事務員? いえ、公務員です (とある物書きMr.R)
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第1話 〜プロローグ〜

Mr.Rといいます。希が好きすぎて書き始めました。
以後よろしくお願いします!


プロローグ

 

「え?」

呆けた自分の声で始まるこの夢を、僕は何度見たんだろう。

「だから、ウチがここにいられるのは、この3月までなんよ」

 

あれは…そう、小学5年の冬だった。

 

夢に出てくる彼女は、いつも変わらない。

どこかつかみどころがなくて。

誰とでもニコニコ話をしていて。

一つ上の学年の僕にも物怖じすることなく接していた。

 

「え…転校ってこと?」

「そう、4月からは愛知の学校なんや」

1年。それが僕と彼女が過ごすことのできた時間だった。

でも、その1年は幼い僕に淡い恋心を抱かせるには充分すぎる程だった。

「これ、あげるね」

彼女が渡してきたのは緑のリボンがついたついた小さな赤い箱。

「ん? 何これ?」

「嫌やな〜、今日が何日か忘れたん?」

忘れる訳がない。2月にやって来る、男子が期待と不安に振り回される日だ。

「あぁ〜、そういえば今日だっけ。バレンタイン」

本当は飛び上がって喜びたいくせに、あたかもバレンタインの存在を忘れていたかのように振る舞う僕。

「ま、毒でも入ってないといいんだけどな」

照れ隠しを言いながらも、ニヤニヤとした笑みを消すことができない。

「でも、サンキューな。ホワイトデー、期待してろよ? チロルチョコくらいはおごってやるから」

 

そこでツッコミが入ると思ってた。

今思うと、もうちょっとマシな事が言えなかったのかと後悔しかない。

 

でも、

「うん、期待してる」

一瞬。

本当にコンマ一秒位見せた彼女の寂しげな瞳に、浮かれていた心が地面に叩き落とされた気がした。

 

そして……

彼女は、二度と学校に来る事はなかった。

 

「えー、東條 希さんですが、ご家庭の事情で3月から転校しました」

 

先生から転校の話を聞いた時、足元の床に穴が開いたような感覚に襲われたことを、今でもよく覚えている。

 

周りの景色が白黒になっていき、全ての音が遠ざかっていく。

そのくせに自分の呼吸音はバカみたいに大きく聞こえて

うるさいな、なんて思ったものだ。

 

 

頬を流れる液体の感覚に、意識が覚醒していく。

 

夢から現実へ。

 

過去の失敗から、今の新しいスタートへ

 

そして

「くっそ……」

僕はこの日を、悪態で始まらせた。

なんて目覚めだ。今日が何の日かを思い出して、僕の気分は朝からだだ下がりだ。

よりにもよって社会人として最初の朝を涙で迎えることになるとは思ってもみなかった。

 

部屋は春の朝らしい微妙な肌寒さを残していたが、二度寝を決め込むという選択肢を選ぶ気にもなれず、僕はのそのそと起き上がった。

 

 




いかがでしたか?

週1投稿を目指して頑張りますので、よろしくお願いします!


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第2話 〜君には東京に行ってもらおう〜

2話です。
サブタイトルの通り、彼には東京に行ってもらいましょう。
では、どうぞ!


『次は〜県庁、県庁。お降りの方は〜バス停に着いてから、席をお立ちください』

 

バスを降りると、桜並木の後ろに茨城で一番高い建物、茨城県庁がその威容を誇っていた。

「……うしっ、行くか」

ビビっている訳ではない。でも震えを止められない。これがいわゆる武者震いという奴なのだろう。

いずれこの建物で働くことになる。

自分が社会人になった、もう学生ではないということを嫌でも思い知らされる。

 

軽く頭を振って気持ちを切り替え、僕は歩き始めた。

 

 

*****

 

 

「何度も言いましたが、今日から皆さんはこの茨城県の職員です。 県民の皆さんに最高のサービスを提供することを第一に考えながら、日々の職務に励んで下さい」

知事の挨拶が終わり、所属部局ごとに別れての辞令交付になる。

「県税事務所はこっちでーす!」

「農林事務所行きまーす」

たくさんの人と声が入り乱れる講堂の中を、僕は地域振興課の場所目指して彷徨う。

 

「地域振興課はこちらでーす!」

 

声が、聞こえた。

声のした方を見ると、若い女性職員が『地域振興課』と書かれたプラカードを掲げていた。

すでに何人か彼女の周りに集まっている。

僕は少し小走りで人ごみをかき分けていった。

 

「えー、全員揃ったようですので、移動したいと思います。私に着いてきて下さいね」

言うなりスタスタと歩き始めた彼女に、その場にいた新採職員が慌てたように歩き出す。

地元テレビや新聞社のカメラが一斉射撃のようなフラッシュを浴びせてくるが、努めて顔色を変えないように歩く。

正直な話、犯罪などよっぽどのことをしない限りクビのリスクがかなり低い職場に就くことができたのだ。当然嬉しいし、気を緩めると口元がにやけそうになる。

だがここで気を抜いたが最後、僕のマヌケな顔が茨城のあらゆるご家庭にさらされることになってしまうのだ。

取り敢えず全力で口を引き締めながら早足で講堂を出る。

 

帰ってからテレビや新聞を見たときに僕が一切映っていなかったのはまた別の話。

 

「はい、ここが地域振興課になります」

階段を登ること数階。僕達は思っていたより小さな部屋に案内された。

既に部屋には高そうなスーツを着た4.50位の大人が集まっている。

「床に名前の書かれたテープが貼ってあるので、そこに 並んで下さい」

そんなことを言われたら、当然みんな床を見ながら歩きまわることになる訳で

「松本、まつも…あっ、すいません」

10秒もしないうちに他の人にぶつかってしまった。

見ると同年代の男性が気まずそうな顔をしている。

「いや、こちらこそすいません」

「皆さん下ばかり見てますしね…」

二言三言言葉を交わし、お互いに離れる。

 

結局、自分の場所を見つけるまでに2回人にぶつかった。

 

*****

 

 

「それでは、辞令交付を始めたいと思います。

名前の順に呼びますので、呼ばれた方は返事をして前に出て下さい」

いよいよ始まる辞令交付。自分はマ行だから呼ばれるのはだいぶ後だ。

「……あっ」

ふと隣の人を見ると、始めにぶつかったあの人がいた。

「あ、どうも……」

向こうも気づいたようでなんとも微妙な顔である。

「えと、松本です」

「あ、野村です」

軽く自己紹介のようなものをしてから、今が辞令交付の真っ只中だと思い出す。

「野村 康太」

「はい!」

彼が呼ばれたということは次は僕の番だ。

「学校法人 UTX学院での勤務を命ず」

UTX学院、前にテレビで紹介されていた。

秋葉原にあるマンモス校で、高校というより大企業みたいな校舎やアイドル科とかいう特別クラスがあることが紹介されていた。

でもそれらが霞んでしまうような圧倒的存在感、それがUTX学院のスクールアイドル、A-RISEだった。

プロ顔負け、いや、そこらのプロ以上のパフォーマンスだった。

なんでも彼女達は現役高校生、普通に学校生活を送りながらアイドル活動にも励んでいるらしい。

 

凄い情熱だなと印象に残っていたので、野村さんがそこに配属と聞いて、正直羨ましかった。

「松本 諒太」

「はい!」

名前が呼ばれる

ただ前を向いて、歩き出す。

震える足を制御しながら数メートルを歩く。

気合いを入れろ

ここが僕の人生の新しいスタートなんだ

「国立音ノ木坂学院での勤務を命ず」

 

実を言うと自分がどこで働くかは3月の時点で内示が来ていた。職場にも挨拶に行き、引っ越しもとっくに済ませてある。

でも、

いざこうして辞令を受けるとなると、嫌でも気持ちが引き締まる。

 

情けないが、その後自分がどんなことをしていたのかよく覚えていない。

ハッと気がついた時にはもうバスに乗っていて、親に連絡をしていた。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

読んでいただいた方、お気に入り登録をしてくださった方、感想を書いていただいた方。
本当にありがとうございました!


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第3話 〜出会い〜

3話です。
そろそろμ'sのみんなを登場させていこうと思ってます。

では、どうぞ!


桜が舞う。

 

「ここが……」

 

4月2日。僕は音ノ木坂学院の前に来ていた。

今は朝の7時半、流石に早く来すぎたかと思っていたがそうでもない。運動部の生徒たちは朝練を始めているし、教室からはすでに賑やかな声が聞こえてくる。

ここが、僕の職場。

ここが、僕のスタート。

 

それにしても、すごい学校だ。

文化財になっていてもいいようなレンガ造りの校舎、東京という条件を考えると広すぎる敷地には弓道場や講堂、芝のグラウンドまであり、そんじょそこらの私立など正直足元にも及ばない設備の良さだ。

 

でも、ここはもうすぐ無くなる。

いくら設備が整っていても、それを使う生徒がいなければ宝の持ち腐れだ。

改めて、自分がしなければいけない仕事というか課題が重く感じられる。

 

*****

 

時間は少し遡る。

 

「君たちの仕事は一つ。

与えられた時間の中で成果を出す。それだけだ。

法に反しない限りどんな手を使っても構わない。

そのかわり、目標が達成できなかった場合、即座に異動してもらう」

入庁の日、僕たちの前で企画部長ははっきりそう言った。

 

茨城県はお世辞にも魅力があるとは言えない。

そりゃあ、住みやすいという点では他のどの都道府県にも負けないと思っているけど、例えば千葉のネズミの国みたいな全国的なテーマパークは無いし、栃木の世界遺産みたいな観光名所もない。

だから、僕たちは学びに行く。

どうすれば、「茨城いいな!」と思ってもらえるかを。

この部屋にいる全員が、茨城県以外の場所に配属される。

そこで何かしらの結果を出し、茨城の魅力アップにつなげる。それが僕らの任務なんだ。

 

*****

 

「このたび、音ノ木坂学院は生徒数の減少もあり、廃校することになりました。

ただし、今すぐにというわけではありません。次に入ってくる新1年生が卒業してからになるので、転校などの必要はないので、そこは安心して下さいね。

次に、新しい事務の方をご紹介します。

では、お願いします」

理事長の紹介に講堂が少しざわめく。当然だろう、廃校になるのにわざわざ新しい職員が来るのは不自然だ。

でも、教員免許も持っていない僕が女子校で働くにはこの方法しかない。

「えー、4月からここでお世話になります、松本 諒太です。

皆さん、よろしくお願いします」

なるべく情報を発信しないようにしながら挨拶を終える。

なんというか、うん……

女子校だから当然なんだが、やっぱり女子しかいない。というか、教員も女性が多い気がする。

対人スキル、特に対女性スキルを上げていなかった僕には少しキツめの職員ライフになるかもしれない。

 

開幕から少し重めの気分で、社会人としての僕の毎日は始まった。

 

*****

 

「あの、すみません。

少し、いいですか?」

式が終わって少し後、廊下で僕に声をかけてきた子がいた。

緑色のリボン、3年生だろう。

「あ、はい。どうしました?」

「いえ、大したことではないんです。

自己紹介をしておこうと思いまして。私は絢瀬 絵里。生徒会長をしています。

そしてこっちが、副会長の……」

 

綾瀬さんには申し訳ないが、彼女の話は全く聞こえていなかった。

「ウチは副会長の東條 希。よろしゅうな〜」

「ちょっと希、失礼じゃない!」

 

世界が、止まる。

彼女は、まさか。いや、確実にあの子だ

でも、

そんな

 

「どうしました?」

よっぽどひどい顔をしていたのだろう、絢瀬さんが心配そうな顔でぼくの様子を見ていた。

「あ、あぁ、ごめん。

僕は松本 諒太。4月からここでお世話になります」

絢瀬さんと話しながら東條さんの様子も窺うが、彼女は顔色一つ変えていない。

別人だろうか?

同姓同名だってことも考えられる。

「 ……そういうわけで、私達生徒会は廃校を阻止する為に全力を尽くすつもりです。

松本さんも出来る限りの協力をお願いします」

(硬い人だなぁ)

混乱した頭で、現実逃避気味にだいぶ失礼な思考を巡らす。

「それでは、私達はこれで失礼させていただきます」

「……またね」

いまだに混乱している僕を置いて、2人は歩いて行った。

 




3話です
「みんな」でなくてすいません笑
次回はまた何人か出しますので……
読んでいただいた方々、ありがとうございました!


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第4話 〜始まり〜

第4話です。

今回はあの子の登場となります。

では、どうぞ!


「なんだよ……」

また、あの夢を見た。

昨日出会った少女、東條 希。彼女は本当にあの子なんだろうか?

あの子が大きくなったらあんな感じになっているのだろうか。

 

「はぁ……

うしっ、今日も頑張ろう」

一人で考え込んでいても何も変わらない。

とりあえず出勤することにした。

今日は入学式、音ノ木坂学院にとって最後になるかもしれない入学式だ。

 

 

*****

 

 

「新入生、退場」

暖かい拍手とともに新入生達が退場していく。

ここまではごくごく普通の入学式だ。

だが、

「マジかよ……」

普通だったらかなりの時間がかかる入退場は、あっという間に終わった。

音ノ木坂学院は今年、定員割れを起こしていた。

1クラス

それが今年の1年生の人数だった。

(これは、廃校もほとんど確実だな……)

自分の仕事は、与えられた環境と時間の中で結果を出すこと。

この環境で結果を出す。それはどう考えても廃校の阻止以外ないだろう。

(難易度高すぎやしません……?)

茨城の魅力をPRする人材を育成する部署なことは説明されてないけど察しはついてる。

人気のない所に人を呼び込む。まさに今の茨城に必要なことだ。

でも

この状況から何をどうしたら廃校阻止に繋げられるのだろう。

「どうしたん? こんなおめでたい日に暗い顔して」

「ッ!?

あ、あぁ東條さんでしたか。いえいえ、なんでもないんですよ。ちょっと仕事のことで考え込んでいただけです」

いつの間にか体育館からは生徒もいなくなっていて、入学式の後片付けが始まっていた。

一応事務員としてここにいる以上、何もしないのはマズイだろう。

「すいません、手伝いがあるのでこれで失礼しますね」

「松本さん、

 

いや、“りょー君”」

 

世界が 止まる

視界から色が消え、鼓動が高鳴る。

 

“りょー君”

その呼び方で呼ばれるのは何年ぶりだろう。

間違いない、彼女は

「どうしたの、“のんちゃん”?」

 

あの時の、彼女だ。

 

 

*****

 

 

「放課後、神田明神に来て」

それだけ言うと彼女はふらりと立ち去っていった。

 

そして

「神田明神……

ここでいいんだよな?」

夕方、僕は神田明神へと来ていた。

いや、この言い方だと少しおかしい。

正確には神田明神のそばにある男坂に来ていた。

情けない話だが、勇気が出ない。この階段を昇って、一体どんな顔で彼女に会えばいいのだろう。

僕を“りょー君”と呼んだということは少なくとも僕のことは覚えていたのだろう。

だとしたらなぜここに呼んだのか?

 

そんなことをいつまでも考えていると

「あっ! もしかして、新しい事務の先生ですか!?」

いきなり声をかけられた。

疑問に思う前に体が反応する。

振り返ると、音ノ木坂学院の制服を着た3人組の姿があった。

リボンの色からして2年生だろう。

「えーっと、君たちは?」

「あ、はい! 私は

高坂 穂乃果! 音ノ木坂学院の、スクールアイドルです!」

 

運命は風みたいなモノで、確かにそこにあるのに捕まえることも、流れを変えることもできない。

味方をしてくれることもあれば、敵として襲いかかってくることもある。

本当に気まぐれなヤツだ。

でも、この日この瞬間。

いや、音ノ木坂学院に配属されたことを、僕は運命に一生感謝する。

 

 

「ちょっと穂乃果! まだやると決めた訳ではないですよ!?」

「あれ、そうだっけ?」

「まぁまぁ、穂乃果ちゃんも海未ちゃんも落ち着こ? ね?」

なんだか強烈な3人だ。話が吹っ飛びすぎててなんで僕に話しかけたのかさっぱりわからない。

「えっと……どうしたの?」

「あ、そうだった!

私たち、ここで練習することにしたんです。そしたら、東條先輩が松本さんだったらいいアドバイスをもらえるんじゃないかって」

「えっ?」

何のことだ? それに、今東條さんに言われたって言った?

「僕が!?」

「えぇ、音楽が好きとのことでしたので

あ、すみません。私は園田 海未と申します」

「私は南 ことりです!」

「南……?」

理事長の親族かななんて思ってたら、

「ことりちゃんのお母さんがこの学校の理事長なんだよねー」

はい、この子の前で迂闊なこと言えねぇ……

 

というより、

(どういうことだよ、東條さん……)

ふと男坂を見上げると、東條さんがこっちを見下ろしていた。

「ッ!

ごめん、ちょっとここで待ってて」

「あ、松本先生!?」

言うが早いか階段を駆け上る。

だが、登りきった時、彼女の姿は境内のどこにも見えなかった。

「ハァ、ハァ……

どうしたん、ですか。松本先生」

一体何事という顔で3人も登ってくる。

僕は、今結構なピンチなんじゃないだろうか。

何も言わず、いきなり階段全力ダッシュし出した僕。

何か目的があるはずだが上には何もない。

うん、完ッ全に怪しいヤツですね。

「もしかして松本先生……」

ヤバい、“来る" ……!

「穂乃果達に練習の仕方を教えてくれたんですか!?」

……ん?

「そうですね、口で言うより先ず行動ということなのでしょう」

……あれ?

もしかして、勘違いしてくれちゃってる?

 

……アッブねー!!

「そ、そうなんだよ。ここ、結構急な坂だろう? 上り下りするだけでもかなりの運動になるんじゃないかって思ってな、ハハッ!」

ネズミの化け物のような声を上げながら必死に取り繕う。このまま押し通す!

(ニコッ)

あ、ダメだこれ。南さんには確実に見抜かれてるわ……

グッバイ、僕の職場ライフ……

 

「ねぇねぇ、朝と夕方にここで練習でいいんだよね?」

おや? ことりさん?

もしかしなくても、分かった上でスルーしてくれる感じですか?

 

……天使だ君は!

 

 

とりあえず明日から朝と夕方にここで体力作りをするところから始めるということでその場はお開きになり、それぞれがそれぞれの家路についた。

 

慌てていたから気付くことができなかったのかもしれない。

僕たちを見つめる視線に……

 

 




いかがでしたか?

いよいよスクールアイドルとしての彼女達に関わり始めました。
1年生は……もう少し待っててください。
推しの方、すみません。

誤削除してしまったにも関わらず、アドバイスや励ましの言葉を下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。感謝しかないです。

次回も、よろしくお願いします!


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第5話 〜First Step〜

遅くなってしまい申し訳ありません……
言い訳はしません。話が浮かばなかった。それだけです。

さて、今回はあの子が登場します。
お楽しみに!


公務員の朝は以外と早い。

ここだけかもしれないが8時位にはもう半数近くの職員が来ている。

「おはようございます」

「あ、おはよう」

ここに配属されてから1週間。職場でも仕事はまだ雑用みたいなことしかしていないが、県の仕事の方はもう動きが出ていた。

 

 

「ライブ?」

「はい! 今度の新入生歓迎会で部活動紹介があるんですが、それが終わった後に私たちのファーストライブをします!」

昨日、電話で穂乃果から言われた言葉。

実を言うとライブよりも 、彼女が言っていたもうひとつの言葉の方が僕は気になっていた。

 

「私たちのグループ名は、μ'sです!」

「み、ミューズ……? 石鹸の?」

「違いますよ! 神話に出てくる9人の女神様です!」

「へぇー。いい名前じゃない。園田さんが考えたのかな?」

「いやー、それが……」

 

「募集したぁ!?」

「どうしても思い浮かばなくて……えへへ」

「そ、そうなんだ……」

すごい話だ。一体どこに、自分たちのグループ名を一般の人に考えてもらうアイドルがいるだろう。

でも、

「おもしろそうじゃない、それ」

誰がこの名前を付けてくれたのかはわからない。でも、きっとその人は彼女たちに何かしらの“想い”を託したのだろう。

 

「ミューズ、ミューズ……

あった」

ミューズ。ギリシャ神話に登場する9人の女神で、音楽など芸術を司っているらしい。

「でも、なんで9人? 3人しかいないんだがな……」

それにしても。

「音楽の神様、か……」

ふと思い出す苦い記憶。

まだ思い出にはちょっとできていない。

高校の時、吹奏楽部に入っていた。もともと音楽は好きだったし、楽器を演奏するのも、歌うことも好きだった。

僕が一番好きだったのはトランペット。あの乾いた感じのパンッという音がたまらなく好きだった。

でも。

「できない……? どういう、ことですか?」

“好き”は、突然絶たれた。

口の中にある唾液腺。それが詰まって膨れ上がり、手術をした。

手術自体は成功したが、その後お医者さんに告げられた言葉は、あまりに受け入れがたいものだった。

僕が通っていた高校の吹奏楽部は、それなりにガチな部活で、実績も残していた。

「このままトランペットを吹き続けた場合、また腫瘍ができるおそれがあります。たまに演奏するていどなら問題はないのですが、毎日数時間の演奏になると……」

要するに、僕はもうトランペットを吹いちゃいけないんだ。

 

「僕はちょっと敬遠されちゃったかな……」

こみ上げた苦い思いをしまい込むみたいに本を閉じた時だった。

〜♪

「ん?」

自慢じゃないが、耳は結構いい方だと思ってる。

それでも、風に乗って聞こえてきたピアノの旋律は、周りが少しでも騒がしかったら聞き逃していただろう。

 

『時々雨が降るけど水がなくちゃ大変

乾いちゃダメだよ みんなの夢の木よ育て』

 

呑まれた。

その歌詞に、その美貌に。何よりその旋律に。

聴くだけで分かる。

この子は、天才だ。

「……すごいね」

躊躇いもなしに音楽室の扉を開き、声をかける。賞賛の言葉が溢れて止まらなかった。

「なんです? 昨日のことならお断りしますって……」

「昨日?」

「え? 違うんですか?」

「「……」」

女神との出会いは、勘違いから始まった。

話を聞いたところ、どうやら昨日穂乃果にアイドルにならないかと声をかけられたらしい。

「そんなに上手なんだからやってみてもいいんじゃないかな?」

「……やっぱり同じじゃないですか」

「そうだね。でも、才能があって、それを活かすチャンスがあるってことは、凄く幸せなことなんだ。

それだけでもいいから覚えておいてほしいな」

「……そろそろ昼休み終わっちゃうので失礼します」

「あ、待って。

……名前、聞いてもいい?」

「西木野 真姫です」

「西木野さん、よかったら神田明神にきてみて。放課後練習してるんだ」

「……多分、行きませんよ?」

「それでも構わない。それじゃあね」

ぺこりとお辞儀をして、西木野さんは出て行った。

 

 

*****

 

 

「失礼します」

「どうぞ」

放課後、僕は理事長室に来ていた。

「あら、松本さん。来てくれましたか」

「はい、それで話というのは……?」

「単刀直入に言います。

明日を持ってあなたが受け持っている全ての仕事を解きます」

 

「……え?」

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
なんだか波乱の予感がする終わりになりましたが、少なくともクビにはならないのでご安心を笑
今回も読んで頂き、ありがとうございました!


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第6話 〜異変〜

こんにちはこんばんは、Mr.Rです。

前回の終わりといい、今回のサブタイトルといい意味深なことになってますが、松本はどうなってしまうんでしょうねー。

では、どうぞ!


「明日をもってあなたが受け持っている全ての仕事を解きます」

 

「……え?」

 

何言ってるんだこの人?

まずそんなことが頭に浮かんだ。

そして、

 

「えぇぇええぇぇ!?」

 

状況を把握した僕の脳は、絶叫を選択した。

後になって聞いた話だが、この時僕があげた悲鳴は運動場でも聞こえたらしい。

「ど、どういうことですか⁉︎

もしかして、く、クビなんですかっ⁉︎」

 

慌てて詰め寄る僕に、理事長は微笑みながら種明かしをしてくれた。

……できれば最初に言って欲しかったが

「ことりから聞きました。あの子達、スクールアイドルを始めたのでしょう?」

「あ、はい」

「あなたには、彼女たちのバックアップをして欲しいの」

「バックアップ、ですか……?」

「そう、あの子達やる気は充分あるみたいだけど、何事もやる気だけじゃ足りません。

簡単に言うと、マネージャーです」

「えっと、仕事は……?」

「それなら大丈夫です。すでに県の方とも協議済みですから」

「……」

あれ? いつの間にか退路塞がれてない?

いや、やりたくない訳ではないが……

「……わかりました。できる限りのことをさせていただきます」

 

こうして、僕はμ'sのマネージャーになったのだった。

 

 

*****

 

 

「スクールアイドルねぇ……」

ここは秋葉原。サブカルチャーのメッカであり、ありとあらゆる情報が集まる場所。

アイドルのことを調べるのに、ここ程いい場所は無いだろう。

「凄いな、スクールアイドルの専門店まであるのか……」

自分もアニメやゲームはかなり好きだし、世の中いろんな人がいることも分かってる。

でも、

「……おぅ」

目の色を変えてグッズを探すお客さん達を見ていると、ドン引きとまではいかないが微妙な気分になってくる。

「お、A-RISEだ」

スクールアイドルの頂点に立っている彼女達のコーナーはかなり大きく、その人気ぶりがよくわかる。

「あの子達、あんなんで大丈夫かな……」

曲も無い。衣装も無い。名前はあるけどそれを考えたのは顔も知らない誰か。

確かにやる気はすごい。

でも、理事長の言う通りそれだけじゃダメなんだ。

「ん、そろそろ練習時間だな」

秋葉原から神田明神までゆっくり行っても10分。

時間的にはまだまだ余裕だったが、マネージャーが遅れる訳にもいかないので早めに動くことにした。

 

 

「「「キャァァァ!!!」」」

女の子の黄色い歓声が耳を駆け抜ける。

「なんだ?」

騒ぎはUTX学院の方で起きているようだ。時間に余裕もあるし、なんとなく気になる。

(見に行くか)

 

 

この時の僕はまだ知らない。

自分のこの行動が、後に僕の人生そのものを大きく変えていくことに。

 

 

『こんにちは!

UTX学院にようこそ!』

UTX学院前では多くの人が巨大なモニターの向こうにいるA-RISEに歓声を送っていた。

でも正直に言うと、

 

誰が誰だかわからない。

 

なんか、すごいアウェー感である。

周りの人はみんなファンっぽいし、のこのこと「あの子達誰がなんていう名前なの?」と聞こうものならなんだかボコボコにされそうな気がする。それくらいの熱気だった。

「あっ」

周りを見るとちょうどいい具合に音ノ木坂の制服を着た2人組がいた。リボンの色からして1年生だろう。

女の子に話しかけることにはまだ少し抵抗があるけど、高坂さん達のバックアップをしていくなら慣れないといけない事なのだと自分を励ます。

「君たち、ちょっといいかな?」

「は、はいっ!」

「あれ、あなたは確か……」

リアクションを見る限り、1人は僕の事を知っているみたいだ。なら話は早い。

「そうそう、4月から音ノ木坂で働く事になった松本だよ。

君たちはA-RISEを見に来たの?」

 

僕はまだまだ知らなかった……

地雷というのは分からないように隠されているから効果があるのだと……

結果から言おう。

僕は地雷を踏み抜いた。

「はいっ! 毎月A-RISEの方々はUTX前でゲリラライブを行うんです! 日にちも時間も全くの不明! 彼女達がまだマイナーだった頃は自分たちを知ってもらおうとここてライブをしていたのですがメジャーになった今でもこうしてUTX学院の前でパフォーマンスをしているのです! まさに初心忘れるべからず! 勝って兜の緒を締めよ!

あぁ、なんてすごい人たちなのでしょう……!!」

 

「……へ、ヘェ〜」

ここで無難なリアクションを返す事が出来た僕は褒められてもいいと思う。

「かよちんアイドルの事になると性格が変わっちゃうんです。あはは……」

隣にいる友達らしき女の子も苦笑いだ。

「あの、できればちょーっとだけ教えてほしいんだけど、A-RISEのメンバーの名前を教えてほしいんだー」

「はぁーッ!? 先生そんな事も知らないんですか!?」

答えは後ろから聞こえてきた。

振り向くと、

「うおっ!?」

慌てて口を押さえるがもう遅い。

でも仕方ないと思うんだ。

振り向いたらもうそろそろ暖かくなってきたっていうのに分厚いコートを着て、マスクを着用し、挙句にサングラスまで掛けた子がいたんだもの。

「え、えっと……君は?」

「そんな事より!

あなた本当に知らないの?」

「は、はい」

年下であろう女の子に敬語を使っている僕に、呆れたようにその子は語り始めた。

「しょーがないわね。一度しか言わないからよく聞きなさい。

右にいる泣きぼくろが特徴の子が統堂英玲奈。作詞担当よ。

左のウェーブのかかった髪の子が優木あんじゅ。衣装を作っているわ。

そして中央のショートカットの子が綺羅ツバサ。リーダーであり、作曲もしてる」

「3人で全部やってるのか!?」

「そうよ、学校の勉強もしながらアイドルとしての活動も全力で取り組む。

それが、スクールアイドルなのよ」

 

 

想像以上だった。

彼女達はこの事を知っていて、それでもアイドルをしようというのだろうか?

もしそうだとしたら、

「僕も、頑張らないとな」

ひとり呟きながら、神田明神へと歩き始めた。

 

 




いかがでしたか?
いやー、クビにならなくて良かった良かった笑
そして、凛と花陽とにこを出すことができました!
凛ちゃんの出番が少ないのはひとえに文才がないからです……
推しの方申し訳ない……

次回もよろしくお願いします!


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第7話 〜スタートダッシュ 前編〜

お知らせがあります。



目の前に一つの箱がある。

 

中に入っているのは、よく手入れされたトランペットだ。

 

吹いてもいないくせに手入れだけはしっかりとしているあたり、我ながらなんとも未練がましい限りだが、どうしても止めることができなかった。

理由は分からない。でも、どうしても止めちゃいけない気がした。

 

マウスピースをはめる。

唇を軽く湿らせ、真横に引き締める。

 

かれこれ3年も吹いていなかったんだ。音が出るなんて思ってもないし、仮に出たとしても金管楽器特有のあのパリッとした音はまず出ないだろう。

 

肺8分目くらいの空気を吸い込みーー

 

ぶぉぉぉぉ

 

出てきたのは、出そうと思ったドの音ではなく、戦国時代の合戦で吹かれるホラ貝のような音だった。

「……だよねー」

もしかしたら、まだあの頃のような音が出せるかもしれない。

そう思った自分も確かにいた。

よく、練習を1日サボれば3日頑張らないと遅れを取り戻せないと言うが、どうやらそれは本当のことらしい。これじゃあ、入って1週間の素人の方がまだマシだ。

ようやく戻って来たのか。

 

そう抗議しているかのようなトランペットを再び楽器ケースにしまってから、僕はμ'sの朝練に行く準備を始めた。

 

*****

 

「曲が出来たぁ⁉︎」

「ハイッ! 私たちの、μ'sの曲です!」

挨拶より早かった高坂さんの報告に、僕は朝から大声を上げてしまった。

「もう穂乃果、失礼ですよ…

松本さん、おはようございます」

「おはようございます♪」

後ろからやってくる園田さんと南さんからも、嬉しそうな雰囲気が

溢れ出ている。

「それで、どんな曲なの?

っていうか、誰が作ってくれたの?」

「うーん、朝ポストに入ってたから分かんないんです」

(……まさか、ね)

不意に、以前音楽室で出会った赤髪の少女の顔が浮かんだ。

思いつきでしかないけど、当たっている可能性は高そうだ。

「はい、イヤホン」

「……え?」

「聴くんでしょ?」

どうやら彼女は本当に純粋な子らしい。この年頃の女子で彼氏以外の男に自分のイヤホンをこうも躊躇いもなく付けさせることができる子、そう多くはいない。

「あ、大丈夫だよ。自分のイヤホンあるしね」

今日ほど、マイイヤホンに感謝する日もそうそうない。

「じゃあ、行くよ」

「μ's!」

「ミュージック!」

「スタート!」

 

軽やかなピアノの旋律が流れる。

『産毛の小鳥達もいつか空に羽ばたく』

「しっかし、いい声してるな……」

ピアノと声だけ、それだけでも充分だと思える程、彼女の歌は完成されていた。

曲が終わる。

「……すごい」

どうにかそれだけ呟くと、間髪入れずに穂乃果が同意を示す。

「ですよね! 海未ちゃんに作詞頼んで良かったです」

「ちょっと、穂乃果!」

「え、作詞園田さんだったんだ。へぇー」

「海未ちゃん中学生の時ポエムとか書いてたもんねー」

「え? そうなの?」

「読ませてもらったことも、あったよねー」

おっと……

園田さんは耳まで真っ赤にして黙り込んでいる。怒りと恥ずかしさが半々といったところだろう。

彼女が臨界点を突破する前に助け舟を出すことにした。

「でも、すごく良かったよ」

「そう、ですか……?」

「うん。2人もそう思うだろ?」

「「はい!」」

「うぅ……

3人ともずるいです……」

なんやかんや言いながら、彼女も嬉しそうだ。

「よし、作曲してくれた人のためにも、全力で頑張ろう!」

『はい!』

綺麗に重なった3人の声を聞きながらも、僕は微かな違和感を感じていた。

(なんだろ、視線? 誰が見てるのか?)

振り向いてみてもこっちを見ている人はいない。境内を掃除している巫女さんがいるだけだ。

(……ん? あの人……まさかっ!)

あの髪の色、特徴的な雰囲気。

東條 希、その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まず、皆さんに謝らないといけません。
投稿遅れて、本当にすみませんでした。
リアルの方で内部異動などあり、話を考えることすら出来ませんでした。
同じ理由で、これからの投稿もかなり不定期になります。
重ね重ね、お詫び申し上げます。


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第8話 〜スタートダッシュ 中編〜

(あれは、希……?)

理解すると同時に体が動いていた。

「え? 松本さん?」

会話の途中で歩き出した僕に園田さんが訝しげな声をかける。

「ごめん、ちょっと待ってて」

気の利いた声をかける余裕もないほど、僕は彼女の姿に動揺していた。

「東條さん」

「あ、おはようございます。松本先生」

彼女はここ、神社に最もふさわしい服。巫女服を着ていた。

「君はここで……」

何をしているの? その言葉が発せられる前に彼女はその続きを話し出した。

「ウチは、ここでアルバイトしてるんです。神社はいろんな気が集まる、スピリチュアルな場所やからね」

「スピリチュアル……」

分かるような、分からないような。多分彼女は敢えてその言葉を選んでる。

「先生はあの子達の朝練?」

「あ、うん。そうだよ」

それで結局、するりとかわされてしまうんだ。

「そう、ならお参りしていかんとね。場所使わせてもらってるんやし」

「あ、東條副会長。おはようございます」

「おはよ〜。みんなもお参りしてくん?」

 

心を空っぽにする。例えるなら澄んだ水のように。晴れ渡る空のように。

2礼、2拍、1礼。

以外と知られていないけれど、神社でのお賽銭には1円、50円、100円玉などの白銭がいいんだそうだ。「ご縁がありますように」と5円玉を入れるけれど、5円、10円、500円玉などの赤銭は、お寺のお賽銭にするのがベストなんだそうだ。

 

それはさておき。

(彼女達の活動が上手くいきますように)

彼女達の本気は疑う余地も無い。

なんやかんやでこうして朝練もきちんとしているし、泣き言を言うことはあっても諦めの言葉は聞いたことが無い。

本気でやっている事が報われない事ほど嫌なことも無いだろう。

「先生? 松本先生!」

「ん? あぁ、ごめん。どうしたの?」

「どうしたのじゃないですよ! もう行かないと遅刻しちゃう!」

「お、もうそんな時間か」

時計を見ると7時40分。確かにもう時間だった。

(あれ?)

気がつくと東條さんはいなくなっていた。

 

 

*****

 

 

ゆったりとした気持ちで大きく息を吸い込む。

曲は、『アメイジンググレイス』 僕が1番好きな曲の1つだ。

1番は序章。日の出の瞬間のような始まりを告げるメロディ。

2番。一気に半オクターブ音を上げ、クライマックスへと翔ける。

 

息が苦しい。やはりまだ肺活量は昔ほど戻っていないようだ。

でも嬉しい。諦めていた音楽。そこにまた戻ってこられた。

歓喜を音に込め、爆発させる。

自分とトランペット、そして音楽の境界が曖昧になる。

全てを出しきり、最後の1音まで吹き切った。

 

少しの間をおいて拍手が起こる。

「凄いです! 感度しました!」

言いながらも高坂さんは拍手を止めない。

「はい。私も歌詞のイメージが湧いてきました」

園田さんはもうノートを広げている。

そして。

「ふぇぇ……」

「えぇ⁉︎ どうしてことりちゃん泣いてるの?」

「だって、だってぇ……」

「それほど松本先生の演奏が心に響いたということでしょう。私も危ないところでした」

お客さんはたった3人の演奏会。

でもその3人にこう言ってもらえたのだ。大成功と言っても過言ではないだろう。

「レベルとしてはまだまだだけど、僕にもコレで手伝わせて欲しいんだ」

本気の彼女達の為に自分ができること。考えてみたら以外と限られていた。

練習で遅くなったら車で送ったりとか、そういう雑用みたいな事はいくらでもある。

でも、自分が頑張れる事はそう無いのだ。

「はい! こちらこそお願いします!」

机の上には紙の束が。

μ'sのファーストライブは、間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせいたしました。
できるだけ正確な描写を心がけていますが、違くない? という箇所が有りましたらどんどんご指摘お願いします!

次回はアレです。はい。


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第9話 スタートダッシュ 後編

「お願いしまーす! スクールアイドル、μ'sです!」

「新しく活動を始めましたー!」

 

秋葉原の街に響く、ビラ配りの声。

この街ではたいして珍しいものではない。メイド喫茶やアニメショップなど、呼び子はあらゆるところに立っていて、彼女達も風景の一部となっていたはずだ。

彼女達が、「ただの少女」だったなら。

 

先頭に立って、というより誰彼構わずチラシを配っているのは、高坂さん。

人懐っこいその笑顔で、かなりの枚数を捌いている。

一方で南さん、彼女は高坂さんのようなエネルギッシュな感じは無い。

だが、妙に慣れているというか、受け取る人が分かっているのではと思ってしまうかのような百発百中のビラ配りで、すでに用意していたビラの3割を消化している。

それとは対照的なのが……

 

「こ、こんにちは……」

「園田さん、もう少し大きな声でチャレンジしてみない?」

「無理です、恥ずかしすぎますぅ!」

なんでもソツなくこなす印象のある園田さんだったけど、どうやらかなりの人見知りというか、恥ずかしがり屋さんらしい。

意外な一面が見れて役得と思ったのは数瞬。僕は「引率」から「マネージャー」に自分を変える。

「どうしたの? あれだけ高坂さん達に厳しく指導しておいてまさかできないなんて言わないよね?」

あえて投げかける挑発的な言葉。園田さんも分かってはいるのだろう、恨みがましい目で見てくるがここは園田さん自身のためにも引くわけにはいかない。

「松本先〜生! 補充しますねー!」

「お、そうか。頑張れよ〜」

「はい!」

高坂さんはこれで4回目、200枚のビラを配ったことになる。

「園田さん」

「……なんでしょう?」

「そんなに恥ずかしい?」

「当たり前です! こんなにたくさんの人がいるのに……」

「ちょっと周りを見てみて」

「どういう……」

訝しむように周囲を見渡す園田さん。きっと彼女なら気づくはずだ。

「あ……」

『自分1人がビラ配りをしている』なんてことは、決して無いということに。

「こんなにたくさんの人がビラを配っているんだ、ある意味景色みたいなものだよ」

できるだけ意識して柔らかい声をかける。彼女の背中を押すように。

「……以外と、先生は先生に向いていますよ」

「どういう意味?」

「そのままです」

吹っ切れた表情で歩き出す園田さん。どうやら乗り越えることはできたみたいだ。

 

10分後

 

「やっぱり無理です〜!」

僕はそっと頭を抱えた。

 

 

*****

 

 

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

早朝の神田明神に手拍子と掛け声が響く。

μ'sの朝練は、すっかりこの神社お馴染みのものになっていた。

「衣装も完成して、あとは本番かぁ……」

「はい! いよいよここまで来ることができました!」

「穂乃果、まだ最初の一歩なんですよ?」

呆れたように声をかける園田さんもどこか嬉しそうだ。

「それで、どんな衣装なの?」

「秘密です♪ 本番まで我慢してくださいね」

すでに何度か衣装を見させてくれと言っているが、なんやかんやで断られてしまっている。

「衣装は着てこそ意味があるんです、だから、本番まで待っていてくださいね」

衣装担当の南さんにそんな風に言われて、誰が抗えるだろうか。いや、誰も抗えまい。

「今日の夕方か……」

自分がステージに立つ訳じゃない。それなのに、武者震いするほどの緊張に襲われていた。

「そろそろ時間ですね、登校しましょう。特に穂乃果、転ばないように気をつけてくださいね?」

「なんで穂乃果だけ『特に』が付くのぉ!?」

「普段の行動です」

バッサリ切り捨てる園田さん。いつものやりとりだ。

正直、すごいと思う。

あと何時間か後には、彼女達は人生で初のステージに立つ。それなのに、彼女達からは緊張とか不安を全く感じなかった。

怖くないはずがない、不安が無いはずがないのに、それを押し殺して普段通りの姿を保つことが、どれだけ難しいことか。

「……こんだけ」

こんだけ頑張ってるんだ、少しはご褒美をくれてもいいんじゃないか? 神様。

声に出ない呟きは、空に融けて消えた。

 

*****

 

「音ノ木坂学院スクールアイドルのμ'sです! この後講堂でライブやります!」

「よろしくお願いします!」

本番前の最後の粘り。新入生だけではなく、在校生にもチラシを配り少しでも口コミを広げる。

「あ、あの……」

うっかりすると聞き逃してしまいそうなほど小さな声。

「ん? なんだい?」

青のリボン、新入生の子がいつの間にか後ろに立っていた。

「ら、ライブ……頑張ってください! 見に、行きます……」

その声は小さく、新入生募集の声にかき消されそうだったが、それでも彼女が何を伝えたかったのかははっきり聞こえた。

「ありがとう、楽しみにしててね」

「はいっ!」

 

きっと上手くいく。

後で知ったけど、そう思っていたのは皆同じだった。

 

 

*****

 

 

「お待たせしました! どうぞ!」

本番直前、僕はご丁寧に目隠しまでされて舞台裏に立たされていた。

何が起こるのかは見当がついてる。

「……すげぇ」

でもそのレベルまでは想像ができていなかった。

一言で言うならば『アイドル』。

まさにそんな3人がそこにいた。

「えへへ……どうかな?」

「すっごく似合ってるよ、3人とも」

「本当ですか?」

「あぁ、正直度肝を抜かれたよ」

「ね、海未ちゃん言ったとおりでしょ! すっごく似合ってる!」

「うぅ……こんなに短いスカート、やっぱり恥ずかしいです」

「いいんじゃないかな?」

「え?」

「園田さんはその衣装、人には初めて見せるんでしょ?」

「はい、そうですが……」

「だったら恥ずかしいのは当たり前、それでいいんじゃないかな?」

「そうか……そうですね、大事なのは、ちゃんと踊りきること。お客さんに、全力の私達を見てもらう事でした……」

「お、分かってるじゃん。なら僕は行かせてもらうよ」

「え?」

「僕もお客さんとして、君達を見させてもらうよ」

『えぇー!』

「さすが仲良し、驚いた声までハモるなんて恐れ入った」

「ぶ、舞台袖から見ていてくれないんですか?」

「それじゃあ君達のパフォーマンスがよく見れないだろ?」

「そ、そうですが……」

「んじゃ、そういう事で〜」

 

背を向けて考えるのは一つではない、今の自分の言葉で、少しでも彼女達の緊張をほぐす事ができただろうか、余計な心配をかけさせていないだろうか。

「いや、」

彼女達なら大丈夫だ。

根拠はないけど、そんな気がしていた。

 

 

*****

 

 

「さてお客さんはどれだけ来てるか、な……」

その声は最後まで発する事は出来なかった。

0人。

客席には、誰一人としてお客さんがいなかった。

「時間は……!」

開演まで、あと1分も無かった。

時計を見た瞬間開幕を告げるブザーが鳴る。

幕が、上がってしまう。

「ダメだ!」

言葉は、届かない。

 

高坂さんの目に浮かんだのは、驚きだった。

秒にも満たない時間で彼女は状況を把握してしまう。

誰もいない、それがどういう事かを、理解してしまっている。

園田さんは高坂さんを思いやるように、

南さんは泣きそうな顔で、それぞれ高坂さんを見つめている。

 

こんなの、

「あんまりだ……!」

溢れた言葉は、以外と大きく響いた。

 




えー、お久しぶりでございます。Mr.Rです。
ここできるのかよ! と思った方、本当にごめんなさい。また切らせていただきます。
どんだけ待たせるんだよ! と思った方、本当にごめんなさい。たぶんまた長くお待たせしてしまいます。
……これだけ謝れば充分ですよね?

さて、第9話いかがでしたか?
できる限り原作通りのストーリーにしていくつもりですが、もしかしたらこれも口約束で終わるかもしれません(おい)
それでは、またお会いする日まで、サラバッ!


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第10話 完敗からのスタート

 

 その静寂は,心を折るには十分すぎるものだった。

無人の講堂は,どこか寒くて,もう4月だというのに思わず身震いしてしまう。

 彼女たちに与えられた試練。それは試練というにはあまりにも過酷だった。

「高坂さん」

 どんな言葉をかけるべきか,何を言うべきか全くわからない。

 そもそも今の彼女たちを――励まそうなんて考えることが失礼なのかもしれない。

 でも,今何も言わないのは『逃げ』のような気がして。

 

「やっぱり,そうだよね……」

 

 僕の口が言葉を吐き出すコンマ何秒かの差で高坂さんの口が動いた。

 

 彼女は,笑っていた。

 

 今にも泣き出しそうな瞳で,『笑顔』だなんてとても思えない顔で,

 それでも彼女は『笑って』いた。

「世の中そんなに甘くない……!」

 

 

 ヘシ折られているであろう心で,それでも彼女は今できる精一杯のポジティブシンキングをしている。

 

 

 あぁ。

 心の中であるモノが首をもたげる。

 しばらくコイツとは会いたくなかったのに。

「え? オマエ,まさかまだ希望なんて持ってたの?

 

 

 バーッカじゃねぇの?

 

 

 あんだけいろんな目にあって,怒って,泣いて,周り全部恨んで,

 そんなオマエが『これだけ頑張ったんだ,きっとうまくいくよ!』だなんて……

 

 え,何? ジョーク? マジウケるんですけどぉ!!」

「……うるせぇよ」

「何々,何か言った?

 あっ,まさか怒っちゃった? ねぇ,怒っちゃった感じ?

 もしかして図星突いちゃったとか?」

 

 ソイツは,どうしようもない,もう一人の自分だった。

「まぁね,気持ちは分かるよ。あの子達頑張ってたもんな?

 朝早起きして,夕方は遅くまで残って練習ばっかしてたもんな?

 頑張れば,報われる。そう思いたいもんな?」

「お前は,黙ってろ……!」

「本当に辛いのはあの子達。じゃあ何でオレが出てきた?

 お前が諦めかけたからなんじゃないのか? 違うか?」

 

 そうだ,僕は……

 

「オマエにこの仕事は向いちゃいねぇよ,誰かを導くだぁ?

 

 笑わせんな」

 

 僕は……

 

「いやぁ,すっかり空っぽだねぇ!!」

 全力で,大声を張り上げた。

「松本,先生……?」

「結構頑張ってチラシ配りとかしたんだけどねぇ。ご覧の通り誰も来やしないや。

 もしかしてだけど,

 

 10人とか20人とか,まとまった人が来てくれるなんて甘いこと考えてたわけないよね?」

「ちょっと,何よその言い方!」

 後ろで高坂さんの友達が本気で怒っている声が聞こえる。

 

 ――いい友達だね。

 

 そう思うのは心の中だけ。顔は,かなり挑発的なことになってると思う。

「ついこの間アイドル始めたばっかりだってのに,人が集まるわけないじゃん!」

「それは,そうですけど……

 でもっ!」

「あんなに声をかけたから何人かは来てくれる。そう思っていたわけだ。

 

 甘い。甘いよ高坂さん」

 放たれる言葉に高坂さんはたじろぐ。

 

(気づけ……!)

「そもそも君たちは何でアイドルを始めた?」

「それは……廃校を阻止したいから――」

「それがこれからも続くようなら,多分お客さんは一生来ない」

 彼女のセリフをぶった切って僕は言葉を叩きつける。

 憎まれたっていい,恨まれたっていい。

 

 それでも僕は,大事なことを伝えなきゃいけないんだ。

 

 タッタッタッタ……

 足音が聞こえる。

 

「本当にそんな理由でアイドルがしたいの?」

「……違います」

 高坂さんの瞳に,火が宿る。

 不意にそんな錯覚に陥った。

 

 タッタッタッタ

 足音はどんどん近づいてきて……

 

「聞かせてくれ,君たちがアイドルをしたい理由を!」

「それは……」

 

 バンッ!!

 扉が,勢いよく開いた。

「あれ? ライブは……? あれぇ?」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 さっき声をかけてきた1年生の女の子だった。

 

「やりたいからです!!」

 ついに,その声が聞けた。

 

 ――よく言った。

「ならどうする? お客さんはもう来てるぞ?」

「はいっ!」

 そして彼女は親友2人に声をかける。

「やろう,全力で!

 そのために,ここまで来たんだから!」

 

 さぁ,ステージを始めよう。

 

 完敗から始まる,最高のステージを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しばらくかかるといったな,あれは嘘だ。
意外とすぐ上げることができて自分でも驚いております。
現在スマホを没収されておりまして,発狂寸前の毎日を送っております。
1番辛いのは……

スクフェスができねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
よりにもよって希イベでこんなことをするとか悪魔か!

……ハッ,つい素が。
そんなこんなで次は何時になるか分かりませんが,できるだけ早い更新ができるよう努力していくつもりです。(ただしできるとは言っていない)

それでは,ありがとうございました!


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第11話 ~始まりの鼓動~

 このイントロを,何度聴いてきただろう。

 屋上で,教室で,神田明神の境内で。

 共通するところがあるとすれば,どこにも真剣な3人がいたことだ。

 

『I Say Hay Hay Hay Start;Dash!!』

 

 観客はクラスメートの子を入れてもわずか5人。

 ――いや。

「かよちん,探し……」

 6人だ。

 

『産毛の小鳥たちも,いつか空に羽ばたく』

 それでいい。今はまだ,それでいいんだ。

 まずは,目標を決めよう。

 絶対に叶える,そんな目標を。

 

『諦めちゃダメなんだその日が絶対来る』

 目標が定まったら,そこまでの道のりを考えよう。

 ジャンプしてもいい,思いもしないような方法でもいい。もしかしたら,ちょっと背伸びをするだけで届くかもしれない。

 

『君も感じてるよね,始まりの鼓動』

 とにかく,今を超えるために動き出そう。

 

 簡単な道ばかりじゃないだろう。

 転んでしまうことも,時には雨にふられることもあるだろう。

 進むペースを下げたり,雨宿りをしながら行こう。

 

「――あ」

 トランペットの音色。これは,僕の音だ。

 

 ――悪くないでしょ。

 

 意地っ張りで素直じゃない1年生の声が,聞こえた気がした。

 全く,やってくれる。

 思わず苦笑してしまい,それとなく後ろを向くと,

 

 当の1年生と,バッチリ目が合った。

 1番後ろ,講堂の壁に寄りかかっている。

 でも彼女だけじゃない。

 椅子に隠れるようにして見ているツインテールの女の子。

 

 機械室にいるのは,生徒会長の絢瀬さんだ。

 

 きっと“彼女”もいるのだろう。姿どころか気配も見せてないあたり,彼女らしいと言えばらしいが。

 

『悲しみにとらわれて,泣くだけじゃつまらない』

 その通りだ。それだけじゃ,つまらない。

 

『きっと』

 ――きっと

『君の』

 ――夢の

『チカラ』

 ――今を

『動かすチカラ

 

 信じてるよ。だからStart』

 

 彼女たちなら,やり遂げるだろう。

 予感めいた確信が,僕の中に溢れていた。

 

 万感の思いを込めて,拍手を送る。

 それはそのパフォーマンスへ送るだけじゃない。

 無人の客席。そこに,たとえわずかでもお客さんを呼ぶことができたこと。

 そして最後まで続けたことへの敬意も込めての拍手だ。

 

 

「これからどうするつもり?」

「生徒会長……」

 歩み寄ってきたのは絢瀬さんだ。きっと彼女の口から出る言葉は……

「個人的な感想を言わせてもらうけれど,続けても意味がないように感じるわ」

 それは,否定。

 まぁ,当然といえば当然だろう。僕が彼女でも同じようなことを言う。

 でも高坂さんはそんな言葉で折れるような子じゃない。

「続けます」

 案の定というか,思っていたよりも即答だった。

「なぜ? この結果を見てもそんなことが言えるの?」

「やりたいからです!」

 

 何かを始めるのに,たいした理由なんていらない。

 やりたいからやる。それだけで十分だ。

 

「今は全然だけど,これから精一杯がんばって……

 

 いつか,

 ここを満員にしてみせます!」

 

 彼女にしてみれば,それは宣言。

 僕にとっては,

 

 必ずここを,満員にさせる。

 

 そんな誓いを立てさせる,激励の言葉だった。

 

 

 

 

 




遅れて本当にすいませんでしたぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!
(↑スライディング土下座)

正直ここまで書くチャンスが無いとは思いませんでした。
これからはちょいちょい書くようにします。なんて当てにならない反省文を書いた所で,

いかがでしたか?
いやぁ,ようやくスタダまでこぎつけることができました。
アニメだとまだ3話(笑)先が長いですねぇ。
希との砂糖を吐きたくなるような話も書くつもりです。どれだけ先になるかわかりませんが!
それでは,またお会いする日まで。


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第12話 〜私の夢〜

『あのね、大きくなったら、わたし、ピアノをひく人になる!」

 

いつだったのだろう。

 

『将来? もちろん医者よ』

 

私の夢が、『終わった』のは。

 

 

「パパとママ、またおしごと?」

「ごめんね、真姫ちゃん。今日は一緒にいようって約束してたのに……」

「ううん、へーきだよ! それに、パパとママががんばると、いたいいたいしてる人が元気になるんでしょ?」

「そうなんだ。病気の人や怪我をした人の為に、行ってくるよ」

「うん! 行ってらっしゃい!」

 

両親が医師である以上、一家そろっての休日なんて滅多になかったし、その僅かな日でさえも、急患などで潰れることが多かった。

 

「いいわよ、おめめ開けてみて」

「……うわぁぁ〜!」

小学校に上がった時の誕生日。プレゼントにもらったのは大きなグランドピアノだった。

今にして思えば、私が少しでも寂しくならないようにということだったのかもしれない。その意味で言うなら、両親の目的は達成された。

毎日、それこそ無我夢中でピアノを弾いていた。

ママに頼み込んで、ピアノ教室にも通わせてもらった。何度かコンクールで賞を取ったりもした。

 

小学校も高学年になると、自分がどういう状況にいるのかも分かるようになってきた。

私は西木野総合病院の跡取り。それも一人娘なんだ。何があっても医者にならなければいけない。

 

ーーたとえ、何かを諦めないといけないのだとしても。

その思いは、私を縛る『鎖』になった。

 

その『鎖』を、

私の心の扉を、

 

「ねぇねぇ西木野さん、

 

 

アイドルやってみない?」

 

ちょっとうっとうしい位に叩いた人がいた。

 

 

*****

 

 

一枚のポスターがあった。

デフォルメされた三人の少女が描かれた、新入部員募集のポスターである。

それを、いかにも「迷っています」といった雰囲気を醸しながら見つめる少女がいた。

「小泉さん?」

「ぴゃあっ!?」

声をかけたら尋常じゃないほど驚かれた。少しショックだったりする。

「ま、松本先生……」

思えば僕は正確には「先生」と呼ばれるような立場じゃない。そもそも教員免許も取ってないし、ここではただの(とは言い切れないけど)事務員だ。

ここが学校である以上、無理に訂正もしないけど。

「そのポスター、興味ある?」

「え?」

「いや、なんかすごく熱心に見てたからさ」

結果から言えば、μ'sの初ライブは「失敗」だった。

お客さんは両手の指で足りる程度。幕が上がった時の三人の表情はいまだに瞼から離れない。

でも彼女たちはそこで止まったりはしなかった。むしろ、そこから走り出したとさえ言っていい。

「小泉さんはアイドル好きなんでしょ? やってみたらいいと思うけどな」

「で、でも……私、全然向いてないし……」

そう言って小泉さんは俯いてしまう。どうやら押し付けがましすぎたようだ。

しまったなと内心慌てていると

「かーよちーん、ここにいたのかにゃ〜」

「あ、凛ちゃん!」

小泉さんのクラスメート、星空さんだった。

「かよちんまたポスター見てたの? かよちんそんなに可愛いし、声も綺麗なんだからアイドルやってみればいいのに〜」

「私は全然……声もちっちゃいし……

そういう凛ちゃんも一緒にやろうよ」

「え……」

「凛ちゃんだって私よりずっと可愛いし、ダンスだってきっとやれるよ」

おや? これはいい流れかもしれない。

いくらμ'sのマネージャー的なことをしているとはいえ、「可愛い」とか「君スタイル良いね!」なんて事を言おうものならセクハラ呼ばわりは間違いない。というか恥ずかしくてそんなこと言えない。

でも友達同士でそんな認識なら、もしかしたら新入部員を二人確保、なんて事を期待していた。

 

「凛は、向いてないよ」

 

星空さんから出てきた言葉は、思っていたよりずっと寂しい否定だった。

 

「ほ、ほら、こんなに髪短いし! あはは……

そろそろ帰ろ?

松本先生、さよなら!」

「わっ!?

ダレカタスケテー!」

 

何かをごまかすかのように星空さんは走り去ってしまった。

バランスを崩して涙目の小泉さんを引っ張りながら。

「ちょっと待っててー」

残された僕は、そう一人ごちるくらいしかできなかった。

 

「ふふ、今年の一年生は面白い子が多いなぁ」

「……東條さん。聞いてたの?」

「偶然や、偶然。

さて、これからどうするん? 松本先生?」

イタズラを考えているような、猫のような目で僕を見る東條さん。

「何か、変わったね。東條さん」

「……いろいろ、あったから」

「詳しくは聞かないよ。さて、僕は僕のやる事をやるとしますか」

「あの三人の勧誘?」

「いや、ただの仕事だよ」

「あ、うん。頑張ってなー」

 

マネージャーとはいえ自分はこれでも茨城県職員。やるべきことは結構あったりするのだった。

 

 

 

 




お久しぶりになりました。Mr.Rです。

12話、いかがでしたか?メインで描いた『夢』は真姫だけでしたが、りんぱなの『夢』も匂わすくらいはできたと思ってます(原作知ってる人には意味ないかw)

それでは、13話でお会いしましょう。


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第13話 〜まきりんぱな 1〜

小さい頃から、アイドルに憧れていた。

テレビの向こうにいる彼女たちは、いつも一生懸命で、キラキラしていて、まるで夜空に輝く星みたいだった。

私もあんな風になりたい、子供ながら真剣にそう思った。

引っ込み思案な私が、その夢を届かないものと考えるまで、そこまで時間はかからなかった。

声は小さいし、運動もそこまで得意じゃない。一つダメだと思ったら、次から次へとアイドルになれない理由が浮かんできた。

結局のところ、私はアイドルに『向いていない』。ただそれだけだったのだ。

 

私自身が向いていなくても、好きを辞める理由にはならない。

 

そんな理由を付けて、ファンは続けた。プロのアイドル以外にも、スクールアイドルというものも出てきて、

 

 

 

ほんのちょっぴり、胸が痛んだ。

 

我ながら身勝手だとは思う。

でも、怖い。

これだけ向いていない要素が揃っている私。仮にアイドルを目指したとして、もし『なれなかったら』?

星を目指しても、力及ばず燃え尽きてしまったら?

 

そう考えると、どうしようもなく怖かった。

 

高校に上がって、少しは大人になれたかなと思っていたら、高校自体が無くなるかもしれないと言われた時は本当に驚いた。上級生には、ショックすぎて本当に気を失った人もいたらしい。

まだ入学して間もないけれど、音ノ木坂は凄く良いところだと思う。

上手く言い表せないけれど、こんな私でも大丈夫だよって受け入れてくれる。そんな雰囲気がする。

できれば無くなって欲しくない。いろんな人に、ここの良さを知ってもらいたい。

 

そんな矢先だった。

スクールアイドル始めました、そのポスターを見つけたのは。

 

噂だと2年生の先輩3人が、廃校を阻止したいとの思いで始めたらしい。確かにアイドルを始めて、その活動が上手くいけば、部活で全国大会出場! のような大きな宣伝効果が見込める。

μ'sというそのグループの初ライブ、見てみた感想といえばーー

 

正直に言ってしまうと、歌もダンスも全然だった。

園田先輩は恥ずかしいという気持ちが出すぎてしまっているし、高坂先輩は色々と大雑把。南先輩はキレイにまとまっているけれど、そこまでだ。

 

ただ、そのマイナスポイントを帳消しにしてプラスになるほどの「熱意」を感じた。

ほとんど人のいない講堂。私が来た時には無人だったから、ステージに上がった先輩たちが見たのは誰もいない観客席だったのだろう。

 

その時の絶望感は、私が軽々しく想像しちゃいけないと思う。

でも先輩たちはやりきった。その姿に私はどうしようもないほど胸が熱くなった。

 

 

 

ーーでも。

「アイドル、かぁ」

ーーやってみたら良いじゃない。

前に事務の先生に言われたことが頭をよぎる。

ーーかよちんは声もキレイだし、きっと向いてるよ。

親友の凛ちゃんにもそう言ってもらえている。

でも、どうしても『一歩』が踏み出せない。その勇気が、出てこない。

「あれ? これは……」

 

またいつものようにポスターを見ていると、誰かの生徒手帳が目に入った。

ここで落としてしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 




まきりんぱな2に続く。


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第14話 〜まきりんぱな 2〜

「お先に失礼します、お疲れ様でした」

「はいお疲れ〜」

「お疲れ様」

今日も仕事が終わった。他校のスクールアイドルの研究や茨城におけるこれまでのアイドル活動の記録の調査。茨城の財政からどれだけアイドル活動に支援ができるかなどなど……

 

あれ、これって公務員の仕事じゃなくない?

 

自分はいつから公務員からアイドルオタクにジョブチェンジしたのか考えながら、駐車場へと歩みを進めた。

 

 

*****

 

 

「こっちかな? えっと、あっち?」

「……何してるの?」

「ぴゃあっ!?」

夕飯の食材を買った帰り道、ばったり小泉さんに出会った。

小泉さんに声をかけるたびに、幽霊に遭遇したかのようなリアクションをされるけど、僕は一体彼女に何をしたのだろうか……

「こんな時間に一人歩きはあまりオススメできないかな。何かあったの?」

もう薄暗い時間だ。不審者というリスクを考えるとそろそろ危ない時間だろう。

「あの、これを見つけて……」

小泉さんの手にあったのは、ウチの生徒手帳だった。

「小泉さんのって訳じゃなさそうだね」

「はい、西木野さんのなんです。困ってるかなって思って……」

なるほど、事情は分かった。

「そっか……

歩きじゃ時間もかかるだろうし良かったら乗る?」

「え……」

「あ、ゴメン! 嫌だったら良いんだ、いきなり男の車に乗るなんてどうかしてたよ」

言いながら冷や汗が吹き出す。

いくらなんでもいきなりそんなこと言うなんて本当にどうかしてた。

「じ、じゃあ、お願いしても、良いですか?

「へ? あ、うん……」

まさかのOK頂きました。

 

*****

 

「これ、家か……?」

「ふぇぇ〜……」

生徒手帳の住所にあったのは、文字通りの豪邸だった。

「じゃぁ、行こっか」

「はい」

インターホンを鳴らすと数秒で女性の声出た。

『はーい』

「夜分に申し訳ありません、国立音ノ木坂学院の松本と申します。西木野さんのお宅でよろしいですか?」

『あ、はい。少々お待ちください』

「先生、何か本当に先生みたい」

「まぁ、一応ね。こういう対応は研修でも習うし」

「へぇ〜」

「お待たせしました。どうぞ」

「すみません、失礼致します」

「こ、こんばんは」

「こんな時間に申し訳ありません。実は……」

小泉さんが西木野さんの生徒手帳を拾って、それを届けに来たという事を伝えると、西木野さん(母)はすぐに納得してくれた。

「あら、そうなんですね。ありがとうございます。今真姫何ですけど病院の方に顔を出しているのでしばらくお待ちくださいね」

「いえ、お気遣いなく」

 

そう言われて僕たちが通されたのは、ガチな応接室だった。

「す、すげぇ……」

「真姫なんですが、後10分程で帰るそうです。よければこちらをどうぞ」

「あ、ありがとうございます。ではすいません、いただきます」

「い、いただきます……」

高級なこと間違いなしのティーカップに高級なこと間違いなしの紅茶を淹れてもらい、僕たちは西木野さんを待った。

このティーセットだけで、僕の月給飛ぶかもなぁ……

 

「ただいまぁ。あれ? 誰か来てるの?」

「あらおかえり。学校の人とクラスの子が来てるわよ」

「こんばんは、西木野さん」

「松本先生。それに小泉さん? どうしたんですか?」

「小泉さん」

「は、はい。

西木野さん、これ……」

「あ、私の生徒手帳? どうしたの?」

「μ'sのポスターの所に落ちてたんだ」

「え!? あ、そうだったのね。ありがと」

「西木野さんは、アイドルに興味あるの?」

「なな何言ってるのよ。そんな訳無いじゃない」

見事なまでに本音の見える否定だった。

「そうなの? よくポスター見てるから興味あるのかなって」

「違うわ。興味なんてない。それに、

私の音楽はもう終わってるの」

「え?」

「ウチが病院やってるのは知ってるでしょ? 私の進路は医学部一本。だから、私の音楽はもう終わってるのよ。

もういいでしょ? 手帳ありがと。また明日ね」

これ以上はきっと話してくれないだろう。

「そうだね、もう遅いしそろそろ帰ろう。それじゃあ西木野さん、また学校で」

「また明日……」

 

*****

 

 

「あ、ここでもう大丈夫です」

「そう? じゃあ、また明日」

「はい。ありがとうございました」

「はいはーい」

小泉さんを送り、今度こそ家へと帰る。

「にしても……」

『あの子を、真姫を、よろしくお願いします』

西木野さんの家を出るときに言われた言葉が頭から離れることは無かった。

 

 

*****

 

 

「これは……」

西木野さんの家に行ってから数日後、ピアノの音が音楽室に響いていた。

集中しきっているのだろう。部屋に入ってもまるで気付かない。

ピアノを弾きながら歌っている。その表情は……

 

「私の音楽は終わってる、か……」

「せ、先生!? いつからそこに!?」

「失礼失礼、あまりにいい曲だったもんでつい聞きいっちゃったよ」

「そうですか。では私はこれ位で」

「本当に君の音楽は終わっているの?」

「……はい」

「僕にはそうは思えないね。

君の音楽は、ただ『止まってる』だけだ。君自身が止めているだけだよ」

「何が言いたいんですか?」

「『好き』を、諦めるな。君のはDon'tなんだろう? なら諦めるな」

「違う。もう無理よ。もうどうしようもない。医学部の勉強がどれだけ大変なのか、先生はきっと知らない、分からない!」

「だったら君の『好き』は、その程度だったってことさ」

「なんですって?」

「残念だよ。あんなに良い曲が作れるだけの才能があって、あんなに楽しそうな顔でピアノを弾いているのに、肝心の君がそうじゃもうどうしょうもない」

あからさまな挑発。

いろいろと危ない橋だとは思っているけれど、これが有効な手なことも分かっていた。

見た感じ西木野さんはかなりの努力家だ。そうでなきゃ医学部なんて仮に押し付けだとしても目指せない。

そして、努力家にはーー煽りがよく効く。

(うわぁ、メッチャ怒ってるよ。真っ赤だよ顔。怖ぇぇぇ)

もっとも、それを仕掛けた僕はビビリまくっているのだが。

「いいわ、そこまで言われて黙ってられない。やってやろうじゃない!」

落ちた。

「へぇ、なら楽しみにさせてもらうよ」

心の中で悪い笑みを浮かべながら、僕は音楽室を後にした。

 

 

*****

 

 

数日後

「私、小泉花陽といいます!

1年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何も無いです……

でも……

でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!

だから、μ'sのメンバーにしてください!」

 

小泉さんの涙ながらの入部届。それに付き添っていた西木野さんや、小泉さんの目にも光るものがあった。

「それで、お二人はどうするんですか?」

「「え?」」

「「μ'sはまだまだメンバー募集中です!」

 

 

こうしてμ'sは6人になった。

 

 

 

 

 

 




何気に最長か?

まきりんぱな2、いかがでしたか?できる限り早めの更新を心がけるつもりですが、9月以降また不定期更新に戻ると思います。申し訳ない。

感想、評価もお待ちしてます!


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第15話 〜にこ、襲来 壱〜

「ゴメン。もう限界。」

「にこちゃんの理想の高さは凄いと思うよ? でも、私たちがしたいのはそんなんじゃないの」

手元にある2枚の退部届。それは私と彼女たちとの溝を表しているみたいだった。

「そう。分かったわ」

私と2人とでは何かが違かった。私の目指す場所は、彼女たちにとっては高すぎる山の頂だったのかもしれない。

「それじゃあ、頑張ってね」

「応援してるから」

私が2人を引っ張り、共に高みへと昇っていく。そんな私の願いは、ただの独りよがりだったのかもしれない。

 

ーー違う。

「一人がなんだって言うのよ。ソロで活動してるアイドルなんてザラだわ」

私はアイドル。

お客さんを、笑顔にさせる存在。

「人数なんて、関係ない……!」

 

 

*****

 

 

「それでは! μ'sの練習を始めたいと思います! 1!

「2!」「3」「4」「5」「6」

「いやぁ〜、6人だよ! 6人!」

「高坂先輩まだそんなこと言ってるにゃぁ〜」

「どんだけ嬉しかったんだ……」

1年生の三人が入部してから数日。高坂さんはまだはしゃいでいた。

「ていうか、その絆創膏どうしたの?」

「何か、変な人がいて……」

「変な人?」

突然、不穏な単語が飛び出してきた。

「まさか、そいつにやられたとか?」

「んー、余り悪い人って感じはしなかったけどな」

「いやいや、危害加えられた時点でアウトだから。

それで、どんな奴だったの?」

「女の人だったよ。サングラス掛けてて、マスクつけてて、コート着てた!」

 

 

完全な不審者じゃねーか!!

 

 

「な、何か言ってたりはした?」

「えっとね、『あんた達、とっとと解散しなさい!』って言ってた」

「南さん、今日朝練行けなくてごめん。明日からちゃんと参加するから」

薄々思ってはいたけど、高坂さんって結構アレだ。アホの子だ。

「それでね、その人に……」

「その人に?」

「デコピンされたの!」

 

 

……は?

 

「デコピンで絆創膏って、大げさすぎないか……?」

「そんなことないもん! 赤くなっちゃったし、すっごく痛かったんだよ!」

「あ、うん。分かった。分かったから、そろそろ練習しよっか」

「先生、今穂乃果の事バカにしてない?」

「いや、そんなことないぞー。この子アホなんじゃないかなとか、欠片も思ってないからな」

「そう? ならいいけど」

 

うん。やっぱりアホだ。

 

 

*****

 

 

「雨だ……」

「やっぱり降ってたか」

「これでは練習は無理そうですね」

外はあいにくの天気。無理して風邪でもひいたら行けないから今日は屋内練習に……

 

「お、雨少し弱くなってきたよ!」

「テンション上がるにゃぁ〜!」

言うが早いか高坂さんと星空さんが飛び出してしまう。

濡れた地面であれだけ激しい動きができるなんてすごいな……

星空さんが決めポーズを決めた途端、そろそろ止むかな? といった感じの雨脚が土砂降りになった。なんだこれ。

「私帰る」

「真姫ちゃん……」

「えぇー! 帰っちゃうのー!」

「それじゃ凛達がバカみたいだにゃぁー!」

「バカなんです」

アホらしいといった感じで帰ろうとする西木野さんに、ズブ濡れの二人が抗議する。

 

もっとも、園田さんに一蹴されていたが。

というより園田さん。よく言ってくれた。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
気づけばUAがもう直ぐ10000! ビックリです。こんなに多くの人に読んでいただけるとは……!
これからも頑張ります。感想&評価、お待ちしてます!


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第16話 〜にこ、襲来 弐〜

雨の日の学校。

どこか湿っぽい空気も相まってか、廊下に出ている生徒は少ない。

 

「どうやらあの子ら、止めるつもりは無いようやで? にこっち」

一人佇んでいた生徒が、歩いて来た生徒に突然話しかけた。

にこっちと呼ばれた少女は事情を知っているのか、特に困惑した様子はない。

だが、掛けられた言葉に対する反応はあまり良いものではなかった。

「……ふん」

「あの子ら」の存在が気に食わない。

少女の仏頂面からはそんな感情が滲み出していた。

二人の生徒はそれ以上の会話をすることなく、別々の方へ去っていった。

 

 

*****

 

 

「穂乃果? ストレスを食欲にぶつけると、大変なことになりますよ?」

雨が降っている以上、屋外での練習は不可能。

練習をしたいのにできない。そのことが高坂さんをものすごい形相にしていた。

僕たちは今、ガチなピエロがマスコットを勤めるハンバーガーショップにいる。

梅雨や台風など、数日に渡って天気が崩れることはよくある事だ。でも、その度に練習が出来ない日が続くなんてことになれば、アイドルとしてのレベルアップなど到底望めない。

練習場所をどうしようという目的での会議なはずだったが、高坂さんは天気の方にお怒りらしい。

「雨なんで止まないの?」

「私に言われても」

親の仇とでも言わんばかりにポテトをパクつく高坂さんだが、天候をどうこう言っても始まらないのは理解しているらしい。

(これ以上は止めた方がいいな)

なんて考えながら自分のジュースを取りに席を立った時だった。

「ッ!?」

衝立を挟んだ隣の席にとんてもないものが見えた。

例えるなら……小学生が描くような「う◯ち」だろうか。それもピンク色の。

「……はぁ」

小さくため息。

東京に来る前から、東京には地元では見ないような奇抜なモノが沢山あるだろうと思ってはいた。

だがさすがに食品を販売するお店で「うん◯」を拝むことになるとは流石に予想外だった。

「さっき予報見たら、明日も雨だって」

「えぇ〜!」

別に取りに行っていた南さん、小泉さんが戻るなり、高坂さんの不機嫌に燃料を投下。

「ねぇ高坂さん……」

食べ過ぎは美容と健康に良くないらしいぞとの声は、最後まで出なかった。

高坂さんのトレー。そこに残っていたはずのポテトが、消えていた。

それだけで考えると彼女が全部食べてしまったとしか考えられないが、そんなはずは無い。

ペースこそ速かったが、彼女のポテトはまだまだ残っていた。この一瞬で全部食べきるとなると、無理矢理口に押し込むしか無い。当然ながら、高坂さんはそんなことはしていなかった。

「あれ? 無くなった……

海未ちゃん食べたでしょ!」

「自分で食べた分も忘れたのですか? 全く……」

ヒュッ

微かな音と共に、視界の端で何かが動いた。

「穂乃果こそ!」

「わ、私は食べてないよ!」

今度は園田さんのポテトが無くなっていたらしい。

「そんなことより練習場所でしょ? 教室とか借りられないの?」

廃校の危機に陥るほど生徒が少ないこの学校には、空き教室がかなりある。それらの一つだけでも使えれば状況は好転するのだが……

「前に先生に頼んだんだけど、ちゃんとした部活じゃ無いと申請が出せないんだって」

……ん?

「そうなんだよねぇ……部員が5人いればちゃんとした部の申請をして、部活にできるんだけど……」

高坂さん以外の「5人」が顔を見合わせる。

「5人なら……」

「あっ」

ここでようやく彼女も状況が理解できたようだ。

「そうだ! 忘れてた!」

衝立の向こう。◯んちの辺りから声が上がる。高坂さんの声に驚いたのだろうか。

「部活申請すればいいんじゃん!」

そう。μ'sのメンバーは6人。申請の要件は満たしているのだ。

 

「忘れてたんかぁぁい!」

 

魂のツッコミは、衝立の向こうから入った。

今までの会話を聞いていたのか。その人は一瞬で席に戻ったが、服装を目に焼き付けるには充分すぎた。

ツッコミを入れた人物は、う◯ちの様な形状の物体を頭に乗せ、サングラスで顔を隠すという、よくもまぁ入店拒否されなかったなと違う意味で感心したくなる奇抜ファッションだったのだ。

「それより、忘れてたってどういう事?」

この状況下でも本題からぶれない西木野さん。将来すごい医師になれそうだ。

「いやぁ、メンバー揃ったら安心しちゃって……」

「……この人たちダメかも」

「ついうっかり」で重要事項を忘れていた高坂さんに、西木野さんは呆れてものも言えない様子だ。

「ぃよし! 明日早速部活申請しよう! そしたら部室が貰えるよ!

ハァー。ホッとしたらお腹空いてきちゃった。さぁて……」

残っていたハンバーガーに手を伸ばす高坂さん。

ハンバーガーに背を向けていた彼女が状況を把握したのはその瞬間だった。

衝立に開けられているスペース。そこから手が伸ばされ、彼女のハンバーガーをむんずと掴んでいた。

これ以上ない形の現行犯である。

手の主もバレたことに気づいたのだろう。衝立の向こうに戻りかけていた一瞬手が止まり、次にそっとハンバーガーをトレーに戻す。

そして席を立ち、この場から離れようとするのだが……

その様子が、ピンク色のう◯ちが空中浮遊している様にしか見えないのである。

小柄なのか、衝立と同じくらいの背丈らしい。

そこで金縛りが解けた。

「待て!」

僕もすぐに追いかけようとしたが、声を出す前に動いていた高坂さんの方が早い。

即座に(つまみ食いの)犯人の腕を捕まえた。

「ちょっと!」

「クッ……解散しろって言ったでしょ!」

「解散!?」

「そんなことより、食べたポテト返して!」

「そっち!?」

ツッコミが追いつかない様子の小泉さん。安心してほしい。今この場で状況が理解できている人は多分いないだろう。まず会話が成立していない。

「あーん!」

口を大きく開ける犯人。もう食べたから残っていないというアピールか。

背丈や声の高さからして若い女性のようだ。それにしては品が無さすぎる気がするが。

「買って返してよ!」

「あんたひゃちダンスも歌も全然なってない!ふろ意識が足りないわ!」

ほっぺをつねられながらもそんなことを言う犯人。

意表を突かれた高坂さんの手から離れると、犯人はビシッ! と指を突きつけた。

「いい? あんた達がやっているのは、アイドルへの冒涜。恥よ!

……とっとと辞めることね」

そう言い残すと、犯人は颯爽と走り去ってしまった。

その場も誰もが動かなかった。いや、動けなかったのだ。

 

状況があまりにも意味不明だったからである。

 

「あぁー! う◯ちだー!」

「う◯ちが走ってるぞ! カッコイイー!」

下校途中の小学生にそんなことを叫ばれながら、犯人は遠ざかっていった。

 

 

*****

 

 

「え、ダメだったの?」

翌日、生徒会室から戻ってきた高坂さんはしょげた様子で申請が却下された理由を話してくれた。

「アイドル研究部……そんな部活があったのか」

今は部員が1人しかいないらしいが、それでも部活として存在する以上、同じ様な活動の部活申請が却下されるのは当然だ。

「そうなると、アイドル研究部の人と話をつけるしかないか……」

「副会長にもそんなことを言われました」

「へぇ、副会長が……」

一瞬。本当に一瞬だが、糸が付いた高坂さん達を東條さんが操っているビジョンが脳裏をよぎった。

「ここであれこれ言っていてもしょうがないし、さっさとそこの部室に行きましょう?」

「そうですね」

西木野さんの発案でアイドル研究部の部室に向かう一行。

当の部屋に着いた時、僕たちは意外な人物と鉢合わせすることになる。

「あ、あぁぁぁ!」

「う、うぅ……」

頬を痙攣させる彼女こそ、アイドル研究部部長。そして昨日のつまみ食い事件の犯人である、矢澤 にこであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……前回の投稿から時間が経ち過ぎておっかない。

(開き直って)いかがでしたか? にこ襲来の第二部です。
こんだけ時間かけといて前半しか終わってねぇじゃねーか!
と思う方もいるかとは思いますが、それについては作者の想像(妄想?)力が貧弱なだけですはい。

読んでいただき、ありがとうございました!
次回もいつになるかは不明ですが、お待ちください!


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第17話 〜にこ、襲来 参〜

君ならどうする?

 

自分たちが好きで始めた事を快く思っておらず、その上に自分のご飯を食い逃げした人にどうしても話をつけなければいけない。

挙句、心の準備ができる前に鉢合わせしてしまった。

 

そんな時、君ならどうする?

「気まずい」の代表格のようなこの状況。

先に動いたのは矢澤さんの方だった。

「うにゃぁぁぁ!」

キレたアイ◯ーの様な声で連続猫パンチ、高坂さんが怯んだ隙にすぐさま部室に飛び込むと、内側から鍵を掛けてしまった。

「あ! 部長さん!」

内側からは何か重いものを積み上げる様な音がする。即席のバリケードを作っているのか。

(この子……慣れてる!)

普段からどの様に籠城するか決めていないとこういったことはなかなか出来ない。何故そんな事が言えるのかって?

……そりゃぁ、ほら、ね?

男子なら誰しも一度は考えた事があるのではないだろうか?

もしある日突然、学校にテロリストが現れたら。ゾンビの群れが押し寄せてきたら。どの様に対処しよう。

一言で言ってしまえばただの厨二病。そんな時期が僕にもありました……

僕が過去の思い出(黒歴史、とも言う)に浸っている間に、星空さんの姿が見えなくなっていた。まさか外に回り込んだのか?

ドアで時間を稼いでいる間に窓から逃亡。基本的な戦術ではあるが、それだけに効果もある。星空さんには通用しなかっただけで。

どうやら彼女はドアが使えないと見るや、ためらう事なく外に駆け出し、窓から逃亡を図った矢澤さんを抑えに行った様だ。

もはや野生の勘。本能と言えば良いだろうか。

そして僕たちが外に出た頃には……

「捕まえた!」

矢澤さんはあえなく御用となっていたのだった。

何故か藁まみれで。

 

 

*****

 

 

さして広くはない部室に、6人分の驚嘆の声が上がる。

無理もない。

「これ、よく持ち込めたな……」

壁という壁にはA-RISEを始め様々なアイドルのポスターが貼られ、部屋とほぼ同じ長さの棚にはこれでもかとばかりにグッズ、DVD、CDなどが陳列している。順番が混ざっていたり、埃が被っている物は何一つとしてない。

「校内にこんな場所があったなんて……」

「勝手に見ないでくれる?」

抗議の声を上げる矢澤さん。高坂さんを始め5人はそれで目を離したが、1人、小泉さんだけは違う反応を見せていた。

「こ、これはッ!

伝説のアイドル伝説! DVD全巻BOX! 持ってる人に初めて会いました!」

「そ、そう?」

おぉ、あの矢澤さんが押されている。と言うか引いてるのか?

「ふぇー、そんなに凄いんだー」

高坂さんのこの一言は、感動に震えるファン(小泉さん)の前で言うにはあまりにも無防備すぎた。

「知らないんですか!?

伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDBOXで、その希少性から伝説の伝説の伝説。略して伝伝伝と呼ばれる、アイドル好きなら誰でも知ってるDVDBOXです!」

「花陽ちゃん、キャラ変わってない……?」

やや引き気味の高坂さんに構わず、小泉さんは話を続ける。

「通販、店頭共に瞬殺だったそれを2セットも持っているなんて……尊・敬!」

「家にもう1セットあるけどね」

褒められて嬉しいのか、どこか誇らしげに語る矢澤さん。その一言が小泉さんにかなりのダメージを与えている。

「本当ですか⁉︎」

「じゃあ、みんなで見ようよ」

「ダメよ。

それは保存用」

保存するなら何で学校に持ってきてるんだと思わないでもないが、口にしたら何を言われるか分かったものではないので言わない。

小泉さんと言えば……

「くぁぁぁぁぁ!

 

で、伝伝伝……!」

勝負に敗れた決闘者のようなありさまになっていた。この子本当に小泉さんなんだろうな?

「あぁ、気づいた?

アキバのカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ」

棚の最上段に飾られた色紙に南さんの視線が釘付けになっている。彼女もファンなのだろうか。

「まぁ、ネットで手に入れたものだから、本人の姿は見た事ないけどね」

「と、とにかく。この人凄い!」

何故かホッとした様子の南さんだったが、これ以上本題から逸れてもまずいから黙っておくことにする。

「それで? 何しに来たの?」

 

矢澤さんの声は、問いかけよりも確認に近かった。大方、僕らが来た理由は察しているのだろう。好意的、否定的。どちらの返事がもらえるかは別だが……




いやぁ〜早めに投稿できて良かったなぁ(棒読み)
皆さんイベントは如何でしょうか。自分は5万以内に入れるか際どいですw

べ、別にイベントやりたいから短めにした訳じゃないんだからね!

それでは、またお会いする日まで。


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第18話 〜にこ、襲来 肆〜

 

「それで、何しに来たの?」

私は今不機嫌です。という感情がはっきり顔に出ている矢澤さん。

対する高坂さんは気にしていないのか分からないのかはっきりと要件を告げた。

「アイドル研究さん」

「……にこよ」

「にこ先輩、実は私達、スクールアイドルをやっておりまして」

「知ってる。

どうせ希に、部にしたいなら話つけてこいとか言われたんでしょ?」

僕は入口の近くで話を聞いていたけれど、正直イラっときていた。

理由は単純。

人が真面目に話をしているのにその態度はどうなんだ? という事。

不機嫌丸出しの声、目線だけしか高坂さんに向いていない顔。挙句に肘をつき、頬杖しながらというのが今の矢澤さんの会話スタイルだ。

「なら話が早い!」

「ま、いずれそうなるんじゃないかと思ってたからね」

「なら!」

「お断りよ」

「え?」

ぴくり、と頬が動くのを感じながら僕は矢澤さんを見つめ

 

そして、彼女の瞳に揺るぎない拒絶の色があるのを初めて知った。

 

ーー気圧された。

さっきまでの彼女はただただ不機嫌オーラを出しているだけで、変な話だが怖いとかそんな感情になるような顔はしていなかった。

けれど今の彼女はどうだ?

瞬きの間にそれまでの仮面をかなぐり捨て、明確な拒絶を突きつけてきた。

「私達は、μ'sとして活動できる場が必要なだけです。なので、ここを廃部にしてほしいとかいうのでは無く……」

「お断りって言ってるの! 言ったでしょ、あんた達はアイドルを汚しているの」

園田さんが割って入るも、帰って逆効果だったようだ。

「でも! ずっと練習してきたから、歌もダンスも」

「そういう事じゃない」

『?』

僕も含め、全員が分からないようだ

弱冠の間を置いて、矢澤さんは語り出す。

この場にいる全員に言い聞かせるかのように、矢澤さん自身に、言い聞かせるかのように。

「あんた達、ちゃんとキャラ作りしてるの?」

度肝を抜かれた。

「キャラ?」

「そう! お客さんがアイドルに求めるのは、楽しい夢のような時間でしょう?

だったら、それにふさわしいキャラってもんがあるの」

勢いよく立ち上がりながらいきなり語り出す矢澤さんに誰もが付いてこられない。

そんな様子に呆れたように、彼女は僕らに背を向けた。

「ったくしょうがないわねぇ。良い? 例えばーー」

何か、来る。

それが何かは見当もつかない。でも、確実に何かが来ることだけは分かった。

そして、その時は訪れる。

 

「にっこにっこにー♡

あなたのハートににこにこにー!

笑顔を届ける矢澤にこニコ♡

にこにーって覚えてラブニコ♡」

 

時が、止まった。

そう錯覚した程、矢澤さんの「例えば」の後に続いた行いは衝撃的すぎた。

さっきまでの険しい顔はどこへやら。楽しくて仕方ないとでも言いたげな全力の笑顔、こうな風に見つめれば相手の心をキュンとさせられる研究し尽くされた声で全力の猫なで声。

 

呆気にとられる僕らを尻目に、矢澤さんは一瞬でさっきの仏頂面に戻ると、

「どう?」

と、なんともどう答えたものか困る問いをぶつけてきたのだった。

「う……」

「これは……」

「キャラと言うか……」

「私無理ー」

「ちょっと寒くないかにゃー?」

「ふむふむ……!」

順に高坂さん、園田さん、南さん、西木野さん、星空さん、小泉さんのリアクションである。ちょっと待て小泉さんよ、そのメモはいつ用意したんだ?

「そこのアンタ、今寒いって……?」

「い、いや、すっごい可愛かったです! 最高です!」

「あ、でもこれも良いかも」

「そうですね! お客様を楽しませるための努力は大事です!」

「素晴らしい! さすがにこ先輩!」

おーい、本気で感動してる人がいるぞー。

「よーし、それぐらい私だってーー」

「出てって」

真似しようとしていた高坂さんを高坂さんが最初に、他のみんなも押し出されるようにアイドル研究部の部室からお暇したのだった。

 

あれ、僕何もできて無くない?




一話を何分割すれば気がすむんだという具合に切り分けてますが、単に筆者の想像力不足ですはい。
やっと書けたー! スケジュール・タイミングその他諸々あり書けてませんでした。

ほぼ間違いなくこれからもですが、このシリーズは不定期更新になります。劇場版の話も書きたいですが、そこまで行くのにどれだけの時間がかかるのか自分でも読めません!
それでも良いよという場合、これからも宜しくお願いします。


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第19話 〜にこ、襲来 伍〜

勢いよく閉められたドアが乱暴な扱いに抗議するかのような音を立てる。

μ's総出でお願い(押しかけかもしれない)しに行ったものの、僕たちはあっけなく追い出されてしまった。

「あぁ〜にこ先輩ぃ」

「やっぱり追い出されたみたいやね」

ここまで拒絶されてもなお諦めきれずドアの前に突っ立っていた僕たちの前に、東條さんが現れた。

まるで計ったかのようなタイミングの良さ……いや、実際に待っていたのだろう。

「こうなるって、知ってたの?」

「ちょっと、場所変えよか」

ここでは言えない事情があるのか。

「分かった。でも……」

1年生3人組を振り返って言う。

「君たちはもう帰った方がいい。雨、強くなるかもしれないし、明日も学校あるからね」

「えぇーそんなぁ!」

まさかこの状況で帰らされるとは思ってもみなかったのだろう。星空さんは分かりやすく口で、西木野さんは目線で不平を伝える。

ただ、

「分かりました。じゃあ、先に帰りますね」

「かよちん……?」

意外と言っては失礼だけれど、声をあげたのは小泉さんだった。

「良いの?」

「うん。私今日ちょっと用事があるし、早く帰って英語の宿題も解かなきゃいけないから」

「にゃぁぁぁぁ! 忘れてたぁぁぁぁ!!」

「それじゃあ先生、また明日」

「うん。また明日」

 

「……良い子やね」

独り言のつもりだったであろう東條さんのつぶやきは、思ったより少し大きく僕の耳朶を打った。

 

*****

 

「どこから話したらええかな」

3人を見送った後、僕たちは昇降口に来ていた。

「じゃあ……そもそもなんで矢澤さんは1人なんだ? 部活設立には最低でも5人の部員が必要。後から増えたり減ったりはするだろうけど、彼女1人だけってのはちょっとおかしく無いか?」

「せやね。じゃあそこから話そっか……」

そして東條さんは語り出した。僕らの知らない、矢澤さんの過去を。

 

*****

 

「何ともまぁ……」

後に続けるべき言葉が無かった。

茨城県の職員と言っても今の僕はただの事務のお兄さん的な存在。学校事務も専門的な物以外は手伝っている。

理事長にはμ'sの事だけで良いとは言われたものの、周りの先生方が遅くまで働いているのに自分だけさっさと帰る気にはなれなかった。

あれこれしている内に時刻は8時を回っていた。

東京で働く事になり、僕はアパートを借りた。学校や神田明神からそこまで遠くもなく、家賃も割と良い感じ。正直、かなり良い所に住めたと思う。

が。

「……迷った」

つい出来心で普段通らないルートを使ってみたくなり、スマホとにらめっこしながら歩いていたら、自分も位置が分からなくなっていた。

「ここ、何処や……」

いくらなんでもマズい。明日は平日。朝練もある。

最悪でも12時までには寝たい。

けれど第一に現在位置が分からない。第二に、

「頼む、持ってくれよ……!」

携帯の充電が風前の灯火だった。

恥を忍んで交番で道を聞こうにもその交番が無い。かといって何処かのお宅に「ここ何処ですか?」なんて聞きにいった日には下手をしたら通報もあり得る。

次第に募る焦燥感。左手に持った買い物袋の重ささえ、それに拍車をかけているかのようだった。

「あぁっ!」

携帯の充電が遂に切れた。時間だけなら腕時計で何とかなるが、これで僕はスマホという文明の利器を失った事になる。

どうする?

万事休すとはまさにこの事。

「……よし!」

決断。僕は適当に決めたお宅のインターフォンを押そうとし……

「何してるん?」

突如掛けられた東條さんの声に、心臓が止まるかと思うくらいの驚きを感じたのだった。

 

「あははは! そんな、そんな理由で迷子になったん? 社会人が?」

夜の道に彼女の笑い声が弾ける。一方で僕は小さくなるしか無い。

「返す言葉もございません……」

「カードがこっちの道の方がいいって言うから来て見たら、まさかこんな事になってるなんてね」

駄目だ、完全に弄ばれてる。

「と、東條さんはどうしたのさ。こんな時間に独り歩きなんて物騒だよ」

「ウチはバイトが終わって、買い物してた所だよ? 通りかかったのも本当に偶然」

と、ようやく住んでいるマンションが見えて来た。

「やっと着いたぁ。本当にありがとう」

「ふふ、先生の引率も大変やなぁ〜」

「まだ言うか……」

マンション前に着いた。改めて彼女にお礼をしようとして、そんな場合じゃない事に今更思い当たる。

「送ってもらっといてこんなこと言うのもおかしいけど、東條さん、家大丈夫なの? なんなら、車出すけど……」

「そこまでしてもらわなくてもええよ。それに、ウチの家もすぐそこなんや」

「そこって?」

「このマンション」

この瞬間脳内を駆け巡った衝撃を言葉にするのは無理だ。当然、顔に出さないようにするなんて芸当が出来るわけもなく、

「え……?」

東條さんも僕の顔から全てを悟ったらしい。

「松本センセイもここなん⁉︎」

「う、うん。504号室」

「同じ階って、えぇ⁉︎」

驚いた顔、結構かわいいじゃん。

なんて事を考えてしまう位僕の頭は混乱していた。こればかりは口どころは顔にすら出せなかったけど。

 

「じ、じゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい……」

彼女の部屋、502号室のドアが閉まる間際、微かな声が聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。まだ頭がぐっちゃぐちゃだ。早く風呂に入って、もう寝よう。

 

 

「たまには、遠回りもしてみるもんやね」

 

*****

 

終業を告げるチャイムが鳴る。今日は何だか1日がえらく長く感じた。

今朝ほどドアを開ける事に勇気が必要だった朝は無い。うっかりかち合ったら目も当てられない事になっただろうと自分でも想像できる。

ふと今朝の出来事に浸りかけた自分がいるのに気がつき、慌てて席を立つ。

うかうかしてはいられない。ここからは時間との勝負なのだから。

 

部屋の主が扉を開ける。

同級生達の何気ない会話を聞くのが一番応えた。彼女達は放課後の予定を話し合っているだけ。学生として自然な事。自分だって、以前はそうだったではないか。

同じ志を持つ仲間と過ごした日々。いや、仲間だと自分が勝手に思っていただけだった。

とんだ思い過ごしだった。

いつも通り、ここで独り。下校時間まで過ごす。

入って来た時から暗かった顔がさらに暗くなりかけた時、

 

カチッ!

 

『お疲れ様でーす!』

突然付いた明かりと掛けられた声に、部屋の主、矢澤 にこはただ呆けた顔しかできなかった。

 

時間は昼休みに遡る。

「作戦がある? 本当ですか?」

僕は皆んなを呼び出していた。

「そう。まぁ、作戦だなんて大したものじゃないけれどね」

簡単な話だ。今のμ'sを矢澤さんが認められないって言うのならば、

 

「こんなんで押し切るつもり?」

「押し切る? 私はただ、相談しているだけです。

 

音ノ木坂アイドル研究部所属の、μ'sの7人が歌う、次の曲を」

 

彼女も、μ'sの一員になって貰おう。

 

「にこ先輩」

若干の間。そして

「……厳しいわよ」

「分かってます! アイドルへの道が厳しいってことくらい!」

「分かってない!

アンタも、アンタも、アンタ達も甘々!

良い? アイドルって言うのは笑顔を見せる仕事じゃない。

笑顔に『させる』仕事なの!

それをよぉく自覚しなさい!」

 

こうして、μ'sは晴れてアイドル研究部の所属となり、メンバーは7人になった。

 

「絵里ち」

「ん?」

「見てみ。雨、止んでる」

 

長く続いた雨は止み、雲の間から差し込む光は屋上を、そこにいる彼女達を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

「今日の希……」

「ん? なぁに?」

「何か良いことでもあったの?」

「ううん。何にもないよ」

「そう? なら私の勘違いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大変お待たせいたしました。その分長くしまして穴埋めを。さて、
ようやくにこ襲来終わったぁぁ!(遅い)

オリジナル部分を少し入れてみました。感想、ご意見がありましたら、是非お願いします!

それでは、またいつか!


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閑話 ~Border Break~

 これは,ある可能性の物語。


 ※本編とは一切関係ありません。


 もし俺の機体がしゃべれたとしたら,俺は機体に「今すぐに帰らせろ!」なんて怒鳴られているだろう。あまりにダメージが行き過ぎていて口もきけなくなっているかもしれないが。

 満身創痍,絶体絶命。そんな四字熟語が脳裏に浮かぶも,すぐに雑念を追い払った。

 

『そっちはどう? 見つかった?』

『いないみたい。向こうを探してみましょ』

『なんだかテンション上がるにゃ~!』

 

 通信機能がまだ生きていたらしく,相手の会話が聞こえる。

 いや,おそらくこの会話を俺に聞かせているのだろう。

 

『ダメね,こっちもハズレみたい』

『う~ん……一体何処にいっちゃったのかしら?』

『ウチの予感が外れるなんて珍しいこともあるなぁ』

 

 機体はボロボロだ。今なら新兵にも撃ち負ける気がする。

 主武器の速射機銃はマガジン2つしか残弾が無く,副武器のクラッカーは残り1個。

 期待できるのは補助武器の槍,SP-ペネトレーターだが,そもそもそれを当てられる相手ならこんなに苦労していない。

 最悪なのはアサルトチャージャーを起動するためのエネルギーが充電中であるということ。のこのこ出て行っても蜂の巣にされて終わりだ。せめて速度で相手をかく乱させつつも一矢報いてやりたい。

 

『もぅ,このままじゃいつまでたっても終わらないよ~!』

『穂乃果,静かにしてください。集中できません』

『二人とも落ち着こう?』

 

 通信は三方向から迫ってくる。口では俺を見失ったようなことを言っているが,どうやらしっかり捕捉したうえで俺を弄んでいるようだ。

 なんとも良い性格をしている。

 アサルトチャージャーが起動できるようになるまでどう見てもあと20秒はかかる。日常生活なら過ぎたことにも気づかないほどの短い時間だが,ここでは無限にも等しい長時間だ。

 

『そうだ! ことりちゃん,真姫ちゃん。索敵してみてよ!』

『いいけど,この辺りにいるの?』

『いいからいいから!』

 

 どうやら俺に止めを刺すつもりらしい。あと10秒,間に合うか?

 

『それじゃあ,滞空索敵弾,発射するね』

『索敵センサーを仕掛けるわ』

 

 パラシュートにぶら下がった索敵弾は俺の真上に展開,索敵センサーは俺の足元に転がってきてそれぞれ敵を発見した時の耳障りな音を発し始めた。

 

『『『みぃ~つけたっ!』』』

 

 9人の声が唱和し,そして,

 

 

 

 

 ドガガガガガガガガガガッ!!

 

 

「うおっ!?」

 耳がいかれかねない大きさの轟音と共に大量の銃弾が俺の隠れている民家に叩き込まれた。

 レンガ造りの民家は2秒と持たずに瓦礫の山と化し,その後ろで震えている俺に機体はボロ雑巾の如く大破する。

 確かにそこに留まっていたなら確実にそうなっていただろう。

 だが。

「危なかった……!」

 まさに間一髪。かろうじて充電が完了したアサルトチャージャーを起動し俺は銃弾の嵐を寸前で回避した。

『お,ラッキーやね!』

『ハラショー』

『アンタら本当に良い性格してるわね』

 同感だ。

 縮こまったままボロ雑巾になることは回避できた。だがこのままブーストを展開していてらあっという間に充電が切れ,その瞬間俺はボロ雑巾だ。

 右に行くと見せかけしゃがみ。いきなりブーストを解除して速度を落とす。

 特に作戦があるわけじゃない。むしろ何も無い。

 本能のままに機体を操り,銃弾をかわす。

 別の物陰に飛び込む寸前,俺の視界は敵機の姿を捉えた。

 相手は9機。強襲が3機,重火力が2機,支援が2機,遊撃が2機。

(……行けるか?)

 相手は一人一人がかなりの腕前。連携もきっちり組んでいる。余裕そうに振舞っているが俺に対する警戒は欠片も緩んでいない。

 普通に考えて詰んでいる。

 

 だが,相手は1つだけミスを犯した。

 

 それは,9人が1箇所に集まっていること。

 

 もちろん,束になって向かってくる弾丸は脅威でしかない。

 ただ,もしも固まっているところに爆発物が投げ込まれたら。それが爆発したら。

 皆まとめて吹き飛ぶ,あるいはダメージを負うはずだ。

 

 最後のクラッカーを手に取る。

 これを外せばもう後は無い。散々いたぶられた挙句,俺はやられるだろう。

 

 気づけば弾丸の雨が止んでいた。

『どうしたの~? もしかしてもうおしまい?』

『えぇ~,にこそんなのつまんない~!』

『ちょっと寒くないかにゃ』

『今なんてった?』

『なんでもないにゃ』

 

 ずいぶん舐められたものだ。

 

 その余裕,消し飛ばしてやる。

 

『どうやらここまでのようですね。そろそろ終わりにしましょう?』

『私もそれが良いと思うな』

『早く帰ってご飯にしましょう!』

『じゃあウチはお肉焼いちゃおっかな~』

『太りますよ?』

『『うっ……』』

 

 心でカウントを始める。

 

 5

 

『ここの敵機はあなたが最後。特に恨みがあるわけじゃないけど私たちは早く帰りたいの』

 

 4

 

『一撃で終わらせてあげるね!』

 

 3

 

『最後は凛がやるにゃ!』

 

 2

 

『ま,私達とぶつかったのが運の尽きね』

 

 1

 

『ほな,おおきにな』

 

 Go!

 

 相手の会話からして来るのは大火力の一撃。万全の状態でもまともに喰らったらお陀仏だ。

 そう,まともに喰らったら。

 

 力みすぎず,ただ俺は機体をジャンプさせ,躊躇うことなくクラッカーを投げつけた。

 

『! マズい!』

 俺が何をしたのか瞬時に見抜いたのだろう。俺は戦闘が始まってから初めて相手のあわてた声を聞いた。

『皆,ウチの後ろに下がって!』

 重火力兵装の機体が一歩前進し,バリユニットを展開する。

 俺の乾坤一擲のクラッカーはバリアに触れた瞬間爆発し,相手にはかすり傷ひとつつかない。

 だが,コンマ数秒でも相手の視界をさえぎる。それができれば充分だった。

 

「オオォッ!」

 アサルトチャージャーを起動すると同時に雄たけびを上げながら突進。

 そして俺の手には,しっかりと槍が握られていた。

「喰らええぇぇぇっ!」

 

 相手は俺に近づき過ぎた。

 

『あぁビックリした』

 

 衝撃。衝撃。

 

 大きなショックが2回ほど機体を襲ったのは分かった。

 だが,なぜ俺は今地面に転がっている?

 

『流石です希!」

『ふふ。希パワーたっぷり受け取ってくれたかな?』

 

 重火力兵装の機体は,手にインパクトボムを持っていた。

 つまり,インパクトボムの衝撃波で俺の機体は吹っ飛ばされたということか。

 2回の衝撃は,衝撃波を受けたのと,地面に叩きつけられたものだった訳だ。

 

「あぁクソ。完全にフルハウスだこりゃ」

『ありがと。バイバイ!』

 

 相手の強襲がSW-エグゼクターを振りかぶる。

 俺はゆっくりと目をつぶり,次の瞬間襲ってきたとてつもない衝撃に意識を刈り取られた。

 

 

 *****

 

 

 気がつくと俺は医務室のベッドにいた。

「起きたみたいね。気分はどう?」

「最高。もうひと眠りしたいくらいだ」

「その調子なら大丈夫そうね」

「まぁな」

 

 なぜ俺が生きているのか。

 答えは簡単だ。

 

「しっかし,お前ら演習だからってやりすぎだろ。Aチームの奴らしばらくブラストに乗れないんじゃないか?」

「それなら平気よ『我々の業界ではむしろご褒美です』とか言ってたし」

「変態か……」

 

 そう。あれはVR演習。例え機体をミンチにされようとも現実はご覧の通りだ。

 もっとも,とことんリアルを追求するために作られたVR演習装置は衝撃まで再現する。

 場合によっては俺のように気を失ったりすることもある。

 

「早く行きましょ。ご飯冷めちゃうわよ」

「そりゃイカン。行くか」

 

 

 

 俺たちは傭兵。

 戦場を駈け,鉛弾で交流する。

 人は俺たちをこう呼ぶ

 『ボーダー』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?
 サブタイトルでピンと来た方。さてはやってますね?
 アーケードゲーム「Border Break」とのクロスオーバーです。
 一度書いてみたいと思ってたんですよねw
 感想などいただければ嬉しいです。

 キャラは,
 凛⇒強襲兵装  花陽⇒重火力兵装 真姫⇒支援兵装
 海未⇒遊撃兵装 穂乃果⇒強襲兵装 ことり⇒支援兵装
 にこ⇒強襲兵装 希⇒重火力兵装  絵里⇒遊撃兵装

 としてみました。勝てる気がしない。
 それでは,またお会いする日まで。


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第20話 〜センターは誰だ?〜

緊張した面持ちの少女を、カメラのレンズが見つめていた。

「あ、あの〜」

戸惑う彼女に、笑って、決めポーズ等注文が入る。

少し考え、彼女ーー高坂 穂乃果は、ポーズをとった。

「これが、音ノ木坂学院に誕生した、μ'sのリーダー。高坂 穂乃果、その人だ」

「はいオッケー!」

高坂さんにとって非情な事に、向けられていたのはデジカメではなくビデオカメラ。当然、陸上のボルトの様なポーズもバッチリ撮られている。

(後で東條さんに弄られるんだろうな……)

「あの、これは……?」

南さんも戸惑っている様子だが、そんな事で止まる東條さんと星空さんでは無い。

「じゃぁ〜次は〜、海未先輩ね!」

「な、何なんですか!」

僕はと言えば、矛先が自分に向かない様に気配を消している。

すまない園田さん、だがこれが大人のやり方なのだよ。

「ちょっと待ってください! 失礼ですよいきなり!」

「ゴメンゴメン。実は生徒会で、部活動を紹介するビデオを製作する事になって、各部に取材をしているところなん」

「取材?」

「ね、面白そうでしょ?」

「最近スクールアイドルは流行っているし、μ'sとして悪い話やないと思うけど?」

「わ、私はイヤです。そんなカメラに映るなんて……」

「取材……」

「ん?」

「なんてアイドルな響き……!」

高坂 穂乃果は取材にメロメロだ!

「オッケーだよね? それ見た人μ'sの事覚えてくれるし!」

「そうね、断る理由は無いかも」

おおっとぉ! ここで南選手の的確な援護が入るぅ!

「取材させてくれたら、お礼にカメラ貸してくれるって」

「そしたら、PVとか撮れるやろ?」

「ほら、μ'sの動画ってまだ3人だった時のやつしか無いでしょ?」

それもそうだ。今のμ'sは7人。そろそろ新曲を発表してもいい頃だろう。

「決まりだね!

それじゃ他のみんなに言ってくる!」

「あ、待って〜!」

「ちょっと穂乃果!」

勢い良く駆けていく高坂さんと、それを追いかけると言うより引きずられていく様な園田さんと南さん。

この状況を作り出した東條さんは、ただただ何かを含んだ様な微笑みで見送っていた。

「あ、そう言えば」

「どうしたんですか、副会長?」

「肝心のμ'sのマネージャーさんに聞いていなかった思ってな」

「あ、確かに!」

気づかれていた、だと……!

「おっとこうしてはいられない。事務室に戻らなきゃなぁ」

「ウチ、この間理事長に松本先生はμ's専属マネージャーで、他の業務はしなくていいみたいな事聞いたんやけど?」

逃げ場、無し。

「どうしてμ'sのマネージャーになったのか、お聞かせ願いますか? 松本センセイ?」

 

どうやら彼女は、本物の策士な様だ。

背中に冷たい物を感じながら、僕はそんな事を考えていた。

 

 

 

 




お久しぶりです。
忙しくて書けなかったけど、のん誕おめでとう!
只今LP回復の合間に書いております。
さて、イベント走るのでまた次回お会いしましょう。


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第21話 〜センターは誰だ?〜

画面に映し出されるは爆睡中の高坂さん。

「これがスクールアイドルとはいえ、まだ若干16歳。高坂穂乃果のありのままのーー」

「ありのまますぎるよ! ていうかいつのまにか撮ったの⁉︎」

「うまく撮れてたよ〜ことり先輩♪」

「ありがとう〜 こっそり撮るの、ドキドキしちゃった」

「えぇー! ことりちゃんが…… ひどいよー!」

「普段だらけているからこういうことになるのです。これからは……」

南さんの意外な才能(盗撮)が発掘されてしまった……

「プライバシーの侵害です!」

あぁ、園田さんまでもが犠牲者に……

「松本先生なんであんな風になってるにゃ?」

「気にせんといてあげて。よっぽどショックなことがあったんやろうから……」

「誰のせいだ誰の」

志望動機なんて千差万別。当たり障りのないことを適当に言っておけば何とかなるだろうと考えていた頃がありました。

即座に見抜かれた。

「で、本当は?」

と繰り返された僕の気持ちを誰が理解できようか。

「こんなの生徒会長に見られたら……」

自業自得ではあるがさすがにそろそろ助け舟を出すべきだろう。

「高坂さん、それは自分で頑張るしかないだろう。でも、東條さんから絢瀬さんに話をすることはできない?」

「そうしたいんやけど、残念ながら、ウチができるのは誰かを支えてあげることだけ」

「支える?」

「まぁ、ウチの話はええやん? さて、次は……」

はぐらかせて次に進もうとした彼女の言葉をさらにぶった切って部室のドアが開かれた。

「うぉっ⁉︎」

「にこ先輩」

いつも可愛らしさを追求している彼女だが、今はそんなことはどうでも良いらしい。

学校中を駆け回ったかのように髪は乱れ、肩で息をしている。

「取材が来るって本当?」

「もう来てますよ。ほら」

それを聞いた彼女は……

「にっこにこにー! みんなの元気にににこにこにーの矢澤にこです☆ えーっとぉー、好きな食べ物はぁー」

うわぁ……

ごめん矢澤さん。正直言って引いた。

「ごめん、そういうのいらないわ」

「うん……」

「部活動の生徒たちの素顔に迫るって感じにしたいんだって!」

「素顔……オッケーオッケー! そっちのパターンね、ちょーっと待ってねー」

パターンってなんだパターンって。

またもキャラチェンジしているのか、しゃがみこむ矢澤さん。そして……

「いつも? いつもは、こんな感じにしています」

……

嘘つけ!! いつもそんなんじゃないだろ!

「アイドルの時のにこは、もうひとりの私。髪をキュッと留めた時にスイッチが入る感じで。……あぁ、そうです。普段は自分のこと、にとなんて呼ばないんです」

っていないし!!」

部室から渾身のツッコミが聞こえた気がしたけれど、僕たちは気にしないことにした。




しれっと復活でございますはい。
失踪と言われても文句を言えないですはい。
許してください! なんでもしますかry


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閑話 嵐の中の恋だから

こんな時代だから、逆らえないことは分かっている。

それでも私は--貴方が好き。

 

*****

 

貴方は何も言わないけれど、私には分かっていた。

明日貴方は、二度と還らぬ空へ飛ぶのね。

いつものように笑っている貴方の背中が、とても広く、そして哀しく見えた。

 

*****

 

「征ってきます」

「ご武運を、祈っております」

言葉はそれだけで充分だった。

だって、私達は魂で繋がっている。

どれだけ離れたとしても、たとえ時代が引き裂いたとしても、二人の愛は、永遠だから。

 

*****

 

「レーダーに反応! 敵機です!」

「何だと、何処から出てきた!」

そのゼロは、亡霊のように湧いて出た。

「両用砲の射程内です!」

「撃て!」

これまで見たどんな奴とも違う。

「何で落ちないんだ!」

「海面が電波を反射してる! 奴には仕組みが分かっているのか!?」

「機銃、撃て!」

きっとあのゼロには悪魔か死神が乗っているに違いない。俺たちの命を寄越せ、エンジンの音がそんな風に言っているように感じられた。

「やった、火を吹いたぞ!」

「良いぞ、そのまま落とせ!」

海面スレスレを飛んでいた奴の翼に、火が踊った。

その時だった。

艦の土手っ腹に突っ込むかと思ったそのゼロは、天に昇ると言わんばかりの急上昇を始めた。

どの機銃も、突然の動きについていけていない。

「マズい、突っ込むぞー!!」

「衝撃に備えろ!」

轟音。そして火柱。

「……あれ?」

恐れていた爆弾の爆発は、いつまでたっても来なかった。不発だったのだ。

奴は、最後の最後で運に見放されたんだ。

「クソッ! ビビらせやがって」

「お、おい」

ダメコンチームの働きで、火はすぐに消えた。

残骸となったゼロのコックピットから、パイロットの死体が引き出される。

「艦長に敬礼!」

艦橋から降りてきた艦長は、死体を丁重に葬るよう指示を出した。

不発で済んだから良いものの、俺たちを皆殺しに来た敵を丁寧に扱うなんてと思ったけれど、パイロット連中は賛成のようだった。

「信じられん。なんて腕だ」

「なぁ、こいつの何処が凄腕なんだ?」

「おそらくこいつは、レーダーに掛かるのを防ぐために海面スレスレの低高度を何百マイルも飛んで来たんだ。そして被弾し、火を吹いた機体で急上昇に急降下。俺にはとても真似できん」

その後、パイロットだった艦長の息子さんがゼロに落とされたと聞いて、俺は艦長を尊敬した。

「死者よ安らかに」

ゼロの残骸と共に海中に沈んでいく彼に向けて、俺はそう呟いていた。

 

『嵐の中の恋だから』




本編はもう少しお待ちください


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