貴方にキスの花束を―― (充電中/放電中)
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Re.Beyond Darkness 1. 『暗闇越えて~game start!~』

1

 

――――此処へ来てどれくらいの時が経ったのだろう

 

夜空を見上げ、これまでを振り返る。それは繊細に細部まで上映され次々展開されてゆく

 

地球に来て、依頼を受け、標的(ターゲット)に出会って…――――

 

瞳に映る夜の闇には星1つ無い。それはそこに無いのではなく、見えないだけだ。確かにそこに星はあり、光を放っているはずだった。でも、どんなに目を凝らしてもヤミには光の在処(ありか)が分からなかった。

 

――――此処(・・)へ来てもうどれくらいの時が経ったのだろう

 

それはビルのアンテナに立ち夜空を見上げ始めた時間の事。真下の街並みに目を向ける。光り輝くネオンの街並み、青白い都市の光。人工の灯りは人の営みの豊さを示すものだ。その光は夜空の星たちの儚い光を遮り、ヤミから光の在処を隠していた。それは誰かの心の情景のようにヤミには思えた。

 

――――絵本。

 

先ほどから展開され続ける物語。その中で金色の少女が穏やかな顔で絵本を読み聞かせられていた。何度も同じ絵本の朗読をせがまれる黒髪の青年は始めは面倒くさそうだったが、それでも読み始めれば徐々にその気になって朗読してくれる事を少女は知っているようだった。

 

穏やかで暖かな(・・・)二人(・・)だけの時間の流れ……。

 

孤独を愛し、静寂を好むヤミは街の光の中から一つ(・・)を見つめる。

 

夜の(とばり)が訪れてから、ずっと眺めていたその一つの光へと手を伸ばし掌でくるりと握ってみせた。小さな掌に含まれた光は――――すり抜けて、掴めない。それでもヤミは握りしめた掌をそっと胸へと押し当てる。その暖かな光が内なる闇へと染みこむように――――

 

愛した孤独の、好んだ静寂の中でヤミは独りだった。

 

 

2

 

 

光あふれるリビングに響く気怠い声

 

「おい、春菜。メシー、メシはまだかぁー?」

「もう、さっき"もうちょっと待って"って言ったでしょ」

 

エプロンの背中は声に向かえず答える。手元は先ほどから正確に、迅速に動かされているようだった。

 

「もうちょっとってあとコンマ何秒だよ……どんだけ俺を待たす気だよ」

「もうちょっとは"もうちょっと秒"だよ、お兄ちゃんは"待たず嫌い"だよ、まったく」

 

なんだそりゃ、とテーブルに突っ伏した。今夜は"明日から新学期&進級おめでとう頑張ろうねお兄ちゃん、野菜も食べようねの会"……要は美味いものを食べて鋭気を養おうって事だ。ちなみに単純明快なこの名付け親はキッチンで料理の腕を存分に振るう鉄人…じゃなく妹、春菜…西連寺春菜だ。

 

「もうそこにあるので充分じゃねーのかよ…」

 

キッチン脇にはすでにホカホカと湯気を上げる料理たちが鎮座して俺に、西連寺秋人に食されるのを待っている。タンドリーチキンやグラタン、クリームパスタ。どう見ても今日は洋風だ……なのに―――

 

「うん、できた♪」

 

じゃんっと見せられるフライパンにはふっくらとした―――卵焼き(・・・・)

 

「…おい、なんだソレは」

 

突っ伏したままジロリと春菜を見つめる。

 

「なにって…卵焼き、だよ?お兄ちゃん好きでしょ?」

 

余計に見やすいように近づく卵焼き…みどりいろ(・・・・・)

 

「卵焼きが緑であってたまるか!卵ちゃんがクーデター起こすわ!」

「あれ?緑かなー?気のせいだよ、気のせい」

 

こなれた様子で態とらしくすっとぼける春菜、

 

「全卵ちゃんが泣いた!全俺逆大ヒット!ワースト記録更新中!」

 

ハイハイ、じゃ食べよっかお兄ちゃんお皿お願いね、と流れるように無視をする春菜は変わらず笑顔だった。こうして外が暗くなって、家に帰って来てからもずっとずっと笑顔、笑顔だった。この賑やかな空気がたまらなく楽しい、といった感じだ。

 

暖かな空気、明るい蛍光の灯りに照らされ、眩い光を放つ笑顔の春菜は幸せの只中に居たのだった。

 

 

3

 

 

「お兄ちゃん、起きて、朝だよ」

「ふぁあぁあああああー、はいよ」

 

ゆさゆさと揺さぶる春菜に起こされる、今日から新学期。春菜は二年に、俺は三年になる始まりの朝だ。起き上がりボリボリと頭を掻く

 

「おはよ、もうご飯できてるよ」

 

うむ、おはようと頷く。寝ぼけ眼で見る春菜は俺とは違ってきちんと身支度を整え、すでに制服姿だ。身につけたエプロンが家庭的で良妻賢母な春菜をよく特徴づけている

んーっ!と大きく伸びをして立ち上がる、首の関節がコキコキと音をならした。

 

「…。」

 

そんな様子をじっと眺めている春菜……なんだよ?

 

「…お兄ちゃん、ちょっとしゃがんで、」

「は?なんかあんのかよ?」

 

いいから、と頬に手を添えられる。

春菜に顔を寄せるとふわりと香る春菜の甘いイイ匂い――――――

 

――ん、と頬にキスされる。春菜らしい、唇を当てるだけの親愛のキス。

それでもやはり恥ずかしいらしい、頬は朱く視線が彷徨っている。

 

やはりウチの西連寺春菜は一番カワイイ――――……が、

 

「…どうせならエロいコスプレの方がはっきり目が覚めるな、そうだな…例えば!!上はセーラー服で下がスク水とか!もちろんスカートはナシで」

 

―つい、からかってしまう。勿論本音はコスプレだって捨てがたい、はっきり目が醒めるのも本当だ。ん?よく考えると正直な感想だったりして

 

「お兄ちゃんのバカ!」

 

"返答"を期待していた春菜はつま先立ちのままパンチしてきた。あたった箇所は腹。おぐぅっ!と苦悶の声をだす俺は倒れそうになり目の前の暴行犯にしがみつく、それほどに春菜のパンチは強力無比なのだ。

 

「…えへへ」

「ぐ…なにを、笑って、…んだよ」

 

みぞおちに春菜パンチ(弱)をキめられた俺は朝から呼吸がおぼつかない

 

「お兄ちゃんからハグしてきたから、えへへ…」

 

オマエな、と髪をくしゃりと撫でる

 

「あ!もう、髪またやり直しだよお兄ちゃんのバカ、暴力魔人」

「朝から腹パンいれるヤツにいわれたくねーぞソレ…」

 

こんなやりとりをしていたから俺たちは朝から彩南高校へ全力疾走だった。走ったおかげで腹が二重に痛くなった、まったく春菜のアホめ

 

 

4

 

 

「ナナ・アスタ・デビルーク!だ!」

「モモ・ベリア・デビルークです♡皆様よろしくお願いしますわ」

 

彩南高校1-Bへ入学したモモとナナの二人のプリンセス。

モモは愛想よくふんわり微笑み。ナナは元気よく薄い胸を張る。

そして俺は微笑むモモを眺めながら出会った時のことを思い返していた――――

 

勝負(ゲーム)をしましょう、お兄様』

 

声には棘があったが、ふわりと愛想よく微笑うモモ・ベリア・デビルーク。くせっ毛(・・・・)が揺れる

 

「お兄様が勝てばデビルーク王後継者になることを認めます。」

「いや、なるとか言った覚えは…」

 

リビングで漫画を読みふけっていた俺が、春菜に「洗濯物畳んでおいてね、お兄ちゃん」という言いつけを思い出し、そろそろやるか、と思って手を付けていなかった時、ピンポーンと呼鈴がなったのだ。ヤベッ!春菜か!?と思ったらモモでした。なんだよ、

 

「ですが!リトさんが勝ったら素直に引いてもらいます…そして"お兄様"になるということも辞退して頂きます」

 

睨みつけるモモ、それでも手は動かされていた。

 

「いや、もう素直に引くけど…それよりモモ、こっちにまだあるぞ」

「分かってますよ!…全く!どうして私が…」

 

不慣れな手つきで畳まれる洗濯物。タオルやらTシャツやら俺のものばかり、春菜のだけが無い。チッ、どんな下着持ってるのかチェックしてやろうと思ったのに。

 

「リトさん側につく女性が多ければリトさんの勝ち。お兄様側につく女性が多ければお兄様の勝ち。とします」

「ふーん。ほら、次だぞ」

「それは畳んだやつですわよ!…いいですね?!どちらが"ハーレム王"たる資質があるかの勝負ですからね!」

 

正座で洗濯物を畳むモモはデビルーク王家の正装姿だ。なんかアンバランスな魅力があるな

 

「ハーレム?なんか関係あんの?」

視線を外しペラリと漫画を捲る。ごろりと横になり大仏の像。

 

「…あります。子どもがデビルークには少ないからです…私達姉妹も全員女。後を継ぐ男性が居ないんです。広い銀河を統べるには世継ぎが大量に必要となりますから…え?詳しく聞きたいですか?いいでしょう!それでは説明しましょう!」

「いや、いらんですよ。いいから洗濯物お願いします」

 

デダイヤルからホワイトボードとマーカーを呼び出し設置し始めるモモに断りを入れる。…次のページへ、と漫画を捲る

 

「ちょっと!解りやすく簡潔な説明が聞きたくないんですかっ!?」

 

いや、もう随分とわかりやすく簡潔な説明だった気がするが……

コレ以上の説明が必要なのか?立ち上がり意気揚々と肩を弾ませるモモのスカートが靡く

 

「それでは始めます!セッションワン!『正しい夫婦の性生活~ビギナーさん向け~』!」

「やめろっての」

 

ぺしっとTシャツを投げつける。ぐちゃぐちゃだったそれは正確にモモの顔面にぶつかった。

 

「何するんですか!あ!しかもコレ畳んだやつじゃないですか!」

「…俺よか下手なんじゃねーの、モモ、お前プリンセスなんだよな?マジで?ナナの方が案外器用だったりして」

 

な!なんですって!と怒るモモ。双子の姉と比べられるのは癪だったらしい。

 

「お兄様のだからですよ!リトさんのだったらクンカクンカしながらしっかりねっとり畳ますのに…」

「…いや、するなよ、間違いなくヒかれるぞソレ」

そうですか?と小首を傾げるモモ。

 

「ちなみに現在の戦況はこういう感じになります」

 

《正統ハーレム王、愛しのリトさん♡》

お姉様、春菜さん、モモ♡

 

《要排除(デリート)要らないコなお兄様(邪魔)秋人さん☠》

なし

 

「大差で負けてるな」

「はい♡」

 

ピッとスクリーンに表示される戦況報告。最初からそっち使えばいいのに、ホワイトボードにこだわりでもあるのか?

 

「頑張らないお兄様を応援してます♡」

「おう、頑張らないぞ」

 

スクリーンを背後に微笑むモモ。額に☠が映ってるぞ

 

「もう!少しは頑張ってください!出来レースなんてツマラナイですわよ!」

「そうは言ってもな…」

 

…こっちに留まるのかも決まってないし、そもそも消えていくつもりなのだ。

 

「…では、お兄様側に付きそうな女性が、一人追加されるごとに私は"お願い"を聞いて差し上げます」

ごろりと仰向けに寝転がる俺に顔を近づけモモが言う

 

「お、ホントか?」

「ハイ、二言はありませんわ♡」

ふわりと微笑む無邪気な笑顔。くせっ毛が鼻を(くすぐ)った。

 

「なら、"とらぶるくえすと"でな…」

「ふむふむ」

 

――モモは耳を近づけてくる。コソコソと計画を話した、たぶんモモなら上手くやってくれるはずだろう

 

「……してくれ」

「え、イイんですか?」

「おう」

頷いて手に持っていた漫画でナイショ話は終了、と頭をポンと叩いた。

 

「ヤった!それではウザいお兄様(偽)も闇に葬れて一石二鳥ではありませんか!」

「オイ」

瞳に満点の星を浮かべるモモ。上辺の愛想がとれて黒い本音が漏れてるぞ

 

「コホン。それは悲しい…きっとお姉様方も悲しみますわ…」

「思ってないだろ」

立ち上がって嘘泣きで瞳を潤ませるモモ。丸見えのパンツは白。

 

「ああ、どうやって私はお姉様方を慰めて差し上げれば…困りましたわ…」

「絶対困ってないだろ」

ニヤニヤと口元に笑みを浮かべるモモ。…愉快犯だな

 

「ああッ!それにはリトさんの寵愛が必要不可欠♡悲しみを忘れ快楽落ちするお姉様方♡なんて素敵な展開っ!」

つつー…と涎を垂らしイヤイヤと尻尾と身体を揺らす計略小悪魔Mさん

 

「おい、涎たれてるぞ、あとさっきからパンツ丸見えだからな」

「リトさんとの快楽に浸るお姉様!そこに偶然(・・)私が出くわして♡リトさんに捕まり調教されてしまう♡」

 

…モモは全く聞いてない。変わらず朱に染まる頬に手を当て揺れている。フリル付きの白のパンツも揺れている

 

「おい、いい加減に戻ってこい」

揺れる尻尾を捕まえて、こしこしと擦ってやる。

 

「んあっ♡だめぇ…リトさぁ…んっ♡」

「結城リトじゃないっての。いい加減はよ洗濯物畳んで帰れ。春菜が帰ってくるだろーが」

 

なんだか不倫してる妻みたいだな、俺…。旦那様は【西連寺春菜】!ってか、何を言う春菜を尻にしくのは俺だろう、俺。

 

「んんっ…あんっ…おっお兄様!?…はああんっ…!」

パッと戻ってきたモモの尻尾を手放した。

 

「んっ……私にさわらないで下さい!」

バシンッ!と頬を叩かれる。無意識で加減してくれたのか、力の強いデビルーク星人ではなく、一人の少女の力だった。

 

「…悪かったよ、あとは俺がやるからもう帰れ」

「むっ。なんだか私の扱い悪くありませんか?」

くせっ毛を指に絡み付け睨むモモ

 

「そうか?優しくして欲しいのか?」

 

――さっきと違って抑えられたスカートからはチラと白が覗き見える、だいたい近づきすぎなんだよお前は

 

「まさか!はっきり言っておきますけど私、お兄様キライですし。」

 

しっかり目を合わせ言い放つモモは確かにそうだと思う。

 

「だろうな、さっきは"ウザいお兄様(偽)"とか言ってたしな」

「…!まさかお兄様は心を…」

「そうそう、だから帰った方がイイぞ。尻尾を触ると俺は心が読めるのだよモモ君」

「ふむふむ、尻尾注意…と」

 

メモをとるモモ。ちゃんと抑えないと、パンツがまた見えてるぞ。結構シンプルなものが好きなんだな

 

「では帰れ」「ええ、帰りますとも」

 

そろそろ春菜が帰ってくるだろうし、今日のおやつはなんだろうか。あ、まだ洗濯物が…これだとおやつが抜きに…と内心焦る俺。まずいわ、旦那様が帰ってくる前に証拠を…ってか、アホか。モモはやや不機嫌だ。チヤホヤされ慣れているから邪険に扱われるのが気に喰わないのだろう。

 

「では、せいぜい消えてしまわないようにお気をつけて♡お兄様♡」

 

バタンっとドアを締め愛想よく退出するモモ。くせっ毛を揺らし颯爽と出て行く。

はいはい、お気遣いサンキューな、と背に投げながら洗濯物を畳みにかかる。ピンポーンと再びなる呼鈴。なんだよモモ、まだ何かあんのか…あ、責任持ってこれを…あれか

 

「ったく、洗濯物畳みたいならそう言えよ?パンツが白くて結構シンプルなのは黙っておいて…」

「ただいま。パンツが…何?お兄ちゃん」

 

ドアを開けるとそこには春菜(鬼)が立っていました。バタンと締めるドア。鬼は外。

 

ガチャ、と再び開くドア。鬼は内。

 

「カギ。持ってるから」

 

――超コワイ。なんと鬼はカギ持ちなのでした。

 

「…私が隠してた洗濯物…どうやって見つけだしたの…ね、お兄ちゃん」

 

笑顔の春菜はカワイイ。だがこの迫力満点の笑顔は好きじゃない

 

「ちが、春菜の洗濯物じゃなくて俺の…」

「お兄ちゃんのトランクスで白は無いよ…ね?」

「どうしてそんな俺のパンツ事情を…ま、まさか!春菜!こっそりチェッ…「私が全部洗濯してるから知ってるのッ!」ク…」

 

バスッ!と投げられたパイナップル(おやつ)は正確に俺の顔面にぶつかり意識を刈り取った。

 

「――――ありゃあ痛かったな、」

「なーにが?ですか?」

 

傍らに立っているメアが見上げてくる。パイナップルには棘がある、とだけ答えておいた。ふぅーん、素敵?とメアは小首を傾げた

 

「で?なんで俺はココで授業参観してんの?」

「だって私の友達せんぱいしか居ないもん、つまんないもん」

 

――アホかオマエは。クイとおさげを引く。メアは「あやー」と謎の声を発した。

 

「だいたい俺がこんなところに居てみろ、浮きまくる…でもないな」

「でしょー?」

 

男子連中はモモに夢中だ。さっそく質問攻めにあっているモモとついでのナナ。女子は遠巻きに俺とメアを眺めている。ヒソヒソと話しているようだが聞こえない。なんだろうか

 

「せんぱいと私が付き合ってるんじゃないかーだって」

「へーえ」

「へーえ?」

 

――真似すんじゃねーとおさげをクイと引く。メアは「あゆー」と謎の声を発した。

 

朝、彩南高校につくと直ぐ様メアに「せんぱいはこっちにお願いしまーす♪」と手を引かれ、こうして教室の後ろに立たされている。その間ずっとメアは傍でニコニコとしていた。まぁコイツのおかげで此方に帰ってこれたわけだし。無碍(むげ)にするのもあれだから、と素直についてきたのだ。

メアが居なければ今頃は…――――

 

「――ありがとよ」

「どーいたしまして♪」

 

微笑むせんぱいってカッコ良くて素敵♪と無邪気な笑顔を浮かべるメア。なんだか素直に言ったのが恥ずかしくなり――おさげをクイと引く。メアは「あみー」と謎の声を発した。

 

「だいたい朝のSHR中にこんなとこ居たら「秋人!探したぞ!」…ほら見ろ」

ガラッとドアを開け放つポニーテールの凛々しい武士娘。

 

「まったく、進級そうそうサボってどうするんだ、…来い、沙姫様も心配されていたぞ」

 

グイっと首ねっこを引っ張られる。俺は「ぐひー」と謎の声を発した。

ま・た・ね♪せ・ん・ぱ・い♪と掌を開いたり閉じたりするメアを眺め続けたまま凛に引きずられ教室を後にした。凛、お前何を怒って…くるし…

 

 

5

 

 

「たい焼きをください」

「あいよ!」

威勢よく返事を返す屋台の店主

 

「いつもの数で良いかい?」

「…一つ少なめでお願いします」

「?あいよっ!」

 

何も聞かずにたい焼きを作り始める馴染みの店主は一瞬、不思議そうな顔をしたが、私を見ると何故か微笑った。

 

「…どうかしましたか?」

「…いや、嬢ちゃんもそんな顔するんだって思ってな!」

へへっと鼻を掻く店主

 

「…そんな顔とはどんな顔ですか?」

「"緊張してる"って感じの顔だよ!」

 

――そうなのだろうか、我ながら無表情だと思う。顔を触ってみるが冷たい頬の感触だけ…確かにそれは強張っていたけれど…

 

「…ほら!出来上がりだ!毎度!頑張れよ!嬢ちゃん!」

「…。」

 

何も言わずに代金を支払う。82のたい焼きを受け取る時、小さく頷いた。店主はそれを見てまたへへっと笑った。

 

変身(トランス)を使わずたい焼きを運ぶ。勿論前など見えないけれど、気配を探知すれば分かる。彩南高校はとても広い。初めて来たら迷うだろう。でも私には明確な目的地(・・・)があり、更に通い慣れていた。

 

…が……で……しゅから……

 

ドアの隙間からこぼれる中の話し声。同時に確かに目当ての人物の気配を感じた。足踏みをして心を整える。いつものように(・・・・・・・)丁寧にドアを開けようと、抱えた指でこじ開けようとするが、うまくいかない。地球のドアは自動であったり手動であったり(まと)まりがない……うぅ……あともう少し…

 

 

ゴンッ!と豪快な音を立てて体ごとドアへ体当たり、咄嗟に発動させた変身(トランス)でドアをぶち破ってしまう。……たい焼きが宙を舞う

 

「――でしゅからみなしゃん、こんしゅーぅう…」

 

"古典"の授業を担当している骨のような先生が黙る。周りの有象無象がポカンとした顔をしている。……その中で、ただ一つの男(・・・・)だけを見つめ――――掴まえた。

 

 

「…アキト、今度は私の"家族"になりませんか」

 

 

光はポカンとした顔のまま固まっていた。

 

 

――――こうして二人の物語がまた始まる。咲き誇る満開の桜の、舞い散る甘いたい焼きの季節のなかで

 

 




感想・評価をお願いします。

2017/07/30 誤字修正


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

1.伸ばしたその手に掴んだものは

2.繋ぎ留めた日常

3."不倫"と"ゲーム"

4.誘拐捕獲、また捕獲

5.空白を埋めるもの



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Re.Beyond Darkness 2.『暗闇の使者~Dangerous Plans~』

6

 

 

――――この状況は一体、何でしょうか

 

見上げながら、ふとこれまでを振り返る…全ての物事には"はじまり"があり、"はじまり"に至る理由(・・)がある………自身がこの地球に来たのは標的(ターゲット)殺す(・・)為、依頼の為だ。依頼の"はじまり"は電子メッセージだったが、ヤミにとっての全て(・・)の"はじまり"は………目の前のテニスエプロン姿の少女、西連寺春菜……ではなく、()アキトであった。

 

――――そしてこの状況の"はじまり"は「いい?ヤミちゃん。妹は…」からだった。

 

くどくどと説教をする視線の先の黒髪、ショートカット

 

「…だから……で……」

 

長々と御高説をしゃべる薄桃色の唇。いつもと違い留められていない前髪が、さらと揺れる。

 

「…と、そんなお兄ちゃんに苦労に苦労を重ねつつ…やがて…」

 

長々と――――――

 

「…それでも支えるのが妹として、いちばん大事…」

 

長々と――――――――

 

「…でも、それでも素直に慣れない妹は……」

 

長々と――――――――――――――

 

「……して月日は流れ、やがてふたりは……で………」

 

長々と――――――――――――――――――――――――

 

「…そして朝は食事や着替えの準備をして、昼はたまに会いに行ってライバルに牽制して、夜はいっしょにおふ……あ、」

 

長々と、を止めコホンと一つ息をつく唇。見上げる先には顔を朱くした()、西連寺春菜。

 

「…どうかしましたか?」

「ううん!なんでもないよ?なんでも!あはは…」

 

頬を朱くする春菜は髪を耳にかけもう一度「コホン、」と態とらしく息をついた。唇を拳で隠していても溢れた息がヤミの金の前髪を揺らした。

 

「はい!取り敢えず(・・・・・)おしまい!ごはんにしよっか、ね、ヤミちゃん」

「…ハイ」

 

――――やっとこの状況が"終わり"を告げたようですね

 

『むかしむかし、とおく過ぎ去った時間…

 

アキトとヤミがウチ(・・)へ帰るとアキトは蹴飛ばされ追い出され、ヤミは玄関で正座&お説教されました。

事態の始まりの合図は轟く悲鳴、なぜか(・・・)テニスウェアの上からエプロンだった西連寺春菜はスコートの中身を脱ごうと此方にお尻をむけ、パンツに指をかけていました。

 

ヤミには理解不能でした。

なぜなら其処はテニスコートではなくリビングだったからです。

 

「…えっちぃ人ですね」

 

ふいに零れた感想は、しんとした場によく響きました。

傍らのアキトも呆れた表情…ですがニヤっとしたことをヤミは知りませんでした。知らんぷりしたからです。

 

認識しなければ現実でさえ幻。

 

そしてそれからヤミの苦難の時間が始まりました。

長い長い時間がながれます、ヤミを助けてくれたのは…あろうことか事態の始まりを告げた少女、そして苦難の時間を創りだした目の前の姉、春菜でした。』

 

「ヤミちゃんの好きな食べもの作るね?あ、一緒に作るのもいいかも」

「ハイ」

 

視線の先の笑顔を見ながら"御伽話(おとぎばなし)"を紡ぎ、〆。現実に即し過ぎたそれにヤミは心の筆を置こうとし、やめる――――

 

「うん、じゃあキッチンはこっちだよ」

「…あの、」

「ん?なにかな?ヤミちゃん」

 

笑顔の春菜に対し、先ほどからヤミは無表情だった。

 

「…立てません。」

 

ずっと言いたかったが言えなかった言葉は、しんと静まり返った玄関によく響いた。既に時刻は午後10時。ウチへ帰ってきたのは午後7時。脚が痺れ、麻痺するには充分すぎる時間が過ぎ去っていた。

 

「ご、ごめん…」

 

『明るい玄関には、あはは…と乾いた笑いもよく響きました。おしまい』

 

――――と、一言添えて筆を置いた。

 

物事にはいつにでも"終わり"がある。こうしてヤミの辛い状況は正しく終わりを告げた。電気が流れたように痺れ続ける脚でそろそろと歩くヤミと、おろおろと彷徨う春菜の、二人の足音をBGMにして…

 

――――そういえばアキトの描写がありませんでしたね、ひぅ!

 

…駆け出し絵本作家のヤミは痺れた脚でぴこぴこと跳ねながら呟いた。

 

 

7

 

 

薄暗い部屋では――――

 

「…んっ…ああ…っ…!」

 

吐息混じりの声を少女が響かせていた。声には苦悶とこわばりの色が混じる。男はそれでも止める様子はない。無言で眉を寄せ睨むように、真剣そのものだ、その顔、その髪、その姿が――――

 

「…あっ!…んっ…はぁあっ!」

 

――愛しい凛々しい狂おしい……もちろん見上げる少女の感想だ。朧げなオレンジ色の灯りでは少女以外に男のスベテをみる事ができる者はない。それは男にとってもそうだった。だが少女にとっては覚悟の上であったし、むしろ望んだ事だった。少女は男にスベテを見て、知って欲しかった。

 

「んんっ!…もう…いい…よ…っ!」

「…もうか?美柑」

 

愛しい男、秋人の声が少女の耳朶に響き渡る。その音色に少女、美柑は歓喜に身を震わせる。

 

「うん、もう…ガマンできない…っ!…ほしい、から…っ」

「わかった。あんまムリすんなよ?」

 

少女の身を案じる男…秋人を潤んだブラウンの瞳で捉えた美柑は、はふと熱い息を可憐な唇からもらした。

 

「うん……キて…」

 

"その時"に備え、美柑は愛しい男の…秋人の身を掴む。その場所は衣服を纏ってはいなかった。

 

「くっ…!」

「ああぁっ!……ナカ(・・)で…出て……」

「…ふぅー…やっぱかけたほうが良かったか?」

 

緊張を解き、大きく息をつく秋人は達成感で満たされた笑顔を美柑へ向ける。美柑は恋する乙女の瞳でそれを写す、カシャ、「楽園(エデン)の花園フォルダに保存しました。」と、乙女の脳内で確かに響いた。

 

「ううん…はじめてはナカ(・・)で欲しかったから………かける(・・・)のも悪くないかな、とは思うけど…」

 

下腹部をそっと撫でる美柑。柔らかい表情、その微笑みにはしっかりと母性が宿っていた。

 

「でもホントに大丈夫か?美柑」

「うん…心配しないで」

 

頬をうっとりと染め上げる少女。いつもと違って敬語を使わない美柑、ふたりきり。この時ばかりは特別なようだ。

 

「ちゃんと他ではガマンしてるんだよ?」

「そっか?ならいいけど」

秋人は完成した冷たいソレを運ぶ。

「うん…」

美柑は掴んでいた秋人の手を小さく握り直し後に続いた。

 

「夜にアイスは太るもんな」

「でもお風呂あがりは食べたくなりますよね、最近暖かいですし」

 

―――ココは夜のアイスクリーム店。二人がはじめて(・・・・)訪れた人気店だ。間接照明のアンティークな雰囲気漂う店内では、客自身が狭い小部屋でアイスを作ることができ、ホットチョコクリームをバニラアイスの()に含ませるか、バニラにかける(・・・)か二人は選び、実践していた。湯上がりにアイスが食べたくなった美柑は秋人にコールし呼び出した。夜にアイスだなんて太ってしまうかもしれないし、甘いものばかり食べるところを…"食いしん坊な自身"をみせたくなかった美柑は、少し戸惑ったが秋人には"偽らない自身"を見せようと決めてスベテをみせた。幸い秋人も春菜に追い出され暇を持て余していた、故にこうして二人は落ち合っていた。

料理など普段しない秋人は、料理上手な美柑に手ほどきを受けながら実践中で、傍らの美柑は不慣れな手つきに頭二つ分、見上げながらヒヤヒヤして緊張の声(・・・・・・・・・・)を出していただけだ。

 

「結構上手にできましたね、またがんばりましょう」

「そうか?こっちからチョコが出てるけどな」

「…うん、いっぱい出したね、」

 

だからそっと下腹部を撫で艶っぽく微笑む美柑の台詞に深い意味など無い。………たぶん

 

「それで、相談って何でしょうか、お兄さん」

「いや、ヤミのこと何だけどよ」

「ヤミさん…ですか、どうかしました?」

「ああ、実は…」

 

店内に設けられた丸いテーブル席に座る。四人がけの席であったが美柑は向かいではなく秋人の隣に腰を下ろした。美柑が隣に座るのはよくある事だったので秋人は深く考えない

 

「…ナルホド、ヤミさんが秋人さんのウチに…」

「おう…はぁー…まいった」

 

―――"古典"の来週の授業で必要な連絡事項を親切な骨川センセが知らせに来てくれた。その時、轟音と共に金色の闇が訪れ、金色の大腕で俺の身体をがっしり掴みながら呟くようにこう言った。アキト、今度は私の棺桶(・・)になりませんか、と……骨川センセは恐怖のあまり失神した。大丈夫なのだろうか、頭から黒板にめり込んでたけど…あ、"家族"だったっけ、あまりに衝撃的だったから記憶改変されてしまった

 

「ではヤミさんと暮らすために春菜さんに許可を?」

「おう、まぁな、一応は…な」

 

大きな白いバニラアイスを崩し一口含む。美柑も同じく一口食べ、ん、おいしと呟いた。

 

「春菜さん怒ったんじゃないですか?」

「怒ってたのか?アレ…」

 

バニラを口に運びながら春菜ビンタ(弱)を食らった頬をさする。美柑はアイスを食べながら痛そうですね、と赤いもみじの頬を撫でた

 

「?違うんですか?」

 

小首をかしげた美柑を見ながら思い返す、いや、アレは…、と半脱ぎテニスエプロンコスの春菜が思い浮かぶ

 

「―――気合を入れてたんじゃないか?」

テニス部だしな、と付け加える。

 

知らなかったが、春菜ってスポ根じみたところもあるらしい、凛とテニス勝負してボロ負けしたそうだ。やたらと凛が「勝ったぞ、秋人。勝ったんだぞ秋人。私が(・・)勝ったんだからな、私が」と鬼気迫る様子で勝った勝った、と連呼してきた。背後の天条院と綾に目をやったが「凛が嘘をつくはずありませんわ、勝ったのでしょう…何についてかは(わたくし)には分かりませんでしたけど」「何にだったんでしょうか、沙姫様。夜にメールで『私は春菜に勝った』とだけ送られてきても…応援に行けばよかったのでしょうか」と、全く情報を膨らませてくれなかったが。「わかったわかった、凛、お前の勝ちだな、良かったな、お祝いしような」と言うと「そうか!」と清々しく笑った。それからいつもの落ち着きを取り戻した凛に、その話を聞いたのだ。話の中で春菜の様子は、やたらと真剣だったようだし……だから春菜にとっての戦闘衣装とか、意識を変えるスイッチとか?テニスウェアには、そういう意味があるんじゃないのだろうか―――

 

「何にですか?……ああ、ワカリマシタ」

「ん?なんに気合入れてたのか分かんのか、美柑は」

もぐ、とアイスを食べる。半分崩れたバニラに交じる暖かいチョコは、とろけるように甘い。

 

「…さあ?やっぱり分かりませんね」

美柑も同じようにアイスを口にする。ん、熱い…となぜか艶っぽい声を出した。

 

「そか、美柑にわかんねーなら俺に分かるはずもないな」

「ですね」

 

うまうま、と二人してアイスに夢中になる。中に含まれる茶色いホットチョコをぐるぐると混ぜながら食べるとウマイ……らしい。少しだけ試してみると、確かにウマイな。チョコは好きだ、ナナあたりも好きそうだな、連れて来てやるのもいいかもしれない。

 

「…。」

 

ジトッと此方を見る美柑。たぶん違う女の事を考えたのを気づいたのだろう、流石、鋭い。

 

「まぁまぁ、機嫌直せよ美柑」

肩を隣の肩にぶつける、座れば美柑と身長差は感じられない。歳の差も同じように感じないから不思議だ。

 

「まったく、お兄さんは仕方の無い人ですね」

スプーンを口に含みながら睨む美柑は歳相応の少女だ、確かに大人びているがまだまだ甘えたい年頃なんだろう、この春小6に…だったな。美柑のアンバランスな魅力が俺にイロイロ錯覚させるが、気のせいだろう

 

「ウマイな、このアイス…特にチョコがいい感じだ」

「ですね…」

 

既にアイスを食べ終わった美柑が腕をとり、甘えたように身を寄せる。いつもの事だから気にしない、寒くなったら美柑はいつもすることだし

 

「まぁ何とかなるだろ…お?」

するりと手に持っていたスプーンが絡み取られ奪われる。

 

「私が食べさせてあげますね、お兄さん」

 

差し出されるバニラアイス、はむと口にすると冷たく甘さ控えめ…ホットチョコがない部分。今まで甘ったるかった分、かえって物足りない。状況把握と場の調整がなにより上手な、気がきく美少女、美柑らしくない…ふと美柑を見ると小さく舌を出していた。やっぱりワザとだったようだ。まださっきの事怒ってんのか、と美柑に苦笑いで見つめる

 

「…これは勝手に居なくなろうとしたバツですからね?」

 

―――可愛くウインクする"ジゴクの料理人"結城美柑はいちばん甘くピリリと小粒なバツを秋人に与えた。

悪かったよ、と美柑の手をとる秋人、イタズラな微笑みを浮かべる美柑は応じたようにちゃんとチョコと絡められたアイスを秋人の口元へ差し出す。お、アマイな!笑顔の秋人に美柑もにっこりと笑う。

 

秋人が店を出るまで気づかなかったが、美柑が秋人に食べさせている時、使っていたのは自身のスプーンではなく美柑のものだった。自身の使っていたものは最後の〆として美柑が美味しく頂いていた。

 

結城家まで送られた美柑は「段階って大事だよね、まずは間接キス、から…」と美柑は閉じた玄関のドアにもたれ、呟く。ほのかに朱く染まった頬でふふっ、と小さく微笑う。それはとてもしあわせな、少女の笑みだった。美柑の"しあわせ家族計画"に一つ、済と刻まれた赤い判子が押された。

 

 

8

 

 

「いい匂いがしますよ?女の花園は…」

身を寄せ腕を胸に押し付ける。

 

「うぅ、モモ、くっつき過ぎだぞ」

「いいじゃないですか♡誰も見ていないんですから♡」

甘い声音をリトさんへ向ける、リトさんは更にぎこちなく足早に歩をすすめる。

 

――――美柑さんがお兄様と会いに行った、だからこうしてリトさんと二人、夜のコンビニへと買い物に出掛けている。リトさんには女性を惹きつける"力"がある。私の(・・)楽園(ハーレム)計画の為に、お兄様に負けるわけにはいかない。

 

「これもリトさんのハーレム計画の為に…」

「こんなとこでハーレムいうな!」

 

コンビニでリトさんは恥ずかしそうに声を荒げるけど…一番大きな声でハーレムって叫んでるのはリトさんですよ?

 

「あら、また聞きたいんですか?キチンとお風呂場で説明しましたよ?」

「う…」

 

――ふふ、思い出したように赤く固まるリトさん。負けないで下さいね♡

 

「と、とにかく!ハーレムなんて作る気はない!」

それは困りますリトさん♡と腕に強く胸を押し付ける。リトさんの腕に潰される胸でリトさんを固くする。

 

「さあ、ハーレム計画の為にがんばりましょう♪リトさん♡」

 

やけに明るい私の声が小さなコンビニに響いた。

 

 

9

 

 

―――楽園(・・)計画は順調か、メア

 

「うん!」

 

暗闇に無邪気に微笑むメア。天高くそびえ立つ高層ビルの屋上には一人の少女しか立っていない。

結われた赤い髪がビル風にたなびくように流れる。身に纏うのは暗闇と同じく黒…戦闘衣(バトルドレス)のマントが同じく、風に靡きメアの白い華奢な躰を月夜に晒した。

 

―――そうか、と再び暗闇の中からくぐもった声が響く。一つの月が浮かぶ夜空には他に星は無い。

 

「また邪魔が入っちゃったけどね」

 

微笑むメアにそうか、と暗闇は頷いた(・・・)。メアの瞳の色は漆黒の闇。

 

 

では行け―――

 

言葉を待たずに舞い降りる影。闇夜に浮かぶ銀の月の光を浴びて、朱い8つの()が不気味に光った。

 

 

10

 

 

こんばんわ、おねえちゃん。(・・・・・)そう日常の挨拶を口にした黒咲芽亜は変身(トランス)させた朱い刃で縦横無尽、自由自在に伸びて軌道を変え、追跡する蛇のように斬りつけてきた。

 

―――いきなりですか…!

 

地面すれすれから突き上げるように喉元を狙う刃をかろうじて金の剣で弾き、後ろへ跳ぶ。

 

「…貴方は誰ですか」

変身(トランス)させた腕で近くの電柱を掴む金色の闇

 

「私?メアだよ♪知ってるでしょ、ヤミおねえちゃん!」

 

先程までの漆黒の瞳、無表情だったその顔に楽しげな笑顔が浮かぶ。

手にした電柱をへし折りメアへ向けて投げつける。響く轟音、巻き上がる石礫。メアが躱し、宙を舞う。同時に金色の闇も地を蹴りメアへ迫る。空中で交差する朱と金の刃。互いの服…戦闘衣(バトルドレス)が切れる。――――が、躰には届かなかった。

 

「…いきなりの暴力は関心しませんね」

 

どのクチが、と秋人なら言ったであろう

 

「♪」

 

一瞬、漆黒の瞳が強く光る。獰猛なその光は鬼気と嬉々が宿っていた。

互いの刃が互いの命を奪うため火花を散らす。闇夜に浮かぶ銀月だけが輪郭を宿す光だった。

 

――――この状況は一体、何でしょうか

 

再びそんな事を思った金色の闇は、またもう一つ変身(トランス)で金の刃を生み出し大気を一閃、震わせた。

朱の剣閃と金の剣閃が剣の舞いを描く、互いに放たれる武技はすんでのところで相手をとらえることができず、澄んだ空気を一閃するか、弾かれ火花を散らすかその何方か一方だった。が、互いに手を抜いているわけではない。だからこそ、刹那の時間に生と死が垣間見える――――メアはますます瞳を爛々と輝かせる。しかし、金色の闇…ヤミにとってはそうでは無い。降り掛かってきた火の粉を払いのけているだけだ。払いのけた火の粉に深い興味があるわけではなかった。

 

「メア」

不意の声、メアの背後に出現した気配、金色の闇はぎくりと固まり剣を止める。

 

――――新手、でしょうか…さすがに(まず)いですね

 

メアは強い。疾く、鋭い。さらに相手が増えれば火の粉でも大火傷を負ってしまう危険がヤミにはあった。

 

「なぁに?マスター」

 

変わらずヤミへ朱い剣を向けたまま答えるメア。無論金色の闇も金の剣を向けたまま下ろさず、静かに睨み合っている。金色の闇が目を細めて見据えた先には暗闇ばかりが広がっていた。その闇は朱い8つの剣を持つメアに纏わりつくように寄り添っている。

 

「そろそろ頃合いだ」

「ぶー、もうちょっと…」

「楽しみは、快楽とはオアズケを喰らえば喰らう程に膨れ上がるものだ。今は我慢しろ」

…それって―――

 

―――ス・テ・キ♪そう笑顔を残してメアは飛び去っていった……暗闇を引き連れて―――

 

消えゆく殺気と鬼気。相手の気配が完全に無くなった事を確認したヤミは変身(トランス)を解いた。金色の流れるように美しい髪がヤミの背を覆う。大きく息をついた。

 

「…相手の都合を考えないのも関心しませんね」

 

どのクチが、と秋人なら言った…いや決死の覚悟で引っぱたいたであろう

気づけばヤミの握りしめられた掌は汗でしっとりと濡れていた。

 

――――全ての物事には"はじまり"があり、"はじまり"に至る理由がある…そして"終わり"も―――

 

「なにやってんだヤミ、お前も追い出されたのかよ?」

「…アキト」

 

うー、さみー、春って言っても夜はまだ寒いのな、と制服のポケットに手をつっこみながら微笑むアキト。西連寺春菜と同じ黒髪がヤミには先程のメアの瞳の色を連想させた。

 

「…どうして此処に?」

「はぁ?どうしてって帰り道だし、ウチそこだろうが」

 

ほれ、そこ!と指した其処にはアキトの…ヤミにとっては今日から自分のウチになったマンションがあった。

 

「…そうでした、西連寺春菜に言われてアキトを迎えに行く途中でした…」

「ん?追い出されたんじゃねぇのか?」

「…貴方と一緒にしないで下さい」

ジロリと睨むヤミ

「…失礼な、俺の方が悪いみたいな言い方だな」

ふん、とヤミを秋人は睨み返す。

 

「貴方がえっちぃ目で西連寺春菜を見るのが悪いんですよ、私も巻き添え…いい迷惑でした。」

不満の色をありありと宿す表情で変わらず秋人をじろりと睨むヤミ。流石に秋人も視線を外した。

 

「ありゃ春菜が悪い。俺は悪く無い。」

「…アキトがあの格好をさせたのでは無いのですか?」

「そんなワケあるか!」

 

それなら最初から、着替えるところから披露させるだろーが!ジョーシキだぞ!と言うアキトにヤミは思わず変身(トランス)で夜空に打ち上げてやろうか、と腕を作る。ゲ!と顔を青ざめるアキトが可笑しくて、ヤミはその腕の変身(トランス)を解いた。もう一度、金の長髪がヤミの漆黒の背を覆い隠す、背に感じるサラリとした感触にヤミは気分を変えさせられ………思い出したように「そういえば、」と呟いた。

 

「…おかえりなさい…アキト、」

 

か弱気なその声音は暗闇に溶け、まじり―――

 

「おう、ただいま、ヤミ」

 

消える前に掴まえ、ニヤリと微笑う秋人。つられ、ヤミも口元に小さく可憐な微笑みを浮かべる。"はじまり"に至る理由も、そして"終わり"に至ったのかどうかも、ヤミには分からなかったが、今は、この時間だけはこのままで、それを忘れて良い、とヤミは一人で完結させた。

 

―――それぞれの楽園へと至る道程は、如何ばかりのものか。それを識るものはいない。

 




感想・評価をお願い致します。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

6.くらやみ絵本劇場

7.初体験の味

8.その計画は誰がために

9.星のない闇

10.金赤の交わり



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Re.Beyond Darkness 3.『夜闇の幕開け~Spring morning~』

11

 

 

「えぇーてんこうしぇいをしょうかいしま…「ネメシスだ。よろしく頼む」しゅ…」

 

きゅっ…!と骨川センセは首を締められ息絶えた。ピクリとも動かない。今しがた紹介した転校生の仕業だ。

 

「「「うおぉぉお!浴衣美少女だぁあ!たまんねー!!」」」

「「「なんで浴衣!?、男子がよかったのにー!!」」」

 

割れる二つの感想、男子と女子。

 

俺は―――――

 

「骨川センセェ――――――――ッッツ!!!」

 

叫んだ。3-Aの教室の中心でアイを叫ぶ。

 

瞳は潤み、涙が溢れそうになる。立ち上がった衝撃で倒れた椅子が批難の音を立てる――――――

 

骨川センセは好きだった。素晴らしいキャラクターだった。それがもうこんなところで死んでしまうなんてッ…!信じられるかっての……ッ!

 

「ムシャクシャしてやった。暇を持て余していたし、軽い気持ちだった。今は反省している」

 

ニヤニヤと邪気たっぷりに笑いながら淡々と動機の供述を始めるネメシス。黒の短い浴衣は褐色の肌によく栄えていた。

 

「お前な!んな事であっさり殺される骨川センセは貴重な男キャラなんだぞ!分かってんのかよ!!」

 

席を立ちネメシスへずんずん近づく、

 

「…暇だったから仕方ない。ああ、暇だー…退屈。ねむくてダルくて死にそうだ、もう寝よう、おやすみ、ぐー」

「お前の暇さ加減なんてどうでもいいんだってのッ!!」

 

ネメシスの肩を掴みブンブンと揺さぶる。あうあうあー、と謎の声をだすネメシス。でもどんなに揺らしたって、骨川センセはもう………帰ってこない。帰ってこないのだ……ううっ…!

 

「そう悲しむな、おにいたん。ネメシスはパンツを履き忘れてしまいました、ホラ」

 

ピラと浴衣を捲るネメシス。

 

「「「うおぉぉお!!よくみえねぇええ!どけあきとぉおお!!」」」

 

叫ぶ男子。3-Aの教室でエロスどもが叫ぶ

 

「んな事どうでも良いんだってのッ!骨川センセは…!骨川センセはな……!時々魂が抜けちゃったり、ひどい目にあったりするけど結局は………あ、そうか、そんな簡単に死んだりしないか。」

「そうだ。そう簡単に死んだりしないだろ、おら」

 

淡々とリピートするネメシス。ドガッ!と蹴飛ばされた骨川センセはゴロゴロと転がり、壁にぶつかり止まった。身体がビクンと撥ねた。…良かった、死んでなかった……

 

「それよりどうだ。おにいたん。ネメシスはパンツ履き忘れてしまいました。ほれほれ」

 

作った鼻にかかった声と共にピラピラと捲った浴衣の裾を揺らすネメシス。間近のネメシスは先ほどから裾を上げ続け秘部を露わにしている。

 

「…お前は何にも分かってねぇ…」

 

掴んだ肩に力を籠める。華奢な肩は握るのに心地良い、浴衣の肌触りも良い感じだ。が、今はそんな事はどうでもいい!

 

「なにがだ?ホラ、その他の男どももよく見ると良い」「「「うおぉぉお!!みえねぇええ!どけええ!!あきとぉおお!!」」」

 

押しのけようと俺とネメシスに群がるエロス集団。

 

「やかましいッ!恥じらいの無いパンモロなんかに何の意味があるッ!」

「いや、パンツ履いてない」

 

きょとんと言うネメシスに黙れ、と睨みつける。

 

「んなのどうでも良いんだっての!あと何?おにいたん?そんな事いう甘えたロリキャラが!こんなところでその他のモブキャラに!しかも男に!それを見せようとするか!」

 

3-Aの教室で真実を叫ぶ。

 

周りから「アホだコイツ」「何いってんの?いいからどけよ!見えないだろ!」「向こうで九条とイチャついてろよ」等々聞こえる気がしたがムシだ。

 

「そうなのか」

 

淡々と答えるネメシス

 

「そうだッ!」

 

力強く叫ぶ。大切な事なのだ。

 

「ではおにいたんはどういうのが好きなのだ」

 

小首を傾げる褐色浴衣少女。黒い長髪が揺れる

 

「そうだな…そういうパターンで言えば…」

 

ネメシスの耳元で囁く。ふむふむと頷きながらネメシスは黙って聞いていた。

 

「…なるほど、そうか。では…んんん!!」

 

声の調子を整えるネメシス。周囲のエロスどもはゴクリと息を飲んだ。

 

「おにいたん、ねめしすはぱんつをはきわすれちゃいました…はわわわ、どうしましょう…」

 

もじもじと膝をすり合わせ内股となり上目遣いでおずおずと恥じらいを口にするドジっ子妹、ねめしす(ロリ)

 

「うむ!それならオーケーだ!」

 

グッとドジっ子妹、ねめしす(ロリ)にサムズアップする。YESロリータNOタッチ。

 

「「「うおぉぉおい!!結局見えなかっただろうがアアアア!!お前はあほかぁああああああああああ!死ねあきとぉおお!」」」

 

「やかましい!!!これでいいんだよ!!!」

 

無知なる救えないエロスどもに叫ぶ。まったくもって分かってない連中めが。金色さん呼ぶぞ

 

「なるほど、こうか、おにいたんはこういうのが好きなのか」

 

ピラともう一度裾を捲るネメシス。やめなさい

 

「そういえば、お前は恥じらいのないキャラだったな、最近記憶が曖昧だから忘れてた」

「ダメなおにいたんだな。はわわ、ねめしすがなんとかしてあげましょう」

 

キャラごちゃごちゃじゃねぇか、と頭を小突く。褐色浴衣少女は「む、痛いぞおにいたん、」と甘えた素の声を出した。

 

「なかなかおにいたんを堕とすのは難しいようだな、ああ…コレはイイ暇つぶしになる」

 

ピラともう一度裾を捲るネメシス。やめなさいっての

 

「ではおにいたん。眠くなったので帰るぞ」

 

クイと手を引き教室を出ようとするロリっ子ネメシス。自由だなオイ。お前今転入してきたばっかだろ

 

「俺はいつお前の兄になったんだよ、でも帰るのはいいかもな、昨日は夜遅かったから眠いし。」

 

グイグイと手を引かれながら背を見やる。随分小さいな、ヤミと同じくらいか

 

「うむ。寝るのは最高だ。おにいたんを抱きまくらにしてやろう」

 

お前が枕だよな?いやおにいたんが枕になれ。私が敷いてやる。それじゃ敷布団じゃねぇか、と会話を続ける。背後に危険が迫っている事を俺は知らなかった。

 

「いい加減にしろ!馬鹿者!」

 

ゴンッ!と脳天に竹刀が振り落とされ、秋人の意識を刈り取った。周りのエロスどもは既に駆逐されており、最後に残っていたのが秋人だった。それは限界ギリギリまで我慢していた武士娘の優しさの発露であった。

 

はあ、アホですわね、天条院沙姫は一つ深々と疲労の息をつく。それは秋人に対してのものが大半と少し素直になれない武士娘に対してのものだった。

 

 

12

 

 

「…ヤミですよろしくお願いします。」

 

パチパチパチ…と拍手で向かえられるヤミ、無表情。でもどこか柔らかな気配を皆に与えた。

 

それは姉である西連寺春菜に

 

「ヤミちゃんは笑顔がカワイイんだから、もっと笑ったら良いと思うよ?まったく、困った妹だなぁお姉ちゃん困ちゃう」

 

と言われ、少しづつ美柑にだけ向けるそれを周りの他人に向けるよう心がけていたから。

 

春菜は新しく妹となったヤミにあれやこれや世話を焼き、時折人付き合いの下手なヤミにおろおろとする。突然出来た妹が可愛くて仕方ないらしい。同性での親しい人付き合いは美柑くらいしかいなかったヤミは困惑したが、くすぐったい感覚を覚えてそれを受け入れていた。

 

「オー、ヤミもこのクラスなのか…ふぁぁあーねむ。」

 

頬杖をつき欠伸をするナナ。深夜のばっちり努力(・・・・・・)の為にここ最近はずっと寝不足だった。師匠の教えをしっかり守り実践しているからだ。しかし成果は上々、ナナは平らな胸を見下げフッフッフッと笑うのがクセになってきていた。

 

「よろしくお願いしますね♡ヤミさん」

 

愛想よく微笑むモモ。最近(ナナ)の様子が可笑しい。おかしいのではなく可笑しい。合いもしないのに大きなブラを選び、通販雑誌に赤マルをつけ「フッフッフッ!どーだ!モモより大っきいぞ!姉上レベルだ!」と、それに深夜のあの体操……プッとモモは素の笑いを零した。が、すぐに元の可憐な微笑みに戻す。

 

二人のプリンセスに視線を向けたヤミは…

 

「ヨロシクねーヤミさん♪」

 

ニコニコと笑顔のメアを最後に捉える。瑠璃色の瞳は瞼で閉じられ闇は伺えなかった。

 

「…ええ、よろしく、メア」

 

口元の引きつった不気味な笑みを浮かべる。それもそのはず、昨晩殺し合いを繰り広げた相手がこうして無防備に笑っていたら不気味に思うのは仕方ない。

 

「…。」

きょとんとしたメアの瑠璃色の瞳が現れ、ぱちぱちとしばたたかせる。

「…なんでしょうか」

「ヤミさんも笑うんだね!でもちょっとコワイかも♪」

 

クラスの一同が思っていた事を呆気無く言い放つメアの台詞に皆が戦慄した。それもそのはず、とあるクラスはほぼ毎日のように金色の小さい少女の襲撃に合っていて、後には血の赤と硝煙が広がっている……と彩南高校怪談の一つであった。

 

「…笑うと気分が楽しくなるものですね」

「うん♪そうだね♪」

 

ニコニコと無邪気なメアとニヤリと微笑うヤミ。その笑みはヤミの家族となった男のそれによく似ていた。

 

「ん?そういえばヤミさんはせんぱいと一緒に住んでるんだよね?」

ピクリと桃色の二人の肩が上がる。……その様子をじっと眼鏡の男が見つめていた。

「はい、そうですが…それがどうかしましたか?メア」

「素敵っ♡」

 

輝かせる瑠璃色の瞳をヤミは

 

「?そうですか?」

 

困惑の紅で見据える。

 

「それって禁断の愛♡でしょ♡」

「なっ…!」

 

なにが禁断なのだろうか、周りの一同は首を傾げたが紅く染まった転校生、ヤミの顔をみて――――納得した。

 

「違います!私はアキトのことなど何とも思ってません!」

柔らかい無表情を取り消し慌てて金の髪を揺らし目をぐるぐるにするヤミ

「うん?」

首を傾げるメアの朱い三つ編みが揺れる

「大切なんて思ってませんから!」

「うん?」

さらに横に傾いていくメアの椅子もぐらぐらと揺れる

「もっと仲良く一緒に居たいなどと!!」

「うんうん」

どんどん横に傾くメア、ほとんど床と水平となる。

「心地がいいなどとは決して…!」

「素敵♪せんぱいをそう思ってるんだね」

ぶんっと元の姿勢に戻るメア。ニコニコと浮かべた口元に朱い髪の毛が張り付いた。

 

「っ!」

両手で口を塞ぐヤミ。湯気を上げながら赤く染まった顔で1-Bの教室で胸のウチを叫ぶ。

 

「わたしは春菜せんぱいのコトを言ったんだけどねー女のコ同士の禁断の愛♪」

 

ニコニコと微笑うメアと赤く染まりぷるぷると震え固まるヤミ。

1-Bの教室に叫び声に似た悲鳴が響く。声の主の髪を眩しい日差しが金色に輪郭を宿した。

 

――――1-Bでのヤミの転入初日はこのように穏やかに終わった。夜の家族の団欒で一部始終をヤミから聞いた春菜は「うんうん。私のおかげだよね、うんうん」と満足そうに頷いた。春菜のアドバイスが大きく役立ったわけではなかったが、ヤミは黙って頷いた。チラと向かいに座る秋人を見るがパクパクはふはふ、とヤミ&春菜お手製のポトフを食べている。春野菜が沢山入ったそれを頬張る秋人……手羽元と新玉ねぎばかり選びとる様子を見つけたヤミは春菜と目が合う。こくりと頷く春菜にヤミは心得たように変身(トランス)させた髪で金色の腕を作り秋人の頭を固定した、藻掻く秋人にスプーンで赤いにんじんや緑のそら豆を食べさせる。どこかいまいましげに…捻じ込むように食べさせるヤミの手には無論、転入初日に恥をかかせた秋人への復讐が多分に含まれていた。

 

―――ちょっと、ヤミちゃんやり過ぎだよ!そこまでしなくてもいいんだよ!?お姉ちゃん困っちゃう!むぐぐぐぐぐ!!!!しっかり野菜も食べて下さいアキト、悪いことをしたらバツを与える…美柑も春菜も言っていますし―――

 

この日も西連寺家は暖かい人工光に照らされ暗闇など一つも無かった。

 

 

13

 

 

「センパイ、眠ってるの?」

 

暗闇の瞳で見下ろすおさげの少女はゆっくりと体重を預けないようにリトに覆いかぶさる。

自室のベッドでうたた寝をするリトは答えるように「むにゃ…」と零した。

 

「どんな夢、見てるのか…教えてね、センパイ♪」

朱いおさげが生き物のようにリトの身体を這っていく、額で止まると音も立てずにリトと朱い少女は繋がった(・・・・)――――

 

『気持ちいいですか?リトさん…♡』

『うぅ…モモ…』

苦しげだがどこか心地よさ気な声をだすリト

『あぅう……もういい加減に……』

『まだまだこれからですよ♡リトさん♡』

『頼むからイかせてくれ……』

 

 

湯船に浸かるリトはのぼせて茹でダコになっている。対してモモは躰にバスタオルを巻きリトに向き立っている。

時折谷間がちらちらとリトの目に入り、その柔らかい膨らみの感触を知っている故に、思い出し、リトは動けなかった。

 

『お風呂に浸かり癒されながら"ハーレム計画"の全貌を簡潔に(・・・)説明される……なんてキモチイイコトなんでしょう♪ね、リトさん♡』

 

胸元のタオルをたくし上げ微笑むモモはしっとりと色っぽい。白い躰は湯気に当てられ、ほんのり桜色…それがますますリトを動けなく固まらせる。

 

『モモ…まだ終らないのか…よ…』

 

絞りだす声はよく響き反響した……が

 

『あとセッションは30くらいありますからね♡』

 

髪型を変え、以前よりグッと大人っぽくなったモモには届かなかった。

狭いバスルームに鎮座するホワイトボードには"Session.65『正しい愛撫の仕方~感じる女性編~』"と書かれており、時折赤い蛍光色で波線が引かれている。その重要ポイント『くすぐったい箇所は性感帯』をぼんやり眺めながらリトは意識を繋ぐ(・・)のに精一杯だった――――

 

「ふぅ~ん…モモちゃんの楽園計画…そうなんだ♪」

 

弾んだ声を零した朱い髪の少女は嬉々とした笑みを浮かべる。リトの額から髪の線を引き抜くと、その場所をまるで消毒するかのように舐め、口づけた。夜空に浮かぶ下弦の月がその姿を浮かび上がらせる。漆黒の戦闘衣(バトルドレス)に絡みつく赤い髪は蜘蛛の脚のように伸び、リトを捕らえていた。ニヤリと微笑うその微笑みは昼の転校生によく似たものだった。

 

 

14

 

 

――――どうすれば今夜わたしの願いが叶うのでしょうか

 

終わらない春の夜を歩く。胸の鼓動はとくんとくん、と期待に高まっていく。触れたい躰、髪、背中、唇……

 

――――想いは、伝えられない。

 

伝えられない言葉と想いは渦を巻き、私のなかをぐるぐると流れていく。愛おしい気持ちは激しい痛みを伴い私の仮面を剥がそうとする……――――でも負けない。自らの未来は自らの手で掴む…お父様とお母様のように――――

 

「あらお兄様。こんばんわ♪」

 

今夜も、わたしのたった一人の戰いがはじまった。

 

 




感想・評価をお願い致します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

11.相乗し合う頭痛の種

12.クラスの中心でアイを叫んだあばけ者

13.月夜に沈む朱き影

14.憂悶の二律背反


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Re.Beyond Darkness 4.『届かなかった想い~First "if"Love~』

15

 

 

ササ―――――…ササ――――…

 

 

縁側から涼しい風と柔らかな日差しが射し込む部屋。

ただ一人意識のはっきりとしている私は、柔らかい黒髪を撫で梳いた。出会った頃より伸びた髪が指の間をさらさらとすり抜けていく……

 

それは掴みどころのない心のようで、

 

つんつんした髪は普段の態度のようで…―――――私はこの男に恋をしている

 

緑林に遮られて舞い込む風が涼やかに風鈴を鳴らし、畳が浴びる日差しも穏やか。

 

自然の静寂が私たちの部屋を満たしている…だが、私はどうしても胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 

「ふぅ……」

 

気持ちを切り替えるようと瞳を閉じ、思考の海へと沈み込む。そうして私は、以前どこかで読んだ本のことを思い出した。

 

本には確か、「全ての物事には始まる"理由"があり――」とあった。読んだ頃の私はそれに深く同意していた。きっと主のことを考えていたのだろうと思う

 

しかし、今の私はそれに同意はしない。

 

愛を綴った詩集に「恋の始まりには"理由"はない、終わりに"理由"があるだけで――」とあったからだ。

 

つまり、"理由"が見つかれば終わりが始まる(・・・)という事だから。

 

うぅん

 

抱きしめる頭が不意にくずれた。薄く瞳を開け、男の様子を伺う。まだ眠っているようで、安心する。起きた時にどんな顔をすればいいのか、私はまだ持ち合わせがないのだ。

 

 

吐息が熱い。

 

真昼の外も暑いようだが、人の温もりは心地が良い……もう少しの間だけと抱きしめれば、男は気持ちよさそうに胸に顔を埋めた。

 

大きる胸は私には邪魔だと思っていたが、この男が気にいるならば話は別だ。もっと大きくなってほしい。胸の大きさで悩むなど馬鹿馬鹿しいと思っていたが人は変わるものだ。

 

「ん………、」

 

深く息を吸い、抱きしめる。近すぎる男の匂いに勝手に息が熱を帯びる。乱れ、はだけてしまった浴衣では男の感触は遮れない

 

伝わってくる体温がもっと欲しくて、ねだるように脚を絡ませてしまう。肌の白と浮かぶ汗が艶めかしい。

 

――なんてはしたない

 

瞳を閉じながら独りごちる。嫁入り前の娘が床で男を抱きしめ、脚を絡ませるなど、父上が見たら何と言うだろう……

 

でも、それも今はどうでもいいことだ。

 

私はもっとこの男に近づきたい。心のキョリは見えはしない。どれだけ傍に居ても届かない、伝わらない想いは確かにあると私は思うから―――

 

「う…」

 

気づけば私は頭を強く抱きしめてしまっていた。腕を緩めると、秋人は再び安らかな寝息を立て始める

 

触れる寝息が私の胸を(しめ)らせる。この部屋の少しばかり暑い、壁に掛けられた温度計は36度を指して動いていない。私の熱は今も高まるばかりなのに。

 

このまま私の熱は上がり続け、高まり続け、そして死んでしまうのだろうか。私の吐息に混じる熱は既に死に至る温度を越えている気もするのだ。

 

『山間の女、淫夢の中で熱い午後』

 

火照る身体と頭で今の自分に題をつけてみる

 

――やはり、私にセンスはないらしい

 

零れた溜息が秋人の黒髪を吹き、揺れ髪が鼻を擽った。

 

「これでは官能小説の題だ………ね、秋人…」

 

全身で秋人を抱きしめる。黒い頭を枕にして、私も眠りの海に身を沈めることにしよう

 

このまま秋人と同じ海に沈み、火照った躰を冷やしたい―――そう願いながら

 

 

16

 

 

「はぁ…猫ちゃ~ん、おいでおいで~」

 

わたしの様子を伺いながら小さな小さな愛らしさ全開の子猫ちゃんがスリスリと掌に身を寄せる。"癒やし"、これって"癒やし"よね…

 

「んーカワイイなぁ…」

 

にへらぁっとだらしない笑みを浮かべる……わたしだって好きでいつもツンツンしてるわけじゃないわよ、ただハレンチな行為や誠実さのない男子がキライなだけで…

 

「バイト代奮発して此処まで来て良かったわ」

 

傷心旅行に出掛けたわたし。貯めに貯めたバイト代を全部使って、山間にある古い伝統のある温泉旅館へやってきた。彩南町より遥か南。飛行機と電車を乗継ぎやってきたそこは流石と言った雰囲気。風情と趣ある景色を石畳を踏みしめながら歩く、竹林がさやさやと風に揺れ音を鳴らし、沿道の柳もしなだれて美しい緑林が広がっている。気持ち良い暑さと爽やかな風…うん、流石は超がつく高級宿がある温泉地なだけあるわよね、と独り呟いた。

 

「はぁ、初恋にするはず(・・・・・・・・)…だったのに…」

 

――――そう、あれこそは本にある夢物語に似た初恋だ。電脳世界での大冒険で結城くんに助けられたり、助けたり。ふたりで苦難の時間を過ごして深まった絆。その絆は……最後に美しい王女さま…ララさんを選んだ花屋、結城君に摘み取られ儚く散ってしまった。恋に憧れていたわけじゃないけど、いつかは私も恋して、結婚して、子どもを産んで―――って思ってた。その相手を初恋にする(・・・・・)つもりだったのに…

 

はぁー、と深々溜息。里紗に愚痴を話したけどまだまだ言い足りない。徹夜して朝まで(からか)いつつも慰めてくれた里紗には感謝しかない……けど

 

「どうして胸を揉みながらだったのかしら、」

 

もみもみと自分の胸を触ってみる。最近また大きくなってきた。"ハレンチボディ"里紗がそう名付けた身体……ちょっと揉んでみると…不思議と気持ちが……いい……んっ……あ……はっ!

 

「ハレンチな!わたしのバカ!なんで自分で自分の胸を揉んで気持ちよくなってるのよ!」

 

ボカボカボカと頭を叩く、ハレンチな!叫ぶ私――――里紗に毒されたらしい

 

『恋がダメになったら次にいけばいいっしょ♪それこそ一番の"癒やし"よねー』

 

笹の風に揺れる音から里紗の声が聞こえてきた気がした。

 

「そんなに器用じゃないわよ…」

 

――――器用だったら始めから素直に、正直に自分の気持ちを表現している。再び出会った初恋の先輩(・・・・・・・・・・・)とふたりで周った彩南祭でだって……。あの時、1-Aクラスで私は孤立していた。口煩く男子や女子の風紀を注意していたのがまずかったみたい。だからハレンチなメイド服姿で呼び込みなんて、一番やっかいでハレンチなお客さんに絡まれる仕事を回された。それも一人きりで……そこで再会した私達。再生を始めた時間。――――もしもあの時。きちんと素直に気持ちを示していれば違う未来があったかもしれない。そう思ったことは今まで何度もあった。

 

「…時間は優しい"癒やし"…ね、初恋には効果なかったけど」

 

重いキャリーバッグを引きずりながら予約した宿へ向かう。そこに忘れた(・・・)初恋の相手が待っているとも私は知らずに

 

 

17

 

 

すぅ…すぅ…

 

顔に感じる寝息と心地いい柔らかな感触…また春菜(・・・・)か。もぞもぞと腕を伸ばし、たおやかに(・・・・・)膨らんだ胸を掴む。掌サイズの小振りな胸は春菜のスレンダーな躰によくあっている。そういえばモモも同じくらいだったな……こうして揉んでやるとハリがあって心地のいい弾力が……――――大きいな。

 

恐る恐る目を開ける。徐々に覚醒していく頭。ドクンドクンと跳ねる鼓動。

 

すぅ…すぅ…、と頭の上で小さく薄い桃色の唇が開かれ寝息を立てている。――――その唇はいつもはきちんと閉じられ、開くときは俺を励ますか、叱責するか、解説するか……そのどれかだ。だからこんな穏やかな顔で、口を半開きにして無防備に眠る凛を見るのは初めてだ。

 

目を閉じる。眠ろう。それが一番だ。

現実から逃避するには睡眠だ。起きたら嫌なことが…いや、イヤじゃない。凛の浴衣は開かれ顔に感じるブラの固い感触、胸の柔らかい感触、腰に感じる太腿の感触……どれもこれも最高だ。もっと見ていたいし、感じていたい。きっと凛には浴衣が似合うだろうし、はだけた浴衣は扇情的だろうし…。……やっぱもう一回見とくか

 

薄く目を開ける…すぅ…すぅ…、と頭の上で小さく薄い桃色の唇が開かれ変わらず寝息を立てている。

こんな顔を凛が…静かで何事にも動じないような、ぴんといつも姿勢よく"凛"とした凛。でも今は無防備で、安心しきった、そんな顔で眠っている。

 

――――――俺は彼女に何かしてあげただろうか。

 

この世界に来て、春菜と出会って……凛に手を引かれて―――転がるように駆け下りた階段を今でも覚えている。そういえば礼の一つも言ったことが無かったな

 

手を伸ばし髪を撫でる。すぅ…すぅ…と眠る凛が微笑った気がした。分かるのだろうか?女ってコワイんだな…春菜なんか最近俺の思考を読むのだ。オシオキを担当するのはヤミ。何?君たちいつの間に仲良くなったの?お兄ちゃん困っちゃう!春菜の最近の口癖をパクる。ヤミにこんこんと腰に手をあて"妹"について語る春菜はおもしろい。正座するヤミもざまーみろ。痛いだろう?それ、長いからな、春菜のお説教は。俺もよくされるのだ――――――思い出して嫌な痺れを脚が思い出す…ああ、止めよう。ヤミ、悪かった。「じゃあヤミちゃん。お姉ちゃんの部屋に行こうね」から始まるお説教にヤミはいつもの無表情の上に引きつった口元。乾いた声で「…ハイ」と呟くように言うその気持ちが、誰より俺はわかるのに…

 

んぅ…

 

撫でつつ全く違う事を考えていると凛が起きたようだ。浴衣の白雪姫の目覚めだな

ふぁ…、と唇から吐息が溢れる、俺の前髪を揺らした。

 

「…おはよ、凛」

「…ん」

「起きたのか」

「…ん」

起きてないな。ぎゅうと胸に押し付けられる。

「ふぉきろりん」

「…ん」

ぎゅうううと胸に押し付けられる。口が柔らかい胸で完全に塞がれる。

「んー」

絡められた長い脚ががっしりとホールドする。

バンバンと甘く苦しい束縛に抗議の声を背に叩く。

「んー…?」

違うのか?とでも言いたげな甘えた蕩けた音。違うぞ、違くないが違う。今は。

 

閉じられた瞳がいよいよ開かれる。見上げる俺と視線が交わる。黒い瞳はとろとろと揺れている。―――徐々に理性の光がやどり、広がっていく――――…そんな様子を俺はずっと眺めていた。

 

「ぷはっ!おはよ、凛」

「…ああ、おはよう秋人、眠ってしまったようだ」

 

やや鼻にかかった声だが、口調ははっきりしている凛。まだ完全ではないようだ。がっしりとホールドは解けていない。なんとか頭だけ自由になる

 

「そうか、良かったな」

「ああ、布団に入ると私はすぐに眠たくなるのだが…今日はなかなか眠れなかった」

「なんで?」

「それは好いた男と同衾していれば眠れるはずが―――

 

――ないだ、ろ…キャ――――――――――――ッッッ!!!!!

 

バッ!と身を離し突き飛ばされる俺。おおぉう!!と畳の上を転がる。ゴンッ!と机にぶつかり止まった。「ぐぎゃ!」と真昼の和室に響き渡った。

 

はぁはぁと乱れた呼吸、同じく乱れた浴衣。

たぐり寄せる浴衣で身を隠そうとするが桜色の肌、伸びた脚は太腿を晒し続け、胸を抱くようにして秋人の視線から逃れるように四肢を隠す凛。合わせた太腿の隙間から純白の下着が覗く。

 

柔らかく縁側から光が凛に降り注ぎ、乱れた乙女の四肢を隠すこと無く露わにし続けていた。

 

「違うんだ!」

「っぅ…いてぇ…何がだよ」

 

後頭部を擦りながら叫ぶ凛のいろいろを見続ける。

 

「ああ!すまない!だ、大丈夫か秋人」

 

慌てて畳の上を四つん這いで近づいてくる凛

 

「いや、待て。いいから、大丈夫だぞ…隠さないでいいのか?」

「きゃあ!」

 

可愛い声。ばっと元の姿勢に戻る凛。ちっとも隠せてないからな、むしろさっきよりはだけて良く見えている。

 

「…ほらコレやるから」

 

近くに立て掛けてあった竹刀を凛へ投げる。凛の頭にコツッと当たり「あいた!」と可愛い声をださせた。

 

凛がぶつかったモノが竹刀だと気づいたのが1秒

立ち上がって竹刀を振る凛が13秒

深呼吸が2秒

いつもの落ち着きを取り戻した16秒後に"凛"とした凛は言った。

 

「おはよう秋人、昼寝とは随分とだらけているな。」

 

―――――――――――お前が言うな……

 

静かに苦笑いをこぼすが、何も言わない。最早肩に羽織るだけとなっている浴衣や、だらしなくずり落ちている帯。湿った胸元がテラテラと光を反射している事や、乱れ、結われていない髪が汗で口元に張り付いている事や、ブラの肩紐が片方ずれている事など触れないし言わない。「誘ってんのか凛」な状態だが、言わないからな。言ったら凛が可哀想だろ………あの可愛いキャーって悲鳴は聞いてみたい気もするが、

 

「ああ、そうだな…春菜にもよく言われる」

「全く。仕方のない男だ」

「わりぃわりぃ…、で何ココ?俺はどこ?夜に出掛けていたはずだけど?」

「ああ、それはな、実は沙姫様が…」

 

広い12畳程の和室で転がされた俺。縁側の近くに敷かれた布団から大分離れていた。こちらへと歩み手を差し出す凛。見上げた先で大きな胸が溢れそうに揺れる…ちょっと見えただろ、まずい、このままじゃ全部ぽろりしちゃうんじゃないのか?

 

「ああーっとその前に凛、前を隠せ」

 

あ、しまった。

 

「うん?前……あ―――――

 

キャ――――――――ッッッ!!!!!

 

ゴスッ!!!っと振り落とされた竹刀で俺の意識が暗転した。…結局凛に礼の言葉を伝えられないままだったな、と完全に気を失う前に気づいた。

 

 

18

 

 

「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。」

 

深々と頭を下げる上品な和服に身を包んだ老女将、舞台の一部のように古く年季の入っている旅館に馴染んでいる。

 

「いえいえ、温泉はとっても癒やされますから」

 

同じように笑顔でお辞儀をするわたし。礼には礼を、当然の礼儀。バッグを恰幅のいい中年の男性が丁寧にわたしから受け取った。

 

「まぁ、礼儀正しい。素敵な女性のお客様ですね…こちらへどうぞ」

 

スリッパ代わりの下駄を用意されミュールを履き替え後に続く。長い木製の渡り廊下をカランカランと音を鳴らし歩く女将とわたし

 

「…なんだか違う、遠くに…―――別の世界に来たみたいです」

「あら、そう言っていただけると嬉しいですね」

 

女将さんは落ち着いた声でそう言いながら部屋へと案内を続ける。わたしは自分の言葉に再び初恋の相手に想いを馳せた。再び出会った初恋の先輩は別の異世界から来た男となって、自分の想い出は別の記憶。理解すると昔の想い出たちは消えたが、代わりに異世界の男への想いと思い出が鮮明になった。本来そうだったのかわたしには分からないけど、姉の元カレに好意を寄せる事を良しとしなかったわたしは、それが別のものだったと知り、もしもあの時、想いを伝えていたら…と"もしもの初恋"を発展させていた。真実を識り、気づいた時には全てが遅かったけど…溜息が溢れそうな唇を結びかぶりを振って思考を過去から現在へと向け直す。

 

「本日はもう一組ご予約が入っておりますが、古手川様のお部屋からは離れておりますので、どうかお気兼ねなさらないで下さいね」

「はい、ありがとうございます。」

 

笑顔で応じるわたし。女将さんが立ち止まったその部屋が今日泊まる場所みたい。

 

「では、どうぞごゆっくり…」

 

引き戸を開ける女将、木地色の戸がカラカラと音を立てる。部屋の中へ入るわたしは―――こういう感じが"異世界"へ来た感覚なのかしら、と呟いた。

 

 

19

 

 

「おはよう秋人」

「……凛か」

「ああ、気絶していたようだぞ」

お前のせいでな。

「そうだったのか」

「ああ、心配していた、気がついて何よりだ」

 

布団に一人、寝かされていた俺が横を見ると、凛が一部の隙もなく藍錆色(あいさびいろ)の浴衣を身に纏い正座で"凛"として控えている。いつもと違い結い上げられた長い黒髪はまとめられてお団子のようになっていて――――温泉旅館仕様の凛だな

 

「んー…よっと…!」

 

元気に跳ね起きる。ポトリと額に載せられた濡れタオルが落ちた。

 

「で、ココ、どこ?」

 

モモの"今週のハーレム王対決経過報告"に向かおうと夜道を歩いていた、気づいたら凛と布団に居たのだ。…俺も凛と同じ藍錆色(あいさびいろ)の浴衣を着ている。温泉旅館仕様の凛…温泉?ん?着替えた覚えがない。凛に絡みつかれていた時から浴衣だった気がする。

 

「ああ実は、沙姫様が―――」

 

『凛、貴方の恋を恋愛女王(クイーン)であるこの(わたくし)が全面的に応援致しますわ!』

『え!?あ、あの沙姫様…』

 

「いい加減そろそろ進展がなければ大変なことになりますわ!」

「いや、あの私はそんな…い、いつから知って…?!」

だまらっしゃい!とピシャリと、沙姫は言う。傍らの綾の眼鏡が光を反射した。恋愛女王(クイーン)の沙姫は最近放送されているテレビドラマにドハマリしていた。そのドラマの内容とは…

 

〚お前のことなんかゼンゼン好きじゃないんだからなっ!〛

~あらすじ~

子どもの頃から兄妹のように育った主人公としっかりものの姉御肌な幼馴染。ある日父親の再婚で一つ年下の妹が主人公にできる。幼馴染と妹の間でゆらゆら揺れる主人公。妹は病的に兄を慕うが、兄はそんな妹に困惑する。なぜなら妹はとてつもなく可愛い天然美少女だからだ。誘惑に負けそうになる主人公だったが、それを美しい大人っぽい幼馴染が(いさ)める。波乱の日常の中で主人公は誰を選ぶのか―――

 

というもの。

 

「妹よりの展開ですわね、綾」

 

ポリポリとせんべえを齧りながら沙姫が傍らの綾へ言う、午後九時半。沙姫の部屋にやや呆れた声が響く。テレビでは妹が主人公のパンツの匂いを嗅いで恍惚としていた。

 

「…まぁ姉や幼馴染は、ぽっと出の運命的な出会い方をした女の子にずっと好きだった人をとられてしまうのが定石ですよね、沙姫様」と、恋愛小説やドラマをよく見る綾は眼鏡を押し上げて言った。

 

「しっかりものの姉御肌で、甘えベタ。残念ながら可愛くないですよ」

「…まぁ、そうですわね」

 

バリッとせんべえを齧る音が響く洋室。繰り広げられるテレビドラマでは、幼馴染が主人公の事が好きだがそんな素振りは見せず、パンツの匂いを嗅ぐ妹にドキドキしてしまった主人公に《バカ!ゆうくんはお兄ちゃんなんでしょう!しっかりしなさい!》ときついビンタかましていた。グーで。主人公は壁に激突。次々と壁を破り三軒となりの家で止まった。

なかなか腰の入ったいいパンチでしたわね、喧嘩女王(クイーン)の沙姫が呟く。部屋には弛緩しただらけた空気に包まれていた。

 

「そこへ甘え上手な妹が現れたら主人公はそっちに行きますよね、幼さが残っていて隙がある…幼馴染の隙がない分強調されますし、大抵しっかり者はいつもやられ役―――」

 

やれやれ、と首を振る綾は、気づいた。沙姫も気づいた。目を見合わせ頷いた。

 

―――こうして"匿名武士娘の恋の応援団"主催の、人知れず人里離れた宿へぶち込みましょう、アホの下僕が早まる事でしょうから、おーっほっほ、流石は計略女王(クイーン)天条院沙姫の隙の無い素晴らしい計画ですわ!題は"温泉宿でしあわせを掴む武士娘、それを助ける華麗なる天条院沙姫の活躍"ですわ!……が実行されたのだった。(春菜)から切り離してしまえば()もなんとかなるだろうと、テレビを真に受けた些か乱暴な計画案だったが…そこは流石の喧嘩女王(クイーン)、沙姫である。無謀です絶対邪魔が…と伝える冷静な理性など横四方固め。こうして夜道を歩く秋人は拉致され、深夜に呼び出された凛は冒頭のように"応援"され今に至る。

 

「―――と言うわけだ。まぁ費用もかからないし安心してほしい」

「そうか、天条院のアホがか」

 

凛の分かりやすい解説を聞きながら部屋を見渡すと、落ち着いた趣ある和室に煩わしい邪魔なモノをみつける。

 

「こら、沙姫様を悪く言うんじゃない」

正座を崩さない凛が咎めるように言うが、困っている声音だった。

 

「いや、アホだろ」

ベリッと掛け軸を剥がす。そこには筆で「凛。大切なのは既成事実ですわ 式は任せなさい  恋愛女王 天条院沙姫」と書かれていた。せめて名前を隠せバカ、ベリベリと破いてゴミはゴミ箱へ

 

「温泉あるんだろ?温泉行こうぜ温泉」

「…ああ、別館にあるようだ、行こう」

 

向き直ると、やっぱり気になっていたのか、凛は安心したような、悪いことをしてしまって申し訳ないような微笑みを浮かべる。天条院が書いたものをどうしていいのか分からなかったのだろう。

 

「おんせんおーんせん♪楽しんで~♪単純温泉硫黄の匂いがキツイの~♪」

「なんだ?その妙な歌は」

凛が形の良い眉を寄せる

「温泉のテーマ」

腕組みをして正座の凛を見下ろす

「?」

「いいから歌え凛、おんせんおーんせん♪楽しんで~腰痛リウマチ火傷にも効果があるの~♪」

弾みながら歌う

「おんせんおーんせん楽しんで…ようつうリウマチ火傷にも効果はあるの~」

凛もやや弾んで歌う

「ヘイ!」

「へい」

パンッと凛とハイタッチする。凛は困惑顔で応じてくれた。

 

「…秋人はいつも楽しそうだな」

「温泉は好きだ!楽しみだな!凛!」

 

その手を掴み、凛が立つのを促せる

そうだな、私も実は楽しみにしていた、と微笑む凛の結い上げられた髪が弾み、絡んだ手に応じた。

 

――――今度は俺が凛の手を引き、共に楽しい世界へ舞い降りたい。平屋の旅館に階段がないのが残念だが、たぶんきっと、どんな高層ビルでも届かないような見渡しきれない楽しさに溢れた場所へ連れていけるはず、今の俺には春菜やララ、妹たちと皆の絆があるから

 

 

20

 

 

「はー、癒されるわねー…」

 

カコーン…と鹿威しの音が響く露天風呂。源泉かけ流しのその温度はやや高く、数刻まえに入った唯の躰は既に桜色に染まっている。

 

「うーん、でも一人はやっぱり寂しかったかしら?里紗でも誘ってみればよかったかな」

 

でも胸揉むのよね…あれは何とかならないのかしら、と浮かぶ膨らみに視線を下げる。

 

『好きな男の指を想像しながらぁーおっぱい揉むとおっきくなるんだよねェー♪』

 

本当にそうなのかしら、と恐る恐る手でつかみ揉んでみる……んっ…あっ……せんぱ…ハレンチ……な…だ…めぇ…

 

「おーい…どっか具合でも悪いんですかー?」

 

湯場に声なき悲鳴が轟いた。あの時みたいに自分の世界にいた私。声をかける初恋の人。あの時再開した時間が再び流れる音を聞いた。

 

――――それが自分の嬌声まじりの悲鳴だったなんて私ってハレンチよね…

 

 

21

 

 

「おー、スゲーな…さすが貸し切り。さすが金持ち。」

 

もくもく湯気を上げる露天温泉は川沿いに岩で囲まれ作られていた。奥の方は綺麗な小川が流れている。白いにごり湯がそこが温泉であると示している。…緑と青の景色はきれいだな…竹林が広がり空を見上げると青い空。雲が左へとやや早く流れる。風が強いらしい、竹がササー…と靡く音を立てる。そして鹿威し。これぞ日本の温泉、露天風呂といった光景だ。ん?なんか人がいるのか?この昼間に温泉とは粋だな!真の温泉好きとみた、気分が優れないのか妙に艶めかしい声が聞こえる……ん?大丈夫なんだろうか、声をかけるとそれは女で…は?女?

 

「え?!せせせ先輩!?」「は?古手川じゃん」

 

ザバッと立ち上がる古手川唯。タオルを湯船につけるのはマナー違反だし、ふむ。。。。全裸か、

 

……凛と同じくらい?……アレが入るの!?とそれぞれ謎の感想を思った。

 

「で?何?ここ男湯なんですけどミス・ハレンチ?」「は!?そんな…?え!?」

 

あと一組しかいない(ほぼ貸し切りね)→この時間だし誰も入ってない露天風呂にいこう(泳いだらダメ?)→ふんふ~ん温泉♪温泉♪癒やしの温泉♪(女湯か確認しなかった)→……。(秘密)→全裸で指さし確認(現在の状態を)の唯。

 

こっちが男湯、こっちは女湯だ……覗くんじゃないぞ…家族風呂以外は混浴じゃないからな(ジロリ)はいはい(ひらひら)→温泉だー!やっほい!でっかい!広い!よし。泳ごうそうしよう(うきうき)→誰かいるな(邪魔だし、どいてもらおう)→全裸で指さし確認(凛との違いを)の俺

 

「あ…きゃあ!ハレンチな!」

「イヤイヤ…おかしいだろそれ」

 

ふぅ、と温泉に浸かる俺とザブン!と浸かる唯。白いにごり湯が俺たち二人の肢体を隠す。唯の胸は隠れきっていなかったが…

 

「なんで此処に!?先輩」

身体を抱きしめ睨む唯…寄せた胸が余計に浮かぶ

「ん?招待されたのだよ…フッフッフ」

チラと見ながら顔に湯をかける。ごしごしと顔をこすると硫黄の匂い、温泉の香り

 

「なにそれ…本当?」

「ホントだっての―――」と、理由を話す。

 

全部話終わると古手川唯はやけに落ち着いた口調でそうですか、とだけ呟いた。

 

「ん?なんだよ」

 

そういえばふたりきりになるのは彩南祭以来初めてだな。これまでロクに会話したことなかった。なぜか分からないが……黙りこくっている唯。切れ長の瞳で俺を一瞥すると、視線を外して白い湯を見つめた。髪はタオルで纏められていて温泉で傷まないようにされている。なんだか誰かに似ている気がした。

 

「…先輩はお姉ちゃんの事、識ってるんですか?」

「は?姉?お前の?」

「…先輩はお姉ちゃんの事、どう思ってたんですか?」

「は?お前に姉が居んのか?兄貴じゃなくて?」

「答えてくださいッッ!!!」

 

再び唯が立ち上がる。タオルで巻かれた髪が一房落ちて頬にかかった。切れ長の瞳は泣きそうな程に潤んでいるが、真っ直ぐに睨みつけていて鋭い視線で俺を刺した。

 

「識らないよ、どう思ってたのかも分からない。」

 

真っ直ぐ見つめ返し、答える。

 

「そう、ですか…」

 

何をそんなに怒っているのか、何がそんなに悲しいのか。唯の頭からタオルが落ち、湯に浮かぶ。白いタオルが白い湯にゆらゆらと流されていく――――

 

「じゃあ先輩を好きになってても良かったんですね…異世界とか、非常識にも程がありますよ…」

ん?

「…なんでもありません。」

ざぶっと湯に浸かる唯、長い黒髪も湯に浸かった。

「昔、先輩によく似た人が好きだったんです、たぶん」

「…。」

「でもその人はお姉ちゃんの恋人で…気分屋のお姉ちゃんはすぐにフッちゃったんですけど…私は気になってて」

「…。」

「それから高校に入ってもう一度出会ったら……後から識ったんですけど。その人は別人で、違う人だったらしくて、でも全然違和感がなくて、でも気になってて」

なにがだろう?

「気づいたら目で追って探してて…真実を識った時には……馬鹿みたい。」

なにが言いたいのだろう。

 

話している唯にも解っているのか、解るように話したくないのか。しっかり者の風紀委員らしくない独り語りが続く。笹の擦れる音と、時折響く鹿威しの音。自然の静寂の中をゆらゆらとタオルが流れていく。

 

「"理由"って必要なんです、私は理屈とか、法則とか、規則とかが好きですし。形よく整ったものが大好きなんです」

「…ああ、だろうな。そんなタイプだし」

 

理屈っぽく背伸びをして注意する姿が生き生きとして唯には似合うと思う。

 

「でも、よくわからない。心は、ままならないものですよね…」

 

だろうな、と頷く。うまくいかない。春菜やヤミもそんな感じだ。俺も…だった。思わず苦笑い

 

「だから、初恋の"理由"探しを手伝って下さいね、先輩」

「…。」

 

なんで俺が、と唯を見る。唯はギロッと釣り上げた瞳で俺を見ていた。――――なんだか懐かしい気がした。

 

――――はいはい、手伝ってやるよツンデレめが。誰が"詰んでれ"よ!ハレンチなクセに!ツンデレだぞバカ。あ、お前そういえばデレたとこないよな……可愛くねー、なに?出れ?まだ浸かってたっていいじゃない!温泉好きなのよ!はぁ、このコ、アホのコだったのね…よよよ…誰がアホのコよ!

 

―――煩いぞ秋人!温泉で暴れるんじゃない!

 

隣の女湯から凛が怒鳴るまで俺たちは言い合いを続けた。春菜と同じくらい慣れたようなやり取りをする俺と唯だったが、俺も唯も違和感を感じない。

 

こうして唯の"もしもの初恋"が幕を開けた。流れた白線が何処へ流れ着くのか。それはまだ誰もしらない。

 

 




感想・評価をお願い致します

2016/10/10 一部改訂

2018/01/25 一部改訂

2018/07/05 一部改訂

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【 Subtitle 】

15.死へと至る不治の病

16.傷心、転じて…?

17.昼下がりのあれこれ

18.異世界からの来訪者

19.退かぬ、迷わぬ、ためらわぬ、ですわ!

20.効能:ハレンチ

21.取り戻した恋の路



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Re.Beyond Darkness 5.『届かなかった想いⅡ~First"if"Love~』

22

 

 

唯と共に"男湯"からでる。ほらなやっぱ男湯だった。これで女湯だったら全裸の凛に真剣で両断されてるな、[硫黄は死の香り~湯けむり殺人事件。犯人は武士な私、どこからともなく日本刀~]が5分で完結するだろ

 

「おまたせー、凛、コーヒー牛乳飲もうぜー」

「コーヒー牛乳?フルーツ牛乳でしょ非常識な」

 

凛にツッコまれる前にカルシウム。それにしてもツンデレはなにを言うか、湯上がりにはコーヒー牛乳こそジャスティスだろうが、やはり唯さんは牛さんにも素直になれないのか…やれやれ、と肩をすくめる。唯は何よ、と横目で睨んだ。こら、足まで踏むんじゃないっての

 

「ん?待てよ?お前にコーヒー飲ませたら出るんじゃないの?コーヒー牛乳」

びしっと指さす、胸を…つつけなかった。チッ

「は?何言ってるの?」

両腕で胸を庇う唯にははっきりとした侮蔑の表情。切れ長の瞳で鋭く睨みつけている。そんなに警戒しなくてもいいだろ…さっき全部見ましたよ。お兄ちゃん(・・・・・)は春菜より随分大きく育ったなー、と思いました。

「だって牛乳(うしちち)なわけだし」

「まだ牛乳は出ないわよ!ハレンチなこと言わない!踏むわよ!」

「踏むなよ、てか踏んでますよツンアホ唯さん」

"まだ"って…いずれは出すんだな、牛乳。モーモー唯さん、いてえ!ギリギリと捻りながら踏むなバカツン!搾乳するぞ!

「ああっ!ちょっと!胸を……ああっ…んっ!そんなグリグリされたら…切な…くぅっん…―――

 

―――湯上がり、牛乳…フルーツ牛乳が私はスキ……もしも私が初恋の人と結婚すれば赤ちゃんができて…そうしたら……

 

『触ってもいいか?』

『うん…』

膨らんだお腹を撫で擦る、愛する夫との二人家族もそろそろおしまい…もう妊娠8ヶ月。もう少しで生まれてきて…三人家族になるのね、

『うーん…随分デブったな唯』

『違うわよ、お腹にはあかちゃんが居るんだから女はこうなるの…それにこんなにシタのは貴方でしょ―――

 

―――先輩…

 

と熱っぽく見上げる、先輩…夫ははにかんだ笑みを見せる、照れてるの?カワイイわ、と私は妻の余裕をみせる。出会った頃とは違い私には先輩との確かな愛の結晶があるから…もうこんな事だって言える。

お腹を撫でていたら先輩の愛を思い出し……キスしてと呟いてしまう。応じる先輩、やがて二つの影が重なって…だめ…、まだお腹には赤ちゃんが居るんだから…―――

 

「…なるほど、露天風呂から聞こえてきた淫猥な声は…そういう事か」

声をかけられたのに放っておかれた九条先輩がギロリと睨んでいる。

「あ…ああああの、九条先輩!私が、その…」

私は慌てて浴衣を着直し、先輩から離れる。あれ?!なんだか先輩の手を私が掴んで胸を触らせていたみたい…ハレンチな!は、はやく釈明や弁明を……!

「君は少し黙っていてくれ、……秋人、後輩に乱暴を……この不埒者!」

ゴスッ!と夫の脳天に竹刀の一撃、あなたっ!しっかりしてっ!…お腹のあかちゃんに不安を与えたらよくないのよ?!…あ、まだ居なかった。床に倒れる先輩の音ではたと気がついた。

 

 

23

 

 

「すまなかった」

「い、いえ…私は別に…」

間違えて男湯に入っちゃっただけなんだから……あ、こういうのがツンデレって事?

――――――それはただのアホですよ、唯さん

 

「てっきり秋人が君を連れ込んだものとばかり…」

「いえいえ、そんな事はないですよ…まぁ先輩ならやりかねませんけど…」

そうだろうな、と九条先輩は先輩の髪を撫で梳いた。気絶した先輩は九条先輩の膝の上でむにゃむにゃと介抱されている…随分と仲がよろしいことで…ムカ

「春菜が随分秋人を甘やかせているからな…全く」

言いながら先輩の浴衣の襟を整える九条先輩。……ま、突っ込まない方が良いわよねムカムカ

「ところで君もこの温泉に来ているとは思わなかった、古手川唯」

「はい、九条先輩も……」

結い上げられた長い髪を耳にかけ直し凛でいいよ、と九条先輩は微笑んでみせた。伸びた背筋と浴衣がよく似合う…ごろりと先輩が凛さんのお腹の方へ寝転がる。

「んっ、此処へは旅行に?」

「はい、ちょっと…気持ちの整理に…」

一瞬ちょっと気持ちよさそうな顔をした凛さん。…何かしら?

「そうか、……ん。」

凛さんは先輩の頭を押さえて特に何も聞かなかった。オトナなのね、と――――――

「…。」

――違うのかしら?何だか厳しい顔になってる。目を閉じてちょっと頬も赤いし…具合でも?

「…秋人、起きていることくらい呼吸で解るぞ。」

「すやすや」

「?寝てるみたいですよ?」

覗き込んで見るけどお兄ちゃんはすやすや(・・・・)と寝ているように見える。ん?お兄ちゃん?先輩でしょ?訂正訂正

「唯、散歩にでもでかけようか、この不埒者は此処で一人寝かせておこう」

膝の上にのせられていた先輩の頭を放り投げ、スッと立ち上がる凛さん。

「…いてっ投げることないだろうが」

「お前が寝たふりをするからだ!寝てる人間が「すやすや」などというものか!私を莫迦にするな!まったく、息が擽ったくて仕方がなかったんだぞ」

ホントに?くすぐったいのって気持ちいいの?

言いながらも悪いことをしたと、謝るように先輩の打ち付けた箇所を撫でる凛さん……言わないほうがいいわよね…それにしても仲が良いのね……ムカムカムカ

 

――――――この場で一番オトナだったのはツンアホその人であった。

 

 

24

 

 

「名家の嗜みとして有名な景勝地は一通り見て回っていたからな、こういう地元の人しか知らない場所…というところに興味がある」

「へー」「わあ」

「此処は地元の……この地に生まれた人たちの信仰の対象になっていた滝で……」

細く白い滝の流れを見上げながら私と先輩が口を開けつつ感想を言う。凛さんは傍らでいつの間にか調べた解説をしてくれている。

「滝というものはそもそも…―――

 

―――滝といえば"癒やし"、マイナスイオンよね…ちらりと横目で先輩を見る

ぼうっと滝を見ているけどたぶんアレね、全く見てない。この後の食事が楽しみなんでしょ。旅館の食事…とくに夕食は豪華になってるし、お魚の活き造りや肉料理、新鮮な山菜などなどテーブルに収まらない規模の料理がならべられてお腹一杯に……お兄ちゃんは肉料理大好きだし。きっとわたしの分も奪われるわね…叱りつけてやらなきゃ、ん?なんで今先輩の事をお兄ちゃんだと思ったのかしら?私にはお姉ちゃんでしょ?訂正訂正…――――――

 

――――訂正、修正、塗りつぶし……空は赤から黒に変わり塗りつぶされつつある。細く白い滝の流れをじっと見る…確かに不思議な魅力があるな、と思いながらちらと傍らに佇む唯の様子を窺う。顎に手を添え、なんだかブツブツ呟いている。"お姉ちゃん"……ね、古手川唯に姉が居たなんて知らなかったけど。まぁなんか変わってても仕方ないかもな、俺も春菜の兄なんだし、それにしても"お姉ちゃん"ね…と再び思考を廻らせる。その単語は金色の小さい少女を脳裏に浮かばせた。そう、あれは今と同じくらいに空が染まった夕暮れ…キッチンで不意に「…お姉ちゃん次はどうすればいいの?」と、あのヤミが。あの金色さんが言ったのだ。あの時の春菜は面白かった。一瞬能面のようにきょとんとしたかと思ったら、ヤミちゃん!っと叫び抱きつきグルグルその場回り始めたのだ。花咲く満面の笑みの春菜に照れたように頬を染めるヤミ、重なる頬と頬。ヤミの金髪と春菜の黒髪が舞い、春菜の靴下がフローリングをキュキュっと音を鳴らして……手に持っていたボウルをぶん投げたせいで俺に水溶き片栗粉がかかったんだよな。ったく…春菜のアホめ、その時の夕食はチキン南蛮でそれから‥…ああ腹減った。豪華な夕飯楽しみだ、春菜があの夜作ったものより豪勢なんだろうな、アホクイーンの天条院でも旅館のスタッフさんは一流だろうし、唯の肉は俺が貰おう、あんだけ胸に脂肪あるんだからいいだろきっと。

 

「…二人とも、ちゃんと景色を見ような」

 

わたしたち二人には凛さんの溜息さえ聞こえなかった。

 

 

25

 

 

アキトが温泉へと旅立った(天条院家従者に攫われたとも言える)同刻。

「春菜。アキトが遅いようですね。」

「…そうだね、どこ行ったのかな?またナナちゃんとかと寄り道してるのかな?」

 

のんびりと餃子の餡を皮に包みながら応える春菜は私を見つめる。穏やかな毎日…美柑よりも身長の高い私、その私よりも高い春菜、そして一番背の高いアキト。…この三人は傍から見ればどう見えるのでしょうか、と胸の内で呟いた。

 

「…どうでしょう…」

見下ろす水の張ったボウル。映る瞳は…紅。朱い髪のメアが水面に浮かんだ。

 

『私たちは"家族"でしょ?ヤミおねえちゃん……家族ってステキ♡』

 

言葉にできない不安を紛らわすようにかぶりを振り、せっせと餃子作成にとりかかる。おもわず仮面を付け忘れる

 

「お姉ちゃん、次はどうするの?」

 

 

ヤミちゃん!とまた抱きつき振り回される…春菜、そんなに振り回したら餃子が全部吹き飛んでダメになってしまいますよ――――――私の不安までは吹き飛んでくれませんでしたが…

 

 

26

 

 

豪勢な食事を三人でとる最中、「部屋に特別なデザートをご用意しております」と唯に女将が告げた。旅館の自室に戻ると「凛の邪魔をするんじゃありませんわ 牛乳 裏方女王 天条院沙姫」と張り紙がドアにあった。ビリビリと破り捨てる…失礼な…邪魔なんてしてないじゃない。初恋探ししてるだけよ!先輩をこき使って何処かへ行った初恋を探す…ただそれだけよ!別にお兄ちゃんを好きになってるわけじゃないわ!誰があんなハレンチな人!…ん?お兄ちゃんって何だかしっくりくるのよね…これからは心の中だけでそう呼ぶことにしよ。それよりデザート♪豪華なデザート♪

 

ぽつねんと置かれたカップラーメン。

 

割り箸に挟まれてる「貴方にはコレで充分ですわ 牛乳 美乳女王 天条院沙姫」

 

ビリビリビリグシャグシャグシャグシャバンバンバンバン!

 

踵を返してお兄ちゃんの元へ走る、なぜか怒りの矛先は兄へ向かった。

 

 

27

 

 

「ふふ、小娘…オマエの身を頂くぞ…躰を金に変えるのだ…」

「お、お代官様…何卒お許しを…お許し下さい…私には将来を誓った方が…」

朧げな灯りしか無い部屋にか細く震える女の声、男の下卑た野太い声が覆いかぶさる…

トサッ

音は女が後ずさった脚を布団にとられ尻もちをついた、女が堕ちた……そういう淫靡な音であった。

ククク……い、いや……

男が手を伸ばす、女が恐怖で震え、躰を抱きしめて動けない。それは果たして恐怖からか……潤んだ瞳に僅かに緩んだ頬(・・・・)……女には操の危機が、確かに、今、目の間に迫っていた。

 

――――囃子の夜、鈴虫だけが女の悲鳴と嬌声を包み隠す蚊帳だった。

 

凛、お前は固いぞ、そこが良いところでもあるけど…あ、そうだ!……これでいこう!フフフ…良いでわ内科…まちがえちった。良いでわないかー!と、クルクルと帯を回された凛。

な、何をする!…と、乱れてはだけた浴衣が扇情的、押し倒されてもちっとも嫌そうじゃない(・・・・・・・)、それは勿論演技であったからだ。先ほど秋人が書き上げた台本通りに凛が演技している。食事の後の運動としての余興であった

 

「何卒…何卒お許しを…」

私は後ろへずりずりと下がる、なるべく厭そうな演技を心がけなければ…と浴衣の襟をしめ胸は見えないように、更にト書きには…でも谷間はよく見えるように…だったか、

 

「ムフフ…娘よ…オマエの躰はそうはいっておらんぞ…」

押し倒される町娘()に覆いかぶさるお代官様(秋人)…殿方に躰を求められるのがこんなにも嬉しいとは…違う、秋人だから、秋人だから私は――――

「あ、ご主人様…ダ…メ…んっ」

知らずに私は演技を忘れて夢中に……

「おい、凛、お代官様だぞ」

「す、すまない…お代官様…ぁっ」

ぼそぼそと台詞を直す秋人の声が鼓膜を震わせる。耳に感じる秋人の呼吸、微かに触れる秋人の唇…知らずに私は秋人の背中をひっかくように握りしめた。

「ククク…オマエは親の借金の代わりに儂に売られたのだ…その男のことなど忘れよ」

「ぁ…」

秋人に抱きしめられてこんなにも近く(・・)に感じる。腕が勝手に秋人を抱きしめ返し、躰は躰に絡みつく。昼の添い寝の続きがこんな形で実現するとは……躰が熱い。躰が熱くて仕方がない…――――

 

「秋人…私を――――」

少し腕の力を緩める、目と鼻の先…見つめる秋人の瞳に私がいる。そこには熱に侵された女の私がいた。唇に感じる秋人の吐息…始めるなら最初はキスからがいい。きっかけなど、些細な事。巫山戯(ふざけ)た演技から始まろうとも、それは秋人らしさだ。沙姫様から「凛は肩に力が入りすぎですわよ、たまには女に戻ったらどうですの?」と助言してくれたことが一度あった、だがそれはそれで私らしさだ、それに、もしも女に戻るなら将来を共にしたいと思える…伴侶にのみ見せたい。

 

そしてそれは…―――

 

「秋人―――」

 

今、縮んでいく、微かに触れる唇と唇。

 

ふたりのキョリが今、ゼロに――――――

 

―――春菜、すまない…こんなの抜け駆けだ…が―――もう既に賽は投げられて…

 

「ばばーん!ここでネメシス登場!おにいたん!はっけーん!」

 

和室に響く脳天気な声が私の蕩け流れていた思考を瞬間冷却させた。

 

 

28

 

 

「はっはっは!はろはろー!おにいたーん!はわわ、いけません!ねめしすはまたパンツを履き忘れてしまいましたぁー(CV結城美柑)」

ピラリと漆黒のキャミワンピの裾を捲るねめしす(豊満)。凛と同じくらいスタイル抜群だ。確かに履いてないな、うん。しかしそんなことはどうでも良かった。このタイミングで出てくるのはワザとだな?ニヤニヤしやがって…そして美柑はそんなこと言わない。

「オ マ エ は ア ホ か」

腕の中にいた凛をゆっくり寝かせ、まったく分かっていないアホしす(※アホなシスターの意味)の頭をはたく「あたっ!酷いぞおにいたん」と甘えた素の声を出したが、そんなことはどうでも良い!

「そのメリハリボディでおにいたんなんて言うかよ!ココは和室だ!そこも考えろ!そういうキャラはなぁ!…」

うんうんとねめしす(豊満)は頷いて聞く。

「そうか、こういう時はこうか…んんん!」

胸を拳でトントンと叩き、声の調子を整えるねめしす(大人)

「さあ坊や…いらっしゃい…お姉さんがイロイロ教えてあげるわ…オベンキョウしましょう…」

囁くように流し目。キャミソールの肩紐が落ち、はだけて褐色の華奢な肩と豊満な胸が露わになり、さらりと長い黒髪が胸を隠すように落ちる…組んだ脚は太腿が特においしそうな艷やかねめしす(お姉さんセンセイ)。

「で?だいたいなんでココにいんだよ?」

うむと納得。立ち上がらせて着崩れたキャミソールを整えてやる、おいこら邪魔すんな手を絡めてくるんじゃない、脚も絡めてくるんじゃない、凛の真似か

「うむ。おにいたんのパンツの匂いを嗅いで自分を慰めていたらかえって切なくなってな、飛んできた」

スッと胸の谷間からトランクスを取り出すネメシス。衣装も背丈も元の浴衣に戻っていた。ペケ涙目だな

「…オマエはなんで俺のパンツを持ってんだよ…ほらコレ履いてろ」

ぱしと春菜パンツ(青)を顔にぶつける。パクっと素早く口でキャッチするネメシス。イヌかオマエは…

 

そうかそうか、おにいたんは私にパンツをくれるのか、こういうものが地球式のプロポーズなのだな?嬉しいぞ。私の趣味にあっている、ついに堕ちたなうんうん、こういうのも悪くないな!…春菜のだぞ?それ、ちゃんと返せよな?と会話を続ける。

 

「うむ、やはり想像よりもこうしてリアルなのが良い。こんな絵より余程良いな」

"ぷろじぇくとだーくねす"と下手くそにかかれた紙芝居がでてくる。なんだこれ?このヒョロイ黒いのが俺?その隣の黒いのがネメシス?金と赤がそれぞれヤミとメアか?

「コレを見ながらな、一人おにいたんを思って夜な夜な自分を慰める行為に浸っていたのだ、健気だろ?ククク」

いそいそと春菜パンツ(青)を履くネメシス。お前な、

「それは健気なんていうものかよ!健気はロリっ子が頑張って料理や買い物を手伝ったりすることだぞ!」

「なんだ?部屋で棒を使って…「貴様等……」」

 

ゆらり、と置いて行かれた町娘が乱れた浴衣に得物を握りしめ二人に迫っていた。いろいろ山程、山程言いたいことはあったが鍛えた剣の道、その先にある無の境地。其処へ放っておく事にして兎に角一撃入れねば済まないようだった。

 

「ちょっと!何よあのカップラーメンは!?どうしてシーフードじゃないのよ!?」

バンッとドアを開け放って怒鳴りこむ古手川唯。

ああ、もう、何なのだ。この状況…どこから突っ込めば…と凛はクラクラとする頭を抱えた。

 

「おー!求めていた混沌(カオス)がココにあるな!」

そしてこの私がパンツ履いてるしな!はっはっは!と笑いながら秋人を押し倒し、豊満な胸と脚でホールドするネメシスから、凛は怒りの鉄槌を下すことにした。アレは私に対する挑戦状だな、と呟きながら……――――

 

結局、その日から4日、この4人で自然の静けさがある旅館は喧騒につつまれるのだった。

 

 




感想、評価をお願い致します。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

22.ほてぼてスキンシップ

23.焼きもち唯たん

24.花より団子、滝より家族

25.食い気より家族

26.お風呂上がりのあれこれ

27.頓挫した計画

28.温泉旅館の喧騒


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Re.Beyond Darkness 6.『闇夜に浮かぶ欠けた月~Battle of Darkness Ⅰ~』

29

 

――――――あつい

 

頬をさすりながら思いふける。気温じゃないぞ、俺の頬があつい。ヤミや美柑のように照れてるわけでも、春菜のように恥ずかしがってるわけでもない。痛みによる熱……

 

温泉宿から無事(?)彩南町へ戻ってきた俺、恐る恐る…朝のドアを開ける。まだ4時。日の出はまだ、白む空には日は差していない……春菜が起きるのは5時半…。規則正しい春菜がこんな時間に起きているはずが―――

 

ガチャ、と開ける。ゆらりと幽玄な………影。

 

――――――おにいちゃんのばか!もうしらない!おにくぬき!

 

春菜(怒鬼)にビンタで出迎えられた。

 

春菜ビンタ(強)をくらった頬を擦る。痛い。……お兄ちゃん、補正ないって言いましたよ?しばらくこのまま過ごすの?……

 

――――――アキト、オカエリナサイ

 

倒れ伏し、見上げれば其処には金色の闇。闇サイ怒(side)

ヤミはにっこり微笑み首を傾げる

 

――――――か、カワイイじゃないか…

 

次の瞬間遥か高みの成層圏へ……こんなアトラクションが遊園地にあったよな…フリーフォールとかなんとか…あれの安全ベルトナシの壊れた状態。地面がドンドン遠のき、頂点で止まり、地面がぐんぐん近づき……怖すぎだろ

 

…と泣き叩かれた頬には真っ赤な紅葉化粧が施されている。……ちきしょう。天上院のせいだ……覚えてろよ…

 

――――――ああ、もうヤダ。

 

思い返すのは止める。これからモモと今週のアレ。正直めんどくさい。結城(・・)のやつがハーレム王?でいいんじゃないの?

 

 

いつもの待ち合わせ場所。その1、鉄橋の下。

 

月明かりを遮りガタンゴトンと頭上を電車が軋みを上げて通過する。うるさい、スゴイうるさい。電車ってのは案外騒音だすんだな。薄暗い中、モモの躰を電車の光が通過する

 

「あらお兄様(偽)こんばんわ♪……よくも寒空の下で3日も4日も待たせてくれましたね………ブチ○されたいんですか…?逆さまに吊るしてドライフラワーにしますよ?」

 

電車の音が止んだと同時に低いドスの効いた声。雰囲気もあって…おおコワイ。黒モモだな

 

「おや、プリンセス・モモ、麗しの外面が剥がれてますわよ」

 

頬を撫でてやろうと片手を伸ばす、バシッ!と弾くモモの白い手。あうち

 

「気安く触れないでください!…あらやだ♪じょーだんですよぅ♡お兄様♪……消してあげましょうか?それとも特殊液に沈めてプリザーブドフラワーに?」

 

―――瞬時に愛想よく微笑むモモは流石だと思う、あと即黒モモに変身するのも。最近は黒い部分も無遠慮に晒すようになったモモ。結城のための花嫁修業らしく、たまに春菜不在のウチにやってきて器用に洗濯物を畳んでくれる。そういえば俺のパンツが何枚か減ったと春菜が言ってたな、どうせあのアホしすが持ってってんだろ

 

「まぁまぁモモ姫…我が妹よ、これで機嫌を直してくださいませ」

ぎゅっ…とモモを抱きしめる。

 

「はぅ…お兄様ぁ…♡んんっー♡あぁ…もっとぉ…―――ってそんな声あげると思いまして!?私はリトさんのモノだって言ったでしょう!気安く触らないで下さいッ!」

 

バシンッ!と頬をビンタされる、っつぅ!と思わぬ声を上げてしまう。お、おまえ…春菜ビンタの上から…

 

「お兄様っ!だいじょうぶで―!…ふん!いい気味です!」

 

ハッ!と嘲笑っている黒モモ。一瞬狼狽えたように見えたが気のせいだったようだ

 

「悪かったっての、そんな怒らなくてもいいだろ」

「…私の躰に触れていいのはリトさんだけです!最初に会った時もそう言ったでしょう!」

 

ギロリと睨むモモはさっきから近い。見下ろした胸と胸がくっつきそうな程。抱きしめたのも近すぎたからだ。

 

「そうだったっけ?おにいたんだがら良いじゃないかええじゃないかモモ桃萌萌」

 

もう一度抱きしめてやろうと腕を広げるがサッと身を翻しモモは半歩距離をとった。

 

「ダメです。なに言ってるんですか?…石で挟んで押し花に?」

 

…チッ、睨みすぎだろ…そんな嫌なのか、まぁいいけど。

 

「で?状況はどうなの?めちゃくちゃ長い無駄説明で教えてモモセンセーイ」

 

頭を掻く、また電車が通過し始めた。

 

「何ですか、バカにして…いいでしょう!無駄に長ーく説明しましょう!今週はこういう感じです」

 

《正統ハーレム王、愛しの愛しのリトさん♡》

お姉様、春菜さん、ルンさん、セリーヌちゃん、モモ♡

《要排除(デリート)要らないコなお兄様(ウザ邪魔)秋人さん☠》

春菜さん

 

パッとスクリーン。開始早々終わる説明セッション。

 

「ん?春菜は結城の方にも入ってるな」

「ええ、私が見たところ春菜さんはまだリトさんに想いがあるようです」

 

グイと横に並びながら戦況報告をするモモ。まぁ時々電車の騒音でうるさいし声が聞こえにくいからだろ

 

「ん?そうか?異性の親友って感じじゃないか?」

 

モモに首を傾げ、春菜の話を思い返す。なんかそんな事を言っていた気がする

 

「違いますね。リトさんが転んでもみくちゃにされても怒りませんし」

 

グイグイ近づくモモ。近い。腕を手にとってなんだよ、触るなって言ったのはお前だろ?尻尾を目の前で揺らされてスクリーンに影が映りこんでいる。

 

「そうなのか」

「そうでなくては私が困りますから」

 

困る?と首をひねる、なんだそれはちゃんと答えろ、といつものように尻尾へ手を伸ばすが……

 

《おにいたーん!はろはろー!で・ん・わ・だ・よ♡はわわ、いけないですぅ!ねめしすはまたもやパンツを…》

 

ピッ!と煩わしい着ボイスを切る…あんのヒマ人…いつの間に…。社会的に殺されるわ、モモが心底見下げたという顔で「…最低」と呟いた。あともう少しだったのに…とも言った気がするが気のせいだろう、睨みつけてるし

 

「もしもし、こちら司令部。どうした?癒やしの光、春菜ホワイト」

『もしもしお兄ちゃん?ヤミちゃん知らない?まだ帰ってきてなくて…もう、それは二度とやらないって言ったしょ、』

「どっかでたい焼き拾い食いしてるんじゃないのか?そのうち帰ってくるだろ」

『そんなことヤミちゃんがするわけないでしょ!どこいったのかな?しょうがない妹だなぁ…お姉ちゃん困っちゃうなぁ…お兄ちゃん探しに行ってもらえる?私は晩ごはん作っておくから…』

「はいよ」

『うん。お願いします…イイコだからおかずを一品増やしてあげます』

ふっ

『でもしばらくは春野菜料理が続きます』

くっ…なんてことだ

『…ローストビーフ焼いて待ってるから、ヤミちゃん連れて早く帰ってきてね』ガチャッ…

ローストビーフ!なんてことだ!

 

「じゃあ今日はもう終わりだな?俺は帰る」「え!?もうですか?」

「は?なんかまだ何かあんのか?」

 

お前も結城のところに早く戻りたいだろ?ええ、確かにそうですね…他に何もありませんし…と続け、モモはくせっ毛を直した髪を不服そうに指に絡める。

 

「じゃ、また来週」「ええ、また来週。」

 

モモを置いて走って立ち去る。早く見つけ出してビフテキ祭りがウチで待っているのだ。

 

 

30

 

 

去っていく背中。――――――勝手に手が伸びていく、シャツの裾は……また掴めなかった。

 

ズルい。こんなに調教・開発され尽くしておきながら「また来週。」だなんて……ゲームだったら素早くコンティニュー乱打してますよ?

 

――――計画の為に手段を選ばない。最大限の努力を発揮する。私はぜったい負け(ゲームオーバー)たりしない。

 

そうして掴むふたりの未来は――――――うふふ♡

 

あの繊細な動きをする指がスキ。匂いもスキ。触れられればゾクゾク、抱きしめられたら…たまらない。そしていつかは…その先へ。その先を私はもう知っている

 

―――桃の花は花粉がある品種なら勝手に実を作る。でも花粉をつくらない桃の花もある。

 

さあてそういう桃はどうやっては実を作るのでしょう?―――ふふっ♡

 

嗚呼、でもなんて事…私達ふたりに多くの障害が…取り除かないと…。障害があればあるほどに燃え上がる心と躰。はやくはやくリトさんのハーレムを完成させないと…そして私は。

 

「うふふふふふふふふ♡」

 

きらりと口元の雫が光る、夜空に浮かぶ月だけ(・・)が悶え震えるモモを見ていた。

 

 

31

 

 

夜空に浮かぶ一つの月、満月ではなく欠けた三日月。

 

アスファルトには桜の花弁が優雅に舞い落ち、今も桜が夜の闇にひらひら踊るように散っている。暗闇を照らす街灯のぼやけたオレンジ、浮かぶ桜のくっきりとしたピンク。二つのコントラストは情緒があって美しい、とヤミは思った。

 

『君の本質は闇……殺戮以外に生きる価値など無い―――――甘い夢(・・・)などもう終わらせるべきなのだ結城リト(ターゲット)は傍にいるのだから――――――』

 

脳裏に先日の強襲者の声がよぎる…(わずら)わしい。邪魔な声を振り払い、地を蹴り電柱へ飛び移る

 

『目を覚ませ。金色の闇……此処は君の居るべき居場所ではない―――』

 

再び声が響き、眼前の夜景を汚す。揺らぐ思考は過去と現在(いま)を虚ろにさせてゆく―――…

 

 

「…。」

 

静寂な真昼に独り。其処に本を読み耽る私がいた。周囲に()の姿はない。数刻前まではそうだった。

 

「…なんでしょうか」

 

ケヒヒ、気味の悪い声と虚ろな瞳、返答は言葉でなく強烈な打撃。腰掛けていたベンチが二つに叩き割られる。

 

重厚なブラウンの木片、そして同じ色のふんわり軽いたい焼きたちが共に宙をぱらぱらと舞う。宙へと逃れ、逆さに跳び浮かべば馬鹿力の刺客の数6―――嘗められたものですね

 

着地と同時に背後に強烈な殺気が2つ、身を捩り避け――られなかった。

 

―――はやい?!違う…!わたしが遅いんだ…

 

      この生活に慣れすぎて―――!

 

 

「……ふぅ」

 

一息つき、かぶりをふって後悔を振り払う。電柱上から見上げる夜は、広告のネオン光に負けること無く三日月が浮かび上がっている。

 

雲の隙間から降り注ぐ月光、それは優しくも強い光(・・・)

 

―――眩しい(・・・)光弾が場を包む。爆音と共に閃光が弾ける。楯を築き刺客達(クラスメイト)を庇う。睨み見上げる校舎屋上、煙の向こうへ黒咲芽愛が立っていた。私と同じ変身(トランス)能力。制服(わたし)と違う戦闘衣(バトルドレス)

 

覚悟の違いを見せつけられた気がした。

 

 

もう一度、ヤミは頭を振った。ゆっくり瞳を閉じて、そして開いた―――過去は過去、今とは違う

 

振り切った私の瞳に映る三日月の光。都市の綺羅びやかな光たちに負けず輝いている、息を呑み掌を伸ばす

 

―――――今度こそ、

 

月光へ向けて掌をかざし、くるりと握ってみる―――やはり、掴めなかった

 

夜闇の中、都市光さえも凌ぐ輝く三日月でさえも、掴めない。

 

―――――実態のないものですから当然といえば当然ですが…

 

かざし続ける小さな掌は固く握りしめられ、月の光と都市の光が輪郭を与えつづける。

 

それはひどく頼りなく、とても情けなく思えた。

 

そう、何の力もない一般人のように―――

 

眼下に蠢く人々の群れ。交差した道と道。そこを急ぐように歩く帰宅者達。もうそんな時刻。"家族"のある者達は家に戻り、待っている人の為にその脚を動かすのだろう……と、どこか他人事のようにヤミは思った。

 

――――もう私にも…"金色の闇"にもそんな家が出来たというのに。

 

「…ふぅ」

 

静かについた溜息が更に過去へと連れてゆく。瞼に浮かぶ、甘い願いと淡い夢――――儚く消えてはまた浮かぶ

 

与えられた力…変身(トランス)能力さえなければ。普通の少女として、ティアと毎日微笑んでいられたのに――――

 

 

『むかしむかし、はるかな銀河の海の中。

 

小さな少女イヴには光にみちみちたやさしい日々がありました。

 

イヴの傍にはイヴによく似たお姉さん、ティアが居ていつもにこにこと笑顔で絵本をよんでくれました。

 

はらはらしたりわくわくどきどきするお伽話たち。イヴにはいない、おトモダチに囲まれ幸せにくらすその話をイヴはいつもうらやましい気持ちで聞いていました。

 

そんなある日のこと

 

 

「ねえティア、わたしにもおトモダチできるかなぁ?」

 

イヴはティアにたずねました

 

「ええ、もちろんできるわよ、いつかわたしにも紹介してね」

 

ティアはにこにことイヴの頭をなでました

 

「おトモダチもほしいけど、お兄ちゃんもほしいな」

 

まぁ欲張りさんね、とティアはくすくすと笑いました。イヴもくすくすと笑いました

 

「でもいちばんほしいのはね!―――――」

 

 

―――――…。

 

 

そんな光にみちみちた日々の中で、またある日のこと、一人の男が言いました

 

―――君は兵器だ。我々が正しく(・・・)導いてあげよう。あらゆる生命を摘み取る(・・・・)兵器として―――

 

「ねえティアは?ティアどこにいったの?」

 

イヴは白衣の男たちにたずねました

 

―――君にヨロシクと言って出て行ったよ――――さあ、我々が正しく(・・・)導いてあげるからね

 

――――こうして光に代わり闇にみちみちた生活が始まりをつげました。

 

正しく(・・・)導かれた少女、イヴはいつしか"金色の闇"として生まれ変わり、生命を摘み取る変身兵器(トランスウェポン)として、はるか広い銀河の海にその名を轟かせたのでした。

 

「正しさなんて人それぞれ違うのにね。ばかみたい」

 

赤く染まったかつての小さな少女は、同じ赤い血に染まる荒野でひとりゆっくり呟きました。満天の銀河の星たちへと還る崩壊の煙を背にして…

 

それから小さな少女イヴを見た人は誰もいませんでした。

 

                            めでたしめでたし   』

 

―――――これでは夢も希望もありませんね…

 

心の筆を置き、〆。薄く自嘲の微笑みを浮かべようとし……やめる。代わりにニヤリと悪く微笑んでみた…案外気持ちがいいものですね、とヤミは微笑った。

 

その時、

 

かざし続ける小さな掌に一つの走る人影。雑踏の中、見開いた瞳に飛び込む

 

―――――アキト、

 

小さく勝手につき動かされた唇。発したのかさえも分からない程の掠れた言の葉

 

それが届き、まるで此処にその小さな少女が居るのが分かっていたかのように――――視線はひしと掴まえられた。

 

< お い ば か な に し て る >

 

―――――失礼ですね。貴方たちに迷惑がかからないよう、こうして襲撃に備えているに決まっているでしょう

 

< め し だ か え る ぞ >

 

―――――先に帰っていいですよ、今夜の夕食はなんでしょうか…春菜は美柑と同じくらい料理が上手なので楽しみです。あとでちゃんと頂きますので

 

< あ と な ぱ ん  >

 

―――――なるほど、今夜はパンですか…アキトはご飯派でしたね。私もご飯は好きですが…いちばんは勿論たい焼きです

 

< ぱ ん >

 

―――――何パンでしょうか…惣菜パンは意味が分かりません。甘いものこそパンでしょう。あともう少し大きな声で言ってくれないと聞こえませんよ、アキト。唇の動きを読むのは案外難しいんですから

 

眼下の脚元にいるアキトが呆れたよう私の下半身を指さし、次に桜を指す。…なんでしょうか、桜は見事に満開、綺麗な桜色ですが……モモ色……ピンク色……

 

―――――!!

 

瞬間、気づいて飛び降りる。

 

「早く言って下さい!何をじっと見てるんですか!えっちぃのはきらいです!」

「お前な、あんな高いとこいたらパンツ丸見えになるに決まってるだろ。バカなの?おバカさんなの?ホントはえっちぃの大好きなの?」

「そんなわけないでしょう!えっちぃのはきらいなんです!また打ち上げられたいんですか!?今度は地球を一周させますよ!!旅行が好きなようですし!丁度良かったですね!」

「お前もまだ怒ってんのか、ちゃんと埋め合わせするって言ったろうが…ったく」

 

くしゃくしゃと髪を撫でるアキトを見上げ、頬を膨らませ文句を言う

 

これは心地のいい関係。擽ったい"家族"の関係。姉の春菜や親友の美柑がアキトへ向けるものとは違う想い、そんな気がする。

 

―――ねぇ、こういうものかな?ティア

 

瞳を閉じてアキトへ向けて掌をかざし、くるりと握って…

 

「!!!」

 

闇を切り裂き、乾いて響く電子炸裂音。

 

大気を震わす一筋の光弾がヤミと秋人の立つ場所を包み込む。鼓膜が裂けるような轟音が響く刹那、ヤミは伸ばしかけの手で秋人を押し倒し変身(トランス)で繭の楯を築いた。

 

「こんばんわ♪ヤミお姉ちゃん」

 

崩壊する瓦礫の音。ヤミと秋人が微笑み語らっていたその場所に――立ち上る砂煙と舞い散る桜の花びら、三日月をバックに黒咲芽愛が降り立っていた。

 

漆黒の双眸が妖しく輝き、蜘蛛の足を思わせる朱い8の()が陽炎のようにゆらゆら揺れる。両腕のアサルト・カノンの銃口から昇る、白い余韻の煙……

 

遊び(・・)に来たよ♪」

 

――また!いきなり、

 

「邪魔を――ッ!」

 

"金色の闇"の言葉を合図に朱と金の刃が交差した。

 

 

32

 

 

1合、5合―――計26合、弾かれる私の刃。

 

矢のように突き出された金の刃を身を低くして躱し、背後に水平蹴りを放つ。

 

「ぐッ!」

 

ヤミお姉ちゃんが痛そうな声を上げる――――感じる(・・・)2つ(・・)の痛み。気づけば脚に傷を負っていた。

 

地面を転がるお姉ちゃんに追撃。上から突き刺す8つの刃。これも金の楯で弾かれる――感じる(・・・)苛々と苦悶の感情、そして殺気。()が放つ飛ぶ斬撃を横へ跳び、回転する様に躱す。

 

――1、3……今!

 

「♪」

 

1つ、2つ、3つ! 3発目で金の楯が砕けた。お姉ちゃんの苛々が増したのを感じる(・・・)

 

「ほら♪―――やっぱり♥」

 

崩れる楯の隙間、苦虫を噛み潰した顔のヤミお姉ちゃんと目が合った。

 

ビートを激しく刻む鼓動。昂ぶる気持ちの高揚感。月夜に(たけ)る。瞳の奥の暗闇で確かな光を感じる(・・・)

 

――――感じる感覚こそ全て

 

気づくと私はいつものように嗤ってた。

 

 

33

 

 

交差を続ける刃と刃。

 

メアの刃は変幻自在で両腕のアサルト・カノンで牽制を混じえ、8つの刃で斬撃を放ってくる。私の作れる刃は最大12。刃の数は私が上――けれど、遠距離武器(アサルト・カノン)は作れない。刃の疾さもメアに分がある。

 

――でもやりようは、ある。それに、何より…

 

「貴方はアキトへ手を出した。敵とみなします」

 

「素敵な眼…♥」

 

かつて復讐に生きた、己の命を削って戦いに身を費やした。復讐の黒い炎の残滓が今なお胸に(くすぶ)っている。戦闘となれば再びそれは炎となってイヴの身を包み、"金色の闇"へと変身(・・)させる。

 

見つめ合う漆黒の双眸。嬉々と鬼気がまた加速度を上げた。

 

 

34

 

 

この闘いはお世辞にも上品なものとは言えない。

 

金色が瓦礫を蹴飛ばしメアへ向ければ、メアはただ躱すだけでなく影から光弾を放つ。儀式めいた様式美はなく、不意打ち、奇襲、目眩まし、何でもありの闘い。

 

変則も極めれば、殺し合いも極めれば、それは新たな別の美を生む。

 

――ククク…

 

互いに命をチップに変えた刹那の無数の攻防は、兵器同士の優劣を決めるウエポン・トライアル。目的の為に命を摘み取る二つの変身兵器(トランス・ウェポン)は戰いというものの原理をよく示している。

 

「…面白い。」

 

暗闇の観客が呟き、三日月の下で舞い続ける二つの影へ拍手を送る。

 

漆黒の浴衣と髪が風に靡いていた。

 

 

35

 

 

――相変わらず疾い。

 

金色の闇は内心で感嘆していた。同じ変身(トランス)兵器でも自分ではついていくのがやっとだ。

 

スピードこそがメアの武器。一撃の重さは自身程ではない、しかし速度と手数が尋常ではなく矢継ぎに攻め立て隙を生み、そこに最大火力の光弾を叩き込む。そういうスタイルのようだった。自身も攻撃よりも防御の姿勢をとることが多くなっている。

 

――ですが、

 

弧を描きながら迫る朱い刃、白い首筋に吸い込まれる―――…

 

――こういうやり方も、ある!

 

金色の闇は斬撃を無理に躱すのではなく、逆に踏み出し受け止めた。斬り払うと表現したほうが正しいかもしれない。

 

メアの刃へ最大の力を込めて振るわれる金の大剣。大きく後方へ弾けるメアの朱い刃。速度があっても軽ければ重い一撃を叩きつけてやればいい。そして、そうすれば――

 

「…っ!」

 

流れるようなメアの動きが止まっていた。

開いた脇、靡く2つの戦闘衣(バトルドレス)、腕を捻り金色の闇の大剣が軌道を変え、再びメアへ叩き込まれる。メアはマントを翻し身を捩るが、避けられたのは致命傷のみ。切り裂かれた脇腹から血がしぶく

 

「が…、ふっ――…♥」

 

2人に力量の差は確かにあった。

 

銀河に名を馳せた殺し屋・金色の闇とはいえ、日常的に血をみる生活を送っていた(メア)とそうでない(ヤミ)では神経の研ぎ澄まし具合に差が出る。

 

しかし、それはこれまでの事。

 

秋人が温泉へ行った後、その不在を狙ったかのようにメアはヤミへ奇襲していた――その数13、流石にヤミにも鈍っていた戦闘感覚も戻ってきていた。条件さえ五分になれば、あとは兵器としての資質と能力がものをいう

 

金色の闇はオリジナル、そしてメアはそのデータを元に作られた―――

 

 

――――決着は、つまりはそういう事だった。

 

 

36

 

 

二人の姉妹の優劣が決まる同刻、桃色の乙女に近づく複数の影。

 

「あら、お兄様♡…じゃ、ないんですか。リトさん…でもなく…」

 

乙女は背後を振り向きもせずふわりと微笑み可憐に呟く。そこには少しの落胆と…分かっていたという怒気。そこは変わらず薄暗い鉄橋の下だった。ゴトンゴトンと音を立て列車が通過している。先程までモモと秋人が秘密の逢瀬を交わしていた場所ではない、川を渡った向こう側。見るものによっては"河岸を変えた"とも言える行為だったがそうではない、兄へ淡々と(・・・)戦況報告をするその場所はモモにとっては何より大切な秘密の花園……その場を汚したくなかったからこの場へと誘導し、飛んできた。

 

――ではどうぞ、いらっしゃいませ♡

 

勿論その内なるつぶやきが聞こえたわけではなかったのだろう、言葉が終わると同時に飛びかかる影……同級生の男たち。目は血のように赤く涎を垂らし乙女へ迫る。

 

モモが振り向きざまに抜き放った蹴りは軽々と男を弾き飛ばし、三日月の下、木の葉のようにくるりくるりと――――――宙を舞う

 

―――暖簾に腕押し

 

―――柳に風

 

名は体を表わしていた。迫る魔手をひらひらと躱す桃色の乙女。攻撃を紙一重で躱し、交差際の一撃で仕留める。制服のスカートが舞い上がり、直した髪は翻り、ぼやけたオレンジがスポットライトのように乙女の躰を通過する。周囲を取り囲む複数の影たちは怒涛の攻撃を加えているが、乙女に決して触れられない。もしも乙女の肢体へ触れれば熱に浮かされ苦しみながら死に至ることを知っているのは―――――他ならぬモモ自身だけだ。

 

「転送」

 

透き通った声で、明確なたった一つの意志を告げる。――――が列車のきしむ音に掻き消され辺りには響かない。

 

―――やはり野に置け蓮華草

 

乙女の放つ色香の毒は周りの影達を魅了する。熱に浮かされたように手を伸ばす影たちは既に蔦で捕らえられていた。

 

「はぁ…こんなはしたないところをお兄様に見られてしまったらまた(・・)お仕置きされてしまいます…ね…♡」

 

甘い吐息と自身を抱きしめ、悶えるモモの声は誰の耳にも入らない。それもそのはず電車の踏み鳴らす鉄の通過音はそれほどまでに喧しい。なぜそのような場所をモモが選んだのか。それはモモの可憐な唇から溢れる淫らな声を兄以外に聞かせたくない、という乙女心の発露だった。この場を選んだのは喧しい男のうめき声が聞きたくなかっただけ、という違う理由であったが――

 

―――ドサリと初めに蹴飛ばされた男が地に落ちる音だけが場に響く。とうに列車は過ぎ去っていた。

 

37

 

ドサリ…ヤミは糸の切れた操り人形のように受け身もとらず倒れた。

「あなたの負けです、メア」と呟いた唇からは苦しそうな荒い呼吸音しか聞こえない。

 

「おい!しっかりしろこのバカ!破壊大好き金色ブラック!」

 

痛む頭と呆然とこの後どうなるんだっけ、と考えていたらどうにも様子がおかしい。だいたい先の事など解るはずもないというのに。そんな当たり前のことに気づいたらこの状況、ヤミが倒れた。ってそんなことは状況報告だろうが!今はとにかく急いで医者……医者キャラ…キャラ?お医者さんだろ、えっと御門涼子だ!そうだそうだ、あのおっぱいキャラだ!ティアーユと知り合いの…ティアーユって誰だっけ?…ああ、もうウルセェ!とにかく今はヤミを!

 

直ぐ様秋人はヤミを担ぎ、瓦礫とヒビの入った地面を蹴り走る。駆けていく、流れ過ぎるネオンライトの河の中、識らない(・・・・)メアのことが秋人の脳裏から離れないのだった

 

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/24 一部描写改訂

2016/05/22 一部改訂

2016/07/19 一部改訂

2016/10/22 一部改訂

2017/06/14 一部改訂

2017/07/31 一部改訂

2017/08/10 一部改訂



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【 Subtitle 】

29.朝帰りの代償

30.面背腹従のほろ酔いプリンセス

31.殺し屋"ヤミ"のジレンマ

32.変身兵器(トランス・ウェポン)の試金赤

33.暗色の瞳

34.影の監視者

35.決着

36.桃色の毒薔薇

37.抜け落ちた記憶


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Re.Beyond Darkness 7.『戻る"困難な"日常~"difficulty"Love color~』

38

 

 

暗闇の中、一人の少女が泣いていた。まわりに誰もおらず……静寂ばかりが広がっている。

 

嗚咽を零してしゃがみこみ、泣き濡れる少女。その頭に一枚、葉が舞い落ちる。

 

少女が振り向くと其処には青い鬼が立っていた。おどろおどろしい外見。手に持つ棘付きの棍棒。でも本当はやさしいイイ鬼であることを少女は知っている。自分の身を他人の為に―――大切な者の為に傷つける事ができる。そのことを少女は誰より知っている。力は決して強くないが、その心は何よりも誰よりも強く気高い。強く眩しく、清らかな光。

 

――――光が広がって――――

 

 

「…アキト」

 

ヤミが目を開けると秋人が顔を覗き込んでいた。

 

「おう、目が醒めたか」

「…ハイ」

 

黒いツンツンとした頭を見ながら、んっとベッドから半身を起こすヤミ。直ぐ側のベンチに座る秋人の全体像を捉え、少しだけすまなそうに目を伏せる。

すぅ…すぅ…、と秋人の肩に寄りかかり眠る姉、春菜を視界に収めたからだ。家から急いで来たのだろう、いつものエプロン姿。手にはヤミ専用のピンクのお弁当箱…

 

「ヤミの分の晩飯だとよ」

 

ヤミの視線から先回りして応える秋人は、優しい眼差しで身を預ける春菜の前髪を耳にかけ直している。安心しきった様子で眠る春菜の寝顔…。春菜にとって心から安らぐ場所は秋人の傍…安心して眠ることの無いヤミにもそう思える程に安らかな寝顔だった。

 

「アキトはもう食事はすませたのですか?」

 

はぁ、と溜息をつき顎で部屋の隅をさす秋人、そこには大きな男用、秋人専用の弁当箱と春菜専用の弁当箱が並んでいた。家族揃っての夕食を最優先事項とする春菜はヤミと秋人が食事をとっていない内は、どれだけお腹がすいても食べない。だから今も食事を取っていないはずであった。自身がどれだけの時間、眠りについていたのか定かではないが、とうに夕食の時間は過ぎていることだけは確信できるヤミは"家族"の団欒を急ごうとする。

 

「…では食事に…――――はまだ早いですね」

ヤミに向けてゆっくり首を横に振る秋人。もう少し寝かせてやれ、とのサインだ。

 

「こういう時にテンパらなかったところは流石だったけどな、普段からそうだったら俺も苦労せずにもっとラクできんのによ」

 

やれやれ、と肩をすくめ悪態をつく秋人。しかし春菜の頭がずれ落ちないよう、しっかり腰を抱き支えてやっていた。そんな秋人にヤミは冷ややかな視線を刺し向ける。

 

「…普段から苦労しているのは春菜の方でしょう…それに落ち着きがなくなるのは大抵アキト、貴方の事がらみですよ」

「そうか?」

心底意外そうな顔をする秋人

「…そうですよ」

ジト…と睨むヤミ――――その鈍く重い視線は、白々しい…と語っていた。

 

「まぁそこにヤミの事も最近は追加された気がするけどな」

むっと片眉を上げるヤミ、その台詞に一理あると思っていたので言い返すことが出来ないようだ。

 

………少しの静寂が狭い病室を包む

 

「…暇になりましたね」

「もうちょい寝てりゃいいだろ、俺は春菜にイタズラでもしとく」

ふっと溜息をつく秋人に先に釘を刺す

「…えっちぃのはきらいです」

「まだえっちぃ事はしてませんにょ」

ホホホといやらしい笑い

「…気持ちの悪い声を出さないで下さい。気持ちの悪い」

対する冷ややかな呆れの溜息。

そしてヤミの視界に映るのは――変わらず心地よさ気な寝息を立てる春菜の姿……ふと思いつく。

 

「…なんだよ」

 

ベッドから這い出て春菜の反対側、秋人のあいている肩に頭を預ける。少しだけ消毒液の匂いに混じる秋人の…不快でない汗の匂いがした。――――私を心配し駆けてくれた…匂いだ、とひとりごちる。

 

「…少し、眠ります…ので」

 

蚊の鳴くような声で"理由"を宣言する、

 

――――今、怪我人だから…そしてココは病室だから…

普段は立って眠るか、ベッドに入っても眠りは浅いけれど、都合のいい"理由"はいくつも今、ここにはあって……

 

えっちぃことをしたら許しませんよ……と、ヤミは頬を桜色に染め一度だけ、呟いた。

 

暖かく、静かな部屋で―――

穏やかな眠りの抱擁に抱かれるその時まで―――

名残惜しむヤミの心の掌は、光に包まれ優しい輝きに満ちていた。

 

やがて二つの安らかな寝息が病室に響く。秋人のやさしい指が柔らかい金の髪を撫で梳く、ヤミと春菜が寒さに震えないよう身を抱き寄せる。春菜も…ヤミでさえも眠りから目覚めない。その時、抱き眠る小さな少女の唇が微かに動き、何かを呟く――――、その呟きを秋人は目を瞑り、ただ、黙って聞いていた。

 

空を黄金色に染める朝の光が穏やかに眠る少女たちを照らし、輪郭を与えていく――――

 

暖かな春風が白いカーテンを揺らし、彼女たちの艶やかな髪を靡かせる――――

 

 

―――迂闊に紡ぎ出されていたのは、一番親愛の情を欲した相手の名だった。

 

 

39

 

 

「それで?もう身体の方は大丈夫?」

 

美柑とヤミ、仲良し二人組はいつもの公園で並んで座りたい焼きを食べていた。

 

「…はい、問題なく」

 

はむ、とヤミは一口でたい焼きを完食した。美柑はその食べっぷりに安心しつつもちょっと呆れる。

 

「美柑にも心配をかけました…ゴメンナサイ」

 

美柑に向けてペコリと頭を下げるヤミ、美柑はいいって、友達心配するのは当然でしょと微笑んだ。その笑顔をみてヤミは胸が暖かくなり…同じ暖かさを思い返す――――

 

「美柑、貴方にとって"家族"とは何ですか?」

「家族?」

コクと頷くヤミさん。

「家族ねー……」

 

自分の家族を思い浮かべる、まずリト…兄貴。世話がかかるだけ…まあちょっとは役に立つ…かな?お父さんは…漫画で忙しくてあまりウチに居ないし…お母さんは世界各国を飛び回ってウチに居ないし…家族の団欒とかってウチには無いなぁ…でも…――――

 

「離れてても繋がってるような…確かな絆、みたいなものかな?」

「絆…ですか?」

小首を傾げるヤミさん。うん、と頷く

「この人たちと一緒に居たい、安心する、そう思えるような人たち…の事、だと思うよ」

一緒に居たい…安心…と反芻するヤミさんは胸に手を当て何度も呟いてた。

 

「ヤミさんは家族がほしいの?」

「…。」

 

頬を染めてぱくりともう一口食べるヤミさん。さっきと違って小さくたい焼きを齧ってる、照れてるんだ

 

「ナルホド…あ、イイコト思いついちゃったカモ♪」

 

名案が浮かぶ。天啓と言っても良いかもしれない。イタズラな笑みが勝手に口元に浮かぶ、ヤミさんはきょとんと口元に餡をつけながら見返した。困惑してるんだ…よね?ちょっとだけ怯えた様子だけど気のせい?

 

 

こうして美柑の"しあわせ家族計画"が前倒しで進められることになる。

 

 

40

 

 

「…というワケだぞ!」

「ナナ、まだ説明セッションの半分も…」

「モモの説明は長い!ムダばっかだろ!」「な、なんですって!?説明に関して私は宇宙一ですよ!?」

「ふ、二人とも落ち着いて…ね、それでそのつまり…」

 

春菜が部活を終え、校内を歩いているとナナが補習を終え帰るところに出会った。秘密の(女子)トークで盛り上がっている(ナナの胸はちっとも盛り上がっていない)とモモが現れ突然"説明"しだしたのだ。

 

「そうだ!兄上(仮)と兄妹では結婚はできないんだぞ!春菜っ!ま、あたしは別だし…、地球じゃそーだけど宇宙じゃ…むがっ!」

「…という訳です♡」

余計な事を口走ろうとする姉、ナナの口を塞ぎまとめに入るモモ。

 

「う、うん…」

 

取り敢えずの納得。春菜はナナの口にずっぽり刺さる自身の手にもある冷たい缶ジュースを握りしめる。ナナは声にならない苦悶の叫びを上げごろごろとのたうち回っているが、春菜はそれに追求せずにごくっと一口飲んだ。ふらつく頭に火照った身体。それもそのはず、やたらと目についていたのは…モモの後ろに設置されたホワイトボード。

 

「Session 3.結婚したらこんな生活~イケナイ新妻、朝のHな起こし方編~」

 

と書かれた下、イメージ画像として、顔は分からないが春菜と同じくらいの髪の女の子(・・・・・・・・・・・・・・)が…どうみても兄、西連寺秋人の布団に入り恍惚とした表情で兄に跨っている……顔にお尻を乗せて…それから先の展開を春菜の聡明な頭(・・・・)はさっきからずっと想像していた。

 

「でも、私が結城くんのハーレムに入るのは…」

 

両手にしたナナからもらったスポーツドリンクは温度差の汗をかいている。春菜は緊張から乾いた口に二口ほどまた含み、やがて全部飲み干した。

 

「なんの問題もありませんよ!春菜さん!――――――

 

つまり!!宇宙においてはお姉様も春菜さんもみんな幸せになれるのです!」

 

と、大げさに、高らかに宣言するモモ。隣にいるナナはゲホゲホ言いながら荒い呼吸で地面に這いつくばっていた。ようやく口封じの呪縛から解き放たれたらしい。「あら、ナナ、ペタンコ胸をそんなに激しく上下に体操したって大きくならないわよ?プッ」と、気づいたモモはナナに呆れ嘲笑(あざわら)った。

 

―――みんな幸せ…―――

 

ララさんと私達で結城くんのハーレムに?でもそれは秋人お兄ちゃんを裏切ることになるんじゃ…?でも結婚したら一人占めできて…一人占め!?いいのかな?!――――でもハーレムなんて非常識だし、やっぱりダメ!秋人お兄ちゃんを裏切れないよ!でもララさん達が幸せになれるのに私は自分だけ幸せになろうとしてたの!?―――でもでも…あれ、めがぐるぐるぐるるる…

 

モモは目を細め、見つめる―――春菜さん…本命であり、ハーレム計画の要…

ナナは牙を剥き出し、拳を握る―――モモ、オマェはアタシを怒らせた…

 

「あれ?モモ、それにナナも、まだ残ってたのか?」

 

ナナと同じく補習を終えたリトがその場に現れる。グッドタイミ~ング♡とモモはうふふと、声を出さずニヤリ。その背後からはスーパーデビルーク星人が迫っていた。気のせいだろうか、小石や木片が重力に逆らい空へと……

 

「あ、リトさ…「キャー!!結城くん結城くん結城くんのえっちセイサンキー!」ん」

きゃっきゃっと大きな声で楽しげに笑う春菜。

 

「オイ!春菜っ!ヘンだぞ!?どうした?!大丈夫か?!」

 

怒りの覚醒を手放したナナは慌てて春菜の肩を揺らす、それもそのはず同じ師を仰ぐ者同士。ナナにとって春菜は大事な"ちっぱい同盟"の同志なのだ。

 

「えへへ~らいじょぶらぁ~このナイチチができないようなイチャラブみせちゃる」

「ナイチチってアタシのコトか!?」

 

ガーン!とショックを受けるナナ。同志の絆にぴしりとヒビが入る

 

「ナナ…コレ…酔っ払ったの?春菜さん」

 

モモはナナが春菜に渡したデビルーク印のスポーツドリンクとふらふらと揺れる春菜を交互に見つめる。

 

「ごめん春菜っ!地球人に合わないとは知らなかった!と、とにかくなんとか…「リトさん、春菜さんをウチまで送って下さい♡」へ?リト?!」

「え?オレ?いいけど、どうせなら西連寺のお兄さんを呼んだほうがいいんじゃないか?」

自身を指さし困惑顔のリト

 

「いえいえ♡お兄様はお忙しいでしょうし、リトさんに春菜さんも送って頂きたいようですよ?ね、春菜さん♪」

とんっと軽く春菜の肩をつつく笑顔のモモ

「わらしにまかへなさぁ~い、このムネナシがぜーったいできないようなぁーすんご~いイチャイチャしちゃうんらからぁ~♡」

ふらふらゆらゆらと立ちゆれる春菜

「ムネナシってアタシのコトか!?」

ガーン!と再びショックのナナ。同志決壊の序曲であった

 

「ではお願いしますね、リトさん♡」

 

モモは春菜をリトに押し付け、可憐にウインクした。リトの視界にはモモの上機嫌に揺れる尻尾がやたらと目についていた

 

 

41

 

 

人で賑わう歓楽街を歩いてる、いつもの帰り道。

 

「なァーちょっと付き合ってくれよー」

「…うっさいなァーアンタみたいなチャラ男に興味ないんだってば」

 

いつものように男に声をかけられる。いつものように拒否を返す、こんな風に私をカンチガイして声をかけるナンパ男は腐る程いた。

 

「そんな事いわずにさぁー」

 

―――チッ…しつこい。アタマの悪いカンチガイ男程、分かってない(・・・・・・)。コッチが追いかけたくなるような男じゃないと魅力を感じないし、女は大抵追いかけられるより追いかける方がスキなもの。それに私はシンデレラガールじゃなく、追いついて追い越して、振り向いて、同じ道の上の先で少しだけ(・・・・)待つ。それが女としての――――私、籾岡里紗の理想像。

 

「お?」

 

視線の先にとあるオニイサンの背中を見つける。

私と同じく補習だったんだろう、放課後にしては遅い時間。確か部活動はしてなかった、と思う。女子の中では背の高い私より更に背の高いとあるオニイサン。最近ではウチのクラスのハレンチさんが後ろから口うるさく注意してるから、だらしなく着崩された制服も後ろからは整って見えた。

 

「そんなカッコして遊びたいんだろ~なぁ?」

 

―――私の制服、とっくに春用でスカートは普通よりはかなり短め、シャツのボタンも上から二つ外してリボンも付けてないから少し覗けばブラと谷間がよく見える。理由は特にない、その方がカワイイと思うからそうしてるだけ。遊びたいって?バカじゃん?遊びたいに決まってんじゃん。もちろん相手は選ぶけどさ―――そしてアンタはお呼びじゃない

 

「あぁ~ん!ダァーリーン!置いてかないでぇーハニーはココよぉー!」

 

―――ウザいナンパ男をムシして、オニイサンの背にふりふりと走り寄る。向こうはムシしてるのか、それとも聞こえていないのか、振り向きもしやしない。

 

「あぁ~ん!ダァーリーン!あなたのハニーよぉー!」

 

まわりから沢山の視線を感じる。それはオニイサンの先を歩く奴からもだ。たぶん…ううん、間違いなく聞こえてるハズ。だったらムシしたんだ。アイツめ、憎たらしい――――唇に微笑みが浮かんだ

 

「あ!オイ!…チッ!彼氏持ちかよ」

 

―――カレシじゃねーし、やっぱアンタバカだね。初めてナンパ男の顔を見る、予想通りのカンチガイしたチャラ男だった

 

「ああぁん!ダぁーリーン!まってぇー置いてかないでぇー!」

 

甘えた声を出すあたしをムシして歩いて行くその背に追いついて―――追い越す。

 

「あらー?オニイサン、こんにちはおひさしぶりはじめまして。今日はベーグルですねー?ごちそーさま♪」

 

――――くるりと向き直り、にんまり挨拶をする

 

「まだ何にも言ってねーぞ、俺…」

 

見つかったか、と苦笑いをするオニイサン。優等生、妹の春菜と違ってだらしなく着崩した制服。あたしと同じく不良高校生。この外見で金髪にでもしたらさぞかしチャラ男になると思う。あーあ、と面倒くさそうに頭の後ろをかくオニイサン。あたしが追いかけてくるとまでは思ってなかった…どうだろう、そこまでは分からない…けど、どっちにしたって―――

 

あらヤダ、釣ったお魚さんにエサをやらない男ってサイテー、と――(にく)い背中を蹴飛ばした。

 

 

42

 

 

―――――二人の男女は一方の行きつけである特殊な(・・・)喫茶店に居た。特殊な挨拶をされた秋人は顔を引き攣らせ、ギロリと腕にまとわりつく上機嫌な女子高生を見る。そこにはぷくくっと笑う悪戯好きの高校二年のお姉さまであり、おっぱいに悩む女の子の強い味方…"揉み丘教"の教祖様…籾岡里紗が居た。

 

「…それであたしがどーんだけオニイサンに苦労させられてると思ってるんですかぁ?ナナちぃといい、唯っちといい、ムッツリ春菜といい…こーーーんくらいは苦労させられちゃってますよぉ?」

 

秋人へ向け両手をいっぱい広げて「こーんくらい」を連呼する里紗。ウェーブの髪が揺れ谷間が秋人にだけ見えるように覗いている(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「サンキュな、助かった」

 

そんな魅惑の女子高生に一瞥もせず、ズズッと音を立ててコーヒーを啜る年上の(・・・)秋人に苦笑いをする里紗。

 

「そんだけッスかぁー?あ、オニイサン空になりましたねぇー?オカワリは?」

 

白で塗られた樹脂繊維板。薄い・狭い・安いと三拍子そろった丸テーブルにトンッと軽い音を立て秋人は飲み干したコーヒー(・・・・)をやや乱暴においた。

 

「…頼む」

「こーゆうのはオトコのヒトが注文するっしょ?」

 

ニタニタと悪戯な笑顔の里紗、秋人はややひきつった笑みを返した。

 

「すいませーんッ!」

 

毒食らわばなんたら、秋人は思い切り声を張り上げる。目の前の里紗はこみ上げてくる笑いを堪えようと口に手を当て震える。

 

「「「はぁーい!待っててね!おにいちゃん!」」」

 

「…くっ」「ぷっ!あははははっ!お腹痛いっ!しっしぬ!あははっはっ!!」

 

耐える気もなく涙目になり笑いながらバンバンとテーブルを叩く里紗。置かれた食べかけの"いもうとラブ情熱べ~ぐる"が跳ねた。

 

「はぁ~い♪おまたせ、お・に・い・ち・ゃ・ん♡リサ笑いすぎぃ~お店に響きわたっちゃってるし」

「あははっははっ…あー!笑った笑った、ごみんごみんミオ」

「…コーヒー、サンキュな」

 

秋人はメイドコスの沢田未央からサッとケトルを奪い取る。何かを恐れているかのようだった。里紗の、チシャ猫の眼が光る。

 

「ミオミオ~このコーヒーなんだっけぇ?わすれちったぁ~」

 

秋人が手ずから注ぐコーヒーをしなやかに指さしながら、またもこみ上げる笑いを堪えようと震える里紗

 

「えー?リサ結構しょちゅう来てるのにぃ~しらないのー?しょうがないなぁ~おねえちゃん(・・・・・・)はぁ~♡これは"おにいちゃんだーいすき♡甘甘コーヒー"だ・よっ♪」

 

ピシッと固まる秋人。注がれていた甘すぎのコーヒーはギリギリカップの縁で止まった。

 

あはっはっはっっひぃい~!と笑う里紗、未央もトレイで口元を隠しクスクスと笑った。イタズラ好きは同じらしい。

 

――――――西連寺先輩は妹フェチである。そういう噂話は彩南高校二年で蔓延していた。三年では転校生ネメシスが「おにいたん」と呼び大抵いつも傍にいる。二年では実妹の春菜が、ララが、最近では古手川唯が「おにいちゃん」と呼び、1年ではモモ、ナナ、ヤミが新たに妹になった。

 

まだヤミだけは秋人を「おにいちゃん」と呼んでは居ないが、たまに春菜を「春菜………お姉ちゃん」と呼ぶことから秋人もいずれそうなるはずである。とまわりは結論づけた。

 

…ちなみに3-Aでは凛がいつ秋人を「兄様(あにさま)」と呼ぶか賭け事が行われているのは余談である。

 

「あたしも"あきとにいに♡"って呼んだほうがいいんですかね?ぷっ」

「…オマエな」

 

こぼさないように慎重にコーヒーを飲む秋人は目の前のチシャ猫をムッと睨みつけた。里紗は視線の独占に満足したのかフフッと微笑った。

 

「少々宜しいでしょうかッ!」

 

店内に響く大声。

音源は後ろの席にいた眼鏡の男、ガタッと立ち上がり秋人と里紗のテーブル横に立つ

 

「…なんだよ?」

 

ギロロと睨みつける秋人。

機嫌が悪いのだ。図星を刺されると機嫌が悪くなるというがそれじゃないぞ、魅惑な女子高生お姉さまとの逢瀬を邪魔されたからだ。まったく…せっかくこれから春菜にどうセクハラするか語り合おうと思っていたのによ

 

「ヒッ!コワイ!……私は会長・中島という男……名前はまだありませんッ!」

 

何を言ってるんだコイツは……里紗になんとかしろ、と視線を投げるが小さく口を開け不愉快そうに男をジトッと見上げていた。

 

「西連寺先輩に見て頂きたい者達が居ます!同志諸君ッ!」

ザッ!と立ち上がる大勢の客。

 

空気を読めないヘンなヤツばっかり…デブだったり七三分けだったり強面だったり……と二人は同時に同じことを思った

 

「…なんだっての」

 

溜息をつき、変態臭のする中島から目を逸らし里紗を眺めることにする。

今はなるべく綺麗なものを見ていたい。里紗は視線を感じたのか目が合うと少しだけ嬉しそうな顔をしたあと、イタズラっぽくセクシーにさくらんぼを唇にくわえた。さくらんぼって舐めても味はないだろ?でも色っぽなソレ、と里紗に微笑う、里紗も微笑った。

 

我々(・・)と志を同じくする紳士たち!V・M・C(ヴィーナス・モモ・クラブ)の諸君ですッ!」

 

まだまだ空気を読めない集団筆頭中島。

 

お前な―――我々?ってお前…俺も入ってるんじゃないだろうな…ちらっとだけ変態どもを見るが…ああ…ダメだ。こいつらの闇は不快…まちがえちった、深い。なんでヘンな仮装みたいな眼鏡かけてるんだ…かんべんしてくれ…、と目の前の里紗に視線を戻す。あー、あついですねぇ~オニイサン♪とわざとらしく胸元をぱたぱたと広げ扇いでいた。ちらちら見える紫のブラ。そういうのもイイな、と微笑う。里紗も満足気に微笑った。魅惑なその仕草にウオオオッ!と変態から歓声を上げられる……表情を無にした里紗はパッタリ仕草をやめた。

 

「ズバリ西連寺同志もおなじでしょう」

 

―――オマエもそうだったのか、的目(まとめ)あげる……ズバリって言うな

 

「是非!同じ純情可憐で絶対無敵のモモ様を愛する者として!同じ変態紳士として!VMCへお越し下さいッ!特別変態会員として招きたいと思っておりますッ!」

「ズバリ入るべきでしょう」「「「「お待ちしておりますッ!!」」」」

 

―――ズバリかんべんしてくれ…

 

もう見るだけでなんか嫌だ。既に俺と里紗のテーブルは四方をぐるりと変態に囲まれていた。こんなに居たのか、モモバカの変態……俺もヘンタイだと春菜によく言われるが、こいつらと違うよな?春菜、同族嫌悪じゃないよな?春菜、お兄ちゃんは特別な良いヘンタイだよな?春菜、……そうだと言ってくれ、春菜……お兄ちゃん自信を失いそうです。内なる唯は「な、ななななに泣いてるのよ、コレ……使いなさいよ、ちっちがうわよ!アンタが泣いてるなんて珍しいから…ただの気まぐれよ!きまぐれ!ふんっ!」とちょっとだけデレをくれた。和むな、とにかく今は綺麗なものをみて癒やされよう……里紗を見つめるが……珍しい、というより初めて見た、青筋立てもう我慢出来ないといった表情。いつも余裕のある悪戯好きなのにな

 

「あ~っ!あっちでモモちぃが結城と二人でラブホなお城にぃいい!」

 

里紗が突然立ち上がり、暗がりの外を指差す。確かにその先にはホテル街があった。

 

「「「「「何ぃいイイ!!!!」」」」「急げ同志よ!モモ様をお救いするのだッッ!あの変態めぇえ!」

ドヤドヤガタガタッ!と店を出て行くVMC一同。ほっ、と息をついた。ナイス里紗、と飲みかけコーヒーを差し出す。どーもどーもサンキュですオニイサン♪と受け取る里紗。どーせカラっしょ?コレとカップを揺らすが波打つ琥珀色の水面に意外そうにきょとんとする。

 

「あ、あの人達お金……」

 

ぽつりと呟くメイド店員、未央。視線の先にはカランカランと揺れる出入り口のベルがあった。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ♪あたしが払ったげるよ♡」

 

コーヒーを飲み干した里紗はカップに口づけると、ピースで店員達に向けて宣言した。

 

「そ・の・か・わ・り♪オニイサンがカラダであたしに支払うコト、でわでわ今日からあたしのカレシということで♡一日、日給500えーん♡」

 

は!?なんだと!?なんで俺がモモバカ変態どもの肩代わりせにゃならんのだ!と立ち上がり文句を言おうとする秋人にニンマリ微笑む里紗は飲み干したコーヒーカップを唇に押し付け沈黙させる。

 

「はぁ~いコレで契約成立♪判子いだだき♪唇だから…キスイン?間接だけど、ん?間接キスなら何度もしましたっけねー、オニイサン♡」

 

ニシシと満足気に微笑う里紗の明るい笑い声が、がらんどうの"おにいちゃん大好き妹メイド喫茶"を満たすのだった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/07/19 一部改訂

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

38.暗闇照らす光の抱擁

39.家族の絆

40.揺れ動く春菜(酔)

41.這い寄るチシャの笑み

42.(しす)カフェ放課後デート


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Re.Beyond Darkness 8.『ふたりの絆~Haruna's Strike!~』

43

 

 

家のドアを開けると結城と抱き合う春菜がいた。ブツかった。

 

「!すいませんっ!!」

 

ダダダっと走り去る結城。

 

…おにい…ちゃん?

 

こちらを見つめる春菜の声。――――が、聞こえたような、気がした。

 

(ん、ぼーっとしてたのか。俺は、あ、結城と、居たのか、ウチに何の用だったんだ…?随分急いでたな)

 

乱れた下着姿の春菜

 

身体はびしょびしょに濡れ、なぜかハイソックスは履いているあられもない姿

 

(…そんな格好、リビングではだらしないな……最近俺には下着姿なんて見せないが、結城には、そうか、結城と、そうかああ、えっと)

 

「ただいま、春菜。面白い格好だな」

 

どこからか引き攣った(かす)れた声が聞こえる。――――おかしいな、俺の声によく似ている。

 

瞬間、春菜に抱きしめられる。凄い力だった。

 

「……そんな顔しないで、おにいちゃん…、」

 

は?

 

「すき。おにいちゃん大すき」

 

…。

 

すき、とぎゅっと抱きしめられる、耳の上から春菜の声が聞こえる。顔には水気と共にやらかい感触。押し付けられたブラは透けていて桜色がのぞくが、気持ちは不思議と穏やかに落ち着いていった。

 

――春菜は抱きしめ続ける力を緩めると、秋人の唇に唐突なキスをした。

 

いつもよりも積極的な春菜の動きに少しだけ見開き、驚いた秋人の瞳には、瞳を閉じた春菜の顔だけが広がっていた。春菜の艶やかな前髪がはらと流れ、ふたりの間に零れ落ち自身の髪と交わり、重なる…――――その様を見届けたあと。秋人も同じく、瞳を閉じた。

 

どれくらいの時間そうしていたのか、しっとり濡れた唇が離れ……静かに見つめ合い…―――

――…と、秋人は落ち着き、気がついた(・・・・・)

 

全身ほんのり桜色。うっとり潤んだ瞳で見つめる春菜はいつもの体調ではなく―――

 

きゃっ、と小さな悲鳴。秋人は春菜を抱え上げるとゆっくりずんずん部屋へと運ぶ。

()がある春菜は自身をお姫様抱っこする秋人をぼうっと見上げ、頬を更に赤らめた。

 

「勘違い…した?」

「別に」

「ほんと?もうおこってない?」

「怒ってないっての」

「ほんと?」

 

ほんとだっての

 

ふふふっと(くすぐ)ったそうに微笑む春菜

 

「うそ、おにいちゃん拗ねてる…カワイイ」

 

おにいちゃんのウソツキ――、囁くと頬を撫でつまみ今度は額にキスを落とした

 

「私がお水こぼしちゃって、転びそうになって、結城君が支えてくれて、ああなってただけだよ、……秋人お兄ちゃんが誤解するようなことなんか無いんだから…」

「別に説明しなくていいっての」

 

リビングから春菜の部屋への短い道のりだったが秋人が春菜を揺らさないよう慎重に運んだ故、多少長めに時間を必要とした。春菜はその間ずっと幸せそうに頬を緩め、控えめに秋人を見上げながら頬を撫で続けた。白く柔らかな細い指は少し冷たく、その低い心地の良い冷たさが秋人に冷静さを取り戻させるように頬の固さと熱を奪っていく…

 

やがて春菜の部屋、ベッドの前にふたりはたどり着いた。

ゆっくり優しく秋人は春菜を下ろすが、春菜は腕を掴んだまま首を横に振り離れるのを拒む

 

「…ね、今、ヤミちゃん居ない、ね…」

「…それで?なんだよ」

 

それは、その…

 

隣室からの明かりだけが差し込む、薄暗い春菜の部屋に二人の声だけが響く。先ほどとは逆に春菜の方が冷静でないような掠れた声音(こわね)。秋人の方は……少し怒っているような、静かな声音。だけどもそれは、決して冷たいものではなく―――

 

風邪(・・)ひいてんだから、身体を暖かくして大人しく寝とけっての、このバカ」

 

 

腕に(すが)り付き見上げる春菜を強引にベッドに寝かせ、手近なタオルを被せる秋人。髪や身体の水気を丁寧に拭い去ってやる秋人は誰も気づいていなかった春菜の不調にきちんと気がついた。デビルーク製のドリンクで酔っていたのは確かであったが、それもリトと居た半ばまでの事。呆然と立ち尽くす秋人を抱きしめた時には春菜の酔いはとっくに覚めていた。

 

「…。」

 

秋人を見上げる春菜はちょっとだけ残念そうな顔をする。

自身の躰の具合がどのようであるかを春菜は気づいていない箇所があった。そこに秋人は気がついてくれた…そして同時に春菜だけが(・・・・・)よく気づいている箇所もあった。

 

期待に濡れた瞳を閉じ、心配の手に身を委ねる春菜は残念がるように吐息を零す――――

 

それは自分よりも誰かの事を第一に考える大好きな、この優しい兄が、一度このように自身を気遣えば、どれだけ春菜が「大丈夫だよ、心配しないで」と言っても聞き入れてはもらえない事をよく知っているからだ。

 

春菜自身も思い込んだら感情に一直線なところがある事を知らなかったが…――――

 

今度はいじけたように秋人の片頬をつまむ春菜。その熱、感触…瞳に映るは秋人の横顔

 

  一人占め

 

脳裏に浮かぶ単語。

 

――――大好きな人を独占したい。そんな女の子として当たり前な、春菜の恋する愛しい気持ちは秋人と過ごす度に、優しさに触れる度に、どんどん大きく膨らんでいた。

 

 秋人お兄ちゃんを一人占めしたい。

 

でも秋人お兄ちゃんは…私のお兄ちゃんで――――

 

[ 結城くんが銀河の王になったら、地球のルールを変えてもらえる ]

 

そうなれば兄妹で結婚してたって、いつまでもふたり一緒にいたって、ちっともぜんぜん不思議じゃない。

 

 

――――見上げ続ける秋人の顔は、怒っているような、責めているような、そんな険しい表情(カオ)。でも本当は風邪を引いた春菜に対して責め怒っているのではなく、なんで早く気づいてやれなかったんだ、と自分に対して憤慨している事を、春菜はちゃんと分かっていた。

 

 秋人お兄ちゃんを一人占めしたい。

 

こんなにカワイイ、大好きな人をずっと一人占め……できるなら、できたなら、

 

 

[ 結城くんが銀河の王になったら、地球のルールも変えてもらえる ]

 

 

そうすれば(・・・・・)私が一人占めできて、いつまでもふたり一緒に過ごしたって、ちっともぜんぜん不思議じゃない。

 

 

 秋人お兄ちゃんを一人占めしたい。

 

 

だったら、私は……――

 

 

――――それは春菜の小さな決心だった。

 

 

「…なに見てんだよ、さっさと寝ろって」

「…まだ眠くないもん」

 

はぁー、と深い溜息。それから頭をくしゃくしゃと撫でられる。私が実はこんな風に乱暴に撫でられるのをホントは好きな事……たぶん知ってるんじゃないのかな、

 

「ね、お兄ちゃん……んっ」

 

誓いのキスをお兄ちゃんの左薬指に落とす。これは私の秋人お兄ちゃんに対して勝手に勝手(・・)を誓うキス。本物は…いつか、秋人お兄ちゃんからほしい。

 

「お兄ちゃん、何かお話して聞かせてほしい…な」

 

指へのキスに不思議そうにしてる秋人お兄ちゃんに甘える

 

――今は風邪引いているんだし、こうして久しぶりに二人きりだし、いい雰囲気だし、いっぱい甘えよう

 

「話……話ねぇー」

 

ベッドに腰掛け、腕を組みどこかを見上げる秋人お兄ちゃん。――首筋がセクシーな気がする…こうしてベッドに今、ふたりきり…ドキドキしてる。私。

 

「うーん、そうだな…むかーしむかーしあるところに今は泣き…まちがえちった。えーっと、体育の時間は今は無きブルマー必着の学校があり、さらにその学校は体育しかなく、ぬるぬるプールやぬるぬるマット運動やぬるぬる「えっちなのじゃなくて」」

 

空気をよんで欲しい、とジトッと見つめる。ちっ、いいじゃねぇか、とジトッと見つ返すお兄ちゃん。だめ、やりなおしです――とアイコンタクト。でも、ちょっとだけ気になるから、また今度聞かせてもらお…あ、そうだ

 

「おなかをぽんぽんしながら、お話してほしいな」

 

子供っぽくて恥ずかしいから口を毛布で隠し、呟くようにお願いする

 

「はいよ」

…お兄ちゃんは優しく目を細めてぽんぽんしてくれる、心地の良いリズムに心が暖かくなる

 

「それと、ときどき頭撫でてくれたら嬉しいな」

「はいよ」

…さらりと髪を撫でられる、きもちいい

 

「それから程よいタイミングで手を握ってほしいかも」

「はいよ」

…手が髪から手へと移る…撫でられた髪の感触が名残惜しく切なくなる

 

「それからお話はロマンチックなもので」

「はいよ」

…ロマンチックねー、と呟くさっきキスした唇…。はずかしい、またしちゃった

 

「ファンタジーの、シンデレラみたいな女の子が王子様に見初められて…っていうの憧れちゃうよね、そういうロマンチックなお話、ね」

「はいよー」

…えっと、難しいな…そんな顔してるお兄ちゃん…ふふっ、楽しい

 

「それからドキドキするようなタイミングで顎もごろごろしてくれると、きゅんとするかも」

「はいはいよー」

…眉を寄せあげ、んーって困った顔のお兄ちゃん、………カワイイ♡

 

「えっとね、それから…」

「オイ、まだあんのか春菜…」

 

困惑顔のお兄ちゃんを見上げ、私はお腹が暖かくって、(くすぐ)ったくって、おかしくって、笑った。

 

――今は、一人占め……こんな時間を、ずっと…

 

 のんびり待ってるだけじゃホントに欲しいものは手に入んねーぞ

 

前にお兄ちゃんに言われた事を思い返す、うん、そうだよね、確かにそうだよね、と納得した。

 

「ふふっ、あははっ…――――…お兄ちゃん、私、デートしたい…秋人くんとふたりで…」

 

布団で鼻先まで隠してお兄ちゃんの様子を上目遣いで(うかが)う…すると頬を掻いてそっぽ向いたお兄ちゃん…秋人くんは「カゼ治ったらな」と優しく頭を撫でくれた。

 

一人占めなんだから――

 

もう一度、心の内で呟いた。

 

 

44

 

 

「もしもし、結城です」

『ああ、美柑か、こんばんわ西連寺、秋人だ、夜遅くに悪いな』

 

秋人さん!

 

「こんばんわ、何かありました?」

 

努めて冷静。チラとリビングを見るとテレビに夢中のララさんとセリーヌ、ナナさんとモモさんはゲームに夢中みたいだった。リトは…電話がなった瞬間飛び上がって震えてる。…何してんの?

 

『実は春菜がカゼ引いてさ"おかゆ"ってどうやって作ればいい?あれか?炊飯器でできんのかな?』

「"おかゆ"ですか…そうですね、炊飯器でできますけど………いえ、アレはあまり良くないですよ?」

『そうなのか、困ったな』

「…そうなんです。ですから私が作ってあげますね」

『いや、悪いぞ、"おかゆ"くらいなら俺でもなんとか…』

「いえいえ、丁度時間ありますし。リト(・・)の件で私もお詫びしたいですし。」

 

ビクッ!とリトが身体を震わせカタカタと部屋の隅で震えだした。……あんた一体何したの?また春菜さんのパンツにつっこんだの?

 

「では今から行きますね」

『いや、夜だし。危ないぞ?迎えに行こうか?』

 

きゅん

 

「あ、いえ、だいじょうぶですよ。ありがとうございます。リト(・・)にでも荷物持たせますから」

 

ビクンッ!と跳ねてクッションで頭を保護するリト。……愚か者。美柑フィンガーが突き刺さるのは目だ

 

「ではスグ向かいますね、それでは…」

『ああ、サンキュな美柑』

 

きゅんきゅん

 

「はい、では…『またあとで』」

 

ガチャ、と電話を切る。"またあとで"…なんて素晴らしい甘い響き…とにかく、こうして浸ってるバアイじゃないよね。…えーっと、あれ買って…それからあれも切らしてたから…、よし買うものは大丈夫。

 

でもまずはオシオキ。

ギロリと部屋の隅のリトを睨み、逃げるリトをすばやく捕獲。…まぁこうして素晴らしい機会をくれたから少しだけ、ほんのちょっとは手加減してあげる。

 

「美柑ー、どうしたのー?」

 

セリーヌを抱いてこっちを見上げるララさん。

 

「あ、ララさん。オシオキ」

「えー?またいつものー?またリトが美柑のお風呂覗いちゃったー?ダメだよリト。めっ」

 

可愛く頬を膨らませてぱしと頭をはたくララさん。甘い…それじゃリトにはご褒美だよ

 

「それならいいの。ちゃんとシメといたから…そうだララさん【ごーごーバキュームくん】だっけ?アレある?リト吸い込ませるのなんてどうかな?」

「うーん…できるかも!でも危ないよ?アレの中はマイクロブラックホールで吸い込まれたら中で押し潰されてミンチに…」

 

いいのいいの。

 

「よーし!それじゃあ出す「やめろララーッ!」「ウルサイ」うぎゃーッッ!!!目がぁあああ!!」ね!」

 

リトへのオシオキ、とりあえず完了。続きは帰ってから。

 

ララさんの発明品に吸い込まれていくリトに手を振りながら、意識は既に秋人さんと……ふふふ、えへへ…

 

 

45

 

 

「ふーっ、ふーっ、…あつっ、もう少しですね、」

 

ふーっ、と息を"梅粥"に吹きかけるヤミちゃん。丁寧に作られたおかゆはとても美味しそうにほくほくと湯気を上げてる。添えられた大葉やごま、刻み海苔。

 

こんな丁寧なものをお兄ちゃんがつくれるワケもなく…――――

 

『春菜さん、こんばんわ。お邪魔してます。おかゆ、私と秋人さん(・・・・)が作りました。ふたり(・・・)で……美味しくできたと思います、ふたり(・・・)協力しあって作ったので…秋人さん(・・・・)もおいしいって言って下さいましたし、おかわりもありますから遠慮なく召し上がって下さい。私は秋人さん(・・・・)ふたり(・・・)向こうで洗濯物など、家事をしておきますね。ふたりだけで(・・・・・)…』

 

やたらふたり(・・・)を強調して去る美柑。バタン!と無言で閉まるドア。

 

残されたのは"秋人と美柑がふたりでつくったおかゆ"をお盆にのせたヤミとベッドの上で半身を起こして呆然の春菜。

 

(な、なに、この敗北感……それに美柑ちゃん、お兄ちゃんの事"秋人さん"って…もしかして美柑ちゃんも秋人お兄ちゃんを…まだ小学生なのに…)

 

「…負けないもん」

「?何がですか?春菜……………………お姉ちゃん」

 

ふにゃりと固かった頬が緩む。――――"お姉ちゃん"いい響き…年下のカワイイ妹に頼られるなんて、なんだか気持ち良いよね、えへへ

 

(似たもの兄妹……)

 

「それでは、どうぞ、もう熱くないですよ」

「ありがと、ヤミちゃん」

 

呆れ細めていた目を戻し、いつもの無表情に戻るヤミ。

 

「明日は学校は休ませると、アキトが言ってましたよ」

「…え?少し寝たから、大分具合良くなったよ?」

 

はふはふと梅粥を口へと運ぶ春菜はヤミへと小首を傾げた

 

「…私もアキトと同意見です、春菜…お姉ちゃんは頑張りすぎです…、私もアキトも春菜に頼り過ぎでしたから…ゴメンナサイ」

 

ぺこりと頭を下げるヤミ。春菜は優しく微笑むとヤミの頭をゆっくり撫で、幼子へと言い聞かせるように言った。

 

「そんなこと、ないよ?誰かの為に何かができる…それって、とてもしあわせな事なんだから…私だってヤミちゃんとお兄ちゃんに頼ってるところ、あるんだよ?」

「…私にも、ですか?」

 

そうだよと頷き、ぽんと撫でる春菜は、

 

「ヤミちゃんがウチに来てからウチはもっと明るくなった。そしてとってもあったかい…今の季節、春のお日様の日差しでのんびり日向ぼっこしてるみたいに…三人家族(・・・・)の私のウチはとってもしあわせに溢れてるんだよ?そのしあわせは…私にとってなにより宝物、なんだから…」

 

本当に優しい眼差しでヤミをみつめた。

 

 

(――似たもの兄妹、ですね…)

 

 

呆れていた先ほどと違う、けれど同じ感想。

 

ヤミも同じように春菜に向け微笑みを浮かべる。

それはとても幸せそうな、見る者の微笑みを誘うような、そんな可憐な笑顔だった。

そしてそれは春菜も例外ではなく同じようにもう一度微笑む

 

目には見えない心の絆。

微笑みを交わし合うふたりは、それが確かに見える気がした。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2016/04/13 一部改定


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【 Subtitle 】

43.切なる誓いへ踏み出す一歩


44.押しかけ幼妻


45.重なる影に咲いた微笑(えみ)


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Re.Beyond Darkness 9’.『春菜と秋人~Haruna's Strike!~』

45

 

 

「…春菜お姉ちゃん。まだ決まらないのですか?」

「うーん……もうちょっと…」

 

二つのワンピースを交互にあてがって、鏡と"にらめっこ"中の春菜………お姉ちゃん。

 

「うーん…こっち? それともこっちかなぁ…?」

 

白く華奢な背中、鏡に写る顔は真剣そのもの。

 

今日はアキトと"二人っきりで遊びに行く"―――これは"デート"というものらしい。

 

「…うーん、どっちかなぁ……?」

 

家族となり、姉となってくれた春菜は淡青の下着(えっちぃ)姿でデートの服を延々悩んでいた。

 

「…またカゼをひいても知りませんよ、春菜………お姉ちゃん」

 

ふぅ、

 

思わず吐息が溢れた。思いの外大きな音だったので心配するが、服選びに夢中の()は気づかなかったようで――

 

「カゼなら大丈夫だよヤミちゃん。心配してくれてありがとう」

「…なら、いいんですが…」

 

鏡越しに微笑んでいるウチの姉。こんなえっちぃ姿で自然に笑えるなら、元気になったのだと思う

 

 

春菜が倒れたあの日――たくさんの友人がウチに押しかけてきた。

 

 

お見舞いに来たプリンセス・ララや結城リト、古手川唯、籾岡里紗などなど。見舞いに来れなかったクラスメイトからも花や手紙が届けられた。春菜は申し訳なさそうにそれを受け取り、嬉しそうに笑っていた。

 

 

―――自分の家族(・・)が慕われて、嬉しかったのを覚えてる。

 

 

(……家族(・・)………、家族ですか、この私が……)

 

 

ティアと別れ、いくつもの惑星を渡り歩き、広い宇宙で根無し草だった自分。

 

名前を無くし、安らぎとは程遠い生活を送っていたあの頃。

 

これまでも、これからも、闇の中にいつまでも一人きり―――そう信じて疑わなかった。

 

 

けれど。

 

 

(…アキト、春菜……貴方達は私にとって――)

 

 

「…こっちだとスカート短すぎるよね?ヤミちゃん」

 

声にはっとすると、眉間に皺を寄せている少女と目が合った。真昼の日差しを浴びながら怪訝そうにヤミを見つめている。

 

「さっきから何度も訊いたのに…ヤミちゃんってばボーっとしてるんだから」

 

いつも物腰の柔らかい春菜が不満を隠すことなくジトッと睨んでいる。真剣なのだ、ものすごく。ヤミのようにぼうっと物思いに耽る暇はないのだ。

 

「す、すみません…ええっと、そうですね…」

 

威圧感満載の春菜に少しビクビクしながら、いつもの口調でヤミは答えた。

 

「…そこまで短いとは思いませんよ。長いと脚の動きが制限されますし」

「そう? でも階段とか…その、見えちゃったりとかしないかな」

「…今、見えてます」

「い、今じゃなくって!」

 

もう!と顔を赤くしながら春菜は別の服を手にとった。慌ただしい様子にヤミは不思議そうに眉を上げる。

 

(…春菜といい美柑といい、なぜあんなに悩むのでしょう…何を着ても似合うと思うのですが…)

 

ちぎっては投げ、ちぎっては投げと春菜は次々服を選んで捨てる。ベッドも床もたくさんの服や下着で溢れかえり、まるでドロボウに入られたように散らかっていた。

 

(…まったく、コレではアキトの部屋と大差ありませんよ)

 

「う~ん…、こっちだと靴は…うーん…」

 

しかし、散らかった部屋も鏡の前で裸で悩む姿も、決して他人では見られないもの。家族だからこそ見られる自然な振る舞いだとヤミはもう知っていた

 

(……家族とはもしかするとチョット面倒、かもしれませんね……)

 

ふぅ、

 

ヤミは少し大げさに溜息をついてみせる。今度も、ぶちぶち悩んでる春菜には聞こえなかった。

 

「これにしようかな…でも、あんまり薄着すぎるのも…あーん!でもでも…っ!」

 

「…やれやれですね…」

 

春菜と一緒に喜んで、春菜と一緒に悩んで、落ち込んで。

 

鏡の前で延々悩む春菜も、こうして後ろで溜息をつく自分も、なんだか可笑しくて微笑ましくて、

 

 

フフッ

 

 

ヤミは珍しく声を出して笑った。

 

それはとても小さな笑顔だったが、とてもとても幸せな笑顔だった。

 

 

 

 

「……よし、やっぱりこっちで決まり!」

 

と鏡の前でくるりと回り、納得する春菜。エンドレスで付き合わされていたヤミも安心し、胸を撫で下ろした。

 

「…決まったようで何よりです」

「あっ! もう時間がないよ!?ヤミちゃん!」

「…急げばまだ間に合いますよ」

 

片手に握ったままだったワンピースをポイっと放り投げ、服のシワを伸ばして軽くホコリを払う。髪をクシで梳かしたら、今度は薄く化粧をして―――

 

「…デートとは、大変なんですね…」

 

しみじみ、感慨深げなヤミの感想。

 

「えっ?! やっぱりヘンかな?」

「…いえ、とっても似合ってます。だからもう変えなくていいです」

「そ、そう? やっぱりあっちの方が…」

「………時間、いいんですか?」

「ああっ、そうだった!アクセサリーも選ばないと!」

 

背中越しの冷ややかな声に、春菜はあたわた慌て始める。困ったように眉を寄せて大忙しで大混乱。普段の春菜とはまるで別人のような子どもっぽい姿、見ていて微笑ましい

 

(……アキト。貴方が春菜をカワイイと言う理由、分かった気がします……フフッ)

 

「ああ、もう、どうしよう! 1つずつ全部試したほうが良いよね?!」

「…それでは時間がいくらあっても足りませんよ」

 

それにもう決まっているはず、とヤミは金の大腕で春菜の髪に白百合の髪留めをつける。白い小さな花の(つぼみ)を模したそれは春菜をより一層輝かせ、変身(トランス)させた。

 

「あ、そうだね。やっぱりこれが…流石は私のカワイイ妹だね!」

 

振り向いて頷く春菜と目が合った。そして黙って見つめてしまう

 

「………これは。」

 

微笑む少女は、同性のヤミから見ても魅力的だった。

 

裾にフリルがあしらわれた薄青色のワンピースと、腰には細い革製のベルト。なよやなかな腰のラインが花のように淡い色香を放っている。

 

風にふわりと揺れるワンピースが乙女の魅力を最大限に引き立て、正に可憐。春菜自身の持つ優しげな空気も相まって、まるで朝露に輝く白い百合のよう

 

――カワイイ、です。

 

「えへへ…ありがと。ヤミちゃん」

「? 何か言いましたか」

「お褒めの言葉をいただきましたので」

 

照れ笑う春菜に目をぱちくりさせるヤミ

 

――しあわせそうな表情(かお)して…そういう笑顔はデート相手(アキト)に向ければいいのでは……

 

「…なんだかモヤモヤしますね」

「?どうかしたの、ヤミちゃん」

「いえ、別になんでも……それより時間がありませんよ」

「たいへんっ! もう行かなきゃ!」

 

春菜はそう言うと、ドアすら閉めずに飛び出していった。どたどたと喧騒の音が遠くなってゆく

 

「…まったく、最後まで慌ただしい…」

 

ひとりポツンと残されたヤミはドアの方を眺め、溜息をつく。今日はやけに溜息を溢している気がする、春菜の準備を手伝って自分も緊張していたのかもしれない。

 

「…なぜ私が疲れて…、デートとは理不尽なものですね」

 

ヤミはぶつぶつ言いながら変身(トランス)で片付け開始。乱雑に引っ張りだされた服を畳みながら器用にしまってゆく

 

「………これは?」

 

ふと、変身(トランス)の手に一着のワンピースが。春菜のものでもサイズが一回り小さい、子供の時の物だろうか

 

「服、ですか…。」

 

一瞬、先程の春菜の姿が思い浮かぶ。

 

作業を一時ストップしたヤミは自分の服を、美柑のお下がりである藍色ホットパンツと白いタンクトップを眺めた後、鏡の前へとおずおずと居直ると、

 

「少し、地味…でしょうか」

 

タンクトップの裾をつまみながら、小さく呟いた。

 

「……………。」

 

少しばかり逡巡したのち、ヤミは先程の白いワンピースを手にとる。サイズ的には問題なさそうだ

 

「……なるほど、こういう感じに……」

 

鏡の前で身体にワンピースを合わせて―――

 

 

ニコッ

 

 

(…わ、悪くないかもしれません。こういうのがアキトにも…―――?)

 

「…はっ」

 

鏡に映り込む、ドアから覗くもう一つの影。ヤミの頭のひとつ上、白百合の髪留めが真昼の光にニンマリと(きら)めている

 

「な、なに見てるんですかあっ! さっさと行って下さいっ!」

「わあ!怒らないでヤミちゃん!いってきますって言い忘れてたからっ!」

 

 

いってきます!

 

 

ヤミは上機嫌な背中にワンピースと"いってらっしゃい"を投げつけた。

 

 

46

 

 

「…………チッ」

 

駅前広場に、男が1人。

 

つま先で石畳をコツコツ叩き、腕を組んで虚空を睨んでいる。時々、行き交う人の中から女性を見つければギロリと睨んで舌打ち―――誰がどう見ても男は不機嫌な様子であった。

 

「遅い…!春菜は一体なにやってんだ!」

 

待ち合わせ時間からもう3分も経っている。まったく、何かあったのかと心配に……全くもってなってない

 

「遅い!遅すぎだ!やっぱり病み上がりだからか?いやいや、今日の朝は普通に元気みたいだったし、余計な心配は過保護のバカ兄貴だと思われるし…」

 

『もう既に過保護のバカ兄貴じゃないの』

 

ぶつぶつ言っていたら"内なる唯"が話しかけてきた。

 

俺の心に棲む"内なる唯"は彩南に住む唯とはまるで違うクール&ツンヒロイン。見た目は同じでもタイプが違う、誰に対しても口調が厳しくピリリと辛口だ。

 

『いつも春菜春菜春菜って、バカみたいにデレデレして甘やかしてるじゃない』

「何を言う!俺はいつも春菜に厳しく、しっかりもので厳格な兄だろ」

『ハッ』

 

仁王立ちで鼻を鳴らす内なる唯。傲慢な王のような態度がとても様になっている。

 

『まだ待ち合わせ時間を少し過ぎただけじゃない。もっと心に余裕を持ちなさいよ』

「…普段いっぱいいっぱいの唯に言われるこの屈辱…」

『あによ、3分も待ってあげられないクセに』

「あのなぁ、3分だぞ! 3分あればカップラーメンが1億個は出来るだろーが!」

『ハァ? せいぜい1個でしょ。何言ってるの?』

「同時に作ればそれだけ作れるだろーが!」

『それなら好きなだけ作れるじゃない!バカじゃないの!?』

 

内なる唯が真っ赤な顔で怒鳴ってくる。こうして俺と唯はいつも喧嘩してしまう。一体、いつになったら唯はデレてくれるのか、このまま鉄の処女(アイアンメイデン)と呼ばれて、一生独り身なんてことになるんじゃ―――

 

「ごめんな、唯。お兄ちゃんが撫でてやるからな? 元気だせな?」

「う、うん…。お兄ちゃん…」

 

ハンドバッグを抱きしめながら、おずおずと唯が近づいてくる。上目遣いがカワイイ

 

「………にふへへ」

 

撫でてやると、キリリとした目がだらしなく垂れ下がる。まるっきり子どもだ。まったく、しょうがないヤツめ、なでなでなでなで…―――――ん?俺は一体何してるんだ

 

「にふえへへへ…、撫でられるの気持ちいい…」

「…何してんスか」

 

いつの間にか、目の前に実物の唯がいた。袖なしセーターの巨乳とデニムスカートから覗く生脚が眩しい。

 

「こら唯、一体いつから居たんだっての」

「にへへへ…えへへ」

 

大人のお姉さんっぽい装いの唯が「にへにへ」言いながら悶えている。俺は未だかつてこんな緩みきった唯を見たことがない。デレる唯もカワイイがちょっと危ない人にも見える

 

俺は撫でている手をおおきく振りかぶって――

 

「あいたっ! なんで叩くのよ!お兄ちゃん!」

 

正気に戻った唯がさっそくツンツンする。良かった。キリっとした切れ長の目に睨まれると、なんだか安心するのだ。

 

「オレはここで――ホントのエースになる!!」

「えっ? なんのこと?」

「…なんとなく言いたくなっただけだ。しかしだ唯、空気読めっての」

「な、何が?」

 

全く心当たりがない唯は目をぱちくりする。ズビシッと唯の鼻を指して

 

「今日はな、お兄ちゃんはな!春菜とデートなんだよ!ニヘヘ…おっと、素の笑いが溢れてしまった」

「ええッ!? 西連寺さんとデート!?!」

「フッ…、まぁ、春菜がどーーーーーーっしてもってお願いしてきたからな」

「ハレンチな!兄妹でデートなんてハレンチッ!うらやま…ハレンチですッ!!」

「うーん、この慌てぶり。やっぱりこっちが唯らしいよなぁ」

 

唯は顔を真っ赤にしてギャーギャー騒いでいる。内なる唯はどうもツンが強いすぎるのだ。たまにはデレるかあわあわしてほしい。

 

「ハレンチ!ハレンチ!ハレンチ!はれ………なによ、私だってお兄ちゃんを心配して…」

「……唯?」

「ふんっ」

 

赤い顔でハレンチハレンチ騒いでた唯が、急に大人しくなった。まるで人が変わったかのように仁王立ちで俺を睨んでくる。傲慢な態度は内なる唯のようで…

 

「お兄ちゃんの方は大丈夫なの?春菜をキチンとエスコートできるの?」

「ふん、当たり前だろ?どんとこいっての」

「…ホントに?」

「なんだよ急に静かになりやがって…大丈夫だっての。たぶん」

 

それに、春菜がデートにアレコレ注文をつけるタイプだとは思えない。『割り勘はイヤ』とか『電車の時間くらい調べときなさいよ』とか文句を言う姿なんて1ミリも想像できないし

 

(…いや、春菜は俺にはキツいところあるし…もしかすると…もしかする……のか?)

 

「やっぱり、心配なのね?」

「…ズルいだろ唯、煽りやがって」

「あら、煽ってないわよ。お兄ちゃんがずっと思ってた事を言っただけだもの」

 

フンッと鼻を鳴らす唯。ストレートな視線は心の奥まで見抜いてるかのようで、今の唯には大人の余裕すら感じてしまう

 

「それで、ちゃんとデートできるか心配してるんでしょ?」

「うぐ……」

「そ・う・な・ん・で・しょ?」

「ぐ……っ、実はお兄ちゃんハラハラしてました。デート初めてなんです。」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

「…うむ」

 

胸を両腕で挟み、誘うように突き出されるたわわな膨らみ。そのまま手を伸ばして唯のバストをむにむにと揉みしだく

 

「ン…! あっ…手つきがほんとにやらしい…はぁっ、あぁああ…」

 

唯の膨らみは果てしなく柔らかく、どんな角度で触っても指を飲み込んでしまう。指の動きに合わせて驚く程いやらしく形を変えてゆく

 

「んっ、ふぅっ…はぁ、あぁあぅ…」

 

それにただ柔らかいだけじゃない、押せば返ってくるふにふに感。セーター越しにずっしりした重みを感じて、おっぱいらしい感触だと思う。

 

あまり感想になってない気がするが、まぁ、それだけこの感触がたまらないってことだ。

 

「…んっ……あぁっ…!」

 

柔らかさとは真逆の固いものに触れた瞬間、唯が甘い嬌声を上げた。唯自身は意識していないのだろうが、あまりにも艶っぽい喘ぎだ。

 

「はぁっ、あぁああ…っ、お兄ちゃん…っ!」

「声、エロいな」

「だ、誰のせいだと…思って…あっ…!んんっ!」

 

切なそうな表情が色っぽい。熱情を帯びた吐息も聞くだけでゾクゾクしてくる。

 

色々な表情が見たくて、反応を見ながら手を動かせば唯はびくびくと身体を震わせた。面白いように悶えるフリーハレンチの唯に止まれそうになかった

 

「あっ、あぁっ…はぁっ! ゆ、指、動かしたら…だめぇ…!」

 

 

(うきゃああああああぁああああっ! ナニされてるのよ私っ!?)

 

 

どこか冷静な秋人とは裏腹に、唯は大混乱だった。

 

 

(ど、どどどどうしてこんなことに…っ!? って、私の身体…透けてるっ!?)

 

先程まで目の前には秋人だけが居たはずなのに、今は秋人と自分(・・)の二人がいる。今の唯は幽霊のようにふわふわ宙に浮かびながら、秋人と()の二人を観察していた。

 

「あぁっ…!んぅ…っ!はぁ、はぁ、はぁ…っ!」

 

(きゃあああああああっ!! 人前でなんて声だしてるのよ私っ!!)

 

霊体の唯が止めさせようにも身体の自由が全くきかない。唯の身体はいいように胸を揉みしだかれながら甘い声で悶えている。身体の主導権を奪われた唯はそれをただ見ているだけだった。

 

(見られちゃう! 見られちゃうからぁっっ!!)

 

しかもココは駅前広場で、当然ながら人通りも多い。

今は人混みに背を向けているせいで気づかれてないようだが――――

 

(ひっ! い、いま…み、見られて……っ?!) 

 

すぐ傍をサラリーマンが通ったが、二人の方を見ることなく通り過ぎていった。霊体の唯はホッと胸を撫で下ろすが本体の唯は快楽に屈し、トロトロに蕩けている。

 

「はぁ…んっ、あっ、あぁっ…ふぁっ!」

 

(ぎゃああああああっ!!あたしのハレンチハレンチ!ハレンチなぁああっ!! なんで!? どうして動かないの!?)

 

唯が自分の身体に触れようとしても、虚しく空を切るだけ。なのに、快感と興奮だけは伝わってくる

 

「んんぅ…!ふぁっ…!うるさいのね、妄想でも、してればっ…いいのに…っ!あぁっ!」

「…妄想?」

「なんでも…ふぁっ、あっ、あぁっ!」

 

 

(も、妄想!? わたし、今、妄想って言った…!? もしかしてコレって現実じゃ―――はっ!)

 

 

「ねー、あのおねえちゃんなにしてるのー?」

「うーん、しんぞうまっさーじとか?」

 

じーっとコチラを見つめる子どもたち。黄色い帽子の園児たちが唯と秋人を不思議そうに見ている。

 

 

(きゃあああっ! 見られてる! 見られてる! 見られてるからあぁっ!)

 

 

「はぁぅうぅっ!はあっ、だ、だめっ!見られるのはだめなのに…っ!やぁあんっ、ああっ!」

 

 

(だ、ダメだけど、ダメなのにドキドキして…!こんなっ…!だめぇっ!私もうっ…!)

 

 

「んああっ!ふぁあっ!あっ、あ、あ!~~~~~~~~っっっ!!」

 

美貌が妖しく蕩け、唯は声にならない悲鳴を放つ。眼の前で火花が散り、意識が遠いどこかに飛ばされる。

 

綺麗な背筋がびくびく震えながら弓なりに反って、秋人はとっさに抱きしめた。

 

「おっと、大丈夫か唯…?」

「あぅ……んっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

唯は荒い息を繰り返して答えない。瞳も虚ろで、支えた腰にはじっとりと汗が滲んでいた。

 

「はぁっ、はぁっ…はぁっ………、お兄ちゃんの、はれんち……」

 

恍惚の表情で唯はやっとそれだけ呟く。囁くような低い呟きはどんな愛の言葉よりも扇情的で甘美な響きだった。

 

 

 

『…ふぅ、満足だったでしょ』

 

内なる唯が真っ赤な顔で威張っている。吐く息も荒く、出かけていたのだろうか

 

「ところで唯。お兄ちゃんな、この後の展開が読めるようだぞ。この後スグに春菜が来てだな、ビンタを…」

「もう居ます。」

 

落ちついた声に振り向くと、妙に優しい笑顔の春菜が立っていた。

 

「お待たせしてしまって、すみません。お兄ちゃん」

 

にこにこ

 

ツノでも生えんばかりの怒りを内在してらっしゃるラブリーマイシスター春菜たん。ああ、風もないのにショートカットがゆらめいておるよ

 

「…お兄ちゃん。どういうことですか?」

「違う!誤解だ!誤解なんだ春菜!俺は何もやってない!」

「どうして浮気した夫のような言い訳しか出ないんですか!しかもそんな露骨に!」

「これはまぁ、その…違うよな!?唯!」

 

痴話喧嘩中の春菜と秋人に話を振られても、唯は別天地の安らかな表情。情事の後の気だるさに揺られながら、唯は遠い未来を想っていた

 

「おい!しっかりしろ唯! 頼れる風紀委員として援護を!」

 

「あぁ、お兄ちゃん――…」

 

 

―――私、お兄ちゃんの3人家族。

 

 

すやすや眠る赤ちゃんを見つめる。穏やかな眠り顔は本当に天使のようで、見ているだけで癒やされる。

 

「…しあわせね…」

「そうだな…唯、俺も幸せだよ」

「うん…」

 

後ろからぎゅっと優しく抱き寄せられた。もちろん、私の旦那様に。

出会った頃は初恋の先輩で、それからお兄ちゃんになって、それからこうして愛しの旦那様になって―――本当に不思議…

 

「また赤ちゃんほしくなっちゃった…」

「もう二人目か、早いな」

「貴方がこんなハレンチな奥さんにシたんでしょ…ばか」

 

振り向いて熱いキスを交わし合う。やがて二人は……だめ、赤ちゃん起きちゃうから……

 

 

「いいえ、起きて下さい(・・・・・・)。古手川さん」

 

「…はっ!?」

 

だらしない唯の顔を春菜が覗き込んでいた。唯はきょろきょろと周りを見渡して

 

「もしかして、これが夢オチってものなのかしら…」

「何言ってるんだコイツ…」

「古手川さんって、もう少しまともな人だと思ってたのに…」

 

秋人はともかく、春菜さえも呆れている。妄想のほとんどを口にしていたため、内容はダダ漏れだったのだ。ちなみにジト目で呆れる春菜も同じクセがあるのだが、本人は気づいていない。

 

「オホン! ハレンチなのは控えなさいよ、お兄ちゃん。西連寺さんも!」

「「お前も(古手川さんも)な(ね)!」」

 

 

47

 

 

ハレンチ風紀委員、古手川唯と別れた秋人と春菜は未だもめていた。

 

「おーい、春菜ー。どこ行くんだよ?」

 

ぷんすかと肩をいからせて歩く春菜は、先程から無言。そしてずんずん先へと進んでいく、目的地などない歩みは春菜の心を如実にあらわしていた。

 

「おーい春菜ぁ、機嫌直せよー」

「…。」

 

「なぁー、春菜ってば」

「…。」

 

一応は並んで歩いているものの、春菜は秋人を見ようともしない。

 

秋人も自分が悪いと自覚があるので何とかしようとしているが、肝心の春菜の機嫌をどう取ればいいのか分からない。そもそも、春菜とケンカらしいケンカをしたことがないのだ。

 

(うーむ…どうすれば……ん?)

 

春菜が微かに不満げな表情を浮かべる。それは秋人にしか分からない本当に微かなもの。

 

(なるほど、そういうことか…)

 

春菜のことなら何でも分かる兄はすぐにその意図を察した。

 

「…ほら、そっちは違うぞ春菜」

「あっ」

 

急に手を握られて、春菜は頬を赤らめた。人前でこうして兄と手を繋いだのは初めてのこと。もじもじと視線を逸して恥じらっているが、どこか嬉しそうだ。

 

「まったく、手を繋いで欲しかったならそう言えばいいだろ」

「そ、そんなこと考えてにゃ(・・)いもん!」

「にゃい? なんだ今の…噛んだのか?」

「~~っ! とっ、とにかく!こんな事くらいじゃ許してあげません!」

 

春菜がほんの一瞬目をやったカップルは手を繋いでいた。分かり易すぎる気もするが、春菜の望みそうなことだと納得する

 

「じゃあ今から頑張って機嫌を直していこうかね…似合ってるぞ?そのワンピース。」

「…お世辞だけじゃ機嫌は直りませんから」

 

そっぽを向かれるが、春菜の唇は綻んでいる。にやにやと満足そうに緩んでいる――こんなに近くで春菜を見るのは久しぶりだ。

 

そういえば、彩南に帰ってきてから春菜とふたりだけで過ごすのは久しぶりだった。

 

帰ってきたあの日以降、ほとんどの日をララたちと一緒に過ごしていたのだ。当然ながら俺も春菜も遊びの誘いを断るはずもなく、気づけば二人だけで過ごす時間というのは殆どなかった。

 

そんな毎日も楽しかったが、春菜としては二人で過ごしたかったのかもしれない。俺を呼び戻したのは皆の力だが、一番想ってくれたのは春菜なのだから――

 

「…悪かったな、春菜」

「し、仕方ないから許してあげる」

 

うっすら頬を赤らめながら春菜が言う。繋いでいる左手がぎゅっと握りしめられる。

 

これは勘だが、俺の考えを全て見抜いた上での許しなんだと思った。

 

「我ながらとんでもないヒロインを生み出してしまった…」

「?どうかしたの」

「なんでもないっての、じゃあ行くってばよ!しゅっぱつしんこー!」

「おっ、お兄ちゃん、手をぶんぶんさせたら危ないよ!」

 

今日は春菜のささやかな願いを叶えてやることにする。…まぁ俺のほうが年上だしリードしてやらないとな

 

「もう、強引なんだから…お兄ちゃんは…」

「おい、今日は違うんだろ?」

「え、う……うんと、」

 

ぽっと頬を赤らめる春菜は――

 

「…秋人くん」

「おう」

 

―― "俺"の名を呼んだ。

 

「よし、じゃあ行こうぜ!」

 

春菜の白く細い指をもう一度握りしめ、走り出す―――別に照れているわけじゃない。ニヤけてもいないし、断じて違うのだ。

 

「ちょっと…もう、そんなに照れなくてもいいじゃない」

 

先程までも不機嫌さはどこへやら。

背中に笑いかける春菜も手を繋いだまま弾むように駆け出した。

 

 

48

 

 

「わあ、すっごく大きなお魚…ね、すごいね。秋人くん」

「はは、子どもみたいな感想だな」

 

薄青の光が広がる水族館。春菜は大きな水槽へ手をかざし、悠々と泳ぐノコギリエイに感動していた。

 

「む…じゃあ秋人くんはどんな感想なの?」

「そうだな、俺は………お、あっちにマグロがいるぞ?トロが食べたくなってきた!」

「秋人くんってば……あ、カワイイ!シロイルカだよ」

「おおっ!なんだこの白い海豚は!?」

「カワイイね、お話したいのかな?」

「きゅーきゅーと媚びやがって……お、あっちにはサメもいるぞ!」

「ホントだね、色んな種類の魚さんがいるんだね」

「あんだけデカイとキャビア沢山とれるんだろーなー…食べたいよな!キャビア」

「…食べ物から離れようね、秋人くん」

 

水槽を生簀に見立てる秋人に呆れながらも、春菜はどこまでも幸せな笑顔だった。そのあまりに可憐で愛くるしい笑顔に通行人が振り向くが、乙女の瞳は傍らの恋人しか映していない。

 

「あとな、こういう地味な水槽にいるカニとかヤドカリって結構好きだったりするぞ」

「地味とかカニさんに失礼だよ、もう。ちょびっとずつ食べてるトコもカワイイんだよ?」

「まあ、確かにそうだな。ごめんなカニ、ゆっくり食べるんだぞ」

「そうだよ、冬のごちそうだよ」

「何気に捕食者目線な春菜さんなのでした。」

 

春菜と秋人は次々と水槽を周りながら、足を止めて語り合う。手をつないで笑い合う姿は、誰が見ても仲の良い恋人同士にしか見えなかった。

 

 

****

 

 

「…うむ、やっぱりデカイ水槽にいるデカイ魚はいいよなぁ…」

「そうだね…でも、クラゲとかも可愛かったよ?」

「デカイ魚やデカイ動物は男子永遠の憧れ、ロマンなのだよ! 春菜くん!」

「もう、それってば秋人くんだけじゃないの?」

「いいや、違うぞ! 大体だな、デカイ動物や合体ロボはだな…―――」

 

ライトブルーの水槽に張り付きながら、子どもみたいに目を輝かせている秋人くんは、ちっとも年上の"お兄ちゃん"に見えない。

 

けれど、秋人くんは皆のことを誰より大事に思っていて―――いつも力をかしてくれる。

 

ヤミちゃんの事も、私のことも、本当に大切に思ってる事を私はちゃんと知っている。

 

大切なものを大事にできるお兄ちゃんを、秋人くんを―――

 

――どうしようもないくらい、好きなんだ。

 

 

「って、おいこら、聞いてんのか春菜」

「うん、聞いてるよ。大きな動物はロマンなんだよね?」

「後半話した合体ロボの話、やっぱ聞いてなかったな!?」

 

がっくり肩を落として落ち込んでいる秋人に春菜はクスリと微笑んだ。

 

 

48

 

 

「「イルカショー?」」

 

ユニゾンでの問いかけに「はい」とにこやかに頷く案内係のお姉さん。

春菜と秋人が順路通りに進んだ先に出会った案内係は、なんと顔見知りであった。

 

「気合の入ったイルカさんがカップルに水をぶっかけびしょびしょ、びしょ濡れ、化粧も崩れてあら悲惨。キャー!ざまーみろバカップル!な展開になるわけで……うふふふふふふ」

 

「闇が深いな」「ちょ、ちょっと、紗弥香…言い過ぎだよ?」

 

名前を呼ばれた案内係、新井紗弥香はジトぉ…っと目の前のカップルこと西連寺兄妹を睨んだ。視線は雄弁に『こっちがバイト中だってのにイチャついて……羨ましい』と物語っている

 

「こっちがバイト中だってのにイチャついて……羨ましい」

 

――言うのかよ

 

――言っちゃうんだ

 

「ああ、そういえばあの(・・)時はサンキュな」

「? なんのことですかねー?」

 

唇に指を押し当て、首を傾げている元・ミニスカサンタ。まったく察しが悪いな

 

「クリスマスイヴのバイトの話だっての」

「あー!あのハレンチさんのおっぱいを揉みしだいたり、パンチラさせたりしたショーのことですかねー!」

「んなっ!わざわざ言わなくていいってのに!」

「キャー!私もついでに揉まれちゃったアレですね!里紗にしか揉まれたこと無かったのにぃー!キャー!」

 

ピシッ

 

傍らの春菜の表情が氷ついた。ぎゅっと握られている手が痛い。

 

「オイ、このバカ!空気読めよ」

「他にも私とハレンチさんを二人同時にサンドイッチ…もがふが」

 

人間スピーカー、新井紗弥香の口を塞ぐ。まったくコイツ、余計なことを…!

 

「むーっ!」

 

もっと言わせろと目が訴えてくるが、ダメだと視線で黙らせた。多分コイツは分からないだろうから小声でも言っておいた。

 

「フン、わかりましたよ。もうあの夜の事は誰にも言いませんよ」

「意味ありげに言うんじゃねえっての!」

「つーん!」

「…ったく、じゃあ俺達はもう行く、そろそろショーが始まるんだよな?」

「ソウデスヨ。案内板に従って進んでくださいネ」

 

ところどころ片言だが無視する。春菜は相変わらずにこにこ顔だが、プレッシャーが半端ないのだ。繋いだ手もギリギリと締め上げられ、痛いのだ。

 

「それじゃ、また揉んで下さいねー!せんぱーい!」

「だからだまって……おあっげふぅ!?」

 

ゴキッ!

 

なにもないところで男は躓いたが、力強い彼女が引き上げてくれたおかげで転倒は免れた。

 

 

49

 

 

ポンッ!

 

「「「「おおぉお~!」」」」「「「「「すごーい!」」」」「「「カワイイー!!」」」

 

大きなビーチボールをイルカが(ヒレ)で思い切り叩く、観客席に打ち込まれるボール

 

ぽんっ!

 

打ち込まれたボールは観客たちに跳ね返され、再びイルカの泳ぐプールへと返される。イルカはボールをクルクルと口先で回しながら、キューと鳴いた

 

「すごいね!イルカさんって鳴くんだね! 秋人くん…知ってた?」

「おう、知ってた……けど初めて聞いた!なんて愛らしいんだ!キュート!」

 

口を開けながらイルカショーに夢中な秋人おにいちゃ…秋人くん。

 

「おお、今度はフラフープか、跳ぶのか?跳ぶんだろ!?イルカジャンプなんだろ!?」

 

天井からぶら下がるフラフープを目掛けて、イルカさん飛び上がる。

 

パシャッ!と跳ねる水しぶきがキラキラと輝いて、それがますます隣の秋人くんを興奮させているみたい。

 

「おおー!すげー!飛んだぞ!飛んだ!すっげー!」

 

声を上げてはしゃぐ秋人くん。男の子ってこういう動きがあるものが大好きと思う―――そういう私も秋人くんと繋いだ手に力を入れたり緩めたり…ふたりして子どもみたいに夢中だった。

 

司会者さんがイルカの生態を紹介してくれるけど、右から左で―――

 

「おおー、すげーかわいー」「わあー…かわいいね」

 

放られたビーチボールを鼻先で受け返し、キャッチボールするイルカさん

 

「すげーな、俺もやってみたい」「わあー…すごいね」

 

お姉さんを背に乗せてプールを悠々泳ぎ、キューキュー鳴くイルカさん

 

「おおーすげー…乗りたい!あれ乗りたいぞ!」「わあー…早いね、乗るのはちょっとかわいそうかも」

 

――その愛らしさに私たちはますます夢中になっていた。

 

「…?」

 

ふと気づくと一頭のイルカさんが私たちを見つめていた。なにかな、と思ってたら…

 

「きゃっ!」

 

襲いかかる水しぶき、その前に―――

 

――秋人お兄ちゃんに抱きしめられて、(かば)われた。

 

 「イルカさんは悪戯好きなんですよー」

 

―――さっき司会の人が言ってた言葉が脳裏を(かす)めていって…

 

 

…気づけば、ショーは終わっていた。

 

 

「あの…ありがと、おにいちゃ…秋人くん」

「ああ、やっぱ動物は癒やしだよな。それより春菜、ずっと口半開きだったんだぞ…ぷぷ」

 

(む…自分だってそうだったくせに…、それよりずぶ濡れだよ…秋人お兄ちゃん…)

 

ニヤニヤと(よこしま)な笑顔の秋人くん、どうあっても私よりも優位でいたいみたい。

 

(だったらさっき水しぶきから私をかばった事を自慢すればいいのに…まったく、秋人くんは時々私のドキドキを暴走させようとするんだから)

 

「ははは…むっ…こら、おい」

 

私は何も言わずに鼻を摘んで目を見つめる。こういうカッコイイこと、他の子にしないでほしい。

 

真っ直ぐ私を映す瞳は何でも識っているみたいに優しげで、吸い込まれそうなほど綺麗。黙っているお兄ちゃんはちょっと凛々しくて、贔屓ぬきでもカッコイイと思う。

 

でも、私は「お腹すいたー」って騒いだりする子どもっぽいお兄ちゃんが好きだし…こういう不意打ちは本当にドキドキするからしないでほしい。

 

「…おい、こら、いつまで鼻摘んでんだよ」

「…秋人くんが悪い。私は悪く無い」

 

むーっと瞳を見つめる。こうしてドキドキさせておいて…このままだったらカゼひくかな?その時は看病してあげればいいし―――いけない考えが浮かんでしまう。

 

「はい、おしまい」

 

ぱっと摘んだ手を離した。

 

「ん? おい、まだ濡れてないか?タオル貸してくれよ」

「さ、次にいこっ」

 

言葉に答えず先をゆく。ゆっくりだけど、足早に

 

「あ、おい!春菜、待てってば!」

 

――今、私が秋人くんを追いかけているように、秋人くんにも私を追いかけてほしい

 

(私がカゼひいちゃったのも、元はといえばお兄ちゃんのせいなんだし、いいよね?)

 

春菜は秋人に見えないよう、小さく舌をだしていた。

 

 

50

 

 

「…意外に美味しいね」

「意外にとか言うな、それより寿司とか刺し身を食べたかったな」

「もう、水族館は大きな生け()じゃないんだから…」

 

水族館のレストランで遅いお昼ごはん。こういうところにあるレストランって香辛料とか添加物が多めで、新鮮な食材を使ってなかったり…うんぬんかんぬん

 

「おい、春菜。口から漏れてるからな?向こうからヒソヒソなんか言われてるぞ?おい」

「…え!?あ、ごめん、お兄ちゃん」

 

言ってしまって、すぐに間違いに気づいた。

 

「…ごめんね、秋人くん…」

「ま、いいんだけどさ」

 

くるくるとパスタを器用に巻きながら、お兄ちゃんは気にしてないみたい。だから余計に私は気になって

 

「急に呼び方変えるのって…その…恥ずかしくって…つい…」

 

ついうっかり本音を伝えてしまう、赤くなって俯いてしまう。

 

「ん、ほら」

「…あむ」

 

お兄ちゃんは私の顔を上げさせて、パスタを食べさせた。

 

「お前はなんでも真面目に考えすぎだ、もっと力を抜けっての」

「でも…」

「でもへちまもないっての」

 

――今日のデートで私はずっとお兄ちゃんを"秋人くん"って呼ぶと決めていた。その方がヘンに思われないし、何より恋人らしいから

 

「そういうのはゆっくり自然に任せとけばいいじゃねぇか、な?春菜」

 

目を細めてにこっと笑う…私の大好きな笑顔―――ズルい

 

「うん、それもそうだね…お兄ちゃん」

「おう」

 

私の返事に満足して、お兄ちゃんがもう一度笑う。ズルい。

こうやって私の心をどんどん満たして、一人占めしていく…もう私の心はお兄ちゃんへの気持ちでいっぱいなのに。これ以上お兄ちゃんは私の心を満たしてどうするつもりなのかな―――ズルい、じぶん、ばっかり

 

「はい、私も…お兄ちゃんあ~んして」

「は? いいっての」

「いいから、はいあ~ん!」

 

私が食べているグラタンをお兄ちゃんの口へ運ぶ。お兄ちゃんは恥ずかしそうに視線を泳がせてる。勿論やってる私だって恥ずかしい、お兄ちゃんへの仕返しのはずが…これって自爆かな…?うう、早く食べてよお兄ちゃん…

 

「はい、あ~ん!あ~んったら!」

「わかった分かったっての! ほら、あーーーん!」

 

漸く観念して、ぱくっともぐもぐするお兄ちゃん。

私はとっても満足…恥ずかしいけど、しあわせ…こういうのも良いかもしれない…―――これからはウチでもやろう

 

「うん、意外にうまいな」

「…意外にとか言わないの」

 

まったく、失礼なこと言ったらだめだよ、お兄ちゃん。

 

バツとして私はもう一回あーんしてあげて、お兄ちゃんも私にパスタをあーんしてきて…

 

 

結局、私たちは料理を交換しあって一緒に(・・・)食べました。私はとっても満足でしたマル

 

 

51

 

 

楽しい時間は本当にあっと言う間で……

 

 

「…わあ」

「風、結構強いな」

 

 

「帰ろうか、春菜」に首を横に振って答えると、お兄ちゃんはこの場所へ私を連れ来てくれた。

 

 

「遠くまでよく見えるね……、風が気持ちいい」

 

眺めのいい、ビルの屋上。夏は花火もよく見えそう

 

遠くの海へ沈んでいく太陽、茜色に染め上がる空。高層ビルの屋上では、世界が静かに眠ろうとする夕暮れだけが広がっていて…

 

「…きれい、」

「だな。」

 

ふたりしてそれを見つめる。優しく暖かな、この世界。

人もビルも山も何もかもが茜色に溶け合って、柔らかい輝きを放っている。

 

次第に色彩を失ってゆく景色の中で、いつもの街はただただ静かに佇んでいた。

 

 

時々吹く風に押されて、

 

 

――秋人くん、

 

 

私はほんの少しだけ、隣を盗み見る。なぜか…ううん、どうしても顔を見たくなったから。

 

「…。」

 

美しい夕陽に目を細めて、お兄ちゃんは遠くを見ていた。何を考えているのか、分からない。その真剣な横顔からは…

 

「…春菜?どうした、急に」

 

手を引けば、お兄ちゃんが私を見つめる。深い紫の瞳、私と似てる瞳の色。

 

なんでもいいからこっちを向いて欲しかった、私を見ていて欲しかった。

 

――お兄ちゃんは私を識ってる。私はお兄ちゃんを知ってる。別々の世界に居たことも知ってる。それで、私たちは今、こうして並んでる。繋がっている(・・・・・・)

 

帰ってきたあの日と同じ夕焼けが、あの時と同じ気持ちにさせていた。

 

「…もう、何処にも行かないで……」

 

泣くつもりなんて無かったのに、勝手に涙が溢れてしまう

寂しくて、安心して、自分でも気持ちが分からない

 

「…相変わらず、ウチの春菜は泣き虫だな。兄として、俺はちょっと心配だぞ……――行かないよ」

 

…ほんと?

 

「…行かないよ」

 

うん…

 

頬の涙を指で拭って、お兄ちゃんは優しく笑ってくれる。

 

…ズルい、他の女の子にそんな顔したらダメだからね、お兄ちゃん

 

「ね、お兄ちゃん…」

 

見つめて、それから静かに瞳を閉じる。私はもう、何も言わない。

 

だって、お兄ちゃんはきっともう分かってくれているから。私が今、いちばん欲しいものを…

 

 

踵を押し上げる春菜と腰を抱く秋人の影が重なり、やがて一つのシルエットにな――…

 

茜色に包まれる中、二人の伸びた影はいつまでも重なっていた。

 

 

こうして、忘れられない二人の初デートは幕を下ろしたのだった。

 

 

ちなみに"早すぎる"門限を過ぎた姉をヤミが正座&お説教をしたこと、幸せ笑顔いっぱいのお姉ちゃん、春菜がそのお説教を全く聞いていなかったのは余談である。

 




改訂版(2018/4/8)



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

45.春色ドレスアップ

46.トリップ注意!

47.いつもと違うカンケイ

48.水槽、連想、天衣無縫

49.災難は忘れた頃に

50.一人占めの心、二人占めの時間

51.茜に溶ける境界




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Re.Beyond Darkness 10.『パズルな日常~trouble Days~』

52

 

 

チュンチュン…チュンチュン…―――――

 

眩しい朝の日差しがカーテンの隙間から溢れ、眠れる部屋の主と二人分の盛り上がりのあるベッド(・・・・・・・・・・・・・・・)をゆっくり照らしだしている。

 

 

現在、時刻は午前6時32分。

爽やかな朝の喧騒が例外なくこの家にも訪れていた。

―――――が、しかしまだその部屋の怠惰な主が起きるには幾分早く、未だ宵闇の安息の時間が広がっている。

 

既に起きて朝の準備を行っている妹達…キッチンからはトントンッ…トントンッ……と軽快な包丁のリズムがその部屋まで微かに伝わってきていた。

 

―――んー…ちゅ…はぁ…♡

 

そんなゆったりと(せわ)しない静けさを引き結ぶ―――淫らな水音、蕩けた声。

 

裸の体温と桃色の姫が耳元であげる悩ましげな声にも起きる気配はなく…くーくーと眠り続ける黒髪の青年。

 

二人分盛り上がったシーツからはハート型の尻尾がはみ出ていた。ふりふりと揺れる尻尾は犬が興奮し悦んでいる仕草にも見えるかもしれない。…あながち間違いでは無かった。

 

「はぁあ…♡今のうちにお兄様エキスを補給しておかないと…窒息して死んでしまいますから…」

 

すりすりと頬に熱く滑らかな頬をすりつけ、くんくんと匂いを嗅ぎ、すぅと息を吸い込む桃色の姫―――モモ・ベリア・デビルーク

 

「んー♡あぁ…まったく、美柑さんとイチャイチャしたり春菜さんとデートしたりと…ぺろっ…ぜんぶ知ってるんですから…ね、あむっ…」

 

モモは眠りこける秋人に潤んだ非難の目を向けると、跡を残さないように唇で首筋を甘く噛んだ。

そのまま再びしっかりと自身に主を刻みこむように、青年の躰にその柔らかくきめ細やかな躰を(こす)り付け、そのまま今度は主に自身を刻みこむように、首筋に何度も軽いキスを落とす―――

 

目を閉じ、口に軽く含み、ちゅううっと皮膚を吸い上げるが……朱い跡はうっすらとしか残らなかった。

 

「ン…キスマークをつけるのは案外難しい…と、頑張らないと…練習あるのみですね…はぁ♡…うふふ、お兄様も気持ちよさそうなお顔…、なんてカワイイ♡…起きていると手玉にとられてしまいますけれど、寝ている時までそうはいきません……から、」

 

シーツから顔だけを覗かせ、眠る顔を愛おしげに撫で擦る。ふふっと口元を(ほころ)ばせ、ちゅっ、ちゅっ…と顔の至る所にキスを落とす。再びもぞもぞとシーツに潜り込んで胸や腕、腹など、全身に所有印(キスマーク)をつけ―――そうして…このまま永遠にふたりこうしていたい、と恍惚に浸る桃色の姫は、はたと気づき手を止める。

 

「……はぁ、もう時間…、ね、まったく時間…止められないのかしら?…またバリア張って二人きり…とか、演技指導とか…あともう1回だけ―――――「曲者っ!」」

 

シュンッ!と空気を切って身に迫る金色の刃。―――――その刃は侵入者を刻むことは無かった。

 

「逃した…またメアでしょうか?…気配は違いますね」

 

スッと変身(トランス)させた金の髪を元へと戻すヤミ。ベッドの上では秋人はまだくーくーと安らかに眠りこけていた。

 

「…。」

すっと目を細め部屋の気配を探るヤミ、どことなく部屋に漂う…女の香。

 

すんすん、と秋人の身体に鼻を近づけ匂いを嗅ぐと匂いの元はここだと気づく。―――匂いに特に危険なものではない、と判断したヤミは乱れたシーツを元へと戻し、秋人の身体が冷えないようにしておき…ピタリと手を止めた。

 

「…。」

 

―――あの時、病室で、秋人の傍で眠った時…とても穏やかに眠りにつけた事を思い返す。

むくむくとヤミの中でずっと考えていた秘密の計画が頭を持ち上げる。

 

「…。」

 

―――チラと机の上のアンティーク時計を見ると…まだ僅かに起床までの時間はあった。

 

 

―――決断は、早かった。

 

 

サッ!と身を翻しベッドへ飛び込み、ガバッ!と秋人の腕をとり、カアッ!と頬を、顔を、体全身を真っ赤に染め上げたヤミは目を閉じると……ふんにゃりと顔を緩めた。

 

気持ちよさと安心…触れ合った肌と肌から流れてくる幸福感―――

にへらぁっと、だらしない微笑みを浮かべたヤミは頭の片隅に残された冷静さで万が一の時に備え、頭までシーツを覆い隠そうと…

 

「…何してるのかなぁ?ヤミちゃんは」

 

ビクッと声の方へ顔を向けるヤミ。

 

ドアの前で立ちすくむフライパンを手に持つヤミのお姉ちゃん兼アキトの妹兼お嫁さん(自称)春菜の。笑顔。

 

―――ヤミは朝食の準備を手伝っていたのを放りだし、秋人の元へ何も言わずにキッチンを飛び出したことをすっかり忘れていたのだった。

 

「おっおはっ、…おはようございま…ございます」

 

―――ね、寝ぼけてしまいましたお姉ちゃん……

 

昨晩夜遅く…ルナティーク号と打ち合わせした渾身の演技。

 

 

『…寝ぼけたフリとかどうッスかね』

「…寝ぼけたフリですか」

 

―――ルナティーク号は様々な案を出したが全てが直ぐ様却下されていた。やれ物語性だの展開にロマンスがないだのうんぬんかんぬん…と言われ"オシオキ"と称してコンピュータ・ウイルスを流される。そのたびにルナティークはうおおお!マスタぁあ!やめてぇえええ!と甲高い声を上げ、侵食されていくデータを保護しウイルスを除去して自我を保っていた。ルナティーク号はぐったりしていた。正直、かんべんしてくれと思っていた。最近では宇宙船内で眠ること無くサイレンジ家に居たのでルナティーク号はストレスの固まりであり、難題である絵本読み聞かせをさせられること無く、ひとり、きゃっきゃっと銀河を飛び交うのが趣味にしていた。勿論、燃料が少なくなっておどおどとヤミちゃん(旧名マスター)に報告し手酷いオシオキをくらった。その後、こうして"どうやって自然にアキトと寝るか"の会議が始まったのだった。果たして、その結末は……

 

 

いつもであれば春菜の心も表情も柔らかくする言葉を含んでいても、ピクリと眉を寄せ上げさせるだけだった。

 

(おにいちゃんのばか)

 

ゆっくりヤミと秋人に近づき、眠る片方の頬を抓り上げる。

 

「お兄ちゃん。起きてね、お野菜さんたちがもう起きてスタンバってるから」

 

カワイイ妹の演技にすっかり毒気を抜かれてしまった春菜はギリリと優しく秋人の頬をさらに引っ張る。

 

いてぇ!何すんだ春菜!おはようお兄ちゃん、朝から気持ちよさそうで良かったね。今朝のゴハンお兄ちゃんは"ミックスお野菜さんいっぱい食べようねスペシャル"のみです、良かったね、好きだもんね?野菜。さ、いこっかヤミちゃん、は、ハイお姉ちゃん、おい?!ミックス野菜なんとらってなんだ?野菜の中心のアレなのか!?オイ!こら!お兄ちゃん無視すんな!…。

 

……今日も西連寺家は概ね平和な朝を迎えていた。

 

 

52

 

 

「おはようございます。リトさん…はやく起きないと…イタズラ、しちゃいますよ…?」

「……。」

 

呆然と自身の上に(またが)る男物のリトのものよりも大きめなシャツ(・・・・・・・・・・・・・・)だけを羽織ったモモを見上げる寝ぼけ眼のリト。

 

……少しの静寂が部屋を包む……

 

「うわあ!モモ!またお前…っ!?」

「あら、そろそろ慣れて頂きませんと……困ります♡」

「しっ下着くらいはいてくれっ!」

「今日はちょっと時間がありませんで♡…あんまり見ないでくださいね♡」

「みみっ見るかぁっ!!」

 

跨るモモを押しのけて叫ぶリトは、目に焼き付いたモモの白い裸体が脳裏にチラつき、ぶんぶんと頭をふって追いだそうと躍起になっていた。

 

「いつもはパンツくらい履いてるだろっ!」

「だから時間が無くって……あら、ちゃっかり見てらしたんですか?リトさんのえっち♡あ、まだこっちを向いてはダメですよ?」

 

いそいそと下着を身につけるモモに背を向け頭を枕で覆うリト。あ、違う、目だった、と思い至ると顔を覆い隠す。一瞬目に入ったモモの左手首にあったララの発明品…【ぴょんぴょんワープくん】が気になった。

 

「なんでそんなもん持ってるんだよ!?危ないだろ!?それ、たしかはははは裸で、ぜっ全裸でワープするやつだろ!?」

「あら、それでも目的地が任意に設定できる【ぴょんぴょんワープくん・改】ですよ?…もう、まだこっちを向いてはダメですよ♡リトさん♬」

「リトー……朝、いい加減起きてくんないと朝ごはん……「あ、美柑さん、おはようございます♪」…」

 

ガチャっとおたまを片手に現れるエプロン。どこか慣れた様子でジっと見つめる美柑。

 

……少しだけの平穏が部屋を包む…

 

「リト。」

「ハイッ!」

 

リトはピンッと背筋を伸ばしベッドで直立不動。頬を恐怖の汗が伝う

 

「アンタ、頑張んなさいよ」

 

バタンと閉まるドア。"オシオキ"がなされなかったことにリトは安堵し、ほっと息をつく

 

「美柑さんもリトさんの楽園(ハーレム)を応援して下さるようですね♪」

 

ふふっと可憐に微笑むモモは既に着替え終わり、彩南高校の学生服に身を包んでいた。

パチッ!とニーソックスを太腿に弾かせ「それではリトさんも着替えて降りてきてくださいな、」と部屋を去っていくモモ。その後ろ姿…小振りなお尻がふりふりとおいしそうに揺れるのをリトはじっと見つめ……ドアが閉められてもそのままだった。

 

「…なんで俺はモモのお尻を見てんだ!ヘンタイか!」

いい加減さっさと起きて着替えよう、とトランクスに指をかけ……ガチャっと音がした。

 

「おーい起きてんのか?美柑がバカ兄貴を…は?お尻?」

謀られたようにリトが起きている事を知らなかったナナがリトの部屋へ現れる。

 

「…。」

「…。」

固まる二人。ナナの目線の先には男のアレがあった。

 

なんでパンツ脱いでんだよバカァーッ!!ケダモノーッッ!!ここはオレの部屋だぞ!?リトー早くごはんたべよーよー?え?リトも今からお風呂?一緒に入る?ララ!いい加減裸ででてくるなぁ!…と結城家、というよりはリトの波乱の一日はこうして始まるのだった。

 

 

53

 

 

『『彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ~!』』

 

♪♬~

『豚共、今日はわたし、"おにいたんだーいすき♡ロリロリねめしす"と』

『自分でロリロリ言うなや、えーっとなになに……その兄、"ねめしす大好きエロエロねめしす専用にく…"言えるかッ!西連寺、秋人。宜しく……おい!なんだこの構成台本、唯が用意したのと違うぞ!ったくツッコミは大変だ!』

『いいだろ?、おにいたんへの愛故にちょっとハッスルしてしまったのだ。テヘペロ、しかしなんだこのラジオタイトルは…これからは「ロリしす愛のおにいたん調教ラジオ♡」にするぞ、ククク…略名は"濡れラジ"だ。勿論盛り上がって濡らすのはお前ら視聴者だぞ、豚共』

『失礼な奴だな、ああもう、面倒だなーツッコミはよ、とにかく隙のないツッコミをやっていくかねーそれでは最初のコーナー…』

 

昼休み時間に楽しげな声が教室に木霊する。

食事をしていた者達はピタリ、と箸を一斉に止めた。それもそのはず「彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ」は昼休みを満喫する生徒諸氏にとっては煩わしい、やれ勉強しろだの、風紀がどうだの、社会情勢など、説教じみた情報提供しかしない、そんなウルサイラジオだったからだ。

 

―――楽しくがやがやと喧騒に包まれていた校舎を、混沌の静けさが満たしていく、―――

 

「最初はお悩み相談コーナーだ、」パラリ

「おい、(めく)るのはお便りだろ、なんでスカート捲るんだよ」

「見ろ、おにいたん…ああ、なんてことだ…………くッ………ねめしすは………………ねめしすは…………パ ン ツ は い て な  い」

「大げさに言うな!見りゃわかってるっての!…言い方変えてきやがって…ったくコレ履いてろ」

ぱしっとネメシスの顔にモモパンツ(ピンク)をぶつける。パクっと咥えるネメシス。犬かよ、

 

「しかし、なんだ、今気づいたのだが…」

「なんだよ?早く言えよ?昼休み時間中にコレ終わらせないと後で風紀委員の唯に怒られるからな」

「このピンクのパンツ…ちょっと厭らしくないか?スケスケのひもひもだ。清純ロリロリきゅんカワな私のキャラクターイメージに合わない。チェンジを要求する」

「ツッコミそこかよ、もっと言うところあるだろーが、この染みはなんだ?とかさ、おかしな奴だ。それにそういうギャップが良いんだろ?ギャップ萌えだ」

みょんみょんとモモパンツ(ピンク)を伸び縮みさせるネメシスにきちんとツッコミを入れる。―――よし、我ながら隙のないツッコミだな

 

「…なるほど!流石は私専用のにく…もがっ」

「危ない発言禁止ー!…ったくツッコミは大変だな、今のところ見落としはないな。凛の苦労がよく分かる…そんな危ない発言をムッツリ春菜が聞いたらどうする。あとで「アレって、どういう意味だったの?お兄ちゃん」って上目遣いで聞かれるんだぞ?大変なんだ、いろいろと…ちなみに唯はこっそり図書館で調べます…では早速一通目行くぞ」

 

《ちょっと!バラさないで(よ)!お兄ちゃん!》

 

「ペンネーム、モンキーマウンテンさんからだ…えーっと『俺の友達のRがモテすぎてマジむかつく。俺もおっぱいに埋もれたりパンツ嗅ぎたい。ペロペロしたいです。どうすればできますか』…か、思春期らしくてイイ相談内容ですね、ん?これって確か不真面目な相談でボツにされたやつじゃなかったか?まあいっか」

「ああ、モンキーマウンテン…本名は猿山か、そうだな…ペロペロか。ふむ」ペロリ

「おい!舐めんじゃねえ!」

「ああ、おいちい。おにいたん汁おいちいでちゅ♡。猿山よ、ペロペロしたいのは女も同じなのだぞ?しかし…おにいたんの今の台詞はカッコイイな、カッコイイおにいたんにねめしすキュンキュン♡濡れちゃった♡」

「…まぁペロペロしたかったらペロペロされるような男になれ、と。そういうことかね」

「ムシかよ。つれないな…うむ。では次だ、ペンネーム 暁の騎士から…本名は、レン・ジュリア・エルシ…知らんな?居たのか、『僕の好きなララ。嗚呼ララ王女。素晴らしきララ王女。可憐な花の君に誘われた僕はまるで食虫植物に捕らえられた虫のよう。溶解液で…』」ビリビリビリビリ

「あ、おい!途中だろ!」

「虫唾が走る。ムシだムシ。あー、吐気がする、イライラしてきた。ねめしすイライラしちゃった。そうだ銀河大戦起こそうそうしよう」

「まったく、落ち着けっての。たかがメールじゃねぇか。まぁ確かにちょっと気持ち悪かったな、ただララを好きなのはマジだったんじゃねーの?」

「…私は虫がキライなんだよ。エイリアンだ。地球外生命体だアレは。この青く美しい地球から出て行け!カブトムシなぞでかいGだろ!それにエロくないメールじゃ濡れない!せっかくこうしてラブなおにいたんと密室で二人きりなのだぞ!…もっとしとどに濡らしたいじゃないか」

チラッと浴衣の裾を捲るネメシス。パンツはちゃんと履いている、ちょっと染みが増したモモのやつだけど。

 

「…おまえって確か…まぁいいけど。次、ペンネームVMC会長さんから…ああ、アイツか『会員の皆様。こんにちは、モモ様のテーマ曲が完成しました。』ってCMじゃねーか」

「まったく。おにいたんと私のラジオで無粋な宣伝するとは、メアに襲わせて○してヤルぞ。」

「まぁまぁ、落ち着けっての…『絶対無敵・可憐な美少女モモ様の78・54・78を清い目で見つめる会員諸君。近くに居る美少女、モモ様に負けず劣らずの美少女を我らで保護しよう、さて私の目にとまったのは二年の西連寺春菜さんだ。スレンダーボディで身長160センチ、78・56・82であり、小振りなヒップとバストが…』」グシャ

「お、おい…おにいたん。コワイだろ、目に光がないぞ、ダークネスか」

「…ネメシス。コイツ、○せ」

「はぁんっ!わ、わかりましたぁ…おいメア?聞いたな、精神侵入(サイコダイブ)で…」ボソボソ

 

――雰囲気が変わってきたラジオ、突然あがった甘い嬌声と地を這うような低い声に男子一同の耳が大きくひくついた。

気づけば彩南高校でこのラジオを聞いていない者は一人もいなくなっていた。箸をとめ、紙パックの飲料を加えたまま聞き入る学生諸氏。

 

ゴクリ、と息を飲む音とラジオの軽快なBGMだけが響いていく―――

 

『んじゃ、ちょっと行ってくる』スタッ

『ぁあ…どうした?まだ番組の途中だぞ』

『ちゃんと中島を○して置かないと落ち着かないんだよ…』ガラッ

『あ、おい!おにいたん!…あああんッ!おにいたぁあぁあんッッ!!はぁ…はあ…あぁ…イッてしまった。びしょびしょだ。…ククク。この私を目だけで高ぶらせ触れるだけでイカせるとは…凄まじいヤりてだな。…厳しい調教を強いられそうだ…恐ろしい…。音声だけでは豚共も分からんだろうから懇切丁寧に解説してやるとだな、この時のイッたというのは二つの意味で…「ちょっと!誰がこんなハレンチなラジオにしなさいって、キャーッッッ!!!なんで○☓△!』ガチャッッ…ブツッ…

 

―――お、おい続きは!?なんだったの今の!?風紀委員会って実はこんなのだったの!?と混沌と化した昼休みは予定されていた時刻より1時間ほど長くなってしまっているのだった。

 

 

54

 

 

「…おい。中島とかいうヘンタイはどこだ」

「ヒッ!!じ、自分は知らないですっ!」「お、俺もっ!」

 

ダダっと逃げ出す二人の男子生徒。…眼鏡のやつを片っ端から捕まえて同じ問いをかけるがどいつもこいつも腰が抜けたように尻もちついて這ってでも逃げようとする。…邪魔だ

 

「おい、中島とかいうヘンタイはどこだ」

「ぼっぼぼくじゃありません!」「…ぶくぶくぶく」

 

「おい、中島は―――」

ひぃいい!逃げろおお!うわぁああ来るな!来ないでくださいっ!…役立たずどもが

 

「ふえええん!兄上ぇえ!」

ドンッ!と背にぶつかる小さな感触。このペタンコだけど柔らかい感触は…――

 

「――ナナか」

「あにうえぇえええん!」

えぐえぐと泣きながらグリグリと頭を胸に擦り付けてくるナナ。そうか、お前もあのヘンタイに…おのれ、ウチの妹たちに手を…許さん。金色さんにも応援を頼んでヤる

 

「まってろ、今そいつ○してやるからな」

優しく泣きじゃくるナナの頭を撫でる。細い桃色の髪はさらさらで艷やかだ

 

「ひっく…うぇえん…え?リト○すのか?」

「?…結城?変質者メガじまじゃなくて?」

「…中島じゃないのか?あの眼鏡の…モモのファンクラブのヤツ…まぁいいけど、兄上ソイツちがう」

「なんだよ…俺のナナはまだ無事だったか、良かった…ああ、良かった…」

 

瞳に涙をめいいっぱい溜めたナナをぎゅうと抱きしめる。あにうえ!?なにをするんだ!?あ、兄上(仮)だった!あ、えっと!そうじゃなくてっとジタバタともがくナナを更にぎゅうううと抱きしめる。―――とにかくナナが無事で良かった。

 

やがてナナは恥ずかしそうに顔を赤くしてジタバタを止めると「ちょっと強引ダロ…兄上…でもいいかも」と手をまわし、ぎゅっと抱きしめ返してきた。

…そのまま静かに抱き締め合う。ナナのちょっと小さく固い膨らみの感触…小さな頭、―――ツインテールが大きな耳のようで愛らしいな

 

「…そういえばなんで泣いてたんだよ?」

抱きしめた手を肩に乗せ身体を離し、尋ねる。ナナも本来の目的を思い出したかのように身体をそっと離した。

 

「あ!そうなんだよ兄上っ!」

「どうした?」

「リトのケダモノがぱおーんで!朝からぱおーんだったからメアにぱおーんのこと話したら…うぅ……」

ばっと身を離し、大きな身振り手振りで表現するナナ、思い出してしまったのか動きを止めるとじわぁ…と目尻に涙を溜めこむ。

 

……話している内容はよくわからんが、リトの半裸をみてしまったらしい。それだけでこれほど動揺するとは……これからいっぱい見ることになるはずだぞ?…ん?これから?なんかおかしなこと考えてるな、俺。

 

「まぁまぁ、これでも食えって」「んむっ…」

ポイッと口に飴玉を放る。

「飴ちゃん…ぶどう味だ!」

ころころと転がし味を言い当てるナナ。やっぱり甘いモノが好きらしい八重歯を見せてにんまりと笑った。よしよし、機嫌が直ったな。

 

「そういえば兄上(仮)はなんでコワイ顔してたんだ?」

「ん?俺は…ああ、そうだ…あのヘンタイめ…許さん…ウチの春菜に目をつけやがって…」

「お、オイ!そんなコワイ顔になるな!兄上!気をしっかりもて!」

 

ナナはジャンプし飛びつくと俺の顔をもみくちゃにしていく…うわっぷっちょっと止めんかコラ…補正は…イイからダメだ!じっとしてろ!コワイのはよくないぞ!――――――

 

「よし!元通りだ!」

目の前には八重歯を見せ、にんまりとした笑顔のナナ

「…そうかよ」

ぐちゃぐちゃにされた顔と髪……すっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「まったく。そんなにハルナが大事か…ちえっ…」

「もちろんナナだって大事だからな?」

 

脚と腕でガッシリとしがみつくナナ、コアラみたいだな。俺が木だけど。しかし軽いな、ヤミといい春菜といい、女の子ってのは軽いんだな……でもちょっと近くないか?モモといいナナといい近寄るのがスキなんだな。……そういえばララも過剰なスキンシップがあるし…デビルーク姉妹ってのは身体の距離感がおかしいらしい。

 

「だっダマされないぞ!」

「だっダマしてないぞ!」

「マネすんな!じゃああたしと!…その…けっ、兄上になってくれ!」

 

顔を赤くし憤慨するナナ。首にまわされた腕に力を込めて鼻と鼻が触れ合う程に顔を近づけ、目をクワッ!と見開き熱く息巻く。…そんなに興奮してどうしたんだっての

 

「…だからな、ナナ姫、俺はもうお前のおにい…ふむっ」「んむっ!」

 

はい、ちゅー、とナナの後から声。―――がしたと思ったら目の前のナナと顔がぶつかった。歯と歯がガチッとぶつかるようなちょっと痛いキスをナナとする

 

「んもう、ナナちゃんダメだよー?ちゃんとわたしと打ち合わせしたみたいに"結婚してくれっ!兄上っ!"ってナナちゃんらしく言わないと…兄妹ごっこ(・・・)はもうおしまいにしなきゃ」

 

がりっと唇に痛みが走る。興奮したナナに噛まれてしまったようだった

 

「ぷはっ!メア!押すなっ!ご、ゴメン兄上……」

「いや、いいけど…ってか押すなってのメア」

 

ジトリとメアを睨みつけるとえへへーと無邪気な笑顔だった。ちょっと痛かったのでクイとおさげを引っ張る、あすかーとメアは謎の声を上げた

 

「でで、どういう感じだったー?せんぱい?」

 

瞳をキラキラと輝かせグイと近づきナナの後ろから顔を出すメア、ナナは神妙な顔をしながらブツブツと呟いたと思ったら、うきゃー!とでも声を上げそうな嬉しそうな顔をしたり、ぶんぶんと頭をふったりと忙しい。ツインテールの髪がぺちぺちと顔に当たってちょっと擽ったいぞ、ナナ

 

「どうって…ちょっと痛かった…かな、そんな感じ?」

「へー、キスって痛いもの?」

「いや、ナナらしいんじゃ、ないだろうか?」

「ナナちゃんっぽいキスってどんな感じ?じ?えっちぃ感じ?じ?」

「そうだな、薄くてキュッと閉じられた固い唇が…「そんなコト言うなぁあああ!!」」

 

ぶんっ!と音を立てて振り向きメアを睨んだと思ったら直ぐ様元へと戻り、キッ!と俺を睨むナナ。忙しいんだな、ナナは……ツインテール痛かったぞ、おにいたんに当たりまくりですよ

 

「ウルサイ!もうこうなったら母上に言ってでも絶対、なんとしてでも意地でも結婚してやるからナ!」

「は?」

―――結婚?なんか変な単語が聞こえた気がする。

 

唇に押し当てられるタオル地のハンカチ。ぐしぐしと唇を拭われる。しゃべるな!と言わんばかりに睨む真剣な表情のナナ。…手当にしては乱暴だが、ナナらしい。

 

「こっからがホントのだぞ!んっ!「!」」

 

礼も文句を言う間も無く塞がれる唇。重なる薄く強張った唇にちょっとだけ混乱。息まで止めているナナの顔が間近にある、首にまわされた腕も、抱きしめる脚もがっしりと掴み、離れないぞ!と全身で叫んでいるようだ

 

―――なにこの展開?またモモの仕業か?アイツめ……結城を一人占めしたいからってナナを俺に押し付けたな?

 

 

こうして混乱、混迷していくそれぞれの日常は、足早に過ぎようとしていた。

 

―――熱い夏はすぐ其処まで近づいていた。

 

 




感想・評価をお願い致します。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

52.桜印、同金、春野菜

53.桃惑、傍柑、粉バナナ

54.彩南高校風紀撲滅、破天荒解・漫語放言ラジオ



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Re.Beyond Darkness 11.『朱い夕暮れ~Battle of Darkness Ⅱ ~』

53

 

 

「んっ…あっ…はっ…」

 

―――彩南高校屋上に二つの影が伸び落ちる、夕暮れの真赤な日差しを浴びた黒咲芽亜と結城リトの二人だ

 

「ふっ…ぁっ…ふふっ…♡センパイ犬みたい…んっ…」

 

背後から抱きつくリトは芽亜の躰に手を這わせしつこく胸を揉みしだく。芽亜は蕩けた甘い悲鳴をあげる

 

黒咲芽亜の制服が黒い霧に包まれ……本来の姿(モノ)へとうつろいゆく―――

 

メアは戦闘衣(バトルドレス)を捲り上げられ、白い肢体を露わにさせられていた。西日の当たる感覚と少しの羞恥にメアは頬を紅く染める。

 

「ふ…っ…んっ……――――」

 

誰もいない屋上で、淫靡(いんび)な行為に浸る男女の姿だけがあった。

 

 

54

 

 

リトセンパイに躰をペロペロと舐めさせる(・・・・・)

 

―――センパイの興奮、動揺、えっちぃ気分が伝わり感じる(・・・)

 

ナナちゃんとせんぱいのキスに触発された私は、リトセンパイに同じ事をしてもらっていた。

 

―――最近、マスターはせんぱいと遊んでばかり、私にかまってくれない。

 

だから困ったせんぱいを観たくなってナナちゃんとせんぱいをキスさせた。

 

結果は上々。思惑通りに事は運ばれ、せんぱいとナナちゃんはキスをした。

 

そう仕向けたのは私だしナナちゃんの背を押したのも私。

 

どんな感じか知りたくて、せんぱいと精神(こころ)を繋ごうとも思っていたのに、なぜだか躰は動かなかった。

 

感じたものは―――――怒り、そして恐怖。

 

その矛先(アサルト・カノン)はおともだちのナナちゃんに向かっていた。

 

 

どうしてわたしのせんぱい(もの)にキスをしてるの―――――

 

 

と。

 

 

せんぱいをこっち側に呼び戻した時、皆のせんぱいへの想いが流れ込み、確かな光を感じた。

 

そして同じ光を持つせんぱいはこっち側にもどってくる。繋げる私はただただきもちよかった。

 

きもちいい快感。心地いい興奮。紅潮する頬。熱を帯びた躰―――――濡れた感触。

 

あの時と同じく夕暮れ時。

あの時と同じくけぶる情景。

あの時以上に淫らな行為。

あの時以上を期待した私。

 

―――なのに今はちっともきもちよくない、興奮も。動揺も。すべてがリトセンパイの感情(もの)だった

 

「あっ……はんっ…」

 

犬みたいにペロペロと舌を這わせ、私の躰を舐めるリトセンパイ。

 

嫌なんでしょ?感じるよ…同調(シンクロ)させてるからお見通し――――気持ちの悪さは二人分あった。

 

声を出して気分を上げても、躰も心も感じない。

 

――――感じる感覚こそ全て

 

余計な事をごちゃごちゃ頭で考えるよりずっと自然な事

 

そうすれば造られた自分の生まれも、この世界の意味も、なんにも考えなくていい

 

――――感じるままに生きればいい。ただそれだけ

 

ただそれだけだ。

 

なのに今は―――――

 

「流れてくる……メアの感情が、不安、孤独、失うことへの恐怖…ひとりになる、迷子みたいな感覚が…」

 

メアはかっと目を見開きリトを突き飛ばす。

 

「うわっ!」

 

激しく尻もちをついたリトはやっと自由になった口で言葉を続ける

 

「そんなに嫌ならさせなきゃいいだろ、そんなに好きなら伝えればいいじゃないか」

「"好き"?それは違うよ、リトセンパイ……ちなみに"好き"ってどんな感じ?」

「それは……目が合うとドキドキして落ち着かなかったり、逆に気持ちが落ち着いたり、話しかけられれば嬉しくなったりする…そんな暖かい(・・・)感じ、だよ」

「…暖かい感じ…それじゃあこの感じは"好き"とは違うね」

 

自分の中にある荒れ狂う灼熱の、真赤なマグマのような"熱"の感覚はそんな優しいものじゃない。

 

―――あきとせんぱいを力の限り壊れるくらいに抱きしめ、貪るようなキスをして奪い合うように交わって、繋がって、一つになって、奪うものを奪ってほしい。

 

そうして一生消えぬ印を刻みつけられたら、今度は私がせんぱいに牙を立て引き裂いて咬み付きながら飢えと乾きを満たしたら、心の中身を全部が全部叫ぶように叩きつけてやりたい。躰の中身も全てを渡してそれでもなお足りないなら魂さえも溶け合い一つになりたい。

 

そして心も躰も一つになって、私自身が光になりたい。その光を独占したい―――

 

こんな恐ろしい程に強い欲求は、そんな生暖かいものじゃない。そんな心細いものであるはずがない。

 

―――そんな(やさ)しいものであるはずがない。

 

 

 

「見つけたゼぇ……"赤毛のメア"」

 

ふつふつとまた湧き上がってくる苛々を、ぶつけるべき相手がどうやら来たようだ

 

 

***

 

 

いきなり襲い掛かってくる男たち。

 

見慣れぬ風貌は地球人ではなく、ララやヤミと同じく異星人、ただその肩書は様々なようだった。

 

宇宙海賊

サイボーグ

剣士

 

三人の刺客はそれぞれ得意な武器でメアに攻撃を仕掛けていた。

メアはそれらを一瞥もせず踊るように黒いマントを靡かせ躱すと、一度敵から距離を取るべくオレを朱い三つ編みで巻き取る…驚くオレを横目にトンッと二人分にしてはやけに軽快な音を響かせ校舎屋上から飛び立った。

 

―――地球に来る前は賞金稼ぎやってたからワリとアチコチで恨みかっちゃってるんだよね、

 

あっけらかんと紡ぐ形の良い唇。

先ほど切なげな声をあげていたソレに少しだけドキリとし、オレは目を逸らした。

 

揺れ惑う意識に喝を入れるように「なに暢気に言ってんだ!」とメアに叫んだけど、メアの注意は追撃をしかけるサイボーグと"ネメシスからオマエの居場所を聞いた"の機械音声に向けられていて、届いたかどうか、分からない。

 

――――ただ分かったのは、今オレに巻かれている朱い髪が少しだけ強く締め付けてきた事。メアの心の(うち)に触れた瞬間に垣間見た、消えいりそうな儚げな表情(カオ)が、嬉々とした表情に変わった事。

 

―――それだけだった。

 

55

 

「ぐあっ!」

目の前まで迫ったワイヤーフック型の剣を躱し伝い、おじさん1の顔に膝蹴りを入れる。…脆い

 

「こいつッ!!」

死角から散弾銃を放つ機械みたいなおじさん2、避けるのが面倒だから剣で弾く。…弱い

 

おかえし♪と閃光、光弾を放つ。

光に包まれ消えていくおじさん2―――背後から斬りかかるおじさん3の気配―――ちょっとリトセンパイが邪魔。股に挟んで後ろへ下げる…あ、今ちょっと嬉しそうな顔したでしょ、センパイってやっぱりえっちぃ―――センパイを踏んで足場に変える…あ、今のはちょっと痛かった?ゴメンね、さっき躰を触らせてあげたんだから許してよね―――パキッとガラス細工が砕けた音。自慢の朱い三つ編みがぱらぱらとストレートヘアに変わる。おじさん3に斬られたみたい、油断しすぎた…おじさん3はちょっと得意げ…ムカつく

 

こんな雑魚(ザコ)を送り込んできたマスターの気持ちが分かる。

コレは復習。これまでの私の生き方のおさらいだ。

兵器として、目の前の、どんな食事(てき)でも平らげる。どんな時も。

 

―――惑わされるな、と。伝えるように

 

(…それと私に対しての牽制でしょ?マスター)

 

 ククク…バレたか

 

―――耳元で楽しげに嗤う声が聞こえた。

 

56

 

「クソっ!化け物が!」

そんな分かりきってる捨て台詞を吐くおじさん…なんだっけ?3?2?

 

「手加減してあげてるんだから少しは楽しませてよ、おじさん達…」

 

戦闘で愉しんでもちっとも気が晴れない。欲求不満は高まるばかり―――なんとかしてよ、せんぱい

 

逃げるおじさんたちの背に舌打ちをする私。

 

メア…?と聞こえてくるおともだちの声。

 

まとめておじさんズを消し飛ばそうとした、変身(トランス)させた銃口の、その射線上に…呆然と立ち尽くして私を見上げるナナちゃんが居た。

 

見開いた目と目を合わせる私達。

 

夕日は既に堕ちていた。

 

57

 

――――明日会えたら、メアはまた笑ってくれるだろうか

 

そんな事を思いながら、ナナは一人、夜道をとぼとぼと歩いていた。手に持っているのは今日メアと共に食べるはずだった駅前のケーキ。メアの好きなモンブラン

 

婚約祝い。ハジメテの記念日。

 

メアと二人でお祝いする予定だった。私の相談に乗ってくれたのは友達のメアだったから

 

『ゴメンねナナちゃん、やっぱヤメとく』

 

…初めてみたその表情は、誤魔化した笑顔でいて、残念がってるようにも見えたし、悲しんでるようにも見えたし、怒ってるようにも勿論見えた。そして、今も…

 

「メア…?」

 

もう一度呟いた。

 

メアは複雑すぎる苦悶の色を瞳に浮かばせ、一言ナナへ呟くとそのまま飛び去っていった。

 

後には呆然と立ち尽くし見上げたままで固まるナナ、それを哀しげに見やるリトの二人だけが残される

 

 《 友達ごっこはもうおしまい 》

 

ナナの頭の中では先ほどのメアの言葉だけが、リフレインしていた。

 

リトは心の裡で、一人ではこの二人を救い上げる事はできない、と。

 

そう、一人では。

 

 

58

 

 

 これはどういうコトですか―――オニイサマ

 

そう囁くように可憐な唇を動かし迫力満点の低い声を響かせ、鋭利なナイフのように睨みつけるモモ。一触即発、触れれば身を斬られるような、そんな錯覚に陥らせるような殺気を撒き散らしていた。

 

(…実はナナみたいな牙があるんだな、へー…ララの口にもあるんだろうか…って暢気に構えてるバアイじゃないな)

 

「何怒ってんだよ?」

「怒ってなどいません……ムカついてるんです」

 

同じだろ、と呆れながらも頭を撫でてやろうとした手をバチンッ!と弾くモモ。あうち。…相変わらず気安く触らせてはもらえないらしい。

 

「んで?何?今日は報告の日でもないだろ?なのに呼び出しやがって…最近の放課後は忙しいんだぞ、補習だったりヤミと夕飯の買い出し行ったり、美柑からも会って相談したいことがあるって言われてるし、里紗へ借金返さないといけないし…ああ、それまだ春菜に言ってないんだった…なんて言ったらいいんだ?…あ、そうだ!相談に乗ってくれよ、モモ」

 

いつもの待ち合わせ場所。その2、暗い電柱の下…に秋人は呼び出されていた。

丁度その時の秋人は古手川唯の髪を乾かしてやっていた。熱風に揺れる黒髪は、なんだか水面に揺れる海藻を思わせる。

 

――春菜の髪を乾かしてやった時もそうだったが、なんだろうか、ずっと嗅いでいたいようなそんな甘い花のような香り。おんなじシャンプーなんだよな?不思議。今日ウチに唯が泊まりに来ているのも不思議だったが…あの超真面目な堅物の唯が友達のウチへお泊まりに…友達ができてよかったな、唯。クラスでハブられそうになってたもんな、良かったなァ、唯!お兄ちゃん涙でてきちった。内なる唯が「アンタ泣き過ぎでしょ?噴水?噴水なの?」とはんっと鼻を鳴らしバカにしてくる。そんなところも愛らしいぞ、唯…

 

「んー…誰かに髪を乾かして貰うのって気持ちいいのね…」

「…お兄ちゃん噴水でもいいかもしれないぞ、唯たん…つんつんゆいたん」

「はあ?何言ってるのよ?」

 

なんでもない!と長い黒髪をボサボサにしてやる。な、何するのよ!お兄ちゃん!と春菜と同じような悲鳴を上げる唯。台風が直撃したようなめちゃくちゃな髪。これでパジャマのシャツが乱れてたら…おお、色っぽくてイイな!イイカンジだぞ!唯!

 

「そ、そう?ちょっとハレンチじゃない?」

「イヤイヤ、ハレンチなのがいいんだろ…うん」

 

なにやってんだか、と呆れ顔のヤミ。「私もアレされたなぁ…」と呟き、頬を赤らめる春菜。「えっとその後…きゃっ、」と呟いたと思ったらジロリと睨んで頬を膨らませている。こら、春菜、そんなにお兄ちゃんを睨むなっての。妹の髪をちゃんとタオルで拭ってあげて待ってなさい。コラ、ヤミの髪をそんなに何度もグイグイ引っ張るんじゃない、八つ当たりするんじゃありません、ヤミも春菜を睨むんじゃない!お前らが喧嘩したら大変なことになるだろ!怪獣大戦争か!…ったく、ドライヤーは俺が持ってる一つだけだし、唯の次にヤミ、最後に春菜だ、どこのサロン、いつから俺は美容師になったのだ。…ちなみに乾かす順番はジャンケンでなく、クジで決めた(ジャンケンだとリアルファイトになりそうだったから)自身のクジ運のなさに愕然としている春菜はカワイイ。ヤミは春菜の先だったことに満足だったのか、ちょっとだけ得意気になってフッと口端を上げたのを俺は見てたぞ

 

 

「…聞いているんですか?お兄様(偽)」

 

はっとして目の前を見ると、薄ぼんやりとした街灯がモモの鋭い視線を更に尖らせ、今だ突き刺すように睨んでいた。まだ成長途中の…どこか幼さの残る可憐な美貌を精一杯歪ませ、威嚇している。

 

「…で?ナナのハジメテを奪ったとはどういうコトですか……?お兄様(偽)…」

 

チャキッ!とまるで拳銃のようにデダイヤルを開くモモ。おい、何する気だってのお前は。

 

「ハジメテ?キスの事か?」

「ナナのを先に奪うとはズルいです…お兄様…どうして私の…は?キス?」

 

目を伏せてごにょごにょと呟いたと思ったら、殺気を霧散させ目を点のようにするモモ。

ガチャンと乾いた音がしてデダイヤルがその白い手から滑り落ちる。慌てて拾い上げこほんっと一つ咳をした。

 

「な、なんだ、キスでしたか、そうでしたか…てっきりその先へいったのかと…」

「なんだ?ムカついてるんじゃないのか?これで俺側にナナが入ったワケだし、リト(・・)を勝たせたいんだろ?」

「ムカついてるんじゃありません、怒ってるんです……それにリトさんを勝たせたいに決まってるじゃないですか。何言ってるんですか?誰がお兄様(ウザ)を家族に、しかもデビルーク王になど…あいたっ!ちょっと!叩かないで下さいっ!」

 

どっちなんだよ、と頭をはたく。生意気言うなと髪をぐちゃぐちゃにしてやる。ななな!なにするんですかぁあぁん…!と力ない、どこか甘い声を上げるモモ。

 

「ああっ!髪まで…!もう!」

 

ぐちゃぐちゃにされた髪を必死に整えるモモ。

ニヤリと笑い、桃色の髪に咲く二つの花飾りをとり、春菜みたいにしてやる。【モモ・ベリア・デビルーク(西連寺春菜コスVer.)】だな。ちょっと似てるか?春菜と同じくらいの髪の長さ(・・・・・・・・・・・・・)だし。ん?なんで抱きついてくるんだ?

 

「それで?戦況報告でもしてくれよ」

「お兄様ぁ…♡へ?まだ帰らないのですか?」

「は?帰ったほうがいいのか?せっかくこうして会いに来たワケだし。もうちょっとくらい良いぞ」

 

そ、そうですか!いつもスグ帰ってしまわれるので…と何だか嬉しげなモモ…抱きついたまま見上げ、ふりふり揺れている。そんなにニヤけてどうしたんだ?どこかにリトでも見つけたのか?

 

「オホン、ではお兄様、その前に紅茶でも「西連寺のお兄さん!はぁッはぁッ!…やっと見つけた!」」

「結城…久しぶりだな、どうした?そんな慌てて」

 

ナナとメアが!…と激しく捲しててるように説明を始める結城。

真剣な表情の結城が説明を終えると、戸惑ったような視線を俺とモモに交互に投げかける。―――あ、そうか、コレはマズイな

 

「モモは俺の妹だからな、ちょっとばかり恋の相談に乗ってやってただけだぞ?ちょっと歪んだ恋心だが、まぁカワイイもんだ、結城のことが大好きだしな」

 

ニヤリと笑い、モモの背を押し結城に抱きつくようにぶつけてやる。わ!と声を上げ桃色の髪が跳ね、たたらを踏んだモモは結城の胸に収まった。

 

「結城はナナのところへ行ってやれ、俺は…メアを探す。」

 

たしか、ナナはリトに慰められ、背を押される筈だ。そうやって二人は友情を繋ぎ直す筈……だ…だったと思う…メアの方は…分からない。識らない。

 

だいぶ変わってしまっている出会いや出来事、虫食いのようになってしまっている俺の記憶。

 

 

『…おお、スゲー本物か』

『…ちがう、よ、わたしは、きっと、ニセモノ…だ、よ…うっ、ひっく…』

 

何故か浮かぶ、春菜の言葉。

 

…凛にでも、話してみるかな、

 

メアが何処に住んでいるのか識らない。

だけど今の俺はメアへの会い方を知っている。

あのヘンタイで自由なヒマ人にかまってやれば会えるはずだ。

 

「じゃあな!ナナを任せたぞ!」

「はい!」

 

とにかく、今は余計な事を考えず頭ではなく心で動く。妹の力になってやらないとな、俺はナナにお兄ちゃん面してたわけだし。

 

走りだす俺の耳にはもう何も聞こえなかった。

 

 

59

 

タイミング…悪い。

 

いつもみたいに、タイミング悪くコケて私を押し倒しただけならまだいいですけど……ちょっとコレはあんまりですよ…リトさん…

 

知らずに零した深い溜息は、汗だくのリトさんの胸を更に濕らせる。

 

泣くなよ、モモ…そんな言葉が聞こえる……リトさん、私、泣いてなんて…

 

瞳から零れた雫は確かに溜息よりもリトさんの胸を濡らしていた。

 

 

リトは静かに優しくモモの頭を撫でる。普段は自分から身体を寄せても気安く髪や躰を触れさせないモモだったが、この日は嫌がらなかった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/09 情景描写・台詞改訂

2016/01/19 心理描写・台詞改訂

2017/08/22 一部修正

2017/08/24 一部修正

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

53.情炎に染まる夢境

54.制御不能なこの気持ち

55.朝飯前な悪食ルーティーン

56.夕闇に溶け出した楔

57.ひとりじゃない

58.オシオキしたい

59.置き去りのシスタープリンセス



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【日記】"暗黒王子と桃色の姫"

『暗黒王子と桃色の姫』

 

執筆者:モモ・ベリア・デビルーク第三王女

 

first day

 

なんだか疲れた一日だった。勝負で一人のヒロインを攻略するごとに私にHなことをしても良いと告げたのに乗り気ナシ。勝てればハーレムの王になれるのにも乗り気ナシ。対価は"とらぶるくえすと"のプログラム改変でいいらしい…どうやら消えていくつもりらしい。いったいあの男は何がしたいのかしら、ま、関係ないですけど。リトさんブロマイドで癒やされよう

 

Second day

 

ちょっとだけ気になった私はお兄様(ウザ)へ押しかけに行った。窓から覗くとリトさんの本命、西連寺春菜さんにリトさんへのアピール方法を説明していた。曰く「リトと春菜は似た者同士」らしい。たしかに似ているかもしれない……ああいう方はどうやって攻略すればいいのかしら。それにしても地球の恋愛ゲームは面白いのね

 

Third day

 

お姉さまの帰りが遅い、との通信が入ったきた。

ザスティンさんは当てにならない。だって漫画書いてるんですもの。貴方は親衛隊ですよ?しかも隊長…お給料下げて私のお小遣いへと変えておきますね。

こっそり探しにいくとウザい偽お兄様と公園でココアを飲んで温まっていた。ふたりとも優しげで親しげな雰囲気。本当に兄妹のよう、あの無邪気で天真爛漫なお姉さまが今は落ち着いた、銀河を統べるにふさわしいプリンセスに見えた。どうやってあの勉強キライではちゃめちゃなお姉様に教育を?

 

Fourth day

 

なにやら変なことになった。意外にもあの男と趣味が合う。

ついつい話に盛り上がって本音の「メインヒロインになりたいんです」と言ってしまった。「そうか?それじゃあよ…」と二人で恋愛ゲームごっこ(18禁)をすることになった。プレイヤーはお兄様(ウザ)でメインヒロインは私。イロイロ教えてくれるらしい……勿論お触りなどえっちぃシーンはないですよ?と睨んだけどハイハイしってますよ。分かってますっての、と軽く流された。相変わらず軽い扱い…なんだか腑に落ちない。けれどまぁいいでしょう、なんだってメイン。メインヒロインですから……まぁお遊びなんですけど。お姉様をあんな素敵な女性に変えたのですし、これで経験を積んで魅力が高まれば、きっとリトさんを落とせるはず。うふふふふ♡

 

Fifth day

 

ではやるか、の一言でレッスン開始。正座の私。

ホワイトボード(貸した)で様々な萌えシチュエーションを教わる。ふむふむ…ナルホド…勉強に…って!ちょっと!コレは何ですか!?の私。「なんだよ?」と不思議がるお兄様(ウザ)

「そういう授業ではなく!演じる私を攻略するちょっとHでドキドキな行為をするのではなくて!?」と怒鳴る。するとお兄様はしてやったり、と満足気な顔でそうそう、そういう展開を期待するモモをイジメる…ところに萌えるだろ?な?と微笑むお兄様(きゅん)…ムムム、難しい、してやられてしまいましたわ…とにかくリトさんを落とせるべく魅力的ヒロイン目指して頑張りましょう

 



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Re.Beyond Darkness 12.『セピアの約束~Different Friendship ~』

59

 

 

「あー、えー…神様、素敵なロリロリきゅんかわな妹がほしいです、どうかこの願いを叶えて下さい」

「はーっ!はーっはっは!!その願い!叶えてやるぞー!ロリロリきゅんかわ♡豚共まとめて踏みつけ昇天!ご注文の通りの妹、ねめしすババンと新・登・場ッ!!」

 

ボフッ!と顔に生ぬるく柔らかい衝撃に挟まれる、視界が真っ暗闇に包まれる。

 

―――結城&モモカップルから別れた俺は、あまり人の居ない場所を探し、その中で一番暗い路地裏に入って思ってもいない言葉を呟いた。そうするとこのアホしすがぶつかるように飛びついてきたのだ。計画通りだった。―――顔を股に挟まれるのは違うが―――つまり今言った言葉とはネメシスを呼び出す為だけの言葉(エサ)である、ただそれだけであり、全然、全く、これっぽっちも思っちゃいない。いないのだ。……ちょっと湿ったアホしすを顔からゆっくり引き剥がす。おいコラ、素直に離れろっての、腿で挟んでホールドするんじゃない

 

「ククク…こんな高ぶった男女が連れ添い集う淫靡なる場所…そんな場所にロリロリな妹である私、幼気(いたいけ)な私を連れこんで…ククク、どうするつもりなのだ?」

 

―――繰り返すがただの住宅街の路地裏だ。どこにでもある狭い空間だ。断じてそんな淫らな場所ではない。

顎を上げた不遜な雰囲気、ニヤニヤと笑うような声、「激しく頼むぞ、おにいたん…フフフ、私もきつく締め付けておにいたんを満足させてやるからな…」と耳元で囁き頭を撫でるネメシス。滑った舌でちろりと舐め上げられる、やめろっての、それから「はあぁ…」とか甘ったるい声を出すんじゃないっての、いい加減苦しいんだっての!溺れるような水溜まりから顔を引き剥がす、

 

「…はうぅ…、おにいたん汁おいちぃですぅ♡…まっくらでねめしすこわいよぅ…おマタじんじんしてきちゃう……大洪水だよぅ」

ぽすんと尻餅をつき、もじもじ俯き呟くねめしす。相変わらずキャラめちゃくちゃだ、それにお前は最近いつも濡れてるだろ、しかし今はそんな事はどうでもいい!

 

「ネメシス、メアは何処に居る?」

「ん?メア…"褐色黒髪メア野外露出プレイ"がしたいのか?…こうか?」

ズズズ…と黒い霧を纏いネメシスがメアに変わる。…なんだよその"褐色黒髪メア野外露出プレイ"って

俯き上目遣いでペラリと制服のスカートをめくり裾を口に咥える褐色メア……PANTS HAITENAI

 

「しつこいっての!」

バシン!とネメシスの顔にヤミパンツ(ホワイト)をぶつける。パクっと食いつくネメシス。犬かよ

 

「とにかく会わせろ、ホンモノはどこだよ?」

「…ホンモノ、ふ……いいだろう、ついて来い」

いそいそとヤミパンツ(ホワイト)を履きながらネメシスは目を細めてそう返す。

アゲハ蝶を思わせるような羽を背に生やしふわりと空へ舞い上がる…おいクレーンゲームか、脚で俺を挟むのかよ扱い悪いすぎだろ、一の字になって腰をネメシスに挟まれ蝶が空を飛ぶように夜空を流れる。

 

「しかし、おにいたんはメアや金色、モモ姫など…多くのメスに手を出しているがどうするつもりなのだ?」

「手は出してないっての」

腰と頭をネメシスに支えられ浮かぶ俺。さっきから顔をネメシスに必要にぐにぐにさらさらと頬を撫でられ、あやされていた。

 

「…成程。そうか、分かったぞ…やはりこの私と同じくこの宇宙を混沌(カオス)へと導きたい、というコトだな。確かにモモ姫と変身兵器(トランス・ウェポン)が同じ男の子を共に孕めば大問題になるだろう。ギド・ルシオン・デビルークは激怒し力にモノを言わせて地球などコナゴナだろうな……ククク、それだけで済めばいいがな」

 

―――怖っ…お前恐ろしい事言うなよ…と睨む、が、腰を挟まれて運ばれてるせいで首を捻って後ろを見てもネメシスの漆黒の浴衣の腹くらいしか見えない。それにしても褐色肌はもちもちのすべすべだな…これは脚の感想だ、扱いが悪いからお返しに太ももを触ってやっていたのだ。ネメシスもさっきから愛でるように顔を撫でてくるからおあいこだろ。

 

「んっ…ふぁ…は…まぁなんとかしてみせろ。ふっ、なにせお前はこの私の"おにいたん"なんだからな。ククク…」

 

―――なぁ?稀人(まれびと)。と愉快そうに口元を歪ませるネメシスだったが、眼下に物思いに耽る小さなピンクのツインテールを見つけた秋人の意識に届いてはいなかった。

 

 

60

 

 

ぐすっ…と鼻を啜る。ちょっとだけ肌寒い。

でも暖かいウチへは帰らない。今はとにかく独りになりたかった。

 

―――友達……だから

 

『ナナちゃん、私、家族になりたい人がいるんだ♪』

『へー…宇宙人なのか?』

『うーん…似たようなもの、かな?うん♪それより素敵♪かも』

 

『あたしにも居るんだ!』

 

―――友達だから教えた。まさかそれが兄上だったとは知らなかった。ヤミだとばっかり思ってた。

 

「ハァー……」

 

深く深く息をつく。抱えた膝をもう一度抱え直し鼻を埋めた。

 

―――メアはあたしに"友達ごっこはもうおしまい"って言った。あたしはメアとはホンモノ(・・・・)の友達だと思ってた。ニセモノ(・・・・)なんてどこにもいない。兄上だって(仮)であってモモみたいに(偽)なんてあたしは思ってない。いいじゃん、違う世界から来てたって…姉上だってそう言って……今は関係ない、か…イヤイヤ、関係あるカモ……根っこの部分で

 

「隠してたのはあたしも同じか…」

 

―――恋なんてよく分からないし。どんなものかも知らなかった。

姉上が言う「お兄ちゃんが"好き"」と「リトの事が"好き"」の違いは流石に分かる…けどハルナの「お兄ちゃんが"好き"」の方は分からない。私はその三つのどれでもなくて、赤い実(ラズベリー)が"好き"と同じ"好き"だった。

 

でもそれも違って…―――――

 

甘酸っぱい味で"好き"になった。いつの間にかその味に恋をした。

メアもその味を知ったんだろうと思う。

 

「メア…兄上…あーあああああ!もうらしくない!あたしらしくない!」

「まったくだな、らしくない。ナナらしくない」

「そうだよナ!…って兄上!?ななな、なんでココに!?」

 

目を丸くして驚き叫ぶ。 

河原の土手で大の字になってジタバタと叫んでたら…兄上がきた。もう今日から兄上(仮)じゃない…許可なら母上に"とっとと"貰ったし

 

「ん、ああ…丁度ナナたちを探しててな…何やら悩んでるらしいからすっ飛んで来た」

「あ、あにうえ……」

 

大きな瞳をうるうる潤ませ感動に震えるナナ。立ち上がるとガバァッ!と秋人の胸へ飛びついた。秋人はそんなナナを抱きしめるようにキャッチした。

 

「何をウジウジと悩んでるんだお前は、この!この!この!」

 

わ!う!お!ななな何をするんだ兄上こら!イタッ!キャハハッ!ヤメロ!ハハハッ!と抱きしめた秋人はナナのツインテールを撫で回したり、硬さの中に柔らかさを含む幼い身体をこねくり回したりする。

 

「ナナらしく正直にメアにぶつかっていけよ、「あたしは友達なんだぞ!メアの気持ちなんかカンケーないっ!」ってさ、」

「…、でも"友達ごっこはもうおしまい"って言われたんだ…――――

 

抱きしめられ続けているナナは秋人の胸に鼻先を埋め弱々しく呟く、吐き出した言葉はナナの胸に溜まっていた、冷たく締め付けるような痛みをよりいっそう強く認識させ、涙がナナの大きな瞳からボロボロとこぼれ落ちる。

 

「メアはあたしのことなんて何とも思ってなかったんだ…だから…もうどーだって「…繋いだ絆が途切れたらまた繋ぎ直せばいいだけだ」

「あ……」

 

―――そう言えば兄上もそうやって今こうしてココに居るんだった。

 

やっと見上げたナナの紫の瞳には似た紫…優しい紫があった。

 

「おにいたんはいつだってピンチなナナの傍に居るのだよ」

 

ポンと頭を撫でる秋人。ぽんっと頬を赤らめるナナ。

 

―――またキモチワルイ声で言いやがって…でも、それでも、それがイイかもだ。

 

顔全身を真っ赤に染め上げたナナはおとなしく秋人の腕の中に収まっていたが、はっとタイヘンなコトに気づくと、逃げるように飛び出した

 

「あ…あああそうか!あああありがとな!兄上ッ!でもせっかく兄上になったのにそれもあとちょっとの間だけだな!残念だったな!またなっ!」

ダダッ!と土埃を上げながら猛然と去っていくツインテール。

 

「ん?何か様子がおかしかったがまぁいいか、ナナだし。さて…次はメアだな、」と独りごちる秋人だけが白んだ朝焼けの中に残されているのだった。

 

―――ま、マズイ…もうキスも済ませたし…もしもあのままくっついてたら赤ちゃんできるとこだった…危なかったぞ!…よく離れたな!あたし!まだ結婚式挙げてないし、式まではお腹が膨らんでないほうがいいからな…はぁ…危なかった…

 

下腹部を抑えながら懸命に走るナナの口と目元に惚けた緩みが残されていた。

 

 

61

 

 

次の日、夕暮れ。

 

同じく河原にメアは呼び出されていた。

 

―――"決闘"といえば河原。そんな安直なイメージがナナにはあったからである。

 

「いいか!メア!聞けよ!」

「…何?ナナちゃん」

 

戦闘衣(バトルドレス)のメアにずびしっ!と人差し指を差し向け叫ぶナナ。

真赤な夕日を背負い込む目の前のナナは、確かに今、闘志にその身を燃やしているようにメアには見えた。

 

「あたしは兄上が好きだ!結婚したい!いや、ゼッタイ結婚してやるんだ!だからメアの言ったとおり友達ごっこはもうおしまいだ!これからはもうどうやったってメアとは友達にはなれっこない!」

 

まさかそんな言葉をぶつけられるとは思わなかったメアは目を丸くして目の前で怒鳴る、揺れる――おともだちを見つめる

 

「だから今日からあたしたちはライバルだ!兄上がそんなに欲しかったら…このあたしから兄上奪いとってみろッ!誰にもやらないけどなッ!」

 

きょとんとしたメアの顔に小さな牙を見せ咆えるナナの唾が吹きつけられる。

 

―――あの後、結城家(ウチ)へ無事に戻ったナナはリトにメアの心の(うち)を聞いた。

 

薄ぼんやりとした疑惑がくっきりと輪郭を帯び…ナナは自身の予想が正しかったことを知る。そうして得た結論を、目の前のメアに叩きつけるように叫んでいた

 

「いいか!ゼッタイ逃げるなよ!あたしは逃げない!」

「ぷっ、あははっ…それはせんぱいに言ったほうがいいんじゃない?」

 

首を傾げ無邪気に笑うメア、そのせいで何本かの朱い髪が口元に張り付く、ウルサイ!あたしは逃がさないんギャ!!とムキになってもう一度咆えるナナ、勢い余って舌をガチン!と噛んでしまう。あまりの痛みにのたうち回るナナとだ、大丈夫?ナナちゃん…痛そうでちょっと素敵、かも♪と心配しているのかいないのかわからないメア………ややあって弾けたように二人は笑った。

 

…そんな"新しい関係"を結んだ二人を見守る大小二つの影…

 

「…メアには困ったものですね、」

メアを襲った刺客三人をサクッと始末した金色の闇。

 

「何を困ってるってんだよ、お前は…いつも好き放題やってるじゃねぇか」

「それは勿論、アキト争奪戦…いえ、私に襲い掛かってくる程に嫉妬に狂う妹にですよ」

 

―――ヤミはこれまでの攻防でメアの心をしっかりと見抜いていた。多少相容れないものもあったが……

 

(まぁ姉とはどっしり構えているものです)

 

ふっと隣の秋人を見上げ溜息とともに呟くヤミ。木の影からひょこっと顔を覗かせたふたりはメアとナナを見守っていた。

 

「…ところで、本当に結婚するんですか?」

「え?、何?何も聞こえなかったぞ」

ふたりの視線はナナとメアに注がれたまま会話を続ける

 

「美柑と春菜に加え、古手川唯といい…今度はプリンセス・ナナ…最近はよくモテるのですね、春菜お姉ちゃんが知ったら大変ですね、アキト」

「え?何?また何か言った?何も聞こえなかったぞ」

「…まあ、私には何の関係もありませんが…そういえば今夜は焼き肉にすると春菜お姉ちゃんが言っていました、黒毛和牛だそうです」

「マジか!やっほう!」

「……都合のいい耳ですね」

メア達に固定された視線をジロリと傍らに立つ秋人を向け、見上げるヤミ……大きなサファイヤの宝石のような瞳は秋人の横頬あたりを見据える。

 

「ま、何はともあれナナとメアが上手くいって良かったよ」

 

柔らかく緩むアキトの頬、視線は笑い合うふたりに優しく注がれたまま

 

―――触れればまたあの幸福感。しあわせを味わえる

 

…固そうな印象を受ける引き締まっているアキトの頬だが意外にも柔らかいことをヤミは知っている。最近知ったのだ。

 

「あのメアをどうやって説得したのですか?」

「ん?ああそれはな…」

 

―――こっちを見てほしい、でも今は見ないで欲しい。でも。でも。でも。後もう少しだけ

 

「……という約束をしたワケで、ってなんだよ?」

「…ッ!?」

 

―――気づいたらアキトの頬にくちづけるように顔を、唇を近づけていた。図らずも此方を振り向いた秋人の唇とヤミの唇が微かにだが触れ合う。

 

ぱちくりと大きな目と目を合わせ固まるふたり。

 

―――なんでこんなコトに?

 

同じことを思ったがそれぞれ意味は異なっていた。

ヤミの場合は頬の感触をたしかめようとしただけ、くちづけるように顔を近づけたのは無意識の…興味本位だった。秋人の場合は病室でヤミの本心を知っていた為、まさかそのような事をヤミがするとは思っていなかったからだ。

 

夕焼け空が伝染したかのように朱に染まる小さな少女…キラキラの輝く金の前髪が秋人の鼻を擽った。

 

―――ええい!ままよ!

 

『ぎゅっ!と大きな瞳を閉じて自身の勇気の炎を焚き付けたイヴは、愛しい青年にその小さな花びらのような唇を近づけます。

 

そしてふたりの間は正しくなくなり―――イヴはかわいい仔犬にするみたいに、ちゅっと微かに唇を触れ合わせました。

 

たったそれだけ

 

たったそれだけの筈なのにイヴは、今までの短くない生涯を振り返っても受けたことのない衝撃をその身に感じました。

 

こんな感触、こんな衝撃、こんな味、こんな感覚。

 

唇は鋭敏すぎて―――心はもっと敏感でした。

 

これではこの小さな身は、ヒトより頑丈に作られた身でさえあっても。

 

これでは…

 

これではとても―――

 

 

「…もち、ま、せん…」

「…………は?」

 

今だに目の前にあるヤミの顔を見つめる秋人は(ほう)けた声を出した。

シュッ!と空気を切って秋人から離れるヤミ……見ればいつもと変わらず……どこか柔らかい印象を受ける無表情。

 

「早く帰ってきてくださいね、アキト。昨日も中途半端で抜けだしてお姉ちゃんも怒ってましたよ髪をきちんと乾かしてから行って下さい後から大変でした散らかさないでいって下さい苦労するのは私ですあと今日の焼肉用のお肉は既に買ってきてありますから買わないで下さい野菜もちゃんと食べて下さい」

「…ハイハイ」

 

はい、は一回にして下さいとさらに(まく)し立て、天使のような羽を羽ばたかせ去っていくヤミ。

秋人はその背に微笑む。くるりと此方に背を向けた時、確かに見えたのだ、しあわせそうに微笑むイヴの顔が。……多少だらしなく口元が緩みすぎていた気もするが。

 

「さてさて…どうしたもんかね…お兄ちゃん困っちまったぞ、春菜、」

ボリボリと髪を掻く秋人だけがひっそりとその場に残された。

 

皆の計画はそれぞれ、ゆっくりだが、確実に進んでいた。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/24 台詞改訂


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

59.ロリしすネメたんの献身

60.兄上といっしょ

61.強敵への宣戦布告、切なさブラックアウト




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【日記】"暗黒王子と桃色の姫"Ⅱ

Day 6

 

今日のレッスンは「年上の彼女」を演じること。「年上、といえば眼鏡の女教師とかでしょうか?ドジっ子とか?」「バカ、それじゃキャラかぶるだろ」と返される。ムム。

 

「取り敢えずコレやれ」と渡される台本を読む。ナニナニ……新婚だったが旦那は海外へ出張、昔の母校へ赴任してきたクールで清楚な女教師、高校時代の恋人に似た風貌の主人公に密かにイケナイ想いをつのらせ…なるほど。

 

「ではこんな感じでしょうか…あーあー、いきますよ?」

 

【女教師モモ】「あら、結城くん?シャツがはみ出てるわよ♡イケナイわね♡センセイが…あぎゃっ!」

 

はたかれた。

 

はたかれた………ですって…――――この私、モモ・ベリア・デビルークが…プリンセス・モモが……それに二度も……銀河のプリンセスですよ?Tシャツやら汚いパンツやらたたまされた挙句この扱い…ブチ○されたいんですか…?と、怒りに震える私の尻尾をくりくりと刺激される、ああんッ!この人…凄い……上手…ッ…!

 

オシオキされてしまいました

 

「いきなり好感度MAXじゃねーか、それとどこがクールなんだよ」

…ぐぅっ正論…

「いいか、これから間違えたらオシオキするからな?今みたいに。身体まさぐられたくなかったらちゃんとやれよ?」

 

それは嫌!……でもあのテクニックは間違うたびにもう一度…オホン。全く役柄を理解してなかったらしい。クールな年上は難しいことが分かった。

 

Day 7

 

今日のレッスンはえっちぃシチュエーション。ギロリとお兄様(ウザ)を睨む

 

「いいか、メインヒロインやりたいなら多少は我慢しろっての」

 

から始まる。ナニナニ…王子様とお姫様…お姫様は外交で隣国であり、長きにわたって戦争をしていた国に友好と和平のために恋人に黙って嫁ぐことに。なるほど、うぅ、切ないですわね、というよりコレこそ私が望んでいたものです!ナイス!お兄様(ちょいきゅん)さてさて…あれ続きは…?

 

「どっちがいいんだ?イヤイヤやるのと純情ものと?」選べるのですか?の私。

 

「まぁリト狙うなら純情物がいいんじゃないのか?寝取られものは良くないだろ?ちなみに隣国の王はブサイクでおデブ男と相場が決まってる」

と淡々とお兄様(せんせいっ!)

「ええぇー!そんな汚い男絶対嫌です!」「となると、純情物…俺がお姫様の真の恋人役になるわけだが、それは嫌じゃないのか?」それも嫌です。と即座に応える。「どっちか選ばんかい!」……ああんッ!また!またぁ尻尾を…だめぇ…モモの心読んじゃらめぇ!!…あぁっ、お尻もらめぇ…!やっぱりお兄様(ラブ)…凄いっ……自分でするのとはぜんぜんちがって・・・・・ああッ…!またぁ…ッ…イッちゃ…

 

またオシオキされてしまいました。

 

Day 8

 

【ピーチ姫】「ごめんなさい、オータム、この度わたくしは嫁ぐことに決めました」

【オータム】「そんな…!ウソだろ!?ピーチ姫!ウソだと言ってくれ!」

【ピーチ姫】「今宵が最後の逢瀬……炎のように抱いて下さい……」

【オータム】「ピーチ姫…」

 

かぁぁあっと!叫ぶ私。なんだよ?とお兄様(鈍感)

名前をなんとかしてください!感情移入できません!なんですか!ピーチ姫って!毎度さらわれてしまうキノコ困らせるの大好きで男の趣味サイアクのあれですか!?「ああん?なんて失礼なこと言うんだお前は」ああっ!さわらないでくださいっ!またぁっ!だめぇ!そこぉ…♡

 

またまたオシオキされてしまいました。

 

「リトに悪いし、なにより俺じゃ嫌だろうと思って気を使ったってのによ」と真顔でお兄様(鈍感!)

「ああ?なんだその目は、演技指導してやってる俺に対して…生意気な目しやがって」「…ああんっ!すごいっ!上手ぅ…らめぇっ!らめなのにぃ…♡モモは…リトさんのなのにぃ…!…はぁんっ!ピーチ姫のピーチもっといじってぇっ♡おにいさまぁっ!おーたむぅうっ!……」

 

またまたまたオシオキされてしまいました。

 

結局、なんとか言いくるめて名前は「王子」と「モモ姫」になった。

…まぁ髪の色からしてお兄様(ラブ)はさしずめ「暗黒王子」かしら、私は名前のままで。ピーチ姫はイヤ。

 

 

Day 9

 

「うむ、なかなかイイ演技するようになったな、台詞に感情が籠もってる。喘ぎ声も悩ましげだし…そそるぞ」

「うふふ♡お兄様のお陰です♡」と微笑む私。そりゃあもう鳴かされ啼かされイかされましたから、そりゃあ何度も何度も数え切れないほどに♡

 

「んじゃあの計画たのんだからな?」……あ、と気づく。そうだった。お兄様(激ラブ)は私を残して……正確には春菜さんを残して、消えてしまわれるのだった…

 

どうすれば……

 

この日のオシオキは一番切なかった。

 

 

 




2015/12/25 台詞改定


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Re.Beyond Darkness 13.『夏物語のプロローグ~ Beginning Rain ~』

 

 

その日は雨が降っていた。

 

 

「結城さん、いっしょに帰ろう」

「…うん」

 

しとしと…と地に落ちる雨つぶたち。夏の夕日を奪い隠す分厚い雲。

 

雨の日は髪が湿気で纏まりが悪い。洗濯物を外に干せない。湿気と気温でカビが生える。

ウチへと篭りがちになる。食材だってすぐ駄目になる。などなどなど……―――憂鬱。陰鬱。

 

―――――これじゃ咲いてた花も散っちゃうな、折角キレイだったのに……

 

庭の花壇に咲いたオレンジ色のペチュニアの花。またの名をツクバネアサガオ。大切に育てていたそれ、その無残に散った未来を思い浮かべて一度溜息。

 

朝のニュースの大雨注意報。

グラウンドには薄い水の花びらがとろどころに落ちてる。形も不揃い、茶色くちっともキレイじゃない。

 

代わりに赤い小花を咲かせましょう。と、スイッチを押せばシュバッと空気をきって膨らむ音。それを合図にマリンブルーやレモンイエロー、水玉模様などなど、カラフルなビニール花たちが咲きだし、グラウンドへ飛び出していく―――――大小様々なその花達は雨を弾き、笑顔を振りまき、ウチへと目指し、駆けていく―――。

 

しとしと雨の中を一人(・・)で帰る。

 

今日の私の沈んだ気持ちと今日のお空はぴったり一緒。重くて深い鉛色。

――其処から落ちる…私を濡らして困らせよう、と透明な妖精の雫…まったく可愛くない。

 

傘を上手に傾けないと髪も服も濡れてしまう、すぐに洗濯しないと色が落ちたり、染みになったり…おまけに足元に気をつけないと靴下が…脚が濡れて気持ちが悪い。ぱしゃと水たまりに足を突っ込んだ。ほら、思った傍から―――――靴に染みができていく。

 

「…結城さん、機嫌…よくない?」

「…うん」

立ち止まり足をハンカチで拭う、泥まで靴下に跳ねている。

 

―――サイアク、

 

重い空を見上げ悪態をつく―――――ざあざあと私に文句を返すように雨が強くなってきた。

 

「あの…結城さん、もしかして聞いてない?」

「…うん。」

 

―――秋人さんに逢えていない。逢えない時間が続いてた。

 

その切なく重く長い時間は私の喉をつまらせる。胸がとっても痛くてくるしい。(さんそ)を求めてクチをパクパクさせるけど、たりなくって…頭の奥で光がスパークするほど息苦しい。まるで冷たいプールに躰を沈め、じっと息をこらえてるみたい。

 

「あの…結城さん、僕もいるんだけど…?その…ね」

「…うん。」

 

…そんな切なくてくるしいときは秋人さんとの想い出に浸る。ほんの少しだけ気持ちは暖かくなり重く冷たい寂しさの氷はゆるゆる溶ける……でも、それも僅かな間だけ。すぐにソレまで以上に寂しさの欠片が集まり、凍って膨らんで……産み落とせるなら赤ちゃん5,6人前産んじゃうかもしれない、…"5、6人前"って…コレじゃなんだか鍋料理とか、そんな大皿ものみたい。自分で自分の考えに、ふふっと可笑しく笑っちゃう

 

「か…かわいい…僕の彼女はなんてかわいいんだ!」

「…は?」

"彼女"聞き捨てならない言葉。…誰だっけ?っと隣の同級生を見る。性別男子。

 

「えーっと……C組大好(おおよし)です。」

 

…どなた?

 

「えっと…前に結城さんにオッケー貰った…その…」

 

…ホッケー?スポーツ?それともお魚のホッケが好きなの?グロテスクだよね。美味しいケド

 

「結城さんの…彼氏に…ぐあああああ!!」

うるさい。うるさい口には好評発売中の美柑激おこアンブレラアタック。…ワザと気づかないフリしたにきまってるでしょ、察しなさいよね

 

「痛い…ひ、酷いよ結城さん…また傘で口をつきさすなんて…僕、何もしてないのに…」

「…そうだね、ごめんなさい」

 

―――確かに傘で人を突き刺すなんてよくないよね。ヤるなら自分の手で直にヤらなきゃ

 

「あ、いや、いいんだよ!…きっとぼくと一緒に帰れて照れてるんだよね…えへへっ…ごあああああ!」

うるさい。うるさい顔には新発売の美柑ファイナリアリティぷんぷんドリームアンブレラストライク。誰がオマエのようなウソイケメンにデレるもんか

 

「うぅ酷い…結城さん…付き合ってるのにぜんぜん僕に優しくない…」

…そうだった。コイツあたしの彼氏だった。そういう関係にしたんだった。初めてソイツ…大好(おおよし)くんを意識に入れる。―――――隅のほうに、だけど。

 

はぁ…本当なら今頃…

 

「大好くん、あのね…実は私―――――」

 

また雨が強まった。

 

 

1

 

 

「お兄さん。この日、空いてますか?」

「ん?いつだ?」

ココですココ、と壁のカレンダーを指差す美柑。赤く色づけされたその日は祭日だった。

 

「おう、空いてる」

「愛してる?」

「おう…ん?」

「……なんでもないですよ、お兄さん…はも」

 

うふふと頬を赤らめ微笑む美柑が咥え直す。中断されていたそれは唾液でぬらぬらと光っていた。埃っぽい薄暗い空間、昼間だというのに、良くないよなこんな事……いや、昼だからイイのか。

上目遣いの美柑と目線が交わる。なんだか色っぽい、頬、汗。ちょっとあついな、なんでこう中は狭いのかね

 

「…では、この日一緒に…じゅちゅ…じゅる…」

「特にやることないしな、お、うまいな美柑」

お金を払ってこの場所でちょっと御休憩。ムラリとしたので二人で立ち寄ったのだ。勿論貸し切り、俺達以外に人は居ない。

 

「おいし…じゅるる…!んじゅぶぶぶ!…んじゅ…おいしいです…」

「おう、たまには俺が先にイこうかね」

「はい…いつでも…んじゅ!じゅるる!じゅぶ!」

どうですか、と期待を込めた瞳で見上げる美柑。おう良いぞ、と微笑う。

 

「んじゃ俺が迎えに行く(・・)な」

「はい。いつもの待ち合わせ場所で」

 

美柑はアイスを食べ終えた。ボロくて狭いおまけに古い駄菓子屋でよく売ってる、二つに折るアイス、チューペットは強く吸わないと出てこない。

 

「楽しみにしてますね」

「そうだな、買い物ねー」

 

美柑が「今度買い物に行きましょう、お兄さん」と、相談事の後でそう言った。

家族のヤミを気遣ってくれる美柑だ。こっちも美柑に報いてやらないとな。

 

「そういや何を買うんだよ?」

「…ふふっ、それは後でのお楽しみってやつです」

 

ぷうっと息を空の容器に入れ膨らませる美柑がちらっと上目遣いの目線を投げかける。

小さな舌をだして名残惜しそうにぺろぺろ舐めているが…もう出ないぞ?

 

という感じで決まった二人の祭日デートだったが、その日は生憎の雨模様。だけではなく…―――

 

 

2

 

「特別補講ぉ?」

 

シャープペンシルを唇に押し当てスケジュール帳をニヤニヤと見つめていた美柑に受話器がトゥルルル…と話しかける。それは無情なる新たなタスクで、丁度見つめていたハートマークの位置への追記事項であった。

 

「あんの眼鏡…」

『美柑ちゃん何か言った?』

「なんでもなーい」

机から立ち上がり、サッ!とカーテンを開く。ガラス窓に映る半透明な、不機嫌そうに眉を寄せる自分の顔が映った。

 

「で?なんとかならないの?ソレ」

『え?なんとかって?』

「だからやったことにして済ませるなり、フザケた教頭(ハゲ)をブッ飛ばすなり、その他モロモロだよ」

『ヒッ!美柑ちゃんこわいよぅ…サチのやつぅ…こうなるの分かっててあたしに"美柑への連絡はアンタしかいないのよガンバ"って…うぅ…』

 

乃際真美…まみちゃんは恨みがましく泣きそうな声を出した。たぶん本当に泣いてるのかもしれない、鼻を啜る音が受話器から消えてくるから、ちょっと可哀想かな……でも本当に可哀想なのは私の方だよ…

 

はぁーと零した息が目の前のガラスを曇らせる。半透明な不機嫌に泣きそうな私も曇る。

なんとなく、傘の絵を書いた。ここのところ天気はずーっと晴れていて、いよいよサマー、夏到来!と言った抜けるような青空の日々ばかり。雨なんて余程のことが無いと振りそうにも無かった。すぅうーと、曇ったガラスが縮んでいく―――慌てて私は続きを書いた。

 

みかん あきと

 

と傘の下にならぶ文字。ニヤニヤと笑う私の…透ける私の顔の真下辺りに作られた愛愛傘(・・・)

 

『美柑ちゃんは日直と今度の町内清掃会の話し合いもあるから絶対来るようにって先生が…ヒッ!』

ガギギッ!と悲鳴を上げる受話器。ほんのすこしのいい気分が新しい煩わしい情報で台無し。

 

分かった、行くよ…、それだけ呟き、会話を強制終了させる。すぅーっと消えていく相合傘、あとには何も残らない。泣きそうな半透明人がいるだけ

 

子機をベッドに叩きつけると美柑は"秋人さんと初デート記念日"とでかでかとハートマークで囲われたスケジュール帳を折りたたみ、ベッドへ倒れこむ。下敷きにされた子機はもう一度か細い悲鳴を上げたが不機嫌全開の美柑には関係ないようだった。

 

 

3

 

「どう思います?リトさん…」

「うーん……やっぱり最近の美柑…おかしいよなー心ここにあらずっていうか…」

 

リトとモモの二人は部屋で紅茶を飲んでいた。確かに此処のところの美柑は不機嫌さを隠すこと無く毎日を過ごしていた。つい昨夜もリトの茶碗を"手が滑って"豪快に壁にブチ叩きつけ割ってしまっていた。リトは恐怖で戦慄した。…オレ何かした!?と、思い当たるフシがある…ついこの間も美柑のトイレに突入してしまったり(爆熱美柑フィンガーをくらった)真っ暗闇のリビングでナナとヘンな体操をしているところを目撃してしまったり…と、あれ、おかしい。その後の記憶がナイ…、リトの背中を冷たい汗がつたう

 

「もしかして学校関連で悩んでいるのでは?人間関係とか、勉強とか、美柑さんもお年ごろですし…」

「悩み、あのしっかり者の美柑が…」

「美柑さんもお年ごろですから、リトさんには言えないような…そうですね、例えば…」

 

【CASE.1】

『はぁはぁ…お兄ちゃんのパンツ…すんすん』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳をリトのパンツに向け嗅ぐ美柑

 

【CASE.2】

『はぁはぁ…お兄ちゃんの使用済みお箸…じゅる…』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳でリトの箸を舐る美柑

 

【CASE.3】

『はぁはぁ…お兄ちゃんの…ゴクリ』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳をリトの…に向ける美柑

 

【CASE.4】

『はぁはぁ…お兄ちゃん…お兄ちゃん……おにい、ちゃぁああああんっっっ!!!』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳をぎゅっ!と閉じてリトの枕を抱きしめ達する美柑

 

「…という感じに」「それはないんじゃないかな?」

パッとスクリーン表示された美柑のあり得ない痴態の数々。

 

「これじゃただのヘンタイだろ…校長より酷いと思う」

「え"…そ、そうですか?それもそうですね!これはタダのヘンタイでしたアハハハ…」

真顔でそう述べるリトにモモは顔を引き攣らせ、乾いた笑い声を響かせる。自身の行為を参考に制作したものがまさか純情純粋なリト(最近はそうでもないが)にヘンタイ呼ばわりされるとは思わなかったのだ。

 

「なにはともあれ私にお任せ下さい♡リトさん♡」

「え…う、うん。頼むよ、モモ…」

くるりと踵を返し部屋を去っていくモモ…後ろ姿…ちろっとリトはモモのキャミソールワンピから伸びた白い生脚を見た。おいしそうに揺れる小さなお尻を見た。思わずゴクリと喉を鳴らす。

 

「…あ、それとリトさん、リトさんから私に触れちゃダメですからね?」

「あっ!?えっと!見てないぞ!?」

 

その音が聞こえてしまったのかと慌てるリト、思わず椅子から立ち上がってしまい―――

 

「…なにも見ちゃダメとまでは言ってませんけど……」

 

くるりともう一度踵を返しリトに向き直るモモに、見られてしまう

 

「あら…♡」

「あ!?いや!違う!モモ!これは…!!」

 

まぁリトさんもお年ごろのオトコノコですから♡とクスクス微笑むモモにリトは小さく萎縮するのだった。

 

4

 

昨夜はやけに蒸し暑かった。むしむしとした熱帯夜、たぶん今日の天気が雨だから、そのせいだ

汗でべとついて気持ちが悪い。ホントは朝からウキウキのはずで、朝のシャワーはオシャレの為の大切な準備…のはずだった。

ホントは今日はデートだった。この日に私はどうしても秋人さんに逢いたかった。だって今日は…

 

 『七夕』

 

それは1年に一度しか逢えない切ない恋人たちの記念日。織姫と彦星の逢瀬の日。

 

そんな記念の日…その日に朝から買い物デートしたかった。浴衣を買って、そのまま着替えて、そして二人でしっぽり縁日へ……って私のプラン。でもそれも台無し。なーにが特別補講よ、まったくあんの眼鏡め…お父さんに頼んでファンであるらしい漫画の主人公を爆死させて貰おう。それとも"おれたちのたたかいはまだまだこれからもつづいていく!"とかいって終わらせてもらうか、それじゃウチが経済危機に落ちちゃうか……それとも最近Hな目でモモさん、ララさんナナさん、ルンさんなどなど周囲の女性を見るリトみたいな隠れスケベなキャラクターに改変とか。……あまつさえ私までやらしい目で見た時はもう本気で…

 

苛々な気分を冷たいシャワーで流す。結局七夕デートはナシにして、また今度になった。だってハジメテのデートが補講で疲れた後だとか、お天気サイアクとか、縁日も終わり間際とか、そんな悪い状態…想い出にしたくなかったから。もちろん秋人さんとデートできないのは非常に甚大で深刻なダメージを私に与えた。だからこっそりちょっとだけ夜に逢う。そういうのもまた好き。秘密の逢瀬には…暑いからまたアイスでもイイかもしれない。ナカにだされるあの感覚はたまらなくいいものだ

 

「ん?私の下着…パンツこんなのだったっけ?」

しげしげと見慣れない純白のパンツを眺める。……あやしい。なんかヘンに湿ってない?コレ

 

(私の勝負下着は黒の上下ガーター付きだし…最近はこんなコドモッポイの履かないし)

 

「まぁいいっか、」

取り敢えず今日はコレで、と。

 

5

 

すやすやと眠るララを見つめ、ピンクの髪を撫で梳いてやる。艷やかさで蛍光の光を反射し、天使の輪っかのような光の輪がララの髪の上に浮かび上がっていた。細く長いその髪は主の無邪気で天真爛漫な性格に反して繊細で丁寧な扱いが必要に思えた。けれど全く傷んでなどおらず指に絡みついて引っかかりもしない程柔らかく、そして撫で梳けば何とも言えない甘い匂いがふわりと香る

 

ララ、俺、春菜の順に座る三人用のソファは既に定員いっぱいで、ララは窮屈そうに仔猫のように身体を丸めている――だがその狭さが眠るプリンセスには心地よさそうだった。

 

ンンー……

と満足そうな寝息。俺の膝に擦りついてそのまま眠ってしまったララ。その頬と顎を撫でてやると口元に小さく笑みを浮かべどこか満足そうだ。「もっとして」とでも言いたいのかを膝の上でウンン、と溢し身じろぎする。愛らしいその仕草は彼女のいつもの性格とかけ離れた、控えめな主張で見る者の微笑みを誘う。それは膝枕をしてやっている俺も例外ではなく――――

 

「ふふっ…ララさん、しあわせそう」

 

くすっと微笑む春菜も眠るララを見つめ、飲みかけの紅茶を片付け始める。

 

「まったく、大きな子どもだよな」

「…お兄ちゃんは人のこと言えないと思います」

 

失礼なやつだな、と春菜をじっと()めつける。ぷいっとそっぽを向いてソファーを立ち上がる春菜……しらないもんってか、視線を受け止めもしやしない。前に「ララさんがお兄ちゃんに甘えるのはなんか許せるんだよね、やっぱり大切なお友達で…姉妹だからかな?」なんて言ってたけど、ララにこうしてやってから落ち着かないようにチラチラコソコソ視線を投げかけてるのはお兄ちゃん気付いてるからな

 

―リトとケンカしたー!リトのばかばかばかばかばぁあああかー!

 

とデビルークの正装姿で飛びついてきたララ。

 

祭日の正午。雨だったので外へは出ず、春菜とふたりでのんびり紅茶を飲んでいた。ちなみにヤミは「…アキトに読んで貰いたい本があります。すこし図書館へ行きますので………お姉ちゃん……私が居ないからといってアキトとイチャコラしないように。いいですか?春菜お姉ちゃん、最近ドが過ぎますよ?西連寺家(ウチ)の風紀を乱さないように」と春菜にしっかり言い聞かせると飛び立っていった。

「もう、分かったってばヤミちゃん」苦笑いで頬を掻く春菜()…"風紀"とか、唯が教えたのか……ヤミがツンツンになったらどうするんだよ…それにしても情けないぞ春菜、一体どっちが姉なんだかね―――――

 

ぽんぽんとララの頭でリズムをとる。なんとなくだが、悪い予感がするのだ。どうか早く起きてほしい。ぐーすかぴーと無邪気に眠るララは一向に起きる気配はない。

 

ララはこうして俺以外の誰かが居ると途端に子供っぽくなる。二人きりで話をするときは聡明で、高貴な魅力を放つ王女の顔を覗かせるのだが……相変わらずララはよく分からん。

 

「そういえばララさん、今日がお誕生日なんだよ?識ってた?お兄ちゃん」

「あー…へぇーそうなのかー、いやぁ識らなかったなぁHAHAHA」

 

ララの頭を撫でながら思案している秋人をジトぉ…っと見つめ、ホント?と問いただす視線を向ける春菜。分かっているくせに案外人が悪い。

 

――随分図太くなったな、春菜…その髪留のように白百合のような清純清楚なヒロインなんだよな?手に持ってるティーカップちゃんは片付ける為に持ってるんだよな?投げつけるつもりじゃないんだよな?お兄ちゃんは信じてますよ?

 

「今日の夜にはデビルーク星からお母さんが会いにくるんだって、久しぶりにママに会えるってララさん喜んでたよ?私と結城くんはもうプレゼントあげたけど…誰かさんには既に貰ってたらしいね、とーっても喜んでたよ、そういえば何か相談事…というかお願いだったかな?ママにするんだって言ってたけど…そういえばナナちゃんもそんな事を………何かなぁ…ね、すごぉく気になるね、お兄ちゃん」

 

――可愛く小首を傾げふふっと微笑、パァアッ……!と後光が射した気さえする。何も知らない男が見たら即座に恋に落ちていたことだろう。(そんな奴は勿論許さん)女神か何かだったのか、春菜…そんな表情(かお)、あの夕暮れの再会以来だな、でもあの時は手に裁きの天秤は無かった気がする。なるほど、ここは法廷だったのか…ならばきちんと弁明しないといけないな

 

「ン…おにいちゃんのちゅう…」

 

―――――最悪だ。

 

なんてタイミングの悪さ…ララ、お前ホントに寝てるんだよな?楽しそうに緩む口元の笑みはさぞかしい良い夢を見ていることだろう

 

「ふーん…ね、秋人お兄ちゃん…ううん、秋人くん、秋人くんはララさんに何をシてあげたのかなぁ?」

 

変わらぬ眩しい女神の微笑は既に判決が決定されている事を示している。

 

《異議あ「却下します」り!》

《情状酌量の余地が「ありません」》

《被告人は深くはんせ「してません」》

 

外から差し込む朧げな日差しが窓辺に立つ春菜の…透明感のある白い輪郭、その微笑に異様な凄みを与えている

 

「最近なんだかお兄ちゃん…モテモテさんだね、まさかヤミちゃんにまで手をだしてないよね?」

「そりゃ…――――――――」

 

だしてないぞ――――

 

と視線を外し、戸惑わせてしまう。

 

―――あのキスの意味は俺にもよく分かっていなかった。正直、持て余していたのだ。

 

「…。」

 

春菜はもう何も言うつもりも無くなったのか、もう一度俺の隣にちょこんと居直した。

 

春菜としてはそこまで本気で責めているわけではなかった。だがこうまで自身の一番大切な、一人占めしたい程大好きな秋人が女の子に人気があれば気になる、戸惑った視線に悲しくなる。一緒にいる時間は優越感と共に心は複雑なのだった。

 

―――それに何よりまだ私は秋人お兄ちゃんに…―――

 

「……最近お兄ちゃんはヤミちゃんにばっかり、他の女の子にばっかり優しいんだもん」

「拗ねるなよ、春菜」

「お兄ちゃんのせいだもん、お兄ちゃんのばか」

 

春菜が不機嫌(お兄ちゃんなんかしらない)モードから甘えん坊(お兄ちゃんのばか)モードにシフトチェンジしたことを見とって秋人は春菜をゆっくり抱き寄せた。

 

…繊細で華奢な躰、靭やかなそれは女らしい曲線を保ち細い腰のくびれは見とれるほどに美しい。

 

肩に頬を寄せる春菜…その艶とこしのある髪をくしゃりと撫でる、ぱらぱらと零れた一筋の髪が薄い唇に張り付く――――その扱いの悪さをララの時と、優しく撫で梳いていた時と比べ不満だったのか春菜は秋人の首筋をぱくっと甘噛みした。痺れる甘い刺激。ちゅっ、ちゅっ…と噛んだ朱い跡に口付けられる――――――

 

"お兄ちゃんはわたしのもの"か、……言葉にしないところが春菜らしいな――

 

苦笑いをした秋人は春菜のおでこに"キスをやめなさい"とキスで返し、今だ口元にある数本の髪をはらいのけてやると―――

 

「春菜には感謝してる」と口にし、微笑った。

 

「…―――」

 

うっとりとまつげを震わせる春菜は問いかけるような視線で見上げる。促される形で秋人は答えた

 

「俺がこうして楽しくこっちで暮らしてるのは春菜のおかげだからな」

 

と目を細めてもう一度微笑む

 

…―――窓の外では今も止まぬ本降りの雨、灰色に染まる彩南の街並み…すでに見慣れ、住み慣れた風景……遠き故郷の事はもう、何も思い出せなかった。虫食いの記憶も、少しずつぼんやりと…だが確実に無くなっていくのが分かる。

 

―――望んでいたことであったが、それでもやっぱり不安で心はどこか不安定だった

 

(どこか自分で無くなる気がして)

 

瞳に気持ちが表れないようゆっくりと閉じる。静かに唇を春菜に近づける。春菜も震える瞳をそっと閉じて唇を差し出した

 

――毎回の事なのにどうしてこんなにどきどきするんだろう――

 

ふたりは同じことを考えていた

 

躊躇うように重ね、触れ合う一度目。それから柔らかい熱の感触を確かめるように啄む唇。二度も三度も甘く噛み合い――心を重ね、見つめ合う。

 

「ん…ふぁ…私がこんなに楽しく暮らせるのはぁ……あきとおにいちゃんの…あきとくんのおかげ、だよ…」

 

甘い快感に蕩けてきた春菜は掻き抱きたい秋人を見上げ、腕を背に回し抱きしめることで押しとどめる。

 

――高まり続ける愛しさと切なさは、それだけでは済みそうになかったから

 

「………春菜は今、しあわせなのか?」

 

何気なく口をついた言葉に、秋人はいつの間にかたくさんの意味を紛れ込ませしまっていた。

 

――少しの寂しさ、少しの戸惑い、複雑でそれでいて単純な心とその表情を愛しい――

 

と、ふたりはまた同じく思った。

 

答えない春菜はあの夕暮れと同じく、秋人の頭を優しく愛おしそうに胸に抱く。(あふ)れ出た愛しさの雫は瞳を閉じたことで一筋だけ、流れた。

 

何かを口にしてしまえば、言葉がずっと続いてしまう―――もちろんだよ、しあわせだよ、お兄ちゃんが居てくれて、皆が居てくれて、わたしはとっても、とってもしあわせだよ…―――秋人お兄ちゃんは……秋人くんもそう…?…向こうへ帰りたいって、向こうの世界が良かったって…あっちに居たほうがしあわせだったのに…って後悔してない…?―――

 

そして自分の中の大きくて、両腕では抱えきれないほどに大きくて、暖かくも切ない愛をうまく言葉にする(すべ)を春菜は持っていない――――それがダメなら、ただ黙ってこうするしかない。

 

そしてこうして全身で、体温で、鼓動で伝えるほうが正確にまっすぐ届けられるような気がした。

 

「(―――好き……大好き、ずっと一緒にいたい)」

 

秋人のつむじに唇を押し当て口を塞ぐ。

それでも勝手に声は溢れて――――――その事に春菜は気づかない

 

気付いてはいなかったが、これ以上溢れないように今度は秋人の唇で自身のそれを塞ごうと抱きしめる腕を緩め、見つめ合う。

 

涙に揺れる同じ色の瞳と瞳が、互いだけを見つめとらえている

 

二人の胸の高鳴りが、雨音が響く部屋の中に大きく広がってゆく錯覚。

 

二つの唇が、それぞれの想いをのせてゆっくりと近づいていく―――

 

じ~っ、いーなぁー、いーなーいーな

 

――――ララか

――――ララさんだね

 

二人は繋がった心の中で、そう声を掛け合った。

目を瞑り、お互いの唇をあと数センチの位置でピタリと止めたまま。

ふたりの落ち着いた神秘的な雰囲気は、一瞬で霧散してしまう。

無論―――自身の痴態に気付いた、恥ずかしがり屋の白百合姫によって。

 

ちっちがうよ!?ララさん!?これはリビングの妖精さんのイタズラがね?目にゴミが入ってね?!とワケの分からない言い訳(?)をする真っ赤に震えあわてるりんご、春菜。…痛い、突き飛ばさなくてもいいだろ…ったく

 

目の前で妙な説明を捲し立てる春菜。ん?お兄ちゃんの目を見つめると幻術にかかってえっちぃ感じになるよう操られてしまう?術を使うと徐々に視力がなくなって?…よくそんな事思いついたな春菜…呪いを解くにはキスが必要不可欠?…呪われててたのか…俺…ララはそれにふんふん、うんうんと楽しそうに黙って頷いている。

 

 

―――同刻、幾つかの宇宙船が彩南町上空に現れる。

整列する無数の黒塗りの戦闘艦、優美なラインで描かれる豪華な一つの艦を護衛するように菱型陣形で取り囲み、その艦がどれだけ重要であるか周囲に威嚇していた。正確に言えばその艦が重要なのではなく、その中で優美に佇む"絶世の美女"が重要なのであったが…また別の箇所にも幾らかデザインの異なる宇宙船が現れる。

 

…既に一足早く彩南へ上陸していた宇宙船の持ち主は()を求めて雨の街を彷徨っていた。

 




感想・評価をお願い致します

2015/12/17 情景描写 モノローグ改訂

2016/01/24 情景(キス)描写 モノローグ改訂

2016/02/29 文章構成改訂

2016/04/13 文章一部改訂

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】


0.傷心模様なメランコリー

1.真昼の契りの行く末は

2.急転直下のデプレッション

3.藪蛇ガールと墓穴なボーイ

4.取れぬデートの胸算用

5.解けない呪いに隠した気持ち





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【日記】"お兄ちゃんすくすく成長日記"Ⅰ

お兄ちゃんすくすく成長日記 その1

 

執筆者 西連寺春菜

 

○月☓日 晴れ

 

今日の献立は『かぼちゃの甘煮』すりごまをまぶしたり、マヨネーズで和えてサラダにしても美味しい。"かぼちゃ"はカロチン豊富で免疫力を高める働きがある、緑黄色野菜。

 

「は?なんで肉ないんだよ肉…」なんて言いながら私を見てきたお兄ちゃん。まったく、いつまでたっても子どもなんだから…「全部食べたらいいもの(・・・・)あげるよ?」と笑顔で頭をなでてあげる、すると「ほんとだろうな…?」なんて訝しげに私を見たあと目をぎゅっ!と閉じて食べるお兄ちゃん。「あ、うまい」…でしょ?と緩みつつある頬を抑えながらお兄ちゃんを見守る、とっても可愛い…けれど、やっぱり男の子として、もうちょっとカッコ良いところも見たい、我ながらワガママだと思う。でもいいよね、私、妹兼奥さんだから。今日からお兄ちゃんには女の子がどういうことをされたらキュンとするか教えて、実践してもらうことにしよう。…もちろん私にだけ。いいものはキス…じゃなくって追加のかぼちゃでした。

 

○月☓日 くもり

 

今日の献立は『ニラ玉うどん』つるっとしたうどんにシャキッとしたニラ。身体も暖まって消化もいいお手軽料理。お兄ちゃんは美味しそうに食べて2回おかわりしてくれました。焼き肉を具にしたおにぎりはもっといっぱい食べてたけど…

 

"んんー!と背伸びをする一人の女の子、図書館。図書館ってとっても高いところに重くて分厚いハードカバー本があるから取るのがとっても大変…あと、もうちょっと…スッと割り込む手、取られる女の子の取りたかった古びた本。「…これか?」振り向くとそこにはおにい…秋人先輩。距離が近い、「…これじゃねぇのか?」とその胸に押し付けられる本、女の子は颯爽と去っていく憧れの先輩の背中をぼうっと見つめて…"

 

「おい、待て春菜、ストップ」中断させるお兄ちゃん。なんだかとっても疲れた顔。どうかしたの?って首を傾げたけど、お話とイメージの参考にって書いた"私のお兄ちゃん"の絵、その目がキラキラしてるのと白いシャツの襟が開きすぎてるのが気に入らないみたい。…だってお兄ちゃん、私から見るとこんなだよ?って言ったらますます疲れた…嫌そうな顔するお兄ちゃん。…そんなに嫌なのかな?テーブルに頭をごんごんってぶつけてウチの春菜が…ウチの春菜が…なんて言ってるけど…

 

お兄ちゃんカッコ良さ+3

お兄ちゃんの可愛さ+6

 

○月☓日 晴れ

 

"ブロッコリー"にはビタミンやミネラルが豊富で中でもビタミンCが高くて、調理も簡単で美味しいお野菜。

 

んんー!と背伸びをする私、キッチン。お塩がなくなったから補充分を取ろうと手を伸ばす…スッと割り込む大きな手。これってもしかして?!きゃー!さっそく実践してくれるなんて流石私のお兄ちゃん!高鳴る期待に振り向くとヤミちゃんがいた。親切にも変身(トランス)でとってくれたみたい。「…ど、どうかしましたか?西蓮寺春菜…」なんてちょっと引きつった顔の、最近家族になったヤミちゃん…肝心のお兄ちゃんはソファーに寝っ転がりながら結城くんのお父さんが書いてる漫画を脚をぱたぱたとさせながら熱心に読んでた。この日、お兄ちゃんのご飯は全部お野菜にしました。ブロッコリーは茹でてマヨネーズで和えれば食べられるから。たくさんの緑の小さな木たちに囲まれてお兄ちゃんは幸せだったと思う。おにいちゃんのばか

 

 

お兄ちゃんカッコ良さ-1

お兄ちゃんの可愛さ+1

 



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Re.Beyond Darkness 14.『ふたりの出逢い~Mother's~』

6

 

――――――何処に居るの?

 

その答えを求め見知らぬ惑星(ほし)を渡り歩き

 

――――――貴方は何処に居るの?

 

今度もまた同じ……ずっと貴方を探している

 

――――――無事で居て…どうか…お願い…

 

銀河を彷徨い、身を潜めて暮らし

 

――――――今も、アノ頃のように無邪気な……貴方で…

 

"サイナンチョウ"…其処に答えが、…貴方が居ると電子メッセージを受け取って、

 

――――――ほしいものは見つかった?…あなたの夢の…それに今はどうやって暮らして居るの?

 

だから今、こうして走っている、知らない街を…私を慕ってくれていた貴方に逢いたくて

 

――――――何処に……何処に居るの?

 

繰り返しの疑問、先ほどから振り続ける、雨…私の体の熱を奪い、冷たくひやす、あの子がぬくもりを求め、この胸にだきついて眠るのを思い返す

 

――――――イヴ……私のかわいい()

 

7

 

「ココにも居ない…ったく、どこいんだよあのちびっこめ」

 

縁日の始まる30分前になってもヤミはウチへ帰ってこなかった。この夏、初の浴衣を着て共に祭りへと、はりきって待っていた春菜は当然心配して"お姉ちゃん困っちゃう!"状態だった。ったく、困ってるのはお兄ちゃんだっての。土砂降りの雨のなか、こうやって探しまわっているのだ。まさか春菜に探させるわけにはいかないだろ……まぁ言っても聞かないやつだし、今頃は唯達と合流してみんなで手分けしてるのかもな

 

「図書館にも居なかったし…」

 

『ゴシックで、ロリロリな感じの女の子居ませんでしたか?立ち読み大好きな、はた迷惑な客の、狭い通路の邪魔になるオブジェと化した、あの』

『ああ、いつもくるあの…カワイイ金髪幼女か、萌えー!だよねぇひひ、いやぁ今日はみらんかったねぇ…それはそうと君もあのコのファンかい?写真買うかい?一枚1500円だよ?ちょっとムネチラしたやつ……安いだろう?あと1枚だよ、我々職員連中みんな彼女の…"官能天使やみーちゃん"のファンでねぇ……ああ、ナデナデしたい…膨らみかけをもみんちょしたい…でもなかなか隙がなくてねぇ…せめて写真でもと、そりゃあもうそこら中に監視カメラを導入して…うんたらかんたら』

 

―――ヤミ、もう図書館へは行くな、絶対行くな。なんなら壊していいぞ、むしろ壊せ。汚物は圧砕(あっさい)処分だ、本なら俺がバイトして買ってやるから

 

 

降りしきる雨、片手にもう一本…ヤミの分のピンク傘。こういう女の子っぽいものを春菜はヤミに次から次へと買い揃えた、少女が実はこういう歳相応のものが好きだと見抜いていたからだ。「…このような少女ちっくなもの…私には似合いま()ん」「噛んだな、プッ」「噛んだねお兄ちゃん、ふふっ」「…ソコっ!ニタニタ笑うんじゃありません!似たもの兄妹!」…と、嬉しさに動揺を隠せなかったヤミ……スゲーな春菜、お姉ちゃんってのは何でも見抜けるんだな、それとも女同士だからなのか?美柑もヤミについてはよく知ってるし

 

「ふぅ…ここも、ハズレか」

 

しとしとと降り止まぬ雨。強くなったり弱くなったり、それでも止む様子はない。

6件目の古本屋もハズレ、他にヤミが行きそうな場所……は、やっぱ公園の、たい焼き屋台だろう

傘をくるくる回し、からんころんと下駄を鳴らし、足をその場所へと差し向ける。「縁日といえば浴衣、家族みんなで浴衣を着ようね、」とにこにこ春菜が俺の分まで用意していたのだ。いつの間に……黒に小さな銀星、夜空の浴衣。紺に小花柄のヤミ、紺紫の紫陽花柄の春菜。イメージ通りだが、なんか俺だけ悪者っぽくないか?大丈夫なのか?金色の闇コス(和風)なのか?…まぁイイケドよ。どうせお兄ちゃんは悪者キャラですし

 

ゆっくりと足を進める。

どうせもう縁日は始まってしまっている、それに雨だ。春菜がせっかく俺の為に用意した浴衣が濡れてしまうだろ、春菜はもう祭り会場に…神社に居るだろうか…唯たちと待ち合わせしてたからな、ギリギリまでウチで待ってるね、と言っていたが流石にもう間に合わない

 

「ん?」

 

こんな土砂降りの中、傘も持っていなかったのか、営業をやめたパン屋の前、(ひさし)の下で濡れた服を丁寧に拭う一人の女性が目に映った。その女性の発する存在感の大きさに、周りを歩く…通行人の動きが止まっているように見えてた。その女性は、この世のものとも思えない幻想的な美しさで―――どこかその人を知っているような、その容姿に似た人が身近にいるような、そんな気がした。

 

8

 

取り敢えず一時避難。

 

この惑星(ほし)の事をよく知らない。

 

彷徨い探しまわる内に濡れて体温、体力共に奪われてしまった。目当ての人物はまだ見つかっていない。―――此方から見つけ出さなくてはいけないのに

 

深くついた溜息は、不快な湿気の中、雨粒の中に溶けて消えていく。

 

ふと、視線に気づく、

 

*****

 

「…困りました」

 

掌を空へかざしてみる、やはりというか当然濡れてしまう。

自分が濡れるのは構わないが服はそうはいかない。この布地は雨に弱いから傷んでしまう

 

変身(トランス)で飛びながら帰ろうか…そう考えたが、なんだか今は気が乗らない。たぶん着ている浴衣のせいだろう。

 

『こっそりどこかで先に着ちゃってお兄ちゃんを驚かせたら?ヤミちゃん』

 

まったく、何をにこにこと……春菜お姉ちゃん……着付けは難しかったですよ…それにアキトを驚かせて、それで私にどうしろというのですか……それに私は―――アキトをどうしたいのでしょうか

 

ふいに唇に指を当てる……思い出して頬が熱くなる―――もう夏ですし、そのせいでしょう

 

甘く痺れるあの快感、感覚―――身体は電気信号で動く、という事でしょう

 

―――では暖かな、心に染み込む優しい光…あの感覚は……心の感覚はどこで感じるのでしょうか―――

 

分厚い雲を見上げながら胸に手を抱く、視線を落とし溜息を一つつく私に声をかける……また瞳に映る景色に飛び込んでくる人がいた。

 

 

9

 

 

「うぇええん!イヴちゃぁぁあああんっ!!やっどあえたぁああっ!!」

「ちょっ、ティア、離れてくださ…ってきたなっ…鼻水拭いてくださ…わぷっ!」

 

たっぷん!と揺れるムネにむぎゅううううう!と抱きしめられる。息が…いきがくるしい…今まで連絡一つ寄越さなかった私に対するあてつけですか、その巨大なムネは…ぅ…意識…が…

 

「イヴが無事でホントによかったよぉ~」

 

ひとしきり私をその巨大な胸に包み込むように抱きしめ、息の根を止めようとしていた圧迫殺し屋…もとい満面の笑顔であるティアを見つめる。もちろん睨むように。

 

(まったく…春菜お姉ちゃんといい、最近は抱きしめられてばかりですね…私は抱きしめるほうが好きなのですが…その、腕…とか…)

 

正面からの圧迫抱きつきに警戒していると、今度は後ろから抱きしめられた。…いつの間に回りこんだのですか、ティア…後頭部に押し付けられる包むように柔らかい、むにゅむにゅ。…最近体つきに不満を抱える私に対する当て付けですか

 

「えへへ~イヴちゃん…似合ってるね~その服~ゆたか~」

 

(…浴衣です。どこの男ですか。)

 

ぽやぽやふわふわとした雰囲気。柔らかすぎるその巨大なムネのよう。…とげとげいらいらとした今の私に対する当て付けですか

 

「…どうしてこの惑星(ほし)に?」

「ミカドに連絡貰ったんだよ?イヴが倒れたって」

 

ちっ…おせっかいな…メアに襲われて力尽きたあの時の報酬…きちんと払ったはずです。ドクター・ミカドそういえば貴方もムネ、巨大でしたね…この仕打ちは私に対する当て付けですか

 

「たい焼きはお金じゃないって、ミカドが言ってたよ?ふふっ私と同じで抜けたところがあるんだよね、イヴは」

見上げれば口元を隠し、柔和な笑み…柔らかく包むような笑顔の雰囲気は、そのむにょむにょのムネのよう…私に対する(以下同文)

 

「さ、おウチに案内してもらえる?私もご挨拶しなきゃ」

「…仕方ありませんね、しかし今夜は縁日ですし…私もつい本に夢中になって時間を忘れてしまいましたし…なのでもうウチに居ないかもしれません…ですので直接縁日へ向かいましょう」

 

さっと身を翻しティアに背を向け一人さっさと先をゆくヤミ。久しぶりに逢えた大好きな"家族"、に嬉しさを素直に表せないようだった、それとちょっぴり"当て付け"に不機嫌になっているのかもしれない。

 

「うふふ」

その背を見ながらティアは優しい眼差しを向ける。確信をもった眼で尋ねる。

 

「…何ですか?」

「イヴの大事なひとって、どんなひとなの?見つかったんでしょ?"いちばんほしいひと"―――

 

 

10

 

 

歩くたびに、(きらめ)く光の粉が辺りに振りまかれるような、その女性の絶世の美貌。

鉛空さえ彼女に気を使ったのか、雨も今は止んでいる。それでも共に一つの傘の下、触れ合う程に肩を寄せ、並んで歩く。

 

ヤミを探して公園へと向かう道を…ゆっくりと歩調を合わせ歩く。何か話そうと思うが、言葉が出てこなかった。その極限まで洗練された物腰の前に、つい沈黙を余儀なくされてしまう。

 

「助かりましたわ、西連寺アキトさん…私の名はセフィ、セフィ・ミカエラ・デビルークです」

 

その白い喉から発せられた玲瓏(れいろう)な美声は、まるで天上の調べのようだった。

耳に染み入るような心地よいその声に聞き惚れていた秋人は、名を聞いて愕然としてしまう。動揺してしまっていた。此処で会う事も、彼女の事も識らなかったから

 

(デビルーク…ララの母親、だよな…姉?妹って事はないだろう)

 

傍らの豪華なドレスに身を包むセフィに視線を一度投げかける。さっきから妙にそわそわとして落ち着かない。夏の雨の中、湿気の中に微かに香る花の匂い…原因はこれだろうか

 

「少し、宜しいでしょうかアキトさん」

 

自身を見ながら物思いに耽る秋人に、立ち止まったセフィが声をかける、俺の疑問の答えてくれるんだろうか、と見つめる秋人、見つめ合う二人。

 

セフィは新たな自分の主となる"西連寺アキト"という人物が、どのような男なのか把握すべく、心のセンサーを全開にして、ヴェールを上げた。じっと秋人の瞳を見つめる。むわっと…甘い甘い花の香りがあたりに一面広がり、花畑の中一人佇んでいるような錯覚を覚え、秋人はごくりと息を呑んだ。

 

容姿に関して観察する余裕は、セフィには無かった。ただ、この国の正装は"ワフク"という衣装であり、秋人の格好はそれに準じたものであることだけは把握していた。

 

―――私に出会うことさえ予測できていたのかしら…正装とは礼儀正しい方、最初に予定していた三人の娘達がお世話になっている結城家へと向かう、それさえ識っていたのだろうか、変更したことさえも……そんな的外れな疑問がセフィの脳裏をかすめる

 

しかし今のセフィの最大の関心事は、アキトという人物が、心を込めて仕えるべき主君(・・)であるのかどうか、只その一点のみであった。

 

その美しい面を上げ、傘の中、至近距離で見詰め合うことになる秋人、セフィの美貌に圧倒されていた。出会った瞬間から、甘酸っぱい胸の高鳴りを抑えきれず、頬を赤らめてしまう。

秋人は、吸い寄せられるように、真摯に自分を見つめてくるセフィの高貴な金色の瞳から、目を離せない。触れる、探るようにセフィの優美な手が頬にそえられた

 

「―――シてもいいんですよ、此処には誰も近づけませんから…あなたの妹…西連寺春菜さんも知らないわ、くだらない理屈や道理など捨ててしまいなさい」

 

呟く、艶やかな唇。また始まった土砂降りの雨夜。

見つめ合う浴衣の青年とドレスの美女。狭い傘の中、二人だけ世界が其処にはあった。

どっくん…どっくん…どっくん…と早鐘を打つ鼓動。

身体が熱く滾り、目の前の女が欲しいと、ものにしたいと手が伸び……

 

―――おにいちゃんのばか

 

見つめる合わせるセフィの…輝きを放つ黄金の額飾り、流れるピンクの艶髪…その後ろに頬を膨らませる不機嫌そうな妹の影、

 

―――春菜

 

靄がかった思考がカッ!と弾けたように、秋人は

 

「お ま え は お れ の い も う と じ ゃ な い」

 

(うな)った。

は、と溢す唇。―――霧散するお伽話のように、どこか幻想的であったふたりの雰囲気。

鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんと目を丸くするセフィ、突然の出来事、思いもよらない一言に聡明な頭脳も判断が追いつかないのだった。

 

「アンタは俺の妹じゃないなっ!」(アンタは私の妹じゃないわねっ!)

ビシッ!とセフィの豊満な胸を突き宣言する。内なる唯と完璧にシンクロした台詞、仕草

 

「は…あなたは何を言って?私を襲わない…ということは魅了(チャーム)の力が効いていない?」

「アンタは俺の妹じゃあなぁいッ!それに人妻キャラだ!俺ヤダ!くらーい寝取られモノなんかヤダ!ハートフルな、イチャイチャモノがいい!お兄ちゃんほっこりモノがいい!」

ぽいっと傘を放り投げ、ララのように、無邪気に気持ちを口にする

 

「…"アドレナの花"も効いていない?」

「ヤダヤダ!こっそりくんくんシャツの匂い嗅いでぽっと頬を赤らめる春菜はかわいーんだよ!!」

―両手を広げ目をぎゅっ!と瞑り叫ぶ、シンクロするナナ……次から次へと妹たちの力を借りる。

 

「ちょ、ちょっと…」

「説明してやるよ!セッションワン!こっそり俺の枕を抱いて昼寝するヤミも幸せ顔でカワイイ!!ツンツン文句ばかりの唯も猫ちゃん好きでふんにゃり笑顔が愛らしくてカワイイ!!!上目遣いで見上げながらアイスをぺろぺろ舐める美柑もなんか色っぽくてカワイイ!!俺に近寄る女の子にスグ攻撃しようとする危なっかしいメアもカワイイ!!」

「ヘンな人たちしか居ないではないですか!それよりチャームが効かないなら私の話を…」

―ちっ、ホワイトボードがない。手書きは暖かな感じがするなモモ。お前のこだわりは悪く無いと最近お兄ちゃん思うようになったぞ

 

「ククク、無邪気にキス顔で練習しよっとねだるララもカワイイぞ!」

「あのララがそんな事を?!」

―まだまだ続けてやる

「体全身で感情表現するペタンコナナもカワイイ!なんか企んでるけど結局失敗してガックリ落ち込むモモもカワイイ!アホしすもパンツ履いてないけどそれなりにカワイイ!素敵♪それから…」

「…。」

―セフィの呆れた冷たい空気が冷たい湿気の中を伝わる、でもムシ、…しまった、もうシンクロできる妹が居ない……ならば、いいだろう―――聞け!

 

「くだらない理屈や道理なんか既に無限の彼方に蹴っ飛ばしてんだっての!飛び越える必要もないんだっての!!捨てられない道理だって理屈だってあるんだっての!!それにな!俺の妹はなぁ!、俺の妹達はみんなみーんなカワイイんだよ!!!!でもウチの、俺の!!お兄ちゃん大好きビーム全力全開なウチの西連寺春菜が一番カワ…「ああっもう!落ち着きなさい!」へぶっ!」

 

口の中に大きなステッキが打ち込まれる。何すんだ!大事なところだっただろ!と目で訴える

 

「まったく…魅了(チャーム)の力が効いていないかと思ったら…それ以上に理性を吹き飛ばして…いいですか?あなたに今から大切な話をしますよ、私が話し終わるまでそのままでお聞きなさい、このステッキは護身用のもの、迂闊に動くと気を失う程の電気を流しますからね」

「…ふぁい」

「…返事もしないで構いません」

コクコクと頷く

 

「アキト、あなた、私のカワイイ三人娘たちを困らせてくれているようね…責任、とってくれるというの?」

 

美貌を歪め、ギロリと睨むセフィ。コワイ……母親ってのはコワイもんなんだな…ヤミ

 

「―――まぁいいわ、三人とも困っているのは確かだけれど、それぞれ楽しんでいるようだし…若いんだものそれぐらいの苦労はすべきよね」

 

俺がどう応えるのか、尋ねておいて興味なかったのか、応える間も与えないセフィ

 

じっと顔を、瞳を…心の奥底を覗き込むように見つめるセフィが続ける

 

「あなたは此方側の人間ではないのでしょう?…むこうに大切な人は?ご両親は?友人方は…どうされてるの?寂しくはないの?」

 

「―――」

 

―――寂しくは、ない。

既に思い出せないし、考えても答えが知れない事に時間を費やしたって時間のムダだろう。

そんなムダ時間を費やすくらいなら春菜のかわいい小尻を撫でたりとか、手に馴染む柔らかく丁度いいマシュマロを揉んだりとか、なでなでされながら膝の上でごろごろしていた方が時間の有効活用だ。それに―――

 

『―――好き……大好き、ずっと一緒にいたい』

 

『…おかえりなさい…アキト、』

 

―――"家族"を置いていくわけにはいかない。

 

目の前のセフィが霞となって消え代わりに春菜とヤミの笑顔がある。

 

―――寂しくは、ない。

俺が決めたことだ。こっちの世界で生きていくと。自分の中にある知らない記憶の欠片さえも自分の中に落とし込み、唯の初恋のように掛け違ったボタンの想い出さえもいつか受け入れ、俺がただ一人の西連寺秋人になる、と…

 

…儚げだが強い決意の表情(かお)。その秋人の表情(かお)をセフィは目を細めじっと見つめる…

 

「―――よろしい。では今、この時より、あなたを私の息子にします」

 

と、秋人が口を開くより先に、セフィは満足そうな笑顔で言った。

 

はぁ!?あんた何いってんの!?―――また唯とシンクロしてしまうが口からは「もがぁ!?」とマヌケな声がでるだけだった。

 

スッと口からステッキが抜きとかれる

 

「そうね……美しい私、美しい母となった私を襲ったりしないかのテストだったのですけれど、合格にします。あなた、ただのヘンタイじゃないのね。効果をより高めるためにモモの理性を奪う花まで借りたのに…なんという妹好き、兄妹となる娘達は大丈夫かしら、人妻で美しい私の貞操は大丈夫かしら…ついうっかりもう一人子ども抱えたりしないかしら、最近ご無沙汰なのだから」

 

はぁ、と物憂げな溜息をつき頬に手を当てるセフィ。なよなかな仕草は流石は宇宙一の美貌の持ち主だ、平凡な公園でも一枚の絵画のよう……自分で自分を美しい美しいと言っちゃうところが鼻につくが

 

「あのな、いらな「あの無邪気なララとナナが兄と慕うのだから、あなたに何か感じたものがあったのでしょうね…モモは頑なに家族は嫌、と言っていましたけれど…ナナの結婚の件はさておき、さあ、家族の抱擁をしましょうか、胸に甘えてきてもいいのよ?ふふっあなたは私をなんて呼ぶのかしら?ママ?お母様?それとも母上?」って…人の話を聞けよ…」

 

両手を広げるセフィは「おいでおいで」と慈母の微笑みを浮かべている。

 

(…ナナ当たりなら甘えまくっているだろうな…っておおい!)

 

動かずただジッと応じず佇んでいた秋人をぎゅっと抱きしめるセフィ。ララ達の自由奔放な血は目の前の母親からしっかり受け継いでいるらしい、と半月外に放り出されているふにょんに顔を埋めながら秋人は思った。

 

(母親ってのはコワイもんなんだな、ヤミ…なんとなくセフィには逆らえないような気がする…)

 

「取り敢えず"セフィ母さん"と呼びなさいな、地球ではそれが普通なのでしょう?ああそれと、あなたは私の息子になるけど、大事なパートナーでもあるのよ?だって夫、仕事しないんですもの。後継者として頑張って働いてもらいますからね。最近、もう一度銀河大戦を起こそうと企んでる不埒な輩がいるようだから、まずはソレをどうにかしてもらいましょう」

 

と頭を撫でるセフィが次から次へと捲し立てる。

 

「ぷはっ…あのな、そんな大層なこと俺がどうにかできるわけが……」

 

(あれ?ネメシスのことか?)

 

ないだろ、と続けようとしたが、のーぱん至上主義の義妹、ネメシスが脳裏に浮かび口ごもる

 

「―――それに夫がちっちゃく縮んでから夜はご無沙汰だし。いろいろ小さいから満足できないのよね、モモを調教したんでしょう?日記を読んだので知っています。私のお気に入りは"秘密の書庫での逢瀬編"ね、埃っぽい狭い蔵書庫で清楚なピーチ姫が恋人となったオータムと舌を絡めるキスにイケナイと感じるのに悶えながら舌を差し出して燃えてしまうシーン…私も燃えました。」

 

うふふっと微笑を浮かべるセフィ。顔が半分埋まるふにょんでよく見えないが、口元の緩みは妄想に浸るモモと同じ感じがした。

 

(モモ……「リトさんに見られたくないから厳重にセキュリティをかけてます、誰にも見られないでしょう、私を甘く見ないように。お兄様(ウザ)」なんて言ってたのに……母親にはばっちり見られてるぞ、ドジなやつ…)

 

秋人の苦笑いの雰囲気を感じ取ったセフィは優しくその頭を撫でながらずっと思っていたことを呟いた

 

「フフッ…アキト、あなたきっといいパパになれるわね」

「はぁ?」

 

11

 

「―――パパは見つかった?」

 

ぴくっとイヴ…かわいい娘の耳が、髪が、肩が、全身が微かに跳ねた様子にティアはまた、優しく微笑む

それは「うん、ティア!みつかったよ!」と笑顔でいたあの頃と違う反応だったが、あの頃よりはっきりそうだと分かるような、雄弁な反応だった。

 




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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

6.娘を求めて三垓里

7.祭りの日の邂逅

8.それぞれの母

9.尖った口と緩む頬

10.愛の告白、婿入り挨拶

11.母娘の会話



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R.B.D閑話『にゃんこな一日』

一人…街をゆく

 

(なんでこんなことに…)

 

目線はほとんど地面と同じ。普段のそれと世界が違って落ち着かない…ソレ以外にも落ち着かない要因は山程あったけど…

 

にゃんでこんにゃことに(・・・・・・・・)…)

 

――――春菜は猫になっていた。勿論ララの発明品の仕業である。

 

「あ、猫ちゃんだぁ~かわいいぃい~♡」

「にゃっ!」

 

(古手川さん!私!助けて!お兄ちゃん呼んできてっ!お願い!)

 

――――必死に春菜は叫んだが「にゃにゃにゃー!にゃあああ!」と鳴くだけだった。

 

「う!…嫌われてる…?やっぱりだらしなくなっちゃう顔がマズイのかしら…大人しくペットショップで見ましょう…はぁ…お兄ちゃん…初恋探し…」

「にゃああぁああ!にゃにゃにゃにゃ!!」

「うぅ……猫まで私をイジメるぅ……もうおっぱいミルクはでないわよぅ…」

 

去っていく古手川唯。仔猫春菜はその背にいつまでも「助けて!元にもどして!お兄ちゃん呼んできて!」と叫んでいたが奇妙な猫語(?)を発するだけだった。

 

(うぅ…だれか…お兄ちゃん助けてよ…)

 

とぼとぼと街をゆく

 

(にゃんでこんにゃことに…あ、また…言葉まで猫ちゃんになってきてる…うぅ…このまま一生猫…そしたらお兄ちゃんのお世話できない…お兄ちゃんとその……キスもできないにゃ…)

 

とぼとぼ…と歩き、やがて立ち止まる……ふと――――

 

「ん?」

「にゃ?」

 

――――感じなれた雰囲気。ネコ型春菜が首が痛くなるほど上げると目当ての人物…買い食いの途中であった西連寺秋人がいた。片手に串揚げを持っている。

 

「にゃにゃにゃ!(おにいにゃん!もう!また買い食いして!)」

 

「お、にゃんにゃん擦り寄ってくる子猫……うへへえへえへへへへにへへへへへかわゆす」

 

だらしなく顔を緩め、第三者からみてかなり気持ち悪い状態の秋人だったが春菜にはそうは見えない。凛々しい面立ちで優しく春菜(人型)の頭を撫でる秋人に見えているのだった。恋は盲目…というやつである。

 

「にゃんにゃ…(お兄ちゃん♡)」

「うヘヘへへえへへへ……ん?なんか春菜に似てるな、雰囲気と…この目元とかも。うむ、撫で心地もそんな感じだ」

「にゃ!(!流石私のお兄ちゃん!)」

「手に馴染む小ぶりな胸のようなそんな感じ…イタッ!ひっかくなよ!」

(小ぶりってひどい!せめて"慎ましやか"って言ってよ!小さいは禁句!私だっていつかはララさんみたいにたわわに…凛さんみたいに…なるんだもん)

 

「いきなり連れて帰ったら春菜…怒るか?」

「にゃにゃ!(そんにゃことないにゃ!)」

「そうか?ならよおし…俺のとこ来い」

「にゃ!(にゃ!)」

「ん…?嫌なんか?」

 

("俺のとこ来い"……それってプロポーズ…?"俺のとこ来い、春菜(・・)"だって…きゃっ)

 

春菜とは言っていない。

 

「よし、じゃ行くかね、マロンにも紹介しようかいねー」

 

――――こうして春菜の、はるにゃ(・・・・)のペット生活が始まるのだった。

 

 

2

 

 

「んー…春菜遅いな…もうじき夕飯なのに…ハラ減ったぞ…なぁ"はるにゃ"」

「ふにゃぁ~」

 

ごろごろとあやされる仔猫。春菜(猫型)の名前は"はるにゃ"なった。春菜はとても喜んだ。猫を見ても自身を思い浮かべてくれることに嬉しいのだ。…恋は思案の外というやつである

 

「…ただいま戻りました。春菜お姉ちゃん、アキト…ん?なんですか、その猫は」

「にゃー(おかえりにゃさいヤミにゃん)」

「おう、おかえりんりんヤミ…うへへえへへへかわいいだろーねこにゃん」

「…気持ち悪い声を出さないでください、気持ち悪い……アキト、貴方は相変わらずですね」

 

パタン、と手にした本をたたみ、ぽすっと沈むソファー。ヤミは定位置と化した秋人の隣に腰を下ろした。

 

「春菜お姉ちゃんは…夕飯はまだですか?」

「まだみたいだな、おいくっつくなっての」

「…いいじゃないですか、別に。眠たいんです…肩くらい貸してください…」

「にゃにゃにゃ!?(ヤミちゃん……嬉しそうなニヤけ顔…あと"お姉ちゃん居ないですしチャンスですね"って聞こえたにゃ)」

 

にゃにゃぁあ!と今まで大人しく秋人の膝の上で甘えていた子猫"はるにゃ"が不満を訴えるように暴れだす

 

「お、お、おお…なんか昂ぶってるな」

「ウルサイ猫ですね…お腹でも空いているのでは?二人っきりの邪魔になりますし、さっさと寝かしつけましょう」

「にゃ!?(にゃ!?)」

 

(そのセリフ!その流し目!お兄ちゃんの愛人みたいだにゃ!ヤミにゃん!……もうお姉ちゃん怒っちゃうんだにゃ!)

 

「うおっ!ヤミVSはるにゃか?!」

 

――――秋人の目の前で繰り広げられるキャットファイト。ヤミは躱すつもりもないのか"はるにゃ"のひっかき攻撃をぱんぱんっと掌で弾き、"はるにゃ"も負けじと噛みついたり顔に飛びついたりして果敢に攻撃を繰り出していた。

 

「バウっ?!」

「ん?」

「っ?!」

「にゃ!?」

 

マロンが舌技練習に用いていたミルク…の紙パックを踏んづけた声

被害者その1、西蓮寺秋人の声

あっさり一人、回避したヤミの声

被害者その2"はるにゃ"の声

 

が広いリビングに同時に響いた。

 

 

3

 

(は、は……恥ずかしい…お兄ちゃんとお風呂に…あ)

 

ごしごしごし…と"はるにゃ"の身体を洗う秋人。

 

(おにいちゃん…前くらい隠して…あ、アレが…男の人の…わたしの…胸…挟める…の?)

 

しっかり見ている春菜だった

 

ふっふ~ん♪

"はるにゃ"の目の前には秋人の機嫌良さそうな、満足そうな顔が広がっている

 

(あぁ、笑顔のお兄ちゃん…カワイイなぁ♡…猫、好きなのかな…マロン…あきられちゃったのかな…?お母さんのウチに送って新しく猫……飼おうかな…んあっ…お、お兄ちゃん!…そこ…だ、ダメぇ…!)

 

「ん~♪しかしやっぱ春菜っぽいな、心地いい感触…ま、春菜はおっぱい触らせないか…恥ずかしがり屋だし。まぁつつくくらいはさせてくれるが…最近はそれもあんまないなぁー」

 

(ああぁぁ!…ビリビリが…!あぁぁっ…ダ、ダメ…おに…いちゃぁあんっ…!)

 

カッ!と春菜の脳裏と浴室に閃光が広がる

 

「はぁはぁ…はぁ、おにいちゃん…もう…だ…、め…」

「よう、お帰り春菜」

「アキト、春菜お姉ちゃんも居ないですし背中でも…」

 

火照った躰を抱きしめ、ぐったりする春菜

全部識っていた、笑顔の悪者キャラ

出し抜こうとする、はにかむ妹

 

が狭い浴室に勢揃いした。

 

 

4

 

こんこんとふたりに正座&お説教される秋人。

かわいい妹、時々ライバルのヤミの事はさておき、乙女たる自分にあんなハジメテな、真っ白な快感を味あわせたお兄ちゃんに妹として言いたいことは山ほどあった春菜。そしてヤミも西連寺家の風紀監督代理として言いたいことがあった。――――ヤミはちょっとうらやましかっただけだったが、

 

この日、秋人はマロンとふたり、ベランダで寝た。

 

…マロンがベランダで隠れるように寝たのは春菜が"宅配便"の箱を持っていたことに、どこか不穏なものを感じとったからである。

 

 




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2015/12/25 台詞改定

2016/01/06 情景描写改訂

2016/05/21 一部改定


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Re.Beyond Darkness 15.『着火~Determination of two~』

11

 

 

「お待たせ、西連寺さん」

「あ、古手川さん!ヤミちゃん見なかった?」

「ヤミちゃん?見てないわね」

「うーん、どこ行っちゃったのかなぁ…お姉ちゃん困っちゃうなぁ」

 

落ち着かない様子で周りをキョロキョロと見渡す春菜、唯もつられて辺りを見渡す…が、祭りの会場である境内には人で溢れ、とても目当ての小さな少女は発見できそうに無かった。

 

人混みの中では多くの人が手に傘を持っている、キラリと光る水雫―――唯はついと夜空を見上げる。先ほどまでの大雨が嘘のように降り止み、今は薄い雲の隙間からきらりと光る星々が垣間見えた。このまま雲が風に流れてくれれば花火が打ち上がる頃にはきっとキラキラ星と色鮮やかな打ち上げ花火できっと綺麗だろう、と唯の胸は高なっていく、それは自身の中にある初恋の情景と見事にシンクロして……

 

「お祭り周って楽しんでたらヤミヤミもひょっこり出てくるっしょ、ねぇー唯っち♪おっす春菜♪」

「んっ……ちょっと!胸を揉みながら出てこないで!ハレンチな!」

「もう、里紗…遅いよ?」

「ごみんごみん、およ?『せんぱぁい…』ってHな顔してHな声出さない?……アタシのテクもマンネリぎみ?」

 

もみもみもみもみ…とより激しく揉みしだく里紗、唯はその手に非難の手を添え頭を振るう。時間をかけて結い上げた髪が里紗の鼻を擽った。

 

「へっくし!」

「ちょっ!きたなっ!唾飛ばさないでよ」

「ごみんごみん…お二人ともキレーな浴衣姿ですなぁ…誰か見せたいオトコでもいるんスかぁ?」

 

唯にしっしとあしらわれた里紗は春菜、唯の二人を見渡しながらニシシと悪戯っぽく微笑う

 

「うーん…ヤミちゃんどこ行っちゃったのかなぁ…あんなに楽しみにしてたのに…里紗だって妙に気合の入った浴衣姿じゃない」

 

春菜は相変わらず落ち着かない様子で里紗に答える。少し見ただけで分かるほど里紗は艶やかで、学生らしくない…遊び慣れた、弾ける色香があった。ウェーブがかった茶髪でイマドキの女子高生っぽい里紗は自身とタイプが全然違っていて、出会った当初、春菜は仲良く友達になれるか不安だったが、ふたを開けてみればララとは違う意味で大切な友達になっていた。だから分かる、見せたい相手が居るのだろうと、そしてそれは唯も同意見だった。

 

「そりゃ~夏!夏祭りっ!浴衣女子高生とかイロイロ無敵っしょ♪」

「何よ?それ」

 

くるりと一回転して袖を大げさに振り、ニシシと微笑む里紗に春菜は疑問符を浮かべ小首をかしげる。

 

「里紗はハレンチなコトしか考えてないから、聞くだけムダよ西連寺さん」

「なによーソレ。どーいうイミよ?」

「そーいう意味よ」

 

むっと睨みながらグビグビとラムネを飲む里紗、呆れながらそれをジッと睨み返す唯。クラスでよく見かける気安いやり取り…なんだか睨み合う猫ちゃんが二匹いるみたい…つい春菜も苦笑いを溢す

 

「おー!みんな揃ってるー?はーるなっ!ゆーい!リサー!」

「ん?兄上はまだ来てないのか?フィアンセの私が居るのに…夏祭りは賑やかだナ!もぐもぐ」

「先輩方、こんばんは♡」

「ひゃっ…こんばんは、春菜さん、皆さん」

 

ひょっこりといった具合にララが人混みの中から顔を出すと次々と見知った顔が現れる、その中に唯のよく知るよく転ぶハレンチな注意人物、そして自身が淡い想いを抱いた―――失恋相手が見当たらなかった。その疑問を口にしようと…

 

「あれ?結城くんは?」

「そう言えば居ないねぇー結城…ヤミヤミとアヤシイ関係?」

「…それはないんじゃない?」

「なーハルナー兄上居ないのかー?はむっもぐもぐ…」

「ナナはさっきからそればっかりだねー!それにしてもリト、どこ行っちゃったのかなぁ??」

「んッ……お兄さんも居ないんですか?はぁ…」

 

戸惑っている間に、春菜に先に言われてしまう。

そしていつの間に買ったのか、わたがしを頬張りながら片手には水飴を控え持つナナが春菜に再び尋ねる。春菜はそれに「こっちで合流する予定だよ?ヤミちゃんと一緒に来るんじゃないかな」と律儀に応えていた。ふむふむ、と頷く一同。ただ美柑だけはそれを「んぁっ!…あんっ!」と悩ましげな声を上げ、肩を震わせながら聞いていた。

 

…美柑ちゃん、さっきから妙に色っぽいけど何かあった?と皆の視線が美柑に集まる。

 

「なんだか、その…下着がおかしいみたいで…替えようと思ったんですけど…あっ…時間、なくて…」

 

自身に注目が集まるのを察した美柑は尋ねられる前に疑問に答えた。先ほどから"兄"とか、"リト"という単語を聞くたびに妙にパンツが食い込むのだ。まるで誰かに触られているような感覚に美柑はどうにも落ち着かなかった。

 

「ハイハイ、ここで立ち止まってたら邪魔になるし、取り敢えず皆で祭りを楽しみましょう」

「おー!いこっ!はるなっ!」

「わっ!ララさん!ひっぱらないでっ!」

「むー居ないのかよ、兄上…仕方ない…オイっ!一緒に探すぞモモ!メアにも手伝ってもらおう!…あ、でもアイツ兄上居ないと知ったら不機嫌になるナ…よし!やっぱり二人で探すぞ!モモ!」

「どうして私が…」

 

仕切り屋、唯の言葉と叩く手を合図に皆の興味は祭りへと手際よく収束していく。―――人で賑わう境内、辺りには食欲をそそる匂い…鉄板焼きの屋台や焼き鳥、たこやき、ナナが手に持っているわたがし、水飴などなど祭り限定の品々が祭りの賑わいに色を添える。マジカルきょーこのお面、水風船…流れる夏の邦楽がスピーカーから微かに聞こえる中、女子たち全員の心は確かに弾んでいた。祭りの夜の雰囲気に飲まれていたのだ。…ただ一人、モモだけが挨拶以外は口を開かないので不機嫌そうであったが…

 

唯は一人、皆の最後尾をゆく。はぐれる者が居ないか見守るために。――生真面目な風紀委員ならではの行動だった。

 

スピーカーから流れ聞こえる祭りの進行状況…七夕祭りをしめる花火が打ちあがるまでにはまだまだ時間があるらしい

 

(それを一緒に…できれば二人で見上げたいわね)

 

ふと、立ち止まって唯は振り返る。――結い上げた後ろ髪がかすかに揺れ、前髪が降りる。

 

そう遠くない過去、姉、その彼と共に祭りをはしゃぎ周った自分の面影…が祭り囃子の中にいるような気がして…

 

(一緒に…二人だけでまわりたいわね)

 

顔にかかる前髪を後ろに流しながら唯はじっと…人混みの、どこか遠くを見つめていた。

 

 

12

 

 

「ねぇねぇイヴ、イヴのパパになってくれた人ってどんな人?さぞかし素敵な人なんでしょうね、だーってイヴが大好きになっちゃう人だものね」

「…しつこいですよ、ティア…さっきからアキトはそうではないと言っているでしょう」

 

ヤミは背の後ろを歩くにこにこぽよぽよ笑顔のティアを見ずに答える。先ほどから同じ問答を二人は繰り返していた。

 

「ふーん、"アキト"って言うのね、イヴのパパは、ね、ね、どんなおじさま?」

「……おじさまではありません、お兄さんです…妹大好きな…本人は妹好きを否定していますが…」

「ふーん、じゃあイヴは"アキトお兄ちゃん"って呼んでるの?」

「…。」

 

(――お兄ちゃん、と呼ぶのは(やぶさ)かではないですよ…ただ…しっくりこないだけです)

 

しっくりくる言の葉、単語、人物標識…正解は既に先程からヤミの背に柔らかく投げつけられていた。

 

(たぶん効果音としては" ぽにょん!"とか"ふにょん!"とかが正しいかもしれませんね…ティア、やっぱり当てつけですね…?その効果音は貴方の巨大な"メロンムネ"のよう)

 

「じゃあパパって呼んでるのね」

「…。」

 

ぼっと耳まで赤くなったヤミ…とっさに心の筆をとる

 

 

「パパ!これあげるっ!」

 

小さな少女、イヴはすっと花をさしだしました。小さな両手に可憐な白い小さな花…

 

「お、くれんのか、ありがとなイヴ」

「ん…」

"   "はイヴの頭をやさしく、でもちょっとだけ乱暴に撫でます…そのくすぐったい感触にイヴは小さくあごを下げ…目を線にして顔をほころばせました。

 

微笑む"   "ににこにこしあわせなイヴ。

 

なかよしこよしな父と娘は見渡すかぎりの花畑の中、ふたりの笑顔も花のようでした。

 

 

 

―――なんかしっくりきませんね…別な展開を…

 

「パパ、これあげる…」

 

小さな少女、イヴはすっとバスタオルを脱ぎさりました。可憐な白い少女の躰

 

「お、くれんのか、ありがとなイヴ」

「ん…」

"   "はイヴの頭をやさしく、でもちょっとだけ乱暴に撫でます…そのくすぐったい感触にイヴは小さく肩を震わせ…上目遣いで彼を見ました。

 

微笑む"   "に抱きつくイヴ。

 

なかよしこよしな親と娘はふたりきりのベッドの中、快感に悶えるイヴの花は散るのでした。

 

 

 

 

「…ちょっと、後半のは何ですか…えっちぃのは」

―――心の筆を置き、〆。

「何のこと??」

目の前にはいつの間に追い越してきたのかティアの"メロンムネ"…(かし)げた身体につられ、ぽよんっと揺れる―――ケンカ売ってるんですかティア…私だって変身(トランス)を使えば…

 

「…いえ、別に…こっちのことです…それよりティア…家族に紹介するのは構いませんが、また今度にしませんか?その…ちょっとだけティアに…貴方に相談したいことが…あったりします」

 

視線を泳がせもじもじと身を揺する可愛い娘の言葉にティアはうん、とにこやかに頷いたのだった。

 

 

13

 

―――ではご機嫌よう、アキト

 

迎えにきた親衛隊を従え背を向けるセフィにひらひらと手を振る。

"言いたいことは全て言い終えましたから。"といった具合に話を切り上げ颯爽と街を去っていく背中―――

 

『アキト、美しいこの私が欲しかったら手柄をたてなさい』

『いらないっての』

『いいですか、夫を納得させるような手柄をたてるのですよ』

『たてないっての』

『貴方には何の特殊な能力もない…未来を識っているという事は確かに力ではありますが…それだけでは宇宙の覇者には成れないのですからね』

『ならないっての』

『いいですね?成果に見合う報酬…それは美しい私。文句はないのでしょう?』

 

―――人の話を聞けっての

 

呆れを隠さない視線を投げるが、薄いベールの下の表情は相変わらず読めなかった。かろうじて意地悪く、どこか俺を試すように口元が綻んでいるのだけが見えるだけで…

 

『貴方が何を(こいねが)い、こちらへ残ったのかはわかりません…が、』

 

 

―――手にしたいものがあったからこちらへ居るのでしょう?

 

 

「そりゃ、あるっての…」

 

あるのだ。確かに、

―――春菜が幸せならばそれでいい。ララが幸せならばそれでいい。美柑が幸せならばそれでいい。

 

「…。」

 

唯が幸せならばそれでいい。凛が幸せならばそれでいい。ナナが、モモが―――

 

「…。」

 

―――イヴが幸せならばそれでいい。

 

たとえそれが、そんな幸せに導く相手が俺でなくても…

 

「…ったく、言いたいことばっか言いやがって」

 

俺の悪態が聞こえたのか、ゆっくりこっちを振り向くセフィ。

 

「言っておきますけど、私はハーレムを認めませんからね」

 

ベール越しの可憐な唇の呟きは、きっぱりと透き通った声音でよく場に通った。

 

「俺だって認めてないぞ」

「あら、初めて意見があったわね」

「(自覚あったのか…)」

「失礼な…聞こえてますよ?それになんですか、その目は、私を誰だと思っているのですか?アキト、あなたはセフィお母さんを舐めすぎですよ」

 

ゆっくりこっちへ、再び戻ってくるセフィ。まだ言い足りないことでもあったのだろうか、散々むぎゅむぎゅと、しっとりした胸に抱きしめて慈母のような笑顔を浮かべていたが、―――

 

「…アキト、貴方の中には(かげ)りがあるわ、"自分が好きな相手をほんとに自分が好きになっていいのか"という不安と迷いが…」

「!」

「正確に言えば…"自分が幸せにしてもいいのか"という恐れね、ねぇ、アキト…貴方が好きになった、惚れた女の目はフシ穴?」

「…」

 

―――そんなことはない。

春菜はいつも真実をまっすぐ捉えて、いつだって真剣だ。自分の非を誰かに押し付け責めることなく、誰かの幸せをいつも考えて自分のことは後回し…そんなやつだ。ララも唯も美柑も凛も…俺の知ってるヒロインたちはみんな、みんな、いつだってまっすぐに、自分に正直だ。彼女たちのおかげで今こうしてココに居る

 

「…そんなことはない」

 

―――そんなことがあるわけがない。

そんな彼女たちが選択を誤るとは思えない。フシ穴だとも思わない。

 

「なら、いいじゃない。自分にとって不幸になるような相手だと思うのならば、貴方なんて最初から選ばないわ」

「…。」

「好きな女に選ばれた自分をもっと信じなさいな、アキト。貴方のどこかに幸せになれる何かを見つけたから、貴方を選んだのですよ…―――

 

チュッ

 

「…なんだよ」

 

―――額にキスを落とされた。

 

「祝福のキスです…女神のように美しいこの私の…ん、ちょっと違うわね、"母たる"女神のように美しい私からの祝福ですよ、アキト。…嬉しいんでしょ?ね、ニヤけているわよフフッ」

 

失礼な、ニヤけているわけがない。ただ嬉しかった。擽ったいような感触…遠い過去、遠い世界で母に同じことをされた記憶と重なっただけで―――

 

「ウフフ、もう。だらしなくニヤけて…いい男が台無しね」

 

むッと睨むようにセフィを見つめる秋人、クスッと口元に手を当て微笑むセフィ…和やかな雰囲気の二人を暖かく見守る親衛隊たち…

優しく微笑むセフィが顔にかかる前髪を後ろに流す…風と共に白く細い指がヴェールが外れさせ…

 

「あっ…!」

「ちょっ…!」

 

穏やかな顔立ちで俺達を静かに見守り、佇んでいた周りの親衛隊が豹変し「うひょー!」とか「むほおっ!たまんねー!」と叫び俺とセフィに走り寄ってくる…「やっべー!ギドマジうぜーし漫画サイコー!ヒロイン全てをメス奴隷に落としこむそんなギリギリアウトな少年漫画家王に!オレはなる!」と、やけに具体的な夢をザスティンは叫んだ。

 

「どどどど、どうしましょう!アキト、なんとかなさい!母さんを、美しい母さんを助けなさい!ああっ!自分の美しさが憎い!」

「オマエな…どうしろって…」

 

ぎゅむ!と俺の胸に胸を押し付けるように抱きつき、おろおろと周りを見渡し怯えるセフィ、ドドド!と猛然とダッシュの親衛隊…「てめえら邪魔すんなァ!王妃を孕ませてメス奴隷にしてギドに叱られるのはオレなんだよ!痛いのサイコー!列車に引かれてフライミートゥーザ・ムーン!」と意味不明なことを叫んで周りの親衛隊諸氏を斬りつけるザスティン。王妃を守るという親衛隊らしい仕事をしていた

 

「ああっ!蹂躙されちゃう!王妃なのに!人妻なのに!大勢に組み敷かれて☓☓☓☓☓にぎらされて咥えさせられながら☓☓☓されてしまうんだわ!」

「…それは流石にまずいな、というかセフィ母さんは凄いな、流石にそんなシーンはなかった気がする…俺も識らないぞ」

「ああっ!愛する息子の前で母さんはまた女に…」

 

さっきから俺をしっかり抱きしめ悶え震えるセフィ。背は同じくらいだからころころと、その絶世の美貌が困惑⇔恍惚と変化させる様子がよく観察できる。…大丈夫なのだろうか、恍惚の割合が多くなってきた。母さん…まさか大勢にソンナコトされるの望んでないですよね?そういえばピーチ姫&オータムのキスシーンに燃えたと言ってたな

 

「そして私はかわるがわる汚らわしい男たちに…んんっ!―――

 

【ヴィーナス王妃】「ん……あむっ…ちゅっ…ちゅ…ふぁ…」

熱く濡れた侵入者に一瞬唇を固く引き結んだヴィーナスだったが、あやすように唇を舐められやがて力を抜いてソレを迎え入れた。

【ヴィーナス王妃】「ちゅっ…ちゅっ…んっ…ふぁ…」

おずおずと舌を絡ませるヴィーナス、…徐々にダイタンになる動き、その快感に蕩けた表情はとても王国を統べる理性的な王妃には見えない

【ヴィーナス王妃】「…ん…っ……ふぁ…」

ふたりの唇に銀の糸が橋をつくる。王妃は感じる余韻にぶるりと身を震わせた

【ヴィーナス王妃】「…いけないわ…っ…こんな事…貴方は娘の恋人なのだから…」

 

見上げてくるセフィ(・・・)の目には非難の色がありありと浮かんでいた。だがその声も表情(かお)も甘く蕩けきっていて心からの本心でないことがオータムにはわかっていた。―――ふたたび唇を重ねる…

 

あ…んっ…ちゅっ…ちゅっ…

 

「はっ…俺達は何を…セフィ様!?」「せ、セフィ様が襲われて…!?ん?!セフィ様から抱きしめてるぞ!?まさか浮気?!」「あ、あの聖母のようなセフィ様が…あんな淫らな…」「オレがギドにオシオキされんだよ!誰にもギドは渡さねぇ!…はっ!私は何を…?!セフィ様っ!?アキト殿!?」―――周りがうるさい、正気に戻ったらしい

 

「おい、セフィ、母さん、もう大丈夫みたいだぞ」

「ふあ…」

 

(いかん、こんなとろとろに蕩けきったセフィの表情はとても他の男に見せられない、チャームが無くても暴走させてしまうような色気だし…何よりセフィの立場が危ういだろ)

 

さっとベールで蕩け顔を隠す秋人。キスを続けるのに邪魔だというようにセフィはやや乱暴にベールを取り払った。風に舞い上がっていくベールを慌ててキャッチし再び隠す、サッと取り払う、隠す、ブンと投げ捨てる、拾う、ビリビリ破り捨てる…

 

「母さん、落ち着いてください」

「もう、何よ…早く続きを…」

ぽかぽかと秋人の胸を叩くセフィ。どうどう、と言った風に秋人はそれを諌める。流石にモモとの授業(?)で慣れていた。

 

「あちらをご覧下さい、お母様」

妙に礼儀正しい声を出した目の前の秋人に怪訝な目を向け、背後に視線を移すと…あんぐりと口を開いた親衛隊の面々が居た。

 

ひっ…

 

声なき悲鳴がセフィの喉奥に詰まって―――

 

セフィは逃げるように地球から…秋人の元から去っていった。

 

―――こうして人妻織姫とお兄ちゃん彦星の二人が出会ってしまったことにより、歴史の流れは急激に加速していくことになる。

廻りはじめた運命の輪は、もう誰にも止められなかった。銀河全土に炎は広がり、やがてその炎は、この銀河そのものを焼き尽くしてしまうことになる。

 

 

14

 

うってかわって平和な(?)祭りの会場では、もう幾度目か、喧騒を振り返り足を止める唯が一人、人混みの中で佇んでいた。

 

「唯、ゆーい」

「おっ!お兄ちゃん?!いつ来たの?!」

「今来たんだよ、近くに居たんだっての、何ボーッと子連れ見てんだよ…こっち来いって」

 

人混みの中からクイッと手をひかれた唯は「あっ」と小さく声を上げ、たたらを踏んで秋人の胸に収まった。その胸元を掴み、ぽっと頬を赤く染める唯

 

「ちょっ…ちょっと!強引じゃない!?男の人…誠実な男の人なら優しくその…」

「誠実じゃないし、いーんだよ」

 

ニッと笑う秋人、ぼうっと見上げ瞳を潤ませる唯。傍から見れば不良高校生に(そその)かされるお固い優等生の図に見えるだろう。……むしろそのものだった。

 

「すぐ近く?なんで遅れたのよ皆心配して…あれ?皆居ない??ちょっと!お尻を触らない!ハレンチな!」

「すぐそこの公園でララママに絡まれた、疲れたお兄ちゃんは唯で"妹分"を充電しています…現在5パーセント、活動危険域です」

「はぁ?…んんっ…ちょっと!人!人いるから!」

「なんだ?居なかったらいいのか?…うむ、ムッチリしていい肉感だな」

「そ、そう?ありがと…ってバカぁ!いいわけないでしょ!」

 

―――なんだか切なげな表情で小さな女の子、その姉、彼氏っぽい男の三人を眺めていた唯、その顔は泣きそうに曇っていた。そういう顔を唯にはしてほしくない。できれば切れ長の目でキリリと睨んでツンツン怒ってばかりの妹でいてほしいのだ

 

「と、とにかく人気のない場所へ…あっ…んっ」

「なによ!私を連れ込む気!?ハレンチな!」

「そ、それは私の台詞でしょ!ハレンチでだらしないのはお兄ちゃんじゃない!」

 

そ、それにいつもは自分から…その…してくれないじゃない、と俯きつぶやく唯。秋人はそれに"人妻分"で淀んだ心を"妹分"で満たして補給しないとな、と応える。何よソレ?と剣呑な眼差しを向けながら唯は首を傾げた。

 

「よっしゃ、一応、充電したぞ20パーセントくらい、1時間くらいはもつだろ」

「だから何をよ?たった一時間しか持たないわけ?ならもうちょっと充電したら?」

 

え?いいんですか?やっぱハレンチですよね唯さんてば…

えっ

 

「一先ずはいいんだっての、で、行くぞ、唯…お兄ちゃん腹減った、たこ焼き、お好み焼き、素敵なコナモノたちと祭り限定品が俺に食されるのを待っているッ!」

「え?!あっ!ちょっと!引っ張らないで!こら!人混みを走るなんてマナー違反しないっ!」

二人は手を取り祭り囃子の中を駆け出した。何度も肩が人にぶつかる唯、よろけながらも秋人の手を離さずしっかり握り、ついて行く……それは唯の中の思い出とまるっきり同じであった。

 

祭りの喧騒の中、

"金魚すくい"に悪戦苦闘する唯をバカにする秋人の笑顔を、

"りんごあめ"の食べ方がよくわからない、と言う秋人にあめを舐めながら今度は唯がバカにした笑みをこぼしたことを、

"たこやき""お好み焼き""今川焼き"こうしてふたりでお腹いっぱいになるまでたくさんの屋台物を頬張ったことを

 

それを唯は永遠に忘れない。

 

―――忘れた初恋の情景は、今確かに、それをなぞるかのように上書きされたのだった。

 

 

15

 

 

「よう、お待たせ」

「ごめんなさい、お待たせ皆、はぐれたりした人いない?みんな居るのかしら?はぐれたらダメって言ったじゃない…全く、これ食べない?焼きとうもろこし」

 

おそーい!コッチコッチ!お兄ちゃん!もう、遅刻です…お兄さん。ういーっすオニイサン、あ…お兄様…

青白い都市光と月のないキラキラ光る星空だけの薄暗闇で、次々と声をかけてくる妹たち…

 

「あにうえぇっ!」

「おぉうっ!」

 

どかっ!と顔にぶつかるペタンコだけども柔らかい感触…ナナ、顔に飛びついてくるなよ…ネメシスみたいに溺れはしないが、ちょっと苦しいぞ

「ぅん~あにうえぇ…くんくん…ん…イイ匂いぃ~オスっぽい匂いだぞ…クラクラする」

「そりゃ男ですし…」

 

ぷす

 

<< せんぱい >>

(なんだよ)

<< こづくり >>

(また今度な)

<< やくそく >>

(守るっての)

 

―――夕暮れの教室で戦闘衣(バトルドレス)を身に纏うメア…躰を抱きしめ衣服を乱れさせ、縦長の可愛らしいお(へそ)が顔を覗かせると、紅い唇を赤い舌でペロリと舐める…ますます艶を放つ唇…頬の朱が増しこちらへ流し目を…

 

(イメージ映像みせんなっての)

<<ぶー…はぁい>>

 

すっと抜き取られるメアの朱い髪の糸。ナナの後ろにニコニコと無邪気な笑顔を見つける、浴衣姿でペロペロとチョコバナナを舐めるメアが居た。手をパタパタと開いたり、閉じたり…

 

や・く・そ・く♪

 

「分かってるっての…はぁ…」

「はふぅ…ん?!へっ!?あっ!ダメだったぞ!?まだ赤ちゃんは!!」

 

自分から飛びついたのにサッと身を翻しメアの側へと戻るナナ、メアは無邪気な笑顔で困惑顔のナナの頭を撫でる…大丈夫?赤ちゃんは入れて出さないとできないよ?ナナちゃん。へ?入れる??ナニをだ??

 

クラぁ!はぐれたの唯っちっしょ!ハレンチボディが抜け駆けかぁ!ちょっやめっ!里紗っ!と相変わらず唯をもみくちゃにしている里紗…ふと目があう。みずみずしい笑顔だった。目が笑ってなかったが…グロスを塗った薄い唇が動く

 

<ぷ ら す さ ん じぇ ん え ん ♡>

―――マジか

 

今月の支払い分を考えても減らない借金…秋人のついた溜息が夜空に溶ける。―――むしろ女子高生お姉さまのオシャレに費やした時間や浮ついた気持ちのことを鑑みれば安いものであったことを秋人は知らない。

 

その溜息を合図にしたように、夜空に次々と花火が咲き誇りだす、はっと皆は…ビルの屋上から見える――まっくろな夜空を彩る閃光――ドーンッ!と地鳴りのような大音。光るきらめく、花、花、花……またシュッと音がして火の玉が空へ駆け上がっていく…それに心を奪われる。

ライム色の小さい花が一つ、二つと広がり、そして夜空に光が弾ける――赤、緑、紫の三重の光の輪が広がる。遠い境内からもすぐ近くからも湧き上がる歓声。大きな破裂音は身体をビリビリと震わせ、花火の名残はバリバリ…と小さな音を残して薄い雲を張る夜空に溶けていく―――

 

手すりから身を乗り出し、打ち上がる花火にはしゃぐララ…その隣、花火ではなくじっと俺を眺めていた春菜と目が合う、声をかけるタイミングを見計らっていたらしい…その顔に浮かび上がる苦笑いを見つけた。つい、と刺された視線を追うと目当てのちびっこ少女がいた。散々春菜を"お姉ちゃん困っちゃう!"な状態にしておいて呑気に隅っこで美柑とふたり、花火を見上げていた。

 

「よ、美柑…久しぶりだな、ヤミサマもお久しぶりでーす、どこ行ってたんスかねー…ワタクシ探しまくりましたよ?」

「はい…ホントに久しぶり…逢いたかった、です…あき…お兄さん…あんっ、またぁっ」

「…。」

ぷいっとそっぽ向くヤミ、うるうると潤んだ瞳の美柑、震える声…浴衣似合ってるぞ、ありがとうございます…お兄さんの為に着てきましたから…んっ、褒めてもらえて嬉しいです…マジか、ありがとな、キャストオフさせたい。はい、いいですよ…ふふっいつでもどうぞ…と会話を続ける。ヤミは変わらず夜空の花火をぼうっと見上げていた。

 

「ったく。どこいってたんだっての…春菜が心配してたぞ、春菜が」

「…頭をぐりぐり乱暴に撫でないでください、アキト…古い知り合いに会っていたんです、懐かしい…遠い過去の―――」

「へー、おー、花火きれーだなードーン!だっておい、ははっスゲースゲー三連発!たまさんやー!」

「…聞いておいて興味ないんですか」

 

じと…と恨めしそうにヤミが見上げてくる。明らかにふてくされている…珍しい。こういう控えめに訴えてくるヤミは初めてだ…美柑も困ったように苦笑いで肩をすくめた

 

「なんかあったんか?」

「別に…どうせ言ったって貴方は話を聞かないでしょう」

 

三重の牡丹が次々と夜空に咲いていく。 間近で見上げているせいか腹の奥まで響くような心地良い破裂音と共に。一同は瞳を輝かせながら打ち上げ花火をただ見ていた。夜空の下、花火の鮮やかな色とりどりの光たちが、薄暗闇の中、ヤミの輪郭をぼんやり浮かばせる

 

「言ってみろって」

「…。」

「なぁ、ヤミってばよ」

「…。」

 

ちらっと顔を見た。くるり、と―――

 

「ん?」

「…。」

 

―――掌に掌を重ねあわせる。重なりあう肌から広がる、伝わる温もりと満たされていく心…幸福な、しあわせな、暖かな…ひだまりの気持ち

 

―――ティア、貴方の言っていたことは間違いではありませんね…

 

『なぁんだ、そんなことかぁ…いいイヴ?触れてみてごらん、そうやって感じたことが答えだよ?』

 

すっと名残惜しそうに手を離し、ヤミはふるふると長い金髪を揺らし…空気を読んで離れた場所で見守っていた美柑のところへ戻っていく―――秋人は「ん?」と首を傾げヤミの背を見る…一度だけ振り返ったヤミと目が合うがプイッと目をそらされ、もう一度首を傾げる秋人…そんな様子をヤミの親友である美柑は微笑ましいものを見たように優しく眺めていた。

 

「お兄ちゃん」

「何なんだアイツは…遅れて悪かったな、春菜」

「ううん、いいよ、ヤミちゃんとはお話した…?私たちより先にお祭りに来てたみたい、お母さんみたいな人にあったんだって、誰だろうね?」

「…そっか、ったく散々心配させやがって…呑気に美柑と花火見てんじゃねぇっての」

「ふふっ心配したんだ、お兄ちゃん」

 

春菜と共に夜空を見上げる…またドーン!と音がし花火が咲いた。活動的な夏の高揚、祭りの夜の興奮、

 

「心配なんかするかっての」

「もう、素直じゃないよね、お兄ちゃんは」

 

2つの高揚感は二人の胸を高鳴らせていた。

 

光輝く色とりどりの花達は春菜の浴衣姿をぼんやりと反射させる、ほっそりしなやかなラインを描く春菜の全身像はとても綺麗だと秋人は思った。特にくびれた腰のラインは清純清楚な春菜にしてはゾクリとする妖艶な色気があり―――

 

「別に心配してないんだっての」

「ふふっ…お兄ちゃんのうそつき」

 

――思わず抱き寄せたい程だった

ぷいっと目線を花火へと移す秋人。どこかそわそわと落ち着かない気持ち、高揚する気持ちには祭りの賑やかな喧騒以外のものが多分に含まれていた。

 

…それはまた春菜も同じで…

 

「…綺麗だな」

「…うん、ありがと…お兄ちゃん」

 

―――それはこの夏、初めての浴衣を身に纏った春菜のことであった。春菜には秋人が自分を褒めてくれた事をちゃんとわかっていたのだ。春菜は俯き、頬をうっすら朱に染め上げ…

 

「ん?」

「…」

そっと、秋人の手を握った、白魚のように滑らかな指が、無骨な男の指に絡むように…

 

重なった手は優しく、だがしっかりと握り返された。共に高鳴る胸の鼓動、

 

夜空にまた。花火が上がる…シュッ…と上がり、腹奥に響く音を奏で散っていく―――

ふっと目を合わせるふたり…名残の音と共に眩い橙色の花火の残響がお互いの頬を、その静かで、澄んだ表情(かお)を、全身をぼんやりと暗がりに浮かび上がらせる

 

春菜…

秋人お兄ちゃん…

 

薄く、夜空にけぶる微笑みを浮かべる春菜…どこか儚げなその微笑は、春菜の片頬を照らす花火の名残りのようだと、秋人は思った。

 

知れず、ふたりは手を強く握りあう。…まだ足りない。

くいっと反対側の手を引かれる、見ればジトぉ…と美柑が見上げていた。

 

「ずるーい!はるなっ!お兄ちゃんとイイフンイキだったね!なんか声かけづらかったよー!」

 

ぴょんっとララが秋人の背に飛びつく、浴衣仕様に唯同様、長いピンク髪をまとめ上げた髪が揺れずに跳ねた。

 

「うおっ!ララ…ったく重いぞ」

「えぇー!?重い!?今日はペケ居ないよー?んあっ!チョットーリサー!やんっ!くすぐったーい!」

「おにょれ…次から次から次へと…ワガママボディーのララちぃまで手籠めッスかぁ?オニイサン…ぷらすにしぇんえん…」

―――マジか

「こら!ララさん!里紗!ハレンチな行為は控えなさい!男子に二人して抱きついたりしないッ!もっと学生らしく健全な…」

「♪」

「オイ!メア、撃ったらダメだぞ!?落ち着け!」

「…メア、アキトに手を出したら今度こそ許しませんよ」

「や、ヤミさんも落ちついて、ね…あうっっ!―――

 

止まっていたかのような時間の流れは慌ただしく動き出す、騒ぎ出す屋上に、ぼわっっっぅ!と辺りに煙が立ち込め―――

 

はっ?!え?!なになにー?こっちにも花火ー?ケホッケホッ、なによコレ…メア、敵ですか?んー分かんない、誰かな?楽しみ♪あははは…このタイミングで…

 

「美柑!兄ちゃんは例え西蓮寺のお兄さんでも許さないぞ!まだ小学生なんだから健全な…」

 

全裸のリトが。

 

「健全な……」

 

タラリと汗がリトの頬を伝う…それはぶわっと瞬時に全身から湧き上がった。ちょっと大きくするリト

 

「…ナニしてんの」

 

ジロッと、なれた様子で見下げる美柑。肩車された美柑は文字通りリトを見下げている。心理的にもそうだった。

 

「「「「「…。」」」」」

 

ヒロインたちに様々な色の目で見られるリト…視線には驚きだとか、困惑だとか…ちょっと可哀想すぎじゃないか、と秋人は思ったが口にまでは出さなかった。しっかり春菜の目を塞いでいる。

 

あれ、リトのちっちゃい

 

―――ララ、まじまじ見てるんじゃありません

 

溜息をつく代わりにこんなことをした妹…モモを剣呑な目で見つめる…ビクッと肩を震わせるモモ

 

交わされるアイコンタクト、その背後では猛然と猛威を振るう美柑とヤミのオシオキと罵声が木霊していた。秋人は思う、こんなトラブルばかりの日常も悪く無い、と。ヒロインたち…妹たちが誰を選ぶのかは知らないが、それまでは優しく見守っていよう、と。

 

傍らの春菜はモモの情報と今夜観た光景が繰り返し脳裏に浮かび上がっていた。ぎゅっと知らず握り締めた手は優しく握り返された。その愛しい感触に春菜の決意は固まるのだった。




感想・評価をお願い致します。

2016/01/26 一部台詞改訂


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

11.晴れ(ぎぬ)ゆらめく宵の口

12.水も()り得ぬ親子の蜜月

13.背中を押されたローリングストーン

14.秋に色づく夏夜の青春

15.夜空に弾ける花火のように



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R.B.D閑話『俺がリト』

1

 

「ああ…ったく、面倒な事になったっての」

 

リト(・・)は一人街をゆく

 

「なんで俺が主人公に…」

 

――――秋人はリトになっていた。勿論ララの発明品のしわざである。

 

「まったくもって面倒な…うおあっ!」

 

ドテッ!きゃぁあああ!さっさきさま!おのれ結城リト…君という男は…!

 

こんなラッキースケベがもう数えきれない程、被害にあってないのは対策を知る春菜、モモ、美柑だけだ。

 

「結城くん、今帰り?」

「ん?」

 

振り返ると穏やかな口調、そのあとに微笑みを浮かべる春菜がいた。胸に抱きかかえる日誌を見るにどうやら居残って作業していたらしい。

 

「はる…西蓮寺も今帰りか?」

「?…うん」

 

危ない危ない、ついうっかり春菜と呼んでしまいそうだった。ラッキースケベで凛やヤミ追い回されたり唯に説教くらったりするのは面倒だったが、春菜を(からか)えるならララの発明品もたまにはいいかもしれないな、んふふ

 

「なぁ、西蓮寺…西蓮寺のお兄さんていい人だよな、凄い漢だよな?はる…西蓮寺はお兄さん大好きなんだよな?」

 

(さあ、赤くなって慌てふためきながら普段本人には言えないお兄ちゃんへの愛を語るがいい!春菜!)

 

「う~ん…そうかな?お兄ちゃんはだらしないし、お野菜食べないし…ワガママし放題の子どもみたいだから…正直、ちょっと迷惑」

 

ガーン!

 

「そ、そんな事ないだろ…はる…西蓮寺のお兄さんは優しいし…」

「んー…優しい…かな?家族の私達にはちっとも優しくないよ?文句ばっかり言って…お野菜たべないし、正直、私とヤミちゃんのおウチには…お兄ちゃんいらないかも」

 

ガガーン!

 

「い、いらないって…お兄ちゃんいらないって…は、はる…た、食べなくてもいいだろ…別に野菜くらい、いいじゃないか…きのうの夜、ヤミのサラダにこっそりトマトを盛りつけたのも見てたのか…しってたのかよ…春菜」

「うん、もちろん。ヤミちゃんは最近お兄ちゃんに甘い顔をするようになったから…代わりに私は厳しくいくからね、お兄ちゃん(・・・・・)

 

――…一方その頃、秋人になったリトは…

 

「…アキト、今日はこの本をお願いします」

「え!?絵本?!お、オレが読むのか!?」

「?そうですが…なんだか雰囲気が違いますね…まぁいいでしょう、ではお願いします」

 

 

「…今日は調子が悪かったようですね、明日。また期待しています」

「あ、ああ…」

 

絵本をリトなりに一生懸命読んだがヤミの眉が不機嫌に釣り上がって行くだけだった。いつもの様にトランスで攻撃されないか心配だったリトであったが、最後に観たヤミは…心配といった表情。

 

(お兄さんも苦労してるんだな…)

 

ちらちらと振り返りながら立ち去るヤミの背を見ながらリトは秋人に共感を覚えるのであった。

 

「お兄様(ウザ)。」

「ひっ!」

「…?なんですか?その情けない声は…これくらいいつも普通でしょう?」

 

振り返れば静かな微笑み-愛想笑い-を浮かべるモモ。…とてもさっきのような恐ろしい低い声をだした人物とは思えない

 

「いいですか?まず初めに言っておきますよ?お兄様(ウザ)…私はリトさんが好きなんです、大好きなんです。そこを誤解しないでくださいね」

「えっ!?…ほ、ホントにそうだったのか」

「…何を今更…?あなた、ホントに私のお兄様?」

「へっ!?いや、あ、ああそうだぞ」

「…あやしい…はっ!?まさか今日はそういうシチュエーションプレイ!?」

「ぷ、プレイ!?」

「ええ、ん?違うんですか?…では始めましょうか、お兄様♡」

 

 

「今日は…いつものように激しいオシオキはなかったですね…ざんね…いえ、お兄様、その…お体に気をつけて、では」

「あ、うん…」

 

シチュエーションプレイをリトなりに頑張り、モモの言うオシオキを恥ずかしながら行ったがモモは喘ぎもせず不満気に尻尾を揺らすだけだった。

 

(お兄さんって…モモに何をしたのかな…というよりモモは俺を…)

 

普段アンチ・ヘイト秋人なモモが最後に口にした、秋人の身を案じる言葉を口にするのに万感の思いであったことをリトはしらない。

 

(お兄さんも苦労してるんだなぁ…そうか、俺の事をモモが…)

 

――…再びもどってリト(中身は秋人)

 

「ひどい…お兄ちゃんのことをそんな風に思ってたのかよ…春菜…」

「うん…実はそうなの、結城くん」

 

散々「お兄ちゃんってばHな事ばかりするから迷惑でいらない」だとか「他の女の子と仲良くして迷惑だから嫌い」だとか「お兄ちゃんの匂い臭いから迷惑で洗濯したくない」とか普段の愚痴を聞かされた秋人はがっくりとうなだれた。

 

ふふふっと口元を日誌で隠し春菜はとても楽しげに笑った

「…何がおかしいんだっての…春菜」

「ふふっ…だって…あははっお兄ちゃん(・・・・・)、カワイイんだもん」

 

(なんだその擽ったいような笑顔は…ん?)

 

「…しってたのかよ、春菜…」

「うん、ララさんに聞いてたから…もう、さっきからずっと"お兄ちゃん"って呼んでるのに…お兄ちゃんって意外と抜けたとこあるよね」

「大きなお世話だっての」

「もう。また拗ねて…ふふっ…カワイイんだから…お兄ちゃんは…――大好きだよ、」

 

幸せそうに微笑む春菜。

ん、と目をつぶり…ゆっくり近づき…はたと気づく

 

「あ、今は結城くんの身体だったね、間違えちゃった」

「…人のこと言えないだろ…春菜」

 

あはは、と苦笑いをする春菜…その姿をモモが密かにチェックし、ハーレム王対決リストのリト側に春菜を加えたのだった。

 

 

元に戻った秋人の胸に涙目で「大丈夫ですか?!秋人さん!ヤミさんから聞いて、私…もう、心配で…」と飛び込んでくる美柑。

銀河に名を轟かす名医ミカドの前で「アキトを元気な姿に戻してください」と同じく涙で瞳をうるませで必死に懇願するヤミ、普段見ることのないヤミの姿に困惑のミカド。

 

「そうか…モモはオレが…オレのことを…はぁ…どうすれば…」と溜息をつき物思いにひたるリト、「んー?リトー?あれ~?どうしちゃんだろー」と騒ぎの原因はノーテンキにそんな…注がれすぎて湯のみからお茶を溢れさせるリトを眺めていた。

 

…秋人の元へ多数の…部屋を埋め尽くす程の"元気になる"花がピーチ姫から届いたのは余談である。

 




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R.B.D特別閑話『恐怖の初夢』

「ようこそー!バニー喫茶へー!」

 

ぴょこんと跳ねるララ、弾けるような無邪気な笑顔とメリハリボディーがぶるんと揺れる。ララは無邪気にイロイロ求めてくるHに興味津津なホワイトバニー

 

「ようこそ…い、いらっしゃいませお兄ちゃん…」

 

優しい笑顔の春菜、小ぶ…控えめな胸元にスラリと細身、きゅっと引き締まった腰が魅力。モデル体型な春菜は清楚な癒やしのブルーバニー

 

「…なによ?またアナタ来たの?」

 

ぱっつんぱっつんのバニー・スーツ、グラビア体型の唯はいつもツンツン不機嫌だが、いざ始まると甘い声を出して動く積極的なレッドバニー

 

「…いらっしゃいませ」

 

表情の少ないヤミ、小柄な体躯だがみずみずしい素肌は心地よい弾力を返す、ヤミは表情の少ないクールなゴールドバニー

 

「いらっしゃい、お兄さん」

 

ヤミと同じくらい小柄な美柑、可憐な少女だが母性を思わせる柔和な笑み、とある男にだけは甘えん坊になるオレンジバニー

 

「よく来たナ!」

 

ナナは可愛らしい元気な女の子であり、尻尾を弄るようにを求めてくる双子のピンクバニー

 

「いらっしゃいませ♡…なんだ、お兄様(ウザ)ですか…」

 

モモは妖艶な雰囲気の大人びた女の子であり、淫媚に燃え立つように秋人を求めて離さない双子のピンクバニー

 

「ククク、ラスボスはこの私、ネメシスだ…そう簡単に勝てるなどとは思うなよ。躾けてやるぞおにいたん」

 

一人、褐色肌のブラックバニーネメシス(豊満)は腕を組み妖艶に微笑った

 

――――そう、ココは男と女の戰い。

一対一で戰い、どちらが先にイッてしまうか勝負の場なのだ。勝ち抜き戦、ラストを飾るのがドSネメシスである。

 

「ふん…お前ら、覚悟しとけよ?俺の妹好きはK点超えてんだからな!」

 

カーン!となるゴング、秋人はまず手始めにブルーバニーへ挑むのだった。

 

 

そして戦の跡、気絶するまでイかされてピクピクと痙攣するバニーたちが死屍累々といった姿で残されていた――――――

 

 

「はっ!?…なんだよ、夢か…ふぁぁあ…ん?」

 

秋人が目覚めると隣には腕に抱きつき、ベタベタの液体にまみれたとろとろ顔のネメシス(パンツ穿いてない)が悶え、ピクピク痙攣していた

 

「ぁあ…流石は私のおにいたんだ…壊れるくらいに気持ちよかったぞ…ああんっ…!イイ!今度はうしろかまた…イクッ!」

 

ブルリと震えるネメシス、快感を思い出してしまったらしい。

 

「お前の夢かよ、ったくパンツくらい穿けよ…なんでバニースーツなんだ?しかも皺だらけで………夢、なんだよな?お、おーい春菜ー!な、なんで起こしに来ないんだ…?ヤミー!飯ー!」

 

ネメシスをベッドに転がして恐怖にとび起きる秋人、ドアを開けるとそこには同じくベタベタに濡れたバニースーツの…

 

 

 

 

おしまい

 




あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。


※この特別閑話は本編とは一切関係ありません。
用法用量を守って正しくお使いください。

2016/02/02 表現改訂
2017/06/18 一部改訂


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Re.Beyond Darkness 16.『真夏のシンデレラ~Moonlight night of Cinderella~』

16

 

 

深い瞑想状態が心の中をまっさらに塗りつぶしてゆく――その局地、"無心"の中に凛はいた。

 

 

空の色が忙しなくうつろいゆく――――黒から紫、一瞬の黄金、そして青い、蒼穹へ

 

 

剣道場で一人、瞑想していた凛は頬に当たる日差しの感触に目を開いた。

 

 

夏の夜明けは早く、刹那に過ぎゆくまどろみの時間。

 

 

暗がりの中、幽玄な雰囲気の中で精神統一していた凛はゆっくりと息を吸い、そして吐き出した。

 

水を打ったように静かな道場。その空間での瞑想は、時の流れさえも曖昧なものに変えて一呼吸いつもより長く、と始めた精神統一は随分と長くなってしまったようだった。

 

最も、深夜から早朝にかけての時間も今の凛にとって一呼吸と大差ないものであったが…―――

 

 

固い板間から立ち上がる。流石に長時間の正座で脚の感覚はなかった。

 

痺れる脚でゆっくり歩み、道場の窓を開け放つ―――――

 

見上げる今日のその空は…吸い込まれそうな群青だった。

 

目の前は彼方、遠く、広い世界。

 

ふぅ

 

深くついた感嘆の溜息は澄み切った朝の空気の中、高い高い空に舞い上がり消えてゆく

 

鼓動は静かで、心もひたすら穏やかだった。それは今も見上げているこの空の水で鏡を作ったような透明で深い青のように…

 

もう一度、深呼吸をする。

 

膨らむ胸の奥の奥、普段は仕舞い込んでいる想いに指と意識で触れてみた

 

すぐ壊れてしまいそうな脆いガラスに覆われる……たゆむ炎。

 

普段は強固な(・・・)理性で包み隠す、淡い(・・)恋心。

 

―――私は秋人の傍にいたい、ずっと…

 

頬を爽やかな夏風がなぞっていく、鼻孔を擽る深緑の匂いに凛は瞳を閉じた

 

―――縮まらない、埋めたいと願う、あと少しの心のキョリ

 

―――触れて欲しいと望んで止まない、誰にも触れさせたことのない心の部分

 

こんなにも壊れそうなくらいに繊細で、こんなにも愛おしい。求めてやまないこの気持ち

 

しゅる、

 

結った髪紐を解く。長い黒髪がさらさらと風に流れる。白い袂も同じように横へ靡いた。

 

 

「秋人、私は一体どうしたら良いのだろうな……」

 

 

ここ数日、凛の心は冷静さと激情が複雑に絡み合った状態であった。瞑想により気持ちをリセットさせてもすぐに元通り混乱状態となる。

 

言葉は問いかけだが、原因は凛にはよく分かっている。たとえ、そういう経験が無くても。

 

―――"恋"というのは一人でするものではない、相手が居てこそ始まるものだ。だから私がいくら自らの内に篭り、自己と向き合ったところで答えを得ることはできない……そんなこと、とうの昔に分かっている。

 

ただ一言、『好きだ』と言えばその時確実に何かが…今まで(つちか)った心地良い信頼関係が音を立てて崩れ、壊れてしまう。そしてそこから互いのキョリがより一層縮まるか、もしくは遠く疎遠になってしまうか、そのどちらかでしかない。

 

今までと同じ場所には立って居られないのだ。

 

それでも、私は近づきたい。でも、もしこのキョリが、親しい関係が遠のいてしまったら――

 

「…。」

 

一度、言葉にしてしまったら、その時全てが壊れてしまう。"始まり"と"終わり"は常に同居しているもの

 

それは剣での戰いと変わらない。真剣勝負に二度はない。

 

"一の太刀"に全てを込め"二の太刀"はない。勝負の世界に"二度目"はないのだ。

 

 

―――この恋が敗れるか、はたまたそうではないのか

 

 

恋に勝者などは無く、ただ敗者だけがあるのだから。

 

 

「秋人…私、どうすれば…」

 

 

広い道場には無我の境地を得た武士娘の影はなく、物思いに耽る深窓の令嬢がいた。

 

 

凛の迷いを紡いだ言葉と溜息もまた、高い青空へと流れ消えていくのだった。

 

 

17

 

 

(なんだアレ…?)

 

秋人は目をしばたたかせた。美紺と以前、リトへのプレゼントを買いに出かける際使った待ち合わせ場所、時計塔の辺りには普段よりもずっと多くの人だかりがあった。

 

「なんだろう?アレ…めちゃくちゃキレイなお姫様がいるぞ…たまんねぇ」「なに?映画?時代劇?戦国時代かな?豪華な着物だねー、でもここ街中でしょ?カメラは?遠くから撮ってるのかしら」

 

人混みの中から聞こえる、ひそひそと語り合う声

 

(…ん?映画の撮影かなんかやってんのか?"マジカルキョーコ"とかそんな感じの…あれは時代ものじゃなかったけど)

 

秋人は人だかりをかきわけながら進む、約束の人物との待ち合わせ場所がその人だかりの先なのだ。その人物は早めに待ち合わせ場所で待っておかないと『秋人、男性が女性を待たせるのは紳士としてマナー違反だ』などと言って静かに教育指導を行ってくるのだ、竹刀片手に。

 

そしてかき分け辿り着いた中心に、目当ての人物は居た。

 

豪華な生地を贅沢に使っているのがひと目で分かる程、上質の輝きを放つ色鮮やかな"藍より青し"といった深い青、重ね着された和服は襟元や裾などのグラデーションが鮮やかであり、大きく広がった十二単(じゅうにひとえ)は大輪の花のよう。その少ない露出度からは白く珠のように滑らかな肌、首筋、鎖骨が控えめにのぞき思わず息を呑むほどの色気を放つ―――和装美女

 

待ち合わせ場所に、戦国時代のお姫様が、居た。

 

…―――ただその時代に則した"三角おにぎり"のような髪型ではなく、艶のある黒髪は凛々しく(・・・・)後ろ手で一つに結い上げられていたが…

 

武士姫様には周りの喧騒など全く思慮の外であるようだった。

静かに瞳を閉じ、きゅっとその桜の花びらのような淡い色の唇も閉じ、"凛"として―――――どうやら瞑想中らしい

 

「お、お待たせ、凛…ずいぶん早いんだな、まだ約束の20分前だぞ?」

 

声をかけるのにかなりの勇気が必要となった秋人。春菜のようにどもりつつ声をかける。あえて服については、その全力の和服については触れない。指摘したらマズイと本能的に悟っていたのだ―――そしてその判断は正しい

 

「…お待ちしておりました。兄様(にいさま)

 

武士姫は目を静かに開くと、はんなり柔らかく微笑んだ。

 

「おおう…」

 

再びどもる秋人。普段見ることのないそのお淑やかで優しげな微笑、と思わぬ台詞に狼狽してしまったのだ

 

「この度、凛は…お慕いしているお方の元へ嫁ぎたく存じます」

「そ、そうなのか」

 

目を閉じぽっと頬を桜色に染め上げ俯きながらつぶやく凛―――武士姫様

に再びどもってしまう秋人。凛の中では何やら設定があるらしい。

 

(たぶんこの人だかりの視線に精神が耐えられなかったんだろうな…別キャラを演じて乗り切ってるんだろう…あの天上院(アホ)の仕業か?)

 

「ははは、それはめでたいな…ハハハ」

 

秋人は引きつった笑みを浮かべる。武士姫の(まぶた)がすっと静かに開かれる。凛の深い綺麗な黒曜石の瞳と目があう、

 

「凛に……どうか私に最期の想い出を下さいませんか、兄様」

 

思わぬ凛の言葉に、兄様こと秋人は言葉を失い固まるのだった。

 

 

18

 

―――台詞が違うッ!凛ッ!

 

男は胸の裡で叫んだ。

 

[ 凛を……私を貰って頂けますか ]

 

であろう!?凛…お前は何を言っているんだ!

 

歯噛みをする黒い影…その影は燕尾服を着ており、いつも狐のように閉じられている瞳をキッと更に閉じている。―――天上院家執事長…九条戎であった。

 

そもそも凛が"武士姫"にタイムスリップしてしまっている大過半数の原因がこの男の仕業であった。

 

『凛、今時間はあるな?聞きたいことがあるのだ』

『?なんでしょう、父上』

 

―――ココ最近、我が九条家一人娘、九条凛の様子は明らかに落ち着きのないものだった。静かに"凛"とした私の自慢の娘、凛。天上院劉我様の一人娘…沙姫様に負けずとも劣らない立派な美しい淑女(レディ)に育ったのだ。育てたのだ。が、しかし…

 

「なぜ毎日"卵焼き"なのだ?」

「え…その…」

 

口ごもり、視線を彷徨わせる我が娘、凛。いつでもはっきり、きっぱりとした物言いをする我が娘らしくない。

 

「いや、父は責めているわけではないのだよ凛、ただ…こうも毎朝…というよりほぼ3食卵ばかりはどうも…な」

「…申し訳ありません」

 

弱々しく頭を下げ謝る我が娘、凛。―――薄いTシャツ、押し上げる立派な胸…その上に身に着けている白いエプロンがよく似合う…きっと良き妻になれるであろうな。

 

(妻…か、ふむ、しかし"卵焼き"…家庭料理であるな、…確か劉我様も娘に作って貰いたい料理の一つに上げられていた…)

 

一口、戎は口にした。

 

(うむ。美味い…ふんわりと仕上がり、卵本来の旨みとやさしい出汁の味がなんとも……)

 

しかしテーブルで共に食事をとる凛は、どこかをぼんやりとを眺め黙々と箸を進めていた。当然、父である戎の反応を(うかが)うこともしない。

 

(料理人に作らせず、わざわざ自らの腕をふるっているのだから反応くらいは気にするだろうに…はっ!まさか!?)

 

目の前には黙々と食事をする凛、端正な顔立ち、その口元には白い飯粒がついていた。炊きたてのそれはツヤツヤと輝いていて…凛々しい娘のそんな間抜けな姿には、なぜか色香があった。

 

(口元に白い粒……可愛い凛……湿った唇……物思いに浸る凛……たわわに実った2つの果実…箸を口に含んだまま呆けた様子の凛…もう女子高校生な…大きく育ったオトナな凛!!!! )

 

―――そうして戎は作戦を練った。カワイイ一人娘の為に血涙を堪えながら。

 

 

19

 

 

「暑くないか?凛、もう夏本番って感じだよなー」

「有難う御座います。大丈夫です兄様…凛の事などお気になさらぬよう…」

 

微かに衣擦れの音がする中、二人で歩く…というより凛は"三歩後ろ"をしずしずと着いてきていた。

 

正直、歩きにくいんだが…と秋人はちらちらと振り向きながらも歩みをすすめる。

 

 "三歩後ろを控えめについてく"

 

――男を前に歩かせ、 女は守られながらも男が間違えた方向に行かないか、男が弱ってはいないか、見守り…時にそっと軌道修正する。補佐する…そういう控えめでしおらしい女性に元来男は弱いものなのだ―――戎の助言その2であった。

 

が、それだけではない。

 

 『何かあったら、俺が護るからお前だけでも逃げろ』

 

という、いざ何かあった時に、男が敵に対峙する間に後ろに逃げろという意味も含んでいるのだった。

女の特徴を表す言葉ではなく、男から大切にされている事を表している言葉でもあるのだ。

 

すなわち、秋人は後ろのしおらしい凛に男心を揺さぶられ、凛は秋人に"護られている"という女としての幸福感に満たされた気持ちになる……

 

―――流石、執事長だけあって心をもてなす演出はお得意のものだった。

 

「ふふふ…今ごろ凛の心の中は父への感謝の気持ちでいっぱいであろうな…」

 

武士姫には父のことなど霞とともに消えている。あるのは目の前の愛しの兄様の事だけだった。

しかし、当の本人たちは確かに戎の演出通りの気持ちの中にあった。が、思わぬ感情(もの)も生んでいた…―――

 

武士姫は思う。この心の平穏は何だろうか―――と

 

そして、ふと気づく、前を歩きゆく体温。

 

清浄な空気の流れの中、目まぐるしく蠢く人の群れ群れ群れ、都会の喧騒…その中をふたりで規則正しい呼吸で通り過ぎてゆく―――

 

胸に感じるじんわりとした不思議な温かさ。

 

―――何も考え込む事はない。 答えなら、既にもう出ていた。

 

 秋人の傍にいる。

 

こうして肉体のキョリが三歩後ろでも、1キロでも何万光年でも遙か銀河の彼方、離れていたとしても心はずっと預けてあった。目の前の背中に…

 

「…どうしたんだよ?凛」

 

大事なのは自らの意志だ、秋人の気持ちは関係ない。多少乱暴ではある…が、心はずっと楽になった。

 

振り向いた秋人と目が合う。―――だが、できれば今のように私を振り返り、気にかけて欲しい。

 

「いや、なんでもないんだ…秋人」

 

薄く口元を綻ばせ浮かべる微笑、穏やかな表情の凛は俯き頭をゆるゆると振った。揺れる一つに結われた長く美しい黒髪……いつもと口調が同じとなりほっとする秋人

 

「……いえ、なんでもありません、兄様」

 

自身に感じる秋人以外の好奇の視線を感じ直ぐ様、元の武士姫に戻る凛に秋人は疲れた溜息をこぼすのだった。

 

数多の視線を集めてしまうのは無理もなかった。凛の…武士姫の、青空に透けていくような澄んだ微笑みはそれほど魅力的だったのだから。

 

 

20

 

 

「…まったく、無理やりすぎるだろう、秋人…」

「いい加減耐えられなかったんだっての…それに俺に感謝しろよ?凛だって辛かったんじゃないのか?」

 

人気のない場所に武士姫を連れ込んだ秋人はばしばしと頭を叩いた。調子の悪い電化製品をもとの調子に戻すように…「なにをするんです…いたっ兄様…痛いです」と頭を庇い瞳を潤ませていた武士姫だが、何度も叩かれるうちに思考のチャンネルが元の凛とした"凛"に戻り、秋人は手痛いしっぺ返し…「いい加減にしろ!痛いだろ!秋人!」と脳天にチョップを落とされた。

 

「それでなんだ?相談というのは…春菜と喧嘩でもしたのか?」

「いや、喧嘩はしてないんだが…」

 

二人は並んで座り"あんみつ"を食べていた。抹茶の苦さをほんのり甘い蜜を纏った白玉で癒やす。――――秋人は凛に自身の不安な気持ちを吐露した。

 

「知らない記憶…消える記憶…なんだ、そんな事か」

「なんだとはなんだ」

「随分とまた弱気なことを言うと思ったら…そんな下らない事だったとはな」

「くだらないって言うな」

「識っている事に頼りすぎなんじゃないのか?秋人、何でも自身の知識通りに物事がいくはずがない。それに人の心など、うつろって変わりゆくものだ…それは誰にも自由に操作など出来るはずもない…が、心配しなくても君と春菜の絆は揺るがない。君が繋いだ絆はそれほどまでに強いものだ―――

 

正直、私にはそれが羨ましい―――その言葉を凛は冷たい白玉と共に飲み込んだ。

 

「そうかな…」

「ああ、そうだ。…そういえば最近、古手川唯とも親しいみたいだな…彼女は随分と妄想が激しいな、私もこの間…「はっはっは!私のおにいたんへの愛はもっと激しいがな!そう!包み隠す事のないこの想いは愛しあう行為に邪魔な下着など一切身につけないこの下半身のように!」

 

ポイっと秋人は背後に里紗パンツ(紫)を放った。視線は凛に固定されている。暗闇に吸い込まれるように消えていくよれたパンツ(・・・・・・)

 

「…今、何か居なかったか?」

「さあ、俺には何もわからなかった。」

「突然現れそして消える…奴はもう妖怪か魍魎の類だな…――――ところでこの後どうするんだ?」

「え?」

「…何も考えてなかったのか、まったく、この私を何だと思ってるんだ秋人…便利なカウンセラー、とでも考えているんじゃないのか?」

 

キッと秋人を睨む凛。"凛"とした凛が睨むその表情は美しさと凄みが同時に備わっていた。怖い顔…というのはこういうものなんじゃないか…と秋人の背を冷たい汗が伝う。これで「我が主…上様の(かたき)!」とか言ってたら似合いすぎるだろうな、などと考えが及ぶくらいは秋人にはまだ余裕があったが。伊達に銀河にその名を轟かせる殺し屋と同居しているわけではなかった。

 

「いいか、正しい礼儀作法が紳士を形作るんだぞ。女性一人くらいエスコートできなくてどうする」

 

秋人から視線を外し、礼儀正しく音を立てず抹茶を飲み干す凛。和服を纏い、湯のみを手にするその姿は似合いすぎていた。

 

「………。」

「なんだその目は?まさか"お前、女だったのか、凛"などとは言わないよな秋人…」

「当たり前だろ。まだオレは死にたくないっての」

「…秋人、歯を食いしばれ」

 

―――凛、女性(淑女(レディ))はそんなこと言わないぞ…と同時に思う男二人。秋人と流れを電柱の影から見守る九条戎であった。

 

ぱちん、と秋人の額を指で弾いた凛は「此処の(うなぎ)屋は安くて美味しい店だ、私は鰻が好きなんだ」と店の情報がプリントアウトされた紙を裾から取り出す。こうなることを見越していたようだ。

 

(凛…お前はきっと良き妻になれると父は確信したぞ…夫を立て、影から支える貞淑な妻に…)

 

戎の視線の先には「わりぃな凛、いやぁ~凛は頼りになるな」と笑顔の秋人とぷいっと不機嫌そうに視線を外し「ふん、(おだ)てにはのらないからな」と言いつつも幸せそうに口元を緩ませる一人娘、凛。

 

(凛…素直になれんとはまだまだ子どもだな…大きく育ったのは胸と…身体つきだけ…というわけではないのだろうが、まだまだ"凛"とした立派な淑女(レディ)になるは精神修行が必要だぞ―――しかし、あの男…我が愛しの娘・凛の相手には…役者不足なのではないか―――と思っていたが、なかなかやるようであるな…、女性の"自然な笑顔"というのものを引き出すのは難しい。和装の凛をあの男が振り向いた時の、あの優しいたおやかな笑顔…あのような表情(かお)をする凛を私は今まで見たことがない。)

 

今も戎の視線の先に居る凛は柔らかく細いラインで描かれる、自然な"女"としての凛がいた。いつもの凛は人を寄せ付けない"凛"とした佇まいでいる。だがあの男の前にいる凛は確かに"凛"としているが、どこか柔らかだ。"大和撫子"というものは清楚で美しい、凛々しいだけの女性ではない、どこか"か弱さ"をも含むもの。そう、今もあの男の前で、顔を背けはにかんだ笑みを隠す凛のように―――。

 

「くぅうう…凛…なんて可愛いのだ。愛らしいのだ…お前が幸せならば…父は…父は…たとえどこぞの馬の骨であろうともその恋を応援して…ぐぬぬぬ…!!おのれ西蓮寺秋人…あの男……ッ!!春だか秋だか知らんが一年の四分の一のみたいな奴に可愛い可愛い我が娘、凛を…!!くっ、やはりウチの九条凛が一番カワイイのだ!」

「フハハハ!甘い!甘いぞ九条戎よ!それは違うッ!」

 

「何奴ッ!?」と叫び、キッと閉じた目を更に閉じる戎…振り向くとカカカッ!と数多のスポットライトを浴びる彼の主…高台に立つ天上院劉我が居た。

 

「一番カワイイのは我が娘、天上院沙姫に決まっているだろう!愛らしい高飛車な笑顔は美の女神でさえも裸足で逃げ出してくれるわ!」

「馬鹿な事言うな!ウチの凛は脱いだらもっと凄いのだ!あの普段"凛"とした凛がいじらしく己の柔肌を、豊満な乳房を隠す仕草を見せてみろ!例えどのような男でも野獣と化すわ!実際、偶然見てしまった父である私でさえも理性が危なかったのだ!」

「ふん、危ない奴め…馬鹿はお前だ!大きさがなんだ!我が娘、沙姫はな!美乳女王(クイーン)であるのだぞ!乳の女神ですら裸足で美容整形外科に駆け込んでくれるわ!」

 

ぎゃーぎゃーと言い合う娘を溺愛しているドーターコンな父ふたり。

隠れ、密かに裏方に徹していた戎と隠れるつもりもなかった劉我。流石にこれだけ騒げば周りも武士姫への羨望の眼差しから騒ぐ男二人にも目がいってしまい…気づかれてしまう

 

「…何をしてるのですか、父上」

「何、言っているんですの?お父様」

 

父とそれぞれ呼ばれた二人の背後には武士姫と喧嘩女王(クイーン)が並び立っていた。

父二人からはスポットライトの逆光で愛しの娘たちの表情は読めない。

 

「「あ…」」

 

丁度その時ドーターコンの二人は"どちらが娘に慕われ愛されているか"について白熱した討論を繰り広げていた

 

「残念ですが、父上、あの"卵焼き"は将来、夫となる秋人に食べて貰う為に作った練習用ですので…あしからず」

(わたくし)、お父様にポエムを作ったことなんてありませんわよ」

 

ヒマ人・沙姫は監視女王(クイーン)として凛を…武士姫を影から見守っていたのだ(凛は頼んでいない)つまり凛は二重尾行されていたのだった。ちなみに綾は近々始まるスポーツフェスタの準備をしていて不在である。

 

スッと懐から小刀を取り出す武士姫、ポキポキと拳を鳴らす喧嘩女王(クイーン)

 

ぎゃー!りんやめっ!おかわり!フハハハ!沙姫よ!強くなったな!この痛みがたまらない!

 

…と悲鳴(?)を上げた父二人は纏めて縛り上げられ路地裏の隅に放られるのだった。

 

 

21

 

「なんだったんだ凛のやつ…先に行っておいてくれだなんて…あんな格好で目立ってまた武士姫にキャラ変わったら困るんだけどな…ん?」

 

ちょっと!急いでるんだってば!離して!いいじゃねえか、サインくらいさぁ~、と一人の女子高生の腕を掴む不良男、駅前の…改札口で言い合いをする二人の男女。見るに女の子の方は電車の時間を気にし、男の方は黒髪ショートの女の子の美貌…と言うよりメガネで変装した芸能人にサインを貰うということに執心らしい。…まぁどっちもあるのかも知れないが、

 

「ま、通りすぎても良かったけど、見ちゃったし…ここで知らんぷりしたら春菜に情けない兄だと笑われるしな…気を逸らして逃げる時間くらいは俺でも…ん!?」

 

秋人は確かに見てしまった。その女子高生は…

 

―――よく(・・)識っている黒髪ショートだったのだ

 

23

 

「ちょっと!しつこい!離してってば!燃やしちゃうよ!?」

「へへ、アレはCGだろ?しってるんだぜ、オレ」

 

違うのに!キッと目の前の男を睨む。最近の男の人ってこんなのばっかりなの?芸能人になってから好奇な目で見られるのは慣れたけど、男の人ってこういう私を押し測ってくるような、ゴシップネタを手に入れてやろうとするような、そんな下卑た目で見てくる人ばっかり、お伽話にでてくるような、格好良く私を助け、連れだしてくれるような王子様なんて、どこにも…

 

「なぁ、サインくら…げべぇっ!」「きゃぁ!」

 

ぶっ飛ばされるしつこいファン、その後ろにぶっ飛ばした男の人が―――

 

(え?助けられた…?男の人…かっこいい…もしかして私の王子様…?)

 

―――今度は私を睨んでた。

 

(え?な、なんで助けられた私が睨まれてるの…もしかして仲間…に、逃げなきゃ)

 

「おい……俺はずーっとお前に一言、言いたかったんだ…ニセ春菜め…だが俺の春菜センサーは誤魔化せんぞ、このパクリ女が!」

「へ?春菜?誰??センサー??」

「うるせぇ!パクリ!お前なんかより春菜の方がずっとカワイイんじゃい!メガネで萌え袖なんかしおってから!そんなの同じことしたら春菜の方がずっとカワイイし!足元にも及ばねぇんだよ!パクリめが!」

「ちょっ…!何よさっきから!好き放題、言いたいコト言ってくれちゃって!パクリ女!?誰よそれ!?」

「俺の妹だ!たまに猫になったり妖精だったりもする可愛すぎるウチの妹だ!」

「はぁ…?君、正気?…あ、あーあ!もしかして君があの(・・)秋人くん?…レンくんの先生とかいうあの(・・)…」

 

ムッと不機嫌そうに私を睨む優しげな紫の瞳…のシスコン王子様(霧崎恭子視点)

ジトッとメガネの奥から大きな瞳で俺を睨む女子高生…ニセ春菜(秋人視点)

 

「だいたい秋人くん…私は別に…あ、お兄ちゃんって呼んだほうがよろこ…「お兄ちゃん言うな!春菜のニセ顔でそんな春菜と同じ呼び方すんな!」ああ、もう話にならないわね!あったまきた!燃やす!?燃えるゴミになる!?「もう春菜に萌えてんだよ!「ああもう!ウルサイ!会話にならないじゃないの!このドヘンタイ!」」

 

だいたいそっちがパクリなんじゃないの!?ああ!?んだとてめぇ!と、ガルル…とでも唸り声を上げそうな、顔を近づけ視線鋭く睨み合う男女。虎VS虎の図であった

 

険悪な雰囲気を撒き散らす二人を大勢の人が取り囲み固唾を呑んで見守る、その中に「ん?秋人くん…?」と顔を覗かせる一人の美人OLが居た

 

ややあって「あ、いけないっ!」と声を上げた女子高生は壁時計を見てハッとした。つられて美人OLも時計に目をやり…慌てて駆け出し改札を抜け電車に飛び乗った。

 

「こんなシスコンのおバカに付き合ってるヒマ無いんだった!あの電車に乗らなきゃ撮影間に合わなくなる!」

「うっせえ!誰がシスコンだ!誰が!春菜と似た顔で俺を汚く罵倒するんじゃねぇ!」

「はぁ…君、どんだけ春菜ちゃんの事好きなのよ…頭大丈夫?現実見ようね、お兄ちゃん…まぁどうでもいいけど、じゃね!ルンレン経由でお礼にサインくらいあげるわ!」

 

慌てた様子でローファーを踏み鳴らし走り去っていく女子高生(ニセ春菜)の背を睨みつけ、チッと舌打ちした秋人は、意識を取り戻した不良男「てめえ、よくも…げふっ」…の顔をと再び踏みつけ意識を奪うのだった。

 

あとには霧崎恭子が変装用につけていたメガネが残されていた。

 

 

―――あれ?よく考えたら"シンデレラ"に似てる?

 

霧崎恭子は電車の窓から流れる街並みを見つめ、独りごちた。

夢見がちな恭子は童話や絵本が好きだ。"シンデレラ"はお気に入りの童話の一つだった。

 

(まぁ王子様はあんな口悪くないし、シスコンでもないし、いきなり罵声浴びせたりしないし…)

 

「まさかねー…」

 

恭子はなんだか自身でもよくわからないもやもやとした気持ちを苦笑いと、流れる高層ビル群…それを隔てるガラスの窓にデコピンをすることで弾くのだった。

 

…弾いた拍子に炎が生まれ、窓に大穴が空き、電車が止り、結局恭子が撮影に間に合わなくなった事と、またOLもこのせいで編集部で2日目の徹夜をするハメになるのだった。…涙の余談である。

 

じーっ、「?お兄ちゃん?どうかした?私の顔に何かついてる?」「春菜、やっぱりお前のほうがずーっとカワイイぞ」「ふえ!?な、なに、いきなり…!?」「"お兄ちゃん大好き"って言ってみてくれ春菜」「え!?!?は、恥ずかしいよ…お兄ちゃん…も、もう…しょうがないなぁ…お、おにいちゃんだいすき…」「うむうむ」「…何をやってるんですか何を…このバカップル」との会話がとある家庭で繰り広げられたのもまた別の話。

 

 

22

 

 

「おう凛、二度目まして…用事はすんだのかよ?」

「ああ、すまない。もう済んだ…ん?何だか不機嫌な顔だな?何かあったか?」

「いや、何もない。なーんにもなかった」

「…?そうか?」

 

小首を傾げつつ、丁寧に着物に皺ができぬよう膝を折る凛。

 

「そういえば、ソレ、その着物、重かったり暑かったりしないのか?」

「…正直重いし暑い。いつ脱いでやろうかとも考えている」

 

だろうな、と秋人は悪戯っぽく微笑った。凛も、笑うな私だって好きで着ているわけじゃない、無理やりだったんだ、と微笑った。

 

凛の指定した鰻屋へ先に行っていた秋人は襖を開けて未だに武士姫仕様の凛を出迎えた。完全個室の鰻屋はとても安そうな、学生が行くような場所ではなかったが、店についた秋人は物怖じせず暖簾をくぐった、帰ったら春菜に恭子とのモヤモヤを晴らしてもらおうと色々案を練ってほとんど無意識のうちでいたのである。

 

「でも初の凛とのデートが鰻屋…渋いな、凛っぽいけど」

「デート…か、秋人、ほんとにそう思ってくれているのか?」

「もちろんッス」

「嘘をつけ…」

 

ふっと苦笑いを溢した凛はパタンとお品書きを閉じ、これを、と女将へ頷くことで示した。

 

「おお、かっけーッス、メニュー見ないんスか?」

「此処へは偶に父上…あの不埒者と来るからな…もう二度と来ることはないと思うが…」

 

スッと目を細め剣呑な眼差し…武士姫が確かに秋人の前に"凛"としていた。ゴクリと一口、お茶を含む秋人。

 

(父上…なんかしたのか…?どういう人なのか識らないな、まぁ凛の親なワケだし…武士っぽい人なんじゃなかろうか)

 

娘ラブなちょっと(?)危ない父親だとは露とも思わない秋人であった。

 

「秋人、鰻屋の松竹梅は鰻の大きさ、ご飯の量の違いだけなんだ。」

「へぇ、そうなのか」

「ああ、それから此処の鰻は白焼きしたものを、蒸してから再び焼く、淡白で柔らかいのが特徴だ。鰻の白焼きはあっさりとして美味いぞ、食事を終えたあとは柚子茶で、爽やかな甘さのあるお茶でしめるんだ」

「へぇー、やっぱ凛は物知りだな」

 

ふふっと満足そうな笑みを着物の袖口で隠す凛。素直な褒め言葉に嬉しいらしい

 

「夏に鰻を食べる風習があるがな、本当は鰻の旬は冬なんだ。過去、夏に鰻は売れずに――」

 

嬉しそうに解説を続ける凛、その姿を頼んだ鰻がくるまで秋人は微笑ましく見守っていた。

 

 

22

 

 

二人は公園へと続く並木道を歩いていた。

 

もう陽はとっくに落ち、街は静謐(せいひつ)な暗がりに包まれている。

 

相も変わらず穏やかな表情の凛は、秋人の三歩後ろをついて歩いていた。

秋人も何度か振り返り、凛の様子を気にしながら歩く。凛は視線を感じる度に口元を綻ばせていた。

 

昼間に感じた幸福感とは別の、切なく高なっていく気持ちを凛は胸の奥に秘めていた。近づくと気持ちが伝わってしまいそうで、今も秋人の後ろを歩いている。

 

(秋人…)

 

今宵の月がうつろいゆく、それに呼応するように白が朱く染まっていく…上気していく頬、顔…

 

―――期待していた

 

月夜の晩に、二人きり。人のいない並木道。

 

―――秋人がいい、秋人でないと駄目だ

 

凛は着物の襟をぎゅっと掴んだ。

 

(秋人にあんなことを言ったが、自分の心さえ自由にならないとは…恋は時に頼りなく儚く、時に荒れ狂うマグマのようだ)

 

目の前に変わらない秋人の背中がある。手を伸ばせば届く距離に。私の傍に。

 

「凛?どうかしたか?」

「…いや、なんでもない。こういう着物は衣擦れの音が気になるな」

 

凛は伸ばしかけた腕をそっと戻した。

 

「まあそうだろうな、裾が地面についてるし。ズルズル引きずってるしな」

「そうだな、過去の貴人たちはこんな重い物を着ていたとは…日頃から鍛錬を怠っていなかったようだ。」

「鍛える為に着てたわけじゃないと思うけど…ま、いっか」

「ああ、先を急ごう秋人。もう遅い時間だ」

 

何の為にこれを着ているのか、本当は分かってる。

 

シンデレラをイメージしたという十二単。父上は無理やり私に着せたが、ドレスではなく和服では"かぐや姫"の方がイメージに近い

 

―――そういえば、月に帰ったかぐや姫はその後どうなったのだろう

 

ふいに思い浮かんだ疑問。胸の奥で燻る炎を誤魔化すように、私は空想を巡らせた。

 

(最後は物思い一つない月の世界に還っていくかぐや姫。天の衣をつけたかぐやは、育ててくれた翁や激しい愛を詠う帝のことも何とも思わなくなり月へ還り……それからどうなったのだろう)

 

「…秋人、かぐや姫は月に還った後どうなったのだろうな」

 

気づけば私は目の前の背中に問いかけていた。答えが分かる確信があった。

 

「また還ってくるんじゃないのか?むこうは娯楽少なそうだし、もうあっちには友達も家族も居なくて退屈しそうだし」

「…。」

「何よりこっちに残した…泣き虫が寂しいだろうし」

 

ララとか、ヤミだってこっちの方が居心地良さそうだろ?――と、秋人は振り返って笑った。

 

―――秋人…

 

秋人の笑顔に切なく胸が締め付けられた。

 

こんなに近くにいるのに、声も届かぬ程遠い人

 

向けられたその目は、振り返って私を見たその瞳は…私を見ていないような気がした。

 

だから、つい

 

「…兄様、凛へ大切な想い出を有難う御座います。凛は一生忘れることはないでしょう。兄様と過ごした日々は瑠璃の宝珠のように大切な想い出でした。」

「お、おう、なんだよイキナリ」

「できれば凛は一生、その中で過ごしていとう御座いました………ですが、ここでお別れです」

「そ、そうか」

 

頬を引き攣らせて、秋人が笑っている。

 

「…はい、さようなら兄様。もう逢うことはないでしょう。ですからどうか、どうかいつまでもお元気で…」

 

今日出会った時のように父上原案の"リンデレラ"を演じる。

 

振り返った笑顔には寂しさが混ざっていた。秋人にそんなものは似合わない、それに

 

(君の傍には君を求めてやまない者がいる、大切に思っている者がいる)

 

 

たとえ君が求めた者じゃなくても―――

 

 

鮮やかな藍がさあっと風と共に舞い上がる。

 

脱ぎ捨てられた衣が姫と兄を薄い影で覆っていく

 

薄布に包まれ、阻まれる月灯り。藍色の衣が月の視線から二人を覆い隠した。

 

踵を押し上げて、胸を掴んで――

 

 

二人しか居ない世界。衣の下で、重なる影を月は優しく照らしていた。

 

 

―――こうして、魔法の効果が切れる前に姫は影落ちる大地よりいと高き所へと還っていた。

 

でもまたいつでも逢える。逢うことの出来る御伽話の姫を、"かぼちゃの馬車"ではなく車に飛び乗り去っていく凛を、秋人は見送った。

 

唇には、仄かに甘い柚子の香が宿っていた。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/10 情景描写改訂

2016/01/18 情景描写改訂

2016/01/23 情景描写改訂

2016/01/26 情景描写改訂

2016/02/03 ラストシーン変更

2016/06/03 一部構成改訂

2017/11/24 一部改訂


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R.B.D閑話『いつか何処かの、誰かのMerry Christmas』

暗く暖房の効いていない部屋はしんと静まり、私と彼が居た頃の暖かさは無く――――冷えた空間が広がっている。

 

それはいとも簡単に私に"あの頃の私"を想起させる…

 

素足のままリビングを抜け目的地の部屋へ向かう。ひたひたと静かな足音を奏でるフローリング、冷たいドアノブに手をかける寸前…もしあの時と同じように彼が居なかったら…、と息を潜めドアをそっと押し開ける――――

 

部屋にはクリスマスツリーだけがあった、ぽつんと置かれた小さなツリーはオーナメントと赤、青、緑にチカチカと瞬き輝いている。瞬きはあの頃よりも控えめになり、そろそろ買い替えどきかもしれなかった。でも間違いなくこのツリーだけは捨てないし買い換えることもないと思う。

 

(よかった…これがあって…ということは)

 

「何ぼーっとしてんだ」

 

後ろから声をかけられる。振り返ってみると、腕を組んでニヤニヤと私を見ている彼が居た。

 

「ううん…ちょっと、ね」

「ふーん…ちょっと、なんだよ?」

「…思い出してただけ」

「ふーん、何を?」

 

むっと彼を睨む、相変わらずニヤニヤとした悪そうな笑顔…あれは全部知ってる顔だ。そもそも今日、クリスマスイヴの夜にわざわざこの昔のウチに呼び出したのも、このツリーを置いたのも彼だろう。だから私が今、何を考え、何を想い、どうして欲しいかも全部知っているはずだ。彼とはもう短い付き合いではないのだから――――

 

不満をぶつけるように思いっきり彼の胸へ飛び込む。二人して重なり固い床に倒れこむ…ゴンッ!とフローリングを叩く音がした。――――彼が頭を打ち付けた音、痛そうな音に心配になる…でもちょっぴり胸はスッとした。

 

あの時と違い、彼はスーツ

あの時と同じ、私はドレス

 

ほんの少し、時の流れを思い返す、

 

(―――あの頃の私は…確かな絆を新しい絆に紡ぎかえるのが怖かった。もしもあの時、自分の気持ちを、選ばなかったら…)

 

背中に冷たいものを感じ、すっと彼の胸から顔を離し見下ろした。私と同じ色の…優しい瞳をじっと見つめる

 

「…ね、あの頃、私…なんだった?」

「ただの妹」

「…じゃあ、今の私はなぁに?」

「…やっぱりただの妹…じゃなくて俺の妻だな」

「…でしょ?」

 

よくできました、と頬を撫でる。間近に彼の顔がある、薄明かりで見ても私の頬はきっと赤いことだろう。この後の展開に期待している…寒気を感じた分だけ、彼の熱を私は欲しがる…その求める気持ちは躰の中を流れ、芯から火照らせていた

 

「もしかしたらなんかねえよ、俺とお前はずっと一緒だ」

「…。」

 

ほらやっぱり、と思った。私の考えなんてお見通しで、いつだってこうやって私の心も躰も一人占めして――

 

「…痛いだろ」

「お兄ちゃんが悪い。私は悪く無い」

 

むぎゅっと頬をつねる。…彼はとっても不満そう。違う反応…例えば感動に震え、涙で胸に顔を埋める私…なんてのを想像してたのかもしれない、けどそうはいかない、もう十分成長したんだから…涙目にはなってるけど

 

「きゃっ!」

 

くるり、形勢逆転。今度は私が下になる

 

「ぁ…」

 

ゆっくりドレスを脱がされる。あの時も脱がされたけど、こうも優しくはされなかった。腰を浮かせて彼を助ける…そんな私も居なかった。

 

「な、…お前は誰のものなんだ?」

 

ゆるゆると彼の視線が私の躰の上を滑っていく…最後の布一枚になってる私。見られた部分全てが熱を帯び、知らないうちに浅く息を継いだ。

 

「ふ…っ、あんっ…お兄ちゃんの…あなたのものだよ…あなたはぁ…わたしだけのもの…」

 

彼の頭を胸に掻き抱いて耳元で囁く、何度こうして脱がされ見られてもやっぱり恥ずかしい…あの頃から成長してないのかもしれない、慎ましやかな胸には相も変わらず春の芽吹きはまだこないし…

 

もぞもぞと動く彼…ちょっと苦しいのかもしれなかった。それだけ彼が愛おしくて、きつく離さないように、ぴったり離れないように抱きしめたから――――クスッとおかしくなって微笑ってしまう

 

「ふはっ…春菜、…んっ」

 

酸素を求める口を唇で塞ぐ。文句も、意地悪ももう言わせない。くるりと今度は私が上になった。

 

(――――今夜は寝かしてあげないんだから)

 

キスをしながら彼のスーツを脱がす私はあの頃の私と違って、目の前の彼と、お兄ちゃんと同じ悪者キャラかもしれなかった。

 

「ちゅむ……あふ…」

 

そう思うと短い息継ぎの、微かにしか離れない口元に笑みが浮かぶ―――お兄ちゃんも…秋人くんも同じく目を細めて微笑ってる、「生意気になったな」と

 

(またお兄ちゃん目線するんだから…もう、今くらいは私の旦那様目線でいてくれてもいいのに)

 

「…今夜はたっぷりかわいがってあげるわ…あなた…あ、朝まで…」

 

お兄ちゃんの望み通り、生意気をいう。目を丸くする私の旦那様……ややあって弾けたようにあははっと笑った。照れながら私も笑った。くるり、と今度は下にされる

 

「生意気いう春菜には清純ヒロインとしてもう一度導いてやらないとな」

「ぁ…秋人…おにいちゃ……んっ!」

 

―――そのままふたりは深く重なり、愛し合う、ふたりのクリスマスイヴは日が昇っても終わりそうになかった。

 

…終わりの見えない睦み合いをツリーの光だけがどこか呆れたように見守っているのだった。

 




感想・評価をお願い致します。


2015"X"mas限定話でした。


2016/02/02 一部改定


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Re.Beyond Darkness 17. 『楽園への鍵~Rose Bud~』

23

 

 

「…アキト、今度はソレを下さい」

「はいよ」

 

秋人はヤミへと"ソレ"を渡す、ソレとは塩。いつの間にやら具体的名を上げなくてもコミニュケーションが成り立つようになったふたり、ふたりは並んで料理をしていた。

 

だらしなく着崩された制服。その上にヤミとお揃いのエプロンを身につけ料理の補助をする秋人、少しだけ目元に眠気が残っている

 

ぱりっと隙無く着こなされた制服。その上に秋人とお揃いのエプロンを身につけ真剣な表情で手元を動かすヤミ、いつもほとんど表情を変えないヤミだが、頬がぴくぴくひくつきニヤつく変化に必死に抵抗している

 

自身の一番大切な男と最近要注意の妹、並び立つ凹凸を椅子に行儀正しく座り料理の完成を待つ――――――一人、蚊帳の外の少女、西蓮寺春菜、その表情は、暗い

 

(うううぅ…おにいちゃんのばか…そもそもあのお揃いのエプロンは、()お兄ちゃん(・・・・・)で着るはずだったのに…)

 

"仲良し父娘(おやこ)"、お嫁さん(自称)はふたりを評した。決して恋人同士とはしないあたりが彼女の複雑な想いをよく表している

 

春菜の瞳に写る背丈が頭二つ分は違う父娘。

 

ヤミの腰まである背を覆い隠す金の艶髪(つやがみ)…美しく長いその髪は窓から差し込む陽光を反射し綺羅びやかに輝いている

 

秋人の頬にかかるツンツンとした黒髪…伸びてきた髪はヤミのものとは違い光を吸収する黒だ

 

対象的なふたり。でも、どこか似ているような気がするのはなぜだろう…―――

 

ふと同じところ、似ているところを思い浮かべてみる春菜

 

(ヤミちゃんとお兄ちゃん。顔は似てないし、背だって、性格だって…あ、髪質かな…?)

 

ヤミの髪は柔らかい。秋人も固そうな印象を受ける髪だが触ってみると意外に柔らかいことを春菜だけが知っている、知っていた。

 

(そんなところが似てるのかな?…でもソレ、私だけが知ってたのに…今ではヤミちゃんも、ララさんも、古手川さんも知ってるみたいだけど…………あと美柑ちゃんも)

 

じーーーーーーーーーっっとふたりの背中を眺め続ける春菜。

 

睨むとも言えるその視線の先には、柔らかな金の髪の主がいる。固く結ばれたエプロンの結び目、その背に浮かんだ追憶に春菜は目を細める―――

 

 

『春菜お姉ちゃん…毎日家事で疲れが溜まっているのではありませんか…?最近、アキトにだらしなく甘え過ぎですし……たまにはゆっくり休んで、朝の食事の用意くらい私に全部任せてください』

 

ふたりで共に帰路につく道すがら、ヤミはそう言った。

 

「ううん、大丈夫だってば。ありがとうヤミちゃん」

 

やんわり断る春菜にヤミはしゅんと残念そうに俯く。夕暮れが彼女のやりきれない想いを具現化し、横頬に落ちる切ない翳りに―――

 

「やっぱりお願いするね!ヤミちゃん!」

 

と、いじらしさに胸打たれた春菜は承諾したのだった。してしまうのだった。

 

「本当ですか?!ありがとうございます…春菜お姉ちゃん!」と、その時のヤミのにっこり幸せそうな笑みを見た春菜も「ううん、こっちこそ、心配してくれてありがとうねヤミちゃん」と同じくにっこりと幸せな笑顔になった。

 

 

――――私のばか…

 

溜息をつき肩を落とす現在の春菜、思い返した夕暮れのヤミのように残念そうに俯いてしまう

 

先程から春菜はなんとか目の前の現実から逃避してやり過ごそうとしていた。

 

普段は朝、なかなか起きないだらしのない秋人が。そして最近、いろいろと頭角を現してきたヤミが。ふたりは相変わらず仲良く食事の支度に取り組んでいる、違和感を感じさせることなく…

 

そもそも秋人は料理をしない。料理上手で料理好きな春菜が居る上、最近はヤミもそれを手伝う為する必要がなかった。せいぜい皿を準備したり、片付けて(いやいやしぶしぶ)皿を洗うくらいであった。

 

だから、春菜はいつか秋人に料理を教えて、ふたり(・・・)でアレコレ言い合いながら、笑顔で仲良く料理をしてふたり(・・・)でごはんを食べる、そう夢想していた。

 

そう、まるで仲睦まじい新婚さんカップルのように、目の前にいるふたりのように。

 

春菜が密かに"春菜の秘密の花園"で企んでいた『春菜&秋人お兄ちゃんのらぶらぶ新婚生活~いけない料理編~』が、まさに、今、目の前で、現在進行形で実行されているのだ

 

そしてメインヒロイン兼主人公のはずの春菜はなぜか、その慎ましい夢や願いがふんだんに盛り込まれた妄想計画からはじき出されるわ、一人テーブルで待たされるわ、こうして怪訝な面持ちでふたりを眺めさせられるわ、踏んだり蹴ったりであった。幸せ絶頂ヒロインのはずから一転、春菜は悲劇のヒロインへと陥ってしまう

 

(うぅ~……どうして…ひどいよ…なんで私の、私の密かな蜜月の夢…どうして私がひとり蚊帳の外にいるの…うぅ…)

 

―――春菜もヤミの存在を計画から除外していたので人のこと言えなかった。

 

「アキト、今度はそちらを」

「はいよ」

 

ヤミから指示を受けボウルに入った玉ねぎを渡す秋人。僅かに触れる手と手、ピクリと華奢な肩を上げ、頬にうっすら朱がさした娘は父に微笑み、はにかんでみせる。父もなんだか擽ったそうな顔をして頬を掻いてみせる。春菜は更に怪訝な視線を強めピクリと眉をひそめてみせた。

 

以心伝心、笑顔が連鎖する仲良し父娘(・・)そして、ふたりの後ろで睨むお嫁さん(自称)

 

―――なんだかおかしな三人がいつもの西蓮寺家にあった。

 

 

ウッウウン!

 

わざとらしい咳払い。

 

最近やたらと秋人に、春菜の一人占めしたい男に、甘える妹のヤミ。そしてそれを甘受する秋人

 

―――我慢の限界を彼女らしい婉曲したやり方で伝えてみせる

 

しかし、反応無し

 

「…アキト、口を開けて下さい」

「お?味見か?待ってました」

 

ひょい、と口に料理を放るヤミ。もぐもぐと咀嚼し「お、うまいなヤミ」とグッと親指を立てサムズアップする秋人、ヤミもほっと安心し微笑む

 

「"豆腐ステーキ"です…お子さまへの離乳食にも最適です…アキトのようなお子さまにも」

「だーれがお子さまだ、だれが」

 

ふっと口角を上げ微笑うヤミにチョップを落とし、ガシガシ乱暴に撫でる秋人。それを気持ちよさそうに受けいれながら文句を返すヤミ。和気あいあいといったふたり…

 

そんなに気になるなら春菜も共に料理の輪に加われば良かったのだが、いかんせん従来の生真面目さと律儀さが邪魔をし、ヤミとの約束を守らせていた。

 

気を引くことを諦めた春菜は頬杖をつき、面白くなさそうにふたりを見る

 

ふぁ、と口元に浮かび上がろうとする欠伸を噛み我慢する春菜。目元にじんわりと涙が浮かぶ、確かにヤミの言ったとおり疲れが溜まっているのかもしれなかった。

 

じわっと湧きあがってきた涙が、彼女の気分を変えさせた。

 

(昔はお料理、よく手伝ってくれたなぁ…)

 

昔とは、春菜の背が今のヤミと同じであったくらいの事。あの頃の秋人は小さな春菜の世話をよく焼いてくれていた。それが今では春菜が秋人の世話を焼いている。日増しに増えた苦労、それは春菜にとって決して嫌なものではなく、むしろ幸せなことであった

 

(お兄ちゃん………秋人くん…)

 

春菜にとって"西蓮寺秋人"とは目の前のその人であった。本物、偽物、関係なく秋人はただ秋人だ。

 

好きという気持ちの前には、秋人の抱える悩みなど春菜にとっては些細な事だった。それは秋人に告白した時から何も変わっていない

 

変わってしまったのは自分の気持ちの…その性質(たち)であった。

 

兄を、秋人を幸せにしたいと強く願うと同時に自分自身の幸せを…秋人と甘いふたりきりの生活を。それも強く希うようになっていった。

 

(他の誰かが傍に居てもいい、でも一番は私がいい…)

 

あくびとは違った涙が、瞳の奥にじっくりと湧きあがってくる感覚を春菜は感じていた。

 

少しの間だけ、春菜にとっては永遠を思わせるような時間だけ―――秋人の居ない日々があった、空間があった、生活があった。

 

奪われ失った幸福な時間の流れ、その中で過ごした日々…―――

 

春菜にとって文字通り半身を失っていた生活。ぽっかりと胸に穴が空いた空虚感、思い返した時の流れがどうしようもない焦燥感を伴って春菜の心に悲しみの波紋を広げていく―――――

 

「秋人くん、」

 

耐え切れなくなって思わず声をかけた。

 

「ん?なんだよ春菜」

 

手元を動かしながら答える秋人。春菜の声に含まれる微かな震えは、せわしない朝の空気の中に混じり溶け込んで彼の耳には届かなかった。

 

春菜は逆にそのことに感謝した。今の自分の決意が鈍るような考えを、じっくりと自分の中にある秋人への想いに溶け込ませていく

 

「男の人のエプロン姿ってなんかいいね。お兄ちゃん似合ってるよ…私、好きかも」

 

口に出したその言葉に、先程の震えはなかった。

 

「そうか?…俺は男がエプロンするより女の子エプロンの方が好きだぞ」

 

秋人はちらっと自分の胸元に目をやって自身を眺めた後、やっと春菜の方を振り向いてそう答えた。先程からジトッと自身とヤミを睨む春菜に気づいていたが、秋人はとりあえずそっとして置くことにしていた―――――嫉妬するウチの春菜はカワイイと思っていたからである。

 

だが、あまり放置しすぎるのも可哀想だった、悪かったな春菜。と目で合図を送る。

 

(ぅ、秋人くん………)

 

優しく撫で上げるような視線が春菜の上に注がれる。自分の気持ち全てを包んでくれているように思わせる想い人の視線を一身に受け、春菜の頬がみるみる紅潮していく―――― 

 

「お、お兄ちゃんが好きなら私…裸でエプロンしてもいい……よ?」

「ふむ。ノーマルな裸エプロンか…」

 

 

『えへへ…秋人お兄ちゃん。お料理するから見ててね』

 

白い素肌に純白のふりふりエプロンだけを身に纏って、春菜はくるりとまわり背を向ける。後ろからは艶めく黒髪ショート、ほっそりした肩、腕、なめらかな背中。きゅっと引き締まったくびれ、小尻、太くもない太腿―――――上から下に向かっての脚線美はこれ以上無い程整っていてあられもない姿だ。スレンダーな白い肢体が、後ろ髪が誘うように小尻が揺れる

 

『春菜っ!』『きゃっ!秋人くんっ!』

 

ガバッと後ろから抱きしめられる春菜は批難の意を込めて視線を秋人へ投げかける、しかし瞳は潤み期待している様をありありと示していた

 

『あ…あきとくん…今お料理つくって…んあっ!』

 

ぷるんとフリフリエプロンから零れ出る春菜の慎ましい膨らみ。よく手に馴染む柔らかい感触を、まるで"俺のものだ"と主張するかのように揉みほぐす秋人

 

『だ、ダメだよぉ…も、もう…お料理頑張ってる途中なのにぃ…♡』

『頑張る方向が違うぞ春菜…作るのは料理じゃなくて…』

 

 

「赤ちゃんでした…なんちゃって…」

「…大丈夫、なんですか。春菜、お姉ちゃん…」

 

さっきから二人のやり取りを黙って聞いていたヤミは、さすがに振り返って呆れたような眼差しを春菜に向ける。彼女は心の中で春菜ならやりかねない、と思っていた。

 

いやんいやんうふふと頬に手を当て揺れる春菜。頬を、というより全身を赤らめ幸せそうだ。

 

ヤミはそのまま視線を秋人に向けて少しの間硬直してしまう。

 

秋人は真剣とした表情で春菜の事を見つめていた。どこかその(おもて)は凛々しさがあり、ヤミは思わず見とれてしまう。しかし彼の頭の中では、純白エプロンのみを身に纏った春菜が自分の胸に縋り甘い声で啼き喘ぐイメージが渦巻いていた。そしてそれは春菜の妄想と見事に一致し、シンクロしていた。ちなみに…両者どちらかとは分からないが、慎ましい2つの丘の大きさは若干増量の方向へ修正があったようだ

 

定番だし、王道でいいかもしれないな…真剣な顔から一転、頬をだらしなくゆるめながら秋人はそう結論へ持って行った。それが同時にヤミをはっと正気に戻らせる。

 

似たもの兄妹の妄想を蹴散らしたのは横にたたずむ()の一喝だった。

 

「パパ!!」

「パパァア!?」「ふえ!?赤ちゃんがしゃべった!?」

 

ブンと音がしそうなくらいの速さでヤミの方を向く秋人。あからさまな膨れ面と睨み付ける視線の鋭さを受けて、秋人の頬にチーッと汗が流れる。ちらっと春菜の方にどういうことだ?と視線を向けて救いを求めるが春菜は春菜できょろきょろと周りを見渡したかと思ったら、ふぅ、と安堵の溜息をつき額の汗を拭っている。無事現世へ帰還したらしい。

 

「パパってなんだ!?大丈夫なのかヤミ、変身(トランス)しすぎて脳がトランスしちゃったのか?」

「ばっバカにしてるんですか…!アキト、いいい今のは言葉のアヤというやつであり決して…!って熱はありません!正常です!えっちぃ春菜と一緒にしないでくださいっ!」

「清純なのにムッツリなのが春菜のいいところだろうがぁ!」

「ちょっ…!お兄ちゃん!!なにいってるの!違うもん!そんなことないもん!」

「そんな事あると思います…この間だってナスをはだけた胸ではさ…「や、ヤミちゃんダメ!言わないでっ!むぐっ!」「さあさあ教えて下さいヤミサマ。わたくしめには必要な情報であります」

 

姉たる自身の痴態を口走ろうとするヤミ、ガタッと立ち上がり紡がれる続きを塞ぐ為に飛びつこうとする春菜。その躰を後ろから抱きしめ口を手で塞ぐ秋人

 

騒がしい朝の日常。ドキドキと安心。もがく躰を優しく押さえる秋人の体温…見上げればニヤニヤと邪な笑みを浮かべる想い人。秋人と自分、そしてヤミ。二人を、秋人を変わらず見上げながら、もがくのをやめた春菜は無意識の内に薄い唇を動かす―――――

 

 わたしだけの…

 

掌の中で紡がれた言葉は喧騒の中では、秋人の腕の中では、春菜以外にとらえられる者など居なかった。

 

 

24

 

 

「みなさんこんにちは、本日からよろしくお願いします。ティアーユ・ルナティークです」

 

パチパチパチパチ…

 

と暖かい拍手で迎えられるティアーユ・ルナティーク博士。タイトなブラックのスーツを隙無く着こなし、深い知性を思わせる穏やかな微笑み。落ち着いた雰囲気はとてもドジでだめだめな女性とは思えない(ヤミの評価)だが、そんなヤミの辛辣な評価とは裏腹にその他の生徒たちは皆「とても頼りになりそうな、保険医の御門先生に並ぶほどにマトモな大人の先生そう」という固い(・・)評価だった。

 

「よろしくね、みんな…ああっ!大変!あそこにUFO!異星人!」

 

そんなキリリとしたイメージをもたれるのを嫌ったのか。わざとらしい冗談を口にする新米ティア教師。ぴっと青空へと指差すティアーユの…豊満すぎる胸がふるりと揺れる。

 

べたべたな注意の引き方にクラス一同苦笑いを浮かべながらも指された空を見やる…その方角を見ていないのは三人だけであった。

 

「すげー、どうやったらあんなおっぱいが実るんだ…」と口から思考をダダ漏らすペタン娘

 

「あぁ…今日は待ちに待ったお兄様へとの逢瀬の日♡たまには嫉妬するお兄様が見たい…先にリトさんに会おうかしら…男の匂いに嫉妬してより激しいオシオキを…うふふっ♡」と同じく思考とよだれを垂らす桃色の姫。

 

(貴方も同じ異星人でしょうに…)

 

最後の一人、呆れを隠さない表情で自身の顔によく似ているティアを見つめるヤミであった。

 

無論、三人とも青空もティアそのものを見てはいない。意識は遥か彼方、だった。

 

パシャ

 

(?)

 

呆気にとられているヤミをカメラに収めるティア。金髪ブロンドを揺らし、てへっと舌を出し幼子のような悪戯な笑みを浮かべてみせる

 

「なにやってるんですか…仕事中に」

 

写真を確認しデレデレといった具合にだらしない表情を浮かべるティア。自身とよく似た面立ちでああもだらしない表情をされると、ヤミの心のウチに何だかもやもやとしたものが広がる

 

(もしかして私もあんなだらしない、ふにゃふにゃ顔ができるのでしょうか…ふっ、そんなまさか)

 

ふっと口元にも嘲笑を浮かべるヤミ。

が、そのまさかであることをヤミは知らない。秋人の腕に抱きついている時などはまさにそんな蕩けたようなふにゃふにゃ顔をしている事を

 

 

そしてそんな三人より他、黒咲芽亜は空もティアーユも見ていなかった。目をつぶり、自己だけを見つめていた。

 

(ククク…期待しているな?メア………濡れてきているぞ)

 

耳元で囁かれる…愉しげに嗤うその声に、芽亜は頬を染めコクリと頷き返すのだった。

 

ティアが指し示した青い空、その宇宙を朱く染め上げる逢魔(おうま)時まではまだかなりの時間を必要とした。が自身の裡に潜むもう一人の躰の主、その闇と会話できる兵器少女(ウェポンガール)には関係なさそうであった。

 

 

25

 

 

はぁ、とセフィは何度目かの溜息を付いた。

 

物憂げなその顔はベールで隠され、表情は定かではなかった。が、憂いの雰囲気を帯びているセフィ王妃のその表情(かお)は銀河一美しいことだろう…と傍で控える給仕の誰もがそう思っていた。

 

「ンだよそのウゼェ溜息は…」

「はぁ…」

「ったく、近々身体も元にもどる…そしたら珍しいタイプとかいう生体兵器のとこ行って叩き潰してヤルからよ心配すんな」

「はぁ…」

「オイ!セフィ!聞いてんのか!?」

 

ギロッと小さなギド・ルシオン・デビルークは自身の妻であるところのセフィを見上げた。モモ・ナナが生まれた後。ギドはずっと小さな―――ヒトで言えば推定5さいくらいの背丈だった。だが力自体は全盛期より大幅に劣るものの、少し名が売れた程度の刺客ならワケもなくブッ飛ばせるほどの実力はあったが。

 

「聞いてるわよ…ギド…相変わらず小さいのね」

「?しかたねぇだろ、力使いすぎちまったからな」

「そういう事じゃないのだけれど…まぁいいわ―――――」

 

はぁ、と深々溜息をつくセフィ。ギドは青筋を立てる。

 

「オマエがチャがどうのこうの言うからクソ忙しいのにきてやったんだろーが!」

「貴方は遊んでるだけじゃないの…」

「ふん、用がねえならオレはもう行くぞ!」

 

図星をつかれ、不機嫌オーラ全開で場を去っていくギド…その背中をセフィは椅子に優雅に身を預けたまま、ぼんやり眺める。

 

―――――この日は偶然にも、雨であった。

 

雨音はあの日をセフィに回想させるには十分過ぎていたのだ――――…雨でなくても毎日思い出していた事をセフィの理知的な頭脳は知らない

 

建物から外部に突き出したバルコニー。其処へテーブル、チェアを一組設けさせ優雅にアフタヌーンティーを嗜むセフィ。それは一枚の絵画のようだった。それを時折遠くから眺める事が城に仕える給仕たちの数少ない楽しみでもあった。が、今日はそこへ夫であり銀河の覇者でもあるギド・ルシオン・デビルークが加わり…穏やかなティータイムが痴話喧嘩へとなってしまう。

 

もう一つ、溜息をつきレモンティーを口へ含み直すセフィ。広がる酸味、舌に感じる酸っぱさに気持ちの切り替えをはかり…

 

今日もこれから仕事ね…と一人呟いてみた。

 

外交や統治といったものはセフィ。危険な軍事関連はギドの分野であった。

平和な現在、セフィの負担は日増しに増え…スケジュールは過密。既に数年先まで埋まっている。

 

「はぁ…」

 

白く濁った溜息が、雨の空気の中…霞となって消えていく―――――

 

「お母さんどうしたらいいのかしら……ねぇ、アキト…」

 

が、考えているのはそんな仕事のことではなく一人の青年の事。自身の娘、ララと同じくらいの若者―――――なのに。

 

無意識で伸ばした指先が唇へ向かう、ベールの滑らかな感触、その下の小さく柔らかい感触、だが欲しいのはこの感触ではなく…また違う別の、同じ柔らかい感触だ。

 

完全に消えてしまった霞の向こうに、先ほどの答えを探すが今日もまた、セフィには見つからないのだった。

 

 

26

 

 

「くちゅっ!く、うぅん…はっ!ちゅっ!ちゅっ!」

 

キスを交わしながら噛みつくように背中を掴み握る少女。背中に爪を立てられる――――口づけをかわす男は鈍い痛みに眉を顰めた。

 

―――夕暮れの朱に包まれた2-Aの教室に唇を貪り合うふたりの男女がいた。

 

一人は朱い三つ編みの少女―――黒咲芽亜。長い一つに結われた三つ編み、どこか動物の尻尾を思わせるそれは先端が手のように変身(トランス)していた。何かを食すように閉じたり開いたり…何度かそうした後、ピンッと大きく広げられ――――ぐったりとしたように元の髪へと戻った。

 

「ちゅっ!んんんっ!!!―――ふ、あ…………」

 

うっとりした顔で甘い吐息を、まるで躰の中の灼熱を逃がすかのように芽亜は零した。

 

「…もういいか?」

「だぁめだよせんぱい……今23?回目だから、約束だと最低でもあと二万回はしなくっちゃ…あーむっ♡んっ、くちゅっ…っは。んんっー……」

 

もう一人は西蓮寺秋人。疲れに翳りを帯びた表情をしていた。

ふたたび無人の教室に淫らな水音、興奮しているとはっきり分かるような甘い声音が吐息と共に響く

 

「ふっん…んっ――――んんっ!んむぅううっ――――っ!!」

 

芽亜はもう何度感じたか分からない絶頂にびくびくと躰を震わせた。力を失いくったりとする芽亜。腰の、全身の力が抜けた四肢が床へと崩れ落ちていく…それは秋人が腰を抱き支えてやることで辛うじて避けられていた。

 

「はぁ、はっ…はっ――――はぁっ…――――あむっ」

 

芽亜は達した余韻に浸りながら漆黒の瞳を閉じ思考と快楽の海へと沈み込む、

 

せんぱいとこうして抱き合っていると確かに光の中にいると思えた、暖かく包むような癒やしの光―――…

 

だがキスは違う。唇と舌を交えれば、高鳴り、震え、快感の奔流が躰の中をぐるぐる駆けまわり、何度も何度も快感が(またた)いた後、一瞬の全てのものを銀河の彼方へと弾き飛ばす特大の爆発となる…それは達した瞬間に脳髄に電流の如く走る快感と瞳の奥でスパークする白い、閃光―――――芽亜は再び躰を大きく震わせた。

 

メアにはイヴと違い最初から優しくしてくれる甘い者など居なかった。

 

彼ら研究者にとっては兵器としての存在自体が重要であって意志はむしろ不要と思っていただろう。例えそう語らずとも、モルモットを見るような研究者特有の眼差しは彼女の幼い情緒を閉じこめるには十分だった。

 

メアは自然と自己の意志というものを失っていった。そんな折り、研究所崩壊と共にマスター・ネメシスと出会う―――――

 

「くちゅっ!く、うぅん…はっ!ちゅっ!ちゅっ!」

 

くだけた腰を抱かれながら懸命に唇を重ね、舌を伸ばし交じり絡ませ合う黒咲芽亜。主導権を完全に奪われていることに対する反抗のようだった。密着する躰と身体。敏感に反応する自身の躰、そしてそれに反応を返す男の身体。それがたまらなく淫らに芽亜を興奮させていた。

 

黒咲芽亜の制服が黒い霧に包まれ……本来の戦闘衣(モノ)へとうつろいゆく―――

 

戦闘衣(バトルドレス)を纏うメア。透き通るような白い素肌は儚げな妖精を思わせる。メアは華奢な肢体をより秋人へと密着させる。既に胸と胸は隙間もなく接していたがそれでも尚足りないようだった。

 

うっすらと目を見開く秋人、唇を重ね合わせる少女を見て驚いたように目を見開いた。

 

(あたしのこと識らないでしょ?)

 

識らない…メア?

 

(うん、マスターに黙ってアノ時(・・・)にせんぱいの記憶、ちょっとイジッちゃった♪素敵でしょ)

 

お前…

 

(だって識らない、識らないセカイの…ニセモノのメアと一緒にしてほしくないもん…そんなのちっとも素敵じゃない。識ってるのはこっちのメア?)

 

繋がる意識と思考の中。無邪気に微笑む…彩南高校の制服を纏ったメア――黒咲芽亜が浮かぶ

 

(それともこっち…?)

 

戦闘衣(バトルドレス)を纏うメアが自身の躰を抱きしめ着衣を乱れさせる。綺麗な縦長の臍を魅せつけながら挑発的な視線を投げ―――――光が走った

 

「んんんっっっ!!!あぁぁぁッ!あぁっ!はぁっはっ…!」

 

メアの躰が仰け反るように緊張を増し、固まる―――――力なく崩れ落ちる躰、まわしている腕に力を込めなおす秋人―――を引きずり込むように後ろへと倒れ込む

 

「はぁっ…あっ、あぁ…んっ…あたま、打っちゃった…」

 

ふたりの衝撃で舞い上がった埃が斜陽(しゃよう)を散乱してきらきらと光った

 

「自業自得だろ、それより記憶―――…」

「もどさないもん…でもせんぱいがあたしのモノになるならいいよ?」

「なんだそりゃ」

「思い通りにならないなんて面倒くさいし…考えるなんてバカみたい」

 

―――ふたりの出逢いは運命と言えた。互いに互いが必要であったからだ。ネメシスには依代となる"肉体"が、メアには生きてゆく"意志"が。

 

ネメシスは教えた。"思い通りにならないモノなら壊してしまえ、ソレこそ兵器としての本質だ"と。そしてその通りに、メアは生きてきた。――これまでは

 

「ふふふっ…」

「…なにが可笑しいんだよ?」

 

メアの漆黒の瞳を見つめる秋人の瞳。その中に写るのは自分ひとり。ふたたび立ち昇ってくる快感にメアはゾクゾクと背筋を震わせる。堪らずその頬を掴み唇を押し付けた

 

―――マスターは"破壊には二種類ある"とも教えてくれた。"心理的"か"物理的"か

 

(心理的…せんぱいのあったかいのがそうじゃなくなるのは素敵じゃないし)

 

「あーむっ…ちゅっ…ちゅっ…」

 

(物理的…簡単だけど、一つに交われないからイヤ……どっちも選べない、どうしよ…………あ、)

 

「ひょうほお?」

「…………調教?なにアホしすみたいなこと言ってんだ」

 

僅かに唇を離す秋人とメア。触れ合う吐息の熱を唇で感じる

 

「…でもせんぱいを従えるのは難しめ?ハード?やっぱり邪魔者(ヤミおねえちゃん)消す?」

「お前な…仲良くしなさい」

「あややー…はぁーい…」

 

クイとおさげを引かれつつ、ふてくされるように頬を膨らませるメア。その様がなんとなく自身の計画通りにいかない時の不機嫌な桃色の姫に似ているような気がして…秋人は苦笑いを作る

 

―――メアの中に確かな意志が芽生える。それはマスター・ネメシスが与えたものとはまた別の…

 

「むー…今、別な事考えたんでしょ?ユルサナイ…あむっ…んっ!んっ!」

 

誰もいない夕暮れの時だった教室―――そこには既に宵闇が訪れ、淫靡な静寂さだけがあった。

 

―――やはりそうか

 

暗闇の片隅から呟きが溢れる。メアの裡以外の暗闇から…

 

「トランス・ダークネスへの変貌への鍵。退屈極まりない平和な世…それを破壊し混沌へと導く鍵…それは…―――」

 

その呟きはメアのくぐもった嬌声にかき消されてゆくのだった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/20 台詞改訂

2016/01/27 台詞改訂

2016/02/07 文章構成改訂

2016/04/06 文章一部改訂

2016/04/10 文章一部改訂

2016/05/22 文章構成改訂

2016/06/16 一部文章改訂

2016/07/13 一部改訂

2016/11/25 一部改定

2017/02/12 一部改定


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R.B.D閑話『里紗といっしょ』

1

 

果てしなく続く青空の下、住み慣れた街を歩く。

 

里紗とふたりで並んで歩く。

 

腕には先程から柔らかい感触が押し付けられ、いやらしい形につぶれて…白い谷間が覗いていた

 

「あ、いま見ました?見ましたよねー?オニイサン♪」

「当たり前だろ、ガン見するぞ」

「視姦ッスか?やらしいんだぁ~♡…でも見るだけですからねー?揉んだらダメですよ?」

「押し付けてるけど?」

「それはノーカンで♪」

 

里紗は今にも歌いだしそうなくらい上機嫌な笑顔を恋人に差し向けると、その腕に自身の腕を更にしっかり絡ませた。自身の身体のラインをはっきりさせる服装、襟首がVのラインに切り取られたサマーセーター。麻の肌触りの良い感触、その下に覆われる…というより押し付けられる悩ましい柔らかい感触、若干疲れを帯びてきた秋人に活力を呼び戻すかのようだった。

 

「~♪」

「…。」

 

鼻歌を歌う里紗の笑顔、全身から瑞々しく弾ける色香を放っている。"匂いたつ"とか、"ぼんやりと"とか、そんな曖昧さではなくハッキリと主張した色気。等身大の女子高生の色気だった。

それは人混みの中でもハッキリと認識され、先程からちらちらと男が里紗を見る――――足を止め見惚れる奴までいる始末だった。そうして隣にいる男、俺を見たあと大抵「チッ」と舌打ちをすると敵意を篭った視線を投げてくる。感じる男としての優越感…………しかしそれを上回っている疲労感…

 

買いもしない服を選り好む里紗、買いもしない靴を試着する里紗、買いもしないはずのブティックのショーウィンドウを真剣な顔して覗き込み、「あ、よっしゃコレ買おう」とつぶやいたと思ったのに結局買わなかった里紗。「これ着てる私を想像して下さいねーオニイサン♪」とランジェリーショップに連れ込む里紗―――――あ、最後のは楽しかったな

 

「…で、お次はどこですかね?オネエチャン」

「あらヤダ、オニイサンったらいつの間にやら年下に?あたし、弟いないんだけど?」

「作って下さい」

「じゃパパ&ママに頼まないとねー♪二人共最近忙しいから案外ソレきっかけに盛り上がっちゃうかも」

 

ぷくくくっと喉奥を鳴らして笑う魅惑の女子高生お姉さま。ややあって悪戯な猫を思わせるように目を細めたあと「あたしたちって他の人達にどう思われてるんですかねー?」と腕を絡める恋人に問うた

 

「まぁ"あのカップル爆発しろ"くらいには思われてるだろうな」

「まぁ、なんて悲しいことでしょう…あたしたちの激しい爆発の…愛の光に照らされて皆さん心が清らかになっちゃう…そうして地上に訪れる永久平和、弾けて消えた私たちは、天界にて裸で激しく愛し合う…とかどうでしょー?」

「なんだそりゃ…」

 

またもぷくくっと笑い、片手にもつカップコーヒー…ファストフード店から持ち帰ってきたソレを含み直す里紗。

なんとなくだが、里紗はいつもアイスティー派だった気がする。透き通った琥珀色の苦味の薄いアイスティー、透き通らない深い琥珀色の苦いコーヒー…なんだか里紗と俺の心の色に似ている…気のせいかもしれないが…つられて俺も一口飲んだ。

 

清らかとは全く別ものな、正反対の位置に居るような俺と里紗。

清らかって清純清楚な春菜みたいな――――

 

ちなみに朝、こんなことがあった。

 

「ちょっと今日は漫画買いに行ってくるな」

「?そうなの?今日は早起きだね、お兄ちゃん。私は部活だから…もう行くね」

「おう、気をつけてな」

「うん、ありがと。あ、朝ごはんはヤミちゃんと作ったのがテーブルにあるから」

「サンキュな、サンドイッチだろ?見たぞ」

「うん。スープはちゃんと火で温めてね、それじゃあ行ってきます…」

 

にこっと微笑んで魅せる春菜。手を振る秋人も思わず笑みを返す

 

薄い青のテニスウェアにエナメル質のスポーツバッグを抱え直し、玄関扉へ手をかける春菜、スラリと引き締まった腰、控えめにのぞく、朝日を弾く太ももの白。今日の春菜は清楚かつ健康的な装いだ

 

「あ、それとお兄ちゃん」

「ん?なんだよ?」

「せいぜいデート楽しんできてね、それじゃ」

 

バタン、と閉まる鉄のドア。一瞬見えた背中越しの冷たい笑顔…――――

 

「―こわっ!」

「なーにがッスかぁ?」

「いや、なんでもないッス」

 

いつの間にやら今度は化粧品店。

うずくまりじっと化粧品を見つめる里紗。ふーんと呟き、熱心な様子で口紅を眺めていた。

 

「ん…春菜が部活、ということは里紗も部活なんじゃ?」――――そういえば春菜はめったに口紅なんてしないな…と一人思案にふける秋人をチラと上目で見やった里紗は、目の前に並ぶ小さなルージュ…小枝のようなそれを睨むような真剣な眼差しで見つめていた。

 

 

2

 

 

先ほどまで腕に絡みついていた里紗、今はその腕から離れ、秋人の先を歩いていた。

 

「オニイサン、今日何度かあたしじゃなくて春菜のコト考えてたっしょ?」

「…」

 

背中を向ける里紗が後ろへと声をかける、歩みは止り、二人共立ち止まっていた。開いたキョリは半歩ほど。秋人はなぜだか近づけないでいた。

 

「悪かった…」

「それだけ?」

 

笑顔で包んで隠すわけでも、睨んで脅すわけでもない、ストレートな不機嫌さ。

 

「ごめん」

「それだけ?」

 

単純でまっすぐにぶつけられるそれをどうしていいのか分からず、秋人は戸惑い、ただ見守るしかできなかったのだ。

 

「…どーすりゃいいんだよ」

 

心底困ったような声、少しだけ里紗の気分が晴れる。

 

「恋人なら不機嫌な彼女にしてあげられるトクベツなコトあるんじゃない?」

 

くるりと向き直り、恋人のオニイサンを見上げる。今朝、鏡の前で時間をかけてセットしたウェーブがかかった茶髪が跳ねる、乱れた髪に手櫛、頬にかかる髪を耳にかけ直す…出掛けの玄関、扉にある小さな鏡で何度も自身の様をチェックした。だからちゃんと想い出は綺麗な状態で残したい

 

「…。」

 

黙って肩を掴み、真正面に立つオニイサン。あたしは目を閉じてやらなかった。

 

「…。」

 

代わりにオニイサンが目を閉じ、少しだけ屈んで顔を近づけ…触れるだけのキスをくれた

 

「ま、今日はこれで勘弁してやるか、でもキスくらいは恋人同士ならフツーだよねー」

 

ふ、と口元だけで余裕の笑顔をつくる。まだ、顔全体で笑ってやらない

 

「ふーん、キスくらいフツーか」

「だーめ、そっから先はまだサせてあげない。」

 

含みのある言い方をするオニイサン。ニシシと悪戯っぽく誂うような笑みを顔全体に浮かべる私。今日から定位置と化した腕を手に取り絡めとる…こうでもしないと高鳴る鼓動がバレてしまいそうで怖いから…でもよく考えたら、これって伝える為に押し付けてるかもしれない

 

「そういえばムッツリな春菜とはどんなキスでした?舌入れました?オニイサン」

「お前…さっき春菜のことで怒ってなかったか?」

「いーからいーから」

「ったく、気まぐれだな…そうだなー…、春菜らしい…優しいキスだったかね?」

「ふーん…、やっぱりあたしを怒らせたいワケですねー…ねえちょっといいですか?オニイサン」

 

余裕のない自分、私らしくないと思う…けど――――

 

腕を伸ばしうしろ髪を掴んで額と額をぶつけ、唇を奪う。下唇を甘噛み、空いた隙間に舌を滑りこませる――――初めての深いキスは昼間飲んだコーヒーの味がした。

 

「ちょっと苦い?」

「…なんだそりゃ、文句かよ」

 

ぺろりと唇を舐めとるあたしに、ふんと不満気に鼻を鳴らすオニイサン。流石にこれくらいじゃ動揺してくれないらしい。いつかこの(にく)い男を心底動揺させてみたい。慌てふためき、わたわたとする姿…そんな愛らしい姿を見られたらどんなに愉しいか――――と思う

 

んじゃね、オニイサン。今日はこの辺でいいよ、お見送りありがとね♪と腕からすり抜け笑顔を向ける里紗――――黄昏時の薄ぼんやりとしたオレンジの太陽に茶色の髪が同化し、眩しく透けた輪郭を描く、

 

そんな悪戯好きで、魅惑的な女子高生お姉さまの自然な姿に一瞬見惚れてしまう秋人

 

その呆けた姿を見もせず自宅のドアを開け、姿を隠す里紗

 

――――だから秋人は見れなかった。

 

文句じゃ、ないのにねと俯いて呟き、唇に手の甲を押し当てる里紗のその表情(かお)を、控えめに恥じらうその微笑を――――

 

今日はまだ、鏡以外の誰も。




感想・評価をお願い致します。

2016/01/26 情景描写・台詞改訂

2016/02/06 一部描写改訂

2017/07/05 誤字修正


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Re.Beyond Darkness 18.『闇の光~Papa! I Love You!~』

27

 

 

「…アキト、今回はコレをお願いします」

「はいよ、今回の絵本はなんだ…?ん?"パパだいすき"…熊の話か」

「なっ…!違います!こっち!此方です!間違えました」

「"パパだいすき ママだいすき"…子ぶたの話か」

「ちがっ!こっちです!白い表紙にお姫さま…これなら間違いありませんッ!」

「"あたし、パパとけっこんする!"……。」

「ファ――――――――――――ッ!!!」

 

夜の静寂さを保つ一室に間抜けな、天を割るような絶叫が木霊する。秋人はすぐ隣で寝そべる、命を獲りに来た殺し屋少女の超音波攻撃を辛うじて防いでいた。耳を覆い隠しても防げなかったソレはキンキンと耳奥で未だに木霊し――――ヤミへと批難の目を向ける

 

「なんちゅう叫び声上げてんだ。ちゃんと見ろっての…地球の文字も覚えたんだろ?」

「お、覚えてます!ちょっとその落ち着かなく……"白雪姫"これです」

 

ぼんやり灯る間接照明。まとなりに感じる体温に「コホン、」と鳴らさなくてもいい喉を鳴らすヤミ

 

待ちに待ったいつもの『寝る前、秋人に気になった絵本を読んでもらう』という日常恒例の行事だ。だが、ヤミにとっては"いつもの日常"とは多少異なっていた。

 

 

その原因は――――

 

 

「いい?イヴ、そのアキトくん…パパのことが大好きなあなたは立派なファザー・コンプレックスを患ってるファザコン娘なんだから、ちゃあんと今のうちにパパに甘えておくのよ?」

「ファザコン娘とはなんですか…」

 

冷ややかな眼差しを向けながら不満気に返すヤミだ

 

パパ大好き…ファザコン娘…と頭のなかで反芻してしまい、ヤミは俯き長い髪で顔を隠した。

 

「だから私は…アキトがその…違うと…その…」などとぶちぶち呟き、その頬は赤い。金の輝く髪で覆われ隠された羞恥の変化は、目の前に立つティアには見られないはずだったが、ぴょこんと隠れずつきでた可愛い耳まで真っ赤だった為しっかりとバレていた。

 

「ファザコンはちゃあんと今のうちに解消しておかなきゃ、イヴがパパを卒業して貰わないと、ママが安心してパパに甘えられないものね」

「…ママ?」

「なぁに?イヴ、イイコイイコ…なでなでなでなで「ちょっ…!ティア!子ども扱いしないでください!」」

 

ティアーユは「はぁい」と手を上げ、幼い声で返事をする

ヤミは「まったく」と不機嫌そうな顔してため息をつく

 

―――(はた)から見れば、どちらが子どもか分からないようなやりとりだった

 

「うん、とにかくねイヴ…せっかくパパを見つけて、しかも家族になってくれて一緒に暮らしてるんだから、いーっぱいチャンスがあるんだよ?」

「…チャンス、ですか?」

「そうだよ?イヴは立派なファザコン娘。パパとひとつ屋根の下で暮らしてて、四六時中パパの傍にいられて、だぁい好きなパパの色々な姿が見られる。それどころか、見るだけじゃなくってイヴは娘なんだから、イヴが望めばお風呂に一緒に入ったって、添い寝してもらったって、おはようからおやすみのチューでさえも自由自在。べーったり甘えても全然、全く不自然じゃないのよ?」

 

段々と口調が熱を帯び、最後は握りこぶしまで作って力説するティアの姿をヤミはただ呆れた様子で眺めていた。

 

夕焼けの赤い日差しが、自身によく似たその顔に満足気な輪郭を与え続けている…――――

 

"教師"という立場を思う存分利用した目の前の似た少女(・・)は二人きりになれば、

 

「ねえイヴ?職員室はどこかなぁ?わかんなくなっちゃって…えへ」

「…。(そんなはずないでしょう!貴方はどこから来たのですか!)」

 

など

 

「ねえイヴぅ~プリント…重いから手伝ってほしいなぁ~」

「…。(2枚しかないじゃないですか!そのメロンムネのほうが重いでしょう!)」

 

などとアレコレ理由を付けては甘え、つき纏い続け、他に人がいる場所でティアを見上げれば「あら、どうかしたのかしら?」と知らんぷりした自信と冷静さを併せ持つオトナの微笑、台詞とのギャップにヒクつくヤミの頬…

 

しまいには

 

「皆さん、帰りのSHRを始めます。席について下さいね…うん?イヴ、ヤミちゃんにはどうやら真面目な性の悩みがあるみたいですね。皆さん、身体の悩みは決して恥ずかしいものではありませんよ?気軽に私か保健医のミカド先生に相談しましょうね…フフッこういう悩みはこっそりコソコソ女同士じゃないとね!」

 

と事実無根の爆弾を落とし、茶目っ気たっっぷりに笑うティアーユ教師。ぱちっとウインクを飛ばして魅せるその姿は愛らしく、普段の聡明で落ち着いた姿からかけ離れている。その姿にクラス一同の信頼を集め、同時にヤミちゃんの恥ずかしい秘密を真実に変えた

 

「この女…ッ!」

 

ガタッ!と立ち上がり怒れるヤミを、羞恥の真っ只中にいる少女の細腕を意気揚々と掴み、こうしてティアーユは進路指導室へと連れ込んだのだった。

 

普段は理知的で落ち着いた雰囲気。大好きなものの前では地がでる―――確かに彼女はイヴの(おや)だった

 

(一連の行動、発言…もしかして…私を、慰めてくれているのでしょうか…)

 

イヴ(ヤミ)はティアと再会した時、遠く離れてしまった心のキョリに寂しさを感じていた。そうつき離したのは自身の…"金色の闇"となって、殺し屋の身に堕ちてしまった自身の――――後ろめたい気持ち

 

ティアが少女・イヴにどうあって、どう育って欲しかったのかは定かではなかったが、少なくとも(すさ)んだ生活を、血で両手を、返り血で全身を汚すような人生を…――――イヴに望んでなかったように思う

 

「せっかくイヴが大好きなヒトと"いちばんほしいひと"と一緒に生活してるんだから…もっと幸せにならなきゃだーめだよ?」

「…。」

 

優しくしとやかに笑い、ヤミの金の髪を…小さな頭を撫でつけるティア、ティアーユ・ルナティーク博士。細める目元に美しいブロンドの髪が数本、眼鏡の縁へと流れる

 

――――あの頃、私はこの笑顔に同じ笑顔で返事をしていたような気がする、とヤミはただぼんやりと眺め見ていた

 

無垢なる少女イヴの"いちばんほしいもの"を知っているのは家族であり、姉であり、生みの(おや)でもあるティアーユだけだ

 

ティアと暖かな光に満ちた日を過ごし、そしてそれを失ってから、イヴという名を失ってから、"金色の闇"となり堕ちてから、闇を彷徨い歩いてから…今また再び、光に溢れる生活を送っている

 

――――無垢なる少女が欲しかった(もの)を汚れた闇が手に入れる

 

(…皮肉なものですね………)

 

ヤミのそんな感慨も「うんうん、やっぱりイヴはファザコン娘だよね、いっぱいパパに甘えようね。でも、ママからパパとっちゃだめよ?」と、自分の理屈に満足そうに頷き、揺れる豊満すぎるメロンムネの前では霞のように消えてしまった

 

「…まったく、誰がファザコン娘ですか、誰が。まったく、もう…」

 

ヤミちゃん困っちゃう!ですね―――

 

遠くの茜雲にぼんやり目をやって、ヤミは呆れたように呟いた。

 

 

そうして図書室で絵本を選び、スタスタとウチへ帰る頃にはすっかりその気になっていた。

(まあ、絵本を読んでもらう時くらいは…添い寝しつつ読んで貰うくらいは…いいのではないでしょうか…春菜お姉ちゃんもたまに布団に潜り込もうとしていますし…)

 

そうして今現在、仲良くベッドに寝転んで絵本を読むというふたりが出来上がっている。

 

いつもであれば三人ソファに三人並んで穏やかに過ごすこの時間。秋人に絵本(じょうほう)をねだるヤミ、そこに春菜も参戦しリビングで提供される貴重な情報達、読み聞かせの時間

 

たまに春菜が女性の登場人物の台詞を読み、ヤミが「春菜、黙って下さい、正直、演技が下手ですし…声もそのまま春菜そのものですよ」と釘を刺す。冷たい言い方に「ひ、ひどい…っ!ヤミちゃんそんな言い方って…ぐすん」とショックを受ける春菜。まあまあ、と頭を撫で慰める秋人という時間だ

 

しかし、今はふたりきり、体勢も部屋も異なってふたりっきりである。

西蓮寺春菜は入浴中なのである。念入りに躰を洗い一日の疲れを落としているのだ、迂闊である。

 

「えーっと、むかしむかし…』

 

ヤミは黙って目を閉じた。目の前の枕を抱き口元をうずめ、語る声のみに集中する…――――

 

『うつくしい少女、白雪姫は…』

 

だんだんと夢現(ゆめうつつ)のセカイへ誘われて行くヤミ

 

―――ヤミは本が好きだ。理由はいくつかある。知識が増える、価値観も変わる、気分が変わる…その中で一番大きなものは心が震える…気持ちのいい感覚(・・・・・・・・)に浸れるからだ。別なセカイで別なカラダで、よく識っている知らない人物たちと語り合い…素晴らしい話は、読み終わった後に、現実に身体が追い着いていないようなふわふわとした浮遊感をくれるあの感覚が好きだから―――

 

『そして小人たちが山に働きに入っている間、そうじやせんたく、針仕事、ごはんを作ったりして、毎日を楽しくすごしました。…』

 

穏やかな音色はヤミを酩酊状態のような心地の良い気分にさせる…

 

『――リンゴの毒で眠りに落ち…小人たちは悲しみ…』

 

ふわふわと漂う思考。水の上に躰をたゆませているような、そんな心地のいい…

 

『―――王子さまがキスをして白雪姫は目を覚ましました』

 

パチッ!とヤミも目を覚ました。漂っていた思考の流れを瞬時に引き結んだ二文字の単語…

 

「(き、キス…)」

 

顔を上げて、その唇へと目を向けたのは限りなく反射に近い反応だった

 

(キス…)

 

ぼふっと枕の中に口元をうずめ直し、金の髪に覆われる大きな瞳で見つめるヤミ。視線はなぞるように男の唇を滑っている

 

―――自身が得た情報で、世の娘が父親に向ける感情…それと自身の気持ちが、少しズレていることをイヴは知っていた。

 

(ティアのせいです…私は悪くありません)

 

無自覚を自覚させられてしまった気持ちと想いは、これまで隠されていた事に不平をいうように膨れ上がり、激しく自己主張している。その激動がイヴの幼い心を困惑させ…一つの恐怖(・・)さえも感じさせていた。

 

「そして二人は結婚して白雪姫はいつまでも幸せに暮らしました。おしまい………ってなんだよ?」

 

秋人のすぐ隣には瞳を潤ませる一人の少女がいた。瞬きをすれば星が、涙の雫がとび散るような大きなルビーは熱っぽい視線をおくり、自身の顔を覗き込んでいる。

少女にとっては愛しの青年が至近距離で自身の顔を、その瞳…落ち着いた色の瞳で覗き込んでいるのと同じ事であった。

 

そうして今、2つの双眸は、お互いの顔しか写していなかった。

 

すっと至近距離で顔と顔…鼻と鼻を突き合わせるほどに近づける二人、勿論近づけたのはイヴの方だ

 

何かが始まってしまいそうな漠然とした予感…、しんと静まる夜の空気、普段と違うふたりのキョリに今更ながら、なんだかイケナイコトをしているような…ドキドキと高鳴り、加速する鼓動……

 

―――触れたら最期、そう直感で感じていたのは、恐らく間違いではないと"金色の闇"は思う

 

(――――あのような攻撃…受けたことなどありませんから)

 

"金色の闇"はアキトのキスを攻撃であると理解していた。全てのものを一切合切奪い取ってやろうとする猛毒攻撃。一生、ソレなしでは生きていけないワクチンと毒、両方を併せ持つ…そんな、猛毒である、と。

 

ほんのすこし、触れただけで、触れ合わせただけでああだったのだから

 

この身がもたなくなるような、破壊しつくされ魂の在り方から作り変えられるような、そんな、

 

そんな―――

 

甘い、毒。

 

誘蛾灯に蝶が誘われるように、砂漠でオアシスを発見したように―――ふらふらと更に近づいていく顔――――――唇。

 

緩やかな時間の流れと朦朧とする意識を動かしたのは、秋人の(エンジェル)ちゃんでありお嫁さん(自称)であるところの春菜であった。

 

「ヤミちゃんお風呂あがったよ、…………何してるの?お兄ちゃんたち」

 

ビクッと声の方を振り向く二人。

鬼が、ドアの前に立ちすくんで二人の事を不審全開に見詰めている。首にかけられたバスタオルがさながら鬼のちゃんちゃんこのようだ。随分と清楚で可憐な鬼ではあったが

 

「「おっおあがりよ」」

 

ぎこちない親娘のユニゾンが、やけに明るい光の方へと響き渡った。

 

 

28

 

「「「モモーモモモーヴィーナスモモー♪」」」

「はぁ、」

「「「凄いぞモモさん可憐な笑みで男を悩殺♪煩悩地獄へ♪」」」

「はぁー、」

「「「凄いぞモモさん白い素肌で男を悩殺♪快楽地獄へ♪」」」

「はぁー…ってちょっと…それってどういう…どこの淫乱ですかまったく、失礼ですね…」

 

(ウ・ザ・い)

 

という言葉をすんでで飲み込むモモ。代わりに…

 

「皆さん…私を楽しませたいという気持ちはありがたいのですが…少しだけ一人にしていただけませんか…?皆さんも私のお世話ばかりでお疲れでしょうし…ゆっくり身体を休めてください…」

 

と愛らしい声とキラキラのプリンセスオーラ全開で労りの()笑。慈悲深きヴィーナス・モモの微笑みに会長・中島をはじめとするVMC一同は感動に涙する。けーっ!と教室の隅でナナはその"いい子チャンぶりっ子"に毒を吐く

 

「ナナちゃん?そんなに睨んでどうかしたの?アノ日?」

「?メア…モモが全然ジを出さなくて…ぶりっ子しちゃってさーバっカみたいだアイツ……素直になればいいのにさ、そういえば今日はなんだか妙に機嫌良さそうだナ?」

「うん!とっても!スッキリ!」

「またナンカと闘ったのか?メアはバトルマニアだからナー…」

「うん♪激しく素敵な…最後にはまっしろな灰になった戦いだったよ…………せんぱいとの」

「へー…強敵だったんだな…ん!?せんぱい?!リト、じゃない!兄上か?!兄上と何したんだ!?」

「ナニってー…えへへー、ナナちゃんにも言えないよ♪えへへー」

 

コラ!メア!教えろ!いや~んつかまえてごらんなさぁ~い♪と追いかけっこをする二人。

モモはそのじゃれ合いをするふたりを遠目で眺める…

 

(バカとか言わないでよナナのクセに…バカは昨日すっぽかしたお兄様の方で………もう、こうなったら…)

 

 

――――あの時、最初に感じたのは喪失感だった。

 

 

29

 

 

「モモ!?」

「いらっしゃいませ♡リトさん♡」

 

体育倉庫にリトさんを呼び出した。そうするつもりはなかったけど腕を掴み、マットに押し倒し、上に跨る――――

 

「もう…来るの、遅いですよぅ」

 

甘い声で

 

「ご、ごめん…大事な話って?」

「…どうでしょう?埃っぽい体育倉庫・マットの上・跨る体操着の女子……なにか感じるものはありませんか?ハーレムの王として…」

「い、いや…俺はその…ハーレムを作る気は…」

 

彷徨う視線、

 

「……ホントに…?……ちゅっ…ちゅむっ…」

 

男のヒトも感じるソコ、ソレを口に含む…ちろちろと輪郭をなぞれば舌先から躰の震えが伝わる…――――

 

「うう……も、…モモ…………」

 

気持ちよさそうなリトさんの声――――、

 

震える肩……………………………………掴まれて――――

 

「―――!いや!……………――――――あ、」

 

ガバッと身を離してしまう。

 

――――リトさんに私の怯えが伝わってしまう。

 

私の楽園(ハーレム)計画…その為にはリトさんに勝っていただかなくてはいけないのに――――。

 

「す、少しはその気になってくれました…?」

「も、モモ…オレ「モモ様ーッ!!!!!!!」」

 

振り向くと、ソコには、私がこの場へ呼び出した(ヒト)…ではなくウザいファン集団がいた

 

 

30

 

蜘蛛の子を散らしたように逃げていくウザい男達…その背をモモは鋭く睨みつけ、小さく開いた口からは牙が覗く、双子のナナにもあるソレはさながら獰猛な肉食獣のようだった。

 

「全く、あともうちょっとだったのに…」

 

何があともうちょっとだったのか、それはモモにも分からない。

 

"あともうちょっと"でその気になったリトに襲われてしまうところだったのか―――――

 

"あともうちょっと"でモモの恐れや怯えが完全にリトに伝わってしまうところだったのか―――――

 

「…。」

 

くせっ毛を直した髪、その毛先を指に一度絡ませたモモは踵を返して歩き出す。足音さえ立てない上品で優雅な、いつもの歩み…それがモモを一層不機嫌にさせていた。いっその事ドスドスとでも音を立てれば気分も少しは晴れるのに、と。

 

だけれどそうはしない、先程のリトの前での動揺と自身のファンクラブの前で見せてしまった憤怒の発露……――――これ以上本当の自分を誰にも見せるわけにはいかないから――――

 

「ヴィーナスモモ~♪」「まだ居たんですか…」

 

だけれどつい、地を這うような冷たい声が漏れ出てしまう。――――…視線を向けると…今度こそモモの望んだ男がいた。

 

31

 

「よ、モモ、今日だったよな?あれ昨日?」

「お、お兄様ぁあ♡」

 

モモは秋人の胸に飛びつき、体育倉庫へ連れ込む……というより共に倒れこんだ。ドンッと二人分の衝撃、壁に秋人の背がぶつかり劣化した倉庫の錆びた欠片がパラパラと落ちる。

 

「んー、お兄様♡もう…来るの、遅い、いっつもいっつも遅いんですよぅ♡」

 

甘い声で縋り付き、モモは顔を埋めるシャツを愛おしげに噛んだ。少しだけ、布の繊維に交じり秋人の味がした。

 

「悪かったな…?なんだそのデレは、そういえば声も怖くないな」

「い、イイんです!たまには…その…サービスです、」

呆けた視線、はっとなって躰を素早く避難させる…ナナとは別の意味でお兄様にくっつくわけにはいかないから…くっつきたいのにくっつけない、もどかしい、気持ち。

 

「では!今週の戦況報告です…こう!」

 

コホン、とスクリーン。

 

《正統ハーレム王、愛しの愛しのリトさん》

お姉様、春菜さん、ルンさん、セリーヌちゃん、モモ♡

 

《要排除(デリート)要らないコなお兄様(ウザ邪魔なんですから)秋人さん☠》

春菜さん、美柑さん、ペタツン、古手川さん、籾岡さん、メアさん

 

がっくりとマットに項垂れるモモ…「こんなはずでは、こんなはずでは……うぅ…」とぶちぶち恨みをこぼしている。柔らかい生地の体操着、その背に哀愁が漂う

 

「うぅ……うー…うまくいかない…」

「ほら、立てってっての…まだ互角な戦いだろ」

「ん…気安く、触らないで下さい。お兄様(ウザ)」

 

ぽんぽんと、背中を叩くお兄様。今言った言葉は本心。だって……躰が勝手に準備をはじめてしまうから、きゅんきゅんとしまるソコは先程から貪欲な蠕動(ぜんどう)を繰り返していた

 

「まぁまぁ、ピーチ姫、元気を出してくださいませ」

「ウルサイ、ピーチ姫はイヤだと言ったでしょう、ブチ○されたいんですか…?」

斜め上から作った声が聞こえる、ぽんぽんと、今度は頭を叩くお兄様。今言ったのも本心。

 

「何をそんなにいつも怒ってるんだっての、」

「お兄様が――――バカだからです、バカアホドスケベシスコンドヘンタイだからです」

「ふふん。甘いな、男は皆どこかアブノーマルな部分があるんだぞピーチ。ドヘンタイは認めよう…だがシスコンはない、断じて違う。違うからな…んで?俺、勝ってるけど…なにくれんだっけ?」

「いえ、オータム、貴方はシスコンでしょう…それも重度の、あげるのは…私のH権です」

「そうだったっけ…?お願い聞いてくれるんじゃなかったのか?「お願いといえば男のヒトならばソレしか無いはず…!」

 

鈍感を気取るお兄様、お預けばかりくらって苛々する私、どれだけいつも私が我慢に我慢を重ねているのか、知らしめてやりたかった。さっきの事もあってお兄様を貪欲に求める、欲求不満があの日を思い返させていた。

 

あの日、いつものオシオキ――――その最中私は唇を奪われてしまった。身体を弄ってきても唇は重ねてはくれなかった(・・・・・)お兄様。女の子にとってキスは特別。勿論私にとってもそうだった。

 

――――その時、一番最初に感じたのは喪失感だった。

 

リトさんへの気持ちの喪失、私の一番大切なものを奪われてしまった喪失、恋心の喪失、

 

などではない。

 

時間的(・・・)、喪失だった。

 

快感が弾け、まっ白になる。白が私の全てを呑み込んだ。遥か高い天へと昇り、頂点でプツッ…と途切れる、意識……

 

―――まさかキスで意識を飛ばされるとは思わなかった。躰には性感がある、それは快楽を得るたびに開発されていく、弱い刺激でもより敏感に、今までの快感をより強い電流(もの)へと押し上げ…と知識では知っていた。だからこの躰がお兄様専用に開発されてしまったのは知っていた。でもこうも簡単に花開かされるなんて、もしかしたら躰の相性が抜群に良いなのかもしれない

 

でもキスは特別。心まで性感開発はできない。が、心と躰は密接にリンクしている…深い、強烈な絶頂は、心をも重ねなければ到れない。つまりは…

 

―――認識してしまってからはもう想いは止まれないものになっていた。

 

 

あのキスをもう一度―――

 

 

昔から計略・計画を練るのは得意だった。だから…―――

 

「お願いといえば男のヒトなら、ソレしか無いでしょう…」

 

だから今度も私から誘う、お兄様の胸に手をつき、押し倒す、上に跨る――――ぎゅっとシャツを掴んで見つめ、捕まえた。

 

「なにすんだモモ、淫乱ピーチ」

「…。」

 

悪態を、ギラつく視線一つで黙殺し、

 

 

そしてあの日と同じく(それ)を重ねた

 

 

31

 

 

水面(みなも)はさざ波一つないほど静かだった。

 

それもそのはず、人工の湖…プールには波に弛む水面はあっても寄せ返す流れは無い。

夏のプール。底の水色…水の透明。水面は今も鏡のように満点の星空を写し出している。カルキの匂い、輝く水面。夜闇の冷たい静けさがまるでヤミには脅すように聞こえていた。音ひとつ無いこの場では胸の鼓動がやけに煩く聞こえてたから

 

「アキト……来ませんね……」

 

勝手に言葉が溢れてしまう。来るはずもないというのに。なぜなら「…少し、ひとり夜風に当たってきます、追いかけて来ないで大丈夫です」と言い残しこうして当てもなく街を彷徨って、ふらふらと夢遊病者のように歩きまわった後――此処へと辿り着いた。真夏の熱帯夜…熱い身体に涼を求めて…――結果として水のある場所へとやってきただけなのだから。

 

気を紛らわして違う興味を探しだす…固く細かい砂のような凸凹のプールサイド。膝を抱えるようにしてしゃがみ込みザラザラを撫でてみる…ブーツの底から感じた感触は、手でもやはりそうだと返した。

 

そんなところ、そんな場所、真夏の夜、彩南高校プールサイド、其処に今――――私は独り。

 

興味を失った意識と視線がそのまま水面へと流れる。鏡のように夜空を写しキラキラと煌めく星と水の揺らめき…2つの星の海へと誘われるように息を潜めて覗きこんだ。

 

紅い双つ星が星の海に加わる。揺れる紅星の奥、その中に自分でも知らないような激情を見つけた気がして―――――――――

 

星空をそっと(すく)ってみた。小さな掌に捕らえられた冷たい水は光る無数の宝石たち。ならこの手は宝石箱だろう。液上の白い燐光は暗い闇の中、一つ一つが懸命に輝きその存在を主張する。決して強くない光、夜闇の帳を落とされた後でしか輝き主張でき無いその光。昼間は陽光に阻まれ存在を知ることはできない。月が出る夜も同様だ。

 

なんとも頼りなく儚い光たちなのだろう…一つだけでは闇を切り裂く事すらできず、同じ光を束にしてなんとか月と同等だ

 

それでも綺麗だった。綺麗だと思う。

 

この儚い光は…自身の中にある生まれつつある激情を癒やしてくれる気がした。

 

「アキト…来ません…」

 

独り言。宝石たちは箱から溢れ、消え落ちてゆく――――――

 

「来ないのかな…私が此処に居るのは知らないのかな、」

 

そうして全部溢れてしまった。その時―――

 

「識ってるっての」

 

呼び声は、小さな背中にかけられた

 

32

 

 

優しい銀光を放つ水面を背にゆっくり立ち上がる―――金色の闇(・・・・)……通名とのギャップに口元を綻ばせる秋人、だがすぐに真剣な表情(もの)へと変える。自分を真摯にまっすぐ見つめる少女の瞳に、揺れる想いを見つけたからだ。

 

―――なぜ此処が、とヤミは秋人に尋ねなかった。それより知りたい、知るべきことが先にあったから

 

「アキト……この気持ち、確かめさせてはくれませんか…?」

「どんな気持ちなんだ?」

「…私は………貴方が好きです、アキト……この気持ちは、そうなのだと思います……でも春菜も好きです、並んでる貴方たち二人を見るのが好きです…三人での今の生活が大好きです…暖かい光…その中に居ると感じられるから」

「…。」

「…だからこそ分からなくなる……貴方を独占したいとは思ってません…むしろ、独占したいのは今の生活…」

 

『ねえティア、わたしにもおトモダチできるかなぁ?』

『ええ、もちろんできるわよ、いつかわたしにも紹介してね』

『おトモダチもほしいけど、お兄ちゃんもほしいな』

『まぁ欲張りさんね』

『でもいちばんほしいのはね!―――――』

 

「ですから、この気持ちが…心の平穏をくれる貴方が…、私の…"いちばんほしいもの"なのか、そうでは無いのか、それを確かめさせて下さい」

 

頷く秋人。その肩に両手を置くヤミ。促されるままに秋人は身を屈め、片膝をつく

 

"目が覚める"とは発見(・・)に似ているとヤミは思う。眠っている意識、闇に隠れた意識を見つけ出し、動き流れる現実へと連れ出す…ふとした日常の中、美しい光景を見て目が覚めるような思いをするように―――――そういう発見を、唇でしたのではないだろうか、『白雪姫』は、眠る意識と、自身の恋するにふさわしい相手を―――――

 

星の輝き、水の煌めき。

揺らめく2つの星の、星座の海…それは美しい金色の妖精と忠誠を誓う…傅くひとりの騎士にコントラストを与え続け、淡い光たちに挟まれたその二人は儚くも幻想的であった。

 

騎士(ナイト)を自身に従わせているという事実が、妖精(ヤミ)の心をより一層高鳴らさせていく…

 

「では……――――」

 

いきます

 

最後の五文字の言葉は声にならずに煌めきへと流れて消えた……秋人はそれでも従い、目をつぶる。

 

ゴクリ、と息を呑む音が聞こえるほどに静寂。誰もいないプールサイド。

 

認識できる空間、此処には、今、自分たちふたり以外に…誰も邪魔するものは居ない、その現実(いま)という事実がヤミを戦闘時にも似た緊張と興奮を与えていた。

 

(かしづ)く騎士の…黒い前髪を一度に掻き上げる、柔らかい感触、汗の匂い、顔を上げたその顔……唇を、

 

ゆっくりと近づける、少しずつ…ゆっくりと、意識もスローモーションに。だけども確実に狹まる空間的、キョリ――――

 

(…ヒトはなぜこのような行動をとるのでしょうか――忠誠、誓い…この場合は…)

 

――――ふいに浮かんだそんな疑問も縮まり続けるキョリに剥がれ落ち、消えていく…

 

「…っ」

 

重なる寸前。小さくひとつ、息が跳ねる。もう止まれないと息を呑み込み――――重ねた。

 

「―――!」

 

最初に感じたのは心臓を鷲掴みにされたような、確かな感触。衝撃。生殺与奪権を相手に奪われているような恐ろしくも激しく揺れる、心の震え。次いで全ての感慨をも吹き飛ばす快感。恐ろしい程高い激情の波は、まるで天を突き破る高さまで昇り―――水面に揺れる脆弱な理性をザブンと一気に飲み込んだ。

 

「んっ…………――――っ…ちゅっ………!」

 

より強く、と押し付ける。もっともっとと、小さく開けた口で唇を少しだけキツく噛んだ。背筋がビリビリと快感に震える

 

『おトモダチもほしいけど、お兄ちゃんもほしいな』

『まぁ欲張りさんね』

『でもいちばんほしいのはね!―――――

 

とっさに心の筆をとろうと腕を伸ばすが直ぐにどうでも良くなった。行き場をなくしたその腕は、現実では秋人の横髪あたりを掴んだ。

触れ合う唇からは先程から生々しいほど甘い、とろけていくような快感だけが伝わり続けている。心臓の鼓動も追いついては来れない速度で、心は激しく振動し続け快感だけが鋭敏だ、電気の槍が体中を突き破る。好んだ孤独も、静寂さもない―――瞳の奥で光が弾ける

 

――――――パパ!』

 

ドクン、と一つナニカが跳ねた。それは早鐘を打ち続ける鼓動の悲鳴なのか、もうシャーベット状となり融けきってしまった精神(こころ)なのか、ヤミにはもう何も分からない。

 

――――――そしてその精神への過大な負荷、それが…

 

「…ちゅっんんっ…あ…っ!」

 

――――――"兵器"のリミッターを解除させ

 

「ああっ!」「うっ…!」

 

カッ!と広がる閃光。眩しい光が瞼の上からでも感じられ秋人は思わず顔をそらす

 

――――――ヤミの裡なる深淵を呼び覚ます

 

そこに居たのは

 

「―――パパ、だぁいすきぃ♡」

 

――――――ヤミに目覚めたダークネスだった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/02/18 改訂、再投稿

2016/10/17 一部改定

2017/02/27 一部改訂


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Re.Beyond Darkness 19. 『星夜の晩に舞い降りる~Battle of Darkness Ⅲ~』

33

 

 

閃光の霧が晴れた向こう、秋人は細めた目を―――驚き見開いた

 

すぐ傍に居た少女、いつもの戦闘衣(バトルドレス)を身に纏っていた"金色の闇"の姿はなかった。

 

頭部には鋭利な角。指にも角と同じく尖って触れるだけで切り裂かれそうな長い爪。小柄な躰は線のような黒いリボンで局部のみ隠し、そして彼女が普段絶対履かないような厭らしく食い込んだ下着

 

―――ダークネスが目の前に立っていた。

 

「パパ…」

 

秋人の脳裏にあの時の光景が蘇る。病室で聞いた呟き、ヤミが溢した切ない想い、万感の想いを込められた、呟き

 

『……リ…………ト…』 

 

「――イヴ…」

 

だから秋人はいつもの呼び名で返さなかった。悪魔のような翼を生やし、()のような角を生やす少女の瞳に、赤いルビーの瞳の奥に

 

「パパ……イヴのこと好き?」

「…。」

「…そう、イヴはパパが大好きだよ、ずっとずっと欲しかった…求めていた優しい光…やっとみつけた…あのヒトのおかげでみつけられたよ、だから、ね……」

 

少女の()を見たからだ

 

「もう勝手に消えて居なくなったりしないように――今度は私が消してあげる…。そうすればパパはずっとイヴが独り占め、イヴとパパはひとつになって永遠になる…"はるなおねえちゃん"も手の届かない場所に連れて逝ってアゲる」

 

先ほど見た光。それとは違う妖しい輝きを宿し、じゅるりとイヴは…ダークネスは口の涎を拭った。

 

狂気のルビー()が一度強く光る。

爪に巻き込まれた髪が口に張り付く、鋭い爪が変身(トランス)の光を輝かせながら鋭さを増してゆき、確かな刃を(かた)どって―――

 

水面の光を反射する禍々しき刀身、それは命を奪う為の刃。

 

「イヴ、俺は殺されるわけには…また消えるわけには…」

「さあ、パパ…パパのあっつい(ピー)液、イヴに浴びせてね……♡」

「おふっ!」

 

とんでもない事を口走るダークネスに秋人は思わずむせた

 

「だぁぁ~いすき♡なイヴのパパ♡この躰という器に、パパのあっついどろどろの餡を注いで…二人でたいやきつくろーね♡」

「ハレンチなーッッッ!!!出てこいやコラ!アホしーす!!!」

 

内なる唯があまりの羞恥に絶句していた為、秋人は代わりに力いっぱい叫んだ。

 

呼び声に答えるように震えるプールの水面。更衣室の暗がりからネメシスが闇を集め実体化する

 

「ククク!おにいたんよ!呼んだな!!六人目の戦士!快楽天使!穿()かなくも美しい!ねめしすシースルーッ!ほかほかとろとろ只今参上!」

 

白のスクール水着を身に纏ったネメシスは不遜な笑みを浮かべ、胸を張った

 

「オイ!どういう事だコレは!?」

「名乗りは無視か」

「いいから答えろっての!これはどういうことだ!」

「フ…おにいたんよ、お前こそ鍵だったのだ!」

「ハァ!?」

「お前はこの世界には存在しない、別の可能性の世界、神々の世界からきた稀人だ!言わばそれはこの世界のバグ!バグがバグを引き起こす!当然の帰結だろう!」

「パパ♡よそ見しちゃダメ♡」

「――うおっ!?オイこら!斬りかかってくるな!やめろ!」

「金色のダークネス化にはお前のキスが必要だったのだ!」

「うおおっ!」

 

秋人はすんでのところでダークネスの切り裂き攻撃を躱す。逃げ惑う秋人にネメシスは続けた

 

「私の楽園(ハーレム)計画。この銀河を戦乱に落とし込める第三次銀河大戦の勃発。私、メア、金色の兵力、そしておにいたん…お前の知識を利用して銀河をこれ以上無い程の混沌(カオス)へと落とし込める混沌(・・)楽園計画はお前のおかげで狂わされたのだ!」

「うぉおおお!?ちょっ、おいコラ!本気か!?イヴ?!」

「変身兵器たちに持たせた意志、そして能力向上(アップデート)。最強を求める兵器としての本質を変質させ、新たな意志を持たせたのはおにいたんのキスだ!ダークネスさえも本来の破壊の衝動、それ以外に持った意志がある!ククク…!暇潰しには最高だ!こんな混沌(カオス)聞いたことも観たこともない!…ってまたシカトか。切なくなるだろ、股間とか股の奥とかいろいろが」

「お前の与太話なんか聞いていられるか!てか撮ってんじゃねえ!」

「心配するな!いつまでも色褪せない想い出がこの手の中に!メモリアルな記念日をデジタルハイビジョンで!画質・音質、ともに最高のカメラ(モノ)を選んできた!」

「誰がそんな心配した!いいからパンツ穿けっての!」

 

秋人が放ったダークネスパンツ(SR食い込みブラック)は綺麗な放物線を描き、ネメシスはしっかと頭でキャッチした。

 

「…おにいたん、白スクの上から黒の紐パンは革新的・先鋭的過ぎではないか?」

「いつか人類が追いついてくる!「なるほど、流石は私のおにいたんだな!」」

「アンタ、さっきから何…?お邪魔虫?パパとイヴの邪魔するの?」

 

きゅ~ぱっちん!と新たに生み出した黒の紐パンを食い込ませ、ダークネスはネメシスを鋭く睨んだ。破壊の化身・ダークネス、その凄みのある視線にネメシスは不遜に嘲笑ってみせる

 

「案ずるな!ダークネス!お前の初の子作りシーンを動画で収めるだけだ!決して邪魔はしない!オカズにするだけだ!そしてうっかり銀河中に拡散・流出させるだけだ!ちなみにタイトルは…」

「…ウザい」

 

グワバッ!とネメシス(白スク)の足元に巨大な口が現れる、大きな口に飲み込まれ消えていくネメシス…

 

「ああぁあああ!せめてカメラだけでもおおおっっ!!」叫び声は闇へと消えた。

 

「さ、邪魔者は消したよ、パパ…おとなしくイヴとひとつになろーね♡」

 

何時の間にか捕らえられた秋人にはダークネスが跨がっていた。

金の艶髪、その()が膨らみかけの胸元へと伸びていく。凶器の両腕は相変わらず刃のままだ

 

殺したいのか、それとも契りたいのか。

破壊の本能と恋慕の狭間でダークネスは混乱しているらしい

 

ダークネスが戦闘衣(バトルドレス)を完全に脱ぎ捨てる、秋人が口を開き何かを叫ぶ、突き刺さった金色の刃が命を奪う――

 

が、最後の一つが為されることは無かった。

 

それよりも早く――――――

 

 

――――――黒いドレスの疾風が吹いたからだ。

 

 

34

 

黒咲芽亜、メアにとって感じ取ったものこそ現実(リアル)だ。

 

多量の砂糖菓子に幸せを感じ、贈り物には嬉しいと感じ、面白いものには夢中になる。感情表現はヤミよりずっと豊かであり、かつ感受性は繊細で敏感だ。

 

そしてメアは快楽や悦楽、その逆にさえ激しく共感できる…―――それは相手の精神(こころ)に自身を同一させる精神侵入(サイコダイブ)が影響していた

 

だからこそ同じ兵器として『同類』と感じたマスター・ネメシスの意志に素直に従っていたし、"兵器としての活き場"を創るという思考に同調したのだ。

 

それは自身が兵器として生きる未来を真剣に見据え、同調したのでない、「なんだか楽しそう、素敵♪」という感覚的なものだった。短絡的とも言えるがそれは違う、まだまだ思考が幼いのだ。

 

思い通りにならないものは邪魔、だから壊す

 

幼さゆえの残虐さもあった。これまで巡った数多(あまた)惑星(ほし)で奪った命はそれこそ星の数

 

――――感じる感覚こそ全て

 

今は身に備わる全ての感覚が秋人を必要とメアは感じていた。

無論、初めからそうだったワケではない。"変身兵器イヴ"の破壊の化身『変身(トランス)・ダークネス』発動の障害となれば排除も辞さないつもりだった。

 

だが、気まぐれで眠る秋人に意志を繋いで呼び戻す手伝いをした時、その考えは変わった

 

 

警戒、友愛、渇望へ―――――――――――――――――――…………

 

 

ドガッ!!

 

ダークネスに走る衝撃。油断からまともに食らい、真横へ吹き飛ばされた

 

2回、3回と水面上を錐揉みした後、ダークネスの身体はプールの縁に盛大にぶち当たって動きを止めた。真っ直ぐ水平に飛んだ姿はさながら交通事故にでも遭ったかのようだった

 

「せんぱいに手を出しちゃダ・メ♪」

 

瓦礫と共に立ち昇る水飛沫、大惨事にも関わらず暢気すぎるメアの呟き

 

ダークネスへと変身(トランス)した(ヤミ)に得意の突撃銃(アサルト・ライフル)の光弾ではなく、強烈な飛び膝蹴りを決めたのは彼女の()"赤毛のメア"である

 

――――たとえ私のヤミお姉ちゃんでも、せんぱいはアゲないよ♡

 

プールの海に沈み、未だ浮かんでこないダークネスを見ながらメアはそんな事を考えていた

 

*

 

「………ハッキリわかったよ…メア、やっぱりおねえちゃんの邪魔をするんだね…」

 

躰から水を滴らせ、ゆらりと水面上に降り立つ。アレほどの強烈な攻撃を喰らってもダメージはまるで無いようだった。だが不快ではあったのか、頭を振って光りの雫を降り払い猛禽類のような瞳で獲物を睨む

 

「もちろんだよ♡ヤミお姉ちゃん♪」

 

大きく頷き、容易く受け止める彼女の()自身(イヴ)のデータを元に造られた第二世代。それがダークネスの苛々を滾らせ――――

 

「うれしいよメア、初めて会った時から気に入らなかったからね…前に負けたの覚えてないのかな?今度こそおねえちゃんが息の根を止めてあげるよ…――――」

「そう?ありがと。でも、今度はそう簡単にはいかないよ?ヤミお姉ちゃんには絶対元に戻ってもらわなきゃね。私がせんぱいを(とりこ)にできないし、それに…――――」

 

「「―――パパ(コレ)は私の(モノ)!誰にも奪わせたりしないッ!」」

 

激情をぶつける言葉を合図にふたりは同時に地を蹴った。

 

35

 

夜空を斬って流れる二筋の流れ星。

 

都市の青白い仄かな光、その光を躰全身に浴び、燐光を纏いながら二人は追跡・追撃し合う。

 

朱を追う金の光、金を追う朱の光。それは文字通り流れる双つの流星だ。

 

高層ビルを足場に変え、次から次へと飛び移っては宙で刃と刃を交差させる二人の変身兵器(トランス・ウエポン)。打ち合わせる度キィン!と甲高い金属音が響く、その度生まれる、生み出される火花は一瞬煌めき、闇へと消える。

 

光の残響は―――ヤミが見ていた星の瞬きによく似ていた。

 

ギィン!

踏み出し飛び込んだメアの真紅の刃、ダークネスの金色の刃、2つの刃が交差し激しい火花を散らす。

 

「!」

「…」

一瞬力が均衡し、睨み合う二人

 

生み出した金色の刃以外にも空間自体を変身(トランス)させ生み出すワームホールや、ゴーレムなど数多の優れた能力があったが敢えて使わない破壊の化身・ダークネス。

 

なぜならそれは…―――

 

「…っ!」

「……へぇ」

 

軽くいなしたダークネスが不敵に呟いた。

 

―――自身より劣っている者に全力を尽くす必要などないからだ。

 

矢継ぎ早に攻め立て生み出した隙に致命傷を与えに来る真紅の刃、力で弾いて受け流し破壊を招く金色の刃、自らの刃と相手の刃、その動きに没頭していく。地に脚を押し付け、全ての力を速度に変えたメアの一撃は、

 

ガキンッ!

 

「メア…アンタ弱いよ」

 

いとも簡単に防がれた。再び弾かれ、離れる二人の距離

 

「ヤミお姉ちゃんてさ…―――」

 

メアの心の中を探るような視線。声音、滞空を終えた躰はもう一度ビルを強く蹴り―――

 

ガキンッ!

 

「メア…アンタ、パパをどうするつもりなの?」

 

交差する刃。視線と視線。それには答えず問い返すダークネス。同じ事を問うつもりであったメアも僅かに目を細める

 

「私?子ども作るつもりだよ?」

 

さも当然、と言ったように言葉と斬撃を返すメア、「お姉ちゃんもそうでしょ?」と続ける

 

ガキンッ!

 

「ハァ?子どもならイヴがもう既に居るんだけど?」

「関係ないよ?あたし、カラダ丈夫だし…きっといっぱい産めると思う、子孫繁栄は生物としての本能だよ?そんなことも知らないの?ヤミお姉ちゃん」

 

不思議、と小首を傾げるメア。繰り出される鋭い斬撃…スルリと身を捻り交わして―――、

 

ドガッ!!

 

「――生意気…ッ!」

 

メアを下方へと大きく蹴飛ばしプールの海へと叩きつける。

空中で何度も錐揉みし、やがて水面へとぶち当たって動きを止める。巨大な噴水が設置されたかのように盛大に上がる水飛沫。先ほどのシーンをキャストと天地を入れ替え再現したようだった。それを興味なさげに一瞥した後、目を細めたダークネスは何かを思い立ったようにふと、呟く―――

 

それもアリかもしれない、と。

 

「そういえば熱い(ピー)液…オトコのヒトがイくのは出すことであって殺して逝くコトとは違うんだっけ……昔ティア(ママ)に聞いたような…?」

 

プールに落とされ冷えた躰に適度(・・)な運動、立ち昇る水柱をみて生理的欲求を訴え始める躰。加えて食い込んだ下着の奥にも湿り気を感じ、先程から脱ぎ捨てたくて堪らなかったのだ。

 

「…ン?」

 

――――――子孫繁栄は生物としての本能だよ?

 

答えるように先ほどの言葉が破壊の化身・ダークネスの脳裏を掠める。綺麗な眉を寄せあげると、"ひとつになるには命を摘み取るより他にもある"―――――――――と、唐突に気がついた。

 

物理的かつ精神的に一つになる方法…視線の先には彩南高校校舎、その屋外には躰が訴え求める施設――――混濁していく意識と思考……―――――――――

 

 

ぐちゅっ…ぬぷっ……

 

「どう?パパ…イヴのお口…気持ちいいでしょ…あむっ…」

「う…イヴ…」

 

目細め微笑う少女、口元の涎、白い頬…その柔らかな素肌にかかる長い金髪を後ろへ流し行為を続ける…熱心に咥えてねぶり続け…

 

「んぶ…だって私のナカに入ってくるんだもん…キレイにしとかなきゃ」

 

一度だけ僅かに唇を離し、ちろりと見上げ呟いた。漆黒の薄いキャミソールドレスの肩紐が激しい躰の…というより頭の抽送により、片方だけ外れている。

 

ぬちゅるっ、ぺちゅっ、じゅぷっ!…じゅるる…!

 

肌蹴た胸元を隠すこともせず、再開される水音。この場でその躰を見ているのは彼女が愛を向ける男だけ、見られて何も困ることなどなかった。むしろよく見て欲しいと思ってさえいた。その方が元気に跳ねるから。

 

少女は時折見上げながら、態と淫猥な音を立てる。小さく狭い空間によく響くそれは、情欲を刺激する淫らな音だ。だが此処では…あまりによく響きすぎた。パパと呼ばれた男は少女の頭を押さえつけるが、クスリと微笑み返されるだけだった。小さな口をめいいっぱい広げながら、頬張りながらのその笑顔は幼い見た目に反し堪らなく淫らな笑みだ。ゴクリと鳴った喉音に、喜色を浮かべる少女は抽送を続け……

 

じゅちゅ…じゅる…じゅるるっ…!

 

「なぁ…最近ヤミちゃん可愛いよな?俺、ああいう小さい子も好きかもしれない」

「ロリコンかよお前…たしかあの子チョー強いんだろ?確か銀河一、とか」

「マジかよ…じゃあアレか、いい雰囲気になっても押し倒したりとかできないのか」

「アホ、お前なんかといい雰囲気になれるかよ」

「ああん!?お前、蹴飛ばすぞ!」

「うわっばか!手についたろうが!」

 

薄い扉…それ越しに聞こえる男子の話し声…個室のトイレでは扉を閉めても上は開放され下には隙間、いとも簡単に声が届くのだ

 

「ぷあっ……ねぇ、パパ…聞いた?イヴ人気者みたいだよ?ヤキモチ妬いちゃう?」

「ば、バカ、声が…」

「聞こえちゃったらどうしよう…でもバレてもいいよね、イヴが誰のモノかハッキリ皆に解るから…でもパパはイヤ…かな‥?…父娘でこんなことしてるの知られちゃったら…もう此処へは居られないね…あ、ピクピクしてきたよ…ふふっ…イヴのナカ…えっちぃあそこに入りたいのかな…?」

 

「んん!きたぁ♡!」

 

 

「…――――パパの(ピー)液…そうか、殺しちゃったらもう出せないじゃない」

 

プールから浮かび上がろうとするメアの気配、それをきっかけに揺らぐ思考の流れと漆黒の双翼を消し、ダークネスは元の居場所…秋人の待つ、彩南高校プールサイドへと降り立った。

 

 

36

 

「さ、邪魔者は消したよパパ。イヴの…女の子の一番恥ずかしい部分、その奥の奥で暖めてる卵あげるからね♡」

「あのな、イヴ。俺はシスコンだがロリコンじゃないんだ…それにイヴ、お前ホントは…」

 

メアをネメシスと同じくワープさせたダークネス、先程より過激さを増した台詞をスルーする秋人。内なる唯は布団を被り猫のように丸まってしまっている。心を閉ざした唯を兄として慰めないわけにはいかないのだ。ちなみに秋人自身、無意識にあっさりシスコンを認めてしまっている事に気づいていない。

 

「知ってるよ、だって妹じゃなかったから他の女に手を出しても…イヴには手を出さなかったんだもんね……?」

 

ほんの僅かな不快感を滲ませる声音、それがハッキリとした不平不満に変わる前にツウ――と頬から血が流れる。頬の白を伝う紅、それは恐ろしい程に赤く美しい、鮮血。

 

「お兄様の帰りが遅いので…迎えに来て正解でした♡」

 

父娘の間にふわり降り立ち、浮かべる微笑

ヴン…と静かな駆動音を響かせ漆黒の反重力ウイングが消滅する。星夜に優雅に降り立つ姿は舞い降りた天使のようにも死神のようにも見えた。

 

「…どっから湧いてきたの?もうお邪魔虫はいらないんだけど?」

 

ぺろり、とダークネスは頬の血を舐る。秋人を護るように立ちふさがる介入者の視線から視線を外し、頬を傷つけた棘のある花、それから黒と緑の縞のソックス、足元から介入者を捉える。最後にもう一度落ちている黒薔薇に目を向けた後、黒薔薇(それ)に酷似した相手を睨み返した。

 

「人を害虫か何かのように言わないでくださる?綺麗な花に這い寄る虫は駆除したくなりますので…知ってました?私、植物が大好きなんです。電脳空間に植物園を持ってるくらいなんですよ?」

 

ふわりと可憐な笑み。まるでその微笑を中心に花畑が広がるような整った笑顔。銀河を統べる第三王女としての美貌と品性を十分備えたプリンセス・スマイル。普段の"金色の闇"には、"破壊の化身・ダークネス"には到底できないような愛想・愛嬌を振りまく笑顔

 

「なら、やっぱりアンタ害虫じゃない。イヴのパパに纏わりつく雌の…ひっつき虫。前にベッドについてた女の匂いアレ、アンタなんでしょ?」

 

それを全く意に介さず、ダークネスは鼻で嘲笑った

 

「さあ?なんのことでしょう?」

 

頬に指を当て小首を傾げる、どこかを見上げる視線の先にはっきりと見えたのは情愛の色。恋する乙女の美貌に今度こそはっきり不快感を滲ませて

 

「プリンセス………アンタもイヴの邪魔するワケ?ウザい。やっと姉妹同士の殺し合い(話し合い)が終わったんだから、関係ない(・・・・)女は引っ込んでてよ」

 

ダークネスは突き放すように言い放った。

 

関係(・・)ない(・・)…―――?」

 

それをゆっくりとした呟きで返す、背後の秋人に一度だけ意識を向けた後続けて

 

「―――ここに居る方は私の、私だけの大切な御主人様(ヒト)なんですけど…?」

 

そして、その場の空気が一変した。

 

ダークネスの前に立つ者に変わったところはない。だが、纏っている空気が一瞬で激変していた。まるで、これまで押さえつけていたものを解き放ったかのように。

 

外気に晒されている肌がチリチリと焦げつくのを感じる。背筋に戦闘の緊張が走る

 

これは殺気だ。ダークネスに物理的な圧力さえ感じさせるほどの濃密な殺気が目の前で噴き出ていた。

 

現れたのは一人の少女。桃色の髪に紫青の瞳。

 

"大戦の覇者(・・) ギド・ルシオン・デビルーク"――――その()

 

モモ・ベリア・デビルーク

 

 




感想・評価をお願い致します。

2016/02/24 改訂&再投稿

2016/05/21 一部台詞調整

2016/10/20 一部改訂

2017/03/19 一部改訂

2017/05/13 一部改訂

2017/08/12 一部改訂

2017/10/03 一部改訂


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Re.Beyond Darkness 20.『閃光、舞い落ちる少女~Battle of Darkness Ⅳ~』

37

 

 

"恋する乙女(キミ)は美しい"―――そんな陳腐な詩の一節がモモの脳裏を掠めていた。

 

 

数年ぶり、久方ぶりに再会したララ・サタリン・デビルーク第一王女は随分と綺麗になっていた。

 

「はぁ…、んっ…」

 

宇宙一の美貌を持つセフィお母様、母のそれを色濃く受け継いだお姉様はもともとそこに在るだけで魅力的だった。それは一輪の薔薇のように――――――華やかな花。

 

「んっ…っふ…、あ…ん…ちゅっ」

 

その美貌を恋が加速・上昇させ、お姉様をより美の高みへ押し上げている。そして、そんな恋のお相手は……私にもすぐ傍に。恋する乙女に当てられて、私の恋が咲き始めた。

 

 

――桃の花は花粉がある品種なら勝手に実を作る。でも花粉をつくらない桃の花もある。

 

さて、そんな桃はどうやっては実を作るのでしょう―――?

 

 

その答え、第三王女に恋の花粉はまだ付けられていない、だからお相手を、婚約者候補を…花粉を多く持つ第一王女()からもらって実を作るのだ。

 

こうして姉の花粉を受け取った温室育ちの白桃はリトさんへの、恋の蕾を芽吹かせた。

 

 

の、だけれど――――

 

 

「んふぅ、ちゅっ!ちゅくっ!」

 

キスはすぐに濃厚なものへ移る。誰も邪魔は入らないのに、奪わずにはいられない。

 

薄暗く埃っぽい体育倉庫、人気のない場所で二人は唇を奪い合うように重ね続ける――――否、奪っているのは少女の方だった。

 

モモは秋人の手に指を絡め、マットの上に貼り付けるように押し倒していた。馬乗りになっても少女の体は軽い、だが、それに反して力は地球人など及ばないものがある。

 

「ん、んっ…!」

 

しかし、その力を行使したのは押し倒した瞬間だけだった。それは使わないのではなく使えないのだ。唇の間から唾液が溢れても拭うことさえしない、モモの全ては唇と舌の動きに集結している――――キスに夢中だった

 

「んっんっ!…ちゅっちゅっ!―――ん!――っ!」

 

モモは男女問わず優しく、愛嬌も教養もあるお姫さまである。

 

ファンクラブVMCも彼女を「清楚で可憐・絶対無敵!」と支持しているが、男に跨がって甘い吐息を零しながら情に溺れるその姿は彼らにはとても見せられなかった。

 

感じる度に、果てていく度に、何かが生まれ、育っていく―――

 

 唇に宿る言葉はなく、行先のない愛だけが溢れ落ちる―――

 

―――あの日、初めて口づけを交わした日、自分では聞いたことのないような甘い声を溢して、夢中になって唇を押し付けた日…

 

私は恋を愛しているだけの私自身に気づき、自分の花を咲かせた。

 

快楽の頂に取り残されて朦朧とする中、モモはその日の事をぼんやり思い返していた。

 

「――ふ…あ…ふぁ…まだコレでも解りませんか…?私のほんとうの気持ち…お兄様…、尻尾をいじって心を読んでみます…か?」

「もう十分わかったぞモモ…でも俺はな」

「…言わなくても大丈夫です……お兄様のほんとに好きな、一番大切な方は……――でも、それでも私は貴方の一番になりたい。二番目三番目は嫌なんです…」

「ハーレムを創る気はない」

「いいんです。それで…そのままのお兄様で居て下さいな、それに勘違いをされているのでは?お兄様がハーレムを創り、君臨するのではありません。私が創り、王となるんですから…♡」

 

きっぱりと断ったはずなのに。真向から受け止め、同じように見つめ言い返す桃色の姫君。

その視線に彼女の兄君も少しだけ戸惑いを返す。

 

(私の、私による、私とお兄様だけのハーレムを……♡)

 

熱っぽく細められる瞳、心の裡の呟きはモモにしか聞こえない。

 

―――彼女の本質はS()、自身に牙を剥く者に容赦はしない。攻めて快感を得る事ができ、恐怖で支配するのも辞さない、それは心を通わせられる植物にさえも及ぶ――以前、秋人を睨み言い放った言葉がある…"逆さまに吊るしてドライフラワーに…"、"特殊液に沈めてプリザーブドフラワーに…"、"押し花に…"――――それは誰かに採られる前に、自身の手で摘み取り…

 

「…やれるんならやってみろ、モモらしく……大分腹黒い感じに」

「まあ♡私が腹黒いですって…?銀河のプリンセスになんて無礼な…酷いお方…」

 

…―――大切で愛する(モノ)を自身の傍でいつまでも()でる為の行為だ。

 

ふっと鼻で笑う秋人。"やれやれ困った(ヤツ)だ"と言いたげな優しい瞳。その頬を愛おしげに一撫でし、華咲く笑みに妖艶な色香を一層強めて、

 

「…そんな御主人様(・・・・)にはこうしてあげます――――――♡」

 

モモは小さな花びらのような唇を重ね合わせる

 

重ねた唇――――今度もそれはモモが完全に気を失うまで離れることはなかった。

 

 

38

 

 

何も無かった空間から生み出される巨大な刃。空間の断裂から生み出される刃をモモは難なく躱した。

 

ズゴンッッッ!!!

――鳴り響く轟音と割かれた地は、手加減などしていない事を雄弁に物語っている

 

戦闘開始の合図は無かった。

目の前の王女の変わった気配を嫌ったダークネスは、殆ど無意識のうちに空間を変身(トランス)させ迎撃していた。

 

―――――――そう、まるで焦って早く決着を付けたがっているように。

 

「あら、いきなり雑魚の私に全力ですか?ヤミさんらしくないですね?」

 

うふふ♡と口元のみの可憐な微笑は、彼女の美しい容姿に華を添える。嘲り笑う表情にもどこか漂う女の色香―――二、三と迫る刃をステップを踏むように踊り躱しながら、一つ跳躍するとフェンスに優雅に飛び移る―――

 

"鬼さんこちら♪"と、甘い()笑…誘うように黒い尻尾がふりふりと揺れる。

 

――――どうやら先程のメアよろしく秋人(パパ)の居るこの場から自身を…ダークネスを引き離すつもりらしい

 

「…。」

 

安い挑発だ。頬を引くつかせたダークネスは沈黙を持って受け止めた。自身より強いモノはこの世に居ない、敵と成り得ないモノに全力を使う必要はない、余裕を持ち仕留めれば良い――――だが躰は意志の通りにはいかず、兵器の直感が決着を()いている………断裂の刃はその数を一層増やした。

 

ズバンッッ!と空を斬る刃。

細く長いフェンス上、その上で全身を使いダンスを披露し続ける桃色の姫、次々と襲いかかる暴漢の変身(トランス)攻撃をひらひら躱す。沈黙を守り、秋人の傍から一歩も動かず、断裂の刃のみで攻撃するダークネス。

 

「あら、リトさんだけでなく女の私にも刃物を向けるだなんて…ヤミさんったらコワイんですね、男の子に嫌われちゃいますよ?」

「誰が……パパ以外の男に好かれたいなどと―――ッ!」

 

ズシャッ!と一際大きな刃は空を斬る

激情の波に襲われ、一瞬、秋人から意識を外してしまうダークネス

 

「今だ!じゃあな!ヤミ!兄上は貰っていくぞ!」

「プリンセス…ナナ…ッ!」

 

プールサイドの暗がりから現れる第二王女。ピィイイイイ!!と指笛を鳴らし秋人とナナ自身を大量の猫で運ばせる。モモがダークネスの目を引きナナがその隙に奪う。此処に飛んで来るまでに立てた作戦だった。"イイトコ取り"、"大好きな兄上を敵から横取りする自分"、"カッコイイな!大好きだぞ!ナナ!"と婚約者に見直される自分…ナナの好みにマッチした作戦に双子姫は二つ返事だった。

 

一目散、一直線に逃げるナナ、逃げることだけに専念している…"危ないから助ける"、"スキだからスキ"―――いつだって単純明解を持つ実直なナナは流石、メアの親友だった。

 

「ついでにオイてってやるよ!」

 

逃げに徹するナナはデダイヤルを手に取る、ナナとダークネスの間を割くように出現する巨大なイカとタコ。ヤミの苦手な"にゅるにゅる"…だがダークネスは苦手ではなかった。大好きなパパの"にゅるにゅる"した舌が躰を這うのを想像したら…と昂ぶる躰を止められない、が。今は痺れ始める躰と頭で考え、把握すべき事があった。"敵"のコトを、だ。此処へ着てパパとイヴの…自身たちの"愛"を邪魔する者達……それは全員が全員とも――

 

「――――――――妹…」

 

最初にイヴとパパの間を邪魔したのはメア…―――自身の妹。

次に現れたプリンセス・モモ…―――双子のナナの妹。

プリンセス・ナナ…―――双子でララの妹。

 

破壊の化身・ダークネスにとって"敵"とは、真に破壊スべきものとは何なのか、しっかりと認識した瞬間だった。

都市の光を纏い、闇へと消えるモモの背は追わず、ダークネスは視線と意識を愛するパパの運ばれた方角へと指し向ける。"にゅるにゅる"が自身に迫りくるのを尻目に呟いた。

 

「―――逃がさない…」

 

どれだけ離れていようとも関係無かった。彼女には他の兵器にはない空間を渡る術がある。

虹色に輝くワープゲートで破壊の化身は秋人の下へ()んだ。

 

 

39

 

「助けにきたよー!お兄ちゃん!」

「ララ!」

「また妹…ッ!」

 

ギリリ…!と歯噛みするダークネス。ナナから秋人を受け取り、跳躍、反重力ウイングで大きく空へと舞い上がるララ。ここまでデビルーク三姉妹の見事なコンビネーションだった。ナナと秋人の下へ転移してもモモが妨害し、ナナはひたすら逃げに徹する。いくらダークネスが惑星そのものを破壊せしめる力を備えていても、油断を誘い、隙をつき、混乱させてしまえばその力を大きく封じることが出来る…―――

 

これでは妹共にパパを獲られる!―――焦るダークネスが吼えた

 

「ソレ!返してよ!パパはイヴの!」

「お兄ちゃんはパパじゃないもん!」

 

答えを告げヒュンッ!と風を切り高速で飛翔するララ、後を追うダークネス。桃色の髪、金色の髪が共に橙色に輝き、ララの制服スカートが眩しい光をそよめかせる―――――――――――――

 

―――朝が、彩南町に訪れようとしていた。

 

日の出の時刻、朝焼けの光に包まれ始める街を飛び回る二人のチェイス。それは一度も交わることがない―――暴風のようだった。

 

ワープゲートで転移すればもっと速かったが、何故かこれ以上の力を使ってはならない気がして躊躇(ためら)うダークネス。

 

ララが風を切って飛んでいる空、そして今向かっている陽光の方角、そこは自身と、パパと、姉の住居がある。どうやら其処へ辿り着くのが真の目的のようだった。

 

―――これで"はるなおねえちゃん"まで来ては堪らない……ッ!

 

今度は先ほどとは逆に、意志が兵器の直感を凌駕し、焦りと怒りの頂点へと至ったダークネスは全力を出す決断を下した。

 

「…今ハッキリわかったよ、ううんホントはずっと前から気づいてた……―――"妹"こそがイヴの敵…ッ!パパとイヴの、"父娘(おやこ)"の恋路を阻む…お邪魔虫!!」

 

ピタリと急停止、

シュウウ…!と光を集め白む星空の下に輝く巨大な柱が出現した。

天を穿つように輝き立ち昇る柱は………――――やがて巨大な刃となる

 

―――怒り狂ったダークネスは惑星ごと、敵ごと、叩き斬るつもりなのだ。

 

 

40

 

春菜は夜風を一人、浴びていた。そよ吹く風が、髪留めと前髪を撫でていく…

 

夜風…と言っても、既にもう白みつつある空に朝の空気。いつもより早く起きて家を出ただけの事だった。そっと門を押し開く―――

 

場所は西蓮寺家…――――ではなく、結城家だった。

 

大事な事を告げにララの元へ訪れたのだ。告げるには朝が良いと、なぜかそう思っていた。

 

結局はララに手紙を書き、リトに後を頼んだのだった。

 

「…。」

 

春菜は無言で歩みを進め…――――一際明るい朝焼けの光を背に感じ、振り向いた。

 

其処に有った光の柱は、何故か春菜には自身の敵を断ち切ってくれるような、そんな必死な光に見えた。

 

 

41

 

 

背に伝わる圧迫感と威圧感に振り向くララ、視線を光の柱に向けたまま呟く

 

「お兄ちゃん」

「…なんだよララ」

 

腕の中の秋人はここまで何も言わなかった。ずっと何かを考えているようだった。

 

だけれど、

 

「力を貸してね」

「おう、ブチかましてやれララ」

 

朝陽にけぶる余裕の笑み。そんな気配を胸に感じる…それは胸の奥を暖かにする、背を押してくれる心の太陽。兄が一緒にいてくれるならば、ララはいつでも自由に限界を超えた力が出せる―――そう確信があった。

 

「よおおし!やっちゃうよー!」

 

朝特有の静寂を割く、暢気で元気な声

意気込みと共に浮かべた笑顔、その下に滾る意志、最大火力のビームを放つ準備に入るララ。バチチチ…!と雷に似た光の火花が尾先に集まる。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「なんだよ」

「私もお兄ちゃん大好きだよ、春菜とおんなじくらい!」

「そっか、サンキュな」

「うん!」

 

尾先の光は一層強まった

 

「―――消えろ!お邪魔虫!」

「―――目を覚ましてヤミちゃん!」

 

ダークネスが剣を薙ぐ、何もない宙を光剣が切り裂いた瞬間、地平より昇りきった太陽よりも巨大な光の塊が生まれ――――――

 

ズガッ!

「ッ!」

「…!!」

 

交わりぶつかり合った光と光がビリビリと大気を大きく揺るがす。銀河の覇者デビルークの地力を一番に受け継いだララ、破壊の化身・ダークネスが生んだ白い閃光は、瞬く間に全てのモノを包み込んだ。

 

「ッツ!」

「うぎぎぎ…!!」

 

ララが放った全身全霊をかけた渾身の尻尾ビーム。そこからもう一歩、力を生むべく両手をマンションにつき踏ん張る…

 

「大丈夫…ッ、心配…ッしないで…ッ!…皆は…私が…ッ!」

「心配してるように見えんのか?」

 

ララは今度こそ秋人の顔を間近で視た。

 

先程からある余裕の笑みは、決して先を識っているから生まれたものではなく、ララ自身を信じているから、だから今も胸にある兄のそれは―――心配ではなく、信頼から生まれた笑みだと―――

 

「…もう、ッ…―あ―はっ――少しくらいは心配してくれてもッ…!」

「はは、頑張れな、ララ」

 

―――そう理解した瞬間、湧き上がる喜びに、心と躰その双つが激しく共鳴しララは思わず身震いする。

 

あはは、と兄へ向け最高の笑顔で答えようと、押し付けている胸を今度は押しのけようとする…が、手汗の為に壁を滑り…――

 

「んちゅっ!」

 

唇と唇が重なり…――――

 

 

白い閃光が、弾けた。

 

 

42

 

ララと秋人、ダークネスが共に落ちた先、そこは木々に囲まれた自然公園だった。

 

「…そんなナリじゃ次は相殺できそうにないね…うっ、」

 

追ってきた破壊の化身は、ガクリと地に膝をつく。自分の失態にギリッと歯噛みする。ずっと感じていた違和感は…鈍い痛みと痺れが躰の自由を奪う…蝉の鳴き出し声が、木霊するように聞こえていた

 

「……ようやく効きましたね♡」

 

木の影から姿を現すモモ、ダークネスの視線の先、其処には…その手には出会った時にもあった黒く、美しい薔薇。

 

「――――無理もありませんわ、ゼラスの薔薇…その棘に含まれる麻痺毒は強力ですから…例えヤミさんが強力な変身兵器だとしても…時間をかけて蔓延させ、力を使い果たせば効くでしょう…ステータス異常は強力なボスに最も有効な手段なんですから♡」

「クッ…」

「さて……―――では皆さんお待ちかねのオシオキショーターイム!と逝きましょうか♡」

 

ピッと操作しデダイヤルから出現する鳳仙花。モモはフフフ、と邪悪たっぷりに口元を歪める

 

「…これはジュダ星の"キャノンフラワー"打ち出される砲弾は、ヒトであれば一発で潰れたトマトに変えてしまう……そんな素敵な危険指定種…♡」

「…。」

「あら、ヤミさんったらカワイイ眼…♡そんなに睨んでなぁんて反抗的なんでしょう…でも動けないでしょう?うふふ♡許してなんてあげませんよ…?私の愛する御主人様を串刺して標本にしようとしたんですから、少しくらいは痛い目に遭って頂かないと………ふふっ―――――では、まずはいっぱ…ふぁああああん!」

 

突然上がる甲高い嬌声、痛みに備え瞑ったダークネスの目が開かれた

 

「ああんっ!ごっ御主人さまぁ…♡尻尾は…らめですよぉ…っ♡んんっ!せめてもっと感じる別のところ…をぉっ…!ああっ!」

「…何しようとしてんだお前は、標本にしたいのはモモ…お前の方だろーが」

「そっそんな…ぁっ!そんあことぉ…♡」

「ほら、ララを頼んだぞ、ロリっ子になっちまった。ララ・ロリリン・デビルークだな」

 

秋人は胸に抱いた幼い少女…限界以上の力を使い、すっかり子どもの姿になったララを手渡した。

 

「あわっ!お姉様!」「オーイ!ヤミから逃げ切ったのか!?おわっ!姉上っ!ヘーキか!?」

「…――――」

 

放心の表情でぽーっとしているララ。双子姫は思わず顔を見合わせる、いつも天真爛漫で元気な姉の、こんな艶っぽい顔を見るのは初めてだったからだ。ナナは心底疑問に首を傾げたが、モモはなんだか嫌な予感がしていた。

 

「あの…お兄様(偽)もしかしてお姉様に何か…キス的な何か…なさいました?」と尋ねたが、秋人は膝を着き自身を見上げるダークネスだけを見つめ、答えない。それは秋人とヤミがプールサイドで口づけを交わす時の姿と、立ち位置と姿勢を入れ替えたものだった。

 

「いいか…イヴ…いやヤミ。よく聞けよ…――――俺はな」

 

潤んだ瞳に情愛の熱と狂気の光を宿したダークネスはゴクリと息を飲み込んだ。五月蝿く鳴き始めたはずの蝉達の声は、今度はどこか遠く、静かに聞こえていた。

 

 

43

 

「お前は俺をシスコンだと思ってるだろ…だがそれは違う!ホントに違う!」

「…何を…パパはシスコンで…妹を集めようと…美柑も春菜も妹…手を出していないのは妹でない女ばかり…だから私は…――――」

 

見つめ合う秋人とダークネス。真剣とした表情で自身の事を睨むアキトは凛々しく……顔を赤らめてしまう

 

「俺はシスコンじゃねぇ!ロリコンだぁあああああッ!!!!」

「!」

「そして俺がキス以上が出来ないと思ってるだろうが大間違いだッ!今からそれを証明してやる!」

「なっ…!パパ…ッ!」

 

 

むかしむかし、ある森に仲良しこよしな父と娘が居ました

 

「ダメだよ…パパ、イヴとパパはおやこだよ…っ!」

「そんなの関係あるものか!」

 

パパはイヴを抱きしめると可憐な唇、それに口づけました

 

「んんっ!んっ!ふぁっ…ぱぱぁっ!だめっ、んっ!!」

 

イヴとパパは唇でつながったまま。イヴは大した抵抗もしないまま、ゆっくり服を脱がされていきます、それはまるで木々の緑の中、一輪の花の蕾が開花していくような、そんな可憐で淫らな光景でした

 

感じる擽ったさがだんだん気持ち良くなっていくイヴ、触れられる躰も髪もそのどこもかしこも心地がよくって

 

「んんっ!あ…」

 

小刻みに与えられる刺激にイヴは熱を含んだ切なげな息をこぼし、ちゅっと鎖骨に吸い付かれました

 

「んあっ!」

 

急に強くなった刺激にイヴはたまらず全身を震わせます、それはまるでびゅうと風を切って空を舞い飛んでいるような…

 

与えられる快感が、イヴの意識を、だんだんパパへの気持ちを曖昧にしてきました。パパとして好きなのか、男の人として好きなのか…――――

 

「…さあ、イヴ、言ってごらん…本当の気持ちを…」

「あ…」

 

見つめる視線、見つめ返す瞳。抱きしめられて背中を撫でられるイヴは大切なパパをぎゅっと抱きしめ…

 

「パパァ!だいすきぃ!」

 

弾け飛ぶ快感の閃光の中、胸の裡、心からの愛を叫びます。

 

パパでも、男の子でも、そのどちらもで好きでいいと気づいたイヴ。押し付けた可憐な唇。

 

飛んだ空からゆっくりゆっくり高度を落としていく…そんな歓喜の浮遊感、イヴの金の髪とパパの黒髪が互いの頬に当たる感覚。パパの固い腹筋とイヴの柔らかいお腹が当たる感触、抱きしめ、抱きしめ返される全身…――――それが何故かとても現実的で…――――

 

 

 

「…いつまでやってるんですか、アキト」

「いてっ、」

 

ぽかりと小突くヤミ。

 

「えっちぃのはきらいなんです…から」

「お、もどった」

 

押し倒している秋人の腕の中、しっかり抱っこで向かい合うヤミはこうして目が覚めた。少し乱れた戦闘衣(バトルドレス)…―――こぼれた胸を咄嗟に抑え隠す。

 

既にいつもの朝食の時刻を通り過ぎ、登校前といった頃。蝉の声が元気に響く中、ふたりの父娘はとある路上に寝転んでいた。

 

「まぁ戻ったならいいんだけど」

「言っておきますが…!」

「なんだよ?」

「あれはお手洗いで歯磨きの練習をしている父娘の図であり、決してえっちぃものではありませんから!口にしていたのは歯ブラシです!」

「?何の話だ?」

「いっいえ、ただ知っておいて下さい、それだけでいいです…っていつまでくっついてるんですか」

「はいよ、悪かったな」

 

すっと抱きしめたヤミを離す秋人。少しだけ残念そうに目を伏せたヤミは、それでも身体を離し立ち上がった。

 

いつもと違うヤミの姿。僅かにしか肌を隠さない布地に食い込んだ下着。

後ろから見ればヤミのカワイイお尻は丸見えだろう。だけれどヤミの目の前にいる男は特に変わった様子はない。…例えば大好きな猫を見る時のような、気持ち悪い声をだしてへらへら笑わないし、姉にえっちぃ真似をする時のようにニヤついてもくれない。あまつさえ「徹夜かよ、ねみーなー…ふあああ」と欠伸と伸びなどしている

 

なんだか一世一代の告白をした後だったのに。腑に落ちないヤミ、すっと戦闘衣(バトルドレス)の埃と皺を払い、身支度を整えてから声をかけた。

 

「あの…ぱ…アキト、」

「なんだよ?」

「こういう格好はその…どうでしょう……か?その…娘の入学式に参列する父…の気分ですか?」

「なにいってんの?始まりすぎだろ小学校」

 

同じ高校に通うにもかかわらず、秋人は勝手にヤミを小学生にした。

むっと器用に眉を寄せ上げ、ぼすっと胸に飛びつくヤミ

 

「いてっ何すんだよ」

「父の気分になりませんか?…なりますよね?私に「パパ」と呼んで欲しかったり…するでしょう?」

「ヤミ…お前な、またダークネスなの?」

「…角、ないでしょう…キスしない限りは変身(トランス)しません、それより呼んで欲しいなら呼んであげても…「お兄ちゃんたち何してるの?」…――――。」

 

「はっ春菜おねえちゃん…!こっこれはっ!」

 

突然の声に驚いたヤミは咄嗟に愛するパパをアスファルトに放り捨てた。ごんっ!と秋人は頭をしたたか打ち付け、薄れゆく意識…――――

 

「それはまた後に説教(お話)するとして…秋人くん、私、結城くん側につくね。」

 

 

―――ウチの西蓮寺春菜は何を言ってるんだ

 

 

意識の暗転していく中、秋人の呟きは五月蠅い夏の空にとけてゆくのだった。

 

 




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2016/02/18 一部構成改訂

2018/05/18 一部改訂


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R.B.D閑話『御門涼子の憂鬱』

「はぁ…」

 

御門涼子は今日何度目かになる溜め息をついた。

もう数えるのはやめてしまっている。カウントすればするだけ、余計に憂鬱さに頭の痛みが増すからだ。

 

憂鬱な気分の原因ははっきり理解していた。原因そのものが、今も目の前に人の形を成して具現化している

 

「メア。パパ…アキトにてをだしたらゆるしませんよ」

「ぶー、ヤミおねえちゃんばっかりずるいよ…いっぺんしんでみる?」

 

二人の変身兵器は"モドリスカンク"により若返っていた。若返っていた。若返っていたのだ。

 

――――違う、問題は其処ではなく…

 

「メア、さきほどはてかげんしたんですからね?」

「…ヤミおねえちゃん。よゆうぶらないでいいよ、さっきちょっとあぶなかったじゃない」

 

フ…

…ふふ♡

 

とある男が迎えにやってくる、ただそれだけの事でこうもソワソワとする二人の幼女。

発している言葉はなにやら物騒極まりないが、それがただのじゃれ合い(・・・・・)であり本気ではないということは御門は知っている。…というより理解させられていた。自身の隠れ家である、瓦礫の山と化した屋敷を代償として。本気であればこの惑星ごと輪切りにできるのだ、これがじゃれ合いでなく何だというのだ。思い出した頭痛の種に顳かみを抑える妙齢(・・)の女医なのだった。

 

ヤミとメア

 

二人が二人共容姿の面で飛び抜けていた。

歳は共に6歳程度。女性としての容姿云々を語るにはまだまだ早すぎる年齢だが、それでも白く透明感のある肌は、同性の目から見ても魅力的だった。ヤミは張り、艶、文句なしの金髪ブロンド。メアも燃えるように輝く澄んだ朱い髪、そして共にくりくりと愛らしい大きな瞳。

 

彼女たちが持つ儚げな雰囲気とも相まって、神秘的な容貌をしている。院内で"妖精"や"天使"に喩えられるのも頷けるというものだった。勿論言うまでもなく不埒者にとっては死を届ける天使、死地へ誘う妖精となるのだったが。

 

いや、コレでは見た目が無垢なる存在なだけであって本性は悪魔や死神の類では――――――

 

「こらこら~ふたりともケンカはダメですよ~はぁーい、おやつのりんごうさぎさんだよー」

 

思考を断ち切る気の抜けた声、ぽやぽやとした人懐っこい笑みのティア…同僚のティアーユ・ルナティーク博士だ。保母さんでもやるつもりなのか、黒のタイト・スーツの上からいつもの白衣ではなくピンクのエプロンを締めている。

 

(だいたいあんたがワケもわからない妙な組織にスカウトされて…わけもわからない研究したからこんなことになったんじゃないの)

 

と、思ってはいたが口には出さない女医、御門。流石に子どもの前で不満をぶつけるような真似はしない。社会性を身につける大人であった。

 

代わりに目で訴え伝える…――――――が。

 

「うん?ミカド、どうかしたの?半分食べる?」

 

リンゴを差し出された。

 

不器用なクセに器用にうさぎちゃんにカットされている。

 

…先ほどから患者でごった返す院内に居ないと思っていたら、休憩室で長々リンゴと(じゃ)れていたらしい。そもそも"忙しいから手伝いに来て"と此処に呼んだのは不器用なティアーユにリンゴを器用に"うさぎちゃん"にカットさせる為ではない。言葉通り"忙しいから"である。ティアーユの生み出した"天使"と"妖精"のせいでとても忙しいのである。"医療の"手伝いをして欲しかったのである。

 

「…確かティアーユって、凄い分析力の高い頭脳の持ち主なのよね…生物の研究って構造解析だとか定性分析だとかあらゆる視点で対象を観察して、考察するのよね…単純な人の気持ちが理解できないはずないわよね…」

「ねえ、食べないの?ミカド?いらないならヤミちゃんとメアちゃんにあげちゃうけど?」

 

ねえどうするの?と可愛く小首を傾げるティアーユ・ルナティーク博士。御門と同じく妙齢の美女だが、優しい雰囲気とあどけなく開いた口も相まって年齢よりずっと幼く見える…肌の色も艶だってずっと良い

 

―――――――――――そう、自身よりずっと。

 

それが最近、多忙による寝不足で年齢・肌艶の気になる御門涼子のイラつきを加速させる原因の一つでもあった。

 

「……………………………――――――――食べるわよ」

「そう?そんなに物欲しそうな目をしなくてもいいじゃない。ふふふっ、ミカドったらいつまでたっても子どもなのね…あら?目元にクマが…それに肌もなんだか張りが…忙しくてもちゃんと寝なきゃダメよ?」

 

(…この女っ!)

 

言葉はすんでのところで飲み込まれた。"りんごうさぎさん"と共に。瑞々しく甘いリンゴの果肉が、なんだかやけに毒々しく感じる御門涼子なのだった。

 

 

1

 

「おーい、迎えにきたぞ?」「こんばんは、御門先生…ありがとうございました。」

「…アキト」「せんぱい」

 

そうこうして一日の激務を終えた御門の下へ、彼女たちの親がやってきた。娘たちは迎えに来たふたりのうち一人しか意識に入れてないようだが御門は気づかないフリをした。これ以上肌にストレスを抱えるわけにはいかないからである。

 

「…メア、アキトとてをつなぐとはどういうことですか?」

「え?はやいものがちでしょ?」

「…妹ならじちょうしておねえちゃんにゆずりなさい」

「えー?おねえちゃんなら妹にゆずってよー♪」

「……。」

「おいおい喧嘩すんなっての」

「ヤミちゃんメアちゃん。ダメだよ喧嘩しちゃ…、あとお兄ちゃんの手はエッチだから私が両手掴んでおくね」

「…はるなおねえちゃんはココにくるまでふたりっきりだったのでしょう…ゆずってください」

「そうだよジチョーしてよセンパイ」

「ふたりと手を繋いでたら、お兄ちゃん幼女誘拐犯として警察に連れて行かれちゃうよ?それでもいいの?」

「オイ。どういう事だソレ…春菜」

 

何やら言い争う四人の男女。

 

御門涼子はなんとなしにそれを眺めていた。疲れた脳への糖分補給…ティアーユに煎れさせたミルクティーを口へ含む。まろやかな甘さと程よい苦味。

 

―――あの不器用でドジっ子のティアーユもうまく淹れるじゃない…と、喉へと流し込み、ギッと軋む音と安堵の溜息。背中をデスクチェアへと預ける

 

―――カレ……随分と変わったわね

 

ぼんやりとしたフレームが秋人の姿をくっきり浮かばせた。彼との出会いを思い返す…患者と医師の出会い。あの頃も活発で無茶苦茶やる子どもタイプだと分析していたが、今は随分と落ち着きなんだか大人びて見える。大切なモノを見つけたアイデンティティの確立――――一皮むけ大人になった青年が居た。

 

そしてそう変えたのは…――――

 

青年の隣には可愛く頬を膨らませ"怒っているんだからね"と主張している西蓮寺春菜

 

ふたりの幼女、ヤミとメアに牽制しているようだ。彼女も押し殺していた自分の気持ち"負けるつもりの恋"を抱いていたあの頃とは違い"勝ちにゆく為の恋"へと変化し、以前より大人へと成長したように思える…彼女もまた大切なモノを見つけたのだろう―――

 

(お互いにお互いが良い刺激を与え合い、成長している…か、皆いつまでも子どもじゃないのね――――ん?)

 

自身の傍でニコニコと微笑み、頬を上気させているティアーユ博士。薄い肌の下、毛細血管が拡張したのだ。

 

「……――――今日はどうしました?」

 

医療者の立場で問診を始める御門涼子。

 

「ふたりの子持ちで結婚かぁ…でも私、まだそういうことをして産んだ経験はないし…うまく出来るのかしら…?私の方が年上なんだし…やっぱりリードしてあげないとダメよね…上に乗る?でいいのかしら…重くないのかなぁ?腰も振るのを頑張らないといけないのよね…?」

「……………………………――――――――お薬出しとくわ、ティアーユ」

「え?避妊薬?いらないわよ?」

 

いい加減帰ってくれない?――――――と剣呑な眼差しで伝える

 

「…ミカドってそういう経験あるの?実はないのよね?もうお互いトシなんだし…早く良い相手を見つけてね。フフッまさか貴方に心配ばかりされてた私のほうが先にゴールするなんて、世の中分からないものね…ウフフッ」

「この女ッ!」

 

この日も御門涼子の診療所は受付時間を過ぎても患者でごった返しているのだった。

 




感想・評価をお願いたします。


コメント等くださる方へ、いつもありがとうございます。

2016/03/19 文章一部改訂

2016/03/31 文章一部改訂

2016/06/29 文章一部追加

2016/11/21 一部改定

2017/06/12 一部改訂

2017/09/23 一部改訂


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Re.Beyond Darkness 21.『動く時間、向かうべき場所~Lovers Destination~』

43

 

 

「なあ春菜、その、春菜には好きな男とかっているのか?もちろん、おに…」

「え?知らないのお兄ちゃん…――――そんなの決まってるじゃない」

 

え?

 

「ほら、私の彼氏、結城くん」

「ど、ども…」

 

そ、そんな…

 

「あ~ん♡結城くんったら♡また転んで私を押し倒すなんてぇ♡」

「HAHAHA!ハルナの胸はチョードイイですネー!」

 

なぜ結城リトは外人口調なんだ なぜ春菜は胸を揉まれて喜んでいるんだ

 

「さあハルナ、ワタシとメイク・ラブしまショー」

「え…ここで?もう。しょうがないなぁ♡…――――お兄ちゃん見ないでね?」

 

なぜ春菜はすっぽんぽんになったんだ なぜそんなに幸せそうな笑顔なんだ

 

「HA☆RU☆NA…」

「結城くん…♡」

 

見つめ合う二人、重なる、重なりそうになる二人の唇…――――やめろ、やめるんだはる…

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!はるなぁああああああああああああああああっっっっっっ!!!!」

 

天を割る絶叫が木霊した。

 

「はっ!?夢!?夢か…――――なんて恐ろしい夢だったんだ…」

 

秋人はきょろきょろと周りを見渡した。

 

瞳に飛び込む見知った暗がりは、まさしく俺の部屋だった。あの黒い陰影はデスクとチェアで、その隣には春菜とヤミが整理整頓してくれた本棚、クローゼットを開ければ春菜がアイロンがけし、ヤミが片付けた制服がきちんと収まっていることだろう――――

 

秋人が居たのは此方の世界にやって来て、もう既に何度も寝起きした住み慣れた部屋であった。

 

今の、俺の居場所――――…

 

ドアを開ければリビングがあり、ダイニングキッチンがあり、そこから先には春菜の部屋とヤミの部屋があるだろうマンション…――――西蓮寺家(ウチ)

 

「ふぅ…夢、か…」

 

叫んだと同時に起こした半身。

ジワッと浮かび上がっている全身の汗は夏の暑さによるものなのか、恐怖により生まれたものなのか、秋人には区別がつかなかった。

 

夢、夢か…――――と確かめるように呟く秋人。

 

(夢は…眠っている時に感じたものと、将来実現させたい希望…その2つの意味があるけど、俺は…一体どっちとして…)

 

 

「んー…――――んんン…どーしたのぉー?」

 

沈み込む思考の流れを、気だるげに間延びした声が断ち切った。鼻にかかったような甘い幼声――――暗がりに浮かぶシルエットでは、誰かは分からない

 

「ん?ああ、起こしたのか、悪い…悪夢に泣き叫ぶとか…らしくないよな」

「ンー、コワイ夢だったんだねー?わたしもケイケンはあるから分かるよー…ふぁあ…こーしてあげる……」

 

タオルケットからにゅっと伸ばされた小さく白い手に引き釣りこまれ、薄い躰に抱きしめられた。

 

「…ん」

「んン…おにいちゃん…――――」

 

目元に優しくキスを落とされ"いいコいいコ"と撫でられる――――…直に触れ合う肌と肌。薄くても柔らかい感触――――高めの体温が心地良い

 

「エヘヘーおにいちゃぁん……」

 

耳朶を擽る甘い声――――擽ったく気持ちいい。

 

「ふっ…、んっ―――――――――」

 

頭に感じる熱い吐息、熱帯夜のはずなのに安らぐ熱

 

「んー、いいこいいこー……」

 

身体全身をやさしい安心感が包んでゆく―――――――――

 

「ンンー…‥………――――――――――――大スキ」

 

すうと瞼を閉じる。

 

花とミルクの混ぜ合わさったような甘ったるい香りに包まれ―――――

 

「おやすみなさぁい…」

「おやすみ…」

 

反射的に答えて返す秋人

 

 

(…――――――――――――なんでララが隣に…?)

 

秋人にしては珍しくマトモな疑問は、睡魔がゆっくり奪い去っていくのだった。

 

 

44

 

 

新しい一日の始まり、日の出前の朝。

 

春菜の心は落ち着いていた。

 

薄明に…トワイライトに包まれるリビングには、既に制服に着替え身支度を整えた春菜がいた。

 

賑やかで騒がしい西蓮寺家にしては珍しく一人で――――――――。

 

「…そろそろ行こう、かな…?」

 

尋ねる彼のいない呟き、現在時刻はそんな彼者誰(かわたれ)時―――――夕暮れの黄昏時に似た、薄暗くて人の判断がつきにくい時間帯である。

 

エプロンを外し椅子にかける春菜。住居者によく似た落ち着いた空間…――――テーブルやチェア、家具は全てが白で統一されていた。その白はまだ顔を出さない太陽の薄明を余すところ無く反射させ、仄かな明るさが春菜の身を包み込む。穏やかな美貌を秋人の部屋へ向ける春菜――――まるで淡雪の中に佇んでいるかのようだった。

 

ただ単一に真っ白。という味気ないものではない。木目が暖かい質感を与え、同じ白でも濃さ・光の反射具合がそれぞれ違う。嫌味のない白さ、揃えられた家具たちは部屋に揃う家族たちに安らぎと癒やしを与える…――――春菜のセンスは相手の立場になって考える、そこから発揮されたもの。それは黒咲芽亜の為に家具を"慎ましやか同盟”のナナと選んだ時にも発揮されていた。

 

いつもより数刻早く準備を終えた春菜は、静寂なリビングからしなやかな足取りで秋人の元へ向かう。

 

秋人を起こすのは春菜の大事な仕事である、はっきりと誰かに頼まれたわけではないが、春菜自身がそう自身に命じていた。

 

 

…――――お兄ちゃん…寝てる間は嘘つかなくていいよ…ね、

 

 

それにちゃんと見合った報酬もあった。

 

眠っている無防備な秋人を眺めるのが春菜は好きだった。

 

 

今朝と違ういつもの朝、静かな時間の流れの中、くーくーと眠る秋人、優しく見つめる春菜。

 

(この時だけは、私が独り占め…――――)

 

ほんの少し…嫌な思い出が脳裏を掠めるが、秋人の気配がその考えをすぐに霧散させる。

隣に寝そべり秋人を眺めそっと頬を撫でる…――――アナログ時計の秒針音、自動車の排気音が遠くから聞こえる中―――5分、10分と過ぎ去る時間。

規則性のある息遣いに、ゆっくり上下する布団の膨らみ…だらしなく開いた口、涎――――安心と愛しさ、切なさが混ぜ合わさった―――しあわせな気持ち。

 

ゆっくりとも駆け足ともいえる不思議な速さで幸福の時間は過ぎてゆき…――――

 

だらしない秋人が、なんとか身支度が間に合うギリギリのタイミングで「おはよ、秋人お兄ちゃん」と耳元で囁やけば、秋人はとろとろと揺れる瞳で春菜を見つめる。

 

私だけを…――――

 

その眼差しに胸の鼓動が高鳴り…――――春菜の夜も、明けるのだ。

 

 

しかし今朝はいつもと違う。

 

決意の朝、である

 

今日からいつも通り兄に甘えるわけにはいかなかったし、兄に春菜の計画をさとられるわけにはいかない。

 

「…そーっと…」

 

でも秋人は寝ているわけで、寝ている時は添い寝をしていても本人は気づかないわけで…

 

(――――?)

 

タオルケットが複雑な盛り上がりを作っている…――――ヤミちゃん…にしては小さい

 

ドスドス近づき、バッと捲る…とそこにはララと―――自身の大切な親友であり姉妹でもある女の子と、すやすや眠っている兄、秋人。

 

幼いララを抱きしめ眠っている。

 

裸の、少女を。

 

あまつさえ「んー…はるあぁ」と寝ボケ声で抱きしめる少女とは別な女の名まで呟いていた。

 

「―――はい、起きようね、お兄ちゃん」

 

呼び声に冷淡に応え、瞬時に鬼と化した春菜。ドスッと春菜パンチ(怒りの右ストレート)が秋人の脇腹に突き刺さった。

 

ぐふっ

 

声になら無い苦悶の声を上げ「く」の字に折れ曲がった秋人。

 

「う、お…は、はるな…」

 

悪夢から覚めた時と同じ台詞で秋人。よほど良い所へ入ったのか息も絶え絶えだった。

 

「おはよ、お兄ちゃん。私、今週末結城くんとデートだから忙しいの…だからあまり面倒かけないでね」

 

冷たく低い声。ララと秋人を同時に見やった後、踵を返し部屋を出て行く

 

「ま、待て…はる、な…デート…だと…?」

 

手を伸ばし呻くようにして発せられた呟きを、しかし聞くものは居ない

 

ベッドの上では一人、平和なプリンセスがぐーすかぴーと眠っていた―――険悪な雰囲気など関係なさそうな笑顔で

 

 

45

 

いつもの一日が始まる朝。

 

お姉様はとても上機嫌だった。

 

平日の朝、忙しなく慌ただしく過ぎ去る朝の身支度準備時間…――――

 

そんな喧騒の中、特に急いだ様子もなく鏡の前「んんーっ♪」と鼻歌混じりで双つに結われた髪をゆらゆら揺らす――――――次期銀河の王の妻、第一王女。

 

手を広げくるりと一回転してみせる。短いスカートとララの長いピンク髪が大小双つの沿線を描く―――――――――"銀河一のオテンバお姫さま"の天真爛漫な美貌を鏡が全て映していた

 

すっかり力を使い果たし、見た目も中身同様、可憐な幼女。元々無邪気に素敵にノーテンキであった為、背丈が縮んでしまってもあまり違和感を感じさせない。

 

にこっと快活な笑顔を浮かべてみせるララ、その笑顔を鏡越しに見ながら末っ子第三王女は第一王女()に問うた

 

「お姉様…――――お姉様はお兄様(偽)をどうなさるつもりなのですか?」

 

先程から鏡の中の姉を見つめる祈るような表情のモモを鏡が映し続けていた

 

「えー?どうって?」

「だから、その…例えば恋人にしてしまわれたりとか、その…――――結婚してしまわれるとか…――――」

 

一番遠くしてしまいたい未来は消え入りそうな声量だった。

 

「ンー、私はリトと結婚するんだし…お兄ちゃんを恋人にはしないよー?」

 

あっけらかんと答えるララ。「それに春菜はお兄ちゃんが大スキなんだし」と続け、浮かべる笑顔に全く邪気も他意もない。心からの祝福を送る笑顔

 

モモはホッと息をついた

 

「だってお兄ちゃんとわたしはもう家族だし…――――家族はずっと一緒だもん」

 

(――――?それってどういうことですか?…お姉様…それってまさか…)

 

続けようとした二の句が告げられない。ジワッとモモの白い太腿に汗が浮かぶ

 

「んー?姉上も兄上と一緒に暮らしたいのかー?」

「ウン!」

 

ぬっとモモの背後から顔を出すナナ。深夜までの体操のせいで一人遅れての登場だった。ボサボサに跳ねた髪とあどけない寝ぼけ顔が鏡に加わる。

 

「そっかー!ならアタシが兄上と結婚したら姉上も一緒に住もうな!」

「ウン!」

「大好きな二人とずっと一緒にいられてアタシも嬉しい!」

 

呆然と立ち尽くすモモを「よっ」と横へずらし鏡の前を姉と陣取る第二王女。鏡の前での身支度は姫たちにとっての大事な嗜み、オシャレで気になる異性にアタックする戦闘準備なのだ。蹌踉(よろ)めき、ぺたんと尻餅をつく呆然の第三王女

 

(――――そ、それって…?結婚とどう違うの…?もしかしてお姉様はリトさんともお兄様とも結婚するつもり…!?)

 

モモの疑問に答えられる者は誰も居ない。鏡の中では二人の王女が微笑みを交わし合っている。

 

笑顔と笑顔の間に写りこむ白。ウェディングドレスを思わせるプリンセス・ピーチの純白の下着が鏡の中、陽光を受け慎ましく輝いていた。

 

 

46

 

 

朝から娘は戸惑っていた。

 

「こ…こんな時…――――ど、どんな顔をすればいいのでしょうか」

 

一人ベッドの上、壁に向かって体育座りで問いかけるヤミ。

 

(今思えばダークネス化した時にも、元へと戻った時もヘンタ…タイヘンな行動・発言をしてしまった気がしますし…――――シミひとつ無い花柄の壁紙…小さなピンクの、あの花は何の花でしょう――――)

 

「…!人形相手にシミュレーションしてみるのが良いかもしれません…!」

 

浮かびつつあった無意味な疑問を即座に放り捨て、ズズ…と金の髪を"アキト人形"へと変身(トランス)させる

 

「『やあイヴおはよう、パパだよ』」

 

秋人が聞いたら問答無用で人形を踏みつけるくらいの爽やかな声

 

「『パパぁ♡おはよー』」

 

春菜が聞いたら問答無用で御門の元へ連れて行くくらいの甘えた声

 

「『今日もイヴはカワイイな、食べちゃいたいよ』」

「『だ、ダメだよパパ…』」

 

ひこひこと人形の腕を動かし胸に飛びつかせるヤミ

 

「『あん…ぱ、パパぁ…』」

 

人形の腕がヤミの躰をまさぐっていく、自分で動かしているはずなのに違う誰かに…――――アキトに触られている気分になり…――――

 

「んっ…あ、アキト…こ、こら…え…えっちぃのは…」

『――――』

 

火照り始める頬と躰。切なげに擦り合わせる太腿、たくしあがっていく制服スカート。膝と膝が無意識に離れ、広がっていき…――――人形が、その中へ

 

「―――っ」

 

人差し指を咥え、ぴくぴくと痙攣したように躰を震わせながら来る快感に備えるヤミ――――"ヤミちゃん"

 

『あの、マスタ…"ヤミちゃん"さん…あっしさっきからずっと見てるんスけど…』

 

ビクッ!と俯きかけた顔を上げ、即座に人形を金髪へと戻す。潤んだ瞳がとられたのは困惑顔をモニターに作り、冷や汗まで描写している人間味溢れるAI・ルナティーク

 

―――そう、春菜による"愛の説教部屋"行きから逃れる為、この日の朝は宇宙船ルナティーク号で迎えていたのだ

 

『"ヤミちゃん"さん…その…あっしは恋する年頃の少女らしくていいと思いやすが…』

 

AIなりに気を遣っているのか、痴態をずっと見ていたのに優しい音色の機械音声。ご丁寧に命じた呼び名に"さん"までつけ、なぜかBGMには"G線上のアリア"が流されている。クラシック音楽には穏やかな癒やしの効果がある故、ルナティークは選んだのだがこの時ばかりは荒ぶるマスター"ヤミちゃん"さんには効果がないようだった。

 

ストレートな曲を選んでしまった失敗も勿論ある…が、

 

「もう少しで…気持よくイ…――――いえ、マスターの気持ちが理解できないポンコツAIには躾けが必要ですね…」

『え!?あっし…何か粗相を…チョッ!マスタ、"ヤミちゃん"さん!中で暴れないで!こわれ!壊れるゥ!?』

 

この日、一機の宇宙船が彩南町の何処かに墜落した。幸いけが人はなく搭乗者も居なかったため即解体、撤去された。後に何処かの闇医者が溜息と共に回収したらしいが定かではない。

 

 

47

 

 

"ちょっとあいたい"

 

オニイサン(カレシ)からメールを受け取った里紗。退屈で暇な休日が着信音を立てて崩れ去り、オシャレに忙しい楽しい休日がはじまった。

 

"しかたないッスね~オニイサン♪貸しッスよ?"と光の速さで返信し、里紗は今日もオシャレに色香を纏い出てきたのだ。ニシシと鏡に笑う里紗が選んだのはエメラルドグリーンのニットワンピース。ピッタリと密着し躰のラインがはっきりと出る服装。薄い布地の下に、自身の躰で一番柔らかい丘が2つ、はっきりと存在を主張し上から覗きこめば―――――魅惑の谷間が見え隠れ

 

そんな魅了的で挑発的な服を着てきたというのに――――

 

 

「いいか、お前たち(・・)に集まって貰ったのは言うまでもない…ウチの春菜の、白百合姫の奪還だ」

「「「……。」」」

 

ピクッと器用に片眉を上げる里紗。視線の先には七分丈のカットソーを着た里紗の契約カレシが淡々と説明を続けている。ムッツリ春菜が突然、結城とデートするとか言ったらしい。―――しらないわよそんなの

 

(―――だから?で?何?アタシに対してなにか言うこと無いワケ?見えないの?谷間)

 

眉と胸を寄せ上げる里紗。カレシはラフな格好だったが、端正な顔立ちに白いカットソーがよく映えていた。…――――表情(カオ)は能面みたいな無表情だけど

 

「作戦司令官は俺、西蓮寺秋人が務める。作戦参謀は九条凛。」

「よろしく頼む」「「……。」」

 

「白百合姫護衛の任に籾岡里紗、古手川唯、お前達二人と俺。選んだのは比較的冷静に行動できそうだから、という点にある。隠密任務だからな、ターゲットたちにバレるわけにはいかない」

「あのね…」

 

トントン拍子に進んでいく話に我慢できず声を荒げる里紗

 

「発言には挙手が必要だ。籾岡里紗」

 

冷淡な声で作戦参謀の凛が(いさ)める。里紗はむっとした顔をして渋々手を挙げる

 

「なんでこんなに人数がいるのよ……のですか?どーせなら私とオニイサンの二人でよくない?…ですか?」

 

何故か丁寧な言葉づかいになってしまう…――――のは真剣な顔で睨む"凛々しい方の"唯っちのせいだ。アタシと同じで怒ってるのかも、ちょっとコワイし

 

「良い質問だ。尾行…護衛は交代で行うのがセオリーだ。リレーのように引き継いでいき"これ以上は無理"と判断した時に次の者と交代する。タイミングは店から出た時や電車の乗り換えなどだ、そうだな?凛」

「………ああ、そうだ秋人」

 

(―――なんでアンタらそんなに尾行に詳しいのよ)

 

里紗は薄くルージュを引いた唇を噛み言葉を声にしなかった

 

秋人の左隣には里紗を睨むように視線の鋭いメイド姿の九条凛が(はべ)っていた。

白と黒のツートンカラー、フリル多めのひらひらふんわりとした漆黒のワンピースにふりふりの純白のエプロンドレス、王冠のようなヘッドドレス。

スラっとしたモデル顔負けの長い脚をオーバーニーソックスが完璧なデコレートをしている。可愛らしく愛らしいメイド服。キリリと"凛"としたオトナな魅力を持つ凛には非常にアンバランスで…――――たしかにキレイだった

 

(――――大体ナニ?なんで腰に朱い刀なんてあるの?昼間は冷徹なボディーガードだけど夜は淫らな専属メイドってワケ?)

 

「本来服装まで変えられれば良いんだが…そこは跡をつける者が皆、春菜と結城リトの知り合いということでいつもの服でいい。」

「は、はい」「……」

 

補足を付け加える凛。ポーカーフェイスで"凛"とした凛が発言すると何故か背筋が伸びた

 

(――――いつもの?いつもアタシが気合いれた私服だとでも?いつもは制服よ、だって楽だし…アンタらもいつもと違う非常識(・・・)なカッコじゃない)

 

親友・唯が言うような当然の疑問は呟かなかった。面倒な答えが返ってきそうだったからである

 

(アタシの舞い上がったテンションと恋心を返してよ――――利子付きで。)

 

ふっとつまらなさそうに前髪を吹き上げる里紗。ウェーブがかった茶髪が跳ね鼻先へかかった

 

ムッツリ春菜のブラコンぶりは知っていたがその兄のシスコンぶりが、まさかここまでとは知らなかった。こうまで斜め上を行かれるとは里紗は思っていなかったのだ。―――里紗は乱れた前髪にすっと指で線を引くように横へと流す

 

「私はモニターしつつ、必要とあれば君たちに指示をとばす。くれぐれも二人には見つからないように。」

「は、はいっ!」「…。」

 

―――今ここで一番必要なのはハレンチ風紀委員の"ハレンチな!"っていう叫びなんじゃないの

 

里紗の横、ツッコミ担当である頼みの綱のハレンチ委員長・唯っちはうんうん頷き何やら思慮顔だ。"一致団結!"とした雰囲気と"理路整然"とした事を述べられると真剣に取り組んでしまう…真面目な唯は既に取り込まれてしまっていた。―――バカハレンチやくたたず

 

真面目なクセに。今日の唯は一際ハレンチな格好だった。キャミソールタイプのブラトップにホットパンツ…――――唯っちの部屋着だ。伸縮性の高い生地はハレンチ胸がはちきれんばかりに膨らませている。唯の胸の内、収まりきれないハレンチが具現化し胸のサイドラインまで、柔らかそうな肌色の曲線が完全に出てしまっていた。

 

たぶんアレは突然の呼び出しに服を悩みに悩んで、あげく時間がなくなり慌てて出てきたんだろうな、"時間に遅れるなんて非常識よ!"と走りながら叫んじゃったりして…――――と里紗は読んだ。そしてそれは正しい。

 

「…怪我などにはくれぐれも注意しろ、奴は危険な存在だ。救護班は御門涼子とティアーユ・ルナティークが担当。突撃部隊のヤミとメア達といつでも駆け付けられるよう改修された戦闘艦・ルナティーク号に待機させている…万事問題ない。」

 

(――――問題あるのはオニイサンっしょ。)

 

空を指差しニヤリと笑う秋人。邪気たっぷりだった、寝不足で作戦を考えたのか、濁った目の下にクマまで作っている。里紗は未だかつてこんなに邪悪な想い人を見たことがなかった。意地悪そうで邪な顔をしても、優しさの名残りがある秋人の表情…里紗の恋する(にく)い男の顔――――こんなんじゃないんだよね

 

つられて見上げる空は…青くて青い一面の青――――ずっと向こうに浮かぶ入道雲は大きく膨らみ泡立てた洗顔クリームのようだった。見上げる高い空から保険医・御門涼子の深々とした溜息が聞こえた気がする里紗。同じように溜息をユニゾンさせてみる…――――なんだか余計に疲れたじゃないの

 

「いちいち司令官の俺に判断を仰ぐ必要はない。俺はお前たち一人ひとりを有能だと判断したから此処へ招集した。だから己を信じ、こうすべきだ。と判断したならそれに従え、責任は全て俺が取る。以上!質問は!?」

 

どこか威厳さえ在る有無を言わさぬ秋人の声。

 

ハァー、やれやれ…と里紗は再び呆れの吐息を溢した。

 

(―――まさかこのアタシが常識的な立ち位置だとはね)

 

高く澄みきった綺麗な空がなんだか平和すぎて、なんだか憎々しくて…里紗は小石をこんっと大きく蹴飛ばした。

 

 

48

 

 

"白百合姫護衛作戦"の瓦解は早かった。

 

里紗が

 

「はーるなぁああっ!うしろ!うしろー!うしろにオニーサンとカノジョのアタシがぁあ!」

 

と叫んだからである。

 

秋人は当然激怒し、里紗の口を塞ぎ「帰れ」といった。

傷ついた里紗は「ふん!バカ!」とキツイビンタをカレシに食らわせ去っていった。

 

それからは唯と二人。真面目に尾行し…――――

 

喫茶店に、映画館。

 

移動の電車、バス。

 

百貨店に雑貨屋。

 

再び移動

 

そして最後は神社だった。

 

 

49

 

 

「神さま!」

「ん?」

 

秋人が振り返ると其処には一人の幽霊が居た。幽霊だ、と分かったのは彼女の躰が雨の風景に透けているから、顔横で2つに結われた髪は透明な黒。それごしの深緑へと目を向けたまま秋人はただぼんやりと答えた。

 

「神さま?」

「ハイです!」

 

激しい雨が躰を濡らしても気にも留めない二人。

視線を秋人の方に貼り付けたままキラキラと羨望に光る瞳。つられて秋人も視線の先の…背後にある自販機を眺める…――――微糖の缶コーヒーは100円。コーラ100円。チバリヨー10円。…飽きる程見つめたが、チバリヨー以外に神が宿りそうな怪しげな飲料(モノ)は無かった。

 

「あ、あのっ私、村雨静…――――お静とお呼びください!神さま!」

 

困惑した視線に答えるべきと判断したのか、お静は平伏した声を上げる

 

「なにそれ?俺、只のお兄ちゃんやってるだけなんだけど」

「神さまは…にいさま…?でもでもでも!力強い魂の輝き!私、こんなに凄いの初めて見たです!私、幽霊になって400年は経ってますけど…こんな凄いのは初めてです!」

 

興奮しているのか、もともと早合点する性格ゆえなのか早口でまくし立てるお静

 

「は?」

「人は縁という見えない糸でつながっていると聞きましたが、こうもハッキリ見えるなんて!………でもなんだか赤いご縁が途切れそう?」

「…俺には見えないんだけど?」

「とにかく私、同じ魂のみの存在として心より尊敬するです!神さま!神にーさま!」

 

なんだそりゃ、と秋人は心の中で嘆息した。そんな神様などという便利な存在なわけがない、春菜とヤミには振り回されてばかりの毎日だ。ふたりだけじゃない、ララやモモ、ナナのデビルーク姉妹に唯もそうだ。

 

それより今は、最も大切で最も重要なことがあるのだ。春菜、春菜。ウチのカワイイ西蓮寺春菜…―――唯に単独で見張らせている春菜は大丈夫だろうか

 

「神にーさまは強い想いと繋がってこの世に居るんですね!私の場合は未練ですけど…」

「なんでお静ちゃんはココにいんの?」

 

秋人はそれ以上聞きたくない。とでも言うように乱暴に話を変え背を向けた。顔をそむける前、不愉快そうに一瞥した瞳。その奥に不安の翳りをみとったお静は、怯えながらも話を続ける

 

「わ、私ですか?実は私、ひっそりこそこそ旧校舎に居たのですが、いいお天気だなぁ~とお外に出てみたら風に吹かれてココに飛ばされてしまいました!ずっと神社にお参りしたかったので丁度ヨカッタです!でもお天気くずれちゃってヨクナカッタです!」

「幽霊でも風に乗れるのか、いいなそれ―――」

 

ピッ!ガコン!と二度音が鳴り、秋人にしては面白みのない選択…コーラを2つ手にとった。

 

あの!邪な気配も近くからするので神にーさま!お気をつけてです!と立ち去る背中に叫ぶお静。秋人は一度だけ振り返りはいはい、と手を振った

 

秋人には透明なお静が、お静には透けて輝く白の光が―――暗む空、雨の中、どこか儚げに見えていた。

 

 

50

 

 

"手を貸してほしいことがある"

 

と凛の小型移動電話(凛命名)が電子(ふみ)の着信を知らせた。素早く万全の備えをし、出かける15分前行動。明かされる計画、心底呆れる凛。そうして始まる楽しい時間――――――――――――

 

「――。」

 

屋敷で一人、モニターを睨む凛は雰囲気に呑まれているわけではなかった。

秋人の傍で、秋人の役に立てる。それが一番重要で最も大切な事だったのだ。そして課せられた使命はどんな仕事でもしっかりと全うする。破茶目茶な沙姫の従者を長年務めている凛らしかった。

 

自身の想い人が別の女の身を憂い、その動向を共に見守る…――――などという莫迦げた行為でも。

 

「…。」

 

凛が、秋人が見守る中――――春菜と結城リトは自然なままに其処に居た。

 

幾つかの要所を巡った後

 

突然のにわか雨に春菜とリトは慌てて近くの神社へ走り…(ひさし)のある場所で雨宿り

 

激しい雨は走り去るようにすぐに降り止み、二人は安堵の溜息をついていた

 

春菜の薄着が濡れたせいで更に薄くなり…リトは慌ててハンカチを差し出す

 

若干強張り、緊張が在るリトだったが…向ける笑顔は優しげで、春菜も微笑んで返している

 

ありがとう と唇は動いた。

 

続けて話している内容までは――――分からない。

 

それは今はもう秋人だけを見ているからだった

 

秋人が一番、誰より気になるからだった

 

 

51

 

途中まで凛と同じ光景を見ていた秋人。

 

――――凛より先に分かったのは…――――

 

「…」

 

俺は何をやってるんだ

 

こうなる未来を望んでたはずじゃないか

 

春菜がリトを選んだんじゃないか

 

よく見ろよ、あんなに幸せそうじゃないか

 

あれが演技に見えるのかよ?秋人

 

晴れやかな笑顔だろ?どこも演技なんてしてる様子はないじゃないか

 

ならお前の役目は果たせたじゃないか、春菜はハッピーエンドにたどり着いたんじゃないか

 

なら、俺は祝福してやるべきじゃないか、なら、俺は此処には…この世界には…――――

 

 

「――――秋人ッッ!!!!」

 

消えゆく秋人を見つめていた凛が飛び出すより早く、秋人に近い者が動いた。

 

 

52

 

バシンッ!!

 

「っ!」

 

唯は思い切り秋人の頬を張った。自身を呆然と見つめる秋人をキッと気丈に睨みつける唯。

 

「お兄ちゃん…正座して」

「は?」

 

厳かな境内、生い茂る木々の葉を叩く雨音の中、有無を言わさない声が響く。喧騒の中でも頭の中へすっと入り込むような風紀委員長の声だった。

 

「正座」

「ここ地面だぞ唯…しかも泥が…」

「正座」

「あのな唯…外ではな、しかも雨ふった後でぐちゃぐちゃで…」

「正座」

 

全く取り合わない唯は切れ長の瞳で気丈に睨みつけている。一人、雨宿りとして森に残したことに不満があるのかもしれない

 

はあああーと、深々溜息。秋人はしぶしぶ従った。正座の秋人を腕を組み仁王立ちで見下ろす唯。

 

此処へ来るまでに濡れた薄手のキャミソールが肌に張り付き、大きく膨らんだハレンチ胸を更にハッキリさせていた。組んだ腕に押し上げられ、生地に収まりきれず寄せ上げられた膨らみは何本も指が入りそうな谷間をより深いものにしている―――雨粒が胸を伝い、谷間へと流れた

 

ふたりがいる静かな境内は夕立が過ぎ去ろうとしていた。木漏れ日は赤と黄が混ざった複雑な色合いの光、葉の隙間から覗く空は白く重そうな入道雲が弾けて散らばり、乱雑に染めてしまっている――――

 

どこかいつもと違うような夏の日。浮世離れした色鮮やかな幻想郷にふたりはいた

 

唯にはそれが失恋し、心がバラけていた頃を思い返させ…――――だからこそは唯は目の前の秋人の気持ちが痛いほどよく理解できた。自暴自棄に陥っていた時、里紗がこうして慰めてくれたのだ。まさか不良の里紗に真面目な自身が正座させられるとは思ってなかったが…――――

 

明るい日差しの天気雨。ずぶ濡れのふたりを日が照らし激しい雨が力尽きるように弱まる、始まったのはガミガミとした説教…――――ではなく、唯のサービスだった。

 

「………………………………固くなってる」

「男特有の生理現象的なものです」

「ハレンチ……――――でも最近それでいいかもって思うようになってきたわ」

「ん?」

「だってパートナーの雄がハレンチじゃないと…受け入れる側の雌は…種の保存が出来ないもの。そうできないと結果として人類が滅びるわ」

「…………なんか壮大な話だな」

「私は真面目な話をしてるのよ」

 

キッと気丈に睨む唯。興奮しているのか顔が赤い。真っ赤だった―――黒の濡髪が目尻に張り付く

 

―――こんな格好で?

 

と秋人は視線で問うた。

 

正座をしている秋人に跨る古手川唯。向かい合う二人。息をするのも躊躇うくらいに近い距離、秋人の胸で唯のハレンチ胸が押し潰され柔らかそうに形を変える――――

 

「だ、だって歩きまわって疲れちゃったのよ…他に座る場所は無いし、わわわ、私だって座って休みたいじゃない」

「だからって俺をベンチ代わりにするかよフツー…」

 

精神的に優位でいたいのか動揺をバレバレに隠す唯。座るなら俺を背もたれにすればいいのに、と思ったが文句は言わず黙る秋人。

 

どこか規則正しく舞い落ちる雨粒が森特製の葉緑の傘から雨漏りし、それきり会話のない二人を優しく濡らしていく…――――――――――――――――

 

 

怒りとも羞恥ともいえない複雑に入り乱れ選り分けられない気持ちの唯はひとり目を閉じ回想する――――

 

あの時狼狽えて答えられなかった質問に、もう一度向き直る為に―――

 

 

『ヤミちゃんって本が好きよね』

『地球にはおもしろい本が沢山ありますから…』

 

彩南高校、中庭のベンチで一人本を読みふける妹分、ヤミに声をかけた唯。

 

確かにそうね、と同意し頷く。昨日の夜読んだ猫ちゃんの絵本は最高だった。ハレンチなくらい愛らしかったのだ。

 

ヤミは「うへへへへにへへへ猫にゃんにゃ~ん」と不気味に笑う唯をチラッと一瞥し、また熱心に本を読み(ふけ)る。妄想世界から還ってきた唯はその姿に興味をそそられ――――

 

(……どんな本を読んでるのかしら?)

 

まるで唯の声が聞こえたかのように、ヤミは優しげな声音で詩を紡いだ

 

「"…恋は突然始まる。その時から運命の歯車は動き出し"」

「―――。」

「"ふたりの心は時計の針の如く離れては近づき…――――やがて重なる"」

 

 

――――古手川唯。貴方は恋をしたことがありますか――――

 

 

「…。」

「………何黙ってんだよ」

 

押し黙る唯、目を開くと…――――触れ合う鼻先には秋人が困惑した様子で自身の顔を覗き込んでいた。先程まで夕立の露と共に日光に混ざり消えてしまいそうであったクセに。今はこうも近くで、確かな息遣いで存在している。触れ合い続ける胸の熱が唯の躰を火照らせ続けていた

 

――――ええ、あったわ

 

心の裡でヤミに答える唯。

 

――――ただ、その恋は、運命の歯車が壊れて…時計の針は動きそうで動かず、震えて止まったままだった。

 

「…。」

「…だからなんで黙ってるんだっての」

 

今。

 

葉を叩く雨音。時計の針が動き出し――――

 

「おいゆ…」

 

(――――ごめんなさい、秋穂お姉ちゃん)

 

 

重なった。

 

 

53

 

ふぅ

 

凛の引き結んだ唇が緩み、安堵の息が溢れた。

 

心の中は複雑であったが…無意識に手にしていた刀の()を離せ――――なかった。

 

 

瞬間、黒が彼女の全てを支配(ジャック)した。




感想・評価をお願い致します。

2016/03/05 一部改定

2016/03/11 一部台詞改定

2016/04/08 文章構成改訂


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Re.Beyond Darkness 22.『囚われ姫の告白を――~Bond of Cinderella~』

54

 

土砂降りの雨。

 

風が―――――、深緑の森を乱暴にそよがせる。

 

「おい!凛!殿中でござる!――――クソっ!聞こえないか………しっかりしろ!」

「喋らないで下さいアキト!舌を噛みますよ!」

 

ヤミは秋人の襟首を引き剣閃から退避させた。

 

空を斬る、澄んだ音。

 

暴風を伴う飛ぶ斬撃は獲物に代わり周囲の木々を切り裂いてゆく…――――――

 

『飛んで火に入る夏の虫』

 

魔剣"ブラディクス"は寄生型生命体。()のある金属生命体であるが故に現状を(ことわざ)と共に認識していた。"火"とは自身(・・)。"虫"とは目の前の金髪、赤毛、黒髪の三人だ

 

「『血を……よこせ……――――』」

 

躰を乗っ取り操っているブラディクスの思考を凛がだだ漏らす。虚ろな瞳に重い引きずるような声。だが動作と刃は鋭く疾く、獲物に迫り続けていた。

 

「くッ…!」

「血を…―――!」

 

迫る刃。狙うは黒髪と金髪。目的は血、赤い赤い鮮血だ。求める鮮血より赤黒い刃が今しがた避けたふたりの身に迫り…――――

 

キンッ!

 

――――凶刃は、赤毛に防がれ目的は果たせない。

 

「…やっぱり()っちゃっていい?」

「メア!ダメだと言ったでしょう!」

 

濃厚な殺気に当てられたメアは先程から激しく闘争本能を刺激されていた。

それは同じ兵器としてどちらが格上かを示したかったのもある――――――が

 

「…だって私のせんぱい(モノ)殺そうとしちゃったんだし――――――ユルセナイ」

 

大きな原因はまったく別だった。

 

「…誰が貴方のですか!」

 

更に殺気が追加される

 

「お前らケンカすんじゃないっての!えっとあの刀…なんだっけ…ああ!思い出せねえ!」

「そうです!私の御主人様ですからね!」

「うぷ!おま…!どっから出てきたんだよモモ…!」

 

木の影から飛び出し飛びつくメイド姿のモモ。意識をメアへ向けたヤミからちゃっかり秋人を奪い胸に抱く

 

「御主人様ぁ♡」

「もご!もが!」

 

歓喜のモモ、雨濡れの服の感触と、もごもごと胸元で動かされる唇にモモは微かに躰を震わせ火照らせる

 

「んっ…ぁ♡御主人様の影に常に私、アリ!そしてあわよくば邪魔なライバルを蹴落とし……なぁんて考えてませんよ…――――♡」

 

空、雨を斬る高い音。赤い軌道線がふたりを割くように襲う。モモは余裕を持ってエプロンドレスを靡かせ躱した。切れ味鋭い刃の斬破は先程から大気を弾き、怖じ気立つ程澄んだ音色を奏でている

 

いくら切れ味が逸脱している魔剣といえど当たらなければその切れ味を味わうことはない。そして当然、大切な主の肌に傷を負わせるような真似はしない『従順×純愛×メイド』が今日のテーマなプリンセス・モモ――――華奢なモモが秋人の身を抱え、服下に手を這わせる姿はチェロ奏者のようだった

 

「なにアキトに触ってるんですか!うらやま…えっちぃですよプリンセス!パ…あ、アキトを此方に渡しなさい!」

「ぶー…わたしも触りたいのに。モモちゃんズルい。妄想腹黒姫のクセに…いっぺん死んでみる?」

 

殺気と共に攻撃を仕掛ける変身(トランス)姉妹。無数の黄金の手と真紅の剣閃がモモへとひた疾走る

 

「ちょ…っ!ちょっと!な、ななななんで攻撃してくるんですかぁっ!!敵さんはあちらですよ!」

 

モモの躰のみを正確に狙った真紅の刃と凶刃、秋人を狙う大きな掌の計3つをモモはなんとか躱した。切り裂く糸の剣閃は雨粒を弾き、弦を弾いたような音を立て――――味方からのあんまりな連携プレーに流石のモモもセクハラの手の動きを止められてしまう――――同時、木々が重く低い音を立て倒れた

 

「まったく…―――!怪我したらどうするんですか!これだから"病みさん"と"シュガラー"に御主人様は任せられないんです!」

 

ぎゅっと秋人を胸に抱くモモが叫ぶ

 

「誰が"病みさん”ですか!ティアと同じく私を病人扱いしないで下さい!私はファザコンではありません!ただパパの愛を独り占めしたいだけ…――――ゴホン」

朱柄(しゅがら)?髪のこと??それとも種空ら?まだお腹にせんぱいの種仕込まれてないから?」

 

殺気の篭った視線を向け続ける変身姉妹

 

「"シュガラー"です!マヨラーとか居るじゃないですか!砂糖をバカみたいに摂るからシュガ…「!メア!俺を凛と繋いでくれ!んぐっ!」んっはぁん♡御主人様ぁ♡しゃべると胸がぁあん♡」

 

悶え震えるモモ。純白の薄い下着が更に薄く透ける

 

「うん♪いいよー、でもせんぱいだと強く繋がりすぎちゃうから帰りは九条センパイに切り離してもらってね…………………何せんぱい抱きしめて喘いじゃってるの、離さないの?やっぱり死にたいみたい……?それにネーミングセンス無いよね、ピーチ」

「プッ…確かにそうですね、たまには意見が合うじゃないですかメア。少し気分が良くなりました。まるでココロの声が聞こえたよう。流石、私の妹、第二世代ですね。――――アキトの心や思考を読み取れたりするのはいいですね、………やっぱり妹のクセに姉の欲しがる能力を持つとは生意気な…………気分が悪くなりました。――――敵はド淫乱えっちぃピーチだけでは無いようですね」

「あん…ぁ♡…ヤミさん…く、それにメアさんも…!しつこく攻撃を…!御主人様に集中できない…!”ペタンコ×わんぱく×コザルナナ”と同レベルのクセに…ッ!私の邪魔するなんてオシオキして…わわ!ちょっと!九条先輩なんだか私たちばっかり狙ってませんか!?」

「それはせんぱい独り占めしてるからだ・よ♪」

「あ、メア!」

 

打ち出される光弾、乾いて響く電子炸裂音

 

巻き起こった土埃と雨粒が円舞曲の第二楽章の幕開けを告げる。

 

境内の森。美貌の黒髪メイド剣士、金と朱の美しき変身(トランス)姉妹、可憐な桃色メイド・プリンセス

 

おかしな四人の四重奏(カルテット)は、突然始まった。

 

 

それは今も振り続ける、夏の夕立のように――――

 

 

55

 

 

乙女達の演奏会が始まる数刻前――――異常を察知したヤミは乱心の武士姫をメアに任せ、秋人の元へ飛んだ

 

「アキト!大変です!九条凛作戦参謀が………………………………………なにしてるんですか」

 

瞬時に切羽詰まった表情を無にしたヤミ。

その無感情な瞳は現状を正確にとらえていた。母ゆずりの聡明な頭脳は現状をしっかり認識している。それでも敢えて尋ねたのは、理性で状況を認識しながら連想される不快な想像を意識からカットしたからである。そんな(すべ)を彼女は家族の()から学んでいた――――良く出来た娘である。

 

「……ん――――――――あっ、えっとね、ヤミちゃん…、ちょっと御休憩を…」

 

ハレンチなことはしてないのよ!ね、これはそのね…!などとたどたどしくまくし立てる唯。普段の簡潔な物言いをする…真面目過ぎる風紀委員長らしくない。そしてその言葉たちはヤミの疑問にまるで答えていなかった。案の定ヤミは

 

―――説教と称してキスをしてたわけですね、えっちぃ

 

と感想をもった。唯の年上・厳格な姉の威厳丸つぶれである

 

「緊急事態。アキト、行きますよ」

 

普段の唯のように簡潔な物言い。変身(トランス)で秋人の身を持ち上げ共に空へと羽ばたく―――

 

「まったく……………………パ、アキトはキスで皆を籠絡し過ぎです、これはもはや能力の域ですね」

「何が能力だこのバカ。絵本大好きなおこちゃまなクセに」

「…おっと、手が」

「うわっ!バカ揺らすな!落ちてグシャッ!ってなるだろ!グシャッ!って!」

「すみません、アキト。ついうっかり………プッ」

「オマエな、ヤミ…――――覚えてろよ」

「なんですか?その目は……?反抗的ですね、やっぱり降りますか?この場から」

「いんや止めて」

 

軽口を叩きあうふたり。

いつもの調子に戻ってきた秋人。その様子にヤミは密かに微笑む。その優しい笑顔を秋人に向け、そしてすぐに元へと戻す。真剣で整った表情は…――――これから先を見つめていた。

 

睨み、見据える先にはやさしい雨を落とした鱗雲がなく、代わりに生まれた入道雲が分厚い影を落としている

 

そこに厄介事(・・・)が………――――彼女の大切な者を巻き込まねば、解決出来ない事を悔やみながら

 

 

「―――…」

 

その気持ちをヤミは精神侵入(サイコダイブ)で凛の躰に吸い込まれる光…――――秋人を見ながらもう一度、思い返していた。

 

怪我しないでね、パパ…

 

つぶやき声は地を激しく叩く雨にも関わらず、誰の耳にもよく聞こえた。

 

 

56

 

 

凛の精神世界。

 

精神侵入(サイコダイブ)により秋人は凛の精神へ潜り、すぐに目当ての人物を見つけた。

 

う…っ…ぐ………あ……はぁっ…

 

綺麗な裸身を触手が巻きつき凛は苦悶の声を溢している。精神が繋がっている秋人には嫌なくらいに凛の苦しみが伝わってきていた。

 

「おい凛!しっかりしろっての!」

 

巻き付く触手を引き剥がそうと近づく秋人。だが触手が、凛が、そうはさせない。触手は一層強く凛に巻きつき、凛は――――秋人と距離を広げ遠ざける。

 

(あき…と…、ダメ、だ…キミまで取り込まれてしまう…そんな迷惑を…うっ、あ、私はかけたくは…)

 

「そんなもん気にしてる場合か!」

 

叫ぶ秋人。

 

上も下も右も左もない漆黒の世界。それはまるで無重力空間の中に居るようだった。近づきたいと念じればどんなに距離が離れていても瞬時に移動できるし、空間の情景も思うがままだ。

 

だけど凛にまるで近づけない。足を走らせても、手を伸ばしても、どんなに近づきたいと願っても縮まらないキョリ(・・・)。近づいた分だけ遠ざけられる、変えたいと願う精神世界の情景も変わらず暗黒の水中だ。

 

だから凛が俺を拒み、意識は暗い闇に飲み込まれて――――この水とは涙だ。それは精神を繋げなくても…――――分かる。こんなのきっと、誰にだって

 

(すまない。秋人…――――意識が………もう、全部無くなりそうだ……最期に寝言を聞いてくれ…ない、だろうか…――――)

 

「起きてるだろーが!寝てる奴がそんな事言うか!」

 

(――――秋人…春菜を大事にしてやれ……春菜は…春菜は本当はキミが好きなんだ、キミが好きで好きで堪らないんだ………だから、だから今はあんなバカな真似を……は……うっ…)

 

「凛ッツ!!!」

 

(………………私、は、…………――――…秋人、キミ、が……私に向けるものが愛じゃなくても、恋じゃなくても…私はキミが…――――……

 

 

キミが――――………)

 

 

ぽろり、と涙がこぼれ落ちる。

 

涙の雫は暗い水に混じり…………気泡となって消えていく――――――――

 

春菜と秋人の為を想い、ひた隠しにしていた凛の本心。たった一つの真実の想い。

 

告白は、秋人の()を震わせ静かに響き渡っていった。

 

「…………――――で、お前はどうするって?気づいてんだろ変態触手野郎」

「ああん?誰だァてめぇ…?………………目障りな光だ」

「さっさと凛を離せよ、触手陵辱プレイは好き嫌い別れるんだ。ちなみに俺は嫌いな方だ―――今からな」

 

囚われの凛は見えていた。既に精神の自由されも完全に魔剣に奪われたが重なる()は秋人の拳を…――――現実世界であれば血潮を失い白くなるほどに強く握られているだろう拳を見つめていた。皮膚に食い込んだ爪が傷を作り、魔剣が好む真っ赤な血を流しているだろう拳を―――――

 

精神世界では肉体の強さは関係ない。秋人の身体は一般地球人だ。髪を、身体を変身(トランス)させたりなど出来ないし、尻尾から惑星を破壊できるビームを放てるわけでもないし、特別力が強いわけでもない。無力な地球人、古手川遊によく似た人物と成り代わっているだけだ。力なき存在、そんなことは秋人自身が一番良く識っていた

 

 

――――そしてそう決めつける秋人は自身が無力な存在だと信じて疑っていない。故に、気づかない。

 

 

「いいからさっさと離せっての、ヒロイン傷つけると…――――怒るぞ?」

「くひひひ、『飛んで火に入る夏の虫』…って諺。小僧、てめぇバカそうだが識ってるか?"自分から危険に身を投じ、災難を招く"って意味だ…くひひひひ、例えの通り 燃やし喰らう"火"とはオレ様の事、喰われる"虫"はこの女と斬られる小娘共…そしてこれから乗っ取る光。小僧…――――オマエの事だ。」

「そうかよ、頑張ってな。男も同時に触手プレイの餌食とはずいぶん斬新だな。需要、あるといいけどな」

 

 

誰かを想う、心の強さは誰より強い…――――この世界の、誰よりも。

 

 

そして此処は(ソレ)の強さがモノをいう精神世界だ。

その世界によく似た、心根と精神をトレースした電脳世界――――"とらぶるくえすと"内であの時。真面目で優しく、時にリーダーシップを発揮する春菜は強き者――――"勇者"だった。

 

ではその兄、いつも"勇者"を困らせ怒らせ惑わせる秋人は――――

 

 

はっはっは、と秋人は愉快だというように笑った。まぁ頑張れなーと、ブラディクスを励ましてもいる。そして全てが凛には分かっていた。

 

――――今や秋人の心は怒りに満ち、怒りの炎は全てを焼き尽くそうとしている事も

 

「てめェ…舐めたクチ叩きやがって……後悔しろ!稀人風情がこのオレ様に逆らった事をなァ!!」

 

叫びと共に無数の触手が秋人に迫る。秋人は作り笑顔を止め無関心な表情でただそれを眺めていた。

 

――――――"白い炎"、其れを私は生まれてから一度も見たことが無い。いや、無かった。

 

今、目の前に在るのがまさしく其れだ。眩い光の白き炎。身を焦がす灼熱の火焔の熱と、美しい閃光を併せ持つ…――――――――光焔

 

『飛んで火に入る夏の虫』

 

凛は閉じた意識の中、目の前でこれから為される光景に題をつける。それは偶然にもブラディクスの知にある諺と同じだった。躰と精神を支配されているせいかもしれない。ただ魔剣と違うのは裁いて燃やす"火"が秋人、焼かれ死に絶える罪人の"虫"は―――――――

 

 

今にも秋人を取り込もうと伸ばされていた触手たちが、まるで綿毛を吹くようにバラバラになりながら消し飛んだ。

それを見たブラディクスが驚愕の声を発しようとするが、既に秋人は凛の側まで移動している―――――そして手は、凛の首へ添えられていた。

 

「………返してもらう。大事なヒロインだからな」

 

次の瞬間、凛を引き"千切った"。捉えていた触手から、凛の心を縛る枷から

 

「ぐぅぉぉぉぉうぉおおおッッッツ…!!!こっ小僧…て、テメェエエエッッ!!!」

 

獣のような悲鳴と怒号。それを聞かず、秋人は両腕で抱きかかえる凛の無事を確認し安堵の息を零す

 

「クソッがぁああ!稀人風情がこのオレ様をコケにしやがって…!!オレ様の所有物を奪いやがってェ!」

 

己を見つめる視線が強まったのを凛は感じた。「所有物…?」と不愉快そうな声は精神の自由が戻りつつある凛にも届く。注げられた睨む視線はそのままにプラディクスへ向けられる――――と同時、再び秋人と凛に支配の触手が迫っていた

 

(流石は私のせんぱい――――――――上出来♪)

 

「……メア、見てるだけじゃなかったのかよ」

 

秋人の元へ迫った無数の触手は両手を広げたメアの裸身に深々と突き刺さった。

 

(♡)

(大丈夫ですか?メア…………ああ、その表情(カオ)、なら問題なさそうですね。さて、私のパパに手を出した罪…千回ほど死んで償って貰いましょうか)

(あら、ヤミさん、それだけじゃ物足りませんわ♡私の御主人様に手を出したんですもの♡一本一本汚らしい触手を切り落とし、本体そのものはホルマリン漬けにでもして生かしておいて気が向いた時に痛みを与える…などはいかがでしょう?)

 

暗い闇に浮かぶ白く美しい裸の少女たち。可憐で淫靡な姿とは裏腹に浮かべる冷笑は魂すら底冷えさせるようで――――――――

 

――――ヒッ!

 

ブラディクスはあまりの恐怖に精神世界へから現実世界へと戻る

 

さっきまで争いの渦中にいた三人娘たち。三竦みであったはずだが今はしっかり標的を共有、ロックオンしていた。

 

「ではサクッと○ってしまいましょうか……メア、遊んでいないで汚い駄剣を捨てなさい。なんともなくても少しは心配します」

「ぶー、はぁーい」

「うーん、斬って血を浴びるのがお好きなようですし、駄()触手さんの血を抜き取ってガブガブ飲ませるのもいいかもしれませんね♡犬みたいに♡あら、おクチはどちらでしょう?ま、開ければいいですね。自分の血ですからさぞかし美味しいことでしょう♡」

 

少しだけダークネスの角を生やしたヤミ、暗い瞳で嬉々とした表情のメア、ブラディクスより遥かに濃い殺気を撒き散らすモモ。

 

魔剣より数段上位の存在である悪鬼たち三人はどれも悪魔より恐ろしい笑みを浮かべている。

 

ブラディクスの脳裏に先の諺がよぎる、自身が何度も繰り返していたあの諺が――――

 

 

炎に焼かれ調理された虫は…不味そうだったので食べずに捨てられた。

 

そもそも虫を好む者自体少ない。乙女なら尚更だ。焼いたとて、食すはずもなかった

 

だから三人の乙女に袋叩きの細切れにされる魔剣は…こんなもの食えるか!という怒りをぶつけられるのが至極当然だった。

 

厳かな雰囲気が完全崩壊した境内の森に取り残されるボロボロの…――――最早原型すら無い、何なのか判断の付かない塊は…

 

それ故の結末だった。

 

 

57

 

 

「おい、凛。起きろ、朝だぞ」

「ん…――――秋人」

 

凛の揺れる黒曜石の瞳が秋人をとらえた。相も変わらず凛と秋人の意識は漆黒の空間の中、佇んでいる。

 

――――同じ黒でも落ち着く色もあるものだ

 

秋人の髪と背後の暗がりを見つめ、凛は心の中で呟いた。

 

先程まで自身の意識は冷たく暗い深海に沈んでいたように思う。

だが、今も居る暗がりは恐怖ではなく安心させるような暗がりで………静寂で――――――

 

ふたりだけの世界だ

 

凛は助けだされた時と同じ…生まれたままの姿で秋人の胸に抱えられ………ふたりはただ見つめ合っていた。

秋人の姿は、今はどういうわけか燕尾(えんび)服。執事・従者が身に纏う服……――――それは沙姫の従者たる凛がイメージで着せたもの。将来、秋人とふたりで沙姫の従者をしたいという望みが具現化したのだ――――秋人が知るはずもないことだったが

 

「おう、無事か良かった良かった」

「…そうか、私は…――――ありがとう秋人」

「気にすんな」

「すまない」

「気にすんなっての」

 

澄んだ紫の瞳が凛を捕らえ見つめる――――秋人が時折そんな、刻み続けるような…懐かしいものを見るような眼差しで自身と街の情景を眺めている事を凛は知っていた――――勿論、その理由も

 

「何か礼をしなくては…………何が良い?やはり食事か」

「いいっての。気にしすぎだ」

「そうか?そういうわけには…」

「いいんだっての」

 

戻りある躰の気配。ふたりだけの世界、精神世界での逢瀬は終わりを迎えようとしている

 

「それより此処はどこなんだろう?暗く、無限の中へ居るようだ…私の心はまだ暗がりを望むらしい」

「?自分のことなのに分からないのかよ」

「自分の事だからこそ解りたくない事もある…そしてそれを自分ではない誰かに気づいて欲しい…………そういうもの、誰しもあるだろう?」

「そんなもんか?」

「そんなものだ…………で?気付いたのか、秋人」

 

沈黙の静寂。未だ腕の中に居る凛は秋人を見上げ愛おしそうに見つめ続けている。――――愛があるところに視線は向かう、秋人はそんな事などは識っているだろうか

 

「さあ?分からないな」

「そうか…………――――では秋人、先ほど言った言葉…"大事なヒロイン"とは私の事だろう?ヒロインには相手役が居るはずだ。そうでなくては芝居は成り立たない……"ヒロイン"の相手役は――――私の"ヒーロー"は誰だ?」

 

目を細め微笑う

 

穏やかさの最果てにいる私は思う――――――秋人は湖に投げられた小石のようなものだ、と。鏡を張った水のように澄んだ世界に落ちた石。波紋は世界の歴史を変え、漣は心をざわつかせる。そして沈みゆく小石は世界を構成する多くの人物……成分たちに磨かれ、今はや小石はダイヤより光輝く石になった。一目見てしまえば誰もが絶対に欲しがるだろう宝珠に――――――

 

手を引き此方へと案内した九条凛()はそれを誰より知っている。――――――恋をしているから

 

だから(・・・)私は知っている。

 

今も繋がる精神が、やはりそうだと教えてくれる。

 

秋人が誰を一番想いやり、何を恐れ、何を希っているのかを―――私もあの夏の日まで同じ混乱の中にいたのだから

 

秋人はまだ、きちんと伝えていないものがある…春菜に―――私が伝えた想いの言葉を

 

 

秋人を心底信頼し、同じ信頼を向けてほしいと願う私は"それをしろ"と言うべきだ。

 

でも、言えない。

 

"気持ちを伝える言葉をきっとずっと春菜は待っている"

 

それも、言えない。

 

――――――流石に其処まで手を引いてやる勇気は、私にはない。

 

そして今は、

 

「…――――ヒーローね、ここにそんな凄いのが居たのか…分からないぞ」

「…そうか、ふん。分かっているクセに…。随分と私のヒーローは鈍感なようだ…そんな駄目なヒーローは――――私が懲らしめてやる」

「竹刀だして殴るのか?」

「莫迦を言うな…それだけでは生ぬるい。至上の仕置をお見舞いしてやる、秋人。覚悟しろ」

 

 

そして今は、ふたりだけの世界だ。その世界で、ほかの誰にも見られない暗がりで、秋人のまごころが向かう先などそれこそ彼方――――今は私だけを考え、見つめ囚えて欲しい

 

我ながら卑怯だと思う。悪い人間だと思う。

 

だがそれはきっと目の前の男が、秋人が悪いんだ。私は悪くない

 

すっかり淫らにされた心と唇が向かうのは、きっとだから秋人のせいだ

 

「?…なんで笑ってんだよ」

「――――ふふ、いや…なんだか自分で自分の考えが可笑しくてな…ふふっ、それに秋人。ヒロインを救いだしたヒーローは――――救出劇の締めは……正しい結末はいつの世界もこれで終わる筈だろう――――――んっ!」

 

 

こうしてお伽話の月の姫君は地上の者に捕らえられてしまった。

姫が絡める長い脚は男の腰を挟み、腕は首に回されしっかり全身でホールドしている…が、彼女の心を真に捕らえているのは覆いかぶさる男の方だ

 

―――傍目から見たら姫が男を捕らえているようにしか見えなかったが

 

あ…ふ、んむ…んっ。あき…ん…!んん!!

 

それは暗がりが白み、現実世界へ二人が戻るまで…――――囚われ姫の抱擁と熱烈なキスは続いたという。

 

秋人に散らされたブラディクスの意識の残響は、完全に消える意識の前"とんでもない女を囚えていた"と感想を得る。"どうりで自身と波長が合うはずだ"とも

 

 

果たして現実世界の森へと戻った秋人は先程まで乱れに乱れた時と違い、すっきりケロリとした"凛"とした凛を見て溜息をつく

 

「…どうかしたか?秋人」

「いんや、別に――――――…はぁ」

 

"昼は貞淑な妻、夜は淫らな娼婦"を地で行く、凛は秋人だけのヒロインだった。

 

真夏の夜の夢に居た秋人の…――――家族の物語が紡がれるのは次の季節まで。

その前に――――家族にとっての最大級の、超弩級の困難(ToLOVEる)が彩南へ訪れようとしていた。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2016/04/11 改訂・再投稿

2016/06/23一部改定

2016/09/17 一部改定


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R.B.D閑話『ホンモノ魔法少女、ニセ春菜の偽恋』

この物語は一人の魔法少女の失恋物語である。

 

当然、失恋物語であるから結末で二人の男女は別々の道を選び歩むことになる。

 

ただそれは――――…

 

 

 

「ニセの恋人をつくれ?」

「そ。もちろん偽装よ?ホントの恋はダメだからね?」

「はぁ!?」

「誰でももダメよ?そこそこイケメン且つ有名な人じゃなくて、すぐに別れてくれそうな男ね」

「そんな無茶苦茶な…」

 

朝、芸能事務所でマネージャーにそんな事を言われた霧崎恭子。役作りに偽の恋人が必要となったのだ。勿論そんな相手、恭子には一人しか居ない。

 

 

「それで僕にかい?」

「そ、レンくんなら大丈夫でしょ?お願い」

 

両手を合わせ拝む恭子を呆然と見つめて言い返すルンの双子の兄、レン・ジュリア・エルシ王子ならば誰もが納得だろう。高貴なるイケメンに恭子の身も心も安心安全。信頼の実績だった。

 

「まったく、急用があるからって心配して来てみれば…」

「ごめ~ん…おねがぁい、レンくん」

 

マネージャーに無理難題を投げつけられたその足でレンと恭子は落ち合っていた。二人共学校帰りであった為、制服である。カフェテラスで愉しげにお茶をするデザイン違いの制服二人。傍から見れば、少ない時間を惜しみつつ漸く会えた時間を楽しむ――他校の恋人同士以外の何物でもない

 

「ごめん、出来ない相談だよ」

「え?どうして?別にホントに好きにならなくっていいんだけど?フリだけでも…」

「いや、キョーコちゃんに問題があるわけじゃないんだ」

 

二人の間に漂う沈黙。困った顔と悲しげな顔を向け合う二人の男女は、さながら別れ話をしているかのようだ

 

「ならどうして?友達(・・)じゃないの、わたしたち…」と恭子が口を開く寸前、

 

「僕はララちゃんに身も心も捧げているからさ」

 

フッと爽やか過ぎる微笑のレン。キラーンと歯が光った――――気がした

 

――――レンくんて…たまに空気読めない時あるのよね

 

ハァ…と恭子が深々ついた溜息、それはストローを通って赤いトマトジュースをぶくぶくと泡立たせて

 

「イェーイ!マグマかんせーい♪」

「…キョーコちゃんはいつもソレ、楽しそうにやるよね」

 

自ら頼んでおきながら、特に落ち込んだ様子もなく笑う恭子。むしろ了承して貰わなくて良かったかのようだ。そんな恭子の笑顔にレンも「まったく…」と苦笑いで返している。

 

仲の良い他校の友達同士、笑顔を向け合う美男美女。

周りの客と店員たちは二人が別れなくてよかった、と勝手に安堵していた

 

「んじゃ、私にはムリだったってマネージャーには言っておくよ♪」

「うん、それじゃあまたね。念の為に僕も他を当たってみるよ」

 

ひらひらと手を振る恭子、レンも妹を見守る兄のような面差しで手を振り返し――――ふたりは別れた。

 

 

そして

 

 

「切り裂き凶子ぉ?…ハッ、ずいぶんと猟奇的な名前だな」

「ご存じなかったのですか?意外です…、とにかくイイコなので相談に乗ってあげてくれませんか?先生」

「はぁー、どうしようかね…」

 

少しだけ長い昼休み。学園の自販機に背を預けた秋人はチューっと美柑がくれた"美柑(・・)ラブジュース"を呑んだ。秋人の好みにぴったり合った果実本来の甘さ、口の中で爽やかさだけを残し消えていく。"100%生搾り蜜柑(・・)ジュース"だった。結城美柑から生み出された添加物が一種だけ入っている事に秋人が気づくはずもない。

 

「切り裂き凶子だろ?知らん、誰だその刃物振り回しそうな危ないヤツは。そんなの金色さんで十分間に合ってるだろ…――――まさか新ヒロインじゃないだろうな」

「さあ?とにかくカワイイ女の子ですよ、ララちゃん程ではありませんが、彼女は素敵です」

「まぁ俺の妹よりカワイイわけがないがな…――――ん、底の方に何か文字が…"愛がたっぷりはいってます"美柑…イイコだなぁ」

「ララちゃんもイイ子ですよ先生。そう、まるで宇宙で至高の宝石…」

 

うんうん、と頷き合う二人

秋人が知らない事もムリはなかった。彼の頭の中ではマジカルキョーコはマジカルキョーコなのであって中に人など居ないのだ。つまり女子高校生・霧崎恭子が演じ"マジカルキョーコ"していることなど頭にはない。ヒーローは何時の世にも実在するのだ。

 

 

それから

 

 

「…で?またお前か、ニセ春菜、ニセナめが…」

「…くッ!なんでアンタが…!」

 

――――"イケメン"で"有名なひとじゃなく"て"私とすぐ別れてくれそうな男"…条件を満たしてるからこそ腹が立つというかなんというか…

 

睨む恭子と睨む秋人。虎VS虎の図だった。

偶然なのか必然なのか、放課後レンと恭子が落ち合ったカフェで、あの時と同じ席位置だった。おや?と店員は思っていたが険悪な雰囲気がどこか気安く…「ああ、兄妹ね」とまたも勝手に結論づけている。

 

「んで?何?ウチの春菜をパクってゴメンナサイしたいって?土下座しにきたっての?とりあえず、その萌え袖ファッションから止めてもらおうか、ウソ眼鏡も。そういうのは激ラブ春菜かハレンチ唯、愛天使ララにして頂きたい。『眼鏡、外して…おにいちゃん…じゃま、だから…』とか甘えた声で言われたい」

「ハァ?!なんで私じゃ駄目…じゃない!キモい!気持ち悪い!眼鏡外して何するつもりなのよアンタ!ヘンタイ!シスコン!それになんで私がアンタみたいなシスコンドヘンタイに土下座しなきゃならないのよ!通報するわよ!痴漢撃退用アラーム鳴らすわよ!」

「ふん、やってみろニセナ(・・・)…そのシスコンドヘンタイと二人でお茶しちゃってるとこ、芸能人なキョーコ様の姿を皆に見られちゃってもいいならな。」

「ぐっ…!なんて卑怯な…!燃やしてやりたいわ!」

「へー、ふーん。もやし、お好きなんですか?食べます?すいませー「いらないわよ!店員さん呼ぶんじゃないッッ!」」

 

慌てて椅子から立ち上がり秋人の口を塞ごうとする恭子。それを同じ角度で背を反らし避ける秋人

 

「なによ!触られるのも嫌だってワケ!?あたしがどれだけファンに握手求められると思ってんのよ!」と続けて叫ぼうとするが…――――

自分たちに注目が集まるのを敏感に感じた恭子は叫びかけた口を塞ぎ、サッと座り直した

 

秋人とこうして再会した時から朱色の頬。更に真っ赤になったその顔を、まさか大勢に見られるわけにはいかない。見られるアイドルは自然な作り笑顔が基本なのだ

 

「くぅ…はずか、恥ずかしい…ばか」

 

零す本音。今は自然な霧崎恭子の素顔。ルンの頼れる姉貴分している時でもなくレンと親しい友人の時とも違う、ドキドキと穏やかな幸福の気持ちがブレンドされた心は目の前の男が飲むコーヒーのよう。知らない色の混ざり合った心に恭子は先程から振り回されっぱなしだった。

 

「"もやしたい"なんて…よっぽど"もやし"ラブなんだな。今度言ったらまたすぐ注文してやるよ。あーあ、優しい、なんて優しいんだろうなー俺。春菜もきっと褒めて肉焼いてくれるだろうな。レンから貰ったアレはジュージュー焼いてアレ作って貰おう…――――んふふ」

 

秋人はニヤニヤと笑い満足気だ。頬杖をついてどこかを見上げている、小さく縮こまった恭子は"アンタ覚えてなさいよ…絶対燃やしてやるわ"とでも言いたげにキツく睨んだ。潤んだ瞳は先程から秋人以外見えていない。だから誤魔化すように言ってしまう

 

「アンタ覚えてなさいよ…絶対燃やしてやるわ…!」

「もやし?すいませー「だから店員さん呼ぶんじゃなぁああああいっ!!」」

 

 

そうして

 

 

「はぁはぁ…、アンタと話してると疲れるわ…」

 

どふっと力なくテーブルに突っ伏せる恭子。燃やさないと分かっているのか、脅す度に店員さんを呼ばれ叫ぶ恭子はヘトヘトであった。無論、叫ぶ以外に大量に体力を消耗させているのは、先程からドキドキと高鳴る鼓動のせいだということを恭子はよく知っている。

 

「ハァハァ?何、興奮してんの?」

 

はんっと内なる唯がやるように肩をすくませ鼻で笑う秋人。やや前髪が焦げていた。5回目の"もやし発言"でついに恭子に燃やされたのである。慌てた店員がもやしと消火器をもってきたが、その店員も謎の爆発に見舞われ今はいない

 

「ああ、もういいわ。もういいのよ、そもそもシスコンドヘンタイにカレシ役なんてムリよムリ。まだニワトリとか一個しか覚えられない鳥頭とかそんなのがマシなのよ」

「誰がニワトリだ誰が」

 

ぶつぶつ呟き突っ伏せた頭をようやっと持ち上げ、怪訝な目つきで両手に持ったマンゴージュースを口にする。溜息がストローを通り、(だいだい)色の液をぶくぶくと泡立たせる

 

「硫黄の湯、温泉かんせい…はぁ」

 

やれば上がるはずのテンションも今は何処かへ

 

「なんだそりゃ…春菜と温泉入りたい」

「また春菜ちゃん…君、どんだけ春菜ちゃん好きなのよ…まったく私は困ってるっていうのに。マネージャーにも怒られてせっつかれちゃったし…ニセの恋人かぁ…はぁー」

 

――――まさか恋がこんなに疲れるものなんて思ってなかった。

 

恭子の正直な感想である。

 

恭子は既に目の前の"シスコンドヘンタイ"と地球上全ての箇所でデートし、愛を囁かれていた。

先走る思考にああでもないこうでもないと全力の妄想で飾り立てる。恋をするのはアイドルの仕事より余程忙しい

 

(現実ってお伽話みたいにいかないのね……――――それに、このおバカ男が…秋人くんがロマンチックな事するようには、私に気遣ったりとかしてくれるワケないわよね…)

 

勝手に跳ねては弾み、勝手に落ち込んでは沈む心――――恋をするのは大変ハードだった

 

「…ふん、まぁ引き受けてやるよ」

 

へ、と俯きかけた恭子は正面の男を見やる。

暗い影が差し出した表情(カオ)が呆然としたものに変わる。その表情とずれ落ちる眼鏡をしかし秋人が見ることはない。心配気な表情してたくせにそっぽ向いて隠したせいだ。

 

だから代わりに恭子は、秋人の横顔――――優しく綻ぶ口元の動きを目で追っていた。

 

(……………コイツって意外に優しいのかも)

 

心がまた一度、大きく跳ねた。

 

 

 

 

 

「ぷっくくく…似合ってる。似合いすぎてる…ぷっくくく、あはははは!!!」

『てめぇ…』

 

マジカルキョーコの衣装で恭子はお腹を抱えて笑っていた。目に涙まで浮かべている。彼女を笑いの渦の中に閉じこめ、大笑いさせるのは目の前のニセ恋人…――――ピエール☆小木。ネコ型キグルミを着た秋人だ

 

台本(コト)のあらすじはこうだった。

 

マジカルキョーコの大切な思い出、初恋の少年が悪の組織に捕まりピエール☆小木に改造されてしまった。その恋と失意の想いを涙ながらにキョーコが燃やして解決する――――と、いうもの。

 

より演技に感情移入できるよう、ニセの恋人が必要だったのだ。元気で明るい売れっ子アイドルの普段見せない切ない表情(カオ)をカメラが撮影、お茶の間へのファンへと届ける。恭子の人気は急上昇、歌もヒット・チャートを駆け抜けて――――というのがスタッフの思惑だ。

 

「では本番いきますよー!」

「はぁーい!…―――じゃ、頼んだわよ。ピエールシスコン(・・・・)さん…ぷっくく…!笑わせないでよね、ふっくくく…!」

『…ぐぬぬぬぬぬぬ』

 

なにやら篭った声で文句をいう秋人に背を向けひらひらと手を振る恭子。先程から彼女の表情(カオ)は笑顔、いつもの優しく天使のような笑顔は魅力を一層強めて―――恋する天使の笑顔だった

 

そして始まる撮影、始まるちょっと過激な戦闘シーン

 

「そんな…!?」

「フハハハ!オマエにはどちらがホンモノの恋人かわかるまい!」

 

演技を忘れ、素の驚愕を晒すマジカルな恭子。嘲笑う悪役男爵

 

魔法少女が言葉を失うのもムリはなかった。彼女の前にはピエール☆小木が二体いたのだから

 

(こ、こんなの台本に無い!ど、どっちがあのシスコン…まさか秋人くんじゃない方燃やすワケにはいかないし…)

 

台本では"燃やして解決する。"とだけあった。

 

"解決"方法はマジカルキョーコに…霧崎恭子に委ねられているということだ。だから恭子は炎に包まれた初恋のカレ…―――秋人に炎の中で愛を叫ぶ、そう決めていた。

 

せっかちで即物的な少女は果てしない思考、終わらない妄想の果てに確かな現実こそを切望していたのである。

 

それに好きな芝居なら、ストレートに感情を表現できる。恭子はそんな気がしていた

 

「さあ!どうするのだマジカルキョーコよ!」

「くっ!………あのシスコンを見抜くには…――――こうなったら!」

 

ぱちっとウィンク、お色気たっぷりに魔法少女は服の胸元を摘み下へと下げた。細身の体躯にしてはやや大きめの乳房が零れそうに露わになる…

 

ピエール☆小木は親指を立てた。"Good!"

ピエール☆小木は親指を下げた。"Bad!"

 

――――これで初恋の炎が、どちらに向かうべきか分かった。

 

 むほーっ!素晴らしいですぞー!

 アホか春菜のが一番にイイに決まってるだろーが

 

そんな声もどこか遠く聞こえる

 

怒れるマジカルキョーコは直ぐ様服を整え直し、右手に炎を集め…

 

「はぁっ!マジカルフレイム!」

 

気合いの叫び、生まれた灼熱の炎は正確に"ニセモノ恋人"を捕らえ…――――

 

ボウッ!!

 

「「ぎゃああっあああっ!!」」

 

燃やされる二体のピエール☆小木

 

霧崎恭子にはちゃんとどちらがホンモノか分かっていた。分かっていたけれども、親指を下げて"不快"をアピールされるのは流石に腹が立つ。それにきっとキグルミの下の顔は毎度会う時のようにバカにした笑みだろう

 

――――これからコクろうとしてる私に失礼すぎでしょ、バカアホシスコンドヘンタイ

 

だからといって校長もろとも手加減抜きで燃やすのはあんまりである。確かに恭子の読み通り、芝居の中でストレートに感情を表現できていた。燃えるように激しい愛と羞恥、それに不満を――――成程、秋人が言った通り猟奇的な彼女だった。

 

「本日も!燃やして解決♪」

 

カメラに向かってウインク、勝利のVサインを作り向けるのはスッキリ快活な笑み――――残念ながら切なげな表情はこの放送では撮影できなかった

 

 

「お仕事お疲れ様」

「…――――――――てめぇ」

 

マジカルキョーコと"良い感じの松ぼっくり(恭子談)"みたいになったピエール☆小木の中の人、秋人が夕焼けと共に向かい合っていた。

 

「おにーちゃーん!」「…春菜、あちらではないですか?」

 

声に振り向いた秋人に、人だかりから春菜がぴょんぴょん跳ねつつ声をかけてくる。撮影スタッフと見物人の山が邪魔をし、秋人からも春菜からも互いの姿は見えない。見かねたヤミは変身(トランス)で翼を生み出し空へと羽ばたいた。

 

「おーい春菜ぁー!ヤミー!」

 

夕日を背負った、ついに翼を生やした"プリティーマイエンジェル春菜たん(秋人談)"に声を張る。

 

――――きっとプリティーマイエンジェル春菜たんは焼け焦げた兄に優しく声をかけ、ニセナに傷つけられた心を癒やしてくれるだろ!

 

期待する秋人だ。

 

「あ、お兄ちゃんここに居たんだ………どうしたの?また悪い事したの?その頭、燃やしたスチールウールみたい」「…ぷっ!春菜、お姉ちゃん…言い過ぎですよぷっ、くっ!…ふふっ!」

 

ストンと着陸。同時に本音、春菜とヤミが秋人の前に。

 

秋人の大切な家族二人は慰めという言葉を知らない、無垢過ぎる天使だったようだ

 

「お、おま…お前ら…!俺がレンから貰った肉の為に頑張ったというのに…!」

 

顔を夕日と同じように赤くし、現れた大切な二人に何やらギャーギャー文句をいう魔法少女・マジカルキョーコのニセ恋人

 

金髪の小さな女の子が微笑いながらも髪でハサミを作り、自身によく似た少女が宥めすかしながら焦げた毛先を切りそろえていく――――

 

それを恭子は揺れる瞳で見つめていた

 

 

終わりに

 

 

「じゃあな、もう会いたくないぞニセナ」

「ふん、私もよシスコンドヘンタイ。妹さんのとこから戻ってきて精神とか大丈夫なの?」

 

あざ笑うマジカルキョーコのマントが強い風に吹かれ、たなびく

 

「ふん、言ってろ。じゃーな」

「はいはい、じゃーね。ちょっと、そのキグルミで帰るの…?ちゃんと直して返しなさいよね」

「おま…っ、オマエが燃やしたんだろ、なんで俺が…!」

「はいはい、悪かったわよ。向こうで君の大好きな春菜ちゃんが怖い目で睨んでるから早く行ってあげなさいよ」

 

風に乱された横髪を抑えながら少女は言った

 

「…バイバイ」

「じゃーな」

 

最期に向けた笑顔は優しい笑顔だった。「じゃーな」「バイバイ」もう一度手を振る

 

「…」

 

魔法少女は、去りゆく男に向ける――――降り出しそうな曇り空のような切ない表情(カオ)を周りのスタッフやファンに見られていることに気付かない。

 

 

ニセ恋人と魔法少女

 

二人の恋はこうして終わりを告げた。

 

これは魔法少女(・・・・)の失恋物語。

 

当然、失恋物語であるから結末で二人の男女は別々の道を選び歩むことになる。

 

ただそれは――――…

 

 

「ま、あたしゃ関係なかけんね」

 

いつか何処かで、テレビで聞いた謎の方言を呟いた。

夕日と、その茜色へと発せられた呟きは男の背中へとぶつけられている。恭子は纏った衣装を脱ぎ捨てる。マントに帽子、ふわりと宙に脱ぎ捨てられたマジカルキョーコの衣装、魔法少女の衣装。その下に母校の制服を身に纏った霧崎恭子がいた。

 

――――ぜったい私が一番だって言わせてみせるんだから

 

浮かべる笑みに先程までの陰りはない。一度、霧崎恭子の瞳が強く光る。強い意志を宿した、想い人と同じ色の瞳が

 

「あたしの方がホンモノで、あっちがパクリだってぜぇったい言わせてやるんだから!」

 

 

ただそれは、現役女子高生アイドル・霧崎恭子の恋が始まる為に紡がれた…――偽恋物語だった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/03/31 一部文章改訂

2016/04/01 文章構成改訂

2016/04/06 一部改訂

2016/04/28 一部改定

2016/07/14 一部改訂

2017/03/20 一部改訂


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R.B.D閑話『壊れかけのラジオ』

『『彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ~!』』

 

♪♫

 

『ククク…帰ってきたぞ豚共、放置プレイというやつだ…しかし勘違いするなよ?ただ放置するだけではダメだ…適度にエサをやらんとな?真の放置プレイというものは苦痛と快楽の狭間…そこに閉じ込めてこそ真の絶頂(エクスタシー)を得られるのだからな…パーソナリティーのネメシスだ。』

『ん?なんだ?今回はなんかダークめなキャラだな…パーソナリティーの西蓮寺、秋人。よろしく』

 

昼休み時間に待ちかねた声が教室に木霊した。

食事をしていた者達はピタリ、と箸を一斉に止めた。それもそのはず「彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ」は昼休みを満喫する生徒諸氏にとっては煩わしい、やれ勉強しろだの、風紀がどうだの、社会情勢がうんぬんかんぬん………そんな説教じみた情報提供しかしない―――ウルサイラジオだった(・・・)

 

そう、それも過去の事。

 

歴史を覆した前回の放送、高まった人気。しかし一回目以降ずっと放送延期であり『再開の目処はついておりません』との風紀委員会からの発表があったのだ。リスナーの豚ども(通称豚リス)は多数のメッセージと再開願いを風紀委員会に送ったが、その殆どをツンデレさんがシュレッダーにかけた。――――内容がハレンチ過ぎたのである。

 

「何者かのロリっこきゅんカワ妹に股間を踏みつけられ、アヘ顔を銀河ネットに晒された哀れな校長(ハゲ)を操り再開させた今回の放送――――。さあ……今回も悩み相談室、続・編・だ…ッ!随所で告知した番号はおにいたんのケータイ!さあかけてくるがいい!」

「はぁ!?お前いつの間に!?」

「ククク…校舎中にバラ撒いてやったぞ…!さあ欲しがりな豚ども!構わん!こい!」

 

《ちゅぷっ、ちゅっぶぶ!…んん!ちゅぶっ…!おにいたぁん…!おいし…おいしいよぉ、んぅ……!またおっきく…!もうねめしすのおくちいっぱ 》ピッ!

 

「おにいたん…、なんて淫らな幼女ボイス…!一体どんな固いう○い棒(ニャァァー)をしゃぶらせていたのだ…!流石の私もドン引きだぞ…――――事案発生だな」

「てめぇ…また勝手に変えやがって…ッ!もしもし?」

 

『もしもし?おにいちゃん?』

「げ。春菜」「…いきなりラスボスご登場だな」

 

『私、春菜じゃありません、勘違いしないでお兄ちゃん。ペンネームは春…"はるちゃん"です』

「クハハッ!そのままではないか!…ぁはあんっ!お、おにいたんが私を睨んだぁ♡…まだだ…まだ足りない…!イクな…私…!」

「ああん?何言ってんだこいつ、俺以外で春菜を悪く言う奴は許さんぞ…で?どうしたんだ?はるちゃんさん」

 

『今度、大好きなお兄ちゃんとデートしたいんだけど…どこへ行ったらいいかなぁ?パーソナリティーのお兄ちゃん、ネメシスさん、教えて下さい』

 

「なるほどねー、デートねぇ…春…はるちゃんさん、うーん…そうだな…」

「…うむ、やはりおにいたんも男なワケだし…朝からベッドでスッキリと出させて"天国"へ連れて行ってやればいいのではないか?」

『て、天国?そ、それってふたりで頑張る初夜の事…です、か?』

「ククク…そうだ、草木も寝静まる深夜に跨ってしまえばこっちの…あっはああんっっっ♡!」

 

校舎中に木霊する甘い嬌声

 

『きゃっ!…な、何?なんですか?!』

「ああ、はるちゃんさん気にしないでくれな…ちょーっとうるさかったから口を塞いでやっただけだぞ?これ以上このアホしすが喋ると俺の妹達の教育上良くないし、ツンツンデレなし委員会がうるさいから黙らせとく。そうだな…春菜は楽しいところが好きだし、遊園地なんかどうだ?こんど行くか?」

『遊園地?うん、はるちゃん行きたいな、お兄ちゃんと…秋人くんとふたりで…』

「そか、ジェットコースターとかスリルがあって楽しいよな!…はしゃぐ春菜が目に浮かぶ」

『もう、はしゃぐのはきっと秋人くんのほうだよ』

「むぅ…私の前でイチャつくとは…そうか遊園地だけに"次は俺に乗れよ春菜"ということ…あっ!はっあ♡おにいたんっ!そこっ!イイ♡」

『――――口塞いでるんじゃなかったの…?どうしてネメシスさん喋れるの?お兄ちゃん』

 

校舎中に響く低く冷たい落ち着いた声

 

「あっ、あっ♡…あんんっ♡!フフフッ口は口でも下のく、ちぁあああぁあっっんっ♡」ピッ

 

「はい、次」

「はぁ、はぁ、はぁ…イッ…切ってしまった…の、か…?」

 

秋人の膝上で浴衣を孔雀のようにはだけ、肩で息をするネメシス。批難の込めた潤んだ眼差しが背中越しに秋人へ向けられる――――

 

ラジオの収録現場、放送室は狭い。早々と放送室に到着したネメシス(授業は当然サボった)はついうっかり(・・・・・・)2つあるうちの一つ、パイプ椅子を巨大過ぎる刃を生み出し分子レベルに粉々にした。ネメシスの作戦通り先程からふたりは一つとなり(※席的に)放送していたのだ。

 

「ネメシス…」

「んっ♡なんだ…おにいたん…」

 

先程から秋人が話す度に耳を吐息混じりの声が擽りネメシスに快感を与え続けている

 

「お前の恥じらう甘い声……それは俺だけのものだ、ネメシス…」

「イッく――――ッ!…はぁ、ハァ…はぁ、お、おにいたぁああん♡ついに…ついにこの私に堕ちたの「アホか」」

 

ポーイと投げる秋人。小柄な為ネメシスはとても軽い

 

「お前な、春菜の嫉妬スイッチ入るとこだったろ…はい、気を取り直して次、かけて来ていいぞ…あ、ちょっと待てよ着信音の変更を…」

「!私がしてやろうか?おにいたん?」

 

むっくりと起き上がり舌なめずりをするネメシス。挑戦的な目で秋人を見つめる

 

「チッ、回復早いな――――それにその手に乗るかよ…はい、完了っと、よっしゃオッケー!かけてきていいぞー」

 

《んんんんんっ!れた…れたぁ…!んんぅ!白いのおくち…いっぱ 》ピッ!

 

「続きか?コレは…」「ククク…」

 

『ちょっと?あなたたち…ハレンチな真似してないでしょうね?』

「なんだ唯か」「ああ、レッドバニーか、乗ると言われてでてきたな?私は既に再びおにいたんに乗っているぞ」

 

(ん?レッドバニー?なんのことだ?)(ククク…気にするな)

 

目で会話を続ける二人

 

『この間は床がビショビショで掃除がタイヘンだったんだから…ちゃんとしなさいよね、今日は私じゃなくてコノ子、私のお友だちが相談に乗って欲しいんだって…聞いてあげて…―――はい。いいわよ』

 

『ガサガサァッ!ガサガサッ!』

 

「?」

「!?な、なんだ…?ま、まさか黒いGじゃないよな…?やめろよ?私はカオスは大好きだが夜遭遇するGのカオスは大嫌いだぞ、もし一匹でもエンカウントしたら部屋をまるごとブチ壊して引っ越しを考える」

「いや、それ引っ越しを考えるってか…引っ越すしかねぇじゃねぇか」

「そうとも言えるな。だがまぁ私に特定の住処など無い。そして寝ているのはいつもおにいたんのクローゼットの中、パンツハーレムアナスタシアなのだが…此処は流石に壊すには惜しすぎる」

「まったく。そんなとこいるならパンツくらい履けよ、……ちょっと待て――――ってことは壊されんのウチじゃねぇか!やめろよ!?」

 

『ガサ!ガサァッ!ガサガサッ』

 

「ああ、放置して悪かったな。あの時のネコサンタキグルミか、懐かしいな」

「ほっ…Gじゃなくキグルミが動く音か。というより分かるのか、おにいたん。流石おにいたんだな。さすおにツンツン」

「くっ!やめろ脇突くなっての!ったく人をオモチャにしやがって…あと当然のように膝に乗ってんじゃねぇ!」

「いいだろう?乙女の柔肌。むっちりとした尻の感触を楽しんでおけ」

 

『ガサ!ガサァッ!ガサガサッ』

 

「えーなになに?『世の中にはハレンチな告知や広告、看板が多い!そういうのは良くないと思うのよ』だとよ」

「ハレンチ…?ハレンチの化身たる古手川唯が世のハレンチを斬るのか?」

 

『ガサササササッ!ガサッ!ガサガサガサガサガサササササッ!』

 

「えーと、『ペペロンチーノなんて"ぺろぺろちーん"に見えてハレンチ過ぎて以ての外だし、カラオケ店などにある二時間1500円の意味で"2H 1500円"なんて勘違いして当然だし、駐車場の意味で"P"、"構内写生大会"などもっと言葉を慎重に選ぶべき、誇大広告は最早性犯罪の域』…―――大丈夫なのか唯、お兄ちゃん心配で頭痛が痛いわ」

「大丈夫か?おにいたん。お注射していいんだぞ?たっぷり濃い毒を吐き出すと良い。私はさっきから部屋に響くGっぽい音と、おにいたんの固い感触にきゅっと締まり濡れてしまっているからな…♡ところでおにいたん。私、アレ履いてないんだが…ツッコまないのか?いいんだぞ?突っ込んで♡」

「うーん…唯が、唯が…うーん、うーん…」

「ああ、これは駄目だな。ハレンチメス猫に犬のおまわりさん…おにいたんが困ってしまった、次だ次――――」ピッ

 

「うーんうーん…唯…」

「ンフフフ。無防備過ぎだぞ…おにいたん。今のうちに邪魔な服を脱がしておくか」

 

《…アキト、アキト。…――――ちゃんと寝ているようですね。コホン、で、では…ちょっと隣を失礼して……………………にへへへへふへへへへへへ》

 

「うーんうーん…」

「おにいたんが電話に出ないな…ククク、仕方ない。此処はとある金髪変身(トランス)兵器のイケナイ夜、音声だけだが豚どもは楽しむと良い」

 

《んへへへにへへへへへへパパの匂いに…パパの感触……ん、パパぁ…♡…――――、パパの指…ゴツゴツして固いよぉ…、男の人の指ってこんなに違うんだね………コレで……………ぅんっ♡》

 

ガッシャアア《…あああぁあんっ♡》アアアアンッッッッ!!!!

 

「今すぐその電話!えっちぃ電話を止めなさい!」

 

「うーんうーん…――――あ、ヤミ」「ククク…来たか、金色」

 

外側から破壊され消し飛んだドア。強い昼の陽光が放送室へ差し込む、羞恥の表情は逆光でパーソナリティー二人から見えない。ただ見えるのはゆらゆら立ち上り揺れる髪の輪郭と…――――振りかぶった変身(トランス)の大槌

 

《あ、ン…いいよぉパパぁ――――♡あ、ぅん…は、…ぅんっ♡》ドバキッ!

 

「ああああっ!俺の!俺の!春菜とお揃いのケータイ…が――――ッ!!」

「うるさいですよアキト、他の女から着信の在る電話など…今度私とお揃いの、特製のものを買ってあげますから。…私からしか着信できないものを」

 

「もしかしてそれはトランシーバーではないのか、金色…」とネメシスはボソッと呟いた。そしてその場にはもう既に居ない。あるのは黒い霧のみである――――危険を回避し他者を煙に巻くのはネメシスの十八番だ

 

「――――しかしアキト、貴方はなぜパンツ一枚なのですか」

「あ、ホントだ」

 

頬を染めつつつチラチラと秋人に視線を投げかけるヤミ――――家族だから平気。という理由付けで必死に自身を落ち着けていた

 

「まったく…春菜おねえちゃんが見たら、他の人が見たら恥ずかしいでしょう。まったく…」

 

髪を変身(トランス)させ秋人と自身を包み密着するヤミ

 

「あ、いや別に…ヤミまでこうする必要あんのか?…――――暑いぞ」

「ふ、んへへ………――――コホン。し、仕方ないではないですか。家族の貴方の裸を他の人に見せるなど…私が恥ずかしいでしょう」

 

顔を秋人の胸に埋めぶちぶちと呟くヤミ。自分でしておいて恥ずかしいのか頬も耳もさくらんぼのように染まっていた

 

「い、意外と鍛えていますね…まぁアレだけ春菜おねえちゃんに叩かれ、私に追いかけられれば…です、ね…ではアキト、せっかくですから人体の急所について教えましょうか?教えますね…まずは喉」

「いや、いいっての…、ちょっ、はっ、はは!くすぐってえ!」

「ふふ、擽ったいですか?ふふふ、それからみぞおち、脇腹…」

「はは!やめろ!ははは!」

「そ、それから脇腹の下は…」

 

身体を密着させこそこそと秋人の身体を弄っていくヤミ。幸せ笑顔だが内心ドキドキであった

 

「――――で?何を貴方達ハレンチな真似してるの?」

「にこにこ」

 

壊された入り口には腕を組み仁王立ちでキリリと睨む唯。言葉通りのニコニコ笑顔…――――でない冷たい笑顔の春菜

 

「じゃあちゃんとしたラジオにしましょうか」

「にこにこにっこり」

「こっ!これは!その…!」

「春菜まったく笑ってないからな…唯も…ああ、もうこれはアレだ。無理だな…春菜も唯もスイッチはいっちゃってるし」

 

自身以外のハレンチは絶対に許さない、風紀委員スイッチONの唯とカワイイ嫉妬スイッチが入った春菜――――二人の論理的で感情的な説教が始まりを告げた。

 

こうして「彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ」は昼休みを満喫する生徒諸氏にとっては煩わしい、やれ勉強しろだの、妹の風紀がどうだの、ハレンチなのはダメお兄ちゃんのばかうんぬんかんぬん………そんな説教じみた情報提供しかしない―――ウルサイラジオになった。

 




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2016/04/27 一部修正


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Re.Beyond Darkness 23.『想いを告げる、告白を――~Say "I love you"~』

58

 

それは、突然の来訪だった。

 

ピンポーン!

 

「 ?はーい」「ふぁぁあ…はるなぁ、メシー…んぶ」「…こんな朝からお客さんですか?」

 

いつもの朝。

西蓮寺家の呼び鈴が来客を告げる。丁度その時、春菜は秋人へ味噌汁を注ぐ為キッチンに。起きたて秋人はテーブルに顎を乗せ寝ぼけ顔、ヤミはまだ顔も洗ってこない秋人の顔面に容赦なくタオル(台拭き)をぶつけていた。

 

ピンポーン!

 

「はぁーい、今出まーす!…お兄ちゃん、おねがい!」「んぐんぐんぶっ!」「"分かった、任せとけ春菜、ごちそうさま"…………だ、そうです。ふふっ」

 

急かすように再び鳴る呼び鈴。お玉片手にあせあせと慌てる春菜、顔を乱暴に拭われくぐもった悲鳴を上げる秋人、もがく秋人(パパ)と戯れるのに夢中で来訪者自体に興味がないヤミ

 

ピンポンピンポンピンポーン!

 

「お兄ちゃん!ほら、早く早く!ヤミちゃんも遊んでないで!お姉ちゃん困っちゃう!」

「…なに遊んでるんですか、急いで下さいアキト。…ん、少しはマシな顔立ちになりました」

「顔くらい洗ってくるっての!それに誰がごちそうさまと言った!まだ何も食ってねえってのによ!…で、なんだ?今日の朝メシは――こちとらそれだけが楽しみで…「ほらお兄ちゃん早く早く、」「…早く行って下さいアキト」おい、押すなっての春菜、ヤミ…!ったく、行けばいいんだろ!行けば!」

 

自覚なき仲良しこよしな家族三人。ほかほかと湯気を上げる朝食たちをほったらかし、三人縦並びで玄関へ

 

ピンポンピンポンピンポーンピンポンピンポンピンポーンピポピポピポ…!!!

 

「「「はいはーい、今行くっての(行きます(よ))!!」」」

 

やや乱暴に返す三人

 

――――ったくこんな朝っぱらからピンポン連打するなんて随分非常識なやつだ。内なる唯も呆れて外人のように肩をすくめ"やれやれ"のポーズを決めている。…何?「朝なんだから玄関先にヤ○ルトでも置いてあったら幸せになれるのに。」だと?まったくだ。あのなんとも言えない色のヤ○ルト…そしてあのボトル…。くびれとかが人の形に見えるよな?な?「見えないわよアンタ、バカァ?」んだと!バカとはなんだバカとは!

 

ガチャ ←牢獄の開く音

 

「ハイハイ、誰だよこんな朝っぱらから…んぐ!!」

 

―――ドアを開けると其処は薄布に包まれた、ヤ○ルト色のしっとり柔らかい場所でした。

 

「アキト~~~~~!!!」「んぐうぅうううう!」「きゃあ!お兄ちゃん!」「…誰ですか」

 

驚愕の三人、いや四人か

 

「もう!もうもうもう!心配したのですよ!手紙の一通も寄越さないなんて!なんて親不孝な息子なのでしょう!」

「むっむっ!むむむにぐぅうう!」

「おっ!お兄ちゃん!ちょっと!離してあげてください!……――――う、おっ大きい…」

「…ピンクブロンドの髪、顔を覆うヴェール――――なるほど。貴方はデビルーク王妃、セフィ・ミカエラ・デビルークですね」

「ああっ!アキト!アキト!アキト!何度こうして逢う事を夢に見たことか!ああ!もう!世話のかかる息子なのですから!どれだけ私がこうして抱きしめたかった事か!ああ!まったくもう!本当に!」

「☓○▲Å…!?」

 

別々の方を向いたまま交わらない会話。春菜はいつまで経っても訪れない春の芽吹きのない小ぶ…慎ましい胸に絶望し"春菜の秘密の花園"という殻に閉じこもり、ぶちぶち花を摘み取り、セフィは一人で秋人祭りに大フィーバー、ヤミは努めて極めて冷静。

 

そして唯一状況を動かせそうな主人公はしっとり胸の極上牢獄に閉じ込められてしまっていた。尚、その牢獄に酸素はない。愛はあったが

 

「ああ!私のカワイイ一人息子!まったく!寂しがり屋なくせに素直でないのですから!」

「〠!!¶??! ?! !?」

 

むぎゅ!!と全身をホールド&滑らかな絹とそれごしの柔らかすぎる感触。マシュマロの海に溺れる秋人、薄れゆく意識。なんとか愛の捕縛から逃れようと藻掻くが牢名主(セフィ)は逃さない。知らなかったか?偉大なる母、美の女神(ヴィーナス)からは逃げられない

 

プツン ←ファザコンがキレた音

 

「フ。私のパパを…私がいつもしたくてしたくて我慢している"ぎゅっ!"を…フ、フフフ。どうやら私を本気で怒らせてしまったようですね…!」

「ん~♡アキト!アキト!まったく、セフィお母さんが大好きなくせに素直ではないのですから!」

「自分で言うのもなんですが、私は気の長いタイプではありません。メアは私の大事な妹。少しくらいは譲歩していましたが…フ、フフフフフ!!」

「¥¥!?!!…――――…!――――…、――――。」

「ん。ようやくおとなしくお母さんの胸に甘えるようになりましたか、アキト…♡」

 

まったく聞いちゃいない美の女神(ヴィーナス)、もう何も聞こえない秋人。とファザコン娘

 

「ふふふ――現在の銀河統治はデビルーク王の妻、セフィ・ミカエラ・デビルークが行っているのは誰もが知る常識、そのセフィ王妃に何かあったら銀河はどうなるのか……フフ――――ですが、まあ…知ったことではありません…!――――…さぁ、戦争しましょう!」

 

パパを愛する穏やかな心と激しい怒り。相反する2つの感情を臨界させたヤミは――――

 

カッ!と閃光。変身(トランス)・ダークネス発動

 

「パパだぁいすきぃ♡」

「あぁ、愛しい私のアキト……………ん?なんですか?どこからか卑猥な子鬼が…」

「わたしをお邪魔虫扱いするな!淫乱ピンクの親玉め!パパを返せ!」

 

きゅ~…ぱっちん!と紐パンを食い込ませ吼えるダークネス

 

「まぁ、なんて口の悪い……ああ、成程。貴方が破壊の化身・ダークネスですね。私の大事な娘、ララの力を奪い幼女に変えた…許せません」

 

子を想う母のそれを瞳に宿し睨むセフィ。ぎゅっ!と更に秋人を抱きしめる――――動かない、ただのシスコンのようだ

 

「何?イヴとヤる?」

「いいでしょう、アキトを賭け勝負しましょう。」

「いいよ、じゃあ…」

 

スッと剣呑に目を細めるダークネス、長い爪が変身(トランス)光を輝かせ刃を形作る…

 

「ちょっと待って下さい。」

「なに」

 

刃の切っ先を向け「怖気づいたの?」とダークネスが問う前、セフィは提案した

 

「同じ本を愛するもの同士、物語で戦いませんか?」

「物語……お話――――いいよ、それで。じゃあ最初はイヴから」

 

 

幼い少女は年齢には不釣り合いな妖艶な笑みを浮かべ、見下げる男に問おた

 

「フフ、どう?パパ…きもちいい?」

 

ふにっ、しゅっ…しゅっ……

 

問われた男は答えない。それは答えないのではなく答えさせてもらえない(・・・・・・・・・)のだ。言葉を発する器官を塞ぐのは濡れたシルク地と、それ越しの…――――甘酸っぱい少女の匂い

 

「んむっ…むぐっ…!」

「あ…ん…くすぐったい…よ、パパ…ぁ」

 

父の顔に腰を下ろした少女・イヴは小さく呻き、切なげに身悶えする。薄い漆黒のワンピース、両肩のストラップがスルリとズレ下がる。初雪を思わせる白い肌は…――――今ではほんのり朱に染まっていた。

 

「んっ…ふ…イヴのはずかしいトコ見た………あぅ………オシオキ」

 

暗い廊下に漏れる灯り、ドアの隙間から漏れ聞こえる我が娘の苦しげな声に男が…父が駆けつけるとイヴが一人ベッドに寝そべり服を乱し、小説を読みながら――――――――

 

「…イヴがひとり、指でオベンキョウしてたのに…のぞくなんて、えっちぃパパ…んっ」

「うぁっ!…むぐぐっ!」

 

しゅりっ…しゅっ、しゅっ…しゅっ、しゅっ…

 

少女の脚が擦り立てる、漆黒のワンピースに合わせた黒のニーソックスはなめらかで柔らかい。弾力と心地いい抵抗感。いつもの口ではなく脚でされる分、動きと力加減が乱暴だ。だが、男にとって一番大切な部分を踏まれる屈辱感が更に興奮を煽っていた

 

「どうしたの…パパ、お口がお留守だよ…?…ふっ、ん………イヴに踏まれるのがそんなにきもちいい?」

 

ぐりぐりと顔へ体重をかけながらイヴは囁く。少女も相当興奮しているのか下着は最早その役目を為していなかった。

 

「うあっ……くっ…うむっ…んんっ!」

「ふぁっ…ぱぱぁ…♡そう、じょうず、…だよ…こんなに下を変身(トランス)させて…んっ…お汁も…イブとおんなじくらいいっぱい溢して……ごほうびあげないと…――――ね」

 

ぬちゅっ、にちゃりっ、にゅくっ!にゅっく!

 

足裏をすり合わせるようにして変身(トランス)棒を揉みしだくイヴ

 

「うっ!?うぶっ!…………んぅ~!!」

「あふっ…!んっ…ぁうんっ!…これはこれできもちいいかも…足の裏、熱い……いいよ、パパ…出して…――――んっ…イヴがぜんぶ受け止めてあげる…からぁ…!」

 

 

「んん!きたぁ♡!」

 

 

 

「どう?イヴとパパ…"禁断の父娘・愛ドールシリーズ"の第三話だよ」

 

平然と言ってみせるダークネス。誰かに披露し自慢したかったのか、いやに満足気だ

 

「なんて淫らな………貴方ってやはりというか、ドSなのですね」

「ふふん、まぁね。どう?どう考えてもイヴの勝ちでしょ…――――じゃ今度はアンタの番だよ」

「いいでしょう…―――ではいきますよ」

 

 

暗い牢屋。闇に同化するような浅黒い男たちに囲まれる白い女。血と汗と、むせ返るような生臭い―――

 

「お、おう!コイツ…!この女すげぇイイぞ!」

「ああ、ホントだな…!うっ!胸も尻も最高だ…!うっ!」

「んぐっ…!おぶっ…!うぅ…!」

「ハッ!中で出されたくなかったらもっと腰を『ヤーーーーーーーーーーーッッッ!!!』」

 

 

涙目で叫ぶダークネス。顔は青ざめ躰を抱きしめ震えていた。か弱い小動物のような姿はとても最強の変身(トランス)兵器には見えない

 

「ちょっと、何です?急に…まだ出だしですよ?」

「イヤ――――――――――――――――ッッ!!!パパ以外の男なんてイヤッ!気持ち悪い!いやっ!やだっ!想像しちゃったじゃない!もうイヤっ!やだーーッ!」

 

シュルシュルシュル…とダークネスの角が縮み、変身(トランス)・ダークネス解除。

 

「…――――――――――――はっ!なんだ?すげー叫び声が…」

「ふふん、真の愛とは蹂躙などされないのですよ…。覚えておきなさいな。ちなみに場所は牢屋っぽいバーです。踊り子が踊って、くぐもった声は飲み過ぎて戻してる人ですからね、あしからず…オホホ」

「うぅ………パパぁ…春菜おねぇちゃぁん…」

「お、おい、抱きついてくんなヤミ…まったく、なんだっての」

「む、胸…――――おっきぃ…いいなァ…ヤミちゃん?――むー…おにいちゃんのばか」

 

狭い玄関に集うお兄ちゃんパパ、お姉ちゃんママ、嫉妬する妹に涙目で震える娘。

 

混乱が収まったのは春菜が暖めた味噌汁が、ヤミが作った朝のおかずたちがすっかり冷めてしまった頃だった。

 

 

59

 

 

「アキト。貴方、妹の西蓮寺春菜にフラれたそうですね」

 

ゴンッ!

 

秋人は顎をしたたかテーブルにぶつけた。ついた頬杖から驚きのあまり滑り落ちたのである。

そして押し入れに潜む白桃姫のガッツポーズは誰にも見られることはない

 

「おいセフィ、母さん…チンしないのか?」

 

秋人は心を落ち着かせる時間稼ぎをしようと話を変えた。先ほどの玄関騒ぎですっかり遅めの朝食になっている。なんとか落ちついた母に妹、娘はとりあえず共に食事を取ろうとそれぞれ準備に(いそ)しんでいた。――――準備をするのは娘だけだったが

 

「ち、ちん…?アキト、あ…朝からですか?したいのですか?まだ日も高いのですよ?聞き間違いでなければもう一度お願いします」

「?チンしないのかっての」

「ふぅ……………………分かりました。契を交わすには多少早い気がしますが、夫の男を(なだ)め沈めるのは妻の大事な使命。若いのですし、旺盛ですものね。正直、私も期待していましたし…躰の準備も終えております。見ぬかれてしまいましたか。既に妻の躰を知り尽くしているとは流石、我が主となる息子―――ですが此処では明るすぎて恥ずかしいので…アキトの部屋で致しましょう、ではこち「言っておきますが、アキトが聞いているのは"電子レンジで温めるか?"との意味ですからね……この淫乱ピンク」

 

背中を向け、料理を温めなおす作業に没頭していたヤミは流石に振り返ってセフィを見やった。心底呆れたジト目の無表情はどこか彼女の親友を思わせる

 

「あら、何か言いました?ダークネス化してアキトを消し去ろうとした"金色の闇"さん」

「ぐ!」

 

ヤミの具は大きい。それは愛するパパの為

 

今日の朝ごはんは回鍋肉(ホイコーロー)

朝食に用意されたそれは中華鍋で豚肉とキャベツやピーマンなど野菜は炒められ、ほくほくと香りが立ち登っていた。――――セフィが来るまでは

 

そう、今ではすっかり冷えてしまっている。

高い気温故にそこまで冷たくはないが出来立ての美味しさが失われた気がして、ヤミはせっせとコンロで作りなおしていた。そこにセフィの分は含まれていない。セフィの分は元・秋人の分…―――秋人が食べるはずだったものである。

 

「別にアレは………アレは内なる少女・イヴのせいです。私は悪くありません」

「内なる少女・イヴ?」

「ハイ…アキトの心に潜む内なる唯…"ツンツンデレゼロ古手川唯たん"、通称"ツイたん"がいるように私にも居るのです」

 

なんだそりゃ、と秋人は頬杖をつき直し行方を見守る。内心、話が逸れて安堵していた。先ほどまで話の主役だった春菜は今、此処には居ない。しっとり胸の牢獄を持つピンポン連打の来訪者・セフィがララの母であり銀河を統べる王妃だと知った途端、

 

『セフィ、ミカエラ…ママ妃さま!?』

『落ち着け、ごっちゃになってるぞ春菜…』

 

と心底驚き、慌てて歓迎の花を買いに走っていった。

 

(春菜…――――お前な、ララとかモモ・ナナも王女さまなんだぞ…そりゃ普段おんなじガッコ行ってりゃわかんないかも知れないけど…ったく、セフィ母さんくらいに驚くなよ、小市民め。花まで買いに走るとは…俺が行ってやるってのに。それに…そんな心配そうな顔すんなよ)

 

なんだか逃げるように出て行った春菜がずっと気になっていた。

 

(ったく、最近朝もちゃんと起こしに来ないじゃねーか。朝起きたら目覚めのキスがしたいって言ってたのは春菜、お前だろ…)

 

 

「…アキト、アキト、ちょっと、聞いているのですか?」

「あ、悪い…なんだ?アレ?ヤミは?」

「ああ、イヴという単語に先ほどの私の"虜の汚濁姫~堕ちた女神~"の話を思い出したのか、あちらの部屋に逃げ込みましたよ」

 

ついとドアを指をさすセフィ――――あっちって俺の部屋じゃねぇか…ヤミのヤツまた俺の布団に…

 

「ではアキト、今後の予定を話しますね。これから親衛隊員への顔合わせ、後に家族での会食、ああ、テーブルマナーは大丈夫でしたか?分からなければ母さんが教えてあげますね。」

「は?」

 

呆然とする秋人をよそに、しっとり谷間から手帳を取り出しテキパキと仕事を振り分け始まるセフィ

 

「夜はそれから銀河史の授業。終わり次第、王宮の礼儀作法。後継者はアキト貴方に決まりました。そしてダンスの練習、明日会談予定の惑星についての対策会議…「ヤダ!」では全てキャンセルで」

「エエェ―――――――――――――ッッッ!!!!」

 

ぼろっと棚から白桃姫

「…………………やっぱり居ましたね、モモ」

 

銀河一美しい冷笑はヴェールで窺えない。

 

「ちょっと!お兄様(偽)が後継者ってどういうことですの!?リトさんと皆さんをくっつけてお兄様を独り占めする私の計画は!?しかもそんな大切な事をしれっと…!」

「情報の羅列は真ん中が一番覚えにくいからですよ、モモ。大事な、一番重要で困難な交渉事を速やかに相手の潜在意識に入れる…交渉の常套手段です。それにモモ、こうすればズル賢い貴方が気づいて――――」

 

出てくるでしょ?愉しげに微笑うセフィ

 

「お母様!なんて悪い笑顔…はっ!?まさか私をハメ…!」

「フフ、母はこの銀河にて最強……覚えておきなさい」

「くぅっ!悔しい…お兄様(偽)以外にハメられるなんて…!悔しいですわ!」

「モモ…そのお兄様(偽)というのは本当は"御主人様"と呼ぶところを偽っているから(・・・・・・・)お兄様(偽)なのでしょう?」

「なっ……!!?」

 

――――そんなことまで見抜くなんてッ………!?

――――フフフフフフ。母は、この銀河にて、最強…!

 

「なに目でアホな会話してんだ、どっちもヤバイヘンタイじゃねぇか…」

 

ガサッ

 

「ん?」

 

音に振り向くとそこにはセフィの為に買ってきたであろう綺麗な花束を抱えた春菜が、怒っているような困っているような複雑な顔で佇んでいた。

 

 

60

 

 

「―――…。」

 

秋人は久しぶりに彩南高校屋上に独りだった。

 

屋上から見渡せる風景はどこか世界の全てを見渡しているように錯覚でき、自分の存在がやけにちっぽけに思えてくる

 

時刻は放課後、晩夏の午後であった。

 

(なんだか最近日も短いし………日差しもずっと優しい気がする)

 

乾いた空気にまた日が差した。不揃いな雲、斜光から伝わる熱の向こう、遠い海へと沈みゆく太陽。オレンジ色に染まる空、真下を走る運動部と帰路につく学生たち――――――――取り残されていくような隔絶感。

 

以前感じ慣れていた懐かしくもほっとするような寂しさを掌で弄ぶようにしながら、秋人は眼前の風景を眺め続けていた。

 

終わる夏風が髪を撫でてゆく、同じ風速でふぅ、と息を吐く

 

―――風が、どこかへもやもやを運んでくれる気がしていた

 

わけもなく黄昏れているわけではない。先程から見ているようで見ていない景色の、うつろな瞳に浮かぶのは一人の大切な妹の面影だ

 

(…………まったく、ウチの春菜は何がしたいんだか…俺が嫌いになったってのかよ)

 

春菜と秋人の関係はぎこちないものになっていた。今はもう昔、秋人と春菜が初めて出会った頃、困惑する春菜と突き放す秋人。過ごした日々に交わした言葉。告白、喪失、復活。急速に縮まったふたりのキョリ―――そのキョリがふたりに錯覚を産み出していたのかもしれない。

 

想う気持ちを言葉にせずとも伝わるなどと――――

 

 

『もう、強引なんだから…お兄ちゃんは…』

『おい、今日は違うんだろ?』

 

『…秋人くん』

『おう、』

 

もう戻れない追憶に目を細めながら、秋人は夏の日を思い返していた。何度も何度も脳裏に響くのは…――――己の名

 

春菜は最近"秋人"という名を呼ばなくなっていた。意図的に避けているのかそれとも…――

 

――――春菜…………俺…………お前を…お前が…

 

ぽふん

 

背中に優しい衝撃

 

「ん?」

「――――ハイ、コレ食べてお兄ちゃん」

「?……………お好み焼き…、か」

「ウン!」

 

振り向くとピンク頭。幼いララが…――――すぐにまた顔を正面に戻された

 

「なんだよ、見えないだろーが」

「後ろ向いちゃダメ!お兄ちゃんは前だけ向いてなきゃ!」

「んあ?」

「心は体に表れるんだよ?気持ちが落ち込んでたら顔は下がるし、後ろばかり向いてたら後ろ向きになっちゃうんだよ」

「…――――で。振り向かずにコレを食えと」

「ウン!そう!」

 

腹を抱く手に不格好なお好み焼き。俺とララの思い出の品

辛うじてソレと判断させるのは鰹節と海苔、ソースの香りだ。それ以外は焦げて黒い塊になっている……それでもララなりに一生懸命作ったことがよく分かる。

 

たとえ指に絆創膏が無くとも――――

 

「ありがとなララ」

「ウン!」

 

パクッ、もぐもぐもぐ…ガリッボリボリ

 

「………――――」

「…」

 

パクッ、もぐもぐもぐ…ガリッガリリッ…

 

「――――う」

「……………………ど、どうかな?お兄ちゃん」

「…マズイ、苦い、お好み怖い」

「うー」

 

こてんと背に当たるララのおでこ。背中の方から哀愁を感じる…――――まったく、ふてくされるなよ

 

「でもララらしい。これはララしか作れない味だな」

「え!ど、どんな味?」

「最早これはお好み焼きじゃない、自由な創作料理だ……お好み焼きの"お好み"を強調している、"お好きなモノを入れて焼きました"って味だ。ララの好きなモノの世界地図だな」

「ヘヘー…照れるなぁー!」

「いや、褒めてないからな。苦味しか無かったぞ…、これ暗黒物質(ダークマター)か、意識飛ぶところだっての。ごちそうさま」

「はーい!オソマツサマー!…――――だったっけ?」

「うむうむ、ララも大分会話が成立するようになったな」

「えー!お兄ちゃんひっどーい!」

 

はは、と優しく微笑む秋人は手すりに両手を乗せもう一度遠くを眺める。遠い黄昏の情景は先程までとは違って見えた

 

「…ワクワクするよね、学校って高いところにあるからすっごく眺めが良いし」

「そうだな……――――ってなにがワクワクするんだよ?」

 

背中越しの会話、背を抱くララの小さく柔らかい感触、子ども特有の高めの体温

 

「地球って小さな星で、彩南町って小さな街で…すっごい出会いがいっぱいあったから!ここから見える景色には見えてる以上にたくさんのものが隠れてるんだなーって!」

「…ふーん」

 

それは優しくも暖かい。

 

ララにはこの景色は、色を失い終わりつつある一日の風景は、綺羅びやかなものに見えているらしい。そして確かにララと共に見る世界の風景は此処から全てを見渡せているわけでも、色褪せてもなく――――

 

沈みゆく夕日も、眩しい西日もなんだか余計に優しく暖かく――――新しい

 

きっともっとよく見れば…――――

 

「ホントだな、飛行機雲に…おっ、あっちにはトンボ…もう秋だなコレは」

「もー、今頃気づいたのー?お兄ちゃん鈍いよー!」

 

それだけ言ってララは秋人の背をよじ登り肩車の体勢になった

 

「おい」「わー!すっごい眺めイイー!」

 

楽しげな笑い声、はしゃいで脚をパタつかせるララ、呆れつつもしっかり脚を押さえ支える秋人

 

「身長縮んでから見える景色が違って楽しかったけど、また新しい発見しちゃったよー!」

「そうか……いてっこら、髪引っ張んなっての」

「お兄ちゃんのおかげだよ!」

「そうか?俺は何にもしてないけどよ…」

「居てくれるだけでワタシはしあわせなのー!」

「…そんなもんか?」

「そうだよー!好きになるのに、しあわせになるのに理由も理屈もないよー!わたしはお兄ちゃんが大好き!お兄ちゃんはわたしたちを……―――――――わたしの事好き?」

 

覗き込んでくる逆さまのララ。きらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳は美しく楽しげで、悪戯っ子のように細められている

 

――――――――こいつめ

 

南風がララのピンクの前髪を撫でてゆく――――俺の髪も撫でてゆく

 

違う色の髪が同じようにゆらゆら揺れる、頬を擽ってゆく細く美しい髪、覗きこむ瞳の輝きは楽しげで、優しげなままで――――

 

数瞬の戸惑った後、俺は真実を告げた

 

「………………………………………好きだ」

 

「えへへ~~~~~~、アリガト♡お兄ちゃん」

 

ふんにゃり笑顔の逆さまララが優しく頬を、頭を撫でる。不慣れな手作りのお好み焼きも、いつも見ていてちゃんと見ていない景色への言及も、全ては俺に告白させる布石だったらしい

 

――――生意気な、死ぬほど恥ずかしい……顔が日差しで熱いだろーが

 

「じゃあ今度はそれを春菜にも言えるように練習しよー!」

「…ララは気にしないのかよ、その…」

「ウン!わたしがお兄ちゃんを好きで、お兄ちゃんもわたしが好き。それだけでわたしはサイコーにしあわせ!もう充分すぎるくらいしあわせだよ!」

「そんなもんスか…――――ってこら、ほっぺたまで引っ張んなっての!いてぇ!力加減しろって!デビルーク人は力強いんだぞ!」

「あ、ごめんお兄ちゃん嬉しくってつい…ちっちゃくなってから加減がよくわからなくって…えへへ」

「ったく…春菜も力、強いからな…やっぱ似てんだ。お前たちふたりは――――ふん、言ってやるよ春菜にも…ふふっおい、今度は弱すぎだ擽ったいだろ!ぷっ…」

「あれー?ごめんねお兄ちゃん、やっぱり加減が…ふふ、」

 

はは、あはは――――逆さの笑顔を向け合う彼方者兄妹。異世界の兄と異星の王女

 

笑顔を向け合うふたりの頬を日差しが柔らかく輪郭付ける。その朧な輪郭をなぞるようにして、二人は頬に手を当て微笑みあった

 

確かに感じさせる秋の気配に、柔らかな風にそよぐいつもの夕暮れ風景。いつもと違う何か、それをふたりはともに感じ合っていた。

 

 

61

 

 

その頃、ファザコン娘は――――

 

「気にする事ないよ」

「そうでしょうか…」

 

ヤミと美柑。二人は並んで住宅街を歩いていた。夕暮れの長い日差しが二人の影を色濃く地面に縫い付ける

 

「そうだよ、そのメロンムネおばけさんが何言ったってヤミさんの心はヤミさんのものでしょ?」

「…そうです。私は断じてファザコンを患ってなどいませんし…娘ヒロインというのは確かですが」

 

俯きがちに何やらぶちぶち呟くヤミ

娘ヒロインってなんだろう。また秋人さんかな、と美柑は疑問に思ったがひとまず無視した。顔に当たる西日がやけに強い、眩しさに顰めた目は…――――次には悪戯っ子のような笑顔の一部となる

 

「それじゃヤミさん練習しよっか」

 

楽しげな美柑の声

 

「…練習…また、ですか…」

 

やや引きつったファザコン娘の声

 

「うん。そうだよ、」と大きく頷く美柑。更にヒクつくヤミの頬、たじろぐように仰け反る、が美柑はとられた距離を顔を近づけ縮めた

 

「ハイ、どーぞ。ヤミさん」

「……………………………………す、好きです――――――――――――ママ」

「ハイ、よく言えました。たい焼きあげるね」

「あ、ありがとうございます……美柑―――――――――ママ」

「ん。よろしい。じゃあ次ね」

 

ヤミは親友・美柑に母・ティアーユに対する複雑な想いを相談していた。話を聞いた美柑は練習台となる事を提案する。そしてこのように金色の殺し屋少女、ヤミちゃんさんは調教されていた。

 

「や、やはり美柑が母…ママというのはムリが…」

「でも、こんなふうに練習できるの私しかいないんじゃない?春菜さんにママっていうのも違うんでしょ?」

「ハイ…春菜は大事なお姉ちゃんですし………ですが、」

「はいはい、ともかく練習練習だよ、ヤミさん。次は『パパとおんなじお湯に入りたくない!ママァ!お湯かえて!』」

「……美柑、流石にそんなことは言わないですよ」

「大丈夫。ヤミさんがホントは秋人さんが浸かったお湯に入るのが好き過ぎるのは知ってるから」

「………美柑、どうしてソレを…いえ、あの、しかし…この練習に意味は…」

「"備えあれば憂いなし"って言うじゃない。いつか役に立つ時が来るよ、ティアーユさんだってパパに反抗するヤミさんが、ファザコン娘じゃないヤミさんが見たいかもしれないよ?」

「そうでしょうか………――――そうですね、私は断じてファザコン娘ではありませんし」

 

流れるように話を変える美柑。ドSな調教師・ネメシスも真っ青な程の自然な調教手管。のちにネメシスは「一番恐ろしいのは妹だな」と語ったという

 

そして美柑が大親友でありライバルでもあるヤミを秋人の娘ポジションに抑えこみ、自身はしっかり秋人の正妻ポジション…――――それどころか既に娘までもうけているということにヤミは気付かない。

 

「さ、練習練習♪」

「は、ハイ…美柑――――……ママ」

 

やけに明るい間延びした声に若干強張りが解けてきた声が続いた

 

 

62

 

 

「えっと、コピーはあと4枚して…」

 

ウィイン、ガコガコ…――――音を立てて刷られる"今週の校長の悪事の傾向と対策"プリント40枚。年季の入ったコピー機は先程からやや疲れたような音を立てている。熱気のこもった排気は不満の溜息のようだ

 

そして姉の春菜は狭い資料室で一人、地味で機械的な事務作業に追われていた。真面目で優秀な彼女は仕事も早い――――だがコピーは延々終わらない

 

―――なんだかこういう作業を淡々としてると無我の境地というのか、普段は見えないものが見えてくるって…い、いうけど…

 

(春菜さぁ~ん、西蓮寺春菜さぁ~ん)

 

―――だ、だからだよね、聞こえないはずの人の声が聞こえてくる。私以外に誰もいないはずなのに。和服を着た、楽しげな笑顔の女の子が目の前に浮いてる。でもでもでも目の前にはコピー機、コピー機から人は生えないし出てこない。出てくるのはせいぜい紙だよね、お、お兄ちゃん…、秋人くぅん…――――

 

「え、えーっと…、こここコピーをあと40枚…」

 

ウィイン、ガコガコ…――――音を立てて刷られる"今週の校長の悪事の傾向と対策"プリント40枚。既に40の倍数が多重連鎖していた。印刷口には数メートルの束が積み上げられている。

 

(春菜さぁ~ん、西蓮寺春菜さぁ~ん…もぉ~、聞こえてるんですよね~???神にーさまの大事な妹さんの春菜さんなんですよね~?わたしなんだか気になって探しに出てきちゃいました~)

 

―――神にーさま?それって秋人お兄ちゃんの事?…――――だめだめ、答えると連れてかれちゃうんだよね…うぅ、こ、怖いよぉ…

 

(んもぅ~聞こえないんですかぁ~じゃあ、ちょっと身体を拝借して…)

 

「ちょっちょっちょっと!…――――きゃっ!助けておにいちゃ…秋人くん!」

 

もがく春菜の身体にスルリと入り込むお静

 

『コレで聞こえますかぁ~?』

 

脳裏に響く声

 

「ささささささっきから聞こえてますですからぁっ!!」

 

手足をバタつかせる春菜、スルリと身体から抜け出るお静

 

ますです(・・・・)ですか……近代の言葉はハイカラですねー。んー……あ、やっぱり心の中には神にーさまの笑顔がありました……どうしておふたりとも素直になれないのですか?)

 

「だだだだって…お兄ちゃんは…………」

(…)

 

深呼吸をし、落ち着いた春菜は目を閉じ過去と未来へ想いを馳せる。過ごした日々は、交わした言葉は、告白は、自分の心は――――この想いは何より大切な宝物だ

 

「――――お兄ちゃんは…、その…秋人くんは私のお兄ちゃんで…私が好きでも…――――その、結婚とか、それに今日来たララさんのお母さんには後継者だって…」

(はい…)

 

「…私、ウソついてまで頑張ったのにダメだったのかな……、結城くんに地球の常識を変えてもらってお兄ちゃんと、秋人くんと結婚できるようにしようって……つくるのかな、ハーレム………それにまだ私、ちゃんと告白だって…――――」

 

俯いた春菜がぽつりぽつりと話しだす、先程から春菜の前に在るのは印刷の終わったコピー機。しんと静まり返った資料室には先程から春菜が一人だけであった。だけども春菜は独りではない。傍には見える、感じられる気配がある。見えるものには気配が分かる思念体…村雨静は途端に優しい表情になって春菜を見つめる

 

(いいじゃないですか、神にーさまがにーさまで、妹の春菜さんが恋をしたって)

 

「それでいいって…どうして?」

 

優し過ぎる言葉に反発して強まる声音。開かれた瞳、静かに澄んだ紫の瞳が揺れる

 

(だって好きなんですから……人が人を想うのを止めたりできませんよ、それに愛さえあれば神様でも、兄様でも、ふたつを兼ね備えた神にーさまでも関係ないです!想いは言葉にしなくては!わたし!春菜さんの恋を応援しますです(・・・・)!)

 

先ほど慌てた時にでてしまった不思議な口調を真似るお静。優しい笑顔をやめ、今ではおどけたような表情だ

 

「いいよ、別に…応援してもらわなくっても…自分の恋は自分で頑張れるもん」

 

拗ねたように唇をとがらせる春菜。秋人に甘える時だけにみせる女としての仕草、いつもの調子が戻ってきている

 

(言いますね!では!おおきな池…ぷーる?ですか?そこでのすぽーつふぇす?でガンバってくださいです!あ、ガンバってくださいますです!……でも紐みたいな水着?はやめたほうが良いです。すっごい高いんですね…買ったんです?乙女なら長襦袢です、和服の白くて薄いやつですよ。あと、水着で水中でのせっぷ…)

 

「そっ!そんなとこまで覗いてたの!?いつの間に!?い、いいから!それ以上言わなくていいからぁ!」

 

慌てて口を塞ごうとする春菜から逃れ、楽しそうに浮かぶお静。狭い資料室を走り回る一人(ふたり)の衝撃で長年放置された資料に溜まった埃が舞い上がる。西日を反射し、渦を巻いて舞い上がる黒光る埃。それはもう一人の退屈嫌いな思念体を構成する…――――ダークマターによく似ていた。

 




2016/06/07 改訂版 再投稿

2016/06/29 一部改定

2016/10/13 一部改定


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Re.Beyond Darkness 24.『月夜に砂漠、変身姉妹の響宴を――~Battle of Darkness Ⅴ~』

63

 

 

ズオッ!

 

 

尾先から放たれる途方無き衝撃波。強大な閃光線に舞い上がる砂――――――燃える砂塵

 

 

――さあ、どうでてくる?

 

 

問いかける視線の先には舞い上がる砂塵以外に何もない。

 

光線の直撃を受け、生身では消滅していても不思議ではなかった。

 

しかし、確かに感じる虚ろな気配。

 

戦闘に長けた者のみが感知できる微かな殺気―――まだヤツは生きている。

 

 

ククク…

 

 

嘲笑う虚ろな声。勿論、笑っているのは一人ではなかった。

 

 

――これはどうかな?

 

 

「ヘェ…」

 

感嘆の笑み、問いかけに答えるように黒刃が突き迫る。砂漠から突き生える巨大な刃、剣圧に割かれる砂煙――狭間から月光が降り注ぐ

 

覇王は不敵な笑みのまま首を傾け躱した。

 

 

――これで終いか?

 

 

答えないまま次々迫る巨大な刃。無拍子で放たれる死角を含むあらゆる角度からの全包囲攻撃。間合いを必要としない予測不能な攻撃を身を捩り、紙一重で躱し続ける覇王。

 

強襲の一撃が一撃が"必殺"ものだが、覇王の目は迫りくる刃を見ていない。黒の双眸は閉じられ、意識は嘲笑(わら)い続ける殺気にのみ向けられ続けていた。

 

一つのことに執着しない自由奔放な銀河の覇者、ギド・ルシオン・デビルーク。その興味の独占に虚ろな気配(・・・・・)は決して満足などしない。彼女(・・)を満足させられるのは―――

 

 

覇王は目を閉じ回想する。意識は依然、虚ろな気配へ向けたまま…

 

 

******

 

 

「地球に着くなりいきなり襲ってきやがって…テメェがトランス兵器のネメシスか…俺を倒して宇宙を戦乱にもどしてーんだろ?」

 

それは取り敢えずの意志確認だ。質問の答えがYESならば排除。NOであるなら一度は見逃してやってもいい―――ギド・ルシオン・デビルーク王はそう考えていた。

 

が、しかし

 

「王よ、お前は稀人おにいたんをどうする気だ?」

 

答えられたのはそのどちらでもなかった。

 

電脳世界の砂漠には覇王と変身少女の二人しか居ない。夜の風が二人の間を切り裂くように吹き抜ける。

 

夜闇に浮かぶ白い月、砂上を靡く二つの漆黒。王と対峙する者、マントと(たもと)が同じ仕草で横へ流れる。ギドは、覇王は腕を組んで質問を重ねた

 

「あん?マレビト?アキトとかいうガキじゃなくか?そのガキなら危険そうなら排除、そうでなくても排除するがな。なんせ俺様のカワイイむす…」

「そうか。おにいたんは私と同じ存在、偶然に生まれた思念体。この世界で初めて出会えた私の同士だ。此方に居たものを依代に実体化したやり方も、時間の価値観・感じ方さえも同じ―――この私の兄だ」

「ああ?それが何だ?それより俺のむす…」

「そして"稀人"とは"此処ではない何処か別の世界から来た魂の来訪者"のことだ。王よ、お前そんなことも知らなかったのか?ハッ、脳筋のドーターコンが」

「ンだと…ッ!娘が好きで何が悪いッ!」

 

怒り、爆発――――尾先の光線に舞い上がる砂。拡散し夜闇と同化してゆく漆黒の霧

 

『ククク、ドーターコンめがキモいんだよ―――宇宙最強はブラコンのこの私だ』

 

漆黒の霧の向こう、四方から聞こえてくる少女の嘲笑(わら)う声にギドはキレた。

 

 

「いいだろう、テメェ…相手になってやるッ!」

 

 

*******

 

 

「…ッ!」

 

覇王ギド・ルシオン・デビルークが回想した怒りから舞い戻った時、刃が頬を掠めた

 

「――そんなもんかよ」

 

怒れる瞳。怒気を孕んだ静かなる声、神速で繰り出されるは拳の連弾。

 

ガラスの割れる澄んだ音、砕かれる無限の刃――――刃を構成する暗黒の粒子(ダークマター)が舞い散る様を見上げながらの呟きは、

 

「!」

 

背後の死角、斬りかかろうと迫る虚ろな気配へ向けたものだった

 

「ォ…――ラァッ!」

 

振り向きざまに放たれた烈風を伴う拳がネメシスに大穴を空ける

 

「ぐ……ッ!!」

 

想像を遥かに上回る衝撃。暗黒物質(ダークマター)の躰でも耐えられず、宙へと吹き飛ぶ。砂漠に軌道線を描き、ピラミッドを突き破るように飛ばされる。

 

途切れつつある意識の中、今度はネメシスが回想する―――

 

 

******

 

 

「見ろ!おにいたん!この造られた機械のように正確なスマッシュを!」

 

シュッ!ガコン!

ゴールへ吸い込まれ消える円盤(パック)。ビー!とブザー音。"1-3"

 

「くっ!言うだけあって強い…ッ!ゲームマスター(自称)の俺を手こずらせるとは!ってか造られた機械のようにってお前、確か……まあいいけどよ」

「ふっ…くくく!楽しいぞ!なぁ、おにいたん!」

 

にっこり、無邪気な素の笑顔を浮かべるネメシス。呆れ笑いの兄、秋人

 

二人が居るのはゲームセンター、エア・ホッケーゲームを楽しんでいた。二人のラリーがある意味凄すぎて見物の人だかりが出来ている。

 

「しかしなんだ、造られた存在は嫌いなのかおにいたん…んん!ひどい、ねめしすちゃん泣いちゃうし濡れちゃうよ、ぐすん(CV西蓮寺春菜)」

 

シュッ!ガコ!!   ガココッ!

 

「…きたなっ!!動揺させてるところを狙うとか!卑怯なやつだな!正々堂々こいってっ、のっ!」

 

シュッ!ガコ!!   ガコッ!

 

「ははは、相手を油断させてからの攻撃はある意味正々堂々、正常位だぞ!おにいたん!」

 

シュッ!ガコ!!   ガコッ!

 

「ワケのわかんねぇことを…!それに俺は造られた機械だろうが異星人だろうが幽霊だろうが!カワイイ妹ならなんでも愛せる!やっぱりカワイイは正義!ロリロリきゅんかわ妹ねめしすマジ激1000%ラブ!結婚したい!」

「!ホントか!おにいた…」

 

シュッ!ガコン! ビー! "2-3"

 

「な…っ!汚いぞ!おにいたん!動揺させてるところを狙うなど卑怯者め…!」

「フッ、なんとでも言いやがれっての!俺が勝てばいいのだ!」

「くく、目的の為に手段を選ばないのは相変わらずだな。しかし、おにいたんよ。おにいたんにとってカワイイのも大事なのだろうが、一番大事なのは"妹"属性なのだろう?私も大概だが、おにいたんもやはり大概だな…くくく、では次はあっちだ!おにいたん!」

 

「おまっ!結局勝ち逃げかよ!兄より優れた妹が居るはずが…」

「いいから来い!この私が褐色イヴ口内アトラクションでじゅぶじゅぶハァハァ楽しませてやる!」

「こら!ひっぱんなっての!あとそっちはトイレだ!しかも男用!」

 

 

******

 

 

ふっ、くくく…

 

思い出し笑いを浮かべながら再構成。暗黒物質(ダークマター)を集め実体化を図るネメシス――――が

 

「――させるかよ」

「!」

 

溢れた微笑が嘲笑だと判断した覇王は怒りを尾先で撃ちつける。それは正しく神速という表現が相応しい衝撃の連打。戦闘を生業(なりわい)とする変身(トランス)兵器でさえ漆黒の軌道線しか捉えられない。

 

「か――!は――ッ!」

 

声すら成らない悲鳴を上げるメネシス、無言で怒涛のラッシュを見舞い続ける覇王。無限に繰り返される止まらない破壊と再生。

 

「…っ!ぁぐ――!」

 

ネメシスは破壊された箇所から再構成を急ぐが、次々開く大穴を埋められない。集めた暗黒物質も直ぐに霧散してしまう

 

「くッ!……」

 

退避・回避より復元を急ぐがそれも、

 

「――…!…―――!。……。」

 

それもやがて限界が来る。破壊と再生、どちらにも

 

―――降参しろ、テメェの負けだ

 

瀕死の少女に覇王は再び視線で問うた。破壊し続けた尾先は少女の腹に深々と串刺され、顔がよく見えるように持ち上げられている。覇王の眼には沈黙の、ボロボロの姿となった浴衣少女が映るのみである。

 

だらりと垂れる四肢は、最早人の形を維持できでいない。変身(トランス)能力も最早行使できない程の重症を負わされたはずだが、それでも幼さの残る美貌に浮かぶのは穏やかなる微笑――

 

問いかけに答えない変身(トランス)兵器ネメシス、沈黙で睨みつける銀河の覇王・ギド・ルシオン・デビルークの二人は共に回想する―――

 

 

******

 

 

「失敗だったわ」

 

ギドがやっと力の戻った身体で初めて聞いた言葉だった

 

「あん?何言ってんだセフィお前」

「貴方との結婚の事よ、ギド…――――離婚しましょう」

「…ああ?」

「同意よね、その言葉。はい、離婚成立。それじゃ、出て行くわ」

「オイ待て。娘達はどうする…ララにモモ・ナナは当然俺のものだよな?」

「…去ろうとする妻に泣いて縋りもせず、こんな時でも娘ですか。貴方の娘溺愛ぶりにいい加減ウンザリしてたのよ」

「ああん!?娘大好きで何が悪いッ!!」

 

ギドはナナが幼いころ書いた自身の自画像(引き伸ばし超特大コピー)を背後に叫んだ。部屋の至る所には昔、ララが作った失敗発明品が所狭しと転がり、モモが好きな危険な触手系植物が蠢いている――――そう、このゴミ屋敷こそが銀河の覇王・ギドの部屋だった。

 

「好きでも限度があるのよ」

「限度?何言ってやがる…限界なんて決めたらソイツの成長はソコで終いだ」

 

フンッと鼻を鳴らす不遜な覇王で美の女神の元夫・ギド。言ってることは格好いいが、冷ややかな目でセフィは続けた

 

「アナタね…。そんなキメ顔でキメ台詞言ったって所詮はドーターコンですからね」

「ああん!?娘大好きで何が悪いッ!!」

 

銀河を"武"で制したドーターコンは再び叫んだ。妄想しながら悦に浸る笑顔のピーチ姫がプリントされたTシャツ。そして両脇に抱える大量の美少女ゲーム――――彼の愛するとある娘が欲しがっていたのである、当然買い占めに走りゲームショップを"売り切れ"で制した。

 

「俺は例えどっかの誰かが娘そっくりそのまま化けても瞬時に見抜くくらいに愛している!愛!それの何が悪い!」

「…そう、愛とは素晴らしいですものね…ちなみにソレどうやって見抜くのよ」

「パンツの匂いだ!」

「ハァ…だからアナタ、遠回しに避けられてるのよ…じゃ私も行くわね」

 

そしてギドは地球にやってきた。目的は当然娘を溺愛する良き父らしく、モモ・ナナの結婚相手と聞いたアキトとかいう男の排除抹殺。真の目的は買ったゲームを手土産にモモを愛でる為である。

 

しかし、結果としてそれは失敗(・・)に終わる

 

 

失敗(・・)だな』

 

ネメシスが初めて世界を認識した時、聞いた言葉であった。

 

『…失敗か』

『また失敗か、実験には失敗もつきもの…というがね』

『次の実験はプロトワンのデータを改良したもので試してみるか』

 

暗黒物質(ダークマター)は宇宙のどこにでもある物質、そのエネルギー物質を用いた兵器開発はこのように失敗に終わった。が、カプセル内に偶然生まれた思念体を鑑みれば実験は充分成功だったといえよう

 

―――そして奴らは気付いてはいなかった。数年後、己の命を奪うモノを創りだしてしまったことにな…そして、この私も

 

「パパっていうのはねー、普段は優しくないんだけど、いざという時は自分の身を犠牲にしてでも家族の為に頑張るんだよー」

「へー、パパってすごいんだぁ」

「そうだよー、イヴー?イヴはパパがスキかなぁー?」

「うん!イヴねぇ、パパがだぁーいすきぃ!」

 

(あれが…)

 

既に性癖を開花しつつあった幼女・イヴの容姿を参考にネメシスは身体を構成・実体化。そして自らを作った組織のデータにアクセスし、数多の知識・技術を手に入れる。そして…

 

「…」

「さあ、ついて来るがいい…メア。私がより良くお前を導いてやろう」

「…ぁ」

「案ずるな、私は他の有耶無耶共とは違う、お前をお前自身として扱ってやる。そしてお前の"いちばんほしいもの"お前にしか無いモノ(・・)、お前をメアとして成り立たせる確かなモノ(・・)をくれてやる」

 

姉が嫌いで大好き、そしてゆくゆくは誰かにその偏愛を向ける、"ファザコン姉"になど負けない危険で不安定な"シスコン娘"にな!ククク…これぞ個性(・・)…!この世界で自分だけが持てる自分だけのモノ(・・)だ!ゆくぞメア!――――"変身融合(トランス・フュージョン)!"

 

 

******

 

 

「"変身融合(トランス・フュージョン)!"」

「!」

 

先に現在(いま)に舞い戻り、回想と同じくネメシスが叫ぶ

 

「…――――ッ」

 

覇王は歯を固く食いしばり苦悶の声を耐え忍んだ。先程まで屍のようだった変身少女、その金色の瞳に光が灯り覇王を見つめている。尾先から自分のモノで無くなる気味の悪い感覚、目の前の少女に侵食され混濁してゆく意識と思考――

 

―――やらすかよ

 

覇王の心の(うち)、静かなる呟きは思念化・同化を図っていたネメシスにもはっきり聞こえていた

 

「俺の身体は俺だけのモンだ…ッツ!!!」

 

それでもはっきり覇王は叫び、宣言する。直後、地鳴りのように響く雷鳴、尾先から覇王の身に落ちる強烈過ぎる雷。銀河を制した肉体、鍛えぬかれた覇王の身ですらダメージを免れない。弾け飛ぶ稲妻、閃光

 

トサッ

 

砂地に響く、軽い音

 

「ふっ、くくく…」

 

雷電の爆風に吹き飛ばされながらも、ネメシスは不敵に笑い続けていた。

 

「…何がおかしい?」

 

ギドは爆風の後を追い、砂地に倒れ伏すネメシスを見下ろした。

 

――そういえばコイツには質問してばかりだ、そしてコイツは何も答えてねェ

 

覇王はふとそんな事に思い至った。

 

「…私は今までただ退屈を、暇を潰すために時間を食いつぶし生きてきた。生まれてから数年、何の意志も思考も持たず、誰にも気付かれずの日々を過ごし…ひたすら退屈だったのだよ。」

「……?」

 

いきなり語られる昔話に覇王は怪訝な表情(かお)をした

 

「そんな日々が私に時間の価値観・感じ方を希薄なものだと調教したのだろう、だから私は別にいつ消えても悔いはなかった。だが、メアを従え金色の闇を探し、色々見知った旅でかけがえのない兄に出会えた」

「…何の話だ?」

「それからは毎日がとてもとても楽しかったよ。バグった変身(トランス)ダークネスに、そのバグの原因たる兄との日々…」

「…オイ」

「メアをけしかけたことで金色には嫌われたが、まぁそれはそれで良い。事態は既に知らせてある。この場合、金色も協力せざるを得ないだろう。これで私の計画は成る、兵器同士が手を取り合い、共に脅威へ挑むという兵器本来の目的に還れる。それに…」

「オイ、黙れ…!」

 

覇王が声を荒げると案外素直に少女は口を閉ざした

 

「さっきから聞いてもいない事をベラベラと…!いい加減俺の質問に答えやがれ!ニヤつきやがって何が可笑しい!!テメェは銀河を戦乱に戻したいんじゃねェのか!!」

「くくく…ハハハ!!可笑しいのは愉しいからだ、デビルーク王…愉しい時は笑うものだろう?」

「だから何が可笑しい!そんな消えかけの躰で時間稼ぎのつもりか!"赤毛のメア"とかいう兵器仲間もココへは入っちゃこれねェぞ!」

 

二人が戦いを繰り広げた電脳空間は覇王、ギドが全力の力を発揮できるよプロテクトが成されている。モモ・ナナが構築した"とらぶるクエスト"など比ではないほど頑丈な空間。実空間と隔絶したそれは異空間に干渉できる特殊な能力(・・・・・・・・・・・・・・)でも持たない限り突破・侵攻は不可能な世界だ。

 

「それは違う、悪いが残念ながらメアは仲間ではない――…私の大事な下僕だ」

「知るか!なら諦めたってのか?案外殊勝なヤツだったな」

「クク…それも違う。お前はハズレばかり口にするな、残念王め――――だが時間稼ぎというのは正解だ」

「なん…」

 

―――だと?覇王が問いを重ねる寸前、

 

爆音と閃光が辺りを揺るがした。

 

 

64

 

 

「…っ!?」

 

白い閃光と爆発、吹き飛んだ砂が顔に叩きつけられる

 

顔を顰めるギドに迫る、特大の黒刃――――を躱せず横頬を切り裂いた

 

「チィッ…!」

 

気を外した僅か数瞬、ネメシスは消えていた。虚ろな気配の欠片も無い

 

(…ふん、イタチの最後っ屁ってやつか?一体何が目的だったんだか。ま、消えちまったならそれも…)

 

『―――だが時間稼ぎというのは正解だ』

 

「……!?」

 

思い返される、消える前のヤツの言葉。今度こそ覇王は驚き、そして気配に振り向いた。

 

砂地が崩れる衝撃音が未だ鳴り止まぬ中、宙に舞い散る砂の花びら、闇に浮かぶ白く大きな満月をバックに"赤毛のメア"が降り立っていた。

 

漆黒の双つの瞳が妖しく輝き、蜘蛛のような8つの朱髪が陽炎のようにゆらゆら揺れる。両腕のアサルト・カノンの銃口から昇る白い余韻の煙…

 

「あ、ごめんヤミお姉ちゃん。はずしちゃった♪」

 

場にそぐわない暢気過ぎる声

 

「まったく…役に立たない。これだから妹ってヤなの」

「ぶー…お姉ちゃんヒドイ。だって仕方ないじゃん、ネメちゃん近くに居たんだもん。当たったら危ないじゃない」

 

朱髪を弾ませ頬を膨らませるメアの横、

 

「あんなの別に要らないじゃない…でも、まあいいよ。メアが大事にしてるならお姉ちゃんもチョットは大事にしてあげる、この場所に繋がる道標として役に立ったし……でも、今はそれよりも――」

 

圧倒的なプレッシャーを放つその存在。

 

頭部には鋭利な角、指には触れるだけで切り裂かれそうな長い爪。華奢な身体を隠しきれていない、線のような漆黒の戦闘衣(バトルドレス)

 

先程まで戦っていた変身少女とはまた異なる黒衣の使者。風に靡く両翼から漆黒の羽が踊り散る――覇王ギドはザスティンからの報告で存在は知っていたし、秋人(ターゲット)もろとも排除の対象であった。

 

「アンタが私のパパを攫ったのね…――――塵一つ残らないと思って」

 

「金色の闇…ッ!」

 

暗黒の翼と金髪を靡かせる月夜の少女は、砂漠に舞い降りた天使のようにも死神のようにも見えた。

 

 

65

 

電脳世界で戦闘が始まる少し前、平和な現実世界では――――

 

 

「ただいまー…」

 

気だるげな声で呟き、秋人は慣れた様子で自宅へと戻った。

 

「あ、おかえりなさい。お兄ちゃん」

 

ぱたぱたとスリッパを鳴らし玄関の兄へと走り寄る春菜。料理の途中だったのであろう、エプロンで手を拭きながらの登場であった。幸せそうな穏やかな微笑みでの出迎えは台詞さえ違えば新婚の妻にしか見えない

 

「お、あ。た、ただいま春菜」

「?おかえり、お兄ちゃん」

 

そんな可憐な様子に秋人は緊張し、顔を強張らせる。やや上ずった兄の声に春菜は不思議そうに瞬きした。まさかアノ秋人が自身に緊張し動揺しているなど夢にも思っていない

 

(どうかしたのかな、ヘンな秋人お兄ちゃん。いつもなら「なんだそのふざけた普通の格好は!スク水エプロンくらいやれっての!」くらいは言ってくるのに…)

 

(春菜ってこんな可愛かったっけ!?)

 

ふたりは珍しく全く別々の事を考えていた

 

「あ、いや、あの…――ただいま春菜」

「うん、おかえりなさい、お兄ちゃん」

 

大丈夫?とでも続けるように小首を傾げる、秋人にとって一番大事な存在、妹…――――春菜。

 

「あー、いや、あれだな。暑いな春菜、もう夏だな」

「?そう?今日はだいぶ涼しいし…もう秋っぽい空気だよ、明日はまた暑くなってプールに行くには丁度いいみたいだけど」

「そ、そうか。そうだな、あははは…」

 

頬を染め、視線を彷徨わせる春菜にとって一番大切なひと、兄…――――秋人

 

「ほんとに大丈夫?なんだかヘンだよ?お兄ちゃん…」

「いや、なんでもないぞ!春菜がスゲー可愛くてイイ匂いがして、細身で腰のくびれが色っぽくて制服エプロンスカートから伸びる曲線美がたまらなくキレ…って俺は何言ってんだ!」

「もう、お兄ちゃんそんな事考えてたの?この格好ならいつも見てるじゃない、どうしたの…あ、」

 

遅れて春菜もようやく気づく。気づくと同時に俯き桜色に染まる頬、

 

「お兄ちゃん…秋人くん、もしかして照れてるの…?私に」

「う…!」

 

俯き視線を兄へと彷徨わせる春菜も、熱っぽい視線を受け取る秋人も、ふたりとも顔は熟したリンゴのように、既に沈んだ夕日のように真っ赤だ

 

『想いは言葉にしなくては!わたし!春菜さんの恋を応援しますです!』

 

『春菜にもちゃーんと言ってあげてね!お兄ちゃん!』

 

ふたりの脳裏に応援者の声が響く

 

「あの…秋人くん、あのね…私…」「あのな春菜、俺、その…」

 

もじもじと身を捩り、声を震わせる春菜。困ったように視線を彷徨わせる秋人

 

――――ちゃ、ちゃんと言うよ!お静ちゃん…!

 

――――ちゃんと言ってやるっての!!見てろよララ、お兄ちゃんは決して優柔不断で迷ってばかりの結城リトみたいじゃ…あ――――

 

 俺が春菜を幸せにしてもいいのか?リトではなく、春菜の兄の俺が……――――

 

秋人は目を瞬かせ、眼前で口ごもる可憐な乙女、春菜の顔を眺めた。

 

(……――――綺麗だ…)

 

見るもの全てを元気にさせる、太陽のような美貌を持つララとも、儚げな妖精を思わせるヤミの美貌ともまた違う、穏やかで優しい月灯りの美しさが春菜にはある――――それは見た目だけじゃなく、内面からくる事も秋人はよく知っていた。知っていたけれども、こうも間近でしっかり見たことは無かったように思う

 

(俺、やっぱ…)

 

そんな美しくて清らかな春菜を独り占めして良いのだろうか、元々は春菜とリトをくっつけようとしていたのに。なによりも誰よりも春菜の幸せを望んでいるのに…――――俺が幸せになっていいのだろうか、それで春菜は幸せになるのだろうか

 

「あのね…秋人くんのこと私…」

「あのな春菜、やっぱ俺、」

 

ピンポーン

 

ふたりの告白を割くように鳴り響くベル、突然の音にビクッと肩を震わせる西蓮寺兄妹

 

「ったくこんな時に…誰だっての」

 

嫌な予感に扉を開くと、そこに居たのは金髪青眼の騎士・ザスティンだった。

 

「すいません、こんな遅い時間に…アキト殿」

「なんだ、またセフィかと思っただろ。漫画家志望剣士のザスティンか、またなんかアドバイスくれってか?」

「いえ、そうではなく…いえ、そんなところです。ちょっとこちらへ、大事な話が…」

 

ちらと秋人の背後、春菜に視線をやったザスティンは扉の外へ秋人を手招きする。

 

「ったくなんだっての……」

 

秋人はそれに従いザスティンに続き玄関を出た、ザスティンとの漫画談義、それは春菜にはちょっと刺激の強いえっちな話なのだ。もし聞かれたら春菜は質問攻めしてくるだろうし、こっそり実行しようとしてくるだろう――――扉を閉める前、春菜に目で合図を送る

 

(ちょっと、待ってろ、話はまた今度な)

(うん…待ってる)

 

「で?なんだ?また萌えエロシチュエーションについて聞きたいのかっての」

 

バタンと締めたドアに背を預け、溜息を吐く秋人がやや疲れたように尋ねる。春菜にドキドキして緊張していたのだ。

 

「いえ、それも勿論お聞きしたいのですが、今回はそうではなく…――――御免」

「あ?じゃあなんだって……ぐ!」

 

腹部に走る激痛、秋人の意識が暗転した。

 

 

65

 

 

――――クソッ、メンドくせぇ…ッ!

 

 

覇王は内心苛立っていた。無論、表情もソレに準じたモノになる

 

「ふふ、オジサンこっちこっち♪」

「ッ…!――ラァッ!」

 

迫りくる真紅の刃、振りぬかれる神速の拳。ぶつかる2つに甲高い金属破砕音、衝撃に割かれる砂塵と暗黒の霧

 

スピードこそがメアの武器。一撃の重さは当然自身程ではない、しかし神速に届かずとも速度と手数が尋常でなく、矢継ぎに攻め立て隙を生み、そこに背後で威圧・警戒する金色の闇が最大火力の剣戟を叩き込む。そういうコンビスタイルのようだった

 

「メア、ちょっと邪魔。おっさん今度はこっちだよ」

「…チィッ!」

 

ガッッッギィイインッッッ――――!!!!

 

甲高い金属音、拳に感じる強い衝撃―――チッ…!また(・・)…!メンドくせぇ…ッ!

 

赤毛のスピード・リズムに慣れた頃、こうして金色の闇が前にくる。そうして金色の闇が放つ剣戟のリズムに慣れれば、今度は赤毛のメアが前にくる。双子のように息のあった連携攻撃(コンビネーション・アサルト)――覇王が放った撃破必至の拳は金色の大剣に防がれた

 

「ほらほら、こっちこっち――♡」

「ウオラァッ―――!」

 

重く、固い大剣と交わる度、拳に強い衝撃が伝わってくる。金色の闇の真の実力はまだ把握できないが、恐らくは自身と同程度。そして自身も攻撃よりも防御の姿勢をとることが多くなっている。まして今現在が変身(トランス)姉妹が優位の間合い。間合いを自身(ギド)優位にするため一度リセットする必要があり――

 

「あは、きたきた♡」

「♪」

「――ッ!」

 

 

ズオッ!

 

尾先から(もたら)される途方も無い衝撃。強大な閃光線に舞い上がる砂…―――――――燃える砂塵

 

……を隠れ蓑に

 

「クッ…!」

 

朱、黒、金の大刃が覇王に迫る――――避け……られるか!無茶苦茶だ!

 

砂塵を突き破る予測・回避不可能な瞬間攻撃、先ほどのネメシスの攻撃も同じそれであったが、それさえ最早生ぬるい。今襲い来るそれはまるで針のむしろ、針の嵐である。糸先ほどの隙間もない攻撃を避けられるはずもなく、覇王は瞬時に迎撃を選択

 

「…――ラァッ!」

 

甲高い金属音、朱、黒、金の大刃が迫った順に次々砕かれる。舞い散る破片が色鮮やかに場を包む――――が、瞬時に今度は逆の順、金・黒・朱の大刃が迫り…

 

―――メンドくせぇッっってんだよ!

 

「…オラオラオラオラオラオラオラオラァッッ!!!!」

 

―――避けられないなら砕くまで、砕いて終わらないなら終わるまで砕くまでッ!

 

砕かれる重金属の刃たち。神速で振るわれ続ける拳の連打。砕かれたことが虚構(ウソ)のように再び突き迫る無限の刃

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラァッッ!!!!」

 

破壊し続ける覇王は確かな疲労を感じながらも瞳には闘志を宿し続けていた

 

 

が。

 

 

「うっわ、おっさんマジ汗臭そう…パパの汗なら舐めても平気だけどアレはないよねぇ、メア」

「うん、そうだねヤミお姉ちゃん。なんか必死って感じでキモチワルイね♪」

「…虚しいヤツだな。愛娘たちにはウザがられ、年頃の少女たちにも白い目でみられる…ある意味マゾ豚なら萌える展開だがな。それにしても必死な形相だ、ククク…頑張れよデビルーク王。迎撃しなければザクっと死ぬぞ?無残にな…プッ、ククク」

 

その精神を砕くかのような嘲笑う。笑いの主は生み出す刃の速度も威力も落とさず、言いたい放題な変身(トランス)姉妹たち三人だ。あんまりな言葉に覇王の忍耐力は確実に削られていた。

 

「消えてェらしいなァァッ!テメェらッ!」

「あは、またきたきた♡」

「♪」

「――ククク…」

 

怒り、爆発――――尾先の光線に舞い上がる砂。覇王を爆心に直ぐ様距離を取る漆黒の戦闘衣(バトルドレス)たち

 

怒りは人から冷静な判断を奪い去る。それは相手に多くの隙を与え…普段は気づくはずの変化も気付かせない。そう、力の暴風を無作為に撒き散らす覇王の身が縮んでいる事にさえ―――

 

「ふぁぁあ、ねむ。何度も何度もビームばっかりでイヴもう飽きちゃった。やっぱりデビルーク人て脳筋?」

「ああ、それならさっき私が言ってやったぞ、金色」

「なあんだ…じゃ、もう怒ってこないかも」

「かもしれんな」

「でもなんかプルプル震えてるよマスター、ヤミお姉ちゃん。オジサン、おしっこでも我慢してるのかな?」

 

「テメェら…もう我慢ならねェ…ッ!」

 

身体が子どもサイズとなっているにも関わらず、一体どれほどの力を秘めていたのか、ギドを中心に風が巻き起こる。

 

「おお、遂に全力を出すようだな…あのザマであんなのを打てば、ドーターコンは完全に力を使い果たして赤子になるか死ぬだろうな」

「どうしよう、困ったねーヤミお姉ちゃん♪」

「アンタたち…少しはピンチって感じしないの?まったく…仕方ないね。このクサイおっさんはパパ狙ってたけど、真犯人は別に居るみたいだし。なによりココにはパパ居ないみたいだし…」

 

目を閉じ全身から力の練り上げに集中する覇王。精神をえぐるように破壊する三姉妹たちの毒舌も効果がないようだ。こうなっては余計な牽制は最早不要、必要なのは――――

 

「…んじゃ、サクッと殺っちゃおうか。この空間もバキッと壊して攫われたパパを探さないと、春菜お姉ちゃんも心配してたしね。ちゃんと協力しなさいよアンタたち」

「ククク…良いだろう。だが私はもう疲れたのでメアの中で寝る。おやすみ、グー」

「あ、マスターずるいっ!私もヤミお姉ちゃんの背中で一回おやすみ、ぐー」

「あ、ちょっと!しがみつかないでよメア!おっさんにおっぱい見えちゃうじゃない!」

「だってホントにもうねむ…おやすみヤミお姉ちゃん…」

「…もう、まったく役に立たない妹たちなんだから!もういいよ、イヴ一人でやっちゃう」

 

溜息を溢しながら金色の闇は翼を広げて宙へ浮かび、片手を真っ直ぐ月へ掲げた。

 

直後、光の柱が生み出される。圧倒的存在を放つ光柱はやがて巨大な剣となる。夜闇の砂漠を真昼の明るさが満たし、浮かび輝く月すら霞む程だ。

 

覇王も光の熱を顔に、圧倒的パワーを感じたのだろう――――瞳を開き、二人は叫んだ。

 

「……三人まとめて消し飛びやがれえッッ!!!」

「……ア・ン・タ・が、ねッ!!!」

 

咆哮と共に巻き起こる風は烈風と化し、光は最高潮に達したと同時、

 

「…ラァッッ!!!!!」

「―――ッ!!」

 

二人の放つ必殺の一撃がぶつかり合う。金色の闇が破壊の光剣を薙ぎ、覇王は破滅の烈風を全てに撒き散らした

 

自身の持ちうる能力で最大・最高の一撃。ぶつかり合う光と風、激しい地鳴りと衝撃波。砂の大地が崩れ、二人を中心に竜巻と雷電が巻き起こる。

 

銀河破壊級の攻撃を空間が支えうるわけもなく、空間が震え無数の罅が入っていき――

 

「オラオラオ、ラァァ!!まだまだ俺の力はこんなもんじゃねェぞぉお!!!」

「うわっ!ウッザ!…くッ、早くっ、く・た・ば・り・な・さ・い・よ、ね!!」

 

限界を突破し威力を増す光と風。砂漠は光・風・砂のみで満たされ、パワーをぶつけ合う二人からも互いは見れない

 

「うおらあああッ!まだまだァアアア!!」

「あー!もうっ!暑苦しいっ!!ホントにウザい!早くイヴはパパに甘えたいのに!もう!ちょっとはメアもロリも手を貸しなさいよ!」

「ふぁあ…お姉ちゃん、ねむ…おやすみ……」

(やれやれ…)

 

史上、コレほどのパワーを出したことはない銀河の覇王と変身少女・最終形態。更新した限界を更に越え、激突する光と風。激しく震え続ける空間は最早2つの衝撃に耐えられそうもない、破壊されるのも時間の問題だ。

 

「ウォオオオ…!!!「お父さま♡ロリロリきゅんかわ娘のモモ・ベリア・デビルークが踏みつけて昇天させてあげますわ♡」!モモ…――――!」

 

一瞬のドーターコンの油断

 

「!――――じゃ・あ・ね!」

 

大きく押し返す光、巻き付く烈風。2つの銀河破壊級の力、それをまともに受けとった―――覇王で、ドーターコンで、ネメシスの声をホンモノの(モモ)だと勘違いしてしまったギド・ルシオン・デビルーク王は

 

「ぐおぉおおお!そんなモモもおとーさんは愛しているぞおおおおお!!!」

 

異次元の彼方へ吹き飛んでいった。

 

「ふぅ………ゴミはゴミ箱に。パパがいつも言ってるもんね。」

 

こうして覇王の進撃は失敗に終わった。

 

「さ、イヴもパパのとこに跳ばないと…うーん、どこいっちゃったのかなぁ、見つけたらタダじゃおかないんだから」

 

失敗の原因、それはターゲットが宇宙一危険な殺し屋少女、変身兵器たちを手懐けていたからであり、また本来は人知れず秋人を強襲するはずだった計画も彼の元妻の、銀河でその明晰さを知らぬものの居ない元王妃が妨害していたからである。

 

 

そう、秋人を攫った真犯人。その人は――――

 

 

「ふふ、アキト。最後の踏ん切りのつかない貴方に――――お母さんヒントをあげますからね」

「セフィ…」

 

一面まっ白の、白亜の空間の中。銀河を統べる元・王妃の黄金の額飾りがきらりと光った。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/05/17 一部改定

2016/05/19 一部描写・台詞改訂

2016/05/22 一部改定

2016/05/25 一部改定

2016/05/26 戦闘描写改訂

2017/07/16 一部改訂

2016/08/07 一部改訂

2016/06/02 一部構成改訂

2016/07/06 一部改定

2016/10/22 一部改定

2017/02/18 一部改定

2017/03/06 一部改訂

2017/06/14 一部改訂

2017/12/29 一部改訂

2018/01/21 一部改訂


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Re.Beyond Darkness 結城美柑END 『オレンジ・デイズ』

この世界で、どんなに恋する少年・少女も待ち望んでいる結末がある。

 

ふたりは出会い、求め合い、愛しあい、時に切なく、時に甘い、幸せな物語を紡ぐだろう

 

くるくるとまわり繰り返されるそれは輪舞曲(ロンド)、ネバーエンディング・ストーリーというものかもしれない

 

しかし恋物語にも定番がある、落ち着くべき場所、辿り着く場所があり、

 

その場所は毎朝訪れる陽の光のように暖かく、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

栗色の、毛先に少しだけ癖のある髪がシーツの海に波打っている

 

 すぅ…  すぅ…

 

眠りの海に沈む少女、乳白色の頬に採れたての陽光が降り注ぎ――

 

「ん、んん……ふぁ、」

 

大きな真夏のオレンジからさんさんと発せられる陽の光は、今日もまた暑い一日となる事を十二分に示していた。

 

「ん…朝、」

 

とりあえずの現状確認。

 

鼻にかかった甘ったるい声を出し、

 

低血圧にボーッとした頭を枕から起こし、

 

栗色の頭を掻きながら、んー!と伸びをする。

 

 

――朝お決まりの一連の動作は、一日の始まりの合図だ。

 

 

「起きよ、起きて朝ご飯作らなきゃ…あ、そっか、今日はモモさんが当番なんだっけ」

 

よっと、と勢いをつけた美柑は名残惜しくもないベッドから離脱を試みる。日の匂いが香るベッド、スラリと長い脚が床へと下ろされ――身長の割に長い脚の付け根は藍色のホットパンツが隠していた。

 

「んっ、しょっと…」

 

少女が立ち上がると、彼女の体温が惜しいかのように白いシーツが滑り落ちた。整理整頓を家族に躾けている彼女はそれを良しとせず、直ぐ様整えようと身を屈める。

 

するり

 

キャミソールのストラップが滑り落ちる。滑らかな肌は摩擦抵抗など存在しないかのようだ

 

「…。」

 

ムッと眉を上げて、はだけた胸を素早く隠す。朝日が露わにしていた白い小丘、そこに咲く紅いさくらんぼは元通りに布が隠す。"収穫される前に傷まされたら堪らない"というような早業だ

 

この家には彼女以外にも美しい少女が何人も住んでいるが、とある王女を筆頭に同居の男に無防備な女性が多い。そんな家で彼女は数少ない良識派だった。

 

ガチャッ!ガタッ!

 

「おはよー!リトー!朝のシャワーはキモチイイねー!」

「ララ!お前また裸で…うわっ!」

 

ドタッ!

 

「あん!」

「おーい、リトも起きて……姉上に何してんだこのケダモノーッ!」

 

ドバキッ!!

 

「ア"――――――――ッッ!」

 

「まったく、リトはしょうがないんだから。転んだら何しても良いワケじゃないし……あとでオシオキ」

 

騒がしい隣室の壁を見ながら、美柑はひとりごちる。静かな部屋に響くその声は寝起きで気だるげだったが、台詞はやたら物騒であった。

 

 

1

 

 

――――"結城美柑は美少女である"

 

 

騒がしい朝の日常をくぐり抜けた美柑は、頬杖をつきながら担任教師――父・栽培の描く劇画調・熱血漫画のファンで同じ気質の新田晴子を待っていた。

 

「おはよ、あっちーよなー今日さー」

「おはよー、暑いって言うから暑いんだよ。そういえば今週の…」

 

次々登校してくるクラスメートの挨拶と雑談をどこか遠くに聞きながら、美柑は窓際の席からぼうっと景色を眺めていた。月一である席替えで今回はこの場所となったのだ。

 

校舎の窓から見える光景は、そこそこ見晴らしがよかった。

 

眼下のグラウンドには何やらさっきと似た話をしながら校舎に入ってくる生徒達が。

 

ゆっくり視線を引き上げれば…………住宅街。

 

その中、隠され見えない何処かには深緑に囲まれた場所があり…――美柑にとっては隠し切れない思い出の"審査員特別賞"を受賞した公園がある。

 

―――見える白い建物が秋人さんの住むマンションで、幾つかのビルを挟んだ所に私の、結城美柑のウチがあって…

 

美柑は見えない誰かに案内するように視線を滑らせてゆく、

 

―――こっちは逆側で見えないんですけど、向こうには繁華街が…あと最近オープンした8階建てのデパートの8階には美味しいアイス屋さんがあってですね…はい、秋人さん、明日一緒に行きましょう

 

が、それもやがて放棄した。住み慣れた街では探す興味がすぐ尽きる。

 

 

様々な色の屋根、どこか似通ったデザインの住居が立ち並ぶ住宅街。そのずっと先に見える高層建築群は都市の中心地。ビルに切り取られる山々の稜線、空の青。

 

頬杖をつく少女、結城美柑の茶色の瞳はそれらの光景を捉えるともなしに捉えていた。

 

リトの妹だからなのか、美柑はたまにこうしてぼうっとしている事があった。兄のように迂闊に転倒し、男子の股間に顔を突っ込むことは無かったが…

 

「…ふぅ」

 

心地良い夏風が美柑の前髪をゆったりとそよめかせた。わずかに開いた唇が溢す吐息。空ろな眼差しに物憂げな表情(かお)

 

絵に描いたような美少女の姿に幾人もの男子が憧憬の視線を投げかけ、速やかに冒頭の結論へ辿り着くのだった。

 

 

「ねえねえ、美柑ちゃん」

「…何?」

 

そんな美少女にクラスメイトの乃際真美が声をかける。美柑は頬杖をついたまま視線だけを真美へ向けた。真美は美柑に憧れる少女でありよく一緒にいる仲の良い友達だ。そして同時に"憧れの美柑ちゃん"に不幸な目に合わされる少女でもある。無論、この時もその始まりだった。

 

「今度、美柑ちゃんのウチに行ってもいいかなぁ?」

「…ダメ」

「お願いっ!"お兄さん"を見てみたくて…っ!」

「はぁ、またあ?ダメって言ったじゃん」

 

同年代にはない、どこか色気を感じさせる放心の表情を瞬時に剣呑なものに変え、睨む美柑。見守る男子たちは半ば本気で自分を睨んで欲しい、と思っていた。

 

「いーじゃん、真美は気になってるんだってば…美柑ちゃんがどんな運命の"お兄さん"と付き合ってるのか」

 

――――"結城美柑には心に決めた運命のひとがいる"

 

どかっと真美の頭上に腕と顎を乗せ、んふふーと笑う少女は木暮幸恵。大抵この少女が真美を不幸へ誘い、美柑が不幸をプレゼントしていた。

 

「ふ…付き合ってるんじゃないってば」

「えーなによそれじゃ」「うんうん」

 

とあるフラレ男子・大好(おおよし)から聞いた噂の真相を迫る二人の少女。対するは二人に向き直ってフッと余裕の笑みを浮かべる美柑。

戯けたつもりなのか、口調が何やらおかしかった。普段大人びた雰囲気をもつ美柑の歳相応の仕草と笑顔に、興奮の記者二人はより一層身を乗り出した

 

「既に結婚してますの」

「「え!マジ(ホント)!?」」「「「ぶーっ!!!」」」「「「ぐぎゃぁああ!!!!うそだあぁあああああ!」」」

 

教室を震撼させる、震源地は結城美柑。地震の規模を示す生徒たちはガタガタッ椅子から立ち上がり、そこらかしこで激しい苦悶の叫びを上げた。

 

そんな阿鼻叫喚騒ぎの中、眼鏡教師がやってくる

 

「えー、おはよう、お待たせみんな…ハーイ、静かにしてね。今からせんせい大事なこと言いますよー、おホン。今日も朝からミンミン(・・・・)暑いわねーミンミン。どう?おもしろいでしょー?あ、このミンミンは"むしむしした夏の暑さ"からヒントを得て先生が創作しました。むしむし=虫=セミ。うまいでしょー?上手いこと言うでしょー?これは栽培先生も"採用"の二文字よね。さあ先生を口々に褒め称えつつ席についてねー、ではお知らせを…」

 

「うぎゃぁああ!マジで!?マジで結婚してるの!?美柑ちゃんてそこまでススンでるの!?」

「クソッ!結婚だと!よろしい、ならば戦争だ!」

「うぅ、俺の…俺たちのアイドルがぁ…!結婚、引退…いいこと!これはいいこと!祝うべきなんだよ!うぅ…!」

 

晴子が徹夜で編み出した会心のネタ。のたうち回る生徒諸氏は全く聞いていない

 

『聞いてた』というよりは『聞こえてしまった』が正しい生徒の一人は「つまんねー、ボツ」と溢していた。

 

呟きの聞こえた晴子はムンクの叫び顔で後ずさりプリントをドサドサ落とす―――そんなオーバーリアクションをしても、誰も見ていない。気にも止めちゃいなかった

 

「ちょっと待って、美柑ちゃんがいくら美柑ちゃんでも結婚はまだムリなんじゃ…?」

 

震源地の一番近く、二段だるま落とし最下部の真美はもっともな事を尋ねた

 

「事実婚てのがあるじゃない。真美ちゃんてバカ?察してよ」

 

ぱすこーん!

 

予期していたのか、直ぐ様カッ飛ばす美柑。美少女は運動能力も人より秀でているのだ

 

“そんな手が!"と打ち飛ばされる困惑顔の真美はショックによろめき後ずさる。「うおっとっと!コラ!まみぃ!」と幸恵が下にずれ落ちる。晴子(独身)と同じようなリアクションでも少女たちがやると花があった。独身にはない若く幼い花が…

 

そんな可愛いくも地味な友人に追い打ちをかけるように

 

「なに?そんな事も考えつかなかった?空気読んでよ真美ちゃん」

 

(さげす)む美少女、結城美柑。よりにもよって自身に憧れを抱く少女、真美へと向けた。美少女は結婚の事を突っ込まれてご機嫌ナナメなのだ。

 

「うぅ…ごめんなさぁい、美柑ちゃぁん……」

 

打ち飛ばされ追撃コンボまでキめられKO。涙目の真美を幸恵は「よしよし、アンタはよく頑張ったわ。ホントはあたしもちょっと思ってたことなのよ、コンティニューしなさいね」と飴と鞭の要領で連れ戻し、自身の腕と顎の下へと導いた。楽するのに丁度いい高さなのである

 

「そうよ、ほら泣かないの、アンタはつよい子でしょ真美。事実婚なのよ」

「ぐす…そ、そうなの…?」

「「そうよ」」

 

ハモる美柑と幸恵。二人はとても仲が良い

 

「も、もしかしてもう事実的な赤ちゃんが居たり…?」

 

おどおど頭上と前へと視線を彷徨わせる真美が再び問うた。彼女に同調(シンクロ)し、静まり返る教室

 

 ついこの間の体育の授業で、新田晴子せんせい(独身未経験)による"おしべとめしべ"講座があったのだ。ちなみにその抗議者(・・・)本人は喧騒の収拾を図ろうと

 

「みんなー!こっちー!こっち見てーッ!ココに私はァー!!わたし!はっけーん!わたし発見はるこっちぃい!私はかえってきたぁああ!」

 

と美柑を取り囲む低くて高い生徒の壁に叫んでいるが、全く取り合ってもらえていない。

 

「んー、それはまだ」

「そっそれはそうだよね!流石にね、いくら美柑ちゃんが美柑ちゃんでもムリだよね!」

 

あせあせと早口でまくし立てる真美。美柑ちゃんを一体なんだと思ってるのかしら、この子…と疑問に思っても敢えて聞かない幸恵。連れない親友だった

 

「でも…、もう差し押さえられちゃってるから」

 

ぽうっと頬を赤らめ俯く美柑。潤む瞳を栗色の髪と瞼が隠す、大切なものが宿っているかのように撫でる下腹部、窓辺から差し込む真夏の陽光が微笑む美少女に後光を与えていっそ神秘的ですらある。

 

「あ…み、美柑ちゃん‥」

 

長い栗色の、毛先にゆるい癖のある髪が夏風に揺れる。震えるまつげに小さく微笑む形の良い唇。同性でさえゾクリとする色気が彼女にはあった。見つめる真美も知らず頬を赤らめる

 

(み、美柑ちゃん…か、可愛い…すっごい可愛くて綺麗。それにすっごい色っぽい、皆が噂してる"魔性の女”ってやっぱりホントなんだ…で、でもなんだろう、可愛いんだけど………)

 

「…可愛いんだけど美柑ちゃんの纏う雰囲気は時々強暴で、揺れるビーズのヘアゴムがたてがみで…なんだかライオンさんみたいなんだよね…だってサ、美柑ちゃん」

 

真下の真美の頭、のせる腕と顎下から流れこむ思考の一部をぼろっと暴露する幸恵。真美と幸恵は思考が読めるほど長い付き合いなのである。

 

穏やかな幸せ笑顔、美少女・結城美柑の表情(カオ)がビキッ!とひび割れ

 

「だれがメスライオンよ!私は猫!白い仔猫!秋人さんの正妻としてミルクをねだるカワイイ仔猫なの!」

 

ドスッ!と怒りの美柑フィンガーが真美へと突き刺さる―――――モブっ子エンド。

 

「うぎゃああ!!目が!めがぁあ!」

「わっ!ちょっと!コラ真美!のたうち回らないでよ!腕と顎乗せられないでしょ!楽だったのに!」

 

騒ぐ友人たちに溜息ひとつ、美柑は再び頬杖をつきなおす。視線はやはり窓の外だ

 

「………。」

 

ただし純然たる現実の壁が美柑にはあった。歳の差である。

 

そんなある日、ファッション誌で"年上のカレに誘惑!幼妻の魅力!"という特集を読んだのだ。美柑は"幼妻"というジャンルを学んだ。そして"しあわせ家族計画"を練り上げる。秋人が美柑を優しく見守る兄の眼差しを、いつしか愛する妻へ欲情を向ける血走ったものに変えたいと決意し―――今日まで毒を散布してきたのだ。

 

じわじわと少しづつ近づき…今ではひざ上に座って上目遣いで「秋人さぁん…」とアイスを舐めても違和感なく秋人は受け入れるようになった。近づいたのだ、心と身体のキョリと距離が。

 

――――いつかは熱くて固い特製棒アイスを…と無垢なる美少女、結城美柑は夢想する

 

そして、

 

「いよいよ明日…ふふっ」

 

美柑の前髪を再び夏風がそよめかせた。宙を漂う視線の先には望む未来の映像集。口角を上げ、浮かべる微笑も未来へ想いを馳せたものだ。それは先程までと違い物憂げなものではない。確かな未来を確信した幸せな微笑みだった。

 

そんな笑顔を眺め続ける騒ぐ少年、少女たちは――――やはり冒頭の一言を口にするのだった

 

 

2

 

 

――――"結城美柑はデートである"

 

 

"デート"――――"それは想い合う男女ふたりが日付と時刻を決め逢うことである。"

 

そう、結城美柑はこの日。とある男と日付と時刻、ゆく場所、目的地を決め逢う約束があった。それは冒頭の単語以外の何物でもない。

 

「…デート、ふ、えへへ…」

 

とろけ顔の結城美柑は回想する――――

 

『デートしましょう、秋人さん』

『デート?おう、いいぞ』

 

そして直ぐ様、回想を終える。

 

「…おっと、いけないいけない、考えこんでる場合じゃないよね」

 

目を瞑り思い返すべきは過去ではなく、見つめるべきは現在・未来。過去の言葉は『買い物に付き合って、』などと生半可なものではなく。いつものスーパー帰りの『ちょっとお話したいです…』などでもない。"デートしましょう"と言っていた。

 

そこから繋がる現在進行中の今日、デートなのである。

 

『おう、いいぞ』と、秋人がそれに同意していた。

 

「ふ、フフフ…えへへへへ♪んん~♪~♬」

 

口ずさむハミング

結城美柑は上機嫌だ。そりゃあもう思わず心のテーマ曲くらい歌ってしまうくらいに

 

"デート"――――それは想い合う男女ふたりが日付と時刻を決め逢うことである。そして、それらの行為そのものよりも、それを通して互いの感情を深めたり、愛情を確認することを主目的とし恋人同士と認識したのなら、交際をしたい旨を正式に申し込む。初めてのキスをする、プロポーズをすることなどがあり…――その夜は

 

「いっせんだって♪こえ…「それはあぶないぞっ!みか「結城リト…!美柑の邪魔です!今日の私は少し、いえ、かなりムカついているので手加減しませんよ!!」」

 

ズゴキャドバキッ!

 

「ィヤア"ーーーーーーーーーッッ!!!!」」

 

ん?と小鳥のように首を傾げる美柑。大親友のボディーガードがリト(だれか)を排除してくれたらしい。

 

朝も早くから『み、美柑。デート、デートなんだよな?大丈夫なのか?なんかオレ、お兄ちゃん心配で心配で早起きして…ぎゃぁああ!!!!めがあああああああああ!』とウルサイ誰かを沈めたのに起きて着いてきたようだ

 

「…ヤミさんにお願いしといてよかった。帰ったら私もリトにオシオキしよ」

 

シュッシュッとシャドーボクシングをする少女。彼女はいつもより断然早起き一分の隙もなく身支度を整えた完全無欠の美少女・結城美柑だ。決して昔のように無様に手鏡で身なりをチェックしたりなどしない。なぜなら一人待つ、待ち合わせ場所のデパート入り口前。見つめる右斜め前方に光り光る、よく磨かれた反射鏡―デパートのショーウィンドウがあるからだ。

 

にっこり

 

夏を彩る新作水着、それを纏うマネキン。囲む黄色のひまわりやハイビスカスの造花の横。静止画背景のように佇む、実際の年齢よりずっと大人びた美しい少女が映り込み微笑んでいる。

 

ん――――よし、特におかしなところはない…かな、ふふ

 

微笑む少女は華奢で小柄な身丈だが均整のとれたプロポーションであり、身を包むのは薄手のキャミソール。デニムスカートから伸びる素足は細く長く――――その抜群のシルエットはある意味完璧な造形のマネキンよりも美しい。

 

挑戦的に魅せる素足はどんな男も感嘆の息を漏らす程に整っており事実、先程から道行く男たちは彼女を見つめ足まで止めていた。しかし、声をかけるまでには至らない。なぜならそれは…少女の瞳が一瞬、強く光る。

 

―――気は熟した。あとは収穫あるのみ

 

メラメラと闘気を滾らせる結城美柑は決意する。気のせいか纏う闘気で陽炎が揺らいでいた。夏の暑さのせいかも知れないが…

 

―――一か八かの競争社会、秋人さんのヒロインは多い。だからこそ、この私が真のメインヒロインとして決定的な言葉を。

 

「今日こそ…今日こそは…!」

「よう、おはよ。なんか拳作ってどうした?そんなに何か買ってやるって言ったの楽しみにしてたのか?相変わらず早いな美柑、俺も急いできたんだが…いつ頃から居るんだよ?」

 

決意と威圧の美少女に秋人が声をかけてくる。驚愕の美少女は頬を赤らめ

 

「あ、秋人さん!お、おはようございます。少し前…2時間くらい前に来たトコです」

「は!?いや、早すぎだろ、なんか嬉しいを通り越して申し訳なくなってくるレベルだぞソレ」

 

ふるふると首を振り小さく呟くような声で言った

 

――――待ってる時間もデートなんですよ?

 

「…。」

 

俯きがちに見上げる美柑、見つめる秋人は目を(しばたた)かせ――――クラスの男子たちと同じ結論へと行き着いた。

 

 

そしてふたりはデートを開始する。

 

日どりは真夏。時刻は正午。向かう場所、目的地は目の前のデパート8階、おいしいアイス屋―――でなく、その下、7階のアクセサリー売り場

 

「さあ、行きましょう!秋人さん」

 

手をとり駆け出す幸せ満開の微笑(びしょう)女・結城美柑。夏風に揺れ煌めくクリアビーズのヘアゴム、纏め上げる髪が真夏のオレンジ――――強い日差しを弾き

 

「おう!行くか!」

 

手を取られ微笑み返す黒髪青年・秋人は踊る栗色の流れに続いた。

 

 

3

 

 

――――"結城美柑は指輪(おくりもの)を選ぶ"

 

 

3階、書店コーナーにて。立ち読む男女の二人組み

 

「…これ、なかなかおもしろいですね」

「ん、どれどれ…"男をオトすテク100、恋の魔道士・恋野姫子著"――――ララが持ってた気がするな」

「あ、私も見ました…アピール方法に悩むララさんがリトに『きゃるーん☆私。実はデビルーク星人だったのー☆尻尾ビームうっちゃうぞー!えい』って言ってました。正直、可愛かったです。あと、ホントにビームうっちゃってリトが焦げたとこも」

「あー…簡単に想像できてコメント困るわ」

「あ、ちょっと私もやってみていいです?」

「ん?いいぞ、でも美柑に不思議っ子は似合わないんじゃ…」

 

微笑み見上げる美柑は「いいですから、じゃ、目を閉じてて下さいね」と続ける。「おう」と従う秋人

 

「きゃるーん☆私。実はオレンジ星からきたオレンジ星人だったのーおいしく召し上がれ♡」

「ぶふっ!」

 

秋人は思わず吹き出した。そのまま笑い顔で音源の少女・オレンジ星人を見つめる

 

「…やっぱり似合わないですか?」

 

頬を赤らめジトッと睨むのは美少女・美柑。望んでいた反応と違ったことに不満なのか、それとも恥ずかしいのを誤魔化しているのか、ちょっとコワかった

 

「いや、あの、面白かったけど…美柑は今のままが一番カワイイぞ!時々コワイ感じなのもいいスパイスだな、うん」

 

そんなコワイ美少女相手でも目を線のようにして笑う秋人。先ほどの声を思い出したのか、もう一度声を出して笑った。

 

「む…」

 

不満気に頬を膨らませるジト目の少女は、しばらくその笑顔を見つめ…――――

 

「ぷっ、もう…秋人さん、笑わないでくださいよ」

 

と幸せな笑顔を目の前の青年と同期させた

 

 

6階、水着売り場にて

 

『コレ、ちょっと試着してきます…待っててくださいね』

 

ニッコリ、と美笑女(・・・)・美柑に言いつけられ一人、試着室前で待つ秋人。

 

「なんか………――――居づらいな」

 

水着売り場は色とりどり、派手なビキニタイプやスポーツタイプ、競泳水着やらキャミソールタイプのもの、パレオつき…――――秋人にとっては摩訶不思議アドベンチャーなもので満たされていた。

 

「お、紐っぽいの…キワドイ」

 

ジロっと感じる数多の視線。無論、真剣に水着を選ぶ女性たちのものだ。びくっと肩をすくめる秋人。不慣れな場に取り残されすっかり精神を削られていた。ちなみに下着売り場では全く平気な秋人。たまにモモに連れだされ付き添うからである、

 

それはランジェリーショップ内にて突然始まる――――

 

『お兄様!"ブラの外し方講座、スマートな男になる為に!"を開催しますわよ!男として!私の御主人様として!女性の下着くらい簡単に脱がせなくては!セッションワン!まずはホック位置の確認!大抵うしろですケド!ペタン娘ナナより断然おっきい私!ハレンチ胸の人などは外す時、後ろに手を回すのは苦しいので前にある場合があります!そう!見ての通り今日の私もフロントホックなのです!では――――召・し・あ・が・れ♡』

 

と意気揚々と声を上げ実践しようとするモモの方がよほど恥ずかしい存在だった為、秋人は羞恥を克服していた。

 

しかし今現在、水着売り場に大胆不敵なモモはおらず…秋人は少し落ち着かない。

 

「秋人さん、お待たせしました」

「お、美柑…」

 

シャッ、とカーテンの開く音に振り向く秋人、言葉を続けようとし――――言葉を失う

 

「どうでしょうか?」

「なん…だ…と、」

 

息を呑む秋人。美麗に微笑む美少女・美柑が纏っていたものは店内のどこにも置いてないし勿論、決して売ってなどいない水着。それは――――

 

「"4-3 ゆうき”――――スク水!それも旧スクだ、と…ッ!」

「ふふ、好きでしょ?秋人さん………知ってるんですから」

「美柑…――――っ!!大好きだ!」

 

小柄で全てが小作りな美柑によく似合うスクール水着、しかも旧スク。不審者のように鼻息を荒くする秋人。思いがけぬ突然の告白に目を見開く美柑。ソレを見ずに拳を作りうんうん唸っている不審者・秋人…――――イヤイヤ、やっぱスク水は旧スクだよな、唯!…そりゃビキニとかそんなのもいいかもしれんけどスク水と浮き輪はセットでな…と内なる唯とトーク開始

 

「秋人さん…大好きって――――ん」

 

栗色の髪を揺らし、頬も顔も、躰全身を赤らめるスクール水着の少女。二年前の水着のため躰に合わずキツいのか、美柑は躰に実る柔らかい桃の食い込みを直した。潤んだ瞳からは内なる唯は見えないが「ハッ!このドヘンタイ!いっぺん死ねばいいのよ!………スクール水着とわたし、お兄ちゃんはどっちが大事っていうのよバカァ!」と叫んでるだろうことを正確に予測していた。そして秋人はニヤけている

 

「好き、なんですか?秋人さん」

「…ああ!大好きだ!美柑!」

 

告白がもう一度。見つめ合う秋人と美柑。勿論、賢い少女はその言葉がどこを指しているか察している。しかし愛の告白は告白だし、きちんと”美柑”という固有名詞も得ている。そして録音も完璧にデキている。

 

「では着替えますね…覗いたらダメですよ?」

「…――――む。覗かないぞ、もう終わりか」

「秋人さんがはしゃぐから皆こっち見てるんです。さすがにちょっと恥ずかしいので…」

「あ、悪い…つい」

 

――――また今度、今度は部屋で見せてあげますから

 

シャッ、とカーテンが閉まる前。秋人はそんな嬉しそうな声を聞いた気がした

 

 

そしていよいよ目的地…7階のアクセサリー売り場――――の前。

 

 

次々ながれ、上へ自動で登りゆく階段。美柑と秋人はエスカレーターに乗っていた。

 

「…。」

 

美柑は秋人の背中を眺めながら胸を高鳴らせていく――――なんだかオモチャ買ってもらうの楽しみにしてる子どもみたい

 

「あの、秋人さん。楽しみですね」

 

秋人は後ろに居る…一つ下の流れに身を預ける美柑を振り返り言った

 

「ん?そうか、そう言ってもらえると嬉しいな」

「…ええ、ずっとこの日を楽しみに…あ、」

 

頭3つ4つ分、見上げる美柑は名案を思いつき…とととと軽やかにエスカレーターを駆け上がり

 

「ん?なにそんなに急いで…――――お」

「ふふ、私の方が背が高いですね。秋人さん」

 

ひとつ上の階段。その流れに身を任せる美柑は秋人を見下ろし微笑んだ。確かに美柑が言葉の裏に潜ませるように同い年くらいだ。

 

「確かに…――――随分成長したな、美柑。ちょっと見ない間に…」

「ふふ、そうでしょう?美柑(・・)の成長は早いんですから、あっという間に熟して甘くなるんですよ?」

 

確かに成長すればそんな笑顔が似合う美女になるだろう、流し目で艶っぽく微笑む美柑。秋人も見上げながら笑った。見上げる少女、美柑に答えられるよう――最上級の笑顔で

 

 

7階、ジュエリーショップにて

 

 

「コレ、カワイイですよね」

「うーん…正直、こういうのは俺、よくわかんねぇ……」

「そうなんですか…あれ、それは?」

「ん?これか…――――?なんとなく良いかな、と…」

 

秋人が指で掴んでいたのは星屑をあしらったシルバーリング。店内で数多くある指輪の中でも細くシンプルなデザインのものだった。秋人は無意識の内にそれを手にとっていた――――一昔前の冬、春菜から貰った"星屑のマフラー"そのデザインに近いものだと知らずに

 

「…――――それ、それにします」

「そうか?もうちょいいいのでも…――――」

 

こうして将来を担う、約束の指輪は決まった――――の、だったが

 

う、あたっ!――――突き飛ばされ蹌踉(よろ)めく秋人の声

 

秋人さんっ!――――手を伸ばし抱きとめる美柑の驚愕の声

 

へへっ!金めのモノはいただくぜ!――――手癖の悪いことで有名なヒッタクン星人の声

 

「うお!なんだ!宇宙人か!みんな!にげろ!」「きゃあああ!こわい!なんか武器みたいなの持ってるわよ!」「どけ!バカ!」「うわあ!こっちくる!押すなバカ!」

 

騒然となる店内。奪われたのは決して高価なもので無い指輪。だが美柑にとっては何よりも、店内に溢れるどの宝石よりも高価で確かな価値のあるモノだ。

 

「私の指輪を…――――ッ!!返せーッ!ゴラーッ!待ちなさぁあああああいッ!」

 

指輪物語のアングマール魔王もかくやの低い声をだし、美柑は走って追いかけた

 

 

3

 

 

――――"結城美柑、最期の日"

 

 

「チッ…あのナメた宇宙人…ナメっく星人……――――どこいったのかしら」

『美柑さん…その発言危ないと思いますよワタクシ…』

 

ぴゅ~と風を切る、空飛ぶ美少女――――"デビルーク王女コスチューム美柑"

 

――――ふくらみ始める入道雲って大好きな甘く冷たい…プロポーズした秋人さんと食べる予定だった―――

 

『美柑さん、あそこに!アレじゃないですか?』

「―――え?どこ?」

 

思考を断つしゃがれ声。ナメっく星人を走って追いかけていた美柑、途中でスペシャルアイテム"ペケ"を手に入れる。

 

ララの衣装データ収集をしていただけのペケであったが、鼻息荒く迫る美柑にガッシリ頭を捕まれ「カート的な乗り物でレースをする赤い帽子のヒゲとかのアイテム!キノコみたいね!ペケ!連打加速!!!」と血走った目で言われてしまえば手を貸さないわけにはいかないのだった。

 

「あ!居た!あんの傍若無人のぼーじゃっく星人…――――美柑フィンガーで爆熱させたろかしら」

『あの異星人、そんなギリギリに強くないと思いますよ、美柑さん…ワタクシ、考えがあります』

 

走り逃げる異星人を上空から見据える美柑。「え、なになに…」と作戦を話すペケに耳をかし―――――舞い降りた

 

 

「ゲ!その姿ッ!お前はもしかして…!」

「…さあ、盗んだものを返しなさい…。日常が平凡でいてほしければ、ね…」

 

作ったクールな無表情と声色。栗色のくせっ毛が風に靡く――――漆黒の戦闘衣(バトルドレス)、そのマントと共に

 

――――美柑は"金色の闇"にフォームチェンジ。ヤミは決してこんな気取った台詞は言わないが美柑にとっては言ってそうなイメージなのである

 

「お前はあの伝説の…―――――――って騙されるかぁあああい!」

 

体当たりの勢いで走り来る異星人――――"金色の闇"がこんなカワイイわけあるか!

 

「ゲ!バレた!?!ぺ、ペケ!トランス!」

『ゴメンナサイ無理です、イヤーダメでした。残念!次回をお楽しみに!』

「んな!なにノンキに言ってんの!あとで目潰し!…イヤ!あき…!」

 

慌てて叫ぶ、叫びを無視し"栗色のオレンジ"に向かってくるヒッタクン星人。トランス能力など持たない只の美少女な美柑。そんな中、一つだけ答えたものがあった。

 

「え、」

 

聞いたのは肉を蹴る音、そして

 

リト(ひと)の妹になにしてんだ

 

そんな呟きと共に。黒髪をゆらす、一人の青年が少女と異星人(デブ)の間に割って入った。

 

 

4

 

 

――――"雨にキスの花束を"

 

ポツ、ポツ、ポツ…――――ザ――――…

 

降りだした突然の通り雨。

 

もこもこと大きな入道雲は美柑の好きなソフトクリームのよう。降り注ぐ雨粒はきっと大きなキャンディーだ

 

「あ、秋人さん…」

 

雨濡れの少女。美柑が呟くように言う

 

「大丈夫か美柑?」

 

同じく濡れ鼠で心配気な表情(かお)の秋人――――自身の妹でなく、リトの妹であっても美柑は護るべき存在だ

 

「あきとさぁあああああああああんっ!!!」

「うおっ!」

 

そんな秋人に美柑はたまらず飛びついた。グワシッ!と胸に抱きつき、くるくるくると回る、水たまりを浮いたつま先が蹴り―――べしゃっ!

 

「秋人さん………私と家族になってください」

 

見つめる美柑の潤んだ茶色の瞳も、背を掴む手も秋人を捉えて離さない。秋人の顔に涙なのか、雨粒なのか分からない熱い雫がこぼれ落ちる

 

『…アキト、今度は私の"家族"になりませんか』

 

秋人の脳裏にヤミの声も響く、ふたつの問いに力強く答える。

 

「当たり前だろ」

 

「幸せにしてくれますか?」

 

「もちろん」

 

将来を誓う約束。こうしてこの日、結城美柑の姓は変わった――――目の前の男のモノへと

 

そんなふたりを狙う光線銃。

 

「ぐぎぃ…おのれちきゅうじんめぇ…!」

 

震える銃口が黒髪の男へ向けられ――――「ゲフッ!」

 

「……私の家族に銃を向けるとはいい度胸ですね…」

 

アキトを迎えに来たのか、それとも遂に不死身の結城リト(ターゲット)の始末を終えたのか。片手に傘を持ち、たい焼きを咥え、デブを踏みつけながら金髪のヤミ(最後の鍵)が登場する。

 

「ヤミさん!」「お、ヤミ…買い食いはイカンぞ買い食いは」

 

「アキト…貴方もよくするではないですか、いったいどの口が…――――おそろいですか?美柑、いいですね……似合ってます」

 

秋人を親友と同じようにジト目で睨むヤミ。ペアルックスタイルの美柑を見て頬を赤らめる、嬉しいらしい。

 

「あ、ヤミさん!ほら!練習の成果を今こそ!」

「い、今ですか…――――――――わ、解りました。いきますよ」

「うん!」

「?なんだよ?」

 

何やら目配せをしつつ打ち合わせる美柑とヤミ。美柑を立ち上がらせながら秋人も「…大丈夫です。やれます」と何やら息巻くヤミの前に立つ

 

「…アキト」

「なんだよ」

 

頬を赤らめ俯いたヤミ。それでもまだ足りないのか、傘で秋人の視線を遮る。直立し震えて拳まで握るその姿はいつもの儚げな雰囲気とは違い小動物のように弱々しい、一呼吸おいて決心したように顔と傘を上げ

 

「パパ…………ヤミは世界で一番パパが好きです」

「…………は?」

「ねぇパパ、つくって欲しいのです」

「え?は?プラモ?夏休みに牛乳パックとかで作る工作?」

「パパ、ヤミはもう一人―――家族が欲しいです‥……つくって」

「…は?どうしちゃったの?脳がやっぱりトランスしちゃったの?」

「パパ…――――どうして……。ママ」

 

「はい、なぁに?ヤミちゃん」

 

落胆し、肩を落とすヤミ。そして呼ばれた母のように慈愛に満ちた眼差しと声で答える美柑

 

「ママ――――パパがヤミをいじめるの…家族、つくってくれないって」

「それはいけないパパだね、ママがうんと叱っておくからね」

「…うん」

 

ヤミの小さな頭を撫でつけながらちらっと目配せしてくる美柑。秋人も「なるほど、演技か」と察する。同じ漆黒の戦闘衣(バトルドレス)を纏い、身を寄せ合う二人は母娘というより姉妹に近い

 

「パパ…たい焼きなくなりました。食べたいです…買ってもらってもいいですか?」

「…ああ」

 

早く正気に戻らんかい、またダークネスになったらどうすんだこのバカ。あといつの間に食い終わったんだよ!などと思いながら取り敢えず答える秋人、ヤミの頭には角が見え隠れしている気がして落ち着かないのだ

 

「ねぇ、ママもアイス食べたいな。あなた、買ってもいいかしら?」

「――――ああ」

 

美柑、お前もか。と思いながらなんとなしに答える秋人。「ねぇ、早く行こうよぉ…パパぁ」とくいくい手を引くヤミの甘々な雰囲気。そして美柑の優しく身を包むようなオーラに挟まれ秋人は更に落ち着かない。思考を断ちオートドライブモード――――聞いているようで聞いてないふりをする

 

「パパ、ヤミはたい焼きはつぶあんがいいです」

「そうだな」

「ママもつぶあん入りがいいな、ね、あなた」

「そうだな」

「…ヤミ、おトイレ行きたい。パパ」

「そうだな」

「ママが連れて行ってあげるね?あなた」

「そうだな」

「結婚してくれますか?秋人さん」

「そうだな…――――――――んンン!」

 

大変な約束をした事に気づき、目を見開いた秋人が見て、感じたものは――――潤んだ瞳にクリアビーズを揺らし飛びついてくる美柑、そして唇だった

 

 

 

 

 

黒色の、固そうな印象を受ける髪がシーツの海に沈んでいる

 

…――――すぅ……――――…すぅ…

 

眠りの海に沈む青年、頬に採れたての陽光が降り注ぎ――――

 

「…すぅ……すぅ…」

 

大きな真夏のオレンジからさんさんと発せられる陽の光は、今日もまた暑い一日となる事を十二分に示していた。

 

「ふふ……朝だよ、ねぼすけさん。お・き・よ・う・ね」

 

とりあえずの現状報告

鼻にかかった甘ったるい声を出し、

友人・幸恵のように顎を手とベッドの上にのせ静かに眺める

 

朝お決まりの一連の動作は一日の始まりの合図だ。

 

「起きて…ね」

 

やがて頬杖を崩し、以前より伸びた栗色の髪先で眠る主人の鼻を擽る。その指には奪い返した銀色の指輪が光っていた。

 

「うぅん…んー」

「ふふ、早く起きて下さいったら…かわいい」

 

文句を言う美女の唇には幸せそうな微笑みが浮かんでいた。眠る主人が身を捩り、鼻を擽る髪から逃れようとする。白いシーツがはだけると、だらしなくよれたパジャマ、それから昨晩首につけた所有印(キスマーク)がのぞく。あどけない寝顔は身体に疲れが残る美女とは好対照だ。

 

「ふふ、かわいい。こっちにも私がつけた跡…ふふ、結構おっきなのつけちゃった…あ。」

 

真面目な妻は自身の役割をしっかり思い出す、眠る主人をゆさゆさ揺らし

 

「いつまでも見てたいけど…今日はダメだよね、結婚式だもん。ほら、起きて下さい秋人さん、あなたったら」

「んん…ひとの話はちゃんと聞こう、うっかりとんでもない約束を…えっちぃ事も一日一時間…名人とのやくそく…だ、ぞ」

「何ワケのわからないこと言ってるんですか…もう、仕方ないですね」

 

こうなっては仕方ないので栗色の髪をトップで纏めた美女は強行手段に訴えることにした。眠る主人の耳元で囁くように言う

 

「あなた…きゃーるん、私、実はオレンジ星からきたオレンジ星人だったのー起きてくれないと"もう食べられない、気持ち良すぎてみかんちゃん死んじゃう"って満足するまで寝かさないわよ?」

「おはよう!おはよう美柑!」

 

残像が残りそうな速さで跳ね起きる秋人、流石に連日連夜の連戦はまずい

 

やっと起きてくれた最愛の人に、美柑は今日も一番の笑顔を魅せる

 

「おはようございます、秋人さん………いえ、あなた」

 

にっこり、幸せそうな微笑み。美柑の背後に広がるテーブルには湯気をあげる朝食たち。昨晩の疲れが吹き飛ぶような精のつく、元気になる料理たちだ

 

「今日もがんばってね、あ・な・た♡」

「ああ…ん?何をだ?」

 

うふふ、と意味深に微笑む美柑。少女時代と違う胸がエプロンを大きく押し上げている。スラリとしたプロポーションや長い脚はそのままだが全体的に成熟した雰囲気だ

 

「ふふ、さあね?ご飯食べましょ」

 

若妻の魅力をたたえた美女はゆっくり立ち上がり去ってゆく「なぁ、美柑、何をだっての…仕事とか、そういうのだよな?」と背中から聞こえてくる狼狽えた声がたまらなく嬉しいように、足取りは軽やかだ

 

「なぁ美柑、何をだっての…………お、うまそう。今日も豪勢だな」

 

子どもを欲しがる若く美しい妻、その夫は湧き上がった疑問も別の興味に流されたらしい

 

立ち止まり振り返りながら美柑は言った

 

「秋人さん…秋人さんさえいてくれたら、私は何もいらないです」

「ああ、ありがと。美柑…」

「だから………だから、ずっと一緒に居ましょうね」

「ああ、分かった。美柑」

 

しっかり頷く秋人、心からの同意に美柑も心からの微笑みを向ける。それはそれは世界の誰も見たことがない美しい微笑みで、

 

「秋人さん………大好きです」

 

頬を赤らめ微笑む新妻・美柑の立つ場所。足元に朝の陽が暖かく降り注ぎ、そして――――その場所は熱を集めるひだまりの場所だ。

 

しあわせ満開の笑顔と強い日差しを弾くクリアビーズ

 

 

――――今日もまた、熱い一日になりそうだった

 

 

 

                                   HAPPY END

 

 




感想・評価をお願いします

2016/05/27 一部改定

2016/05/31 タイトル、一部内容改訂

2016/06/23 一部改定

2016/07/16 一部シーン改訂

2017/07/11 一部改訂

2017/07/17 一部改訂

2017/08/09 一部改訂


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Re.Beyond Darkness 25.『世界最期の告白を――~Akito's Strike!~【前】』

66

 

昼下がりの午後、結城家にて 

 

 

「ナナ!大変よ!こちらにお母様がいらしてるわ!」

「!母上が!?ホントか!?」

 

ソファーに寝っ転がり黒髪のフィアンセのようにゴロゴロだらだら状態だったナナ。

勢い良く立ち上がりポイっと投げ捨てられる月間・ペット育成雑誌『犬のきもち 増刊号』

 

綺麗な放物線を描き…――――ポサッ、着地。

 

「ワムッ?」

「お、メダQ。いいカンジだったゾ!キモチよかった!アリガトな!」

「ワムッ~♪」

 

その放物線を一つ眼で追っていた、クラーケンのような触手と巻き貝の殻をもつ生物――メダQ

生態系の全く違うトモダチをギュッと抱きしめ微笑むナナ、メダQは触手を揺らし嬉しそうな鳴き声を上げた

 

「アリガトな!メダQ!これできっと兄上も喜ぶぞ!」

「ワム~♪」

 

幼さと母性を兼ね備えた柔和な笑みのナナと心底嬉しそうな声のふたりは本当の親子のようだった。

 

「どうダロ?おっきくなったカナ?メダQ?」

「ワムー…」

 

ナイ乳を寄せ魅せつけるナナは甘えん坊のメダQに首のリンパ線をマッサージさせていたのだ。触手によるリンパ腺マッサージは何やら豊胸に良いらしい。直ぐ様試し雑誌をゴロ寝で読みながら、今では気まずそうに目を逸らすトモダチと過ごす昼下がり―――古き良き主婦の正しい姿だった。

 

そんな寄せても谷間も出来ない憐れなナナ・アスタ☆無駄努力乙☆デビルークを見つめる

 

「プッ、クスクス…無駄な事を……う、キモッ、やっぱり触手は行為のあとでにゅるにゅる汚れない植物系のものを使わなきゃでしょ」

「―――ムッ!今失礼な単語を名前に入れたダロ!それに!メダQを悪く言うナ!」

「ワムッ!」

 

吼えるナナと触手生物。

 

メダQの怒りと同調(シンクロ)するナナは動物と心を通わせられる能力を持つ。動物は"野生の勘"を持ち、対峙したものが危険であるかそうでないかを瞬時に判別できる能力(チカラ)がある。純粋・純真なナナがそんな動物たちに好かれるのは大きな力を持っていてもその力をみだりに振るうことをしない、時に味方になってくれる――――王の資質があるからだ

 

そんな"獣の王"たるナナは親友であるメアの危険な行動優先順位を正確に見ぬいていた。そしてその矯正方法を雑誌を使い情報収集していたのだった

 

ちなみに

 

あきとせんぱい>>>(越えさせない壁)>>>>ナナちゃん>>>ぺろぺろキャンディー>ヤミお姉ちゃん、マスター>>>>その他イラナイ

 

である

 

「そんなことより危険よ、あの淫乱ピンクの親玉は…!はッ!?そういえば娘である私たちに連絡も入れないなんて!もしかして御主人様の身に何か危機が…!こうしてはいられないわ!」

 

投げられた『犬のきもち 増刊号』は拳を握り唸るモモ・ベリア・ばーかばーかばーかばーかあほあほまぬけぶりっこばかU^ェ^U・デビルークの頭に乗っかってる

 

「―――ナナ、あなた今、心のなかで子供みたいな悪口言ったでしょう?」

「プッ…!イヤー、べっつにィ~?で、ナンダ?誰だよ。その淫乱ピンクの親玉って…あ、モモ、お前…」

 

頭の雑誌に気づいていないのか、間抜けな醜態を晒す(モモ)をじーっとナナは見つめる。同じく抱きしめられるメダQもモモをジローっと見つめる。先ほどの発言でご機嫌斜めなようだ

 

「何見てるのよナナ――――あら、私の胸が羨ましいのかしら?ふっ、相変わらずペタンコ胸ね」

 

ふっと笑い自慢気に胸を寄せ見つめ返すモモ

 

ナナは寄せあげられる白く柔らかい胸も深い谷間を見ずモモの頭上にあるペット育成雑誌、その見開きページ

 

"ペットの躾け大特集!NO!MORE!悪いことをしたらキチンと叱りましょう!"

 

の赤い見出しに目をくれながら

 

――――コイツ、一度ちゃんと叱ってやった方がいいカモな

 

と姉らしい、猛獣使いらしい感想を持つのだった。

 

「さあ!こうしてはいられないわ!御主人様を救いにいかなくては!」

「オイ、モモ。ちょっとココに正座しろナ」

「はぁ?何言ってるのナナ…私の御主人様がピンチなのよ?唯一の正妻、オンリーワンの私が行かなくてどうするの?バカなの?ペタンコなの?沈黙の平原なの?」

「………………――――メダQ」

「ワムッ!」

 

きゃあっ!ちょっ!しょくしゅはむっ!?むむむむむむぐ…!!

 

 

こうして唯一の正妻、オンリーワンのモモ姫のスタートは大きく出遅れた

 

 

67

 

 

場を包む白い風景。

 

セフィと秋人は白の空間、その只中に居た。

 

「アキト。今なら、此処ならば貴方をあちら側へ還してあげることができますよ」

「――――は?」

 

目を瞬かせる秋人の脳裏には音が、セフィの声だけが響いていた。

 

「アキト。貴方はウチに…本当の家に戻れるのです、故郷へ」

「…――もどれる…?――故郷…」

 

その眩しい白光を後光とし「そうです」と相槌を打つセフィ。慈しみの光に玲瓏なる声音。そして完璧なる美の造形(スタイル)。呆然と立ち尽くし「帰れる…?ウチに?」と反芻する秋人にセフィも大きく頷く。そうしてセフィの声音に意味が追いついた時、

 

「――――――――俺を還したいってのか?」

 

秋人の胸の裡に湧き上がったのは喜びでなく怒りだった。

 

「アキト…。望まれる場所、自分が生まれた場所に居たほうが幸せになれるに決まっています」

 

静かに見つめ返すセフィ。睨みつけ責める視線を真っ向から受け止める為、ベールを外す。露わにされた美貌は――――

 

「なんだと?」

「だってそうでしょう、"チキュウ"は貴方の故郷。皆、生まれ故郷に居るほうが幸せに決まっています。」

「そんなの、誰が…ッ!」

「本当は貴方は故郷へ還りたいのです、アキト。だけれど皆に呼び戻されたから仕方なく此方に残り、留まっている…貴方が望めばいつでも還れるはずなのに。人のことばかりを考える優しい貴方は還りたいのに還れない、そうに決まっています。」

 

冷たく鋭角的だった。

 

秋人に語らせる気は無いのか。先ほどからセフィは反抗の声を遮り、断定するものだった。

 

静かに見つめる"高貴と下品の色"、紫の瞳

強く睨みつける"神秘と不安の色"、紫の瞳

 

――()の赤色と()の青色が交じり合って生まれる紫は二面性を併せ持つ、そして今の二人はその二面性の一面のみを瞳に宿し、視線を交じり合わせていた。

 

絶世の美貌は絶対的な分厚い壁を作り出し、秋人は巨大な重圧を感じていた。知らず、拳を握りしめる。

 

『――――貴方は仕方なくこちらに居るのです。』

 

耳奥で未だ木霊する、長きに渡り戦乱の銀河を治めてきた元・王妃の玲瓏なる調べはまるでそれ意外の真実がないようで――――

 

「仕方なくなんかじゃないッ!!!」

 

秋人は声を荒げてセフィに詰め寄る

 

「もしも運命の赤い糸(・・・・・)というものが在るのであれば。それはもう途切れてしまっているのですよ?アキト」

「…っ!」

 

『人は縁という見えない糸でつながっていると聞きましたが、こうもハッキリ見えるなん

て!………でもなんだか赤いご縁が途切れそう?』

 

村雨静の言葉が脳裏を過ぎっても、セフィの胸の熱を断つ言葉にも。氷のような冷たい美貌にさえ秋人はめげずに立ち向かってゆく

 

「俺は春菜が望んでくれたから、一緒にいたいと言ってくれたから…ッ!」

「それは貴方がもう還れないと思っていたからです」

「それは違うッ!」

「特別此方が好きなわけでもない、故郷のチキュウが嫌いなわけでもない」

「ちが…」

「違いません、アキト。私は貴方にいちばんに幸せになってほしいのです、貴方を愛しているから………であれば真に望まれない場所より、望まれる場所に居るほうが幸せに決まっています。そうは思いませんか?」

「………。」

 

胸の熱は冷たくさめて、固まって――――…

 

セフィの冷静な物言いはまるでそれが真実かのように聞こえて、秋人は目の前の美しい顔をまともに見れず目を晒す。だが、俯くことはしなかった。あの夕暮れにララから貰った言葉が支えてくれたからだ

 

場を包む優しい白光はあの日の夕焼けによく似ていて――――自分の心を覗き込む

 

 

―――俺はどこの誰に望まれているのだろう。春菜は本当は俺を望んでいないのだろうか。

 

望まれる自分。

 

望まれる場所。

 

故郷に還りたい気持ちがない、といえば嘘になる。セフィの言葉に確かに気持ちは動いたのだ。

 

だけれど春菜がもう一度でも強く望んでくれたら、俺はもっとキッパリ断れただろう。でも、もし今この場に春菜がいて「私はもう大丈夫だから、故郷に還ってもいいよ」と言われてしまえば、もう本当に還るしかなくなる。

 

―――俺は春菜に望まれているのだろうか

 

望まれて生きる、望まれる場所で、望まれて暮らして――――望まれて望まれて望まれて…

 

 

「アキト、貴方が本当に望まれているのは――――」

「違う。セフィ」

 

秋人は視線を再び交える、セフィを見据えキッパリと言い切った。言葉の続きを遮られたセフィも興味深そうに秋人を見つめる

 

「違う。俺は望まれたからココに居るんじゃない。望まれなくなったからって出て行くつもりも―――もう、ない。」

「…では?」

「俺は、俺が望んだから、だからここに居る。」

 

秋人の中で何かの殻が弾け、割れた。

 

「俺は自分で此処に残ると決めたんだ。ウチの春菜を幸せにしたいと俺が望んだ事だから」

 

そうだ。"西蓮寺秋人"は誰かに望まれたからここに居るんじゃない。秋人()が望んだからここに居るんだ

 

「春菜の気持ちなんか関係ない…――――俺は俺が望んだ通り、勝手にやる。故郷に還るかどうかなんてのも俺が、自分で決める!」

 

そうだ。もともと此方の世界で生きる者の気持ちなんて考えず、好き勝手やっていたはずだ。

 

「俺は春菜が好きだ!だから傍にいる!春菜の気持ちなんか知るか!関係ない!春菜が本当は誰が好きだろうが関係ない!俺の方がソイツより大好きだと言わせてやる!俺がウチの西蓮寺春菜を幸せにしたいと望んだから、だから俺は…!」

 

秋人は一気にそこまで言って話すのをやめた。自身を見つめるセフィの表情(かお)がとても優しくなったからだ

 

「セフィ…―――――母さん」

 

セフィは微笑みながら秋人を見つめていた。先ほどの断定口調が嘘のように優しい微笑みで

 

(わざと、こんな真似したのか…――――)

 

心の中で嘆息する秋人、フフッと優雅に口元を隠し微笑む計略王妃セフィ

 

「…ならアキト、貴方は後継者失格ですね」

「…だろうな、」

「そんな他者(ひと)の気持ちを考えない、自分だけ好き勝手するひとを銀河の王になど、できるはずもないでしょう…?ふふっ」

 

くくくと小鳩のように喉奥を鳴らしながら心底嬉しそうに微笑み、それから今度は美しい表情を隠すことなく満面の笑みを魅せる――――ララの笑顔にセフィのそれはよく似ていた。やっぱ母親だからか、と秋人も優しく微笑んだ

 

「そうか、残念だな。王様になったらスク水妹たち(はべ)らせて高級肉とか毎日焼き肉食べ放題だと思ってたのに………なぁ、やっぱリトが王様になるのか?」

「さあ?恐らくララが答えを出しているはずですよ」

「ララが…?そうか」

 

わからないまま納得する秋人に「ええ、」とセフィは頷き、もう一度面白そうに微笑む。母はしっかり(ララ)が持つ答え、その思考が読めているらしい

 

「ではアキト、戻りますか?貴方の居るべき場所、貴方が望む居場所、彩南町…西蓮寺春菜のもとへ」

「ああ、頼む」

「急いだ方がいいですよ、春菜は何かをリトさんに言おうとしていますから。では…お願いしますね。金色の闇」

「?リトに何を…―――?」

 

この場に居るはずのない家族の名、驚く秋人が振り向くと――――

 

「…アキト」

「ヤミ…」

 

秋人が振り向くとそこには何時の間にかヤミが佇んでいた。話を聞いて感動でもしたのか、瞳は潤み涙ぐんでいる

 

「迎えに来てくれたのか?ありがとな」

「いえ…」

 

目元の涙を拭ってやり、ヤミの小さな頭を撫で付ける秋人。心地よさに俯き目を細め、されるがままのヤミ――――決意したように見上げる

 

「…アキト」

「ん?なんだよ?」

 

ピタリ、撫でる動作を止める秋人

 

「ん」

 

不満気な表情でヤミは小さな掌を秋人に重ね、催促した

 

「ハイハイ」

「…返事は一回です」

「…ハイ」

「…はい、棒読みですがよく言えました。アキト、私は貴方に伝えたい事が――――」

「?なんだよ?」

「…。」

 

秋人を見上げ視線を交じり合わせ続けるヤミ――――しかし目を逸らし俯いた

 

「…いえ、貴方の決意が鈍ると良くないですから………やはり、またあとにします。それより、セフィ・ミカエラ・デビルーク」

 

「はい、なんでしょう?金色の闇」

 

ヤミは秋人の傍から名残惜しそうに離れ、自身たちを微笑ましげに見守っていたセフィに声をかけた

 

「アキトは気付いていないようですが…――――私は気付いてますから。それに、このような理由があったとはいえ、貴方は私の大切な家族に手を出した…敵と見なします」

 

戦闘開始前兆にふわりと浮き上がる金色の髪、心の奥底を射抜くような()色の瞳――――どうやらヤミは本気で怒っているようだった

 

対してセフィは余裕の微笑み。にっこり愛らしい女神の笑顔で微笑みかえしているだけだった。

 

「おいコラ、喧嘩するんじゃないっての」

「…ふにゃ!アキト!顎を撫でないで下さい!」

「じゃあやめます。すいません"金色のにゃみ"さん」

「…なんですか、その呼び名は。馬鹿にしてるんですか?バツとして顎を撫でて下さい。もちろん頭も撫でながらですよ、でないと許しません――――――――んにゃぁ」

「…なんだその声、撫でるなとか撫でろとかどっちなんだっての。それよりココ、どこなの?」

 

とヤミの白い喉をなぞり顎を指先で"ごろごろ"してやりながら疑問を尋ねる秋人。全くの今更だった

 

「…アキト、ふぁ…、ココはですね、ん。私達の住むマンションから歩いて行ける程の場所にある最高級新築マンション…ふにゃぁ」

「ああ、そういえばなんか出来たな、でっかいやつ。近いような遠いような…中途半端な場所に出来たから気にも留めなかったぞ」

「あぁ…アキト…パ、きもちいいです。あ!止めたらダメです」

「…ハイハイ」

「返事は一回です…。指、じょうずです…アキ――――パパト(・・・)

 

"パパトって誰よ!…アタシのお兄ちゃんの名前を間違わないでよね!"

 

内なる唯がすかさずツッコむ。「うむうむカワイイな唯は、遂にデレ期だな」と目を瞑り満足そうに頷く秋人だった。バレるとヤミがコワイので、猫を懐柔させる自慢の手管でヤミの頭もしっかり撫でつつ顎もごろごろして―――

 

「ふにゃあ、パパト…そ、そうです。近距離と遠距離の間、中距離、んふぁ、一番興味と関心の薄い場所。隠れ潜むのに一番最適な場所です…――――近すぎても遠すぎてもダメなんですにゃぁあ…いいです。きもちいいよ…――――パパ(・・)♡」

 

徐々に生えて伸びてゆくヤミの角。変身(トランス)光を瞬かせ、変わりゆく戦闘衣(バトルドレス)。気付かない秋人は目を瞑り内なる唯とトークに夢中だ。

 

"ハァ?お兄ちゃんてバカァ?何がデレよ、バッカじゃないの?全然デレてなんかいないわよ、大好きな人の名前を間違えられた事が嫌で注意しただけじゃない、人として当然の事よ"

 

と大きな胸を張る内なる唯に和んでいた

 

ヤミもヤミで擽ったさの中に淡い快感を得て目を瞑り、与えられる心地いい全てを受け入れようと集中し口調と躰の変化に気付かない

 

「パパ――――チュウ距離だからね、隠れるならもってこいの場所…チュウ♡きょり…ちゅ♡」

「――ん。"ツンデレなんて時代遅れなのよ、私みたいにキリリとしてキチンと言うべきことをいう…そんな女の子の時代なのよ"だってか…ああ、唯は和むなー柔らかいなー」

 

一瞬だけ唇を奪われ閃光――――変身(トランス)・ダークネス発動

 

「パパだぁい好き♡はぁ~、やぁっとパパに会えた♡銀河中三人で探し周って、破壊の限りを尽くしちゃったから力使いきっちゃった。んー!でも流石パパ!すぐに充電できちゃった♡」

「おまっ…!んんむむぐぐぐぐ!!」

 

ぎゅっ!と自らの手で秋人を抱きしめ変身(トランス)の腕できゅ~…ぱっちん!と紐パンを食い込ませるダークネス

 

「フフ、貴方が出てくるのを待っていたのですよ。金色の闇、ダークネス。ひとつ成長したアキトを抱きしめるのを胸が張り裂けそうなくらい我慢しながら…」

「ふーん。おばさん、だからさっきまでイヴとパパの邪魔しなかったワケね。で?イヴのパパを攫った覚悟、死ぬ覚悟は出来てるの?」

「貴方こそ、母たる私に完璧に打ちのめされアキトを完全に奪われる覚悟はあるのですか?」

「チッ、年増のクセに生意気。それにアンタさっき"アキト、貴方が本当に望まれているのは――――この私!その腕の中です!"とでも言おうとしたんでしょ」

「あら?バレていたのですか…フフッ」

「ふん、アンタも淫乱ピンクのモモだって考える事は一緒。私達から遠ざけて自分だけ独り占めしようなんて…――――絶対許さないんだから」

 

剣呑に目を細め輝く変身(トランス)光、長き爪が瞬時に金色の大剣へと変わる。

 

「ではまた勝負(・・)…といきましょうか。金色の闇」

「いいよ。でもその前に………………パパ、ちょっとごめんね。先行って待ってて♡イヴもすぐいくから♡」

「むぐぐぐ………ぷあっ!ってどこに――――うおっ?!」

 

抱きしめ押し付けた発達途中の膨らみから開放し虹色のワープゲートに放り込むダークネス。秋人は抗議の声を上げながら消えていった。

 

 

――――結末の場所、彩南ウォーターランドへ

 

 

68

 

 

()りつく太陽。

 

「んっ…しょっと、」

 

水面から勢いをつけて浮上し、プールサイドに降り立つ春菜。上下別のビキニ、テニスで鍛えられた俊敏そうでしなやかな肢体――――伝う水滴

 

プールが弾く強い陽光は夏の残り火。水面は燃え尽きそうな太陽を鏡の如く宿し上と下から春菜の身に降り注ぎ――――眩しい日差しに白い素肌が輝いていた。

 

「ん…」

 

春菜が常夏の外気に頭を振って髪を散らす。髪にまとわりついていた水滴、光の雫がきらきらと輝きながら弾かれた。

 

「秋人くん――――お兄ちゃん。まだ、かな…」

 

未だ水気の残るしっとり濡れた黒髪を耳にかけ直し、視線と言葉を地に落とす春菜。震える瞼に濡れた唇、憂いを帯びた表情は切なげであり、俯くことで隠された清純なる美貌。それは成長中の少女というより大人の女の色香があった

 

当然といえば当然かも知れない。恋と決意を胸に宿した少女は―――迷いなんて無いのだから

 

そんな清浄な美しさを体現した西蓮寺春菜は振り返り、未だにプールではしゃぎ回る友人たちを眺め見る。

 

何やら水を掛け合ったり、走って泳いで追いかけあったり、喧騒から離れ優雅に平和に高笑いで流れるプールで流れたり――――

 

楽しそうな大勢の仲間、友人たち。いくら視線を彷徨わせてもその中にやはり探し人は見つからなかった。

 

「お兄ちゃん………秋人くん、やっぱり居ない。どこでなにしてるんだろ、早く来て欲しい…」

 

――――逢いたいよ、

 

呟いた小さな独り言。それは声をあげて遊びまわる、リゾート・プールで今最もはしゃいでいる親友兼姉妹のララの耳には届いたのか

 

「お―――――――い!!!は――――るなっ!もう出ちゃったのー?!お兄ちゃんならまだだよー!春菜も来るまでこっちで遊ぼうよー!」

 

ぴょんぴょんとプールで無邪気に跳ねるララ。すっかり躰も元のサイズに戻りメリハリボディーをぶるんぶるんと揺らしている。隣でリトは顔を真っ赤にしていた

 

「ララさん………ごめ――ん!私、疲れたからちょっと向こうで休憩しておくねー!」

 

声を張り、申し訳無さそうな顔でララに手を振る春菜。踵を返し歩みを早め

 

(喉乾いちゃったって、飲み物でも買いに行くふりして―――行こう)

 

春菜が向かう先は皆の荷物が纏めてあるベンチ…でなく、出口の方向。秋人を探しに行くつもりなのだ。

 

『…成程、そんな事があったのですか。では、すぐに見つけだし連れ戻します。春菜お姉ちゃんはそのまま水上スポーツフェスに参加して下さい。そちらに合流させますので……では』

 

とひとり捜索をかってでた、家族のヤミを信頼していないわけではないが…それはそれ。春菜の躰は逸る心に突き動かされていた。

 

あの冬の夜――――クリスマス・イヴと同じように

 

(大丈夫大丈夫、誰にも気付かれてない――――九条先輩にはバレてそうだけど…)

 

そそくさと先を急ぐ、その背に声と柔らかい感触がぶつけられた。

 

もにゅっ!

 

「こらーっ!はーるーなっ!どっこいくのっ!とっ!」

「きゃあ!…ち、違うんです!九条先輩―――ってララさん!?」

「もう、めっ!ダメだよ春菜ー!、ちゃーんとココで待ってなきゃ!」

「…でも、」

「ダイジョウブ!私たちで迎えに行かなくたって、ひとりでだってお兄ちゃんはちゃんとこっちに…―――春菜のところに帰ってくるよ!」

「…。」

 

ぎゅっ!と逃げる背中にしがみつくララ。春菜は首を抱く両腕に手を添え、滴る水滴を目で追いかける

 

乾いた地へと落ち、弾ける水滴。

 

その光景にいつか見た、白い雪が。今と同じように地に小さな水たまりを作っていた事を春菜は瞬間的に思い返す

 

秋人くん――――また、何処かへ消えたりしないよね…

 

嫌な予感、同じ水気が瞳の奥からじんわりと湧き上がるのを春菜は感じた。

 

秋人くん――――約束、してくれたよね

 

ゆっくりと不安と悲しみが膨らんでゆく、その恐怖に意識が触れないよう春菜は視線を前へと向けた。

 

秋人くん…――――逢いたいよ、

 

相変わらず友人たちは楽しそうだ、青空に浮かぶ太陽、煌めく水面に映る満面の笑顔。だが、そこにはいくら目を凝らしても探している想い人はいない。過去と未来の愛は行き場を失い眩しい日差しと涙へ流れ…

 

秋人くん――――私のところに帰ってきてくれるよね…

 

滲んだ瞳で眺める夏色の景色、どこか遠い情景に思える楽しげな喧騒―――

 

「はーるなっ!ダイジョウブ!きっとダイジョウブだから…」

「ララさん…」

 

背に感じるやさしいぬくもりは春菜の全てを包み込むように強く抱いた。

 

(あたたかい…ララさん――――ありがとう…秋人くんならきっと…、きっと大丈夫だよね…)

 

プールにはしゃぎ、水遊びを続ける仲間たちの声をひとつひとつ聞き分けるようにして、春菜は優しく潤む瞳を閉じて想い出の海へとだれかを探して――――――――――――飛び込んだ。

 

 

秋人くん――――

 

 

『…もう何処にも行かないで』

 

『ふん、バカ…相変わらずの泣き虫め、ちゃんとメインヒロインとして成長してるのか、ウチの春菜は………――――行かないっての』

 

『ホント?』

 

『ホントだっての』

 

『ほんと?』

 

『行かないよ』

 

『うん…』

 

 

触れ合う唇。蕩けていくほどの甘い愛の熱が伝わる、抱かれる躰全身と口づけから…

 

 

秋人くん――――大好きだよ、信じてる。信じてるから…

 

 

 

 

「うん、もうダイジョーブだねっ!はるなっ!心配しない!」

「うん…」

 

背中が優しく暖かい。

 

きっと振り向けばララさんの太陽の光を弾き悩みも不安も跳ね飛ばすような、そんなにっこり眩しい笑顔があると思う――――ゆっくり肩越しに視線を向ければやっぱりそんな笑顔があった。

 

「…ありがと、ララさん――――――――私、ここで待ってる」

「ウン!」

 

ぎゅっと更に抱きつくララ。背中に押し付けられる、裏切りの象徴である豊かな双丘。

 

(ララさん…やっぱり胸、大きい。優しいし無邪気でカワイイし、秋人くんとも仲がいいし――――要注意かも…あ)

 

春菜は視線を前へと戻し悪戯っ子のように微笑んで

 

「…行こう、掴まっててね!ララさん!」

「え?だからダメだってば…っととと!オー!はやーい!行けー!ハルナ号ー!」

 

急に走りだす春菜、背に抱きついた姿勢から慌てておんぶの体勢をとるララ。

 

口角を上げ微笑みながらプールへと一直線に走る春菜。弾む黒髪、同じく揺れる意外に大きい胸の膨らみ。

 

細身の体躯をフルに使い一気にプールへ―――それはいつも無邪気な王女(プリンセス)に振り回され気味な春菜の小さな反乱だった。

 

西蓮寺春菜はこの場に来て初めて、心からの笑顔でプール走り―――――――飛び込んだ

 

ザブンッ!!

 

――わッ!!

――んっ!!

 

立ち昇る大きな水飛沫

 

「わーお!春菜ったらヒジョーシキでお子さまな委員長さんだねェ、コレは胸の成長を揉んで確かめなきゃだね♪」

「すごっ!、私もしてみた…おホン!西蓮寺さん!プールに飛び込んではダメです!ビキニが取れたらハレンチな事に!」

「オーッホッホ!下僕の妹も活発でいいですわね!綾、凛。貴方達も飛び込んで今より凄い水飛沫を上げてご覧なさいな!流れるの事にも飽きましたわ!」

「まったく、春菜まで秋人と似たような事を…。かしこまりました。沙姫様」「"流れることにも飽きた"…なんだかロックな感じですね!沙姫様!私は準備で疲れましたよ…」

 

プールから湧き上がる仲間たちの歓声

 

「「――――――――ぷはっ!」」

 

水面上に浮かび上がる春菜とララ

 

「んぅ、もう、ヒドイよー春菜ー!いきなり飛び込むなんてー!…でも楽しかった!ね!」

「―――けほっ、ちょっと水飲んじゃった。しっぱい、失敗、けほっ…!飛び込みはホントはダメなんだよ?ララさん。秋人くんならやるかと思ってしてみたけど…これ、案外楽しいかも。ふふ」

 

秋人と共にプールに飛び込むところでも想像したのだろう。春菜は宙に浮かんだ映像を優しい視線で撫で上げる

 

「ウン!すっごい楽しかったよー!もっかいやろ!春菜!」

「もう、ダメだよ?ララさん…じゃあ秋人くんが来たら古手川さんに注意されないようコッソリやろっか。ぷっ、ふっ、ふふ――――あはは」

 

春菜が照れくさそうに喉奥を鳴らして小さく笑う。それはすぐに目を線にした幸せそうな笑顔に変わった。

 

 

そんな笑顔の進化を黙って見つめるララ

 

――――やっぱり、おんなじだね

 

そんな優しい笑顔に秋人の面影を重ねララもにっこり笑う――――ふいに

 

春菜のところに(・・・・・・)帰ってくるって!』

 

先ほどの自身の言葉が脳裏を過ぎる。いつもなら"私と(・・)春菜のところに"と言うはずであったが、ララにはなんだかそう言った方が相応しいと無意識で思っていたのだ。

 

それは春菜と秋人。並び立つふたりはこの世界にぴったり収まるパズルのピース。ふたりが居なくては、きっとこの世界は始まってさえいなかったろう。それは発明アイテムを構成する部品のようにひとつでも欠けたら決して動かない―――無くてはならない不可欠なもの

 

それがララにはよく理解(わか)っていた。

 

銀河有数の発明家のもつ天才的閃き。それは目の前、笑顔の春菜が弾く水の輝きよりも、水面上を揺らめく終わる夏の日差しよりも、その陽光に隠され見えない星の在り処よりもいっそ確かで―――

 

その閃きは

 

"ララ・サタリン・デビルークには結城リトこそが自身を幸せにしてくれる存在である"

 

 

"西蓮寺春菜には西蓮寺秋人こそが必要不可欠である"

 

と理解させていた。

 

その理解はララにとっては尾先から光線を出すのと同じくらい当たり前のこと。生まれた時からもっている能力(ちから)に"なぜそんな事できるの?"と問うても逆に"なんでそんな事聞くの?"と問い返したくなるくらい自然な事だった。

 

だが秋人と同じ笑顔で春菜が微笑み、その笑顔を向け合い語らうふたりを見て、胸の奥が小さく痛むのが何故だかはララには理解(わか)らなかったけれど。

 

(う~ん………なんだろ、この気持ち。もやもや――――…あ!そうだ!)

 

だからそれは無邪気(・・・)な彼女に合わない仕返しだったのかもしれない。

 

「よーし!ペケ!反重力ウィング展開!今度は空から落ちてみよっ!飛び込みはダメだけど飛んで落ちる(・・・・・)のはダイジョウブだよねっ?いっくよー!ぎゅーーーーん!」

「きゃあああああっ!ら、ララさんッ!はやすぎっ!高っ!高すぎっ!ちょっ、だっダメ!」

「ダイジョウブダイジョウブ!いくよ――――――っ!!「ひっ!だいじょばなぁああああああああああいっっっ!!」」

 

本心の読めない笑顔、ぺろっと可愛く舌を出し天真爛漫さ全開のララ。結局ララに振り回されることになり笑顔をひきつらせる春菜の――――

 

きゃああああああああっ!あはは、それー――――っ!!

 

ザッブン!!!

 

立ち昇る巨大な水飛沫、日差しを弾きかかる虹、湧き上がる一際大きな歓声。

 

 

――――彼女たちの、最後の夏が、はじまった。

 

 

69

 

 

「おーう……ってここかよ。ったくヤミもまた面倒なとこに…」

 

プールの隅。設けられた休憩スペース、自販機の物陰にてはしゃぐ少女たちを見つめる一人の黒髪の青年、西蓮寺秋人

 

「おおー、すげー高いところから落ちたぞ。大丈夫なのかよ春菜とララ、楽しそうだなあいつら―――しかし、出辛い。ウチの、俺の春菜にどう声をかけていいか分からなくなってきた」

 

怒ったような春菜の笑顔。楽しそうにララに仕返し(?)に水を浴びせる様子を見つめ続ける

 

「春菜…」

 

このっ!ララさん!飛び込みはだめっていったじゃないっ!このっ!きゃっ!えー?落ちるのはいいでしょー?

 

笑顔と幸せの波動を散らす二人。周りにいる全ての光景が輝いているように秋人には見えた。眩しいその光景は今も日差しに煌めく水飛沫が「本当は宝石だ」と言われても信じるくらいに

 

春菜、

 

はるなー!おかえしーっ!それー!!きゃああああああっ!!ララさん!もう!力加減して!よくもやったなぁっ!

 

「嗚呼、西蓮寺春菜さんてホント、なんてカワイイんだ――――…ってウチの、俺の春菜じゃないか。何を今更…」

 

ふっ、やれやれと内なる唯がよくやるようなポージング

こんな風に巫山戯(ふざけ)てでもいないとドキドキとしてなんだか落ち着かないのだ。しかし、いつもは会話できるはずの内なる唯は先ほどからジト目の無表情で声を発しない

 

(どうしたんだっての唯…、いやソレより春菜…――――ああ、どうすれば…!)

 

「はぁ…全く。こんな場所で何を不審者してるんだキミは…秋人」

 

ぽかり。頭に軽い衝撃

 

「イテッ!殴んな!誰だっての!?!?ってなんだ、凛か…。」「なんだとはなんだ、相変わらず失礼な奴だな、キミは」

 

振り向いた背後でキリリと睨んでいるのは凛だった。

 

「キミをこうして見つけだすのはいつも私だ。その自負が私にはあるからな」

 

凛は珍しく得意げに鼻を鳴らし腰に手を当てた。豊満で女らしい躰が秋人の目先に強調される。しかし、その身を包むのは伸縮性が高く布面積の大きい色気皆無の水着

 

―――アホクイーン沙姫が無様に溺れたりしたときに助けるためだろ、せっかくプールに来てるのに実用性重視の競泳水着か………凛らしいけどな

 

呆れたように苦笑いを浮かべる秋人は知らない

 

『凛…――――せっかくプールなんですから、あのエロ下僕にサービスしてやる意味も兼ねて、こういう魅惑的なビキニなんか着てみたらどうですの?』

『いえ、私は…――――沙姫様の護衛もありますし、いつものもので』

『はあ…いつもは従順な貴方がなぜコレほどまでに強情なのか、(わたくし)、分かりませんわ。食いしん坊バンザイエロ下僕の妹、西蓮寺春菜よりずっとスタイルもいいでしょうに…』

『いえ…――――その、…本当は着てみたいのですが、その西蓮寺春菜も同じくビキニでしょうし、その………………、比べられそうで…――――』

 

と切なげに睫毛を震わせ俯いた凛の表情(かお)を――――だけれどその想いは

 

「まったく、さっさと春菜に逢いに行ったらどうなんだ。何か企んでいるようだったぞ、この馬鹿者」

「あだッ!!…おい凛!頭殴るなっての!アホの沙姫みたいになったらどうすんだ!」

「……沙姫様を悪く言うな」

「あだッ!!――――つぅ………いってぇ…!」

「それで少しは反省しろ、もしまた言ったら更にキツい鉄拳制裁だ」

 

分かってくれていると凛は知っている。

 

そして此処が、この場所が――――

 

「……そういえば竹刀じゃないんだな、凛が素手とは珍しい…流石に水着じゃ竹刀は持ってこれなかったか」

「……ん?これのことか?」

「いつの間に…………どっから出したんだよ、いったい」

「フフ、乙女には"ひみつのポケット"がいくつもあるんだぞ。秋人」

 

――――絆を紡ぎ変える場所だということを、ふたりはきっと気付いていた。

 

「はぁ…、そんなもんスか」

「ふふっ、ああ…――――そんなもんス、だ。………」

 

軽く微笑んで戯けてみせた凛は一転、整った美貌と透き通った瞳で秋人を見つめる。

 

「…。」

「…。」

 

一呼吸、間を置いてから凛は問うた

 

「決めたんだな?」

「…ああ」

 

力強く頷く秋人、見つめる凛も満足そうに頷く――――が

 

「いや、な、しかし……――――出て行くタイミング失ったっていうか、いきなりで心の準備が出来てないっていうか、そもそも俺は春菜になんて言って告白すれば…」

 

とぶちぶち呟いたかと思えば自信なさげに狼狽する秋人。普段見れない想い人の仕草に凛は微笑ましく思いながらも呆れ、肩を落とした

 

「…はぁ、全く。こんな軟弱者を私は――――なら、これが私の役目ということか……」

「深々と溜息つくなよ、悪かったっての。いや、でもな…いざってなると……――――!」

 

ヒュンッ!

 

空を斬る、澄んだ音。

 

九条凛は秋人の頭上に竹刀を振りかざし、言った

 

「…行け、秋人。キミは欲しい者を他の誰かから奪ってでも欲しがれる人間のはずだ。そしてキミに心を奪って欲しい、キミに一番大切にしてほしい者を自身の手で(・・・・・)大切に守れる男のはずだ!誰に預けることも託すこともなく――――」

 

―――だから行け!!

 

「そんなキミだから、私も春菜もキミに恋をしたんだ。だから――――」

 

――――行け!!

 

「この世界で出来ない何か。それを成す為にキミは今、ココに居るはずだ!―――――――そうだろ?秋人」

 

一つ結びが風に靡く、"凛"とした瞳の輝きが秋人だけを貫く

 

沈黙し、目の前に立つ凛を見つめる秋人、見つめ合う二人

 

秋人と凛は精神侵入(サイコ・ダイブ)で心を繋ぎあわせた過去がある。だからあの時、秋人には手に取るように凛の心が理解っていた。どれだけ自身を大切に想ってくれていたのか、凛自身の戸惑い、迷いよりも秋人の不安な気持ち、迷いを包んで癒やしてあげたいと願っていたのか、夏の日のデート。あの日のキスがどれだけ凛にとって大切な宝物であるのか―――

 

だけれど

 

「…。」

「…。」

 

だけれど目の前にいる凛は俺の頭上に竹刀を振り下ろしたまま、その名の通りキリリと引き締まった"凛"とした表情(かお)でいて、手を伸ばせば触れられる程の距離にいるというのに。いくら俺が必至にその表情を見つめ心を掬い取ろうとしても――――分からない。

 

ただ、分かるのは…

 

「凛…」

「…っ!」

 

見つめ続ける"凛"とした表情(かお)が険しいものに変わった。奥歯を強く噛み締め、射殺すように睨みつける瞳。その潤んだ輝きは"それ以上の言葉は許さない"といっている。

 

だから俺に分かるのは凛が発した言葉の通り"ここを離れ、欲しい者(春菜)のもとへ向かう事"

 

それに

 

「――――――――――――ありがとな、凛」

 

感謝の言葉。その気持ちを伝えたい事だけが心の中に溢れている事だけだった。

 

――――やっと言えた、凛、お前に

 

――――ふん、言われずとも分かっていたとも。秋人、キミのことなら私は何でもお見通しだ

 

凛の想いも、湧き上がる何かを堪え爆発する直前みたいに握りしめる拳も、泣き笑いの笑顔も――振り向かずに走りだした秋人の目に映ることはない

 

だけれどふたりは満足だった。

 

満ち足りたこの気持ちは…――――旅をしていたように思う。俺と凛が辿り着くべき場所、その場所はきっと凛と俺でしか辿りつけない場所だ。あの時出会った屋上より高い、天より高いそんな場所。そしてその場所へ至る道こそがきっと"絆"というんだろう。ずっと、長く、それこそ死んだって切れない絆を凛とは繋いだと――――俺は思うから

 

(ありがとな、凛。……待ってろよ――――春菜…!)

 

かけがえない親友と同じようにしっかと唇を引き結び、休憩スペースを飛び出すように走りだす秋人。眼前を睨みつけ、身体の力をフルに使い全力で走る。走って、走り抜けて、人で混み合う彩南ウォーターランド。その人混みへと纏めて蹴散らすように飛び込んで、走って、走って、一刻も早く春菜のもとへ―――!

 

 

70

 

 

「――――春菜ッッ!」

 

楽しげな喧騒の中、いきなり響く大きな声。振り向く大勢の来園者…少年、少女、大人、母親、父親、兄弟姉妹――――

 

――――居ない!?どこいった!?

 

先程までララと水を掛け合いはしゃいでいた場所にはもう居なかった。

 

――――ココじゃないってのか!?さっきまでココに居ただろ!

 

きょろきょろとまわりを見渡す秋人。人混みとプールの中を血眼になって必死に探すが、いつもはすぐに見つかるはずの黒い艶髪も、いつも自身を優しく包みこむように見つめる紫の瞳も見つからない。

 

――――どこだっての……!?……――――あっちか!?

 

人だかりの中で幾人かが団子みたいになって固まり移動する方角。その方角は幾つも団体がやがてひとつの束になり何処かへ向かっているようだった。何か大きな、盛り上がるイベントでもあるのだろう

 

「アホ馬鹿クイーンの天上院がこの前言ってた"大☆丈☆夫☆天上院沙姫考案ですわ!大逆転!参加人数制限ナシ!でもなんでもアリ!の障害物レース~優勝者には豪華客船ディナー付き~オーホホッホ!流石はこの天上…(略)"とかいうやつか?どこの攻略本だアイツは。しかも全く信用出来ないっての」

 

脱力しつつも脚へと力を込める。「そろそろいこっか」と移動し始める周りより先に一刻も早く春菜の元へと――――

 

「待ってろよ――――うおっ!?」

 

グイと強く手を引かれる。掴む腕の先を見ると――――里紗だった

 

「春菜をお探し?オニーサン」

「おう!丁度良かった!!あっちだよな?春菜は人混みとか騒がしいところが好きじゃないけどなんかあっちから気配を感じるんだよな――――ってなんだよ」

 

俺をさらに引っ張り鼻と鼻が触れ合う程顔を近づける里紗。瞳をじっと覗き込み――――あからさまな溜息をつくと

 

「ふぅ~~~勝ち目なし、か…。やれやれしょーがないねェ、オニーサンは」

 

肩をすくませた

 

「なんだよ?で、知ってのか?こっちで合ってるよな?」

「ん――――逆よ。春菜はあ・っ・ち♪」

 

ついと指をさす里紗に「あっちだったか!サンキュな!」と言い切り、走りだそうとする俺の

 

「ウ・ソ♪ホントはそっちで合ってるよ、オニ――――サン!」

「いってぇ!!」

 

背中を大きく蹴飛ばされる。秋人はたたらを踏んでなんとか踏みとどまった

 

「ほらほら、行った行った」

「…――ああ!ありがとな!」

 

文句のひとつもいおうかと、思ったが里紗に急かされ飛び出すように駆け出し――――再び止められた

 

「お、あ、ちょ!おい!なんだよ!」

「お――――い!唯っち!アンタもオニーサン蹴飛ばしてやんなさいよ!」

 

腕をつかむ里紗は離れた場所で懸命に大きな胸と浮き輪を膨らませていた唯を呼びよせる

 

「何よ……もうちょっと待っててよ。里紗がすぐ迷子になるから私がついてて上げなきゃダメでしょう?それにまだレースまで時間も――――あ。お兄ちゃん!どこいたのよ!ちょっ!引っ張らないでよ里紗!」

「はいはい、待っててあげてるのはホントは私。すぐ時間にテンパッて迷子になる唯っちの為にだからね…――――いいから蹴りなさい、蹴るのよ!唯!せーのっ」「きゃっ!ちょっと!え?え?こっ、こう!?」

 

「おい、急いでるんだっての――――うおおぉおっ!!?」

 

思いの外強く蹴られた秋人は転びそうになったが、地に手をつくとそのまま勢いをつけて走り出した。

 

 

71

 

 

凄まじいスピードでの疾走。去っていく背中

 

「おー、行った行った。はやいはやい…」

「なんだったのかしら、お兄ちゃん…。で、何よ?なんで頭、撫でるのよ里紗」

「いーから、いーから。よく頑張ったねェ………唯っち」

「はぁ?だから何がよ?」

「いーから、いーから」

 

珍しく、いつもの悪戯好きなチシャ猫を思わせるあの里紗が。本当に珍しく優しい笑顔で目を細め頭を撫でてくる

 

「――――アタシも幾つか恋愛したけど。知らないこと、気付かないことが一番優しい…癒やしなのかもね」

「…何よソレ。里紗のクセに、意味深ね」

「ふっふーん。オベンキョーは唯っちが上でも、こういう恋の、女の子なお話はアタシ。得意だもんよ」

 

フフッと里紗はいつもの悪戯な笑顔。目を細めて人懐っこい、でも気まぐれな猫みたいな笑顔

 

「ふん、私だってそのうちお兄ちゃんと、先輩との恋を成就させて――――――――ダメよ」

「んー?何よ唯っち……お兄ちゃん先輩との恋はやっぱ諦める?」

「ダメ」

 

笑顔を向けるチシャ猫(里紗)の瞳。その奥が名案に輝いている様を見つけた唯は切れ長の瞳で睨みつける。

 

「んー?やっぱりダメよねェ、諦めなきゃだよねェ、お兄ちゃん先輩との…いつも胸を揉みしだかれるハレンチな恋愛なんて」

「…そうね。でもたまにハレンチなのもお兄ちゃん先輩との恋愛も良いの―――ダメよ」

 

風紀委員長らしい簡潔なる否定。唯は取り付く島もない言い方をし、さり気なくハレンチな胸を庇うのも忘れない

 

「いいじゃない…おっぱいなんて揉むために大きいワケなんだから…さァ…」

「ダメ。ダメったらダメ」

「さァ…唯っち…――――スケベしようや」

「どこのオジサンなのって…―――やあっ、ちょっ…だめぇっ!!」

「うひひ、ココか?ここがええのんかぁ…?おー、育ってる育ってる。こりゃ唯もそのうちティアーユ先生なみに大きくなるかもねぇ」

「きゃっ!ちょっ、里紗!今すぐやめなさい!だめっ!くすぐった…――――もう怒ったわよ!」

「ンあ!おおっ!あの唯っちが反撃ぃ?!んっ――アタシも本気でいくわよ!」

「んン~!!!」

 

上になったり、下になったり、転がりながら胸を揉み合う里紗と唯。そんな奇妙なまさぐりあいをする妖艶な美少女二人組を周りの客達が取り囲み

 

「うぉっすご…!いいぞー!ねえちゃん達!はやくポロリしていいぞー!」

「女の子どうし、何やってるのかしら…あーやだやだ、男って」

 

と自分勝手な感想を言い浴びせる。野次ったり、呆れたり――――でも私たちにはどうでもよくて

 

そんなやかましい喧騒に包まれながらも取っ組み合いを止めない二匹(・・)。理知的でキリリとしたネコ目で睨む唯と悪戯なチェシャ猫笑いの里紗。

 

こうしてじゃれつき誤魔化そうとしている里紗も、全部本当は気付いてる唯も、大笑いして、大騒ぎして、怒って、怒鳴って、やっぱり揉んで――――それから気が抜けたように笑って

 

「…はぁっ、はぁっ……ふふっ――――やるじゃない、唯っち…、まだヤる?」

「ふっ、ふん…いいわよ、バカ。私だっていつも一人で励んでるワケじゃないんだから…週6回の実力をみせてあげるわよ」

「…唯っち、アンタそんなに一人で――――皆には黙っててあげる、んんあっ!」

「フフッ、いい声ね。予習復習を欠かさない私の真の実力を見たわね…――――あぁんっ!」

 

そうでもしないとやってはいけなかった。

 

傾き始める、この夏最後の日差しに暖められる――――唯にとっても、里紗にとっても、誰にとっても。今は、この時だけはきっと特別だ

 

「んあっ!里紗…ばかぁ…!」

「ふふっ、あんっ…唯のハレンチ…ッ!」

 

だから文句を言いつつじゃれ合い続ける私達の、揉み合う胸のその奥に秘めたる想いも今は一時棚上げにして、終わりない慰め合いをいつまでも続けたって…

 

 

「――――――――秋人………っ!」

 

別の場所。同じ日差しに縁取られる、竹刀を固く握りしめ未だ動けず立ち尽くす令嬢にも

 

誰にとっても今は、この時だけは特別だった。

 

 

「…はぁっ!はっ!はぁっ!――――春菜ッ!」

 

少しずつ傾く日差し、近づく夕暮れ。やっぱり日が落ちるのが前より早い。でも一瞬で直ぐ様夜になり朝になり日が変わるわけじゃない。

 

「…クソッ――――早く、もっと急げよ…ッ!俺!」

 

終わる夏を"早く変われ"と急かすように。秋へと変わる移り変わる季節に"まだ変わるな"と焦るように――――秋人は走る。

 

走って、走って、全てを振り切るように走って、そして春菜へ気持ちを告げなくてはいけないのだ。誰より、何より、自分自身の為に。

 

「はぁっ!はぁっ!――――あああああっ!もう!めんど……くさくないっっ!!!」

 

だから走る中に感じる。早鐘を打ち続け限界を訴える鼓動の痛みも、それよりつらい胸の痛みも。この終わり生まれ変わりつつある一日を乗り越えれば。目の前の夕日が沈んでまた逆側から再び昇れば。きっと、多分、本当に――――やがて大丈夫になってゆくと(こいねが)

 

 

この終わる季節で、終わる世界で、誰もがそれを。

 

 




感想・評価をお願い致します。


2016/06/23 一部改定

2016/06/28 一部改定

2016/07/03 一部改訂

2016/07/05 一部改訂

2016/07/10 後半一部改訂


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Re.Beyond Darkness 25.『世界最期の告白を――~Akito's Strike!Ⅱ~【中】』

70

 

 

ンああああん!!!!ちょっと、りさ…!強いわよちぎれちゃうバカぁあああんんっ!!

 

 

「はぁっ!、はぁっ…、暑い、しんど…――い?なんかえっちぃ声が聞こえたような…唯か、な?はっ、はぁっ、」

 

"アタシじゃないわよ、勘違いしないでよねバカ"

 

内なる唯が代わりに答える。それに今度は秋人が答えなかった。

 

「はっ!はっ!はっ!はっ!っ!…くっ!」

 

それもそのはず、秋人はウォーターランドを無我夢中で走りまわっていた。

 

走り向かっている場所は秋人が気配を感じ、里紗が指差し唯と蹴飛ばしたおおざっぱすぎる方角。そして広大かつ大小様々な施設が入り乱れる敷地内でのこと、秋人には春菜の居る明確な場所は分からない。

 

終わる夏が残す熱、傾く太陽の強烈な日差し、おまけに全力疾走。心はともかく身体の方はもう限界だった。

 

「はっ!はっ!はっ!…っ!」

 

が、秋人の頭にはとにかく走る事しかなく――

 

「はっ!はっ!はぁっ!春菜…!どこだっての…――――っ!すいません!」

 

人混み溢れる彩南ウォーターランド。秋人は何度もその人だかりに肩がぶつかり、よろけて転びそうになる。それでも走る速度を落とすことも立ち止まることもなく懸命に走り続けていた

 

「春菜っ!――――っ!クソッ!はぁっ!はぁっ!どこだっての!」

 

彩南を夕陽が朱色(あけいろ)に染め上げる。黄昏に包まれてもウォーターランドは人でごった返していた。その多くはスポーツフェスに集う彩南高校生徒たち。最後を飾る一大イベントを待ちつつ遊び、愉楽に湧いていた。視界に映る人、人、人……、その中には春菜に似た髪型、似た水着の人物が幾人も居たが見間違う秋人ではない―――焦る頬にいくつもの汗が川を作り、滴った

 

「はぁっ!はっ!あついっ、どこだ!はる…はっ、はっ!はるっ、な――――」

 

走りながら、叫びながら探せば良いのかも知れないが既に息が上がり叫ぶことが出来ない。

 

春菜――――ッ!!!!

 

もどかしい現実に歯噛みして、秋人は心の内で声を上げ叫んでいた。内なる唯もこれには流石に耳を塞ぐ、だが決して文句は言わなかった。

 

 

71

 

 

その時。

 

「…?秋人お兄ちゃん?」

「どうかしたのー?春菜ー?」

 

西蓮寺春菜は振り向いた。何だか誰かに呼ばれた気がしたのだ。しかし視線の先には楽しげにおしゃべりをする同級生たち。もしくは水遊びにはしゃぐ同級生たち。声をかけた人物も想い人も見当たらない。

 

夕焼けの茜に淡く色づけられ、跳ねる水飛沫はあの時の桜のようで――――

 

『…なんだよ、なに俺見てニヤニヤしてんだっての』

『んーん、なんでもないよ。それにニヤニヤもしてません。…ただ、お兄ちゃんだなぁー、秋人くんだなーって思って見てただけ…――ふふ』

『なんだそりゃ…』

 

一瞬、目の前の光景に過去の記憶が重なった

 

「………気のせい?でも…」

「ンー?どうかしたの春菜ー…―――あー、ナルホドー!」

「…ね、ララさん。きっと秋人お兄ちゃんもう近くに来てるよね?」

「んふふふー、はーるなっ♪」

「?どうかしたのララさん」

 

ララは目を輝かせ春菜を見ると、今度は先ほどの見返り視線をなぞるように重ねる。ララの動きを追随する春菜、重なる視線の先には…―――

 

「「…"天上院沙姫の華麗なる監修!彩南高名物セルフお好み焼き!オーッホッホ!貴方が焼けばいいのですわ!じわじわとなぶり焼きにしておしまい!わたくしのお手製を希望するなら価格は53万ですわ!"」」

 

出店の横。無駄に豪華絢爛な看板、イタリックな文字を綺麗なユニゾンで読み上げる二人

 

「んふふー、春菜ー!おなかすいちゃったんだね!私に作って欲しいだなんてー!食いしん坊なお兄ちゃんみたい!ふたりはやっぱり似たもの兄妹だねー!」

「え"?あの、違うよ?ララさん」

 

にっこり。天真爛漫な笑顔に一瞬だけ見えたエメラルドグリーンの瞳は喜びにキラキラと輝いていた。大輪の薔薇が弾けたような魅力を放つララ。目の前の美貌(それ)を春菜は呆けたように見つめ返した。誰もが見惚れるだろう無邪気な笑顔に当てられたわけではない、意図が解らなかったのだ

 

「もしかしてお兄ちゃんから聞いたのー?私がつくったお好み焼きが美味しいってー!んふふー!それなら私が焼いてアゲルねー♪」

「え?…あっ!い、いいよ!ありがとうララさん!気持ちだけ受け取っておくね!」

「いーからいーから♪エンリョしないっ」

「え、えっと…そもそも"貴方が焼けばいいのですわ!"って、お客さんが自分で作るってことだよね?」

「うんうん、私が作るからね!頼まれて料理するのなんてハジメテだよー!うーんとおいしいの作ってアゲル!」

「お客さんが作るんじゃ天上院先輩の監修も何もないよね?それに名物って初めて聞い…」

「ンふふふふ~ん♪さあ!いこー!」

「ちょっ、ララさん!ひっぱらないで!いいの!お願いっ!お腹すいてないから…!」

 

兄たる秋人のように話を変えようと試みるが全く成功せず、腕を引くララは年頃の少女らしい単純で単色なる笑顔を振りまき楽しそうだ。そしてそんな喜びにはしゃぐ愛らしいララに今更、

 

『違うの、秋人くんのこと考えてたの。ララさん』

 

などと言おうものなら()邪気な彼女は

 

『ホント!?やっぱり春菜も?じゃあ一緒に空から探そうか!ペケ!ウイング出力全開だよっ!ぎゅーーーーーーん!』

『きゃああああああ!』

 

くらいはするかもしれない―――春菜はララの内に芽吹く可愛らしい気持ちに気付いていた

 

「ね、ララさん…お、お願いだから…、ね?」

「ウン!春菜のお願いならいつでもお好み作ってアゲル!私に任せて!」

「ち、ちがうのララさん!そういうことじゃなくてっ…!ちょっ!あのっ、お願い…っ!」

 

経験者たる秋人から「ララのお好み焼きはフツーの人が食べたらヤバイと思う。たぶんだけど、なんかそんな気がする。アホしすにダークマター吸いだして貰わなかったら俺も危なかった」と聞かされていた春菜。ララを(いさ)めようとしていた穏やかな笑みを引きつらせ、

 

「いいの!ホントに食べなくて大丈夫だからララさぁああああん!!!」

 

夕の茜空に轟く春菜の絶叫、悲痛な想いはすぐ傍の無邪気なララにはなぜか届かなかった

 

 

72

 

 

その時。

 

「…やるじゃない」

「フ…貴方もね」

 

満足そうに微笑みを交わし合う二人。

 

銀河最強の座を譲り受けた変身(トランス)兵器、金色の闇・ダークネス。そして美貌と知性で銀河を治めていたセフィ・ミカエラ・デビルーク元王妃は競い合っていた。ふたりの足元には惨劇の爪あとが所狭しと広がっている。セフィは丁寧に膝を折り、その残骸のひとつを手にとった。

 

「…この話、これまでドSで父を手玉に取っていた少女イヴが今度は逆に父に調教されてしまうシーン。お風呂場で繋がりながらの愛の告白は正直、とても興奮しました。」

「ふふん、でしょ?イヴの自信作なんだから当然じゃない。…あたしはねー、」

 

金の髪を変身(トランス)させ同じく足元に散らばる和紙――――丁寧な文字で書かれたセフィの作を手に取るダークネス

 

「ココのシーン、ピーチ姫が城から民衆へ向けて祝辞の挨拶をしてる時、その後ろでは婚約者であるはずのオータムと王妃が☓☓☓(ピ―――)してるのがイイね。ドレスを利用して繋がってるのを隠すなんてやるじゃない。王族ならではってやつ?」

「フフ、唇を噛み締め声を漏らす王妃が背徳的でしょう?」

「なに、その満足そうな顔。ムカつく…アンタもドSなのかドMなのかよく分からないよね。まぁ好きな相手にだけはドMになる淫乱ピンクのモモと同じだろうけど…ところでこのオータムって"秋"って意味だよね?…まさかパパの事じゃないよね?」

 

口元を優雅に隠し微笑むセフィと睨みつける金色の闇・ダークネスの闘いはまだ続くようだ。

 

 

73

 

 

「はぁっ、はぁっ――――くっ!…ここでもない!」

 

飛び込むように辿りついた"流れるプール場"――――春菜は居ない。

 

代わりに今度はぽつりぽつりと人影があった。先ほどまで探し周った場所より随分少ない。どうやら別の場所で大きなイベントがあるらしい。移動する人の流れが目指す先と一致していた。

 

「ったく、なんでこう。もっと……!」

 

立ち尽くす秋人。握りしめる拳。落ちてゆく夕陽はひたすら眩しく、微かな陽炎の中を揺らめいている。

 

「ったく、なんでもっと早く…………………」

 

――――素直になれなかったのだろう

 

世界の全てが優しい茜色に染まっていた。

 

決して顔を伏せず、眩しさとやるせなさに目を細めて見る太陽。大きな夕陽は茜色の空に滲んだように広がっている。真昼より大きな、それはそれは大きな太陽。その日差しは柔らかく、夕暮れ特有の静けさに少しの寂しさを感じればそれは秋の気配だ。

 

夕陽は今も刻一刻とずっと先の遠い海へと、建物と山々で阻まれ見えない水面(みなも)へと沈もうとしている。

 

終わる夏の夕陽は何もかもを丸ごと包んで飲み込んで、何もかもを忘れさせるくらいに…

 

「…綺麗だ」

 

 なぁ、春菜…

 

傍らに居ない最愛の者に語りかける秋人。目に映る終焉の茜色に一瞬、秋人は過ぎた去った季節と邂逅する―――

 

 

 

 

「綺麗…ね、秋人お兄ちゃん」

「だよなぁ…」

 

傍らに居る春菜は桜を見上げ、目を細めた。

 

皆と騒いだ花見も終わり、今や公園に居るのは俺と春菜のふたりだけだ。昼間に酒も飲まずジュースで盛り上がった制服姿の一団は、周囲の目にはさぞかし異様にうつったことだろう。

 

しかし今は昼のどんちゃん騒ぎが嘘のように静かな夕暮れ時。

春とはいえ、日が傾くと肌寒い。大きく傾いた夕陽は公園も、すぐ傍にいる春菜も一緒に茜色に染め上げている。夕陽に染まった桜の影がどこまでも長く伸びていた。

 

友人たちは皆既に帰宅したが、俺はなんとなく去りがたい気持ちで公園に留まってた。此方の世界に還ってきたことをはっきり実感したかったのかもしれない。

 

そしてもちろん、春菜が俺を置いてウチへ帰るはずもなく、傍らに寄り添い微笑んでいる

 

「…なんだよ、なに俺見てニヤニヤしてんだっての」

「んーん、なんでもないよ。それにニヤニヤもしてません。」

「してるだろ、なーにが面白いんだよ?」

「ただ、お兄ちゃんだなぁ、秋人くんだなぁーって思って見てただけ…ふふ」

「なんだそりゃ…」

「ふふ、なんでも…――っくしゅん!」

 

春菜が可愛いらしいくしゃみをしたので俺は慌てて上着を脱いだ。春菜の細い肩にそっと掛けてやる

 

「悪いな、これ着てちょっと我慢しててくれ。それとももう帰るか?」

「ううん、私もまだ此処に居たい。上着ありがとう、お兄ちゃん。とっても暖かくなったよ」

「そうか、良かった」

「…でも今度はお兄ちゃんが寒くなったんじゃない?」

 

申し訳無さそうな顔をする春菜に俺は笑ってみせた。華麗なステップでダンスを踊り極力平気な顔をみせる

 

「フフ!こんな事もあろうかと!こんな事もあろうかと!俺はいっぱい着込んできたからな!…フフフ!『こんな事もあろうかと!』一度は言ってみたい科学者っぽい台詞だよなー」

「何それ、またヘンなこと言ってる…それにその踊りってラジオ体操?マイム・マイム?」

「いや、華麗でオシャレっぽいダンス…」

「プ、何それ…ちっともオシャレじゃないよ、お兄ちゃん…」

 

くくくっと小鳩のように喉奥を鳴らし微笑む春菜。「お兄ちゃんてやっぱりヘンだね」と笑って呟きなんだかとても幸せそうだ。ひらひらと桜が舞う中、目を線にして微笑む春菜

 

――――――――やっぱりウチの西蓮寺春菜が一番カワイイ――――――――

 

「…でも秋人くん(・・・・)。どうしてふたりで残ろうって言ったの?」

 

ウチの春菜が悪戯な微笑みを浮かべ聞いてくる。

 

しかしながら俺は「ふたりで残ろう」などと言っていない。それにこうしてふたりでいる理由など、コイツは分かっているクセに。清純清楚なウチの春菜は随分と性格が曲がってしまったらしい。全く、一体誰がこんな春菜にしたんだか………

 

「皆と一緒に見る桜もいいけど、やっぱり春菜とふたりで見たかったからな」

 

春菜の望み通り、正直な気持ちを告白する。少し照れながら言ってしまったかもしれない。

 

「あ、秋人くんったら…」

 

春菜は頬を赤らめ照れ笑い浮かべると、上着に顔を埋めてそっぽを向いてしまった。言わせたのは自分のクセに…慣れない悪戯するからだぞ、俺も笑って照れる春菜を撫でてやる

 

「…でも秋人くん、茜色の桜ってとっても綺麗だね」

 

茜に染まる頬を隠そうとして、春菜が同じ事を言う。見つめていた俺も視線を外し、春菜と一緒に桜を見上げた。

 

次第に色彩を失ってゆく世界で、茜色に染まる桜だけが可憐に咲き誇っている。

 

淡い色合いの桜は夕陽の色と交じり合い、柔らかい輝きを放っていた。静寂な夕暮れ時をひらひらと桜が舞い踊る――――…きっとそれは誰も彼もが見惚れるだろう美しき春の風景だ。

 

でも、そんな当たり前に綺麗な風景よりもずっと―――

 

「綺麗…ね、本当に」

 

夕闇が迫る中、茜色の桜を見上げる春菜は本当に美しかった。どこか幻想的で儚く俺の目に映る。

 

(綺麗だ。でも……)

 

淡い色の桜のように清楚で、咲き誇る桜のように美しく、そして季節が変われば散ってしまう桜のように儚げで――――そのまま春菜が、ふっと何処かへ消えてしまうような気がして俺は不意に恐ろしくなった。

 

一度生まれた不安は容易に消せず、闇雲な恐怖だけが膨れがってゆく、もしも春菜が俺の傍から消えてしまったら…

 

それは俺という存在がこの世界から消え去ることよりずっとずっと恐ろしい事で、

 

「…春菜っ!」

「きゃっ」

 

思わず声を掛けてしまう、それだけでは足りず彼女を強く抱き締めた。

 

「ああああ秋人くんっ!だめっ!こ、ここお外だよっ!」

 

目を白黒させる春菜の困ったような嬉しいような声が耳朶(じだ)に漏れ聞こえてくる

 

「は、初めてはその…!ちゃんとシャワー浴びて綺麗にしてからっ!今日ちょっと汗かいちゃってるし!それにベッドのあるお部屋がいい!お、お外でするのは流石に恥ずかしいよっ!」

「…一体お前は何考えてんだ春菜。…―――全く、うるさいっての」

 

あたわたともがく春菜をきつく抱き締める。暖かく、柔らかく、いい匂い…

 

綺麗なものはいい匂いがする。俺は単純なそれを法則化して桜のものなのか、春菜のものか分らない心地いい匂いと感触に身を委ねた。それでも心の奥には未だ冷えた恐怖がくすぶっていて…

 

…考えてみれば俺は春菜とリトを結びつけ、この世界を終わらせようとしていた。それは俺が元の世界へ還る為だ。しかしこの世界での異物たる俺が春菜と結ばれれば、結局今度はソレをきっかけに世界が終わってしまうかもしれない。

 

そうなれば、今この腕の中にいる春菜はどうなる?ララは、ヤミは、美紺は、凛は、唯は、ナナは、モモは――――――――――皆はどうなる?

 

(俺は、俺は本当に春菜を守ってやれるのか?)

 

そんな事を思うと堪らなく不安になってくる。自分がいかに非力な存在か、よく分かっているからだ。俺自身に特別な力など在るはずもない。大事な俺の春菜ひとり満足に守ってやる自信がない。

 

「落ち着いて、秋人くん…」

 

優しい囁きと共に春菜の手が背中に回される。暖かい掌の感触が俺を我に返させた

 

「…む。俺はいつでも落ち着いてるっての」

「肩、震えてたよ。秋人くん…私には強がらなくてもいいの」

 

身体を離そうとしたが、今度は春菜に優しく抱き締められていた。繊細で華奢だが春菜の腕に抱かれていると不安も、迷いも、何もかもが消し飛んで安らげる気がした。

 

「心配しなくても、私も、秋人くんも。何処かへ行ったりしないよ」

「…そう、だな」

「それに、私は何があっても秋人くんの傍にいるから…」

「…それでも、もし俺と春菜の仲を割こうとするやつがいたらどうする?」

「そのときは私がやっつけちゃうよ」

 

屈託のない笑顔で春菜が言い放つ。その言葉には迷いの欠片は微塵もない

 

「私は秋人くんが傍に居ないと、秋人くんが幸せじゃないと幸せになれないんだよ。だからどんな事があっても秋人くんとの生活の邪魔はさせません」

「春菜、強くなったんだな…お兄ちゃん嬉しい!」

 

何だか無性に嬉しくて、頭を乱暴に撫でる。すると春菜は力を抜き嬉し気に目を細めた。

 

(ああ、安らぐな。いつまでもこうしていられたら…)

 

ふと気づくと辺りはすっかり暗くなっていた。水銀灯が夜の桜を涼しげに照らし出している。青白い光りに照らされて桜がはらはらと雪のように降り注ぎ、俺と春菜の周りを一面真っ白い花弁で染めていた。

 

この調子だと見頃は今日で過ぎてしまうだろう―――そして、それは次の季節の幕開けだ。

 

「お、もう随分暗くなったな…。腹も減ってきたし、ウチに帰るか」

「うん。一緒に帰ろ、私たちの家に…。それにもっと肩の力を抜いて甘えていいからね、秋人くん。私だって秋人くんを支えてあげることくらいできるんだから…。」

「おう、ありがとな春菜。」

「う、うん。そ、それに秋人くんから色々おベンキョウしたし…その、ウチに帰ったら早速甘えてきても…抱き合うよりもっといっぱい甘えてきても…受け止めてあげられるから…、ね?」

 

上目遣いで見たと思ったら、ウチの春菜は顔を赤らめて怪しげな事をぶちぶち呟いている。

 

「んじゃあお言葉に甘えまして…」

 

春菜を抱いたまま身体の力を緩める、細身の春菜はぐらりとよろめいた

 

「きゃっ!ちがっ!秋人くんっそれはものの例えで…!ふぇっ!?」

 

いくらテニスで鍛えているとしても華奢な春菜に俺の体重は支えきれない。春菜はよろめいてそのまま桜の幹にもたれかかった。

 

春菜が幹にぶつかる寸前、手を伸ばし彼女を支える。そして俺の春菜を幹と自身の間に閉じ込めた。おこがましくも誰にも、何にも奪われないように…

 

そんな俺を春菜は黙って見上げている。その表情からは不安そうな気配はまったくない。全幅の信頼を寄せている顔だ。そしていつものように至らない俺を叱ってくる

 

「まったく、ものの例えってことくらい秋人くんでも分かるでしょ?それに私がこのあと何に期待してたなんてことも…もう、秋人くんのバカ」

「ハイハイ、悪かったっての。けど期待してた事なんて分からないし知らないぞ春菜。にしても『ふぇっ!?』って珍しい鳴き声だしたよな、凄くマヌケなお声でしたよ?はっはっは」

「…む。じゃあ秋人くん、桜の花言葉って知ってる?」

「桜の花言葉…?なんだそりゃ?」

 

首を傾げて春菜を見つめる。春菜は俺がそう答えると分かっていたかのように話を続けた

 

「"心の美しさ"、だよ」

 

春菜の頭に桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。恐らく俺にも同じく降り積もっているのだろう。春菜が俺の髪に触れ、ひと撫でするとその手はなぜか頬に添えられた。

 

「ふーん、"心の美しさ"か。確かにそんな感じだな、綺麗だし…で?なんだよ春菜、何を笑ってるんだよ」

「ふふ、ね…秋人くん、これは知ってる?」

 

瞳の奥に(あで)やかな輝きを灯し、微笑む春菜がもう一度聞いてくる。

 

「何をだよ、流石に"これ"じゃ分らないぞ」

「綺麗なものを見つける為には、自分の中にも綺麗な何か(・・)がないと見つけられないってこと。つまり、この桜を綺麗だって見つけられた秋人くんには綺麗な()があるってこと―――…私は秋人くんの心はきっと、誰より綺麗なんだと思う」

「…それは言いすぎだろ春菜。それに心の美しさならお前に勝てるやつなんか―――」

「反論は認めませ、ん…っ!」

 

春菜は素早くそういって俺の唇を塞ぎにかかった。キスで言葉の続きを封じられそのまま抱き締められる。こうされては、最早抵抗など出来るはずもない――――甘く、痺れる愛の捕縛

 

首に両手を回す春菜が俺を捕まえているのか、幹と身体の間に閉じこめている俺が春菜を捕まえているのか。それは腰を抱きしめ返す俺にも、唇を啄むのに夢中な優等生の春菜にさえも分らないだろう。

 

「ん…、」

 

俺と春菜の周りには今も桜がひらひらと舞い降り積もっている。そんな音無き暗がりで、キスをする春菜の甘い唇の感触。顔に当たる柔らかな髪の感触。蕩けてゆく思考の中、やがて俺も春菜の愛を受け取る為、瞳を閉じた。

 

 

ぽむっ

 

「……いてっ、」

 

柔らかい何かが頭に当たる。

 

"コラ!いい加減ハレンチな回想から戻ってきなさいっ!間に合わなくなっても知らないわよ!鬼ぃちゃんのバカ!"

 

内なる唯の怒鳴り声。遠くからも同じく聞こえる「お兄ちゃんのバカ!」に秋人は閉じていた瞳を開いた。足元を転がるビニール製ドーナツ、頭に当たったものはどうやら浮き輪らしい。跳ね飛び転がった浮き輪がプールへ流れ浮かんでいる

 

「ん?あれはさっき唯が膨らませてた浮き輪じゃないか…?なんでここに…?」

 

"ぴ~♪"

 

内なる唯が鳴らない口笛を吹いた。きょろきょろ周りを見渡せば、真っ赤なビキニに覆われた量感あるハレンチ胸が目にとまる。

 

(唯が唯を呼んだのか、躰隠して胸隠さず…――――って難しいことやってんな唯…)

 

ヤシの木で身を隠しジトーーーッと視線を投げかけている唯。俺は見なかったことにする。何があったのかは知らないがビキニが半分ずれていて美味しそうなメロンが露わになっていたからだ。もしアレに気付いたらセミより煩い「ハレンチな!お兄ちゃんのハレンチ!ハレンチ!ハレンチな!ハレンチなのは駄目よ!でもお兄ちゃんからハレンチはほしい!バカ!私のハレンチ!ハレンチ!ハレンチ!ハレンチな――――――――ッ!!!!!」のハレンチ大合唱が始まってしまう

 

代わりに流れていた浮き輪を掬い上げ唯に放り投げた。

 

「あわわわ…!きゃっ!」

 

すっぽり。

輪投げの要領でハレンチな胸が覆われる。これでよし、相変わらずどっか抜けている妹だ。それで唯は俺の意図に気付いたらしい、ずれたビキニを急いで直し涙目になっている、マズイ。

 

「ッ!? !??? !? ハレンチっ!お兄ちゃんのハレンチ!触ってくれないのはハレンチ!」

 

 ハレンチな――――――――――――ッッッ!!!!!

 

"ああもうウルサイわね、ちょっとアタシがあっちにいって本体慰めてくるわ"

 

頼んだぞと頷き内なる唯に任せることにする。あと本体って言うな

 

秋人はかぶりを振って視線をプールへと戻した。ここからずっと見ていては比較的常識的な唯のことだ、いつまでも恥ずかしい思いを忘れられないだろう

 

「ふぅ…ったく、唯のやつ…少しは大人になってるのかね…」

 

足元の波打つプールは終わる夏を、夕暮れを縮小サイズで正確に宿し続けていた。今もこうして世界は少しずつ色を失ってゆく。終わりゆく一日は――――移り変わってゆく世界の姿はきっと今の自分の気持ちと同じだ。春菜の事、ララの事、ヤミの事。確かに大切だと思っていたが世界を終わらせてまで、覚悟の上でそれを口にする勇気はなかったように思う

 

だが今は、はっきりと自分の気持ちを叫ぶことができる。

 

「…。」

 

強い深愛は先程から頬と身体を熱く滾らせていた。ただ一人に向けられる想いは今の今も大きく膨らみ、ともすればそのまま叫び出してしまいそうだ

 

「ふん、春菜のやつ…俺の心を乱しやがって………お仕置きしてやる。」

 

お仕置きと称して、いっそのことこの小さな海に飛び込んでやろうか、と思う―――春菜をお姫様抱っこして。照れてもがく春菜を問答無用で抱き上げ飛び込めばきっと絶対楽しいはずだ。あとで春菜はきっと文句を言うだろう、でも嫌ではないはずだ。本当に嫌なら春菜はキッパリ断る。それにウチの春菜は俺がやろうとすることなど、いつでもお見通しのはずなのだ。だからもしも嫌なら飛び込む前に防いでくるだろう

 

普段は優しく穏やかな春菜だが、嫌なことは嫌だと言える勇気も行動力もある。そして何よりも誰よりも真っ直ぐで優しくて―――とても綺麗だ。そんな春菜を!

 

地を蹴り再び走りだす。だけれど今、ふたりで飛び込むのは出来ない、傍に春菜は居ないのだ

 

「はっ!はっ!はっ!…ッ――――!」

 

息が上がり、酸素を求め馬鹿みたいに開けていた口。それを親友である武士姫と同じく引き結ぶ、奥歯を強く噛みしめた。

 

『この世界で出来ない何か。それを成す為にキミは今、ココに居るはずだ!』

 

―――この世界で、出来ない何か…!

 

走りながら浮かぶ凛の言葉。何故かこの場所で、彩南ウォーターランドで。結城リトが皆に春菜たちに何か(・・)をしてモモの"楽園(ハーレム)計画"が始まった気がする。何をしたかまでは識らないが…

 

『この世界で出来ない何か。それを成す為にキミは今、ココに居るはずだ!――――そうだろ?秋人』

 

―――この世界で出来ない何か…………春菜、俺はお前と――――!

 

叫びたくなる想いを、今までの後悔だとかを、懺悔だとか迷いだとか決意だとかを。心の奥底に秘めていた大切なものと一緒に纏めて飲み込んだ。心と身体に滾る燃料が打ち込まれる。

 

秋人は走り、地を蹴り続ける足で真下、白いラインを強く踏みしめ一気に前へと―――

 

その時。

 

パンッ!!!

 

ピストルの弾ける音を聞く――――どこかで遂にスポーツフェスを飾る最後のイベントが、天上院の言っていた豪華懸賞付きの何でもアリのレースが始まったらしい。その弾ける音は冬の日に鳴らした爆弾クラッカーの音に似ていて

 

春菜――――!

 

『…何泣いてんだ馬鹿め、不遇ヒロインがいよいよ板についてきたか?』

『…ぅっ、ひっく、』

『ふん。心配すんな、お前が、【西連寺春菜】が捨てられる未来はない。不遇ヒロインだろうが"この世界"ではヒロイン全員が最後には幸せになるはずだ。最後には――――』

『…っく、ぅっ、』

 

 

春菜の泣き顔は嫌いだ。見るならあの時の、冬の日の結城家で鍋を囲んだ時のような幸せな表情がいい…―――

 

 

< お い し い ね >

 

――――お前が作ったんだろーが

 

< あ っ た か い ね >

 

――――できたてだし、鍋だしな

 

< ち が う よ >

 

――――何が?

 

ゆっくり周りを見渡した後、もう一度俺を見つめる春菜が優しく微笑む

 

< み ん な が い て >

 

< お に い ち ゃ ん が い て く れ て >

 

「…わかりづらいぞ、いい加減声出せ」

 

「私、今しあわせだよ、お兄ちゃんがいて、みんなとこうして鍋を囲めて、間違いなく今まで生きてて一番しあわせ…秋人お兄ちゃんも…幸せ?」

 

 

瞳を微かに潤ませ、嬉しいような困ったような笑みを浮かべる春菜。その顔を見たのは、実はこの時が初めてではなかった。

 

 

 

 

同じく冬の日。俺と春菜は学校帰り、ふたりで並んで歩いていた。

 

俺は補習、春菜は部活。一緒に帰る時間はいつもより断然遅く夕陽も既に沈みきり、辺りはすっかり暗くなっていた。青とも黒とも見分けの付かない不思議な色の夜空には白い雲が浮かんでいる。

 

「…お兄ちゃん」

「なんだよ」

 

ここまでずっと黙って歩いていた春菜。唐突に声をかけてくる。何かを深く考え、思い悩んでいた春菜に俺はこの時まで何も聞いていなかった。春菜が自分から言い出すのを待っていたのだ。何でもかんでも手を引いていては春菜が成長できるはずもない。この頃の俺は春菜の魅力を上げ、結城リトと結びつけることだけを考えていた。

 

「ララさんて、いい子…素敵な人だよね」

 

春菜が消え入りそうな声で呟く。歩みも止り、一人佇んでいた。

 

「…春菜」

「お兄ちゃん?」

 

俺は振り向き、思い悩む春菜を撫でる。らしくないぞ、と伝えたくてできるだけ優しく

 

「春菜、お前の悩み…それはリトの傍に居るララが真っ直ぐ気持ちを表現するから眩しくて、羨ましく見えるんだろう」

「…―――うん」

「俺に教えられて色々試してみるけど、リトのいちばんになれるか、本当に成長してるのかどうか良く分からない…そうだな?」

 

春菜は数瞬迷ったようだが、やがてコクンと頷いた。あどけないその仕草。真面目くさった顔に幼子のような仕草は清楚な春菜に不似合いで、愛らしい。こんなにカワイイウチの春菜が結城リトに貰われていくのかと思うと…――――思わず撫でる手に力を込めてしまう

 

パチッ

 

「…あ」

「…あ、悪い悪い」

 

髪留めがパチリと外れてしまう。俺は慌てて付け直す、大分昔からつけていたものらしい、その髪留めは随分年季が入っていた。もうすぐクリスマスだしプレゼントしてやるのもいいかもしれない。

 

「でもな春菜、皆誰でもすぐに成長できるわけじゃない。ララが羨ましいからって背伸びをして、ジャンプしてみたところで肩を並べられるのは一瞬だけだ。春菜にはトランスの翼も発明アイテムの翼もないんだからな。結局、自分の成長を信じて地道にやるしかないんだよ、そうすれば必ず報われる時が来る」

 

春菜は黙って俺を見つめ続けている。それから目を伏せ瞼を震わせて嬉しいような、困ったような笑顔で言った

 

「秋人お兄ちゃん…も?」

「?ああ、そうだな。だと思うぞ」

「うん…、わかった。ありがとう、お兄ちゃん…」

 

瞳の輝きは一瞬、だが強く。俺はそれを見逃さなかった。いつか消えてゆく者をそんな目で見て欲しくない。春菜には自分の幸せだけを考えていて欲しい

 

――――だから俺はあの時答えをはぐらかした。だけどな、ホントは――――

 

この場所にないはずの想い出。次々と展開される想いたち、更にスピードをあげられる燃料が加えれ

 

「ッ―――!」

 

――――ホントは、

 

追憶の欠片を集め、秋人は放たれた矢のように()け出した。凄まじいスピードで敷地内の狭いコース。カーブをスリップしながら突入し遊具と遊具の狭い隙間を一直線に駆け抜ける

 

――――春菜ッ!!!俺はお前が好きだ!ヒロインはいつだって一人だけのはずだろ!

 

誰かの為に、春菜の為に駆ける秋人に迷いはない。風を切り飛ぶが如く駆ける。通れば発動する"百発百中投げつけとりもちトラップ"さえ、当てられないスピードで―――

 

 

その時。

 

「…っ!」

 

西蓮寺春菜はララとの話を中断し、目を見開いた。清楚な美貌の横頬に、鮮やかな薔薇色が宿る。

 

僅かに濡れた瞳にはたったひとりの男が映っていた。

 

自分の元へ誰より早く向かってくる男の名は――――

 

 

その時。

 

疾走し狹まる視界、駆ける先に同じく走る背中が映る。そいつの名は――――

 

――――とにかく今は、とにかく今は、()よりも早く春菜の元へ急ぐのだ。走って、急いで、そして見つけて。あの白い手を掴んで捕まえて初の愛の告白をするのだ。受け入れられずとも構わない。何度でも立ち向かってやる、何故ならこの世界でこの俺こそが西蓮寺春菜の唯一の兄であり育ての親であり恋人なのだ。これはこの世界では既に決定事項であり、春菜の都合など知ったことではない。絶対俺が幸せに、毎日面白くておかしくて楽しく新しい日々を過ごすのだ。世界が終わろうともかまわない。そんなもの春菜と一緒に蹴散らしてやる

 

 

だから、だから目の前を懸命に走ってる奴がどれだけ純情でどんだけイイ奴だろうが―――!

 

 

「邪魔だッ!!!」

「おっ!うわあああああああ!」「ちょっ!きゃあああ!!」

 

力任せに引き倒す。

倒れたソイツの巻き添えで誰かも転びラッキーなスケベ展開が起こっていた。今まで気づいていなかったが、どうやら走っているのは他にも大勢おり男女問わず何処かへ走っているらしい。いつの間にか俺もレースに参戦しているらしい――――天上院のアホめ、聞いてないっての

 

「おお!西蓮寺先輩が1位の結城リトを倒したぞ!きたねぇ!なんでもアリってこいう事かよ!」

「こえええ!迫力ハンパねぇ!つーか早ぇ!スタート位置、たしか一番遠かったのに!」

 

疾走し見据える視線の遥か先からも、そして横からも。大きな歓声、悲鳴、批難の声が湧き上がる。

 

その中、

 

――――…くん!

 

その中に今一番に逢いたい、捕まえてこの気持ちを伝えなければならない、同じ黒髪の清純なる春菜が――

 

――――秋人くんっ!!!

 

見つけた!

 

「春菜ッ!!…―――うおおおおおおおおあああッッッ!!!???」

 

思いきり倒れこむ。

それは一瞬の油断。全力で疾走を邪魔するべくトラック内に仕掛けられた罠が、固いコンクリート製と見せかけ実はそうでなかった砂地が、捕獲用ネットが身を襲った為であり

 

「ぐ!いってえ!…クソっ!天上院のアホ!コロネ髪!んなもん仕掛けやがって!相変わらず空気読めない奴…!…ぺっ!口にも砂はいった!――――んぶっ!いて!ぐぎゃ!」

 

倒れ、ネットにもがく秋人を追い抜き踏みつける団体多数。秋人は幾人にも身体を踏みつけられる

 

 

「よっしゃあ!僕が1位になって未だ来ないモモ様のハートをゲットだぜ!」

「ふげっ!」

 

とVMC会長のヘンタイ中島にも

 

「すいません!先生!ララちゃんの元へ僕は!」

「ぐげ!」

 

と秋人をジャンプで爽やかに踏み越えるレンにも

 

「すいません!西蓮寺のお兄さん!」

「…」

 

と申し訳無さそうに謝り踏まないように走る、先程潰したリトにさえ――――追い抜かれて置いてゆかれて

 

「…ぺっ!ぺっ!クソッ、あいつら……っ!」

 

無様にもがく秋人は脚に絡まったネットに苦戦していた。見れば周りにも自身と同じようにトラップに足止めされている者たちが視界に入る

 

(急げばまだ間に合うはず…ッ!レースなんか、んなもんどうでもいいんだっての!でも春菜がリトに何かを、リトが春菜に何かをしようとするなら…――――俺はそれを全力で阻止してやる!)

 

「クソっ…!ったく!はずれろっての!」

 

焦りもがく秋人。視線の先、一塊の団体を飛び抜けて並んで走る2つの背中――――早い、周りの奴らとは違う何かを持ってるだけはある

 

――でもな、お前らがどんだけ凄い奴だろうが、純情でイイヤツだろうが、メモルゼ星の王子だろうが未来のハーレム王だろうが…

 

「負けて………………………………いられねぇんだよ!!」

 

固く握る拳で砂を掴む。解けたネットを蹴飛ばし弾けたように駆け出す秋人に

 

――――秋人くんっ!こっち!頑張って!負けちゃダメ!

 

騒がしい歓声の中から声が投げられる。周囲の盛り上がりは最高潮、もはや悲鳴に近いような歓声の中では春菜の声は百分の一以下に過ぎない。だが秋人にはしっかり聞こえていた。

 

「―――当たり前だ!!!!」

 

力強く答え、駆ける秋人に

 

「うおお!西蓮寺同士が生き返った!しかしモモ様は―――!神聖なる同士たち諸君!」

 

「「「「任せろ会長!」」」」」「ズバリ任せるべきでしょう!」

 

リトとレンの後を追う後続の団体、VMC会員一同。レースを諦め逆向きに走りだす――秋人を潰すため全員で襲い掛かる算段であった。

 

――――喧嘩上等!春菜と俺の間を邪魔するやつは絶対許さん!!!!!

 

――――"やっちゃいなさい!鬼ぃちゃん!"

 

「邪魔だッ!!」

「あぎゃ!!!!」

「どけッ!!」

「ぐはっ!西蓮寺パンチ、噂通りケンカも強い…ッ!あとは頼んだ同士た、ち―――」

「いいから邪魔すんなって、のッ!!あとお前!眼鏡借りるぞ!」

「ぐげっ!」

「あ、眼鏡を!!奪ってから殴るなどズバリ紳士でしょう…っ!しかしズバリ此処からさギエピ――――ッッッ!!!!」

 

迫るVMC会員たちに蹴飛ばし必死の(ツラ)を殴り飛ばし蹴散らす秋人。ひらひらと木の葉のように飛ばされるVMC会員たち。流石、春菜の兄だけあって精神が肉体を凌駕し凄まじいパワーを発揮していた。一番強く蹴飛ばされた的目はコースを塞ぐ会員達へぶつけられ

 

「ぐおおおっっ!」「うわああ!」「バカ!コッチ倒れてくんな…!うぉおああッ!!!!」

 

ズズーン…ッ!

 

地鳴りと悲鳴を上げてボーリングのピンの如く倒れこむVMC会員達。巻き起こる土煙、先にある砂地トラップに引っかかったのだ。

 

「―――はるなあッ!待ってろよッ!」

 

秋人はその土煙に飛び込み、這いつくばる屍の山へと駆け――――ジャンプ

 

「ぜったい告白してやるぞおおおおおおおおおおおおおっっ!」

 

高々と跳躍。夕陽が秋人の輪郭を朧に形どる。(よこしま)な、満足そうに笑う頬には土埃がついていて――――落下。

 

「「「「「……ぐげっ!!!!」」」」」

 

山となったVMC会員たちを踏みつけ立つ頂。逃げる3位と首位二人の背中を捉える。

"マジラブMOMOサマ"ピンクの羽織の会長・中島。そのほんの(わず)か先に肩を並べ走るレンとリト

 

――――よっしゃ、もう一回。覚悟せえやお前ら

 

「!…同志たちっ!なんて事だ!この無念は私が脳内で可憐なモモ様に半脱ぎスクール水着でたくさんの棒アイスをしゃぶらせて…」

「そんなもんはもうリアルにやったってっ!!!!の――――ッ!!!!」

「なんですと…っ!うぎゃああぁああ!」

 

中島の顔面に飛び蹴りを入れる。ついでに「チョコソースも身体に塗りつけてやったけどな!色白いからよく映えてたぞ!」と付け加え着地。地平の彼方までかっ飛ぶ中島に振り向き驚き、それでも走り続けるリトとレン。直ぐ様奪った眼鏡をかけ自身の前へと砂を投げる。勿論目だ、目を狙って

 

「っ!うぎゃああ!美柑!じゃない!う!目がぁっ!!」

「う!砂ぁっ!?へっくしゅん!――――…リトくぅうん♡やっと会えたね♡」

 

「うわぁあ!裸で抱きつくなよルン!う…!砂でよく見えない!」「見たいのリトくぅん、えっち♡「そんなワケあるかぁあ!」」

 

絡まり合う男女二人

 

そして

 

パァンッッ!!

 

「ゴォオオオーーーーールッッッ!!!!ですわッ!!オーッホッホ!一着はアホ馬鹿食いしん坊の下僕さん!流石、(わたくし)の下僕ですわ!褒めてあげますわよ!オーホッホッホ!!!…ぐげっ!」「やったー!お兄ちゃんオメデトー!!!」

 

地鳴りみたいな歓声。飛び交う罵声に文句や批難。頭が割れるくらいの大きな拍手。壮絶なレースの決着に観客たちが秋人へと雪崩れ込んでくる、駆け寄る少女たちも大興奮。そこに秋人は

 

「好きだッ!!!!!!!!!」

 

心からの叫びをぶつけていた。

 

「え…?」

「あら、ホント?」

 

突然の告白に唖然とした様子の美しき少女、美女たち

 

――――あれ…なんか、この展開識ってるような…

 

 




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2016/07/24 改訂・更新

2017/04/03 一部改訂・更新


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Re.Beyond Darkness 25.『世界最期の告白を――~The End In The World~【後】』

71

 

 

"告白"をぶつけられた一同、そこには果たして西蓮寺春菜が含まれていた。

 

くりくりとした大きな瞳、穏やかな心を宿す瞳をぱちくりと(しばたた)かせ呆然としている。

 

秋人は言葉を続けようとするも、荒い呼吸を整えるタイミングでララが

 

「ホントー?!お兄ちゃんは皆のことが好きだったのー?」

 

と笑顔を弾かせ喜んでいる。

 

 

それを聞いて、俺は、

 

 

 

 

それを聞いて。私は。

 

 

72

 

 

秋人()は叫んだ、

 

「違う!俺はみんなじゃない!春菜が…!」

 

――――有耶無耶ハーレムエンドなんて俺は望まない!

 

きゃいきゃいと嬉しそうにはしゃぐララたちへ秋人はもう一度声を上げた。が、話題の中心である自身を尻目に少女たちはおしゃべりに夢中だ。一番はわたし、結婚は自分が先、などと望む未来について語り合っている

 

「おいっ!だから聞けって…――っ!」

「…。」

 

春菜は騒ぎの一団から一歩離れ、それから秋人に近づいてゆく。ゆっくり、落ち着いた様子で、周囲の喧騒などお構いなしの置き去りにして。喜びはしゃぎながら言い合いする少女たちはそんな春菜に気づいた様子はない

 

一歩ずつ、近づいてくる。

 

歩みに従い生まれた風に春菜の髪が肩で揺れる。穏やかなる美貌は秋人ただ一人に向けられていた。静かな微笑みを称える唇、優しく包み込むような視線は今も秋人だけを捉え続けている。秋人は、もう一度叫ぼうとした口を塞ぎ息を呑んだ

 

夕陽が沈む、もう見えなくなる。

 

終焉(おわる)夏の風を世界へ響かせ、茜色の空が黒とも紫とも見分けのつかない夜空に変わろうとしていた。

 

周りはひどく騒がしいはずなのに俺と春菜だけは別の何処かへ…此処ではない何処かに居るようだった。春菜にしか合わない視界のピント、遠く霞んでゆく喧騒、耳に木霊する静寂、静謐。それは春菜の背後に広がる大空のように静かで――――――――――しんとした空の中にまだ星はない

 

夕闇が迫る中、空に透けてゆくような優しい微笑みは"()"として美しく、春菜の持つ穏やかな空気も相まってとても大人びて見えた。

 

俺はそんな見たこともない彼女の姿に

 

「…春菜?」『…ほんもの?』

 

思わず声をかけてしまう。―――確かめるように聞いた呟きはあの日、秋人が此方の世界へ還ってきた時の春菜の声音(それ)によく似ていた。

 

 

告白(それ)を聞いて、春菜()は問うた。

 

「ね、秋人くん………あの日、初めてデートしたあの時。夕焼けを見ながらホントは何を考えていたの?」

 

「えっ、…あの時か?あの時は――――」

 

春菜はしとやかに秋人の前へと辿り着き、それから優しい微笑みで今とは関係の無い話をし始める。告白の答えも聞いていない上、妙に落ち着いた様子で語りかけてくる春菜。暗がりに灯る街灯、整った頬の輪郭を水銀灯が白く照らす。水着では寒いだろう風が吹いても春菜は微動だにしない。

 

俺は心底落ち着かない気持ちで回想しようと――――

 

「"春菜ならこの先俺が居なくなってもきっと大丈夫だろうな"って考えてたんだよね…?それにほんの少しだけ故郷の事も…――――でしょ?」

 

振り返らずともいつも胸にあったものは目の前の春菜が代弁した。言葉尻は消え入りそうな程小さく、だけれど声高に届けられる"寂しかった"という言外の想い。それが俺にはよく理解(わか)る。彼女と俺が過ごした季節はまだ一巡もしてないけれど、色濃い時間を過ごしてきたのだから当然だ

 

小首を傾げ、困ったような怒ったような春菜の笑顔。唇には変わらない微笑みを称えていて、だけど瞳はこの場のように静かで綺麗に澄んでいて

 

夜空の星をかき集め宿し込めたような瞳の輝き、それは今も俺だけを貫いている――――この問いかけが春菜にとってずっと気がかりだった事なのだと教えていた。

 

数瞬迷った後、俺は真実を告げた

 

「…春菜…――――ああ、そうだ」

 

パシンッ!

 

乾いた音。春菜が思い切り俺の頬を叩いたのだ

 

「秋人くんのバカ!」

 

春菜ビンタ(痛)を喰らった頬を擦る、答えてから数瞬の間もなく放たれた平手打ち、凄まじい早業だった。

 

「"私は秋人くんが傍に居ないと、秋人くんが幸せじゃないと幸せになれないんだよ"ってあの時そう言ったのに!どうして…っ!」

 

バカ!と春菜パンチ(痛)で胸を叩かれる。痛い。

 

「私と結城くんが遊びに行った時も、勝手に勘違いして消えようとしたの知ってたんだから!その時の私がどんな気持ちで―――!」

 

ぽかぽかぽかぽかと胸を叩かれ続ける、痛い。今まで受けたどんな拳よりも

 

「秋人くんのバカ!バカ!ばか!」

「…」

「なんでも、いつでも私の事知って、分かってくれてるクセに!どうして分かってくれないの!」

「…」

「私がいちばん好きなのは!一人占めしたいくらいに大好きなのは!秋人くんだけだって知ってるクセに!どうして…っ!」

「…」

「わかって、くれな、…っう、ひっく…」

 

春菜が今の今まで溜め込んでいた不満、不安、寂しさを感情のまま爆発させ俺の胸を何度も叩く。叩いた勢いのまま縋りつかれ、泣き付かれる。胸に額を押し当て泣き顔を隠して、唇を噛んで震えている。それでも溢れる嗚咽は誰よりも俺には聞こえていた。

 

秋人はされるがままに為されるがままに。ただそこにある大樹のように立ち尽くし――――華奢な肩に手を添えた

 

「…春菜」

「…ぅ、ひっく…うぅ、」

「おい、春菜ってば」

「…っく、ひっく…なに、秋人くん」

「顔、あげろっての」

「…っく、ヤダ。泣いてるトコ見られたくないもん…それより水着、似合う?どう、かな?ちょっとダイタンなのを選んでみました…えへへ」

「…いや、それはどうでもいい。それより…」

「え"、ど、どうでもいいって…」

 

春菜は驚き伏せていた顔を上げた。目元にしっかり涙の跡を残し困惑顔で秋人を見つめる。しどけなく開いた桜色の唇、まじまじ見つめる潤んだ大きな瞳、どこか色気さえ漂う間の抜けた表情。それに秋人は、

 

「お前は俺の告白にさっさとこたえんかぁあああい!」「ふええええっえええっ!?!??」

 

両頬をひっぱり、叫んだ、春菜は目を白黒させて驚きあたわたと藻掻く

 

「いいからさっさとこたえんかああああい!」「ふええええっ!!!ごめんなごめんなふぁああいっ!!」

「ああん!?それはNOの意味か春菜ぁあ!コラァ!」「ふええええっ!?ちがっ!いたっ、ふえええっ!」

「YESしかないだろうがコラァ!!生意気いう口はこの口かゴラァ!」「ふえっ!ひん!ひん!ごめんなふぁい!いふぁい!いふぁい…!」

「さっさと首を縦にふらんかぁああい!」「いふぁい!いふぁい!いふぁいっ!ちょっとまっふぇっ!」

「さっさと"私も好きです結婚しましょう"って言わんかぁああい!」「ひん!ひん!いふぁい!いう!いうふぁら!いふぁい!いふぁいって…――――」

 

ゴスッ

 

「痛いって言ってるでしょお兄ちゃん」「っつう………ホントマジすいませんでした春菜さん」

 

春菜チョップ(鬼強)を頭上に落とされギロリと怖い目で睨まれる。兄として至らない俺を叱るときは敢えて"お兄ちゃん"と呼んでいるらしい、自覚しろと言っているみたいだった。

 

コホン

 

息をつき、春菜は問うた

 

「もう、仕方ないんだから…で、さっきなんて言ったの。秋人くん」

 

秋人につねられたからでなく、頬を桜色に染め擽ったそうに微笑む春菜。絶対に聞こえていたはずの告白を自分にだけはキチンと言い直して欲しいらしい。はにかむ笑顔がニヤニヤデレデレえへへ、えへへへへ…とだらしないものに変わる様を秋人はただただ見返し――――

 

「んなもん恥ずかしくて二度も言えるか春菜のアホがぁあ!!!ちゃんと聞いておけっての!難聴ヒロインかぁッ!」「ふぇえ!ちょっ!まふぁ…っ!ひん!!もう!おこっふぁんだから…っ!」

 

春菜の反撃、秋人は思い切り胸に飛びつかれ倒れこむ

 

ゴンッ

 

「いってえっ!バカ!頭いてぇだろーが!」「うるふぁい!おにいちゃんのばふぁ!」

「む…おいこら加減しろっての…っ!いふぇぇっ!」「む…おにいふぁんだって!ひん!いふぁあい!」

「そもそもお前ふぁリト側につくとか言うから悪いんだろうが!」「それは秋人くんふぁハーレムなんて作ろうとしてるからでしょ!」

「んなもんつくるかっふぇのっ!」「そんなのしらふぁああいっ!ばかぁああっ!」

 

上になり下になり、取っ組み合いの喧嘩をし始める西蓮寺兄妹

 

互いに互いの頬を掴み捻り、二人は言い合いを続ける。何時の間にか騒ぎを辞めた喧騒たちも普段優しく穏やかな春菜の、春菜と同じく優しい秋人の―――仲の良い兄妹の喧嘩を固唾を呑んで見守っていた。

 

「いっふぇええ!ばふぁ春菜!いい加減に…っ!」「ふふ、ざまあみ…ひん!いふぁいいふぁ!秋人くんつよすぎぃ…っ!」

 

下にされたり上になったり、固いプールサイドを言い合いしながら転げまわる。俺も、春菜も力の限り言いたい放題な事を言い合う、バカだとかアホだとか水着似合ってるぞとかありがとでも昨日から心配でごはん食べてなかったんだからねとかそりゃ悪かったごめん、だとか――

 

「はぁっ、はぁっ…ふんっ、バカ春菜めが」

「はぁっ、はぁ…やっと離してくれた、バカなのは秋人くんの方でしょ……、ふぅ」

 

俺の頬をやんわり撫でながら春菜が深々と溜息をつく

 

腹の上にある心地良い重さ、柔らかな体温、美しく、優しい微笑み。俺は地面に寝転びながらそれを…世界のすべてを見上げていた。背中に感じる固い大地、笑顔の春菜に――それから空

 

それだけあれば俺の全ては此処にある。他のどこにもない此処こそが俺の住まう世界だ

 

「…ね、秋人くん」

「ん?なんだよ」

 

変わりつつある空気を纏いながら、穏やかな表情で春菜が再び問いかけてくる

 

 

――――ちゃんと言って、お願い

               最後かもしれないでしょ?――――

 

夕陽は沈み、もう見えない。

 

茜空は世界に終焉(おわり)を告げて、空は黒とも紫とも見分けのつかない夜空になっていた。

 

静寂より静かな風が吹く、炸裂寸前の爆弾を前にしたような時間の硬直と緊張、吹き抜ける風は夜空をどこまでもさざめかせている。

 

見上げる春菜の後ろに広がる大空、そこは星も雲も一つもない夜空だった。さっきから星がひとつも浮かんでいないのは、もしかしたら本来そこに在ったであろう星たちは、その輝きは春菜の瞳に集められたからではないだろうか――――綺麗に澄んだ紫紺の瞳、そんな儚くも強い光を、春菜の瞳を見つめて俺は覚悟を決めた。たぶんきっと、春菜も…

 

「私は秋人くんとずっとずっと一緒に居たい。でも、秋人くんがもしもそうじゃないんだったら無理強いなんてしない、したくない。でも、それでも私は―――」

「春菜…、俺はもう故郷に還ろうとは思ってない。」

「―――本当?ほんとにそれでも…」

「だけど、今もあの時と同じで"春菜ならこの先俺が居なくても大丈夫そうだな"と思ってる。春菜…お前はホントに綺麗に、ホントに立派に成長したよ。ウチの西蓮寺春菜が一番カワイイぞーッ!!って世界のどこでも叫んでやれるくらいに…な、」

 

息をつき、春菜を真っ直ぐ見つめ誤解の一つも無いよう告げる。たとえ世界が終わってしまっても、消えない想いを春菜にだけは知っていて欲しいから

 

「それにな、離れ離れになったら春菜は大丈夫でも俺が大丈夫じゃない。俺が春菜の傍にずっと居たいんだよ。お前が、春菜が――――好きだから」

「秋人くん…」

 

瞳を涙でさざめかせ、震える声で春菜は問う

 

「ホントに?秋人くん。私だけ…私だけを大切にしてくれる?他の人のこと好きになったりしない?」

 

夜露(よつゆ)に濡れる大きな瞳、消え入りそうな震え声。しかしそこに含まれる想いはとても強く――――朱色に染まった頬に涙が次々伝ってゆく

 

「当たり前だろ…俺が選ぶのは、ずっと傍に居たいのは春菜だけだ」

「約束だよ…――――                                                            私も、貴方のことが好きです。」

 

潤んだ瞳をゆっくり閉じて春菜が唇を差し向けてくる。

 

気持ちがつながった興奮、喜びにドキドキして心臓は打ち上げられた魚みたいに跳ねていた。それはきっと春菜も同じで

 

春菜が肩を掴む手に力を込めた、俺も春菜をしっかり抱く―――どこに消えても決して離れぬように

 

俺も春菜と同じく瞳を、見える世界をゆっくり閉じてゆく

 

俺は春菜に言った、自分の気持ちを告白した。春菜はそれを受け入れてくれた――――これでこの世界はどうなるのかもう分らない。これから先のことを俺はひとつも識らない。終わってしまうのだろうか、どんな様で終わってしまうのだろうか、あの時の電脳空間のように崩壊してしまう?それとも地球が爆発なんてことも――――…?

 

 

その時、

 

閉じてゆく視界の端、光る何かが見えた

 

―――春菜!

 

―――えっ

 

秋人は思わず声を上げる、そして視線で春菜の後ろを指した。春菜は振り返り示された何かを見た

 

真っ黒の夜空をシュルシュルと駆け上がる火の玉、そして弾ける。

 

闇に透ける彼方へ丸く、光と炎の鮮やかな華が咲く、一瞬遅れでドーン!轟き炸裂する重低音。夜闇を切り裂く炎の華、身体の芯から震わせる心地良い音がどこまでも遠くまで響いてゆく――――

 

春菜の頭上で、一つの星が爆発して光の欠片が降っていた。

 

「…爆発したな、チキュウが」

 

――――それは俺の故郷の星の名か

 

周りの皆も気付いて空を仰ぐ。ララも美柑も唯も里紗も凛も――――そしてヤミも。

 

誰もが言葉を失う。それは余りに突然過ぎる炎の華、その乱舞だった。

 

立て続けに舞い上がり、咲き誇り、眩くひかり、散ってゆく。真っ黒な夜空を焼く煌めき、赤、青、黄色、緑…目がくらむような眩しい光たちは空を仰ぐ春菜の白い喉元を染めている

 

「……――――爆発しちゃったね、お星さまが…銀河戦争とか起こっちゃうのかな」

 

ぷっ

 

吹き出しそうになるのをすんでのところで秋人は堪えた。物静かな呟きがなんだかとても現実的に聞こえたのだ。

 

「…かもな」

「…ね、もしかしてそれって私たちのせい?気持ちの繋がった私たちを離れさせようって…」

「プッ…ははっ、ああ、そうかもな」

「もう。生返事なんだから…。私、別に心配はしてなかったけど、世界が終わるとしたらどうやってやっつけようかなってドキドキしてたんだよ?」

「…んなこと考えてたのかよ、相変わらずコエーな春菜…」

 

くくく

 

打ち上がる花火の光と音を背に、喉奥を鳴らし意地悪そうに笑っている春菜。でもその表情はとても幸せそうで、嬉しそうで、目を線にして笑っていた。間違いなく、俺も同じふうに笑ってた

 

俺と春菜の居る場所に。暖かく寒さがなくなり、眩しい光りあふれる春を思わせる春菜の笑顔に。涼しく暑さの和らぎ紅葉の切なさを感じさせる風が吹く

 

 

――――ここは季節の巡らない世界。夏で終わり、秋はずっとやって来ない。

 

だけどいつかは季節がめぐる。もしも(それ)がやってきたら、それはきっとこの世界の終わりの兆しだ。

 

だからこそ世界はそれを隠していた。そう簡単に見つからないように、そう簡単に終わらないように。

 

だけどいつかは、誰かが、他の誰でもない春菜が見つけ、捕まえる。

 

秋は、春からはいちばん遠い季節だけれど、似た季節でもあるのだから――――

 

 

「ん?…そういえばリトに何をしようとしてたんだよ?」

「結城くん?どうかしたの?」

「あれ?告白とか、そういうのしようとしてたんじゃないのか?」

「??しないけど…あの時借りたハンカチを返そうとしてただけだよ?」

「…紛らわしいんじゃい!」

「きゃっ!もう、頭撫でるなら優しくしてっていつも言ってるじゃないっ!バカ、もう!こうしてあげる!」

「んむっ!」

 

キス。春菜の唇で口を塞がれる

 

「…ぷはっ!いきなり過ぎるだろ春菜、もうちょっとは恥じらいとかそんなのあるもんだろーが」

「いいもん別に。秋人くんに無理やりされたって事にすればみんな信じるもん。私、悪くないもん」

「は!?な、なんだと…!?ウチの春菜はどれだけ悪女になってしまったんだ…――――ぐすん、お兄ちゃん、育て方を間違えてしまったようです。清純清楚なウチの「もう!今は恋人同士!」

 

キス。驚くほど柔らかい唇で言葉の続きを遮られる

 

「…ぷはっ!あのな春菜、俺がしゃべってる時…「んっ!」」

 

キス。言葉にならない言葉を求めるみたいに塞がれる

 

「…っむ、ぷはっ!」

「…んっ!…もう、無理やり唇離さなくても…どうせ皆、花火に夢中でこっち見てないんだからいいじゃない」

「…は?何言ってんだ、向こうから皆さんにめちゃめちゃ見られてますけど…春菜さん」

「へ?」

 

春菜がキスをやめて周りを見渡す。花火の光にぼんやり照らされるよく知る少女たち、幾つもの視線が春菜に注がれていた――――あーあ、俺、しらねーからな

 

喜びのララは瞳をキラキラと輝かせ羨望の眼差しで見つめている。

ジト目の美紺は呆れたような表情で睨んでいる。

唯は「ハレンチなハレンチなハレンチなハレンチなハレンチなハレンチなうらやまハレンチな…」とぶつぶつ呟き顔を赤くして俯き、里紗はニヤニヤニタニタと悪戯好きなチシャ猫笑顔。

 

なお、九条凛は闇に佇む静かなる武士娘である。幼い頃から厳しい修行に耐え、剣道、柔道、銃術、様々な武道に通じその強さを知るものは多い。よって良家令嬢の護衛を任されていた。

 

そんな彼女と主従関係にある天上院沙姫は自身が仕組んだ花火にひとしきり満足し「う、うまくいきましたわねー、みみみ見てましたわよねぇ綾!」「え、ええ!流石沙姫様!」と談笑している――――震えた声は決して隣に居る武士娘に怯えているからではない、たぶん。

 

「――――――――――…………ぴ。」

「?」

 

キスを中断した春菜が見れば、周りからは盛大な祝福ムード…というよりは羨望と嫉妬の入り混じった、しかし概ね生暖かい目で見守られていた。見られていたとも言える。何を?もちろん清純清楚な西蓮寺春菜による熱烈なキスの雨をである

 

「P――――――――」

「ん。そうか、春菜…FAXでも受信したんだな」

 

熟れたトマトのように顔を真っ赤にし目をまんまる、口を三角にして電子音を発する春菜――――恥ずかしさが限界を突破して壊れてしまったらしい。

 

「ねー!春菜ー!どんな味だと思ったー?やっぱりおいしいよねぇー!わたしもキスほしー!」

「…春菜さん。正直、私の方がお料理もお洗濯も上手にできますし家事スキルは上です。しかもそれだけでなく少しくらいの浮気なら許せる器量もあります…――――というわけで代わって下さい」

「ハレンチなハレンチなハレンチな!遊お兄ちゃんのハレンチなーっ!…あれ?」

「ねぇ春菜ぁ、そのままココでヤるのぉ?なんならアタシも加わって三人でしよっかー?にししし」

「…春菜、おめでとう。君たちの幸せを祈っている。ふたりとも、結婚には大事な袋が3つあるらしい。一つ、給料袋。夫婦円満の条件は経済的に安定することだ。もう一つ、堪忍袋――――の緒が切れてしまったら、血袋にするしかないようだ…」

「ちょちょちょっと!凛!そんな巨大な刀!一体どこから出したんですの!」

「うぇええ!?斬馬刀!?凛!ちょっと落ち着いて下さい!ね!」

「お兄様!ただいま貴方のモモ・ベリア・デビルークがお猿ナナのマウントをとり逆にお仕置きして…――――アレ?なんです?この雰囲気は……?」

 

「…ったくお前ら!いいとこだったろーが!邪魔すんなっての!」

「P――――――――――――!!!」

 

次から次へと祝福(?)の声と鋭い視線を投げかけられる。俺の上に跨る春菜はさっきからFAXを受信し続けている。はっきりいって大混乱で、もっと言えばカオスな状態だった。ある意味ホントにこれは世界の終わりかもしれない、特に俺の場合は凛にDEAD ENDさせられそうだ

 

「…ったく、しょうがねぇ…なっ!」

「ぴ――ふえっ!?」

 

春菜の身を起こし、横抱きに抱えてそのままダッシュ、プールへと駆ける。

 

春菜はそうすることが自然なように秋人に身を任せ首にしがみついた。その時に備え、ぎゅっと目を瞑り秋人を強く抱き締める

 

 

それから、秋人()春菜()は――――

 

 

73

 

 

月のない夜、星もない夜。

 

綺麗に澄んだ闇色の空、それはヤミの心と同じ色。

 

広く澄みきった夜空の下、ヤミと秋人はふたり、家へと続く道を肩を並べ歩いていた。

 

「そういえば昨日綾が作って持ってきた特製菓子っていうのを使って天上院のヤツが…」

「…。」

 

街灯の白い灯火(ともしび)。水銀の光が曖昧に照らす道を影を踏みしめ、ふたりはただ歩いていた。住宅街の細く狭っ苦しい道はとても静かで、時折遠くから自動車の排気音が聞こえてくる。

 

「"華麗で優雅なる天上院沙姫考案!武士娘と阿呆下僕のポッ○ーゲーム!"とか言い出してさ、俺と凛を無理やり…」

「…。」

 

ヤミは歩みを進めながらチラチラと秋人の横頬あたりに視線を投げかけ、また足元の道へと戻す…それを落ち着きなく繰り返していた。秋人は気付いているのか、いないのか。特に反応を示さない。ヤミもまた問いかけるようなことはしなかった。

 

――――春菜も、アキトも意外と鋭いところがありますし…

 

「それでな、天上院のアホクイーンが教室を…」

「…。」

 

先程からアキトが何かを話している、それを私はひとつも聞いていなかった。

 

理由は単純、ふたりきりになって緊張しているから。こうしてふたりきりになれたのも簡単、朝からもじもじそわそわと落ち着きのない私に家族(ウチ)の春菜は思うところがあったのか

 

『ヤミちゃん。私ね今日、帰りは里紗たちとカラオケに行くから…秋人お兄ちゃんをお願いね』

 

と、いつもなら三人で帰る道をこうしてふたりきりにしてくれたから――――ヤミは何も聞かない春菜に深く感謝していた。

 

「…それを凛が竹刀で撃ち落として…――」

「…」

 

触れられる程近くにあるぬくもり、いつもの体温にいつもの気持ち。ヤミの長く美しい髪が背中で揺れる

 

ヤミはじっと秋人の横顔を見つめた――何がそんなに可笑しかったのだろう、アキトはとても楽しそうに話している。

 

時に父のように慕う男と同じ制服に身を包み、ふたり並んで家へと帰る…という不思議な現在(いま)の幸福感にヤミの心はときめかされていた。ヤミは気づいていなかったが、秋人もヤミの纏うふわふわとした幸せな空気に引き込まれ、いつもより饒舌になっている。

 

互いが互いの幸せに包まれる相互作用、何も言わなくても通じ合う心と心。

 

優しい空気を纏わせながらのヤミは、秋人を撫でる視線を名残惜しげに剥がし、もう一度住宅街の道、細く長い道の上…――――暗い空の闇を見上げる

 

夜空の中に星はない。だけれどそれは無い(、、)のではなく見えない(、、、、)だけだ。

 

そもそも地上から星を見上げるのは、星を線で結んだ星座には…―――――――今居る場所と進むべき道を知る為のもの。

 

昔、ヤミが産まれ(いづ)るより遥か昔。長い航海の中で船乗りたちが星を道標とし、また星たちを線で結び星座が生まれた。進むべき道を示す星たちは瞬き、きらめいて巫女たちに未来を教えていたという――――ヤミはそれを知識として識っている。

 

(鯨、羊、山羊、あの辺りには"秋の四辺形"。その星の名は――――)

 

しかしヤミには戰う為の変身(トランス)能力はあっても未来を占う能力(ちから)はない。だからいくら星の無い空を眺めても、いや、たとえ星が浮かんでいたとしても、ヤミには未来のことは何一つ分からない。

 

(マルカブ、アンゲニブ、シュアト、アルフェラッツ…)

 

だが其処に在るだろう星を想い、ヤミは真っ黒な夜空を見上げずにはいられなかった。自分の気持ち、その在処(ありか)を知る為に。自分の気持ち、その行きつく未来を求める為に――――…

 

「…っておい聞いてんのか」

「…聞いてませんでした」

 

ヤミは何時の間にか立ち止まってしまっていた。振り向いた秋人は訝しんで声をかけるが、ヤミはいつものように落ち着いた声で応え、悪びれることもない。そのまま見つめ合うこと数秒…

 

「はぁ…ったく、人の話を聞けっての」

「…すみません」

 

珍しく素直に謝るヤミに今度こそ秋人は目を丸くする。しかし何も言わず、やれやれと肩を竦めると黙って歩き出した。ヤミも慌てて小走り、横に並んで共に歩む――――此処は私の場所

 

月のない夜、星もない夜をふたりして横切ってゆく

 

優しく漂う沈黙の中、ヤミは秋人に視線を向けた後もう一度その空を見上げた。

 

闇の中、光はない。白く漂う、雲もない。

 

本当に宇宙(そら)惑星(ほし)が在るのだろうか、本当にあの中に私が巡った惑星があるのだろうか…そんな当たり前だったことがなんだか嘘に思えてくる。眩しく強い人工の灯りさえ飲みこんでしまう底のない暗闇、宵の闇――――でも確かに私はあの中に居た、自分の居場所も未来も何も分からない場所に、ひとりっきりで。

 

――――だけれど

 

「…おい、どうしたんだっての」

 

帰らないのか?とアキトが振り向き、訝しげに見つめてくる。どうやらまた立ち止まってしまっていたらしい

 

「…そういえばアキト、春菜とゴールインおめでとうございます。」

「なんだよいきなり…それにまだゴールインはしてないっての」

「…仲が良いのは良いことですが、あまりイチャコラしないように。美柑に見張り役にと抜擢された私の、古手川唯に風紀・秩序を守るようにと役目を貰った私の言うことは聞いて下さいね」

「ハイハイ」

「それから、淫乱ピ…セフィ王妃からもイチャコラが目に余るようでしたら躾けるので連絡を、と言われてますので」

「ハイハイハイハイハイハイ」

「返事は一回です。…いいんですか?プリンセス・モモの強襲から護ってあげませんよ」

「…――――ハイ」

「フ…それでいいです、アキト。…ですが、どうせならハーレムにしてしまえば良かったのでは?貴方くらいのドヘンタイならとっかえひっかえで嬉しかったのではないですか」

「オマエな…」

 

――――あの"西蓮寺エロ菜キス魔の本性発覚事件(命名:籾岡里紗)"後

 

 

飛び込んだ水の中、それは無重力の宇宙に浮かんでいるようでした

 

なんの束縛する力もない中、たしかな何かを求めるみたいにしてふたりは手を伸ばします

 

自由な空間の中、不自由を求め藻掻いた手は…――――だいじな誰かを捕まえました

 

ふたりは水の中、しっかり抱き合い熱いくちづけを交わします。

 

互いが互いの熱を求めるみたいに、身体のすべてくっつけて舌を蛇みたいに絡ませて

 

女が男に渡すそれはキスの花束。水の中で揺らめく白い百合の髪留め、それを幾重にも束ねたような、清純で貪欲な花束は抱えきれないほどの大きな愛

 

男が渡すものは包み込むような大きな優しさ、女が渡す花束を丸ごと包みとても綺麗なブーケを作りました

 

誰も見ることのかなわない水の中、ふたりは回りながらキスをかわし続けます

 

おでこをくっつけ見つめ合い微笑んだら、再びキスをかわして回る

 

無重力の抱擁、ゆっくりと回転する浮遊感―――胸にあるのはただただ幸せで愛しい気持ち

 

ふたりで作った愛の花束(ブーケ)はこれより先、未来に生きるふたりの結婚式へ向けたもの

 

ふたりとも同じ未来を思い描いていると分かるから、こんなにも幸せでこんなにも愛しくて―――目を線にして笑っていられる

 

いつかきっと出逢う大切な誰か、すぐ傍にいた大切なひとと過ごしてゆく日々は毎日おなじ日々の繰り返しじゃない

 

ふたりが繋いだ大切な絆。ふたりへと繋がる絆はこれからもきっと増えてゆくだろう、今はもう既にひとり小さな金色の少女が増えている。そして、その少女よりもっとちいさな存在が三人の家族となって増えるはずだ

 

――――それは季節がまた一巡するか、しないかくらいの未来の話。

 

                                めでたしめでたし

 

「おいこら、なんだその恥ずかしい絵本は…それにな、今度こそマジで酸欠で死にかけたんだからな」

 

――――心の筆を置き、〆

 

乱暴に顔を背け、「帰るぞ」と歩き出す照れた背中

 

フフッ

 

ヤミを家族にしてくれたふたりが幸せいっぱいで、それが嬉しくて。でもなんだか可笑しくてお腹の奥が擽ったくて、ヤミは珍しく喉奥を鳴らして笑った。それはとても小さな笑い声であったがとてもとても幸せなものであった。

 

ととと

 

「…アキト」

 

ヤミは秋人の傍らへと駆け寄り共に並ぶ。

 

―――夜空に星はなく、自分の居場所がわからない。夜空に星座はなく、自分の未来がわからない。

 

「…ん」

「…?なんだよ」

 

―――でも、この手の中に光が在る。触れられる光が在る。握れば、優しく握り返してくれるアキトの手が。それは決してすり抜けたりしない確かな光で…――――けれどふたりを見て時折感じる切なさだけはきっと幻で

 

この広い広い世界でアキトが居る場所こそが自分の居る場所――――それだけは何より確かな事で

 

「………………アキト、貴方は今、幸せですか?」

「なんだよいきなり……………………幸せだぞ、」

 

当たり前だろ、と照れくさそうに笑う秋人。その笑顔を眺め、そうですかと頷くヤミは

 

「…アキト、春菜や美紺が貴方を選んでも私は貴方を選びませんよ。」

 

静かな声音はきっとヤミの本心だ

 

「私が選ぶのは貴方でも、ましてや結城リト(・・)でもありません…――――"私たち(、、、)"の幸せを、私は選びます。」

 

秋人と繋いだ手を握り、語るヤミ。その真剣な表情(かお)に秋人は春菜と同じ優しく穏やかな微笑みで

 

「そうか」

 

と頷いた。

 

――――"私たち"という言葉が春菜と秋人とヤミの家族三人を指すのか、それともヤミと秋人の二人だけなのかを曖昧にさせたまま

 

「だから、その…今ままでずっと言いたくても言えなかったのですが、その…――――こんな幸せをくれた貴方に…、その、あ、あ、ああ…ア()()…」

「おう、どういたしまして…――――ん?」

 

ヤミはもじもじと視線を彷徨わせ、強張った声と身体で感謝を伝える。秋人は訝しげな顔をして、そして勝手に納得する。あの時、ヤミが病室で呟いた言葉はこの言葉の欠片だったのかと。

 

「なんだよ、『……リ…………ト…』って言ってたから結城のヤツかと勘違いしてただろ、春菜も春菜だけど、どうやら俺も耳がおかしいらしい、ぷっ、ははは」

「…なんですか、ひとがせっかく貴方ごときに感謝したというのにその反応は…あの高い空に届くほどに打ち上げてもいいんですよ、アキト…」

「ゲ。いや、やめろよ?」

「心配せずともちゃんと落下地点スレスレで回収してあげます。もしも地球に落ちてこなければ落ちた惑星(ほし)へ赴き、そこで共に暮らしてあげますから。花がたくさん咲いて、本があれば言うことはありませんね。まぁ、どんな場所でも貴方がいれば日常は退屈ではいられないのでしょうが(・・・・・・・・・・・・・・・・・)…」

「あん?なに殺し屋みたいなこと言って…殺し屋だった。」

「…全く、忘れないでください。私は殺し屋、貴方は情報屋ですよ」

「いや、まぁ…うん、情報屋でいいです」

 

秋人と手を繋いだまま、ヤミは視線を空へと向ける。今なら見えないモノが見える気がしていた。

 

「あ、」

「ん?なにまた空見て…おー!流れ星か!願い事は……えーっと…――――ムリだろ」

 

ヤミが空想で描いた"秋の四辺形"、その近くを現実の流星が横切り煌めきの中へ消える。空想ならば、自由に名前をつけたっていいと、ヤミは

 

――――"アキト(、、、)の四辺形"…その星は"アキト"、"春菜"、"(ヤミ)"、もうひとつはきっと――――

 

「…"こども"ですね」

「なんだよ、流れ星見たら誰だってテンションあがるだろーが」

 

頬をほんのり朱に染めポツリと呟くヤミ、それに秋人は不機嫌気味に返す。いつものごとく馬鹿にされたと勘違いしたのだ。

 

 

ヤミは小さな唇に、緩む頬に、顔全体に花咲く笑顔の兆しを浮かべる。整った無表情がだらしない笑顔へとゆっくり変貌してゆく――――秋人は普段見ることのないヤミの姿に思わず文句を飲み込んでしまう

 

(ふふ、アキトの子ども…きっとわんぱくな子どもになるのでしょう。そしてそんな子どもに逢えるのはきっとそう遠くない未来です………間違いなく)

 

 

ヤミはついには俯き美しい金の前髪で顔を隠す、さらさらの髪を揺らし、肩まで震え必死に笑いを堪えていた。

 

「なんだっての…流れ星に願い事がそんなおかしいかよ」と秋人はちょっとふてくされている。

 

生まれてくるふたりの絆をヤミは見てみたいと思った。ニコニコと幸せ笑顔いっぱいで赤ちゃんを抱く春菜、見守る秋人、それにヤミ

 

きっと三人とも同じ笑顔で、そして幸せで明るい我が家がさらに賑やかなものになるだろう―――

 

『赤ちゃん、カワイイね…』

『ですね、目元などがアキトに似ているのでは…?』

『…そうか?母親に全部似てるだろ、これは超絶美少女になるだろーな!全てを兼ね備えたパーフェクト娘に育ててやるぞ!』

『はぁ…、父親が悪い教育しないといいけど…』

『…母親がしっかりこのドヘンタイから護れば大丈夫です』

『誰がドヘンタイだコラ!』

 

「…ですがアキトのわんぱくさと変身(トランス)の力…この子に悪戯でもされたら手に負えませんね、ふ、ふ、ふふっ」

「?なんの話だっての」

 

ハッと面を上げ、見返すヤミ。いつの間にやら春菜と秋人の子どもが自身と秋人のものになっていた。

 

「…もしかしたら、そういう未来もあるかもしれませんね。フフッ」

「だからなんの話だっての…それにな、ヤミ。望む未来があるなら勇気を出して一歩踏み出せっての。この俺のようにな!フハハハハ!」

「…何を偉そうに言ってるんですかアキト、なら私も貴方みたいなわんぱくな子どもが欲しいです。四辺形を多辺形(、、、)にしてもいいですよ」

「はあ?子ども?変形(、、)?トランスのことか??一体なんの話だよ…」

 

秋人が困惑顔でヤミを見つめる。それにヤミは顔いっぱいに幸せな笑顔を咲かせ、長い金の艶髪を靡かせ、秋人の手を握り直して言った

 

 

――――捕まえた

 

 

「………嘘です」

 

 

――――私の光

 

                                      

 

 

                                      おわり

 

 




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2016/10/24 一部改定

2016/10/29 一部改定


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Re.Beyond Darkness 九条凛END 『この世界で、行けない彼方【前】』

この世界で、どんなに恋する少年・少女も待ち望んでいる結末がある。

 

ふたりは出会い、求め合い、愛しあい、時に切なく、時に甘い、幸せな物語を紡ぐだろう

 

くるくるとまわり繰り返されるそれは輪舞曲(ロンド)、ネバーエンディング・ストーリーというものかもしれない

 

しかし恋物語にも定番がある、落ち着くべき場所、辿り着く場所があり、

 

その場所は毎朝訪れる陽の光のように暖かく、そして―――

 

 

 

 

 

 

「どうぞ。沙姫様」

「ええ、ご苦労ですわ凛」

 

九条凛がリムジンのドアをうやうやしく開く、するりと身を乗り出し天上院沙姫は校門前へと降り立った。

 

「沙姫様、おはようございます。今日もお美しいです」

「おはよう、綾。あら、わたくしが美しいのは当然ですわよ」

 

フッと高飛車で勝ち誇った笑みの沙姫を藤崎綾が出迎える。沙姫たちの後ろでは凛が車へ"行っていいぞ"と手で合図を送っていた。

 

「では行きますわよ、凛、綾」

「「はい、沙姫様」」

 

始業開始15分前、この日も天気は快晴だ。清浄なる朝の日差しを踏みしめ、従者を伴なった天上院沙姫がゆっくりと歩む、迷いのない足取りは優雅そのものだ。沙姫と共に歩む凛と綾の穏やかな美貌が沙姫の高貴さをより引き立ている。遠くでは学生たちが「天上院先輩も黙ってたらお嬢様っぽいのに…」と羨望(?)の眼差しで見ていた。

 

これが、いつもの朝の風景。天上院沙姫たち三人の優雅なる登校風景………………だった(・・・)

 

「はぁっはぁっ!まに、あっ、たっての!」

「ふぅ、間に合ったぁ…もう、お兄ちゃんのせいなんだからね」

「…昨日よりは早く着きましたね、なかなかのタイムでした。アキト、やるじゃないですか」

 

後ろの方が騒がしい、振り返ると案の定いつもの三人が居た。肩で息をする秋人と穏やかに微笑む春菜、満足げに頷くヤミの三人だ

 

「お前はいっつも途中で飛んで楽しやがって…っ!はぁ、はぁっ…!」

「…仕様です」

「おかわりするのはいいんだけど、ちゃんと学校に遅れないようにしなきゃ、ね。毎回走って行くのは身体によくないよ、お兄ちゃん」

「妹の春菜は息も乱れていないというのに…ダラシないですよアキト」

「テニス部のエースと一般人一緒にすんじゃねぇっての!それにだな、俺だって本気で走ればきっとすげー速くてだな、高速でバビュっと…」

「…言い訳ですね」「うん、言い訳だねヤミちゃん」

「ぐっ…!お前ら…!」

 

何やら言い争う三人の男女。ぎゃーぎゃー文句を言う秋人をヤミは冷ややかに見つめ、春菜が優しい笑顔で(なだ)めすかす。これもいつもの朝の風景、沙姫の下僕であり沙姫が"チョット"だけ気を許す友人・西連寺秋人たちの登校風景だ。

 

「まったく…あのアホ下僕。わたくしの下僕らしくもう少し優雅に登校出来ないのかしら…ね」

「全くですね、沙姫様。」

 

そんな三人を遠目に呆れる沙姫、頷き同意する綾。しかしもう一人の従者が反応しない、いつも傍にいる気心知れた従者は"凛"とした眼差しで三人を見つめていた。

 

「凛、どうかしまして?」

「………………いえ」

 

沙姫から見える彼女は確かにいつもの"凛"とした凛だ。聡明な光を宿す純黒の瞳、透き通るような白い肌と風に靡く一つ結び―――なるほど、名は体を表すとはよくいったもの、厳しくも美しい横顔からでは思考が読めない。

 

しかし、沙姫と凛は歯が生え変わる前からずっと一緒にいるのだ。彼女が今何を考え何を望んでいるかなど沙姫にはお見通しだった。

 

「ほら、いってきなさないな、凛」

「…え」

「喧嘩を仲裁してきなさい、あのように校門前で騒がれては見苦しいですわ、このわたくし、天上院沙姫の優雅なる朝にふさわしくありませんもの」

「沙姫様…」

 

主である沙姫の気遣いを言葉裏に読み取ったのであろう、困惑顔で凛は沙姫と騒ぐ三人を、秋人を交互に見比べて

 

「かしこまりました、沙姫様……………ありがとうございます。」

 

ペコリと一礼し三人へ、秋人へ向かって駆けてゆく

 

「騒がしいぞ!お前たち!喧嘩は良くない、どうせ秋人が悪いのだろうが…今日は何があったか話してみろ」

 

三人の輪の中へ一人の少女が加わる。そこには先程までの"凛"と大人びた従者は居ない、年相応の怒り顔をする少女が居た

 

「凛!おはよ、俺は悪くないっての!」

「おはよう秋人。まったく、お前たちはいつも騒がしいな…今日は秋人以外が原因の喧嘩か?」

「あ、えっと…あはは、おはようございます。九条先輩」

「また新手が…アキトのせいですよ」

 

騒ぐ秋人を手で制し、(さと)す凛。春菜は困ったような優しい笑顔で笑っているが、ヤミは相変わらずの表情だ。秋人を野次っているのだろう、背後から何かを呟いている。沙姫には四人がぴったりはまったパズルのように思えていた。

 

「それにな凛!俺はおかわりするんじゃない!させられてるんだっての!」

「…どういうことだ?春菜」

「わ、私は特に何も…お兄ちゃんが「おいしいおいしい」って言うから…その、」

「だから次々おかわりを食べさせる、"わんこそば"といったものに近いですね。春菜は確かにやりすぎです。」

「や、ヤミちゃんひどい!私ばっかり悪いみたいに!ヤミちゃんだって嬉しそうにお味噌汁注いでたのに!」

「う、嬉しそうになんてしてません!」

「ウソ!ニヤニヤしてました!耳もぴくぴくしてたもん!お姉ちゃんちゃんと見てたんだから!」

「『味覚の掌握は最優先事項』と美柑に教わったからです!そういうのではありません!」

「思っいっきりそういうの(・・・・・)でしょ!」

 

「ということで俺は悪くない。罪人はこの二人だ、凛、懲らしめてやりなさい」

「はぁ…どっちもどっちだな。しかしこういう場合は殿方が責を負うべきだぞ、秋人」

「あだっ!」

 

結局は騒ぐだけになる四人。凛がどこからか竹刀を取り出し秋人を小突く、頭をかばい膝をつく秋人に春菜が駆け寄り「お兄ちゃん!大丈夫!?」と頭を撫でる。ヤミは「攻撃の動作に淀みがありませんね。素晴らしいです」と小さく拍手を送っていた

 

「まったく…凛も素直ではないのですから、下僕のもとへ行きたいなら行きたいと言えばいいですのに」

「ふふ、全くですね。沙姫様」

 

溜息をつく沙姫に同意する綾。凛が何やら秋人へ説教をしているようだが――――唇は笑っている。親友である沙姫も綾もなかなか見れない楽しそうな凛の笑顔だ。

 

「……あのアホ下僕のどこのなにが良いのやら、わたくしにはさっぱり分かりませんけれど。凛が幸せなら万事オッケー!…という事ですわね。行きますわよ、綾」

「ですね、沙姫様。凛は置いていきましょう、待っていては遅れてしまいますから」

 

沙姫はわざとらしく肩を竦めて踵を返す、主と全く同じ仕草をした綾も共に歩みだした

 

「頭殴るなよ!バカになったらどうすんだっての!」

「その痛みで少しは反省しろ秋人、だいたいキミはいつもいつも…」

「大丈夫、腫れてないよお兄ちゃん。それにお兄ちゃんは殴られる前も大概(・・)だったから心配しなくていいよ」

「春菜さん……………………なんだか最近俺への当たりが強くなってきた気がするんだが」

「それはアキト、貴方が目の前で九条凛とイチャついているからですよ」

 

「ふぅ、まったく。やれやれですわ」

「…ふふ」

 

相も変わらず騒ぎ続ける四人の声を背中に聞きながら、沙姫の唇にも微笑みが浮かんでいた。

それは従者であり固い絆で結ばれる凛と綾の二人でさえ稀にしか見ない"高貴なる令嬢の微笑"だ

 

優雅に登校を終える沙姫と綾に、チャイムの音に慌てて駆け出す四人の男女。

 

 

――――これは最近見かけるようになった朝の光景であった。

 

 

1

 

 

「神にーさま!大変です!」

「ふあぁあ~…なんだっての、眠い」

「神にーさま!わたしですね!"でぃーぶぃでぃー"というものを"れんたる"したいです!」

「…すれば良いんじゃないか、ってか大事な睡眠学習中に起こすなっての」

 

授業終わりの休み時間、机に突っ伏し寝ていた秋人に村雨静が声をかけた。彼女は学年もクラスも別だが、時々こうして秋人の元へやってくる。クラスメイトたちも最早見慣れた光景であるので特に騒ぎ立てもしない

 

「どこで"れんたる"できるのでしょう??わたし、最近こーんな感じで身体を手に入れたのですけれど、身体にも今の生活にも慣れなくて…それで現代(いま)の生活を"どらま"で勉強しようと思ってるです!えっへん!もむもむ!」

「自分で自分の胸を揉むんじゃねえっての!ハレンチだぞ!…御門先生(ヤブ医者)あたりに薦められたのか、いいんじゃね、何見るんだよ?借りるなら一緒に行ってもいいぞ」

「ありがとうございますです!神にーさま!見るならもちろん"時代劇"です!チャンバラです!ぜひとも"暴れん坊な将軍様"や"ご老公様"が出るお話を見たいです!」

「それじゃ意味ねぇだろうが!」

「ひう!」

 

相手が年下の女子でも容赦ない秋人、お静に正座&説教している。彼は春菜に対してもそうだが自分をよく見せようと取り繕う事をしない。そんな裏表のない彼を慕うものは数多く居た

 

「…まったく、アホ下僕の周りはいつも騒がしいですわね」

 

頬杖をつきながら呆れ眺める沙姫もそんな一人である

 

「まぁ、西連寺秋人もああ見えて面倒見は良いですから、慕われてるんでょうね」

「アホで食い意地が張っていてアホでバカでわたくしの凛を大切にしないドアホな下僕が慕われる………………"彩南高校七不思議"のひとつですわね」

「ふふっ確かにそうですね、凛の場合はわかりますけど」

 

微笑む綾が視線を廊下へ向ける、沙姫もそちらへと視線を向ける。

 

「…ふむ、成程。それならばこういった方法はどうだろう?」

 

廊下では凛が女子二人となにやら話し込んでいた。話の内容は沙姫たちには聞こえなかったが、いつもの"凛"とした凛と見つめ合う女子たちは緊張した様子だ、表情が強張っている。だがそれは凛を恐れているわけではなく、彼女たち自身に(・・・・・・・)問題があった

 

「…また相談されてますね、凛」

「凛は信頼できますし、何と言ってもこの天上院沙姫の大親友ですもの。慕われるのは当然ですわ」

「凛、カウンセリングの資格とかもってましたかね…?」

「さあ?持ってなかったと思いますわよ」

「…今度試験を受けさせてみましょうか、案外すんなり合格したり…そこから私と同じ資格マニアに目覚めてくれると嬉しいのですが」

「綾、貴方は沢山の資格を持ってますものね、クレーン・デリック運転士の資格なんてマニアックなものも…」

「はい、いつか何かの役に立つと思って…趣味で」

 

思い悩んでいた事が解決したのか、表情が明るくなってきた女子二人。それを眺めていた沙姫はチラと綾に視線を向けて

 

「フ…貴方の趣味は面白いですわね綾、いつもありがとう」

 

沙姫は綾へ微笑みかける、綾は恥ずかしげに頬を染め「いえ、こちらこそ沙姫様」と笑顔を返した

 

仲の良い主従の二人。綾と沙姫が出会ったのは、いじめられていた綾を助けたことがきっかけだ。それから主従として行動を共にしている、そこから綾は本当によく頑張ったのだ。体力がないぶん一生懸命勉強し沢山の資格をとった、他ならぬ沙姫の役に立つ為に。沙姫はそれをよく知っている

 

「ところで面倒見がいいあの二人…凛も西連寺秋人もある意味似たもの同士ですよね」

「同意したくないですけれど、まぁそうですわね…ん?」

「似てる者同士惹かれあうってことですかね………どうかしましたか?沙姫様」

 

沙姫は傍らの綾をまじまじ見つめた。凛と違い、綾は普通の一般人だ。天上院家と関わりある者ではないが彼女はとても優秀である。

 

一般人だが優秀な従者であり友人。そして沙姫に関わったものは、更に言えば従者となったものは優秀に育つ――――凛と"似たもの一般人"である秋人(アホ下僕)も、鍛えれば立派な従者に育つのではないだろうか。もしそうなれば"凛"とした武士娘も素直になるのでは…

 

「綾!わたくし良いことを思いつきましたわ!」

 

あまりの名案ぶりに輝く沙姫の笑顔。彼女の脳裏では燕尾服を着こなしキリリとした秋人(アホ下僕)と頬を染める"凛"としていない凛が並び立っていた。

 

「なるほど!流石は沙姫様!早速実行しましょう!」

 

主の笑顔に名案の全貌を見たのか、闘志をたぎらせ頷く綾―――"匿名武士娘・恋の応援団"の野望はまだ潰えてはいないのだ

 

「「ありがとうございました!九条先輩!」」

「ああ、助けになったなら何よりだ」

 

そんな"匿名武士娘・恋の応援団"の野望を知らない"凛"とした武士娘は少女たちに笑顔を向ける、照り返しに光る廊下は三つの笑顔をいっそう優しくさせていた。

 

「…だろ?そうすりゃ早いし、楽だっての。俺がな」

 

窓際の青空を背にニヤリと邪に笑う秋人。もちろん彼も"匿名武士娘、恋の応援団"の野望を知るはずもなかった。

 

「さすが神にーさまです!メアさんにとり憑いて操ってネットの海で情報収集なんて考えもしなかったです!早速実行しますです!」

 

物騒過ぎる発言が爽やかな青空を突き抜けてゆく、

 

「オーホッホッホッホ!わたくしの日常に愉悦を!日常が退屈でヒマなら楽しみを作ればいいじゃない!ですわ!」

「流石沙姫様!まるでどこかの王妃みたいなセリフですね!」

 

物騒過ぎる発言に沙姫の高笑いが重なり、明るい教室に響き満たしてゆく――――

 

 

つまりは、これが全ての始まりだった

 

 

2

 

鹿威し。

 

石灯籠。

 

五重塔。

 

池に鯉。

 

そんな由緒正しい日本の庭を持つ九条家。厳格な居ずまいの住居は古き良き日本家屋だ。

月明かりに陰を帯びた厳かなる屋敷は、住むに相応しい少女を迎え入れていた

 

「ただいま戻りました。父上」

「おかえり、凛。今日もご苦労であったな」

 

時刻は深夜一時、仕事を終え家に帰ってきた凛を和服姿の九条戎が出迎えた。嫁入り前の娘が帰ってくる時間ではないが、凛の仕事は天上院家の一人娘、沙姫の護衛である。就寝時まで連れ添った後、交代に引き継ぐのだ。戎も執事長として日々多忙だが、娘が帰るときはいつもこうして待っている。

 

「今日は何も変わり無かったかい?」

「はい、特には………いつもの沙姫様でした」

 

本当はとても大きな出来事があったのだが、アレ(・・)はいつもの沙姫の発案である。背を向け靴を脱ぐ凛は父にだけは言わないことにしていた。凛の父である戎はとても有能だが、娘を溺愛し時に冷静でなくなる、執事長の権限をフル活用し凛の為に尽くすのだ。しかも凛が望んでいない方向に…

 

「しかし、この"西連寺秋人"という男を新たな執事にするとは…沙姫様にも困ったものだな」

 

ポトッ

 

凛は思わず脱ぎかけの靴を落とした

 

「緊急事態にアルバイトを雇うならまだしも、正式な執事として雇うらしい。フフッ、これだけなら私も笑って済ませたが……‥これはいけないな」

「ち、父上?」

 

父である戎の声が地を這う如く重く低くなってきたことに凛はまさか、と思った

 

「フフッ、安心しなさい、凛。父はここに至って極めて冷静だよ、劉我様も困ったお方だ。天上院グループも暇な企業ではないというのに」

「ち、父上、その、落ち着いて下さい」

「更には"凛の婚約者にする"と総帥から正式な通知も来たよ。私が引退したら跡を継げるよう育てて欲しいそうだ。SHI・KA・MO私との顔合わせから結納、結婚式場の手配などもう済ませているらしい…ッ!」

「ち、父上…!あの、落ち着いて深呼吸を!これは、その」

「あの総帥(バカ)BU・CHI殺されたいようだなァッ…!決して"飼い犬に手を噛まれる"など生易しいものでは済まさんぞッ!」

「父上!お願いですから落ち着いて下さい!…ん?これは…」

 

なだめようとする凛の眼前に一枚の上質紙が突き出された。見ればそれは確かに天上院グループ総帥・天上院劉我のサインと捺印までされた正式な指令書。劉我の茶目っ気なのか文の最後に『従者の幸せを願うとは流石沙姫、天晴(あっぱれ)である。善の女神も裸足で寺に駆け込むであろうな。戎よ、孫が楽しみであるなフハハハハ!!!』と手書きで添えてあり――――グシャッ

 

「あ!」

「フン、あの娘バカめ…!こんな紙切れ一枚、決して現実になどしてやるものかよ」

「ち、父上!いい加減落ち着いて下さい!」

「隠密部隊"影"をこれへ!天上院家を影から守ってきたのは我々だッ!主の愚行を許すなッ!」

 

「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」

 

戸惑う凛を尻目にどこからともなく黒い"影"たちが舞い降りる。忍装束に身を包み全身黒一色、メン・イン・ブラックの特殊部隊が古き良き日本家屋の内外に結集していた。

 

「既に全員集結しているだと!?しかも"突撃仕様"じゃないか!父上は本気だ…ど、どうすれば…」

 

世界有数の大企業である天上院グループ・護衛部隊"影"。つまりは企業が持つセキュリティ・サービスである。スタッフは厳格な実力主義に勝ち上がった猛者でしか構成されず、装備は一見簡素なものに見えて特殊な武器・防具がセットされている。"突撃仕様"とは、対テロ仕様の武器防具を備え一個人で重戦車大隊まで撃破できる武器を所持する過大(・・)戦力であった

 

「…仕事ですから、仕方ありませんね」

「フッ…この眼は闇がよく見える」

 

驚き固まる凛の耳に真っ黒の中から知った声が聞こえてきた

 

「しかしこの俺を呼び寄せるとは…今夜の暗殺(パーティー)は盛大なものになるらしい、"組織"が感づかなけりゃいいがな」

「…組織?未だに貴方を狙う組織などあるのですか?」

「フッ…"金色の闇"知っているか?このセカイを構成している数字は"12"だ。12で構成される時間、12ヶ月の1年、12ある星座と12の神…俺のナンバーは13(サーティーン)。12に1つ加えられた数を持つ俺はセカイの1つ上のセカイに居るのさ…狙う敵も多くなる」

「…質問とズレた答えが返って来てイラッとしました。貴方も相変わらずですねクロ」

「フッ…"金色の闇"と踊る夜があるとはな、まだまだ俺の日常に退屈な真昼は来ないらしい」

 

見ればやはり声の主は戦闘衣(バトルドレス)を身に纏うヤミ、その背後に立つ黒ずくめの男は――――

 

「秋人!?いや違うな」

「九条凛、この勘違い男とアキトを一緒にしないで下さい。確かに見た目は似てますが全くの別物です」

「そうだ、別物だ。ヒトはヒトリヒトリ違う、俺と同じ存在がこのセカイに在るはずがない。俺の存在を認められるのは俺だけだ」

「ヤミ!どうして君までココにいる!?うしろのその男は?」

「私は面白い情報(・・・・・)を耳にしたのでアルバイトに来ました。この勘違い男はクロ。頭はアレですが腕は確かです、頭のリハビリに連れてきました」

「"金色の闇"、俺達はセカイの(ことわり)から外れた者だ。今更常識(ルール)など通用しない」

「……………私にはさっきから彼が何を言っているか分からないんだが…」

「大丈夫、それが正常です。」

 

ヤミの背後に立ち、なぜか背中越しに会話するクロ。クロは顔立ちも髪の色も秋人によく似ていたが、雰囲気は似ても似つかない程禍々しい。話す言葉は病的で理解不能だが、居るだけで威圧される空気を纏っていた。確かに只者ではないらしい

 

「それにしても、アキトの同意もなく天上院沙姫と結婚が決まるとは…流石に娘として私も納得いきません」

「沙姫様と秋人が結婚!?一体何のことだ!?」

「知らないのですか、九条凛。悪の秘密結社TJグループが天上院沙姫とアキトの結婚を目論んでいるのですよ」

「TJグループ…?天上院グループがそんな事を?」

「フッ…いつの時代も政略結婚なんてものはある。それを阻止とは随分と青臭い仕事だが、たまには悪くない」

「しかも今夜中に阻止出来なければ法的にも結婚が認められ、その事実を世界に向けて発信し公にも認めさせるようです。つまり、決戦は今夜。私たちの仕事は秘密結社TJグループの壊滅。日が昇るまでがタイム・リミットです」

「フッ…失敗すれば陽の出と共に新たなセカイが始まり、そして終わるのさ…"金色の闇"の初恋がな」

 

ぱあんっ!

 

金色の大腕がクロを襲いクロは盛大に吹き飛んだ。宙を回転しながら庭園の鹿威し、石灯籠を派手に破壊し五重塔にぶち当たって動きを止めた。距離にして10メートルを水平に飛んだ姿はさながら交通事故にでもあったかのようだ

 

「「むぅ…」」「なんたる早業、やはりあの少女只者では…」「我らの対戦車バズーカと同じ威力であったな」

 

流石の特殊部隊"影"たちも突然始まった身内同士の戦闘に動揺している。誰も岩の下敷きになるクロの身を心配しないことが悲しい。"影"たちも若干ウザいと思っていたのだろう

 

「…すいません、九条凛。綺麗な庭を壊してしまいました、あとで直させますので」

「あ、ああ…」

 

にっこり。

 

年頃の少女らしいキレイな微笑みを浮かべるヤミに凛は二の句を告げられず黙ってしまう。

確かに壊された庭の方も気がかりだが、凛にはすぐにでも確かめなければならないことがあるのだった

 

「ヤミ、その分かりやすい秘密結社名と秋人が沙姫様と結婚などという情報は誰から聞いたんだ?」

「"プロフェッサーK.K"という人物からのメッセージで知りました。」

「ほう、"プロフェッサーK.K"か…なるほど。」

 

九条(K)(K)は鋭すぎる娘の視線に耐えかね目を逸らした。

 

「メッセージを私に届けてくれたのは"神の使い・サイレント"という人物。この人物は銀河ネットを荒らしまくっていて、かなり高い情報処理技術を持っているようです」

「"神の使い・サイレント"…?そちらは聞いたこともないな」

「怪しげな人物でしたが、私にクロの現状を知らせるあたり只者ではありません」

「…"金色の闇"勘違いするなよ。アレは罠に嵌められたんじゃない、此方からワザと乗り込んだんだからな」

「チッ…もう回復したんですか…壊した庭を直しておきなさい、クロ。それに罠というのはオリハルコン製のフライパ…「わ、分かった!ソレ以上は禁則事項だ!"金色の闇"!」…」

 

派手に吹き飛ばされて瓦礫に埋もれていたクロだったが、いつの間にかヤミの背後に立っている、相変わらず会話はなぜか肩越しだ。凛はそれにはまったく触れずヤミへと話を続けた

 

「…ところでヤミ、その秋人と沙姫様が結婚というのが嘘だったらどうする?」

「嘘だったら……ですか?」

「ああ」

「そうですね…まずは"プロフェッサーK.K"を始末します」

 

九条(K)(K)は冷たすぎる声音に肩を震わせた

 

「そうか、偽の情報に踊らされたのだからそれはまあ当然だな。ところで私は"プロフェッサーK.K"という人物は知らないが、そこでコソコソ逃げようとしている九条戎は私の父で執事長をしている。」

「執事長…天上院グループで二番目に偉い人物ですね」

 

九条(K)(K)は冷酷な殺し屋二人に睨まれ動けない!

 

「その執事長、九条戎がどうやら秋人を執事として雇い入れたいらしくてな、給料も普通より多く出すし、仕事もそこまで難しいものではないし…どうだろう?秋人に伝えてもらえないだろうか」

「…分かりました。子飼いの執事となればそう簡単に結婚はできない、という策ですね」

「ああ、そうなんだ。よろしく頼む。その間にプロフェッサーK.Kについても調べておこう」

「フッ…策士だな、そういうヤツは嫌いじゃない」

「家族旅行の資金を稼ぎたかったのでちょうど良かったです。早速アキトに伝えてきます」

 

「では、失礼します。」と殺し屋・金色の闇(とクロ)は飛び去っていった。すっかり元通り綺麗な庭園から"凛"として見送る凛。手にはいつの間にか朱い刀剣(・・・・)が握られていた

 

『御主人、どうしやすか?そこのキツネ男はとりあえず斬り刻んで細切れにしやすか?』

 

意識の中に声が響く、それは言わずと知れた銀河大戦負の遺産"ブラディクス"の生まれ変わった姿"ブラディクスver2.0"――従来以上の斬れ味に御主人様の身体能力向上および感覚の鋭敏化、Wi-Fi、3Dカメラ、メール読み上げ機能、その他お掃除機能まで搭載した魔剣である。

 

「どこの世界に実の父親を斬り刻む娘がいる…冗談は大概にしろ」

『す、すいやせん!失礼しやした!』

 

魔剣は学んだのだ。世の中には決して敵に回してはいけない者もいる、従順に従うことで得られる悦びもあることを

 

「ということで秋人が執事として雇われることになったら…―――よろしくお願いします。父上」

「あ、ああ…そうだな!彼も慣れない仕事で大変であろうから私も気を配ることにしよう!」

「父上、お心遣いに感謝します」

「いや、なに気にすることではないよ凛!ハハハ!は、ははは!」

 

戎が助けを求める視線を彷徨わせれば、流石の特殊部隊"影"はいつの間にか撤収していた。真の強者たちは引き際をしっかり心得ているのである。勝てない戦いはしないのだ

 

「はぁ…、これからおかしな事にならなければいいが…」

「そ、そうであるな、凛。やはりおかしな気を起こしてはならんな」

「…父上が落ち着いてくれたようで何よりです」

「う、うむ!我ながら取り乱していたようだ、すまんな凛」

「ええ」

 

すっかりいつもの静けさが戻る庭園で、月明かりを映す朱い刀を見ながら九条戎は魔剣と同じことを学んだのだった

 

世の中には決して敵に回してはいけない者もいる。今も"凛"とした微笑みを浮かべる凛は本当に美しく、優しくそして…――――――――怒るととってもコワイのだ

 

 

3

 

 

翌日、天上院屋敷にて

 

「よく来ましたわ!西連寺秋人!これから立派な執事として働けるよう頑張りなさいな!」

 

「オーホッホッホッホ!!」沙姫の高笑いが高らかに響く大広間。豪華絢爛でゴージャスな室内、埃一つおちていない赤い絨毯。王宮のような広い屋敷は世界的大企業・天上院グループの一人娘の私物(もの)である

 

そんな広間のど真ん中に凛と綾を従える傲慢女王(クイーン)沙姫――――は今日から秋人の正式なご主人様で、従者である秋人はさっそく主に不満を言った

 

「おい、コロネ。なんで今更正式に雇うとかそんな話になってんだ?今更すぎだろっての」

「アアァン?"ころね"とは何ですの?もしかしてわたくしのことですの?」

「当たり前だろ、アホな巻き髪でこんなアホみたいな事しか考えつかないアホなお前は…」

「凛。」

 

パシンッ

 

竹刀の一振りが秋人の脳天を直撃した

 

「おぉぉうう…いてぇ……っ!」

「全く、主であるわたくしになんて口の悪い。もう一度わたくしの名を言ってみなさいなアホ下僕」

「お前の名前なんか知るか!コロネ!」

「凛」

 

パシンッ

 

竹刀の一振りが秋人の脳天を直撃した

 

「おぉぉうう…っ!マジいてぇ……っ!」

「で?残念なその頭はわたくしの名前を思い出しまして?」

「アホ!中身すっかすかのコロネ!とんちんかん!」

「…凛」

 

パシンッ

 

竹刀の一振りが秋人の脳天を直撃した

 

「おぉぉうう…!マジ激いてぇ……っ!」

「それでも凛は加減してくれてるんですのよ?そういえば『とんちんかん』なんて今日び聞きませんわね」

「最近でもまだ言うんだよ!知らないのはコロネなお前だけだ!」

「はぁ…まったく、わたくし達だけが居る場ならまだしも、ちゃんと主の名前が言えないようでは恥をかくのはわたくしと凛ですのよ?」

「む。コロネだけならまだしも…なんで凛が?」

「凛は貴方の先輩ですし、それに教育係ですもの」

 

訝しむ秋人の視線を受けて、凛はコクリと頷いてみせた。先程から凛の表情が"凛"として変わらないのは教育係として責任を感じているかららしい。

 

「ですからそこをちゃんと考えて発言しなさいな。それを踏まえた上でその残念な頭はわたくしの「親玉コロネ!」はぁ…」

「秋人、キミは一体何を怒っているんだ?」

 

深々と溜息をつく沙姫の傍ら、我慢できずに凛が問いかける。沙姫と秋人はよく言い合いをするが、凛の記憶ではここまで秋人が強情なのは初めてだ。いつもなら秋人が嫌々渋々従ってケンカは終わる頃合いなのだ

 

「怒ってる?凛、このアホ下僕は今怒っているんですの?」

「はい、理由は分かりませんが…。秋人、理由をきかせてくれ」

「そんなの、決まってるっての!」

 

秋人は凛をビシッと指差し主の沙姫へ向けて叫んだ

 

「なんで凛はメイド服じゃないッ!」

 

「…え」「は?」「ん?」

 

「いいか!主であるコロネはともかく!お付きの凛たちはメイド服じゃないと色々おかしいだろ!従者なんだぞ!付き人なんだぞ!仕えてくれるメイドさんなんだぞ!メイドさんがメイド服着ないでどうする!俺でさえこんな執事の服着てんのに!なんだその凛の真っ黒なTシャツとズボンは!おもいっきり私服だろ!喧嘩売ってんのか!いい加減にしろ!」

 

「秋人…まったく、キミはそんなことを」「やっぱりアホなんですの?」「はぁ…メガネメガネ」

 

「メイドさんが着るメイド服は優しさと気遣いの象徴であることを知らんのか!ヘッドドレスに神が宿ることをしらんのか!コロネ!お前は金持ちなんだから本格的なメイド服作れるだろ!なんで凛と綾に着せない!凛のメイド姿は似合うんだっての!なのにお前は何を考えてる!その目はコロネの穴か!凛にメイド服着せないコロネに従うことが出来るかっての!」

 

「はぁ…」「はぁ…」「はぁ…」

 

仲良し主従三人組は皆そろって溜息をつく。主の沙姫は腕組みをし心底呆れた表情、綾はずれたメガネを掛け直し、凛は困った表情で俯いてしまう。凛の頬が少し赤いのは恥ずかしいからか、それとも「メイド姿が似合う」と言われて嬉しいからだろうか。口元が微かに緩んでいるので後者かもしれない

 

「なんだその溜息は。俺は間違ったことは言ってないぞ!」

「いいか、秋人。よく聞け」

「…なんだよ」

 

平静を取り戻した凛は沙姫の傍から離れ、秋人へと向き直る。"凛"とした眼差しを受け取った秋人は、凛の話は聞くつもりがあるようで黙って見つめ返している。主人と同僚は見つめ合う二人を無音カメラでこっそり撮影していた。強情な武士娘を説得するために証拠を集めているのだ

 

「秋人、そもそもメイドというのは主に家事・炊事・掃除などを担当するものを指す言葉だ。本来の意味とは少し違うが、掻い摘んで言えば家事(・・)使用人だ。」

「…それがどうしたんだっての」

「その家事(・・)使用人は主の護衛を仕事に含まない。故にメイド服のようなひらひらのスカートや胸元の空いた服は護衛には適さない。だから私は着ない。以上だ」

「ぐぅ…ッ!正論ッ…!」

 

がっくり項垂れる秋人に踵を返す凛。表情は"凛"としていつも通りだが『秋人があそこまで言うなら特別に着ても…いや、しかし…』と思っている事など主と同僚にはしっかり見抜かれている。だから沙姫にも綾にもニヤニヤと見守られていた。

 

「そういうことなら凛はあとで着替えさせるとして、アホ下僕はわたくしをしっかり名前で呼びなさいな」

「はい沙姫様」

「はぁ…なんて素直で単純な…………って本当に私も着替えるんですか」

「どちらにせよ着替えは必要ですもの。あなた達二人(・・)には試練を受けてもらいますから」

「二人?私もですか沙姫様?」

「試練?なんだっての」

 

同じように首を傾げる凛と秋人を見ながら、沙姫は執事長・戎との話を思い返していた。曰く『凛には越えるべき壁が一つあり、奴はまだまだ未熟者である』――――

 

 

「沙姫様、お時間を宜しいでしょうか」

「あら執事長、どうされましたの?珍しいですわね…お父さまの方は大丈夫なんですの」

「この度の件、微力ながら私も協力させて貰います。バカ(総帥)は現在会議ですので問題ありません」

「あら、心強いですわね、では早速…」

「沙姫様、凛はまだまだ未熟者です。」

「凛が、ですの?よくやってくれていますわよ」

「いえ、まだまだです。我が娘にはまだまだ成長してもらわないと困ります。ですのでこちらを…」

「資料?今回の"天上院沙姫原案の華麗で優雅なる山デート・アホ下僕成長物語"に追加したい仕掛けでもあるんですの?」

「はい、一つあります。自身の大切なもの…あの秋人とかいう男に惚れているかどうかは別にして、あの男が居るからと冷静さを欠いてもらっては困ります。それではいざという時、守るべき主人も守りたい誰かさえも守れません」

「…。」

「ですので、私が考えた試練をそれに追加してもらいます。」

「試練?」

「ええ、もしこの試練を二人が突破できたなら………この九条戎、ふたりの結婚を認めましょう」

 

涙を堪え、なんだか震えた様子の戎を見る。確かに戎が心配するように凛はボーッとする事が多くなったように思う

 

朝の登校時の事といい、休み時間は秋人(アホ下僕)に何くれと構っていた頃に比べて距離を置いているように感じる。秋人の様子を探るように盗み見る姿は勇敢な武士娘らしくない、だから"天上院沙姫原案の華麗で優雅なる山デート・アホ下僕成長物語"に戎考案である――

 

 

「――"山ごもり"を命じますわ!」

「「はぁ?!」」

「凛は心の修行を!アホ下僕は凛の足を引っ張らないようしっかりサポートしなさいな!」

 

オーッホッホッホッホ!驚き固まるふたりに沙姫(主人)は再び高らかに笑うのだった。

 

 

 




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2017/02/15 誤字修正

2017/07/16 一部表現修正

2017/07/17 一部修正


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Re.Beyond Darkness 九条凛END 『この世界で、行けない彼方【後】』

4

 

 

沙姫邸を出発して数時間後―――…

 

秋人は一人(・・)で山を歩いていた。命じられた山ごもりをする為である。

 

山ごもりは武道を志すものなら一度は行う修行法である。山は人間の住む領域ではない、野生動物や地形、天候と危険はいくらでもある。住み慣れた場所から遠く、隔絶された場所は精神にも尋常でない負荷がかかる。山登りやキャンプとは根本的に違うのだ

 

「凛のいる場所は…まだ先か…っと、」

 

パキンっ

 

秋人は足元を確かめながら進む。木々に囲まれ足元には草が生い茂り、人工物はどこにも見当たらない。日はまだ高い為視界は良かったが、草木で鬱蒼とした山は自分の息遣いと草や枯れ木を踏む音以外には何も聞こえなかった。

 

「というか凛と一緒に山ごもりじゃなかったのかよ…、ホントにココに居るんだろうな」

 

額の汗を腕で拭いながら呟く秋人。周りは相変わらず人の気配はない。話は秋人が山へと放り込まれた時まで遡る――――

 

 

*****

 

 

「秋人くん、君と会うのは初めてだったね。私が凛の父、九条戎だ。天上院グループの執事長をしている」

「ど、どうも…初めまして」

 

"超"がつく高級車には秋人と執事長・九条戎の二人しか乗っていない。揺れも音もない車内は快適そのもので、車は目的地へと速やかに進行している。正確にはもう一人、運転手が車を走らせているのだが、向い合せに座る秋人が窺い知ることは出来なかった。

 

「さて、最初に地図を渡しておこう。この地図に印が五つ記されているのが分かるかな」

「えっと、はい」

 

秋人はまじまじ見つめてくる戎に困惑し、動揺していた。しかし流石は執事長、戎である。本来ならこのまま拉致し、そりゃあもう酷い説教をかますところだ。が、燃え上がる嫉妬心を抑えつけ用件を簡潔に説明しだした。

 

差し出された山の地図には赤いマーカーでバツ印が付けられていた。五つの印は山の端と端、頂上、中腹とバラバラな位置に付けられている

 

「この地図と同じものを凛にも渡してある。凛はこの5ヶ所のどれかのポイントに向かうはずだ、そこが昔から有名な修行の場所だからね」

「どこか…?」

「そうだ。五ヶ所のどれに凛が向かうのか、正直な所私も知らない。だが、君が凛にとって真の友であり、凛を大切に思う者なら…凛がどの場所に向かうか分かるはずだ。」

 

力強く言い切った戎の言葉に秋人はもう一度地図を見る。大きな地図に記される印はそれぞれ大きく離れており、もし全てを周っていくことになれば、かなり時間が掛かるだろう。特に頂上付近には大きく深い渓谷があり、登るにも困難であることが分かる。

 

秋人は困惑の視線を戎に向けるが、戎は憮然とした口調で

 

「凛を探す時間はいくらでも掛かっていい。だが、君と凛に持たせた水や食料も限られたものだ。見つけるなら、早いほうがいいだろうな……………ついたぞ」

 

言われるがままに車を降ろされる。目の前には生い茂る緑の木々、地図では分からなかった険しい自然が広がっていた。地図からかなり広く大きな山だと分かっていたが、実物は秋人が思った以上であった

 

「これを……って、ヒントか何かは…」

 

秋人は小さなリュックと地図、方位磁石を渡される。そして、大きな山に呆然とし振り向いた時、車は無情に走り去っていた。

 

 

*****

 

 

そして、現在

 

「まだ先…か、でも、もうすぐ頂上に着くはずだ」

 

秋人は地図に方位磁石を照らし合わせながら歩みを進める。この手慣れた作業、実はヤミに『戦闘は出来なくてもいいですから、もしもの時に身を守れるよう覚えなさい』と叩き込まれたものだ。

 

毎朝の徒競走による体力づくり、帰り道と家での"金色印の緊急事態・克服講座"による知識補充。秋人は金色先生のおかげでもしも(・・・)の時もなんとか出来ていた。

 

ちなみに余談ではあるが、金色先生は鍛え終えた秋人と共に宇宙を旅することを当然計画している。もちろん、二人っきりで。

 

「っと…暗くてよく見えないな…ライト、ライトっと……」

 

すっかり夕暮れとなった山は昼間とは不気味さの度合いが違っていた。ヤミのように気配探知などできないが、今にも茂みから何かが出てきそうで秋人は息を呑む。懐中電灯を片手に疲れを感じる足を叱咤するように叩き、獣道を進む

 

と、そこに

 

「…罪を、拾いに来たぜ」

 

猛獣より酷い怪物が現れた。

 

「え…?誰だ、アンタ」

 

突然現れた男は全身黒ずくめ、襟口が大きく開いた黒のロングコートを羽織っていた。とても登山者に見えない長身の男は、異質な空気を纏わせて秋人を睨んでいる。濡れる黒髪から垣間見える瞳は陰鬱そうに細められ、今にも襲い掛かってきそうだ

 

「っていうかいきなり出てくるなよ、びっくりしただろ」

「フッ…それはお前に"罪"があるからだ。不幸を届けに来たぜ」

「は?罪?」

「そうだ。"虚ろう者"よ…今、お前の手には"罪"がある」

「罪ってなんだよ?地図とライトしか持ってないぞ、水とか食料ももう無くなったしな」

「…それが、虚ろうお前が持つ"罪"だ。」

 

ザッ

 

細い獣道を塞ぐように黒ずくめの男が立ち塞がる。男は秋人を睨みつけ、威圧のプレッシャーを全身から放った。放たれた強烈で重いプレッシャーは周囲の動物たちを直ぐ様遠ざける、何千羽の鳥たちは山を飛び立ち、地を這う獣たちは一斉に走り逃げ出した。

 

強烈過ぎるプレッシャーは歴戦の勇士ですら恐怖で動けなくするものだ。秋人を真正面に捉え、男は獰猛な笑みを浮かべる。まるっきり肉食獣を思わせる凄みのある笑みは、例えば『ムチと念力を得意とする殺し屋』なら見ただけで失神してしまうだろう

 

秋人は名も知れない男に道を阻まれ、意味もわからず威圧されたがすぐに答えに辿り着いた。

それは金色先生もスパルタ山特訓で同じ過ちをしたことが―――

 

「…もしかして、迷った?」

「…。」

 

男は、クロはコクリと頷いた。

 

―――過去にあったからだ。

 

 

6

 

 

「こっちか…!」

「いや、そっちは逆だぞ。しかもさっき通ってきた道じゃねぇか」

「フッ…気配がしただけだ、"組織"のな」

「なんのだっての…そんなんだから、びしょ濡れになるまで迷ったんだぞ」

 

草をかき分け、クロと二人で山を登る。気温も下がって周りは既に真っ暗闇だ。高々と生い茂る木々のせいで星空さえも見えない。

 

クロには出会ったその場で地図を片手に説明したが、説明していくうちにクロの顔色がどんどん青くなり、最後には冷や汗まで流していたので秋人は仕方なく連れて行くことにした。

 

「ところで、"虚ろう者"よ。何処に向かってるんだ」

「"虚ろう者"って『道に迷った人』って意味だろ?俺は迷ってないっての」

「フッ…お前には"罪"があるから"大罪へ至る道"が解かるんだったな、」

「"罪"って『地図』のことか…『街へおりる大きな道』も分かるから心配すんな。凛と合流したら案内してやるよ」

「フッ…ならば、それまで俺はお前の露払いをしてやろう」

「はいはい、露払いの意味は…そのまんまだな」

 

クロが先を歩み、結露した草木をかきわけ進んでくれるので秋人は後ろで楽ができた。ムダに長く、やたら丈夫そうなロングコートのおかげでクロ自身も問題なさそうだ。聞けばクロはずっと山の中をウロウロウロウロ彷徨っていたらしい、夜露で全身びしょ濡れになるまで…

 

まぬけな同行者だが、一人より二人。秋人は心に随分余裕が出来たのを感じていた――――凛は、今もひとりのはずだ。無事、だろうか…

 

「…ところで、俺の"相棒"を見せてやろうか」

「そう簡単に『武器』を見せびらかすんじゃないっての」

「フッ、俺の"相棒"は気が短い。一度怒らせたら周りを死の静寂に包むまで止まらないぜ」

「お前はいつもどんだけ乱射してるんだっての…」

「見ろ!"虚ろう者"よ!この俺の"相棒"を…っ!」

「だから見せんなっての!ああこらっ!銃を近づけるんじゃねぇ!あぶねぇだろ!」

「フッ…"相棒"は俺の精神を喰らい、弾丸に変えて撃つ。つき合わされる俺は仕事を終えたら当分動けなくなる。敵の"組織"が黙ってないからな、暴れた俺もしばらくはダンマリだ。」

「疲れきって寝たいだけじゃねぇか!お前って残念なイケメンだな…」

 

クロの言っていることが分かるのが悲しい。同じ男だから、こういう言葉がわかってしまうのだ。

 

と、そこへまた

 

「なるほど、ここがドクター・ミカドを拉致するに適したポイントか、見晴らしも…」

 

巨漢のサングラス男が茂みから出てきた。

 

「…誰だ貴様ら」「フッ…」「いてっ!いきなり止まるなよ、顔打っただろ」

 

現れた巨漢の男はどう見ても地球人ではなかった。なぜなら男は地球より文明レベルの高い服を身に纏い、耳や指の形も人と違う。服を構成する特殊繊維はクロの着ているものと同じ、地球外製のものだ。クロは戦闘態勢へと移行しながら思考を巡らせる

 

―――白のロングコートとサングラスの男。たしか、殺しの請け負いや武器の密輸・製造、あらゆる軍事を行う組織(マフィア)で………組織(マフィア)で………組織(マフィア)で?

 

「フッ………ダメだ、思い出せん。」

「おい、クロ、なに止まってんだっての…さっさと歩けよ」

「何者だ貴様らは、まさか今の話を聞いてたんじゃないだろうな…――ってクロだと!?あの殺し屋クロかッ!?」

 

巨漢の男は青ざめる。"殺し屋クロ"といえば超一流の殺し屋、闇の世界で知らない者など一人もいない。連れている部下も少ない今では勝ち目はなかった

 

「フッ………ダメだ、よく見てもまったく分からん」

「ん?なんだ?なんか居んのか、よっと…………だれ?」

「…ッ!クロが二人!?殺し屋クロには弟が居たのか!?」

「はあ?」

「フッ…」

 

秋人を背で庇うように立つクロ、驚愕に後ずさる巨漢の男、その影から次々と部下が現れる。

 

「ボス…どうかしましたか」「…敵ですか」「そうですー!ココに御門先生はよく来るんですよー!体に良い薬草がたくさん生えてるんだそうですー!たまにつまみ食いしてますよー!」

 

クロに庇われ見えない視界で秋人はよく知る口調でしゃべる声を聞いた。だが、知っている三つ編み少女はその口調でしゃべる声じゃない、まさか…

 

「…お前は"赤毛のメア"か、知っているぞ。"金色の闇"と同じ生体兵器だな」

「違いますです(・・・・)!失礼ですねアナタは!私は"神の使いサイレント"です!」

「フッ…いつの間にか知らん組織が増えたらしい」

「…俺は何も聞いてない」

 

「おい、答えろ生体兵器…ソイツらは何だ」

「この人達はですねー、御門先生(※の能力)に一目惚れされたそうで、コッソリ呼び出して告白(※マフィアへ勧誘)したいそうですー!」

「…何?」

「御門先生もいいお年ですし、小じわも増えてきましたし、ティアーユ先生に女で負け越す前に!今のうちに良いお相手を見つけてほしいです!」

「…俺は何も知らなかった」

 

「ミカド、ティアーユ…知っているぞ。確か、二人ともかなりの科学者だったはずだ」

「そうです!研究ばっかりしてないで女の幸せを味わってほしいです!『お静ちゃんの魂を別の身体に移す実験が上手く行ったら、これで私も若返…なんでもないわ』なんて怪しげな事言わないでほしいです!恐ろしいですっ!」

「フッ…」

「…これは覚えてたらダメなやつだな」

 

微妙に噛み合わないクロとサイレントの会話を背に隠れながら秋人は聞いている。そして、先程まで居たはずの男たちは消えていた。クロもサイレントも元々関心が薄かったせいか気付いていない。

 

「ボス、どうしますか。このままでは我々の計画が…」

「シッ…心配いらん。こちらにはあの生体兵器もいる、うまく利用すればクロも倒せる…今は待て」

 

三人から密かに距離をとり、姿を隠した男たちは策を練っていた。それぞれ手に暗器を携えクロの油断した瞬間を待つ

 

「…よく分からんが、結局アイツらは何者だったんだ。悪者じゃないのか」

「さっきから失礼ですねー!アナタ!神にーさまに言いつけますよ!でも、ちょっと気になるから調べてみましょう――――」

「…とにかく、俺はそんな命令はしてない。何も知らなかったって事でいこう」

 

サイレントは携帯電話を取り出し、長く編んだ三つ編みを突き刺した。全身にナノマシンの輝線を走らせ、電脳世界へアクセスする。

 

キィィイイイイイイイイイン

 

遺伝子操作の証である朱い髪から漏れる光が、ただでさえ神秘的な容姿を神聖なものにまで押し上げている。風もないのに光を宿す朱髪がたなびいて揺れていた。

 

そして、"神の使いサイレント"は薄い唇を開き語り始める―――…

 

「『曖昧さ回避 「とらぶる」は漫画作品およびそれを原作とするアニメについて説明しているこの項目へ転送されています。その他の「トラブル」については「トラブル (曖昧さ回避)」をご覧ください。』」

「…なんの話だ」

「ウィ○ペディアじゃねぇか!もうやめろお静!それ以上は危険過ぎる!」

「あ、神にーさまー!」

 

秋人の声にサイレントから神秘的な雰囲気が消失し、表情もほのぼのとしたものに戻る。会えて余程嬉しいのか手まで大きく振っていた。秋人はクロを押しのき、お静inメアの肩を掴み大きく揺さぶる

 

「お前は!お前は!まったく!ホントにやるやつがあるかっての!」

「へ?へ?うあぁああ~んやめて下さい~神にーさまぁ~!地面がぐらぐらしますぅぅ!」

「いいからさっさと出ろっての!メアに身体を戻せっての!後で俺が怖い目にあうだろが!早くしろ早く!」

「うあぁあああぁん!揺らさないで下さいましぃい!勝手に口から声がぁあああぁサイレントヴォイスがでますぅぅう!」

「だからそういうのやめろっての!この迷惑オバケが!」

「迷惑オバケとはなんですかぁあああああぁあうあうああう!」

「フッ…お前たち、楽しそうだな」

 

「…今だッ!殺れっ!」

 

木々の影から男たちが飛び出し、三人へ襲いかかる。闇に閃くマズル・フラッシュ、轟く銃声。巨大なバズーカ、マシンガン、銃火器全ての弾丸はクロに向かい放たれていた。

 

「フッ…―――そのまま大人しくしていれば、死なずに済んだのにな」

 

振り向かないクロが引き金を引く。黒い装飾銃から放たれた弾丸は蛇のようにうねりながら目標を撃ち抜いた。着弾――爆音。

 

「なっ…!?」

「怯むな!撃ち続けろ!」

 

気の短い男たちが弾丸の雨を浴びせる中、背中越しに撃たれる『追跡(ホーミング)弾』はクロと秋人たち三人を守り続ける。円を描くように回り迎撃する銃弾は最小限の動きで全てを弾き、爆発させる。三人の周りが爆炎に包まれ黒煙を放っていても、秋人たちは吸い込むことさえない。

 

「…お前たちにはこの二人を傷つける危険さが分からないらしい。妹の赤毛を傷つけられたら"金色の闇"は黙ってないだろうし、"虚ろう者"を傷つけられたら……考えたくもないな」

 

爆炎が晴れる。

 

「死ね!クロ!」

 

ボスと呼ばえていた男が武器を構え、狙い撃つ。くるりと振り向き、標的(ターゲット)にされる二人を背で庇いながらクロは

 

「俺はザコに全力を出すバカな獣とは違う……――――――――――喰らえ!『電磁光弾(レールガン)』!」

 

最高出力で引き金を引いた。

 

 

7

 

 

「なぁ、コイツらにココまでする必要あったのかっての。見た感じザコっぽいぞ」

「フ…ッ……」

「なんかこの黒い人も真っ白になってますねー神にーさま。とりあえず皆さんまとめて御門先生のところに連れていきますね」

「ああ、頼んだぞ」

「ふ………ッ、もえつきたぜ……まっしろ」

「お静、コイツが危ないこと言い出す前にとっとと連れていけ」

「はぁーい、おまかせ下さい!神にーさま!」

 

クロと襲ってきた武装組織・ソルゲムの戦闘員たちを引き連れお静inメアは飛び去っていった。朱い髪を変身(トランス)させ木々のカーテンに穿たれる大穴へと、夜の空へと消えてゆく。大きな満月の中にひとひらの朱い花びらが消えていった。

 

「さて、行くかね…クロのおかげでだいぶこの森荒らされたな…歩きにくいっての」

 

硝煙のモヤが立ち込める中を秋人は進む。クロの全力全開・最高出力の『電磁光弾』のおかげで森と空の間に空洞が生まれ、夜空が見えていた。今日はとても美しい月夜だったらしい。

 

「凛は今どこにいるんだろう、もしかして同じ月を見てたりとかは…ないな、修行してそうだ」

 

 

一方その頃、凛は――――

 

 

「…秋人は今どこにいるんだろう。無事でいるといいが………しかし沙姫様も味なことをされる、"秋人が私のもとに無事たどり着けたら――"などと…」

 

凛は手元の地図に目を落とす、地図には一箇所だけ印がなされていた。その場所こそ、凛が今いる場所だ。

 

秋人の地図と同じ物だが秋人の地図には印が五つ。その中に一つ、凛の居場所が含まれているらしい。秋人が凛の居場所を選び取れれば秋人の勝ちだ

 

しかし、実際には五つの全てがダミーだった。つまり秋人が地図に従い、印の場所に辿り着いても凛には会えない。こんな事はもちろん、凛は知らないことだった。

 

娘を溺愛する策士な執事は『そのポイントへ向かうはず』と言い『その場所に凛がいる』とは一言も言っていない。印はダミーであり、探す場所は広大な森という難易度の高い試練だった。

 

『ダミーの場所を地図から選び、もしその場所へ着いたら…そこでこの山ごもりは強制的に終了とします。所詮、彼はその程度の男ということです。運命の相手ならば地図に騙されず凛の元へたどり着くはずですので…』

 

という執事長の無茶苦茶な発案を主の沙姫が取り入れた結果である。"運命の相手"という一言に心惹かれたのだ。

 

沙姫の頭の隅では『もはやデートでもなんでも無いですけど…いいんですか?!』と正論を訴えているが、そんな邪魔な理性など、背負い投げからの片十字絞。片十字絞は、交差した手で襟を握り首を絞める技である。喧嘩女王(クイーン)により沙姫の理性はしっかり絞め落とされていた。

 

「それに、どこかで爆発の音も聞こえたが…秋人は無事なんだろうか。探しに行きたいが、私が動けばすれ違う可能性が高い。今は信じて待つしか無いか…――――待つというのはとてもつらいな、秋人…」

 

言葉の最後はとてもか細く、森の静寂の中へと消えていった。この時、凛は初めて自分自身の弱さを知る。

 

この山ごもりは沙姫の気まぐれがきっかけでも、父の意地悪な発案が元になっていたとしても、凛にとっては自分の心を見直すいいきっかけとなっていた。

 

確かに九条凛は秋人と出会ってから、平常心ではいられない事がたくさんある。鍛錬の最中でも秋人の顔が思い浮かぶと平常心ではいられずいつものように動けず、厳しい修行でたどり着けていた無我の境地に居られなくなるのだ。

 

「…こんな様では父上を悪くは言えないな、早く昔の勘をとりもどなければ」

 

凛は袴の襟を正して気合を入れ直し、弓を構える。『射法八節』のイメージを頭に浮かべながら身体を動かしてゆく―――

 

『射法八節』とは矢を放つまでに行う八つの動作のことである。

 

『足踏み』で土台となる下半身をつくり、『胴造り』で土台となった下半身の上に弓を構える姿勢を作る。姿勢が出来たら『弓構え』て『打ち起こし』で弓を持ち上げ、『引き分け』で弦を引き始める。めいいっぱい弦を引いたら『会』で気力の充実を待つ。そして『離れ』で矢を放ち、『残心』で姿勢を保つ

 

この連続動作を『射法八節』と呼び、これが弓道の基本となっている。凛は剣道だけでは補えない心の修行を弓に求めていた。ちなみに、万能剣であるブラディクスver2.0は家に放置してある。飛ぶ斬撃や身体能力向上はいいのだが後から『踏んでくれ踏んで下さい』と煩いのだ。

 

ヒュン!

 

山中に開かれた野原で、凛は迷いを解き放つよう一心不乱に矢を放っていた。

 

 

8

 

 

「おおう…、これは凄いな…」

 

深い谷とボロボロの吊橋。秋人もこんなものを見るのは初めてだった。

 

「……深いな」

 

秋人は立ち止まり渓谷を覗き込む。谷底を覗き込んでも白い(もや)がかかって底は見えない、落ちたらまず命はないだろう。吹き上がる谷風に頬を撫でられ、秋人の背筋に冷たいものが走った。

 

「で、この吊橋で渡れ…ってボロすぎだっての、何年ものだよ」

 

吊橋はロープも古く橋床も朽ちかけていた。ロープを留めている支柱も、蹴飛ばせばへし折れてしまいそうなくらい年季が入っている。

 

向こう側までは10メートル以上あり、ジャンプではとても渡れそうにない。谷を渡るには目の前にあるボロい吊橋の他はなさそうだった。『もしかしたら別の橋が』と秋人は思わない。なぜならこの山ごもりはアホ女王(クイーン)沙姫プレゼンツであり、あの沙姫が違う道など用意しているはずもないからだ。ちなみに正解である。更に付け加えればボロボロになったのはクロの電磁弾の余波のせいだったりする。

 

「仕方ない…!凛が渡れたなら俺も渡れるはずだっての!」

 

秋人は早速一歩踏み出し、腐食して黒くなった橋床を踏み抜かないよう進んでゆく。慎重に足元を確かめながら進み、橋の中央に到達して「意外に行けるか?」と思い始めた頃、ロープの軋む音にブチブチと嫌な音が混じってきた。吊橋も傾いてきている

 

「げ、これってもしかして………うおおぉ!?」

 

最悪の想像が頭をよぎり、急いで渡ろうと走り出した瞬間、吊橋は崩壊を始めた。前方のロープが断裂してゆき、吊橋が傾いてゆく

 

「まずい…っ!」

 

吊橋は橋の効力を失い、跳ね馬のように暴れる。バランスを崩した秋人は必死にロープにしがみつくが、揺れで連鎖的に橋床が落ちてゆき支柱が吹き飛ぶ、ついには片側との繋がりが断たれてしまった

 

「うおおおおぉおおお!?――――がっ…!」

 

無我夢中でロープにしがみついたまま、岩壁へ叩きつけられる秋人。朽ちた橋床や瓦礫が谷底へと落ちてゆく、落下音すら飲み込んだ谷底は不気味に暗く、まるで秋人が落ちるのを口を開けて待っているようだ

 

「いってぇ…っ!くそっ!焦るな、こういう時こそ平常心だっての…俺!」

 

唐突の緊急事態に秋人は荒い息を吐き続ける、掴んだロープを手に巻き付け、身動きせずじっと堪える。荒い呼吸が少し落ち着きだした時、ピンチ打開の策が思い浮かんだ

 

「そうだ!近くに凛がいるはずだ!だったら何か目印を………………………これで!」

 

懐にしまっていたライトを取り出す、か細い光だが今はこれに頼るしかなかった。

 

「頼むから気付いてくれよ…!」

 

秋人はライトを口に咥え上空を照らす。この光の線に凛が気付いてくれれば、まだ望みはある。

 

一縷(いちる)の望みを光に託し、秋人は空を照らし続けた。

 

 

9

 

 

「ふぅ、こんなものか………」

 

凛は道着の袂で汗を拭った。集中して矢を放っていたおかげで身体には心地いい疲労感がある。秋人に会えず不安な気持ちもほんの少し紛れていた。

 

「ひい、ふう、み………ん。矢は全部あるな」

 

木に刺さる矢を矢筒へ集める。狙いの印に刺さる矢は数本、あとはバラバラに散っていた。それは心の揺れを示しているようで、凛は心の中で溜息をつく

 

的になってくれた木を掌で叩きねぎらった後、凛は気を晴らす為に見晴らしのいい場所に立った。木々の香り強い風が凛の頬をなぶってゆく、袴袖と結った髪が風に任せて靡いていた。

 

「…。」

 

"秋人に会いたくなると、見晴らしのいい場所に行きたくなる"いつの間にか凛はそういうクセがついていた。

 

凛の立つ場所は山の頂、空気は澄みきって景色はとても良い。全てが見渡せる頂は360度のパノラマだ。静かな森、夜の暗闇の中に浮かぶいつもの月はいつものように佇んでいた。

 

静かな月夜はいつも凛の気持ちを落ち着かせない。日常から切り離されたような隔絶感と、寂しく物悲しい気持ちにさせる

 

―――こうして一人、静かで美しい景色を見ていると本当に自分は世界に一人きりという気分になる、消える前に見た時の秋人もこんな気持ちだったのだろうか。

 

凛が知るはずもなかったが、凛の居る場所は秋人の地図に印はない。だが凛は秋人が此処に来ると信じているし、知っている。

 

―――秋人も見晴らしのいい高い場所が好きだ。なら、この場所に来るはずだから…

 

「満月、か………」

 

月の光が頬の輪郭をかたどっている。空を仰ぐ形の良い顎の先に、凛だけの月があった。

 

月光の淡い輝きを宿す横顔はどこか不器用な女の表情を映している。微かに吹く山風は、凛の頬を撫でて黒髪をそよがせる。柔らかそうな頬に乱れた黒髪が数本張り付いていた

 

月と佇む少女は大人びて、美しい。月を仰ぐまま、月に魅了される凛

 

真っ黒い空に浮かぶ白い雲たちが月のまわりを漂っている。木々の葉がさざめく音が優しい癒やしをくれている。

 

凛はそっと目を閉じる。風を感じていたかったから。想う気持ちを止めていたいから。

 

「…秋人……………ん?」

 

目を閉じる寸前、凛は視界の端に微かな光の線を見た気がした。目を開けてみれば光の線は確かにあり、月へ向かって伸びている。

 

「なんだあの光は、あちらの方角には確か…――――!」

 

答えの閃きを得た凛は弾けたように走り出した。

 

 

10

 

 

「…うっ、そろそろ、本気でヤバイっての………っ!」

 

崩壊した吊橋、秋人は極力無駄な動きはせずロープにしがみついていた。それでもロープは徐々に綻んでゆく、ロープが結びついている支柱も秋人の重みに耐えきれず地面から抜け始めている、体力の限界と共に少しずつ谷底へと落ちている感覚があった。

 

目の前の岩壁にはしがみつくような場所もなく、また秋人は道具も何も持っていない。

支柱が地面から完全に抜けてしまったら、谷底へ落ちてゆくことになる……それを防ぐすべは秋人にはなかった。

 

吹き荒れる谷風に揺られ、しがみつく命綱さえも最早風前の灯。過酷な状況は秋人の体力と精神を加速度的に摩耗させてゆく、

 

「凛…」

 

朦朧とする意識の中で秋人は心に住む女の名を呟いた。

 

―――秋人!

 

心の呟きに答えるように声が聞こえる。そう、いつもこんな風に怒ったような心配していたような声で名を呼び、迎えに来てくれる彼女だ

 

「俺にも幻聴が聞こえるとか………とうとう終わりが見えてきたな、幻も見えるんじゃ…」

「秋人!」

「…凛!幻じゃないな!」

「秋人!キミはそんなところで何をしている!」

 

秋人が視線を反対側の崖へ向けると、そこには道着姿の凛が立っていた。聞こえてくる声も見える姿も幻ではない。秋人は咥えていたライトを吐き捨てる、生きて戻る為に小さな光はもう不要だった

 

「秋人!待っていろ!今そちら側へ……くっ!それでは間に合わないか!他に何か方法は…っ!」

 

―――吊橋を渡らず秋人のいる向こう側へたどり着くには、一度下山してからでないと無理だ。それには途方もない時間が掛かる、その間まで秋人の体力もロープも持たないだろう。考えられる唯一の方法といえば…

 

「凛!そこから支柱を射って固定してくれ!それから後は何とかする!」

「!」

 

凛の思い浮かべた無茶無謀な救出方法と秋人の提案は同じだった。

 

「しかしそれは無茶だ秋人!支柱もロープと直線上にある!ロープにかすりでもすれば秋人、キミは…!」

「凛なら出来る!やってくれ!」

「無理なことをいうな!支柱を射って固定など!加減は出来ないんだぞ!?この風の中で狙えるわけがないだろう!」

勝負はイメージが大切(・・・・・・・・・・)なんだろ!?負けると思っていたら本当に負ける(・・・・・・・・・・・・・・・・)んじゃなかったのか!」

「!」

 

それは、秋人が消えた時に春菜に言った凛自身の言葉だった。

 

あの時、凛は春菜にだけは負けたくなかった、負けるわけにいかなかった。秋人を忘れた事にして想いを無かったことにしようとする春菜にだけは。

 

しかし今は違う、見えない鎖に縛られているように動くことが出来ない

 

「ッ!しかし!それは……………秋人!何をッ!?」

 

目を伏せ苦しそうな凛、秋人はその表情を見た後、命綱であるロープを強く引っ張った。その衝撃で支柱は更に傾き、危うく地面から抜けそうになる。凛は思わず悲鳴まじりに叫んでいたが、同時に秋人の意図も分かっていた。前より支柱が傾いたお陰で狙いやすくなっている、その代わりに掴まるロープも秋人自身の命も更に危うくなっている

 

「凛…」

 

頼むよ、そんな事を呟いた秋人の表情(かお)を、凛は今までに何度か見たことがあった。屋上で、あるいは教室で、そして最後は『とらぶるクエスト』の魔王城で…覚悟を決めた男の顔を

 

「秋人…」

 

凛はそんな表情をする秋人を頼もしいと思うと同時に、その表情は好きじゃなかった。そんな表情をする秋人は必ず無茶をする。そして誰かを深く悲しませるのだ。

 

その無茶が一体誰の為か、何の為に無茶をするのか、凛はそれを誰よりよく知っている。知っているからこそ凛は好きじゃないのかもしれない

 

だが、今回はあの時と違っている。消えたあの時は全部秋人一人で考え、秋人が一人で行動した。今の行動は凛を信頼しているからであり、凛一人の為に無茶をしている

 

秋人の心に住む暖かな春のように微笑う女の為でなく、出会ったときから傍に居る九条凛ただ一人の為に――――

 

ならば、

 

凛は無言で弓を手に取った。

 

 

11

 

 

     " この矢は誰の為に射る? "

 

――――…そんなもの、秋人の為に決まっている。

 

『勝負はイメージ、負けると思ったら本当に負ける』

 

春菜に言った私の、秋人が私に言った言葉の通りだ。気持ちで負けてはならない、この恋の勝ち負けだってまだ決まっていない

 

だから、

 

この矢は私が、九条凛が誰より愛する想い人の為に射るものだ。なら、届かないはずがない。射抜けないわけがない

 

だから、

 

凛は息を大きく一つ吐くと、地面の砂利を払い足場を固める。脚は肩幅よりやや大きく開き、肩の力を抜く。頭の中には完璧な『射法八節』のイメージが既にあった。

 

ギッ

 

弓を構え、矢をつがえる。正面からゆっくり打ち起こし、そして弦を引き始める。見えない鎖となっていた恐れや迷いは跡形もない。気負いや緊張すら今の凛の中には微塵も存在しなかった。

 

そして、弦を引き絞る。しなる弓と張りつめる弦、矢の先が目標に重なる…

 

この瞬間、凛は明鏡止水の境地に達していた。

 

波一つさざめきのない精神は知覚能力を極限まで研ぎ澄ませ、風の動きすら瞳に捉えさせている。秋人の呼吸、大地の微かな動き、音、光、風――――それら全てと今、凛はひとつになっていた

 

―――ここは、何処なんだろう

 

そんな疑問がふいに浮かんだ。

 

凛は狙いを定め弦を引き続ける。弦を引ききった姿勢『会』を維持したまま、その瞬間を待つ。吹き上がる谷風が身を叩き、長い一つ結びが大き揺れて頬を打っても凛は微動だにしない

 

吹き荒れる谷風を視ていた凛は先程の疑問の答えを得ていた。その答えは月夜の下、吹き荒れる谷風の中にある――――…そして、その答えを私が、九条凛が(すく)い上げなくてはならない

 

私一人ではきっと此処へは来れない。厳しい修行でたどり着く"無我の境地"とはまた違う、あそこには本当に何もない、自分自身さえも無いのだから当然だ。だから此処はそういう何もない場所じゃない、むしろ沢山のもので溢れている場所だ。世界の何もかもが輝き、何もかもが在ると分かる

 

一人では辿り着けないこの場所はきっと―――

 

「この世界で、行けない彼方…――――今!」

 

美しく澄んだ弦音と共に放たれた矢は、風の隙間を通り抜け狙いと寸分違わぬ場所を貫いた。

 

「すげぇ…………………やったな、凛」

 

凛の放った矢に見とれる秋人、縫い付けられた支柱は地面から離れる寸前だった。

 

 

12

 

 

「ん……はむ、んちゅ」

 

秋人と抱き合い、凛は頬を赤らめながら唇を重ねる。心を解き放った凛にもう遠慮はなかった。

 

「んっ………ちゅ、んんんっ!」

 

月明かりの下、二人は夢中になって口づけを交わし合う

 

救出が成功した後、ふたりして抱き合いながら喜び、それから凛がお説教をして秋人を小突き、「すまなかった」と頭を下げる凛を今度は秋人が抱き締めたのち、二人は自然とキスをしていた。

 

キスの快感に酔いしれて霞のかかる意識の先に、凛はこれから先のふたりの未来を見た。

秋人と共に過ごす未来、穏やかなで幸せな日々を過ごす未来、凛の待つ家に帰ってくる、子供と新たな主人となった秋人との未来が――――

 

たっぷりと長い時間をかけ濃厚なキスを終えると、凛は視線を合わせて言った、

 

「秋人、おかえり……………よく来たな」

「ただいま………………って、おかえり?来たな?」

「ああ」

 

この世界と、私のところにだよ、と微笑む凛が居る場所。その場所を優しい光が降り注ぎ、ふたりをスポットライトのように照らしている。その光の筋の先に、凛と秋人の月があった。

 

「秋人、私はキミの事が好きだ」

 

そう言ってもう一度微笑んだ凛は、月の魔力を帯びて壮絶に綺麗だった。

 

そんな凛の表情に一瞬、秋人の目にも未来が見える、着物を着る清楚な大和撫子を感じさせる妻が微笑んでいる。それはいつかの夏に見たお伽噺の姫のようで――――

 

「だから行こう、ふたりでしか行けない場所に」

 

凛の辿り着きたい場所、凛と秋人のふたりなら行ける場所。その場所は毎朝訪れる陽の光のように暖かく、そして―――そこでは世界の何もかもが輝き、何もかもが在る

 

地球から月よりも遠いその場所は、決して帰ってこれない場所じゃない。だけれど、凛と愛する男のふたりでしか行けない彼方だ。

 

「なに、心配するな秋人。ふたりならちゃんと行ける場所だぞ、一人では行けないが」

「そう言われると大変な場所っぽいな…この山だけでも殺し屋っぽい宇宙人が出てきて大変だったってのに」

「二人で進むのが難しくなったら、人数を増やせばいいな。秋人、私は子どもは沢山欲しい…弓道や剣道の大会ができるくらいに」

「………それって何人?」

「団体戦だと基本は五人一組だが…大会だからな、チームは大勢いるだろうな。となると家も道場も手狭になるか。となると沙姫様に相談せねば………ね、秋人」

 

いつもの真面目な"凛"とした表情で思案にふけったかと思ったら、急に顔を赤らめてもじもじと視線をそらす凛、あまりの可愛さに固まる秋人

 

「ゆっくり……ぶ、分割でいいよな?」

「分割はいいが、ゆっくりはダメ…――――――――んっ」

 

口づけを交わすふたりのいる場所、その足元で月光と朝日の入り混じった光が風に揺らいでいる。朝露の中で光が輝き、抱き合うふたりを写し込んでいる。抱き合いながらキスに夢中な凛は見ることさえできないが、世界はその美しさを知っている。二人が輝きの中にいることを―――

 

 

もうすぐ、夜が明ける――――そうしたら、また日々が始まる。

 

朝起きたらごはんを食べて、ふたりして学校に行く

 

学校では授業を受けて、おしゃべりをして、終わったら一緒に帰る。

 

たまには寄り道だってするかもしれない。

 

笑ったり怒ったり、思い悩んだり、楽しかったり嬉しかったりすることもあるだろう。

 

秋人が傍にいさえすれば、凛にとっての全てのものはそこに用意されている

 

そんな幸せな日々はふたりでしか行けない―――――――――ふたりだけの、世界の彼方

 

 

                                       終わり




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2017/04/15 一部改訂

2017/04/20 一部改訂


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R.B.D 特別閑話『波乱のバレンタイン』

少女たちにとって"男女の仲"とは秘め事だった。

 

だが秘めずに(おおやけ)にしても良い日、というのが存在する。その最も有名な日それがバレンタインだ。

 

これはヒロインたちの愛と勇気とちょっとした暴力の物語―――――

 

 

 

 

「ふう…こんなものかしら…」

 

一息ついて唯は額の汗を拭った。ここまで集中、三時間以上。身体に広がる心地良い疲労感、キッチンには甘いチョコの香りが広がっている。琥珀色のミルクチョコレートは型に入れられ、あとは冷やし固めるのみだ。

 

「どれどれ、味見を…―――ん、甘い」

 

ペロリ、と指先のチョコを舐めとってみる。最近になって心に引っ越してきた"内なる唯ちゃん"も同じ仕草で味見していた

 

「え…?なに?(内なる)唯ちゃん『どうせお兄ちゃんは他の女にも貰うし、アンタはどうせ渡す方法をあーだこーだと悩むんだから勢いつけて「そしてこれは私からのぶんっ!!」って顔にぶつければイイじゃない』って…そうね!流石唯ちゃん!」

 

秋人がチョコ(物理)のせいで鼻血を出した、そんなバレンタインデーだった。

 

1

 

「いっせんだって♪こえ…あ「あぶないっ!!」」

 

ベチャッ!

 

リトの顔面にビターチョコが付着する。すんでのところでスライディングを決めたリトのおかげでフローリングを汚すことは無かった。リトは元・サッカー部、美紺のハートへ華麗にゴールを決めた予感がしていた。

 

「リト、あ…」

「いてて…気にするなよ美柑、ちょっと背中を打っただけだよ。ん、チョコ美味いな!」

 

なぜなら美紺はキレイ好きなのである。リトは優しい兄として、美紺のソワソワウキウキの上機嫌を損ねないよう行動したのだ。美柑を責めず顔のチョコを口にするリト、これは流石に褒められて然るべきだろう

 

―――だが

 

「リト…アンタなにしてくれてんの!」

「えっ?」

 

冷たく刺さる美紺の声、ジトッと睨む瞳には涙まで浮かべている

 

「本命バレンタインチョコ…最初に食べた男の子、リトになっちゃったじゃない!」

「あっ!そういえばそうか…!でっ、でも床に落ちるよりはいいだろ!?」

「床のがマシよ!」

「ひどっ!」

「……もういいよ。それリトにあげるチョコね、オメデトウ。ハッピーバレンタイン」

「棒読み!?当たったの顔だぞ!?それも目の辺り!」

「…何?少ないって言うワケ?チッ、もうちょっとあげるわよ…はいあ~ん」

「み、美紺!あ~んって!嬉しいけど目で食えるわけないだろ!」

「ララさんから本命チョコ貰ったくせに生意気。瞳孔開いてもぐもぐ食べなさいよ、はいカシャ」

「効果音の問題じゃ…っ!美柑、頼むから口に…ぐぎゃああああああああっ!」

 

リトの視力がほんの少し下がった。そんなバレンタインだった。

 

 




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Re.Beyond Darkness モモEND 『暗黒王子と桃色の姫君Ⅰ』

*

 

 

***

 

 

*****

 

 

*******

 

 

 

――――静寂が広がる暗闇、蠢く三色がある。

 

 

闇色。朱色。桃より淡い、白桃色。

 

 

「納得できません!」

 

「うんうん♪」

 

「…まったくだ。最後の最後でアレはないぞ」

 

 

微睡(まどろ)みの淵にいる秋人が聞いたのは、そんな不満げな声三つだった。

 

 

「ではいきますよ、いいですか?」

 

「こっちはいつでもオッケーだよ、強制的に繋いであげるね…素敵♪」

 

「ククク、起きたときが楽しみだな。では―――」

 

 

「「「ゲーム・スタート!!!」」」

 

 

次の瞬間、【西連寺秋人】はこの世界から消失した。

 

 

 

***

 

 

 

「お兄さま、お兄さま、起きて下さい」

 

 

微睡みの淵から意識がゆっくり浮かび上がってくる。薄く(まぶた)を開くと眩しい日差しが痛いほどだ。今日も良く晴れたいい天気らしい

 

 

(今日もまた暑いのか、最近は涼しくなってすっかり秋だと思ったんだけどな…)

 

 

秋人は夢見心地で寝返りを打つ

 

 

「お兄さまったら…、はやく起きないと朝ごはんが食べられませんよ。もう」

 

 

落ち着いた声は目覚まし音より意識深くまで届く、ちょっと低めの品のある声。少し怒った口調がなんとも可愛らしい…だから困らせてやりたくなるのだ

 

 

「お兄さまが好きなお肉をふんだんに使った料理も用意してありますのに…お願いですから起きて下さい、お兄さま」

 

 

今度は優しくあやすような声、思わず「はーい」と返事をしたいのをぐっと我慢。眠ったふりを続ける

 

 

「…お兄さま?」

 

 

不意に声のトーンがいぶかしんだものに変わった。と同時に近づく気配、頬に暖かな呼気が感じられる。妹である春菜が顔を覗き込んできたのだ

 

 

「まさか起きてる、なんてことはないですよね…?」

 

(寝てる、お兄ちゃん寝てるぞ春菜、睡眠街道爆睡中だ!いつもみたいなウフフな事しないと起きないぞ!むふふ!)

 

「ふーん、そうですか」

 

 

心の声が聞こえたように納得した声。冷淡な声が恐くもあり、可愛くもある

 

 

「カワイイ妹がこーんなにお願いをしているのに、ホントにお兄さまったら仕方ありませんね」

 

(むふふ春菜め、いつもみたいに布団に潜り込んできたところを捕まえてやるぞ!さあ来いっ!)

 

「では、お料理も朝一番の濃くて美味しいのも、ぜぇ~んぶ私が頂きますねウフフッ♡」

 

(しかし珍しいな、春菜が朝から肉料理を用意するとか…―――んん?)

 

「妹であり相思相愛であり正妻である私が、銀河のプリンセスたるモモ・ベリア・デビルークがこんなにお願いしているのにイケナイお兄さま♡……いただきまぁす♡」

 

「おいコラちょっと待てえッ!」「ひゃあああああぁん♡」

 

 

いつもと違ういつもの朝、驚いて飛び起きれば柔らかいものに顔を突っ込んだ。そしてすぐに理解する、柔らかい何かとはおそらく胸だ。モモの胸に顔を埋めてしまって…………しっぽ?

 

 

「あん…お兄さまぁ、広げてしまっては流石に恥ずかしいですよぅ…♡」

 

 

下の方から声がする。

 

 

肩を掴み慌てて離れようとしたら柔らかい弾力のそこは肩でなく尻だった。胸に顔を突っ込んでいると思ったら目の前には割れ目で、股間で、肩だと思って力を入れたおかげでむにゅっと広げてしまっていて……

 

 

「で、ですがこれから先オトコとして必要になってくる情報ですし…興味がおアリでしたら、ど、どうぞ…♡」

 

「なっ…!」

 

 

図らずもモモの全てを見てしまった。

 

 

更にモモはシロップ漬けの白桃を押し付けようとしてくる。そして同時に気づく、腰から下にあるべき布団や身につけている服の感触がなく――――

 

 

「すんすん…お兄さまったら♡昨晩あんなに吸い出したというのに、またこんなに固くして、こんなにオス臭くさせて…♡ダメですよ、我慢しては♡()妻モモがまたおクチで吸い出して「またんかぁあああああああい!!」ひゃあん!」

 

 

秋人は素早く状況を理解、モモを押し飛ばしタオルケットで身体を隠すように引き寄せながら

 

 

「なななななんでお前がココに居る!?ってかヤミは?!ウチの番()はなにをしている!」

 

「あいたたた…、突き飛ばさなくてもいいじゃないですかぁ…ヒドイですよぉ、お兄さま」

 

 

モモが涙混じりに答える。ベッドから落とされたモモは裸にワイシャツのみの姿だった、下着さえ身につけていないらしい

 

 

「…それにしてもお兄さまったら、昨日もとても激しかったです♡モモは何度も何度も意識が飛びました♡」

 

「俺は一体お前に何を………………む」

 

 

モモの裸ワイシャツ。あられもなくて綺麗で…――――思わず黙って見惚れてしまう

 

 

「お兄さま…?急に黙って、どうかされました?」

 

 

秋の訪れが見えない夏。日差しは強く、暑い。空調の効いていない部屋ではじっとり汗をかいてしまう。白い肌が淡く輝いているのはその暑さのせいだろう、細身でも出るところはしっかり出てるモモの躰――――伝う雫

 

 

「ふふ♡ご主人さま(・・・・・)ぁ♡」

 

 

見惚れられていることに気を良くしたモモが微笑む。色っぽいしなをつくり、熱っぽい瞳で見つめてくる。寄せあげられる胸の膨らみはララほど反則的ではないが、モモにはララにはない艶と柔らかさがあった。

 

 

「うふふ、そんなに見られるとチョット恥ずかしいですよぉ♡」

 

 

桃色の髪が肩で揺れ、艶やかな肌の上を真夏の雫が伝ってゆく。少女のプロポーションは扇情的で、まるで咲いたばかりの花のよう

 

胸の先をワイシャツが隠し、細い腰から尻、太腿の誘惑のラインも申し訳程度に覆っている。男物のワイシャツでもモモが羽織れば"女である"と声高に主張させていて…

 

 

「って、それ俺のシャツじゃねえか!」

 

「はい、いつも愛用してます♡」

 

「てめ!こら!返せっての!」

 

「イヤです♡コレはお兄さまのモノではありませんから♡」

 

「は?」

 

 

オホン、と喉を鳴らしベッドに居直るモモ。びしっと指を立てて宣言した

 

 

「お兄さまのモノはすべて私のモノなのです♡お兄さまのモノなんて何一つありませんから♡」

 

「…なんだと!お前はジャ○アンか!そんな自分勝手が許されるとでも思ってんのか!」

 

「で・す・が」

 

言葉を食い気味に遮り、顔をずいっと寄せてくる。鼻を擽る女の子のいい匂い、それはモモだけの甘い匂い、プリンセス・モモ・ベリア・デビルークという女の香りだ。

 

 

「私のモノは全てお兄さまのモノ…♡全てがお互いのモノなのですから、どちらか一方だけのモノなんてありませんよ?」

 

「…む」

 

 

うっとりした呟きと流し目、色気のある仕草に思わず黙ってしまう。そしてドキドキしてしまう、『授業』のおかげで男心をくすぐり、理性を破壊するに相応しい仕草だった。モモに主導権を握られると指導した俺ですら危うい…!

 

 

「はぁ…分かった分かった、それでいいっての。というよりモモ、なんでお前がウチに居るんだよ」

 

「ふふ、おかしなお兄さま。なぜってずっと一緒に暮らしているからに決まってるではないですか」

 

「はぁ?」

 

 

何言ってんだこいつ

 

 

「今は周囲の目から逃れる為にこうして偽りの兄妹を演じていますが、本来は将来を誓いあった婚約者同士(・・・・・)。ああっ、ご主人さま(・・・・・)♡そんな当然のことを可愛いお顔で訊かないでくださいな、押し倒して子作りしますわよ」

 

「は?コンニャク者?味噌汁に入れるヤツ?お前はさっきから何を言ってるんだ」

 

「…いいでしょう!状況を読み取れていないお兄さまに説明しましょう!ミュージックアーンドオープニングムービー!スタート!!」

 

 

突然流れ出す軽快な音楽、スクリーン表示される美麗なムービー

 

 

♪♫

 

 

―――信じてね モモ(わたし)を 今 君にあげるよ♪♫

 

 

校舎屋上で少女が一人佇んでいる、振り向く彼女は…

 

『さあ、作りましょう!お兄さまと私だけの楽園(ハーレム)を!』

 

桃色の髪を風と舞い散る花びらの中に踊らせ、振り向く彼女はモモ・ベリア・デビルーク

 

 

場面は変わって学園廊下、こちらに指をさしキリッと睨む彼女は…

 

『ハレンチですわ!お兄さまがハレンチなことをしていいのは私にだけです♡』

 

真面目で規律にうるさい風紀委員長、彼女は――――モモ・ベリア・デビルーク

 

 

さらに場面が変わって今度は台所、鍋を火にかけながら味見をする彼女は…

 

『やれやれ、お兄さまったら仕方ないんですから…』

 

揺れるビーズの髪留め、ジト目で呆れたように呟く彼女は――――モモ・ベリア・デビルーク

 

 

場面は夜、高層ビル屋上、漆黒の戦闘衣(バトルドレス)を風に靡かせ目を細める彼女は…

 

『…お兄さま、貴方は私の恋の標的(ターゲット)、です…』

 

いつも殆ど表情を変えないクールな殺し屋、彼女は――――モモ・ベリア・デビルーク

 

 

―――信じてね モモ(わたし)を 今 君にあげるよ パラダイス ♪♫

 

 

最後の場面は一面の花畑。今しがた登場した少女四人が手を繋ぎこちらへ向けて駆けてくる、それぞれ幸せそうな微笑みを浮かべ彼女たちが――――モモたちが駆け寄ってくる

 

「「「「さあお兄さま!この中から誰を選ぶの!ちゃんと一人を選んで下さいね♡」」」」

 

 

………

 

……

 

 

 

「どうです?わかりやすいヒロイン紹介ムービーでしたでしょう?撮影にはかなりこだわりましたわ、えっへん」

 

「…。」

 

「お兄さまはちゃんとこの中からひとりのヒロインを選び、身も心も結ばれてくださいね♡お兄さまならちゃんと正しきヒロインを、真のプリンセスとハッピーエンドを迎えられると信じていますわ♡」

 

「…。」

 

「お兄さま?どうかされました…?そんなに凛々しいお顔でまじまじ見つめられると、モモは困ってドキドキして、また濡らしてしまいます…♡」

 

「…。」

 

「お兄さ…きゃぁあああああああぁあああん♡」

 

 

――――オシオキされてしまいました。

 

 

「はぁん…♡あ…っ…は…ぁ…っ、さ、流石お兄さま…♡」

 

 

快楽の残滓が残る躰を震わせ、モモはベッドでぐったりしている

 

 

「まったく。モモと俺が偽りの兄妹で、しかも婚約者で?モモしか出てこないムービー見せられて…一体何がなんだっての」

 

「ん…ぁ、お兄さま、それはですね…せ、説明を」

 

「それはだなおにいたん、この世界はモモ姫の作った電脳(ゲーム)世界だからだ。おにいたんは寝ている間に此方へと転移させられていたのだ…――――強制的にな」

 

 

秋人の腹からネメシスがにゅっと生えてくる。すばやく身体を形成し、秋人(宿主)に纏わりついた。丈の短い漆黒の浴衣から脚を晒し、がっしり挟んだ太ももが秋人を離さない

 

 

「あんだと?!ここはゲームの世界だったのか!?」

 

「ああ、そうだ。」

 

「…マジか?」

 

「ああ、マジだ」

 

「ホントにホントか?別の場所に移したとかじゃないのか?」

 

「日頃から割りとウソをつく私だが、おにいたんにだけはウソは言わん」

 

 

ネメシスは深黒の瞳を真実で満たして秋人を見つめる。――どうやらウソではないらしい。

 

 

「そんなシリアス顔で言うなら信じるしかないが…」

 

「アヘ顔ダブルピースで言ったほうが良かったか?」

 

「いんや、全然。」

 

「んほぉおおお♡きもちいぃぃい!おにいたんの太いのしゅごいのおぉおおおおぉお♡」

 

「すんなっての!」

 

 

べっ、と褐色娘を投げ捨てる秋人。

 

放たれたネメシス弾は立て直し中のモモにぶつかり、再びベッドに縫い付ける。運良く(?)も姫君による潰れたカエルのような悲鳴は二人に聞こえなかった。

 

 

「ゲームなのは分かった!だからって、なんでネメシスが俺から出てくるんだよ?」

 

「くく、おにいたんの"内なる唯"はこの私、内なるネメシス…"ネメたん"にバトンタッチして消えたのだ!」

 

「なん…だ…とッ!唯!?」

 

 

内なる唯へ呼びかけるが気配も声も感じない、本当に居なくなってしまっていた。心の部屋には唯お気に入りのぬいぐるみ(ネコ)がポツンと置かれている。

 

 

「唯、そんな…っ!そんなまさか…!お兄ちゃんを見捨てて…うぅ!」

 

「そう悲しむなおにいたん、私がいるし手紙も受け取っている。さっそく読んでやろう、ペンネーム"兄に密かな想いを寄せる内なる妹"からだ」

 

「唯が俺に手紙だと…っ!?」

 

 

『 お兄ちゃんへ

 

ゴメンね。ちょっと本体のところに行ってアタシの身体を手に入れてくるわ

 

アタシはずっと近くでお兄ちゃんのこと見てきて、心を共有出来てきたけど…やっぱり生身が欲しいの。

 

だって、アタシもお兄ちゃんと抱き合いたいし………それにキスだってしたいもの…

 

だからちょっとだけ留守にするわ、寂しいからってアタシ以外の女に手を出したらダメだからね。いいわね 

 

                 兄に密かな想いを寄せる内なる妹より』

 

 

「唯…っ!そうか、あのデレなしツンツン内なる唯はお兄ちゃんが好きだったのか!」

 

「『勘違いしないでよね!好きなんかじゃない、大好きなんだから!』…だ、そうだ。続きがあったぞ、読み忘れてた。ネメたんうっかり、テヘぺろ」

 

「唯っ!うっ、なんてええ子なんや…!お兄ちゃん流石に泣いた、うぅう…っ!」

 

「ああ、この私に負けず劣らずのイイ妹だな。私の稀人(モノ)に手を出すとは……調教して壁尻として埋め込んでやりたい」

 

「オイ!なんでそうなる!鬼畜すぎるだろ!…てめぇ、もしもそんなマネしたら――」

 

「…ッく!ああ…悪かった、おにいたんに睨まれたくてついこういう発言をしてしまう…ネメたんは悪い子だ。オシオキしてくれ」

 

「ちょっと!この私を除け者にして話をしないで下さい!」

 

 

なんとか立ち直したモモが叫ぶ。素肌の上によれたワイシャツを羽織直し、ネメシスを睨みつける。

 

 

「この褐色ロリ…!私とお兄さまの朝を邪魔して…っ!」

 

「おお、モモ姫。鬼のような形相だな、怒るのは美容に良くないぞ?」

 

「アナタのせいでしょーが!」

 

いまだ赤く上気している頬とうっすら汗の浮かぶ四肢。なまめかしい姿は年頃の少女が、ましてや銀河のプリンセスが人前で晒していい姿ではないが、ネメシスに邪魔されたことが余程不満だったらしい。

 

 

「いいですか!貴方はオマケ、本来この場に居ない存在なんですから、しゃしゃり出てこないでください!」

 

 

想い人の膝上でくつろぐネメシスにモモの怒りが爆発する。

 

 

「ほう、やはり私はモモ姫に随分と嫌われているな…私はお前が好きなのだがな。正気を失ったイカモンスターの群れに投げ込みたいくらいに」

 

「貴方も私が嫌いじゃないですか!恐ろしいですよ!」

 

「そんなことはない。心配するな、種付けされて苗床にされるくらいだ」

 

「いや、だいぶ嫌いだろ…ってかいい加減お前は離れろっての!モモ、お前は服を着ろ!」

 

 

言い合いを続ける二人に秋人の叫びが炸裂するのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「あら、おはようアキト。相変わらずお寝坊さんね、もう少し早く起きなさい」

 

「おはようございます、お母さま」

 

ネメシスとモモのバトルを収め、一階に降りるとキッチンにはセフィ王妃が立っていた。ヴェールごしでも分かる透明感溢れる美貌、神が手ずから作り上げた完璧なるスタイル…正真正銘、間違いなく本物のセフィ・ミカエラ・デビルークその人である。

 

 

「どうかされましたか、お兄さま?」

 

 

驚きすぎて声も出ない秋人と違い、モモは平然としている。

 

 

「何をボーッとしているのですかアキト、朝食ですよ。早く食べないと学校に遅れるでしょう」

 

 

呆然とする秋人を見とめて、セフィも声をかけた。銀河を治める王妃とは才能豊かなのか、秋人を見つつもキャベツを高速で千切りにしている。

 

 

「アキト、まだ寝ぼけているの?しゃんとなさい」

 

「あ、ああ…悪かった」

 

 

やっと思考的再起動を果たした秋人は席に座る。当然のように隣に座るモモ

 

 

「アキト、モモからもう聞いているでしょうが…しっかり頑張るのですよ」

 

「な、何をだよ」

 

「もちろん、花嫁探しの事です。しっかりこの世界で真の王妃(トゥルー・プリンセス)を見つけるのですよ、でなければ元の世界に戻れませんからね」

 

 

ニコリ

 

 

セフィが肩越しに微笑む。かつて、いや現在も銀河を納め続ける王妃(セフィ)の微笑は美しく、魅了(チャーム)の力と朝日に輝いていた。

 

そんな笑顔を唯一人向けられる秋人は、朝食のステーキを咥えたまま固まっている。笑顔に魅了されたのではない、セフィの言葉が真実だと悟ったからだ。

 

 

「心配なさらないで下さいお兄さま。私、モモ・ベリア・デビルークがお兄さまのお手伝いをしますから、それに…」

 

 

―――いつかこうなる結末、それを夢見ていた私は笑ってみせる。もう間違えない、私の私による私だけの楽園(・・)を作ってみせる。

 

だから、今日はここで決意表明をしましょう

 

 

「作りましょう!お兄さまだけの楽園(ハーレム)を!……ね、ご主人さま(・・・・・)♡」

 

 

 

そして、結末の違う二人の物語が始まる。

 

 

―――咲き誇る桜に似た、桃色の姫君の笑顔と共に。

 

 




感想・評価をお願いたします。

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2017/06/17 一部改訂

2017/06/26 誤字修正

2017/06/29 一部改訂

2017/07/18 一部修正

2017/07/23 一部修正

2017/10/25 一部修正

2017/11/04 一部修正

2018/02/11 一部加筆

2018/03/17 一部改訂

2018/04/24 一部改訂


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R.B.D閑話 『桃色の姫君と双子の姫君』

「zZZ…むにゃ…ついにお兄さまの初めてを…♡いただきま…」

「オイ、起きろモモ」

 

ゆさゆさ

 

「…はっ!ナナ…?むぅ、もう少しで私大勝利な夢を見てたのに…」

「なんかそんな気がしたからナ、起こしたぞ」

「……ウフフ♡ナナぁ?」カチッ

「うわっ!?デダイヤル出してナニするんだっ!?」

 

  にゅるにゅるにゅるにゅる

 

―― しばらくお待ちください ――

 

「はぁ、はぁ…っ、まったく…なんなんだモモのヤツ…触手系はやめろって言ってるのに」

「ふぅ…今回は私の勝ち。それでナナ、何か用?」

 

纏わりつく蔦を払いのけながらナナはモモを睨む。ジトッと睨む瞳と牙のような犬歯むき出しで、ナナ姫は不機嫌全開。逆にモモ姫は報復が出来てスッキリしていた。

 

「何か用って、あのナァ…今日は大事な日ダロ!」

「大事な日…?何かあった?」

「思い出せバカモモ」

「何よ、ナナのペタン娘。うーん、なにかしら…?」

 

ぷんすか怒れるナナとゆったり小首を傾げるモモ。対象的な二人だがモモ姫とナナ姫は双子の姉妹。髪の桃色、瞳の紫も揃いで共に愛らしいが、性格までは同じというわけではない。モモはしとやかで上品、ナナは活発で元気という正反対の姉妹である。

 

「分かんナイのかよ…今日は私達の誕生日ダロ!誕生日おめでとうモモ!」

「…あっ、そういえばそうね」

 

腰に手を当て胸を張るナナは軽く驚く妹を見て呆れる。モモは本当に忘れていたらしい

 

「…あら?でも、もう日付だいぶ過ぎてない?私たちの誕生日8月8日よ?今日ってもう10…」

「誤差ダロ誤差!デビルーク星だとチョード今日なんだ!細かいことは気にするナ!」

 

ぴょこぴょこ

 

慌てるナナの内心を表すように、ツインテールが跳ね動く。それを見ながらモモは『いつかナナの動くツインテールの謎を解明しましょう』となんとなしに決意していた。まだ寝起きなのである

 

「とにかく!おめでとうナ!モモ!」

「ありがとナナ、あなたも誕生日おめでとう」

「へへ!プレゼントはないけどナ!」

「いいわよ別に…気にしないで。私も用意してないけど…欲しかった?プレゼント」

「いや、アタシは兄上とクレープ食べに行ったからナ!もう十分だぞ!」

 

ぴこぴこ

 

跳ね揺れる桃色ツインテール。ナナの幸せな気持ちを表現しているらしい。というよりナナの笑顔が本当に嬉しそうで、楽しそうで…

 

――そう、お兄さまと楽しく一緒だったのね。私に内緒で、私を誘わず二人っきりで。幸せだったのはわざわざツインテ動かさなくても分かりますからね、ナナ♡

 

「…へぇ、それは良かったわねナナ♡」カチッ

「うわっ!?またデダイヤル出してナニを…!?」

「バッチリ目も覚めたので、ナナを恥ずかし~い♡お仕置きで楽しんでから、そのツインテールの謎を解明しましょう♡」

「あのナァ!また触手系植物だすならアタシだって()ダージャ呼ぶからナ!あとモ()ジャラもだぞ!」

「だぁから、そういう危ない発言はダメって前に言ったでしょ♡」

 

にゅるにゅるにゅるにゅる

 

「!コラァ!ナニまた縛ってるんだ!解けモモ!わひゃっ!擽った…ッ!ゆ、ユ()ノオーを」カチッ

「そ~んな強いクサポケ呼んじゃダメでしょ?ジムリーダーのツツジさん?」ヒョイ

「あ!コラ!デダイヤル返せよモモ!いい加減下ろせ!解けってば!」

 

ナナの手からデダイヤルを奪い、モモはチュッとキスをした。(すが)めた瞳に妖しい輝きが宿り、抜け目のなさそうな表情―――悪女顔したモモ姫は大変恐ろしい

 

「ナナ…貴方ったらお肌の艶もハリもイイじゃない、やっぱりお子さまだから?」

「いふぁいだろ! ほっぺたひっぱるナァ!」

「じゃあ、もっとキレイにシてア・ゲ・ル♡」

 

ビュルビュルビュル

 

「う…!なに顔にかけてるんだ!うえぇ、ベトベト…モモ、なんだよコレ!」

「ミルケアの花よ♡お肌にとってもイイんだからナナも試しなさい」

「お肌にイイ…?肌なんかがキレイになってどうすんだ…っていいからコレ解け!」

「ダ・メ♡」

 

ビュルビュルビュル

 

「うっ…!どんだけ出すんだバカ!うげぇ、苦い…チョット口に入っただろ!?」

 

カシャ、カシャ

 

「ナニ写真撮ってるんだッ!解けってバカモモ!あとこのベタベタもやめろ!」

「うふふ♡ナナの手にナスも持たせてっと…お兄さまへ、ナナもオトナの階段を登りましたわ、愛するモモより………送信っと♡」

「ゴラァ!兄上に写真送るナァ!」

「お誕生日おめでとうナナ♡」

「このタイミングで言うナァ!解けぇえッ!」

 

 

*******

 

 

*****

 

 

***

 

 

*

 

 

―――次の日、彩南高校屋上にて

 

「あれ?どうしたのナナちゃん、なんか元気ないね」

「メア…聞いてくれよ、昨日さ」

「ウン。」

「あの白いの…苦くて…ベタベタして……飲まされて……兄上に……ううっ、こんな恥ずかしいコト言えるかぁあああっ!」

「あっ!ナナちゃん!?」

 

ツインテールをピンっとアンテナのように伸ばしたと思えば、ダダッとナナは走り去ってゆく―――あの慌て具合だと、とっても素敵にスゴい事があったみたい

 

「ウーン、ナナちゃんがアレだけ恥ずかしがるって事はよっぽどだよね…?えっと、白くて…苦くて…ベタベタで――――ナルホド♪流石せんぱい♡」

 

にっこり無邪気な笑みを浮かべるメア、長いおさげが風の中で楽しげに揺れた。

 

 

…後に、平和な西連寺家が"赤毛のメア"に襲撃を受けることになるのは余談である。

 

 




8月8日はモモ&ナナの生誕祭!
モモ様、ナナ様、遅れましたがお誕生日おめでとうございました。

活動報告のネタをちゃんと書き直したのでお許してください…

モモENDも遅くなってすみません…(T_T)

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2017/08/17 一部改訂

2017/08/19 誤字修正

2017/08/31 一部改訂

2017/09/23 誤字修正


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Re.Beyond Darkness モモEND 『暗黒王子と桃色の姫君Ⅱ』

☆★☆*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*……*…*…*…*★☆★

 

秋人とモモは恋人同士である。

 

始めは憎しみ合っていた二人だが、何がどうなったのか。いつの間にかこうなっていた。

 

今では、二人は世界で最も信頼し合うパートナー同士であり、早い話がラブラブである。

 

もうヌルヌルぐちょぐちょの愛欲の日々を送っているのだった。

 

                                 【HAPPY END】

 

☆★☆*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*……*…*…*……*…*…*…*★☆★

 

 

 

「…と、いうワケなんです♡」

 

「何がどういうワケだ!なんだよこの事実無根のあらすじは!」

 

 

 

さんさんと輝く太陽、真っ青な空と―――その青に浮かぶ"モモと秋人の愛のあらすじ"(捏造記事)

 

 

 

「お兄さまにもこれまでの出来事を説明しておこうと思いまして…ゲームはこれからですし♡」

 

 

空を見上げていたモモは振り向きざまに軽くウィンク。スカートをひらりと翻す姿は正に可憐なプリンセスだ。何も知らない男子が見たら一発で恋に落ちるだろう

 

 

「まったく…おまえな」

 

 

しかし、可憐な乙女のウィンク光線を浴びた秋人はムッと眉を寄せている。家を出てからというもの、モモは楽しそうに浮かれていた。

 

 

「…空に浮かんでる捏造記事もお前の仕業だな?」

 

「当局はいっさい関与しておりませんわ♡」

 

「当局ってなんだ、当局って…それにゲームはこれからだと?最後の方にエンドって書いてるぞ!」

 

「えっ、本当ですか…?あちゃー、消えちゃいましたね♪」

 

「モモ、てめぇ…!」

 

 

秋人は文句を言いつつモモを睨むが、鋭い視線を浴びるモモはうっとり微笑んでいる。どんな視線でも少年からの視線は嬉しいのだ。

 

 

「とにかく、お兄さまはトゥループリンセスとちゃんと結ばれて下さいね♡」

 

「はぁ…ったく、ゲーム世界に転移させるとかお前もよくやるよな…」

 

「うふふ♡ありがとうございます♡」

 

「いや、褒めてねぇっての」

 

 

現在、二人は仲良く登校中。

 

気安い会話も二人の肩の距離も信頼し合うパートナーのそれであり、あながち"あらすじ"は的外れでもなかった。

 

 

「それに、あらすじに間違いはなかったと思いますよ? 私は読めませんでしたけれど」

 

「むしろ間違いしかなかったっての! …だいたい俺はモモのことを憎んでないし」

 

「!! お兄さまぁ♡」

 

「うわっ!ええい、イキナリ抱きついてくるな!」

 

「お兄さまが朝から私をきゅんきゅんさせるからですっ!」

 

 

デレ顔で抱きつくモモを秋人は乱暴に引き剥がした。《モモの好感度が上がった。》

 

 

「ちなみにですね、お兄さま。左手を振ると現在の各ヒロインの好感度が見れます。それからお兄さまのステータスと所持金、装備品など、これから起こるイベントも見れますよ♡」

 

「マジでゲームの世界なのか…」

 

 

秋人は半信半疑に左手を振ってみた。

 

 

ピロロロン!

 

 

電子音と共に半透明のウィンドウが現れ、デフォルメされた秋人のイラストと共に各種項目が表示される。

 

 

「マジで出てきたぞ……自分のステータスって、見ると凹みそうだから見ないようにしよう」

 

「まあ、お兄さまはかわいい人ですねぇ」

 

「うるさいっての。…ん?『ヒロイン好感度』か、脱出するにはまずコレを見とかないとな」

 

「きゃっ♡」

 

 

秋人は『ヒロイン好感度一覧』をタップした。――ポチッとな

 

 

 

 "モモ・ベリア・デビルーク"―――好感度♥♥♥♥♥(MAX) ☆ルート確定☆ 

 

 

 

「…ォイ」

 

「私が朝起こしたことで、お兄さまの攻略ルートはめでたく私に決まりました♡きゃっ♡」

 

「きゃあじゃねえ!ルート強制じゃねえか!選択の余地ねえのかよ!」

 

「あら、寝ている時にちゃあんと選択肢が表示されてましたよ?こんな風に」

 

 

モモがポケットから飴を取り出すと、電子音と共に『受け取る』『受け取らない』の選択肢がポップ表示される。ギャルゲーなどで見たことのあるこれは…

 

 

「これがイベント選択肢です。その後のルートに関係するので、どちらか選んで決めて下さいね。ちなみに制限時間内に決めないと強制的にコンピュータさんが決めてしまいます。」

 

「マジでゲームで、しかも制限時間つきかよ…。」

 

 

秋人はモモから飴(ピーチ味)を受け取った。選択肢が震えながら消滅し、モモが幸せそうに笑うが、しかし特に何も起こらない。説明の為だけの選択肢だったようだ。

 

 

「で、その制限時間ってどんくらいあるんだ?」

 

「うーん、そうですねぇ…ちょお~っと調整が終わってなくて、0秒だったり2時間だったり…ランダムなんです♡」

 

「…つまり、"選択すらできない場合もある"ということだな?」

 

「そういうことになりますわ♡」

 

 

にっこり、百点満点の笑顔で答えるモモ。対象的に秋人の目はどこまで冷ややかだ。

 

 

「…なるほど。これは相当のクソゲーのようだな。」

 

「クソゲーなんてヒドいですよぉ、このゲームは神ゲーですよ?」

 

「…ちなみに、モモのルートに入る前はどんな選択肢が出て、制限時間はどれくらいあったんだ?」

 

「『モモに起こしてもらう』『モモが起こすまで寝よう』『朝起きればモモが居るはずだ』『モモを愛してる。アイ・ラブ・ユー』の4つで、時間は1秒でした♡」

 

「やっぱ強制じゃねえか!!」

 

「きゃああああん♡こっ、こんなお外でなんてっ!お兄さまぁああぁあああんっ♡」

 

 

――――オシオキされてしまいました。

 

 

「ふぅ……、えーっと、他に確認できる項目はっと――『所持金』は1253円ってリアルだな、しかも合ってるし。『装備品』は学生服と草薙剣(くさなぎのけん)?なんだこりゃ」

 

「…っ、はぁ、ん…♡」

 

「おいモモ、いつまでノビてるんだっての」

 

「ふぁ…っ…しっ、失礼しました、ご主人さま」

 

 

電柱を抱えるように支えていたモモはフラフラと立ち上がり、よれたシャツとたくし上がったスカートを整える。足元がおぼつかなかったが、プリンセスだけあって仕草の一つ一つが優雅であった。

 

 

「はぁ、はぁ……オホン!今起こった事をありのままお話しますね♡お兄さまに丁寧にゲーム説明していたらイキナリ電柱に押し付けられ、イヤがる私のパンツを無理やり引き下ろして後ろから硬い棒を…♡♡♡ 何を言っているか分かると思いますが、私とお兄さまが愛の子づ」

 

「えーっと、なになに『ステータスは変動するから全て"0"に設定したぞ byネメシス』ってこれじゃ意味ねえだろ」

 

 

身悶えしてトリップするモモを放置して、秋人は自身のステータスを確認する。誰に向かってのものか分らない発言もマルっと無視する。

 

 

「そういえばララとナナが家に居なかったけど…ココでは一緒に住んでないのか?」

 

「お姉さまは違う役として登場します。ナナラッタはそこらの草むらに入るとエンカウントすると思います」

 

「ナナラッタって、ポケ●ンかよ…じゃあさっそく入ってみるか」

 

 

道脇におあつらえ向きな草道を発見し、秋人がさっそく踏み込もうとする。ハッとなったモモは即座に呼び止めた

 

 

「待って下さいお兄さま!草むらに入るとナナラッタやメアティナが飛び出してきて危険ですっ! こちらも手持ちヒロインが居たら戦わせることが出来るんですけど……」

 

「手持ちヒロインってなんだ」

 

「あ、既にモモが手持ちでいたのですね♡ なら大丈夫です」

 

「…お前はポ●モンなのか博士役なのかハッキリしろっての」

 

「もしもこのゲームにキャッチコピーをつけるなら、"今明かされるサイナン地方、もう1つの冒険!"ですね♡お兄さま♡」

 

「もうポケモ●ネタはいいっての!」

 

 

このモモ、ノリノリである。

 

普段から二人っきりになればモモのテンションは高いが、今回は秋人もツッコミが追いつかない程の壊れようだ。

 

 

「もしもヤミさんがポケモンだったら…ヤミカラスですかね?お兄さま」

 

「チミぃ…しつこいねぇ、俺はコイキングもアリだと思うけどな」

 

 

何気ない会話を続けるモモと秋人。しかし、秋人は内心で焦っていた。

 

今朝の事といい、この壊れようではモモが実力行使にでるかもしれない。モモは夢中になると周りが見えなくなるタイプなのだ。

 

そしてそうなったら最後、地力では到底かなわない秋人を恐ろしいほど膨大なモモの愛が襲ってくる。そして、それに抗うことは巨大な津波への体当たりに等しい。

 

 

『乗るしかありませんわ♡このビッグウェーブに!』

 

『ぐわああああああ!』

 

 

『はぁんっ…!熱…っ♡ 既成事実♡ 既成事実ですぅ!♡』

 

 

――このままではマズイ。非常にマズイ。

 

 

これは早急にゲームをクリアする必要があると秋人は決意し…

 

 

「…よし、モモ。早速俺のヒロインに会いに行くぞ」

 

「もう会ってますけど…?学校はよろしいのですか?」

 

「いいんだよ、あっという間にゲームクリアだ!」

 

 

不思議に首をかしげるモモに、秋人はニヤリと笑った。《モモの好感度が上がった。》

 

 

 

 

1

 

 

 

 

「…なるほど。お兄さまったら、考えましたね」

 

「フッ! 俺のヒロインは此処にいる!」

 

 

ピンポ〜ン!

 

 

秋人は自身満々に呼び鈴を鳴らす。自分の家のベルを鳴らすとは何とも不思議な気分だ。

 

 

は、は~い!

 

 

ドア越しに聞こえてくる、ちょっと焦った少女の声。

 

微かに聞こえてくるスリッパの足音と、近づいてくる気配。否が応でも緊張が高まってゆく。

 

 

「…ムフフ」

 

「お兄さま、お兄さま、エッチなお顔をしてますよ」

 

「おっと、キリッとしとかないとな」

 

 

モモ曰く、このゲーム世界ではモモとセフィ以外の登場人物はリアルな立体映像(ホログラム)であり、実在の人物とは一切関係なく、春菜も俺の妹じゃないらしい――となると、初対面となる俺に春菜たんは一体どんな表情を見せてくれるのだろう。

 

 

『えっと…、どちらさまでしょうか?(もじもじ)』

 

『俺だぞ、春菜』

 

『あの…ごめんなさい。どこかで会いましたか…?』

 

『ああ…、なんてことだ…。俺のことを忘れてしまったのか…?ダーリンと甘い声で呼んでくれていたのに…』

 

『ええっ!?ごめんなさいっ!だっ、ダーリン!』

 

 

こんな風にからかえるとなれば、ゲーム世界も悪くない。マイエンジェル春菜たん(AI)は一体どんな萌えリアクションを見せてくれる!?ワクワクが止まらないぜ!

 

 

「は、は~い!どちらさ……えっ、あ、秋人?」

 

 

果たして現れたのは西連寺春菜――

 

 

「やだ、さっそく私に会いに来るなんて…し、仕方ないなぁもう」

 

 

――ではなかった。

 

 

「…どういうことだ。モモ」

 

 

ニヤニヤ顔から一点、鬼の形相で振り返る秋人。

 

 

「お兄さま…春菜さんがどうかされましたか?」

 

 

一方のモモは微笑みを崩さずしれっと答える。秋人のリアクションは想定の範囲内だった。

 

 

「…知っていたわけだな?」

 

「さて、私には何のことか…」

 

「春菜はどこにいる!? なぜコイツがココにいる!!」

 

 

ビシッ!っと指を向けられる少女は嬉しそうに頬を赤く染めている。モモと秋人の会話などまるで聞こえていないようだ。

 

 

「わっ、私と学校に行きたいわけね?つまり、私とつき合いたい…とどのつまり私が好きってことね?」

 

 

仕方ないなぁもう、と少女は頬に手を当てる。うっとりと照れ笑う少女は春菜と同じ髪留めをして、春菜と同じ制服を着て、春菜の口調を必死に真似ているが全く似ていなくて、

 

 

「ま、まぁアンタがそこまで言うなら付き合ってあげるわよ!でも浮気はダメだからね!」

 

 

最後にはそれら全てを放り捨てたアイドル・霧崎恭子だった。

 

 

「…モモ、正直に答えろ。春菜はどこに居る…!」

 

 

目の前で『付き合ったらこんな事したいし、こんなとこ行きたいな』と恥じらいつつも赤裸々に語るアイドルは無視。秋人はモモと対峙する。

 

 

ココ(・・)には居ませんわ、お兄さま」

 

「…それはゲーム世界にはそもそも登場しないってことか?」

 

「ふふ♡ お兄さまはお話が早くて助かりますわ」

 

「なんだと……は、春菜が…いな、い………?」

 

「はい」

 

「う、うそだろ…?そんな、そんなバカな…」

 

「本当ですわ」

 

「お、おちつくんだ…冷静に…、そうだ素数だ、素数を数えるんだ………い、1…」

 

「お兄さま、1は素数ではありませんよ」

 

 

がふっ、絶望した秋人は力なく地に膝をついた。しかし、すぐに怒りがこみ上げてくる。

 

 

「モモ、てめぇ…!俺を騙したな!許さねぇぞ!」

 

「ふふふ…♡ お兄さまにそうやって睨まれるのも久しぶりですわね…」

 

「俺にこの手の冗談は通じないぞ!春菜はどこだ!」

 

「お兄さまは春菜さんばかりでなく、たまには他のヒロインも見るべきです。」

 

「あにぃ?」

 

「春菜さんばかりベタベタ構ってると………飽きられますよ?」

 

 

ガーン!

 

 

秋人は目の前が真っ暗になった! 300円を落とした!

 

 

「それに折角のゲーム世界、たまには他のヒロインと遊んでみるのはいかがです?お兄さま♡」

 

 

ニコリ

 

 

穏やかな微笑みを浮かべながら、モモは秋人に優しく言いきかせる。余裕すら感じさせるモモの微笑みに以前のような子どもっぽい甘さはない。

 

 

「ぐぬぬぬぬ………!しかし……!」

 

「では、お兄さま。とりあえずニセ春菜さ…恭子さんにコクって下さい♪」

 

「は? なんでだよ!?」

 

「『告白イベント』にチャレンジです♡ もしも恭子さんがお兄さまに相応しいトゥループリンセスなら現実世界へ帰れます。」

 

「なんだと…!?」

 

「ふふ。成功すれば元の世界に戻れて春菜さんにも会えますわ、悪くないでしょう?」

 

 

妖しく、艶のある微笑み。

 

どうやらモモの方が一枚上手のようだ。秋人が呆然と振り返って見れば、先程まで怪しげな独り言を呟いていたはずの恭子も空気を察して黙っていた。

 

 

「な、なによ秋人…何か私に言いたいことでもあるの?」

 

「仕方ねぇな…これも春菜のためだ。覚悟を決めろ、俺…!」

 

「何ブツブツ言って――」

 

「もやし…、いや、恭子!」

 

「な、なに…?」

 

 

秋人は独りごちると、真剣な面持ちで恭子に向き合う。普段のお調子者ではない、戦いに挑む男の顔だ。アイドルの恭子やモモが思わず息を呑むほど、その表情は凛々しかった。

 

 

「よく聞けよ、一度しか言わない――」

 

「う、うん…」

 

「…ザクシャ、イン、ラブ」

 

「へっ?」

 

「ザクシャインラブ」

 

「ざく…?なによソレ」

 

 

真剣な表情で告げる秋人に、恭子は目を瞬かせる。呟かれた言葉の意味が全く分からない。

 

 

「モモ…、残念だがコイツは違うな」

 

「そのよう…ですね、お兄さま…、残念ですわ」

 

 

振り向いて秋人はがっくりと肩を落とした。モモも同じく残念そうに目を伏せて「また別の方を探さないといけませんね」と返している。にわかに漂う失敗のムード………

 

 

「ちょっ、ちょっと何よ!告白っていうのはもっとこう…す、『好き』とかそういうアレじゃないの…?!」

 

「はぁ…」 「ハァ…」

 

「ちょっ!二人して溜息つかないでよ!」

 

 

告白失敗ムードが恭子の目の前で漂っている。これはダメよ!とマネージャーのダメ出しまで聴こえてきそうだ。

 

 

「あ…、あ~あ~!思い出した!思い出したわ!アレよね!アレ!」

 

 

咄嗟に出たウソに恭子はひとりで納得するフリ。焦る恭子と対象的に秋人とモモは冷ややかな眼差しである。

 

 

「ホントに知ってんのか…?大事な言葉だぞ?」

 

「思い出した!今思い出したわよ!」

 

「ホントに…?」

 

「ほんとよ!ウソじゃないわ!大事な約束でしょ!?」

 

 

うんうん大げさに頷く恭子の額にちーっとイヤな汗が浮かぶ。アイドルとして慣れないバラエティ番組に出演した時以来のイヤな汗が…

 

 

「そうか…。知ってたか」

 

「え、ええ!もう、バッチリ!」

 

「そうか…良かった。」

 

「ええ!うふふふ!」

 

 

秋人の珍しく優しい笑顔。恭子も笑顔。見守るモモも笑顔。優しい世界。

 

秋人とは今までの色々あったが、恭子の胸に一服の爽やかな風が吹く。

 

勝った。自分は賭けに勝ったのだ――――次の瞬間、恭子は地の底へ落下した。

 

 

 

「デデーン!ウソつきヒロインの恭子さんは失格(アウト)です!別のマンガの世界に行ってください!」

 

 

きゃああああああっ!!にゃああんでええええ!!!!!虚しい絶叫を響かせて、【霧崎恭子】はこの世界から消滅した。

 

 

「なんて恐ろしい…なるほど、失敗したらこうなるのか」

 

「お兄さまにはフラグをガンガンへし折っていただかないと♡」

 

「なに?」

 

「この調子でガンガンボキボキヒロインをへし折って行きましょう!」

 

「折るのはフラグだろ?プロレスかっての」

 

 

やれやれ、これからどうなることやら――溜息をつく秋人は気づいていなかった。

 

この世界で最も恐ろしい、最強のヒロインが近づいていることを――

 

 

 

つづく




感想・評価をお願いたします。

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短編集
R.B.D小話①『俺が春菜』


プシュー…!

 

「こ、これ…」「おー」

 

舞い散る桜吹雪の中、二人の男女がカプセルから現れる。髪の色は黒、瞳の色は紫。困惑しきった青年の方とは裏腹に少女の方は楽しそうだ。桜満開の電脳空間公園内には彼らを含む四人の男女が揃っていた。

 

「どうかなー?春菜ー?」

「ど、どうって…お、落ち着かないよ、ララさん」

 

秋人(・・)は答えた。普段とは全く違う弱々しい口調で心細そうにみえる。視線を彷徨わせ、おどおど怯える様子は普段は見ない愛らしい姿だった

 

「どうかなーお兄ちゃんは?」

「うむ、グッドだ!ふっふっふ!ぐふっふっふっ…!」

 

春菜(・・)は答えた。清楚な美貌に不敵な笑みを浮かべ、手をワキワキと開いたり閉じたりしている。身体の感覚を確認しているらしい、時折溢す悪役めいた笑いが不審過ぎる春菜だった

 

「やったー!じゃあ成功だねっ!」

「ああ、よくやったぞララ!褒めてやる!!ぐふっふっふ…!」

「うぅー…なんか恥ずかしいよ、お兄ちゃん。あとそのヘンな笑い方やめて…」

 

ふたりの身体は入れ替わっていた。勿論、飛び跳ねて喜ぶララ’s発明品のしわざである

 

「よっしゃヤミ!しっかり撮っておけよ」

「…仕方ありませんね」

 

カシャ!カシャ!

 

ニヤリと笑う春菜がヤミへ不審なポーズをとる。ヤミは不満げな表情でそれをカメラにおさめていた。今回は『じゃんけん』により撮影役を仰せつかったのだ。身体の交換に参加できないのはチョット悔しいが、内心ほっとしていた。

 

「アキト、写真を撮るだけが目的なら、春菜に直接頼めばいいじゃないですか」

「お前な、春菜がこーんなポーズで」

「…はい」

「こーんな事してくれると思うか?ぴらり」

「……………………………………………………………………………………………無理ですね」

「だろ?だから俺が…」

「アキト!み、見てる私が恥ずかしいので足を閉じて下さい!」

「あ、撮ったか?」

「…。」

 

カシャ!

 

ハレンチで卑猥過ぎるポーズの春菜を撮影するヤミ。本心ではえっちぃすぎる格好の春菜を撮りたくないが、仕事としっかり割り切っているのである。愉しそうにはしゃぐララと話しながら、様子を窺う秋人は顔面蒼白になっていた。あられもない姿の自分が見えたからだ

 

「…そういえば気づいた事があるんだが」

「?なんですか」

「制服の腰のあたりがちょっとキツいな、苦しい」

 

「Σ(゚Д゚;)」

「あはは!お兄ちゃんの顔おもしろーい!」

 

「逆に胸の方は少しスースーして…痩せたか、春菜」

「…………………………………………………………………………ぷっ」

 

「…。( ゚д゚ )」

「あははは!すごいねー!どうやってそんな顔するのー?こう?」

 

その辺でよせばいいのに、隠していた乙女の秘密を暴かれ、失意の海にぶくぶくと沈んでいた春菜の心は次の発言で天元突破に浮上した。身体は全ての音を置き去りに加速して

 

「よし、これは直に触ってみるしかな―――ごはっ!?!?」

 

「ひっ!」「きゃっ!」

 

殺し屋、金色の闇は見た。疾風の如く現れた何者かの一撃で春菜の身が桜の花びらより軽やかに舞い、そのまま桜の幹に激突し崩れ落ちる姿を。

 

「…ヤミちゃん、カメラ」

「は、ハイ、どうぞ…」

「あと、なんにも聞いてないよね」

「…ハイ」

 

ララは見た。目の前から秋人が居なくなったと思ったら、ヤミに優しく微笑んでいる。そんな秋人だが目は全く笑っていない、はっきりいってコワイそれは妹である春菜特有の笑顔だ。春菜の精神が乗り移るだけで、こんなにもヤミちゃんが従順になるとはララは思っていなかった。冷や汗を流し、強張った笑みを浮かべる殺し屋のヤミちゃんなんて初めて見たのだ

 

 

その後、元の身体に戻った春菜が頭の激痛に涙し、同じく秋人がカメラの紛失に嘆き涙したという。なぜカメラが無くなり何が起こったかなんて、ヤミちゃんは何も知らない

 

 




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R.B.D小話②『私、オニーサン』

ある日、教室にて

 

「ふっふーん、おっはよーッス春菜」

「あ、おはよう、お兄ちゃん。こんなところでどうかしたの?」

「ん?べっつにィ~?ちょっと通りかかっただけ」

「?そう」

 

次の授業の準備をしていた春菜に秋人が声をかけた。兄の秋人が妹のクラスに来ることは少ない為かなり視線を集めている。春菜も突然の再会で嬉しさと驚きがない混ぜになった表情だ。

 

教室では秋人を知らない女子たちは顔をじっと見つめたり、知っている友人と目を合わせて肯きあったりしていた。春菜はその様子を目ざとく察知し、一転して不機嫌そうな顔になる。そんな春菜の気持ちを知ってか知らずか秋人は

 

「里紗は?どこに居る?」

「え?里紗…?今はえーっと…どこかな?」

 

意外な友人を尋ねてきた。春菜は思わず目を丸くして兄を見る

 

「そうか…アイツ、どこで何してんだ。アイツが居ないと出来ないだろ」

 

普段の言動からでは想像できないクールな口調で秋人がきょろきょろ見渡している

 

「お兄ちゃんは里紗と仲が…「あ!居た!」え?」

「ん?何か用か?時間まではまだあるだろ」

 

春菜が教室の入り口を見ると里紗が一人入ってきた。仲良しの未央が隣で手を振っている、おそらく彼女が里紗を教室に連れてきたのだろう

 

「じゃあ…里紗、ちょっといいかよ」

「ん、なんだ………?」

 

ドン!

 

秋人は入り口のドアに手を着き、壁と身体の間に里紗を閉じ込めた。いわゆる壁ドンである。教室の女子たちから「キャー!」という黄色い歓声が上がっていた

 

「…なんだよ」

「お前………――――貰うぜ」

 

キャ~ッ!

 

聞き耳を立てる春菜および女子一同。微かに聞こえた秋人の強い口調に女子たちはますます色めき、先程より大きな歓声が上がった。実際は「お前から私の身体見させて貰うぜ」と言ったことなど知らない春菜は、友人である里沙に険しい視線を投げつけている。

 

(里沙………羨ましい……最近部活サボりがちだから特訓させよ)

 

テニス部のエースからスペシャルデンジャラスな特訓を課せられる里沙は帰れそうになかった

 

カシャ!カシャ!カシャ!

 

「んー!バッチリだねぇ!もう一枚いっとく?」

 

里沙&秋人の隣に居た未央がケータイで写真を撮っている。兄と里沙の絡み方が衝撃的過ぎて誰もが未央の存在を忘れていた。秋人は未央に向けてニヤリと笑い頷いてみせる。それを受けて更に未央は写真を撮り始めた。あらゆる角度から『秋人から壁ドンされる里沙』を撮りまくる

 

「…オイ、一体いつまでやってるんだっての………」

「まだいいジャンか、ケチケチすんなよ」

 

にししし、秋人は里沙に人懐っこそうな笑顔を向ける。キャラクターに合わない笑顔に何をみたのか、里沙は深々と溜息をついた。"普通の女子体験"の報酬は写真を撮られる事だったのだ

 

(あれ?あの笑い方って、お兄ちゃんがにしししって…――――もしかして)

 

経験者(・・・)である春菜がいち早く正解に辿り着き、口を開こうとしたその時、

 

「ハレンチなッ!貴方達!いい加減離れなさい!先輩も!自分のクラスに戻って下さい!」

 

「ハレンチです!」真っ赤な顔で雄叫びを上げたのは風紀委員の唯であった。さっきまで女子たちと一緒になって羨ましげに見ていたのは内緒である

 

「いいからさっさと先輩も――――っ!!?!!!??」

「…うるさいヤツだ、友達なくすぞ?」

 

指で唯の顎を持ち上げ面を上げさせる、クールな秋人の視線を受けて唯は赤くなったまま思考と時間が停止した。突然の展開に教室からは最早歓声すら上がらない、クラス全員が食い入るように見守っていた

 

「んじゃ、こっちも撮るねぇ!」

 

カシャ!カシャ!カシャ!

 

未央が再び連写し始める。彼女には静まり返る教室とは違う時間が流れているらしい。先程と同じようにあらゆる角度から写真を撮りまくっている、彼女なりのこだわりの角度では一際多く連写されていた。

 

そうして時間が完全停止した唯の意識が因果地平の彼方から戻ってきた頃、

 

「あ、ちょっと待ってなに…?『いい加減あたしのお兄ちゃんの中から出て行って、オロすわよ、雪崩式リバースフランケンシュタイナーをお見舞いするわよ』って内なる唯っちが怒っちゃってる」

「おお、それは脳天から落ちる危険すぎるプロレス技だな…ってか内なる唯たんはプロレスまで詳しいのか、意外性ナンバーワンヒロインだな」

「ちょっ…ちょっと!悪かった悪かったってば!もうすぐ出ていくから怒んないでよ、もう」

「ん?どうした」

「内なる唯っちが暴れまくっちゃってさー、もうタイヘン。オニーサン愛されてるねぇ!にししし」

「うむうむ、萌える展開だな。じゃララに戻してもらうか……ってか今回は俺なんもイタズラ出来なかったな」

 

秋人と里紗は仲良く教室を出て行った。食い入るように見守っていたクラスメイトたちも教室を移動し始める、次の授業は体育で着替えなければならないのだ。

 

「ハレンチなッ!貴方達!いい加減離れなさい!先輩も!自分のクラスに戻って下さい!」

「古手川さん、セリフが巻き戻ってるよ」

 

こうなってくると、誰も居ない教室で叫ぶ唯の面倒をみるのはクラス委員の春菜の仕事である。

 

「え?アレ…?夢だったの?」

「ううん、違うよ現実だよ」

「そ、そうよね…じゃあ里紗と先輩が、あと私も…アレ?やっぱり夢?」

「ううん、現実だよ」

「あれ…でも、だって…アレ?やっぱり夢でしょ?私、先輩とハレンチなことしてないわよね!?」

「は、ハレンチが何かよくわからないけど…してなかったと思うよ」

「こっ子どもとか作ってなかったわよね!?西連寺さん!!」

「そ、それはさすがに…」

 

古手川さんって時間が止まってる間にお兄ちゃんと何してたんだろう、と春菜は思ったが、想像してゆくと八つ当たりされる里紗の特訓がスペシャルでデンジャラスでナイトメアなものに変わってしまうのでやめにした。

 

 

そして、疲れた表情の春菜と唯が体育の授業終わり間際にやって来た事と、里紗から「はいコレ、唯っちのぶん!感謝はおカネでいいわよーにししし!」と写真を受けとった唯の時間が再び静止した事、自身と秋人の壁ドン写真を満足気に眺める里紗をみた春菜が特訓をスペシャルデンジャラスナイトメアオーバーキルに変えて、お仕置きしたのは余談である。

 

 




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2017/03/11 一部改訂


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R.B.D小話③『ひろびろぜいたく』

「じゃーんっ!これを使えば…【ひろびろバスタイムくん】ポチッとな!」

 

ぎゅ――――――――――――――――――――んっ

 

ララがスイッチを押すと西蓮寺家のバスルームが急激に広がった

彩南高校のプールと同じくらい大きいバスタブ、その倍もあるバスルームが瞬時に出来上がる

 

「おー!こりゃあ凄いねェ」

 

驚く里紗、バスタオルを巻いたまま満足そうに笑っている。この発明品を準備したのはララ、「たまには皆でお風呂入りたいよねェー」と言い出しっぺは里紗だった。

 

「な…!ホントに広がるなんて、こんな非常識メカ…持ってきた入浴剤たりるの」

 

唯は目を見開いて驚いている。身体にはしっかりバスタオルを巻き、ハレンチボディを封印していた。しかしキツくタオルを巻いたおかげで躰のラインは浮き彫りになり、かえって艶めかしい

 

ところで、彼女達がなぜタオルを巻いて入浴するのか?というと…この中に一人だけ男がいるからだ。

 

勿論それは

 

『だいじょーぶだいじょーぶ!オニーサンいてもタオル巻けば大丈夫だからさぁ、ねぇーイイジャンかぁ~ねぇ唯っち~春菜ぁ~』

 

と数分前に皆を説得した男気溢れる里紗ではない。

 

「シャワーまで増えてる…すごい。こんな大きなお風呂見たことない…すごい、ハレンチ常識」

 

里紗に誘われた時、唯はてっきり銭湯に行くものだと思っていた。「で、集合場所は?」「んじゃ春菜んちのお風呂ねェー!」と聞いた時も唯は驚いた。が、まさか銭湯より広い風呂に入るとは想像できなかったのだ

 

「ねぇ、唯っち。ハレンチ常識ってなに?」

「な、なんでもないわよ、別にただ普通に驚いて出ちゃっただけよ!」

「いつもララちぃの発明アイテム信じないもんねェ、唯っちは」

「ふん!ララさんのメカもたまには役に立つのね!」

「でも、ララちぃに頼まないで自分で入浴剤持ってくるとか…庶民的でカワイイジャン♡」

「うっ…!うるさいわね、礼儀よ礼儀!」

「あとさぁ、メカってなんか古くない?アイテムって言えばいいのに。唯ってばJKなのに…プププッ、なぁにテンパっちゃってるのぉ~?」

「うるさいっ!さっきからニヤニヤうるさいっ!里紗のばか!」

 

広いバスルームで追いかけっこを始める里紗と唯、一人さっさと飛び込んでいるララ。広い風呂場は華やかで姦しい。しかし、そんな雰囲気に飲まれない者たちも居た

 

「…美柑、身体を洗ってあげますね」

「アリガト、ヤミさん。私も洗ってあげるね…でも流石ララさんだね。ホントに広くなっちゃった」

 

特に興味を示さないヤミと非常識にも動じない美柑の二人だ。二人は全くのマイペースで互いの身体を洗っている。タオルで器用に身体を隠し、洗いあう芸当は小柄な二人ならではだった

 

「わあ、ホントに広い…これって泳いでもいいのかな?ね、お兄ちゃん」

 

しとやかに微笑みかける春菜。身体にタオルを巻いているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。緊張を解す為に言った冗談は春菜に少しだけ勇気をくれたようだ、隣に佇む秋人の手をそっと握ったりしている。

 

「…。」

 

しかし表情の動かない春菜の兄、秋人――――能面のような無表情のままにいる。艶めかしい美少女たちに囲まれているというのに瞳は何も映していない

 

「…アキト、どうかしましたか?さてはお腹でも減りましたか?てっきり貴方は一人で騒いで小躍りするものかと…」

 

静かな秋人にヤミも流石に振り返り様子を窺う。さっきからふたりが気になっていたのは内緒だ

 

「…。」

「お、お兄ちゃん、どうしたの…大丈夫?」

 

春菜は秋人の前で手を振ってみるが瞳は虚ろだ。春菜さえ見ずどこか遠くを眺めている、むしろ何も見えていないようだ

 

「アキト、私は貴方がてっきり一人ではしゃいで泳ぐものかと………………もしかして泳げないのですか?」

 

ビクッ!

 

秋人が身体を震わせた。当然それに気付いたのは春菜だけではない、大きなバスルームにはしゃぎつつ様子を窺っていたヒロインたち全員だ。

 

「ば、馬鹿言うな!ハーレムに来てしまったかと思ってだな、あの、なんだ。どうやって遊ぼうかって考えてただけだっての!」

 

震え声で答える秋人、春菜でさえ「お兄ちゃん…ちょっと苦しい」と思っていた。

 

「じゃあこっち来て入ったらぁ~?オニーサン…背中、流してア・ゲ・ル♡」

「コラ!里紗!ハレンチでしょ!胸で洗うなんてハレンチな!」

「いや、そんなこと言ってないし…唯っちする気だったの?」

「えーっ!おっぱいで洗うのー?ンー…こうかな―唯?」

「キャーッ!ララさん!ハレンチ!やめなさい!」

「お~やるねぇララちぃ!にしし、唯っち観念しなさい!この乳がこの乳がぁ~」

「キャーッ!!!」

 

「…で?行かないの、お兄ちゃん。おっきなおっぱいさんが好きなんじゃないの?あ、味なんだっけ」

 

秋人の様子を心配して春菜が微笑みかける。もちろん、目は全く笑っていない

 

隣の春菜がコワイのか、これから始まるだろう水泳教室がコワイのか。秋人の頬にちいーっと汗が流れる

 

「…里紗センパイ」

「あはは!このこのぉ~!ハレンチおっぱいどもめー!…ん、なに?オニーサン」

「自分、焼きそばパン買ってきます」

「お、アリガト。気の利くコーハイくんだねェ、あとで可愛がってあげよーう♡」

 

行ってきます、秋人は踵を返し浴室を出て行く

せっかく春菜も勇気を振り絞ったのに、入浴美少女たちの艶姿に目もくれず軽い足取りで風呂場を出ていこうとする。その姿になんだかモヤモヤとした気持ちが湧き上がってくるのは春菜だけではなかった。

 

「…待ってください、アキト」

「待って、秋人お兄ちゃん」

 

がっしり

 

トランスの大腕で秋人を掴むヤミ、その上から更に春菜が抱きとめる

 

「大丈夫、私が教えてあげるから…泳ぎは得意なんだよ?」

 

と、頼りがいのある笑顔で春菜が

 

「…心配しないでください。溺れて死にかけても救命処置はバッチリです。」

 

と励ましなのか分からない事をヤミが言い、サムズアップしてみせる。

 

「いや、焼きそばパンをだな…っ!おい!ヤミ!ひっぱるな!バカ!コラ!春菜っ!唯!ララ!お前たち!里紗…裏切りモノ!美柑っ!お前までかっ!うぎゃああああああっ!!!」

 

 

目を爛々に輝かせるヒロインたちにお湯につけこまれ、秋人がますます泳げなくなったのは余談である

 

 




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2017/03/18 一部改訂


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R.B.D小話④『平和な西連寺家~忍び寄る夜のヤミ編~』

とある深夜――――

 

 

「…アキト、何をしているのですか」

 

暗闇の中から声が聞こえる。話しかけられた秋人はびくっと振り返った。

 

「びっくりしただろ、何って別にゲームを…」

「こんな真っ暗で何を…もう夜中の2時ですよ」

「なんか眠れなくて、つい」

「全く…そんなことをしていたら余計眠れませんよ」

 

ヤミはぶつぶつ言いながら秋人の横に腰を下ろすとじっと見つめる。寝ているもう一人の家族を起こさないよう、緋色の瞳による無言の主張は『これ以上ゲームはダメです』と訴えていた。

 

《トニーズマーケット!BOTTAKURI TV…♬》

 

もうちょっと、と同じく目で訴えている秋人も観念してゲームをやめ、テレビ番組に切り換える。まだ眠るつもりはないらしい

 

深夜のテレビが二人の身体を照らす、その画面をなんとなしに眺めながらヤミは口を開いた。

 

「…こんな時間にアキトが起きているのは珍しいですね」

「そういうヤミこそ珍しいな」

「…そうですね」

 

西連寺家に住むようになってからヤミは自分でも驚くくらいぐっすり眠れている。たまに春菜に「ヤミちゃん寝言いってたよ」とからかわれるくらいだった

 

「俺は昼間に寝すぎたらしくて、眠れなくてな」

「…子どもですか貴方は」

「ム。そういうヤミはなんで起きてるんだよ」

「べ、別に何でもありません。何となくです」

「ふぅん…」

「な、何でもありませんったら」

「ふぅうううん…そうですか、何でもありませんのね」

「そ、そうです!乙女にはそういう夜もあるんです!」

「まぁあれだけ昼にチョコだのお菓子だの食ってれば眠れないッスよね」

「…!」

 

『ヤミちゃん、チョコにはカフェインが含まれているから食べすぎはダメですよ?』

――――夕食時に現れた"説明お姉さん"春菜の解説が二人の頭を過ぎった。

 

そう、ヤミは秋人たちに内緒にしていたが、昼間に『世界のお菓子食べ比べフェア開催中!』のカフェで美柑・メア・ナナと共にお菓子を食べ放題したのだ。

 

旺盛な食欲を遺憾なく発揮したメア・ナナ・ヤミの三人はお菓子を食べ尽し奪い尽くし店に甚大な被害を与えた。涙目の店員から「お願いですからもうお引き取り下さい」と退席させられニュースにもなり、それで皆が知るところになったのだった。

 

ちなみに、美柑はアイス専門のハンターだったので他のお菓子()滅ぼしていない。そしておまけにニュースでも報道されていない。みかん☆イリュージョンだった。

 

「…オホン。無益な言い争いは止めましょう。」

「フ。まあやめといてやるか」

「貴方にしては珍しく素直ですねアキト…?」

 

 《今回ご紹介する商品は料理が格段に手軽に…♪》

 

珍しく素直に矛を収める秋人をヤミが訝しむと、秋人はテレビをじっと見ていた。

画面では料理などしそうにない大男がミキサーを片手に微笑んでいる

 

「…アキト、貴方は料理などしないくせに…こういうものが欲しいのですか」

「いや、欲しくはないけど…なんか見ちゃうんだよなーこういうの」

 

《HAHAHA!面倒なみじん切りもほぉら!この通りあっというまに!》

《凄いわトニー!ソレってさっきまで土に埋もれていた新鮮な玉ねぎでしょう!?》

《そうさ!妹のミリーと作った玉ねぎは新鮮そのもの!みじん切りにしたら涙が止まらないのはミリーと苦労した想い出のせいじゃない!新鮮だからさ!》

 

微妙にずれている会話を聞きながら、ヤミもぼうっとテレビを見始める。なんだかんだとテレビに向かって文句を言いながらも二人は寝ようとしなかった。

 

《この玉ねぎを育てるのはベリーハードな苦労をしたのさ…ミリーが途中で『やっぱり歌の夢を捨てられない』なんて言いだした時は揉めてね、でもそんなクソ玉ねぎもこの通り!》

 

ウィイインッ!

 

《Wow!あっという間に細切れね!凄いわトニー!》

《HAHAHA!!あの時の苦労も粉々さ!ふたりで店を持つまでは相当な苦労だったんだ!》

 

「…なんか玉ねぎに恨みが篭ってそうだな」

「…そうですね」

 

テレビの照明が秋人の顔を曖昧に照らしている。ヤミはそんな鮮やかに色づけられる横顔をぼうっと眺めていた。

 

秋人の場合は単に深夜番組に夢中になっているだけだが、ヤミにとってこれは深夜の密会であり、恋仲にある男女の秘密の逢瀬である。ドキドキしてテレビのセールストークなど一切聞いていなかった。

 

静かな夜にテレビの音だけが響いている。そんな二人きりの空間でヤミは秋人だけを見つめていた。

 

―――もしも、アキトとこのままふたりでいつまでも過ごせたら…

 

横顔を見ながらヤミは空想する。秋人と二人で暮らす未来を…

 

 

***

 

 

「ただいまー」

「…おかえりなさいアキト」

「あー、腹減ったっての…今日も疲れたぁ」

「ふふ、お疲れ様でした。まずはご飯にしましょう」

 

夜も深い時間、秋人が帰宅した。2階建てのボロアパートはヤミと秋人の二人が暮らすには狭く、隙間風も入り込む程に古びている。しかし、そんな貧乏暮らしの中で秋人とヤミは夢を叶えて『たい焼き YAMI×2』という店を立ち上げていた。

 

店を持てるようになるまで苦労も多く、今経験している貧乏もその一つだ。だけれど二人で居られる今が幸せなのさ…そんな歌が聞こえてきそうなくらい二人は今、幸せだった。

 

「はい、アキト。今夜はカレーですよ、近所のお肉屋さんがオマケしてくれました。あと八百屋さんも」

「おお、美味そうー!いただきまーす!」

「…隠し味にたい焼きも入れますか?」

「隠しきれないからやめろヤミ………うまい!すげーうまいぞ!」

「ふふ、こらアキトゆっくり食べて下さい。喉につまりますよ」

 

疲れた表情の秋人に笑顔が戻る、ヤミはそんな秋人を優しく眺めた。夕方まで仕事を手伝い、それから秋人の為に早く帰り家事を行う。そんなヤミの苦労が報われる瞬間だった。

 

「今日はどれくらい売れましたか?」

「まあソコソコだな…全世界チェーンへの道はまだまだ遠いってばよ」

 

そう言ってまんざらでもなさそうに笑う秋人、二人の店は小さいが近所で評判の店だ。いつまでたっても可憐な少女であるヤミは店の看板娘、秋人は若いが腕の良いたい焼き店主。

 

定休日の日に二人で買い物へ行くたびに常連客の店主からオマケを貰う、結婚後も恋人のような二人の仲をからかわれてヤミが真っ赤になる。そんな日常がなによりヤミは幸せだ

 

「耐え忍ぶことこそ成功への秘訣ですよアキト、そもそも私は小さいお店で十分だと思っていますが…アキトもやはり男の子ですね」

「夢は大きく持ったほうがいいだろ!たい焼きで世界征服も夢じゃない!」

「世界征服…ですか、いつまでもたっても子どもですね、貴方は…………ふふ」

「なんだ、悪いかよ」

「いえ、私はもう貴方に身も心も全て征服されてますから…貴方なら間違いなく宇宙だって征服できます。」

「そ、そうか…………それってたい焼き屋の話だよな?」

 

真剣な表情で語るヤミを見て、秋人の頬にチィーっと汗が流れる。妻であるヤミはたまに殺し屋だった頃に戻り、とんでもないことを言い出すのだ。

 

「もちろんですアキト、たい焼き型の宇宙戦艦もいいですね」

「ま、まぁヤミが居ればそうだな、宇宙くらい簡単に征服できるな!うん」

「フ…良き妻として夫を支えていますね私は。」

 

スプーンを咥えながらニヤリと笑うヤミに秋人も曖昧な笑顔をみせる。ささやかな夕食でのひととき、幸せな毎日。

 

そんな生活の中でもヤミが一番の幸せに包まれるのは夕食後の――――

 

「もうちょっと、下です」

「ここ?」

「…う」

「あ、わりい、…ここか?」

「あ……ん、いい感じです」

 

ひらひらのせんべい布団で眠る毎日、夏はいいが冬はこうしてくっついていないと寒くて眠れない。身を寄せ合う為、秋人はヤミを腕枕していた。腕の中にすっぽり収まるヤミは抱き締められて頬を赤らめる。

 

実は変身(トランス)で髪を巻きつけて眠ったほうが秋人もヤミも暖かいのだが、それは採用していない。髪の主である妻が「ラブラブ度が薄れます」と反対したからである

 

「あ、アキト…当たってます」

「む…それは男子特有の生理現象的な……?」

「そ、そうです…えっちぃですね」

「生理現象なので勘弁していただきたい」

「…ダメです。こ、これは妻としてしっかり解消しなくては…」

 

そしてその夜も二人は…――――

 

 

***

 

「ふふ……、だっダメです、最初は私が気持ちよくしてあげます…………」

「おいヤミ、おい起きろっての」

「ん、仕方ないですねアキト…まずは口でしてから、それから親子プレイを……はっ」

「何言ってるんだお前は…寝ぼけてんのか」

 

ヤミが目を覚ますと秋人が不思議そうな顔で覗き込んでいた。まだテレビは放送中、いつの間にか眠っていたらしい。

 

「なんか近所で評判の店とかなんとか言ってたけど…やっぱりヤミも欲しかったのか」

「…なっ、なにがですか」

 

「こっ子どもをですか?」と思わず言いそうになったヤミに、秋人がテレビに向かい指をさす。秋人との濃厚な夜を想像していたヤミは熱い頬を誤魔化すように指先を追った。

 

《そう!この玉ねぎがウチのバーガーの美味しさのヒミツさ!これのおかげでこの国一番のバーガー屋になったのさ!》

《凄いわトニー!ワンダフル!信じられない!》

《ストレスが溜まったらミキサー!たまにはコイツを使うのも悪くない!近所で評判の店くらいにはなれるさ!HAHAHA!》

《凄いわトニー!今ならこのミキサーは29800円で買えるのね!》

《ああ!そうさ!このミキサーぽっちがなんと29800円もするのさ!電話番号はこちら!0☓☓☓☓☓☓☓!いますぐ電話だ!》

 

「いやぁー途中の回想シーンでボロアパートに二人暮らしてたとことか…ちょっとウルッときたよな」

「…そ、そうですね。まさかあんな夢を見たのはテレビのせい…」

「ミキサー欲しいよなぁ、あれば多分便利だよなぁ―、でもいるかと言われるとちょっとなぁー…勝手に買ったら春菜に怒られそうだし、でも欲しいなぁー」

「しかしアキト、ミキサーなら既にありますし別に買わなくても…」

 

《なんでもこのミキサーには夢を叶える力があると言われているらしいぞ!》

《まぁ!ホント!凄いわトニー!》

《ああ!例えば気になるボーイとTAIYAKI屋なんておっ始めたいガールにはマストアイテムだ!》

《Wow!ジャパンで極地的人気になっているTAIYAKIね!》

《ああそうさ!この世界で大人気の"トニーバーガー"には勝てないが…TAIYAKIはクールだ!》

 

「なんかこれを聞いても別に「買いましょうアキト」…え?」

 

なぜか立ち上がっているヤミ、力強い口調で言いきっているので寝ぼけているわけではないらしい。

 

「"トニーバーガー"ごときに負けてはいられません。『たい焼き屋YAMI×2』は宇宙一ですから」

 

やっぱり寝ぼけているらしい。

 

「なんだそのたい焼きヤミヤミって…あ!おい、どこ行くんだよ」

「電話してきます。私たちの未来の邪魔はさせません…まずは敵を知ることから始めましょう」

 

困惑する秋人に力強く頷いたヤミは、電話機のある暗闇に消えていくのだった…

 

 

―――一週間後、

 

「これは何かな?ヤミちゃん」

「み、ミキサーです」

「なんで三つもあるのかな?」

「家族みんなにひ、一人一つずつ…」

「…ミキサーは家庭に一台で充分です!」

 

"トニーズミキサー"を前に仁王立ちの春菜、内緒で注文していたこと、夜更かししていたこともバレてヤミは正座&説教されていた。

 

「なんで俺まで…」

「お兄ちゃんも同罪です!」

 

そしてもちろん、春菜のヤキモチ満載の説教が秋人にも向かうのだった。

 

「アキト、耐えて下さい。耐え忍ぶことこそ成功への秘訣です…」

「はぁ?何言ってんだお前は…」

「お兄ちゃんヤミちゃん、聞いてるの!」

「「ご、ごめんなさい」」

 

なんだか通じ合っているように見える二人に眉をひそめる春菜の説教はまだまだ続きそうであった。

 

何はともあれ、今日も西連寺家は平和です。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2017/09/16 一部改訂

※シリーズ化検討中


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R.B.D小話⑤『平和な西連寺家~遅刻してきた最強ヒロイン~』

――――トニーバーガー前

 

 

「よく来たお前ら!わざわざ俺を羨むためにくるとはな!ご苦労さまだぜ!」

 

学校の帰り道、"お得な情報"を手に入れた秋人は早速その店へ向かっていた。店は秋人と同じ目的で集まっていた客で混雑している。その混雑の中、知った顔を見つけた秋人は声をかけた

 

「よう!リト、久しぶりだ」

「こんにちは、西連寺のお兄さん」

「へ~、この人が西連寺の…初めまして猿山ッス」

 

リトと猿山は仲がいい。まあリトはララとかルンとか他の女の子の方がもっと仲がいいが。俺にとっても仲の良い男友達はレンと……あとクロの二人くらいだ。

 

レンは学校でよく話すし、クロからはほぼ毎日『12の月が消える時、新世界が誕生する(訳:もうすぐ今年も終わりだな)』みたいな暗号メールが送られてくる。こっちは2月なんだけど?と返したら『!…時空間断裂か、終末の日は近いな(訳:マジで!?そんな違うのかよ!)』と返ってきた。もしかしなくても友達いないのかもしれない。ヘンな奴に懐かれてしまった

 

「ハンバーガーがタダなんだってな、レンも連れてくれば来ればよかった」

「え、そうなんですか?レンは妹のルンを迎えに行ってましたよ」

「あれ、ハンバーガーがタダ?俺はカワイイ女の子にチョコが貰えるって聞きましたけど…」

 

「お前らを呼んだのは言うまでもない。バレンタインでチョコを一つも貰えそうにないからだ!知ってたか?この店じゃ店員の女の子と仲良くなるとサービスでチョコが貰えるんだぜ!西連寺!お前は釣られそうにないからニセの情報を知らせたが…悪く思うなよ!俺様の為だ!せいぜい引き立て役になれ!ハッ!」

 

「ルンちゃん今や人気アイドルだもんなぁ~…ララちゃんとか、ヤミちゃんとかもアイドルになれるよなぁカワイイしさ」

「あの二人はならないと思う…というよりララはすぐ飽きるんじゃないかな」

「テレビのアイドルじゃ収まらんだろうなララは。それに元々プリンセスなわけだしな、メンドクサーイ!ってやらないんじゃないか」

「それもそうッスね」

 

「そして、お前らが俺様に憧れてるのはよく分かる!俺様はモテるからな!そんな俺様が今日はお前らにモテるコツを教えてやる!感謝しろよ!」

 

「とにかく並ぶか、凄い行列だしな」

「そういえば、お兄さんも手紙で呼び出されたんですね。何の用なんだろ…モテミツ先輩」

「まあ俺はカワイイ女の子にチョコが貰えるならなんでもイイけど!いこうぜリト!」

「わ、わかったって押すなよ猿山!」

 

「フフ!女の子と仲良くなって、本命チョコ以外にもムフフなサービスされて…ふひっむふふふふふ!!!」

 

「そういえばココって、唯がバイトしてるところだったな」

「え!古手川ってバイトしてたんですか?!」

「おう、安心しろ。今はちゃんと仕事してるはずだ」

「『今は』って、昔は仕事してなかったんスか…」

 

「さあ!出陣だお前ら!俺様の武勇伝を見せてやる!お前らのぶんまでチョコまで貰ってやるよ!ハハッ!」

 

「というわけで、唯にもいろいろ奢ってもらうか!楽しみだな」

「古手川はそういうの厳しそうな気が……」

「俺なんか見つかっただけで怒られそうな気がするぞ………誰もモテミツ先輩の話聞いてなかったッスね……」

 

******

 

「「いらっしゃいませー」」

 

「フ、情報通り美人ぞろいだぜ…!くくく、さあて、どのコをカノジョにしてやろうか…!」

 

「すっげー混んでる」

「古手川は………今は居ないみたいですね、というより人が多すぎて見えない…」

「リト!俺、お前の後ろに隠れてるからな!動くなよ?」

 

三人(+1)が入るとそこは既にお店は大勢のお客でごった返していた。バレンタインの今日は女性客よりも男性客が多く、とある先輩の情報通り、サービスで一口サイズのチョコを受け取っている。美人ぞろいの店員がにこやかにチョコを配る姿にお客たちは見惚れていた。

 

「さあ!まずは俺様が…!いや待てよ、コイツらダメンズどもを先にいかせたほうが俺様の株が上がるブツブツブツブツ…」

 

「そういえばこの店ってヤミが因縁のライバルがどうのとか言ってたな」

「え、そうなんですか?……ヤミってたいやき屋以外行くんですね」

「アイツは割りとなんでも食べるぞ。特に可愛いと思った獲物は部位を選んでから食べるらしい」

「それだけ聞くとヤミちゃんってコワイっすねー、カワイイのに…」

「…にしてもすげー並んでるな、隣の列」

 

レジカウンターの列に並ぶ三人。秋人たちの列はそうでもないが、隣の列は店の外までお客が並んでいる、よほど美人で人気の店員がいるらしい。ちなみにヤミの発言は『ケーキなどにカワイイ動物の砂糖菓子がのっていますが…どこから食べたらいいのか考えてしまいますね、アキト』と女の子らしさをアピールしたのだが、報われない結果であった。

 

「それでは!結城!まずはお前から行け!」

 

「え!?俺ですか!?」

「オイ、リトにいきなり話しかけるなよ。びっくりしてL・S(ラッキー・スケベ)発動するだろ…………誰だお前は」

「…モテミツ先輩っす、さっきから居ましたよ西連寺先輩…」

 

「グフフフ!!まずは結城だ!その他は下がってろ!まだ動くなよ!……フフフフ!」

 

「ど、どうすれば…」

「よく分からんが順番来たし、リトから注文してくれ」

「あ、はい!じゃあチーズトニーバーガーセットのえ「ゆ、結城くん!?」…古手川?!」

 

長蛇の列の先頭、そこに唯がいた。赤色シャツと黄色で「T」の刻印が入ったバイザーのハンバーガー・ガール――――並んでいるお客ではなく、店員としてだった。

 

「…何してるのこんなところで」

「何って、ハンバーガーを買いに来たんだけど…」

 

同じ店員なのに唯だけがどこか艶めかしい。全員同じハンバーガー・ガールの服装は唯自身の美人度をより引き立てていた。身体にぴっちりした制服は、特に胸の辺りなどボタンが飛んできそうなくらいぱっつんぱっつんだ。一番人気な理由をすぐに把握したリトなのだった。

 

「ふぅん…そんなこと言って、本当は女の子からチョコを貰おうとしてるのね、ハレンチな」

「そ、そんなことないよ!西連寺のお兄さんとか猿山も一緒だし………あとモテミツ先輩も」

「!ふ、ふぅん…」

 

ちらり、唯が店の隅………秋人の方を見る。並ぶ人だかりの奥、モテミツと秋人たちは

 

「おらおらおらぁ!お前らは下がれ!下がってろ!西連寺!」

「押すなっての!並んでたってのに……ん?なんでお前が俺のこと知ってるんだよ」

「同じクラスのモテミツ様だよ!あと手紙も俺様の仕業だ!」

「?クラスで見たことないんですけど」

「お前んとこの金色のヤミちゃんにやられたんだよ……半年入院してた」

「そうか、お気の毒に…」

「ヤミちゃんってやっぱり怖いんだなー…カワイイのに」

 

と何やら揉めている。

 

「あの、先輩…こっちは私が担当しますのでそちらのお客様を…」

「あ、ごめんね今すぐ代わるわ」

「え、あの…」「古手川?」

 

ドンッ

 

唯はいきなりレジカウンターに『調整中。お隣のレジへどうぞ』の立て札を置いた。順番を待っているお客を無視し隣のレジへ移動する。驚いているリト、どかされる後輩スタッフ、唯の"ツンツン"発動に驚かないお客達はむしろ喜んでいる。そして

 

「貴方はアタシの後ろでサポートして、いいわね?」

「はっ、はい!」

「…おまたせ、で?注文は何なの結城君」

「え、えーっと…チーズトニーバーガーのセット、飲み物はコーラで…お願いします」

 

一瞬、こんなことをして大丈夫なのか古手川、と思ったリトだったが唯に半目で睨まれ即座に注文し直した。唯のレジへ並んでいたお客たちは、なぜか満面の笑みでリトの後ろへ並び直している―――調教済みなのだ、ご褒美である。

 

唯はリトに「分かったわ」と頷くと、レジ打ちを済ませキッチンへ指示を飛ばす。いつもと違う服装でポニーテールを揺らす唯は新鮮で凛々しい。キビキビと働く姿は学校とはまるで違い仕事の出来る美人、といった感じだった。リトは見慣れぬ唯の姿に目を奪われてしまう

 

「なんか…古手川っていつもと全然違うな」

「そう?いつも通りだけど」

「いや、大人びてホントにしっかりしてて……いつもとは全然違うよ。凄いんだな」

「フ…ありがとう結城君。お世辞が上手なのね」

「あ、いや、お世辞のつもりじゃ…」

「分かってるわよ、結城くんはそんな人じゃないわ。はい、お礼にコレあげる」

「あ、ありがと…あれ、お金は…?」

「あとからまとめて貰うわ、大丈夫よ」

 

流し目の唯に微笑まれ、リトは顔を赤くしてチョコと注文したハンバーガーを受け取ったのだった。

 

******

 

「むっ…結城リトは普通にチョコ貰いやがったのか…!クッソ!」

 

「へぇ、唯からチョコもらったのか…珍しい」

「えーっと、その、サービスで…」

「いーなーリト、古手川ってバレンタインにフツーにチョコくれるんだな」

「バイトだから、仕事だから配ってるのかも」

「まあそうだろーなー…ってことは俺も貰えるのか!」

 

リトは今もテキパキと仕事をしている唯を見てぼうっと頬を赤らめている。いつも「ハレンチな!」と怒っている唯と今の落ち着いた大人の唯、そのギャップにリトは純粋に驚いていた。

 

「次!猿山!お前行ってこい…!」

 

「了解ッス」

「分かってるな…!?お前は分かってるよな!?」

「分かってますよ、モテミツ先輩!」

 

グッとサムズアップする猿山は『先輩の奢りだからあまり高いものを頼むなと言いたいんですよね』と見事に勘違いをしていた。

 

 

「あら、猿山くん。こんにちは」

「よ、古手川!注文いいかな」

「ええ、どうぞ」

「それじゃあ………古手川のスマイルを貰おうかな!なーんつって!」

「もう、ちゃんと注文してよ」

 

唯と猿山は和やかに会話し、ところどころで挟まれる冗談にも唯は笑顔で対応している。

そこには今までの怒るか、慌てるかの二択だった唯の姿はない。しきりに頷き感心しているリトを横目に、秋人は違和感を感じていた。

 

「いやぁ、バイトしてる古手川って違うんだな。反省文って原稿用紙渡すとこは流石だけど」

「おかえり猿山、お、チョコ貰えたんだな」

「へへ!俺にもリトみたくチャンスが巡ってきたぜ!」

「………なあ、猿山。あれはホントに唯だったか?」

「?古手川でしたよ?ネコ目で胸が大きいのって古手川くらいなもんだし…近くで見るとヤバイくらいセクシーだったッス」

「うーん、なんか違和感があるんだよなぁ」

 

「ぐぬぬぬぬ…!!!オチ要員の猿山まで…!!!こうなったらもう俺が行くぜ!!チョコも女の子も全部もらってやるからな!!」

「あ、おい!順番的に次は俺だろ!勝手に先行くなっての!」

 

猿山も普通にチョコを受け取ったのを見て、モテミツはレジへダッシュした

 

 

「ヘイ!キミ!俺に一生分のチョコをくれないかな?もちろん君ごと…」

「事案発生。通報しました」

「なんだとッ!?そんなバカな!?」

「では、次のお客様どうぞー」

 

 

「はっ離せ!離せよ!俺はまだ何も…ッ!?」

「話は署で聞こうか、非番の日に仕事をさせないでくれたまえ」

「この…ッ!離せ!モテミツのモテロードはまだ始まったばかりなんだよおッ!!誰かっ!誰か俺にィ――――ッ!」

 

モテミツは彩南警察署へ連行されていった。

 

******

 

「あら、お兄ちゃん。久しぶりね」

 

近づいてくる秋人に向かって唯は静かにそう言った。待っていた、と言わんばかりの艶のある微笑み――――それは秋人の知る唯のものではない。秋人の心に住む、内なる唯に近い微笑みだ

 

「お前………唯じゃないな」

「フ、いつから私が古手川唯だと錯覚していたの?」

「なん…だ、と…」

「私は古手川唯じゃないわ…――――アルティメット・古手川唯よ!」

「な、なにアホなこと言ってるんだお前は……。正気か?」

「お兄ちゃんに会うために、私は禁じられた合体に手を出したの。仕方なかったのよ」

「どう考えても正気じゃないな、どうして俺はこんな手遅れになるまで唯を放ったらかしたんだ…!」

「お黙りなさい。お兄ちゃん」

 

ビシッと人差し指を向ける唯、そのまま秋人の顎先を持ち上げて話を続ける

 

「お兄ちゃん、ドラゴ○ボール好きでしょう?」

「…ああ、好きだぞ」

「お兄ちゃんの中にいた内なる私とアホの唯がフュージョンしたのよ。それが今の私」

「なんだとッ!?」

 

秋人が顎先を撫でる指を掴む。唯はその手を更に掴み、唇を歪めた悪女の微笑みで答えた

 

「だから、私は古手川唯じゃない。アルティメット・古手川唯よ」

 

ドヤァ

 

――――コイツは間違いなくアホの唯だ。アホティメット・古手川唯だ。

 

唯渾身のドヤ顔を間近に眺めながら、秋人はそう結論づけた。

 

しかし、内なる唯の気配はないし、言ってる事はウソじゃないらしい。いくらアホの子でも、こんな大勢の前でアルティメットだの得意げに言う勇気はなかったはず…

 

「私について解説をしましょうか。例えば悟○さとベ○ータさがフュージョンしたとするわね」

「なぜ口調がチ○なのか気になるが…フュージョンしたとすると?」

「ゴ○ータの声は二人の声が重なったものに変わるわ、つまり…」

「アホの子の唯と内なる唯がフュージョンしたからって声は変わらないということか」

「ご明察。」

 

ニヤリ、再び悪女っぽく唇を歪めるアホティメット・古手川唯。なんて恐ろしいアホなんだ…

 

「ということは、基本は内なる唯のツンツン性格なのか?もうアホの子の唯は居ないのか?」

「そうね、そっちは得意の食レポをさせたら出てくると思うわ」

「へぇ…じゃあ唯さん早速お願いします。こちら照り焼きトニーバーガーです、どうぞ」

「うわぁあああああ、ハンバーグと、パンがぁ、ああ、照り焼き、美味しそう」

「下手くそか」

 

ムッと不機嫌そうに睨まれる。アホさがまったく消えていないし、むしろ大暴走しているが………これはこれでいいんじゃないだろうか。いや、よくないな

 

「でも俺の中から内なる唯が出ていくとは…しかも何も言わずに」

「あら、お兄ちゃん寂しいの?」

「少しはな」

 

フッと唯は上機嫌に笑った。

 

「まあいいや、注文したいんだけどいいか唯」

「いいわよ、でもお兄ちゃんの注文を受けるかどうかは分らないわ」

 

唯はそう言ってカウンターにひじを立てて、組んだ両の手の上に顎を乗っけた。期待に満ちた瞳で見つめられる。

 

「いや、受けろっての。お前店員だろ」

「店員である前に私はお兄ちゃんの花嫁よ」

「花嫁じゃなく妹だっての」

「いいえ、花嫁よ。子どもは三人、最初は双子ね。異論は認めないわ」

「………それなら尚更俺の言う事をきけっての」

「私が花嫁と認めたわね。アルティメット・古手川ルートへようこそ、いらっしゃいませ」

「…なにを言ってるんだお前はさっきから…照り焼きトニーバーガーをお願いします」

「私の食レポがささったのね?」

「ああ、そうだ」

「フフッ、なんだかんだ言ってもやっぱりお兄ちゃんは優しいわね…こちらでお召し上がりますか?」

「おう、リトたちと食べる」

「そして私は単品でお持ち帰りしたい、と。さすがお兄ちゃんだわ、ハレンチな」

 

もじもじでれでれ

 

唯は赤くなって身を揺すっている。胸を寄せるみたいに身体を抱き締めているが、胸のボタンが飛びそうだぞ、大丈夫なのだろうか。それにしても、さっきまでのリトや猿山への大人な対応はなんだったんだ。キビキビ仕事をしていた唯と違いすぎる

 

「す、すみません先輩…ちょっと良いですか?トラブっちゃって…」

「ん?どれ…――――はい、これでもう大丈夫」

「ありがとうございます!」

「古手川さん、こっちのこれも……」

「ああ、それはね――――」

 

と思っていたら他の仕事はテキパキこなしてるし………お前は一体何者なんだ。

 

「フ…私はアルティメット・古手川唯よ」

「…心を読むんじゃないっての」

「ちなみに、お兄ちゃんの事となると私のIQは2ぐらいまで落ちるわ」

「話にならないじゃないか…」

「でも、お兄ちゃんの事なら何でも分かるわよ。心も身体も私が触っていないところなんてないんだから…ほっホントなんだからねっ!」

「ツンデレしながら捏造するんじゃな………む」

 

年上のお姉さんのように笑う唯、またも指で顎を撫でられる。どうやら気に入ったらしい

 

「実は私がこうして現れたのはワケがあるの。とっても大事なワケがあるのよ…分かってる?」

「分かりません」

 

キッと睨まれる、こういう不機嫌な表情の唯も美人だと思う。

春菜よりもやや長身で脚も長くほっそりとしている唯は、胸も形良く大きく膨れ、腰のくびれも極上だ。発言さえしっかりしていれば楚々とした美人なのだ。こんな風に間近で睨まれたら俺でなくても黙ってしまうだろう

 

「ま、いいわ。プレゼントは驚きがあったほうがいいし。はい、どうぞ注文の品です。お兄ちゃん」

「おう、ありがとう…ってホントにタダなのか。なんか頼んでないのもいっぱいあるけど」

「サービスのチョコはタダだけど…ま、いいわ。さっきのヘンタイからお金巻き上げとくから」

「そうか…悪い子になってしまったんだな、唯」

「お兄ちゃんに似たのよ、はいチョコもあげる」

「お、サンキュー」

「そしてチョコは私が食べてあげる、もぐもぐ」

「お前が食うのかよ。ま、いいけど…じゃあな唯、がんばれよ」

「………あ、もうすぐ時間」

「?なにが」

「もうすぐフュージョンの効果が切れてしまう…お兄ちゃん、もうひとつオマケがあげるからこっちに来て早く」

「なんだよ、まだ何かある…んむぅ!?」

 

襟を捕まれ有無を言わさず唇を奪われる。柔らかな唇が押し付けられ、すぐに舌が滑り込んできた。

 

唯から不意打ちのキス。

 

重なり合う唇から艶めかしい吐息と唾液の音が漏れ聞こえて――甘い甘いチョコの味がする………

 

 

いきなり始まった二人のキスシーンに後輩店員も、レジに並ぶ唯ファンも、席から見守っていたリトたちも言葉を失っていた。

 

「ん…っ、ぷは」

 

ディープなキスをたっぷり堪能して、唯は唇を離した。

 

「食べて、あげる(・・・)って言ったでしょ?バレンタインチョコをやっと渡せたわ。これからも私をよろし――――あ」

「お前な、いきなり…………?」

「…はっ!?こっこんなところでっ?あ…わっわたしっ!?」

「唯…?」

「ファッ!????せんぱ…お兄ちゃん!?」

「戻ったか、こういうのって確か記憶も……」

 

唯の顔が下からどんどん赤くなってゆく、パリンと温度計が割れるように爆発した。

 

は、ハレンチなぁああああああああああああああああぁああッッッ!!!

 

 

こうして、ハレンチ過ぎる女性店員のおかげでトニーバーガー彩南店は営業中止となり、たい焼き推しの殺し屋さんは大変喜んだそうです。

 

 

何はともあれ、今日も西連寺家は平和です。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2017/06/19 一部改訂

2017/06/25 一部改訂

2017/06/26 一部改定

2017/07/07 一部改訂

2017/07/22 一部改定

2017/08/07 一部改訂

2017/08/29 一部改訂

活動報告でチラッと書こうと思っていたら、こんな文字数に…


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R.B.D小話⑥『平和な西連寺家~男女五人、夏物語編~』

 

 

 

「それじゃ、楽しい楽しい"パジャマパーティー"のはじまりぃ~!カンパーイ!!」

「かんぱーい!」「わ、わ…かんぱーい!」

 

キン、グラスの軽やかな音が響いた

 

夜に街が沈む頃、とあるマンション一室は明るい声で華やいでいた。

声の主は缶ジュース片手に笑う里紗、モモ、零しそうになって慌てる春菜の三人である。

 

「パジャマパーティーって、私はじめてです」

「私も…ねえ里紗、パジャマパーティって何をするの?」

「うん?パジャマ着てオシャベリとかそんなんじゃん?」

「里紗もよく分かってないんだね…」

 

里紗は大人っぽい紫色のパジャマ、春菜は淡いブルーの落ち着いたパジャマ、モモは髪の色と同じピンクのパジャマ。美しい少女たち三人が春菜の部屋を飾っていた。

 

春菜は里紗が注いでくれたオレンジジュースをちびちび飲みながら、ふたりを眺める。

この二人と一緒にいるのって珍しいな、と考えていると

 

「いや~しっかしさぁ、ウチらの三人って珍しいよね」

「そう言われてみると…そうですね。」

 

昔からの友達の里紗も同じ感想だったみたい、モモちゃんもしとやかに頷いている

確かに里紗がウチに泊まりに来るのも珍しいけど、モモちゃんが遊びに来るのはもっと珍しい。もしかしなくても初めてだとおもう

 

「で、結局モモちぃってヤミヤミに何の用だったの?」

「え…いえいえ!特に大した用があったわけではないんですよ、あははー」

 

なんだか焦っているモモちゃん。綺麗な桃色の髪を指にクルクル絡めてる

 

モモちゃんは私と里紗がお風呂に入ろうとした時、なぜか出会った。なんだか誰かを待ち構えてたみたいに、その、下着姿で………お風呂だから当然と言えば当然なんだけど。

 

その時、ヤミちゃんと約束があるって聞いて

 

『あれ、ヤミちゃんは今日は美柑ちゃんの家に泊まりに行ってるよ?』

 

そう伝えると、モモちゃんはちょっとだけ驚いた顔をして

 

『あらぁ~そうだったんですかぁ!それはそれは困っちゃいましたねぇ!あははー』

 

って今みたいに笑ってた。

その後三人でお風呂に入って、急遽こうして女の子三人の"パジャマパーティー"が開催されてる、というわけだった。

 

「それはともかく!せっかくこうして三人集まったんですから!ガールズトークしましょう!ね、春菜さん!」

「う、うん。そうね」

「ぬーん、怪しいなぁ、怪しいとは思わないの春菜ぁー?これは胸の成長具合を確認して、ついでにしっかり問い詰めておかないと…」

「もう、里紗ダメだよ。モモちゃんは私たちの後輩なんだから、優しくしてあげなさい」

「ちぇっ、相変わらずイイコだねぇー春菜は。分かったわよ」

 

手のわきわきをやめてジュースを煽る里紗、里紗ってば女の子なのにお兄ちゃんと同じでセクハラが大好き。たとえ女の子でもやって良いことと悪いことがあるんだから、

 

「じゃ、さっさく…モモちぃって今好きなオトコいるの?」

「わ、私からですか?!」

「そりゃ当然っしょ」

「い、います…」

「ほーう」

 

里紗が悪戯好きのネコみたいにニヤニヤ笑って、モモちゃんは顔を赤らめる。俯いて答える前に私と目があった気がしたけど、何かあるのかな

 

「私は答えました!さあ、次は籾岡さんの番ですよ!」

「あたしぃ~?好きなオトコならいるよ」

「え、里紗って今好きな人いるの」

 

さらっと答える里紗のそれがとても意外で、思わず私は聞き直していた。里紗は男女問わず友達が多い。特に後輩や年下の男子に人気で、たまに部活終わりに呼び出されている。けれど、どの男の子も本気って感じじゃなくて…里紗はただ仲良く話をしているだけのように思ってたから。

 

「ま、アタシもJKだしね~好きなオトコの一人や二人いるっしょ♪」

「一人や二人って…好きな人は一人だけじゃないの?」

「んふふー、春菜ぁ…まだまだお子様だねぇ」

「そうですよぉ、春菜さん。本命とキープは確保しておくのが宇宙でも常識ですし、乙女の嗜みですよ?」

「そ、そうなんだ…」

 

知らなかった。宇宙ではハーレムも普通なことで、それはモモちゃんに教わったこと。ララさんもハーレムには反対してなかったし…宇宙ってやっぱり広くて大きい

 

「でも、私は好きな人は一人だけでいいかな…好きな人が何人もって、たぶん私は無理だと思う」

 

それは正直な気持ちで――――…もしも、お兄ちゃんに何人も好きな人がいるとしたら、多分私はヤキモチを焼く。それはきっとお兄ちゃんも同じで、私に好きな人がたくさんいたらきっとヤキモチを焼く…と思う。そしたらケンカになって、それは幸せじゃないから

 

「にしし、まぁ春菜の好きな人はオニイサンなわけだしねェ」

「まあ、春菜さんてブラザー・コンプレックスなんですか?」

「うっ、そんなことない……と思う、普通だよ?」

 

私の番が来る前にあっさり里紗が当ててみせた。あまりにあっさり見透かされて、それが凄く恥ずかしい。確かに私はお兄ちゃんの事は好きだけど…普通だもん。宇宙でだって

 

「ささ、春菜の性癖は暴露できたわけだし…次、モモちぃはどんな時ドキッとするの?」

「ンー、そうですねー…」

 

真っ赤になって俯く私をみかねて、里紗がしれっと話題を変える。この辺は流石だと思う…ちょっとデリカシーないけど

 

「私はちょっと強引な方のほうが…ドキドキしますね」

「ふぅん、モモちぃってMっ気があるんだ。私も普段大人しいけど、たまにワイルドな方がドキドキするかも。春菜は?」

「私は……ちょっとした事に優しくされるとドキドキする、かも」

「ふぅん、例えば?」

「うーんと…」

 

お兄ちゃんにドキドキした時の事を思い返してみる。あれは…――――

 

 

***

 

 

「おーい、春菜。おつかれ」

「あれ、お兄ちゃん?どうしたの」

「ん?ああ、まぁ暇だったし。たまにはな」

 

夏のある夕方。

部活を終え、帰ろうとしたらお兄ちゃんが迎えに来てくれた。もうかなり遅い時間だったから、さきにウチに帰っていると思ったけれど待っていてくれたみたい。

 

手には二つの傘があって…――――あれ?

 

「これはだな、ヤミが『持っていきなさい。アキト、持っていきなさい』ってうるさかったからな、持ってきた」

 

視線に気づいたお兄ちゃんは焦ったみたいに弁明した。確かに今日の天気は「晴れのち曇り」降水確率30%で夕方から傘が要る…かもしれなかった。私も傘を持っていこうか迷ったけれど、結局雨は降っていない。

 

「忘れてんなよ、春菜」

「うん、ありがと。お兄ちゃん」

 

そう言って笑うお兄ちゃんが茜色に包まれて――――なんとなく、お兄ちゃんは緊張してるような…そんな気がした

 

「帰ろっか」

「おう」

 

なんだろうと思ったけれど、理由は正直どうでも良かった。お兄ちゃんとふたりで帰る、いつも一人で帰る道が楽しくて、ドキドキして…――――いつの間にか陽も落ちて、夜空には薄い曇が浮かんでた。

 

こんな風にふたりで帰るのはいつぶりだろう。

とりとめのない話をしながら、私たちはゆったり歩いていた。誰も居ない夜の道は本当にふたりっきりで、此処をいつも一人で帰ってるかと思うと少しだけ怖くなった。隣を歩くお兄ちゃんが逞しく見えて――――離れたくない。大好きなお兄ちゃんといつまでもこうしていたい

 

「ウォッホン!……春菜」

「?どうしたの、お兄ちゃん」

 

態とらしく咳をして、お兄ちゃんは真剣な表情で私を見つめた。けれど、すぐに視線を逸らして何か言いたげにもごもごして………もしかしたら、私と同じ気持ちなのかもしれない。

 

迷っていたのも数瞬、意を決したようにお兄ちゃんは切り出した

 

「春菜、ちょっと寄り道しようぜ」

 

**

 

「んっ…ひゃっ、お兄ちゃん、もう目を開けてもいい?」

「まだダメだ…あともうちょっとだけ、頑張れ春菜」

「う、うん…あっ!」

「おっと、早かったか…大丈夫か?」

「うん…お兄ちゃん、もうちょっとだけゆっくりお願い」

 

目を閉じたまま歩くのは難しい。エレベーターに乗るまでは良かったけれど、階段を上がるのはやっぱり難しくて…お兄ちゃんが手を握ってくれないと登れそうにない―――って、そもそもこんなことをさせたのはお兄ちゃんなんだけど…

 

「よし、ついた。目を開けていいぞ春菜」

「うん…――――わあ、」

 

綺麗。

 

息を呑んで見惚れてしまう。夜を彩る街の光、暗闇を切り裂いてゆくヘッドライト。いろんな色の光が彩南の街を彩っている。宝石箱をひっくり返したような、そんな美しい夜景。

 

「きれい…」

「だろ」

 

ざあっと吹いた風が髪を撫でた。下を見て思わず足がすくむ

美しい夜景が一望できる場所。ここはビルの屋上で、とてもとても高い場所だった

 

普段は人が来れない場所みたいで申し訳程度のフェンスしかなく、今も私とお兄ちゃん以外だれも居ない。どんなに美しい夜景を見ることが出来ても、一人で居ると寂しくなりそうな場所――――昔のヤミちゃんが好きそうだと思った

 

「ほら春菜、あっち見てみ」

「あ、ここってウチが見えるんだね」

 

お兄ちゃんが指差した方角に私たちの(ウチ)がある。

流石に部屋の中までは見えないけれど、私たちの(ウチ)は他のたくさんの灯りの中で一番あたたかな気がした。

 

「ヤミは昔ここでよく景色を見てたらしいぞ」

「あ、やっぱりそうなんだ…――――それって、もしかして私たちの家が見えるから?」

「…たぶんな、あのアホめ。見てないで早く来ればよかったんだ」

「ふふ、確かにそうだね。もっと早くウチの子になれば良かったのにね」

 

言い終わって、自分の言葉にドキドキした。"ウチの子"って、それじゃまるで私とお兄ちゃんが夫婦みたい。そんな未来を想像すると嬉しくて、恥ずかしくて。頬がどんどん熱くなってゆく、顔はもう真っ赤になっていると思う

 

「ほら、見て見てお兄ちゃん」

「…?どうかしたか」

「こうしたら手で掴んだみたいに見えるでしょ?」

 

真っ赤になっているのをお兄ちゃんに気づかれないように、夜の街へ手を伸ばした。

指で輪をつくり、その中に街の灯りを閉じ込める。すり抜けて掴めない光は指の輪の中にすっぽりと収まっていた

 

「お子様だな春菜は…俺くらいになると光も掴めるんだぜ?見てろ」

 

そう言って笑ってお兄ちゃんも手を伸ばした。それから街の明かりをかき集めるみたいに手を動かして、そして私に握った手を差し出す。なんだかドキドキして不思議な気持ちのままその手を手で包み込んだ

 

「春菜、コレやるよ。プレゼントだ」

「わあ」

 

綺麗だった。

 

手のひらの指輪は、まるで星のように輝いている。街の灯りを一つ手に入れた気がした。

 

「ありがとう、お兄ちゃん…でも私、今日は誕生日でもないのに……貰っていいの?」

「ぷっ、変な事気にするんだな春菜は」

「だって…」

「心配すんなよ、俺からのプレゼントってわけじゃない。ヤミたち皆からのプレゼントだ」

「ヤミちゃんから?」

「おう。ウチの春菜に世話になってるからって、そのお礼なんだと」

 

俺には何もくれなかったけどな、ってお兄ちゃんは笑った。

星のように光輝く指輪は素材探しをヤミちゃんメアちゃんナナちゃんたちが、精巧な指輪のデザインをモモちゃん古手川さん美柑ちゃんの三人が、指輪への加工と細工をララさんが担当してくれたみたい

 

「…で、こうやって春菜に渡すのは俺の役目だったというわけだ。みんな春菜に感謝してるってことだな」

「そうなんだ…ありがとう。みんなにもちゃんとお礼を言わないと」

 

ちなみに、このプレゼントを言い出したのも、みんなにお願いしたのもお兄ちゃんだってことは後からヤミちゃんに教えてもらった。やっぱり、って聞いた時そう思った。

 

「それに明日はテニスの試合だろ?がんばれよ、楽勝かもしれないけどな」

「うん。ありがと、お兄ちゃん…」

 

さっきまではどこか緊張してたお兄ちゃん、今はホッとしたみたいな顔してる。このプレゼントのを渡すために、私のために色々準備をしてくれて…――――胸の奥があたたかくなる

 

ぎゅっと心を掴まれて、やさしい気持ちが広がってゆく。どこまでも広がってゆくこの気持ちはお兄ちゃんとヤミちゃん…――――みんながくれたもの。とても嬉しかった、とっても。

 

「なあ春菜、明日のテニスで"春菜ゾーン"とか使って恐竜滅ぼしてくれ」

「ふふ、やってみようかな」

「おお!出来るのか!」

「うん、がんばってみるよ」

「そうか!じゃあさじゃあさ!勝ったら『フッ、まだまだだね』って言ってくれ」

「そのお願いはちょっと難しいかも…」

「そ、そうか…?ウチの春菜はテニスで恐竜は滅ぼせても、嫌味な台詞は言えないのか…」

 

がっかりして肩を落とすお兄ちゃん。情けない姿に私は笑って、その肩に寄り掛かる。美しい街の灯りとあたたかな幸せに包まれながら――――

 

 

*

 

 

「おーい、春菜ってば」

「…へっ?ああ、なに、里紗」

「春菜さん、ものすごーくだらしない顔でニヤけてましたよ?」

 

里紗の呆れ顔、モモちゃんにまで呆れた眼差しで見られていた。気がついた私に二人は同時に深ーく溜息をついて…

 

「え、えーっとね!さっきの質問だとテニスの試合前に『がんばれ』って応援してくれる時とかかな!ドキドキすると思うの!ど、どうかな?」

「はぁー…テニスの試合ぃ?ああ、この間の」

「テニスの試合というと、あの初っ端から本気出した春菜さんが恐竜滅ぼして『まままっ、まだまだだね!』って言ったアレですか?」

「ああっ!あれはね、その、あの…」

「アレは凄かったよねぇ、よく分かんないけど会場めちゃめちゃに壊れちゃって…アタシ来るとこ間違えたかと思ったもん」

「お姉様もとても驚いてました。『わあ!春菜って凄いパワーがあるんだねー!』って…、それにしても眺めのいい屋上でそんなロマンチックなことをしていたなんて…羨ましい。」

「ええっ!?モモちゃんもしかして見てたの?!」

「…春菜さん、後半ほとんど口に出してましたよ?」

「っ!」

 

慌てて口を塞ぐ、里紗もモモちゃんも面白そうに私を見てる。なんだか優しく見守られている気もする

 

「はぁ…春菜さんは羨ましいですね、同じ屋上でも私の時はこんな感じでしたのに…」

 

☆☆☆

 

「やや!あそこにカップルが居ますよ!お兄様!」

「ほんとだな、ぴったりくっついて…えっちぃ感じだ」

「そうですね、まあ私たちもぴったりくっついてますから、羨ましくはありませんけど!」

 

モモは秋人の腕を取り、ぴったり身体をくっつけた。柔らかい膨らみはもちろんワザと当てている。抱きしめる腕と胸から微熱が身体に伝わって、モモは薄っすらと頬を赤らめた。彩南高校屋上にいる二人は傍から見ると初々しいカップルにしか見えない。

 

「こら、くっつくなっての…ム!あのカップルキスしてるぞ?ハレンチな奴らだ」

「!ホントですね!このまま盛り上がってくれると…私たちまでヘンな気分になりますわね♡」

「ならないっての……ってなんでお前はボタンを外してるんだよ」

「ちょっと暑くなってきまして♡『たまらないんだリエコ…!』『ヨシオさん!いけませんわ!』ってカップルが盛り上がってきましたよ!?」

「声聞こえてんのかい」

「デビルークイヤーは地獄耳ですから♪あ、双眼鏡入ります?」

「常備してるとか…流石モモだな、どれ」

「呆れつつも覗くお兄様、流石です…♡あんっ…!」

「おーよく見えるな、全くハレンチな…」

 

秋人の腕はモモがきゅっと抱き締めており、手のひらが時々内股に触れている。その為モモはさっきから悩ましい声をあげて身を揺すっているのだが、覗きに夢中な秋人は気づいていない。淫靡な声を上げるモモと覗き見してる秋人の方が余程ハレンチだった。

 

「ああっ…!ご主人さま、んんっ!折角ですからあのカップルがどこまでいくか賭けませんか…?」

「男子中学生かお前は…いいぜ、俺はキスまでしかいかないと思う。勝ったらアイスな」

「フフ…あの二人は今から私たちと同じように獣のようにまぐわうと思いますわ!私が勝ったら、ご主人さまの貞操を頂きます♡」

「俺が失う物の方が遥かに大きいんだが…ま、いいだろ。俺が勝つしな」

「うふふ♡いざとなったら"アドレナの花"で興奮させますから、私の勝ちです…!あんっ♡」

「…口から悪巧み漏れてるっての」

「ああんっ!指があたって…っ!ご主人さまぁ♡」

 

それからもモモはスカートをたくし上げてパンツを見せつけたり、秋人の腕や胸、髪を触って誘惑しつつ気持ち良くなっていたが、最終的には一緒になってカップルを覗き見してしまうのだった。

 

そしてその夜、日課であるモモの一人レッスンが捗ったのは言うまでもない

 

 

☆☆☆

 

 

「――――…ということがありました。まあ賭けに負けたのは残念でしたけど、嬉しそうにアイスを食べるお兄様が可愛かったので良しとします」

「ふぅん…オニイサン、モモちぃとも遊んでるんだ」

「ふふん、実はラブラブだったのです♡」

「モモちぃのキライはやっぱウソだったわけか……ってお~い、春菜?」

 

里紗が呼びかけても春菜は反応がない。グラスを手にしたまま、モモを見つめてボーッとしている。春菜の顔は赤くダラシなくなっていることから、きっとモモの話が刺激的すぎて妄想世界にトリップしているのだろう、と里紗は正確に判断した。

 

「ダメだこりゃ、しばらく帰ってこないね」

「そういえば籾岡さんはお兄様とデートされないんですか?」

「アタシ?へへ、アタシはねぇー…」

 

✗✗✗

 

「ああん…早くぅ、焦らさないでよぉ」

「ちょっと待てっての、今…入れるから、よしっ入った!いくぜ!」

「あっ…やっときたぁ!ずっと待ってたんだからぁ♡」

「よし、指示だしてくれ」

「そのまま右に……あんっ!行きすぎぃ、穴に入れる感じで、ゆっくり…」

「…こうか?」

「ン!…そう!凄くいいカンジ、そのままもっともっと奥に……奥にいって…そこっイイ!」

「これくらいだな?」

「うん、キて!最後はちゃんと抱きしめてっ!………よっしゃああっ!やった!やった!ヤったぁ!きゃーっ!」

 

ガコン、秋人たちが狙っていた"はっぴーうさぎ"のぬいぐるみは穴の中へ滑り落ち、里紗はそれを大事そうに抱きしめた。ぬいぐるみにチュッチュッとキスまでしている。

 

「素晴らしい!!!」「なんてイイものをッッ!!」「良かったな!ネエちゃん!」「羨ましいッッ!!羨ましすぎる!!」「俺は今猛烈に感動している!!!!」

 

そんな里紗へ周りから鳴り止まない拍手が送られていた。UFOキャッチャー周辺はいつの間にか人だかりができている。里紗の悩ましい声とセリフに引き寄せられたのだ

 

「やあやあ、ど~もど~も!」

「フフン、まぁ俺ぐらいのテクがあればな……いや待て、なんで全員俺を見てないんだ。俺だぞ!取ったのは」

「みんなアリガトー!私たちきっと幸せになりまぁーす!」

 

ぬいぐるみを掲げ元気よく手を振る里紗に万雷の拍手と歓声が降り注ぐ。テンション高い里紗が跳ね飛ぶ度に短いスカートがひらひら揺れ、シャツの隙間から覗く臍が眩しい。そして何より屈託のない笑顔が群衆(主に男子)を悩殺していた。

 

「だから!とったのは俺だろ!?お前らゲーマーじゃないのか!?」

「まあまあオニイサン、イイじゃないの♪」

 

里紗は秋人の腕に絡みつき微笑んだ。仲睦まじい様を見せられ、集まっていた群衆から秋人へは

 

「チッ…」「アイツ、あと寿命どれくらいかな」「○ねばいいのに。あなたの事はそれほど、大大大キライです」

 

「おいザス!もう百円よこせ!コイツ倒せねえ!こんなのバグだ!チートだ!」「もうお止め下さい王!我らの軍資金はゼロです!」「HA・RA・E!!」

 

「お前らな、言いたい放題…って最後の方なんかヘンなの居なかったか?」

「ん?さあ?」

 

ぬいぐるみを見ながらニヤニヤ笑う里紗、楽しくって仕方ないといった表情で、ちっとも周りを見ていなかった。

 

「じゃあさ、アタシ喉乾いちゃったし、奢ってあげる。あそこいこっか!」

「まさかそれは…」

「もち♡メイド妹カフ「きゃああああ!誰かぁ!助けて!」…ん?」

 

ゲームセンターに突然、悲鳴が木霊した。何事かと騒ぐ人だかりと一緒に里紗と秋人が覗き込むと……

 

「誰かあ!いやぁ!誰か助けてッ!」

「グヘヘ、カワイイぜ!恭子ちゃん!大人しくしてもらおうかッ!」

 

おさげと眼鏡の可愛らしい女子高生がモヒカン男に襲われている。尻もちをついた女の子は悲壮な表情で後ずさり、モヒカンはそれをゆっくりゆっくり追いかける。

 

「いやぁ!だ、だれか助けて…!近くにいるのはわかってるんだから早く!」

「ぐへへへ!大人しくしろってのい!………………まだかな、実は長いことやってるんだよねぇコッチは」

 

女の子はチラチラと周りへ目をやりながら後ずさる。モヒカンはゆっくり追いかける。一向に縮まらない距離、最後の方ではモヒカンも周りを見渡し誰かを探していた

 

「…なにアレ、ドラマの撮影かいな?他にもどっかから役者出てくるの?」

「なんだ、ニセ春菜の大根演技か。ハイ解散解散。みなさーんこの萌え袖メガネはウチの西連寺春菜ではありませんからねー、実在の人物とは一切関係ありませんからねー」

 

踵を返して立ち去る秋人、腕を抱く里紗も同じく立ち去る。今は秋人とデート中、楽しい時間を他の事にくれるつもりはなかったのだ。それに里紗は気づいていなかったが、ココには元・銀河最強の戦士と従者である剣士も居る。荒ら事が起こっても安全なのだ

 

「ちょおおおっと!!待ちなさあああい!!」

「?」「ん?」

 

冷たく遠ざかっていくカップルに、襲われていた少女が声をかけた。

尻もちをついたまま手を伸ばす姿は正に『あの男に置き去りにされました』といった様相である

 

「どういうことよ!なんでアンタ私を助けないの!?馬鹿なの?!アホなの!?燃やされたいの?!」

「(´・ω・`)?」

「アンタよアンタ!なにそのすっとぼけた顔は!ケンカ売ってんの?!」

「…この子、オニイサンの知り合い?」

「さあ、人違いだろ。さっさと行こうぜ」

「待たんかいコラァ!」

 

襲われていた少女はついには立ち上がって秋人へ近づいていく。心配げに見守っていた人だかりも、清純派アイドル霧崎恭子の怒号に怯える新人モヒカンも丸無視である。

 

「オホン、久しぶりね。また助けてくれてありがとう」

「…俺、何もしてないんだが。」

「い、一応セリフはちゃんと言わないと気持ち悪いの!」

 

眼鏡とおさげと整った顔立ち、アイドルのような特徴的な声。100人いれば100人ともが可愛いと評するだろう女の子が秋人の前で顔を赤らめている。どことなく親友に似た少女を見ながら、里紗は必死に誰なのかと記憶を検索していた。里紗は子供向け番組を見ないのである。

 

「それで、またウチの春菜のニセモノだって文句言われたのか?ちゃんとごめんなさいしたのか?」

「またって、一度も言われた事ないわよ!というより私が襲われてるのにムシしてさっさと行こうとするとか!アンタ、心ないの!?優しさとかないの!?」

「んなもんあるかっての。ニセ春菜のお前にやる優しさなんかない!」

「むきぃ~っ!!ムカつく!ムカつくムカつく!!コイツほんとに燃やしてやろうかしら!」

「もやし買ってきますよ、おいそこのモヒカン!お前買ってこい」

「あ、ハイ!」

「アンタも買いに行こうとすんじゃあないッ!」

 

ボウッ!

 

「ぎゃあああああああ!種もみが!小道具とかその他諸々と種もみがあああああああ!!」

 

顔を赤くして怒る少女が炎を放った。モヒカンはのたうちまわりながら悲鳴を上げている。

その炎を生み出す能力と風に解けて揺れる黒髪を見て、ようやく里紗は思い至った。

 

「ああ~っ!!!思い出した!キョーコちゃんじゃない!ララちぃが好きなあの!マジカルキョーコちゃん!」

「え!あなた私の事知ってるの?」

「あー…うん!もちろん知ってるよ!アタシの友達がさ、キョーコちゃんのファンなんだけど…良かったら一緒にお茶しない?」

 

思い出すのに時間がかかった里紗は、一瞬言い淀んでしまったがすぐに持ち直し微笑みかけた。恭子もそれに気づいていたが特に責めない

 

恭子は秋人に会いたい一心で一芝居うったのだが、再会してからの行動は全く考えてなかったのだ。里紗から誘ってくれてむしろ好都合、それに秋人の他にも友達が居てくれた方が話しやすい。即断即決で恭子は快諾した

 

「いいわよ、別に…ちょうど今暇だったし」

「やりぃ~!ナンパ大成功だね」

「ヒマとか…ついに干されたんだな。良かったじゃないか、これでもう全国の茶の間から春菜のニセモノだって非難されないな」

「干されてない!それに非難されてもない!アンタはちょっと黙ってなさい!」

「ハイハイ、ケンカしないの。二人とも行くよー?」

 

✗✗✗

 

「…――ってことがあってさ、楽しかったよ」

「そんな楽しそうなことが…アイドルのキョーコさんと仲良くなるなんてスゴイですね」

「ん~!なんかこんな話してたらさ、オニイサンに会いたくなっちゃった。モモちぃ、夜這いかけにいこっか!にししし!」

「!それは素晴らしい提案です!では行きましょう♡」

「いこいこ!ほらぁ~春菜もいつまでボーッとしてるの」

「もう、秋穂だめよ、子マロンいじめちゃ……?」

 

なんだか意気込んでる里紗に声をかけられて、私はやっと気がついた。そういえばここは私の部屋で、まだお兄ちゃんと結婚もしてなければ娘の秋穂も生まれてない、親マロンもまだ生きてて子マロンも居なければ猫のクリちゃんも居なかった。

 

「えっと、はい。春菜大丈夫です」

「………。春菜が何考えてたのかは知らないけど、春菜も唯っちもそーゆーとこ気をつけなさいよ?」

「メアさんに見つかったら妄想覗かれちゃいますから、気をつけて下さいね春菜さん」

「う、うん…!って二人ともどこに行くの?」

「オニーサンのとこ♪」「お兄様のところです♡」

 

二人は楽しそうな声と嬉しそうな笑顔でそう答えた。当たり前のように言われて、一瞬言葉が出てこない

 

「え…ダメだよ、お兄ちゃんもう寝ちゃってると思うよ」

「そのほうがイイじゃん、夜這いなんだし」

「よば…!?」

「ええ、その方がむしろ好都合です♡無防備な寝顔を思う存分眺めたら、抵抗しないように縛って美味しく頂きますから♡」

「やだぁ、この子鬼畜だわ」

「籾岡さんはどうするんです?」

「アタシはずっとキスして口塞いで声が出ないようにして…上に乗るかな」

「…籾岡さんの方がずっと鬼畜じゃないですか。お兄様は私が満足させますから♡」

「イヤイヤ、アタシが…じゃあモモちぃ競争だね!よーいドン!」

「ああっ!ズルい!負けませんわよ!」

「あ!ダメだってば二人とも!」

 

部屋を出て行く里紗とモモちゃんに一瞬遅れて、私も二人を追いかけた。

 

 

1

 

 

すぅ…すぅ…

 

お兄ちゃんの部屋は真っ暗で、やっぱり寝てるみたい。聞こえてくるのは時計の針が進む音と

寝息だけ、とても静かだった――――里紗たち以外は。

 

「にしし、カンペキ寝てるね。お、寝顔カワイ―じゃん♡」

「あぁ、ご主人さま♡もうモモはたまりませんわ…!ではいただきまぁす♡」

「モモちぃーアタシが先っしょ?」

「むーっ、こんな時だけ先輩面はよくありませんよ籾岡さん」

 

なんだか言い争ってる二人。寝てるお兄ちゃんを起こさないように声を抑えながら、私は声をかけた。こういうのはやっぱり良くない。

 

「ちょっといいかな、二人とも」

「ん?どったの?春菜も混ざる?」

「春菜さんにも譲りませんよ?」

「そうじゃなくて、お兄ちゃんと何かしたいならちゃんと起こしてからじゃないと…可哀想でしょ」

 

目をぱちくりとさせてる里紗とモモちゃん。お兄ちゃんの部屋が少しだけ部屋が静かになる。

 

そのまま一秒、二秒、三秒……

 

「…そうね、確かに。起こした方がビックリして楽しいかもね」

「確かに春菜さんの言うとおりですね。寝込みを襲うなら今度二人っきりの時にしますね」

「ほっ…、分かってくれて良かった。」

 

二人とも分かってくれて本当に良かった。モモちゃんが『今度寝込みを襲う』なんて言ってたけど、今は聞こえなフリしてあげよう。もしそんな事をしたらモモちゃんの部屋にあの"恐竜絶滅サーブ"を打ち込むんだから

 

「それじゃあ、私が起こすね。お兄ちゃん起きて、起きてお兄ちゃん」

「…ん、ふぁああぁあ………おはよう、女子のパジャマ姿ってドキッとするよな」

「お兄ちゃん、ちゃんと起きてね」

「春菜のパジャマ姿ってドキッとするよな」

「うん。ちゃんと起きたね」

 

(調教してる…)(調教されてる…)

 

ベッドの上で伸びをする秋人を里紗とモモは神妙な面持ちで眺めていた。里紗でさえ起きた秋人に騒いで声をかけたりもしない。春菜の表情は背中越しで見えないが、『ちゃんと起きてね』と妙に甘く優しい声が二人はちょっぴり怖かったのだ

 

「なんだよ、三人とも一緒で…あれ?モモはウチ来てたっけ?」

「ええ、ヤミさんに誘われててそれで来たんですよ」

「…モモちぃさっき言ってた事と違わない?」

「気のせいです♡」

 

「いいや気のせいじゃナイぞッ!!!」

 

「きゃっ!」「ん?」「んあ?」「へっ?」

 

突然灯された照明、その白い光の中、居るはずのない第三者が立っていた。

制服の腕につけた風紀委員の腕章をグイッと見せつけ

 

ジャッジメント(風紀委員)だぞ!モモ!今まで兄上と何してたんだ!!」

 

ナナが吠えた。桃色ツインテールを揺らしてモモを睨んでいる。

 

「ナナ!?…チッ、こんな時に危ない発言までして…!」

「こんな時とは何だ!オマエラは全員、ケダモノとして学園都市第七学区(ナナの電脳空間)に入ってもらうぞッ!転送!」

「ちょっ…!」「へ。アタシも?」

 

秋人の部屋に天から光が降り注ぐ、四つの光柱に包まれてナナたちは消えていった。「えっ、あの私…」と呟いた春菜もろとも。

 

「…一体あいつらなんだったんだ。あまりに会話がドッチボールすぎてついていけなかったぞ……とりあえず寝よ寝よ」

 

 

次の日

 

電脳空間へと探しに行ったヤミが、「銀河コング」を従えて王となっている春菜を発見したのはまた別の話である。

 

 

――――西連寺家は今日も平和です。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2017/07/14 一部改訂

2017/07/17 一部改訂

2017/08/02 一部改訂

2017/08/27 一部改訂


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R.B.D小話⑦『ひろびろぜいたくver.2』

「じゃじゃーん!【ひろびろバスタイムくん!】ポチッとな!」

 

ぎゅ――――――――――――――――――――んっ!!

 

と急激に広がる西蓮寺家、浴室。

 

「おー!こりゃまた凄いね、でも毎回だと段々この光景にも慣れてきちゃうから不思議よね」

 

今回も無事(?)混浴に持ち込めた里紗はタオルを巻いて準備万端だ。

脇に桶と共にお気に入りシャンプーまで抱えて、正に"入湯スタイル"である。ミディアムウェーブがさらりと湯気に弾んだ。

 

「相変わらず非常識なメカ…もってきた入浴剤、今度は足りるわよね。箱で持ってきたもの」

 

と相変わらず唯は思案顔。前回での失敗を糧に今回は万全の体勢で臨んでいる。

 

浴槽の傍でかがみ込み、真剣な表情でお湯を見つめる唯。バスタオル一枚では到底封印できないハレンチボディは、背中からお尻まで丸見えとなっている。屈んだ事によって解けたのだが、気づく唯ではない。

 

「だぁから、入浴剤なんてララちぃに頼めばいいじゃんか」

「…そういうわけにはいかないでしょ。なんでもかんでもララさんに頼んでたら………悪いじゃない」

 

最後の方は小声で呟き、唯は頬を赤くした。

 

「前ん時だって唯っちそう言ってたけど、入浴剤全然足りなくて涙目になってぐすぐす言ってたじゃん」

「い、言ってないわよ!捏造しないでっ!」

「それで結局ララちぃに頼んで、バラ風呂にしてもらったでしょ?機嫌直って、唯っちニヤニヤだったじゃん」

「うっ…!」

「だぁから、今回は余計な手間かけないで最初からララちぃに頼めばいいっしょ。今日は最初からバラ風呂はあるみたいだし………何に入りたいのよ?」

「……………………………………………ジャスミン」

「ふぅん、唯っちって意外に女の子っぽいじゃん、にしし」

「わ、笑わないでよ!里紗がそんな風にニヤニヤするから、だからこっそり入れようとしてたんじゃない!」

 

仲良く追いかけっこする唯と里紗から離れ、こちらは全くのいつも通りだった。

 

「…美柑、身体を洗いますね」

「うん、私もヤミさん洗うね。あ、今回はジャグジーまであるみたい。あとで入ろっか、ヤミさん」

 

非常識に動じないヤミと美柑。二人は全くのマイペースで互いの身体を洗っている。タオルで器用に身体を隠し、洗いあう芸当は小柄な二人ならではだった

 

「はぁ…疲れたわ、毎日毎日くたびれるわね。手足が伸ばせるお風呂にでも入らないとやってられないわ」

 

と思春期男子には目に毒な色気全開の美人女医、御門涼子が溜息と共に呟くと

 

「わぁー!ホントにひろーいお風呂!地球って凄いのね!ふふっ、イヴとお風呂なんて久しぶりだわ!」

 

と同じく豊満な身体を揺らす美人科学者、ティアーユ・ルナティークがぽやぽやと暢気な笑顔で歓声を上げた。

 

「ハイハイ、いいからさっさとお風呂入るわよ。背中、お願いねティアーユ」

「はいはーい!洗ってあげるね、お疲れ様。ミカド」

「…ん。なかなか手際が良いわ、ティアーユもドジっ子不器用っ子なのに少しは成長したじゃない」

「わぁ、ありがと!あの辛口のミカドに褒められるなんて嬉しいわ。ミカドだってしばらく会わないうちに随分綺麗に…――あれ?シワかしら」

「…!まぁね、私も特定の男が居ないわけじゃないのよ。声をかけてくる男なんて銀河中に山程い」

「ミカドは確かに綺麗だし、おっぱいも大きいけれど。発言がなにやら"おばさん"っぽいわよね、その発言も行き遅れの負け惜しみっぽいし…う~ん、もう少し言葉に気を遣ったらいいんじゃないかしら?」

「…この女ッ!それは私の言うべき言葉でしょ!」

 

楽しそうに騒ぐ里紗たちを別天地にして、ティアーユ先生を叱り飛ばす御門涼子なのだった。

 

 

そして、そんな平和な(?)様子を眺めながら

 

「わあ、やっぱり広い…今日こそは泳げるかな?ね、秋人お兄ちゃん」

 

と優しく微笑み、ガッシリ握った手を離さない春菜の傍に

 

「…。」

 

能面のような無表情の秋人が居た。

艶めかしい裸の美女たちに囲まれているというのに、瞳には何も映していないようだ。

 

後に彼は『檻の外でライオンをカッコイイと眺めるのと、檻の中で見るのでは全然違う。全然違うんだよ…』と猿山に語るのだが、それは完全に余談である。

 

「アキト…心配しないで下さい。大丈夫です。今度はちゃんと医者も用意しました。ついでに科学者も」

 

ヤミも流石に振り返って春菜と秋人を眺め見る。先程からふたりの様子が気になっていたのは内緒だ

 

「さあ!行こう!秋人お兄ちゃん!」

 

決意に燃える春菜。しっかり握った秋人の手を、持ち前の力強さで引っ張ってゆく。春菜は怖い思いをした時、大切な者がピンチの時、信じられないほどの力を発揮するのだ。

 

「…。」

 

秋人は秋人で虚ろなままだ。どこか遠くを眺めている。

 

「アキト…安心して下さい。何があっても私が必ず助けます。あらゆる困難な出来事から、貴方だけを守ります。」

 

頬を朱色に染め上げ透き通った声でヤミが言う。

 

秋人は「いや、今がその時だろ」と思ったが口には出さなかった。

きっと言葉にしてしまえばこの奇妙なバランスで成り立っている自身の泳ぎ指南役、すなわち"誰が秋人に泳ぎを教えるか"という争奪戦が始まってしまうからだ

 

「さあ!お兄ちゃん!今日こそ泳げるように頑張ろうね!」

 

無駄に頼りがいのありそうな春菜の笑顔が眩しい

 

「…里紗センパイ」

「あはは!このこの~ハレンチおっぱいどもめー!…ん?呼んだ?オニーサン」

「自分、今度こそ焼きそばパン買ってきます」

「お、アリガト。相変わらず気の利くコーハイくんだねェ、あとでうんと可愛がってあげよーう♡」

 

行ってきます。と秋人は踵を返し浴室を出て行こうとする。

 

「…待ちなさいアキト」

「待ってね、秋人お兄ちゃん」

 

変身(トランス)させた腕で秋人の身をがっしりと掴むヤミ。掴んだ手をけっして離さない春菜

 

「大丈夫!諦めないで!お兄ちゃんはやれば出来る子!」

 

と無駄に母性をちらつかせる春菜が

 

「…心配しないでください。今度こそ溺れて死にかけても救命処置はバッチリです。医者もついでの科学者もいますから」

 

と励ましなのか分からない事をヤミが言う

 

「いや、焼きそばパンを……ひっぱるな!バカ!コラ!春菜っ!唯!ララ!お前たち!里紗…裏切りモノ!美柑…!御門涼子!お前までなぜっ!ちょっ、ティアーユせ…んぶっ!」

 

 

と目を輝かせるヒロインたちに柔らかいあれやらなにやらを密着させられ、お湯につけこまれる秋人が更に泳げなくなったのは余談である

 




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2017/07/30 一部改訂

2017/12/09 一部改訂


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R.B.D小話⑧ 『平和な西蓮寺家~御門涼子の平和な休日~』

 

 

 

―――日曜の昼下がり

 

「…アキト、春菜。ただいま戻りました。」

 

ヤミはたい焼き入りの紙袋を抱え、ウチへ帰ってきた。いつものように待ちきれなかった為、一つはもう既に咥えている。彩南に来てから増えた特技、"たい焼きを咥えたままでも普通に喋れる"が発動中であった

 

ウィイインン

 

玄関を抜けると掃除機の音がヤミの耳へと聞こえてくる。キレイ好き&家事好きの春菜が掃除をしているのだろう。

 

(昼のおやつにと買ってきたたい焼き(これ)が丁度いいですね…)

 

玄関先で靴を脱ぎながらヤミは微かに微笑んでいた。

 

「…春菜、お疲れ様です。たい焼きでも…」

「あ、おかえりヤミ。今日も暑いな」

 

ぱちくり

 

ヤミは一瞬、目を疑った。アキトが一人で掃除をしている。珍しい。これはとてつもなく珍しい。

 

「いやぁ、いつも春菜が掃除してくれてるけど…こういう隙間とか、意外に汚れてるんだな。掃除しがいがあるよ」

「そ、そうですか…春菜に頼まれたのですか?アキトが掃除など、珍しいですね」

「まさか、自主的だよ。春菜なら出かけたぞ?俺は手が空いたから掃除してるだけだ」

「…は。アキト、今なんと?」

「だから自主的だっての。さっきまで自分の部屋も掃除したんだけど、マンガも多いし片付けるのは本当に大変だったよ。」

「じ、自分の部屋?貴方は自分の部屋まで掃除したのですか?あれだけ春菜が言っても聞かなかった貴方が…?」

 

チラリ、秋人の部屋へと視線を向ける。開かれたドアから秋人の部屋がよく見える。

 

よく見えるのはドアが全開のせいではなく…――――マンガが、ない?一冊もない?キレイサッパリ無くなっている!?春菜に似たえっちぃ美少女フィギュアもないですって!?

 

「あああ、アキト!貴方の部屋はずいぶんとスッキリして…大量にあったマンガなど、い、一体どうしたのですか?貴方が大切にしていた西()寺春()のえっちぃフィギュアも…どこか別の場所に?」

「ああ、あれか。フィギュアもマンガも売ったぞ」

「売った?!『春香フィギュアはこの世の至宝』とヘンタイの貴方は…」

「そんなもの、現実に居る春菜の魅力には敵わないな。そんなことより、いつも掃除してくれてありがとうな、ヤミ」

 

ポトッ

 

ヤミは咥えていたたい焼きを落とした。開いた口が塞がらない。アキトがタイヘンだ。

 

「ああっ落としたぞヤミ、なにやってるんだよ」

「…アキト、病院に行きましょう。ドクターミカドのところへ早急に」

「はあ?何言ってるんだよ、まだトイレ掃除と、お風呂場もそれにそろそろ洗濯が…」

「そんなことよりもっと大切なことですっ!」

 

変身(トランス)の大腕でぐずる秋人を包み込み、窓をブチ割り飛翔する。かなり焦っていたヤミだったが、迅速かつ丁寧に動いていた。なるべく安静にしなければ、アキトが今より悪くなったらタイヘンだ

 

「どうしたんだよヤミ、窓まで割って…ケガはなかったか?」

「アキト…っ!」

 

慎重にそれでいて高速で飛翔するヤミへ、秋人が身を気遣ってくる。普段の秋人なら思っても言わないだろうその言葉。今は嬉しいより悲しいヤミ

 

「ううっ…あきと…っ!パパぁ…っ!ううっ…!」

「お、おい、ヤミどうしたんだよ急に抱きついて…むぐっ!おい、胸が!顔に当たってるぞ!ヤミ!」

「アキトにならいくら触られても構いませんっ!」

 

最後は涙まじりで叫びながら、ヤミは御門涼子の元へ急いだ。

 

 

1

 

 

「…今日は平和ね」

 

いつもより断然静かなる日曜日(休診日)

 

高い天井、天窓から光が降り注いでいる。部屋へと差し込む白の光はひたすらに穏やかで、平和であった。

 

此処はいつもの診療所から離れた、御門涼子のプライベート別宅

好きでしている事とはいえ、このところ御門は徹夜が続いていた。そんな中、この別宅で過ごす時間は日常から切り離された安息の時間―――まさに休日(安息日)である。

 

「ふぅ、いい香り…美味しいわ」

 

白い光と白いバスローブ、髪には雫を纏わわせながら、御門涼子は紅茶を口に含んだ。完成されきった大人の色気と知性漂う双眸。今日の御門涼子はゴージャスで優雅である。美しい白の部屋にはなんだか甘ったるい香りが漂っていた。

 

「ミカド―、もうすぐ焼けるわよー」

 

もう一つ紅茶を手にした御門はそのまま声の主へ近づく、同年代の親友は声も中身も子どもとさほど変わらない。

 

「あら、紅茶?ありがと、ミカド」

「どういたしまして」

 

エプロン着でケーキと奮戦中の親友(ティアーユ)へ御門は微笑んだ。

 

「進捗は?うまくいってるの?」

「うん、なかなか上手に出来てるわよ?」

「そう、ならいいわ。ティアーユのケーキって不安でしかなかったもの」

「むー、何よその言い方は。私だってひとり暮らし長かったんだから、料理くらい出来るわよ」

 

繰り返しとなるが、今日は休診日である。ティアーユを別宅へ呼んだのは御門の単なる気まぐれだ。ヤミとの親子関係に特に進展のないティアーユを心配したわけではない、それにデートに誘ってくる男も居ない寂しい一人休みが嫌だったわけでもない。断じてない。単なる気まぐれだった。

 

「…へぇ、匂いだけなら上出来ね。」

「もう、まだ疑ってるの?心配しなくても大丈夫よ」

「ティアーユなら爆発くらいはさせると思ったわ」

「もう、ミカドったらいつも馬鹿にするんだから」

 

子どものように頬を膨らませるティアーユに御門はからからと笑った。珍しく子どもっぽい笑顔を浮かべる御門にティアーユも目を細める。

 

穏やかで、やさしい時間。まるで学生だったあの頃のような…――――

 

と、そこへ

 

「ミカド先生!あ!ここに居た!あのね!春菜がタイヘンなの!」

 

バタン!玄関ドアからは破天荒プリンセス、ララ・サタリン・デビルークが、

 

「ドクター!医者はここですかッ!!」

 

ドガッシャアアン!!と窓はおろか天井も盛大にブチ壊しながらヤミが落ちてきた。

 

「ドクターミカド!アキトに何が起こったか診て下さい!治しなさい!パパに何かあったらアンタを100回殺すんだからね!」

 

崩れ落ちる瓦礫と立ち込める白埃の中、頭に角を生やし半分ダークネス化したヤミが、

 

「ああん?御門先生?…いいトシしておっぱい見せてるんじゃないわよ。お兄ちゃんがおっぱいフェチになったらどうすんの?アンタそれ取りなさいな。足をお舐め」

「春菜が『ころころ性格くん』でこんな風になっちゃったの~!効果が消えるのはまだ先っぽくて…うぅ、ミカド先生助けてぇー!」

 

おそらく自分の"発明品"で失敗しただろうララが涙目で、そして目の据わっている春菜が暴言混じりに詰め寄ってくる。徹夜続きの御門にとって今日はいつもより断然静かなる安息日。穏やかで、やさしい時間。そんな時間が崩れてゆく―――そう、この別宅のようにガラガラと音を立てながら

 

「何ボーッとしてるの!?アンタみたいなオバサンってば、こんな時以外は役に立たないんだからサッサとパパ治しなさいよ!ほら早く!ちゃんとヘンタイに戻ってもらわないとイヴ困っちゃうんだから!」

「ああん?聞いてるの?そういえば御門先生ってお兄ちゃんと一番最初に会った時、おっぱい触られてたよね。私、触られてないのに……誘惑した?ねえ誘惑したんでしょ?足をお舐め」

「ふええ~ん!失敗しちゃった!お兄ちゃんで実験してちゃんと上手くいったのにぃ~!」

 

フッ

 

三人に詰め寄られながら、御門はひどく冷酷に嘲笑った。冷たく、毒々しい微笑み。まるで悪魔と取り引きした魔女のような、禍々しい微笑み

 

「ごほっごほっ…み、ミカド?」

 

隕石が直撃したかのように破壊された家で、なんとか無事だったティアーユ。心配して声をかけるが、応えない御門は紅茶をグイッと(あお)り、

 

パァンッ!

 

ティーカップを盛大に叩きつけた。粉々に砕け散るカップ、そして

 

「…いいわ、どんな患者も必ず救ってあげる…ッ!さあ、ついて来なさい…!」

 

埃まみれの灰色の背中をティアーユは目を瞬かせて見送るしかできなかった。

 

 

2

 

 

「…ダメね。こっちだけは戻らないわ」

「そんな…、お兄ちゃん」

 

御門はそう言ってカルテを閉じた。隣には元の清純清楚な優等生に戻った春菜が心配そうにしている。そこには先程まで御門に執拗に足を舐めさせようとしていた不良メガネの春菜はない。一方、真面目に大人しく座っている秋人は困惑顔だ。

 

「しかし、同じ発明品では同じ効果と時間のはずです。なぜ戻らないのですか?」

「原因不明よ」

「…プリンセス、何かわかりますか?」

 

ダークネスから元へ戻ったヤミはララへ問いかけた。ララは"金色の闇"からお叱りを受け『反省中。ゴメンナサイ』の札を首にかけ、正座中である。西蓮寺家でよく見られる反省風景だ

 

「え、え~っと……たぶん、ミカド先生の薬は効いてると思うから、何かショックがあれば戻ると思います、ハイ」

「…本当ですか。プリンセス」

「ウン…じゃなかった、ハイです」

「…ドクターはどう思いますか」

「そうね、私もララさんと同意見よ」

「ちなみに私もよ、イヴ」

「…ティアには聞いてません」

 

ヤミの辛辣な言葉をニコニコと受け流すティアーユ。ちなみに、ダークネス化したヤミを元に戻したのは彼女だ。優しく穏やかに、同じ目線で話しかけるティアーユ()にダークネスが心を開いた結果であった。

 

「それにしても、ショックってどんなものがいいのかしら。やっぱり心理的なものよね?」

「当たり前でしょ、医者の私がまさか殴るわけにはいかないわ。心理的ショックは…どちらかといえば男の子が興奮してしまうような、そういうものがイイわね。例えば――――」

 

そんなティアーユだが、未だ親友の心を開けずにいる。先程から御門へやれケーキや紅茶を勧めたり、気遣わしげな視線を向けるなど健気にコミュニケーションを図っているが、上手くいっていない。「大丈夫よ」と微笑み返されるだけだ。負のオーラを纏う親友がとても心配なティアーユなのだった。

 

「お兄ちゃん…」

「どうかしたか、春菜。ごめんな、まだ掃除も洗濯も途中なんだ、帰ったら兄ちゃんすぐやるからな」

「うっ…お兄ちゃんが…!お兄ちゃんがお掃除なんて…っ!」

「お、おい春菜!なんで泣くんだよ!どこか痛いところでもあるのか?!」

 

春菜は今も秋人の傍で肩を震わせ、涙を堪えている。春菜は痛いところもない、自分の失態に羞恥し後悔しているわけでもない。今の自分に対して「ほっぺた真っ赤で涙目春菜たんマジカワイイ!やっぱウチの春菜たんが一番萌える!」など言わない秋人は秋人でないからだ

 

「春菜、頑張ってください」

「ヤミちゃん…」

 

ヤミが春菜の肩に手をやった。御門たちとの作戦会議が終わったのだ。

 

「春菜の手で…私たちの手でアキトを元に戻しますよ」

「うん…っ!」

 

涙を拭いながら、春菜は力強く頷く。秋人を元に戻す為ならなんだってやる、と春菜は固く決意していた。

 

***

 

 

「…ほ、ほんとに、これで元に戻るの?ヤミちゃん」

「私の勘です。信じて下さい…ハズレたことはたまにしかありませんから」

「な、なんだかちょっと信じられないような…」

 

固く決意していた春菜だが、もう既に心が折れかけている。今の春菜は"春菜"ではないから仕方がないかもしれない。

 

「でもでも、ほんとにこんな格好で、その…」

「くどいですよ春菜、私だって恥ずかしいんです。ですが、これも仕方がありません。アキトの為です。頑張りましょうね"はるにゃ"」

「うぅ…がんばるにゃ」

 

"はるにゃ"は恥ずかしげに頷いた。懐かしのコスプレ喫茶で着た『ネコみみ』『ネコしっぽ』『白ネコのすけすけランジェリー』を身に纏った春菜である。

 

特に『白ネコのすけすけランジェリー』はウェディングドレス仕様のデザインでかなり際どい。レースから透けて見える細い腰、縦長の臍や太腿の白さが眩し過ぎる清楚な白猫"はるにゃ"であった

 

『普通のセクシーさだけじゃなく、なにかコスプレをした方が興奮して元に戻ると思うわ、断続的、かつ長期的に刺激を与え続けましょう』が作戦司令部での結論だった。コスチュームをネコにしたのはヤミの独断と偏見である。

 

「では……行くにゃ、はるにゃ恥ずかしくないにゃ」

「う、うん…えっと、わかったにゃ」

 

ちなみに"はるにゃ"の隣には"黒猫のヤミ"の姿もある。こちらはいつもの真っ黒な戦闘衣(バトルドレス)に"ネコみみ"を装備しただけのヤミであるが、シュールで可愛らしい。いつものクールな頬には朱が散っている。ヤミも口ではああ言っても、恥ずかしくてドキドキして緊張しているのだ。

 

そして二人は秋人の待つ部屋の扉を開ける――――いざ、決戰の地へ。嬉し恥ずかしの戰いが今幕を開ける…!

 

**

 

「おいそろそろ帰らないか二人と………も、」

「お、お兄ちゃん…………………にゃあ」

 

振り向いた秋人の視線の先、二匹のネコがいた。

 

一匹は初め言葉を話し、今は思い出したように猫なで声で鳴く"はるにゃ"――真っ赤な頬と潤む瞳、控えめにのぞかせる谷間、恥ずかしげに身を捩る仕草で主人を誘惑している

 

チリン、と首につけた鈴が鳴った。

 

「…ネコですよ、アキトにゃあ」

 

そしてもう一匹は自分でやっておきながら恥ずかしいのか、見せたいのか見せたくないのか、もどかしげに睨んでいる金色の黒猫…もとい、"黒猫のヤミ"だ

 

先程までは真っ黒の戦闘衣(バトルドレス)だったはずだが、今は妖艶なキャミソールドレス―――小さなイヴの着ているもの。神秘的な程美しい肌の白さと黒いキャミソールドレスのコントラスト、ドレスからのぞく鎖骨と素足がゾクリとするほど艶めかしい

 

フッ

 

先程の御門よろしく、秋人が笑った。

 

「以前、ウチの西蓮寺春菜が一番カワイイ!!と言ったが、あれはウソだ。」

「にゃっ…!?」

「にゃあ?」

 

「ウチの西蓮寺はるにゃが一番カワイイんじゃぁぁあああああああああああああああああい!!!フゥ――――――――ッ!!イヤッフゥウウウウウウ!!!!」

 

はるにゃをお姫さま抱っこして叫ぶ秋人。それは先程までの真面目な秋人ではない、いつもの秋人である。春菜は突然の抱き上げに目を白黒させていたが、内心ホッと安堵していた。

 

「…ふぅ、まったく。アキト貴方は相変わらずですね」

 

いつの間にそこへ乗せたのか、秋人に肩車されているヤミ。元に戻った秋人は春菜を抱き上げ、ヤミも一緒に担いでいたらしい。ヤミですら見切れない早業だった。

 

「はるにゃ!はるにゃこそ最強のヒロインだ!素晴らしい!エクセレント!西蓮寺はるにゃは俺の嫁!ぐふふふふっ!!!」

「ちょっ…お兄ちゃん!落ち着いて…ね?」

「ぐふっ!ぐふふふへへへへ!!ウチの春にゃさんほんま堪らん、最高やで!ぐふ」

「お、お兄ちゃん…ちょっと気持ち悪いかも」

「…アキトが気持ち悪いのは最初からですよ、春菜」

 

今も春菜を抱き上げながら「はるにゃたんマジカワイイ!マジ天使!!」と叫んでいる秋人には呆れるが、自分もちゃんと肩車した秋人に満更でもないヤミなのだった。

 

「まあ、帰ったらアキトには『ウチの黒猫のヤミちゃんが一番カワイイ!!』と叫んでもらいますから、今はせいぜいイチャコラするといいです…にゃあ」

 

ネコ耳を揺らしながらヤミはそう言って、秋人の頭に頬杖をつくのだった。

 

 

それからウチに帰った秋人がマンガと西()寺春()フィギュアの損失に涙し、コレクションを探す旅に出て取り戻すのに3日かかったことと

 

「ねえ、ミカド―…まだ寝ないの?」

「大丈夫よティアーユ、私は仕事を恋人にしたの…72時間は余裕で働いてみせるわ」

 

御門涼子が怪しげな研究・実験にのめり込んでいったのは余談である。

 

 

――――今日も西蓮寺家は平和です。

 

 




感想・評価をお願い致します。

2017/07/16 一部改訂

2017/07/17 一部修正

2017/08/04 一部改訂

2017/08/16 セリフ改訂

2017/08/27 一部改訂

2017/09/16 一部改訂


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R.B.D小話⑨ 『平和な西蓮寺家~√オレンジロード~』

 

 

 

プシュー…!

 

「…。」「おー」

 

街中から少し外れた路地裏、二人の少女がカプセルから現れる。

ブラウンの髪をビーズで結い上げる表情少ない美少女と、金色の髪を揺らし人形のように整った美貌の殺し屋――こちらはやや困惑気味といった表情だ

 

「どうかなー?ヤミちゃん、美柑?」

 

「フ…。問題ありません」「おー、ヤミさんになっちゃった」

 

びっくり、それから楽しそうに表情豊かに笑うヤミ。一方、美柑はというと…

 

「フフフ…ついに手に入れました。美柑の身体を…!フフフ…!」

 

手を開いたり握ったりしながら、邪悪に笑っていた。

普段の美柑は思っても決してそんな事はしない。それは『邪悪な魔王役より助け出されるヒロイン役が似合いだから』とは美柑含む全員一致の見解である。

 

「ヤッター!今回も成功してよかったー!」

 

そう、二人の体は入れ替わっている。

邪悪なる殺戮天使・美柑とクールでしっかり者の奥様・ヤミ――二人を召喚したのはピンク髪の無邪気な悪魔…もとい、ララ・サタリン・デビルークである。

 

「フフフ…!ついに美柑の身体を…!」

「…何してるの。ヤミさん」

「美柑…入れ替わったらこうするのが様式美だ、と以前アキトが言っていました」

「ふぅん…、そうなんだ。私もやってみていい?」

「問題ありません。」

 

表情を動かさないまま頷く美柑と頬に指を当て思案顔のヤミ。やがて二人は仲良く同時に

 

「「コホン!」」

 

と喉を整えて

 

「クックック…!これが金色の闇の力…!クックックッ!!」

「フフフ…!美柑…ッ!フフフ…!」

 

路地裏に木霊してゆく怪しい笑い声。

ニヤリと歪めた唇といい、高笑いといい、美少女二人組は完全無欠の不審者である。ビル壁に反響してゆく笑い声は魔界から召喚された魔王のそれであり―――

 

ボフンッッ!!

 

「ん?」「おや…?」

 

「あ!"まるまるチェンジくん"壊れちゃった!」

 

二人の魔王を生んだカプセルがぶすぶすと黒煙を上げている。なぜか壊れてしまったらしい。ララは慌てて駆け寄り消火活動、機械の様子をチェックする。ぼんやり見つめるヤミと美柑…

 

「あらら、結局元の身体に戻っちゃったね。ヤミさん」

「…せっかく美柑になれたのですが……残念です」

 

入れ替わったはずのヤミと美柑の意識は自分の身体(もの)へ戻っていた。身体が変わったことで浮気調査をしたり、宣戦布告するつもりだったりと色々な計画を練っていた二人は珍しく落ち込んだ様子だ

 

「うーん…!許容量(・・・)オーバーだったみたい。ゴメンネ、二人とも」

 

煙と火花を散らしているアイテムをいじりながら、ララが申し訳なさそうに謝った。

 

「ララさん、それって使いすぎちゃったってこと?」

「えーっと、使いすぎちゃったというよりも、ヤミちゃんはヤミちゃんの身体じゃないと、美柑は美柑の身体じゃないとダメみたい。」

「…そうですか」

「ふぅん…?よく分かんないけど残念だったなぁ」

「もしかしたら、性格とか言葉遣いが変わってるかもしれないから…何かヘンな事あったら言ってね?」

 

ララは"まるまるチェンジくん"をデダイヤルにしまいながら、二人へ向き直った。故障の原因は詳しく調べてみないと分からないが、どうやらヤミの中にいる"何か"と美柑の中にある"何か"が強く反発したようだ。視線の先にいる二人は特に変わった様子はなさそうだが……

 

「うーん……ゴメンネ、二人とも楽しみにしてたのに…」

「問題ありません。プリンセス」

「うん、まあ私もヤミさんなら性格変わっても問題ないしね」

 

珍しく落ち込んでいる様子のララを励ますように、ヤミと美柑は微笑んだ。

 

「アリガトー!ふたりとも!」

 

そして、そんな危険な二人にララも笑い返していた。

 

 

1

 

 

「…ただいま戻りました」

「おかえり、ヤミちゃん」

 

帰宅したヤミをエプロン姿の春菜が出迎えた。ぱたぱたとスリッパを鳴らし近づくと、そのままヤミの頭をぽん、と撫でる。

 

「今日はどこに行ってたの?」

「…美柑と公園で遊んでいました」

「そう、楽しかった?」

「はい」

 

穏やかに語りかける春菜にヤミも優しく落ち着いた気持ちになる。傍目から見たらまるっきり母娘のような二人だが、二人にその自覚はない

 

「…料理中ですか、春菜」

「うん、まだ時間がかかるから…ヤミちゃんは座って待っててね」

「いえ、お手伝いします……………得意(・・)ですから」

「そう?ありがと」

 

ヤミは春菜にそう言うと壁にかけてある専用エプロンを変身(トランス)で回収、装着した。ピンク色のエプロンは胸に"たい焼き"の刺繍がされた逸品、ヤミが一目で気に入り購入した品である(ちなみに秋人のものもある)

 

「じゃあヤミちゃんは……これをお願いするね」

 

春菜も既に見慣れた光景なので驚きもせず、ヤミを見守っている。普段着のヤミならともかく、戦闘衣(バトルドレス)にピンクのエプロンはシュールだったが………

 

「さあ、見せてあげましょう…私の力を。キッチンは私のステージです」

「?よろしくね、ヤミちゃん」

 

普段見ない自信に満ちたヤミの笑顔に、春菜は不思議に瞳を瞬かせる。しかしながら、ヤミは漫画に影響されるとこういう事を言い出すこともあるので、春菜も特に問いかけることはなかった。

 

 

その頃、美柑は…――――

 

 

1

 

 

結城美柑は歩いていた。

 

夕暮れに沈む商店街は平和そのもので、特に危険はない。

赤いランドセルを背負うには不釣り合いな、スラリと伸びた四肢。夕日そのものを閉じ込めているようなオレンジの瞳がついと周りに目を向ける

 

クールなオレンジが捉えたのは、サラリーマンや高校生、主婦といった彩南の住人たち。すれ違う美柑を知っている近所の主婦は「おかえり、美柑ちゃん」と笑顔で声をかけてくる。いつもより表情の少ない美柑は軽い会釈で応えていた。

 

「ひっ、ひったくりだ!誰かソイツを止めてくれ!!」

 

前方から男の悲痛な声が聞こえた。平和な住宅街が急に物々しい喧騒に包まれ始める

 

「へっ!相変わらず地球人は平和ボケでヒッタクリやすいぜ!」

 

帽子を目深に被った中年風の男…ヒッタクリ星人は走りながら振り向き、ほくそ笑む。ヒッタクリ星人は引ったくりが得意なのである。俊足な逃げ足は地球人ではとても追いつけない、そんな俊足が向かう先に不幸が―――パインヘッドの美少女(殺し屋)がいた。

 

「ヒヒヒ!この調子で次も簡単に――」

「…それは残念でしたね」

 

メキョっ

 

美柑の飛び膝蹴りがヒッタクリ星人の顔面に炸裂した。

錐揉みしながら吹き飛び八百屋の商品棚へブチ込まれる。崩れ落ちたスイカやトマトが割れ潰れ、赤い果汁が飛び散り凄惨な事態になっている―――もともとの速度も相まって凄まじい威力であった。

 

「…あれ?なんか今、自然に動けちゃったけど…もしかして」

「み、美柑ちゃん…?」

「?」

 

真っ赤に染まった商店街、美柑が振り向くと乃際真美が立っていた。呆然と見守る彩南の住人たちと一緒に固まっている。

 

真美は美柑に憧れる少女であり、仲の良い友達だ。そして同時に"憧れの美柑ちゃん"に不幸な目に合わされる少女でもある。無論、この時もその始まりだった。

 

「まみちゃ…………貴方は美柑の――私の友達ですか?」

「も、もちろんそうだよ!?」

 

美柑のあまりにもストレートな物言いにショックを受ける真美。しかし真美はへこたれない、この程度の毒を吐かれることは日常茶飯事、慣れているのだ。涙目だったが

 

「…そうですか。それでは」

「ええっ!?それだけなの!?」

 

質問に大した意図はなかったのか、すたすたと足早に去る美柑。凄惨な現場も涙目の真美も置き去りである。あまりにも軽すぎる真美への扱い。

 

いつもならもうちょっとボコボコ毒を吐かれるのに―――

 

「美柑ちゃんってば格闘技も強かったんだねえ!おばちゃんびっくりよぉ」

「あ~、ありゃあスゴい威力だっただなあ~『メキョっ!』ってオラ初めて聞いただよ。お、コイツ宇宙人じゃねぇべか!珍しいこともあるもんだなあ~」

 

真美は真っ赤に染まりノびている宇宙人と美柑の背中―――ランドセルを見比べる。美柑はいつもテストで100点をとる上、体育も得意な万能美少女だが…宇宙人との戦闘も得意とは聞いたことがない。

 

もしかして、結城美柑(美少女)とはそういうものなのだろうか―――

 

「あの、少々よろしいでしょうか」

「はひっ!?」

 

突然声をかけられ、真美はビクッと振り返った。振り返ってみるとスーツ姿の紳士な男が微笑んでいる。

 

「お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「は、はい…構いませんけど…?」

 

冷たく去ってゆく美柑のランドセルをチラ見しながら、真美は男へと向き直った。すると紳士的な男はズボンを脱いでこう言った。

 

「私、このようにブルマを愛用しているのですが店に売っておらず…どこへ行けば購入できるのでしょうか。やはり平成という時代は悪しきじだ…ぶべっ!!」

「…このヘンタイが!」

 

美柑のハイキックが紳士へ炸裂。紳士はそのまま真っすぐ横へ吹き飛び本屋の壁へブチ刺さった。か細い脚からは信じられない程の威力、腰を使って撃たれたハイキックは見事な一撃である。ピンと伸びたつま先が夕日を宿し光っている

 

「…美柑の友人、大丈夫ですか?」

「は、はい!」

「人に迷惑をかけるとは…ヘンタイの風上にも置けません。この男は悪い方のヘンタイですね」

「わ、悪い方の…?」

 

「良い方の変態っているの!?」と真美は一瞬叫びたくなったが、美柑に問いかけることをしなかった。それよりいつもと様子が違う美柑が気になる。気になりすぎる。

 

(美柑ちゃんいつもと違う…いったい何が…?)

 

宇宙人や変態を蹴りの一撃でブッ飛ばし、表情も少なくどこか不機嫌で―――…もしかしてあの(・・)用事で急いでいるのかもしれない

 

「あの、美柑ちゃんってもしかしてこの後さ…お買い物?」

「…………うん。あと5分くらいしたらアキト(・・・)がスーパーに来るし」

 

最後の方で「なんか感情が昂ぶったらヤミさん混ざるなぁ…、でも"アキト"って呼ぶのは新鮮でいいカモ」とニマニマ笑う。その笑顔に真美はようやく得心がいった。

 

結城家の家事を担っている美柑はスーパーのお買い物が絡むと真剣(マジ)になる。家計を預かってる美柑は特売などで節約したいからだ―――と真美は思っているがそれは違う。

 

美柑はスーパーへ行けば、たまたま(・・・・)偶然(・・)ばったり(・・・・)秋人と出会うのである。銀河の殺し屋とスケジュール共有しているので毎回思いがけず出会うのだ。

 

「じゃ、急いでいるから…真美ちゃん、ヘンタイに気をつけてね」

「えっと…うん、またね美柑ちゃん。」

「ボク!ちくわ大明神!ボクのちくわを…ブベッ!?」

「ひぃ!い、いま何か…?」

「…気のせいでしょ」

 

新たに現れた変態を回し蹴りで撃退している美柑。少し焦っているのはそろそろ偶然(・・)が始まる時間だからだ。

 

「金色の闇を殺したら~♪お買い物~♪お買い物しちゃお!地球製のバッグってカワイイの多いしぃ~♪」

 

とそんな美柑たちの方へ、地球外ファッションのセクシー美女が向かってくる。21世紀の今時、スキップしながら。

 

「ラン♪ラン♪ラ………はっ!見つけたよ!"金色の闇"のお友達!」

「…さっきの浮ついた声って何?」

「ゲ!聞かれてた!?ヤッバ~!あたいのクールなイメージがあ~↓(>_<)(空耳さね!!ハッ!地球人には平和ボケばかりいるね!)」

「…………セリフが逆になってますよ(・・・・・・・・・・・・)

 

美柑の前に現れた銀髪をひとつ結びにしたハデな美女。薄い布地の服から赤銅色の肌が大胆に露出し、スタイルも抜群だ。ダイナマイトなセクシー美女であるが巨乳は下半分が完全に見えており、ヘンタイ痴女でもある。

 

そして……今も揺れたその大きさは間違いなく美柑の敵、美柑の敵はヤミの敵である。シンクロ率急速上昇中の美柑は拳をぎゅっと握った。

 

「…"暴虐のアゼンダ"、念動力(サイコキネシス)使いの貴方が思考を漏らしてどうするのですか」

「おっ、お漏らしなんかしないもん!(なんであたいの名を!?それにあたいが念動力使いだとよく知ってたね!)」

「…今すぐ土下座して涙ながらに許しを請いながら足を舐めれば、貴方を見逃してあげます」

「あ、アンタには人質として来て貰うんだからねっ!それからそれからっ!金色の闇を公園に呼び出してムチとかでフルボッコして涙目に―――」

「…ふぅ」

 

美柑は溜息をついて、肩の力を緩めた。隣にいる真美からは、美柑が力なく落ち込んでいるように見える。ウェーブがかった長い髪を頬の上に散らし、長い睫毛が影を落とす―――翳る表情もたまらなく美少女だ

 

そして当然ながら、アゼンダからは美柑が観念したように見えていた―――が、実際にはどちらも違う

 

「この痴女がッ!ブチ殺されたいんですかッ!?私も美柑も怒る時は怒るんですよ!?」

 

「「ヒッ…!」」

 

息を呑んだ真美は見た。

 

ビシッと伸びた美柑の五指。指と手の甲を相手に見せつけ、そして果実を潰すように握りしめる!

幾人もの告白男子を、屈強な体育教師を、実の兄を、真美を死地へ葬ってきたその技の名は――!

 

次の瞬間、美柑はアゼンダの懐へ飛び込んでいた。豊満な胸に胸が擦れ合うほどに肉薄し、その手が額へ伸び――

 

ずだん!

 

踏み込みの音が夕暮れを震わせた。美柑の右足がアスファルトにめり込むと同時、アゼンダの身体が浮き上がる。額を掴まれ、視界を奪われ、回避不能となったアゼンダは雷槌の如く頭から地へ叩きつけられてた。

 

「みっ美柑ちゃん必殺技、"爆熱美柑フィンガー"!私も昔食らって…ううっ!美柑ちゃん!恐ろしい子っ!」

 

轟音と巻き起こっていた土埃晴れると、そこにはまるで生花のように地に植えられたアゼンダ(ソレ)。思っていた通りの惨事に真美は身を震わせる

 

真美も以前、親友のサチに唆され『アタシもおにーさん狙っちゃおうっかな~』と冗談で言ったことがある。あくまでも冗談で。しかし美柑にそれが伝わらず……シャレにならない目にあった。

 

今も地面に突き刺さったままピクピク悶ているアゼンダ(アレ)のように―――

 

「じゃ、今度こそ私、行くから…またね」

「はひっ!お疲れ様でした!美柑ちゃん!」

 

そうして、美柑は手をひらひらさせて去っていた。なぜか敬語の真美も頭を下げて見送る。

 

ちなみにこの日、美柑が真美へプレゼントした不幸は警察官からの事情聴取やテレビ局からの目撃取材が殺到し、真美がてんてこ舞いしたことである。マイクを向けられ、あわあわ喋る真美は一躍時の人となった。

 

 

2

 

 

「えーっと、次はホウレンソウ……これか」

「…そっちは小松菜ですよ、アキト」

「お、サンキュー!……ん?"アキト"?」

 

スーパーでよく会う声に振り向くと、やっぱり美柑だった。特徴的なパインヘッド、重ね着されたキャミソールとミニスカートからにゅっと伸びる脚が眩しい

 

「やっぱり美柑だよな、ヤミかと思ったぞ。」

「ごめんなさい、アキト。実は…みかみかみかみかみかみかみかみかん」

「ああ、なるほど。ララの発明品の失敗で時々言葉使いがヤミになるのか」

「はい、そうなんです………アキト、さん」

 

美柑が頬を赤くして目を逸らす。きっと慣れない呼び方に戸惑っているんだろう

 

「まあ、ララの失敗はよくあることだし、すぐ治るし大丈夫だろ…気にすんなよ?」

「ありがとうございます。…優しいですね」

 

"心配するなよ"と言わず"気にするな"と言ったのは、暗に呼び方で恥ずかしがらなくていいぞ、と伝えたかったからなんだが―――流石、美柑だ。あっさり見破られてしまった。ちょっと恥ずかしい

 

「アキト、って呼び捨ては恥ずかしいので…アキトさんって呼びますね」

「まあ、発明品の失敗じゃ恥ずかしいけど仕方ないしな」

「ふふ、まあそうなんですけど…フフッ……そういえば、アキトさんは昔出会った時も野菜を間違えてましたね。」

「あれ、そうだったっけ?」

「はい、あの時は確かキノコでしたよ」

「おお!思い出したぞ!そうだったな。あれ以来間違えてないぞ?買ってないしな」

「ふふ、それは良かったです。では買う時にはお手伝いしますね」

 

スーパーの黄色いカゴをぶら下げながら、美柑と一緒に食品棚を見て回る。今は夕方のセール中で、スーパーは主婦さん達でごった返していた。年齢層高めのこの場所にこんなにも溶け込めるのは美柑くらいだろう

 

「私、実はこういうお惣菜コーナー見てるの好きだったり…」

「へぇ、意外だな。美柑なら買わずに作りそうだけど」

「作れる物もあるんですけど見るのは楽しくって…アキトさんはこういう煮物はお好きですか?」

 

美柑が惣菜を一つ手に取り、差し出してくる。"肉じゃが"―じゃがいも、人参、玉ねぎ、深葱。黄、赤、緑の三色で飾られとても美味しいそうだ。そして、小さく首を傾げながら見つめる美柑を見て閃いたことがある。

 

「作れる料理でもこんな風に綺麗に盛り付けされてると参考になりますし…」

「美柑、ちょっといいか?」

「アキトさん、どうかしました?」

「なんかさっきの差し出し方がなんかこう、清涼飲料水のCMっぽかったと思ってな。ちょっとこう顔の横に持つ感じが…」

「こうですか?」

 

ニコリ

 

薄っすらと微笑む美柑、笑顔の横に大事そうに両手で支えられた"肉じゃが"がある。

 

「今夜のおかずにもう一品、愛で煮込んだ肉じゃがです」

 

そしてこの一言、トドメのウィンク―――唯や春菜が逆立ちしたって言えない素晴らしいキャッチコピー、美しく艶っぽい微笑みから放たれるウィンク、微笑みの爆弾。コレで買わない奴なんているかっての!!

 

「すみません、それください。全部買います」

「…アキトさんは駄目です」

「げ。なんでだ」

 

ぺろっと可愛く舌を出して、美柑がくつくつ笑っている。急にドキドキしてきたのはきっといつもと呼び方が違うこと、

 

「アキトさんには、私がちゃんとしたのを作ってあげます」

 

恥ずかしげに顔を背けた美柑の一言が色っぽくて、妙に現実的だったからだ。

 

「あ!あっちで生活用品の特売セールやってますよ、アキトさん見に行きましょう」

「…おっ!?ああ、分かったぞ!行くか!」

 

その後、幸せに浸りながら買い物を終えた美柑と秋人の二人には全くの余談ではあるが、二人が去ったのち、彩南町全ての地域から"肉じゃが"が消えた。

 

各地のスーパーで見られた激しい惣菜争奪戦は後に"第一次 愛の肉じゃが大戦争"と呼ばれることとなる―――二人が知る由もないことである

 

 

3

 

 

 

「――…。」

 

ヤミは小皿に煮汁をとり、目を閉じて味見をする。落ち着いた雰囲気にうっすら感じる、にじむ母性。その横顔を春菜は洗い物をしながら眺めていた。

 

(今日のヤミちゃんってばスゴかったなぁ…もしかして美柑ちゃんから料理を教わったのかな?)

 

『煮物にはお酒をいっぱい入れたほうが美味しくなりますよ』

 

とは春菜も知らなかった事だ。いつの間にそんな知識を仕入れたのだろう…それにヤミが呟きながら歌った『いっせんだって♪』という謎のメロディーも春菜は知らない

 

(他にも味見のタイミングとか煮物の空気の含ませ方とか…今日のヤミちゃんって貫禄あるなぁ)

 

煮物とは奥深い料理。そして味噌汁と同じく家庭の味がよく出る料理でもある。ヤミにはまだ加減が難しいと思っていたが…

 

フッ

 

今夜の"ブリ大根"は上出来だったようだ。味見を終えて、ヤミが微笑んでいる。なんだか勝ち誇っているように感じたのは気のせいだろう

 

「…やはり、料理に関しても私の方が上のようですね。」

「…?ヤミちゃん、なにか言った?」

「いえ、別に何も…」

 

「ただいまー」

 

不穏な呟きが運良く聞こえなかった春菜とヤミの待つ家へ、秋人が帰ってきた。ささっとエプロンで手を拭きながら春菜が秋人を出迎える。そんな様子を今度はヤミが眺めていた。

 

「ほれ、頼まれてたやつ」

「うん、ありがと。お兄ちゃんいいコいいコ」

 

差し出されたスーパーの袋を(うやうや)しく受け取り、頭を撫でる春菜。

背伸びしてまで撫でる春菜に、秋人はだらしなく頬を緩ませる。二人のその様は仲睦まじい新婚夫婦………というより、なんだか飼い主とペットの方が近い

 

「……なんだろう、最近兄の威厳とかそういうのが失くなっている気がするんだが」

「ふふ、大丈夫。少しも失くなってないよ、お兄ちゃん」

「…そうか、ならいいんだが」

「元からないものは失くならないよ?心配しないでね、お兄ちゃん」

「…そして、春菜の性格もだんだん曲がってきた気がするんだ」

「それはきっと…最初からだよ?」

 

クスッと照れ笑う。艶やかなショートカットが赤い頬で弾かれる。穏やかに楽しげに笑う春菜は幸せそうだ。ムスッと見返していた秋人もやがて優しげに笑う

 

いつもならイチャつく二人を微笑ましさ半分、羨ましさ半分、ヤキモチ少々で眺めているヤミだったが、この日は違った。

 

「…それでは、食事にしましょう。アキトさん、春菜さん」

「!う、うん!そうね!」

 

不機嫌を隠さないヤミの冷たい声に、春菜は慌てて返事した。たまに春菜はヤミの存在をすっ飛ばしてしまう事がある。それは当然ながらヤミを大事に思っていないからではなく、恋をしているせいである。秋人以外見えなくなるのだ

 

「すぐ準備しますね、アキトさん。座って待っててくださいね」

「うむ。苦しゅうないぞ」

 

故に春菜はヤミの口調が変わっていることに気づかなかった。ちなみに、秋人が気づかなかったのはヤミになじられる春菜を見てニヤニヤしていたからである。

 

 

***

 

 

「「「いただきます」」」

 

三人は食卓につき、手を合わせた。今日のメニューはブリ大根、大根と水菜のサラダ、白菜の漬物とご飯、味噌汁。主菜のブリ大根で余った大根はサラダにするといった経済的かつ栄養バランスも優れた夕食であった。

 

「ん…?うまいなコレ。大根だというのに」

「ありがとうございます。」

「お、ヤミが作ったのか?」

「はい。春菜さんと一緒に作りました」

「ふぅん…」

 

秋人と会話しながらチラッと隣の春菜を見やるヤミ。その視線を受け止めて、春菜は苦笑いをした。先程の秋人とのイチャつきを見られたのせいもあり、ちょっと肩身がせまい。それになぜか、隣にいるのがヤミではなくお姑さんに思えたからだ。そして想像上のお姑さんは美柑である

 

『あらぁ、春菜さん…あなたウチの秋人にいつもどぉんなものを食べさせているのかしらぁ?』

『うぅ…、すみませんお義母様…』

 

「春菜さんは料理が上手なので、お手伝いも必要なかったんですけどね」

「まあ春菜の飯は美味いからな…………?」

 

二人の視線がテーブルに並ぶ料理を辿り春菜を見れば、春菜は目を白黒させたり無言であわあわしている。首を横に振ったり、ぺこぺこ頭を下げて謝ったりと忙しそうだ。

 

『もうそろそろお料理くらい完璧にしてもらえないと…困るんですのよ?春菜さん』

「ひぅ!す、すっすみません…!お義母様!」

「誰がお母さんじゃい」

「…さあ?」

 

きっとまた妄想しているのだろう、と家族二人はさらっとスルーしてあげる。いつものことなのである

 

「ですが、美柑の方が料理上手のようです。この本に載ってました」

「総選…きょ、とら……くいー……ず?宇宙語か?読めん」

「本によると、"料理の腕前ランク"は美柑が第一位です。春菜さんは二位で美柑は第一位でした。しかもぶっちぎりの一位です。神からのコメント付きです」

「そ、そうか…なんでヤミがそんなドヤ顔で、しかも三回も言うのか謎だが……美柑は凄いんだな、よく分かったぞ」

 

変身(トランス)でいきなり本を取り出して読み始めるヤミ。得意げな表情だが、そのランキング本はどこで買ったんだか…付箋までつけて随分読み込んでいるらしい

 

「ちなみに春菜さんは"恋人にしたいランク"一位です。……春菜さん」

「ふぁい!?」

 

妄想世界からこっち側へ戻ってきた春菜、ぶんっと隣のヤミを見た。ヤミは冷ややかな目で焦る春菜を見つめている―――あんまりウチの春菜さんいじめてあげるなよ?

 

「"恋人にしたいランク"()一位です。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます…?」

「それでは受賞者コメントをどうぞ」

「ええっ!?えーっと、そんないきなり言われても………あっ、ありがとうございます。こんな私で良かったら、これからもどうぞ、よろしくお願いします…」

 

チラチラ俺を見ながら受賞者コメントするウチの西連寺春菜が一番カワイイ!!―――とお兄ちゃん思いますよ!

 

「…さて、そんないつか別れる恋人(・・・・・・・・)ランクは置いておいて、」

「いつか別れる…っ!?」

 

ガーン!

 

はにかんでいた春菜の照れ顔が一転、泣きそうな顔になる。落ち込んだりあわあわしたり、照れたり泣き顔になったり…今日は大忙しだな、春菜。

 

ずっと一緒にいる(・・・・・・・・)"家族にしたいランキング"は美柑が第一位ですよ」

「ふぅん、なんか納得だな」

「お兄ちゃんも納得しちゃうの…っ!?」

「そりゃな?美柑なら家事も得意だし、しっかり者だし…おいこら、聞いてんのか春菜」

 

口に手を当てたままショックで固まっている春菜

秋人にまでずっと一緒にいる(・・・・・・・・)に納得されたと誤解し、ショックで妄想世界に引き篭もってゆく

 

妄想世界では美柑(お姑さん)

 

『あらあらまあまあ…春菜さん、どちらへ行かれるのかしら?まだお話は終わってませんよ?』

 

と追い打ちをかけていた。

 

「おーい、春菜ってば……ダメだこりゃ、しばらく戻ってこないな…ヤミはなんかランキング入ってないのか?」

「ヤミさんは人気ですから…私もカラダが入れ替わってみたいですね。」

「ふぅん…?」

「ちなみに、他にも美柑はですね…―――」

 

突然始まったヤミのヒロイン談義に花を咲かせながら、秋人とヤミは仲良く夕食を続ける。ちなみに春菜は

 

『春菜さんには早くウチの味を覚えて貰わないとねぇ~?』

『ううっ…』

『もしかして、秋人ったら少し太ったかしら?ストレス太りかしらねえ~?』

『ひぅっ!すみません…っううっ』

 

春菜は妄想世界で美柑(お姑さん)と楽しく(?)いじめられる嫁と意地悪な姑遊びをしていた。

 

 

――――今日も、西連寺家は一応、平和です。

 

 

 

 




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2017/08/09 一部改訂

2017/08/10 一部改訂

2017/08/19 一部改訂

2017/08/21 一部改訂

2017/08/24 一部改訂


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R.B.D小話⑩ 『平和な西蓮寺家~Let's meet again sometime!~【END】』

 

 

夏の南風は晴れ。

 

西連寺家の朝は早い。

 

ピンポーン

 

―――それは、突然のことであった。

 

「…?こんな時間に来客ですか」

「ふぁあああ…まだ眠いぞ春菜、誰か呼んだりとかは?」

「えっ、私は誰も呼んでないよ?」

 

秋人のパンへバターを塗りながら、よくできた妹は不思議そうに瞬きする。

今日の朝食はスープにサラダ、目玉焼きやウィンナーといった洋風メニュー、カゴに盛られた豊富なパンは春菜が手ずから焼きあげたもの。簡素な料理に見えて実は結構な手間がかかっている。西連寺家の朝が早いのは新妻も同然の妹、春菜が家事をこなすからであった。

 

「もしかして、骨川先生かな?――はい、お兄ちゃん」

「おお、骨川センセか。お年寄りだから朝が早いんだな………ん。うまい!」

「…家庭訪問の時間にしては早すぎでは?まだ朝の7時ですよ」

 

そう、今日は家庭訪問。

西連寺家へ秋人の担任教師の骨川先生がやってくるのだ。当然ながら春菜も秋人も骨川先生を知っていたが、過去あれだけ迷惑をかけていたヤミは「…ホネカワ?何ですかそれは」と訝しむだけだった。

 

ピンポーン

 

「はーい!いま行きます!お兄ちゃん、お願い」

「仕方ない。俺が行くか、骨川センセは大事にしないとな………ヤミ?」

「…気配なら探知ずみ、問題ありません」

「そうじゃないっての。骨川センセは大事にしろよ?」

「?誰かは分かりませんが、気をつけま()

 

ヤミはジャムを塗りながらしれっと答える。リスのように頬を膨らませ、焼きたてのパンに夢中であった。仏頂面で間抜けな事をするヤミは実に平和で微笑ましい。

 

――ちなみにジャムを塗ったパンは秋人のおかわり分。来客よりも実は渡すタイミングの方を気にしてる殺し屋だった

 

ピンポーン

 

「骨川センセー!勝手にカギ開けて入ってきてくれー!」

「もう、ちゃんと返事しないとお兄ちゃん怒られちゃうよ?」

「…アキトはいつも怒られてるから平気でしょう………ン。」

「うるせ。怒られてないっての……ム!コレもうまい!」

 

仲のいい西連寺家は普通のマンションに居を構えているが、甲斐甲斐しい春菜をはじめ居住者たちは普通ではない。

 

妖精のような神秘的容姿とは裏腹に、いざとなれば変身(トランス)で地球さえ輪切りに出来るヤミをはじめ、清楚で落ち着いた美貌をもつ春菜もリミッターが外れたら大ごとになる。そしてそんな二人の引き金となる秋人。

 

宇宙でも稀な特異人物たちが住まう場所…――そこへ再びToLOVEるの起源が襲来していた。

 

ガチャッ

 

「おはようございます。骨川センセ朝早いです……ね…?」

「おはようアキト、ちゃんと早起きして偉いわね」

「んなっ!?な、なんでまたココに…」

「今日は貴方の家庭訪問でしょう?保護者が同席しないのはいけませんもの、ね?」

 

ニッコリ

 

秋人の母であり銀河一美しいチャーム人の末裔、セフィの微笑みが朝日に輝いた。

 

 

1

 

 

「いつもアキトがお世話になっております先生、アキトの母セフィ・ミカエラ・サイレンジ(・・・・・)です。」

「いえいえ、アキトくんは手がかからない良い子ですから…腰痛の骨川先生の代理で参りました、ティアーユ・ルナティークです。よろしくお願いします」

 

教師と保護者が顔を合わせたら、まず行うだろう会話を交わすセフィとティアーユ・ルナティーク。色々様子がおかしい(・・・・・・・・・)大人たちの、表面上は和やかな会話を見守る秋人、春菜、ヤミの三人…

 

「どうぞ、粗茶ですが…」

「ありがとう、春菜さん」

 

皆にお茶を配り、給仕をしている春菜は最初のうちは泡を食ってあたわたしていたが、色々(・・)のせいで通り越し冷静になっている。ヤミは初めからずっと静観の姿勢だ。お茶をすすっている

 

「あの、失礼ですがセフィさんはもしかしてデビルーク王の…?」

「いえいえ、よく似ていると言われるんですが全くの他人なんです」

「あら、そうでしたか!失礼しました」

「いえいえ(ニッコリ)」

 

(嘘つけ…)(ウソツキ…ティアもなに簡単に納得してるんですか)(あれ?そうだったんだ)

 

「……それより、誰もツッコまないから俺が聞いてもいいか?」

「まあアキト、ツッコむだなんて…発情したのかしら?寝室に行く?」

「母さんはともかく、ティアーユ先生はなんでそんな(・・・)服なの(無視)」

「そんな服って…?これは正装だってミカドに聞いていたけれど…」

 

ティアーユ先生はニットワンピースを着ている。生地は普通で、地球製だ。色も派手なものではなく灰色と普通で平凡だ。

 

「地球の正装って布が小さくて、とっても着にくいのね。それに伸びちゃうし…」

「…………………………………コホン」

 

しかし、全身のラインがはっきり出るそれは肩部分に布がない。腕にもない。背中にもない。けど、無意味に長い紐はある。

 

正面からはティアーユ先生の柔らかそうなメロンが溢れそうに揺れ、後ろからみれば真っ白な背中と黒い下着の線が丸見えだ。

 

――こんな童貞を軽く瞬殺できるハレンチセーターが教師の正装だとしたら、彩南高校は血の海になってるだろう。さすが殺し屋(ヤミ)の母…

 

「…先生、ソレ、あの闇医者に騙されてますよ…」

「ええ!?やっぱりそうだったの!?ここに来るまで凄くいっぱい視線を感じて…もしかしたらそうなのかしらって…」

「…なぜその時気づかないのですか、ばか」

 

心底呆れたと言うようにヤミがジト目で睨んでいる。ヤミはティアーユ先生にとても厳しい。逆にティアーユ先生はやわやわ…違う、ヤミに弱々だ。今もヤミに「ごめんね、イヴ」と謝っている

 

「ティアーユ先生は別の惑星から来たのですから、勘違いは仕方ありませんわ」

「あ、ありがとうございます…」

「アキト、お母さんの服はどうかしら?ヘンじゃないかしら?」

「…いいんじゃないか(どうでも)」

「あら、今日のアキトはSなのね。そんなアキトも素敵よ」

 

くすくす妖艶に微笑うセフィ。薔薇のような唇を上品に手で隠し、目を細めている。銀河一美しい王妃はセクシーさが尋常じゃない。あとテーブルで隠れて見えないからって太腿を撫でるのはやめろっての…

 

ちなみに今日のセフィは豪華な王妃ドレスではなく、腰のくびれを際立たせるハイウエストの暗色スカートに白いブラウスという出で立ち――清楚でありながら色っぽくセクシーだ

 

ぱっと見ればパン屋の店員でありそうな服だが、上質製のそれを絶世の美女が着ている。

腰のくびれもブラウスの清純な雰囲気も、乳袋もエロいボディラインも全力で俺を殺しに来ている――春菜、美女二人がかりでお兄ちゃん大ピンチだってばよ!

 

ずずっ

 

俺の視線を無視して、春菜は美女二人の揺れる横乳を見ながら、お茶をすすっている。とてつもなく冷静な眼差しで談笑するセフィとティアーユ先生の胸を見つめている。まるで悟りを開いた坊さんのようだ。ウチの春菜は大丈夫なのだろうか

 

「…大きい(・・・)人が二人もだなんて、お兄ちゃん大変だね。頑張ってネ」

「金色さああぁぁんっ!ウチの春ちゃんが冷たいっ!棒読みだしぃ!」

「…春ちゃん………初めて聞きましたよアキト」

「ねぇ、お兄ちゃん…。堺の右では多くを持った人がいて、左では持たない人ばかり…それはどうして?」

「なにやら賢者モードだしぃ!なんとかしてよぉ!金色さあぁんっ!」

「…やれやれですね」

 

金色さんにシッシッと冷たく手であしらわれる。セフィとティアーユ先生が来てから金色さんまでも冷たい。今もティアーユ先生の胸を親の敵のように睨んで―――お前の母ちゃんじゃないのか

 

「アキト、どうやってお母さんが金色の闇の監視を欺いたのか…分かるかしら?」

「分からん…そういえばどうやったんだ?」

「まず、ドアの前にサ()ーちゃんのパパみたいな頭をした変態を設置」

「設置て」

「そして私のカワイイアキトが出てきたら、遠くから監視していた私と場所を入れ替えるの。地味な魔法だけれど、役に立ったわ」

「魔法!?それのどこが地味なんだよ、壊れ性能じゃねえか」

「あら、これでも地味な方なのよ?他にはアキトが私の事を"春菜だ"と認識する魔法も開発していて、他には『ママ』としか喋れなくなったり…」

「怖すぎる!絶対使うなよ!?」

 

ヴェールを外したセフィの笑顔は言葉に出来ないくらい美しく、キラキラと目の前で輝いている。こんな綺麗な笑顔でコワイことを言わないでほしい

 

「ふふっ、アキトくんとお母さんは仲がいいんですね」

「ええ、アキトは子どもでまだ甘えん坊なので…昨日の夜もまるで赤ちゃんのように私の胸を」

「捏造するんじゃないっての」

「とにかく、アキトは落ち着きのない子ですから、いつも心配してましたが…先生のお話を聞いて安心できましたわ」

「うふふ、私も娘がいるので分かります。いつも心配してましたけど、幸せそうで安心しました」

「…心配かけているのはドジっ子のティアの方でしょう…」

「あら、どうかしたのかしら金色の闇?」

「…いえ、なんでもありません。」

「うふふ、心配してくれてるのね。ありがとうイヴ」

 

ついと視線を向けるセフィ、ニコニコ笑顔で見守るティアーユ先生。母性的な優しい視線を二人から向けられて、ヤミはプイッと目を逸らした

 

それからというもの、セフィとティアーユ先生を交えた和やかなお茶会となっていた。

 

セフィは普段の生活を春菜に聞き、春菜はそれに微笑みながら語って答え、ティアーユ先生がにこやかに頷き、秋人とヤミが混ぜっ返す――と穏やかに時間は進んでゆく

 

「ところで先生、本当にアキトは学校に迷惑をかけていませんか?例えば、備品を壊したりなどはありませんか?」

「ご心配なさらずに、それはありませんよ」

「…女子生徒の着替えを覗いたりなどは?」

「ええ、それもありませんよ」

「下級生の女子生徒を脅して身体を要求したり、女子高生の上履きをコピーしたりなどは…?」

「それもありません、大丈夫ですよ」

「そうですか、アキトが迷惑をかけていないようで良かっ…」

「オイ、ちょっと待て!さっきから聞いてれば俺ってどんなやつなんだよ!特に最後のは何だ!」

「……アキト、貴方はとってもとっても手のかかる子どもです。貴方が『おしっこ高価買い取り中』と書いたチラシを女子高生に配り、採取するため三角フラスコやタッパーなどを持ち歩いたらどうするんですか?お母さんは貴方が誤った道に走らないか心配なんです」

「ンなことするかッ!!」

 

真剣な表情で諭すように言うセフィ―――こんな事をしれっと言える母親の方が心配だっての!

 

「大体な、俺がそんな事するわけないだろーが!近所で評判のお兄ちゃんで通ってるんだからな!」(※悪い評判です)

「…どうしても採取したいと言うなら、お母さんなら構わないのだけれど…」

「いるかっての!」

「"親の心子知らず"――アキトが他の女の子に迷惑をかけないか…ちゃんと監視()ておかないとお母さんは心配なんです」

 

春菜に目をやると無言でうんうん頷いている。ヤミもうんうん頷いている。内なる唯も腕組みしながら頷いている。チキショウ、コイツラ…

 

「アキトくんが学校に迷惑をかけていないことは、私が保証します」

「そうですか、これで安心できましたわ」

「骨川センセは急に腰痛になってしまって、私が代わりに来ることになりましたが…その、お義母さまにご挨拶(・・・)ができて良かったです」

「まあ」

 

ぽっと頬を赤らめ俯く"大人ヤミ"なティアーユ先生。セフィも口に手を当て静かに驚いている。ティアーユ先生が潤んだ目でこっちをチラチラ見てくるが…なにか粗相をしただろうか?それに何を驚いてるんだ?ヤミも春菜も―――

 

「先生、ちょっとアキトと失礼しますね」

「ちょっ!引っ張るなってば!……イキナリなんだっての!?」

 

突然セフィに手を引かれ、部屋から連れ出される。セフィの無言のプレッシャーに気圧され、そのまま俺の部屋へ連れ込まれてしまった。

 

「はぁ、アキト…いつの間に先生まで毒牙にかけたのですか。母子会議です」

「はあ?なんの話だよ」

「トボケて…まったくこのコは……モテすぎるのも考えものです」

 

二人っきりの部屋で溜息をつくセフィ。「私に似たのかしらね」と肩を落とし、胸の()で腕を組んでいる。なんでココまで呆れられているのかまったく謎だ

 

…にしても、唯や凛に怒られる時もこんなポーズをするのだが、胸が重いんだろうか。だからってこうして向かい合って突き出してくるのはハレンチだと思います

 

「破廉恥ではありません。これは"おっぱいアピール"です。たしかに胸が重いのもありますけれど、アキトの前ではワザとやっています」

「…心を読むんじゃないっての」

「私がこのような清楚かつフェミニンでセクシーさも併せ持つ服を着ているのは、"おっぱいアピール"をする為です。腰回りのクビレもえっちぃ身体のラインも明らかでしょう?」

「こっちは自覚してる分だけ質が悪い…」

「ですが、"童貞を殺すセーター"のティアーユ先生は強敵。アキトと二人っきりで個人授業など言い出されては堪りません…!こうなったらアキト、"作戦弐"で行きますよ」

 

毅然とした口調で勝手に盛り上がってるセフィ、台詞に似合わない真剣な表情だ。男心をくすぐる台詞だが、"作戦弐"ってなんだ?初耳だぞ

 

「なんだその作戦?知らないんだが」

「作戦弐というのは隙をついてベッドでアキトに突いて(・・・)貰うことです。」

「…そういう下ネタはオジサンっぽいというか…」

「アキト、いいお天気ですし、これからキノコ狩りに行きましょうか」

「唐突すぎる」

「あら、こんなところに松茸が?」

「もう完全にオジサンの下ネタだろソレは…」

「ではお母さんっぽく、いいお天気だから洗濯物を干そうかしら…あら?こんなところに物干し竿?」

 

綺麗で涼しい顔して下ネタ連発する銀河の王妃セフィさま。

セフィの瞳の奥にハートが見える。熱っぽい吐息も溢してるし、"良き母"の仮面を捨ててしまったようだ。これ以上ハッスルしたら危ない、危険すぎる―――よし、逃げよう

 

「おっと、礼拝の時間だ!ではこれで失礼します」

「お待ちなさいアキト」

 

セフィに周り込まれた!逃げられない!

 

美の女神(ヴィーナス)を見たことがありますか?目の前にいますよ、祈っていいです」

 

ピカーッ

 

セフィが後光を放っている。天上の調べのような心安らぐ声といい、美しすぎる完璧スタイルといい、煌めくピンクブロンドといい本物の美の女神だが、脳までピンクに染まっていて話は通じない。

 

「オオ…ワタシ、ガイコクジン。アナタ、ナニイッテルカ、サッパリワカラナイデス(敬語)」

「あら?」

「トニカク、オチツイテクダサイ(敬語)」

「あらあら?アキトと共通言語でお話してたはずなのに…お母さん困っちゃうわ」

 

話が通じない美の女神には話の通じないフリで応じればいい。案の定セフィも困っているようだし、このまま穏便に部屋へ戻ろう

 

「イイカラモドリマショウ、モドラナイト、ハルナトヤミガウルサイデス…コラ、ムネヲサワラセルンジャナイ!」

「胸の感触でも戻らない…困ったわ」

「サア、モドリマショウ」

「それより先に、アキトを正気に戻しましょう…"ラッキーマン"」

「…ラッキーマン?」

「"コーヒー"」

「コーヒー?」

「"ライター"」

「…ライター?」

「では、それを続けて言うと?」

「ラッキーマンコーヒーライター…………………………………………。」

「ふぅ………、満足しました♡」

「小学生か!」

 

頬を赤らめるセフィ、熱っぽい吐息を溢してうっとりしている。顔もなんだかツヤツヤしてるしホントに満足したらしい

 

―――この人って確か頭脳明晰、スーパークレバーな王妃で、銀河が平和を保ってるのもこの人のおかげなんだよな……大丈夫なのかデビルーク統治

 

「さあ、アキトも正気に戻りましたし、そろそろ部屋に戻りましょう?」

「確かに俺が始めたことだけど、納得いかねぇ…っ!」

 

 

2

 

 

「お待たせしました。夫婦(おやこ)会議終了しました」

「親子だよな?なんか違う漢字使ってないよな?」

「ラッキーマン?」

「もうそのネタはいいっての!あんまりヘンタイな事言ってるとポリスメン呼ぶぞ!?」

「…アキト、私をこの星の法で裁けるとでも…?」

 

ズオッ

 

表情は変わらない笑顔だが、一瞬感じた威圧感はラスボス級

今のセフィに口答えしたら危険だ!俺の本能が警告している。セフィは誰にも止められないだろう――ってなにこの無法地帯?!

 

「…法で裁けないというなら、私があなたを()きましょうか?」

「フフ…素敵な目ね、"金色の闇"」

「…アキトと部屋でナニをしていたのか知りませんが、あまりはしゃぎ過ぎないように」

 

セフィの威圧感に全く負けてない金色さん。超コワイ!なにこの無法地帯!

ウチではたい焼き食ったりゴロゴロしながら絵本読んだり、春菜と料理したりたい焼き食べたりぼろぼろ溢したりしている金色さんのクセに!

 

「さて、ウチのアキトに恋してる"金色の闇"を初めとする皆さん」

「なっ…!」

 

ガタッ

 

焦ったように立ち上がるヤミ達3人………………………………………って3人?

 

名指しされたヤミは勿論、春菜もティアーユ先生も顔を赤くして立ち上がっている。

そして内なる唯がそんな3人を冷酷に見つめている――これはアレだ、唯のツンギレだな

 

「貴方達がウチのアキトを婿にほしいというのは分かりました。3人とも綺麗で素敵な方ですし、アキトと結婚も問題ありません。母の私が許可します」

 

ポロッと爆弾を投下するセフィさん。権力も何かも持ってるセフィが言うと、説得力が違うというか、本当に実現してしまいそうでコワイというか…―――ってちょっと待て!

 

「いや、待て待て待て!俺の意見はどうなる!」

「あ、アキト!べっ、別に私はあなたに恋なんてしてませんからっ!」

「アキトくん…ううん、パパ。イヴと家族3人、手を取り合って幸せに暮らしましょうね」

「ちょっ…!ティアーユ先生まで!?おおおお兄ちゃんはダメですっ!」

「だから待てって、俺の意見はどうなる!」

「で、でもっその、淫乱親ピンクの言うこともあながち間違ってはいませんっ!アキト、貴方が望むなら男女の仲になるのも吝かではないというかむしろその…っ!」

「三つ指ついてっと…これからどうぞよろしくお願いします……これで合ってるかしら春菜さん」

「あ、あってますけど!先生!胸が!服から胸が溢れちゃってます!!!」

「きゃあっ!でもパパになら別に見られても…?」

「ううっ…どうしてこんなに大きさが………」

「私は春菜とあなたの仲を壊したくはないですしっ!美柑のことも友として応援してますから!ただその愛を分けて貰えればそれで…っ!」

「ククク、それはもう愛人の台詞だな金色…ネメちゃんもいるよ♡」

「だから俺の意見はどうなるのってばよ!」

 

「はいはい、皆さん、落ち着きましょう」

 

王妃だからか言い出しっぺだからか、カオスを招いた張本人が手を叩いて場を収めた。なぜか胸元から杖を取り出している

 

「いきなり結婚で混乱するのは分かります。そこで"新妻仮免許"を取得した貴方たち3人へ、本試験を行います。それでは試験会場へGO~♪」

「唐突すぎる―――わっ!」

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「ここはどこだ…ってウチじゃないか。場所変わってないし……ミスったな」

「いいえ、ミスっていませんよアキト」

 

振り返るとセフィがいた―――というよりセフィ以外の三人が居ない

 

「新婚さんいらっしゃ~い♡……というワケで、まずは私とアキトが新婚の場合です」

「セフィはさっきの3人に入ってなかったと思うんだが」

「ではまず、始めに簡単なルール説明をします(スルー)」

「スルーしやがった…ルールだと?」

「制限時間は1時間。アキトの心拍数を最も高めた妻…もとい、ドキドキさせた者が勝者、新妻本試験合格です」

「新妻本試験合格…すごい言葉だな」

「なお終了後は勝手に次の候補者へ入れ替わりますので、あしからず…以上、補足説明でした。アキト、これをいい機会として正妻くらいは決めてしまいなさいね」

「めちゃくちゃ言うなこの母親…」

 

セフィがルールブックを片手に説明してくれる。随分分厚い辞書みたいな本を持っているが、聞かされたルールは少ない。もう俺はツッコまないからな

 

「まあツッコむだなんて…アキト、ついに発情したのね?ここでしちゃう?」

「してません、しません。あとナチュラルに心を読まないで下さい。」

「あら残念…それではアキト、ヨーグルトを食べましょう?」

「セフィはいつもいきなりだな…食うけども」

 

「お隣の源さんからお土産に貰ったのよ」と付け加えながら、冷蔵庫を開けるセフィ。色々細かい設定があるらしい。冷蔵庫を漁りながらこっちへ腰を突き出しているのはワザとだろう

 

「あら、どこにしまったかしら…見つからないわね」

 

ぴっちり張ったスカートが大人の色香と重量感のある尻のラインを型どっている。豊かな丸みを帯びた尻が蠱惑的に揺れている

 

黒タイツが魅せる細い脚のラインといい誘ってるのは明らかだが――見てないからな、チラッとしか!

 

「あらあら、こんな奥にあったわ。はい、どうぞアキト……きゃあっ!」

 

やっと取り出したヨーグルトを容器ごと床へ落としてしまう、ヨーグルトの真っ白な塊が床で弾け、セフィは足を滑らせた

 

ドサッ

 

「あいたた……ごめんなさいアキト、ヨーグルトが…」

「お、おいおい大丈夫か、セフ…………………………………………。」

 

黒タイツの光沢の上で、真っ白な半固体が弾けている。白いブラウスはヨーグルトが染み込み透けていた。

 

「ん…っ、べとべとになっちゃったわ。大事なヨーグルトが身体に…」

 

勢い良く転んだせいで胸のボタンは弾け飛び、セフィの豊か過ぎる谷間はおろか膨らみの上半分からブラジャーまで見えてしまっている。折り曲げられた脚の間から薄っすら見える、黒スト越しの色は白――

 

「あ…っ、冷たい♡」

 

セフィの綺麗な顔も桃色の髪も白でべっとり汚れてしまっている―――無修正で

 

「ってなにが無修正だっての!そうだ!これはセフィじゃない!ちょっと大きくなって!アイテムで成長した大人のララであって、ララは純粋な気持ちで俺にヨーグルトを食べさせようとしてくれただけだ!不純なものはない!ないったらない!ララはお子様で純粋だからヘンな想像しないの!はい論破!」

 

ピンク色に染まりかけた思考をなんとか追い出した。セフィの甘い誘惑はララの面影を重ねることで回避できるのだ。

 

「ふぅ……ほら、大丈夫か?立てるか?タオル持ってきてやるからココで待ってろよ」

「これでも手を出さない…―――なるほど、私をララと見ていた理由(ワケ)ですか」

 

セフィはきょとんとしたまま秋人を見つめ返した。顔についた半固体(ヨーグルト)を指で掬い取る。

 

脱衣場へと向かう秋人を見送りながら、セフィは「残念だわ」と呟いて淫靡にペロリと指を舐めた

 

妙に艶めかしいちゅぱっ、という音が秋人を一番ドキドキさせた。

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「…アキト、見ていましたよ。」

「ヤミ?あれ、セフィは?」

 

タオルを取って戻るとセフィは既に消えていた。照明の消えた部屋の中、ヤミだけが静かに佇んでいる。気のせいかもしれないが、空気が重い。床へ押し付けられるような強いプレッシャーを感じる

 

「…春菜や美柑に手を出すならまだしも、よりにもよってあの年増に……覚悟しなさい」

 

暗い部屋の中、凍てついた表情と緋色の眼光が尋常じゃない。視線と殺気だけで殺されそうだ。見慣れているはずの戦闘衣(バトルドレス)が闇の中で妖しく光る。本気の"金色の闇"がそこに居た。

 

「世話になった礼です。ひと思いに逝かせてあげます…動くと苦しみますよ」

「おい待てヤミ…ッ!?」

「オヤスミナサイ、アキト…」

 

片腕の刃が首筋へ迫る、逃げることも回避も不可能―――春菜!わりぃ、俺死ん…………

 

「…でない」

「…当たり前です。貴方に死なれては困ります」

 

変身(トランス)の刃は首筋ギリギリで止められていた。そしていつの間にかヤミに押し倒された格好になっている。殺し屋の本気は凄まじい迫力だった。

 

「…コホン、どうでしょう。少しはドキドキしましたか?」

「…なに?」

「アキトをドキドキさせれば良いのでしょう?そんなのはお茶の子さいさいです。年増から聞いた時、正直、勝ちは貰ったと思いました」

「…。」

「少し張り切ってしまいましたが…アキト、ドキドキしたでしょう?」

 

目の前でヤミがニヤニヤほくそ笑んでいる。

とても珍しい笑顔だ。髪の毛先を指でクルクル巻いていじってる仕草も含めて普段見たことはない。本気の殺気をぶつけた奴がする表情とは思えない程ダラシなく緩みきっている。

 

ゴチッ!

 

だから、思い切りヤミの頭を叩いた。

 

「…いたッ?!なにするんですか!」

「アホか!心臓止まるかと思ったわ!!ドッキリでも殺そうとしてんじゃねぇ!お前のうっかりで殺されたらたまんねえだろうが!」

「あ、アキトをドキドキさせるためだったんですっ!仕方ないでしょう!?それにちゃんと首のギリギリ2センチで止めました!」

「怖すぎるわ!怖すぎて背筋が瞬間冷却されたわ!」

「??では、ドキドキは…?」

「ドキドキなんかするかっての!…むしろなんか冷静になった」

 

ガーン!

 

金色さんがショックで固まった。そして落ち込んでいる。『終わった、』とその目が物語っていた。この世の終わり、絶望まっしぐらな表情(かお)

 

「まあ、その、元気だせよヤミ。アホなのは治るってたぶん…たい焼き食うか?」

「……いりません……」

 

重症だ。まさかヤミがたい焼きを食べない日があるとは…

 

「そうか、じゃあ後で買いに行くかな春菜の分も…ヤミは留守番よろしくな」

「…。」

「せっかくだし、"アイスたい焼き"を試しに食ってみるかな。」

「…ゴクリ」

「"二色たい焼き"もいいかも。2つの味って贅沢で美味いよなぁ~」

「………………………………私も行きます。」

 

チョロい。

 

さっきまでの"落ち込み絶望顔"がウソのようだ。いつもの冷静な表情に戻り、雰囲気も明るい。言うとまた落ち込むだろうから、口のヨダレは見なかったことにしてやる

 

「家にいるのも飽きたし、外行こうぜ。時間までは傍にいるんだろ?」

「…付き合いましょう。嫁としてたい焼きも食べたいですし」

「そこで嫁は関係あるのか?」

 

 

こうして俺とヤミは外へ出た。

 

 

♡♡♡♡♡

 

 

「いい天気だな…っていうか今は秋か?涼しげだな」

「…そうですね」

「彩南はヘンタイの街だが、今日はヘンなの無いな…『私のアキトが世界で一番ユニバース』とかのワケわからん広告以外は。なんだあのアドバルーン」

「彩南には面白い人達がいっぱいだから、こういう広告やチラシも普通なのかしら?」

「いや普通なワケは……なんだよ、いやに大人しいなヤミ……?」

 

隣を見ると、ヤミが"ヤミさん"になっていた。

 

This way(こっちよ)………パパ」

 

あのヤミが信じられない程グラマーなボン・キュッ・ボンになっている。静かな雰囲気は変わらないが、全体的に柔らかな丸みを帯びた理知的な美女―――" 金色の闇(大人ver)・瞬殺セーター仕様"

 

「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!俺は小さいヤツと一緒に家を出たと思ったら、いつの間にかセーターの中でメロンが揺れていた…」

「はい?」

 

ゆさゆさ

 

立派に育ったヤミは無防備すぎる。そんな布面積の小さい服に大きな胸は暴力でしかない。

 

「何を言っているのか分からねえと思うが、俺も何をされたのか分からなかった…」

「…パパは何を言ってるの?」

「……もっと恐ろしい呼び名を味わってるぜ……」

「?」

 

黙って小首を傾げるティアーユ先生。その仕草に見た目だけでなく、内面の繋がりも感じる秋人だった

 

「オホン!…ヤミは時間切れでティアーユ先生と交代した、という訳ですね。あまりにも普通に入れ替わってたからビックリしました」

「ふふっ、イヴとバトンタッチしたの。パパ(・・)、よろしくね?」

 

ぽやぽや

 

おひさまのようにニッコリ笑うティアーユ先生。柔らかな頬を長い金髪が縁取っている。優しい瞳に包むような母性を感じる。安らぎとか優しさとか…そういう感じだ

 

「それにしても良いお天気…、こんな風にのんびり歩くのって気持ちいいのね」

「そっスね。にしてもどうやって入れ替わったんですか」

「セフィさんの開発した魔法なんじゃないかしら?」

「ああ、校長と入れ替えたあの…」

「たぶん一様でない空間の曲率を変えて、質量自体が空間の構造に影響を与えることを利用して…」

「は、はあ…」

 

突然ティアーユ先生の"誰も分からない物理学教室"が始まってしまった。目を爛々と輝かせ興奮気味に語っている。宇宙語すぎて何も分からない…さっき感じた優しい母親のような先生はどこへ行ったんだろう…そういえばヤミもたい焼きと絵本にはうるさい

 

「…はっ、ごめんねパパ。つい力説しちゃった…テヘ」

「いえ、大丈夫っす。全く分からなかったので」

「…そう?じゃあ今度イヴも交えて最初から説明するわね。特別に補講をします」

「おふっ………分かりました」

「…そういえば、私とパパはどこに向かってるの?」

「まあ行くところが決まってるワケじゃないんですけど…ってそのパパっての、やめませんか先生…恥ずかしいッス」

「うん?そうね。今はイヴも居ないし、夫婦水入らずだから……アキトくんでいいかしら」

 

ぽやぽや

 

はんなり柔らかく微笑むティアーユ先生、頬が少し赤い。なんだかズレた答えが返ってくるが、穏やかな口調と優しい空気につい口を噤んでしまう

 

「そういえばパパは…アキトくんはお休みの日はイヴと何をして過ごしているの?」

「絵本読んだり、ゲームしたりテレビ(時代劇)見たり…たまに外に工場見学行ったりとかも」

「工場見学?」

「お菓子を作る工場を見学したりとか、ヤミは機械の動きを見るのが好きらしくて」

「まあ、それは知らなかったわ!」

「『こういう単調に動く機械を見ると落ち着きます…』って言ってました」

「あの娘ったら…まだ昔のことを気にして……」

 

瞳を涙で潤ませながら、ティアーユ先生がしんみりしている。たぶん感傷的になってるヤミを想像してると思うが、ヤミの台詞は『それに、こうして…もぐ、無限にお菓子を作ってくれますし』と続くことはこの際黙っておこう

 

「昔は色々大変な目にあったけれど、今はあの娘が幸せそうで……とても安心しているわ。ありがとう、アキトくん」

 

あなたにずっとお礼を言いたかったの、とティアーユ先生は優しく笑った。

 

まだ殺し屋になる前、実験体扱いのヤミが唯一心を許していたのは、このティアーユ先生だ。その理由は―――…言葉にしなくても分かった

 

ヤミが大人になったら、きっと優しいティアーユ先生のようになるのではないだろうか。クローンだからではなく、好きな人に似て子どもは育つという。そういえばいつかヤミもこんな風に笑って礼を言ってた。

 

「…イヴはいつもこんな気持ちなのかしら?」

「?なんのことですか」

 

ぼうっとティアーユ先生の笑顔を見つめていたら、先生の顔が赤い。熱っぽく見つめ返されていた

 

「ふふっ、なんでもないわ……あ、ここに公園があったのね。向こうでちょっと座りましょうか!行きましょ、アキトくん」

「ちょっ!先生っ!走るとイロイロ危ないですよ!?」

 

急に童心に帰ったティアーユに手をひかれながら、秋人も芝の上を走り出した。

 

―――それから、しばらくの間、秋人とティアーユはベンチへ座り話し込んでいた。

最初のうちは盛り上がっていた西連寺家の話もやがて落ち着いてくる。話題に尽きたのではなく、ティアーユが眠たそうにあくびをして秋人がソレに続いたせいである。

 

心地よい風。いつもより優しい太陽光―――柔らかで優しい何かに包まれる感触…

 

「…これからもイヴをよろしくね、パパ。出来れば、私の事も……」

 

肩へ寄りかかり、寝息をたて始めた秋人の頭を優しく撫ぜながら、ティアーユも瞳を閉じた。

 

 

*****

 

***

 

**

 

*

 

ふわり

 

水面へ浮上するように、ゆっくり意識が浮かび上がってくる。

街が朝日に染まってゆくように、雪が溶けてゆくように。少しずつ、少しずつ意識が覚醒してゆく………

 

なでなで

 

けれども、心地良い感触がやんわりそれを押し込めていた。まだ起きたくない。

撫でられるのは気持ちいい、春菜やヤミがねだる気持ちも分かる。枕も柔らかいし、顔は柔らかいものに押し付けられているし、息苦しいけど、気持ちいい―――これ、なんだ…?

 

「ん…くすぐったいよお兄ちゃん」

 

顔をぐりぐり押し付けると、枕がぴくぴく揺れる。なんとなく当たりをつけながら、手伸ばして触わってみることにする。うむ、柔らかさもありハリもあり、素晴らしいお尻だぞ春菜

 

「……お兄ちゃん、起きた?」

「ぐーすかぴー」

「…そっか、まだ寝てるんだね。それじゃ、起きてね?」

 

それって理不尽じゃないか春菜…

 

にしても、我が妹ながらスカートが短い。清楚な春菜はスカートの下に、こんな凶悪なお尻を隠し持ってたとは…

 

「ひあぁっ!?お、お兄ちゃん恥ずか……んん…っ!」

 

まろやかな曲線で構成された春菜のヒップはぴったり手に吸い付くようだ。厳しい自己管理とたゆまぬ部活動で春菜の肢体はモデル顔負けの均整を誇っている。それも決して不自然な造形美ではなく、健康美あふれるプロポーションだ。ふむふむ、触ってみても非の打ち所がない

 

「…お兄ちゃん。これ以上お尻触って寝たふりしてたら、お兄ちゃんの部屋を片付けてキレイにします。特にベッドの下あたりを念入りに…」

「おはよう、ハニー。今日もいい朝だね」

「…おはようダーリン、起きてくれて嬉しいわ」

 

ぽこっと頭をはたかれる。目を開ければやっぱり春菜に膝枕されていた。お腹に顔を埋めていたらしい

 

「ハニーの膝枕は最高だ。いつから居たんだい?」

「時間は分からないけど、来た時にはダ…お兄ちゃんは眠ってたよ。もう呼ばないからね」

 

赤い頬を膨らませ、春菜がジトッと睨んでくる。さっきのやりとりが少し恥ずかしかったらしい。こんなやりとりに軽く付き合える余裕が今の春菜にはある。昔の春菜は甘い声で"ダーリン"なんて決して言わなかっただろう

 

――今の春菜はコスプレもすれば、妄想の中で"Sっ気妹メイドプレイ"をしてたりもする…たくましい妹だからな

 

「…なんか失礼な褒められ方されてる?お兄ちゃん、ヘンなこと考えてるでしょ」

「オホン!気のせいだぞ春菜」

 

膝枕から起き上がる。訝しんでいた春菜から缶ジュースを手渡された。この辺の気配りは流石、優しく気遣いのできる春菜だ

 

「起きたら一緒に飲もうと思って、あそこの自販機で買ったの」

「サンキュ、春菜!ん?"ウルトラピーチヴィーナス味"?」

「キャンペーン中みたいで無料で買えたの。美味しそうだったから」

「怪しすぎる。誰かに毒味させるか」

「ダメだからね、お兄ちゃん。めっ」

 

困り顔の春菜に叱られる。母親のように叱る春菜に俺はなんだか笑ってしまった。笑い顔を誤魔化すようにジュースを呷る。ウチの春菜は優しげな雰囲気に似合わず、たまに思い切った行動に出ることがある。あまり誂うとベッドの下を念入りに掃除してしまうかもしれない

 

「おお、普通に美味いぞ。ちゃんと味がするな」

「ほんとだね、凄く美味しい…どんな素材使ってるのかな?」

「えーっと、なになに『原材料名、母の熱い想いとソレ以外の何か』……一気に飲みたくなくなったな」

「ふふ、セフィさんなりの冗談だよきっと。」

「そ、そうか…?そんなにセフィのこと信じてるのか、ウチの箱入り天使が騙されないかお兄ちゃん心配になってきたぞ」

 

目を線にして春菜が笑う、そしてポテっと肩に頭を預けてきた。俺に膝枕をしていて、春菜も昼寝したくなったのかもしれない。

 

「なんだか、のんびりって感じだね」

「そうだな、暖かいし」

「ぽかぽかだね。日陰だから、ちょうど良いね」

 

暖かい空気と春菜の体温。どっちがどっちなのか俺には区別がつかなかった。

 

公園のベンチの影が、何時の間にか足元から長く伸びている。俺はその影のずっと先、遥か空を漂う雲を見詰めながら、春菜と結婚したらこんな毎日を過ごすんじゃないか、と未来(さき)のことを考えていた。

 

「ねえ、お兄ちゃん……結婚ってどうしてするのかな」

 

それは春菜も同じだったようで―――不安そうな声音で問いかけられる。

 

俺は不意に答えを必要としている春菜の心に触れた気がした。それは、満たされなかった過去思い出の面影か……

 

「デートの時待ち合わせしなくていいように…とか?」

「ぷっ、なにそれ…」

 

面倒くさがりなお兄ちゃんらしいね、と春菜は笑った。秋人もなんだか照れたように笑う。

 

笑う秋人に目を細めながら、春菜は不意に一つの思い出にぶち当たっていた。

 

膝上で眠る秋人を眺めていた時、蘇りつつあった過去の記憶が今頃になって再生される。春菜は瞳を閉じながら、その思い出が自分の当ての無い心を落ち着かせてくれると悟った。

 

 

*****

 

 

***

 

 

**

 

 

*

 

 

一人で生きて行ける。

 

そう思っていたのは、確か冬の日だった。

 

一人暮らしには慣れていた。

 

幼い頃からしっかり者として育ち、何でも卒なく出来る自信がある。毎日の料理、掃除、洗濯も苦ではなかった。

 

両親には家を任されている。結婚してから何年経っても熱々の二人は、娘を放ったらかしにして隣町へと引っ越してしまった。それでも毎日のように電話をくれる優しい父と母でもある。

 

もう一人居た大事な家族は、どこか遠くへ消えてしまっていた。

 

でも大丈夫、一人で生きて行ける。

 

そう思っていたのは―――確かに、冬の日だった。

 

いつも通り進む日常に軽く絶望しながら、外を舞う雪を眺めていた。

 

街が一面の白に飲まれている。凍える氷点下の世界、氷の世界。

 

でも大丈夫、私は一人で生きていた。

 

鏡へ変わったガラスに映る少女は哀しげだった。

 

大丈夫なはずがなかった。私一人で生きていたから…

 

『―――お願いだから目を覚まして!お兄ちゃん!』

 

気づいていて、ずっと誤魔化していたこと。

 

いつかどちらかが死んでしまった時、残った方の心や身体が死んでも構わないと誓える程、ずっと一緒に居たかったこと。

 

 

そう気づいた時、唇は彼の熱を奪っていた。

 

 

それは確か―――…春にしては熱い日だった。

 

 

*****

 

 

***

 

 

**

 

 

*

 

 

「ねえ、お兄ちゃん…」

 

追憶から戻った春菜は、秋人に身を預けた。肩にそっと寄りかかったまま

 

「なんだよ、眠いのか春菜」

「うん…ちょっとだけこうしてていい?」

「仕方ねえな…ウチの春菜は甘えたがりだからな」

「お兄ちゃんだって、いつも甘えてばっかりじゃない」

 

眠りの世界へ抱かれる感覚がある。触れ合う部分から伝わる体温、ゆったりした呼吸、時折吹き抜ける優しい風―――春菜にとっての全てが此処にあった

 

秋人は春菜の髪を撫でる。優しい風が髪を靡かせているのか、眠る春菜には区別がつかない

 

「一人で生きていけるはずなんて、ないのにね…」

 

腕に抱かれ、何時の間にか寝息をたて始めた春菜の髪を優しく撫ぜながら、秋人もこれに同意する。

 

「…おやすみ春菜。今度は俺が起こしてやるよ」

 

ふたりを暖める陽熱はただひたすらに優しかった。

 

 

 

 

その日公園で眠りこけていた二人を発見したのは、ずっと家族を探していた金色の少女だったのは間違いない。

 

 

そして、果たして勝者は誰だったのか。

 

 

――――これからも、西連寺家は平和です。

 

                                      【END】




小話集、最終話です。

最後はかなりの文章量になりましたが、最後までお読み頂きありがとうございます。

今後の励みになりますので、宜しければ感想・評価をお願い致します。


2017/09/06 一部改訂

2017/09/07 誤字修正等

2017/09/13 一部改訂

2017/09/20 一部改訂

2017/09/23 一部改訂


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R.B.D特別小話 『金色さんの心休まらない休日-前編-』

****

 

 

「ねえ、オニイサン…バイトしない?」

 

里紗がつい…と思わせぶりな流し目を送った。

 

「バイト?なんの?」

「んふふー、何のでしょう?」

 

送られた方の秋人はレトロゲームをプレイ中。テレビの画面の向こうでは、ピンク色のキャラクターが敵を口に吸い込んでいる。

 

「なんのって、俺が訊いたじゃんか」

 

視線を画面に固定しながら嘆息する秋人。里紗は「だってー」と甘えた声を返しながら、グロスで艶っぽい唇を尖らせる。

 

んーっと考えるような仕草をすると

 

「…じゃあ、教えたらバイトしてくれる?」

「だから、どんなバイトなんだっての」

 

どこか色っぽく続ける里紗にも、秋人は視線を向けることはない。そっけない態度の秋人に里紗はますます唇を尖らせるが、瞳は猫のように笑っている

 

 

今日は日曜。

 

現在、時刻は午後1時20分。

 

クリスマスのこの日、秋人は居間のソファに腰掛けながら里紗と仲良く遊んでいた。

 

 

「今ね、アタシね、とぉ~っても困ってるの」

「へぇ」

「すごぉおおく困ってるんだけど。アタシってほら、素直になれない系の女子でしょ?」

「へぇ、そうだったのか。それは知らなんだわ」

「そそ。だからね、色々あって今とってもタイヘンなの。助けてほしいの」

 

里紗の深刻そうな呟き。

しかし、抱いたクッションに顔を埋めて秋人の顔をニマニマ見つめている。セリフと表情が全く合っていない

 

「助けるも何も、今のところ俺に入ってきた情報ゼロなんだが…」

「それはオニイサンが強情だから…バイトしてくれるよね?」

「バイトの中身が分からないとどうにも…――よっしゃきた!マイク!」

 

興奮気味の声に里紗もテレビの方を見る。外見の変わったピンクキャラがメガホンで何やら叫んでいた。

 

「ほぉー、"ぴんくちゃん"が叫んだら敵って消えちゃうのかぁ」

「グフフ!私はあと2回変身を残している」

「それを私は見てるだけ……オニイサンが産んでくれないから参加できない…グスン」

 

里紗はソファの上でコントローラーを握りしめたまま固まっている。お供プレイを自分から言いだしたものの、自爆して以降参加できていない(※ゲームの話です)

 

「…コピーできる敵が居ないんだからしょーがないだろ、我慢しなさいっての」

 

横目でチラッと見ながら秋人が言う

 

「ねぇねぇ、アタシねアタシね、あの石になるヤツがイイな♡」

 

やっと自分を見た彼に里紗は微笑んだ。肩に寄りかかって甘えてみる。

 

「無敵キャラだけど攻撃はめんどいやつか…」

「そうだったっけ?でも石になってれば死なないし…飽きたらまた自爆しちゃうし♡」

 

しかし、ゲーム途中の秋人は再びそっけなくなっていた。色気もそっけもある里紗の感触や甘い香りも効果なしである

 

「とにかく、働く気ないのは分かったっての。…今は居ないから諦めろ」

「むぅ…ていうか、アタシさっきから見てるばっかじゃん!つーまーんーなーいー!」

 

里紗がちょっとぶりっ子気味に不満を伝えても

 

「…5回も自爆する里紗先輩が悪いッス」

「だってなんか面白かったんだもん。ボンッ!ってのが」

「里紗先輩は怖いすなぁ、残虐すなぁ」

「そんなことないし!……あと1回くらいはするカモだけど」

「…やっぱり怖いのでお供にするのは後ってことで…」

「仲間にアタシがいると便利よ?チューで回復してあげられるし♡にしし」

 

色気たっぷりな照れ笑いを浮かべても、彼氏(・・)の反応は芳しくない。ゲームに夢中で彼女(・・)に見向きもしない。

 

それは倦怠期カップルのようで、これには自称"面倒見がいい&都合のいいお姉さん"である里紗も少しばかりムカついてくる。

 

「あのなぁ、『変な気分になってくるね…オニイサン』って毎回太ももを触られる俺の身になってくださいっての」

「むぅ…!なにその冷たい態度――って!あれってば殴るヤツじゃん!もうコイツでいいからコピって!」

「任せとけって、そりゃ!」

「ぎゃー!!消えちゃった!」

「フフ…!私はまだ最後の変身を残している!」

「ばか!ばか!さっさと私を産んでよコノヤロー!チョットはかまってよ!ダリャーッ!!」

「うるせぇ!耳元で真似すんなっての!」

 

「…騒がしいですよアキト、籾岡里紗」

 

さめざめとした声が響いた。

 

「…休日の昼間からゲームばかり…二人ともいい身分ですね」

 

振り向くと、キッチンへ続く廊下の角からヤミが顔だけ出している。

いつもの表情らしい表情のない(おもて)に浮かぶ不機嫌さ、むっつり押し黙った殺し屋が標的たちを睨んでいた。

 

「あ、金色さん、お疲れっす」

「ヤミヤミ、お疲れさまー」

「…。」

 

振り向いて片手を上げる標的達を半目でじとぉ…と睨むヤミ。壁から半分だけ顔を覗かせて、はっきり言って少し怖い。

 

西連寺家に同居している少女――"金色の闇"は妖精めいた美貌と白く珠のような肌、暗闇で輝く金髪が特徴の無愛想な美少女。……そして、銀河で名を轟かせる殺し屋である。

 

銀河のならず者達が恐れる"金色の闇"――彼女は身体のあちこちにチョコやナッツの欠片を張りつけながら、現在、ケーキと格闘中だ。

 

「私と春菜がせこせこ働いているというのに、旦那は他所(よそ)の女と遊んでいるわけですか…」

 

眼力では効果なしとみて近づいてくる。

ボールに入ったクリームをカシャカシャ泡立てながら、ヤミが恨みがましく続けている。

 

「だれが旦那だっての。誰が……ぷっ」

「…なんですか」

 

興奮気味に混ぜられるクリームは鈍色の半球内をくるりと踊り続け、一部はヤミの鼻へ着地していた。睨みつけるのに夢中な為かヤミはそれに気づいていない

 

「…何かおかしいことでもあるんですか」

「いや、なにも可笑しくはないですよ?…ぷっくくっ」

「怪しいですね…何か隠していますねアキト」

 

ゆっくり近づき、見下ろしてくる白いお鼻の金色さん…

 

「――かわいいな」

「!?なっ、なななんですかいきなり!」

「ん?あ、いやいや別に…なんでもないッス」

「きょ、今日はクリスマスパーティーなんですっ!色々準備がいるんです!アキトも手伝って下さいっ!」

「いてえっ!ボールで突くなっての!いてっ!あだっ!突くなってのに!」

 

パニックに陥ったヤミはボールで秋人をド突きまくった。

猛烈な勢いで秋人に攻撃を加えているが、チシャ猫はヤミの赤い頬もニヤけている唇も見逃さない

 

「痛いだろ!顎打ったっての!…それに料理はヤミたちが担当するって言ってたじゃねえか!あだあっ!?」

「そ、そうですが…気持ち的な問題ですっ!」

「いって…ったく、『お兄ちゃんと里紗が手伝ったら荒らされるから、テレビでも見て大人しくしててね』って妙に優しく言われただろ、俺…」

「………確かにそうでした………」

 

戦力外通告した春菜の冷たい笑顔を思い出し、ヤミは攻撃の手を止めた。

それから少しだけ拗ねたように問いかける

 

「………アキトは楽しみじゃないんですか、パーティー」

「楽しみだぞ、美味しいもの食えるし」

「大事なのはソコですか…」

 

今夜は結城家主催でクリスマスパーティーをすることになっている。フルーツケーキの準備はヤミと春菜の仕事、秋人と話に便乗した里紗は買い出しが仕事であった。

 

期待と違った答えにちょっと落ち込んだ様子のヤミ、秋人はニヤニヤ笑いながら

 

「まあ金色さんは楽しみだろうなぁ、ワクワクドキドキなんだろーなぁ」

「そ、そこまで楽しみとは言ってません!」

 

かあっと頬赤らめ、ヤミは必死に否定した。家族である秋人にはウソだとバレバレである。里沙でさえもニヤニヤと笑っていた

 

「俺はエンジェル春菜たんと一緒だったけど、去年のクリスマスは金色さんずっと一人ぼっちで…一人で寒い公園でたい焼き食って、一人で寝たわけですし…」

「……………確かにその通りですが…………わざわざ言われると腹が立ちますね。ケンカを売ってるんですか」

 

怒りのボルテージをゆったりと上げるヤミの背中に、チシャ猫が抱きついた。

 

「ヤミヤミー!ちょっと聞いてよ!ヒドいの!オニイサンがヒドいのよ!かくかくしかじかもみもみ」

「………なるほど。事情は分かりましたが…なぜ揉むのですか」

 

自称"面倒見がいい&都合のいいお姉さん"の里紗はヤミの怒りがMAXになる前に話題を変えた。この辺は流石の手管である、デリカシーはないが

 

「なんとなく♡ふふ、鼻にクリームついてるよ?」

「……………。」

 

ヤミは無表情を装いつつ、顔を拭いた。チラッと秋人を睨むのも忘れない。

 

「それよりヤミヤミってば!今日はブラしてるじゃん!」

「…………………アキトに買ってもらいました(ウソ)」

「わお!オニイサン、ヤミヤミにそんなエロい事してあげたの?」

「なぬ?」

 

秋人へ復讐のつもりか、嘘色のヤミが無表情のままニヤニヤしている。

 

秋人たちと暮らすようになって、ヤミはずいぶんと図太くなっていた。殺し屋の無表情に女の子らしい感情をミックスさせる術を学んでいた。―――器用な娘である。

 

秋人は持ちかけたコントローラーをそっと置いて

 

「ああ、まあな…下着くらいは買ってやるさ(ウソ返し)」

「……ム。」

「ふぅーん、一緒に住んでるだけあって進んだ関係だったんだねぇ」

 

慌てると思っていた秋人がしれっとヤミの嘘にのったことで、里紗も話を信じてしまった。

 

ヤミは罪悪感を覚えつつも、"進んだ関係"と言われて悪い気はしない。それにブラは嘘にのった秋人と後から買いに行けば嘘にならない、とまで考えていた。―――したたかな娘である。

 

「実はヤミヤミともラブラブだったのかぁ~ふぅうん」

「…ええ、まあ、不本意ですが」

 

見ればヤミの口もとが花びらみたいに綻んでいる。無表情のままでも恐ろしいくらい美人なヤミだが、笑った顔は一幅の絵画のように可憐だ。里紗も思わず見惚れてしまう

 

「ほぉ~!ヤミヤミがそんな笑顔するなんて、ホントっぽい!」

「……コホン、まあ、本当のことですし(ウソ)」

「ほぇ~それでサイズとかってヤミヤミ分かったの?カップいくつだった?(にやにや)」

「…………Cカップです(見栄)」

「わお!成長したねぇ!」

「ああ、確かそんなもんだったな(優しさ)」

 

秋人は嘘を重ねるヤミへ"援護しといてやるぞ"とアイコンタクトを送った。しかし、なぜかヤミに不機嫌そうな目を向けられる。乙女心は複雑なのだ

 

「まさかヤミヤミがブラを付けるようになったとはねー、それもCカップ(・・・・)の…ふむふむ」

「…邪魔になりますので、休みの日につける程度です。」

 

ヤミは淡々と誤魔化しているが、しかし目の前でチシャ猫の笑みを浮かべる人物は、一部では"教祖"と呼ばれ称えられる存在である。それも、胸部の(・・・)

 

嘘や見栄は"揉み丘教"の教祖さまには通用しない。唯や春菜をはじめ、伊達に美少女の大きいや小さいを揉んできたわけではないのだ。

 

しかし、里紗は年上のお姉さんの笑顔で

 

「ヤミヤミの胸には夢と希望がいっぱい詰まってる!ってことよね。真実なんてどーでもいいわよねー」

「…なんの話ですか」

 

そう言ってヤミの頭を撫でた。

訝しげに見上げても、黙ってされるがままのヤミはどうしようもなく母性本能をくすぐる。親友の春菜や唯がなにくれと面倒を見たがる気持ちが分かる里紗だった。

 

「別になんでもないわよ、ヤミヤミには後でいい体操(・・・・)を教えてあげよっかね。」

「体操…よく分かりませんが、お願いします」

「オケオケ!おけまる。頑張ろね」

「…おけまる?」

「"オッケー"って意味。ヤミヤミもJKなんだし、色んな言葉を覚えたらどう?楽しいわよ」

「なるほど………おけまるです」

 

頷きながら小さく微笑むヤミと猫のように笑う里紗。

微笑みを交わし合う二人を見て、見守る秋人も心が温まるようだった。もしも里紗に妹や弟がいたら、きっといい姉になっただろう

 

「ところでヤミヤミ、さっきの話だけど…バイトしない?」

「…内容と報酬によります」

 

ヤミの優しい表情がサッと仕事モードに変わる。ブランクはあっても殺し屋だった頃のクセは抜けていなかった。

 

「それは後から話すからさ、とりあえずおけまるじゃない?」

「…それは出来ません。迂闊な契約は死に繋がりますから」

「ちっ、コッチもしっかりしてやがったか……」

「先輩、さっきまでの優しいお姉さんイメージどこに落としたんスか?拾ってきたほうがいいッスよ?」

 

悪党まっしぐらな表情の里紗に秋人も呆れてしまう。二人で遊んでいた時もしつこく勧誘していたが、そこまでしてバイトさせたい深刻な理由でもあるんだろうか――でも訊いたらドツボにハマる気もするし…

 

「ヤミちゃん、生クリームの泡立て具合だけど………皆、どうかしたの?」

「あ、春菜ぁ♡」

 

先程のヤミよろしく、春菜が廊下からひょっこり顔を覗かせた。まさに、ひょっこりと言う言葉が似合いな挙動は傍から見て微笑ましい。家族になると行動も似てくるようである

 

「あのね!春菜聞いて、タイヘンなの!」

「?どうかしたの」

「実はぁ、ちょ~っと手伝ってほしいことがあってぇー…にしし」

「ちょい待ち!ウチの春菜を騙そうったってそうはいかねえぞ!」

「騙そうって失礼でしょオニイサン!ミオの助っ人を募ってるだけじゃん!バイトが激務すぎて今にも倒れそうなんだからっ!」

「…っ!大変、未央は大丈夫なの……?」

「ぎゃふん!ウチの箱入り天使がもう騙された!」

 

チシャ猫のズルさを持つ里紗に、人を疑うことを知らない春菜がまんまと騙される。安心して見守ることも許されない程の優しさに、秋人は天を仰いだ。これはもう止められない

 

「今日は忙しすぎて特に人手が足りないみたいで……春菜、手伝ってくれる……?」

「うん、私で良かったら力を貸すよ」

「さんきゅうう!さっすが春菜!持つべきものは優しい親友よね~!」

「もう、調子いいんだから」

 

そして春菜がこうして承諾した以上、義理堅い殺し屋の"金色の闇"氏はこう答えるワケで…

 

「…春菜が行くというなら私も付き合います。」

「えっ、ヤミちゃんはお家で待ってていいんだよ?ケーキなら焼き上がりまで時間かかるし…」

「力仕事であれば私が居たほうが早く終わります。それに今夜のクリスマスパーティー、楽しみです…」

「ふふ、そうだね。早く終わらせてウチでパーティーしなきゃだもんね」

「…はい」

 

そして天使と殺し屋が笑顔でこう答えた以上、兄である秋人に退路は残されていなかった。

 

「お兄ちゃん、未央も困ってるみたいだし……皆で手伝いに行っちゃダメかな…?」

「…アキト、貴方も当然手伝いますよね?イヤとは言わせませんが…」

 

「……………………………………………………………………………………行きます」

 

 

春菜とヤミにダブルで迫られて秋人はがっくり項垂れた。

 

 

 

つづく

 

 

 




感想・評価をお願い致します。


2018/01/18 一部改訂

2018/01/20 一部改訂

2018/03/13 一部改訂



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R.B.D特別小話 『金色さんの心休まらない休日-中編-』

1

 

 

一般に飲食店は週末が混雑する。

 

それ以外にも"お祭り"や"有名アイドルによるライブ"などがある日も大勢のお客で混雑する。

そんな日は当然、スタッフも座席も足りなくなる。

 

特別なイベントに休日が重なれば、そりゃあもう激しく混み合うのだ。

 

しかし、

 

客で混み合う日も"クリスマス"となれば皆バイトに出たくないものである―――特に女の子は。

 

 

というワケで―――

 

 

「「「「「「「「「おかえりなさいませ、ご主人さま」」」」」」」」」

 

「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおんッッッッ!!」」」」」

 

 

コスプレ喫茶は大いに繁盛していた。

 

出迎える女性陣の華やかな声は、あっという間に男たちの野太い歓声に飲まれてしまう。木霊する雄叫び声はビリビリと窓を震わせる程だ。

 

それもそのはずこの店は彩南で――いや、宇宙で選りすぐりの美少女達がもてなしてくれる店である。助っ人美少女軍団の噂はすぐに広がり、店の前には客達が長い列を作っていた。

 

「注文決まったら呼んでねー!お客さまー」

「お姉さま、『ご注文がお決まりでしたらお声がけ下さい、お客さま』ですよ?」

「あ、ごめんねーモモ…また間違えちゃった」

「うふふ、申し訳ございません。お客さま」

「いっ、いえ!とんでもないです!」

「ケッ、モモのヤツぶりっ子しやがって……オイ!オマエ!姉上たちにヘンな事したら許さないからなッ!!」

「ひぃ!めっ、滅相もないです!そんなこと絶対しません!」

「はぁ…もう、ナナったら…」

 

必要以上に睨みをきかせるナナにモモは密かに溜息をついた。

先程からナナはこんな調子で肩肘張ってばかりいる。慣れない接客に張り切って頑張っているようだが、同時に緊張もしてるらしい。先程からモモは姉のララよりナナのフォローで忙しかった

 

「こら、ナナ!お客さまが怯えちゃうでしょう?胸もブーストしてあげたのに、ちっとも接客しないんだから」

「うっ、うるさいぞモモ!アタシだってちゃんと働いてるダロ!」

「どこがよ、キバ見せてないでちゃんと笑顔を見せなさい。」

「これ以上アタシに何をどうしろって言うんだよ!」

「だ・か・ら、清涼飲料水のCMの白いワンピースが似合う女の子みたいに笑顔で接客しなさいって言ってるでしょ」

「ケッ、そんなぶりっ子モモみたいなの絶対イ・ヤ・だ!!」

「なんですって…!」

 

バチチチッッッ!!!

 

睨み合い、火花を散らす双子姫――モモとナナは助っ人として参戦して以降、こうして飽きもせずケンカを繰り返している。

 

「ふふ、二人とも張り切ってるねー!」

 

一方、長子のララはというと、内心ではしゃいでいる妹たちを優しい眼差しで見守っていた。とんでもなくセクシーな(・・・・・)姿で。

 

 

高いピンヒールと編みタイツ。

 

白いカフスと銀のチョーカー。

 

長いウサ耳と丸い尻尾。

 

 

――原点にして頂点、正統派のバニースーツ。

 

 

華奢なピンヒールで歩くたび、豊か過ぎる胸とうさ耳がふるふる揺れる―――自覚のない色香が逆に魅惑的な"ブラックバニー"のララである。

 

黒光りするぱつぱつのバニースーツが、ララの白く木目細やかな肌の美しさと巨乳をこれでもかと強調していた。

 

「ナナもそこそこ人気あるんだから、いい加減ちゃんと接客しなさい!胸もブーストしてあげたんだから!胸もブーストしてあげたんだから!」

「なんで2回も同じこと言うんだよ!さっきからシツコイぞ!アタシはアタシの仕事をしてるんだッ!」

「はぁ…まったく、ナナってやっぱりお子さま――あ、お皿お下げいたしますね(ニッコリ)」

「……ケッ、二面相ぶりっ子」

 

モモとナナの二人もまた、バニースーツが良く似合っていた。

 

モモのボブカットの豪奢なピンクブロンドが挑発的なピンクのスーツに良く映える。しとやかな微笑みが愛らしく、桃のように柔らかな肢体が艶やかな色気を放っていた。

 

髪を下ろした双子のナナは快活さよりも無垢な幼さが際立ち、うさ耳がジャストフィットである。双子揃いのバニースーツも正反対の性格と相まって良いコントラストを生み出していた。

 

デビルーク三姉妹は三人共が元々気品を感じさせる美貌の為、エロティックなのに下品さのないハイソな極上バニーとなっていた。

 

「とにかく、アタシはアタシの仕事をやってる!それでいいダロ!」

「…ナナの仕事ってば、突っ立って睨んでるだけじゃない。それじゃ接客にならないわよ」

「男がハレンチなことしないか見張ってるんだ!それに、アタシだってお皿とか片付けたりするダロ!」

「ちゃんと笑顔で接客もしなさい。今のままだと、ペタンコ胸を寄せて上げただけのツン猿ナナじゃないの。ちっともバニーさんじゃないわ」

「な、ななななんだとッ!!!!!」

 

本気のケンカに発展しそうな時、ララがやんわり笑った。

 

「モモ、ナナ、バイト終わった後のケーキって楽しみだねー」

「!そうだった!バイト終わったらケーキ食べ放題だった!」

「食べ放題じゃなかったと思うけど……確か豪華商品のプレゼントもあるんでしたね」

「うん、確かにそうだったねー。プレゼントってなんだろうね」

 

ララはこういう時無理に(なだ)めたり、押し付けがましく仲を取り持ったりしない。けれど、ララがニコニコしながら言うだけで双子姫の表情は明るいものに変わる。

 

「あのー、すみませーん」

「ン?呼んだか?ちょっと待ってろ!――モモ!さっさとバイト終わらせるぞ!」

「そうね――って、ちゃんと接客しなさいってば!」

 

デビルークバニーは三姉妹の仲の良さとセクシーな可愛さで大人気だった。

 

 

「まったく、ララさんってば料理運ぶの忘れてるじゃないの」

 

そして、クリスマスバイトといえばこの人、ミニスカサンタ(うささ耳仕様)の古手川唯である。唯は今年もツーピースのサンタコスチュームを着て例年通りバイトしていた。

 

去年よりも際どさが倍増したコスチュームは、豊か過ぎる谷間はおろか、膨らみの上半分まで見えてしまっている。気になって胸元の位置を調整するも唯の豊満な胸は一向に隠れない。あれこれ試行錯誤したが、唯は半ば諦めてしまっていた。

 

「ああもう!さっきから忙しすぎでしょ!服も動くとすぐにズレちゃうし…っ!」

 

更にスカートの丈も膝上30センチとかなり際どいものだった。

 

ほんの少し屈んだだけで、下着が丸見えとなってしまう短すぎるマイクロミニスカート。これに唯は試行錯誤の末に黒ストを採用。下着の露出だけは防備していた。

 

「古手川さんってば、何をふてくされるんですかねー?相変わらずエロい太ももしてますかねー」

 

同じサンタコスチュームの新井紗弥香がニヤリと笑った。

明るい髪色とはつらつと輝く瞳、飛び跳ねるような可愛さは正に女子高生――しかし、浮かべている笑みはエロい中年親父のそれだったが。

 

「新井さん…貴方はさっきから私のところばっかり来てますけど、仕事してるんですか」

「んー?私ってばめちゃめちゃ仕事してますかねー?」

「それを今、私が訊いたんです!」

 

バンッ!とテーブルに叩きつけるように配膳しながら、唯は文句を続けた。ちなみに乱暴に料理を出された方の客は恍惚とした笑みを浮かべている。少し崩れた料理もご褒美でしかなかった

 

「…新井さん。次から次へとお客さんが来るから、私も貴方も話してる暇はないはずですよね?」

「黒ストってのが逆に太ももをツヤツヤさせてエロいですよねー。流石、エロを追求し続ける痴女川(・・・)さんですかねー」

「誰が痴女川ですか!古手川(・・・)です!話を聞きなさい!」

「えー?なんですかねー?」

 

今までは敢えて視線を合わせていなかった唯が、キッと紗弥香を睨みつけた。

「キャー!こっわーい!人斬りの目をしてますかねー!」とワザとらしく怯える紗弥香にますます唯の柳眉が上げる

 

「オーダーも次々来て、お客さんもひっきりなしに来て、ちゃんと動かないと皆が困るんですから!貴方も真面目に仕事して下さい!」

「私だってちゃんと働いてますよー?忙しいから古手川さんが見てないだけで」

「それなら私の邪魔をしないで下さい!」

「それにあんまりコーフンしちゃうとぉ、また(・・)パンツ見えちゃいますよー?」

「っ!」

 

瞬時に赤くなった唯はスカートの裾をバッと押さえつけた。

短すぎるスカートは白いふわふわの裾がやたらヒラヒラして、油断をすると中身が見えてしまいそうになる。黒ストで防備はしていても、唯は非常に落ち着かなかった。

 

「こんなハレンチな衣装…っ!用意したのは貴方でしょ!?」

「そうです。犯人はこの私、新井紗弥香が用意しました。気に入りましたかねー?キャー!パチパチパチ!!」

「褒めてませんッッ!!!!歩く時もスカートに余計な気を使うから動きにく…――ちょっと待って、新井さんあなた、また(・・)って言わなかった?」

「拍手してましたかねー?」

「さっきよ!さっき!その前!」

「言いましたかねー?ああ、そういえば言いましたねー」

「も、もしかして私のパン………下着、見えてたの?」

「古手川さんの純白パンツなら、私、もう何度も見ちゃいました。むしろ見飽きたくらいですねーやっぱり痴女ですかねー?」

「!!!??」

 

唯は赤くなったまま絶句した。

 

「白パンなのに黒ストで隠せてると思っちゃうところが、古手川さんのカワイーところですかねー、まぬけなパンチラサンタさん…キャッ♡」

 

トレイで口元を隠し、ミニスカサンタの紗弥香が目を細めて笑っている。乙女のように可憐な微笑みだが、言っていることは案外黒い。

 

「あと、私が古手川さんにちょっかい出してたのは先輩に『さり気なくフォローするように』って頼まれたからですよー?私の仕事増やさないでほしいですかねー」

「すみませーん!注文したいんですけどー」

「はいはーい!ただいまー!」

 

真っ赤な顔で恥ずかしさにぷるぷる震えだした唯を放置し、紗弥香は去っていった。

 

涙目で見送る唯が見たものは、ヒラヒラ揺れるスカートとチラッと見える"カラフルな毛糸パンツ"……いわゆる"見せパン"。女の唯が見て、それはいやらしい感じはない。

 

しかし、黒ストの透けパンは―――

 

「どったの?唯っち、固まっちゃって」

「……ふぇっ、りしゃ…」

「うん?一体どうしたってのよ、泣きそうな顔しちゃって…手かどっかぶつけちゃった?」

 

もう一人のミニスカサンタ、籾岡里紗が声をかけた。普段は不真面目な学生だが、意外に仕事は真面目にこなしている。唯は知ることはなかったが、一番仕事をしているのは彼女だったりもする。

 

「っく…、り、りしゃもはいてるの…?」

「あん?何の話?」

「毛糸の、その、ぱぱん…」

「ああ、毛糸パンツのこと?下に穿いてるわよ?流石にこれは短すぎだしねー」

「…ふえっ……」

「笛?」

「びえええええん!私も毛糸パンツほしいいぃいいいいい!!」

「え!?なになに、イキナリなによ?!」

 

―――唯はこの冬、里紗と毛糸パンツを買い行くことが決まった。

 

 

一方、その頃―――

 

 

「なんで俺がこんな目に……!」

 

秋人はひたすら皿を洗っていた。

洗っても洗っても、洗った先から汚れた皿に戻ってまた増える。ついさっき洗い終えた皿の山たちも、すぐさま汚れた皿の山と変わっていた。

 

「ホントに終りがあるのか!?この作業…!」

 

秋人は流し場の水桶の中に皿を放り込み、ただひたすら皿を洗っていた。軽く汚れを落として、皿洗い用のスポンジでゴシゴシと洗う。

 

これを何も考えられなくなるまで繰り返し、繰り返し繰り返し、繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し……やったのか!?光が、広がって―――

 

「アキト、ちょっと味見して貰える?はい、あーん」

「………んぐ、あつっ!ほふほふほひほふ!」

 

覚醒寸前だった洗い場担当、秋人の口に出来上がったばかりの品が放り込まれた。箸で摘んだ先にあった品は『鳥の唐揚げ』。一般的な家庭料理だが、店のメニューにはなかった品である。

 

「味の方はどうかしら?」

「…ウマい!普通にウマいと思う。内なる唯も『唐揚げコロコロおいしいな』って微妙なコメントしてる」

「そう?フフッ、それなら良かったわ。では、これもメニューに入れようかしら」

 

そう言ってセフィはころころと笑った。

 

「アキト、そこに置いてある料理はつまみ食い用ですから好きに食べなさいね?」

「イヤッフゥウウウ!!」

 

先程から様々な形でサポートしてくれているセフィに秋人は気づいていないが、(セフィ)は満足そうである。政務に多忙な母は息子とのレクリエーションを思う存分楽しんでいた。

 

「セフィさん!追加オーダーです、お願いします」

「あらあら、皆さんホントによく食べるわね。了解よ」

 

二人がいるキッチンへ舞い込むのは洗い物だけでなく、当然ながら料理の方も追加オーダーが山のように届けられる。その全てをセフィは一人でこなしていた。

 

焼きもの、揚げもの、蒸しもの――全てが同時に進められ、料理は味も見栄えも完璧なものである。一体なぜ彼女がココでバイトしているかなど、訊くだけ野暮である。

 

 

銀河一の美女・美少女が働くこの店では

 

「料理が上がったわ、お願いね」

「「「「はーい!」」」」

 

セフィが作り!!

 

「お待たせしましたご主人さま、手作りハンバーグですよ(ニコリ)」

「ケッ、モモのヤツぶりっ子ばっかりしやがって…」

「ナナちゃーん!こっち、この料理を運んでお願いっ!私、いま動けないから…」

「えっ!?アタシかっ!?よく分かんないけど、アタシに任せとけ!!」

 

バニーさんズが運び!!

 

「えヘヘーお願い、お兄ちゃん」

「うおぉおおお!やってやる!やってやるぞ!落ちろぉおお!」

 

秋人が洗う!!

 

 

――という伝説の黄金ラインが出来上がっていた。

 

 

「そして、唐揚げに喜んだはいいものの…洗い物で両手塞がってるから食えないな」

「それならお母さんが食べさせてあげるわ。食べたくなったら声をかけてね」

 

手元から一瞬目を離して、セフィはやんわり微笑んだ。

 

「食う時には『かあちゃーん』って呼べってのか?それはそれで恥ずかしいな…」

「あらあら、照れ屋さんね、アキトは…キッチンはお母さんしか居ないでしょう?誰も聞いてないわ」

「むぬぬ…!しかし、誰か来る可能性もあるわけで…でも腹は減ったし、美味いものは食いたい、だが洗い物は手を止めたらすぐに溜まるし……だがしかし!!」

「秋人さん、これもお願いします――何を悩んでるんですか?」

「おおっ?」

 

唸っている秋人に一人のメイドが声をかけた。

 

「よろしければ、メイドの美柑がお手伝いしますよ?」

「おお、サンキュな…って珍しくテンション高いな、美柑」

「ふふ、この服って戦闘服って感じで…捗りまくりです」

 

ぶいっとピースサインを作るメイドの美柑。弾けるような笑顔の上でうさ耳が揺れている。

 

美柑が着ているのはミニスカートにフリルの付いたエプロン、リボンで装飾されていて全体的に華やかな印象を与えるメイド服。胸元が強調されたデザインは彼女のスタイルの良さを最大限にアピールしている。セットになっている白いオーバーニーソックスも美柑の脚を美しく飾っていた。

 

「美柑さんや…手を使わずに食べるにはどうすればいいだろうか」

「手を使わずに…ですか?」

「これはもう口だけで行くしか方法が…っ!」

「犬みたいになりますね、それはちょっと止めたほうが…他の方法、うーん」

 

年齢の割に落ちついた雰囲気の"うさ耳メイド少女"、美柑が小首を傾げた。指で唇を押し上げる仕草が何とも言えず愛らしい

 

「やっぱり、誰かに食べさせてもらうのが手っ取り早いと思いますけど…」

「やっぱそれしかないのか…――はっ、つまみ食い用の料理は作戦か…!?」

 

秋人の背後でセフィがニヤリと黒い笑みを浮かべた。セフィは先程から"息子(秋人)に甘えられる"というシチュエーションを故意に作り続けている。

 

そう、唐揚げはセフィが秋人を餌付けするという目的の他に、お皿を下げてきたララや春菜が秋人へ食べさせることでイチャイチャへの心理的ハードルを下げる――という作戦があったのだ

 

「それにしてもどうしたんですか?いきなり」

「実はな、かくかくしかじかうまうま」

「なるほど、ここの唐揚げって"まかない"だったんですね。」

「ああ、いつでも食べていいらしいぞ」

「では、美味しそうなので遠慮なく」

「あっ!」

 

小さめの唐揚げを一つ摘むと、美柑はなんだか見せつけるようにもぐもぐ咀嚼する。

 

悪戯な笑みから驚き、そして歓喜へと美柑の表情が目まぐるしく変わる。そうして、白い喉を反らし「ん~っ!」と悩ましげな声で啼くと

 

「おいしいっ!これってば、すっっごい美味しいやつですよ!」

「お、おお…」

「すごいです!から揚げは私も得意料理だったんですけど…異次元の美味しさでした」

「…俺は普通にウマいとしか言えなかったが……完璧な食レポを見せつけられてしまった」

「配膳する他のお料理もきれいだし、どこの三ツ星料理店かと思ってましたけど…まさかこんなに美味しいなんて…」

「…聞いてたら、なんかすっごい腹へってきた…美柑、俺にそれを食べさ…」

「あのっ!セフィさん!」

「?なにかしら」

「すっごい美味しいです!よかったらコツを教えてください!」

 

主婦の血が騒いだのか、興奮気味の美柑がセフィを羨望の眼差しで見つめている。珍しくきょとんとするセフィは"あてが外れた"といった表情だ。

 

「勿論いいですよ。美柑さんにはララたちがお世話になっていますもの」

「やったっ!ありがとうございます!」

 

ガッツポーズをする美柑に微笑みで答え、セフィたちは料理について熱いトークを始めてしまった。

 

あれこれ質問する美柑にセフィは料理を作りながら丁寧に答え、まるで本当の親と娘のような雰囲気になっている。まあ、ハッキリ言って秋人が簡単に入れ込めるものではなかった。

 

ぐぅ~

 

「……洗い物します……」

 

暗い瞳の洗い場担当、秋人は流し場の水桶の中に皿を放り込み、ただひたすら皿を洗いはじめた。軽く汚れを落として、皿洗い用のスポンジでゴシゴシと洗う。

 

これを何も考えられなくなるまで繰り返し、繰り返し繰り返し、繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し………落ちろっ!この汚れめっ!…分かるまい!この泡を通して出る力が!

 

 

***

 

 

「ね、ね、ヤミおねえちゃん!私、やっぱりメイド姿が一番好みかも♪」

「…メア、変身(トランス)で服をころころ変えるのはやめなさい」

 

メイドのヤミがテーブルを拭きながら冷たく告げた。冷たいと区別がつくところが昔と大きく変わったところである。

 

「えー、だって面白いんだもーん♪それに私ってば遊撃隊でしょ?」

「…初めて聞きましたが」

「バニーはナナちゃんたちデビルーク組、サンタはハレンチ先輩たち二年生組、メイドはヤミお姉ちゃんと美柑ちゃんと、センパイの妹の三人組でしょ?」

「…なるほど、メアは変身(トランス)でどこの組にも入れるワケですか」

 

テーブルを片付けながら、ヤミは妹へチラリと視線を向けた。メイドのメアがくるりと回ってスカートを翻している。楽しげに回り続けるメアの姿は、ヤミから見ても天使か妖精が踊っているようにみえた。

 

「くるくるくるくるくる~♪」

「…目が回りますよ」

 

どこで話を聞きつけたのか、飛び入り参戦となったメアはこうしてはしゃぐばかりだが、誰にも咎められることはなかった。メア甘やかされる末っ子気質なのである。

 

「それよりメア、気づいていますか?店の周囲を覆う妙な気配に…」

「んー、キッチンの方から妙な気配がするけど?」

「…それは十中八九、アキトでしょう。皿洗いしすぎて悟ったとか"にゅーたいぷ"など言ってましたし…それではなく、外の方です。」

「んー……そうだねーいっぱい居るねー♪」

 

沢山のお菓子を前にした時のようにメアは楽しげに笑った。

 

「…ちょっと面倒なので、メアも手伝って下さい」

「りょーかいっ♪」

 

テーブルを片付け終えたヤミにメアはおどけて敬礼してみせる。しかし、それも一瞬の事、次なる興味を見つけたメアは窓の外へと目を向けた――月が見えている。白い月光が街へ降り注いでいた。

 

「わー!眩しいー♪お月さまだよ、ヤミお姉ちゃん」

「…ええ、キレイですね」

 

落ち着きのない妹の姿にヤミはフッと口元を綻ばせると、そのままキッチンへ去っていった。秋人にそれとなく注意しておく事と、ただ単に会いたいに行ったのだ。

 

 

「んー明るすぎるから、わたしは満月より三日月のほうが好きかなぁー♪」

 

一人、夜空を見上げるメアの眇めた瞳には妖しい輝きが宿っていた。

 

 

 

 

つづく

 




感想・評価をお願い致します。

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2018/01/08 一部改訂

2018/01/11 一部改訂

2018/01/12 一部改訂




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R.B.D特別小話 『金色さんの心休まらない休日-後編-』

2

 

 

ちょうどその時、彼女は厨房に居た。

 

緊張した表情で抜き足、差し足、忍び足…――秋人の背後に忍び寄る。

 

(ふふ…気づいてない気づいてない)

 

口元に浮かぶのは暗殺者じみた静かな微笑み。頭の上では長いうさ耳が油断を誘うように揺れている。白黒のメイド服も彼女の清楚な雰囲気とマッチしていて見惚れる程に愛らしい。

 

(もうちょっと…あと少し…)

 

標的に近づくにつれ、少女の瞳が三日月のように細められる。静かな微笑みをたたえる唇は今は悪戯なものへ変わっていた。

 

うさ耳メイドは最後にぴょん、と飛び寄って

 

「わっ!…えへへ、お疲れさま」

「!春菜………………びっくりしただろ」

 

突然両肩を掴まれた秋人は一瞬硬直したものの、大して驚いてなかった。予想していたものと違う反応に春菜の方が目をぱちくりさせる

 

「あのなぁ春菜、いきなり驚かされると俺もリトみたいに転んで、アレやコレやな状態にしてしまいますよ」

「えと、あはは…ごめんね」

「まったく、お気をつけ下さいっての春菜さん」

 

困った顔で笑う春菜を見つめながら、皿洗いを続ける秋人。丁寧な語り口だが、妹の艶姿を観察し続ける目は血走っている。

 

「あの、えと、お兄ちゃん?そんなに見つめられるとちょっと、その…」

「だが断る」

 

恥じらいながら背中へ隠れる可憐な仕草に、変態の兄はまじまじ見入ってしまう。接客で耐性のついた春菜でも大好きな兄に見つめられると流石に恥ずかしい

 

「……どうして着替えてすぐ見せに来なかったのだ……!」

「えっ?」

「俺が何の為にココで、こうして、黙々と皿洗いをしてると思っている…ッ!」

「ご、ごめんね…?」

「まったく……似合う、似合うぞ春菜。似合いすぎだ春菜!これはもう犯罪だろッ!?」

「へ、ヘンな褒め方をしないでよ、もう……そんなに似合ってるの?」

 

頬を染めながらスカートの裾をつまむ春菜。それから秋人へ披露する為に、クルッと回ってみせた。

 

ふわっ

 

ギリギリの角度でスカートが翻る。その下に隠された下着を見せることなく、健康的な太ももが白い光を浴びて輝いた。

 

「ハラショー!!!素晴らしい!!!」

 

妹バカの秋人は拳を握りしめて感動した。寸分の狂いもなく春菜の身体にフィットしているメイド服は清楚な容姿と雰囲気を見事に飾っていた。

 

「これならノーベルメイド賞も取れるぞ!今すぐ記者会見を開こう!」

「おっ、お兄ちゃん落ち着いてってば!でも、まあ、褒めてもらえると嬉しいかも…ふふ」

 

照れながらも健気な妹は微笑んでいる。まんざらでもないらしい。

 

「そういえばお兄ちゃん、ここにある料理ってどこに運ぶの?」

 

洗い場のすぐ横に並ぶ料理を指差しながら、メイド少女は首を傾げる。ビッフェ形式のように並んでいる料理はお客に出すものと何の遜色もなかった。

 

「ん?春菜も気になるのか、これは店の誰でも食べていいやつだぞ」

「えっ、私たちも?」

「ああ、そうだぞ。腹へったら適当に食っていいらしい」

「わあ、役得だね。お兄ちゃんはもう食べた?」

「まだ……食えていない……洗い物……いっぱい……だから……」

「そんなに悲しげに言わなくても…」

 

がっくり項垂れる兄に春菜は苦笑い。そして、名案を閃いてしまう

 

『後ろから近づいてお兄ちゃんビックリドッキリ大作戦』は失敗に終わったが、並んでいる料理を使えば汚名返上(?)できるかもしれない――

 

(食べ物で釣ればお兄ちゃんはカンタンだよね?里沙と仲良くゲームしてたお仕置きもしたいし…)

 

里沙と秋人が遊んでいたのは春菜が原因なのだが、それはそれコレはコレ。

 

こうして、『食べたいのに食べさせてもらえないお兄ちゃんかわいそう(;_;大作戦』(※命名:西蓮寺春菜)は実行へ移された。

 

「ね、お兄ちゃん」

「ん?」

 

紫青の髪を揺らし踊らせて、メイド少女がそっと微笑む。そのまま秋人に甘えるように近づき、肩へ寄り添った。突然のことに秋人も動揺しているが、春菜はもっとドキドキしている

 

頬を紅潮させたメイド少女は、耳元へ艶やかな唇を近づけて……

 

「…たっ、食べさせてあげよっか?」

 

どもってしまった。

 

「ホントですか春菜さんッッ!!!」

「え、えーっと…」

 

恥ずかしい自爆に真っ赤になっている春菜をよそに、秋人は目を輝かせている。普段ならすかさずツッコんでくるところだったが…

 

「ホントなんですよね!?期待してて良いんですよね!?」

「え、えー……は、はい」

「それは助かります!ぜひお願いします!」

「お兄ちゃん、そんなに食べたかったの?」

 

問いかける春菜に無言でこくこく頷く秋人。目元には薄っすら涙さえ浮かべている。

 

(か、かわいい…)

 

兄の可愛い表情にメイド少女は困ったように眉を寄せた。あまりの衝撃に、手を当てた口元にだらしない笑みが浮かぶ。

 

「でっでも、ダメだよ、お仕事が終わったらみんなでパーティーなんだから…お兄ちゃんはすぐに食べ過ぎちゃうし…やっぱりダメ」

「…。(´・ω・`)」

「そ、そんな可愛い顔をしてもダメです」

「…ウッ(´;ω;`)」

「っ!わかったから!食べさせてあげるからキラキラした目をしないで下さい!」

 

兄の表情にクラクラしたのか、メイド少女は両手で顔を覆ってしまった。作戦失敗。

 

「…もう、一つだけだからね?一つしかあげないんだから、絶対だよ?」

「それはフリということですな、春菜さん」

「違います」

 

観念した春菜はふうっと息を整えて、並べられた料理を見渡した。唐揚げ、串焼き、春巻き――忙しい皆に配慮されてか、指で摘めるものばかり。しかも、どの品も料理好きの春菜が見て一級品である。ぜひ作り方が知りたいところだが…

 

「オホン、ではご主人さま(・・・・・)、こちらでよろしいですか?」

「おおっ!春菜が中身までメイドさんじゃないか」

「まあ、折角だし……ダメだった?」

「うむ!くるしゅうないぞ!」

「お兄ちゃん、それじゃ"お殿さま"だよ。はい、あ~ん」

 

逡巡していた春菜は美しい"春巻き"を一つとり、秋人へ向けて差し出した。春菜にとってコレ(・・)は何度か経験済みの行為、大きな恥ずかしさはなかった。

 

「はふっ、はふはふはひふ!…ム!これはウマい!」

「ふふ、良かったね」

 

待ってましたと言わんばかりに食いつく秋人。嬉しそうに見守る春菜。家庭的なメイド少女は美味しそうに食べる兄が好きだ

 

「これは…外はパリパリ中はジューシー、まるで春風の中でお弁当の蓋を開けた時のような、そんな興奮が俺の身を包み、全身を喜びが駆け抜けている」

「? それって、春巻きの感想?」

「勿論、そうですが…」

「そんな難しいこと言わなくても、美味しいって分かったよ?」

「お、おう、そうだな」

 

唯が言えっていうから…、と兄は何やら落ち込んでいる。不思議そうに見守りながら、春菜は指先に残る食べかけを口にした

 

「――うん、ホントに美味しいね」

「春菜が食べさせてくれて美味しさ激増だったな!…もう一個良いですか」

「ありがと、お兄ちゃん。おだてても一個だけですからね」

「!異議あり!!俺は一個も食べてないぞ!?半分だけだし、残りは春菜が食べちゃったし」

「確かにそうだけど………あっ」

 

間接キス、そんな言葉が春菜の脳裏を一瞬よぎった。普段からよくやっている事とはいえ、ココはウチじゃなくて、確か厨房にはセフィさんも居たはずで……み、見られちゃったかも……

 

「ん?おーい、どうした春菜……………。」

 

急に押し黙ってしまったメイド少女はもじもじと俯き、頬を染めては辺りを見回している。

 

春菜のちょっと恥ずかしそうな、困っているような、それでいて嬉しそうな微笑み。時折、秋人の様子を窺うように上目で見つめてくる。見るもの全てを虜にするレジェンド級の可愛さに秋人は一瞬で目を奪われた。

 

甘い空気は変わらずとも沈黙する二人。

 

停滞した時間を動かしたのは、春菜の妹兼秋人の娘である所の殺し屋の声であった。

 

「…アキト、ちょっといいです………なにしてるんですか」

 

ビクッと声の方を振り向く二人。入り口に立ち竦んで、ヤミが不審げに見つめている。

 

「「おっ、おかえり」」

 

響き渡るぎこちないユニゾンに殺し屋は

 

「…ここはウチではありません」

 

と、冷たく返した。

 

 

3

 

 

「…では、話は終わりますが」

 

「は、はい…」

「長かった……春菜の説教グセがうつったんじゃないのか…」

「そ、そんなことないよ……?たぶん」

 

威圧感満載だったお説教が終わり、二人は胸を撫で下ろした。秋人はコキコキと固まった首を鳴らし、メイドの春菜もしれっとお茶の準備を始めている。

 

「…。」

 

ヤミの形の良い眉がくいっと上がった。

 

「…あまり反省の色が見えませんね…?」

「「そっ、そんなことないです!」」

 

ユニゾン。

 

ジト目のヤミ。

 

「……本当ですか?」

「「はっ、はい!」」

 

破壊光線のような視線を受けて、兄妹たちはかしこまったように身を縮めている。一応、反省はしているらしい

 

「…まあ、今後このようなことがないように、イチャコラも場所はわきまえて下さい。」

「はい………、イチャコラってヤミちゃん…」

「アキトの方は反省として一時間に一度、私の頭を撫でて下さい。」

「お、多すぎだろ…って睨むなよ!イヤとは言ってないだろ」

 

秋人が頭へ手を伸ばすとヤミの硬い頬はすぐさま緩んだ。膝上でくつろぐ猫のように気持ちよさそうに目を細めている。説教は布石で初めからコレを言い出したかったのはヤミの秘密だ

 

「ほわ……そうです。話があったのでした」

「ん?今、ほわって言わなかったか?」

「…コホン、なんでもありません。手は止めないように」

「へいへい」

「美柑たちには内密にして欲しいのですが……ココは敵に囲まれています」

「あん?敵?」

「ええ、普段ならあり得ない数の敵です。中には手強そうなのも何人か……性悪女の差し金かもしれません」

 

ヤミがちらっと視線を向けると、セフィは微笑を浮かべたまま料理に励んでいる。特に慌てている様子もない

 

「あら、どうかしましたか?金色の闇」

「クィーン、外の敵について貴方は何か知っているのではないですか?」

「まあ、外に敵がいるなんて…今知りましたわ。一体どこのどなたでしょうか」

 

敵の気配は数百以上。軍のような規模の敵に狙われるのはヤミのような殺し屋ではなく、ララやモモといったプリンセス、もしくはデビルークの実権を握っているセフィ以外にあり得ない。セフィは微笑みを崩さず、首を傾げているが……

 

「…本当に知らないのですか?クィーン」

「ええ、外の敵について詳しいことは分かりませんわ」

「…分かりました。」

 

ヤミはしぶしぶ納得した。性悪(セフィ)と腹の探り合いに時間を割き、敵に攻め込まれては本末転倒だ

 

「それではアキト、私は―」

「金色の闇、貴方が警戒するほどに外は危険なのでしょう?決して出てはいけませんよ(・・・・・・・・・)?」

「…つまり、黙って見ていても問題ない、ということですか」

「――きっと、すぐにザスティンたちが助けに来ます。それまでは全員お店から出ない方がいいでしょう」

「…貴方の事ですから、何か手を打ってるのでしょうが…数が数です。もしもの場合もありますので、私は打って出ます」

 

ヤミは会話しているセフィではなく、秋人へ向けて言い放つ。黙って見守る秋人もヤミの決意が固いことは知っていた。お互いが考えていることは目を見るだけで分かっていた。

 

「ふーん…まあ頑張ってこい、転ぶなよ?」

「…それだけですか」

「それだけですな」

「…。」

 

ヤミは呆れたように秋人を見上げた。

 

「アキト…もしうっかり敵に襲撃されたら、死ぬ気で避けて下さい。」

「死ぬ気でって…それだけかよ」

「…それだけです」

「…。」

 

呆れている秋人にヤミはニヤリと笑った。

 

「春菜、貴方が狙われることはないと思いますので…心配しないで下さい」

 

無事にリベンジを済ませたヤミは春菜に水を向ける。怖がりの春菜は敵の話をした途端、深刻な表情で固まっていた。

 

「ヤミちゃん、私…」

「大丈夫です、心配はいりません。アキトにああ(・・)言いましたが、店の中が襲われることは…」

「ヤミちゃん、私…コンロの元栓締めたかな?急に心配になってきちゃって…」

「…心配なのはそちらですか…春菜も大概ですね」

 

ちゃんと締めてありましたよ、と投げやりに答えながらヤミは肩を落す。兄の秋人に慣らされたおかげなのか、それとも元殺し屋の自分のせいか、春菜は妙なところで肝が座っている。なんだか色々気を回している自分が馬鹿らしくなってきた

 

「…では、ちょっと行ってきます」

「うむ、がんばってこい。…足元には気をつけるんだぞ」

「気をつけてね、ヤミちゃん。転んでケガとかしちゃダメだよ?」

「貴方達はどれだけ私が転ぶと思ってるんですか!転びませんよ!」

 

怒鳴り声にびっくりした春菜は逃げるように走り去り、一緒に逃げようとした秋人は金色の大腕からは逃げられなかった。

 

 

3

 

 

「…このあたりが良いでしょうか」

 

大切な二人に見送られたヤミは一人、誰もいない廊下へ向かう。メアにも協力を頼んでいたが、できれば大事な妹を巻き込みたくなかった。

 

「…まったく、あの二人には困ったものです。緊張感がないのも考えものです」

 

ぶつぶつ言いながらも、ヤミは自分の身体から余計な気負いや強張りが消えていることに気づいていた。二人に励ましとも言えない励ましを受け、全身にいつも以上の気力とパワーが漲っている。ダークネス化した時以上に瞬間の鋭さを感じる。

 

「…今ならダークネスに頼らずとも対処できるでしょうが……素直に感謝できませんね」

 

窓から差し込む月光を浴びながら、ヤミは溜息をついた。不満げな表情のまま窓の縁へと足をかける。月の浮かぶ夜が、ヤミに以前の凄惨な過去を思い出させるが…

 

ビュゥ――

 

舞い込んできた風に一瞬、ヤミは目を細める。

 

風の中、微かに感じる危険の香り。嗅ぎ慣れていた戦場の香り……

 

――もとより負ける気はサラサラありませんが…今は敵が数千いようとも負ける気はしません

 

「…それにしても、殺し屋の私が転ぶはずがないでしょうに………ふっ!」

 

開け放った窓から一気に跳躍。風の中で金色の髪とスカートが踊る、夜の闇と月の光が彼女を美しき金色の死神へ変える。

 

 

"金色の闇"はたった一人で暗闇の戦場へ飛び出した。

 

――大切なものを護るために。

 

 

「ヤミお姉ちゃん♪遅いよー、敵ならもう全滅しちゃったよ?」

 

ドサッ

 

「あ。顔面からいったね、痛そう」

「ククク、あの"金色の闇"の顔面ダイブが見れるとは……無様だな」

「んな!?ちょっ!メア!?ネメシス!?」

 

ヤミが地面から顔をあげると、メアとネメシスの二人が黒い塊(・・・)を背後に笑っていた。

 

「来るのが遅すぎだぞ、金色。あまりにも遅すぎて敵も眠ってしまったようだ」

「っ!?これは一体どういうことですか!?」

「んー?どういうことって…」

「我々はちょっとしたゲームを楽しんでいただけだが?」

 

黒く、大きな塊は人の山――気絶した敵兵たちが積み重ねられたものだった。巨大すぎて周囲の建物より高くそびえ立っている。

 

「ゲーム…?メア、ネメシス、貴方達がやったのですか」

「それは俺から説明しよう、"金色の闇"」

「…貴方も居たのですか」

 

影から現れた長身の男――その名はクロ。"クロ"の名前通り、全身黒ずくめの殺し屋である。金色の闇とは因縁浅からぬ同業者だった。

 

「コイツらは武装組織ソルゲムの連中だ。デビルークの王妃を狙って来たらしい」

「やはりそうでしたか…」

「ソレを俺たちで潰した。全ては俺と生体兵器の共演、"死神のいる悪夢"(デス・イン・ザ・ナイトメア)というワケだ」

「デスイン…?何かの武器の名前ですか?」

"死神のいる悪夢"(デス・イン・ザ・ナイトメア)だ」

「…さっぱり分かりません」

 

激しい厨二病を患うクロは殺し屋としては最強クラスでも、会話を成り立たせるのは難しい。

 

「えっとね、ヤミお姉ちゃん、つまりねー♪」

「我々三人の分担作業ということだ。金色」

 

変身(トランス)姉妹は片手を上げてハイタッチ。無邪気な姿だが、山にされた敵の前で喜ぶ様子は異様である。

 

「フッ…分担作業か…確かにそうとも言える」

「むしろそうとしか言えないでしょ♪死にたいの?」

「メアがサイコダイブで奴らの身体を一斉ジャックし、クロの電撃で気絶させる。そして私は倒れた敵をワープゲートで回収し、テトリスしていたワケだ。コイツらは自分がどうなったかなど理解するヒマもなかっただろうよ」

 

わかったか?金色のドジめ、と顎をしゃくり上げながらネメシスが付け加えた。軽くムカつくヤミが目を向ければ、敵はブロックのように折り重ねられている。ネメシスなりのこだわりらしい

 

「という事は、私のでば…敵の脅威はなくなったワケですか」

「ああ、そういう事になるな。不服か?」

「いえ、面倒事に巻き込まれずに済みましたので……感謝します」

「んふふー、どういたしまして♪」

「フッ…」

「くくっ…まさかメイドの金色に礼を言われる日が来るとはな」

 

素直に頭を下げるヤミにメアたちは照れくさそうに笑った。クロでさえ柔らかい眼差しをヤミに向けている。

 

「へぇ、ずいぶんあっさり片付いたんだな」

「…アキト」

 

ヤミが声に振り向くと、串焼きとお茶のカップを片手に秋人が笑っていた。こっそり抜け出してついて来ていたようだ

 

「アキト……貴方はこうなると知っていたのですか?」

「まあな、前もってセフィに聞いてたし。」

 

彩南町(ココ)に来る前にわざと情報を流し、敵を集めたのは計略王妃のセフィだ。セフィ自身が囮となり、予め周りに精鋭を潜ませておけば敵は一網打尽。しかもセフィはアキトや愛娘たちと触れ合うことも出来るという――一石二鳥の計画だったのである。

 

「……あんの性悪王妃……」

「まあまあ抑えろっての、ネメシスに頼んでたのは俺だぞ。…クロも協力してたのは知らなかったけどな」

「フッ…マンガを返すついでで受けた依頼だ。それより、とても面白い作品だな…ダリフラは」

「そうだな、俺はイチゴが好きだぞ」

「フッ、冷めた感じのハルナか」

「イヤな表現をするんじゃないっての」

「…クロと会話を成立させるなんて……」

 

ヤミは改めて目を丸くして驚いた。秋人がクロと漫画の貸し借りするほど親しい事にもびっくりだが、会話が成り立っている事にも驚いている。

 

「ねぇねぇ、せんぱい♪私も頑張ったよ…報酬は?」

「へいへい」

「♥」

 

固まっているヤミの脇をすり抜け、メアが秋人の腕に擦り寄る。

秋人が手を伸ばすと、メアは猫のように背を伸ばし顎を上げる。ヤミは髪を撫でられるのが好きだが、メアは首から背中を撫でられるのが好きなのだ。

 

「あっ…ふぁ……」

「…メア?」

 

なんともいえない甘い声にヤミはハッとなった。メアの唇からネズミをいたぶる猫のような笑みが消えている。濡れた唇は噛まれ、今は快楽を堪えていた。

 

「あぁっ、んぅ…ふぅん…っ」

「…メア、何を……声がえっちぃですよ」

 

紅い唇から溢れる吐息も、反らした喉の白さもメアの全てが艶めかしい。

月明かりに濡れる黒い戦闘衣(バトルドレス)と生白い肌が美しく淫靡で、押し殺した囁きがいけないものを見ている気分にさせる。ヤミを見つめる瞳は羞恥心のせいか、それとも欲情のせいか、潤みきっていた。

 

「ひぁっ、あっ!しょ、しょうがないんだもん…ふぁっ!」

「…な、なぜですか」

「これっ、すっごくゾクゾクして…あっ!はぁうっ!!」

「………め、メア……?」

「こんな、外っ、んふぅっ!恥ずかし…やぁんっ!んんぅっ!」

「……………………………。」

「ああっ、だ、ダメっ!私もうっ、お姉ちゃんに見られながらイッ…んンン~~~っ!!!」

 

とうとうメアは我慢できなくなり、甘い絶叫を上げる。長い朱髪を揺らし、秋人の身体にしがみつく。すっかり腰砕けになったメアは腰を押し付けるようにして脚を震わせていた。

 

「あぅ……んっ…はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

獣のように荒い息をしながらメアは秋人に身を委ねている。焦点のあっていない潤んだ瞳、蕩けそうな恍惚の表情。普段の無邪気さとは別人のような淫らな痴態にヤミは言葉を失った。

 

「…………アキト……貴方は………」

 

言葉は失っていたが、ヤミは怒りの感情は失っていなかった。ゴゴゴ…と地鳴りが聞こえてきそうなほど怒り心頭、金色の髪が文字通り怒髪天を衝いている。

 

「俺はただ撫でていただけだぞ!不可抗力だ!」

「何が不可抗力ですか!貴方という男は……ッ!許せません!」

「どこもヘンなところは触ってなかっただろ!?」

「そういう問題ではありませんッ!」

 

ヤミは怒りながらメアへ視線を向ける。メアは秋人に身を委ねて、ぼうっと放心したままだ。ほんのり浮かべている笑みが堪らなく幸せそうで――ヤミは泣きそうになった。

 

「この浮気者っ!私の首や背中は撫でたことのないクセに!よくもメアのを触りましたね――!」

「怒るのはソコかよ!?」

「黙りなさい!今すぐぶん投げて地球を一周させてネメシスにぶつけてやります!」

「ククク…無関係な私を巻き添えにするとは、金色のサディストめ」

「暴力反対!そういうふうにすぐに力で訴えるのは良くないと思いまーす!」

「聞く耳もちません!!ええい、手慣れた感じだったのが余計に腹ただしい!」

「グハハハ!見つけたぜぇ…!!"金色の闇"!」

「これはとてつもないDVです!悪逆非道の行いです!娘であるこの私の前で、よりにもよって妹のメアに手を出すなど!手を出すべきは私でしょうに!!」

「お前は何を言ってるんだ」

 

怒りと涙でパニックになっているヤミは自分が何を言っているか分かっていない。ずるい、恨めしいとメアを見ながら文句を続ける

 

「アキト、貴方は有罪です!その行いは西連寺法に明らかに違反しています!」

「そんな法律を作った覚えはないっての」

「やい、"金色の闇"!貴様にかけられた懸賞金はすべてこのオレ様が…って聞いてんのか!?」

「しかも!五分に一回撫でるという約束さえもアキトは破っています!」

「増えたなおい…一時間に一回じゃなかったか?」

「貴方は娘の私が可愛くないんですか!?メアと私のどちらを娘にするんですか!?」

「やい!"金色の闇"ッ!!ムシするんじゃねえええええええええええ!!」

「ええい!うるさい!なんですか!」

 

振り向いた先にいたのは筋骨隆々の大男。

巨大なトゲ付き棍棒と銀のメタルアーマーを装備した異星人、ガチ・ムーチョという哀れな賞金稼ぎである。

 

「やっとコッチを見やがったか!オレ様は最強の賞金稼ぎ!てめえの命を貰いに来てやったぜ!」

「………は?」

 

身体と同じく声も大きな男に向かってヤミは小さく首をかしげた。その姿は幼い外見と白黒のメイド服も相まって一輪の花のように可憐である。

 

「しかしよ、金色の闇はもう少し大柄の女だと思ったが…とんだチビ女じゃねえか!ガハハハ!金色の闇ってのはお子さまだったのかよ!ガハハハ!」

「…。」

「はるばるマスール銀河から来たってのに、コレじゃ食いでがねえやな!ガタイもひょろくてちっとも楽しめそうにねえ!ガハハ!」

「…。」

「こんなガキを殺れば懸賞金が出るなんてよ!殺しの世界も甘くなったもんだぜ!ガハハハハハ!」

「…。」

「ガハハハハ!恐ろしくて声もでねえか!安心しろ!すぐにあの世に送って――」

「殺しますよ」

「エッ」

 

聞こえてきた声は息を呑むほど冷たく、生殺与奪のすべてを奪うものだった。

 

「今死ぬか、あとで死ぬか。選びなさい」

 

真っ暗な瞳、埴輪のような無表情で問いかけるヤミ。

月光のように煌めく長い金髪に宝石のような真紅の瞳、人域を逸脱した美貌の殺し屋――金色の闇が切っ先を向けている。

 

「えっ、えっ…?あの…」

 

目が点になったガチムーチョは冷や汗が止まらない。

これは殺気だ。全身を串刺しにするような濃密な殺気がヤミの身体から噴き出していた。勝てない。絶対に勝てない。肉塊にされる。こんなはずじゃ…

 

「さあ、早く選びなさい。私が笑っているうちに」

 

ヤミは全く笑ってない。氷のように冷たい目で見据えるのみである。

 

「えっと、そ、その…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!すみませんでした!」

「…選べないなら、私が選んであげましょう。今ここでしふぁあああぁあああんっ!」

 

男が全力で土下座した次の瞬間、悲鳴を上げたのはヤミだった。

 

「なっ、何をするんですかアキト!いきなり首を撫でるなんて!」

「五分に一回撫でろって言ってただろ?」

「そ、それはそうですが時と場合が…あっ、ふぁっ…!」

「それにだな、こんな見るからにやられ役なザコに本気出すんじゃありません」

「だ、だって…こら、急に指を……はぅん」

 

言葉では反抗してみても、ヤミは秋人の腕をしがみつくように抱きしめている。びくびくと背筋を震わせ、甘い喘ぎで悶ていた。

 

「んんっ…ふぅん…ぁ…んんんっ」

 

背筋を優しく撫でられると電気が走ったように気持ちいい。くすぐったさがそのまま快感に変わって、胸の奥で蝶が羽ばたく

 

「あっ…ふぁっ…あ、アキ…」

「で、分かったのか。こんなザコに本気だしたらダメだぞ?」

「ふぁっ…で、ですが…ふぅっ……んあっ…!」

「わかったな?」

「ひぅっ!?」

 

耳の中へ指が入り、ヤミは思わず驚きの声を上げる。見開かれた瞳に困惑顔の知らない男が映った。

 

「んふぁっ!み、見るなぁっ…!あふぁっ!これ以上見たらこ、殺しますよっ!」

「えっ、あの…」

「い、いいからはやく…っ!ああっ!ふぁんっ!」

 

男の視線に吐息を弾ませて抗議っぽく鼻を鳴らすヤミ。鼻にかかった喘ぎを漏らして細い肩を震わせている。涙混じりに訴える瞳に先程までの殺気は微塵もなかった。

 

「あぁっ!ひぁ…っ!わ、分かったらどこか遠くの星にイキ…あぁぁぁぁぁっっ!!」

「す、すみませんでしたぁああ!」

 

命拾いした大男は一目散に逃げて行ったが、快楽に目を伏せるヤミが見ることはなかった。脱力しきった身体が崩れ落ちる。金色の髪が宙をふわりと舞い、殺し屋メイドは秋人の胸へ倒れ込んだ

 

「パパの、ばかぁ………」

 

拗ねたような甘い囁きが暗闇の中へ溶けていった。

 

 

4

 

 

メアと同じプレイを堪能し、ヤミが秋人にひとしきり悪態をついた時。既に他の三人の姿はなかった。しんと静まる夜空に月が浮かぶのみである。

 

「メアはもう帰ったのですか?それに、敵の山も消えていますが」

「メアたちなら、ついさっき店に戻って行ったぞ。パーティの準備するってさ、敵もザスティンが回収していった」

「…私の話は」

「ちゃんと聞いてましたっての!見えてたんだよ!聞いてなかったわけじゃないっての!」

 

ジト目のヤミに慌てたように言い訳をする秋人。

説教第二弾が終わって安心している秋人に溜息をついて、ヤミはクールな口調で言い放った。

 

「まったく…アキトは調子に乗りすぎです。いつか痛い目をみますよ」

「ははは、まあ、その時は金色さんが助けてくれるはず!」

「また調子の良いことを…」

「なんだ、助けてくれないのか?」

「それは………助けますけど」

 

アキトに死なれては後々面倒ですから、と付け加えてそっぽを向く。そんなヤミらしい答えに笑いながら、秋人は小さな頭に手を置いた。

 

撫で梳くとブロンドの髪が指の間をサラサラとすり抜けてゆく、まるで絹のような触り心地だ。秋人がヤミに伝えることはなかったが、金色の髪は撫でていると心まで落ち着いてくる。

 

ヤミは日向ぼっこする猫のように大人しくなって

 

「…今夜の恥ずかしいことやえっちぃことは、ひとまず不問にしてあげます」

「ほとんどヤミの自爆だった気もするけどな」

 

俯きがちな金色頭を撫でながら、秋人が笑う。微かに漂う石鹸とリンスの香りが年頃の少女の甘い体臭と混じり合っていた。

 

ヤミが秋人に伝えることはなかったが、秋人も同じ石鹸の匂いがする――そして、それに気づくたびにヤミは胸がいっぱいになるのだ。

 

「はぁ……もう、どこにもお嫁にいけません……」

「どっから覚えたんだそのセリフ…そうなったら責任取ってやる」

「…えっ」

「まあ、ヤミは大丈夫だと思うけどな」

「そ、そそっそうですか」

 

ぽっと頬を染め、戸惑いの目を向けるヤミ。しかしすぐさま俯き、長い前髪で顔を隠した。照れくさいのか慌てて話題を変えてしまう

 

「と、ところで、今日のパーティーは楽しみですね。美柑たちと過ごすのも久しぶりです」

「ん?ああ、そうだな。帰ったらウチでもパーティーだしな…食べすぎるなよ?」

「それは私のセリフでしょう……アキトは人の言うことを聞きませんからね」

「それは俺のセリフだろ金色さん……あんだけ言ったのに、やっぱり転んだだろ」

「!み、見てたのですか!」

「まあな、顔面から行ってたろあれ。後ろからだったからよく見えなかったけど」

「あ、あれはその…っ!」

「俺も春菜も転ぶなって言ったのに…」

 

やれやれ、と肩をすくめる秋人にヤミは耳まで真っ赤になった。髪を振り乱し言い訳をする

 

「着地しただけです!スライディング!あれは実はスライディングなんです!」

「ふーん」

「くっ…!まさか見られていたなんて…一生の不覚です…!」

 

バレバレな言い訳に秋人がニヤニヤ笑っている。誂うような視線を受けて、ヤミはがっくり肩を落とした。ヤミがこんな風に子どもっぽい仕草を見せるのは秋人の前だけである

 

「ヤミって、一生の不覚が多いタイプだよな」

「どういう意味ですか!」

「何食わぬ顔で『アキト……貴方はこうなると知っていたのですか?』って訊かれた時は笑いを堪えるのが大変だったぞ――ぷっ!思い出したら笑いが…くくっ!」

「うわぁぁああああ!忘れなさい!忘れなさいアキト!」

「うおっ!?こらっ!揺するな!頭がバカになるだろ!あばばっ!?」

「それなら心配ありません!」

「どういう意味だゴラァ!あばばがが!?」

 

白く輝く月の下、二人は騒ぎ続ける。

月夜は、ヤミに心休まらなかった過去を思い起こさせるが…――今は、それも多くない。

 

「…アキト、いつまで冗談みたいな顔しているのですか。それではサンタも来ませんよ」

「けほっ!お前のせいだろ!――今なんて言った?」

「アキトがえっちぃ上に悪い子なのでサンタが来ない、と言いました。」

「微妙に内容変わったような…もしかして、サンタを信じてんのか?」

「ええ、勿論です。ちゃんとこの星の(・・・・)どこかにいますよ」

 

微笑みを浮かべたまま空を見上げるヤミに、秋人は曖昧に頬を掻く。ヤミの冗談なのか、それとも本気で言っているのか、秋人でさえ読み取れない。金色の少女は静かに、愛でるように夜空を眺めていた。

 

「でもな、ヤミだってそんな暴力ヒロインだとサンタにプレゼント貰えないぞ」

「…私はもう貰いましたから」

「なぬ?春菜のやつ…いつの間に」

 

首をひねっている秋人をチラと見ながら、ヤミは微笑みを深くする。思い違いをしている秋人がなんだか可笑しくて堪らなかった。この罪作りな少年が自分の心をしっかりと握っていることも、なんだか嬉しくて堪らなかった。自覚がないからこそ、この少年が愛おしいのだ。

 

――今はあの日々とは全てが違う。この街でアキトに出会って、春菜が、皆が私を気遣って暖かく迎え入れてくれた。

 

その日常を受け取れたことがヤミにとっては最高のプレゼント、心休まらない日々が最高に愛おしい。だから

 

「ほら、アキト、夜はまだこれからですよ」

 

そう言って、ヤミは愛らしい笑顔を向けたのだった。

 

 

                                       【END】

 




ヤミの日常編終了、お読み頂きありがとうございました。

感想、評価をお願い致します。

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2018/02/05 一部改訂

2018/03/15 一部改訂

2018/03/16 一部改訂





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R.B.D番外編 「きんいろデート」

 

 

――それは、確かに”デート”だった。

 

 

 

「…遊園地、ですか?」

 

 

 

朝食のタコさんウィンナーを咥えながら、ヤミは首をかしげる。

 

 

「うん、遊園地。彩南に新しくできたんだって」

 

「…そういえば、美柑もその話をしてた気も…」

 

 

 

ぱくん、

 

 

タコさんを飲み込みながら、ヤミは美柑の話をぼんやり思い返した。美柑がやたら饒舌に遊園地”デート”の良さについて語っていたことも。

 

 

「たくさんイベントがあってね、面白いらしいの。ヤミちゃんも行ってみない?」

 

 

兄の茶碗に甲斐甲斐しくご飯をよそいながら答える春菜。

 

ヤミが視線をずらして見れば、秋人に驚いた様子はない。突然の提案だと思ったが、おそらく知らないところで打ち合わせていたのだろう

 

 

……私だけが知らなかった……面白くありませんね…

 

 

「面白いアトラクションもたくさんあって、とっても楽しいみたいだよ」

「遊園地、ですか…」

 

 

少し考えるようにヤミが言う。仲間はずれにした二人をちょっと困らせたくなったのだ。

 

 

「あん? 何だよ、遊園地はキライなのか?金色さんは」

 

 

当てが外れた秋人は不満げに口を挟んだ。白いご飯がこんもり乗った茶碗を受け取りながらヤミを見つめる。少しだけ咎めるような眼差しは「どうせ行きたいクセに」と語っていた。

 

 

「…行きたくないワケではありませんが、遊園地といえば爆弾を処理したり裏切り者の同業者を気絶させたくらいで、あまりいい思い出はありません」

 

「それ、遊園地の楽しみ方じゃないからな?」

 

 

秋人は今更ながらにヤミが凄腕の殺し屋だったことを思い出す。たまに出てくる殺伐とした話題がたまらない。

 

およそ普通の女の子が過ごさない日々をヤミは過ごしてきたのだ。ようやく今は普通の女の子として暮らしているのだから、平凡な幸せを味わってほしい。

 

 

 

すぐに兄と同じ思いに至った聡明な妹は、真剣な表情でこう告げた。

 

 

「ヤミちゃん、あのね、”世界のたい焼き物産展”があって、遊園地の中に出店が…」

 

「行きます」

 

気がつくとヤミはそう答えていた。ちょっとはごねてやれと思っていたが…

 

「じゃあ決定ね。」

 

手を一つ叩いて春菜が笑う。

 

ニッコリ笑ったその表情は『計画通り』と物語っているが、子どっぽい仕草に邪気はない。いっそ可憐ですらあり、同性から見ても微笑ましいものだった。

 

 

「むふふ、春菜たんは相変わらず天使すなぁ」

 

シスコンの秋人は案の定デレデレと妹に見惚れ、ヤミはそれをテーブル越しにジトッと睨む。

 

こうして、西連寺家のささやかな家族会議は終了した。

 

 

「それじゃあ、私はララさんと買い物だから、ヤミちゃんはお兄ちゃんと二人で楽しんできてね?」

 

「ふっ、ふたりで行くのですか!?」

 

 

 

――それは、確かに”デート”だった。

 

 

 

1

 

 

 

そして、日曜日。

 

「…アキト」

 

「お、金色さ――」

 

「…今度は何を企んでいるのですか」

 

「いきなりですな、金色さん」

 

入り口前で落ち着かない様子の金色少女。逆に秋人はニヤニヤとした笑いを隠せないでいる。

 

「先に家を出て、後から私に来いとは……さては、何かトラップを仕掛けましたね?」

 

「仕掛けてないってのに……いや、ある意味仕掛けたかもな?」

 

「…貴方を少しでも信用した私がバカでした。いっぺん死んで下さい」

 

「可愛いカッコしてそんなコワいこと言うなっての」

 

「かっ、かわいい…ですか」

 

急にしおらしくなった金色少女は視線を彷徨わせてドレスの裾をつまむ。今日のヤミはいつもの戦闘衣ではなく、ゴシックロリータなドレスに身を包んでいた。

 

黒を基調としたダークな雰囲気のワンピースだが、同時にリボンやフリルが装飾されていて可愛らしさを演出している。胸のロザリオが厳かな雰囲気を、ぴっちりした黒のニーソックスと白い腿のコントラストが危うげな魅力を漂わせていた。

 

着こなすのが難しそうなファッションだが、ヤミにはバッチリ似合っている。長い金髪を2つに分けたツインテールも妖精のようなヤミの可愛さをブーストしていた。

 

 

「……うむ、よく見てもかわいい。似合ってる」

 

「ほ、褒めても何もでませんから!」

 

「別に何もいらないっての、ホントによく似合ってるぞ」

 

実はこの衣装は秋人が今日のためにプレゼントしたものだ。突然の贈り物にヤミは始め困惑したが、デート用の服に散々頭を悩ませていたこともあり結局は着てくれた。

 

「少し動きにくいので格闘戦は心配ですが………がんばります」

 

「がんばらんでいいっての! 何と戦う気なんだ!」

 

ナナメ上へテンションを上げるヤミに秋人は頭を抱える。遊園地へ入る前からこれでは先が思いやられるというものだ。

 

「とにかく、入ろうぜ?」

 

「…アキト、油断は禁物です。入り口をくぐったら其処は無法地帯なんですから」

 

「お前の遊園地に対する誤解ってどうも固いよな…」

 

「! アキト!悲鳴が聞こえてきます!あちらにターゲットがいるようです!」

 

「ジェットコースターの悲鳴だっての! ある意味お静より偏見あるよな、金色さんって」

 

週末のデートとは思えない物騒な会話をしながら、遊園地の中を歩く二人。周囲は家族連れや若いカップルで賑わっていて大変な混雑だ。

 

「…人が多いですね。それに子どもがやたらたくさん…地球人は実は好戦的だったのでしょうか」

 

「たぶんな、アレのせいだろ」

 

「…アレ?」

 

秋人はニヤリと笑って野外ステージを指さした。

 

ヤミが目を向けると、遊園地の広場に設置されたステージには既に人だかりができている。子どもが大半だが若いカップルもちらほら混じっていた。

 

「トレインがんばれー!クリードにまけるなー!」

 

「姫っちもがんばれー!!」

 

聞こえてくる歓声にゴスロリ娘は目を細め、じっとステージを観察する。

 

ヤミは真面目に警戒しているようだが、フリフリの服にその表情はどう見ても間抜けだ。秋人は思わず吹き出しそうになったが何とか堪える。

 

「…なんですか、あれは――」

 

エキサイトするちびっこ達の視線の先、舞台の上で金髪の少女が必殺技のセリフを叫んでポーズを決めている。

 

派手な効果音と鮮やかなライトの下、ゴシックな黒いドレスが翻り、2つに結われた金髪が靡く……どこかで見たような金髪ゴスロリ少女だ。

 

「…あの黒い方は私にそっくりですね…」

「おや! ホントですなぁ」

 

「服装も同じ…ですね。」

「やや!なんと!さすが金色さん…お気づきでしたか!」

 

「トランス…と叫びましたが?」

「奇遇なこともあるものですなぁ、ハハハ」

 

「アキト、バカにしてるのですか?」

 

振り向きながらニッコリ笑う。その笑顔は思春期男子を1発で恋に突き落とせるほど甘く、愛くるしい。

 

しかし、どこまでも冷ややかで、無情で、斬首刀のような鋭い殺意が漲っている。

 

「…アキト、私にアニメのコスプレをさせて、笑いものにしていたのですね」

 

「まあ、割と普段からコスプレしてるようなものですし…問題ないかと思いまして」

 

「なるほど、わかりました」

 

ゴスロリ美少女は静かな微笑みを浮かべる。すべてを包み込むような慈悲深く優しい表情だったが、笑顔の裏には鎌を持つ死神を宿していた。

 

「ちょっぴり痛いめに合うのと、土下座で謝るのと、どちらか選びなさい」

 

「すみませんでしたっ!!」

 

瞬間、秋人は土下座していた。金色の闇の”ちょっぴり”は全く信用ならない、卑屈なお調子者は広場の真ん中で平身低頭する。

 

「つい、出来心だったんです! 金色さんなら似合うと思って!」

 

「うっ、…まさかホントに土下座するとは…」

 

ちょっと困った顔でヤミは全力土下座少年を見下ろす。

 

「…アキト、あなたにプライドはないのですか」

 

「プライドではお前に勝てん!!」

 

不退転の決意に満ち溢れている秋人。卑屈だが、妙に自信たっぷりである。

 

「どうか許してください金色さん!」

 

「…そ、そこまで全力で謝られては断るわけにもいきませんね。それに、この光景では完全に私が悪者の図です。」

 

こほん、と咳払いをしながらゴスロリ娘は赤面する。二人は周囲のカップルや家族たちからも視線を集めていた。

 

「まあ、今回はトクベツに許してあげます。この服も気に入りましたし…」

 

「ありがとうございます!」

 

「い、いいから、早く立って下さい! 劇を見ますよ」

 

助け起こそうと手を差し伸べて、ゴスロリ娘は小さく微笑う。その笑顔は秋人でさえなかなか見れない、楽しげで優しい表情だ。言うほど怒ってなかったらしい

 

「というより、ヒーローショーは見るんだな」

 

「同じ服の人物に興味があります。戦闘時の立ち回りの参考になるかもしれません」

 

「変なところで真面目だよな金色さんって…」

 

「人の動きを見るのは良い刺激になりますから…ほら、今いいところです。アキトちょっと静かに」

 

「夢中になってるじゃん!」

 

ヤミは真面目にヒーローショーを楽しんだ。

 

 

***

 

 

「ふぅ…、なかなか悪くありませんでしたね。」

 

「ほとんど全力で楽しんでたよな、金色さん」

 

てかてか顔のヤミに秋人は思わず苦笑い。ショーを見終わった子どもたちもヤミと同じく満足そうに余韻に浸っている。

 

「ところでアキト、次はどこへ行くのですか?」

 

「そうさなぁ…金色さんはメルヘンちっくなメリーゴーランドとか意外と気にいるかもな」

 

「めりーごーらんど…?」

 

ヤミは小さく首を傾げる。

 

「…いや、待てよ。後学のためにお化け屋敷でも…」

 

「おばけやしき……村雨静の家ですか?」

 

「それを出されると急に怖さから遠のくな…、よし!それじゃあメリーゴーランドから制覇するか!」

 

「めりーごーらんど…分かりました。どんとこいです」

 

子どものように手を引く秋人、照れたように微笑むヤミ。流れからこうして手を繋いでいるが、二人はどうみても学生カップルだ。園内を笑いながら歩く恋人たちと何も変わらない

 

「…ところでアキト、”めりーごーらんど”はどのようなターゲットですか」

 

「ターゲットではないし、危なくもない。 馬が回ってるやつだぞ」

 

「…馬が回る……なるほど、新しい回転寿司ですか。馬を仕留めて捌くのですね。まったく、アキトの食い意地には困ったものです」

 

「金色さんの偏見すごいな! 予想外過ぎて何も言えん!」

 

 

カップルたちの賑やかな声が高い青空へぬけていった。

 

 

 

2

 

 

 

「それではアキト、 宇宙マウンテンの後は波飛沫マウンテンに行きましょう。」

 

「…あのな、金色さん…そろそろジェットコースターじゃなくて、違うのにしようぜ?」

 

「なぜですか? どちらも中々楽しめましたよアキト」

 

「そう言ってさっきもその前も全力で楽しんでただろ!大雷マウンテンなんて何回乗ったと思ってんだ!」

 

「…5回ほどでしょうか? あと10回は乗りたいですね。」

 

「体力おばけかこの人…」

 

無愛想な顔で得々と語られ、秋人はその場にぐったり項垂れた。

いくつかのアトラクションを周ったことでヤミの固い偏見と誤解は解けたが、代わりに別なものを目覚めさせてしまった。

 

「ところで、物産展のたい焼きは食べなくていいんスか? あそこで売ってるけど?」

 

「食べます。」

 

即答と共に頷くヤミ。

 

いつもはヤミの食い意地をからかう秋人だが、今は話題の変更にホッと胸を撫で下ろしている。休憩をいれないと明日はベッドから動けない自信があった。

 

「じゃあちょっと行って買ってくるザマス。」

 

「では、あそこのベンチで待ってます。財布を渡しますので、無駄遣いはダメですよ」

 

「へいへい」

 

クマさんポーチの小銭入れを受け取り、秋人は出店へ向かう。

 

今日のお小遣いは西連寺家の財務大臣、春菜が特別に支給してくれた。なぜ財布をヤミに預け、なぜ兄に持たせないのかは疑問だったが秋人は防犯上の都合だと解釈している。

 

「ふーむ、やっぱり今日はお子様が多いな。あのヒーローショーがあそこまで人気だったとは」

 

ヤミと秋人が見たヒーローショー午後の部が終わったのだろう、子どもたちがわらわらと束になって歩いてくる。出店に並ぶ秋人の傍を通り過ぎ、思い思いのアトラクションの方へ向かっていた。

 

もちろんと言うかなんと言うか、ちびっこたちがコスプレ娘の存在に気づかないはずがなかった。

 

「あー!イヴがいるー!なんでー?」

 

「ホントだ!姫っちだー!」

 

幼稚園児や小学生ぐらいのお子さまがわらわらとヤミの周りに集まってくる。

 

実は二人でショーを見た時はヤミが気付かれないよう秋人がそれとなく庇っていたのだが、ベンチに一人で座っていては発見されても仕方がない

 

「ほんもの?ほんものだよね?」

 

「ばーか、ニセモノにきまってんじゃん。」

 

「ほんものだよー!ほんものだもん!」

 

「じゃあトランスできんのかよー?できねーだろどーせ」

 

たちまちコスプレ娘はちびっこたちに囲まれてしまった。

 

本人そっちのけで言い合いを始めるちびっこたち。その数ざっとみて30人はいる。ヒーローショーを見た子どもたちが殆ど流れてきたようだ。

 

少々のことでは動じない元・銀河の殺し屋もこれには面食らったらしい。なんどか瞬きをした後、周囲をじっと見渡す。

 

「おまえなあ、トランスなんてアニメだけだぞ?できるわけねーだろ!」

 

「できるもんー!ホントのほんものだもん!」

 

「ほんものがこんなとこにいるわけねーだろ!」

 

「いるじゃんここにー!」

 

エスカレートしていくちびっこたちの口論にヤミは小さく溜息をついた。なにやら小さく言葉も呟いている。遠くから見ている秋人にはヤミが何かを覚悟したような気がした。

 

そして、ヤミは顔を上げて叫んだ。

 

「わたしはイヴ、あなたの命を奪いに来た掃除屋よ…!」

 

ヒーローショーのセリフそのままに、だが存外気迫のこもった声で”掃除屋イヴ”こと金色のヤミさん(彩南高校1年)は身構えた。

 

「やっぱりほんものだよ!ほんもの!」

 

「えっ!? ちょ、まじか!?」

 

「かっこいい!姫っちかっこいい!」

 

ちびっこは大喜び。周りで見守る保護者たちからも拍手が湧き起こっている。ギャラリーの反応に気を良くしたコスプレ娘はノリノリだ。

 

「あなたたちはボルネオの刺客ですね。いいでしょう、相手になってあげます!」

 

あからさまな挑発だったが、ちびっこは大はしゃぎだ。男の子を中心に何人かが掴みかかってきた。

 

「やっつけてやる!」

 

「まけないぞ!」

 

ちびっこたちの必死の攻撃をひらりひらりと華麗なステップで躱す。元・銀河の殺し屋だった少女にとっては朝飯前以前の芸当だ。

 

「やっ!」

 

それだけでは物足りないと思ったのか、少女は地面を蹴って宙返りで飛び退いた。ゴシックスカートを翻し、空中でクルクルと回転。着地と同時に5回のとんぼ返りで距離をとる。

 

「なかなかやりますね…!ですが、そんな攻撃ではわたしは倒せません!」

 

びしっとポーズを決めながら掃除屋イヴこと金色のヤミさん(彩南高校1年)は声を上げる。華麗なアクションと完璧なコスプレに周囲から大きな歓声が湧き起こった。

 

(ノリノリじゃないですか…金色さん…)

 

ヤミの大活躍を離れた所で眺めながら、秋人は少し驚いていた。

 

確かにヤミはノリの良いところがあるが、それは気を許した相手にだけだ。少し前のヤミなら人目につくのはイヤだったろう

 

(まあ、イイことだよな。今は昔とは違うんだし)

 

依頼を達成する為だけに銀河を彷徨っていた殺し屋。ヤミはそんな人生とはもう無縁なのだ。普通の女の子として今の生活を楽しんでほしい。それが秋人と”春菜”の心からの願いだった。

 

『ヤミを遊園地に連れて行ってほしい??』

 

『ヤミちゃんには楽しい思い出をいっぱい作ってほしいなって…たぶん、遊園地には行ったことないと思うから』

 

『ふぅーん…まぁ、いいけど』

 

『ありがと、お兄ちゃん。あ、遊園地には二人でね?』

 

『あん? 春菜は行かないのか?』

 

『私はまた今度でいいよ』

 

『なんでだよ?』

 

『その方がヤミちゃんは楽しい思い出になると思うから』

 

『?』

 

『ふふ、女の子のカンだよ、お兄ちゃん』

 

(やっぱウチの春菜たんは天使だよなぁ、イキナリ言われた時はびっくりしたけど…案の定ヤミも楽しんでるし…それも全力で)

 

優しい妹の気遣いにしみじみ耽りながら、秋人はたい焼きをかじった。向こうの方ではヤミが見得を切っている。

 

「仕方がありません…!わたしのトランスの力を見せてあげます!」

 

秋人が考え事をしている間に、ヤミの寸劇はだいぶ進行していたらしい。コスプレ娘は自信たっぷりに言い放つと、不意に秋人へ向かい直った。

 

「ちびっこたち! わたしの奥義を見るがいい……です!」

 

ひゅっ!

 

前動作なしで軽々と跳躍。ゴスロリのスカートを翻し、ヤミは一陣の風になった。

 

「え? んなっ、ちょっ…!?」

 

ゴスロリ少女が飛んでくることに秋人は慌てるが、ヤミはお構いなしに金髪を無数の拳に変身させる。

 

「トランス! 黄金の連弾(ゴールド・ラッシュ)!」

 

「ぐぎぼぁおゃっ!」

 

容赦なく襲い来る拳の連弾に、意味不明な叫びと共に秋人の身体が宙を舞う。ジェットコースターでも味わえない強烈な衝撃に視界が揺れ、木の葉のように弾き飛ばされた。

 

きりもみしながら地面に着地した時には、コスプレ娘は肩越しに振り返っていた。金色の髪を風に踊らせ、片目だけを覗かせる少女がクールな笑みを浮かべている。

 

「私のたい焼き……勝手に食べるからです。」

 

「そ、そんなりゆ…………げふっ」

 

ばったり倒れ込む秋人。薄れゆく意識にヤミを称える歓声と万雷の拍手が聞こえてくるのだった。

 

 

3

 

 

「…キレイですね。」

 

「そうだな。遠くまでよく見えるし、夜景もほんとにキレイだ」

 

「ふ…、ここでは地上がまさに下界ですね。」

 

「…まださっきの役が抜けてないの?言い方コワいよ?」

 

ゆっくり上昇していく観覧車の中で二人は楽しげに談笑していた。肩を並べて座りながら次第に広がってゆく景色に感嘆する。

 

遊園地をたっぷり楽しんだヤミと秋人は最後に観覧車へ乗り込んだ。辺りはすっかり暗くなり、街が黄昏に包まれている。遊園地の喧騒からも遠ざかり、ゴンドラの中はまるで別天地のような静けさだ

 

「…アキト」

 

「なんだよ?」

 

「今日は”楽しい思い出”をありがとうございました。春菜にもお礼を言っておいて下さい」

 

「! 知ってたのか」

 

「貴方たち兄妹の考えることなど、バレバレです。」

 

ふふん、と鼻を鳴らすようにヤミが秋人を見つめる。悪戯好きの猫のように目を細め、驚く少年を見下した。

 

「春菜も貴方も、隠すならもっと慎重になるべきです。気づかないフリをしてあげたんですから」

 

「ぐぬぬぬ…!金色さんに言われるこの屈辱…!」

 

得意げな顔で笑うヤミに歯噛みする秋人。しかしヤミは言葉ではバカにしているが、それは言葉の上だけだ。

 

ヤミは二人の真価を知っている。秋人も、春菜も、自分が到底持ち合わせていない強さがあると。

 

二人のおかげで今があると。

 

 

「しかし意外だ、金色さんは何も知らずに楽しんでると思ったけどな。」

 

当てが外れた、と秋人が笑う。

 

「…まあ、それは楽しみましたけど。そこそこですが」

 

いつもの平坦な口調でヤミが言う。

 

「いやいや、全力で楽しんでただろ」

 

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

少し照れたように微笑むヤミ。漆黒の闇を街灯が瞬きながら輝いていた。

 

地上の喧騒から離れ、今は二人きり。二人はそれきり眼下の夜景を眺めた。

 

ゆっくり上がってゆくゴンドラの浮遊感と揺らめいている光りの輝き。灯りが瞬くビルの街並みは幻想的で、狭い密室には甘いムードにあふれている。

 

遠くに見える美しい夜景も、静かなこの場所も遠い非日常の世界のよう――

 

(不思議なものですね…ドキドキしているような、ふわふわしているような…感じたことない気持ちです)

 

ヤミは自分の胸にそっと手を当てた。

 

(言葉にならない気持ちはどう表せばいいのでしょうか…本にはありませんでしたが…)

 

トクン、トクン、と動く心臓の音はとても穏やかでいつもと何も変わらない。しかし心はあたたかく、高鳴り、どこまでも広がってゆく――信頼、安心、今ならどんなことでも出来る気がした。

 

(この気持ちが『幸せ』と呼ぶものなのでしょうか…)

 

このあたたかい気持ちが何かは分からない。けれど、ヤミはそれでいい気がした。

 

言葉にはならない気持ちが自分のものであるのは確かだから――

 

 

(…アキト)

 

 

ふいにガラス越しに目が合う

 

 

気づけばヤミは、見ていた景色にも映らない想いを言葉にのせていた。

 

「アキト、貴方には感謝しています。普通に学園生活を楽しめるのも、友達と一緒に笑えるのも…全て、貴方のおかげです」

 

皮肉でも冗談でもない、ヤミの心からの笑顔。

真摯に想いを伝える少女は下からの夜景に照らされ、幻想的な輝きに包まれていた。

 

「…だから、これはただのお礼です」

 

瞬く街灯りをバックに金色少女は少年へ飛び込こんだ。

 

頬に当たる長い髪の感触。顔を包む、冷えた手のひら。鼻をくすぐる甘やかな少女の香り――

 

一瞬のうちに二人の唇は重なり、やがて離れた。

 

「…あ、あまり長くすると興奮してダークネス化してしまいますから」

 

赤い顔で早口に言う金色少女は、もういつものヤミだった。先程の神聖的なまでの雰囲気はもうない、まるで変身(トランス)の幻かのように消えている。

 

「…ダークネスって、コントロールできるとか言ってなかったっけ?」

 

「たまにどうでもよくなる時があるじゃないですか。何もかも破壊し尽くしてしまいたくなるような時が…」

 

「いや、ないですけど…」

 

「とにかく、そういう気持ちの時は難しいんです!アキトには分からないかもしれませんけど!」

 

「え、なんで俺怒られてんの?」

 

「知りません!」

 

いつもの自然体で言い合いになる二人。ゴンドラが地上に着くまであと半分ほどあったが、もう景色は見ていない。ヤミは秋人を、秋人はヤミだけを見つめている。

 

 

甘い雰囲気はなくとも、向かいあう顔は笑顔、笑顔。

 

 

――それは、確かに、”デート”だった。

 

 




ヤミの特別編終了、お読み頂きありがとうございました。

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