった」

「本当の救いって……なに!? あたしはただ誰かを救いたいだけなのに…ッ!」

「目を反らすな、スバル・ナカジマ。君の願いは、誰かを救いたいという願いは所詮は君のエゴだ。君も僕も自分が救われたいから、全ての人間を救った先に自分が救われると信じているから誰かを救っているに過ぎない」

 

 男の言葉が刃となり深々とスバルの心臓に突き立てる。誰かの為などと言葉を偽るな。自分達が行っていることは所詮偽善に過ぎない。誰も救って欲しいなどと自分に頼んでいない。ただ自分が欲望を満たしたいから無理をしてでも首を突っ込んでいるだけ。

 

 事実だった。自分が救われたいから人を救っていただけの話。願いなんて何でもよかった。ただ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れただけ。そんなものは偽善だ。そんな偽善で一体何を救おうとしていたのだろうか。

 

「いいかい、正義の味方なんてものは所詮はエゴの塊だ。でも、そのエゴを貫いたところで自分一人救えやしない。本当の意味で誰か一人でも救えたことなどない! 当たり前だ。世界の全てを救いたいと思っても掌で掴める量は決まっている。両方を選び、両方とも救って見せる英雄も偶にはいるさ。だが、そんな英雄だとしても所詮は人より掴める量が多かったに過ぎない。自分の掴める量を超えれば結末は万人と同じだ!」

 

 鬼気迫る表情で男は語っていく。その背後には今まで彼が切り捨ててきた人間達が見える様だった。人よりほんの少し掴める量が多かったが故に取りこぼすことを、切り捨てることを許せなくて必死に手を開いて結局その全てを失った人。そんな哀れな人間が、自分が辿るかも知れない末路が男の正体なのだとスバルは理解してしまう。

 

「それでも君は全てを救うと言い張り続けられるのか? 無数の屍を踏みにじりながら正義を謳う大量殺人鬼を目指すのか? もう一度よく見てみろ。君の選択で死んだ彼らの姿を。正義の味方が切り捨てた弱者の姿を!」

 

 言われたとおりに彼らの姿を見てしまう。血だまりに沈む彼らの姿を。顔など原型も留めていない。時折残った眼球がこちらを見つめてくるだけだ。急に恐ろしくなった。知らず知らずのうちに奥歯がカチカチと鳴る。

 

 こんなものを何度も見ていかなければならないのか。こんな悲劇を自分の手で数え切れないほどに生み出していくのか。全てを救いたいという憧れを捨てなければ犠牲は増えるばかりなのか。正義の味方を目指す代償とは自分以外の誰かなのかと。

 

「全てを救おうとしようが、数の多い方を救おうとしようが、正義の味方を目指す以上は人間にはなれない。正義の味方なんてものは起きた出来事を効率よく片付けるだけの機械だからね」

「あ、あたしは―――」

 

 どうすればいいのだろうか。そう口にしようとしたところで今まで封鎖されていたシールドが砕かれる。砕いたのは外に居たティアナとティアナから連絡を受け全速力で駆け付けたギンガである。因みにエリオとキャロは今まさにルーテシアとガリューと戦闘を行っているために来ることが出来なかった。

 

「スバルッ!!」

「スバルから離れなさいッ!」

 

 勢いよく雪崩れ込んでくる二人にも特に動揺することなく男は襲い来る攻撃を躱し、二人から距離を取る。ティアナとギンガは呆然自失とするスバルとその周りの惨状に怒りの表情を向ける。だが、男は涼しげな表情を浮かべるだけである。

 

「さて、流石にこれは不利かな。僕は帰らせてもらうよ」

「そんなことをさせるとでも?」

「生憎、逃走には慣れているんでね。それと最後に言っておこうスバル・ナカジマ」

 

 男はどこまでも澄んだ何も映していないような瞳のスバルに告げる。最終警告ともとれる言葉はその後スバルの記憶に残り続けることになる。

 

 

「理想を捨てて人間になれないのなら、せいぜい機械のまま―――理想を抱いて溺死しろ」

 

 

 機械という言葉にギンガとティアナが反応した隙に男が指を鳴らす。すると仕掛けてあった爆弾が爆発し天井が崩れ落ちてくる。瓦礫は男と三人を分断し巨大な壁となる。すぐにギンガが瓦礫を砕いて男の居た場所に出るがそこには既に男の姿はなかった。

 

 これがスバルと男、切嗣の二度目の出会いであった。

 




次回はルーテシアとかなのはさんの方を書いてそれで戦闘終了かな。

それとIFだから切嗣の外道行為の遠慮を少し解除。すまない。でも、一応抑えています。

だって空白期でアインスに権力者の娘(幼女)に爆弾ぬいぐるみを渡させて親に見せたところでケリィが親子を諸共爆殺という戦法も考えてたけど流石に自重したからね(棒読み)

後、地下水路=下水道でキャスターコンビをちょっと意識して書きました。


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三十二話:戦う意義

 

 白い魔力がガジェットの群れに当たり一瞬で殲滅する。さらに魔力が迸り殲滅する。また現れたガジェットを殲滅する。途中で何か別のことを考えてしまいながら殲滅する。少しだけ楽しくなって殲滅する。

 

やはり壊すだけの作業に面白みを感じられずに飽きてきながら殲滅する。途中で気合を入れなおしてマルチタスクで他の戦地の情報を纏めながら殲滅する。あくなきガジェットの殲滅活動。要するに。

 

「何体出てきたら気が済むんやー!」

 

 はやては終わりの見えてこない作業に少しばかり嫌気がさしてきていた。ガジェットと幻影の混合部隊がそれこそゴキブリ並みに湧いてくるのに苦労していたなのはとフェイトに代わりに自身が出た。

 

 前線に出る機会の多い2人よりも後方で支援する自分が限定解除を使った方が後々生きてくるという考えと、単純にこういった作業は広域殲滅型の自分がやるのが一番良いと判断したのは英断であった。だがとにかく疲れる。Sランクまで抑えているとはいえ数の暴力というものは馬鹿にならない。

 

「あと何機や? それと他のとこの状況は?」

【残りは八編成です。なのは隊長、フェイト隊長はヘリの下に移動中。ヴィータ副隊長、リイン曹長はフォワード陣の援護に向かっている最中です】

「そか、フォワード陣の方は?」

【それが、ガジェットの変則的な動きによって現在は三手に分かれて行動中です。ライトニングがケースの下へ向かっています】

「あかん、やられた!」

 

 苛立ち交じりにガジェットを二編成まとめて吹き飛ばしながらはやては叫ぶ。通信の向こう側からは、はやての声に動揺した様子がありありと伝わってくるが気にしている暇ではない。一刻も早くフォワード陣に指示を出さなければならない。

 

「それはフォワード陣を分断する罠や! どっかに敵が先回りしとる可能性が高い! すぐ、伝えて!」

【分かりまし―――スターズ二名との通信が妨害されました! さらにライトニングも敵と交戦に入りました!】

「手遅れやったか……ヴィータと通信つないで!」

 

 痛いほどに唇を噛みしめながらはやては思考する。敵の作戦はフォワード陣を分かれて動かざるを得ない状況に追い込むこと。そして数が少なくなったところで確実に叩く、もしくは逃走を行いやすくするといったものだろう。

 

 こっちの弱点である民間人を暗黙的な人質とした上でまだ個人では一人前とは呼べないフォワード陣を倒しやすくするために分断した。この作戦を考えた人間は間違いなく卑怯で姑息な手を得意とするものであると直感する。そして悲しいことにこの直感は正解であった。

 

【こちらスターズ2、あたしはどう動いたらいいんだ】

「ヴィータとリインはライトニングの二人の援護に急いで。スターズの二人にはギンガに向かってもらうから」

【それでいいのか? あっちは情報が分からないんだろ?】

「相手が力を注ぐなら本命のレリックの方や。それにスターズの方だけジャミングかけとるのは多分囮の意味もある。勿論、スターズの二人が危ないのは分かっとる。でも、持久戦になって長く持つのは年齢的にも考えてスターズの方や。これが現状取れる最善の手や…ッ」

 

 言葉の端に自分の不甲斐なさから力が籠るはやて。実際、はやての推測はほぼ当たっており、切嗣は戦う気はほぼなくルーテシアとガリューが本気でレリックを取りに来ているだけである。さらにジャミングはより多くの敵を引き付けるための囮であった。引き付けて引き付けて、仕掛けてあった爆弾で瓦礫の下に沈めようという切嗣の作戦はここで潰えた。

 

 しかしながら、さしものはやてもまさか相手がスバル一点狙いの精神攻撃を行っているとは思わない。結果から言えば肉体的損傷はほぼなく精神的損傷が大きく残るというもので終わるのだがこれを読めと言うのは流石に無理があるだろう。犯人がスバルの心の傷を自分ことのように理解しているなど誰が指揮をしていても思い付かない。

 

【分かった。すぐにケースを確保してスバル達の方にも向かうかんな】

「ありがとうな、ヴィータ。……ほな、私も早いとこ終わらせて本命(・・)のとこに行かんとな」

 

 通信を切り、ガジェットの群れを睨み付けてはやては静かに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 暗闇の中から襲い来る不可視の攻撃。それは相手にその気があれば必殺の一撃となる。だが、自分は生きている。理由としては相手にこちらを殺す気が無かったのだろうとエリオは息を潜めながら判断する。

 

 レリックケースの反応を追って奥深くまで進んできたエリオとキャロの二人。ケースらしきものを見つけて二人で喜びを分かち合ったのも束の間。本当にレリックかどうか確認することもできずに認識の外からの攻撃を受けた。

 

 何とか受け身を取れたものの追撃を受ければひとたまりもない。すぐさま体を起こしキャロと敵の姿を探す。まず目に入ったのは同じように吹き飛ばされながらも起き上がるキャロの姿。そしてもう一つはケースを後生大事そうに抱える自分と同じぐらいの紫色の髪の少女。

 

「君、それは危ないものだからすぐに放して!」

「…………」

 

 念のために警告をするがここまで来ている人間が無関係なはずもない。返事は無言での魔力攻撃であった。同年代に比べれば二人共高い魔力量と資質を兼ね備えているが少女のそれは常軌を逸していた。まるで目の前に台風が来たかのようなそれに可能な限り防御ができる体勢をとるが意味がない。

 

「ガリュー、お願い」

 

 何とか吹き飛ばされずに耐えたところ少女の言葉と共に先ほど襲い掛かってきた不可視の攻撃に襲われる。暗闇に紛れた人間の力とは雲泥の差がある蹴りを食らい壁に叩き付けられるエリオ。だが、攻撃が当たる瞬間に彼は目を見開き攻撃の主の正体を目にしていた。それは人のような形をしていながら人とは違う造形をした虫と人間の間のような生物であった

 

「エリオ君!」

「ぐ…ッ。大丈夫、それよりあの女の子を追わないと」

 

 心配したキャロが駆け寄ってくるがそこは意地で痛みをこらえ立ち上がるエリオ。相手の少女は二人には興味がないとばかりに暗闇の中へと歩き去ろうとしている。当然のように追おうとするのだが、その前に立ち塞がるのはおそらくはガリューと呼ばれた生物。

 

 ガリューはまるで姫を守る騎士のように堂々と仁王立ちし手に着いた刀のような爪を光らせる。とても隙があるようには見えない。しかし、このまま硬直状態を続けていても意味がない。少女が完全に逃げる前に止めなければならない。

 

 故にエリオはただ愚直に切り込んでいく。

 

「行くよ、ストラーダ!」

『OK.』

 

 槍型のデバイス、ストラーダを振るいガリューと切り合う。一突きごとに相手の体に当たりはするのだが相手も体の硬い部分を意図して当てさせているためかダメージには程遠い。だが、それでもエリオは槍を振るい続ける。時折皮膚を切り裂かれながらも気迫で止まらない。

 

 自らの獲物の長所であるリーチを生かし、ガリューに踏み込ませないように器用に立ち回る。戦闘の緊張と興奮から次第に額から玉のような汗が流れ落ちてくるが集中力を乱さない。それは実力でいえばガリューの方が強く、一瞬でも気を抜けばそこでやられると理解しているためだ。

 

「キャロ、そっちはお願い!」

「任せて、エリオ君!」

 

 エリオが何とかガリューを食い止めている間にキャロが少女に攻撃を仕掛ける。タイプでは言えばどちらも同系統。しかし、純粋な出力の差がある以上はキャロの不利だ。だとしても、少女の足を食い止めることはできる。

 

 転移魔法を使い逃げようにも細かな攻撃が幾つも続いていれば制御ができずに失敗に終わるだけである。その為、鬱陶しそうにキャロの攻撃を払いのけながらも少女は足を止めざるを得なかった。しかしながら、二人共長くはもたない。実力では相手の方が格上、今も保っているのは相手が特にこちらを殺すことに興味が無いからであろう。

 

(このまま耐えていたらヴィータ副隊長達が来てくれる…!)

(それまでの我慢だね、エリオ君!)

 

 しかしながら勝算はある。増援を待つことである。とにかく二人の目的は隊長達の援護が来るまでひたすらに耐えしのぎ足止めを行うだけ。相手を倒そうとしない意識もまたこの拮抗した状況を作り出すのに一役買っていた。そのため。このままの状況でこのままの戦力であれば二人の策は成功していた可能性が高い。しかし、現実というものはいつだって過酷なものである。

 

「まとめて―――燃えちまいな!」

「なっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 暗闇の中でこれでもかとばかりに明るく燃え上がる炎。突如として現れた炎に襲われた二人は堪らず攻めの手を緩めてしまう。そうなれば一気に均衡が崩れ去ることは明白。エリオ、キャロ共に敵の攻撃を諸にくらい仲良く壁に叩き付けられてしまう。

 

「たく、ルールー。また、あたし達に黙って動いただろ。そんなんだから危ない目に合うんだぞ」

「私とガリューの二人だけで大丈夫だった」

「そんなこと言ったってどうなるかわからないだろ。ま、今はこのアギト様がいるからどんな奴が来ても安心だけどな」

 

 そう言って小さな体を大きく動かしてみせるユニゾンデバイスのアギト。おまけに周りには自分で打ち上げたとみられる花火が所狭しと浮かぶ。陽気でお調子者のような雰囲気から思わず脱力してしまいそうになるエリオとキャロであるが何とか気合を入れて立ち上がる。

 

 しかしながら体は強烈なダメージを負ったことで思うように動かない。このままでは自分達よりも強者である相手との戦闘などとてもではないが続行できない。それを相手も分かっているのかルールーと呼ばれた少女は二人から距離を取り逃走の準備を始める。

 

「ルールー、あの2人はいいのか?」

「……私の目的は終わったから」

「でも、あいつらまだやる気みたいだぞ」

 

 自由の利かない腕を無理矢理に動かしストラーダを支えるエリオ。その隣ではキャロも反抗的な目つきをこちらに向けている。どうみてもやる気十分である。そのためアギトは念押しの意味も込めて手に炎を宿らせる。殺す気はないが気絶ぐらいはさせておいた方が良いだろうという判断の結果だ。

 

「こいつで仲良く、眠ってろーッ!」

 

 子供二人の体程の大きさのある火球がエリオとキャロに襲い掛かる。くらえば昏倒は免れないだろう。しかし、二人は怯えることも、怖気づくこともなかった。それは最後の誇りや、潔い終わり方を望んでいるといった理由ではない。二人には―――仲間が来てくれるという明確な勝算があったからである。

 

「凍てつけ!」

「はあ!? 新手の奴っ!」

 

 火球を阻む様に現れたのは巨大な氷塊。リインフォースⅡの援護だ。氷と炎がぶつかれば氷が融けて水になるのは自然の理。そして、水が熱せられれば水蒸気となるのもまた理。炎が強力であったがために一瞬のうちに大量の蒸気が生み出される。

 

 それによりエリオ達とアギト達の間には視覚を遮る蒸気のカーテンが出来上がる。前が見えなくなり思わず狼狽えるアギトの体にツヴァイのバインドがかかる。さらに間髪を置かずに蒸気の中から赤い弾丸が少女の下に飛び込んでくる。鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンだ。

 

「アイゼン、ギガントだ!」

『Jawohl.』

 

 狙うは一人。ケースを持った少女だ。手にする槌は一撃必殺、ヴィータは初手で全てを終わらせるつもりだ。そしてこの手にはその力がある。爆発的な加速と振りぬく剛力、阻むものは全て粉砕する一撃。

 

 だが、そうはさせまいと少女を守る守護者が立ち塞がる。ガリューは少女が使役する召喚獣である。しかしながらその絆は何人たりとも断ち切れぬほどに硬く、純粋である。故に脳が思考を始めるよりも前に彼の体は少女の盾にならんと動いていた。

 

「そらぁッ!!」

「ガリュー…ッ」

 

 少女の身代わりとなりガリューは重く、鈍い衝撃をその体一つで受け止める。その結果はボールのように体を吹き飛ばされることであった。ヴィータは初めて感情のある声を上げる少女の方にガリューを飛ばしてぶつけようとするがそれはガリューの最後の抵抗により軌道をずらされた。

 

 しかし威力は殺せずガリューは壁を貫通し別の区画に叩きだされる。それを確認することもなくヴィータは鋭い眼光を少女に向ける。端的に言うと彼女は怒っていた。部下を傷つけられたことで少々頭に血が上っていた。何よりもここまで部下が気力で耐え抜いたことを無駄にしたくなかった。

 

 絶対に逃がさない。瞳は口よりもなお雄弁に語り、手は再び鉄の伯爵を握りしめる。その気迫に流石の少女も危険を感じ強固なシールドを作り出す。だが、それは鉄槌の騎士相手には悪手であった。

 

「ぶち抜け、アイゼンッ!!」

 

 相手の防御の上から叩き潰すのは彼女の十八番である。もしも少女がザフィーラやなのはのような練度を持ったシールドを持っていれば防げていたであろう。しかしながら少女はあくまでも召喚術師。一人で攻撃も防御も行わなければならなかったなのはやその道のプロフェッショナルであるザフィーラと比べればどうしても劣る。

 

 容赦なく罅を入れていくグラーフアイゼンに流石の少女も表情が険しくなる。このままでは破られて負けてしまう。そうなればこのレリックが奪われて自身の目的が果たせなくなってしまう。そう少女が心の中で考えた時、助太刀の声が聞こえてきた。

 

(はいはーい。ちょっと失礼しますね、ルーお嬢様)

 

「は?」

 

 突如として地面の中に吸い込まれるように消えていく少女、ルーテシア。訳が分からずに気の抜けた声をあげてアイゼンを空振り、バランスを崩すヴィータ。その様子を地中の中でほくそ笑んで見つめるのはナンバーズの戦闘機人の一人セインであった。

 

 彼女のISであるディープダイバーは簡単に言えば固有物をすり抜けたり潜ったりすることができる能力である。その為、ピンチに陥っていたルーテシアを地面から救出して別の区画に連れ出すことなど難しくない。

 

「……ありがとう、セイン。ガリューの方は自分で戻って来れるみたい」

「お安い御用ですよ。となると、後はアギトさんも助けないとなぁ。衛宮の旦那、なんか案がありますか?」

 

 セインが通信で切嗣に話しかける。実はセインは切嗣のギンガとティアナからの逃走を手伝っていたのである。そして、その役目が終わって暇にしていた所をヴィータの接近に気づいた切嗣に救助に向かわせられたのである。内心、戦闘機人使いが荒いと思っているがそれは言わない。

 

【ルーテシアちゃんは救えたんだな。なら一旦ルーテシアちゃんはこのすぐ上の地上に出るんだ】

「それでどうするの?」

【地雷王でその区画丸ごと潰すんだ】

「うわ、えげつな。というかアギトさんは?」

【相手が混乱している隙に君が地下から救出すればいい】

 

 こともなげに敵を生き埋めにすると宣言する切嗣に思わずひくセイン。ルーテシアの方は表情からは何も読み取れない。現在切嗣は別の場所にいるために情報はセインに持たせたサーチャーとこうして得た情報だけであるが判断に迷いはない。もっとも、地下水路からすればこの上なく迷惑であるのだが。

 

「まあいいや、了解って……あれ? それってあたしも生き埋めじゃ?」

【今更何を、君はいつも生き埋めみたいなものじゃないか】

「いやいやいや、こう……気分的な問題?」

【とにかく、そっちは任せたぞ。そろそろ標的(ターゲット)が来る。後、ルーテシアちゃん、水路を破壊したらすぐに逃げておきなさい。多分、ヴィータなら切り抜けると思うから】

「わかった」

 

 セインの言葉を無視して通信を切る切嗣。ルーテシアと自分の扱いが明らかに違うと感じながらもセインは言われたとおりに動き出す。ルーテシアも戻ってきたガリューと共に地上へと向かい出すのだった。

 

 一方のヴィータ達は忽然と姿を消したルーテシアとガリューを追うために拘束したアギトを問い詰めていた。しかし、アギトの方は頑なに知らないの一点張りである。もっとも、彼女もセインがルーテシアを回収したということしか知らないのだが。

 

「おい、あいつらはどこに行ったんだよ。というか、なんだよあれ。地面の中に入り込むなんて普通じゃねえ」

「だーかーら、あたしも知らないって言ってるだろ」

 

 ヴィータのドスの利いた尋問にもそっぽを向き答えないアギト。その態度にヴィータはカチンと来てしまうがそこは部下の手前。何とか大人っぽい態度を取り抑えてみせる。しかしながら、額に若干青筋が浮かんでいるのであまり隠せてはいない。

 

「むむむ、そうやって否定するところが怪しいです」

「うっせーな、バッテンチビ!」

「なっ! リインはリインフォースⅡって立派な名前があるですよ!」

「バッテンチビはバッテンチビだ! ……って、リインフォース? そう言えばお前―――」

 

 アギトがリインフォースという名前に反応し話を続けようとしたところで地面が轟音を立てて揺れる。全員が何事かと戸惑っている中で最も早く次の行動に移れたのは召喚魔法の探知に優れるキャロであった。

 

「ここのすぐ上に大きな召喚魔法の反応があります!」

「それって……ここを潰す気なんじゃ!?」

「ル、ルールー、あたしも居るってこと忘れてねーか?」

 

 だんだんと激しくなってくる振動と降ってくるコンクリートの塊にエリオが顔を青ざめさせる。それと同様にアギトの顔も引きつっていた。まさか自分ごと生き埋めにするつもりかと不安になるがその不安はすぐに払拭されることになる。

 

 全員が今にも崩れ落ちそうな天井を見つめているために死角となった足元からセインの手が現れる。そしてアギトを掴み元のように地面の中へと消えていく。いち早く察知したヴィータが逃さないとばかりに飛び込んで捕まえに行くが一瞬早くセインは姿を消し、彼女のダイブは無駄になる。

 

「くそっ! 魔力反応も無しで地面に潜るってことはレアスキル持ちか!」

「ヴィータちゃん、それよりも早く逃げないとリイン達潰されちゃいますよー!」

「分かってるよ! ああ、くそ。アイゼン、ギガントフォルムだ」

『Gigantform.』

 

 相手の能力にあたりを付けたものの既に手遅れ。悔しさと苛立ちを吐き出すヴィータにツヴァイがそんな場合ではないと急かす。ヴィータも頭では理解しているために頷いてグラーフアイゼンを構える。

 

 カートリッジが三つ一気に使用され先程とは比べ物にならないサイズに膨れ上がるアイゼン。驚くライトニングの二人をよそにヴィータは鬱憤をぶつけるように今まさに完全に崩壊し始めた天井目がけて振り切る。

 

 

「お前ら、バリアでも張っとけよ。じゃあ、行くぞ。轟天爆砕―――ギガントシュラークッ!!」

 

 

 まるで巨人が槌を振り回しているかのような一撃が瓦礫を全て粉砕し―――青い空が覗いた。まるでその空間だけが虫食いで穴が開いたように地層を打ち砕き脱出経路を一瞬にして確保する。これで生き埋めになる心配はなくなった。

 

 そう判断したヴィータはツヴァイにエリオとキャロの護衛を任せ、すぐに地上へと飛び出していく。そこまでの時間で彼女には一切の加減もなく、手を抜いてもいなかった。

しかしながら、既に敵の姿はそこには無く空しく壊された廃棄区画の街並みが待っていただけである。

 

「ちっ、逃げられたか……レリック一つは奪われたか。他のところは―――」

 

 他の戦地の状況を確認しようとしたところで空から爆音が響いてくる。まさかと思い、恐怖で肩を震わせながら音の出所を確認する。すると、ヘリが飛んでいたと思われる場所に、まだ出来たばかりの真新しい爆煙が起きていたのだった。

 

「シャマ……ル?」

 

 敵の本命はヘリにいる謎の少女であった。

 

 

 

 

 

 スコープ越しから空に煙が湧き立つのを眺める。位置、角度、エネルギー出力共にディエチの狙撃は完璧であっただろう。現にヘリが飛んでいた場所とほぼ変わらない位置から煙は出ているのだ。

 

 だが、それを彼女と別の位置で見ていた切嗣は即座に狙撃の失敗を悟っていた。熱感知スコープでくっきりとヘリを守りに飛んできた瞬間のなのはを捉えていたからである。

 

(当たったかどうかの確認の為に残る必要もないだろう。当たろうが外れようが遮蔽物も人もない屋上じゃ簡単に場所を特定されるというのに)

 

 呑気に見物をする暇があれば一秒でも早く逃げた方が良い。一撃で全ての人間を皆殺しにできるのならともかく残った人間に襲われる可能性を考えないのか。ここにはフェイト・ハラオウンに、高町なのは、ヴィータという最高ランクの魔導士が揃っているというのに。

 

 内心で危機意識の薄いクワットロとディエチに溜息を吐くがそれを伝えはしない。正直に言うと切嗣は戦闘機人達のことなどどうでも良かった。それは、後は自分で勝手に何とかするだろうという放任的な考えと、スカリエッティに対する反発心から来るものである。勿論、有用であれば利用するがそれはそれ、これはこれである。

 

(もっとも、それを分かっていて囮に使う僕も僕だけどな)

 

 案の定、狙撃も防がれた上にフェイトに見つけられて簡単に追いつめられている二人を尻目に切嗣はロケットランチャーを構えヘリに狙いを定める。獲物を狙う狩人が常に一人とは限らない。人は何かを守れたと確信した時、もっとも警戒心が薄くなる。

 

 現になのはもフェイトもヘリのことは既に眼中にない。敵の攻撃があれで終わったと勘違いしている。その隙を作り出し狙うのが衛宮切嗣である。勿論、作戦の秘匿性を高めるために今追われている二人にも意図的(・・・)に伝えていない。

 

 ―――自分を憐れむな。この身は既にただの殺人鬼でしかない。

 

 今すぐにでも投げ出してしまいたいロケットランチャーを無理矢理に掴みヘリを見やる。あの中には聖王の因子を持つかもしれない(・・・・・・)子が居る。ヘリを操縦する何の罪のない若者が乗っている。何より―――かつて家族と呼んだ女性が乗っている。

 

 かもしれないという仮定を証明するためだけにヘリを撃ち落とす。探せば他にも方法はあるだろう。だが、彼女が敵なのは確定している。ならばここで殺した方が後々で楽になるのは火を見るよりも明らかだ。そう殺せばいいのだ。いつものように、ただ引き金を引くことで。

 

 ―――後、なんど……家族を殺せばいいのか。

 

 かつての精密さなどまるで感じさせないほどに震える指を理性で抑えつけて引き金にかける。この指にほんの少し力を入れて引くだけで終わる。だというのに指に力が入らない。必死に自分の心に理想の世界を創るためだと言い聞かせ、今度こそ力を入れて引き金を―――引けなかった。

 

 

「は…や…て……」

 

 

 それは最後の最後で情が勝ったからではない。純粋に理性が今撃っても無駄だと判断したからである。スコープ越しに映るのはヘリを護送するために現れたはやての姿であった。今撃ってもはやてに撃ち落とされるか防がれて自分の場所を知らせるのが関の山である。そう判断を下し、切嗣は引き金から指を放す。

 

「まさか、僕の思考が読まれるなんてね……」

 

 はやては予測していた。一度目の攻撃の後にさらに攻撃がある可能性を。相手の真の本命はヘリだということを。その予測の通りに彼女はガジェットの群れを完全消滅させた後に指令室に戻ることなくヘリの護衛に回った。だから切嗣は警戒して撃つことが出来ない。

 

 ヘリが射程圏内から去っていくのを見送りながら切嗣はホッとする自身の心に顔を歪めさせる。喜んでしまった、自分の大切な者を殺さないで済んだことに。自分は他人の大切な者を好き勝手に奪っているというのに。安堵してしまった自分が殺したいほどに憎い。

 

 自己嫌悪感から血が出るほどに唇を噛みしめて立ち上がる。いつまでもここに留まっているわけにはいかない。時間が経てば調査隊が派遣されるかもしれないのだから。彼はふらふらとした足取りで歩き出しながらヘリの消えた空に向かいうわ言のように呟く。

 

 

 

「大丈夫……次はちゃんと―――殺すから」

 

 

 

 だから、全ての犠牲が報われる世界をください。

 




地味に投稿遅れてすいません。一話でまとめようとした結果がこれだよ。
それと転送魔法って扱いづらい。前に独自設定加えて置いたけど制限無しだとミッドの上空に大量の爆弾を転送させてテロするとかケリィだとやりねない(ケイネス先生の工房を見ながら)

それと、もしこの事件を隠蔽しようとしたら

「地下水路が壊れた? ガス爆発のせいにしとけ」
「死体が見つかった? ガス爆発な」
「現場にいた局員の精神状態がおかしい? はいはい、ガス漏れガス漏れ」

「訴訟も辞さない」

ガス会社が被害をこうむる伝統の流れになると思うんだ。
ガス会社がミッドにあるかは知らんけど(白目)


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三十三話:傍に居る人

 

 また、夢を見ていた。

 

何度も、何度もあの日の夢を繰り返し見る。悪魔が嗤い人を苦しめる灼熱の地獄。その中を歩いていた。助けてくれと懇願する人の前を聞こえないフリをして歩いた。自分はいいから子供を助けてくれと願う母親の姿を見た。

 

 もし、自分の母が同じ状況に立たされていたら同じように自分を助けようとしてくれるだろうと確信できた。それでも助けようとはしなかった。否、助けることなどできるものか。幼い子供一人に一体何ができるというのだ。既に虫の息の赤ん坊を抱いて逃げる余裕などあるものか。

 

 できるはずなどない。100人中100人が少女に任せるのは余りにも酷だと思うだろう。女性も普段ならば頼むこともしないだろう。だが、ここにはスバルしかいなかった。生きて動けているのはか弱く臆病な少女一人。少女にすがる以外に道はない。

 

 ―――助けて。

 

 逃げた。助けを求める声からただ逃げた。仕方のないことだ。自分の命すら脅かされている状況で誰かを救えるはずがない。彼女は弱いのだ。ただ、謝ることだけはしなかった。幼い心ながらも分かっていた。謝れば自分の心が楽になってしまうと、自分だけが救われてしまうと。一種の強迫観念が働いていた。

 

 その時からだろう。無意識のうちに自分を救うという行為から目を背けるようになったのは。自分という存在を強く認識できなくなってしまったのはあの時が始まりだ。それでも彼女は生き続けている。自分だけは生き続けてしまっている。それがどれだけ罪深いことかを理解している。

 

 自分一人だけ生き残ったのに生きないのはおかしい。誰もが生きたくてしょうがなかった“明日”を自分だけが生きている。彼らの死を無駄にしないために自分は生きなければならない。そうしなければ誰も報われないじゃないか。ただ、そう考えたから息をするのも辛いのに、笑う自分が酷く醜く見えるのにスバルは生きている。

 

 そして、憧れた理想に殉じることで他者を救い自分も救われようとしている。いつの日か自分もあの人のように、自分を救ってくれた正義の味方のように笑いたくて。心の底から救われたような顔がしたくて正義の味方を目指している。それが自分のすべきことだと決めて(・・・)、誰かを救いたくて―――

 

 

『本当に救えると思うのか? この光景を見て君はまだ自己満足に浸るために誰かを救うとのたまうのか?』

 

 

 声に気づいた時には既に夢の光景は変わっていた。暗い地下水路、辺りには無残に四散した肉体。誰も彼もが恨み言すら自分に言えずに死んでいた。いっそ責めてくれるのなら気が楽だったのだろう。謝ることが出来たのならやはり楽だっただろう。だが、彼女には死を直視することしかできなかった。

 

 何かを憐れむ様にこちらを見つめてくる男の目はどうしようもなく癇に障る。しかしながらどこか安心するような不思議なものを持っている。自分は彼を知っている。何の根拠も無しに思ってしまうような奇妙な感覚だった。これも夢という環境のせいなのかもしれない。そう結論付けたところで男が再び責めるように声をかけてきた。

 

『君の願うものはこの世界のどこにも存在しない。いや、世界の外にもない。理想論でしかない。そんなものの為に後幾つ屍を築き上げるつもりだ?』

 

 男の言葉は否定のしようがないほどに正しかった。彼女の行いの先にあるのは積み上げた無数の屍だけ。想像するだけで恐ろしくなる。自分の罪深さに吐き出したくなる。だが、しかし。男の言葉にはどこか違和感があった。

 

 あの時は自分を否定し、糾弾しているだけだと思っていた。しかしながら今こうして考え直してみると彼の言葉には言動には優しさがあったのだ。とてつもなく歪んではいるが彼は自分もしくは自分が生きていく中で犠牲にするものを救おうとしたのではないか。何よりも彼は―――

 

『理想を捨てて人間になれないのなら、せいぜい機械のまま―――理想を抱いて溺死しろ』

 

 正義の味方を諦めさせることで人間になれない自分を救おうとしているのではないか?

 

 

 

 

 

「スバル、スバル、起きなさい」

「……ん、ティア? おはよう」

「おはよう。あんたが寝坊なんて珍しいわね。もしかしてどこか具合悪いの?」

 

 目を覚ますとどこかこちらを気遣うようなティアナの顔が目に入った。答える前に時計に目をやると確かに普段よりも遅い時間だった。いつもなら日課であるランニングをしている頃だ。慌てて起きようとしてティアナが今まで起こさなかったことに疑問を覚える。

 

 ティアナは基本的に時間を守るタイプだ。仮に自分を待ってくれていたのだとしてもこの時間まで起こそうとしなかったのには納得がいかない。その疑問に気付いたのか尋ねる前にティアナが説明してくれる。

 

「今日の午前中の訓練は休みって言ってたわよ。何でもなのはさんはあの子を迎えに聖王教会の方に行くみたいだから。ヴィータ副隊長も昨日の事件で潰れた海上演習の埋め合わせに行くらしいわよ」

「そっか、だから今日はゆっくりしてるんだ」

 

 納得して少し寝癖がついている頭を撫でる。恐らくは自分達の潰れた休暇の分の詫びも含まれているのだろう。そう考えるスバルであったが自分が精神的に辛い状態にあるかも知れないと隊長陣から心配され怪しまれないように休まされていることには気づかない。

 

「そういうこと、あんたも気分が悪いならもう少し休んどきなさい」

「ありがとうティア、心配してくれて」

「な! べ、別にあたしはあんたに倒れられると負担が増えるから心配なだけよ」

 

 笑顔で礼を言っただけなのに顔を赤くされて否定されてしまう。世間一般から言うとティアナのこういった反応はツンデレと言うのだろうなと心の中で思う。しかしながら言葉にすれば弾丸が飛んでくるかもしれないので胸の内に留めておく。

 

「あの子大丈夫かな?」

「体は大丈夫だと思うわ。ただ、あの子がどういった扱いを受けるのかは分からないけど。そもそも、なんでレリックなんて物騒なものを持たされていたのかも分からないし……」

 

 地下水路から現れた謎多き少女のことを考察する二人。何かしらの事件に巻き込まれているのは間違いないだろうがそれが何なのかは分からない。どちらにせよ最終的な判断を下すのは自分達ではなく隊長達だ。

 

 今の自分達は与えられた役目を全力でこなしていくしかない。他のことにエネルギーを割けるほど自分達は強くはないのだから。そして何よりも、他人よりも自分のことを心配するべき人物がいるだろうとティアナはスバルにジト目を向ける。

 

「というか、あんたは自分のことを心配しなさい」

「え? なんで?」

 

 キョトンとした表情で本気で分かっていないという顔をするスバル。その様子にティアナは怒りを通り越して呆れを感じてしまい溜息を吐く。つい先日に自分自身が敵に執拗に狙われたというのにそれを忘れている。

 

というよりも最初から自分を心配するという勘定から排除しているとしか思えない。以前から時折感じていたスバルの歪みをハッキリと感じティアナは問いかける。

 

「あんた、自分のこと考えてる? 昨日狙われたばっかりでしょ」

「―――あ」

 

 

 ―――もし、君が自分を救う勘定に入れていないのなら、君には誰も救えないよ。

 

 

 スバルは自分のことを考えているかと言われて男の言葉を思い出す。自分一人救えない人間に一体何が救えるというのだ。それはぐうの音もでない正論であった。今だってそうだ。自分よりも他人のことを考えて、自分のことなど考えようともしていなかった。

 

 今まではそれでいいと思っていた。しかし男と会ったことでその想いは揺らぎ始めていた。彼女は誰かを救わなければならないと願う。だが、誰かを救うためにはまずは自分を救わなければならない。だというのに、自分は誰かを救うことをしなければ救われない。

 

 矛盾だ。まずは自分を救わなければならないのに、誰かを救わなければ自分は救えない。どうすればいいのか分からない。そもそも普通の人間はどうやって自分という存在を救っているのか、赦しているのか、皆目見当もつかなかった。

 

「……スバル? どうしたの、急に黙って」

 

 黙り込んだ自分をティアナが心配そうに覗き込んでくる。そうだ、彼女に聞いてみれば分かるかもしれない。スバルは長年の相棒に希望を託し顔を上げ、口を開く。

 

「ねえ、ティア。あたしは何をしたら―――生きていてもいいのかな?」

 

「スバル……あんた…何を言ってるの…?」

 

 何も映していないガラス球のような瞳に見つめられてティアナは息を呑む。この瞬間に彼女はスバルの歪みをはっきりと感じ取る。人は誰であれ自分の為に生きようとするものだ。そうでなければ人は生きていけない。だというのにスバルは誰かの為に生きる以外の道を知らない。

 

 己を罪深い存在だと意識しているが故に懺悔を、償いをしていくことでしか生きる権利が無いと思い込んでいる。これはある種の病気だろう。聖人かと見間違う他者への奉公滅私は全て罪の意識から成り立ったものであり人間的なものではない。

 

 自分が生きたいから、死にたくないから、誰かの為になりたいからという自己から零れ落ちた願いではなく全てはそうしなければならないという義務感と強迫観念。それは全て願いではない。ただ機械的にこなされる―――作業だ。

 

「あ、ごめん……急に変なこと言って」

「スバル、あの男に何を言われたかはあたしは知らない。でも、信用できない奴の言葉に惑わされるのはダメ」

「でも、あたしは言われたとおりに機械かもしれなくて―――」

 

 自信無さげに呟いたところで額に強烈なデコピンをお見舞いされるスバル。思わず大きくのけぞり目を瞬かせる。恐る恐るティアナの様子をうかがうと明らかに怒り心頭といった姿が目に入る。地雷を踏んでしまったと気づいた時には既に遅く説教が開始していた。

 

「あんたは人間でしょ! それともあたしは人形に毎日話しかけてる痛い人だって言うつもり?」

「そ、そんなことないけど……」

「あんたは確かに色々あって歪んでいるかもしれない。でも、いつも無理をしてあたしをイライラさせるあんたが機械のはずがないでしょ。今もそうよ。機械にムキになって怒鳴りつけているなんて馬鹿みたいじゃない。だからあんたは人間よ。あんたがどんな生き方をしても周りの人間(あたし)があんたを人間として扱う以上はあんたは人間、わかった?」

 

 一切の反論を許されずに捲し立てられた内容にスバルは目を白黒させる。脳が言葉の内容を理解するまでにやたらと時間がかかる。そもそもティアナの言葉など理解できないかもしれなかった。だが、ただひたすらに―――嬉しかった。

 

 自分を肯定してくれていることが嬉しかった。自分を受け入れてくれることが嬉しかった。自分の傍に居てくれることが、嬉しかった。どうすればいいかの答えはまだ出ない。しかしながら、答えを決めることが出来る勇気を得ることはできた。

 

「ありがとう……元気が出た」

「あっそ。ま、あれだけ恥ずかしいセリフを言ったんだからそうでないと困るわ」

 

 耳を赤くしながらも何とかツンとした態度を保とうとするティアナに苦笑いする。彼女はとても優しいのにその優しさの出し方を上手く知らない。そんな不器用にも見える点がスバルは好きだった。

 

 周囲からは腐れ縁と言われるが自分にとっては運命の出会いと言っても嘘ではないだろう。自分の人生の中でティアナに出会えたことは最上級の宝と断言できる。

 

「さ、起きたなら朝食でも食べに行きましょ。あんたのことだからお腹は減ってるんでしょ」

「えへへ、実はしっかりと」

「はいはい。なら顔洗ってきなさい。先に着替えて待ってるわよ」

 

 そっぽを向いて手をヒラヒラと降るティアナを長々と待たせるわけにもいかない。そう思ったスバルは急いで顔を洗い制服に着替える。あの男が口にした機械という言葉は恐らくは自分の体にまつわる意味合いではない。もっと精神的なものだ。

 

 しかし、だからといってティアナの優しさが薄れるわけではない。恐らく彼女は心が人間になれない自分もそういった人間が居てもいいと受け入れてくれるだろう。彼女が居る限り自分は人間でいられる。そんなぼんやりとした確信をスバルは持っていた。

 

「あ、大事なこと言い忘れてた」

「何、ティア?」

 

 若干慌てたような雰囲気を醸し出すティアナだったがそれも一瞬で終わる。恐らくはすぐに言わなくてはならない類のものではないのだろうとスバルは呑気に考えながら尋ねる。それが彼女の目下の悩みに関係するものだとも知らずに。

 

「八神部隊長が時間のある時でいいから私達フォワード陣4人と話したいって言ってたわよ」

 




このルートはティアナがヒロインだな(笑)
さて次回ははやてのターンですね。


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三十四話:話をしよう

 

 扉を叩き中の人物に入っても良いかを伺う。許可は簡単に下り四人そろって中に入る。部隊長の部屋はその大きさに比べて中に物が少なくだだっ広く感じられる。それは何も錯覚ではなくツヴァイ専用のデスクがミニチュアサイズの為にその分スペースが空いて見えるのだ。

 

『失礼します!』

「なんや、もしかして話の件? そんな大した話やないから休んどっても良かったんよ」

「いえ、四人で話し合って決めたので問題はありません」

 

 急ぐ必要はなかったと申し訳なさそうにサンドイッチを片手に語るはやて。そんなはやてにティアナが代表して答えるが他の三人はサンドイッチに目がいってしまう。休憩時間に間食を取っている最中だったのかと思うがどうもそうではないらしい。

 

「ん? ああ、これは私のご飯やね。ほら、片手で摘まめるものなら仕事しながらでも食べれるやろ」

「そ、そうですね」

 

 実は遅い朝食だったらしく働き詰めている状態らしい。食事の時間すら仕事に割かなければならないほどに部隊長というものは忙しいものなのかと戦慄する四人を気にすることもなく最後の一切れを口に押し込み水で流し込むはやて。

 

 その姿からは食事を楽しむという姿勢が一切感じられず、ただの栄養補給の光景にしか見えなかったと後にエリオはフェイトに語ったという。そしてそこからはやてが叱られたのは別に言わなくともいいことだろう。

 

「ただ口に運ぶだけで栄養摂取ができる……サンドイッチやハンバーガーを考えた人は天才や。四十八時間書類耐久レースもこれで楽勝や」

「あ、あの、やっぱり日を改めた方が良かったり……」

「いやいや、大丈夫よ。これは私がなんかやっとらんと落ち着かんだけやから」

 

 四十八時間書類耐久レースという恐ろしくて内容の聞けない言葉を聞かなかったことにしてスバルが尋ねる。どこからどう見ても忙しそうなので気が引けたのだ。しかしながら反ってきた答えは自主的に自分を追い込んでいるという修羅の如き姿勢だった。

 

 これには無言のまま四人全員がワーカホリックにはなりたくないと思った。もっとも、こういったものは本人が成りたい成りたくないでコントロールできるものではない。気づけば仕事が楽しくて仕方がなくなるか仕事をしていないと落ち着かなくなるのだ。

 

「あ、シャマルには内緒にしといてな。また怒られるのは堪忍やからなぁ」

「怒られるのが嫌ならしなければいいんじゃ……」

「私もそう思います」

「キュクルー」

「う…っ。やめてや、そんな純粋な目で汚れた私を見んといて」

 

 エリオにキャロ、そしてフリードに純粋な眼差しを向けられ割と本気で苦しむはやて。子供の頃はこんな大人にはならないと誓った。だが現実とはいつも悲しく、大人になるということは悲しいことなのだ。そう気づいた時には自分一人の時は料理をする時間がもったいなくてついつい余り物やお惣菜で済ませてしてしまうのが主婦の悲しい性なのだ。

 

「……と、いつまでも立たせ取るのも悪いし座って楽にしてええよ」

「いえ、私達はこのままで大丈夫です」

「そか、それなら部隊長命令や。のんびり座って楽にしなさい」

「しょ、職権乱用……」

「使えるものは何でも使うのが私の主義や。さ、座った、座った」

 

 ニコニコと笑いながら強制的に新人達を楽にさせるはやて。ティアナはその頭に茶色の耳が付いているように錯覚したがそれは気のせいだろうと首を振る。因みにその後タヌキという異名がはやてにつけられていると知った時に妙に納得したらしい。

 

「さて、何の話をするかは言ってなかったよね」

「はい」

「ほな、今日話すことは基本質問やな。ということでにみんなに一つ質問や」

 

 こんな軽いノリで語っていいものなのだろうかという新人達に語り掛けるはやて。新人達も終始こういったノリで進んでいくのだろうと体の力を抜き聞き入る。だが、今までの空気を根っこから破壊しつくすような爆弾をはやて自身が投下する。

 

 

「一匹の羊を犠牲にせんと他の六十億の羊が死ぬ時、みんなはどうする?」

 

 

 何を言っているのだろうと四人の表情が固まる。特にスバルはあの男との会話を思い出し人形のような死んだ表情になる。そんな様子をはやては笑みを湛えたまま眺める。彼らがどんな答えを出すのかを黙って促す。しかしながら勢いよく答えが返ってくるような質問でもない。しばらくは沈黙が続く。だんだんと気まずさが出始めてきたところで初めにティアナが口を開く。

 

「一匹を犠牲にします。可愛そうだけど……そうしないと他の六十億が死ぬんならどうしようもないです。でも、他に方法があるのならそれを探します」

「ほー、冷静な判断と優しい心を持ったええ判断やな。キャロとエリオはどうや?」

「私は……出来るなら羊さんを両方助けてあげたいです」

「僕もです」

「うんうん、真っすぐで欲張りな答えでええなぁ。スバルはどう思う?」

 

 質問を振られて俯くスバル。以前なら両方救って見せると豪語しただろう。だが、あの光景を見た後では口が動いてくれない。どうしたいかなど自分でも分からずに頭の中の白紙にペンで書きだしてはぐしゃぐしゃと消して、書きだしては消してを繰り返す。そんなことだから当然のように答えは。

 

「……分かりません」

「そうか、それならしゃーないなぁ」

 

 答えが返ってこないことも答えだと言わんばかりに満足げにはやては頷く。一体この質問には何の意味があるのだろうかとスバル以外の三人が思い始めたところではやてが重ねて質問を投げかける。

 

「じゃあ、さっきの質問の羊を人間に代えて考えてみようか」

 

 その言葉に先程は一番に答えたティアナでさえ口をつぐむ。人間に代えれば重責は跳ね上がる。命に貴賤はないと言う人間は多くいるが道端の虫を踏みつぶして自首する人間は特定の宗教に属する人間ぐらいなものだろう。

 

 人間は同族を殺すことをタブーとしてきた生き物だ。それがどういった理屈かは想像するしかないが羊と人間では殺すハードルが上がることだけは確かだ。冷静な数の判断も情に動かされ鈍り始める。はやては更に追い打ちをかける様に条件を追加していく。

 

「因みに一人はキャロと同じぐらいの女の子な」

「わ、私と同じぐらいですか?」

「そや、さらにさらにその少女は世界を滅ぼしてしまうと評判の爆弾付きや」

「なんですか、そのトンデモ設定は?」

 

 世界を滅ぼす少女という眉唾物な設定が出てきたことに少しジト目になるティアナ。いくらロストロギアが身近にある世界出身だとしてもキャロぐらいの少女と世界の破滅は結び付けづらい。はやてはそう思うのも無理はないだろうなと苦笑いをしながら頬を掻く。

 

「私が犠牲になることで世界が救われるなら……」

「ダメだよ、キャロ! そんなの間違ってるよ!」

「あー、あんた達。あくまでもキャロぐらいの年って設定よ。あたしも嫌だけどさ」

 

 予想以上に感情移入し自分が犠牲になろうとするキャロにそれを止めるエリオ。どこぞの小説でありそうな展開ではあるがあくまでも設定の為にティアナが宥めすかす。その間スバルははやてが何を言おうとしているのかを薄々と感づき始めていた。この話は決して空想のものではないということを。

 

 

「少女を犠牲にせんと世界が滅ぶ。それを知った―――その子の父親はどうしたと思う?」

 

 

 今度こそ本当に空気が凍り付いた。もし、何も知らない赤の他人ならば割り切って犠牲にすることもできるだろう。だが、自分の家族を、最愛の娘を、世界の為だから死んでくれと割り切れるだろうか。フォワード陣はほとんどが血の繋がった家族を持たぬ者達だ。それ故に家族大切さを他の誰よりも理解している。勿論、それを失った時の想像を絶する絶望も。

 

「そ、そんなの……悲しすぎますよ。だって、家族ですよね?」

「うん……家族や。誰が何と言おうとも家族や」

「それなのに殺すか殺さないかを選べなんて……できない」

「でもな、選ばんといけんかったんよ。どうしようもなくなってどっちかを選ばんといけんこうなった」

 

 はやての話し方が変わったことにティアナが感づき驚愕で目を見開く。彼女もまた気づいたのだ。はやての話が架空の話ではなく実際にあったことなのだと。そして、その少女の正体にも薄々と感づき始めていた。

 

「結論から言うとな。その子の父親は―――娘を捨てて世界を取ったんよ」

「あんまりです……そんなの」

 

 未だに真実に気付いていないエリオは自分と同じように見捨てられた少女を思い、目に涙をにじませる。だが、父親のことを悪く言ったりはしない。それは自分自身が父親に複雑な思いを抱いているのもあるが、一番の理由は選べなかったからである。

 

 自分はどちらかを犠牲にするなんてことはできなかった。それなのに選んだ人間を非難することはできないという理性が働いたからである。

 

「でもな、そこに正義の味方が現れたんよ。世界も少女も両方救ってみせる本物の正義の味方が」

 

 どこか懐かしそうに目を細めて語るはやてを新人達は黙って見つめ続ける。何を思っているのか。何を感じているのかは本人以外に分からない。それに他人が踏み込んでいい領域でもないだろう。

 

「少女は正義の味方に救われて世界から危機も去って物語はめでたしめでたしで終わりや」

「ハッピーエンドで良かったです……」

「でもな、物語はその後も続くんや。物語の続きってのはええことばっかりやない」

 

 少女も世界も救われたハッピーエンドに胸を撫で下ろすキャロ。しかしながら物語は、人生というものはそこで終わりではない。ハッピーエンドのその裏側を、救われた人間のその後を想像したことがあるだろうか。本当に誰一人として犠牲になっていないと言い切れるのだろうか。少なくともはやての物語は完全無欠というわけにもいかなかった。

 

「娘を犠牲にすることを選んだ父親は娘が救われた後にどうなったと思う?」

「それは……」

 

 娘の無事を喜んで再び仲の良い親子に戻った? もしもその勇気があれば簡単にそうなることが出来たかもしれない。だが、その勇気がなかった場合。娘を犠牲にしようとした罪悪感に耐えきることが出来なかった場合、どうするだろうか。自分の行いは全て間違いだったと突き付けられた父親はどうなるだろうか。

 

「逃げた。娘の言葉も聞かんと罪悪感に襲われて逃げた。自分のことを救えた人を殺してきた人殺しだって言うて何もかもから逃げた」

 

 逃げたという軽蔑的な言葉を使うがはやての顔は悲しみと慈悲に満ちていた。憐れんでいた。逃げるしかできなかった養父のことを。自分の罪深さに絶望することしかできずに、縋るものを全て破壊しつくされた男の生涯を。

 

「最高の結末を導いたはずなのに全ての人が救われたわけやなかった。奇跡が起きたからこそ絶望した人もおった。これはそういう話や」

「でも…でも……それならどうしたらいいんですか? 結局誰かが悲しむしかないならどうしようもないじゃないですか」

 

 スバルがここに来て初めて声を上げる。それは全ての人に笑っていてほしいというあくなき欲望から訪れる苦悩。自分の目の届く範囲の人に笑っていてほしくて全てを救おうとする。だが、この世は全て等価交換。

 

 誰かの笑顔を守るためには誰かに絶望を味わわせなければならない。救えば救うほどに誰かが絶望を味わっていく。今度こそ誰も悲しませないと決めても、結局取りこぼした人間が現れる。どうしようもない。

 

 自分で救う範囲を決めなければ全てを救うことなどできはしない。だが、割り切れない。この世にはまだ苦しんでいる人間が居るというのに自分一人がのうのうと生きるなど耐えられるはずがない。もし耐えられるのなら、初めから正義の味方など目指しはしない。

 

「どうしたらええか。答えなんてない問題が人生にはようけある。だから選ぶんよ、自分が少しでも後悔しない道を。みんなにもいつかその時が来る。その時は覚悟せんとね」

 

 みんなと言っているがこれは実質スバルに宛てたメッセージのようなものだ。選ぶ基準は誰も決めてはくれない。ただ自分自身が全ての責と罪を背負うことを覚悟して選択しなければならない。人間として生きるか、機械のように生きるか、スバルは必ず自分で答えを出さなければならない。はやてはその覚悟を決めろとスバルに告げているのだ。

 

「……ま、話はこれで終わりや。私が言いたかったことはどちらかを選ばんといけんこうなった時は自分が後悔せん方を選ぼうってことやな」

「あの、質問良いですか」

「なんや、言ってみ」

「……物語に続きがあるのなら、その少女は()どうしていますか?」

 

 スバルからの問いかけにはやては面白そうに笑う。その後の選択をした少女は何を選んだのか。その答えを知りたくて問いかけてきたスバルにどことなく昔の自分を思い出したのだ。一呼吸おいてはやては静かに、しかしはっきりとした声で答える。

 

「伝えたいことを伝えるために諦めんと父親を探し回っとるよ」

「そうですか……見つかるといいですね」

「そうやね。おっと、もうこんな時間か。今日は付き合わせてごめんなぁ。今度はもっと楽しい話しような」

 

 はやてが最後に後悔などないといった笑顔で宣言したところで話はお開きになる。部屋から出ていくフォワード陣を見送るとはやては椅子に深くもたれかかる。そこに先ほどの話を聞いてはやてを気遣いに来たのか一匹が音もなく現れる。

 

「んー、いらんお世話やったかな。何だかんだ言ってスバルはある程度立ち直っとったし。あれなら私が何もせんでも一人で選ぶ勇気が持てたかもなぁ」

「…………」

 

 無言で佇む動物に独り言のように語り掛けながらはやては大きく伸びをする。そして机の引き出しからアルバムを取り出し車椅子に乗った自分とそれを押す養父の姿が映った一枚を撫でる。

 

「おるんやろ、おとん。前はまんまとやられたけど今度はそうはいかんよ。うちの子らにちょっかい出す前に捕まえたる」

 

 はやてはスバルからの話で謎の男の正体に当たりをつけていた。というよりは直感的なもので相手が養父であると確信していた。まさに骨肉の争いになるかもしれないこれからの戦いに心配するような目を向ける一匹に笑いかけアルバムを閉じる。

 

「大丈夫、どんなことがあっても……覚悟はできとる」

 

 そう呟き、はやては窓の外に目を向ける。父娘の再会の時は―――近い。

 




自分一人になるとついつい料理の手を抜いてしまうのはよくあること。

次回はようやく予言の内容が書けます。後、ヴィヴィオも書けたらいいなぁ……。


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三十五話:予言

 

 

 ―――旧き結晶と願望の石は器となり無限の欲望に満つ

 

 ―――死せる王は古の英雄の下に聖地より彼の翼を蘇らせる

 

 ―――正義の使者は踊り、中つ大地の法の塔は欲望に呑まれ滅ぶ

 

 ―――それを先駆けに数多の海を守る法の船は終わりを迎え

 

 ―――二つの月が交わる時、新たな世界は産み落とされる

 

 

 

「これが私のレアスキル『プロフェーティン・シュリフテン』で何度も予言されている内容です」

 

 聖王教会の最深部にある騎士カリムの部屋にてある極秘の会議が行われていた。その場にいるのは主であるカリム・グラシアと六課の後見人であるクロノ。そして六課の部隊長であるはやてになのはとフェイトの計五人だ。

 

 光や音の一切を遮断する暗幕を引かれた上で行われている会議の議題は六課設立の真の理由。管理局の崩壊を意味する予言を阻止するための部隊だということをなのはとフェイトはここで初めて聞かされていた。そして、同時に二人にも予言の詳細な内容が伝えられたのである。

 

「細かい点は不明で解釈は割れるんですが、はっきりとしているのは今の管理局の終わりが予言されているということです」

「中つ大地の法の塔は欲望に呑まれ滅ぶ。これは多分地上本部のことで」

「数多の海を守る法の船は終わりを迎えっていうのが管理局の終わり、つまりは滅びやな」

 

 カリムの説明に捕捉する形でクロノとはやてが付け加える。その説明を聞いてなのはとフェイトは顔をしかめる。確かに管理局の終わりは告げられている。だが、本当に管理局が滅ぶのだろうか。地上本部が完全に破壊されれば確かに大きな痛手にはなるだろう。

 

 なんといってもミッドチルダは管理局発足の地でありお膝元だ。そこを落とされるのは物理的ダメージよりも精神的ダメージが大きい。しかしながらあくまでもそれは陸に限定した場合だ。そこから海に広がる管理局全てを潰すなど普通に考えれば結びつかない。

 

「まあ、二人も思っとるやろうけど管理局が終わるっていうのはちょっと現実味がないなぁ」

「信じられないのも、まあ、分からなくもない」

「私の能力は良く当たる占い程度です。ですが、何度も同じ内容が出るのは決して偶然ではない。何かしらが起きる可能性が高いのです」

 

 もしもこの予言が一回だけであればカリム自身が流してしまっていただろう。だが、何度も続いていることこそが不気味な点である。あり得ないと思ったことが何度も続けばだれであろうと少しは信じてしまうのである。

 

「僕もはやてや騎士カリムといった信用できる人物以外に言われていたら信じていなかったかもしれない。だが、どうしても見過ごせない単語が中にあってね。なのは、フェイト、君達も何か引っかからないかい?」

 

 クロノに言われて二人は予言の内容をもう一度頭の中で復唱する。自分達と何かしら関係がある単語。それは自分達の出会いの原点であった。これがなければすべての奇跡は、出会いはなかったと言える物。それをめぐって何度もぶつかり合ったロストロギア。

 

「願望の石……ってもしかして?」

「ジュエルシード…?」

「確証はないが僕はどうもそんな気がしているんだ」

 

 ジュエルシード。願望を叶える性質を持った宝石のようなロストロギア。これだけ言えば喉から手が出るほどに欲しいものに聞こえる。しかし、そんなに上手い話など現実にはない。ジュエルシードは願いを歪んだ形で叶える。

 

 それが高い知能を持つ生物であればるほどに歪みは大きくなり力も比例して大きくなる。要するに実用性など皆無だ。何故作ったのだと本気で制作者に聞いてみたいような代物であるのだ。

 

「そんな……でもあれは管理局がちゃんと管理しているはずじゃ…!」

「研究所に研究で貸し出した際に紛失して行方不明中や。12個全部な」

「嘘……それってどう考えても……」

「ああ、意図的に紛失という形で扱っているだけだろうな」

 

 衝撃の事実に驚愕の表情を浮かべるなのはとフェイト。1つ2つであればまだ納得も行くが12個全部など故意に無くそうとしなければ無くさない。1つで世界を滅ぼしかねない物をそれだけの数失ってしまえば普通に考えて大問題である。

 

 マスコミにでも知られれば管理局の大失態と新聞の一面を賑わすことは間違い無いだろう。しかし、なのはやフェイトは知らなかった。もし、普通の失態であればただ単に批判から逃げるために管理局が意図的に隠しているだけだろう。だが、これはそれとは毛色が違う。

 

「初めから紛失という形でどこかに横流しにするために仕組まれていたと考えるのがいいかもしれないな」

「どうしてそんなことを……」

「陸と海だけやない。管理局は一枚岩でいるわけやない。色んな思惑が渦巻いとる。直接関係しとるかは分からんけど今回の件はそういったもんがからんどると思うんよ」

「騎士カリムには大変お見苦しいところを聞かせてしまって申し訳ないが、我々も色々とありまして……」

「いえ、そういった面は神の家である教会ですらありますから。でも、私はあなた達は信用できる人だと信じています」

 

 渦巻く陰謀は何も一つに限ったことではない。幾多もの欲望が複雑に絡まり人間社会を形成している。汚らしいものだ。しかしそれも人間の一面であることに変わらない。もし、それらを否定すれば人間社会は容易く崩壊し、人は人でなくなるだろう。もっとも、優しい人間であればあるほどにその事実に絶望するのだが。

 

「ありがとうございます。六課の面々も全員がはやてが集めた信頼できる者達です」

「そっか、だから身内ばっかりなんだね」

「そういうことや。私の人生最大の幸運は人に恵まれているってことやからね」

 

 今更ながらに六課の歪ともいえる構成に納得がいったなのはが頷く。その横ではフェイトが内部に何かしらの敵がいるという状況に頭を悩ませていた。元来、人が良すぎる彼女は基本的に人を疑うということをしない。

 

 そう言ったところでは兄のクロノに比べて暗部に踏み込む力が弱まってしまう。しかし、逆にクロノではできない被害者に寄り添うということができるために一概に悪いとは言えない。

 

「でも、最後の新たな世界は産み落とされるっていう部分はどういうことなんだろう?」

「解釈としては恐らくは新しい政治体制という意味合いではないかと」

「そう言ったところから政治的テロの可能性も検討されとるんよ」

 

 その後も予言の解釈についてあれこれと話をする五人は知る故もない。その言葉に比喩や偽りなど含まれていないということに。常人である彼らには思い至りもしない。

 

 

 

 

 

「ただいま、ヴィヴィオー。いい子にしてたー?」

「あ、おかえりなさい」

 

 帰宅し子どもに真っ先に会いに行く女性。そして待ち侘びた人物の到来に飛び跳ねるように駆け出していく子ども。いつ転ぶか分からない危なっかしい子どもの足取りを心配そうに見つめる瞳。子どもが自分の下へ辿り着いたと同時に抱き上げ慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

 

 その様子はどこからどう見ても親子にしか見えない。だが、二人は真の親子ではない。ヴィヴィオとなのはに呼ばれた少女は以前に地下水路から現れた少女のことだ。現在ではなのはが保護をしており常に彼女にべったりで出かけるのにも苦労するほどである。

 

 一見すればどこにでもいる普通の少女であるが彼女の背負うものは重い。遺伝子検査から判明したことはヴィヴィオの生まれは普通の生まれ方とは違うといった点だ。人造魔導士、それも今から数百年前の人間の遺伝子と記憶を上継いでいる可能性が高いときた。

 

 何らかの実験によって生み出され、利用される為に運送されていた途中で逃げ出してきたと考えるのが適当であろう。これからもこの子の身に災厄が降り注ぐかもしれないと思うといたたまれない気持ちになり力を込めて少女を抱きしめるなのは。

 

「どうしたの?」

「……ううん、何でもないよ」

「へんなの」

 

 キョトンとした顔で自分の瞳を真っすぐに見つめるヴィヴィオの頭を撫でる。新しい保護者が見つかるまでの間は自分がこの子を何としてでも守らなければならない。いや、このあどけない笑顔を守りたい。なのははそう強く願う。

 

「エリオとキャロもヴィヴィオの面倒を見てくれてありがとうね」

「いえ、私達も楽しかったですから」

「はい。なんだか懐かしかったですし」

 

 なのはが聖王教会へ向かっている間にヴィヴィオと遊んでもらっていたエリオとキャロ。この二人も辛い過去を背負っている。エリオはフェイトのようにオリジナルの人間のコピーとして作られた人間であり、親から捨てられた。

 

 キャロは幼き頃より開眼していた大きすぎる力を恐れた部族の長から追放され管理局の下に来た。どちらも大人に翻弄された幼い犠牲者であった。しかし、フェイトが二人を引き取ったことで救われた。

 

 二人にとってはフェイトは言葉で言い表せないほどの恩人なのだ。そのことを思い出しながら自分もヴィヴィオにとって二人のフェイトのような存在になれればとなのはは思う。

 

「それでは僕達は失礼します」

「うん。ほら、ヴィヴィオも二人にバイバイしよっか」

「ばいばい」

「またね、ヴィヴィオ」

 

 ヴィヴィオに手を振らせて二人にお別れの挨拶をさせるなのは。そんな姿に二人は本当の親子みたいだなと内心思い、同時にフェイトのことを思い浮かべていた。誰かの家族を見ると自分の家族と会いたくなるのはどうしようもないことである。

 

「ヴィヴィオ、今日は二人と何してたの?」

「えほんをよんでもらったの」

「そっか、面白かった?」

「うん! ママもよんで!」

「はいはい、ちょっと待っててね」

 

 キラキラとした目で絵本の読み聞かせをねだってくるヴィヴィオ。自分も小さい頃はこんな風に絵本を読んでもらっていたのだろうかと思いながら上着を脱ぎ、掛ける。その間にも自分から離れようとしないヴィヴィオに苦笑したところでふと気づく。

 

 自分もこんな風に甘えていたかった。大好きな母に父に、兄に姉に甘えていたかった。今ではすっかり割り切れていることであるが子供の時はいい子であろうとし過ぎたために甘えることをしなかった。この子にはそんな思いはして欲しくない。相手がもういいと思うほどに構ってあげよう。

 

「今日はヴィヴィオが寝るまでいっぱい遊ぼうか」

「わーい!」

 

 そう心に決めてなのははヴィヴィオから絵本を受け取るのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ中央にそびえ立つ地上本部の塔。その最上階には地上の守護者であるレジアス・ゲイズが居る。彼には魔法の才はない。しかし、その類いまれな政治的手腕と過激とも受け取られる正義感から中将の地位まで上り詰めた男である。

 

 ギリギリの予算でミッドチルダを守るために常に黒い噂が付きまとうようなことを行ってはいるがそれは全て地上を守るためである。そのため、彼の強い信念を知った者達は皆彼を慕い付き従う。カリスマという一点でいえばかの三提督にも引けを取ることはないだろう。

 

 そんな彼が今目をつけているのが先日市街区で派手な戦闘を行った六課である。海と本局が敵である以上相手を攻撃するためのネタを探すことには余念がない。こうした個人的な志向もあり秘書には自分を理解している娘を置いている。赤の他人であれば過激すぎる行動をどこかしらで止められかねないからだ。

 

「機動六課の視察はまだなのか?」

「すでに準備は整っていますので今週中には」

「そうか。……あの小娘の部隊か。あれは元犯罪者の割に目が澄んでおって気に食わん」

「発言にはお気を付けください。公式で聞かれれば問題になります」

「ふん」

 

 秘書のオーリスから注意を受けたレジアスであるが鼻を鳴らすだけである。以前にはやてと会った時は危うく戦闘が始まりかねないほど険悪な空気になった。レジアスは元犯罪者が局員になるのを快く思っていない。一度腐ったものはもう戻らないという考えもあるが部下や同僚を傷つけた者達と肩を並べたくないからというのが一番の理由だ。

 

 しかしながら、八神はやてにはそれとはまた違った嫌悪感を抱いていた。堂々と自分に言い返してきた態度はともかくとして、彼女の目は犯罪者にしては綺麗すぎた。更生に燃える熱意でもなく、罪悪感から来る後ろめたさでもなく、彼女の目は希望に満ちていた。無知ゆえの希望ではなく現実を知った上でそれを求める強さを持った瞳であった。

 

 その瞳にかつて自分が殺してしまった親友を思い出してしまい、同時にはやて如きがあの親友と並べるはずもないという思いがあり毛嫌いしているのだ。それともう一つ、彼女の雰囲気が大嫌いな男に似ているからである。

 

「あの男の娘か……」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でもない。それよりもアインヘリアルの完成を急ぐように伝えろ。だが、手は抜くな。あれは地上の為に命を落とした全ての勇者達の魂。地上の未来の守り手だ」

「かしこまりました」

 

 それだけ伝えるとレジアスは立ち上がり窓からミッドチルダの街を一望する。この街を守るために生涯の全てを賭けてきた。いかなる犠牲を払ってでも守り通したいと願うこの街を―――人間の数でしかとらえない男が気に入らなかった。

 

 男の経歴などどうでも良かった。結果的に世界を平和にしているなどという情報も怒りを抑えるにはまるで足りなかった。地上を守ってきた誇りを踏みにじられた。自分の大切なものをどこにでもあるものとして軽視するでもなくどこまでも平等に扱われたことが気に入らなかった。

 

 この街を守るために流れてきた幾多の血を他のより数の多い場所に使うべきだったと断じた男が許せなかった。何年も前に初めて会った時の人を見ていない瞳が己と男の違いを感じさせ殺意すら抱いた。

 

「愛する者がいる地上を守る。それすらできずに何を守れるというのだ」

 

 かつて友と共に抱いた信念は変わったかもしれない。簡単に冷酷な判断も下せるようになった。だが、レジアスが守りたいと思ったものは昔から何一つ変わってはいなかった。

 





「こんな街一つ守るよりもロストロギアの回収に力を入れた方が救える人数が多いだろう?
 単純な計算だよ。家族一人よりも顔も見たことのない二人の命の方が重いに決まっている」

 かつてこんな感じのセリフを言ってレジアスをブチ切れさせた男とは一体(棒読み)


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三十六話:思惑

 夜の闇に明るい炎がはぜる。人間というものは不思議なことに炎の揺らぎを見ているだけで心を落ち着けることができる。それは遥か昔から人が炎を手に取る勇気を持った瞬間から約束されたことなのかもしれない。

 

 例え、如何なる過去を持っていようとも魂に刻まれた安らぎだけは変わらない。一度死んだ男であっても、心などないと信じる少女であっても、生きる意味すら失いかけたユニゾンデバイスであっても、変わることはない。

 

「……何の用だ、エミヤ」

「仕事の話だ」

 

 だが、そんな安らぎを乱す者が現れる。夜の闇に紛れるような黒いコートに黒いスーツ、黒い髪に黒い瞳。黒一色といった男、切嗣が女性と共に現れる。女性、アインスの方はまるで正反対にするよう示し合わせたかのように闇を打ち消す銀色の髪に白い肌をしている。

 

「通信で話せばいいだろう。わざわざこちらに来る必要もない」

「なに、明日あなたが目的を果たせばもう会うこともない。死に際の別れぐらいは顔を合わせるべきだろう?」

 

 特に拒絶する空気ではないが訪れられた屈強な顔の男、ゼスト・グランガイツは来る必要はなかったと返す。しかし、切嗣はその返しは予想していたのかすらすらと返答する。特に反論はないのか、悟り黙り込むゼストに代わり安らぎの時間を邪魔されたアギトが食って掛かる。

 

「旦那が死ぬっていうのかよ! ふざけたこと言うな!」

「……そうだね。少し言い方が悪かったね」

「すまないな、アギト。切嗣は私がお前とルーテシアと話したいという願いを叶えてくれただけだ」

「アインス、それは……」

 

 流石に子どもに対して言い返すほど冷静さを失っているわけでもなかったので素直に謝る切嗣。そこにアインスが少し悪戯っぽく真の理由を伝える。若干恥ずかしいのか困ったような顔をする切嗣にアギトとルーテシアの視線が集中する。

 

「はぁ……とにかく君は二人と話しておくといい。僕はゼストと話をしてくるよ」

「ああ、そうさせてもらおう。アギト、それにルーテシアいいか?」

「まあ、アインスがそうしたいって言うなら付き合ってやってもいいぞ」

「私も別に」

 

 ガールズトークの邪魔はしないように切嗣はゼストに目配せをしてその場を離れていく。ゼストも不満はないのか一度だけアインスの手を訝し気に見た後に続いていく。

 

 ゼストは基本的に野宿をしていることがほとんどだ。そのため少し進めば森などがありそこまで歩くこともなく話が聞かれない場所まで来ることができる。身分証明書を偽装などすれば簡単にホテルなどに泊まることもできるがあくまでも武人である彼は自らを偽るということを良しとしないのだ。

 

「明日の地上本部での公開意見陳述会にはレジアス中将が間違いなく居る。ようやくあなたの目的を果たせる機会が巡ってきた……が、明日は無理だ」

「……理由は?」

「AMFで囲まれた地上本部に生身で乗り込み、魔法無しに数百人単位でいる警護の者達を相手にしてなおかつ厳重な防壁で封鎖された会議室に乗り込める確率は? そこからさらにレジアス中将と落ち着いて話ができる確率は? ゼロとは言わないが不可能に近い。それでも明日は参加するのか?」

 

 口早に説明された説明にゼストは黙って目を瞑り考え込む。AMFで相手の魔法の一切を封じ込む。それは一見理想の作戦のように見えるがデメリットも存在する。それは戦闘機人とは違うゼストやルーテシア、アギト、切嗣もまた魔法が行使できなくなるという点だ。

 

 ゼストは一線級の騎士である。そのため魔法が使えなくとも数十人程度なら切り伏せられるだろう。だが、魔法が使えなくては数百人単位での相手は無理だ。さらに言えば公開意見陳述会の護衛は精鋭揃いである。肉体的にも相当に鍛えられた者達が警護する。流石のゼストもそれらを相手にして目的を達成できる可能性は限りなく低い。

 

「ルーテシアも参加する。今回は規模も大きい。手助けするにこしたことはない」

 

 しかしながら、ゼストは作戦への加入をためらわない。それはルーテシアの為である。ルーテシアはかつての部下の忘れ形見と言ってもいい存在。それを守り抜くことこそが部下の未来を奪ってしまった自分のせめてもの償いだと思っているからである。

 

「そうか。まあ、僕に止める権利はない、好きにすればいい。参加しないのならあなたにやってもらいたいことがあったんだが仕方ない」

「……エミヤ、一つ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「アインスの手の平にできたまめは―――銃を持たせた影響だな?」

 

 夜の闇の中にゼストの声が吸い込まれる。切嗣は無表情のままゼストを見つめ返す。それが答えであった。切嗣はアインスに―――愛する妻に戦場に立たせる訓練を施し始めたのである。誰かを殺し、誰かに殺されるかもしれない死と隣り合わせの戦場に。しかも彼女が魔法を使えないということは結論から言えば質量兵器以外にない。

 

「今までお前は曲がりなりにも彼女を争いから遠ざけようとしてきたはずだ」

「それはどうだろうね」

「そのお前がどういう心変わりだ」

「必要か不必要だけだよ。僕が根拠にすることはね」

 

 お互いに目を反らすことなく話し続ける。どちらも戦場に立ち続けてきた者だ。睨み合いになったところで臆することはなく、弱みを見せることもない。だが、武人であるゼストと暗殺者である切嗣では化かし合いは切嗣に軍配が上がる。

 

 ゼストは目を反らし大きく息を吐く。これ以上は何を言ったところで無駄だろうと諦めたのだ。非武装員が戦場に出るなどという行動に納得がいかない。しかし、本人達が望んでのことであれば止めない。彼はそういったある種の潔さも持ち合わせている。

 

「お前が良いのなら俺もこれ以上は言わん。今の俺は死者、生者に忠告など度が過ぎた真似だ」

「……その言葉はどうかと思うよ、ゼスト」

 

 自らを死者と語るゼストに対して初めて切嗣の表情が変わる。そのことに驚いたのは何もゼストだけでなく、切嗣本人もしまったと顔をしかめていた。

 

「俺は一度死んだ身だ。土に帰る僅かな間を過ごしているだけにすぎん」

「だが、それでもあなたは生きている。理不尽に命を奪われた者が望んだ―――今という時を」

 

 だから、あなたは何があっても生きなければならない。

 そう言われたような気がしてゼストは確かに贅沢な発言だったかと恥じる。同時に目の前の男がそのことを言ったことにとてつもない違和感と憐れみを覚える。切嗣自身もそれは分かっているのか複雑そうに目を背ける。

 

「皮肉なものだな。誰よりも理不尽に命を奪ってきたお前が、誰よりも命の尊さを理解しているとはな」

「そんなものじゃない。ただ……償いという自己満足に浸っていたいだけさ」

「自己満足か……。俺の行動もそうとれんこともないな」

 

 両者共に自嘲気味に呟いた後は不自然な程に痛々しい沈黙が流れる。その空気に耐えかねたのか、それとも用はもうないということなのか背を向けて歩き出す切嗣。ゼストはその背中を黙って見送っていたがその背中がもう見えなくなりかけた所で声を投げかける。

 

「エミヤ、お前の望みは何だ?」

「……世界平和だよ。最高評議会の望む世界を実現するだけだ」

「嘘だな、それはお前の望みではない。望みであれば必ず主体性がある。だが、今のお前は死者のように流されるままだ、それも意図的に。……何を企んでいる?」

 

 今の切嗣は最高評議会からの命令やスカリエッティからの依頼で動いているのがほとんどだ。命令されたことに忠実に従うだけの機械。だが、ゼストの直感は裏に何かかがあることを察知していた。このまま何もせずに終わるような男ではない。

 

 味方や上司を騙してまで何かを成そうとしている。そう感じられずにはいられなかった。切嗣はその懐疑の籠った視線を背中で受けながら二つある月を見上げる。その瞳には鏡のように月が写っているだけだった。

 

 

「人から争いを奪うなんてことは不可能だ。いかなる奇跡をもってしてもそれはできない。でも……人が争いをする必要を無くすことはできる。過去も未来も、そして現在もね」

 

 

 一体それはどういう意味だとゼストが尋ねる前に切嗣は歩き去っていく。

 残されたゼストは一人背中に薄ら寒い何かを感じながら立ち尽くしていたのだった。

 

 

 

 

 

 一人の男が目の前にある大量の宝石のようなものを見つめ笑っていた。赤く輝く結晶に青いひし形の石のようなもの。それらはどちらもロストロギア。レリックはその総数は50個以上、ジュエルシードは現存する12個全て。

 

 これだけあれば世界の一つ二つは簡単に滅ぼせるだろう。だが、そんな無粋な真似に使うのではない。もっと素晴らしいことに使うのだと男、スカリエッティは更に笑みを深める。そんなところにある通信が入ってくる。

 

【スカリエッティ、明日の準備は既に整っているか?】

「これはこれは最高評議会殿。ええ、ガジェットに私の作品たち共に最高の状態。いつでも構いませんよ」

【よろしい。抜かりなく行うように】

「それはもちろん。しかし、最高評議会殿も酷なことをされる。仮にも彼らは身内だというのに」

【より大きな善の為だ。少々の犠牲は構わん。最後に世界が救われればそれでいいのだ】

 

 自分の身内ですら正義の為であれば容赦なく切り捨てる。その冷酷さに、滑稽さにスカリエッティはさらに笑みで顔を歪ませる。想像するだけで楽しくなるのだ、彼らに、自分の生みの親に同じように恩返し(・・・)をすることが出来ると思うと。

 

「くふふふ……そう、新しい世界の為には、あなた方が再びこの世界の指導者として立つためには必要なこと」

【より完璧な平和を実現するには指導者の存在は不可欠。それも絶対的な支持を得た上でな】

 

 しかしながら今は道化を演じなければならない。忠実に仕えるというのも面白い。だが、かごの中に囚われているだけでは鳥は満足できない。既にかごのカギは手の内にある。今は最高のタイミングを見計らっているに過ぎない。彼らが最も絶望するその時を。劇が最も盛り上がるその時を。

 

【では、首尾よく進めるように。必要ならこちらから根回しもしてやろう】

「くくく、ご援助、痛み入ります。ああ、それと評議員殿。私が作った()の出来は如何でしょうか?」

【問題はない。いい出来だ、私としても満足だよ】

「それはそれは、私も嬉しい限りですよ……くふふふ」

 

 スカリエッティの唇の端が一層吊り上がる。全ては計画通り。それは間違いないだろう。ただ、相手が思い描いていた展開とは違ったものになるかもしれないというだけの話。手の平の上で踊っているのは果たしてどちらか。

 

【それでは、くれぐれも失敗せぬようにな】

「もちろん、全ては平和な(・・・)世界の為に」

 

 仰々しくお辞儀をしてみせるスカリエッティに満足したのか最高評議会は通信を切り、姿を消す。それを確認するとスカリエッティは今までの笑いなど我慢していたに過ぎないとばかりに絶叫するように嗤い始めた。

 

「くくくく! はははは! さあ、いよいよだ。最高のショーをこの世界の全ての人間にお見せする時が来たのだ!」

「虚しく終わりを告げる古い世界、いつまでも自分達が支配者であると思い込んでいる古い者よ、終わりの始まりだ!」

私達(わたし)の生みの親へ最高の恩返しをしてやろう。その手で愛したものを壊す甘美な時を」

「存分に味わっていただこうじゃないか……くくく、ふはははっ!!」

 

 スカリエッティの声が暗闇に響き渡る。その声は一部の隙間もなく繋がれているというのに声が変わっているように聞こえ、まるでそこに二人(・・)いるかのように聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

 部隊長室ではやてはニコニコとした様子でメールを読んでいた。その様子にツヴァイはいったい誰からなのだろうかと気になり、ふよふよとはやての肩に飛んでいく。

 

「はやてちゃん、誰からのメールですか?」

「グレアムおじさんからや。今度、こっちに来ようと思ってるらしいんよ」

「グレアムおじいちゃんですか。それではやてちゃん嬉しそうだったんですね」

「あはは、そう見えた?」

 

 片手でツヴァイの頭を撫でながらはやては笑う。メールなどを見て笑ってしまうのを人から見られると少しばかり恥ずかしいものだ。しかし、そのまま終わるのも少し癪だったので平気なフリをしてメールに返信内容を打ち込んでいく。

 

「こっちは元気でやってます。二人(・・)も元気なので心配しないでください……と、最後はこんなもんでええか」

「はいです! それじゃあリインはそろそろ支度をします」

「そうやな、明日の公開意見陳述会の警備に夜のうちから行ってもらうんやったな。辛いやろうけどがんばってな」

「ヴィータちゃんもなのはさんもフォワードのみんなもいるから大丈夫です」

「そっか、それじゃあお願いな。私とフェイト隊長とシグナムも早朝に中央入りするからな」

 

 メールを送信し大きく伸びをして立ち上がるはやて。同じように背伸びをするツヴァイ。まるで姉妹のような行動だがここには二人以外の人間はいないので誰も指摘を入れない。もっとも、微笑ましいだけの行動なので笑われるだけだろうが。

 

「公開意見陳述会……なんも起こらんのが一番やけどなぁ」

 

 だが、そんなに甘いことはないだろうとはやてはどこか達観した考えでドアを開ける。その手にリインフォースⅠの残した魔道の欠片を握りしめながら。

 

 公開意見陳述会、様々な思惑が渦巻く中、運命は急激に動き始める。

 




アギトとアインスは結構仲良しです。因みにケリィとは微妙な関係。


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三十七話:襲撃開始

 公開意見陳述会当日。多くの報道陣の注目を集める中、会議は予定通り14時に開始された。会議室でお互いの腹の内の探り合いが続いている中、外は物々しい警備が行われており蟻一匹たりとも通さない防御網が敷かれていた。

 

 六課のフォワード陣とヴィータとツヴァイもその例に漏れず地上本部の周りを警護していた。そして本部の中にはなのはとフェイトの隊長二人。さらに会議室にははやてとシグナムが構える鉄壁の陣営。もっとも本部内には一切の武器の持ち込みが許可されていないので中に居る者達は皆素手なのだが。

 

「陳述会が始まってから四時間か……今のところ何も起きていないけど」

「このまま何も無いといいんですけどね」

 

 チラリと時間を確認して呟くティアナにエリオが何もないことを祈るように返す。中では未だに白熱した議論が行われているのだろうが外は風の音と人の動く音以外には何も聞こえない程に静かだ。

 

 そもそも管理局に喧嘩を売って得になることなど一つもない。それにこれだけの警備を抜けられるはずがない。何かが起こるなど万が一にもあり得ない。ないない尽くしである。誰もがそう確信していた。そう信じていた。だが、希望的観測などいつの時代も役に立たない。

 

「おい、なんだあれ!?」

「ガジェットだ! でも、管制室からは何も報告はなかったぞ!」

「いいから後回しだ! 早く動け!!」

 

 突如として慌ただしくなる現場。フォワード陣もその声の方へ振り返ると大量のガジェットが地上本部を囲むようにルーテシアにより召喚されていた。それ自体はそこまでおかしいことではない。守っている場所に敵が責めてきたそれだけのことなのだから。

 

 しかし、おかしな点が一つある。それはいち早くこのことを察知するはずの管制室からの連絡が何一つないことだ。敵に裏をかかれたまでは理解できる。だが、今も何一つとして連絡が無いのはあまりにおかしいではないか。

 

「もしかして……もう中は制圧されているの?」

 

 信じられないとばかりに零すティアナ。しかし残念なことにその想像は当たっていた。機器すら騙す幻影でクアットロがクラッキングを行いセンサーを停止させ、無機物の中を移動できるディープダイバーの持ち主であるセインが天井から麻痺性のガス弾を落とし一瞬で敵のバックアップを封じ込み、さらに防壁に使われるエネルギーの供給源をチンクが破壊したので混乱が起こり何の連絡もないのだ。

 

「とにかく、ガジェットを破壊しないと!」

 

 連絡が無く中の様子は分からない。しかしこのガジェットを放っておくわけにはいかない。そう瞬時に判断したスバルが残りのフォワード陣に声をかける。その声が届いたのか六課以外の局員達も戦闘態勢を整え始める。これならばガジェットはすぐにでも駆除されるだろう。そう誰もが考えたが敵はそのような甘いことはさせない。

 

「伏せろ、お前ら! 狙撃が来るぞ!」

 

 四人の耳にヴィータの叫び声が届き反射的に地面に伏せる。次の瞬間には高密度のエネルギー砲、端的に言えば極太のレーザーが自分達のすぐ近く、地上本部上部に撃ち込まれた。その一撃の威力を見た者達は皆一様に動きを止めてしまう。

 

 何も攻撃に恐れたからではない。単純に簡単に動くことが出来ないのだ。相手はいつでもこちらを狙える位置に居るというメッセージ。それはこの上なく効果的な牽制だ。下手な動きを見せればお前たちの命は一撃の下に消え去ると無言で語りかけているのだ。

 

 そして誰もが動けなくなったことを見計らい、ガジェットは一斉に本部全体を取り囲みAMFの展開を始める。その行動の真意に気づきヴィータは大きく舌打ちをする。敵はこちらの主戦力を封じ込めに来たのだ。

 

 魔法を使える人間でストライカー級の者達は一様に階級が高い傾向がある。これは強い人間ほど手柄を立てやすいからである。階級が高いということは面倒な会議などに出なければならなくなる。つまり、中に居る人間の方が強いのだ。それらが一手に固まったところを封じ込めればこちらの戦力を一気に削ることができる。

 

「ちくしょう、はやてもシグナムもなのはもフェイトも出れねえんじゃキツイな」

「ヴィータ副隊長、すぐになのはさん達を助けに行きましょう!」

「そういや、もしもの時は地下で落ち合うように言ってたな。デバイスも持ってってやらねーとな」

 

 そうと決まれば一刻も早く向かわねばならないところなのだが戦場とは不測の事態ばかりが起きるものだ。

 

「ヴィータちゃん、十二時の方向から推定オーバーSの未確認が近づいて来てますです!」

「空戦か? 今ここに居んので戦えんのはあたしだけか……フォワード陣、よく聞け!」

『はい!』

 

 ツヴァイから与えられた情報をもとに素早く作戦を組み立てるヴィータ。一体相手が何の目的をもってここに向かってきているかは分からない。だが、黙って素通りさせるわけにいかない。その為には止めることができる者が止めに行かなくてはならない。

 

「今からお前らは隊長達のデバイスを届けに行け。あたしは未確認を叩き行く、分かったな」

『了解です』

「よし、じゃあ急げよ」

 

 お互いに振り返ることもなく駆け出す。それは信頼の証である。フォワード陣は自らの副隊長の強さへの絶対的な信頼。ヴィータは今までの訓練を耐え抜いてきた新人達の成長への信頼。

 

 それぞれが大丈夫だと信じていた。だが、どれだけ強くとも必ず生きて帰れるとは限らないのが戦場だ。ましてや全員が無傷で帰ってこられるなど―――どれだけの確率であろうか。

 

 

 

 

 

 地下通路のロータリングホールにてなのは達隊長陣と落ち合うために地下通路を進むフォワード陣。一刻も早くデバイスを渡さなければと焦る四人の前へ突如として敵は現れる。突如として空中から現れた赤髪の戦闘機人に蹴り飛ばされるスバル。そして残りの三人は桃色の魔力弾に四方を囲まれ身動きが取れなくなる。

 

「さあ、後は生きたまま捕獲するだけっス。というか、ノーヴェそのこと忘れてないスか?」

「うるせーな。あの程度じゃタイプゼロは死なねえ、見ろよ」

 

 同じく赤髪の語尾が特徴的な戦闘機人、ウェンディに注意されるがノーヴェと呼ばれた少女はイライラとした様子で返す。だが、言っていることは正しく吹き飛ばされたスバルは姿こそ傷ついたように見えるがさしてダメージを受けていないように起き上がる。

 

 そうでなければこのイライラが収まらないとばかりに指の関節を大きく鳴らし威嚇するノーヴェ。ウェンディの方はまたかといった感じで相棒を見るが自分達の方が有利なのは間違いがないので大丈夫だろうという顔をする。しかし、二人は相手の力量を完全に測り間違えていた。

 

「全員散開!」

「あたしの作った囲いを全部弾いたんスか!?」

 

 ティアナの掛け声とともに囲いに使われていた魔力弾を一瞬で吹き飛ばすエリオ。それと同時に三人とも別方向に駆け出していく。慌てて追おうとするウェンディとノーヴェであるが敵は三人だけではない。スバルの存在を完全に忘れたことで相手にさらなる一手を与えるきっかけを与えてしまった。

 

 強烈な拳を地面に打ち込むことで辺りに砂煙と瓦礫を巻き上げるスバル。思わず目を瞑ってしまい四人を完全に見失ってしまうノーヴェとウェンディ。だが、それでも彼女達の優位は揺らがない。

 

「いくら目隠ししたってあたしたちの目は騙せないっスよ」

 

 彼女達戦闘機人の目はそれそのものが熱感知センサーやエネルギー感知能力を兼ね備えている。砂煙ができたところで見えなくなるということはない。その為すぐに目を開きティアナ達の姿を探す。

 

「見ーつけた! ほいさ!」

 

 少し探しただけで簡単に相手を見つけ再び魔力弾を手にした盾から撃ち出すウェンディ。桃色の弾丸は何の障害に阻まれることもなく小さな人影を射抜く。それが―――幻影だということに気づくこともなく。

 

「へ?」

「なにやってんだよ、あたしがやる!」

 

 あっさりと弾丸が貫通したことに間抜けな声を上げるウェンディに代わりノーヴェが前に出てスバルの姿をした幻影を蹴りつける。しかしながら幻影を蹴ったところで何が起こるわけでもない。常人に放てば必殺になりえる一撃も虚しく空気を切るのみである。

 

「ノーヴェ、これ幻術っスよ!」

「幻術? 関係ねえ、こいつら全部ぶっ潰せば―――」

 

 問題はないだろう、と言いかけた所でノーヴェの言葉は止まる。確かに幻影も本体も全て壊せば何の問題もないだろう。だが―――目の前にひしめく何十体もの敵全てを倒していく余裕などあるのだろうか?

 

「今のうちに撤退するわよ!」

『了解!』

「あ、待つッス!」

 

 相手の数の多さにノーヴェ達が固まってしまった隙を突き離脱を計るフォワード陣。軍団の中から四人だけが通路の闇に消えようと走り出す。慌ててそれを追いかけようとするノーヴェとウェンディ。もしもこの二人が初陣ではなくある程度経験を積んだ状態であれば気づけただろう。ワザと分かりやすいように四人だけ(・・・・)を動かした理由を。

 

「隙あり!」

「ぐあっ! タイプゼロがなんで残って…!?」

「なっ!? 本物は残ってたんスか!」

「残念だけどそういうことよ」

 

 突如として何もない空間から現れたスバルにより先ほどのお返しとばかりに蹴り飛ばされるノーヴェ。その様子を見て自分達が追っていたのは囮で本物は自分達の隙を突くために残っていたのだと悟るウェンディだがもう遅い。目の前に迫っていたキャロの援助を受けたストラーダの一撃からは逃れられない。

 

 なすすべなく渾身の一撃を受けてノーヴェと同様に吹き飛んでいくウェンディを確認するとティアナは今度こそ本当の撤退の合図を送る。さらに今度は幻影を四方向全てに分断させる形で相手に場所を悟らせないように。

 

「くそっ! あいつらやりやがったな!」

「どうするっスか。今から追っても追いつけるか微妙っスよ」

 

 身体の頑丈さから大したダメージは受けていないため、すぐに起き上がり悪態をつくノーヴェ。逆に今からどちらに向かったのかを割り出して追っても間に合わないと分かっているのかゆっくりと起き上がるウェンディ。どちらの様子もまだまだ戦うことは可能なことを示しておりあのまま戦っていれば持久戦になりフォワード陣は大幅に時間をロスしていたことを思わせる。

 

【ノーヴェ、ウェンディ、少しこちらに来てくれないか? 今タイプゼロファーストと交戦中だ】

「チンク姉? 分かったすぐに行く」

「でも、こっちの方はどうするんスか?」

 

 分かれて行動中だった姉であるチンクからの通信が入り、彼女を慕うノーヴェは考えることもなく彼女の命に従う。ウェンディの方はいくらか冷静であるために取り逃がしたフォワード陣をどうするかを問う。

 

 二人はスカリエッティから彼らを捕獲して研究所に招くように頼まれている。もっとも、スカリエッティならば失敗したのならばそれはそれで仕方がないとさほど気にしないであろう。それが分かっているためかチンクは問題はないと返す。

 

【逃げられたのならひとまずこちらを優先したい。それに―――そちらには彼が居る】

 

 

 

 

 

 見事な作戦によりノーヴェとウェンディの手から逃れることに成功したフォワード陣。彼らはその勢いに乗るがごとく合流場所であるロータリングホールに向かっていた。

 

「後どれぐらいで到着ですか?」

「もうすぐで到着するはずよ」

 

 全員があと少しで目的地だということで気を緩めていた。もちろん、本人たちに聞けばそんなことはないと言い張れるレベルでの僅かなものだ。しかし、僅かでも注意力が落ちれば気づけないものもある。例えば、敵を切り抜けた先に周到な罠が仕掛けられていることなど。

 

「隊長達が待っているかもしれないので急ぎましょ―――」

 

 ―――炸裂音。

 

 キャロの言葉は激しい炸裂音によってさえぎられる。クレイモア地雷、鼓膜を破るような鋭い音の訪れの後に爆発によって打ち出された無数の鉄球が襲い掛かる。何が起きたのかもわからぬままに四人は足を止め防御の体勢を取る。

 

 幸いにもバリアジャケットの防護のおかげで傷を負うことはなかったが不意を突かれた動揺は残る。中々動き出すことが出来ずにどこかにいる敵の姿を探して辺りを見渡す四人の目の前に一人の男が姿を現す。

 

「どうやらここで張っていたかいがあったようだ」

「あ、あなたは!」

「理想を捨てる覚悟はできたかい? スバル・ナカジマ」

 

 見覚えのある、否、忘れたくても忘れられないトラウマを植え付けられた男の登場にスバルは声を裏返してしまう。顔は黒い布のようなもので隠されておりスバルからは瞳しか見えないがその死んだ瞳と黒いコートがあればあの男だと断定できた。僅かに震え始めるスバルの様子を心配して残る三人が庇うように前に出て男を睨み付ける。その仲間想いの様子に男は皮肉気に笑う。

 

「いい覚悟だ。愛する者を守るために自らが盾となる。何度も見てきた素晴らしい光景だ。

 そして―――何度もその後ろの人間を殺してきた」

 

 瞬間にスバルの後方で再びクレイモア地雷が炸裂する。リモコン操作での地雷の発動は自らが見つかる恐れもあるが誤爆の心配はない。明確に狙った対象を傷つけることが出来る。もっとも、元々敵を殺すほどの威力は持たない地雷では硬いバリアジャケットを貫いてもかすり傷程度の効果なのだが。しかし、完全に死角からの攻撃は相手の恐怖心と動揺を煽るには十分すぎる効果を持つ。隠された顔の隙間から覗く死んだ瞳が冷徹に四人を見つめ圧力をかける。

 

「悪いが君達はここで足止めさせてもらう。安心してくれ、殺しはしない。クレイモア地雷(・・・・・・・)も今ので最後だ」

「悪いですがこちらも止まる気はありません。それに四対一で、ここは地下。両方が生き埋めになりかねない高火力の攻撃をできない以上は数の多いこちらの有利は揺るぎません。大人しく投降してください」

 

 足止めをすると語る男にいくらか冷静さを取り戻したティアナが毅然とした態度で告げる。それを聞いた男はまるで出来の良い生徒を見る教師の黒い布のしたで笑って頷き手を上げる。一瞬手を挙げて降参するのかと思うフォワード陣だったがその手にはリモコンが握られていた。慌てて爆発に備えて今度はバリアを張ろうとする四人。だが、何故かバリアは作り出されることはなかった。

 

「これ……もしかしてAMF!?」

「ご名答。今のリモコンはしかけておいたAMFを張るためのものだよ。これを出した瞬間に撃ち抜いておけば止められたかもしれないが、とにかくこれで半径100メートル以内で君達は魔法を使えなくなった。」

「でも、それはそっちも同じことじゃ?」

 

 先程の地雷は敵にこちらが地雷を使うと思わせるためのブラフの役割もある。その為に相手は反射的に攻撃ではなく防御を取ってしまったのだ。しかし、AMFを張ったということは相手も魔法を使えないということに他ならないとスバルが声を出す。

 

 実際問題、男が顔を隠しているのは変身魔法が使えなくなるからであろう。だが、そのようなことは何の障害にもならない。どこまでも自然な仕草で男は懐から黒光りするキャリコを取り出す。それを見た瞬間にスバルは理解する。相手ははなから魔法を捨てた状態で戦うことを前提とし、質量兵器を揃えていたのだと。

 

「生憎、質量兵器の扱いには慣れていてね。さらに言えば今の君達は猟師の前のうさぎ同然だ。四人居たところで大した脅威じゃない」

 

 補助タイプのキャロは論外。ティアナも魔法が使えなければ近接用のダガーを出せない。エリオが直接デバイスで攻撃できるが魔法が無ければただの子ども。頼みの綱はスバルであろうが彼女が戦闘機人にならなければその力は使えない。武器のない人間は武器のある人間には勝てない。それが人類史での絶対の理だ。

 

 舞台は整った、後は機械的に処理を行うだけである。そんな自分が嫌なのか、男は布の隙間から覗く死んだような瞳に憂いをおびさせてキャリコを構える。そして照準を四人に合わせたところでどこまでも無機質で冷たい声で言い放つ。

 

 

「悪いが、君達が足を踏み入れた瞬間からここは僕の―――狩場だ」

 

 




レジアス「地上本部の守りは鉄壁だ。結界の数は二十四層、魔力炉三基と地上きってのストライカー級の魔導士と気に食わんが本局のエース級数十人。トラップにも抜かりなし通路の一部は虚数空間化までさせている。まさに完璧な防御網だ。さあ、どこからでもかかってこい!」
切嗣「セインに運び込ませた大量の爆薬で一気に爆発させた。まともに戦う方が馬鹿らしい」
レジアス「 」

スカさんが生かして捕らえることを目的にしていなかったら多分こうなってました(白目)
というかセインさんが便利すぎる。後、チンク姉も限界がどれぐらいか知らないけどビルの鉄骨を爆弾に代えれば半壊ぐらいはできるよね。この二人テロするだけなら絶対最強だよ。
舞弥ポジ獲得も夢じゃない(冗談)


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三十八話:素顔

 

 小さな金属音と共に引き金が引かれる。銃弾が放たれるまでの僅かな時間にフォワード陣は反射的にジグザグに駆け始める。もしも相手の放つものが魔力弾であれば簡単に追尾機能をつけられただろうが生憎質量兵器。しかも拳銃ではその機能はない。

 

 動いている相手に銃弾を当てるのはプロであっても簡単なことではない。そのため不規則な動きを続けていれば相手はこちらに当てることは難しい。しかも相手は宣言通りに殺す気はないらしく足を狙って撃ってきているためにさらに当たる確率は低くなっている。

 

「全員、物陰に隠れながら後退!」

「冷静だな。だが、いつまで保つか」

 

 このままでは勝てないと瞬時に判断をして撤退の指示を出すティアナ。その様子に少し感心したような声を出しながら男は銃を止め、ゆっくりと歩き出していく。既にここは彼の狩場、どこに人が隠れられる場所があるかなど手に取るように分かる。まるでそう語りかける様な足取りに四人は息を潜めながら思考を働かせる。

 

 スバルも男に思うことはあるが気にしていれば一瞬のうちにやられてしまうので今は思考の片隅に追いやっている。魔法を使えない以上はこちらの攻撃手段は限られてくる。また、念話も使えないために連携も取り辛い。

 

 だが、その程度のことで完全に連携が防がれるようなやわな訓練は組んできてはいない。簡単なジェスチャーとアイコンタクトだけでお互いに作戦を伝え合う。こちらに戦う手段がない以上は取れる手は撤退してAMFから切り抜けることが最善の策。場所が分かれば破壊することもできなくもないが敵が分からせてくれるとは思えないためひとまず却下。

 

 三十六計逃げるに如かず、とにかく逃げるしか道はない。だが、やられるばかりで終わるほど素直でもない。何とか相手の裏をかいてやろうとお互いに頷き合い四人は一斉に動き始める。

 

「分かれて動き始めたか。時間を稼いで救援でもを呼ぶつもりか?」

「はぁっ!」

「てやっ!」

 

 一斉に姿を現し、動き始めた四人の動きに男は僅かに目を見開く。ティアナとキャロがまず飛び出して逃げ始めることで敵の注意を向けさせ銃口を向けさせたところで横合いからスバルとエリオが突進を仕掛けてくる。そんな攻撃的な作戦の意図を時間稼ぎかと判断しながら男は迎撃に応じる。

 

「いい連携だな」

 

 右方向から繰り出されるエリオの槍による鋭い突き。それを難なく躱し照準をエリオに合わせようとしたところに左手からスバルの拳が襲い掛かってくる。今度はスバルに狙いを絞ろうとすればエリオからの攻撃で中々攻めることが出来ない。

 

 どちらも魔法によって強化されたものではないが鈍器で殴られることと何ら変わらない。特にスバルに関しては元々の身体能力も高いためにナックルを下手な場所に受ければ最悪死にかねない。そのために安易に攻めることが出来ないのだ。

 

 チラリとこちらから去っていくティアナとキャロを見つめ思考を巡らす。後ろに逃げたところで隊長達と合流するにはここを通らなければならない。さらに言えば彼らはノーヴェとウェンディが元居た場所を去ったことを知らない。そうなれば必然的に挟み撃ちのプレッシャーもかかってくるはずである。

 

(だが、そうは見えない。まだ、何か策があるのか? それともあちらから隊長達以外の救援が来ているのか……いや、今考えることじゃないな)

 

 エリオとスバルの攻撃を最小限の動きで躱しながら男は考える。そもそも自分の目的は隊長達との合流を遅らせること。最大戦力を他の戦場に回さないのが自分の役目だ。できれば捕らえて研究所に招いてほしいと言われているがスカリエッティの願いなど叶えてやる必要はない。少しでも余裕がなくなれば実行する気などない。

 

(このまま避け続けて時間を稼いでもいいが……少々反撃させてもらおう)

 

 一拍の間も置かぬ完璧な連携の前に手を出せないと思わせてもあまり意味はないだろう。ここで反撃をした方が相手の焦りを誘える。そう考え男は反撃に出るための一手を打つ。接近戦では役に立たないキャリコを手放しちょうど膝下の高さにいるエリオの目の前に落下させる。

 

 突如として目の前に銃器が飛んできたために反射的に顔を反らすエリオ。そこにできた隙は微々たるものであった。だが、戦闘においてはその隙は余りにも大きい。連携に生じた一瞬の空白を逃がさず男は大型のナイフを取り出すと共にエリオへと斬りかかる。

 

「くっ!?」

「上ばかり見ていても仕方がないぞ」

 

 ストラーダを盾にしてナイフの一撃を防ぐエリオであったが間髪を入れずに放たれた蹴りを足に入れられてよろめく。そこへ止めを刺すために男が一歩踏み込もうとするがそんなことはスバルがさせない。ローラーブーツを穿いた足で顔面に向けて蹴りが繰り出される。

 

「もう、あたしの前で誰も傷つけさせない!」

「……覚悟は認めるが、まだ力が伴っていないな」

 

 体を無理矢理動かして後ろに大きく飛びながら男はナイフをスバルの軸足目がけて投げる。蹴りの反動を一手に支える軸足は動かすことが出来ない。エリオのカバーも間に合うことはない。間違いなく当たると男が確信した時、ナイフはオレンジ色の光弾によって弾き飛ばされた。

 

「ありがとう、ティア!」

「なに!? なぜ、魔法が……いや、そうか。AMFの範囲外に出てヴァリアブルシュートを使ったのか。これだけの距離を移動させるには四層は必要だろうに、よくやるよ」

 

 本来使えないはずの魔法による攻撃が現れたことで動揺を見せる男であったが種が分かるとすぐに冷静さを取り戻す。ヴァリアブルシュートはAMFを突破する外殻の膜状バリアでくるんだ多重弾殻射撃というものである。 理論としては外部の膜状バリアが相手フィールドに反応してフィールド効果を中和、その間に中身をフィールド内に突入させるものである。

 

 言うのは簡単だが扱うのは中々に難しく大量の魔力消費に精密な魔力制御が要求される。さらにただのガジェットが纏うAMFと違い今回は半径百メートルにまで距離が取られている。その中を突き進ませるために外殻の膜状バリアは最低でも四層は作られているはずである。それでも一度の攻撃で消えてしまう程度しか魔力は残らないのか光弾は塵のように消えていた。

 

 だが、こちらまで攻撃は届くのだ。それが与える戦略的優位性は計り知れない。男はナイフをもう一本取り出しながら遠くで構えるティアナとキャロを睨む。キャロの補助により威力を上げているのだろうがティアナの額には大粒の汗が見られる。しかし、その顔はこちらが優位に立ったことを確信しているのか僅かにではあるが笑っていた。

 

「末恐ろしい子達だ……本当に」

 

 感心したような声を出しながら男は再び隙の無い連携で攻めてきたスバルとエリオに対処する。しかし、今度はティアナとキャロの攻撃にも注意を向けなければならない。四人を相手にいつまでも完璧な防戦ができるわけがない。

 

 ついに男は一瞬ではあるが足を震わせ体を傾かせ隙を見せる(・・・・・)。そこへエリオとスバルが攻め込んでいく、かと思われたがエリオは攻撃するのではなく男の脇をすり抜けるように駆け出してく。

 

「ほう、あくまでも僕を抜いて隊長格にデバイスを届けるのが目的か」

「そう、隊長達のデバイスは全部エリオが持ってる。きっとすぐに隊長達を連れて戻ってきてくれる! そうしたらあたし達の負けはない!」

「まともに戦わずにあくまでも防戦に徹する。勝てないのなら負けない策を立てるか、悪くない」

 

 足止めを破られたというのに全く抑揚を変えない男の声に有利に立っているはずのスバルは何か嫌な予感を覚える。それと同時に男の声をどこかで、遠い昔に聞いたことがあるような胸騒ぎに襲われる。

 

 一体自分の心はどうなっているのだと思いながらスバルは後少しでAMF内から抜け出すところのエリオに目をやる。後、一メートルで抜ける。だと言うのに男はまるで何の問題もないとでも言うように振り返ることもしない。何かがおかしい。気を付けてとエリオに声をかけようと口を開いたところでエリオがAMFのフィールドから一歩足を踏み出す。

 

 

「言い忘れていたけど、AMFを出た所には―――魔力で作った地雷が山ほどあるからね」

 

 

 爆音が壁を揺らし、聞く者の鼓膜を破らんと激しく吠えたてる。火炎は大きくその口を開き、少年を呑みこんでいく。まるで呑み込んだ少年を噛み砕き味わうように、爆発は一度に留まらずに連鎖して続いていく。

 

「エリオ―――ッ!?」

 

 思わず叫び声を上げ助けに行こうとしてしまうスバル。だが、戦闘中にそのような行動をとれば相手の思うつぼだ。今までは手を抜いていたとでも言うように流れるような無駄のない動きで男はスバルの脚の健のある場所をナイフで切断する。

 

 脚に力が入らなくなり為すすべなく膝をつきながらスバルは悟る。男が見せた隙とは相手を罠にはめるために創り出した意図的なものだったのだと。自分達は僅かな隙を突くことで相手に行動と作戦を教えてしまったのだと。

 

「エリオ君! スバルさん!」

「キャロ、今は敵に集中しなさい!」

 

 大切な仲間が立て続けに傷つけられたことに取り乱しそうになるキャロを抑えながらティアナは照準を男に合わせる。ティアナとて内心は怒りと動揺でどうにかなってしまいそうであるが、今は敵を倒すことに集中する。幸いにも敵はこちらを殺さないと宣言している。現にスバルは丁寧に足だけを切られている。

 

 そこから考えればエリオも生きている可能性が高い。そう、信じるようにしてティアナは引き金を引く。多重構造のオレンジの光弾は真っすぐに男を目がけて飛んでいく。その速度は直線的であるがゆえに速い。既に生身の人間に避けることのできる距離ではない。そう―――常人の倍以上の速さで動けなければ。

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)

 

 突如として掻き消える男の姿。自分の目がおかしくなったのかと一瞬瞬きをするティアナ。そしてもう一度目を開いたときに目の前に見えたのは姿が確認できないほどの速度で自分達の下へ移動してきた男の姿だった。

 

「まずい! 逃げ―――」

「られるとでも思っているのかい?」

 

 肉体を撃ち抜かれた焼けるような痛みが足から脳まであっという間に届く。男もAMFから出たことで魔法の使用が可能となり自らのデバイスで撃ってきたのだ。しかし、まだ自分には手が残っているとティアナとキャロは歯を食いしばって男に反撃を行おうとする。だが――――

 

「その気合は認めるけど、既に君達は詰みだよ」

 

 その手も容赦なく撃ち抜かれる。吹き出す血が少女達の顔を染めるのを無表情に見つめながら男は作業的にバインドで二人を縛り上げる。そしてAMFを解き一ヶ所に集めるためか二人を運び、残る二人の下に向かう。

 

「……地雷は最後って言ってましたよね。あれは嘘だったんですか…?」

「クレイモア地雷はあれで最後だった。魔法の方は何も言っていない。嘘はないよ」

「くっ……」

 

 戦闘を開始する前に『クレイモア地雷も今ので最後だ』という発言をしていたことを尋ねるティアナであったが詐欺まがいな回答を返されギリリと歯ぎしりをする。相手は最初からこちらが取るであろう作戦は全て予想していたのだ。それに敢えて乗ることで逆にこちらを策にはめていたにすぎないのだ。

 

 相手の方が一枚も二枚も上だったと悟るがもう遅い、こちらは敗北したのだ。そう諦めた時、不意に男が若干慌てたように体を動かした。一体何がと思い目を向けてみるとそこにはフラフラと揺れているものの何とか立って男に攻撃を仕掛けるスバルの姿があった。

 

「まだ……諦めない」

「驚いたな。健を切ったのに動けるのか、スバル・ナカジマ。いや、神経ケーブルの強度に阻まれたのか? だが、無意味な抵抗は止めておいた方が良い。また、新たな犠牲を出したくないのならな」

 

 これ以上攻撃を仕掛けてくるようならば二人を殺すと告げるように男は銃口を二人の前にチラつかせる。悔しそうに歯を食いしめるスバルであるが相変わらず反抗的に男を睨み付ける。その目には怒りと共に疑問の色があった。

 

「以前にあなたと会った後から考えていました。あなたがあたしに言った言葉の意味を」

「人間になりたければ理想を捨てろ、そう言ったかな。結局、君は人間になるのかい? それとも機械として生きていくのかい? 正義の味方なんて借り物の理想を抱いて」

「その前に一つ教えてください。あなたはどうしてあたしを救おうとしてくれたんですか?」

 

 男の瞳が驚いたように見開かれる。まさか気づくとは思っていなかったという目にスバルは自分の考えが正しかったのだと理解する。男は足元に居るティアナとキャロやまだ回収していないエリオのことなど眼中にないようにただ思いつめた様子でスバルだけを見つめる。その瞳の映る絶望の深遠さに呑まれないようにスバルは睨み返す。一秒、一分、はたまた一時間も分からぬ時間睨み合った後、遂に男が口を開く。

 

「後悔だ……全てに対する後悔だよ。正義の味方という愚かなものを目指した後悔ゆえに同じ破滅の道を行く君を許せないんだ」

「後悔…? 何で後悔なんてするんですか?」

「……知る必要はないよ。君はただ理想を捨てて人間らしく生きればいい」

「それじゃあ、答えになっていません! 知りたいんです。でないと何かを選ぶことなんてできません!」

 

 答えようとしない男にスバルは一歩も引きさがらないという目をして叫びかける。その瞳に男は何か眩しいものを見るように目を細める。かつて自分にもこのような時があったと思いながら息を吐く。もはや人質の二人ことなど頭にない。エリオに至ってはどうせ動けないだろうと考え確認しようともしない。そんな男にスバルは更に追い打ちをかけようとするが先に男が口を開く。

 

「知りたいんだな? 全てを。これから先に見る地獄を、君は見る覚悟があるんだな?」

「……はい」

「いいだろう。なら、まずは君の理想の根底にあるものを砕いてやろう。ああ、以前の時にもこうすればよかったんだ」

 

 どこか呆れたように冷ややかな声を出しながら男は顔を隠す布に手をかける。遂に素顔をあらわにするのかとその場に居る者達の視線が男に集中する。自分の理想の根底にあるものを砕くとは一体どういうことなのかとスバルは唾を飲み込む。

 

「君はあの空港火災の犯人は誰か知っているかい?」

「その言い方、まさか……あなたが…!」

「ああ、そして……もう一つ。君はこの顔を―――覚えていないかい?」

 

 顔を覆う布が完全に取り払われ男の素顔が明らかになる。

 

 

 ―――その顔を覚えている。

 

 

 目に涙をため、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる、男の姿を。その顔があまりにも嬉しそうなので、まるで救われたのは自分ではなく、男の方ではないかと錯覚するほどに。死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、男は何かに感謝するように、ありがとう、と何度も何度も繰り返した。忘れるはずなどない、その顔は自分の理想そのもので、憧れで、自分を救ってくれた―――正義の味方だった。

 

 

「これで分かっただろう。君の理想は最初から―――壊れていたんだ」

 

 

 衛宮切嗣はかつて自らが救った少女の前に、此度は敵として再びその顔を見せたのだった。

 







切嗣「はやては君の理想の真実を言わなかった」
スバル「部隊長は十分話してくれた! あなたは理想の真逆に居る人だと!」
切嗣「それは違う。僕が……君の理想だ」
スバル「嘘だァアアッ!!」

実はこういう展開にするつもりだったんだ(大嘘)


ついでに。

アインス「私が……主の母です」
はやて「噓やぁああッ!!」
アインス「そして妹よ。お前が……主の叔母だ」
ツヴァイ「嘘ですぅううッ!!」

こっちは本編でやるかも(真顔)


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三十九話:正体

 

「なん…で? どうして…?」

 

 唇からこぼれ落ちる想いは戸惑い、そして疑問。ずっと憧れてきた、目標にしてきた。目の前の人物に追い付ける日を目指して走り続けてきた。だというのに、その人物が自分の最も憎む人物だった。既に理想を捨てた敗者だった。

 

「憧れなんてものは所詮、醜い真実を覆い隠すヴェールに過ぎない。理解とは程遠い感情だよ」

 

 切嗣はスバルを見つめているようで何も映していない瞳で淡々と語り掛けていく。スバルにはその様は魂などない人形のようでいて反面修羅のような形相をしているかのように見えた。その張り詰めた空気に状況が掴めていない他の者達ですら息を呑んで見つめる中、切嗣はさらに語り続ける。

 

「あの火災はそもそも犠牲など出ずに終わるはずだったものだ」

「じゃあ、なんであんなにも人が死んだんですか!?」

「……人為的なアクシデントとでも言うべきかな」

 

 それはアクシデントとはとてもではないが呼べるものではないだろう。そう口にしたかったが、何故だか口が開かなかった。まるでこれから先に聞くことが怖くて体の時を止めてしまったかのように。

 

「ところでだ、君達は正義の味方に……いや、誰かを救うために必ずなくてはならないものを知っているかい?」

 

 切嗣の声がまるで呪詛のように少女たちの耳について離れなくなる。その先など聞きたくないと心が恐怖し逃げようとするが体は指一本たりとも動くことがない。まるで自らに課せられた罪状を粛々と受け入れる被告人のようにどこまでも冷静に。

 

「勇気? 愛? それとも力? 全て違う。最も根本的なもの、そう―――他者の不幸だ」

 

 吐き出された言葉は他者から聞いても憎悪にまみれた憎々しいものであった。誰かを救うためには誰かが不幸でなければならない。傷を負っていなければならない。精神が壊れていなければならない。決して報われているということはあってはならない。

 

 誰かを救う人間、正義の味方は絶えず他人の不幸を求めてハイエナのようにうろつきまわっているのだ。そして死肉(不幸)を見つけるなり涎を垂らして飛びかかりその肉を食いちぎり、血を啜るのだ。そして食べ(救い)終われば自己満足に浸りながら新たな死肉を求めて彷徨う。決して不幸が起きる前に止めようなどとはせずに。いつも誰かが死肉(不幸)になってから。

 

「誰でもいいから、誰かを救いたいと……そんな歪んだ願いを持ったがゆえに他者の不幸を生み出した」

「ふざけないで! そんなの……絶対に間違ってるッ!!」

「そうだね。この上なく醜悪な自作自演の芝居に君達は巻き込まれた」

 

 救われることなく死んでいった者達。そんな彼らの死因がただ一人の男が物語の主役をやりたいからというだけという理由。あまりにも理不尽で傲慢な理屈で殺されていったのだ。そのような事実を一体どれだけの人間が受け入れられるだろうか。少なくともスバルには無理だった。

 

「そんな理由で誰かを傷つけていいはずがないよ!」

「ああ、事実そうだろうな。だが、スバル・ナカジマ、君はただの一度も―――他者に不幸が訪れた際に己が必要とされる嬉しさを感じなかったとでもいうのかい?」

 

 怒鳴り声をあげていたスバルであったが切嗣の言葉に黙り込む。心当たりがないわけではなかった。誰かを守るために己が身を差し出せるときに少なからず喜びを感じていた。誰かの為になるという行為そのものを報酬としていた。

 

 魔導士Bランク試験の時も身代わりになることで己の強迫観念を鎮めようとした。ホテル・アグスタでの警護の際も自分が犠牲になることで他者を守ろうとした。それらは全て自分にとって報酬で、他人の不幸を心のどこかで―――待ち望んでいた。

 

「そ、それは……違う…! あたしは誰にも傷ついてほしくなんかない! 不幸になんてなって欲しくない!!」

「自分の醜さを認めろ。君が正義の味方を目指している時点で、君は常に心の奥底で己の欲求が満たされる瞬間を、不幸になる人間を探している」

「違う…! 違う! 違うッ!」

 

 必死に否定を続けるスバルに他のフォワード陣は何も声をかけることが出来ない。擁護してやりたかった。しかし、今の彼女には擁護の声など届かないだろう。届くとすれば、それは……どこまでも残酷な事実。

 

 

「違うことなどない。なぜなら君の理想は―――そんな想いを持った僕なのだから」

 

 

 そう、スバル・ナカジマは衛宮切嗣という男に憧れてしまった。男のようになろうと仮初めの理想を抱き続けてきた。ならば、男のように矛盾した願いを抱くのも必然。偽物が本物を超えることはできるかもしれない。だが、偽物である以上は本物の本質と同じでなければならない。剣を模倣するならば剣、人間であるならば人間、歪んだ心であれば歪んだ心を真似る以外に道はないのだ。

 

「あたしは……あたしは……!」

「悪いことは言わない、理想など犬に食わせてしまえ。そうすれば先に続く地獄を見ずに済む」

「……これ以上に酷いことがあるの?」

 

 スバルは純粋にこれ以上苦しいことがあるとは思いたくなかった。自分の目的のために他者を踏みにじる行為。それ以上に酷いものとは一体なんなのか、もはや考えたくなどなかったが切嗣は容赦なく続けていく。

 

「若い頃は自分がどれだけ醜い存在であるかなんて理解していなかった。だから、大勢を救うために少数を殺してきた。数え切れないほどにね……」

「それは……」

「だが、そんなものは人殺しの言い訳に過ぎなかった。何が大勢の為に少数を犠牲にするだ。結局のところ僕は誰かを殺してきただけで誰一人として救ってなどいなかった! いや、死ぬ必要のない人間まで死に追いやってきた快楽殺人にも劣る!」

 

 大の為に小を切り捨てる。一見正しそうに見える理念ですら男は間違いだったのだと気づいてしまった。今まで必死に見ないようにしてきた犠牲にしてきた者達は死ぬ必要などなかったのではないのかという可能性を見せつけられたがゆえに男は狂った。

 

「誰も悲しまないように、誰も苦しまないように、それだけを願って走り続けてきた。その結果がこの世で最も悲しみと苦しみを生み出す機械の完成だ。全てを救うなどと夢を見ている限りこの結末からは逃れられない」

 

 救おうとした人間にすら絶望を与えていたどこまでも滑稽な人形。自分で自分が嫌になることを通り越して殺意すら覚えるほどの自己中心主義的な極悪人。それが理想を求めた先に得た答えだった。

 

「それなら…! 誰も傷つけなければいいだけ。殺しなんてせずに誰かを救っていればいい!」

「ふっ……初めはそうだったさ。君ぐらいの頃は苦しんでいる誰かを救おうと世界中を飛び回った。だが、生きている限り、争いはどこに行っても目に付いた……キリがなかった」

 

 確かに誰も傷つけずに、殺さずにただ人を救っていれば良かったのだろう。それならばこんな歪んだ存在になる必要もなかった。自分のせいで犠牲になる者達も現れることはなかっただろう。しかしながら、切嗣は満足できなかった。何故なら、彼の夢は誰もが幸せな世界だったのだから。

 

「子供のように我慢できなかった。曲がりなりにも一人を救ったことで視野は広がってしまった。 一人の次は十人、十人の次は百人、百人の次はと……自分の欲望を満たすためにより多くの人を救うことに執着してきた」

「なんで…? それでも誰かを救えばいい!」

「欲に目が眩んだとでも言うべきかな。戦争で死ぬ人間を減らすのに最も効率の良い方法はどちらかに一方的な勝利を収めさせることだ。その為にはどちらかの主要人物を始末するのが最も早い」

 

 誰かを救いたいと願いながら誰かを殺す。フォワード陣達はその矛盾した行動の理由が分からなかった。端的に言って狂っているとしか言いようがない。この世の誰があなたを救いたいと言いながらその人物の心臓を潰すだろうか。そんなものは、ただの異常人物か、特殊な性癖の人間ぐらいなものだろう。もしも切嗣がそのような人物であれば、どれだけ……救われたであろうか。

 

「殺す必要なんてないよね? 話し合いで解決すれば誰も死なずに済む」

「ああ、理論上はそうだな。だが、戦争になるほどまでに憎み合う相手が簡単に譲歩するとでも?」

「それは……」

 

 頷くことはできない。人の感情とはそれほど単純ではないのだから。愛する者を殺した相手を八つ裂きにしたいという憎しみが生まれないはずがない。

 

「第一、そこにこぎつけるまでにどれだけの時間がかかる? どれだけの血が流される!

 僕はそれが―――耐えられなかった…ッ! 君だって同じはずだ、耐えられるはずがないッ!

 一秒でも状況が止まっている間に目の前で人が死んでいく状況を許せるはずがないッ!!」

 

 会談を行う時期になれば流石に休戦になるだろう。だが、そこに至るまでにかかる時間はどれほどか。上の人間が話し合うべきかどうかを考えている間にも下の人間はその命を散らしていく。視野の狭い状態ならそんな彼らを見ることなどしなかっただろう。

 

 しかし、切嗣の視界にはいつだって死にゆく人間の姿が入ってきていた。それに耐えられなかったから彼は戦争を終わらすために人を殺した。それがどれだけ滑稽で、どれだけ愚かな行為かなど彼自身が知っていた。だとしても彼は無意味な死を肯定できなかった。

 

「あなたは……優しすぎる」

 

 ポツリとティアナが呟く。衛宮切嗣はスバルと同じように自分よりも誰かを救いたがる優しい人間なのだ。現実の残酷さを許せない程に優しいから誰よりも残酷な生き方をしてきた。そしてそんな生き方を誰よりも恥じている。だからこそ、こうも感情的にスバルを説得しようとしているのだろう。それは、なんという悲しい光景だろうか。

 

「優しい? まさか、本当に優しい人間なら誰も傷つけない。家族を殺そうなどとはしない。何より、名も知らぬ他人の為に愛する者を奉げたりするものか!」

 

 自己嫌悪。切嗣から吐き出された言葉から感じられるものはそうとしか言いようがなかった。スバルは認めたくなかった。自分が理想としてきた者の弱さを、醜さを。何よりも自分が目指したものがあの日、彼らを地獄に追いやったものなのだと。

 

「犠牲と救済の両天秤は自分が測り手にならなくとも自動的に動く。あの火災で君を救うために僕は対価として―――妻を犠牲にした。……名も知らぬ子を救うためにね」

「―――え?」

 

 まるでハンマーで頭を殴られたような衝撃がスバルを襲う。あの時見捨ててしまった者達は今日まで忘れたことがない。しかし、あの者達だけだと思っていた。自分が踏みにじって生きてきた人達はあれで最後だと。だが、現実としては自分の為に傷ついた者がまだ他にもいたのだ。

 

「ああ、安心してくれ。妻は生きているし今は元気だ。ただ、君が気を失った後に降りかかる瓦礫からその身を挺して僕達を助けてくれただけ……妻よりも見知らぬ子を守った僕をね」

 

 スバルにはその時の状況など分からなかったが二つほど分かったことがあった。衛宮切嗣という男は妻を深く愛しているということと。家族ではなく自分の理想を取ったことに後悔の念を抱いているということが。

 

「そもそも僕が誰かを救うという憧れに固執した結果として守らなければならないものを見失った。いや、例え見えていても……君を救っただろう」

「どうして……そんなにも苦しむのなら、あたしを救わなければよかったのに…!」

「それだけはあり得ないよ。君を救ったこと自体に後悔もない。なにより僕は―――」

 

 いったん言葉を切りふっと自嘲気味に笑い切嗣は呪いの言葉を吐く。

 

 

「―――正義の味方(・・・・・)だからね」

 

 

 だから家族を捨てて君を救ったんだ。そう言われたような気がしてスバルは戦意を失い崩れ落ちる。大切な者を犠牲にすることで見知らぬ誰かを救っていく存在に自分は憧れを抱いていたのだ。そのあり方は間違いではないのだろう。美しさすら感じられる。だが、余りにも残酷過ぎた。

 

 自分を犠牲にすることは簡単にできる。しかし、自分の家族を、大切な者達を、名前も知らない人間の為に死に追いやることが自分にできるだろうか。否、そもそも自分にそのような行為が許容できるとは思えない。エゴで家族を殺すなどあってはならないはずだ。

 

「誰もかれも救おうとは思わず、自分の手の平に収まる範囲で守っていけ。そうすれば僕のようにはならない」

 

 止めを刺すために切嗣は優しく、それでいて強制の意志の籠る声をかけていく。今ならば彼女は踏みとどまれる。人間らしく愛する者達だけを守り、自分だけの世界を創り上げていけばいい。誰も恨むことなく、恨まれることもなく、ただ平穏に暮らせばいい。

 

「……まだ、質問があります」

 

 もう動かないと思っていたスバルの唇が動く。訝し気に眉を顰める切嗣に対してスバルは顔を上げ、未だに折れていない芯の通った瞳で射抜く。

 

「そんなに悲しいことばかりをして、あたしを止めようとするほど間違いだって分かっているのに、どうしてあなたは―――止まらないんですか?」

「…………」

「答えてください。あなたが罪を重ね続ける理由を」

 

 切嗣は答えることが出来なかった。余りにも真っすぐ過ぎる瞳の前に言葉が出てこなかった。何故彼女は折れないのか。何故未だに信じることをやめないのか。理解できなかった。もしや彼女は自分以上に壊れているのではないかとさえ感じてしまう。

 

 沈黙が場を支配し、影を地面に縫い付けられたかのように誰一人として動くことが出来ない。世界の時が止まったかの如く音も空気も動かない。だが、世界が真に止まることなどあるはずはない。必ずその均衡を破る者が現れる。

 

Plasma lancer.(プラズマランサー)

 

「―――ッ!?」

 

 突如として横合いから切嗣に襲い掛かる電光の槍。反射的にシールドを張ることで防ぐことに成功するが一気に情勢が変動したことを悟り切嗣は大きく舌打ちをする。魔力が胡散したことでできた煙が晴れた先にはバルディッシュを構え険しい表情をするフェイトと血だらけのエリオを抱きかかえるなのはが立っていた。

 

「時間をかけ過ぎたか……いや、かけさせられたのか」

「それとエリオを放置したのが失敗です。切嗣さん」

「まさか、あの状態で這って進んでいたのか?」

 

 自分が隊長陣が来るまでの間、何もしないように話し続けさせられていたことに気づき渋い顔をすると共に、通路に血で何かが這って回った後があることに今更ながらに気づき驚きの声を上げる切嗣。

 

 エリオは足が使えない状態でありながら進み隊長達との距離を縮めていたのである。彼の行動も逐一確認しておくべきだったかと思うが既に目的は果たされたと言っても過言ではない。これだけ時間を稼げれば十分、焦る必要は何もない。

 

「だが、僕の目的は果たされた。こちらに人質がある以上はここで僕を捕まえるのは不可能だよ。それに、ギンガ・ナカジマ。彼女は現状三人の戦闘機人と戦っているはずだ。そちらの援護に向かうことを優先するべきだと僕は思うよ?」

 

 ギンガの名前が出たことでスバルとティアナの表情が青白くなる。ギンガは単独で行動しているはずであり、三対一といった不利な状況に陥っているのは確実。しかも今から向かったとしても救援に間に合わない可能性が高い。ギンガが殺されてしまいかねない、そう最悪の予測が頭をよぎるが何故か隊長達は表情を崩すことが無い。切嗣の方もそれに気づいたのか疑うような視線をなのはとフェイトに向ける。

 

「ギンガの方にはもう助っ人が向かっています。あなたも良く知る人がね」

「なに?」

 

 戸惑う切嗣に対してなのはは勝気に笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 揃って並ぶように下がり息を整える三人の戦闘機人、ノーヴェとウェンディ、そしてチンク。三対一で襲い掛かればいかに同じ戦闘機人であるギンガであろうとも為すすべなく倒されるはずであった。だが、どういうわけか三人は未だにギンガを捕獲することが出来ていない。

 

「くそっ! なんだよアイツ、急に現れやがって!」

「顔を隠しているくせに無駄に強いっス……」

「姉の見立てではあれは相当の手練れだな。体術のエキスパートと言ったところか」

 

 その理由はギンガの下に現れた正体不明の救援であった。救援の数は一人、まだ三対二でこちらの方が有利であった。しかし、三対一と三対二ではその差は大きい。さらに言えばその救援の力は一般局員のものとは隔絶したものであり三対二であっても相手と渡り合う技量の持ち主であった。

 

「改めて聞きますけど……味方でいいんですよね?」

 

 その人物はどういうわけかギンガに対してもその素性を明かしていない。だが、自分を手助けしていることだけは分かるためにギンガも共に戦うことを受け入れているのだ。と言っても怪しいものは怪しいために尋ねずにはいられないのだが。そんな様子に何を思ったのか彼は振り向き短く答える。

 

「……味方だよ」

 

 仮面の男が隠した素顔にどのような表情浮かべているのか、それは本人にしか分からない。

 




仮面の男……一体誰なんだ(棒読み)

いきなり出たって思う人は 二十二話:歪む世界、二十六話:道標、三十四話:話をしよう、三十六話:思惑に分かり辛いですがちょこちょこ伏線を入れているので確認してみてください。まあ、分かりやすいのは二十六話:道標でもろに存在を出してます。


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四十話:戦況





 

 切嗣とフォワード陣が戦闘を行っている中、時を同じくして機動六課本部にも敵の魔の手が伸びていた。大量のガジェットに戦闘機人。ボーイッシュなオットーに同じ顔だがこちらはロングヘアーのディード。二人の戦闘機人に対して対抗できる力を持っているのは現状の六課にはシャマルとザフィーラの二人しかいなかった。

 

 サポートのプロにディフェンスのプロ、だが所詮は二人。双子であるディードとオットーの戦闘機人コンビは相手の体力が切れるまでじっくりと攻めていくつもりであった。計算通りならば既に二人は倒れているはずである。だが、あろうことか二人はまだ立って必死に防衛線を守り続けている。如何にして二人は耐えしのいでいるのか。その答えは単純明快、彼らは二人ではないからである。

 

「何とか凌げてるわね……」

「だが、このまま長期戦が続けばこちらが不利だ」

「とにかく耐えよう……」

 

 シャマルとザフィーラの横に並ぶのは仮面を着けた男。男はガジェットが近づいてくるのを見つけるとどこからともなくカードを取り出し、ガジェットに投げる。カードは魔法をあらかじめ仕込んでおく使い捨てのデバイスのようなものである。カードから周囲に拡散する魔法弾、クラスター爆弾のようなものが放たれ、ガジェットを一掃する。しかしながらガジェットは未だに数え切れないほどにいる。

 

「キリがないな。ザフィーラ、鋼の軛で一掃できないか?」

「相手がただの巨体ならやるのだが、あれは良く動く虫のようなものだからな」

「それにあの子達を自由にさせるわけにもいかないものね」

 

 仮面の男が一掃できないかと相談するも流石のザフィーラにも無理である。敵が闇の書の闇のような存在であれば一気に引きちぎるような攻撃もできたのだが、小さなガジェットでは大技を使ったところで魔力の無駄でしかないだろう。打開策は依然として耐えて救援を待つことのみである。

 

 一方のオットーとディードの方も中々攻め切ることが出来ずに困惑していた。そもそも仮面の男という存在は事前情報には全くなかったものである。だと言うのに、あらかじめこの場所で張っていたかのように現れ、こちらの妨害を行い始めたのだ。さらに、三人の様子から考えれば知らない間柄ではないと知ることが出来る。しかし、やはり情報には載っていないのである。

 

「事前情報にはあなたの存在はありませんでした。何者ですか、仮面の紳士?」

「聞かれて答えるとでも? まあ、一つ言えることは()は気楽にどこにでも現れるものだよ」

「猫?」

 

 一体何者かと問いかけるディードであったが、軽く躱されてしまう。少しだけムッとなるが、そもそも仮面で自分の顔を隠している人間が自分の素性を簡単に明かすわけもない。そう考え、思考をクリアにする。彼女とオットーは元々人間的な感情を抑えめに作られている。

 

 故に何も考えない状態に戻すのはそれほど難しいことではない。ただの機械のように自分に与えられた使命だけを忠実にこなす。そこに疑問を感じることもなければ不満を抱くこともない。人と機械の中間というよりは機械に近い存在である。

 

「ツインブレイズ、これで終わらせます」

「レイストーム、落とすよ」

「来るぞ!」

「しかし、こうしてあなた達と隣り合って戦う日が来るとはね……」

「そういう感慨深いことは後で話しましょ」

 

 二本の光剣を握るディードに緑色のエネルギー破を拳に宿すオットーと相対るすザフィーラ達。そんな自分達の様子がおかしいのか、複雑そうな声で仮面の男は呟く。その声は確かに男のものであったがどこか女性らしさを感じさせるような弱さがあった。

 

 それに気づいたシャマルが後で話そうと促し、気持ちを切り替えさせる。彼女達の間には一言では言い表せない複雑な事情がある。しかし、今それを意識して戦い、油断を見せれば明日には両方が棺桶に入っていることだろう。

 

「ここは主はやての、部隊員の帰る場所! 必ずや守護してみせる!」

 

 ザフィーラの雄叫びを合図として両者は激しくぶつかり始めるのだった。

 

 

 

 

 

 地上本部会議室、つい数時間前までは白熱した議論が行われていたここも突如現れたスカリエッティ達の攻撃によりその姿を様変わりさせていた。外からの侵入を防ぐ頑強な扉は皮肉にも自らを閉じ込める檻となり管理局の重役達を閉じ込めていた(・・)

 

 そう、今は過去形である。重役達といえども緊急事態に椅子に座ってふんぞり返っているだけではない。外からの有志と協力をすることでなんとか扉をこじ開けることに成功したのだ。扉が開いた以上はいつまでもここに居る必要もない。すぐにでも全員が出ていく、というわけにはいかず、会議室に居た人間の半分以上は未だにその場にとどまっていた。

 

「外の状況はどうなっている? そもそも相手は何者だ?」

「外の様子は各地に居る部下から情報を集めて情報を整理しているところです。敵は情報によると戦闘機人とガジェット、裏にはジェイル・スカリエッティがいる可能性があります」

 

 それは少しでも新しい情報を得るためである。これからの対策を練るために、少しでも利益を得るために、この不祥事を利用するために。各々が様々な思惑を巡らす中、情報を最も多く握る者が会議室の中央に居た。

 

 テロの鎮圧にあたっている機動六課の部隊長、八神はやてである。現状、はやては状況を説明するという役割を担っているために戦闘に出ることも指揮を執ることもできない。だが、それは本来ならばの話である。自ら率先して最新の情報を集めてそれを公表しここに居る者達に利益を与える。

 

 一見するとはやてには利益が無いように見られるがそうでもない。彼女は情報を整理して公表するという名目をもって各地で戦闘を行っている部隊員と連絡を堂々と取り、尚且つ秘密裏に指示も出しているのだ。勿論、その程度のことを見抜けないような清廉潔白な人間などここにはいない。だが、自分達に利益がある以上は見て見ぬふりをする。

 

 あのレジアスでさえ、黙っておくのが自分にとっても最も利益のある行動だと踏み何も文句を言っていないのだ。もっとも、文句を言えば逆に正当な職務を妨害しようとしたとして後で晒しあげられるか、裏切り者だと冤罪をここぞとばかりに被せてくるだろうが。

 

「地下にて機動六課の部隊長と隊員数名が敵と戦闘中、敵は戦闘機人三名、純魔導士一名。ミッド中央上空では副隊長、曹長がオーバーS(・・・・・)ランク魔導士とユニゾンデバイスと戦闘中。機動六課本部に戦闘機人とガジェット襲撃、隊員が防戦中。ガジェットの群が複数ミッド上空を旋回、正し被害は今のところなし」

 

 まとめた情報を述べつつ一ヶ所だけを強調して読み、傍に控えていたシグナムに目配せをする。その意図を読み取ったシグナムは誰にも悟られぬように静かに動き、ヴィータとツヴァイの援護に向かい始める。

 

 得られた情報を伝えてはいるがそこに仮面の男になりすました二人の女性のことは入れていない。あらかじめ彼女達のことはこちらに伝えないように言ってある。そもそもどこに行くか自体は二人の経験に任しているのだ。違反に近い行為だがばれた場合はたまたまその場にめぐり合わせて援護に入ったと白を切るつもりだ。

 

「さてと、こっからは……みんなを信じるしかないな」

 

 万全とは言い難いが出来得るだけの策は講じた。できることはもはや天に祈る程度だろうとはやては感情を鎮めるように目を瞑るのだった。自分のすぐ下に追い求めた人が居るのを我慢するために。

 

 

 

 

 

 地下通路にてなのはから現状、六課とスカリエッティ側は均衡していると伝えられる切嗣。思い通りの展開になっていないことに表情を歪ませる切嗣。一体誰が援護に向かっているかは切嗣の知るところではないが手練れであることだけはなのはとフェイトの表情から察する。

 

「時間はかけたくないんだが……その様子だと僕を逃がす気はないようだね」

「人質を取っていてもここから動けないのならあなたに勝ちはありませんから」

 

 フォワード陣は間違いなく切嗣に人質に取られている。だが、人質が居るだけでは切嗣もどうしようもないのだ。逃げ道を確保することができなければいつまでもここから離れられず、時間をかければ敵に囲まれかねない。

 

 これが一般人を人質に取っているのならばいくらでも粘れるかもしれないが、人質が局員である以上はそれもできない。局員である以上は覚悟の上とされて命を危険に晒す突撃などを行われる可能性が高くなる。人質の優位性が無くなれば犯人に勝ち目などない。

 

 それを十二分理解しているからこそのフェイトの発言である。切嗣はあの少女が良く成長したものだと考えながら脱出のための計画を立て始める。既に切嗣の頭にはまともに戦うという考えはない。不利になれば逃げる、それだけである。

 

「大人しく捕まってください。あなたも、もう何の意味もないことだとわかっているはずです」

「……黙れ。僕が止めない以上はこれは意味のある行動だ」

「間違いは正すことが出来ます。やり直すことだって不可能じゃない」

 

 フェイトの説得に対して敵意をむき出しにして反論する切嗣。確かに切嗣が今なお人を傷つけ続けているのは間違いだろう、意味のない行為だろう。だが、切嗣だけはそれを認めることが出来ない。自分がそれを認めてしまえば今までの犠牲を踏みにじることになる。それだけは認めることが出来なかった。

 

「もう、何もかも遅すぎる。僕は僕の方法で世界を平和にするしかない」

「あなたのやり方で世界が平和にできないのはあなた自身が分かっているはずです!」

「……いいや、方法はある。僕の願い(・・)を叶えることは不可能じゃない」

 

 そう言い切る切嗣の深淵の瞳に底知れなさを感じ、思わずなのはとフェイトはひるんでしまう。一体何を見つけたのかは二人にはわからなかった。しかし、二人には切嗣が願いを叶えられるというのに欠片も喜んでいないということだけは分かった。

 

 本当に願いが叶う間近だとしても喜びの表情が欠片も見えてこない。また、望まぬ何かを行おうとしているのではないかと勘ぐってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「何をやるつもりなんですか?」

「敵が計画の内容を教えるわけがないだろう」

「はやてちゃんにもですか?」

 

 はやてという言葉が出てきた瞬間にこれでもかとばかりに表情を歪める切嗣。その様子からは彼が娘のことを割り切れていないことがありありと見て取れた。なのははそこに希望を見出しさらに声をかけていく。

 

「なぜ、ここではやての名前が出る。僕はあの子のことなんてどうとも思っていない」

「うそだよね。だってあなたは―――はやてちゃんのお父さんだもの」

 

 なのはの言葉にフォワード陣が全員息を呑む。一方の切嗣は何かを言い返そうとして口を開けては何も出てこずに口を閉じるという行動を繰り返す。あの頃に比べて随分と脆くなった。体は機械のように動いてはくれずに感情が先走り物事を完全に隠すことが出来ない。だが、それでも、彼は誤った道を歩き続けなければならないのだ。

 

「会いに行ってあげてください! はやてちゃんは待ってます! はやてちゃんに会えば何かが変わります!」

「確かに……はやてなら何かを起こすかもしれない。でも、そうなるわけにはいかないんだ」

「もう悲しいことはやめても良いんです! あなたはそんなことを望む人じゃないでしょ!」

「……いいや、分かっているはずだ。僕は家族だって(・・・・・)利用する人間だとね」

 

 話はこれで終わりだとでも言うように切嗣はスバルの首筋にナイフを押し当て、盾に取る。もう引き戻させることはできないのかと歯噛みしつつ、なのはとフェイトは戦闘態勢を取る。スバルを単独で人質に取ったということは動きやすくし、この場から逃げるということだ。はやての為にもスバルの安全のためにもこのまま逃げさせるわけにはいかない。

 

 しかし、フェイトには一つ気になることがあった。スバルの脚はとてもではないが素早く動けるものではないのだ。切嗣自身が切ったことでまともに歩くことは難しくなっている。だと言うのにスバルを人質に選んだ。切嗣がわざわざ足手まといを連れていくとは思えない。たまたま近くに居るスバルを選んだのか、元々それが目的なのか、もしくは―――

 

「なのは! すぐに抑えないと逃げられる!」

「良く分かったな。だが、もう遅い」

 

 事前にヴィータから聞いていた情報を思い出し慌てて確保に向かおうとするが時すでに遅し。地面の中からセインが飛び出てきてそのまま切嗣とスバルを掴んで再び地面に潜り込んでいく。スバルは最後の抵抗を試みるが後頭部をナイフの柄で殴られ気を失いそのまま連れ去られてしまう。その余りの手際の良さにフェイトは思わず貌を歪めて悔しがる。

 

「スバルッ!? すぐに追わないと!」

「ティアナ、待って。その体じゃ追えないよ!」

「でも、なのはさん、スバルが…ッ!」

 

 スバルが連れ去られたことで普段の冷静さを失い今すぐにでも追おうとするティアナだが足と手を撃ち抜かれた彼女ではとてもではないが追えない。悔しさのあまり噛みしめた唇から血を流しながらティアナは俯く。

 

 なのはも冷静を保つようには言ったが内心では少なからず焦りと悔しさが生まれていた。だが、相手を追おうにも地下に潜りこまれてはどうしようもない。魔法ではない技術の為に探知もできない。

 

 地下ごと破壊してしまうという手もあるがこんなところで使えば例え非殺傷で相手が傷つかなくとも瓦礫などで潰れて死んでしまう。相手の目的地さえわかればなんとなるのだがそれが分かっていればこんなところにはいない。現状、打つ手なしである。

 

「とにかく一度情報を整理しないと―――」

【―――こちらグリフィス、至急救援を求めます!】

 

 さらに悪いことは続くものである。六課の留守を任されていたグリフィスから救援の連絡が届く。先程までは何とか防衛線を維持していたものが破られたということは何かがあったということに他ならない。

 

「一体何があったの? グリフィス君」

【敵と戦闘中に新たな敵が―――大量のタンクローリーに突撃され隊舎が破壊されました!】

「……え?」

【さらにAMFで囲まれてこちらの戦力の大部分が削られ―――】

「グリフィス君!?」

 

 余りにもあんまりな現状報告に思わず気の抜けた声が出たところで通信が途切れる。どこの誰がそのような常識外れの戦術を行ったかなど考えなくともわかる。しかし、幾ら何でも逃げてからの時間が短すぎる。本人ではなく、別の誰かが代わりに行ったと考えるのが妥当だろう。急いで救援に向かうために準備をしながら頭を悩ませる。

 

「一体、誰なの?」

 

 なのは達が呆然と呟いた時、機動六課には雪のような肌(・・・・・・)に反発するような黒い銃を構えた女性が現れていたのだった。

 





タンクローリーについては次回に詳しく。

それと九州にお住いの方はご無事でしょうか?
私の住んでいる地域はついさっきも揺れましたが大丈夫です。


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四十一話:離別

 

 ザフィーラ達とオットー達がしのぎを削っている頃、五台のタンクローリーが自動操作で走り出していた。五台のタンクローリーが運んでいるものはこれでもかと詰められたナパーム剤である。検問に引っかからないように運転席にはこれまたナパーム剤を詰め込まれた人間そっくりの人形が置いてある。

 

 タンクローリー達は六課が見えてきたところで揃ってその速度を上げて突進していく。その様子にグリフィス達は驚き対処しようとするが車は急には止まれない。頑丈な防壁も何のその、容赦なく突き破り故障したところでナパーム剤に引火し大爆発を引き起こす。そして連鎖するように他の四台も火炎をまき散らし六課を火の海に沈めてしまう。

 

 そして動揺するザフィーラ達の隙を突きガジェットは六課を囲うようにAMFを展開する。ここまでの防衛戦の意味を双方が問いたくなるような光景にザフィーラ達はしばし動けなくなる。

 

「……何事だ?」

「うわー……あなた達ってここまで過激なのかしら?」

 

 呆然と呟くザフィーラに変身魔法が解かれその姿を露わにするアリア。余りにも過激なテロ行為に相手が犯罪者であることを分かりながらも尋ねてしまう。

 

「流石のドクターもここまで辛辣な手段は使いません。恐らくは彼が関わっているのでしょう」

「彼って何者?」

「答える必要はありません」

 

 尋ねるが返答はレイストームの嵐であった。それまでであれば防ぐことも難しくはなかった。しかしながら、魔法が使えない現状では為すすべがない。惨めに屠られその肢体を地面へと横たえることしかできない。

 

 だが、それでも後ろに守る者がいる彼らは立ち上がる。例えこの身が滅びようとも守るべき者の為ならば本望だと。かつて一人の少女とその家族を守るために空へと還っていった一人の女性のように―――

 

「もう立ち上がるな。これ以上お前達が傷つく姿は見たくない」

 

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。もう二度と聞くことはないと思っていた声だ。自分達が生み出される前から共にいることを約束された仲間。半身と言っても過言ではない存在。彼女は死んだはずであった。生きていることなどあり得ない。消える様をこの目で見届けたのだから。しかし、ならば、目の前に居る彼女は―――

 

「久しぶりだな、ザフィーラ、シャマル。それにリーゼアリア」

 

 リインフォースⅠ以外の何者だと言うのだろうか。

 寸分違わぬ記憶に残る容姿。変わった点と言えば重火器を身につけた服装ぐらいなものだろう。守護騎士としての本能があれは本物だと訴えかける。それ故に余計に信じられなくなるのだ。

 

「リインフォース……なの? 本物の?」

「ああ、正真正銘のリインフォースⅠだ」

「だが、お前はあの時主を守るために完全に消滅したはずだ」

「そうだな、まずは説明するべきか」

 

 ザフィーラの疑問はもっともだとばかりに静かに頷くアインス。その様子はどこか久しぶりに会えた家族と話ができるのを喜んでいるようにも見えた。しかし、アリアは彼女の立ち位置が完全に敵側であることに気づき警戒の色を見せる。そんな様子を知ってか知らず、アインスは語り始める。

 

「厳密に言えば消えた私とここに居る私は違う存在だ。だが全ての記憶は引き継いでいる、勿論、主との暮らしもな」

「まさか……複製されたっていうの? でも、それだと闇の書としての機能も一緒についてきたってことじゃ」

「いや、複製は合っているが、写されたのは人格と記憶だけだ。それ以外はもう一人の私と共に逝った」

 

 ここまでの説明におかしなものはない。理論としては間違ってはいない。しかし、そうなってくると彼女には協力者、彼女を助け出した者が居るということだ。さらに言えば、肉体を復元させた人間も必ずいる。

 

「自力で複製したというわけではないな?」

「ああ、お前達が来る前に私はある男と契約を結び生き延びた」

「ある男? それってスカリエッティのことかしら?」

 

 ここで出てきたということは敵に違いない。そうなればバックにはスカリエッティが居る可能性が高い。そう考えたアリアが警戒したように尋ねるがアインスは静かに首を振って否定する。彼女を救ったのは最初から最後まで完全に敵対していた男、そう。

 

「切嗣だ。私は切嗣に救われ今こうして立っている」

「お父さん……が?」

 

 アインスの言葉に三人共が信じられないと言った表情をする。それもそうだろう。彼と彼女は敵対し、一方は永遠の眠りに落とそうとし、もう片方は殺しそうとしながら絶望に陥れたのだ。昨日の敵は今日の友という言葉があるがいくらなんでも変わり身が早すぎるだろう。そもそも何故切嗣が救おうとしたのかが分からない。そんな疑問を察知したのかアインスがどこか寂しそうに答える。

 

「誰でもいいから誰かを救いたかった……そんな理由らしいがな」

「何よ…それ……」

 

 あまりにも物悲しく、狂ったような理由に思わず言葉を失う。まるで神の教えにすがるような、贖罪を求めるような行為。衛宮切嗣という男が心の底から渇望していながら真逆の行動を取り続けることしかできなかった人生。誰かの為に全てを捨ててきた男が自分の為だけに生きたことで初めて誰かを救えたという皮肉。そしてその相手が彼の理想を打ち砕いた存在となれば運命の辛辣さに笑うしかない。

 

「そんな理由であなたは良かったの?」

「理由はともかく契約条件は良かったからな」

「契約条件だと?」

「私達ユニゾンデバイスのデータを取ることと引き換えに、私は身の安全の保障、自由、そして―――人としての幸せを得た」

 

 そう言って少し満足げに笑ってみせるアインス。その顔には嘘偽りは感じられず、そこまで付き合いの長くないアリアにさえ真実だと悟らせた。特に人間としての幸せはヴォルケンリッター達も同様に願っていた願望であるために素直に羨ましいとさえ思えた。最もその内容を聞けば全員が顔をしかめることになるだろうが。

 

「それで……どうしてあなたは自由なのにこっち側に居ないのかしら?」

「どちらに居ようともそれこそ自由だろう」

「あなたはあの子の騎士でしょう!? はやてを守るのが使命でしょ! もし脅されているのなら助けを求めなさいよ!」

 

 ここで初めてアリアがアインスの立ち位置について言及するがアインスは真顔で答えるだけである。その態度に思わずまたお前はあの子を苦しめるのかとアリアは叫び声を上げる。自分達がそんなことを言う資格がないのは分かっている。しかしながら、それでも言いたかった。はやての為に帰って来いと。

 

「……一つ勘違いしているぞ。私はあくまでも切嗣と共にいるだけでスカリエッティ側というわけではない」

「そちらの事情は分からないが……救われた恩義でも返そうとしているのか?」

「いいや、そもそも切嗣は私を主の下に返そうとしていた。これは私の願いだ」

 

 ザフィーラの問いに答えたのを最後に話は終わりだとばかりにアインスは銃を構える。以前の仲間を完全に敵としてみなしているのだ。かつて自らの全てを奉げて守ったものだと言うのに躊躇うことなく銃口を向ける。その強い覚悟に三人は戸惑ってしまう。家族であるシャマルやザフィーラだけでなくアリアも本気で敵対する気力が出てこないのだ。殺してでも敵を排除するというその闘争心が。

 

「一体……何があなたをそこまで駆り立てるの……リインフォース」

「お前達も知っているものだ。主はやてから与えられ、心に根付いた感情だ……」

 

 アインスが戦闘態勢に入ったことで黙って様子を見ていたオットーとディードも殲滅モードに入る。こうなった以上もはや六課に勝ち目はない。それでも納得がいかずにシャマルはアインスに声をかける。一体何を信念として戦うのかと。

 

「己ですら間違いと断じる破滅の道を歩く男。救うことが出来ないのならせめて……隣に居たい」

「あなた……まさか…!」

「せめて私だけは一人の女として地獄までついて行ってやりたい……それだけだ」

 

 未だに慣れない感触のする銃を握りしめ立ち向かってくるアインスを見ながら三人は悟る。彼女の行動の原動力となっている感情は最も単純で複雑なもの。破壊と殺戮だけの人生の中では決して手に入らなかった尊いもの。人間が人間である所以、生命の奇跡。そう、彼女が心に抱いている感情は―――愛だ。

 

 

 

 

 

 燃え上がる業火が夜空をまるで朝焼けのように赤く染め上げる。その下を銀色の髪の女性が金色の髪をした少女を抱きかかえて歩いている。少女、ヴィヴィオは聖王の遺伝子から創り出されたクローン体。それ故に『ゆりかご』を動かすための燃料となる。

 

 今回、スカリエッティ側が機動六課をわざわざ襲ったのはそれが理由であり、それ以外の理由はない。一人の少女を奪うためだけにこのような惨状を彼らは生み出したのだ。ただただ、理不尽という言葉を体現するように情け容赦なく。

 

「聖王の遺伝子を継ぐ者か……この子も逃れられぬ運命を背負っているのだな」

 

 アインスはヴィヴィオの運命にかつての自分を重ね合わせて憐れむ様に呟く。古代ベルカの時代には既に闇の書であった彼女は聖王のことを知っている。もっとも、知っていると言うだけで会ったことがあるわけではないのだが。

 

 聖王のゆりかごは自分と同じ破壊を振りまくだけのロストロギアだ。しかし、だからといってお互いにできることは何もなく自らの在り方を問い続けることしかできない。自分は優しい主に出会えたことで呪いの運命から解き放たれた。もし、ヴィヴィオにも呪いを解き放つ者が現れるとすれば、恐らくはあの諦めの悪い少女だろう。

 

「ふ……奪う側の私が心配するのもおかしな話か」

「リインフォースⅠ様、後は私達に任せて陛下をドクターの下へ」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 ディードに促されガジェットⅡ型の上に乗りその場から去っていくアインス。去り際にチラリと火の海の囲まれるザフィーラ達を見る。三人とも生きてはいるだろうがすぐに動くことはできないダメージを負っている。特にザフィーラは魔法も使えぬというのにその身を盾として二人を最後まで守り抜いていた。

 

 しばらくは目を覚まさないかもしれないが死んでいるという心配はなかった。何故なら彼女は夜天の書の管制人格、例えその機能の全てを失ったとしても守護騎士達のことは分かる。それだけ強い絆を持つ者達を傷つけたことに胸が苦しくなるが切嗣の隣に居る以上は仕方のないことだと割り切り目を背ける。

 

【アインス、そちらの状況はどうなっている?】

「無事に聖王の子を手に入れた。ただ……ザフィーラとシャマルと会った」

【……そうか。何度も言ったと思うけど降りたいならいつでも降りてもいいからね】

 

 明らかに心配した様子の切嗣から通信が入り、少しだけ元気が出るアインス。一方の切嗣はそんな様子にやはりこんなことはやらせるべきではなかったと唇を噛む。

 

「大丈夫だ、全て覚悟の上だ。それに元は私も破壊と殺戮だけが取り柄だったからな」

【そういう言い方はしないでくれ。君は望んでやっていたわけじゃないだろう】

「お前も望んだわけではないだろう」

【僕はこういうことに慣れているからね】

 

 画面の向こう側で精一杯の虚勢を張る切嗣に今度はアインスが困った顔をする。男という生き物はどうしてこう意地を張って弱い自分を押し隠そうとするのか。弱みを見せたところで自分の愛は変わらぬというのに。

 

「私も今まで数え切れない数の主を食い殺してきたが……慣れたことなどない」

【…………】

「優しいお前が慣れているはずがない」

 

 誰かを傷つけることに慣れている人間が世界を救おうなどと願うはずがない。人が死ぬ光景に慣れることができないから、許すことができないからこうして壊れた願いを持つ。自分でそう叫んでもなおこの男は自分を優しくなどないと自己嫌悪する。自己嫌悪することで自分の精神を保とうとする。壊れた幻想を追うことで自分を奮い立たせる。その先に何もないと既に理解しているというのに。

 

【……ごめん】

 

 何に対する謝罪かも言わぬままに切嗣は一言呟き通信を切る。一人取り残されたアインスは溜息を吐き、既に遠くなった機動六課を眺める。遅れてやってきたライトニングの二人が戦闘を行っているようであるが勝ち目もなければ既に争う理由もない。

 

 既に六課は破壊され、守るべき王もこうしてこちらの手の内にある。これ以上人間に対して破壊行為を行うわけでもない。もはや争う必要などないのだ。その先はただの無益な殺し合いにしかならない。ある意味で人間らしいと言えば人間らしいのだがやはり物悲しい。

 

「人は大切な者が奪われれば怒りと憎しみを抱く。当たり前だが……それが新たな争いの芽になると思うと心からの歓迎はできないな」

 

 怒りや憎しみという感情なくして人は語れない。だから受け入れなければならない。しかし、そのような悲しいものを見続けるのは簡単なことではない。受け入れようとしても心のどこかが受け入れられないと高らかに声を上げるのだ。悪の心もあって当然の世界だというのに現実の醜さを見続けることが出来ずに嫌悪してしまう。

 

「それも人か、ままならないものだな……。せめて救いがあれば良いのだが」

 

 アインスは祈るように瞳を閉じる。どうか愛する家族に救いが訪れるようにと。

 




すいません、短編を書きたくなって投稿していたら遅れました。
どうにも最近はギャグを書きたいという欲望が先走ってこっちに集中できない。
また短編書いて遅れたらすいません。一応、週一投稿は守るので。

それとようやくクライマックス近くになってきました。
ここまで長かった……。


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四十二話:情報整理

 

 病院の一室でエリオは白い天井を見つめていた。切嗣を取り逃がした後に無理をして六課を守りに行ったが結果は惨敗。さらに手痛い怪我を負いこうして安静にさせられている。そんなところに見舞い目的の人物が三人来た。

 

「エリオ君、気分はどう?」

「もう、大丈夫だよ、キャロ。キャロとティアナさんの方は?」

「あたしとキャロは比較的軽かったから大丈夫よ。もう銃も握れるし」

 

 そう言って自らのデバイスをクルクルと手で回して見せるティアナ。そんな様子にホッと胸を撫で下ろしエリオは最後の来訪者に目をやる。何とか体裁は整えられているように見えるがその実、心ここにあらずといった様子のギンガ。そんな彼女の様子にエリオは居た堪れない気持ちになる。妹であるスバルを連れていかれたのはこちらの不手際によるところが大きい。それに関して申し訳なさと情けなさが生まれる。

 

「あの……ギンガさん。その……ごめんなさい」

 

 今回の失態に関して頭を下げるエリオ。ギンガはその姿に現実に引き戻されたのか慌てたように首を振る。子ども相手に謝罪をさせるなど彼女の性格からはできなかったのだ。

 

「謝らないで、エリオ君。スバルが連れ去られたのはどうしようもなかったことだし。それに、生きてはいると思うの」

「どうしてですか?」

「私のところにも戦闘機人が来たんだけど『生かした状態で捕縛する』って言っていたから殺すつもりはないはずよ」

 

 その説明を聞いてティアナが三人に気づかれないようにホッと息を吐く。今は出来る限り取り乱さないようにしているがギンガの次にスバルを心配しているのは彼女だ。何年にもわたりデコボココンビとして組んできた。口では素直になれずにキツイことばかり言っていたが心の底では最高の相棒だと思っていた。

 

 そのスバルが自分の目の前で連れ去られた。少し手を伸ばせば手が届く距離で失った。強くなったと思い込んでいた。だがそれは単なる自惚れだった。大切な友一人守れなくて何が強い人間だろうか。ティアナ・ランスターは強くなければならない。夢を叶える為に、守りたい者を守るために。だから―――

 

「なら―――取り戻せるんですね?」

 

 奪われたものは取り返させてもらう。まだ全てを失ったわけではない、まだ全てが終わったわけではない。今は傷を癒しているだけだ。すぐにでもスバルの元に行きたいという気持ちがあるが我慢をする。ここで焦っては取り戻せるものも取り戻せなくなる。今は力を蓄え耐える時である。

 

「ええ、スバルは必ず取り戻せる……いいえ、取り戻す」

「はい、絶対に取り戻しましょう!」

 

 自身の覚悟を確かめるように拳を固く握り目を瞑るギンガ。その想いを感じ取ったキャロが力強く宣言し、残る二人も無言で頷く。フォワードは四人揃って初めてフォワードなのだ。一人でも欠けるのはあり得ない。だからこそ帰ってきてもらわなければならない。

 

「でも……そうなると、あの人とまた戦うことになりそうですね」

「八神部隊長のお父さん……か。八神部隊長は何か言っていましたか?」

「それが『見つけたら一発しばいとってええよ』って……」

 

 エリオからの質問にティアナが何とも言えぬ顔で答える。その返事を聞いた三人も真面目なのかふざけているのか分からない言葉に苦笑いをする。実際、ティアナが言われた時もかなり軽い感じではやては語っていた。何かしら思うところがあるのかないのか分からない返事に戸惑ったものだとティアナは思い出して笑う。

 

「それでも、家族が戦うなんて悲しいですね……」

「そうね。でも、手を抜くことはできないわよ。私達は四人がかりで負けたんだから」

「フェイトさんが簡単に話してくれました。あの人は『魔導士殺し』って名の持ち主らしいです」

「そのうえで空港火災の時にスバルを助けくれたのよね。……どういうことかしらね」

 

 明らかに相反する切嗣の行動にギンガは溜息を吐く。以前はスバルの命の恩人なのだから会えたら最大限の礼をしようと思っていた。しかし、今度は一変してスバルを連れ去った敵だ。一体本当の彼は、彼の目的は何なのかと頭を痛めるのも無理はない。

 

「フェイトさんが言うには本来はスカリエッティとは正反対の人らしいです。それでも、目的があれば何でもする人でもあるって言っていました」

「……まあ、考えても仕方がないわよね。あたし達はあたし達にできることをやるだけ」

「そうね、理由は捕まえてからゆっくり聞けばいいわ。今は傷を治すことに専念しないと」

 

 衛宮切嗣という矛盾した行動の塊に対して思うことはあるが今できることはない。明日の不安は明日の自分が考えてくれるとばかりに四人は話を切り上げる。しかし、ここでティアナはあることをふと思い出す。ギンガが戦闘機人と争っている時に訪れた助っ人がいたことを。

 

「そう言えば、ギンガさん。三人もの戦闘機人をどうやって追い払ったんですか?」

「ああ、それはね、リーゼロッテさんに助けてもらったの」

「リーゼロッテ…さん?」

 

 聞き覚えのない名前に首を傾げる三人。昔であればその名前は海の英雄ギル・グレアムの使い魔の片割れとして有名であった。さらに現役時は教導隊に勤めていたためにトラウマになるレベルでボコボコにされた者も少なからずいた。だが、幸か不幸か今はそのようなことはない。そのためギンガはあれから説明してもらった内容を三人に伝えていく。

 

「猫の使い魔でフェイトさんのお兄さんのクロノ提督のお師匠さんらしいわよ」

「そうだったんですか。でも、どうしてそんな人が来てくれたんですか?」

「うーん……八神部隊長が言うには“たまたま”近場に居て来てくれたらしいんだけど……」

「それ、絶対にたまたまじゃないですよね……。八神部隊長が手を回していたとしか」

「何でも八神部隊長とも親しいみたいだから、たぶんそうだと思うわ」

 

 本来ならば部隊員の魔導士ランクがオーバーするために入れることが出来ない隊長陣を集める手腕は良く知っていた。だが、さらに部隊外にも戦力を保持していたという腹黒さに戦慄する。リーゼ姉妹は現状では一般人扱いである。民間協力者ですらなくただその場に居合わせた人間になる。

 

 その為どこに居ようとも魔導士ランクで文句を言われることはない。こっそりと六課の隊舎に居たりもしたがレジアスの視察では何も見つけられなかった。故にレジアスは、自分達はそのことに気づけなかった無能だと宣言するようなものなのでこの件を察知しても何も言えない。

 

 おまけにリーゼ姉妹、さらにその主であるグレアムは未だに管理局に顔が利くので最悪の場合揉み消せる。このようなことを考え付いたはやてはタヌキと呼ばれるにふさわしい人材に育ったのは間違いないだろう。

 

「こういったこともやらないといけないんですね、部隊長は」

「大変そうです……」

「そう言えば、八神部隊長は今は何をしているんですか?」

「今は確か……今後のことで隊長陣で会議を開いているところだったはずよ」

 

 四人は苦笑いをしながら今まさに議題に上がった腹黒部隊長を頭に思い浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「へっくしょん!」

「風邪ですか、主?」

「うーん、多分誰かが私のことを噂しとるんやない?」

 

 六課が既に使い物にならなくなったためにカリムから借りた会議室にてはやてはくしゃみをしていた。まさか、部下から腹黒認定を受けているとは思わないはやては首を傾げながらも話を戻す。

 

「今後のことやけど、やっぱり拠点は無いと困る。やからアースラを使えんか上と掛け合ってみるわ」

「いいね、それなら私達の大部分は使い慣れているし」

「時間が無いからありがたいね」

 

 部隊である以上は全員が一ヶ所に集まれる場所が必要である。それが壊された以上は新しい物がいるが作っている暇などない。そこで白羽の矢が立ったのが今年度中に廃艦になる予定だったアースラである。六課の大半の人間と縁があるアースラを使うことが出来れば実用的にも精神的にも大きな助けになることは間違いないだろう。

 

「拠点のことはそれでええとして、問題は相手の出方やな。フェイトちゃん、敵のアジトの目星はついとる?」

「今はナカジマ三佐とアコース査察官に協力してもらっているけど、まだ……でも、すぐに見つかると思うよ」

「今回の戦闘機人の件に関してはナカジマ三佐が昔から捜査をしとるからなぁ。ロッサも普段はともかく仕事の時は頼りになるからな」

 

 少し冗談を飛ばしながらはやては笑う。しかしその瞳は真剣そのもので彼女がどれだけ今回の件について本気なのかを感じさせた。それが分かっているためかこの場に居る人間は誰一人として笑わずにはやてを見つめていた。

 

「それで、フォワード陣の方はどうなっとる? なのはちゃん」

「肉体的に言えばすぐにでも出動はできるよ。でも……スバルが連れ去られたのが精神的にきているのは間違いないかな」

「まあ、今までずっと一緒やったもんなぁ……辛いもんがあるわなぁ」

 

 フォワード陣は入隊してから一日たりとも離れることなく絆を強めてきた。家族同然のような仲で突然別れ離れになってしまった心情を思いやり、顔をしかめるはやて。これも自分が相手の策を読み切れずに敗北を喫してしまったのが原因である。悔しさを押し隠すようにギュッと目を瞑る。そして再び目が開かれた時には冷静な瞳だけが映っていた。

 

「でも大丈夫だよ。あの子達はもう弱くない。必ず自分の力で立ち上がってくれるから」

「そっか……なら、安心やな。それで次はヴィータやけど、ヴィータが戦った魔導士っていうのはゼストって名乗っとったんやね?」

「ああ、かなり手強い騎士だった。あのまま戦ってたらどっちが勝ってたか分からねえ」

 

 あの時、ヴィータとツヴァイはゼストとアギトのコンビと戦っていた。もしもゼストがヴィータを殺す気で来ていたのなら今ここにはヴィータは居なかったかもしれない。しかし、あくまでもレジアスが目的だったために本気は出さず、シグナムの援護を察知すると共に消えていった。

 

「調べてみたけど、ある事件で殉職した元ストライカー級の魔導士と顔が瓜二つなんよ」

「ああ、こいつで間違いねえよ」

 

 はやてから提示された顔写真に映る、ゼスト・グランガイツを見て頷くヴィータ。彼はギンガとスバルの母親であるクイント・ナカジマの上司であり、戦友であった。戦闘機人絡みの事件を捜査している時に謎の殉職を遂げたはずであった。だが、現実として彼は生きて動いている。それがどれだけ不可思議なことかは今更語る必要もないだろう。間違いなく彼は今回の事件において鍵を握る人物であるのは間違いがない。

 

「こっちも色々捜査する必要がありそうやな。それから……次は六課の襲撃に来た敵のことなんやけど」

 

 ここまで言うのをずっと我慢していたかのように想いの籠った言葉を吐き出すはやて。シャマルが重症を負っているためにここに来ることのできないザフィーラの代わりにはやてに伝える。自分達の主があの時以来心のしこりとして残してきた彼女の名を。

 

「間違いなく、リインフォースでした。生き残った理由も筋が通ってましたし」

「……『また、会いましょう』か。あの時の言葉はそういうことやったんやな」

 

 生きていたことに喜ぶ気持ちと共に敵対しなければならないという事実に思わず天井を見上げるはやて。その肩に乗っているツヴァイは落ちそうになって慌てながらも初めて会うことになる初代を思い浮かべて少し嬉しそうな顔をしている。

 

「主として連れ戻して叱ってやらんといけんなぁ。その時はみんなも何か言うこと考えとってね」

「わ、我々もですか」

「勿論や。あ、ザフィーラにも伝えとってな。もう意識は戻っとるんやろ?」

「はい。きっと……リインフォースが手を抜いてくれたんだと思います」

「そっか……なら納得やな」

 

 特に言うことが思いつかないのか焦るシグナム。この場に居ないザフィーラも恐らく何を言うべきか頭を悩ませることになるだろう。その様子を楽しそうに眺めながらはやてはこれで話は全部終わったといった風に席から立ち上がる。なのはとフェイトは慌ててそれを呼び止める。まだ肝心の人物について何も話していないのだ。

 

「はやてちゃん! その……切嗣さんのことは?」

「……直接会って聞くから今ここでは深くは考えんでもええよ」

 

 特に抑揚が付いていない声は逆に拒絶するような意志を感じさせた。その声になのはとフェイトだけでなく騎士達も身動きを止めてしまう。しかし、なのははどうしても伝えなければならないことがあるので勇気を振り絞り、口を開く。

 

「でも……」

「ええんや、私は―――」

「奥さんがいるって言っていたらしくて……」

 

 ごつんと鈍い音が響く。全員の視線が机に頭を打ち付けたはやてに向く。因みにツヴァイは何とかギリギリで浮くことで潰れることの回避に成功していた。しばらく突っ伏したまま動かなかったはやてであるがしばらくすると息を吹き返し顔を上げる。

 

「……なんや? つまりこういうことかいな。おとんは娘と家族をほったらかして女にうつつを抜かしていたと?」

「そ、その言い方はどうかと思うよ?」

「分かっとる、分かっとるけど……どういうことや」

 

 動揺が大きすぎたのか頭を抱えて再び突っ伏すはやて。それも仕方がないことだろう。生き別れの父親を捜していたら、父親が再婚していましたと言われる。まず間違いなく祝福の気持ちよりも衝撃の方が強いだろう。

 

「そもそも、あんな私生活ダメダメなおとんの嫁になるとかどんな人や」

「そこまでは分からないけど……」

「あの……はやてちゃん。私に心当たりがあるんですけど……言っても大丈夫ですか?」

 

 微かに声を震わせながらも気丈に振る舞おうとするはやて。そんな主に対しておずおずと手を上げるシャマル。これから言うことは間違いなく場をさらに混乱に導くことになるだろうが言わないわけにもいかない。

 

「ええよ……心の準備はできた」

「確証はないんですけど―――リインフォースだと思います」

 

 ごつんと鈍い音とこつんと可愛らしい音が響く。はやてとツヴァイが仲良く頭を打っていた。シャマルも何故殺し合いを演じた二人が夫婦になっているのかまるで分からない。しかし、アインスのあの言葉と表情はそうだとしか思えない。

 

「し、信じて送り出した部下がいつの間にか義理の母に……」

「大変です……このままだとリインがはやてちゃんの叔母さんになっちゃうですぅ……」

 

 色々と言いたいことはあるが二人が今言いたいことは一つであった。

 

 

『訳が分からない(です)』

 

 





殺し愛は型月ヒロインに欠かせない要素ですよね(真顔)


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四十三話:挑発

 

 ―――どうしてこうなった。

 

 レジアスは苦悶の表情を浮かべて頭を抱える。今回の地上本部襲撃はただのテロではない。裏切られた末のテロだ。スカリエッティとは今まで好待遇で取引を行っていた。普通であれば縁を切られることはあっても敵対することはない。

 

 だが、普通という言葉が狂人に当てはまるわけもない。現実としてあっさりと裏切られ自分はピンチに陥っている。それどころか死んだはずの親友までもが生きているという信じられない事実にこの年にもなって泣きたい気分になってくる。

 

「ええいっ! なぜこんな時に限って最高評議会からは何もないのだッ! 今回のスカリエッティの行動はあの方達からしても不利のはずだッ!!」

 

 不安や動揺を打ち消すようにレジアスは声を上げ、机を叩き付ける。幾ら地上と言えど今回のテロは管理局全体の信頼を脅かすものだ。今テレビではこぞってテロを許した管理局の現体制の甘さについて評論家が好き勝手に語っているところだろう。

 

 せっかく、今まで何十年もかけて積み上げてきた管理局への信頼を今回の件で壊されかけたのだ。幾ら直接的なダメージが無いからとはいえ最高評議会も黙っていられないはずである。だというのに自分の下には何一つ連絡が無い。一体どういうことなのかと叫びたくもなる。

 

「答えてあげようか?」

「―――誰だッ!?」

 

 突如として背後から聞こえてきた声に立ち上がり叫び返すレジアス。その姿は老いていても迫力のあるものであったが、相手は特に気にすることもなく皮肉気な笑みを浮かべるだけである。

 

「衛宮…切嗣…ッ!」

「何年ぶりかな? レジアス中将」

「何の用だ!? そもそもどこから入ってきた!?」

「あなたが知りたいことを教えるためさ。それとこれはホログラムだよ。もっとも、セキュリティ的には侵入したことに変わりはないけどね」

 

 激昂するレジアスの神経を逆撫でするようにどこか馬鹿にするような口調で語る切嗣。すると面白いようにレジアスの形相が凄まじいものに変わる。それを冷ややかな目で見つめながら切嗣のホログラムは口を開く。

 

「連絡が無い理由は考えれば三つしかないだろう。一つはもう取る力が無い、二つ目は取る必要が無い程に信用されている。そして三つ目は―――見捨てられたということさ」

 

 最後の言葉を強調して語る切嗣にレジアスは驚愕の表情を浮かべる。最高評議会に取り入ってここまで這い上がってきた。自分の方も利用されていることは百も承知であった。しかし、自分が捨てられることは想像もしていなかった。

 

 どんなにやり方が汚くとも、時に反発しようと目指す場所は同じだと思っていた。共に人々を守る為に邁進してきたはずだ。それが捨てられるなど、裏切られるなど信じられるはずがなかった。

 

「ふざけるな! 最高評議会はわしの味方だろう!? 貴様のような薄汚い犯罪者ならばともかく、わしは地上部隊の中将だぞ!」

「薄汚い犯罪者なのは否定する部分が欠片もないが……あなたは一つ間違っている」

 

 レジアスの侮辱的な言葉にも特に何も思わず、むしろ当然だと受け入れながら切嗣は返す。その顔は相手を憐れむような表情でいてどこか道化を見るような笑いがあった。あまりにも場違いな表情にレジアスは思わず怒りを鎮め呆然とその顔を眺めてしまう。

 

 同時に頭の隅である恐ろしい考えが浮かぶ。自分はとんでもない勘違いを今までしていたのではないかと。同類だと思っていた人間はその実、人間と呼べるような存在ではなく、ただの化け物だったのではないかと。

 

 

「最高評議会が味方をするものは一つ―――“正義”だけだよ」

 

 

 それ以外の全ては正義の名の下に切り捨てる。彼らはそれ以外の機能を持ち合わせていない。公正さの怪物。人を見ることなどない、平等に人類にとって有益か否かで判断する。切り捨てる者の中に愛する者が居ようが自分が入っていようが関係はない。平穏(現状)を乱す者は容赦なく排除する。それが―――正義の味方(・・・・・)

 

「あなたは身近な人間を見ている。この世界を守ることを優先し、他の世界に目を向けなかった」

「何を……それが当たり前だろう。足元すら固められずに何を守れるというのだ!」

「ふ……だから理解できていないんだ。最高評議会は数字以外で人間を判断しない。どこまでも平等で残酷だ」

 

 レジアスと最高評議会はそもそもが相容れぬ存在だ。過激で冷酷な判断をすることは同じでも目標とするものが違い過ぎる。レジアスは愛するミッドチルダを守るために尽くし、最高評議会は名も知らない救う義務すらない大勢を守る。

 

 共に理想を求める手段は同じかもしれない。しかし、到達地点に抱くイメージが余りにも違い過ぎた。そこに気づくことが無かったが故にレジアスは良いように利用された。利用しているつもりが結局は操られていたのは自分だったという滑稽な道化(ピエロ)だ。

 

「そんなはずは……そんなはずはない! わしは―――」

「ゼスト・グランガイツ。あなたは親友が生きていたという理由だけであれだけの動揺を見せた」

 

 自分は最高評議会と同じで目的の為に大切な者を犠牲にできない程弱くない。そう言おうとしたが切嗣からゼストの名前を出されて押し黙る。共に夢を語り合った親友を失いたくなどなかった。自分に出来得る限りのことをして彼を危険から遠ざけようとした。

 

 しかし、彼は逆に不審に思い首を突っ込んでしまい帰らぬ者になったはずだった。あれからどれだけの罪の意識と自責の念に悩まされたかなど覚えていない。過去を変えられればと願ったこともないわけではない。それだけの想いがあった。

 

「彼らは知り過ぎた。それ故に消さなければならなかった」

「まだ遠ざければ何とでもなったはずだッ! ゼストの部下にしても家族を人質に取ればどうにでもできたはずだッ!!」

「生きている限り計画の情報が洩れることもある。ああ、1%でも大勢の人々を危険に晒す可能性があるのなら排除しないとね。だってそれは―――正しい(・・・)ことだから」

 

 自嘲気味に笑いながら切嗣はかつてスカリエッティに語った言葉と似た言葉を吐く。とうの昔に正しいだけでは何も救えないと理解している。絶望的な状況でも奇跡を起こせる存在を知っている。だが、それでも、ある願いを叶えるために間違った選択を選び続ける。

 

 そんな切嗣の姿にレジアスは遂に自分と彼らが全く別の人種だと理解する。否、同じ種だとは思えなかった。―――馬鹿げている。確かに自分も正義を成そうとしてきた。しかし、あくまでも現実的な範囲でだ。幾ら犯罪者が嫌いだと言っても皆殺しにしようなどとは思わない。

 

 だが、彼らは違う。世界中の犯罪者が消えることで過半数以上の人間が救われるのなら愛も憎しみもなく殺し尽くすだろう。そして自分達が最後の犯罪者になれば戸惑うこともなくその心臓を止める。何もない、何も生み出さない。利益などは一切生まれず夢だけが叶う。

 

「愛する者を踏みにじることを戸惑うようじゃあの脳味噌共(・・・・)の仲間にはなれないよ」

「くっ…!」

 

 俯き拳を握り締めるレジアスにどこか達観したように言葉をかける切嗣。その言葉遣いは今まで敬意を払っていた最高評議会のことを軽蔑するものになりどこか素の彼が滲み出ていた。

 

「それと……お節介だが、もう少し人を疑うことを覚えた方が良い。身内意識が強すぎるあなたには部下を疑うことなんてできないかもしれないけどね」

「……どういうことだ。地上部隊に貴様ら側の人間が居るとでも言うのか?」

「さあね。ただ、あなたを疑心暗鬼にさせるための罠と思った方がいいかもしれないよ」

 

 最後の言葉を残しホログラムは消え去る。残されたレジアスは様々なことに頭を悩ませ椅子に深く座り込む。そして先程よりも途方に暮れて再び頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと見知らぬ部屋だった。そう言えば入院した時もこんな目覚めだったなと思いながらスバルは意識を覚醒させる。真っ先に思い出したのは後頭部をナイフの柄で殴られた鈍い痛みだった。そこまで思い出したところで勢いよく起き上がる。

 

 丁寧に掛けられた毛布が剥がれ落ちるが気にしない。体を動かし拘束されていないか確認するがどうやら相手は何もしていないようだ。続いて部屋の中を確認する。医療道具らしきものがいくつか置かれているだけで殺風景。扉は自分の横手に一つ。

 

 デバイスのマッハキャリバーを探すが流石に取り上げられたのか見当たらない。すぐに逃げ出すべきか状況を把握するべきか迷っているところで扉が開かれる。すぐにでも戦闘が出来るように体の筋肉に力を入れたところで固まってしまう。それは入ってきた相手が余りにも見覚えのある姿をしていたから。

 

「ああ、目が覚めたのか。気分はどうだ?」

「リイン…曹長?」

 

 見覚えのある銀色の髪に特徴的な前髪。違いと言えばバッテン印の髪飾りが着いていないことぐらいだ。しかし、他の部位を探せば違いは多く見つかる。ツヴァイの空色の瞳と違い彼女の瞳は夕焼けのような赤さを持つ。

 

 何より、体の大きさが違う。ツヴァイは基本的にミニチュアサイズで手の平に収まる大きさだ。そして見た目年齢も6,7歳程度。だが、目の前にいる彼女は平均的な女性よりも少し大きいぐらいの伸長で、尚且つ明らかに成熟した女性だ。ついでに言えばかなりグラマラスな体型である。

 

「曹長? ああ、後継機のことか。私はリインフォースⅠ、簡単に言えば彼女の姉だ」

「リイン曹長のお姉さん…?」

 

 詳しい事情は分からないが道理でよく似ているわけだと納得するスバル。同時に身内の身内だと分かり体の力を抜く。その様子にアインスは少し微笑みながら持ってきたお茶をお盆から取り、スバルに渡す。

 

「喉が渇いただろう」

「あ、ありがとうございます」

 

 お茶を渡されたことで喉が渇いていることに気づき一口お茶を飲む。喉が潤う感覚にちょっとした幸福感を感じながらスバルはもう一度アインスを観察する。こちらに対して特に気負うことなく笑顔を向けながら椅子に座る姿はさながら一枚の絵画のようだ。

 

 ツヴァイも成長すればこのような人になるのだろうかと思うが性格のせいかイメージが湧いてこない。彼女は人形のような整った美しさを持ちながらもどこか人間らしさを感じさせる。今もお茶を飲む自分を見てクスリと笑っているところなど実に人間らしい。

 

「しかし……毒が入っているとは疑わないのだな」

「へッ!?」

「冗談だ」

 

 突如として物騒な言葉をかけられ思わずお茶を吹き出しそうになる。すぐに冗談だと分かり何とか抑えることに成功するが冷や汗をかいたことには変わらない。そんなスバルの様子にアインスは今度は悪戯が成功したとばかりに可愛らしく笑う。まるで子どもような仕草に起こるに怒れずにスバルはどうしたものかと困ったような表情を見せる。

 

「すまないな、簡単なコミュニケーションをとろうとしただけだ」

「心臓に悪すぎます……」

「そうなのか? 旦那の場合『君に殺されるのなら喜んで』とジョークで返してきたのだが」

「旦那さんゾッコンですね……というか結婚していたんですか」

「ああ、困ったところもあるが自慢の夫だ」

 

 これが惚気かと遠い目をしながらスバルは息を吐く。同時にこんなにも美人で可愛らしい奥さんに愛されているその旦那さんはさぞ幸せだろうなと思う。しかし、彼女はそれがとんでもない思い違いであることにすぐに気付くことになる。

 

「夫と言えば……迷惑をかけたな」

「え? 何がですか?」

「その―――頭の傷は痛まないか?」

 

 時間が停止する。頭の傷とは自分がはやての父親と呼ばれた人物に殴られた傷に違いが無い。だが、そこから目の前の女性に結びつくことなどなかった。どう見ても無害そうな女性なのだ。しかし、自分を傷つけた相手を夫と呼んだ。つまりは敵だと意識した瞬間にアインスを睨み付ける。

 

「そう警戒しなくても大丈夫だ。私はお前に危害を加えない。そもそも今の私はお前よりも弱い」

「……説明してください。どういうことなのか」

「何をだ? 私に答えられることなら構わない」

 

 いつでも動けるように体に力を入れながらもスバルは動くことができなかった。どういうわけか目の前の女性を傷つける気になれない。本当に相手にはこちらを害する気が無いのではと信じかけてしまう。何よりも今の話から考えればはやての父親の妻であるならば必然的にはやての母親となる。一体、どういうことなのか。

 

「教えてください。どうして家族同士で敵対しあうなんて悲しいことをしているのか」

「……いいだろう。そうだな……全ては私が主の下に来たことが始まりだな」

 

 スバルの真摯な瞳を見て、アインスはゆっくりと語り始めるのだった。

 遠くて近い、あの頃の思い出を。

 





ツヴァイ「―――リインは叔母さんでは、ない……ない、のです……!」

リインフォースⅡ最後のセリフ(大嘘)



それと関係ないですがFGOやってる人は感想でネタばらししないでね。
アサシンエミヤの正体にワクワクしてる作者にばらさないでね。
設定だけで短編書けるぐらいワクワクしてるからお願いだよ。
もう、CVの時点で叫び声を上げたけどストーリーによる詳細はまだだからばらさないでね。
トマトルテとの約束だよ?


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四十四話:選択肢

 

 始まりはいつもと同じだった。逃れられぬ運命に従うだけで抗うこともなく一人の少女の下に舞い降りた。少女の名は八神はやて。類いまれなる魔力量がある以外は何ら変わりのない普通の女の子。心が痛まなかったわけではない。だが、心を守るために痛みを意図して感じないようにしていた。

 

「闇の書として主はやてを喰い殺しにきた災厄が私の正体だ」

「ロストロギア……闇の書」

「主は私が来るまで至って幸せだった。だが、ある日、主の両親が事故で他界した」

 

 語られるのはアインスの記録に残るはやての記憶。どこにでもある家庭が一瞬にして崩れ去ったあの日。これも自分がもたらした不幸かと半ば自虐的に考えていた。何よりも幼い子どもが泣くこともできずに孤独に震えている姿は見るに堪えなかった。そんな時にあの男が現れた。

 

「『―――初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ』切嗣は主にそう名乗っていた」

「血の繋がっていない父親……あたしと同じだ」

「それでも家族だと思えるのはお前の父親がそれだけ愛を注いでくれたからだろう」

 

 自らを親戚と名乗る八神切嗣にはやては引き取られた。初めはぎこちなかった二人も次第に打ち解け、本当の親子のように仲が良くなった。しばらくは穏やかな生活が続いた。だらしない父親を叱る娘という微笑ましい光景も良く見られた。アインスですら疑わなかった。彼ははやての味方であると。

 

「守護騎士達が現れても主は暮らしぶりを変えなかった。絶対的な力などいらないと言い、私達を家族として受け入れてくれた。それは切嗣も同じだった」

「それがどうして事件になったんですか?」

「闇の書は蒐集をしない場合主のリンカーコアを蝕んでいくのだ」

 

 ただ平凡に生きることすら許さずに主を争いの中に巻き込んでいく。それが闇の書。はやての危機を察知した騎士達は主の命を守るために蒐集を行い始めた。その行動が何の意味もない行動だとも知らずに。ある男の思惑通りに動かされているとも気づかずに。

 

「蒐集の過程で高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと幾度となくぶつかり合った」

「……あなたは止めようとはしなかったんですか?」

「私に意志を伝えるすべはなかった。いや……あったとしても伝えようとはしなかっただろうな。全てを諦めていた。救いが訪れることなど信じていなかった」

 

 どうせ今回も同じ結末が訪れるだろうと疑いもせずにただ受け入れていた。だからこそ気づけなかった。本当の敵が既に自分達の傍に居たということに。自分を永遠に呪縛から解放する方法がこの世に存在したという事実に。

 

 そうして運命の日が訪れた。闇の書の最後のページが埋まる時が来たのだ。雪の降る聖夜に全ての歯車がかみ合い男がその正体を明らかにした。穏やかな父親という素顔を覆い隠す正義の味方という仮面を着けて。

 

「聖夜に私は再び眠りから目覚めた。世界を、全てを壊すためにな」

「そんなの……あんまりだよ。望んでいないのに……」

「闇の書としての私には破壊以外の機能は存在していなかったからな。しかし、それもまた切嗣達の計画通りだった」

 

 闇の書を主と共に永久凍結する。それこそが闇の書の呪いを永久に断つ方法だった。その為に衛宮切嗣という男は八神はやての養父となった。彼女と過ごした5年間の全ては監視の為であり、最後の最後で裏切り封印を確実にするための布石でしかなかった。……否、そうであればどれほど楽であっただろうか。

 

「切嗣の目的は怪しまれることなく騎士達の監視をすることと、主を絶望に落とし最後の覚醒を促すこと。父親になったのはそれが目的だ」

「酷い…酷いよ。どうしてそんなに酷いことを……」

「世界を守るためだ。私が主の下に来たことで主は幾多の世界を破壊する爆弾と化してしまった。それを防ぐために……主ごと私を封印するしかなかったのだ」

 

 少女一人の犠牲で世界が救われる。少女を助けるならば世界は滅びる。理性的に考えれば簡単な選択だろう。一人の為に世界を犠牲にするなど傲慢にも程がある。だから正義の味方は大勢を救うために少女とその家族を犠牲にした。

 

 だが、奇跡が起きた。死ぬべき運命にある者達が救われたのだ。悠久の時を眠るはずだった氷は溶かされた。他ならぬ、それを行った正義の味方の涙によって。

 

「あいつは全てが終わった後、家族を愛していたと……泣き叫んでいた。皮肉にもそれがきっかけになり主は救われた。感情を捨てた機械になることができないのなら正義の味方になどならなければよかったものを……」

 

 最後の最後で愛を見せたことが奇跡を引き起こした。奇跡を誰よりも否定しながら自分自身で奇跡を起こしてしまった。それがどれほどの裏切り行為かは彼にしかわからない。

 

「結果として私も主も守護騎士達も皆が救われた。最高の結果だが、それが切嗣の今までの人生全てを否定するきっかけになった」

「最高の結果なのに……どうして? また一緒に暮らせばいいのに」

「平和を守るために今まで数え切れない人間を殺してきた。それなのに一切の犠牲は必要なく全てを救える選択があったと言われてお前は正気を保てるか?」

 

 真っすぐな瞳に射抜かれスバルは何も答えられなくなる。己の行いを間違いだと突き付けられる。それも自分が起こした結果に。考えるだけで狂ってしまいそうになる。信じた正義はただの悪逆で、救ったと言える者達ですらただの被害者に過ぎない。間違えた理由は簡単、彼が正義の味方であろうとしたからだ。

 

「正義という集団秩序を善しとしておきながら、切嗣は弱者の味方でありたかった。その矛盾をあの日に見せつけられた。お前も非情になりきれないのなら、正義に肩入れするのだけは止めておけ」

 

 でないと―――地獄を見るぞ。

 

 アインスの瞳は雄弁にそう物語っていた。嘘ではないだろう。実際に彼の夫は紛れもない地獄を歩いている。きっと自分と同じように、いや、自分以上に己の生き方に自信が持てずに常に死にたいと思っている。

 

 幸せを感じれば感じるほどに苦痛を感じ、舌を噛み切りたくなる。そんな地獄以外の何ものでもない道を彼は歩き続けている。理解できなかった。苦しいのならやめればいい、逃げればいい。だというのに何故歩き続けるのか。もう、かつて夢見た地すら幻想だと分かっているはずなのに、何故。

 

「……私が憧れた正義の味方は今、何を求めて人を殺しているんですか? もうそんな方法じゃ誰も救えないって分かっているのに! 自分も相手も傷つくだけだって理解しているのに! どうしてこんな無意味なことを繰り返すんですか!?」

 

 怒りと悲しみが混ざった声でスバルは叫ぶ。止めて欲しい。切嗣にも、これから殺されるかもしれない人にも苦しんで欲しくない。ああ、どうして彼が自分に正義の味方をやめさせようとしているのかが今ならわかる。こんな残酷な行いを見ていられるわけがない。どれだけ先に進もうとも待っているものは破滅だけなのだから。

 

「そうだな。何か当てはまるとすれば、あれは……贖罪かもしれないな」

「贖罪…? 同じ間違いを繰り返すことがどうして贖罪につながるんですか?」

「それは―――」

「私から説明しようじゃないか、それは。くふふふ!」

 

 憂いに満ちた声で贖罪と語るアインスに対してなおも問いかけるスバル。その答えが語られようとした時、ドアが開きこの場所の主が顔を出す。その顔を見た瞬間にスバルは体の芯から冷たくなるような感覚を覚える。

 

 全てが楽しく、全てを諦めたかのような異形の笑み。舐めるように、ゴミでも見るように自身を見つめる黄金の瞳。整っていながらどこか壊れそうな顔立ち。この顔を見たことが無いというのに自分は彼を知っている。魂に、この機械の体に刻み込まれた技術がそう語り掛ける。

 彼の名前は―――

 

「ごきげんよう。私の技術によって生まれ、私の技術を超えた傑作、未来の正義の味方」

「スカリエッティか……ノックぐらいはしたらどうだ?」

「おっと、失礼。私は面白いものが見つかるとどうにも冷静さを欠いてしまうようでね、くくく」

 

 ―――ジェイル・スカリエッティ。

 この身を機械でも人でもないものに変えた技術を作り出した存在。いわば生みの親のようなものだ。しかし、そんな理由だけで親近感が湧くわけもない。自分という存在を生み出すためにどれだけの失敗があったかなど分からないし、その過程で出た犠牲など知りたくもない。抱く感情は全ての元凶に対する怒りのみ。その怒りを感じ取ったのかどうかは分からないがスカリエッティが視線をこちらに向ける。

 

「さて、既に分かっていると思うが自己紹介をしよう。私の名はジェイル・スカリエッティ。しがない天才科学者さ」

 

 自意識過剰とも呼べる名乗りにスバルは思わず呆れそうになるが、スカリエッティは至って真面目だ。そもそも彼の業績は犯罪者でなければ間違いなく歴史に名を残すと言われているほどのものなのだ。ある意味では正当な評価と言えよう。

 

「戦闘機人を生み出した広域次元犯罪者……」

「そう、残念ながら君の生みの親ではないが君の遺伝子には私の技術が生きている。簡単に言うと祖父のようなものだね」

「……嫌です」

「くふふふ、これは嫌われたものだね」

 

 心底嫌そうな顔で拒否するスバルにも全く動じずにスカリエッティは不気味に笑い続ける。年頃の娘を持つ父親にもこのメンタルがあれば余り傷つかないであろうが娘の負担は普通の家庭の子の倍にはなるだろう。

 

「それで……あなた達は何がしたいんですか? 拘束もしないで逃げられていたらどうするつもりだったんですか」

「それなら縁がなかったと諦めるだけだよ。私は君と話したかったのでね」

「私と? 戦闘機人だから?」

「いいや。確かに私の技術の産物ではあるがそんなものはデータから見ればいいだけの話だ。私が真に興味があるのは君の人間としての精神性―――正義のあり方だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間に全身に鳥肌が立つ。狂おしいほどの欲望が全身に叩き付けられる。知りたい。全てを知りたい。己の知らぬものを全て知りたい。乾いた砂のように貪欲に知識を吸い取っていく。ただ目を合わせただけだというのにそれだけの悪寒をスバルは味あわされた。

 

「私は大きな夢や理想、つまりは欲望が大好きでね。不可能に近しい欲望を追っている者を見るとついつい応援したくなってくるのだよ。例えば……世界を救いたいという欲望などをね」

 

 黄金の瞳が獲物を見つけた蛇のように細められる。知りたいという欲求はスカリエッティの体の芯に刻み込まれた偽りの願いかもしれない。しかし、それが自分の願いであることに変わりはないと彼は貪欲に求めていく。だからこそ、非凡な願いを持つ者を慈しみその手で愛す(壊す)

 

「……それと切嗣さんの贖罪が何か関係しているんですか?」

「ああ、勿論! 大いに関係しているとも!」

 

 スバルの問いに嬉々とした表情で語り始めるスカリエッティ。それはまるで舞台の上で主役を張る役者のように。好きで好きでたまらないアーティストを語るファンのように。熱っぽく、うなされたように、どこか馬鹿にしながら語っていく。

 

「世界を救おうとした青年はある日気づいた。争いを終わらせるには必要悪がいると。そして青年は必要悪となり人類を救うために人を殺し続けた」

「…………」

「だが、ある時に彼は気づいた。それもまた過ちであったと。人を殺して得る平和など真の平和でないと気づいた。しかし、今までに築き上げた屍の山が道を正すことを許さなかった。さあ、彼はどうしたと思うかね?」

 

 歪んだ笑みで質問を投げかけるスカリエッティにスバルは何も返せなかった。まるで質問が刃となって己の喉に突き立っているかのように声を出そうにも何一つとして出すことが出来ない。心が砕けてしまいそうになる。自分の息の根を今すぐに止めたくなってしまう。

 

「彼は今までの犠牲に報いる為に変わらず殺し続けた。その先に全てが救われる結末が訪れると信じてね」

「そんな方法じゃいくらやっても何も変わらない! どうして同じ過ちを繰り返すの!?」

「いや、方法はある。私が見つけ出した。この世界を望むものに塗り替えてしまえばいいのだよ」

「世界を……塗り替える?」

 

 荒唐無稽な話に思わず間の抜けた顔をしてしまうスバル。しかしながらスカリエッティは自信満々な表情で、アインスはそれが当たり前といった顔をする。それを見てスバルも顔色を変える。この話は冗談ではないのだと。

 

「そう、私はその方法を見つけ出し正義の味方に教えた。犠牲に見合った対価を得ることが出来るとね」

「そんなことが本当に…?」

「ああ、平和な世界など思うがままだ。満足のいく(・・・・・)対価さえ払えば如何なることも叶えてあげよう」

 

 一体どのようにしてそれを叶えるつもりかは分からないが、スカリエッティの語り方を見るに既に完成はしているのだろう。しかし、何故だかスバルにはその方法が碌な方法だとは思えなかった。

 

「償いって……世界を平和にすること?」

「私にも彼の心の中までは分からないが契約内容としてはそうなっている。それと力を上手く使えば―――既に死んだ人間を蘇らせることもできる」

「……え」

「スバル・ナカジマ。君には―――生き返らせたい人はいないかい?」

 

 ゾッとするような笑みと共に言われた言葉にスバルの心臓は鷲掴みにされる。死者が蘇る。それは人類が生まれてから求め続け、忌避し続けてきた禁忌だ。誰しもが失った者を取り戻したいと願い、反対に殺した者が蘇ることを恐れる。

 

「君の母親を蘇らせることができる。それにあの火災をなかったことにもできる」

 

 悪魔のささやきがスバルの耳を打つ。優しかった母。もう一度の温かな胸の中で眠りにつきたいと思ったことは一度や二度ではない。それにあの火災で死ぬべきだったのは自分だったのではないかと思い悩むことも何度もあった。それらが全て解消させるのだとしたら、それはとても素敵なことではないのか。

 

「さあ、私達と手を組もうじゃあないか。私達は遺伝子の繋がった確かな家族だ。何も恐れることはない。君の仲間も平和な世界を見れば分かってくれる。戸惑うことは何もないよ」

 

 優しく、冷たい声が悪魔の契約を持ちかける。交わせばもう二度と戻ることはできないと分かっているのにその誘惑は強く、そして甘い。全てを取り戻せる。全ての犠牲を無かったことに出来る。誰もが幸せな世界を創れる。そう、自分がこの悪魔の契約を結んでさえしまえば、全てが救われる。

 

「おいで、私の家族」

「……あたしは―――」

 

 差し出された男の手に向けスバルは静かに自身の腕を伸ばすのだった。

 





 スバル・オルタになるか、それとも「だが断る!」するかは今後のお楽しみに。


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四十五話:王の翼

 

 地上本部と機動六課が襲撃を受けてから一週間。まるで何かを待つかのようにスカリエッティ側からは何一つして音沙汰の無い状況が続いていた。言いようのない不気味さを感じながらも管理局は各方面から調査、そして対応策を練り続けていた。

 

 ヴェロッサ・アコース査察官とシスターシャッハもまた自らの能力と伝手を利用しスカリエッティの居場所を突き止めようと奔走していた。そこに以前から戦闘機人事件の痕跡を追っていたゲンヤと個人的にスカリエッティを追っていたフェイトの情報が合わさりアジトと思わしき場所を遂に見つけ出すことに成功していた。だが、それもまた相手にとっては誤差の範囲内に過ぎない。既に準備は整っているのだ。

 

「どうやらスカリエッティのアジトが見つけられたようだ」

「構わん、あそこは既に用済みだ。時は満ちた。聖王と共にかの翼を飛び立たせる」

「いよいよかね。ああ、ここまで長かったが遂に私達の悲願を叶える時が来たのだな」

 

 最高評議会の面々が万感の思いを込めて語り合う。150年、彼らが世界を平定してからそれだけの時が経った。彼らの年齢は既に200に近い。人の生などとうに超越した時間を生きているがその確固たる意志だけは変わることはない。どれだけ記憶が色褪せ、摩耗しようとあの日の誓いだけは忘れないそう、例え地獄に落ちたとしても忘れない誓い。

 

「世界を平和に」

「誰もが争うことのない世界を」

「誰もが平等である世界を」

『我々の手の中に』

 

 あれから随分と世界も自分達も変わっていった。一度の戦争で大地の全てを焼き尽くす質量兵器は無くなり、魔法に代わった。死者の数も少なくなった。戦争の数も管理局という抑止力があるおかげで法的処理に代わり争いは少なくなった。以前に比べて平和になったといえるだろう。

 

 だが、しかし。争いが無くなったわけではない、完全なる平和を得たわけではない。大地が死にゆく戦争が消えたわけではない。罪なく死んでいく者達が居なくなったわけではない。失った対価に見合う平和はこの世になく、世界は相も変わらず争いと絶望で満ちている。自分達が変えなければならない。この手で世界を平和にしなくてはならない。

 

 彼らの願いはそれだけであり、そのためなら如何なる悪も許容する。

 

「最後の仕上げはお前に任せたぞ」

「如何に争い無き世界であろうと変革の後には混乱が生じる。それらを束ねる絶対的なカリスマが管理局には必要だ」

 

 革命の後には混乱がつきものだ。革命そのもので命を落とす人間の数よりも革命後の混乱の影響で命を落とす人間の方が多いものもあるぐらいなのだ。だが、最高評議会の望む完璧なる統治においてそのような不手際は許されない。

 

「心得ている。我らも三提督も過去の英雄。この先の体制を作るにはいささか弱い」

「それ故に新たな英雄を創り上げる必要がある。くれぐれもしくじるでないぞ」

「無論。常に余裕をもって優雅であれば失敗などあり得んよ」

 

 ポッドの中に浮かぶ脳味噌に向かい一人の男性が語る。先端に宝石の付いたステッキのようなデバイスを持ち、完璧に整えられた身だしなみ。その姿は一言でいえば優雅。付け入る隙など存在せず自信に満ち溢れている。誰もがその男前に跪き従いたいと思うようなオーラが彼にはあった。

 

「では、頼んだぞ。我らが友よ」

「我らの悲願を叶えてくれ」

「勿論、世界が平和になったあかつきには祝杯でも挙げよう」

 

 男は親愛の念を込め上品に微笑みながら盟友に背を向ける。願望の器を手にし、自らの願いを叶える為にゆりかごの下に歩き出す。後顧の憂いなど何もない。全ては順調である。だからこそ、男は気づけなかった。自分の後ろ姿を敬礼して見送っている生命維持係の女性の顔が、本性を現すように残忍に歪んでいることに。

 

 

 

 

 

 巨大なものを見た時、人はまずどのような感情を抱くであろうか。大人であればその壮大さに胸を打たれるかもしれない。作り手を思い、ただ感心するかもしれない。しかし、それは大人が自分の身は安全だと知っているからである。巨大な建造物を見ても襲い掛かってくるとは思わないし、大型犬を見ても可愛いと思うだけだろう。

 

 それらは全て害はないと知っているから。では、子どもは、つまり人間の原初の姿であればどう思うのだろうか。幼児は自分よりも大きい犬を見れば初めは泣く。親以外の大人を見ればその大きさに怯えて近寄らない。成長するにつれそれらが敵でないと知り近づくようになる。人の本能は知らないもの、理解できないものを恐れる。

 

 そして、巨大なものを見る時もまた―――人は恐怖する。

 

「古代ベルカに伝わる伝説のロストロギア……『聖王のゆりかご』こないな隠し玉をまだ持っとったんか」

【はやて! ごめんなさい。これは聖王教会の……いいえ、私の責任です】

「カリムのせいやない。普通は誰もこんなおとぎ話みたいな船信じんよ」

 

 アースラの中からでもはっきりと肉眼で確認できる程の巨体を誇るゆりかごを見ながら呟くはやて。ただそこに浮いているというだけで多くのものが畏怖し、恐怖してしまうだろう。そんなことを考えているところにカリムから急ぎ通信が届く。話の内容としては自身の予言の解釈が間違っていたために止めることが出来なかった。

 

 また、聖王のゆりかごという本来であれば聖王協会が管理しなければならないものが敵の手に渡っていたという事実への謝罪だ。しかしながらはやては分かる方がおかしいと逆にカリムを慰める。そして同時に事態は聖王教会の重鎮であるカリムが簡単に頭を下げなければならない程余裕のない状態なのだと改めて理解し、対応策を頭の中で張り巡らせる。

 

「とにかくあれをどっかに連れてくのが相手の目的やろうから、何が何でも止めな」

 

 ゆりかごの軌道はこちらや首都に向かって攻めに来ているというよりは空に向かって高く飛んでいるというのが正しい。ゆりかごの情報は今無限書庫のユーノとアルフが急ぎ調べてくれているところだ。しかし、あれを目的地に到着させてはならないということだけは自身の勘が嫌な程教えてきていた。

 

「すぐに六課からも戦力を投入するしかないなぁ」

【教会の方からも準備ができ次第応援を派遣します】

「ありがとうな。それじゃあ、状況が進展次第連絡するわ」

【はやて、こちらクロノ。至急連絡したいことがある】

 

 カリムとの通信が終わると入れ替わるように今度はクロノから通信が入る。いつもの戦闘服を着ていることからクロノも危険を感じ取り既に臨戦態勢に入っていることが伺える。

 

【先程確認されたロストロギアを見て本局も重い腰を上げた。直に次元航空艦隊がそちらに到着する】

「宇宙空間内で一斉攻撃をするわけやね?」

【ああ、その予定だ。しかし……問題は間に合うかどうかだ】

 

 クロノが画面の向こう側で難しそうに顔をしかめる。次元航空艦隊からのアルカンシェルの一斉砲撃を食らえば如何にロストロギアといえどひとたまりもないだろう。しかしながらそれは射程距離に入る前に逃げ切られないという前提の下だ。

 

 当然のことながら相手はこのことを察知している。さらにゆりかごには二つの月の魔力を浴びることでその防御力を爆発的に増幅させたという伝承が残っている。先に月の軌道上に乗られれば最悪の場合如何なる攻撃も防がれる可能性があるのだ。

 

【三提督が纏めてくれているおかげでこれだけの規模でありながら最速でそちらに向かっているんだが……恐らくはゆりかごの方が速いだろうな】

「……つまり私達は何とかしてゆりかごを止める。もしくは遅らせればええんやね?」

【そうだ。六課及び地上部隊には極度の負担を強いることになるが……頼むぞ】

「了解や。六課の底力、見せたる」

 

 クロノとの通信を切ると共にはやては素早く指示を出していく。敵の主戦力である戦闘機人は地上を守るために建設中であったアインヘリアルを破壊している最中。恐らくは終わり次第に地上本部もしくはミッド中央街に攻めてくるだろう。

 

 相手の全容が分からない以上はどこに戦力を割り振ってくるかまでは分からない。そのためはやてはできるだけ戦力を分け、尚且つバランスが良くなるように六課の面々に配置を考えていく。そして決定すると自身も共に戦場に赴くために隊員達が控えている会議室に足早で向かっていく。

 

「みんな、状況は頭に入っとる?」

『はい!』

「なら、ゆりかごには私となのはちゃんとヴィータが行く。地上ミッド中央の防衛戦にはフォワード三名とギンガ。スカリエッティのアジトへはフェイトちゃん、その先で教会の応援と合流。以上! 何か質問があるなら今のうちに言っとき」

 

 じっくりと全員の顔を見るが誰も文句はないのか真っすぐに自分を見つめてくるだけである。それは自分の指示を信用してくれているということであり、自分の指示の誤り一つで部下が命の危機に晒されるということ。改めて感じる立場の重みを隠すようにはやては頷き出動の指示を出す。

 

「それじゃあ、各自最終確認が終わり次第すぐに出動!」

『はい!』

 

 その言葉を合図に六課の隊員達は最後の戦場へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 戦闘機人達の侵攻を食い止めるためにミッド中央の前線へと向かうヘリの中。ギンガは苦しそうな顔をしてブリッツキャリバーを見つめていた。

 

「ギンガさん……」

「ああ、ごめんなさいね。つい、考えちゃって」

 

 ティアナに声をかけられたことでハッとして顔を上げるがその表情は暗いままだ。それも当然だろう。未だに妹のスバルの安否は分かっておらず、下手をすれば殺されている。あるいは人質として使われる可能性もあるのだ。もし、その時に市民の命と妹の命を天秤にかけるようなことがあれば自分がどちらを取るかが分からなかった。

 

「スバルはきっと大丈夫ですよ。人一倍しぶといですからね。もしかしたら自力で脱出しているかもしれませんよ」

「そうね……そうよね。私が信じてあげないと、お姉ちゃんなんだから」

 

 励ますようなティアナの言葉に気持ちを入れなおすギンガ。スカリエッティは理由はどうであれ無暗に人を殺してはいない。ならば自身の技術が生きているスバルを傷つける可能性は低く見積もってもいいはずだ。

 

 どこに捕らえられているかは分からないが一刻も早く見つけ出そう。あの子はいつも一人で転んでは泣いていたのだから。母がいない今は自分が手を引いてやらなければならない。懐かしい思い出に少し笑みが戻ったところではたと気づく。スバルはあの事故以来、一度も泣いていないことに。

 

「そう言えば、ティアナ。あなたはあの子が泣いているところを見たことはある?」

「スバルがですか? いえ、というかスバルって泣くんですか?」

「最近は泣かないけど小さい頃はすぐに私に泣きついてきてたのよ」

「なんだか、今のスバルさんからは想像できないです」

 

 どこまでも真っすぐで心の強いスバルしか知らない三人は聞かされた話に目を丸くする。そう、スバルはあの日を境に変わったのだ。正義の味方という子供じみた願いを叶える為に強くなろうとした。もう泣いているだけで何もしないのはやめようと誓った。

 

 そこに自分は泣いてはならないという強迫観念や自責の念があったかもしれない。しかし、妹の歩いた道に嘘偽りはない。だから、何も心配する必要はない。そう自分に言い聞かせギンガは軽く自身の頬を叩くのだった。

 

「みなさん降下ポイントに着きました!」

「じゃあ、行くわよ、みんな!」

『はい!』

 

 ヘリから飛び降り四人は遂に戦場最前線に立つ。彼らの役目は地上本部に攻め込んでくる戦闘機人の撃退、もしくは時間稼ぎだ。数の上ではこちらが圧倒的に上であるがそのうちまともに戦闘機人及びガジェットと渡り合えるのは自分達しかいない。

 

 その自分達ですら知らない能力を持っている個体がいるのだ。とにかく粘りに粘って情報を収集し後ろの防御陣に伝えるのが最低限の仕事だ。相手もそれは分かっているだろうがやり遂げるしか道はない。

 

「中央に向かって伸びるこの道を通ってくる可能性が高い……って言っている傍から来たわね」

「全員、ここを通さないことを最優先にしなさい。別の方に敵が向かっても無視。他の隊の人に任せるわよ」

「大丈夫なんですか、それで?」

「私達にできることをする。手を広げ過ぎても失敗するだけよ。それに、こういう時は信用しあうものよ」

 

 遠くに戦闘機人の影を見とめ、四人の中で最も位が高いギンガが必然的に指示を出す。何とも大雑把な計画に大丈夫かとエリオが尋ねるがギンガの言うように四人でできることは限られている。相手の全ての行動に対処することはできない。

 

 ならば最初からできることを絞ればいい。人間は小さな手の届く範囲でしか物事を行えないのだ。切嗣や最高評議会にとっては皮肉になるであろう指示にもエリオは納得しストラーダを構える。そして、戦闘機人達の顔を改めて見たところで驚愕に目を見開く。

 

「あれって……」

「うそ……でしょ?」

「そんな……」

 

 彼女達に目に映ったのは四人の戦闘機人。以前に地下通路で襲ってきたノーヴェとウェンディ、さらに六課を壊滅させた元凶の一人ディード。そして最後に一人見覚えのある顔立ちに装備。ただ一つ違うのはその瞳。どこか機械的であった青い瞳が今は完全なる機械を思わせる黄金の瞳へと変わっている。しかしながら彼女は見間違えない。間違いなくその人物は―――

 

 

「ス…バル…?」

 

 

 スバル・ナカジマ、ギンガにとって最愛の妹に他ならないのだから。

 





 自分の意志なのか操られているのか。さて、どうなのか。


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四十六話:終末の訪れ

 近くによればその威容が明らかになる。数百人の航空魔導士が辺りを取り囲んでいるというのにまるで牛に群がる蠅のようにしか感じられない。一体これだけの兵器を“何”を滅ぼすために作られたのか考えたくもないが、相手もゆりかごもまともではないことだけは確かだろう。

 

「とにかく地上に行く前にガジェットを止めて! ここで私達が頑張らんと地上の皆が危ない!」

 

 まるで世界の終末に登場する蝗の大群のように群がるガジェット。それらの駆除の指揮を空の上で取りながらはやては冷たい汗を流す。こうして水際で何とか防げているうちは良い。だが、この防衛戦が破られてしまえばガジェットはまさしく蝗のように全ての命を喰い尽していくだろう。

 

 ガジェットそのものはスカリエッティが作り出した物でありロストロギアではない。必ず有限であるはずだ。だというのに相手は大判振る舞いで放出してくる。つまりはそれだけ前からこの状況を見越して準備を進めていたことに他ならない。出だしの時点でこちらは不利に立たされているのだ。

 

「このままじゃいくらやってもキリがねえ……はやて!」

「そうやね、突入して中から止めんとどうしようもない。やけど……」

 

 あの空に浮かぶ要塞にどうやって侵入するのだ?

 ヴィータの声に答えながらはやてはどうしようもなく人間の小ささを思い知る。要塞である以上は相手に侵入を許すはずもない。穴を空けようにも相手はロストロギア。生半可な攻撃ではかすり傷一つ付かない。

 

 恐らくは製造されてから千年は経っているというのに汚れ一つ付いていない外装からゆりかごの強度を察することはできる。内部に入ればどうにかできる。だが、その内部に入る道が見つからない。八方塞がりだ。そう思ったところで小さな歓声が聞こえてくる。

 

【八神二佐! ゆりかご内部につながる侵入経路を発見しました!】

「なんやて…?」

 

 通信に驚いて確認してみると確かに人が入り込むのに適した入り口が開いていた。このままでは打つ手なしの状態だったので素直に喜ばしいことだ。しかし、同時にはやては余りにも都合の良い出来事に訝しんでいた。それはなのはも同じだったのかガジェットを撃ち抜く手を止めてはやての傍に飛んでくる。

 

「はやてちゃん、どうしようか?」

「このままやったらこっちはジリ貧や。中に乗り込む以外に道はないんやけど……」

「偶然じゃない。明らかにこっちを誘っているよね」

 

 余りにも怪しいのだ。古代ベルカ以前より無敵を誇る戦艦が簡単に敵に入れるような構造をしているわけもない。十中八九で罠だろう。こちらが中に入ってくるのを待ち侘びているとしか思えない。中に入れば今まで以上に恐ろしい何かが待ち構えている可能性がある。安易に飛び込むのは余りにもリスクが高い行為だろう。しかしながら。

 

「どのみちあたし達は中に入って止めねーと勝ちはねぇんだ」

「そうだよね。ゆりかごを止めるには中の駆動炉を破壊するか、聖王……ヴィヴィオを止めないといけない」

「入らんかったら負け、入ったら罠。やったら罠を食い破る方に賭けるしかないわな」

 

 どのみちこのままでは消耗戦となり勝ち目はない。どれだけ怪しく危険なに臭いがしようとも自分達はゆりかご内部に侵入を試みる以外に道はない。実によくできた罠だ。その存在に気付いたとしても避ける術が存在しないのだ。これを考えた人間は理由が何であれ悪辣で辛辣な人間に違いない。

 

「なのはちゃん、ヴィータ。……行けるな?」

「当ったりめーだ! はやてからの命令なら地獄の底でも行ってやるよ!」

「私もどこでも行っていいよ」

「二人共……」

 

 下手をすれば死んでしまうかもしれないような場所へ突入させるというのに笑いかけてくる二人に声を詰まらせるはやて。親友というだけで命を懸けてくれるなのは。家族として騎士としてその全てを奉げるヴィータ。感謝の言葉を幾ら伝えたところで足りないと断言できる程に恩がある。だから、はやては礼を言うでもなくただ命じる。

 

「機動六課部隊長として命ずる。ゆりかごに乗り込み進行を止めること」

 

 ゆりかごの停止の任をまかせることを命じ。

 

「重ねて命ずる。全ての力を出し切って戦うこと」

 

 さらに地上の人々の為にその命を懸けて敵と戦い抜くことを命じ。

 

「最後に、必ず―――生きて帰ってくること」

 

 最後に決して死んではならないと自身の本当の気持ちを告げる。

 二人はその言葉に再び笑い、はやてに向かい敬礼する。

 

「スターズ1、高町なのは承りました」

「スターズ2、八神ヴィータ承った」

「ええか? 地獄の釜の蓋をぶち抜いてでも帰ってくるんやで」

「なのはの得意分野だな」

「ヴィータちゃんもでしょ?」

 

 お互いにからかうように声を掛け合い少し気を落ち着けた後に表情を引き締める。そして、振り返ることもなく真っすぐにゆりかごに向かい飛び立っていく。一人残ったはやてはその様子を何かを耐えるように見つめた後、首都防衛隊の指揮に戻るのだった。

 

 

【さあ、次代を担うにふさわしい者かどうか。私が見極めてあげよう】

 

 

 二人の先に待ち受ける存在が何なのかを知らぬままに。

 

 

 

 

 

 ノーヴェの嵐のような猛打。掠りでもすれば体ごと持っていかれるのではないかという重い拳。それらを掻い潜りながらエリオは最短最速で敵を射抜く刺突を繰り返す。だが、相手も戦闘機人の能力をフルに活用した動体視力による先読みで避け続ける。息詰まる一進一退の攻防が続いていく。

 

「くっそ、ちょこまか動きやがってチビが!」

「この人強い…!」

 

 当たらない攻撃にイライラを吐き出すノーヴェに冷静に相手の強さを計るエリオ。対照的な反応ではあるが現在の戦況においてはさして差を及ぼすものではない。それを示すように両者の頭部目がけてオレンジの弾丸と桃色の弾丸が飛んでくる。そしてお互いにぶつかり合い消滅する。

 

「へへ、お互いに考えることは一緒っスか」

「くっ、相手も同じじゃ……」

 

 ぶつかり合う前衛の後ろから相手の心臓を狙い続ける二人の狙撃手。ウェンディは本当に戦闘かと疑いたくなるようなへらへらとした笑みを浮かべ。対するティアナはウェンディを抜かなければこちらの攻撃は通らないと分かり苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

「フリード! エリオ君をフォローするよ!」

「キュクルーッ!」

 

 しかしながらフォワードには空から竜を用いて攻撃を仕掛けるキャロとフリードが居る。竜としての能力を存分に生かした攻撃、火炎を吐きノーヴェとウェンディを吹き飛ばそうと狙いを定める。だが、相手もそれを許すような弱い者ではない。

 

「邪魔はさせません、ツインブレイズ!」

「っ!? フリード、避けて!」

 

 横薙ぎに赤い双剣が一振りされる。それを宙で身を翻すことで躱すフリード。そのことに対しても何も思わないのか攻撃者であるディードは無表情である。そして、まるで曲芸のように宙を飛ぶガジェットに飛び移っていく。彼女の姿に空の上といえど安全圏ではないとキャロは冷や汗を流しながら再認識する。

 

 三対三で戦力としては拮抗している。戦術としてはどちらも相手を一気に破り去るカードは持ち合わせている。しかし簡単には使わない。最高のタイミングで切ってこそ切り札とはその効果を発揮するものなのだから。そして、もう一つこの戦況を動かす大きなポイントがある。四人同士で敵と遭遇したにもかかわらずどちらも一人を抜いて戦っている理由でもある。

 

「スバル! 目を覚ましなさいッ!!」

「…………」

 

 三人とは少し離れた場所にて宙に無数の道が創り出されている。その上を二人の少女が互いの拳をぶつけ合いながら疾走していく。空を彩るそれは一種の美しさと物悲しさを見る者に与える。それも当然だろう。二人は“人間として”生まれた時から過ごしてきた姉妹なのだから。

 

「どうして…! 何も答えないのよーッ!」

標的(ターゲット)を行動不能にした後回収……」

「スバルッ!!」

 

 どちらも急にチームに入ったようなものなので高度な連携は取れない。そのため三人の邪魔にならないように個人で自由に戦闘をさせた結果、丁度姉妹で争うことになったのだ。だからと言って二人が弱いというわけではない。

 

 お互いに近接戦闘の破壊力においてはこの中ではトップクラス。故に二人の体がぶつかり合う度に振動が大気を揺るがし轟音が響く。仮にスバルが他の戦闘機人と連携を取っていたとしてもギンガが相手をしていたであろう。それほどに今のスバルは壊すことに特化している。

 

「この感じ……いつものスバルじゃない。操られているのね、スバル?」

「…………」

 

 ギンガからの問いかけに何も答えないスバル。その反応にギンガは(・・・・)妹は操られているに違いないと確信する。姉として妹を傷つけるのは許容できない。魔力攻撃で気絶させて連れて帰るのが一番だと判断し母の形見であるナックルを軽く撫でる。まるで自分に妹を守る力をくださいと天国の母に祈るように。

 

「いいわ。スバルがどんなになってもお姉ちゃんが何度でも助けてあげるから!」

 

 家族として、姉として、決して譲れない戦いがある。それを自覚し雄叫びを上げるギンガをスバルは相も変わらぬ金色の瞳で黙って見つめ続けるのだった。

 

「ギンガさん大丈夫かな?」

「キュルー」

「うん、信じるしかないよね」

 

 遠方に見える悲しい姉妹の戦いを見やりながらキャロはフリードと話す。今の自分達では援護にも入れず、入ったとしても足手まといになるだけ。それが分かっているもののやはり心配なのは変わらない。二人の無事を心の中で祈り自分の戦場に目を戻す。

 

 相も変わらず片方が仕掛ければもう片方がそれを潰すという一進一退の攻防が続く。だが、フォワード陣に焦りはない。そもそも彼らの役目は時間稼ぎと相手の体力を少しでも削ること。このままの状況を続けてもフォワード達の目的は達せられるのだ。

 

(このまましっかり粘ればいけるわ。ちびっ子達、ここが踏ん張り時よ!)

(了解です!)

(任せてください!)

 

 ウェンディと壮絶な撃ち合いを行いながら念話を飛ばすティアナ。その声の力強さにエリオとキャロは自身の勝利を確信し攻めの手を上げる。だが、それは時として油断となり慢心となる。突如として緑色の閃光がティアナの背後に複数現れる。

 

「なっ―――!?」

 

 無数のレーザー光線に撃たれ爆炎の中に消えるティアナ。その攻撃の正体がオットーのISであるレイストームだと以前の経験から即座に判断したエリオは思わずティアナの方を振り返ってしまう。

 

「ティアナさんッ!」

「よそ見してるんじゃ―――ねえッ!!」

「ぐあぁッ!?」

 

 その隙をノーヴェは逃さない。鉄柱ですら軽々しく砕く強烈な蹴りをエリオの脇腹に叩きこむ。容赦なく突かれた隙に為す術などなくエリオはボールのように吹き飛んでいき壁にのめり込んでようやく止まる。

 

「フリード! 早く二人の援護に行こ―――ッ!」

「残念だけど、そうはいかせないっスよ」

 

 仲間の危機にすぐに援護に向かおうとするキャロとフリードだったがいつの間にか桃色の魔法弾に周囲を取り囲まれていた。ティアナとの戦闘から自由になったウェンディが今度はキャロに狙いをつけ囲いを作ったのだ。その囲いはキャロ一人ならば抜け出せるが巨大化したフリードでは隙間は小さすぎる。

 

「協力感謝します、ウェンディ姉様」

「きゃああッ!!」

 

 どうすればいいのかと思わず完全に停止してしまうキャロとフリード。時間にして3秒程度。しかし、それだけの時間停止していれば狙ってくださいと言っているのと何ら変わらない。器用に魔力弾の隙間を潜り抜けてきたディードの振り下ろすような斬撃をフリードはもろに喰らってしまう。落下と同時にウェンディの魔力弾が襲い掛かり追い打ちをかける。

 

「今ので決まったスかね?」

「……いえ、敵性反応は依然として存在しています」

「まじっスか。今のは結構上手くいったと思ったんスけどねー」

「関係ねえ、何度でもぶっ潰す」

 

 それぞれの渾身の一撃を入れたにも関わらずまだフォワードがやられていないことに若干驚くウェンディ。だが、ノーヴェの言うように、また倒せば良いだろうと判断し再び笑みを浮かべて武装を構える。

 

 その反対側では攻撃を受けた三人が息を潜めて静かに回復を行っていた。全員が軽くはないダメージを負ったもののこの程度で動けなくなるような軟弱者は一人もいない。諦めることなどなく虎視眈々と反撃の機会を狙っていた。

 

(こちらティアナ。二人共生きてるわよね?)

(こちらエリオ。まだまだ戦えます)

(こちらキャロ。フリードもいけます!)

(オッケー、さっきは不意を突かれたけど敵が四人だと分かればやりようはあるわ)

 

 全身に走る痛みを押し隠しながら三人は連絡を取り合う。先程は突如現れた四人目に不覚を取って負けたが、居ると分かれば作戦はいくらでも立てられる。まだ戦況は決まっていない。自分達は倒れてなどいない。ならば逆転することは不可能ではない。そう、思った時であった。

 

「……来て。地雷王、ガリュー」

 

 地面に現れる無数の不規則な魔法陣。それは召喚魔法陣。ルーテシアが操る虫達がその姿を現そうとしていることに他ならない。見上げるほどの巨体の虫達がフォワード陣を取り囲むように数えるのを諦めてしまうほどに現れる。

 

「この数……尋常じゃない…!」

「私の魔力量全部使ってもこの半分ぐらいが限界なのに……」

 

 驚愕するエリオとキャロをよそに虫達を従える幼き召喚士ルーテシアが地に降り立つ。そしてガリューも続くように彼女の隣に現れる。先程まで均衡していた数と戦力はこれで一気に戦闘機人側に傾いた。遂に彼女達は切り札を切ったのである。突如として何倍にも増えた敵に先程まであったフォワード陣の余裕と計算は脆くも崩れ去ってしまった。

 

「これは…ちょっと……やばいかも」

 

 額に走る冷たい汗を拭いながらティアナは引きつった声で呟くのだった。

 









『アイリスマスターエレメントガールズ』

 あなたのプロデュースでアイリスフィールに人間性が宿る!


土「別に私を選んでくれなくても気にしませんから……気にしませんから……」
水「私を選ばないの? そう、なら消えなさい……ふん」
火「乱暴な人は嫌いよ。だから私を選ぶなら……優しくしてね?」
風「風のアイリスフィールが最優だ、とアイリちゃんは言うのであった」


 さらに特殊な育て方をすると特別な進化をすることもあるぞ!


黒「私を愛さないの? ねえ、どうして? どうして? 見捨てられるぐらいなら……殺すわ」
プ「魔法少女プリズマ☆アイリちゃんをよろしくね!」
師「聞いて聞いて! ゼッちゃんっていう可愛い弟子ができたの!」


 さあ、好みのアイリスフィールを選んで今すぐプロデューサーになろう!



切嗣「火のアイリが一番本来の性格に近いか? しかし……土のアイリの見捨てられなさは異常だ。それに水のアイリは一見冷酷そうに見えるがこれはツンデレのツン期だ。僕の目に狂いはない。これは選んであげないと後で部屋の隅でいじけているのが目に見える。そして風のアイリだ。一言で言えばあざとい、とにかくあざとい。だが……悪くない。寧ろこの無邪気さは本来のアイリを思わせる。この中で選べと言うのか……くっ! そもそも僕には……アイリを選ぶなんて資格はない……だから―――あとはまかせたぞ士郎!!」

士郎「なんでさ」




いや……何か色々と混ざってホントすいません。FGOイベントの四大元素アイリを見た瞬間にピンとこのタイトルが思いついて気づいたら書いてました。夜中のテンションって怖い。


おまけ


切嗣「士郎……確かに僕は後は任せると言ったね。でも、だからと言って四人とも選ぶのはどうかと思うよ」

士郎「俺はみんなを幸せにしたかっただけなんだ!」

おしまい


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四十七話:譲れぬ戦い ☆

 火炎が舞い踊り、斬撃が空を切り裂く。地上の空で行われる二人の騎士の戦いは常人には視認できないような高次元で行われていた。

 

「なぜ、あなた程の騎士がこのようなことを?」

「俺は無碍の市民に手を出すほど落ちぶれてはいない。そこを通してくれれば何もしない」

「その理由が聞けない以上は局員として通すわけにはいきません」

「ふ……立場が逆なら俺もそう言っただろうな」

 

 どこか過去を懐かしむ様に呟きゼストは薙刀のようなデバイスを振りかぶる。シグナムはそれを躱すことなく真正面から受け止める。激しく火花が飛び散り、二人の鍔迫り合いが拮抗していることを示す。

 

(なんでお前なんかがリインフォースなんて名乗ってるんだよ! バッテンチビのくせに!)

(リインの名前はマイスターから承ったものです! 例え初代であっても否定させないです!)

(何の苦しみも知らない温室育ちのくせにッ!)

 

 アギトは目覚めたときから一人だった。違法の研究所で死ぬこともできずに心を摩耗してきた。そんな折にゼストとルーテシアに救われ人の温かさを知った。悲しい過去があるから何の苦労も絶望も知らないツヴァイが気に入らなかった。自分でも八つ当たりだと理解している。だが、心はそう簡単に理解してくれはしなかった。故に戦わなければならない。全力を尽くしてぶつからなければきっと分かり合えない。

 

(だからなんです! 初代の願いはマイスターはやての幸せ。私には世界の全てを不幸にしてでもはやてちゃんを幸せにする義務があるんですッ!!)

(なんだよ……アインスは酷い目にあってきたのに何でお前だけ幸せなんだよ)

(託された者には幸せになる責任があります。そして……あなたにも)

(あたしは……旦那の願いを叶える。今はそれ以外のことは考えない!)

 

 ツヴァイは目覚めたときから多くの家族に囲まれていた。確かに温室育ちといえばそうなるだろう。しかし、託されたものがある。一人でないから守らなければならないものがある。意志と力を受け継いでいるからこそ幸せにならなければならない。託された主を世界で一番に幸せにする。それこそが、魔道の器リインフォースⅡの至上命題。邪魔をする者がいるのならばその力の全てをぶつけ打ち砕くのみ。

 

「アギト、落ち着け」

「リイン、お前もだ。全力でなければ斬られるのは私達だぞ」

 

 ユニゾンデバイス同士で因縁をつけ合う二人を双方のロードが止める。そして落ち着いたのを見計らい再び斬り結び始める。ただの一振りでも当たれば即死するような剛の一撃を放つゼストに対してシグナムは卓越した技でいなし、隙を突き攻めに転じる。

 

 騎士の年期としては古代ベルカから生きているシグナムに勝てる者は同じ守護騎士だけである。しかし、ゼストの剣が持つ重みはそれに匹敵する。一体どれほどの修練と願いが込められているのかとシグナムは内心で恐れおののく。しかし、肝心なものが足りないとも感じとる。それは相手を倒すという意思だ。

 

「それほどまでにレジアス中将の下へ行って何をするつもりですか? 復讐ですか」

「答える必要はない」

 

 ゼストはレジアスの下に辿り着くという目標に全てを傾けている。それこそ命などいらないとでも言うかのように。一人の剣士として相手にされないというのは少しばかり気になることではあるがそのおかげでこちらも消費を抑えて戦うことができている。

 

 ままならないものだ。そう心の中で呟きシグナムは業火と共に連結刃を放つのだった。

 

 

 

 

 

 道の端に整然と並べられている培養層。それが目に入る度にフェイトは表情を険しくしていく。かつて自分もああして生まれてきたのだと見せつけられているようで嫌だった。そして、それ以上に生命を弄ぶスカリエッティが許せなかった。

 

「フェイト執務官、大丈夫でしょうか? 先程から顔色が優れませんが……」

「大丈夫です。それよりも一刻も早くスカリエッティを捕まえてこんなことはやめさせないと」

 

 取り付く島もないように大丈夫だというフェイトにシャッハは心配そうな目を向ける。普段の彼女であればもっと余裕のある言動のはずだ。やはり、ものがものだけに思うところがあるのだろうと心境を思いやり目を伏せる。

 

 その瞬間だった。床の中から手が生えてくるというあり得ない現象を目にしたのは。

 

「フェイト執務官!」

「くっ…!」

 

 シャッハの声に反応し咄嗟に跳躍するフェイト。地面から突き出たセインの腕は掴むべきものが無くなりすぐに消え去る。しかし、二人の緊張は消え去らない。こちらの侵入が察知されているのは分かっていたがはっきりとした敵対行動はこれが初めてだ。つまり、ここからが本当の戦闘開始なのだ。

 

「どこに―――!?」

「シスター!」

 

 息を止めるようにして地面を見つめていたシャッハの脚が掴まれる。それに気づいたフェイトがすぐに助けようと駆け出すがシャッハはそれを止める。そしてあろうことか掴まれたまま自らの双剣で床を叩き壊す。

 

 まさか床ごと攻撃してくるとは思っていなかったセインは避けることもできずシャッハを掴んだまま下の層に落ちていく。それを見てフェイトは慌てて追いかけようとするがそれとは逆の方向から何者かが近づいてくるのを察し足を止める。

 

「フェイトお嬢様、ここに来られたということは帰還ですか?」

「この顔を見てまだそう言える?」

 

 バルディシュをザンバーフォームに変えトーレとセッテを睨み付ける。その様子に説得は殴り倒した後でするしかないだろうと悟るトーレ。それに習いセッテもブーメランのようなISを構える。

 

 お互いに動かぬまま緊張が高まっていき限界まで膨張したところで―――破裂する。

 

「―――フッ!」

「―――ハァッ!」

 

 金と青紫がぶつかり合う。フェイトとトーレはどちらも高速機動型である。しかしながら狭い閉鎖空間では二人は本気で戦えても全力で戦うことはできない。どれだけ早く動けても移動できる範囲が限定されている。そうなれば速度の劣る相手でも先読みして対処することができる。

 

 二人だけの戦いならどちらが勝つかは分からない。だが、ここにはもう一人のセッテが存在する。高速でぶつかる二人の合間を縫うようにブーメランを飛ばしフェイトの牽制を行う。二人がかりであっても簡単に負けてやる程フェイトは弱くない。しかし、このまま戦っても勝ち目は薄い。

 

「以前申したはずです。あなたでは私達に勝つことはできないと」

「……黙れ」

 

 圧倒的優位に立っていることを理解して語り掛けてくるトーレに対し静かに怒りをあらわにするフェイト。それは彼女がこの場所とここの主にどうしようもない嫌悪感を持っているからこそ。普段とは自身が違うことにも気づけない程に彼女は精神が安定していなかった。

 

「やはり倒さなければいけませんか……。改めてご覚悟お願いいたします、フェイトお嬢様」

「覚悟するのはそっちだ…!」

 

 まるで子どもの頃に戻ったかのような不安定さを宿しながらフェイトは二人の戦闘機人に突撃していくのだった。

 

 

 

 

 

 ゆりかご内部。製造された年代は少なくとも1000年は前だというのにその構造は精密過ぎた。侵入したなのはとヴィータが何一つ違和感を覚えない程に現代に近い技術を誇り、一定の部分では現代技術すら凌駕している。まさにロストロギア。現代技術では再現出来ない失われた技術の宝庫だ。

 

 そんな考古学者が見れば白目を剥いて卒倒しかねない事実にも足を止めることなく二人は進む。二人にはゆりかごの技術など何の興味なければ用もない。邪魔ならば壊して切り開くのみ。この船を止めるため、奪われた大切な者を取り戻すために。

 

「ヴィータちゃん。今、通信班からゆりかごの内部データが届いたんだけど……」

「駆動炉と玉座は逆方向にあんのか……どっちかだけで止まんのか?」

「わざわざ逆方向に作ってあるから、たぶん両方を壊さないとダメな仕組みにして防御力を上げているんだと思うから……」

「……二手に別れるしかねえのか」

 

 現在内部にいるのはなのはとヴィータの二人のみ。勿論どちらも二人で壊していくという作戦もあるのだがそれはできない。ゆりかごが月の軌道上に到着する前に止めるのが任務。時間を多くかけることは極力避けたい。

 

 最速で破壊と救出を行うためにはやはり二手に別れる以外の道はない。しかし、そうなれば当然身の危険は跳ね上がる。二人の時点で戦力が少なすぎるにも関わらずさらにそれを二分する等正気の沙汰ではない。だが、一刻も早く成し遂げねばならない。

 

「それで、どっちに行くかなんだけど―――っ!」

「どうも、のんびり話してる暇もねえみたいだな」

 

 空間に反響する金属の兵隊が行進する音。まるで行進曲のように一定に揃えられたそれは聞く者に威圧感を与える。ゆりかごの闇の中から現れた機械の兵士は駆動炉を守るように隊列を揃え二人の前に立ち塞がる。

 

「これって……」

「以前の演習中に襲撃してきたやつと同型だな」

「ひょっとしてこれがオリジナルなのかな?」

「さあな、なんだろうとあたしのすることは一つ―――ぶっ壊す!」

 

 もう何年前になるか分からないがなのはが襲撃を受けた際にいた未確認と同じ型のガジェット。その大軍にも怖気づくことなくヴィータはグラーフアイゼンを構える。なのはも揃えるようにレイジングハートを構えようとするが、グラーフアイゼンの柄で小突かれてしまう。

 

「ヴィータちゃん…?」

「悪いな、なのは。ここはあたしとアイゼンの独壇場だ」

 

 それは、ここは自分に任せて玉座に向かえということだ。確かに破壊という一点においてはヴィータとグラーフアイゼンの右に出る者は居ない。しかし、それは必ず勝てるという意味ではない。これだけの数の相手を一人で相手にするのが簡単なわけがないのだ。

 

「無理だよ、ヴィータちゃん!」

「……さっさとヴィヴィオのところに行ってやれ。駆動炉と違ってあいつは痛がってるからな」

 

 今こうしている間にもヴィヴィオはその命を削りながらゆりかごを動かしている。どれだけの時間彼女が耐えられるかは分からない。しかし、苦しんでいることだけは確かだ。時間をかければかけるほどにその苦しみは上がっていく。早く行ってやらねばならない。母親であるなのはが守ってやらねばならない。

 

「でも……」

「あたしに出来んのは破壊だけ。ヴィヴィオのとこ行っても玉座ごとぶっ飛ばしかねねえから無理だ」

「そんなことないよ、ヴィータちゃんは…!」

「最後まで聞け。まあ、大切なものは壊したらダメだけどよ……」

 

 彼女の手は決して壊すためだけのものではないと訂正しようとしたがカートリッジを噴出する音に阻まれる。そしてヴィータは背中を向け振り向きざまに笑ってみせる。

 

 

「別に、あれなら―――ぶっ壊しても構わねえんだよな?」

 

 

 その言葉の裏に見える覚悟と気づかいに、なのはは息を呑む。一瞬、涙が出そうになるがそれは勝どきを上げるまで残しておこうと決め目をこすり自身も背を向ける。

 

「うん、遠慮はいらないよ。がつんと全部壊してね、ヴィータちゃん」

「ああ。任せてろ、期待には応えねえとな」

 

 お互いにもう振り返ることはしない。ただ自分の役目だけに目を向け真っすぐに飛び立つ。すぐ後ろから聞こえてくる物が砕ける破壊音を聞きながらなのは速度を上げる。心配がないわけではない。本当は残って共に戦いたい。だが、それは彼女の想いを踏みにじる行為だ。だから、なのははただ真っすぐに玉座に向かい飛んでいく。

 

「ヴィヴィオ……今、ママが行くからね…ッ」

 

 母と名乗る自信はなかった。今でも自分が人の親になれるという自信はない。しかし、あの子は自分をママと呼んで慕ってくれた。あの子の為に命を懸ける理由はそれだけで十分だった。例え、己の全てが失われるのだとしても愛する子を守る。人はその姿を見てこう言うだろう―――母親と。

 

 ―――立ち塞がるものは全て壊していく。

 

 彼女のその意志は言葉よりもなお雄弁に行動に現れていた。寄ってくる敵は全て撃ち抜き、壁は貫いていく。まるで修羅のような表情と鬼気迫る闘気は機械であるガジェットですら怯ませるような凄まじいものだった。誰も彼女を止めることはできない。仮に止めることが出来る人間がいるとするならばそれは―――

 

「これは随分と見目麗しいお嬢さんだ。見た目としては申し分ない」

 

 ―――英雄と呼ばれる類いの人間だろう。

 

「あなたは…? それにヴィヴィオは?」

「彼女なら後ろの玉座にいる」

 

 玉座の間に辿り着いたなのはの前に現れたのは紳士的な男。気品あふれる優雅な仕草でなのはに声をかけてくる。しかし、その後ろには今なお苦しみ続けるヴィヴィオの姿があり敵だということを知らせる。なのははその姿を認めた瞬間に男に向かいアクセルシューターを飛ばす。

 

「やれやれ、気の強い女性は怖いものだ」

 

 しかしシューターは一瞬にして炎に包まれ消え去ってしまう。男は全くと言ってもいいほどに動いていないにもかかわらずにだ。彼が動かしたのはステッキに添えた指の一本だけ。その動きだけで高速で動くシューターを全て撃ち落としたのだ。その高すぎる技量になのはは息を呑みレイジングハートを握りなおす。彼はただものではない。

 

「あなたは一体何者……いえ、何が目的ですか?」

「高町なのは、君に―――世界を平和にする手伝いを頼みたい」

 

 曇りなどないガラス玉のような瞳でなのはを見つめ男は何もない空間から黄金の器を取り出す。

 

 

「新たな英雄(後継者)となり世界を導いてもらいたい」

 

 




イノセントの新刊が出ていたので買って、エプロン姿のアインスの母性と可愛さと愛らしさにやられたので久しぶりにおまけ書きました。今まで……エプロンを舐めていた自分を殴りたい。たった一枚上に着るだけであの破壊力は侮れない(真顔)


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~


 夏祭り。子どもはその空気に浮かれ親の手を引いて走り回り屋台を回っていく。また少し大きくなれば友達と一緒に回りながら祭り価格の食べ物を慎重に値踏みし舌鼓を打ったりする。さらに年を取れば気になる異性と共に花火を見たりして甘酸っぱい夜を過ごしたりするだろう。そんな夏祭りに八神家の一同も楽しんでいた。

「はやて、はやて! 今度はあの射的やろう!」
「お、楽しそうやなー。おっちゃん、二人分頼むわ」
「はいよ」

 目をキラキラと輝かせながら楽しむヴィータとそれに付き添いニコニコと笑うヴィータ。その後ろにはシャマル、シグナム、アインスが可憐な浴衣姿で続く。周囲の男性もそれに見惚れている者が多いが声をかけてこれる者は居ない。それもこれも、娘達に手を出そうものなら殺してやるとでも言わんばかりの鋭い視線を投げかけてくる切嗣。さらに、もしもの時は自分が止めようと決めている大型犬のザフィーラが隣にいるからだ。

「アインス、どうだい楽しんでいるかい?」
「あ、ああ、楽しんでいるよ」
「『一緒に祭りに行こう』って誘ってくれて僕も嬉しいよ」

 にこやかに話しかける切嗣に対してアインスは若干苦笑いをしていた。確かに『一緒に祭りに行こう』と言った。しかし、それは“みんなで”ではなく“二人きり”という意味だったのだ。要するに勇気を出してのデートのお誘いだったわけだ。それを家族での時間と受け取られてこうして家族で夏祭りに来たわけだ。少し残念に思うのも仕方のないことだろう。

「どうした、アインス? そんな顔をして。もしや……二人きりの方が良かったのか?」
「シ、シグナム! そんなことはない、ないぞ! みんなと来れて楽しいのは本当だ!」

 彼女の気持ちを察したのかからかうようにシグナムが声をかけてくる。慌てて誤魔化すように手を振って否定するアインス。確かにデートにならなかったのは少しばかり残念であるが家族とこうして過ごす時間が楽しくないはずがない。彼女は今間違いなく幸せだった。

「アインスー、ちょっと的当てやってみん?」
「わ、私がですか?」
「いや、なんか私達だけが遊ぶのも不公平やろ。大人も楽しまんと」
「そうですか……では」

 少しむくれた様に頼むはやてにきゅんと心をときめかせながら銃を構える。銃など握ったこともない。だというのに握り方だけはなんとなく分かった。目についた花の髪飾りに狙いを定めて撃ってみるが当たらない。中々に難しいものだともう一度撃つが今度は掠るだけで落ちはしなかった。さらにもう一度撃つが今度は外れる。最後の一発となりどうしたものかと考えていると不意に後ろから声をかけられる。

「机と体に近づけて出来るだけ照準がぶれないように安定させて。それから引き金を引くときは力入れないで力まずに引くんだ」
「こう……かな」

 切嗣からの指示通りに構えると不思議な懐かしさを感じたアインスだったが深く考えずに言われたとおりに出来るだけ力を抜き自然に引き金を引き抜く。ポンと小気味の良い音共に景品が落ちていく。店主のお見事という声が響きそこで自分が当てたことに気づく。

「やった! やりましたよ、主!」
「ようやったなぁ。かっこよかったよ、アインス」

 そして、そのまま敬愛する主に本当に嬉しそうに成功を伝える。まるで子犬がほめてほめてと言っているような光景にはやてのみならずシャマル達も微笑む。そして、今度は教えてくれた切嗣にお礼を言おうと振り返ったところで予想外の出来事が起こる。

「少し動かないでくれ。今、髪飾りを着けるから」
「……え」

 どこまでも自然な仕草で先ほどの景品の髪飾りをアインスの髪に着ける切嗣。自身の目の前にある顔と不意打ち気味に触られた髪の感触に鼓動が跳ね上がる。そして、柔らかな声をかけられる。

「うん……やっぱり君には銃よりも花の方が似合うね」

 どこか後悔と狂おしいほどの親愛の情が籠められた声にアインスは顔を赤らめる。
 髪飾りの花は薔薇。咲いているうちに摘み取られた美しい花。
 その花は決して色あせることなくこの世界に咲き続けるだろう。

~おわり~


『時のある間に薔薇を摘め』
愛する者に手の届くうちに理想を諦めろ。全てを失った後では遅いぞ。

アサエミの宝具名は要するにこういうことなんだろうなと解釈しています。
まあ、手遅れなんですが。

後、もうネタバレどんとこいです。二枚来ましたので。
書いてると来るもんなんですねー。


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四十八話:かつての英雄

 

 有史以前より黄金の光は人に希望を抱かせると共に満たされぬ欲望を与えてきた。人々はその光を求め、殺し合い、奪い合ってきた。蓄えられた財は争いの元となり数え切れぬ人間の血を啜ってきた。ただの財ですらそれだけの犠牲を強いるというのなら、万能の器となればどれだけの血が流れることになるだろう。

 

「君にはこの万能の願望機にてこの世全ての悪を根絶してもらいたい」

「……どういうことですか?」

 

 掲げられた黄金の器を前になのはは戸惑いの声を零す。男が提示した願いはどれをとっても理解できない。新たな英雄となれだの、この世全ての悪の根絶などまともなことを言っているようには思えない。しかし、相手が大真面目なことだけはその顔を見ればわかる。

 

「ああ、確かにまずは説明から入るべきだね。これは失念していたよ。この器は望む世界を創り上げることが出来る……君の出身世界でいえば聖杯」

「聖杯…? どんな願いでも叶えてくれる神の血を受け止めたあれですか?」

「その通り。もっとも神など存在しないし、これ単体では願いを叶える術もない」

 

 傷つけないように丁寧に聖杯を地面に置きながら男は説明を始める。この杯はただ魔力を吸収する能力を持った器に過ぎない。そこには願いもなければ、形をとる意思も存在しない。ただ、貪欲に全てを飲み込み最後にはそれを吐き出す杯。

 

「これは別々のロストロギアと組み合わせることで願望の器となる」

「別のロストロギア…?」

「まず、レリックにより無色で膨大な魔力をこの杯に注ぎ込む。そして、願望を叶える石、ジュエルシードの機能を発動させ願望を叶える魔力へと形を変質させる。そして杯からその魔力を放出し世界を塗り替える。これがスカリエッティ(・・・・・・・)に生み出させた計画だ」

 

 語られた目的になのはは思わず絶句する。余りにも壮大過ぎる計画に正気かと疑ってしまう。だが、こんなおとぎ話級のロストロギアを保持している姿を見れば相手が本気で願いを叶えようとしているのが分かる。一体この男はどんな人生を送ってこのような余りにも愚かな願いを抱くようになったのか。それが彼女には理解できなかった。

 

「そんなことが本当にできるんですか……」

「できるとも。君も知っているはずだ。ロストロギアはただの一つで複数の世界を破滅へと導く。ならばそのロストロギアを用いれば世界を救うこともできる」

「世界を救う…?」

「先程からも言っているが我々の望みは世界平和だよ。それは君にとっても好ましいことではないかね? いや、管理局員ならばそれを求めることは義務だ」

 

 先程から男は世界を救うことを前提にして話を行っている。言っていることは間違っていないのだろう。世界平和を実現するための方法を彼は丁寧になのはに伝えてくれているのだ。世界を救うという義務感は僅か数分しか彼と話していないなのはですら理解できる。何もなければ思わず全面的に信じてしまいそうになる。だが、彼女には彼を信じられない理由があった。

 

「……分かりました。確かにあなたの言っていることは本当なんだと思います」

「理解してくれるかね。ならば我々の手を―――」

「でも、その前に一つ。救おうとしているのならどうして―――人を苦しめているんですか?」

 

 なのはの鋭い眼が男を貫くが彼は微動だにしない。漂わせる気品を欠片たりとも揺らがせることなく男は整えられた髭を撫でる。まるで質問の意味が分からないとでも言うように。否、それ以前に何故空気がこの世に存在するのかと当たり前のことを問われたような表情をする。

 

「それは犠牲となっているミッドの人々のことかな? それとも―――後ろの聖王のことかね?」

「……どちらもです」

「わざわざ答えねばならないかね。平和の為に犠牲が不可欠なのは当然のことだろう」

 

 平和を愛する心は同じでも二人の間には決定的な考えの違いが存在する。どのような犠牲を払ってでも最終的に大勢が救われれば問題ないと考える最高評議会。犠牲を決して良しとせずに何度挫折しようとも足掻き続けるなのは。求めるものは同じでもそこまでに描くビジョンが違い過ぎる。

 

「この世全ての悪を根絶すれば世界は平和となる。争いはなくなる。しかし、新たな世界に人々は戸惑い混乱が彼らを苦しめるだろう。だからこそ、管理局が導いていく必要があるのだ。世界を未曽有の危機に晒した事件を解決した新たな英雄(・・)をシンボルとして」

「つまり、この事件はあなたが作った……やらせなんですね?」

「そう悪く言わないでくれたまえ。今の管理局には以前ほどカリスマが無い。混迷する世界を導くには弱いのだ。これはより大きな善を成すためには必要な犠牲なのだ」

 

 確かに彼の言葉が真実であれば世界はほんの数百人程度の犠牲で平和になり、新世界で新たな繁栄を迎える。それはきっと正しいことなのだろう。犠牲に目を瞑り多くの者が幸福を享受する。賛同する者も多くいるはずだ。だが、しかし。高町なのははそれを認めたくない。

 

「そもそも、この世全ての悪を廃絶したらあなたも居なくなるんじゃないですか。誰かを傷つけることが悪じゃないわけがないもの」

「その通り、必要悪と言えど悪。元より、役目を果たせば悪を成す我らも世界から消えるつもりだ。だからこそ後継者が必要なのだ」

 

 自らが消えることも計画の内という破滅的なまでの願望になのはは一瞬言葉を失う。その次の瞬間には哀しみのような激しい怒りが彼女の胸の内に湧きおこっていた。

 

「そんな世界! 絶対に間違ってるよッ!」

「一体何が間違いなのかね?」

「自分も他人も犠牲にしないといけない世界なんて間違ってる!」

 

 あの日、どんなことがあっても決して見捨てないと誓った。救うことを諦めないと、自分のせいで死なせてしまった人々に約束した。どんなに愚かであっても夢を追い続けなければならない。それ故に彼の望むやり方は賛同できない。それは彼の為でもある。

 

「それを言うのなら今の世界こそが間違っているのではないかね? 他者を食らうことでしか生きていけない、自分を犠牲にしなければ何も救えない悲しい世界だ。我々は最小の犠牲でそれを終わらせようとしているのだよ」

「何にも変わってないよ! 数が少ないか多いかでしかない。そんなやり方じゃまた同じことを繰り返すに決まってる!!」

 

 人は愚かだ。誰かに与えられた幸せではすぐにありがたみを忘れ暴走する。誰かを犠牲にするやり方で平和な世界を手に入れても繰り返す。それ以外の方法を知らないのだから間違った選択をし続けるのは間違いない。今も人を殺し続ける愚かな道化のように。

 

「だからこそ、君達に正しい世界を導いて欲しいのだ」

「最初から自分も他人も救うことを諦めているような世界なんて私は―――いらないッ!!」

 

 男の考えを真正面から否定する。正義の為に切り捨てられる人々などいてはならない。苦しんで泣いている小さな少女が当たり前だなど認めない。例え永劫の苦しみを与えられるのだとしても、自らの力で全ての人が救われる世界を求める。それが自分の生きているうちに成し遂げられないのだとしても絶対に希望を捨てない。

 

「……それが君の答えか、残念だよ。我々と望むものは同じだと思っていたのだがね」

「いいえ、同じです。でも、やり方が間違っているんです。今からでも遅くありません、考え直してください。管理局は理解ある対応をします」

「随分と大きく出たものだ。未だに我々がいなければ一人で飛ぶことも出来ぬ雛鳥だというのに」

 

 男の纏う空気が変貌する。今まで感じたこともないような重々しい威圧感と冷たさ。自然と額から冷たい汗が流れ落ちる。男はいったい何者なのか。そもそも彼は管理局という言葉に対して敵意が欠片もない。寧ろ一種の親しみすら感じさせる。まるで自分達は身内だとでも言うように。

 

【はーい、良い啖呵でしたねー。流石はエースオブエースと言ったところですかー?】

「新手…!」

【心配しなくても大丈夫ですよー。私は補助しかしませんしー。それにこれも幻影ですし】

 

 張り詰めた空気をあざ笑うように現れたのはクアットロの幻影。聞いているだけで不思議と心が苛立つ独特の話声になのはも例に漏れず眉を顰める。しかし、そんなことなど知ったことではないとばかりにクアットロは嬉々として話を続ける。

 

【でもー、その人には絶対に勝てないと思いますよー。そもそも、管理局が命令できるような人じゃありませんし】

「……どういうこと?」

【あらら、意外とおバカさんなんですね。しょうがないから私が説明してあげましょうか。今から150年前に管理局を創り上げた3人はご存知ですか?】

「何をいきなり―――まさか…!」

 

 管理局員であれば勿論その存在は知っている。しかし、誰もその顔を見たことをなければ名前を知っている者もいない。不自然なまでに隠蔽された実態。三提督を目立たたせることで今の今まで正体を隠していた三人の伝説の一角。

 

【その通ーり。管理局の創設者にして次元世界の平定者、まさに伝説の英雄。それがあなたの敵】

「今まで管理局を見守ってきたが、後継の者達が情けないので私達自らが動くことにしたのだよ」

 

 英雄として崇められてもおかしくないというのにわざわざ名前や情報を規制して自らの存在を消して陰に徹してきた。それも全ては管理世界がより良い繁栄を迎える為に。最高評議会は普段は実権など握らずに静かに後継を見守ってきた。

 

 そもそも後を継いだ者達が世界を平和にしていれば、大きな変革を生み出して入れば安心して三人共寿命を迎えていただろう。だが、彼らの基準からすれば後を継いだ者達はどれも満足のいく者達ではなかった。だからこそ、再び表舞台に立つことを決めたのだ。

 

「世界を平和にするなんてそんな簡単にできるものじゃないです! 私達を信じてください!」

「150年待った、しかし結果はこの様だ。未だに世界に平和が訪れる兆しはない」

 

 もはやそこには失望もなければ諦めの念もない。一つの方法がダメだったならば別の方法で試すだけというどこまでも合理的で実利的な思考。怒り狂うよりもよほど恐ろしい。そんな相手を説得するためになのはは反論の声を上げる。だが、しかし。

 

「もっと時間をかければ―――」

「―――私達は30年程で次元世界を平定し、質量兵器を禁止にしてみせたが?」

 

 男の言葉になのはは何も言い返せなかった。目の前にいるのは嘘偽りなどない本物の英雄だ。前人未到のことを成し遂げた。不可能を可能にしてみせた。その人間と同じようにできる人間はそう簡単には現れない。だから、彼らも待った。時間をかければ才無き者達であっても平和を成し遂げられるだろうと信じて待った。しかし、幾ら待てども何も変わらなかった。五倍に等しい時間を待ったにもかかわらずにだ。

 

「他の者にできないのであればできる者が成し遂げる。これはそれだけの話だよ」

【これだと、あなたの方が悪役に見えちゃうかもしれませんねえ】

「クアットロ、そのように相手を乏しめるのは優雅ではない」

【これはこれは、失礼しました。では、私は遠くから観戦しておきますね】

 

 厭味ったらしい笑いを一つ残して消え去るクアットロ。残されたのは睨み合う二人と玉座の上にいるヴィヴィオのみ。知りたくもなかった事実に心が揺らぎ今ここに自分が立っている意味を問いたくなる。どちらが正義で悪なのか、そんなことはもう分からない。だとしてもだ。

 

 

「あなたは正しいかもしれません。でも、あなたが誰であっても私は―――あなたを否定します」

 

 

 絶対に認めない。強い意志が揺らいでいた彼女の瞳を一点に集中させる。その先に居るのは男ではなく愛する少女の姿。ママと呼んでくれた愛おしい宝物。ただ一つ純粋に分かる事実。

 

「理由はなにかね?」

「私がその子の―――母親だからです」

 

 今のなのはに分かることはただ一つヴィヴィオを愛しているということだけ。戦う理由はそれだけあれば十分だった。母だから娘を守る。その選択は美しく尊い。だから男にもそれを否定することはできなかった。

 

「……そうかね。では、無粋な話し合いはここまでにしよう。エースオブエースの名に恥じぬ実力か見極めてあげよう」

 

 どこまでも自信に溢れ、自らが負けるなどとは欠片たりとも考えていない。しかし、それは慢心ではなく積み上げてきた修練の賜物だということをなのはは肌で感じた。彼は強い。それが分かったからこそ彼女はある意味でいつものように、昔のように尋ねた。

 

「最後に一つ、お聞きしていいですか?」

「何かね?」

「あなたの名前を聞かせてください」

 

 今から殺し合いを始める者の言葉とは思えないなのはの問いかけに驚いたような表情を見せる男。しかし、それも一瞬ですぐに気品のある笑みを浮かべ答える。

 

 

「名前などとうの昔に捨てたよ。私は、いや我々は―――“正義”という装置の歯車に過ぎない」

 

 

 その余りにも悲しすぎる返答になのはは顔を歪める。平和を求めて全てを奉げ名前も、人間性も、全てを失うなど悲しすぎるではないか。思わず同情で手が緩みそうになる。

 

 そんな気持ちを察したのか否か男は杖をクルリと回し、辺り一帯を火炎地獄に変えてみせる。シグナムの炎がマッチの炎に見えるような凄まじい光景に様々な意味で汗を流すなのは。そこに男は少し趣返しのように笑いながら話しかけてくる。

 

 

「では、私の方からも最後に一つ。私もかつては―――エースオブエースと呼ばれていてね。

 古き時代と新しき時代、どちらの切り札が上か試してみようではないか」

 

 

 燃え盛る業火の中、涼し気な笑みを浮かべ男は杖をなのはに突き付けるのだった。

 






???「優雅なること風の如く!」
???「優雅なること林の如く!」
???「優雅なること火の如く!」
???「優雅なること山の如し!」
???「リミッターを外させてもらおう。優雅フルドライブ!!」

切嗣「風林火山…だと…?」

優雅さんの技一覧(大嘘)


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四十九話:変動

 

 息が上がるのを押し隠し平気なフリをする。こちらの疲労は大きいというのに相手の疲労は少ない。自身の雷の性質を持つ技は当たってもその力を半減される。恐らくは電気そのものをシャットダウンする技術を用いているのだろう。戦闘機人らしい機械的な能力に歯がゆい思いをしながらフェイトはバルディシュを高く掲げる。

 

「いい加減に理解してください。私達にはあなたを害する気はないのです」

「こっちにもない。でも、これは私が私であるために必要なこと。だから、そっちに降りる気はない」

 

 トーレが少し疲れたような声で告げる。確かにトーレとセッテにはフェイトを殺すような意図はない。スカリエッティからの命令もあるが、彼女達にはスカリエッティの技術で生まれた者達はみな姉妹という認識がある。そのために力で押していながらも本気で倒そうという意思がないために未だに戦闘が続いているのだ。

 

「いやはや、その頑固さは実に君の母君に似ているよ、フェイト・テスタロッサ。くくく!」

「お前は…!」

「ドクター……危険だと言ったはずですが?」

「心配ありがとう、トーレ。しかし、心配には及ばないよ。既に保険(・・)は整っているからね」

 

 緊迫した戦場には余りにも不釣り合いな笑みを浮かべながら男が現れる。このアジトの主、ジェイル・スカルエッティ。フェイトを生み出したプロジェクトの立案者でありこの事件の首謀者。その姿を見咎めた瞬間にフェイトの頭から冷静さは失われ飛びかかろうとする。

 

「随分と嫌われたものだね。しかし、全ては私に届かないよ」

 

 その本来はあり得ない不用意さが仇となり赤い糸により彼女の四肢は身動きできないように拘束されてしまう。しまったと顔を歪めながらスカリエッティを見ると、その手には彼が開発したのであろう特殊なデバイスのようなものが装着されていた。その程度のことも確認せずに飛び出した自分に思わず唇を噛みしめるフェイトにスカリエッティは何もなかったとばかりに平然と近づく。

 

「そうだ。その反発的な瞳、かつて狂気に囚われていたプレシア女史を思い出させるよ。ああ、実によく似ている。容姿も、その在り方もね」

 

 彼女の母親と在り方が似ている。それは大体の人間にとっては褒め言葉として受け取られるだろう。しかし、フェイトの場合はまるで意味合いが違ってくる。彼女の母、プレシア・テスタロッサはかつてフェイトを生み出した―――本物の娘のクローンとして。

 

「私の技術を完成させ尚且つ実行にまで移した彼女はまさしく天才だった。それだけに彼女が死んだことが残念だ」

「心にも思ってないくせに…!」

「本心だよ。彼女は実に見ごたえのある人世を送っていたからね。愛する娘の為にそれこそ世界を滅ぼそうとするほどの欲望。ああ……実に素晴らしい。そうでなければつまらない」

 

 心の底から尊敬の念を表すように語るスカリエッティ。しかしながら、その顔はどうしようもないほどに歪み、酷く、楽しそうであった。彼にとっては全ての欲望は愛でるべき美しいもの。それが大きければ大きいほどに見物する喜びは上がる。

 

 元々は優しかった人間が悲劇をきっかけとして人の道を踏み外して落ちていく。しかも、どれだけ落ちても最後の最後まで変わり果てる前の願いを抱き続ける。それ故に苦しみは増していき心は壊れていく。それでも希望を求め最後の最後に絶望して流す涙はさぞや美しいだろう。

 

「人でなし……あなたは人間なんて何とも思っていない…!」

「失礼だね、私は人を愛しているよ。全ての娯楽は人間が作り出した物でしかない。ならば人間とは最大の娯楽であるはず。それ故に私は敬意をもって彼らの命を弄ぶ。それが私にとっての愉悦なのだから」

 

 周りの人間を人間として認識せずに弄ぶ人間は多くいる。だが、彼は違う。人間を愛する者として、愛するがゆえに汚し、冒涜し、弄ぶ。歪みきってはいるが彼の愛だけは本物だ。娘達とて必要となれば利用する人間だが、娘が死ねば声を上げて泣くほどの愛も兼ね備えている。彼は誰よりも人でなしで、誰よりも人間らしい。

 

「狂ってる……」

「確かにそうだろう。私は狂った目的を成すためだけに創り出された存在。ならば狂っているのが普通だ」

「創り……出された?」

 

 予想だにしなかった言葉に思わずスカリエッティの顔を凝視する。その顔は特に気にしたふうでもなく楽しそうに笑っており、未だに自分の生まれに対して思うところのあるフェイトには眩しく見えた。同時に犯罪者相手にそんなことを思ってしまった自分に嫌気がさし目を伏せる。そんな様子すら面白そうに眺めながらスカリエッティはさらに語っていく。

 

「ああ、そうか君は知らないのだね。私もね、君のように創り出されたものだ。世界に平和をもたらすという狂った願いを叶える為にね」

 

 最高評議会が世界を平和にするための技術を生み出すべく創り出した古代技術の遺児。アルハザードというおとぎ話より生み出された智の怪物。それこそがジェイル・スカリエッティ。だが、怪物は人の指示などには決して従わない。その非をフェイトは叫ぶ。

 

「……じゃあ、どうしてその願いと反対の行動をしている!」

「おや、それを君が言うかね? 母親に望まれたにもかかわらず―――アリシア・テスタロッサになれなかった君が」

 

 冷たい黄金の瞳が彼女を見下ろす。その冷たさは彼女に在りし日の母の瞳を思い出させた。死んだ娘を生き返らせるためにクローンを創り出し記憶を植え付けた。それでも死者を蘇らせるなど人間の力では不可能で、結局別の人格が生み出され似ても似つかない別の人間が生まれた。

 

 別人だと素直に認めることができれば憎むことはなかっただろう。しかし、プレシア・テスタロッサはフェイトとアリシアを無意識のうちに同一視するように見てしまった。だから違いが浮き彫りになった。自分を呼ぶ声が異なる(・・・)と錯覚してしまった。元々違うのだから違って当たり前だと言うのに。

 

「我々は共に製作者からすれば不出来な粗悪品だ。望まれたことを成せぬガラクタだ。それは私達だけではない。世界には周囲から望まれぬ生き方をするしかできぬ人間はいくらでもいる。例えば……君の子ども達のようなね」

 

 そう言ってスカリエッティが指を鳴らすとある光景が画面に映し出される。それは地上にて戦闘機人達と戦っているフォワード陣の姿。正確に言えばフェイトの子どもであるエリオとキャロが無残にも敵に屠られている姿であった。

 

「エリオ! キャロ!」

「この子達は本来であれば愛ある親の元で育つはずだった。しかし、少年は偽物であるとして実験所に捨てられた。また、少女は強すぎる力を持って生まれたが故に災いをもたらすとして捨てられた」

 

 子どもには親を選ぶ権利もなければ好きな才能をもって生まれてくることもできない。生まれ落ちた時点でレールが敷かれている。自分で道を開くことが出来ると人は言うだろう。しかし、赤ん坊の時から親の庇護下から抜け出るまでに自分で道を開ける子どもは居ない。

 

 子どもの世界は狭く、その中心にいるのは常に親である。その神とも呼べる存在が子どもを否定すれば世界から否定されたもの同じだ。そこから立ち直れる子はフェイトのような特殊な例ぐらいであろう。

 

「彼らに非があったのか? そんなことがないのは君も良く知っているだろう。ただ、彼らは特定の生き方しかできなかった。だというのにそれが周囲に望まれなかった故の悲劇。私ならばそのような非合理的な価値観は作らないのだが……今の世界では認められなくてね」

 

 スカリエッティの言う合理的な価値観とは実力のあるものならば何をしても良いというもの。人としての倫理観の外にある行為も肯定すること。普段のフェイトであれば絶対に許容しない。すぐに否定していた言葉だった。しかし、今の彼女にはできなかった。エリオもキャロもその生まれが、存在が“異質”であったために疎まれ、排除された。

 

 逆に言えば彼らが異質でない、非合法な生まれが肯定され、巨大な力が必要とされる世界ならば二人は捨てられることなく穏やかな生活を送れていた。こんなふうに痛めつけられることもなかった。そう思ってしまうと否定することが出来なかった。彼女も人の親であるために。

 

「変えようじゃないか世界を。我々のような者が胸を張って生きていけるような世界にしようじゃないか。勿論、あの子達も一緒だ」

「……それは脅しと取っても構わない?」

「くくくく、そう聞こえるかね。そう思うのならばそう思うがいい。まあ、これだけは言っておこう。君がこちらに来てくれるのならば彼らの安全は保障するよ」

 

 信用などできない胡散臭い約束。しかし状況から見れば従うしか道のない状態。故にフェイトは押し黙り画面に映る子ども達の姿を見る。圧倒的な数の差によって削られていく小さな命。今すぐにでも止めたい。勝ち目がないのならせめて命だけでも救いたい。親として当然の感情がフェイトの胸を締め付ける。

 

「さあ、今こそ家族で手を取り合う時だ」

 

 スカリエッティが手を伸ばす。その手を取ればフォワード陣達の命は保障される。何のことはない、ほんの少し手を伸ばせばいいだけの話だ。全てを捨てて限りある大切な者を取ればいいだけだ。しかし―――

 

 

「断る」

 

 

 フェイトは体に纏わりついた赤い糸ごとその手を振り払った。驚く三人をよそ目にバルディシュの刀身を二本に分ける。そして服装も変わりかつてのソニックフォームよりもより鋭利で薄い極限まで研ぎ澄まされた刃のような装甲に変わる。

 

「……これは驚いた。まさか君が子どもを見捨てるとはね」

「見捨てたんじゃない。助ける必要がないだけだ」

「どういうことだね?」

「あの子達の目は欠片たりとも―――諦めていなかったからだ!」

 

 子ども達が諦めないのなら自分が諦めるわけにはいかないとばかりに超高速の踏み込みでスカリエッティに斬りかかる。間一髪のところでトーレがそれを防ぐがその速さは彼女の想定の範囲を容易く超えていた。スピードでは決して負けないと自負していた彼女にとってそれは動揺を生み出すに十分すぎるものだった。

 

「状況はもう決まっているというのに足掻いて意味があるとでも?」

「私はよく知っているから。あの目は、あの目をしている人は絶対に負けないって」

 

 思い出すのはなのはの瞳。いかなる状況であろうと、絶望が世界を覆ったとしても彼女だけは決して諦めなかった。だから自分はあの時彼女に負けた。いや、自分でなくともあの状態の彼女に勝てる者などいなかっただろう。そんな彼女と同じ瞳をフォワード陣はしているのだ。ならば負けることはない。

 

「信頼か、理解できないね。最後に信じられるの自分(・・)以外にないというのに」

「自分以外信じられない人は必ず負けるよ」

「くくく、言い切るね」

 

 元々険悪だったムードがさらに険悪になり空気が針のように感じられる。この期に及んでも下がろうとしないスカリエッティを守るようにトーレとセッテが前に出てフェイトと交戦を始める。状況は先程と同じ二対一だというのに今度はフェイトが二人を圧倒しだす。その様子に娘達が負けているというのにスカリエッティは笑い出す。

 

「くははは! 一撃でも当たれば死ぬ装甲で私の最高傑作達を圧倒するか。ああ、これは少し反省しないとね。性能にこだわり過ぎてロマンを忘れていたよ。今度はもっとピーキーな―――」

 

 そこまで言ったところで不自然にスカリエッティの声が途切れる。

その顔を喜びとも驚愕とも見分けのつかぬ表情が浮かび、彼の声は途切れさせられたのだった。

 

 

 

 

 

(エリオ…キャロ……大丈夫?)

(なんとか……大丈夫…です)

(こっちも……まだ…いけます)

 

 全身がボロボロになり今にも倒れてしまいそうなティアナが二人に呼びかける。帰ってきた返事はどれも弱々しいがその芯にある力強さだけはまだ残っていた。三人は戦闘機人四人にルーテシアとその召喚獣十数体を相手にしてまだ粘っていた。

 

 戦略的目標としては相手をできるだけ消耗させることなので成功したと言っていいだろう。しかし、戦術的目標としての勝利は掴めそうもない。だが、三人は誰一人として諦めていなかった。ここにあと一人が加われば世界の終わりすら防いでしまえるように思えるだろうがスバルは今は敵だ。どうしようもない。

 

「たく、ちょこまか逃げやがって! いい加減諦めろよ! お前らに勝ち目はねえんだよ!」

「そうそう、残念なお知らせも入ったっスしねー」

 

 物陰に隠れている三人に対してノーヴェとウェンディが煽るように声をかける。三人共そのような子どもじみた挑発に乗るような性格ではないが残念なお知らせという言葉に目を向ける。その視線を一身に浴びるようにギンガの姿が現れる―――スバルに横抱きにされた状態で血を流しながら。

 

(ギンガさん!)

(待ちなさい、エリオ。今出て行ったらそれこそ袋叩きよ)

(でも…!)

(……いいから、耐えなさい)

 

 乱雑に地面に投げ捨てられたギンガの姿に思わず飛び出そうとするエリオだったがティアナに止められる。それに対して抗議の声を上げるが血を吐くような言葉にハッとして口を閉じる。本当は彼女だってすぐに駆け付けたいのだ。しかし、それをすれば飛んで火にいる夏の虫だ。みすみす仲間を失うわけにはいかない、地上の為にも、仲間の為にも。その葛藤が彼女の中にあるのだ。

 

「ちっ、出てこねーのかよビビり共が。いーぜ、そっちがその気ならこいつをぶっ殺してやるよ」

「ノーヴェ、それちょっと不味いんじゃ……」

「うるせえ!」

 

 痺れを切らしたノーヴェが姉妹達の制止を振り切り身動きの出来ないギンガに殴りかかる。本人としては脅しとして言ったつもりでスカリエッティの命を守り回収するつもりだったのだが、姉妹達に誤解されてしまったために子どもっぽい彼女は引くに引けなくなってしまったのだ。

 

 若干の後ろめたさもあり幾分か威力を殺した拳がギンガに迫る。事実を知らないキャロが思わず声を上げてしまいそうになりエリオがその口を手で塞ぐが結局のところノーヴェの手がギンガに届くことはなかった。

 

「……なんだよ。別にドクターの命令は忘れちゃいねーよ」

「…………」

 

 ノーヴェの手はギンガの方を向いたまま背を向け、目を閉じているスバルによって掴まれていたのだ。命令に忠実に従うようにスカリエッティから操られているはずなので命令違反をしそうになった自分を止めたのだろうと考えたノーヴェは拗ねたように手を引こうとする。だが、スバルの手は決して彼女を放さなかった。

 

「ちっ、おい放せよ! ドクターの命令は守る―――ッ!!」

 

 物体が壊れる音がする。振動(・・)が走りノーヴェ以外の人間にも何が起きたかを知らせる。掴まれていたノーヴェの手が―――振動により破砕されたことを。

 

「な、何すんだよ、お前ッ!?」

 

 スバルが若干手加減をしたからなのか血が出ているわけではない。しかし、これから戦闘に使うことは到底できなくなった自身の右腕を見てノーヴェは激昂し、周りの姉妹は何が起きたのかを理解できずに固まる。そんな中スバルはゆっくりと振り向き目を開ける。その瞳の色は―――澄んだ空色だった。

 

 

「さあ、反撃開始だよ、みんな」

 

 




スバルが青目に戻った理由は次回に。

しかし、ここの未来スバルはおかん属性がつくのだろうか。
バトラーならぬメイドのサーヴァントの召喚ができるな(笑)


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五十話:彼の願望

 

 本来ならあり得ない状況だ。スバル・ナカジマは体内に埋め込まれた機器の影響で自分の意思を封じ込められている状態のはずだ。もし、彼女が意思を取り戻すとすれば内部にある機器を魔力攻撃で破壊するか取り除かなければならない。しかし、何事にも例外はある。

 

 意思のない彼女は操り人形のような状態だった。その状態では操り糸を動かさ(指示を与え)なければ動くことはできない。それは体内に機器を取り付けていても変わらない。つまり、操り主がいなくなれば彼女は自然と自我を回復するのだ。そう、操り主であるスカリエッティとその研究所に支障が出れば。

 

「ドクターに何かあったのでは、オットーすぐにウーノ姉様に連絡を―――」

「そんな暇はないよ!」

「―――ッ!?」

 

 自分達の生みの親達に何かが起こった可能性を感じ取りすぐに連絡を取ろうとするが戦場でそのような気の迷いは隙にしかならない。つい先ほどまで味方であったために敵としてはあり得ない位置から突進を仕掛けてくるスバルに紙一重のところで躱す。

 

「ちょっと、調子に乗り過ぎっスよ!」

「しまった…!」

 

 だが、そこが敵のテリトリーであることに変わりはない。正面からはレイストームの嵐が、後方からはウェンディの魔弾が容赦なく迫ってくる。大人しく引いておけばこうはならなかったピンチ。突っ込み癖が未だに抜けきっていない未熟ゆえの失態。しかし―――

 

(……はあ。あんたの勝手はいつものことだけど、その前に右に避けなさい)

 

 彼女にはその失態を取り繕ってくれる仲間がいる。言われたとおりに右に飛びのくスバル。するとその真横をオレンジ色の弾丸と赤色の閃光が通り過ぎていく。一瞬の間の後に爆発が舞い上がる。煙が上がる中スバルは今のは何だったのかを理解し、自然に笑みを浮かべる。

 

「スバルさん、後ろをお願いします」

「オッケー、エリオ」

 

 自身の前に躍り出てレイストームを弾き返したのは同じフロントアタッカーのエリオ。何も言わなくともその動きを理解できる。そして、背後から迫っていた弾丸を全て撃ち落として見せたのは。

 

(馬鹿スバル、今のでなけなしの魔力がさらに減っちゃったじゃない)

(ごめん、ティア。でも、ティアならまだ戦えるでしょ?)

(まったく……ホント、調子いいんだから)

 

 見えない位置から自分の背中を守ってくれるティアナ。突然の状況の変化にも動揺せずに落ち着いて指示を出してくれる彼女に感謝と絶対の信頼を寄せながらスバルは久方ぶりの言葉を交わす。このまま感傷に浸って話し続けていたいところだがそうもいかない。

 

「ガリュー、あの人を回収してきて」

 

 ルーテシアの指示に従い倒れたままにされている(・・・・・)ギンガに歩み寄り今度こそ確実に回収しようとするガリュー。そのごつごつとした腕で無防備なギンガに触れようとしたところで野生の勘が警鐘を鳴らす。

 

 咄嗟に飛び下がると同時にギンガの姿が幻のように消え去り代わりに巨大な火球が先ほどまで立っていた場所に落ちる。静かに火球の出所をガリューが睨み付けると幻術のベールが剥がれ落ちフリードに乗りギンガを抱えたキャロの姿が現れる。

 

「ギンガさんの保護完了です!」

「幻術……目障り」

 

 自分達がティアナの幻術にはめられていたことに気づきほんの少し苛立たし気に魔力を放出するルーテシア。その威力は余波だけで辺りのビル群に罅を入れるほどのものだったがキャロは防壁を張りその攻撃をしのぎ切る。それは例え後衛だとしても、近接戦を鍛え上げてきたなのはとヴィータの指導の賜物だろう。

 

「ルーお嬢様、あれ召喚しちゃいいましょうよ」

「もう確保とか関係ねえ! ぶっ潰しちまおうぜ!!」

「……分かった」

 

 流れが一気に相手側に傾き始めたことに焦りさらなる戦力投入を促すウェンディに腕を破壊された怒りで目的を見失うノーヴェ。そんな二人に対して思うところはあるものの自分の傍に居てくれる者のためだと思い、ある者の召喚を始める。

 

「あの召喚陣の大きさは……ただの召喚獣じゃない…!」

(キャロ、あんたあれに対抗できるカードはある?)

(はい……あります!)

 

 ルーテシアが召喚しようとしている存在が危険なものだと肌で感じ取るフォワード陣。しかしながら、対抗する手段が無いわけではない。ルーテシアに切り札があったようにキャロにもまた、最強のカードが存在する。

 

「吾は乞う。強き者、巨大な者、その力をもって万物に滅びを齎す者―――」

「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手、我が元に来よ―――」

 

 ギンガをフリードに託してから飛び降り、自身も召喚陣を展開するキャロ。その様はルーテシアに負けず劣らず威容に満ち誰一人としてそこに近づいてはならないと本能に訴えてくるようであった。

 

「白亜の天を統べる蟲の王。言の葉に応え、我が下に来たれ―――白天王!!」

「黒き炎の大地の守護者。竜騎招来、天地轟鳴、来よ―――ヴォルテール!!」

 

 現れたのは見上げることすら諦めるような巨体を持つ者達。硬質な外骨格、それを支える筋肉、半透明の膜状羽を持つ昆虫のようで人体に近い特徴を持つ白天王。対するは黒き鱗に身を包みどこか恐ろしさの中に穏やかさを併せ持つ瞳を持つ火竜ヴォルテール。

 

 どちらも人間が召喚できる存在の中では最上位かつ規格外の存在。方やヴォルテールに至ってはアルザスの信仰を集める神龍とも呼べる存在だ。余りにも巨大な力故にキャロが村から追い出された最たる理由でもある。

 

「これが……ヴォルテール。それに白天王……」

「この二体に関してはあたし達や他の召喚獣じゃ文字通り足元にも届かないね」

「僕達は、僕達で戦うってことですね」

「そういうことだね、エリオ」

 

 巨大な召喚獣に関してはどちらもが手を出せない。二体の決着を見届ける以外に方法が無い。しかし、だからと言って呑気に観戦するわけにもいかない。スバルとエリオは頷き合いディードとオットーに向かい合う。相手もどうやら考えは同じようで静かに緊張を高めていく。

 

(スバル、あんたには色々と聞きたいところだけど、時間が無いから後にするわ。後、ギンガさんに謝る言葉を考えておきなさい)

(うん……ギン姉には酷いことしたから謝らないと。でも、今は―――)

(ええ―――勝ちにいくわよ)

 

 止まっていた時が本当の意味で動き出す。四人で一人前のフォワード陣が今完全に揃いその真価を発揮する。今度はフォワード陣の切り札が切られ、戦闘は終息(・・)へと導かれる。

 

 

魔力散布(・・・・)は十分、後は……最後のカードを切るだけ」

 

 

 

 

 

 時が止まる。フェイトも、彼女に叩き落とされ無力化されたトーレとセッテも完全に動きを止めていた。ただ、何とも言えぬ表情で立ち尽くすスカリエッティを全員が見つめていた。その姿に変わったところは一つしか見受けられない。顔だけ見れば誰も異変に気付かない。だが、ほんの少し目線を下げてみれば気づくだろう。その心臓に―――ナイフが突き立てられていることに。

 

「ターゲット……クリア」

 

 肋骨の合間を縫うように突き立てられたナイフが血飛沫と共に抜き放たれる。それをきっかけに支えを失った身体は重力に従い崩れ落ちる。赤く染まった白衣が酷く美しいもののように通路の光に照らされる。スカリエッティは自分を刺した犯人の正体を見ようと最後の力を振り絞り振り向く。そこに居たのは見慣れた顔立ちに銀色の髪を持ち、特徴的な死んだ目をした男。

 

「衛宮……切嗣…!」

「でしゃばり過ぎたな、スカリエッティ」

 

 背中からその心臓を一突きしたユニゾン状態の切嗣は何も感じていないような無感情な視線を向ける。一方のフェイト達は訳が分からず困惑する。彼らは情報によれば仲間のはずだった。だが状況はどう見ても仲間割れ、それも何故このタイミングで裏切ったのか。そもそも、何故ユニゾン状態なのかもわからなかった。

 

「…く…はは……くはははははっ!! そうか! そうか! 君はそうも私が信用できないのかね!! 私に手術(・・)まで任しておきながら!!」

「願いは僕だけで叶える。僕とお前の願いが違う以上、お前は遠からず障害になるからな」

 

 心臓を刺されたというのに大声で笑い続けるスカリエッティ。それは最後の命を燃やしているからなのか、それとも自身の体をも改造しているからなのかは分からない。ただ一つだけ分かるのはどう見ても死にそうには見えないということだ。

 

「私の夢は生命操作技術の完成……君の願いとは到底相容れない!」

「そうだ。例え契約であろうとお前は僕を止めるしかない。何故ならそれはお前のただ一つの存在理由を奪うことになるからだ」

「ああ! ああ、そうだとも!! 君の望む世界に私という存在は必要ない。全ての命が完成されているからね。誰も死ななければ、死を恐れることもない!! そんな狂った世界だからだ!!」

 

 未だにフェイトには状況は分からないが少しずつ分かってきたことがある。それはあの2人はどちらも碌な願いを抱いていないということだ。そしてどちらの願いも譲れず、叶えられる願いも一つだけ。故に切嗣は自らの願いを確実(・・)に叶える為に先手を打ってこうしてスカリエッティを殺しに来たのだ。

 

「私でもそこまでの狂った発想はできないよ! どこの誰が魂の―――」

「―――もういい、黙ってろ」

 

 銃声が響き噴水のように血がスカリエッティの額から噴出する。目の前で自身の生みの親を撃ち殺されたトーレとセッテが叫び声を上げる。そんな中、スカリエッティはゴキブリ並みのしぶとさで笑みを浮かべ最後の言葉を吐く。

 

「は……はは……ま……だ……()()……()…が……い……」

「安心しろ、お前のクローンなら成長する前に殺してやるさ」

 

 一切の慈悲のない言葉を投げかける切嗣。だが、それでも。スカリエッティは自らの勝利を疑わぬ不気味な笑みを浮かべていたのだった。その状況からは考えられない死に顔に嫌な予感を感じながらも表情に出すことなく念押しの意味で鉛球をもう一度彼の眉間に打ち込み息の根を止めるのだった。

 

「ドクター!? 貴様よくも…ッ!」

「僕に対して怒りを抱くのかい? なるほど、やはり君達戦闘機人はできそこないだな」

 

 スカリエッティを始末されたことに怒りをあらわにするトーレに切嗣は嘲るように告げる。しかし、油断なくフェイトの挙動に目を光らせているあたり、本心から侮辱しているのかは分からない。

 

「機械と人間の融合だと? 馬鹿馬鹿しい。機械であるならこいつが死んだところで代わりがあることぐらい分かっているだろう。だが、君は人間的感情を抑えられない」

「当たり前だ! ドクターは―――」

「それだけならまだしも、君は同時に自分もこいつも計画を成し遂げるための駒だという機械的な判断も持ち合わせている。だというのに、どちらも取れない。酷い歪みだ」

 

 人間として生きているわけでもなければ機械としてただ存在しているわけでもない。どちらかに行ったと思えばまた戻ってくる蝙蝠のようなものだ。その姿は人間でありながら機械であろうとした男の在り方に似ているようでさらに酷い。どちらの特性も生かせていないのだ。

 

 機械は感情が無く完璧な故にどのような残酷な決断も合理的な判断の下に下せる。人間は感情があり不完全である故に時に合理的な判断を超えた奇跡を起こす。だが、どちらも中途半端だ。二つが同時に混在するためにどちらの判断が正しいかを悩み結果的に何一つ為すことが出来ない。

 

「機械以下、人間以下の粗末な不良品に過ぎないんだよ、君達は。意思を持って動く武器なんて、こん棒にも劣る。まだ人間として生きていた方がよほど幸せだったろうに」

 

 使い手の意思に反して自らの意思で動くような武器はそれ自体が悪夢のようなものだ。簡単に言えば、使い手が気に入らなければ主を殺したり、相手が可愛そうだと判断すれば殺さなかったりするのだ。そのようなことが起こるぐらいならば無手で戦う方が余程ましというものだ。切嗣の言いたいことはそういったことなのだ。

 

「……まあ、僕には関係のないことだったな。ここにも、もう用はないしね」

「待ってください!」

 

 自分は何をやっているのだろうかと苦々しい表情を浮かべるがそれも一瞬で消えどこかに歩き去っていく切嗣とアインス。その様子にようやく正気に戻ったフェイトが止まるように声をかける。しかし、彼女の言葉への返答は銃声だった。それも彼女目がけて撃ったものではなく―――培養層に閉じ込められている人々に対してだ。

 

「なにを…!?」

「僕は忙しいんだ。邪魔をするのならそれ相応の対価は払ってもらう」

「……くっ!」

 

 つまりフェイトが妨害をするたびに一人ずつ実験体にされている人々を殺していく。そう脅しをかけられたフェイトは動くことが出来なかった。この中で何人が生きているかは分からない。例え生きていたとしても、もう一度社会で生きていける保証はない。それでも彼女には彼らを見捨てるという選択はできなかった。

 

「相も変わらず甘い……が……それでいい。じゃあね」

 

 フェイトの甘さに何か思うところがあるような含みのある言葉を残しアインスと切嗣は再び去っていく。―――だが、敵は彼女だけではないことを彼らは失念していた。忽然と空間を飛ぶように二本の(つるぎ)が切嗣に襲い掛かってきた。

 

(切嗣!)

「ちっ! 跳躍魔法か!?」

 

 いち早く察知したアインスの警告によりコートを切られながらも間一髪のところで双剣を躱す切嗣。さしもの切嗣もまさか分厚い床下から切り込まれるとは想定していなかった。一方のシャッハは必殺を期して放った奥の手が不発だったことに表情を険しくする。

 

 一度ネタがばれてしまった以上、二度目は通用しない。それに加え捕らえそこなったためにまたしても人質が殺される可能性ができてしまった。しかし、距離を詰めることが出来た為に切嗣が動いた瞬間に防ぐことも不可能ではない。だが、それは相手も分かっている。人質よりもこちらの動きを優先して警戒してくるだろう。

 

「フェイト執務官、ご無事で?」

「今のところ問題ありません。そう、今のところは……」

 

 どちらも警戒したまま動くことが出来ない。そのような状況下でもシャッハは余裕があるように装いフェイトに声をかける。このままではどちらも動くことが出来ない。故にどちらかが間違いなく仕掛ける。その切っ掛けを生み出すためにフェイトは切嗣とアインスにずっと謎だったことを尋ねる。

 

「切嗣さん。あなたの目的は一体何なんですか?」

 

 余りにも単純な質問。しかし、それこそが最も大切な問いかけなのだ。理由を聞くことで相手の想いを知り助けられることであれば手伝う。それが、フェイトがなのはから教わり、今まで続けている大切なこと。切嗣はそれに対してまるで明日の天気を尋ねられたように自然に、どこまでも当たり前のように答える。

 

 

「知れたこと。全人類の救済だよ、フェイト・テスタロッサ」

 

 





アゾられたのはスカさんでした。
トッキーだと思ってた人は残念でしたね。
まあ、トッキーがアゾられないとは言っていませんけどね。


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五十一話:問答 ☆

「全人類の救済…? そんなの……」

 余りにも馬鹿げている。出来るはずがない。子どもだって本気で口にしないような願いだ。しかしながら、この男は本気で言っている。まるで夢見る少年のように、全てを悟った老人のように彼は宣言する。

 

「どうやって成し遂げるつもりなんですか?」

「大量のレリックに込められた無色の魔力をジュエルシードの願望を叶える性質で染め、それを僕のレアスキル(・・・・・)を用いて全世界に広げ新たな理を創る。そして―――全人類を不老不死に変える」

 

 人類の不死化。それは恐らく人類が産み落とされた時から誰かが願ってきた夢だろう。本来であればその実現は歓声と共に迎え入れられるものかもしれない。しかし、それは人類が総出となってその段階にまでたどり着いた場合だ。一人の人間が独断で叶えていいような願いではない。

 

「不老不死になれば本当に人類が救われるのですか?」

「ああ、人類は高次元の生物へと昇華される。朽ちぬ肉体は人間の生存本能を薄れさせ、結果として無益な争いは根絶される。そもそも殺し合ったところで誰も死なないのだから争いの必要性はなくなる」

 

 シャッハの問いかけに律儀にも切嗣は答える。不老不死となれば、もはや肉体は必要が無い。人類は魂だけで活動するような物体へと変質するだろう。彼の言う通りに全人類が不老不死に至れば、生物の根源的恐怖である死の考察の必要は皆無となる。

 

 飢餓とも無縁となり、存在するだけで生き続けることができる。その結果、命を賭して生存を勝ち取る生存競争から、生きる為に他者を殺すという逃れられぬ業から人類は解放されるのだ。

 

「エネルギー問題も解決され、その他全ての社会問題も解決される。全ての人間は救われる」

「まさかとは思いますが……その全てに過去と未来も含まれているのですか?」

「―――当たり前だ」

 

 この世に生まれ落ちた全ての人類を救う。狂気に満ちた答えを切嗣は戸惑うことなく言い切る。悪人も善人も関係はない。等しく人類と定義される存在全てを救い上げる。まさしく神の所業のように。過去すらも歪めて己の願望を叶える。そんな独善的なことが許されるわけがないとフェイトが噛みつく。

 

「死者を悼み、置き去りにしてしまった人々のために未来を作ろうとしてきた人達の努力を無意味にする気!?」

「無意味じゃない。置き去りにした、切り捨てた弱者を救い、未来永劫の平和を成就することこそが彼らの努力に報いる答えだ」

「違う! それは起きてしまったことを無かったことにしようとしているだけだッ!」

 

 まるで彼女の母親のプレシアが娘が死んだという事実を抹消して望んだ世界を手に入れようとしたように。こんなはずじゃなかった世界を否定しているだけだ。そんなものは進歩でもなければ進化でもない。ただ逃げているだけだ。

 

 この世全ての悲しみを取り除く所業は、確かに奇跡と言える価値がある。しかし、その悲しみを懸命に受け止めて、日々を生き抜き、生を全うしてきた人々の努力はどうなってしまうのだろうか。全てが救われるということは彼らの人生そのものの否定となる。少なくともフェイトにはそう感じられた。

 

「……ああ、そうかもしれない。でも、君にだって生きていて欲しかった者達が、救うことの出来なかった者達がいるだろう。彼らが救われることすら君は否定するのかい?」

 

 その問いかけにフェイトはある女の子を思い出す。助けようと必死に抱きしめたその腕の中で息を引き取ってしまった子。生きていて欲しかった。死んでなんて欲しくなかった。笑顔で笑っていて欲しかった。その子が救われるのならどんなに素晴らしいことだろうか。未来を奪われた子どもに再び未来を歩ませる。これが悪であるはずがない。

 

「私は……否定したくない」

「フェイト執務官…?」

「そうだ、それが正しいことだ。君は世界を平和にするべきだ」

 

 俯き切嗣の意見に肯定するような言葉を呟くフェイト。シャッハはそれに恐れるような表情をし、切嗣は僅かに安堵の表情を覗かせる。だが、フェイトが顔を上げた瞬間にその表情は苦々しいものに変わる。

 

「でも―――あの子達が生きた証を、ありがとうって言葉を否定するのはもっと嫌だ」

 

 もし、全ての人達が救われてしまったらあの子の言葉はどうなるのだろう。自らの死を感じ取りながらも最後の最後に想いを込めて言ってくれた言葉『ありがとう』。それは生きた証であり、あの子のありったけの感謝。

 

 全てがなかったことになればそれすらも意味が無くなる。例え、その子自身が生き返ったとしても生きた証を否定したことに変わりはない。だから、フェイトには切嗣の言葉を受け入れることはできなかった。

 

「……シスターシャッハ、君はどう思う?」

「同じく。悲しみや嘆きは確かに肯定されるべきではありません。ですが、肯定されないからこそ忘れてはならないものです。無かったことにするなどもってのほか、あなたは未来に願いを託すべきです」

 

 自身の願いを否定し聖職者らしく諫めるシャッハに切嗣は溜息を吐き、目を瞑る。納得してくれたかと期待し二人が見つめる中再び瞳が開かれる。その瞳は、果てしない怒りと憎悪に満ちていた。

 

「そうか……君達も―――血を流すことの邪悪さを認めようともしない馬鹿どもか…!」

 

 これ以上の殺意を込めることなど到底できないような低い声で切嗣は二人を侮辱する。彼には決して許せない。人が闘争を行うことが、殺し合うことが、誰かが血を流すことが……決して認めることが出来ない。

 

「そんなことはありません! それらの悲劇を乗り越えながら未来に進むことこそが人間のあるべき姿だと言っているのです!」

「フン、これだ。お前達は未だに闘争という最悪の禁忌に尊さがあると(はや)し立てる。綺麗ごとを並べ立てて掛け値なしの地獄を“悲劇”という演劇に見立て、ありもしない尊さ(幻想)に酔いしれる」

 

 剥き出しの憎悪はシャッハとフェイトに向けられているようで全く別の存在に向けられているようにも感じられた。それはまるでこのような悪逆を犯し続ける人類というまるで成長しない子どもに対して激怒しているようだった。

 

「幻想ではありません。例え善行だけでなくとも、古より続く人の歩みは美しく尊いものです!」

「冗談じゃない…ッ。敗者の痛みの上にしか成り立たない勝利などただの罪科に過ぎない! なのに、人類はどれだけ死体を積み重ねてもその事実に気づこうとしない!!」

 

 そこには人類を信じて裏切られた男の絶望があった。かつて彼は誰よりも未来を、正義を信じていたはずだ。だが、どれだけ彼が努力しようとも、惨劇が世界そのものを滅ぼそうとも人間は変わらなかった。そのうちに自らが必要悪となり、その悪すらも否定することになった。もはや彼の心には絶望と妄執しかない。

 

「貴様らのように争いを美化する奴がいるから人間の本質は石器時代から一歩も前へ進んじゃいないんだッ!!」

 

 何度も同じ過ちを繰り返し続ける人類に失望したからこそ、その手で人類の救済を願う。まるで旧約聖書で神が人間に見切りをつけてノアの家族以外の人類を滅ぼしたように浄化を試みる。そうでもしなければ殺してきた者達に示しがつかないために彼はこの世界を塗り替え滅ぼす。全ては人類を救うために、たった一人のエゴをぶつけ続ける。

 

「確かに……人の歩みは遅い。一歩も進んでいないかもしれない。でも、だからと言って進んでいないわけじゃない。人間は決して進んでいないわけじゃない! だからたった一人の人間が勝手に決めていいことじゃないんだ!」

「そうです。そもそもたった一人の人間に救えてしまう世界など、あってはならないのです」

 

 一人で世界を救う。これだけ書けば大偉業としか受け取られないだろう。しかし、実態は一人が望む救済の形を残りの全ての人間に押し付けているだけだ。不老不死になりたくない人間など少し尋ねて回れば簡単に見つけられるだろう。

 

 自分が悲しみを乗り越えた過去を無かったことにされたくない人間はさらに多いだろう。だというのに、衛宮切嗣は己のエゴの為に世界を救う。全ての人間の意思を踏みにじり、無視しながら。だからフェイトとシャッハは暗に言うのだ『たった一人の人間に救えてしまう世界なら、いさぎよく滅びるべきだ』と。だが―――

 

「なら、全ての人類で救えばいい! でも、誰も救おうとしないから結局たった一人で救わなきゃならないんだッ! 今まで救おうともしなかったくせに知ったような口でほざくなッ!!」

 

 その程度で止まれるのなら最初から人類の救済などという馬鹿げた夢を抱きはしない。恐らく、全ての人間が、犯罪者に至るまでの人間が一度は願ったことがあるはずだ。全ての人間が幸せであるようにと、争いの無い世の中でありますようにと。

 

 だが、その中で誰か一人でも本気で世界の救済を試みた者がいただろうか。大人になってもその心を持ち続けられた人間が何人いるだろうか。結局は口先だけで現実的には無理だと言い訳をして皆諦めていく。全ての者がその願いを抱き続ける、それだけで世界は救われ人間は新たな段階へと昇っていけるということに気づいているというのに。

 

「誰も救おうとしないから僕が救うんだ! 第一―――」

 

 救おうとする人間がいないからこそ、世界はいつまでたっても悲しみに満ち溢れている。だから切嗣は立ち上がり武器を取った。正義の味方を目指しながら悪にまで身を落とした。しかし、本当の意味で彼が一人で世界が救えないはずがないと考える理由は別のところにあった。

 

 

「たった一人の“少女”に世界の滅びを担わせるような腐った世界なら、一人で救えなきゃおかしいだろう!?」

 

 

 今まで一番の感情が籠った怒声がフェイトとシャッハを叩き付ける。かつて何の罪もないのに死の運命に立たされた少女。小さな肩に世界の消滅などという宿業を負わされた最愛の娘。あの時の世界はまさに少女一人を犠牲にすることで救われるというおとぎ話のような状態であった。

 

 一人で世界を壊せるのなら、一人で世界を救うことも不可能ではない。否、そうでなければ余りにも不公平だ。一人に壊されるほど脆弱なくせに、一人で直せないなど認められない。そうでなければこの手であの子を殺していたとしても世界は簡単に滅ぼされただろう。あの子の死などでは何も救えはしないとあざ笑うように。それが切嗣には許せなかった。

 

「切嗣さん……はやてのことを……」

「世界なんて一人で壊せるんだ。だから一人で救えない道理はない。もし、それでも救えないというのなら……僕はもう…欠片たりともこの世界を愛せない」

 

 仮に彼が世界は救えないと判断してしまったら、愛は憎しみへと変わり世界を滅ぼす魔王へと姿を変えかねない。かつての彼ならどんなに絶望的な選択を突き付けられても世界を存続させる選択をしていただろう。だが、世界にも己にも本当の意味で絶望した今の彼がどういった行動に出るのかは本人ですらその時になるまでわからないだろう。

 

(……切嗣、もういいだろう。早く行こう)

(そう……だね。敵が()に気を引かれているうちに準備を済ませてしまおう)

 

 これ以上は見ていられないと思ったアインスが切嗣を促し、話を切らせる。そのことに気づかぬ切嗣ではないが時間が無いのも事実なので知らぬふりをして脱出の機会を作り出すべく二人を煽るような言葉を吐きだす。

 

「そもそもだ、シスターシャッハ。君達は神、聖王なんて“殺人鬼”をどうして信仰しているんだい? 殺人鬼を崇拝しているから血で血を洗う闘争を肯定しているんじゃないのかい?」

「なにを…! 私の目の前で神を侮辱するのですか!?」

「シスター、抑えてください」

 

 自らの信奉する神を侮辱され思わず頭に血が上るシャッハ。それをフェイトは切嗣の策だと察し抑えようとするが簡単にはいかない。これが彼女自身を馬鹿にするものであれば簡単に流す程度の器量も持っている。だが、シャッハは生来の生真面目な性格もあり熱心な教徒である。

 

 幼いころから神を信じ、神に仕えることに喜びを感じてきた。言わば彼女を彼女たらしめる根幹に信仰が存在するのだ。それを侮辱されたのだ。人間というものは不思議なもので自分自身よりも自分の大切な者を傷つけられた方が、怒りが湧くことがある。今の彼女の状態はまさにそのようなものであるのだ。

 

「はっ、いい加減目を覚ましたらどうだい? ゆりかごを見ろ。そして、古代から聖王の血筋の者はあの兵器を操り何をしたかを考えてみろ」

「それは……世界を平定し平和の礎を築いたと伝わっています」

 

 モニターに今もはやてと地上本部航空隊が必死に戦うゆりかごを映し出しその邪悪なまでに洗練された武装を見せつける。流石のシャッハもその光景に今まで教義として教えられてきたことに疑問を抱かざるを得なかった。尻すぼみになる彼女と反対に切嗣は一気に声を張り上げ押しつぶしにかかる。

 

「世界に平和にもたらした? ハ、笑わせるな。兵器にできるのは人を殺すことだけだ。あの力で何万、何億の人間を殺して挙句の果てには世界そのものを滅ぼした。それを“正義”だと高らかに謳い上げながらね。僕が今までやってきたことを大きくしただけに過ぎない。それを悪だと言わずに何と言う!!」

 

 自身の価値観を揺さぶられシャッハは反論の言葉を出すことが出来なかった。そもそも、神が人間を救うことはない。人々の理想によって存在を得た神は、人間の望み通り、人間を悪として扱う。神とは名ばかりの人間への究極の罰である。例え、実在した人物であろうと人の悪性に触れていけば原初の姿は忘れ去られ理想の神となるだけだ。

 

「神や正義なんて碌なもんじゃない。聖王のクローンのあの子も人を惑わすいてはならない存在だ。争いの種になるぐらいなら生まれない(・・・・・)方がマシだった」

「……今の言葉、訂正してください…ッ!」

 

 今度はヴィヴィオを、クローンとして生み出された者達を侮辱するようなセリフを吐きフェイトを焚き付ける。自分の子どもを馬鹿にされて怒りを覚えないまともな親はいない。それはフェイトとて例外ではない。おまけに実の親から存在を否定されたフェイトにとってみれば生まれない方が良かったという言葉はこれ以上ない程に心をかき乱すものとなる。

 

「フン……訂正させるのは構わないが―――まずは彼らを守らないとね?」

 

 煽りに煽って作り出した隙を突き両サイドに並ぶ培養槽前に手榴弾をばらまく。ハッとしすぐに手榴弾を抑えに行く二人を見届けることもなく切嗣は固有時制御を用い逃げていく。

 

「しまった……全部安全装置が付いたままだ」

「あれだけの数を同時に一人で爆発させるなんてできないのは冷静になればわかったはずなのに……すいません、私が敵の挑発に乗せられて至らなかったばかりに」

「いえ、私も冷静さを失っていました。それよりも追わないと―――」

 

 自分達が騙されたことを知り苦々し気に唇を噛む二人の耳に警報が響く。続いて洞窟全体が地震のように揺れ動きだし岩盤が崩れ始める。

 

「これは…! まさか自爆システム!?」

「これだと追っていっても道に迷った時点で私達も生き埋めに。それに……」

 

 フェイトはチラリと立ち並ぶ培養槽を見る。今から逃げれば間違いなく脱出することが出来るだろう。しかし、自分達が逃げられてもここにいる者達は逃げることが出来ずに暗い洞窟の中でその生涯を終えることになるだろう。そんなことは決してさせない。そのためには自分がここに残って自爆システムを解除しなくてはならない。だが、それは衛宮切嗣を追うのを完全に諦めなければならないということだ。

 

「……嫌な人だ。私が絶対にこの人達を見捨てないのを分かって自爆システムを作動させたんだ」

 

 全ての人達を人質に取りながらその者達を生かす道をしっかりと残していく。悪にも正義にも徹することができない弱さがそこには透けて見えた。その不器用さと計算高さに何とも言えない気持ちになりながらフェイトは自爆システムを止める為に動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 地上本部の自らの城とも呼べる一室にてレジアスは座り続けていた。今の自分は待ち人を待ち続ける以外にすべきことはない。地上が、空が、海が大騒ぎしているというのにその責務を放り投げただ待ち続けるだけ。待ち続けた結果、遂に―――友が訪れた。

 

「久しぶりだな、レジアス……見た目はともかく、心は随分と老けたようだな」

「ふん、それはお互いさまだろう―――ゼスト」

 

 旧友の再会に感動的なものはない。どちらも罪の意識があるのか表情は硬い。それでも大切なことはお互いに分かっている。一度死してもう蘇った男とそれを殺してしまった男。二人の交わす言葉は初めから決まっている。

 

 

「レジアス、あの日に誓った。俺の、俺達の信じた正義は今―――どうなっている?」

 

 

 若き日に語り合い希望を託した二人の正義についてだ。

 




~おまけ~「アハト爺が第三次で反則をしなかったら」

 ユーブスタクハイトは悩んでいた。前回の第三次聖杯戦争はまっとうな手段で勝ちに行くために剣の英霊を呼び出し挑んだが惜しくも聖杯に至ることはできなかった。剣の英霊が最優であることは過去の実績から見ても明らかである。しかし、それでも勝つことが出来なかったのだ。

 前回の欠点を分析しアインツベルンはホムンクルスの一族であるために戦闘に不向きであるという結論を導き出しメイガスマーダーの衛宮切嗣を婿養子として迎え入れた。後は前回のように最優のサーヴァントと組ませれば問題なく勝てる。しかし、それでもなお不安は残る。

 最優のサーヴァントと言えどサーヴァント。万が一にも負ける可能性はある。勝利をより確実にするにはどうすればよいか。考えに考え抜いた結果ユーブスタクハイトはある結論に至った。


 ―――そうだ、裁定者(ルーラー)を呼ぼう。


「当主殿は本気か? 裁定者(ルーラー)のサーヴァントを呼ぶなんて」
「あら、ルール違反は嫌い?」
「まさか、ルール違反した数なんてそれこそ数え切れない僕が嫌悪するものか。僕が言いたいのは本来参加者として呼べないクラスを呼ぼうという無謀さだよ」
「でも、大お爺様の理論は完璧よ。必ず呼べるわ」
「……本当に出来てしまうアインツベルンには言葉が出ないよ」

 一組の夫婦がこれから行われる召喚の儀式について話をしている。夫の名は衛宮切嗣。妻の名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。一見すればどこにでもいそうな仲睦まじい夫婦であるが彼らの抱く願いはとてつもないものだ。願望の器たる聖杯に恒久的な世界の平和を願う。例え―――かけがえのない代償を支払うことになってでも。

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 特殊な召喚陣の前に立ち切嗣が英霊を呼び出す呪文を唱える。辺りには青い光、エーテルが充満していき小さな嵐が起きているような光景が創り出される。

「誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 圧縮された力の渦が弾け、召喚の疲労もあり切嗣は思わず目を瞑ってしまう。アイリもその風圧から身を守るように手で顔を覆う。そして二人が目を開けたときにまず初めに目に入ってきたのは黒いカソックであった。続いて浅黒い肌に脱色した白髪。最後に若い外見に相応しくないどこまでも澄み切った瞳。


「召喚に従い参上しました。サーヴァント、ルーラー。天草四郎時貞です」


 ルーラーの召喚に成功したことにホッとするアイリをよそに切嗣は不機嫌な表情になる。天草四郎時貞。日本の江戸時代に一揆とはいえ争いの指導者となった人物だ。どんな聖人が来るかと思っていたがとんだ外れを引いてしまったなと内心でぼやき、天草四郎を見る。そんな切嗣の視線の意味に気づいたのか天草四郎の方からうっすらと笑みを浮かべて話しかけてくる。切嗣がどれだけ彼を嫌おうとも決して無視できないことがらで。



「初めに言っておきましょう。私の願いは―――全人類の救済です、マスター」



 きしくも世界の救済を願う主従がここに生まれ落ちたのだった。

~おわり~


天草「人類を第三魔法で不老不死にして救済します」
切嗣「人類が救済されるんですかー、ヤッター!」
アハト爺「第三魔法が実現するんですかー、ヤッター!」

ハッPエンド!


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五十二話:旧友

 

 あの日、恐らくは自分の人生最後の日になるはずだった日に。ゼストは自らの部下を率いて戦闘機人を製造していると思われるアジトに赴いていた。その時にチンクらと戦闘になり部下を庇って傷を負ったことで結局誰一人守れずに一度目の人生を終えた。自分は親友に殺されたのかもしれないと僅かながらの疑問を抱きながら。

 

「レジアス、あの事件でお前はどう絡んでいたんだ」

「儂を恨むか……ゼスト?」

 

 だが、幸か不幸か彼は今ここにこうして生きている。疑問を晴らすチャンスがまだ残されていたのだ。レジアスとスカリエッティが繋がっていたことはもはや確かめるまでもない事実。後は、彼がどんな想いをもってそうしたのか、それを知るだけだ。

 

「例えお前が俺達を殺すつもりだったのだとしても恨むつもりはない。ただ俺は……あの日描いた理想を確かめて死にたいだけだ」

「お前は昔から少しも変わらんな。どこまでも武骨で真っすぐだ」

「ただの時代遅れというやつだ。いつまでも昔を引きずって前に進もうとしない。いや、もとより今の俺は死者も同然。変わりようがない」

 

 人間というものは進化か退化かは分からないが元来変わりゆく生き物だ。変わらない人間などいない。もし、変わらない者が居たのだとすればそれは変わる前に死んだだけ。レジアスは変わり、ゼストは変わる前に死んだ、それだけの話なのだ。

 

「……ああ、話そう。全て話すためにここに残っておったのだからな。お前達、悪いが二人だけにしてくれ」

「……分かりました」

 

 レジアスに促されて思うところはあるもののゼストは信頼のおける人物だと知っているので部屋から出て行くオーリス。しかし、もう一人のピンク色の髪をした秘書は出て行こうとしない。

 

「どうした、お前もだ」

「……しかし、一人では危険です。せめて護衛を」

「構わん、儂はゼストと話がしたいだけだ。いいからお前も出ていけ」

「分かりました……では」

 

 一切譲る気のないレジアスの様子に諦めたのか女性もまたオーリスに続き扉に向かって歩き出す。その様子を見ながらゼストは静かに口を開く。

 

「変わらんと言ったが、一度死んだせいか俺も少しだけ変わったことがあってな」

「なんだ?」

「少々、身内を―――疑うようになった」

 

 女性のかぎ爪のような武器を自身の薙刀で受け止めながらゼストは鋭い視線を投げかける。女性の方は驚くレジアスを尻目に舌打ちをしその真の姿を現す。長い茶色の髪に異性を誘惑するような美貌。そしてスカリエッティの戦闘機人であることを証明する特殊なスーツ。長い間管理局に潜入していた二番目、ドゥーエだ。

 

「なんだ貴様は!?」

「自由に姿を変える戦闘機人だ。普通の検査ではまず引っかからん」

「あら? あなたに情報を与えたことはないのだけど」

 

 レジアスとオーリスを守るようにドゥーエに立ち塞がるゼスト。その口ぶりに自身の情報が漏れていたことを悟り訝しげな表情をするドゥーエ。彼女は勿論、姉のウーノでさえ徹底して自分の行動は隠していたはずなのだ。

 

「さて……俺とお前が敵対しているように貴様らは一枚岩ではないからな」

「あの男ですか? ドクターに従っていれば何度でも人が救える(・・・・・)というのに、困ったものね」

「貴様らの言う救いも碌なものではないのだろう」

 

 ドゥーエの情報を流していたのは切嗣である。本来であれば必要のないレジアスへの挑発を行ったのも暗に彼女が忍び込んでいることを知らせるためである。切嗣の目的は敵を完全に排除したうえで願いを叶えることであるので敵と敵をぶつけ合わせて戦力を削る工作も行っていたのだ。もっとも、今回の件についてはスバルを助けた空港火災の件でのお礼返しの意味も込められているのだが。

 

「何はともあれ邪魔をするのなら始末するだけ」

「……やれるものならな」

 

 かぎ爪を光らせ、獰猛な獣のように目を細めるドゥーエに対し、ゼストは自然な構えで立つ。一秒、一分、はたまた一時間かも分からぬ時間の中でお互いに隙を狙う。どちらも勝負を長引かせるつもりはない。故に戦いは一撃で決まる。緊張と圧力が極限まで高まり怯えたオーリスが身じろぎし僅かな音が起きた瞬間に―――両者共に動き出した。

 

「はあっ!」

「ふん…!」

 

 速かったのはドゥーエであった。姉妹から受け継いだ戦闘データを基に生み出された最速の動きと最高の一撃。全てがデータ通りに行き、その爪は容赦なくゼストの身を引き裂こうとする。だが、ゼストの太刀は最後の一瞬で容易く彼女の予想を上回り―――一閃した。

 

「な…ッ!?」

 

 驚き目を見開く彼女の目の前でその爪は容易く砕かれ、血が舞い踊った。咄嗟に防御に使った爪のおかげか、はたまたゼストが命までは奪う気が無かったからなのか彼女の命はまだある。しかし、それだけであった。戦闘機人と言えど動くことができない程の重傷を負わされたのだ。勝負はここに決まった。

 

「ま…さか……私の戦闘データは…妹達の経験を基にした完璧なものなのに……」

「お前達の技術について俺はよく知らんが……高々数年の戦闘データで騎士に勝とうと思ったのは間違いだったな」

 

 同じ戦闘機人同士でデータを共有し、自分が経験したのと同じ効果を得る。それは素晴らしい機能であり人間の何倍ものスピードで成長することができるだろう。しかしながら、今回は相手が悪かった。彼女達の稼働歴と同じほど、否、それ以上に戦場で生きてきた騎士と相対したのだ。彼女達が集めてきたデータなど優に上回る経験を保持する者に勝てる道理はない。

 

「じっとしていればこうなることもなかったものを……」

「く…っ」

 

 手早くバインドで拘束し、万が一にも逃げ出さないように気絶させてからゼストはレジアスに振り返る。

 

「邪魔が入ったが話を続けよう」

「そいつはどうするつもりだ?」

「直にここにも局員が来る。あの騎士なら職務を忠実に果たしてくれるだろう」

 

 ここに来るまでに何とか巻いてきたシグナムのことを思い浮かべながらゼストは答える。その言葉にレジアスは元は地上を守るストライカーだった親友が今は犯罪者となっている事実にどことなく憂いを覚え、同時に自身も罪を犯していることを思い出し渋い表情を見せるのだった。

 

「単刀直入に聞くぞ、レジアス。あの事件はお前の差し金か?」

「……確かに儂はスカリエッティと手を組んでいた。だが、お前とお前の部下を殺す気などなかった。別の事件に回して嗅ぎ付けられないようにしたかったんだが……それが結果としてお前をあの場所に向かわせてしまった……」

「そうか……」

「こんなことを言う資格などないと分かっている。だが、それでも……儂はあの事件をずっと後悔してきた。お前も部下も殺したくなどなかった…!」

 

 もしも、ゼストがあの時死んでいなければ、命令に従いスカリエッティのアジトに行っていなければレジアスは引き返すことができたかもしれない。だが、何かを失ってしまったが故に引き返すことを許せなかったのだ。大切な者を失った代償に必ず目的を達成しなくてはならないと強迫観念に際悩まされてきた。それが彼の本心であった。ゼストは後悔の念を吐き出す親友を黙って見つめていたが、やがて静かに口を開く。

 

「レジアス、お前のやり方が正しかったかどうかは俺には判断できない。だが、それでも聞いておきたい。お前は、小さな何かを切り捨てていくやり方が正しいと心の底から思っていたのか? 小さな事件の犠牲者のために憤り、犠牲を許せなかったお前が本当に納得をして行動できていたのか?」

 

 大の為に切り捨てられる弱者がいる地上の現状に疑問を抱きレジアスはそれを変える為に上を目指した。過激なやり方であったが本質にはいつも地上を守りたいという想いがあった。そんな彼が地上すらも傷つける悪事に手を染めるのはどれだけの苦痛であっただろうか。

 

 ゼストの問いかけは責めるものではなく友の心情を思いやる類いのものであった。だからこそ、レジアスは逆に苦悶の表情を浮かべ苦しんでいるのだ。これほどまでに自分を思いやってくれる友を殺めてしまった事実に。

 

「“俺”は……納得できなくとも地上全体の為になるように行動するつもりだった。だが、結局のところ何もできなかった。全体も個も両方守ろうと中途半端になったのが今の様だ。蝙蝠のようにどちらにも見捨てられ結局願いは叶えられなかった」

 

 自嘲気味に笑いながらレジアスは答える。今のレジアスは最高評議会にもスカリエッティにも見捨てられている。おまけに本来であれば指揮を執って戦わなければならない地上の危機にもこうして指を喰えて見ているだけだ。誰よりも地上を守ると言い続けてきたくせに肝心な時にはいないなど笑い話にもならない。侮辱され、軽蔑されてもなんらおかしくはない。しかし、ゼストの反応は全く別のものだった。

 

「そうか……安心した」

「なにを…?」

「悔いる心があるのなら、あの日描いた理想を全て失ったというわけではないということだ。それならば、まだ戻ることはできる」

 

 ゼストの言葉にレジアスは言葉を失う。もう後戻りなどできないと思っていた。このまま苦悩しながら過ちを犯し続けなければならないのだと思っていた。だが、彼はまだ引き返せると言うのだ。

 

「俺を許すのか…? ゼスト」

「許すも何も俺は初めからお前を恨んでなどいない。俺が死んだのも部下を死なせてしまったのも全ては俺の力不足だ。これはどんな理由があろうと変わらん」

「しかし……」

「悩むなどお前らしくもない。お前はいつも行動でその意志を示してきただろう。俺はともかくお前はまだ死んでいない。これからすべきことがあるはずだ」

 

 そうは言われたもののレジアスには自分が何をすればいいかが分からなかった。というよりも今の自分に何かを行う権利があるのかが分からなかった。罪悪感に浸りこのままここに座り続けていたかった。そんな友に見かねたゼストが一喝する。

 

 

「何を悩んでいる! 俺達は―――地上の平和を守るのだろう!」

 

 

 余りにも単純な、思い出すことすら忘れていた純粋な感情。その想いを今更ながらに思い出しレジアスは目を見開く。地上に、何の罪のない民間人が命の危機に晒されている。地上部隊の者ならばそれを見れば考える間もなく動くはずだ。愛する地上を守るという馬鹿みたいに単純な理想の為に。

 

「……そうだな、まだやるべきことがあったな」

「そうだ、それでこそレジアス・ゲイズだ。土に帰るまでの残り少ない時間しかないが俺も手を貸そう」

 

 差し出された手を少し戸惑うように見た後にレジアスは力強く握り返す。不運なすれ違いから道を違えていた友が再び(くつわ)を並べ歩き出す。地上に再び平和を取り戻すために。

 

「……話は終わられましたか」

「旦那! 無事か!?」

「アギト、それにシグナムか……俺を捕まえるのか?」

 

 二人の話が終わったのを見計らったかのようにシグナムとアギト、リインフォースが入室してくる。その後ろにはやはり気になったのかオーリスも続いている。その姿に既に目的を達したゼストはどうしたものかと眉間に皺を寄せる。だが、シグナムの返事は違うものだった。

 

「いえ、八神二佐よりレジアス中将、そしてできればあなたにも頼みごとがあると」

 

 

 

 

 

 地上最前線にて鎬を削るノーヴェ達戦闘機人と六課フォワード陣。その戦いは今まさに終焉を迎えようとしていた。―――フォワード陣の勝利をもって。

 

「こいつら……こっちの連携を読んできてるっス!」

「ワンパターンな連携なんて時間をかければ必ず破れる。勉強しなおさないとね!」

 

 戦闘機人はその機械性をもってノータイムでの情報伝達と連携を可能とする。しかし、彼女達には圧倒的に経験と練習量が足りない。故に単純かつワンパターンでしかない。もしもスカリエッティが研究者ではなく指揮官であればこうしたミスは犯さなかったであろうが彼は自身の技術に慢心をしてしまった。それ故の失敗だ。

 

「なんで邪魔をするの。私はただお母さんと心を取り戻したいだけなのに」

「どうしてわからないの? その取り戻したいって気持ちや一人になりたくないって怖さも心なんだよ!」

 

 そしてルーテシアの強力な召喚獣は同じ力を持つキャロが相殺し完全に抑え込んでいる。純粋な力比べで勝てないのであれば未熟であっても経験を積み続けてきたフォワード陣に勝ち目はない。戦闘機人達は常に格下と戦い力をつけてきたがフォワード陣は常に格上と戦って力をつけてきたのでそれは当然帰結だろう。

 

「このままでは攻めているこちらが不利です。オットー、一度ここは仕切り直しを検討した方が」

「相手にも決め手がない今なら可能か……そうした方が良いかもね。ドクターのこともあるし」

 

 一度フォワード陣との戦闘を止めて一ヶ所に集まるディード達。このままでは負けてしまうが相手に決め手がない今ならば退却することも可能だ。ここは一度引いて作戦を立て直すべきだ。そう考える四人だったが―――既に手遅れであった。

 

(全員その場から離脱しなさい。大きいのを撃つわよ)

(了解!)

 

 先程まで戦っていたスバル達がさらに離れていく光景にまず初めに気づいたのはノーヴェであった。次にウェンディが自身らを狙う狙撃手の存在に気づく。

 

「なんスか……あの馬鹿げた魔力は、あんな魔力持ってないはずっしょ!?」

 

 見上げた先に居るティアナに対して思わず叫び声を上げるのも無理はない。ティアナ一人では到底まかなうことのできない魔力が彼女の銃口から発せられているのだ。現実的に不可能だという想いとあれを撃たれればひとたまりもないという危機感を感じても仕方がない。

 

「あれはまさか……収束魔法? そんな、事前情報にはなかったのに……」

 

 オットーが事前情報にはなかったと呟くがそれも当然だろう。なにせこれがぶっつけ本番の初使用なのだから。あの日、強さを求めてなのはから教わった技を日々の訓練の中で少しずつ自分のものとし、今日この負けられない大一番で放つ。その度胸こそがティアナの最大の武器である。

 

「収束完了、ありったけのカートリッジも使った……いくわよ、なのはさん直伝!」

「まずい! 逃げるぞ!!」

 

 慌てて逃げ出そうとする彼女達であったがとき既に遅し、星の光からは決して逃れられない。数多の強敵を打ち破ってきた高町なのは、レイジングハートの伝家の宝刀。それが今、愛弟子に受け継がれ放たれる。

 

「スターライト―――ブレイカーッ!!」

 

 オレンジの極光が辺り一面を染め上げる。放たれた以上どこにいようとも逃げ場はない。防ぐにはとにかく距離を放して防御するしかないがその距離は取れなかった以上何をしても無駄だ。戦闘機人達を中心に着弾し、その一撃は核爆発が如き様を見せる。

 

 人間以上の耐久力を誇る彼女達と言えどひとたまりもない。光が消えた後に残っていたのは倒れる彼女達と街の残骸だけであった。その光景に撃った張本人はしばらく黙っていたがやがて顔を引きつらせながら口を開いた。

 

 

「やりすぎたかも……」

 

 






「侮るな。あの程度の爆発、ガス爆発として隠蔽できずして何が監督役か。
 ガス会社からの懇願? は、隠蔽をやめさせたいのならその三倍は持ってこいというのだ。
 よいか新入り。監督役とはな、己が視界に入る全ての事件を隠蔽するもの。
 ―――苦情の山なぞ、とうの昔に背負っている」

 スターライトブレイカーの隠蔽作業員の名言(棒読み)


二十六話以来のスターライトブレイカー。ようやく使わせられてよかった。
さて、次回は優雅となのはさんですね。


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五十三話:敵は内にあり

 

 どこもかしこもガジェットの襲来で大騒ぎをしている街の隅を切嗣とアインスは歩いていく。緊急避難勧告が出されている現在、裏路地には猫の一匹もいない。そのはずだった。

 

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね」

「早いとこ避難しないとどうなってもしらないぞ?」

「……アリア、ロッテ」

 

 だが、どういうわけか二人の前には二匹の猫が立ち塞がっていた。挑発してくるような口ぶりに内心で顔をしかめながら切嗣はコンテンダーを握りしめる。なぜここにいるとバレたのかは定かではないが立ち塞がるのであれば始末するのみ。しかし、そう簡単にはいかない。

 

「悪いが君にはここで捕まってもらうよ―――切嗣君」

「…! グレアム、まさかあなたまでいるとは……」

 

 突如として背後から声を掛けられて驚愕する切嗣。グレアムの姿は昔に比べれば随分と老いていた。しかし、背後を取られていたことを気づかせない技量と瞳から感じる強い意志はまるで衰えていないことを知らしめていた。

 

「老いぼれにできることは子どもに未来を残してやることだけ。そのためなら少々の無茶もこなさなくてはね」

「……そうかい。やっぱりあなたも僕の望みを否定するのか」

「君の望みが何かを私は知らないが……はやて君の幸せとは相反するものであれば認められない」

 

 背中からかけられる声に対して切嗣は静かに目をつぶり息を吐きだす。一見すれば無防備に見えるがその実、一部の隙も相手に感じさせない。そして神経を刃を研ぐように少しずつ研ぎ澄まさせていく。

 

「ゆりかごを無視して地上本部に向かうのはただの役割分担なのか。それとも、あっちがあなたにとっての本命(・・)なのかしら?」

「そもそもどうして数で劣るにも関わらず攻めているのかねぇ。ゆりかごに引きこもっているのが一番効率的なのに」

「…………」

 

 アリアとロッテの問いかけにも切嗣は何も答えない。ゆりかごを軌道上に到着させればスカリエッティ側の勝ち、到着させられなければ持久戦で敗北する。仮にゆりかご内部にこもっていれば飛行魔法の適性を持つ魔導士しか来ることができないため相手の戦力はダウンする。

 

 そして攻める側は敵の戦力の三倍はなければ守る側を打ち破れないのは戦の定石だ。だが、スカリエッティは戦力の分散、逐次投入という兵法における最大の禁忌を平気で犯したのだ。ゆりかごを守ることに全力を費やせばいいだけの戦いなのにわざわざ戦線を広げた。

 

 一見すればただの戦略ミスかもしれない。しかし、これがもし計算の内であったらどうであろうか。例えば、攻めることで相手を地上本部から引き離すなどの目的があればどうであろうか?

 

「さて、何をしようとしているか。教えてもらえないかね?」

「……フン、話は終わりか? なら―――消えてもらうよ」

 

 だが、聞いたところでこの男が親切に答えるはずもない。三人の疑いの視線にも何事もなかったように平然と無視をし、切嗣は冷たく硬い引き金を引くのであった。

 

 

 

 

 

 ―――熱い。熱くてたまらない。小さく口から空気を吸い込むだけで喉が焼けただれそうになる。バリアジャケットには温度調節機能も備わっているというのに、張り巡らした防壁があるというのに、その炎は苛烈さを損なわない。

 

「どうしたのかね? 防いでいるばかりでは勝てはしないよ」

「くっ……アクセルシューター!」

 

 なのはは防御を固めながら二十個以上のシューターを同時に飛ばす。その全てが違う速度、異なる軌道を描いており全てを防ぐのは不可能に近い。だというのに男は一瞬でそれら全ての速度と軌道を計算し同じようにシューターを打ち出し相殺する。

 

「他愛ない」

「ショートバスターッ!」

 

 だが、なのはもそれだけでは終わらせない。威力を殺して速度を上げた砲撃で狙い撃つ。流石に正面から受け止めるのは不利だと判断した男は横に移動しそれを躱す。そこへ先端がまるで槍のようになったレイジングハートを構えたなのはが突進してくる。

 

『Excellion Buster Accelerate Charge System.』

「突撃とは……優雅ではないな」

 

 本来であればそれは相手の防御を突破しゼロ距離の砲撃を打ち込む捨て身の技である。それをなのははレイジングハートに行わせ自身がシールドを張ることで防御性を兼ね備えた近接魔法として扱っている。その速度はさながらロケット弾。気づいた時点で躱すことはできない。

 

「躱せないのであれば、受け流すのみ」

 

 男は湧き上がる炎を圧縮させ一つの上昇流を作り出す。そしてその強烈な上昇流をもってなのはの軌道を僅かに上方向へとずらし力のベクトル利用しステッキでレイジングハートの刺突を受け流す。あまりの常識外れの荒業に叫び声をあげたくなるなのはであったがそこで動きを止めるほど甘くはない。

 

「ディバインシューター!」

 

 すぐさま防御を解き、動きながらでも放てるシューターを振り向きざまに放つ。だが、相手もさるもの。ステッキを一振りし炎の障壁を作り出しシューターを塞ぎ止める。そして間髪をおかずに巨大な火球を連射してくる。

 

「レイジングハート、お願い!」

『Straight Buster.』

 

 エクセリオンバスターの応用である直射砲を連なるか急に向け放つレイジングハート。ストレイトバスターの特性は反応炸裂効果である。敵密集地において敵対象を伝播して連鎖爆発を引き起こす。そして今回も例に漏れずに吐き出された火球すべてを連鎖爆発させた。

 

「つ…強い……!」

「そちらも中々の腕の持ち主だ。やはり失うには惜しい人材だ。どうだね、今からでも心変わりはしないかね?」

「誰が!」

 

 息を切らしながら反論するなのは。その額には運動と炎熱変換の魔力による膨大な熱量による大粒の汗が光っていた。反対に男の方はこの程度の熱で汗をかくなど優雅ではないと言わんばかりに涼しげな笑みを浮かべている。現時点での戦況は五分五分といったところであろうが長引けば長引くほど体力を奪われていきなのはが不利になるだろう。故に短期決戦で決めなければならない。

 

「ディバインバスターッ!!」

「頑固なものだ。いや、だからこその強さか」

 

 しかしながら簡単にやられてくれる相手でもない。今度は宙に魔方陣を描き出しそこから噴火のように炎を放射させなのはの十八番の砲撃を正面から受け止める。先程からの戦いで分かったことといえば相手は恐らく自分よりも魔力量は少ないということぐらいだ。しかし、それが弱点になっているかといえば全くそういったことはない。

 

 足りない魔力を極限にまで効率的に運用し10の威力に対して1のエネルギーで賄っている。それは凡庸でありながらも10の結果を求められれば20の修練を積んできたが故になせる技だ。徹底した自律と克己の意志。その強さにより混迷を極める次元世界で戦い続けた彼だからこそ人々は畏敬の念を込めて“エースオブエース”と呼んだのだ。

 

「本来であれば後衛でなければ真価を発揮できない砲撃魔導士でありながら私と互角の戦いを演じるとは驚嘆に値する」

「それは…どーも!」

 

 自分の方が圧倒的高みにいると理解したうえでの称賛に対して皮肉気に返しながらなのはは砲撃を撃ちながら飛ばしていたシューターを背後から強襲させる。いくら英雄といえども背後に目はついていない。後ろから刺されてしまえば何が起きたかも分からずに倒れ伏すだけだろう。だが、次の瞬間にはその考えが甘すぎたという事実が突き付けられた。

 

「残念だが―――英雄に死角はない」

 

 近づいていたシューターが全て撃ち落される。しかし男が動いた形跡はない。驚くなのはの目に突如として翡翠の鳥が数羽、彼の周りを飛び回っている光景が映る。

 

「まさかビット…?」

「ご名答。翡翠を原料にして私が作り上げた自動で動く傀儡を幻術で隠し潜ませておいたのだよ。私の背後に死角は存在しない」

 

 その宣言になのはは苦虫をかみつぶしたような顔をして砲撃を止めさらに距離をとる。不意をつくことで隙を生み出させようとしたのだが威力の低い攻撃ではあれを抜くことはできないと判断したからだ。

 

 男は最初にわざわざビットを使わずに自らの手でシューターを落とすことでその存在を隠蔽しなのはの策を潰したのだ。彼は計算高く、その反面自ら宣言するような自信も持ち合わせている。なんとも嫌な相手だと改めて実感しながらなのはは汗を拭う。

 

「このままでは君に勝ち目はない。それは分かっているだろう?」

「…………」

 

 このまま小手先の勝負では勝ち目はない。男の言うとおりだ。それはなのはもよく理解しているために何も答えない。前衛のいない砲撃魔導士が最大威力の一撃を撃ち込むには相手動きを自力で止めなければならない。だが、相手はフェイトやシグナム以上に隙がない。バインドで動きを止める戦法も通じる相手ではないだろう。ならば、自分が相手よりも勝っている部分で勝つ以外にない。

 

 

「―――命をかけなさい。あるいはこの身に届くやもしれん」

 

 

 その言葉になのはの覚悟は決まる。自身にかけていたリミッターを完全に解除する。それは本来の力を抑える類のものではない。本来であれば体が壊れるために決して使われることのないリンカーコアのリミッターの解除。俗にいう火事場の馬鹿力を強制的に引き出す諸刃の剣。この戦いが終わった後に体がどうなるかはわからない。しかし、ここで使わなければ後などもとよりない。

 

「技術ではあなたには勝てない。なら私は力であなたを上回るしかない」

 

 莫大な魔力をもって技術をねじ伏せる。なのはがとった作戦は言わば力押し。作戦も何もない単純な思考である。だが、それはある意味では真理だ。総合格闘技のチャンピオンであってもゾウの何気ない足蹴一つで命を絶たれる。あまりにも隔絶したパワーは技術という人の営みを容易く葬る。

 

「面白い。ならばその力を私に示して見せよ!」

「いきます…!」

 

 短い言葉と共に先程とは比べものにもならない極太の砲撃を放つなのは。その大きさは狭い一室ではとてもではないが避けられるものではない。だが、元より男に避ける気などない。相手の全力を自らの技巧をもって組み伏せてこその英雄。杖の一振りで何十層もの防壁を重ねて生み出し威力を殺し、その上から自らも炎の砲撃を放ちなのはの砲撃を相殺する。

 

「それが本気かね? 私を失望させないでくれたまえ」

「なんの…! まだまだ上げていくよ!!」

 

 なのはの攻撃は一撃打つたびに自身の命を削りとる呪いの装備のようなものだ。だが、攻めの手を緩めることは決してない。攻撃が通らずとも、全てを技巧により組み伏せられようとも諦めることはしない。撃ち落されることが負けなのではない。足を止めることこそが敗北なのだ。

 

「ふ、ははは! そうだ。その不屈の意志こそがエースオブエースだ! 君を見ていると昔を思い出すよ」

「馬鹿にして!」

「いや、私個人は君を高く評価しているよ。だからこそ惜しい。君ならば誰に何を言われようとも理想を追える強さを持っているというのに」

 

 煉獄の業火と桃色の光線が激しくぶつかり世界の終焉のような光景を生み出す。戦略の切り札同士がぶつかり合う。戦場に出せば必ず勝つ札が同時に存在する矛盾。その矛盾に世界が耐えられないかのように壁が割れ床は抜け落ち天井は崩れ落ちる。それでもなおヴィヴィオのいる玉座だけは無傷なのはゆりかごの意思なのか、はたまた母の愛なのか。それは誰にもわからない。

 

「初めは誰もが私達を嘲った。愚弄した。できるはずがないとね」

 

 何が面白いのか男は昔を思い出しながら笑い続ける。誰もが彼らの言葉を綺麗ごとだと言った。力なく何度も挫折する様を見てそれみたことかと嘲笑した。だが、彼らは決して歩みを止めなかった。こければまた立ち上がり歩いた。足を撃たれれば地面を這って進んだ。四肢を砕かれれば噛みついて敵を倒した。その姿に少しずつ続く者達が現れた。彼らの理想を共に夢描くようになった。

 

 

「我々は空想家だと言われた。救いがたい理想主義者だと言われた。できもしないことを考えていると言われた。その度に私は何千回もこう答えてきた―――“その通りだ”とね」

 

 

 その強い意志に、揺るがぬ信念になのはは敵だというのに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。憧れを抱いてしまった。いかに歪んでいようとも、世界を救いたいという願いに嘘偽りなどない。超絶的な技量も、築き上げた地位も彼を飾り立てるには余りにも力不足だ。

 

 

「私は世界の救済を諦めることはしない。何故なら―――諦めなければ夢は必ず叶うからだ!」

 

 

 決して諦めることをしない精神性こそが―――彼を英雄たらしめるのだ。

 

 その夢がどれだけの犠牲を伴うものであったとしても、誰もが彼に反対しようとも彼は諦めない。例え世界が滅んだとしても彼は歩みを止めることはしないだろう。何故なら彼は救いようのないほどに自分を信じているから。

 

「さあ、雌雄を決めよう。その力をもって私を超えてみせなさい。もっとも、私の夢を打ち破れるのならだがね」

「……私は、あなたのやり方を否定する。いつの日にか本当に犠牲なんてない世界にみんなで辿り着けるように」

 

 激しいぶつかり合いを繰り広げながら両者共に魔力収束を始める。両方の魔力が混ざり合い不思議な色をした魔力が徐々に渦を巻いていく。共に己の最高の一撃に信念を込める。それらを打ち破られるということは思想、理念、諸々を壊されると同義だ。故にこの一撃で全てが決まる。

 

Intensive Einascherung―――(我が敵の火葬は苛烈なるべし―――)

「スターライトブレイカー―――」

 

 収束され圧縮された魔力が術者すら押し潰さんとする。だが、二人共が微動だにせず相手を睨み続ける。古き時代の英雄と新しい時代を作る英雄。その思いの丈を乗せた砲撃が今、放たれる―――

 

 

 

 

【自害せよ、■■■■】

 

 

 

 

 だというのに、それは呆気なく終わりを告げる。どちらかが相手を倒すまでもなく幕は閉じられた。―――男が自らの心臓を貫くという形で。

 

「………あ?」

【くっ、はは……くははははははっ!!】

 

 呆然とした顔で自らの心臓を刺したステッキを握りしめながら男は立ち尽くす。

 どこまでも狂喜に満ちた笑い声を聞きながら。

 

 





優雅さんが死んだ!


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五十四話:全て遠き―――

 

 まさに雌雄を決しようとしていたところで相手の自害。なのはは硬直したまま何が起きたのか分からずに呆然と立ち尽くす。それは自害した本人も同じらしく声も出すことが出来ずに自らの胸を見下ろしていた。

 

【あははははは! くふふふふッ! どうかね? 悲願成就を目前にして自ら命を絶つという気持ちは?】

「……馬鹿な…スカリエッティ(・・・・・・)…だと?」

 

 顔は映し出されないもののその声はスカリエッティのものに違いがない。何よりも歪みきり狂った笑いはあの男以外に出せるものではない。だが、男は自らを殺した者の正体を知ってもなお理解できないでいた。なぜ自分はこうして裏切られたのかと。

 

【その通り。今はまだ姿をお見せすることができないのが心苦しいが確かに君達が“世界平和”の為に生み出した無限の欲望(アンリミテッド・デザイヤ)だよ】

「なぜ……お前が…? 世界平和を…成すのだ…と……」

【なに、私をここまで育ててくれたお礼さ。願いを手にする直前に自らが生み出した“()”によってその身を終わらす。人の生を超えた時を生きた正義の味方(・・・・・)の最後にはこれ以上ないものではないかい? くくくく】

 

 どういった理屈か切嗣に殺されたスカリエッティは生きている。どこまでも快楽的な悪に身を染めながらその生を謳歌している。なのはと男は彼が殺されたことなど知らないがそのおぞましさだけは肌で感じ取っていた。特に男の方は今になってようやく悟っていた。自分達はとんでもない―――化け物を生み出してしまったのだと。

 

「……他の二人は…私の友は……どうなった?」

【おや? それを私に言わせるかい? 一言だけ言わせてもらうと―――惨めな死に様だったよ】

 

 顔は見えないというのにこの上なく嬉々とした表情が思い浮かぶ。残る二人は既にスカリエッティ側に始末された。その過去の業績に見合わぬ呆気なさで。誰もが羨む栄誉も何もなく。ただただ、死は平等に誰にでも訪れるのだと教えるように殺された。

 

 その言葉になのはは相手を知らないなりにも怒りを見せ声だけが聞こえる宙を睨み付ける。だが、その反対に男は取り乱した様子もなく、ただ受け入れるように目を瞑り、足を引きずって聖杯のもとへ歩いていく。それはさながら砂漠で旅人が水を求めて歩くかのように。

 

「まだ…だ。私が…いる…世界を平和に……愛で満ちた…誰も……泣かない…世界を…!」

 

 即死でもおかしくない傷を負っているというのに男は歩き続ける。その全てをかけて追い求めた夢がすぐそこにあるのだ。例え死神であろうと彼の歩みを止めることはできない。その狂ったような執念に流石のなのはもただ見送ることしかできなかった。しかしながら、男の歩みもまた―――無限の欲望を楽しませる舞台装置に過ぎない。

 

【ああ、教え忘れていた。その器では―――願いは叶わないよ】

「………え…?」

 

 聖杯にまさに触れようとしていた手が止まる。男の表情は言い表すとすれば“絶望”。混じりけ一つない純度の高い絶望。その顔をスカリエッティは顔のない満面の笑みで見つめ嗤う。

 

【いや、正確には君達の思い描くようには叶わないと言うべきかね。確かにその器には願いを叶える程度の魔力は籠っている。しかしだ、残念なことに溢れ出した魔力を受け止める型がないのだよ。型がなければ溢れ出るだけで形を成さない。簡単なことだろう?】

 

 本来であれば型の部分に切嗣のレアスキルである固有結界を使う予定であった。新しく創られた世界という型に願望を流し込み理想の世界を作り出すことこそが彼らの真の目的だ。だが、スカリエッティはそのことを最高評議会に伏せていた。誰が来ても絶望的な結末を生み出せるように。

 

「馬鹿な……そんな…馬鹿な…」

 

 死の間際となり、目の前で希望を砕かれたことで男は原初の願いを思い出していた。目の前で泣いている子どもがいた。ただその子どもを泣き止ませたかった。一人ぼっちのその子を抱きしめてあげる愛が必要だと思った。だから世界を平和にしようと、愛に満ちた世界を創ればきっとその子は泣き止むと考えた。

 

 誰かの愛ある腕に抱きしめられるはずと。そのためだけに走り続けた。だが、ある時に振り返って彼は気づいた。その子の姿がもうどこにもないということに。救いたかった者は消え去りただ理想だけが残った。他の二人も同じようなものだった。だから彼らは何があっても理想を遂げようと誓った。そうでなければ―――この手の平には何一つして残らないのだから。

 

「愛のある世界は……一体…?」

【愛のある世界? おかしなことを言うね。既にこの世界は愛にあふれているじゃないか】

 

 己の理想に、愛に溢れた世界を求めた男の言葉にスカリエッティは心底不思議そうな声を出す。世界には悲しみが満ち溢れている。人が人を殺し、人が人を喰い散らかす世界。そんな世界のどこに愛があるのかと男は憤怒の形相を見せる。しかし、スカリエッティはその表情とは全く逆の実に楽しそうな声で告げる、この世の心理を。

 

【愛と憎しみは表裏一体。それらはコインの裏表のようにどちらでもコインという本質に変わりはない。人間は終わりのない闘争の歴史の中で数え切れないほどの愛を生み出してきた。そしてそれらを奪った者へ憎しみを抱いてきた。この世界を見たまえ】

 

 どこからともなく争い合う人間の映像が流される。初めは愛する者を守るために誰もが戦う。だが、次第に人々は殺された仲間の仇を討とうと躍起になる。そして本来タブーである非戦闘員である兵士の愛する家族を虐殺し始める。しまいには理由など忘れ憎悪の感情だけで相手を惨たらしく殺し始める。どちらも―――愛する者のためと言いながら。

 

【世界は変わらず闘争に満ちている。人が人を愛し(憎み)憎み(愛し)続けている】

 

 終わらない闘争。どちらが先かと言われれば卵が先か鶏が先かで意見は割れるだろう。だが、しかし。一つだけ分かることがある。人が闘争を終えられない理由が。それは誰もが誰かを愛しているから。愛が憎しみを生み出す元となり、憎しみが愛へと移り変わる。人類史とはそうして紡がれてきたのだ。故に―――

 

 

【間違えるな、愚か者。世界が産み落とされた時から世界は―――憎しみ()に満ち溢れているッ!】

 

 

 愛なき世界に闘争はないし、闘争なき世界に愛など存在しないのだ。

 彼らの願いもまた矛盾し、叶うことなどない願いだったのだ。

 

「それでも…それでも…ッ!」

【ああ、願いたければ願えばいい。まあ、型を持たぬ膨大な魔力は世界にとって毒のようなものだ。願いを叶えても全ての人類を殺して闘争をなくすぐらいが関の山だろうがね】

 

 もはや、そんなガラクタには用はないといわんばかりの態度で男を突き放すスカリエッティ。真に願望を受け止めるべき器はここには存在しないし、彼らに渡すつもりもない。初めから騙すつもりで用意しておいた物を渡しただけだ。冷静に考えれば何の意味もない徒労かもしれない。だが、その徒労こそがこの甘美な絶望を演出してくれたのだ。無駄なことに時間を割いた価値は十二分にあるというものだ。

 

「私は…私は…!」

【全てを滅ぼして願いを叶える。それもまた一つの選択だ。私としてもそれはそれで楽しみがいがある】

 

 世界を滅ぼす代償に願いを叶える器を前に立ち尽くす男。スカリエッティは実に楽しそうにささやきかける。悪魔との契約、願いと引き換えに全てを貪り尽す詐欺のような取引。その契約を前にして男は突如として雄叫びを上げる。

 

「―――おおおおおおっ!!」

 

 まるで剣を振り上げるように杖を掲げ、ただ一直線に聖杯に振り下ろす。驚き声を上げるなのはのことなどもはや眼中にないように狂ったように聖杯を打ち砕いていく。次第にその足場が崩れ去り自身諸共に落ちていきながらも彼は一心不乱に(願い)を砕き続ける。遂にその姿が完全に闇に消えてからも狂ったような雄叫びだけが響き続けていた。そう、彼は自らの宿願を捨て―――世界を取ったのだ。

 

【ふは…はははははは! 流石は正義の味方だ。己の全てを捨ててでも手に入れたかった悲願よりも世界を取るか! 傑作だ! そうまでして求めたものを親の仇のように壊すとは。ああ……これだから生命は愛おしい…!】

 

 男の死に様の輝きにうっとりしたような声を零すスカリエッティ。これがこの醜悪な芝居を演出した人間の口から出ているのだからおぞましい。まるで神が信仰心を試すために敬虔な信者に試練を与えその信者が苦しみながらも信仰を続ける様に狂喜するようなものだ。今の彼はまさに“神”の如き気分であった。人間を自由に操り慈しむ(弄ぶ)のは神の特権。その極上の快楽を今まさに彼は味わっているのだ。そんなどこまでも人を馬鹿にした生き方、在り方になのはは激怒した。

 

「ジェイル・スカリエッティ―――今ようやくあなたを外道と理解しました」

【それは光栄だね。私は災いをなす者であり、悪魔であるからね。外道で当然さ】

 

 先程までの死闘が嘘だったかのように静まり返る玉座の間。しかし、なのはから発せられる冷たい闘気が場を満たしその場に居ないスカリエッティを射殺さんと研ぎ澄まされる。だが、当の本人に届くことはなく、また届いたとしてもその程度でどうにかできる相手でもない。

 

「すぐにあなたを捕まえに行きます。覚悟しておいてください」

【ほう、それは楽しみだ。では、そんな君に最後に良いことを教えてあげよう。ゆりかごを止めたところで運命は変えられないよ】

「……どういう意味ですか?」

【そのままの意味さ。あの器は偽物。だが、私も世界を塗り替えること自体は目的としていてね。そうであれば……後は分かるだろう?】

 

 嫌らしい笑みが簡単に連想される声でスカリエッティは暗に告げる。本物の聖杯、もしくは同等の能力があるものが既に彼の手の中にあるということを。そして管理局側が本命と思い込んでいたゆりかごは“囮”であったということが。

 

「だとしても、今からあなたを探し出すまでです」

【くくく、そうでなければな。舞台が盛り上がらない。だが、その前に一つ余興と行こうじゃないか。クアットロ、後は任せたよ】

【はーい。しっかりと承りましたわ。では―――陛下、お目覚めの時間ですよ】

 

 通信が切り替わりこれまた残忍で楽しそうな笑みを浮かべているクアットロに代わる。彼女もまた捕まえなければならない存在だと思い出すなのは。しかしながら、その思考はわが子の悲鳴により一瞬でかき消される。衝動的に顔を向けたその先には体から明らかに子供の身には釣り合わない大量の魔力を放出し苦しんでいるわが子の姿があった。

 

「ヴィヴィオ―――ッ」

【さぁ、陛下。周りの人達はみーんな陛下のママを苦しめるわるーい人達ですよ。だからぁ―――全部(・・)壊しちゃいましょう】

 

 聖王家の特徴である虹色の魔力が目を焦がすように輝きヴィヴィオが姿を変える。小さかった体は成人女性のものとなり、その身にはかつて聖王オリヴィエが身に着けたとされる黒き鎧が纏われる。そして憎しみだけに染まった瞳。娘の変わり果てた姿に思わず声を失うなのは。

 

【では、親子水入らずで楽しんでくださいねぇ】

 

 愛し合う者同士が殺しあう光景にどこまでも邪悪な笑みを浮かべながらクアットロは通信を切る。そしてディエチに念話を飛ばす。

 

(ディエチちゃん、万が一にも陛下が負けそうになった時は、お願いね)

(わかった。不意打ちでもなんでもするよ)

 

 体力を削られたところでさらなる強敵と戦う。さらに死角から自身を狙う狙撃手も存在する。簡潔に言えばなのはの現在の状況は―――絶望的だった。

 

 

 

 

 

 切嗣の体がグラリと揺らぐ。グレアム達との戦いは誰がどう見ても不利だった。3対2という数の不利、さらに言えば前線を退いたといえど海のエースが三人、しかも相手は自分の魔法の師匠なのだ。どう考えても不利だ。その考察を裏切ることなく切嗣とアインスは傷ついた体を庇うように膝をつく。

 

「もうそっちに勝ち目はないでしょ。諦めて投降しなさい」

「そうそう、悪いようにはしないから。……もう、頑張らなくてもいいんだよ」

 

 敵であるにも関わらず憐みと親愛の籠った目を向け近づくリーゼ達。誰がどう見ても切嗣は限界だった。故に近づこうとしたのだがグレアムに手で制される。

 

「お父様?」

「……君はただの肉体的苦痛で膝を折る男じゃないだろう?」

「フ……流石はギル・グレアムといったところか」

 

 企みがばれたことに軽く笑う切嗣。しかし、受けた傷はすべて本物だ。常人であればリーゼ達の見込み通り動くことなどできない。その状況から逆転できる何かを彼は隠し持っている。その疑惑がグレアムに警戒を抱かせた。

 

「アインス、もう隠す必要はない。頼む」

「ああ、わかった」

 

 その言葉と共に切嗣の傷が目に見える形で再生を始めていく。その光景に思わずあり得ないとグレアムは思ってしまう。彼には治療魔法は使えない。さらにあれほどの傷を一瞬で治していく魔法など聞いたことも見たこともない。

 

 そこまで考えてアインスの存在を忘れていたことに気付く。ユニゾンすることで治療魔法を使えるようにし、また夜天の書としての知識にある古代魔法も実用可能にする。彼女はまさに切嗣に足りないもの全てを兼ね備えた存在であるだ。

 

 

 

『―――Avalon.(アヴァロン)

 

 

 

 かつて理想に焼き殺された男は立ち上がる。

 決して届くことのない“全て遠き理想郷”へと歩き続けるために。

 





スカさんはそう簡単には死なない。光りある限り影が消えないように。
さて、ようやく最後が見えてきました。まあ、まだクライマックスではないのですが。


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五十五話:蘇り

 

 少女は男に言った。死者が蘇ることなどない。起きた事は決して戻すことができない。

 自分にはそのような狂った望みを抱くことは持てないと。

 

 男は言った。それらの不条理を覆すことができる奇跡を私はこの手に宿している。

 誰もが望む結末を手繰り寄せることができるのだと。

 

 少女は返した。例え不幸であろうと、絶望の道であろうとそれは間違いではない。

 自分が、他の者たちが歩いてきた過去は誰であろうと否定することはできないと、少女は言った。

 置き去りにしてきたからこそ、今更拾い上げるようなことはやってはならないのだと。

 

 男はそれを聞いて笑った。少女は言いながら涙を流した。

 二人を見ていた女は思った。少女の涙は美しく、尊いと。

 

 

 

 戦闘機人達を倒した後、スバルは仲間達に語った。自分が捕まってから何があったかを。

 アインスから事情を聴き、その後に母を生き返らせるために自分の元に来いと語るスカリエッティの手を振り払い過去を否定することを拒絶した。その選択をスカリエッティは笑いながら受け入れたが自由に釈放されるということはなく意識を奪われ戦士として駆り出されたのだった。

 

「……わかった。取り敢えずあんたが裏切ったわけじゃないのは理解したわ。ただ、どうしてあんたは相手のコントロールから逃れられたの?」

「それは……あたしにも分からないんだけど、相手がドクターが何とかって言っていたからアジトの方で何かあったんじゃないのかな?」

「だとしたら、きっとフェイト隊長がなんとかしてくれたのよ、多分」

 

 ティアナはアジトに向かったフェイトがアジトとスカリエッティを制圧してくれたおかげなのだろうと予測する。その予測は正解ではないが事実としてスバルが元に戻っているので誰も疑問を呈さなかった。

 

「とにかく、一番の障害は取り除けたんだからこのまま後はガジェットの襲撃に耐えていけば守り切れるわ」

「そうですね。召喚獣達も元の場所に戻ってくれましたし」

「後はゆりかごの方が止まってくれれば……」

 

 そうすればこの事件は終わり、再びミッドの街には平和が訪れるだろう。その光景を思い浮かべてエリオは疲れで今にも震えだしそうになる膝を叩き気合を入れる。

 

「キャロ、ギン姉の様子は?」

「もうすぐしたら目を覚ますと思います」

「そっか……うん、ありがとう」

 

 自身の意思ではないとはいえこの手で傷つけた姉の姿を悲しげな眼で見つめるスバル。しばらくの間そのままの状態でいたがやがて気合を入れるように頬を叩き前を向く。

 

「よし、とにかく今は他の戦線の救援に行って一人でも怪我人が少なくなるようにしないとね」

「そうね。ゆりかごはなのはさん達に任せ―――」

 

 ティアナがそこまで言ったとき突如として体が揺らぐ。一瞬疲れが限界に来てしまったのかと思うが目の前ではスバルもフラフラとしていた。それを見てこんな時に地震かと考えたところで今度は爆音と強烈な光が辺り一帯に広がる。

 

「な、なにが―――」

 

 何が起きたのかと光の出所を向いたところでティアナは言葉を失った。視線の先には天まで伸びる光の柱があった。何㎞も先にあるというのにその柱はハッキリと目に移り辺りに威容を知らしめていた。

 

 確かにその光景だけでも凄まじいのだが彼女が言葉を失った理由はそこではない。光の柱がある場所。そこに本来あるはずのものが跡形もなく消失しているのだ。そう、地上のシンボルともいえる地上本部が―――消し飛ばされていたのだ。

 

 

 

 

 

 地上本部の崩壊。それは何も六課の少女達だけが衝撃を受けたわけではない。寧ろ彼女達はダメージが少ない方だ。地上の部隊と言えど所属は海であり、何より彼女達の精神的拠り所は六課にあった。故に破壊された時は精神的なダメージが大きかった。

 

 今現在の地上部隊の局員が受けているダメージはまさにそれと同じ、もしくはそれよりも大きいものであった。今の今まで必死になってあの地上のシンボルを守るために戦ってきた。子供の頃から憧れでもあるそれが一瞬にして消え去った。

 

 何が起きたのか混乱するだけでなく、あるべきはずの物がないという違和感がストレスとなって襲い掛かってくる。そして、目の前からは大量のガジェット。戦意を失った彼らにはそれは恐怖の対象でしかない。

 

「何がどうなっているんだ…?」

「俺達が守ろうとしていたものが無くなったのに、俺達は何のために戦っているんだ?」

「大体、無限に湧いてくる化け物みたいな機械に勝てるはずがないんだ!」

 

 混乱、無気力、恐怖。今まで持ち堪えていた気力を砕かれ屈強な戦士達は烏合の衆と化す。そうなればどうなるかなど言わなくとも分かる。大量のガジェットの前に為すすべなく局員達は倒れていく。そのことが恐怖を連鎖的に広げていく。さらに彼らを追い詰めるようにスカリエッティからの通信が辺り一帯に流れる。

 

【ごきげんよう、地上の諸君。ご覧の通り、旧き時代の象徴は綺麗さっぱり私が吹き飛ばしてあげたよ。君達は常識というくだらない支配から解放されたのだよ。これからは私が生み出す、全ての欲望が肯定される新たな世界に君達は生きていく】

 

 ミッドチルダの至る所に業火に飲まれた地上本部の廃墟が映し出される。残っているのは瓦礫と複数の生体ポッドと顔の見えない男。そして、禍々しいまでの光を放つ巨大な器―――大聖杯。その姿は神々しさすら感じられるというのに人々の脳に根源的な恐怖を与える。まるで、決して見てはならないと言われた神の御姿を覗き見てしまったように。

 

【だが、私とて歴史には理解がある。踏み潰したのならその意志を継がなくてはね。そこでだ、私は旧き世界の象徴たるこの場所を新しき世界の始点とする。この場所より世界を創造する!】

 

 何を言っているのだと誰もが理性で考える。常時であれば一笑に付す。しかしながら、このような緊急事態の中で、何よりも本能が警鐘を鳴らすのだ。この男が言っていることは真実だと。

 

【安心したまえ、君達の生きる世界は私が保証しよう。保護して欲しければ保護もしよう。もっとも……その後にどのような扱いになるかは分からないがね、くくく】

 

 顔の見えない男のゾッとする様な笑い声に誰もが言葉を失う。彼は人を尊んでいる。しかし、それはあくまでも実験材料としてだ。彼にとっては他者は同じ人種ではないのだ。人間が檻に入る猿を見ても同族だと思わないように、彼もまた人間を見て同族という考えを抱かない。

 

【勿論、中には納得できない者もいるだろう。そうした者達は私の下に来たまえ。期限は一時間だ。現在を守りたいのなら、己の願いを叶えたいのなら、世界を救いたいのなら、その欲望を私に見せたまえッ! これは祭りだ! せいぜい派手にやろうじゃないか!!】

 

 通信が切れる。狂人の演説などまともな精神状態の人間にとっては笑い話に過ぎない。だが、おのれの生命を脅かされるという極限状態では悪魔の囁きになりかねる。

 

「も、もう無理だ……諦めよう」

「何を言っているんだよ!? 逃げるなよ!」

「このまま戦っても殺されるだけだ! 第一守るものもないのになんで戦うんだよ!? 見ろよ、俺達の誇りだったものは木っ端みじんじゃないか!」

 

 得体の知れない力を持つスカリエッティに加え、機械的に自分達を殺しに来るガジェット。思わず一人の局員が弱音を吐く。それに対して仲間は胸ぐらを掴み激昂するが反論されて何も言えなくなる。

 

 今日まであの本部に務め、陸を守っているという誇りが過酷な環境にいる彼らを支えてきていた。だが、たった今その誇りの象徴が砕かれたのだ。恐れて当然である。気力を失って当然である。思わず固まったまま立ち尽くす二人。しかし、都合よく時間は止まってはくれない。動かない人間などただの的に過ぎないとばかりにガジェットはレーザーを放つ。

 

「しまった…!」

 

 自分達の不覚を呪うがもう遅い。既に避けられる距離ではない。もうダメだと思い目を瞑ろうとしたところで―――武骨な薙刀がレーザーを弾き返した。

 

「戦場でよそ見をするな」

「あ、あなたは…!」

 

 突如として現れ自分達を救った武人の姿に呆気にとられる陸士達。しかし、肝心のその武人、ゼストは彼らのことなど気にすることもなく大量のガジェットを一閃していく。そこでようやく相手が敵のSランク魔導士だと分かりさらに混乱しながらも武器を構える。

 

「心配はいらん。ゼストは味方だ」

「レ、レジアス中将! なぜここに!?」

「ふん、お前達が腑抜けないように檄を飛ばしに来ただけだ」

 

 ゼストに続くように現れたレジアスに今度は度肝を抜かれる。中将という立場になればおいそれと前線に現れるような真似をしてはならない。指揮官が死んでしまえば元も子もないからだ。

 

 もちろん、アレキサンダー大王のような例外もあるのだがレジアスの場合はさらにあり得ない。何故ならば彼には魔法が扱えない。そして質量兵器も海が許可を出さなかったために彼は丸腰だ。要は無防備なのだ。それは彼自身が十二分に理解していることである。

 

「あんな建物などまた建てればよい。つべこべ言わずに戦わんか!」

「し、しかし……」

「馬鹿者が! 陸が守ってきたものは建物などではない! ―――陸に住む人だッ!!」

 

 レジアスの怒鳴り声に全員がハッと息をのむ。なぜ、自分達が海と馴れ合うことなく独立を貫こうとしてきたのか。それは陸を守ってきた誇りがあったからだ。犯罪の検挙率などを競ってきたのではない。ただ、そこに住む人々が平和に暮らしている。その当たり前の光景を守っているのだという意識こそが彼らの真の誇りであった。()を守りたいのではない。()を守りたかったのだ。

 

「分かったのなら早く配置につけ! 市民には指一本触れさせるなッ!」

『はっ!』

 

 全員の瞳から迷いと恐れが消える。彼らは誰もがなのは達のようなエリートではない。だが、それでも、地上を守るという意志だけは彼女達にも一切劣らない。レジアスというカリスマのある司令塔を得た彼らは水を得た魚のようにガジェットに立ち向かっていく。その様子を見つめながらゼストは一旦下がりレジアスに話しかける。

 

「流石の貫禄だな。やはりお前は上に立つべくして立った人間だ」

「ふん、ただ若造共を叱りつけてやっているにすぎん」

「そうか……しかし、スカリエッティはどうする? 地上部隊を向けようにも防衛線を崩せばガジェットが市民を傷つけかねないぞ」

「このまま耐えさせる。まったく……泥棒にでも入られた気分だ」

 

 地上本部の地下にはレジアスですら知らぬ間にスカリエッティの研究スペースがあった。最高評議会が用意したものであるが、スカリエッティはそこに隠れ潜み、敢えてガジェットを外から攻めさせることで陸士部隊を外に追い出した。

 

 そして空になったところでまんまと占拠したのだ。そうすることでガジェットを食い止める防衛線は管理局を食い止める防衛線へと変わり、内部にて守っていた市民は彼の人質へと早変わりだ。辛辣な罠にかかったことを悔しがりながらもレジアスには打つ手はあった。

 

「だが、儂らが食い止めている間にあの気に食わん小娘達が来るだろう。そもそも、あれは自分が自由に動けるようにするために前線に救援に行ってくれなどと抜かしたのだろう」

「いいように扱われるのは気に入らないか?」

「ああ、気に入らん。気に入らんが―――地上を守るためだ。しのごの言っておられん」

 

 どこか清々しさのある顔でレジアスはぼやく。始まりは皆同じだ。子供の頃に誰もが正義の味方に憧れた。だが、大人になっていくにつれて理由をつけて諦めていく。望まぬ悪事に手を染めて仕方がないのだと自信を正当化する。しかし、心には常に後ろめたさが付きまとう。

 

 特にレジアスはそれが顕著であった。大人になっても正義を追ってその過程で歪んだ。だからこそ、弱者を守るという本物の正義の味方としてこうして立っていることに喜びが隠せない。それはきっと正しいことではないだろう。誰かが不幸になれなければこの機会は得られなかったのだから。だが、しかし。この胸に湧き上がる誰かを救いたいという想いに間違いはないはずだ。

 

「そうだな……。せめてもの罪滅ぼしだ、この身が滅ぶまで地上の為に剣を振るおう」

「頼むぞ。儂は他の部隊の指揮に向かう」

「達者でな。我が友」

「……ああ。悔いは残すなよ、親友」

 

 最後の言葉を交わし二人は背を向ける。ゼストに残された時間は残り僅かしかない。故にこの戦いが終わった後に生きていることはないだろう。だが、彼は最後のその時間を己の騎士としての名誉ある死ではなくかつて守ろうとしてきた者達のために使うことに決めた。その美しい決断を友である自分が汚すわけにはいかない。

 

「地上の平和を守る。……ああ、それだけのことではないか」

 

 自分は一体何を迷っていたのだろうかと過去の行いを悔やみながらレジアスは駆け出す。今度こそは守るべきものを見失わないように。

 

 

 

 

 

「主はやて、配置の交代に参りました」

「わざわざありがとうな、シグナム。今からシグナム二尉が私の代わりにここの防衛に入ります。知っての通り実力は折り紙付きや! 上手く使いこなしたってや!」

 

 ゆりかご周囲に飛び回るガジェットを撃ち落としていたはやての元にシグナムとツヴァイが訪れる。それを見るや否やはやては指揮権の引継ぎを行っていく。その様は大人びているようでどこか浮足立っている子供を思わせるような不思議なアンバランスさを持っていた。

 

「リイン、お前は主と共に向かえ」

「でも、大丈夫ですか?」

「案ずるな。私は弱くはない。それに、アギトもいるからな」

 

 そのセリフに背中に隠れていたアギトが現れる。彼女は今はゼストの元を離れてシグナムに付いてきていた。最初はゼストに付いていくと言ってきかなかったがシグナムとのシンクロの相性の良さを見抜いていたゼストに説得されてこうしてついてきたのだ。

 

「旦那の願いだから仕方なく付いてきてやっただけだかんな。府抜けた戦いをするんなら見放してやるからな!」

「ああ、そのようなことになるのなら見捨ててくれ。その方が主のためになる」

 

 未だに反抗的な目を向けるアギトにシグナムは冷静に答える。じっとその目を見つめていたアギトだがやがてフイと顔を背けてシグナムの肩に座る。それが彼女なりの信頼の証だった。

 

「うん、二人共大丈夫そうやな。なら、行ってきます」

「ご武運を」

 

 それを微笑ましい目で見届けはやてはツヴァイを肩に乗せ全力で飛び始める。グレアムから連絡の通りであれば探し求めていた二人がいる。少々私情を優先してしまった行動かもしれない。しかし、最も体力を消耗していなく、最も魔導士ランクの高い自分が最大の敵に立ち向かうのは理に適っている。もっとも、そんなものはおまけに過ぎないが。

 

「はやてちゃん。リイン、ちょっと緊張してきちゃいました」

 

 今から訪れる戦いの気配を感じ取り身を震わせるツヴァイ。その頭を優しく撫でながらはやては笑う。まるで自分の気持ちを映してくれる鏡みたいだと。

 

 

「大丈夫やよ、リイン。ただ―――家族に会いに行くだけやから」

 

 

 引き裂かれた家族が再び出会う時は刻一刻と近づいている。

 





レジアス「リンカーコアの有無が、戦力の決定的差でない事を教えてやる」

からのレジアス無双を少しだけ妄想してやめました。
いや、おじさんキャラが活躍するのってカッコええやん。
トッキー? ああ、あの人はアゾットこそが見せ場だからね、仕方がないね。


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五十六話:再会

 目の前に映るのは巨大な赤い結晶。ゆりかごを動かすための駆動炉。それ自体がロストロギアであり秘められた力は一級であることは間違いがないだろう。壊すどころが何度叩いてもかすり傷一つ付かない。鉄槌の騎士と鉄の伯爵が壊そうとしているにも関わらずにだ。

 

「なんでだよ……なんで壊れねーんだよ。ぶっ壊さねーと何にも守れねーのに!」

 

 まるで海の水を飲み干そうとしているかのようだ。何度挑んでも変わらぬ現状に心が腐っていく。絶望が押し寄せもう諦めろと握力を奪っていく。その度に叫び声を上げもがき続ける。だが、それでも現実は変わらない。絶望は破れない。

 

「あたしにできるのは壊すことだけ。なのに肝心なところで何も出来ねえんなら……何のために生まれたんだよ!」

 

 彼女は夜天の書を守る守護騎士として生み出された。主の敵を全て壊すためにこのような力を与えられた。だというのに主の敵を壊せないのなら自分は何のために生まれたのだろうか? 何のために生きているのだろうか?

 

「守りたい奴らの願いも叶えられなくて……何のために生きているんだよッ!」

 

 恐怖と悲しみが胸を覆っていくのを誤魔化すようにただアイゼンを振るい続ける。ただ、自分の生まれてきた意味と生きている理由の答えを探すように。がむしゃらに砕こうともがく。

 

「こいつをぶっ壊せなきゃ何にも答えられねえんだよ! そんなの認められるかぁッ!!」

 

 悲痛な叫びと共に最後のカートリッジを使い切る。もはやリミッドブレイク状態のアイゼンの重みを支えるのも難しい。だが、やらなければならない。例えこの行為に意味がないのだとしても、問い続け答えを出さなければならない。己の命の在り方を答えられないのは絶対に―――嫌だから。

 

「こいつで……終わりだぁあああッ!!」

Zerstörungshammer!!(ツェアシュテールングスハンマー)

 

 アイゼンのヘッド部を限界まで巨大化させ、ロケット噴射による加速と先端のドリル回転をもって全ての力を叩きつける。先端に込められた魔力はドリル回転により、一点に集中して捻り込まれ、いかなる防御も装甲も貫通し対象を内側から破壊し尽くす。ヴィータとグラーフアイゼンの最強の一撃である。これで砕けなければ文字通り打つ手はなくなる。

 

「うおおおおッ!!」

 

 故に魂そのものを燃やし尽くすような咆哮を上げる。誰も聞いていない。誰にも聞こえない。それでもその声は己の魂であるグラーフアイゼンに伝わる。出力を上げる。これ以上の出力を出せば壊れる。だが、無視をする。否、元より己の生死などどうでも良いことだ。ただ一つの目的を、主の願いを叶えるのみ。

 

「壊れろ…! 壊れろ! 壊れろォオオオッ!!」

 

 ヴィータとグラーフアイゼンの全てをぶつけ、そして―――二人の方が先に砕けた。

 

「―――あ」

 

 折れたアイゼンの柄を呆然とした表情で見つめながら落ちていくヴィータ。かつて一度たりとも折れたことのない誇りは完膚なきまでにへし折れた。もはやどうすることもできない。自分は役目を果たすことができず、守りたい物も守れなかった。薄れゆく意識の中で呟く。また、守れなかったと。

 

 

「そうでもないぞ、ヴィータ」

 

 

 気づけば固い床に叩き付けられるはずだった体はガッチリとした腕に抱きかかえられていた。目を開けるとそこには見慣れた顔ぶれがいた。

 

「ザフィーラ…シャマル……」

「よく頑張ったわね、ヴィータちゃん。さ、今手当てをするからね」

「なんで……ここにいるんだよ?」

「主はやてからの指示だ。ここは我ら守護騎士に任せるとな」

 

 ザフィーラの手からシャマルに移されながら疑問を投げかけるヴィータ。それに対してザフィーラが手短に説明を行う。はやてからの指示によりヴォルケンリッター達は全員がゆりかごの制圧に回っているのだ。

 

「そっか…はやてが……なら、ザフィーラ。あれを壊してくれよ、あたしには……無理だったからよ」

 

 残った力を振り絞って駆動炉を指さす。だが、ザフィーラはそれをじっと見つめるだけで動こうとはしない。一体何を戸惑っているのかと彼女が思い始めたところで口を開く。

 

「……私にはあれを壊すのは無理だ。元より、お前に壊せないのであれば我らには壊せない」

「な…っ!? ふざけるなよ…!」

 

 何故諦めるのかと食って掛かるヴィータ。だが、相も変わらずザフィーラの表情は変わらない。反対にシャマルの表情は嬉しそうに笑っている。一体どうなっているのかと黙り込むヴィータにザフィーラが言葉を続ける。

 

 

「何より、既に壊れている物はこれ以上壊せず―――鉄槌の騎士と鉄の伯爵に砕けぬ物はない」

 

 

 何かが罅割れる音がヴィータの耳に届いてくる。目を向けてみるとどれだけ叩いても砕けなかった駆動炉が罅割れていた。まるで、最後の最後まで諦めることなく食いつく彼女の意思を体現したように突き刺さるドリルの先端から。

 

「へ…へへ。なんだよ、驚かせるなよ」

「すまないな。お前の手柄だと言いたかっただけだ」

 

 笑顔を取り戻したヴィータの前で何千年もの歴史を持つロストロギアは強度の限界を超える。そして、胸の内に巣くっていた絶望と共に―――砕け散る。

 

 

 

 

 

 駆動炉が止まったことでゆりかごが大きく揺れ動き始める。その様子は外からは微細な変化のために気づくことはできないが内部にいる人間にとっては大きなものであった。

 

「まさか駆動炉がやられるなんて……でも、陛下がいる限りはゆりかごは落ちない。防衛プログラムを新たに発動させて、後は念のためにディエチちゃんに陛下の援護をして貰えばどうってことはないですよねぇ」

 

 未だに自分達の優位は揺らがないと確信しきったクアットロは遊びのように笑いながらプログラムをいじる。そもそもゆりかごは囮のようなものだ。軌道上に到達して最強の武力を行使するのも面白いができなくとも問題はない。自分が生きてか弱い命を弄ぶことさえできれば他には特にいらないというのが彼女の持論である。

 

「ディエチちゃーん。色々と面倒が起きたからエースオブエース様を撃ち落としてあげてぇ」

【……わかった】

「あら? 迷っているの。大丈夫よ、命なんてプチッと潰して楽しむものなんだからぁ」

【……とにかく仕事はこなすよ】

 

 何かしら己の行いに罪悪感を抱いているように見えるディエチを内心で見下しながら指示を送る。それでもなお渋り顔のディエチが消えたところで心底不思議そうに首をひねる。

 

「ホーント、どうしてこんなに楽しいことを楽しめないのかしら。醜く踏みつぶされるような命なんて生きている意味なんてなーいのに」

 

 彼女はスカリエッティの因子でも残虐性を色濃く継いでいる。それ故にスカリエッティにはある生命への愛というものが薄い。彼女が興味を持つものはスカリエッティの理想と家族ぐらいなものである。

 

「できそこないの弱っちい命なんて殺されて当然なのにー」

 

 

「―――ならば君もそのように死になさい」

 

 

 突如として聞こえるはずのない声が聞こえてきた。口から掠れた声と生暖かい何かが零れてくる。続いて胸から鈍い痛みが伝わり、焼かれるような熱さが心臓を襲う。一体何事かと視線を下すと自身の心臓は杖らしきものに貫かれているのが見えた。

 

「……え?」

「生みの親に反逆したものなどできそこない以外の何物でもないとは言えないかね?」

「まさか……どうして生きて…!?」

 

 クアットロが振り返るとそこには死んだはずの男が立っていた。名前を捨て正義の歯車となったかつての英雄が瀕死でありながらも優雅さを捨てることなくそこに立っていた。

 

 

「この程度で死ねるのなら私は……英雄になどなってはいないッ!」

 

 

 そう言ってクアットロの心臓から杖を引き抜く彼の胸には強引に焼いて止血が行われた跡があった。まさかと思うが現に彼が立っている以上はその方法で延命しているのだ。もっとも、いくら止血したからといっても心臓がつぶれた以上死は確定している。その状況でここまで動ける怪物性もまた彼の英雄たる由縁。

 

Intensive Einascherung!!(我が敵の火葬は苛烈なるべし)

「あああああッ!?」

 

 ふらつくクアットロを男は一切の容赦もすることなく焼き払う。いくら戦闘機人といえど英雄の最後の一撃に耐えきることはできない。僅かの間もなく全身が焼きただれていき、苦痛に絶叫しながらクアットロは地面を転がりまわる。

 

「あ…ああ…ッ! た…たすけて…!」

「『醜く踏みつぶされるような命など生きる意味はない』確かそう言っていたはずだが?」

 

 助けを求めて叫ぶクアットロに対して男は冷たく言い放ちさらに炎をぶつける。せめて早く死なせてやろうという彼なりの気遣いだが殺される側からすればただ苦痛が増しただけだ。声にならない絶叫を上げ、身を焼き尽くす炎から逃れようと必死にあがくがもはやどうしようもない。

 

「……し…に…たく……な……」

「ああ……はたから見るとこうして生にしがみつくのは控えめに言っても好ましくないな」

 

 最後の希望にすがるように手を伸ばし、そのまま息絶えたクアットロを見ながら男は自分達最高評議会について思いをはせる。今考えればこうして死ぬのは悪いことばかりではないとすら思えてくる。自分達は少々長く生き過ぎた。それは誰から見ても優雅ではない行為だったのだろう。しかし、己が歩んだ道に恥はない。あるとすれば、悲願の一歩前で届かなかったことだけ。

 

 

 

「―――だが無念だ。ああ……後一歩だったのだがな」

 

 

 

 最後に小さくそう呟き翡翠の鳥(・・・・)をある場所に飛ばす。恐らくは地獄で友が待っていることだろう。その時はまた世界平和について語り合おう。そんなことを考えながら男は瞳を閉じる。最後の最後まで膝を折ることなく―――どこまでも優雅に。

 

 

 

 

 

 ディエチはスコープ越しに母娘の戦いを見つめる。容赦なく母と慕っていた人物を攻撃するヴィヴィオ。その攻撃を必死に防ぐものの情ゆえか反撃に転じることができないなのは。ハッキリと自分の意見を言うのであればその光景は見ていたくなかった。

 

 元来、彼女は優しい性格をしており本来であればテロなど起こそうとも思わない。しかし戦闘機人として生まれ、スカリエッティの元にいる以上は戦う以外に道はない。どれだけ心が否定しても義務としてやるのだと自身を騙し続ける。

 

「ママを…ヴィヴィオのママを返してーッ!!」

「ここに…ここに居るんだよ! だから…! お願いだから止まって!!」

 

 自身の命を平然と奪いに来る娘を凌ぎながらなのはは戦う。自分自身の命を削りながら。

 彼女に残された道は大威力の魔法でヴィヴィオの体内にあるレリックを破壊することだけである。だが、聖王の鎧を身に着け力の限りに暴れまわるヴィヴィオを止めることは不可能に近い。せめて足を止めることができればと思うのだが止まるはずもない。―――そう思っていた時であった。

 

「マ…マ……なのはママ」

「ヴィヴィオ?」

 

 まるで自身を縛っていた拘束具から逃れたように意識を回復させるヴィヴィオ。二人は知る故もないことであるがそれはヴィヴィオを操っていたクアットロが命の危機に瀕したがためである。その事実に思い至ったディエチはこれ以上は見過ごせないと標準をなのはに合わせて引き金に指をかける。

 

 相手は動きを止めている。撃つならば今しかない。だというのにディエチの覚悟は決まらなかった。本当に撃っていいのだろうかと悩んでいた。スコープ越しに相手の表情を、生き様を見せつけられた。その上で相手の人生を終わらせるために引き金を引く。それができなかった。スナイパーとしての腕は一流以上のものがある彼女であるがスナイパーとしての覚悟を得るには至っていなかった。彼女が機械よりも人間に近い存在であったために。

 

(撃たなきゃ……でないとみんなに迷惑をかける。……撃つしかない)

 

 何とか自分の心を騙し奮い立たせる。彼女の狙撃は成功するだろう。心に一生残る不快感を残しながら、一抹の後悔を残しながら。彼女は家族のためだと偽り指先に力を籠める。一瞬後には打ち抜かれた死体が出来上がるだろう。しかしながら、彼女は悩みすぎた。

 

「…イタッ!? ……翡翠の鳥?」

「誰!?」

「しまっ―――」

 

 まさに引き金を引き抜こうとした瞬間に頭部に鋭い痛みを感じ思わず声を上げてしまう。それはどこからきたのか翡翠の鳥(・・・・)からの攻撃であった。世界を救おうとした古の英雄の最後の置き土産。悪しき者には決して世界を明け渡さないという最後の執念。

 

「ディバイン・バスター!」

 

 その執念がなのはにディエチの存在を教え窮地を救ってみせた。抵抗する間もなく砲撃で撃ち抜かれディエチは意識を失う。自身のうかつさを悔いると共に、傷つけなくて良かったとどこか安堵したような表情を浮かべて。

 

「よし、後はヴィヴィオを助ければ。ヴィヴィオ、ちょっと痛いの我慢できる?」

「我慢……する。ママと一緒にいたいから我慢する…!」

 

 一方のなのははディエチの中でそのような葛藤があったことなど露知らずにヴィヴィオとの対話に戻る。正気を取り戻したヴィヴィオではあるがゆりかごの聖王となった彼女には自分で呪縛から逃れるすべはない。だからこそ、なのはは尋ねる。今から砲撃で撃ち抜くことになるが耐えられるかと。

 

 言葉にすると限りなく物騒ではあるが魔力ダメージのため特に問題はない。もしかすればトラウマが残るかもしれないがその後元気に生きていけることはフェイトが証明している。ならば何も問題はない。双方が納得しなのはが全ての魔力の収束を始める。

 

「いくよ! スターライト―――」

『Starlight Breaker ex fb.』

「―――ブレイカーッ!!」

 

 レイジングハート本体のみならずブラスタービット4基を併用した全方位からのスターライトブレイカーが放たれる。その力はなのはの限界をはるかに超える大出力ゆえに術者とデバイスにかかる負担も大きい。レイジングハートに罅が入り支えるなのはの手が切れ血が流れる。

 

 一見すれば過剰なまでの攻撃に思えるが聖王の鎧はヴィヴィオの意思とは関係なくレリックを守り続ける。聖王の血筋にのみ許された最強の盾。それを砕くためには自傷覚悟のの威力を出さなければならない。

 

「ヴィヴィオーッ!」

「ママーッ!」

 

 最後の力を振り絞りなのはは出力を上げる。目が眩みまともに前が見えない。しかし、それでも娘の声に応えるために絶望を撃ち抜く。そして、打ち破ることは不可能と言われ伝説にまでなった王の鎧を―――砕き去った。

 

 

 

 

 

 戦いを終えた切嗣は荒れる呼吸を整える。彼の前には傷つき倒れ伏す老人と女性が二人。彼は自らの回復力を生かし不可能に近い勝利をもぎ取って見せたのだ。

 

「……邪魔をされても面倒だ、始末するか」

 

 未だに死んではいない彼らに向かい切嗣は虚ろな目で呟く。そして、彼らに向けて銃口を向け引き金を引こうとする。しかし、突如としてアインスがユニゾンを解除したことで手を止める。

 

「アインス?」

「……切嗣、どうやら時間が足りなかったようだ」

 

 上空を見つめるアインスの視線の先にあるものを見て切嗣は思わず瞳を震わせる。成長した姿をこうして見るのは初めてではない。しかし、以前よりも激しい動揺が彼を襲う。そんな養父を見つめながら彼女はツヴァイを従え静かに地上に降り立つ。

 

 

 

「久しぶりやな、おとん。今まで何しとったん?」

 

 

 

 十年ぶりに会う家族に対し、はやては静かに問いかけるのだった。

 

 





もしもはやてが切嗣じゃなくてアインスに問いかけていたら。


「久しぶりやな、アインス。今まで何しとったん?」
「ナ、ナニですか? そ、その主にはまだ早いと思われます。それにとてもこのような場所では……」

 何を想像したのか頬を赤らめてもじもじと内股になるアインスを見てはやては激昂する。

「どういうことや、おとん! 娘をほっぽからして自分はこないなわがままボディを手籠めにしとったんか!? 羨ま―――けしからん!!」
「ご、誤解だよ、はやて! アインスを傷つけるようなことは誓ってしていない!」
「どのみち私が知らん間に『こんばんわ、お姉ちゃん』的な銀髪ロリが出てくるようなことやっとったんやろー!」
「ハッ! 今リインすっごく良いこと思いつきました。リインが初代リインフォースの子どもになればはやてちゃんのおばちゃんになるフラグをへし折れるです!」

 シリアスの欠片もなくカオスになる場を見てリーゼ姉妹は顔を見合わせて小さくぼやく。


『なんでさ』



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五十七話:正義の敵

 

 震える体を無理やり抑え込み瞳から感情を消す。しかし、娘に対する想いはその程度で全てを覆い隠せるほど安い感情ではない。そんなどこまでも弱い自分を嫌悪しながらも切嗣ははやての問いに答える。

 

「全人類の救済のために人類を不死化する準備をしていただけだよ」

「ふーん、それホンマ(・・・)?」

 

 余りにも簡素な返事に答えた切嗣の方が呆気にとられる。罵倒されることも覚悟していたところへまるで興味がないような返事をされたのだ。向かいにいるツヴァイもまた驚いたような表情ではやてを見つめている。視線が集中する中ではやては重ねて質問を投げかける。

 

「で、その人類はどこまで入るん?」

「現在、過去、未来……全てだよ。僕は全ての人類を救ってみせる!」

 

 悲しみの連鎖を終わらせ、世界に永劫の平和を与える。その覚悟を強めるように切嗣は声高に叫ぶ。その願いはもはや妄執の域に達しているだろう。だというのにはやてはその言葉にも特に反応を示すことはなく黙って養父を見つめるだけだった。

 

「あと少しなんだ。あと少しで全てが救われるんだ! もう誰も悲しまなくて良くなるんだ!! 分かってくれ、はやて」

 

 必死に理は自らにあると主張しはやてとの戦闘を避けようとする切嗣。それは心のどこかで戦えば敗北すると直感しているからである。だが、そんな切嗣に対してはやてはバッサリと切り捨てる。

 

「嘘や。そんな逃げで悲しみがなくなるなんてありえんよ」

「な…っ」

 

 余りにも無感情に自分の理論を否定されて狼狽する切嗣。今までにも自身の目的を否定されることはあった。しかし、方法そのものが間違いだと言われたことはなかった。必ず可能であるという確信だけは持ち続けることができたのが根底から否定されたのだ。

 

「永遠の命を得てもその中でさえ人間は他人との違いを生み出すだけや。(しいた)げる側も虐げられる側も死なんのなら片方はずっと虐げられたままや。そんなのって悲しいことやん?」

「そ、それは……」

 

 切嗣は言葉を返すことができなかった。争う価値がない以上人は争わないだろう。しかし、争いがないからといって差別がないことにはならない。高次元の存在になった人類がどのようなものになるかは誰にも分からない。だが、仮に人が現在の支配体制を続けることを選択するとしたらどうなるだろうか。

 

 社会主義国家でさえ社会的弱者は存在する。一切の悪意などないままに虐げられる人間は数え切れないほどにいる。平和とは停滞という言葉を言い換えたに過ぎないものだ。停滞する以上は弱者は弱者のままだ。不死になるのであれば、そういったことさえ苦痛に感じなくなるかもしれない。

 

 しかしながらそれは、とても悲しいことではないか。痛む心を麻痺させ何も感じさせなくすることは根本的救済とはかけ離れている。痛みに喘ぐ患者にモルヒネを打ち続けるだけで根本から解決するのなら医者はいらない。結局、彼が切望した弱者の救済は永遠に図られることがなくなるのだ、彼自身の手によって。

 

「……それでも、争いが無くなれば人は新たな段階へと進める。そういった差別でさえ不老不死になれば無くす術を模索することができる。人類全てで救済の道を歩くことができるんだ」

「まあ、それなら本当に幸せな世界になるかもしれんな。みんながみんな一緒の方を向いてくれればやけど」

 

 皮肉気にはやてはぼやく。全人類が足並みを揃えることができれば争いをなくすことも差別をなくすこともできる。だが、それはすべての人類を不老不死にすること以上に難しいことであろう。しかも人類の数が爆発的に増えた状態となるとハードルは空よりも高くなる。そもそも、それができるのなら人類を不老不死にする必要などない。できないから強制的な不老不死という外法に縋らざるを得なかったのだ。切嗣の理論は矛盾している。

 

 

「おとん、ここでハッキリと言っとこうか? どんなに立派な正義を掲げたところでおとんに世界を―――救う資格はない」

 

 

 その言葉は切嗣の生涯の中でも最も大きな衝撃を与えた。ここまではっきりと自身を否定されたことは初めてだ。衛宮切嗣には世界を救う資格などない。今まで救えたものを見捨ててきたのだ。元より資格などあるはずがない。そんなことは分かりきっていたことだ。だが、己が思うのとこうして言葉にして言われるのでは衝撃が違う。

 

「どうして……そう思うんだい?」

「私が言わんとあかん? アインスも分かっとるんやない?」

「アインス?」

 

 切嗣は不安げな表情でアインスを見つめる。彼女だけは味方であって欲しかった。身勝手な願いだとは理解している。自分は彼女を守る気などないくせに彼女からの温もりを求めている。省みるまでもない、自分は最低の男だ。

 

「……お前はこのまま進めばいい。私はその全てを肯定するだけだ」

 

 だというのに彼女はその最低の男の手を優しく握ってくれる。その様子を複雑そうな目ではやては見つめる。

 

「それでええんか、アインス? おとんの行いはただの自己満足で誰も望まない贖罪(・・)や」

「私はただ願いを叶えるだけです。私に人としての幸せを教えてくれた男のために」

 

 淀みのない言葉で答えるアインス。しかし、それだけでははやてもツヴァイも納得などしない。なおも止めるために声をかけ続ける。

 

 

「そんでも、人類を不老不死にするのはええとしても―――アインス達は含まれんやん」

 

 

 そう言ってはやては決して離しはしないとでもいうようにツヴァイの頭を優しく撫でる。一方の切嗣は隣にいるアインスの顔を見ることもできずに凍り付く。どれだけ人間に近づこうとも彼女達は人類というカテゴリに属することはできないのだ。

 

「私はこの子も騎士達も人間として、家族として扱っとる。でも、この子達は厳密には人類やない。それにペットを飼ってる人は死別を何度も経験せなあかんこうなる。植物を愛でとる人も枯れたら悲しむ」

「そ、それら全部も不死化すれば……」

「範囲を広げていったらおとんはこの世の全ての物を不老不死にせなあかんこうなるよ?」

 

 明確に人類でない以上アインスを含む守護騎士達は不死化の対象に入らない。その他にもペットの犬や猫なども入らない。勿論、入れようと思えば入れられるだろう。だが、範囲はネズミ算式に膨れ上がっていく。全ての人が愛する者が同じでない限りは無限に広がっていく。そうなれば、結局この世の全てを永久に壊れないものにしなければ全ての人から悲しみを取り去ることはできないだろう。

 

 

「仮になんもかんも終わらんようにしたら、それは何一つ変わらんってことや。

 そんな世界―――世界が滅びたのとどこが違うん?」

 

 

 何一つ壊れない。何一つ変わらない。そのような変化のない世界は何もない世界と同義だ。全てが滅びた後だと言われても誰も疑いはしないだろう。消費という概念がないのなら何一つ生み出すこともできない。新たな命が生まれることもない。愛も希望も夢もない、あるのはただ存在していることすら忘れた無機的な命だけ。これの一体どこが―――救済なのだろうか?

 

 

「おとんは世界を滅ぼしたいん? それとも人間だけを救って―――また家族を殺すん?」

 

 

 はやての言葉が切嗣の心を抉る。事実だ、何一つ反論することなどできない正論だ。結局のところ彼が真に求める救済とはかけ離れたもの以外には何も残らない。弱者を救えず、世界を停滞という名の滅びに導き、そのために再び家族を犠牲にする。これを自滅と言わずになんというのだろうか。

 

 自殺ならば誰も巻き込むことなく一人でやってくれと誰もが言いたいような事柄だ。だが、それでも。本人すら気づかない心の奥底には彼を前に進ませる願い(罪悪感)があった。それは世界を救いたいという崇高な願いでもなく、幼き頃の憧憬でもない。ただ、罰を求めるだけだった。

 

「それでも…僕は…僕は…ッ! ―――僕のエゴ(正義)を貫くッ!!」

「……何が正義(・・)や、ホンマに子供みたいに意地っ張りやな。なあ、アインスはどうなん? これでもまだおとんに味方するん?」

 

 心底呆れたような表情をしてはやては今度はアインスに問いかける。切嗣はアインスに顔を向けることもしない。しかし、それは先ほどのように恐怖で見れないというわけではない。見る必要もないほどに信用しているのだ。彼女は必ず自分の味方になってくれる。例え、最愛の人に殺される未来がすぐそこにあるとしても。だから、切嗣の心はどうしようもなく―――泣き出したいのを堪えるのだ。

 

「はい、私の気持ちは変わりません。主はやて」

「……主が命令してもか?」

「申し訳ありません。主の命令であっても切嗣を一人にすることはできません」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるアインスにツヴァイは困惑する。自分達の役目は主はやてを守り幸せにすることに他ならない。そして主の命令は忠実にこなすことは至上命題に等しい。それを破るなど魔道の器である自分には考えられないことだ。故に問いかける、自身の先代が主の命に背く理由を。

 

「リインフォースⅠ、どうしてそこまでするんですか?」

 

 ツヴァイの質問に一瞬キョトンとした表情を見せるアインス。しかし、すぐに何がおかしいのかクスクスと笑い始める。そのあまりにも場違いな乙女のような表情に今度はツヴァイの方がポカンとした表情になる。そんな彼女に向かいアインスは慈愛に満ちた声で言うのだった。

 

「お前も人を好きになれば分かるさ」

「……はやてちゃん、どういうことですか?」

「気にせんでええよ、ただの惚気やから。それも特大の」

 

 かつての部下が自身の父にぞっこんという状況に曖昧な表情になりながらはやてはツヴァイの頭を撫でる。どうやら、彼女は見つけたのだろう。かつての主以外に自分の命を懸けてでも守りたいと思える存在に。その事実が嬉しいからこそ養父にはきつめの視線を向ける。

 

「おとん、これだけ愛されとるのに答えは変わらんのか?」

「……アインス、ユニゾンを頼む」

「答えんか。ええよ、それなら私も今までの鬱憤も込めておとんを叩きのめすわ。それから、おとんに本当の願いを気づかせたる」

 

 最大限の愛を示されているにもかかわらずそれを無下に扱う切嗣。その様子にはやてももはや話し合いは不要と悟る。十年間溜め続けてきた文句は山のようにあるがまずは叩き潰してから言えばいいだろう。

 

「リイン、ユニゾンいくで!」

「はい! マイスターはやて!」

 

 親と子が争い合う。それは酷く悲しいことだろう。しかし、人は時にぶつかり合わねば分からないこともある。その関係が近ければ近いほどに言葉では伝えることができぬ想いが存在する。故に二人の祝福の風は想いを互いに届けるためにその全力をもってして追い風を送るのだ。

 

『ユニゾン、イン!』

 

 

 

 

 

 自動防御態勢に入ったゆりかごの中を守護騎士達となのはとヴィヴィオが走っている。艦内は高濃度のAMFが巡らされているために飛ぶことも通信を行うこともできない。そのためになのはとヴィヴィオは危うく取り残されるところであったが獣の力を使ったザフィーラに間一髪で救出されたのだ。

 

「外の様子はどうなってるか分かりますか、シャマル先生?」

「私達もこっちに来てからは分からないけどまだ戦いは終わってないと思うわ」

「……はやては切嗣のところに行ったのか?」

 

 ヴィヴィオを抱えて走りながら状況を確認するなのは。その横をシャマルが走り、さらにヴィータを背に乗せたザフィーラが続く。なんとも珍妙な一向であるが会話の内容は至って真面目である。

 

「……ええ。リインちゃんと一緒だから大丈夫だとは思うけど」

「ま、大丈夫だろ。な、ザフィーラ」

 

 家族であっても容赦なく殺しに来たかつての切嗣を思い浮かべて心配そうな表情を浮かべるシャマルにヴィータは励ますように声をかける。ザフィーラもまた同意を示す唸り声をあげる。

 

「最強などという存在はまず存在しない。どれだけ強くとも必ず勝てるなどありえんからな。だが、我らが主は―――決して負けることはない」

 

 その言葉には騎士達が己の主に寄せる全幅の信頼があった。

 

 

 

 

 

 切嗣がキャリコから大量の銃弾を放つ。しかし、それは全て同じように打ち出された鉄球によって打ち消される。間違いなくこの技はヴィータの技だ。いつの間に習得していたのかと言いたくなるがはやては夜天の主、騎士達の技が使えても不思議ではない。だが、なぜ“グラーフアイゼン”を持っている?

 

「シュヴァルベフリーゲン!」

「ちっ、またか。固有時制御(Time alter)――(――)二倍速(double accel)!」

 

 再び飛んでくる鉄球の合間をすり抜けながらナイフを手に持つ。鉄球そのものである攻撃に対しては起源弾も意味がない。先程から頑なに単純な魔力防御を行ってきていないのはこちらの切り札の存在を知り警戒しているからに違いない。恐らくは唯一の生還者であるシグナムから効果を聞き出したのだろうと結論付ける。

 

(しかし、それならそれで好都合だ。はやての特性は広域殲滅型。起源弾の効果を発揮しやすくはあるが魔法が止まらなければ相打ちになる確率が高い。この後にスカリエッティの相手をして願いを叶えなければならないと考えればできるだけリスクは犯したくない)

 

 故に相手が不得手な接近戦で挑んでくるしかないのであれば有利に戦況を運ぶことができる。そう結論付け、はやての懐に入り込みナイフをその柔肌に突き立てようする。その瞬間だった。切嗣は背筋に悪寒を感じ全速力で後退する。

 

「ええ勘やな、おとん」

 

 つい先ほどまで切嗣が居た場所をレヴァンティンで斬り裂きながらはやては静かに呟く。対する切嗣は訳が分からずに思考が纏められなかった。はやてがあのような戦いをするなど今までの管理局のデータには載っていなかった。おまけに騎士達の武器のコピーのようなものを創り出し使っている。

 

「驚いとるな、おとん。まあ、この戦い方は対おとんの為に鍛えてきたものやからな」

「なん…だって…」

「私だってこの十年間遊んできたわけやないんよ。あの頃と同じと思うとるんなら痛い目見るで?」

 

 まるでシグナムのようにレヴァンティンを構えながら鋭い視線を向けてくるはやてに切嗣は自身の認識の甘さを悟る。彼女はもう守られるだけのあの頃の少女ではない。戦場で戦い、情報戦もこなす立派な戦士だ。自分はずっと子どものままだと見くびり、まんまと彼女の策に嵌っていたのだ。

 

 

 

「全のため(家族)を殺すことが正義ちゅうんなら、私は悪でええよ。

 ほな―――覚悟はええか、正義の味方」

 

 

 

 彼女は家族を見捨てることを許容するぐらいであれば悪にもなる。

 十年前のあの日に、全ての罪を背負ってでも―――養父を連れ戻すと誓ったのだから。

 

 





シャーレイの礼装……アサシンの宝具威力を15%UPとか運営が全力でケリィの胃を潰しに来ていて泣いた。
やめろよ、エロいってみんな騒いでるけどケリィは見た瞬間に死んだような顔になるんだぞ。








まあ、勿論自分も装備しましたけど(愉悦)


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五十八話:意地

 はやての予想外の強さに切嗣はどうしたものかと悩む。遠距離戦ではとてもではないが勝ち目はない。そもそもこの状態から狙撃が可能な状況に持っていくことはできない。近・中距離を保ちながら戦うのがベストだ。先程は予想の範囲外からの攻撃だったために対処ができなかったがはやての近接戦は一流レベルではない。そうであれば十分対抗できる。

 

(あまり時間はかけられない。肉を切って骨を断つ)

(回復は任せろ。死にながらでも回復させてやる)

 

 アインスと短く言葉を交わす。今の切嗣は魔力が続く限りは再生を行うことができる。その際に訪れる苦痛は殺した方がまだ情けになるレベルのものだが贅沢は言えない。勝つためならば何度でも死んで見せる。

 

固有時制御(Time alter)――(――)三倍速(triple accel)!」

 

 急激な加速を用いてはやて達からすれば消えたように後ろに回り込む。そして標準を合わせることもなくコンテンダーを放つ。

 

「はやてちゃん、後ろです!」

「了解や!」

 

 しかし、弾丸は器用に避けられカウンター気味に石化効果を持つ槍が投擲される。それを同じように三倍速で躱しながら切嗣は相手の持っている情報の考察を行う。

 

(コンテンダーを防がずに避けたのは間違いなく意図的だろう。そして逆にこっちがコンテンダーを撃ってすぐに強力な魔法攻撃を仕掛けて来たのはコンテンダーに連射性能がないのを知っている。……やはり十年前のあの時に情報を隠せなかったのは痛いな)

 

 戦闘においての事前情報は勝敗を大きく左右する。そもそも、暗殺者である切嗣にとって自身の戦い方を知られるというのは致命的だ。知らなければ一撃必殺の起源弾も知られてしまえば対策はとれる。さらに切嗣の持つはやての情報は少ない。不利は否めない。だが。

 

(起源弾が使えなくとも……屠るだけの威力はある。前情報がないのなら余計な先入観は捨てろ。あの子はもう……無力な子じゃない)

 

 そう簡単に負ける男ではない。新たにコンテンダーにカートリッジを装填しながらはやてを睨み付ける。対するはやてはその瞳を冷静に見つめ返しながら攻撃を始める。

 

「リイン、できるだけ細かい攻撃頼むわ」

「はい―――フリジットダガー!」

 

 無数の短剣が切嗣を取り囲むように出現する。それはツヴァイがアインスの魔法であるブラッディーダガーを独自に発展させたものだ。一つ一つが細かく氷の刃という言葉がしっくりとくる。氷の刃となったそれは魔法によって『発生した効果』となっているために起源弾の効果は発動できない。しかし、切嗣が対抗できない理由はどこにもない。

 

「アインス」

「ああ―――ブラッディーダガー」

 

 目には目を歯には歯をとでも言うように血に染まった刃をぶつけ合わせる。アインスとて失ったものを失ったままにしていたわけではない。ユニゾン時限定ではあるがかつての魔道の一端を扱うことができる。

 

固有時制御(Time alter)二倍速(double accel)

「偽レヴァンティン、シュランゲフォルム」

 

 刃がぶつかり弾けた爆炎の中から再び襲い掛かってくる切嗣。それに対しはやては蒼天の書のデータから創り出したレヴァンティンのレプリカを振るい鞭のように叩き付けてくる。蛇のようにうねる連結刃が切嗣を飲もうとした瞬間―――

 

固有時制御(Time alter)――四倍速(square accel)

 

 さらなる加速をもって連結刃をすり抜ける。世界を置き去りにして男は駆ける。左手に持つナイフを娘の心臓に突き立てるために。

 

「はやてちゃん!!」

「なめんといてーや!」

 

 まるで瞬間移動でもしてきたように現れ真っすぐに突き出されるナイフに対し体を捻り避ける。しかし躱しきれずに腕を掠り鮮血が宙を舞う。その血に対してか、体に走る激痛にか、切嗣は瞳を震わしながら追撃の為に右手のコンテンダーを突きつける。

 

「くっ…!」

 

 避けることのできる距離ではないと悟ったはやては弾丸が起源弾か否か一瞬悩む。だが、防がなければやられると判断し一か八かシールドを張る。しかしながら、切嗣の狙いはその悩み()を生み出すことだった。

 

「後ろだよ」

「しもうた!?」

 

 再び四倍速をもって完全に前方に意識を持っていかれたはやての後ろに回り込む。骨が捻じれる音が聞こえ筋肉が引き千切れる。しかし、決して武器は離さずに彼女の心臓目掛け、震える引き金を引く。

 

「させないです! 凍てつく足枷(フリーレンフェッセルン)!!」

「ちっ、後ろはあの子が守っていたか…ッ!」

 

 だが、彼の弾丸はツヴァイが設置していた設置型凍結魔法により防がれる。対象周辺の水分を瞬時凍結させ、目標をその中に閉じこめて捕獲する効果のために起源弾相手であってもただの(・・・)分厚い氷として防壁となる。

 

「ナイスや、リイン!」

「はいです!」

 

 喜び合う二人に対して追撃することなく切嗣は距離をとる。本来であれば追い込むのが定石であるが体中を駆け巡る激痛には耐えられなかったのだ。まるで切嗣の方が攻撃を受けたかのように内出血でドス黒く染まる手を抑えながら血を吐き捨てる。本来であればここで死んでも何らおかしくない傷だ。だが、彼はまだ死ねない。

 

Avalon.(アヴァロン)

 

 死にゆく体を無理やり現世に引きずり戻すように回復をする。傷は綺麗に消えてなくなるが内出血で染まった肌は元に戻り切れず褐色に染まり姿を変える。そのあまりにも強引な治療に驚いたような視線を向けながらはやてとツヴァイは声をかける。

 

「死ぬ気か、おとん?」

「死ねないさ。願いを叶えるまではね」

 

 死にながら戦うなど狂気の沙汰に他ならない。ヒュドラの毒を受け死ぬほどの苦痛を受けても不死のために死ぬことのできなかった賢者よりは楽であろうがそれでも常人の思考は既に捨てられている。そんな狂った男に対してツヴァイはある不自然な点に気づく。

 

「むむ、おかしいです。あれだけの魔法を使い続けて魔力切れにならないなんて」

「そういえば……おとんはそんな魔力が多い方やないのにな」

 

 肉体を死の淵から蘇らせる魔法が低コストで使えるはずがない。しかも彼らはグレアム達との戦闘後すぐにはやて達と戦闘を開始したのだ。魔力が回復させるだけの時間などない。どこからか大量の魔力を得ているに違いない。そこまで考えてはやてはある可能性に気付く。

 

「おとん―――レリックを埋め込んだやろ」

「……ふ」

 

 正解だと答えるように切嗣は微かに笑う。魔力が足りないのならそれを外部から取り込めばいい。ただ、それだけの理由で切嗣は自らレリックウェポンになる道を選んだ。

 

「現状の僕の魔力量ははやてにも劣らない、そもそも今の僕は人間よりも兵器に近い」

「拒絶反応は大丈夫なん?」

「問題はない。戦闘に支障が出るような手術(・・)は受けていない。持久戦をしかけても無駄だよ」

 

 ゼスト、ルーテシアの実験データのおかげで、彼はゼストのように不完全な状態でのレリックウェポン化ではない。スカリエッティからの完璧な手術により完成度の高いレリックウェポンと化している。皮肉にもそれは最高評議会がかつて計画していた人造魔導士計画の完成形でもある。

 

「……そういう意味で言ったんやないんやけどな」

 

 こちらの弱点を見つけようとしているのだと判断した切嗣に対してはやては目を瞑り溜息を零す。ただ、自分は相手の体を心配しただけであるのだから。しかし。

 

「……まあ、ええわ。そんなら―――加減はいらんな」

 

 はやてが再び目を開けた時にはその瞳から一切の甘さは消えていた。

 

「リイン、念のためにあれ(・・)の準備しといて」

「はいです!」

「でも、その前に勝負が決まったらごめんな!」

 

 何やら指示を出したかと思うと新たに自身の指に指輪を創り出すはやて。それは指輪型のデバイスであるクラールヴィントのレプリカであった。

 

「戒めの鎖!」

「これはシャマルの…ッ!」

 

 指にはめたクラールヴィントから切嗣を囲うように白のワイヤーが作り出される。その拘束は非常に強力であり束ねれば象ですら動きを止めることができるだろう。しかし、一本ずつであれば引き千切ることもできる。切嗣はすぐに切らなければならない最小限のワイヤーを見極めナイフで切り裂いていく。だが、はやてがそれだけで攻撃をやめるはずもない。

 

「鋼の軛!」

「今度はザフィーラの魔法か…!」

 

 地面からの幾多もの拘束錠が切嗣に襲い来る。それは本家のザフィーラと比べれば数段の格落ちであるが戒めの鎖との合わせ技であれば頑強なる軛となる。如何に速く動けようとも動くことそのものができないのであれば何をすることもできない。

 

「騎士達の技をここまで……」

「私のはみんなの真似事。十年かけてみんなから学んだけど足元にも及ばん。でも、籠められた想いだけは本物や」

 

 今度はレヴァンティンを弓に変え矢を番えながらはやては拘束した切嗣の方を見る。対する切嗣は何とか抜け出そうともがくがそう簡単には逃げられない。

 

「私は夜天の王。真似事でも守護騎士達を従えとるのには変わらん。やからこれは私達家族全員の想いや―――ちーと痛いけど我慢してーや」

 

 弦を引き絞り冷たい声で宣言する。本家本元のシュトゥルムファルケンには及ばないがそれでもはやての馬鹿げた魔力の副産物が生み出す威力は凄まじい。そんなものをまともに食らえば幾ら回復できても意識を保てるとは思えない。逃げる以外に道はないが、逃げ道はない。その事実に切嗣も腹を括った。

 

 

Sturmfalken(シュトゥルムファルケン)!」

 

 

 一条の流星が如き矢が放たれ―――大爆発を巻き起こす。

 

「これで少しは凝りたらええんやけどなぁ」

 

 爆風と炎に紛れて地に落ちていくコンテンダー(・・・・・・)を眺めながらはやては呟く。今の一撃は間違いなく直撃した。少なくともあれを受けて平然とした顔で出てきそうな人間をはやては知らない。何より相手は武器を手放した。そう―――慢心していた。

 

 

Penetration shot(ペネトレイション・ショット)

 

 

 突如として右肩に鋭い痛みが走り、続いて鼓膜に微かな銃声が届く。気づいた時には既に遅かった。撃ち抜かれた肩から噴き出る血に二人して意識を奪われてしまう。

 

「はやてちゃん!?」

「手当は後や、リイン! 私の甲冑を!」

Panzergeist.(パンツァーガイスト)

 

 しかしながら、攻撃の手が収まるわけもない。容赦のない弾丸の雨が続けざまに襲い掛かってくるのを体に魔力の甲冑を纏い何とか受け流していく。そして、どういうわけかまだ意識を保っている敵を見る。

 

「……なんや、日焼けでもしたんか?」

「全身に叩き付けられる魔力を逆に全身から魔力を放出することで防いだんだよ。……もっとも、そのせいで後遺症は残ったけどね」

 

 まるで焼けたかのように顔の半分が浅黒い肌になっている切嗣に余裕があるようにはやてが問いかける。それに対して切嗣も余裕があるように返事をするが実際のところは息を吸うだけで体に激痛が走っているような状態だ。

 

 彼がやったことは体に走る魔力回路に許容量以上の魔力を一気に流し込み自ら暴走させて全身から魔力放出を行うという自爆のようなものだ。確かに相手からの攻撃を相殺し攻撃を防ぐことはできるが普通であれば死んでいる。全身全てを一瞬にして再生するアインスの力がなければ今は黒焦げの死体が一つ転がっているだけだっただろう。

 

「さっき落としたデバイスはどういうことなん? おとん幻術でも使えたん?」

「あれはデバイスじゃないよ。ただの質量兵器(・・・・)だ。以前に愛用してきた品だけどデバイスのある今は使っていない。だからおとりに使わせてもらったんだ」

「相変わらず卑怯な手使うな、おとん。そんなんやから自分の本当にやりたいことを嘘で塗り固めて自分でも分からんようになるんや」

 

 昔から勝負事にはどんな汚い手を使ってでも勝とうとする子供じみた性格の父親にはやては溜息を吐く。本当に変わらない。変えられないからいつまでたっても苦しみ続ける。傍に居てくれる人達を失い続ける。そんな人生は見るだけで嫌になる。だから―――

 

「まどろっこしいのはもうええ、これで終わりや」

 

 ―――ここで終わらせる。

 

 はやてが怪我をしていない左手を掲げるとかつてアインスから受け継いだ魔法が発動される。それは惑星のような黒い魔力の集合体。彼女が持つ広域殲滅の魔法の中でも随一の破壊力と範囲を持つそれはかつて夜天の書が破壊の象徴であったことを明瞭に思い出させる。

 

「……アインス、目には目をだ」

「いいだろう。全霊をもって相手をしよう」

 

 まるで鏡合わせのように右手を掲げる切嗣。すると同じように破滅に誘う深淵の星が生み出される。本来であれば切嗣には使えない魔法であり彼の戦闘スタイルからすれば無駄に魔力を食うだけの必要のない魔法だ。それでも彼はどういうわけか真正面からぶつかり合うことを選択した。

 

「遠き地にて……」

「闇に沈め!」

 

 まるで宇宙の創生のように天体がぶつかり合う為にお互いにが近づいていき―――

 

 

『デアボリック・エミッションッ!!』

 

 

 ―――お互いを食い潰していく。

 

 黒い波動が迸り空と大地を埋め尽くす世界の終りのような光景の中で父娘は争い合う。

 そんな二人を見守るように空からは季節外れの雪が舞い落ちて来るのだった。

 

 




はやて「―――我が骨子は捻じれ狂う(I am the bone of my sword.)
はやて「―――偽・天地焼却せし黄昏の剣(レヴァンティン)

実はシュトゥルムファルケンはこれをやりたくて撃たせただけなんだ、すまない。

後、レヴァンティンの当て字は完全に妄想。
終末者鍛し破滅の炎(レヴァンティン)というのも考えました(中二感)


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五十九話:Snow Rain

 迸る魔力を見つめながらはやては思う。人を殺していくだけでは誰も救えないと理解した切嗣のそれからの人生を。あの夜に世界を救済するという理想は砕けたはずだ。だというのにさらに人を殺しながら世界の救済を求める。それは間違いなく矛盾している。

 

 衛宮切嗣という心の弱い人間が叶わぬ夢を追い続けることができたのは理想を盲目的に信じることができたからに他ならない。だが、真実を知り、女を愛してしまった男はもう以前のようには戻れない。つまり、切嗣は別の願いを抱いているのだ。確実に叶えることができる願いが存在する。だから、どれだけ否定されようとも壊れた車のように進み続けられる。

 

 父はただ―――償いたいだけ。

 

「リイン、もっと出力上げて!」

「でも、これ以上ははやてちゃんが―――」

「ええから!」

 

 赦せなかった。そんな独りよがりで誰も幸せにならない願いなど許容できない。しかも本人は本気で気づいていないなど笑い話にもならない。デアボリック・エミッションの出力を限界以上にまで引き上げ相手の攻撃を飲み込んでいく。痛みが体を駆け巡るが気にしない。

 

 全力の一撃をもって父を打ちのめす。そして今まで言ってやりたかったことを、十年前のあの日に言いそびれた言葉を言ってやらなければならない。そうでなければこの気持ちは収まらない。

 

「とっとと―――沈まんかぁーッ!!」

「完全に…飲まれただと…!?」

 

 遂に切嗣とアインスのデアボリック・エミッションを飲み込み打ち消すはやて。そのままの勢いで黒き天体は二人に近づき―――辺り一帯を更地に変える。

 

 それはまるで核爆弾が落とされた後のような光景であった。魔力が煙となり黒く空を覆い、弾けた白い魔力光が靄のように周囲を覆い隠す。逃れる場所などなく生き残る術など存在しない天災が如き破壊行為。だが、それを以ってしても―――

 

 

 

固有時制御(Time alter)―――五倍速(quintuple accel)ッ!!」

 

 

 

 ―――男の妄執を止めるには不十分であった。

 

 爆発の中を何の計算もなくナイフを持ち突き進んでくる男の姿は肉眼で捉えることすらできない。体内で絶えず破滅と再生を繰り返すという地獄の責め苦を受け意識は朦朧としている。そもそもデアボリック・エミッションの時点で一度意識は飛んでいる。体内のレリックも先程の攻撃で壊された。

 

 しかし、それでも彼は動いている。アインスに無理やり意識を起こさせてもらい最後の魔力を全て使い突進する。全霊を掛けた一撃を避けることなどこの世の誰にもできない。脳が逃げろと筋肉に信号を送る猶予すらなくその心臓にナイフが突き立てられる―――

 

 

 

『―――Snow Rain.(スノーレイン)

 

 

 

 ―――その直前、ナイフを娘の心臓の真上に突き付けた状態で切嗣は停止した。

 

「……見事です、主はやて。そしてリインフォースⅡ」

 

 それは切嗣が最後の最後で娘への愛情から手を止めたのではない。嘘偽りなく彼の体は動くことができなくなっていたのだ。二人を称賛するアインスとは違い何が起きているのか理解できない切嗣は愕然とした表情で自身に降り注ぐ雪を見つめていた。

 

「これは……この雪が僕の体を―――凍結しているのか」

「いつぞやのお返しや。この雪に当たり続けた対象は次第に体が“凍結されていく”」

「ああ……そうか。これが因果応報というやつか……」

 

 先頭の中盤からツヴァイが秘密裏に準備していた魔法Snow Rain.(スノーレイン)。凍結効果を持つ雪を降らせていき徐々に相手の体の自由を奪っていく。まるで降り積もった雪が屋根を押し潰すように相手を拘束し最後には完全に凍結封印する。

 

 かつて永久凍結を行おうとした相手へのお礼とも言える皮肉な魔法に切嗣は自嘲気味に笑う。何の罪もない少女を冷たい棺の中に押し込めようとした人間にはお似合いの最後だ。そう、どこか荷が下りたような顔で切嗣は小さく呟き凍り付いていく己の体を見つめる。

 

「これで勝負ありや、おとん―――clash(クラッシュ)!!」

 

 はやてが指を鳴らすと同時に切嗣の体を覆っていた氷が音を立てて砕け散る。魔力も気力も全て使い果たしていた切嗣はどうすることもできずに爆発的なダメージを受け地面へと落ちていく。もはや、地面に衝突して死ぬかもしれないという考えすら浮かばない。否、もう自分では奇跡に手が届かないと理解したために死を望んだ。

 

 

「ああ……やっとか」

 

 

 やっとこの罪深い生を終わらせられる時が来た。そう呟くかのように切嗣は瞼を閉じ体から力を抜く。後は無造作に地面に打ち捨てられこの生を終えるだけ。そう望んだがそう簡単には終わらせてもらえはしない。自身の体に触れる柔らかな手の感触に気づき目を開けるとそこには物憂げな娘の顔があった。

 

「そう簡単に死なせはせんよ」

「……降ろしてくれないかい? その……この年で女の子にお姫様抱っこされるのは流石に……」

「敗者に権利はない! …って言いたいとこやけどしゃあないなぁ。昔は散々やってもらったんやし」

 

 渋々といった感じではあるが地面に降り瓦礫に切嗣を持たれかけさせる。既に彼には立つ体力もまともに座る気力もない。そんな状況に甘んじている自分を嘲笑しながらはやてを見つめたところである違和感に気づく。その違和感が何なのかに気付いたところで今度はなぜ今になってこんなことに違和感を覚えるのだろうと笑ってしまう。

 

 

「そっか……もう―――1人で立てるようになったんだね」

 

 

 座っているとはいえ娘が自分を上から見下ろしている状況に何とも言えぬ声が零れる。一緒に暮らしていた時はこのようなことはなかった。体が大きくなったこともある。だがそれ以上に文字通り一人で立つことができなかった娘は成長し今はその足でしっかりと大地を踏みしめているのだ。

 

「そらそうよ、もう十年も経ったんや。私だっていつまでも誰かに支えられてるわけやないんよ」

「十年か……通りで僕も老いるわけだ」

 

 まるで十年分の疲労が一気に押し寄せたかのような脱力感が体を襲う。気づけば四十手前だ。子供のような夢を抱いて生きてきた。それを人の生の半分近くもなのだから笑いが出てくる。

 

「なあ……なんであの時真正面から破りにきたん。シグナムの時みたいに特殊な銃弾で撃てば私の負けやったのに」

「………弾を入れ替える時間がなかっただけさ」

 

 少しの沈黙の後に切嗣が答える。それは真実であり嘘でもあった。そもそも今回の戦いで切嗣は一発たりとも起源弾を使用していない。せいぜいが撃つと警戒させブラフ代わりに使った程度だ。本気で殺しにいった。だが、結局のところ致命傷はただの一度も与えられなかった。その理由がなんであるかなど語る必要もないだろう。

 

「はぁ……結局、肝心なところでへまをする。これじゃあ世界なんて救えなくて当たり前か……」

 

 この十年間、心のどこかでいつも考えていた。自分に世界を救うことなどできるのかと。そんな自分自身を信じることのできない人間に世界を救えるはずなどない。こうして娘の前に敗れ去るのはあの日から決まっていたのだろう。そう、自嘲する。そんな切嗣に対してはやては。

 

「まーた、それか!」

「痛ッ!?」

 

 全力でチョップを食らわした。突然のことに目を白黒させる切嗣にはやてはこれ見よがしに溜息をついて見せる。この男はいつも自分の本当の気持ちを覆い隠して、やらなければならないことを行うから矛盾が生じて結局何一つ達成できないのだ。

 

「世界を救うのが本当にしたかったことやないんやろ?」

「な、なにを言っているんだい?」

「なら聞くけど、なんで全ての人を生き返らせて不老不死にするっていう方法にこだわるん? 別のやり方じゃあかんのん?」

 

 切嗣はそう言われて考える。確かに世界を救うというだけなら最高評議会の方法でも構わなかった。だが、自分は世界が救われるというのに彼らを裏切った。その理由は死んでいった者の死が許せなかったからだ。

 

「それは……僕は全てを救いたいから」

「犠牲にしてきた人達を無駄にしたくないのがおとんの基本やろ。昔っから生き返らせたいなんて願っとったわけやないやろ」

 

 今までの犠牲を無駄にしたくないという理由で娘すら殺そうとした。だが、確かに生き返らせることなど願ってはいなかった。仮にあの時に聖杯が存在していたとしてもただ未来に託すだけだっただろう。ならば、自分は一体いつ過去の人々を生き返らせたいなどと願ったのだろうか。

 

 

 ―――ねえ、私を助けてよ、ケリィ。

 

 

 ハッと息を呑む。思い出されるのは夢で逢った彼女のこと。全ては彼女を殺せなかったことから始まった。否、彼女を救うことを諦めた時からこの地獄は始まった。何度も何度も罪のない人を殺してきた。その度に思った。彼らを―――救いたかったと。

 

 ―――君達を助けることができるのなら。もしも、生き返らせることができるのなら。

 

 ―――その時はやっと死ねるかもしれないね、ケリィ。

 

 この十年間何度も死にたいと願った。しかし、それは許されなかった。妻のために生きていたのではなく生きなければならないという義務感だけで生きてきた。生きて何をしようとしていたのかようやく気付く。世界を救うなど二の次でしかなかった。ただ、衛宮切嗣は。

 

「僕は……殺してきた人達に―――生きていて欲しかった」

 

 殺した者達に人並みの生を謳歌して欲しかった。奪った生を返し笑っていて欲しかった。何よりも自分は彼らに―――

 

 

「―――罰して欲しかった」

 

 

 罪を償いたかった。項垂れたまま切嗣は思いの丈を吐き出す。それは世界を救うという行為とはかけ離れている。醜い私欲だ。贖罪ですらない。世界を救うという大義名分に紛れさせ我欲を叶えようとしていた。また人を殺して、また娘を殺そうとして。罪を償うために罪を重ね続けた。

 

「はぁ……やっと気づいたな、おとん? アインスも気づいとったんなら止めんと」

「私は切嗣に地獄の底までついていくと決めていたので……ただ傍にいることを決めたのです」

 

 アインスの慈愛に満ちた言葉に切嗣はどうしようもなく自分が嫌になる。こんな自分勝手な理由に彼女は文句ひとつ言わずについてきてくれたというのに自分はそのことに気づきもしなかった。やはり自分は彼女に愛される資格などなかったと後悔する。

 

「ああ……僕は結局、罰が欲しかっただけ。償いがしたかっただけ。……愛される資格なんてない」

 

 はやての目を見つめることも、アインスと語ることもできずに下を向いたまま頷く。気づく前であればエゴを貫いてでも願いを叶えるつもりではあったが、このような自分以外救われない願いは願えない。曲がりなりにも世界の救済を願った以上それはできない。

 

「やから―――ええかげんにせーや!」

「ッ!?」

 

 今度は強烈なデコピンをまともに食らい思わず目に涙が滲む。ユニゾンしているアインスにもダメージが入ったのか何やら声を上げているがはやては気にしない。

 

「いつまでもうじうじと悩んで自分を卑下してばっかりやな、ホンマ」

「で、でも、実際に僕はどうしようもない人間だろう。誰も救えないだけでなく、だれかを傷つける。こんな人間死んだ方がマシ―――」

 

 フルスイングのビンタが切嗣に突き刺さる。あまりの威力にツヴァイが若干引いたような声を上げているが怖いのではやてには何も言わない。とばっちりを食らったアインスは納得がいかないような、主に叱られて嬉しいような複雑な声を切嗣の中で出していた。

 

「死んだほうがマシ? ふざけんといて!! 私はそんな人間のために十年間も頑張ってきたんやないッ!! おとんは自分を愛してくれる人の気持ちを考えたことがあるんかッ!?」

 

 今までの想いを全てぶつけるような怒鳴り声に切嗣は何も言い返せなかった。考えたこともなかった。自分を愛してくれる人間の気持ちがここまで傷つけられているなど。自分のことしか考えない男は思いもしなかった。

 

「誰も救えない? 私の目を見て言ってみーや! ここに! ここにおるやろ!! 家族を失った悲しみを救って貰った人が!! おとんに―――救われた人がッ!!」

 

 涙を流しながら声を上げるはやての姿に切嗣は信じられないといった表情をする。自分が誰かを救ったなど信じられなかった。見捨てたといっても過言ではない娘が自分のことを愛してくれていたなど信じられなかった。

 

「おとんは私に笑いかけてくれた。私に飛びっきりの魔法を見せてくれた。大切な家族になってくれた。私を―――愛してくれた」

 

 それまでの大人びた態度はどこにいったのか、まるで子供に戻ったようにはやては泣きじゃくる。そんな娘の姿にオロオロとしながら切嗣は手を伸ばしてしまう。もう二度と、その温もりには触れてはならないと誓った。だが、そんな誓いなど泣きじゃくる娘を前にしては意味がなかった。

 

 

 

「誰がなんと言おうとおとんは私にとっての―――正義の味方やッ!!」

 

 

 

 娘を抱きしめた温もりと様々な想いが込められた言葉に切嗣は何も答えられなかった。

 頬を伝う―――ただ温かい何かがその頬を伝っていく。止めどなく流れていく何かがアインスのものなのか自分のものなのかも分からない。ただ、それが何であったとしても―――

 

「ああ……そうか…そうだったのか」

 

 ―――切嗣の心は救われていた。

 

 男は正義の味方になりたかった。誰もが平和な世界が欲しかった。でも世界は残酷だった。それを知った男は機械となって引き金を引き続けてきた。その人生に後悔しなかったことはない。全てを救いたかった。しかし、全ての人を救う道は閉ざされた。

 

 光のない夜空に見えない星を求め手を伸ばし続けてきた。きっとその人生は“無意味”なものであったのだろう。だが、それでも―――“無価値”ではなかった。

 

 

「僕は―――正義の味方になれたのか」

 

 

 世界など救えない。救った数よりも殺した数のほうが多い。それでも、この手には確かに掴み取ったものがあった。誰一人として救えなかったわけではない。確かにこの手で救えた者がいたのだ。世界を救う正義の味方にはなれなかった。それでも―――誰かのための正義の味方にはなれたのだと気づくことができた。

 

「そうや。ホント、気づくのが遅いんや、おとんは」

「そうだね。本当に……気づくのが遅いね。いつまでも時間はないのに。どうしてこんなに遅いんだろうか」

 

 もっと早くに気付くべきであった。そうすれば何かが変わっていたかもしれない。しかし、終わってしまったものはどうすることもできない。求めたものは手に入らなかった。大きすぎる大望は身を滅ぼしただけであった。しかし、何一つとして手に入らなかったわけではない。

 

 

「でも―――小さな安らぎは得ることができた」

 

 

 小さな、小さな安らぎを得た。それは望んだものに比べれば微々たるものであろう。だが、それでよかった。元よりこの身には過ぎた願望。人の器では収まりきらない。しかしながら、この小さな安らぎであれば例え地獄に落ちたのだとしても覚えていられる。

 

「ありがとう、はやて。僕はこれだけで……満足だ」

 

 一体いつ以来であろうか、心の底からの穏やかな笑みを浮かべ娘の頭を撫でる切嗣。もう子供ではないと思い恥ずかしがりながらもされるがままになるはやて。確かにそこには十年前に置き去りにされた親子の姿があった。

 

「何言っとるんや。これからはアインスも含めて家族でもっと―――」

 

 

 

「―――ああ、その通りだよ。衛宮切嗣がその程度の欲望で満足するなど実に下らない」

 

 

 

 突如として親子の触れ合いをぶち破る心底つまらなそうな声が響いてくる。戸惑うはやてとは反対に切嗣はすぐにその正体に気づき殺したはず(・・・・・)の男の方を見ようとする。しかし、相手はその猶予すら与えない。幾重もの魔力で編まれた刃がはやての背を目がけて襲い来る。

 

「はやてッ!!」

 

 魔力も失い自由の利かない体をアインスと共に無理やり動かしはやてに覆い被さるように庇う。そんな親の背中に剣は容赦なく降り注いでいく。非殺傷設定などされていないそれは容赦なく肉を突き破り真っ赤な花を咲かせるように辺りに血を撒き散らしていく。しかし、どれだけ剣が降り注ごうとも切嗣は決して動かない。何故なら彼は―――娘を愛する父親だから。

 

「残念だよ、衛宮切嗣。君は私と同じ無限の欲望の持ち主だと思っていたのだがね」

 

 はやて達の耳に再び男の声が届くが何の反応も返さない。父は娘を見つめ、娘はコートを血で赤く染める父の姿を見つめる。

 頬を伝う―――父の体から零れ落ちた生暖かい何かがはやての頬を伝っていく。絶望が彼女の心を覆いつくす。

 

「……無事かい?」

「う、うん。大丈夫や……」

「そっか……ああ――安心した」

 

 娘とは反対に無事を確認した切嗣は満足げに笑う。ユニゾン中のアインスも良かったと笑う。酷く優し気な微笑み。その微笑みを湛えたまま、切嗣の体は―――崩れ落ちていった。

 

「おとん…? おとん…! おとん―――ッ!!」

 

 少女の悲痛な叫びが天に木霊し、消えていく。

 

 時のある間に薔薇の花を摘むがよい。

 時は絶えず流れ行き、今日微笑んでいる花も明日には―――枯れてしまうのだから。

 

 




ようやくラスボス登場。次回からは本当の最終戦に入ります。
ケリィ? ……惜しい人を亡くしたよ。

そしてこの作品が終わったらFGOで学園ラブコメとか書いてみたい。
試案というか妄想を活動報告に載せておくのでよかったらどうぞ。


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六十話:例外

 

 十年もの間その背中を追い求め続けた。大きく暖かった背中に再び触れたくて追い続けた。だというのに目に映る背中はあの頃よりも小さく、何よりも―――冷たかった。

 

「あぁああああッ!」

「はやてちゃん! はやてちゃん落ち着いてください!!」

 

 ピクリともしない父の体に絶叫する。ツヴァイが必死になって止めようとするが何も聞こえない。ただ、悲しみの全てを吐き出すように叫び瞳に憎悪を滾らせる。誰がこんなことをしたのか、誰がやっと掴んだ手を無理矢理引きはがしたのか。頬に付着した父と母の血も拭かぬままに仇を探し出す。否、探すまでもなかった。仇はまるで見つけてくれるのを待っているかのように動くことなくそこに佇んでいた。

 

「あんたは……誰や?」

 

 黒い髪に黒い瞳。がっしりとした体躯を持つ男の正体がわからずに一瞬戸惑うはやて。敵は声からしてスカリエッティだと踏んでいたのだがあまりにもその姿は違う。似ても似つかない。

 

「おや、分からないかい? いや、そうだったね。以前の私とは顔が変わっている(・・・・・・・)のだった。では、改めて名乗ろう。私がジェイル・スカリエッティだ」

 

 特徴的な紫の髪も、黄金の瞳もない。体格ですら変わってしまっている。ただ、そのねっとりとした声が彼がジェイル・スカリエッティであることを示していた。一見すれば赤の他人。寧ろ、その姿は―――衛宮切嗣に似ていた。

 

「その姿……何を企んどるんや…!」

「おや、衛宮切嗣は言わなかったのかい? 世界を塗り替えるには彼のレアスキルが必要だと」

「まさか…あんたは!」

「その通り。今の私は彼の遺伝子を元に生み出した戦闘機人なのさ」

 

 固有結界を展開するためには当然のことながらそれが扱える人間がいなくてはならない。切嗣がその唯一の人間であったが主導権を握られるようでは面白くない。そう考えた天災は新たなる自分を生み出す際に従来通りの型ではなく、衛宮切嗣のクローン培養を使った戦闘機人に変えたのだ。仕上げに記憶を転写し、レアスキルを操るスカリエッティという悪夢のような代物が完成したのだ。

 

「そこまで似とらんけど、おとんの顔を使うのは許さへん…! ぶっ潰したる!!」

 

 切嗣を殺した上にその名残残した姿で悪事を働くなどはやてには到底許せることではなかった。近くに落ちていた父が囮に使った質量兵器の“コンテンダー”を手に持ち立ち上がる。

 

 ふつふつと胸の内で燃え上がる怒りの業火をぶつけるようにスカリエッティを睨み付ける。しかし、スカリエッティはどこ吹く風といった様子で怒りを受け流すだけである。その態度にはやてが本気で殺しにかかろうとしたところで見計らったようにカードを切る。

 

「ところで―――その男を生き返らせられるのなら君はどうするかね?」

「な…にを」

 

 鼓動の一つも示さぬ死体を指差しスカリエッティは問いかける。それは悪魔の取引。かつて正義の味方との間に取り交わされたものと同じような交渉。愛する者を生き返らせるために悪に身を落とすか否か。

 

「君は私が世界を創るまでの間、私の邪魔をしなければいい。それだけで君の願いは叶えてあげられる。どうかね? 悪い内容ではないが」

 

 どこまでも邪悪な取引を行いながら彼は満面の笑みを浮かべる。髪も目も黒くなろうともその歪んだ笑みだけは変わらない。人が苦しみ苦悩するさまを最大の愉悦とするかのように男はその手に奇跡をチラつかせる。

 

「……あんたが言う世界はどんなものなん?」

「あるべき姿だよ。全ての欲望が肯定される世界だ。如何なる人間の欲望であろうとそれを肯定する世界。人を殺したければ殺せばいい。異性を犯したければ犯せばいい。この世全ての欲望が肯定されれば―――誰にとっても幸せな世界だろう?」

 

 誰もが己の欲望を抑えることなく解放させればそれは幸せだろう。ただ思うがままに喰らい、殺して生きていいのだから。常に欲望は満たされる。幸福でないはずがない。個人という観点から見ればそれも間違いなく平和な世界だろう。だが。

 

「でも、それは他人の幸せを踏みにじる行為や。踏みにじられた側は不幸やないか」

 

 それは片方の人間しか幸せになれない。勝者と敗者、それらが明確に区分されるだけ。結局、弱者は弱者のまま搾取されるだけだ。そんな世界は衛宮切嗣にとってもはやてにとっても望んだ世界ではない。しかし、スカリエッティの考えは違う。

 

「その通りだ。だが、そもそもこの世の全ては等価交換だ。幸福を得るには何かしらの犠牲が求められる。努力を対価にし、喜びという報酬を得るようにね」

 

 人は何かを行いその結果何かを得る。それが良いものか悪いものかどうかはともかく、全ては自分次第だ。だからこそ人生というものは面白い。

 

「愚かにも衛宮切嗣はその法則を破壊しようとした。全くもって滑稽だよ。初めから何一つ失わず、全てを得た人生など生まれた瞬間に殺された方が余程マシだ」

 

 与えられたものだけを持ち、何をなすこともなく、ただ呼吸だけをしてそこに在り続ける。それは悪と呼ぶほどのものではないのかもしれない。だが、醜い。魂の輝きを欠片たりとも感じさせぬそれはひたすらに醜い。生きている価値などない。

 

 

「生命の輝きを感じさせぬ世界など私は認めない―――1人の人間としてね」

 

 

 どこまでも澄んだ瞳でスカリエッティは告げる。彼は悪だ。紛れもない悪性の塊だ。だが、人という種族を他の誰よりも愛している。その愛が歪んだものであっても愛を否定する材料にはならない。

 

「故に私は生命が最も輝く瞬間、即ち欲望の肯定を行うのだ。その結果、凄惨な世界になったとしてもそれもまた人の欲望の形でしかない。如何なる形になろうとも私の愛は変わらないよ」

 

 何という皮肉であろうか。世界を平和にしようとした男は全てを救うために人間への愛を捨てた。世界を悪逆に満ちた地獄に変えようとする男は己の欲望を満たすために人間を愛した。人の悪性を憎み善性を尊んだ男は愛を失い、人の善性を蔑み悪性こそを尊んだ男は愛を得た。

 

 

「恐らく、私以上に人間の価値を信じ、その在り方を愛している者はいないだろうよ」

 

 

 そう告げる男にはやては聖者の面影を見た。酷く歪んでいる、腐っているといっても過言ではない性根だ。だが、しかし。人をどこまでも信じ無条件に愛するその姿は紛うことなき―――聖者であった。

 

「もう一度尋ねよう、その男を生き返らせられるのなら君はどうする?」

 

 ねっとりとした蛇のような視線がはやてを見つめる。この男に従えば間違いなく衛宮切嗣とアインスは生き返るだろう。親子が再び揃い幸せな生活を送る。想像するだけで微笑んでしまいそうな素晴らしい生活だ。しかしながら、はやての答えは決まっていた。

 

「そんなもん―――断るに決まっとるやろ」

「理由を尋ねてもいかね?」

「少なくともおとんはそんな世界を望んでなかった。なら、生き返らせても怒られるだけや。それに、何より私はあんたが好かん」

 

 弱者の存在が平然と踏みにじられる世界など切嗣もはやても望んではいない。仮に生き返ってもすぐに絶望するだけだろう。そんなことはさせたくない。何よりもはやてはスカリエッティという人間の欲望を認めない。自分の欲望のために家族を犠牲にする行為など―――もう誰にもさせはしない。

 

「くくくく、そうかね。単純かつ明快な理由だ。では私の方も明快な返答をするとしよう」

 

 笑いながら男は両手に装着したグローブのようなデバイスを捻る。すると彼の手に魔力で練られた黒鍵が現れる。その黒鍵をどこまでも自然に、どこまでも明確な殺意を持って投擲する。

 

「―――さよならだ、八神はやて」

 

 左右で三本ずつ、計六本の黒鍵が容赦なくはやてを襲う。体は動かない。魔力はほとんど残っていない。しかし、屈しないという気力だけはある。例え串刺しにされようとも真っすぐに立っていようと足に力を籠める。その時だった。

 

「部隊長はやらせない!」

 

 見慣れた青色の髪が自身を庇うように現れる。頑強なシールドの前に黒鍵は全て貫通することなく打ち落されていく。そしてその横を縫うようにオレンジの魔弾がスカリエッティを襲う。それをなんなく躱すスカリエッティであるがその表情からは余裕は消えていた。

 

「……ナイスタイミングや。スバル、ティアナ」

「間に合ってよかったです」

「ご無事で何よりです」

 

 絶体絶命のはやての元に現れたのはスバルとティアナのコンビだ。まるで本物の正義の味方のような登場の仕方に思わず頬を緩めながらはやては部下の無事を喜ぶ。

 

「ティアナ、首都の防衛の方はどうなったん?」

「ゆりかごの方が解決したと同時にガジェットが止まっていったのでほとんど片付いています」

「やからこっちにこれたんか」

「はい、他の隊長達もまだ戦える人達はこちらに向かっている途中です」

 

 大量のガジェットはゆりかごの制御下、つまりはクアットロの制御下にあったので彼女が死んだ今となっては動きが止められたのだ。そして後はゆりかご事集中砲撃で破壊すればいいだけだ。

 

「スバル、エリオとキャロはどうしたんや?」

「えっと、二人は今―――」

 

Sonic Move(ソニックムーブ)

 

 スバルが答えようとしたところで金色の閃光と真紅の稲妻が通り抜ける。二人は容赦なくスカリエッティに攻撃を仕掛けるが自身の体も改造しているのか人間ではありえない反応速度でバルディッシュとストラーダの攻撃を防いで見せる。

 

「くははははッ! プロジェクトFの残滓が揃って訪ねてくれるとは! これは僥倖だ」

「やっぱりスカリエッティだ……死んだはずなのに」

 

 エリオとキャロに救援を頼まれて救援に来たフェイトがスカリエッティの姿に嫌悪感を露わにする。死んだはずであるのにも関わらず生きている。それは自身のクローンを利用しているからに間違いがない。しかし、それらは彼の娘達の胎内に植え付けられていたはずだ。最低でも一ケ月はなければ成人にまで育つことはない。そんなフェイトの疑問に気付いたのか楽しそうにスカリエッティは語りだす。

 

「その通り。以前の私は衛宮切嗣に殺された。だが、保険(・・)というものは重要でね。彼も知らぬ間にこうしてクローンの私を創っていたのだよ。そうだね、地上本部襲撃の際には既に私はこうして存在していた」

 

 作戦を完璧に進めるためにスカリエッティは何日も前に別の自分を創っていた。そのために一時期ではスカリエッティという人格がこの世に二人存在するという何とも奇妙な出来事も起きていたのだ。

 

「狂ってる……」

「そうでもないさ。君も、そしてエリオ・モンディアルの作成の際にも何人もの同一人物が生まれた。君達はそれらの命を踏み台にして今ここに立っているのだよ」

 

 フェイトと隣に立つエリオを蛇のような瞳で見つめながらスカリエッティは嗤う。相手はフォワード陣四名にフェイトとはやて。全員が疲労しているとはいえ6対1だ。さらに応援も来るかもしれない。考えるまでもなく不利な状況だ。だが、それでも彼は笑みを浮かべ続ける。この状況に余裕などなくとも、ただひたすらに―――面白いが故に。

 

「一応聞いとくけど、投降の意思は?」

「あるわけがないだろう。投降するのであればそれは君達の方だよ」

「……えらい自信満々やな。相手は六人やってのに」

「ああ、そうだとも。願望の器を手にしながら私を楽しませてくれる敵の登場を願う(・・・・・・・)程度にはね」

 

 歪んだ笑みがさらに深まる。その異形の笑みにはやて達はスカリエッティが本気で言っているのだということを悟る。しかし、何故彼がそのような思考をしているのかは分からない。だが、彼女達はすぐに知ることになるスカリエッティという悪魔が生み出した悪夢の姿を。

 

「奇しくもここにいる者達は皆衛宮切嗣との戦闘経験がある。さて、ここで質問だ。彼のレアスキルの正体を君達は知っているかね?」

「体内の時間の操作やないんか…?」

 

 はやて達が今まで見てきたのは切嗣が自分の体内時間を操作し加速する姿だ。そこから考えればはやての考えが最も正当に近いだろう。しかしながら、それだけであれば今回の計画の最も重要な部分を担うことはない。

 

「そうではない。彼の力は―――自由自在に時間を操ることのできる世界を創り出すことだ」

「やけど、そんな力は……」

「その通り、衛宮切嗣は使っていない。いや、正確には体内に限定して創り出すことで体にかかる負担を抑えていたのだ。仮にそれを外の世界に創り出すのであれば彼一人(・・・)では命を引き換えに、否、それでもなお不可能な所業だ」

 

 固有結界を自身の外に出すということは世界を塗り替えるということだ。人間という小さな存在では世界の修正力により殺されかねない。それ以前に展開することもできずに死ぬのが殆どの人間が辿る道であろう。

 

「脆弱な人の身では世界を変えることはできない。機械ならば体は持つだろう。しかしながら機械では世界を生み出すという奇跡は起こせない。そう、人と機械(・・・・)ではどちらも不可能だ」

 

 スカリエッティの目が怪しく輝く。その目は見る者を凍り付かせるような冷たさと恋い焦がれるような情熱に満ちていた。人の身では限界を超えることはできない。機械ではそもそも奇跡を起こせない。ならば―――

 

 

 

「―――だがここに例外が存在する」

 

 

 

 ―――人でも機械でもない存在で超えればいい。

 単純な発想だ。両方でダメならば二つを合わせればいい。人間と機械どちらにも成れない存在という危険性を超えれば戦闘機人は―――その両方を超えられる。

 

「お見せしよう。観客は少ないが初演であれば仕方がない」

 

 スカリエッティを中心に空間が歪み始める。風が吹き荒れ空気から水分が抜かれたかのように乾燥していく。全員が直感する。あれを完成させてはならないと。

 

「止めるんや! 何が何でも!」

「分かってる。エリオ、キャロ、いくよ!」

『はい!』

 

 フェイトとエリオが直接止めに走り、キャロが二人に補助魔法をかける。スバルも二人に加わり、はやてとティアナは援護射撃の構えを見せる。スカリエッティはその場を一歩たりとも動かない。

 

故にその体は剣で貫かれ、さらに骨を砕く打撃を受け、魔弾に撃ち抜かれ崩れ落ちる。はやて達は確かにその姿を見た。その光景を脳裏に記憶した。そうであるならば―――何事もなかったようにスカリエッティが立っているのはどういうことであろうか?

 

「な、なにを……したんや? いや、そもそも―――何かが起きたんか?」

「どうやら、完成したようだね。ああ、これが私の心象風景か。くくく、面白いものだ」

 

 スカリエッティは何かが起きたとは思えない姿形で乾ききった世界の中心に立っていた。この世界は全てが乾いている。大地は水分が一滴もないようにひび割れ砂と混じっている。空に雲はない、しかし太陽もない。あるのは“聖杯”だけ。だが、それすらも乾いている。

 

 どこまでも貪欲に(知識)を求めている。だが、この世界は得た水など一瞬で乾かせてしまう。決して癒えることのない渇き。その渇きを癒すために世界は無限に求め続けるのだ。知識を、欲望を、どこまでも貪欲に。それこそが―――“この世全ての欲望”(アンリミテッド・デザイア)

 

「確かに私はあなたを刺した……それなのに、これじゃあまるで―――巻き戻っている」

 

 フェイトがあり得ないといった表情で零す。瞬間再生ですらない。攻撃が当たらなかったわけでもない。幻影を斬ったわけでもない。ただ、スカリエッティの全てが―――攻撃を行う前に戻っていた。

 

「平等でないこの世界にも万人に対し平等かつ公平なものがある。それは流れる時だ。全ての者はその法則から逃れられない。……ただ一人の例外を除いてね」

 

 世界の法則から逃れたただ一人の存在。自身の体を攻撃を受けるその前の状態に戻す。あり得ない。これではまるで時を司る神クロノスではないか。否、事実としてスカリエッティは今この世界において―――

 

 

 

「絶望するがいい、恐怖するがいい。その心こそが―――神だ」

 

 

 

 ―――紛うことなき神であった。

 

 






フェイト「あ…ありのまま、今起こった事を話すよ! 
     私はスカリエッティを斬り倒したと思ったらいつのまにか相手は立っていたんだ。
     な…何を言っているのかわからないと思うけど私も何もわからなかったんだ…。
     頭がどうにかなりそうだった…。
     幻術だとか超スピードだとかそんな簡単なものじゃあ断じてない。
     もっと怖いものの片鱗を味わったんだ…」

フェイトさんの感想(棒読み)


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六十一話:神

 乾いた世界に嗤い声が響き渡る。長年の研究の末にようやく至った極地に、余りにもみすぼらしい自身の心に、スカリエッティは嗤い続ける。

 

「はははは! さあ、どこからでもかかってきたまえ。神を殺せるのならね」

「何が神だ…! あなたはただの人間だ!!」

 

 自身を神と名乗るスカリエッティ。そんな態度に憤りを抑えられなくなったフェイトは再度彼に斬りかかる。だが、結果は先程と何一つ変わらなかった。斬った感触は手に残っても彼自体は何事もなかったようにその場に立ち続けている。

 

「無駄! 無為! 無価値ッ! 世界の時を支配した私の前では全てが意味をなさない!」

「そんなことはない! 無価値なものなんてこの世にはないよ!」

「くふふふ、そう思うのならば何度でも試してみたまえ。そして理解し、絶望するがいい」

 

 今度はスバルがスカリエッティに襲い掛かる。拳の連打、息の根を刈り取る鋭い上段蹴り、鍛え上げられた魔法。そのどれもが直撃する。

 

「援護します、スバルさん!」

「なけなしの魔力だけど、ないよりはマシでしょ!」

 

 キャロやティアナからの援護射撃も入る。例え相手がなのはクラスの防御力と根性を持っていたとしても無傷であることなどあり得ない。そもそも防御もせずに攻撃を食らっているのだ。オリハルコンの体でもなければ無事では済まない―――そんな常識は彼には通用しなかった。

 

 

「―――もう終わりかね? ご覧の通り、私は元通りさ」

 

 

 掠り傷の一つもない体でスカリエッティは邪悪な笑みを浮かべる。固有結界内の時間流は全てスカリエッティの制御下にある。彼はほんの少し念じてやればいいだけだ。自分に流れる時間を攻撃を受ける前に戻せと。

 

「さて、どうするかね。私は時を巻き戻しているだけだ。疲労のしようがない。だが君達は時間が経てば経つほどに力を失っていく。当然だ、それが“自然の摂理”だからね」

 

 そう言ってただ一人その自然の摂理から逃れた男は嗤う。

 

「くはははは! この全能感、まさしく神ではないか! だというのに私の心は未だに満ち足りることはない!」

 

 脳内を駆け巡る快感は超越者となったが故の喜び。普通の人間であればそれで満たされるだろう。しかし、男の欲望がその程度で満たされるはずもない。相も変わらず心象風景は乾いている。例え海の水をそのまま流し込んだとしても一瞬で蒸発させてしまうだろう。

 

「抗え、抗いたまえ。神に抗う人間を罰すればさらに神として満たされるやもしれない!!」

 

 発狂したように叫ぶ。もはや取り繕うことなどない。スカリエッティはただ貪欲に自身の渇きを癒すために動き始めた。欲望を抑えるものなどこの世界には何一つ存在しない。ならば、後は奪い貪るまでだ。そんな暴君のような口ぶりに何を思ったのかエリオが反論する。

 

「神様なら人を救うべきだ! 人を傷つける神様なんておかしいよ」

「いいや、何もおかしいことはないよ、エリオ・モンディアル」

 

 子供らしい神様という存在は人を救うべきだという考え。スカリエッティは実に楽しそうにその考えを馬鹿にすることも、笑うこともなく、諭すように語りだす。

 

「いいかね。文字を持たぬ民族があっても神を持たぬ民族はいない。それは人という存在が本質的に弱いからだ。人はその弱さ故に神に縋り日々の安寧を願う。だが、神という存在は何も安らぎを与えるだけではない」

 

 まるで教師が子供達に授業を行うかのようにゆっくりと丁寧に語っていくスカリエッティ。その様子からは彼が人間と神という存在に並々ならぬ想いを抱いていることを感じさせた。

 

「神々は自然や動物がモチーフとされることがほとんどだ。今でこそ人間は自然を破壊し、動物を支配下に置くことができるようになった。しかし、太古の昔はそれらは恵みの象徴と同時に災厄の象徴でもあった」

 

 人々に水を与える川は時として氾濫し人を飲み込む。今では飼育されているが豚は森にいれば猪となり狩人の命を奪うこともある。世界に名高い英雄ですらそれらに叶わず命を落とした伝承など幾らでもある。人はその恐怖を遺伝子に刻み込んできた。

 

「メリット、デメリットは表裏一体。故に神は恵みと共に罰を人に与えねばならない。他ならぬ人間が神にそう望んだのだからね」

 

 罪を犯した人間は自らが罰せられることを願う。それが真っ当な道徳性を持ち合わせている人であればあるほどにその傾向が表れる。自らを戒めの鎖で縛り孤独な牢に入る。それだけで償っていると錯覚し本当の償いを忘れ己を最悩む苦悩から逃げられる。そんな弱さを併せ持つ人間だからこそ、神に望むのだ。

 

 

「私は人間を愛している。だからこそ神となり―――人に災厄を施さねばならないのだよ」

 

 

 ―――私に罰を与えてくださいと。

 

「そんな…そんなこと……誰も望んでいない!」

 

 信じたくなどない言葉にエリオは叫び返す。だが、スカリエッティにとってはそんな叫びさえも愉悦となる。人が苦悩する様は美しい。それだけ生きることに真剣なのだから、当然だ。

 

「本当にそうかね? 君は今まで傷つけてしまった人に謝りたいと思ったことはないのかね?」

「そ、それは……」

「人の優しさを知るたびに暴走して傷つけた者への罪悪感で心が痛まないかね。例えば、母とも呼べる女性に対してなど」

 

 反射的にフェイトの方に目を向けてしまうエリオ。親に見捨てられ絶望していた自分は感情に任せ彼女を傷つけてしまった。そのことは既に謝ったことがある。母は優しいから笑って気にしていないと言ってくれた。だが、その時に自分は―――罰してくれることを望まなかったのか。

 

「……ッ!」

「エリオ! スカリエッティの言葉になんて耳を貸しちゃダメだよ!」

「おやおや、人聞きが悪いね。私は彼を救ってあげたいだけだよ」

 

 原因不明の吐き気に襲われて思わず口を塞ぐエリオにフェイトが叫びかける。そんな様子をスカリエッティはニヤニヤと嗤いながら見つめる。人の心の傷口を切開しその様を見物する。どこまでも趣味の悪い行為であるが彼はそこに楽しみを見出している。

 

「弱さとは悪かもしれない。しかし、私達は生命を弄ぶ悪行により産み落とされた者達だ。弱さや悪を認めなければ我々の存在そのものが否定されるとは思わないかね?」

 

 なおも、スカリエッティは傷口を広げていく。実に楽しそうに、無邪気な子どもが虫の手足をもいでいくように。

 

「悪という存在は人になくてはならない存在だ。何も恥じ入ることはない。私達は悪として人に救いを与えることができるのだ。このまま勝ち目のない戦いなどしても君達に益はない。それでもまだ抗うかね? ―――悪をもって人を救う神に」

 

 在り方はこの上なく邪悪だ。しかし、悪でなければ救われない人々は少なからずこの世に存在する。そうした者達からすればスカリエッティは紛れもない救世主だろう。果たして倒してもいいのだろうか、誰かにとって希望となり得る存在を。弱気な考えがフェイト達の頭をよぎる。だが、そんな考えを―――一発の銃弾が吹き飛ばした。

 

「……抗うかね、八神はやて」

 

 コンテンダーの銃弾が掠り、破れた袖(・・・・)を見ながら静かな声で話しかけるスカリエッティ。

 

「あたりまえや。あんたになんか救ってもらう必要はないわ」

「人間の弱さを、悪性を否定するのかね?」

 

 どこか失望したような声ではやてに問いかけるスカリエッティ。それに対してはやては静かに首を振りながら父の形見のコンテンダーをしまう。

 

 

「否定するつもりなんてないわ。あんたには一言だけで十分―――人間舐めんなや」

 

 

 ―――人は弱い。

 何かを支えにしなければ、拠り所がなければ生きていけないほどに。

 悪に逸れる人間もいるだろう。

 だが、人は弱さを強さに、優しさに変えることができる。

 悪性と善性両方を兼ね備えながら善性を取ることができる。

 弱さも悪も心に秘めながらでも、人はきっと強く生きられる。

 そう、彼女は人を信じ続けている。

 

「く! ふははははっ! 父は人間に絶望し、娘は人間を信じ続けているか。くはははは! これは面白い。いいだろう、君には敬意を表し―――本物の絶望を見せてあげよう」

「そっちこそ、後で泣いて謝っても知らんで」

 

 冷たい眼光がお互いを睨み付ける。もはやここより引くことはどちらにもできない。それははやての啖呵に勇気づけられたフェイト達も同じである。この世界から出ることができるのは勝者と死体のみ。

 

 乾いた風が死を誘うように吹き抜けていく。それが合図だった。

 

「フッ」

「黒鍵! なんて速さや…ッ!」

 

 スカリエッティが一本の黒鍵を投擲する。一見すればただの投擲であったが時間を操れる彼の手にかかればそれは豹変する。黒鍵が到達するまでにかかる時間を加速するだけで殺傷力は跳ね上がる。間一髪で躱すはやてであるが爆弾でも落ちたような着弾点に冷や汗を流す。

 

「一つで終わると思わないことだ」

「させない!」

 

 さらにもう一つ飛ばそうとするスカリエッティであったがそれはフェイトによって止められる。スピードであれば誰にでも負けることはないと自負するフェイト。しかし、この世界ではそうもいかない。

 

「ついてこれるかね。限界まで加速した私の動きに!」

 

 タイムアルターと同じ要領で加速したスカリエッティが容赦なくフェイトの首を狙う。その動きを何とか視認するフェイトであったが体は反応してくれない。その柔らかい喉笛が喰いちぎられる。そう覚悟したが彼女は自分一人で戦っているのではないことを失念していた。

 

「フェイトさんは!」

「私達が守ります!」

 

 首の皮一枚を斬ったところで、間一髪でストラーダが黒鍵を弾き飛ばしフェイトを救う。そしてスカリエッティの元にはフリードの火炎とキャロの魔力弾が襲い掛かる。

 

「くだらん」

 

 それを事もなげに腕を振るうだけで消し飛ばすスカリエッティ。しかし攻撃はそれで止むことはない。ティアナの弾丸がスカリエッティの頭部めがけて襲い掛かる。

 

「スバル、頭を狙いなさい! 一撃で昏倒させれば回復もできないかもしれないわ!」

「分かった!」

 

 さらにそこへティアナとの連携でスバルがナックルで殴り掛る。一撃で昏倒させると言っているがどちらかというと脳を直接破壊しに行っているように見える。しかし、相手は反則そのものともいっても過言ではない存在なので誰も気にしない。

 

「ほう、そこに気づいたかね。確かに私の意識が途切れればこの世界は崩壊する」

 

 弱点を言い当てられたというのにスカリエッティは笑うだけである。しかし、それも当然のことであろう。気絶させれば勝ちではあるが、一体どうやって―――

 

「だが、私が君達の攻撃に当たるとでも?」

 

 ―――時間を操る男に攻撃を当てればいいのだろうか。

 

 それはまるでトロイヤ最大の英雄アキレウスの弱点を狙うようなものだ。世界一有名といってもいいアキレス腱こそが彼の弱点だ。誰もが知っている。誰もがそこを狙えばいいと言うだろう。だが、しかし―――誰よりも速い男に攻撃を当てるなど誰にできるのか。

 

 これはその手の無理難題だ。方法はあってもそれ自体が不可能に近い。針の穴を通すような正確さをもってしても無理だろう。

 

「ディバイン・バスター!」

「くははは! 止まって見えるよ。それでは私には当たることはない!」

 

 地面を抉り直線方向にあるもの全てを吹き飛ばす砲撃が放たれる。だが、その程度では今のスカリエッティに当てることはできない。まるで蝶が舞うようにひらりと躱してしまう。常に高速で動く的に当てることはできない。しかしながら。

 

 

「ほんなら―――ここらへん一帯ごと消し飛ばそーか」

 

 

 的が動く枠そのものを破壊してしまえば問題はない。

 

 はやてが掲げた杖を中心として巨大な魔法陣が現れる。三角の頂点それぞれに魔力が収束されていき、効果の異なる砲撃が生み出される。かつてはやてが闇の書の闇を滅ぼす時に一度だけ見せた終焉の一撃。

 

「生きとるんなら、神様だって殺してみせる」

「その技は……神々の黄昏」

 

 北欧神話により語り継がれる世界の終焉。栄華を誇った神々といえど世界の滅びからは逃れることはできない。全ての終わりは初めから定められた運命。争いの末に世界は巨人の持つ剣により焼き尽くされる。

 

 

「響け! 終焉の笛―――ラグナロクッ!!」

 

 

 蒼天の書の魔力を全て絞り出した超特大の砲撃。着弾と同時に広域に拡散するその攻撃から逃れることはできない。何よりこの攻撃は逃げる場所など与えてはくれない。魔力攻撃では人は死なないという特性を生かして味方すら巻き込む威力で放っているのだ。

 

 この攻撃から逃れられるのは使用者のはやてとツヴァイのみ。フェイト達も自爆は覚悟の上だ。自分達も気絶はするが相手も気絶をする。数の上で優位に立っているからこそ使える最終手段だ。これにはさしものスカリエッティも為す術がない。

 

「まさか…ここまで……完全に予想外だ」

 

 まるで壁が迫ってくるような砲撃に愕然とした声を零すスカリエッティ。全くもって予想外であった。彼らの決して諦めることのない意志の強さも、時間を操る自分にここまで対抗するのも、予想外であった。

 

 現状では彼にこれを防ぐ術はない。どれだけ加速して逃げようとも広域殲滅の攻撃からは逃れられない。自分の攻撃で押し返すのも不可能だ。SSランクのはやてに魔力勝負を挑むなど自殺行為だ。時間を減速しても、加速しても、逃れることはできない。ならば、もはや―――

 

 

 

「―――もっとも、想定の範囲内だがね」

 

 

 

 ―――時を止める(・・・・・)のを躊躇する必要などない。

 

 世界が止まる。今まさに全てを滅ぼそうとしていた神々の黄昏(ラグナロク)も停止する。動いているのは生きている者達だけ。それ以外の全ては時を止めている。動くことはない。ただ、停止している。

 

「嘘…やろ…?」

「言わなかったかね? 私は世界の時を―――支配していると」

 

 信じられないと誰もが零す。加速や巻き戻しまでであれば理解ができた。時間とは常に流れているものだという常識に当てはめることができた。しかしながら、時を止めるなど信じられなかった。

 

「残念ながら私には生体の時を止めることはできない。もっともオリジナルに近い力となればそれも可能になるだろうがね」

 

 他者の生命を加速、巻き戻し、停止は現状ではできない。しかし、より切嗣の能力に近づけばそれすらも可能となる。さらに言えばそこにある聖杯の力を使えばすぐにでも行えるようになるだろう。だが、急いでそんなことをする必要はない。

 

「そうだ、その表情だ。その絶望が、恐怖が―――神だ」

 

 絶望の表情を浮かべるはやて達に歪んだ笑みが向けられる。さらに絶望を煽るように停止した砲撃を巻き戻し胡散させる。それを見てはやて達は否応なく理解する。自分達は遊ばれていたのだと。彼は自分達の攻撃など避ける必要などなかったのだ。ただ、絶望する表情を見たいがために手を加えていたのだ。

 

「さて、ここまで楽しませてくれたお礼だ。一思いに殺してあげよう」

 

 スカリエッティが指を鳴らすと無数の剣が宙に現れる。衛宮切嗣を殺したものと同じ魔法だ。それをはやてに向けながら彼は残虐な笑みを浮かべる。

 

「まずは八神はやて、君だ。喜ぶがいい。父親と同じ死に方ができるのだからね、くくくく」

 

 無数の剣が襲い掛かってくる。全てがスローモーションに見えるが避けることはできない。否、避ける気力がなかった。どうしようもないことを悟ってしまった。自分にはもう何もできない。戦うことも、逃げることもできない。ただ一つ、できることがあるとすれば。

 

 

「……たすけて」

 

 

 助けを乞うことぐらいだろう。

 

 何の意味もない、誰も来てくれない、無意味な声。この世界に他の誰かが来るわけもなければ、仲間の誰もが絶望し動くことができない。こんな状況でもし助けに来てくれる人間がいるとすれば、それは―――

 

 

 

「ああ――勿論だよ」

 

 

 

 ―――正義の味方に他ならない。

 突如現れた一人の男がはやての前に立ちスカリエッティの攻撃を全て叩き落す。

 

「馬鹿な…なぜ…なぜ…君がここにいるのだね……」

 

 弾き飛ばされた剣軍に初めて笑みを無くすスカリエッティ。そんな相手を気にする素振りすら見せずに助けに入った男は優しくはやての頭を撫でる。

 

「頑張ったね、はやて。もう大丈夫だよ」

 

 はやては顔を上げて男の姿を見る。血で赤く染まったコートを肩からマントのように掛け流し、髪は銀のような白に染まり、肌は不健康そうに黒ずんでいる。それでも瞳だけは記憶にあるものと同じで死んだ目でありながらも優しかった。

 

「おとん……なんで、生きて…ううん、なんでここにおるん?」

 

 ひとりでに流れる涙にも気づかずにはやては子供のように問いかける。そんな娘からの問いかけに困ったように笑いながら切嗣はもう一度はやての頭を撫で、照れ隠しのように背を向ける。そして、娘を傷つける悪と向き合い小さいながらもハッキリとした声で宣言する。

 

 

 

「だって僕は、はやての―――正義の味方だからね」

 

 

 




ケリィはそう簡単には死なない。悪がある限り正義が絶えないように。
因みに分かってる方も多いと思いますが容姿は殺エミヤです。
今まで少しずつ容姿を近づけて遂に完成しました。
プロットの段階でユニゾンで白髪ケリィまでは決めていたので殺エミヤの登場はびっくりでした。
ヴィジュアルがあると書きやすいのなんの。

さて、もうちょいで完結します。これが終わったら邪ンヌ攻略√を書くんだ俺……(フラグ)


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六十二話:“エミヤ”-Time alter-

 赤いマントをはためかせ、乾いた荒野に立つ正義の味方。その背中はただ立っているだけで後ろにいる者達へ安心感を与える。反対に、目の前に立つ敵には圧倒的優位を崩されたという精神的ダメージを与える。

 

「もう一度尋ねよう。なぜ、生きている! なぜ私の前に立ちはだかる―――衛宮切嗣ッ!?」

 

 自身の優位の崩壊と殺したはずの男の出現に珍しく取り乱すスカリエッティ。しかし、切嗣はそんな様子に微塵も興味を抱くことはない。どこまでも淡々としながらも皮肉気に返す。

 

 

「前半は自分で考えろ。後半はそうだな……お前が悪で僕が―――正義の味方だからだ」

 

 

 余りにも以前の切嗣とは違う堂々とした宣言に一瞬言葉に詰まってしまうが本当に聞きたいことはそんなことではないと頭を振りスカリエッティは怒鳴り声を上げる。

 

「ああ、理屈は幾らでも考察できるさ。だが、なぜ、心臓が動いていない(・・・・・・・・・)のに生きているのだ!?」

 

 戦闘機人の目は相手の肉体情報すら読み取れる。それ故に理解できないのだ。衛宮切嗣という男の心臓が鼓動をしていないことが。普通の人間であれば動けるはずがない。例えもったとしても一分もすれば脳に酸素が行き渡らなくなり倒れるはずだ。だというのにこの男は平然と自分の前に立っている。その理由を悪魔の頭脳をフル回転させ理論を構築しあり得ない答えに辿り着く。

 

「まさか……体内時間を停止(・・・・・・・)して死の間際で踏み留まっているというのかね!?」

 

 その言葉に切嗣は皮肉気に笑うことで肯定して見せる。しかし、それでもスカリエッティは信じられなかった。オリジナルであれば理論上は時の流れを止めることはできる。だが、それでもなおあり得ないのだ。

 

 少し考えれば分かることだ。心臓も停止し他の臓器も筋肉も停止している。言わば冷凍状態だ。その状態で人間が動けるはずがない。そこまで考えたところであることを思い出す。切嗣がユニゾン状態だということを。

 

「自身の時間軸を固定化し人形として五体を外部操作で動かしているのか!?」

「かの聖王も使った由緒正しい自殺行為さ、もっとも僕は既に死んでいるようなものだけどね」

 

 驚愕するスカリエッティに対しやはり皮肉気に返す。かつて聖王オリヴィエはその体をゴーレム操作の要領で動かしていたというが、切嗣の場合はそれよりも酷かった。要はゾンビをコントローラーで操っているような状態だ。まずは衛宮切嗣という死にぞこないの時間を止めてブリキの人形を作る。後は外から操り糸をつけブリキの体が壊れるまで戦わせるだけ。

 

 確かに死にはしないだろう。死の直前で停止したために心臓も動かない。最後の最後まで戦い続けることが可能だ。理論は簡単だ。しかしながら狂っている。かつて機械になろうとした男の体は今や完全なる機械と化した。与えられた命令に従い動くだけの存在。それを自ら望んだのだ。これを狂っていると言わずに何というのか。

 

「膨大な魔力制御のリソース、限界を超えて動かされる身体の損傷。……確かにそれらに目を瞑れば可能だ。そしてこの世界に来られたのはオリジナルゆえか」

 

 自分を超えた狂気を見せつけられ冷静さを取り戻すスカリエッティ。そうすることで新たな疑問も見つかってくる。

 

「しかし妙だね。時間停止を行えば意識も働かないはずだが……今君の人格が表に出ているということはリインフォースⅠの方が停止した人格を担っているのかね?」

「そうだ。どちらも死にかけだが戦闘に秀でた僕が表に出ているに過ぎない」

「くくくく! つまり妻を犠牲にして娘を救いに来たというわけか!」

 

 スカリエッティの愉悦に満ちた言葉に切嗣は静かに目を瞑る。後ろでははやてやスバルがやりきれないといった表情でその背中を見つめる。かつての切嗣であれば罪悪感で何も答えることができなかったであろう。しかし、今は違う。

 

「確かに客観的に見ればそうだろうな。でも、これは犠牲じゃない。親が子どものためにその身を削ることは犠牲ではなく―――愛と呼ぶんだ」

 

 かつて愛を否定し愛に救われた男が静かに語る。言葉の意味で言えば親が子どものために死ぬのは犠牲というだろう。しかし、その尊い行為は、海よりも深い愛情は単純に犠牲という言葉では言い表すことなどできない。全くの別物だ。

 

「それにアインスは僕と共にいる。決して一人で戦っているわけじゃない。意識がなくとも、死にかけであろうとも、僕達は二人で戦っているんだ」

 

 右手を音の鳴らない心臓の上に乗せる。アインスは切嗣に言った、共に家族を守ろうと。その結果として自分達が死のうともそれは犠牲ではなく、未来への―――希望なのだと。

 

 

 

『―――とある男の話をし(A man of story.)よう』

 

 それは絶望の果てに遂に答えを見つけた男の人生。

 

『男はこの世の誰もが(He is holding)幸せであって欲しいと願(on a foolish dream.)った 』

 

 固有結界内の空間がさらに歪み始める。それに気づきながらも誰一人として動かない。男の人生を謡った歌が余りにも物悲しいが故に。誰もが影を糸で縫い付けられたように動けない。男の愚かな夢の後だけが時を流れる。

 

『だが、理想は絶望に堕ち(But, he put weak to)男を天秤の計り手へと変えた (thousand swords without mind.)

 

 全てを救おうとした男の理想は呪いとなりその身を焼き殺した。

 欠片も望まぬままに心と体を切り離し弱者を切り捨てるもっとも忌むべき存在になり果てた。

 

『分け隔てなく人々を救い(Gave all life and)分け隔てなく殺し(gave all death.)て』

 

 どこまでも平等に全ての人に救いを与え、全ての人に死を与えてきた。

 

人の世の理を超えた理想を追い求めた(He goes after broken dream over zero.)

 

 初めから壊れていた夢を追い求め荒野を一人歩き続けた。

 人が人であるべき原点を踏み越え、機械として全てを理想に捧げてきた。

 

『―――だというのに(While)

 

 だが、彼の心は凍り付くことなどなかった。壊死することなどなかった。

 心だけはいつまでも血の涙を流し続けてきた。

 

彼はあまりにも人間すぎた(He has loved some people.)

 

 何故なら彼は正義という集団秩序の味方でありながら家族を愛してしまったから。

 寄り添ってくれる女性を守りたいなどと願ってしまったから。

 娘に幸せになって欲しいと願ってしまったから。

 

そんな(That way)―――』

 

 そう、どこまでも愚かな男だ。結局願いは叶えられず手の中には何一つ残らない。

 ただ、ひたすらに愚かな人生。だが、そんな無意味な人生だったからこそ―――

 

 

『―――愚かな男の物語を始めよう(”My life was only stupid”)

 

 

 ―――この胸に確かに価値あるものを得た。

 

 世界が二つに別れる。空も、大地も、空気さえも二分される。片側は全てが乾ききったスカリエッティの心象風景。そしてもう片方は―――雪が舞い散る闇夜の雪原だった。

 

「固有…結界…ッ! 馬鹿な、一人で展開できるはずが…!」

「一人じゃない―――二人だ」

 

 切嗣一人で固有結界を展開できるのはあり得ないと叫ぶスカリエッティに切嗣はハッキリと告げる。この世界は二人で創り上げたものだと。月も星もない闇夜。彼の人生は見えない月や星を追いかける暗闇の夜のような旅路であった。

 

 全てを救おうとした道の果ては全てを失う断崖だった。月の明かりも、星の明かりすらも、もはや見えはしない。(奇跡)は無く(希望)も無く(理想)は闇に消えた。だが、それでも―――()だけは優しく男の体に降り注いでいた。

 

 

「僕とアインス、二人の残りの命全てを使ってお前を―――人間に引きずり落してやったぞ」

 

 

 神とは唯一無二であり、絶対の存在であるからこそ神なのだ。そこに同じ能力を持ち、同じ力を持った人間が入り込んで来れば―――神は人間へと堕ちる。

 

「くくく…くはははは! そうか、そうかね! 最後の命を全て使い切って固有結界を展開したのか! 娘を守るために夫婦揃って、最後の一瞬までその命を燃やすか!!」

「無論だ、この命の使い道は既に決めてある」

 

 圧倒的な優位は無くなった。絶対的な存在から転落した今、スカリエッティは死ぬ存在となった。時を戻せば相手が進め、時を進めれば相手が巻き戻す。まさに人間に戻ったというのにスカリエッティは冷静さを取り戻し笑っていた。

 

「あの時の発言は取り消させてもらおう。君は私がこの世で唯一尊敬するに値する人物だッ!!」

 

 生まれて初めて見せるのではないかと思われるほどの真剣な表情でスカリエッティは語る。失望したなどとあの時は言ったがそれは大きな間違いであった。ここまで、強く美しい命の輝きは他の人間では見られない。蝋燭が燃え尽きる瞬間に一瞬だけ強く燃え上がるようなものかもしれない。だが、それでもよかった。目の前にいる男は生涯最高の敵に相応しい。

 

「嬉しくない尊敬だな」

「私は真剣さ、この上なくね。ああ、そうだ。私は君を倒さなくてはならない! 殺さなくてはならない! その他の有象無象などもはやどうでもいい。君を、いや君達をこの手で殺して私は真に神となるッ!!」

「やれるものならやってみろ」

 

 絶対零度の視線がお互いの魂を貫く。凍えるような冷たさを感じるのは切嗣の固有結界の影響だけではないだろう。殺気とも違う圧倒的な威圧感。それが世界を支配している。吐き気を催してしまうほどの空気の中誰一人として動くことができない。

 

 この空気を壊すことができるのは切嗣とスカリエッティの二人だけ。雪原に降る雪が砂漠に吸い込まれ消えていく。戦いにどちらが勝つのかはわからない。しかし、はっきりと分かることはどちらか片方の世界がもう片方に呑まれ消えていくということだ。

 

「フッ」

 

 先に動き出したのは切嗣であった。はやて達にはもはや視認できない速度でキャリコを連射していた。その力はもはや人間の領域にはなく化け物の領域だった。だが、相手もまた同じような化け物であった。

 

「無駄! 無駄! 無駄!」

 

 こちらも見えない速度で黒鍵を作り出し銃弾をハエでも叩くように落としていくスカリエッティ。しかもただ守りに入っているわけではない。超高速で前進しながら銃弾を捌いているのだ。

 

「コンテンダー!」

 

 そこへ今度は防御不能な起源弾を叩き込む。魔力で練られた黒鍵であれば容赦なくその特性を発揮する。仮に魔力で防がなければ銃弾の威力のみで屠ることができる。しかし、相手もそう甘くはない。

 

「私が自分の作った武器に対して何の対策も練っていないと思うのかね!?」

 

 起源弾の効果などそれこそ切嗣以上に熟知している。向かってくる弾丸へ黒鍵を投げて風圧をぶつける。勿論、それに弾丸を打ち落とす程の威力はない。だが、軌道をずらすには十分すぎる威力だ。

 

「私の作った武器で私に勝てると思わないことだ!」

「そっちこそ、僕の能力で僕に勝てると思うなよ!」

 

 人の視力では追えない領域に達しながらスカリエッティは拳を切嗣に叩き込み、切嗣はコンテンダーでスカリエッティに殴り掛かる。どちらも相手の手の内を知り尽くしている。相手の策は最初から知っているようなものなので搦め手など通じない。

 

「その程度で私が倒れるものかッ!」

 

 頭部に鈍器による一撃を食らっても不死身に近いスカリエッティは死なない。逆に新しい黒鍵で切嗣の心臓を貫く。

 

「さあ、どうだね! 心臓を貫かれた気分は!?」

「生憎―――この体は、もうその程度じゃあ死んでくれないんだ…!!」

 

 心臓を刺されたにもかかわらず一瞬の動揺も見せることなく黒鍵を素手でへし折る。切嗣の体は外部から操作されている人形であり、その体の機能はもはや人間のものではない。骨が折れようと腕がちぎれようとも戦い続ける。停止している以上は時が動き出さない限り死ぬこともできない。それ故の不死身だ。

 

「お前の武器を返してやるよ…ッ!」

「なッ!?」

「そらぁッ!!」

 

 お返しとばかりにコンテンダーを横からフルスイングしスカリエッティを吹き飛ばす。そのあまりの衝撃の強さにデバイスは完全に大破するが気にも留めない。

 

「く…! 今度は私からのお返しだよ!」

「ちっ!?」

 

 だが、スカリエッティもただでは終わらない。吹き飛びながらも右肩と左足に黒鍵を投擲して切嗣の猛攻を物理的に止めさせる。すぐに黒鍵をへし折るがその僅かな時間の間にスカリエッティは態勢を整えていた。

 

「はぁ…はぁ…やはり同じ力同士だ。小細工ではいつまで経っても勝負が決まらないね」

「同感だ。お前如きにこれ以上無駄な時間は使いたくない」

 

 お互いが握り拳を固める。切嗣はナイフをまだ持っている。スカリエッティはいつでも武器を作り出せる。だが、この戦いは武器では決まらない。重要なのはどちらかが真に己の敗北を認めるか否かだ。

 

「同じような顔で同じ力…これじゃ鏡だ。自分と戦うなんてつくづく苛立つ事をするよ、お前は」

「寧ろハンデだと思ってほしいね。同一人物であることで相手の戦略が読めるんだ。そういうのは得意だろう?」

 

 方や無表情、もう片方は狂気の笑み。どちらがどちらの表情であるかなどいう必要もないだろう。極限の戦いの中二人の男は同じ力を操りながらも対極の存在であり続けた。

 

 

「おまえには負けない。誰かに負けるのは構わない。だが―――自分には負けられないッ!!」

 

 

 自分のために、アインスのために、何よりはやて達の未来のために負けるわけにはいかない。既に人間として死んでいる男は、それでも人間として掴んだ小さな安らぎのためにブリキの体を動かす。

 

 

「つまるところ私と君の戦いは外敵との戦いではなく―――自身を賭ける戦いというわけだ!!」

 

 

 己の欲望のために、高みへ行くために、何より生を謳歌するために負けることはできない。人間でもなく、機械でもない男はこれから全てを得るために、己の渇き(欲望)を癒すために肉の衣を動かす。

 

 

 

「かかってこい―――悪党」

 

「ぬかせ―――正義の味方」

 

 

 

 終わり(Zero)へと至る戦いが今始まりを迎える。

 

 





ケリィの詠唱

『―――とある男の話をし(A man of story.)よう』
『男はこの世の誰もが(He is holding)幸せであって欲しいと願(on a foolish dream.)った 』
『だが、理想は絶望に堕ち(But, he put weak to)男を天秤の計り手へと変えた (thousand swords without mind.)
『分け隔てなく人々を救い(Gave all life and)分け隔てなく殺し(gave all death.)て』
人の世の理を超えた理想を追い求めた(He goes after broken dream over zero.)
『―――だというのに(While)
彼はあまりにも人間すぎた(He has loved some people.)
そんな(That way)―――』
『―――愚かな男の物語を始めよう(”My life was only stupid”)


日本語は基本Zero原作の最初の部分から抜き出してます。
英語? 作者の中二病が疼いた結果です(真顔)
あれだったら本編の英語は消します。あとがきのは消さないけどぜひもないよね!


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六十三話:“正義の味方”

 二人同時に前に踏み出していく。切嗣は雪原を、スカリエッティは砂漠を。その様子をはやて達はただ見つめることしかできない。この戦いは自分たちの踏み入れられる領域にはないと否応なしに理解させられたために。

 

「くははは……」

「…………」

 

 お互いの拳が届く位置まで近づき二人は足を止める。口では笑いながら目はまるで笑っていないスカリエッティを凍り付いた瞳で睨み返す切嗣。

 

「見事に世界に境界線が引かれているね」

「この境界を越えた時がお前の死ぬ時だ」

「くくく、そんなものなど私の世界で塗り潰してしまうさ」

 

 雪の世界と砂漠の世界がお互いを侵食し合うように境界線を生み出す。その線を越えた時が戦いのゴングが鳴らされる時だ。もはや二人に戸惑いなどない。お互いが拳を固く握りしめ―――同時に殴りかかることで境界線を越える。

 

 

『くたばれッ!!』

 

 

 互いの拳が同時に突き刺さる。しかし、どちらも一撃程度では倒れない。故に戦略も知性もかなぐり捨てがむしゃらに腕を振るう。

 

「うおおおおッ!!」

「はああああッ!!」

 

 どこまでも泥臭い殴り合い。とてもではないが悪魔の頭脳を持つ男と魔導士殺しと呼ばれた男の戦いには見えない。当然だろう。これは殺し合いではない、勝負だ。

 

「この体が死ぬことはない! 故に私が敗れる時は心が折れた時!!」

 

 己の存在を賭けた勝負だ。どちらかが倒れる時は相手に負けた時ではない。己に敗北した時だ。

 

「死なないのなら死ぬまで殴るまでだ…! この身が朽ち果てるその瞬間まで!!」

 

 既に両者の身体は人間というものから逸脱している。壊れてもなお動く。勝負が決するその時まで殴り続ける。死という概念などにもはや二人は捕らわれていない。故にこれは殺し合いではなく勝負なのだ。

 

「ぬおおおおおッ!!」

「らあああああッ!!」

 

 拳がぶつかるたびに骨が折れていく。それを巻き戻すスカリエッティ。無視をして攻めの手をさらに強める切嗣。加速と巻き戻しは同時には使えない。スカリエッティは回復に使い切嗣は攻撃にエネルギーを割いているのだ。

 

「いくら攻撃の手を強めようとも―――私は死なん!!」

 

 どれだけ攻撃が苛烈を極めようとも巻き戻されれば意味がない。逆に相手は攻撃すればするほどに消耗していく。それが分からぬ切嗣ではない。何より彼自身も同じ能力を持っている。

 

 だが、停止した状態の体を巻き戻すということはできない。固有結界の影響で身体外部の加速・減速はできる。しかし、停止した身体内部は動かすことができない。不死身ではあるが後ろであれ、前であれ、停止した状態から動かせば彼の体はそれこそ砂で作った山のように崩れ去ってしまう。

 

「君の体は死体も同然! 戦闘機人に勝てる要素などないッ!」

 

 体の頑丈さは戦闘機人であるスカリエッティが圧倒的に有利。全ての能力がない状態で戦っても彼の有利は揺らがないであろう。それを証明するように剣のような刺突が切嗣の体を何度も貫く。内臓が破裂し骨はへし折れ血を吹き出していく。しかし、それでも―――

 

「もとよりこの身は―――捨て身ッ!!」

 

 ―――衛宮切嗣は前へと進み続けた。

 一切攻めの手を緩めることはない。その姿は嵐であった。如何なる攻撃を受けても止まることなく突き進む。本来の彼とは180度も違う戦闘スタイル。だが、今の彼にとってはそんなことなど頭にはなかった。

 

「お前が倒れるまで死んでも止まるつもりはない!!」

「小癪な…ッ!」

 

 切嗣の腕が振るわれるたびに血が飛び散る。それはスカリエッティのものと、彼の手の甲から飛び散るものだ。彼の手の甲の骨は割れ外に飛び出てきている。見るからに痛ましい。しかしながら、彼は殴るのを止めなかった。

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

 獣のような咆哮が叫び渡る。否、今の彼は紛うことなき獣であった。しかしそれは地を這う卑しい獣ではなく、愛する者を守る誇り高き獣であった。気迫をもって彼は性能の差を上回る。このままいけば切嗣がスカリエッティの喉を喰いちぎる。はやて達の誰もがそう思った。

 

「私を―――舐めるナァアアアッ!!」

 

 だが、スカリエッティの精神力はその状況を打ち破る。瞼が開かれ獰猛な瞳が覗く。それは獲物を刈り取る瞬間に捕食者が見せる勝利への確信。

 

「なに!?」

 

 今まさに殴りかかろうとしていた左腕が掴まれる。とっさに危険を察知し払いのけようとする切嗣だったが時はスカリエッティに味方した。

 

「その腕を貰い受けるッ!!」

 

 切嗣の腕が一瞬にしてあらぬ方向に折り曲げられる。まるで鉛筆をへし折るようにいとも容易く折られたそれからは骨がむき出しとなりグロテスクな様を見せていた。

 

「あははははは! 死なずとも片手ではもはや勝ち目はあるまい。この勝負、私の勝ち―――」

 

 その光景に勝利を確信したスカリエッティは勝ち誇ったように叫ぶ。腕以外に攻撃手段がない人間の片腕をへし折る。それは常識で考えれば彼の言うとおりに勝利といっても過言ではなかった。だが、しかし。彼は忘れていた相手は―――

 

 

「それが―――どうしたァアアアッ!!」

 

「ガッ!? 折れた腕でだと…!?」

 

 

 ―――怪物と呼ぶ以外にない存在であることを。

 

 折れて剥き出しになった骨で顔面を殴られ驚愕で目を見開くスカリエッティ。威力のある攻撃ではなかった。だが、意識の外から来た攻撃であり、何より、相手の底知れなさを感じさせる一撃は戦意を削ぐには十分すぎた。

 

「ハァアアアアアアッ!!」

 

 懐から取り出したナイフで邪魔になった左腕を自ら切り離しそのまま襲い掛かる切嗣。その瞳を見た瞬間スカリエッティは―――死を感じた。

 

「ぬぁあああああッ!!」

 

 感じてしまった恐怖を振り払うようにスカリエッティは雄叫びを上げ切嗣の無防備な腹を蹴り飛ばす。諸に食らったそれに威力を押し殺すことができずに切嗣ははやて達の近くまで吹き飛ばされる。

 

「おとん!?」

「はやて……下がっていなさい」

「でも…!」

 

 思わず駆け寄ってきたはやてを左手で制そうとして無くなったことを思い出し軽く笑う切嗣。しかし、はやてからすれば安心できるはずもない。なおも声をかけようとするが切嗣はそれを遮り立ち上がる。

 

 

「大丈夫、父さんは絶対に―――負けないから」

 

 

 どこまでも真っすぐで、どこまでも強い瞳に見つめられはやては悟る。

 この人はもう―――死ぬまで止まらないのだと。

 

「……分かった」

「うん。それから……ありがとう(・・・・・)

 

 決して引き下がらないという決意を理解してはやては頷く。そんなはやてに切嗣は様々な想いを込めたお礼を言う。家族に対して、娘に対して、自分を救ってくれてありがとうと。それは何も切嗣だけ想いだけではない。

 

 今は意識のないアインスも同じ想いだ。これが最後の会話になるかもしれない。だというのに、否、だからこその短い言葉に込めた想いをはやてはしっかりと受け取っていた。しかし、そう簡単に心の整理はできずに俯く。その時に、ある物を見つけた。

 

「あれ……これって……」

 

 切嗣が再びスカリエッティの下に歩いていく中、はやては切嗣が倒れていた場所に一発の銃弾が落ちているのに気付いた。恐らくは倒れた衝撃で懐から落ちたのだろうと結論付け拾い上げる。そして父の背中を見つめ、続いてしまってあったコンテンダー(・・・・・・)を見て何事かを決心するのであった。

 

「最後の別れは済ませたかね」

「お前の方こそ、遺言は考えたのか?」

 

 そんなはやての反対側では二人が息を荒げながら睨み合っていた。

 

「くくく、お互いに減らず口は顕在か」

「そのようだな。だが、それもこれで終わりだ」

 

 互いにこれが最後の攻防だと直感し覚悟を決めていた。互いに満身創痍、しかしその気迫は欠片たりとも衰えることはない。極限まで高まった闘志を隠すことすらなくぶつけ合う。

 

 

「カードを切ろう……さあ―――ついてこられるか」

 

「くくく! 君の方こそ―――ついてきたまえ!!」

 

 

 ―――そして最後の時が動き始める。

 

「うぉおおおおおッ!!」

「はぁあああああッ!!」

 

 風のようにナイフが舞い、濁流のような拳の連撃が踊る。どちらも死力。一歩たりとも引くことなくぶつかり合い続ける。互いに空間に罅が入るような雄叫びを上げての攻防は終わることを知らない。

 

「負ける…かァアアアアッ!!」

「朽ち果て…ろォオオオオッ!!」

 

 しかし永遠に拮抗した状態が続くわけもない。徐々に片方が押していく。押しているのはスカリエッティ。そして負けているのは切嗣。焦燥感が切嗣の胸に占める。だが、それでも負けるわけにはいかない。

 

「おォオオオオッ!!」

 

 先程まで正面で斬りつけていた切嗣であったが今度はスカリエッティの周りを舞うように斬りつけ始める。

 

「何をしようが―――無駄、無駄、無駄ァアアアッ!!」

 

 しかしながら、決定的な一撃を入れることができない。片手とナイフだけでは完全に敗北させる力がでない。流れるはずのない汗が切嗣の額を伝う。このままでは勝てない。大切なものを守ることができない。こんな時に自身の最高の獲物である―――コンテンダー(・・・・・・)があれば。

 

 

「おとん!」

 

 

 背後から声が響いてくる。誰の声かなど考えるまでもない。何かが投げられたことが分かる。それが武器なのかどうかも分からない。だが、彼は振り返ることもなくナイフを捨てそれを受け取った。最愛の娘からの贈り物がろくでもないものであるはずがないと確信して。

 

「まさか―――コンテンダーだと!?」

 

 壊れたはずのそれの姿に目を見開くスカリエッティ。しかし、彼が破壊したのはデバイスでありはやてから渡されたものは質量兵器だ。魔法を知る何年も前から使い続けてきた切嗣の罪の証。

 

「これで……終わりだ!」

 

 引き金を引きスカリエッティの心臓に弾丸を放つ。衛宮切嗣の人生はいつだって手遅れだった。助けたい人は助けられない。自分の願いに気付いた時には愛した人とは一緒にいられない。いつまでも薔薇が咲いていると思い枯らしてきた。だが、今回だけは―――手遅れになどさせはしない。

 

 

 

「―――時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)!!」

 

 

 

 スカリエッティの心臓に弾丸が風穴を空ける。目を見開きスカリエッティは自身の胸を抑える。自身の固有結界内にいる状態であればこの程度の傷であれば即時に巻き戻せるはずだ。だというのに―――

 

「なぜ……巻き戻せないィイッ!?」

 

 ―――その胸にはぽっかりと穴が開いたままであった。

 

 

「当然だろう。お前の運命は―――切って、(つな)がれたんだから」

 

 

 切嗣の言葉にスカリエッティは全てを理解する。皮肉なことだ。自身の生み出した殺人兵器によってその命を絶つなど、まるでファラリスの牡牛を生み出しその中で焼き殺された人間のようだ。

 

「起源弾…!」

「不可逆の変化を与えられた能力は元に戻ることも、先に進むこともできない。そして、その心臓も癒す術はない」

 

 スカリエッティの心象風景が消え切嗣の心象風景に呑まれていく。心臓を撃たれ瞬間的に塞がれた結果、体内の血液、魔力その他のものが障害を起こしレアスキルを扱う能力が一時的に断たれたのだ。それがただの銃弾であればすぐに元に戻せただろう。

 

 しかし、永遠に癒えぬ古傷となる起源弾の前では一瞬の傷も永遠となる。そして加速・減速はできても巻き戻しは固有結界内でなければできない。つまり一度固有結界が解かれれば傷を治す術はないのだ。

 

 

「もしも、お前が起源弾を生み出せるほど―――天才でなければお前の勝ちだったろうな」

 

 

 要因は他にもオリジナルよりも能力的に劣っていたなど複数ある。しかし、最も大きな理由は起源弾という殺人兵器が凶悪なまでに、完成されていたからである。つまり、スカリエッティは自身の優秀さ故に完全なる存在になることができなかったのだ。

 

「く、くくく…ははは、あーはっはっは! なるほどこれは傑作だ! 確かにこれは自分自身との闘いだった。そして私は―――私に負けた!」

 

 自身を賭けた戦いにおいて自身の発明した武器により止めを刺された。これを敗北と言わずになんと言うのか。それに何より相手は自身の能力を見事に超えてみせた。何も悔いに残すことなどない。この戦いの勝者は―――

 

 

 

「―――君の勝ちだ、衛宮切嗣」

 

「そして―――お前の敗北だ、ジェイル・スカリエッティ」

 

 

 

 ―――衛宮切嗣だ。

 敗北を認めると共にスカリエッティの体が崩れ去っていく。時の流れを無視し、何度も巻き戻した代償が訪れたのだ。しかし、自身の消滅を前にしても彼は嗤っていた。どこか満足気で、それでいてつまらなさそうに。

 

「くくく……何とも下らん結末だ。生み出されてより続いていた乾きがようやく癒されるかと思っていたが……まるで足りん。未だにこの身は満たされない! だが―――」

 

 神となり、完全な存在となれば空っぽの心が埋められるとそう信じていた。しかし、ついぞその領域に辿り着くことはできなかった。不満だ、生まれて初めて己の望んだものを手にすることなく消えていく。敗者となったのだ。不満が残らぬはずがない。しかしながら。

 

 

「―――悪くない」

 

 

 悪い気分はしなかった。このまま消えるだけの身だというのに実に清々しい気分だった。もはや何も願いはない。崩壊していく体を引きずるように聖杯の前へと進んでいく。それにはやて達は反応するが切嗣は黙って見送るだけである。

 

「ああ……そう言えば私は敵の登場を願った(・・・・・・・)のだったな。まさか、そのような些細な願いを叶えてくれるとは思っていなかったよ」

 

 固有結界を展開する前にはやて達に語った言葉を聖杯は聞き届けていた。スカリエッティを楽しませる敵の登場を。悪の敵―――正義の味方の登場を。

 

「悪が正義に敗れるのは必然か。だが…悔いはない。下らん人生であったが……最後は君のおかげでやりごたえのある…良い人生になったよ。……くくく…ははは…! はーはっはッ!」

 

 最後の最後まで狂った笑いを響かせる男の姿は畏怖すら感じさせた。肉体が完全に崩れていきまともに動く部分は口だけになってもスカリエッティは叫び続ける。生涯最高の賛辞を宿敵に送るために。

 

 

 

「喜べ、我が宿敵ッ! 君の願いは―――ここに叶ったッ!!」

 

 

 

 悪を討ち、弱きを救った“正義の味方”へ賛辞を送りスカリエッティは消え去る。跡形もなく、この世のどこにもその痕跡を残さずに、風に乗り散っていった。

 

 だというのに、彼の嗤い声だけはいつまでも―――切嗣達の耳に残り続けるのだった。

 





この回だけでこの小説全体の九割は叫んでいる気がする(笑)
それもこれもZeroのドラマCDを聞いたせいだ、きっと。

さて、次回で最終回です。ほぼエピローグみたいなものなんで短いです。
ああ……安心した(三十話の予定が倍近く伸びて六十話以上になったけど完結できそうで)


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六十四話:Zero ☆

「……やっぱりお前のことは理解できないな」

 

 かつて正義の味方に憧れ、遂にただ一人のための正義の味方になった男は呟く。敵はまさに自分にとって運命とも呼べる敵だったのだろう。だというのに、最後の最後まで彼を理解することはできなかった。否、決して理解できないからこそ宿業なのだろう。

 

「でも―――確かに僕の願いは叶った」

 

 糸が切れた人形のように膝を折り崩れ落ちる。それと共に切嗣の固有結界も崩壊していく。役目は果たした。後はあの聖杯を作られる前に巻き戻してやればいいだけだ。もはやこの体に為すべきことはない。

 

「おとん! おとん!」

「八神部隊長、危ないです!」

 

 崩れ去っていく世界の中必死に切嗣を助けようと駆け出すはやて。しかし、地面が割れ崩壊していく中を進むのは自殺行為だ。スバルが羽交い締めにするように抑えこむ。

 

「君達はそのままいれば元いた場所に戻れるはずだ。何も心配しなくていい」

「そういうことを……言っとるんやない! まだ…! まだ何にも返せとらん!!」

 

 はやての頬を涙が伝う。このまま父と母はこの世界と共に消えていくつもりなのだ。親孝行だってしていない。まだ、言いたいことがある。お礼を言いたい。頑張ってきたことを褒めて欲しい。文句だって言い足りないほどある。だから死んで欲しくない。消えて欲しくない。

 

「参ったな……」

 

 自身の死は元々覚悟していたことだ。なにも困ることはない。だが、あの子に泣かれるのは困る。娘には強く笑って生きていって欲しいから。ユニゾンを解除する。時が動き始める。自分と妻の命が死へと向かい止まることなく歩みを再開した。

 

「お礼なんていいんだよ、はやて」

「はい、必要とか理屈ではないのです。私達はただあなたのことが大切なのです」

 

 ただ親として子どもを大事にする。それ以上の理由もなければ、それ以下の理由もない。ただそれだけなのだ。親孝行をして欲しいわけではない。ただ―――生きていてくれればそれでいいのだ。

 

「はやて、それにツヴァイ」

「そして騎士達にもお伝えください」

 

 切嗣とアインス、どちらも言いたいことは同じ。そして一つで十分。

 

 

『幸せになって欲しい』

 

 

 どこまでも穏やかな笑顔で言われた言葉を最後にはやて達は元の世界に戻る。もう、この世界で出会うことはないだろう。

 

 娘の無事を確信した二人は安堵の息をつく。もう、大丈夫だ。これで守りたかった者は最後まで守れた。二人の心に残ったものはそんな充足感であった。しかし、切嗣の胸にはもう一人への想いが残っていた。

 

 

「アインス…君は、僕といて……幸せだったかい?」

 

 

 ずっと傍にいて支えてくれた最愛の女性が幸せであったか。それが彼の心残りであった。

 

「私は、お前を心から愛して、傍にいられて、本当に幸せだった」

「僕も幸せだった。……でもね、僕は…誰もが幸せな世界を創る事は……出来なかったんだよ?」

 

 偽りなど欠片もないと分かる無邪気な笑みを向けるアインス。だが、切嗣の方は少し自信無さ気に小さな声でなおも問いかけた。そんな夫にアインスは困った人だと笑い優しい言葉を返す。

 

「お前の理想は叶わずとも誰よりも尊いものだ。それに世界は創れずとも―――正義の味方にはなれただろう?」

「……うん、そうだね。僕は正義の味方になれたんだ」

 

 誰もが幸せになって欲しいという願いは叶えられなかった。だが、それでも正義の味方になりたいという願いは叶えられた。それで十分ではないか。

 

「正義の味方になれた……それに何より―――君が最後まで傍に居てくれた」

 

 これ以上の幸せを望むのは罰当たりだろう。何より、自分にはこれ以上の幸せを思いつかない。失うばかりの人生だったというのに最後の最後まで隣に愛する人がいてくれた。何という幸福だろうか。

 

 

「ありがとう、アインス。―――君を愛せて本当によかった」

 

「ああ……私もお前を愛せてよかった」

 

 

 その言葉を最後に二人は世界の崩壊に呑まれて消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 廃墟の中を探し人を求めて彷徨い歩く。固有結界から抜け出た後に合流したなのはや騎士達と共にはやてはこちらに戻ってきているはずの切嗣を探す。生きている可能性は万に一つもない。だが、それでも探さずにはいられなかった。

 

「主はやて、あちらの方に匂いが」

「ほんま? お手柄やザフィーラ!」

 

 獣状態のザフィーラが微かに残る匂いを嗅ぎ当て走り出す。その後ろからヴィータを背負ったシグナムが歩いていき、さらに後ろをシャマルに支えられたはやてがその続く。

 

「これは……」

 

 一足先に探し人の姿を見たザフィーラは小さく声を零す。遅れて辿り着いたシグナムとヴィータもその光景に何も話すことができずにただ黙って見つめていた。そして、最後に到着したはやてとシャマルも声を失う。

 

 

「………あほ」

 

 

 見つけた二人は予想通り既に息絶えていた。しかし涙は出てこなかった。ただ、その光景の美しさと温かさに不思議な笑みが零れるだけだった。

 

 

「そんな幸せそうな顔して死んどったら文句の一つも言えんやん……」

 

 

 彼らが見たものは瓦礫にもたれかかり肩を寄せ合う夫婦の姿だった。まるで眠っているように穏やかに瞼を閉じ安らかな笑みを浮かべる二人。その姿から分かることはただ二つ、思い残すことなどないということと―――二人の愛が確かなものであったということ。

 

 

「おやすみな……おとん…アインス」

 

 

 男は正義の味方になりたかった。

 誰もが平和な世界が欲しかった。

 でも世界は残酷だった。

 

 何かを助けるには何かを犠牲にしないといけない。

 それを知った男は機械となって引き金を引き続けてきたのだった。

 そんな男がある足の不自由な少女の養父となった。

 

 父となった男は娘に心を救われ、妻の愛に魂を救われた。

 人殺しだった男は最後の最後に愛する者の―――“正義の味方”となった。

 これはそんな話(A man of story.)

 

 

 

 ――ケリィはさ、どんな大人になったの?――

 

 ――僕はね、正義の味方になれたんだ――

 

 

 

 

 

 

 ~Four years later~

 

 雲一つない快晴の中、ミッド郊外にある墓地にはやては一人訪れていた。墓を軽く掃除し花を供える。墓の名義は『八神切嗣、八神リインフォースⅠ』。きっと二人ともこの苗字でも許してくれるだろうと思いこの名義にした。

 

「あれから色々あったけど、今はみんな大分落ち着いて暮せとるよ。……まあ、今でもスバルは危なっかしいことするけどな」

 

 二人に最近の出来事を伝えていく。あの後の事後処理などは一年以上尾を引く大変なものとなったが今では綺麗さっぱり終わり肩の荷は下りている。服役しているレジアスももう数年もすれば出られるだろう。本来であれば終身刑ものであるが最後の最後まで身を挺して地上を守り続けた姿を見た市民が減刑を求めた結果だ。

 

「火災したビルの中に突っ込んだり、溺れてる人を見かけたら飛び込んで……あかん、上司は胃が痛そうやなぁ」

 

 レスキュー部隊に配属され常に人助けできるようになり張り切っているのか度々新聞などで取り上げられている。もっともブレーキをかけることを忘れているので無茶をするのは変わっていないが。

 

「そんでも『私が目指した正義の味方は間違いじゃなかった』ってあん時のおとんに憧れとるから大切な人を捨てるような真似はせんと思うわ」

 

 切嗣が見せた娘のための正義の味方の姿はスバルに自分の憧れは間違いではないと確信させた。自分の目指した人は決して間違いではなかった。誰かを救う正義の味方を目指して家族を守り、困っている人を助けと大忙しだ。

 

「そうそう、困ると言えばリインとアギトがまーだ喧嘩するのがなぁ。まあ、そういうところが可愛ええんやけどな」

 

 アギトは最後までミッドを守り満足気に死んでいったゼストに変わり、今はシグナムをロードとしている。その影響で今では八神家の一員となっている。ツヴァイとは仲が良いのか悪いのかよく喧嘩をしている。

 

「他のみんなも元気にやっとる。休日にはちゃんとみんな揃って食事をしとるし、健康状態も大丈夫や。……私が一番不健康な生活送っとるかもしれんけど」

 

 自分の仕事人間ぶりを思い出し昔とは随分変わったものだとしみじみと呟く。今ではツヴァイが立派な監視役として成長したおかげで食事を抜くことはないし、徹夜をすることもない。ただし、何かしらの事件が起きれば話は別なのだが。

 

「まあ、それは置いといて、今度うちの道場のミウラがインターミドルに出ることになったんよ。緊張しやすい子やから二人も応援したってや」

 

 ザフィーラやヴィータなどが指南している子どものミウラ。上がり症ではあるがその実力は本物である。同じ大会にヴィヴィオやその友達も出ることになっているのでその影響で少しでも楽しんでくれればと願う。

 

「……と、もうこんな時間や。今日はえらい長いこと話してもーたな。ほな、今度はみんなで来るからな」

 

 随分と時間が経ったことに気づき、背を向ける。その背中に追い風が優しく吹きかかる。まるで二人に背中を押してもらったような気分になり、はやては楽し気に笑う。あれから色々なことがあった。そしてこれからも色々なことが起こっていくだろう。それでも、はやては胸を張ってこう言うだろう。

 

 

 

 ―――私は今、幸せです。

 

 

 

 ~Fin~

 

 

 




完結です! ここまでついて来ていただいた読者の皆様には感謝の言葉しかありません。
感想・評価ありましたらおねがいします。
あと、新作投稿しましたのでそちらも読んでいただけると嬉しいです。


それと、ここから先は蛇足のおまけです。読まなくても特に問題ないです。
ではどうぞ。


おまけ~イノセントに切嗣が居たら~





「切嗣? こんなところでボーっとしてどうしたんだい?」
「アインスか……少し話しをしないかい?」

 自宅のベランダから月を眺めていた切嗣にアインスが声をかける。それに対して切嗣は穏やかな顔で声をかける。

「私は構わないよ」
「ありがとう」

 横にずれ彼女が隣に立てるようにする。アインスはそのことに少しドキドキしながら隣に立つ。

「どうしてこんなことをしているんだい?」
「今日は月が綺麗だったから見ていたんだ」

 何食わぬ顔で口説き文句を言ってくる姿に思わず顔が赤くなるが当の切嗣はなにも気づいていないのか特別な反応は見せない。ただ、どこか遠くを見るような目で月を眺めているだけである。

「ずっと昔、僕は正義の味方になりたかった」
「諦めたのか…?」
「僕が夢見ていた正義の味方はみんなを救うんだ。誰も犠牲にしないし、殺しもしない。そんな世界の平和を守る正義の味方になりたかった」

 子供の理想論を語る男の瞳はどこまでも疲れ切った老人のようであった。その姿にアインスはこの男は壮絶な人生を送ってきたのだと理解する。自分の想像が追いつかないほどの地獄を彼は歩んできた。

 ―――私が居る。お前の傍にいてやる。

 頭にノイズが走る。それはどこかの誰かの言葉。聞き覚えがあると言うよりも魂が覚えているような言葉が頭をよぎる。

「でも、そんな理想論は叶わなかった。絶望した僕はただ諦めて正反対の道を歩いて行った」

 誰かを救う反対は誰かに絶望を与えること。人類を救うために人を殺し続ける。切嗣は一言も喋っていないのにアインスは何故だかそれが理解できた。

 ―――私の幸福はお前の傍に居ることだ。

 またもノイズが走る。今度は先程よりも鮮明に、それでいて残酷に。

「でも―――間違いに気づかせてくれた人がいた」
「間違い…?」
「うん。正義の味方はね、別にみんなのため以外に戦っちゃダメだなんて理由はないんだ。誰か一人のために、少数を守るために戦うこともできるんだ」

 正義の味方とは何も世界を守るだけの存在ではない。小さな家庭を守る正義の味方も存在する。家族のために努力する父親や母親はどれだけ非力な存在であろうと正義の味方だ。

「それに気付けたんだ。だから、僕は本当に守りたい人のためだけに戦った」

 老いぼれた老人のような瞳に若々しい炎が宿る。人というものは不思議な生き物だ。何かやりたいことがあれば老人であっても若々しい。逆に何もない無為な人生を送るものは二十年生きただけで古ぼけて擦り切れた存在になる。切嗣は本当にしたいことを、答えを見つけることができたのだろう。

 ―――私は一人の女性としてお前を愛しているからだ。

 今度はノイズではない。明確な記憶として浮き上がる。何度生まれ変わることがあっても消えぬ愛の記憶。


「そうして僕はただ一人のための―――正義の味方になれたんだ」


 満足気に語る男の姿に不思議と涙が零れてくる。それは嬉し涙だ。愛する者の願いが叶ったことへの祝福の雨。

「アインス…? どうしたんだい」

 突如泣き出したアインスに驚き近づく切嗣。その胸にアインスは飛び込む。思わず固まってしまう切嗣を見上げてアインスは悪戯っぽく微笑む。

「それで、お前(・・)はこれからどうするんだ? ただ一人の正義の味方で終わるのか?」
「アインス……そうか…そうだね、もう少し欲張ってもいいかな」

 彼女の変化に気づき優しく抱きしめながら切嗣は月を見上げる。
 そして誓うように宣言する。



「今度は―――家族だけの正義の味方になるよ」



 男の誓いは彼女の胸に届き、さらに隠れて二人の様子を伺っていた家族にも届くのだった。


~おわり~




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~おまけ~
おまけ:イノセントライフ


ギャグです。


 

 最近我が家は変わってしまった。

 そう、目の前の光景を見ながらはやては漠然と思う。

 八神堂のいつもと変わらぬ朝食の光景。人が増えたわけでも減ったわけでもない。

 変わったのは、切嗣とアインスの関係性。

 

「切嗣、ご飯粒が頬についてるぞ。取ってやるからジッとしていろ」

「ん? ああ、ごめんよ、アインス」

「これで良し。全く、私がついて居てやらないとしょうがない奴だな。」

「あははは、いつも感謝してるよ」

 

 自分のすぐ向かい側でイチャイチャとしながら食事をとっている2人。

 アインスが養父切嗣に恋をしているのは分かっていたし、自分もからかいながら応援していた。

 だが、幾らなんでもこれはないだろうと、はやては白い眼を2人に向ける。

 

「切嗣、あーん」

「あーん」

「ふふふ、やはり誰かに食べさせるというのは面白いな」

 

 子どもの目の前で堂々とあーんを実行する2人に、他の家族の空気は凍りついたようになるが、当の本人達は全く気にした様子が無い。一体、あのくっつく前の顔を近づけただけで慌てていたアインスはどこに行ってしまったのだと遠い目で考えるが答えは出ない。

 

 確かに色々と2人がくっつく様に画策はしたが、一体誰がこんなにも壁を殴りたくなるバカップルの完成が分かるだろうか。初々しい姿を見せる2人を弄りながら、日々を過ごして行こうと考えていたのに、何が間違ってこうなってしまったのかとはやては頭を抱える。

 

「非リア充集合」

 

 しかし、悩んでいても仕方ないと割り切り、騎士達を集結させる。

 

「みんな、議題は言わんでも分かると思うけど、あのバカップルをどうにかしたいんやけど、なんかない?」

「お父さんとアインスが付き合い始めた時はやっとかって思ってたけど、いざ目の前で見せられるとねぇ」

 

 こちらの様子にも気づくことのなくイチャつき続けている2人に溜息を吐きながら、シャマルがはやての言葉を補足する。

 

「私もからかってはいましたが、まさかこう転ぶとは思っていませんでした」

「シグナムの言うことがよう分かるわ。おとんはともかく、アインスのことやからもっと初々しい感じで、微笑まし気な感じになると思っとったのに、なんやあれ? 熟年バカップルかいな」

 

 本当に付き合い始めて少ししか経っていないのかと疑う程に、2人の仲は良い。

 もともと、家族として一緒に住んでいたとはいえ、これは異常ではないかと思うも、男ができたことのない彼女達にはこれが普通か異常かが分からない。

 

「なんつーか、アインスの奴変わったよな? 包容力が上がったような感じで」

「ヴィータの言う通りや。今まで少女やった子が突然、母親にランクアップしたような感じやね」

「そうね。今までは、はやてちゃん大好きでベットリだったのに、今は離れて子どもの成長を見守るお母さんみたいな感じになってます」

 

 彼女達は知る由もないことだが、アインスは全ての記憶を思い出したおかげで、性格が変わっているのだ。今までの性格は年相応の女子大生だったのだが、前世の記憶、夜天の書として過ごした長い時間の記憶が加わり、落ち着きと包容力を持った理想の母親のような性格になってしまったのである。

 

「……やっぱ、男か。男が出来るとこうも変わるんか。大人の階段を一気に駆け上がるんか…!」

 

 しかし、それを知らないはやて達からすれば、男ができたせいで変化したとしか思えない。

 これが持つ者と持たざる者の違いかと、戦慄するが全くの勘違いである。

 

「何はともあれ、このままやと我が家が桃色空間に包まれたままで色々と辛いから、なんとかせんといけんのや。ちゅーわけで、シグナム」

「は、はい…?」

「真正面からイチャつくんならよそでやれって言ってくるんや!」

「わ、私がですか!?」

 

 突然の指名と命令に目を白黒させるシグナム。

 それもそうだろう。誰だってあんな危険地帯(桃色空間)に足を突っ込みたくなどない。

 非リア充にとって、リア充の作り出す甘ったるいオーラは毒にも等しいのだ。

 

 如何に烈火の将といえど、躊躇してしまうのも無理はない。

 

「頼むぞ、烈火の将」

「お願い、私達のリーダー」

「主からのお願いや。ビシッと決めてきーや」

 

 しかしながら、シグナムには後退という選択はできなかった。

 ヴォルケンリッター、烈火の将としての責任。

 滅多にない主からの使命。

 それらが、彼女から逃げるという選択を奪い取ってしまう。

 

「分かりました。ヴォルケンリッターが将、シグナム。必ずや主はやての願いを叶えてみせます」

「せや、その意気や! 頼んだで、シグナム」

「は、お任せあれ」

 

 主はやてからの直々の激励に身を震わせ切嗣達の下に歩を進めていくシグナム。

 傍から見れば、その姿はさながら死地へと向かう誇り高き騎士に見えたことだろう。

 だが、残念なことにその実態はリア充を許せない非リア充の悲しき抗議だ。

 

「お父上、そしてアインス。失礼ですが、そういったことは2人きりの時にやるべきかと」

 

「ん? ああ、シグナムか。切嗣に夢中で気づかなかったよ」

 

 本当に今気づいたと言わんばかりのアインスの表情に、シグナムは砂糖を吐いて倒れた。

 

「シ、シグナムが一撃でやられた…!?」

「はやてちゃん、やっぱり私達には荷が重すぎるのよ…ッ」

「まさか、あそこまで2人の世界にどっぷりやとは。この八神はやての目を持っても見抜けなかったわ」

 

 信じて送り出した将が、即落ちした事実に恐れ戦く3人。

 因みにザフィーラは特に何とも思っていないので、一言たりとも喋っていない。

 

「このままやと、我が家が本格的に2人だけの世界になってしまうで。何か手を打たんと……」

 

 はやては悩む。

 別に2人の関係を止めさせたいわけではないが、非リア充には桃色空間は辛すぎる。

 しかし、シグナムがダメならば一体誰があの2人に勝てるというのか。

 その絶望的な事実に思考がどん詰まりになりかけた瞬間に、救世主が現れる。

 

「話は聞かせていただきました! リインは2人の関係を絶対に認めません!!」

 

「リイン!? ついでにアギトも!」

「ついで言うな! あたしはこのバッテンチビを止めに来ただけだよ!」

 

 轟音を立ててドアを開いたリインが、ビシッと切嗣とアインスを指差しながら現れる。

 その後ろではアギトが疲れた様に肩で息をしながら、はやてに反論している。

 

「リ、リイン…? 私と切嗣の関係を認めないとはどういうことだい…?」

 

 実の妹に真っ向から否定されたことに流石にショックを受けたのか、アインスが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。しかし、リインの覚悟は相当に硬いらしく、姉から悲しみの表情を向けられても揺らぐことがない。

 

「……おねえちゃんともいう人が分からないんですか?」

「分からない…? 一体何のことなんだ、リイン」

「分かってないなら、リインが教えてあげます。とっても悲しくて残酷な真実を」

 

 困惑の表情みせるアインスの姿に、リインは悲しみを湛えた瞳で答える。

 

 

「おねえちゃんがお父さんと結婚するってことは

 ―――私がはやてちゃんの叔母ちゃんになるってことじゃないですかぁッ!?」

 

 

 誰もがリインの言葉にハッとさせられる。

 はやては切嗣の養子なので、切嗣がアインスと結婚すれば当然アインスが養母となる。

 そして、それはアインスの妹であるリインがはやての叔母になるということでもあるのだ。

 

 あまりの残酷な現実にシャマルは顔を手で覆い、年の近いヴィータは思わずもらい泣きする。

 はやてもあまりの衝撃に膝をつき、ザフィーラは我関せずといった様子で丸まる。

 

「リインはまだ小学生なんですよ? それなのに叔母ちゃんなんて……嫌ですよ!

 ワカメちゃんなんて仇名がつくことは、絶対に認められないんです!

 おねえちゃん! お父さん! 私に認めて欲しいならB(ブレイブ)D(デュエル)で勝負です!!」

 

 交際を認めて欲しければ私の屍を越えて行け。

 リインはその不退転の覚悟を宿したカードを掲げ、高らかに宣言する。

 そんなリインの覚悟に感じ入ったはやてがポンと彼女の肩を叩く。

 

「ええこと言ったなぁ、リイン。でも、1対2やったら勝ち目がないやろ?」

「で、でも……」

「やから、私がリインと戦ったる。おとんとリインもそれでええやろ?」

「はやてちゃん……」

 

 自分の隣に肩を並べて立つはやてに思わず目を潤わせるリイン。

 そんな光景に今の今まで戸惑っていたアインスも、溜息と共に諦める。

 

「仕方ないな……リイン、そして我が主。手加減はしませんよ」

「ほほう、えらい自信やなぁ、アインス」

「今までの私とは違うのです、主。大好きな人が隣にいる。たったそれだけで無限の力が湧いてくるのです。そうだな、切嗣?」

「うん、そうだね」

 

 またもやイチャつき始める2人に、はやてとリインは先制パンチを受けたような気分になるが、折れることはない。手に持つカードに全ての想いを込め戦いの火ぶたを切る。

 

今回は(・・・)勝たせてもらうよ、はやて、リインちゃん」

「今回? 良く分かりませんけど負ける気はないです!」

「ふふふ……では、私も勝ちに行かせてもらいますよ主」

「そう簡単に勝てると思わん事やね。―――夜天の主、なめんといてや」

 

 

『リライズアップ!!』

 

 

 色々と騒がしいが八神家は今日も平和である。

 




今書いている奴の息抜きで書きました。
この世界の切嗣はこんな感じで幸せです。


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