ひきこもりな彼女と働く僕 (烈火1919)
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01

「ねえはたて、引きこもり生活も今日で何日目?」

 

「昨日、足が玄関の外に出たからまだ初日よ。人を引きこもりみたいに言わないでくれる?」

 

「足が玄関の外に出てなかったら今日で何日目になる?」

 

「えーっと……10日くらいかしら?」

 

「充分引きこもりだよね」

 

「失礼ね。私は紫外線に当たると体が炎に包まれて死んじゃうの。アンタは私が死んでもいいの?」

 

「大丈夫、はたては死なないと思うから」

 

「根拠は?」

 

「2週間前外出てたじゃん」

 

 

「2週間前の私の行動を覚えているなんて、とんだストーカーね」

 

「そういうはたては勝手に人の家に上がりこんできて生活してるんだから、ヒモみたいなもんだよね」

 

「ヒモじゃないわ、家事お手伝いよ」

 

「……手伝いなんてしてもらってないんだけど」

 

「可愛い笑顔を振りまいてあげてるでしょ?」

 

「さっきゲームで失敗して僕の机に八つ当たりしてたよね?」

 

「昔のことは覚えてないの」

 

 

「とんだ鳥頭だね」

 

 はたては目の前でうんうんと頷いている青年の顔面に蹴りを決める。めこり という擬音が似合いそうなほどめり込まれる足。

 

「はたて……できればパンツが見えるようにしてほしかったな」

 

「あれ?男は見せパンにそこまで興味ないって聞いたけど」

 

「興味ないことはないよ。ただパンツってチラリと見えるからいい、というのが個人的な意見かな。ほら、はたてのスカートも見えるか見えないかの瀬戸際でし

ょ?」

 

「まぁ……確かにそうね。けど、アンタのためにやってるわけじゃないからね?」

 

「ツンデレ?頬は染めてないけど」

 

「頬を染めてないならツンデレじゃないと思うわよ。そういうのが欲しいなら文に頼みなさいよ」

 

「文さん後でお金取るもん。一度逃げたことあるけど、あの時の文さん怖かったよ。笑顔で僕の胸倉掴んで 『べ、べつにお金が欲しいわけじゃないんだからねッ!?』とかいいつつ財布に入ってるお金全部取っていったもん。文さん凄いよね、表情と声色と行動がすべて違うもん」

 

「ごめん、そもそも文に頼んでやってもらったというだけで気持ち悪い」

 

「いや、けど文さん凄いよ。ちょっと冗談で『文さんって普段どんなパンツ履いてるんですか?って聞いたら『いつもノーパンですよー』って答えてきたからね。もうドキドキで午後の仕事ミスったもん。文さん小悪魔的だよね」

 

「それはダメでしょ。アンタが仕事ミスって給料減らされたら私のご飯のレベルが落ちるじゃない。好きなものも買えないし」

 

「人の給料で自分の好きなもの買うのやめてくれるかな?」

 

「じゃあ誰のお金で買えばいいの?」

 

「……自分のお金?」

 

「え……?アンタの給料って私のお金じゃなかったの……?」

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 微妙に食い違っている二人の会話。はたては心底わからなそうな顔で困った風に青年に問う。

 

「アンタは私のために仕事をしてるんじゃないの?」

 

「自分の生活のために仕事をしてるんだよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 はたては首を傾げながら、話を整理するように額に指を置いた。そのまま、とんとんと探偵のように額を指で叩く。

 

 すくりと立ち上がり、青年の周りをぐるぐるぐるぐると回り始める。

 

 そんなはたてを目で追いながら、青年は困惑しながらもはたてに声をかけようとした瞬間──はたてが青年のほうに指を突き付けた。

 

「なるほど──ツンデレねッ!」

 

「頬染めてないからツンデレじゃないと思うよ」

 

「……頬を染めてなくてもツンデレは成立するのよ」

 

「流石はたてだね」

 

「ふっ、もっと敬いなさい そう──食べ物を献上するといいわよ」

 

「……お腹すいたの?」

 

「ちょっとだけ」

 

「それじゃ夕食にしよっか」

 

 青年が立ち上がり台所に行くと、はたてはその場で携帯を取りながら操作しはじめた。

 

『はたてー、手伝ってよー』

 

 勿論、はたてはその声を意図的に無視した。

 

 

           ☆

 

 

 とんとんと台所で青年が夕食の食材を切っていると、先程まで携帯弄りをしていたはたてがひょこひょことした足取りで青年の肩に顎を乗せながら手元を覗いてくる。

 

「今日の夕食なんなの?」

 

「野菜炒めと味噌汁、あとはご飯とたくあんだね」

 

「えー……、なんだか今日は貧相ね」

 

「まるではたての胸──冗談だよ、はたて」

 

「そういいながらヒジで胸を当ててくるの止めてくれないかな?」

 

 青年の脇腹を思いっきりつまみながら笑ってない笑顔でほほ笑むはたて。青年が包丁をもっている手と逆のほうをつまむあたり、はたても弁えているようだ。

 

 はたてにとっては大事な収入源にして、家事の全部をやってくれる人間。ここで怪我でもされたら大変である。

 

 脇腹摘みを継続したまま、はたては青年に聞く。

 

「そういえば、アンタ仕事なにしてるんだっけ?」

 

「ちょっとまって。 そんなことも知らないで家に押しかけてきたの?」

 

「いやまぁ、アンタだけが逃げもせずに私の取材受けてくれたし。こう……生活しやすそうかなー、と思って」

 

「はたて、記憶を捏造しちゃいけないよ。僕は配達の帰りだったのに無理やり捕まえて取材させたのがはたてだからね?」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

 青年の言葉にそのときの記憶を必死に掘り返すはたて。可愛い顔をゆがませて、必死にうーん、うーんと言いながら記憶を辿っていく。

 

「……あぁ!そういえば、そうだったわね!取材させてくれそうなお人よしを捕まえたのよ!」

 

「あの時のはたて、神社の巫女さんが僕にたかる時と同じくらい怖かったからね。流石に僕も引き受けずにはいられなかったよ。というか、それしか答えがなかったよ」

 

 油をひき、切った野菜をフライパンに投入しながら答える。それと並行して隣のほうで味噌汁を作ることも忘れない。

 

 そんな青年に、はたてはふーんと漏らしながら、

 

「迷惑だった?」

 

 と、聞いた。

 

「全然。家に帰ると誰かがいるのはうれしいかな。まぁ、家事をやってくれるととっても助かるんだけど」

 

 苦笑しながら男は笑い、それにつられる形ではたても笑う。しかし、次の瞬間、はたては真顔で言い切った。

 

「仕事はしないけどね」

 

 それだけいって、今度こそ台所を去るはたて。

 

 そんなはたてをチラリとみて、青年は首を傾げる。

 

「うーん、なにがしたかったんだろう?」

 

 そしてほどなくして、今日の夕食は完成した。

 

 

           ☆

 

 

 食卓にはふたり分の野菜炒めとご飯、味噌汁にたくあんがのっている。青年とはたては二人で手を合わせ食材に感謝しながら手を付ける。

 

 青年がお椀をもって白米を食べながら、たくあんを小皿によそっていると、向かい側にいるはたてが青年に話しかけてくる。

 

「そういえばアンタさ、ツンデレ系が好きなの?」

 

「うーん、ツンデレ系が好きってわけじゃないかな。どちらかというと、守矢神社の東風谷さんみたいな清楚な感じな人がいいなー」

 

「はっ……、アレが清楚ねー……」

 

 青年が箸を止めて、妖怪の山の頂で生活をしている外の世界からやってきた守矢神社の風祝の名前を出すと、はたては鼻で笑いながら青年をみる。その目は『頭おかしいんじゃないの……』そう言外に言っているようである。

 

 はたての視線に青年はむっと口を尖らせる。

 

「いやいや、少なくともはたてよりは絶対に清楚だと思うよ。それに東風谷さんは人里のファンが多いし、僕もそれの会員にはいってるし」

 

「男ってバカな生き物ねー。そんなことだと、いざ東風谷早苗と会ったときにいいように使われて終わるわよ?」

 

「……そういえば、一度東風谷さんと会ったときに知らず知らずのうちに僕が全部お金を払っていたような……」

 

「既に騙されてるじゃないの!?」

 

 たくあんをぽりぽりと食べていたはたてが、お人よしの青年に突っこむ。

 

 こんなことばかりしているから生活のレベルが上がらないのかもしれない。

 

「けど東風谷さんって基本的に優しい、やっぱり清楚なイメージがあるよ?たまにバイト先にも顔出してくれるけど、いつもニコニコ笑ってるし、僕とも会話してくれるし、それに可愛いし。ほんと可愛いは正義だよね。ついつい自腹でオマケしちゃったよ」

 

 たはは、そう軽快に笑う青年。そしてひくひくと頬が引き攣るはたて。

 

 はたてはこめかみを押さえたまま、一度大きく深呼吸して青年に鋭い視線を向ける。

 

「アンタ、自腹でオマケしてる時点でいいように使われてるわよ」

 

「えぇっ!?」

 

「いや、普通に考えればそうでしょ」

 

 やれやれ……、といった感じで頭を振るはたて。

 

「まったく……そんなことだから文にもカモられるのよ」

 

 

「違うよはたて。文さんはどんなことがあってもカモってくるから。平気でカツアゲしてくるから。僕の給料が入ったと同時にやってくるから」

 

「わかっててなんで対策たてないのよ……」

 

 そう言われた青年は、ちょっと困りながらきょろきょろと辺りを見回すと──向かい側のはたてのほうに擦り寄って、手をメガホンの形にしてはたての耳に囁いた。

 

「……文さん、僕にパンチラみせてくれるんだよ……」

 

「気持ち悪いこと耳元で囁くな!アンタはどんだけパンチラに弱いのよ!?」

 

「だ、だってあの可愛い文さんが僕のためにパンチラしてくれるんだよ!?あの笑顔が眩しい文さんが、小悪魔みたいな魅惑的な笑みでゆっくりゆっくりとスカートをたくし上げてくれるんだよ!?僕の要望に応えてくれるんだよ!爽やかなパンチラをお願いしますといったら、自分で風を吹かせてくれるんだよ!?お金あげるしかないじゃん!」

 

「アンタ生活のために仕事してるんじゃないの!?どう考えてもパンチラのために仕事してるようにしか見えないわよ!?」

 

 大声で言い合う二人。実に大人げない。はぁはぁ……、と大きく息をあげながら、ふと我に返った二人は何事もなかったかのようにご飯を食べだした。

 

「はたて……、いまの忘れてくれるかな?」

 

「ま、まぁ……アンタも男だしね。それにいまのは私のガラでもないわ……」

 

 野菜炒めをもそもそと食べながら二人とも黙ったままもくもくと箸を動かす。青年が味噌汁をすすると、はたてはたくあんをぽりぽりと食べる。しばらくそんな時間が流れた後、ふと何かを思い出したかのように青年がはたてに喋りかける。

 

「そういえば、東風谷さんで思い出したんだけどさ。東風谷さんって神様と二人で住んでるんだよね?」

 

「正確には神様が二人よ。だから東風谷早苗も含めると三人での生活になるわね。それがどうしたの?」

 

「いや……一度でいいからお参りしてみたいなー、っと思って。でも神様かー、うーん……怖い?」

 

「そういえばアンタは妖怪の山には立ち入らないわね。なんで?」

 

「だって椛さんが追いかけてくるもん。 初対面のときに面白半分でお手をしたのが間違いだったね。ところで、神様怖い?」

 

「まったく、あの生真面目な椛にそんなことするアンタが悪い。うーん……、怖い……かもしれないわね」

 

「なにそれ、どういうこと?」

 

「あんまり外出てないからわからないのよ」

 

「所詮はたてはひきこもりということだね」

 

「喧嘩なら買うわよ?」

 

 はたての言葉を聞いて、頭を下げる青年。妖怪と人間の力関係などとうの昔に決まっており、この二人もそれの例には漏れず、姫海棠はたてと青年でははたてのほ

うが圧倒的に強いのだ。この力関係を覆えすことができるのは、博麗神社の博麗霊夢ともう一つの人物くらいなものだろう。

 

 そんなこんなで二人で話しをしているうちに、夕食は全て食べ終わり青年がはたての分の皿もまとめて流し台にもっていく。

 

 はたてはその隙に食卓に置いてある急須に手を伸ばし、ふたり分のお茶を淹れて待つ。

 

 青年は蛇口をひねり、手ごろな器に水をためた後、スポンジと洗剤を使って後片付けを開始する。かちゃかちゃと食器と食器が軽くぶつかり合う音と、きゅっきゅとスポンジが食器を洗う音だけが室内に響く。

 

 ふたり分の洗い物は以外と早く終わることになり、青年はタオルで手を拭きながらはたての元へと戻っていく。そして置いてあるお茶を一口含む。

 

「うん、うまいね。今日のお風呂どうする?熱めにする?温めにする?」

 

「そうねぇー、熱めでお願い」

 

「はーい」

 

 体を反らし、首を回した後、青年はお風呂の用意をするためにその場を去る。

 

 今日も二人は平穏に一日を過ごすようだ。

 




文もいいけど、はたてもかわいい


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02

建て逃げみたいになってしまいすみません。時間あいたので更新できるとこまで一気に更新します。


 姫海棠はたてが家で携帯を弄っていると、玄関のほうからガタガタと大きな音が聞こえてきた。 次いでドンドンとはたてのほうに向かって聞こえてくる足音。 それに溜息を吐きながら、はたては足音を鳴らしながら入ってきた青年に声をかける。

 

「おかえり、どうしたの?バイトでなんかあったの?」

 

「納得いかない!霊夢さんなんて大嫌いだ!」

 

「ちょっ、ほんとにどうしたのよ? アンタ達仲良かったんじゃないの?」

 

 ぶすっとむくれている青年ははたての前に正座しながら、先程あったことを話しはじめる。

 

「バイトで接客してるときにね、霊夢さんが来たんだよ。あの人、妖怪退治で生活してるけどほとんどお金もってないじゃん?それなのにケーキ買いにきたから、こんな珍しいこともあるんだなー、とか思いながら霊夢さんの注文を聞いたんだよ。なんでも今日の霊夢さんの家には友人が泊まりに来るみたいだから、三人分で少し安くしてくれないか?みたいなことを言ってきたんだ」

 

「アンタにそんな権限ないでしょ?バイトなんだし」

 

「うん、だから店長に聞いたら『うーん、まぁ……妖怪退治もしてくれるしいっか』て言ってさ、まぁ個人的にもありがたかったし、少しだけ霊夢さんのケーキをまけたんだよ。そしたら霊夢さんがニコニコ笑顔で僕に耳打ちしてきたんだ。『オマケしてくれたら、いいことしてあげる』て!だから僕もバレないように少しだけオマケしたんだよ。それで霊夢さんが帰るときに、ほっぺにキスでもしてくれるんかなーとか思ってたら、霊夢さん素知らぬ顔で帰ったんだ!勿論、僕は店長に怒られた」

 

「……バカね、ほんと。文とあそこの巫女がアンタにちゃんとお礼とかするわけないでしょ?」

 

「でも巫女さんだよ?」

 

「巫女は関係ないわよ」

 

 携帯を開いていたはたては、指で軽く押しながら携帯を閉じるととても可哀相な目で青年のほうをみた。

 

「まったく……、そんなことより今日の夕食はなに?」

 

「……バイト行く前にカレー作ってるっていったじゃん」

 

「……あ!そういえば、そんなこといってたわね」

 

 基本的に青年の話を5割ほどしか聞かないはたては、バイト前に青年が時間をかけて作っていたカレーのことなどすっかり忘れていた。普通ならば、匂いの時点で気付きそうではあるのだが。

 

「まぁいいじゃない。それよりお腹すいたから夕食にしましょうよ」

 

「相変わらずはたてはフリーダムだね。僕のことを慰めてくれてもいいのに」

 

「騙されたアンタが悪いわよ。そんなことだから文にカモ扱いされるんでしょ」

 

 青年は立ち上がり台所へ向かうと、深めの皿を取り出し、ご飯をのせそこにカレーを注ぎ込む。福神漬けを端にちょこんと乗せることも忘れない。

 

 居間でテレビをみながら、夕食が運ばれるまでぼーっとしているはたてに声をかける。

 

「はたてー、卵はどうするー?」

 

「んー、いらない」

 

「はいはい。……はたてが卵ってなんかえっちぃね。こう……産み出しそう──」

 

「泣かされたいの?」

 

「ごめん、いまのは僕が悪かったよ」

 

 はたての鋭い眼光に気圧されながら、自分の非を認め頭を下げる青年。はたては溜息を吐く。

 

 ふたり分のカレーを持って食卓につく青年。それに合わせる形ではたてもお茶をふたり分注ぎ、湯呑みの一つを青年に渡す。

 

 「ありがとう」そう言いながらお茶を受け取った青年はふと疑問を覚えてはたてに問いかけた。

 

「そういえばはたて。このお茶っていつ作ってるの?」

 

「えーっと……アンタがバイトにいってからだから……。今日は昼辺りかしら?」

 

「なるほど。だからおいしくないのか」

 

「ナチュラルに喧嘩売るの止めてくれる?」

 

 素直な青年の評価にはたては少しげんなりすると同時に、器用に座りながら青年の足を蹴る。一瞬、苦悶の顔を浮かべる青年。抗議の視線をはたてに向けるものの、はたてはそんな視線になど気付かないかのごとくテレビのほうへと意識を集中させていた。

 

 それにつられる形で青年もテレビをみる。

 

 画面内には、温泉が映し出されており赤髪の三つ編み女の子が一生懸命その場所の良さと、行く上での注意点を話してくれている。その説明を聞く限りだと、人里の人間には少しばかり厳しそうな気がして青年は心の中で『……これはどの層に向けて発信してるんだろう……』などと思っていたわけだがはたてをみると合点がいったように頷いた。青年が見つめる先──姫海棠はたての瞳はキラキラと輝いていたのだ。

 

 はたては青年のほうに振り返り、そっけない形で喋る

 

「あんた、この頃バイトばっかりで疲れてるんじゃない?」

 

「いや、とくに疲れてないよ」

 

「あんた、この頃バイトばっかりで疲れてるでしょ?」

 

「いや、とくに疲れは感じてないよ。バイト仲間とマッサージやりあったりしてるし」

 

「……私はこの頃疲れてるのよね」

 

「外に出たら治るんじゃないかな?」

 

 会話は終了した。

 

「そんなに温泉に行きたいならはたてだけでもいってきたら?文さんとか椛さんとか誘ってさ。はたて一人分のお金くらいあるし」

 

「うーん……、なんかそれは申し訳ないような気がするわ。だって、あんたが働いて得たお金でしょ?それを使うのは……あまり抵抗ないわね」

 

「嘘でも抵抗があると言ってほしかったかな。それで?どうするの?」

 

「あー、今回はパス。適当に人里の雑貨屋で温泉の元でも買ってきて頂戴」

 

「あくまで僕が行くこと前提なんだね。流石はたて」

 

 青年ははたてに感心しながらカレーを食べる。時間をかけて煮込んだからだろうか。味はよくでていて、思わず顔がほころんだ。

 

「そういえば、今日がカレーってことは明日からカレー一色になるわけ?」

 

「そうしたいんだけどさ、元々そんなに作らなかったから明日の昼までしかないんだ。明日の昼は何にする?」

 

「カレーうどんがいいわね」

 

「あー、それいいね。それじゃ明日の昼はカレーうどんで決定だね。ところではたて。はたてはお肉で鶏肉が使われると怒るタイプ?」

 

「そりゃこうみえても私は鴉天狗だしね。怒る……というより嫌な気はするわね」

 

「鴉で天狗なのに飛んでるところを数回しか見てないんだけど……」

 

「鴉は利口なのよ」

 

 ふふんっと鼻を鳴らしてなぜか誇らしそうにするはたて。

 

「それじゃぁ、CDで太陽の光照らしちゃうと──ごめんはたて。はたては太陽の光なんて見てなかったね……。ごめんね?」

 

「人をひきこもりみたいにいうな!私だってちゃんと陽の光を浴びながらお昼寝とかしてるわよ!」

 

「ひきこもりであることにはかわりないと思うけどね。それにしてもお昼寝かー。やっぱり、そのきわどいスカートから下着が見えちゃったりするの?」

 

「いや、聞かれても困るんだけど。というか、なんでCDの話なんかしてきたの?」

 

「はたてを追い出そう──あ、なんでもない」

 

「全部言ってるわよ。包み隠さず話してるわよ」

 

「いつもの冗談だけどね。驚いた?」

 

「気持ち悪すぎて吐き気がしてきたわ」

 

 いつもの表情でそうカレーを食べるはたて。それを見ながら青年は思った。

 

「(はたてが変なこというから……はたてが食べてるカレーが汚物に見えてきたじゃないか……)」

 

 大分げんなりした顔になりながら、青年は最後のカレーを食べきる。そしてお茶でほっと一息つくことに。

 

「霊夢さんってさ……なんであんなに可愛いのにモテないんだろ……。東風谷さんはファンクラブまであるのに」

 

「そりゃ……、食い意地がはってるからじゃない?あと意外に冷たいとか」

 

「うーん、霊夢さんも話してみるとユーモアのある人なんだけどなー。それにハンカチ貸してくれたりするし」

 

「まぁ、守矢神社が来てからは大分アレな感じになってるわね。あんたは参拝とか行ってるんじゃないの?」

 

「極稀に行くくらいかな。はぁ……もう少し霊夢さんがお金に余裕もてれば僕からタカることも止めてくれるんだろうになぁ……」

 

「(それはないと思うわよ)」

 

 はたては言葉を強引に呑み込んだ。

 

 二人は手を合わせ同時に『ごちそうさま』と言葉を発する。はたての分の皿を自分の皿に重ね台所にもっていく。そして訪れるかちゃかちゃという音。はたては

それを聞きながら、テレビをぼーっと見ることにした。

 

 青年が皿洗いを終え、はたての所に戻る──ところで外のほうから青年の名を呼ぶ声が聞こえてきた。それは二人がよく知る人物の声であり、青年は急いで玄関へと

向かった。

 

『あ、霊夢さん!よくも騙して──え? この饅頭くれるんですか?ど、どうして!?あの霊夢さんが──ケーキのお返し?ありがとうございます! あ、上がっていきます?遠慮しますか。それじゃ、また明日―!』

 

 玄関で嬉しそうな青年の声が聞こえてきたかと思うと、スキップしそうな勢いではたての所に戻ってきた。

 

「いやー、やっぱり霊夢さんはモテるよ。だってこんなのくれたんだよ?これ買ったら1000円以上は絶対にするもん。はたて、一緒に食べよう!」

 

 包装紙を破きながらはたてに食べようと促す青年。そんな青年の嬉しそうな顔をみながら、はたては無表情で箱を指さしながらいった。

 

「それ、賞味期限過ぎてるわよ」

 

 その夜、青年は不貞寝した。




鴉天狗は出産の際は人間ベースなのか、それとも卵なのか。

人間から天狗へとという記事を目にしたので、やはり人間ベースなのかな?


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03

 某日、今日も今日とて青年はバイトを終えはたてが待つ自分の家へと帰宅する。

 

 いつもと変わらない日常ではあるが、今日は二点ほどいつもと違うところがあった。一つ目は青年が右手に下げている袋いっぱいの食材、そしてもう一つは青年の表情である。青年はとても嬉しそうなニコニコとした表情を浮かべながら元気よく家の戸を開けた。

 

「ただいまー!」

 

「おかえりー。あら、その手にぶら下げてる袋は?」

 

「ふっふっふ……、これをみるがいい!」

 

 玄関まで迎えにきたはたてが、青年がぶら下げている袋に興味を持ち指さしながら説明を求めると、青年はあくどい顔をしながら袋の中身をはたてに見えるように大きく両側に開いた。

 

「えっ!?ちょ、これどうしたの!?」

 

「店長や慧音さんがくれたんだ。いやー、バイトを休まずに寺子屋の子どもたちに優しくしてるといいことあるね!」

 

「うーむ……、裏がありそうで少し怖いわね……。なんせ騙されることにかんしては人里一といっても過言ではないあんただし……」

 

「はたて……、そこまで心が穢れているなんて……僕は悲しいよ」

 

「う、うっさいわね!穢れてなんかいないわよ!」

 

 青年が悲しそうな顔ではたてを見ると、はたては少しだけ怒った顔をしながらそう反抗した。顔が少し赤いところをみると心当たりでもあるのだろうか。

 

「しかし……、結構な量をくれたみたいね。一人じゃ絶対食べきれない分量よ」

 

「それははたての分も入ってるからだよ。知らないの?はたては僕のバイト先では有名だよ。『僕の家で生活している美少女鴉天狗がいるって』」

 

「あら、あんたのバイト先はよくわかってるじゃない。まぁ、超絶美少女でもいいんだけど──」

 

「皆が間違えるといけないから、ちゃんと『僕の家でぐーたらしてるヒモな美少女鴉天狗』だって教えておいたよ」

 

「バイト先で私の悪口いってないでしょうね?」

 

「言ってたらどうする気?」

 

「骨を二・三本……」

 

「いってないから大丈夫だよ、はたて」

 

 青年は骨が大事なので嘘をつくのだった。

 

「慧音さんは僕のことが心配なのか、しょっちゅう安否を確かめてくるんだけどさ。僕がはたてに手を出さない限り大丈夫だと何度言ってもダメなんだよね。ほんとあの人は心配性だよ。逆に店長なんかは、さっさと死ねみたいなことたまにいってくるかな。死んだら死んだで閻魔様と会えるからいいんだけどさ」

 

「やめてよ。あんたが死んだらまた働かないといけないじゃないの」

 

「はたては僕のことを人間として見てない節があるよね。どう考えてもサイフとしか見てないよね」

 

「そ、そんなことないわよ!?……半分サイフで半分人間みたいな……」

 

「新しい妖怪の誕生だね」

 

 靴を脱いで玄関から台所へ移動する。袋からたまねぎ、たまご、にんじん、きゃべつ、しゅんぎく、白菜、しいたけ、もやし、そして豚肉を取り出す。隣にいるは

たてに青年は問いかける。

 

「ちょっとずつ使っていくか。それとも思い切って鍋でもするか。はたてはどうしたい?」

 

「鍋にしましょう。あ、少しずつ残していく形で」

 

「はいはい。 それじゃカセットコンロとか持っていってくれるかな?」

 

「えー……」

 

「いや、それくらいはしようよ」

 

「まぁ、今回だけね」

 

 唇を尖らせて鍋とカセットコンロ、その他をもっていくはたて。そんなはたてに苦笑しながら、青年は包丁とまな板を取り出し、手ごろな大きさに切っていく。使う食材はきゃべつ、しゅんぎく、白菜、しいたけ、もやし、そして豚肉。たまごとたまねぎは今回は使わないことにした。

 

「……豚肉を選んでいるあたり、慧音さんも偉いよなー」

 

 なんせ家には鶏肉を使うと落ち込んじゃう鴉天狗がいるんだし。

 

 そう思いながら、青年は手ごろな大きさに切り終えた食材をもってはたての待つ食卓に移動する。そこでははたてが必死に鍋を沸かしている最中であった。

 

 しかしそれがなかなかうまくいかずに、はたては少しイラつきながら何度も何度も回す。青年は溜息を吐いて横から火を点けた。

 

「……できたのに」

 

「知ってるよ。今日はお腹すいたから早く食べたかったんだ。ごめんね、はたて」

 

「まぁ、それならいいけど」

 

 そっぽを向くはたてに青年が謝ると幾分か機嫌を取り戻すはたて。

 

 青年はその間にお椀の用意と、ご飯をよそぐことにした。小皿を二つ取り出し、ご飯をふたり分よそぐ。

 

 鍋が沸騰する間に雑談することに。

 

「そういえば、文さんってさ取材のためなら何でもするんだっけ?」

 

「まぁ、大抵のことはするわね。紅魔館に潜入したりとか、博麗神社のありえない所に隠れていたりとか。あぁ、一度永遠亭の取材で捕まって酷い目にあったとは聞いたわね」

 

「それじゃ……えっちなこともしてくれるのかな……?」

 

「それはないわね」

 

 はたての無情な言葉に青年はがっくりと肩を落とす。

 

「パンチラしてくれるんでしょ?それで妥協しなさいよ」

 

「あ、そうだね。文さんのパンチラみれるから別にいいや。流石文さん」

 

「そんなんだからカモられるのよ」

 

 沸騰した鍋に食材を投入する青年。それを黙ったままみているはたて。と、思いきや何かを思い出したかのように青年のほうへと顔を向ける。

 

「そういえばポン酢は?」

 

「あ、忘れてた。ちょっとまって」

 

 立ち上がりポン酢をとりに台所へ戻る青年。がさごそと台所を探ったのち、一つのビンを持って戻ってくる。

 

「おまたせ」

 

「んー。 そういえばあんたってさ、結構女の子の知り合い多いよね」

 

「文さんの年齢って女の子じゃないよね。どう考えてもババアだけど、そこらへんはどうカウントすればいいのかな?」

 

「見た目女の子だから女の子でカウントすればいいんじゃない。というか、文を出すってことは言外に私のことも言ってるのよね。ほんとあんたは一日一回私に喧嘩売らないと死ぬ病気にでもかかってんの」

 

「でも外の世界ではロリババアというのも流行ってるらしいし……。文さんやはたてはロリじゃないから違うか。紅魔館のレミリアさんとかがそれに当てはまるかも」

 

「あそこはねー……。あんた、紅魔館との面識あるの?」

 

「いや、メイド長の十六夜さんと門番の美鈴さんくらいかな。後の人達は写真でみたくらい。うちは洋菓子だからね、女の子が多い紅魔館は常連さんなんだ」

 

「あら意外。あそこは自分で作るかと思っていたのに」

 

「材料がないとはじまらないでしょ。 十六夜さんは主に材料を買いに来るんだよ。後は試食ということで何品かたまに買うくらい」

 

 鍋をみると既にいい具合に煮えていたので、はたての小皿を取って白菜としゅんぎく、もやしにきゃべつ、そして豚肉を入れ手渡す。しいたけはもう少し煮えないと食べれそうにない。

 

 青年は自分の分の小皿に野菜と豚肉をいれて、ポン酢をかけて食べる。

 

「うん、おいしいね」

 

「これはおいしいわね。 毎日こんな感じで食べたいものだわ」

 

「いいものは稀に食べるから、おいしさがより増していくんだよ」

 

「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」

 

 ふー、ふー、と熱を冷ましながら二人で囲む鍋。

 

「そういえば、さっき女の子の知り合いが多い。とか言ってたけど、僕の場合は知り合いは多いかもしれないけど友達ではないから、実際のところ微妙なところだよね」

 

「知り合いと友達の間には結構な溝があるしねー。あんた基準の知り合いと友達の例をあげてみなさいよ」

 

「うーん……、友達は霊夢さんかな。んで、知り合いは十六夜さんかな」

 

「あれ?文は?」

 

「文さんはいじめっ子……みたいな。こう……友達なんだけど、胸を張って友達とは言い辛いというかなんというか」

 

 青年の言葉を聞いて、不覚にも納得してしまったはたて。はたての脳裏には、いつもニコニコ笑顔で自分をネタにするあの陽気な鴉天狗の姿があった。

 

「あ、でも友達とは言い辛いということは……なんか背徳感的な感じがして逆にえっちな気がしてきた」

 

「そんなことだから文にころっと騙されるのよ」

 

「でも……文さんならなんかご褒美とかもらえそうじゃん?」

 

「それがパンチラでしょ」

 

「やはりパンチラからレベルアップはしないのかな」

 

「するわけないじゃない」

 

「ノーパンの文さんがいつも通り僕にパンチラして、実はノーパンだからアレな雰囲気になってそれから……みたいな展開には?」

 

「ねーよ」

 

 青年の夢が広がる妄想を一蹴するはたて。既に顔はうんざりしており、ジト目で青年のほうをみていた。

 

「そもそも文はそんな頻繁にパンチラしてないでしょ」

 

「そういえばそうだった。お金払わないとダメだった。なんなんだろうね、文さんのあの鉄壁スカート」

 

「幻想郷の女の子には標準装備なのよ」

 

 はたてからそう言われた青年はどこか納得がいったかのような顔をして食事を続ける。

 

「椛さんって、なんであんなに怖いの?」

 

「椛が怖いんじゃないわよ。椛はあんたのことが嫌いなだけよ。生真面目で仕事熱心なんだから」

 

「はたてと逆ベクトルの人だね。椛さんって発情期とかあるのかな?」

 

「文がなんとかするでしょ」

 

「文さんと椛さんか……。これはなかなか……」

 

「……おいそこの煩悩。人の友達で卑猥な妄想してるとぶっとばすわよ」

 

「けど、椛さんだとあんまり妄想できないよね」

 

「そもそもするな」

 

 はたてに怒られた青年は、心なしかしゅんとした顔で食べ続ける。鍋の中は既に野菜も8割方消えており、豚肉に至っては残骸すら残っていない。青年もはたても肉

は好きなほうなのだ。そして、鍋の中で残っている野菜を具体的にいうとしいたけと白菜であった。

 

 二人の手が止まる。

 

「はたて。はたてはしいたけが好きだったよね。どうぞ」

 

「あんたもしいたけ大好きでしょ?いつも頑張ってるお礼よ。食べさせてあげる」

 

 はたては惚れるような笑顔を浮かべたまま、しいたけを箸でつまみ青年の口の前にもっていく。

 

「はい、あーん」

 

「くっ……!」

 

「はい、あーん」

 

「…………!」

 

「さっさと口あけろ」

 

「……はい」

 

 笑顔のままドスの利いた声で脅された青年は観念し口をあける。そこにはたてがしいたけを投げ込み、自分は残った白菜をおいしく食べて、ごちそうさまと手を合わせた。

 

 青年の顔は苦虫を噛んだような顔で、それと対照的にはたての顔は眩しく輝いていた。

 

「ほらほら、私が食べさせてあげたのよ?それだけでおつりがくるでしょ?」

 

「うー……、そうだけどさー。苦手なものは苦手だし……」

 

「はいはい、そんなこといってたらしいたけの神様がカチコミにくるわよ。あ、今日はさっぱりしたいからよろしくねー」

 

「はいはい。あー、まだ咽喉に残ってるよ」

 

 風呂を沸かしにいく青年を手を振りながら笑顔で見送るはたて。

 

 どうやら二人とも、しいたけが少し苦手のようだ。

 




青年、煽り検定一級。なお、それ以外は雑魚のため虐げられる存在である。
火に油を注ぐことに関しては幻想郷の中でも上位に位置する。


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04

 夜、姫海棠はたてと青年は互いの専用布団に潜り込んだまま会話をする。

 

「妖怪って昔は人間食べてたんでしょ?はたてや文さんはどうだったの?」

 

「さぁ?どうしてそんなこと聞くのかしら?」

 

「今日さ、バイトで妖怪の話になってね?そのときに議題に上がったんだ。『人間は本質的には妖怪の食糧ではないのだろうか』という議題なんだけど」

 

「不毛な議題ねー。人間が妖怪の食糧なのは今も昔も変わらないわよ。幻想郷が出来てからも妖怪は人間を食べるわよ。だからこそ、幻想郷の管理人と呼ばれる妖怪が外の世界から人間を運んでくるの」

 

「でもさ、はたてが人間を食べてる所なんて一度もみてないよ?もしかして……昔は食べてたとか?」

 

「うーん、どうだったかしら。あまり記憶にないけど、食べてたかもしれないわねー」

 

「いつも通りの表情で凄いこといってくるねはたて」

 

 青年は天井に向けていた視線を横で同じく天井を見つめていたはたてに向ける。はたては青年の視線には気付いているもののそれを無視する形で天井を見上げ続ける。

 

「外の世界かー。たまに人里にもやってくるよね。その後、人里の住民として生きていくか、それとも死に場所求めて危険な地帯を我が物顔で歩いていくかの二極化するけど。後者はほとんど死んでるのかな?」

 

「昼はともかく、夜は人里から一歩出れば危険だからそりゃ死んでるんじゃない?よっぽどの幸運じゃない限り昼の間に匿われる場所が見つかることはないわ。もし匿われたとしても……相手が相手だからねー。博麗神社に守矢神社、人形遣いくらいかしらね。安全な場所ってのは」

 

「そんなもんなのかー。やっぱり人里が一番安全なのかね。そういえば、外の世界の人間の選定ってどういう基準なんだろうか。はたて知ってる?」

 

 青年の疑問にはたてはしばし考え込む。

 

「たしか……外の世界で不要と判断された人間だったかしら。そこらへんはよくわからないわね。ただ、幻想郷の管理人もバカじゃないんだし、そこらへんはうまく考えて幻想郷に連れてくるんじゃないかしら?」

 

「基本は食糧だもんね。うーん……もし自分が食糧として此処に送られたらを考えると背筋が寒くなるね」

 

 ぶるると震え掛布団を顔まであげる青年。それにはたてはクスクスと笑った。見上げていた天井から青年のほうに視線を移すはたて。

「あら、いきなり怖くなったのかしら?」

 

「べ、べつに怖くなってはないよ。ただ……食糧ってのはどうかなー、とかそんなことを考えていただけだよ」

 

 青年はにやりと笑うはたてに若干慌てながらそう返す。そんな青年をみて、はたては今度は声を出して笑うこととなった。

 

「あっはっはっ!まったく……別に全て食糧ってわけじゃないでしょ?私とあんたの生活とかどうなるのよ。私は妖怪であんたは人間。それでも普通に生活できて

るでしょ。そういうのは気にしなくていいの。だからこそ、私は不毛な議題だといったのよ」

 

「……確かに、僕とはたての関係を考えれば不毛な議題だったかもしれないね。はぁ……なんでこんな議題で一日過ごしたんだろうか」

 

「あんたのバイト先が平和な証拠じゃない」

 

「まぁ、そういう風に捉えるとしよっか」

 

 暗がりの中、青年は溜息を吐く。夜が世界を支配するこの時間帯、日中とは違い世界は様々な様子をみせる。例えば、人里を一歩出れば妖怪たちが人間の臓物を貪り、骨をしゃぶり、肉に喰らいつく。そんな世界が人里の外では広がっている。

 

 この二人には関係ないことではあるが。

 

 はたてが青年に話しかける。

 

「そういえばあんたはバイト先でどんな仕事してるの?」

 

「えーっと、配達やレジ打ちに接客だね」

 

「あら?ケーキは作らないの?」

 

「それは店長がほとんど一人でやってる感じ。他数名が間に合わなそうなときに手伝うくらい。だから僕もケーキを作る腕があるわけじゃないね。でも基本は作らないから腕はお察しかな。簡単なものしか作らないからまだ売り物になるけど」

 

「なーんだ。それじゃ私は一生ケーキを食べられないじゃない」

 

「働いて稼ぐってのはどうだろう?」

 

「それは絶対に嫌。アンタ馬鹿?なんのためにあんたの家にきてるか分からなくなるじゃない」

 

「なんで僕が怒られるんだ……。けど接客や配達もかなり大事な仕事だから、楽しみはあるんだよね」

 

 青年が少し誇らしげにはたてに言うと、はたてはさして興味なさそうな顔をしながらも一応話しを聞く体勢に入る。

 

「まず接客だよね。これはお客様をいかにストレスを感じさせないかが重要になってくる。丁寧な言葉使いと営業用スマイルを張りつかせながら頑張るわけだよ。人里の人達はみんないい人ばかりだから自然に笑顔が零れちゃうんだけどね。そして配達。正直これが一番楽しいけど、一番危険なことかな。僕の店ではあらかじめ電話で注文しておき、それを届ける形なんだけどさ。 人里の外は危険がいっぱいじゃん?」

 

「まぁ……そうなるわね」

 

「だから店では霊夢さんが籠めてくれたお守りを首から下げていくんだよ。それをぶら下げていくと妖怪は手を出すことができなくなるんだよね」

 

「あー、成程。籠められた霊力で防ぐって訳ね。けどそれっていつまでもつのかしら?」

 

「大体一か月くらいかな。だから『そろそろ霊力が切れそうだな』 と思ったら霊夢さんに電話して霊力を籠めてもらうんだ。 そのお礼としてケーキと報酬をあげるわけだけど」

 

「ギブ&テイクの関係というわけね。そのお守りってどのくらいの妖怪に効くの?」

 

 少しだけ興味を示したはたてが青年のほうに若干移動しながら質問する。

 

「うーん……少なくとも文さんとはたてには効かなかったかな。僕が狙われるのは配達のときが多いし、はたても配達のときに襲撃してきたし」

 

「人聞きの悪いことをいうな。……記憶を辿ってみれば、確かにあんた何か首にぶら下げていたような気がしたわ……」

 

 はたてがうんうんと頷きながらそう主張する。

 

「あと永遠亭の人達と紅魔館の美鈴さんとかも効かなかったなー……。どうも下級妖怪にしか効かないように霊夢さんが調整してるみたい」

 

「ある程度力がつくと人間を食べようとは思わないことが多いし、巫女もそこらへん分かってるのかしら」

 

 そこまで言って、はたてはふと頭にある光景が浮かんだ。それは博麗神社の巫女、博麗霊夢がすこし面倒臭がって籠める霊力を弱くしたという光景であった。

 

「(いや……流石にそれはないわよね。……ありえそうで怖いけど……)」

 

 『するわけがない!』そう断定できない所が恐ろしい限りである。

 

「あとやっぱり配達は色んな人と触れ合うことができるのがいいよね。はたてはひきこもりだから知らないだろうけど、これでも僕は妖精と仲がいいんだよ?」

 

「え?それは意外ね……」

 

「でしょ?氷精のチルノちゃんとか、大妖精の大ちゃんとか、かなり仲がいいんだ。 チルノちゃんなんて僕の姿をみかけると嬉しいのか、すぐ氷のつぶてで挨拶してくるんだ」

 

「あんた完全に襲われてるわよ、それ」

 

「まぁ、当たったら僕も怒るんだけどね。こう……チルノちゃんの頭をコツンと叩いてさ」

 

「そんなことだから色んな人に舐められるんでしょうね」

 

「でも大ちゃんは礼儀正しくて可愛いよ?」

 

「大妖精も心の中ではあんたのことバカにしてんじゃないの?」

 

「……え?」

 

 はたての言葉を受けて固まる青年。はたては固まる青年をよそに呆れた顔をする。先程まで興味深く聞いていたのだが、その興味もどこかに消え失せ青年に接近していた体もいまは定位置に戻っている。青年ははたての言葉を受けて必死に自分の都合のいいように記憶を改竄していく。

 

「大ちゃんは僕のことが好きなんだよ、きっとそうに違いない。ということはチルノちゃんも僕のことが好きで……、成程、好きで好きでたまらないから僕に氷のつぶてを飛ばしてくるわけなんだ」

 

「そこのロリコン、うっさいわよ。眠れないじゃない」

 

 ぶつぶつと呪詛のように呟く青年の腹をはたては軽めに蹴る。ごふっ と肺から空気が漏れ青年は腹を押さえながら悶絶することとなった。その様子をみて、はたては満足そうな顔をして

 

「あんたも明日バイトなんだから早く寝なさいよ?おやすみー」

 

 と、就寝の挨拶をした。

 

「う、うん……おやすみ……」

 

 なんとかそう返す青年。

 

 青年が就寝の挨拶を返す頃には、既にはたての口からは寝息が聞こえていた。

 

 こうして、二人の夜は過ぎていった。




チルノはそうでもないけど、大ちゃんの性的魅力はヤバい


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05

 姫海棠はたては包丁片手に台所に立っていた。まな板の上にはジャガイモ、にんじん、たまねぎ、そして少量の豚肉が並べられている。

 

 時刻は既に夕方4時を少し回ったばかりだろうか。はたては何かを考え込むようにしながら、一人呟く。

 

「肉じゃが……作り方忘れたわ……」

 

 時は一時間ほど前に遡る

 

 

           ☆

 

 

 電話のベルがけたたましい声を上げ、それにつられる形ではたても読んでいた雑誌から目を離し電話が置いてある場所を見る。きょろきょろと家主を探すはたてだが、その家主がバイトに駆り出されたことを思い出し嫌々ながら席を立つことに。

 

 まったく……、今日はバイトがないといっていた癖に……、そうぶつくさ言いながらいまだ騒音を響かせる黒い受話器を取った。

 

「はいはい、こちら姫海棠はたてですが」

 

『まるではたてが僕の家の主みたいな言い方だね……。 せめて僕の名字を使ってくれないかな?』

 

「だってあんたの名字覚えてないんだもん」

 

『流石はたて、レベルが段違いだね』

 

 受話器を取った相手は、はたてが現在住んでいる家の家主であった。家主である青年は、洋菓子店でバイトをし日々のはたての生活費を稼ぐことに忙しい人物だ。おまけにはたてが家事を一切しないので、家でも外でも休まることはない苦労人である。しかし、青年は意外とはたてとの生活はこれが当たり前になってきているのかこの頃はフリしか言わない。

 

 人里で寺子屋をしている慧音は、妖怪と生活している青年のことを心配しているのだが、実害があるわけではないので慧音以外の人里の面々は既にはたてのことを気にしてない様子だ。そもそも、はたてが家から出ないのであまり面識がないのだが。しかしながら、青年のバイト先では中々に有名らしい。

 

 美少女といっても大袈裟ではない容姿なので、そういった部分もあるのかもしれないが。

 

 はたては電話の相手が青年だと分かったので、すぐさま受話器を置こうと耳から離す──が、それを青年は見越していたのか、

 

『はたて、電話切ったらイタ電しまくるからね?』

 

「あんたにメリットないでしょうに。というか、満足に雑誌が読めなくなるからやめて頂戴。それで、こんな時間になんの用かしら?随分、電話の向こうは忙しいようだけど?」

 

 はたてが興味半分、うんざり半分で青年に声をかける。実際、受話器越しからは忙しそうに動く女性の声や男性の声が聞こえてくる。青年は、そのはたての言葉に

「うん」と言い、早口にまくしたてる。

 

『ちょっと予想外なお客様が来て、いま店が大変なことになってるんだ。休みの僕が出向くのもわかる気がする。なんでも此処でもかなり偉い人みたいだから、店長も無下にはできないし。それに一人の女性はかなりの大食感で、さっきからケーキが追い付かないくらい。家を出る前に一時間で戻るって言ったじゃん?あの約束、守れそうにないかも』

 

「私よりケーキを選ぶのねっ!最低よっ!」

 

『なんでいきなりそんなにノリノリなの。声が笑ってるから臨場感もなにもないよ……。まぁ、なんで電話したかというとさ、このことを伝えるためと後はたてにご飯を作って──』

 

「さよなら、あなたとの生活は楽しかったわ」

 

 青年が最後まで言い終わる前に受話器を定位置に戻したはたて。一度大きく伸びをして、首をコキコキと鳴らしながら床に置いた雑誌を拾い上げると、卓袱台に広げ

て再び読み始める。鳴り響く電話。はたては立ち上がり、ひょこひょことした足取りで受話器を取る。

 

「はいもしもし?」

 

『あ、はたて!さっき電話が切れちゃったけど、僕は現時点をもってヤンデレ並みにはたてに電話をかけるからね!』

 

「はいはい、わかったから。要件はそれだけ?もしかしてさびしいの?その年でさびしいとか気持ち悪いわよ」

 

『せめて慰めてほしかった。って、そうじゃなくて!はたてに電話したのは、今日の夕食に作る予定だった肉じゃがを作ってほしいんだ』

 

「は?なんであたしが?」

 

 電話越しにもかかわらず、可愛らしく小首を傾げるはたて。そんなはたてに、青年は苦渋の決断をするかのように続ける。

 

『わかってる、僕だってわかってるんだ!どうせはたてのことだから、ポイズンクッキングとか作っちゃうことは!どじっ娘属性がついてることくらい知ってるんだ!それで容姿だけはいいから許されちゃうんだろうなとか、そんなこと全部わかってるんだ!僕だってできることなら任せたくないけど、あのはたてだし、あのはたてだから任せたくないけど──それしかないんだ!』

 

「あんた電話越しで攻撃喰らわないからって好き勝手言ってくれるじゃない。ほんとあんたは一日一回、私に喧嘩売らないと気が済まないのね。誰がどじっ娘だ、誰がポイズンクッキングの料理人だ!私だって料理くらい作ろうと思えば作れるわよ!見てないさ!あんたが帰ってきたときには死ぬくらいの肉じゃが作ってやるから!」

 

 はたては大声を上げて、バンと受話器を叩きつけるように置く。その瞳には青年のにやけ面が浮かんでは消え、消えては浮かび、はたての心の奥底に沸くマグナをふつふつと煮えたぎらせる。

 

 「……帰ったら容赦しないわ……!」そう底冷えするような声を腹から出したはたては台所へと立つ。これが一時間前のことである。

 

 

           ☆

 

 

 立ったはいいものの、すっかり肉じゃがの作り方を忘れてしまったはたては、なんとなく青年が台所でやっていた作業を思い出そうとしながらじゃがいもの皮むきを行うことにした。

 

 包丁で不器用ながらも、皮を切っていくはたて。ところどころ、危ない部分はあるが──なんとか指を切ることなくじゃがいもを剥き終わる。なお、じゃがいもは

ふくよかな体から貧相なガリガリな体へと姿を変えていた。

 

 と、そこにはたては自分以外の気配を感じて振り返る。そこではたてがみたものとは、

 

「……ねこ?」

 

「にゃーん」

 

 茶色の毛並みにピンと立った黒い耳、二又のしっぽが特徴的なねこであった。緑色の帽子を頭にちょこんと乗せているのがなんとも可愛らしい。はたては持っていた包丁をまな板の上に置き、手を拭いてからねこに歩み寄る。

 

「ねこなのに服を着てるのね……。いや、それよりも……このねこ、どっかで見たことあるわね……」

 

「にゃにゃっ!にゃっ!」

 

 はたての独り言にねこは相槌を打つように頷いた──後、両手を広げるようにしてはたてに迫った。まるで小さな子供が母親にだっこをせがんでいるようでもある。

 

 はたてはしゃがみこむとねこを丁寧に抱き上げた。ねこははたての腕の中でごろんと一回転してすっぽりと腕の中に納まる。

 

「あら、意外とこのねこ利口ね。でもこのままだと、肉じゃがが作れないわ」

 

 さて、どうしたものか……、そうはたてが思っているとねこはそれに応えるようにぴょんと台所へと飛び移った。狭い台所に子猫が一匹入るとどうなるか、想像して

もらいたい。

 

「あ、こら! そこにいると料理ができないじゃない!」

 

「にゃ?」

 

「だーかーらー、そこからどきなさいって!」

 

「にゃにゃっ!」

 

 ねこははたての頭の上に今度は飛び移った。そこで器用に回転し、腰を落ち着かせる。

 

「まぁ……台所を占領されるよりはマシね。この子軽いし、べつに気にしなければいいか。いい?絶対に動かないことよ?」

 

「にゃ」

 

 頭の上に向かって注意を促すはたて。ねこはその声を受けて、こくりと頷いた。それに満足したはたてはまな板の上に置いていた包丁を再び手に取り、たまねぎの皮を剥きはじめた。たまねぎの皮を剥くたびに、はたては目を細めていく。

 

「くっ……!?なんで涙が出ないように工夫してくれてないのよ……!って、こら!?頭の上でばたばたしない!」

 

 青年に愚痴をこぼした瞬間、ねこははたての上のじたばたしだし、次いでその場からぴょんと大きく後方に下がってしまった。心なしか苦しそうな声をあげている。

 

 はたてはそんな子猫を見て、

 

「……そういえば、ねこってたまねぎダメなんだっけ?」

 

 そんなことを呑気に思い出す。はたての後方2mに避難したねこはただじっとはたてのほうを向いていた。まるで、たまねぎの出番が終わるのを待っているようである。

 

 はたては一度たまねぎと包丁を見比べると、ねこに笑いかけ一人たまねぎの皮を剥き、手ごろな大きさに切っていった。そしてボールに全部移し、手を洗い臭いを落とし──ねこの前にしゃがみこむ。

 

 「ほら、おいで。もうたまねぎは大丈夫よ」

 

 差し出された手をふんふんと嗅ぐねこは、安心したようにはたての腕の中に飛びつく。それを抱きしめたはたてはそのまま頭の上にねこを持っていく。ねこも心得ているように、ちょこんと座った。はたては台所に再び立ち、今度はにんじんを切っていく。

 

「材料を切るのはわかるんだけどねぇ……、ここからあいつはどうしてたっけ?」

 

「にゃー?」

 

「まぁ、あんたに聞いてもわかんないわよね。って、これくらいの大きさかしら?」

 

 はたてがねこに見えるように、頭より上の位置ににんじんを持っていく──と、

 

「にゃ!(パクリ)」

 

「あーっ!?あんたなにやってんの!?誰が食べていいっていったの!?」

 

「にゃー?」

 

「首傾げてもダメよ!まったく、こっちは私とあいつでギリギリの食糧だというのに──」

 

「にゃー……」

 

「うっ……、そんな声出されると……」

 

 先ほどまでの高い声より、何段階も低い声で出すねこ。どうやら、はたてに怒られてしまい本気でへこんでいるようであった。しゅんとするねこの様子が頭を伝ってダイレクトに伝わってくるはたて、ちょっと言い過ぎたかも……と、およそ青年が見ていたら笑い転げること間違いなしな感想を抱きつつ、ねこを撫でる。

 

「あー、ごめんごめん。こっちも言い過ぎたわよ。ほら、怒ってないから元気だしなさい。あいつの夕食のにんじんが減るだけだし構わないわ」

 

「にゃー!」

 

 小さな手のひらでべしべしと頭を叩くねこ。声からして嬉しがっているようだ。はたてもねこの感情の起伏の激しさに思わず苦笑する。

 

 たまねぎ、にんじん、そしてじゃがいもを切り終えたはたては、そこで手を止めてしまった。

 

 そう、ここからがわからないのだ。

 

 「とりあえず、鍋に水でもいれましょうか」そう口に出しながら水を鍋に入れていく。そして青年がやっていたように火をかけた。

 

「確か……じゃがいもを入れていたわね」

 

 先ほど切ったじゃがいもを沸騰していない鍋にどばどばと入れていく。 上から心配そうな声でねこが鳴く。

 

「え?あぁ、大丈夫よ。あいつと同じやり方をすれば肉じゃがくらい作れるわ」

 

 よしよしとねこを撫でながら自信満々に答えるはたて。既に青年とやり方は違っていたりするのだが、この場においてはたてを止める術を持つ人物が存在しないのではたてがこの事実に気づくことはないだろう。

 

 はたてがちょっと煮えてきた鍋ににんじんを投入しようとした瞬間、ねこが慌てたような声ではたてを止めた。ぴょんと床に飛び降り、器用に下の棚を開けがさごそ

と漁る。「なにしてるの?」そう声をかけたはたてにねこはあるものを棚から取出し、突き付けた。

 

「醤油に……みりんにお酒?」

 

 ぴょんと再び移動し、ほかのものを突き付ける。

 

「それとかつおだしに……お砂糖?それに油まで出して」

 

 一個一個、はたては指を突き付けながら物を確認していく。確認し終えて、ねこのほうを振り向くと嬉しそうに二又のしっぽをふりふりと揺らす。はたては、ぽんっと納得したように手を叩くと、叱るようにねこに言う。

 

「ダメよ、お酒なんかに手を出しちゃ。気持ちはわかるけど、ねこがお酒なんか飲んじゃダメじゃない。それにあんたもお腹空いてるのね。かつおのだしまで出しちゃって。まってて、もう少しで肉じゃがが出来るから!」

 

「にゃーーーっ!?にゃっ!にゃにゃっ!?」

 

「はいはい、そんなに喜ばないの」

 

 ねこの必死の軌道修正は姫海棠はたての手によって、あっさりと崩れることになった。

 

「けどそうねぇ……、せっかく出したんだし色々と使ってみようかしら」

 

 酒を取り、鍋にどばどばとブチ込んでいく。 青年がチビチビと使っていた調理酒ががんがんなくなっていく様は青年が見たら卒倒するかもしれない。酒を入れたはたては、次に醤油を取りこれも同様にどばどばと入れていく。一瞬にして、鍋の中がドス黒く変わっていく。思わずねこの耳が垂れ下がる。

 

 はたてはくるくるとお玉で鍋を掻き混ぜつつ、スプーンでスープをすくい味見する。

 

 口に流し込んだ瞬間、超高速で吐き出した。

 

 いつも通りの表情で、蛇口から水を流し、手ですくい口に含み腔内を漱いでいく。

 

 ぺっと吐き出し、タオルで口を拭き、ねこに向かって優しく語りかける。

 

「はい、あーんして?」

 

 ねこは逃げ出した──が、はたてがそれよりも先に二又のしっぽを掴み逃げられないようにして自分の胸に抱きかかえる。

 

「もうダメじゃない。 ほら、あんたも食べたかったんでしょ?」

 

「にゃーっ!?にゃーっ!?」

 

 その日、青年の家ではねこの悲鳴にも似た泣き声が辺りを支配していた。

 

 ちなみにはたては豚肉を入れ忘れていたことに最後まで気づかなかったようだ。

 

 

           ☆

 

 

 時刻は既に8時を過ぎていた。バイトからようやく解放された青年はふらふらとした足取りで最後の気力を振り絞って家路への道を歩く。

 

「う~……あのピンク髪の人化け物じゃないのか……。なんであんなにケーキ食べられるんだ?それに流し目でこっち見てくるし……。あぁ、身震いが止まらない。そして別の意味でも身震いが止まらない。これから家でどんな惨劇が繰り広げられるのか」

 

 両手で自分の体を抱く仕草をする青年。それというのも、家に帰ったらはたての料理が待っているのである。いまさらになって青年は思う。どうしてはたてに頼んでしまったのだろう……と。やはりキツいけど自分がやったほうがよかったのではないか?

 

 後の祭りであるのだが、そう思わずにはいられなかった。

 

 そう思っている間にも足は家へと伸び、やがて玄関の前に到着した。

 

 一度大きく深呼吸してから、玄関の戸に手をかける。

 

「どうせ、はたてのことだから失敗して僕がやれとか言い出すのに1票」

 

 ガラガラ

 

「おかえりなさい。夕食、作ってあげたわよ」

 

「……え?」

 

「なによその顔。あんたが命令したんでしょうが」

 

「いや……そうだけど……。はたてがほんとに作るとは思ってなくて……」

 

「ほんと顔面殴りたいわ」

 

 エプロンをつけたはたては、青年を睨みながら奥へと引っ込んだ。

 

 青年がそんなはたての姿を見て、バツが悪そうな顔をしながら中へと入る。そこには、二人分の肉じゃがとご飯が並べられていた。そして、ぐったりとしているねこが一匹。

 

「はたて、そのネコは?」

 

「さぁ?勝手に家に入ってきてたわよ。それより、食べましょう。私お腹ぺこぺこなのよ」

 

 青年を席に座らせて、自身も向かい側に座ったはたては、青年が食べるのをじっと待つ。

 

「……なんか、恥ずかしいね。こういうの」

 

「さっさと食べなさいよ。私はそんな気持ち微塵もないし」

 

「わーお……」

 

 まぁ、わかっていたことだけど。そう心の中で呟いた青年は自分の箸を持ち可愛い深皿に盛られた肉じゃがを一口放り込み──

 

「やっぱり……あんたでも無理だったのね。うーん、料理って難しいわね」

 

 はたては泡を吹いて倒れた青年を見ながら、困ったような顔でそう言った。

 

 勿論、次の日青年は一日中布団で過ごすこととなった。

 




幻想郷には二又のねこが結構いそう


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06

 夕食を食べ終わり、姫海棠はたてと青年がまったりテレビを見ながら過ごしていると茶色の毛並に黒い耳、緑色の帽子をちょこんと乗せたはたてのポイズンクッキングの犠牲になったねこが青年とはたての間に割り込んできた。

 

 青年はねこを一度撫で、抱きかかえながらはたてに話しかける。

 

「そういえばさ、このねこいつまでいるんだろうね」

 

「さぁ?嫌なら追い出せば?」

 

「食費もそこまでかかんないし可愛いし、追い出す理由がないんだよねー」

 

「ふーん。まぁ確かにねこ程度ならなんとか稼ぎはあるわよね」

 

 青年の腕の中でごろごろとしているねこの咽喉を撫でながら、はたてはなんともなしに呟く。青年は一瞬、「はたても仕事すればいいと思うよ?」そう言いかけた

が、どうせ返ってくる言葉は「嫌だ」なので、口から飛び出そうになった言葉をなんとか飲み込んだ。

 

 青年の腕の中ではたてにあやされているねこ、このねこははたてがポイズンクッキングを作ったその日から青年の家に居座り、そのままペットのような立ち位置で生活している。

 

 はたてに比べて、食費もそこまでかからない上に妙に利口で賢いこのねこを、青年もはたてもいたく気に入っているのである。たまにふとした拍子に姿が見えなくなるのだが、時間が経てば帰ってくるので二人ともそこまで気にしていない。

 

 朝ははたてと一緒に青年の見送りを、昼ははたてと一緒に家でだらだらごろごろとまったり過ごし、夜はバイトから帰ってきた青年とはたての会話を聞きながら、もっぱら青年の膝か、はたてにだっこされながら眠る。そんな生活を送っているのである。

 

 布団で寝るときは毎回はたてと一緒に寝てたりする。青年もねこと一緒に寝たいらしいのだが、何故か家主より権限があるはたてに青年が逆らえるはずもなく一人寂

しく寝る始末。

 

 そんな青年のことを可哀想だと思い、たまに一緒に寝てあげる、そんな優しい心をもったねこでもある。

 

 咽喉を撫でられながら気持ちよさそうにしているねこを見て、青年がはたてに問いかける。

 

「この子の名前ってなんなのかな?」

 

「え?ねこはねこじゃないの?」

 

「ねこで一括りにすると大変なことになるでしょ?もー、はたては脳がアレなんだからー。おバカさん」

 

 ペシっ(おでこをこつんと)

 

 バキっ(顔面をガツンと)

 

「…………ごめんなさい」

 

「よろしい。喧嘩売るのはいいけど、私とあんたじゃスペックが違うから気をつけなさいよー」

 

「はい……気を付けます」

 

 あいている手ではたてのおでこにデコピンをした青年に、はたては笑顔で顔面を殴った。鼻から滴り落ちてくる液体をティッシュで受け止めながら青年ははたてに頭を下げる。自業自得とはこのことである。

 

 はたては「やれやれ……」そう言いたげに頭を振って青年からねこを奪い取る。

 

「けどまあ、名前がないってのも不便かもね。あんた名前適当に言ってみてよ」

 

「え?いいの?それじゃ……猫八とか?」

 

「それオスにつける名前でしょ。この娘はメスよ」

 

「……ビビアン」

 

「却下。誰よビビアンって」

 

 頭を必死に回転させながら紡ぎだした名前をはたては一蹴する。

 

 青年、ネーミングセンスが壊滅的なのかもしれない。

 

「うーん……それじゃはたては何か名前候補とかあるの?」

 

「私?えーっと……み、みかん……とか?」

 

「ぷぷっ、みかんだって。ねこにみかんだって。ぷぷっ」

 

 若干困惑気味ながら、少しだけ恥ずかしそうに答えたはたての名前に、青年は口元を押さえはたてを指さしながら笑った。

 

 青年に思いっきり笑われたはたては、頬が赤くなり恥ずかしそうに指を絡ませながら怒る──ことはなく、無表情で青年の頬を叩いた。

 

 どうやら頬が赤くなったのは青年のようである。

 

 しばしの間、二人とも無言で静かに相手を見つめる。

 

 先に動いたのは青年で、ゆっくりと頭を下げた。はたてはその青年の行動に大きく頷く。二人の間では青年が謝り、はたてがそれを許したということだろう。なんともシュールな光景である。

 

「うーん……意外に難しいね」

 

「そうねぇ……。今のところ、私の“みかん”が最有力候補であることは明らかだけど」

 

「え?」

 

 当たり前のように言い切ったはたてに、思わず青年ははたてのほうを見る。はたては 「なによ、その顔」 と、言いながら正座の状態で器用に青年の脛に蹴りをいれ

た。泣き目の青年。それを無視して、はたてはねこに問いかける。

 

「あんたはなんて呼ばれたい?」

 

 青年のときとは打って変わった表情で、可愛らしい笑顔をねこに向けるはたて。ねこはそんなはたての問いかけに応える形で、卓袱台にジャンプした後、そばに置いてあった紙と鉛筆を持ってくる。ねこは、器用に鉛筆を持ちつつ紙に“ナニカ”を書いていった。書き終ったねこはその場から横にずれる。

 

 そこに、青年とはたてが紙を覗き込んでくる。青年とはたては口を揃えて紙に書いてある文字を読んだ。

 

「「だ、だいだい……?」」

 

「にゃにゃっ!?にゃっ!にゃっ!」

 

 誇らしそうにしていたねこは、青年とはたての声を聞いた瞬間、驚くような素振りと表情をした後、紙に書いた文字──正確にいうと漢字の下に振り仮名を書いた。

 

「えっと……ちぇん?」

 

「ちぇん……ねぇ」

 

 青年がはたてに確認を求めるような視線を向けると、はたては頷く。ねこは、そんな二人を見てうんうんと大きく頷いた。ねこの心境としては、「ちゃんと自分には名前があるんだぞー」といったところだろうか。

 

 しかし、二人はねこの名前を知ってからも、

 

「まぁ、それは置いといてどうしようかしら。やっぱり、みかんがいいと思うのよね」

 

「えー、ビビアンのほうがいいよ」

 

「ビビアンは却下よ。せめて、ほかの名前にしなさい」

 

「ニートはたて」

 

「一発殴らせなさい」

 

 先ほどまでと同じように名前決めを行っていた。

 

「にゃ?にゃっ?」

 

 これにはねこも困惑して、二又のしっぽをふりふりさせながら青年とはたての間を行ったり来たりの右往左往で存在をアピールする。

 

 「とにかく」そうはたては青年を牽制しながらねこを抱き上げる。

 

「この子も“みかん”のほうが絶対にいいはずよ。そこは譲らないわ」

 

「いや、僕だって譲らないよ。ニートはたてという名前が却下されたいま、僕は新しい名前で立ち向かわせてもらう」

 

「へー……どんな?」

 

「マーオ」

 

「却下」

 

 ばっさりと切られてしまった青年は、突っ伏す格好で倒れこんだ。どうやら、必殺技ともいえる攻撃も、姫海棠はたてというラスボスの前では歯が立たなかったみたいだ。

 

 はたては突っ伏す青年を横目に、ねこを目線の高さまでもっていって喋りかける。

 

「今日からあなたの名前は“みかん”よ。わかった、みかん?」

 

「にゃーん……」

 

 本当の名前があるのに、まったく別の名前が決まってしまったねこは少ししょぼんとした顔で鳴き声を上げた。はたては、それに首を傾げ──ふと何かに気づいたの

か青年の肩をとんとんと叩く。

 

 どんよりとした面持ちではたてのほうを向く青年に、はたては無情にも命令を下す。

 

「みかんがお風呂に入りたがってるわ。沸かしてちょうだい」

 

「お願いだから僕にもその優しさを向けてくれないかなぁ……」

 

 ため息を吐きつつも、席を立ち風呂を沸かしに行く青年。その頬には、キラリと一筋涙が流れたとかなんとか。

 

 青年の後ろ姿に手を振ってはたては見送る。

 

「さー、みかん。今日は私が隅々まで洗ってあげるわよ」

 

 意気込むはたてに、ねこ──改め、みかんは、

 

「にゃーん……」

 

 と、ため息のような声を漏らした。

 

 

           ☆

 

 

 ねこを洗い終え、自分も風呂で一日の体を癒した後は、そのまま就寝することとなった。パジャマに着替えた青年とはたては、それぞれの布団で身を休ませながら話す。

 

「はたてー、僕にもみかん貸してよー。みかん抱きながら僕も寝たいんだけど」

 

「あんたみたいな冴えない男より、私みたいな究極美少女と一緒に寝たほうがみかんも箔がつくわよ」

 

「究極美少女(絶賛ひきこもり中)まで入れないとね」

 

「うるさいわね。あんたは一々一言多いのよ」

 

「まったく……これでも心配してるんだよ?」

 

「はいはい、ありがとね」

 

 はたては手をひらひらさせながらお礼を言う。青年には背を向けているため表情はわからないが、きっといつも通りだろう。

 

「それより、明日もバイト早いんでしょ?そろそろ寝なさい。起こしてあげないわよ?」

 

「いや、いつも僕が起こしてるよね?僕が寝坊助みたいな言い方やめてくれないかな?」

 

 そう青年が問うた時には、既にはたてのほうからは寝息が聞こえていた。いつもの早業に青年は肩をすくめ、

 

「おやすみ、はたてにみかん」

 

 そう声をかけて寝るのであった。

 

 




はた×橙ってはやらないかなぁ……


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07

 カッカと石と靴の踵がぶつかる音が聞こえてくる。

 

「あれ?もうバイトの時間だっけ?いつもより少し早いじゃない」

 

「うーん、今日はいつもより早く出るとバイト代が少しだけ増えるんだ。なんか店長が定期的にそういう訳のわかんないバイト限定イベントするんだよね。まぁ、そのおかげで一種の臨時ボーナスを得られるわけだから僕は嬉しい限りだけどさ」

 

「なるほどねー。まぁ、頑張ってきなさいよ。あ、それと昼は?」

 

「あぁ、昼休憩に帰ってくるから待ってて」

 

「はいはい」

 

 靴ひもを結び直し、体全体をほぐす青年。

 

 これから洋菓子店へとバイトに向かう青年は、烏天狗である姫海棠はたてに振り返り手を振って玄関を後にする。

 

 はたてはねこ(命名、みかん)を抱きながらあいた右手で青年に振りかえす。これも、なんともなしに決まった二人の習慣だ。別段意味はないのだが、青年的にはこれで元気が出るらしい。

 

 青年を見送ったはたてはねこを抱きながら、そのまま室内に引き返そうと踵を返す──返そうとしようとした矢先、ねこがはたての腕の中からぴょんと抜けだした。 とてっ、と玄関に着陸したねこはそのまま器用に手を動かし、玄関の戸を開ける。

 

「にゃー!」

 

「ダメよ、外は危険がいっぱいなのよ」

 

 玄関の戸を開け、外に出たねこははたてに「一緒にお散歩しようよ!」と呼びかけるが、はたては首を横に振って拒否の構えを取った。

 

「にゃっ?にゃっ?」

 

 ねこははたてのほうに擦り寄り、可愛い顔を左右に振る。「なんで? なんで?」とはたてに問いかけているようだ。

 

「いい、みかん?私は外に出ると溶けてしまうのよ。見たくないでしょ?私が溶けるところなんて」

 

「にゃー……」

 

 真面目な顔でねこに語りかけるはたて。ねこは「そんなバカな……」とでも言いたげな声で鳴き声を上げる。しかしながら、はたてにはそれが諦めの声に聞こえたらしく、一人頷いて室内へと消えていこうとする。

 

「にゃー!にゃー!にゃっ、にゃにゃ!」

 

「もー、なによ。そんなに興奮して……いったいどうしたの?」

 

 なおも声を上げるねこに、はたても室内行きを諦めてしゃがみこむ。ねこ視点からは、はたての短いスカートから見える下着が目の前にある形だ。

 

 ねこはそんなはたての下着には目もくれず、身振り手振りでなにかを伝えようとする。

 

「にゃにゃにゃ!にゃー……、にゃにゃ!にゃー!」

 

「ふんふん」

 

「にゃっ!にゃー……、にゃー……、にゃー……。にゃにゃにゃにゃ!!」

 

「ほおほお」

 

 はたてはねこの声に一々相槌を打ちながら頷く。やがてすべてを鳴き声に込めたねこは満足したのか、ほっと一息つき……期待の籠った眼差しではたてを見つめた。

 

 ねこの期待の籠った視線を受けてはたては──

 

「ごっめーん、何言ってるのさっぱりわからなかったわ!」

 

 両手を目の前で合わせて、ヒマワリのような笑顔で言い切った。

 

「にゃっ!?」

 

 当たり前といっては当たり前なのだが、あまりにもあまりなはたての言動に、先ほどまで一生懸命伝えようとしていたねこはついに泣き出してしまう。

 

「え!?ご、ごめん!え、えーっと、えーっと……」

 

 これにははたても驚き、慌て、ねこを抱き上げ揺り籠のように揺らしながら必死に話しかける。が、ねこの涙は止まることがなく、いよいよもってはたてのほうも目に涙を溜め始めた刹那──

 

「わ、わかったわよ!外へ行けばいいんでしょ!?外に行けば!」

 

 どうにでもなれ!そう言わんばかりに大声を上げるはたて。そのセリフを聞いた瞬間、ねこはピタリと泣き止んだ。

 

「にゃーん!にゃにゃーん!」

 

「……みかん、あんた謀ったわね……」

 

「にゃ?」

 

 涙の後さえ見えぬねこに、はたては恨みがましい目線を送った。

 

 一度言った言葉を引っ込めるのは、姫海棠はたてにとって簡単なことではあるのだが、そうすると今度はねこであるみかんが本気で泣くことになるので、自分が降参したほうがいいだろう。そう思い、はたては外に出るための身支度をした。といっても、麦わら帽子を被っただけなのだが。

 

 玄関の戸を開け、一歩踏み出すはたて。

 

「あっつ……。もう帰りましょ、外に出たことには変わりないし」

 

「にゃっ!?」

 

 そして玄関の戸を閉め、そのまま室内に置いてある雑誌に向かって足を進めようとするはたて。

 

 それを必死に止めるねこ。

 

「あー、はいはい。冗談よ、冗談。まったく……行けばいいんでしょ、行けば」

 

 ねこに止められ、再び玄関の戸を開け外へと踏み出す。燦々と照りつける太陽、じめじめとした空気、熱したように熱そうな道、そしてそんな太陽や空気にも負けずに外を歩く人里の住民。それらを前にしてはたては、

 

「……人里って、意外と人がいるものなのね。普段あいつしか見てないから、“人里”という場所はあいつが作り上げた幻想の世界だと思ってたわ」

 

 とても失礼なことを言った。

 

「にゃ?」

 

「え? あぁ、ごめん。それじゃ……お隣さんのところまで歩きましょうか」

 

「にゃー!」

 

 青年の家からお隣さんまで、歩いて1分ほどで着くのだが──それでも、はたてとねこには十分な距離のようだ。

 

 いや、ねこにしてみればはたてが外に出てくれた、という事実だけで嬉しいのだろう。

 

 それを証明するかのように、はたての隣に付き添って嬉しそうに声を上げながらついていく。はたてが何度か抱き上げようとするも、それをやんわりと断るあたり、本人は散歩が好きなのだろうか。

 

「よーし!お隣さんまで歩いたわ。今日はこれで終了ね」

 

 青年の家からお隣さんまでは歩いて1分ほどの場所にあるのだ。 数歩足を出すだけで終了する。はたては見事お隣さんまで歩き終ると、そのまま家に帰るためくるりとUターンする。それを見逃すはずのないねこ。瞬時にはたての前に回り込んで、つぶらな瞳ではたてを見る。

 

「ぐっ……!?もう騙されないわよ……!」

 

 麦わら帽子を目深に被り、ねこが視界に入らないように歩こうとするはたて。だが、ねこにははたての作戦などお見通しのようで、「にゃーん……、にゃー

ん……」と、か細い声を出してはたての良心に訴えるような鳴き声を発する。

 

 視界がダメなら聴覚を利用しようということだ。耳を押さえてしまったら、視界にねこの姿が、視界を防いでいたら耳にねこの鳴き声が。どうやら、はたてに逃げ場はないようだ。

 

「わ、わかったわよ!もうちょっとだけね!もうちょっとだけ!」

 

 はたてがねこに根負けして、そう叫んだ瞬間──お隣さん、つまりはたてが現在いる場所の玄関が開き、中から家主たちが顔を覗かせたのだ。

 

「おやおや、ねこさんと言い合っていたのはこんな可愛らしい女の子だったとはねぇ」

 

「ほっほ、そこのお嬢ちゃん、あんまりねこさんと喧嘩はダメじゃぞ」

 

 はたてに声をかけてきたのは、御年65歳くらいの老夫婦であった。ともに白髪で柔和な顔をしており、はたてに対して孫に会ったかのような笑顔を向けていた。

 

「……あ、はい」

 

 思わずはたては頷いてしまった。柔らかい物腰の老夫婦の言葉に、何倍も生きてきた姫海棠はたては素直に頷いてしまった。

 

「あっ!?こ、こらそっち行っちゃダメよ!」

 

 シュタタッと老夫婦が開けた玄関に向かってねこはダッシュする。ねこに向かって静止の言葉を投げかけるはたてだが、ねこはその声に耳を貸さず老夫婦とはたてが

見つめる中、猛ダッシュで家の中へと入っていった。

 

 無言で玄関を見つめるはたて。そんなはたてに、老夫婦は優しく声をかけた。

 

「お茶でもどうかのう?」

 

 はたてはぎこちなく頷いた。

 

 

           ☆

 

 

「ほ~、ほたてちゃんねぇ。随分と可愛らしいお名前だことで」

 

「はたてです! は た て !」

 

「あられでも食べるかい?ほたてちゃん」

 

「だから、はたてだってば!」

 

 家に招かれることになったはたては、座布団の上に正座でお婆ちゃんと話をしていた。といっても、先程からこのお婆ちゃん、はたての名前を間違えてばかりで一向に話が進まない。

 

 そればかりか、勝手に話が終わらせ席を立つと台所にあられを取りに行く始末。なんとも自由奔放というか、雲のようなお婆ちゃんである。

 

「まったく……、みかんダメじゃない。勝手に人の家に上り込んで」

 

 青年の家に勝手に上り込んだ挙句、そのまま住んでいる烏天狗はそう注意する。この場に青年が居たら、絶対に白い目を向けられるだろう。

 

 ねこは、「にゃーん」と鳴き声を上げはたてに擦り寄る。はたては肩をすくめてねこを抱き上げた。どうにも、ねこにはしっかり怒ることができないはたてである。 青年には容赦の欠片もないのだが。

 

「ほっほ、可愛いねこさんだのう。ほ、はたんちゃん?」

 

「おしいですが、私の名前ははたてです。ほたてでも、はたんでもありません。は た て です」

 

「ほっほ、すまんのう。物覚えが悪くなってしもうて……」

 

「あ、いえ……。べつにそこまで怒ってるわけでは──」

 

「それではたんちゃん」

 

「はたてです」

 

 瞬時に訂正するはたて。何回も続くこのやり取りに、流石にうんざり気味である。そんなはたての前にあられがことんと置かれる。

 

「ほたてちゃん、あられどうぞ」

 

「あ、どうも。えっと……いただきます」

 

「ねこちゃんもどうぞ」

 

「にゃー!」

 

 はたてはあられを一つ摘み、口に放り込む。 噛んだ瞬間、塗された砂糖が口いっぱいに広がり腔内に甘さが浸透していく。 ガリガリと音と食感を同時に楽しむことができ、はたてはついつい二つ目を摘み口に入れた。一つ、二つ、三つ、食べれば食べるだけ口は砂糖の甘さと、あられのカリカリとした食感で満たされていく。

 

「にゃー!」

 

「へ?あ、ごめんごめん。はい、みかん。咽喉に詰まると大変だから、少し割ってからね」

 

 パキンとあられを真っ二つに割り、自分の手のひらに乗せねこに近づける。ねこはふんふんと匂いを嗅いだ後、ぱくりとあられを食べる。もぐもぐもぐ、と口を動かした後、

 

「にゃー、にゃー」

 

 と、はたてに擦り寄りもう一度食べたいとおねだりしてきた。はたては苦笑しながらも、残っていた半分も食べさせた。

 

「おいしい?」

 

「にゃー!」

 

「よしよし。けど、確かにおいしいわね。あいつも作ってくれないかしら」

 

 きっとお金がないから無理かもしれないけど。自分の家の経済状況を再確認するはたてである。青年ことだから、はたてがお願いすればどうにかしそうな気もするが。

 

 はたての言葉にお婆ちゃんは優しく微笑みながら答えた。

 

「あの子のことだから、きっと作ってくれるはずさ。けど、お金がないって嘆いていたからどうだろねぇ~……」

 

「あれ?あいつのこと知ってるんですか?」

 

「休憩時間の最中なんかによく来てくれてねぇ。ほんと、人懐っこいから孫みたいで」

 

 あられを食べるねこを撫でながら、はたては青年の姿を思い浮かべる。

 

 人懐っこい……というより、能天気のバカっぽい……。そうはたては思ってしまうのであった。くるるる、とはたてのお腹が鳴る。慌ててお腹を押さえるはたて。チラリと顔を赤くしながらお婆ちゃんとお爺ちゃんのほうを見ると、ニコニコとした顔ではたてのことを見ていた。

 

「ほっほ、ばあさんや。もうお昼じゃし、昼食を食べようかのう」

 

「あ、それじゃ私は──」

 

「ええ、じいさんや。三人分、作ってきますね」

 

 腰を浮かせたはたてだが、老夫婦の言葉を聞いてそのまま固まる。

 

「えっと……」

 

「ほたてちゃん、お昼食べていきなさい。ほたてちゃんみたいな可愛い女の子と食べれる機会なんてないのだから、年寄りの頼みだと思って」

 

「は、はぁ……」

 

 妖怪の私のほうが、あなた達より何倍も年寄りだと思うけど。そう思いながら、はたてはとりあえず浮かせていた腰を下ろした。そこにシュタタッと駆け、綺麗に正座したはたての膝にちょこんと座るねこ。はたてもねこの抱き方に慣れたもので、赤ちゃんをだっこするようにねこを抱く。

 

 ねこは嬉しそうに鼻を鳴らした後、腕の中でごろごろと寝返りを打つ。そのたびに、はたてはちょっとおろおろしながらねこが落ちないように気を使う。

 

「ほたてちゃん、ねこがよく似合ってるよ」

 

「どうも。 あと、何度でもいいますが、私の名前は姫海棠はたてです。 は た て です!」

 

「ほっほ、ほたてちゃん、あまり怒ると可愛い顔が台無しじゃぞ」

 

「人間って……耳が遠い生き物なのね」

 

 諦めたように遠くを見つめるはたて。

 

 そこに、お婆ちゃんがおぼんを持ってやってきた。

 

「はい、はたんちゃん。ねこちゃんにはこっち」

 

 はたての前に置かれたのは、キラキラと光る白米、わさび醤油が食欲をそそる冷奴、身がぎっしりと詰まった焼き魚に、小松菜のおひたし、そして豚汁である。ねこ

には焼き魚の切り身を食べやすいようにカットしていた。

 

 はたてはその料理に目を輝かせる。

 

「うわーー!どれもおいしそう!」

 

「召し上がれ、はたんちゃん」

 

「いただきまーす!」

 

 両手を合わせて合掌し、勢いを殺すことなく焼き魚にありつく。シャクと焼き魚を噛むはたて──その顔はすぐに笑顔へと変わっていた。それを見て、老夫婦は嬉しそうに二人頷く。「おいしいわねー」「にゃーん!」そんな会話を耳にしながら、二人も自分の食事にありついた。

 

 ぱくぱく、むしゃむしゃ、見てるこちらが嬉しくなるような食べっぷりを見せるはたてにお婆ちゃんが話しかける。

 

「はたてちゃんは、いつも一人なのかい?」

 

「へ?まぁ基本は一人ですね。夜と朝はあいつがいるからそうでもないかもしれないけど」

 

「それじゃぁ、お昼は一人で食べてるのかい?」

 

「まあ」

 

「一人で寂しくないかい?」

 

「雑誌とか読んで過ごしてますし。ゲームとかしてれば時間は経ちますし」

 

 いったい、なんでこんなことを聞いてくるんだ?はたては首をかしげる。

 

 それを見越したかのように老夫婦ははたてに提案する。その提案は青年にとっても嬉しいことであり、はたてにとっても得する提案であった。

 

 

           ☆

 

 

 夕暮れ時、はたてはねこを抱きながら、老夫婦に見送られながら家を出る。手にはお土産のあられをしっかりと持っていた。といっても、お隣から徒歩で1分なのですぐに家の前に着くのだが。

 

 玄関の戸を開き家に入ると、ばたばたと室内から青年の足音と声が聞こえてきた。

 

「ほたん!?ヒッキーのほたん!ニートのほたん!一人でどこに行ってたの!?もしかして家で迷子になったの!?」

 

「とりあえず落ち着きなさい。もう別人になってるわよ。それに、流石の私も家で迷子になったりはしないわよ」

 

 冷や汗を掻きながら、はたての名を呼び駆け寄ってくる青年。 

 

 はたてはやれやれ、とでも言いたげに頭を振った後、手に持っていたあられを青年の胸にどんと置く。疲れたような声を発しながら、室内へと入るはたて。

 

 そんなはたてを、青年はただただ唖然とした顔で見送るばかりだ。

 

 青年のズボンを何者かがひっかく。首を下に向け確認すると、ペットであるねこが嬉しそうな鳴き声を上げていた。それを見て、何か悟った青年はねこを抱き上げ、頭を撫でながらお礼を言う。

 

「ありがとう、みかん。どうやら少しだけ、はたての移動距離が増えたみたいだね」

 

 奥からは、はたてが青年を呼ぶ声が聞こえてくる。青年はそれに苦笑しながらも、嬉しそうに答えるのであった。

 




はたてマジでかわいい


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