旧理想郷からのサルベージ作品群 (VISP)
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ACFA転生もの 1~5

旧題「流れ星にお願いしたら」


 

 『約60秒後に作戦領域に突入する。リンクス、準備は良いか?』

 

 ピッタリとしたスーツとコクピット内を満たすGジェルの感触に、何でボクはこんなとこにいるんだろう、と今までの事を思い出していた。

 

 

 

 半年前までは金持ちのマダムの下で愛玩動物、その前はラインアークで他の孤児と共にストリートチルドレン、その前は自宅でACFAをプレイしていた。

 それが一体どうやってこんな事態になったんだか…。

 思えば、アレが原因だったのか、流星群が飛来すると聞いて、その日の夜に流れ星に「ネクストに乗りたいネクストに乗りたいネクストに乗りたい!」と叫んだからか?

 この際、どんなことが原因かは些細だ。

 気付けば、ボクはラインアーク内の廃棄区画にいた……なぜか12歳程度まで若返って。

 

 何とかそこを牛耳っているチンピラ達の更に下の、下の、下の、下の……比べるべくも無い程ちっぽけな、ただの孤児が集まった程度の集団に拾ってもらう事でその日の糧を得ていた。

 幸いにも一般的大学生程度の学力を保持していたお蔭で、彼らの仕事(スリや空き巣、引ったくり等)では頭が回るとしてそれなりに重宝されていた。

 

 そんなチンピラ達の下で働き続ける生活が7ヶ月程続いたある日、ボクはお金持ちのマダムの下に売られていった。

 チンピラ達がそこそこ頭の良い、それでいて幼い子供を誘拐しては売り飛ばしていたのは知っていたが、まさか自分が売られるとは思っていなかった。

 売られた先は地上では比較的汚染の少ない地域で、ボクを買ったマダムはそこに建てた屋敷に住む、GA所属の、それなりの地位を持つ人物だった。

 

 待っていたのは、それなりに衣食住が保障されるペットとしての生活だった。

 

 世紀末的なこの世界の定石通り、ボクが辿った道も悲惨なものだった。

 どこのエロゲーだと言う程に徹底的に開発された。

 泣こうが喚こうが、相手は知ったこっちゃ無い。

 どこをどうとは言わないが、全身をあのマダムが知らない場所が無いと言える程には開発された。 

 今のこの妙な一人称もそのマダムに仕込まれたものだった。

 ボクはこのマダムに余程気に入られたらしく、買われてからこの1年間に大抵のプレイ(SMからスカトロまで)は体験させられた。

 

 そして、この事態を招いた原因は、マダムに買われて1年と数ヶ月、今から半年前に行った、街中でのあるプレイが原因だった。

 

 

 童顔(と言うか幼い)のボクはその時、女装+後ろにバ○ブ+ノーパンという格好でマダムと共に散歩中だったのだが、その時、ボクが偶然放送されていたニュース映像の中の戦闘中のネクストに目を奪われていたのをマダムが気付いたのだ。

 帰宅後、徹底的な焦らしプレイを交え、ボクのネクストに対する憧れを喘ぎ声と白濁液と共に洗いざらいぶちまけられた。

 そこからはあっという間で、三日後にはAMS適正検査を受けていた。  

 その後、アスピナ機関でAMS処理と半年間における訓練を経て、今に至る訳だ。

 幸いにも適正がそれなりに高かったボクは、この半年間の訓練で生身よりもやや鈍い程度の動きは出来るようになった。

 

 

 …我ながら碌なもんじゃないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 『12、11、10……。』

 

 現実逃避もここまで。

 後は生きるか、死ぬかの二択だけ。

 

 『作戦領域に到達、行って来い!』

 

 そして、大空に山猫が放たれた。

 

 

 

 ミッション内容は極簡単なもので、『ラインアーク襲撃』だ。 

 WGは不在、通常戦力とノーマル位しかいないが、それとて油断すれば危ない。

 ゲームと違い、PAの無い状態で攻撃を受ければ、如何にネクストといえども通常戦力で撃破されかねない。

 幸いにも相手は実弾のみで、こちらは旧型とはいえGAN01-SUNSHINEに乗っているので、多少の被弾は耐えられるだろう。

 

 目標が見えてきた。

 まだロック距離ではないのか、攻撃してこないが、こちらのFCSはもう捕らえている。

 背部兵装を選択、両肩のミサイル(VERMILLION01)を発射する。

 速すぎて当たり難いのがこのミサイルの難点だが、動きの鈍いMT相手なら十分だし、この場所なら特に言う事は無い。

 ゲームと同じく、着弾したミサイルとそれに破壊された足場に巻き込まれて多数のMTが沈んでいく。

 同じ構造の足場にいたMTも順次同じ末路を辿らせていく。

 

 やや頑丈な橋にいるMTは腕部兵装のライフル(GAN0に-NSS-WR)とバズーカ(GAN01-SS-WB)で撃破していく。

 QBを交えた移動でMTの上や背後を取れば被弾のリスクは少なくて済む。

 

 殆ど一方的にMTを撃破した後、ノーマルが出てきた。

 同じGA製のGA03-SOLARWINDが6機、二手に分かれている。

 ミサイルを放ってくるが、QBを一度吹かしただけで回避できるし、バズーカも近づかなければ脅威にならない。

 

 後はライフルとバズーカを撃ち続けるだけで6機のノーマルはあっけなく沈黙した。

 

 

 

 

 

 ミッションを終えて、輸送機の中に機体を回収してもらった後、コクピットの中でボクは漸く一息ついた。

 あっけない、正直に言えばもっと何かあると思っていた。

 ラインアークにいた時、引ったくりやスリの様なこともしていたが、こうして自分の手で人殺しを行ったのは初めてだった。

 

 なのに、『自分』は然したる罪悪感も持たずに、人を殺している。

 

 この2年近くの生活で『自分』が変質したことは確実だが、一般的な現代日本人の自分がこうまで変わるとは予想外だった。

  罪悪感自体はまだあるが(マダムとのプレイ中に期待に応えられないとちょっと感じたりする)、それ以上に『死にたくない』との思いが強かった。

 他人よりも自分、結局そういうことなのだろう。

 

 

 

 

 初の実戦のせいか、それとも訓練か、どちらでも良いことだが急に眠くなってきた。

 基地に戻るまでまだ時間が掛かるし、マダムの屋敷に帰るまでまだまだある。

 今はこの眠気に身を任せよう、考えた所で今の立場が変わる訳でも無い。

 そう考えた後、ボクは目を閉じて、シートに身を任せた。

 

 起きたら、くそったれな現実じゃない事を祈りながら。

 

 

 

 

 ……………………………………

 

 

 

 

  

 

 「いたたた…。」

 

 腰と喉、尻に走る痛みに顔を顰めつつ、部屋に備え付きの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、手を腰に当てて飲む。

 

 「ぷわっはー…。」

 

 叫び過ぎてカラカラの喉を通して、清涼な水が汗をかいた体に染み渡るのを感じると、自然と親父くさい息が出た。

 

 何故そんなに消耗しているかというと、昨晩、初ミッションを終えた御褒美と称して、今もベッドに眠るマダムに徹底的に啼かされたからだ。

 尻にバ○ブは当然として、緊縛プレイや怪しげな媚薬と利尿剤の混合物を飲ませた後にお漏らしプレイなど、昨夜はかなりハードだった。

 …こんなことが毎回あるんじゃ、体が壊れかねない。

 水分を摂って多少すっきりしたが、まだ昨夜の疲れが残っている。 

 半年ぶりとはいえ、体を鍛えてきたのになぁ・・・。

 

 もう少し眠ろうと決めて、マダムのいるベッドに入ろうとする。

 途端、鳴り響く枕元の通信端末。

 かなり鬱陶しく思いながらも、端末を起動させる。

 勿論、マダムの寝姿と自分の格好(裸Yシャツ、寝巻きはこれにするよう言われている)が画面に入る様な愚挙はしない角度で。

 

 「はい、こちらペット。」 

 

 なお、ペットはマダムが決めたボクの名前だ。

 GA関係者だからかネーミングセンスがあまり宜しくないようで、今ではボクも余りにも安直過ぎることから逆にそれなりに気に入っている……自己紹介が恥ずかしいが。

 

 閑話休題

 

 発信元は昨日会ったGA所属のオペレーター(渋めのオジさん)だった。

 

 『おう、やっと出たか。昨日は全然繋がらなくてよ。』 

 「それはすみませんね。で、お仕事ですか?」

 『いや、GAの他のリンクスとの顔合わせだ。…断っても良いが、今後共同ミッションをやる相手だ、損は無いぞ。』

 「解りました。場所は本社ですか?」

 『こっちで指定した場所に集合だ。時間があれば何か食い物も出る。データは転送しとくぞ、じゃぁな。』

 「えぇ、それではまた。」

 

 端末を切り、ベッドから抜け出す。

 着替えは部屋の棚にあるが、急がないと起きてきたマダムにまた珍妙なコスプレをさせられかねない。

 なにせボクを玩具にする事に生き甲斐を見出している人だ、コスプレ以外にも何かさせる可能性もある。

 

 だがしかし、世界はこんなはずじゃなかったことばかりである。 

 

 「あら、飼い主に内緒で随分楽しそうだこと。」

 

 ベッドの上から掛けられた声に冷や汗が吹き出る。 

 背後からはシーツを纏っているのか、衣擦れの音が近づいている。

 根性を出して振り向けば、流れるような茶髪と鋭い美貌、豊満な肢体を持つマダムがその裸体を真っ白なシーツに包んで立っていた……その唇を魔女のように歪ませながら。

 

 「他のリンクスと会うのは構わないけど、飼い主に相談無しは頂けないわね。」

 

 この時点で、ボクの運命は決まった。

 

 今度は何だろう、これから出掛けるんだから少し位は手加減して欲しいと、ありえない事を考える。

 

 「いけない子にはお仕置き、ね。」

 

 ボクは満員電車内の痴漢プレイとか炭酸水の浣腸は堪忍してくださいと、信じてもいない神に祈った。

 

 

 

 

 「で、そんな格好になった、と…。」 

 「はい……。」

 

 ボクはGAのネクスト関係の部署がある基地で気の毒そうな視線を向けてくるローディー氏に事情を説明していた。

 

 先に喫茶スペースにいたリンクス、メイ・グリンフィールドとドン・カーネルはボクを見た途端、思考がフリーズしていたため、比較的回復が早かったローディー氏が事情を聞くことになった。

 ボクについては10代半ばの男子としか知らされておらず、一目見ようと、喫茶スペースにはリンクス3人の他に時間のある整備班や補給班の姿も見えていた。

 なお、説明がなされるとドン・カーネルは同情的な視線を向け、メイ・グリンフィールドは腹を抱えて爆笑した。

 ローディー氏は疲れた様に眉間を揉んでいるが、そりゃ新人がこんな格好で来るとは普通思わないさ。

 

 こんな格好を具体的に言えば、紺色のミニスカートに白のもこもこセーターと白のニーソックス、肩で切り揃えた髪に藍色のリボン、ボクの年齢(14歳)と容姿(童顔+チビ)と合わせてどことなく小動物的な雰囲気が漂うチョイスだ……自重しようよマダム。

 

 「まぁ、いい。良くはないが、それは脇に置いておこう…。私のことは知っているだろうがローディーという。AMS適正は低いが、GA所属のリンクスでは最古参になる。」 

 「はい、ペットといいます。こちらこそよろしくお願いします。」

 「…あー、本名かね?」

 「真に遺憾ながら…。」

 

 既にマダムによってボクが戸籍登録していないことは知られており、その際にこの名前で戸籍登録されてしまっていた。

 

 「オレはドン・カーネルだ、粗製だが、組んだ時はよろしく頼む。…あー…。」

 「構いませんよ、ペットで…。」

 「お、おう…まぁ気落ちすんなよ。後、オレの事はドンで構わねぇぞ。」

 

 ゲームでは不遇なおっさんだったが、中々良い人の様だ。

 

 「メイ・グリンフィールドよ、初めまして……プププッ。」

 「そこまで笑われるといっそ清々しいですよ。」

 「ごめんごめん、私の事はメイでいいから。」

 

 お気楽な巨乳金髪美少女とはポイントが高い、多分マダムより大きいぞ。

 しかし笑い上戸らしく、時々こっちを見て噴き出している。

 悪い人ではない様だが、余程壺に入ったらしく、笑いが収まる気配は無い。

 

 その後、紹介も終わったボク達は、歓迎会と称して、喫茶スペースでちょっとした宴会をする事になった(勿論ボク以外の人の割り勘だ)。

 生憎とアルコールは昔から苦手なため、ジュースとつまみの料理しか食べていないが、他の3人は結構飲んでいる。

 

 時間的にはもう夕方と言えるが、3人とも結構な酒好きらしい。

 

 ローディー氏は味わって飲むタイプらしく、それなりに高い酒をチョビチョビ飲んでいる。

 凄いのはメイさんの方で、ビールを瓶ごと一気飲みしている(テーブルの下には空になった酒瓶がゴロゴロしている)。

 ドンさんはつい先程、メイさんに酔い潰された。

 どうやら極普通の酒飲みらしい。

 

 で、気付いたら、周囲も宴会場の様に酒飲みに溢れていた…なぜ?

 

 「あの、なんでこんな事に?」

 「お?おめぇ、例の新人の坊主か?」

 「えぇ、多分それです。」

 

 アルコールが入っているものの、まだ正気を保っている年配の整備員に尋ねてみる。

 

 「ここの連中は皆酒好きでな、何かに付けて飲みたがるのさ……そういやぁお前さん、機体のアセン考えてきたか?」

 

 どうやら整備班でも現場責任者か何からしく、機体のアセンブルについて聞かれた。

 

 「アセンですか?そうですね……左背部兵装にOSAGE03、右に047ANR、肩にはBELTICREEK03、右腕はGAN02-NSS-WR、左腕はGAN01-SS-WGをお願いします。ブースターも…メインはGAN01-SS-M.CG、オーバードはGAP-AO.CG、ジェネレーターはGAN01-SS-Gにして…後、メモリーはロックとミサイルロック速度に全部振っちゃってください。」

 「あいよ。結構重くなるが良いのか?」

 「その内、重二脚か四脚に変えるつもりですんで。」

 「ふぅん…そんで機体のカラーリングは?」

 「カラーリングは今のままでいいですよ、エンブレムは……首輪に繋がれたブルドックにしてください。名前はハウンド・ドッグで。」

 「解った。後で組んどくが最終調整の時は来いよ。」

 「解りました。その時はよろしくお願いします。」

 

 その後、天井知らずに盛り上がり続ける宴会場を気付かれないように抜け出した。

 

 

 

 

 帰宅後、マダムに半ば義務として今日何かあったかを報告した。

 これをしないと、また何かされかねないので気を抜けない。

 

 「と、まぁそんな感じです。」 

 「そう、ローディーは相変わらずの苦労性なのね。」

 「やっぱりお知り合いなんですね…。」

 

 伊達にマダムと数え切れない程に肌を重ねているわけじゃない。

 マダムの体の所々には機械の様な感触があり、それが何なのか今まではいまいち確信が無かったのだが、リンクスになった今では解る。

 

 あれは旧式のAMSプラグだ。

 

 人工皮膚か何かで包んで隠しているが、触ればあると解るし、形状や配置が訓練生の時に資料に乗っていた初期型のそれに良く似ていた。

 それにこの人が社会的にそれなりの地位にいて、簡単にアスピナで適性検査や処理、訓練をさせる事が出来たのもリンクス(現役かどうかは知らないが)であるとすれば説明がつく。

 

 

 「私が誰か知りたい?」 

 「…いえ、いいです。」

 

 ボク達はお互いの名前を知らない。

 お互いを主人とその愛玩動物として認識しているボク達にはお互いの本名はあまり意味が無い。

 知った所でこの関係は良くも悪くも変わらないと確信しているからだ。

 

 「今日はもう寝なさい。本社の連中のことだもの、明日には依頼が来るわ。」 

 「解りました。お休みなさいませ、マダム。」

 

 そうしてボクはマダムの寝室を後にして、普段は滅多に使わない自分の寝室に向かった。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………

 

 

 

 現在、輸送機に揺られて移動中、行き先は『ミミル軍港』。

 

 …マダムの言った通りの事態になりました。

 

 今日の朝、起きると直ぐにオペレーターから依頼の説明を受け、ネクストの置いてある基地に行き、兵装の交換と調整を行って、輸送機で出発……もしかしてこの人使いの荒さがGAのリンクス戦力の低下を招いてるんじゃないだろうか。

 依頼内容は勿論『ミミル軍港襲撃』だった。 

他のリンクスは現在別の依頼を受けているため、新人で手の空いているボクが行く事になった。

 弾薬費は無料とのことなので、両背中兵装をOGOTOに換えて、肩兵装を外している。

 メモリーはロック速度に全部振られているので、機動自体は今までと変わらず、最低限の調整も終われば、慣らしも要らない。

 

 『リンクス、間も無く作戦領域だ、準備はいいか?』

 「はい、こちらは何時でも構いません。」

 『よし、後1分程で着くぞ。敵さんは数は多いが、気を付ければどうって事はねぇが油断はすんなよ。』 

 「解ってますって。御忠告感謝します。」

 

  そして暫しの間を置いて、ボクは戦場にやってきた。

 

 『作戦領域に到達、行って来い!』

 

 自身の五体となった機体が固定を解かれて空から落ちていく。

 軍港入り口のやや手前にブースターを吹かして、着水する。

 軍港直上は対空砲火が厳しい上に通常戦力も多いため、今回、ネクストを用いての正面突破が選ばれた。 

 そのため、輸送機は作戦領域に入ることは無く、荷物をその手前で降ろしたのだ。

 

 軍港の入り口には数隻の小型艦と空母が塞いでいるが、背部兵装のグレネードキャノンを展開し、やや上空から手前の小型艦へと攻撃する。

 派手な爆発と共に小型艦が沈み、残りの艦は機関砲で応戦しつつ、密集して火力密度を増そうとするが、それは的を一纏めにするだけの悪手だった。

 これ幸いに、纏まった所にグレネードを数発叩き込み、撃沈を確認してから狭い通路を奥へと急ぐ。

 

 そして、やや広がりを持った場所には多くの停泊中の艦船がいた。

 先程と同系の空母から小型艦に、大型艦、補給艦もいる。

 まだ混乱しているらしく、散発的な攻撃しかしてこない事を良い事に、密集している艦船に次々とグレネードを撃ち込んでいく。

 然したる抵抗も無く、停泊中の艦船は派手に沈んでいく。

 特に補給艦は着弾と共に派手に爆発したため、漸く対空砲火が効果的に機能し始めていた大型艦が巻き込まれて沈黙した。

 途中、2機のノーマルがこちらの気を引こうと攻撃してくるが、その役目を果たす間も無く、2機諸共グレネードで吹き飛ばされた。 

 

 次の敵を求めて奥に行けば、道を塞ぐような形で一隻の潜水艦とノーマルがいたので、何もして来ない内にグレネードで吹き飛ばす。

 その少し奥のドックにも4隻の潜水艦がいた為、途中でこれもグレネードで吹き飛ばしていく。

 

 その後、2隻の潜水艦と1機のノーマルを吹き飛ばし、また広がりを持った場所に出た途端、多数の砲火がこちらを捉えた。

 

 (……ッ…!!!)

 

 喉から声にならない悲鳴が上がり、戦闘に高揚していた頭が冷え上がる。

 反射的にQBを吹かし、敵の砲火が比較的薄い場所にグレネードを叩き込み、そこに突進する。

 突進した先は数隻の補給艦がおり、周囲の艦船を巻き込んで吹き飛んでいた。

 一時的な空白地帯に身を躍らせながら反転、ロックも付けずにグレネードを乱射する。

 的の大きい艦船は対空砲火を生かし切る事無く吹き飛び、動きの遅いMTは近くに着弾したグレネードの爆風だけで吹き飛んだ。

 直ぐ次の目標、近場にいたノーマルを吹き飛ばし、一応の安全を確保した。

 

 (…ッッッ!!!)

 

 危なかった。

 冷や汗を流しながら、残った敵を二度と歯向かおうとは思わせない程に、徹底的に叩いていく。

 幾らかの無駄弾があったが、そんな事は気にも留めなかったし、できなかった。

 この世界に来てからの初めての命の危機に、冷静さを保つことなど出来なかった。

 

 グレネードを乱射しながら進んでいくと、情報にあったAFの姿が見えてきた。 

 同時にグレネードの弾薬が切れた。

 即座にグレネードをパージし、腕部兵装を構えて途中のMTと潜水艦や艦船を撃破しつつ、AFを目指していく。

 

 AF「スティグロ」はAFの名に恥じない威容を持っていたが、軍港からゆっくりと逃げ出す様にはそれを感じることは無かった。

 周辺には護衛も無く、唯の的だったが、ライフルとガトリングガンだけでは削り切れないらしく、その動きは止まらない。

 不意に視界の端に3隻の補給艦が見えた。

 即座にライフルとガトリングガンを向けて発砲、途端、3隻の補給艦は周辺の構造物を巻き込んで大爆発を起こした。

 その余波はスティグロにも届き、後部のブースター周辺を吹き飛ばした。

 結果、唯でさえゆっくりだったスティグロはその足をほぼ完全に止めた。

 だが、完全に止まったわけで無く、少しずつではあるが、未だに出口に向けて動いていた。 

 そしてボクは、スティグロの鼻先へと機体を移動させて………機体から発せられた緑色の閃光が狭い軍港内を照らした。

 

 

 

 

 『………ぃ、ぉぃ、おい!!!』

 

 耳元で大音量で流されたオペレーターの声にボクは漸く正気付いた。

 

 「はい、こちらハウンドドッグです。」 

 『やっと返事しやがったか…ミッション終了、帰還すっぞ。』

 

 周囲を見渡せば、全ての艦船が沈み、スティグロも完全にその動きを止めていた。 

 誰が何時の間に撃破したのだろうかと一瞬疑問に思ったが、自分以外にこの惨状を引き起こした原因が思い浮かばず、何も言わなかった。

 

 

 

 

 今日、ネクストに乗った状態で初めて命の危機を感じた。

 ゲームなんかじゃなく、本物の。

 通常戦力でもネクストを撃破し得ることは話解っていたことだし、自分でも気をつけていたつもりだった。

 それを偶然にも今日、改めて身を以って教えられただけだ。 

 

 (今日のことは一生覚えておこう。)

 

 それがこの世界で生きていくには必要なことであり、『リンクス』としての『ボク』の義務なのだから。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 『リッチランド』はGA所有の大規模農業プラントの一つである。 

 大規模と言うだけあってその生産量はかなりの量であり、GAの重要な収入源でもある。

 これの防衛はGAの利益にとって非常に重要なものであり、これを不当に侵す者がいるのなら、何としても防衛を成功させなければならない。

 わざわざ本社から通信してきたお偉いさんからのありがたいお言葉である。

 

「で、今回は『リッチランド農業プラントの防衛』ですか?」

『あぁ、何でもアルゼブラの部隊が向かっているって情報を得たそうだ。以前鹵獲されたうちのAF『ランドクラブ』もいるってよ。』

「…どうやったらAFを鹵獲されるんでしょうね?」

 

 実はそれは建前で、秘密裏に売り払ってたりして。

 

『知らねぇよ。…後、今回は僚機が付くぞ、初めての共同だからな、気ぃ付けろよ。』

「誰でしょう、ドンさんでしょうか?」

『有澤の大将だそうだ。』

  

 

 

 

 で、時は過ぎ去り、輸送機内部にて

 

 『有澤重工、雷電だ。』

「初めまして、今回両機を務めますハウンド・ドッグ、ペットです。」

 

 まさか社長と挨拶する日が来ようとは…。

 それにしても只管に渋くて重厚だな、流石社長。

 

『相手は通常戦力とランドクラブの混成部隊と聞いている。雷電の敵ではないな。』

「もし、航空戦力がいた場合はこちらが担当しますので。」

『そちらは任せよう。』 

『社長、そろそろ作戦開始時刻ですので…。』

 

 有澤所属のオペレーター(典型的な日本人サラリーマン)が声を掛けてきた。 

 

 「…社長、最後に一つよろしいでしょうか?」 

 『何かね?』

 「よろしければ、後でサインください。」 

 『ブフゥッ!!?』

 

 向こうのオペレーターが何か吹いた様だが、気にしない。 

 それよりも今は社長の返事の方が大事です。

 

 『良かろう、後で届けさせるとしよう。』 

 「あ、ありがとうございます!!家宝にしますので!!」

 『喜んでもらえるのは嬉しいのだが……しかし、そんなに欲しいものかね?』

 「以前から有澤製品のファンでして…。」

 

 主に前の世界でのことだが、ACFAプレイ時は余程の事が無い限り、有澤製のガチタンクをミッション、ランクマッチ問わず使用していた。

 カブラカンを除いた全てのAFを社長で撃破した事もあった程だ。

 特に『レッドバレー突破支援』では景色を楽しみつつ、密集した敵をOIGAMIで吹き飛ばしたり、旧型巨大兵器と真っ向からの撃ち合い合戦もしていた。

 

 『楽しんでいる所悪いが、もうすぐ作戦領域だ。最終チェックは終わらせとけよ。』

 

 オペレーターの声に気を引き締め、機体の状態に気を配る。

 センサー、レーダー、FCS良好。

 各フレームパーツ、各ブースター、各兵装共に良好。

 今回の兵装は左背中をOSAGE03、肩はBELTCREEK03を選択している。

 前回のOGOTOは右背中にそのまま装備している。

 社長と組めば、少なくとも火力で押し負ける事は在りえないだろう。

 社長も既にチェックを終わらせて気を引き締めている。

 それに何より、社長の前という事もあり、無様な真似は出来ない。

 

 『間も無く作戦領域だ、投下するぞ。』

 

 そして2匹の山猫が放たれた。

 

 

 

 

 『敵戦力は既に展開済みか…。』 

 「僅かながら戦闘ヘリもいます、そちらはお任せを。」 

 『あぁ、私は正面から行かせてもらう。それしか能が無い。全てを焼き払うだけだ…。』

 

 AFが最奥に配置しながら、周辺にはノーマルが15機、MTに至っては30機はいる様だが、こちらは2機ともグレネード持ちのため、然したる手間は掛からないだろう。

 先ずボクがOBで先行して、10機程の戦闘ヘリを何もしてこない内にライフルとガとリングガンで撃ち落としていった。

 やや遅れて来た社長は自慢のOIGAMIを展開し、敵密集地帯に向けて轟音と共に砲撃を開始した。

 ノーマルは向けられる砲身から避けようとし、MTは飛来する砲弾を撃ち落とそうと弾幕を張るが、彼らにとっては不幸な事にそのどれもが成功する事は無く、OIGAMIは期待された通りの戦果を示して見せた。

 

 着弾した瞬間、ネクストの兵装とは思えない程の爆風と衝撃が広がり、直撃を受けた者は欠片も残さず、周囲にいた者もその余波だけで動きを阻害され、その隙に更なる砲撃を受けてしまう。

 

 普及型AFにも匹敵する火力という歌い文句は、比喩や伊達で無く、全くの事実であると、そう思わせるだけの光景が次々と生み出されていった。

 

 

 

 

 それを見ていたボクも唯眺めているという事は無く、ヘリを撃墜後、直ちにAFに向けてOBで接近、砲撃を掻い潜りながらも懐に入り、グレネードとミサイルで全ての砲台部分を破壊した。

 …社長のそれに比べれば遥かに地味な戦績ではあるが、依頼達成には大事な事だと、内心で自己弁護してみるものの、今回は殆ど出番が無かった事を覆すには至らなかった。

 視線を戻せば、社長の方は間も無く終りそうだった。

 こちらも終わらせようと機体のPAを確認する。

 先程のOBやAFのミサイルでやや減衰していた分は既に回復しており、AFに止めを刺す準備は整っていた。

 

 「じゃあね。」

 

 そして、AFランドクラブの上部に緑色の閃光が広がった。

 

 

 

 

 で、その後

 

 「で、これがそのサイン?」 

 「えぇ、そうです。」

 

 いつもの報告と共にボクは至福の時を過ごしていた。

 

 ミッション終了後、マダムの屋敷には2日と経たずに送られてきたサインに(見た目の)年相応にはしゃぐボクの姿があった。

 額縁に丁寧に飾られたサインには達筆で「有澤隆文」と有澤重工のロゴマークが描かれていた。

 

 「一生涯の家宝にします!」 

 「あら?じゃぁ、私が贈った首輪はお気に召さなかったのかしら?」

 

 微妙に不機嫌そうに眉を顰めているマダムに気付かないという死亡フラグを作りつつ、ランランルーと鼻歌を歌いながら、ボクは社長のサインを眺め、部屋の何処に飾ろうかなーと考えながらマダムに適当に返事をした…してしまった。

 

 「マダムのあれは手入れも欠かしてませんけど、普段から使用するにはちょっとあれですからねー。」

 

 流石に真っ赤で愛らしいデザインの首輪を常時着用する程、人間を捨ててはいません。 

 …後で思い返せば、これが死線だったのだろうと容易く気付いたのだが、この時の浮かれきっていたボクには気付く事は出来なかった。

 

 知っていた筈だった、マダムが独占欲旺盛かつ唯我独尊で、自分の物に手を出されるのを何よりも嫌い、それと同じ位に自分の物が勝手な事をする事を嫌うのだという事を………身を以て、知っていた筈なのに。

 

 もしここで「マダムの首輪も大切に保管しています。」と応えていれば、この後の悲劇も幾分か軽減されていただろうに…。

 前世からのヒーローに会った事で、この時ばかりはその事が頭から離れていた。

 

 「そう……そうなの。」

 

 ゾクリと、背後からの怒りの気配に全身が総毛だった。

 噴き出した冷や汗を気にする事もままならず、ボクはその場でガタガタ震えながら、振り向く事も出来ずに、唯立ち尽くすことしか出来なかった。

 足音も立てずに、ゆっくりと近づいてくる気配だけが解る。

 あぁ、何でこんな事になったんだろう?と、既にどうしようもない事態だというのに思考を働かせる、あぁ、これが現実逃避か。

 

 信じてもいない神様、最後にボクに素敵なプレゼントを下さってありがとうございます……嬉し過ぎて涙が出そうだよチクショウ。

 

 そして、マダムのたおやかな指がボクの両肩に置かれ、その外見とは裏腹に逆らい難い腕力でボクの体を拘束し、麗しい声がボクの鼓膜を震わせた。

 

 「今日は朝までね…」

 

 外は数時間前に日が昇り、漸く午前中になったばかりの時間であるが、マダムはヤると言ったらこちらにお構いなくヤる人だ。 

 更に…

 

 「フルコースで。」

 「ちょッッ……!!?」

 

 その余りの内容に異論を挟もうとする口を必死に閉じる。

 もしここで余計な事を口に出せば、お仕置きは倍になってもおかしくはない、少なくとも悪化しかしない。

 フルコースとはスカトロ、SM、バイブ、木馬、緊縛、羞恥、コスプレを始め、その他オモイダセナイ程に多様なプレイ内容を一晩以上掛けて味合わせるという、ボクが最も回避したいお仕置きの一つだ。

 

 正気を保てるかなぁ………父さん母さん、先立つ不幸をお許しください。 

 ボクは一足先に黄泉路に行きますね。

 

 実に楽しそうに鼻歌を歌うマダムに手を引かれて、ボクはマダム御用達の「お仕置き部屋」に連れて行かれるのだった。

 

 

 

 

 …………………………………………………………………

 

 

 

 

 「腰が抜けた…。」

 

 うおぉぉ…と体中に走る痛みに呻き声を上げながら、ボクは自室のベッドで布団に包まっていた。

  

 結局、あの後、マダムのお仕置きは2日近くまで続いた。

 もうお仕置きから1晩も経っているのに未だにダメージが抜けないのはそれが原因でもある(それを抜きにしてもマダムのお仕置きが厳しかったのもある)。

 この2日間、やめてくれ、助けてくれと何度叫んだかすら覚えていない。 

 そんな事をしても無駄と解っていても言わずにはいれないし、言わないとSの極みにいる様なあのマダムは満足しない……絶対に言うまでこちらをいたぶり続けることだろうし、言わせるだろう。

 

 更には、初めは痛がっていても、何時の間にか喜んでいるなんて事はざらで、こっちからオネダリしいている事もあった。

 正気付いてから羞恥で悶えるが…。

 あの人の一番厄介な所はどんなに嫌がっていても、気付けばそれを快感に感じる様にしてしまう所だと思う(例、尻)。 

 …忘れよう。

 

 そういえば、2日目の最中、オペレーターから依頼が入っていたそうだが、マダムが断ったそうだ。

 一体どう言って断ったのか聞きたいが、怖すぎて聞けない。

 何でも、先日撃破したアルゼブラ所属のリッチランド襲撃部隊には別動隊がいたらしく、そいつらにまんまとリッチランドを占拠されてしまったらしい。

 しかし、奪還するにはリンクスの人手が足りないらしく(そこでボクに声が掛かったのだが)、今回は独立傭兵を雇う事にしたらしい。

 

 「そういや主人公のミッションだったよね。」

 

 この分だと初顔合わせは当分先になりそうだ。

 考え事より、一先ず体を治す事が先決と、ボクは目を閉じて体を休めた。

 

 

 

 

 「お尻が痛いよう……。」

 

 うつ伏せで寝よう……シクシクシク(泣)。

 

 

 

 

 side madam

 

 「よろしかったのですか?」

 

 サンサンと日光が降り注ぐテラスにて、傍らに侍女長を置きながら、私は紅茶の香りを楽しんでいた。

 その最中、傍らに佇んでいた侍女長がそんなことを言ってきた。

 

 仕えてから10年を超える彼女は、時々こちらの内心を見透かしたような発言をするため、少し困ることがある……その分こちらの注文に応えてくれる為、優秀なのだけど。

  

 「何をかしら?」

 「ペット様を足腰立たなくしたのは、単にマダムの趣味でもありますが、溜まっていた疲労を表出させて、依頼を休ませるためでしょう。それをご本人に告げなくてよろしいのですか?」

 

 やはり侍女長は気付いていたか。

 そう、あの妙な所で真面目な子は上手く休む事が苦手らしく、時折こうやって半ば強制的に休ませなければならないのだ。

 …ベッドの上でも、こちらの要望に応えようとするため、ついついヤり過ぎてしまう事も多々あるが。 

 

 「私が楽しむのが前提だけど、『久しぶり』のお気に入りだもの。この程度の事で壊れてしまってはつまらないわ……それに、賢いペットなら飼い主の心情を読み取ることは当然でしょう?」

 

 とは言っても、まだまだ未熟なあの子の事だから、私の内心を計るには経験が足りなすぎるわね。

 しかし、多少の素質位はあるのだから精進して貰いたい。

 あの子はこの屋敷に初めて来た時も、特に嘆くでも諦めるでもなく、未熟ながらもこちらの反応を伺い、礼儀正しく挨拶してきた。

 恐らく、こちらがどの程度の物か計っているのを、感覚的に理解していたための反応だったのだろう。 

 こうして買ってきた人間は大抵問題があるものだが、あの子の場合は根っこの部分が全くの『平凡』であり、『善良』なのだ。

 気まぐれに人を買って、育てては捨てている私が言うのも何ではあるが(そのため、知り合いや部下にはマダム呼ばわりされるのだが)、どうしてあんな子がラインアークの最下層にいたのか不思議でならない。 

 没落した貴族や企業関係者ならラインアークのもっと上層で暮らしている筈だし、ラインアークの一般層ならもう少し荒んでいる筈なのだが……まぁ、気にしても無駄よね。

 

 「そう言えば、依頼の方は独立傭兵とダン・モロが達成したとの事です。」

 「あの新入りね、カスミ・スミカのお気に入りか…。」

 

 新たな話題に思考を切り換える。

 ダン・モロはどうなろうと構わないが、問題は前者の方だ。

 一時、行方不明だったレオーネ・メカニカの最高戦力はどうやら後継者を育てていたらしい。

 現在、その新入りは何処の企業にも属さずに依頼を遂行している。

 目立った失敗も無く、現在は新人ながら中堅クラスのリンクスとして企業に認識されている。

 

 「どこが抱え込めるかしら?」 

 「現状では不明としか言えませんね。」

 

 まぁ、そうだろう。

 別に明確な答えを期待していた訳でもない。 

 こればかりは時期を待つしかないか。

 

 「おかわり。」 

 「かしこまりました。」

 

 一先ず、可愛いあの子が起きて来るまでは、この紅茶を楽しむとしましょう。

 

 

 

 

 

 




微修正しながら昔を懐かしむ作業中。

そして艦これ改まだかなー。
JAIL?何の話だい?(白目


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ACFA 6~8

 

 

 「フンフフーン♪」

 

 先日のお仕置きからもう1週間、体も回復したボクだが、今の機嫌の良さは他にもある。

 なんとボクの機体「ハウンド・ドッグ」にGAN02-NEW-SUNSHINEのパーツを使える様に成ったのです!! 

 

 正直言えば、それより有澤製タンク脚部が欲しかったのだが……生憎とボクには適正が無かった。

 アスピナの訓練生時代、タンク脚部でAMSを接続した途端、強烈な車酔いにも似た不快感と浮遊感を感じて気絶したのは今でもよく覚えている。

 あぁ、嘗て培った経験とノウハウは生かす事無く消えてしまった…。

  

 閑話休題、ハウンド・ドッグの方だが、今回のパーツ解禁を機に割と大幅にアセンを変更した。

 内装系はそのままに、頭部、胴体をNSSのGAN02-NSS-H、GAN02-NSS-Cに、左腕のガトリングガンを拡散バズーカ(GAN02-NSS-WBS)、右腕のライフルを強化型ガトリングガン(GAN01-SS-WGP)、肩部兵装の連動ミサイルも最多装弾数のもの(MUSKINGUM02)に換装、更に格納火器に強化型ハンドガン(GAEN01-SL-WH)を装備し、メモリーは200まで増えたので(マダムからご褒美として与えられた)、ロック速度とミサイルロック速度を最大まで強化し、残りは腕部運動性能と照準精度に残りを振っている。

 残りの右肩はミッション毎に変更するとして、これで漸く対ネクスト戦もある程度は戦える準備が出来た。

 

 

 

 

 何故、こんな大幅な変更を行ったかと言うと、今度の依頼が関係していた。

 

 『敵ネクスト迎撃』

 

 珍しい内容でも無いと考えそうになるが、そんな事は無い。

  

 やや話は反れるが、GAの期待の新規標準機GAN02-NEW-SUNSHINEであるが、実は未だ目立った戦績は上げていない。

 そのため、現在は売り上げが今一つであり、GA上層部も頭を悩ませていたのだが、ここに諜報部からある情報が入ってきた。

 

 『今度の作戦でインテリオル・ユニオンがワンダフルボディの撃破を狙っている、しかもそれを担当するのはレイテルパラッシュ、ウィン・D・ファンション。』

 

 この情報にGA上層部は大いに慌てた。 

 幸いにも、インテリオル側は両機を雇う予定は無いそうだが、それを差し引いても粗製リンクスであるドン・カーネルでは『GAの災厄』に勝てる筈が無い。

 そして、もしワンダフルボディが撃破されれば、唯でさえ低いNSSの売り上げが更に低下し、GAのネクスト技術に対する信用問題にすら発展しかねない。

 このままでは、唯でさえ貴重なネクスト戦力を失い、今後の経済戦争に支障をきたす事にもなる。

 

 GA上層部は無い知恵(自社傘下のBFFやオーメル側によく出し抜かれる)を振り絞って考えた。 

 そして至った結論が『戦力の増強』である。

 単純であり、それしか有効な策がなかったとも言える。

 しかし、新たに粗製リンクスを育成するにも時間が無いし、まかり間違っても貴重なネクスト戦力を失いたくない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、新入りのボクだった。 

 まだ戦力化して時間の短いボクなら失った所で影響は(伝説となったローディー氏やそれなりに高い戦績を持つメイさんと比べれば)低く済む。

 かと言って2機もネクストを失いたくはないので、それぞれに可能な限り強化を行う。

 

 これがボクの機体にのパーツが装備可能になった理由だった。

 ここで、単に戦力の増強なら独立傭兵を雇えば済む話なのだが、ここで上層部がもしも『NSSでインテリオル・ユニオンの新規標準機であり最上位ランカーでもあるレイテルパラッシュことウィン・D・ファンションを退ければ、今後のNSSの売り上げが向上するかもしれない』という目先の欲に釣られたがために、依頼はボクとドンさんの2人で達成しなければならなくなったのだ。

 

 …そんな単純思考だからBFFのロリコン爺ぃやオーメルの連中に出し抜かれるんだよ!!!と言ってやりたいが、決まってしまったからには達成しなければならないのが企業専属リンクスの辛い所だ。

 

 

 

 

 で、機体が整備中のボク達は何をしているかと言うと……

 

 『そっちに行ったぞ!』 

 「ちっ、このぉッ!!」

 

 現在、ドンさんと一緒にシュミレーターで訓練中。 

 ボクとドンさんは対ネクスト戦の経験が無いので、今までにGAが採取したレイテルパラッシュの戦闘データ(という名のGAの惨敗記録)を基にして作った戦闘プログラムを相手に連携しての戦闘訓練をしています。

 

 既に開始から1時間以上経過していますが、2対1のくせに未だに勝てていません。

 こっちは重2脚と重2脚寄りの中2脚で、ミサイルやガトリング、拡散バズーカなど火力も豊富ときているのに全然駄目です、早すぎます。

 ここまでの絶望感は、かつてAC2AAのセラフを相手にして以来です……これ絶対レギュレーション1.20だろ!!

 

 特に実弾防御重視のNSS(と言うよりGA系列)では、少佐砲ことデュアルレーザーキャノンのHLC09-ACRUXやレーザーブレードのLB-ELTANINの一撃でコクピットごと破壊されることも多い。

 また、ネクスト同士の連携が初めてなのもいけなかった。

 ドンさんも通常戦力の相手ばかりだったそうで、適正の問題もあり、上手く行ってない。

 目視だけでなく、今回からちゃんとロックオンして撃つ事も学んでくれたが、それでも動きがメイさんやローディー氏、ボクに比べるとどうしても鈍い。

 今はボクが前衛、ドンさんが後衛と役割分担しているが、この役割に慣れるのもかなり掛かったし、まだ互いの呼吸を読むなどの高等技術は遥か彼方だ。 

 幸いにも、今回の依頼が開始されるまでまだ1週間近くあるため、こうして詰め込み式で訓練できているのだが、問題もある。

 

 『やべぇ、もう…。』

 『ワンダフルボディ、AMS負荷がイエローにまで悪化。今日はここまでだ、これ以上は危ねぇ。』

 

 粗製リンクスの限界とでも言うべきか、ボクは最長3時間近くネクストに搭乗できるが、ドンさんは精々1時間といった所で、戦闘可能時間は更に短く、休憩も少なくとも1時間は入れなければならないので、訓練時間の短縮にも繋がっている。

 なんとか連携らしきものが形になり始めて、全滅までの時間が1分以内の秒殺から3分以上まで向上しているが、このままでは想定通りの2対1でも負けてしまうだろう。

 どうするべきかと頭を悩ませるが、然したる良案も浮かばない。

 一先ずは休憩することにして、シュミレーターから降りよう。

 

 

 

 

 GAのネクスト関連部署には当然の事ながら訓練用のシュミレーター室もあり、ボクはそこの備え付けのベンチに座りながら、青い顔でベンチに寝転がるドンさんの様子を見ていた。

 

 「大丈夫ですか、ドンさん。」

  「…かなりきつい……すまねぇな、オレが足引っ張ってちゃ世話無ぇ…。」

 

 ボクより年長者のドンさんとしては、まだ世間一般では子供のボクにこうやって心配されるのは忸怩たるものがあるのだろう。

 

 「…何か欲しいものとかありますか?」 

 「水…。」

 

 今日はもう休ませないと危ないなと思いつつ、室内の休憩スペースにある自販機からミネラルウォーターのボトルを買ってくる。

 

 「どうぞ。」

 「あんがとよ…。」

 

 起き上がるのに手を貸し、ボトルの蓋を開けて渡す。

 

 「フゥゥゥ…。」

 

 水を飲んで多少は落ち着いたのか、顔色が少し戻ってきた様だ。

 

 「今日はもう休みましょう、これ以上は体に毒です。」 

 

 元々、その致死量に至る負荷から医療技術としての利用が諦められたのがAMSだ。

 無理をすれば続けられるが、それをすれば間違いなく廃人か死人が出来上がるだろう。

 

 「今日は寝る、すまねぇが手ぇ貸してくれ…。」

 

 こうしてその日の訓練は終了した。

 

 

 

 

 side  Don Colonel

 

 「情け無ぇなぁ…。」

 

 オレは自室のベッドで本音を漏らした。

 上層部からオペレーターを通じて事の次第は聞いた。

 別にそれに関しては嘆く事があっても、情け無さを感じることは無い。

 問題は、オレの事情に関係無いガキを巻き込んだことだ。

 上層部の命令なら仕方ないとも思ったが、あの位のガキに頼らなけりゃ生き残れない自分を思うと、どうしてもそう考えちまう。

 仮にもいい歳したオッサンがよ……。

 その日は考え事は鬱になるだけだと、思考を止めて毛布を被った。

 

 

 

 

 で、翌朝

 

 「あっ、おはようございます。」

 

 昨日の悩み事の原因がいた。

 

 「ちょっと待ってくださいね、今終わらせてきますんで。」

 

 と言って、部屋に備え付けのキッチン(殆ど使った事は無い)に向かって行く。 

 臭いからすると、料理を作っていたらしい……多芸な奴だな。

 因みに、その姿はやや薄手のTシャツに裾が殆ど無い程に短いジーンズにエプロンと、本人の年齢と細い手足、色白な肌と子供の様な容姿もあって、まるで子供のおままごとの様に見える。

 

 「何やってんだ、オメェ…。」

 

 ネクストに乗ってもいないのに痛くなってくる頭を抱えつつ、目の前で楽しげに食事の準備をするペットに尋ねる。

 曰く、これから作戦まで2人で共同生活をするとの事。

 

 「マダムに尋ねてみたんですけど、連携の呼吸を合わせるならこういう風に寝食を一緒に過ごすのが良いのだそうです。」

 「…ちょっと待て、オメェん所のマダムは許可したのか?」

 

 ローディーの旦那が言ってたが、こいつの言うマダムは相当のやり手で、BFFの連中とも親しいらしく、ウチの上層部も無視できないらしい。 

 その人格は唯我独尊で知られており、自分の物であるペットをどこぞの馬の骨(自分で言ってて落ち込む)の元に貸し出すとは思えない。

 

 「いえ、事の次第を話すと許可してくださいました。」

 

 いやー良かった、と無邪気に笑うその姿に、その気の無いオレは不覚にもちょっとドキッとした。

 

 「あ、そういえば、マダムからお手紙を預かってます。」

  

 どうぞと渡された封筒を開ければ、流麗な字で書かれた手紙が入っていた。

 

 『 連携の参考にその子の呼吸や性格、性質を掴んでおきなさい。

   それと、私の物に手を出したら…。 』

 

 最後の…が怖すぎるぞ。

 

 

 

 

 さて、朝からハプニングがあった訳だが、やる事に変わりは無い。

 朝食後(かなり美味かった)、今もシュミレーターに乗って、対レイテルパラッシュ戦を繰り返している………もう20回以上になるか。

 

 『それッ!』

 

 ペットの機体、ハウンド・ドッグが大量のミサイルを発射する。 

 オレのワンダフルボディも持って行けとばかりに両肩の垂直ミサイルを放つ。

 が、当たらない。

 ミサイルの軌道の奥へ、奥へと高速で進むその動きにミサイルが付いていけていない。

 無論、完全に被弾が無い訳ではないが…。

 QBを吹かし、左に回避。

 直後、寸前まで機体があった場所を2本のハイレーザーが貫いていく。

 これだこれ、GA製の機体には天敵とも言えるEN兵装こそが、その機動性と並ぶ脅威。

 絶対にハイレーザーは避ける事、昨日の訓練で真っ先に学んだ事だ。

 ハウンド・ドッグがガトリングの雨を降らせる。 

 流石に雨あられと降り注ぐ弾丸は避け切れないのか、レイテルパラッシュは素早く距離を置いた。

 ここまでは昨日通りだ……そして、ここからが本番だ。

 

 「ペット!!!」

 

 無言実行とばかりに距離を置こうとするレイテルパラッシュにハウンド・ドッグが突撃する。

 オレはそれをミサイルと拡散バズーカで支援しながら少し遅めに接近していく。 

 そして、レイテルパラッシュがレーザーブレードを構え、ハウンド・ドッグに切り掛かり……発射される大量のミサイルの波に飲まれた。

 

 訓練開始当初、対レイテルパラッシュ戦の策として遠距離からの飽和攻撃と近距離の避けようもない距離での攻撃が挙げられた。 

 昨日は装備の関係上、中距離以近のミサイル攻撃が主力となったため、仕留め切る前に接近戦に持ち込まれた。

 

 そして今回、今の所はうまく行っている。

 レイテルパラッシュがミサイルを何とか超えて出てくるが、先程に比べればボロボロだ。

 そして隙無くブレードでコアを斬り裂く所は流石としか言い様が無い……っておい、そこで隙を晒すなアホ!!!

 

 結果として20秒後にその一戦は終了した、結果は言うまでも無かった。

 

 「ごめんなさい…。」

 

 まるで小動物の様な反省ぶりに、甘い考えが浮かぶが反省会の方が先だ。

 

 「なんであそこでバズーカを撃たなかったんだ?」

 「ミサイルがまだ発射中でしたから、セーフティの関係で撃てなかったんです。ガトリングは撃ってたんですけど…。」

 「じゃぁ、アサルトアーマーは?」

 「発動しようとしたんですけど、その前に斬られました。」

 

 こっちの反応速度の問題か…。

 オレは粗製だから問題外だし、こいつはこいつで肉を切らせて骨を断つ的な火力で圧倒する戦闘を好む中距離型なので、軽量かつ高機動が相手ではどうしても出足が遅れるか。

 

 「次はより近づかれるより早く発動するしかねぇか。」 

 「GAにもブレードがあれば良いんですけど…。」

 

 あるのは解体屋専用の鉄塊だけだからなぁ…。

 弾数制限が無いのは良いんだが、如何せんPA貫通力とリーチが足りない。

 好んで使っているのがカラード最下位チャンピオンチャンプスのみなのが、このパーツの価値を物語っている。

 …こんなのを使うのは余程酔狂な奴だけだな。

 

 「それはさて置き…接近戦ならまぁ何とかなる目処が立ってきました。」 

 「マジかそりゃ!?」

 「無論、2人係が前提ですし、問題もありますよ。」

 

 説明を聞くと、確かに問題が山積みだったが…。

 

 「…OKだ、そんな奇策でも具体的な目標の無いままよりはマシだな。」

 

 寧ろ、それぐらいしなけりゃ、生き残れんかもしれん。

  

 

 その後、作戦当日まで6日間をオレ達はその奇策の練習を続けた…………寝食を共にしながら。

 

 

 

 

 …………………………………………………………………

 

 

 

 

 そして、作戦当日が来た。

 

 こちらは既に作戦領域に展開しており、機体の調整も万端で抜かりは無い。 

 この6日間に死に物狂いで訓練したが、結局、奇策の成功確立は5割以上6割未満という結果しか出せなかった。

 やはり、自分にはリンクスとしての才能が無いという事なのだろう。

 それでも経験を積めば、ローディー氏の様に成れるかもしれないが、それは置いておく。

 問題は目の前の危機にどう対処するかだ。

 

 「ドンさん、チェック終わりましたか?」 

 『あぁ、問題は無ぇ。整備班が気合入れてやってくれたからな。』

 

 ボクの機体だけでなくドンさんもメモリーが増加し、ロック速度とミサイルロック速度が強化されている 

 上層部の計らいの一つだが、有難いので素直に感謝しておこう。

 

 唯問題があるとすれば…

 

 『それにしても、オメェの機体は…。』

 「言わんといてください。」

 

 ボクの機体の方が問題だった。

 別にアセンブリが変更された訳では無い。

 唯、機体のカラーリングが変更されただけだ。

 

 全体が白、灰、黒のカラーリングで統一され、頭部の間接とオプション部分のみが赤く塗られている…まるで首輪とリボンの様に。 

 エンブレムも赤い首輪のブルドッグから赤い首輪とリボンのついた白いチワワになっていた。

 

 そう、マダムの仕業である。

 

 ボクからの注文ではないが、うちの整備班はしっかりこなしてしまったらしい……単に悪乗りしただけかもしれないが。

 機体を見た瞬間のボクの絶望した顔を見て、整備班の人達は謝ってくれたが、ボクの羞恥心が消える筈も無い。

 せめてボア・ハウンド位なら恥ずかしくないのに…。

 そんなアホな事を考えていると、不意にドンさんが話し出した。

 

 『…なぁ、ペット。』

 「なんですか?」 

 『すまなかったな、オレの事情に巻き込んで。』

 「…言いっこ無しですよ、今後はボクの方が助けてもらうかもしれませんしね。」

 『そうか』

 「そうですよ。」

 『そうか。』

 「そうですよ。」 

 『そうか…。』

 

 この人なりに今の状況は思う所があるのだろうか、随分今さらな事を言われた。 

 …まぁ、愚痴を誰かに言っておくのも大切な事だし、良いか。

 暫く無言のまま時が過ぎて行くが、遂に時間が来た様だ。

 

 『作戦領域に囮のコンテナトラックを確認した…お出でなすったぞ。』

 

 一瞬で思考が戦闘状態のそれに切り替わる。

 機体のチェックは既に完了、自機と両機の配置を確認……作戦通り、以後無線はカットする。 

 そしてドンさんがトレーラーを破壊したのをレーダーで確認した直後、本命が来た。

 

 『1機か…さっさと終わらせる。』

 

 その宣言通りに、レイテルパラッシュはワンダフルボディに急速に接近していく。

 

 『へっ、来やがったか!』

 

 それに対し、ワンダフルボディは距離を保ちつつ、フィールド内の廃ビルに紛れながら、垂直ミサイルを放つ、が、よく見るとまともにロックオンしていなくともミサイルを発射している様だ。  

 無論、それでは当たらないし、ロックオンして撃った所で避けられるが、目的は果たしているので問題は無い。

 

 『なるほど、粗製というのは本当らしいな。』

 

 ウィン・D・ファンションが然したる感情も見せずに呟く。 

 ドンさんとしても事実なので反論しないし、その余裕も無い。

 常に距離を取り、ミサイルを放ち続けるワンダフルボディとそれを追うレイテルパラッシュ。

 

 本来、ドンさんには荷が重すぎる相手だが、辛うじてデュアルハイレーザーを受けずに(それ以外のパルスやレールガンはちょくちょく当たっている)済んでいるし、ブレードの間合いには入っていない。 

 だが、その状況を保っているだけでドンさんには限界だった。

 じわじわとダメージが蓄積し、ワンダフルボディの動きが悪くなっていく。

 

 そして、戦闘開始から3分程だろうか、遂にワンダフルボディのミサイルが尽きた。 

 直後、ワンダフルボディはミサイルをパージして両腕の拡散バズーカに切り替える。

 そしてレイテルパラッシュはこれを好機と見て、一気に接近していく。

 ワンダフルボディは拡散バズーカで迎撃するものの、高機動を誇るレイテルパラッシュには当たらない。

 そして背の低い廃屋を超えて、遂にレイテルパラッシュがレーザーブレードを展開し…

 

 

 …ようとした所で、廃屋から伸びる腕に足を掴まれた。

 

 

 『何ッ!!?』

 

 ウィン・D・ファンションがこの戦場で初めて動揺の声をあげた。

 ボクはそれを意に介さず、動きを止めたレイテルパラッシュを後ろから羽交い絞めにし、押し倒した。

 

 『く、このッ…!』

 

 レイテルパラッシュがボクのハウンド・ドッグを振り解こうともがき、ブースターを吹かすが、自機の上に乗った重2脚1機分の重量の前には成す術が無かった。

 

 「ドンさん!!」 

 『任せなぁ!!』

 

 近づいてきたワンダフルボディが、すかさずレイテルパラッシュの両腕に向けて近距離から拡散バズーカを発射する。

 

 『ぐ、ううぅぅ!!』

 

 元々装甲も薄く、実弾には弱いY11-LATONAが原型のレイテルパラッシュではその攻撃に耐え切れず、兵装を破壊され、両腕に損傷が発生する。

 更に、拡散バズーカをパージしたワンダフルボディが背中の兵装を引き剥がしにかかった。

 

 『き、貴様らぁ!!』

 

 レイテルパラッシュが先程よりも激しく暴れだし、押さえ込んでいるボクは必死に振り解かれまいとしがみ付く。

 

 「ドンさん、急いでください!!」

 『解ってらぁ!!』

 

 そして、ボクらは無事レイテルパラッシュの全兵装を破壊する事に成功した。

 

 

 

 

 策の内容は極単純なものだった。 

 高速で動く敵に攻撃が当たらないのなら、相手に当たる距離まで近づいてもらえば良い。

 作戦そのものはワンダフルボディが標的ならば、多少怪しくとも相手は乗ってくるだろう(ボクがワンダフルボディの僚機だという事はGA上層部が可能な限り秘匿していた)。

 しっかりロックオンする重要性を理解したドンさんが前半にミサイルを乱射していたのは、ボクのハウンド・ドッグを隠す為のものだった。

 無論、最初から起動状態では感づかれる為、戦闘が開始してワンダフルボディがある程度ミサイルを乱射してレーダーに感知され辛くなってから起動した、それも少しでもレーダーに反応しないようにPAを展開せず、ジェネレーター出力も起動に最低限必要なまで出力を落とした状態で。

 そして、ワンダフルボディがボクの隠れた場所に、上手くレイテルパラッシュを誘い込んだ絶妙なタイミングで姿を現す。

 

 無論、ワンダフルボディがそのまま撃破される可能性もあったし、流れ弾に被弾したボクが撃破される可能性もあった。

 しかし、対ネクスト戦の経験が薄いボク達がランカー第3位の「真鍮の乙女」に勝つにはどうしても彼女の裏をかく必要があった……それがどんなに危険であっても。

 結果的にはボクらはこの危険な賭けに勝った。

 二度としたくないし、できないだろうがそれでも勝ったのだ。

 

 『で、これからどうするんだ?』

 

 ドンさんがやや困った様に聞いてくる。 

 正直、成功した後の事は考えていなかった。

 

 「えぇっと……中の人は殺して、機体だけ貰っちゃいましょうか?インテリオル側の最新鋭ネクストですし、GA側としては宝の山でしょう。」

 

 EN兵器主体とは言え、敵対勢力の最新鋭ネクスト技術はかなり貴重なものだろうし、自社の最新鋭ネクストが(2機がかりとは言え)鹵獲してきたのなら、上層部も文句は無いだろう。

 

 『殺せ…生き恥は晒さん。』

 「じゃぁドンさん、コクピットだけ破壊してお持ち帰りしましょう。」 

 『おう。』

 

 『やめろオメェら、緊急事態だ!!』

 

 突然、焦った様子のオペレーターから通信が入った。

 

 『どうした?そんなに慌てて。』

 

 嫌な予感をバリバリ感じながら、ドンさんがオペレーターに尋ねる。

 

 『作戦領域に敵ネクストが接近中、相手は…!』

 「…あー、こっちでも確認しました。」

 

 ハウンド・ドッグの右背中のレーダーがOBを使用して接近してくるネクストを確認した。 

 

 『おい、ありゃぁ…。』 

 「やっぱりと言うべきでしょうかねぇ…。」

 

 現れたネクストは1機だけだったが、その1機が問題だった。

 

 黒灰色に塗装された、希少価値の高いアルドラの旧標準機HILBERTを基準に右背中に標準型近接信管ミサイルのDEARBORN02、左背中に高速ミサイルのVERMILLION01、肩には標準型連動ミサイルのBELTCREEK03、左腕には強化型ガトリングガンのGAN01-SS-WGP、そして右腕には腕武器版のデュアルレーザーのHLR09-BECRUXを装備した機体。

 極めつけに「緑の四葉のクローバー」のエンブレムを持つネクストと来たら、この世に1機しかいない。

 

 『マイブリス……カラードランク第7位、ロイ・ザーランドかよ…。』

 

 企業に属さぬ独立傭兵の中でも最強クラスのリンクスだった。 

 

 『らしくないな、ウィン・D?』

 『すまないロイ、しくじった…。』

 

 こっちの事をそっちのけで会話する2人……別に良いですけど、微妙に甘い雰囲気が感じられます。

 

 『おい、今の内にヤっとくか?』

 

 ドンさんが秘匿回線で話してきますが、やめといた方が良いでしょう。 

 ハウンド・ドッグもワンダフルボディも兵装は格納している強化型ハンドガンのみの状態では、どんな奇跡が起ころうともどうしようもありません。

 

 「もしそれで本気になられたら、ボク達じゃ太刀打ちできませんよ……それよりボクに考えがありますんで、もし失敗したら二手に分かれてOBで離脱しましょう。」

 

 じゃぁ、分の悪い、賭けにもならない賭けをしますか。

 

 「あのー…お話中すみませんが、ちょっとよろしいでしょうかザーランドさん。」

 『おう、なんだ?』

 『ぶぶふぅッ!!?おまッ!?』

 

 ドンさんがあたふたとしてますが、今は放っときます。

 

 「あなたへの依頼はレイテルパラッシュの救出で合ってますか?」

 『あぁ、インテリオルからはそう聞いてる。』

 「でしたら、ボク達はレイテルパラッシュに手を出しませんから、見逃してくれませんか?」

 『おいおい、敵を見逃せってか?』

 「あなたは独立傭兵です。企業専属のボク達と違って、報酬分だけ働けば良いだけでしょう?楽して依頼を達成できるのならそれにこした事は無いと思いますが。」

 

 これは正直言って賭けにもならない。

 向こうが本気を出せばこちらは全滅、ただし依頼を完遂する確立は低くなる(レイテルパラッシュはまだこちらの手の内にある)。

 それは自身の信用を落としてしまう事になるし、何より、この独立傭兵はウィン・D・ファンションが傷つく事を良しとしないだろう事が重なって、漸く今の状況を成り立たせていた。

 

 『お前……すげぇ奴だな。』

 

 不意に幾ばくかの間を置いて、ザーランドさんが感心した様にそんな事を言った。

  

 「はい?」

 『こっちは命の切り売りをしてるんだ、傭兵って言っても金以上の働きはあんまりしたくない………良いぜ、美人を助けるためだしな。オレはお前らを見逃す、代わりにウィン・Dは置いて行けよ。』

 

 あっさりと了承されました。

 

 『おおい!良いのかよ、そんなんで!』

 

 ドンさんが心配げに言うが、この人ならまぁ問題ないでしょう。

 

 『おいおい、信用無ぇなぁ……じゃぁ、これでどうだ?』

 

 そう言うとマイブリスの腕部兵装がパージされた……そこまでしますか。

 

 『GA製の機体なら実弾には強いし、そっちのお前はチャフも持ってるだろ。これでオレは事実上無効化されたわけだ。』

 

 「ドンさん、もうよろしいでしょう?」

 『あ、あぁ……あんたすげぇな、オレには真似できねぇ…。』

 

 ドンさんが呆れとも尊敬とも付かない様に言いますが、その点に関しては同意見です。

 

 『礼を言うなら相方に言うんだなオッサン。その坊主が言い出さなきゃこんな事考え無ぇよ。じゃ、そろそろ頼むぜ坊主。』

 「ではレイテルパラッシュを解放します。」

 

 そして、解放されたレイテルパラッシュは即座にハウンド・ドッグの顔面を殴りつけた。

 

 「ぶへむッ!!??」

 

 何故に!?と考えつつ、倒れ込むハウンド・ドッグ。 

 そしてそこに馬乗りになって拳を振るい始めるレイテルパラッシュ。

 

 「ぶげ、おふ…ッ、ぷろあぁっ!!?」

 『この、この、この……ッ!!!』

 

 その拳を無防備に受け続けるボク。

 如何にGA製だと言ってもAMSだから痛いのなんの、呆然としていたザーランドさんとドンさんが止めてくれた頃にはボクは痛みで意識を失いかけていた。

 

 『おいおい、やめろってウィン・D。』

 『恨むのは解るがなぁ…。』

 

 マイブリスがレイテルパラッシュを後ろから羽交い絞めにし、ワンダフルボディがボクを抱えて遠ざけてくれたが、レイテルパラッシュはまだ暴れていた。

 

 『だから落ち着けって。』 

 『許せるか!!こいつは今までわ、私の…!!』

 『何やったんだ、おめぇ?』 

 「いや、さっぱりです。」

 

 本当に心当たりは無い。

 今までレイテルパラッシュを拘束していただけで……………あ。

 

 「ネクストのAMSって、機体の情報がリンクスに感覚(疑似的なものだが)として伝わりますよね?」

 『それが?』

 「ボクがさっきレイテルパラッシュを捕まえてた時、掴んでた場所はコア中心の辺りでした。」

 『…あー、人間なら胸を鷲掴みだな。』

 

 要はそういう事なのだろう、にしてもこのご時世に胸を触られだけでここまで騒ぐかな………あぁ、だから乙女なのか。

 案外、的を得た揶揄だったんだなぁ…。

 

 『ロイ、貴様まで何処を触っている!!』 

 『だから落ち着けって、ぶへッ!?』

 

 あ、マイブリスにレイテルパラッシュの頭突きが決まった……と言うか、実弾防御の低い機体で打撃なんかしたらマニュピレーターが拉げるぞ。

 えぇっと……。

 

 『もう大丈夫そうだし、行くか。』 

 「そうですね。」

 

 何か、最後はグダグダになって終りました。

 

 

 

 

 で、何時もの報告会

 

 「そ、それはまた何とも……。」

 

 偶々マダムの寝室に来ていた侍女長(金髪碧眼の男装が似合いそうな美人)が話を聞いて、実に微妙な顔で相槌を打った。 

 ちなみに、話を聞いたマダムは現在大爆笑中で喋る所では無い。

 

 「まぁ、何とか依頼は達成出来ましたし、上層部としても先ずは一安心できたんじゃないでしょうか?」

 「それはそうでしょうけど…。」

 

 侍女長はまだ何か言いたげだが、もう終った事である。

 

 「…あー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだわ。」

 

 漸く落ち着いたマダムが口を開いた……が、まだ微妙に口元がひくついている。

 

 「まぁ、生き残ったのならそれで良しとしましょう……ただし、もし無様な様を見せたら解ってるわね?」

 

 眼が怖いですよマダム!? 

 侍女長さんも笑ってないでどうにかしてください。

 

 「まぁまぁ、落ち着いてくださいませマダム。ペット様は過程はどうあれ、最上位のランカーに勝利したのですから、ここは何かご褒美など如何でしょう?」

 

 侍女長さん、ボクには今あなたの姿が天使に見えています。 

 心の中で拝ませてください。

 

 「そうねぇ………うーん、じゃぁあなたで。」

 

 そう言ってマダムが指差した先には侍女長がいた。

 

 「私、ですか?」

 

 嫌な予感がするので退避します。

 どっちみちお仕置きを受ける事になりそうですが、ボクの本能がエマージェンシーを告げています。 

 そろりそろりと抜き足差し足…。

 

 「あなた、恋人もいないのでしょう?幸い、この子は可愛いし、今夜だけなら貸すわよ。」 

 「し、しかし…。」

 

 マダム、それはご褒美になっていません。 

 寧ろボクの方こそご褒美になってませんか?

 あ、マダムが侍女長の耳元で何か囁いてる……よし、ドアまで十分に近づいたこれで逃げられる。

 そして、ボクは自由に向けて駆け出…

 

 グワシッ!!

 

 …そうとした所で、侍女長に両肩を拘束された。

 

 「ペット様…。」 

 

 俯いた顔が前髪に隠れて表情が解らないが、万力の様に締め上げる腕からは逃がすつもりは無い事が解った、と言うかかなり怖いですよ侍女長。

 

 「さぁ、行きましょう…。」 

 「聞きたくないんですけど、何処へ?」

 「決まっています。」

 

 否な予感しかしませんが、逃げるのは無理っぽいなぁ…。

 

 「私の寝室です。」

 

 あぁ、やっぱり。 

 侍女長、あなたは天使であるのは確かですけれど、上に「堕」が付くんですね?

 できれば今日位は一人で寝たかったなぁ…。 

 そうしてボクは侍女長の寝室へと連れて行かれるのだった。

 

 「いってらっしゃ~い♪」 

 

 唯一人、マダムだけは楽しそうだった。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………

 

 

 

 

「ランクマッチですか?」 

「そうよ。」

 

 いつもの如く、唐突にマダムに呼び出されるとそんな事を言われた。 

 

 先日、侍女長に喰われた体力(侍女長はマダムの護衛の総責任者でもある為、体力は人一倍ならむ人三倍ある)を漸く回復し切ったと思ったら、いきなりこの呼び出しである。 

 で、呼び出した用件は上記の通り。

 

 「あなたはネクスト戦の経験が足りない。前回の依頼で、それは自分でもよく解っているでしょう?ドン・カーネルも暫くは依頼が無いそうだから、ランクマッチに専念するそうよ。あなたもこの際だから経験を積んでみなさい。」

 

 という訳で、カラードでランクマッチを受ける事になりました。 

 幸いにも、マダムが手を回してくれたらしく、ランクマッチはその日の内に受けられるそうだ…………ただし、3人連続で。

 直談判しましたが、マダムの「もう呼んじゃったし、キャンセルしたら私の顔に泥を塗ることになるのだけれど?」のお言葉に諦めました………所詮、愛玩動物の身ですから。

 

 さてカラードマッチだが、対戦自体はカラードにあるシュミレーターで行うのでそこにしました。

 機体のデータは各自で持って行くため、機密が漏れる事は無い。

 そして、ランクマッチを行ったのだが……。

 以下、結果のみ報告。

 

 No.31チャンピオン・チャンプス戦 

 豪快な工事現場のおっちゃんでした。

 SSベースの機体は実弾防御がかなり高く、全リンクス中、唯一両腕に鉄塊ことドーザーを装備している。

 地上での撃ち合いはアルドラのやや軽量なグレネードキャノンと高速ミサイルを持っているのでそこそこいけるが、少しでも近づくとドーザーで殴ろうとしてくるので、一定距離を保ちながらの引き撃ちで決着した。

 試合時間57秒。

 

 No.30ミセス・テレジア戦 

 うちのマダムとは対極にありそうな、お淑やかな茶髪のおさげの主婦でした。

 重4脚にハンドミサイル、バズーカ、コジマミサイル、プラズマキャノンとかなりの高火力を持っている。

 コジマミサイルは全力で撃墜し、プラズマキャノンは避けるしかない。 

 動き自体は自分よりも重い位なので、回り込みながら垂直ミサイルと連動ミサイルの飽和攻撃で撃破した。

 試合時間2分31秒。

 

 No.29ダン・モロ戦

 気の良い新社会人(でも頼り無い)でした。

 機体構成自体はバランスが良いが、武装がレーザーブレード、ライフル、ミサイルのみであり、ネクスト戦では火力不足な感は否めない。

 なんでこの人がテレジアさんより上なんだ?

 ミサイルをチャフで無力化されたのはやり辛かったが、パージしてからはブレードに気を付けながら、一方的に火力と装甲でゴリ押しして撃破した。 

 試合時間1分47秒。

 

 ……ぶっちゃけ、早く終わり過ぎた。

 

 皆さん、負けたのにおめでとーとか言ってきます。

 この人達何でリンクスになったんだ?(汗)

 時間が余ったので聞いてみたら、全員が自分の意思でなったらしい。

 チャンプスさんは家族と仲間を食っていかせるために、テレジアさんは旦那が旧GAE所属でその伝で、モロさんは貧困層の子供達への仕送りのためと、全員が実に反応に困る返答をしてくれた。 

 

 …うん、依頼で会ったら可能な限り殺さないでおこう。

 

 そんな事を考えつつ、ボクは帰途に着いた。

 

 

 

 

 Side madam

 

 屋敷にある大浴場、そこで私は湯から上がり、よく冷えたシャンパンを飲んでいた。

 傍らにはいつもの様に侍女長が佇んでいる。

 

 「マダム、先日の件ですが…。」 

 「あら?気に入らなかった?」

 

 先日、ペットを日々の仕事ぶりの褒美として一晩貸してあげたのは、まだ記憶に新しい。

 ペットも満更ではなく、この侍女長を気に入っている為、不仲になる事はないと判断した上での事だった。

 

 「いえ、そちらは寧ろ大歓迎だったのですが……そうでなく、ランクマッチの事です。」

 「なんだ、詰まらないわね。」

 

 そっちの方が弄り甲斐があるのに、最近はめっきり隙をみせなくなったものだ。 

 拾ってきた当初は、まだまだ仕事が出来ずに落ち込んでいる所をからかったり、更に落ち込ませていたものだが…。 

 男っ気が無いのも、生来の不器用と生真面目から来るものだと思っていたのだけれど、まさか極端な年下趣味だったとは……知ってから1年は娯楽に餓えなかったわね。 

 そんな事を考えている私に気付いたのか、弄られてはたまらないと侍女長が話を進めていく。

 

 「今回対戦した方々はカラードの中ではいてもいなくてもどうでも良い部類です。しかし、次の相手は経験面ではさしたる差はありませんが、既に中堅クラスの実力者です。ペット様にはまだ早いのではないのですか?」

 

 侍女長の言う通りだった。

 次の対戦相手、それはあのカスミ・スミカの後継者だった。

 まだ若く(ペット程ではないが)、未熟な面もあるとは言え、彼はもう間違いなく新参者と言われない程の実力を持っていた。

 正直に言えば、もしペットが彼を相手に勝ちに行くにはもっと経験を積まねば話にならないだろう。

 

 だが、だからこそ、ペットが経験を積む前の今だからこそ、彼と対戦し、「敗北」を得ておくべきなのだ、今後戦場で生き残っていく為には。 

 

 「あなたがそう言うからには私の考えは既に理解しているのでしょう?もしペットが勝っても、確実に苦戦以上の結果は無い。あの子が成長するにはここで一度叩いておく必要があるの?」 

 「…ペット様は落ち込むでしょうか?」

 「この程度で潰れるなら、そこまでだったという事よ。」

 「少々厳し過ぎはしませんか?」

 「あの子は自分でリンクスになる事を選んだ。なら、あの子の未来は、あの子が自身で探し求めてこそ価値があるの。これはそのための一助であり、あの子にとっての最初の壁に過ぎない。」

 

 あの子がリンクスの道を歩まなければ、私ももっと甘やかして別の道を紹介しただろう。

 だが、あの子はリンクスに成る事を選んだ。

 なら、私はあの子に障害を与える事に躊躇いは無い。

 それに私が表立って手を貸し続ければ、あの子の答えを歪ませる事になる。

 私にできなかった事、したかった事わあの子に求めてしまう。

 であれば、私がするべき事は障害を与え続け、鍛えていく事のみだ。

 

 さて、これからも障害を超えて、私の可愛いあの子は一体どんな未来【答え】を見せてくれるのかしら?

 

 

 「まぁ、落ち込んだらあなたが体で慰めれば復活するでしょう。」

 「えっ!?(顔真っ赤)」

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………

 

 

 

 

 前回のランクマッチから一日空けた今日、ボクはまたランクマッチをする事になった。

 

 なぜかマダムの指示で相手の情報が伏せられているが……まさか、主人公じゃなかろうな? 

 アマジークばりの高機動機体だったらどうしよう?

 そうだったら確実にこっちが負けるし、マダムに何をされるか…。

 まぁ、ある程度まで善戦すれば、マダムもそんなに苛烈なお仕置きはしてこないだろう……そうであって欲しい、うん。 

 

 シュミレーターに搭乗し、機体のデータは既に登録済みで、後は対戦が始まるのを待つだけだった。

 そして、相手側の登録が終了し、ランクマッチがスタートした。 

 フィールドはキタサキジャンクション、フィールド中央に入り組んだ構造の立体道路があり、これが邪魔をしてミサイルや大型火器は使いにくい場所だ。

 そして他のフィールドより一回り狭いこの場所では、直ぐに相手が視認する事ができた。

 

 青系のカラーリングで塗装された旧レイレナード製の03-AALIYAHをベースに左背中に拡散ミサイルのMP-O203、肩にASミサイルのSM01-SCYLLA、右腕にアサルトライフルの063ANAR、そして右腕に旧型の物理ブレードMUDANを装備した、近接戦闘向けの機体だった。 

 ブースターやジェネレーターも見えはしないが、恐らくは高機動接近戦用にアセンブルされてあるのだろう。

 

 とても、主人公的です…。

 どう考えてもFA主人公です本当に(ry

 しかし、こうなったからにはやるしかない。

 

 先ずは小手調べと、接近してくる敵機にガトリングを向け迎撃しようとしたが……こちらのロックオンが完了し、腕を動かし照準をつける前に敵機が素早く移動し、こちらに正確な射撃をさせない。 

 ならば然して照準をつけず、弾がある程度バラけるガトリングの性質を利用して銃弾の雨を降らし、時折拡散バズーカも混ぜていく。 

 が、やはりと言うべきだろうかQT、QBを小刻みに吹かし、こちらの照準を誤魔化してくる。

 

 そして漸く射程に入ったのか、敵機も拡散ミサイル、アサルトライフル、ASミサイルで反撃を開始した。 

 無論こちらも黙って当たってやる訳も無く、こちらに迫り来るミサイルは順次ガトリングで迎撃していく。

 しかし、その合間を縫い、的確にこちらのPAを削る様に放たれるアサルトライフルに関しては避けるしかない。

 こちらも常にブースターで移動し時折QBをする事で被弾を避けようとしているのだが、そんなものは気休めとばかりに敵機は的確に当ててくる。

 幸いにもこちらは頑丈なGA製機体なので未だに大事にはいたっていないが、このままではジリ貧である事だけは確かだった。

 

 やはり、綱渡りになるか…。

 

 この状況を維持した所で勝てないのなら、状況を変えてしまえば良い。 

 そして、次の一手のため、周辺状況を確認する。

 敵機、高機動近接型、アサルトライフル、拡散ミサイル、ASミサイル装備、AAに関しては不明。

 未だ被弾無し、弾薬はやや消耗済み、接近時は物理ブレードに注意。

 自機、重装甲砲撃型、ガトリングガン、拡散バズーカ、垂直ミサイル、連動ミサイル、AA装備。

 被弾多数だが戦闘に支障無し、ガトリングガン残弾70%、拡散バズーカ90%、垂直、連動両ミサイル消費無し。 

 こちらの照準はほぼ不可能、このままの状況を維持すれ勝率低し。

 早急に現状の打開が必要と判断する。

 

 …さて、始めますか。

 

 先ずはこちらが一時的にでもリードを取るために、垂直、連動ミサイルの全力斉射を繰り返していく。 

 腕部の運動性に頼らないミサイルのロックオンは問題無いからこそ可能な行動だったが、勿論これだけで撃墜できるとは思っていないし、相手も甘くは無い。

 現にこちらの放ったミサイルは二段QBやQBCによりほとんど避けられ、少数の命中弾は敵機のライフルに的確に迎撃されていく。

 

 だが、あくまで本命は別であり、命中した所で儲けもの程度でしかない。

 

 リードを取られたらそのまま押し込まれてしまうので、ここで相手を回避に終始させ、押し込んでいく。

 そうこうする内に、敵機は迫り来るミサイルの弾幕に辟易してか、後退し、立体道路の柱の中に紛れ込んでいった。 

 無論、こうなっては立体道路が邪魔でミサイルはまともに追尾できずに避けられてしまう。

 そして、敵機が立体道路の下に潜った所に、こちらもガトリングと拡散バズーカの全力掃射を降らせながら接近し、柱の中にまぎれこんだ。

 

 先日のレイテルパラッシュ戦以降、高機動の上級ネクスト相手では今の機体ではどうしようもない事は解っていた。 

 なら、如何にして相手の高機動を殺すか? 

 結論は、飽和攻撃を行い、相手のEN切れを誘うか、今回の様に地形や構造物を利用して相手の機動性を発揮しづらくする事位だった。

 

 相手を閉所に誘い込む事で少しでも相手との機動性の差を埋め、火力と装甲で勝るこちらがその長所を生かして攻撃する。

 極単純であるものの、それだけに有効である事は否定できない。

 しかし、相手がこれに気付き、自身に有利な場所に移動しようとする前に決着をつける必要があった。

 

 しかし、その策はこの脅威の『迷い猫』を前にしては、余りに平凡すぎた。

 

 状況を変えようとしたこちらを嘲笑うが如く、先程と同じくアサルトライフルと拡散ミサイルが柱の隙間から、的確にこちらへと飛来する。

 あまりに一方的に攻撃されているため、頑強なGA製機体と言えどこのままでは時間の問題だろう。

 ミサイルに関しては柱を盾にすれば問題無いが、ライフルにPAを削られ、徐々に損傷が出ている、しかも、こちらが弾幕を張って無いと急速に接近し、物理ブレードの一撃を狙おうとしてくる。 

 この柱の群れの中で高機動を行いつつ、こちらを的確に攻撃する、よくそんな事を行えるものだと関心すると同時に、やはり技量では適わないと改めて悟る。

 まるで初めてレイテルパラッシュのデータを相手にした時に似た状況に焦りが滲んでくる。

 

 しかし、こちらはある程度善戦しなければ、朝日が拝めるか解らない身なので、いい加減に仕掛ける事にする。

 垂直、連動ミサイルを起動し、ロックオンでき次第、弾切れも辞さない程にミサイルの全力射撃を行う。 

 無論、ダメージは期待していない、目暗ましになればそれで良い。

 

 そして、かなりの数の柱がミサイルで粉砕され、支えを失った立体道路の破片が落下を始める。 

 敵機はまるで全身に目が付いているのかと思う程の機動で、ミサイルと落下する破片から逃れている。

 こちらには幸運にもあまり破片が落下してこないので、周りに構わず次々とミサイルを発射し続ける。

 

 そして、視界を覆い隠す程の粉塵が舞うのを確認してから、殆ど撃ち尽くした垂直、連動ミサイルの双方をパージし、OBを起動、僅かながらミサイルが迎撃されていた辺りに向かう。  

 予想通り敵機がいた、そして向こうも既にこちらに気付いている。

 すかさずガトリングと拡散バズーカを見舞うが、あっさりと避けられた。

 そして、近づいて来たこちらを見て好期と取ったのか、二段QBを駆使し、巧みに柱の間を縫う様にこちらの右に回り込んだ敵機は、ミサイルとライフルでは削り切れないと悟ったのだろう、一瞬で自身の間合いまで踏み込み、当たり所によってはネクストも一撃で破壊可能な物理ブレードを突き出してきた。

 しかし、それがこちらの狙い目でもある。

 

 避けれないのなら、避ける必要は無い。

 

 回り込まれた直後にガトリングと拡散バズーカをパージ、右から迫る鉄杭にこちらの右腕を盾の様に掲げた。

 

「ぎ、づっぅぅう!!」

 

 直後、右腕に焼け火箸でも突き入れた様な激痛が走り、口から意図しない呻きが漏れ、視界が涙で滲んだ。 

 痛みに呻きながらも目を向ければ、右腕には2本の鉄杭が突き刺さったまま、あと少しで貫通する所まできている。 

 そう、こちらの思惑通りに、鉄杭を突き刺したままで。

 これで漸く相手の動きが止まった。

 相手の物理ブレードを持った左腕を掴んだ所で、漸く相手がこちらの意図に気付き、逃げようとするがもう遅い。

 相手が攻撃してくる前にOBを発動する。

 無論、敵機は自機に掴まれているので、そのまま引きずられていく。

 そして弱めにサイドブースターを発動して敵機の懐に左肩から入る姿勢になると、音速超過のベクトルをそのままに、自機と立体道路の柱で挟み込む様にタックルをお見舞いした。 

 

 瞬間、激突した柱が大きくたわみ、今にも崩れそうな皹が入り、不気味な音を立てて軋んだ。

 

 頑丈なGA製の機体も、このあまりの暴挙の前に全身が軋みを上げ、右腕は繋がっているだけの状態になり、AMSを通じて右腕全体が痛みの塊になったかの様に感じた。

 痛みでなんとか繋いでいるが、意識の方も衝突時の今の衝撃でふらついている。

 

 だが、一般的な中量二脚である敵機にはこの暴挙は致命的だった。

 

 レイレナード製コアの特徴的な細く突き出た中央部はへし折れて、衝突時に掴まれ、引き伸ばされていた左腕は肘から先は完全にちぎれ、全身が柱にめり込み、装甲の隙間や間接から火花が吹き出て、スクラップ同然の様相を呈していた。

 

 

 この好機を逃がす訳にはいかないと、ボクはまだ動く左腕で僅かに歪んだコアの左格納庫から強化型ハンドガンを取り出し、敵機のコアに向け引き金を引……

  ……こうとした所で、敵機のASミサイルが起動し、頭部に命中した。

 

 (ッっッ!!??!?)

  

 飛んできたミサイルは右肩の2発のみだったが、唯でさえ視界が正常ではなかった所に不意を突かれたために直撃を許してしまい、カメラが爆炎により潰され、ボクはたたらを踏んで怯んでしまった。

 

 そして、この相手にはそれで十分だった。

 

 瞬時に衝突時に破損した拡散ミサイルと辛うじて無事だったライフルをパージし、柱から抜け出すとコアの右格納庫からレーザーブレード(EB-O700)を取り出し、こちらに向けて突き出してくる。 

 幸いにも怯んだ事で一歩下がっていたためにコアを穿たれる事は無かったが、その程度では相手のリーチから逃げる事は出来ず、左膝の装甲の一部を持っていかれる。

 

 すかさずレーザーブレードを振りかぶって来る敵機にボクはかろうじて残っていたPAを振り絞ってAAを発動、周囲を眩い緑色の閃光が包む。

 

 しかし、閃光の元は一つでは無かった。

 

 敵機からもほぼ同時にAAが発動し、こちらのAAと相殺し合ったのだ。

 やはり無茶な行動だったのか、相殺し切れなかったAAの余波が双方の機体を傷付けるが、相手はそれでも止まらなかった。

 しかし、あまりの荒業を前に、こちらの思考には一瞬の空白が生まれてしまっていた。

 そして、正気付いたこちらが強化型ハンドガンを向ける前に、振り下ろされたレーザーブレードが自機のコアを袈裟掛けに両断した。

 

 

 

 

 SIDE ???

 

 「随分苦戦したな。」

 

 試合終了後、自身のオペレーターであり師でもある女性がからかう様に声を掛けて来た。

 

 「…否定はしない。」 

 

 戦術次第では格下が格上に勝てるのだという事を身を以て教えられた。

 こちらに比べ、遥かに鈍重な機体にあそこまで追いつめられたのは今までに無かった事だった。

 

 ミサイルによる敵機の行動の誘導と撹乱、それに伴った突撃、その後、自身に物理ブレードを使わせ機動を制限させた所に、OBを使用してのタックルを行う。

 どれもこれもネクスト相手では初めて見る戦術だったが、どれも陽動や撹乱といった戦術の基礎の基礎を踏まえたものばかりだった。

 リンクスの多くは、非凡な性能を誇るネクストを駆っているためか、そういった戦術を取る事は少ない。

 もし使うとすれば、一部の熟練リンクスやカラードランク一桁クラスの化け物連中位のものだろう。

 少なくとも自身とほぼ同時期にリンクスとなった新参者の行動ではない事は確かだった。

 

 たった一度の戦闘であったが、学んだ物は大きい。 

 最後の交差、もう数瞬遅ければこちらが負けていただろう。

 今回、勝ちを拾えたのは運の要素が大きかった感は否めなかった。

 

 「…次はもっと確実に勝つ。」

 「だと良いがな…さぁ、今日はもう終わりだ、帰るぞ。」

 

 そうして、オレ達はカラードを後にした。

 本人が聞けば、全力で逃げ出そうとする内容を話しているのを、この時のオレ達はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 「…そういえば。」 

 「どうした?」

 「相手のリンクスはどんな奴なんだ?」

 「…お前、知らなかったのか?」 

 「興味が無かったから機体データだけ目を通した。」

 「お前……まぁ、良い。これに載っている、目を通しておけ。」

 「…あぁ。」

 

 後日、自身(18歳)より年下(14歳)だと知った時、酷くうろたえてしまい、オペレーターに大笑いされてしまったのは不覚だった。

 

 

 

 

 

 で、いつもの報告会

 

 「申し訳ございません。」

 

 マダムの寝室にてボクは渾身の土下座を行っていた。

 対するマダムは終始無言、傍らの侍女長も何も言わないので余計にプレッシャーが増している様に感じられる。

 

 「ペット。」

 「はっ!!」

 「あのカスミ・スミカのお気に入りを相手によく戦ったわ、御苦労さま。」

 「ははっ!!」

  

 負けたのにマダムから御褒めの言葉を貰った!!?という内心の動揺は億尾にも出さず、土下座を続ける。

 

 

 「現時点でのあなたの実力を考えれば、負けたとは言え、十分な戦果よ。誇りなさい。」

 「…お、怒らないんですか?」

 

 おずおずと言ってみるが、マダムは怒った様子も無い。

 

 「怒らないわよ、今回は……でも次は無いわよ。」

 「マムイエスマム!!!」

 

 奇跡、奇跡だ!!!

 マダムがこんな優しさを見せてくれる時が来るなんて!!

 明日はクレイドルが、否アサルトセルが全機落ちてきてもおかしくはない!!!

 

 そんな事を思っていたのがいけなかったのかもしれなかった。 

 

 「じゃぁ、ご褒美として今夜は私達で可愛がってあげましょうか。」

 「へ?」

 

 その発言を脳が理解する前に、両肩を掴まれ侍女長に拘束された。

 

 「さぁペット様、脱ぎ脱ぎしましょうね………ハァハァ、ジュルリ…。」

 

 ああああ、黙っていたのは興奮を隠すためかぁ!

 興奮のあまり、顔が赤くなり、舌なめずりの上に涎まで垂らしている侍女長にボクは既に退路が絶たれ、美味しく頂かれるだけなのを悟った。

 マダムもマダムで、既にベッドの上で手招きすらしてるし! 

 ちょっ、多人数プレイは初めてですってば!……………………………アッーーー!!!

 

 

 



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ACFA 9~12

 

 

 世界の大半を支配し、管理する企業。 

 この日、ある知らせが入った事により、彼らの間に大きな衝撃が走った。

 

 スピリット・オブ・マザーウィル陥落。

 

 それもたった一人の傭兵の手によって。 

 多くの者がこぞってこの新しい『山猫』に注目し始めた。 

 また、それは未だ水面下にいる『シャチの群れ』も例外ではなく、世界は新たな局面に移ろうとしていた。

 

 

 

 

 で、その頃のGA所属ネクスト用ガレージ

 

 「ラン、ランララランランラン、ラン、ランラララン~♪」

 

 自身の機体の周りで小躍りするペットの姿が見られた。

 先日、マダムと侍女長に骨の髄まで搾り取られた筈だったが、マダムからのプレゼントが原因でなんとか起き上がってきたのだった。

 

 プレゼントは2つ、メモリー60、そしてSALINE05だった。

 

 SALINE05、MSAC製の最新型高性能分裂ミサイルであるこのパーツは、かのホワイトグリントが愛用している事で高い知名度を誇っており、その鬼の様な追尾性能から対ネクスト戦でも非常に有効なため、MSACの傑作とも言える優良パーツである。 

 敬愛(と書いて畏怖と読む)するマダムからの突然のビッグプレゼントにペットは浮かれまくっていた。

 これで苦手だったネクスト戦もバッチリ!!と、先日ネクスト戦で苦い敗北に会った事をそれなりに気にしていたらしい。 

 メモリーの方は直ぐにEN出力、EN容量、KP出力に回され、ハウンド・ドッグの調整は完了した。 

 後、今日はやる事も無いなー、と辺りを見回してみると何やら慌しい雰囲気がする。

 はて?と頭を傾げていると、(比較的)若手の整備員さんが教えてくれた。

 

 曰く、スピリット・オブ・マザーウィルが陥落した。

 

 それで、脱出した生き残りの受け入れ先として、そこそこ近場にあるこの基地が担当する事になったらしく、現在、受け入れ準備中との事だった。

 その脱出した人達の護衛にチャンプスさんも同行しているらしく(無論PAは切ってある)、その他にも結構な数の部隊が来るらしい。

 手間をかけさせてしまった整備員に礼を述べ、仕事に戻ってもらってから、今後の事を考えてみる。

 

 この時期に母ちゃんが陥落したと言う事は……やっぱり主人公だろうなぁ。

 

 母ちゃんを選んだって事は企業連ルートになる可能性もある訳だけど……多分、そうもいかないんだろうなぁ…。 

 まぁ、現時点では考えても仕方ないし、今日は買い物でもして過ごすかな。

 

 で、屋敷の近場にある市街地に到着したんですけど…。

 

 「何でいるんですか、マダム?」

 「あら、いけない?」

 

 何故かこの人が待ち構えていました。

 しかも白いセーターにジーンズ、茶色のロングコートにサングラス、長髪をポニーテイルに縛った、かなりラフな格好だった。

 普段屋敷内ではバスローブか裸、又は動き易い装飾とか控えめなドレスだし、後は仕事着のスーツや社交界に行く時のドレスしか見た事が無いので、ボクにとってこの様なマダムの格好はかなり新鮮だった。

 

 「別に構いませんけど、侍女長はどうしたんですか?護衛の一人は付けないと危ないですよ?」

 「この都市は元々私の御膝元よ、危険なんて事故位しかあり得ないわ。それに私とあなたには常時SSが付いているか心配無用よ。それに……。」

 

 マダムはボクが赤面して硬直するにも構わずに耳元に顔を近づけると、耳に息を吹き掛け、首筋をそのたおやかな指で撫でながら話し掛けてきた。

 

 「頼りにしているわよ、私の可愛いペット。」

 

 そんなこんなで、ボクとマダムの買い物は始まった。

 

 「こういう小物も似合うかしら?」

 「うーん、マダムならもう少し派手な方が…。」

 「そう?じゃぁ、こっちで。」

 

 現在は市街地中心部に当たるショッピングモールで小物やアクセサリーを物色中です。

 どうもマダムはこういった一般人的な買い物も好きらしい……普段は逸般人なのに。

 だがまぁ、楽しんでくれているならこちらも平和だし、悪い気はしないので素直に楽しんでおく。

 

 で、数点の小物を購入し(商品は後で届けさせる、勿論別料金、なお支払いはブラックカードでした)、次は隣の書店に進んでいく。

 

 「マダムも本とか買うんですね?」

 「文学的な教養も社交界では大事よ、それに服飾関係の雑誌は普段から定期的に購入しているしね。」

 

 その割にカートに入れている小説の中に恋愛ものが混ざっているのは何故?しかもBLものまで……怖い想像になるから考えるのは止めよう。

 で、次に来店したのが今日の本命である衣服量販店『米国屋』……この世界にもあったのな。

 

 「随分買い込むけど、どうかしたの?」

 「マダムから贈られたコスチュームは皆女性用ですからね、ここらで普段着を増やしておきたかったんですよ。」

 

 メイドやチャイナ、セーラーは浪漫だけど、楽しめるのは見ている側だからこそです。

 それを普段着にする程堕ちてはいません。

 

 「ふーん……。」

 

 この時、後ろで眼を怪しげに輝かせていたマダムに気付けなかったのが今日一番の失敗だったと思う。

 

 で、自分の買い物も終わり(マダム程ではないにしろリンクスなので結構な収入持ち、後で届けてもらう)、いい加減に昼時も過ぎる頃になり後は飯でも食べて帰るかという段階で、マダムが行き付けの飲食店を紹介するとの事で、案内してもらった。

 着いた先はやや古めかしいものの、極普通の喫茶店だった。

 

 「お邪魔するわよー。」 

 

 慣れた感じでマダムが店に入っていく。 

 行き着けと言うのは本当らしく、ウェイターも慣れた感じでいらっしゃいませー、と返してくる。

 店の内装も落ち着いたもので、厭に華美でもなければ、奇抜でもない。

 純粋に客が落ち着けるためにこの様な内装にしたのだろうか、昼時の終わり頃だからか、店内はまったりとした空気が漂っている。 

 マダムはやや奥にあるカウンター席で、マスターと親しげに会話していた。

 ボクがその隣のカウンター席に着くと、老紳士といった感じのマスターがこちらを人好きのする様な表情で眺めてくる。

 

 「おぉ、例の新人のペット君かい?噂は聞いているよ。」

 「どうせ碌なものじゃないでしょう?」

 

 注文リストを眺めつつ、ボクはマスターの言葉に返事をする。

 むぅ、メニューも極一般的なものばかりで、何処がマダムの琴線に触れたんだろ?

 

 「いやいや、初のネクスト戦であのランク3を撤退させたのは凄まじいものだよ、2対1と言えどもね。」

 

 何処まで知ってるんだろう?と思う反面、まぁマダムの知り合いならそれ位ありだなとも思う。

 

 「…じゃぁ、ぺペロンチーノとサラダで。2対1で奇襲して漸くですよ、次に会ったら確実に殺されますって。」

 

 値段も通常より心なしか高い位で、然したる違いは見受けられないが、マダムの行き着けと言うからには何かある筈なのだが…。

 

 「私は日替わりでお願いするわ、それとフルーツヨーグルトをお願い。」

 「畏まりました、直ぐに出来上がりますので少々お待ちくださいませ。」

 

 マスターが奥にあるキッチンに向かってから、頭を捻っているボクを見てニヤニヤしているマダムに声を掛けてみた。

 

 「ここってどの辺りがマダムのお気に入りの理由なんですか?ボクには極一般的な喫茶店にしかみえないんですけど。」

 「今種明かししたら面白くないでしょう?料理が届くまで待ってなさいな。」

 「むぅ…。」

 

 やはりそう来たか、まぁここは素直にマダムの言う事に従うとしよう。

 やや無言のままに時間が過ぎ、凡そ10分程で料理を持ったマスターが奥から出てきた。

 

 「お待ちどうさま、はいどうぞ。」

 

 目の前に出てきたのは極普通のぺペロンチーノとサラダ、マダムの方も日替わりランチ(鮭のホイル焼きとパン、コーンスープ、サラダのセット)とフルーツヨーグルトが渡された。

 はて、何がマダムの気を引いたのだろうかと、早速ペペロンチーノを一口食べてみた。

 

 (特に変わり映えは無い、でも何か食感に違和感が……あっ!)

 

 「どうやら気付いたみたいね。」

 

 マダムがサラダを口に運びながら、ニンマリとこちらを見て笑っている。

 どうやら驚きが顔に出ていたらしいが、そんな事よりも料理の事である。

 

 「これ、合成素材使ってるのに味がほとんど本物と変わってない。」

 

 通常、この世界の食料は合成素材か栄養サプリ、そして一部の富裕層のみが食べられる天然物に分けられる。

 栄養サプリは言うに及ばず、合成素材では天然物の風味を出す事は出来ず、更に年々汚染が広まり生産量が減少していく為、天然物はクレイドル住民や企業関係者位しか手に入らないとされている。

 だというのに、この店では天然物を再現しているにも関わらず、それを普通の合成素材の料理と殆ど変わらない値段で出しているのだ。

 

 「どう、ここの料理は?」

 

 夢中になって食べ始めるボクを眺めながら、マダムはあくまで優雅に食事を続けながら話しかける。

 ボクもある程度食事マナーを身に付けているが、マダムの様に上手くいっていない。

 というより、これ程の料理をそんな事を気にしつつ食べていたら冷えてしまうだろう、それはこの料理への冒涜に他ならない。

 この世界に来てからずっと合成素材か栄養剤を食べていた身には、故郷のもの程ではないもののそれに近い料理は格別に美味しく感じられ、マダムに返事をする余裕も無く、ボクは夢中でその料理に食らい付いていった。

 

 漸く落ち着いた時には皿の中は完全に空になっており、ボクは食後の満足感を感じていた。

 

 「どうやらお気に召して頂いた様ですね。」

 

 マスターがまるで孫でも見るかの様にこちらを眺めている……どうやら先程の食いっぷりが気に入った様だった。

 

 「まぁ、ここの料理を食べて我を忘れるのは仕方ないわね。」

 

 マダムが苦笑しながら、口元をナプキンで優雅に拭いている。

 マダムの方も食べ終わった様で、今は寛いだ雰囲気が感じられる。

 

 「マダムがお気に入りと言った理由がよく解りました、でもこの腕前ならもっと良い働き口もあると思うんですけど?」

 

 このマスターの腕前ならクレイドルに居たっておかしくは無い、そう思わせるだけの技術と情熱が感じられた。

 

 「確かにそれもありですが、私の作った料理を見て喜んでくれる人を見たいのですよ。」

 

 ちょうど貴方みたいにね、と笑いかけてくるマスターに、ボクはプロとしての誇りを感じられ、思わず頭が下がりそうになった。

 なるほど、マダムが気に入る筈だ。

 

 その後、ボク達はマスターと暫く雑談を楽しんだ後、喫茶店を後にした。

 

 「来て良かったでしょう?」

 「はい!」

 

 久しぶりに充実した一日だった。

 また今度、あの店に行こう。

 そう思いながら、ボクはマダムと共に帰路に着…

 

 …く筈だった。

 

 「マダム、ボク達帰るんですよね?」

 「あら、そんな事一言も言ってないわよ。」

 

 で向かった先は、女性衣類専門店でした。

 

 「帰らせていた「だめよ。」ですよねー……。」

 

 あぁ、毎度の事ながらどうしてこうなるのかなぁ…?

 

 結局、下着から上着まで5セット程(勿論女性用、スカート等もあり)を買って、その内1セット(薄桃色のセーターに紺のロングスカート、茶色のコート)に着替えて帰宅しました。

 …今日位は何もないと思ったのに。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 GA上層部の依頼により、ロロ砂漠に展開中のインテリオル陸上AF部隊の撃破に参加する事になった。

 

 陸上AF部隊はノーマル戦力の他に、鹵獲したランドクラブに掃討戦用の多連装レーザー砲を装備した改修型を配備している。

 目標のAF部隊はGA輸送部隊を追跡中であり、早急に撃破しなければ輸送部隊は簡単に壊滅されてしまうだろう。

 そのため、ネクスト戦力を用い、早急にこれを撃破しなければならない。

 また、未確認情報であるが、付近に増援のインテリオル部隊も確認されたという情報もあるため、警戒した方が良いだろう。

 

 それが今回、ボクの受けた依頼の概要だった。

 

 「それにしても、メイさんと共同任務につくのは初めてですね。」

 『そういえばそうね。』

 

 今回の僚機はメリーゲートこと、No.18メイ・グリンフィールドさんです。

 何気に組むのは初めてだが、機体構成はほぼ同じでよく訓練しているので、互いの動き方はよく分かっている。

 

 「まぁ、AFを確認したらノーマルを蹴散らしつつ撃破するだけですからね。」

 『油断しちゃ駄目よ?そういう考えが命取りのなるんだから。』

 『おい、そろそろ作戦領域に到達するぞ。2人とも準備しておけ。』

 

 オペレーターの声に、慣れた様に機体チェックを済ませていく。

 今回、ボクの機体には右肩にレーダーではなく、 OGOTOを装備している。

 対AF戦かつノーマル戦力もいるとの事なので、グレネードを持っていけばかなり楽になるだろう。

 チェックも終了し、作戦領域も間も無くなので、ネクストを巡航モードから戦闘モードに切り替える。

 

 『既に敵AFは防衛ラインに接近している、とっとと形をつけてこい。』

 

 そして、二匹の山猫が地を駆けた。

 

 

 『味方の支援砲撃に紛れて接近していけ。敵のレーザーは強力だ、当たるなよ。』

 

 オペレーターの報告から、直ぐに展開していた味方部隊の砲撃が開始される。

 GAEM-QUASAR、既に旧式化して久しいGAE製の大型兵器だが、その三連装大型砲と垂直ミサイルから来る高火力と厚い装甲から今もなお現役で活躍している。

 簡易AFとも言えるそれは、その能力を生かして迫り来るノーマル部隊とランドクラブに向けて砲撃を続けていく。

 ノーマルは直撃したら確実に木っ端になる砲弾を必死に避けるが、ランドクラブはまだ射程外だからか特に行動は起こしていない。

 ボクとメイさんはその砲火の中を潜り抜ける様に、OBで進んでいく。

 そして、ボクらがある程度まで接近すると、遂にランドクラブが砲撃を開始した。

 拡散型ハイレーザーとでも言おうか、強力なハイレーザーがまるで散弾の様にこちらを狙ってくる。

 ボクとメイさんは必死にそれを避け、レーザー砲の死角に潜り込んで行く。

 

 「メイさんはでかい方を!」

 『OK、任されたわ!』

 

 一体目のランドクラブの足元に到着したボクらは、すぐさま攻撃を開始する。

 ランドクラブも両脇のミサイルで必死に反撃し、護衛のノーマルもこちらを狙ってくるが、ボクはノーマルをグレネードで纏めて吹き飛ばし、メイさんがミサイルでランドクラブを攻撃していく。

 それぞれの兵装(グレネード持ちと大量のミサイル持ち)の関係上、この担当になったが、その御陰で然したる手間は掛からなかった。

 そして20秒と持たなかった一体目とノーマルから、次の獲物に目を向け、またOBを発動する。

 今度は距離が近く支援砲撃も無いためか、先程よりもレーザーの照準が正確だった。

 QBを吹かすと、機体の横を光速で青い光が過ぎ去っていく。

 幸いにもメリーゲートは多少被弾したが、問題無くランドクラブに接近したが、こちらは回避のためにOB中に横QBも併用してしまったため、ランドクラブのやや手前に着陸してしまう。

 そこは辛うじてランドクラブのレーザーの死角だったが、護衛のノーマル部隊の真正面だった。

 

 「チッ…!」

 

 連射されるレーザーに答える形で、こちらもグレネードをお見舞いする。

 ノーマル部隊も更なるレーザーライフルの射撃で応戦してくるが、こちらとの火力差は絶望的であり、グレネードを一発撃つ毎に2機以上が撃破されていく。

 PAを貫通したレーザーが装甲を焼くが、この程度で落ちる程ネクストは脆弱じゃない……それでも、あまり食らいたいとは思わないが。

 グレネードの4発目を撃った所で最後のノーマルが撃破された。

 残りのランドクラブもこちらが手を出す前にメイさんに撃破された様で、目標は達成された。

 

 『お疲れ様。』

 「メイさんこそお疲れ様です。」

 『それにしても、結構食らっちゃったわね。』

 「仕方ないですよ、相性の問題ですし。」

 

 メリーゲートは多連装レーザーに、ボクはレーザーライフルをそれぞれ被弾したため、機体がそれなりに損傷していた。

 幸いにも戦闘機動に支障は出ない程度だが、相応の修理費が掛かるだろう。 

 そして、さぁ帰還するかと機体を輸送機の方に向かせようとした所、オペレーターが通信を入れてきた。

 

 『追加注文だ。今確認したが、増援部隊がこっちに向かってる。数は2機と少ないが、相手はフェルミだ。ハイレーザーには用心しろよ。』

 

 見れば、領域外から緑の浮き舟らしき物が2機近づいてくる所だった。

 

 FF130-FERMI、通称飛行要塞フェルミと呼ばれる旧メリエス製の大型兵器であり、高威力のハイレーザーとASミサイルにより、時にはネクストすら撃破する事から、既に旧式に分類されるものの、今なお現役で活躍している。

 ある意味、インテリオル版GAEM-QUASARとも言える。

 

 『厄介なのが来たわね…。』

 

 ウンザリといった様子でメイさんが言うが、その点は大いに賛成だ。

 

 「まぁ、やるしかないですね。護衛部隊の方達じゃ部が悪いでしょうし。」

 

 動きは遅いと言えど、空中から天敵のハイレーザーを撃ってくるフェルミが相手では、クエーサーでは不利だろう。

 

 「1人1機でいきましょう、あまり時間を掛けたらこっちの方が不利です。」

 『OK、しくじらないようにね。』

 

 そして、ボク達はフェルミに向け、接近を開始した。 

 無論、相手もそれを黙って見過ごす訳も無く、こちらの射程外からほぼ一方的にハイレーザーとASミサイルが飛んでくる。

 ハイレーザーはタイミングを合わせて横にQBを吹かせば避けれるが、ASミサイルはが厄介だった。

 無駄弾は嫌だが仕方ないので、垂直ミサイルをロックせずに発射する。

 ASミサイルはノーロックで発射、自動的に近場の目標に向かっていくという一風変わった機能を持つ。

 その性質上、目標やチャフの他に敵のミサイルやロケットにも反応し、追尾してしまう。

 フェルミのASミサイルも例外ではなく、こちらの発射した垂直ミサイルを追尾していく。

 見れば、並走するメリーゲートもミサイルを発射し、ASミサイルを撹乱している。

 それを見たフェルミは慌てたのか、攻撃をハイレーザーに絞り、密集する事でリロードを補ってくる。

 距離をつめる毎に精度を増していくハイレーザーを、連続してQBを吹かす事で辛うじて直撃を避けながら、何とか相手を射程範囲内に入れる。

 そして、先程の鬱憤を晴らす様に、ハウンド・ドッグとメリーゲートから大量のミサイルがフェルミに向けて飛翔した。

 フェルミもASミサイルで迎撃を試みるが、しかしこちらの2機は多量の発射数で知られる連動ミサイル「MUSKINGUM02」を装備している。

 如何に2機で弾幕を張ろうとも、ASミサイルやハイレーザーでは有効に迎撃できず、圧倒的物量差で押し流されていく。

 更にダメ押しに次々と背中のミサイルも発射し続けると、最後には2機のフェルミは仲良く煙を噴きながら墜落した。

 

 

 

 「疲れた…。」

 

 こちらを一撃で破壊しかねないハイレーザーを掻い潜り、フェルミを撃破するのは結構疲れるものだ。

 依頼達成後、屋敷に帰る気力も無いボクは、珍しく社内の食堂で食事する事にした。

 ハンバーガーやホットドッグ等のジャンクフードしか出ないが、偶にはそういうものが食べたくなる時があるのだ。

 

 「はい、ハンバーガーセットです。」

 「どうも~。」

 

 ハンバーガー、フライドポテト、コーラLをそれぞれ1個ずつ受け取り、手ごろな席に着き、遅めの昼食を始める。

 今では天然食料は高級品だが、それなりに工夫してあるのか、合成食材のハンバーガーでもそれなりに美味い。

 黙々と食事を続けると気配がしたので目を上げると、メイさんが丁度ボクの正面の席に座った所だった。

 

 「お邪魔するわね。」

 「それ、する前に言いませんか?」

 

 まぁいいですけど、と流し、メイさんのトレイの中に目を向ける。

 ハンバーガー、チーズバーガー2個ずつにサラダ、500mmビール缶(ア○ヒ)3個。

 真昼間から飲む気満々であった。

 

 「いやーお腹空いちゃってねー。」

 

 そう言うと、結構な勢いで食べ始めるメイさん……成程、食べた分はその巨乳に行く訳ですね。

 ボクが何とも無しにメイさんの食事風景を眺めているのが気になったのか、メイさんがこちらを見る。

 

 「欲しいの?」

 

 興味が有るとでも思ったのか、メイさんが手を出していないビール缶を掲げてくる。

 

 「いえ、そう言う訳じゃ…。」

 

 あなたの食いっぷりに呆気に取られてただけです、と言った日には何が起こるか解らない。

 

 「遠慮しないの、今日は頑張ったんだから私の奢りよ。」

 

 言ってズズイと缶を押し付けてくる。

 

 「じゃぁ一杯だけですからね。」

 

 酒は飲めない訳ではないが、昔から苦手なのだ。

 しかし、メイさんの手前飲まない訳には行かない。

 意を決してプルタブを起こし、ビールを飲み始める。

 ビール特有の苦味とアルコールの熱さが喉を流れていく。

 やはり飲み慣れないものを飲むべきではなかったと、一旦缶を置こうとして……

 

 ……メイさんに缶を固定された。

 

 「ブグッ!!?」

 

 危うく噴出す所だったが、何とか堪える。

 見れば、缶を抑えるメイさんは既に顔が赤く、目の焦点も合っておらず、典型的な酔っ払いだった。

 …成程、ドンさんもこうやって酔い潰されたんだ、と悟ってしまった。

 振り解くわけにもいかず、仕方なくボクは缶の中身を少しずつ飲んでいく。

 幸い口当たりは軽いもので、ボクにも問題無く飲む事はできた。

 しかし、この時のボクは、そのビールがかなりの度数を持った、ここでは実質メイさん専用ビールである事を知らなかったのだ。  

 ビールを飲むにつれ、どんどん体が熱くなり、視界が歪んでいく。

 ヤバイと感じた時にはもう遅く、ボクの意識は闇に沈んでいった。

 

 最後に視界に移ったのは、こっちを見て何故かサムズアップするメイさんの姿だった。

 

 …この飲んだ暮れめ、と思ったボクは悪くないと思う。

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 「…きぼぢわるぃ……。」

 

 現在、二日酔い中です。

 

 目覚めた途端、激しい頭痛、吐き気、目眩の三重苦に襲われてしまい、侍女長の持ってきた酔い覚ましを飲むまでまともに頭が働かなかった。

 そして、先日の一件を漸く思い出し、今更ながら後悔していた。

 今思えば、成人のドンさんですら酔い潰すメイさんから、酒を貰う事自体が失敗だった。

 しかし、既に後の祭り状態だ。

 

 現在は屋敷のベッドで顔色悪く、臥せっている。

 訓練と仕事、私生活で薬物には耐性があるものの(主にAMSの調整剤、鎮痛剤や媚薬等)、14歳の身ではアルコールへの耐性が無かった様だ。

 幸いにも依頼は入っていないので、酔いが覚めるまではゆっくりと養生することにしよう。

 そう決めると、頭痛を堪えながらボクはさっさと暖かい毛布に潜り込んだ。

 

 

 Side  Don Colonel

 

 汚染された霧が吹き荒ぶPA-N51エリア、そこでオレは僚機である有澤社長と共にアルゼブラの新資源プラント破壊作戦に参加していた。

 目標はアルゼブラの新資源プラントとそれを防衛するアルゼブラのノーマル部隊だ。

 こんな作戦でネクストを2機も運用するのかと思っていたが、戦闘開始後にそんな考えは直ぐに吹き飛んだ。

 

 視界を塞ぐ濃霧とアルゼブラの精鋭たるバーラット部隊の独特の三次元機動を前に、レーダーも無く、カメラ性能の低いオレ達はかなりの苦戦を強いられた。

 

 しかも、バーラットは射突ブレードを装備している為、気を抜いて接近を許すと、ネクストでも一撃で破壊されかねないと来ては、油断は出来ない。

 そこで一旦二手に分かれて依頼の達成を優先した。

 バーラットは距離を置けば然程怖くは無いが故に出来た事だが、もしこれがBFFのサイレントアバランチ部隊だったら下策中の下策だったろう。

 幸いにも敵は戦力を分散し、対応する事を選択したらしく、こちらに向かってくる数は減っており、依頼の達成を予感させた。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常だ。

 

 「ちッ…!」

 

 上から降り注ぐ様に迫る散布ミサイルを、ビルを盾代わりに回避しつつ、オレは舌打ちする。

 

 『所詮は下衆だな…。』 

 

 濃霧に紛れ、上空から一方的にこちらを攻撃してくる白い軽量逆関節機から、態々通信が発せられる。

 癪だが、そんな事を出来るだけの実力の差と相性の悪さが確かに存在していた。

 

 アルゼブラ所属リンクス、No.14イルビス・オーンスタインとその乗機『マロース』。

 

 上位リンクス並の実力を持つ、元バーラット部隊所属のリンクスが来たのだ。

 

 

 

 直ぐに散布ミサイルの発射元に振り向き、ライフルを構え反撃するが、瞬時に上空に退避され、ロックオンを外されてしまう。

 その機動はバーラットのそれによく似ていたが、ネクストの性能であの独特の機動をされると、運動性が低く、三次元機動の苦手なGA製ネクストでは捕らえ切れない事も多く、殆ど一方的に攻撃され、やり辛い事この上ない。

 しかも上空は濃霧に包まれ、白い塗装の『マロース』は視認し辛いと来れば、もう笑ってしまう程の不利だ。

 撃ち降ろされるグレネードをQBを吹かし、左に避ける。

 お返しとばかりに拡散バズーカとライフルを撃つが、空中でひらりと避けられた。

 背中のミサイルにしても上下の機動についていけていないので、然したるダメージにはならない。

 

 苛立ちが募る中、冷静に現状を分析し、今後の作戦を立てていく。

 プラント破壊の方は社長に任せているから、こっちに専念できる。

 バーラット部隊と言えど、社長の乗機『雷電』ならロックし辛い以外は然したる問題も無いだろう。

 また、相性こそ悪いものの、この状況でも社長との2人掛かりであれば、それなりの確立で勝てる。

 当面は社長が駆け付けてくれるまでの時間稼ぎに終始し、それが出来無ければ、可能な限り粘ってから戦域離脱する。

 戦闘プランは一瞬で決まり、行動に移していく。

 

 

 これ以上被弾しない内に、急いでビル街に紛れ込み、上空からの攻撃を距離を取って避ける。

 無論相手が逃がす筈も無く、距離を詰め、攻撃を続けてくる。

 直撃こそ無いものの、グレネードと拡散ミサイルの攻撃で、少なからずPAが削られ、機体にダメージが蓄積していくが、頑丈な機体のお陰でまだ問題らしい問題は出ていない。

 途中、偶然ロックオンできた時は、多少の無駄弾でも反撃していく。

 攻撃の殆どが避けられるが、少しでもダメージを負ってくれればそれで良い。 

 距離を取ってたまに攻撃、距離を詰めて上から攻撃。

 お互いがそれを繰り返し、いい加減周囲が流れ弾により寂しくなってきた頃、こっちよりも先に相手の忍耐の方が切れたらしい……まぁ、時間が経過していくにつれ、どんどん友軍と防衛対象が危険に晒されるだけなんだから当然と言えば当然だが。

 

 マロースがOBを発動し、上空から接近、ライフルとマシンガンをばら撒いてきた。

 やはりとっとと決着を付けたいのか、その挙動にはやや焦りが見える様だった。

 しかし、こちらにはその焦りは奇貨になる。

 そして、遂にマロースがこちらの上空に到達した時、オレは背中兵装をパージ、ライフルと拡散バズーカを構えながら、垂直にブースターを吹かし、マロースへと接近し始めた。

 しかし、このまま空中戦をした所で、ブースターの消費ENが高いこちらが先に地に落ちて、狙い撃ちされるだけだろうが、それで良い。

 狙ってもらわねば、失敗なのだから。

 

 『バラバラにして、肥溜めにぶち込んでやる……。』

 

 勝利を確信した声で、既に近距離とも言える間合いからマロースがライフルを撃ちつつ、身軽な機体を生かして、素早くこちらに向かってくる。 

 迎撃として辛うじて付けたロックを頼りにして撃った拡散バズーカとライフルは、あえなく誰もいない空間を穿ったのみで終わった。

 そして背後に回ったマロースが止めを刺そうと、グレネード、散布ミサイルを構えたのが辛うじて確認できた。

 引き離そうとQBを吹かすが、ピッタリと引き付かれて離せない。

 そしてオレに向けてグレネードと散布ミサイルが放たれ……

 

 ……その直後、その砲弾はワンダフルボディから放たれた緑の閃光に飲まれた。

 

 こちらが直前に展開したAAで敵機の攻撃を相殺したのだ。

 タイミングが発砲音を聞いてからだったので、完全に防げるかは微妙な所だったが、上手くいったらしく損害らしい損害は出なかった。

 展開されたAAは期待通り砲弾を飲み尽くし、更にはその余波で近距離にいたマロースのPAを急激に蝕んでいく。 

 以前の作戦から搭載する様になったAA搭載型OBが、此処に来て効果を発揮した結果だった。

 

 そして近距離にいたマロースは即座に後退、距離を取ろうとするが、ある程度の距離が広がった所で着地してしまう。

 OBからの接近と滞空し続けながらのQBを混ぜた敵機への張り付き、如何にEN効率の高い軽量逆間接機でもENを消費し尽していた。

 それでもマロースなら直ぐに回復し復帰できる筈だった。

 しかし、その好機を見逃さなかった者がいた。

 イルビス・オーンスタインがレーダーに映る反応に気付いた時、彼は不幸にも自らの視界一面に迫り来る巨大な砲弾への驚愕で、対処が遅れてしまった。

 そして轟音が響き渡り、同時に、巨大な爆発がマロースのいた空間を嘗め尽くした 

 

 「遅いですよ、社長。」

 『すまん、予想以上に手間取った。』

 

 損傷した機体を立て直しながら、オレは遅れてきた社長に文句を言う……まぁ、こうしていれるのも社長のお陰なのだが。

 社長の乗る雷電は先程使用したOIGAMIを展開しており、その巨大な砲口からは未だに硝煙が立ち上っている。

 

 『それにしても、随分と被弾したものだな。』

 「まぁ、こればっかりは仕方ないですよ。まともにやってたら、もっと酷い事になってたでしょうから。」

 

 種を明かせば簡単な事で、要は社長と合流する為に領域内をあちこち飛び回っていたのだ。

 そして社長を発見後も、社長の施設破壊とバーラット部隊の排除完了を見計らって再度社長の下に近づき、援護可能な位置まで来た時に、逃げずにこちらから攻撃を仕掛けたのだ。

 そうすれば、手の空いた社長が援護してくれるし、最悪、撤退時の盾にもなってくれる。

 ……尤も、マロースが先に仕掛けてきた時は流石に焦ったが。

 そして目論見通り、社長が放った一撃がPAの減衰したマロースを吹き飛ばした。

 正直ここまで上手く決まるとは思っていなかったが……まぁ、結果オーライとしよう。

 無論、最初から真っ向勝負するのもありだったが、上位リンクスにも匹敵するマロース相手では最低でもかなりの被害を覚悟しなければならない上に、未だネクスト戦の経験が薄いオレでは撃破されかねない。

 そこで時間稼ぎで損傷を減らそうと試みたのだが……この分では然して変わらない修理費が掛かりそうだ。

 

 「ま、仕事は終わりましたし、帰還しましょう。」

 『あぁ、私も本社での仕事があるのでな。』

 

 そして、霧に包まれた街から二匹の山猫が姿を消し、一匹の山猫が眠りに就いた。

 これが、粗製と言われる彼の日常の1コマであった。

 

 

 

 

 …………………………………………………………………

 

 

 

 

 BFF所属第8艦隊に向けてインテリオル製の最新型AFが侵攻中との情報が入った。

 

 当艦隊はBFF所属と言えど、GAグループの海上航路の防衛上貴重な戦力であり、これを失う事は今後の経済活動に大きな支障をきたす事になるだろう。

 そこで現在急行可能なネクスト戦力を目標の侵攻予測ルート上に配置、これを撃破する。

 また、本作戦にはその性質上制限時間が設けられている。

 制限時間が過ぎた場合、作戦は失敗となるため、その点は留意されたし。

 以上がGA上層部からの毎度偉そうな通信内容を要約したものだった。

 

 で、現在ボクは輸送機内にいます。

 二日酔いも完治し、ネクストの調子でも見ようと思った所でこの依頼が来たのが、何とか最終調整を終える事は出来た。

 今は輸送機内で目標に関する情報を貰っている。

 …それにしてもスティグロって、現実的にはどう攻略するんだろう?

 正面からぶつかって物理ブレードで秒殺という訳にもいかないし……はてさて。

 

 『…うおぃ、聞いてんのか?』

 「おっとと、ごめんなさい。」

 『たく、そんなので大丈夫かよ。』

 

 呆れた様にオペレーターが溜息を着く…すんません。

 

 『全く…で、スティグロの攻略法は思いついたのか?』

 「うーん…まぁ、ぶっつけ本番ですけど、それなりに有効そうなのは思いつきましたよ?」

 『なんで疑問形なんだよ…まぁ、気張れや。』

 

 そんなこんなしている内に作戦領域に到達、いつも通り大空から飛び立ちました。

 

 

 海面か多数のビルが突き立つ旧チャイニーズ・上海エリア。

 そこには派手な水飛沫を上げながら海上をひた走る流線的なデザインのAFの姿があった。

 

 「おおぉ、案外と素敵なデザイン。」

 

 AFスティグロ、その水上を走る姿はまるでジ〇―ズに見える。

 こちらに気付いたのか、スティグロがこちらに向かって突進してきた。

 

 「ほいきた。」

 

 待ってましたとばかりに、機体をビルの密集地点に移動させる。

 ビルを砕きながら進むため、スティグロの動きが鈍り、そのサイズもあってか攻撃は当て易くなる。

 ボクは引き撃ちの要領で向かってくるスティグロに両腕の拡散バズーカとガトリングを見舞った。

 しかし、量産型と言えどAF、その程度では装甲を多少剥がすだけだった。

 その直後、ビル群が完全に破壊されると躊躇い無くスティグロがこちらに突進してきた。

 巨大なレーザーブレードを展開して迫って来る姿はかなりの迫力を感じるが、元々対艦船用の装備、上空に退避すれば難無く回避できる。

 自機の真下を通り過ぎるAFに最後まで銃弾を加えたが、大きく旋回し、垂直ミサイルを発射しながら再度こちらに向かってくる様子には然したる損傷は見受けられない。

 迫り来る大量のミサイルをガトリングで迎撃し、ビルを盾にやり過ごしていく。 

 今の攻防で解ったが、格闘戦に特化しているだけあってスティグロの装甲はかなりの防御力を持っている。

 それこそこちらの攻撃が通じない程のものであり、通じるとしたらAAとミサイルの一世射撃位だろう。

 しかしミサイルは弾速が遅いために振り切られるし、AAはリスクが大きいのであまり積極的に使いたくは無い。 

 そこまで考えた時点で、ピカリと脳裏に電球が点いた。

 そのアイディアに基づいて、作戦を立案、シュミレートする。

 結果、やや難しくはあるが、現状の装備なら問題無く実行可能と判断できた。

 

 ならば話は早いと、即座にレーダーでスティグロの位置を把握、自身に有利な位置に陣取ろうと再度ビルの密集地へと移動する。

 そして再度ブレードを展開、接近してきたスティグロに対し、今度は特に反撃もせずに上空に逃れ、やり過ごす。

 そしてスティグロをやり過ごし、その無防備な背面が晒され、遠ざかろうとする所で行動を開始した。

 スティグロを追跡する様にOBを発動、その背後に喰らい付いていく。

 自機のOBは持久力が高いとは言えないが、それでもジワジワとスティグロの後背から近づき、目的の背部にある大型ブースター郡に拡散バズーカとガトリングのの砲口を向けた。

 距離は縮まり、射程内にスティグロが収まった。

 だが、まだ早いまだ早いと自分に言い聞かせ、好機を待つ。

 そしてスティグロが大きく旋回し始めた時、即ち一時的に減速してしまう時、煌々と光を吐き出すブースターに向けて拡散バズーカとガトリングを斉射した。

 

 相手の装甲が厚いなら、装甲を貫く攻撃をするか、装甲の薄い部位を攻撃する。

 これは防御力の高いAF相手の戦闘には常識とも言えるものだ。

 しかし自機の装備では前者はあまり有効ではない、ならばと選んだ策が装甲の無い部位、即ち背後のブースター群への攻撃だった。

 他の比較的装甲の薄い部位、ミサイル発射口への攻撃も考えたが、高速で動く相手の一点を正確に狙い撃つには自機は全く向いていないし、そもそも狙撃は得意ではない。

 そのため的の大きいブースターに焦点を絞り、タイミングを計り攻撃したのだった。

 

 「おーおー、煙吹いてるよ。」

 

 白煙を噴き上げながらも必死に海面に浮かぼうとする様は、サイズが段違いであるものの水面に浮いた死掛けの魚を思わせた。

 

 「でも、ちょっと足りなかったかな?」

 

 しかし策は成功した様だが、どうやらまだ仕留めるには至らなかったらしく、未だにスティグロは停止していなかった。

 その証拠に上部のハッチからこちらを近づかせまいと、必死にミサイルを発射し始めた。

 それを順次ガトリングで潰していきながら、確実に止めを刺そうと、スティグロの接近していく。 

 ある程度距離を縮めると、迎撃だけではなく発射口から吐き出されるミサイルを、顔を覗かせた直後に拡散バズーカで攻撃、自爆させ、発射口を破壊していく。

 そして全ての発射口が沈黙し殆ど動きを停止した所で、白煙を上げるスティグロの背に乗った。

 

 「じゃぁ、さようなら。」

 

 直後、機体の周囲を緑の閃光が包みこんだ。

 

 

 地平線の彼方まで広がる大海原、そこでたった今、黒煙を噴きながら一隻の戦艦が撃沈されていた。

 見る者が見れば、大型のキャノン砲と特徴的な三胴構造からその戦艦がBFF所属大型艦である事が解っただろう。

 周囲を見渡せば、黒煙を噴いているのはその一隻だけではない事が解っただろう。

 視界に映るだけでも二十隻近いBFF所属艦艇が先の大型艦の様に黒煙を上げるか、海の藻屑となっていた。

 脱出艇らしきものも見えるが、その数は極少数であり、人員の多くは自身の搭乗艦艇と運命を共にしたのだろう事が窺えた。

 地獄絵図とも言える惨状が広がる中で、たった一機、海と空の青に同調する様にこの地獄絵図を作り出した犯人が浮かんでいた。

 

 一切の損傷無く、滞空する青い旧レイレナード製のネクスト、03-AALIYAH。

 

 その兵装は左背中には047ANR、左腕にはEB-O600、右腕にはEB-O305を装備した接近戦仕様だった。

 先程までは左腕には047ANNRを装備し、汎用性もあったのだが、弾切れと共にパージし、格納していたEB-O600を装備する様になったのだ。

 高速で接近、ブレードで破壊する。

 近接攻撃手段の無い艦艇側には、迫り来るネクストが悪魔の様に見えた事だろう。

 

 『よくやったな…まぁ、通常戦力だけなのだから当然と言えば当然だが。』

 「…今回の依頼はインテリオルとの共同との筈だが?」

 

 オペレーターからの通信に無愛想な声を返す。

 彼らのいつも通りの遣り取りだが、今回は無口の『彼』から珍しく疑問の形で返答があった。

 彼が今回望んだ依頼であるBFF第8艦隊撃破は本来、依頼主であるインテリオル側の最新型AFスティグロが僚機として同行する筈だった。

 しかし作戦開始時刻になってもスティグロは作戦領域に現れず、結果スティグロ抜きで作戦を開始した。

 

 『その事だがな、今さっき入った通信によると、どうやら移動中にネクストの奇襲を受けて撃破されたらしい。』

 「……。」

 

 …まぁ、そんな所だろう。

 最新型とは言え、撃破できないものでもない。

 結果だけ見れば、報酬が大量に貰えたので悪くないが、気分の良いものではなかった。

 

 『…裏切ったのなら、相応の報いを与えていたのだが、な…。』

 「…今回は違うぞ。」

 『解っているさ。』

 

 ボソリと、オペレーターが呟いた言葉にちょっと冷や汗が出た。

 彼のオペレーターはヤると言ったらヤる女なのだと、それなりに長い付き合いになる彼はよく解っていた。

 最新型AFも破壊された上に、『彼女』に襲われてしまうと来れば、普段無感動な彼をしても、インテリオルがあまりにも哀れに思えた。

 …まぁ、今回はそんな事にはならない様だが。

 

 『戦果も良好だ、帰還するぞ。』

 「…了解。」

 

 機体を輸送機の待機する地点に向けてOBを発動、帰還を始める。

 一時の休息のため、青い山猫は巣に戻るのだった。

 

 これは『彼』と『彼女』の生活の1コマ、繰り返される日常の1つである。

 

 

 

 



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ACFA 13~15

 

 OMERが進めた、ほぼ単独でのラインアーク攻略戦。

 その結果、ホワイト・グリントはその翼を捥がれ、オッダルヴァも水中に没し、アスピナのモルモットは散った。

 

 この世界で最も優れたリンクス達の戦いは、唯一人だけが生き残り、ラインアークは保有する最も重要な戦力を失った。 

 これにより地上最大の反企業勢力ラインアークは企業に対抗する術を失い、クレイドルは安定期に入った。

 誰もがそう思い、企業は来たるべき経済戦争の激化に備え始める。

 

 だが正にこの時から、水面下では濁り水がゆっくりと流れ始めていたのだった。

 

 

 

 

 某所にある屋敷、その一室

 

 「………………………………………………………………………………すぴー……。」

 

 そこには、ベッドで就寝中のペットがいた。

 彼はやる事が無い日には夜十時前には寝てしまう健康良優児だった。

 というのも彼の現在の肉体年齢は14歳、成長期であり自機の調整、依頼、訓練、買い物、食事、マダムからのお呼び出し等が無い限りは日々遊び、寝る。

 遊びと一口で言っても読書やネットサーフィン、料理、スポーツや散歩、水彩画等と結構手広くやっている。

 そもそも、まだ年若い彼にはあまり多くの依頼は来ないので、普段は結構暇なのだ。

 同じリンクスではBFFのリリウム・ウォルコット位しか同年代もおらず、深窓の令嬢たる彼女とは話も合わないし、滅多に会う事も無い。

 また、GAのネクスト支部に行かない限り同僚のリンクスと遊び歩く事も無い(精々飲食店に行くかメイとの買い物位だが)。

 そんな彼の最近の趣味は、人はどれ程長く睡眠を取れるのか試してみる事だった……………………羨ましい事この上ない。

 依頼に関する事務も普段はマダムや侍女長の管轄なので、必要な情報以外はあまり彼の耳には入ってこないし、興味も無い。

 それ程自らの主人に全幅の信頼を寄せていると言えるのだが、それはさて置き。

 

 世間の事は放って置いて、ペットの生活は概ね平和だった。

 

 

 

 

 「まずいわね…。」

 

 某所にある屋敷、その一室

 そこで、この邸宅の女主人が厳しい表情で机上の端末に向かい合っていた。

 

 「この件にはどうやら企業の一部も噛んでいるらしく、現状でこれ以上の情報収集は不可能です。」

 

 その傍らで控えている侍女長も普段より遥かに表情が厳しい。

 

 (GAはこんな巧みな情報操作は論外、BFFは理由が無い。インテリオルの連中なら可能性はあるけど、この件に関しては検討外。ならやはり……。)

 

 「OMERの連中……前にも痛い目に会ったくせによくやるものね。」

 

 事の起こりは先日のラインアーク攻防戦直後から始まった。

 作戦の始まりから終わり方まで、彼女にはどうも胡散臭かった。

 そもそも軽量機とは言えネクストがメインブースターにライフルの直撃を受けても即座に沈む訳も無く、OBでも使って陸に上がれば良いし、ちょくちょく襲撃されるとは言え、あの場所なら引き上げ作業自体はそれなりに簡単だ。

 他にも幾つかの要因もあって、彼女は独自の情報網と人脈を駆使し、情報の収集、事態の把握と今後の予想を行った。

 

 そしてこの件の仕掛け側の1つであるOMERから、ある興味深い情報が出て来た。

 それはある工場の数年前の生産ラインの稼動記録だった。

 だが、その内容は彼女にとってかなりの価値があった。

 その工場はOMER所属、より正確に言えば元レイレナード技術者が数多く勤務する工場であり、そこの生産ラインは旧レイレナード製ネクストパーツのものだった。

 かつて、リンクス戦争で崩壊したレイレナードを吸収したOMERは、現在では旧レイレナード製ネクストパーツの生産も行っている。

 とは言ってもレイレナード製のパーツは高性能だが高価かつ扱い辛い面もあるため、運用するリンクスは少ない。

 そのため生産していたのは、精々既存のパーツの予備パーツや内装系パーツ位であり、その工場も他の工場と合併、閉鎖され、職員は他の工場に勤務している事になっている。

 

 所がそのラインは秘密裏にだが、生産リストよりも僅かに多くのパーツの生産が行われていた。

 そして、そのパーツの行き先は現在も掴めておらず、そこの職員も行方が知れない。

 怪しさは既にレッドに近いイエローだが、OMERに関しては危険な為、そこで打ち切り、他企業も探ってみる事にした。

 すると、OMERグループ程ではないが、行き先不明のネクストパーツの生産記録が各企業で見つかったのだ。

 生産量はまちまちだが、BFFにすらあると言う事は自身の恩師も一枚噛んでいるらしい。

 …なお一番生産量が多いのは、やはりと言うかGAだった。

 と言うか何故ノーマルや固定砲、果てはAFに使うような装甲材まで提供しているんだか…。

 

 「ここまで来るともう止められないわね……出来ればうちの子達が巻き込まれない様にしないとね。」

 

 相手は誰か解らない。

 しかし、こんな事を水面下で進めていたからには只者ではなく、また只事で終わる訳が無い。

 優秀なブレインと豊富な戦力、何をするのか知らないが、このまま進めばあのリンクス戦争並の事態になるだろう。

 

 「情報収集を厳に、特に各アルテリア施設には常時見張っていなさい。ここからが本番になるわよ。」

 「畏まりました。では、その様に進めます。」

 

 従者の言に満足しつつ、自身も端末を用いて情報収集に当たる。

 企業に反旗を翻す、これ程の連中ならそれも可能だろう。

 そして企業の御旗、現在のクレイドル体制を崩すには各アルテリア施設の攻撃は必要不可欠になる。

 アルテリア施設における何らかの異変、先日の襲撃犯も『彼ら』の仕業だと言うのなら………。

 高速で思考し、今後の展開を予測、端末を通じて世界からその予兆を感知し、自分達にとって最適の行動を決定していく。

 

 それが山猫ではない彼女なりの戦いだった。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 旧ピースシティ付近を通過中だったGA輸送部隊が消息を絶った。

 同地域で鹵獲された同社製AF、ランドクラブの改造型の目撃情報が確認されており、砲塔部がソルディオス砲に変更されている事から、トーラス製のものと考えられる。

 ソルディオス砲はトーラスの最新モデルであり、チャージ時間も従来のそれよりも短縮され、威力も向上していると思われる。

 また多数の通常戦力も確認されている事から、今回のミッションには複数のネクスト戦力を投入する。

 

 以上が全GA所属リンクスに送られた依頼の概要だった。

 

 

 

 

 『全員依頼内容は把握したな?相手が相手だ、素早く仕留める様に心掛けろ。無理してソルディオス砲を喰らうなんて事にならない様にな。』

 『承知した、AFとはいえコジマさえどうにかなれば、雷電の敵ではない。』

 『なら、有澤は通常戦力の殲滅を担当してくれ。我々は件のAFを担当する。』

 『空中戦力の方もオレらに任してください、社長はいつも通りで頼みます。』

 『ドンさんじゃないですけど、支援に関しては任せてくださいね。』

 「対空戦ならボクやメイさんとドンさんの方が向いてますもんね。」

 

 何だか凄い面子が集まっていた(汗)。

 上層部のこの気合の入れっぷりはどこから来てるんだろう?

 明らかに1つのミッションに投入する戦力じゃないし………旧配下と旧宗主だからかな?それにしたって過剰だけど……ここは知ってそうな人に聞いてみますか。

 

 注意!!以下暫くは会話文のみ、語尾に話した人の名前が表示されます。

 

 「にしても史上初じゃないですか、GAリンクス勢揃いって。」(ぺ)

 『んー、確かにね。』(メ)

 『今回の一件なんだが・・・実はトーラスの独断らしくてな、インテリオル上層部から連絡が入ったんだよ。』(オ)

 『それだけにしちゃ大袈裟過ぎやしねぇか?』(ド)

 『…あーー……。』(O)

 『そこからは私が説明しよう……実は輸送部隊の襲撃直後、トーラスの連中からGA上層部向けに挑戦状が送られたんだ。』(ロ)

 『剛毅な事だが、それだけではいくら連中でも早々動くまい。』(社)

 『詳しくは私も知らんが、上層部は怒り心頭だ。』(ロ)

 『よっぽど頭に来る内容だったのかしらね。』(メ)

 『詳細はどうあれ、作戦内容は変わらないのなら完遂して帰るだけだろ。』(ド)

 「これ以上は解りそうにないですし、そろそろ準備にかかりましょうよ。」(ぺ)

 『少年の言う通りだ、この場で話す事はもうあるまい。各自作戦に備えるぞ。』(社)

 

 社長の発言で、その場は一旦お開きになった。

 

 

 

 

 そして作戦領域に到達寸前、総勢5匹の山猫が滅びた『平和の都市』へと放たれた。

 廃ビルが乱立する砂漠地帯の中、護衛のノーマル部隊が正面に展開し、その奥にAFの姿が見えていた。

 

 「結構少ないんですね。」(ぺ)

 『まぁ、挑発までしたんだし、よっぽどAFに自信があるじゃないかしら?』(メ)

 『2人とも気を抜くな、どこかに潜んでいるのかもしれん。』(ロ)

 

 ローディーさんに注意されつつ、5人はそれぞれ目標に向けて進んでいく。

 そしてある程度まで接近し、そろそろノーマル部隊が射程内に入ると言う所で、レーダーを装備した2人が真っ先に変化を捕らえた。

 

 『お出ましね!!』(メ)

 「左右にノーマル部隊の増援確認、囲まれました!!」(ぺ)

 

 恐らくは新型のステルスか何かなのだろう、両翼に出現したノーマル部隊は寸前まで全く感知されず、姿を現した途端に正面の部隊と共にレーザーライフルの攻撃を開始した。

 

 『有澤は左翼を、メイは右翼を頼む!残り2人は私と共に正面から行くぞ!!』(ロ)

 

 半包囲された状態では戦力の集中と一点突破が常識であるが、この場合最も厄介なのは集中した戦力をソルディオス砲で一網打尽にされる事だ。

 戦力を分散したのは、一度に全滅するという事態を防ぐ為と5人の中ではそこそこ素早い3人を前に出す事で、動きの遅い残り2機へ狙いを付けさせない為、ローディーはほぼ一瞬でそこまでの事を判断して指示を出し、自身も油断無く機体を動かしていく。

 

 『ふん、弱卒が…ッ!!』

 

 左翼を担当した雷電こと有澤隆文は御自慢のグレネードで、シールドを構えながらレーザーを放つアルドラ製ノーマルのGOPPERT-G3を数機纏めて吹き飛ばす。

 無論、既にレーザーを幾つも受けていたが、ノーマル程度の出力では雷電を落とし切るだけの威力が無い。

 重装タンクらしい圧倒的な火力と装甲を遺憾無く発揮し、10数機いたノーマル部隊は、見る間にその数を減らしていった。

 

 『ほらほら、そんなんじゃ何もできないわよ。』

 

 右翼を担当したメリーゲートことメイ・グリンフィールドは両腕のライフルとバズーカを使い、堅実にノーマル部隊を撃破していく。

 10数機いたノーマルは必死に応戦するが、如何せん廃ビルを盾にされ、上手く攻撃を当てられていなかった。

 戦場がここ以外、先日の様な障害物の無い場所であれば、ネクストと言えど気を抜けなかったのだが、下手に障害物があるため、攻撃の殆どがビルや砂地を焼くだけに終わる。

 その上、放たれる攻撃の威力は天地程の差があるのだから、拷問にも思えてしまう。

 無論命中する事もあるが、撃墜するには一撃辺りの火力が圧倒的に不足していたため、戦闘は一方的なものに終始した。

 

 

 

 

 正面部隊の方は両翼と対照的に苦戦を強いられていた。

 原因はAFに搭載されたソルディオス砲が稼動し始めたからだった。

 それに併せ、ランドクラブのミサイル、ノーマルのレーザーライフルも雨霰とばかりに撃たれている為、思う様に攻撃が出来ていない。

 またソルディオス砲は容易にビルを貫通する為、盾にすらならず、回避するしかない。

 殆ど回避しかできない状況で、それでも未だソルディオス砲の直撃を受けた者はいなかった。

 

 『先にソルディオスを黙らせる、2人とも続け!!』(ロ)

 『「了解!!」』(ド・ぺ)

 

 これ以上撃たれては堪らないと、ローディーの判断の元、ランドクラブ目掛けて加速する三機のネクスト。

 しかし、トーラスの変態度はローディーの予想を遥かに上回るものだった。

 

 「ソルディオス砲の分離飛行を確認!!」(ぺ)

 

 分離飛行を開始する6基のソルディオス砲、誰もが呆然とする中、唯一この事を予想していたペットが逸早く現実に復帰し、警告する。

 浮遊を開始した6基のソルディオス砲は自動制御されているらしく、個別に標的を定め、大出力のコジマキャノンを発射していく。

 

 『気を抜くな、死にたいのか!!』(ロ)

 

 ローディーの叱咤を聞いて現実に復帰する面々だが、余りの事態に動きがやや鈍くなっている。

 社長やペットはそうでもないが、ドンとメイの2人は明らかに動きが鈍っている。

 

 『何よ、これ…ふざけてるの?』(メ)

 『メイ、足を止めるな!!』(ロ)

 

 ローディーが叱咤するが、メイの動きは依然として精彩を欠いたままだ。

 しかしメイの担当した右翼は既に殆どの戦力を撃破され、幸いにもソルディオス砲との距離も比較的遠いので、即座に撃墜される事は無かった。

 

 「こいつら発射寸前には動きが止まります!!」(ぺ)

 『ならばそこを狙う!!』(ロ)

 

 冷静に観察を続けていたペットの言に従い、ソルディオス砲を回避しつつ、ローディーがフィードバックの武器腕バズーカを動きを停止したソルディオス砲に叩き込んだ。

 本来、重厚な装甲を持つソルディオスなら耐え切れる筈だが、発射直前の開いた砲口に命中したためか、武器腕バズーカの一撃で一基のソルディオス砲が大破した。

 

 『よし、いける!!』(ド)

 

 直後、撃破されたソルディオス砲が内部のコジマ粒子を垂れ流し始めた。

 

 「全員距離を取って、爆発します!!」

 

 直後、ソルディオス砲は大規模コジマ爆発を起こし、周辺に多大なコジマ粒子と衝撃波を撒き散らした。

 

 『おわぁぁッ!!?』(ド)

 『きゃあぁあぁぁ!?』(メ)

 

 全く予測していなかったメイとドンの2人は退避が遅れ、PAが大きく減衰し、機体が揺さ振られる。

 

 『面妖な、変態技術者共めッ!!』(社)

 

 それを見た社長が怒りを込めて、発射体勢に入ったソルディオスに向けて武器腕グレネードを発射、2基目を撃破する。

 

 『ドン、メイは後方から支援!!ペット、左から回り込め!!』(ロ)

 「了解!!」(ぺ)

 

 社長の戦果に勢い付き、ローディーは正面から、ペットは左翼から回り込んでいく。

 

 「もうちょっと自重してくれって、の!!」(ぺ)

 

 放たれたコジマキャノンをQBで回避しつつ、ペットは拡散バズーカでソルディオス砲の内の1基に攻撃する。

 しかし、その一撃はを通常のQBでは有り得ない様な機動でソルディオス砲は回避する。

 

 「ヌラヌラと、気持ち悪い!!」(ぺ)

 

 拡散バズーカから垂直ミサイルと連動ミサイルに切り替え、発射体勢に入ったソルディオス砲に向けて攻撃する。

 今度は圧倒的なミサイル弾幕を避ける事も出来ずに、ソルディオス砲が撃破される。

 これで漸く半数になったものの、以前苦戦している事に変わりは無い。

 正面から仕掛けたローディーは素早く、ソルディオス砲の奥に横向きに鎮座するランドクラブのミサイルを破壊し、弾幕を薄くする。

 その間もソルディオス砲の攻撃は止まないのだが、培った経験がフィードバックへの被弾を許さない。

 先程まで地上に展開していたノーマル部隊は後方から援護するメイとドン、社長の手により既に全滅しており、機体への攻撃は大分疎らになっていた。

 

 『後はランドクラブとソルディオスだけだ、もう一息だ!!』(ロ)

 『AFは任せてもらおう!』(社)

 

 社長が景気付けとばかりに両背中武器たるOIGAMIを展開、AFクラスとも言われるその火力をランドクラブに向けて発射する。

 着弾と共に、先程のコジマ爆発並の衝撃波と爆音が周囲にばら撒かれる。

 その衝撃で比較的接近していたペットとローディーのPAが減衰、機体が揺さ振られてしまう。

 直撃を貰ったランドクラブは大破し、ソルディオスの収納は不可能になった。

 また余波でソルディオス砲のPAも減衰し、その防御力がやや低下した。

 

 『オレらも行くぞ!!』(ド)

 『了解ッ!!』(メ)

 

 後方からドン、メイの2人が背中のミサイルを一斉に発射、回避行動中だったソルディオス砲を攻撃し、厚いミサイル弾幕を回避し切れずに撃破された。

 残り2基となったソルディオス砲は交互にコジマキャノンを放ち、こちらを寄せ付けまいとした。

 だが、ローディー、社長、ペットの武器腕バズーカ、OIGAMI、ミサイルの一斉発射を避け切れず、あえなく撃破され、派手なコジマ爆発を残して最後のソルディオス砲も消えていった。

 

 

 

 

 「ったく、死ぬかと思ったぞ。」(ド)

 

 作戦終了後、GA側リンクス達は社長(決裁が迫っているらしく、日本に向かった)を除いた4人で、GAネクスト支部の食堂で飲み会を開いていた。

 テーブルには大量の料理と酒が広がり、如何にも飲み会といった雰囲気だったが、ドンの呻きから一斉に今回の件に関する愚痴が始まった。

 

 「もうコジマが掠める度に心臓が止まるかと思いましたよ。」(ぺ)

 「私なんかあんまり活躍できなかったし…。」(メ)

 「命があるだけ感謝するべきだろうな。」(ロ)

 

 各々が勝手に料理と酒を摘みつつ話すが、疲れ切っているのか、今一盛り上がりに欠けていた。

 

 「こんな時こそ、何かサプライズとかないかなー…。」(メ)

 「止めてくれ、暫くは何もしたくねぇ…。」(ド)

 

 任務の終わったGAのリンクス達は、一時とは言え概ね平和だった。

 

 

 

 

 あるネクスト用ガレージにある事務室 

 

 「…何があった、こんな時間に。」

 「ん、まぁな…依頼の事なんだが。」

 

 既に深夜になろうかという時間帯、『彼』と『彼女』が仕事で使用している端末へと一通の依頼が届いた。

 その余りの内容に『彼女』は『彼』に見せる事を躊躇ったが、最終的な判断を『彼』に委ねる事に決め、既に就寝していた彼を起こしたのだ。

 

 「…どんな内容だ。」

 「私が話すよりも、目を通した方が早いだろう。」

 

 話を聞いた『彼』が目を向けた端末は既に起動しており、普段通りの手順で依頼内容を確認する。

 その画面に写ったのは、初めて目にする黒いシンプルなロゴ。

 既存の如何なる勢力にも属さない事を意味するそれは、次いで名乗りを上げた。

 

 

 『初見となる。こちら、マクシミリアン・テルミドールだ。』

 

 

 濁り水は結果と言う出口を求めて流れ、加速を始めた。

 その流れは既に誰にも止められず、最早その行き先すらも予測不可能となっていた。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 先日、襲撃が行われたPA―N51の新資源プラントだが、破壊した筈のプラントの修復が完了間近らしい。

 そこで、今回の作戦の内容はPA-N51への再襲撃だ。

 しかし、アルゼブラも馬鹿ではなく、同エリアにはアルゼブラのネクスト部隊が展開している。

 それに対抗して、こちらもネクストを派遣する。

 お前達の目標は、言うまでもないが敵ネクスト部隊の排除だ。

 敵ネクストの排除が完了次第、こちらの通常戦力で同エリアを攻撃する予定だ。

 可能な限り、速やかに作戦を遂行して欲しい。

 しかし、最近の情勢悪化に伴い、手の空いているリンクスが少ないため、今回の作戦には独立傭兵が同行する事になる。

 精々扱き使ってやれ。

 それと同エリアはこの季節、濃霧が発生する事で有名だ。

 索敵兵装を装備した方が良いだろう。

 それとまだ未確認情報だが、作戦領域付近で敵ノーマル部隊が確認されたという情報が入っているため、注意しろ。

 なお、敵ネクストと僚機に関するデータは添付された資料を参考にするように。

 

 これが態々やって来た本社付きのオペレーターからの依頼内容の説明だった。

 

 

 

 

 「…で、今に至ると。」

 『何を言っている?』

 「いえいえ、お気になさらず。」

 

 現在、輸送機で作戦エリアに向けて移動中です。

 既に輸送機内には僚機の独立傭兵とそのオペレーターが同行しており、今こちらに話し掛けてきたのはそのオペレーターの方だ。

 肝心の僚機だが、驚いた事にあのストレイドのリンクスだった。

 どうして彼らがこの依頼を受けたのかは不明のままだが、あの『カスミ・スミカ』と『首輪付き』がいるのなら、少なくとも負ける事は無いだろう……ボクが戦死する可能性は消えないけれど。

 まぁ、心強い友軍がいる事には変わりは無いので、頼りにさせてもらおう。 

 妙な遣り取りをしているボク達が気になったのか、いつものGAのオペレーターが声を掛けてきた。

 

 『気にしねぇ方がいいさ、このガキは腕はそこそこだが、オツムが今一つだからな。』

 「なんでボクが異常者扱いなんですか!?」

 『そうか…。』

 「納得された!?ってその哀れみを込めた目を向けないで!!?」

 

 なんだが話が妙な方向にいっている……むぅ、ここは状況の打開を図るべきか。

 

 「あなたまでそんな事言いませんよね、ね!?」

 『………。』(プイッ)

 「視線すら合わせて貰えない!?」

 

 ショックだよ、色々とショックだよ!!

 クールに全無視かと思いきや、気まずそうに目を反らされたよ!?

 ここに、ボクの味方はいないというのか……。

 orzとばかりにボクが落ち込んでいると、見かねたGAオペレーターが声を掛けて来た。

 

 『そろそろ作戦領域だ、準備しろよ。』

 

 途端、先程までのふざけた雰囲気は消え去り、ピリリとした雰囲気が広がる。

 ボクも素早く計器類に目を通し、機体の状況を確認していく。

 こういった事には手を抜かないのは、リンクスなら当然の事だが、それにしても『首輪付き』のそれは堂に入っていた。

 そして時間が来たらしく、GAオペレーターが通信越しに声を張り上げる。

 

 『間も無く作戦領域に到達するぞ、準備はいいな!』

 『…こちらストレイド、行けるぞ。』

 「こちらハウンド・ドッグ、問題ありません。」

 『おし、機体降下開始だ、行って来い!』

 

 そして、濃霧に包まれた空に二匹の山猫が放たれた。

 

 

 

 

 「やはりECMがきついですね…そっちは大丈夫ですか?」

 『あぁ、こちらは特に問題無い……しかし、これでは闇討ちは防げんな。』

 「有視界も遠くまでは無理、レーダーもノイズが多いですから…。」

 

 よくこんな状況でクリアできたもんだよね、原作。

 

 『……来るぞ。』

 

 その時、ボソリと呟かれた言葉に反応できたのは、多分に運の要素が多かった。

 

 「…ッ!!」

 

 一瞬でQBを吹かし、左に向けて回避する。

 その直後、先程まで自身がいた場所に大量の散弾とロケットが着弾した。

 ロケットの爆風と僅かに掠めた散弾にPAが半分近く持って行かれるが、生憎とそれを気にする余裕は無さそうだった。

 

 『今ので殺る筈じゃったが、しくじったのう。』

 『ふん、だからゆっくり料理しようって言ったんじゃないの。』

 

 いた、廃ビルの隙間を縫う様に僅かにブースターの噴射光が見える。

 

 『レッドラム並びスタルカを確認、ブリーフィング通り接近戦に注意しろ!』

 

 セレン女史の言葉と共に、二機の敵ネクストがビルの間を縫う様に、時には飛び越えてこちらに接近してくる。

 

 「近づけなけりゃ…ッ!」

 

 即座にガトリングと拡散バズーカを構え、発射する。

 だが、濃霧と、障害物、敵機の機動性が合わさり、どうしても命中弾が少ない。

 精々がPAを多少削る程度だろう。

 その頃、僚機であるストレイドはというと、ASミサイルとライフルで攻撃しながら正面から接近戦に持ち込もうとしていた。

 ……うをぃ。

 

 「…っああもう!」

 

 見捨てる訳にもいかないので、ボクはストレイドの支援に徹する様に動き始める。

 ハウンド・ドッグは元々支援の方がお似合いの機体であるから特に問題は無いが、もう少し協調性とか無いんだろうか?

 

 『くっ…このッ!』

 

 通信から聞こえる女性らしき音声から、どうやらストレイドはレッドラムと戦闘しているらしい。

 …となれば、僕の方は言わずもがな。

 

 『ワシの相手はお前さんか?』

 「みたいですね。」

 

 テクノクラート所有の唯一の旧型ネクスト、SOLUHをベースにし、左肩に散布型ミサイル「MP-O200」、右肩に五連装ロケット「CP-51」、左腕にマシンガン「VANDA」、そして右腕にはネクストすら一撃で破壊可能な大型物理ブレード「KIKU」を装備した、テクノクラート唯一のリンクス。

 

 『ほいじゃぁ始めるか。』

 

 No.19 ド・スとその乗機スタルカが物理ブレードを構えつつ、背後から迫ってきた。

 

 

 

 

 『このッ、いい加減当たりなさい!!』

 「……。」

 

 ペットがスタルカと戦闘を開始してから数分後、他にも同エリア内で戦闘するネクストがいた。

 No.15 シャミア・ラヴィラヴィとその乗機レッドラム。

 アルゼブラ製軽量四脚、DUSKARORをベースにした機体に左背中にスラッグガン「KAMAL」、右背中にOMER製レーダー「RDF-O200」、右腕のアサルトライフル「ACACIA」、左腕にショットガン「MBURUCUYA」を装備したレッドラムは、地上での高機動戦闘に優れ、高いPA減衰、貫通力を持った散弾を利用した攻撃もあり、シャミア自身も状況戦を得意とする事から、濃霧に包まれたPA-N51エリアならば戦闘でかなり優位に立てる……筈だった。

 

 『…ッ…グッ!?』

 

 自身が盾にしたビルが散布型ミサイルにより崩され、爆発の余波で機体が揺さ振られる。

 そして機体が露になった途端、的確にライフルの弾丸がこちらのPAを削り、貫通し、損傷を与えてくる。

 しかし、その想定を当て嵌めるには、相手はあまりに強大で、異常だった。 

 こちらの放つライフルと散弾は敵機のPAすら掠める事無く回避される。

 対して、空中から敵機の放つライフルと散布型ミサイルは的確にこちらを捉えており、必死に回避せざるを得ない。

 

 (この、この…ッ!…私が、この状況で押されるなんて!!)

 

 真性のサディストで知られるシャミアにとって、この様な状況は屈辱以外の何者でもなかった。

 しかし状況を打開しようにも、何かと口煩いが頼りになる僚機はもう一人の敵機の相手をしており、現在自身一人でこの難敵に対峙せねばならない。

 ビルの合間を縫う様に高速で機体を移動させつつ、現状の打開策を練る。

 その合間に両腕のショットガンとアサルトライフルで攻撃するものの、上空にいる敵機には当たり辛く、簡単に回避され、直ぐにビルの陰に隠れてしまう。

 しかし、彼女の敵はその時間を許す程鈍くは無い。

 

 『………。』

 

 ビルの合間から、まるで見えているかの様にレッドラム目掛けてライフルが放たれる。

 まるで狙撃銃の様な精密な射撃だが、幸いにも単発であったためにPAを削るだけで機体に損傷は無かった。

 しかし、その無駄に見える行動が、シャミアにはあたかも挑発しているかの様に思えてしまう。

 まるで、何時でもお前を狙えるぞ、と言わんばかりに。

 

 『ガキがッ!!調子に乗るんじゃないよ!!』

 

 元々あまり忍耐力の無い彼女はこの状況で、即座に低い沸点を超えた。

 そして、怒りに沸く頭で、彼女は打って出る事を決めた。

 装甲の薄く、近距離戦向けのレッドラムならば確かに持久戦は不向きだし、打って出る事で流れを掴む事も出来るかも知れない。

 そして、青いネクストを視認するや、高速でビルの合間を縫う様に接近、ショットガンとアサルトライフルを斉射しつつ、突撃していく。

 彼女の十八番である散弾突撃、これに敵機の背後へと回り込む機動を加える事で、この様な状況に限り、彼女は上位リンクス級の実力を発揮する。 

 

 しかし、彼女の敵はそれを上回る。

 

 ストレイドはビル街を回り込む様に進むレッドラムを捕らえると、即座に反転、ビル街の上空を飛び、距離を取る。

 無論、陸上での機動性に優れるレッドラムに機動性重視のアセンブルをしているとは言え、中量二脚のストレイドでは逃げ切るには速度が足りない。

 空中から散布ミサイルとライフルで攻撃を続けるストレイドにレッドラムは回り込む形で急速に接近、ショットガンとアサルトライフルを叩き込もうと乱射する。

 しかし、空中に浮かぶストレイドは、地上から乱射される攻撃を悉く回避し、先程と同じ様にライフルだけでの攻撃を続ける。

 そのやる気の感じられない攻撃に、シャミアのボルテージは益々上昇していく。

 

 『いい加減に、落ちなッ!!』

 

 レッドラムが背部のスラッグガンを展開し、広範囲に散弾をばら撒く。

 無論ストレイドは回避するが、今度は完全に回避し切れず、PAを大幅に削られた。

 

 『あはははッ!!風穴を開けてあげるッ!!』

 

 狂喜を露にしながら、レッドラムはスラッグガンを乱射する。

 それに対し、ストレイドはASミサイルとライフルで反撃するが、火力の差が大きく、押され始めてしまう。

 QBで後退し、距離を取ろうとするストレイドに、レッドラムは更に距離を詰めていく。

 

 『……。』

 

 しかし、追い詰められている筈のストレイドは飽くまで冷静なままだった。 

 そして勢い付いたレッドラムが更なる突撃を行おうとした時、ストレイドが動いた。

 展開していた散布ミサイルを即座にパージ、その場から後退する。

 機動だけを見るのなら、先程と変わらない。

 シャミアも特にその行動に疑問を挟まず、重量軽減を狙ったのだと考えると、無視を決め、そのまま機体を前進させた。

 

 そこが分かれ目だった。

 

 『がぁ…ッ!?』

 

 何の前触れも無く、レッドラムの全身に巨大な爆発が襲い掛かった。

 その爆発は容易にPAを減衰、消失させ、機体の装甲を焼き、フレームを歪ませる。

 その衝撃に搭乗者たるシャミアは、一瞬だけであるが、意識が完全に途絶えた。

 説明すると至極簡単な事で、パージした散布ミサイルのミサイル発射口をストレイドが撃ち抜いたのだ。

 無論、高速で戦闘する中、ネクストのパーツの中では比較的小型のMP-O203の限られた部分を撃ち抜く事が簡単は筈は無い。

 ビル街という直線に近い環境で、機動を後退に限定し、更に敵機がタイミング良く近づいた瞬間に撃つ事で、難度の低下と効果の上昇を狙ったのだ。

 高速戦闘中にやるよりはまだマシな状況であるが馬鹿馬鹿しい程の難易度である事は変わらない。

 しかし、『首輪付き』はそれを成功させた。 

 そして、ここまで来れば後は結果は一つだけだった。

 ストレイドは爆発を確認した瞬間に後退を止め、OBを機動する。

 音速をも超えた『迷い猫』は一瞬でレッドラムに肉薄、左腕の射突ブレードでレッドラムを打ち抜かんとした。

 

 (まだ、まだ…!!)

 

 だが、鉄杭が到達する直前、シャミアは辛うじて意識を取り戻した。

 そして視界に広がる敵機に対し、半ば反射的にスラッグガンとアサルトライフルを放つ。

 本来ならAAを使用したい所だが、先の爆発でPAは跡形も無く吹き飛び、回復し切っていなかった。

 しかし、その攻撃も、ストレイドにとって対処可能な障害でしかなかった。

 突然視界を埋め尽くした緑の閃光に、シャミアは一時的に視界を遮られ、極僅かに回復し始めていたPAは再度散らされてしまう。

 敵機の使用したAAは、こちらの攻撃を無効化し、更には反撃の手段すら封じてしまった。

 AAを発動したため、OBこそ停止したものの、停止する訳でもなく、殆どそのままの勢いでストレイドが突っ込んでくる。

 それでも諦めずにアサルトライフルを撃ち続けたのは、単に意地か?それとも他に理由があったのか?

 何れにしろ結果は変わらず、死に行く彼女が最後に見た光景は、自身を打ち抜く鉄杭とそれを振るう敵機の姿だった。

 

 

 

 

 『……。』

 

 つまらない、と『彼』は感じていた。

 濃霧、ECM、ビル街を利用した点は見事だったが、如何せん陸戦だけでは自分には勝てない。

 「キレた女」というオペレーターの言葉を鵜呑みにした訳ではなかったが、やはり落胆は隠せなかった。

 戦術を駆使する敵は先日もいたが、前回程の歯応えは感じられなかった。

 やはり、この程度の相手ではつまらない。

 もう一人の敵と僚機が戦闘している方向に行こうかとも思ったが、今は気が乗らなかった。

 

 (事が起こるのはもう直ぐ、なら焦らずに待つべきか。)

 

 自身の欲求を満たしてくれるだろう強敵達。

 今、彼が望むのはそれだけだった。

 

 

 

 

 …………………………………………………………………

 

 

 

 

 「ああもう、厄介な!!」

 

 一方、レッドラムが撃破される少し前、スタルカとハウンド・ドッグの戦闘が続いていた。

 

 『ええ加減に諦めろ、小僧っこがワシに勝とるかい。』

 

 先程からガトリングと拡散バズーカで弾幕を形成し、接近を許していないハウンド・ドッグだが、その実、追い込まれているのはペットの方だった。

 

 「そういう訳にもいかないんです、よっと!」

 

 背後に回り込もうとするスタルカに牽制代わりに拡散バズーカを見舞う。

 無論あっさり回避されるが、牽制が目的なので悔しくは無い……ホントダヨ?

 一方、スタルカの方もそこまで余裕がある訳では無かった。

 既に二機の周囲は瓦礫だらけになっており、遮蔽物の無い状態では奇襲も出来ず

早々に決着を付ける事が出来ない。

 それは自身と僚機にとって非常に不味い事態だった。

 目の前の白いGAのネクストは、然して梃子摺る事は無いだろうが、こいつの僚機が問題だった。

 先程チラリと見ただけだったが、アレは不味い。

 恐らくレッドラムでは勝てない。

 それは、自身が実戦の中で培ってきた、確率の高い予想だった。

 二機がかりでも勝てるか解らない相手に(勝てたとしてもどちらかが死ぬだろう)、味方を一人で挑ませるのは無謀過ぎだった。

 如何に気に入らない女だったとしても、それとこれとは別と彼は考えていた。

 そのためには、目の前の五月蝿い敵を討たねばならないと、彼は現状を打破する為、思考を加速させていった。

 

 一方、スタルカと戦闘を続けるペットも同じく、高速で思考を展開していた。

 自身…ガトリング70%、拡散バズーカ40%、垂直・連動ミサイル100%、装甲小破、間接、ジェネレーター、カメラアイ問題無し。

 敵…消耗ほぼ無し、物理ブレードによる接近戦に注意。

 状況…上空の濃霧、地上のビル街、ECMによりレーダー及びロックオンに障害を確認。

 結論…全体的に不利、増援を頼らずに勝利するのは難しいが、不可能ではない。

 …それじゃ、頑張りますか。

 殆ど一瞬で現状の把握を終わらせ、戦術プランを立てていく。

 

 (突撃した所で相手の思う壺、とは言ってもこのままじゃジリ貧だし……。)

 

 マシンガンにPAを削られながらガトリングガンで反撃しつつ、ペットは生き残る為の思考を緩めない。

 

 (ジェネレーターとコクピットにさえ直撃を貰わなければ死にはしない…多分……だったら……。)

 

 拡散バズーカがはずれ、廃ビルの一つが粉々になるのを視界に入れつつ、ガトリングガンで飛来するロケット弾を迎撃していく。

 

 (やっぱり、いつも通り一か八か、か…。)

 

 戦術プランの組み立てを終え、ペットは漸く攻めに転じつつ、移動を開始、自身の有利な場所を探して移動を開始した。

 なるべく被弾を避ける様に廃ビルを盾にしながら、機体を廃ビルの密集地に移動させていく。

 また道中に敵機をガトリングガンで牽制しつつ、左腕の拡散バズーカから背中の垂直ミサイルに変更する。

 そして、やや大きめのビルを背にする様な位置に陣取り、準備が完了した。

 後は、自身の腕と運、相手の出方次第だ。

 

 

 

 

 一方、ド・スの方も相手がビルの密集地に入ったのを見て、自身も移動を開始し、時折廃ビルの合間からロケット、散布ミサイル、マシンガンで攻め続けた。

 ド・スは敵機が何か企みがあって行動している事を察知し、ハウンド・ドッグの一挙手一投足すら見逃すまいとカメラアイから送られてくる映像とレーダーの反応に気を配っていた。

 しかし、もし何らかの策があったとしても懐に入りさえ出来れば確実に勝利できるとも考えていた。

 主に装甲と火力を生かした重砲撃戦を想定しているGA製ネクストに対し、彼の乗機スタルカは身の軽さと低負荷を生かした高機動戦闘を得意としている。

 右腕に装備するKIKUならば、重装型タンクやAFすら一撃で破壊できる。

 嘗て潜り抜けた戦いの中でも、この武器は自身の愛機と共にあり、多くの敵を穿ち、勝利してきた。

 今日もその勝ち星が増えるだけだが、今回は僚機が危険なため、急いで決着を付け、応援に行かなければならない。

 そう考える中、ド・スにはハウンド・ドッグの動きが止まった事に気付いた。

 

 (一体、何をしようるつもりじゃ?)

 

 背水の陣とも言おうか、ハウンド・ドッグは大きな廃ビルを背にした状態で、まるで狙ってくださいとでも言う様に動きを止めていた。

 明らかに誘っていると確信できる。

 しかし、こちらとしては乗るしかない。

 先程からの戦闘で、既に背中のロケットと散布ミサイルは既に結構な量の弾薬を消費している。

 弾数の豊富なマシンガンならまだしも、これ以上消費してしまっては、もう一人の敵を相手にするには不安が残る。

 これ以上の戦闘継続は望もうとしても望めない。

 となれば、やはり接近し、懐に飛び込んでの一撃しかない。

 だが正面から行けば、圧倒的な火力に晒されてしまう。

 なら、どう懐に潜り込むか…。

 ド・スは素早く周囲の状況を把握し、数秒でプランを考えると、即座に行動を開始した。

 まず敵機の正面にある廃ビル郡の合間からマシンガンを散発的に降らせていく。

 PAがやや削られるだけで、実弾防御に優れる敵機には何の損傷も与えられない。

 しかし、これは元々相手の気を逸らすためのものだ、撃破が目的ではない。

 幾度かマシンガンを撃った後、やや大回りしながらもOBを利用し、高速で敵機の背にあるビルの後方に回っていく。

 そしてビルを挟んだ敵機の真後ろに移動し終えると、左腕のマシンガンから散布ミサイルに変更、敵機がいるであろう位置に散布ミサイルを撃ち込んだ。

 その結果、当然ビルは倒壊を始めた。

 ビルの瓦礫に押し潰されてくれれば良いのだが、ネクストのPAも装甲も生半可な質量では破壊し切れないため、期待するだけ無駄だろう。

 ビルの粉塵と雪が舞い上がる中、ド・スは機体を敵機がいるであろう位置に突撃させる。 

 ド・スが行ったのは陽動、工作、突撃の三点。

 ハウンド・ドッグから敵の攻撃が止んだと思ったら、突然ビルが崩れ、『目』と『耳』が塞がれたのだから、少なからず動揺するだろう。

 後は、混乱した敵機に射突ブレードを叩き込めば良いだけだ。

 そしてスタルカが射突ブレードを構えた時、変化が起こった。

 スタルカの正面にある粉塵、それが微かに揺らいだと思ったら、突然白い敵機、ハウンド・ドッグが躍り出て来たのだ。

 

 (読まれたか!じゃけど、この距離なら外さん!!)

 「抉らせてもらうで、GA!!」

 

 

 

 

 (その一撃を待ってたんだ!)

 

 ペットは舞い上がる粉塵に誤魔化されずにレーダーと敵機のOBの噴射光からかなり正確にその位置を把握していた。

 そして、その目的が懐に入っての物理ブレードを狙ったものだと言う事も予想していた。

 その予想も正しく、今自分の目の前には今にも物理ブレードを突き出さんとするスタルカの姿があった。

 最早どうあってもその動きを止める事は出来ないだろう事は簡単に解った。

 この距離では最上位の軽量機体に乗るリンクスと言えども、回避は非常に困難な事だろう。

 なら、避けない。

 避けられないのなら、避けようとする必要は無い。

 寧ろ、こちらの狙いはその攻撃が命中する事なのだから。

 

 (狙いはコア中央!だから…!)

 

 スタルカと正面から向き合う姿勢だった機体を、何時でも動かせるようにしながら前進する。

 そして、スタルカが左腕を突き出した瞬間に合わせ、機体を半時計回りに半身になる様に動かした。

 無論、回避するには到底間に合わないタイミングだった。

 ハウンド・ドッグのPAが一瞬で突破され、必殺を込められた一撃が襲い掛かった。

 その一連の行動の結果として、コアを狙った筈のスタルカの一撃は、勢い良くハウンド・ドッグの右肩を貫いただけに終わった。

 そして肩から灼熱の如き激痛が襲い来る中、その痛みに既に覚悟完了済みだったペットは涙目になりつつも、予定通り機体を動かしていった。

 

 

 

 

 (ちっ、しくじったか!?じゃけど…!)

 

 スタルカは必殺の一撃が狙ったコアではなく右肩を貫いた事実に舌打ちしつつも、速やかに離脱を試みた。

 しかしその前にハウンド・ドッグが残った左腕で、右肩が貫通した鉄杭で歪むにも関わらず無理矢理にスタルカに抱きついて来た。

 

 「な、男に抱き付かれる趣味は無いんじゃ!!」

 

 思わず振り払おうとするのだが、片腕とは言え重量級の機体を軽量級の機体が振り払うのは難しく、一向に離脱できない。

 

 『漸く動きが止まりましたね?』

 

 ゾクリと、冷静さを失っていない敵の声に冷や汗が走った。

 

 (やばいッ!!)

 「ここからは我慢比べですッ!!」

 

 ペットが宣言と共にAAを至近距離から発動する。

 スタルカのPAが急速に減衰し、機体に大きく損傷が与えられていく。

 こちらのPAも消失したが、それに見合うだけの結果が既に目の前にあった。

 自機の腕の中に拘束されているスタルカは、既に中破の状態でありながらも必死に拘束から抜け出そうと抗っているが、それを許す程ペットは鈍くは無い。

 左背中の垂直ミサイルと連動ミサイルをスタルカにロックし、躊躇い無く発射した……自機の腕の中にいるスタルカに向けて。

 

 『ご、があぁぁッ!!?』

 「あだだだッ!?」

 

 勿論、ミサイルは標的たるスタルカだけでなく、それを放ったペットににも容赦無く目中していく。

 上空から垂直ミサイルが迫り、二機に平等に降り注ぎ、連動ミサイルから発射されたミサイルは多くが地面とスタルカに命中し、爆風と破片がスタルカとハウンド・ドッグ双方に容赦無く襲い掛かった。

 ハウンド・ドッグはGA製ネクストの特徴として高い実弾防御を誇っており、多少の被弾なら実弾兵装である限り、例外はあるが(有澤製グレネードや物理ブレード、スナイパーキャノン等)然程大きなダメージは受けない。

 しかし、軽量機にしては実弾防御と安定性が高い程度のスタルカにとって、PAの無い状態でのこのダメージは正に致命的だった。

 見る間に装甲が砕け、飛び散り、機体の内部構造が露にされ、破壊されていく。

 あっと言う間にスクラップ同然の状態に追い込まれながらも、最後まで足掻き続けたのは、やはり意地だろか?

 

 『ワシらしいの、つくづく…。』

 

 それがペットが耳にしたド・スの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 ペットの戦術の前提として、相手が懐での近接格闘戦か距離を取っての中距離射撃戦のどちらかを選ぶ必要があった。

 射撃戦を選ぶのなら、ミサイルやガトリングガンで周囲のビル街を焼き払って視界を確保した後、本格的に攻撃を開始する予定だった。

 格闘戦ならば、敢えて自身を攻撃させ動きを止め、先程の通りに自爆覚悟の攻撃を行う。

 技量、経験に勝り、相性の悪い相手に勝つには自分の土俵に引き込むべし。

 その考え自体は大して珍しくも無い戦術だが、ペットの行ったそれは余りに無理矢理であり、運の要素が大き過ぎた。

 しかし結果としては中破に近い状態になりつつも、耐久力比べという自身の得意な状況に持ち込む事でスタルカの撃破に成功したのだった。

 

 「あ~……帰って侍女長の紅茶が飲みたい…。」

 

 当の本人は既に脱力し、この有様であったが。

 

 

 

 

 背後から迫っていた最後のSELJQを、振り向き様にライフルで撃ち抜く。

 一拍遅れて爆散したノーマルには目も向けず、直ぐにレーダーで周囲を確認し、漸く周囲の敵機を掃討した所で一息ついた。

 

 『ご苦労だったな。向こうも終わった様だし、ミッション終了だ、帰還するぞ。』 

 「…了解。」

 

 オペレーターの声に短く返答し、機体を指定された座標、輸送機の待機場所へと向かわせる。

 先程4脚のネクストを撃破した後、バーラット部隊が増援として登場した。

 僚機はもう一機のネクストに掛かりきりになっており、自信が動くしかなかった。

 折角僚機が面白そうな事をしているのを眺めていたのに、邪魔をされたのはそれなりに不愉快だった。

 また、ノーマルを一機残らず僚機を邪魔しない様に撃破するのはそこそこ骨が折れたが、エリア内を飛び回りつつ様々な角度から観察できたので良しとしておく。

 それに物理ブレード持ちのノーマルを物理ブレードで撃破するのは中々難しかく、面白かったので、それなりに満足できた。

 自身が今の僚機と対戦してからは、反射神経と技量のみに頼りっ放しであった状態から自分なりに戦術を駆使する様になった。

 少し頭を使うだけで損傷を抑える事が出来るのなら、その努力を怠るべきではない……単に痛かっただけもあるが。

 

 やはり『彼』は面白い、強くは無いけど面白い。

 

 「首輪付き」は一人楽しげにそんな事を考えながら、輸送機のある座標へ向けてブースターを噴かした。

 

 

 

 



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