東方七世界 (tesorus)
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主な登場人物

的なあれです。もちろん、これだけじゃないです。


宇佐見蓮子

種族:人間

所属:現想世界トウキョウ

能力:星を見ただけで時間が解り、月を見ただけで場所が解る程度の能力

 

「トウキョウ」と呼ばれる世界に生きる、人間の大学生。体内に眠る「超能力」のせいで、ずっと孤独であった。ある日、差出人不明の手紙を受け取り、彼女の人生は大きく変わりだす。

 

マエリベリー・ハーン

種族:人間?

所属:現想世界トウキョウ

能力:結界の境が見える程度の能力

 

蓮子に目をつけ、共にオカルトサークル「緋封倶楽部」を立ち上げた大学生。何でもできるエリートだが、その正体には謎が多く、かつて蓮子を実験台としたグループの人間でもあった。結界の境を見つけ、開閉が可能な霊能力を持つ。

 

宇佐見菫子

種族:人間

所属:現想世界トウキョウ

能力:超能力を操る程度の能力

 

蓮子の妹であり、姉と同じ超能力者。「郷少年」について調べたいと言うマエリベリー・ハーンの願いを聞き入れ、過去の世界へ旅立つ。

 

河城にとり

種族:河童

所属:現想世界トウキョウ

能力:水を操る程度の能力、剣を操る程度の能力

 

慧音と言う妖怪の頼みで過去へ行き、幻想郷に危害を及ぼすとされる「博麗大結界」の破壊を菫子に依頼した妖怪。伝説上の剣「ムラサメ」のレプリカを操り戦う。

 

古明地鼓石

種族:人間

所属:未来都市メトロポリス

能力:無限の力を操る程度の能力

 

未来都市メトロポリスの人民服を見に纏う、緑髪の少女。某さとり妖怪にそっくりの見た目を持ち、また、あり得ないほどの力の持ち主でもある。

 

ルイズ

種族:魔法使い

所属:魔界都市ミラークロス

能力:魔法を操る程度の能力

 

魔界の軍服を着た、兵士の少女。魔界の女王の任務で宇佐見蓮子を狙う。

 

リネア

種族:天使

所属:血戦世界ブラッド・ワールド

能力:光を放つ程度の能力

 

ブラッド・ワールドの、天界のキューピッド。白い髪に白い翼を持ち、光を集めた矢を弓から放ち、対象を焼き尽くす。下級天使では能力はトップクラスであり、弱い上級天使ならば彼女より弱い。

 

フライ

種族:天使

所属:血戦世界ブラッド・ワールド

能力:光を放つ程度の能力

 

リネアの友人で、また並ぶ、強力な下級天使。

 

ダルア・スカーレット

種族:悪魔

所属:血戦世界ブラッド・ワールド

能力:闇を放つ程度の能力

 

ネカクルス率いる悪魔軍の一人。兄を殺された恨みから、リネアに強い復讐心を抱き、彼女を殺すことを強く望む。

 

サラ

種族:妖怪

所属:魔界都市ミラークロス

能力:距離を砕く程度の能力

 

昔は、キサラギからミラークロスへ繋がる扉の門番をしていて、そこも最近は誰も来ないので、その仕事を辞め、収容所の看守をしている。敵との距離があるほど、力を増す能力を持つ。

 

レイクロク・マーガトロイド

種族:魔法使い

所属:魔界都市ミラークロス

能力:時間と謎を愛する程度の能力

 

アリスを過去に救った帽子屋で、謎が大好きな魔界の兵士。好きな時間へワープし、戻ることができ、出身地の魔界からは「時間殺し」の名で恐れられている。利己的できまぐれ。



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新世界と超能力者

東方吸血精と、同じ設定で進めていきます。基本的に、次の更新は春になると思います。


私は、私達は、本当は生きていてはいけない存在なのかもしれない。

 

そう思ったのは、確か西暦2071年の5月くらいだった。そんな気がする。その時は私も、あの娘も、まだ自分達が特別なことに、「人より劣っている」ことに気づいていなかった。

 

いや、私は。と言い換えた方が良いのかもしれない。あの娘は今も、自分がむしろ人より「優れている」と思い込んで、どこかで笑っているかもしれない。

 

あの日、私の人生は狂った。私は人間ではないことを知った。

 

 

 

 

 

2071年、私はまだ女子小学生だった。私は、これから始まるであろう中学生活や高校生活に胸を膨らませていた。

 

学校で先生から教えられた。「人より優れている点は、誰もが持っている。だから、自分の人より優れている点を見つけなさい」と。

 

その日の昼休み。その言葉を聞いて思いついたのか、とある男子生徒が一つの手品を見せた。その男子は、大きくなったら手品師になりたいと言っていて日頃から練習をしていた。

 

別に大した手品ではなかった。蜜柑を宙に浮かせているかのように見せて、実は蜜柑の中央に穴を開けて親指をその間に通しただけの単純な手品。

 

しかし、この歳はこれくらいの手品でも興奮するものだ。その男子は、私達がいくらその手品のやり方を教えてと言っても答えなかった。けれど、私はそのやり方を知っていた。と言うか、正しく言うと勘違いしていた。

 

私は、自分はその手品のやり方を知っているから別に教えてくれなくても良いと、そのやり方を教えてくれない生徒を見返すように言い放った。

 

男子生徒は、それならばあの手品をここで実演してみろ、どうせできないだろう、と私を笑った。私は、絶対にできるからやってみせる。と言ってその手品をやって見せた。

 

私は、蜜柑を宙に浮かせた。しかし、それは先ほどの方法で浮かせた訳ではない。

 

 

 

 

 

指すら触れず、本当に蜜柑を宙に浮かせたのだ。

 

教室は静まり返った。そして、次の日から私の周りには同級生は誰も寄らなくなった。

 

あれから数年、気がつけば私は高校三年生。未だに友達なんて作ったこともない。作った所で、また離れていくだけだとも思うが。

 

同級生が私の元から離れていくのは、別に苦しくも何ともなかった。けれど中学生になってからか、私は度々おかしな連中に誘拐された。

 

研究室のような場所に囚われて、人体実験のモルモットにされた。実に思い出したくもない内容であるが、時々思い出してしまう。

 

あれは中学生の夏の日。学校では夏期講習があり、午前中は学校で、午後からは大体、家で寝ていた。

 

先ほども言ったように、私には友人が居ない。だから、部活動なんて入る気にもならなかった。家に帰ったら、昼食を食べてスマホでゲームでもして寝る。それが、私の夏休みの日課になっていた。

 

そんな夏期講習の帰りのこと。私は帰り道、後ろからつけられていることに気がつかなかった。

 

人ではない。私は、一台のトラックにつけられていた。そしてそれに気がつかなかった私は、呆気なくそのトラックに乗っていた人達に誘拐されてしまった。

 

目を覚ましたとき、私は白い台の上に縛りつけられ、猿轡を咬まされ、数名の研究員達に囲まれていた。

 

彼らは、超能力者の身体に一体どれくらいの耐久があるのか、そしてどのような身体の構造をしているのか。さらに…どうすれば死ぬのか。大体、そんなことを知りたいのだろう。

 

まず、尋常じゃないほどの麻酔を点滴で打たれ、その後に手術の時のように腹を捌かれた。直接腹を捌かれるシーンを見ていた訳ではないが、そんなことくらいは大体解るものだ。

 

麻酔がキレて目を覚ますと、次は椅子に縛りつけられて、頭にヘルメットのような装置をつけられ殴る蹴るの暴行を受けたり、刀で腕や足首をえぐられたりもした。

 

恐らく、痛みか怒りか何かで能力が起動するとでも思っていたのだろう。確かに念力でも使えば脱出できるかもしれないが、そんなことを彼等が考えていないとは思えなかった。どうせ、逃げたら銃か何かで殺されるだけだろう。

 

その日の夜遅くに人体実験が終わり、私はその研究施設の地下牢に、手足を枷で鉄格子に繋がれた状態で一夜を過ごした。

 

 

 

 

 

もう、明日には私は生きていないのだろうかと思いながら寝ていた時、私の正面から若い女性の声がした。

 

目を覚まし、前をよく見るとそこには白衣を着た、金髪の女性が居た。

 

私は最初、もう夜が明けて研究員がモルモットの私を迎えに来たのかと思った。彼女は私に、名前を教えてくれない?と言ったので、私は宇佐見蓮子、と自分の名を名乗った。わざわざモルモットの名前を聞いてくるのも驚いたが、次に彼女の口から飛び出た一言はさらに驚いた。彼女は、私にこう言った。

 

「自由になりたい?」

 

私は迷うことなく首を縦に振った。すると彼女は鉄格子に縛りつけられた私をそっと抱き、目を瞑って決して私から離れないでと、大体そのようなことを言った。私が目を瞑ると、急に空へ投げ出されたような感覚になった。それが数秒続いた後に、自分の足が地に着いた。

 

目を開けると、私と彼女は私がトラックで誘拐された場所に居た。

 

彼女は、名前を聞いたのだから私も名乗らなくてはね。マエリベリー・ハーン。ただの物好きな大学教授よ。覚えているだけ無駄だから忘れなさい。とだけ名乗り、その場を去った。

 

彼女が何者なのか、私には解らなかった。ましてや、数年後には仲の良い友達になるなど思ってもみなかった。けれど、私は何となく、彼女…メリーは、他の研究員達とは違う、優しい心の持ち主だと思った。別に、研究員達に混じって私を実験台にしていたことを許した訳ではないけれど。

 

そりゃあ、メリー達のせいで私は心に深い苦しみを背負った。おかげで私の身体中には未だに注射痕やえぐられた傷がいくつも残っている。そして、私はその傷を見る度に当時のことを思い出して、一人震えている。

 

最近、大分この超能力の制御方法がわかってきた。自分の身体で発電をすることができ、念力で物を動かすこともできる。

 

この「超能力」って奴は、自分の付近を流れるオーラを操ることを言うらしい。だからそれ以上のことはできない。例えば、瞬間移動だとか、透視だとか、そんなことはできない。

 



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回り始める世界

 

【挿絵表示】

 

 

私が、超能力少女として生を受けてから数年後である2079年、9月28日。私は一つの手紙を元に、とある場所まで向かっていた。

 

まるでゲームのデバッグを探すような、意味不明の手紙。差出人は不明。それにしても、今どき手紙とは。郵便システムなど、今は廃れたも同然なのに、何故そこまで手紙にこだわるのだろうか。そもそも、私に用があるなら、直接言えば良いのに。

 

私の名前は宇佐見蓮子。18歳、現役の大学生であり、今は京都に住んでいる。前科は無いが、昔に自分の身体の体質を知ろうと、うざったく迫った記者を吹っ飛ばした性で、数ヶ月少年院に入っていたことならある。

 

出身は東京で、実家もそちら。家族は父親と母親と、それから妹がいる。とは言っても、今となっては、両親とはあまり口を聞くことはなくなってしまったが。

 

手紙の内容は、午後4時28分に、京都駅から出発して、東に652歩、北に1820歩、そこから西に1800歩歩け。と言うもの。電車やバスを使ってはいけない。必ず徒歩で行くこと。それしか書いていない。

 

それから数時間歩き、私はついに目的の場所までたどり着く。

 

「なんだ、いつも行ってるカフェじゃない。まあ、席って書いてある時点で、カフェかレストランかとは思っていたけれど。」

 

さて、そのゲーム脳の頭をかち割ってやろうじゃないのと思い、手紙をくしゃくしゃに丸め、カフェの中に入った。

 

 

 

 

 

 

「君が、あの手紙の差出人?」

 

カフェの中は、いつもと変わらない。実は、あの手紙の差出人はあのマエリベリー・ハーンで、メリーがまたきっと時空を歪めて私に意地悪をしているのかも、とも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

マエリベリー・ハーン。そう、この間も述べた通りの人物だ。かつて私を捕らえ、あれやこれやの実験台にした、自称元教授、現大学生の変人だ。

 

そして私は、その彼女が作成したサークルに入っている。その名も、オカルトサークル「緋封倶楽部」。見た目は単に、オカルトな事件などを調査して学祭で発表するだけのサークルだが、それはあくまで表面上の話。

 

その本質は、過去の異変や異世界の内容を調べ、未来の破滅や世界の崩壊を防ぐサークル。まあそんなこと、やったことはないけれどね。

 

メリーは、夜のサークルのミーティングや、私と調査に出かける時以外は、一切姿を見ない。一体どこで何をやっているのか。

 

そもそも、メリーはどこから来たのか、何が目的で大学生をやっているのか。それすらも知らない。

 

彼女が私を助けたあの術を見るに、彼女が人間かどうかも怪しい話かもしれない。

 

いや、今回はメリーの悪戯ではなかった。今彼女の話をしても仕方がない。確か依頼主の場所は、食器口から、二番目に離れた席。

 

そこに居るのは、緑色の髪をして、灰色の服を着た少女。今日は気温が高く、半袖の服を着ても熱中症になる人が出ていると言うのに、彼女は長袖の、首まである服を着ていて、なおかつ手袋までしている。

 

理由はどうであれ、どうやら、子供の悪戯だったようだ。彼女にガツンと言ってやって、今日は帰るとするか。

 

しかし、私に見せた彼女の表情は、私の想像とはかけ離れていた。

 

「ねえ君、あのさ…私も暇じゃないし、こういうのは困るんだけど。」

 

「……?お姉ちゃん、だあれ?」

 

「…だあれって、変な手紙送っておいて、今更だあれも無いでしょ。」

 

「…手紙?手紙ってなあに?」

 

「あのさあ…」

 

私は初め、彼女が私をからかっているのか、単にとぼけているのかと思った。私はそのことも彼女に説教をした。

 

しかし、彼女の反応は全く変わらない。そうしている内に、何だか私の方が悪いことをしているような気持ちになってきた。

 

一応、彼女に、誰かにここで待つように言われたとか、そんなことがなかったかを聞いた。しかし、彼女はそんなことは無いと言った。

 

「…そっか、知らないか。うん、わかった。信じるよ。君、名前は?」

 

「古明地鼓石。」

 

「ふうん。古明地なんて、変わった苗字してるね。お父さんとお母さんは?」

 

「…知らない。お姉ちゃんは、もう死んだって。」

 

「………。」

 

私はそれを聞いて、更に罪悪感に襲われ、唖然とした、両親は既に死んでいたのに、こんな幼い少女の、小さなトラウマを引き出してしまうような一言を引き出してしまったような気がした。

 

私はすぐに彼女に謝り、変な勘違いをし、更に不謹慎極まりない質問を吐いたお詫びにと、彼女が食べていたパフェの代金を支払ってあげ、暇なら、お姉さんと一緒にどこかに出かけないと誘った。

 

はたから見れば、不審者だ。通報されたら、バイトもクビになって、学校も退学になるかもしれない。見ず知らずの大学生が、幼女を変な文句で誘うなど、誘拐に思われる。

 

しかし、私がそれに気づく前に、彼女は首を縦に振ってくれた。

 

彼女と共に外に出て、どこに行こうかと、彼女と笑いながら話し合う。

 

それにしても彼女、見ているだけで暑苦しい服装をしている。多分、この国の出身ではないのかもしれない。それで、彼女の出身国はとても暑くて、この国の暑さなど、寒いくらいなのかもきれない。まあ、日本語の名前なのは気になるが、今時国際結婚など、あまり驚く話でもない。

 

こうして歩いていると、小さい頃を思い出す。昔は妹と二人で、こうやって店を見回るのも珍しくはなかったっけ。友人など居なかった私は、妹だけが、気が置けない唯一の親友のようなものだった。

 

今も、私にはメリー以外の友人が居ない。こんなに笑いあって、時間を共有できる友人など、私には…

 

 

 

 

 

 

っと、いけないいけない。今回は、別に遊ぶために彼女に付き合っている訳ではない。幼女の友人など、彼女の姉に通報されれば、一瞬で牢屋に逆戻りだ。今回の要件は、れっきとした贖罪。彼女への償いだ。

 

それを説明して、何かしら好きなものを買ってあげたら、さっさと帰らねば。そうじゃなきゃ、本当に犯罪になってしまう。

 

「えっと、鼓石ちゃん。さっきはごめんなさい。誘い出した理由なんだけど…」

 

「うん!決めた。私、お姉さんと友達になりたい!」

 

……ああ、ダメだ。そんなことをしてはいけない。見知らぬ幼気な少女に話しかけて、友達など、本当に…

 

「……ダメ、かな。」

 

彼女は残念そうな目で、私を見てくる。そんな目で見られたら、ダメだなどと言えるわけがない。

 

しかし、私も大人。それはかとなく流し、彼女の言葉を振り切った。それから数時間。彼女のお望みのものは何でも買い、夕方に彼女を帰した。

 

しかし、彼女は帰ろうとしない。私のことはもう良いからと言っても、一向に私に背を向けない。

 

すると彼女は私に、衝撃の真実を叩きつけてきた。

 

「私ね、その…この世界の人間じゃないの。遠くから…本当に遠くから来たの。だから、本当に不安で…だから、居場所がないの。寝る場所も、ご飯を食べる場所も、この世界の人達はお金を渡せば、みんなくれる。でも…私…何かが足りない気がして…」

 

私は、そこから先は何も聞かなかった。なんとなく、彼女の言葉は嘘ではない気がした。私は彼女の身体を抱き、帰ろうと告げた。

 

夕焼けは、その深みを増す。メリーからメールが来た。今夜は近くまで来たから、家に泊まってもいいかと言う内容のメールだ。もう一人来るが良いかと返すと、返事はなかった。

 

「お姉さん…?」

 

「蓮子で良いよ。」

 

「レンコ…?」

 

「私の名前だよ、あと、私の友達も来るけど、良いかな?ちょっと変な人だけど、私の大切な友達なんだ。」

 

「…うん。」

 

私は、鼓石と共に、家に向かって歩いた。なんとなくだが、彼女には私が必要な気がした。

 

平行世界から来た少女、古明地鼓石。一体彼女が何故この世界にいるのかは解らないが、私は彼女を、早く姉の元に返してあげたいと思った。

 

世界は、まだ闇に染まりきっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

私にとって、蓮子と言う少女はなんなのだろう。最初は、ただ一つの研究材料に過ぎなかった。トウキョウの研究員達と彼女を貪ってはみたものの、やはり彼らには高級な実験台すぎた。

 

まあいい、いつも通りだ。貪るだけ貪って、後はゴミのように捨てれば良い。

 

指輪型のケータイが、ビジョンを映す。内容は、蓮子からのメール。

 

まあ、後で読んでおけば良いだろう。それよりも、この女の始末の方が先か。

 

「ねえ…ちょっと!あなた、外の世界の人間でしょう?幻想郷のことも知ってる。妖怪の私のことを見ても驚かなかった!だから、こう…私ね、幻想郷に戻りたいんだ。聖様のところに行かないと。だから…ちょっと!話聞いてる!?あのね、そんな外の世界の武器、私なんかに通じる訳ないでしょ!私妖怪だよ?なんだったら、あなたのことも食べ…」

 

ナイフで、彼女の首を貫く。ただの武器ではない。これは、私があちらから持ち込んだ、対妖怪用の武器。どうやら、そこまでは彼女は知らなかったようだ。

 

馬鹿な奴だ。あいつは、まだあの世界の管理ができていないのか。やはり失敗作だったようだ。

 

そろそろ、始末せねばならない。



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失われた片腕を追いかけて

「…眠い。」

 

アラームが、朝の気持ち良い眠りを潰し、現実の訪れを告げる。

 

指輪を見ると、時刻は朝の6時頃。今日は大学の講義は二時間目からだし、特にバイトの予定も入っていない。ならば、一体何の為にこれほど早起きしたのだろうか。

 

最近は布団で寝る人間はほとんど見ないが、私はひたすら布団を好む。この低反発、この寝心地。そして何より、掃除が楽で、値段が安い。

 

私はアパートに住んでいるのだが、家賃で、バイトのお金の半分がなくなってしまう。故に、家計に響くものはあまり買いたくない。

 

昨夜、鼓石やメリーにもそれを強要しようとした。メリーはいつもで慣れているが、流石に鼓石は無理であった。どうやら彼女、布団で寝たことがないらしい。と言うことで、彼女には仕方なくソファで寝てもらうことにした。

 

彼女の住む平行世界がどんな場所かは知らないが、よほど発達した世界に住んでいるのだろう。布団が無いなんて。私はその世界では生きていけないだろう。

 

横を見ると、人の白い靴下が見える。あれ、一体誰の足だろう。

 

そう思い、改めて上を見ると、そこには金髪の見慣れた女性が立っていた。

 

「21分15秒寝坊よ、蓮子。」

 

「………ひっ…ひい!」

 

思い出した。昨日の夜に鼓石が寝た後に、彼女の秘密を探ろうとして、少しばかり彼女の服を拝借した。名目は、洗濯をするため。まあそれは、名実共にそうしなければ臭いからと言う理由もあるので、彼女には今、妹が小さい時に着ていたパジャマを着せてある。

 

しかしその後、私は睡魔に襲われて、それを調べる前に、明日の6時にアラーム入れておいてとメリーに告げて、布団を敷いて寝てしまったのだ。そして、今に至る。

 

「…彼女が起きる前に、調べる。でしょ?」

 

布団から飛び起き、彼女のことを見る。そうだ、怪しまれるといけないからと、出来るだけ彼女にバレないようにと思ってした作戦なのに、私が寝ぼけていて何になるんだ。

 

「緋封倶楽部、活動開始よ!」

 

「…まったく。まあ良いわ。大体のことはわかったし。」

 

「え?そうなの?」

 

私がそう聞くと、彼女ははぁ、と溜息をつき、どれだけ寝坊したと思っているのと、ジト目で私を見た。

 

「まず、この生地。凄いのよ?ついた汚れは、どんな汚れでも一瞬で取り払う。仮にドブに落としても、何事もなかったかのように乾いてる。それに、そんな匂いもない。洗濯は不要ね。」

 

「…そっか。」

 

「それと、この生地の秘密は他にもあるの。数百度の灼熱の世界でも、マイナス数百度の極寒でも、決して着ている人間の、体感温度は一定になるように作られているの。」

 

「…だから、あんなに暑くても、こんな厚着でいられたのね。凄い…」

 

どんな極寒でも、灼熱でも着られる服か。そんなことを言われたら、考えることは恐らく全世界共通だろう。これがあれば、夏も冬も快適。となれば…

 

「ねえメリー!その服、ちょっと着てみ…」

 

「駄目!!」

 

私がそう言おうとした瞬間、彼女の拳骨が、私目掛けて飛ぶ。私は頬を強く殴られ、布団に叩きつけられた。

 

布団の低反発で、私は床の痛みを受け、数秒悶絶した。

 

「メリー…いくらなんでも…」

 

痛かった。凄く痛かった。私は悲鳴をあげ、涙を流す。メリーはそれを見て我に返り、伸びたらどうするのと、照れくさく言った。

 

…気のせいだろうか。あんなメリーの恐ろしい顔をみたのは初めてだ。本当に、私を殴った理由はそれだけだろうか。

 

「…それと、蓮子。彼女の居る世界は恐らく、この世界の何百倍も文明が発達した、未来都市メトロポリスと呼ばれる場所よ。」

 

「…未来都市メトロポリス。なるほどね。だからあんな、夢のような服を着ているのね。でも、何でそんな世界の正式名称をメリーが知ってるの?」

 

「前に、境界の境から、チラッと行ったことがあるのよ。そこで、そこの世界の人間がそう言っているのを聞いたのよ。」

 

彼女は呆れ顔で、何となく解るでしょうと私に目で合図した。その後、メリーはエプロンに身を包み、私達の朝食を作り始めた。

 

なんだ。全部調べておいてくれたなら、もっと寝ておけばよかった。そんなことを考えて、また布団に潜ると、今度は鼓石が起きてきてしまった。

 

「蓮子、お寝坊さん?」

 

「…ごめんなさい。」

 

彼女につられ、私も再び布団から起きる。

 

未来都市メトロポリス、か。京都も、ここ五十年で随分と発展したが、それ以上に発達した世界なのか。ひょっとしたら、古代文明のオーパーツなんかも、メトロポリスから流れ着いたもの?

 

そんなことを小声で呟いていると、地獄耳のメリーが反応し、かもねと、私の話に付け足すように話した。

 

よくわからないが、布団が無い以上、私は行きたくないな。そんなことを考えながら、顔を洗い、メリーの作ってくれた朝食をたいらげる。

 

私の作ったものの何倍も、メリーの料理は美味しい。使っているものはまったく同じなのに、何故味が違うのだろう。流石に皿洗いまでさせるのはメリーに悪いので、皿洗いは自分でやることにした。

 

メリーは、それからしばらくすると、突然、もし嫌じゃなければ、タイムスリップしてみない?と私を誘った。

 

単なる彼女の趣味ならばお断りしたいが、聞くと真っ当な理由があった。

 

今から63年前の2016年に、時空の歪みが生じていたと言うことが、最近の研究で解ったと言う。存在しない世界の転生者である「郷少年」と呼ばれる人間達の存在。それの手がかりとなるかもしれない、「幻想郷」と呼ばれる世界で起きた過去最大の事件も、丁度あの辺りに起きた。

 

最凶覚異変。結局、あの異変を解決したのは博麗霊夢だが、他にも、その異変に関わった少年が存在したと言う。そして、その少年こそが、「郷少年」であるのではないか。と言うのがメリーの考えらしい。

 

郷少年は三人存在する。一人はメリーが干渉したことのある少女。もう一人は、先ほど言った少年。

 

ならば、もう一人は何処にいるのか?いずれにせよ、この時代に生きているかは怪しいくらいに時が経った。

 

だが、2016年に飛べば、確実に生きている。だから何だと言う話だが、まあ科学者を動かせるのは単なる好奇心。メリーもその一人ならば、付き合えば面白い発見や、メリーの秘密をまた知る一つの手がかりが得られるかもしれない。

 

今、2016年には、私の妹がいる。彼女も超能力者であり、私よりも強い。メリーが彼女にある頼みごとをしたらしい。

 

発見したかどうかはわからない。見つけたら戻ってくるようにとは言ってあるらしいが、時を超えているので、仮に見つけたにしても、どの時代に戻ってくるのかが解らない。

 

「で、私達が直接迎えに行くと。でも大丈夫なの?そんな勝手にやって、その後の未来で行き違いにスミが帰ってきたら、スミ消えちゃうかもしれないのに…」

 

「大丈夫よ。時ってのは、あなたが考えるように、そんな映画のように脆くないわ。案外強固にできているものなのよ。干渉者によってどこかで運命が変わっても、必ずどこかで折り合いがつくようにできているのよ。例えば、過去に死んだ友人を助けようとしても、必ずその時刻には、何かしらの原因で死ぬようになっているの。せいぜい起こるなら、記憶が多少改変されたり、書物が書き換わったりするだけ。しかも、私達が知らず知らずのうちにね。もしかすると、私達が知っている過去は、既に書き換わった未来かもしれないわよ?」

 

「ちょ…やめてよそう言うの。じゃあ、私達がスミを引き上げても、スミが未来で消えたりはしないってことね。」

 

「そう。まあせいぜい、帰ってきたと思った記憶が、変に時の狭間をフラフラして帰ってきたって記憶に変わるだけよ。それじゃ、そろそろ…」

 

「待って!私も行く!」

 

メリーが、タイムスリップの準備をすると、鼓石が私の服をつかみ、そう懇願してきた。

 

私は突然の出来事に、子供ができるような内容じゃないと思って断ろうとしたが、その前にメリーが許可した。

 

メリーはその後、彼女は、外見は子供でも、れっきとした平行世界の住民よと、私に囁いた。



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2016年編
旧東京と河童少女


2016年、東京。

 

私達が生きている時代とは違い、ケータイは石板状になっていて、車のカーナビも立体ではないし、オート操縦もついていない。

 

今となっては当たり前になった3Dプリンターなども高価なものになっていて、持っている人は少ない。医療などのサービスも、完全に私達の世界に劣る。

 

そんな街に来た理由、それは、三人目の郷少年を見つけ出すこと。別に、見つけたからと言ってどうする訳ではないが。

 

「ねえ…ねえってば!」

 

タイムスリップにおいて、重要なことが二つある。一つは、過去人との接触を最小限に控えること。そして二つ目は、 あまり世界の異変に関わらないこと。

 

「ねえスミ!無視なんてやめてよ!」

 

この二つさえ守れば、時を超えようが、快適なタイムスリップライフを送ることができる。別にラーメンを食べようが、コーラを飲もうが、歴史に干渉は…

 

「ねえ!」

 

目の前に、突然青髪の少女が現れ、私を殴り飛ばす。私は旧式の自動販売機に叩きつけられ、その場に倒れる。

 

タイムスリップした先を、裏路地にしたらこの始末である。この時代の自動販売機は脆く、これくらいの衝撃で壊れ、中からジュースがジャラジャラ出てくる。

 

メリーと鼓石が、驚いて私を見る。少しは助けろやと思っている隙もなく、彼女はひどいよ、無視するなんてと泣き、私を殴り続ける。

 

ダメだ、話してしまったら歴史に干渉してしまう。ここは黙ってやり過ごし、隙をうかがって逃げ出す…

 

「あれ?もしかしてスミじゃない…ヤバ、過去人と話したら、歴史に干渉しちゃうかもしれない!いや、前者だったらまだギリギリセーフなんだったっけ…」

 

必要はないようだ。恐らく彼女も、他の時代から来た時空旅行者。剣を持ち、着物を着ているのでそうは見えないが、鼓石のように異世界から来たか、単に時代に干渉しないように着替えて、その来る時代を間違えたか。と言うことだろう。

 

私達の世界には、まだメリー以外はタイムスリップの技術を持っていないので、前者で確定だろう。あるいは、私達より遥か先の未来人…

 

考えるのはやめだ。とにかく話しかけてみよう。この時代では、あんな格好では銃刀法違反で捕まってしまう。この時代の人間ではないことは確定だろう。

 

「ねえ、君も未来から来たの?」

 

「うわああああ!だめえええ!歴史がぁ…妹紅に何て言い訳すれば…え?君も?」

 

「……うん。」

 

それから、私は立ち上がり、彼女に名前と出身地を聞いた。

 

名前は河城にとり。出身地は、2079年の幻想郷。目的は、いずれ幻想郷に起こるであろう最大の異変の首謀者、「人造の妖怪」を探すこと。

 

ところが、ここで一つの問題が発生する。その人造の妖怪の外見や声、名前を彼女は知らない。つまり、「人造の妖怪」とは何たるかを、完全に自分の手で突き止めねばならないこと。

 

その為に、時空の歪みが生じていた2016年に来てみたが、その手がかりは得られず、私の妹であるスミ、宇佐見菫子が自分と同じタイムトラベラーと知り、行動を共にしていたと言う訳らしい。

 

スミは、自分が出会った先祖の元へ下宿していて、飯もある。学校にも行ける。などの最上の空間を持っている。ここまで自由度の高いタイムトラベラーは他にはいないだろう。故に、彼女のせいで作り変わった歴史がボンボン出てくる。

 

時間の壁は強固だとは言ったが、流石にそれを信じすぎるのもどうかとは思うが。

 

「で、今はスミといるの?あんたは。」

 

「うん…私、凄くスミには悪いことをしてしまったから…その償いに…」

 

「悪いこと?」

 

「いや、ああ!何でもないんだ!何でも…それよりさ、あなた達何者?特にあんたなんか、スミそっくり!」

 

いやまあ、姉妹だからね。と返すと、さらに驚かれた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、私達は単にメリーの好奇心から来ただけなので、そちらの方がよほど緋封倶楽部の活動にふさわしいと、彼女の目的にしばらく付き合うことにした。

 

妹は、私達の先祖が暮らす東京の家の、元は家にいた、死んだお婆ちゃんの部屋を使わせてもらって生活をしているらしい。まあ、この家の住民は、全てが私達のお爺ちゃんとお婆ちゃんに当たるのだが。

 

スミは、相変わらずであった。楽観的な奴で、私の悩みなんか全部吹っ飛ばしてくれる。

 

「あれ?お姉ちゃん。お姉ちゃんって、こんな昔の人だったの?」

 

「ちゃうわ。それよりスミ、郷少年の件、まだ解らない?」

 

彼女の気の利いた冗談に、ツッコミを入れる日常的な会話。郷少年に関しては、大方探りを入れてあるらしい。彼女は、例のプレート型の携帯を取り出し、色々な写真を見せてくれた。

 

どうやら彼女、一年前から探索をしてからは、ロクなことがなかったらしい。未来から共に来たにとりの頼みで、幻想郷に張り巡らされた結界を破壊しようとするが、失敗。しばらく過去の幻想郷に幽閉され、もう大概の人は彼女を知っていると言う始末。

 

何故そんなことをしたかは、にとりの口から明らかになった。どうやら、史上最大規模の異変の首謀者と言われる「人造の妖怪」と、その結界こそが、異変の原因と言われているらしい。

 

そこで、その一つである結界を、まだそれが古く脆い2016年に破壊しようとしたが、やはりそこは時空の原理であり、そんな大規模なタイムパラドックスは起こせない。巫女などに見つかり、阻止されてしまった。

 

その為にスミは、この時代に緋封倶楽部を作ったと言う話も聞いた。何故だかこの頭の中に、彼女の姿と、「存在するはずがない」初代緋封倶楽部の部長がダブるのはそのせいだろう。

 

と言うか、元々緋封倶楽部は京都の大学のサークルだ。東京、それも高校のサークルが、そんな場所に受け継がれている訳がない。

 

まあいい。今晩は晩酌でもしながら、彼女の話を聞くことにしよう。

 

「スミ、未来帰ったら金返すから、私達に酒買ってきてよ。」

 

「…ねえお姉ちゃん、私未成年。あと、この時代じゃあ、お姉ちゃん達も酒は飲めないんだけど…」

 

彼女の返答に、まあいいじゃないと彼女に話すと、そもそも身分証出されると言われ、結局拒否されてしまった。

 

それに彼女、最近妙な人間につけられ、度々決闘を振りかけられると言う。彼女曰く、それが探りを入れた、最後の「郷少年」らしい。彼の名前は、裂郷竜也。この近くの神社にある龍国神社の巫覡をしていて、幻想郷のことを知り、博麗霊夢と手を組む少年でもある。

 

博麗神社の霊夢が幻想郷、内の世界の守護者ならば、龍国神社の竜也は外の世界の守護者。そうして彼ら二人は、外と内から幻想郷を守ってきた。そんな彼にとって、外からの侵入者である宇佐見菫子は、幻想郷を荒らす危険分子と判断されたのだろう。

 

当然、私達はそんなことは知りえない。ここまで全て、彼女が彼に狙いをつけられてから、今に至るまで、にとりと二人で突き止めた情報である。流石にこれは、妹と言えど尊敬に値する。

 

私はそれを聞いて、スミを讃え、酒はメリーに買いに行かせることにした。メリーなら、もう成人しているだろうし、余裕で酒を買えるだろう。

 

「オーケー。スミ、ミッションコンプリートよ。流石は緋封倶楽部の初代会長ね。」

 

「ちょ…ちょっと!やめてよそういうの…とにかくさ、多分あいつ、私がこのまま帰ったら、私達のご先祖様、みんな殺めるつもりよ!もう、教授が過去に放った私の影。みんな殺されちゃったんだから!」

 

「そうだね…。確かにその話を聞く限り、あまりそいつは放置できないね。少し懲らしめておこうか。場所は…明日の朝6時。龍国神社で決行しよう。」



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三竦みの龍

朝6時。冬は更に深まり、もうこんな時間だと言うのに、空は、まるで映画のシアターのように黒い世界に包まれている。

 

「…やはり貴様か、幻想郷を汚す異端者め、ここで始末してやる。」

 

少年は、巫覡の姿に身を包み、白いオーラを放つ。オーラを感じただけで強いことがわかる。私も姿を現し、私の次に、メリー、スミ、にとりが姿を表す。

 

鼓石は、まだ子供だから戦えない。メリーは、満足なほどの体力がない。そう踏んで、置いてきた。私とスミが攻め、にとりに全ての防御を任せる。

 

すると少年は、誰だ貴様らは、と睨んだ。

 

「私は宇佐見蓮子。あんたがストーカーしてるこいつ、宇佐見菫子は私の妹だよ。よくも妹をいじめてくれたね。お礼に、緋封倶楽部全員であんたを懲らしめに来たよ。」

 

私が挑発気味に彼に話すと、彼は、ならば姉妹共々果てるがいいと言って、暗く笑いを見せた。

 

「ほう、なるほど。ならば霊夢に代わり、俺が貴様に裁きをくれてやる!」

 

彼の体内から、大量のオーラが噴き出す。それによって、彼の着ている装束や、龍国神社の森林も震えだす。このまま食らえば、例え三人だろうとすぐにやられてしまう。

 

こういうのは、やられる前にやれだ。悪いが私は、ヒーローの変身シーンの途中で殴るタイプの人間だ。手加減はしない。

 

両腕の指の間から、緑色の電流を流し、確認する。その後、すぐに彼の前へ飛び、彼に触れた。

 

「身体の芯まで傷つけ!」

 

腕から電流を出し、彼に高電圧の電流を流す。全く聞いていないと言う訳ではないだろうが、まるで聞いていないと言わんばかりの表情をされる。しばらくすると彼は私を睨み、私を逆に掴んで空中へ放り投げた。

 

「なるほど、貴様も超能力者か。まあいい。幻想郷を荒らすものは、誰であろうと許さん!

 

《赤龍「朱雀沙羅」》

 

彼が札をかざすと、彼の側の地中から、四匹の赤いドラゴンが出現し、二匹はスミ達めがけて、もう二匹は私めがけて飛び込んでくる。

 

にとりが飛び込み、スミに対する二匹のドラゴンを切り裂く。ドラゴンが血を帯び、悲鳴をあげたその一瞬。スミはドラゴンを蹴って飛び上がり、彼めがけて飛び込む。

 

「頼むよ、伝説の妖刀!」

 

にとりは私の方のドラゴンに向かい、私の前に立ち塞がって、ドラゴンを縦横無尽に引き裂く、ドラゴンも抵抗するが、それでもにとりの早さには追いつけない。

 

そこで私は、にとりの刀の異様さに気がついた。この刀…全く血を浴びていない。いや、血を帯びるシーンはあるが、すぐに刀から出る水が、それを洗い流している。

 

「これって…あの妖刀村雨!?」

 

「まあレプリカだけど…ね!」

 

ドラゴンの首や胴体を引き裂くと、ドラゴンはその姿を消した。どうやらあれは、重大なダメージを受ければ消えるらしい。

 

念力を使ってバランスを取り、着地する。しかし、いきなりなんて大技を使うのだ。これがいくらでも使えるのなら、相当な脅威だ。

 

しかし、向こうも電流によるダメージは受けている。彼の装束は少しだけ焦げ、彼自身も先ほどの威勢は無傷では残っていない。

 

「…赤の龍を倒すとはな。だが、これはどうだ!」

 

《緑龍「常磐深緑」》

 

彼が新たな札をかざすと、今度は緑色のドラゴンが大地から出現した。それだけではない。ドラゴンは地面に根を張り、養分を吸い取っている。

 

こいつをどう突破するか。まだ、退けただけで倒していない、赤いドラゴンも残っている。

 

流石ににとりだけでは処理できないと見なし、緑色のドラゴンを潰しにかかる。ドラゴンは私達が近づくと、強烈な音波を放った。

 

竜也の近くにいたスミは、これに耐え切れず、後退した。その隙に緑色のドラゴンは地面から棘の鞭を出現させ、スミを引っ叩いて、竜也とスミとの距離をさらに広げる。

 

私がその音波に耳を塞いでいると、赤いドラゴンが接近し、私に火の玉を吐く。

 

私は跳ね返そうと、スミと二人で、念力で火の粉を制御し、ドラゴンへ跳ね返す。しかし、その火の粉を、棘の鞭が防ぐ。それによって、棘の鞭は焼け落ちた。

 

このままでは、三人皆殺しになってしまう。竜也はそれを嘲笑うように、三種類目のドラゴンを召喚し、更に私達を追い詰める。

 

《青龍「激流豪雨」》

 

前方に自然の龍、背後に火と水の龍。とても三人相手とは思えぬほどの相手だ。唯一手段が残されているのならば、彼自身。ドラゴンを無視し、彼に一気に飛び込む。それができねば、死あるのみ。

 

私はスミに合図をかけ、一気に敵の懐へ飛び込む。無茶苦茶だが、守りはにとりに任せるしかない。

 

どちらにせよ、引くわけにはいかない。私は許せない。スミをあんなにしたあいつを。

 

そんな恨みを抱く私、そして、私達がその間置き去りにしている数十年後には、私が知りもしない世界で、私が知りもしないような少女が生きている。

 

少女は、独りであった。友人は居るが、彼女の全てを知らない。私の知らない世界は、まだまだ存在する。

 

少女はそんな絶望の中、一人で喘ぎ苦しみ、こんな状況に居て、こんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怖い、辛い。できればどこか、彼らの手の届かない所へ逃げたい。

 

「次!腹筋2000回!それが終わらない奴は、今日の朝食は抜きだ!」

 

ただひたすら、焼き付けるように命令された言葉を聞く。逆らえば、また殴られる。1日が終わろうが、目を瞑り、開ければ、また私達には地獄のような日々が待っている。

 

繰り返して繰り返して、もう何十年経っただろう。血豆ができては潰れ、できては潰れる。私の金髪の髪も、このままでは全て抜け落ちてしまう。

 

もう考えるだけ無駄だ。考えない方が楽になれる。意識を殺して、ひたすら訓練を続けている。ここを地獄と言わずして、どこを地獄と言うのだろう。

 

しばらくして、命令されたことを終わらせた。腕は血まみれになり、そこへ石が食い込み、悲鳴を上げる。すると上等兵が飛んできて、兵長様の睡眠の邪魔になるとかならぬとかで、殴りつけられる。

 

こんな手では朝食は食えないと、水を手に押しつけられる。水が手にしみ、極上の拷問を受けているような気分になる。

 

朝食など、食べられる訳がない。喉は渇き、身体全身に気持ち悪さが漂う感覚で、食欲など湧かない。この感覚は、数十年経っても、全く変わらない。

 

それでも、ここで朝食を食わねば、後々死ぬような空腹に襲われる。何とかして、朝食を駆け込む。

 

一体、どこで道を間違えたのだろうか。これだけの思いをしても、学校では、いや、人前では余裕の表情で出なくてはならない。さもなくば、軍のみんなに示しがつかない。

 

学校が終われば、また訓練だ。友人の家で一泊し、それで夜と朝の訓練を回避することもできるが、それも一時、地獄から遠のいただけに過ぎない。

 

無限に繰り返される日々。学校に行きながらなので、昇進などできる訳もない。逆に学校に行かねば、私は希望を失って朽ち果ててしまう。

 

学校は楽しい。あいつと話ができる。あそこは、私にとっての希望だ。そりゃあ、少し嫌な奴はいるが、それでも、こんな軍の訓練よりはずっと楽だ。

 

学校にいない間は、あんなことはできない。個性は捨てろと言われ、量産型の戦闘マシーンに身を染める。

 

みんなのように、放課後楽しく話し合うこともできない。終われば軍の車が迎えに来て、一部の人間からは後ろ指をさされる。

 

魔法使いってのは辛い。軍の指示でなっては見たものの、早く死ねないから、どんどん地獄にいる日々は増していく。

 

数十年前に行った作戦で見た、一人の少女。彼女に会いたい。できれば、私も彼女のように…

 

無理だ。私は嫌われた、あの娘に。だから、もう居場所はここしかない。

 

もう嫌だ。誰か助けてよ…



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メリーのルーツ

旧東京編完結。次回からは新東京編か、異世界編になります。

うわメリー怖い。多分原作ではこんなに怖くないです。


「………え?」

 

私達が、龍と対峙してから数十分。結局、あれから郷少年である竜也にはダメージを与えられず、私達はギリギリまで追い込まれてしまった。

 

龍はそれぞれ、緑、赤、青の光線を放ち、よもやこれまでと思った、その時だった。

 

突如私達の後ろで、誰かが指を鳴らす音が聞こえた。すると目の前に透明な結界が現れ、その光線を全て取り込んだ。

 

次に、ドラゴン達の首に、結界の輪が出現し、その結界が閉じると、ドラゴン達は首を刎ねられたように首を切られ、ドラゴンの首からは大量の血が流れた。

 

「……メリー?」

 

そこには、見慣れた金髪の少女の姿があった。いや、彼女だけではない。鼓石の姿もある。

 

竜也は、まるで何が起きたか解らないような目でこちらを見ている。そりゃあそうだ。私達だって、まるで理解できない。

 

メリーは竜也に近づき、彼の喉元にナイフを突きつけ、聞きたいことがあると言い、彼に話しかけた。

 

「八雲…紫…?」

 

死の淵に立った彼は、誰かの名前を言い、メリーを見つめた。メリーがたまに見せる、冷酷な表情。彼女はそんな表情で彼を見つめ、私はそんな女ではないと彼の質問に答え、話を逸らすなと、彼の喉元を少しだけナイフで抉る。

 

「妖怪を殺すためのナイフよ、普通のナイフの何倍も切れる。あなたなんか、豆腐みたいにバラバラにできるわ。さて…答えて。あなた達と、メトロポリスの関係は?メトロポリスがあなた達にしたことは何?何故、あなた達の世界は滅んだの?」

 

「め…メトロポリス…慧音や阿求が言っていた、あの世界のことか。俺は直接見た訳じゃないが…メトロポリスって言う並行世界の人間が、博麗大結界を作り、幻想郷を管理しているって噂だ…あくまで噂だがな。あと、幻想郷は滅んでなんかねえ!」

 

彼は威勢よく話し、知っていることはそれだけだとメリーに伝えた。ここだけ切り取ると、メリーが一方的に彼を脅しているみたいだ。

 

メリーのことは、私もよく解らない。一体どこで何をしてきたのか。私が初めて会った時は、「教授」をやっていたとだけは言っていたが、一体それがどこなのかは教えてもらっていない。そのせいか、菫子からの愛称は、すっかり「教授」になっているが。

 

するとメリーは、再び冷たい目線を彼に落とし、今度は素手で彼の首を鷲掴みにし、とぼけるなと怒鳴った。

 

先ほどまで、威勢よく答えていた彼の表情は引きつり、完全にメリーの空気に飲まれているといった感じだ。

 

「……ふざけないで。あなた達の存在の為に、何年研究してきたと思ってるの!こんなんじゃあ、学会に報告できやしない!それならば、あなたの脳髄でも持ちかえって、学会の連中に突き出して…」

 

「ちょっと、やめてよメリー!」

 

物騒なことを言い出したので、メリーと彼の間に割って入る。メリーの、彼の首を掴む右腕を振り払おうとするが、握力が強く、なかなか払えない。

 

メリーは、私の顔を見て、邪魔しないでくれる、と光無き目で呟くが、そんなことは御構い無しに振り払う。やがてメリーは諦め、その手を離した。

 

竜也は意識をなくして倒れたが、ギリギリの所で生きていると言った感じだ。

 

「…もういいわ。帰りましょ。儚い夢だったわ…」

 

メリーは、身体の力を抜き、私達の周囲に結界を張った。せっかく捕らえた獲物にもかかわらず、重要な情報も得られなかった彼女の背中は、その寂しさを物語っている。

 

彼女が何十年、その研究に時間を費やしてきたかは知らない。ただ、あんな無理やりな方法で聞き出してまで、そんな研究をすることに意味はあるのだろうか。

 

もしかしなくても、私達と彼女の感覚は、構造自体が違うのかもしれない。

 

「…ところで、何でメリーさんがここに?」

 

「メリーさん?メリーさんならあそこに…」

 

「いや、そうじゃなくて…あなたのこと。名前は確か…古明地…」

 

「鼓石だよ!」

 

「うん、だよね…でも、えっと…」

 

濃くなる結界の中、鼓石を見つけ、彼女を見つめてスミは困惑する。鼓石はそんな彼女を前にして、首を傾げて彼女の様子を伺う。

 

スミは、どうやら人違いをしているらしい。私はその話を盗み聞き、彼女の間違いを正すと、彼女はひどく驚き、混乱した。

 

どうやら彼女、鼓石に似た少女をこの世界で発見し、また同姓同名であった為、混乱しているらしい。

 

まあ、同姓同名なんて、最近はあまり珍しい話ではない。姿まで似ているものはあまりいないが。

 

さらに、彼女が、あの問題のメトロポリスの人間であることを打ち明けると、彼女は驚き、更には身体を震わせた。

 

「えっ…じゃ…じゃあ、この娘、メトロポリスって世界の人間なの!?でも、メトロポリスって悪い奴らがいるとこじゃあ…だったらこの娘、悪い奴らの手先なの!?」

 

「こらスミ、そういうこと言わない。多分大丈夫だよ。何となく見てりゃ解る。」

 

「で、でも…」

 

「あはは!よくぞ見抜いた、勇者スミ!我こそは、悪の大魔王!勇者スミよ、かかってくるが良い!」

 

「ううっ、ほら!やっぱり!」

 

いや、ふざけてるだけだからと彼女を諌めているうちに、結界はその濃さを増し、神社の景色から、風景は時空の境へと変わる。

 

そういえば、鼓石はメトロポリスから来たと言った。いや、正確には、彼女の洋服を調べたメリーがそう言ったのだが。

 

メリーは、メトロポリスと郷少年の関係を知りたがっていた。郷少年と言う存在自体は知らないが、彼は確かに、普通の人間とは違う力を持ち、私達姉妹が超能力者ならば、彼は霊能力者とも取れる能力を持っている。

 

そしてメリーもまた、霊能力者である。ひょっとしたらメリーは、自分のルーツを知りたくて、メトロポリスと彼の関係性を知りたいのかもしれない。もしそうならば、あれだけのことをするのも納得はできる。

 

メトロポリスの住民である鼓石の服には、この世界ではありえないような構造でできている。となれば、彼女や彼の能力と、何か関係があるのかもしれない。そう踏んだメリーは、郷少年の秘密を調べ、メトロポリスと自分の関係性やルーツを知ろうとした?

 

本当に、その解釈で良いのかは分からないが、彼女の気持ちを解ってやるのが、私のせめてもの友情表現かもしれない。

 

気がつくと、私達は再び、神社に居た。しかし神社の前に竜也は居なかった。神社の神主らしい人に聞くと、彼はもう歳で死に、今は巫覡などおらず、幻想郷と言う場所とも、もう交信は途絶えたと言っていた。

 

帰ってきたのか、私達の時代に。

 

そんな私達の世界の、また別の平行世界。そこでは、世界の破滅に向けたカウントダウンが始まろうとしていた。

 

魔界都市ミラークロス。女王陛下の独裁によって成り立つこの世界では、彼女の言葉こそ至上のもの。それに逆らう人間など存在しない。

 

少女は、階級が非常に低い一兵卒であったが、そんな女王の命令を受け、度々異世界へ足を運んでいた。

 

「メトロポリスによる植民地、キサラギに置いて、再び異世界化が進み、その影響は我々の世界にも及んでおり、それを防ぐ為には、その主因である「人造の妖怪」を刑に処す必要がある。しかし、それの所在は未だ分からぬまま。ならばどのようにすれば良いか…長らく策を講じていた。さて、あっているかしら?魔界軍実戦部隊長ナカユキ曹長。」

 

「はい、間違いございません!ご報告致した通りであります!」

 

魔界の女王は、軍服を着た兵隊の律儀な敬礼をしばらく眺め、その後、彼に下がれと命じて下がらせ、代わりに、彼とは二段階下の軍服の少女を、その場に立たせた。

 

「さて…ナカユキ曹長の言う通り、我々は策を講じてきた。そしてそれがここ数日、進歩を遂げる。過去世界に置いて、緋封倶楽部なる連中が干渉したと言う資料が手に入り、彼らの目的は、「人造の妖怪」によって張り巡らせた結界によるものだと言うことも解った。そして彼らの今のリーダーは、宇佐見蓮子と言う女性。さて、魔界軍実戦部隊下等兵ルイズ二等、この結果に対する、あなたの考えは?」

 

少女は、自分の名前を呼ばれると、心臓が鳴り出し、身体中から血の気が引く感触を覚えた。大体、彼女がこのように解りきった内容を伝える時は、彼女の勅命が下る時であると解っていたからだ。

 

彼女は怯え、その質問に答える。

 

「はい…直接彼女を探し出し、尋問し、重要な参考人となり得るならば…」

 

「そういうこと。良く解ってるじゃない。かつて博麗の巫女がここへ現れたとき、サラ軍曹を除けば、第一発見者はあなたである。しかし軍曹は忙しく、とてもそんなことができる立場ではない。と言う訳で、汚れ仕事は全て下級兵に任せるのが鉄則。ルイズ二等兵に、宇佐見蓮子の探索を命ずる。」

 

彼女の命令に、少女ルイズは敬礼し、腕時計を使い、ミラークロスから離脱した。




何十年も生きていても、見た目が少女だからルイズさんは少女でいいはず。ちなみに、吸血精時代のルイズさんは見た目相応の年齢って設定で、あの後魔法使いになって今まで生きてるって感じです。


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トウキョウ編
現想世界トウキョウ


床にTBS


戻った世界は、私たちが出かけた時刻に、向こうで過ごした時間を足した時刻。今日は講義は休みで、もう秋が来ると思わせるような気候。少しずつ暑さが和らぎ、穏やかな秋の風が吹き込む。

 

向こうは冬だったので、あんな気候がこの場にも来ると思うと、何だか嫌な感じだ。

 

「はあ…昨日の講義休んじゃったな…」

 

もう少し欠席したら、単位を失ってしまうかもしれない。何で欠席で単位を失わねばならないのだ。テストさえできていれば、それで良いじゃないか。

 

「お姉ちゃん、朝御飯まだ?」

 

「…ああ、メリーが買い出し行ってるから、もう少し待ってな。あとさ、あんた高校は行かなくて良いの?」

 

「うん。11月から行けば留年にはならないから、まだ良いかなって。」

 

「…私が言えたことじゃないけどさ、学校には行った方が良いと思うよ?」

 

スミは、夏休みの初めから2015年に居て、そして、年明けの2016年に私達と共に帰ってきた。その空白期間は、年を越すほどの旅をしたにもかかわらず、わずか数ヶ月。

 

つまり、彼女は私たちよりも数ヶ月だけ、歳をとったことにもなる。私達はそれが嫌で、旅立つ前の時間と合わせた時間に帰ったが。

 

まあ、きっと彼女にそれを言ったら発狂するので、言わないでおこう。

 

そうか、もうすぐ学校の学園祭か。となると、サークルの出し物が必要になる。

 

こういうことは、大学一年生だから初めてなので、何をすれば良いかわからない。まあメリーもいるし、なんとかなるだろう。

 

それからしばらくして、メリーが買い出しから戻ってきて、朝食を作ってくれた。

 

トースト、ゆで卵、コーヒー。トーストの焼き加減もちょうど良くて、コーヒーは少し濃いめ。

 

「ねえ、そういえばさ。これからどうするの?」

 

トーストをたいらげながら、にとりが私やメリーに話しかける。「これからどうする」と言うのは、今日の予定とかではなく、あの人造の妖怪をどうやって調べるかと言うことであろう。

 

恐らく、本や雑誌は役に立たないだろう。今の時代、ネットワークも危うい。

 

と言うか、ネットに関しては、メリーが帰ってくるまでに私達で調べた。しかし、やはり情報はなかった。

 

そもそも、にとり曰く、この世界幻想郷に関する情報は、全て歴史の闇に葬り去られているらしい。そのことが書かれた掲示板やSNSのページには、大量のブラクラやウイルスが撒かれていた。ネットワークの管理をしている政府機関も、そのページを開いたことによって存じたネットワークに関しては、全くサポートを受けつけない。

 

逆に、通報すればこちら側が捕まる。

 

「えっ、それって、管理者がブラクラやウイルスをばら撒いてるってこと!?」

 

「そういうこと。なんで、そこまでして幻想郷を庇うのかは知らないけどね。」

 

ひょっとして、人造の妖怪がこの世界に干渉している?スミの問いかけに対し、私もそんな疑問を抱きながら、ゆで卵を貪る。

 

そもそも、「人造の妖怪」って、一体何者なのだろう。ひょっとして、遥か昔の偉人達の作った人造人間が幻想入りした?

 

普通ならば、そう考えるのが普通だろう。しかし、果たしてそんな昔に、結界を強化し、異世界化するほどの力を持った人造人間など、本当に創ることができただろうか。

 

いや、無理だ。そんな技術、私達の世界には存在しない。となれば、やはりメトロポリスの陰謀が絡んでいると言うことになる。

 

この世界にオーパーツを送り込み、他の世界すらも牛耳ろうとした世界ならば、あり得るかもしれない。偶然だが、メリーもメトロポリスに興味がある。

 

「メリー!」

 

「なっ…何?って、なんとなく解るわ。メトロポリスに行きたいのでしょう?」

 

メリーの返答に、激しく首を縦にふる。できれば今すぐにでもメトロポリスへ行き、にとりのミッションを終わらせ、幻想郷を救い出したい。

 

しかし、メリーは首を横に振った。理由を聞くと、魔力不足がどうのこうので、今日すぐとはいかず、魔力が貯まるのは、早くても明日になるらしい。

 

メトロポリスの人達は、たどり着いた場所からか、この世界をトウキョウと呼ぶらしい。このトウキョウからメトロポリスは、離れ過ぎており、メリーの魔力で到達するには、間の4つもの世界を経由する必要があるらしい。

 

私は愕然としたが、これを頼み込んだ本人であるにとりは、そもそも本当にメトロポリスの仕業かなどは分からないから、色々な世界から情報を得た方が良いと、その条件を快く受け入れた。

 

出発は、明日の8時。私達はそれまで、このトウキョウで時間を費やすことにした。

 

いつものカフェに、スミ、鼓石、にとりを連れて行くことにした。大学の食堂や図書館でも良かったかもと一瞬思ったが、図書館は学生証が無いと入れないし、食堂は知り合いがいるといけないと思い、カフェにした。

 

考えてみると、鼓石に出会ったのも、このカフェだ。あの不思議な手紙の送り主は、もしかすると、鼓石に友達を作ってあげようとした、鼓石のお姉さんだったのかも。

 

そんなことを想像しながら、カフェでお気に入りのコーヒーを頼み、店に備えつけの接続口にケータイを差し込み、キーボードを展開する。

 

「あれ?お姉ちゃん、ここに宿題しに来たの?」

 

「うん。来週にはレポート出さなきゃいけないしね。」

 

「ええ!?せっかくみんないるのに、それは流石に酷くない?」

 

「ああ、うん。そうだね。」

 

「ねえちょっと!話聞いてよ!私達とレポート、どっちが大切なの!?」

 

「レポート。」

 

「そんな!」

 

「しっ、あんまり大声出すと、店の人に追い出されちゃう。あんたらはゲームでもやってな。」

 

スミから目を背け、キーボードに手を置く。課題は4ページ終わっていて、残りは2枚ほど書けばいい。午前中には終わるだろう。

 

「あれ?そういえば、メリーは?」

 

「知らない。あいつ、日中はまるで何してるか解らないからね。多分講義でしょ。」

 

メリーに関することは、私はまるで知らない。が、2016年の世界で、少しだけメリーの過去の扉が開きかけた気がする。

 

メトロポリスと、郷少年の関係か。私にはよくわからないが、メリーを日中見かけないのも、そういう理由なのかもしれない。

 

日が昇るに連れ、カフェは混み始め、相席などを求める店員の声が目立ち始めた。

 

私達の座っている席は、5人がけの席。一つだけ空いている席に相席を求められ、金髪の美少女がそこに座る。

 

美少女は、遥か昔の兵士のような格好をしている。店に入り、外したと思われる緑色のつばつきの帽子を膝に乗せ、同じ色のシャツのような制服を着て、同じ色のズボンに加えて長靴を履いている。

 

どこかの国の軍人なのだろうか。いや、だとしても、そんな彼女が何故こんな場所に?そもそも、こんな若いうちから兵士として教育される国などあるだろうか。

 

…いやいや、もしかすると、ただのコスプレかもしれない。そんなことを考えながら彼女を見続けていると、彼女はどうされました?と私に話しかけてきた。

 

「いや、なんかこう…服装が気になって…どこかの軍隊の人なんですか?」

 

「はい、そうです。でなければこんな服装、好き好んでしませんよ。少し任務があって、今日はここの近くに来ました。まあ、大した任務ではないのですが。」

 

彼女は、私の質問に対して答えると、運ばれてきたコーヒーを飲み、人探しを頼まれているのですと私に話した。

 

彼女の国では、軍人はキツい訓練を強いられ、昇格は至難だと言う。その他にも、彼女は色々な話を私達にしてくれた。

 

どこか、重要なことを隠しているような気はしたが、まあ軍人には国家秘密も握っているので、あまり重要な話はできないのだろう。

 

私達は、そんなこんなで打ち解けられたのだが、にとりだけは、彼女が来てから、怪しげな目で彼女を見ている。

 

「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はルイズと申します。あなたは…」

 

「ああ、宇佐見蓮子って言います。近所の大学で、オカルトサークルをやっていて…」

 

「宇佐見…蓮子…?」



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魔界の兵士達

うわルイズ姉さん怖い


私達がカフェでお茶をしてから数時間後の夕方。私は、気があうと思いアドレスを交換したルイズさんに呼び出され、近くの公園に向かった。

 

ルイズさんは、公園で本を読んでいた。彼女に声をかけると、お待ちしていましたと、先ほど私に見せた笑顔を見せた。

 

「…あのう、大丈夫ですか?お仕事の人探しって言うのは。」

 

「はい。もちろん忘れていませんよ…目の前のあなたを誘拐し、メトロポリスについて尋問し、答えねば拷問をするのが、私の任務ですから!」

 

彼女は、そう言い終わると同時に、私のそばへ駆け寄り、胸倉を掴んだ。

 

私が彼女の力に圧倒されている間に、彼女は私を地にうつ伏せに抑え込み、身体の自由を奪う。

 

流石は軍人。中学生くらいの身体をしていながら、完全に力負けしている。抵抗すると更に身体を締め上げられ、もう足でジタバタするしか抵抗ができないほどになる。

 

何故、彼女がメトロポリスのことを知っているのかはわからない。ただ、今は彼女に素直に従うしかなさそうだ。相手も超能力に通じているのかは知らないが、超能力も抑え込まれ、オーラでルイズを吹き飛ばすこともできない。

 

「…解った、もう降参。あなたの言うことには従うわ。」

 

「そうですか。ではそのまま、じっとしていてもらえますか?」

 

彼女の拘束が和らぎ、起きあがれるようになると、彼女は、ベンチの側にかけてあったロープをつかみ、私達の両腕を後手に縛り、両足も同じように縛った。

 

「ふふ、あなたと別れて、あなたが馬鹿やってる間に取ってきました。道端で会った見ず知らずの人を信用しきってはいけませんよ。緋封倶楽部の首、宇佐見蓮子。」

 

そうだ。やっぱり彼女、私のことは知っていた。私は彼女にオカルトサークルとは言ったが、「緋封倶楽部」と言う名前のことは一切伝えていない。

 

彼女は私の服の首元を荒っぽくつかみ、ポケットからサバイバルナイフを出して突きつける。公園で誰か通らないものかとキョロキョロ見回すが、こんな時間に誰が通るはずもない。

 

ロープもキツく、私の知っている縄抜けは一つも通用しない。

 

「ちょっと待って…解った、全部話すから。でもその前に聞かせて。貴女は一体、何者なの?」

 

彼女のサバイバルナイフに目をやりながら、彼女に話しかける。殺されることはないだろうが、逆らえば痛い目にあう。膝立ちで捕縛されている私と、それを見下して尋問する彼女。

 

殺されるも痛めつけられるも彼女次第。どこの世界の人間だろうと、軍人ならば多少なりとも礼節があるはず。彼女の良心を信じ、彼女に話しかける。

 

すると彼女は、私の問いに喜んで答えてくれた。

 

「そうですね、貴女ならば驚きもしないでしょう。私は、こことパラレルワールドの関係にある、魔界都市ミラークロスの兵士です。女王陛下の命により、「人造の妖怪」に関する情報を貴女からお聞きしに来ました。貴女達緋封倶楽部が、数十年前の幻想郷に干渉し、その「人造の妖怪」によるものである結界を破壊しようとしたことは調査済みです。さあ、お答えを…」

 

そうか、やはり彼女は平行世界の住民。だからにとりは、あんな形相をしていたのか。

 

だがしかし、彼女はメトロポリスの住民ではない。となれば、その魔界都市ミラークロスと言うのは、残り4つのうちのどれかの世界と言うことになる。

 

幻想郷にある、結界の破壊。それをやろうとしたのはスミだが、それを言っても彼女は信じないだろう。

 

「私達は過去の幻想郷で、結界を破壊しようとした。それは、いずれ起こる幻想郷最大の異変の犯人「人造の妖怪」と関係があり、またその異変の元凶でもあるとされるから…です。」

 

「そうですか、それは不可能ですね。タイムパラドックスに対する圧力が働いて、時の狭間から修正されるはずです。と言うか、そんなことを聞きたい訳ではありません。一体どこから、「人造の妖怪」の話を聞いたのですか?答えねば、五分ごとに親指から、爪を削ぎ落とします。」

 

彼女は私に質問したあと、右手の親指の爪を少しだけ押した。これだけでも、凄い圧力が指に伝わってくる。

 

「…私は、人造の妖怪のことに関してはしらない。にとりって言う、仲間から聞いたの。だから…」

 

「そうですか。なら、そのにとりと言う方を拷問すれば、情報を吐きますかね?」

 

「いいえ。多分、それは無理…多分彼女も、誰かから聞いたのだと思う。じゃなきゃ、もうとっくに、それに関して動いてるから…あのさ、私達も、これからその秘密を探っていくからさ、待っててくれないかな?」

 

なんとなくだが、彼女とはまともに話せる気がした。震えながら答える私に、冷酷な彼女の眼が突き刺さる。彼女は何も言わずに、じっと私を見てくる。

 

できれば、もう逃げてしまいたい。本当のことは言った。全部話して丸裸になった。

 

しかし、それでも彼女は離してくれない。本当に知らないと言っているのに、まだ何かを隠していると思っているのだろうか。

 

彼女さ私の親指を触れ、ぐっと力を入れる。この力で剥がされたら、耐えられぬほどの痛みが襲ってくるだろう。私は往生際悪く、どこまでも彼女に命乞いをする。

 

「あと2分。言わなければ、力ずくで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が私の親指に触れ、またいたぶろうとした時だった。

 

私と彼女との間は引き裂かれ、私を縛っていたロープは完全に解けた。その後、誰かの頼りない腕に抱かれ、私は仰向けに倒れる。

 

一瞬の出来事に、私は慌てふためき、辺りを見回す。右奥のルイズ、側にはいくつかのベンチ。そして私の側には、グレーの服を着た緑髪の少女。

 

彼女は私に、大丈夫?と笑いかけ、黒いグローブで覆われた右手を差し出す。

 

彼女の手を取り、立ち上がる。するとルイズさんは私を睨みつけた。

 

「…なるほどなるほど。まさか、あなたがメトロポリスとグルだったとは。」

 

「ち…違うの!この子はメトロポリスとは関係ない!」

 

「嘘おっしゃい!それは、メトロポリスの人民服!彼らだけが持つ、制服のようなもの!信用してはいけないと言ったけれど…どうやらそれは、私への…私達へのブーメランだったようね!」

 

「ううっ…どう説明すれば…」

 

彼女に伝わらぬこの思い。私のそんな思いを抱く私に、鼓石は私の前に立ち、彼女と向き合った。

 

ルイズの腕に灯る、魔力の塊。それは次第に大きくなり、無限の氷の塊へと変化する。

 

なるほど、やはり、彼女も何かしらの力を持っている。それで私の超能力が使えなかったのか。

 

彼女は、氷の塊を槍上に変化させ、その全てを鼓石に放り投げる。

 

しかし鼓石はそれを片手で受け止め、バラバラに砕き、彼女への懐へと走り出す。この速さ、この世の人間とは思えない。多分、並の速さの車ならば追い越してしまうだろう。

 

ルイズも、その速さを察し、目の前に巨大な雪の壁を貼る。しかしその壁も、彼女の前には一切通じない。

 

このままでは、メトロポリスの人間に殺されてしまう。彼女はそう察し、身構える。しかし、鼓石は彼女への攻撃を止めた。

 

「はい!忘れ物!」

 

鼓石は、彼女に先ほどのロープを渡し、ニコッと笑った。ルイズは彼女の行為に対し、一体何が起きたか分からないと言った顔で、しばらく硬直した。

 

彼女はその後、すぐに我に返り、真っ赤に顔を赤らめ、何も言わずに受け取った。

 

「あのさあのさ!お姉ちゃん、別の世界の兵士さんなんだよね!」

 

「え?ええ…まあ…」

 

「凄くかっこいいね!国のみんなの為に戦って、守ってくれるなんて!私の世界にも、そういう人達がいるんだけど、やっぱりかっこいいんだ!それで…」

 

鼓石の無邪気な眼差しを前にして、ルイズは戸惑い、また予想していた人間と違うと、目や耳を疑う。

 

彼女は、鼓石の話を聞いていると、やがて参ってしまい、完全に鼓石のペースに飲まれている。いつの間にか、彼女が帯びていた黒いオーラは薄くなっていた。

 

「はぁ…メトロポリスも、あなたみたいな人ばかりだったら、こんなことしなくても良いのに。もう疲れちゃった。あなた、名前は?何でこんな場所にいるの?」

 

「古明地鼓石!お姉ちゃんに、いろいろな所へ旅して来なさいって言われて、それでこんな所に来たの!」

 

「そう…まあ良いわ。宇佐見蓮子に、古明地鼓石か。よくわからない人達ね…蓮子。わかりました。あなたの言うことは信じます。それなら、あなたがたっぷり知識を蓄えてお腹いっぱいになったら、またその知識、奪いに来るわ。」

 

彼女は腕時計をいじり、どこかへ消えた。

 

それにしても、不思議な人だった。まあ、それは鼓石も同じだが。

 

なるほど。人造の妖怪と、未来都市メトロポリス。異世界でも、この二つは脅威として見られていると言うことか。

 

私はよくわからないが、協力できることは協力しよう。私は鼓石と笑いあい、今夜はどこかへ食べに行こうかと誘った。



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科学で凌駕する

ブラッド・ワールド編までの繋ぎ的な話なので、今回は若干短めです。すみません。


「で、結局ルイズは何者だったの?」

 

駅の近くの、趣のある居酒屋。鼓石と約束したこともあり、私達はそこで夕食を取ることにした。

 

この店は肉料理の店で有名でもあり、こんな週末にもなると予約でいっぱいになる。

 

メリーも来てくれて、みんな揃っての夕食を食べることができて嬉しい。ただ、明日にはここをたつと思うと、あまり飲みすぎないように注意せねば。

 

「適当に頼んじゃって良い?」

 

「…良いけど、私の質問に答えてよ。」

 

私が彼女の話を逸らして適当に流すと、スミは怒って私を睨みつけた。

 

どうやら初代部長様は、少しでも謎をほったらかしにするのがお嫌いなようだ。私はできれば話したくはないが、初代部長様の命令なら仕方ない。

 

私はスミに、夕方あったことを全て話した。ルイズに拷問を受けたことや、鼓石の底知れぬパワー。そして、ミラークロスと呼ばれる異世界にも、人造の妖怪のことが流れているということ。

 

「…そんなことがあったんだ。じゃあ、鼓石をあの時連れてこれば、竜也も楽勝だったかもね!」

 

「うん…確かに、竜也も強かったけど、ルイズの強さはそれの比じゃない。単なる予想だけど、多分あれで手加減してると思う。」

 

タッチパネルを動かして、食べ物を注文する。一応は、これを最後にこの世界で食う飯は当分ない訳だから、それなりの物を頼む。

 

それにしても、彼女のような子供が兵士となっている国とは、一体どのような国なのだろうか。ひょっとすると、まだ徴兵令が根強く残り、国民が国に縛りつけられているような世界なのかもしれない。

 

言論や行動の自由すら主張できぬ、国民底なしの闇に縛りつける法律。彼女もまた、それに縛りつけられている一人なのかもしれない。

 

そして、私達はそんな世界にも行かねばならない。そして、それはミラークロスだけではない。異世界では、自分達の常識は全く通じない。そう思うと、なんだか無性に異世界に行く気が失せていく。

 

いやいや、これも幻想郷と言う世界の為。そこは自分に鞭をうち、意地でも行かねばならない。

 

とりあえず運ばれてきたビールでも頼んで、今日は楽しもう。

 

「そうそう。異世界と言えば、明日私達が行く場所は、ブラッド・ワールドと呼ばれる場所よ。」

 

「えっ…ブラッドって…そんな血みどろの世界なの?」

 

「さあ。私も行ったことはないもの。」

 

「………。」

 

メリーが私に耳打ちした後に、急に食欲が失せた。流石に、食事中に血とかブラッドとか言うもんじゃないだろう。

 

もし時空を飛んで、辺り一面が赤かったらどうしよう。そんなことを考えるだけで、未来への希望がなくなる。

 

しかし頼んでしまったものは仕方ない。それに、黙っていてもお腹はすく。運ばれてきた唐揚げに箸を伸ばし、口の中に放り込む。油のサクサクな食感と肉のジューシーな口当たりが口の中を包む。

 

まあ、絶望していても仕方がない。先ほども同じようなことを言った気がするが、今日のところは遊んで食べよう。

 

そんな気持ちで食べたり飲んだりしていると、ひたすらに時間は過ぎて、もう夜の闇はすっかり辺りを覆っていた。

 

結局、私はあまり酒が飲めずに酔ってしまった。メリーは酒が強く、私にも酒を勧めてくるのだが、私はもうこれで満身創痍だ。これ以上飲めば吐いてしまう。

 

スミや鼓石は酒が飲めないので、食事だけをして随分と元気だ。今日は彼らにタクシーでも呼んでもらい、さっさと帰ろうか。そんなことまで考える。

 

会計を済ませて店を出ると、スミはコンビニ寄っていい?と寄り道を誘った。しかし私はもう限界だ。スミ達はメリーに任せ、私はさっさとタクシーで家に帰ることにした。

 

行き先をボタン操作して、タクシーを自動で動かす。今月はお金がまだ余っているので、いつもならば、メーターが上がる直前の家から数十メートル前で降ろしてもらうのだが、今回はお金は気にせず、家の目の前で降ろしてもらう。

 

料金は六百円。たった二百円だけの違いだ。大した金額ではない。指紋認証でドアを開け、リビングの電気をつける。

 

リビングの机の上には、置き手紙がしてあった。送り主はルイズで、内容は、ブラッド・ワールドに関するものであった。

 

ブラッド・ワールドは、レンガ造りの家が立ち並ぶ帝国のような国が目立つ世界で、天使や悪魔が戦争をする世界ですと書いてあった。

 

まるで、先ほどの居酒屋の一部始終を全て見ていたような回答。一体彼女は何者なのだろうか。

 

ひょっとして、鼓石と出会うきっかけとなったあの妙な手紙の主は彼女なのだろうか。そんなことも考え、1人で悩む。

 

もしかすると、私は今までの行動の全てを彼女に見られていたのかもしれない。あの行動も、あの行動も、みんな彼女に?

 

いや、そんなことはない。でなければ、彼女は私を拷問にかけたりはしないはずだ。

 

でも、ならば何故こんな場所まで彼女は入ってこれたのか?考えていると泥沼にはまりそうで、先ほどの酒とも合わせて気分が悪くなってくる。

 

まあいい。スミ達には合鍵を渡してある。今日はもう寝よう。

 

布団をしき、目を閉じてしばらくすると、私の意識は完全に落ち、深い心の底まで意識は沈んでいった。

 

目を覚ましたのは、朝の6時。早く寝たせいか、目を覚ますのが早かったようで、スミ達は隣で深い眠りに落ちていた。

 

「…まだ頭が痛い。」

 

机には、今度はスミからの置き手紙があった。まだ酔っているといけないと思い水を買ってきたが、もう寝てしまったので冷蔵庫に買って置いてあると言う内容だった。

 

冷蔵庫を開けると、確かに水が買ってあった。私はそれを取り、1人ベランダに出た。

 

日は徐々に短くなり、6時でもまだ空は暗い。

 

私達が生きてきたこの世界。地面があり、空があり、宇宙がある。宇宙人はいるかもしれないが、平行世界など、都合がいいおとぎ話の設定と笑っていた。

 

しかし、それは実在した。そう考えると、まだまだ世の中には科学で説明できないことがたくさんある。ひょっとすると、我々の知る世界など、この世界の何兆の一でしかないのかもしれない。

 

それを科学で凌駕する。それが、私達若者に託された使命なのかもしれないと、ベランダから見える星々を眺めながら考える。

星や月で時や場所を読み、念力やバリアーで身を守る。私達が使う超能力も、考えてみれば、そのうちの一つ。いや、にとりの刀に宿る力や、メリーの霊能力。鼓石に秘められた無限の力だってそうだ。

 

そんな使命は、目の前にもたくさんある。重要なのは、それに気づくか気づかないか。それなのかもしれない。

 

そんなことを考えながらベランダでたそがれていると、部屋のチャイムが鳴った。扉を開けると、メリーがキャリーバッグを持って立っていた。

 

「…まだ寝てた?」

 

「私以外はね。」

 

「そう。まあ、こんなこと言うのもあれだけど、このまま目覚めるまで放っておきましょう。これから、そんな寝顔ができるかなんてわからないから…」

 

「…うん。」



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ブラッド・ワールド編
血戦世界と冷酷な天使


初期設定では、また場所をワンダーシティやら何やらにしようと思ったのですが、それだと流石に飽きるので、今回は「天使」と「悪魔」の話にしてみました。もちろん、今回はこれだけではないので、展開早めで行きますがね。


血戦世界ブラッド・ワールドと呼ばれる世界は、夕焼け空に包まれていた。

 

頭上を飛び交う何か。私にはよく見えないが、何かが互いを攻撃しあい、共に傷ついている。

 

まるで蚊の大群のようだ。しかし、よく見ると彼らは人間の姿をしている。

 

それからしばらくすると、いくつかの死体が空から降ってきた。死体にはいくつもの火傷などが見られ、中には原型を留めていないほどにぐちゃぐちゃに焼き尽くされた死体もいる。その死体をよく見ると、白や黒の翼を生やしている。

 

「お姉ちゃん…これって…」

 

「うん…ルイズの言っていた通りだ。ブラッド・ワールドは、中世のような世界。そしてこれは、天使と悪魔による戦争。神話の挿絵とかで見たときには綺麗だと思ったけど…やっぱり本物を見ると…」

 

空はどんどんその色を赤く染め、地に伏した天使や悪魔と同じ色に染まっていく。流石にここに居てはまずいと、メリーやスミ達を連れ、私達が着地した広間から、街の外へと走り出した。

 

朝食を食べていないせいか、喉が渇き、腹が減る。オシャレに彩られた通路などには目もくれず、ひたすら走る。しかしどこへ行っても、この陽の光や悪魔と天使の戦争から逃れることはできない。

 

そしてその陽の光から逃れようとする私達を塞ぐように、目の前に天使が地上へ降り立ち立ち塞がる。

 

金色の長髪に、白いスーツ姿に身を包む天使は、冷たい眼差しで私達を見て、死ぬ前に言い残すことはと腕組みをする。

 

後ずさりをすると、彼女は無駄よと冷たく笑い、私達の背後の木柱を弓で打ち、背後を火の海にする。

 

もう戦うしかない。私が身構えると、スミは真っ青な顔で私を押しのけ、一縷の希望を抱いて彼女に話しかけた。

 

「ちょ…ちょっと待ってください!私達は悪魔じゃありません!人間です!」

 

「…ロクでもない嘘をつくのね。我々が戦っている間、人間は全て眠っている。この世界で眠らずにいられるのは、天使と悪魔のみ。さあ、早く観念なさい。」

 

「う…で、でも!」

 

「さもなくば、せいぜい足掻く事ね!」

 

天使はオーラによって弓を出し、矢を引く。矢は白い光に満ち、また周囲には陽炎が立っている。

 

そうか、あの多量な火傷の跡は、この矢が原因か。となると、あの矢に一発でも当たれば終わりかもしれない。即座に判断し、私達は彼女目掛けて走り出す。

 

すると彼女は翼を広げ、空の彼方に飛翔していく。尻尾を巻いて逃げた訳ではないと言う訳ではないことはすぐに解った。彼女は上空から矢を数本放ち、私達を攻撃してくる。

 

しかし、そんな一瞬の迷いはすぐに消えることになる。

 

鼓石はそれを見ると、足に力を溜め、その力でジャンプした。とても子供とは思えぬ脚力。鼓石は空高く吹っ飛び、高熱の弓矢を一瞬で粉々にする。

 

これは流石に天使も予想外であったのか、目の前の彼女に驚き、その動きを止め、必死でバリアや翼で身を守る。

 

しかし、鼓石にはそんなものは通用しない。彼女のバリアを素手で破壊し、翼すらも彼女に力負けする。

 

彼女は息を殺し、鼓石に向かう。ただものではないと感じた彼女は、鼓石に意識を集中させ、弓をいる。

 

「………!うっ……」

 

しかし、鼓石と彼女が対面した、その時であった。彼女は背後から、何者かの襲撃を受けた。その攻撃を前に彼女は敗れ、バリアも全て消え失せた。

 

鼓石はその一撃に倒れた彼女を抱き抱え、大丈夫?と声をかけるが、彼女は意識こそしっかりしているものの、口から血を流し、痛みで彼女の服を握り締める。

 

背後を見ると、黒いスーツを着た、二人の悪魔が、黒い弓を持って飛んでいた。内一人はトドメの一撃を誘うと、弓を射て追撃した。

 

鼓石は、彼女を抱えながら、重力に従い落ちていくが、それでも悪魔達の追撃は止まらない。

 

「ちょっと!そんなの卑怯じゃないの!?」

 

私は彼らに届くような声で叫ぶが、彼らは知らんな、と笑い、更に黒い矢を放つ。

 

「鼓石!天使をこっちに!」

 

「うん、分かった!」

 

私の合図に、鼓石は天使を空中から放り投げる。私はそれを受け取り、悪魔達が入れない場所、近くに見える教会まで走る。先ほど彼女から逃れてきたせいで、喉は渇き、足の裏には痛みが伝う。そして、それを潤さんとする吐き気が口の中へ攻め込む。

 

悪魔の弓矢は止まらず、黒く高熱の矢は私達のすぐ後を追ってくる。そんな修羅場の中、やっとのことで悪魔から逃れ、教会の扉までたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を開け、静かで暗い教会の中に入る。

 

教会の中は、ずっしりと思い雰囲気に包まれていた。中には誰もおらず、ただステンドグラスの優しい光が、長椅子を優しく照らしていた。

 

天使を長椅子に寝かせ、とりあえずはここにいるしかないとため息をつく。外ではまだ戦争が続いているのか、教会の屋根を焼くような音が聞こえる。

 

大丈夫だ。悪魔ならば、教会には入れないはず。つまり、彼女にはもう命の心配は要らない。私は彼女の頭を撫で、寝ている彼女の側に腰掛けた。

 

「大丈夫よ。しばらくしていれば、また元気になるわ。」

 

メリーは、彼女の体温を測り、聴診器を当てて彼女の看病をしている。一体どこで学んだかも分からない医療技術。メリーは医学部ではないはずだが、何故これほどにまで医療技術があるのだろうか。

 

まあ、私は彼女が助かるならばそれで良いが。

 

「しかし、あんなことを毎日やっていたら、天使も悪魔もみんな死んじゃうのにね。この世界には、そんな物を解決する巫女さんとかは居ないのかね?」

 

にとりは、彼女を見ながらため息をつき、教会の机に身を委ねた。彼女の発言に対してスミは、霊夢さんのことね、と答えた。

 

しかし彼女は、今は霊夢なんて居ないよ。とスミの発言を否定して、懐の写真を手にした。

 

写真には、にとりと、茶髪の、巫女服を着た少女が映っていた。私ははじめ、この人が霊夢かと思ったが、スミの表情を見て、霊夢ではないと解った。

 

にとりは写真を見ると、ため息をついて、その写真を私に手渡した。

 

「博麗深月。今の幻想郷の巫女だよ。とは言っても、普段は神社には居ないんだ。外の世界の高校に通ってるからね。そもそも彼女自体が外の世界の人間だから、私達がとやかく言える問題じゃないしね。それに彼女、巫女としてこっちに居る時でも、時々いなくなるんだ。彼女に聞いても、昔からのこんな変な体質だって言って、それ以上は何も教えてくれない。」

 

こっちは心配してやってるのに。にとりは彼女への文句を垂らし、その後は寝息を立てて意識をなくした。

 

私は、霊夢と言う少女を知らない。彼女と、にとりやスミが、何をしてきたのかも。けれど、彼女達がどれほど親しい仲であったかを悟ることはできる。

 

スミも知っている、でも、もう居ない。つまり彼女は2016年の人間。つまり、もうこの世界には…

 

私は、彼女のことはしばらく放っておこうと思い、再び天使に目をやった。

 

そして、私の知らないところで悲劇は加速する。ブラッド・ワールドに忍び寄る、軍服のブロンド。彼女はこの街とは別の、遠く離れた無法地帯「ギャラクティス」。遥か数十年前に郷少年が旅した街。

 

しかし、数十年前に郷少年が訪れた時とは違い、街には規則ができ、そこには何人ものボス猿が富と権力を牛耳り、住民はそれにすがろうと、彼らに雇われ、ゲームの駒として殺し合いをしていた。

 

「…なるほど。あなたを倒せば、あのティアと言う人から情報と報酬をもらえる訳ですか。しかし、生きる為とはいえ、殺し合いを好き好んでするとは…信じられません。」

 

「黙れ!これが俺たちの生き方だ!これは、生きる道をかけた戦争だ!」

 

「戦争…ですか。」

 

夕焼け空で、向き合う二人。ルイズと向き合う男は、いくつもの賞金を稼いできた人間であり、それに見合うだけの人殺しをしてきた。故に、ボス猿を除けば、この街で最も有名な人間でもある。

 

もちろん、彼女はそんなことは知らない。故に、彼への情けなどもない。彼がそのようにほざいている間に、彼の首は真っ二つに折り、彼女は呆れ顔で彼を見下す。

 

「本当の戦場へ行ったことがない連中がほざく、強がりの「十八番」ですね。本当の戦場ならば、そんな文句をつけている間に、すぐこれですよ。よく、「俺、この戦争が終わったら結婚する」と言う兵士は死ぬと言う話を聞いたことがあるでしょう?つまり、そういうことです……もう聞こえませんか。」

 

くだらない、彼女は両手をはたき、ため息をついた。この街で一番強かった男が敗れた瞬間、街の人間はガヤガヤと騒ぎ出し、本当にあの男かと確認する人間まで現れた。

 

彼女がティアと呼ばれる男の元へ帰ると、男はよくぞあの男をと彼女を褒め称えた。

 

「おお…お前!金はいくらでもやる!だから私に刃向かう奴らを全てを…」

 

「ティアさん、残念ですが、それはできません。これでも働いている身なので。時間が惜しいので、先ほどの質問に早くお答えを。報酬はそれで結構です。」

 

ルイズが、彼の儲け話を、冷たい目で断ると、彼は残念そうな顔をして、そうかいとだけ答え、彼女の元に酒を注いだ。

 

その酒は、血のように赤く、嗅ぐと淡い砂糖の匂いがした。しかし、単に赤い酒と言う訳でもなく、所々に白い不純物が散りばめられていた。

 

「これは…?」

 

「ネクロの酒だ。不純の未来、だとよ。今から大体数十年前に、死亡説まで噂されたネクロの妃様が帰ってきたんだとよ。だが、すぐに仲間とどこかに行っちまったらしい。それで作られたのがこの酒って訳だ。」

 

彼女がそれを聞いて、酒を口にすると、苦い赤い酒の味に、甘い味が混じっていた。恐らくそれは、絶望の中の淡い期待の味。彼女はそう悟った。

 

しかし、これが一体何の情報になるのだろう。彼女が疑問に思っていると、彼は、過去に吸血鬼と戦い、妃と共に消えた、彼女もよく知るあの少女の、彼女が知らなかったある話を口から吐いた。

 

実は彼女、とあるキーワードを吐いた瞬間、頭が破裂するなどという症状を訴え、頭を抱えて倒れたと言う。

 

そしてその後、彼女は誰かの声を聞いたとも供述していたと言うことを、妖精のメイドから聞いたと彼はルイズに伝えた。

 

最も、それとは関係なく、たまたま彼女が過労で倒れたと言う説が濃厚だが、と彼は付け加えた。しかし彼女はそれを聞いて微笑み、ありがとうございますと一礼し、彼の元を後にした。



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冷酷な天使「リネア」

どこからか吹いてくる風が、身体を優しく包む。

 

この感触は覚えている。遥か昔、友人と摘んだ一粒の果実。それはとても甘くて美味しかった。あの時の地上も、こんな風が吹いていた。

 

「ねえ、私もリネアみたいに強くなりたいなあ。どうやったら強くなれるの?」

 

「別に強くなんかないよ。てか、フライは弓を強く引きすぎなのよ。もうちょっと肩を落として引けば、少しは上達するんじゃない?」

 

「…そうかなあ。」

 

「そうだよ。」

 

「………。」

 

それからしばらくして、大天使様に呼ばれ、私たちは天界に帰った。そして私はあの時に、あの緑色の女にやられて、悪魔からの不意打ちを受けて…

 

ここは、どこだろう。私が死んだのならば、天界に魂が帰り、記憶が抹消された状態で、天使として転生しているはずだ。

 

しかし、私は生きている。息を吸って吐くこともできるし、手足も動く。

 

側には、水を浮かべた銀のボウル。そして、ワイングラスに浮かべた白い液体…サキュパス除けか。それにしても、何故私は人間の部屋に…

 

「あ!良かった。気がついた?」

 

「………!」

 

人の声に気づき、私はすぐさまベッドから離れて臨戦態勢を取り、彼女を警戒する。

 

なるほど。私は人間達に捕まったということか。まあいい。ならばこの家ごと葬るまで。天使を捕らえたらどうなるか。はっきりとその身に知らしめてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!まだ動いたら危ないって!」

 

私が何を伝えようと、彼女には届かない。彼女は再び弓を引き、今離すならば許してやろうと上目遣いで話す。

 

サキュパス除けの牛乳も、彼女の翼に叩きつけられて、グラスは粉々に砕ける。

 

「ほら!ワイングラスだって、足で踏んだら怪我しちゃうよ!まだ病み上がりなのに…」

 

「黙れ!我々を捕らえ、私利私欲の為に使うことを欲する忌まわしき人間め!」

 

「えっ…なんでそうなるの!?…まあいいや。そんな風に言うなら、もう帰れば?後ろの窓、鍵かかってないからさ。」

 

どうやら彼女には、私は単なる人攫いか何かにしか見えないらしい。まあ、元気になったのなら、それに越したことはない。別に私は人攫いでもなければ、忌まわしいと呼ばれる筋合いもない。

 

恩を仇で帰す彼女の行いには少し腹が立つが、自分もかつてはそんな身であった。自分の面倒を見てくれた少年院の先生も、あんな風に罵声を浴びせていた自分が言えることではない。

 

彼女は私のそんな反応に対し、言われなくともと羽根を生やし、窓を開けて外に飛び出した。

 

しかし、すぐに彼女はその窓に戻ってきて、本当に追いかけないの、と私に聞き返してきた。

 

「追いかけないよ。そもそも、私は人攫いなんかじゃないし。」

 

「…じゃあ、本当に私を治療してくれただけなの?」

 

「そうだよ。あと、悪魔から守るために教会に運んだりはしたけどね。他は何も。」

 

「……。」

 

彼女は私が真実を話すと、二階の部屋の窓の淵に座ったまま顔を赤らめ、こんなに優しくしてくれた人間はあなたが初めて。と小さな声で呟いた。

 

彼女の足からは、少量の血が流れている。恐らく、先ほどのガラスにやられたのだろう。診てあげる、と私が彼女に近づいても、もう逃げたりはしなかった。

 

「ねえ、あなた名前は?」

 

「リネア。言っておくけど、怪我が治ったら私さっさと帰るからね。」

 

「うん。別に良いよ。リネアさんにはリネアさんの事情があるもんね。」

 

「…水くさい。リネアで良いよ。」

 

水くさいって、昨日出会ったばかりなのに馴れ馴れしくして良いの?と聞くと彼女は顔を赤らめて目を逸らした。

 

どうやら彼女は相当面倒くさい性格らしい。彼女の足についているガラスを取ってあげていると、所々しみるのか、痛そうに喘いだ。

 

ガラスの処理はホテルの人に任せ、私は彼女に薬と包帯を巻く。彼女の翼は収納可能になっていて、翼を閉じれば天使と悟られずに街を歩けるとリネアは誇らしげに語る。

 

しかし、私には心を開いてくれたものの、私がそろそろメリー達が帰ってくる時間帯だと話すと、彼女は急に警戒をした。

 

どうしたのと聞くと、彼女はあなたならば信用できるが、他の人間はそうとも限らないと言い、私が判断するから、しばらくは物陰で見ていると言ってクローゼットの中に隠れた。

 

「あれ?あの天使はもう元気になったの?」

 

それからしばらくして、メリー達が街の散策から帰ってきた。スミが彼女が居ないことを心配に思い、私に彼女の消息を聞く。

 

「うん。もう元気になって、空の彼方に消えていったよ。生意気な奴だったよ。あれだったら神様も大変なんじゃないかな?」

 

「そっか、なら良いや。元気になったんだったら、私はそれで。朝ごはんどうする?地下に行けばホテルの朝食が食べられるけど…」

 

スミが笑みを浮かべて、鍵を私に渡す。クローゼットの中で扉にもたれかかり、ひたすら話に入る機会を伺う彼女を無視して、スミの誘いに乗る。

 

…素直に行きたいって言えば良いのに。

 

「そうだね。そうしよっか。じゃあ電気消して鍵かけて…」

 

「待ちなさい!私も行く!」

 

みんなが部屋から出たことを確認して電気を消すと、彼女はクローゼットから飛び出して叫んだ。私以外の四人は驚き、私は一人で笑いを堪え、何も気付かなかったかのごとく扉を閉める。

 

彼女はその閉じる扉の間に白い羽根を挟み、それを必死に防ぐ。

 

「待って!ねえ、分かったから!もう良いから!」

 

意外に可愛いなこいつ。

 

流石にこのままだと可愛そうなので、外に出してあげる。彼女は四人の前へ出ると、不意に翼をしまい、あなた達を認めた訳じゃないからと照れ隠しをした。

 

このホテルの地下は大きな食堂になっており、一流のシェフが腕をふるう料理のバイキングになっている。朝からそんなに出されてもお腹に収まらないと思うが。

 

「ねえ!リネア、昨日は物凄く強かったよね!あの弓矢ってどういう仕組みになってるの?」

 

「…気安く私に話しかけないでちょうだい。それに、あなたのような実力者にならば、尚更話したくないわ。」

 

リネアは、相変わらず冷たい表情を見せ続けた。しかし、完全に心を開いていない訳ではないようで、鼓石がつまらないのとふてると、太陽の光を集めて、そこに悪魔が忌み嫌う聖なる光を混ざらせて矢を作っていると、彼女の方を見ずに話しだした。

 

彼女は食事を共にしている内に、こちらの話も聞いてくれるようになった。私は、この世界に来た経緯や、人造の妖怪について話した。

 

この西洋のような世界に妖怪の概念があるかは怪しいので、妖怪というのは、この世界で言う怪物のことね。と私は付け足した。

 

「人造の怪物…怪物ならばデウス・エクス・マキナである可能性はあり得ないか。そうなれば、ごめんなさい。私が知っている情報は無いわ。そもそも怪物は、悪魔達が作り出した悪魔の下僕であって、遥か格下の人間に作れる訳ないしね。やっぱり、大天使様に聞いた方が早いと思うよ。」

 

夕方になったら、天界と地獄とこの世界が繋がり、人間達が眠る戦争の時が来るから、戦争に乗じて天界へ案内すると彼女は約束した。

 

なるほど、それで私達を人間と認めなかったのか。私は納得し、彼女の誘いに乗った。できれば彼らの憎しみあいなど見たくもないが、これがブラッド・ワールドの彼らの常識ならば、私は部外者であり、どうこう言える話ではない。

 

人造の妖怪を探し出し、幻想郷の異変を止める。それが私たちの役目だ。

 

そして、同じ役目を持つ者同士は、互いに惹かれあう。生まれた世界は違えども、生まれた環境すらも乗り越え、口づけを渇望すればするほどに。

 

魔界に存在する女王、神綺は退屈であった。と言うより、さっさと幻想郷の人造の妖怪など殺し、別の面白いことを探して遊びたかった。

 

彼女自身、魔界の住民などただの玩具であり、それが魔界兵ならば手駒にすぎない。壊れればまた別を探して、手駒か玩具にするだけである。また、魔界は国民皆兵の名の元に堅い徴兵制を敷いており、彼女の手から逃れるのは不可能に等しい。

 

「…そろそろアリスをいたぶるのも飽きてきたわ。まあ、あの娘は元々こちらに来るときにはもう壊れていたものね。あの二等兵も遅いし…」

 

彼女が座る玉座の間には、既にやつれた金髪の少女が作業着を着て、集団牢でうずくまる姿が映る。

 

そしてその側には、軍服を着た少年が女王に跪く。女王は玉座から立ち上がると、少年に顔をあげるように命じた。

 

「さて、あんな二等兵にやらせるような情報収集にあなたを充てるのは少々気が引けるけれど…これも人民の未来の為。お願いして良いかしら。」

 

「はい。神綺様の為ならば、私の全てを捧げましょう。それに、ルイズと一緒ならば本望です。」

 

「そう。レイクロク兵長に、人造の妖怪の探索及び、宇佐見蓮子の監視を命じる。頼りにしてるわ。」

 

「はい。もったいなきお言葉。」



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インビジブル

街が再び、紅色に染まる。

 

街には天使の兵と悪魔の兵が降りたち、人々は眠り、空には二つの穴が開く。

 

昨日ならば、空からは天使や悪魔の血が降り注ぎ、いびつな死体で街が埋め尽くされていたことだろう。

 

しかし、今日に限ってそれはなかった。

 

目の前の光景に、私たちは目を疑う。天使と悪魔は、確かに対峙していて、今にも戦争が始まろうとしている。しかし、まるで時間が止まったかのように彼らは微動だにしない。

 

いや、よく見れば彼らは動いている。しかし、彼らの速度はそれほどにゆっくりである。

 

「さて、ここでクエスチョン。天使と悪魔は背中に羽を二つ生やしているね。彼らは羽こそが命の証。でも、羽を生やしたら役に立たなくなる生き物も居る。その生き物は?」

 

この世界の人間はみんな寝ているはず。しかしその声に振り向くと、私たちの背後には、黒い帽子を被った青年がいた。

 

青年は金色の髪に青い瞳を持ち、片手で帽子を押さえながらはにかむ。

 

眠っていないのを見ると、人間ではないか、あるいは別世界から来たと言うことになる。

 

でも、別世界から次元を飛んでこのブラッド・ワールドに来るには、それなりの技術が必要。メリーの霊能力は論外として、今のところ、その技術力を持つ世界は、にとりが居た幻想郷、鼓石の居たメトロポリス、そして、ルイズのミラークロス。

 

幻想郷の人間ならば良いとして、そうでなければ非常に危険な状態だ。メトロポリスは、幻想郷を管理し、支配している世界。その幻想郷の秘密を知る私達を生かしてくれるとは限らない。ミラークロスには私が狙われ、隙あらば捕らえようとしてくる。

 

しかし、なんとなくだが彼が幻想郷の人間とも考えづらい。どちらにせよ、警戒を解く訳にはいかない。

 

「はは、そんなに緊張しなくて良いんだよ?何なら全部教えよう。答えは、二つある。一つ目は蚕。蚕はその上質な糸が縫い物の素材とされるが、成長すると白い羽を生やす。羽を羽ばたかせる蚕は糸を吐かない。つまりそう言うことだよ。そしてもう一つは人間。人間の背中を割けば、赤い羽が生える。そして魂が昇天すれば、もう兵士として使いものにはならない。」

 

道端に眠る人の手から逃れた食物に、烏がたかる。街には青い羽を生やした蝶が飛び回り、空はその闇を増していく。

 

背中を割けば、赤い羽が生える。何を言っているかまったくわからない。だが、彼が私達にとって良い存在でないことは解った。

 

「失礼。俺の名前はレイクロク・マーガトロイド。親戚が随分ご無沙汰だったみたいだね。にとり。」

 

「マーガトロイドだって!?それじゃあ…」

 

彼、レイクロクの発言に反応してにとりが驚き、刀を抜く。私達にとっては何のことだかわからないが、にとりは彼の苗字に酷く怒りの眼差しを向けた。

 

「にとり…こいつのこと、知ってるの!?」

 

私が話しかけても、にとりは何も答えない。代わりに彼女は発狂し、刀を向けて彼との間合いを詰め、レイクロクに斬りかかる。

 

それに対し、レイクロクは刀を素手で受け止める。にとりの刃は彼の腕を深くえぐり、彼の手からは血が流れ落ちる。

 

「よくも…よくもアリスを!」

 

彼女の言葉が、刀にさらなる力を込める。しかし彼の腕をそれ以上えぐることはできない。彼はため息をつき、刀ごと彼女を側に投げ捨てる。

 

「別に僕がアリスをさらった訳じゃないよ。それに、仕方がなかったんだ。僕達は女王には逆らえないからね。」

 

「仕方がない!?私達にとってアリスがどれほどの人かも知らずに、仕方がないなんて!やっぱり、あなたは私が直々にここで始末する!」

 

《水都剣「アトランティス=ソード」》

 

剣から水の雫が吹き出し、三つの水の輪となって刃の周りに漂う。にとりはそのまま走り込み彼に斬りかかるが、彼はその攻撃をひらりとかわす。

 

女王…なるほど、つまり彼は魔界の人間。でも、どうしてまだ私のことを?私はちゃんとルイズに釈明したのに…

 

彼への不意打ちに失敗したにとり。しかし、それも彼女の計算の内。彼女は家の壁に斬り込みを入れて、空に剣を掲げる。

 

突如、街を覆うほどの津波が街に迫り来る。津波は街を飲み込み、街は一瞬にして深海の底のような光景に代わる。魚が漂い、水に反射して上空の光が淡く輝く。

 

浮力によって身体が浮遊する。しかし、水の中なのに、息ができる。服も濡れない。これは村雨の刀の魔法でできた特殊な水だからだろうか。

 

「へえ…水ねえ。でもこの水、人間の息を封じる能力は無さそうだ。これで君は有利になったって言うのか……あれ!?」

 

彼が見渡すと、にとりは既に消えていた。しかしこの時間に隠れる術など無い。水の中だろうと、先ほどとフィールドは何も変わらない。彼の目を欺いて街の物陰に隠れると言う手段はあるだろう。だが、あれほどの戦闘能力を持つ彼が、そんな動きを許すだろうか。

 

「あれ、どうしたの?隠すのは、道化師みたいなあんたの得意技でしょ?」

 

声がする方に、彼は魔術の弾を放つ。しかし、彼女の悲鳴や血は全く聞こえず見えない。

 

彼が目で彼女を探す、その一瞬。彼の背後から不意に血が噴き出す。僅かな痛みが彼を襲い、彼は一瞬でその傷の方を向いた。しかし、彼女の姿はない。

 

いや、確かに彼女はそこにいた。しかし、彼女は数秒後にはそこから気配を絶っている。別に瞬間移動している訳ではなく、彼女が通った気配はそこに残っている。

 

「…インビジブル!?」

 

彼は一瞬にして、彼女の秘密に気づく。しかしそれは、彼女への攻略を見出したことにはつながらない。むしろ、それは彼女を追うことが不可能であることの裏付けになってしまう。

 

インビジブル。にとりが透明人間になれる力を持つならば、彼にとってこれほど不利な状況はない。もしそうならば、彼女の姿が完全に見えない状況で彼女の相手をせねばならないことになる。

 

目隠しをして彼女の相手をする。そう言う状況になる。しかも相手は、数秒に一回、刀で彼を串刺しにする。

 

しかし、インビジブルなど化学的に不可能だ。それは彼も承知のはず。

 

「…いや、無理だ。確かに、身体の外見をオーラで見えなくすることは可能かもしれない。だが内臓や血を透明にすれば、生物は生きることができなくなる。血の中にあるヘモグロビン、それを透明にすることを必要とするからな。つまり君は、透明なんかにはなれていない。」

 

彼はひたすら目を凝らし、限りなく不可能に近い追跡を開始する。その間に彼女は二回彼を刺し、腕と足を血に染める。

 

そして、にとりが彼の心臓を突き刺さそうとしたその瞬間、ついにその時は訪れる。

 

「…捕まえた!」

 

透明な剣の先端を掴み、彼の腕が見えないにとりを捕らえる。彼女は自分が囚われたことに気づくと、見えない海中から姿を現した。

 

「光学迷彩ね。なるほど、全身を鏡のような電子装甲で纏って、限りなく透明に近いような姿に覆っていたのか。」

 

「…そうだよ。こいつ、海の中じゃないと使えないからね。だから、こういう能力を作り出したんだ。」

 

にとりが指を鳴らすと、辺りの水は蒸発して消えた。水が完全になくなると、空は相変わらずの赤い空であり、地に堕ちた血がそれを更に赤く染めている。

 

「なるほど、まあいいや。蓮子の仲間である君を殺す訳にはいかないからね。聞いての通り、僕は魔界の人間だ。神綺女王の命令でこの世界に来た。蓮子、君を探してね。」

 

「解ってる。でもどうして!?私はちゃんとルイズに約束したのよ?私達も知らないから、ちゃんと白黒つけて彼女に話すって!」

 

「ああ、もちろんそのつもりだ。だから僕は、別に君を拷問にかけたりしに来た訳じゃない。僕に与えられた使命は、君の監視。それだけだよ。」

 

「……あっそ。あんたらの所の女王様って、随分と面倒くさい人だね。まあいいや。監視されるのなら慣れてるし。脳髄の一欠片まで見張ってどうぞっと。リネア、もう出発しちゃって。」

 

「あ…うん。ほらほら、にとりも早く幻想郷救わなきゃいけないからさ…行こ?」

 

半ば無理やり、威嚇を続けるにとりをレイクロクから引き剥がし、リネアの翼で天界へと向かう。

 

後から親しげについてくるレイクロクに、仲間になって良いよなんて言ってないんだけどとジト目で凝視するが、彼に効果はないようだ。




レイクロクが 仲間になりたそうに こちらを みている!

今回は七世界と言うこともあるので、旧作キャラもたくさん出そうと思います。


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冷酷な少女の兵隊

この小説、結構重いかもしれません。


天界など、存在しない。

 

空には雲があり、オゾン層があり、その上には宇宙がある。雲は血などは吸わないが、天界を作りもしない。

 

しかし、この世界は違う。黄金の雲を抜けると、普段なら天使達が飛び交う都市がそこにあった。

 

金色に輝く街の景色、その中心に位置する大天使が住まう神殿。しかし、徴兵を受けている天使が多いのか街を繋ぐ通路に天使の影はなく、神殿を守る天使のガーディアンがいるくらいだ。

 

大天使への守りは固く、まるで天界全ての圧力が大天使の側近に固まっているようだ。リネアに誘われ大天使の所へ向かおうとすると、天使のガーディアンが行く手を阻む。

 

「待った。ここから先は通さない。」

 

「なんで?私の招待客なのにダメなの?」

 

「ダメ。別にリネアが通るのは自由だよ。でも、人間なんか通す訳にいかないよ。どうしてもなら、私達を倒してから進みな。まあその時は、リネアが堕天したってみんなに知らせるけどね。」

 

「は!?何で私が堕天したことになるのさ。そんなのフライの勝手な戯言じゃん!じゃあどうすればいいの?」

 

「だから、通っちゃダメだって。」

 

「………。」

 

リネアと、門番の天使であるフライが揉めていると、辺りの天使が何事かと集まってきた。

 

戦わずして勝つ。元々フライという少女は戦う気などない。彼女を上手いこと言いくるめるのに慣れているんだ。そんな気がする。

 

とにかく、このままではラチがあかないので私が間に入る。というか、元々頼んだのは私だ。私が出ないで誰が出るのだろう。

 

「…あなたは?」

 

「宇佐見蓮子。ごめんなさい、彼女に頼んだのは私なの。私達は今怪物探しをしていて、その怪物を探さなきゃ、私達の世界に災いが起きるかもしれない。それで彼女に聞いたら、大天使様のところへ行けば何か知っているかもって…」

 

私が釈明し始めると、彼女は私達に、下等生物がと言わんばかりの冷酷な眼差しを向けた。冷たい眼を前にして恐れをなしそうになるが、そんな眼は浴びせられ飽きているはずだ。勇気を振り絞り、話を続ける。

 

「私が神殿へ入れぬのなら、あなた達が聞いてきてください。答えが得られれば、私達はそれで帰ります。」

 

「…何?つまり、人間の分際で私に命令しようって言うの?死にたいの?」

 

フライは氷のような冷たい瞳で、私を睨みつける。彼女は見ての通り、人間と天使で随分と態度が違う。天使にとって人間など、そんな哀れみの眼で見られるような存在でしかないことはよく分かった。

 

でも、引き下がるわけにはいけない。これもにとり達のため。彼女の故郷の終末など、黙って見過ごす訳にはいかない。その為にはなんとしても、大天使に会わねばならない。

 

「…もういい。私一人で交渉してくる。大天使様が良いと言えば、フライも納得するでしょ?最悪、怪物のことだけでも聞いてくるよ。」

 

リネアが私達にちょっと待っていてと城内へ足を運ぶと、フライは必死になって彼女を止めた。

 

「…何?リネアはあんな下等の連中の言うこと聞くわけ!?あなた、人間達が何をしてきたか知ってるの!?同族を殺してまで紙きれを集めて、その紙きれ一つで何もかもを捨てちゃうような連中だよ!?」

 

フライは凄い形相をしていた。天使とは思えぬ彼女の怒り、それは私達にもひしひしと伝わってくる。

 

リネアは彼女が後に吐く人間に対する罵倒を、ひたすら黙って聞き続ける。天使に対する人間のイメージはどれもこれも図星すぎて心が痛くなってくる。

 

そして最後に彼女は、そんな愚行をしてきた人間を信じるなど、堕天などの方がよほど潔癖であると吐き捨て、もう勝手にすればと涙を流す。

 

なんとなく、私が悪いことをしているような気になる。私も、あまり無理をしてまで人から物を聞くのは好きではないので、大人しく引き下がることにする。

 

「…もう良いよ。」

 

「え?」

 

「だから、もう良いって。別に拷問してる訳じゃないし。もう行こ。」

 

フライに背を向け、天界への出口へと向かう。なんか門前払いにされちゃったねと言うスミの声に、彼女達には彼女達の都合があるのだから、つべこべ言わないと注意する。

 

リネアも、なんだか悪かったねと私に笑いかけてきた。

 

「なんかさ…天使って、あんな奴らばっかなんだよ。人間と悪魔が大嫌いで、頭も固いしさ。ほら、私もそうだったでしょ?」

 

「うん、そうだね。」

 

天使と言えば、誰にでも笑顔で優しいと言うのは人間の空虚な妄想にすぎないらしい。リネア曰く、彼女やフライは「キューピッド」と言う狙撃隊らしく、扉の奥の大天使達に仕えているらしい。

 

スミが、人間の会社で言う上司と部下だねとどきつい言葉をぶつけてきて、とても気が悪くなる。レイクロクは、魔界兵の二等兵と中尉くらいの違いかな?と似たようなことを言ってくるが、そちらはあまり気にならないのは、多分リアリティの違いだろう。

 

「…ま、待って!待ちなさい!」

 

私達が天界の門をくぐり、天界から地上へ降りようとすると、フライは私達を呼び止めた。

 

「解った!通せば、通せば良いのでしょう!それで満足したら、さっさと帰ってくださいね!」

 

「いや、別にいいよ。リネアを堕天させたくもないし。」

 

「もういいんです!そんな親友を売るような真似、できるわけないでしょう!?」

 

天使は、とんでもないツンデレ集団のようだ。こんな天使に恨まれる人間が普段何をしているかは、恐らく見ての通りだろう。

 

彼女が塞いでいた先は、限りない白が埋め尽くす美しい空間になっており、彼女らには失礼だが、リネアやフライの何倍も美しい羽根を生やした天使が玉座に座っていた。

 

天使が放つ、暖かい瞳。その美しい表情は私達への許諾。リネアやフライの認めた人間ならばというような許しの瞳。

 

しかし、私達が置いてきた世界ではそんな瞳を許さぬ少女の冷え切った眼差しが辺りを包んでいた。

 

「…あなたは食べても良い人類、ですか。逆に聞きましょう。あなたは殺しても良い妖怪ですか?」

 

夜の闇が辺りを包む、神々の愛する世界。夜の温度すらも冷やす鋭い瞳に、赤く幼気な瞳が冷える。

 

その瞳の主の胸ぐらを掴む、冷たい瞳の主。ルイズの目は私を拘束したときと同じ色に染まっていた。

 

「ごめんなさい、私が悪かったから…こんなに強いなんて…」

 

「飛んで火に入る夏の虫、ですね。あなたはさぞ幸せな人生を送ってきたのでしょう。戦い方が甘すぎます。」

 

冷えた眼に冷まされる紅の眼には、一筋の涙が流れる。先ほど排除しにきた妹紅という妖怪の方がよっぽどマシと吐き、冷たい瞳のままで彼女を睨みつける。

 

「も…妹紅を倒したの?じゃあ、妹紅は…」

 

「殺しちゃいませんよ。と言うか、不老不死のバリアで守られた彼女の命を奪うなど不可能に近いことです。気を失わせただけですよ。さて…そろそろ本題に入りましょうか。あなたは、この世界に蠢く影を…人造の妖怪のことを知っていますか?」

 

彼女の胸ぐらを引き寄せ、逆らえば殺すと言わんばかりの冷たい声を彼女に浴びせる。月は強く輝き、彼女に迫り来る闇を塞ごうと必死になるように光る。

 

彼女は殺されるかもしれない、と言う淡い絶望を秘めながら、必死に口を動かす。

 

「人造の…妖怪なんて知らないわ。そもそも…この世界の人間にそんな技術はない。紫さんなら知ってるかも…あと、そういえば寺子屋でけーね先生が…幻想郷が外の世界から完全に切り離されると危険だから、そんな予兆を見つけたら教えてって…」

 

彼女のライフラインになる証言。その一言を前に、冷たい瞳はさらに赤い瞳に氷を溢れんばかりに注ぐ。彼女の赤い瞳は氷が溶けて水かさが増し、とうとう外に漏れ出した。

 

終いには、本当だってと嗚咽交じりの声を混ぜ、彼女は妖怪にあるまじき醜態を見せる。そんな彼女を前にして、ルイズは一つの古い思い出を追憶する。

 

瓦屋根の家が建ち並ぶ住宅街、街の雑踏と、駅から聞こえる汽車の汽笛。彼女は女学校の帰り道、これからの時間に希望を抱いていた。

 

母親には、帰りに人参とトマトを買ってくるように言われ、ついでに好きな物を買って良いと、少しばかりお小遣いを貰った。

 

彼女はそのお小遣いで、帰りに駄菓子屋にでも寄り道しようと思っていた。明日にはトウキョウへ旅行に行く予定であった。

 

しかし、その次の日に悲劇は起こる。彼女の旅路は一瞬で血祭りへの参道と化した。

 

血の装束を身につけた殺し屋。台詞は、ついでだからお前も殺す。その声の元、彼女は女学校の制服を血で染めた。

 

彼女は、まるで自分が殺し屋のそれをしているように錯覚し、彼女の手を放す。普段は息を吸うように冷酷に処刑を行う彼女であったが、この瞬間だけは違った。

 

「そんな話、妹紅という妖怪からも聞きました…くだらない。妹紅とあなたの話を聞いている限りでは、その紫という女も信用に欠けます…やはり、人造の妖怪はもう幻想郷にはいませんか。もう一つだけ聞きましょう。メトロポリスと魔界以外で、幻想郷と関わった異世界は知っていますか?それを答えれば、神綺様の命令なくしてあなたを殺すようなことはしません。」

 

妖怪、ルーミアは怯えながら、彼女を優しく照らす月に手を伸ばす。ルイズはそれを見て、ルーミアの胸ぐらから手を放す。胸ぐらを押さえて過呼吸になる彼女を差し置き、ルイズはわかりましたと呟き、腕時計を使って幻想郷から離脱した。

 

幻想郷の綺麗な夜空には、黒い雲がゆっくりと、しかし確実に近づいていた。



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最凶覚追憶

この真面目な死神さんは、小町見たら怒りそう。


人造の怪物は、この世界には存在しない。というか、そんなものは長らく生きてきたが見ていない。居るとすれば私の管轄が及ばぬ地獄か。だがその確率は低い。

 

大天使はそう言い切り、私達は天界を後にした。レイクロクの居なくなった地上では、再び悪魔と天使が戦争を始めている。リネアが流れ弾を受けて、また昨日のようにならぬように守りながら、開戦中でゲートが開いている地獄へと向かう。

 

「なんだお前たちは、死んでから来い。天使など論外だ。」

 

地獄に広がる黒い海。それを抜けて地獄へ行くには、この舟守を納得させるしかない。舟守は暇そうにタバコを吸いながら、私達が何も言っていないのにその内容を見抜き、それを断った。

 

「なんでよ!小町は通してくれるよ!?」

 

にとりは当たり前のように舟守の死神に突っ掛かり、知り合いの死神の名前をあげる。しかし彼は首を縦には振らず、異世界の死神など知らぬとそれを拒む。

 

にとりは引き下がり、それじゃあこの世界の悪魔達がどうりで馬鹿なわけだと拗ねる。しかし、そこで私は彼女とは全く違う思考に切り替えた。

 

彼は今、異世界の死神という言葉を口にした。ということは、彼は異世界を知っている。というか極端な話、彼が人造の妖怪について知っていればWIN-WINじゃないか。そう思い、率直に彼に聞いてみた。

 

「あの…すみません。今、あなた異世界の死神って…」

 

「ああ、それがどうかしたか?」

 

「つまり、あなたは異世界があることを知っている。異世界に行ったことがあるということですか?よろしければ、人間が造った怪物のことについて何か…」

 

「ない。だが、異世界があることくらいは知ってるさ。地獄も他世界の一つみたいなものだからね。だがあんまり期待しないほうがいい。俺が会った異世界の連中は、古明地鬱夜一人だけだ。あいつは怪物の息子、人造の怪物なんかじゃねえよ。」

 

「そうですか…え!?古明地!?」

 

私はまた別の内容で驚き、不意に鼓石の方を向く。今度はスミやメリーも同じことを考えたのか、彼女の姿を見つめる。

 

古明地。ということは、まさか彼女の家族がこの地獄へ来たということなのだろうか。となると、もしかしたらこの先か、この死神に鼓石に関する何かがあるかもしれない。私は期待して、鼓石を前に出し、死神と向かいあわせる。

 

「おう、何だ。騒がしい連中だな。まあ確かにお前さん、鬱夜そっくりだ。妹か?」

 

「ううん、人違いだと思う。私、ずっとお姉ちゃんと二人で暮らしているから…」

 

マジか。確かに鬱夜って名前で女は無いわな。私はがっかりして、それならリネアを天界に送り届け、もう次の世界に行こうかとメリーに目配せした。

 

しかし、死神は物珍しげな顔をして鼓石を見ていた。

 

「はは、そうかい。正直なお嬢ちゃんだ。しかしお前さんはそう言うが、やはり鬱夜と何か関係がありそうだな。それに…青い髪のお前さんは、鬱夜に関する何かを知ってるんだろう?」

 

死神の問いかけに、にとりは首を縦に振る。彼女はゆっくりと口を開き、幻想郷に起きた一つの異変。そして、鼓石にそっくりな少女の話をした。

 

その少女、古明地こいしは鬱夜と言う青年の妹であるらしく、彼女の能力は、目にした人間が自称する「程度の能力」の全てを封じるというもの。彼女は「覚妖怪」という種類の妖怪であり、その力は底知れぬ禁忌の零の力。覚妖怪のサードアイを封じたものにしか使えぬ力。その能力は兄も持っており、そのせいで幻想郷は一度壊滅の危機に至ったらしい。

 

「最凶覚異変」に似ている。というか、恐らくそれだろう。しかし彼女は、鼓石とこいしが似ている理由までは知らなかった。

 

「はは、久しぶりに面白いものを見た。良いよ、乗りな。光届かぬ地獄の奥底を見せてやる。」

 

死神は笑い、私達を舟に乗せた。自分から頼み込んでおいてあれだが、この黒い海の中を突き進んでいると、本当に自分が死んでしまったように思えてくる。

 

私は、ひょっとすると死ねば地獄の底に落ちて、二度と地上へは帰れないのかもしれない。針山に突き落とされ、血の池で身を清め、そんな死後かもしれない。

 

「どうした、怖気付いたか?」

 

「…冗談でしょ。」

 

「そうか、気をつけな。お前達…特に天使のお前。悪魔につけられてるからな!」

 

死神が、急に舟の速度を上げた。それと時を同じくして、何本もの黒煙を帯びた矢が、舟目掛けて背後から放たれる。

 

背後には、地獄への旅路を閉ざさんとする一人の悪魔が矢を射ていた。彼の放つ矢は私達を乗せた背後に迫り、黒い海に沈む矢は水をわずかに蒸発させる。

 

どうして、悪魔は今は天使達と交戦中なはずなのに!?その答えはリネアにあった。彼の名前はダルアと言って、彼の兄を自分が殺めたとリネアは語った。

 

恐らく、それでリネアのことをずっとつけていたのだろう。彼の眼は復讐の炎に包まれ、彼の瞳すら焼き尽くすほどであった。

 

「…死神さん。このままだと危ないから、舟を少し止めてくれないか?」

 

レイクロクが、舟の末尾に立つ。死神は彼の発言に少しばかり動揺したが、しばらくすると彼は舟のスピードを落とし、解ったよと舟を止めた。

 

「ほう、往生際の良い奴だ。この俺様に殺される覚悟ができたか。」

 

ダルアは笑いながら、彼に矢を向ける。恐らく、確実にこの距離ならば仕留められると目論んだのであろう。

 

しかし、彼はその程度で止められる相手ではない。彼が射る矢をひたすら見つめ、攻撃の隙を伺う。

 

「射ってみなよ。どうせ、君に僕は倒せないからね。」

 

「ほざけ!」

 

ダルアは、ついに痺れを切らして黒煙の上がる矢を放つ。しかし、その矢は彼には当たらない。いや、正確には彼は矢が彼を刺す前に腕ずくでそれをへし折っている。

 

あまりの素早さに、ダルアは驚いて周囲を見渡す。しかし、そこに彼の姿はない。彼はダルアのすぐ背後に忍び寄り、彼を背後からナイフで一刺し。ダルアは悲鳴をあげて、不意に振り返る。

 

「お前…一体!?」

 

「ふうん。君の主人は、まともな戦い方も教えてくれないんだ。そんな無能に仕えてて楽しい?僕だったら耐えきれないけど。あ、僕?しがない帽子屋さ。ワンダーシティに店があるんだ。最近は休業してるけどね。」

 

「…くっ!」

 

ダルアは嘘だ、という顔をして振り返り、彼に一撃を喰らわせようと矢を手に持ち、彼に振り下ろす。しかし、その隙を彼が見逃すはずがない。

 

彼はその隙に舟に戻り、先ほどのダルアとは比べ物にならないほど強力な光線で出来た弓を出現させる。

 

「さて。アーチャー同士、勝負しようか。こう見えても僕、軍の弓試験では落ちたことがないんだ。」

 

「軍!?帽子屋ではないのか!?…まあいい。貴様と俺では弓の才が違うことを証明してやる!」

 

…ダルアは恐らく負ける。私でも分かる。弓の使い手が違いすぎるのが見え見えだ。

 

両者が共に、弓に全てを賭けるその刹那。私は彼に宿る儚げな表情をみた。

 

しかしそんな中で、今やらねばいつ殺られるかも解らぬと言う私も心中にいる。その私こそ、ずっと暗い闇の中で暮らしてきた私。

 

黒く塗りつぶされた牢獄。シャバの光を遮る黒い鉄格子。あの頃の私が、害をなす奴の命など殺してしまえと心臓を縛る。

 

「やめ……」

 

「…おい、そろそろ黙れ。」

 

ダメだ、声が届かない。私はひたすらに声を押し出そうとするが、腹の痛みがそれを許さない。そんな中、リネアはレイクロクの首元にナイフを向けた。

 

アングル的に、彼女の表情は見えない。しかし、彼女は明らかに先ほどとは違う顔をしているような気がした。

 

「…ん?でもさあ、向こうだってその気だし、今仕留めなきゃこっちが殺られちゃうよ?ね?」

 

彼の問いかけに、ダルアは冷や汗を流しながらも、嫌々首を縦にふる。しかし、リネアはその一瞬を見逃さない。すぐに、彼の釘穴に釘を刺す。

 

「ダルア、お前今怯えただろ?」

 

「なっ……そんなこと…!」

 

「お前に俺は倒せねえ。こいつなんかもっとだ。恐らく、俺たちの何倍も血の滲むような鍛錬をしている。お前はそれに気づいてるはずだ。勝ち目のない相手とは戦わない、それが俺ら天界兵や、お前らスカーレット家の掟なはずだが?」

 

「………。」

 

「分かったら、別に殺しゃあしねえからさっさと矢をおさめろ。命乞いなんてお前らしくねえ。お前の相手は、世界を救った後にでもしてやる。こちとら世界を救う英雄様を連れてんだ。」

 

「…世界を、救う?」

 

「ああ、そこにいるスーツ姿の女がそれだ。細かいことは、ネカクルスと一緒に聞きな。」

 

来い、道案内しろ。リネアはダルアを睨みつけ、指先で彼に指図した。

 

世界を救う、英雄?彼はそんな訳も解らぬ話を聞き混乱するが、先ほど感じた耐え難い心臓の鼓動が屈辱で仕方ない彼は、できればここで天使を許したことにし、彼らの用事を済ませる為に同行したとすれば、怯えて逃げるか死ぬよりどれほど心理的にも楽かと言うことを直感した。

 

そして、彼女がダメ押しで話した一言は、彼との一時的な和解だけではなく、私達すら驚かす一言となる。

 

「大天使様から聞いたの。事情は複雑になっているだろうけど、いかなることがあろうと、幻想郷の異世界化を進めてはならない。でなければ…全ての世界の中の一つが無作為に選ばれ、その世界は天変地異を起こすってね!」



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鼓石も見えぬ地獄の旅路

舟は、私達にダルアを加えてどこまでも堕ちて行く。そんな中、メトロポリスの人民服を着た少女は一人夢の中へ沈んでいた。

 

「鼓石、それがあなたの名前。一緒にいろんな世界を見に行きましょう?」

 

彼女の眠る液体の中で、一人優しい微笑みを浮かべる桃髪の少女。少女は今の鼓石と同じメトロポリスの人民服を羽織り、また彼女の細胞一つ一つをかたどるDNAの発生装置を抱いていた。

 

鼓石は夢の中でも夢を見ていた。夢の補正のような何かで、彼女の「姉」は見えているが、また傍らで夢の中の少女の見せる世界もはっきりと映っている。

 

遥か昔に実際に起きた、しかし今この時のように感じる映像の数々。人間達は互いに互いを殺し合い、気がつけば、周りにいる人間は皆同じ服を着ている。

 

服は個性の形であり、それこそが人間の生きる道。でも何故だか、いつしかそれは余計なものと吐き捨てられるようになった。

 

涙などいらない。命乞いをしている暇があったら爆弾を落とせ。まるですぐそばに居るように聞こえるその声は嘘か誠か。

 

世界はいつからか、世の中を正義と悪に分け、自らの考えの外なる人間は悪と呼び、幼き頃からそのように「洗脳」される。

 

悪に慈悲などない。例えいかなる理由があろうと、いかなる悲劇や理由があろうと、そんなものは悪人のその場しのぎと命を殺める。偽善者気取りのスーパーヒーローの戯言こそ、人々を動かす最強の闇。そうとも知らぬ子供達は、無邪気にそれを支持し、互いを洗脳しあう。

 

はみ出し者は、潰される。

 

夢の中で鼓石の隣に現れた少女は、大体そのようなことを、目の前の残酷な惨状に付け加えた。

 

「…違う。」

 

「違わないよ。人間なんてそんなもん。自分の信じた、いや、大多数の人が抱いた正義を信じて疑わないんだ。」

 

「…違う!そんなこと無い!まだ私は生まれてないけど、人間ってのは暖かくて、みんなが笑顔になる術を必死に探す生き物でもあるんだよ!」

 

「はは、おかしなこというね。生まれてもいないのに解るの?私は生まれて、三百年の間ずっと見てきた。一人の天邪鬼を殺そうと血眼になる正義のスーパーヒーロー達に、それを賞賛する人の目。私のお兄ちゃんだって、そんな正義のヒーローに殺されかけた。ここだけじゃないよ。外の世界にだって、そんな物語や現実が溢れかえってるんだ。」

 

「そんなこと…無い…」

 

まだ生まれていない彼女は、名前も知らない少女の発言に反論したくてもできなかった。少女はただ屈辱で、彼女の方を見た。そこで彼女は驚くべきものを見た。

 

「私と…同じ顔!?」

 

少女は、彼女と同じ顔をしていた。帽子をかぶり、身に纏った青い第三の眼。今度は私の所に来て反論して見せてよ、と少女は彼女の耳を舐め、目の前から姿を消した。

 

それと同時に、彼女は夢の中で目を覚まし、ガラスごしに灰色の服を着た桃髪の少女を見た。

 

彼女はそれから数分して、そんな光景から現実に帰ってきた。

 

「あれ?私、いつの間に…」

 

「疲れが溜まってたんじゃない?流石に長旅は疲れるからね。」

 

ついたよ、と私は寝起きの鼓石に合図する。彼女が見渡す外の景色は、灼熱業火に包まれた世界となっていた。

 

ダイヤモンドのように光る針の山、それは森林のように生いしげり、その間では悪魔達が談笑している。そこを抜ければ、血の激流が流れる川に早変わり。しかもそれは途中で途絶えており、その奈落の下には緑の眼を持つ黒いドラゴン達が飛翔する。

 

「…地獄にしては、ずいぶんと穏やかな場所だね。」

 

現実世界の黒さはこんな上品な物ではない、と言う皮肉を込めて私は呟いた。その声は空中を浮遊する舟に乗り合わせる死神に届いたのか、そりゃそうだろうよ、と死神は正直な声を漏らした。

 

「解ってるじゃないか。そう、現実世界こそ本物のディストピア。お前達罪深き人間が墜ちた最悪の地獄だよ。ここはただの悪魔の巣窟に過ぎねえ。ま、罪悪の籠った霊魂が集う場所には変わりないがね。せいぜいそいつらは記憶を失ってあの蒼目のドラゴンになってるか、悪魔に生まれ変わるって話だ。」

 

「……違う、地上はそんな辛い場所じゃない。」

 

死神の言葉に、鼓石は反応して一言呟く。そんな彼女の言葉に対して、死神は何故そう思うと逆に聞き返した。

 

しかし、その聞き返しに対して彼女は何も話さない。どうしても、生まれる前にサードアイの少女に見せられた映像が脳裏を離れずにしがみつき、彼女はそれを否定しきれないでいた。

 

何の根拠も無しに述べた一言。しかし、明らかに彼女の中にはそれを裏付けることができる人物が一人だけいた。少なくとも、例え世界中の人間の化けの皮が剥がれようが、それだけは私が信じられる。彼女はたった一つの理由を死神に突き付けようと、誰かの方向へ指をさし、一つの人物の名前を「死神」に告げ、彼女はその人物の名に振り向いた「死神」のフードが剥がれた顔に驚く。

 

「俺のことかい?俺はまだ、お前さんと出会って間もないがな。」

 

彼。いや、彼女の素顔に私達は驚き、死神を除く全員が「私」を見る。

 

なんということでしょう。彼女の素顔、私とはまるで鏡に映したかのごとくそっくりであった。

 

「…解ってるぜ、お前が宇佐見蓮子で、こいつが信じてやまないのはお前のこったろ?俺も宇佐美蓮子ってんだ。」

 

「こんなことって…ドッペルゲンガー!?じゃあ、私もうすぐ死…」

 

「ははっ、違えよ。聞けばその娘、鬱夜の妹と同じ姿だそうじゃねえか。たまにあるんだよ。違う世界を生きている人間で、姿形、名前のローマ字表記が全く同じ人間がな。それは異世界の宿命って奴らしい。同じ世界に映る光と影や表裏…お前が表のウサミレンコなら、俺は裏のウサミレンコ。異世界同士が均衡を保ってる証拠だとよ。」

 

さて、そろそろ悪魔の谷に着くぜ。掴まってろよと死神、宇佐美蓮子はフードを私達の元に放り投げ、黒い中世風の服とズボンを纏った素性を明らかにした。

 

悪魔の谷は、緑眼の龍が飛び、悪魔達が天使を討ち滅ぼそうと戦場に出向く。そんな光すら届かない闇の住処に立ち入ると、悪魔達が私達目がけて矢を射ってくる。

 

恐らく、リネアが狙いだろう。彼女の堕天していない純白な羽を打ち消さんとする無数の矢が、舟に降り注ぐ。

 

「ねえ、どうすればいいの!?」

 

「どうするって、ただ殺される訳にはいかないでしょ!」

 

リネアは矢を構え、矢を射ている悪魔のうちの一人を撃ち落とす。やはりここで戦うしかないと覚悟を決め、緑色のオーラから電流を作り出す。

 

「蓮子、お前…超能力者か!」

 

すぐそこは谷の底。死神の驚きを背に、舟から飛び降りて交戦する。私が発電できる電流は、それをオーラに乗せて飛ばすこともできる。

 

オーラは、つる状に伸ばすこともできる。超能力者にしか見えないオーラの鞭に乗せた電流は、悪魔の眼には映らない。悪魔達は気づいた頃には身体の自由を奪われ、地に伏す。

 

「お姉ちゃん!それ、私もできるかな?」

 

「無理無理。これは私が孤独な中で他者を近寄らせない為に構築した狂気の産物。てか、あなたが使ってる所なんかみたくないよ。」

 

「…そっか。」

 

スミは残念そうに私を見て、その後で攻め入る悪魔達を自分達から引き剥がす。私はその場にしゃがみ込み、身体一つ動かさずにつる状のオーラを操り、それに乗せた電流で悪魔を焼き払う。

 

16歳で投獄されて以来は全く使っていなかった力だからか、使い始めは麻痺した手足のように歪な感覚だったオーラ達も、数分いじくると手足のように動かす感覚を思い出した。

 

それだけではない。オーラが触れた物の感触や匂いなどもはっきりと伝わってくる。悪魔の身をえぐる時の肉の硬さや血の匂いは、まるで手で殴ったり、鼻で嗅いだように脳ミソに焼きつく。

 

これでいい。これがオーラ本来の姿だ。オーラは人間が生活する上で、人間の一部となる人類の切り札。極度に他人との接触を嫌った私は、昔からこんな風にして身の回りにオーラをつる状に張り巡らせ、私に近寄る人間を排除してきたんだ。

 

スミがこんな力を使う所なんて、見てしまったら頭がどうにかなってしまう。

 

それからしばらくして、私達は悪魔を振り切って悪魔の城まで走り出す。

 

「…お前、凄いな。俺は今まで、ブラッド・ワールドの超能力者を死ぬほど見てきた。自らの力を神からの贈り物と自負する者、偽善者を名乗る者、占いなどに使う者…だが、お前のオーラには特別な何かを感じる。限りない孤独と苦痛。少なくとも、今の平和ボケたお前からは想像もつかないほどの邪悪さを放っている。今のオーラの鞭だって、並の使い手じゃあ会得できない。お前は一体…?」

 

私を見て、そんなことを呟く悪魔の兵士、ダルア。彼に対して、私は一言だけその答えを教える。

 

「…私、所謂ワケありだから。自分の超能力だって大嫌いだしね。」




菫子「お姉ちゃん!水見式って知ってる!?」

蓮子「スミ、それ違う作品だから。」


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スカーレットの帝王

今回は、シメ+新世界の冒頭なので若干少なめです。すみません。


地獄にある悪魔城の近くでは、悪魔達が待ち構え、矢をこちらに向けていた。

 

先ほどの前衛達とは訳が違う。一人一人が強く、矢の一つが私達の身の全てを焼き尽くさんとする威力を持つ。

 

流石に私では力不足であると踏んだメリーは、私に下がっててと目配せをし、懐からナイフを取り出す。あれは確か、龍也のドラゴンを皆殺しにした鋼鉄のナイフ。いくら悪魔達とはいえ、これに触れればお終いだ。

 

そりゃあいくらなんでもやりすぎだろ!という本心はリネアが代弁してくれた。

 

「…ちょっと待って。奴ら、こっちが話せば争わなくても良いんじゃないかな。」

 

彼女の鋭い眼光にメリーは振り返り、彼女の目をじっと見つめる。普段メリーが物を見る時の冷たい眼。私に対しても決して微笑みを見せない彼女の眼は、見つめていると凍え死んでしまいそうになる。

 

「そう。天使ってのは、随分おめでたいやつらね。」

 

メリーは彼女の言葉に冷たく嘲笑い、死神の舟を降りて悪魔の軍勢へ飛び込む。悪魔達は彼女に矢を放つが、彼女のペンギンのように素早い動きを前にして、矢は一つも当たらない。

 

悪魔達はついに列をなし、集団で一つの矢を作り出し、メリーに向かってそれを放つ。

 

《禁忌「パラレル・ザ・グングニル」》

 

血のように赤いその矢は、避け続けるメリーの素早い動きにあわせて追跡し、彼女を捕らえまいとする。しかし、メリーがその矢に向かってナイフを投げると、その矢は真っ二つに折れた。

 

唖然とする悪魔達。悪魔達はさらなる攻撃をしようとするが、一人の悪魔が彼らとメリーの間に入り、それを止めた。

 

一人の悪魔の登場に、ざわつく悪魔達。その悪魔を前にして、側にいるダルアも不意に膝を折る。死神はその悪魔を前にして、おいでなさったかとフードに身を隠す。

 

「…誰?あなたが、こいつらの親玉?」

 

メリーは彼に対して、喧嘩を売るような様子で彼を睨みつける。しかし、彼はそれに応じずにメリーに静かに話しかける。

 

「そうだ。俺は悪魔達の総帥、ネカクルス・スカーレット。どうやら蓮子の様子を見る限りでは、俺たちは客人を敵と勘違いしてしまったようだ。」

 

彼の釈明に対し、死神はお前ならそうすると思ったよ、と呆れて唾を吐く。彼女の反応から察するに、彼は相当タチの悪い性格らしい。彼はその後、私たちにここへ来た理由を聞いた。私は別に話さない理由もなく、むしろこちらがその説について聞きたいことがあるので、何一つ隠さずに話した。

 

私達が人造の怪物について調べていること、その怪物が幻想郷を異世界化すれば、限りないほどのデメリットが幻想郷を襲うこと。そして…

 

「新たな異世界ができれば、既存の異世界のいずれかが天変地異を起こします。こうなっては、悪魔だの天使だのは関係ないでしょう。」

 

リネアの付け加えに対し、ネカクルスはニコッと笑い、そんなことは知っているさと彼女を払いのけ、私達の事情に関してはこれまた厄介だなとため息をついた。

 

「残念ながら、そんな奴のことは知らん。あるとしたらメトロポリスか月の連中だな。」

 

「月…?メトロポリスは分かりますけど…」

 

彼が発した「月」というワードに対し、私は訳がわからず困惑する。しかし、にとりはそれに反応し、なるほどと何かを考え出した。

 

私が月についての詳細を求めると、彼は月に関しては奴の方が説明上手だろうとにとりを指差す。

 

彼女に注目が集まる。レイクロクは知っているけど良いや、と言ったような表情で目線を逸らすが、それが全くフォローになっていないような眼光が彼女を刺す。

 

「え?いや、細かいことは知らないよ…ただ、あいつらの世界は地上に比べて文明が発達していて、不死の薬もあるとか…それだけだよ!具体的なことは知らない!」

 

なんだ、つまらないの。そんな空気が一同に流れる。期待させてごめんなさいと彼女は哀しげな顔を見せ、もうこんな場所からは出て、月へ行こうとにとりは私に呟く。

 

まあ確かに、本当に知りたいのならば月へ行けば良いだけのこと。私はダルアを降ろして一同を連れ、死神に元の場所に帰してもらうように伝えた。

 

しかし、一瞬だけとリネアが帰路を塞いだ。彼女は私達を止めた後で、ネカクルスの前に立つ。

 

「…人造の怪物を殺めたら、今度は覚悟しなさいよ。」

 

リネアの言葉に対し、ネカクルスは彼女の首を掴み持ち上げ、彼女を自分の元に近づける。一瞬私は彼女の身の危険を案じて助太刀しようとしたが、レイクロクは彼にそのつもりはないと私を止める。

 

「解った。じゃあ、俺たちが殺すまでは誰にもその首はやるなよ。」

 

彼は一言彼女に耳打ちして、彼女の首を放した。顔を赤らめながら帰る彼女に対して、戦場の絆だねとレイクロクが返すと、堕天なんかする訳ないでしょと彼女は恥ずかしさを爆発させながら怒鳴った。

 

私達が去り、完全に見えなくなった悪魔城。ネカクルスは一人翼を広げ、誰かと交信していた。

 

「ネオティスア、俺だ。ちょっと事情が変わった。ああ。ネクロの馬鹿どもや、ツラも見せねえライテアルも連れて行け。キサラギで一発やるぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私達はおよそ1日ぶりに外に出た。外はもう朝の6時で、鳥達が朝の訪れを予感させていた。

 

「リネア、本当に良いの?」

 

「うん。あの調子なら、スカーレットの悪魔達もしばらく攻めてこないだろうしね。あの後大天使様に、どこまでも人間に尽くしてあげなさいって言われたもの。」

 

「…そっか。まあ、仲間は多いほうが良いしね。」

 

メリーが指を鳴らすと、私達の下に透明な結界が現れ、私達を次の世界へと誘う。いくつもの透明な世界の隙間、その末に現れる新たな世界。

 

気持ち悪い、とリネア。私はそれに対して我慢しなさいと呟く。そんなやり取りをする暇もなく、抜けた世界には平安時代のような世界が待ち受けていた。

 

溢れんばかりの桜。街には和服を着た人々が行き交い、遥か彼方には帝の城のような住居が立ち並ぶ。

 

中世ヨーロッパのような雰囲気が漂うブラッド・ワールドとはかけ離れた世界観。戸惑う私達を差し置いて、あの人は慣れた手つきで住民から情報を収集し、すっかりこの世界、「イナバ」に身を委ねていた。

 

「さて、まあこんなものですか。幻想郷よりは満足できそうですね。」

 

彼女は着ていた軍服はさっさと宿の一室にしまい、紫色の着物に身を包む。彼女はこの世界に何かがあると確信し、月の戦士達のリーダー、綿月依姫と対峙する。

 

彼女は月の戦士の証である桃色の着物に身を包み、彼女がこの世界の民ではないと確信して刀を抜く。

 

「これはまた、綺麗な軍服ですね。」

 

「そう?私は動き辛くて嫌いだから、ほとんど着ないのだけれど…あんた、何者?ただの人間じゃない。私があなたのことをつけてたこと、ずっと気づいてたね。どっかの世界の兵隊っぽいけど…」

 

「あら、何のことですか?では通用しないみたいですね。教えましょう。私は魔界の女王様に仕える兵隊です。」

 

「魔界、ね。国民皆兵の世界だってことだけは知ってるわ。信じられないわね。戦いたくない奴も、無理やり戦わせるのでしょう?」

 

彼女は、信じられないという怒りの眼差しで彼女を見つめる。それぞれが抱く正義、その精神の激突は、私達に無関係とは言い難いこととなる。




次回から月編です。


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月世界編
月の武士達


月の世界、イナバ。街は古き良き時代を思い出させる平安の世界。門を挟んだ向こう側には帝が住まい、手前では住民達が兵士の監視の下暮らしている。

 

街の監視はとても厳しく、私達はこの世界に着てすぐに、月の兵士達に囲まれてしまった。月の兵士達は桃色の服を身につけ、二つの刀を見につける。しかし、それだけではない。

 

彼ら、相当強い。天使や悪魔も相当な強さであったが、こちらはその比ではない。恐らく、こちらの腕では歯が立たないだろう。

 

その桃色の軍勢の中で、リーダー格らしい少女が前に立つ。薄い紫色の髪の美少女はその軍勢とは違い、白いワイシャツの上に赤い服を着ている。

 

「おとなしく投降なさい。そうすれば、命までは取らずにおいてあげる。しかし、あくまで抵抗するというのなら…!」

 

少女が右手を前に差し出すと、桃色の兵隊は一斉に刀に手をかけた。まだ私達は何も話していないのに、この気迫。明らかに選択を誤れば殺される。命は取らないとは言っているが、恐らく後で強制切腹かここで死ぬかの違いだろう。

 

「答えは…これよ!」

 

選択の余地などない。私はオーラを見にまとい、オーラの鞭で兵隊達を感電させる。しかし兵隊達はとても強く、体制を一時崩すだけですぐに立ち上がる。

 

怯むなという少女の発言に対応し、兵隊はすぐさま攻撃を仕掛ける。だが、少女も刀の使い手。こちらにも刀の使い手はいる。

 

にとりは彼女の一瞬の焦りに乗じ、彼女に一太刀を浴びせ、少女もそれに反応し、にとりを斬り返す。

 

「へえ、少しは刀の心得があるようね。」

 

「悪いけど、月の連中なんかには負けないよ!」

 

にとりも中々の腕だが、彼女の刀の腕も柔ではない。彼女とのつばぜり合いの末に、にとりは右肩を少しばかり刀で抉られる。

 

まるで兎のように素早く、刀も彼女の身体の一部であるかのように立ち振る舞う剣術は、見るものを圧倒させる。受け止めるのではなく、受け流す。彼女の刀はにとりの刀の一撃を受け流し、一撃を食らわそうとその心臓を狙う。

 

しかし、今日は上弦の月。零にも無限にも染まらぬ戦場の光。こんな所でにとりが殺られる訳がない。彼女はその刀に水を込め、得意のスペルを放とうとする。

 

「あっ………!」

 

ところが、不意に彼女は一人の月の兵隊を見つけて止まり、その隙に彼女の一撃を見に受ける。

 

これは彼女も予想外であったのか、不意打ちをしないことが彼女の武士道であるのかは解らないが、彼女はにとりにトドメを刺さずに立ち止まった。

 

できればこの隙に少女は私達が倒してしまいたいが、こちらは月の兵隊達から身を守ることで精いっぱいだ。

 

彼女のそれに反応したのか、紫色の髪を持った兵隊の一人はにとりから目をそらし、隙ありと言わんばかりに私の元へ斬りかかり、私のオーラの鞭を刀で引き裂く。

 

「…その命、頂戴します!」

 

「ちょっと待ちなさいよ!あなた、にとりの知り合いなのでしょう!?」

 

「知りませんね!私は優曇華院の鈴仙!帝に仕えしイナバの尖兵!」

 

彼女は超能力の鞭をもろともせず、スミの懐に忍び込む。スミは覚悟を決めて桃色のオーラを放ち、彼女の刀を、オーラで強化した腕で受け止め、隠し玉のレーザー銃を懐から引き抜き、彼女に放つ。

 

しかし、そんな小手先の攻撃が通じる相手ではない。レーザー銃を半身で避けた彼女の向こう側にレーザーは外れ、スミはオーラで電撃を発し、それをいくつもの虫のような飛来物に変えて彼女にぶつける。

 

「魔虫、ライトニング・インセクト!」

 

標的は小さく、ひゅんひゅん飛び回る。しかも、それはスミの身体の一部同然なので、彼女が自由に動かすことができる。鈴仙はその虫を探して斬ろうとするが、中々小さな標的には当たらず、また運良く切ることができても、それを刃の先端に合わせて分裂させることもできるので、虫は無敵の生命体となる。

 

もちろん、一発当たりのダメージは雀の涙。だが、それを何百発も受ければ彼女も流石に立てはしないだろう。しかも、タチの悪いことに超能力者でない人間は姿すら見ることも叶わない。超能力者ならば誰でもできるような幼稚な攻撃だが、十分すぎるほどの殺傷能力を持つ攻撃。

 

しかし、確実に追い詰めたと思われた鈴仙は、他の月の兵隊が持ち得ないもう一つの武器を取り出す。イナバの世界とは似ても似つかぬその武器に、スミは目を疑う。

 

「それって…そんな馬鹿な!?」

 

「そう、銃を使えるのはあなただけでは無いのよ!あんまり使うと、依姫様に叱られてしまいますがね!」

 

彼女が魔力の壁から取り出したのは、清楚な桃色の制服とはかけ離れた黒い拳銃。彼女は慣れた手つきで拳銃の引き金を引き、スミのオーラの虫を全て撃ち落とす。撃たれた虫への苦痛は全てスミに跳ね返り、彼女は吐血してその場に倒れる。

 

「やっぱり…永遠亭の鈴仙!どうしてここに居るの!?」

 

にとりが再び少女、依姫の剣技に押される中、彼女は再び鈴仙に視線を向ける。すると依姫は、よそ見はいけませんよとにとりを峰打ちし、彼女の意識を奪う。

 

予想はしていたが、やはり私達では力不足。このまま全員が戦っていれば、もう皆殺されてしまう。

 

惜しいが、残れるメンバーと逃げるメンバーに分かれた方が良い。一度息のあるメリー達は、メリーの結界の中に避難した方が良い。

 

だが、そんなことはすでに頭の回転が早いメリーは気づいていた。すでに私が後ろを振り向くと、鼓石やレイクロク、それにメリーの姿はなく、リネアだけが一人で月の兵隊の相手をしていた。

 

「リネア!どうしてメリー達と逃げなかったの!?」

 

「逃げるなんてできるものですか!そんな腰抜けばかりならば、みんなまとめて私が倒して…」

 

後ろから一撃。リネアは鈴仙に背中を刺されて気を失う。もう意識があるのはあなた一人ね、と刃を首に向ける依姫は、穢多を見るような眼差しをしていた。

 

「どうする?おとなしくしていれば、打ち首か釜茹でかくらいは選ばせてあげるけれど。」

 

もはやこれまで、他人に自らの命を委ねるのは私の好みでは無いが、これも運命と助けを待つしか無いのだろうか。荒れはてた唇を噛み、他に何かできないかと辺りを見渡す。

 

しかし、そんなことを思う必要はどうやらなかったということはすぐにでもわかった。

 

「…あまり、戦場で敵に要らぬ情けをかけることは感心しないわね。」

 

私が前記のようなことを考えていた一瞬、リネアの声が聞こえた。その直後、彼女は彼女を捕らえていた鈴仙の両腕から逃げ出し、依姫の足を射抜き、寄る兵隊を的確に射抜いて意識を奪い、私達を連れて湧いた軍勢とは反対方向に逃げ出す。

 

奴らを追え、としきりに命じる依姫に対し、だから師匠に未熟と言われるのでは?と鈴仙は彼女にぼやく。そんなやり取りを見ないうちに、私達はすでに月の軍勢が見えないほどの場所に居た。

 

聞けば、やはり鼓石やレイクロクはその案には乗らなかったらしく、結局リネアだけが引き上げて、失敗したらそれはそれとなっていたらしい。故に、今の彼女たちの居場所をリネアは知らない。

 

「まあ、どの道捕らえられたら鉄の処女か鉄の椅子ね。知らない方が気が楽って物よ。」

 

縁起でもないことを平気な顔で話す彼女の前で、私はその様子を想像して吐きそうになる。

 

そっか、そうだよね。捕まったら拷問に決まってるよね。この和風な世界で鉄の処女や鉄の椅子はあり得ないが、江戸時代にも釣り責めや石抱きなどの拷問は存在したので、この世界でもそれはあるかもしれない。

 

捕まれば、ただ死ぬよりも辛い思いをした後に死ぬ。そんな世界で生きてきた、中世の騎士のような彼女にとってはこんなことは日常茶飯事。彼女のいうことや実行する作戦は、例外を除いて従っておいた方が良いのかもしれない。




うどんげ!オンドゥルルラギッダンディスカー!


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地獄に堕ちる菫の花

鈴仙「腕はどんなだルイズ、見せてみろ!」

ルイズ「来いよ鈴仙、怖いのか?銃なんて捨ててかかってこい。」

今回は主にこの二人のドンパチ回です。


どこに居るのか、私は一体どうなったのか。

 

覚えているのは、私が鈴仙さんと戦って負けて、オーラを撃ち抜かれて倒れたところまで。それからは身体に染みついているわずかな姉のオーラの記憶。それによると、私達は上手く月の兵隊から逃げ出せたようだ。

 

それにしても、寒い場所だ。記憶から推測するに、今ならば丁度どこかに匿ってもらっている頃だろう。月にそんな場所があるかは怪しいが、多分身体が揺れを感じないということは、上手く場所を見つけたのだろう。

 

目が開けたら何をしようか。まずは運んでくれたであろう姉に礼を言わねばならない。それとも、平然を装って迷惑をかけない方が良いだろうか。

 

まあ、それは目を開けてから考えよう。

 

「さて、そろそろお目覚めかしら?」

 

しかし、その目が映し出したものは、私の想像していたものとはかけ離れていた。目の前には刀を抱いた少女、私を縛る縄を引く兵隊に、私は青い囚衣に冷や汗を垂らす。それは淡く生ぬるい妄想などバラバラに切り裂く、あまりにも残酷な現実の世界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「てっきり、リネアが運んでくれたと思っていたのに…」

 

場所は月世界の外れ。両手は汗まみれ、もう今から戻っても遅いだろう。私が先ほど他人事と聞いていた地獄の惨状に晒される妹の姿など、想像するだけで吐き気がする。

 

そして、例えスミがこの場にいても、この手汗が収まるはずもない。ひたすらに強靭な月の兵隊だろうと、街まで来れば流石にその管轄から外れるだろう。追ってこないだろう。そう思っていた。

 

甘かった。現実に存在する月の世界は、我々人類が想像した儀来河内のような神の世界ではない。全ての住民を兵隊が補完し、その戒律の外なる人間が現れれば抹殺するという地獄郷。民宿などもなく、決められた戒律の中で生かされる。

 

これが月世界イナバ、竹取物語の真実。夜は桃服の兵隊が徘徊し、許可を得ずに外に出る人々を斬り殺す。深夜の寒さが身にしみ、更にスミへの心配が心拍数を上げ、次第に身体の調子も狂わせる。

 

心配するよりも、今は回復に専念せねば助かる命も助からぬとリネアは私に囁く。しかし、今スミが石抱きの拷問などを受けていたらと思うと、不安で吐き気がする。

 

のどが渇く、腹が減る。力など湧いてくるはずもなく、腹の虫が鳴けばそれが遺言となる。

 

「…野宿はやめたほうが良いです。寝れば、それがこの世で見る最後の光景となりますよ。」

 

不意に背後から、少し懐かしいような声がした。振り向くと、何日かぶりに見た金色の髪と、青く汚れた眼差しがそこにあった。しかし彼女はいつものような緑色の軍服は着ておらず、代わりにどこからか仕入れた紫の着物を羽織っている。

 

「街の外れに、脱法ですが曰く付きの者を相手に宿を営んでいる場所があります。こっちへ。」

 

彼女が何故ここに、そんなことを聞けばもう用済みと殺されてしまうような気もした。疲労がたまっているとはいえ、あれだけの戦闘力を見せたリネアを手刀一発で仕留め、彼女は今はリネアを背負っている。腹の虫が抑えきれず、疲労も限界。私はおとなしく彼女の言う通りにした。

 

彼女は私やにとりには自分で歩けと言って、既にリネアと同じ方法で仕留めた、街の外へ通じる道の門番を背に街を抜け出す。

 

街の外へ出れば、もう兵隊は居ませんと彼女は私に呟き、私達に彼女が野宿しようとしている場所まで案内した。

 

「あれ、宿を取ってるんじゃ…」

 

「服を預かっていただいているだけです。そもそも、敵兵のいるかもしれぬ場所で他人の釜の飯を食い一晩を過ごすなど、自殺行為に過ぎません。敵兵のスパイが毒を持っているかもしれませんし、寝ている間に最期を迎える兵がいる事もしばしばです。蓮子さん、兵士にとって、吸う空気、触る地、命令以外の音声、肉体のシチュエーション、味方兵への余計な感情移入、その全てが敵です。特に味方兵への余計な感情移入は、その兵隊への侮辱です。あなたは少し、目の前のニンゲンを疑った方が良いかもしれません。」

 

「…いや、私もにとりも、兵隊なんかじゃないですよ?」

 

「ふふ、そうでしたね。しかし、明日からあなた達がこの世界で菫子さんを救うために月の兵隊と戦うのならば、私達兵隊と同じ覚悟をしておいても怯え過ぎではないと思い…」

 

ルイズは私とにとりに少しばかりの愛想笑いをしながらそう話す。しかし、その直後すぐに話すことをやめ、後方に拳銃を何発も撃つ。私が何事かと聞いても彼女は答えず、弾切れになるまで拳銃を撃つ。その後しばらくして、ルイズが私達に伏せるよう促す。

 

月の兵隊につけられている。促されたすぐ後で、この竹が敷き詰められた野外にそぐわぬ物凄い銃声が私達の背後で響く。

 

鈴仙だ!私達がそう気づいた後ですぐに、ルイズは銃声のした方向へ銃を放ち、その後で私達の元から離れ、鈴仙の仲間を撃ちに向かう。

 

鈴仙の仲間である月の兵隊が彼女めがけて刀で斬りにかかり、鈴仙がそこに銃で追い打ちにかかる。鈴仙の銃撃の音が聞こえると、彼女はすぐさま物陰に隠れる。その後、銃声が止まないにもかかわらず、的確に月の兵隊の一人を撃ち抜いた。

 

数秒後、すかさず彼女は一人の兵隊を捕らえ、彼を盾にして後ろの二人を撃ち抜く。捕らえた兵隊は地面に投げ捨て、心臓に銃撃を二発。そのまま銃を撃ち、もう三人も仕留める。

 

悔しいが、実戦経験が違いすぎる。彼女が居れば、恐らくスミも連れ去られずに済んだ。いや、レイクロクだって居た。彼が本気を出せば、これくらい何てことはなかった。ならば何故、彼はメリー側に…

 

決まってる。私達は別に月の人達と争いに来たわけではない。私は兵士などではないと先ほど言ったばかりではないか。

 

だが、どうすればいい。スミが居なくなって今はできないが、事実あんな扱いを受けたのだから、別に無理をしてまで聞く必要はないだろう。もう次の世界へ向かった方が良かったのかもしれない。

 

どうすれば、この世界の人達と仲良くなれるのだろうか。仲良くなって、人造の妖怪のことを聞くことができればそれ以上のことはないのに…

 

「…さて、鈴仙さん。お互い残弾もキツイでしょうし、そろそろ普通にお話しさせてはいただけませんか?」

 

ルイズさんの誘いに、鈴仙は拳銃を向けながら、竹林の中から這い出す。大丈夫ですよ、とルイズさんは両手を上げ、彼女はどんどん間合いを詰めて行き、最後には彼女の額に銃口が当たる。

 

「意外ね。素直に殺されるなんて。それとも、処刑されるのがお好き?」

 

「ふふ、実は私、この体制でも避けられますよ?あなたの弾丸。」

 

「まあ…そうね。魔界の兵隊ならできて当然よね。私だってできるわ。」

 

鈴仙は、ルイズから銃口を外すと、今度は撃たないから出てきなさいと私達を呼ぶ。

 

あんな銃撃戦を見せられた後では、逆らう術などない。私達は立ち上がり、彼女の眼を見つめる。

 

「あんまり鈴仙の赤い眼を見つめない方が良いよ…操られるから。」

 

にとりの忠告を聞いて、私は彼女から視線をそらす。そうか、メリーから聞いたことがある。月の兎の瞳は人を狂わすから、絶対にその目を見てはいけないと。

 

「鈴仙…月を手を切ったんじゃなかったの?なんでまた、月の手先なんかに…」

 

「黙りなさい。宇佐見菫子の命が惜しくば、あなた達はおとなしく捕まれば良いの。」

 

話せば話すほど苛立ってくる彼女の冷たい吐く息。にとりは彼女の言葉に顔をしかめて抜刀する。

 

しかし、変に争えば本末転倒になる。私はにとりとの間に割って入り、彼女に自らの思いを伝える。

 

「…鈴仙だっけ?私達は、別にあなた達と争う気などない。私達がこの世界に着た理由は、ただの人探し。男か女かもわからないけれど、そいつがメチャクチャをやれば、この月の都だってどうなるか解らない。」

 

「月の都を守ることは我々の役目。あなた達のような下賎なトウキョウの連中に心配される筋合いはない。解ったら、さっさと両腕を上げて私の縛りやすいようになさい。」

 

彼女の眼は血の色で染まり、冷ややかな目線と吐く言葉はまるで冷凍庫で冷え切ったトマトジュースのよう。その月の危険は拷問部屋ででも聞きますと氷の礫を更に投げつけるように私に話し、私の心を更に圧迫する。

 

そして、命すら弄ぶもう一つのディストピアにも、ただひたすらに救いを求める少女が存在した。

 

星がきらめく世界、月世界とはまるで異なる眩しさ。ネオンが煌めく街の景色などに見とれている暇などなく、少女は素足で街をかける。

 

街には、家に入るためのいくつものエレベーターが存在し、遠くにはビルから伸びる宇宙エレベーターが伸びる。上空には情報を街に発信するためのカメラが飛び交い、いくつもの電子標識が行く道を照らす。

 

「どうかご無事でいてください…悟様!」

 

頬に涙を浮かべながら駆ける赤髪の少女は、白い半袖のシャツを羽織り、白い半ズボンを身につけている。

 

「おい、あの女…」

 

「ああ。間違いねえな。どっかの実験ネズミが抜け出したか。まあいずれにせよ…」

 

街には、何人かの灰色の服を着た人間がおり、彼らは少女の姿を見るなり一つのボタンを押した。

 

少女の前に、いくつものビームサーベルを持ったロボットが現れる。少女はロボットを見るなり引き返し、別の道を進む。

 

「どうしよう…捕まれば、また悟様に迷惑をかけてしまう。でも、このままだったら悟様が…!」

 

少女は唇を噛み締め、電子標識が何個もそびえ立つ街の中を抜けていった。

 

ネオンが眩しい街の空は、もはや意味をなさなくなっていた。




終盤の女の子が本編で出てくるのは結構後です。

追記:
蓮子:「座敷牢」って、和風の牢屋って意味じゃなくて、私用の牢屋って意味なんだね…
鈴仙:ふうん…そうなんだ。

言葉の使い方違ったみたいです。すみません。


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粉々に裂ける蓮の花

スミの不幸は結界の中にまで伝わる。魔界式の、時空を超えてもとばすことのできる軍用無線。無線としての機能の他にも、簡易的なメール機能を持つ。

 

「…ルイズからだ。菫子ちゃんが捕まっただけで、他はルイズがついてるって。」

 

「そう。すぐには殺されないでしょう?持っておけば人質になるでしょうし、仮にも殺していても生きていると嘘をついて交渉しているなどということはあり得ないわ。」

 

「だねえ。超能力者の虫の知らせは凄いからねえ。普通、虫の知らせってのは最期のオーラの破片が飛び散って、その人を思う人に引き寄せられて起こるものだけれど、スミの場合はオーラの総量が多いから、蓮子は確実に気づくはずだからね。」

 

メリーの住む境界は、簡易的な空間となっており、短期間ならば住むことができる。キッチンや風呂などはないが、メリーが生活の必需品を何個かをトウキョウであらかじめストックしてあるので、食料などにも数日は困ることはない。

 

「…お腹すいた。」

 

「カップラーメンと乾パンで良い?」

 

「…うん。」

 

未来都市の人民服にも、空腹を満たす機能はついていないようだ。鼓石はスミ達のことが心配でしばらくはメリー達とも一切口を聞かなかったが、ここにきて初めて口を開く。

 

「…ねえ、お姉ちゃんメリーって言うの?」

 

「そうよ。マエリベリー・ハーン。それが私の名前。」

 

「…勘違いだったら悪いけれど、私、あなたの名前をお姉ちゃんから聞いたかもしれないの。どっかのシステムの開発者の名前で、確か名前は…なんだっけ。」

 

「…知らないわ。きっと蓮子やあなたのように、よく似た誰かが居るのでは?」

 

「…うん、そうだよね。ごめん。」

 

鼓石の無邪気な呟きに、メリーは黙って食料庫を探す。しかし、彼女の心臓は彼女の心情に嘘偽ることなく正直であった。

 

一方私達は、その後野宿して一晩を過ごした。寝る直前にルイズは、二度くらいは寝ている場所が変わっているかもしれないが、その辺りは覚悟せよと言っていた。実際、私達は街の北側で眠っていたが、気がつけば潰えた一つの村にいた。

 

外には、高電圧の柵がかかっている。ルイズは火を起こし、そこで魚を焼いている。村には血の匂いが漂い、かつての村人の物と思われる肉片が転がる。

 

「…小さな村や集落が戦争に巻き込まれると言うことは、あまり珍しいことではありません。私の読んだ小説では、革命を目論む組織が集落を乗っ取ろうとして、かけつけた連合軍の兵士達と戦争になっていましたしね。」

 

「うん。でもこれは…」

 

「はい。戦争の犠牲というよりは、月の軍隊に滅ぼされたのでしょう。」

 

彼女はしばらくすると、焼いていた魚を一つ私にくれた。しかしその魚をよく見ると、どうにも食用とは言い難い色をしていた。

 

「これ…鯉?」

 

「はい、食べられなくはないですよ。マニュアル通りに調理すれば平気です。」

 

彼女の話を少しだけ疑いつつ、腹の辺りを少しだけかじる。魚に臭みはなく、普通に美味しい魚の味がした。思えば昨日から飯などロクに食べていなかった。

 

水は一度沸騰させて除菌した方が身体に無害ですね、と彼女は水が入った水筒を差し出した。そのせいか少しだけ温いが、菌の溢れる川の水を飲むよりはマシだろう。

 

他の二人はどうしたか、と思って周りを見回すと、リネアは輪に外れて一人で魚を頬張っていた。彼女は若干猫舌なのか、食べるまで少し鯉を覚ましていたらしい。

 

「リネアさんは、刺身にした方が宜しかったですね。」

 

「サシミ…?何それ。」

 

「魚の生身をカットしたもので、醤油というスパイスをつけて召し上がる料理です。」

 

「ちょ…ふざけないでよ!魚の生肉なんか誰が!」

 

「そうですか。意外に美味ですよ?」

 

まあ、確かに初め聞いたらそうなるよね。鯉の刺身ってどんな味するんだろ。

 

昨日凄まじい戦闘力を見せつけたリネアだったが、今こうして見ると、羽根が生えただけの綺麗な乙女だ。頭に光る天使の輪が、彼女の綺麗さを一層際立てる。

 

二人は、それぞれが生きる意味を持っている。リネアは大天使に役目を渡され、にとりは幻想郷の代表として人造の妖怪を見つける為に来ている。

 

私は、一体何をしているのだろう。思えば私には何もない。こんなよくもわからない連中と飯を食って、命がけでドンパチして。

 

やめたいのに、止められない。気がつくと私は、死にゆく人間を見るたびに羨ましいと思い、もしそれが自分であったならばと妄想して眠る。

 

朝起きれば、手と腕の付け根が赤く染まっている。今となってはかなりこれらのことが減ったが、昔は毎日のようにあったことだ。

 

スミには、私がニュースを見ているといつもバラエティ番組などにチャンネルを変えられたものだ。昔のそんな癖をどうにもこうにも止められず、彼女には「死」に関するものを全て遮断されていた時もあった。

 

昨日だって、去り際に死体を見ていたら少し変な気持ちになった。あそこで気持ちよさそうに死んでいる生物が、もし私ならば良かったのに。

 

自己犠牲なんかじゃない。紛れもない「死にたがり」だ。

 

そうだ、私は超能力者。体内をおかしなウィルスに染色され、オーラを操作できる人間の欠陥品。私は何をしているのだろう。どうして私はあの月の軍勢に囚われなかったのだろう。そうすれば激しい痛みと共に死の足音で欲情できるのに。

 

「…ねえ、ルイズ。」

 

「何ですか?」

 

「…その銃で、あの時のように私を殺してはくれませんか?」

 

「……笑えない冗談ですね。」

 

「安心してください、冗談じゃないんです。私、昔からずっと…」

 

私がそう言いかけたその瞬間、私の頬に張り手が飛ぶ。頬の痛みが身体に伝わり、痛いという感情が脳を刺す。

 

「…そうですか。それがあなたの本性ですか。生憎、私は死なないでと言うような生ぬるい優しさなど持たぬ非道な戦闘員です。そんなに死にたいのなら今すぐ殺してあげます。」

 

彼女が、手に持つ拳銃を私の首に突きつける。お望み通り、踊り狂いながら死ぬようにしてあげますと上等な文句を話し、私は目を閉じる。

 

月の夜明け前に、拳銃の音が鳴る。

 

本当に、これで死ねたのだろうか。私はどうなった?

 

死んだらどうなる?黄泉の世界など存在しないことはとっくに知っている。

 

結局、ロクでもない人生だった。生まれ変わるならば、せめてもう少しマシな生き方をしたい。

 

本当に生きていて無駄だった?何のために生まれてきた?ただの欠陥品な人生だった?粉々に裂ける蓮の花。今までの記憶が粒子になって降り注ぐ。

 

暗闇の空間の空気が頬を伝う。この世界は死後の世界か?

 

不意に浮かぶ、仲間の姿。私を見て笑ってくれるみんなの顔。

 

…違う!私は例え欠陥品だとしても、今の私はもう人間の感触を知ってしまった。一緒にいるだけで幸せな友達。また仲間と一緒にご飯でも食べて、一緒に遊びたい!

 

確かに、生きていて意味なんかない!私なんかが生きていても必要としてくれる人なんかいやしない!

 

だからなんだ、生きていることに意味なんかいらない!必要としてくれる人なんかいらない!一方的に遊びたくて何が悪い!必要とされていない命が生きていて何が悪い!

 

「…見つけましたね。」

 

死後の世界に居ると思っていた私の眼差しは、急に現実の私にリンクし、意識は現実の私と融合する。

 

「あれ…私、死んだんじゃ…」

 

「空弾です。目が覚めましたか?あなたが変な癖に構っている間に、二人は尖兵に駆り出しておきました。私達も行きましょう。」

 

もっとも、まだ死にたいのならば今度は実弾でと言われた。そうか、私は死んだ幻想を見ていたのかと、先ほどまで死んだと思って感じていた心情を思い出す。

 

私は彼女に礼を言って、月の都へ走り出した。



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裏切りの弾丸「鈴仙・優曇華院・イナバ」

「…どうして、戻ってきたの?」

 

聞きたいのはこっちの方だ、と彼女を跳ね除ける。月の都について数時間、先に到着していた私、河城にとりは月の兵隊である鈴仙と接触していた。

 

今度は昨日のように捕まった訳ではない。私が彼女と話をしたくて、直接彼女に接触を図ったのだ。

 

「…わかるでしょう?裏切ったのよ。姫様も師匠も深月さんも欺いて月の手先になったのよ!知っているのに、何て物分りの悪い河童なの!?もう幻想郷には…キサラギには戻らないって言ってるでしょ!」

 

「…あなたがそんなことするような奴じゃないってことは、一番私が知ってる。あなたを最初に見た時は、魔理沙の死や妖夢が狂ったのがよほどショックだったのかななんて思ったけど、そんなことじゃあ無いよね。」

 

「煩い!!憎くないの!?私は幻想郷の裏切り者なのよ!そうよ、妖夢が狂わせたのも私!私が魔理沙を殺して、妖夢を能力で狂わせているのよ!信じないと言うのならば、あなたも狂わせて、二度とお仲間と仲良くできないようにしてやるわ!」

 

私に向かって怒鳴り散らす彼女の紅い瞳には涙が浮かび、「あの」妖夢など思い出したく無かったのにと言わんばかりに私を睨みつける。

 

幸いお屋敷の裏庭に呼び出したので人だかりができることもなく、今会話を聞いている者は私と彼女を除いてはいない。確かに、今の彼女は桃色の軍の装束を纏い、その姿は完全に月の手先だ。

 

だが、彼女の紅い瞳には、まだ幻想郷の住民である時の人間臭さが見てうかがえる。しかし、彼女の様子を見ている限りでは別にスパイなどではなく、本当に裏切ったことは確かだろう。

 

しかし、彼女には何かしら訳がある。幻想郷にいられなくなったほどの理由が彼女を縛り、幻想郷を思うが故の結果月の連中の側についた。そうとしか考えられない。あるいは、彼女が幻想郷を去ることで得をする人間か妖怪がいて、彼女はそれを察して幻想郷から姿を消した。

 

病を患う住民に薬の調合をして渡し、また時には師匠の代わりに手当もする。それだけではなく、彼女は時には金に困る患者を無償で診察し、治療する。そんな優しさを持つ彼女ならばあり得る話かもしれない。

 

「…どうしてこんな場所に私と一緒に来たの?今だって、私が月の軍勢をここに待ち伏せさせて居るかもしれないとかは考えないの?菫子さんを人質に、あなたに切腹を要求するかもとかは考えないの?」

 

「…考えないよ。鈴仙、良い人だからそんなことしないって分かってる。」

 

私は彼女の目をじっと見つめる。彼女は私のそれに気づくと、彼女は私から目を逸らす。この様子を見る限りは、そのようなことは無いようだ。もっとも、彼女がそのようなリスクを話していると言うことは、とどのつまりそういうことだろう。

 

妖夢は、狂いながらもずっとあなたの帰りを待っているはず。そんなことを話すと、彼女はもうやめてと私を振り切り、私に刀を向ける。

 

「…やっぱり、何かあるんだね。」

 

「そうよ!帝は幻想郷や我々の世界を脅かす存在が幻想郷に居ることを知っておられる。私はそのことでこっちに戻ってきたの!私がいれば、きっと月軍が幻想郷に侵攻すると言う計画も…」

 

しまった。彼女はそういうような顔で私に月軍の秘密を漏らしかけた所で口を押さえ、あなたのせいよと私に再び怒鳴り散らす。

 

「…追求はしないでおくよ。他言もしないから安心して。喋ったら、鈴仙が処刑の話でしょ?」

 

私が彼女に語りかけた時には、既にその姿は完全に消えていた。

 

もう幻想郷はお終いかもな、私は誰にも聞こえないように話し、蓮子達と合流すべく街へと戻った。

 

街は古き良き世界を醸し出す街並みが広がり、その姿はどこか幻想郷の人間の里に似ているようだ。しかし、人間の里とは大きく異なることがいくつもある。

 

理想郷とは決して言えない厳しい監視。街の至る所に盗聴の魔法具が浮き、住民の話は全て月軍に漏れている。出入り口の監視も厳しく、許可なく出入りする者は囚われる。

 

「どうします?別に月軍やこの国の陛下などどうでもいいのならば、菫子さんを取り戻し、さっさと帰ると言うのも手ですが…」

 

「駄目だよ、ちゃんと月の人達と仲良くならなきゃ…あなたの昨日のようなことは絶対に間違ってる。」

 

「そうですか…同じ世界の人間だからでしょうか。あなた、結衣さんによく似ている気がします。」

 

「けっ、そんなに帝と和解出来りゃあ苦労しねえよ。」

 

私、宇佐見蓮子とルイズが街中で話していると、急に影から声がした。ルイズはその声の主の強さに気づいたのか、彼に対して警戒を解かぬように私に耳打ちをする。

 

「…彼、なかなかの使い手ですね。」

 

「俺がか?さあね、臨在の君の方が俺の何倍も強いぜ?まあ、もう戦うこともないけどな。」

 

離反したんだ、彼は吐き捨てて闇の中に消えた。私とルイズは後を追うが、彼のことは見つからない。しばらくすると、右折してまっすぐ進みなと言う声が聞こえた。言う通りに進むと、寂れた薬局があった。

 

破れた暖簾に何もない入り口。誰が来るのか、と言った雰囲気の薬局だが、人々は行列を作っていた。

 

「ここが、反社会軍のアジトですか?」

 

「まさか、この街に反社会軍なんざ居ねえよ。ああそうだ。俺は夏冬ってんだ。昔は月兵だったが、今はただのヤブ医者。街の人間は俺の腕が良いと言うが、結局俺のやってることは永琳先生の真似事でしかねぇ。」

 

彼は愛想よく一室を貸してくれた。合鍵も貰い、彼はまだ仕事があるからとその場を後にした。

 

部屋には火種や風呂場もあり、なかなかいい部屋である。敵軍の支配下にある住民の部屋になど誰がとルイズは初めは躊躇していたが、私が荷物を置いて風呂場に直行すると、緊張感の無い人と呆れてその場に留まってくれた。

 

「…あなたはつくづく兵士向けではないですね。」

 

「だからぁ、私は兵士なんかじゃないの!」

 

久しぶりのお風呂、そう思いながら手で湯船の温度を確かめる。私の家よりも温めだが、まあ今はお風呂に入れるだけで極楽と言ったところか。

 

いざ入ると、身体全身にお風呂の気持ちよさが染み渡る。スミやにとりには少し悪いが、こんな場所ならばいつまでも居たいと思ってしまう。

 

風呂場はヒノキの良い香りがする木製であり、湯船も申し分ないくらいの広さはある。夏冬さんの風呂場だからオヤジ臭い物ばかりと思いきや、彼の妻の物なのか女物の洗面具もある。

 

私はそれらしき洗面具を使って身体を洗ってから湯船に入った。

 

「…それにしても、夏冬さんの「帝と和解できれば苦労しない」ってどういうことなんだろう。」

 

お風呂に入ると、要らないことを考えてしまうのは私も例外ではない。恐らく、帝と話すことなど到底無理と止めるだけの台詞だろう。しかし、本当にそれだけだろうか。

 

苦労しない、それは彼が月兵であった頃に帝と何かをしたという台詞にも聞こえる。

 

…過去に、帝と何かあったのだろうか。

 

「…知りたいか。」

 

風呂場の外から声がした。私は急な男性の声に驚くが、彼は扉の向こうだ。私は彼が私の近くまで来たことに下心が無いと信じ、彼の問いかけを無言の返答で返す。

 

「それにしても、お前は本当に疑うことを知らないんだな…俺がお前達を泊めてる隙に、なんてことは考えないのか。」

 

「…考えませんよ。あなたはそんな人間に見えませんから。」

 

「そうか…」

 

「それに、そんなことをわざわざ聞きに来てくれると言うことは、つまりそういうことでしょう?」

 

扉を隔てているので彼の表情や仕草は見えないが、彼は無言でうなづき、私の言葉に感謝の気持ちを秘めた。そして彼はそれを踏まえた上で、私に少しは人を疑った方がいいと忠告してきた。

 

「…正直、人を疑うことには疲れました。今まで、たくさん人を突き返して来たので。」

 

「…そうか。だが現に、俺の娘は月軍の兵士だ。ここはそいつの家でもあるから追い返す訳にもいかねえ。俺はそんなことはしねえが、そいつが来たらどうする?」

 

「それはあくまで、あなたの娘さんの話です。それと、私は別に月軍と戦う気はありません。かと言って、彼らに捕まる訳にもいきません。むしろ娘さんが丸腰で来ていただければ、話がしたいくらいです。軍としての仕事でなければ、彼らは丸腰でしょう?」

 

彼は私の意外な返答に、邪気の無い笑みを浮かべてうなづく。もうこいつには何を言っても私に無害で返されると彼は察し、彼は最後に一つを私に話す。

 

「そうか、やめときな…と言ってもお前は聞かねえだろうな。わかった、それ以上は何も言わねえ。事実娘は…春秋は丸腰だ。食材は置いておくから好きにしな。」

 

風呂場から彼の影が消える。私もこれ以上入っていたらのぼせてしまうと風呂場を出る。

 

ならばこの洗面具は春秋さんのものか、と呟く。一度遭ってみたいなと思いながら身体を拭いて部屋へ戻った。




さて、魔理沙は誰が殺したのか!?妖夢が狂ったのは何故!?

なんかサスペンスっぽい…?

あと、実はルイズが昨晩春秋を殺してたんだ!ってのは無いので安心してください。


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ブラウンアイズ・ガール

古明地鼓石ちゃんを、コラボで3mjagoodさんの「東方走美抄 〜Be the wind of the moment」で出させていただくことになりました!よろしくお願いします!


慣れぬ暗闇、まだ真昼だというのに狭く暗い座敷牢は闇に閉ざされ、格子から漏れる一縷の光ならばいとも簡単に飲み込まれてしまうほどだ。

 

これだけ頑丈な牢屋に入れてあるから平気と思っているのか、流石に部屋の中では縛られることもなくて両腕はフリーだ。しかし外には監視の月兵もいて、彼女は座敷牢の近くにある机に正座して仕事をしている。

 

兵隊の女の子は黒く長い髪を持っていて、年齢も私と大して変わらないようだ。一度話してみたいが、今朝にお縄を頂戴して依姫さんに挨拶に行かせられたきり、彼女とは口も聞いていない。

 

今朝、私は正座で眠っていたところを彼女に起こされ、牢屋の鍵を開けられて外に出るよう命令された。

 

私が出ても何も言わず、私はしばらくの時を彼女に睨まれ続けながら過ごした。逃げようものならその場から逃げられたかもしれないが、ここは屋敷の中。ドラマやゲームでよくある「囚人が逃げた矢先で殺される」を思い出し、私は踏みとどまった。

 

それから数分後、私が何を要求されているのかを探っていると、急に彼女は私に話しかけてきた。

 

「どうしたの?お縄を頂戴します、でしょう?」

 

「あ…はい。じゃあ…」

 

「駄目。両腕の力を抜いて、身体の横に垂らしなさい。」

 

「…はい。」

 

…そっか。そうだよね。囚人が牢屋から出たら、逃げないように捕まえてなきゃいけないもね。彼女の命令に逆らうことなどできず、私は両腕の力を抜いた。

 

「…お縄を頂戴します。」

 

「よろしい。」

 

両腕が後ろに組まれ、そのまま私は昨日のように厳重に縛られた。縄の感覚が痛いほどに食い込み、キツいと言った表情をすると、これから毎日私か他の牢番が出したら、ちゃんとお縄を要求するのよと忠告された。

 

そしてそれからは、依姫さんに縛られたまま土下座をし、散々冷たい罵声を浴びせられた挙句にここへ引き戻され、少しばかりの朝食を食べて今に至る。

 

「…何?ちらちら見ないでくれる?」

 

「いや、その…」

 

彼女の冷酷な目線に、桃色の軍服が彼女の美しさを引き立てる。軍人にするなど勿体無いほどの美しさ。彼女は命をかける軍人などよりも、お見合いを待っている方がよっぽどそれらしい。

 

「あなたのこと、臨在の君はずいぶんと悩んでおられるそうよ。」

 

「臨在の君…?」

 

「帝の侍従よ。帝からの命で、貴女達囚人の裁判官もしているの。私や他の兵隊はせいぜい晒しと敲の後で永牢が妥当だと思っていたけれど…」

 

「晒し…敲…?」

 

「住民の前で縛りあげて一日中晒し、その後で数百回木の棒で血が出るほどに殴りつけた後で死ぬまで座敷牢が妥当、と置き換えてもよし。」

 

「そんな……」

 

彼女の説明を聞くと、恐怖で震えが止まらなくなった。炎天下の中で、私の醜態をいつまでも老若男女問わずにざわざわ噂などされながら見続けられることなど、私の自尊心が粉々になってどうにかなってしまいそうだ。

 

だからと言って、どうせ逃げようものならば殺されてしまうだろう。それならば、もう一生を檻の中で過ごすしかない。

 

「…お姉ちゃん。」

 

分かっている、きっと姉は助けてくれない。私がひたすら暗闇に身を堕としていく彼女を救ったことなど一度として無いから。自分が助けたこともない相手に助けを乞うなど、綺麗に作り込まれたシナリオの中でしかあり得ない。

 

そんなシナリオの中では主人公がか弱いヒロインを助けて救われるが、現実は非情なギブアンドテイクの世界。主人公のことを何一つ救わぬヒロインが主人公に助けてもらうなど、ヒロインの都合のいい空虚な妄想の中でしかあり得ない。

 

いや、あの世界の主人公とヒロインは、まだ互いが求め合っているだけ救う意味がある。しかし、主人公はモブキャラAを助けることはない。いかに正義を名乗ろうが、勇者はスライムやドラゴンの腕を掴むことなどないのだ。

 

相互関係であるか必要であるか、そのどちらでもないのならよけいな障害物であるとして無慈悲に消し去る。ならば、私はどうだろうか。

 

姉は助けを求めていた。あの時もあの時も。なのに、私は一切その手を取らなかった。

 

「ねえ、菫子のお姉ちゃんって今は何してるの?スミと3歳違いだから、今は高校一年だよね?」

 

「うん…普通のお姉ちゃんだよ?普通の…」

 

実際には姉は獄中だった。しかし、私は彼女に蓋をして面会にすら行かなかった。

 

要は私は、「自分の身の回りがお花畑ならそれでアンパイ」というタイプなのだ。臭いものには蓋を、面倒ごとには背を、それが私のライフスタイル。

 

まさかこんな形で責任を取らされるなんて。気がつけば私の顔は涙で汚れている。霊夢さんと関わって、幻想郷に幽閉されて、龍也に命を狙われて…

 

解っていたはずなのに。今頃私を見て、天国の霊夢さんはどんな顔をしているのだろう。

 

「…黙って。仕事ができない。」

 

格子に腕をかけ、私を睨む月の兵隊。私はそれに気づき、ごめんなさいと頭を地につけて謝る。

 

「まったく、あなたみたいに逃げ回ってる奴は大嫌い。悲観的に考えることは当たり前でも、残酷だからと現実から逃避することだけはやめなさい。まだ極刑かどうかなんて解らないのだから。」

 

彼女に宿るブラウンの瞳。その瞳は何故だか辛い過去を映し出しているような気がした。

 

「…春秋。」

 

「えっ?」

 

「刻灘春秋。私の名前。汚れ物に名前を名乗るなんてしたくなかったけれど…何も言わなくて良いわ。黙って胸の奥にしまっておきなさい。」

 

「…分かりました。」

 

何も知らない。自分には関係ない。やはり、まだどこかで私は現実から逃れようと必死になっている。

 

非情な現実から目を背けてはならない。口で言うことは簡単だ。しかし、トウキョウの世界に現実逃避をしない人など、本当に一握りだろう。

 

だからこそ、人々は「遊び」の文化を生んだのではないか。時を忘れたのではないか。

 

だが、それはあくまでその一握り以外の一般人の話。私は、逃げっぱなしだ。

 

そして運命は、彼女と酷似する人間の情景を別の少女に見せつける。街の一角、そこにリネアとにとりは身を寄せ、弓の名を持つ少女に巡り合う。

 

「…そうですか。それはお気の毒に…」

 

少女は綺麗な着物を着て、ひたすらに茶筅を回して抹茶を作る。私、河城にとりは別にお茶をすすりに来たわけでもなく、くつろぎに来たわけでもない。しかし、居合わせる客は、私達に彼女の茶は一回飲んでみた方が良いと勧める。

 

抹茶ならば、幻想郷では阿求のお茶が美味しいと評判だ。彼女は、人生はこのお茶と同じで、暖かいのは刹那の一時のみと話していた。長く生きることは、お茶を放っておくことに同じ。だからと、幾度も死して生まれ変わることは、お茶が無くなる悲痛さを幾度も経験するに同じ。

 

刹那だからこそ楽しい命であるのに、何故彼女は私と同じになることを望むのか。

 

…死を知りながら生きるほど、つまらぬ生き方はないと、何故彼女は解ってくれなかったのか。

 

「彼女」って、誰のことだったのかな。

 

「…ごめんなさい。私には手伝えることは何もありませんが、ご友人の罪が軽くなることをお祈りします。」

 

着物を着た少女は、私の前に抹茶を差し出す。せっかく淹れてもらったのでと口に含むと、なんとも言えぬ美味しさと適度な熱さが口を支配する。

 

「いかがですか?」

 

「…結構なお手前で。」

 

「ありがとうございます…宜しければ、甘味などないかがですか?」

 

「ああ…うん。ありがとう。でも、良いや。」

 

お茶の良さもあるかもしれないが、他のお茶とは比べ物にならぬほどの美味しさだ。何より、彼女の手さばきが良いのだろう。

 

「…何?この青汁。」

 

「青汁って…お茶だよ。」

 

「お茶……?こんな碧いのに?」

 

この街に似合わぬ金髪の天使がお茶をマジマジと見ているので、何かと聞いてみたら、初めて見る液体に戸惑っているようだ。

 

私が教えてあげても、しばらく彼女は目の前の液体と睨み合いをしていた。それから数分経って彼女は液体を飲み干し、彼女は一言美味しいと答えた。

 

それにしても、彼女はこのお店を一人で切り盛りしているのだろうか。いや、まだ彼女は未成年だ。流石に両親はいるだろう。

 

ならば、両親の方々にも挨拶をしておきたい。私は複層的にこの街の人で通せるし、リネアに関しては外国の人、で通るだろう。

 

「そういえば、このお店はご両親がやってるの?お手伝い?」

 

「いえ、私のお店です。母のお店を私が継ぎました。」

 

なるほど。と言うことは、彼女のお母さんも認める腕なのか。年齢からしてもまだ生きているだろうし、今は他の仕事をしているのだろう。

 

「そっか。お母さんは?是非お母さんにも挨拶を…」

 

「母は…亡くなりました。月の兵隊に処刑されたのです。」



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起動する未来都市

やっぱり、見捨てられない。そう思って結界を飛び出したのは、夕方の月世界であった。

 

囚われの菫子、蓮子達は行方知れず。この状況に耐えかねた私は、メリーやレイクロクには何も言わずに外へ飛び出した。

 

大丈夫。私には時空を超えるアイテムがある。いざとなれば、それでメトロポリスに逃げれば良い。そうすれば、みんなに迷惑がかからずに済む。

 

ひたすら駆ける夕方の森。街は遥か遠く。私の脚ならばどれだけ走ろうが疲れることなどない。私は、そう創られた。

 

《止めときなよ。人間はどうせ裏切る。だから余計な御世話をしたって時間の無駄って話だよ?》

 

頭の奥で、生まれる前に聞いた言葉が繰り返される。だが、私はそんなものには従わずに走り続ける。

 

それはあくまであなたの話。私には私の事情がある。幾つもの竹を抜け、ひたすらに蓮子達がいる場所へと手を伸ばす。

 

行けども這えども同じ景色。角一つ曲がるだけで景色が違うメトロポリスとは大違いだ。

 

一つ間違えれば、私も菫子と同じように捕まってしまう。それを考えるだけで震えで心臓がうるさくなる。

 

しかし、その私の脚は一人の男によって止められる。

 

「やれやれ…一体どこへ向かおうと言うのですか?」

 

誰かの声がした。私は立ち止まり、月の兵隊かと思って涙を一粒流した。しかし、もうダメだと思い、逆に絶望したという意味での落ち着きを取り戻すと、その声が知り合いのものであると脳が認識するにまで至る。

 

「デールさん…」

 

私は安心して、彼が心配する中で一粒流れた涙を最後まで流し切る。

 

私と同じ服を着た男、デール。とは言っても、灰色のスカートをはいた私とは違う男性用の人民服を着ていて、ズボンを履いているが。彼は私の姉であり、私の世界の科学者だ。男は私を軽々と持ち上げ、探したのですよと私の頬をさする。

 

「なんで探してたの…?お姉ちゃんに何か言われたの?」

 

「はい。とは言っても、少し様子を見てくるよう古明地博士に言われただけですがね。彼女は心配性ですから。それで、いかがなさいました?」

 

私は彼に、友人がこの世界の組織に囚われてしまったことと、友人達は他世界を脅かすとされる妖怪を探していることを話した。

 

蓮子は私の世界を毛嫌いするが、私からすればメトロポリスは私の故郷だ。デールさんや他の科学者達を出し抜くことはできない。

 

「なるほど…残念ですが、妖怪の件については協力いたしかねます。私は主に機械の開発が専門なので、よく解りません。」

 

「…まあ、そうだよね。ごめんなさい。」

 

「いやいや、謝らねばならないのは僕の方ですよ。しかし、鼓石さんのご友人の話ならばお手伝いしましょう。」

 

私が謝ると、彼は私がはめている腕輪を操作して、自身の腕輪とリンクした。腕輪をちらりと見ると、「UPDATE ver4.85」の文字。

 

「…アップデート?」

 

「はい。ジャック博士の玄孫であるフリク・ヘルラーが、ディメンション・ムーバーをアップデートしたのです。これによって、4.84版では限定的であった物品のデータ保存が自由化されます。」

 

「…うん。」

 

「これに加えて、あなたの腕輪には三つのアイテムを加えておきます。どうしてもという時にお使いください。」

 

「…うん、解った。」

 

それだけ渡し、アップデートが終わると、彼はメトロポリスに帰ってしまった。腕輪のメニューを開くと、確かに三つのアイテムが内臓されている。

 

一つはイービル・キラー。どんなに肉質の固い妖怪であっても、刺せば簡単に心臓を貫く硬さを持つナイフ。

 

もう二つは、アビリティ・ライフとマシンアール・アルファ。マシンアール・アルファの説明欄には使えば分かるとデールさんからメッセージがあった。

 

私はそれらを確認し終わると、再び月の都へ走り出した。

 

見慣れない竹林。嗅ぎ慣れない草むらの匂い。都会育ちの私にはまるで縁のないこの景色が、さらに私の心臓を逆撫でる。

 

「はぁ…疲れた疲れた。もう侵入者なんて、とっくに帰ってるんじゃねえの?早く帰って寝てえな…」

 

「馬鹿!敵の前で醜態を晒すなど、誇り高き月の兵隊にはあってはならないぞ!ちゃんと見張れ!」

 

「はいはい。まあ減給されても困るしなあ…」

 

私達のせいだろうか。月の都の監視は更に固くなっており、見つかりそうになるところをギリギリで切り抜けていく。

 

彼らが他愛ない話をしていたから切り抜けられたが、彼らが注意を配っていれば間違いなく見つかっていただろう。これから先、こんなことはいくらでもあるかもしれない。あの兵隊の女の人は、こんなことを毎日繰り返してきたのだろうか。

 

…ちょっと憧れちゃうかも。

 

女の人のカッコよさへの憧れと、濁った怖さから心臓が早く鼓動し、死にそうになるたびに大丈夫だからと自分に言い聞かせる。

 

私の目指す月の都は、ちょっとだけ寂しげな闇に染まりつつあった。

 

そして、月の妖鳥に化猫の幻が彷徨う月の都は、蓮子達にさらなる残酷な試練を与える。月の都は、いついかなる場所であれ侵入者に癒しの時を与えない。唯一例外があるとするのならば、それは牢屋の中であろう。

 

夜人間達がすることと言えば食事、それから洗面。人々の生活には欠かせないひと時である。それは私、宇佐見蓮子も例外ではない。流石に夏冬さんの家の中ならば兵隊は居ないだろうと思い、全裸で洗面所まで向かった。

 

しかし、私は一つ重要なことを忘れていたのだ。

 

「……あ。」

 

洗面所で、私は16歳くらいの少女に出くわした。彼女は丁度風呂から上がって、身体を拭いていた所であった。

 

少女はどことなく夏冬さんに似ている。黒い髪にブラウンの眼差し。側には綺麗に折りたたんだ月兵の軍服と、二本の刀。

 

「ご…ごめんなさい!」

 

ルイズを連れて、速攻で服を着なおして夏冬さんの家を飛び出す。だから言ったでしょうと呆れるルイズの言葉を背に必死に逃げるが、背後からは先ほどの少女が軍服を羽織りながら追いかけてくる。

 

全裸を見られて怒っているのか、私達を捕まえようとしているのか。どちらにせよ、捕まったらお終いだ。しかし、彼女の物凄い速さを前には敵わず、もう目と鼻の先まで彼女は迫る。

 

「ねえ!もうちょっと速く走れないの!?」

 

「それはどっちの台詞ですか?私が本気で走ったら、あなた追いつけませんよ?」

 

そっか。そうだよね。私はたった一つの強がりも跳ね除けられ、自分の運動神経の無さを嘆く。もちろん月の兵も黙ってはいない。私の背中を刀で斬りつけ、背中を貫く痛みが身体全身に染みる。

 

痛みから発する謎のオーラ。それは身体全身を触り、とうとう痛みで息が出来ぬほどになり、走ることもできなくなる。

 

「…結構あっけなかったわね。」

 

少女は私を後ろ手に縛り、しばらくすると私に立てと命令してきた。

 

「逃げるなんて無駄だから、大人しく捕まれば怪我しなくて済んだのに。」

 

「ま、待って…」

 

冷酷な眼差しを向ける彼女に、命を振り絞って声を出す。すると彼女は私の方を見て、相変わらずの視線を送る。

 

「は…春秋さんですよね?ずっと逢いたかったんです…夏冬さんにあなたのことを聞いて、それで話がしたいって…」

 

「話がしたい?あなた達は都への侵入者。犯罪者に開く口など無いわ。」

 

「ごめんなさい、知りませんでしたで済む話ではないとは解ってます。ですが、私達も急いでいるのです。一刻も早くことを成さないと、後々大変なことに…」

 

「急いでる?何を?」

 

「幻想郷を脅かそうとしている、人造の妖怪を止めたいのです。でなければ、幻想郷が新しい世界となり、既存の世界の法則が乱れてしまうのです。」

 

「既存の世界?そうなれば、月の都も壊滅してしまうと言うの?」

 

「…信じられないかもしれませんが。」

 

私の答えに、彼女は少し口を止めた。しばらくの沈黙の中で、背中だけがじんじん痛む。

 

断られば死。しかし、こんな地獄の駆け引きをせねば月の人間と和解することはできない気がした。彼女は私の汗ばんだ真っ青な顔を見て、嘘はついていないみたいねと困ったような顔をする。

 

「…仕方ないか。」

 

「ゆ、許してくれるんですか?」

 

「知らない。とりあえず、依姫様の所までは通すわ。ただ、依姫様が殺せと言えば殺すし、捕らえろと言えば無条件で捕まってもらうから。」

 

ついてきなさい。私のロープを解き、春秋さんの後に続く。途中から、どこに逃げていたか解らぬルイズが大丈夫そうですね、と言って私の後についてきた。

 

彼女がついていれば、月兵達も攻撃してこない。代わりに彼らは春秋さんに驚き、心配して声をかける。

 

「時灘先輩!なんですかその格好!」

 

「…ああ、ちょっと取り込んでてね。それよりさ、門番に門開けてもらってくれない?お客さん呼んできたって。」

 

「は、はい!解りました!」

 

それからしばらく歩くと、月の館への門が開いていた。

 

城から響く三味線の音。それを聞きながら、私は夏冬さんの言っていた一言、帝と和解できれば苦労していないと言う言葉を思い出していた。



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弓から出る血が止まらない

今から数時間前の、まだ日が昇っていた頃の話。

 

冷え切る茶屋の空気。そんな空気も知らずに、抹茶は一人でに暖かい空気を吐き出していた。

 

「お母さんが殺されたって…」

 

「仕方がないのです。母は元から勘が鈍かったので…別に、人殺しとかではないです。ただ、帝様が街をお通りになる際に頭が高かったので…」

 

彼女は申し訳なさそうに頭を下げ、再び他の客へお茶を出しに行った。暴君じゃない、と吐き捨てて胸糞が悪いような顔をリネアがすると、彼女はそんなことを言ってはいけませんとリネアに忠告した。

 

それからしばらくして、店の中からはだんだんお客さんが居なくなっていき、最後には私とリネアだけになった。

 

「…すみません、申し遅れました。私はお弓と申します。知っての通り、ここの茶屋の店主をつとめております。」

 

「あ…はい。先ほどは申し訳ございませんでした。私は河城にとりと申します。で、こちらはリネアと言います。」

 

「りねあ…さん?えっと、漢字はどう書くのですか?」

 

「カンジ?何それ。スペルならR、I、N、E、A、Rよ。」

 

「すぺ…はい?」

 

どうやら、リネアとお弓さんはカルチャーショックに相当悩まされているらしい。彼らがそんなことを話している間に周囲を見渡していると、一つの絵に私の目が止まった。

 

一人のスーツ姿の少女。名こそ書いていないが、少女のことをどこかで…いや、今日見たような気がした。私のよく知る人。私達の大切な仲間…

 

「鈴仙…」

 

私が彼女の名前を呟くと、お弓さんはリネアとの会話を打ち切って私に応じるように、ご存じでしたかと返した。

 

「それ、昔の月の侍さん達のお召し物だそうです。前に私の友人が連れてきてくださって、私はそれっきりですね。」

 

私は、彼女のことを語るお弓さんを無視して、ずっと幻想郷の頃と変わらない彼女の絵をみていた。その見飽きたスーツ姿も、今となってはひたすらに愛おしい。

 

《煩い!!憎くないの!?私は幻想郷の裏切り者なのよ!そうよ、妖夢が狂わせたのも私!私が魔理沙を殺して、妖夢を能力で狂わせているのよ!信じないと言うのならば、あなたも狂わせて、二度とお仲間と仲良くできないようにしてやるわ!》

 

先ほどの彼女は、本当に苦しそうであった。事実、妖夢の狂いっぷりは明らかに彼女のせいではないと解るのに、彼女はその罪を被ろうとした。

 

妖夢の狂いっぷりは、鈴仙が狂気を操った時の狂い方ではない。恐らく、あの彼女の様子と魔理沙の死体からして、魔理沙を殺したのは…

 

それを鈴仙が知ったらと思うと、彼女は一体どこまで堕ちていくのだろう。

 

「…鈴仙、どんな様子でしたか?」

 

落ち着いた様子をポーカーフェイスで作り、お弓さんに語りかける。

 

私は、この世界に帰ってきた後の彼女をほとんど知らない。幻想郷に帰ってきてほしいと言えば、また苦しめてしまうことは間違いない。

 

だから、せめて彼女がここで幸せならばそれでいいかもしれない。紫には悪いかもしれないが、彼女のいつまでも幻想入りした人々を幻想郷にがんじがらめに縛り上げることは理解できないし、彼女にそんな権利もない。

 

「私ならここに居るわ。」

 

そんな時、茶屋の入り口から声がした。聞き飽きた声の先にいたのは、先ほど出会った赤目の少女。

 

見ると、お弓さんは茶葉を出しに奥に行っていた。こんな姿を彼女が見たら、一体どう思うのだろうか。

 

彼女はその赤い目を光らせ、私のことを冷たい目で見下す。他の仲間は?と私に話し、刀を私に向ける。

 

「鈴仙…」

 

「何?」

 

「鈴仙は、今楽しい?」

 

「……え?」

 

私の突然の発言に、戸惑う鈴仙。それもそうだ。下手をすれば命を落とすこの状況で、そんなくだらないことを聞いている暇もない。

 

「楽しいならいいんだ。鈴仙が向こうで嫌なことされてるんじゃないかって心配だったから…」

 

ダメだ。私にはやはり仲間は斬れない。どうも昔からそういうことは苦手で、他の妖怪達のように異変を起こして悪さをすることなんてできない。

 

「…そっか。なら、もう良いや。好きにしてくれれば良いよ。スミの所に連れてってくれても、この場で斬ってくれてもさ…」

 

私のその言葉に、鈴仙は刀を下げる。彼女は冷たい視線を向けたまま、入り口から私達に近づき、目と鼻の先にまで迫り来る。

 

「…そんなことを言えば、私がこの場で殺さないとでも思っているの?あなたを哀れんで、今朝の恩もあるとかで見逃してくれると思ってるんでしょ?」

 

「いや…それに、今朝のことは、完全に私が悪いしね。」

 

「そう。なら、お望み通りに。」

 

鈴仙が、私の首に刀を当てる。私の首から流れる血液が彼女の刀を濡らし、次第に私は痛みを感じるようになる。

 

…その時だった。

 

「ねえ、待って…何の音?」

 

リネアの声に、鈴仙は私から刀を離して耳をすまし、おかしいわねと不思議そうな顔をした。

 

ここまでが、先ほどまでの話。これからの話は、今私が直面している状況の話になる。

 

私にも聞こえる、大量の足音。しかし、それは聞こえるか聞こえないかというほどの大きさであり、いくら月の兵士と言えど、これほどまでに静かに歩けるものだろうか。

 

「鈴仙、大変よ!見たこともない服を着た人達が!」

 

異変を知り、お弓さんが慌てて帰ってくる。彼女の話を聞いて外へ出ると、街の住民達は慌てふためき、月の兵隊達は住民を誘導しながら、街をロボット達から守っていた。

 

ロボットの近くには、見覚えのある服を着た人達が何人もいる。彼らはロボットを操り、邪魔者を排除しながらどんどん城へと詰め寄っていく。

 

不意に、私の脳内に碧髪の少女が浮かぶ。そうだ、彼らは彼女と同じ服を着ている。ということは…

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですって!?街が襲撃を!?」

 

城内は、騒乱の中にあった。突如として現れた巨大なロボット達。その中では死者さえ出ていないものの、月の兵士達などでは敵わないほどの力量を持つ。

 

混乱する月の兵士達。私達は依姫さんの元にいて、とりあえず縛っておきましょうと言われ、縛られた状態で月兵の寝床にいる。

 

「…ふん、焦るようなことでもないわ。平和ボケしたあんたらにはちょうど良いウォーミングアップじゃない?」

 

彼女の出撃の合図と共に、月の兵士達は街へ走り去る。先ほどまで花札や百人一首で遊んでいたとは思えないほどの速攻に、私は一体彼らとどれほど実力の差があるのだろうと痛感させられる。

 

「さて、私達は手薄な城内を守りますよ。」

 

隣に縛られていたルイズはいつの間にかロープから抜け出し、依姫に共闘を誘う。

 

「…仕方ないわね。春秋!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

春秋は私の縄を解き、私に笑いかける。

 

さっさとメトロポリスの刺客を止めねば、大変なことになる。目的が何かは知らないが、私達も彼らに尋ねたいことがあってここまで来た。

 

…全部、話してもらうからね。

 

顔も声も知らない人間を期待して、私はこんな時だというのに少しだけ笑っていた。

 

しかしそんな時、街中でメトロポリスを迎え撃つ仲間がいることを、私やルイズは知らなかった。全ては仲間の故郷の為。彼女らはメトロポリスの人間を鎮めようと立ち向かっていた。

 

「ここから先には、行かせない!」

 

鼓石と同じ服を着た女性、トア。発言からして、今回のロボット騒動の首謀者は彼女のようだ。彼女は私、河城にとり達の前に立ち塞がり、余裕そうな表情で私達を見る。

 

「ふうん。ウサギのお嬢さん以外の二人、この世界の人間じゃないの?トウキョウにブラッドね…良いサンプルが取れそうだわ。」

 

女性は腕輪を通して私達を見ながら微笑む。周りの民衆などには目もくれずに自らの欲望のままに動く。やはり慧音達の言っていた通りの連中だ。

 

こいつらのせいで、幻想郷は…

 

「その威勢、いつまで続くかしら!」

 

真っ先に動いたのは、リネアだった。しかし、彼女が弓を引いてトアに矢を放つと、トアの目の前で輝く矢は消滅した。

 

「えっ……」

 

「アビリティ・ライフ。即死級のダメージを無効化する。残念だったわね。」

 

即死級のダメージ。リネアはそんな彼女の説明を聞く暇もなく、彼女は更に無駄な攻撃を次々に打ち込む。

 

おそらく、先ほどの弓矢は彼女の中で最弱の攻撃。私達ならば当たっても致命傷にはなりにくいが、生身の人間が受ければ命に関わる攻撃。

 

つまり、彼女の攻撃は全て機械によって致命傷と認識され、バリアで無効化される。彼女への攻撃は、本当に微弱な攻撃以外通らない。

 

…自体は最悪。妖怪が人間ごときの兵器に負けるなんて。

 

自分達が「弱い」ことをこんな風に利用するなんて…!

 

私はリネアと鈴仙にひとまず退くように伝えるが、彼女達はプライドが許さないと攻撃をやめない。

 

「はぁ、つまらないわね。スリープ・ジェイルで終わりっと。」

 

トアの一言に、リネアと鈴仙は一瞬にして意識を失う。彼女の言葉の前で、そんな私も段々意識が朦朧としてくる。

 

「スリープ・ジェイル。相手の疲労状態が高いほど効果があるガス状魂幽閉具よ。パスワードを本人に呟かない限り、脱出は不可能ってアイテムね。」

 

彼女の説明を聞く頃には、私は力を抜けばすぐに眠ってしまうほどの意識状態にいた。

 

私は、彼女のスカートを掴むだけで精一杯であった。ついにはそれも跳ね除けられ、もう…

 

「パスワードは、ZERO-infinity!」

 

……え?



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未来都市メトロポリス

色々詰め込みすぎました。次回からはまたマシな展開の速さになるので許してください!


「パスワードは、ZERO-infinity!」

 

聞き慣れた声が聞こえると、私を眠らせようとしていた何かが溶け始める。次第に身体も動くようになり、自由がきくようになった。

 

その声の主は目の前にいた。トアと同じ服を着た碧髪の少女はトアの前に立ち、彼女をじっと見つめる。

 

しばらくの沈黙が、月の温度を更に黒く染める。全く同じ服を着ているにもかかわらず、思うことは全く別。その光景は、何も知らぬ人間が見れば、歪な光景と思われて仕方ないだろう。

 

「何で、こんなことするの?」

 

彼女の質問の前で、呆れたというような顔をするトア。自由が利くようになったのか、リネアや鈴仙も立ち上がって、碧い髪をした彼女のことを見る。

 

「…ガキには解らないのよ。」

 

鼓石の問いに対して、トアは苛立ちとも取れる表情で彼女を睨みつける。

 

聞けば、悪用防止の為にスリープ・ジェイルはパスワードの変更が効かないように設定されているらしい。元々、侵入者に対して使うための防犯アイテムであり、相手側にメトロポリスの人間がいては、スリープ・ジェイルは使えない。

 

鼓石はそれを知っていた。まあ、メトロポリスの人間ならば当たり前だが。

 

彼女を前にして、トアは苦虫を噛むような顔をして城の中へと消えた。鈴仙はすぐに負わねばと言って立ち上がるが、先ほどの傷が応えたのか、その場ですぐにしゃがみ込む。

 

鼓石が手を差し伸べると、彼女は誰が侵略者の手先なんかに、と手を振り払った。

 

「…あのバリア、本当に破る手段はないの?」

 

しばらくの沈黙の中、鈴仙は鼓石に質問を投げかけるが、彼女は無いよ、と申し訳なさそうに即答する。

 

彼女の返事に対して鈴仙は舌打ちをして、どちらにせよ彼女達を止めねばならないと言って立ち上がる。

 

街には、もうロボットは居なくなっていた。代わりに、城の方で誰かの悲鳴が聞こえる。

 

生まれ変わっても許さない。彼女の瞳はそんな色をしていた。どこまでも赤い血色の眼差し。月での生活が幸せであるかという質問を私はしたが、それは愚問であったようだ。

 

だが、それは鼓石も変わらない。彼女も、自分の故郷を愛していて、また彼女の愛しい人がその世界にいることは変わらない。

 

それを彼女は解っているようで、別にあなたの仲間の全てがこんな風という訳ではないのでしょうと、彼女は顔を見せずに呟く。

 

「もういいや…あなたのことは。早く行きましょう。」

 

「うん…ごめんね。」

 

鈴仙の捨て台詞に反応する鼓石を背に、鈴仙は月の都へ駆け出した。負傷状態のリネアを背に、私と鼓石も共に走り出す。

 

しかし、私達のそんな努力は無駄と化すことを、私達はまだ知らなかった。

 

トアは既に兵隊長である依姫に接触していた。依姫はトアのアビリティ・ライフを前にして挫折し、彼女は依姫に手を伸ばす。

 

「さて、手荒なことをしたことは謝ります。しかし、これも我々の科学の為。不死の薬さえ頂ければ、他の物は結構です。」

 

「…不死の薬?不死など、メトロポリスにとってはもはや不要であると聞いたけれど。」

 

「口答えは結構。良いからさっさとよこせ、ぶっ殺すぞ。と言い換えてもよし。」

 

「うっ……」

 

トアは刃物を依姫さんに突きつけ、始めにと彼女の右腕を切り裂く。あれだけ強がっていた依姫さんがいとも簡単に涙を流すシーンを見て、月の兵隊達は皆凍りつく。

 

彼女のか弱い姿を見て、もう渡してしまおうと言う月の兵隊の声が次第に強まる。別に帝の命を要求されている訳でもないし、そんなものは腐るほどあるからと言った理由らしい。

 

「そんな…!ダメよ!あなた達、月の兵隊としてのプライドはないの!?敵の要求を呑むなんて…」

 

「…これでいいか。さっさと帰れ。」

 

投げ込まれる小さな袋。トアはそれを受け取り、腕輪を通して解析する。

 

「ふふ、ありがとうございます。不死の薬、確かにいただきました。」

 

街からロボットが消える。ロボットと共に消えるメトロポリスの人間達を何も言わずに見送るその男は、どこかあの物語の男を思わせる雰囲気がある。

 

「ふん。帝や城内を騒がせる割には、大した物を欲さないな。いや…まだネズミは紛れ込んでいるか。」

 

彼が指を鳴らすと、私は再び春秋に縄で縛られた。始めから言ってあるから、あまり悪く思わないでねと彼女が呟くので、私は彼女に対して何も言えない。

 

「ねえ!メトロポリスが消えたからって、いくら何でもそれは!」

 

にとりの声がする。見ると、にとりと鼓石は鈴仙に捕まって縛り上げられている。彼女はしばらく騒いでいたが、神妙にしなさいと鈴仙に頬を平手打ちされると、大人しくなった。

 

「さて、そいつらは今日裁こう。ある程度の刑罰は覚悟しておけ。一年は牢から出られんぞ。」

 

「…待ってください。」

 

彼が元の場所に帰ろうとすると、不意に影から一人の少女が姿を現した。

 

少女は桃色の髪を持ち、メトロポリスの人民服を身につけている。彼女の姿に月の兵隊達はざわつき、またあのロボットが迫り来るのかと騒ぐ。

 

しかし、明らかに先ほどのトアとは様子が違う。彼女は月の人々を脅すような様子がではなく、むしろ月の人々への非礼を詫びるような雰囲気を持っている。

 

「…また、メトロポリスの住民か。これ以上何が欲しい。」

 

「妹達を引き取りに来ました。先ほどは、私の世界の者がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

「お姉ちゃん!」

 

鼓石が彼女の姿に反応して叫ぶ。そうか、ということは彼女が鼓石の…

 

「…そうか。だが、囚人を簡単に引き渡す訳にはいかんな。」

 

「承知しております。ならば、こういう条件はいかがでしょう。」

 

それにしても、彼女達は本当に姉妹なのだろうか。彼女の雰囲気は、鼓石とはまるで違う。まさに「メトロポリスの人間」と言ったような雰囲気だ。清楚な空気に、どこか冷酷さが見え隠れする。

 

「私とあなたで、一人ずつ戦士を出して決闘をさせましょう。日時は一時間後。私の軍が勝てば、彼女らの身柄は私が引き取ります。あなたの軍が勝てば、彼女らは処刑して頂いて構いません。」

 

「…は!?」

 

彼女の理不尽な取引に、男は面白いと呟いて承諾する。そんな条件聞いていないとにとりが叫んでも彼女は何も言わず、私達はそのまま座敷牢に連れて行かれた。

 

座敷牢は華やかな城とは異なり、木と畳だけで作られた殺風景な作り。鼓石の姉とはいえど、性格も何も知れぬ少女に身を委ねるのは生きた心地がしない。

 

「…お姉ちゃん。」

 

「スミ!」

 

春秋さんが鍵を閉める前に、スミにごめんねと抱きつく。あれほどにまで連れて行かなかったことを後悔した妹が、今ここに居る。それだけで、もうどうにかなってしまいそうである。

 

「ちょっと、暑いから離れてよ。」

 

「…ごめん。」

 

流石私の妹なだけあって、監獄慣れしてるのか、スミは案外冷静であった。全員が青い囚衣を着た私達の座敷牢の前では、メトロポリスの服を着た先ほどの少女が哀れむような目で見る。

 

「…誰だか知らないけど、流石にあんなやりとりはないんじゃない?もし負けたら、私達みんな死ねって言うの?」

 

「大丈夫です。死にませんから。」

 

「死にませんって!勝負なんだから、負けるときは負けるでしょ!?」

 

「…70%。」

 

「は?」

 

「あなたを戦士として出して、あなたが負ける確率です。」

 

「70って…あなた、確率の計算もできないの!?じゃあ、やっぱり死ぬしか無いじゃないの!」

 

「…そうですか。じゃあ、ポ◯モンの70%の技は?」

 

「…ほとんど外れる。」

 

「パワ◯ロの三割は?」

 

「…当たる。」

 

「そういうことです。頑張ってください。」

 

「それはあくまでゲームの話でしょうがぁ!!」

 

ああ駄目だ。やっぱりこいつは鼓石のお姉ちゃんだ。社交力があるだけで、頭の中は空っぽなんだ。

 

獄中で死ぬ。高校時代ならば当然と思っていた死に方も、ルイズのおかげで冴えた頭だと絶望的になる。

 

「ちなみに、お相手の臨在様は鈴仙さんを出すようです。使って良いものは、拳銃一本だけ。事前に装着しておく鉄盾を撃った方の勝ち、だそうです。」

 

「鈴仙さん!?春秋さんなら何とかなったかもしれないのにぃぃ!スミ、ごめん!こんな最期ならもっと……え?」

 

ちょっと、何とかなったってどういうこと!?と口を挟む春秋さんをよそに、私は彼女の説明を思い返して沈黙する。

 

待てよ、使う道具は…拳銃だけ…?

 

「ようやく、あなたの足りない頭が冴えましたか?」

 

「…わかったわ。よくそんなベストな条件つけられたわね。」

 

「ふふ、あなたの手を見ていれば分かりますよ。では、ご検討を。」

 

鼓石のお姉さん、感謝するよ。私は檻を出され、城内の闘技場まで引っ張られる。

 

勝てるかどうかはわからない。だが、おそらく鈴仙さんに勝つにはこの条件しか無いだろう。

 

いや、これで月の兵隊や帝達と和解できるのならば、お釣りが来る。



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一発で決めろって言われてるから

闘技場は、銃撃戦をしやすいように仮想フィールドが敷かれている。城内には結界が張られているので、城を傷つける必要もない。

 

…馬鹿な女だ。銃撃戦で私が民間人に負けるわけがない。てっきり向こうはルイズを用意してくるのかと思ったが、やはり逃げた小鳥は帰ってこない。せめて腕の立ちそうな奴を送り込んだのだろうが、それでも私にはかなわない。

 

しかし、彼女はどこにいる。まるで姿を見せないのならば、銃撃戦のしようがない。

 

いや、彼女はど素人。銃撃戦など怖くて仕方のないはずだ。ひょっとすると耐えきれず、もう自殺しているかもしれない。

 

まあ、まだ潜んでいる可能性もある。慎重に試してみるさ。私は仮想フィールドの街を徘徊し、周囲の様子を伺う。

 

この月兵を鍛える仮想フィールドには戦場が模されているので、荒れ果てた空気や人の死体のレプリカの匂いが漂う。本来ならば、ここは月兵のサバイバルに使われるフィールド。私達の庭のようなものだ。

 

これだけの広さだ。彼女も相当困惑していることだろう。私は銃を構えながら必死に辺りの様子を伺うが、やはり肝心の彼女は見つからない。

 

彼女を探しながら、廃屋の中に隠れる。朝から何も食べていない性で、腹の虫が煩い。この音を彼女に聞かれては不利になると私は察し、近くにある乾パンや何やらを貪る。

 

ここでトレーニングする兵士達は、決着がつくまで何日もこもってサバイバルする場合もある。それに備え、ここには住民の落とし物を模して幾つもの食料がある。味は悪いが、腹持ちは良い。

 

この部屋には誰もいない。このまま私だけが食料を貪って彼女の飢えを狙っても良いが、それだと私も耐えられるか解らない。

 

「っ…早く出てきなさいよ。」

 

正面衝突ならば、私が確実に勝てる。負けるとすれば、不意討ちしかありえない。

 

私に作戦は三つある。一つは、先ほど言った彼女の衰弱を狙う作戦。これならば、数日経った所で倒れた彼女の盾を撃てば終わりだ。

 

二つ目は、私が素早く動いて彼女を見つける作戦。はっきり言って、これが一番早い。

 

しかし、弱点もある。そうなれば私は真っ先に標的となり、試行回数を彼女に出すことにもなる。

 

いや、流石に私が素人相手に殺られることは無いか。だが、念には念を入れておく必要はありそうだ。

 

最後の一つは、私が街の真ん中にワザと出て狙われに行く作戦。相手が素人で、尚且つ拳銃ならば、私が感じることのできる範囲に来なければ当てられない。空寝でもしていれば油断するだろう。

 

さて、どれが一番適切かつ早いか…

 

いや、素早さを優先するのは死に損ないがやることだ。ここはやはり慎重にいこう。

 

銃を構えながら街を歩き、わずかな物音にも対応できるように耳をたてる。すると、不意にガサッという音がした。

 

…勝った。

 

やはり素人。あなたなんかに負けたりはしない。私は音のする方へと走り、壁を挟んだ向こう側に見える茶髪に銃を突き付ける。

 

「はっ、私に銃で勝とうなんざ百年早いのよ!それなのに、身の程も知らずに私と銃で語る?馬鹿じゃないの?…頭上げなさい。今降参するなら、臨在の君に終身刑で許してもらうように…」

 

彼女から答えは無い。自らが死体のレプリカに擬態できているとでも思っているのか。

 

こいつはお笑いだ。

 

「どう?そんなにショックだったんでちゅかあ?どうしまちょうかね〜。貼り付けで脇の下グリグリされるのがお好きでちゅか?それとも…」

 

彼女からの返答もない。ショックのあまりどうにかなってしまったのか。どちらにせよ、私の勝ちには変わりがない。

 

…どうせならば、もっと耳元で虐めてやろうか。

 

「もうそろそろ往生際が…」

 

私はそこで、物凄い恥ずかしいことをしてしまったことに気づき、全身を汗で染め上げる。

 

…それは、本当に死体であった。

 

「…嘘。」

 

これはマズいことをした。私は露骨に声を上げてしまい、尚且つ油断してしまった。

 

彼女は…いない。大丈夫だ。何だ、焦って損した。

 

そうだよね。素人だったらこんな場所で潜伏できる訳ないよね。

 

仕切り直し、仕切り直しだから。私は自分に言い聞かせ、再び彼女を探す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それから、数時間の時が経った。案外彼女が襲ってくることはなく、私は廃屋で仮眠を取ったりもした。

 

探す所は全て探した。と言うか、流石にもう隠れる場所は無いだろう。

 

もしかして、本当に自殺した?そんな感覚が私を襲う。となると、もう私はここに居る意味がない。

 

私は、闘技場の外へ通じる扉をひたすら探して回った。これだけの時間潜伏していると、どうも東西南北を忘れてしまう。拳銃以外は何も持つなと言われているので、羅針盤も持っていない。

 

だが、どうやって彼女が死んでいることを証明する?実際、彼女は囚衣でここに居る。囚衣は和服。それじゃあ死体のレプリカと見分けがつかない。

 

いや、彼女は他のレプリカとは違い、銃を持っている。それならば、他のレプリカと見分けがつく。

 

よし、銃を持った死体を探そう。そうすれば、私のミッションは大成功だ。うん、善は急げだ。早く…

 

「……あれ?」

 

突如響く、鈍い銃声。その銃声と共に、私の身につけた盾から出る煙。

 

……嘘。

 

「私の勝ちね、鈴仙さん。」

 

決着がついたことを知らせるブザーが鳴り響く。それと共に私と彼女以外の仮想フィールドは消滅し、何もないフィールドに私と彼女だけが残る。

 

「…えっ?何が…何が起きたの?」

 

「すみません。私、普段はバイトで警察の元でスナイパーをやってるんです。とは言っても、危険な犯人を睡眠弾で眠らせるだけですがね。」

 

「……どこにいたの?能力、超能力使ったんでしょ!じゃなきゃ…無いか。臨在の君も見てるし…」

 

「ずっと近くから狙ってました。気配を絶つのはスナイパーの鉄則ですからね。あとは、あなたの足音に合わせて走り、あなたの息に合わせて吐いていただけです。」

 

「それじゃあ、私の死体への煽りも…」

 

「はい…でも、あまり細かいことは聞いてませんでした。恥ずかしいことだったのなら安心してくださって結構です。事実、私は一発しか銃に弾を入れてませんでした。」

 

「なんでそんな…負けたら、処刑だって言うのに…」

 

「わかりません。ただ、少年院で先生に教えられたのです。」

 

完敗だ。私がアマチュアで、彼女がプロだったんだ。マルチに鍛えなきゃいけない、しかも普段は銃を使えない兵士が、その道のプロフェッショナルとなんて…

 

「…一発で決めろって言われてますから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何、今更呼びつけて。」

 

呼びつけられたのは夜中の2時。もう逢いたくもない父親の顔をマジマジと見たのはいつ以来だろう。

 

彼は相変わらず、だらしない姿で私の前に立っていた。蓮子や菫子のことは許せても、月軍から裏切って、こんな場所で油を売る為に離反した父親のことは許せない。

 

「どうせ、月軍から脱退しろとか言うんでしょう!?馬鹿じゃないの!みんな勝手過ぎるのよ、あれだけ悪口言っておいて、さっきみたいになったら、結局兵隊に頼るしかないじゃない!」

 

父は何も言わない。代わりに彼は私のことを申し訳なさそうに見つめる。

 

「…馬鹿みたい、帰るわ。あなたも弓みたいに、仕方ないって従ってれば良いのよ。あいつなんて、母親のこと私が殺しても笑顔で居て…内心では私のこと、いつか殺してやろうとか思ってるのよ!」

 

「春秋、それは違う。」

 

「違わないわよ!父さんだって、どうせ月軍を殲滅してやればいいと思って、蓮子のこと匿ってたんでしょ!」

 

「春秋…お前は、死んだ人が何を願うか知っているか。」

 

死んだ人が何を願うか。そんなこと、復讐に決まってる。殺戮を繰り返した物への恨みを返すこと。それこそが死者の願い。だからこそ、心霊を見た人は祟られ、霊魂に呪われるのだ。

 

「…それは違う。」

 

「違わない!父さんだって、永琳って女の人が奪われて、その主犯の輝夜姫を殺そうと企んでたくせに!それが、彼女の願いだって信じてたくせに!私だって…今行けば弓に毒盛られて終わりよ…」

 

「…そうだったな。確かに、あの頃はそうだった。俺もそう信じていたんだ。やられたらやり返すってな。だが違う。死者が願うのは、復讐なんかじゃない…」

 

父親の綺麗事はもう聞き飽きた。私は耳を塞ぎ、うるさいうるさいと父親を振り切る。

 

しかし、何故かその後の父親の言葉だけは聞こえた。

 

「春秋…弓ちゃんは、ずっとお前のことを心配してたぜ。」

 

「…え?」

 

「弓ちゃん、街の外で月軍の死体が見つかったって知ったら、すぐにお前が巻き込まれたかもって泣いてたんだよ。今晩のことも…きっと心配してるんじゃないのか?」

 

「…嘘よ!そんなの嘘っぱちよ!」

 

「そうか…なら、自分で確かめな。」

 

そんなの、絶対に嘘。そんな思いとは裏腹に、私の顔は涙でボロボロになっていた。

 

私はもうその場に居るのが嫌になり、家を飛び出した。後輩の私の顔を見て驚く表情も無視してひたすらに街を駆けていたはずなのに、気づけば合わせる顔もない彼女の店。

 

…もういいや。ここに入ればどうせ私は刺される。刺されなくても、どこかで命を奪われる。

 

そう思って入った店の中。私は不意に視線を落とし、彼女を見て驚き、泣いた。

 

「…馬鹿!こんな…こんなことって…」

 

彼女が、最近いつもより早く客を店から追い出していた意味を、頭の隅で理解する。

 

傷だらけの彼女の指。彼女は疲れ果てて机の上で寝ていた。

 

机の上には、桜と枯葉の模様が入った下駄。側には、綺麗な白い朝顔の押し花。

 

死者が願うのは、遺された物への幸せ。いや、そんなんじゃない。

 

彼女は、私の知らない所で私よりも何倍も早く大人になっていたんだ。



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天獄へのカウントダウン

「いやあ、ごめんなさいね色々と。」

 

私達が城を出る頃には、もう街には日が差していた。メリーを結界の中からサルベージしてきて、鈴仙さんがお詫びも兼ねて何か奢ってくれるというので、朝食は彼女にあやかることにした。

 

…本当は、謝らねばならないのは私達なのだけれどね。

 

レイクロクは、仕事があるとかでまたどこかに行ってしまった。まあ、居ないならば居ないで面倒な奴が一人消えて整々するというものだ。

 

「えっと、何か食べたいものはありますか?」

 

「ラーメン食べたい。」

 

「フィッシュアンドチップス。」

 

「私?えっと…BBCかな?」

 

「…えっと、この世界にあるものでお願いします。」

 

ちょっと待て、鼓石の口から凄いマズそうな食べ物が出た気がするのは気のせい?

 

てか、スミは朝からラーメン食べるつもりなのか。育ち盛りの高校生の胃袋は知ったことではないが、私は朝からラーメンなど食べられない。

結局、朝食に関しては彼女に任せることにした。聞けば、街の隅に朝食が美味しい店があるということなので、そこでご馳走してもらうことにした。

 

「あれ?そういえば、鼓石のお姉さんは?」

 

「もう帰ったんじゃない?お姉ちゃん忙しいから。」

 

「…そっか。」

 

正直、ここまで来れたのは彼女のおかげだ。あれだけメトロポリスの人間を目の敵のように扱っておいてあれだが、やはり彼女にはいつかお礼をしなければならない。

 

あの方法ではなく、真正の決闘であったならば、彼女には勝てなかった。銃だけの勝負ならば、大体の相手には勝つことができる。しかし、身体能力などを考えると、そんなことはあり得ない。

 

「そうだ、蓮子。これ、あげるよ。」

 

鈴仙さんは、不意に私に五つの弾丸が入ったカートンを差し出した。カートンには、取り扱い注意の張り紙がある。

 

「撃った人間に電流を流す、雷撃弾。これから先、銃で戦うならと思って持ってきたんだ。」

 

「…ありがとうございます。」

 

「あと…私もあなた達について行って良いかな?私なら力になれるし、幻想郷のケリは、やっぱり幻想郷の住民がつけないとね。」

 

臨在の君からも、あなた達の力になるように頼まれたんだよね。彼女は桃色の着物を靡かせ、私の背中を押す。

 

あれだけの力を持つ兵士が来てくれる。私は彼女の頼みに二つ返事で答えた。それからもう一つ、彼女と私達はもう仲間なのだから、敬語もいらないと言ってくれた。

 

店の中は、朝にもかかわらず混んでいた。鈴仙が紹介してくれただけあって、巷でもこのお店は評判らしい。

 

「さて、適当に頼んで良い?」

 

「うん。私達はよく知らないから任せるよ。」

 

「はいはい。」

 

彼女が店の人に注文してしばらくすると、見るものを圧倒させる懐石料理が運ばれてきた。任せるとは言ったが、流石にこれは鈴仙のお財布が心配になる。

 

「…お財布大丈夫?」

 

「なんとかなりますよ。お給料日前ですが…」

 

彼女の顔が若干引きつっている。そんな顔になるなら、無理して頼まなくてもよかったのにと思う私とは裏腹に、にとり達は何の躊躇もなく懐石料理に手を伸ばす。

 

「……あ!ちょっと!リネアそれは!」

 

リネアが凄い箸の使い方をしているので、慌ててそれを止めさせる。

 

そっか。リネアは箸使ったことなんて無いもんね。私が彼女に箸の使い方を教えても、彼女は上手く箸を使ってくれない。

 

私達が何気なく使っている道具を、彼らは使うことはできない。逆に、鈴仙にイタリアンなどを食べさせたら大変かもしれない。

 

こいつに箸を教えていたら、飯が冷めてしまう。私はリネアに箸を教え込むことを諦めて、自分の飯にありつく。

 

「凄く美味しい…」

 

私達の世界でこれを食ったら、一体何千円かかるのだろうか。適切な味付けと、魚や野菜の美味しさが身にしみる。

 

こんな時間が、いつまでも続けばいいのに。私は一瞬そんなことを思ったが、この幸せはあれだけの危険の上に立っていることを思い出し、その甘えを断ち切る。

 

「そうだ。メリー、次はどこに行くの?どこが近いのかなんて、あなたにしかわからないんだから。」

 

そうだ。私達は一体何をしているのだろう。気がつけば、人造の妖怪のことをすっかり忘れていた。

 

しかし、その心配は要らなかった。既に鈴仙がそれについて臨在の君を介して帝に聞いてくれたようで、帝は、悔しいが月にそんな物を創る技術もないし、そんなことをできるのはメトロポリスの住民くらいであると答えたそうだ。

 

まあ、確かに言われてみればそうだが。

 

「もう一つ、ありそうな所はあるけれどね。」

 

「…そうね。」

 

鈴仙の付け足しに、メリーは首を縦にふる。彼女達の合図に、にとりはその世界を察するが、あり得ないとその問いを跳ね除ける。

 

「だって、あそこの住民も人造の妖怪を探してるんでしょ?」

 

「いや、それはあくまであそこの政府の話。世界一つ一つは広いから、もしかしたら…」

 

鈴仙の答えに、私やスミ、それにリネアはやっと彼女らが言っている世界に気づく。

 

「蓮子、その通りよ。私達が次に行く世界は…魔界。魔界都市ミラークロス。」

 

私は息を飲み、その言葉を受け止める。

 

やっぱり行くしかないんだ。ルイズの故郷、国民皆兵を敷く真のディストピアに。

 

 

 

 

 

 

 

私達が、新世界へと足を踏み入れようとした丁度その時。彼女達が残してきた世界では、新たな事態が動こうとしていた。

 

この話をするには、今から十数年前の大事件を語らねばならない。場所は幻想郷の白玉楼。悲劇の少女、魂魄妖夢はいつものように修行に励んでいた。

 

「妖夢、少し休んだら?」

 

「いえ。まだこんなものでは、あの時のように師匠の足手まといになってしまいます。」

 

妖夢の剣の腕は、最凶覚異変の時に比べて更に上がっていた。師匠が、何も知らない河童の頼みに答えて武道を教えていることも、彼女には相当応えたのであろう。

 

しかし、悲劇への足音は確実に近づいていた。初めの足音がしたのは、本来ならばそれをかき消すべき場所である博麗神社であった。

 

「何?幻想郷に大きな異変が?」

 

「ええ。それで、それを倒す為の鍵が、存在しないはずの世界からの転生者よ。」

 

霊夢と魔理沙は、その異変に気付いていた。既に人ならざる者となっていた彼らの耳は、より異変に敏感になっていた。

 

しかし、霊夢と魔理沙の間にはあまり変化はなかった。魔理沙はいつものように霊夢に外の世界での出来事を話し、霊夢はそれに応えていた。

 

「で、その転生者ってのは見つかったのか?」

 

「いえ。でも、きっといつか姿を現すわ。」

 

「きっと…いつかって!幻想郷が滅んでからじゃあヤバいだろ!」

 

「そんなこと言っても…手がかりがない以上、動きようが無いわ。」

 

魔理沙は、いつも霊夢の行動の遅さにイライラしていた。彼女は結局異変を救ってくれる。だが、彼女がもっと早く動くことができれば、未然に異変を防ぐことだってできたはずだ。

 

魔理沙は、居ても立ってもいられず、せっかくここへ来たのだから、お茶でも飲もうと言う彼女の言葉を背に、博麗神社から飛び出した。

 

存在しないはずの世界。彼女はそれの目星は大体ついていた。神社を抜け、冥界への扉がある森の奥まで向かう。

 

「やっぱり、異変解決は私の方が向いてるぜ。」

 

魔理沙は笑いながら冥界へ向かい、かぶる帽子から汗を垂らす。やはり外の世界には行くべきではなかった。そんなことすら考え、救世主を迎えるための準備を始める。

 

しかし、そんな彼女が考えていないことが一つだけあった。

 

それは、彼女はもう二度と、幻想郷に戻ることは無いということであった。



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トウキョウ編Ⅱ
虫の知らせ


魂魄妖夢は、何日かぶりに気分が良かった。

 

主である幽々子に、今日は調子が良いと褒められたからだ。

 

彼女にとって、これ程の幸せはなかった。彼女はその日の晩、張り切って夕食をたくさん作った。

 

全ては、幽々子に喜んでもらう為。料理も、最近開かれた宴会で出された酒肴の味が忘れられずにいて、作り方を霊夢に教わったばかりであった。

 

その日、幽々子は冥界での仕事があったので、幽々子は来ていなかった。だから、代わりに自分が作って喜んでもらおうと思ったのである。

 

…何故だか、急に不安が身をがんじがらめに彼女を縛り上げた。

 

おかしい。誰かとの約束を私が忘れているか、それとも何かやることを残しているか。

 

いや、鈴仙との約束は三日後であるし、今日は調子が良くて、芝刈りも掃除も全て午前中に済ませた。彼女はそんなことを思いながら、食事の用意をしていた。

 

もしかすると、食事の味付けを間違えたのかもしれない。それで第六感が気づき、反応したのかも。

 

しかし、彼女が味見をしてみても味は変わらない。醤油の効いた良い味がするだけだ。

 

その後、彼女はやはり気のせいかと思い、しばらくの時間を過ごした。慣れない料理を作って緊張しているのかもしれない。時が経てばこの不安も収まると、料理を作り置いてからはまた修行をしたり、風呂を沸かしたりした。

 

「ちょっと早いけど、もうお夕飯にしようかな。というか、もうこの時間なら幽々子様もきっと…」

 

幽々子様、その言葉を発した瞬間、急に何かが心臓を突き刺すような痛みを彼女は感じはじめた。

 

彼女は、その不安の正体に気づき始めていた。まさか、そんなはずは無い。彼女は青ざめた顔をして、幽々子のいる広間まで向かった。

 

しかしそこに、幽々子は居なかった。そこには、代わりに幽々子の着ていた服が置いてあった。

 

「そんな……幽々子様が、お風呂以外でこの服を脱ぐなんてあり得ないのに。まさか…」

 

彼女は、もう正気では居られなくなった。彼女は目の前の真実を受け入れられず、白玉楼の中を必死に探し回る。

 

大広間、台所、風呂場、屋敷の外。もしかするとお風呂に入ろうとしたが、洗面道具をどこかに置いてきたので、どこかへ向かったのかも。そんなことすら考え、屋敷の隅々を彼女は駆け回る。

 

彼女の眼に涙が浮かぶ。頭の中では受け入れなければいけないことは分かっていても、彼女はそれでも一縷の希望にすがった。

 

彼女は同じ箇所を何度も何度も探し、やがて日は暮れ夜中になった。

 

こんなこと、信じられる訳がない。あまりにも唐突な別れに、彼女は頭の中がショートし、もう何が良くて何が悪いのかすらも分からなくなっていた。

 

しかし、どこを探しても彼女は居ない。やがて彼女は腹の音を上げ、その場で仰向けになった。

 

「誰が…一体誰がこんなことを…」

 

彼女が不意に落とした目線。そこには、わずかに癖のついた金髪の髪。そして、電流によって焼かれた畳のシミが痛々しく残っていた。

 

妖夢は、その二つに驚きも戸惑いもせず、壊れた人形のような顔をして立ち上がり、屋敷の外へと歩き出した。

 

外には、これで幽々子によって幻想郷は救われると慢心した魔理沙が一人で歩いていた。彼女の目線はそんな魔理沙を捉え、彼女に近づく。

 

魔理沙がそれに気づいたのは、彼女が命を落とす数秒前であった。彼女はそれほどまでに息を殺し、魔理沙に近づいた。

 

妖夢はその最中、何も思っていなかった。息を殺し、ひたすら魔理沙めがけて、ひたりひたりと彼女に足を伸ばす。

 

彼女の目には、ところどころ歪んだ視界と魔理沙が映っていた。彼女が足を動かすたびに魔理沙は目の前に近づき、魔理沙は彼女の前で大きくなる。

 

妖夢には、魔理沙の髪の匂いや色、それから服の触り心地すら感じることができた。既に自分の手中から逃れられぬと悟った彼女は、もう彼女を殺すと言う思考以外の解決を考えられる余裕などなかった。

 

耳には、彼女の歩く音と魔理沙の歩く音が、音ズレしたかのような感覚で響き、風の音などはまるで聞こえぬ。まともな思考など残っていない彼女が聞く音は、もはや必要なもの以外残っていなかった。

 

そして、魔理沙が気づいたその刹那、魔理沙は妖夢の口がわずかばかり動いたことを生前最期の光景とした。

 

彼女は魔理沙に走馬灯など見せることもさせずに、彼女の首をはねたのだ。彼女が魔理沙の青ざめた表情を読み取り発した一言。後の正気をわずかばかりに取り戻した妖夢の発言が正しいとすれば、彼女は魔理沙にこう告げたのであろう。

 

「この悪党が、死んで償え…」

 

妖夢がその後村人によって囚われたのは、次の日の昼頃であった。しかし、彼は行方しれずですませば、もう一つの命くらいは助かったのかもしれない。

 

映姫の管理する牢屋敷で、面会に来た霊夢はその全てを知り、次の日に神社で首を吊った彼女が参拝客によって発見された。

 

妖夢はその後、毎日数時間鎌を首に当てられたままで後手に縛り上げられ、映姫の説教を受け、残りを獄中で過ごすこと数年でその罪を贖したが、彼女はその後で幻想郷に戻ることはなく、一人外の世界へ出て行ったままで行方知らずとなった。

 

そして、現在。トウキョウにて、殺された霧雨魔理沙によって作られた学校は解体され、彼女の教え子達は全く違う組織を作っていた。

 

彼らの名前は、「トウキョウナイツグロリアード」。通称TKG。魔法を操り、人探しから震災救助、それにテロリストや侵略者の討伐までを警察や防衛軍と共に行う組織であり、彼らは制服の代わりに、全員共通の黄色いジャージを着ている。

 

その長こそ、マエリベリー・ハーンが渇望までした郷少年の少女、血郷結衣である。



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TokyoKnightsGloriard

トウキョウナイツグロリアード、通称TKGの本拠地は新宿市にある。国からの様々な要請を引き受けるその組織は、蓮子達が丁度月世界へ行っている頃、政府からの要請を受け、一人の少女の保護に当たっていた。

 

「しかし、政府も暇ですねえ。単なる人探しに動けだなんて。」

 

TKGの司令官、元魔理沙の学校の首席である孝明港は退屈していた。せっかく世の為人の為に組織を立ち上げたのに、やることが迷子か被災地域の援助だけなんて。

 

国で何万と起きる強盗事件の方がよほど仕事のしがいがあると、彼は仕事中にもかかわらず、煙草を吹かす。

 

「そんなこと言わないの。ちゃんとお金は貰ってるんだから、真面目に探すの。」

 

同じく、魔理沙の学校の元優等生であるカプラー・レートはそんな彼の勤務態度を目にして叱り、モニターに彼の目を向ける。

 

「魂魄妖夢。彼女はただの人間じゃないわ。異世界から来た人間で、もう何回も我々は接触を試みているものの、彼女に接触を拒否されているの。」

 

「はいはい。まあ、サニーと一緒ですね。リーダーに任せておくことはできないんですか?」

 

「ん、私?解った解った。ユユコと何とかしてみるから、雑務はお願いね。」

 

港が諦め半分に結衣に頼むと、彼女は自らリーダーの席から立ち上がり、黄色のジャージを羽織って管制室抜け出した。

 

まったく、リーダーにばかり任せておいて。バチが当たるわよ?カプラーのそんなため息も背に、港は彼女にお気をつけてと見送る。

 

数十年経とうが、魔力のおかげで彼女の身体はあの吸血精異変の時のままだ。しかし、あの頃に比べて世の中の暗さや冷たさを知ったのか、黄色いジャージを着たその下には黒いワイシャツを着て、普段は少し暗い顔をしている。

 

別に急ぎの用事ではないし、彼女の居る場所の特定などできない。お茶でもしてからゆっくり探そう。

 

ただ、今日という一日は何故だか忙しい日になりそうであると、彼女は感じていた。

 

「…今日も忙しそうね。」

 

ブレンドコーヒーにチーズケーキを注文し、彼女がその出来上がりを椅子で待っていると、隣に茶髪で癖っ毛の少女が座り、彼女に声をかけた。

 

「そうなんだよねぇ、だから、学校終わったら早く来てよ?」

 

結衣が面倒くさそうな顔で笑うと、彼女はそんな結衣の顔を見て笑った。

 

どこから来たかも解らない少女。結衣は彼女の頼みを聞き入れ、彼女を自分のアパートに泊めている。何故彼女の居場所がないか、ならば今まで彼女はどこにいたのか。

 

聞いても答えないので、TKGで働くことを条件として、彼女は下宿を許可した。

 

「…うん。」

 

気づいてみれば、私は彼女に関して何も知らない。結衣はそんなことを思っていた。

 

空の天気は、イラつくほど晴れていた。運ばれてきたケーキとコーヒーを結衣は平らげ、また少女もケーキと紅茶を口にする。

 

「…てか、今日あんまり食欲無いね。どうしたの?」

 

彼女の発言を耳にして、通りかかった店員はそれに驚く。少女は、食欲が無いとは思えないほどのケーキを口にして、既にその量は一般人や結衣の十倍ほどになっていた。

 

しかし、それは少女、ユユコにとってはいつものことであった。本人に聞けば、何を食べてもお腹がふくれないとか、自分がそういう体質であるとかしか話さない。

 

「…なんだか、誰かが呼んでる気がするの。今だけじゃない…私が生まれる前からずっとね。」

 

彼女は、それだけ話すと結衣の前まで顔を近づけ、一緒に探しに行ってくれると結衣の唇に触れる。

 

「…仕方ないなあ。」

 

結衣にとって、ユユコのこんなことは日常茶飯事であった。どこかに探しに行っては、結局見つかりませんでしたの繰り返し。

 

いつもは仕事中は断るのだが、今回は訳が違う。丁度今回の彼女の任務も人探し。そもそも、ユユコと探すと言ってあるので平気だろうと彼女は考え、今回だけユユコの誘いに乗ることにした。

 

とは言っても、魂魄妖夢の場所すら解らない彼女にとって、アテになるのはユユコに聞こえる「声」だけ。結衣は彼女に連れられ、延々と街の中を走り続ける。

 

左に30654歩、北に2584歩。訳も分からぬ言葉を呟くユユコに、本当に大丈夫なのかと結衣は戸惑うが、彼女の眼差しはひたすらに何かを追いかけ続けていた。

 

やがて、彼女達は一つの駅にたどり着いた。

 

「元新宿駅…?あのさあ…電車乗るんなら最初から…」

 

「知らなかったの。電車乗るなんて。」

 

「うん、だから!どうせ本部に定期券があったのだから、最初に…」

 

「違う、私が知らなかったの。」

 

「……は?」

 

「…南に26歩。」

 

仕方がないので、結衣はケータイで二人分の臨時パスを購入し、ゲートにかざす。どうぞお通り下さいと言う文字と共にゲートが開くと、彼女は三歩だけ進み、その場に停止した。

 

どこに何歩とか、どこで何分とか、この時のユユコはまるでロボットのようであると結衣は思った。自分の意志ではなく、まるで誰かに操られているようだ。

 

…操られている。そのワードが、結衣に嫌らしい記憶を引きずり出す。

 

そういえば、今はリディ様は何をなさっているのだろう。ちゃんと人間と和解できたのだろうか。そんなことを思っている間に、ユユコはどんどん別の場所へと向かっていく。

 

「あ、待ってよ!」

 

結衣はユユコを見失ってはいけないと、ユユコを必死に追いかける。

 

一歩、二歩、三歩。ユユコはその場から一歩も動かさずに、彼女の歩数を小さな声で数え、そのカウントが24に達した時点で結衣を制止させる。

 

しかし、結衣は勢い余って一歩だけ踏み違える。それをユユコは気づかず、そのまま245秒を数えた後に電車に乗る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何、これ…」

 

電車に乗って数分で、私、血郷結衣はその景色の異変を察する。

 

こんな平日の電車だと言うのに、まるで乗客がいない。それどころか、電車の走っている場所に線路はなく、下を見ようが右を見ようが、不吉な夜の景色一色であり、まるでゲームのデバッグの中に入った主人公のような姿になっている。

 

隣に居たはずのユユコもいない。代わりに、誰もいないはずの電車の席には、中年を過ぎた一人の男がその姿を見せる。

 

「南に165285歩、時の時計から46821歩、空間の幼鳥から20095歩、左に30654歩、北に2584歩…南に26歩、東に25歩、待つこと247分。そして、右に5歩。」

 

「…えっ?」

 

「ここの座標だ。君はどうやら、あの少女と一歩違いで別の座標へ来てしまったようだな。」

 

男は煙草を吹かしながら、私に向かって不吉な笑いを浮かべる。

 

私が近づこうとすると、男は歩くなと警告して、私に歩くことを止めさせた。

 

「…一歩動くか、静止する時間を間違えるだけで還れなくなるぞ。」

 

還れなくなる?ということは、ここは並行世界のブラッド・ワールド?私はそれを彼に問うが、彼はその世界へはこの方法では行けないと首を振った。

 

「うわっ、何これ!気持ち悪!」

 

電車の窓から外を見てみると、外は終末にしても気持ち悪いような光景となっていた。朝も昼も夜も解らぬようなカオスの世界。一体、宇宙がどうなったらこんな空になるのかと言った景色に、私は耐えきれず胃から食料を吐き出す。

 

先ほどとは違って足場はあるが、こちらも君の悪い化物達が倒れ、赤い水が姿を成してグチュグチュと蠢いている。

 

「…我々が居る場所は、生き物の生きることができる五世界の…いわゆるデバッグの世界だ。」

 

「デバッグって!私達は生身の人間よ!?」

 

「ああ…確かにな。だが、あり得ない話でもないさ。互いに互いをパラレルワールドとする五つ世界。それを分けているのはx,y,zに次ぐ新たな座標であるdim座標だ。君やユユコという少女が今日行ったことは、そのdim座標上を計算してウネウネと動き回る、言わば「裏ワザ」だ。」

 

彼も、彼の側にある窓を見渡す。ほんの数秒であるのに、外は先ほどのカオスの空間とは違い、今度は西洋の世界のような場所が見える。しかし、そこは完全に廃墟となっていた。

 

「そして、五つ…いや、今はもう七つになろうとしてるんだったな。その世界と世界の間のdim座標には、世界の大きさが足らずにこんな出来損ないになった世界が億と存在する。我々がトウキョウから行ける限界は、ブラッドとトウキョウの間の三万くらいの世界だがな…」

 

なぜだろう。私はこの空間を知っている。完全に溶けきった氷の城、そして、荒くれ者達の死体…

 

これって、ブラッド・ワールド!?私は彼を見つめ、わずかばかりの涙を見せる。

 

「たまに、その世界の中には、このままだとこうなるぞって場所があるんだ。よくは分からんが、遙か昔、新しい六つ目の世界が創られた時に、その世界を入れる為のdim座標が足りずに、その世界がこれらと融合して崩壊を起こしたんだ。」

 

私は、黙って彼の話を聞く。なんとなく言いたいことは解った。このままでは、取り返しのつかないことになる。

 

「多分こいつらは、その世界のことで敏感になったdim座標のシステムが事前に察知して、先に新しい世界が融合できるように素材をバックアップしているってことさ。」

 

「それって…」

 

「ああ。だいぶ前に同じものがもう一つあった…近いうちに、この二つの世界の一部が異世界化して、その世界は崩壊するかもしれないってことだな。」



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クレイジーデーモンズ

私が男と共に列車に乗っている頃、遙か遠く離れたデバッグの世界には、ユユコは白髪の剣士と相見えていた。

 

「あなたが、私のことを呼んでいた人?」

 

彼女は、刃すらも赤い刀を手にして、黒いワンピースを身にまとっている。彼女の姿すら見ないまま、彼女はユユコに対して帰れの一言を突き立てる。

 

白髪の少女は、一切ユユコの方を向こうとしない。背中から感じる彼女の怒り、悲しみ、それはユユコにもはっきりと伝わっていた。そのせいからか、この世界の住民たちは彼女をあまり歓迎していないようである。

 

彼女の肉体は、既に怪物に侵食されつつあった。刀を構える右腕の親指以外は赤く鈍い光を放ち、その眼の結膜は黒く染まっている。

 

それを彼女は知っている。事実、彼女の眼を貫く痛みは人間ならば死んでしまうほどであり、右腕は電車に轢かれたような痛みがある。

 

眼は彼女からは見えていないが、ユユコがその腕を気遣うと、彼女は腕を隠した。

 

その空間には限りなく青い空が漂い、地にはどこまでも白い画用紙を散りばめたような純白の空間が広がる。

 

どこまでも広がるデバッグの空間。しかし、トウキョウやブラッド・ワールドのような完全な世界のように無限大に広がっている世界ではなく、歩き方を間違えてしまえばまったく別のデバッグへ飛んでしまうような脆さも併せ持つ。

 

「でも…聞こえたもの。あなたの、私を呼ぶ声が。」

 

「煩い!帰れって言ってるでしょ!もう二度と、あんな場所には帰りたくないの!」

 

メトロポリスの敷いた身分制度に奴隷のように従って、弱い妖怪は強い妖怪や人間に言いくるめられ、強い妖怪はメトロポリスの手先に消される。あんな馬鹿みたいな集落で一生を過ごすのはうんざりだ。

 

確かに、彼女はそう言った。自分の故郷をそのように話す彼女は正に狂人の沙汰。しかし、ユユコはそんな彼女の話を一言も漏らさずに聞いていた。

 

彼女は一瞬でその言葉の表情を読み、彼女のそれが本当であることを察した。ユユコは優しく、彼女がそう言う言葉を受け入れようとした。

 

しかし、彼女は帰らねばならないということも彼女は察していた。きっと、彼女の帰りと明るい笑顔を待っている人は必ずいる。どうも、ユユコには彼女の故郷の人間が冷酷非道な人間であるとは思えなかったのだ。

 

「…でも、きっとあなたの世界には、あなたの帰りを待っている人がいる。」

 

「勝手なことを言わないでよ!その帰りを待っている人は、メトロポリスの手先に殺されたのよ!…それで、あいつらは私に何をしたと思っているの?もう嫌だ!私はあんな世界に身を委ねるくらいなら、この場所でもう死んでしまいたい!」

 

「…妖夢。」

 

ユユコがわずかに口にした名前。ユユコは彼女自身の名前を口にした後で、その言葉に驚いた。

 

何故、自分は知りもしない相手の名前を知っているのか。そして、彼女はその名前と共に僅かなビジョンを見た。

 

自分の記憶ではない。しかし、人間ではない自分はその場にいる。目の前には紅白の服を着た、茶髪な綺麗な髪を持った美人。そして、自分はその反対側で扇子を手に持ち、彼女を見て笑っている。

 

今の彼女に、少女の名前は解らない。しかし、彼女はその名前を無意識のうちに呼んだ。妖夢はそれに気づかずに、彼女に背中でひたすら語りかける。

 

このデバッグの世界は時間の流れも不完全なようで、落ちるはずの枯葉は空で止まり、蝶は蛹に帰り、また蛹はすぐにそのドロドロの中身を吐く。

 

そして、その蝶であったドロドロの中身はそのままの姿で蛇のような形を成して空を舞う。こんな世界にずっといればどうなるかなど、まるで世間知らずの彼女にさえ解っていた。

 

そして、それと時を同じくして、私は彼女達と同じ時空に到着した。

 

気がつくと、男は姿を消していた。彼は他のデバッグと比較して安全な世界を見つけ、私に降りるように叫んだ後に別れた。恐らく、まだ彼はあの列車の中にいる。

 

だが、心配をしている暇などない。彼が命を賭して私を逃してくれたのだから、私は早くユユコの所へ行かねばならない。

 

「あれ…?」

 

ユユコを探して歩こうとすると、急にジャージのポケットに違和感を感じた。その違和感の正体を掴もうとしてポケットの中をガサガサと探ると、一つの手紙が見つかった。

 

あの男のものであろうか。手紙の中には、あの男が言っていた妙な歩数…いや、dim座標を横断する裏ワザだったか。それが一つと、その裏ワザを計算する為の計算式が載せられていた。

 

見たこともない計算式だ。一応、遙か昔に受験地獄を乗り越えただけの数学力はあるはずだが、こんな計算式は見たことも聞いたこともない。

 

「…やるしかない。」

 

どちらにせよ、元の世界に戻るためにはこの公式を理解せねばならない。階乗、コントロール、シグマ。様々な計算式を更に計算して求め、そこで更に「四次関数」を利用する。

 

訳も分からぬこの式によって、一つ目の手紙の歩数が一体どこへ向かうための裏ワザかを私は理解する。

 

まず、一つ目の式はユユコの元へ行くために彼が残してくれたものと見て良いだろう。

 

東へ3009歩、西へ25歩。ユユコが口ずさんでいた歩数よりもずっと単純だ。歩数を数えることが面倒臭いが、これで確実に彼女に会うことができる。

 

…早く帰ってお風呂入りたい。私が数を数えながら歩いている間、ユユコと妖夢はデバッグに潜む魔物に巡り合っていた。

 

「何これ…」

 

「ここの住民たち。出て行けって言われてるんじゃない?」

 

片方は、獣の出来損ないのような形をした水の塊。もう一つは、人間の下半身だけを模したような怪物。時間の概念すらあやふやなこの世界では彼らもいびつな形で生まれ、狂った形で育ったのだろう。

 

水の怪物はその一部を鞭上に伸ばし、彼女を攻撃する。

 

「痛っ…!」

 

水が彼女に触れると、彼女の身体に激痛が走った。その痛みに喘いでいる暇もなく、人間の下半身を持つ怪物はその足を巨大化させ、攻撃を仕掛ける。

 

勤務中ではなかった彼女の元に銃はない。彼女はひたすらに怪物の猛攻を避け続け、何か反撃の手段は無いかと辺りを探る。

 

しかし、ここは世界のデバッグ。普通の状況など通用しないその世界は、彼女に牙を剥く。

 

「…縛られるくらいなら、こんな場所で一生を過ごすって言うの!?」

 

ユユコのそんな言葉を妖夢に聞かせる暇もなく、怪物達はユユコを追い詰める。怪物の鞭が彼女の腹をえぐると、彼女の身からは紅の液体が噴き出す。

 

妖夢は、彼女の悲鳴を背にして、彼女を一目も見ずにデバッグの更に底へと歩き去る。待ってとユユコは叫ぶが、彼女は答えない。

 

「…仕方ない。」

 

ユユコの体内から、紫色のオーラが噴き出し、彼女の身を守る守護霊のように漂い始める。怪物達が仕掛ける容赦のない攻撃を交わしながら、彼女はそのオーラを、二つの蝶の短剣に変化させる。

 

「超時空の双剣!」

 

彼女は創り上げた双剣を巧みに手中で回し、再び握り直すと、オーラで創り上げたその双剣を、二匹の怪物に向けて放つ。

 

怪物はオーラの短剣を止めることなく、短剣は怪物に直撃した。どうやら、怪物達は温度を通じて生き物を見分けて攻撃こそできるものの、彼らに武器を感知する力は無いようだ。

 

「解放!」

 

直撃した短剣は怪物を貫き、二つの紫の光線が無限に伸びる。怪物はこれの前に真っ二つにされ、その場で命を失った。

 

その光は、私にも見えている。既に歩数での移動を終えた私は彼女を見つけ、彼女の名前を叫ぶ。

 

「ユユコ!大丈夫!?」

 

「うん!ありがとう!」

 

怪物は、その光線を受けて倒れた。彼女の勝利を祝福し、私は紫の光線を目印に走り出した。

 

ようやく会えた。私は、そんな思いで私が彼女に抱きつこうとした。しかし、妖夢は私のユユコ、という言葉に反応してユユコに近づき、その眼をマジマジと見始めた。

 

「嘘……こんな…こんなことって…」



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郷少年

「…あなた達、知り合いだったの?」

 

「うんうん、全然知らない。」

 

彼女はそう答えるが、どうもそのようには見えない。妖夢は彼女に身を任せて眠り、優しい素顔を見せている。こんな彼女の表情は、今までの報告にあった彼女とはかけ離れている。

 

それに、この表情になる前、彼女は確かにユユコの名前を呼んだ。まるで、今までずっと探していた相方を見つけたような表情。

 

ひょっとしたら、彼女の記憶が無いことに何か関係があるのかもしれない。とりあえず、このデバッグの中で傷つき侵食された彼女の治療をせねば。私は彼女の身体に手を当て、治癒魔法をかけようとする。

 

しかし、彼女の身体は既に怪物と一体化しようとしている。右腕に侵食した物体は魔法によって彼女の肉体の一部と見なされ、治癒することができない。

 

「…とりあえず、このデバッグを早く抜けた方が良いんじゃ…」

 

「そうだね。とりあえず、ここから…」

 

彼女をTKGの医務室で治療しようと試み、先ほどの男が残した計算式に、私達の世界の座標を当てはめて計算する。しかし、まるで彼女がこの世界を離れることを拒むように怪物達は姿を表す。

 

先ほどは二匹だけであったが、今度は十匹近くいる。赤い液体の塊や、半分が白骨化した牛。いつ見ても不気味なその生き物達は、みるみるうちに私達に近づいてくる。

 

初めて行う計算式に、私はひたすら立ち向かい、そのような怪物の相手をしている暇などない。

 

「畜生…!結衣、この娘を!」

 

ユユコは私に妖夢を預けると、一人で怪物達に立ち向かっていく。

 

彼女の出現によって、怪物達はその牙を剥く。牛はツノから彼女に向けて赤い光線を放つ。

 

「超時空の弓矢!」

 

彼女から、再び紫色のオーラが噴き出す。今度は先ほどのナイフではなく、弓矢をオーラから作り出す。彼女が怪物を引き寄せているうちにと、私はその腕で計算式を必死に解く。

 

「…ニューヨークの方が近い。まあいいや、ニューヨークから深海列車で帰れば。」

 

8桁歩かねばならない東京への進路を捨て、ニューヨークへの進路へ切り替えて計算する。

 

本当に意味不明な計算式。ニューヨークのx.y.z.dim座標を方程式に当てはめて、それとこの場所の座標を足し引きするだけなどとはよく書いたものだ。実際、この式はそんな単純なものでは無い。

 

これでは、計算している間にユユコや妖夢が死んでしまう。ユユコは迫り来る怪物を相手に矢を放ち、怪物はそれに触れるとその場所から姿を消し、その怪物が居た場所からは先ほどのように紫色の光が伸びる。

 

しかし、怪物達の勢いは収まらない。一匹倒せばまた一匹、その忌々しい姿を現し、私達に攻撃を仕掛ける。

 

「ねえ!まだ時間がかかるの!?もしかして、駅の近くに出なきゃ金かかるとか考えてるなら大丈夫だから早くして!どうせTKGにつけとけば、バスもタダで…」

 

「…違う!あと4分稼いで!できる!?」

 

「…ギリギリ持つか、死ぬか。」

 

「…死んだら、ごめんなさい。」

 

彼女が稼いでいる間に、必死に慣れない計算を繰り返す。しかし、やっと歩数を完成させたと思いきや、これでは帰るまでに日が暮れてしまう。

 

東に23562345890556234歩、太陽の狭間から658259432120846歩…いや、日が暮れるどころの問題ではない。でも、今の計算方法であっているとするならば、これしかない。

 

本当に、これが現実世界への最短ルートなのか。私は愕然し、ただひたすら項垂れる。

 

怪物達はユユコを突き抜け、私の心臓をえぐる。しかし、振り向いて戦うなどと言うことは許されない。

 

「…もう、私死ぬのかな。」

 

動きを止める心臓。徐々に力が抜けて行き、更には脳内にノイズの音がする。しかし、もう終わりであると言わんばかりの体内の音を感じているのに、私の中からは何かが湧き上がってくる。

 

…何かが聞こえる。デバッグの中で座りながら死んでいておかしくなったのか、走馬灯のようなものまで見える。

 

「どうして、何も答えてくれないんだよ…」

 

「ごめんね、本当は私、こっちに戻ってくる気は無かったんだけど…でも、想真なら助けてくれるって思ってるから一回…戻って来たの。」

 

「そうか、でも…あの諏訪子様や神奈子様でさえも敗れるその覚妖怪って奴は何なんだよ。」

 

…いや、これは私の記憶じゃない。走馬灯ならば自らの記憶を見ているはずだが、こんな場所に、こんな時間に来た覚えなどないのだ。

 

この場所は、確かに私の高校。今となっては別の高校と併合されたが、私や想真、それに早苗と過ごした高校。

 

しかし、こんな時間に学校へ登校し、尚且つ屋上などに来た覚えなどないのだ。そもそも、確かこの日、2020年の8月9日は確か、私は吹奏楽部の合宿で東京には居なかったはずだ。

 

となると、これは想真の記憶?わからない。だが、私の記憶でないことは確かだ。何故だか知らないが、まだ身体の自由が効く。

 

…生きているの?死んでいるの?それすらもわからないままだが、何故だか先ほどの計算方法で、尚且つ現実的な距離で元の世界に帰ることができることにも気づく。

 

「…そっか。別の世界を経由すれば、現実的な方法で行けるんだ。さっき太陽の狭間が出たから、まずは太陽の狭間への道を探索すればいい…その前に、まずはこいつらを!」

 

…え?何言ってるんだろ、私。口調に乗り、思っていること全てを話してみたが、改めて話してみると、おかしな箇所がたくさん見つかる。

 

私の身体の中から、何かが湧き上がってくる。そして、はるか昔には思い出そうとすると脳ミソが裂けそうになるような記憶も、その全てを昨日のように思い出せる。

 

《…あの穴に行けば、お前は二度とこちらには帰れなくなるんだよ。良いのかい?それでも、ランやワイを追いかけるのかい?》

 

《行くよ。例え何回死んでも、必ずおばあちゃん達を救い出すんだ。大丈夫!この霧雨タイが、そんなことでビビる訳ないでしょ!》

 

《ああ…》

 

これが、あのときに思い出せなかった記憶。霧雨タイって、私のこと?

 

いやいや、私は生まれてこのかた血郷結衣だ。恐らく、これも誰かの記憶なのだろう。そうでなければ、本当に訳が解らない。

 

「剣術を操る程度の能力…」

 

私の口が勝手に言葉を放つ。その言葉に反応したかのように、片手には細い剣が握られている。その剣はプラスチックのように軽く、薄い桃色をしている。

 

怪物達の動く先が見える。どのように振れば仕留められるかが分かる。私はその思いのままに剣を振るい、怪物の命を奪う。

 

「殺剣、未来返し!」

 

形なき怪物を切り裂き、一見ダメージが無いように見えた怪物は数秒差で血を吹いて崩れ落ち、動かなくなる。

 

それが終わると、私の元から剣が消え、身の回りが見えるようになった。

 

私が盾となったのか、彼女達は無事だ。こうしてはいけない。早く妖夢や私達を治療せねばならないと感じて、私は彼女達の元へと向かった。

 

「結衣…フェンシングでもやってたの?」

 

「いや…よく解らないや。それよりも、これを元にデバッグを抜け出しましょう。」

 

東に945歩、太陽の狭間から18歩、奈落の都市から45歩。奈落の都市は、天文学的な数字で現れない乱数に組み込まれた場所。よって、この計算で出ることはほとんどない。

 

しかし、ここへ行く方法を割り出し、そこからニューヨークの座標へ行けば、その奈落の都市を経由した方法を割り出せる。

 

私達がその場所から歩くたびに、世界はその姿を変える。どうやら、あの男の言っていたことは本当ということらしい。

 

緑色の公園、地も天も星空の世界、夕方の団地。気味の悪いような世界を抜ける。目を覚ます白髪の少女を背に、帰って病院行ったら、その後ファミレスで尋問だからねと話す。

 

「…あんたの好きなもの奢るからさ。」

 

「あなたも…TKGの人間なのですか?なんだか、そうは見えません。あそこの人間は、みんな利己的で…」

 

「TKGの人間どころか、そこの総帥やってるんですけど。まあ、TamagoKakeGohan連合だからね。みんな卵かけご飯しか食べないから単細胞なんだよ。」

 

「ねえ結衣、その卵かけご飯連合っての、みんなに言ったらまた怒られるよ?」

 

「ったく、卵かけご飯連合で良いじゃん。みんな厨二病だねえ…」

 

私達のいつも通りのやりとりに、妖夢は変なの、と言ってクスッと笑い、また眠りだす。

 

そんなやりとりをして抜けた先、太陽の狭間には、あの男が座って本などを読んでいた。

 

「…もう少し遅いと思ったよ。」

 

まるで私達がこの計算をしてここまで来ることを知っているようなその姿に、私は少しばかりイラつきを覚えた。




自分達が精一杯で何かを成し遂げて、その結果が大成功でも大失敗でも、まるでその軌跡の全てを知っていたかのよう、いや、それに加えてその先の自分達の全てを知っているかのような人って必ずいるような気がします。


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人の形をした、人ならざるもの

永遠に下らない太陽、なのに上がらぬ太陽の光。この太陽の狭間と呼ばれる場所で、男は私達に語りかける。

 

「君達は、初めから妖怪達がこの世界にいたと思うか?」

 

妖怪、というのは恐らく、さとりさんやレミリアさんなどのことだろう。人間の形をした、人ならざるもの。

 

幻想郷には、多くの妖怪が存在する。それらのほとんどは、遥か昔からこの世界に存在し、その当時から人間に恐れられてきた。昔の罪深き人間は猫又に食われ、狸に化かされ、それは恐怖が具現化したものとされる時代もあった。

 

「…違うのですか?遥か古の時代から、妖怪達は人を懲らしめたことは古事記や旧約聖書にも記されています。人の形をした人の殺し…キラーとなるものが妖怪の正体であると2079年現在の我々は考えていますが。」

 

覚妖怪は人々の中の嘘を暴く人の殺し、宵闇の妖怪は生物の領域たる夜を脅かす人の殺し。皆、遥か昔の伊弉冉やイヴの作り出した、人々が行きすぎた行いをせぬように作り上げた隠し子。

 

だからこそ、妖怪の殺しである博麗の巫女を祀り、妖怪を支配下においた人々は巫女と共に葬らねばならない。それが我々の答え。

 

しかし、そんな私の回答に対し、彼はそんなことを考えていたのかと私の考えを否定した。

 

「…ならば、考えを聞かせてもらいましょうか。」

 

私は、どうせろくなことを考えていない彼に冷たい眼差しを向ける。彼はそれに気づいたのか、私に落ち着けと言った眼差しを向けた。

 

落ち着けるはずがない。多量の妨害プログラムに守らせ、情報操作させているとはいえ、もう世界の一部では周知の事実だ。これを元にして宗教家は神の教えを説き、今日を生きている。

 

私が食いつくと、男はその顎を押さえつけるように私に促した。

 

「まず、君達の考えは根本から間違っているのだ。誰が生物の頂点に人間が立ったと言った?まあいい、例えそれが真理だとしよう。ならば、何故人間は蛇や蜂…いや、まずここで提唱した「妖怪」を恐れるのかい?」

 

「それは……」

 

「そして、もう一つ。神がもし妖怪をそのような理由で作り上げたというのならば、妖怪にも殺しが必要なはずだ。妖怪だって、心臓や脳ミソを持って生きている。だからこそ、博麗の巫女は自らを妖怪や神の殺しを名乗っているのではないのかな? 」

 

「…ですね。」

 

内心では、彼を殴るか撃ちたい気持ちでいっぱいだが、彼の発言が正論すぎてぐうも出ない。

 

確かにそうだ。私達の見たように、妖怪達は意志を持ち、人間を戒める為のシステムとは必ずしも言えぬほどの荒っぽさを持つ。

 

星蓮船異変、地霊殿異変、紺珠伝異変…そして、最凶覚異変。これらは全て、我々の理論からすればあり得ぬ異変である。ならば、何故妖怪達が…あんな奇怪な生き物が存在するというのだろう。

 

「じゃあ、一体あの人の形をした人ならざる者達…妖怪とは一体何なのですか?」

 

嫌な予感がする…そんな気持ちを察したのか、彼は私の質問に、しばらくの間を置く。私やユユコがその口に集中する中で、彼は衝撃の一言を発した。

 

「…妖怪の正体は、この世界で君達が戦った怪物と、かつてこの世界に迷い込んだ人間が融合したものだ。君達が今まで出会ってきた古明地さとりや河城にとりは、これの子孫にあたる。」

 

そして、不死の魔法とはこれらの怪物を人力で錬成したものだ。君が不老の魔法使いとなっているのは、ずばりそういうことだ。彼は確かにそう言った。

 

私はその答えに戸惑い、生きている心地がしなくなった。そんな中で、不意に私は妖夢のように黒く気味の悪い目を持ち、身体が侵食されたさとりさんを想像する。私の目の前で彼女は、これが本当の私よと薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「う…嘘よ!そんなのデタラメだわ!」

 

あまりの気持ち悪さに、血の気が引ける。私の今まで出会ってきた妖怪達が、全てあの気味の悪い生き物の子孫であったなんて。

 

「そうか?君達の言った、聖書がどうのこうのよりはずいぶんと科学的だと思うがね。さて、そろそろ行かねば…月の暗闇に46歩。」

 

「ちょっと待って!取り消しなさい!取り消してもう一回…」

 

彼は、またどこかに消えてしまった。

 

…解ってる。恐らく彼の言っていることはあっている。でも、まだ認めたくない心が残っているのだ。

 

まだ、聞かなきゃいけないことがあったのに彼を突き返してしまった。さとりさんのことなんて、今はどうでもいいのに。

 

本当に聞かねばならないことは、私のこと。先ほどは断片的にしか見えなかった記憶が、今ははっきりと身を伝う。

 

ロクに口もきけなかったあの日から、もう何日経ったのだろう。気づけば彼とは連絡すらとっていないのだ。

 

早苗も死んでしまった。誰から聞いたかなど忘れてしまった。結界のせいだからと、気づけば墓参りなど一度も行っていないのである。

 

不意に涙が零れる。その涙がもう一つ、変な記憶を思い起こす。

 

今からもう何年も昔になる。尋ねた部屋番号も覚えている。あの504号室だ。あそこにはアリスさんが霧雨学園長と共に住んでいた。

 

そこには、かつてのアリスさんの面影などなかった。魂が抜けたように椅子に座り、ひたすらに液晶画面に何かを打ち込む彼女。私が何を話しかけても答えないその様は、まさに廃人と言った言葉が相応しかった。

 

そのどうしようもない姿に、私はもう黙り込むしかなかったのだ。

 

「ちょっと!大丈夫!?さっきから一人でブツブツ独り言なんか…」

 

ユユコの声に、私は初めて我に返った。辺りの様子を伺うと、太陽の差した一面の景色に、怪物と融合しかけた妖夢を抱くユユコの姿があった。

 

…そうだ。もう昔のように壊れている暇はない。そんな風だから、本望であったとはいえ、あの時その弱みをナチュレ様につけこまれたのだ。

 

「ごめん。早く病院に急がないと。」

 

私のことを心配してくれるユユコに、大丈夫だと引きつった笑いをかけると、彼女には余計心配された。

 

私達は、再び時空の狭間を歩き出した。なんとなくだが、とりあえずは全てが終わったのでホッとしたいと言う感覚が戻ってきたような感じがした。

 

しかし、真実を語る物語は終わらない。その時、妖夢や私の残してきた世界ではその真実を知る少女が独りで誰がいる訳でもないのにお茶をたてていた。

 

空は生憎の豪雨であった。

 

「…私が霊夢さんを殺したって?言いがかりはやめてくださいよ。私はただ、あのお方は死んだ方が我々のためであると思っていただけです。」

 

少女は顔をあげ、誰に渡す訳でもないお茶をそのままにして屋敷の地下へと下る。地下には、人一人入れるくらいの小さな通路があるだけで、他は何もない。

 

「運命の刻は確実に訪れる。例え他の者共が何をしでかそうが、幻想郷がトウキョウから分離することは避けられぬ宿命。全ては破滅の未来の為、稗田家はその為に事を成してきた。」

 

小さな通路の先、わずかばかりに人が入ることのできる隙間が存在する。彼女がその扉を開けると、銀色の鉄格子で遮られた空間が存在した。

 

着物の少女の背後には、同じく着物を着た一人の少女。彼女は声を震わせ、そこまでして幻想郷を滅ぼしたいのかと彼女に問うた。

 

「さて、こんな場所に私を招き入れた理由は解っています。ここに私を幽閉すれば、幻想郷の破滅…運命の刻は訪れずに済む。そう思っているのでしょう?」

 

「…阿求!」

 

「やってごらんよ。それで気がすむならば、それで良いじゃないの。たった一人の友人を幽閉して、それで幻想郷が守れるならね。」

 

少女、稗田阿求は不吉な笑みを浮かべ、本居小鈴の顔にその顔を近づける。小鈴の目線を奪っている間に、彼女は檻の鍵を握らせ、その顔を離す。

 

彼女を永遠に幽閉して、これまで起きた異変を全て無かったことにする。そうすれば、本当にこれから先の未来は救えるのか。

 

いや、救えたとして、本当にそれでいいのか。不死鳥のような彼女をどこまでも追って、人の道をも外れてやっとのことで巡り合った、彼女の替えの効かぬの友達。

 

「できないよ…そんなこと、できる訳ないって知っているでしょ!?ずっと、ずっと逢いたかったの。百数年の時を経て石から蘇る不死鳥、それがあなたの正体。そんなことは解っていた…それでも逢いたくて、あなたの逝く先を小町さんに無理言って、逝って追いかけて…」

 

こんなことってないよ。小鈴の瞳は汚水のように濁り、光を反射する。そんな私にもかかわらず、阿求は冷たい目線で私を見下す。

 

その瞳の裏にどれだけの本性を隠しているのか、そんなことは蚊ほどにも知らずに。



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幻想の中から目を覚ませ

「ふうん。そんなに私と死別するのが嫌だったの。」

 

彼女、稗田阿求はそれならばと私から自身の握らせた鍵を奪い取り、私を檻の向こう側に突き飛ばして鍵を閉めた。

 

「…ダメなの?それほどに、あなたとの日々が楽しかったから…」

 

「そう。私が早く逝くことなど、解っていたはずなのに?…私の血を飲むなんて、あの女を思い出すことを平気でするなんて。あなたには失望しました。」

 

檻越しに伝わる彼女の冷たい視線が、ただでさえ暗い檻の中を更に冷たく染め上げる。記憶だけが残っているだけで、今の阿求は当時とは別物。あの頃の阿求など、もうどこにも居ない。そんなことまで思えてくる。

 

「そこで、もう一年もせぬ内に訪れる幻想郷の終末を見ているが宜しい。本来ならば百年ごとにしか産まれぬ御阿礼の乙女、この時代に生まれた理由こそ、幻想郷を終末に導く宿命を成すため。本当に私の友人を名乗るというのならば、そこで一年の間座敷牢の住人をしているが宜しい。」

 

阿求は私に冷たく吐き捨てた後、その場から身を退いてしまった。この暗い空間は私の幼い身に応え、その足の感覚を攫っていく。幻想郷が滅んだら、私達はどうなるのだろうか。

 

「運命の刻」のことならば、遥か昔の書物で目にしたことはある。延々と繰り返す歴史の中で、それを改変不能にする人力による歴史の修正。

 

その世界にいずれ訪れる終末。物語に必ず終わりがあるように、世界にも必ず終わりが存在する。終末を描くことによって世界という名の物語は完成する。タイムパラドックスなどが起きないのは、この「運命の刻」によって定められた終末が一定であるため。

 

その物語の著者にあたる人物こそ、御阿礼の子。世界の終末を予定通り訪れさせ、書物を完成させることが阿求の宿命。

 

「……あれ?」

 

私なそのような考えを張り巡らせた中で、一つの疑問を打ち立てる。

 

もし幻想郷が滅んだら、その終末を描き切ることで彼女の…10代にまで続いた御阿礼の子の役目は終わる。ならば、役目が終わった彼女は一体どうなるのだろうか。

 

読んだことがある。御阿礼の子が早死にするのは、転生の契約をするせいであると。その契約をし続けることによって、その契約者の血を体内に持つか取り入れた人間には多量の負担がかかるのだ。

 

ならば、もし幻想郷が予定通り滅んだら、彼女はもう契約する必要がないから生まれ変わらない?

 

つまり、もう阿求は早死にをしない…死ねば魂を浄土に召される代わりに長く生きることができる?

 

ひょっとして、阿求があれほど自らの宿命に前向きな理由って…

 

「ごめん……」

 

なんだか、心の底から常闇の罪悪感が湧いてきた。

 

考えてみれば、私が彼女の為にしてやれたことなど、何があっただろうか。せいぜい本を読ませてあげることだけ。それも貸本屋をしていただけで、そうでなければそれすらもできていない。

 

「おまたせ。何が食べたい?」

 

阿求は、階段をその軽い身体で降りてきた。私の身の中を貫く感情、それは紛れもなく誰かのための感情。私はそれを口にしようと、阿求の前で声を出す。

 

「阿求!あのね…その!」

 

…違う。

 

…何が違う?私のこの感情は、阿求の為の自己犠牲心からではないのか?私はただその問いに答えを見つける為、彼女の前で口籠る。

 

「何?あなたが選んだ選択なのに、不満でもあるというの?」

 

あなたのためならば、私はどうなってもいいよ。その言葉を口にしたくて話しかけたのに、その一言が口に出せない。

 

違うからだ。私の中の本当の私は、そんなことを蚊ほども思っていないのだ。確かに稗田家の宿命は大変なものであり、彼女のしていることは仕方のないこと。

 

でも、それと私が絶命することはまた別のこと。私が小町さんと契約したことも、転生できることが分かりきっているからだ。もしあれが五割などと言われていたら、自ら絶命など誰がするものか。

 

私は意気地なしだ。臆病者だ。命を張って誰かを守ることなど、誰がするものか。

 

「何かしたいことがあるなら言ってごらんなさい。私のできることならば、できる限りでしてあげるから。」

 

「…したい。」

 

「ん?」

 

「阿求と、阿求と一緒に生きていたい!ずっと一緒に本でも読んでいたい!稗田の宿命なんて、運命の刻なんて私にはよくもわからないけれど、それでも…」

 

ダメみたいだ。やはり、ここぞという時にロクな言葉が出てこない。私はやはり、八犬伝のような勇者達になどなれやしないのだ。ただ自分の身の回りがお花畑ならばそれでいい、ろくでなしだ。

 

「まったく、往生際の悪いガキね。命乞いにしても随分と下手な命乞い。」

 

「そうだよ、命乞いだよ…何でもしますから命だけはってあれだよ。」

 

「まあ、あなたの場合は命だけは、じゃあないけれど。」

 

鼻を服の袖で拭き、もう濡れてしまった服でも鼻水を拭くので、もはやその動作には意味がない。そんな私を見て、もう抑えきれないと言わんばかりに笑い、憐れみの目で私を見る彼女。

 

「…はぁ、お腹痛い。馬鹿じゃないの?あんた状況解ってる?」

 

「解らない、そんなの解らないよ!ただ…」

 

また、上手い言葉が出てこない。代わりに私は檻越しに彼女の懐に潜り込み、その灰色の香りに身を寄せる。

 

「興醒めね。もういいわ、あなたみたいなクソガキのお守りなんてしたくないもの。」

 

「…えっ?」

 

「命乞いを聞いてあげるって言ってるのよ。どうも私は悪にはなりきれないわ。」

 

阿求は私を一度自分から離すと、鍵を開けて自らも檻の中へと足を踏み入れ、一つの畳をずらした。

 

畳の中には、紫色や碧色で濁った渦が、音を立ててうねっていた。

 

「これは…?」

 

「博麗神社への近道。私と一緒に生きていたいのでしょう?…とりあえず、ここで話していると「彼女」に聞き耳を立てられるかもしれないからね。」

 

「彼女…?阿求の血を飲んだ人のこと?」

 

「違うわ。とにかく、彼女にこの話を聞かれると厄介なの。早くこの中に…」

 

「ねえ、本当に幻想郷を滅ぼすことがあなたの使命なの…?そんなことをしたら、今の私達のお母さんも、みんな死…」

 

「良いから、早く!どうせ私達が何もしなくても幻想郷は滅びる。でも、もしかするとそうならずに済むかもしれない……やはり、夢は終わらせなければ!我々は幻想から醒めねばならない!」

 

阿求は私を鷲掴みにし、自分もろとも渦に身を投げる。渦からわずかに見えた姿、彼女の言っていることが分かった気がした。

 

誰とも知れぬ者の腕、その腕は私達の言葉をトリガーにするように目を覚まし、私達をさらおうと手を伸ばす。

 

危なかった。そう思った数秒後には、私達は神社の鳥居の側にいた。

 

神社は外部からの攻撃を遮るように結界に覆われ、その結界のせいで、もはや外の景色など見えはしない。

 

まるで、この神社だけ別の世界にあるようだ。この神社に居るだけで息苦しく、少し歩くだけでその場に倒れこんでしまう。

 

「…さて。まずは深月に遭わなきゃね。腐っても、今の巫女は博麗深月一人だけだし。」

 

「深月?深月に遭ってどうするの?」

 

「…外の世界に出て、結界を破壊する為に人手を募る。そして、博麗大結界を…メトロポリスの置き土産を破壊する。」

 

「……は!?」

 

てっきり、幻想郷の中でどうにかすると思っていた私は、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきで彼女を見る。

 

まるで訳が解らない。確かに、博麗大結界を破壊すれば幻想郷の歴史はその終わりを告げる。私の家族も助かり、誰も傷つけることなく事をなせる。

 

だが、そんなことをしたら幻想郷のあらゆる妖怪が黙ってはいない。特に幻想郷を古くから守る妖怪や、それを見てきた…

 

「妖怪が騒いで、私達は処刑だって?元々、博麗大結界はこの世界のものではないのよ?誰が文句を言う者ですか。」

 

「処刑だよ!特に、博麗大結界を大事にする八雲…紫…なんか…あれ?」

 

「ん?どうかしたの?」

 

「いや…そういえば、どこの妖魔本にも隙間妖怪のことなんか書いてなかったなって…」

 

そういえば、昔から阿求が書いてきた幻想郷の史記を読んだことがある。その史記に、隙間妖怪の文字が現れたのは、丁度幻想郷が外界から閉ざされたのと時を同じくしていた。

 

そして、その昔から存在する妖魔本に、隙間妖怪などというものは一切記されていなかった。閻魔や悟、それに土蜘蛛などは描かれていたのに、隙間妖怪を記したものだけは私のコレクションになかった。

 

いや、一つだけあった。しかしそれは、外の世界の技術でも、幻想郷の技術でも決して確立できぬ技術を用いられた、言わばオーパーツ。

 

そういえば、私達が幻想郷からここに来るときに飛び出た腕の先って…

 

まさか…いや、そんなはずは…

 

「そう。「彼女」は、運命の刻を引き起こす異変の犯人こそ、メトロポリスが幻想郷の監視として送り込んだ人造の妖怪。」

 

「八雲…紫…」

 

腕を見ると、汗で腕がぐしゃぐしゃになっていた。

 

まさか、いや、彼女に限ってそれはありえない。でも、彼女しかあり得ない。

 

真実は、残酷なその姿をついに表した。



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ニューヨーク・レポート

キリの良いとこキリの良いとこと考えていたら長くなってしまった…読み辛かったらごめんなさい。


博麗深月には、巫女としての自覚が足りない。

 

力を持つ妖怪が薄々そう感じているのは事実であるが、それは博麗霊夢の影響が強すぎたということもあるのかもしれない。事実、彼女は数年前までただの女子高生であり、幻想郷の存在すら知らなかった。

 

霊力は使えない。空も飛べない。しかし、そんな彼女に取り憑いた力によって、彼女は不自由を強いられていた。

 

「深月」の名を持つその巫女は、そのルーツを知らない。気づけば彼女はトウキョウにいて、世界は彼女を認めていた。

 

彼女が記憶を辿れるのは、たった三年前の、13歳の誕生日からだ。彼女の元には、博麗神社の使いを名乗る人物が現れ、巫女をすることを頼み込む。気づかぬうちに時空を超え、七世界を彷徨う彼女にとって、そんなことは朝飯前であった。彼女は今は外の世界の学校に通いながら、博麗神社の巫女をしている。

 

しかし、時折巫女をしている間に異世界へ旅立つこともあり、学校もあるので、幻想郷の異変はその全てを他の誰かに任せっきりである。

 

巫女の力も使えず、異変解決の際には背中に小型飛行機。手には銃と、ずいぶん頼りないのである。

 

いや、異変解決をしてくれる日はまだ良いのかもしれない。彼女は初め、ボランティアで自らを巫女に染め上げると言った里の人間にふざけるなと喚き、給料も無しにこんなへんぴな場所に縛り上げるのかと幾度もその装束を脱いだ。

 

こんなつもりならば、僕は一生巫女の装束など着ない。彼女は数ヶ月の間幻想郷を踏み荒らし、挙句には巫女の名を晒して妖怪達から食い物や金をカツアゲする荒れっぷり。

 

霊力などなくても、妖怪達を怯えさせるその様は流石は霊夢の孫か。街で巫女の黒い噂が飛び交うのは避けねばと言って、私が鈴奈庵の少ない外界のお金を少しずつ割いて深月に渡しているのが現状だ。

 

「…早くない?まだ僕お金あるから良いよ。」

 

「いや、今回は阿求の用事でね。お給料はまた今度。」

 

「…ふうん。阿求、何か用?」

 

彼女は、ここ最近はずっとこんな感じだから里に買い物にもいけないと言ってパジャマ姿で寝そべり、指輪型のケータイからイヤホンを通して音楽を聴いている。

 

指輪をつけた腕には旧式のゲームパッド。その先には旧式のパソコンがある。中では、巫女が格闘ゲームをしており、相手はどこかで見たことのある青髪の天人。

 

「…まったく、本当に深月はブレないわね。そのゲーム、また霖之助さんから買ってきたんじゃないでしょうね?」

 

「違うよ。神社の本棚整理してたらあったんだよ。外じゃあこれ、アーケード版の世界大会もあるくらいに有名なゲームなんだ。旧式のこれは廃盤だよ。」

 

「…ごめんなさい、興味ないわ。」

 

「そう。で、頼みって何?」

 

一応掃除はしてくれているのか、部屋の中は綺麗に整理されている。とは言っても、それはあくまで部屋としての話。畳の上には最新型のテレビ、食器棚にも洋風の洒落たものばかり。この中を他の里の人間がみたら発狂するだろう。

 

まあ私としては、ここでテレビが見られることは結構なことと思い、里で買ってきた和菓子などを手土産に通いつめているのだが。

 

…ここって多分圏外だよね。どこから電波引いてるんだろ。

 

テレビには、相変わらず他愛もないアニメが流れている。人型のメイドロボットが宇宙を救う…なるほど、これはなかなか面白そうだ。

 

「なるほど、つまり僕の力で外に出たいんだね。でもあいにく、好きな時に使えるわけでもないし、今はこいしに凍結してもらってるんだよね…まあいいや。外には出してあげる。」

 

お給料も貰っているしね。深月は私達を手招きし、霊夢が巫女としての生を真っ当していた時には存在していなかった、博麗神社に付け加えられた小さなシェルターの中へと案内した。

 

彼女の言っていることの意味が、初めはよく分からなかった。初めは、てっきり彼女の能力で彼女が幻想郷と外界を行き来しているものだとばかり思っていたので、少し早まってがっかりしたのだ。

 

しかし、そのシェルターの中を見て全てを悟った。シェルターの中には、阿求の家の地下の座敷牢に存在していたものと同じようなものが渦巻いていた。深月に聞くと、このゲートを潜れば現実世界のどこかへ移動することができるという。

 

以前は深月の家の近くに座標を設定していたが、それだと幻想郷の妖怪に気づかれ、永遠に巫女を強いられるように幽閉されかねないので「どこか」にしたという。

 

「私もそろそろ上がるからさ。ついでだから乗せてってあげる。」

 

私達の方を見ないで、深月は機械を操作し始めた。彼女には巫女としての自覚などまるで無いだろうが、やはりあの後ろ姿を見ると、どこかあの楽園の素敵な巫女と言われた彼女を思い出す。

 

生きていれば、まだあの御身を拝めたのだろうか。不意に彼女のそんな姿が被る。

 

「いやぁ、こうしてみると本当に霊夢さんがそこにいるみたいだね。」

 

「阿求…!」

 

阿求の冗談を言うような口ぶりに、思わず彼女を恨みを込めて睨みつける。彼女は私のそんな姿に気づいたのか、そうカッとしないのと私に不吉に笑いかける。

 

「わかってるよ。まあ霊夢さんも災難だったねえ。霊夢さん首吊ったから、ちょっとは身長伸びたかな?便秘も治ったよねえ。」

 

「…本当に怒るよ?」

 

「はは、ごめんごめん。」

 

彼女の謝罪の意の笑いかけが、また私の逆鱗を撫でる。彼女と争っている暇は無い。私はその逆鱗を意地でも抑え込み、深月にまだ時間がかかるのかと問う。

 

深月は私の声に振り向き、もうそろそろだよと答え、その後しばらく操作してから自分も渦の上に乗った。

 

渦は私達を引き込み、外の世界へと連れ出す。博麗大結界がよほど強力になりすぎているのか、狭間に入ると地球の内側に居るような凄い重力に襲われる。

 

意識まで遠のく。知らなかった、博麗大結界が、こんなにも強大になっていたなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月になったニューヨークは人で賑わい、雑踏が街を包んでいた。

 

確かな足を置くことのできる大地、周囲には人間、確かな存在を持つ生き物。まるで生きた気のしなかったあの世界から出てきてからは、その場で寝てしまいたいほどの安心感だ。

 

「魂魄さんは、一週間ほど入院してから東京にお送りしますね。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

「いえいえ、ほとんどはあなた方が治療をなさってくれたので、こちらからは何も…」

 

「そんなことありません。手術台を貸していただいただけでも感謝です。」

 

妖夢は、結局のところ融合を解除した際の副作用で吐き気などが激しい為、しばらく入院することにさせた。

 

幻想郷ではまだ日本語が存在するらしく、妖夢は英語が喋れない。通訳としてユユコに病院に居てくれと頼むと、彼女は日本語など古典で少し習ったくらいだと初めこそ断られたものの、無理やりごり押して許可させた。

 

…少し悪いことをしたかもしれない。退院したら妖夢とユユコに美味しいもの奢るから許して。

 

ニューヨークの街は、日本と同じように今はもうすぐ冬が近づいている。サンタクロースを迎える準備をしているのか、街は特別な色に色づく。

 

この街で英語が当たり前に聞こえてくることは昔から変わらないが、これが日本にも見られるいつもの光景となっていることは少しばかり寂しい気もする。

 

さて、せっかくだから遊覧船で自由の女神でも見てから帰ろうか。それから高速バスに乗って…あ、そうだ。ユユコの学校に欠席の連絡入れなきゃ。それと…

 

…あれ?

 

「おお、これは素晴らしい着物ですね!遥か昔からタイムスリップしてきたのかと…」

 

「あ…えっと…何て?」

 

ニューヨークの街を歩いていると、日本語を話す二人の着物の子供達を見かけた。英語が話せないのか、二人組は黙って立ち尽くしている。

 

見るものを圧倒する綺麗な着物。黒髪の少女の様は、かの稗田阿礼を思い出させるような顔立ちである。

 

今の時代、英語が話せないということはほとんどありえない。ということは、まさか幻想郷の人間?

 

「あの…もしかして、あなた達幻想郷の人?」

 

数十年ぶりの日本語で話しかけて見る。すると大和撫子のような彼女と一緒にいた赤白のチェック柄の着物を着た娘は私を見て目を輝かせ、そうなんですよと私にすり寄った。

 

彼女達に声をかけた人は、見慣れぬ言葉を話す三人組に相当困っているようだ。そんな彼には、私は「割と最近流行っている古語での会話なので気にしないでください。」と言ったような即興の嘘で切り抜けた。

 

「あの…ありがとうございます。」

 

「あ、うん。幻想郷に何か起こることは知ってるよ。巫女さんは?霊夢さんはもう死んじゃっても、博麗の巫女さんはまだ居るでしょう?」

 

「はい。まあでも、今回は深月にもどうしようもない規模の異変ですよ。要は博麗大結界を破壊できれば良いのですが、それが中々出来なくて、外の世界に助けを求めた次第なのです。」

 

それにしても、私にひっついている娘もそうだが、話している娘は本当に美しい。今時こんな美人、他に居るだろうか。

 

あ、新しい巫女さん深月って言うのか。きっと霊夢さんに似て美人さんなんだろうなあ。

 

ん…?というか…

 

「ええ!?博麗大結界壊しちゃうの!?」

 

「はい。今回の異変の原因があれなので。というか、あれは元々、幻想郷にはあってはならないもの。メトロポリスからの凶々しい産物です。」

 

「いや、まあ…それはさとりさんからだいぶ前に聞いたけれど…」

 

そっか。まあ、幻想郷の住民が決めたことなら、私達がとやかく言える立場じゃないか。

 

きっとユユコは妖夢と二人で帰ってこれるだろう。私は三人分のチケットを手配してもらい、名も知らない二人組と共に、東京行きのバスに乗ることにした。



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魔界編
サビだらけの都市


私達を囲む無数の人間。私達はその中で、まだ意識もはっきりせずにその場に醜態を晒している。

 

「…何で、月の時と同じ状況になるのよ。」

 

いや、正確には月の時と同じ、という訳ではない。七人で異世界の狭間を抜けてきたはずなのに、ここには私とスミ、それから鈴仙とリネアしかいない。

 

魔界に落ちてくるときに離れ離れになったと見るのが妥当だろう。魔界ということは、この人達はルイズのように魔界の兵士なのだろうか。

 

いや、彼らは魔界軍の制服も着ておらず、それどころか彼らの持っている武器は包丁やカッターナイフ。普段ならば武器として使わないものばかりだ。しかし、彼らの態度はそんな武器とは打って変わって、私達に殺意を込めたような態度だ。

 

「恐らく、彼らはただの武装した民間人。私達の敵ではないわ。そうでしょう?」

 

鈴仙の煽り文句に、民衆はさらなる怒りを込めて、罵声で鈴仙の声に応える。

 

「ザルジさん!あんな奴、やっちゃいましょうよ!」

 

「ああ。余所者など引き入れたら、コバヤシ様に怒られるからな。やっちまえ!」

 

リーダー格の男の声の元、私達を取り囲む人々は一斉に私達に襲いかかる。

 

「ちょ…ちょっと待ってください!」

 

私の言葉など聞かず、人々は包丁やカッターナイフを突き立てて突撃する。民衆は、ボロ切れのような着物やゲタに身を包み、見た目こそ貧しいものの、その意志は流石と言わんばかりである。

 

しかし、こちらには列記とした兵隊が二人もいる。そう簡単には負けない。

 

「話し合いの余地なし、と解釈しますね。ではその命を奪うことで贖罪となさい。」

 

「そうだよ、やっちゃおうよ鈴仙。奴らきっとユダの手先だよ。」

 

その一瞬の間に鈴仙は刀を引き抜き、私達に寄る人間を傷つけて近づけない。

 

しかし、彼らも真っ当な鍛え方をしていない訳ではないようだ。彼らは刀で斬られても悲鳴一つ上げず、まだ私達に向かってくる。

 

その敵を睨み、リネアは左腕を垂直に伸ばして弓を作り出し、右脇をしめて矢を持つ素振りをして矢を作り、高熱の矢を放つ。矢は見事敵に命中し、敵はその高熱に焼かれて命を落とした。

 

「くそっ!ザルジさん、ヤナギウラが!」

 

「構うなぁ!かかれぇ!」

 

命を落とした人間のことを心配する人の言葉すらも背に、ザルジというあの集団のリーダーらしき人間は仲間に突撃を命じる。リネアの矢をもろともせず、鈴仙に傷をつけられてもなお立ち向かうその意志は、やはり魔界の人間のものである。

 

ついに彼らは私の右腕を捕らえ、その身をえぐろうとした。私は、右腕はくれてやる覚悟でオーラを彼らの背後に回す。

 

せめて、私の右腕で突破できるなら…

 

「…ぐああああ!」

 

その刹那、私の耳に誰かの悲鳴が蠢いた。突然の出来事を前にして私は辺りの状況をよく確認できず、ただその未知の攻撃の正体を探っていた。

 

私の悲鳴ではない。それに気づくのに数秒。それから、次第に辺りの風景が頭にインポートされてゆく。

 

リーダーを残して、全員がスリングショット…パチンコの弾に殴られて倒れている。何者かは知らないが、その攻撃の主は私達の手を取って誘い、この隙にと私達を街の外れまで案内する。

 

よく見ると、彼はまだほんの幼い子供であった。見た目からすると、小学校低学年くらいであろうか。彼は少しばかりの出っ歯を光らせ、青空のもとを駆け巡る。

 

「ったく、随分お前達も運が悪いな。」

 

少年は、私達の顔も見ずにひたすら走る。リネアは君も魔界の兵隊なの、と彼の腕をたたえて問うた。

 

「まさか、俺はただの村人Aだよ。ああやって反社会軍から村人を守ってるだけだ。」

 

「反社会軍?国を倒すためのレジスタンスが居るの?」

 

「違うよ。軍部の目を盗んで、金を村人からゆすり取って金儲けしてるだけの連中。なんだかんだ言って、たまに監視に来る軍部にだけには良い顔してるからレジスタンスなんかじゃないよ。」

 

彼と一緒に街を歩いていると、異様な街の光景を目の当たりにした。市場で保存環境の悪い野菜を買い漁る住民。売り子は柄が悪く、赤子もいる目の前だというのに、売り子は煙草を吸っている。

 

そして、住民が手にした作物はほんのわずかばかり。キャベツの外殻、りんごの芯、醤油は水で薄め、もはや茶色の濃度が限界にまで薄まっている。

 

「奴ら、他の商人が売り出す作物を闇市で転売してぼろ儲けしてるのさ。それで、闇市以外で売ろうとする連中はボコして、結局住民は闇市無しじゃあ生活できないから、闇市に手を伸ばすって訳さ。」

 

辺りを見ると、りんご一つが物凄い値段で売られている。これ一つを他の世界で買えば、りんごを箱買いできてしまいそうだ。

 

こんな場所で生活していれば、簡単に餓死してしまう。それを彼に伝えると、彼からは予想だにしない回答が帰ってきた。

 

「さっきの連中見たろ?あれが反社会軍なんだが、あいつら元はただの住民さ。反社会軍に傭兵として入れば、生活できるだけの金が貰えるんだ。それで、いつも反社会軍に抗う人々の盾にされるのはあんな奴らさ。」

 

「…そうだったんだ。」

 

随分と薄気味悪い世界だ。これが無責任な初見の感想だが、恐らくこんな世界を見たら皆そう思うだろう。

 

しかし、慣れというものは随分怖い話で、どんな地獄だろうと生きていこうと思えばさほど気にならなくなるのもまた人間。恐らくここの住民は、犯罪者のぼったくりに身を委ねて、時にはそんな連中の言いなりになることにも何ら疑問を持たなくなっているだろう。

 

「俺は榊原颯斗って言うんだ。お前達、他の世界から来たんだろ?何か手伝えることがあるなら言ってくれ。力になるぜ。」

 

私達は彼の言葉に甘えることにした。彼の家は街の外れにあり、反社会軍の影響を受けにくい場所にある。

 

風情のある住宅。門から住宅までの通路には石の歩道があり、綺麗に手入れされている。住宅の門には風情のある木の引き戸が使われており、屋根は綺麗な瓦屋根である。

 

私が彼の言うとおりに家へお邪魔する刹那、青く澄み渡った空は急に暗転し、透明な雫がぽたぽたと空から垂れ始めた。

 

メリー達、反社会軍にやられてたりしないかなと、私は演技でもないことを口にした。

 

「あれ、おかしいな?」

 

空が暗転しているのは、魔界の街だけではない。魔界と幻想郷をかつて繋いでいた門は既に機能を失い、博麗の巫女が訪れた際に灯っていた光はその輝きを失っていた。

 

「あれ…おかしいな。ここに門番とか居なかったっけ?居たって魅魔様が昔…」

 

「門番?サラさんなら、もういないよ。時空を超える技術が確立されたから、こんな巨大な次元移動装置は必要なくなったんだ。今は処理するにも金がかかるから、そのまま形だけ残ってるんだ。」

 

「ま、確かにね。じゃあサラさんはもうクビ?」

 

「まあね。でも魔界の兵隊としてはまだまだ現役だよ。サラさ〜ん?」

 

にとりの心配する声を前にして、レイクロクが門の反対側に声をかけると、桃色のサイドテールを身につけた少女が門の外側から姿を現した。しかし、少女は昔のような赤い服は着ておらず、代わりにルイズと同じような緑色の軍服を着ている。

 

「クビだなんて、縁起でもないこと言うからには強いんでしょうね?」

 

サラは、にとりのことを見てフッと笑った。対して彼女はサラを見て、こいつはヤバイねと彼女から身を引いた。

 

彼女から出るオーラはそれくらいに強く、この間のルイズよりも闇が増し、それが圧力を強めていた。しかし、にとりを見て怖いのとサラが笑うと、彼女はそんなことはないと心に嘘をつく。

 

「ただ…この間会ったルイズって兵隊が強かった。でも君は、彼女よりも強い。それはわかる。」

 

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ。彼女のことも含めてね。私はルイズ達二等兵に命令を下す、上等兵を統括する総兵長をしているの。ルイズとは格が違うのよ。こんな下等兵が着る制服、本当は着なくても良いの。解る?」

 

「…とにかく、強いってことは解った。でもお前、あの時魅魔様に負けたじゃん!」

 

「魅魔って…?ああ、あの神様ね。まあ、あの時は私も弱かったし、何より陛下だって敵わなかったんだ。でも今は違う。魔界は強大になったんだ。昔とは比べ物にならないほどにね!」

 

「サラさん、魔界自慢はそれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう。」

 

サラをなだめるレイクロクの言葉を耳にして、サラは更に機嫌を損ねる。

 

「っ…!何だ貴様!上等兵の身分で、上官の私に命令するのか!」

 

レイクロクがサラの怒りを笑いながら沈めようとする。そんな光景を、残る鼓石は何も考えずに見ていた。ひょっとすると、魔界の兵士とも仲良くなれるかも。そんなことを頭の片隅に垣間見ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いが互いの所在を解らぬ隙間、一人の少女はそれを良いことにして新たなる闇を作り出す。

 

全ては手筈通り。もし、ワガママな未来の使者の事件が誰かの意図したものであったなら。鈴仙がそのことで味方につき、蓮子達と共に旅をすることが仕組まれたものであったなら。

 

あの時も、あの時も、博麗の巫女が異変を解決したことが仕組まれていたように。

 

「はい、あんたに頼まれたもの貰ってきたよ。これでいいの?」

 

「うん、ありがと。トアちゃんは働き者で偉い偉い。」

 

少女は微笑みながら、トアの頭を撫でる。時空を超える間に便乗して抜けてくるなんて。彼女はため息をつき、少女は彼女に再び語りかける。

 

「知ってる?不死の妙薬って、月の人間の骨なのよ?」

 

「奇妙な話ね。それにしても、もっと奇妙なのはあなたの方よ。トウキョウのガキの血なんか飲み干して、一体何が目的なの?どうせ生まれ変わる先なんか選べるご時世。死ぬことが怖いなんて言わせないわよ。それとも、そこまで身体と記憶が大事?」

 

「ザッツライト。あ、後者のほうね。私は見てみたいのよ。その為に、生まれてから死ぬまでの時間が必要なのよ。運命の刻まで無限に生まれ変わり、そこまでの記憶を綴る稗田の宿命。となれば、必ず終止符を打つ為に必要な時に生まれ変わらねばならない。」

 

「ふうん、その運命の刻ってのがみたいの?阿呆らしい。」

 

「まさか。それじゃあ、私があのガキを利用した意味が無いわ。あの娘が旅をすれば、やがて「あの能力」に辿り着くかもしれない。みんなの世界を救いたい!とか綺麗事吐いて、その能力を見つけるかもしれないからね。それなら、わざわざ郷少年と組ませる意味はない。」

 

「ふうん。その為に、こんな死骸を?」

 

「郷少年はその能力の鍵で本来の所有者だから、一応手に入れておくのが華だったけれどね。実は、それはあまり必要じゃないわ。必要なのは、あれが無いとガキに思い込ませることよ。」

 

「そうね。それがあれば、運命の刻が起きかけても死骸飲めば、ってなるものね…まったく、あなたはいつも欲望に馬鹿正直ね。マエリベリー・ハーン教授。」



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裏切り者

魔界都市ミラークロス、この都市が誇るタワーの頂点から見る夜景はとても美しく、まさに絶景と言える。

 

颯斗には家族がいた。彼の姉である翼は世話焼きで、彼が知らない人を連れてきたと知ると、また弟がご迷惑をと謝罪した。しかし、私達はむしろ彼に救われたのだと言うと彼女は安心し、お役に立ててよかったですと部屋の一つを貸してくれた。

 

彼女は紫色のセーラー服を着た黒髪の美人で、その姿を聞くと名門の女学校に通っているらしく、その倍率は何十倍にも達するそうだ。

 

本来なら莫大な学費がかかるが、彼女はその実績で学年上位の成績をあげ、もらった奨学金のおかげで家計には打撃を与えずに済んでいるそうだ。

 

父親は戦死し、今は三人で暮らしているらしい。自分の家はある程度恵まれているから、父親が残してくれた軍隊からのよしみで軍事施設から食料を買えるから良いが、他の家ではもはや反社会軍から物を買うことが当たり前となっている現実があると颯斗の母親から聞いた。

 

私も軍人。昔は師匠と共に人々の傷を癒していたが、彼女らを裏切った今では人々の傷をえぐる仕事しかない。ひょっとすると、颯斗の父親のような死に様がお似合いかもしれない。

 

「はあ、やっぱりここにいた。ドレミーがあなたのこと心配してたよ?」

 

不意に後ろから声がした。私の名前を呼び心配する彼女の白い翼が私を包み、私の肩をそっと撫でる。

 

「…臨在の君に、許しはいただいたのですか?」

 

「任務中よ。命令で別の世界に潜伏していたのだけれど、向こうは天邪鬼を毛嫌いしてる連中の住処だからね。幻想郷に似た世界だけれど、奴ら巫女よりもずっとタフだよ?」

 

「そう。でも、サグメさんは天邪鬼なんかじゃないでしょう?」

 

「似たようなものよ。じゃあね、そろそろ時間だから私帰る。」

 

「…人騒がせな人ですね。」

 

白い翼の少女は、私が振り向くとすでに居なくなっていた。私は彼女が居なくなった後で深いため息をつき、そのタワーから飛び降りた。

 

レトロな風景が目の前で拡大されてゆき、ただの点でしかなかった住民たちはその本性を晒す。

 

着地即飛躍。風の速さで街の天上を駆け抜け、瓦屋根を足場に街中を駆ける。

 

人々は恐ろしいほど静かであった。美しく見えるこの都市の光は、その全てが軍の管理する店であり、他のお店は反社会軍によって管理されていて、その灯りを一切禁止される。

 

「せっかくだし、何か飲んでから帰ろ。」

 

軍の管理する場所は安全だろう。私は灯りの灯る一つの店を見つけ、そののれんを潜った。

 

店の灯りは煌々と光り、中には軍事に携わるであろう人々が酒などを飲んでいた。店主に聞けば、軍が管理する店に入れるだけのお金を持つ民間人などほとんどおらず、それ故に軍の管轄しない、軍に税を取られない店を開き、そこで安く酒を売ったり売春をすれば儲けられるという。

 

「つまり、民間人が入れるのは脱税してる奴らの巣窟だけってことか。」

 

「それだけじゃねえ。軍のお客さんがいるから少し話しづらいが…反社会軍の連中に金を払ったり、奴らの元で働けば、徴兵逃れができるだけの金を軍に払ってもらえるらしいんだ。俺はもう老体だが、孫がそろそろ徴兵の年になるもんで…いやいや!考えてねえよそんなこと!でもよ…いざ孫を戦場にと思うとなあ…」

 

そんな連中ばかりだから、ミラークロスの人民がどんどん堕落してゆくのだ。カウンター席から軍の人間が彼に返答する。やはり依姫様の言う通り、徴兵などを使い国民皆兵を謳う世界だからこその人々の苦しみや辛さの結果なのだろうか。

 

「ところで姉ちゃん、この世界の人間ではなさそうだね。どこの人間だい?いや、別にスパイかどうかを疑っている訳じゃねえが…」

 

「イナバ、と呼ばれている場所です。その場所の兵隊をしておりますが、別にスパイと言う訳ではありませんよ。」

 

「そうか。それは随分とこの世界の恥ずかしい所を見せたね…」

 

彼は顔をしかめながら私にしばらく背を向け、その後で私に注文を聞いた。

 

「ん…任せますよ。」

 

彼は私の言葉を聞くと、じゃあ隣の姉ちゃんと同じでいいかいと言って私に焼酎と焼き鳥を差し出した。

 

焼き鳥からは非常に香ばしい良い匂いがして、食欲をそそる。幻想郷で通っていた妖怪の巣くう酒屋には焼き鳥を置いていないし、イナバの酒屋でもあまり焼き鳥を食べることはなかった。いつの時を最後に食べなくなったかは忘れたが、この味だけは覚えている。

 

「ミスティアの店は、焼き鳥なんか置いてなかったわね。」

 

「……え?」

 

ふと聞こえる懐かしい声。その声を最後に聞いたのは、焼き鳥などを食べた日よりもずっと前な気がした。

 

隣に座る、緑色の軍服を着た金髪の美少女。似たような美人は二人といないその冷たい人形のような表情は今でも覚えている。指にはめた人形を操る道具や、その表象は昔とあまり変わらない。

 

彼女は、私と同じメニューをたいらげ、私などには目もくれずに店主に金を払ってその場を後にした。私が何度も声をかけることもできたが、結局彼女に対しては何も言えなかった。

 

幻想郷を裏切ったのは私も同じ。例え幻想郷が滅ぼうが残ろうが、そこが私達の帰る場所になることなど、二度とありえない。

 

「まあそもそもその幻想郷も、今や異界からの住民の馴れ合いの場と化しているから、別に大したことじゃあ無いわね。紅魔館の連中に赤目の天邪鬼、守谷の連中、あんたら永遠亭の連中と、それから八雲一家。チルノと大妖精に、聖や今の博麗の巫女の血筋。この辺りは全て異世界の奴らよね…唯一それっぽい阿求も、結局は幻想郷の破滅を望んでいるようだし。」

 

彼女は私の返事を待たずに居酒屋にお金を払い、白いドロップを口に含んでその場を後にした。

 

彼女の中に、一味だけ私が幻想郷の住民であると信じていた者達が紛れ込んでいることを私は知っていた。私の中の何かが壊れた気がした。ついに私は、知りたいのか知りたく無いのかも解らぬパンドラの箱の中身を覗かされたと言う訳だ。

 

「八雲紫が人造の妖怪…か…。」

 

すみません、お勘定をお願いします。そんなことは言った気がする。しかし店主は、金ならば先ほどのお嬢さんから頂いていると言っていた気もする。とにかく店主は私に金を催促してこなかったので、私は店から出た。

 

「酒って、こんなマズい物だったかしら。」

 

霊夢や魔理沙、それから師匠達と楽しげに宴を開いていた時のことを思い出す。もうあんなことは二度と叶わないくせに、どこかでまたあのようなことができると信じているような気もしていたのだ。

 

蓮子のせいだろうか、それともにとりが私を再び受け入れてくれているからだろうか。いずれにせよ、私はもうあの世界の者ではない。

 

「…制服の替え、持ってくるの忘れちゃったな。」

 

慣れもしないレトロの世界で走り回ったからだろうか。桃色の装束は汗まみれだ。私は榊原家に足を運び、自分が持ってきたカバンに着れる物などないかとカバンを漁る。

 

しかし、中には依姫様に隠れて使っていた拳銃が二丁と、時空を超える力を持つ勾玉。そして、もう見たくもない数十年前の月兵の制服。こいつは、私が幻想郷で長い間着ていたものだ。

 

「…もういいや。これで。」

 

残った寝巻きで外出する訳にはいかないし、上着は幻想郷に置いてきた。上着を脱いで行動するのは、いつぞやの月世界が凍結された時の異変解決の時以来だろう。

 

この服を着ていると、次の日には永遠亭で目が覚めそうで嫌になる。帝の娘である姫様は人使いが荒かったが、あれはあれで、いや、あの方が幸せだったことは明白である。

 

「…こんな時間におかえりかと思えば、またお出かけですか?」

 

私がガタガタとバックを漁り、着替えていたら颯斗の母親が起きてきてしまった。私は彼女に、この着物を明日洗ってもらえないかと渡して、銭湯にでも行こうと思っていたが、できれば少し風呂を貸してくれないかと彼女に話した。

 

「洗濯ったって…普通に洗濯板で洗って良いものなのですか?」

 

「はい。すみません。」

 

「ああ、そうですか…夜は物騒ですから、気をつけてくださいね。」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

彼女の後ろ姿を見送り、私は少し覚めた風呂で身体を癒す。風呂だと変なことを考えてしまうのは私だろうか。

 

まあ、私はいつも変なことを考えているからあまり変わらないか。私はしばらくそんな自問自答を繰り返していた。



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祀られし怪綺の女神

この記憶は、確かに私のものである。が、一体いつの時であっただろうか。

 

季節は春。桜が咲き誇り、その桜は宮廷にまで咲き誇る。私は母親の前で帝に頭を下げ、帝は私の頭を笑顔で撫でる。

 

「阿礼を、幻想郷にですか?」

 

「そうじゃ。彼女に幻想郷の記録係をさせ、この理想郷を永遠に伝えようと思ってな。彼女ならば、夢奈達三姉妹と共に幻想郷を守り続けてくれるじゃろう…」

 

それから数年で、幻想郷は帝の命によって作られ、私達稗田一家は博麗の三姉妹と共に幻想郷に越してきた。しかし、もう何百年もの昔だからであろうか。私はあまりその記憶がはっきりとしていない。

 

「ねえ阿礼、死んだらどうなるのでしょう。本当に極楽に往生できるのでしょうか?阿礼はきっと転生できるでしょうけれど、私達は…」

 

「死んだらって、あなたが言ったらそれこそおしまいでしょうに。まあでも…覚めない眠りと言うのが怖いということは図星かもしれませんね。」

 

霊魔は私に、月々そのようなことを私にボヤいていた。大の博麗の巫女がそんなことでは、一体何のために神道を学んでいるのかと私は毎回返した。

 

そういえば、あれから私は九回も命を落とした訳だが、死んだ瞬間から自我が芽生える瞬間までのことはあまり思い出せない。まるで閻魔がそれをタブーと言わんばかりに封じているようで、私にはどうにも気持ちが悪い。

 

「私の為なら白くなる、あなたの為なら黒くなる。」

 

ふと頭の中に、深月が普段から呟いている言葉が浮かんだ。その言葉の意味を私が追求しても、彼女も母親から聞いた言葉であって、彼女自身もその意味を知らないの一点張りである。

 

そういえば、詠夢も同じことを口々に言っていた気がする。でも、それについて深く懇求したことはあまりなかった。一度意味を教えてもらったこともあるが、もう忘れてしまった。

 

「ごめん、寝てた。今どの辺り…あれ?」

 

夢の中と同じ世界とは思えないデジタルの世界。私が目を覚ますと、冷たい空気の漂う空間の布団の上。

 

私は確か、東京行きのバスに乗っていたはずだ。あの後寝てしまって、今は結衣さんの家にでもいるのだろうか。隣には、世界の破滅など蚊ほどにも思わぬアホヅラをした茶髪のツインテが寝ている。

 

「…ったく。自分の家族を皆殺しにしようとした奴の隣で、よくもそんな顔して寝られるわね。」

 

最近は10月でもそれなりに寒いのか、見慣れぬ暖房装置が音を立てて動いている。あんなものがあるのなら、幻想郷にも少し分けてくれれば、と思いながら起き上がり、外の景色を伺う。

 

外は、人間がこれでもかとひしめく大都市。どうやら私達は長い建物の一角にいるらしく、外の人間はこちらの建物に行き交い、その人間は誰もが黒い着物を着ている。

 

「…この建物、どうなってるの?」

 

一種のカルチャーショックであろうか。私は目の前の見慣れぬ光景にクラクラしながらカーテンを閉じ、再びあのツインテが眠る寝床へ帰った。

 

一方、人造の妖怪の正体も知らぬ者共一行は荒れ果てた地獄郷に身を寄せ、その世界の中で妖怪の正体を探っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は朝の6時。私達は何をするかも知れぬまま颯斗と翼の向かう場所まで同行していた。

 

彼らの母親はまだ朝食の支度中だ。母親に聞くと、せっかくだからついていくといいなどと言って背中を押され、家の門から太陽の方角に何歩も何歩も歩く。

 

「しかし、こんな朝早くに私達のこと起こしてさ、カブトムシでも取るの?もうすぐ冬だってのに…」

 

「まさか、それじゃあ私までカブトムシなんか取るって言うのですか?違いますよ。」

 

翼は私の言葉をクスクス笑いながら返し、その後で、弟の速い足に吸いつけられるように足を速めた。

 

入り組んだ森の道。地にはミミズが這い、木の上には鳥達が巣を作る。日がまだ完全に差さぬ森林は、どこか神の世界への入り口とも感じさせる。

 

「お、そろそろだな。お前達もお参りしていくか?」

 

森を抜けると、日差しによってより幻想的となった神社が姿を現した。しかし、その寂しげな神社はまるで神の怒りによって崩されたようにボロボロであり、今は手入れされている様子もあまり見られない。

 

「えっと…この神社って…」

 

「大丈夫、ちゃんと願いは神綺様に届くぜ。だいぶ前の落雷でボロくなって、今ではあまり訪れる人もいないけどな。」

 

神綺と言うのは魔界を創りし神であり、また女王陛下そのものでもあると颯斗は私に話した。つまり、私を捕えろとルイズに命令したのはここの神社の神様と言うことにもなる。神様の命令に逆らった私は罰当たりなのだろうかと言う気にもなってくる。

 

「俺たちが今こうして生きていられるのも、神綺様のお陰なんだ。だからこうして、毎日お祈りをと思ってな。」

 

颯斗と翼は、既に錆びた鈴を鳴らして手を合わせる。すぐ近くの軍事施設に現存する神様を思って神社に手を合わせると言うのもずいぶんと滑稽な話にも思えるが、彼らにとっては永遠に心を通わせぬ著名な歌姫のごとく、実在しようが会うことのできぬ影に触れる唯一の手段であるのかもしれない。

 

しばらくすると、翼はそろそろご飯ねと言って帰ることを提示した。見ると、既に空は透き通った水の色をしていた。

 

翼と颯斗の家に帰ると、彼らの母親は朝食の準備を終え、今日は少し遅かったですねと出迎えてくれる。

 

何故彼らが毎朝、長い距離を歩いて女王陛下を拝みに行くのか。その理由を彼らに聞くと、母親が行けと言うからと話し、さらに理由として、母親は熱心な女王への信仰者であると言うことも聞いた。

 

なんとなくだが、私は彼女に自分が彼女らの深く信仰している女王の命に逆らい、女王の兵隊を遠ざけたとはとても言えなくなってしまった。

 

またこの忌々しい食器が、とリネアは身体を震わせながら持ち慣れない箸と睨めっこしている。

 

「今度は少しゆっくりできそうですから、教えてあげますね。」

 

「むぅ…」

 

まずは箸の持ち方からと、鈴仙は箸を持つリネアの先をいじる。別にそんなことしなくていいからと彼女は渋るが、上手くなりたいでしょと言われると口ごもりをして彼女に手を貸す。

 

歳が近いせいか、この一日で翼とスミはすっかり仲良くなった。二人の話に入っていこうとすると、別にハブられる訳ではないのだが場違いな感じがして身を引いてしまう。

 

「私ってやっぱり高坊や中坊達とは合わないのかしら。」

 

「蓮子は女って言うよりも男っぽいからかもな。俺もツバ姉とは全然話さねえし。話すと言うよりかは、怒られてばっかりだ。」

 

それで一人拗ねて、颯斗にフォローされる。魔界だから男女など関係なく、みんなルイズのようにくっ殺のような性格かと思っていたが、どうやら翼を見る限りは違うようだ。

 

「そうだ!今日は学校なのだけれど、帰り学校で待ち合わせしない?連れて行きたい所があるの!」

 

スミと翼の仲睦ましげな会話が聞こえてくる。翼の誘いに対して本当にいいの?と喜んだスミの声を背に、颯斗はまたあの場所でたむろして来るのかと聞こえるようにボヤいた。

 

「またとは何よ!またとは!」

 

「別に?俺んとこの女共もよく行く場所だからな。菫子に変なもの喰わせるなよ?」

 

「あそこに変なものなんかある訳ないでしょ!ガキは変な秘密基地作って遊んでなさいよ!」

 

「んだとこのっ!」

 

食事中にもみ合いの喧嘩をする二人に、いつものことなので放っておいてくださいと母親は私に耳打ちをする。

 

私はそれを聞いて、やはり兄弟はどこの世界でも変わらないのかなと思って笑っていた。

 

この時私は、まだメリーがメトロポリスの人間、ましてや人造の妖怪たる「yagumo.exe」の開発者であることなど知る由もなかった。しかし、そのことに気づこうとしている人間は一人、また一人と増えていった。

 

同時刻メトロポリスの一角に研究室を構える天才少女はバーチャル空間へ通じるキーボードを押しながら、何かを追い求めていた。

 

「マエリベリー教授。私は科学者として、ずっとあなたの背中を追ってきました。それは科学者としての尊敬と共に、超えねばならない過去の壁でもあります。常に「旧作」を超えてこそ「新作」を作る意味があるのです。昔からしたら未来はまさかの連続。その一端をあなたにお見せしましょう。」

 

悟はメリーの管轄しているネット上の管理システムに干渉し、寄せくるパスワードの確認を全てクリアにする。そして、果てにあるyagumo.exeの解析に至ろうとしていた。



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兵隊少女と国家権力

昼の三時、木造建築の学校に授業終了のチャイムが鳴る。紫色のセーラー姿の生徒達は次第に声を持ち、その声は雑踏となる。さっさと帰る生徒に、部活動に励もうとする生徒。

 

そしてそんな中に、鍵を持つ三つ葉のペンダントを持つ金髪の生徒が窓をちらりと見て笑う。教室の中では何やら物騒な騒ぎが始まろうとしていた。

 

「…仕事ですね。」

 

翼を迎えに来ていたスミは、突然の怒号と悲鳴に驚く。慌てて振り返ると、一人の生徒を別の生徒が殴り倒していた。理由は反社会軍への冒涜。お嬢様学校ならば当たり前のように聞こえる冒涜であるが、また反社会軍への支持者がいるのも事実である。

 

「治安維持法違反と反逆感情所有罪ですね。身柄を拘束させていただきます。」

 

教室にいたルイズは、生徒を殴り倒した生徒を壁際に後ろ手で強引に拘束しておとなしくさせる。政府の役人さんは最近はウチらと仲が良いからと言って彼女に手を緩めるようにと拘束された生徒の取り巻きは話すが、ルイズは彼らに聞く耳をもたずに次はあなた達ですねとあしらう。

 

すると取り巻きは逆上し、どこで拾ったかも解らぬスタンガンをルイズ相手に取り出して脅す。

 

「…公務執行妨害。罪状で花札でも作る気ですか?」

 

「うるせぇ!」

 

騒然とする他の生徒。スタンガンを見て、そんな物騒なものを学校に持ち込むなどとルイズは呆れて答える。取り巻きはもう我慢できないと言い、ついにそのスタンガンを手にルイズの元へ攻め入る。

 

しかし、その攻撃は彼女へは届かない。三つ葉のペンダントはその攻撃を前に赤いオーラによって紋章を浮き出し、スタンガンによる攻撃をバリアーによって阻害する。そのバリアーの硬さに取り巻きのスタンガンは故障して使い物にならなくなった。

 

「おい、なんだよこれ!くそ…」

 

「まったく。聞いてればさっきからうるせぇだのおいだの、その制服であまり荒い言葉遣いをして欲しくありませんね。さて、あなたはそろそろ連行させていただきます。」

 

ルイズは生徒の両腕を黒い手錠で後ろ手に縛り、きびきび歩いてくださいと生徒に廊下を歩かせる。廊下には騒ぎを聞きつけた他の生徒達が寄ってたかり、その矛先は翼のクラスから一気に廊下そのものに変わる。

 

取り巻き達は何所を無くしたのか、周りの白い眼を気にしてすぐに身を引くようにしてその場を後にした。

 

しばらくの沈黙の後、殴られた生徒は彼女を心配する他の生徒に連れられて保健室へと向かった。翼はそんなクラスメート達を背に、最近たまにこんなことが起こるのよねとスミに話す。

 

「反社会軍、富裕層の学校には関係ないって訳にはいかなさそうね。」

 

「うん。あの娘達も昔はあんなことはなかったのに…やっぱり、もうすぐ徴兵が回ってくるのも絡んでいるのかしら。」

 

「えっ…徴兵!?」

 

スミの驚きに翼はスミが魔界の人間でなかったことを思い出し、そういえば言ってなかったわねと彼女に微笑み、自分達に迫り来る徴兵についての話をした。

 

魔界の少年少女は、ある歳の誕生日を迎えると徴兵に出されるという。これから逃れる為には大量の賄賂を魔界政府に払うか、難病などで逃れるしか方法はない。

 

反社会軍に富裕層がつくことがあるのもこの為である。いくら裕福と言えど、魔界政府が要求するような大金を積むことは多少なりとも無理がある。

 

翼はそれから、あの子が一人で帰るのは可哀想だからとスミと共にしばらくの間教室に残った。

 

「…待っててくださったのですか。もうすぐ日も沈んでしまいますよ?」

 

「なんか…ルイズも大変だよね。でも、いや。だからこそ、ルイズのこと尊敬するよ。あんなことされたら、私ルイズみたいにできないもん。」

 

翼はルイズに対して、流石だよと笑いかける。しかし彼女はそんな翼を無視して、あなたには生涯縁のないことですとそっぽを向いた。

 

しかし、スミはそんな中で本当に翼には縁がないで終わるかと疑問に思っていた。彼女の言う徴兵が本当の話ならば、翼も近いうちにと言うことになるからだ。

 

「徴兵」などスミは身近に感じたこともなかった。そして、その「徴兵」がこの世界には生々しくその爪痕を残す。

 

まるで彼女達が徴兵を捨てたから、それがこの世界に降ってきたような雰囲気がして、彼女は複雑な心境の中にいる。

 

「あ、ねえルイズ!今日は泊まっていかない?お母さんが今日は美味しいものたくさん作るって!」

 

「そうですか、ありがとうございます。でも遠慮しておきます。今日はきっとそちらに戻れないと思うので。」

 

彼女が翼の誘いを冷たくあしらうと、翼は兵隊さんは大変だと言って、それなら駄菓子屋で何か奢るからさと二人の腕を掴んで教室から出た。

 

あいにく、その日はもう駄菓子屋でゆっくりしている時間などはなく、翼に駄菓子を買い与えられるとルイズはさっさとその場を後にした。スミは友達少なそうとルイズの背中に話すが、翼は彼女にしてやれることはこれくらいしかないとスミに返す。

 

「私だって、颯斗みたいに反社会軍を追っ払えるようになりたい。でも、そんなことをする気力もないし、学校のみんなには男臭いとか言われるかもしれないからさ…」

 

目の前の現状を変えたい。でも私はそんな柄でもないし、第一勇気もない。そんな目の前の彼女は自分とよく似ているとスミは薄々感じていた。

 

だからこそ、彼女は今は翼に勇気を与えねばならないとも思っていた。まだ戦う意志を持たない彼女ならば、きっと反社会軍に堕ちた人間達も救うことができる。明確な作戦はまだ未知数であるが、きっと自分達がいる間に世界の変わる瞬間を見せてやろうと胸に決めていた。

 

一方、ルイズは彼女とはまるで違うことを考えており、それは明日の一日で全てを終わらせてやろうと言った禁忌の心情であった。

 

これをやれば終わる。しかし、これをやってしまえば別の意味で全てが終わる。そんなものであった。

 

そして丁度その頃、目の前の現状を彼女らとはまるで違う形で受け止めようとする。そんな私達が別れを告げた世界では私達の残してきたものに新手を打とうと模索している月世界の兵隊がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…人造の妖怪、ね。妖怪は不完全な世界の因子を取り込んだ人間の眷属とされているけれど、俗に魔法使いと呼ばれる者共はその因子を人工的に作り出すことで命を保ち、莫大な魔力を飼うことができる。彼らを人造の妖怪と言うのならばそうかもしれないけれど、きっと優曇華院の言っているそれとは違うのよね。」

 

今宵は満月。月世界の異界を渡る術が最も機能する時間。

 

解っている。もはや姉さんだけにこの事は任せておけない。一人一人が動かねば、またあの時のように師匠達に迷惑をかけてしまうかもしれない。いや。幻想郷の危機となると、既に悪魔を前にして師匠の命は無くなっているかもしれない。

 

「…お呼びでしょうか?」

 

「ええ。レイセン、今日の稽古のメニューを言ってみなさい。」

 

「えっと…もう彼女も帰ってきたのですからそろそろ新しい名前を…」

 

「言ってみなさいって言ってるの。」

 

「むう…腕立て千回とランニング10キロ、それから腹筋五百で、できなきゃ夕飯抜きで自主トレであってますか?だから、こんな場所で油売ってないで早く済ませたいのですが…その…」

 

「そう。今日はその稽古抜いていいから、誰か後輩連れてミラークロスまで行ってきなさい。こないだの子達みたいに無断で戦死されると後が面倒がかかるから、必ず人数分の遺書を書いてこちらにあらかじめよこすこと。良いわね?」

 

「ええ!?てか、向こうに行って何すればいいのですか?」

 

「知らない。鈴仙探して、彼女の手伝いしてくれればいいわ。」

 

用事だけを話すと、後の彼女の用事は聞かずに彼女を下げた。夏冬も離反して、師匠も居なくなった今、臨在様に一番期待されているのは私達なはず。姉さんが席を外している間は私がぬかる訳にはいかない。



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狂気の真紅眼

「すみません、食堂で寝落ちしてたら寮から閉め出されたので泊めてくれませんか?」

 

「帰れ。」

 

玄関でもの騒ぎがするので何事かと玄関まで向かうと、玄関の目の前にいるルイズを前にして赤眼の兎が彼女を睨んでいた。

 

そういえばこいつら月でドンパチやってたんだっけと思い出し、まあまあと鈴仙をなだめるも彼女からはそっぽを向かれてしまう。結局、颯斗の母親が割って入って彼女を家に入れた。

 

鈴仙さんもお堅いことを言わずにと諭されるが、彼女は何故仲間の仇と同じ床で寝なければならないのかと言ってふててしまう。

 

彼女は部屋に入るなり風呂に入ると、誰の布団かもいざ知らず、さっさと布団の中に入ってしまった。というか、そこ私の布団なのですがね。

 

たまにこういう時があるのよ、と翼は彼女に聞こえないように呟く。彼女の家はどうしたと聞くと、両親は既に死んでしまい、姉とは仲も悪いのであまり帰らないと聞いた。

 

仕方がないので、私は鈴仙と共に寝ることにした。彼女の為に貸してもらった部屋に入ると、彼女のうさ耳はクシャクシャになって畳の間に落ちていた。

 

あれ、これ生えてる訳じゃないんだ…

 

「…まあいいです。もう今日は寝ましょう。」

 

鈴仙は太刀を枕元に置くと、布団の中に身体を忍び込ませた。私ももう休もうかと思って鈴仙と同じ布団に入ると、彼女の体温で既に布団は暖かかった。

 

夜にはこうして置かないと、ストレスが耳に伝いすぎて大変なことになるのです。彼女は畳に落ちていたうさ耳を布団の中から手繰り寄せ、拾い上げて枕元に置いた。

 

そういえば彼女には人間体の耳もあるから、生えているとなると彼女には四つ耳があることになるのかと納得するが、ならば何の為につけているのかと疑問に感じる。

 

それを聞くと、これは城からの命令を受注する為に身体とリンクする携帯のようなものであり、つけている間は血管もその場所を伝うので斬られれば痛いし、触られるとくすぐったいと言ったものらしい。

 

そして、集中力を高める為に身体に感じるストレスは全てこの耳が抱え込むので、ストレスを抱え込んだ日には干しておかないと次の日には大変なことになるという。

 

私は彼女の温もりの中で寝息を立て始めた。気づきもしなかったが、やはり兵隊なだけあってかなりゴツい筋肉のつきかたをしている。ということは、ルイズやレイクロクも同じような身体をしているのだろうか。

 

そういえば、リネアもブラッド・ワールドのキューピッド。彼女も身体の構造が人間とよく似ているのなら、同じような身体になっているかもしれない。

 

そういえば意識していなかったが、軍人である彼らの仕事とはすなわち人を殺すこと。それは自身も例外ではなく、時には生きることよりも死ぬことのほうが名誉とされることもある。

 

しかし、最も生きることの大切さを知っているのもまた彼ら。一歩先を間違えれば死が彼らを襲う。戦場へ遠征した次の日に、頭数が揃っていることなどあり得ない。

 

最も死の瀬戸際を知っている彼らの一人の前で、私は死にたいなどと口にしてしまった。今私の布団で寝ている彼女は私を励ましてくれたが、

 

彼女はもう夢の中なのだろう。私が話しかけても返答はなく、私はもう彼女に話しかけることをやめて自らも意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰かいる。」

 

不意に耳元で呟く彼女の声に目を覚ます。見渡しても誰一人として人の影を見つけることはないが、私は彼女の声の前に家の外部を含めた全域に蔓を伸ばす。

 

…見つけた。家の屋根の上に二人、電柱に三人。私は目を開けて布団から上がり、寝巻きのまま外へ出る。しかし、凡人の足での一秒は玄人の十秒。天上には血の雨が降り、鈴仙は返り血を浴びて電柱に立つ。

 

「あらあら、ちょっと遅かったみたいですね。のんびり着替えでもと思っていたら遅くなってしまいました。」

 

着替え!?こんな時間で!?と感じた頃には既に時遅し。ルイズの姿はそこにはなく、天上の人だった者は彼女に捕らわれ、もう居ませんかねと彼女は辺りを見渡す。

 

「ダメですよ。殺してしまったら拷問できないじゃないですか。さてと…」

 

彼女が残党に目をやると、彼らはこの民家に兵隊が三人も潜んでいるなんて聞いていないと捨て台詞を吐いて怖じ気づく。まあ私は兵隊ではないのだが、考えてみれば私の仲間には戦闘員が多すぎる気もする。

 

さてと、ならこいつの処理は私がしますか。背後から忍び寄る敵兵の影を捕らえ、電流を帯びた鞭で殴ると彼はまたたく間に失神して倒れた。

 

「ちょっと!殺したら駄目って、私は何本も腕がある訳じゃ…くそっ!」

 

彼女の語りかけなど聞く耳持たず。反社会軍と思われる武装した人間達は鈴仙に斬りかかる。

 

しかし、向こうもまさか戦闘員が潜んでいたとは思っていなかったのだろう。彼らの武器は鈴仙の強靭な身体にダメージを与えるには遠く叶わない武器ばかりだ。彼女にとって、多少の痛みで悶絶しているほど心に余裕はない。刀は彼らの貧弱な肉を貫く。

 

しかし、痒み以上辛み未満たる痛みほど熟練者を痛めつけるものはない。煩わしい弱き痛みは鈴仙を傷つけ、貼りつく毛虫の如く重苦しいものと化して彼女を苛む。

 

その痛みは彼女を次第に苦しめる。だが、その傷から生じる深紅の血液。その一滴一滴を見つめることで彼女は自身に眠る緋色の力を思い出すことにもなる。

 

「…そっか。そういえば、稽古ではほとんど使わせてもらえなかったからすっかり忘れていたわ。」

 

彼女は敵の刃を許し、その刃は再び煩わしい痛みを彼女に載せる。しかしその時、彼女は既にその眼に温度を載せている。彼女の異変にいち早く気づいたのは魔界兵の少女。私に目を瞑ってと言い聞かせて自らも目を瞑る。

 

それに気づかぬ反社会軍達は彼女に傷をつけようと、彼女の気すら感じ取れずに襲いかかる。彼女はその眼を開き、一瞬にして辺りに血色の光を放つ。

 

「…バジリスクって知ってます?バジリスクを見た者は、毒によってその命を落とすそうですよ?」

 

オーラのざわめきから感じる、彼女を覆ういくつもの白い蛇。彼女の血よりも赤き眼を前にして人々は固まり、魂を抜かれたように倒れる。

 

「幻朧月睨、ルナティック・レッドアイズ!」

 

彼女と怪物達から放たれる、狂気の赤いオーラ。長い間使っていなかったせいか、その真紅に光るオーラはさらなる命を奪おうとミラークロスの上空全域を伝い、それは一瞬ではあるが上空を真っ赤に染めた。

 

本当に彼女はバジリスクなのか。いや、再び眼を開いた私の前に映る彼女は確かに私の知る鈴仙・優曇華院・イナバである。ならば、オーラが危険と認知したあの怪物達は一体何者…?

 

「ちょっと、何してるの!これ私が眠ると溶けちゃうのよ、早くしょっぴきなさいよ!」

 

「はいはい。言われなくても増援は要請してありますよ。」

 

その答えを聞いて、鈴仙は一瞬であるが肩の力を抜いた。もう動くことのできる敵はいない。彼女はそう確信している。

 

そして、そんな不意をつくことは戦場では当たり前ということさえ彼女は思い出さない。敵の一人は私達の身振りを一瞬で見抜いて眼を塞ぎ、未だ彼女の近くに身を潜めていた。彼は彼女や私達が気を抜くその一瞬を狙って飛び出し、彼女の懐めがけて飛びかかった。

 

私はその彼のオーラを一瞬で見抜き彼女への声を放とうとするが、変な動揺は怪我の素と思い、その声を抑える。

 

「……!しまっ…」

 

彼女の動揺と共に、私は目を背ける。彼女の身はさらなる鮮血に染まり、彼女は傷口を確かめてひたすらに慌てる。

 

しかし、そこに彼女の傷口はない。代わりに男の身体は首だけが失われ、その首は空からの隕石のごとく道に落ちた。

 

よく見ると、綺麗な銀色の髪を持ち、月軍の桃色の制服に身を染めた兵隊が刀で彼を斬り裂いていた。彼女は片目を眼帯で隠し、鈴仙と同じようなうさ耳を生やす。

 

「まったく、初心者ですか?不意打ちに弱いなんて、あなたらしくないですよ?」

 

彼女が詰め寄ると、鈴仙はごめんなさいと頭を下げた。

 

彼女の名前は、と鈴仙に聞くと彼女は自らと同じ名を答えた。私は質問を彼女が聞き間違えたと早とちりをして口を開こうとするが、そこに修羅場ができることを私の勘が察知し、私はその口を閉じる。

 

彼女の後に続くように響く無数の下駄の音。そして、それに重なる無数の靴の音。数日前に見たビジョン、しかし見る目を疑うような光景に息を飲み、私は目が離せぬうちにいた。

 

「I…I can't change the world. but, the world can change my feel…soul…brad…and…our life.」

 

小さい声で呟く。鈴仙の眼が彼らの信号弾になっていたのだ。今日何人死ぬか分からないと言ったような気持ちにまでなってくる。

 

「oh…what a terrible day today is…」




依姫様「良かれと思って援軍に来ました。」

蓮子「やめて!」

スペルとか文法とか間違えてたらすみません。


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沙羅双樹の花の色

今回のテーマ:近所迷惑


真夜中のミラークロス、対立するは二つの軍隊。彼ら二つの部隊が衝突すれば、恐らくこの街は戦場と化すであろう。

 

そうなれば、もはや軍隊も反逆者も関係ない。一秒の隙間に命が奪われ、颯斗や翼の命も危うい。

 

何でこんな急に、と私は軍の筆頭に立つ依姫さんの顔を伺う。来るのであれば単独でも可能であったはず。こんなに大勢で向かえば、敵意ありと見なされるに決まっている。

 

「…ああ、公務の途中でしたか。どうぞ。」

 

先に口を開いたのは、月軍の依姫さん。彼女は一歩引き下がり、散らばっている反社会軍の身柄を魔界軍に引き渡す。それに対し、魔界軍を率いる男は礼は言っておこうとその身柄を引き取る。

 

しかし、彼はまだ月軍への警戒を解くには至らない。彼はよもや侵撃してきた訳ではあるまいなと言い、魔界兵達に月兵へ向けて銃口を向けさせた。

 

「侵撃?こんな少数の兵隊でですか?ご冗談を。それに、帝の命も抜きに戦などできません。」

 

「ふん、蓬莱山住蘭か。奴も愚かな男よ。しかし月の兵隊とは随分と滑稽なものだな、戦場に寝巻きで来るとは。」

 

彼に笑いかけた目線を向けられた鈴仙は我が身を見て顔を赤らめ、これはその、と口ごもる。しかし、そんな彼女を依姫さんは一切咎めない。着替えてきますと真っ赤な顔で走り去る彼女を背に、不意打ちに着替えている暇がある兵隊が何処にいると彼女は男を睨む。

 

「それと、先ほどの発言は我が軍と帝に対する挑発と取らせていただきますが、よろしいですか?挑発ならば、そちらにある我々の大使館を回収して戦線布告を…」

 

「まったく、綿月依姫はいつ会ってもうるさい女だ。口喧嘩ならば昼にでも付き合ってやる。要件はなんだ。早くしろ。」

 

逆鱗に触れられて怒りを抑えることに必死な彼女に対し、男は煙草を吸いながら面倒くさそうに彼女に話を渡す。これにはさすがの彼女も答えたのか、彼女はとうとう刀に手をかける。

 

しかし、青髪の少女兵は彼女を抑えて要件を話す。男は苛立ったようにそれを聞き、私は知らないが女王陛下ならば何か知っているかもしれぬから、反社会軍を取り押さえて機嫌でも取れば教えてくれるかもとだけ言い、軍隊を引き連れて基地の方角へと立ち去った。

 

「キィィィィ!人を小間使いみたいに使いやがってぇ!ナカユキィィ!いつか絶対殺してやっからなあああ!」

 

依姫さんは去りゆく軍隊に向かって大声で忿怒をぶちまける。その声に驚いて起きたのか、颯斗やスミは慌てて外へと出て来る。

 

「な、なんだよ!ナカユキ曹長がここに来てたのか!?くそっ、もう少し早ければ…!」

 

まだ遠くには行っていないはずと颯斗は呟いて追いかけようとするが、依姫さんは少しだけ落ち着いたのか落ち着いていないのかも分からない様子で、一応市民には親切なようねと細い声で語る。

 

「あれ?依姫さん…どうしてここに?ん…そっか、夢でも見てるのか。」

 

「そうなんじゃない?月世界イナバも夢の中、うちの兵隊が解決しなきゃ今ごろ私達の世界は…ってあれ!?」

 

影の少なさに、依姫さんは慌てて振り返る。もう既に月の軍勢はおらず、この一片に居る月の兵隊は彼女と、先ほど彼女を止めた青髪の兎に反社会軍を斬首した白銀の兎。それから鈴仙だけだ。

 

「…まあ、もう夜も遅いし仕方ないわね。明日は稽古は休みにするかな。」

 

「本当ですか!?やった!」

 

「ただし、あなた達はこの世界でお仕事。良いわね?サボったら回らない寿司屋おごるのも無しよ。」

 

「…ですよね。」

 

依姫さんが魔界から離脱すると、残った兵隊達は寝床を探さねばと言って真夜中の道を走り去って行く。その姿はまるで無邪気な子供達の背中なようで、私は月の都への少しばかりの罪悪感と自責に駆られて颯斗の家へ戻った。

 

鈴仙は、真紅の眼をあれだけ解放したことが疲れたのか、しばらく夜の風を浴びた後で部屋に戻り身体を休めていた。

 

彼女は布団の中で泣いていた。泣く要素などどこにもないはずなのに、何故だか私には彼女が何故泣いているのかがわかる気がした。

 

その真紅の眼には、一体何が映っていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うどんげ、今日は少し早いけれどもう終わりにしましょう。お菓子を買ってきたから、私が帰ってくるまで留守番お願いね。」

 

あの日は、珍しく師匠が優しかった。師匠は里の健康診断ついでに、病気から大切な人を救いにと言って永遠亭を後にした。

 

その日は、まだ何も知らなかった。私はもう月の兵隊などではない。地上の灰に染まりきった私はもう月などには戻れないのだ。てゐと姫様と、師匠と共にいつまでだって幸せに暮らすことができる。

 

そうだ、別に月のみんなと別れた訳でもない。まだ耳の奥からは月のみんなの声は聞こえる。たまには依姫様でも呼んで、一緒にお茶でもすればいいんだ。

 

しかし、どこから運命の歯車は狂い出したのだろうか。次の日の朝、起きた頃には師匠は居なかった。代わりに茶の間でお茶を飲んでいたのは、あの日以来ほぼ会うことがなくなった、と言ってもおかしくないほどに巡り合う頻度の少なくなった依姫様であった。

 

まあ、せいぜい師匠に会いたくてまた下って来たのだろう。初めはそう思った。しかし、それにしてはずいぶんと物騒なことを話していた。

 

燃えた竹林から見上げた空ってどんな感じかしらとか、そういえば終わった後は沙羅双樹って供えた方が良いのかしらとか、大体そんなことを口にしていた。

 

初めは、また豊姫様と喧嘩でもしたのかと思いながら彼女にお茶を注ぎ、悩みがあったら聞きますよと彼女をなだめた。

 

すると彼女は不意に、そういえば明日師匠が居ない時間帯っていつかしらと私に問うてきた。私はその時は何も考えずに彼女の質問に答え、何故そんなことを聞くのか、ということを彼女に聞き返した。

 

とんでもないことをした、そう思う数秒後の私すら想像できずに。

 

「あら、知らなかったの?もうレイセンからでも聞いていると思ったわ。」

 

「え…何をですか…?」

 

「え、ちょっと…とぼけているの?本当に知らないの?」

 

「……いや、知ってますよ!あれですよね、あれ!もちろん、知らない訳ないじゃないですか!」

 

私は一体何のことだかさっぱり分からなかった。悪い癖だ、恥をかきたくないからと言って知ったかぶりをしてしまうことは。しかし、この日だけは絶対にこれだけは禁忌であった。

 

ああ、もしこの日に戻れたなら。私はあんな桃色の制服を着ることもなかっただろうに。私はそれから、やはり流石は私の弟子ねと言った依姫様のお褒めの言葉を受け取りながら笑顔で談笑していた。

 

そしてそれから数時間後、私はこれまでの行いを全て恥じ、無限に後悔することになる。

 

帰ってきた師匠は私を自らの部屋まで呼び出し、また何かお叱りでも受けるのだろうかといった呑気な表情をして師匠の部屋まで向かおう。

 

せっかくだから、ネクタイくらいは直しておこう。そんなことを考えながら。

 

「師匠、どのようなご用件で…」

 

「…あなたに、もう師匠なんて呼ばれる筋合いなんてないわ。てか、考えてみれば最初から私が馬鹿だったわ。」

 

次の瞬間、師匠は急に私の胸ぐらを掴み、部屋にある障子の外まで投げ捨てた。鋭い痛みが身体を蝕み、私は一体何が起きたのかわからずに師匠の方を向いた。

 

「…そもそも未だにそんな大事そうに月軍の制服を着てる奴を、弟子だと思ったのが馬鹿だったわ。」

 

「う…でも私は…」

 

「何、依姫のことを言いたいの?あれも馬鹿してたわ。月から離反した身で、中途半端に住蘭の手先と付き合うからこうなるのね。」

 

そこで私は、初めて昼間のやり取りの意味を知ることになる。沙羅双樹は死者の供養、更に焼けた竹林。そして依姫様のあの質問の意味…

 

「ご、ごめんなさい…私、そんなつもりじゃ…」

 

「もう良いわ、最初から地上の兎だけ雇っていれば良かったんだわ。」

 

「わ…わた…私はもうつ…月の兎なんかじゃないの…穢れに染まった地上の兎、もう月などには戻る訳には…」

 

師匠は私がそう言いかけた途端、私の首根っこを掴んで池へと投げ入れた。冬場の冷たい空気に水が覚め、それは残酷に私の体温を奪ってゆく。お仕置きで池へ投げ入れられたことになら前にもあるが、今回は師匠の冷たい目線が私の体温を更に下げてゆく。

 

「穢れてんなら洗い流せばいいんじゃない?それとね、地上の生命は地上のことを「穢れ」とか何だとか言わないの。解る?」

 

師匠の初めて聞くような、自らを全面否定されたような台詞。私は池でひたすらもがき、やっとのことで上ろうとしても、師匠は再び私を池へと突き落とした。

 

「そうそう。そうやって私に背を向ければ突き落とされないわ。そのまま月に帰ってしまいなさい。醜い月の都の手先。」

 

師匠は、服や耳が水を吸って身まで凍えた私の両腕に光る腕輪をつけ、その後で鎖で繋い方がお似合いかもねと冷たい目を向ける。

 

「良かったわね、これで月に帰れるわよ。ただし、その左腕の時空移動装置は片道切符。もう一つはあなたが敵兵にならぬように月に繫ぎ止める拘束具。これをつけている状態で時空を越えれば、他の世界の人と共でない限りはその移動先の時空に幽閉される。」

 

「師匠…こんなの…こんなの酷いです。もう依姫様とも、レイセンとも口聞きませんから…地上のこと穢れなんて言いませんから…」

 

「月の兵隊に、師匠なんて言われる筋合いなどない!」

 

それから私は、蓮子達と出会うまで月に繫ぎ止められていた。師匠の顔など見ていないし、もう昔ほど自己の感情を表さなくなってしまった。

 

河城にとり、彼女ならば師匠の本心を知っているだろうか。いや、彼女は私が適当な自己の妄想を連ねても指摘しなかった。

 

もう誰ともあんな別れはしたくない。依姫様にはあのことの懇求はせず、ただひたすら彼女の辛い訓練に耐える日々である。私が戻ってきたときは戻ってきたの、とだけ呟き、それからは特にその件については何も互いに話さなかった。

 

ただ、私は師匠が私を目の敵にしている間、師匠が顔にわずかばかりの涙を浮かべていたことを覚えている。そして、私に腕輪をはめたあのとき、小声で呟いた言葉は今でも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…覚えている。

 

…あれ?どうして、私は覚えているのだろうか。当時はそれどころではなくて分からなかったのに。

 

いや、そんなことはどうでもいい。私は布団の夢の中でそれを脳裏に浮かばせ、目を覚まして女々しく泣いていた。

 

「優曇華…ごめんね。」



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月の都と魔界都市

始めの辺りの永琳の夢書いた後に布団で一人で号泣してたのは秘密。

別に僕のツイッターのネタではないです。てか、これ書いてたから予測変換で出たんじゃないかな…


夜明けの午前六時。月の技術によってキーボードのみが液晶となって机から浮かび上がった旧式のパソコンで更新をする銀髪の医師はヘッドセットを用いて何者かと会話をしていた。

 

「申し訳ございません。私のワガママを聞いて動いてくれた依姫にも、よろしくお伝えくださいませんか。」

 

《ああ、わかった。だが八意、お前に従属していた兵隊をこちらによこすと言うことは、お前は身一つで人造の妖怪を討つと言うことになることだぞ。承知しているだろうな。》

 

「はい。ご安心ください、姫は必ず私の命に替えても守ってみせます。」

 

パソコンには、sound onlyの文字と、通話相手にはRINZAIとある。パソコンの隣には、永遠亭の前で笑顔を見せる鈴仙と、彼女の主人にして月世界の姫君、自らの父親である蓬莱山住蘭によって、貴族階級での極刑たるトウキョウへの墜落を命じられた蓬莱山輝夜。それに、二羽の兎が彼女に寄り添って写っている。

 

月の知識、八意永琳は時折おかしな夢を見るという。それは今更ではあるが、今もなお彼女の心の傷を深くするものでもある。

 

とある晴れた日、彼女の弟子である綿月依姫と豊姫が喪に服して彼女の元を訪れる。

 

「……八意様、ごめんなさい。」

 

依姫はひたすらに泣く豊姫を抱きながら、一つの棺桶を彼女に差し出す。彼女は何のことだかわからないように棺桶を見つめ、その不気味な感情は次第に彼女の涙を誘う。

 

「嘘、そんな…」

 

棺桶には、かつて追い出したことを後悔した弟子が無念と言ったような表情で眠っていた。弟子の心臓は撃ち抜かれており、彼女の魂はもうそこにはない。

 

「優曇華…何をしているの、早く起きなさい!こんなことをして私を驚かそうったって、そうは…」

 

彼女からの返答はない。何の騒ぎかと竹林から白髪の少女が顔を出し、彼女はそれを見て嘘だろ、とたじろぐ。

 

「…急に、地上から軍勢が押し寄せてきたのです。それで、臨在の君はエリートの兵隊だけを抜粋して出兵させたのですが…」

 

もう彼女は、豊姫の言い訳など聞いていなかった。棺を開き、彼女は亡き鈴仙の亡骸を抱いて涙する。

 

人造の妖怪による異変など、巫女達の力によってどうにでもなった。住民達が騒ぐほど、大きなものでもなかったのだ。

 

《レイセン、そう。あなたレイセンって言うのね。》

 

《はい。ごめんなさい、人間の軍勢が攻め込んできて、私だけでも生き延びて恨みを晴らすようにと…》

 

《そんな嘘つかなくていいの。解ったわ、あなたはもう戦場なんかに行かなくていいのよ。》

 

 

 

 

 

 

《師匠!私、優曇華院と名乗ってよいのですか!?》

 

《ええ、優曇華の花は三千年に一度しか咲かない伝説の花。あなたは私の大切な弟子なのよ。》

 

《師匠、私凄く嬉しいです!もう人を殺すことなんてしないで、人を救うために生活したいです!》

 

《何言ってるの、もうあなたは弾に震えることも、 人を殺すこともしなくていいのよ。優曇華の花のように、綺麗な色を持ちなさい。》

 

「…痛かったよね、辛かったよね。ごめんなさい、あなたを優曇華の花にできなかった私は…師匠失格ね…」

 

いつも、そこで彼女は目を覚ます。そして起きるたびにその夢を思い出して涙するの繰り返しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悔ぢぃぃぃぃ!人をゴミみたいな目で見やがってぇぇぇ!」

 

「依姫さん、月の都に帰ったんじゃ…」

 

「うるさいわねぇ!あんな言い方されて、ずっと月の都に引きこもってる訳にもいかないでしょうが!オーラの植物馬鹿は黙ってなさいよ!」

 

「私、植物馬鹿なんかじゃないのですが…」

 

颯斗の家から、春の都行きの汽車を使って約一時間。月世界の大使館はレトロの世界を枯れ果てさせ、辺り一面を古き都の風景に変えていた。

 

大使館の中は、戦国時代の城を思わせるような造りをしており、普段はもぬけの殻で住蘭のバリアによって固く鍵がかけられている。 大使館内で規則を犯せば、例え魔界の住民であろうと月の法によって報いを受けることになる。

 

「って言うか、媚び売って乗っ取りたいとしか思えないのよね。向こうは両世界の和平の証とか言ってるけど、あの神綺とか言う女王様も何を考えてるか分からない人。」

 

お茶とかお菓子とかがタタミの下の倉庫に隠してあるから取ってきてと依姫さんは玉兎の兵隊に命じ、玉兎兵の清蘭はそれに従ってタタミの電源を切り替えて中へと入る。

 

今、この大使館にいるのは私と依姫さん、それに四名の月の兵隊と、颯斗とにとりだ。

 

「しかし、レイクロクも久々に会ったのにあんまり私に話さなかったよね。ブラッド・ワールドではぺちゃくちゃ喋ってきたのに。」

 

「きっと、後ろめたいことがたくさんあるからだよ。イナバでも自分だけ帝…てか臨在の君か。彼との交渉をメリーさんの空間から見てるだけだったり、本来なら自分の仕事である反社会軍の撃退を任せっきりだったりするからねぇ。」

 

「…あいつって、そんな奴だったっけ?」

 

「人は見た目によらないからねぇ。吸血精って異変の時はブラッド・ワールドの森に変な帽子屋が居たって話をそういえば聞いたんだけど、多分そいつレイクロクだったんじゃじゃないかなあって、ここ数日思うんだよねえ。」

 

にとりは遠い目をしながら、清蘭が作って寄越した抹茶をすする。それ蓮子に渡したつもりだったのだけれどと白目を剥く彼女に対して、別に色がある訳ではあるまいしとにとりはそのお茶を飲み干す。

 

私達があの修羅場を駆け抜けている間、にとり達はかつて魔界と幻想郷を繋いでいたとされている魔界の門へ行き、そこでサラと呼ばれる魔界の門番と遭遇したらしい。彼女はレイクロクよりもルイズよりも格上の兵隊であり、加えて最近では女王直属の兵隊として魔界の住民で彼女を知る者はいないということも颯斗は話し始めた。

 

「お前ら、サラさんにも遭ったなんて…この幸せ者めぇ!羨ましすぎんだよぉ!」

 

「まあ、あのサラって奴は相当強いよね。ひょっとして、依姫よりも強かったりして…なんて…って、痛い痛い痛い!」

 

冗談半分で上官を侮辱する幻想郷の河童少女に、無慈悲な部下の一撃。こいつは殺さなければ駄目だと言わんばかりの鈴仙の腹パンににとりは悲鳴をあげて横たわる。

 

「…そんな怒ることないでしょ。」

 

「黙れ、今すぐ月の大使館から出て行け。」

 

「ちょ、冗談!冗談だって!ねえ仲良くしようよ!元は博麗神社の宴会で一緒に呑んだ仲でしょ!?」

 

「知らない。あなたの知っている鈴仙・優曇華院・イナバは死んだのよ。そう思っておきなさい。」

 

にとりから目を背け、彼女は座ってお茶を飲む依姫さんの前に跪いて左手の甲に口づけをする。依姫さんは少し恥ずかしそうにやめなさいよと鈴仙の頭を撫でる。何故か笑いが止まらないと言った表情をして鈴瑚という月兵と清蘭は腹を抱えて笑うが、私達は何のことだかわからない。

 

ところが、そんな私達のわずかばかりの休息も束の間。依姫さんの一瞬の殺気、そして敵襲という言葉を前に4羽の兵隊は表情を一瞬にして変え、懐に挿した刀に手をかける。

 

「門前に一人!兵七人は直ちに対象を拘束または討伐されたし!散!」

 

七人…って私達も!?そんなことを三人で驚いている隙に、四人は脱兎の如き速さを持って門前まで向かう。何で月の奴らの手先になんか、そんなことをにとりがボヤいている間に、颯斗は一回こういうのやってみたかったんだよねと言い、彼女らに等しい速さで門前まで向かった。

 

「何してるの!?早くいきなさい!兎鍋にされたいの!?」

 

「…私達、兎じゃないです。」

 

「屁理屈言わない!じゃあ、今夜は人間鍋に河童鍋ね。」

 

「ああもう!そんなこと言わなくても、対象ならもう判別しましたよお!」

 

私のそんな責任逃れな発言に、依姫さんはじゃあ言ってみなさいよと刀を向けて私に詰め寄る。

 

もちろん、口から出まかせではない。対象は月に深い恨みを持つ神霊、恐らく依姫さんより勝るとも劣らない強さを持つ…くそ、反社会軍はこんな化け物を!

 

しかし、そのことを依姫さんに伝えると彼女は迷惑と言った顔をして、何故よりによって私達かと私に目をそらしながら呟く。彼女に敵ではないのかと問うと、敵は敵だが、彼女に気がないのならば都合の悪い迷惑客でもあると語った。

 

同じく、門前。私の感知した神霊は裏側に兵隊が張り付いていることに気づいているかは定かではないが、姫のような口調で上機嫌に独り言を大きな声で叫んでいる。

 

「嫦娥よ、見ておるか!どうだ、私がまさか魔界などという場所にまで身構えているとは思っていないであろう!今こそお前が大事にしてきた別荘を乗っ取り、我が物としてくれようぞ!」




最近、玉兎四人組にハマっててヤバい。紺珠伝ネタ多くてすみません。


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潔癖の少女兵

嫦娥よ、見ているか!実に1ヶ月ぶりに更新をしてやったぞ!失踪など考えて……なかったと思う。


「うっ…この声は…」

 

鈴仙の苦虫を噛むような顔。その前で知り合いなのかと颯斗は彼女に問うが、彼女はそれに答えずに、冷やかしならさっさと帰ってくださいと言わんばかりに扉から目だけを覗かせる。

 

「おお、誰かと思えば我が愛しの玉兎、鈴仙ではないか!どうじゃ?私に協力するのならば、お前に世界の半分をくれてやろう!」

 

「どこのネタですか、それ…」

 

鈴仙は神霊のくだらない冗談に呆れて目を瞑り、一旦気持ちを入れ替えて扉を開ける。古いトウキョウのゲームのネタじゃと笑う神霊に対し、鈴仙は再び冷酷な表情に戻る。

 

「まあいいです。このまま帰るならそれでよし、帝や依姫様の命を狙うというのならば…!」

 

彼女が神霊の首に刀をかけると、神霊は相変わらずつれない奴じゃとため息を吐き、もうすっかり嫦娥の手先となってしまったのかと哀しげな顔をした。

 

「そうか。せっかくお気に入りの鈴仙にはとっておきの情報を教えてやろうと来てみたのに…」

 

まったく、あれだけ肥やされた穢れもすっかりお前からは感じられぬわ。蓬莱の薬も無しに、一体何をすればこんな風にと鈴仙を撫でる。

 

「あら、知りたい?残念だけど、鈴仙はもう穢れた他の五つの世界の連中とは違うのよ。彼女は月の力によって「浄化」した、穢れを元の玉兎のレベルにまで消し去った記念すべき1体目の浄化兵!住蘭様、見ていてください。これによって、いずれ八意様や輝夜様も元に戻して見せます!」

 

「おのれ、よくも私の鈴仙をこのような姿に…!だが、その浄化で蓬莱の薬の効力が消せるとは思えんぞ。さてはお主、永琳や姫が「穢れ」を持つとでも思っているのか?」

 

鈴仙の頭に手を当てながら、自らの技術を熱弁する依姫さんに対して、純狐と名乗る神霊は引きつった顔をしながらも反論を試みる。

 

「浄化」とか「穢れ」とか、まるで鈴仙が昔はボロ雑巾だったみたいな言い草だが、一体何のことか解らない。しかしそれ以上に意味が解らないのは、鈴仙がこのことに関して何の興味も持っていないこと。

 

そういえば、竹取物語において月の使者は地上を「汚なき所」と罵っていた。それで、はるか昔に罪によって地に堕とされた輝夜姫は蓬莱の薬を包んで翁に渡したが、翁はこれを拒んだとされている。

 

もし、月の人間が依姫さんや春秋達ということであり、また竹取物語が真の話であるとするならばこれは全て通じる話だ。

 

月の民たる鈴仙が穢れなど持つ訳がない。しかし、先ほどにとりは彼女と飲み交わした仲と言っていた。ということは、鈴仙はとある理由で地上に堕とされ、それで穢れに満ちていた?

 

そういえば、はるか昔に誰かが言っていた気がする。いつの出来事だっただろうか。私はまだ物心がついておらず、ひたすら遊びほうけていた。そんな中、竹取物語を誰かに読み聞かされ、輝夜姫が可哀想であるとその人に告げた。

 

「そうだな。だが、輝夜姫はまだ月などに帰れはしないさ。蓬莱の薬は禁忌であるからね。」

 

「キンキって?」

 

「絶対に飲んじゃいけないって意味さ。輝夜姫はそれで罰として、地上に堕とされたんだ。」

 

「ふうん…じゃあ姫様は悪い人なんだね。なんだか意外だなあ…」

 

「別に悪い人ではないさ。長らく生きることは、誰もが願うことだからね。レンやスミにも、いずれ解る時が来るよ。」

 

まさか、いや、そんなはずは。だって姫は兎なんかじゃない。いや、でも…

 

「違うわ。優曇華院は輝夜姫なんかじゃない。それに、優曇華院は別に罰として地上に堕とされた訳じゃないの。」

 

思い違いをする私に、銀髪の少女は私の耳元で囁く。名前も知らない彼女は私に告げ口をした後で、純狐の反論に胸糞を悪くした依姫さんの元で急ぎましょうと呟いた。

 

依姫さんはそれに反応したのか、先ほど話した「穢れ」の話を差し置き、話しすぎたと言わんばかりの顔で必死に口を抑えた上で純狐から離れ、もうこんな場所に居ると穢れてしまうからと言って再び魔界都市から離脱する。

 

「ふふ、そうじゃ。それで良いのじゃ。どうせお前にあの二人を戻せはせぬ。」

 

純狐は満足気な表情を見せ、そろそろ私も帰ろうかと言って魔界都市から離脱しようとする。しかし、鈴仙は彼女の腕を掴み、教えたかった情報を話しなさいと純狐に詰め寄る。

 

「良いのか?私などに触れば、また以前のように穢れてしまうぞ?」

 

「うるさいわね、そんな風に言うのなら、さっさと情報を!」

 

「仕方ないのぉ。というか、今のお主は綺麗すぎる。私の知っている鈴仙ではない。だから全ては教えぬ。一つだけ教えてやろう…」

 

純狐は瞳を閉じ、扇子で口を隠しながら一言だけ呟き、その後で紋章を開いて魔界都市から離脱した。

 

その後、残された私達は潔癖なまでに浄化された月の大使館を後にした。何故だか、このまま見ていると私はそこに引き込まれてしまうようで嫌になる。月の都にいたあの時には何も感じなかったのに、一体どうしたというのだろうか。

 

「いやぁ、それにしても鈴仙のアレには笑ったよ。豊姫様に似たのか、とことんエンターテイナーだよね鈴仙は!」

 

「何よ、いけないの?もう私は立派な月の刺客。その気になれば、師匠や姫様だって私の手で…!」

 

「よく言うよ、戻ってきたばかりの頃にはホームシックで師匠師匠って泣いてたくせに。あ、今も時々あるよね。」

 

「………!!」

 

月の大使館からの帰り道、鈴瑚が笑いながら鈴仙を煽ると彼女は顔を真っ赤にしてやめなさいよと鈴瑚の首元を掴む。私からしたら、あまり彼女が泣く姿を想像することは難しいが、彼女はそれほどに泣き虫なのだろうか。

 

まあ、今はあまりそんなことは言っていられない。しかし、彼女のそういえば月の都も変わったよねと言う発言にはどこか興味深いものがあった。

 

彼女曰く、元より月の都はかつての日本ような静かな佇まいではなく、もっと龍が鳴き獅子が猛るような活気のある世界であったと言う。私が三国志みたいな雰囲気だねと話すと、まさにそのような世界であったと清蘭は返す。

 

「…そうね、あまり意識していなかったけれど。まあ月の都が華やかなことに変わりはないわ。」

 

聞けば、月の都はとある事情で世界観をガラリと変えたらしい。建て前は嫦娥を二度と目覚めぬように沈めるだとか、妖精を近づける「覇気」を無くして平和を祈る為であるとされているが、どうにもそれとは異なると噂されている。何でも、月人の一部が玉兎と等しい身分に堕とされたことにも絡んでいるとか絡んでいないとか。

 

月世界の闇はまだまだ深い。月から降り注ぐ光はいつしも聖なるものとは限らず、時には闇を一層濃くするがため放つ光であるのかもしれない。しかし私は、それよりも今は反社会軍の闇を上手く沈めねばということに夢中であった。

 

…その反社会軍の騒動が、潔癖を求める少女兵によって血の海に沈められているとも知らずに。

 

「嘘、これって……リネア!一体どうしちゃったの!?」

 

闇市を照らす、残酷な光。闇市には苦い焦げた匂いと人々の内臓が転がっていた。天使はその身を赤く染め、眼は光を無くして冷たく輝く。

 

「…どうしちゃったの、とは人聞きが悪いわね。私達の目的は反社会軍の殲滅。ならばこれで良いはず。さて、そろそろ魔界軍に報告に行ってこの穢れた世界とはおさらばね。」

 

天使は誰もいないタイミングを狙っていた。彼女は恐らく、スミ達が反社会軍とケリをつける為に闇市へ繰り出す時を見計らって抜け出し、買い物客もろとも反社会軍を皆殺しにした。

 

「でも、でもこんなの!せっかくあれだけ翼達と作戦を練ったのに、そんな!」

 

「作戦?あんな馬鹿馬鹿しいもの、作戦だなんて言えないわ。相手は目にするにも痛々しいマフィア共、関わっている奴にも罪はあるわ。まあもっとも、地上で生まれ、行き、死ぬ…それだけで立派な罪だけれど…」

 

パチン!

 

スミは耐えきれず、右手でリネアの頬を叩く。その二人を何事かと集まる野次馬などとうに殺した今、その情景は二人きりの記憶となる。

 

ほら、やっぱり和解なんて無理だと諦めている。リネアはスミから受けた痛みにもかかわらず微笑み、そんな彼女を褒め称えた。

 

唐突の暴力。戦場はいかに姑息に攻められるかで生死が決まる。昨晩寝首をかかれたことを忘れたか。今日解決できねばまた襲われる。今度は昨日の不可説転倍かもしれない。戦場に於いて、一番重荷となるのは優しさであると知れ。

 

叩きつけるような天使からの悪魔のような説教に、スミはとうとう怒りを抑えきれずにいた。



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時の番人「レイクロク・マーガトロイド」

救われたはずの命を奪った。怒りを堪えきれず、ついに彼女は無数の桃色のオーラを体内から放つ。それは鈴仙の狂気の瞳のごとく魔界を照らし、それだけ彼女の魂は怒りに染まる。

 

しかし、そんな彼女は一人の青年の手刀に首を奪われ地に伏す。背後には軍服の青年が立ち、倒れた彼女を抱き上げる。

 

「やっぱり、君はこちらの世界に来るべき人間じゃない。」

 

世界中が君みたいな人ばかりならば、それだけで世界は美しいのに。レイクロクは一人で嘆き、少女の頬に涙を垂らす。

 

「解ってる。これも仕事だ。リネア、悪いけど、蓮子には…」

 

「黙っとけってんでしょ。やだよ。そんなことしたら彼女、ぜひ反社会軍のリーダーと話がしたいとかいうわよ?月世界やメトロポリスの人間にあんな態度取るやつに、嘘とかつけないでしょ。」

 

「…そっか。解ったよ。」

 

レイクロクは帽子を取りながらスミの寝顔を抱き、でもせめて彼女には、この赤い世界は夢だと伝えたいよと再び頬を濡らす。

 

実は、レイクロクとリネアは結託していた。魔界軍による反社会軍の抹殺は確定事項。ルイズの考えていた禁忌の感情が具現化されただけのことである。

 

「さて、これから僕は神綺様のところに戻らなきゃいけないんだ。これだけ派手にやったんだ。後で夢子先輩が黙っちゃいないからね。お仕置きを受けに行ってくる。」

 

レイクロクは先ほどの涙を流す表情とはうって変わり、リネアにスミを託すとさっさと血にまみれた街を後にした。

 

レイクロク・マーガトロイド。彼こそ、自らの従妹たるアリスをブラッド・ワールドで英雄とし、後の世界で永遠に讃えられる少女とした張本人。しかし、彼は元から華やかな一生を遂げてきた訳ではない。

 

そもそも、彼を育てたのは彼の両親ではない。彼は幼くして両親と別れ、魔郷賽の一室で育てられた。

 

夢子、とレイクロクが名乗った人物は幼くして彼を育てた姉のような存在であり、彼の叔父であるブラックライズ一家が魔郷賽に越してきて、それで彼の義理の父として英才教育を受けさせられる際、真面目なアリスとは正反対のレイクロクはよく英才教育から抜け出し、夢子の部屋に匿ってもらったという。

 

「夢子姉さん、今日も忙しい?」

 

「忙しいわよ。というか、もう上等兵のあなたには構ってられないくらいに忙しいの。さっさと神綺様に命じられた任務をやってきなさい!」

 

「ははっ、相変わらず夢子姉さんは厳しいや。」

 

夢子、彼女の親もまた行方知らずとなっている。故に幼い頃は魔郷賽で育ち、見ず知らずの軍人に育てられた。

 

彼女にとって、それは誇らしいことであった。兵士に育てられた、誇り高き教育を受けた女。それこそが彼女の全てであり、また彼女は兵士によって育てられるうちに、その兵士や神綺に奉仕する仕事がしたいと、神綺に奉仕をするメイドに弟子入りをするようになった。

 

同じ境遇であるレイクロクと夢子。夢子は彼を立派な兵隊に育て上げたいと思っていた。

 

レイクロクはある日、彼女がトウキョウの巫女に敗北したと聞いた時はひどくショックを受け、プライドに傷を受けた彼女は自殺などをするのではないかと案じたが、彼女はそのようなことは思っていなかったのである。

 

「…終わったよ。反社会軍は殲滅した、後処理を頼みに来ただけだよ。」

 

「ふうん、少しは有能になったのね。この調子なら、幻想郷への遠征も期待できそうね。知っているでしょう?ミラークロスの平和を乱す幻想郷を滅ぼし、妖怪人間問わず皆殺しにするのよ。」

 

「…どうだかね。僕があの娘達に毒されない限りは、夢子姉さんのいう通りにするよ。」

 

「あら、神綺様に逆らう気?逆らったら極刑よ。アリスみたいな無惨なことになりたくなければ、やめておきなさい。」

 

「解ってるよ。アリスも可愛そうだよね…あのドロップあんなに食べたら、もう自我なんてもの無くなっちゃうのに。」

 

夢子はレイクロクの言葉に返さなかった。代わりに彼女は部屋の扉を開け、もう大人なのだから、一人で考えなさいと言って口を聞かなくなった。

 

僕が毒されて、魔界軍を裏切ってもいいのかいと言うレイクロクの言葉に対しても、一人で考えなさいとしか返さなかった。

 

やはり夢子姉さん然りルイズ然り、魔界の女の子は冴えないと思う彼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、こういうのを見ても何とも思わない私はおかしいのかな。」

 

血に染まった闇市。数時間前までは生きていた不良や反社会軍がたむろしていた部屋の屋根ではメトロポリスの人民服を着た少女が座り、横では銀の髪を靡かせた隻眼の玉兎が血の海を見下ろす。

 

「…これが全て、緋色の蝶がばら撒く鱗粉の塊だとしたら、どう思います?」

 

玉兎は真面目な顔で呟き、悟石はそれを特に笑いもせずに冗談でしょと跳ね除ける。

 

白銀の玉兎は本当に興味がないのですねと彼女の頭を撫でて、その後で一輪の花に口寄せをする。

 

「慈悲の届かぬ冥府の手土産に、沙羅双樹の花を。せめて彼らの浄土での幸福を願い、白銀の花に祈りを込めて。」

 

一輪の花は屋根から落ち、血の海を浴びて赤く染まる。何か意味があるのと問う鼓石に対して、彼女は意味などありませんと返す。

 

血に染まる闇市は既に魔界軍によって立ち入りが制限され、もはやかつての活気は想像すらつかない。沙羅双樹の花は、ズブズブと死体の山に埋まっていく。

 

「そういえば、あなたの名前教えてもらってなかったな。なんていうの?」

 

鼓石の問いに、彼女は再び鈴仙の名を彼女に伝える。姉妹なのかと問う鼓石の問いには違うとだけ答え、それ以上の関連性はあまり話さなかった。

 

彼女は片目を髪と眼帯で隠しており、その中からは痛々しいほどの緋色が溢れている。痛くないのかという問いに対しても、彼女は別にとしか答えない。

 

「…レイセン、あんまり話さないんだね。もっとお喋りな方が人生楽しいよ?」

 

「喋ることがないから喋らないだけです。」

 

「…そっか。」

 

しばらくすると、彼女はそろそろですねと呟き、鼓石に座ったままでは疲れるでしょうと言って立たせた。

 

鼓石な伸びをして、それもそうだねと彼女にニコッと笑う。しかし、そんな彼女の微笑みはレイセンの行動の前に一瞬で崩れ去る。

 

レイセンは鼓石の背中を強く押し、その屋根から彼女を突き落とした。悪く思わないでくださいねと無表情で呟く彼女、鼓石が落ちる先の世界は黒い穴が開いていた。

 

一方で、リネアの前には意外な来客が待ち受けていた。メトロポリスの服を着た金髪の少女。彼女は他のメトロポリスの人間とは違って帯刀しており、リネアは彼女のただならぬ気配に気づいたのか彼女を見ると、一目散に逃げようとした。

 

「あら、見ただけで逃げるなんて随分と失礼な人ね。」

 

しかし、彼女はリネアの素早い動きを読み、一瞬にして彼女を捕らえ、地に落とした。その後で彼女はリネアを後ろ手に抑えつけ、腕輪から鉄の輪を出してリネアの両腕を繋ぐ。

 

「さて、これで良しと。それは刹那の裁きと言う拘束具で、その魔力によって必ず相手の力+1tの耐久力になる鉄の輪。解錠には必ず取り付けた本人による解錠が必要なの。」

 

別に殴って黙らせることは可能だけれど、鈴仙の仲間をいたぶりたくないから。彼女は囚われたリネアの頭を撫でながらリネアに微笑む。

 

「鈴仙って…どうして、メトロポリスのあなたが鈴仙を?」

 

「さあ、どうしてでしょうね。」

 

彼女はキミの悪い笑みを浮かべながら世界の中に黒い穴を開け、リネアを中に入れる。その後で自身も中に入り、黒い穴を閉じた。

 

 

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は綿月豊姫。メトロポリスでは主に情報検閲の仕事をしています。」




姉の方は別に……とか言った人は屋上


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yagumo.exe

「なんだこりゃ……まるで地獄だな。」

 

颯斗の声に闇市を見て見ると、そこはもはや何があったかわからないような場所と化していた。街は一面がシートのようなものに覆われ、立ち入り禁止の札が立っていた。

 

住民たちは軍の支給に群がる。世界がどうなろうと、つまるところ人間というものは日々の生活があればそれで良いのかもしれない。

 

「そういうところは結局、どこの世界も同じよね。反逆革命どうのこうのったって、結局こういう時には政府に頼らずって訳にはいかないじゃない。やっぱり住民たちってクソだわ。」

 

メトロポリスの時だってそう。清蘭はため息をついてもう帰ろうかと言うような話を鈴瑚に持ちかけている。

 

かすかに鼻につく鉄の匂い。おそらくあの下は血の沼地だろう。誰かは知らないが、反社会軍を壊滅させたのだろう。

 

徴兵から逃れたはずなのに、そこに居たらまた別の死に様がその牙を剥くなんて。まさか頭の中にはそんな思考は無かっただろうに。

 

「意外と驚かないんだな。常人が見たら狂うぜこれ。」

 

「常人じゃないからね。私は血の匂いが体臭みたいなものだから。」

 

もう二度と消えない身体中の傷。傷はカサブタとなった後も跡が残り、愛人が来たとしても裸を晒すことなど私にはできないだろう。

 

そういえば、メリーはどこに行ったのだろうか。思えばこの魔界に入ってから、まるで姿を見ない。こちらに来てから迷子などになっていないだろうか。もしかしたら、この中で巻き添えに…

 

「あらあら、随分と派手にやってくれたのね。これじゃあ私の作戦が台無しだわ。」

 

不意に聞こえる、もう何度も聞いたような声。しかしその声から発せられる言葉は、私の想像する彼女とはまるでかけ離れたものであった。

 

そしてその姿も、もはや私の知る彼女ではない。彼女は灰色の服に身を包み、その腕には鼓石と同じ腕輪が装着されている。彼女のその姿は、完全にメトロポリスの使者そのものである。

 

「え…ちょっと、嘘でしょ?何、私にまた変なドッキリでも仕掛けてるつもりなの?」

 

私は頭の中が混乱して、もはや目の前のものが真実であるかも疑う。そんな私に、メリーは薄気味悪い微笑みで答える。

 

「残念だけど、私はメトロポリス出身のマエリベリー。トウキョウに来た理由は郷少年を調べ、その結果を論文にするため。残念だけど、私は人造の妖怪yagumo.exeの作成者でもあるの。」

 

メリーは邪悪を帯びた表情をして、私の頬を撫でる。目の前の真実が信じられない私を前にして、兎達は彼女に牙を剥く。

 

「じゃあ、幻想郷の異世界化はあなたが仕組んだってこと?何よそれ、私達はあなたに踊らされていた木偶人形って話だったのね。」

 

「だったら?うちのトアに負けて弱気になった潔癖症の兎達が、私に勝てるとでも?」

 

「うちのって…!あいつとも知り合いだったの!?」

 

「そゆこと。トア・ハーンは私の従妹。蓬莱の薬を奪うように頼んだのも私。」

 

「こいつ…最低だ!さっさと殺しちゃった方がいい!」

 

胸糞を悪くした二人に、鈴瑚が血祭りだと号令をかける。メリーは彼女らを嘲笑うように腕からナイフを取り出し、自ら作り出した四つの結界の境に投げ打つ。

 

「私の霊能力は、時空のデバックから無数の結界を生み出す力!妖怪殺しを投げ打てば、予測不能のカッターシャワーの完成ね!」

 

メリーは、それまで私に見せたこともない表情で笑う。メリーに霊能力があることは知っているが、彼女があんな風に使っていることなど見たことがない。

 

「さて、誰からこの結界地獄に引き込もうかしら…」

 

「メリー!やめてよこんなこと!」

 

私が彼女の狂気とも取れる行動に止めに入ると、彼女はせっかくいいところなのにと私を睨み、主人公面をしてる馬鹿にもう用はないと言って私の周りを結界で囲む。

 

私が主人公だって?冗談じゃない。ただのメンヘラで、自傷癖もあって、人からは後ろ指を指されるだけの私が?

 

「さて、yagumo.exeにも組み込んだ私の霊能力!その目で体感して…え?」

 

私はメリーの結界から抜け出し、彼女の懐に潜り込む。結界は私のことをどこまでも口を開けて追ってくるが、まさか主人である彼女を刺すことはしないだろう。

 

もちろん、そんなことは私の頭にはない。私はあんなことを言われていても、まだ頭のどこかで彼女の真実が嘘であることを信じている。

 

「メリーの身体って良い匂い…洗剤も、高いもの使ってたよね。」

 

「はぁ?あんた、この状況分かって…」

 

「分かってるよ。分かってるけど、もうずっとこのままで…」

 

「……!ふざけるな!私はあんたのことなんて嫌いだ!」

 

張り付く私を突き飛ばし、こいつと居ると狂いそうだと言って結界を開く。玉兎達は彼女を追おうとするが、そんな玉兎達を差し置いて青髪の少女が私の代わりにメリーを捕らえる。

 

「待って!嘘だよ、そんなこと私は信じない!紫が…あれほど幻想郷を愛している妖怪が人造の妖怪だなんて!」

 

「紫?」

 

結界に逃げようとする彼女は、にとりの泣きながらの質問にきょとんとしたような表情をして彼女を見る。

 

せっかく、紫が結界によって博麗神社を塞いでいるのは人造の妖怪が攻め込むことを防いでくれているのだと思っていたのに、と彼女は続けた。

 

メリーはしばらくは一体何のことかと豆鉄砲を食らったような顔を続けたが、彼女の話を聞くにつれて表情を変え、にとりの質問に反応する。

 

「ああ、なるほど!そういうことね。2016年の世界から頭についていたけど、やっと分かったわ。八雲紫…No.2804のyagumo.exeは幻想郷でそんな風に名乗っているのね!」

 

メリーの反応に、にとりは彼女はNo.2804なんて名前ではないとメリーの胸倉をつかむ。

 

「おかしいと思ってたんだ、でも…でも!やっぱり紫が人造の妖怪だなんて信じられないよ!」

 

「そう、なら守り続ければいいんじゃない?悪いけれど、我々にとって幻想郷の計画は過去のものでしかないわ。幻想郷はあなた達には大切な故郷でも、我々にとってはただの産業廃棄物。燃えないゴミは所詮燃えないゴミでしか無いのよ。」

 

「お前!一体お前達は何のために幻想郷を侵略したんだ!そのせいで私達の故郷は壊滅して、霊夢や魔理沙も死んで!おまけに月の都に滅ぼされようとしてる!そんなことをしたらまた竹取の翁の時と同じ、いや、もっと沢山の命が犠牲になる!」

 

「ふうん。そんなにあの産業廃棄物が大事なら、No.2804…八雲紫だっけ?そいつを殺して博麗大結界を破壊すればいい。簡単でしょ?とにかく、私は今も昔も郷少年の研究で忙しいの。うまく産業廃棄物の処理にかこつけてテールを見ようと思ったのに。これじゃあ使えないじゃない。」

 

メリーはにとりの腕を振りほどき、結界の世界に消えた。逃げるなとにとりは叫ぶが、既にそこに結界はなくなっていた。

 

ところが、兎達や颯斗が唖然としていて、にとりがその場に立ち尽くしている間に新たな結界が出現し、私達はそこに真っ逆さまに落ちてゆく。

 

唯一冷静であった私は落ち行く颯斗を結界の外に投げ、早くこのことを神綺様と魔界兵にとだけ言い聞かせた。

 

音は聞こえない。颯斗の心配するなという口パクだけを見て、私はうなづいた。

 

穴の先はどこに繋がっているのだろうか。もうメリーには絶交宣言のようなものをされてしまったので、もう都合のいい世界には飛ぶことはあまり期待しない方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拝啓、菫子さん。あなたのいなくなった世界は少しだけ寂しそうです。

 

闇市は、私があなたを追って行った頃には綺麗さっぱり無くなっていました。夜中あれだけ作戦を練っていたのですから、きっとみんなが幸せになれるような結末を描いたのでしょうね。

 

お店をゆっくり紹介できなかったことは残念です。しかし、突然のお別れなどいくらでもあるから、またいつか会えるよと言ったあなたの言葉を信じています。

 

颯斗は忙しそうでした。私が手伝おうかと話すと、今は少し忙しいからと相手にしてくれません。また友達と秘密基地の奪い合いでもしているのでしょうか。

 

手紙のお返事、楽しみにしています。そういえば、私はあまりお花をたしなむことはしないのですが、闇市の跡地に落ちていたからあげるとルイズから赤い花を貰いました。沙羅双樹という花だそうです。

 

さて、そろそろ手紙を取りに行く時間です。この時間になると、いつも郵便屋さんがチャイムを鳴らしてくれます。

 

それにしても、今日は少しおかしいのです。普段はお母様宛にしか手紙は届かないのですが、今日だけは私宛にお手紙があると聞いたのです。

 

一体何のお手紙なのでしょう。菫子さんからのお返事にしては早すぎますね。

 

それでは菫子さん、また逢う日まで。

 

榊原翼



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綿月豊姫の夢想世界

「どうやらお目覚めのようですね。」

 

私が結界の中に落ち、目を覚ますとメトロポリスの服を着た女性が倒れた私をしゃがみ込んで見ていた。

 

それからしばらくして、身の回りの風景が見えるようになった。やっと起きたねとケーキを玉兎と二人で食べる鼓石に、未だに目を覚まさぬ純白の天使。

 

この光景が異様に見えるのは私だけであろうか。そう思って、私はメトロポリスの人間らしき彼女に思い切って話しかけようと思った。

 

しかし、そんな私の不安はわずかな時間で解決した。私よりも早く目を覚ましたであろう玉兎は私を起こして、私に事情を話した。

 

「違うわ。このお方は綿月豊姫様。私達の主人よ。今はメトロポリスに潜伏しておられるから、あんな服装でいるの。」

 

「あ、そうだったの…って、綿月!?じゃあ依姫さんの…」

 

「姉です。メトロの方では主に情報検閲の仕事をしています。ですから、あちらの世界のことは大体分かりますよ。」

 

それから豊姫さんは色々なことを教えてくれた。過去に幻想郷を結界によって閉ざした計画や、博麗の巫女による幻想郷の監視システム。そして、その結界の核たるyagumo.exeの実態も。

 

豊姫さんはしばらくすると、私達に最後の一つとなる世界への遠征を頼んだ。その世界は、メトロポリスがかつて幻想郷計画によって異世界化した成れの果ての世界であるという話だ。

 

「そこへ行って、何か意味があるのですか?もうyagumo.exeの正体は分かったのに、今更何を…」

 

私がそれの理由を聞くと、彼女は特に意味はありませんと、案外あっさり答えた。

 

ただ、その最後の一つとなる世界には天邪鬼による根強い支配が残り、それは地元の妖怪や人間を苦しめているから、それを和らげてくれないかというのが彼女の一縷の望みであった。

 

「別に強制はしません。あなた達が嫌なら、元の世界に帰っていただいても構いません。もともと、あなた達が本来の旅路を行くことはマエリベリーの作略ですからね。」

 

そもそも、反社会軍に対してあんな野蛮な解決法しか持たぬ人間達に期待などしていませんと、冷たい言葉で返された。

 

「悪を征し、正を主張する。それは一見当たり前のように見えます。穢れた人間はそうしていつの日も、血色の結末を描いてきました。女王卑弥呼の願いも叶わず、イエスキリストの処刑や中大兄皇子と在原業平による蘇我氏の虐殺に始まり、源平合戦や豊臣氏の他国侵略、その豊臣氏も、時代と共に抹殺されました。これらは全て、悪を征して正を主張してきた結果です。」

 

「…知らないです。」

 

「正の名の下に、どれだけの死体が埋まっているか考えてみなさい。アドルフ・ヒトラーの大虐殺はご存知ですか?あれも、現地の人々は正義であると考えていたようですよ?穢れは生まれて死ぬこと、ですが、他の五つの世界の人間が穢れ呼ばわりされることは、あながちそれだけではないみたいですね。」

 

「…分かりません。」

 

「分かりませんって、あなたがやったんじゃあないの?挙句には責任逃れなんて、本当に地上の人間は穢れているのね。」

 

「別に、そういう意味じゃないです。正義だとか悪だとか、私は考えたこともないってことです。でも、人間をその二つに分かつとしたら、私は間違いなく悪です。鎖に繋がれたことだってありますから…」

 

「なるほど、要は咎人ってことね。」

 

妹さんよりも扱いやすくて楽だわ、と彼女は鼓石とレイセンが囲んでいる机の紅茶を飲み、あなたなら大丈夫と私の頭を撫でた。

 

意味がわからない。今更の話で悪いが、豊姫さんやメリーがそこまで私に固執するのかが私にはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イエス…キリスト…様?」

 

豊姫さんの先ほどの言葉に反応したのか、冷酷な天使は目を覚ます。どうしてかは知らないが、彼女は両腕を縛られた状態で放置されていた。

 

「蓮子に鼓石…?なるほど。あんたらグルだったのね。」

 

リネアは私達を見るなり、両腕が使えないにもかかわらず、酷い形相で私達を睨みつけてきた。その眼光だけで全てが無に返されてしまうほどに、その光は私達を捕らえていた。

 

ヤバい。確実に、話せば分かってくれるような状態ではない。恐らく、このままでは全員まとめて…

 

「まったく、人の話を聞かない天使ね。レイセン、対処しなさい。」

 

「はい、豊姫様。」

 

豊姫さんが指を鳴らすと、リネアを縛りつけていた拘束具が外れた。レイセンをその腕で倒すことができたのなら、その時は好きにしなさいと豊姫さんはリネアに語りかけた。

 

「倒す、と言うことは殺しても良いの?相変わらず…」

 

そうリネアが煽り返そうとした瞬間、彼女の身体は吹き飛び、部屋の中の壁にめり込む。その後、レイセンは不意打ちは卑怯でしょと話すリネアをそっちのけで壁から彼女を剥がして打ち上げる。

 

「いい加減にしなさいよ!」

 

ここにきて、彼女は初めてレイセンに攻撃を返す。かつて悪魔を焼き尽くした聖なる炎を矢に込め、その攻撃をレイセンに打つ。

 

しかし、その炎は彼女には当たらない。レイセンはリネアの攻撃を軽々しく避け、刀に手をかけ、彼女の翼に彼女の眼と同じ色の傷をつける。

 

リネアも相当戦闘慣れしているだけあって、その程度の傷では悲鳴一つ上げない。代わりに彼女は、左側から弓矢の一撃を浴びせる。

 

その攻撃に、レイセンは反応しない。彼女は攻撃に息を切らし、その間にリネアはもう一撃攻撃を喰らわせようとする。

 

だが、その攻撃は通らない。レイセンはそれを受け止め、赤い目を彼女に合わせる。

 

「幻波、赤眼催眠!」

 

リネアはその狂気の瞳を前にして、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われる。レイセンはその隙にと、彼女に二回目の攻撃を仕掛けようとする。

 

今度は翼を攻撃するまでには至らない。リネアの攻撃が不安定なことは裏目に出て、彼女は上手く攻撃を当てられない。

 

そして、逆にその傷は、リネアの道しるべとなってしまう。

 

「光臨、ガブリエルの預言!」

 

リネアは痛みの方向に弓矢を引き、緑色のオーラを帯びた光の矢を放つ。その矢はリネアの手から離れると、英語の文章をレイセンの前に提示する。

 

やがてその文章の光はレイセンとリネアの傷を癒し、リネアへの赤眼の力は失われる。

 

「あら、凄い能力ね。神の力を借り受けてるの?依姫が見たらびっくりするわ。」

 

「借り受けてる?そんな恐れ多いこと、できる訳ないじゃない。これは我々キューピッドが、大天使様達の力を真似してるだけよ。本物の大天使様の力はこんなもんじゃないわ。本物のガブリエル様のお力は、死者の蘇生すら容易なのよ?」

 

でも、あなた達が「能力」と呼ぶような力と言うのならそうかもしれない。リネアは答えて笑った。どうやら誤解は解けたようだが、それでもリネアはレイセンと戦闘を続けていた。

 

「さあ、穢れし地上人への贖罪の時間よ!光刑、ゲヘンナへの追放!」

 

リネアが羽を開いてうずくまると、辺り一面が白い光で覆われた。その光はしばらくすると消滅したが、代わりに何故だか身体の中から力が抜けていくような感じがした。

 

しかし、それとは真逆にレイセンはただ眩しいだけと言ったような表情をしている。それを見てリネアは一瞬おかしいと言ったような表情をしたが、次第に、そういえば玉兎に効かないじゃんというような表情をした。

 

「なるほど。リネア、相手が悪かったわね。月の民以外が相手なら勝ってたわよ。」

 

「ったく、一々言わないでよ!仕方ないわ。こんなくだらない戦闘やってらんない。」

 

あの金髪、止めなきゃいけないんでしょ?リネアは申し訳なさそうに私の肩を叩き、ちょっと頭が冷えたわとレイセンの紅茶を飲み干した。

 

そういえば、スミ達は今頃どうしているのだろうか。私は気になって豊姫さんに聞くと、彼女は黙って扉を開けた。

 

「リネア、頭が冷えたところで菫子ちゃんに何かあるんじゃない?」

 

「ないわよ。別に私が悪い訳じゃ…」

 

扉を開けた先に居たスミはそんな彼女に対して再び怒りを露わにし、膨れ上がってその場から立ち去った。

 

やれやれねと豊姫さんは呆れ、菫子ちゃんやにとり、それから鈴仙にはあなた達とは別の仕事を頼むと言った。

 

「レイセンをつけるから、あなた達三人は先ほど言ったように最後の世界に向かいなさい。あとリネア、敢えてあなたの解決方法はノーコメントにしておきます。しかし、魔界ではアレで良かったけれど、最後の世界…邪気世界でアレが通じるかどうかはあなたが考えなさい。」

 

あんまり正義にかこつけて虐殺していると、いつか翼が穢れに汚染されて、ルシフェルみたいに翼が真っ黒になるわよと豊姫さんがリネアに脅し気味に話すと、リネアはルシフェル様みたいに、と聞いて顔を真っ青にした。

 

「ごめんなさい!本当にそれだけは勘弁してください!そんなことをしたら天界にいられなくなるどころか、殺されちゃう!」

 

リネアはすぐさま豊姫さんに泣きながら土下座するが、豊姫さんは別に私がどうこうできる話じゃないでしょと切って捨てた。



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邪気世界編・トウキョウ編Ⅲ
スペルカード・ルール


果てなく続く、灰と化した世界。まるで隕石などによって滅んだあとの世界のようだ。

 

ビルには苔が生え、ガラスは全て割れている。空は生憎の天気であり、誰かが生活しているようにも見えない。

 

コンビニなどに入っても、そこには商品一つ置いていない。代わりにその場所の生き物達は巣を作り、その場にびっしりと生えた植物を食べながら生きていた。

 

「これって、もう住んでたみんなは死んじゃったのかな?」

 

「でしょうね。でも一体何でこんなことに…」

 

よく見ると、飛び散ったガラスには血がこびりつき、何もないと見過ごしたビルの下敷きには大量の骸骨が埋まっていた。その骸骨からは、わずかばかりだが腐った肉の匂いがした。

 

鼓石の言うように、すでにこの世界に人は居ないのかもしれない。しかし、豊姫さんは現地の人や妖怪を救ってくれと言っていた。

 

まるで人気のしないこの世界に、本当に人や妖怪などいるのだろうか。確かに生き物は先ほどのコンビニに住んでいたが、あれが妖怪と言うことは流石に無いだろう。

 

というか、そもそもこの果てなく続く世界の一角に住んでいると言うのならば、探すのに一体何年かかるか解ったものではない。

 

とりあえず、私達はビルの中を探してみることにした。ビルには旧式のパソコンやクリップボードなどがあったが、どれも植物が植えており、とても使えるような状態ではなかった。

 

何故だか、その世界は私達がスミを広いに下った2016年の世界に似ていた。コンビニやビル、それからアニメグッズを売る店にコーヒーショップ。どれも人は居なかったが、何故だか懐かしいと言ったような雰囲気であった。

 

「幻想郷…にとりの故郷って、どんな世界なのかしら。」

 

リネアが不意に、私に話を振ってきた。そんなことを言われても、私だって行ったことのない世界だ。私達の世界と陸続きとは言われているが、それが本当なのかすらもわからない。

 

「幻想郷は、博麗の巫女によって守られていることは御存知ですよね?」

 

不意に、レイセンが私に話しかけてくる。彼女は幻想郷に何度か赴いたことがあるらしく、色々なことを聞かせてくれた。世界観としては私達の田舎とさほど変わらず、こんなにビルも無く、住民達が外界の物を得るためには香霖堂と呼ばれる店か、鈴奈庵と呼ばれる古本屋に行く他はないという。

 

この世界は幻想郷とはかけ離れているが、仮に未来都市と呼ばれる世界の遺産がこの世界に流れ着く、「幻想入り」と呼ばれる現象が起こったのならば、こんな世界でも不思議ではないと言った。

 

「ふうん…やけに詳しいわね。本当に何度か赴いただけなの?豊姫みたいに、スパイでもやってたんじゃないの?」

 

「いえ、「私は」そんなことはしてません。」

 

「私はってことは、誰か幻想郷にスパイがいたのね。」

 

「ええ…かつて幻想郷を月世界の別荘にしようと、潜伏していた仲間がいたので。」

 

「なるほど、そういうことか。ならばお前達はここで始末させてもらおう。」

 

リネアとレイセンの会話に、物陰から誰かの声がした。その声に慌てて振り返ると、先ほどまでは誰も居なかったビルの一角に、黒い髪をした少女が私達を見下して立っていた。

 

どうして、さっきまで人の気なんて全く感じられなかったのに。彼女はビルから飛び降り、私達の前にその姿をあらわす。

 

彼女は鼓石を睨み、頭に装着している機械から何枚かのカードを生成した。

 

「ちょ、ちょっと待って!私達、別に侵略者なんかじゃない!」

 

「関係ない。お前達は、この幻想郷に潜伏していたと言ったな?つまり、お前達はこの幻想郷の人間ではない。外の世界の連中であることにも変わりは無さそうだ。お前の着ている服は、紛れもない外の世界の服。ならば排除するに値する!」

 

外の世界の服…そうか、この世界はメトロポリスの幻想郷計画の成れの果て。彼らが外の世界であるメトロポリスを憎んでいるとするならば、鼓石の服装を見ただけで襲いかかってくることは必然か。

 

仕方ない。戦うしか…

 

「悪いが、お前達の好きにはさせない。ここは私達の縄張りだ!スペルカード・ルール適応!」

 

私達が戦おうと身構えると、彼女は結界を作り出して私達を引き込んだ。無限に広がる透明な結界。

 

私達はそれからしばらくして、あることに気づいた。超能力や魔力、自分達の力を全く出すことができない。間違いなく、完全に能力を封印された。

 

「この結界内では、スペルカード以外の攻撃は全て無効となる。結界から出るには、いずれか一方の絶命もしくはスペルカード切れしかない。つまり、スペルカードを持たぬお前達は、私のスペルカードによる一方的な攻撃を防ぎきるしかない。」

 

「ちょっと待って!スペルカードって何!?てか、そんなの…」

 

「知りたくば、このスペルカードの奇襲に耐えてみせるんだな!いくぞ!」

 

《呪精「ゾンビフェアリー・アルファ」》

 

彼女が先ほど生成したカードをかざすと、カードが消滅し、骸骨の形をしたオーラの塊が彼女の周囲を舞う。やがてオーラは光を吸収して、骸骨の中はオーラに満たされて行く。

 

「あの光、私達に襲いかかってきますね。これは当たったら怪我じゃ済まなそうです!」

 

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃ…!」

 

澄まし顔をして見るレイセンに慌てて話しかけると、彼女は焦ると余計敵の思う壺ですよと笑う。そして、数秒で骸骨の中の光は横殴りのシャワーのように私達に降りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、あんまりお姉ちゃんに深く関わったことがないんです。月の都でも、私が助けたことがないから、私のことを助けてくれないと思ってました。」

 

「ふうん。」

 

「私、逃げてたんです。昔っから、お姉ちゃんには自傷癖があって、お父さんには邪魔者扱いされてました。でも、お父さんは私には優しかったのです。運動会でも頑張れば褒めてくれるし、言うほど家はお金持ちじゃないけど、たまには贅沢もしてました。」

 

「それで?」

 

「でも、お姉ちゃんはいつもお留守番だったんです。両親に聞いても、レンは病弱だとか何だとかしか答えてくれませんでした。だから、私も気づかないうちにお姉ちゃんにかかわらないほうが、お姉ちゃんの為になるなんて思うようになっていったのです。」

 

「それ、本当に昔の話?」

 

「はい。お姉ちゃんは私に優しくしてくれました。月の都でも、現実から目を背けて生きることを春秋さんに注意されました。だから、私はもうお姉ちゃんとは…」

 

「それって、今のお姉さんが変わったから付き合えるの間違いなんじゃない?」

 

「えっ……」

 

「今、お姉ちゃんは私に優しくしてくれましたって言ったよね。じゃあ、もしその「お姉ちゃん」が昔みたいに戻ったらどうするの?」

 

「それは…」

 

「解らないよ?ははっ、もしかすると、あなたの前でだけ愛想振りまいてるのかもしれないよ?ひょっとしたら、今もあなたの目の見えないところでリストカットでもしてるかもしれないよ?」

 

「そんなこと……」

 

「それが人間って奴だよ。人の知らないところで汚い所を曝け出して、人の前では何でもないような顔をする。そればかり好きだというのならば、あなたは結局逃げていることに変わらないよ。」

 

「…嘘だ、そんなことあるわけない!」

 

「ほら、また逃げてる。結局何も変わってないんだよ。君は。」

 

「逃げてない…だって、だって私は!」

 

「逃げてるよ、スミは。」

 

「菫子、逃げてるわ。」

 

「スミ、逃げてるよねぇ…」

 

「ええ、逃げてるわ。だらしない菫子。」

 

「逃げてばっかり、恥ずかしくないの?」

 

「あらら、菫子ちゃんまた逃げてるんだ。」

 

「逃げてばっかの菫子なんて嫌い!」

 

 

 

 

 

 

「逃げてない!私は逃げてなんかない!やめてよ!みんな、そんな目で見ないでよ!お願いだから、私のことを…!」

 

存在もしない仲間の声が、彼女を極限までに追い詰める。ついに菫子は、耐えきれずにその場から逃げ出した。部屋を抜け、廊下の先までたどり着いて扉を開ける。しかし、そこには内側から鍵がかかっていた。

 

「ほら、やっぱりね。」

 

扉からわずかに漏れる光。その光は、グチャグチャに壊れた菫の花と、黒い着物の少女を映し出していた。




でも、やっぱりたまには逃げなきゃ辛いよ。


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沙羅双樹と優曇華の花

現想世界トウキョウ、この世界には表裏が存在する。

 

国の政策によってがんじがらめに縛り上げられた表の世界。TKGの総帥である血郷結衣や、国の関係者によって情報は完全に操作され、今や民主国家など夢のまた夢である。

 

あれだけ他の世界を地獄と言ってきたが、結果としてこの世から犯罪などを減らすには、やはりこの方法が一番手っ取り早いのだろう。異端者は消し、国に殉ずる者には祝福を。これが社会性動物の原初にして結論であるのかもしれない。

 

そして、この世界の裏側。この裏社会を牛耳る宇佐見巣脳という男。彼こそ、私達宇佐見姉妹の父親である。ひょっとすると、私の暗さは彼に似たのかもしれない。

 

「菫子にせっかく会えたのに、随分酷いことするんだね。」

 

「そうですね。まあ、私達が思っている以上に、彼女が立ち向かわねばならない闇は深く非道な物であるということですよ。臭いものには蓋を、ということは私はどうも嫌いでしてね。」

 

暗闇に挿す一筋の光。黒い装束を着た少女と話す、黒い軍人のような洋服に身を包む少女は彼女を睨みながら、可愛そう、とスミに漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、これしきの弾幕ではお前達を潰すことはできないか。」

 

骸骨から放たれる弾幕は、次第に強さを増していった。能力を使うことができないこの空間では、彼女に対抗する術もまるでない。

 

しかし、私の周りの人外共は私の腕を掴んでヒラヒラと彼女のゾンビ・フェアリーなる弾幕を避け続ける。

 

「まるで歯ごたえのない弾幕ですね。本当に、この世界で戦ってきた妖怪ですか?こんな連中ばかりなのだから、敵に殲滅されるのでは?」

 

レイセンは隻眼の眼で笑い、妖怪少女はその煽りに彼女を睨む。

 

おお、煽る煽る。案の定その言葉は彼女の逆鱗を逆撫で、次なるスペルカードを彼女は手に取る。

 

「ほらほら、弾幕なり霊魂なり、好きな物を出しなさい。ク・ソ・雑・魚。」

 

「くっ、貴様ぁぁぁぁ!」

 

《屍霊「食人怨霊」》

 

五体の人の形をした何かが、私達を求めて地を這う。私達は別に能力が使えるようになった訳でも、特に形勢が逆転した訳でもない。

 

レイセン、沙羅双樹の少女。彼女の見せる恐ろしさすら含む余裕はいったい何から来ているのか。

 

彼女のスペルカードはあと一つ。しかも、それを出現させるには今の弾幕を逃げ切らねばならない。それなのに、あんな風に煽ってしまったら、何をするか解らない。

 

「何もできませんよ。どうせ使うことのできる武器は、あらかじめ宣言した三枚のスペルカード。どれも強力であることに変わりはありません。しかし、彼本来の力は入っていないでしょう。」

 

「どうしてそんなこと…」

 

「戦闘において、相手に最大限の力を晒すことはタブーです。それが勝負の世界の掟であることは、彼が一番知っているはずです。」

 

「そんなの、三枚だけで私達を…」

 

「それは、あくまで殺める対象が私達だけであったときの話。彼…実はお尋ね者なのでは?」

 

さて、まずはしっかり避けることからですね。彼女は私の腕を引っ張り、人の形をした怪物が開く口から私を引っ張り出す。強く彼女に引っ張られたせいか、Tシャツの襟が私の首を締め、私は痛い痛いと彼女に痛がってみせたが、彼女には無視された。

 

それでもと私は彼女に必死に自己主張をしてみせるが、挙げ句の果てには彼女に五月蝿いともう片方の手で張り手を喰らわされた。

 

「とはいえ、流石にこのルールは今の我々にはキツいですね。私一人ならまだしも、能力に依存せねば動けないクソ雑魚達をこうも並べていると重荷になります。」

 

「ちょっと、それ私にも言ってるの?こんな弾幕、能力無しでも避けられますけど。」

 

「ふうん、そうですか。右の足、触れてるくせに。」

 

「…っ!」

 

リネアの右足を見ると、弾幕に撃たれた傷が腫れ上がっていた。慌てて彼女から離れるリネアに対し、穢れ無き天界のキューピッドだとしても、月の都にあなたのような馬鹿は歓迎できませんと彼女を煽りながら、私の懐に手を伸ばす。

 

「借りますね。」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

懐から取り出したのは、仕事用に持ち歩いている拳銃。彼女はそれだけを持つと私を突き放し、装填済みの睡眠弾を全て投げ捨て、代わりに自らの懐の実弾を私の拳銃に装填する。

 

そして、地上に落ちていく最中に引き金に人差し指をかける。黒い髪の妖怪は残りの人間もどきをさし向けるが、彼女は私の銃を使って全てを撃ち滅ぼす。

 

「特殊能力は使えない、体術では避けきることは困難。ならば武力行使はどうします?」

 

「……。」

 

「ジ・エンド。クソ雑魚、あなたの負けです。」

 

引き金を引く音。沙羅双樹の花は、情けも知らない無垢の色をしていた。

 

そして、その色は優曇華の花すら犯していく。彼女が月に忠誠をと受けた「浄化」の光は、彼女の精神にすら影響する。

 

光は必ずしも正しい光とも限らないし、闇は必ずしも卑しい闇とも限らない。穢れもまた、その一種であろうか。潔癖を求めるあまりに人としての穢れの喜びすら否定され、月の光によってその全てを削ぎ取られる。これこそ「浄化」の正体である。

 

生死の概念を精製する穢れのオーラを払うことは、一見容易いように聞こえて難しい。故に穢れを溜め込むことは月の民の間で恐れられ、月の民は、トウキョウなどの五世界の民のように穢れた民を追放することによって、都の平和を守ってきた。

 

「あ………あああ…痛い…痛い…」

 

綿月依姫が持ち込んだ、「浄化」のプロジェクト。それは長年、月の都が禁忌としてきた脅威的なプロジェクトであった。

 

「汚い、こんなの耐えられないわ。こんな穢れた世界にいたら腐ってしまいそう。」

 

実は、蓬莱の薬はこの実験の副産物とされた説が存在する。以前の「浄化」のプロジェクト。それは地上へ堕ちた賢人達を月の都にサルベージする為に八意永琳が主軸となって実験が成された。

 

蓬莱の薬が完成しながら、この「浄化」のプロジェクトが進行されたことには訳があり、それは実験に玉兎や下等階級の月人が使われたことが背景にあった。蓬莱の薬を飲んだ月の民は、月の都に居られぬほどの穢れを生じさせることは知っての通りだろう。

 

「違う…この地上は私達にとって…嫌、もう登ってこないでよ!どっか行ってよぉ…このままじゃ私…」

 

八意永琳の消失によってこの「浄化」プロジェクトは廃案となる。あと少し、そんな場所までこの計画は完成していた。この「浄化」によって月の民が背負う副作用は、蓬莱の薬とは比べ物にならないほどにまで本人の思考や性格に侵食する。

 

これを恐れた月の民は、月人を全て貴族として迎い入れ、嫦娥は玉兎全てに決まった役を与えるなどをし、その計画を永遠に進行できぬような環境とした。しかし、月の都は紺珠異変を境に徐々に変化して行き、実に数億年ぶりに「浄化」計画の被害者が出ることとなる。

 

これは、紺珠異変の犯人にして月の都への反逆者である彼女が、月の都へ復讐するために仕組んだことなのだろうか。だが、それによる被害者が彼女の愛した玉兎であることを、彼女は想定していただろうか。

 

「…くだらない。私の命は全て月のもの。こんな地上で穢れた服など着たくもない。月以外の穢れた飯も食いたくない。地上の穢れた民と友好関係など、築きたくもない。」

 

ベッドから起き、手元の刀を手に取る。古い服は汚いと脱ぎ捨て、月の制服を着て扉を開ける。

 

「あ、起きたんだ。あのさ!阿求も小鈴もこっちに来たって。これでようやく…」

 

目の前には何もない。ただ、穢れた血が流れるだけである。




クリスマスにレギュラーが死ぬ小説があるらしい


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革命の猫又「黒川明菜」

「なるほど、あの胡散臭い奴の知り合いか。」

 

メトロポリスによって隔離され、天邪鬼によって裂かれたこの世界達の住民達は表には暮らさない。彼らは街の外れや地下鉄の駅。それから地底に存在する城跡など、様々な場所に隠れて住む。

 

地底の城跡は、明かりを点けねば姿すら見えないほどの漆黒で閉ざされている。これでは今日も良い天気などと甘ったれた口を叩きながらお茶を飲むことすら叶わなそうだ。

 

城の中は蜘蛛の巣が張り、シャンデリアは地に伏し、もはや人の住める空間ではなさそうである。それにしても、地下に城を作るなど、この世界の人々は一体何を考えていたのだろうか。

 

「地下に城。城ってのは時の権力者が住まう場所なのに、地下にあるのはおかしいって言いたいんだろ?」

 

「ええ…私達には関係ないことだけれど。」

 

「ああそうだ、お前達には関係ないことだ。特に、幻想郷を支配しようなどという野望を抱いたお前達にはな。」

 

「いや、それは私じゃあ…」

 

あの程度で私の息の根を止められると思っていたから、こちらの理を知る敵ではないと思ったまでよと、彼女は水筒の植物性の油を飲む。

 

名前は黒川明菜。種族は人食いの猫又であるが、今は食えば人が居なくなると言って植物性の油で腹を満たしているらしい。

 

「化け猫は夜な夜な人の住む小屋に押し入り、明かりの油を飲むそうですね。化け猫娘のあなたが油を飲んでいるのは、それ故ですか?」

 

「さあね。あとその話、実は裏があることは知っているか?」

 

「はい。人買いに買われた卑しき女の足しの栄養。それが夜な夜な明かりを飲む者の正体ですよね。これだから穢れた地上の民は…」

 

「穢れてるのが生き物だろ。数万の生き物達が穢れた血で血を洗い、結果的に手にするのがさらなる穢れの塊だ。」

 

「ほう、わかってらっしゃる。」

 

「さあな。だが、その穢れには暖かみがある。どれだけ汚いものだろうと、それを仲間と手にした時の喜びは計り知れない。そう思わないか?」

 

「いえ?全然。」

 

だから地上は食わないのよね、とリネアも続けると、彼女は釣れねえ奴とため息をつき、そういえばあの稀神サグメもそんな奴だよと地下への階段を下っていく。

 

「この城は、城が建つそのまた遥か昔、ここは灼熱地獄と悪名高いゴミ処理場が存在したらしいと曰く付きの館だ。ゴミ処理場ではスクラップだけじゃねえ、妖怪だって万と焼かれてるんだ。巫女の独裁でな。」

 

妖怪には厳しい巫女でな、スペルカードのルールも、巫女が妖怪共を押さえつけるために使ったルールだ。彼女は城を照らすステンドグラスを見つめながら話した。

 

光すら届かぬ地底の底。しかし、ステンドグラスを照らす光だけは何故か途絶えない。

 

「そういえば、こことは違う幻想郷でですが、一度巫女と会ったことがあるのです。まったく、気にくわない巫女でしたよ。羽衣泥棒に、月への侵略。彼女だけではありません。十六夜咲夜と言う少女に、魔法使いの霧雨魔理沙、吸血鬼のレミリア・スカーレット。それから…」

 

「レミリア・スカーレットですって!?」

 

レイセンが不意に口にしたその名前に、リネアは彼女の言葉に反応して大声を出す。うるせえよと耳を塞ぐ明菜に、だってだってとリネアはレイセンに詰め寄る。

 

子供達が起きるでしょうが、その台詞と共に、地下から赤ん坊の鳴き声が聞こえる。やっぱり起こしちまったと先を急ぐ明菜を追おうとするが、彼女は来るなと言い、二階に昔住んで居た主人の部屋があるから、そこにでもいろとだけ吐き捨てた。

 

「…話を聞かせてもらうわよ。」

 

リネアはレイセンを引っ張り、一度降りた階段を登り直す。飛べばいいのにと彼女を見ると、そういえばと言って彼女はレイセンの首根っこを掴んで飛翔する。

 

二人の跡を追ってみるのも良いと思った。しかし、鼓石がじっくりこの城を見てみたいと誘うので、私はそれに乗じることにした。

 

「…ねえ。」

 

「何?」

 

「これ、全部私のご先祖様達のせいなのかな。」

 

「…違うと思う。てか、天邪鬼が荒らしたって言ってたじゃん。確かにメリーや鼓石のご先祖様は許されないことをやらかしたのかもしれないけど、直接は関係ないでしょ?」

 

「…本当にそうかな。」

 

天邪鬼、そう天邪鬼。この世界はメトロポリスによって異世界化された直後、吸血鬼の一味による侵略に犯されたと言う。彼らは人間や妖怪を喰らい、また道具とすることでその汁を吸う。異世界化によって土地が広がり、欲を求めた妖怪の果てらしい。隠れているのはその為であると彼女は教えてくれた。

 

リネアが言っていた、異世界化による天変地異の影響で蝕まれていた世界。蝕まれているのは、本当は世界だけではないのだと私はふと思う。

 

「…救ってくれってさ、これは魔界の贖罪にしては重すぎないかな。」

 

廃墟と化した城の中。この世界の巫女は吸血鬼に殺されたらしい。城にはいくつもの豪華な動物の部屋がある。飼い主はこの城の主人だった人であろうか。

 

「…穢れた地上の世界、ね。」

 

レイセンやリネアが幾度となくボヤく言葉を、今度は自分の口で吐いてみる。この違和感を持った言葉は自らの空洞に当てはまり、それは再び違和感と認識される。

 

自分の故郷が穢れてるか。確かに穢れているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天邪鬼の城は、明菜の城から遥か南に存在する。彼らの城には幾千もの人柱。人質に警備をさせ、さらにそれを天邪鬼が監視している。

 

故に、人妖は彼らの城に近づくことすらできない。しかし、そんな脅しすら聞かない潔癖の反逆者が存在する。

 

「…もう終わりか、穢れた天邪鬼。」

 

「くそ!貴様、一体何者だ!」

 

「さあな。ふっ、追われるというのは気分がいい。自分が王者なのだと実感できる。」

 

「……?」

 

「別世界に君臨する王者の台詞だ。貴様には理解できまい。さあ、そろそろ終わりにしようか。」

 

「畜生、スペルカードルール適応!」

 

辺りに結界が張られ、二人を囲い込む。しかし、彼女の一言を前にし、一瞬にしてその結界は姿を消す。

 

「…ふむ、これで何回目かな。悪いが、私は貴様らのくだらないルールに縛られる気はない。「詠唱」する。「このルールは長引きそうだ。一秒くらいならば、結界によって力を阻害できるだろう。」」

 

一体何が起こったのかわからぬまま、その天邪鬼は命を落とす。彼女の刀の一振りは天邪鬼の首を狩り、その血を天に捧ぐ。

 

「…便利になったものだな。流石は臨在様の魔法具だ。」

 

片翼の翼、血色の瞳。革命など容易いと言うような力だが、彼女は城へは足を踏み入れない。このまま攻め落とした方が早いような気もするが、敵を常に撹乱しておくと言う作戦なのだから仕方ないか。そんなことを話しながら、彼女はその翼で飛び去ろうとした。

 

しかし、彼女の前に一人の天邪鬼が立ちはだかる。天邪鬼の少女は彼女の前にニヤっと笑い、裏切り者は成敗してやろうとトランプをかざす。

 

「私は鬼人馬才、マジックとルール違反が大好き!ルールが要らないなら、スペルカードなんか必要ないわよねぇ!行きなさい、トランプ達!」

 

ハート、スペード、ダイヤ、クローバー。四枚のカードが舞い散り、1から99までの札となって降り注ぐ。

 

「ひゃははは!トランプは13までだって?関係ないねえ!」

 

《逆符「ナインティナイン・カード」》

 

あ、99を4回出したらナインティナインじゃねえや。そんな声も聞かずに、片翼の少女は天邪鬼の猛攻を避け続ける。

 

そんな中で、彼女は一枚のカードに触れる。触れたカードはクローバーの56。その札からはゴム製の鞭と十字の刃物が彼女を襲う。

 

「あはははは!レディースアンドジェントルメーン!56はゴム!クローバーは十字の刃物!さあさあお楽しみ!ギミックが触れた札も反応するわ!」

 

ゴム製の鞭はハートの1、刃物はダイヤの80を突き刺す。ハートの1は彼女を鎖で捕らえ、地面に叩き落とし、心臓を狙う銃口も飛び出す。

 

「1で位置、ハートは心臓。くだらない。」

 

「ひゃははは!くだらないのが面白いのよ!さあ、ダイヤはガラスの破片!80は覇王!華麗なるマジックの始まりよ!」

 

80の札から、ガラスの破片と黒い獣が現れる。獣は彼女目がけて走る。しかし、そこに彼女はすでに居なくなっていた。

 

「あら、残念。私のマジックを途中退席だなんて。」

 

片翼の少女、稀神サグメは彼女のスペルカードの弱点を悟っていた。その弱点は、派手すぎるが為に相手の撹乱を自ら許していることにある。

 

やはり頭が足りないな。ため息をつきながら、サグメは天邪鬼の城を後にした。



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蓮の花、死の香り

かっこいい蓮子ちゃんの話。


生まれた場所も知らない、どうやって育ったのかも、親の顔すら。

 

気味が悪いと感じたことはない。居場所は結衣がくれた。彼女やTKGの仲間だって、普通の人間ではない。私一人くらい居たところで、誰も私を責めたり咎めたりしない。

 

しかし、私はそんな中で、私に関係があると思われる一人の少女に接触した。

 

「…解ってます、あなたが幽々子様じゃないことも。幽々子様が人間な訳ありません。」

 

「うん、ありがとう…」

 

彼女が支えていた、私の名前を名乗るもう一人のユユコ。妖夢という名を持つ少女が語った、もう一人の私。

 

しばらくすると、もう身体に異常はないので、もう結衣さんのところへ行きましょうと私を誘った。私が彼女の思いに応えようとして手を取ると、触らないでくださいと私の腕を振り払った。

 

「…ごめん。」

 

「いえ、大丈夫です。ただ…何もかも思い出してしまいそうで辛いのです。あなたの姿、感触、死の香り。何もかも、あのお方にそっくりなのです。」

 

彼女は病室を後にして、退院しようとナースセンターへと向かっていった。恐らく、彼女はあまり私に関わりたくないのだろう。

 

死の香りか。そういえば、結衣にも少し前に「あなたをずっと見ていると、自分や仲間が老いて死ぬことばかり考えてしまう」と言われたことがある。

 

メメント・モリ、いつか訪れる結末。私にはびこる死の香り。私は閻魔などの転生体とでも言うのだろうか。

 

いや、そうではない。それに、妖夢は死の香りによって、もう一人の私を思い出すと言っていた。気になる話はこれだろう。

 

知りたい。もっと彼女のことを。もしかすると、私のルーツになるようなことを知っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、じゃあ殺ったのね。レミリア・スカーレットを。」

 

「いえ。流石の依姫様も、そこまで人の命に冷酷なお方ではありません。月から撃退し、元の世界に…」

 

「…なんだ。」

 

「まあ大丈夫ですよ。あの穢れた大地ならば、あの吸血鬼もあなた達に再び牙を剥くことはないでしょう。」

 

「そういうことじゃあないの。吸血鬼の姫たるフランドールの姉を生かしておくこと自体が、世界の狂乱に繋がる。平和ボケしているのならば、叩くなら今しかない。フランドールの場所を聞き出し、フランドールを殺めた上で吸血鬼軍を殲滅して…」

 

「やれやれ、また物騒な話してる。そのレミリアって兵隊さんも大変だね。」

 

殲滅だの殺めただの、物騒な話をしている二人の潜む主人の間まで足を運ぶ。

 

身体中に張り巡らせた緑色のオーラ。普段とは違い、スミのようにアメーバ状にして身体に張り巡らせてある。

 

オーラで全身を包む。これは歴史上や神話に名を連ねた超能力者達が行っていた超能力の基礎的な使い方。

 

物体に憑依させればサイコキネシス、磁石に変えれば高速移動、熱を加えればパイロキネシス、電気を起こせば発電。電気信号を加えて飛ばせば、それが理解できる超能力者同士ならば念力による会話も可能だ。

 

ここまでのことは、全て超能力者ならばできて当たり前。どれか一つでもできなければ、そいつはインチキか相当な馬鹿であろう。

 

「できる?」

 

「うん、なんとか…」

 

鼓石の辺りに黒いオーラが流れ、両腕の間からわずかだが電流が流れる。他にも、持たせておいたコインの形をしたチョコレートを腕の間で浮かせたり、そのチョコレートを溶かしたり。

 

「何をなさっているのですか?」

 

「超能力のトレーニング。見て解らない?」

 

「解りませんよ。私達はあなたのように超能力者ではありませんからね。」

 

「あ、そっか。まあ超能力ってのは、誰でも使える訳ではないしね。というか、こんなクソみたいな力…無い方が良いんだ。って言って、よくスミと喧嘩になるんだけど。」

 

「…菫子さんと、ですか。」

 

そうなんだよ、彼女に少しだけ笑ってみせ、この城の主人が座っていたであろう高そうな椅子に腰掛ける。

 

本来、オーラは誰もが持っている。この人と居ると不快だ、とか、生理的に受け付けない。人差し指を額に指せば不快になる。これらは全てオーラによって引き起こされるものであろう。

 

そして、それを操ることができる人間が超能力者と呼ばれる。逆に言うと、それによって説明できないものは全てリネアやルイズの使うような「魔力」によるものである。

 

事実、スミの瞬間移動や透視は魔力を使っている。まあ私は魔力など使えないので、これ以上のことは解らない。

 

「ねえリネア、私と一回やらない?」

 

私の呼びかけに、リネアは私の方向を向く。ブラッド・ワールドの地上でロクに歯が立たなかった癖に、よくもまあ強がりを言えるものねとリネアは答え、私を嘲笑う。

 

「まあ、あの時は私は戦ってなかったからね。それに、無駄に争うなんてしたくなかったしさ。手合わせってことで。」

 

「…ふん、解ったわ。穢れた地上人。死んでも知らないわよ?」

 

「死なないよ。まあ、あなたが死ぬかは別にしてだけど。」

 

主人の間でリネアと向かい合い、彼女と私は見つめ合う。その直後、二人は一瞬にして姿を消した。

 

しかし、彼女の居場所はまだ私には解る。恐らく、相手も同じ力量であろう。彼女は私に弓矢を引き、私を仕留めようとする。

 

「さて、鈴仙の時は臨在の君さんのせいで能力使わせてもらえなかったし、明菜も同じだったね。久しぶりにこの超能力…枯れるまで使ってやる!」

 

翡翠のように透き通った緑色のオーラはアメーバ状に広がり、しばらくすると植物の鞭のように部屋に生い茂る。

 

駆け回る白い翼。そして、その翼をもぐことなど容易であると言わんばかりの鞭達はリネアを捕獲し、主人の机や椅子を持ち上げ、机を粉砕し、高温の炎を抱かせて火炎弾とする。

 

「くたばれ!テレキネシス 不法投棄!」

 

火炎弾は彼女の元へ降りかかり、彼女はなんとかして脱出しようと手足を動かして抜け出そうとするが、鞭に囚われて身動きができない。

 

それもそのはず。超能力者以外に念力のオーラが見える訳がない。彼女からしたら、不思議な力で空中に固定されているとしか思えないような状況だ。

 

「くっ…随分ネーミングセンスのない攻撃ね。でも、これは食らったらヤバい…!」

 

仕方ない、彼女は右手を上げ、その手で私を指差し、その指は次第に光を帯びていく。

 

「光臨、ウリエルの閃光!」

 

細長く、破壊力を持つ光。光は机の破片を貫き、一つ、また一つと撃ち落とされていく。

 

光は小さい割に、巨大なメテオを次々と地面に落としていく。流石、神の光と呼ばれるウリエルの力だ…模造だけど。

 

「じゃあさ、その手折ったら使えないんじゃない?って思ってさ!」

 

鞭を彼女の腕に巻きつけ、両腕をメテオの前から遠ざける。彼女はこの能力を出し入れできるのか、光はメテオから遠ざけると発射されなくなった。

 

他に避ける手段がある訳でもなく、リネアはメテオを生身で受け止める。彼女の身体はうっすら火傷を負い、彼女は地に落ちる。

 

今度は高速移動。身に纏うオーラをS極、リネアにこびりついたオーラをN極の磁石に変化させ、彼女目がけて急降下した。

 

「冗談でしょ…超能力ってのはなんでもありなのね。」

 

しかし、向こうも馬鹿ではない。というか、私が馬鹿なだけかもしれない。リネアは迫り来る一縷の時で、私の腹を目がけて拳を突き出し、その拳だけを頼りにして私の腹をえぐる。

 

「………っ!ああ…」

 

「…あなた馬鹿でしょ。」

 

私は慌ててオーラの磁力を解除するが、私は反動で壁まで吹き飛ぶ。部屋の絵画はその衝撃で焼け落ち、メテオの残骸と共に焼け落ちた。

 

血の味がする。別に手を抜いている訳ではない。もし分かりあおうとせず、ブラッド・ワールドで単純に殴り合っていたのならば、彼女は相当な脅威となっていたはずだ。

 

「どうする?元はと言えば単なるお遊び。死なれても困るから、サレンダーならサレンダーって言ってくれると助かるわ。」

 

「…言うと思う?」

 

「いや、全然。」

 

人から恐れられ、傷つけられたこの力。これだけ存分に振るうのは、ひょっとすると今が初めてかもしれない。

 

《ふうん、じゃあ宇佐見ちゃんはその力が嫌いなわけだ。でも超能力者じゃなきゃ、オーラを鞭状にして人を遠ざけたり、身体中掻きむしったりもできないよ?》

 

《超能力者でないなら、人を遠ざけたりなんてしなくてもいいじゃないですか。》

 

《どうかな?超能力で嫌われたのは、あくまできっかけ。妹さんやお父さんだって同じ能力を持っているのでしょう?でも、この牢屋に居るのはあなただけ。今もなお嫌われているのは、あなた自身に問題があるんじゃないの?》

 

うるせえよ、血郷結衣。私は誰かの言葉を思い出し、またその人を煽って返した。



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ネゼリ・アリゼネ

どこへ向かうとも知れぬ夜の闇、果てなく黒く染まる夜の光は我が現し身か。

 

かつて過去の世界で私に安らぎのひとときを与えたそのネオンの光は、今や残酷な下衆となって私に襲いかかる。まるで自分の全てを否定されているようで、今の私には絶えられない。

 

光無き地帯では闇、闇無き地帯では光が私をついばみ、かつて私が幻想郷で受けた罪への報いを再び受けているような孤独感に襲われる。

 

私を責め立てるような街の雑踏。苦渋を詰めたような機械の明かり。もう、何もかもが私の気に触る。

 

「…誰か、誰か私の味方になってよ。」

 

私は気づけば光当たらぬ深淵に倒れ、もう東も西も分からぬようになった。

 

コンクリートの大地は、予想だにせぬくらいに非情で冷たい。幻想郷の柔らかい土とは大違いだ。

 

そして、そんな私を見下す黒い影。心なしか雨も降ってきた。黒い影は傘を差し、そんな所で寝たら風邪ひくよと私に傘を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、本当に月の使者になっちゃったんだね。君は。」

 

散らばる死体。その隣でその血を眺める1匹の河童は、私を睨んで不吉な笑みを浮かべた。

 

「どうして…だって、私は今ここであなたをこの手で…!?」

 

「妖怪は死なない。無限に人の心に残る狂気、その身に帯びる凶々しさ。月の聖獣には分かるまい。」

 

彼女は自らの死体から外れた首に口づけ、その脳髄を含んだ頭蓋骨をガジガジと貪る。首からは眼球が垂れ、もう一人の彼女の足元に落ちた。

 

彼女は落ちた眼球を踏み潰し、怖い?と私に微笑んでみせる。

 

「何かあるといけないからね、こうなるように仕組んでおいたんだ。ネゼリ・アリゼネ、零は無限を欲し、無限は零に還る。上から読んでも下から読んでも同じ言葉の呪い。」

 

彼女の外れた首から、黒い涙が流れる。その涙はやがてもう一人の彼女に取り込まれ、やがて彼女は衣に包まれずに全裸となる。

 

彼女から伝わる、この世の全てを超越するかのような穢れのオーラ。側に居るだけで不快になっていく。

 

「…こんな力があったなんて。」

 

「無い無い。もう使っちゃったからね。それに、元々これは阿求からの貰い物なんだ。なんなら、もう一回私の首でも斬ってみれば?もうネゼリ・アリゼネの転生能力は使えない。ただ、私は紛れもない妖怪。私は死んでも、私はあなたの中で恨みとなって生き続けるよ?」

 

「………。」

 

「さて、穢れ無き月の聖獣。私がこのまま、あなたを月になんて帰すと思う?」

 

彼女を、ネゼリ・アリゼネなるオーラが再び包む。すると彼女は、昔のような作業着に身を包み、懐から黒い本を取り出した。中には、幻想郷の住人の名前とスケッチが大量に記されていた。

 

「ネゼリ・アリゼネに転生した以上、代償として私の能力は使えない。蘇生した訳でもないから、魂、見た目、記憶以外は、私は河城にとりとは全く関係のない妖怪と化した訳だ。その代わり…私はネゼリ・アリゼネの能力を使うことができる。この本の中には、死した妖怪達の恨めしい気持ちが込められてるんだ。」

 

まさに闇堕ち、と言ったようなものであろうか。彼女は真ん中あたりのページを開き、妖怪の黒いオーラを解き放つ。

 

「恐れろ、妖怪の憎悪を忘れた人間共!今宵は震えて眠れ、生けるものは死に晒せ!ネゼリ・アリゼネ、百鬼夜行!」

 

スケッチに描かれた血まみれの巫女、彼女は黒い塊となり、具現化してにとりに口づけする。愛してるよ、妖怪殺しの罪深き巫女。彼女がそういうと、巫女は笑って消えた。

 

「逝けぇ!主に空を飛ぶ程度の能力!」

 

彼女は黒い巫女装束に身を包み、お祓い棒を手に殴りかかってくる。

 

「…霊夢の能力。なるほど、死者の能力を使えるのね。不謹慎な能力。」

 

「死ねぇ!霊符、夢想封印!」

 

とりあえず、ここだと狭すぎる。私は窓から飛び降り、ネオンきらめく世界をかける。どこへ逃げる気だ、彼女は邪教の巫女らしき怪しき結界による攻撃によって、私の背中に傷をつける。

 

このままでは流石にかなわない。私はビルの間を飛び回り、彼女の動きを見極める。穢らわしい妖怪が、臭くて臭くて仕方がない。

 

私はこの世界を嫌い、彼女はこの世界を救おうとしている。はずなのだが、予期せぬ来客が来たようだ。

 

妖怪討伐は巫女の仕事。それは外の世界でも変わらないか。背中につけた小型飛行機、足にはローラースケーター。実にいびつな博麗の巫女が姿を現わす。

 

「ったく、味方同士で何やってるの?ここは幻想郷じゃないの、こんな都会の真ん中で恥ずかしい。」

 

「博麗深月…!」

 

その巫女は、随分と変わり果てたかつての仲間を抱えていた。少女はあなたの手なんか借りなくても、と言って深月の手を離し、その身体を宙に浮かす。

 

「…霊夢さんの幽霊?」

 

「孫の深月って言うの。今は時給7ドルで博麗の巫女をしてるので。文句あるなら雇い主の居る鈴奈庵に投げ込んで。」

 

「…何よ、もう放っておいてよ!私はどうすればいいの!?外も中も私を責める人だらけ、優しいお姉ちゃんも、結局私に気を遣っているだけなのよ!だから…誰かが私の味方になって…霊夢さんなら、霊夢さんならきっとと思ったのに…!」

 

「あっそ、じゃあ僕はあなたの味方だよ。巫女は人間の味方って相場で決まってるって言われてるし。」

 

「…そんな簡単に!」

 

「まあ、あなたのことは後だ。妖怪討伐も巫女の仕事って相場で決まってるからね。ネゼリ・アリゼネ、河城にとり。まずはあんた。少し頭冷やしてもらうよ。」

 

巫女は菫子を抱きしめ、その後で向き合う私達を睨み、左手の指輪の水晶を光らせる。

 

《弾幕展開モード、起動します。敵、確認しました。種族、能力及び既存妖怪との適合データを幻想郷縁起.exeより参照中。10…20…80…》

 

「ちょっと待ちなよ、私はこいつに殺されて、それで反撃する為に戦ってるんだけど。何で私が深月とやらなきゃいけないのさ。」

 

にとりは霊夢の影を身体から消し、携帯のアプリケーションによる弾幕展開を準備する彼女に詰め寄る。

 

「その為のネゼリアじゃないの?だったら不死身になる力使った後で時空を超える機械使って、鈴仙を月の都に強制送還すればいい話でしょ。」

 

《解析完了。既存妖怪の該当データ無し、種族、ネゼリ・アリゼネ。能力、堕ち命を書へ綴じ乱用する程度の能力。》

 

「とにかく、外の世界でドンパチされたら困るのよ。僕はあの妖怪どもやご先祖様みたいに外に行くのを禁止したりはしない。ただの時代にそぐわない監禁罪だし、何より僕が行き来してる時点で人のことは言えないからさ。」

 

《弾幕展開フィールド、展開。異変解決モードに切り替わりました。プレイヤー博麗深月、健闘を祈ります。》

 

「さ、僕と遊ぼうか。」



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