東方果実錠 (流文亭壱通)
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第一章
出会い


仮面ライダー鎧武のネタバレを多く含みます。
また仮面ライダー鎧武と東方projectの両作品の知識が無ければ分からない箇所も多々あるかもしれません。
知識がにわかなところもあります。
どうかご容赦ください。


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「ここは……一体……?」

 

 目を覚ますと、目の前には見渡す限りの空が広がっていた。

 ただ空が見えるのではない、自らが空にいる。そんな光景。

 足元を見ると花草が生い茂り、しっかりと地面もある。

 だが、目線の先に映し出されているのは地平線ではなく、空なのだ。

 大陸ほどもある雲が無数に広がる、無限の青さ。

 己の器では到底受け止めることなどできないほど、美しく、広大だった。

 

「何で俺はここに……」

 

 俺は葛葉紘汰、沢芽市でビートライダースに所属し、アーマードライダーとして戦っ

 ていた。

 はずなんだけど、今のこの状況に直面している。

 脳内での処理が全くできていない。

 俺は何をしてたんだ?

 どうしてここにいる?

 ここはどこなんだ?

 

 様々な疑問が高速で巡り、身体的な動きすらも抑制している。

 一歩足を踏み出そうと試みてもうまく動かすことが出来ない。

 仕方がなく、わずかに動かす手で自らの身体をまさぐってみる。

 

 どうやら怪我はないらしい。

 それがわかっただけでも、前進か。

 

 だが、腰のあたりをまさぐった時、一瞬にして背筋が凍りついた。

 

「ない!ない!!」

 

 腰に提げていたカラビナがない。

 そして、さらに重要なモノも。

 

「ベルトもロックシードもない!」

 

 戦極ドライバーとロックシード。

 アーマードライダーへ変身するアイテム。

 俺にとって大事なものを同時に二つも失くしてしまった。

 

「やっべ、どこで落したんだ!? って、この場所すらどこかわかんないのにわかるわけないか……」

 

 紛失したショックでいつの間にか身体が自由に動くようにはなったが、今度は喪失感

 で脱力してしまった。

 

「まずいなぁ……、こんな状態でインベスに襲われでもしたら……」

 

 インベス、アーマードライダーとして俺が戦っていたヘルヘイムの森の怪物。

 クラックっていう時空の狭間から現れて、人々を襲う厄介な奴らだ。

 

 とりあえず立ち止まっていても仕方ない。

 俺はひとまずベルトとロックシードを探すため歩き出した。

 

「あぁ……、暇ねぇ……」

 

 一際目立つ注連縄の巻かれた丘の上、木の根元に座り込みながら下方を見下ろす一人の少女。

 何をするでもなく、ただぼうっと景色を眺める。

 そして時折漏れるのは小さな溜息と、今現在自分が置かれている状況への不平不満。

 少女は日が明けてから四刻ほど、そうしていた。

 

「なーんか面白いことないかしらねー……」

 

 誰に言うでもなく、ぽつりとそんなことを零す。

 

 比那名居天子、この少女の名である、

 天界に住まう天人の一族、比那名居一族の令嬢である。

 

「また異変でも起こしてやろうかしら……」

 

 ふと思いついたことを口に出してみるが、すぐさま頭を振ってかき消す。

 以前、同じようなことをして痛い目を見たのを思い出したからである。

 

(あーあ……なんか適当に面白いこと転がっていないかしら……)

 

 そしてまた思慮の迷宮へと入っていく。

 こんなことをほぼ毎日のように繰り返している。

 彼女の属する比那名居一族は裕福な家庭ではあるが、それ故に変化に乏しい生活を強いられていた。

 元々天人になるべくしてなった身ではないため、天界や天人自体への嫌悪感ともいうべき想いに苛まれ、日々を過ごしているのだ。

 だからこそ、先の異変を起こしてみたのだが、見事に博麗の巫女に返り討ちにされて

 しまった。

 天人になるために修業を積んで天人となった者たちから疎まれていた比那名居一族は「不良天人」と卑下されていたうえで、そんな 屈辱的な仕打ちを受けたため、一族に対する天界中の視線もより厳しいものとなり、天子の日々はより退屈なものへと変わってしまった。

 

 今、彼女にとってもっとも有意義な時間はこうしてぶっきらぼうに下界を見渡すこと

 のみ。

 しかし、それももう限界に近くなってきた。

 溜まり続けるフラストレーションを解放しようにも、他の天人によく思われていない

 現況では、如何ともしがたい。

 

「……あたし、何のために存在してるのかな……」

 

 勝ち気で傲慢さの目立つ彼女でさえ、巡り巡る退屈な日々のせいで、いつしかこのよ

 うな弱音を口に出すまでになっていた。

 

「はぁー……」

 

 何度目かわからない溜息をついたとき、ふと人の気配を感じた。

 その気配は先ほどまで彼女が見下ろしていた下の方から。

 天子は退屈な日常が少しでも変わることを祈りつつ、さっと立ち上がり、気配のする

 方へと歩き出した。

 



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出会い2

「はぁー……」

 

 探し物を始めてもう小一時間ほど経っている。

 探せど探せど見つからない。

 草むら、木の根元、道端。

 様々な場所を探したが、手掛かりになりそうなものすら見つけることが出来なかっ

 た。

 それどころか気づかぬうちに先ほどまで歩いていた道から外れ、完全に方角もわから

 なくなっている。

 完全に路頭に迷ってしまった。

 手詰まり、どん詰まりだ。

 

「にしても、ここは一体何なんだ? 沢芽市にこんなところあったっけか?」

 

 先のインベスの襲撃やヘルヘイムの森の浸食などで沢芽市の至る所へ行ったが、こん

 な場所は見たこともなければ聞いたこともな い。

 それにここが沢芽市ならどの方位からもユグドラシルタワーを一望できるはずだ。

 

「もしかして、ヘルヘイムの森で滅んだはずの文明がまだ生き残っていたとかか?」

 

 そういうことであれば、クラックに気付かぬうちへ入り込んで飛ばされたということ

 で辻褄は合う。

 だが、ヘルヘイムの森で見る果実は目の前の森に一つも実ってはいない。

 これがますます謎を深めている。

 ヘルヘイムでも沢芽市でもないのなら、ここは一体何なのだろうか。

 ひたすら脳細胞を働かせるが、何もつながらないし、トップギアにも入らない。

 

「だぁーっ、ダメだ! 何もかもまったくわかんねぇ!」

 

 頭をかきむしり、天を仰ぐ。

 もやもやした俺の心境とは裏腹に、雲一つないすんだ青い大きな空が目の前に延々と

 広がっている。

 自分が今ここにいる理由、そして無くなってしまった戦極ドライバーとロックシード

 の行方。

 やはりどんなに時間を費やしても解決しそうになかった。

 思考を停止し、俯きながら目を閉じる。

 混乱と動揺でかなり精神的にも肉体的にも疲労がたまっている。

 少しばかり休憩しよう。

 そう思った瞬間、不意に人の声がした。

 

「ねぇ、あんた。こんなとこでなにしてんの?」

 

 清らかで透き通った少女の声だ。

 一瞬にして眠りに落ちそうだった意識が急激にその声へと集中した。

 目を開くとそこには、一人の少女が立っている。

 凛とした立ち姿、紺碧の長髪、緋色の瞳、溢れ出る気品。

 その洗練されたような美しさにしばらく返答も出来ず、見とれてしまった。

 

「なによ、人が問いかけてんのに顔じろじろ見て」

 

 言われて気が付いた。

 それほどまでに少女の美しさに見とれていた。

 頭を振って邪念をかき消す。

 

「よかった……、ようやく人に会えた……」

 

 とりあえずこぼれたのはそんなセリフ。

 少女の美しさよりも、人と出会えたことへの安堵が勝ったのだ。

 

「はぁ?答えになってないわよ、それ」

 

 きちんとした返答になっていなかったため、素っ気なく切り捨てられてしまった。

 慌てて問いに対して答えなおす。

 

「いや、その……。気づいたらここにいて、特に何をしてたってわけじゃないんだ」

 

「気づいたらここにいた、か……。ふーん、なるほどねぇ……」

 

 返答を聞いた少女は、それを反芻するかのように呟くと、俺の身なりへ目を走らせ

 る。

 穴が開くほど見つめられ、少し気恥ずかしい。

 数十秒ぐらい少女は俺を見回し、合点がいったように手をポンと叩き、口を開く。

 

「あんた……、外来人ってやつね!」

 

 少女の突拍子のない言葉に一瞬、脳内が凍り付いた。

 今、この子は何て言った?

 外来人?

 この子には俺が外国人に見えたってことか?

 いや、そんなはずはないだろ。

 この子自身のほうが、むしろ外来人っぽい風貌じゃないか。

 髪の毛、青いし。

 少しばかり怪訝に構えて少女を見据える。

 

 「外来人って……、俺は日本人だぞ?」

 

 とりあえず、心に思ったことをそのまま口に出して反抗を試みてみる。

 すると少女は肩をすくめながら口を開いた。

 

「いや、そんなことはわかってるわよ」

 

 そう言って呆れた顔をしながら言葉をつなげた。

 

「あたしが言ってんのは、あんたはこの天界や幻想郷以外の別世界から来た人間だってことよ」

 

「天界……? 幻想郷……?」

 

 あまりにも突飛なことを言われた。

 聞きなれない言葉を二つ同時に耳にして、混乱に陥る。

 なんだ、それは。別世界?

 話がぶっ飛びすぎて意味わかんねぇ……。

 

「ま、すぐには理解できないだろうけど。簡単に言えば、あんたは次元の狭間にはまってここまで飛ばされてきたってことよ。大抵は幻想郷の下界へ流れ着くはずのところを、何の因果かこの天界まで来てしまった。どう?理解追いついてる?」

 少女は次から次へとこれまでの己の人生の中で見たことも聞いたこともない言葉、事

 柄を話していく。

 果たしてこの少女が言っているのは事実なのか、そもそもこの少女の正体は何なの

 か。

 謎が謎を呼び、思考回路の容量を超え、ショートしそうだ。

 

「えーっと……、悪い。本気で意味が分かんねぇんだけど……」

 

 少女は深いため息をつくと続ける。

 

「まぁ、いずれにしろあんたはこの世界の者じゃないってことよ」

 

 この世界の者じゃない。

 その一点だけは合点がいった。

 どう考えてもここが沢芽市の一部だとは到底思えなかった。

 目の前の少女のような風貌をした人間も、未だかつて見たことが無いし。

 

「だとすれば、俺は一体どうしたらいいんだ?どうやったら元の世界に戻れるんだよ」

 

 ここが違う世界だとしたら、いま沢芽市はどうなる?

 日に日に増えていくインベスとヘルヘイムの浸食。

 それを何とか焼け石に水状態で抑えているというのに、こんなところで道草を食って

 時間を無駄にしているわけにはいかない。

 早いところ戻らないと、どうなるかわかったもんじゃない。

 

「それはあたしも知らないわよ。知ってるのは時折他の世界から外来人と呼ばれるものが紛れ込んでくるということだけよ」

 

 少女はあっけらかんと絶望的な事実を突き付ける。

 帰る方法がわからないだって?

 それじゃあ、俺は本当に路頭に迷っちまうじゃないか……。

 

「分からないって……そんな……。俺、こんなとこで時間を使ってる暇はないんだ……。どうにかして帰らないといけないんだよ」

 

 一分の望みをかけて言ってみる。

 だが、そんな望みは叶うこともなくただ冷たい視線と冷徹な返答が待っていた。

 

「そんなこと言われても、あたしにはどうにもできないわよ。そんな切羽詰まった顔されても困るわ」

 

 もはや取り付く島もない。項垂れ息を大きく吐き出す。

 この右も左も全くと言っていいほどわからない土地にいきなり放り出されて、帰る方

 法がわからないという最悪の状況。

 解決策もなく、頼れる人もいない。本当にどうしたらいいんだ……。

 

「とりあえず、こんなところに座り込んでても仕方ないわ。行くわよ」

 

 少女が唐突に手を握り引っ張ってきた。

 その柔らかく暖かな感触に頬が熱くなる。

 

「あっ、ちょっ、ど、どこ行くんだよ!?」

 

 制止を聞かずに少女は俺の手を引き、走り出した……。

 



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出会い3

「ここ。あたしのうちよ」

 

 少女に手を引かれ走り、数十分。

 目の前には大きな館があった。

 

「なんだこれ……すげぇデカい家だな……」

 

「そりゃあ当然よ。比那名居一族の家だもの」

 

「ひ、ひなない……?」

 

「あぁ、まだ自己紹介してなかったわね。あたしは比那名居天子、天に人の子と書いててんしよ」

 

 唐突な自己紹介。

 いまだ名字に違和感を覚えているが、とりあえず礼儀として自己紹介を返す。

 

「俺は葛葉紘汰、よろしくな」

 

「コウタ、ね。ひとまずよろしく」

 

 少女はそういうと、にこりと軽く微笑んだ。

 

「で、お前の家に来てどうすんだ?俺、すぐに元の世界へ戻りてぇんだけど……」

 

「まぁまぁ、そんなに焦んなくても何とかなるわよ。うちで茶でも飲んでいきなさい、あんたの現況を把握しておきたいし」

 

「でも、出会ってそんなに経ってないし、そこまでしてもらうのはちょっと悪くないか?」

 

「男のくせに細かいことばっか気にするわねぇ。あたしが茶を飲んで行けって言ってるんだから黙って来なさいよ」

 

 少しだけの会話だが、この子の性格がわかった気がする。

 かなり勝気で我が強い子だな。

 まぁ、でも疲れていて頭が動かないのも事実だし、この申し出に乗るのもいいかもし

 れない。

 一度リフレッシュする必要がありそうだ。

 

「そこまで言うなら、お邪魔するよ」

 

「それでいいのよ。さ、中へどーぞ」

 

 門を抜け、中華風と和風の混ざったような内装の部屋のテーブル席へと通される。

 世話役らしい女性へ天子はお茶も用意するように言いつけると、俺の対面の席へ座っ

 た。

 

「で、あんたはどんな世界から来たのか聞かせてもらおうかしら」

 

 俺は天子の問いに答えた。

 沢芽市でビートライダースというダンスチームに属していたこと、その沢芽市でイン

 ベスゲームというものが流行っていたこと。

 ひょんなことから戦極ドライバーとロックシードを手に入れたこと、沢芽市で起きた

 インベスによる事件のこと。

 アーマードライダーとしてインベスと戦っていたこと、気付いたらこの世界にいたこ

 と。

 そして戦極ドライバーとロックシードを共に紛失したこと。

 話せるすべてのことを順序立てて話していった。

 天子は時々、よくわかっていなさそうな表情を浮かべてはいたが、それなりに真剣に

 聞いてくれた。

 そして、お茶を一口を含むと静かに口を開いた。

 

「なるほど。で、今はその『せんごくどらいばぁ』ってのと『ろっくしーど』ってのを探していて、早く元の世界に戻らないといけないってことね」

 

 天子はふたたび腕を組み、少し考え込む。

 俺も一口茶に口をつけると、天子の顔を窺う。

 

「……すぐには元の世界に戻る方法は見つからないと思うわ。それにこの幻想郷で探し物は絶望的よ。ただでさえ種族間での争いが絶えない土地なのに幻想郷全土を探すとなると、それなりの有力者に取り入るくらいしないと難しいわ」

 

「そんな……」

 

「でも、元の世界へ戻る方法はすぐに見つからなくても、探し物なら可能性はあるわ」

 

 打ちひしがれそうになっていた時、天子のその一言で一筋の光が差した気がした。

 

「本当か!?」

 

 思わず飛び上がり、叫んでしまった。

 

「私はこれでも天界の天人、比那名居一族の娘よ。少しくらいの探し物なら任せなさい!」

 

 そう言って天子は真剣なまなざしで俺を見据える。

 その眼差しはしっかりとした意志を感じる、真剣なものだった。

 

「ありがとう、マジで助かるよ」

 

「即席だけどあたしたちこれからは仲間ってことで。よろしく、コウタ」

 

 天子はそう言って手を差し出す。

 俺はしっかりとその手を握って、固い握手を交わした。

 

「あぁ、よろしく!てんこ!」

 

「あ、あたしの名前はてんこじゃなくててんしよてんし!」

 

「いいじゃないか!愛称だよ愛称!」

 

「てんこだけはやめなさい!ホントにやめて!」

 

「てーんこっ!てーんこっ!」

 

「てんこ言うなー!」

 



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第二章
捜索開始


◆幻想郷・人里

 

「ここが人里よ。まぁ、食糧とか服、消耗品なんかを売り買いする幻想郷の中心地ね」

 

「自ずと情報も集まりやすいとこってわけか。よし、とりあえず手当たり次第に聞き込みをしよう」

 

「あ、ちょっと待った」

 

 早速聞き込みに行こうと足を踏み出しかけたところで、天子に制される。

 

「この人里の住人は基本的に外来人と関わりが薄いから、話をするにはあたしを介してちょうだい。ましてや、あんた人間なんだし」

 

「別に探し物してるだけだろ。なんだってそんな……」

 

「いいから、言うとおりにして。無駄にいざこざ起こされたんじゃ、連れのあたしが大変なのよ」

 

 天子の言い方に少しばかりイラッとしたが、確かにここは任せた方が無難かもしれな

 い。

 だが、やたらと天子が「人間」と発するのにはとてつもない違和感を感じた。

 

「聞き込みの仕方は任せることにするけど、人間人間ってそんなに言わなくてもいいんじゃないか?」

 

「あのね、あんた。ついさっき幻想郷は種族間の争いが絶えないって言ったでしょ?何を聞いてたのよ、一体」

 

「いや、そもそもその『種族間』って言うのがいまいち理解できないんだけど……。人種の違いとかそういうことか?」

 

 俺が疑問を口にすると、天子は肩をすくませながら呆れながら言う。

 

「あー……、そうね。外来人のあんたに理解しろっていう方が無理だったわ……」

 

「はぁ?それってどういう……」

 

 天子は俺へと向き直り、答える。

 

「いい?この幻想郷にはね、あんたみたいな人間以外にもたくさんの者が住んでるの。妖怪やら、鬼やら、天狗やら、吸血鬼やらね。挙句の果てには神も仏もいるわ。そういう世界なのよ、この幻想郷は。数多くの魑魅魍魎、悪鬼羅刹と人間が共存する世界、それがこの幻想郷。そしてあたしも、人間じゃないわ」

 

「……えっ?」

 

 一気に情報が脳内へ流れ込み、錯綜し、フリーズしそうになる。

 それに、天子が人間じゃないって……?

 いや、確かに髪色が普通じゃないけれど、どこからどう見ても人間だ。

 人間の少女だ。

 何言ってんだ、こいつ。

 まさか、この期に及んで渾身のジョークでも飛ばしてきたのか?

 しかし、天子の表情も眼差しも明らかに真面目なものだ。

 

「……本当なのか?」

 

「ええ、本当よ」

 

「…………」

 

 言葉を失い、息をのむ。

 いくらなんでも突飛すぎる。

 たった数分で順応しろってほうが難しい。

 

「お前が人間じゃないってんなら、一体なんだっていうんだよ!」

 

「……はぁ。ったく、いちいち質問しなきゃわかんないわけ?」

 

「だって、いきなり人間じゃないなんて言われたって……」

 

「言っておくけど、協力はするわ。でもね、あんま立ち入ったことをずけずけと聞いてくるようなら、今すぐあんたのこと放りだしたって構わないのよ?」

 

 痛烈な一言に一瞬たじろいでしまう。

 確かに少し今のはいささか無礼だったかもしれない。

 協力をしてくれると申し出てくれたが、友人になったというわけではない。

 その点と礼儀を弁えて発言するべきだった。

 

「……ごめん。この世界へ来てからいろんなことを聞かされすぎて頭がパンクしそうなんだ。でも、だからといって今のはちょっと失礼だったよな。本当にすまん」

 

 この世界のことを一ミリも知らない現時点で案内役になってくれた彼女を失うのは相

 当な痛手になる。

 訳も分からないまま見知らぬ土地へ放り出されたとなれば、元の世界に戻るなんてこ

 とは到底できないだろうし、探し物ですら見つけ られない。

 ここは素直に謝罪をしておかなければ。

 天子は俺の言葉に素直に応えてくれた。

 

「いいわよ、別に。あたしもちょっと厳しいこと言いすぎたわね。あんたの面倒見てやるって言ったくせに放り出すだなんて無責任もいいとこだったわ。こっちこそごめんなさい」

 

 何とか互いの関係は崩れずに済んだようだ。

 ひとまずは安心かな。

 

「ま、このことは後で詳しく話すわ。協力者になったとはいえ、まだあんたのこと名前しか知らないし」

 

「そうだな。でも、俺は信用してるよ。よろしくな、てんこ」

 

「む……。だからあたしはて・ん・し!てんこじゃないって言ってるじゃないの!」

 

「えー、結構てんこってのいい愛称だと思うけどな」

 

「そーゆー問題じゃない!ったく、探し物するんでしょ?さっさと行くわよ、コータ」

 

 ここでもう一つ彼女に対して気づいた点がある。

 照れると赤面しながら悪態をつく、だ。

 なんだか戒斗を思い出す。

 あいつの場合は赤面しないし悪態ではなくただの強がりだったけど。

 



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捜索開始2

 それから天子と一緒に露店や通行人に声をかけて捜索を行った。

 だが、めぼしい情報は入手できなかった。

 むしろ声をかけるたび、俺や天子に難癖をつけられる始末。

 なるほど、種族間の争いってこういうことだったのか。

 

「ちょっといいかしら。探し物してるんだけど」

 

「…………」

 

「おい、流石にシカトはないだろあんた」

 

「……ふん。人間の小童に言われる筋合いはない。さっさとあっちへ行け!汚らわしい」

 

「な、なんだと!」

 

「天界の住人が堂々と下へ降りてきて、しかも人間を連れ歩いてるなんざ滑稽だな。おい、あんた!せいぜいこいつら下種に食われないようにしろよな」

 

「お前!」

 

 俺が我慢の限界で足を踏み出しかけた瞬間、天子が腕を引っ張って制した。

 

「……いいわよ、言わせておきなさい。次、行くわよ」

 

「でも……」

 

「無駄ないざこざは起こさないでって言わなかったかしら」

 

「…………」

 

 もうかれこれ二時間ほどこのような状態だ。

 天子は慣れているのかどんなに酷い因縁や難癖をつけられても顔色一つ変えずに俺を

 抑えることに徹している。

 自画自賛ではないけれど、かなり俺は心が広い方だと思う。

 でも、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。

 

「はぁ……ここまで収穫ないってのは厳しいな」

 

「仕方ないわよ。あんたの話じゃ探し物って大体拳の一回り大きいくらいの大きさなんでしょ?この広い土地でそんなのを探そうっていうのがそもそも無理難題に近いんだから」

 

 それもそうだ。

 戦極ドライバーとロックシード。

 それほど大きくもないこの二つを探し出すのは砂漠に撒かれたガラスの破片を探すの

 に等しい。

 

「でも、絶対に見つけないといけないんだ。俺はあのベルトを見つけた時から、責任を背負ってるんだ。今更その責任を投げ出すわけにはいかない」

 

 そう、俺には責任がある。

 力を、戦うための強さを手にしたその時からまるで逃れられぬ呪いのような責任を背

 負っている。

 

「……そう。ま、あんたがどんなものを背負ってようがどんな過去があろうがあたしがやることは変わんない。その探し物っていうのが見つからない限りは元の世界にだって戻れないんでしょ?なら早急に見つけるもの見つけなきゃね」

 

「あぁ……、ありがとう。てんこ」

 

「ふ、ふん!別にあたしはあたしのすべきことをしようとしているだけよっ!」

 

「……でも、少し疲れた。ちょっと休憩しないか?」

 

「そうね、歩きっぱなしだったものね」

 

 大通りの右端へ寄り、店舗の軒先にあるベンチへと二人とも腰を下ろす。

 

「うーん、やっぱり片っ端から聞くんだと時間がかかるばっかりで的確な情報は得られないかもしれないな……」

 

「それは言えてるわね。ましてや声をかけた途端にくだらない暴言を投げつけられるようじゃどうあがいても無理かも」

 

「あれ?もしかして今まで言われたこと結構気にしてたのか?」

 

 顔色一つ変えないからてっきり何とも思っちゃいないと思っていたけど。

 天子は溜息を軽く吐きながら言う。

 

「あたしは人間じゃないわ。だけど、聖人でも仏でもないの。そりゃあれだけ頭ごなしにあることないこと言われちゃ頭に来るわよ」

 

 人間じゃない、とは言う割に随分と人間くさいな。

 まぁ、人間でないだけであって人と同じように感情はあるって事か。

 そんなことを考えていると天子は先ほどとは違った弱々しい声色でつぶやくように話

 し出した。

 

「あんなに人里の住人に疎まれていたとはね……。とんだ誤算だったわ。ごめんなさい、あんたはただ探し物したいだけなのに巻き込んでしまって……」

 

 今まで見せなかった仄暗い表情を目の当たりにし、言葉に詰まる。

 そんな俺を気にすることなく天子は言葉をつなぐ。

 

「あたし、ついこの前異変を起こしちゃったのよ。ただただ退屈だってだけの理由でね……」

 

 異変……?

 またまた聞き慣れない言葉が出てきた。

 

「あぁ、あんたは外来人だから異変って言ってもわかんないわよね。簡単に言えば言葉のまんま、よくわかんない事件を引き起こすことよ」

 

 なるほど。

 それでもはっきりと理解が出来ているわけではないが、ひとまず大変な過ちを犯した

 って事か。

 

「異変を起こしたはいいものの、結果は散々。いろんな妖怪の恨みは買うわ人間の巫女にあっけなく倒されるわであたしの評判はガタ落ち。その煽りがこの聞き込みにも影響してるってわけ」

 

 あっけらかんと話してはいるが、どこかその表情には悲しみが滲んでいた。

 正直、俺には何と言ってやればいいかなんてわからない。

 でも、何か一言声をかけてやらなければという義務感のようなわだかまりが胸に広が

 る。

 色々な奴から呆れられながら言われ続けてきたけれど、俺はやっぱりお人好しなんだ

 ろうな。

 こんな風に自分の目的以上に今現在の天子の心情について考えてしまうあたり。

 

「気にすんな。俺は何とも思っちゃいない」

 

 励ますほどではないが、俺自身はそんなことを気にしていないことを伝える。

 

「えっ……」

 

 俺の返答に天子は小さく驚きを見せる。

 

「さっき俺に言ってくれただろ?どんなものを背負ってようがどんな過去があろうがやることは変わらないってな」

 

 そうだ。

 天子は俺の後ろめたい所を受け入れてくれた上で協力してくれているんだ。

 だったら俺だって彼女の後ろめたい所を受け入れてやらないと。

 

「俺はお前がどんな過去を持ってようが気にしない。お前が俺を受け入れてくれて協力してくれるように、俺もお前を受け入れる。せっかく得たものを簡単には手放したくない。この世界で頼れるのはお前一人だけだしな」

 

 俺の言葉を咀嚼するかの如く、天子は静かに頷くと真っ直ぐ俺の目を見て言う。

 

「……そう。そうよね、あたしたちまだ付き合いは浅いけれど、仲間だもんね」

 

 仲間。

 そんな単語が天子から出てきて、張りつめていた緊張の糸がほつれた。

 ただ単にうれしさと気恥ずかしさがこみ上げる。

 そんな恥ずかしいセリフをしてやったり顔で言い放った天子は、一際輝いた目で笑ん

 だ。

 

「そろそろ行こう。日が暮れる前になんとか小さな情報でもいいからつかみたいからな」

 

 そう言って俺は立ち上がる。

 

「そうね……、さっさと探し物見つけないと、比那名居の名が泣くわ!」

 

 俺へ続いて立ち上がった天子が気合を入れ、自らに言い聞かせるように言い放つ。

 その目には先ほどの弱々しさなど微塵もなく、強い使命感に燃える光が宿っていた。

 



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発見

「あの、すみません。ちょっと聞きたいことが……」

 

「人間の外来人などと話すことは何もない!帰んな!目障りだ!」

 

「ちょっといいかしら、聞きたいことがあるんだけれど」

 

「天人風情が気安く話しかけるな!あっちへ行け!」

 

 意気揚々と聞き込みを再開したのはよかったのだが、誰に声をかけても軽くあしらわ

 れてしまう。

 それでも、粘り強く続けていく。

 小さな情報でもいい、謙虚なつもりではあったが、それすらも現段階では贅沢な希望

 らしい。

 道行く人はほぼ確実にこちらの話を聞こうともしない。

 酷い時には完全なシカトまでされる。

 本当にどん詰まりだ。

 まさかここまで最初の一歩でつまずくとは思わなかった。

 

「ちょっと、話するくらいいいじゃないのよ!」

 

 俺の少し離れたところで聞き込みをしていた天子の怒声が響く。

 疲労と聞く耳を持ってもらえない苛立ちで限界のようだ。

 

「今日はもう諦めて、帰ろう」

 

 俺自身、そろそろ限界だ。

 気分を新たに次の機会に臨むほうがいいだろう。

 俺の提案に不服というような顔をするも、天子は頷いた。

 

「……いろいろと策を練らないといけないわね。せっかく協力するって言ったのに情報の一つもつかめないんじゃあまりにも不甲斐なさ過ぎるわ」

 

 プライドの高さゆえか、そんなことを言って俺の横へ並ぶ。

 

「協力してくれるだけありがたいさ。そんなに気に病まれると俺が申し訳ない気になってくる」

 

「でも、なるべく早く見つけなきゃならないんでしょ?こんなことで手をこまねいていたんじゃ、お話しにならないわよ!」

 

 相当参ってるみたいだ。

 詳しい事情は知らないけれど、自身の過ちのせいで協力しきれていないことを歯がゆ

 く感じているらしい。

 

「だからって焦っても事態は変わらない。今は着実に根気よくやろう」

 

 諭すように言葉を返す。

 この現状ではその選択肢しか残されていないだろう。

 これは俺自身へ言い聞かせるためでもある。

 

「そうね……」

 

 はやる気持ちからか、納得出来ていなさそうに不機嫌な声で天子は返す。

 あまり刺激しない方が良いかもな。良かれと思って声をかけると逆効果になりそう

 だ。

 少し天子と距離を開けて歩を進めることにする。

 俯きながら肩を震わせ、強い歩調で数歩先を歩き続ける天子。

 なんだかこういう状況になると舞のことを思い出すな。

 

 舞とは、俺の幼馴染だ。

 同じビートライダースのチーム、鎧武に所属していた。

 アーマードライダーではないけれど、舞も自分なりに沢芽市で起こった戦いに立ち向

 かっていた。

 舞は今どうしてるだろうか。舞だけじゃない、ミッチにチャッキー、リカ、ラット。

 ザックにペコ、城之内、貴虎、シャルモンのおっさん。

 自分のことで手一杯でまったくみんなのことを考えてなかった。

 

 みんな俺がいなくなってどうしてるんだろう。まだ沢芽市では戦いが続いているのだ

 ろうか。

 そんなことを考えるだけで不安感と焦燥感がぶわっと波となって俺の心の中で暴れ出

 す。

 駄目だ駄目だ!きっとあいつらは大丈夫。俺がいなくてもうまくやってるはずだ。

 これぐらいのことであいつらを信じられなくなるなんて、俺はどうかしてる。

 

 別のことを考えよう。そうだ、天子と舞が似ているって感じたんだった。

 そう、何故か天子と舞は似ている。天子に親近感が妙に湧くのは、雰囲気がそこはか

 となく舞とかぶるからだ。

 勝ち気なところだとか誇りをもってしたたかに行動するところなんかそっくりだ。お

 まけにすぐにへそを曲げるところも。

 なんだか妙に笑いがこみ上げてくる。沢芽市でもこの幻想郷でも、俺のポジションは

 実はそれほど変わらないのかもしれない。

 

「あっ!」

 

 俺が物思いに耽っていると前方から天子の声が飛んでくる。

 

「どうした?」

 

 天子はその場で足を止め、直立不動となっている。

 その視線の先へと目を移すと、小さなショーウィンドウに様々な雑貨が並んでいた。

 

「雑貨屋、か……?一体、どうしたんだよ」

 

 一声あげたまま突っ立っている天子は俺の声に行動で返答する。

 ゆっくりと目の前のショーウィンドウを指差し、振り向きざまに口を開いた。

 

「……あ、あんたの探し物ってもしかしてこれじゃない……?」

 

 指差す先には、黒いバックルのような形状のものにナイフを模した飾りがついた近代

 的な端末が並んでいた。

 

「……あ、あったあああああああああ!!」

 



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交渉

◆幻想郷・魔法の森入り口付近・香霖堂

 

「御免くださーい!」

 

 扉を押し開けると、埃っぽいような木の香りが鼻につく。

 薄暗い店内にはレトロな木を基調とした雑貨が多く並んでいる。

 中には陶器、古臭い電子機器など所狭しと置かれており、足を踏み出すスペースを探

 すのに苦労するほどだ。

 一声かけてはみたが、反応は依然ない。

 商品と思しき壺の列を慎重に越えながら、何とか店内へと踏み入れる。

 

「すみませーん!」

 

 もう一度声をかけてみる。

 自分の声が反響して戻ってくるのが少し不気味だ。

 その時、数秒ほどの間をおいて店の奥から物音がした。

 どうやら不在ではないらしい。

 

「あのー!」

 

 念を押すようにもう一度声をかける。

 すると今度はちゃんと声が返ってきた。

 

「少し待ってくれたまえ、今そちらへ行くから」

 

 若い男の声だ。

 てっきりこんな内装だから中年のおっさんが出てくると思ったんだけど。

 まぁ、イメージで判断するつもりはないけれど。

 がさごそと物をかき分けるような音とともに足音が近づいてくる。

 店主が出てきたようだ。

 

「やぁ、いらっしゃい。すまないね、お待たせしてしまって。僕はこの『香霖堂』の店主、森近霖之助だ」

 

 本の束を手近な机へと置きながら、店主らしき男はこちらへと向き直る。

 先ほどの声の主は銀髪に眼鏡をかけ、民族衣装のような衣服を身にまとった姿。

 すらっとした高身長で、さっぱりとした目鼻立ち。

 森近霖之助と名乗ったそいつは、俗に言う美形の少年だった。

 

「ん?君、見ない顔だね。人間のようだが、珍妙な身なりを見るに……。外来人かな?」

 

 俺を見下ろすように睨め回すと、腕を組みながら言う。

 

「あ、あぁ……。俺は葛葉紘汰、どうやらこの世界で言う外来人ってやつらしい」

 

 視線を下に下げられながら話すのは少し息苦しく感じる。

 そんな俺のことをよそに霖之助は言葉を続けた。

 

「ふむ、外来人がこんな店に一体何の用かな?言っておくけど、元の世界に戻る道具なんてここには……」

 

 霖之助が言い終わる前に後方から天子が遮る。

 

「お生憎さま、あたしたちが探してるのはそんな代物じゃないの」

 

 霖之助は顔をしかめながら俺の後方へと目を移す。

 そして天子の姿を見るや否や語気を荒げた。

 

「……比那名居天子。どういう風の吹き回しだい?比那名居一族のご令嬢が人間、しかも外来人を連れて下界へやってくるなんて」

 

「別に?あたしは探し物を手伝ってやってるだけよ。それ以外の理由はないわ」

 

「そうかい。ま、くれぐれも問題は起こさないでくれたまえ。君の起こした異変の後始末はまだ済んでいないのだからね」

 

「わ、わかってるわよそんなこと!」

 

「どうだか。自らの欲のために異常気象を起こした人物の言うことだから、いまいち説得力に欠けるね」

 

「……くっ!」

 

 天子が唇を噛みしめ、怒りを抑え込むのが俺にまで伝わってきた。

 

「おい、その辺にしとけって。俺たちは言い争いに来たんじゃないんだ」

 

 天子が過去に過ちを犯したのが事実だろうが、こいつはあまりにもひどすぎる。

 俺に言葉に霖之助は肩をすくめながら言う。

 

「ま、いいさ。それでご用件は何かな?」

 

 その悪びれた様子のない態度を見て憤りを感じたが、ここで喧嘩腰になっては元も子

 もない。

 まずはここへ来た目的を話さなければ。

 

「えっと、ショーウィンドウに飾ってあるものことなんだけど……」

 

 目的の物を指差しながら言う。

  

「ショーウィンドウ?あぁ、そういえば今朝新しい商品が入ったね。これのことかな?」

 

 戦極ドライバーとロックシードを手に取りながら、霖之助は俺を一瞥する。

 

「確か名称は『戦極ドライバー』と『ロックシード』。ユグドラシル・コーポレーションが開発したベルトバックル型生命維持装置および戦闘システム。果実を模した装備を出現させ、それを身に纏うことにより戦闘能力を飛躍的に向上させる次世代型兵器。やはり、外界からの流れ物だったんだね」

 

 霖之助はまるで最初からそれが何なのか知っているかのように淡々と言ってのけた。

 

「な、なんでお前がそれを!?」

 

 異世界の人物がこいつの名前や用途を知っているはずがない。

 まさか、ユグドラシルはこの世界にも手を出してたのか?

 俺が慌てふためくのを眺めつつ、霖之助は続ける。

 

「別に驚くことじゃないさ。これは僕の能力でね。あらゆる物の名前と用途がわかるだけさ。使い方まではわからないし、ましてや知るつもりもない」

 

「の、能力……だって?」

 

 何だよその変な力は。エスパーか何かなのか?

 大体、詳しい内容を知りすぎていて、そんなの信用できるか。

 

「君は僕を特異な奴だと感じているんだろうけれど、それは間違いだ。僕はこう見えて人妖でね、人間と妖怪のハーフなんだ。だから能力が使えるのはこの幻想郷においてそう珍しいことじゃない」

 

 こいつもまた天子と同じ人外ってやつなのか……?

 本当に頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、そんなことで驚いている暇はない。

 さっさと本題に入って、さっさと帰ればこれ以上不愉快な気分にならなくて済むだろ

 う。

 

「実はそれ……、俺がこの世界に来た時に落としたものなんだ。だから、その……。いきなり来てこんなこと言うのはおこがましいかもしれないけれど、それを返してくれないか?俺にとってそいつは、命よりも大切なものなんだ」

 

「ほう……、それはそれは災難だったね。大切なものを紛失してさぞ不安だっただろう」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「だが、僕としての答えは『否』だ」

 

 霖之助は俺を見据え、睨めつけるような眼差しで言い放った。

 その眼は俺を明らかに見下し、軽蔑するような光を持っている。

 

「な、なんだよそれ!ふざけんな!俺はそのベルトを手にした時から大きな責任を背負ってるんだ、それを簡単に投げ出すわけにはいかないんだよ!」

 

「たとえこれが君が失くした物であっても、今は立派なうちの商品なんでね。僕も慈善で商売してるんじゃないんだ、ただで渡すほどお人好しじゃない」

 

 憮然として霖之助は続ける。

 

「それに、君は今これを命よりも大切だと言ったね?なら聞くが、なぜそんなにも大事なものを不可抗力とはいえ失くしたりした?大きな責任を背負ってるだって?笑わせないでくれたまえ。本当に大事なものならどんな状況でどんな事が起ころうとも、紛失したりなんかしないはずだ。肌身離さず持っているべきものを紛失した時点で、君は責任を放棄したも同然だ。それなのにも関わらず、お次はただで返してくれと戯言を言う。君は甘すぎる。そんな薄っぺらで背負った責任すら果たすこともできないような奴に僕の商品はたとえいくら出されても渡せない」

 

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 霖之助の言うことは正しい。それ故に、俺は何も言い返すことが出来ない。

 せいぜい拳を強く握りしめることだけしかできない。

 だからこそ自分自身の過ちに苛立つ。

 

「ちょっと……黙って聞いてれば随分と好き勝手言うじゃないの!」

 

 何も言えない俺とは対照的に天子は霖之助に物申す。

 

「事実を言ったまでさ。その証拠に、彼は何も言えないでいるじゃないか」

 

 そうだ。そもそもの原因は俺が管理を怠ったからだ。

 少々、横暴かもしれないが、霖之助の言い分は筋が通っている。

 自らの未熟さと何も口にできない情けなさで肩が震える。

 

 そんな俺の状態を察してなのかさらに天子は畳みかける。

 

「でもそれがコウタの持ち物なのには変わりないでしょ!あんたそれを商品として堂々と商売するわけ?とんだ悪徳商人ね!」

 

「人聞きの悪いことを言うね。僕はこいつを相応の値段で買い取っているんだ。それがもともと遺失物だろうが、取引は正式に成立している。何の問題もないと思うけどね?」

 

「取引上問題なしでも、そんなんじゃ納得できないわよ!」

 

「感情論はよしてくれたまえ。僕は論理的に物事を進めるタチなんだ。不満というのなら正式にこいつを君が買い取って彼に渡してくれればいい」

 

「あ、あんたねぇ……」

 

 駄目だ。霖之助のほうが一枚上手だ。

 天子や俺がいくら噛みついても意味がないだろう。

 

「……いくらよ」

 

 天子が怒りを押し殺した声で静かに問う。

 霖之助は眉をひそめ、腕を組み少し思考しながら口を開く。

 

「……そうだね。値段をつけるとすれば……、五百ってとこかな」

 

 値段を聞いた天子は飛び上がる勢いで声を張り上げた。

 

「ご、五百ですって!?家が一軒建つ額じゃないの!」

 

「当然だろう。こんなに珍しいものは滅多にお目にかかれないんだ。もし売るのであればそれ相応の代金を貰わないとね」

 

 天子はギリギリと怒り抑えるのに必死でそれ以上は何も口にしなかった。

 いや、正しくは口に出せなかったのだろう。

 俺には正直この世界の通貨価値などわからないけれど、もし天子の言ったことが本当

 なら、相当な額だ。

 今から用意しようとしたところで到底無理だろう。

 

「代金を支払えないのであれば、さっさと帰ってくれたまえ。僕もこう見えて暇じゃあないんだ」

 

 これ以上俺たちに出来ることはないのだろうか……。

 そう考えている間にも霖之助は、奥の部屋へ戻ろうとする。

 天子は何か言いたげだが、言葉が出ずに口をパクパクするだけだ。

 駄目だ!何とか粘らないと。

 何か……、何か手は……。

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 俺の声に霖之助は立ち止まり、向き直る。

 もうこうなればヤケだ。

 

「……何かな?」

 

 霖之助は不機嫌そうに睨み付けるようにこちらを見つめている。

 射抜くような視線に少しばかりひるみながらも、俺は覚悟を決め、切り出した。 

 

「お、俺をここで働かせてくれないか?」

 

「……何だって?」

 

「俺をここでしばらく雇ってくれ。そいつを取り返すためなら、俺は何でもする!どんな仕事もやってみせる!だから、頼む!」

 

「ちょ、ちょっとコウタ!あんた何言って……」

 

 俺の申し出に霖之助も天子も面食らったようだ。

 でも、俺に考えられる打開策はこの程度しかない。

 深々と頭を下げ、視線を霖之助へ戻すと、霖之助は小さく溜息を吐きながら眼鏡をく

 いっと掛けなおす。

 

「……本気なのかい?」

 

 凄みを利かせた声で俺へ問いかける霖之助。

 どうやら俺の真剣な想いを受け止めてくれたようだ。

 

「ほ、本気なわけないじゃない!こいつ、今ちょっと混乱して……」

 

「僕は君じゃなく、彼に聞いているんだ。口を挟まないでくれ」

 

「……うぐっ」

 

「葛葉紘太。本気でここで働くつもりかい?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

「どうして?」

 

「そうすればあんたも少しは俺のことを信用してくれるかもしれないだろ」

 

「なるほど、だがもしそうならなかったら?」

 

「そんなことには絶対ならない」

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

「それだけ本気でやるつもりだからだ」

 

「……ふむ」

 

 押し問答を数回繰り返し、霖之助は再び腕を組み思考を巡らせる。

 そして、数秒。

 思考が終了したのか俺へと視線を戻し口を開いた。

 

「言っておくが、賃金は低い。それなりに仕事もきつい。それに、僕が君を見直すかどうかもわからない。それでも良いというのなら、好きにするといい」

 

 俺の申し出を霖之助は渋々ながら了承してくれた。

 これで首の皮は繋がった。

 一方で天子は何やら納得できていなさそうにあからさまな不機嫌顔で俺を睨み付けて

 いる。

 

「じゃあ、早速明日から来てくれたまえ」

 

 手短に用件だけを伝えると霖之助は足早に奥の部屋へと戻っていく。

 それを見て俺がほっと一息をつこうとした途端、天子が詰め寄ってきた。

 

「あんた!勝手な事やってんじゃないわよ!」

 

「取り戻すために行動しただけだろ。何をそんなに怒ってんだ」

 

「取り戻すためとはいえ、何もあんな奴に雇ってもらう必要はないじゃないの!」

 

「確かにいけ好かない奴かもしれない。でもあいつの言ってることも事実だし、信用させるにはそばで働いた方が一番でいいだろ」

 

「……はぁー。あんたって馬鹿だとは思ってたけど、本当の馬鹿ね……」

 

「おい、馬鹿はないだろ!」

 

「うっさいわよ!ばーかっ!」

 

「なんだよてんこのくせに!」 

 

「それはあんたが勝手に呼んでるだけでしょうが!」

 

「うっさいてんこ!」

 

「何ですってー!!」

 

「君たち、店内で騒ぐなら外でやってくれないか!」

 

「すみません……」

 

「ごめんなさい……」



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第三章
ここからは俺のステージだ!


◆香霖堂店内

 

 霖之助の店で働きはじめて数日が経った。

 最初はどんな無理難題が来るかと思っていたが、意外にも任されるのはごちゃついた

 店内の整理や掃除。

 近隣住民への配達など、雑用的なものばかりで正直拍子抜けしてしまった。

 それに何故かは知らないが、当初は俺が香霖堂で働くことに否定的だった天子も一緒

 になって手伝いをするようになった。

 彼女曰く『あんたに協力してあげるって約束したんだからあたしも手伝うのが当然じ

 ゃない!』とのこと。

 どんな意図があるのかは知らないけれど、人手が多いのは有難いことだ。

 

「よし、こんなもんだな」

 

 棚の埃を払い、書籍を五十音順に並べ入れる。

 やるからにはとことん。

 ここまできれいにすれば、霖之助も文句は言わないだろう。

 

「あー、もう!何でこんなに落ち葉があんのよ!」

 

 店先で掃き掃除をしている天子の声が店内まで響く。

 手伝うとは言うくせに、悪態はつくのかよ……。

 まぁ、そろそろ2時間は経ったころだ。

 休憩にしよう。

 

「二人とも。そろそろ手を止めてくれ」

 

 そう思ったころ、店の奥から我が雇い主が現れた。

 何やら小包を抱えて。

 

「なによ、一体」

 

 ぶつくさ言いながら天子も店内へと戻ってくる。

 俺たちが二人とも戻って来たのを確認すると霖之助は一つ咳払いをして言う。

 

「ちょっと届け物をしてもらいたくてね」

 

「届け物?一体どこへ?」

 

「なに、それほど遠くはない。人里の寺子屋さ。古い友人がいてね、歴史書が入荷したら送ってほしいと頼まれていたんだ」

 

「友人ならあんたが直接届ければいいじゃないの」

 

「そうしたいのはやまやまなんだけどね、僕はこれから仕入れに出かけねばならないんだ。それほどお客も来ないだろうし、君たちが行ってくれると助かるのだが」

 

 ポン、と小包を叩きながら霖之助はこちらを見やる。

 天子が乗り気でないのはいつものことだし、この際無視していいだろう。

 人里なら確か歩いて一時間もかからなかったはずだ。

 

「わかった。ちゃんと届けるよ」

 

「うむ、頼んだよ。大事な友人だからくれぐれも粗相のないようにね」

 

「ったく、また安請負して……」

 

「別に俺一人で行ってもいいけど」

 

「む……い、行くわよあたしも!」

 

「いや、無理しなくても」

 

「無理してないわよ!」

 

「さっき嫌そうだったじゃないか!」

 

「うっさいわね!」

 

「いいから、さっさと行って来てくれ」

 

「すみません……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

◆人里

 

 

「なんでそんなに素直じゃないんだよ」

 

「生まれつきなのよ!悪かったわね」

 

「悪いとまでは言ってないだろ」

 

「ふん!」

 

 ここまでツンケンされると扱いに困るなぁ。

 大体、協力してくれるの有難いけれど、霖之助のもとで働くことに関してはノータッ

 チでもいいはずなのに。

 なんで悪態をついてまで手伝おうとするのか。

 店にいるときはほとんど不機嫌だし。

 

 舞に似ている部分もあるけれど、この辺は似てないな。

 だからこそ扱いに困っているんだが。

 

「ほら、ここじゃないの。配達の場所」

 

 天子が口に出しながら立ち止まり、指差す。

 

『寺子屋』

 

 達筆な字で板に書かれ、門に提げられている。

 

「ここ、みたいだな。よし、行こう」

 

 敷居をまたぎ敷地へと踏み込む。

 門の先には広々とした庭が広がり、平屋建ての日本家屋が鎮座していた。

 子供たちの声だろうか、賑やかな声が家屋の中から響いてきている。

 

「へぇ~、こんな場所もあるんだな。幻想郷にも」

 

 そもそも幻想郷に子供が存在していると思っていなかった。

 いや、当たり前と言えば当たり前なんだろうけれど。

 ここ数日間、幻想郷では子供を見かけなかったからな。

 

「ここは幻想郷唯一の寺子屋。一番子供が集まっている場所ね」

 

「そうなのか。とにかく驚きだよ、学校があるだなんて」

 

「がっこう……?」

 

「あぁ、その子供たちが勉強するとこってことだ」

 

 わざわざ寺子屋っていうのは何故だろうとは思っていたけど、まさか学校が通じない

 とは。

 

「まぁ、学が無きゃ生きていけないわけだし?あって当然じゃないの」

 

「天子もこういうとこに通ってたのか?」

 

「……あたしは比那名居一族の娘よ?教育係が家にいて、そいつに教わってたわ」

 

「そっか……」

 

 なるほど。

 我の強さの原因はそういうとこにもあるのかもしれないな。

 気づくとすでに家屋の玄関前に到着していた。

 

 呼び鈴を探すがどこにも見当たらない。

 仕方なく引き戸を開き、中を覗いてみる。

 質素だが趣のある日本家屋の廊下が長く伸びている。

 見た目だけならとてもここが寺子屋だとは思えない。

 だが、廊下の奥から子供たちの声が響いてこなければだが。

 

「ごめんくださーい!香霖堂でーす!」

 

 ひとまず声をかけてみる。

 だが、廊下の奥の喧騒にかき消され、俺の声は届かないようだ。

 

「参ったな、聞こえてないみたいだ」

 

「入っちゃえばいいじゃない、中にいる人に用事があるんだから」

 

「いや、流石にそれはあまりにも失礼だろ」

 

「返事しない方が悪いのよ」

 

 言いながらずかずかと天子は中へ上がりこもうとする。

 

「駄目だっての!」

 

 腕を引き、天子を制する。

 結果的に中に上がるにしても、勝手に入るわけにはいかない。

 

「ったくもう!あんたって変に律儀ねぇ」

 

「お前が変に礼儀知らずなだけだろ」

 

「はぁ?ちょっとそれどういう意味よ」

 

 ここで言い合っていてはまた誰かに怒られるのが目に見えている。

 天子の腕を引き、廊下の奥の部屋があるだろう方へと引っ張っていく。

 

「あ、ちょっ!引っ張らないでよ!ていうか気安くあたしに触るなぁ!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 こちらがまともに受け答えするとなぜか口喧嘩が勃発する。

 先日や今朝の香霖堂のことを鑑みれば明らかだ。

 今後は少しでも流すようにしないと。

 

「ちっともわかってないじゃないの!いいから離せー!」

 

 小言を放つ天子を引っ張り奥へ歩くと、天子の抵抗の声もかき消させるほどの賑やか

 な声が一際大きくなった。

 おそらくここが寺子屋の教室だろう。

 窓からそっと中を覗いてみる。

 

 と、その時だった。

 

「おいしそーな人間めーっけ♪」

 

 喜々とした幼い少女の声がこだまする。

 声のした方を向くと、そこには闇が広がっていた。

 そしてその中心には金髪のボブヘアーに赤いリボンを結び、白黒の衣装をまとった幼

 女の姿があった。

 その幼女を取り巻くように闇はまるで生きているかのごとく蠢いている。

 しかも至極当然だと言わんばかりに中へ浮いている、というよりかは最早飛んでい

 た。

 天子からいろいろと聞き及んではいたが、まさかこれが妖怪なのか?

 自らが想像していたモノとは全くと言っていいほど合致しない容姿に驚きを隠せな

 い。

 

「あなた外来人?どーしてここにいるの?」

 

 不思議そうな顔をしてこちらへ問いかけてくる幼女。

 敵意があってのことなのかそれとも友好的なのかはよくわからない。

 問いかけられたならば答えなければならいのだろうが、幼女の幼い見た目以上に周囲

 を徐々に取り囲みつつある闇の不気味さによ って息を呑まざるを得ない。

 

「あれー?聞こえてないの?」

 

 幼女は俺がこたないことに対して不満を持ったらしい。

 不敵に笑うとゆっくりと地面へと降り立ち、俺の前まで歩いてくる。

 

「…………な、なにか用か?」

 

 ようやく絞り出した声は目の前で起きている事象を受け止めたくないという本能によ

 って掠れたようなものだった。

 嫌に背に汗をかきまくっている。

 

「なぁーんだ、しゃべれるんじゃない」

 

 かなり身長の差がある幼女は俺のことを見上げながら言う。

 

 ど、どう対応したらいいんだ?普通に会話すればいいのか?

 天子ならまだしも、この子はどっからどう見ても子供の姿をしている。

 闇みたいなのがぶわーってなってるのを見る限り、妖怪なのは間違いないんだろうけ

 れど……。

 

「あー!じれったい!なにやってんのよ」

 

 俺が話すのを忘れていた腕を無理やり振りほどいて天子が幼女に向かって歩み寄る。

 

 そ、そうだ。天子も確か人間ではないって言ってたはず。

 なら、穏便に済ませてくれるかもしれない。

 まだ昼なのに周りがこの子の闇で覆われて真っ暗なのはすごい不安感を煽るし、命の

 危険すらも感じる。

 ここは任せたぞ、天子!

 

 何とも情けないかもしれないが、この幻想郷において俺は最適な交渉手段も知らな

 い。

 下手をすれば、天子の言ういざこざに発展するかもしれない。

 ここは我が協力者様にお頼み申そう。

 

「……あまんと?」

 

「ええ、そうよ」

 

「はじめまして」

 

「はじめまして……って!何でいきなり自己紹介なのよ!」

 

「けーね先生があいさつは大事って言ってたの」

 

「そ、それもそうね……って、ちがーう!」

 

「なにがー?」

 

「あたしが言いたいのはこの状況はどういうことかっていうことよ」

 

「……どのこと?」

 

「この闇よ、見てわかるでしょうが。何のために能力使ってんのかって聞いてんの」

 

「そーなのかー」

 

「いや、だから説明しなさいよ。返答次第ではこっちにも考えがあるわよ」

 

「あたしはルーミア」

 

「あたしは比那名居天子。天の子と書いててんしよ……って!だからそうじゃなくて!」

 

「それ、食べてもいい?」

 

「「…………は?」」

 

 しばらく横で傍観していたが、ルーミアと名乗った幼女のいきなりの発言に俺と天子

 は声を合わせて驚嘆する。

 

 な、なにを言ってんだこの幼女は。

 今明らかに俺の方を指さして言ったよな……。

 いや、待って。わかんない、俺聞いてない!

 何?食べるって。そんな殺伐としたとこだったっけかこの幻想郷。

 

 幼女の赤い瞳が俺の姿を映し、きらりと光る。

 いい意味でなく悪い意味でだが。

 

 …………やばい。

 これは本格的にやばい。

 

 背の汗はさらに量が増え、シャツをぐっしょりと濡らす。

 逃げようにも闇に包まれているため平衡感覚がマヒし、どちらが逃げ道なのかさえ分

 からない。

 

「あ、あんたねぇ……冗談にしても笑えないわよ、それ……」

 

 天子が引きつった顔でルーミアへ言う。

 だが、意に介さないのかただ単に不敵な笑みを浮かべるだけである。

 そして天子を無視するかのように横を素通りし、さらに俺へとにじり寄る。

 

「あなた、食べていいよね?」

 

 そう言ってにんまりとほほ笑むルーミアに狂気を感じ、後ずさりする。

 

「……い、いや……だ、だめだ!って言っても意味ないのか……?」

 

「こたえは聞いてなーい♪」

 

 言うが早いか口を広げながらルーミアは再び中へ浮きあがり飛びかかってきた。

 

 まずい!そう思った瞬間にはもう遅い。

 天子が振り返りざまにルーミアを抑えようとするがその手は虚しく空を切る。

 もう避ける暇もない……、ここまでか……!

 

「こらぁぁぁあああ!!ルーミアアアアア!」

 

 ゴツンッ!

 死を覚悟したその瞬間、女性の怒声と共に衝撃音が響き渡った。

 

「……え?」

 

 恐る恐る目を開いてみる。

 先ほどまで眼前に迫っていたルーミアの姿は、ない。

 天子は俺と同じく何が起こったか把握できずに目を泳がせている。

 

「大丈夫かい?君たち」

 

 あたふたしていると耳に心地いいハスキーボイスが耳へ入って来た。

 見上げるとそこには青いロングスカートに青い帽子をかぶった銀髪の女性がいた。

 落ち着いた雰囲気の、天子とはまた違った美人だ。

 天子はまだ美少女だが、この人は明らかに美人という方がしっくりくる。

 

 うっわ……、すっげぇ美人……。

 思わず見とれる。

 

「うぅ~……せんせーひどーい……」

 

 そんな俺をこの場に呼び戻すような痛々しい声が聞こえる。

 そちらへ目を向けると数メートル先にルーミアがおでこをなでながら、目を回してい

 た。

 

「ひどいのはお前だろう!客人に対していきなり能力を使って食べようとするだなんて。いくらお前が人食い妖怪だろうとも、場くらい弁えなさい!」

 

 先生とルーミアが呼ぶ女性は一喝すると、俺へと向き直る。

 

「すまないね、うちの教え子が迷惑をかけたようで」

 

「え……あ、いや……その……」

 

 唐突に話しかけられて困惑してしまう。

 その理由は彼女が膝をつき俺へ手を差し伸べているだけでなく、顔が近いからであ

 る。

 頬が赤く染まる感じが自分でもよくわかった。

 

 お、俺ってもしかして結構女性に免疫ないタイプなのか……?

 姉ちゃんや湊さん、舞に対してはこういうことはなかったんだけどな……。 

 

「おや、顔が赤いね。もしやルーミアに何かされたのか?」

 

「あ、その!大丈夫です!ほら、こんなにピンピンしてますから!ええ!」

 

 不埒な目で見てたなんて間違っても悟られちゃならない。

 わざとらしいくらいその場で飛び跳ね、バク転してみせる。

 珍妙な物を見る目で見られたけれど、変な風に見られるよりかは幾分マシだ。

 天子は明らかにみるみる呆れ顔になっているが。

 

「そ、そうか。それはよかった」

 

 女性が言う。

 彼女は少しひきつったような笑顔をしているが、気のせいだろう。

 天子がゴミを見るような目で見ているのもきっと気のせいだ。

 

「私の寺子屋へようこそ、客人。私は上白沢慧音。この寺子屋の教師兼責任者だ」

 

「お、俺は葛葉紘汰。よろしく……」

 

「あぁ、よろしく」

 

 自己紹介が終わると慧音は天子へ視線を移し話しかける。

 

「君は……、確か天界の……」

 

「……比那名居天子よ」

 

「まぁ、そんなに不機嫌にならないでくれ。私は君の起こした異変について糾弾するつもりもない」

 

「そう……」

 

 あまり天子は気分がよろしくないようだが、気にしないといった感じで再び慧音は俺

 へ向き直る。

 

「まぁ、ここではなんだ。中へ入ってくれ」

 



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ここからは俺のステージだ!2

◆寺子屋内

 

「なるほど、君たちは香霖堂の手伝いなのか」

 

「あぁ、これをここへ届けるようにって言われて来たんだ」

 

 廊下を歩きながら事のいきさつを話し、慧音へ霖之助から預かった小包を渡す。

 慧音が受け取り、包みを開けると、中から重厚な黒い本が出てきた。

 

「ふむ、確かに私の頼んだものだ。相変わらず霖之助殿は良い品を送ってくださる」

 

「それ、一体何なんだ?歴史書って言ってたけど」

 

「うーむ、どう説明したものか……。神智学の書でな、すべての事象、想念、感情が記録されている世界記憶の概念がつまったものの一部だ」

 

「お、おう……」

 

「ちなみにこの書にはだな……」

 

「あ、もういいや……」

 

「そうか?ここからが面白いんだが……」

 

 到底俺には理解できない話だろう。

 聞いたところで、意味はないはずだ。

 

「まぁ、せっかく来たんだ。何もない所だが、ゆっくりしていってくれ」

 

「いや、配達だけの予定だったし……」

 

「遠慮などいらんさ。どうせあの店にはほとんど客も来ない。それに、また霖之助殿は無縁塚にでも行って物を蒐集しているのだろう?なら、茶を飲んでいくくらい問題ないはずだ。だろう?」

 

「……まぁ、そういうことならお言葉に甘えて」

 

 言葉を交わしているうちに段々と慧音への照れはなくなっていった。

 とても心根が優しく寛大な人なんだなと感じる。

 

「うぅ……いたーい……」

 

「しっかりしなさいよ、頭突きされただけじゃないの」

 

「けーねせんせーの頭突きはいたいのー……」

 

 俺と慧音の少し後ろを未だ目の回っているルーミアをおぶった天子が続く。

 どうやら先ほどはルーミアが俺に飛びついた瞬間に慧音がルーミアへ頭突きをかまし

 たらしい。

 

 相当の威力なんだろうな、あの様子じゃ。

 にしても数分も目を回すほどの頭突きって一体……。

 

 ルーミアをおぶっている天子はルーミアのうわごとへツッコミを入れながらも会話の

 相手をしてあげている。

 嫌そうな顔をしてはいるが、内心は嬉しいのだろう。

 俺の知る限りじゃ、最近こんな風に会話をしていなかっただろうからな。

 

「けーねせんせー!授業はー?」

 

 不意に子供の声がした。

 そちらへ目を向けると、生徒だろうか。

 数人の子供たちが慧音へと走り寄って来ていた。

 子供たちと言っても、その姿や身なりは様々だ。

 普通の人間のような子、背中に羽を持つ子、触覚が生えている子。

 言わずもがなだが、ここは幻想郷。

 こういうものなんだと、強引に納得した。

 

「あぁ、そうだ。授業の途中だったな……」

 

 慧音は生徒からの問いかけに少しバツが悪そうな顔をしてこちらに視線を戻す。

 

 授業中だったのに飛び出してルーミアに頭突きをかましたのか……。

 いやぁ……、熱血的というか真面目というかなんというか……。

 

 なにやら慧音はあごに手を当て考え込む。

 その間も途中で授業をすっぽかされた生徒たちは不満げに声を上げ続けている。

 そして、数十秒ほど。

 思いついたかのように俺を一瞬見やり生徒たちへ視線を戻すと口を開く。

 

「……今日はこれから課外授業だ!」

 

 

◆寺子屋・庭

 

「わー!お姉ちゃんもっと高く―!」

 

「これで限界よ!」

 

「えー!もっとー!」

 

「我慢しなさいよ!!」

 

 何だろうか、この状況は。

 視線の先には子供たちと戯れている天子の姿がある。

 いやいや付き合っているといった雰囲気を醸し出してはいるが、どう見ても内心は楽

 しくてたまらないといった感じだ、

 その証拠に天子の顔には輝く笑顔が張り付いている。

 

 あいつのあんな顔を見るのは初めてだ。

 何だかんだ言って、中身は年相応?の女の子って事か。

 

 『課外授業』。

 そんな名目で、何故か俺たちはお茶をする予定が寺子屋の生徒たちと戯れることとな

 っている。

 慧音の思い付きらしいけれど、まぁ、ちょっとはこういうのもいいかもしれない。

 ちなみに天子は俺の代わりに子供の相手をしているだけで、数十分前までは俺が遊ん

 で遊んで攻撃の餌食となっていた。

 悪い気はしないけど、子供は元気だからかなり疲労がたまってしまった。

 

 今は休憩がてら寺子屋の縁側に座って、微笑ましい天子の姿を眺めている。

 天子のことは顔よりも後姿を見ることのほうが多かったから、こんな風に笑ってる姿

 を見ていると新鮮だ。

 それに、結構可愛い……。

 

 って、何を考えてんだ俺は。

 

「お疲れのようだな」

 

 俺が頭を振って邪念を振り払ったとき、慧音がやってきた。

 

「あぁ、子供は元気が一番だって言うけれど、ちょいと元気すぎなんじゃないか?」

 

 俺の問いに慧音は笑って答える。

 

「ふふっ。うちの生徒たちは様々な種族の子供だ。人間の枠で考えるとそうかもしれないな」

 

「てんこからさんざん種族間の争いが絶えないって聞かされてたから、こういう場所があるだなんて思いもしなかった」

 

「それは、事実だ。だが、私はそれを好ましくないと考えている」

 

 ふと慧音の顔を見やると憂いを帯びた表情をしていた。

 遠くを見つめ何かを思い出すかのように彼女は話を続ける。

 

「私は歴史についての能力を持っていてね、必然的に歴史に接することが多いんだ。それを読み解いていくと、今現在の幻想郷における種族間の争いは単なる誤解や思い違いばかりが原因なんだ。私は子供たちの教育を通して、そんな争いが少しでも収まってくれればと思って、ここで寺子屋の門を構えている。が、現実とは虚しいもので私のこの寺子屋を古来より差別意識を持って生きてきた者は疎ましいらしい。そういう者たちの考えや心をいつかは動かせるよう、私は尽力していきたい。偽善的で詭弁かもしれんがな……。」

 

 そう言って慧音は笑顔を浮かべる。

 と、言ってもその笑顔は非常に悲しいものだ。

 

「……偽善だろうが詭弁だろうがいいじゃないか」

 

「そうだろうか」

 

「あぁ。他人がどう言おうが、どう思おうが、諍いのない平和な日常を望むことは悪いことじゃない」

 

「しかし、私は少し迷っている。もしかしたら私はうわべだけの綺麗事で、生徒たちを出しにしているだけなのではないかと……」

 

「そんなこと、あるわけない」

 

「だが……」

 

「そんなこと考えんな!」

 

「え……」

 

「あいつらの笑顔を見ろ!子供たちはそんなこと、ちっとも思っちゃいないだろ!あんたを先生と呼んであれだけ慕ってんのは、あんた自身の心のやさしさがわかってるからだ!もしあんたが本当に子供たちを出しに考えているような自分勝手な奴なら、あんな楽しそうに笑うわけない!迷う必要なんかない、あんたはあんたの信じる平和を実現することを考えるんだ!」

 

「葛葉……」

 

「俺の居た世界の子供たちは……、自分が傷ついたり、大切な人が目の間で力尽きるのを見て悲しみに暮れてた……。俺はそんな子供たちばかり見てきた……、戦いの中で……。だから俺はこの世界に来てこんなにも笑って楽しそうにしている子供たちの姿を見れて良かった。初めてこの世界に来て良かったと思えたんだ。そう思わせてくれるこの場所を作ったあんたはすごい。もっと自分の信念を信じろよ!自信を持てよ!」

 

「そうか……、そうだな!」

 

 慧音は立ち上がり、俺へ向き直って言う。

 

「ふふふ。まさか外来人の人間にこんな説教を喰らうとは思ってもいなかったよ」

 

 そんなことを言われ、熱くなった自分を少し反省する。

 

「わ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだ。気を悪くしたんなら、謝る」

 

「いいや。むしろ感謝するよ、葛葉。お前の言葉で目が覚めた。私はここで、寺子屋を続ける。いつか誰もが笑い合い、手を取りあって暮らせる世の中になるように」

 

「……慧音」

 

 ニッコリと笑む慧音には、さっきの憂いや悲しみはすでに無くなっていた。

 爽やかな、希望に満ち溢れたいい笑顔だ。

 

「さて、そろそろ休憩にしようか。彼女も相当堪えたろう」

 

 視線を天子に戻すと、地面へ四つん這いになって大量の汗をかきながら息を切らして

 いた。

 その上に容赦なく子供たちが乗ったりしている。

 

 うわぁ……、ご愁傷さまだな、てんこ……。

 

「だ、だずけでぇ……」

 

 消え入りそうな掠れ声でこちらへ助けを求めているが、今の俺には何にもできやしな

 い。

 すまん、てんこ。

 

「ほーら、お前たち!あまり容赦ないとお姉さんが二度と遊びに来なくなるぞー!」

 

 見かねた慧音が助け舟を出すと、はーい!と子供たちは素直に天子から離れていく。

 天子はその場でへたり込み、安堵のため息をついた。

 

「そうだ、茶を淹れてきたんだ。生徒の相手は私が代わるから、彼女と一緒に一服していてくれ」

 

 慧音が急須と湯呑みを差し出す。

 

「あぁ、ありがとう」

 

 礼を言って二つの湯呑みに茶を注ぐ。

 

「それじゃ、私はこれで」

 

 慧音は颯爽と生徒たちのほうへと走っていく。

 

「あぁ~……死ぬかと思ったわ……」

 

 そこへ天子がちょうど戻ってきた。

 俺は天子へもう一方の湯呑みを差し出す。

 

「おつかれ。慧音が飲んでくれってさ」

 

「そう……」

 

 天子は湯呑みを受け取り、ぐいっと一気に飲み干す。

 

「はぁ~……おいしい……」

 

 そう呟きながら俺の隣へと腰かけた。

 

「ったく、あいつら人が疲れてるのがわかんないのかしら」

 

「気づかないくらいに楽しんでるんだろ。良いことじゃないか」

 

「向こうにとってはね!付き合わされる方はただただ大変なだけよ……」

 

「そういう割にはお前も楽しそうにしてたじゃないか」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

「そうか?随分と良い笑顔で遊び相手をしてたじゃないか。さっきもなんだかんだ言ってルーミアをおぶってやってたし」

 

「べ、べつに好き好んでやったわけじゃないわよ!」

 

「へぇ~?」

 

「な、何よその意味深な気持ち悪い笑いは!」

 

「子供と遊んでる時のお前は穏やかで自然に笑ってて可愛らしかったぞ」

 

「は、はぁ!?」

 

「もっと素直になれよ。素直なてんこのほうが、俺は好きだけどな」

 

「す、好きって……え、えええ!?あ、その……えっと……」

 

 俺がそんなことを言うと急に頬を赤らめしどろもどろになる天子。

 一体何をそんなに照れてるんだ、こいつは。

 

「まぁ、あれだ。あんまし意地張らずにやった方がいいぞって事さ」

 

「そ、そう……へぇ~……。そんなのが、ねぇ……」

 

 明らかに目が泳いでいる。

 もしかして、褒められるのに慣れてないのか?

 

 まぁ、こんな天子も面白いし、いいか。

 

「で、この後はどうする?そろそろ帰るか?」

 

「……こほんっ!そ、そうね。流石に疲れたわ……」

 

「よし、じゃあ帰ろう」

 

 湯呑みの残りを飲み干し、立ち上がる。

 天子はおぼんに二つの湯呑みを整然と並べると、俺に続いた。

 

 と、その時。

 天子へ走り寄る女の子がいた。

 

「あまんとのおねーちゃん!」

 

 キラキラした眼差しで天子へ話しかける。

 その子の目線に合わせて屈んで天子が答える。

 

「なーによ!またあたしをおもちゃにして遊びたいの?」

 

「ううん?」

 

 ふりふりと首を横に振る子供。

 天子は首をかしげながら、普段では考えられないやさしい笑顔で問う。

 

「じゃあ、一体どうしたのよ」

 

 女の子は少しもじもじしながら言う。

 

「おはなつみ、したいの……」

 

「お花摘み?」

 

「うん」

 

「でも、あたしもう帰らないといけないのよ」

 

「えっ……」

 

 途端に悲しそうな顔をする女の子。

 それを見て天子はどうしたらいいのかわからないといって表情で俺へ視線を向ける。

 

 二人してそんな顔するなって、まったく。

 

「俺が先に帰って霖之助に伝えとくから付き合ってやればいいじゃないか」

 

 天子も女の子のお願いに応えたいだろう。

 こうやって子供たちに囲まれて過ごすことなんて滅多にないだろうし、天子も笑顔に

 なれるならその方が良いと思った。

 

「そう……、いいのかしら……?」

 

「気にすんなって!」

 

「じゃあ……」

 

 女の子に視線を戻し天子は笑顔で言った。

 

「わかったわ、お花摘みしましょ!」

 

 それを聞いて女の子はこれ以上ないというほどまぶしい笑顔で頷いた。

 

「うん!」

 

「それじゃあまた後でな、てんこ」

 

「ええ」

 

「慧音―!俺は店に戻る!てんこのことは置いていくからよろしく頼んだ―!」

 

 慧音へ一応帰る旨を伝える。

 慧音は生徒たちの押し合いへし合いの中で声が出せないのか、身振りだけで了承の意

 を示した。

 それを確認し、俺は女の子の前へ屈む。

 

「じゃあな、お嬢ちゃん!」

 

 女の子の頭をやさしく撫で、立ち上がり踵を返す。

 

「あ、コウタ!」

 

 歩き出そうとしたとき、天子が俺を呼び止めた。

 振り返ると、天子は少し照れくさそうに頬を染めながら小さくつぶやくように言った。

 

「ありがと……」

 

 短い一言だが、とても気持ちが温かく綻んだ。

 

「あぁ!」

 

 手を振り上げ、俺は寺子屋を後にした。

 初めて天子から貰った感謝の言葉を胸に大事にしまい込みながら。



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ここからは俺のステージだ!3

◆寺子屋・裏庭

 

 コウタが去ってから小一時間。

 あたしはお花摘みをしたいという女の子に付き合ってツワブキの花を品定めしてい

 る。

 女の子の名前は美代というらしい。

 人里に暮らす人間の百姓の娘だと美代は話してくれた。

 

 天人でしかも先日異変を起こしてしまった私に対してここまで心を開いて接してくれ

 る子供たちに、正直驚きを隠せない。

 

 ……恐れられ、蔑まれ、拒絶されると思っていたのに。

 

 あたしが異変を起こした張本人だと知らないだけなのか、それとも知っていてなお寄

 ってきてくれているのか、それはわからないけれどこんなにもあたしに笑顔を振りま

 いてくれる子供たちに対して、心の奥が揺さぶられた。

 

 ……あたしは、あたしはこんなにも力にあふれた、未来への希望たちを失うようなこ

 とをしてたのね……。

 本当、最低よね……。

 それなのに今じゃ何事もなかったかのように、こうして触れ合っているなんて。

 ますます自分自身が嫌になるわね……。

 

「てんこおねーちゃん!これあげるー!」

 

 考え事をしていると美代がツワブキで作った髪飾りを差し出してくる。

 

「あたしはてんこじゃなくて、てんし!」

 

「えー!こうたおにーちゃんはてんこって呼んでたよ?」

 

 うっ……、子供って意外と鋭いのね……。

 

「こ、コウタは勝手にそう呼んでるだけなの!ホント、何度言っても治らないんだから」

 

「じゃあ、てんこおねーちゃんはこうたおにーちゃんのこと嫌いなの?」

 

「べ、べつに嫌いってわけじゃないけど……」

 

「じゃあ好きー?」

 

「えぇ!?えーと、ねぇ……その……」

 

 も、もう!なんで子供のくせにこんなこと聞くのよ!

 あ、あたしはあいつの協力者なだけなんだから、好き嫌いの感情なんて……。

 

 

『俺はお前がどんな過去を持ってようが気にしない。お前が俺を受け入れてくれて協力してくれるように、俺もお前を受け入れる』

 

『子供と遊んでる時のお前は穏やかで自然に笑ってて可愛らしかったぞ』

 

 ふと過去に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。

 それによって頬が熱くなる。

 

「あ、おねーちゃん赤くなってるー!」

 

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

「そーなの?」

 

「そう!そうなの!」

 

「えいっ!」

 

「わっ!?」

 

 美代が強引にツワブキの髪飾りをあたしへ被せる。

 

「もう!いきなりなにすんのよ!」

 

「これをかぶってたら、こうたおにーちゃんに好きになってもらえるよ!」

 

「だ、だからあたしたちはそんなんじゃないってば!」

 

「でも、てんこおねーちゃん。こうたおにーちゃんのこと考えてるときすごくうれしそうだったよ?」

 

「……っ!」

 

「けーねせんせーがね、言ってたんだ―。誰かを好きになったら素直じゃなきゃいけないって」

 

 ……美代は言いながらあたしの膝へと乗ってくる。

 そして身体をあたしに預けるように頭を胸に落とす。

 

「あたしね、おとうさんやおかあさんにね、天人のひとは怖いって教えられてきたんだ。おもしろ半分に異変を起こすからって。あたしもお友達がこの間の異変でけがしちゃったから天人のひとって怖いんだなーって思ってた。でもね、あたしはてんこおねーちゃんが好きだよ!人間のあたしとこんなに遊んでくれるんだもん!」

 

 えへへと笑うその笑顔と美代の言葉に目頭が熱くなった。

 同時に自らの行いで彼女の友達を傷つけてしまったのだという罪悪感も湧き起こる。

 だが、一番強い想いは、あたしに対して素直に好意を口にしてくれるこの子を絶対に

 悲しませたりしちゃいけないんだという使命感や責任感にも似たものだった。

 

 自然と目から零れ落ちてくるこの雫は、あたしが久々に流した嬉しさの涙。

 長い間あたしが忘れていた感情。

 この子はそれを一瞬で思い出させてくれた。

 

 凄いわね……、子供って。

 こんなに小さいのに、何か大きな力を持っている……。

 

「てんこおねーちゃん泣いてるの?どこか痛いの?」

 

 美代が振り向き言う。

 

「め、目にゴミが入っちゃったの」

 

「そっか!じゃあおまじないしたげる!」

 

「おまじない?」

 

「けーねせんせーが教えてくれたの!行くよ~!痛いの痛いの飛んでけ~♪」

 

 美代がそう言ってあたしの頬を撫でる。

 

 目が痛いって言ってるのに何で頬なのよ、まったく。

 そう思いながらも純粋な美代の行いにほっこりとする。

 

「ありがと、もう痛くないわ」

 

「よかったー!」

 

 あたしが美代を撫でるとえへへとまぶしい笑顔を浮かべてくれる。

 それは直近で最もうれしいことだった。

 撫で終えるとお次は美代の肩に手を置き、しっかりと顔を見つめる。

 そして先ほどうやむやにしてしまった質問の答えを伝えた。

 

「……美代、さっきコウタのこと好きかって聞いたわよね」

 

「うん」

 

「今はまだわからないの。でもね、あいつといるとすごく楽しいわ。それが好きって感情だとしたら、コウタのこと……好きかもしれない」

 

「ふーん」

 

「あたしは正直好き嫌いってのがいまいちわかってないけれど、美代が遊んでくれるからあたしを好きと言ってくれたのだとしたら、あたしはコウタをすべて受け止めてくれたから好き、ってことになるのかも」

 

「……うん?」

 

「ふふ。ちょっと難しかったかしらね、これが多分大人の好き嫌いよ。きっとね……」

 

「そうなんだ」

 

「そうなの!」

 

「「プッ!」」

 

「「あははははははは!!」」

 

 なんだかやり取りがおかしくって二人同時に吹き出してしまった。

 

「さ、もっとお花摘んで押し花にでもしましょ」

 

「うん!向こうの摘んでくるー!」

 

 美代は元気に駆け出し木陰に咲くツワブキを摘みに行く。

 その後ろ姿を見ているだけで、なんだか優しい感情が自分を包んでいくみたいに感じ

 る。

 

 もし子供がいたら、こんな感じなのかもね……。

 

 最近は会話の回数がすっかり減った父母を思い浮かべながらそんなことを考えた。

 父母はあたしが生まれてこんな気分になったのだろうか。

 今はわからない。

 きっとこれが親の心子知らずってことなのかもしれない。

 

「きゃあ!」

 

 考えに耽っていると美代の悲鳴が聞こえた。

 毛虫でいたのかと思い、声のした方へと向かう。

 

「どうしたのよ、そんな声を出して」

 

 枝をかき分け、美代の姿を探す。

 

「おねーちゃん!たすけてぇ!」

 

「ギュアァ……」

 

「え……?」

 

 そこには見たことのない異形の者に今にも襲われそうになっている美代の姿があっ

 た。

 どうやら腰が抜けて動けないらしい。

 

「ギュアァ!」

 

 じりじりと異形の者は美代との距離を詰めている。

 今までに目にしたことのない怪物だ。

 少なくとも幻想郷には存在しない怪物。

 丸みを帯びた身体、短い手足、大きな頭にひっついたような小さな目、鼻、口。

 耳につくつんざくような声で鳴くそれは、明らかに美代を狙っているようだ。

 

「美代!伏せてなさい!」

 

 腕に力を込め、応戦の準備をする。

 美代は何とかその場に伏せ、身をかがめた。

 

「はぁ!」

 

 けん制の意味も込め、弾幕を放つ。

 放った弾幕は真っ直ぐな軌道を描き、全弾怪物へと命中した。

 その隙に一気に美代のもとへと駆けつける。

 

「おねーちゃあん!」

 

 途端に痛いほどの強い力でしがみついてくる美代。

 相当怖かったのね。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 

 安心させるためこちらもぎゅっと抱きしめ語りかける。

 美代が小刻みに震えているのがはっきりとわかった。

 

 徐々に弾幕の衝撃で舞った砂埃が晴れてくる。

 全て弾幕は命中した。

 例え正体不明の怪物でも、天人であるあたしの弾幕ならすぐには動けないはず。

 

「ギュアァ!!」

 

「な、なんですって!?」

 

 砂埃が晴れた先には、倒れ込む怪物ではなく、先ほどの攻撃が全く効いていないと言

 わんばかりの怪物が立っていた。

 

「そんな!弾幕は全て当たったはずなのに!!」

 

「ギュアァ!ギュアァ!」

 

 怪物はひどく激昂しているようだ。

 明らかにこちらを敵視し、今にも飛びついてきそうだ。

 

「ギュアァ!」

 

「キュイィ!」

 

「キュオォ!」

 

 こちらの状況が悪化するのに拍車をかけるように怪物の仲間と思われる他の二体まで

 現れる。

 一体こいつらは何なのだろうか。

 どこからこの二体は湧いて出てきたのだろうか。

 いくら自問自答を繰り返したところで意味はない。

 

 とにかく美代を安全なところまで守らないと!

 

「近づくんじゃ、ないわよ!」

 

 力を込め、弾幕を放つ。

 威力も数も先ほどより強く多くした。

 

 これなら何とかなるはず。

 

 だが、あたしの予想はまたはずれた。

 

「「「…………?」」」

 

 この三体の怪物どもはまったく弾幕を寄せ付けなかった。

 そのうちの一体は首まで傾げている。

 

「どうして、どうして効かないのよ!」

 

 苛立ちともどかしさに任せ、がむしゃらに弾幕を放つ。

 ことごとく命中はするが、全くと言っていいほど怪物にダメージを与えられない。

 

「こうなったら……!」

 

 これ以上弾幕を撃ってもこちらが疲労するだけ。

 ならば、少しでもこいつらから離れないと。

 

「美代、しっかり捕まってて!」

 

「う、うん……」

 

 不安げな顔をする美代。

 なんとしてでもこの子だけは守りたい。

 その一心で宙へと舞い上がる。

 

「ギュオ?」

 

 面食らったようで怪物たちは動揺しているようだ。

 どうやら彼らに飛行する能力はないらしい。

 そのまま美代を抱きしめたまま寺子屋の上空を旋回し、庭へと飛んでいく。

 

 あの慧音って教師に変な怪物が侵入してるって伝えないと!

 このままじゃ他の子供たちにも危険が及ぶかも……。

 そんな不安がよぎり、焦りが全身を包み込んでいった。

 少しでも早くと、空を飛ぶことに一点集中する。

 

 数分飛び、先ほどまで自分がいた寺子屋の庭の上空へと出た。

 美代に衝撃が加わらないよう、静かに着地する。

 

「慧音は?慧音はどこ!?」

 

 周囲を見渡すと、庭の中央に子供たちを集め怪物と交戦する慧音の姿があった。

 

「まさか、こっちにまであの怪物が現れてるなんて!」

 

 とにもかくにも慧音のもとへ急がねば。

 弾幕があいつらに聞かないのは承知の上だけれど、一人より二人のほうがまだマシの

 はず。

 

 美代の手を握りしめ、慧音たちのもとへと走る。

 

「くっ!こやつらは一体何なんだ!?」

 

 無数の弾幕を絶え間なく放ち続けるが、あたしの時と同じようで怪物はまったくダメ

 ージを受けていないようだ。

 

「加勢するわ!」

 

 美代を他の子供たちのところへ連れて行き、慧音の隣で弾幕を放つ。

 

「すまん!感謝する!」

 

 慧音は弾幕を放ちながら振り返り、子供たちに言う。

 

「お前たちは教室に戻って隠れてるんだ!ここは先生とお姉さんで食い止める!」

 

「やだこわいよー!」

 

「そんなのむりだよー!」

 

 子供たちは恐怖でなのか、立ち上がろうともせずその場に座り込んだまま。

 その様子を見て慧音は諭すように言う。

 

「大丈夫だ、君たちならできる!私の生徒だろう?なら勇気を出して逃げるんだ!」

 

 慧音の言葉に子供たちは少し俯きながら考えたが、数人が立ち上がり逃げ始めた。

 他のまだ立ち上がれないこの手を取って、教室を目指し走っていく。

 

「さっすが先生ってやつね!」

 

「無駄口を叩いてる暇はないぞ!」

 

「そうね、でも一言だけ言っておくわよ」

 

「なんだ」

 

「あたしは、お姉さんじゃなくて!天界は天人の比那名居一族が娘、比那名居天子よ!」

 

「なら、私は寺子屋の教師、上白沢慧音だ!」

 

「スペルカードを使うわよ!援護頼んだわ、慧音!」

 

「任せろ!」

 

 子供たちが離れたのを確認し、宙に舞う。

 右手に力を集中し、念じた。

 

――来なさい、緋想の剣!

 

 瞬間、右手に燃え盛る刀身を持つ緋色の剣が現れる。

 

 一撃で、仕留める!

 

 そのままスペルカードを掲げ、怪物どもへと狙いを定めた。

 

『地符「不譲土壌の剣」 !!』

 

 スペルカードを発動させ、気質を緋想の剣に込め、一直線へ地面へと降下し、剣を突

 き刺す。

 途端、怪物たちの両脇の地面が隆起し、挟み込んだ。

 

 これだけ派手にやれば、いくら弾幕が効かなくとも、耐えられないでしょ。

 

 地面に降り立ち、慧音と頷き合う。

 

 「これで、おしまいよね……」

 

 「わからんが、スペルカードの威力ならば奴らもただでは済まんだろう」

 

 土埃が上がり、静寂が訪れた寺子屋の庭に、奴らの声は響いていない。

 ということは、これで決まったってことだと思う。

 安堵のため息をついても、いいわよね。

 

 だが、それは時期尚早だった。

 いや、正しくはあたし自身の油断、そして驕り。

 隆起した地が轟音とともに爆散し、先ほどまでの達成感は一瞬にして砕かれた。

 

 そして、そこに再び立っていたのは先ほどまでの怪物ではなく、身を深緑に染め、大

 きなかぎづめを携えた虎のような姿をした者だっ た。

 怪物ではなく、まさに戦うための戦士と言った風貌のそいつは、奇声をあげ、こちら

 へ一歩ずつ歩み寄ってくる。

 しかも同時に三体。

 弾幕も効かず、スペルカードすらも通用しない彼らにこれ以上何をすればいいのか皆

 目見当もつかない。

 

「まさか……ここまでなの……!」

 

 このあたしが。

 天人であるこのあたしが、恐怖している。

 今まで戦ってきた全ての相手を凌駕するほどの力を持った未知の敵に対して。

 

「嘘よ……こんなの嘘よ……」

 

 言葉で強がってはみるが、全身の震えがその言葉を否定している。

 

 自分では何もできない、こいつらには勝てない、と。

 

「ま、まだだ!スペルカードを使えるのは一人だけではない!」

 

 慧音が叫び、宙へ舞う。

 右手を天に突き出し、詠唱を始める。

 

『産霊「ファーストピラミッド」!』

 

 スペルカード発動と同時に三体の使い魔を召喚し、布陣を組ませる。

 そして、位置についた使い魔が怪物へと大きな光弾を無数に射出した。

 次々と命中していく光弾。

 しかし、怪物は蚊に刺されたような顔を浮かべるだけで微動だにしない。

 それどころか先頭に立った怪物は光弾をいとも簡単に弾き飛ばした。

 

 一発は庭の奥の森へ着弾、爆発。

 もう一発は慧音へ目がけて飛んでいき、直撃した。

 

「うああああああああ!!」

 

 悲痛な叫びをあげ、そのまま下へと落下する慧音。

 

 そんな姿を目の当たりにしているのに、足が動かない。

 頬にはいつしか一筋の雫の跡が。

 

 情けない、情けない、情けない!!

 どうして?どうして動けないの!?

 あたしは、あたしは天人なのよ!

 護りたいものも見つかった!絶対にこれだけは護ると誓った!ほんの少しの間でも仲

 間や友達だと思える人が出来た!

 なのに何故それが原動力として機能しないのよ!

 恐怖心が、不安感が何だってのよ!!

 

「ぐっ……!」

 

 葛藤をしている間にも怪物はすぐ近くまで迫っていた。

 地に倒れ込んだ慧音は、首根っこを掴まれ宙へと掲げられる。

 苦悶の表情を浮かべながらも、四肢をばたつかせ抵抗するが、そんなことはお構いな

 しで怪物はもう一方の手を振りかぶる。

 

 だめ……どうしようもできない……!

 なにも、なにもできない……あたしには……!

 あたしはなにもできない弱虫だ!

 天人だからと思いあがって異変を起こすような愚かで哀れで役立たず!

 こんなあたしが誰かを護りたいだなんて……、一瞬でも思っちゃいけなかったんだ!

 

 誰か……誰か助けて……!

 

「……けて……」

 

 決して届かないであろう言葉を絞り出すように口に出す。

 それが何の意味も持たないと知りながら、それでも。

 

「うぅっ……ぐすっ……だれか……だれかたすけてよぉ……!」

 

 普段なら流さないあたしの弱い涙。

 理性のダムでせき止めているはずの物が容赦なく流れ出す。

 涙でぐしゃぐしゃになりながら叫ぶ。

 

「……誰か助けてよ!慧音を!美代を!この寺子屋を!誰でもいいから助けてよ!お願いだからぁ!!」

 

「……あぁ、助けるさ」

 

「えっ……」

 

「変身!」

 

【オレンジ!】

 

「ハァァァァァァアアアアアアア!オラァッ!」

 

【ロックオン!】

 

「ハァッ!」

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】

 

 軽快な機械音と青年の声がこだまする。

 

「……ここからは、俺のステージだ!!」

 

 あたしの目の前には、きらびやかな琥珀色の鎧に身を包んだ一人の武者がいた。



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参上!果実武者!

◆人里・商店通り

 

 

「……ったく、照れながらあんなこと言うなよな」

 

 別れ際に天子が発した「ありがとう」の言葉。

 それは深く深く俺の心の奥底にしまってある。

 

 この幻想郷で最初に会った時から考えても、天子があんな顔を見せたことなんて一切

 なかったからな。

 まぁ、あいつと出会ってから数日しか経っていないんだし当然といえば当然なんだけ

 れど。

 

 でも、純粋に嬉しかった。

 ああいう顔をしてくれるだなんて少しは心を許してくれてるってことだよな。

 

 あの寺子屋に行ったのは結果的に天子的にも俺的にもプラスだっただろう。

 子供たちの純真無垢な笑顔に囲まれるのは悪くない。

 若干一名、俺をただの食料と考えてる奴もいたけれど……。

 

 それに、慧音の言っていた誰もが手を取りあい笑い合える世界。

 微力ながら俺も力になりたいと思った。

 そんな世界を、俺は沢芽市で望んでいたから。

 世界は違えど、望むものが近いのなら何とか助けてやりたい。

 あの寺子屋の子供たちみたいに、分け隔てなく人々が助け合って生きていけるような

 世界を実現させるために。

 今のところどうやったらいいのかわからないけれど、絶対力になる。

 そう決めた。

 元の世界に戻る方法が見つからない今、それが俺のこの世界で為したいことかもしれ

 ない。

 

 っと、考え込んでたら初めて見る場所だな、ここ。

 

 寺子屋を出て、気付けば人里の商店の集まる通りを歩いていた。

 以前天子とともに訪れた場所ではない。

 

 参ったな、どっちに行けば香霖堂なんだ?

 

 方向音痴というわけではないが、本来は自分が存在していないはずの世界にいるの

 だ。

 誰かの導き無しでは心許ないことこの上ない。

 

 道を聞こうにも、この前の聞き込みの時みたくシカトや因縁をつけられかねないし_

 な……。

 みんながみんな慧音みたいな考えなら、いいんだけどな。

 

 とにかく、今は歩いた方が時間を無駄にせずに済みそうだし、習うより慣れろ、だ

 な。

 

 歩き出そうとした時、ふと目の前の人影に目を奪われる。

 竹ぼうきを持ち、黒い服にエプロンをした金髪の少女が歩いている。

 その珍妙な姿に一種の好奇心を覚えた。

 

 なんだ、ありゃ?魔法使い、なのか?

 

 大きな三角帽を被っている辺り、そうとしか考えられない。

 天子や霖之助、慧音のような人外を見ても驚かなくはなったが、目の前の人物には流

 石に驚きを隠せない。

 様々な種族がいるとは聞いてはいたが、魔法使いまでいるのか……。

 

 でも、俺の知り合いの魔法使いは大きな指輪をしている程度で、見た目は普通の感じ

 だったけどな……。

 

 しばらくその人物を注目しながら歩いていると、ある違和感を覚えた。

 普通に歩いていない。

 足元がおぼつかず、ふらついている。

 

 体調でも悪いのか……?

 

 そう思った途端、その人物は顔面から地面へと倒れ込んだ。

 

「…………」

 

 倒れ込んでまったく動きがない。

 即座に走り寄って声をかける。

 

「お、おいあんた大丈夫か?」

 

 するとゆっくりと少女は顔をあげながら弱々しい声で言った。

 

「は、腹……」

 

「腹?」

 

「腹が……減ったんだぜ……」

 

「は?」

 

 

 

 

◆人里・茶屋

 

 

 

「んー!うまい!うまいぜ!」

 

「そ、そっか。それはよかった」

 

「おう!三日三晩飲まず食わずで死にそうだったんだ!」

 

「お、おう……」

 

 先ほどの魔法少女はどうやら空腹で倒れたらしい。

 何ともベタな理由だ。

 

「うーん!うまい!おかわり!」

 

「へい、まいどー」

 

 にしても一体どれだけ食うんだ?

 霖之助から茶代として受け取った小銭がみるみる無くなっていく。

 

「なぁ、あんた。何で三日三晩も飲まず食わずだったんだ?」

 

「んー?ふぉれはなぁふくぁーいりゆーがあどぅんだずぇ」

 

「口ん中のもん食ってから喋れ」

 

「ゴクンッ!ふぃー……。食った食った」

 

「で、理由は?」

 

「あぁ、実はわたしは魔法の森に住んでるんだが、いつも森で採れるキノコが最近収穫できなくてな。食糧難になったんだ。でも金の手持ちもないし頼れる奴もいないしでぶっ倒れちまったのさ」

 

 なんというか、抜けてるというかお気楽というか……。

 

「あ、まだ自己紹介してなかったな!わたしは、霧雨魔理沙!人間で、見ての通りの普通の魔法使いだ」

 

 魔法使いに普通とか普通じゃないとかあるのか……?

 

「お、俺は葛葉紘汰。よろしく」

 

「見たところ、お前は私と同じ人間みたいだな!でも、その珍妙な服装は外来人だろ?」

 

「お前にだけは珍妙とは言われたくないけど、まぁ、一応な」

 

 なんだかタイプは違うが、魔理沙も天子と同じような勢いがあるな……。

 

「行き倒れてる奴を助けるだなんて、お前良い奴だな!外来人にも善人はいるもんだ、うむ!」

 

 一人で勝手に納得して腕を組み頷く魔理沙。

 

 駄目だ、なんかこいつの勢いにどんどん引き込まれていきそうだ。

 害はないんだろうけど、なんとも厄介な奴を助けちまったようだな……。

 

「んで、なんで外来人のお前が人里なんかに?」

 

「あぁ、さっきまで寺子屋に行っててな。その帰りに道に迷っちまって……。そこでたまたま倒れるお前を見つけたんだ」

 

「ほー、あの寺子屋にねぇ。で、どこへ帰るんだ?」

 

「香霖堂って店さ。そこの店主に雇われてて、今日は寺子屋に配達に行ったんだ」

 

「香霖堂だって?」

 

「知ってるのか?」

 

「知ってるも何も、その店は知り合いの店だからな」

 

「お前、霖之助の知り合いなのか?」

 

「あぁ、結構古い付き合いだぜ」

 

 偶然ってあるもんなんだな。

 運命の巡り合わせってやつか、これも。

 

「団子奢ってやったついでと言っちゃなんだけど、香霖堂までの道を教えてくれないか?」

 

 これぐらいなら相応の対価としても罰は当たらないだろう。

 道さえわかればようやく安心して店に戻れる。

 

「へっ!お安い御用だ!この不肖霧雨魔理沙!受けた恩には報いるぜ?」

 

「ありがとう、やっとお前を助けてよかったと思ったよ」

 

「んん?なんかちょっと嫌味っぽいな……」

 

「まま、気にすんなって!じゃあ道を教えてくれ」

 

 良い意味でも悪い意味でもマイペースな魔理沙にこれ以上付き合っていたらこちらの

 身が持たない。

 さっさと道だけ聞いておさらばしたい。

 

「香霖堂ならこの大通りを真っ直ぐ行って突き当りを右に……」

 

 魔理沙が道順を話し始めた時、大通りの奥の方が急激に騒がしくなった。

 多くの人々がこちらへ向かって走ってくる。

 

「何の騒ぎだ?」

 

 魔理沙が話を遮られ、不機嫌そうに騒がしい方へと視線を向ける。

 俺もそれにつられて視線を移すと、人々は何かから逃げるようにしてこちらへ走って

 きているのが見えた。

 何があったんだろうか。ただごとじゃなさそうだ。

 

「怪物だー!怪物が出たぞー!」

 

「寺子屋が!寺子屋が襲われているらしい!」

 

「逃げろ!逃げろー!」

 

 怪物……?しかも寺子屋にだって……?

 なんだか嫌な予感がする……。

 天子は、慧音は……、何より子供たちは無事なのか……?

 不快な汗が背中からにじみ出て垂れる。

 

「おい、あんた!」

 

 逃げる途中の男を捕まえ、半ば強引に話を聞こうと試みる。

 

「な、なんだよ!」

 

「怪物が寺子屋に出たってのは本当なのか?」

 

「あ、あぁ……何でも頭でっかちの見たこともない怪物が出たって……。妖怪でも魔物でもないまったくの未知の生物が……」

 

 頭でっかち、だって?

 さらに嫌な予感が増幅する。

 俺にはそんな風貌の怪物に心当たりが大いにあった。

 

「あ、あんたらさっさと逃げろ!俺は行くからな!」

 

 男は俺の手を振り払って走り去ろうとする。

 

「おい!寺子屋の救助は!?」

 

「そんなの俺が知るかよ!種族ごちゃ混ぜの寺子屋なんかに助けが行くわけもねぇだろ!」

 

 男はそう言い放つとこちらを振り返りもせず走って行ってしまった。

 

 くっ……、天子、慧音、みんな……。

 無事で、いてくれよ。

 

 両拳を強く握りしめ、寺子屋の方角を見据える。

 すると魔理沙が、不安げな顔で訪ねてきた。

 

「お、おい……。お前まさか行くつもりじゃないだろうな?」

 

 今の俺にとってその問いは愚問に等しかった。

 

「俺はさっきまで寺子屋にいたんだ。俺の仲間と呼べる奴もそこにいる。子供たちともたくさん触れ合った。何より子供たちの教育を通して種族間で争い合う世の中を変えたいってすげぇ立派な教師に出会った!俺はこの世界にいる間、それを支える力になりたいって思った。いや、なる!そのためにも、今誰かが救ってやらないといけないんだ!」

 

「お、お前……」

 

「魔理沙、香霖堂へはどう行けばいい?」

 

「え……」

 

「どう行けばいいんだ!」

 

「こ、この通りを真っ直ぐ行って突き当りを右に行けば十分そこらで着くと思うけど……」

 

 俺は魔理沙の言葉を聞くなり、走り出した。

 

「おい葛葉!」

 

 足を止めることなく、俺はそのまま香霖堂へと走った。

 

 

 

 

◆魔法の森入り口・香霖堂

 

 

 

 

 数分走って見慣れた場所までやってくる。

 目の前には今朝俺と天子がいた香霖堂の小さな家屋が建っている。

 走った勢いのまま香霖堂のドアを押し開け、店内へ入る。

 

「なんだい、騒々しいね。もっと静かに扉を開けられないのか」

 

 店内ではすでに戻っていた霖之助がレジに座って本を読んでいた。

 俺が肩を上下に揺らし息を切らせているのを見て怪訝そうな顔をしてはいたが、俺に

 はそれに構っている時間はない。

 一直線に戦極ドライバーの置いてあるショーウィンドウに駆け寄る。

 

 もし、もし寺子屋に出た怪物が俺の知ってるインベスならば……!

 こいつの力なしじゃ勝ち目はない。

 霖之助との約束を破ることにはなるが、それも致し方ないだろう。

 天子たちが傷つくよりはマシだ!

 

「葛葉紘汰……。配達からやっと帰って来たのに雇い主にあいさつもなし、おまけに店の商品を漁るとはいささか礼儀に反するんじゃないかな」

 

 背後から霖之助が不機嫌そうに言ってくる。

 確かに俺のことを認めてくれるまでここで働くって約束を持ち出したのはこの俺だ。

 なのに途中でそれを放り出すように約束を破るだなんて人としてどうかとも思う。

 

「すまない、霖之助……。でも、俺は行かなきゃならない。こいつを持って護ってやらなきゃならない奴らがいるんだ!約束を破るのは最低かもしれない。でも!それ以上に誰かがピンチになっているのに黙って見捨てる方がもっと最低だ!」

 

 俺は霖之助にそう言い捨てると、戦極ドライバーとロックシードを持ち、香霖堂を飛

 び出した。

 

「やれやれ……。とんでもない大馬鹿者を雇ってしまったようだ……」

 

 背後から嘆く霖之助の声が聞こえてくるようだ。

 

 本当にすまん、霖之助。

 だけど、俺は護りたいものは絶対に護りたいんだ。

 

 申し訳なさが胸中に残るが、振り払うようにして走ることに集中する。

 全力で走って人里からここまで五分ほど。

 寺子屋まで走るとなると十分はかかる。

 ペースを上げるか!

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 周囲の木々が紅葉に染まる時期だというのに、全身に大量の汗をかく。

 くそ……!サクラハリケーンがあれば走るよりもずっと早く到着できるのに!

 俺がロックシードを落としていなければ、こんなことにはならなかったんだ。

 こうしている間にも、寺子屋にいる者が傷ついているかもしれない。

 

『肌身離さず持っているべきものを紛失した時点で、君は責任を放棄したも同然だ』

 

 霖之助に言われた言葉が脳裏によぎる。

 そうだ、本当にその通りだ。

 俺は、あまりにも自分の背負った責任に対して真面目に向き合っていなかった。

 霖之助はきっとそこまで見透かして言ったんだ。

 

 って、何を自己嫌悪してんだ!そんな暇があったらもっと早く走れよ俺!

 

「おーい!葛葉!」

 

 ふと上空から声がする。

 走りながらそちらへ目を向けると、そこには竹ぼうきにまたがり飛んでいる先ほど助

 けた少女がいた。

 

「ま、魔理沙!?」

 

「まったく、いきなし全力疾走していくもんだからびっくりしたぜ」

 

「お、お前!そ、空を飛んで……!」

 

「おいおい……。幻想郷に流れ着いておいて今更かよ……」

 

 ここ数日でいくらか耐性がついても、竹ぼうきで空を飛ぶなんてメルヘンを目の当た

 りにしたら驚くしかない。

 でも、今はそんな時間すら惜しい。

 

「何の用だよ!俺は急いでんだ!」

 

「そんなの見りゃわかるぜ」

 

「じゃあお前としゃべってる暇はない!」

 

「おーおー、そんなこと言っていいのか?せっかく手助けしてやろうと思ったのに」

 

「なんだって?」

 

 思わず足を止める。

 

「手助けって、何するつもりだよ」

 

「お前を寺子屋まで運んでやるって言ってんだ。団子代の恩、まだ返してないからな」

 

「運ぶって、どうやって……」

 

「もちろん、こういうことだぜ!」

 

 俺が疑問を投げかける前に魔理沙は急降下し俺の首根っこをひっつかむ。

 

「うわっ!お、おい!」

 

「飛ばすぜ?しっかり捕まってろよ!」

 

「捕まるも何もお前の腕力のさじ加減だろうが!」

 

「うわっと!?暴れんな!地面に叩きつけられたくなかったら、大人しくしとけ!」

 

「う、うわああああああああああああああ!」



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参上!果実武者!2

◆人里・寺子屋

 

 

 魔理沙に首根っこを掴まれたまま飛行して数分。

 確かに走るよりも早く寺子屋を肉眼で捉えた。

 

「……誰かが戦ってる」

 

 魔理沙は寺子屋の方角を見つめつぶやくように言う。

 俺には戦闘の様子など窺い知ることが出来ないんだが。

 空を飛ぶだけあって視力が良いんだろうか。

 

 と、その瞬間!

 寺子屋の庭付近で大きな爆発が巻き起こる。

 

 どうやら魔理沙の言っていることは正しいらしい。

 

「異変も起きちゃいないのにスペルカードを発動するってことは、こりゃ相当大事みたいだぜ……」

 

 俺の目には相変わらず爆発の煙しか映っていないが、爆発の規模からして喧嘩だとか

 そんなレベルではないことはわかる。

 

「魔理沙、寺子屋の庭へ急いでくれ!」

 

「お、おう!」

 

 速度が上がり身体に重力の負担がかかる。

 わずか数秒で数百メートルの距離を飛び、眼下には荒れ果てた寺子屋の庭の惨状が広

 がっていた。

 

「こりゃひどいな……、一体どんな怪物が出たってんだ」

 

 淡々と魔理沙がつぶやく。

 

 徐々に爆発の煙が晴れ、より詳細な状況が見えてきた。

 

「……インベス!」

 

 庭の中心に見慣れた姿の怪物を見つける。

 それも三体。

 間違いない、あの風貌、あの体色。

 上級インベスだ。

 

「いんべす?」

 

 魔理沙は俺が発した敵の名に対して首をかしげる。

 

「俺が自分の世界で戦ってた怪物だ。何でこの幻想郷に……!」

 

「おい、葛葉!あれ!」

 

 魔理沙が指を差す。

 その先には、上級インベスの一体に首を掴まれ宙へ掲げられたボロボロの慧音の姿があった。

 そしてその隣にはへたり込んで俯く天子の姿も。

 

「てんこ!慧音!」

 

 名前を呼ぶが空からの声は届かないようだ。

 

 くそ!こうなったら!

 

「魔理沙!」

 

「な、なんだよ?」

 

「俺を投げろ!」

 

「…………は?」

 

「いいから、早く投げろ!」

 

「な、投げろったってどこにだよ!」

 

「あの怪物たちに向かって思いっきし投げろ!」

 

「怪物たちにって……、どうなっても知らないぞ!」

 

「承知の上だ!」

 

「よーし、覚悟決めろよ葛葉!せーの!おりゃっ!」

 

 魔理沙は少女とは思えない腕力で俺をこれでもかと勢いをつけ下へと投げ落とした。

 

「だぁぁぁぁぁあああああ!」

 

 腕を目いっぱい広げ、着地体勢に入る。

 

――スタッ!

 

 ふぅ……、ひとまず無事着地には成功だ。

 

 事前に魔理沙が高度を下げてくれていたおかげか、対した痛みもない。

 そのまま俺は間髪入れず立ち上がり、天子たちのほうへと駆け寄る。

 

「うぅっ……ぐすっ……だれか……だれかたすけてよぉ……!」

 

「……っ!」

 

 泣いている。

 天子が泣いている。あの勝ち気でいつもどんな奴にも突っかかっていくような天子

 が。 

 脇目も振らず、顔をぐしゃぐしゃにしながら。

 その表情に、心が引き裂かれるように痛んだ。

 

「……誰か助けてよ!慧音を!美代を!この寺子屋を!誰でもいいから助けてよ!お願いだからぁ!!」

 

 天子のそばへゆっくりと歩み寄る。

 俺の手には、久しぶりに握る『戦極ドライバー』と『ロックシード』。

 

 天子のこんな顔を目の前にして、慧音がボロボロに傷ついているのを見て、もう我慢

 の限界だ。

 

「……あぁ、助けるさ」

 

 その言葉は俺のこの世界での誓いの言葉でもあった。

 俺の大切な人を、場所を、こんな奴らに壊させはしない。

 

「えっ……」

 

 虚を突かれた天子が動揺の声をあげる。

 どうやら俺がそばに来ていたのにまったく気づかなかったらしい。

 助けてとか言ったくせに、本当に助けが来るとは思ってなかったのかよ。

 まぁ、いいさ。

 見てろ!これが以前お前に話した、俺が背負ってる責任だ!

 

「変身!」

 

【オレンジ!】

 

「ハァァァァァァアアアアアアア!オラァッ!」

 

【ロックオン!ソイヤッ!】

 

「ハァッ!」

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】

 

 軽快な音楽と音声がこだまする。

 それは戦闘開始の合図。

 身に纏った琥珀色の鎧は、ブランクなど感じさせないほどしっくりと俺の身体へとフ

 ィットした。 

 

 さぁ、久しぶりに行くぜ!

 

「……ここからは、俺のステージだ!!」

 

 変身と同時に右手に出現した小刀『大橙丸』を振りかざし、慧音を拘束するインベス

 へと切りかかった。

 

「オラァッ!」

 

「グォォ!」

 

 放った斬撃は慧音を掴むインベスの右腕へと命中した。

 

「げほっ……げほっ……」

 

 よかった、どうやら無事のようだ。

 

「慧音、天子を連れて下がってろ」

 

「お、お前は……葛葉、なのか……?」

 

「話は後だ、早く!」

 

「……わ、わかった」

 

 慧音は天子に肩を貸し寺子屋内へ向かって逃げてゆく。

 それを確認し、インベスへと視線を戻した。

 仲間が攻撃を受けたことにより、他の二体も臨戦態勢に入る。

 

「何でこの幻想郷にお前らが現れたかなんてわかんねぇけど、よくも俺の大切な仲間を傷つけたな!ぜってぇ、許さねぇ!」

 

「グゥォオ!」

 

「ダアアアアアアアアア!」

 

 飛び出してきたインベスをに斬撃を浴びせる。

 怒りを込めた手痛い一発。

 のけずるインベスへ容赦なく攻撃を繰り出していく。

 

「ギュア!」

 

 知恵を絞ったか、連携して別のインベスが背後を取ろうとする。

 だが、そんな隙は与えない。

 

「ハァッ!!」

 

 前方のインベスを左手に持ち替えた大橙丸で抑え、腰に装着されていた『無双セイバー』を抜き後方のインベスへ斬撃を喰らわせる。

 その勢いのまま前方のインベスへ二刀流の乱切り。

 ×印を描くような太刀筋でラッシュをかけていく。

 

「ハァァァ!ウラァッ!」

 

「グ……グォ……」

 

 ラッシュを耐えきれず、インベスはその場で力尽き爆散した。

 

 まずは一体!

 

「「ギュアアア!」」

 

 仲間がやられたことでさらに殺気立ったのか、他の二体が同時に飛びかかってきた。

 

「ダァッ!」

 

 一方へ回し蹴りを喰らわせ、もう一方へ無双セイバーの斬撃を叩きこむ。

 

【オレンジスカッシュ!】

 

 そして戦極ドライバーのブレードを一回倒し、飛び上がり、体勢の崩れたインベスへ

 向かって無頼キックを繰り出した。

 

「ハァァァァァァアアアアアアア!セイハー!!」

 

 そのパワーに二体目のインベスも爆散。

 

「ギュィィイイ!」

 

 休む間もなく残った三体目のインベスが捨て身のつもりか発達した大きな爪で突進し

 てくる。

 それをいなし、無双セイバーと大橙丸を合体、ナギナタモードにする。

 

「これで終わりだ、インベス!」

 

 言いながら戦極ドライバーからロックシードを外し、無双セイバーへ取り付ける。

 

【イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン!オレンジチャージ!】

 

 大橙丸、無双セイバーにエネルギーが送り込まれ、琥珀色に発光し始める。

 

「ハッ!」

 

 ナギナタの無双セイバー側で溜まったエネルギーを放つ。

 インベスはオレンジ型のエネルギー空間に捕らわれ一切身動きが取れなくなった。

 

「ウラァァァアアアッ!」

 

 そしてインベスへ向かってダッシュし、大橙丸側のエネルギーをすれ違いざまに斬撃

 として叩き込んだ。

 

「ギュイイイイイイ!」

 

 断末魔の悲鳴を上げ、最後のインベスも例に漏れずその場で爆散した。

 



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後悔と落胆の狭間で

「……終わった」

 

 インベスを倒した、何とかこの寺子屋を守れた。

 その達成感に包まれる。

 

【ロックオフ】

 

 変身を解き、荒らされた庭を見渡す。

 地面が大きくえぐれたりしているが、すぐに元に戻せるレベルだろう。

 

 にしても、どうしてインベスが……。

 見たところどこにもクラックは見当たらないし、もしクラックがあるとするならばそこら中にヘルヘイムの植物が植わっているはずだ。

 既に消失してしまったのか、もしくはクラック+ヘルヘイムの果実=インベスという式が間違いなのか。

 それに初級インベスではなく、上級インベスが三体も同時に出現するのもおかしい。

 さっき人里で聞いた話じゃ頭でっかちな怪物というからてっきり初級インベスだと思ったんだけど……。

 

「コウタ……」

 

 自分なりに状況を整理していると、不意に背後から声をかけられた。

 

「てんこ……。大丈夫だったか?」

 

 天子がまだ収まらない震えを押し殺しながらそこに立っていた。

 俺の問いかけに小さくうなずく天子。

 

「そっか……、ならよかった」

 

「まったく、一体全体何がどうなっているのか……」

 

 天子に続いて慧音も歩いてくる。

 それだけじゃない、寺子屋の生徒たちも続々と。

 

 どうやら子供たちに怪我はない様だ。

 それだけでも不幸中の幸いか。

 

「なぁ、葛葉。今の姿は……、今の武者はお前なのか……?」

 

 負傷した左腕を抑えながら慧音が問う。

 

「あぁ。戦うための、護るための力だ」

 

「そうか……。只者ではないと思ってはいたが、まさか本当に只者ではなかったとはな……」

 

 言いながら傷の痛みに顔を歪める慧音。

 よく見れば出血している。

 

「……すまない。もっと早く駆けつけられていたら、そんな傷を負わせずに済んだのに」

 

「気にするな、大した傷じゃない。それにお前が責任を感じることではない」

 

「でも……」

 

「結果的にお前は私たちの命を救った、それでいいだろう?」

 

 慧音の後ろには俺を見つめる子供たち。

 

「こうたにーちゃんすげー!」

 

「かっこよかったー!」

 

 俺に対して次々と賞賛の声をあげ、キラキラと目を輝かせていた。

 そして、先ほどまでの出来事などなかったかのように笑顔浮かべる。

 

 相当怖い思いをしただろうに。強いなぁ、こいつらは。

 

「…………」

 

 しかし、てんこ未だ俯いたまま口を開こうともしない。

 外傷はないが、精神的な苦痛を感じているようだ。

 何か声をかけようかとも思ったが、気の利いた言葉が浮かんでこなかった。

 仕方なく俺は慧音へと向き直り言う。

 

「とにかく中へ入ろう、慧音。傷の手当てをしないと」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 

 

◆寺子屋内・慧音の書斎

 

 

「なるほど……。あの怪物たちは元々葛葉の世界の存在なのか」

 

「厳密に言えば俺の居た世界にやってきたまた別の世界『ヘルヘイム』の存在になる。俺が知っているのは、奴らは好戦的で好奇心や空腹によって人々を襲う。そしてその正体は……」

 

 言いかけて思いとどまる。

 この先に続く言葉を言ってもいいものなのか。

 

 『その正体はヘルヘイムの果実にその身を侵された人間の成れの果て』

 

 こんなことを言えば、もしかすれば俺自身も非難の対象になるかもしれない。

 

「正体は……なんなんだ?」

 

 慧音は途切れた俺の言葉に疑問を投げかける。

 

「いや……その……」

 

「…………まぁ、言いにくいことなら今は深く詮索はしない。いずれ整理がついた時で構わんさ」

 

 言い淀む俺の心中を察したのか、慧音の方から引き下がってくれた。

 傷を負っているのに気遣うだなんて、本当に優しい奴なんだな……。

 本来なら、責められてもいいはずなのに。

 

 インベスは元々俺が戦っていた相手だ。

 もし今後も現れるとするならば、幻想郷の住人たちには戦わせちゃいけない。

 天子と慧音は自らの意志で戦ったに過ぎないかもしれない。

 しかし、その結果はご覧の有り様だ。

 

 今後は俺がインベスと戦わなければ、慧音のような怪我人が増えるかもしれない。

 いや、運が悪ければ死者が出てもおかしくはない。

 この世界に出現したインベスは元々の戦闘相手であるアーマードライダーの俺が倒さ

 ないと。

 それがこの世界においての俺の責任と、義務だ。

 この幻想郷を、沢芽市と同じには絶対にしない。

 

「なぁ、葛葉」

 

 考え込んでいると慧音が引きつったような声で呼びかけてきた。

 

「あ、あぁ……どうした?」

 

「その、あまり強く包帯を巻かないでくれ……。逆に傷が痛む……」

 

 無意識のうちに力が入ってしまっていたらしい。

 

「わ、悪い!」

 

 急いで包帯をゆるめる。

 

 なにやってんだ、俺……。

 応急処置をするつもりが、これでは本末転倒じゃないか。

 

――ガタッ!

 

「…………」

 

 向かいに座っている天子が急に無言で立ち上がる。

 結構な勢いだったために、俺も慧音も視線をそちらへ向けた。

 

 視線に気づいてはいるのだろうが、天子は何も言葉を発さずに扉の方へ小走りで移動

 する。 

 

「おい!どこ行くんだよ」

 

「……別に」

 

「別に、とは言うがそんな状態で出て行かれたらこちらも心配なんだが……」

 

「……どこだっていいでしょ!」

 

 天子は叫ぶようにそういうと扉を乱暴に開け閉めして走って行ってしまった。

 

「てんこ……」

 

「……相当に、落胆しているのだろうな」

 

「落胆、か……」

 

「まぁ、無理もないさ。私もそうだからな」

 

 慧音は左手に握り拳を作り、見つめながら話す。

 

「インベス、といったか。あの怪物には私たちの攻撃が全く通じなかった。最後の頼みの綱の『スペルカード』でさえ、な」

 

 言って深いため息を吐く。

 

 正直、慧音や天子たちをはじめとする幻想郷の住人たちがどのように戦うのかはわか

 らない。

 けれど、それが全くインベスに通じないとすれば、今対抗できるのは明らかに俺一人

 だけだ。

 

 定かでなかったとはいえ、インベスとの戦闘を意図せず彼女たちに強いてしまったこ

 とが非常に心苦しい。

 

「とはいえ、私は後悔してはいない。微力ながら、戦い、結果この寺子屋を守れたのだからな。欲を言えば自分の大切なものは自分で守りたかったが、お前という助けがなければ成し得なかったこと。言っても詮無きことだ」

 

 そして視線を天子が出ていた扉へと移す。

 

「だが、彼女はそれでは納得がいかないようだがな……」

 

「それは……あいつが天人だから、なのか……?」

 

「……さぁな。私に聞くより、本人に聞いてみたらどうだ?」

 

「でも、俺はあいつになんて声かけたらいいのかわからない……」

 

「別に言葉なんて必要ないさ」

 

「えっ?」

 

「ただ、そばにいてやればいい。放っておけば、簡単にぽっきりと折れてしまいそうだからな」

 

 簡単に言うなよ……。

 あいつとは慧音や霖之助と比べればちょっとだけ付き合いが長いってだけで、完全に

 分かりあってるわけじゃないんだ。

 だからといって、放っておくわけにもいかない。

 仕方ない、か。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

 扉を開き、そのまま部屋を後にした。



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後悔と落胆の狭間で2

 葛葉は天子のもとへと走って行った。

 その背中を見送る。

 

 扉が閉まると同時に私はかねてより感じていた気配に向かって声をかけた。

 

「さて、と。先ほどから気になっていたんだが、なぜお前がここにいるんだ?」

 

「ケッ!今の今まで無視しといて、話しかけてきたと思ったらそれかよ」

 

 気配の正体は黒ずくめの魔法使い、霧雨魔理沙だった。

 何の因果か知らないが、葛葉と共にここへやってきていたらしい。

 

「いや、すまん。そんなつもりじゃなかったんだが」

 

 ひとまず非礼を詫びておく。

 小さく溜息一つつくと、魔理沙は口を開いた。

 

「ま、いいさ。わたしは葛葉をここへ運んで来てやっただけだぜ」 

 

 なるほど。葛葉の行動が迅速だったのは彼女の助力のおかげだったのか。

 

「そうか、ならお前にも感謝しなければな。ありがとう」

 

 素直に礼を言う。

 彼女が葛葉を送り届けてくれなければ、私はもっと重傷を負い、天子や生徒も傷つい

 ていたかもしれない。

 

「別に礼を言われるようなことは何もしてないぜ?たまたま会った奴が怪物倒しに行くっていう馬鹿だったから暇つぶしに付き合ってやっただけのことだ」

 

 照れ隠しなのかそっぽを向いて答える魔理沙。

 だが、口角が上向いている辺り、喜んではいるようだ。

 

「それで、あの怪物。お前はどう見る?」

 

 単刀直入に問いを投げかけた。

 その問いに魔理沙も眼差しを真剣なものと変え、こちらへ顔を向ける。

 

「何でわたしにそんなこと聞くんだ」

 

「お前は博麗の巫女と共に数々の異変を解決してきた張本人だからな。その経験からの意見を聞きたいだけだ」

 

「……思うとこは特にない。けど、異変とみて間違いはないだろうぜ」

 

「……やはりか」

 

 前触れもなく突如として現れた謎の怪物『インベス』。

 その出現の理由を私は到底考えつかないが、とにかく幻想郷にまったく新たな事例の

 異変が巻き起こっていることは確かだ。 

 

「でも、今までの異変とは比べ物にならないほど異質だ。正直、わたしも霊夢の奴も手に余るだろう」

 

「やけに消極的だな。お前だけならまだしも博麗の巫女でさえ無理だと言い切るとは」

 

「実際戦ってわかってんだろ?弾幕もスペルカードも通用しない相手に勝てるわきゃねぇってさ」

 

「……確かに、そうだが。まだ私と比那名居天子の二人しか戦闘していない。他の物の攻撃も通用しないと仮定するのは早計ではないか?」

 

「そうか?弾幕やスペルカードってのは妖力や魔力、気力を使用する攻撃方法だ。この三つは似て非なるものだが、エネルギー構造自体は似通っている。お前の妖力、あの天人の気力が効かなかったってことは、どう考えてもあのインベスってやつらには対抗手段になり得ないってことだとわたしは思うぜ」

 

「では、今現段階で戦えるのは……」

 

「葛葉一人ってことになるな」

 

「今後インベスが出現するとも限らんが……、もしそうであれば彼に頼るしかないということなのか……」

 

「ま、そういうこったな。情けない話だぜ」

 

 葛葉は……、外来人だ。

 明らかに今回の件は幻想郷において脅威と言えようが、外来人である彼に今後頼ると

 いうのは如何なものか。

 出来ることならば我々が解決せねばならない問題だ。

 しかし、我々の力はインベスに対抗することが出来ないというのもまた事実。

 

 嘆かわしいな……。実に嘆かわしい。

 流れ着いて一週間と経っていない者に、こんな重荷を背負わせるしかないのか。

 

「まぁ、でもあいつは底抜けにお人好しっぽいからな。こっちが望まなくても勝手に首突っ込むと思うぜ。たとえどんなに周囲が止めようともな」

 

 確かにあいつなら、葛葉ならそうだろう。

 彼は私の理想を受け入れるどころか、後押しまでした。

 今日初めて会った者の理想を、だ。

 お人好し。

 聞こえはいいが、それは自己犠牲の上に成り立つことに他ならない。

 それが奴の身を亡ぼす原因とならねばいいんだが……。

 

「霧雨魔理沙、念のために博麗の巫女へ言伝を頼む。それからできれば八雲殿へも」

 

「いいけどよ、状況の打開策になるかと言ったら話は別だぜ?」

 

「承知している。しかし、このまま隠し通してもいい結果にならないだろう。ならば然るべき人物へ話を通しておいた方が策も立てられるはずだ」

 

 魔理沙は立てかけていた竹ぼうきを手に取り、扉へ向かう。

 そして、私のほうへ振り向き言った。

 

「ま、雑用ならいくらでも引き受けてやる。ただ、一つだけ言っとくぜ?」

 

「なんだ」

 

「わたしはかたっくるしいのが嫌いなんだ。わたしのことは魔理沙で良いぜ、慧音」

 

 そう言って彼女は帽子を目深く被りなおし部屋を後にした。

 

「ふっ、人間に呼び捨てにされるのは数百年ぶりだな……」

 

 この幻想郷は一体どうなるのだろうか。

 

 窓際へ移動し、美しい夕空を見上げる。

 東の空には微かに大きな半月が顔をのぞかせていた。

 



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決意

◆寺子屋・裏庭

 

 

 コウタたちの元から走り去って、あたしは寺子屋の裏庭にいた。

 少し大きめの岩の上に膝を抱えながらポツンと座る。

 

「はぁ……」

 

 なにやってんだろ、あたし……。

 自分の無力さに苛立っているからって、コウタたちに八つ当たりして逃げるように走

 ってくるだなんて。

 ばっかみたい……、まるで子供じゃないの。

 

 あたしは……、何もできなかった。

 弾幕も、スペルカードも通じなかった。

 渾身の一撃だったのに……。

 おまけに慧音に怪我までさせてしまった。

 全てはあたしが弱いからだ。

 なにが『護りたい』よ!

 こんな未熟で自分の力量すらわからない大馬鹿者がそんな大層な想いを持つなんてお

 こがましいにも程がある。

 

 ほんっとうに最っ低!

 今すぐこの場で消えてなくなりたい……!

 あたしなんか!あたしなんか!

 外来人の人間にも及ばない役立たずよ!

 

「うっ……ひぐっ……ぐすっ……」

 

 溢れ出る涙が止まらない。

 両手で顔を覆い、せき止めようとしても無意味に終わる。

 

「うぁぁぁあああん!あああああああああ!」

 

 泣き叫んだ。

 西に傾く夕日が照らす中、一人で。

 まぶたが腫れ上がるのも気にすることなく、やりようのない想いを投げ捨てるよう

 に。

 

――ポン

 

 不意に頭に手を乗せられる感覚。

 恐る恐る顔をあげると、そこにはあたしの頭に手を乗せるコウタがいた。

 

「あっ……!」

 

 見られた!

 一番泣き顔を見られたくないやつに。

 みるみる頬が熱くなっていく。

 

「な、なんで追ってきたのよ……!」

 

 そっぽを向きながら悪態をつく。

 少しでもぐしゃぐしゃな泣き顔を至近距離で見られないようにという、ささやかな抵

 抗。

 

 コウタはそんなあたしに囁くように話しかける。

 

「心配だからに決まってるじゃないか」

 

 やめて……。

 

「あんたに心配される筋合いなんてないわよ!」

 

 やめてよ……、そんな慰めは!

 

「それでも心配なんだ。お前は大切な仲間なんだから」

 

「……仲間」

 

「あぁ、だから俺はお前のことが心配だ」

 

「……本当に仲間だって思ってる?」

 

「当たり前だろ、何言ってんだよ」

 

「でも、あたしは……!あたしはあんたみたいに戦えない!何の役にも立たない!それでも仲間って言えるの!?」

 

「あぁ、言えるさ」

 

「……っ!」

 

「戦えなくても、俺にとっては信頼できる仲間で、大切な友達だ」

 

「あたしは天人なのよ!人間よりも上位の種族なの!なのに人間の外来人に出来ることが出来ないだなんて……!」

 

 感情が高ぶり、思わず立ち上がる。

 泣き顔を見せぬよう顔を背けるのすら忘れながら。

 

「確かにお前は強い種族かもしれない。けどな、けど……。背負わなくていいものまで背負い込み過ぎるな」

 

「あたしは背負わなくちゃいけないの!あたしは異変を起こしていろんな人を傷つけた!それなのに、そんなあたしを慕っておねえちゃんと呼んでくれる大切な存在が出来たの!だから、あたしは……!その子を護るために……っ!」

 

 心の内を投げつけるように叫ぶあたし。

 でも、あたしは全部叫びきれなかった。

 

「あっ……」

 

 叫びきる前にコウタに優しく抱きしめられたから。

 

「……そうか。よかったな、てんこ。なら、なおさらお前は戦っちゃいけない。お前が大切に思うその子は、お前が戦って傷ついたら悲しむだけだ。お前は天人で人間よりも力があるかもしれない。でも、種族とか関係なしにてんこは、一人の女の子だろ。それに元々インベスは俺が倒すべき敵だ。その戦いに巻き込みたくない」

 

「でも……」

 

「安心しろ」

 

 あたしの肩を抱いて真っ直ぐに見つめながらコウタは言った。

 

「お前もお前の大切なものも、この幻想郷って世界も全部俺がまとめて護る!あのベルトは俺にしか使えない。俺にしか出来ないことをやり遂げるための力だからだ。だったら俺はその力で戦えない全ての幻想郷の住人の代わりに戦う。それが、俺が今背負うべき責任ってやつだ」

 

 そう言ってコウタは微笑んだ。

 力強い眼差しにはまぶしいほどの輝きが宿っている。

 

 とても変な気持ち。

 恥ずかしくて顔を見られたくなかったのに、今は視線を外せない。

 絶対に頬が真っ赤になってるってわかるのに、コウタの顔に勝手に集中してしまう。

 真剣な眼差しと優しく朗らかな表情、肩に伝わる大きくて温かい手の感触、そして息

 遣いまで感じる近い距離。

 この状況に頭がクラクラする。

 

 なんなのよ、この気持ちは!

 なによ、一人の女の子って……!そんなこと言われたの、初めてだからどう反応して

 いいかわからないじゃないの!

 それにどうしてコウタはそこまで……。まるで、自分を進んで犠牲にするみたいな口

 ぶりじゃない!

 

「ばか……」

 

「えっ?」

 

「離しなさいよ、ばか!痛いじゃない……」

 

「あっ、すまん。つい……」

 

「つい、じゃないわよ!人が泣いてるときに勝手に追いかけてきて強引に抱きしめるだなんて!」

 

「おい、ちょっと語弊のある言い方すんなよ」

 

「うっさい!ばーか!あんたじゃなかったら、あたしに気安く触るだなんてボッコボコに殴ってるんだからね!」

 

「な、なんだよそれ。意味わかんないぞ」

 

「ふん!『全部まとめて俺が護る』だなんて格好良いこと言ってたけど、あたしの責任はあたしの責任!あんたになんか背負わせないわよーだ!」

 

「お、俺はお前のことを思ってだな!」

 

「あたしは逆にあんたのこと思って言ってんのよ!」

 

「はぁ?」

 

「あたしはインベスと直接戦えないかもしれない。でもね、あんた一人に戦わせるなんてできない。少しくらい手助けしたいの!巻き込みたくないだなんて言っても、こっちから勝手に巻き込まれてやるんだから!」

 

「てんこ……」

 

「あんた一人にだけ背負わせるなんて、たまったもんじゃないわ!良い?今度もう一度このあたしを差し置くようなこといったらぶん殴るからね!」

 

「……わかったよ」

 

 小さな溜息をつき、半ばあきれた表情しながらもコウタは了承した。

 

「よろしい!」

 

 涙などもう流れていなかった。

 コウタに抱きしめられたからとかでは決してない、はず……。

 でも、さっきまでの弱いあたしはもういない。

 この馬鹿が身を滅ぼさないよう、そしてあたしの大切なものを護るために頑張る。

 そんな強い使命感に燃えている。

 

 あたしは強くならなきゃいけない。

 コウタのためにも、自分のためにも。

 そして、美代のためにも。

 

 

「おほん。帰ってくるのが遅いと思って来てみれば、仲がよろしいことで」

 

 気づくと背後に慧音がいた。 

 なにやら変な誤解をしているような気がする。

 

「あ、慧音?あのね、別にそういうんじゃなくて」

 

「いや、気にすることはない。男女の間柄だ、何があってもおかしくはないだろう」

 

「いやだから違うの!コウタとはそういう関係じゃ」

 

「隠さなくてもいいじゃないか。葛葉、お前も隅には置けないな」

 

「なんのことだかさっぱりわかんないんだけど……」

 

「はっはっは!比那名居!意中の相手はなかなか手強いらしいぞ」

 

「だから違うんだってば~!!」

 

 さっきの真剣な雰囲気の中でした決意はどこへやら。

 慧音は終始あたしをからかい、コウタは疑問符を頭上へ浮かべ続けるのだった。

 



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第四章
新たな仕事


 

◆香霖堂

 

「まったく!君の横暴には怒りを通り越して呆れたよ」

 

「……すまん」

 

「比那名居天子!君も君だ、なぜ彼を止めなかったんだ!」

 

「……ごめんなさい」

 

「はぁ……」

 

 俺と天子に叱責したのちに深い溜息を吐く霖之助。

 椅子から静かに立ち上がると、俺たちの前へとゆっくり歩み寄る。

 

「まぁ、雇い主としての不満はここまでにして、だ。話を聞いたよ、どうやら僕の友人とあの寺子屋を救ってくれたらしいね」

 

「え、どうして……」

 

「慧音から聞いたのさ。くれぐれも二人を責めないでくれと念押しまでされてね」

 

 そっか、慧音のやつ気を回してくれたんだな。

 まぁ、なんというか助かった。

 霖之助の説教は長くなるからな。

 

「いま、僕の説教は長くなる、と考えただろう」

 

 うぐっ!す、するどい……。

 

 眼鏡をかけなおし、霖之助は続ける。

 

「まぁ、いいさ。今回の件はこの辺で勘弁してあげよう」

 

 その言葉に俺も天子もほっと胸をなでおろす。

 だが、俺はそのまま安堵に浸らずに、腰につけているロックシードと戦極ドライバー

 を外し、霖之助へ差し出した。

 

 霖之助は面食らったような顔をして、俺の顔とロックシード、戦極ドライバーへ交互

 に視線を移す。

 

「……なんのつもりだい?」

 

「俺はまだこれを正式に返してもらったわけでも買い戻したわけでもない。緊急時とはいえ、勝手に持ち出して使ったんだ。きちんと返すよ、これはまだ霖之助の物だからな」

 

「コウタ……、ホントにいいの?」

 

 天子が残念そうな表情でつぶやくように言う。

 

「いいんだ。俺は約束したからな、ここで雇ってもらって信用してもらえるようになったら返してもらうって」

 

 霖之助は俺からその二つを受け取ると、レジの上へと静かに置いた。

 

 またしばらくお別れだな……。

 インベスが今後も現れると分かっているわけじゃないし、約束は約束だ。

 霖之助へ再び預けるのが道理だろう。

 

 天子は少し納得のいっていないような表情をするが、以前とは違い素直に俺の行動を

 許してくれた。

 

 霖之助が再び俺たちへ向き直る。

 手を後ろで組み、少し笑みを浮かべながら口を開く。

 

「まぁ、君の意思は汲もう。かなり横暴ではあったが、しっかりと義理は通そうという心意気は僕も嫌いじゃない」

 

 そして一つ咳払い。

 今度は一転して真剣な眼差しで霖之助は言葉をつなげる。

 

「さて、君たち二人には今日まで五日ほど働いてもらった。雇い主として、しっかりと働きに応じた報酬を払わねばね」

 

 そう言って腰巾着から俺の見たことのない紙幣の束を取り出し、枚数を数える。

 

「一日の基本報酬として、二十。そして商品の破損や本日の迷惑料を差し引いて、ざっとこんなものだね」

 

 『圓壱』と大きく書かれた紙幣の束を俺と天子へと差し出す霖之助。

 枚数をざっと見ると俺は五枚、天子は三枚だった。

 天子は初日に壺を何個も割ったからその分多く引かれたのだろう。

 

「……たったこれっぽっちじゃコウタのベルトは買い戻せないわ」

 

「まぁ、そんな気を落とすなよ。最初なんだからこんなもんだろ」

 

 そんな俺たちの会話を聞きながらも、霖之助はまだ紙幣を数えるのをやめない。

 

「おい、もう支払いは終わったんじゃ」

 

「まだ、だよ。今日の一件で君たちには特別報酬を出さないとならないからね」

 

 特別報酬……?なんだそりゃ。

 ボーナス、みたいなもんか?

 

「特別報酬は、これさ」

 

 霖之助は先ほど俺が返したばかりの戦極ドライバーを差し出す。

 

「…………え」

 

 天子と顔を見合わせる。

 霖之助の行動の真意が見えず困惑するしかない。

 

「僕との約束は果たせなかったが、君は君自身の責任とやらを果たしたんだ。これは君に返そう」

 

「で、でも」

 

「それは君にしか使えないんだろう?ならば、僕が保有していても意味がない。怪物が出るたびに強引に商品棚を荒らされては僕も困るからね」

 

 そっと戦極ドライバーを手に取る。

 

 やっと、やっと戻ってきた。

 俺にしか出来ないことをやり遂げるための力。

 フェイスプレートに浮かび上がるアーマードライダーの横顔がきらりと光る。

 ずっしりと背負った責任がこもっているような重量感。

 

 今、俺は再び鎧武になった。この瞬間から。

 ビートライダースのアーマードライダー鎧武ではなく、幻想郷を守護する鎧武者、鎧

 武に。

 

「……ありがとう。霖之助」

 

 俺のことを少しでも認めてくれた事へ感謝の意を伝える。

 霖之助は目を背けながら、言う。

 

「ふん、礼はいらないよ。返すべきものを返しただけだ」

 

「最初から素直に返せばよかったじゃないの……」

 

 おいおい、余計なこと言って水を差すなよ……。

 

「おほん。さて、この件はこれ終わりにして、君たちに仕事がある」

 

 咳払いをして切り出す霖之助。

 誰が見ても照れ隠しだと分かる素振りと当人は気づいていない。

 挙動不審だぞ、目も泳いでるし。

 

 そんな霖之助の様子はどうでもいいと言わんばかりに天子が問う。 

 

「仕事って何よ。また配達?」

 

「いや、違う。もっと重要な仕事だ」

 

「重要な仕事?面倒なことじゃないでしょうね?」

 

「残念ながら、その通りさ」

 

 まったく、息をつく間もないというかなんというか。

 昨日の今日でまた面倒事を押し付けられんのかよ。

 

「んで、その重要な仕事ってのは一体何なんだ?」

 

 俺の問いに霖之助は手を顎に当てつつ答える。

 瞳に真剣な光を灯しながら。

 

「これは依頼されたものではなく、あくまでも僕個人の頼みなんだが」

 

 もったいぶるような霖之助の口ぶりに焦れたのか天子は急かすように言う。

 

「前置きなんていいから、さっさと言いなさいよね」

 

 天子の態度に少しだけムッとしながらも霖之助は続ける。

 

「単刀直入に言おう。君たちにはこの幻想郷の警備を頼みたい」

 

 幻想郷の、警備だって?

 なんだってそんな……。

 

「警備って、そもそもそんなことする理由は何なんだよ」

 

「君だってわかっているだろう。インベス、といったか。あの怪物が二度と出てこないという保証はどこにもない。それと同時にまた出現するという保証もないが、念には念をだ。少しでもリスクを回避するためだよ」

 

 確かにインベスの脅威はまだ去ったわけじゃない。

 現時点で戦えるのが俺しかいないのもまた事実。

 ならあえて俺に警備をさせて迅速に行動させた方が被害も少なくて済む。

 理屈で考えれば納得はできる。

 

「理由は分かったけれど、この幻想郷をあたしたちだけでカバーするなんて無理な話じゃないかしら?」

 

 天子の言うとおりだ。

 それほどこの幻想郷については知らないけれど、俺と天子の二人でカバーできるの

 か?

 まさかそんなに狭いわけでもないだろうし。

 いくらなんでも無理難題すぎるぞ。

 

「そういうと思って、助っ人も用意したよ」

 

「「助っ人?」」

 

 天子と声を合わせて聞き返す。

 

「君たちよりもずっと経験のある者たちだ。連携して頑張ってくれたまえ」

 

 そう言って霖之助は店の奥へと入ってしまった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 天子と顔を見合わせ、同時に首をかしげる。

 

 警備しろといきなり言われ、尚且つ助っ人と連携しろって言われてもなぁ……。

 

「って!そもそもどこへ向かうか言ってないぞ霖之助!」

 

 店の奥へ声をかけるが返事はない。

 そのかわりに、紙切れがレジ上に残されていた。

 

『人里にて待て 霖之助』

 

 紙切れにはそう記されていた。

 



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