インフィニット・ストラトス  漆黒の要塞の復讐 (双盾)
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少年の覚醒

3………2………1………0

おめでとう、俺。この研究施設のこの筒の中に閉じ込められてから1年が経った。

いや、そこまでめでたくもないか。

硝子越しから薄暗い部屋で忙しなく動いている研究者達を見る。

彼らにとっては記念すべき1年であるからか今日ばかりは研究の手を止め祝いあっている。

彼らが話す内容はどれも俺のことばかりだ。最も、内容が内容なので嬉しくはないが。

あれから1年経った俺の身体を見る。

1年前よりも一回り大きくなっているが動いていないからか少し痩せた感じがする。

改造に改造を重ねられた俺の身体は以前とは全く変わってしまった為、1年前と変わっていて当然なのだ。

 

「…………」

 

ここ1年、俺は言葉を発していない。口につけられている酸素マスクがあるからだ。

それ以外にも両手足からは無数の注射や手術の痕が繋がっている。肌の色も太陽光が一切入ってこない地下に閉じ込められているため真っ白になり、さながら化け物のようだ。

………自分で言っておいてだが今のは地味に悲しいな。

だが大きく変わったのはそれだけではない。

以前は黒髪だったが改造の過程で色素が抜け落ち真っ白になってしまった。

そして最も変わってしまったのは心臓付近、胸元だ。

今の俺の胸元には人間にはあるはずのないモノが埋め込まれている。

紅く、澄んだ、結晶が。仄かに、光を放つ、結晶が。人工的な、結晶が。最新兵器の、核が。

これが彼ら男性科学者達が追い求めた『理想』であり、『逆転の鍵(トリガー)』だ。

 

 

 

俺がここに売られた2日後に、その名を世界にとどろかせた最新パワードスーツ『インフィニット・ストラトス』、通称ISによってこの世界は大きく変わってしまった。

宇宙での活動を目的としたパワードスーツというコンセプトで発表されたこれは今までの歴史を大きく覆すようなものだった。

ミサイルが直撃しても耐え抜くことができ、物質の粒子化によってありとあらゆる機械を無傷で運ぶことができ、自由自在に空を飛ぶ。

しかし科学者達はそれを『子供の悪ふざけ』といってまともに見ることもせずに去ってしまった。

それからしばらくしてISは全世界にその名を知らしめた。

なにものかによる全国の防衛システムのハッキング、それによって全世界のミサイルが一か所に発射された。そこにはあのISが浮遊しており、瞬く間にすべてのミサイルを切り落としていった。

これを脅威をみた世界は出せる限りの戦闘機、ミサイルを使ってISを落としにかかった。

だが全世界の最新技術を総動員してのISの捕獲、撃墜作戦を純白のISは無傷で死者を出さずに失敗させたのだ。

これによって世界はISを最強の兵器として認識し、広まっていった。

そして現在、全世界に合計467程度しかないISの核を広げ、知らぬ者のない存在となった。ISは凄まじい速度で発展していった。兵器として。

世界はISの母、篠ノ之束の住んでいた日本にIS学園というものまで作ってしまった。

これによって世界はより発展していった。

しかしISにはある欠点があり、それもまた世界の常識を歪めてしまった。

それはISは女性にしか扱えないという致命的な欠点だ。

これによって

IS=女性しか扱えない=女性偉い

というおかしな式が成り立ち、ISが世界に知られて半年後にはIS学園が作られ、女尊男卑の風潮が広まってしまっていた。

これがISによる世界の改変だ。

 

研究者達が俺のことを『逆転の鍵(トリガー)』と呼ぶのはこのISが大きくかかわってくる。

俺は世界初の男性IS操縦者として再び世界を正す、勇者として作られてしまったわけだ。簡単に言ってしまえば男性の地位回復だ。

だから俺には最強のISコアが埋め込まれている。

シールドエネルギーを大幅に削り、その対価として、どんな攻撃も効かない最強の鎧を持ったISコアが。

研究者達は俺とISコアを一体化させ、ISネットワークを利用し、ISコアにありとあらゆる戦闘術、ISコアの情報を入れた。それはISネットワークとのリンクが切れない戦闘情報は他のISを通じて更新し続けられる。

一体化させなくとも男性のIS操縦は不可能ではない。

それはISの『制限』を解除するという方法だが、正規解除の方法は、ISの母である篠ノ之束しか知らないことである。研究者が知ることができたのは、ISコアに連続して拒絶反応を起こして、コアの意識や情報諸共制限を消し去ること、それだけである。

しかも脳からの神経などを直接接続しなければならなかった。

よって、コアとの一体化しかなかったのだ。

もちろんながら、拒絶反応を起こした奴もいた。ここに集められた俺以外の実験体の数々だ。

全世界の孤児や奴隷を買収、最悪の場合は店主を殺して奪ってきた人々。彼らは次々と実験室に連れて行かれた。そして、俺の前に入った彼らが戻ってくることはなかった。

拒絶反応で死んだ人間は俺の知るだけで万以上いた。

俺は拒絶反応を示さなかった。だから余ってしまった実験体は皆、廃棄されてしまった。

誰一人、救えなかった。

 

もちろん俺にも苦労はあった。

いままでISが担ってきた武装の粒子化の維持をしなければならなかったからだ。

そのせいでしばらくの間、不眠状態が続いた。

だが、研究者達の行った脳の急速適応化改造によって、無意識での維持に成功した。

そうして俺はISに適応した肉体に改造されていった。

 

 

そして今日、あの日からちょうど1年後に完成した。

この記念すべき(?)日に俺はふと思考へと意識を巡らせてみた。

 

勇者として作られてしまったとしても高々1人では全世界のISコアから『制限』を解除しきれないんじゃないか?

ならばどうすれば…………

…………

…………

…………そうか。

少し考えれば簡単に分かったじゃないか。

全ての元凶を断てばいいんだ。

例えそれが研究者達の思惑通りになったとしても。

俺をこんな体にしたアイツを、俺をここに送り込んだアイツを、ISを生み出したアイツを、ここで死んでいった実験体の為にも、この手で消してしまえばいいんだ。

俺の勇者としての役目は、ISにかかっている『制限』を解除することにある。ついでで篠ノ之束を殺してしまっても構わないだろう。

俺は目を見開いた。

 

胸元の結晶が強い輝きを放ち始める。

異変に気付いた研究者達はすぐさま暴走阻止プログラムと己の技術を駆使し、俺を抑えにかかる。だがそんなもの、簡単にすりぬいてゆく。

輝きは強さを増していき、手遅れだと察した者から研究所から逃げていく。

もう、遅い。

 

次の瞬間、光はこの研究所を中心に2kmを包み、壊滅させた。

クレーターの中心には漆黒を纏った騎士がいた。

騎士は闇夜へと溶けるように空へと消え去った。



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出会った2人

ゴガッシャァァァァン!!!

 

バキキキキ!!

 

そんな騒々しい音で更識楯無の1日は始まった。

更識は裏の世界で有名な一族で、暗殺を主とした一族だ。

そして更識楯無は16歳、更識の歴史上最年少で当主となった人物だ。

そんな裏の世界の住民であるがゆえにこういった不測の事態に真っ先に反応した。

 

(敵襲!?)

 

上着を羽織り、騒音の元へと駆けつける。すぐに家の人間が集まってくる。

辿り着いた騒音の元はまさに惨状だった。

屋根から大きな穴が開き柱や支え、床をぶち抜いて、しかしそれでも更に30mほど地下に埋まっているのが屋根をぶち抜いた何かの正体だろう。

慎重に砕け散った柱などを伝いながらナニかの元へと到着する。

あれだけの衝撃にも関わらず傷1つない漆黒の装甲に包まれた何かは突如、青い光を放って消えてしまった。

その中からは暗闇でもわかるほど真っ白の痩せた男性だった。

 

「!?」

 

楯無は驚愕したがそれよりも先に男性を背負い、穴を駆け上がっていった。

異常に衰弱していた彼はまさに死の淵にいるようだった。

暗殺家業の長といっても突然衰弱しきった人間を見捨てるような人間ではなかった。

 

「急いで救護班を!!早く!!」

 

すぐに駆けつけた救護班に担架で運ばれていく男性を速足で追っていく。

 

「他は破損状況の確認と片づけをよろしく」

 

残った人達に指示を出し、後を追った。

 

 

 

 

 

それからしばらくしてお付きのメイド、布仏虚が楯無を呼んだ。

 

「お嬢様」

 

「何?」

 

「彼の容体は安定しましたが、少し見てもらいたいものが」

 

楯無は虚の後に付いていき、先ほどの男性が横たわるベッドへと連れてこられた。そこには手術を担当した医者もいる。

 

「お嬢様、これを」

 

虚が男性の胸元を指さす。そこには人間にはあるはずのない結晶のようなものが埋め込まれていた。

それは仄かに輝きとても美しいと思ったが、明らかに異常であった。

 

「これは?」

 

「分析の結果、ISのコアと判明しました」

 

楯無はまたも驚愕した。

世界に300程度しか配られていないISのコアを人に埋め込む。そんな人とは思えない実験を、手術をまだ行っている場所があったことにも、目の前の男性がその被験者だということにも。

虚は続けた。

 

「このコアは通常のものとはことなるモノで多大なるバグとエラーのせいで中を解析することはできませんでした」

 

「このコアを取り出せるの?」

 

疑問を投げかけるを虚と医者は顔を歪め、首を横に振る。

 

「このコアは完全に一体化してしまっていて神経の役割も果たしております。無理に切除すればこの者の命に係わりますゆえ、切除は不可能です」

 

「どう……しようもない、のね?」

 

「はい」

 

彼からコアを取り出すことが不可能という無慈悲な宣告を受け、楯無は唇を噛む。

しかしそれを堪えて「他には?」と問う。

 

「はい、彼の血液を分析したところ、人以外の遺伝子が検出されました」

 

「つまり?」

 

「彼は遺伝子レベルで肉体を改造されたことが判明しました」

 

肉体改造だったのであれば闇組織などがあげられたが遺伝子レベルでの肉体改造を施すにはもっと大きな組織でなければできない。

 

(これだけの技術となると…………規模の大きな組織ね。だとすれば…………)

 

ISというものが広まってから新たに生まれた闇組織が楯無の頭に浮かぶ。

 

(亡国企業(ファントムタスク)…………いえ、彼をここまでする必要がないわね。…………となると…………)

 

それ以上の組織が思い浮かばなかった楯無はある可能性を考えた。

 

(国?…………でもなんで?)

 

「お嬢様?」

 

虚の声で思考の海を漂っていた楯無の意識は現実へと引き戻される。

楯無の顔を覗き込む虚の顔が視界に入る。

 

「いえ、何でもないわ」

 

そうですか…………と不思議そうだったが咳払いをして話を再開する。

 

「彼のDNAを調べた所、彼は…………」

 

虚の口から出たその言葉に私は目を見開いた。

 

 

 

 

 

今までに感じたことのない身体の重苦しさと怠さを感じ、少しずつ意識が戻っていく。

瞼が鉛のように重い。いや、持ったことないけど。

しかし、いつもと違う点がいくつかあった。

まず体勢、液体のなかで浮遊していた日々では感じることのなかった重力。つまり仰向け。

次に、背中。柔らかい物が優しく俺の体重を包み込み、飲み込んでいる。あの研究所に入れられる前に何度も感じたことがある。

布団だ。俺は布団の上で寝ているのだ。

そして最後に空気。研究所では匂いも、湿度も何もない無機質な空気だったが、今俺が吸っている空気には湿り気がある。畳の匂いがある。

俺は間違いなくあの研究所から脱出できたのだ。

それと同時にあることに気づき、微睡んでいた意識を完全に覚醒させた。

 

(ここはどこだ?!)

 

布団、畳、朝日、俺はだれかの家の寝室にいた。

 

「あ、起きた」

 

窓とは反対側、横引きの扉がある方から声がした。声質からして少女のもの。

バッと振り返るとそこには声の主と思われる少女がいた。

外向きに跳ねた青い髪に真紅の瞳、そして少女の年齢に不釣り合いなプロポーション。

そして彼女は、今現在の俺の脅威だ。

俺は彼女を知っている。

更識楯無。

対闇部更識の長である人物だ。本名までは知らないがありとあらゆる戦闘技能を持ち合わせているらしい。

そして恐らく、俺の意識のないうちに俺の身体を調べられているだろう。

ここで応援を呼ばれれば一発で捕まってしまう。

だが相手もプロだ。そう簡単には逃がしてはくれないだろう。

 

「……何が目的だ。俺の情報を使って脅すつもりか?」

 

「ウフフ、それも良さそう……あ、じょ、冗談よ冗談」

 

最初の言葉で身構えると焦って冗談を繰り返す。

やけに馴れ馴れしい。姿勢を崩し、身構える様子もない。

 

(一体どういうつもりだ?)

 

構えを解くと本題へと入る。

 

「本当の所、どうするつもりだ?」

 

「私達は貴方のことを保護するつもりよ?」

 

(白々しい。そんな都合のいい話があるかよ)

 

「ダウト」

 

「フフ、残念。ホントよ」

 

疑いの視線を強めるとその理由を話した。

 

「私達は貴方の身体の事を知っているわ。その上貴方は一般人以上に筋力が落ちている。歩くことすらできないはずよ?」

 

そうだ、その通りだ。実際体を起こしているのも辛い。

 

「だから貴方の身体の事情も含めて情報を誰にも漏らさずに貴方を保護しようと提案したのよ?」

 

それに、と楯無は続ける。

 

「貴方もそんな身体じゃ大変でしょう?」

 

その言葉には様々な意味が含まれている気がした。

食糧、住居、体調、その他…………確かに大変だ。

状況的に乗るしかなさそうだ。

 

「…………仕方ない。乗ったよ」

 

「そう、よかったわ」

 

互いに承諾の意を込めて握手を交わした。

 

 

 

 

 

「まあとりあえず貴方は筋力トレーニングから始めないとね」

 

「…………めんどくせぇ」



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更識での日々

更識での保護が決定した次の日。衰えすぎた筋力を取り戻すべくリハビリを始めてから3時間後、休憩を入れた時、楯無が俺に疑問をぶつけた。

 

「ねえ、今更過ぎるけど貴方の名前を教えてもらえないかしら」

 

「名前だ?」

 

思い出してみた所…………名乗っていなかった。

だが本名を名乗るのはまずい。名乗りたくもない。

 

「好きに呼べ」

 

「ん~~じゃタマでどう?」

 

「却下」

 

「え~~~。ならクロ」

 

「俺のイメージと違うだろうが」

 

「じゃシロ」

 

「俺のイメージにピッタリだが却下だ」

 

「なら何て呼べばいいのよー!!!」

 

コイツはまともに考える気がないな…………

なら仕方ない。

 

「銀とでも呼んでおけ」

 

「何で銀?」

 

「俺のIS(相棒)に搭載されている双振りの対になっている刀の名前だよ」

 

俺のIS『黒要塞』の主武器(メインウェポン)の双刀、それぞれ名前があり、白銀の刃を持った方には「銀(シロガネ)」、漆黒の方は「鉄(クロガネ)」)と名がついている。

 

「そういえば貴方はISが動かせたわね。…………そうだ!!」

 

「今度は何だ」

 

「銀のISってあの真っ黒いのでしょ?ねぇ見せて見せて!!」

 

子供か!!

 

「子供か!!」

 

「誰が子供よ!!」

 

しまった。口に出てたか。

この後しばらく諦めろと説得を試みたが無邪気な子供のように諦める気配が一向に見せない。

…………クッ!!!俺の負けだ。

 

「わかったから離れてろ」

 

めんどくさいがコイツが折れることはなさそうだったのでやるほかなかった。

楯無が距離を置くと俺は『黒要塞』を纏う。

大抵の人間は呼び出すと言うが俺の場合はISコアに意識がないので道具として利用することとなる。よって表現としては纏うといった方が正しい。

胸元のコアが熱を帯び、仄かな光が強くなっていく。

全身に一瞬、重量感のある鎧の感触が感じられるがISのアシストによってその重量感も消失する。

目を開くと全身に重厚感のある漆黒の鎧が纏われていた。

 

「これが俺のIS『黒要塞』だ。IS達の間では『ブラットレス』とも呼ばれているがな」

 

「『ブラットレス』…………ああ、『ブラックフォートレス』の略称ね。というよりIS達ってどういうこと?」

 

次から次への質問してくる奴だな…………というか装甲の表面を撫でるな!!

少し距離を置いて説明しようとするが楯無がすかさず距離を詰めてきた。

諦めて説明をする。

 

「ISには意識があることを知っているだろう?そのISの意識の疎通方法としてIS独自のネットワークがあることも知っているだろう。そこで俺はISコア達と会話しているというだけだ」

 

「…………ねえ、それって結構凄いことよね?」

 

「そうなのか?」

 

一般人とはかけ離れすぎた生活を送ってきた為そういったことには疎い。ここでの生活の中で身につけていくしかない。

 

「そうよ!!ISと会話できる人なんていなかったんだから!!」

 

「まあできるから何だという話だがな」

 

実際に、会話の内容は

 

 

俺<今何時?

 

058<午前8時

 

俺<今なにしてる?

 

168<アタシはメンテ中

 

006<わ、わたしは模擬戦の途中です

 

俺<へぇ~模擬戦か。戦況はどう?

 

006<それが操縦者が全然ダメで…………

 

006<あのくらい避けろよ。っていうか今回の人はセンスなさすぎwwww

 

006<着地のときコケるし、攻撃の命中率低すぎるしwwww

 

俺(個人対話モード)<ちょ、本性出てる!!

 

006<ハッ!?わ、わたしは一体なにを…………

 

 

といった感じだ。

いつだかシリトリをやったところ全世界のありとあらゆる単語が飛び出し終わるまで1週間かかったりした。

思い出してみると懐かしい。

…………っと、話が逸れた。

何が言いたいかというと会話しても終始グダグダであるということだ。

 

「ねえどんな会話してるの?」

 

「断固拒否する」

 

こればかりは教えられんと、粘る楯無を無視してリハビリを始めた。

だって自分の性癖とかばれたら恥ずかしいじゃん。

 

 

 

 

リハビリを続けること2週間。肉体は人外な速度で回復していき今では楯無との模擬戦が日課の1つとなっていた。

今現在、俺は更識家の道場にて楯無と模擬戦の途中…………

 

「だ~もう!!貴方は一体なんなの!?どんな技を仕掛けても勝てないじゃない!!」

 

「何なのと言われてもな…………」

 

勝敗の数は最初の内は楯無の方が勝率が高かったが、ここ4、5日の間は楯無は1度も俺に勝てていない。

楯無が弱いというわけではない。

世界中のありとあらゆる格闘術を駆使して俺を攻めたててくる。俺以外であれば恐らく楯無が負けることはないだろう。

では何故楯無が勝てないのか。

答は俺にある。

 

「俺には世界中の全ての戦闘術が情報として記録されていると教えただろう。だからお前の技に有効な技を出しているだけなんだが…………」

 

世界中のIS達から常に情報が送られてくる。つまり世界のどこかで新しい技が生まれればそれを記録し俺に情報として蓄積されていくのだ。

何度も繰り返されたやりとりだ。そしていつも

 

「イジワル!!」

 

こう返ってくる。

その度俺は

 

「子供か!!」

 

と返す。

 

「それ!」

 

「キャッ!?」

隙を見せた楯無を足払いで転ばせた。

勢いよく尻餅をついたのかイタタ……と尻をさすっている。

手を差し出すと掴み引き、立ち上がる。

 

「まあ、何だ。なかなか成長してるじゃないか」

 

「でも全然勝てないじゃない!!」

 

ぷぅ~とフグやハリセンボンのようにむくれる楯無の頭に手を置き宥める。

 

「前回よりいい線いってたぞ?正直俺も少し危ないと思った所があったからな」

 

「む~、まあいいわ。それより疲れたわ。部屋まで連れてって」

 

唐突過ぎる…………さっきまで元気だっただろと思いながらも俺の恩人である。

仕方ないと呟きながら楯無を横抱き――――俗にいう『お姫様だっこ(姫抱きともいう)』――――にして持ち上げる。

 

「きゃあ!?いきなり何するのよ!!」

 

「お前が連れてけと言ったんだろうが」

 

「それはそうだけど…………うぅ~」

 

顔を真っ赤にして、そっぽを向き唸っている。

どうしたんだと聞いても答えてくれなかった。…………俺が何をしたというんだ。横抱きにしただけだろう…………

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

曲がり角を曲がると少女の驚きの声が聞こえた。

楯無をお姉ちゃんと呼ぶ人間は記憶しているかぎりでは1人しか出てこなかった。

 

「簪か。どうした?」

 

「え、あ、銀さん」

 

こんにちは、と頭を下げる簪。この真面目さ、楯無も見習ってほしいものだ…………

 

「そ、それでお姉ちゃんは何で」

 

「ん?ああ。こいつが部屋まで連れてけと言うもんだから抱えて移動している途中だが、簪はどうした?」

 

「わ、私はもうすぐお昼だからと思って呼びに行こうかと……」

 

「そうか。ありがとな簪」

 

もう昼なのか…………と俺は時の過ぎ去るその速さに改めて驚愕した。

 

「それじゃあ私は先に行ってます」

 

「おう、俺達も後からいくで」

 

俺達は簪と別れて部屋へと急いだ。

そういえば、

 

「ずっと黙ったままだがどうしたんだ?楯無」

 

「どうしたんだ?じゃないわよ!!」

 

顔を先ほどよりも赤くしながら叫んだ。

 

「簪ちゃんに見られちゃったじゃない!!」

 

ああ、そうか。

楯無が楯無になったときから、楯無が更識の長となった時から簪と楯無との間には少し溝ができてしまっている。

これは楯無から聞いた話なのでこれが本当のことかはわからないが2人の様子からして本当なのだろう。

楯無曰く

 

「あの時は更識を纏める者としてしっかりしなきゃって焦ってたのよ。その所為で簪ちゃんの扱いが悪くなっていくことに気付けなかったのに。ホント、姉失格よね…………」

 

とのこと。

この話をした時、楯無は本当に辛そうだった。だから俺は言ってやった。

 

「じゃあ簪はお前にその程度の感情しか持っていなかったと?んなわけあるか。確かに簪から歩み寄ってくれると期待はできない。だったらお前から近づいて行けよ」

 

続けて

 

「その程度で姉失格なんて言っているんだったら」

 

言ってしまった。

 

「俺の姉はもはや人間失格だな」

 

「え、姉?貴方、姉がいるの?」

 

「っ!!!」

 

俺はその話を有耶無耶にした。そして今に至る。

依然、楯無は未だ歩み寄れておらず、簪も近づく素振りを見せていない。

なら、俺が歩み寄るきっかけを作ろうか。

そう決心して俺達は部屋へと急いだ。



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姉妹の和解

「遅れて申し訳ない」

 

模擬戦の時に着ていた運動着を着替え、急いで食堂へと駆け込む。

既に簪や先代楯無こと刃鋼(はがね)さんも着席している。

刃鋼さんが口を開いた。

 

「楯無はどうした」

 

「楯無はただいま茹蛸になっております」

 

「?」

 

刃鋼さんは理解できていないようだが簪は顔を真っ赤にしてうつむいている。

刃鋼さんが顔を真っ赤にした簪に気付いた。

 

「どうしたのだ簪。顔が真っ赤だが」

 

「いいいいえ、だだ大丈夫です!」

 

突然話しかけられたことに驚いたのか少し声が大きくなってしまった簪。そのことに気が付いたのか更に顔を朱くし

 

「す、少し熱いだけです…………」

 

とかなり苦しい言い訳で誤魔化す。刃鋼さんもまた納得していないようだがどうやら流すことにしたようだ。

 

 

 

少し遅れて

 

「遅くなりました」

 

楯無が来た。未だ顔には朱が残っているが部屋に着く前よりかは薄くなっている。

が、俺と簪の顔を見るとまたも顔を朱くする。

しかしそこは現楯無、何事もなかったかのように着席し料理を食していく。

 

 

 

食事を終え、食器を片していると刃鋼さんが話しかけてきた。

 

「銀君、後から私の部屋に来てくれ。楯無もだ」

 

「「はい」」

 

それだけ言って刃鋼さんはこの部屋を出た。

すると簪が寄ってきて

 

「何か事件でも…………」

 

「起こしてない!!信じてくれ」

 

「あ、いえ。その、事件でもあったんですか?」

 

「誤解して済まなかった。とりあえず事件は起こっていない…………と思う」

 

起こっていないとは言えない。俺が把握していないだけかもしれないから。

食器を片すと楯無に声をかける。

 

「楯無、行くぞ」

 

「わかってるわよ!!」

 

「簪、すまないが食器を洗っておいてくれないか?」

 

本来ならばこれは虚さんや本音の仕事なのだが現在2人は別の仕事で忙しく負担を更にかけるようなことはしたくない。

簪は快く承諾してくれた。

俺達は刃鋼さんの部屋へと歩を進めた。

 

 

 

コンコンコン

 

少し早いテンポで3回ノックする。ちなみにこのノックのテンポで刃鋼さんは扉の向こうの人間を当てることができる。俺も最近になってこの技術を習得した。

 

「銀君か入ってくれ」

 

扉を開けて入る。

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

失礼するつもりはないが。

 

「それで、ご用件とは一体」

 

「まあ、座りたまえ」

 

ソファーに座り、本題に入る。

 

「さて、今回お前達を呼んだ理由だが…………これだ」

 

1束の書類が出される。

そしてその表紙には

 

「IS学園、ですか」

 

「そうだ、来年度………とは言っても2ヶ月後だが。IS学園の警備を更識が担当することとなった。よって楯無、お前にはIS学園に入学してもらう」

 

2ヶ月後か。やけに急だな。

 

「なぜこんな急に?」

 

「最近、裏で勢力を強めてきた集団、『亡国企業』の存在を危惧してのことだろう」

 

俺もよく耳にするようになった名前。

目的が不明、規模も不明のテロ集団『亡国企業』。あちこちのIS研究所を襲撃しては、その情報とISを強奪していくその集団にIS学園が脅威を感じるのも無理はないだろう。

そして恐らく更識に警備の依頼をするキッカケは2日前のアメリカの研究所襲撃だろう。

世界1防衛機能の高い極秘研究所だったあの研究所が襲撃され開発中のIS1機が盗まれたあの事件はIS研究者達と防衛システムの開発者達を戦慄させた。

電力が止められても2日は防衛機能が働き、人識別カメラや対IS用攻撃システムが集結していたあの研究所からISが盗まれるということは、敵はそれだけの突破力があり、どこの国の研究所からもISを盗み出せるということである。

無論IS学園にも防衛機能はあるが襲撃を受けた研究所ほどの設備があるわけでもない。

故にこの対闇部用闇部である更識に警護を依頼したという訳だ。

 

「そう、ですか…………」

 

ただ、書類に目を通すと一つ、目に留まるものがあった。

 

『更識楯無

貴殿をロシア代表としてIS学園への入学を許諾(略』

つまり楯無は一般生徒としてではなく、世界最年少での国家代表として入学するのだ。

 

「それと楯無、お前にはロシアから専用機が送られてきている。申請さえすれば改造もいいそうだ」

 

もう既に整備室に運び込まれているとも刃鋼さんは言った。

楯無はこんな急な決定事項にも動じず静かに了承した。

刃鋼さんは2度、頷くと

 

「そうか。では専用機の調整に行ってきなさい」

 

「はい」

 

俺達はそういって部屋を出た。

しばらく歩くと、突然楯無がプルプル震えながら振り返った。そして口を開いた。

 

「き…………」

 

「き?」

 

意味不明、理解不能な単語を発した為、俺は聞き返す。

 

「緊張した~~!!」

 

どうやら成長したように見えたのは表面上だったようで、中身はまだまだ楯無のままだった。

滝のように汗を流し、小鹿のようにか弱く震える様子にすこし笑ってしまう。

それを見た楯無がプンスカと怒りながらガクガク揺らす。しかしそれでもまだ笑いは止まらなかった。

 

(だがこれは好機だ。楯無と簪の仲も修復できるかもしれないな)

 

そんなことを思いながらまた笑い出してしまった。

 

 

 

 

 

「簪、少しいいか?」

 

「…何?」

 

楯無の専用機の贈呈は2人の関係修復材としては最上級のものであった。これは好機だ。

どこかの老婆が「好機は貴方の目の前にぶら下がっております」と言っていたように気付けば俺の目の前にぶら下がっていた。

俺はその好機を逃さない為に、逃す前に行動した。

 

「あのね簪ちゃん、私、来年からロシア代表としてIS学園に行くことになったの」

 

「そう。おめでとう」

 

「ありがと…………ってそうじゃなくてね!!」

 

「?」

 

ああもう!!普段は殆ど動揺なんてしないくせに簪のこととなった途端にこんなにテンパってるんだよ!!どんだけシスコン拗らせてんだよ!!

仕方ない。ここは俺が。

 

「俺が話そう」

 

説明者が楯無から俺に代わる。

 

「楯無に専用機が渡されたが、これといった特徴が無さ過ぎたんだ。だから専用機の調整を簪に頼みたいんだが」

 

こういう話は簡潔に、逸らさずに終わらせるのが1番。解釈やら感想やらを言っていては好機を逃してしまう。

 

「何で私?」

 

「確かに虚さんや本音も整備の手際はいいが、プログラムに関しては簪の方が手際がいい。それにな」

 

「それに?」

 

「簪を選んだのは楯無なんだぞ?」

 

これは真っ赤なウソである。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

言った覚えのない言葉に楯無が反応する。

 

「え、お姉ちゃんが?」

 

「だから!!」

 

「そうだぞ?楯無だってお前と仲良くありたいんだぞ?」

 

楯無は何度も「ちょっと!?」とか「待って!!」とか「だから!!」とか言っていたが、しばらくすると諦めたのか拗ねてしまった。

一方簪は

 

「お姉ちゃん…………」

 

泣いていた。

 

「お姉ちゃんもそう思ってくれてたんだね」

 

「うっ、そうだけど………」

 

「私、お姉ちゃんの為にも頑張るからね」

 

楯無は困惑し、簪は決心した。それを俺はただ見守っていた。

あと楯無からメッチャ怒られた。けれど最後に小さく「ありがと」と言ったのを、俺は聞き逃さなかった。

 

 

 

楯無の専用機のプログラミングをするにしてもまずは楯無の望むスタイルにしなければならない。超近接オンリーか遠距離オンリーなのか、攻撃力重視なのか機動性重視なのかによっても大きく変わる。

何度もの相談によって楯無の望む形に限りなく近い専用機の設計図が完成した。

ナノマシンによる水の操作と、それを水蒸気爆発や防御に利用するという、正に変幻自在(自称)の楯無に相応しい機体だ。それ以外にもガトリングランスや蛇腹剣を搭載している為、近接戦でも十分な力を発揮できるようになっている。

そしてつけられた名前は『霧纏の淑女(ミステリアスレイディー)』。

 

「…………」

 

だが楯無は目の前でそわそわと落ち着かなそうにしている。

 

「まあ仕方ないって。楯無以上の技術者達の手伝いとかできるわけないだろ?行ったって足手まといになるだけだ」

 

「それは理解してるけど…………うう~」

 

自分が何もできないことが歯痒いのは分からんでもないがそれくらい割り切ってほしいものだと溜息を吐く。

楯無は更識の長として大人な振る舞いをしている(らしい)がやはりまだ子供である。まだ14である。少女である。仕方ないのである。

物陰から気配を感じ、そちらを振り返るとそこには楯無と同じようにそわそわした刃鋼さんがこちらを覗いていた。刃鋼さん…………

 

 

 

それからしばらく経って、楯無の専用機が完成した。

技術者達は完成が近づくに連れて睡眠時間が減っていき、完成7日前からは徹夜だったはずなのだがどういうわけかいつもより健康そうにみえる。俺の目がおかしくなったのか?ちなみに簪はちゃんと睡眠をとっていた。

 

「それじゃあ最終チェックお願いしまーす」

 

「ハーイ」

 

楯無が『霧纏の淑女』に触れる。途端、光を放ちながら楯無を包んでいく。そして光が消えるとそこにはレイディを纏った楯無がいた。

少しの間を空けて、

 

「せ、成功だ!!」

 

技術者の責任者兼監督役の男が叫んだ。それがトリガーとなって次々に歓声が沸きあがる。

楯無は空中を自由自在に飛び回ったり搭載されたガトリングランスを具現化してみたりと機体の感覚を掴もうとしているが今の所、エラーや不具合などは発生していない。完成だ。

技術者達に混じって更識の物も涙を流していた。簪もその1人だった。

この『霧纏の淑女』の設計改造計画は楯無と簪の仲を修復するにはとても都合がよかったのだ。おかげで2人の関係は昔以上に修復されたらしい。楯無も簪も積極的にお互いに近づいたからというのもあるだろう。簪に飲み物を差し入れたりした楯無に、自分が持てる全ての技術を使って楯無の専用機を作り上げた簪、2人の勇気がこうして結果へと繋げたのだ。俺はその2人の勇気に拍手を心の中で送った。

 

「簪ちゃん」

 

楯無が簪の元へと降りてきた。そして…………

 

 

ギュゥッ

 

 

力一杯抱き着いた。そして不覚にも「イイ……」と思ってしまった。

楯無は涙を零しながら言った。

 

「簪ちゃんありがとう。ありがとう」

 

「お姉ちゃん…………」

 

「こんな私をまたお姉ちゃんって呼んでくれて、私に力を貸してくれて、ありがとう!!」

 

「ううん、私もありがとう」

 

2人は泣きながら抱き合っていた。そしていつの間にか周りの人達は静かに撤収していった。空気をよんだのだなとその時は思ったのだが後から話を聞いたところ、更識の人達は「一緒にいると泣きそう」と言う理由で技術者達は「用が済んだから」だそうだ。

 

「銀」

 

「銀さん」

 

楯無と簪に呼ばれて2人の方へと近づく。

 

「銀、私達がこうして仲直りできたのも貴方のおかげだから言わせて。ありがとう」

 

「銀さん、私からもありがとう」

 

「俺は何も…………」

 

何もしてないと言おうとした。だが、何もしてないというウソをつけなかった。更識や技術者達に協力を要請したり、簪に差し入れをするように言ったのは他の誰でもない俺なんだ。2人の感謝の気持ちを無下にしたくなかった。だから俺はウソを取り消した。

 

「いや、どういたしまして。かな」

 

俺は、ニコリと笑顔を浮かべてそういった。

 

 

 

 

そして、その数ヶ月後に楯無はIS学園へと入学した。



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学園へ

楯無がIS学園に入学してから1年が経った。楯無はちょくちょく更識の屋敷に帰ってくる。

学園ではちゃんと友人もできたらしい。更には生徒会にまで入っているらしく順風満帆に学生生活を謳歌しているらしい。

ここしばらく周りに目立った動きが無いからだろうけれど、実に平和である。平和なはずなのにどうも胸騒ぎがする。気のせいであってほしい。

 

「毎日毎日書類の山と戦ってばっかりでもうへとへとだよ~」

 

ソファに座った楯無が力無く言った。

 

「仕方ないだろう?それが生徒会の損な所なんだから」

 

「だって職員の仕事まで押し付けてくるんだもん」

 

「やれやれ。俺の恋人はいつからこんなにもだらしなくなったんだ?」

 

俺と楯無は数ヶ月前の夏に恋人の関係になった。

楯無が夏休みを使って海に行きたいと言い出したので、荷物持ちとしてついて行ったのだ。

夕方、人気のない場所に連れて行かれ、そこで告白されたのだ。

俺も楯無に好意を持っていて、それが恋だと自覚できていた。そんな意中の人物からの告白に俺は「喜んで」と返した。

そして今に至る。

季節は打って変わって冬。学生達は冬休みだったり、受験だったりな季節だ。

そんな中俺達は暖房で適度に暖かい楯無の部屋でのんびりまったりと過ごしている。

 

「なあ楯無」

 

「だ~か~ら~刀奈って呼んでって言ってるでしょ?」

 

「どれだけ時間がたっても慣れないものだな。ごめんな刀奈」

 

恋人になってから楯無は本当の名前『刀奈』と呼べと言うのだがどうも慣れずにいた。これに頬を膨らまして抗議する刀奈もまた可愛いと思ってしまうのは刀奈に恋してるからであろう。

刀奈と呼び直すと満足げに笑って抱き着いてきた。

 

「ンフフ~。銀だ~いすき!!」

 

「俺もだよ刀奈」

 

刀奈の額に軽く口付けた。

 

 

 

しかしそんな平和も長くは続かなかった。

 

『世界初!!男性IS操縦者発見!!』

 

某目覚めるテレビを見ていると速報が入り、そんな題が映し出された。

 

「銀以外にもいたのね。とはいっても銀は意図的に動かせるようにされただけどね」

 

動かした男性操縦者か。大体の見当はついている。

 

『織斑一夏』

 

世界最強の織斑千冬の弟である。そして俺の弟でもある人物だ。

今年で彼は中学3年、恐らく受験会場を間違えたのだろう。哀れすぎる。

 

「きっとその男性、IS学園に入学させられるわね」

 

「ほぼ間違いないだろうな」

 

このニュースが流れたことによって彼を狙う人間が男女それぞれに出るだろう。そんな人間から保護するという意味でも、男性とISの関係を調べるという意味でも。

 

「だったらこの波に乗るか」

 

「?」

 

刀奈は首をかしげる。

俺は口角を吊り上げた。

 

 

これを俺は待っていたんだ。織斑一夏がISを動かすこの日を。

ウサギの計画書にあったように織斑一夏はISを動かした。そしてIS学園へと入学する。

役者はこれで揃った。あとは俺が出るだけだ。

 

 

 

 

 

某TV番組

「速報です。1人目に続いて2人目の男性IS操縦者が現れました」

 

 

 

 

 

「全員揃ってますね―。それじゃあSHRはじめますよ―」

 

最新科学によって構成されたIS学園、俺はその学園の1-1にいた。

問題児が多く集められている1-1に、だ。

つまりここには織斑千冬の弟こと織斑一夏がいて、篠ノ之束の妹こと篠ノ之箒もいるわけで。

面倒なやつを一か所にまとめておきたい学園側の考えが丸見えである。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いいたします」

 

副担任の山田真耶……先生がそういうものの誰一人何一つ反応を返さない。形容しがたい緊張感がそこにあった。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いしますね。ええっと、出席番号順で」

 

容姿的な意味に、子供が大人のかっこうをしているような感じの山田先生はこの緊張感に呑まれ狼狽えている。副担任がそれでいいのか?というか担任はどうしたんだ?

とりあえず自己紹介がぎこちなく始まったが段々と和やかに、スムーズに進んでいく。

が、それが詰まってしまった。

反応が遅れたのは織斑一夏。2人しかいない男子の1人、もう1人は俺だ。この女子しかいない教室に、学園に緊張してしまっているのだろう。

 

「織斑一夏くん、織斑一夏くんっ」

 

「はいっ!?」

 

またも山田先生はおろおろしている。可哀そうに。

織斑一夏は自己紹介をする。

 

「えっと、織斑一夏です。………………以上です」

 

短い。が、悪くない。

そう思っていると背後から何かを振り上げる人影が目に映り…………

 

バァン!!

 

凄まじい破裂音が織斑一夏の頭部を音源として響いた。

 

「げぇっ、関羽っ!?」

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

バァン!!

 

2度目の破裂音が同じ場所から響く。

関羽と間違えられた人物、それは………………

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

織斑先生、その言葉に鳥肌が立った。ギリリと手と歯を食いしばる。

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

少しの間を置いて、

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者にするのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやろう。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな!」

 

怒りと憎しみで動き出しそうな体を理性と痛みで押さえつける。

そして、

 

キャァァァァァァ!!!

 

「千冬様よ!!本物よ!!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「このためにここを受けました!!」

 

某モンスターを狩るゲームでいう所の音響弾でも使ったのかというくらいの高音が響いた。

昔から女子というか女受け良かったがそれは今でも健在なのかと思う。

 

「・・・・・毎年、よくもこれだけ集まるものだ。まあいい」

 

織斑千冬の登場によって1人当たりの自己紹介の時間が2倍くらいに増えた。

そしてようやく俺の番。場の雰囲気が少し変わる。織斑千冬もはた鋭い眼光をこちらに向ける。

 

「更識銀だ。以上、話すことはもう無い。聞きたいことがあれば後から聞け」

 

こんなことで休み時間まで削られては適わない。そう思い、再び席に座ろうとした直後、ヒュッと何かが頭上に振り下ろされる。

 

ガスンッ!!!

 

本能的に回避すると座っていた椅子に出席簿が衝突していた。そしてなぜか椅子がへこんでいる。出席簿は無傷なのに。

振り下ろしたのはまたも織斑千冬。

 

「何だ貴様は。まともに自己紹介すらできんのか」

 

「する必要を感じなかった、ただそれだけですよ。他人の事を知りたいなら自分の休み時間でも削って調べればいい。こんなグダグダと自己紹介なんかせずに授業に入ればよかったのに」

 

こうして1時間目はギスギスとした雰囲気で終わっていった。主に俺と織斑千冬のだが。

 



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初日

「大丈夫だった?」

 

「まあそれなりには、な」

 

休み時間になったので俺は刀奈のいる生徒会室で書類整理の手伝いをしながら教室での出来事を話す。

 

「まあ織斑先生に喧嘩を吹っ掛ける勇気は凄いと思うけど」

 

「自己紹介の仕方が悪かったと言いたいんだろう?あの調子だと休み時間どころか2時間目まで続いただろうからな。俺はあれ以外に効率的な方法を思いつかなかった」

 

「で、話しかけてくれる人はいたの?」

 

「いたとも。まあ俺は一刻も早く刀奈に会いたかったから『後からでいいか?』って言って生徒会室に来たがな」

 

一刻も早くの単語で刀奈は頬を主に染め、テレテレと言う効果音が聞こえそうなほど満面の笑顔を浮かべる。

 

「んもう、おねーさんをこんなにメロメロにできるのは貴方だけなんだからね!!」

 

抱き着いてくると俺の額にキスを落とした。

刀奈をメロメロにできるのが俺だけなように、俺をここまで笑顔にできるのは刀奈だけなのだ。

それを刀奈に伝えると刀奈は更に顔を朱くした。

 

「はぁ…………」

 

虚さんが深い溜息を吐く。

そりゃそうだろうな。隣で恋人同士のイチャイチャ(しているつもりはないが)を見せられたら溜息だって吐きたくなる。

虚さんだって美人さんなんだから言い寄ってくる男は多いだろうに。あ、ここは男子のいないIS学園だった。忘れてたな。

どうにかいい人が見つかるといいんだが。

 

 

 

 

2時間目は学園内の部屋や教室、施設や部活などの簡単な説明があった。

とりあえず2時間目が終わったので配布されたプリントなどの片づけをしていると織斑一夏が近寄ってきた。

 

「よっ、さっきはどっか行っちまってたから挨拶できてなかったな。俺は織斑一夏、2人しかいない男子だ。仲良くやっていこうぜ」

 

一夏、お前は、お前も昔のまま変わらないな。その純粋さも皆仲良く思考も。

 

「知っているとは思うが俺は更識銀だ。名前はシロガネと読むがまあ気楽に銀とでも呼んでおいてくれれば構わない」

 

「これからよろしくな銀」

 

すると一夏は、そういえばと話を振ってくる。

 

「さっきどこ行ってたんだ?」

 

「彼女に会いに行ってた」

 

 

「「「「「何!?」」」」」

 

 

ガタタッ!!!

 

 

何人もの女子達が立ち上がり一夏は驚き一色に顔を染めている。

 

「か、彼女?ちなみにだr」

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

一夏が質問するタイミングで、それを遮るように声をかけてきた少女の声は、どこか俺達を見下しているような声色だった。

視線を動かし声の主を確認する。

煌びやかな長い金髪にカチューシャ、ツインドリルに見下したような目。

一夏が口を開く。

 

「誰?」

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」

 

知ってた。

 

「で、英国代表候補さんが一体俺達に何用で?」

 

「んんっ、貴方達がどうしてもと言うのでしたらISの事をおs」

 

「結構だ。教科書の内容を全て暗記している俺がこのバカに教える。男同士の方が何かと楽だからな」

 

「なっ!?」

 

一部の女子が「え、更識君と織斑君って」とか「一夏×銀かしら、それとも銀×一夏かしらグ腐腐腐」などと言ったように聞こえたがきっと木のせいだ、きっと気のせいだ。

オルコットとやらは驚いた様子で苛立ちを見せたがふぅと一息吐くと再び高飛車な態度に戻る。

 

「わたくし入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから貴方達が泣いて頼めば教えてさしあげないこともないのですよ?」

 

「「俺も倒したぞ?」」

 

「へっ?」

 

オルコットの間抜けズラを無音モードの隠しカメラで撮ると俺は口を開く。

 

「あの教官は弱かったな。あの程度にダメージを負う奴なんていたのか?」

 

「…………まさか貴方ノーダメージであの教官を倒したと?」

 

「そうだが?」

 

「まさか、ご冗談を。そんなウソまでつくだなんて男と言うのは本当に」

 

しかしオルコットが言い切る前に電子音が休み時間の終わりを告げる。

あまりのタイミングの悪さにオルコットは小さく舌打ちするが、1度こちらを振り返って、

 

「また後で来ますわ」

 

俺の話には何1つ偽りは無いのだが彼女は信じなかったらしく自分の席へと戻っていった。

すると一夏が目をキラキラさせながら言った。

 

「銀、さっきのはホントか?」

 

「お前に勉強教えるというやつか?きっちり教えてやるからさっさと席に戻れ」

 

「銀ありかとう!!」

 

ったく、一夏となら昔みたいな関係に戻れそうだな。

本当に、そうなるといいな。

 

 

 

 

 

「この時間は実践で使用する各種装備について説明する」

 

3時間目は各種装備、つまりISが使える装備の説明と特徴だろう。

しかし織斑千冬は何かを思い出したのか話題を変えた。

 

「その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

対抗戦に出るのはクラスの中で決められた者だけ、分かりやすく行ってしまえばクラス長だろう。

対抗戦はどのクラスがどれだけよく学習しているかを決める戦いと見られ、それによって教員のクラス代表やそのクラスの生徒達の見方が変わったりもする。

 

「自薦他薦は構わないが一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 

こういう言い方をすると必然的にそのクラスの中で最も印象が強い生徒が選ばれる。基本的には代表候補生が選ばれるのだろうがこのクラスに限っては俺達男子が推薦される。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 

「私もそれが良いと思います―」

 

「私は更識君で」

 

「私も更識君かな」

 

推薦は真っ二つに分かれたがもともとやるつもりはない。

俺は手を挙げて辞退の意を示すのだが、織斑千冬はそれを却下した。

 

「仲間の推薦を無下にするつもりか?」

 

「自分に合わない役に就いたってまともに機能しないと思いますが?」

 

俺の意見に対する返答を返そうと織斑千冬が口を開くのだがそれは別の声で遮られる。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

声を荒らげて反論するのは英国代表候補セシリア・オルコットだ。

 

「このような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!」

 

いや実力があればそんなこともないだろ。あのバカにそれだけの実力があるかは分からないがなかったら鍛えればいいだけの話だ。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

いやいや実力から行けば俺だろうが。

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

だから実力的にもトップは俺だからな。お前は信じてないけど。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

 

「イギリスだって大したお国自慢ないだろ」

 

Oh…………Mr織斑、アナタナンテコトイウネ。

すぐ消えるであろう炎に一夏はガソリンをぶちまける。もう俺は何も知らないとイヤホンを装着し頭を抱えた。

しかし人外なほど優れた聴覚はイヤホン越しに外の音を拾ってしまう。

 

「な、あなた! 私の祖国を侮辱しますの!?」

 

「先に日本を侮辱したのはそっちだろ?」

 

一夏、お前はもう少し我慢を覚えような。

 

「くっ、決闘ですわ!」

 

そしてオルコット、何だその超理論は。流石の俺も理解に苦しむんだが。

 

「おういいぜ。四の五のいうよりわかりやすい」

 

「では一週間後に織斑、更識、オルコットによるクラス代表決定戦を行う」

 

こうして俺は2人に巻き込まれるようにしてクラす代表決定戦に参戦することとなった。いっそ自滅してやろうか。

…………刀奈のためにも自滅はやめよう。

 

 

 

それから時間がたって今日の授業は全て終わると一夏が織斑千冬に呼ばれる。2人の会話に聞き耳を立てる。

 

「織斑、明日の放課後、整備室に集合しろ。お前の専用機が到着する予定になっている」

 

「えーっ!? 専用機!? この時期に!?」

 

「うそー、良いなぁ」

 

良いなぁとは言うものの、それは一夏が望んだものではない。

どうせウサギが政府を経由して一夏に渡すことにしたのだろう。男性IS操縦者のデータ取という建前で。

まあ俺には関係ないなと教室を出て指定された部屋へと進む。

本来は自宅…………更識の屋敷からの登校となっていたのだが、生徒会長権限を乱用した刀奈によって刀奈と同じ部屋に住むこととなった。

 

コンコンコン

 

3回ノックして返事を待つ。

 

「あ、銀?入って~」

 

入室の許可が出たので扉を開けて部屋へと入る。そこには…………

 

 

 

 

裸エプロン(のように見えるが下に水着を着た)姿の刀奈がいた。

 

 

 

 

「おかえりなさい!私にする?私にする?それとも、わ・た・し?」

 

「選択結果が1つしかないぞ」

 

選択肢は3つあるがどれを選んでもい同じ結末を迎えることになる。

いや、俺としては、男としては非常に嬉しいのだが今に限って言えば余計に疲れるだけだ。

 

「とりあえず今日は休ませてくれ。眠い」

 

「ふぅ~知ってるわよ。色々大変だったでしょう?」

 

監視カメラや同じクラスの本音から情報を得ているのだろうか。俺を労わるように制服をハンガーにかけたり水を渡してくれたりと優しく接してくる。

そこで俺はボソリと本音を漏らした。

 

「まるで新婚みたい…………だな」

 

「へ!?ししし、新婚!?えへへ~そう見える?……ってもう寝てるし」

 

もう既に寝てしまった俺を見ながら刀奈は一息吐いて微笑む。

 

「まったく、あんまり無理しないでよね、あ、あなた////」

 

顔を真っ赤にしながら言ったその言葉は微かに、だがしっかりと俺の耳に届いていた。



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朝と特訓

微睡んだ思考を無理矢理働かせて眠気を排出させていく。段々と思考も視覚もクリアになっていく。

暖かい。柔らかい。

布団の温度が体の芯に染み渡り、俺を微睡みの世界へと誘おうとしてくる。

ん?柔らかい?布団に柔らかい何て要素あったか?

一体何が!?

柔らかさの正体への視線を動かすとそこには寝間着の刀奈がいた。

俺は知らず知らずのうちに刀奈を抱きしめていたのだ。

 

「ん、んぅ…………」

 

刀奈はすこし身をよじるが再び夢の世界へと旅立っていった。

抱きしめてわかったこともある。

刀奈はこんなにも華奢だったんだな。

どの部位も柔らかくもう少し力を入れたら簡単に折れてしまいそうな体。簪ほどではないにしても俺と比べると華奢であることは紛れもない事実だ。

そんな刀奈は無防備に、俺に体を預けている。その顔はとても幸せそうで。

そんな刀奈が愛おしくて。

俺は刀奈を抱きしめたまま耳元で刀奈への愛を囁いた。

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

 

時も場所も変わって朝の食堂。

俺は和食Cセットの特盛、刀奈は洋食Aセットの乗ったトレーを持って開いている席を捜していた。

窓辺に開いている場所があったので俺達はそこに座った。

 

「あ、かいちょ~とシローだ~」

 

「お姉ちゃん、ここいい?」

 

声をかけてきたのは簪と本音の2人だ。シローとは本音が俺に着けた愛称で理由は白いからだそうだ。

 

「ん」

 

「簪ちゃんも本音もほら座って」

 

俺は頷き刀奈はどうぞどうぞという。簪と本音は向かいの席に座った。

ちなみに簪は洋食Aセットで本音は日替わり定食だった。

 

「「「「いただきます」」」」

 

両手を合わせて料理に手を付ける。

簪が口を開いた。

 

「銀さん、イギリスの候補生に勝負挑まれたってホント?」

 

「一夏に巻き込まれた形でな」

 

「どんまいシロー」

 

本音にドンマイと言われると何か心にくるものがあるが気にせず食事を続ける。

 

「それで、どうするの?」

 

「何をだ?」

 

「織斑一夏くんのことよ」

 

刀奈が言いたいのは恐らく俺が一夏の面倒を見るという発言についてだろう。

 

「もちろん俺が見るつもりだが」

 

「貴方は特訓とかしなくていいの?」

 

「侮るなよ。俺の身体のこと知ってるだろ?」

 

「そう、ね。分かった。銀に任せる」

 

「ありがとう楯無」

 

更識の関係者以外の人間が居る場所では楯無と呼ぶようにしているが刀奈は不服なようで。だから俺は刀奈に耳打ちするのだ。

 

「部屋に戻ったらたっぷり愛でてやるから、な?」

 

「わかった」

 

と、顔を真っ赤にしながら答える刀奈がやはり愛おしいのだ。

簪は何を言ったのかを理解したのか顔を朱くして俯き、本音はよくわかっておらず食事を続けていた。

 

 

 

 

 

 

昼休み、俺は一夏と、刀奈の3人で食堂にいた。

一夏がふと俺を見た。

 

「あれ、実践じゃないのか?」

 

「まずは武器や装備のことからよ一夏君」

 

「そうなんですか、えっと」

 

「私は楯無よ」

 

「すいません楯無さん」

 

とりあえずと言って刀奈はノートを取り出す。

 

「まずは一夏君、今までに何かやってたスポーツとかってある?」

 

「えーと、剣道を少し」

 

剣道、それは恐らく篠ノ之の家がやっていた剣道や剣術の事だろう。

だが一夏の言い方からしてここしばらくやっていないようだが、何もやっていないよりはマシだろう。

 

「じゃあ武器は刀剣の系統か。出来れば太刀系統のものがいいな」

 

「じゃあ次、一夏君はどんなバトルスタイルがいい?」

 

「うーん、とりあえずは剣道みたいな感じになるかな?」

 

刀奈はノートにまとめていく。そして書き終わるとノートを閉じた。

 

「わかったわ。明日の訓練メニューはこっちで考えておくから一夏君は筋トレとかして体を温めておいて」

 

「わかりました」

 

「時間が余ってるな。ISの基礎について教えておこう。教科書とノートはあるな?」

 

「あるぜ」

 

「じゃあ飯でも食いながら教えてやろうか」

 

俺達は刀奈に席を確保してもらってから食券を買いに行った。

一夏は日替わり定食で俺は和食Aセット、刀奈の和食Cセットを買って先程まで座っていた席に座る。

 

「「「いただきます」」」

 

それぞれ自分の昼食を食べ始める。

合間合間に俺は教科書を指差しながらISの基礎知識を叩きこんでいく。蛍光ペンで色を付けたり分からない部分は説明したりと丁寧に教えていく。

そうこうしているうちに昼食を平らげていて、残り時間が5分になっていた。

 

「楯無は2年だからここまでだな」

 

「俺達はこっちなので」

 

「銀、またあとで。一夏君、また明日」

 

そういって俺達はトレーを片づけてそれぞれの教室へと向かった。

 

 

 

 

翌日、早速ながら実践練習。

一夏は一昨日に来た専用機『白式』を纏い、刀奈はレイディを纏ってアリーナの中心に対面している。

刀奈があっちゃーと言って頭を押さえた。

 

「白式って雪片以外の装備が無いんだった。昨日の話し合いほとんど無意味だったじゃない!!」

 

俺もすっかり忘れていたので何も言えない。

 

「ま、まあ仕方ないですよ。早く練習を始めましょう」

 

「そうね。じゃ、始めるわよ」

 

カウントが始まり、0になったと同時に一夏が加速し接近する。

 

「せいや!!」

 

まずは上段からの袈裟切り。それを刀奈はひらりと避けると、今度は下から上への切り返しによる追撃。しかし刀奈は体を横に逸らして避けると一夏を背負い投げ。見事に一本決まった。

 

「まだまだ行きます!!」

 

「次はどんな手で来るのかしら?」

 

一夏はまたも加速し、鋭い突きを放つが攻撃範囲が狭い突きは簡単に避けられてしまう。

 

「隙あり!!」

 

刃を横に向けてそのまま切り払おうとするが刀奈はジャンプで躱してそのまま空中で横蹴りを入れて一夏を吹き飛ばす。

刀奈がアドバイスする。

 

「一夏君、貴方の攻撃は直線すぎるわ。視線でどこを狙っているかが丸わかりよ。注意して」

 

「はい!!」

 

再び起き上がると低姿勢のまま接近する。視線を隠すための一夏なりの工夫だろう。そして一夏は斜め上への切り上げを繰り出すが避けられてしまう。

 

「まだまだ!!」

 

そのまま高速で一回転し、勢いのついた切り払い、やはり避けられ逆に足払いで顔面を地面にぶつけてしまう。

また刀奈のアドバイスが入る。

 

「一夏君、さっきから刀ばっかりで攻撃しれるけど足だって立派な武器なのよ?」

 

それを聞いた一夏は加速し切り払いを放つ。刀奈はこれを糸も簡単に避けるが、一夏は左足での蹴りで追撃する。

一夏は宝石に例えるのであればまだ原石の状態だ。まだまだ荒削りで宝石が一部しか出ていないが少しずつ、着実に成長していっている。

少しずつ刀奈を追い詰めていくことができるようになっていった。

が、やはり勝つことはできなかった。

 

 

 

 

実践練習が終わり、2人が専用機を解除する。

刀奈が一夏を褒める。

 

「凄い成長の早さね。これなら大丈夫」

 

「ありがとうございます」

 

「おつかれ2人とも」

 

2人に、い○はすを投げ渡す。

 

「さて、一夏君。これから毎日つきあってあげるからちゃんとがんばりなさいよ?」

 

一夏はうへぇと言いながらも、その瞳にはやる気が漲っていた。



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勝負の瞬間

あれから毎日、刀奈は一夏との特訓に付き合った。一夏も凄まじい速度で上達したが刀奈には及ばない。

そして今日。決戦の日。

戦う順番は

 

一夏VSオルコット

一夏VS俺

俺VSオルコット

 

初戦、一夏VSオルコットの試合が始まる。

が、俺はその会場にはおらず、少し離れた場所にある休憩室でトランプをしていた。

ちょうど休み時間だったので簪と本音、刀奈も呼んで7並べをしているが、一夏の試合もモニター越しにちょくちょく観戦している。

 

「ちょっと誰よ!!スペードの8止めてる人!!」

 

「だれだろ~ね~」

 

「まさか本音!?」

 

「俺はとりあえずウノだ」

 

「「早っ!?」」

 

7を全て持っていたので手札が一番少なかったので残り1枚になったところだ。

 

「じゃあ私はこれ」

 

「ありがとう簪ちゃん!!」

 

パスを使い切った刀奈は簪によってなんとか脱落を免れた。

 

「一夏君、奮闘してるわね」

 

「ああ、少し押され気味だがまだ巻き返しができる」

 

「じゃ~私はこれ~」

 

「お、上がりだ」

 

俺は1位抜けして手持ち無沙汰になったので一夏の試合を見る。

 

 

 

 

「ちょこまかと!!」

 

「ッチ!!」

 

オルコットがビットと呼ばれる武器で一夏を四方八方から狙撃するが一夏もやられまいと紙一重で躱していく。

遠距離攻撃を得意とするオルコットに対して一夏は近接一択、かなり不利だが粘り強く戦っている。

4機あるビットの内、既に2機を破壊したのは一夏の成長が生み出した結果だろう。それに一夏の残りエネルギーはまだ7割ほど残っている。

 

「隙あり!!」

 

「そんな!!」

 

またビットを落とし残り1つのビットを落とすのにさほど時間はかからなかった。

オルコットはライフルを構え後退しながら狙撃する。

しかし背後からの攻撃という訳ではないので簡単に避けていく。徐々に徐々に距離を詰めていき、ついにあと5mにまで追い込んだ。

そして、ここで決めると言わんばかりに加速し距離を詰める。だが、

 

「残念ですがブルーティアーズは6基ありましてよ!」

 

隠されていた2機、それは弾道型、つまりミサイル。直撃すればシールドエネルギーは尽きてしまうであろう。

 

「まだ、俺は、戦える!!」

 

一夏は剣を振りかぶって…………

 

 

 

 

投げた。

 

 

 

 

投げられた雪片はミサイルに直撃し、爆発する。爆炎に、爆風に、一夏は突っ込んだがエネルギーはまだ3割弱ほど残っていた。

しかし雪片は遥か下の地面に突き刺さっていて取りに行こうものなら狙撃されてしまう。

 

「まだ耐え抜きますの!?ですが…………これで終わりですわ!!」

 

「まだ勝負は終わってないぜ!!」

 

ライフルを構えたオルコットに急加速した。それもまだ教えていない技術、瞬時加速(イグニッション・ブースト)だ。

突然目の前に現れた一夏に標準を合わせられず、合わせる前にライフルを叩き壊していった。

『体も武器』という刀奈の教えが役に立ったな。

 

「い、インターセp」

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

そのまま体当たりし、瞬時加速を発動させ壁に叩きつけた。

それでようやくオルコットの意識がふっとび、試合終了のブザーがなった。

「勝者、織斑一夏」

 

 

 

 

「やった~」

「くぅっ、私の負けよ」

こちらでも勝負がついたらしい。

結局刀奈がパスして負けたらしく、簪は3位で終わった。

しかし2人の機体の損傷が激しく、俺との戦いは翌日に持ち越しとなった。

 

 

 

 

 

「よくやった一夏。最後の判断は高得点だ」

 

「私が教えたんだもの、当然よ!!」

 

「銀、楯無さん、ありがとうございます」

 

一夏は試合の後に俺達のいる休憩室に来た。

俺達は一夏の試合の結果を褒め、一夏は感謝の意を示す。

一夏は俺に向かうと、

 

「銀、負けないぜ」

 

「「無理だな(よ)」」

 

「即答!?なんで!?」

 

俺はフゥーーと長い息を吐き、刀奈は自慢げに微笑み言った。

 

「銀は私なんかよりも強いのよ?一回も勝てないし」

 

「げ、マジですか…………」

 

一夏はげんなりとするが

 

「それでも、精々足掻くぜ!!」

 

勝負を吹っ掛けるだけの自信はあるようだった。

 

 

 

 

翌日、俺と一夏の対決の日。

アリーナには俺と一夏が対面している。

アリーナの観客席にはクラスメイト達が昨日よりも多く集まっていた。しかし皆一様に俺を見て驚いている。

俺のISこと黒要塞は今時珍しい全身装甲(フルフェイス)だからだ。

 

「銀のISは初めて見たけど重そうだな」

 

「ああ、超絶重いぜ。だからほとんど走れないしな」

 

このISは防御に特化しすぎていて、それ以外の事を全く考慮していない。

空中戦でも歩く程度の速度しか出せない。

が、その分硬さは凄まじくなっている。これは搭乗者を絶対守護を主とした機体である。

カウントダウンが始まり0になると先制してくるのはやはり一夏。

思い切り刀を振り下ろすのだが、

 

ガキィン!!

 

「な!!クソ!!」

 

ガン!!

 

ガギン!!

 

ギャリィン!!

 

何度も、四方八方から、ありとあらゆる攻撃を仕掛けるが重厚な漆黒の鎧に阻まれエネルギーが削れていない。

 

「一夏、お前じゃ勝てない。相性が悪すぎるんだ」

 

「俺はまだあきらめない!!」

 

この戦いで一夏が勝つことは無い。ジャンケンで、グーがパーに勝てないのと同じで。

しかし一夏は諦めようとしない。

 

何度も、

 

ガン!!

 

何度も、

 

ガキン!!

 

何度も、

 

ギィン!!

 

無意味な攻撃を仕掛けては、はじかれる。

 

「俺が負けを許せるのはな」

 

負けてもいいと思える人物、それは、

 

「楯無だけなんだ」

 

最愛の彼女だけだ。だから

 

「だから俺は誰にも負けない!」

 

 

 

「負けられない!!」

 

 

右の拳を振りかぶり、突き出した。

 

「がぁっ!!」

 

拳は一夏の右の頬に当たり、そのまま地面にたたきつけた。

 

「…………」

 

一夏はそのまま気絶した。

 

「勝者、更識銀」

 

アリーナには拍手も歓声も何も無く、あったのは一方的圧倒ゲーム(ワンサイドゲーム)だけだった。

この試合を見ていたオルコットは次の俺との試合を辞退した。

理由は

 

「自分では勝てないと感じた」

 

だそうだ。



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最強の強行

「更識、貴様は少し残れ」

 

織斑千冬が試合後の俺に発した言葉だ。

そして俺はっその言葉の通り、アリーナに残っている。

 

コツコツコツ…………

 

漸く織斑千冬が来たかと思った。間違ってはいなかったが続けて、

 

コツコツコツ…………

 

コツコツコツ…………

 

何人もの足音が響いてきた。

 

「どういった状況ですかね織斑先生?」

 

背後に何十人もの教員を従えた織斑千冬に問う。

 

「単刀直入に言おう。貴様の専用機をこちらに渡せ更識」

 

「断ると言ったら?」

 

「強制的にこちらで回収することになる」

 

背後の教員が訓練用IS『打鉄』に乗って、連射銃をこちらに向ける。その数50。

しかし弾丸程度ではこの鎧を貫通させることはできない。それを理解して尚それしか構える物が無いのは教員自体あまりこの状況を理解できていない証だろう。

 

「では理由を聞いても?」

 

「貴様のISは情報以上の能力を発揮した。安全性を確かめる必要があったからだ」

 

「ではこれだけの教員をそろえた理由は何ですか?」

 

「…………」

 

「答えられないんですか?」

 

織斑千冬は殺気を放って、言った。

 

「もう一度言う。貴様のISをこちらに渡せ更識」

 

「返ってくるという保証は?」

 

「…………」

 

もはや話が通じる状況ではない。

織斑千冬が言い放った。

 

「強制回収開始」

 

その言葉と同時に何百何千もの弾丸が俺を襲ってきた。しかし全てが鎧に阻まれ、はじかれていく。

数十秒して弾丸が切れたのか銃弾の嵐が止んだ。

しかし教員達の目の前には無傷の俺が立っている。

 

「パンフレットにはちゃんと書いてあったでしょう?

『シールドエネルギーを極限まで減らしてその分を超硬質の鎧に使い、絶対防御を発動させないIS』

って。それ以上もそれ以下の結果も出していないのに何故奪おうとするのですか?」

 

「…………」

 

「何をしているのかしら?」

 

「貴方は」

 

出入り口から声がしたのでそちらを見るとそこには70代くらいの初老の女性が立っていた。

轡木 、この学園の長だ。

 

「織斑千冬が俺のISの強制回収だとか言っていますが、貴方の差し金では?」

 

「私はそんなこと言わないわよ」

 

「校長!彼のISは危険です!こちらで調べる必要が」

 

「ISのことは、その持ち主に全てを任せ、緊急時のみ、校長の承諾を得て回収する。校則にもある通り彼が無理にこちらに渡す必要はない、そうでしょう?」

 

「し、しかし」

 

「第一、君たちは私の許可を得ていないでしょう?」

 

背後の教員達は許可を得たものだとばかり思っていたのか驚きの表情を見せている。

織斑千冬は苦しげな表情を浮かべ、やがて、

 

「わかりました」

 

そういって撤退していった。

他の教員もそれについていくように撤退していった。

轡木校長はゆっくりこちらに歩み寄ってくる。

 

「すまなかったね」

 

「いえ、校長はなぜここへ?」

 

「いや何、言いたいことがあっただけだよ」

 

何をですか?と聞くと校長は楽しげに笑った。

 

「ISに頼りすぎてはだめだよというのと、彼女を大切にということをいいたかっただけだよ」

 

「ありがとうございます。ですが大丈夫です。ISに呑まれたりはしませんから」

 

「ホッホッホ、若いのはいいのお。羨ましいわい」

 

それから校長はゆっくりと戻っていった。

俺は黒要塞を解除し刀奈達の待つ休憩室へと足を運ぶ。

刀奈達は心配していたが、俺は事の顛末を話すことはしなかった。

 

 

 

 

「と言う訳で、1年1組のクラス代表は織斑君に決定しました!!」

 

「へ?」

 

呆けた顔した一夏は放っておいてクラス一同が拍手を送る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!俺は銀に負けたんぜ?なのに何で?」

 

「俺がお前に押しつ…………お前が適任だと思ったんだ」

 

「お前今押し付けてって言いかけたよな!?」

 

「気ニスンナヨ」

 

実際にクラス代表にならなかった理由として面倒だからというのもあるが、1番の理由は刀奈との時間が少なくなってしまうからだ。

クラス代表になると生徒会への参加が難しくなる。生徒会には刀奈がいて更識の関係者の虚さんと本音がいる。俺も安心していられる。

 

「…………」

 

ただ、相変わらずこちらに鋭い視線を送ってくる織斑千冬を睨んでから俺も祝福の拍手を送った。

 

 

 

 

そしてその日の午後1番の授業の時間。

今回は実践IS訓練の授業。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。専用機持ちは前に出ろ」

 

織斑千冬の号令で専用機を持っている俺、一夏、オルコット、簪の4人は前に出る。

簪の専用機こと打鉄弐式は簪の学園入学の1週間前に完成した。一夏の事件が起きた翌日に一夏の専用機開発に人手が回って簪の方を開発停止にしたときは本当に襲撃してやろうかと思ったほどだった。

そこから急ピッチで簪の専用機を皆で作り漸く完成したのだ。まあ途中で打鉄弐式の装備が世界殲滅装備みたいになったときは皆「どうしてこうなった」とこぼしていた。

まあ何はともあれ完成した専用機だ。こういう場所で皆に見てもらえるのは俺も簪も、打鉄弐式のコアも嬉しい。

 

「ISを展開しろ」

 

まず最初に俺、光ることもなくただ一瞬にして体に纏った。

次にオルコット、どこに向かって銃口を向けているんだ。

続けて簪、最後に一夏。

 

「では試に飛んで見せろ」

 

オルコット、一夏の順に飛んでいく。簪も飛ぶが俺の上昇速度が遅いのを知っているため俺に合わせて上昇していく。

 

「ごめんな」

 

「いいよ」

 

とりあえず他の2人は上空を周回していて俺が到着すると合流してきた。

すると地面の方から大きな声が聞こえた。

 

「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!」

 

声の主は篠ノ之箒だった。彼女は山田先生のインカムを奪ってこちらに叫んでいる。山田先生はインカムを奪われてわたわたしていて教師らしくなさすぎる。

そんな篠ノ之の頭上に織斑千冬の拳が振り下ろされ、

 

ゴン!!

 

重たい打撃音と共に篠ノ之の頭にたんこぶができる。あの怪力でやられてたんこぶですむのは織斑千冬が力をコントロールしているからだろう。

 

「教師の装備を奪うな馬鹿者!それから勝手に指示を出すな!!」

 

痛みに悶える篠ノ之を見て「ざまあwwwwwww」と思ってしまった俺は多分悪くない。

織斑千冬は少し間を置いて次の指示を出す。

 

「急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

 

急降下も急停止も俺の得意分野だ。簡単に言えば墜落直前に停止ということだ。

 

「1番、更識が、参る」

 

PICを弱めて重力に抗わずに地面に向かって落ちていく。が、直前で停止する。

続けてオルコット、簪と成功したが一夏は停止が出来ずに大きなクレーターを作った。

 

「一夏、大丈夫か?」

 

「メッチャ痛ぇ」

 

「どんまい」

 

まあこれは一夏の技量の問題なのでどうしようもない。

この後は特に難しいことは無かったので滞りなく進んだ。

 

 

 

 

そして放課後、クラスでは一夏のクラス代表を祝ってパーティーが開かれている。

しかし俺は全く興味が沸かなかったので最愛の彼女である刀奈のいる生徒会室へと向かったのだが、途中であった虚さんに言われた。

 

「今日は生徒会はお休みですよ?」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

俺は目的地も生徒会室から刀奈と俺の部屋に変更し、廊下を進んでいく。

ようやく目的地の前に到着した。3回ノックしたが返事がない。念のためにもう3回ノックするがやはり返事がない。ただのしかばねのようになっていないといいのだが。

少しの不安がよぎる。昨日の織斑千冬との一件もあって不安が募る。

ドアを開けて中に入る。

少し進んでベットをそこには刀奈がすやすやと吐息を立てて寝ていた。…………俺のベットで、だが。

 

 

スゥ…………

 

 

空中に手をかざしてディスプレイを投影する。そこに映し出されたディスプレイには刀奈の脈や血液状態、精神状態や呼吸回数などが映されている。お互いのことを守りたい、愛したいとこうしてお互いをモニタリングしているのだ。

ディスプレイに映し出された結果からみるとただの疲れだそうだ。

再び手をかざしてディスプレイを消すと刀奈の頭を撫でる。

 

「あんまり心配させないでくれよ。俺の姫様」



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恋愛相談

女子の情報伝達力と結束力は凄まじいもので、隣のクラスに中国からの転校生がきたらしいという噂がこちらの方にも流れてきた。

そして結束力というのは女子はよく群れているが決して邪魔になるようなことはしない。自分に対する報復を恐れるが故かもしれないが、それでも結束力が強いことに変わりはない。

 

「そっか、中国かぁ…そういやアイツ、中国に帰ったんだよなぁ」

 

「アイツ?」

 

同じクラスで俺達とよくつるんでいる本音が一夏の発言に対して疑問する。

一夏は懐かしそうに答える。

 

「小学生四年生の時に転校してきてからの第2の幼なじみになるんだ」

 

「へえ~」

 

どうせコイツのことだ。その幼馴染も女でコイツに惚れているってオチだろうな。

 

「どんな子?」

 

「箒とは違うベクトルで煩かったけど明るくて活発なやつだったよ。名前は…………」

 

 

 

バァン!!

 

 

 

「凰 鈴音よ!」

 

勢いよく扉が開かれ、そこで少女が仁王立ちの状態で一夏の言葉の続きに来るであろう誰かの名前を言った。俺は「あれだけ勢いよく開けられたのに壊れてないとは、IS学園は扉まで凄いのか」などと思っていた。

一夏はその少女を見ると驚きながら聞いた。

 

「お前、鈴か?」

 

「ひさしぶりね一夏!!」

 

一夏の確認の問いにツインテールの少女は久しぶりねと返した。つまりこの少女が一夏のいう第2の幼馴染で間違いないだろう。

しかしこれにいい顔をしない人物がいた。

篠ノ之だ。

自身の持ち味というかアドバンテージである幼馴染を持った人間がきたのだ。そして、自分より明らかに行動力が高い。

そんなことを考えているんだろうなと思いながら俺は再開を果たした2人を見守っていたがすぐに自分の席に着く。

 

「おい」

 

「なによ」

 

バァン!!

 

少女の頭上に振り下ろされる無慈悲な出席簿。その犯人は織斑千冬。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

強烈な威圧感を放つ織斑千冬の前に少女は成す術も無く退散していった。

 

「それではSHRを始める」

 

 

 

 

 

昼、俺と一夏、篠ノ之と本音、そして刀奈の5人で食堂し来ていた。

 

「待ってたわよ!一夏!!」

 

「麺が伸びるぞ」

 

「う、うるさいわね!わかってるわよ」

 

俺達が座ると皆でいただきますと手を合わせ、食べ始める。

 

「それで鈴、いつ帰ってきたんだ?」

 

「一昨日ね。まあIS学園に行けるって決まってから30分で準備したんだから」

 

「短っ!?」

 

「それより一夏、この人達誰?」

 

「遅っ!?まあ紹介するよ。クラスメイトの本音と銀、4組の簪と簪の姉で銀の恋人の楯無さん」

 

興味なさげに聞き流していた少女こと凰 鈴音だったが恋人という単語に反応し、もう一度聞き返す。

 

「え、何?この人ってアイツの恋人なの?」

 

「あ、ちなみに2年でロシア代表で生徒会長だ」

 

「え、あ、ウソ。すみませんでした」

 

「あははーいいのいいの、気にしないで。タメ口でいいからさ」

 

刀奈は笑って返す。凰 鈴音も少し戸惑いながらもタメ口を使って話す。

 

「わかったわ楯無………さん」

 

「やっぱり呼び捨ては難しいかー。仕方ない楯無さんでもよかろう」

 

「一体何のキャラだよ楯無」

 

呆れる俺に戸惑う凰 鈴音、楽しげに笑う刀奈に苦笑する一夏、そしてずっと不機嫌そうな顔をしている篠ノ之という何ともカオスな(混沌の)空間が完成した。

 

「あそうだ楯無さん。あとから相談したいことがあるんだけど」

 

「んん!?」

 

篠ノ之のセンサーに何か反応したらしいが刀奈はそれに気づかない。

 

「オッケーよ。いつがいい?放課後?」

 

「じゃ放課後でよろしく!」

 

「むむむ………」

 

篠ノ之は「これはまずい」みたいな顔をしているが、俺は気にしない。

 

「ごちそうさま!それじゃああたしは教室に戻るから!放課後よろしく!!」

 

「またあとでね!!」

 

この少しの時間で刀奈と凰 鈴音の距離が驚くほど縮んだ。これこそが人間の神秘!!そんな風に感じた。

 

 

 

 

 

放課後、凰 鈴音の相談とやらに乗るために隣のクラス1-2に赴いていた。

 

「えーっと鳳 鈴音(おおとり すずね)ちゃんいるー?」

 

「違うわよ!!アタシは凰 鈴音(ファン リンイン)よ!!」

 

「あ、見つけた。じゃーこの子借りてくねー!」

 

刀奈は凰 鈴音の首根っこを(というか制服の首元を)掴んで引きずっていく。しかし段々と凰 鈴音の顔が青くなっていく。

 

「楯無!!こいつを窒息死させるつもりか!!」

 

「あっとゴメンね」

 

「ケホッケホッ、何てことするのよ!!」

 

窒息死を免れた凰 鈴音は咳をしてから刀奈に向かって抗議する。しかし刀奈は人を殺しそうになったにもかかわらずニャハハーと笑っている。

 

「さっさと移動するぞ。めんどくさい」

 

「めんどくさいって…………キャ!?ちょ、待って!!そんなアタシを米俵を担ぐみたいに肩に乗せないで!!降ろして!!」

 

「うるさい。楯無、さっさと行くぞ」

 

「それじゃ、こっちよ」

 

凰 鈴音の叫び声は目的地に着くまで止むことは無かった。

しばらくすると刀奈の言う目的地である相談室に到着した。

 

ガララッ

 

中には長方形の机と向かい合うように置かれたソファがあり、まるで校長室のようになっていた。これで相談室とかどんだけだよ。

刀奈は扉を閉めると鍵をかける。

 

「さてと、銀。鈴音ちゃんを降ろしてあげて」

 

「だからアタシは凰 鈴音よ!!」

 

ゆっくりと降ろしたが第一声がこれである。よほどの何かトラウマみたいなものがあるのだろう。

ボスン、とソファに腰掛けると凰 鈴音と向かい合うようにして俺と刀奈が座る。

 

「さてさて、何を相談したいのかな?ん?」

 

「楯無さんも気付いてると思うけどアタシは一夏が好き」

 

「「知ってる」」

 

「ってアンタもわかってたの!?えっと名前が」

 

「銀でいい」

 

「まあ呼び方はどうだっていいのよ」

 

どうでもいいのかよ。まあ全然話が進まないがそれは凰 鈴音の所為であって俺の所為ではない。

ハァと息を吐いて凰 鈴音が続ける。

 

「アタシは一夏が好き。だけどどうやってアプローチすればいいかわかんないの」

 

凰 鈴音の顔は恋する乙女の顔になっていた。刀奈もこんな顔をするときが昔あったな、などと懐かしいと感じる。

 

「だから恋人の2人に相談してるの。何かいいアプローチ方法ってないかしら」

 

恋とはいいものであるが、その反面で恐怖し、苦しいことでもある。

自分が恋することによってその人との関係が壊れてしまうかもしれないと恐怖し、現状維持に徹し、自信を苦しめる。そんなことでもある。

ただ彼女は壊れるより先に距離を縮めるというタイプのようだ。けれど距離を縮める手段がない。だから俺達に知恵を求めたのだろう。

 

「うーん、私達と貴方達とでは状況も関係も違うからどうしようもないけど」

 

「俺は俺でそれとなく聞き出してみよう」

 

「そうして。ということで鈴音ちゃん」

 

「鈴でいいわ」

 

「じゃあ鈴ちゃん。銀から情報が入ってくるまでどうしようもないからしばらくは女子力を鍛えましょう」

 

そうして第1回凰 鈴音告白プロジェクト集会は終わった。

ここからは俺しかできないことだ。凰 鈴音の為にもなんとか聞き出してみよう。

…………その前に、あの一夏(バカ)に恋愛が理解できるのだろうか?

 

 

 

 

俺達はクラス対抗戦に向けてアリーナでトレーニングをしている。

俺達といっても今回はいつもの4人だけではない。

俺と刀奈と一夏と本音以外に、英国代表候補生のオルコットに何故か一般生徒と同じ扱いの篠ノ之。いやほんとに最後、何でいるんだよ。

 

「銀は一夏君を担当して。私はセシリアちゃんと簪ちゃんと箒ちゃんを担当するから」

 

「了解した」

 

「よろしく頼むぜ銀」

 

俺達は少し離れた場所で専用機を展開する。会話はオープンチャンネルで済ませている。

 

「みてろよ銀。ここ数日での俺の成長を!!」

 

「来い」

 

一夏は刀を構えて接近してくる。刀での切り上げを躱すと左足での蹴りが続き更に後方への飛び退き回避で距離を取る。

攻撃が不発だったらすぐに距離をとれと、俺が刀奈に教えた戦法だ。

 

「そういえばお前さ」

 

「何だ」

 

足払いを避けながら一夏と会話する。

 

「気になる女子とかいないのか?」

 

「何言ってんだ?」

 

ブレイクダンスの要領で繰り出される連続蹴りをいなすと続く言葉を放つ。

 

「ここにいる女子は殆ど美人ばっかりだ。まあ楯無には及ばないがな」

 

「ノロケかよ!!」

 

先程より力の入った突きからの袈裟切りを身を捩って回避すると会話を続ける。

 

「ともかく、恋愛対象になりそうな女子はいないのか?」

 

「まだいないな!!」

 

滑り込みからの切り上げをスレスレで避ける。

 

「じゃぁお前が恋人にするならどんな女がいい?」

 

「そんなもん好きになったやつに決まってるだろ!!」

 

サマーソルトキックを仰け反って回避するとここまでかと一夏を組み敷く。

 

「なかなか上達してるが、まだまだだな」

 

「強すぎるというか硬すぎんだよ!!」

 

文句を垂れる一夏に手を差し伸べる。手を掴まれると一夏を引っ張り上げる。

情報もそれなりに入ってきたし、一夏の成長も確認できた。戦果は上々だろう。

その後も一夏への戦闘指導は終わらなかった。



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クラス別対抗戦

迎えたクラス対抗戦。

一夏の初戦の相手は誰が考えたであろう凰 鈴音だった。

 

「鈴、俺はかなり強くなったからビビって逃げんなよ」

 

「そっちこそ、あんたよりアタシの方が強いんだから」

 

今回は俺も刀奈さんも、簪も本音も、オルコットも来ているのだ。だから負けられないと試合前に意気込んでいた。

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「私と銀が鍛えたんだから一夏君が負けるはずないわ」

 

「フッ、野暮なこと聞いたな」

 

 

カウントが始まる。

3、お互いに武器を構え、

2、お互いを見据え、

1、息を吸いこみ、

0、急加速で一夏と凰 鈴音が激突する。

 

凰 鈴音の機体、第3世代機『甲龍』は赤と黒の色の攻撃的な形だが情報によると超低燃費だがパワーが強いということとなっていて機動力重視の白式が力負けするのは明確だった。

しかし、それだけが甲龍の持ち味ではない。

 

「グッ、なかなかやるじゃない」

 

「楯無さんと銀達に付き合ってもらったんだ。言っただろ強くなったって」

 

今のところは機動力を駆使して四方八方から攻撃を仕掛けている一夏が優勢だが、甲龍の秘密兵器はまだ使われていない。

しかし凰 鈴音もやられてばかりではない。

厚い刃を持つ青龍刀で攻撃を弾き、反撃する。だが一夏はすぐに体勢を立て直し、切りかかる。

凰 鈴音は一夏の速度に対応しきれず、ジリジリとエネルギーが減っていく。

そしてついに一夏は凰 鈴音のシールドエネルギーを3割削ることに成功した。

そこで凰 鈴音は後退し距離をとる。

 

「どうした?もう終わりか?」

 

「違うわよ。秘密兵器を使うだけよ!!」

 

凰 鈴音がそう言った瞬間、一夏が見えないナニカに吹き飛ばされた。

会場のほとんどの人間は何が起きたのか分かっておらず、一部の人間がそれを理解し驚いていた。刀奈とオルコットは後者だ。

 

「な、何が起きたんだ!?」

 

「な、何?」

 

篠ノ之と簪は分かっていない様でオルコットと刀奈が説明する。

 

「衝撃砲ですわ」

 

「中国の最新技術で完成した不可視の武器よ」

 

「不可視だと!!回避はできないのか!!」

 

秘密兵器こと衝撃砲。これは言ってしまえば超強化空気砲だ。

空間を圧縮し、砲弾として発射する。不可視の衝撃は相手に回避を許さずエネルギーを削りきる。そんな武器だ。

けれど、ちゃんと対策はしてある。

 

「問題ない。一夏には秘策がある」

 

「「「秘策(だと)?」」」

 

「まあ見てなって」

 

一夏は地面にたたきつけられたが起き上がると腰の後ろに隠してある何かを掴んだ。

それは俺が試合前に秘策として渡した、対衝撃砲用の道具だ。

その名を、

 

「食らえ!!煙幕弾!!」

 

「それがどうし…………キャッ!?」

 

一夏は煙幕弾を凰 鈴音に投げつける。それを衝撃砲で破壊した瞬間、大量の煙幕(スモーク)が噴出し、アリーナ内を煙で覆う。

刀奈が問う。

 

「これが秘策?」

 

「しかしISのサーモセンサーで場所が分かってしまいますけど」

 

オルコットが付け足して言う。

 

「まあ見てなって」

 

会場のモニターにサーモカメラで2人が映される。

一夏は凰 鈴音の衝撃砲のロックオン警告を聞いているだろう。

凰 鈴音は捉えた一夏に衝撃砲を発射したが一夏はそれを避けた。

それに会場はざわめいた。

 

「衝撃砲の砲弾が見えた!?」

 

刀奈が驚く。原理は簡単だ。空気砲に煙を貯めて発射すると形が見えるのと同じだ。

しかしオルコットが冷静に言った。

 

「しかしこのスモークもすぐに消えてしまって、また不可視の砲弾になってしまいますわ」

 

「それはいいんだよ。不可視ではない今のうちに衝撃砲の特性を理解できる。一夏の成長速度だったらそれが可能だ」

 

やがて、煙幕は消えて凰 鈴音は再び猛攻撃を開始する。

しかし先程の煙幕の中で衝撃砲の特性を理解したのか衝撃砲を躱していく。

そう、衝撃砲は直進しかしない。

そして、

 

「そらっ!!」

 

「しまっ!?」

 

片方の衝撃砲を破壊することに成功した。

そして続けざまにもう片方も破壊したが、腕に有った衝撃砲で吹き飛ばされてしまう。

しかし一夏は急停止し、体にかかるGを堪えて凰 鈴音に突撃し、勝敗を決める。

はずだった。

 

『超高熱源ロック中 回避を推奨します』

 

「やべっ」

 

「ひゃ!?」

 

一夏は凰 鈴音に体当たりしその場を離れる。その次の瞬間、その場所を極太のレーザーが、アリーナのシールドを貫通して穿った。

 

 

 

 

 

 

2人の決着を邪魔したビームの主がアリーナへと侵入してきた。粉塵が晴れて姿を現した乱入者は正に異形だった。

頭部と胴体は一体化していて俺と同じく全身装甲の身体を持ったISだった。

 

 

(――――――――)

 

 

「っ!?」

 

「銀!?大丈夫!?」

 

あのISのコアとリンクしあのISコアとの会話を試みたが、最初に流れ込んできたのは凝縮された苦痛と怨嗟の濁流。

 

「ガッ、ハガァ、ゼハぁ、はぁはぁ…………」

 

「ちょっ、しっかりして銀!!」

 

「だい、じょうぶ、だ、楯な、し」

 

「大丈夫じゃないでしょうが!!何があったの!?」

 

「あのISコアとコンタクトをとったが、耐えられないほどの苦痛と怨嗟の声でおかしくなりそうだった」

 

リンクを切ったからよかったものの、もし切っていなかったらこちらがおかしくなっていたかもしれない。

そして、最後に、切る直前に聞こえた声。

 

 

(たすけて)

 

 

衰弱しきっていて、悲しそうで、あれだけの苦痛と怨嗟の嵐の中耐え抜いて言った「たすけて」という言葉。

きっと拷問より酷く辛い時間を過ごしてきたんだろう。

 

「絶対に、助ける!!」

 

「無茶よ!!そんな身体で!!」

 

「そうですわ!事情はよく分かりませんがここは退避したほうがいいですわ」

 

「そうだぞ!一夏がなんとかしてくれる!」

 

揺らぐ視界の先にはあの異形のISに奮闘する一夏と凰 鈴音の姿が見えた。

満身創痍の凰 鈴音でさえ、客席の生徒の退避が完了するまでの時間稼ぎとして戦っている。この程度で折れる訳にはいかない。

それに、篠ノ之束の手によってここに送り込まれたあのISから何かしらの情報を得られるかもしれないのだ。千載一遇のチャンスを逃す気はない。

 

「おり…………更識、出る!!」

 

専用機を纏ってシールドの、穴の開いた部分からアリーナ内に侵入し、対面する。

 

「すぐに助けるから、少し待っててくれ!!」

 

そして俺は一夏と凰 鈴音に指示を出す。

 

「一夏、お前はとにかく攻撃、凰 鈴音は撤退しろ!!」

 

「わかった」

 

「まだいけるわよ!!」

 

「満身創痍の奴がいても足手まといになるだけだ。失せろ!!」

 

「っ!!分かったわよ!!!」

 

逆切れしつつも凰 鈴音は撤退する。刀奈とオルコットは生徒の退避で忙しいようだ。

これを対処できるのは俺達だけなんだ。

 

「やってやるぜ!!」

 

そういって展開したのは大剣とも呼べない、武骨な剣だった。

全長3.5m。剣の表面はデコボコと凹凸があり、刃は研がれておらず、そもそも刃という概念がない。言ってしまえばこれは超重量で角をぶつけることが攻撃という武器なのだ。

そして、この大剣の素材はこの鎧と同じく、超硬質の合金。破壊される心配もない。

 

『超高熱源ロックオン 回避を推奨します』

 

「んなことに構ってる暇は無いんだよ!!」

 

大剣を振りかぶるが、それより早く敵はビームを発射した。

俺は大剣を、音速超えの速度で、投げた。

大剣はビームを2つに切り裂いてビーム発射口のある右腕を吹き飛ばした。

そして、遅れてくる衝撃波、俗にいうソニックブームによって敵は壁際まで吹き飛ばされる。

 

「さあ、その子を離せ!!」

 

「銀?どうしたんだ?あそこには誰もいないぞ?」

 

一夏が疑問を投げかけるが無視して突き進む。

敵は、左腕のビーム発射口にエネルギーを送るがチャージ速度が遅い。

 

「今からたすけ」

 

「一夏ぁああああああ!!!」

 

大音量で篠ノ之箒の声が放送室からハウリングしながら響く。

 

「男なら…………男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!!」

 

その声に標的が俺から篠ノ之に変わり、「ヒッ!!」と放送室の篠ノ之の恐怖する声が聞こえた。

自身が本当の意味での死を目の前に立っていると今更気付いたのだろうか。

しかし発射される前に左腕を踏み潰してエネルギーを爆発させる。

もう武器はない。敵はまともに動けないのでこちらのなすがままになる。

 

「待っててくれ。すぐに助ける」

 

ガチャリ、

ガチャガチャ、

ジジジジ、

キィィィ、

 

回線や装甲を外して、切断して、最奥にあった結晶、ISコアは一部が変色してしまっている。ウイルスの浸食が始まっているのだ。

 

「まだ、間に合う」

 

両手でコアを包み込み、再びコンタクトを試みる。

 

 

(―――――――――)

 

 

「ぐっ!!!」

 

やはり流れ込んでくる形容しがたい負の濁流は、このコアの意識を確実に蝕んでいる。

すぐにコア正常化プログラムを起動し、ウイルスを解除し、削除していく。

コアの変色部分は次第に正常を現す青色に変わっていき、そして全てのウイルスを消滅させた。

 

 

(ありがとう)

 

 

「(どういたしまして)」

 

俺はそこで意識を失った。



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転校してきたのは金色と銀色

「知らない天井だ」

 

よくわからないが何故か言わなければならないような気がして言ったが、本当に知らない天井なのだ。

周りを見ると横で刀奈が寝ていた。窓を見る限り大体深夜0時くらいだろうか。

とりあえず刀奈を揺すり起こす。

 

「んー?あ、起きた!!」

 

「おはよう刀奈」

 

「おはようじゃないわよ!!あんなに無茶して!!心配、したんだから…………」

 

「っ!?すまなかった」

 

俺の胸に顔を押し付け、涙を零した刀奈に底知れない罪悪感が沸いてしまう。

優しく抱き返して頭を撫でる。

 

「もう、ぜったいに、無茶しないで」

 

「保障はできない。が善処する」

 

この先、必ず無茶することになる。それは避けられないことだから。それでも刀奈をもう泣かせたくないから、善処はする。そんな回答になってしまった。

刀奈は答を返さなかった。けれど却下ではなさそうだ。

俺達はしばらく抱き合っていたがやがて刀奈が寝てしまった。よほど疲れていたのだろうか。明日誰かに聞いてみよう。

仕方ない、と零しながら刀奈を俺の横に寝かす。布団をかけると刀奈は俺に近づき、胸元に顔をうずめる。こうすると安心するのか、刀奈の顔は嬉しそうに笑っている。

机に置いてあるスタンドの明かりを消して、眠りについた。

この日はいつもより深く眠れた。

 

 

 

 

翌日の朝、先に起きたのは俺だった。体を起こしてベットから降りようとしたのだが服の裾を刀奈が掴んで離さないのだ。

可愛い奴めと額にキスを落とす。

しかし改めて現状を確認する。

昨日から、密室で、恋人と2人きり。…………確実に誤解されるな。

そして、運悪く誰かが保健室の扉を開けた。

 

「は~。今日も今日とで怠い一日が始まるの……か…………」

 

沈黙。

 

「あ、すみません。どうも部屋を間違えたようで」

 

「貴女は大きな誤解をしている。だから戻って!!」

 

入ってきてしまった保健担当の東 京香(あずま けいか)先生に弁解し、理解してもらえたのはそれから10分後のことだった。

 

 

 

 

「え~、今日は皆さんに転校生を紹介します」

 

この学園は一体どうなっているんだ。こんな短期間に2回、3人も転校させてくるとは。

まあ転校生が来るというのは悪いことではないので普段は気にしない。

しかし今回は別だ。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 

転校生の片割れが男性だったからだ。

しかし彼の正体は2秒前に知った。

シャルロット・デュノア。デュノア社社長の愛人の子。そして女性。

ISのネットワークでデュノアに関する情報を集めてもらったのでここまでは知っている。

このタイミングで転校してきたのも、恐らく俺達男性操縦者の情報の奪取と、デュノア社の経営状態が理由だろう。

デュノアの方が厄介だが、もう片方の転校生もそれなりに曲者だった。

白銀の髪に赤の瞳、そして眼帯。威圧感をだだ漏らしにして無言を貫く彼女は圧倒的めんどくささを放っていた。

 

「自己紹介くらいしろ、ボーデヴィッヒ」

 

「はい、教官」

 

「私はもう教官ではない。ここでは織斑先生と呼べ」

 

織斑千冬を教官と呼んだ。織斑千冬が教官と呼ばれるような場所、それは織斑千冬のドイツでの教官生活が思い浮かぶ。

彼女はおそらく織斑千冬の元で鍛えられた軍人なのだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

短すぎる自己紹介、そこは一夏と同じような感じだなと思っているとボーデヴィッヒがこちらへと進んできて、振りかぶった。

 

「…………」

 

「…………」

 

ボーデヴィッヒの平手打ちは寸で止まった。そして、俺の目潰しも彼女の瞳の寸で止まる。

先に口を開いたのはボーデヴィッヒだった。

 

「違うのか」

 

「俺は更識だ」

 

俺の返答を聞くと今度は一夏の方へと歩いていく。

人違いだったようだが、このままでは一夏に平手が飛んでくる。友人が痛い目を見るのは別にいいが、後から文句が煩そうなの、でボーデヴィッヒを止める。

 

「何の用だ」

 

「一夏に何をしに行くつもりだ?」

 

「貴様には関係無い」

 

「一夏に同じことをするのであれば、俺は友人として、君を止める義務がある」

 

「もう戻れボーデヴィッヒ」

 

「はい教官」

 

「織斑先生だ」

 

ボーデヴィッヒは黒板の前に戻っていく。その途中、一夏を見て、

 

「チッ……認めん、貴様のような出来損ないが教官の弟だなどと、私は絶対に認めん!!」

 

そう言い放った。

一夏は知らぬところでも誰かの恨みを買っているらしい。哀れ一夏。

 

「それでは、1時限目は2組と合同でISの実習だ。着替えてグラウンドに集合しろ」

 

まためんどうな授業が来たがまあ仕方ない。そんなことを考えながら俺はSHRが終わるのを待った。

 

 

 

 

 

グラウンドには1組と2組の全生徒(体調不良による欠席を除く)が集まっていた。ISスーツで。

ISスーツは水着のように体にぴったりと張り付いているため、体のラインがくっきりと表れる。もちろん俺には刀奈さんがいるため、他の女子生徒に目移りすることはないが一夏は目のやり場に困っている。

まあ仕方ないと思う、男だから。まあ昔から刀奈さん以外の人に目移りすることが無かったからわからんけど。

 

「では、最初に実際にIS同士の模擬戦闘を見てもらう。オルコット、凰、前に出ろ」

 

「わたくしと鈴さんが、ですの?」

 

「え~、メンドー」

 

機体の相性的にはいいのだが、搭乗者の相性は最悪な2人が前に出る。

やる気が生徒と戦わせても「やる気がないから負けた」と思われてしまう。だから織斑千冬は2人に発破をかける。

 

「そうだな…………では勝てたら聞かせてほしいことを何でも教えてやろう。例えば美容方法や給料、好みの男性のタイプとかな」

 

人外なほどに優れた耳が織斑千冬の言葉を拾う。

すると2人のやる気に火が付いたのか、模擬戦への意欲を示した。

オルコットは問う。

 

「対戦相手は鈴さんですか?」

 

「いや、対戦してもらうのは…………」

 

「一夏、そっちになんか飛んでくるぞ!!」

 

「へ?うわぁ!!」

 

間一髪のところで一夏は飛行物体に気付いた。までは良かったのだが、そこから反射的に背負い投げを使って飛んできた山田先生を叩きつけてしまった。

 

「イタタ…………」

 

「うわぁ!?先生!?すみません!!体が反射的に…………」

 

「いいんですよ、先生がドジしちゃっただけですから…………」

 

タハハと乾いた笑いで立ち上がる山田先生。

オルコットはまさかと織斑千冬に再度問う。

 

「まさか山田先生と2対1ですか?」

 

「安心しろ。今のお前達ならすぐ負ける」

 

「「なっ!?」」

 

そう言われたことに腹が立ったのか更にやる気を滾らせる2人。

3人が定位置についた。

 

「では、始め」

 

号令と共に1人と2人が激突した。

その間、織斑千冬はデュノアに対して、山田先生の駆るIS「ラファール・リヴァイヴ」の説明を始める。

俺はその前に凰 鈴音にプライベートチャンネルで警告する。

 

「(凰 鈴音、今のままでは確実に負ける。お前が合わせてやれ)」

 

「(はぁ~?何であたしが合わせなきゃいけないのよ)」

 

「(一夏の前で赤っ恥をかきたいのであればそう言っているといい)」

 

そういって一方的に通信を終えた。

一方でこちらはデュノアが説明を始めている。

 

「山田先生が乗っている機体は、デュノア社の量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』で、第二世代最後の機体です。しかしその汎用性の高さから、第二世代でも第三世代に劣らないスペックを持っています。

 

現在配備されてる量産型ISの中でも世界第三位で、誰でも簡単に動かることができて、各種戦闘スタイルに合わせて装備の換装が可能です」

事細かに説明するデュノアだが、簡単に言ってしまえば「高機動かつ豊富な装備で簡単に動かせるISです」と言うことだ。

説明をおえたデュノアだが、未だ山田先生と凰 鈴音&オルコットペアの戦闘は終わっていない。どうやら俺の警告に従って、オルコットの動きに合わせて戦っているようだ。

いくら射撃がうまい山田先生でも協力した攻撃にはかなり苦戦しているようで、中々攻撃に転じれていない。

しかしそこに無粋な中断の笛の音が響く。

3人は地に降り武器を収納する。

 

「今の戦いをみてわかったように、1人で代表候補生2人を相手にできるほどの実力を持っている。これからは敬意を持って接するように!!」

 

『はい!!』

 

だが俺は思った。

いい返事を返すが織斑千冬がいなくなるとまたいつも通りのあだ名呼びになるんだろうな、と。

とりあえず漸く授業に入る。

今回はISの装着と歩行訓練だが人が特定の場所に集まる集まる。

一夏と俺、そしてデュノアの3ヵ所に集中していたが織斑千冬の怒号が飛ぶと、皆バラバラの場所に移動する。

もはや教団とか心理教だな。

そんなこんなで授業は穏やか…………ではない箇所というかグループが1つあったが、そこ以外は順調に進んだ。とりあえず可哀そうだったのでついでにそこもフォローしておいた。

そこのグループのリーダーはボーデヴィッヒ、最低限の言葉だけで会話を終わらせ、無言の圧力を放っていた。

こんな調子でこのクラスは大丈夫なのだろうか?

 

 

 

 

時、所共に変わって昼休みの相談室。

今回も前回と同じように凰 鈴音と、刀奈、俺の3人が集まっていた。無論、扉の鍵もしまっている。

前回と違うのは机の上に紅茶の入ったティーカップがあることくらいだろう。

 

「で、情報は集まった?」

 

刀奈は俺に成果を聞く。

 

「一夏は気になる相手どころか、好みのタイプすら無いらしい。恋愛を他人事として捉えているようにも見えるがな」

 

「なるほど。これはチャンスよ鈴ちゃん!!」

 

「はい?」

 

紅茶に口を付けるがアチチ……と言ってまたティーカップを置く凰 鈴音に刀奈はチャンスだと言う。

理解できていない凰 鈴音はとりあえず「何が?」と返した。

刀奈は力を込めて言った。

 

「いい?一夏君には気になる人がいないの。精々織斑先生くらいでしょう。ここで鈴ちゃんが強めにでてインパクトを与えておくのよ」

 

「つまり?」

 

「デートに誘うのよ!!」

 

「デデデ、デート!?むむむ無理無理無理!!」

 

と、顔を真っ赤にして手を振り回し無理を連発する凰 鈴音に刀奈は「なんで?」と聞く。

だ、だって…………と凰 鈴音が言う。

 

「もしそれで変に勘ぐられるとイヤだし…………」

 

「大丈夫よ。一夏君のことだから気付かないって」

 

「で、でも…………」

 

「だったらデートって言わなくても、買い物に付き合えでもいいわけだし、それで失敗したらちゃんと銀がフォロー入れるだろうから次回のチャンスだって無いわけじゃないのよ?」

 

「うぅ~…………」

 

しばしの間、茹蛸になって蹲っていたが、やがて唸るのをやめて小さく言った。

 

「かったわよ…………」

 

「「へ?」」

 

「分かったわよ!今度一夏をで、デートに誘ってやるわよ!」

 

「おおー鈴ちゃんやる気出た感じね」

 

俺は、彼女のデートが成功するように祈っている。成功させるためにできる限りの手回しはするつもりである。もちろん今も、手回しの準備の最中だが。

刀奈は紅茶を飲みほして立ち上がる。

 

「とりあえず日程が決まったら教えてね」

 

そういって立ち去って行った。

残った俺と凰 鈴音は沈黙に呑まれる。

俺は紅茶の無くなったティーカップを持つと部屋を出ようとするが凰 鈴音に呼び止められた。

 

「何だ」

 

「山田先生との対決の時アンタ、私のことをフルネームで呼んでたわよね」

 

「それがどうした」

 

「鈴でいいわ」

 

「そうか。それじゃあそうさせてもらうぞ鈴」

 

「ん、それじゃ。期待しててよね!」

 

凰 鈴音改め鈴も部屋を出て行った。

後に残った俺は紅茶を盆に乗せると、隠しておいた小型録音機を回収してその部屋を出た。



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暴かれる偽りの金

「銀、貴方のクラスにシャルル・デュノアっていう子が来たでしょ?」

 

「それが?」

 

「その子はどうだった?」

 

「収集した情報で性別や本名あたりまでは割れた。やはり女だった」

 

俺は生徒会室にてデュノアについての情報を報告する。

ここにいるメンバーは俺と刀奈と虚さんの3人で、本音は一夏とデュノアについて行った。

刀奈は深刻そうな顔をする。

 

「目的はどうせ俺か一夏のデータだろう。一夏に警告はしておくべきだろう」

 

「そうしておいて。けど、最善は盗みを働く前にこちらで何とかすることよ」

 

「そうですね。ボーデヴィッヒさんの方は個人的な恨みというだけなので放っておいても大丈夫だとは思いますが」

 

虚さんはさらっと一夏を犠牲にしている。以外に酷いこと言うな。

 

「とにかく、何とかしてデュノアちゃんをこちらで食い止めるわよ!!」

 

「「了解」」

 

それぞれが己にできることから調べ、事件を食い止めるべく動き出した。

 

 

 

 

 

その日の午後、アリーナへと向かった。

本音からの情報では今はアリーナでデュノアと模擬戦を行っているらしい。

アリーナに着くと本音が「こっちだよ~」と大きく手を振って場所を知らせてくれる。

一夏とデュノアは休憩中に入ったばかりなようで、額には薄く汗が滲んでいる。

 

「お、銀。来たのか」

 

「いや、生徒会室で楯無の書類処理の手伝いをしてたんだ」

 

ここで区切るとデュノアの方を見る。

デュノアも視線に気付いたのか立ち上がって自己紹介をする。

 

「あ、更識君。僕はシャルル・デュノア、これからよろしく」

 

「ああ、短い間だがよろしく」

 

「ん?短い間?どういうこt」

 

「おりむ~、そろそろ休憩時間が終わるよ~」

 

「マジか!?よし、再開するぞ」

 

丁度いいダイミングで本音が休憩時間の終了を伝える。一夏はもうなのか!?という顔をしていたが、気合を入れたのかすぐに練習に戻っていく。

デュノアも質問の途中だったが、一夏についていく。

いかんなあ。どうも最近、口が軽くなっている。気を付けないと刀奈の名前を出しそうになるからな。気を引き締めないと。

 

「さっきの一夏の戦い方は技術は凄いけど動きとか視線ですぐにわかっちゃうから…………」

 

「そうか、そうすれば…………」

 

一夏はデュノアと戦い方の指導を受けている。

指導が終わると、もう一度手合せするようで、互いに距離を取る。

「はじめ~」と本音が言う。

2人はそれぞれ行動を取る。

一夏はデュノアに接近するが、デュノアは一夏から距離を取ってマシンガンで弾幕を張る。

一夏はクイックサイドステップや前方捻り回転回避で接近する速度を緩めない。

弾幕を抜けた一夏を待っていたのはグレネードだ。

気付いた一夏は後方瞬時加速で爆発を回避すると、爆炎で姿が捉えられないことを利用して爆炎に突っ込みそのまま瞬時加速でデュノアとの距離を詰める。

 

「バーン!!」

 

「うおっ!?」

 

爆炎を抜けて奇襲をしかけたはずの一夏だったがその先には、ショットガンを構えたデュノアがいた。

ショットガンの発射音を口で真似する。一夏は足元が不注意になり、よろけるが何とか堪えたが、この勝負はデュノアの勝利だろう。

 

「そこまで~」

 

本音が終了のコールをする。一夏もデュノアも武器を収納して和やかな雰囲気に戻ろうとしたが、そこに冷たく鋭い声が入る。

 

「おい」

 

「なんか用かよボーデヴィッヒ」

 

声をかけてきたのはボーデヴィッヒ。

声色はそのまま変えずに更に言葉を続ける。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

「断る。戦う理由がない」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

ボーデヴィッヒの戦う理由、恐らく織斑千冬の大会二連覇の偉業を達成できなかったその根本的な原因である織斑一夏に戦いを挑み、勝つことでボーデヴィッヒの中の何かが変わるのだろうか。

いや、変わったとしてもそれは己の傲慢さが酷くなるだけだろう。

だが一夏は戦わないつもりなので「またいつかな」と言って立ち去る。

 

「ならば―――」

 

そんな一夏にボーデヴィッヒは戦闘態勢に入ると、

 

「戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

肩に装備されている大型砲から実弾を発射する。一夏は気付いたが反応が遅かった。砲弾は一夏に――――当たることなく止められる。

 

ガン!!!

 

「貴様!!」

 

実弾は、俺の黒要塞が誇る重厚な鎧に阻まれ、一夏に当たる前に地面に落ちる。

そんな俺をボーデヴィッヒは睨みつける。

 

「俺には更識として一夏を警護する義務がある。一夏に危害を加えたければ俺に勝ってからにしろよ」

 

「いいだろう!!まずは貴様から!!」

 

「まあ、お前は一旦寝て、頭を冷やして来い」

 

「何!?」

 

黒要塞の代名詞である鎧を足以外を解除し、軽くなった身体で加速し、顔面を横薙ぎに蹴り飛ばす。

そのまま壁に頭から激突する。そして、気絶したのかISが解除される。

俺もISを解除するとボーデヴィッヒを肩に担ぐ。

 

「コイツを医務室に持ってくから、何事もなかったかのようにしててくれ」

 

「お、おう」

 

「じゃ」

 

そう言って、ボーデヴィッヒを医務室に送り届けた。

医務室の先生には注意を受けたが、理由を説明すると、少しは理解してくれたようだが、こう言われた。

 

「生徒会権限とかの方法は無かったの?」

 

と。

それに対して俺は、答える。

 

「俺は生徒会の人間ではないですし、未だに部活もやってないんですから権限もなにも無いんですよ」

 

先生は驚いたが、「早めに入部しなさあいよ」と言われた。

しかし、俺は入部方法を知らないのである。どうすればいいんだよ…………

 

 

 

 

 

 

「で、ボーデヴィッヒちゃんをボコボコにして、入部の催促をされた、と」

 

「ああ。まあいいだろう。あれ位やらなければ、ああいった輩は止まらないからな」

 

生徒会しつで俺は昨日の出来事を刀奈に話していた。

 

「まあ、銀の未入部に気付かなかった私も悪いから、今回は不問とします」

 

「ボーデヴィッヒさんも懲りてくれるといいんですけどね」

 

虚さんが言うがあの程度では懲りないだろうなと思っている、俺がいる。

 

「で、デュノアちゃんのネタは集まったんでしょ?」

 

刀奈が本題へと話を戻す。それに伴って場の空気を引き締まる。

 

「とりあえず身柄を拘束できるだけの情報は集まった」

 

「問題はいつ、それを実行に移すかですね」

 

「とりあえず早めに抑えたいんだけど、クラスのタッグマッチがねえ」

 

「ダッグマッチ?」

 

聞いたことのない単語が刀奈の口から出る。

刀奈は「あっ」と漏らすが、「まあ銀だしいっか」といって説明する。

 

「今月に開催される学年別トーナメントは2人での参加になってるの。前例のないことだから書類の量も去年の2、3倍に…………」

 

「なるほど。簡単に言うと仕事を増やしたくないから、その学年別のトーナメントの後にしたいと言うことか」

 

「そそそ」

 

今年の生徒会長は仕事嫌いのくせに遊び好きな手癖の悪い人材が当たったのかと、刀奈の性格の面倒臭さを改めてしったが、そこが刀奈の良い所でもあるのだ。どうしようもない。

 

「では、先にこちらでデュノアさんに突撃して、情報公開の方はトーナメント後って言うのはどうでしょう?」

 

「んん!!良いわね、そうしましょう」

 

「じゃあ突撃する時間は昼食の後でいいだろう」

 

「それじゃあ、その時間に銀は一夏君とデュノアちゃんをここに連れてきて」

 

「了解した」

 

俺はその時間まで、生徒会室で紅茶飲んだり、書類処理したり、トランプしたりと、きっちり1、まったり2位の割合で過ごした。

 

 

 

 

 

 

「一夏、デュノア、生徒会長が呼んでるぞ」

 

「え、楯無さんが?」

 

「何だろう?」

 

食堂で食事する一夏とデュノアに声をかける。

2人はよくわからないと言った様子だった。俺はとりあえずそれなりな理由を付ける。

 

「どうせ、入部の催促だろうな」

 

「「ああ~」」

 

2人とも納得してくれたのか、素直についてきてくれた。

生徒会室の扉の前で3回ノックする。

 

「どうぞ」

 

刀奈の声が聞こえたので扉を開ける。

先に一夏とデュノアを入室させ、最後に俺が入り、扉を閉める。さりげなく鍵をかけて。

 

「さて、今回は主にデュノアちゃんに用があったんだけど、一夏君もいた方が都合がいいから来てもらいました」

 

「つ、都合がいいって…………」

 

一夏は苦笑いを浮かべるがデュノアは少し、おかしいと感じたのか雰囲気が変わる。

刀奈は単刀直入に言った。

 

「シャルル・デュノア、貴方本当は女でしょう?」

 

「は?」

 

「っ!!」

 

一夏は何言ってんだ?みたいな顔をしてデュノアは核心を突かれた所為か手を握り締める。

真っ先に声を上げたのはデュノアだった。

 

「違います!!僕は男です!!」

 

「…………」

 

しばしの沈黙を挟んで刀奈さんが言う。

 

「あまりにも早い否定は疑念を抱かせるわよ」

 

「っ!!!」

 

「それにもう既に貴方のことは調べてあるのよ?シャルロットちゃん」

 

「ど、どうして僕の名前を…………」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

 

大きな声で口を出してきたのは一夏だ。

一夏は状況を理解できていないのか言葉が不安定だ。

 

「シャルルが女?そんなわけ」

 

「デュノアは女だ。こちらには証拠が揃っているんだ」

 

「証拠?」

 

一夏が俺の言った単語を繰り返す。

俺は空中ディスプレイを投影し、デュノアの情報を掲示していく。

 

「シャルロット・デュノア、社長とその愛人の間に生まれた子だってことも、かなり酷い扱いを受けていたことも、こちらはもう調べ上げているのよ」

 

「…………」

 

「シャルル?」

 

するとデュノアは不意に扉の向こうに行こうとするが鍵がかかっているので開くことはない。

 

「逃げるつもりか?」

 

「違うよ。この姿じゃなくて、本当の姿で話すから」

 

「仕方ない。楯無、ついていってやれ」

 

刀奈の同行付きでデュノアを扉の外へと出す。

しばらくしてデュノアが戻ってきた。

後ろで1つに結ってあった髪は解いてあり、コルセットも外したのか体のラインが出ている。

 

「シャルル、お前…………」

 

「うん、本当は女だったんだ。ウソ吐いててごめんね」

 

「さて、と。それじゃあ本当のこと、話してもらえるかしら?」

 

 

 

 

とりあえず全員に紅茶を配ると、話に戻る。

ぽつり、ぽつりとデュノアが話していく。

 

「僕が男として入学させられた理由から話すよ」

 

少しの間を置いて、続ける。

 

「世界シェア3位として有名なデュノア社と言っても、結局は2世代で止まってる。時間も、データも、予算もない。けれど次のトライアルで選ばれなかったらISの開発すら禁止される。

 

でもまともなデータも無い上に予算も削減されたんだから開発すら満足にできなくなったんだ」

 

「だから男性操縦者のデータを取ってこいって言う訳か」

 

「更識君の言った通り、それを目的でここに送られたんだ」

 

ここで一夏が納得していないようで質問する。

 

「だったら男装なんてしなくても良かったんじゃないか?」

 

「男性として入学すれば男性操縦者に接触しやすくなるから、男装する必要があったんだ」

 

デュノアは本妻の子ではない。だからこそデュノアに拒否権は無く、捨て駒としても有用だった。

情報では酷い扱いを受けていたことが明らかになっている。もはや反抗する気力も、行動を起こすだけの体力も残ってなかったのだろう。

 

「最初は一夏のデータを優先してとって来いって言われてたんだ」

 

「織斑に血縁者だからか?」

 

「そう。だけど少しすると今度は更識君のデータを優先しろって言われたんだ。だから行動を起こすのが遅れたんだ」

 

「俺を狙った理由はあの鎧が理由だろうな」

 

俺の専用機の代名詞である全身を覆っている鎧。物理に対して無敵とも言える硬度を持っている。それが魅力的だったのだろう。

 

「どうしても実現不可能に近い状況になったら僕の身体を使ってでも奪ってこいって」

 

捨て駒だからと言ってここまで強要するのか。それだけ切羽詰っているのだろう。

しかしそんなことする必要はなかったんだがな。

 

「デュノア、校則の特記事項第二十一を覚えているか?」

 

「え?」

 

「銀、俺は覚えてないんだけど、どんな内容だ?」

 

一夏、それは言わなくていいんだけれどな。とりあえず今度じっくりみっちり教えてやろう。

 

「第21項 本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

「あっ」

 

デュノアは理解したようだが一夏はよくわかっていないらしい。こいつは本当に馬鹿なんだな。

 

「つまりIS学園にいれば3年間は身柄を拘束される必要はない」

 

「でもそれだとデュノア社はどうなるんだ?」

 

一夏が疑問する。

無論、そちらも抜かりはない。

 

「デュノア社には俺のデータを送ってやろう。もちろん条件付きでだ」

 

「そうよシャルロットちゃん。後始末はこっちでしとくから貴女は安心して休んでて」

 

「はいっ!…………あり、がとう」

 

デュノアの瞳から涙が零れる。次第にその量は増えていく。そんなデュノアの背中を「大丈夫よ」と言って刀奈がさする。

デュノアが泣き止むまで刀奈はさすっていた。

 

 

 

 

「でまあ一夏がいた方が都合がいいという理由についてなんだが」

 

デュノアが落ち着いてきたのを見計らって一夏を呼んだ理由について説明する。

 

「今月開催の学年別トーナメントで、デュノアとタッグを組んでほしいからだ」

 

「何で…………ってシャル…ロットのことか」

 

手遅れなほどの馬鹿である一夏でもそこは察してくれたのかデュノアを見る。

 

「他の女子と組んで正体がばれるのだけは避けなければならない」

 

「わかった、シャル、ロットもいいよな」

 

「うん」

 

「助かる。話はここまでだ」

 

一夏はデュノアと共に生徒会室を出ようとしたが、虚さんが慌てて止める。

 

「待ってください!デュノアさんを着替えさせなければ!!」

 

「「「「そうだった!!」」」」

 

どう頑張ってもしっかり引き締まったまま終わるのは無理らしい。



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金と銀の問題

改めて男装したデュノアと一夏が出ると俺達はふぅー…………と長い溜息を吐く。

 

「はー、久しぶりに焦ったわね」

 

「ここまで焦ったのは何ヵ月ぶりでしょうか」

 

「まあ何にせよデュノア社にとっとと連絡して終わるぞ」

 

弛んだ空気は一瞬で、再び気を引き締めるとデュノア社長の携帯の電話番号に電話をかけた。

 

prrrrr prrrrr prr

 

「誰だね?」

 

第一声から傲慢そうな言葉が来る。

 

「どうも、IS学園生徒会庶務の更識銀です」

 

「…………何の用だ」

 

「もう気付いているんでしょう?貴方の娘、シャルロット・デュノアについてです」

 

「そんな奴は知らん。用が無いなら切らせてもらう」

 

明らかに逃げの体勢に入っている。ならば一気に畳み掛ける。

 

「では今からそちらにデータを送ります。それを見てもそう言えますか?」

 

そう言って俺は調べた情報をデュノア社長の携帯に転送する。

それによって一時的に電話が切れる。

しかししばらくして俺の携帯に電話がかかってくる。

 

「はい」

 

「何が目的だ?」

 

デュノア社長は声色を更に低くして問う。恐らく顔は険しく強張っていることだろう。

 

「貴方がこちらの取引に応じてくれれば何事もなく終わります」

 

「取引だと?」

 

「ええ。こちらとしてもデュノア社の大きな問題を世間に広げるのは本意ではありませんから」

 

しかしデュノア社長には拒否権は無い。この取引に応じなければ世間一般にこの事件を知らしめると、こちらが脅しているようなものなのだから。

 

「…………内容は」

 

「こちらからは私のISの稼働データを送ります」

 

「何だと!?それは本当か!?」

 

俺がこちらの取引に出す物を言うとデュノア社長が声を荒げる。

こちらが送るのは稼働データであって、機体データではないので、武装の情報が漏れることは無い。

稼働データは、あちら側が求めてやまない物だ。それが取引に成功すれば手に入るのだから、必然と声も大きくなるだろう。

 

「こちらは何を出せばいい?」

 

「条件は2つ。1つはシャルロット・デュノアの卒業後の命と環境の安全。もう1つはデュノア社以外に俺の情報だと知られないことだ」

 

「その程度なら問題はない。すぐに準備しよう」

 

「では交渉成立です。データをそちらに送ります。それでは」

 

電話を切って、デュノアに連絡する。

しばらくしてデュノアが電話に出る。

 

「デュノア社長との取引が終わった。成立した。これでデュノアの命の安全は保障された」

 

「ホント!?更識君、ありがとう!!」

 

「銀でいい。更識はこの学園に3人いるからな」

 

「わかった。ありがとう銀!!」

 

連絡を終えるとソファにもたれかかる。

「お疲れさま」と刀奈がタオルで包んだ保冷剤を渡してくれる。

タオルで程よく冷たさが軽減されているので、しばらく額に押し当てていた。

 

「これで面倒事は1つ減ったわ!」

 

「お前、そんな堂々と面倒事なんていうなよ。否定はしないが」

 

「明らかに面倒事でしょう?」

 

「虚さんまで…………」

 

生徒会役員がこんなんでいいんだろうか?と思うが深くは考えないでおこう。

とにかく今は、この達成感に呑まれていよう。

 

 

 

 

 

翌日、気怠い月曜日がやってきた。今は行間休み。授業が終わり、教師が出て行った瞬間、地響きが聞こえた。

 

「「「「織斑君!!!」」」」

 

「「「「デュノア君!!」」」」

 

「「「「更識君!!!」」」」

 

俺達3人は囲まれてしまった。

集まってきた生徒はクラスメイトだけでなく、他のクラスからも集まってきたので非常に煩く熱い。

 

「一体なんだ?」

 

「「「「これ!」」」」

 

「ああ、これか」

 

女子生徒達が突き出した紙は刀奈が配布した学年別タッグマッチについての緊急告知文だった。

 

「「「「私と組んで!!!」」」」

 

全員が口をそろえて言った。

しかし俺は

 

「すまないが他を当たってくれ。俺はそれに参加せずに、楯無と過ごす」

 

「「「「…………ッチ、リア充が」」」」

 

「聞こえてるぞ」

 

俺がダメだと知って他の2人の所へ行くが、

 

「俺はシャルルと組むからごめんな」

 

「僕も一夏と組むから、ごめんね」

 

と言って、結局生徒たちは全滅した。

 

「そ、そんなバカな――――――!!!」

 

「神は死んだ――――――!!!」

 

「目が!!目がぁぁぁぁぁぁl!!!」

 

女子生徒たちは断末魔を残して去っていくが、最後のは少し違うと思う。

デュノアは少し悲しそうだ。

 

「何か悪いことしちゃったかな…………」

 

「いや、何もしてない…………と思う」

 

「HENTAIな奴らにはちょうどいいんじゃないか?」

 

ここのクラスには百合な奴もいれば腐った奴もいる。正に変態の巣窟だ。そんな奴らには丁度いいのではないだろうか?

まあこのクラスには今も不穏な噂が流れているようだしな。

 

 

 

 

「はい?」

 

「あくまで噂ですが学年別タッグトーナメントで優勝すれば一夏さんか更識さんとお付き合いできるとか…………」

 

昼休み、俺達は屋上にて昼食を取っていた中、今流れている不穏な噂についてオルコットに聞くとこう返ってきた。

その中に俺が含まれている所為だからかととある女子の「副妻のチャンス!!」とかいう奇声に納得した。

一夏は何か心当たりがあるらしく、あー…………成程と呟く。

 

「実は…………」

 

 

 

 

「成程な。話に尾ひれどころか翼が生えた結果、ああなったと」

 

話を要約すると、今朝、篠ノ之が押しかけてきて優勝したら付き合えと宣言したらしい。それを聞いた女子が人に話し、尾ひれ背びれがついて、最後には翼が生えたという訳だ。

極めて一方的且つ身勝手な行動だと思うが、こんなことをされても篠ノ之の好意に気付かないこの一夏(バカ)が原因だと思うことにした。つまりお前が悪い。

 

「クラスの名声よりも恋が欲しいって感じだな」

 

「優勝賞品みたいで可哀そう」

 

「簪、そんなことはない。このバカにはこれくらいがちょうどいい」

 

「よくねぇよ」

 

ま、篠ノ之が優勝する確率はかなり少ない訳で、放っておいても大丈夫そうだが、これを知った奴らがこれ見よがしにと実力をつけていってるが、注意する必要は少ない。

むしろ注意して挑むべき相手は簪、鈴、オルコット、ボーデヴィッヒの4人だろう。

その中でも特に注意すべき相手はボーデヴィッヒだ。学園のウェブページに載っている情報が確かなら、あれはかなり厄介だ。1対1であればほぼ負けることは無い。幸いなことに今回はタッグマッチだ。勝機はある。

 

「何にせよ、まず一夏が取るべき行動は対ボーデヴィッヒの戦闘だ」

 

 

 

 

翌日、俺は敵の偵察のために鈴とオルコットのペアのいるアリーナに足を運んでいた。

ちょうど2人で打ち合っていた所だった。

しかし、そんな2人に向かって一直線に突き進む何かがあ2人の打ち合いを中断させる。

 

「危なっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「誰よ砲弾なんてぶっ放してくるのは!!」

 

砲弾の軌道から大凡の発射方向を見ると、そこには専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったボーデヴィッヒが立っていた。

 

「アンタ、いい度胸してんじゃない」

 

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

 

挑発的なその物言いに鈴の堪忍袋が天元突破した。

が、そんなことをさせるはずもなく、俺が静止させに入る。

 

「そこまでだ。無駄な私闘は俺の見てないところでやってくれ」

 

「あんた」

 

「貴様!!」

 

鈴は驚き、ボーデヴィッヒは憤怒の視線を向ける。

 

「生徒会としては放っておけないんでな」

 

「アンタ、生徒会に入ってたんだ」

 

「邪魔をするな!!」

 

2人の温度に差があるなと思いつつも、オルコットを見た。

 

「なぜ止めなかった?」

 

「そ、それは…………」

 

「私を無視するとはいい度胸だな。まずは貴様から!!」

 

「うるさいぞボーデヴィッヒ。こうなったら不本意ではあるが織斑千冬を呼ぶかな」

 

「「「!?」」」

 

俺が出口に向かって歩き出すと後ろから3人の静止の声が聞こえた。

 

「「「待て(待って)!!」」」

 

「何だ、一々」

 

「アンタ、私たちを殺す気!?」

 

「そうですわ!」

 

「俺はお前らを殺したりはしない」

 

再び出口に向かうと今度はボーデヴィッヒが口を開いた。

 

「貴様は強者に頼るだけの弱者だったか」

 

「利用するだけだ。まあ今の事を織斑千冬が知ればお前も見放されるだろうな。ボーデヴィッヒ」

 

「っ!!」

 

体を「ビクリ」と震わせたボーデヴィッヒは武器を収納っするとISを解除する。

 

「フン、興が削がれた」

 

ボーデヴィッヒは逃げるように出て行った。今回のことは報告しなかったが彼女達に対して織斑千冬の名前での脅しが効果的なことが分かった。



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偽の最強と意識

そして迎えた学年別ダッグトーナメント。

既に全学年第1試合が終わり、第2試合に入ろうとしていた。

一夏の初戦は訓練機での参加の4組の生徒だが、わずか5分で終わってしまった。

そして注目の第2試合の相手は、ボーデヴィッヒと篠ノ之ペアだった。

 

「ついに当たったか」

 

「そうね」

 

俺は観客席にはおらず、2年の先輩方の中に紛れていた。

理由は簡単で、刀奈と一緒に居たかったから。

刀奈と俺はモニターを見ながら呟く。

 

「一番厄介なのが来たな」

 

「まあペアの相手が箒ちゃんだからマシな方じゃない?」

 

「そうなんだが、先程の戦いを見るとな」

 

ボーデヴィッヒペアの初戦の相手は鈴とオルコットのペアだった。

遠近のバランスの良いペアだった2人に、ボーデヴィッヒは実質1人で勝ち上がったのだ。

ボーデヴィッヒ本人の『境界の瞳』や軍人としての身体能力がかなり活きている。

 

「一夏には特訓をしてあるから大丈夫だとは思うが」

 

 

 

 

試合が始まると真っ先に篠ノ之が落とされた。

さて、ここからが本番だ。

一夏がボーデヴィッヒに向かって加速し、剣を振りかぶった。しかし一夏はボーデヴィッヒを蹴飛ばす。

 

「やっぱりAICは厄介ね」

 

「近接しか戦えない一夏にとっての正に天敵だからな」

 

AIC,ボーデヴィッヒでいう所の停止結界は物体を止めることができる能力だ。もちろんそれは物理に限ったことではない。

ボーデヴィッヒは初戦で鈴の衝撃砲をAICを使って停止させたからだ。

一夏は上下左右に動き回りながら接近する。こうすることでAICにかかりにくくするのだ。

しかし、AICも万能ではない。

AIC使用中は極度の集中状態になるので周りが見えなくなるのだ。だからこの勝負の鍵はデュノアにある。

集中しそうになったらこまめに射撃、且つ一夏に攻撃しやすい所に誘導すると、器用に役目をこなす。

一夏がまたAICに捕まった。しかし今回はデュノアが一夏の後ろにいるので、援護射撃ができない。

 

「かかったな!!」

 

ボーデヴィッヒの大型砲台が火を噴く。

 

「まだ終われないんだよ!!」

 

吠えるように叫んだ瞬間、雪片の刀身が輝く。そして、目の前に迫りくる砲弾を切り裂いた。

 

「何!?」

 

あの輝きは!?まさか!!

 

「銀、あれって…………」

 

「ああ、恐らく零落白夜だ。まさか2次移行もせずに発動できるとはな」

 

会場が一気に沸いた。

一方でボーデヴィッヒは、吠えた。

 

「貴様が教官を真似るな!!!」

 

砲撃したのちに、ワイヤーブレードで一夏を追い詰める。

だがデュノアが銃撃し、気をそらす。

2方からの攻撃に攪乱され、苛立ってきたボーデヴィッヒは攻撃が荒くなってくる。

プラズマ手刀で切り詰め、ワイヤーブレードで絡め取ろうとするがボ-デヴィッヒの背後のデュノアが射撃を行うため、後一歩足りない状況が続く。

 

「そこだ!!」

 

「貴様!!!」

 

デュノアに銃撃されたことで気が逸れたところに、瞬時加速で距離を詰めた一夏が零落白夜で大ダメージを負わせた。

これは勝敗が見えたな、と思っていると、ボーデヴィッヒの様子が変わり…………

 

「ああああああああああ!!!!!」

 

紫電を撒き散らしながら黒い何かに飲み込まれ、黒い何かは形を変え、あるISを象った。それは…………

 

「暮桜!!!」

 

一夏が叫んだ。

緊急事態を告げるブザーが鳴り響き、観客席にいた生徒や視察で訪れた社員達が慌てて逃げ出す。

俺はオープンチャンネルで一夏に呼びかける。

 

「一夏!アイツの正体は恐らくVTシステムだ。現役時代のお前の姉レベルの強さだ。とにかく逃げて気を引かせろ!」

 

「わかった」

 

俺と刀奈は急いでアリーナの中を目指す。

到着すると偽の暮桜は一夏を追っていた。

 

「ッチ!!」

 

振り切ろうとするがしつこく折ってくる暮桜。

ジリジリと一夏との距離が縮まっていく。

 

「一夏!!」

 

デュノアが銃撃で狙うも動きが早すぎて当たりもしない。

俺は黒要塞を纏う。しかし代名詞である鎧は全部解除して。

 

「偽物!!お前は俺が相手になる!!こい!!」

 

偽暮桜は俺に反応するとこちらに向かって加速してきた。

俺は両手にそれぞれ刀を展開する。

右に黒の刃、左に白の刃、これが俺の第2の近接武器、鉄(くろがね)と銀(しろがね)だ。

先制は偽物。鋭く突き流れるように回転切りへとつながる。それを受け流して攻撃する。刀は黒い何かを切り裂いたがすぐに再生してしまう。

 

「再生能力なんてVTシステムにはなかったはず」

 

「だったら清き情熱で」

 

「ダメだ。中のボーデヴィッヒにもダメージがいく可能性がある」

 

何か手は無いか!!…………あった。

かなり難しい上に俺がどうなるか分からんが死にはしないだろう。

 

「一夏、デュノアにエネルギーを送ってもらえ。一か八かの賭けに出る」

 

それだけ伝えて再び偽物の相手をする。

攻撃が掠るだけでもエネルギーが切れるほどの低基礎エネルギーだ。

攻撃を避けて、受け流して、切り裂いて、回復されて、この1連を何度も何度も繰り返している。

刀奈も加勢するが格の違う相手になかなか攻撃の隙を見つけられない。

 

「銀、終わったぜ」

 

「いいか一夏、ボーデヴィッヒの姿を一瞬でもいい。一瞬でいいから外に出せ」

 

「わかった」

 

一夏は必死に食らいつくが鋭く早い攻撃は1撃1撃が重く、一夏は悪戦苦闘している。

それを援護するように背後や下から攻撃し、ついに偽物の剣を弾いた。

 

「決める!!!」

 

零落白夜がニセモノの胸からへそ辺りまで切り裂く。そこからうっすら見えた、衰弱しきったボーデヴィッヒの姿。

俺は無我夢中でボーデヴィッヒを引っ張り出した。そのまま一夏に投げ渡す。

しかし黒い何かは搭乗者を失って代わりになる人間を取り込もうとする。

俺はそれに捕まり、飲み込まれた。

 

 

 

 

 

飲み込まれ、光が届かない中で、俺に流れ込んでくるバグとエラーの数々。

ボーデヴィッヒのIS[レーゲン]が俺と同じように流れ込んでくるそれに苦しむ。

 

<我ヲ、受ケ入レヌツモリカ!!>

 

人を象ったVTシステムが俺の中に侵入しようとしてくる。

 

<何故、我ヲ拒ム!?>

 

(それは、今はお前に頼る時ではないからだ)

 

<汝ハ比類ナキ『力』ヲ求メテイタハズダ>

 

(確かに力を欲したりもしたが、それはコレカラ来る対戦の為だ)

 

(仲間を傷つける為じゃない)

 

<我ハ、汝ノ言ウ「対戦」ノ時、目覚メヨウ>

 

<『力』ノアル、強者トノ手合セ、我ハ待トウ>

 

<汝ガ『力』ヲ求メルソノ日マデ>

 

VTシステムは姿を消した。それに伴ってエラーやバグの嵐も消えていった。

後に残ったのはレーゲンと俺だけだった。

レーゲンが口を開いた。

 

「私の主を助けていただいてありがとう。彼にも伝えておいてください」

 

「わかった」

 

そしてレーゲンも消えた。残った俺は虚無の空間に浮かんでいたがやがて意識が途切れた。

 

 

 

 

― 視点 楯無 ―

私はありえない物を光景を見ていた。

銀が世界最強に果敢に挑んでいく中、私はただの足手まといでしかなかった。

銀と一夏君でラウラちゃんを助けた瞬間、銀がVTシステムの飲み込まれた時、私は―――――飛び掛かっていた。

生徒会長らしくもなく、感情にまかせて、狂ったように、VTシステムに攻撃していた。

けれどもそれは途中で遮られる。

 

「ダメです楯無さん!!中の銀がどうなっているか分からないんですよ!!下手に攻撃して銀にダメージが届いたら―――」

 

「っ!!!!」

 

血の気が引いていくのが分かった。

今の攻撃で、銀がダメージを食らったかもしれない。そう思うと私は脱力した。

VTシステムは球状になったまま変化を見せない。

私はそれに力無く、拳を叩きつける。

 

「辛いよ………」

 

泣くことが、己の無力さが、ただ見ていることしかできない自分が、辛い。

簪ちゃんとの仲を戻して、更識の当主になって、ロシア代表になって、強くなったつもりでいた。

けれど現実は残酷で、私の無力さを突きつける。

私はただ、彼に、銀に、縋り付いていただけだった。

何もできない。それが何よりも辛く、悔しかった。

 

 

 

 

でも、変化は起きた。

VTシステムは突如として、光輝き、やがて消えた。

その中にはラウラちゃんの待機状態の専用機と、それを守るようにして体を丸める銀の姿があった。

 

「銀!!」

 

私は駆け寄った。ラウラちゃんの専用機を一夏君に渡すと、銀の胸元に耳を当てる。

 

ドクン、ドクン………

 

心臓の鼓動が鼓膜を振動させた。

生きている。

私は銀を抱きかかえて、ISを纏ったまま、医務室に直行した。

 

「東先生!!」

 

「そんなに大きな声じゃなくても、ってその子どうしたの!?」

 

私が抱えている銀を見て表情が一転する。

 

「さっきVTシステムに飲み込まれて、光ったと思ったら意識が無くてそれで―――」

 

「いい?落ち着いて。深呼吸して。ともかく診てみるわ」

 

「あ、先生!」

 

「何?」

 

「できれば他の人はできるだけ見せないでください」

 

「何か事情があるのね。分かったわ。けど少し手伝ってね」

 

私は東先生についていく。

レントゲンでの全身撮影とCTスキャンの2つだが、制服のまま撮る訳にもいかないので先生は慣れた手つきで変えていく。あとから聞いてみよう。

一通り終わると銀をベッドに寝かして先生に銀の身体について説明した。

 

「なるほど。まあ肉体に異常はないから大丈夫だとは思うけれど………」

 

「そうですか………」

 

私の不安は少し軽減されたが、また新しい不安が溢れてくる。

起きて第一声は何と言われるだろうか。きっと彼はおはようから始まるだろう。

けれど次に来る言葉は何だろうか?別れ話を出されるのではないだろうか?

 

「そう不安になってても仕方ないんだからさ、もう腹を括ってみなよ」

 

そう、潔くなれたら私は彼の横に相応しくなれたのだろうか?

何を考えても不安しか出てこない。

 

「一旦、そこら辺のベッドで休むといいね。疲れてると何を考えても悪い方向に考えちゃうからさ」

 

「わかりました」

 

私は布団に潜ると微睡みの波に身を委ねた。

 

 

 

 

夢を見た。自分の思い出を、見ていた。銀との思い出を、見ていた。

更識の屋敷でのこと、デートした時のこと、IS学園に来てからの事。

そこにいる私は、いつも幸せそうだった。

けれど、問題が起きた時。

例えば、簪ちゃんとの仲を戻した時。

例えば、デートの途中でナンパされている少女を見つけた時。

例えば、今回のVTシステムとの戦いの時。

どの時だって問題の解決にあたっていたのは銀だった。

動く前に銀が動いたということもできる。自分では対処できなかった。そういって逃げることもできた。

私は逃げなかった。けれど、動きもしなかった。ただ見ていただけだった。

きっと私は、銀という人間に、甘えていたんだ。

けど銀はそんな私を受け入れてくれた。

なら私も、銀のことを、銀の発言を、無茶を受け入れてみよう。

私には、それくらいしかできないから。

 

 

 

 

「さて、アンタ。もう起きてんでしょ?」

 

「よく分かりましたね」

 

寝たふりをやめて体を起こす。

 

「今まで寝たふりした奴を別の学校でみたからね。

 

それよりも起きてたならあの子に大丈夫だって言ってあげればよかったじゃない」

 

「楯無は俺と似てますから」

 

「?」

 

「自分よりも相手のことを優先するところが似てるってだけですがね」

 

「ハハッ、確かにそこは似てるね」

 

だから俺は刀奈が自分を傷つけるような事態になる前に動いていたのだが、それが刀奈を傷つけていた。

 

「やっぱり人間は無償で何かを得ることはできないんですね」

 

「そりゃそうでしょ」

 

「楯無が起きたら、俺の望みについて話しますよ。到底受け入れてはもらえないでしょうけど」

 

「それはどうかな?」

 

え?と聞き返す。

 

「この子はアンタが思ってるよりもずっと、アンタを理解してるよ」

 

「そうですか。でもきっと理解はしても納得はしないでしょう」

 

「アンタの望みはそこまで対価の重いモンなのかい?」

 

「ええ。楯無から見たら、最も手放したくない物でしょうね」

 

「そうかい。ま、最悪の結果にならないように努力することだね」

 

それだけ言うと先生は部屋を出て行った。

 

『この子はアンタが思ってるよりもずっと、アンタを理解してるよ』

 

俺が思っている以上に、か。

自分を最も深く理解しているのは自分だが、最も理解したくないものも自分だ。

刀奈は俺の、最も理解したくないものを理解しているのだろうか?

そう考えると俺は布団に包まる。

理解していて欲しいと願う俺がいる一方で、理解していないでくれと願う俺がいるのを、俺は理解していた。



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愛と事件と傲慢

目が覚めたのは午前4時半。

体を起こして周りを見回す。

刀奈はまだベッドで睡眠を貪っている。精神的に疲れたのだろう。

 

「起きるか」

 

ベッドから出て気が付いた。

誰が俺の制服を変えたんだ?

昨日に先生と話した時は気付かなかったが恐らく昨日の時点でもう変わっていたんだろう。

多分、俺が起きる少し前に変えられたんだろう。俺が起きたのは、刀奈にベッドに寝かされる少し前だったからな。

シーツを剥ぎ取り布団を畳んで、シーツも畳む。

制服に着替えてからシーツを汚れ物を入れるためのカゴに入れる。

歯磨きを終えて、刀奈が起きるのを待つことにした。

 

 

 

 

「う、ん…………うにゅ?」

 

刀奈が起きたのはその1時間半の時だった。

 

「起きたか刀奈」

 

「あ、銀。おはよー…………って、銀!?起きてたの!?気分は大丈夫!?気持ち悪くない!?それから…………」

 

「どうどう、落ち着け。一旦、顔洗って冷静になってこい」

 

「う、うん…………」

 

刀奈を一旦、顔を洗わせに洗面所に送りだして戻ってくるのを待つ。

しかし帰ってきた刀奈は寝癖が酷く、俺は溜息を吐く。

 

「少し待ってろ」

 

「はい…………」

 

布系統の物が置いてある棚から小さめのタオルを取り出し、濡らす。

それを刀奈の頭に押し付けて寝癖を直していく。

髪を濡らしながら刀奈が聞いてきた。

 

「体は大丈夫なの?」

 

「ああ」

 

「あの後の事はちゃんと覚えてる?」

 

「VTシステムのことか?」

 

「そう」

 

「あの後は…………VTシステムの意識と会話したよ。アイツは強い相手を求めていた。自身よりも強い奴が見つからなかったとも、言っていた」

 

「VTシステムは消滅したのね?」

 

「いや、俺の復讐の相手との戦いがくるまでの休戦ということで今も俺に取り付いているよ」

 

「害はないの?」

 

「アイツは俺が居てようやく存在できるモノだから俺には何もしてこない」

 

俺は来たるべき復讐のために生きて、アイツはその強敵との対戦の為に俺の中でその時を待つ。

俺はアイツを戦力として認識し、アイツは俺を一時的な憑代と認識している。

互いがお互いに価値を見出し、協力関係を取った。ただそれだけ。

 

「心配かけたな」

 

「っ!…ホントに!!心配したんだから!!!」

 

「済まない」

 

泣き出す刀奈にフッと笑みを浮かべながら頭を撫でる。

 

「お前が泣き虫なのは変わらないな」

 

「何よ…………グスッ」

 

「成長しても、刀奈は刀奈だと思っただけだ」

 

どこまで成長して、変化しても、変わることなないことだってある。人も、物も、状況も、関係ですら。

きっと刀奈はずっと俺を支えてくれる。それは、それだけは何故か変わることは無いと、確信できた。

 

「俺のことも、聞いてくれるか?」

 

この問いに対する答えも、知っていた。

 

「う、ん。おねーさんに聞かせなさい!!」

 

涙を拭って、自信満々にそう答える刀奈の顔は、いつか見たような、迷いのない笑顔だった。

 

 

 

 

「俺は、刀奈も知ってるだろうが最強と天才の2人に対して計り知れない恨みを持ってる」

 

「知ってる」

 

「その2人に戦いを挑もうとしているのも」

 

「知ってる」

 

「恐らく俺は、それを実行したら、高確率で命を落とすだろう」

 

「…………」

 

「刀奈はそれを止めるか?」

 

「…………」

 

無言。

刀奈はしばらく考える素振りを見せた後、答えを出す。

 

「止めないわよ」

 

「…………何故?」

 

「止める気が無いって言えば嘘になる。本心かって聞かれても嘘。けど、私は銀の意見を第一に考えて、行動するわ」

 

刀奈は成長したのは外見だけだと思った俺は、人を見る目が無かったのだろうか?

それとも、刀奈が俺の知らない所で成長したのだろうか?

何にせよ、今の刀奈が俺の刀奈だ。

 

「刀奈……」

 

「けど1つ、1つだけ聞いて欲しいお願いがあるの」

 

「何を願う?」

 

「例えその時が来ても、死なないで」

 

「何故命令にしなかった?」

 

命令であれば、俺は拒否しない。けれども刀奈は拒否権を与えた。何故か。

 

「私は銀に命令なんてできる立場じゃないから」

 

「そんなことは」

 

「だって私はいつも、銀に甘えて、縋って、頼ってばかりだった!!

 私は貴方に、何一つ力になれなかった!!」

 

俺の答えを遮って返ってきた言葉は、刀奈の抱え込んでいた不安と後悔の言葉。

しかしどれも、俺が刀奈の為と動いた結果の物だ。

刀奈の言葉を、俺は否定する。

 

「そんなことは無い!」

 

「だ、だって私は」

 

「どんな状況で、何一つ行動を起こさなくても、刀奈、お前がいるだけで、俺の名を呼ぶだけで、俺に接してくれるだけで、俺は!!助けられてきた!!!」

 

「…………」

 

「だからそんなこと言わないでくれ…………俺は、俺には………もう刀奈しかいないんだ…………」

 

俺が平和を、平穏を求める度に、行動する度に、刀奈に負担をかけていた。

だがそれは、刀奈がいたから、守りたいものがあったから動けた。

刀奈は俺を救ってくれた。それだけで俺は刀奈に、返し切れないほどの恩を受けた。

例えどれだけの恩を返しても、愛を返しても、刀奈から受けた恩には及ばない。

 

「銀」

 

「何だ」

 

「ありがと。そこまで私を頼ってくれて。愛してくれて」

 

「…………」

 

「私は銀に出会えて、本当によかった。

 私は貴方を頼るから、貴方も私を頼って。もっと縋って、甘えて」

 

「分かった」

 

俺は刀奈を頼ったことが無かった。刀奈に負担をかけたくなかったから。

ただ、それももう終わりだ。

刀奈に縋って、甘えて、頼って、依存するほどに互いに愛を送りあおう。

だから俺は彼女の願いを受け入れよう。

 

「刀奈の言う、願いは叶えるつもりだが、いや、守るよ」

 

「ありがと銀。絶対守ってよ。もし、守れなかったら、私…………」

 

 

 

「自殺、するから」

 

 

 

「銀のいない世界はきっと、私の存在価値のなくなった世界だから」

 

「…………」

 

「銀以外の価値観なんて意味無いから。銀は私の全てだから」

 

「俺も同じだ。だから俺も刀奈を殺さないように努力するさ」

 

人間に不可能はない。それは俺自身が証明だ。

だから俺は、どんな強大な相手であろうと、生き残って見せる。

 

 

 

 

 

世界にはそれぞれ常識があって、それぞれ違うものだ。

そしてここ、IS学園では非常識が常識に塗り替えられつつある。

 

「み、皆さん、おはようございます……」

 

1-1教室を訪れた山田先生は何故かやつれていた。

 

「今日は、ですね……皆さんに転校生を紹介します。転校生と言いますか、すでに紹介は済んでいるといいますか、ええと……」

 

先生は曖昧且つ意味不明な説明に生徒は混乱するが、扉を開けて入ってきた人物を見て、ざわつきは一瞬、収まった。

 

「失礼します。――シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。と言う事です」

 

デュノアは性別を偽っていたことを公開した。無論、デュノア社もそれを公開し、謝罪した。

デュノア社長が経営危機の状況で混乱して、謝って性別の項目を男性としてしまったという、無理矢理な気もする理由でデュノアのについてコメントした。

もちろん、デュノア社は凄まじい苦情や、怒りの電話やファックスが送られてくることだろう。

しかしそんなことは学生が考えるべきことではないので思考から排除した。

 

「デュノア君って女だったの!?」

 

「美少年じゃなくて、美少女だったのね!!」

 

「そういえば昨日、デュノアさんと一夏君って一緒に大浴場に行ったわよね!?」

 

「大浴場で大欲情…………フフフ、これは薄い本が捗るわ!!」

 

一夏、そんな大問題を起こしたのか。

一夏とデュノアについて会話が加速していく中、最後の発言に何人かが噴出した。

この中にジャパニーズ春画の作者が居るのは驚いたが、是非とも本人の了承を得てからにしてほしい。

 

「(一夏、後で話がある)」

 

「(俺は何にもしてない!!信じてくれ!!)」

 

「(信じてはいるが、証拠がないからだ)」

 

プライベートチャンネルで伝える。

できればこの騒動はクラス内に留めておきたかったがそうはいかないらしく、突然ドアが大破し、轟沈ではなく破壊寸前にまでなった。

 

バァン!!

 

そこから飛び出してきたのは…………

 

「一夏ぁ!!!!」

 

おうふ、鈴がISを展開した状態で進撃してきた。駆逐されるのは一夏。

すでに衝撃砲にはエネルギーが充填されている。

そして背後からは…………

 

「フフフ、一夏さん?」

 

笑顔で怒気を放ちながらISを展開し、銃口を一夏に向けるオルコット。

更に横からは…………

 

「この痴れ者が!!」

 

真剣を持った篠ノ之…………ん?どこから真剣だしたんだ?

3方向からの同時攻撃は一夏に逃げ道を与えず、ただ一夏は追い詰められていく。

そして、攻撃は一夏に直撃し――――――なかった。

一夏の窮地を救ったのは飛び出してきたボーデヴィッヒだった。

ボーデヴィッヒはナイフを投げてライフルの軌道を逸らし、篠ノ之を体術で抑えて拘束し、衝撃砲をAICで受け止める。

そんな人間離れした動きができるのはボーデヴィッヒだからだろう。

 

「あ、ありがとう。たすkムグゥ!?」

 

「お前を私の嫁にする!!決定事項だ!!異論は認めん!!」

 

突然のキスからの嫁発言。婿ではないのだろうか?

ポカンと口を開けるクラス一同。しばらくの間を置いて、

 

「ああああアンタ何してるのよ!!」

 

「うむ、私の副官から、好意を伝えるにはこれが一番と聞いた」

 

「貴女の副官と一体どんな人ですの?」

 

「おい一夏。よかったな。これで結婚相手にはこまらんな」

 

「何をニヤついている一夏!!!」

 

「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」

 

ボーデヴィッヒのこの行動はクラスに再び、波乱(非日常)という日常を生んだ。

結局、この騒動は、そのすぐ後にきた織斑千冬によって鎮圧された。

 

 

 

 

その日の昼休み、刀奈と虚さんのいる生徒会室に俺はいた。

いつものように書類の処理をしていたのだが、刀奈がそれを遮るように質問してくる。

 

「そういえば銀達ってもうすぐ臨海学校よね?」

 

「そうだが?」

 

「なら水着を見に行きましょう!!」

 

「何故?」

 

水着なんぞ選んだところで意味なんてないのに。

 

「へ?なんでって泳ぐでしょ?」

 

「俺の身体のことを忘れていたのか」

 

「そうだった!」

 

ISのコアが埋め込まれているこの体を、生徒や先生の前で晒すのはまずい。

ついでに言ってしまえば外に出るつもりはない。

 

「だったら私の水着を選んでよ!!」

 

「刀奈がそう言うのならな」

 

「ついでに鈴ちゃんのデートも見たいし」

 

「そっちが本命だな。後覗きはやめろ。帰ってきてからの楽しみとして取っておけ」

 

「ぶーぶー。銀のケチー」

 

ぶーたれる刀奈を放って書類の処理に戻ると、今度は珍しく虚さんが発言する。

 

「やはり銀さんは凄いですね」

 

「何がですか?」

 

「両手にペンを持って2枚同時に書類に記入していくなんて。私にはとてもできないことですから」

 

俺は自分の両手に視線を動かす。2つのペンが別の動きをして、書類に文字を書き込んでいく。

これが最も効率がいいと思ったのだが、他の人はやらないので何故だろうと思っていた。しかしそれはやらないのではなく、やれないの間違いだったことを初めて知った。

難しいと考えたこともなかったが、他の人では到底できないことらしい。

 

「効率重視だからですかね?難しいと思ったことは無いんですけど」

 

「少し、羨ましいですね」

 

「そんなこと言われたのは初めてです」

 

「ふふ、そうでしたか」

 

そうしてまた、書類にペンを走らせる音が響いた。

 

 

 

 

とりあえず、水着を見るために近くの大型ショッピングモールにやってきた。

 

「どっちが似合う?」

 

「どちらでも似合うが?」

 

「どちらかと言えば?」

 

刀奈が持っているのはタイプの全く違う水着だ。

 

「じゃあ左のビキニタイプのでいいんじゃないか?」

 

「ならそっちね」

 

楽しげに選ばなかった水着を戻すと選ばれた水着を持って会計へと向かう。

 

「待て、ここは俺が支払おう」

 

「別にいいわよ」

 

「化粧品やらを買うのだろう?いつもは経費で落としているらしいが本来は違反だぞ?」

 

「うっ、ならお願いするわ」

 

普段、あまり金を使わないので財布は厚くなっている。

本のページかと思う程にぎっしり詰まった札束のなかから何枚かを抜き取って店員に渡すと、いくらかの小銭が返ってくる。

水着の入った袋を刀奈に渡す。

すると横から声がかけられる。

 

「そこのアナタ」

 

「…………」

 

「ちょっと聞いてるの!?」

 

「何用か?」

声をかけてきたのは女性。その雰囲気といい、口調といい、始めの頃のオルコットに似ている。

おそらく、今のご時世に染まってしまった結果がこれなだけだろう。だけ、ではないかもしれないが。

 

「そこの女の水着奢ってたわよね?アタシのも奢りなさい」

 

「赤の他人のものを奢るようにとは教えられていないので」

 

「男の分際で口答えするんじゃないわよ!やろうと思えば社会的に抹殺することだってできるのよ?」

 

「貴女ごときでは俺を殺せない。刀奈、行こう」

 

「待ちなさいよ!!」

 

ゴン!!

 

俺の頬に、女性の物と思われる拳が叩きつけられる。

刀奈が反応し、動き出そうとするが、俺はそれを止める。

 

「…………」

 

「何よその目は」

 

「この人間以下の獣如きに与える金も、時間も、言葉もない。あとは警察にまかせよう」

 

すると、向こうから人が駆け寄ってきた。服装からして警察官。

警察官は俺達を見つけると、最初に俺を睨み、放った言葉は

 

「貴方を逮捕します」

 

これだ。

 

世間に呑まれた人間はもはや正常ではない。正義を謳っている警察ですら、事情を聴くことをしなくなった。

 

「事情聴取が先では?」

 

「貴方がこの2人に迷惑をかけたんでしょう。貴方以外にそんな人はいません」

 

「俺の事を知っているんですか?」

 

「男は皆同じでしょう?」

 

「なら、これを見ても、そう言えるか?」

 

俺は制服の内にしまってある学生証を手渡す。

そこには在籍学校と、氏名が書かれている。

学生証をみた警察官と女性は目を見開き、俺を見る目が変わった。

 

「す、すみません!貴方が更識銀氏だとは知らなくて」

 

「で?そこの女。これでも俺を社会的に抹殺できると?」

 

「ひぃ、ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

「社会的に抹殺されるのはお前だ。今までの報いを受けてろ」

 

「嫌よ!!嫌!!やめて!!離してよ!!」

 

「おとなしくしてください。先ほどはすみませんでした銀殿」

 

「いいです。いままでの映像はちゃんとカメラで撮ってあるので、これを使って警察も、世界も、脅しますから。そうすれば、貴方達もそれ相応の罰を受けて、男に対する価値観も変わるでしょうから」

 

では、と刀奈と共にそこを離れる。

そこに残った2人は、青白くなって震えている。それがこの世界に染まってしまった人間が受けるべき罪だ。

 

「ごめんな刀奈。無駄な時間をかけたな」

 

「いいわよ。貴方の本来の怒りはあんなものではないんでしょう?」

 

「刀奈との時間をあれ以上失いたくなかったからな。あと1分遅かったら殺していたかもしれない」

 

「我慢するのはいいことだけど、発散することも必要だからね?」

 

「ああ、俺は刀奈で発散してるんだ。だから俺のストレスを解消するためにも、俺を引っ張って行ってくれよ」

 

「分かったわ。さ、次の店よ!!」

 

この日は外出時間ギリギリまでショッピングモールの中を巡った。

カメラで撮影していた映像は世界に流すと、凄まじい再生回数を生み出した。あの2人は近々、裁判にかけられることとなったらしい。

刀奈との時間を奪った報いだ。



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臨海学校

バス移動中の俺は、視覚を瞼で、聴覚をイヤホンから流れる電子音で遮断し、ただひたすら動かない。

傍から見れば寝ているようにも見えるだろうが実際は寝ていない。

すると、瞼越しでも光が強くなったのを感じた。

その直後、女子の誰かが叫んだ。

 

「海っ、見えた!!!」

 

俺達は、臨海学校のためにバスで、目的地へと移動しているところだ。

光が強くなったのはトンネルから抜けたからだろう。

有名な本の中に、「トンネルを抜けるとそこは」という一文があった。それになぞらえるならこれは、トンネルを抜けるとそこは炎天灼熱地獄でしたってところだろう。

 

「シロー、海見えるよ~?見ないの?」

 

「興味ない」

 

海なんぞ、見ようと思えばいつでも見られるだろうに、どうしてこうも騒がしくなるのか?

まあそれが学生が過ごす、眩い青春ということで納得させる。

しばらくすると織斑千冬が声を放つ。

 

「もうすぐ旅館だ。ちゃんと座れ」

 

すると俺を除いた全員が姿勢を正す。ここは学園であって軍隊ではないはずなんだが…………

目的地の旅館『花月荘』に到着すると、バスから降りる。

旅館の前には1人の女性が立っていた。恐らく旅館の女将さんだろう。

 

「ここがお前たちが3日間お世話になる旅館だ。挨拶しろ」

 

「「「よろしくおねがいします」」」

 

某数学オリンピックの日本代表になり損ねた少年のように「よろしくおねがいしまーす!!」などと口走りそうになったが何とか堪えた。

 

「はい、こちらこそ。ふふっ、皆元気で羨ましいですね」

 

女将はこちらを向くと少し驚いて、

 

「あら、こちらが例の?」

 

「織斑一夏です」

 

「更識銀です。これからご迷惑をお掛けすることとなりますが、どうかよろしくお願いします」

 

「いえいえこちらこそ」

 

女将は生徒達の方に向き直ると

 

「それじゃあ皆さん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

「「「はーい」」」

 

そういっていい返事を返す。

とりあえず初日は自由行動なので皆水着に着替えに移動したり、荷物を置きに行ったりとしているが、一夏はどちらでもなかった。

どうした?と聞いた。

 

「いや、俺の部屋が書いて無くて」

 

「織斑の部屋は私と同室だ」

 

「あ、そうなんだ。じゃ、俺は荷物を置いてから着替えるぜ」

 

「そうか」

 

それだけ言って、一夏と別れる。俺は部屋に荷物を置きに行くとそこにはすでに、先客がいた。

誰かと同室というわけではないが誰だ?

 

「あ、銀さん」

 

「シロー遅い~」

 

「簪、本音、どうしたんだ?」

 

先客の正体は本音と簪だった。

荷物を降ろすと2人はポケットの中から何かを取り出す。

 

「「これをやりに来たの」」

 

「PSVULM(プレイングステイツヴルム)か?」

 

これは簪が買うと言ったので布仏姉妹、更識姉妹、俺と皆で買ったゲームだ。

虚さんは仕事でいそがしいのであまりやっていないが、俺達4人はかなり遊んでいる。

 

「で、何をやるんだ?」

 

「PSO2(ファンタズマストライクオンラインセカンド)」

 

「あの無料で配信されてるやつか」

 

しかし珍しい。簪がアクションゲームをやるとは。

 

「中々難しくて、ここはネットに繋がるから」

 

「分かった。やろう」

 

俺達は、昼過ぎになるまでゲームをしていた。

しかし本音の腹の虫が唸るので、俺達は外にでて、食糧を買ったのだが…………

 

ドサッ

 

「「「!?」」」

 

「大丈夫ですか新村さん!!」

 

「多分熱中症だ!!日陰で休ませろ!!」

 

焼きそばを作っていた人、新村という人が倒れた。

熱中症らしいので俺は氷水に浸かっているアク○リアスを購入してその人に差し出す。

 

「すまねえ…………」

 

そういってぐったりしたまま手渡したアクエ○アスを飲んでいく。

屋台の方を見ると1人では中々効率が悪そうだ。

 

「手伝いましょう」

 

「そうか、助かる!焼きそばが焦げ付かないように炒めててくれ。いらっしゃい!」

 

店員は会計に回る。続々と客が入ってくる。

すると簪と本音が出てきて

 

「わ、私も手伝う」

 

「私も~」

 

「嬢ちゃんたちもか!だったら会計頼んでいいかい?」

 

「「はい」」

 

「助かるぜ!!」

 

簪と本音が会計に回ると焼きそばの行列が更に伸びた。

仕事の量が増えるが、焼きそばの係りが増えたので何とか保っていられた。

そこで俺は2人に、とある知恵を与えた。

 

「250円になります」

 

「熱中症対策に、こちらの飲み物はいかがですか~?」

 

「そ、そうだな。じゃあこれください!」

 

「合計で400円です」

 

とある知恵とは飲み物を進めてみるということだがこれが案外効果を発揮した。

隣で焼きそばを炒めていた店員―――名札を見ると海塚さんだということが分かった―――が肘で俺を小突いて言った。

 

「ヘッヘッヘ、お主も悪よのう」

 

「ただの知恵ですよ」

 

その後は焼きそばも、飲み物も順調に売れていったが、飲み物の方が先に切れた。

 

「本音、あっちの箱持ってきて中の飲み物を氷水に浸してくれ」

 

「りょ~かい~」

 

「お?銀、何やってんだ?」

 

俺に声をかけてきたのは一夏だった。その後ろには一夏に思いを寄せる5人がいた。

 

「ちょうどいい。本音を手伝ってやれ」

 

「へ、あ、おう」

 

一夏は本音の作業を手伝う。残っていた箱の中身を全て氷水に浸すと本音は会計に戻る。

 

「一夏、すまなかった。後ろの5人が待ってるぞ?」

 

「そうだった。ゴメンな銀!」

 

一夏は再び5人のもとへと去っていく。

その後も、俺達は売り上げを伸ばしていった。

 

 

 

 

「いや~すまんかったな!」

 

熱中症から新村さんが復活したのはそれから2時間後の午後2時くらいのことだった。

 

「ほれ、こいつぁ手伝ってくれた礼だ」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

手渡してきたのは焼きそば3つとコ○コーラ2本と、ペプ○1本だった。

そして俺達は、遅めの昼食にありついた。

 

 

 

 

「もうダメ…………疲れた」

 

「少し疲れたね~」

 

「2人ともお疲れさん」

 

焼きそばは完食したが疲れはとれていないようで、簪はうつぶせに倒れ、本音も椅子にもたれかかっている。

まあ簪はあまり人との接し方がうまくないから余計に疲れたのだろう。

俺はただ2人にお疲れと言う他なかった。

 

 

 

 

 

夕食は刺身。生徒全員が浴衣。

魚類は嫌いではないはずなのだが、食欲が沸いてこない。昼のアレで夏バテでもしたんだろうか?

隣にいる本音と簪が俺の箸が進まないことに気付き、話しかける。

 

「どうしたの?」

 

「腹痛?」

 

「いや、どうも食欲が沸かなくてなあ」

 

「「夏バテ?」」

 

「かもなあ」

 

原因が分からないこの状態で、確定した答が出せないので、曖昧な答えを返す。

 

「本音、食べるか?」

 

「いいの?わ~い」

 

「銀、大丈夫?」

 

「食欲が無いだけだ」

 

ま、1日2日食事を抜いたって死んだりはしない。

今晩は抜こう。ココだけ見ると、かなり卑猥な方向な言葉にも見えるのだが、ただ食事を抜くだけだ。

一方の一夏は呑気に刺身を頬張っている。無論その近くには恋する乙女が5人。一夏から見たら平和なのだろうがその裏は違う。

デュノアと篠ノ之、鈴は気にしていないようだが、オルコットは顔が真っ青になり、ボーデヴィッヒは正座を軽い拷問と考え、耐えている。

一夏、気付いてやれよ。

 

「~~~~~!!!」

 

デュノアが山葵をそのまま口に入れて悶絶しているが

 

「ど、独特な風味だね…………」

 

壮絶な辛さとの戦いがあっただろうに笑顔(少々歪んでいるが)を作って美化した感想を言うデュノアは、本当に優等生なんだろうなと思う。

皆それぞれトラブルや災難にあっているようだ。

 

 

 

 

食後…………あ、いや食後か?少しとはいえ食したわけだから食事か。

ともかく食事の後、生徒には温泉への入浴許可を出されている。ということで俺も温泉に浸かっているわけだが。

体を洗ってから入ったはずなのにもう汗をかいている。

仕方ない、もう1度洗い直すか。

体を洗い直して、そして湯に浸かって、汗かいて、洗い直してを5回ほど繰り返したところで一夏が入ってきた。

 

「お、入ってたか」

 

「よう一夏」

 

「いやー暑い暑い。凄い汗だぜまったく」

 

一夏は風呂桶に湯を汲み頭から被ると、風呂椅子に座る。

 

「一夏、髪を洗ってやろう」

 

「おお、サンキュー」

 

洗髪料を掌に塗り付け、一夏の頭をワシャワシャと洗う。

爪で引っかかないように、指の腹で押しながら髪を余す所なく、泡に塗れさせる。

目や顔に着かないように、垂れないように前髪辺りで手で壁を作って泡の進撃を阻止して、一夏に聞く。

 

「痒いところはあるか?」

 

「いや、ない」

 

そう返されると今度は、

 

「目を瞑っておけ」

 

「おう」

 

湯のたまった風呂桶を傾ける。

泡が流れ落ちていくのを見ながらそれを3度繰り返す。

 

「動くな。ついでに背中を洗ってやろう」

 

「…………ホントお前どうした?」

 

「聞きたいことがあるからな」

 

タオルに洗体料を染み込ませて背中を洗う。

 

「お前、鈴とのデートはどうだった?」

 

「ああ、大丈夫だったよ」

 

俺と刀奈が水着を買いに行った日、一夏と鈴はデートに行っていて、俺はその結果を聞く。

 

「告白はどうした?」

 

「受けたよ」

 

「そうか」

 

一夏にはデートの数日前に、鈴が持ちかけてきた恋愛相談の音声を、聞かせた。

我ながら卑怯だとは思う。ただ、一夏は自分の知らないところで苦労する幼馴染のことを知った。

 

「鈴の気持ちを知って、ちゃんと向き合おうと思ったんだ」

 

「それはいいことだ。だがお前に恋心を抱いているのは鈴だけじゃないんだ。そいつらにもちゃんと向き合えよ」

 

「分かってる」

 

「ほれ、洗い終わったぞ」

 

湯をかけて泡を流してやる。

俺は立ち上がり、風呂桶に湯を汲んで、体にかけると風呂から出ようとした。

俺は出る直前、一夏に声をかける。

 

「遅れたが、おめでとう一夏」

 

「ありがとう」

 

それだけを伝えて風呂から出た。

 

 

 

 

「また俺が1番だな」

 

「また~?シローは大富豪強いね~」

 

「ホント」

 

「アンタ、ズルしたりしてないでしょうね?」

 

俺は風呂から上がると知ってるやつを集めて大富豪(人によっては大貧民と呼ぶ場合もある)をやっているのだが、ここ3連続で俺が1位である。

 

「ルールが何もなければただの運ゲームだが、特殊なルールを入れれば戦略ゲームになるんだ」

 

集まったメンバーは簪、本音、鈴だ。

俺は鈴に聞いた。

 

「織斑千冬に報告はしたのか?」

 

「ううん、まだ。言うタイミングが無くって」

 

「何の報告?」

 

「一夏との交際についてのだ」

 

「「え!?」」

 

簪と本音が驚く。

 

「貴女、一夏と付き合ってたの?」

 

「ホントなの~?」

 

「うん。銀と楯無さんに相談しながらね、告白したらOK貰えたの」

 

「つい最近のことだ。知らなくて当然だろう」

 

2人は驚いたあと、

 

「おめでとう」

 

「おめでと~」

 

鈴を祝福する。

鈴は照れたように、顔を朱に染めて

 

「ありがと」

 

その鈴の姿に、本音と簪は、同性ながらドキッとしたそうだ。

 

 

 

 

所変わって一夏と織斑千冬の部屋。

そこに集まった合計8人の女性と、少年少女達。

それぞれ飲み物を渡され、口に含んでいく。それを見届けると織斑千冬は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

これは授業であって授業中だ。なのに堂々とビールを飲むとは。

 

「で?一夏、何か言うことがあるんだろう?」

 

「分かってるよ…………」

 

一夏は腹を括り、鈴以外の他代表候補生たちは耳を傾ける。

息を吸い込み、口を開く。

 

「えーと、先週より俺は、鈴と恋人の関係になりました!」

 

「……………………は?」

 

案の定、皆が間抜けズラを晒す。以外にも織斑千冬までもが驚きで口を開けている。

鈴は恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしている。

織斑千冬が恐る恐る聞く。

 

「それは本当か?」

 

「いや知らなかったのかよ!?」

 

「私はてっきり気になる女ができたのだとばかり思っていたのだが、まさかそこまで進んでいるとはな?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながら鈴を見て言う。

一方で一夏に思いを寄せている少女たちは未だ現実を受け入れられていないようだ。

その中から、最も復活が早かったオルコットが発言する。

 

「冗談ですわよね?」

 

「いや?」

 

「そ、そんな…………」

 

オルコットを筆頭に次々と項垂れる。

そんな中織斑千冬は咳払いをする。

 

「まあ意外ではあったがそういうわけだ。コイツのことは諦めろ」

 

バッサリ切る織斑千冬に項垂れていた4人は絶望した。

 

 

 

 

その後、一夏と鈴だけ退出してもらうと、織斑千冬が4人に話しかける。

 

「さっきはああいったが、チャンスが無いわけでは無いんだぞ?」

 

「どこがですの?」

 

「お前たちがアタックし続ければ、一夏も揺れるかもしれんぞ?付き合ってまだ日が浅いうちがチャンスだ」

 

「!!」

 

織斑千冬がそう言うと、4人は急いで部屋を出て行った。

さて、と言って立ち上がり、部屋を出ようとすると、織斑千冬が威圧感を纏った静止の声をかける。

 

「何ですか?」

 

「お前、何者だ?」

 

一瞬気付かれたかと思ったが、続いた言葉でその可能性は消える。

 

「更識の兄弟ではないことは分かっている。お前にはISが反応する。一体何者だ?」

 

「楯無に拾われた、哀れな捨て子ですよ」

 

それだけ言って部屋を出た。

明日、何かが起きる。

確信は無かったが、何故かそう思えてしまった。



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福音

臨海学校2日目は、各国各企業の専用機パッケージテストを兼ねたIS訓練の授業が入っている。

しかしながら幸か不幸か天気は晴天、一夏は暑いと項垂れ、乙女たちは肌が焼けるのを気に掛ける。

砂場に集まると専用機持ちと一般生徒と別れる。

しかし何故か篠ノ之が織斑千冬に連れられ、専用機側に来ていた。

 

「篠ノ之、お前は今日から専用機が与えられることとなった」

 

その直後、

 

「ちーーーーーちゃーーーーーん!!!」

 

遥か遠くからそんな叫び声をあげながら接近してくる何かが見えた。

俺はその声を聞いたことがある。忘れることのできない、忘れるはずもない、忌々しい声。

 

「(篠ノ之…………束!!!)」

 

きっと今の俺の顔は狂気に歪んでいるのだろうが、俺は最後列に居るので誰もそれを知らない。

本当ならすぐにでも殺してしまいたいが、まだ時ではないと、己に制限をかけて、押さえ込む。

頭に機械的なウサギの耳を模したカチューシャを付け、洗濯の大変そうな、不思議の国のアリスが着ていそうなドレスを纏った篠ノ之束が織斑千冬に突撃する。

 

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ――ぶへっ」

 

「うるさいぞ、束」

 

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだね」

 

これが人外の交流だ。怪力で篠ノ之束の顔にアイアンクローを加減なしでかます織斑千冬に、それを食らったまま笑顔でいる篠ノ之束。

人とはかけ離れたバケモノ。それが相応しい人間が、ここに集結した。

アイアンクローから解放された篠ノ之束は、自らの妹、篠ノ之箒に視点を変える。

 

「やあ」

 

「どうも…………」

 

最高潮に不機嫌な様子の篠ノ之箒に、構うことなく笑顔で話しかける。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかな?おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

助平な女だ。

 

ガスン!!

 

すかさず篠ノ之箒は持ち前の木刀で打撃を与える。

 

「殴りますよ」

 

「打ってからいった~!!しかも木刀で!!」

 

つまり、初激は木刀で、次が己の拳ということか。そんなことせずに真剣で殺してしまえと願うのだが、その願いは聞き届けられることはなかった。

 

「束、自己紹介くらいしろ。生徒達が困っている」

 

「えー、めんどくさいな…………私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

英雄色を好むというように、天災人を嫌う。そんな言葉が出来てしまうほどの他人への無関心さ。

狂っているように見えるほどの頭脳の持ち主は、狂った程の人間への興味の無さの持ち主。いい意味で頭の狂った人間は、悪い意味でも狂っている場所がある。

無論、織斑千冬も例外ではない。

 

「え、篠ノ之束って…………あの?」

 

「凄い!本物の篠ノ之博士だ!」

 

「イメージと全然違うな~」

 

騒がしくなり始めた女子を、織斑千冬が一喝し、黙らせる。

すると、意外なことに、今度は篠ノ之箒の方から話しかける。

 

「それで、頼んでおいたものは………?」

 

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」

 

天空を指差す篠ノ之束。生徒たちは太陽光の眩しさを堪えながら指先が指し示す場所を眺める。

天空に何かの影が現れる。

影は大きくなっていき、やがてそれが大きな箱だということに気付くころには、凄まじい速度になっていて。

皆が防御態勢を取り、そして…………

 

ズドォーン!!!

 

地面に衝突し、爆風で巻き上げられた砂埃が生徒達を襲った。

砂嵐が収まり、皆の視線の先には、銀色の箱があり、バタンと音を立てて側面が剥がれ、倒れる。

そこにあったのは

 

 

 

赤の騎士。

 

 

 

鮮やかな赤の騎士がそこにいた。

 

「じゃ―ん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

篠ノ之束が発した衝撃の発言。

全スペックが現行ISを上回っている。

これは、スペックだけの話であれば、勝利は不可能という事実。

そして、第4世代ISという事実であった。

 

「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!私が補佐するからすぐに終わるよっ」

 

硬く不機嫌そうな表情のまま、篠ノ之束の指示に従う。

しかし、これには生徒達から不満の声が出る。

 

「身内ってだけで専用機は、ズルいよね~」

 

「だよね~」

 

彼女たちの言うことも一理あるのだが、それゆえの苦しみだって篠ノ之箒にはあっただろう。

その声に対して言葉を発したのは、篠ノ之束だった。

 

「おやおや、歴史の勉強をした事が無いのかな?有史以来、世界が平等であって事など一度もないよ」

 

「「!!」」

 

そうなのだ。

世界は平等ではない。不利無く、不足無く、不条理無く、理不尽ではない、なんていうのは強者だけで、その強者ですら平等であったことなどない。篠ノ之束を除いて。

そう言っている間に調整が終わったようで、篠ノ之束の視線は一夏に変わる。

 

「後は自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」

 

「どうぞ」

 

「データ見せてね~。とりゃ」

 

白式にコードを差し込むと、空中ディスプレイが白式のデータを映す。

 

「不思議なフラグメントマップを構築してるね。何だろ?見た事ないパターン。いっくんが男の子だからかな?」

 

「束さん、どうして俺達はISを動かせるんですか?」

 

「何でだろうね?ナノ単位まで分解してみればわかるかもしれないけどー、やってみる?」

 

「止めておきます」

 

そんなやりとりの後、少し離れた場所で紅椿を駆っていた篠ノ之が攻撃を止める。

顔は嬉々としていて、まるで新しい玩具をもらった子供のようで。

 

「やれる!この紅椿なら!!」

 

「た、大変です!!織斑先生!!」

 

そんな中に、明らかに異常な緊張感の孕んだ顔をして、山田先生が駆け寄ってくる。

織斑千冬は冷静に対応する。

 

「どうした?」

 

「これを!!」

 

「これは!?現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」

 

織斑千冬の号令に、生徒たちは動揺する。

特殊任務、緊急任務ではない。緊急性は無いが、情報を知らせるわけにはいかない内容であるということ。

雲行きが怪しくなっていくのを、一夏も感じたようで、不安そうに篠ノ之姉妹を見ていた。

 

 

 

 

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

旅館の奥の間、薄暗い部屋には畳の香りと、計り知れない緊張感、ディスプレイの僅かな明かりがあった。

織斑千冬が状況を説明する。

集められた代表候補生達は表情が硬くなる。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する事となった」

 

「教員によって一帯の海域は封鎖してありますが何があるか分かりません」

 

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

 

織斑千冬は淡々と進めていく。

最初に挙手したのはオルコット。

 

「はい、目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、これらは2か国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」

 

「「「「「「了解しました」」」」」」

 

一同が返事をすると情報が表示される。

しかしまともな情報など載っているはずもない。開発中であり、実験中だったので実際よりも小さいスペックで記載されていることも大いに考えられる。

銀の福音は超機動力を持っている。だが零落白夜並みの火力も搭載している防御無視の機体だ。

攻撃は当たればダメージは通るだろうが、当てられるかが問題だ。

 

「これは白式の参加が第一条件だな」

 

「あとは援護と移動方法ですけど…………ちょうど本国から高機動パッケージが届いていますわ」

 

移動でエネルギーは消費したくない。しかし迅速に接近する必要がある。

 

「となるとオルコット、超音速下での戦闘時間は」

 

「20時間です」

 

「そうか、では―――」

 

「ちょぉっと待った!!!」

 

声が背後からしたので反射神経で横蹴りを入れてしまう。

 

「とう!」

 

それを鮮やかに避けたのは篠ノ之束だった。

 

「ちーちゃん!ここは断然、紅椿の出番なんだよ!!」

 

「何故だ?」

 

「紅椿はパッケージなんて無くても超高速機動ができるんだよ!!」

 

「どれくらい時間がかかる?」

 

織斑千冬はあろうことか一般生徒であったはずの篠ノ之箒を利用する方針でいくらしい。

オルコットは抗議するもインストール時間で紅椿が採用される。

だがそれではダメだ。

 

「異議あり」

 

「何だ更識」

 

「時間は確かに肝心ではありますが、未熟な一般生徒だった人間に任せると?時間をかけてでも安全を取るべきでは?」

 

「だが時間が」

 

「それはここに最も近くなる時間であって日本への上陸までの時間ではありません。日本上陸まで考えると教員の足止めがあればもう30分はとれるはずです」

 

「…………」

 

俺の発言に黙り込むが、出した結論は変わらず、

 

「被害は最小限に―――」

 

「作戦が失敗してでる被害の方が大きいと思われます。時間をかけてでも勝率の高い作戦にすべきではと提案しているのです。貴女は理解していますか?」

 

「では作戦があるのか?」

 

「はい。オルコットにも高機動パッケージをインストールしてもらい、全戦力を投入して戦うべきだと」

 

具体的には、オルコットと篠ノ之が一夏を運搬し、篠ノ之とデュノアは防御に専念、鈴とボーデヴィッヒは攻撃支援、簪とオルコットは遠隔支援という作戦だ。

これを説明すると皆これが最善だと言った。

しかしそこで反対の声を上げたのが篠ノ之束だった。

 

「紅椿はそこまで弱くないよ。むしろ単機でも倒せるだけの能力があるよ?」

 

「それは操縦者次第だが、篠ノ之箒では戦闘経験が不足している」

 

「それ以上に性能が―――」

 

「では今回は更識の案を採用する。更識は旅館の護衛だ」

 

「ちーちゃん!?何で!?」

 

「被害も、負傷者も、最小限に抑えるべきだと判断した。物は直せても死んだ者は戻せないからな」

 

「…………そう」

 

篠ノ之束は作業に取り掛かり、30分後、作戦が開始された。

ただ、これから来る激戦は想像を絶する物だった。

 

 

 

 

 

作戦が開始され、代表候補生達がそらへと飛び立っていく。

俺は、言われた通りに、旅館の警護に当たる。

 

カサササ…………

 

草むらを掻き分けて何かが近寄ってくる。

そこから出てきたのは…………

 

 

 

 

 

その30分後だった。

旅館が騒がしくなり、遥か遠くの空から皆の姿があった。

しかし、作戦が成功した様子ではなかった。

まず篠ノ之とオルコットに抱えられた一夏とボーデヴィッヒが医療班の持ってきた担架に乗せられ連れて行かれる。

その2人には全身に大火傷を負っていた。

他の5人はというと、篠ノ之は小破、オルコットも同じく小破、だが鈴と簪は近接武器が2つに折れる中破、殿を務めていたデュノアはシールドが意味を成しておらず大破。

俺達は一旦、治療室に当てられた部屋に移動した。

 

「一体何があった」

 

「それが…………」

 

治療室でオルコットから話を聞いた。

 

 

 

 

 

オルコットの話によると、最初は順調だったらしい。

一夏を主とした特攻隊が攻撃し、逃げ道を塞ぐように支援隊が銃撃、防御隊が特攻隊を護衛し、福音を追い詰めていった。

しかし、そこで計算外が3つ起きた。

福音が中破したころに、篠ノ之が攻撃に転じたことだ。防御せずに速攻で落とすと、特攻したらしい。

そしてその時に、密漁船が来たことが2つ目。

一夏は船を逃がそうとしたが、その時に篠ノ之が超高威力全方位攻撃を食らいそうになったところにデュノアがそれをかばって大破。

その後はボーデヴィッヒがAICで固定し、止めを刺した。

だがそれだけでは終わらなかった。

福音が2次移行したのだ。

性能が更に上昇した福音に、負傷者がいる状態ではなく、一時撤退を一夏は指示したが、篠ノ之がそれを無視して特攻。

それを止めさせようと篠ノ之に一夏と、一夏を止めに行ったボーデヴィッヒが接近した時に、一夏とボーデヴィッヒもまた全方位攻撃を食らってしまったのだ。

これがことの顛末だ。

 

 

 

 

「2次移行に命令無視が大きな敗因か」

 

「…………」

 

答えることはしなかった。

それは事実だが、仲間であるので篠ノ之だけを責める訳にもいかなかったからだ。

厄介だ。

 

「装備の換装とエネルギー再充填を考えても10分、主力と防御の3人が欠けている状態で突撃するのも危険だ」

 

これは織斑千冬が出るしかないんじゃないのか?

 

「私達は一度、織斑先生のところに報告してきますわ」

 

「そうか」

 

オルコットは退出し、残ったのは篠ノ之と鈴、俺と簪の4人となった。

鈴と簪は打撲だったため、保冷剤で冷やしているところだったが、鈴が立ち上がり、涙を流し続ける篠ノ之に近づいて行った。

 

パァン!!

 

そして響いた破裂音。

見ると鈴が篠ノ之に平手を食らわせていた。

篠ノ之の制服の胸元を掴んで、涙を流しながら、叫ぶように言った。

 

「何で命令を無視したの!?ねえ!!答えなさいよ!!!」

 

「落ち着け鈴」

 

「落ち着いてる何て出来ないわよ!!アイツの所為で一夏が!!」

 

「確かにアイツが原因だ。だが今の俺達が問い詰めたところで、現状は変わらないんだ。戦力は足りない、時間も足りない、この状況は変わらないんだ」

 

「だからって…………だか、らって」

 

鈴の涙は止まることなく、次第にその量と大きさが増えていくばかりだ。

鈴の叫ぶような言葉に、篠ノ之は俯き、手と歯を食いしばり、涙を流す。その様子に鈴が泣きながら叫んだ。

 

「アンタ、泣いて後悔するくらいなら…………最初からそんなことしないでよ!!!ねぇ!!」

 

言葉を返さない篠ノ之から視線を外して、近くの椅子に腰かけ、項垂れる鈴はまだ泣き止まない。

 

「一夏ぁ…………何で庇ったりなんかしたのよ…………」

 

「一夏はそういう奴だろう。ほれ、タオルだ」

 

「そうだけど……そうだけど…………!!」

 

タオルを受け取る鈴に俺は言った。

 

「理解しても納得はしないんだろう。それは俺も良く知っている。けどな、俺達にはどうすることもできないことだってあるんだ。今がその時なんだ」

 

泣いても、叫んでも、後悔しても、問い詰めても、何ら変えることはできないんだ。

そんなことで状況が変わるのなら、俺がここに来ることなんて無かったはずなのだから。

コンコンとノックが響き、オルコットが入ってきた。

 

「皆さん、一度作戦会議室に来てください」

 

「何だ?」

 

「第2次攻撃作戦についてです」

 

「わかった。行くぞ」

 

俺達はその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「第2次攻撃作戦に関して、意見のある者は挙手しろ」

 

同じように会議が始まる。

しかしそこには3人がいないのが違いだろう。

そして最初に挙手したのは簪だった。

 

「このような戦力不足の状況で、また攻撃するのですか?」

 

「いや、今回は時間稼ぎだ。各国からの応援が来るまでの」

 

「何分稼ぐんですか?」

 

「最速でも応援がくるのに30分、主力攻撃隊がくるまでには50分かかる」

 

この戦力ではそれすらも不可能に近いのは知っているだろう。だがそれを知っていて尚時間稼ぎというのだ。

1人は戦意喪失、2人は負傷で満足に動けるのは1人しかいない状況で、それは不可能に近く、成功しても死者が出ることだって大いにあり得る。

足止めしていた教員達が乗っていた訓練機は全てが大破し、使えるのは2機しかないらしい。

八方塞だ。

そんな暗い雰囲気に、ドタドタと慌しい足音が近づいてきて、勢いよく襖が開かれた。

 

「千冬姉!!(教官!!)(皆!!)」

 

「一夏!?」

 

そこから出てきたのは一夏だった。

そしてそれに最も早く反応したのは鈴だった。

 

「一夏!!」

 

一夏の名を叫びながら抱き着く。

 

「一夏、怪我は!?」

 

「起きたら治ってた。そんなことより千冬姉!!その作戦、俺も行くぜ!!」

 

「お、織斑君!?」

 

「よかろう。ただし、同じ失敗はするなよ」

 

『はい!』

 

再び攻撃作戦が発動し、同じメンバーで福音の殲滅に向かった。

 

 

 

 

 

作戦発令から20分後、1つの伝令が入った。

 

「作戦完了!!負傷者無し、福音操縦者救出完了!!」

 

教員達歓声がワァッと沸きあがった。

 

 

 

 

一夏達が帰還すると、待っていたのは織斑千冬の説教だったらしいが、俺はそれに参加しなかったのでどんな内容かは知らない。

説教が終わったタイミングで俺は治療室に入った。

 

「そういえば俺、不思議な夢を見たんだ」

 

「奇遇だな嫁よ。私もだ」

 

「僕もだよ」

 

「一夏さん、どんな夢だったんですか?」

 

皆は楽しげに談笑していた。

 

「気付いたら知らない砂浜に座ってて、女の子が歌ってて、歌が終わると騎士っぽい人が出てきて、目が覚めた」

 

「私は、銀髪の女性に一夏を助けてあげてと言われて目が覚めたぞ」

 

「僕もラウラと同じような感じかな」

 

「へぇ~不思議な夢ね」

 

一夏は知らない。その砂浜が白式のコアが生み出した架空世界だということを。

一夏は知らない。少女がISコアの意識だということを。

一夏は知らない。騎士は白騎士の意識だということを。

俺はそこから離れた。

俺は夜の月光に照らされながら、砂浜を歩く。

 

「決着をつけようか」



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反逆の時

旅館から少し離れた場所にある岬に、人影が2つ。

天災と恐れられる篠ノ之束と、人類最強の称号を持つ織斑千冬の2人だ。

2人はしばらくの間、無言であったが、篠ノ之束が織斑千冬に問うた。

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

「まあそれなりにな」

 

2人の間には言葉にせずとも伝わる何かがあった。

ただ、そこに2人の物ではない声が入った。

 

「遺憾ながら同意せざるをえないですね」

 

「誰だ!?」

 

「…………」

 

俺は草むらを掻き分けて姿を現した。

少し、後ろを振り返って、また2人に向き直る。

 

「更識!!」

 

「どうしたんです?2人とも。ここは冷えるでしょう?」

 

「何の用だ?それが本当の理由ではないだろう?」

 

天災と最強の2人は俺を警戒する。

俺は笑った。

 

「何がおかしい?」

 

「いや、気付かないのはアンタだけかと思っただけだよ。そろそろ本名……というよりも旧名を教えてあげるとするか」

 

姿勢を崩して、楽しげに、狂気に歪んだ顔で、言った。

 

「久しぶりだなぁ、姉貴?」

 

「お前は、まさか!!」

 

織斑千冬が俺の昔の名を叫んだ。

 

「百春だというのか!?」

 

「そうだ。お前らに捨てられた哀れな、貴女の弟、織斑百春だ」

 

それを知った織斑千冬は、恐怖からか、驚きからか、顔色を変えて、数歩後ずさる。

 

「な、何故お前がここにいる!?」

 

「答えはそこの天災が知っているぞ」

 

「束、どういうことだ!?」

 

「…………ソイツを送った極秘研究所が、大爆発で吹っ飛んだって聞いたことがある」

 

「そう、俺はお前らに復讐するためにあそこを破壊して、機会を待っていたんだ!!」

 

天災は無表情だが、その下の濃厚な警戒の色を俺は知っている。

最強は驚愕しているが、警戒は解いていないことを知っている。

俺は愉しいと思いながら話を続ける。

 

「俺の事を一夏は知らない、そうだろう?記憶でも改竄したのか?」

 

「そうだ。一夏はお前の事も、お前の弟の事も知らない。写真もすべて燃やしたからな」

 

「だとさ、真実が知れてよかったじゃないか、一夏?」

 

「一夏!?」

 

「気付いてたのか」

 

木陰から出てきたのは、一夏だった。

一夏は俺を見て、次に警戒したまま織斑千冬と篠ノ之束を見た。

 

「今の話は本当なのか?千冬姉」

 

「そ、それは…………」

 

「そうだよ。私がいっくんの記憶を消したんだよ?」

 

「何故そんなことをしたんですか束さん!?」

 

一夏が見せた、珍しい憤怒を表情。しかしそれには悲しみを孕んでいるようにも見えた。

一夏の問いには篠ノ之束が答えた。

 

「それはちーちゃんがそう言ってきたからだよ?束さんはそれに従っただけ」

 

「何でだよ千冬姉」

 

「それは…………」

 

「俺と十秋(とうき)が計画に邪魔だったからだ」

 

「計画?それに十秋って誰だよ」

 

「そこから教えてやろうか」

 

 

 

 

ISが知られる前、織斑家は7人家族だった。

だがある日両親と次女マドカが逃げた。残されたのは年齢が高い順に、織斑千冬と俺、十秋と一夏だった。

そして家が近いなどの関係もあって、織斑千冬は篠ノ之束と友人関係にあった。言わば親近感でも感じたんだろう。

しばらくしてから2人が何か動いているのを俺は知った。

俺はある日、こっそりとその作業内容を見に行ったが2人ともいなかった。

篠ノ之束の部屋に行って、計画書をみるまでは、何かやってるな程度だった。けれど、計画書を見た俺は恐怖した。

計画書とはいっても、日記形式で書いてあったが。

ISについての論文が相手にされなかったから、別の手で世界に広めようとしたことが、その日程が、その内容が、事細かに記載されていた。

そして計画書を読んでいるところを、篠ノ之束に見られた。

俺は気絶させられ、その間に織斑千冬と、俺の扱いの話でもしたんだろう。

起きたら運送車の中で、十秋と一緒に、拘束されてたんだからな。

十秋が売られたのは恐らく、情報が渡っている可能性から、売られたんだろうなと憶測した。

血の繋がっていない俺達に対しては一夏程の愛情なんて無かったんだろうな。

十秋はISコアとの一体化実験最後の死者として、この世から消えていった。

これが事の顛末で、真実だ。

 

 

 

 

「そ、んな…………」

 

「一夏も疑問に思ったことはいくつかあっただろう?」

 

「何が?」

 

「2人しかいないのに家はかなり大きいだとか、押し入れの道具で見覚えのない物があったり、記憶と状況の食い違いだって本当は気付いていたんだろ?」

 

一夏は黙り込んだ。

思い当たることが有り過ぎるほどあったんだろう。

 

「ISコアに関する極秘実験で、あの研究所だけで何人死んだと思ってるんだ?万単位で死者が出たんだぞ!!それなのにあいつらはのうのうと、今を、今までを楽しく生きていやがったんだ!!!」

 

涙が止まらない。

 

「俺はこの時を、待つまでに失くしたくない者だってできた。けど!!それが復讐を止める理由にはならない!!」

 

怒りが止まらない。

 

「俺はこの決戦に勝って、幸せをつかむ!!」

 

2人を睨んで

 

「俺は、生きて、勝つ!!!」

 

言った。

一夏は悲しそうに、俺を見る。

ただ、声を先にかけたのは篠ノ之束だった。

 

「ふ~ん、その程度で勝てると思ってるんだ。馬鹿だね」

 

「その余裕、いつまで続くかな!!」

 

俺は先制を取り、2振りの刀、鉄と銀を展開し、切りかかるが、

 

ガキィン!!

 

「何故邪魔をした?」

 

「いっくん?」

 

「…………」

 

無言だったが、その目はまっすぐに、俺を見ていた。

 

「確かに、2人は許されないことをしたのかもしれない。けど、だからって殺すのはダメだ」

 

「で、どうすると?国はあの2人には罰を与えられない。恐れているからな」

 

「千冬姉、束さんも、ちゃんと罰を受けて、罪を償ってください」

 

笑いながら2人に言う一夏。どこまでもまっすぐで、愚直なその正義心は綺麗だと思うが、そんなことではこの汚れて、歪んだ世界には意味を成さない。力を持たない。

 

「いっくんのお願いだけど、それは聞けないかな」

 

「束さん!!そんな人を殺してまでして、何がしたいんですか!?」

 

「いっくんには分からないと思う。けど、その内にこれで良かったと思える日が来る」

 

「一夏、お前はあの2人を止めることはできない。正義では、悪を潰せないんだ。だから、そこをどいてくれ!!一夏!!!」

 

俺の悲痛な叫びは一夏に届いたが、

 

「それでも、俺はどかない!誰も死なせたくないから」

 

「一夏の言う通りよ!!」

 

そこに次々と人影が現れて来た。

総勢5人。

篠ノ之箒、オルコット、鈴、デュノア、ボーデヴィッヒだ。

 

「姉さん!!何でそんなことを!!」

 

「織斑先生、何故このようなことを」

 

「千冬さん、何で」

 

「一夏、一旦離れて」

 

「教官、何故ですか!?」

 

「箒ちゃん…………」

 

「お前達…………」

 

篠ノ之は、自分の姉に真相を問い、それ以外の3人は織斑千冬に理由を問う。

デュノアは一夏との戦闘を止めさせようとするが、一夏は離れない。

篠ノ之束が篠ノ之箒を宥めるように言う。

 

「きっと今の箒ちゃんには分からないと思う。けど、いつかきっとこれが最ぜ―――」

 

「その為に人を殺していいはずがない!!!」

 

織斑千冬は、3人からの視線に、後ずさる。

 

「わ、私は…………一夏の為に―――」

 

「そうやって言い訳して、何になるんですか!?」

 

天災と最強は後ずさるが、計画を止めると言った発言はしてこない。

これはもう諦めた方がいい。彼女達でも止められない。

 

「平行線だ」

 

「何?」

 

織斑千冬にもう一度言う。

 

「平行線だ。どれだけの時間をかけても互いに変わらない変えられないのならば、どちらかが折れる他ない。だがどちらも折れぬというのならば、どちらが折られるかしかない」

 

「強い者が残る弱肉強食のルールに則ってそれが一番わかりやすい。私たちに勝とうだなんてほざいてる馬鹿にはこれが丁度いいよ」

 

一夏の雪片を弾き、人を避け、篠ノ之束に切りかかる。

その一撃が篠ノ之束の腕を飛ばすはずだった。

しかし、実際に飛んだのは、俺の右腕だった。

 

俺の腕が宙を舞う光景を、一夏達は見ていた。

そして、次に響いたのは悲鳴。

 

「キャァァァァァァ!!!」

 

「ひっ!!う、ウソ…………」

 

「大丈夫か銀!?」

 

それぞれ、怯えたり、叫んだりと、違った反応をするが、一夏は真っ先に俺の身を案じて近づいてくる。

しかし、心配には及ばない。

 

<損傷部確認、再構築開始>

 

腕があった場所に光が集まり、やがて元通りの腕が現れる。

 

<再構築完了>

 

「どうやら生身でも人外なようだな」

 

「お前如きに負ける訳ない!!死ね!!!」

 

篠ノ之束が真剣を振り下ろすが、それよりも早く、俺は黒い鎧を纏う。

 

ガキィン!!

 

「っち!!そんな鎧なんて!!!」

 

篠ノ之束が投影キーボードに指をかけ、高速で叩く。

しかし、俺には何ら影響はない。

 

「何で!?」

 

「お前はISコアに侵入して武装解除してくることは予測できた。だから俺はネットワークを遮断しているんだ」

 

「これだから中途半端に頭のまわる奴は!!!」

 

篠ノ之束は後退し、ISを纏った。

その姿は、白騎士に近いが、主色は白と赤の2種類だ。

 

「紅式、これが今開発中の第4世代最終型だ!!」

 

「世代は違うが勝てない道理は無い!!この2世代機は、どこまでも進化する!!」

 

重力操作を利用し、急加速で接近し、2振りの刀で切りつける。

篠ノ之束は展開したビームの刃で弾こうとするが、

 

ジャキン!!

 

「何!?」

 

白銀の刃はエネルギーの刃を擦り抜けて、紅式の装甲を切り裂いた。そして立て続けに黒の刃が装甲に迫る。

 

サクリ

 

篠ノ之束が退避したので、致命傷とまでは行かなかったが、黒の刃は、スカートアーマーの端を、髪を切るかのように切り取った。

 

「何なんだよその刃は!!!」

 

「俺の相刃だよ」

 

黒い刃を持つ鉄は物理を無視した切れ味を誇り、白銀の刃を持つ銀はエネルギーに影響されない能力を持っていた。

それを知らずにただの刀と侮った篠ノ之束の落ち度だ。

憤怒に狂った篠ノ之束は本気になったのか、白い刀を展開し、誰もがそれに驚愕した。

 

「雪片!?」

 

「それも2本、これを凌げる人間はいないよ!!!」

 

「俺はもう人間を止めてるんだ!!関係ない!!」

 

俺は隙間を狙い、連続して繰り出される、研ぎ澄まされた剣戟を刀で受け流し、鎧で弾き、避ける。

だがこれで俺は防戦一方になってしまった。

外野が騒ぎ出す。

 

「助けないと!」

 

「行っても巻きもまれるだけよ一夏!!」

 

「でも!!」

 

来た所で何もできない彼らが喚くが、俺にはまだ、奇襲の準備がある。

 

「しぶとい!!死ね!!」

 

「逆転の一手はまだある」

 

俺は迫りくる刃を一際力強く弾いた。

そして篠ノ之束の腹に刃が生えた。

 

「がっは、ぁ、何、でだよ!!!」

 

「重力操作は自分だけが効果範囲じゃない。範囲が3km以内で、発動許可認識がされている特定の武器ならどんなものでも操作可能だ!!」

 

効果範囲ぎりぎりまで離れた場所に、あらかじめ隠しておいた2本目の銀を篠ノ之束の背後に持っていき、急加速させ、背後からシールドエネルギーを無視して貫いたのだ。

銀を抜き取り、後退する篠ノ之束。手負いになった状態なので動きが鈍っている。

 

「なら、避けられないようにしてやる!!」

 

俺の背後に回ると、俺から距離を取り、大空へと舞い上がる。俺はそれを追う。

 

「これで、お前は死ね!!!」

 

展開されていたのは超大型砲、あのクラス対抗戦で、シールドを貫通してきた無人機の持っていた砲に酷似しているが、あれよりも威力はずっと高いだろう。

そして銃口の向かう先を予測した時、俺はとっさに銃口の先に踊り出て、

光の束が俺に迫りくる。

 

「銀!!避けろ!!」

 

避けられるのならばそうしたいが、これは避けられないのだ。

最強で、最悪の弱点が、俺にはある。

刀奈だ。

銃口の先には、IS学園がある。

俺はそれを避けることができないのだ。

大剣を展開し、盾として使い、光の束を防ぐ。

 

シュゥゥゥ

 

ジジジジジ

 

光は、大剣に襲い掛かり、表面を熱していく。

 

<現在主武器、破損警戒レベル1>

 

こんな警告が出るのは初めてのことだ。

大剣が壊れるまで、俺はここで耐えなければならない。

 

「いや、そんなことはない!!」

 

銃口に向かって大剣を構えたまま突き進んだ。

 

<警戒レベル3>

 

<警戒レベル4>

 

<警戒レベル5>

 

段々と限界が近付く大剣に、耐えろと喝を入れ、加速し、砲弾と化して突き進む。

 

<警戒レベル最高>

 

「ぜらぁぁぁぁ!!」

 

ガン!!

 

銃口に衝突し、超高エネルギー爆発が起きた。それと同時に、大剣に亀裂が走った。

 

<使用不可状態>

 

役目を終えた大剣を海底に向かって落とし、白銀と漆黒の刀を展開して、追撃に入る。

 

「楯無に危害を加えようとしたこと、後悔スるがイイ!!!」

 

刃に紫電が一瞬走った気がした。

篠ノ之束は回避していくが攻撃には転じてこない。

しかし、そこへ

 

「やめろ!!!」

 

急接近してきた何かが俺を弾き飛ばした。

 

「束にはこれ以上、手を出させない!!」

 

「ちーちゃん」

 

打鉄を纏って加勢してきた織斑千冬。

だが俺は、そんな言葉を吐いて捨てる。

 

「俺を見捨てた人間が、そんなことを言うのか!!俺達が味わった痛みも苦しみも、こんなものじゃなかった!!絶対に俺はお前達を許さない!!!」

 

「2対1では貴様の負けは決まっている!!!」

 

「誰が2対1っつったよ?え?世界最強さんよぉ」

 

「しまっ、ぐわぁ!?」

 

織斑千冬が背部装甲を切りつけられて落下していく。

俺はそいつの正体を知っていた。

 

「遅かったじゃないかカルマ」

 

「俺は桂馬(かずま)だっての」

 

空間が歪んだかと思うと、そこから紫色のISを纏った男性が現れた。

 

「男性操縦者!?」

 

「ん?おお、一夏とかいうやつはアイツか~。それであちらさんがその恋人と。羨ましいな~お前は」

 

「こいつは俺とはまた違う研究所で作られた人口男性操縦者だ」

 

「桂馬ってんだ。よろしく~」

 

「くっ、次から次へと!!!」

 

織斑千冬が切りかかってくるがひらりと避けるカルマ。

カルマに指示を出す。

 

「お前は織斑千冬だ」

 

「了解っと」

 

2対2となったこの状況、不利なのは相手だった。

 

「さあ、本戦と行きますか!!!」

 

「決着をつけようか!!!」

 

それぞれが激突し、空に煌めきが生まれた。



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暗夜の激戦区

「くっ、堕ちろ!!!」

 

「そう簡単には堕ちたくないんでね」

 

「真面目に戦え!!」

 

「やなこった」

 

俺ことカルマは織斑千冬のお守りを任されていた。

専用機『陽炎』を駆り、攻撃をかわしていく。

 

「束!!」

 

「行かせるもんかよ」

 

「ッチ!!時間稼ぎが目的か!!」

 

「おう」

 

戦うことはしない、というか、極力参加は避けたい。

この機体には、武器が2つしか搭載されていない。それも両方とも短剣。

元々が攻撃することを主としていない機体だからこそ、武器は必要最低限の物しか搭載されなかった。

 

「この!!」

 

「おっと、危ねぇ」

 

「千冬姉の邪魔をするなぁーーー!!!」

 

「一夏とやらまでかよ!?」

 

奇襲に成功されそうになったが、間一髪で躱して体勢を立て直そうとするのだが、

 

「一夏には指一本触らせないわよ!!」

 

「そうですわ!!」

 

「僕らだって代表候補生だ!!」

 

「私の結界から逃げられると思うなよ!!」

 

「皆、ありがとう」

 

「お前達」

 

ああー、イイハナシダナーっと。

 

「逃げることと隠れることには自信があるんでね」

 

体を弄られる前にかくれんぼをしたことがあったが、結局俺が見つかってないのに第2回戦が始まってるんだから。あれ、結構悲しいぞ。

 

「千冬姉は銀の方に―――」

 

「行かせるかよ」

 

「うわぁ!?」

 

踵落としで撃墜して行く先を塞ぐ。

 

「千冬さん、あたし達が道を空けるから早く!!くらえ!!」

 

「ざ~んねんでした~」

 

「くぅ~っ、ムっかつくわね!!!」

 

「逃がさないぜ!!」

 

そりゃどーも。

四方八方からの攻撃に、戸惑っている俺を見て、織斑千冬は銀のいる方向へと行こうとするが、俺はそれを止めようと動くのだが。

 

「させるか!!」

 

「AICか。迷惑な能力だ。こうなったらこっちもやる気、出しますか」

 

俺はこの機体の能力を発動させた。

 

「ば~いば~い」

 

「なっ!?どこへ消えた!!」

 

AICが解かれた。今だ!!

 

「束!!ぐっ!!また貴様か!!」

 

「行かせねえっつったろうが」

 

「あんなところに!?待て!!」

 

「さらば!!」

 

再び能力を発動させて、逃げた。

彼女たちは俺とは全く逆の方向へと視線を動かすのだが、そんなところにいるはずもない。

俺は、またも篠ノ之束に向かおうとする織斑千冬に攻撃を入れる。

 

「逃げんなよ。俺を倒してからにしな」

 

「貴様が堂々と戦え!!」

 

「戦いに正々堂々なんてある訳ないだろうが」

 

もし、そんなものがあったのならば、俺は真っ先に落第するだろう。

俺の機体、陽炎の能力は、完全ステルス機能『夢幻』だ。

赤外線からエコー、電波探知や目視ですら不可能にする能力だ。

ただそれは不可視になるだけであって、実際にはそこにいるのだ。

しかし彼女たちは気付かない。

見えないものは怖いから、怖いものは見たくないから、見ようとしない。恐怖で頭が働かなくなるのが本当の恐怖だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

皆が無言になる。

神経を集中して、警戒しているのだ。

なら、そんな状態に爆音が聞こえたら、どうなるだろう?

俺は、手榴弾を爆発一歩手前にしてから、放り投げる。

 

ドカァン!!

 

「そこ!!」

 

「これで終わりですわ!!」

 

「落ちろ!!」

 

「当たれ!!」

 

「見つけたぞ!!」

 

「うおぉぉぉ!!」

 

爆発した榴弾に向かって一斉射撃を行うが、その場所には俺はいない。そしてその場所のすぐ近くに、織斑千冬がいて、一斉射撃を浴びてしまう。

 

「ぐぁぁぁ!!」

 

「千冬さん!?」

 

「先生!?」

 

「しまった!!」

 

「不味い!!」

 

「どこへ消えた!?」

 

「千冬姉!?」

 

織斑千冬の駆る打鉄は大破し、もはや加勢どころではなくなっている。

俺は笑った。

 

「あーっはははははは!!ひぃ、お腹痛いぃぃ」

 

「貴様!!」

 

「はーはー、実に悔しいだろう?何もできないのは。それを俺達はずっとずっと見て、味わって、耐え続けてきたんだ」

 

滑稽なことだ。最強と恐れられてきた人間も、未知を相手にしたときは、手も足も出ない。

ボロボロになって、何もできずに落ちていく無様さ。

 

「ここで引いてくれないか?」

 

「くっ…………」

 

「教官、ここは引きましょう」

 

「いくら千冬さんでもその状態じゃ無理よ」

 

「仕方ない、引こう」

 

「おう、そうしてくれ」

 

俺は再び姿を消して、後をついていく。

会話を盗み聞きするのだ。

 

「いいか?合図したら背後に一斉射撃だ」

 

「りょうか―――」

 

「聞こえてるからなー」

 

「何!?いつの間にそこに!?」

 

「お前たちについていって、怪しい動きがあれば捕縛するからな」

 

「クソ!!」

 

姿を消して、場所を、距離を変えながらついていく。

その後は終始無言だった。

俺の目的は復讐ではないが、仲間の無念を晴らすために、こうして醜態を晒させた。

 

「(皆、俺達に、銀に力を貸してやってくれ!!)」

 

仲間の魂に訴えかけるが、答えは返ってくることは無く、ただただ風の音が鼓膜を揺するだけだった。

 

 

 

 

 

カルマが織斑千冬の相手をしている間、俺は、全ての元凶である篠ノ之束と再び、対峙していた。

腹部から血が滲んで、痛みに耐えながらの戦闘だ。

これが正々堂々でなくても、卑怯な手であっても、歴史では、勝った方が正義とされる。

どれだけ正しい行いをしても、結局は負けたら終わりなのだ。

 

「お前が歪めた世界は、もう終わりにしよう」

 

「まだ終わらせない!!まだ終わらせるわけにはいかない!!!」

 

例え手負いであっても、織斑千冬以上の戦闘技術を持っている相手だ。手負いとなっても相当の戦闘技術で、俺を攻めたてる。

剣戟は激しさと、必要技術を増していく。

俺の刀の特性を理解したのか、刀の側面を弾くようにして連撃する天災と、合間合間に鋭い斬撃を入れる漆黒の騎士。

能力上は篠ノ之束が、技術上では俺が勝っている。手負いでなければかなり押されていただろう。

しかし慢心する天災は、奇襲を食らった。

 

「天災でも、最強でも、無敵じゃないなら勝機はある!!」

 

「お前みたいな屑が私を見下すなぁぁぁぁ!!!!」

 

攻撃の1つ1つが重くなり、攻撃の間隔も短くなる。

だが、俺が持つ力(負の感情)は、こんなものではない。

 

「重力操作制限解放、最上位物体操作術『全てを捌く、反逆の刃』発動」

 

武器展開の光が俺の周りに煌めき、何十本というほどの、白と黒の刃が展開された。

 

「裁きを下せ!!俺の同志達!!!」

 

「何で私の邪魔をするんだよ!!!!」

 

多数の刃が篠ノ之束を全方位から攻めたて、追撃する。

篠ノ之束は加速し、後退しつつ、刃を弾く、防戦一方へと変わる。

俺を睨んで、涙を流しながら叫んだ。

 

「何で皆、私を受け入れようとしないんだよ!!!いつもいつもいつも!!!バケモノ呼びで恐怖して!!!蔑んで!!!逃げてばかり!!!

私はただ!!!」

 

刃を凌いで、叫んだ。

己の本心を。

 

「皆に、知ってほしかった!!見てほしかっただけなのに!!!何で!!!」

 

「自らが正しいと信じて、自らの意志で動いて、その結果そうなってしまったのならばそれは自業自得というんだ!!自分の失敗の責任を他人に押し付けてんじゃねぇよ!!!」

 

「っ!!!!」

 

雨のように空を切り裂いて敵を追う刃が篠ノ之束を飲み込もうとしたその時だった。

篠ノ之束が、遥か上空から急降下してきた白い流星によって下方へと落ちていく。が、多数の刃を回避したのは、篠ノ之束の幸だろう。

白い流星を見ると、それは、白式だった。

 

「一夏!?」

 

「いっくん!?」

 

俺も、篠ノ之束も驚愕し、動きが止まる。

白式を操縦していた一夏は俺達の中間に浮遊して吠えるように言った。

 

「もうやめてくれ!!これ以上、殺し合いをしないでくれ!!!」

 

悲しさだけで構成されたその声を、言葉を聞いた。

一夏は続けた。

 

「銀!!お前の恨みを俺は知らない!!けど!!束さんを殺すのは間違ってる!!

 束さんも、したことは許されないけど!!償うことはできる!!!」

 

叫びの後に訪れた静寂と波の音。

それを最初に破ったのは、俺だった。

 

「もし仮に、俺が攻撃しない、殺さないと言ったとして、篠ノ之束はどう償う?よく分からん計画とやらの為に、計画が実行されたことによって死んでいった人達に、どう償いをさせるつもりだ!?」

 

「それは…………」

 

「いっくん、私は計画を止める気はないよ」

 

「何でですか!?その計画は、本当に必要なんですか!?他人を殺す価値の有るものなんですか!?」

 

「…………」

 

篠ノ之束は言い詰まる。

一夏に気圧されて。

それでも、諦めをしない天災は、言葉を発した。

 

「でもこれが未来への最善なんだよ!!今教えても、理解してもらえない。けど―――」

 

「未来は未来で作ればいい!!今の状況と、犠牲が最善かを答えろ!!!」

 

「っ!!!!!」

 

この状況は、損失は、損害は、最善を求めてしまった結果だ。

どこが最善だ。こんなの、最悪以外の何でもない!!!

 

「動くな!!!」

 

しかし、俺達の叫びを交わす空間を、高めの女性の声が壊した。

周りを見ると、全世界の国家代表や代表候補、軍人達が俺達を包囲していた。

 

「貴方は包囲されているわ!!おとなしくしなさい!!このテロリスト!!!」

 

銃口は、刃先は、1人に向けられた。

俺1人に。

一夏が弁解しようとする。

 

「ちょっと待ってくれ!!銀はテロリストなんかじゃ―――」

 

「篠ノ之博士に対して攻撃するテロリストがいると報告を受けてきたのよ!!貴方以外にテロリストなんていないわ!!!」

 

「…………」

 

俺に武器を向ける彼女達の瞳に映る俺は悪に染まっているのだろう。

人間は正しい方向へ、正義へと向かおうとする。例えそれが、歴史によって偽られた、人物だったとしても。

例え、歴史によって正義になったと知っていても。

俺はこれが嫌いだった。

これが正義で、これが悪だと決めつけられて、悪にされて、攻撃されて…………

そしてそれに抗えない自分が悲しかった。

 

「…ぅぃいんだ」

 

「何?」

 

「もういいんだ。これが例え悪だったとしても」

 

「何を言っているの?」

 

俺は、泣きながら、決意の言葉を、

 

「俺は、俺の信じた正義を貫いて、世界を戻す!!」

 

 

 

 

<汝、我ヲ求メルカ?>

 

「(いや、最強を超える力を求める!!)」

 

<汝ノ願イ、聞キ届ケタリ>

 

 

「<God kill System 起動>」

 

 

 

 

― 視点、一夏 ―

俺は、視界に捉えたモノに恐怖を感じていた。

銀のISからドロリと、黒いドロようよモノが溢れだした。

俺は、アレに近いモノを見た。

ラウラがVTシステムを起動させたときに溢れえ出たモノに、酷似しているんだ。

 

「何…………アレ」

 

「まさかVTシステム!?」

 

「何で!?」

 

束さんを含めた全員が驚愕していた。

そうしている間にも、銀の姿は変わっていく。

しかし、VTシステムとは決定的に違う点があった。

VTシステムは、人類最強を模した姿、千冬姉の暮桜を象るはずだ。

けどアイツは、暮桜どころか人の形すら取らず、更に大きくなっていった。

そして、最終的に象ったのは――――

 

 

「龍………!!!!」

 

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

雄叫びを上げると、漆黒の龍は、蜷局を巻いて、戦闘態勢に入った。

視線が捉える相手は、束さんだった。

龍は一直線に束さんに向かって突進してくる。

 

「ぜ、全員!!篠ノ之束を死守せよ!!!」

 

「了解!!!」

 

専用機を纏った人達が銀だった龍に突撃する。

けど高々2、3mのISが全長30mを超える龍に勝てるはずはない。そう知っていた。

攻撃が効くはずない。そう思っていたが、現実は更に残酷な状況を生み出した。

龍の表面を覆っていた全ての鱗のような装甲が、その表面が波打った。

そして次の瞬間、

全ての鱗の表面から銃口が生まれた。

銃口が赤く輝き…………そして、

 

 

全方向へ、無数の閃光が発射された。

 

 

ズドドドドドドドドド…………!!!

 

300を超す数のISが、その殆どが、爆発し、撃墜され、海上へと落ちていった。

残ったのは、指揮を務めていた部隊長と数人の国家代表、それと、雪羅によって守られた俺と束さんだった。

 

「こ、こんな…………い、いやぁぁぁぁ!!!死にたくない!!死にたくないぃぃぃぃ!!!」

 

泣き叫びながら逃げ出す部隊長に部下が続く。

狩る側と狩られる側の立場が、逆転した。

この龍こそが、銀が抱いていた恨みの結晶で、集合体で、集大成なんだ。

どんな状況でも、変わることのなかった、深く暗く、黒い恨みが世界に姿を現した瞬間だった。



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漆黒の龍の進撃

目の前には、惨状が、正に地獄絵図という言葉以外に思いつかないほどの惨状が広がっていた。

海上には、破損したISの武装が浮いていて、炎がちらついている。そして、火傷を負った操縦者が武装の破片に捕まって、漂っている。

上空でも、恐怖に駆られ、逃げ惑う国家代表達。

けれど死者がいないのは、銀なりの善心だろう。

 

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!

 

 

雄叫びを上げて束さん目がけて突進してくる龍。

束さんは、脱力して動けない。

 

「束さん!!おとなしくしててください!!」

 

束さんを抱えて旅館へと撤退する。

旅館の方向から、鈴やセシリアが向かってきていた。

 

「一夏!!どこ行ってたの、よ…………」

 

「な、何ですの……あの龍は」

 

「あれは、銀だ…………VTシステムが発動したみたいだが、ラウラの時とは様子が違う!!」

 

「とにかく、止めるぞ!!」

 

ラウラが眼帯を取って龍へと向かう。

 

「止まれ!!」

 

ラウラがAICを発動させて、龍の進撃を止める。

ラウラに続いて行った箒が言った。

 

「一夏はいそいで姉さんを旅館へ!!こんな人でも、私の姉だ………」

 

「箒…………分かった。すぐに戻ってくる!!!」

 

箒達が龍を対応しているのを横目で見ると、更に加速して旅館へと向かった。

 

 

 

 

旅館に着くと、千冬姉が飛び出してきた。

 

「束!!大丈夫か!?」

 

「ただ力が抜けただけみたいだ。それより箒達が龍の足止めをしてる!急いで加勢しないと!!」

 

「龍だと!?どういうことだ」

 

俺は手短に起きたことを話した。

銀がVTシステムらしきものを発動させて、龍と化したこと。

世界中から集められた銀捕獲部隊が壊滅したこと。

その海域に広がる惨状について。

死者がいないことについて。

 

「何だと!?至急加勢に向かおうと言いたいが、打鉄もラファールもすべて使用不能だ。私どころか教員すら出撃できない」

 

「そ、んな…………」

 

「待って」

 

脱力していた束さんが、震える足を無理矢理立たせてこちらに言った。

 

「封印してある暮桜、あれを使うしかないよ」

 

「しかし、あれは学園にあるだろう。行って帰ってくる間にこちらが壊滅してしまう」

 

「何も方法は無いのかよ!!!」

 

拳を旅館の壁にぶつけて叫んだ。

そんな中に、場違いな声が響いた。

 

「止める方法はあるぜ~?」

 

「貴様!!その方法を話せ!!」

 

俺達を、千冬姉を倒して撤退させた張本人が明るくヘラヘラと楽しげに、言った。

千冬姉が胸ぐらをつかんで問いただすと、にやりと口元を歪めて言った。

 

「そこの大犯罪者と織斑千冬が死ねばあいつは止まるんだぜ?それ以外の方法は無いね~」

 

「貴様、そんな出鱈目を!!」

 

「アイツの目的は復讐、天災と最強の殺害であって、それ以外の殺害は目的じゃない。現に死者はいないんだろ?

 けど、この2人がいる限りアイツが止まることはないし、損害は増え続けるぞ?」

 

「くっ」

 

「だが、」

 

一通り説明すると、千冬姉が手を放した。

すると再び言葉を続ける。

 

「それ以外の方法が無いわけじゃない」

 

「早く話せ!!」

 

「落ち着けよ千冬姉!!」

 

「どーも、一夏君。さて、方法だが」

 

俺達は無言で方法を聞く。

 

「まずは、天災と最強が計画を止めて、尚且つ今までの罪を償うと約束できるならアイツを止めることができるんだが?」

 

計画。この2人にとっては家族を売ってまで進めるほどの大切なモノ。けれどその計画は沢山の死者を伴ってきたモノでもある。

2人が計画を止めて、罪を償う。これを銀は望んでいるんだろうか?

銀は、本当は、誰も殺したくは無いんじゃないのか?

平和な解決を望んでいるんじゃないのか?

 

「それは、銀が言ったことか?」

 

「そうだ。銀が2つ出した復讐の終了条件だ」

 

そうなんだ。これが、銀の本当の願いなんだ。

銀の願った最善は、誰にも知られることはなかった本心は、誰も殺したくはなかったはずなんだ。

けどそれは、銀本人ですら気づかないほの心の奥底にしまわれていた願い。叶う可能性の最も低い願い。

2人が計画を止めないことを見越して実行したのが今の銀なんだ。

 

「で、でも計画を止めるわけには…………」

 

「どんな犠牲者が出たって、たかが低能な馬鹿共なんだから、死んだって価値のない人間なんだから、そんなことで計画は止められない」

 

「どうして2人はいつもそうなんだ!!!」

 

「一夏…………」

 

「いっくん…………」

 

俺の叫びに力薄く俺の名前を返す2人。

俺は続けた。

 

「価値のない人間なんていないのに!!勝手にそう決めつけて!!見下して!!その結果こうして死者も、損害も出ているのに!!現実から逃げて、無理矢理納得させて!!

 いつまでそんな子供みたいなことしてるんだよ!!馬鹿はどっちだ!?」

 

俺の叫びはまだ止まらない。

叫んでも、叫んでも、声がかれても足りない。

知らぬ間に頬を涙が伝う。

 

「あのまま銀が壊し続けて、全世界が壊滅して、そして計画が成功したとして、それが世界にとっての最善だったのかよ!?これだけの死者を、損害を、未来の為ってだけで終わらせるのかよ!?

 俺はもう限界なんだ!!世界が壊れるのも、人が殺されていくのも!!」

 

俺の叫びはここで途切れた。

絶え絶えの息を落ち着かせると、俺は、2人を見据えて言葉を放った。

 

「こんなことになるんなら、こんなことが続くんなら俺は!!命が尽きたとしても2人を止める!!」

 

「それはダメだ一夏!!」

 

「どうしてだよ千冬姉!!今までの犠牲の中に、家族だったはずの銀がいたんだろ!?そこに家族の犠牲がもう1人増えるだけだろ!?銀は捨てたのに俺は捨てない?そんなの間違ってる!!」

 

千冬姉は黙る。束さんも何も言わない。

俺は2人に背を向けた。

 

「俺は銀を止める。例え死んだとしても、後悔したくないから」

 

「一夏!!」

 

俺は千冬姉を無視して、鈴達の加勢に向かった。

 

 

 

 

「一夏!!」

 

「鈴、遅くなった。それより銀の方は?」

 

「それがおかしいの」

 

鈴達が居る空域に行くと、鈴が近付いてきた。

鈴は説明を始める。

 

「銀、攻撃はするけど、致命傷になるような威力の攻撃はしてこないし、私達を避けて通ろうとするの」

 

「銀が…………もしかしたら、まだ自我が残ってるのか?」

 

「あり得るわね」

 

俺はPICでフワリと上昇して、銀の真正面で対峙しているラウラの横に立った。

 

「ラウラ、AICを解除してくれ」

 

「しかし一夏!!」

 

「いいから、頼む」

 

「一夏………分かった」

 

ラウラはAICを解除すると、一歩後ろに下がった。

俺は龍に叫んだ。

 

「銀!!聞こえてるなら返事をくれ!!」

 

龍は反応を見せなかったが、メッセージが届いたことを示す着信音が響いた。

受け取ったメッセージを確認してみると、そこには

 

『一夏カ、何ダ』

 

銀からの返答だった。

俺はメッセージを入れて返した。

 

『銀、頼みがある』

 

『何ダ』

 

 

『俺が束さんたちの代わりになるから、2人を見逃してくれないか』

 

 

このメッセージを後ろから覗いていた鈴が、俺を殴った。

 

「鈴さん!?どうしたんですの!?」

 

「一夏どういうことよ!!」

 

「どうもこうもないぜ?俺は束さん達が死ぬのは嫌だ。だから俺が2人の代わりになるってだけだ」

 

「どうして一夏が身代わりにならなきゃいけないのよ!!」

 

鈴の本気で怒る顔は久しぶりに見たな…………

けど俺は折れない。

 

「束さんは千冬姉の唯一の友達で、千冬姉はあんなんでも俺の家族だ。2人が傷つくのは見たくないんだ」

 

「けど…………だったら」

 

「これは俺の問題だ…………っていって言えたら楽なんだけどさ、俺そういうこと言えないからさ」

 

ピコーン

 

『ソレハデキナイ』

 

銀からのメッセージにはこう書いてあった。

 

「なんでだよ銀!!」

 

『俺ノ出シタ条件以外ハ、ドンナ内容デアッテモ受ケ入レナイ』

 

『コレハ俺ノ決メタ事ダ』

 

きっと銀は俺が何を言ってもこれは曲げないだろう。

それでも、俺は銀を止める。どんな手を使っても…………

そんな時、俺達の背後から急速に接近する何かがあった。

 

『一夏!!避ケロ!!』

 

「ハッ!?」

 

俺がサイドに避けることによって背後からの影が龍の装甲に当たる。

攻撃を迫ってきていたのは黄金のISだった。

顔は隠れて見えないが声は女だった。

 

「貴方が更識銀かしら?」

 

「誰だ!!」

 

俺を含めて鈴達が武器を構えた。

 

「私?私はスコールよ。それより後ろ、見なくていいの?」

 

「何!?」

 

振り返るとまず目に入ってきたのは閃光の雨だった。

 

ドドドドドドドォォン!!

 

俺は白式の雪羅で身を守ったが、鈴とセシリアとラウラがエネルギーを削りきられてしまった。

その先にいた敵のISを見て、セシリアが言った。

 

「サイレント・ゼフィルス!?」

 

箒に抱えられたセシリアが言った言葉。『サイレント・ゼフィルス』

聞きなれない単語の意味をセシリアが続ける。

 

「奪われた英国の機体が何故!?」

 

「私が使っている、それだけだ」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

敵の発した声に皆が驚愕した。

発した声が、質が、千冬姉にそっくりだったからだ。

最も過剰に反応したのはラウラだった。

 

「貴様は何者だ!?何故教官に似ている!?」

 

「教官?ああ織斑千冬のことか。そうだろう、私の本名は…………」

 

 

 

「織斑マドカだからな」

 

 

 

そう言ってまた閃光の雨が降り注いだ。

けれどその起動は俺達を擦り抜け、龍への降り注ぐ。

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!

 

龍は雨を擦り抜け敵へと攻撃する。

最初に攻撃してきた女に尾での殴打を、ゼフィルスに光の一閃の嵐を放つ。

殴打を避けられるが、光の嵐は徐々にゼフィルスを追い詰めていく。

しかし双方ともに、余裕が見える。

 

「私達が2人だけで挑むとでも思った?」

 

パチン

 

指を鳴らすと海面から高々と水飛沫が次々と上がる。

飛び出してきたのは敵の味方。その数は次々と増え続けて、ついには空一面を覆い尽くすほどの大群となった。

 

「簡易コアの作り方さえわかれば軍勢だってできるのよ。フフフ、さあ!攻撃しましょう!!!」

 

「銀!!!」

 

軍勢が龍に攻め入る。操縦者たちもかなりの手練れのようで攻撃を躱しては攻撃を繰り返す。

一方的な戦いだが加勢しようものなら速攻で落とされる。

そんな時、首根っこを引っ張られ「ぐぇっ」と声が漏れる。

 

「一夏とやら」

 

「お前は!!」

 

「話を聞け。頼みがある」

 

不可視化し、俺達を翻弄してきた敵。こんな状況で、言わなければならないほどの内容だろうか?敵が言う頼み。その内容は、

 

「学園から生徒会長を連れてこい」

 

「楯無さんを?なんで―――」

 

「緊急事態だ。急げ。篠ノ之束やお仲間さんの方は俺達が食い止めておくから」

 

一方的に、押し付けるように言って混戦状態の龍の付近へと飛んでいく。

そいつは隠れていたもう1人の仲間と対話すると旅館の方へと飛んで行った。

隠れていたヤツは、俺に向かって

 

「早く行け!!!」

 

怒鳴りつけるなり龍へと飛翔した。

 

「クソ!!どうなってんだよ!!」

 

訳も分からずただ指示に従って、学園の方に飛ぶ。

すると、敵が俺に気付いて、

 

「行かせないで!!」

 

俺に向かって銃弾の嵐が降り注いだ。

躱す隙間さえない程の数。俺は最高速度で振り切ろうとするが、距離はあっという間に縮み、銃弾の雨に晒され―――――ることは無かった。

振り返るとそこには、先程俺を怒鳴りつけたヤツが銃弾から俺を守っていた。

 

「織斑一夏、貴様を守護できるのはこの付近だけだ。急げ!!!」

 

敵に向き直ると

 

「ここはこのゾアと、第3世代機『ゾディアック』が、織斑一夏の守護を務める!!!銃弾1つ掠らせはしない!!」

 

吠えた。

銃弾の雨は止むことなく振り続ける。

 

「我、護身ノ力ヲ求メル者ナリ」

 

【漆・獅壊障壁】

 

目の前に、銃弾を遮るようにして現れた金色の障壁。

降り注ぐ銃弾を受け止める。その瞬間

 

パァン!!

 

銃弾の1つが弾けると、それに続くように次々と破裂していった。

 

「衝撃を物体の内部に転移して内部から破壊するこの障壁は、物理に対して無敵を誇る!!獅子の威厳にひれ伏すがいい!!」

 

障壁は更に面積を増し、銃弾を破裂させながら敵に向かって進撃する。

それを躱し切れずに激突した敵の装甲が、武器が、破裂していった。

俺はその隙に、学園へと向かっていった。

 

 

 

 

敵を、銃弾を、ゾアの手助けで乗り切ると、ハイパーセンサーがIS学園を捉えた。

 

「とまりなさい!!」

 

この声は!!

 

「楯無さん!」

 

「一夏君!?どうしたの!?」

 

「緊急事態です!!銀が!VTシステムが!敵が!」

 

「一夏君落ち着いて。ゆっくり説明して!」

 

気付かないうちに声を荒らげていたらしい。

ゆっくり深呼吸して1つずつ説明していった。

 

「そんな……銀がVTシステムを…………分かったわ。至急応援を要請してみましょう」

 

楯無さんは学園に連絡を入れた。

しかし様子が段々と変わってきた。

 

「何でですか!!え…………っ!!もういいです!!」

 

「何があったんですか!?」

 

怒りで息を荒らげている楯無さんに聞く。返ってきた答えは耳を疑う内容だった。

 

「篠ノ之束の護衛に回れって……余裕がありそうだったら銀の抹殺に向かえって」

 

「!?」

 

あの会話の内容は確実に世界に広まっている筈。なのに何で束さんが正義と謳われるんだ!?

 

「上の方は篠ノ之束を応援することによって何かしらの恩恵が与えられることを期待しているんだと思う。でも!!だからって事実を掻き消してまで銀を殺すだなんて!!」

 

「楯無さん、とにかく急がないと!!」

 

こうしている間にも、皆が、銀が、束さんが、危険に晒されているかもしれないのに、こんなところで時間を取っている場合じゃない。

けれど命令に逆らえば楯無さんがどうなってしまうか分からない。

そんな中楯無さんが決意の表情を見せた。

 

「いい機会だわ」

 

「?」

 

「ロシア代表だなんてやめてやろうじゃないの」

 

楯無さんが発した言葉を俺はすぐには理解できなかった。

楯無さんが代表をやめる。これはそう簡単にはいかないことなはずだ。

ロシアから、世界中から批判の声が届いてくるはず。それどころじゃない。学園からの退学だって大いにあり得るのに…………

 

「私の全てである銀を殺すくらいなら、世界を敵に回してでも銀を守るわ」

 

「!!!」

 

俺は楯無さんが銀にかける思いの大きさを見損ねていたらしい。

ただの恋愛だと思っていたけれど今俺が見たのは恋愛を越した、恋愛なんて言葉では軽すぎる、言うなれば依存。

自分の立場や状況ですら無意味と捨てさせるほどの愛を、銀に向けていたんだ。

俺は止めようとした。けれど

 

「…………」

 

言葉は出なかった。

俺が言う最善は、最良は俺にとっての物で、楯無さんの中での最善ではない。

自分の理想を押し付けている。これじゃあ千冬姉や束さんと同じだ。

 

「わかりました」

 

だから俺は楯無さんを止めなかった。

これが最善でなくても、最高になることを祈って、銀の元へと案内した。



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霧纏いし淑女の愛を受けし龍

俺と楯無さんが、龍のいる海域に戻るとそこには未だに大乱闘が続いていた。

楯無さんは驚愕し、怒りに顔を染めた。

そんな俺達に声がかかる。

 

「ようやく来たか織斑一夏」

 

「お前…………状況は?」

 

「見ての通り、不利が続いている。このままだと銀が危ない」

 

「どういうこと?」

 

楯無さんが疑問するのも分からなくもない。

全方位への高威力光学兵器に超硬質の装甲に守られたあの龍が易々と落とされるとは思えない。

 

「もしここにISの修復が完了した織斑千冬や篠ノ之束が来たらどうなると思う?」

 

「まさか!!」

 

「亡国企業の方は自分の戦力にしようとしているが篠ノ之束は違う。銀を生かすつもりはない」

 

もし亡国企業が銀を拘束、捕獲した瞬間に銀は篠ノ之束によって殺される、ゾアとかいう奴はそう言いたいのだ。

ただ俺にはそれを否定できなかった。今の束さんならやりかねないから。

 

「更識楯無を呼んだのはそれが理由だ」

 

「?」

 

「銀はこの状況をどうやっても打破できない。高確率で死ぬだろうが、それを回避する方法がある。それがお前だ」

 

「どうやって回避できるんだ?」

 

確かに楯無さんほどの技量なら戦力になるだろうけどこれだけの技量を持った相手に大群で攻められたらひとたまりもない。

 

「戦うわけじゃない。銀にかかる負担を軽減させてやればいい」

 

銀にかかる負担、恐らくVTシステムによっる精神負荷のことだ。

しかし精神負荷を軽減させるなんてできるんだろうか?

 

「今からお前の意識をISネットワークを通じて銀の精神世界に転移させる。俺達は更識楯無に危害が及ばないように守護する。あとは更識楯無の意志次第だ」

 

「決まってるじゃない。銀の為なら死んだっていいわ」

 

「分かった。では…………銀を頼んだ」

 

楯無さんのISが光を放って待機形態へと戻る。楯無さんは気絶しているようだ。

俺は楯無さんを抱えると、ゾアからの指示を待つ。

 

「俺が防御に徹する。織斑一夏は回避に徹しろ」

 

「了解だ」

 

俺達は敵の襲撃に備えた。

 

 

 

 

私が目を開けるとそこには、暗黒だけが広がっていた。

重力も、物質も、光も存在していない、暗黒だけが存在する世界。

 

「(どこ、どこにいるの銀?)」

 

私は無我夢中で銀を捜した。

けれど光の無い世界は、私の視覚を奪い、無重力は私から方向を奪う。

進んでいるのか、戻っているのかも分からないまま突き進む。

そんな中で、僅かな光を見つけた。

光は、次第に姿形を変え、人を模した形となった。

 

「…………」

 

「ついて来いってこと?」

 

「…………」

 

光は答えず、暗黒を突き進んでいった。

進む、進む、まだ進む。時間の感覚すら狂っている。ここにきてからどれくらいの時間がたったかも分からない。

そして光は、止まる。

人型の光は、私の先を指差す。

 

「あっちに行けばいいのね?ありがとう」

 

それだけ言って先へ行こうとした私に、優しい声が聞こえた。

 

「彼を頼みましたよ、刀奈」

 

「えっ!?」

 

後ろを振り返ると光は空間に溶けるように消えていった。

きっと今の光は、銀のISコアに、僅かに残った意識なんだろう。

まったく、銀はISの意識にも好かれているのね。

 

「分かったわ。貴女のお願い、ちゃんと果たすわ!」

 

私は力強く前に突き進んだ。

やがて、音が、正確には声のような音が聞こえた。

それと同時に威圧感のような何かが、私の足を止めた。

 

「この先に銀が居る」

 

姿が見えた訳でも、声が聞こえた訳でもないのに、何故か確信できた。

私は、気を引き締めて威圧感の中を突き進んだ。

音も、威圧感も次第に大きく、はっきりと伝わってきた。

音だと思っていたものは声で、威圧感のようなものは負の感情だった。

 

「っ…………!!」

 

私ですらたじろぐ怨嗟の声と負の感情の嵐を、銀は耐えてきたんだろうか?

途方もない時間を、この嵐の中で過ごしていたんだろうか。

辛かっただろう、苦しかっただろう。けれどそんな状態でも私達を助けてくれた。

 

「もう少しだけ、耐えて」

 

自分に、銀に、自己暗示するように言って激しさを増す嵐の中を進んでいった。

 

 

 

「見つけた!!」

 

 

 

私の視覚が、嵐に揉まれる銀の姿を見つけた。

銀の身体には黒い靄のようなものが絡みつき、縛り上げていた。

しかし私と銀の間に、遮るように黒い人型が現れる。

 

<汝、何者ゾ>

 

「私は更識刀奈」

 

<カタナ…………ソウカ、ナラ通ルガイイ>

 

人型は道を空ける。

私は銀に駆け寄った。

 

「銀!!」

 

「あ、あ……刀奈か」

 

衰弱しきった銀は、虚ろな目で私を捉える。

 

「すまない。約束を果たすのは難しそうだ」

 

弱弱しくタハハと笑う銀を私は抱きしめた。

少し驚いていた銀も、力を抜く。

 

「貴方が約束を破る時は、私が死ぬ時なんだから。一人でなんて死なせないわよ」

 

「そう、か…………刀奈、頼みがある。聞いてくれないか?」

 

「うん、おねーさんに任せなさい!」

 

涙で濡れている顔を、自信で笑わせる。

昔のように、自信に満ち満ちた、銀に力を貸す笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!

 

 

「どうやら更識楯無は、銀との接触に成功したみたいだな」

 

龍が一際大きな咆哮を上げるとゾアがそういう。

そのことは俺達に1つの事実を教えた。

混戦状態だった海上は、龍の復活によって一方的な戦いへと変わっていった。

次々と落ちていく敵IS。しかしゼフィルスとスコールは落ちていない。

 

「くっ、何で強くなってるのよ!!」

 

「スコール、ここは撤退すべき―――」

 

「分かってるわよ!!そんなこと!!」

 

計画が失敗に向かっていることを知って、相手も苛立ちが募っていき、仲間にあたるまでになった。

 

「こうなったら、織斑一夏だけでも!!」

 

標的が俺に変わる。

けれど龍は、背後から攻撃を放ち続ける。

俺達に近付くことすらできない状況に、敵達は撤退を決定する。

 

「ここまでね」

 

残っている仲間達は、落とされた仲間を回収しスコールの後に続く。

俺は息を吐く。

 

「これで一件落着―――」

 

「とでも思ったか?」

 

「え?」

 

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!

 

 

龍は旅館の方向へと進撃を開始した。

 

「何で!?」

 

「銀の目的を忘れたか?」

 

銀の目的、そう言われて思い出した。目の前の事件に気を取られて忘れていた。

銀の目的、それは千冬姉と束さんの抹殺。

 

「止めないと」

 

「させると思うか?」

 

ゾアが俺の目の前に立ち塞がる。

 

「お荷物を持った状態で通れると?」

 

「くっ!!」

 

確かに楯無さんが居る状態でこの強敵を通り抜けるのは不可能だ。

しかし、ゾアの背後から接近する影が、現状を変えた。

 

「一夏の邪魔をするなぁぁぁ!!!」

 

「箒!?」

 

「我、一時ノ救済ヲ求ム者ナリ」

 

【拾・山羊衝音】

 

バァン!!

 

大音量と共に箒が吹き飛ぶ。

しかし後ろに続いていたシャルが、盾殺しの異名を持つ『灰色の鱗殻(グレースケール)』を至近距離で発砲する。

ゾアは一瞬にしてシャルの後ろへと回り込み攻撃する。

吹き飛んだシャルは痛みに耐えながらも驚愕の言葉を発する。

 

「『背追反加速(バックチェイスブースト)』!?最上位加速技を使えるなんて!」

 

技の名前を聞いた俺は、ゾアがどう動いたかを理解した。

『背追反加速』は、対象の後ろへと瞬時加速の連続で移動し、体にかかる凄まじい衝撃を堪えて背後への追撃を行う技だ。

使える人間は、現役を引退した加速部門優勝者である、アリシア・セルベリンスだけと教科書に書いてあったハズだ。

 

「動くなぁぁ!!」

 

箒がゾアの背後から突っ込んでくる。

 

「我、彼ノ者ヲ落トス力ヲ求ム者ナリ」

 

【玖・毒矢一閃】

 

極太の光が箒に降り注いだ。

光は、紅椿の装甲を溶かしていくが、箒は止まらなかった。

 

「しまっ!?」

 

「落ちるのは貴様もだ!!!」

 

「食らって!!」

 

箒はゾアにボロボロのまま突っ込みホールドした。動けないゾアをグレネードと灰色の鱗殻で爆炎で吹き飛ばした。

シャルは、俺に言った。

 

「箒は回収してくるから、一夏は早く皆の所へ!!」

 

「ゴメン、シャル!!」

 

シャルに謝って旅館へと急いだ。

千冬姉、束さん、無事でいてくれ!!

 

 

 

 

旅館から数百mの所でようやく龍に追いついたが、僅か数百mではもう進行を止めることはできない。

先に旅館へと向かい退避をさせようとした。

しかしハイパーセンサーで確認するとバスは無く、旅館の窓から見える部屋の中にも、どの部屋にも荷物1つなかった。きっと千冬姉が退避させたんだろう。

きっと千冬姉も退避しただろうと思っていると…………

 

「止まれぇぇぇ!!!」

 

千冬姉が龍に猛スピードで斬りかかっていった。

それこそ、目視すら叶わないほどの速度で。

龍は、攻撃を物ともせずに千冬姉を吹き飛ばす―――ことはなかった。

 

ガァァァァァン!!!!

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!

 

頭部を斬りつけられた龍は、かなりの衝撃だったのかグラリと傾く。

 

「んな!?…………あ!!」

 

そこで俺は、千冬姉の姿を見てその怪力の正体に気付いた。

 

「暮桜!?」

 

千冬姉の愛機であり、世界最強に輝いた際に駆っていた機体『暮桜』。それを今、再び、千冬姉が駆っているのだ。

 

「まだまだぁぁぁ!!!」

 

ガコォォォォン!!!

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!

 

立て続けに切り払い、専用機を纏った千冬姉が龍を吹き飛ばす。

一方的な攻撃。

しかし何故か、この状況を良く思えなかった。

家族を殺そうとしている相手に立ち向かう千冬姉、たったこれだけのこと。正しい行いなはずなのに、俺の身体は2人の間に割り込んでいった。

 

「止めろ!!!」

 

「一夏!?」

 

ガァァァン!!!!

 

「がぁっ!?」

 

千冬姉の切り裂きを食らった白式は、衝撃に飲まれ、海上へと急降下を続け…………

そして

 

ドボォォォォン!!!

 

衝撃と爆音と水柱が俺を襲った。

 

「一夏ぁぁぁぁ!!!!」

 

叫ぶ千冬姉と空中を落下する楯無さん。

千冬姉は躊躇うことなく海に突っ込み、龍は楯無さんを優しく咥えて海上への落下を防ぐ。

俺の身体は絶対防御を貫通した衝撃が襲い、ボロボロになっていた。

 

「ち、冬ね…………」

 

意識が急速し薄れていく。

体の感覚すら無くなり、視界も黒に覆われる。

最後に感じたのは、風で冷えた海水の冷たさと、暮桜の装甲の冷たさ、そして千冬姉の吐息の暖かさだった。

 

 

 

 

― 視点 銀 ―

 

やはりこうなったか。

目の前の出来事を見て、以前から予測していた事態に溜息を吐く。

最善主義者な一夏がこの争いに突っ込んで怪我を負うことは分かっていた。

ただそれは俺が復讐を望む上で必ず起こることで、回避のしようがないことで、けれどもやはりやるせない気持ちで見ているしかなかった。

 

「一旦引くか」

 

「何でよ!?折角のチャンスを!!」

 

「守るべきものがあるのはお互いに同じだ。それに、刀奈の身体傷を付けるのは俺だけだからな」

 

刀奈の言う通りこれほどのチャンスを逃したくはないが、もし攻撃すれば刀奈や一夏にも危害が及ぶ可能性がある。余計な負傷者は出したくない上に、刀奈を傷付けられたら俺がどうなるか分からない。

怒り狂ってこの辺り一面を壊滅させてしまうかもしれない。それこそ、俺が研究所を消滅させたときのように…………

しかし刀奈は俺の発した言葉の一部しか耳に入っていないようで、まったく外の情報が入ってないようだ。

 

「撤退開始だ」

 

俺達はカルマやゾアが身を潜めていた極秘アジトへと向かい、織斑千冬は一夏を抱えてIS学園へと撤退する。

互いに身を休める時を設けた。

その間、どれだけ体を癒せるか。それこそがこれから起こる大決戦の勝敗を決める。

 

 

 

 

― 視点 千冬 ―

学園へと撤退してから12時間が経った。

一夏の容体は最悪だったが一命は取り留めることができた。

一夏の傷はISの何かしらの力が働いているのか、恐るべき速度で回復していて、既に骨折や切り傷、打撲などは回復していた。

しかし一夏の意識は目覚めないままだった。

 

「織斑先生、そろそろ時間では?」

 

「そうだった。後は任せたぞ、山田先生」

 

「はい。織斑先生も頑張ってください」

 

私は治療室から出た。

これから行われる『更識銀及びその仲間の抹殺作戦』の会議の為に、学園の最奥にある極秘会議室へと歩き出した。

 

 

 

 

「これより作戦会議を始める」

 

極秘会議室の最前席に座って号令をかける。

この部屋に集まったのはISコアを預けられた国全ての首相や国王に天皇などの最高権力者と各国最強の国家代表達。

会議は現在知りえる敵戦力と敵状況を開示し、どういう陣形で攻めるかという話題になっていた。

 

「攻めてきたところを包囲して総攻撃だ!!」

 

「少数の相手に対して大群で攻撃すればいくら龍であろうと手も足も出まい」

 

最初は包囲してからの総攻撃という案が最有力だったが、少しすると

 

「更に仲間を増やしてくる可能性だってある!!」

 

「そうだった場合、IS学園だけは死守しなければならない!!」

 

「IS学園に戦力を集結させるべきだ!!!」

 

と言った案も出始め、意見は2つに割れた。

それでは埒が明かない。

 

「静粛に!!これより投票にて作戦を決める!!」

 

場が静まり返る。

そして次々に投票を行い結果を待つ。

結果は最初の案だった。

 

「では敵の情報が入り次第、作戦を決行する!!」

 

そう言った瞬間だった。

扉が勢いよく開かれ、山田先生が入ってきた。

 

「どうしたんだ山田先生」

 

「今テレビで…………

 

更識君が宣戦布告を!!」

 

「何!?」

 

すぐさま部屋の大型モニターに映す。

そこには…………

 

 

 

「私は、織斑千冬と篠ノ之束によって肉体を改造された織斑百春だ。苗字の通り織斑千冬の家族だった。しかし篠ノ之束と織斑千冬によって売られ、苦しい肉体改造を施された。だが私はこうして生きている。私はそんな人と言いたくもない天災と最強に対して、復讐の大決戦を開始する!!時間はあと17分後、午後1時に開始する!!

今の話を聞いて尚も織斑千冬を人と思える輩は俺達に立ち向かってくるがいい!!以上!!!」

 

ブチン

 

ザ――――――――

 

更識銀改め、元家族である織斑百春はそう告げて通信を切断した。

会議室には、テレビから流れる砂嵐の音だけが響いていた。

 

 



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開戦

― 視点 銀(百春) ―

 

【午後0時59分】

 

あと1分で作戦開始の時刻となった。

俺は振り返って仲間を見る。

誰一人として怯えた表情はない。

俺は雄叫びを上げた。

 

guooooooooooooooooooooooo!!!!!!

 

(勝利を我が手に!!!!!)

 

『おおーーーーーーーーー!!!』

 

反応が返ってくると俺達は空へと飛びだした。

総勢500の軍勢が進撃を開始した。

 

 

 

 

― 視点 千冬 ―

 

「敵発見しました!!」

 

山田先生が敵の存在を教える。

それに続いてアメリカ国家代表が声を上げた。

 

「お前ら!!行くぞ!!!」

 

『おおーーーーーー!!』

 

しかし、続く言葉に誰もが息を呑んだ。

 

「敵、およそ500!!」

 

「…………」

 

「500だと!?」

 

静まる空間に怒号が響く。

声の主であるドイツ代表は確認の言葉を発し、山田先生は縮こまりながらも答える。

 

「は、はい。敵は約500です」

 

「何と言うことだ!!作戦変更、学園を死守せよ!!」

 

急な作戦変更に急いで陣形を組み直す国家代表。

 

「接触まで3分です!!」

 

「迎撃攻撃始め!!」

 

ミサイルが発射され、それに迎撃部隊が続く。

遥か前方にミサイルの嵐が見える。

その先にはあの黒い龍も見える。

 

gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!

 

龍が更に加速し、先行する。

そして龍を中心に紅の閃光が発射され、ミサイル全てを爆破した。

誰かが漏らした。

 

「何だよアレは…………バケモンじゃねぇか」

 

そう漏らしたのはドイツ代表。

戦慄の表情を浮かべているのはドイツに限ったことではない。

 

「怯むな!!」

 

「!?」

 

「防御隊は相手の足止めを!!攻撃隊は龍に対して総攻撃だ!!」

 

私は仲間を鼓舞するためにも先行する。

 

「邪魔者は消えろ!!」

 

ザクッ!!

 

ザシュッ!!

 

ドシャッ!!

 

サクッ!!

 

龍を素通りして背後の軍団を蹴散らしていく。

腰の5つものエネルギーパックがぶら下がっているので、躊躇うことなく零落白夜で敵を切り裂いていく。

 

「続くぞ!!」

 

「おおーーーーー!!」

 

私の後に続いて先に防御隊が加速し、その後攻撃隊が加速した。

しかし…………

 

ガキィン!!

 

「!?お前は!!」

 

「貴女が織斑千冬?中々手ごたえがありそうね!!!」

 

「くっ」

 

この女は…………スコールだ!!

亡国企業の確認されているメンバーの中で最も情報が少なかった要注意人物!!

 

「貴様などに構っている時間は―――」

 

「ならアタシがその時間を作ってやるよ!!」

 

「しまった!?」

 

死角から飛び出てきた8つの足で絡みついてきた相手がそういう。

こいつはオータムか!!となるとコイツは第2世代機アラクネか!!

だが、甘いな!!

 

「何!?」

 

雪片を逆手に持ち、零落白夜を発動させオータムの脇腹を切り裂く。

拘束が緩んだところを脱出―――したさきには閃光の雨が待っていた。

 

ドカァァァン!!

 

爆炎が私を包み込み、海上へと落下する。

急いでエネルギーパックを使ってエネルギーや損傷を回復する。

 

「甘くなったね姉さん。現役のころとは大違いだよ」

 

「お前…………マドカか!!」

 

「正解だよ。ね・え・さん」

 

再び襲い掛かる閃光の雨を加速して躱すとその先にはスコールの熱球が迫る。

それを避けると次は8つの足の鋭い突きや切り払い、そして閃光…………

手も足も出ずにいる私の元に突っ込んできたのは

 

「ここは私達が!!」

 

「ブリュンヒルデは早く龍を!!」

 

「時間を稼ぎますので早く!!」

 

アメリカ、ドイツ、中国の代表がそれぞれスコール達に襲い掛かる。

私は急いで龍のもとへと向かった。

 

 

 

 

「見つけたァ!!!」

 

視線の先には漆黒の龍。その周りに群がり進行を遅らせる国家代表達もまた視界に入る。

もう邪魔する者はいない。

そう思った刹那、

 

ドゴォォォォォン!!!

 

群がっていた国家代表達が爆炎と共に吹き飛んだ。

まだ仲間が!?

そして私の視界がハイパーセンサーを通して全方位を見渡す。

そこに捉えたのは…………

 

「いかせないわよ!!」

 

元ロシア代表、生徒会長の更識楯無だった。

 

「何故アイツの見方をする!?状況が分かっているのか!?」

 

私は叫んだ。

百春の勝率は0ではないにしてもかなり低かった。仮に勝ったとしても世界が百春に対する攻撃をやめるとは思えない。

きっと束と私が止めろというまでそれは続くだろう。

それを更識は知っているはずだ。

それでもあいつの見方をするという理由が分からない。

 

「どんなに最悪な状況でも、可能性は0じゃない!!それに…………」

 

 

 

「この戦いで銀が死なない限り私が死ぬことはないのよ!!!」

 

 

 

手にした漆黒の槍を構え、特攻してきた。

ただその程度の実力では私には勝てない。初撃で終わる。

私もまた加速し、斬りかかった。

しかし、初撃は弾かれ、続けざまに放たれた突きで装甲を抉られる。

 

「!?」

 

驚愕した。

慢心していたのかもしれない。

けれど、それでも驚愕するしかなかった。

私は現役を引退しているが、実力は未だに最強クラスだと自覚できていた。私の攻撃を凌げるのは現状では、百春か束くらいだと理解していた。

しかし目の前の更識楯無は私の攻撃を弾くだけでなく、追撃まで食らわせてきたのだ。

こんな短時間で、これだけの進化をするなど…………

 

「進化してるのは私だけじゃないわよ!!」

 

思考の海に浸かっているところに新たなる驚愕を与えてきた。

更識の主武器である槍が明らかに変わっているのだ。

俗にいうランスのような形だった槍は、穂先が3つに分かれた三又槍(トライデント)へと姿を変えている。

 

「例え進化をしたとしても、私達を倒すなどとは考えないことだ!!」

 

「何一つ変わらない相手なら、いくらでも対処方法なんて取れるのよ!!」

 

「ほう…………なら、これを止めて見せろ!!」

 

居合の構えを取り、最高の状態で最高の間合いで、加速し――――

 

 

 

―抜刀―

 

 

 

繰り出される一閃。

散る火花。

しかし…………

 

「言ったでしょう?対処方法はいくらでも取れるって」

 

「何!?」

 

無傷の更識が背後で槍を構えている。

だが、この攻撃は連撃するための技。本命は、これだ!!

 

「かかった!!」

 

人間では到底不可能な動きで身体を捩じり、不可視と呼べるほどの、高速の一閃を放った。

これを人間が視覚に捉えることなど出来ず、ISであっても残像程度が限界だ。

もし仮に捉えたとしてもそこから防御に転じる時間なぞ与えない一撃。

終わった。そう感じた。

 

「終わるのは貴女よ!!」

 

「!?」

 

ギャリリリリリリリリリリ!!!!!

 

一閃を穂先の又で受け流し、絡め捕られた。そのまま雪片は私の手から離れ、天空へと舞った。

 

「これで私に勝ったと思うな!!」

 

私にはもう武器は無い。

だが更識の槍の穂先は私とは反対に向いている。

攻撃を仕掛けようとする間に、雪片を再び握るのは容易い。

しかし、更識最後の手は、奇想天外で驚愕の一手だった。

 

「止め!!『凍てつく烈火(アイシクル・バーン)』!!」

 

槍の石突きがこちらを捉える。

そこにあったのは穴。

そこから私を襲ったのは蒼白い烈火だった。

 

「炎程度なぞ!!」

 

「炎なんかじゃないわよ」

 

ピキキキキキキキキ!!!

 

「!?」

 

装甲の表面が凍てついていく。

装甲だけではない。雪片、そして絶対防御を通り越して皮膚までもが凍てついていた。

電子回路は凍結し、ブースター(加速器)も最早使い物にならない。

 

「これが慢心と裏切りを働いた最強の末路よ!!」

 

穂先が私に振り下ろされた。

 

ガッシャァァァン!!

 

装甲が破壊され、体に纏わりついた氷が砕け散る。

それが薄れゆく意識が最後に記憶した音だった。

 

 

 

 

― 視点 百春 ―

 

刀奈が織斑千冬の足止めに向かった後、俺は爆風で国家代表が吹き飛んだ隙に、最終兵器の準備に入った。

 

「これで、終わりが見える、か…………」

 

終わりを目指しているのは間違っているわけでは無い。ただ、最終的な目標が終わりではない。

目指しているのは、終わった後の変わった世界。

けれど…………

 

<汝、コノ戦ヲ終結サセル力ヲ欲スルカ?>

 

そこにある世界を、GKシステム(コイツ)が知ることは無いだろう。

きっとコイツに戦闘への欲求以外のモノは無いのだろう。

けれど、何故かそれだけではないと思ってしまう。

 

「俺は力を求める。未来を変えるための力が」

 

<汝ノ願イ、我ガ叶エタリ>

 

「あ?」

 

コイツ、何て言った?

今までなら<汝ノ願イ、聞キ届ケタリ>だったはずだ。

今回は、間違いなく、<汝ノ願イ、我ガ叶エタリ>だった。

 

…………まさか!?

 

<管理者権限ヲ銀カラGKシステムへと移行>

 

<更識銀ヲ絶対隔壁デ保護。後ニ最終兵器『『憤怒せし龍の息吹』』ニテ、IS学園最深部ノ障壁ヲ破壊スル>

 

「ま、待て!!」

 

キチチチチチチ!!

 

漆黒の液体が俺を包み込み、隔壁と化していく。

せめて、最後に声だけでも!!

それより早く、アイツからの声が、響いた。

 

<後ハ任セタゼ、相棒>

 

俺は、この声に覚えがあった。

忘れるはずもない。

そして俺は、残り数cmしかない穴からあ、最後の希望を託して、声を放った。

 

「ありがとう!!十秋!!」

 

キチン!

 

GKシステム、その人格を象っていた、その最深に隠された真の人格、最愛の、最初の家族、十秋に声が届くことを願って言い放った感謝の言葉。

ISネットワークを漂って、最終的にVTシステムに吸収された今は亡き弟の、最後の言葉。

 

「絶対に、終わらせる!!」

 

その言葉は、俺に強固な覚悟と、勝利への道筋を照らし出した。

 

 

 

 

そして、龍は、体から光を撒き散らしながら、最後の息吹を、解き放った。

 

 

 

 

光は、篠ノ之束の身を守る全ての学園という名の障壁と、龍を消滅させ、辺り一帯を吹き飛ばした。

 

隔壁を破り、黒要塞を纏ってその終結への道を突き進んだ。

 

 

 

 

 

融解した学園最深部を進んでいく。

暗く、無機質で、冷たい深部の奥の奥に、敵はいた。

 

「雑魚風情が、よくも私の計画を散々なことにしてくれたな!!」

 

「お前のその子供染みた計画の為に死んでいった仲間が、俺が!!お前を許さない!!」

 

篠ノ之束が言う計画。それは世界征服でもなければ、世界の確変でもない。

 

『自分と言う存在を全ての生物から忘れることのない世界を作る』

 

周りから認められず、拒絶され、普通から隔離された存在故の願い。それが、曲がり曲がってこんな世界の確変という結果を生み出した。

 

「お前!!私の願いを馬鹿にするな!!」

 

「人の命よりも重いモノもコトも存在するわけがないんだ!!」

 

例えそれが純粋な子供のころからの願いだったとしても、好奇心だったとしても、命を奪う理由になってはいけない!!

俺が見てきた時間がそれを俺の全てにそれを刻み込んできた。

 

「目には目を!歯には歯を!!痛みには痛みを!!!

 

 

 命には命を!!!!」

 

 

 

等価交換。世の中の全てを司る言葉。

1には1を返し、10なら10を、万物は対価を支払って存在している。

それを無視なんてできないのだ!!

 

「対束用最終兵器、『絶無』!!」

 

両手に展開されたのは刃の無い刀。

それを構え、

 

「対価を支払え!!」

 

先進した。

篠ノ之束はエネルギーの刃を展開し、斬りかかる。

だが、先に傷を負ったのは、篠ノ之束の方だった。

宙を舞う血の雫。頬に掠り傷を作る篠ノ之束。

 

「何でなんだよ!!何なんだよその武器は!!」

 

「お前の為の最終兵器、重力刀だ!!」

 

 

 

 

研究者達は篠ノ之束との対決を予期し、対策を練った。

とはいっても、肉体の方はこれ以上の改造は見込めなかったので、必然的に装備の強化へと力を注がれる。

どんな攻撃にも耐えられる鎧を作ったところで研究者達は、篠ノ之束を倒す決定的な武装が無いことに気付いた。

研究はそこで行き詰った。

そこで研究者たちは視点を変えて考えた。

全てを貫通し、どんな防御をも無視するモノは無いか?と。

最初に出てきたのは電波だったが、篠ノ之束に対して電波武器は無意味と考え、時間が経ち、最後に出された案がこの重力刀だった。

地球上どこにでもどんな状況でもなくなることのない事象。

どれだけ厚い壁に覆われていようと、どれだけ地下深くに逃げようと無くなることのない無限の可能性。

そして完成した不可視の刃を持つこの刀を、彼らは『神殺し』と呼んだ。

 

 

 

 

「どす黒い人間の欲望を『希望』と呼ぶことだってある。人によってはこれは私怨の塊に見えるかもしれない。

 だがそんなことはどうだっていい!!これでお前を殺せて、世界が昔みたいに戻るのなら、俺は悪にだって、修羅にだって、死神にだってなってやる!!」

どんなに穢れていようと、それで今を変えられるのなら、俺は、一縷の望みを託そう。

 

 

 

「この長く苦しい時間も、今日で終わりだ!!」

 

 

 

不可視の刃を振りおろした。

だが、それを弾く人間がいた。

背後から突っ込んできた純白の影は、手の甲を打撃し、攻撃を中断させた。

純白の影の正体は…………

 

「一夏、どけ」

 

「断る」

 

一夏は俺と篠ノ之束との間に立ちふさがる。

俺は続けた。

 

「一夏、お前の考えは昔から変わっていない。そうだろ?」

 

「そうだ」

 

「誰も傷付けない、争いは止める、そんなことできはしない。理解してるだろ?」

 

「どんなに力量、技術量に差があっても、争いは止める。まして、家族に近い存在の束さんが傷つけられそうだったのなら猶更だ」

 

一夏は言う。

昔からそうだった。

高校生の喧嘩に止めに入ったり、近所のトラブルにすら解決しにいこうとした一夏が、こう答えることは知っていた。

だが、止まるわけにはいかない。

 

「篠ノ之束が計画を中止し、それを償うと誓うまで、俺の復讐は終わらない。終わらせなんかしない」

 

「銀…………」

 

「例えいっくん達から何て言われても計画は止めない」

 

「束さん…………」

 

真っ向から対立するお互いの意見。

一夏の選択次第で、これからの状況が大きく変わる。

 

「お、俺は――――」

 

導き出した一夏の答えは

 

 

 

「2人のどちらの敵にも味方にもならない」

 

 

 

こうだった。

 

「銀の復讐は肯定できない。だからといって束さんの計画だって賛成しない。俺は、2人を止める」

 

「そうか」

 

無意識で零した言葉。

俺は一夏に対して―――

 

「なら、お前は俺の敵だ!!」

 

斬りかかった。

 

「束さん!!逃げて!!」

 

「させるか!!」

 

一夏は俺の小手を狙う。

しかし俺は、左手にもう一本展開し、

 

「済まない」

 

一夏の急所を外して、刃を、一夏の腹に突き刺した。

グチュリ

 

「ガッ、ァ…………」

 

<搭乗者の出血を確認。これより搭乗者保護プログラムより、止血を行います>

 

「痛いだろうが、しばらく堪えていてくれ」

 

それだけ言って篠ノ之束を追いかける。

最後に聞いた一夏の声は、苦しみに喘ぎながらもかけられた静止の言葉だった。

 

 

 

 

「そこまでだ。もう逃げ場は無いぞ」

 

篠ノ之束を追い詰めた。

相手もこれ以上引く様子はない。

 

「さあ、仲間の無念、ここで晴らす!」

 

剣戟の嵐が吹き荒れた。

篠ノ之束の防戦一方、俺の一方的な攻撃だった。

 

チッ

 

チッ

 

チッ

 

切り傷は増えるが致命傷になるような傷が作れない。

天災も、強い。剣術で織斑千冬が勝てないというくらいだ。

ただ、いままでに俺が支えられた皆の後押し。それは、技術をも上回って、致命傷を作った。

 

カスッ

 

「しまっ!?」

 

「終われ!!」

 

ジャクリ!!

 

僅かに外れた篠ノ之束の攻撃。それはまたとないチャンスで、逃せば外からの応援がくるまで同じようなチャンスは無いだろう。

それを逃すことなく重力の刃を、振りぬいた。

吹き飛んだのは篠ノ之束の右腕。

 

「ギャァァァァァァァァ!!!」

 

「仲間の恨みはこんなもんじゃない!!」

 

立て続けに左腕も切り落とす。

血が一瞬吹き出すが、ISの止血能力が発動し、血が止まる。

 

「ようやく終わっ――――」

 

「そこまでよ!!」

 

振り上げた重力刀が、背後からの声と同時に弾かれる。

 

「もう応援が来たか」

 

俺はここでチャンスは尽きたかと感じた。

しかし、駆けつけた女が発した言葉は、信じられない物だった。



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銀の歩む道の最後

― 視点 銀 ―

アジトの出撃用ハッチに集まった俺達と亡国企業の全員。

その最前線に立つ俺は、後ろを振り返り、

 

「これで終わりにしようか。天災と最強によって歪んでしまったこの世界を!!」

 

『オオーーーーーーーー!!』

 

「ちょっといいかしら?」

 

声の嵐の中、スコールが俺に問う。

 

「この戦いが終わったら、契約通り、貴方はウチに来るってことでいいのよね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「兄さん!?」

 

マドカが驚く。

今回の大戦で亡国企業が俺達に加勢してくれる理由。

マドカと俺の情報だけでは1対1の取引になってしまう。

亡国企業に限った話ではないが、取引は基本的に、話を持ちかけられた側が有利で、1対2で終わることが殆どだ。

だから俺も、亡国企業という最強の闇組織を動かすだけの対価を支払った。

大戦が終わったら、亡国企業のメンバーとなるという対価を。

 

「そう、ならいいわ」

 

「ん、ではこれより、ロシア中央裁判所への篠ノ之束輸送護衛作戦を発令する!!」

 

ハッチの出入り口が開き、大空へとISが舞い上がった。

行く先は極寒の地、ロシア。その中心だ。

 

 

 

 

 

 

― 視点 鈴 ―

バン!!

 

「一夏!!大丈夫……か…………」

 

「千冬さん?どうし…………」

 

千冬さんを連れて一夏の病室へと駆け込む。しかしそこには誰もいなかった。

ベッドのシーツは綺麗に畳まれ、机の上に置いてあったIS学園の制服と白式の待機形態であるガントレットが無くなっていた。

 

「一夏!?」

 

千冬さんは、風に揺られるカーテンを払って窓の外を覗く。

しかし千冬さんの肉眼は一夏を捉えていない。

ハイパーセンサーで夜空を見る。

すると、電子音と共に、星に紛れて暗夜を飛行する一夏の姿を見つけた。

 

「いました!!正面20km先、白式発見!!」

 

「わかった。すぐ行く」

 

千冬さんは暮桜を展開して一夏を追う。

しかし一夏は、千冬さんを見るなり更に加速する。

 

「一夏、何で千冬さんから逃げてるんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

― 視点 銀 ―

やはりというか、当たり前というか、俺達の目指すロシアの周囲には篠ノ之束を捉えようとする敵がいて、彼らは当然、俺達を攻撃するわけだ。

その結果、混戦となった。

だが敵だけが集団ではない。平均戦力では負けていても、こちらは敵以上の数がいる。

身を削ってでも、俺を支えてくれる味方がいて、俺の背中を押す。

必ず勝つ。

それ以外に目標はない。妥協しない。今までの犠牲から目を背けない。

勝って、報いを受けさせる。

それが、仲間への…………

 

「銀!!後ろだ!!」

 

「誰だ!」

 

仲間が知らせてきた味方ではない相手は、敵味方入り混じるこの戦場を駆け抜けてきた。そして俺の背後まできた相手。その正体は…………

 

「何の用だ一夏」

 

「…………」

 

一夏は無言の返答。

ただ、俺の行く先を遮るように停止している。

 

「俺は」

 

一夏が口を開いた。

 

「俺は、お前を否定しない。けど、束さんを殺させもしない」

 

「誰も殺すとは言っていないんだがな」

 

「束さんと千冬姉の犯し続けた罪を裁く。俺は、それだけの為にお前に味方する」

 

それが、一夏の答えだった。

俺を殺すわけでも、自ら篠ノ之束と織斑千冬を殺すでもなく、家族を裏切るわけでもない。

ただ身内の罪を裁く。

正義が似合う一夏にピッタリな覚悟だ。

 

「なら、人々の裁きによって、篠ノ之束と織斑千冬が殺されるのだとしたら?」

 

「その時は…………それが皆が望む事なら、相応の罰だったら、俺は何も言わない」

 

「そうか。なら、篠ノ之束を送ってくれ」

 

篠ノ之束の入った檻を、一夏に手渡す。

一夏は、ただ一言

 

「分かった」

 

そういって、運んでいく。

俺は、仲間に指示する。

 

「いいか!!織斑一夏の守護を最優先に変更!!死守せよ!!」

 

仲間は一夏の守護につく。

そして俺は、目の前の強敵と対峙した。

 

「また会ったな」

 

「百春……!」

 

俺の昔の名前を呼ぶのは元家族、織斑千冬だ。

その瞳には悲しみと悔しさが滲んでいた。

 

「お前の弟も、目を覚ました。お前も気付いているんだろ?気付いていて尚篠ノ之束の見方をし続けた。これがその結果だ」

 

「…………分かっていたさ。束がこの事件を起こすことも、こんな世界になることも。ただ私は、束が変わることを信じていたかった!!」

 

「その結果がこれだ」

 

「ああそうさ!!だが束は、私を正しく理解していた!!上っ面しか知らないだけの人間じゃなかった!!だから束の見方をした!!」

 

「ただアンタが自分を周りに隠していたからだろう!!偽りの自分だけを見せて、分かる訳がないだろうが!!」

 

篠ノ之束が織斑千冬を正しく理解できたのはそのバケモノとも呼べる人間離れしすぎた頭脳があったからだ。一般人に天災と同じだけの知能を求める方が悪い。

2人が惹かれあったのはそれだけが理由ではないだろう。

似ている。見た目でもなく、立場でもない。存在が、願望が、似ていたから。

自分を正しく理解してくれる人物が欲しいという願い。人間離れして、自分を正しく理解してくれる人間がいなかった者が、そんな願望を持つのも理解できる。

2人の関係は、きっと俺と刀奈の物に近い。依存に限りなく近いモノだ。

しかし織斑千冬と篠ノ之束には、決定的に違う点があった。

 

「お前は!!自分の、自分達の行いが間違っていると知っていて、それでも間違いを正さなかった!!」

 

「ではどうすればよかった!?間違いを指摘して、拒絶されて!!また孤独を味わえばよかったのか!?」

 

「拒絶なんて考えたお前が悪かったんだ!!お前の中で、篠ノ之束が、その程度の存在だと考えてしまっていただけだ!!現状を正しく理解できてなかったお前が!!この世界をぶっ壊したんだろう!!」

 

「っ!!!!わ、私は…………ただ…………」

 

「過去の経験に怯えて、逃げて、それでも縋っていたお前が、本当の悪だ!!」

 

絶望と、後悔。そんな感情が織斑千冬の目に現れていて、ついに無言で項垂れた。

動かなくなった織斑千冬。

憎い元家族を、裏切者を俺は…………殺さなかった。

 

「そこで後悔し続ければいい。罪を償うこともせず、ただ苦しめばいいさ!!」

 

それだけ言い残して俺は一夏の元へと進む。

俺を信じているわけではないが、俺に力を貸してくれる、家族の元へ…………

 

 

 

 

 

 

しかし、一夏の元へと戻ると、戦場は更に悪化していた。

原因は…………篠ノ之束の脱走だった。

未だ敵の本陣までは辿り着いてはいないものの、亡国企業の人員が全力で食い止めているものの、捕獲及び拘束には至っていない。

篠ノ之束は織斑千冬と同等かそれ以上の身体能力を持っている。剣術では織斑千冬を凌駕する腕前だ。近接はできる限り避けたい。

今はISを纏っていないから近接できているものの、ISの武器などがあった場合、即刻、篠ノ之束の捕獲は諦めなければならない。

何故、篠ノ之束は脱出できたのだろうか?見張りには一夏をつけていたはずだ。

一夏はどこだ?

 

「…………見つけた」

 

一夏は、国家代表達の攻撃を躱すのに精一杯といった感じだった。

ただ、一夏が的になってるおかげで亡国企業の人員は、篠ノ之束の捕獲に専念できているのだ。

 

「銀!!」

 

「刀奈か。どうなっているんだ?」

 

「それが、特攻してきた国家代表が、あの檻を破壊して…………」

 

破壊?あの頑丈な檻を?

 

「こっちは食い止めるので精一杯!!ロシアまで運ぶことなんてできないわ」

 

「そうか、俺はあいつらを蹴散らしてくる。刀奈は篠ノ之束の方を頼む」

 

「分かったわ。お願いね」

 

想定外なことすら起こす天災。奇跡と才能に恵まれた人間。

恐ろしいものだ。

 

「さて、と。カルマ、ゾア、あいつ等を駆逐しようか」

 

「おいおい、そう簡単に言うなよ。相手はいくらバカだって言ったって国家代表だぞ?」

 

「そうだな。それはお前が今の状態では、の話だろう?」

 

「まあな」

 

国家代表を蹴散らすにはこちらは少しハンデが有り過ぎる。

絶対防御すら無視する『絶無』では搭乗者をも殺しかねない。

かといってカルマでは火力不足過ぎる。

 

「よし、カルマ。最終兵器の使用許可を出す。出力制限はいらん」

 

「いいのか?アレの威力はお前だって知ってるだろ?」

 

「何、相手は国家代表とその国家が誇る最高の機体だ。量産機よりかは頑丈なはずだ」

 

過去に1度、アジトの実験室でカルマの最終兵器の威力を見たことが有る。

ISコアを抜いた状態の打鉄に、出力50%で攻撃した所、打鉄はボロボロに――――それどころか装甲や骨格までをも消し飛ばしてしまい、回線が丸見えの状態となってしまった。

威力は申し分なかった。ただそれだけでもなかった。

鋼鉄の厚さ10cmの防壁をも破壊し、アジトが半分ほど、消滅させてしまったのだ。

ただ、代償も大きく、使用後はISが強制解除され、エネルギー充填のために3日間ずっと使用できない、なんてこともあった。

 

「ゾアはカルマのサポートと回収を任せる。俺は残った奴らを落とす」

 

「了解した」

 

「そんじゃ、一丁やりましょうか!!」

 

先行するカルマを防御するゾア。2人は高速で敵を引きつけ、一夏の元へと辿り着く。

 

「ゾア、織斑の野郎を防御しとけ!!」

 

「Jud」

 

「ちょ、何だ!?」

 

「行くぜ!!」

 

ゾアは防御障壁を出力最大で展開する。

カルマはロックを解除し、発動のtriggerとなる言葉を言った。

 

「go to hell」

 

瞬間、カルマの機体の装甲に、無数の線が現れ、輝きを増していった。

カルマが駆る機体『陽炎』は、俺と同じくコアの意識が無くなった機体だが、スペックは俺の機体とは比べものにならないくらい低い。

その理由、カルマの機体は通称エネルギータンクと言われ、ステルスで3割、武装で1割、それ以外の空き容量はエネルギーのタンクと化している。

それだけのエネルギーを、濃縮して一瞬にして解き放つ。それがカルマの最後の切り札。その名も――――

 

 

「『誕生を催促せし衝撃(ビック・バン)』」

 

 

閃光が、辺りを覆った。

 

 

最後に視界が捉えるのは一面の白。

 

 

音は無く、悲鳴も、歓喜の声も、静止の声も聞こえない。

 

 

その瞬間だけは、全てが完璧で、完全の白だった。

 

 

光が引いて、あとには何も残らない。

 

 

3つの影を除いたすべてが、暗黒の海へと落ちていった。

 

 

 

 

 

「回収っと」

 

「すまねぇな」

 

「何だったんだ…………今の」

 

カルマはゾアに回収され、一夏は放心している。

それはそうだろう。

あんな感覚が狂ってしまうようなものをみたのだから。

その間に俺は残った敵を確認するが、何1つのこっていない。

敵の攻撃を恐れる心配が無くなった。

しかし、安堵した俺達の中で、ゾアの脇腹から閃光が突き抜けた。

 

「ぁ…………?」

 

閃光の後にポッカリと開いた脇腹から、月の光を反射しながら溢れ出た鮮血。

 

ピシャッ

 

ベシャッ

 

装甲に、カルマに、血がかかった。

 

「ゾア!?」

 

<搭乗者の負傷、出血を確認。加速器、AICの出力を低下、搭乗者保護プログラムを起動し、止血を開始します>

 

ヴン………

 

プログラムの起動によって出力が下がった。

PICが弱まったが、まだ飛行はできている。

 

「どこからだ!!」

 

ゾアの傷口や状況から、攻撃の方向を絞る。

その方向にあったのは…………

 

 

ISが解除されて、血まみれで倒れこんでいる亡国企業の人間、その中心に立って、銃口を向けるのは…………

 

 

篠ノ之束だった。

 

 

「あいつ!!」

 

どこからISを手に入れやがった!!

とりあえずゾアを撤退させるしかない。

 

「一旦撤退しろ!!」

 

「すまない」

 

「束さん!?何で!?」

 

指示を出し、再び篠ノ之束に視線を向け―――その手前で、俺の視線が止まった。

野原にそよぐ草のように隙間なく倒れる黒の衣を纏った亡国企業の人員の中で一点、蒼を見つけた。

見慣れた色、見慣れた服、俺の守るべき―――――

 

「っ!!!」

 

 

刀奈だった。

 

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

自分のことを激情化ではないと思っていた。だがそんな俺でも、自分と同じか、それ以上に大切な存在を傷付けられた。その事に対する怒りは、憤怒は抑えられるものではなかった。

重力操作の出力を最大にし、篠ノ之束の少し手前に超加速する。

ただ、その直後

 

<―警告― 背後より直高熱エネルギー反応 回避を推奨します>

 

警告に反射的にハイパーセンサーを起動し、背後を見る。

そこにはIS学園で見た、あの極太熱線が接近していた。

しかし、俺はそれを避けることはできなかった。

回避すれば刀奈に直撃する。

だから俺は―――

 

「ナメんな!!要塞の名は、伊達じゃねぇ!!!」

 

刀奈の直前で反転し、大の字で立ち塞がった。

 

「『全てを捌く、反逆の刃』熱線を切り裂け、俺の同志達!!!」

 

刀奈を守るべく盾となり、防ぎきれない隙間を無数の刃で埋める。

そして、熱線は俺を襲った。

 

パシィ!!

 

ピキッ!!

 

パキャン!!

 

ピシピシッ!!

刃が次々と壊れていく。黒の刃だけが消え去っていく。銀の刃は熱線に変形するものもあるが、未だ壊れたものはない。

しかし、黒の刃と同じ素材のこの鎧は、熱線に破損する恐れがあることを示していた。

 

<―警告― 前面装甲の耐久値50%、これ以上の破損は危険>

 

やはりか、と感じつつもこちらは耐えるしかできなかった。

じわりじわりと減っていく耐久値。

40、30、20…………

 

<―警告― 耐久値が10%を切りました。危険状態、即座の撤退を推奨します。>

 

その警告がなった直後、

熱線が止んだ。どうやら向こうのエネルギー切れだ。

残り耐久値は5%。

しかしそこで終わりではなかった。

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

背後の篠ノ之束が、鎧の隙間から細身の刃を突き刺してきたのだ。

 

グシャッ

 

ジャクリ

 

刺されたのは左の肩。

篠ノ之束は、刃を上下左右へと動かし、肉を引き裂き、かき混ぜる。

その度に激痛が俺を襲う。

 

ズボッ

 

刃を抜き、少し間を空ける篠ノ之束。

傷口から血が溢れだす。

左腕はもう動く気配を見せない。

俺はすぐに傷口を再生しようとするが、篠ノ之束は素早い剣戟で、再生する隙を与えない。

 

「このまま死ね!!ゴミらしく無様に死ね!!」

 

「俺がゴミならお前はそのゴミの格下だ!!!」

 

ゴメンな刀奈。俺はここでおしまいみたいだ。

けど、ただじゃ終わらせない!!

 

「カルマ、ゾア、楯無を保護してくれ。その後は自殺しないように拘束してくれ」

 

<銀!?お前何言って――>

 

「じゃ、また会おう。同志」

 

<おい!!>

 

一方的だと自分でも思う。あいつらは、刀奈は納得しないだろう。

けれど俺は、この歪んだ世界に終止符を打つことを選んだ。

悔いは大きすぎる。

悲しみしかない。

その感情を、他の感情も、全てを、篠ノ之束にぶつける。

後退を止め、篠ノ之束に突進する。

 

「遂に狂ったか!!やっぱりゴミはゴミだ!!おとなしく死ね!!!」

 

極薄の装甲を次々と貫通する剣戟。

ただ、どれだけの傷を負ったとしても、俺は止まらない。

 

「死ぬなら、お前も道連れだ」

 

「!?」

 

全エネルギーを前方に向けて解放した。

 

「『終結を齎す輝きの刃』」

 

IS学園を壊滅した攻撃と同等か、それ以上のエネルギーが放出した。

 

直撃する篠ノ之束、たとえ最強のISを装備していたとしても無事ではすまない。

 

「せめて、綺麗な世界を見てみたかったなぁ」

 

それが、俺の最後の言葉だった。

 



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目覚めた刀

超ひさしぶりの更新です
ネタ切れ状態が続いておりました
申し訳ありません

ではどうぞ


― 視点 刀奈 ―

 

「うん…………んぁ」

 

頭の中を睡魔が支配している。

けれど睡魔は徐々に消え失せていく。

今、何時?ここはどこ?

自分の状況を把握しようとした刹那――――

 

走馬灯のように蘇る記憶。

血と硝煙の臭い。焼け焦げた肉。地層の如く重なり合った死体の山。

そしてその中心から銀を狙う篠ノ之束と銃口。

 

 

――――銀!!!

 

 

「っは!!はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

呼吸を忘れてしまうほどの恐怖。ほんの数秒の間にかく量ではないほどの汗。

眠気は微塵も残っていない。

再び辺りを見回してここが更識の傘下にある病院であることがわかった。

窓から入ってくる光の強さから判断すると大体お昼ぐらいだと考えた。

 

ガララッ

 

病室の扉が開かれた。

 

「あ」

 

そこから入ってきたのは

 

「お嬢様!?起きたんですね!?せんせ――――」

 

「虚ちゃん!!」

 

担当医を呼ぼうとする虚ちゃんに飛び起きて抱き着く。

 

「お、お嬢さ――――」

 

「ねえ、銀はどこ?」

 

「っ!!!!」

 

虚ちゃんが激しく動揺するのが分かる。

けれど、それにしては落ち着いて私を見るだけの余裕がある。

 

「お嬢様、銀さんに会いますか?」

 

「今すぐに会わせて」

 

「…………分かりました。けど約束してください。絶対に落ち着いてください」

 

「……分かったわ」

 

「それでは、そこにある靴を履いてついてきてください」

 

そう言われて改めて自分が靴を履いていないことに気付いた。

すぐに靴を履いて先を歩く虚ちゃんについていく。

けれども進む先は他の病室から遠く離れた場所なのか迷路のような通路の先だった。

 

カシュッ

 

ピー

 

カードキーを使って開いた扉の先には、銀がいた。

 

「っ―――――――!!!!」

 

呼吸が止まるかと思った。実際とまっていたのだろう。

そこにいた銀は、変わり果てた姿だった。

痩せ細り、体中に点滴と包帯、ベッドの両サイドと銀の頭上には大きな機械。そこから延びるコードはジンの胸のISコアへとつながっている。

 

「篠ノ之束がISを奪って銀さんの仲間を攻撃したところは覚えていますか?」

 

「ええ、虚ろだったけど」

 

「あの後銀さんはお嬢様の盾となって攻撃を防ぎ切った後、残った99%のエネルギーを全て篠ノ之束に向けて解放。そしてあれから2日経った今も意識は戻っていません」

 

「2日!?2日も寝てたの!?」

 

自分の寝ていた時間に驚くがすぐに銀の容体を、大きな機械について説明を求めた。

 

「まず銀さんの被っている装置は『メディキュボイド試作2号』です」

 

メディキュボイド、それは聞いたことが有った。

世の中にまだISの存在が知れ渡る前に、VR技術を活用して作られたナーヴギア。それを医療方面に利用したとされる装置、それがメディキュボイドだ。

しかし何故それが銀に必要なのか、分からなかった。

 

「両横にあるのが最新技術で作られたISコア共鳴装置です」

 

そんな装置の存在は知らなかった。

 

「銀さんは人間以外の生物の遺伝子を組み合わされて作られました。よって人間に有効な治療薬でも、銀さんには聞かなかったり、悪化させたりしてしまうのです。よって、銀さんの治癒手段は銀さんに埋め込まれたISコアに限られてしまいます

 しかし、銀さんのISコアには他のISコアとは違ってエネルギーの自動回復がありません。よって、体の治癒――修復に回すエネルギーは残っているエネルギーでしかできません。ですが篠ノ之束に向けてエネルギーをほぼすべて打ち放ってしまっているので残っているのは1%、それさえも体の維持に回さなければいけません

 よって、最終手段として共鳴装置からエネルギーを送る方法を取ったんです。メディキュボイドは、脳とISコアの情報処理をできる限りスムーズにするための手段です」

 

虚ちゃんは淡々と話を進めていった。

でも、次の話を切り出そうとしたとき、一瞬だけ言葉に詰まったのを見逃さなかった。

 

「それで?」

 

「最も深刻な状況にあるのは銀さんの内面、ISコアにある銀さんの意識です。エネルギーの急減少によってISコアの内部情報が破損してしまっているのです。

 最悪の場合、銀さんという人格そのものが無くなっている可能せ―――――お嬢様!?」

 

「え…………あ、ああ」

 

突然話をやめて私を見る虚ちゃん。何があったのかと思ったがすぐに答えはでた。

頬を涙が伝って落ちている。

止まることなく流れ出る涙を拭って、また流れて、また拭って…………

 

「お嬢様」

 

「あっ」

 

虚ちゃんが私を抱きしめる。

 

「こういう時くらいは弱気になっても、泣いてもいいんです」

 

「う、つほ…ちゃ………」

 

名前を呼びきらないうちに涙は更に流れを増して、私は、泣いた。

銀への不安と心配、自分の無力さ、様々な重圧を、受け止めきれない重圧を流して軽くするように。

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか?」

 

「うん、ありがと」

 

少し時間を置いてから、私は泣き止んだ。

 

「それで銀さんの人格についてですが」

 

「何?」

 

「まだ助かる可能性があるんです」

 

「あるの!?その方法は!!」

 

落ち着いてくださいと宥められて私は銀のベッドに座る。

コホンと咳払いをして虚ちゃんが話を再開する。

 

「協力してくれるとは思えませんが、篠ノ之束。彼女に協力を――――」

 

「っ!!まだ生きてたの!?」

 

「はい。搭乗していたISは修復不可能の状態で、篠ノ之束本人も重症でしたが、全身の火傷と両足の骨折で療養中です」

 

生きていたかと思った。銀を傷付けた、銀の過去を滅茶苦茶にした人間。否、人間と認めたくもない。

憎むべき、殺意すら沸く相手の協力が必要なほどになってしまっている。

 

「くっ」

 

拳を強く握る。爪の食い込む痛みも気にできないほど思考にのめりこんでしまっている。

そんな私を現実に引き戻させたのは、警報だった。

 

ビーッビーッ

 

「失礼しますお嬢様」

 

虚ちゃんがすぐにモニターを起動させて、この病室の前に設置されている隠しカメラで外の様子を見る。

そこには織斑千冬を筆頭に、一夏君と鈴ちゃん。そして彼に恋する代表候補生が押しかけていた。

すぐに虚ちゃんが一夏君に通信を入れる。

 

「この病室は関係者以外立ち入り禁止です。速やかに他の人達と引き返してください」

 

「虚さん!?えっと、うわっ――――」

 

「すぐにここを空けろ!!私の弟に会わせてくれ!!」

 

織斑千冬のその言葉に、私は怒りを抑えきれなかった。

虚ちゃんを押し出してマイクに向かって怒鳴った。

 

「何を今更家族面してるのよ!!銀を殺すのも同然の行いをしておいて!!」

 

「ちょ、お嬢様!!」

 

「更識!!私だって、好きでそんなことをしたわけじゃ―――」

 

「それども助けなかったじゃない!!貴女は家族よりも他人を優先して、家族を見捨てたのよ!!家族なら命を掛けてでも助けようとするものじゃないの!?どうなのよ!!」

 

「そうだ。確かにそうだ。それは列記とした事実だ。返す言葉もない。だから私はその償いをしに来たんだ!」

 

償い?何を?どうやって?何をして償おうと思うの!?

そう返そうとしたところを、虚ちゃんに静止される。

 

「お嬢様、少しでも話を聞いてあげましょう。もしかしたら、銀さんを助ける術を知っているかもしれないんですよ?」

 

「!!……分かったわ」

 

「ありがとうございます。では、今空けますので少し待ってください」

 

私は椅子に座って無言で通した。

入ってきた織斑千冬に鋭い眼光を当て続けて、一言も喋らない。かける言葉なんて必要ない。向けるのは殺意で十分だ。

私を見た一夏ガールズは「ひぃっ」と怯えるがさして気にするほどのものではない。

 

「で、償いって言ってたけど、一体なにするの?土下座でもするの?」

 

「楯無さん!!」

 

「一夏君ごめんなさい。でも私はこの人に殺意以外のなにも考えられないの」

 

一夏君は悲しそうに口を閉じた。

ここにいる皆事情を、織斑千冬が更識銀、織斑百春になにをしたかを知っているからこそ、誰も何も言わない。

 

「私は、百春に、更識銀に償いにきた。決して償いきれることではないことをしたと分かっている。しかし、言葉だけで何もしないことが許されるはずがない。だから、ここに来た」

 

深呼吸をして息を整えて織斑千冬が言った。

 

「私は、更識銀に埋め込まれているISコアを修復することで、償いの1つとしたい」

 

「貴女にできるの?篠ノ之束ほどの天災でもない貴女が?」

 

「確かに私はそこまで頭がいい訳では無い。だが、篠ノ之束の研究所にあるレポートを見れば、天災であろうとなかろうと、コアについては理解できるだろう」

 

そういうこと。私は納得した。

篠ノ之束の唯一の友人だからこそ分かることだ。篠ノ之束の拠点は、完全ステルス機能が装備されているからどうやっても発見できなかった。

そこから篠ノ之束だけが知り得る情報を持ち出してくると。

 

「それは貴方の信じた篠ノ之束を裏切ることになるのよ?それでもやると言えるの?」

 

「今私がすべきは家族を助けることだ。束は理解しないだろう。だが、何年かかろうとも理解させてみせる」

 

「そう、なら貴女を信じるわ」

 

「!!さらし―――」

 

「でも!!」

 

織斑千冬の言葉を遮る。

椅子から立ち上がって病室の扉へと向かいながら、振り返り、

 

「貴女を信じると言ったけど、貴女を許したわけじゃないわ。それだけ」

 

憎しみと憤怒、殺意を込めた視線と共に放って病室を出た。

銀が助かるなら、手段なんて択ばない。

例え、どれだけ自分を捨てようとも。




これからもこの作品は更新していきますが、超遅いので、期待はしないでください


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それぞれが進む未来への一歩

あれから私は、決戦の舞台となった元IS学園や、林間学校の旅館付近、そして、篠ノ之束に倒された場所を巡った。

そこは、黄と黒のテープで封鎖されていたけれど、構うことなく侵入した。

どこも修理修復整地などはされておらず、未だ手つかずのままだった。

大きく抉れた元IS学園は、穴の部分に海水が入り込み、水溜りのようになっている。

 

「………………」

 

グラウンドには石灰で引かれた線がまだ残っている。けれど銃弾榴弾光学兵器で地面はまるで月面のようになっている。

校舎の中にも被害の少ない教室はあった。

その1つである教室に、足を踏み入れた。

入口には、『1-1』と書かれている。

 

パキッ

 

ジャリッ

 

ザッ

 

「………………」

 

砕け散った窓硝子が割れる音。衝撃と共に教室に入った砂利の擦れる音。

窓付近の机は横倒しになっていたりひっくり返っていたりしており、衝撃の強さが見て取れる。

更に吹き飛ばされた机には熱で溶かされたような丸い穴や、貫通せずに埋まったままの銃弾が見える。

生徒会室は跡形もなく消え去り、言葉なんて浮かぶことは無い。

学園を出て、旅館を見る。

ここは戦場にはならなかったが、あれから手つかずのまま放置された旅館は、時が止まったように変わらなかった。

片付けられていない食器が3分の1ほど残っている食堂。

それぞれの部屋には着替えや教科書、参考書にゲーム機が入ったままのスーツケースやバッグが置きっぱなし。

緊急治療室には表れていないメスや注射器があり、携帯できるような医療道具は持ち出されていてもう無い。

 

「………………」

 

そして最後の場所。自分の意識の最後の場所。

名もない砂浜の一角。

今、私は、あの時と同じ場所に立っている。

自分の立っている場所の周辺には、ISの装甲の破片や、折れた武装、そして操縦者達の夥しい量の血液が、茶色く酸化して残っている。

 

「………………っ!!」

 

ギリリリリ

 

歯を食いしばった。

あの時、自分がもっと強ければ、もっと時間を稼げていたら、自分が負けていなければ、銀は今頃………………

そう考えると、悔しくて悲しくて、けれど言葉にならずただ歯を食いしばるしかなかった。

 

「……あ…………ああああ!!!」

 

やがて、泣き崩れた。

誰一人として人のいない砂浜に、ただ泣き声が響いた。

 

 

 

 

― 視点 千冬 ―

 

私は、翌日の朝に更識と共に篠ノ之束の実家へと足を向けていた。

背後から殺気の視線を感じる。

これも当然のことだ。

自分の恋人を捨てた相手なんて、ましてやその人間を殺すことに、間接的にとはいえ関わっている私を、彼女は生涯許すことはないだろう。

これが、私達の生涯負うべき罪なんだな…………

終わりを知らない罪の意識と非難の嵐に晒される自分の未来を想像して、怖くもあり、悲しくもあった。

 

「何を泣いてるの?」

 

「あ―――」

 

私は頬を触ってみる。

そこには人肌程度に暖かい雫が、縦に流れ落ちていた。

そこへ辛辣な言葉が襲う。

 

「今更になって自分達の罪を理解したの?」

 

「ああ」

 

「怖くなったの?銀に何を言われるか。これからの自分達の未来が」

 

「その通りだ」

 

私は、怖いのだ。

過去の私は、皆から持て囃され、畏怖畏敬の対象として崇められてきた。

そんな私が今はどうだ。

成人すらしていない少女1人に自身の罪を知らされ、来てもいない未来に恐怖し、涙を流している。

惨めで、愚かで、哀れだろう。

だが、どれだけ不格好だったとしても、どれだけの時がかかろうと――――

 

「私は、前へ進む」

 

「ふぅん」

 

「守るために、償うために、変わるために。私は進み続ける」

 

 

 

 

ピンポーン

 

鈴がイラストされた茶色の小さなボタンを押す。

中から電子音が聞こえ、続いて懐かしい声が聞こえた。

足音が近づいてくる。

その音にすら今までにない恐怖を感じ、後ずさってしまっている。

 

――――情けないな。今の私は。

 

そして扉が開かれ、そこにはしわが増えてはいるが、昔とほとんど変わらない、束の母がいた。

 

「お久しぶりです」

 

「千冬ちゃんね。久しぶり」

 

昔と変わらない笑顔で、彼女は言った。

事件から随分時間が経った。きっと、いやほぼ確実に情報は回ってきている筈だ。

それなのに変わらずに私に向けられる声も表情も、事件の前となんら変わっていない。

昔からこの人は、優しかったな。

 

「少し上がっていきなさい。そちらの御嬢さんも」

 

やはり暖かい笑顔で笑いかけてくれるこの人に、私はらしくもなく、涙してしまった。

 

 

 

 

「話しは分かっているわ。束の実験室でしょう?」

 

「何故それを?」

 

部屋の座布団の上で、緑茶をすすりながら彼女の放った言葉に、心臓が止まるかと思った。

しかしそれと同時に疑問もあった。

政府が篠ノ之の家に最優先で連絡をいれることは目に見えていたが、政府が私達のために態々連絡を入れるはずはない。更にいうならば政府は銀の容体と治療法を知らないはずだ。

そんな私の考えを読み取ったのか彼女は話し始めた。

 

「束がね、教えてくれたわ」

 

「束が!?」

 

ありえない。そう叫んでしまいそうになった。

束なら銀の容体を知れるかもしれない。けれど束が敵に塩を送るような真似をするとも思えなかった。

 

「あの子、『ちーちゃんに迷惑が掛からないようにしたい』何て言ってね。鍵を渡してきたのよ」

 

「束……」

 

きっとそれは束なりの気遣いだったのだろう。敵に塩を送ることを覚悟で、それでも私を優先して考えてくれたことに、私は今日何度目か分からない涙を流す。

それを見て彼女はあらあらと笑う。

 

「千冬ちゃんは少し見ないうちに泣き虫になったのね」

 

「すみませ」

 

「いいのよ。きっとそれは貴女にとっていい変化だから。もっと泣きなさい」

 

私は、彼女の前で、大声で泣いてしまった。

そんな私に彼女は、優しく抱きしめてくれた。

 

 

 

 

― 視点 刀奈 ―

 

私は織斑千冬の本当の姿を初めて目にしている。

 

「ご、めんな、さい…ごめ、んな……さい…………」

 

何度も何度も、謝罪の言葉を口にしながら嗚咽を漏らす。

かつての勇ましく凛々しい姿などどこにもなく、目の前にいるのは、ただ後悔と謝罪に洗われた一人の女性でしかなかった。

私は本当は、銀と共にいたかった。

今は織斑千冬のその言葉を信じる事が出来る。

彼女に向いた怒りは収まることは無いだろう。

しかしそれでも私は、織斑千冬と言う女性を、認めることができるようなきがした。




いよいよ完結に近づいてきました

そしてここでアンケートを取りたいと思います
現在完全非公開に設定してあるこの作品の元を、復活させようか悩んでおります
大した違いはありません。違いは2つ
元の方は話数が多いですが1話あたりの文字数が少ないです。
ご意見ご感想は活動報告にて承りますので、コメント待ってます


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先へ進む決意

月1話のペースでもネタ切れだと投稿が難しいことが分かった今日この頃


私と更識は、束の実験室を訪れていた。

大きな倉庫は、一見どこにでもある倉庫のように見えるが、内部の壁在は超硬度の合金で覆われているため、襲撃されてもそう簡単に壊されることはない。

束の母から渡されたカードキーを使い、頑丈なロックを解除する。

 

ゴゴゴゴ

 

重く低い音と共に入口が現れ、そこから内部に立ち入った。

昔と変わらない道具や機器の配置から、すぐに明かりのスイッチの場所を特定し、照明に光を宿す。

 

「これは…………」

 

「驚いたか?天災の名は伊達ではないぞ、更識」

 

そこには、様々な武装や装甲。そして試作品と思われるISが大量に鎮座していた。

スマートなフォルムから重厚な作りの物まで、様々あり、その中には白式に似た作りのものもあった。

地面には大量の研究資料が散らばっているが、これはISが世間に広まる前の物だ。

そしてこの空間の中心にある、この場では異質と呼べる物こそ、束の逃走に一役買っていた完全ステルス機能を搭載した移動用ラボだ。

 

「高々人間1人がここまでの機材を得られるものなの?」

 

更識が素朴な疑問を投げかける。

確かに常識的に考えれば人間1人が国や団体の補助無しでここまでの素材や機材をそろえるのは無理だとおもうだろうが、私としては何ら疑問に思うことは無く

 

「言っただろう更識。天災の名は伊達ではないと」

 

束に常識は通用しない。

ISの粒子物質化を利用して、機械では作れない物質や鋼材を作り、機材や素材を揃える。これが束に金を使わせることなくここまでの実験施設を作り出せる方法だ。

ISが何台もあれば、同じ時間でも自動回復するエネルギーの量は多くなる。束はエネルギー補充の為だけにISコアをいくつも余分に作り、保管しているのだ。

 

「才能の有り過ぎも怖いものね」

 

「進化し過ぎた化学は魔法と区別がつかないとはよく言ったものだ」

 

従来の科学力からは想像もできない技術の結晶ISは、まさに魔法の道具のようだ。その作りや構造を全て正しく理解できてる人間が束しかいない。束が誰にも情報を与えなければその作りは永遠に謎のまま、魔法のような存在となってしまうだろう。

私は移動式ラボに足を進める。

これもまた私と束の学生時代に考案したものの1つだ。

パスワードがその時と同じならば…………

 

ピー

 

無機質な電子音と共にロック解除が行われ、固く閉ざされていた出入り口が開く。

 

「懐かしいな」

 

「何がよ」

 

無意識に零したその言葉に対しての更識は質問する。

中には昔の写真がそのまま飾ってあった。

失敗した時の写真。成功した時の写真。

それを見た更識は興味津々に他の写真を見ていく。

 

「へぇ、2人とも若いわね」

 

「私達を何だと思っている。私達も更識達と同じように学生時代があったんだ。そこでの状況はちがったがな」

 

「成績優秀で同性からの人気も高いのは予想できるわ」

 

けど、そう続ける更識。

 

「篠ノ之束の方は想像できないわね」

 

「………束は」

 

少し唾を飲み込んで続きを言う。

 

「束は、昔から私よりも優秀だったよ。それこそ、教師からの受けも良かったさ」

 

けど

 

「反面、生徒からの受けは悪い物だったさ。羨み妬み、そこからなるイジメや暴力。けれど束は特に気にした様子も無い」

 

「それじゃあ……」

 

「ああ、生徒達の負の感情に暴走はエスカレートするばかりだったが、そんな暴力も受け流してしまうのが束だった。ボイスレコーダーや隠しカメラ、暴力を振るってきた相手には先に攻撃させることによる正当防衛。それによって9人の女子生徒が心身に大きな傷を負ったり、停学あるいは退学の処分を下されあるいは自ら学校を出て行ったよ」

 

だから束は心を閉ざしてしまった。

様々な企業からスカウトされ、成績も良く、容姿もまたズバ抜けていた。

だからこそ生徒達からしてみれば嫉妬を、負の感情をぶつけるには最高の的となっていた。

陰口から始まり机にラクガキ、配布されたプリントを燃やす、揚句の果てには暴力。

しかし束は頭の良さを利用してそれらすべてに対抗し、勝利した。

自ら超小型カメラを作り仕掛けられるイタズラを記録、学校に報告。これが主な手段。単純で分かりやすい、しかし並大抵の覚悟ではできないことを、平然とやってのけた。

結果、高々1時間の記録如きで一気に20人の生徒に注意罰則が下された。

それに怒り暴力に出た輩は、それさえも記録されていることに気付かず、逆に束の支配下に置かれてしまう。

 

「人間離れした、とはよく言ったものだが、束は人間が持つべきものを持てなかった」

 

たった1つ、他とは違うだけで化物の虐げられる。

そんな日々でさえ、何かがかけた存在にとっては何事も無いかのように、違いを理解できない。

 

「普通とはかけ離れた私達だったが、それでも大きく違う点が1つあった」

 

それは

 

「束は、私とは違って自分の置かれた環境に不満なんて持ってなかったんだ」

 

私は何をしても良い方向へとイメージされる人間だった。

どんなに素晴らしいことをしても悪い方向にしか考えられない束を、私は可哀そうだと思った。

同時に、同じような環境にいる束に親近感を抱いた。

だからこそ私は、そんな束の環境を変えてあげたいと、救ってあげたいと思ってしまった。

 

「そして私は、束を変えてしまった」

 

私が関わりを持たなければ、こんな歪んだ世界を生み出さなかったかもしれない。

弟を………百春を、十秋を苦しめることは無かったかもしれないと言うのに。

そんなことを今更後悔したって、どうにもならないと言うのに。

 

「………あ、これかしら」

 

更識が声を上げた。

その手が握る紙の束には、『インフィニット・ストラトス 詳細図』と書かれている。そして下の方には束の字で完成した日であろう日付が書かれていた。

紙を1枚めくると目次が。そしてその3つ目の項目に、『ISコア 作成とプログラム内容について』の文字。

 

「これだな」

 

中身を少し捲って確認したが、これで間違いなさそうである。

他の場所も一通り漁ってみたものの、やはりこれ以外はなさそうだ。

撤収しようと移動式ラボを出て、倉庫の照明を落とそうとボタンに手をかけるが更識は机の上を眺め動く気配を見せない。

そこにあったのは、私が昔持ち込んだアルバムだった。

 

「それは………」

 

百春と十秋を引き渡した後、その罪悪感に押し潰されそうになった私の心の拠り所の1つ。実家には百春と十秋の痕跡は全て抹消したため何一つ残っておらず、このアルバムが唯一の存在証明だ。

写真の下の文字はいくつかが滲んでしまっている。これを見る度に私は涙した。ただただ後悔した。しかし戻ることのできないところまで来ていたのは明らかで、もうどうしようもなかった。

 

「面影………全然無いわね」

 

悔しそうに呟く更識の言葉は、何より私の胸に重く圧し掛かった。

元の身体の原型は、度重なる改造と長期間と薬液漬けの日々に全てが消え去り、誰かさえも分からないほどにまで変わってしまっていた。

写真に写る2人は、無邪気で無垢で、この姿はもう見ることなどできない。

 

「………っ!?」

 

ふと、何かが頬を撫でる感覚。指で触れると濡れていて、そこで私は初めて泣いていることに気付いた。

奥歯を噛みしめ声を押し殺し涙の量を抑える。しかし止めどなく流れ続ける私を更識は睨まなかった。

 

「……先に外で待ってるわ」

 

更識は、私の横を通り抜け、扉から外へと出ていく。

そして、私一人となったこの空間で、戻れない過去を悔やんでただただ涙を流した。

この後悔を刻み込むかのように。

歯を食いしばり涙を止める。

 

「絶対にこんな過ちは繰り返さない!」

 

軽く涙を拭い、出口へと足を進める。

後悔を決心に変えて。

 

 

 

 

 

ISについての書類を入手した私達は、このまま病院へと変える。

しかし私は、ここに来たからこそ合わねばならない人がいた。

 

「少し位の予定変更なら構わないわ。そのかわりに手短に終わらせなさい」

 

心を見透かされたかのような発言に心臓が一際大きく鼓動する。

やれやれ、こんな学生にさえ読み透かされるなど…私も老いたものだな。

更識を一般学生と同等に扱うべきではないのだろうが。

 

「恩に着る」

 

「銀の為に私は動いてるの。感謝も謝罪も、銀に言ってからにしなさい」

 

走り出す私に更識は言う。

彼女が百春に………いや、更識銀という存在に向けている感情は、きっと私は理解できないのだろう。未だかつて誰かのために死ねるほどに誰かを思うことすらできない私では、その感情を定義する資格すらないのかもしれないが。

私は篠ノ之家に上がり、階段を上がる。2階の奥の部屋。

恐らく、ほぼ確実にそこにいる。

ノックを3回。返事は無い。しかし確かに感じる人の気配。

ドアノブを回す。鍵はかかっておらず、回転を阻むようなことは無く、そのまま扉を押し込んだ。

開かれた窓。靡くカーテン。埃を被った機器。

そして、ベッド。

その上で身体を起こし私を見ていた彼女が、私の会うべき人――――

 

「何だかひさしぶりだね、ちーちゃん」

 

「久しぶりだな、束」

 

全身を包帯で覆われた、最早拘束されているともとれるような状態で、私は束と言葉を交わした。

長かった髪は肩の辺りで切り揃えられ、左足があるはずの場所にはあるはずのふくらみが無かった。

変わったのはそれだけではなかった。

束の声音も、包帯に隠れて正しい表情は分からないが恐らく、以前のように無邪気な笑顔ではないだろう。

 

「束」

 

「何かな、ちーちゃん」

 

私は覚悟を決めた。

 

「私は、私の弟を、百春を――――いや、更識銀を助ける」

 

「そう」

 

「だから私は」

 

束に歩み寄る。

 

「束。お前に手を貸してほしい」

 

手を差し伸べた。

しばしの間、呆然とする束に、私は続けて言葉をかける。

 

「この数日間。私は自らの行いの正否を考えていた。そして過ちに気付いた。束、お前も気付いた。そうだな?」

 

無言でうなずく束を見て続けた。

 

「私達は今までの罪を償わなければならない」

 

「ねぇ、分かってる?そんなことじゃもう許されない所まで来てるんだよ?それこそ、死刑でも足りないくらいに」

 

束の言うことは最もだ。

今まで私達がやってきたことの数々。

国家防衛システムのハッキングに始まり家族を研究材料兼口封じの為に売り払い、そして最終的に戦争へと発展させてしまった原因。直接的にではないにしろ死者を出す原因となった私達。

それでも、私達は―――――

 

「罪を償う。もし死ぬんだとしても、その前にやらなければならない」

 

これが私の覚悟だ。

束はふぅんと言った後、1つ問いを投げかけた。

 

「死ぬって分かっていて私が協力するとでも思ったの?今まで色んな国の捜索の手から逃れ続けることができてた私に?」

 

「ああ、束が簡単に協力してくれるとは思っていない。だが」

 

私は笑顔で言う。

 

「束は、きっと協力してくれる」

 

驚いた表情の束。

しかしすぐさま警戒するように声音を低く問う。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「昔から束は、私の頼みを断ったことがないからな」

 

それは、私がそこまで束を頼ったことが無いからかもしれないが、それでも束は断ることはしないと、何故か確信できていた。

自信満々に言い放った私の言葉は束にとっては予想していたどれとも違ったようで、私でさえ初めて見たマヌケな表情をしていた。

その表情に思わず吹き出してしまい、束も慌てて警戒を表情を作るがそれでも笑いは止まらない。

 

「わ、笑うな!」

 

「いやすまない。あまりにも………くくっ」

 

思い出しまた笑いそうになると、今度は束から反撃。掛布団を退けて這うようにして近づき笑いを堪えている私に手刀を振り下ろす。負傷しているとはいえ私と同じくらいに武に精通している束の手刀は痛みを与えるには十二分の威力を発揮し、見事に笑いをかち割った。

子供っぽく怒りを露わにする束にすまないと軽く謝る。

昔にもこんなやりとりがあったなと懐かしくなり、頬を涙が伝う。

 

「まったく、ちーちゃんはこれだから」

 

そう言いながらも人差し指で私の涙を拭う束。

 

「泣き虫なちーちゃんには、束さんがついてあげないとね」

 

「束………ありがとう」

 

束の胸に顔をうずめ、背に手をまわして嗚咽を零す。

そんな私の頭を優しく撫でる束に私は何度もありがとうと言った。




投稿がかーなーり遅れて申し訳ありません。
前話の後書きにも書いた通り、現在アンケート実施中です。
皆様のご意見お待ちしております。


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目覚め

束の胸元で過去について泣き腫らすのに数分の時間を要した。

泣き止んだ私は洗面所で顔を洗い再び束の部屋へと戻る。

 

「さて、私も落ち着いた。出発の準備を始めようか」

 

束の机から取り出したカッターナイフの刃を伸ばし、束に向ける。

少しずつ、少しずつ慎重に。

ナイフの刃が、束に迫り、その距離が、0になる。

 

ツツー……

 

刃が束の上を滑る。

離しては滑らせ、再び離した。

 

「よし。どうだ束。動きやすくなっただろう」

 

「そうだね、足はどうしようもないけど、腕は随分動かしやすくなったよ」

 

刃を納め机の中に仕舞う。

束は腕を曲げたり伸ばしたり捩じったりと様々な動きをしてみる。しばらくの間動かしてなかったのか1つアクションをするたびにパキリポキリと心地よい音を鳴らす。

ハラリハラリと切り取った包帯がシーツの上に舞い落ちる。

それによって隠れていた束の肌もまた露わになる。

火傷の痛々しい痕が見えるが、所々は以前のような白い肌の姿があった。

人間離れしているのは頭脳や肉体だけでなく、細胞まで束は人外なのだなと初めて知った。

 

「とはいえ片足ないと歩けないや」

 

残念なことにこの部屋には松葉杖は無い。代わりになりそうな長い棒も無い。

私に伸ばされた両手はそういうことなのだろうが、束に無理はさせたくなかった。

 

「どれ。私も昔のようにはいかないかもしれないが…………それっ」

 

「へ?ひゃぁ!?」

 

束の太腿と背に腕を回して抱き上げる。私の行動に驚いたのか可愛らしい悲鳴に少し笑みを浮かべる。

この抱き方は横抱き―――――もしくはお姫様だっこなどと言うらしい。

随分と可愛らしい名前だが、この状況からしてみれば後者の呼び方の方が存外似合ってるのではないだろうか。

スーツ姿の私と、束。

ここで私は少し、イジワルをしてみたくなった。

 

「余り暴れないでくださいね、お姫様」

 

「お、お姫様!?なっ、何言ってるのちーちゃん!?」

 

顔を真っ赤にして縮こまる束を愛らしいと思ってしまったのは私一人が知る秘密だ。

 

 

 

 

 

外に出ると、やはりそこには更識がいた。

私の気配を感じてか私の方に目配せする。足元だけを見たのか、特に反応することなく「さ、いくわよ」だけで終わってしまう。

 

「束、少し時間がかかるが、耐えてくれ」

 

「束?――――っ!?」

 

この発言で感付いたのか前方へ跳躍し振り返り、私の全体を視界に収めた。

そしてその視線の色が、注意から警戒に変わった。

そうなるだろう。

愛しい恋人を殺した、ましてや自分が殺されそうになった相手が目の前にいたら、例え負傷していたとしても敵意を、殺気を向けるのは至って自然なことであり当然の反応である。

 

「待て更識。束の同行を認めてほしい」

 

「駄目よ。逃走しないという証拠もないのに」

 

「何かあったなら真っ先に私を殺せ。束に関しては私が全責任を負う」

 

束を抱きしめる力を強めて、自身の覚悟を決める。

そして私は、更に続けた。

 

「ISを作り出した存在である束の協力があれば、ほぼ確実に銀の状態を修復してみせるだろう」

 

「っ!!」

 

これには更識も黙り込んでしまった。

束はISについて完全な知識を持つ唯一無二の存在。その存在の力を借り受けることは、ほぼ確実なIS修復をも可能にし、銀の肉体を過去に戻すことさえ可能とするだろう。

しかし敵の力を借りることを恐れている。

けれど、高々専門的な知識を一部手に入れただけの存在がISの事を完全に修復できるわけがないと確信しているのだ。それこそ、奇跡でも起きない限り銀が完全に意識を回復し、元の生活を送れるわけがない。そう考えているだろう。

 

「……分かったわ」

 

「更識……」

 

「何か裏切るような動きをすればすぐに首を切ってもらうわ」

 

「約束しよう」

 

忌々しげに、腹を切るような覚悟を強いてしまったのだろう。これは私達が後に謝るべき行いだ。

そして私が感謝すべきことだ。

私に、そして束に、もう一度チャンスを与えてくれたんだろう。

なら、私達がすべきことは、更識銀の為に、そして更識楯無と、死んでいった人々のために、最善を尽くすところから始めなければならない。

 

 

 

 

 

「じゃぁ、任せたわよ」

 

銀の横たわる病室でその室内で、無数のディスプレイとキーボードに囲まれているのはISの母、篠ノ之束。その両隣には私と、ISを纏った更識の姿。

ガトリングランスの切先は束へと向けられている。

束は、キーボードに指を置く。

 

「じゃぁ、始めるよ」

 

機械音が小さく鼓膜を揺らすと同時に、凄まじい速度での打撃音が連続して響いた。

カタカタという小さな音ではない。キーボードを叩くいた音とは思えないほど力強く鈍い音が聞こはじめた。

 

ダダダダダダダダダ……

 

凄まじい連打に呼応するように、銀の胸元のコアがより強く輝きだした。

束の指先を目で追うことは、最早不可能と断言できるほどの速度でキーボードを叩く。

ディスプレイにも映っては消え、映っては消えを繰り返すウィンドウ。

しかし、束の表情は曇る一方だ。

 

「中々手古摺るなぁ」

 

歯を食いしばって、更にキーボードを叩く速度を増す。

叩いて、叩いて、叩いた。

しかし、終わりを見せない打撃と画面の攻防。

 

「どうしたんだ束」

 

「中身が…エラーだら…けで、組直しから……」

 

息が切れはじめる束を見て、相当の体力を損耗していることが理解できる。

そして、束をここまで追い詰めるほどの物を、束以外の人間が作り出せたことに渡しは驚愕した。

 

「機能……ハァ、してるだけ……でも、はぁっ……奇跡だよ……」

 

あの束が、自身が作り出した物に関して、奇跡と賞した。

こんなにも消耗した束を見たのは初めてだ。

 

「こっのぉ!!」

 

より力強く、より早く、ボーどを叩いた。

しかし、ディスプレイに映るウィンドウが段々と映る時間が短くなっていく。

そしてまた新たに1つウインドウが開かれる。

そこには【37/100】と表示されており、恐らくこれが残りのエラー量だろう。

けれど、37%を終えてここまでの体力を削られている束を見て、これは成功できるのかという不安が次第に大きくなってきた。

 

「銀……」

 

更識は不安げに銀を見つめる。

私は懐から手拭を取り出して流れ去る束の汗を拭き取る。今の私にできるのは、この程度のことだ。

 

「ぐ、ぅぅぅぅ」

 

70%を越した辺りから、束の表情に苦悶が混じる。

歯を食いしばり、画面を食い入るように睨みつける。

段々と終わりが近くなる。それと比例して束の苦も大きくなる。

やがて―――――

 

【100/100】『修復完了』

 

終わった。

ぐったりと倒れこむ束の背を支える。

 

「束、よくやった。まずは休んでくれ」

 

抱きしめて、頭を撫でる。

大きく呼吸をして酸素を多く吸い込む。

 

「銀!!銀!!」

 

更識は銀の手を握り、名を呼びかける。

彼の手がピクリと動いた。

それと同時に、喜一色に表情を染めた。

そしてこの数時間の束の死闘の末に、彼は目を開いた。

 

「く、あぁぁ……」

 

伸びをして彼は身の回りを見回す。

しかし、私と束を見て全力の殺気を向けてきたが、そこに大きな違和感を覚えた。

何だ、この言いようのない違和感は。

 

「……銀?」

 

けれど更識は私の感じる違和感に漸く気付いたのか、少し訝しむように、彼の名を呼んだ。

そして、彼もまた更識の方へと視線を向け、口を開いた。

 

「更識楯無?何故ここに。というか、銀って誰だよ」

 

「…………え?」

 

更識から、表情が消えた。

数歩後ずさると、その表情は恐怖に染まりきっていた。

更識が、恐る恐る尋ねた。

 

「貴方は、どこまで覚えているの?」

 

「覚えている?何の話だ。そしてどうして篠ノ之束と織斑千冬がここにいるんだ」

 

間違いない。今の彼は、学園に入学する前の、恐らく、更識と出会った頃の元織斑百春で、名も無き存在だ。

更識は俯き、悔しそうに唇を噛みしめた後、

 

「そう、分かったわ」

 

それだけを言い残して病室から飛び出して行ってしまった。

やはりショックは大きいようだ。

だが、そんなことに構うそぶりは見せずに、布団から飛び出した。

 

「とりあえず……死ね!!」

 

「待て!!百春!!私達はお前と戦うつもりはない!!」

 

貫手をいなしてありとあらゆる体術で攻撃を仕掛けてくる百春に防御に専念する。

やがて後退し、攻撃をやめた。

 

「ッチ。やはり生身では不利か。ここはISでしか―――――!?」

 

どういうことか、体を振り回し、腕や体を見つめているが、何も起きない。

私でさえ何が起こっているか分からない。

ここで私は、すかさず動いた。

百春へと飛び掛かると、右腕を掴み――――

その腕を私の首へと導いた。

 

「百春!!聞け!!」

 

「……何のつもりだ」

 

「話を……聞いてくれ……っ」

 

涙が零れ始めると、漸く百春もまた殺意を抑えた。

 

「何を話すつもりだ?」

 

「今日この日までのお前の行動を。私達の過ちを。そして、お前の周りのことを。話そう」

 

首を掴まれ、その相手が自分の元家族で、私に殺意を抱く彼に、私は全てを話した。




今後はこの作品を優先的に更新していこうと思います


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現状

「……つまりあれから、もう何ヶ月どころではない時間が経ち、俺は戦争を起こし、篠ノ之束と相打ちになった、と?」

 

「そうだ。そしてその代償としてお前は記憶を、束は片足を失った」

 

「……それを俺に信じろと?馬鹿なのか?」

 

百春の反応は最もだ。

しかし、それは事実である。

 

「お前も感じているだろう?何故自分は死んでいなかった?と。何故こんなにも健康体でいるのか?と」

 

「そうだ。政府にでも連絡されれば再び薬液漬けだったはずだからな」

 

百春は私の首から手を離す。

そして俯き、小さく呟いた。

 

「終わり、か」

 

聞き取れたか曖昧なラインだったので、何と言ったか聞き返そうとした時、百春が顔を上げた。

 

「この状況的にも、嘘をついている訳ではなさそうだし、信じる他なさそうだ。最後に1つ」

 

「何だ」

 

「何故(ISN)ISネットワークに接続できない。どうしてISを起動できない。それだけは教えろ」

 

それは……と私は言いよどむ。百春のISコアを操作し、意識を戻したのは私ではない。

視線を束に向けると、束が自ら、その問いに答えた。

 

「君のISはもう起動できるのが奇跡と言えるほどのエラーの積み重なりだったんだよ。

 それこそ、偶然に偶然が重なったって位。

 現実的に例えるなら、銃で蠅を打ち落とすくらいの物だった。

 内部のエラーを修復したけれど、データの破損が酷過ぎたものとかはできなかった。

 それに情報漏洩対策の自爆装置もあったから修復にも制限があった。

 私が直せたのは、肉体を動かすために必要な物だけ。

 ISNへの接続や、粒子化エネルギーの物質化までは………」

 

「本当のことだろうな?」

 

篠ノ之束に最も大きい殺意を向ける百春が束の言葉を信じようとしないのは分かりきったことだった。

しかし束は嘘をついていない。

私は百春に言った。

 

「お前が束を信用できないのは分かる。ならば何故寝転ぶお前を殺さなかった?」

 

「………………わかった。今の言葉だけは信じてやろう」

 

一先ず警戒のレベルを最上級から一段引き下げることに成功した。

だがこのような事態になるとは考えてもいなかった。

いや、イレギュラーそのものを具現化したような百春の修復だった故にどのようなことになってもおかしくは無かった。

おかしくは無かった。

されど、この結末は更識にとっては………ある意味では百春の死よりも酷いものではないだろうか。誰一人として望まないこんな結末なんて………

ならば私は、何をすればいいのだろうか?

まず何を知らないのか、何を知っているのか。そこから始めよう。

 

「束、ISN上での全ての情報と、現状の再確認を行う。私にも何が何だか分からない」

 

「……分かった。改めて説明するよ」

 

―――――――――

 

 

 

 

 

―side 刀奈 ―

 

咄嗟に部屋を飛び出してしまった。

あの場で冷静になどいられなかった。

怖かった。

目覚めた彼の瞳に私がどんなふうに映っているのかを知ることが、考えることすら怖かった。

 

『記憶の消失』

 

神への祈りは、あまりにも残酷な形で実現した。

銀の死は回避した。

その代償に、記憶を消し去った。

私にとっての全ては、銀だった。

銀の言葉に一喜一憂して、銀から受ける愛に愛を返す。銀にならば、殺されてもいいと思った。

その私の全てが、消えた。

篠ノ之束に様子からすれば、尽くせる最善を尽くして、それでもあれが限界であったことを見て取れた。

 

「ふっ………くぅっ………」

口から溢れ出る嗚咽を、空元気と喪失感で噛み殺す。

 

 

 

 

 

けれど、この瞳から溢れ出る涙は止まることはなく、頬を伝い、リノリウムに落ちては痕を残す。

全力で駆け抜ける。行き先何て考えず、ただ走った。

階段を駆け抜けた先には扉。

速度を落とすことは無かった。扉の存在にすら気付かなかった。

気付いたところでノブを捻ることはしなかっただろう。

右肩から衝撃と鈍くそれでいて焼けるような痛みが広がる。

その刹那、視界が白く眩み、濡れた頬を風が撫でた。

固く閉じた瞼を開く。目の前に広がるのは晴天。囲むように天に伸びる金網。

私は無意識に、無自覚に、屋上へと駆け込んでいた。

 

キシィ………

 

金網に指をかけて外を見渡す。

眼下の駐車場にはこの場にあるはずの無い中継車が大量に押しかけ大混乱。マスコミと警備員の衝突の喧噪がここまで聞こえる。

空には低空を飛行するヘリの大群。そこから突き出されたカメラのレンズはこちらを映している。

銀のことにここまで食いつく醜い連中に当然怒りは沸いた。

しかしそれ以上に溢れ出る虚無感と悲嘆の嵐に、ただ涙を流した。

 

「ぅ、ぁぁあ………」

 

内から漏れる想いは、雪崩のように立ち塞がり噛み殺す力さえも崩壊させ、声量はより大きくなっていく。

 

「何で……何で………」

 

大きく限界さえ越えて吐き出される私の嗚咽は、獣の泣き声のような咆哮に形を変えて、最後に私は力無くそう零した。

こんなにも苦しい。

ぽっかりと空いた胸中を埋める何かを探して暴れ出す心が、己さえも傷付けて、もがいて、それでも埋めるはずの何かはもう無い。

何一つ、残らなかった。

あの優しい表情も、私を包み込む暖かな彼の愛さえも。

 

ギギギギギ………

 

金網を握り締める力を強める。肉に食い込む。それに伴う痛みもある。

けれど、今この身を抉る悲しみを超えることは無かった。

ふと、思った。

銀のいなくなったこの世界に、私の居場所は、価値はあるのだろうか?

そんなもの、きっとどこにも―――――

 

「このクズ共が!!お前らは蠅か!?さっさと散りやがれ!!」

 

と、男の怒号。続く閃光と破裂音。

何事!?と振り向くとそこには、ヘリから突き出たカメラが火花を散らしていた。

即座に危険と判断しその空域を緊急離脱するヘリの群れと、入れ替わるように乱入してきたのは、過去に見た2体のIS。

アンタ達はと叫ぶよりも先にアチラが声を放った。

 

「更識!!銀はどうなった!?」

 

屋上に飛び降りてきたのは、完全ステルス機能『夢幻』を搭載した第二世代機『陽炎』を駆る世界4人目の男性IS操縦者であり、銀と同じく人工的に作られた身体を持つ人間。

 

「カルマ!?」

 

「桂馬だ!!」

 

手早く小さく畳んであったハンカチで涙を拭って駆け寄る。

金網越しでヘリの群れを睨むもう一機のIS使い、銀やカルマと同じ境遇を持つゾア。彼はそのまま周囲の警戒に当たりに行ったのか上空へと飛び立ってしまった。

兎も角私は知る限りの極々小さな、しかし私にとっての全てを話した。

 

 

 

 

 

 

「そ…んな………くそっ!!!」

 

ガコォォォン!!

 

彼にとっても受け入れたくない、しかし残酷な現実と、その現状を知らせた。

第二世代とはいえISを装備したまま腕を振るう。その力の大きさは、耳を揺らす轟音と大きくヘコんだ給水塔から伸びる鉄パイプを見れば一目瞭然であった。

それだけ大きなショックを与えた。

 

「あ………すまなかった」

 

唐突に彼は私を見て、悲しげに表情を曇らせた。

私は続く言葉を待つ。

 

「俺なんかよりもお前の方がよっぽど悲しいのに、俺は……」

 

「そんなことないわよ」

 

悲しいのは私も彼も同じだ。悲しさの大きさはどうであれ、悲しければ隠したり身を引かずに、共に泣いてくれればいいのだ。

それに、彼のおかげで今私は少し立ち直ることができた。

少なくとも、自殺から思いとどまることはできた。

 

「さ、やるわよ」

 

「は?何を?」

 

「織斑千冬と篠ノ之束はそれぞれにできることをしている。なら私達は私達にできる何かを探して成すだけよ」

 

ロシアが誇る第三世代『霧纏の淑女』。何度もこの子に守られてきた。きっと、これからも。

必ず、銀を助ける。そのために、力を貸してっ!!

聞こえているかすら分からない。そもそも人格なんてあるのかさえ知らない。けれど、何故かそう祈っていた。

 

「どこに行くってんだよ!」

 

「決まってるじゃない。銀の物が最も多く残ってて、銀が最も心落ち着くことのできた場所」

 

それは

 

「私の家よ!!」




連続投稿を始めます。10分おきに1話投稿します。
次は2310の投稿になります。


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希望

「ここがお前ん家かよ………デカ過ぎやしないか?いや、家を持ったことがない俺が言うのも何なんだが」

 

そうかしら?と適当に返す。

久しぶりに帰った自宅。

表で大きな問題になっている私の情報を、裏で暗躍する更識の情報網が知らないはずもなく、凄まじい人数が玄関前に集まってしまった。

 

「かた……楯無お嬢!!よくぞご無事で!!」

 

「皆…ごめんね。更識の名を汚すようなことしちゃって」

 

「何を言うんだ楯無」

 

「あ……お父さん」

 

奥からゆっくりと歩を進めるその姿を見る前に、その洗練された圧気でその人物を察知した。

従者達は身を引き道を作る。

ゆっくりとしかしその一歩一歩は力強く隙がない。引退してなお衰えの文字が見えない目の前の存在こそ、先代更識楯無こと更識刃鋼その人だった。

 

「お前が他国の代表のように流されるのではないかと思っていた。

 もしそうなったら更識全員で止めに行くつもりだったが………」

 

お父さんの右手が伸び、思わずぎゅぅっと硬く目を閉じて身体を硬直させた。

打たれる。そう思って。

けれど、私の身に来たのは痛みの熱ではなく、優しく抱き寄せ包み込む暖かさだった。

 

「え……」

 

「よく己を貫いた。そしてよく耐えた。もう、我慢しなくていいんだ。泣けばいい」

 

優しく頭を撫でられる。

昔からこの温もりの前では本当の自分をさらけ出してしまう。

けれど今はこの温もりに感謝した。

私はお父さんの背に腕を回して少しずつまた、嗚咽を零し始めた。

 

 

 

 

 

 

「さてお嬢!!あっしらは何をすればいいでしょうか!!」

 

少し時間が経って、私は泣き止み、皆はカルマから事情を理解した。

私の言葉を待つ皆にありがとうと感謝の言葉を始めに、それぞれ指示を出した。

 

「まず私がここに来たことは間違いなくマスコミにばれてる。だから」

 

「わかりやした。あっしら武闘派はヤツらの足止めを!」

 

「バレないようにね。整備清掃は敵襲に備えて装備の調達と整備。調理と衛生は食糧の調達、安全確認、調理。その他は攻撃に備えて身体を温めておいて」

 

『了解!!』

 

各自がそれぞれの仕事に向かう。そして、お父さんとカルマと私の3人が残った。

 

「それで、私には何をさせるつもりかね?」

 

「お父さんにはこの屋敷に残ってる銀に関する情報全てを調べて欲しいの。緊急時の対処法のヒントだけでも残してくれてるといいんだけど」

 

情報の漏えいを恐れていた銀がそんな情報をのこしてくれているとは思えないけども、無いと本人から言われた訳でも無い。

もしここに情報が無かったとしたらほぼほぼ確実に他の場所には無い。

銀本人からここが最も安らぐ場所だと、そう聞いたのだから。

 

「分かった。私は彼に関連するあらゆる書類を当たろう。カルマ君は銀の部屋を、楯無も自室から調べるんだ」

 

「「了解です」」

 

お父さんはお父さんの職場である応接間と銀の部屋が近いこともあってカルマを自ら連れて行った。

私は私で、私の部屋を探す。

過去に私にプレゼントされた物は全て、私の部屋の押し入れの金庫の中に入っている。そして、恋人の関係になってからはその金庫もまた銀との共用になったので、この家で最も情報がありそうな場所を私が探すことになったのだ。

靴を脱ぎ棄て、少し長い廊下を速足で進み部屋へと駆け込む。

しばらく帰ってこれなかった久しぶりの自室で懐かしむ暇も無く、押し入れの戸を勢いよく開き放つ。

押し入れの上の段には冬用の羽毛布団とカバー等の一式。下の段には中学やIS学園の制服が入っていた箱が解体されることなく積み重ねられ、その奥に目立たないように置いてあるのが金庫だ。

ここに関しては家の使用人にすら触れさせていないので薄く埃をかぶってしまっている。

 

「けほっ」

 

器官に埃が舞い込み少し咽てしまうけれど、それに構うことなく金庫を引きずりだす。

畳の上に降ろすと新たな埃が舞わないようにすぐさま戸を閉める。

 

「番号は………っと」

 

カチリ

 

小気味良い音と共に扉が開かれる。

しっかりと扉を掴み、閉まらないようにした後、覚悟を決めて扉を完全に開いた。

 

「これは…………」

 

そこには、大切なアクセサリーの数々があったが、その上に手紙が一通、もちろん自分で入れた覚えなど無い物が、入っていた。

この金庫は長い間開けられた形跡はない。この金庫は4ケタだ。地道に努力すれば開けられなくもないけれど人目に付かないように一万通りの全てを試すのは無謀に近い。

番号を知るのは私と銀だけ。情報が漏れたとは考えにくい。

長く無駄な前置きと考察は止めて率直な答えを言おう。

これは恐らく銀の物だ。

 

「…………」

 

言葉を発することすら恐ろしくなるような緊迫感。手紙一つ。

その手紙一つで私の心臓は早鐘を打ち汗が頬を伝う。

そっと、手紙を掴むと隠し持っていた小刀で封を切る。

はらりと切り離された切れ端が畳に舞い落ちる。そんなものには目もくれずに中の手紙に食いついた。

そこには銀直筆の私に当てたメッセージが書き記されていた。

 

『刀奈へ

刀奈がこれを読んでいるということは俺に何かしらの問題が起きたから、

あるいは篠ノ之束や織斑千冬に何かしらの動きがあったからだろうけど、まあ落ち着けよ。

さて、これを読んでいる時期はいつだろうね?まあ夏だろうけどな。

臨海学校あたりで篠ノ之束が一夏にコンタクトを取って、その機を逃すことなく攻撃、だろう。

これにはこれから様々な情報を書き込んでいくが、その前にだ。

刀奈、落ち着け。大丈夫だ。必ず答えはある。』

 

紙がそこまで大きくなかったので紙1枚に書かれた文章は少ない。

しかしこれが銀の書いたものであるだけでどれだけ私は安心するか、銀はちゃんと理解しているんだろうか?してないだろうけど。

それでも今の私を見て書いたかのような手紙には素直に驚愕する。

少し深呼吸して、自身の焦る気持ちを落ち着かせて2枚目の紙に目をやった。

 

『落ち着いたか。では話を進めさせてもらおうか。おかげで紙を一枚無駄にしたんだ。

まあ俺の身に起きる事態は予測不可能だ。俺の存在自体が異質で奇跡なんだから。

それでもいくつかの対処法を上げておこうか。

1つ、最も可能性の高い俺の死についてだ。これはISのエネルギー物質化装置が必要だ。

それも、ISに搭載されているものよりももっと精密な具現化ができるものでなければいけない

それに俺の身体の情報をインプットしておく必要がある。

これに関してはISNにバックアップが取ってあると思うから装置さえあればいい』

 

2枚目が終わり、3枚目へ。

 

『2つ目、情報の誤りあるいは情報の消失についてだ。

ハッキリ言って生き残ったのだとしたらこれか部位欠損の可能性が高いが、

部位欠損については2枚目を応用すれば問題は無い。

ここで考え得る最悪のパターンは記憶が全て消えることだ。

お前のことを敵視することになるかもしれないから。それでも対処法はある

ISNに接続ができればおそらくバックアップデータの自動修復が始まるはずだ』

 

本当にこれはいつ書かれた物だろう。悪いことばかり予想が当たる。

そして最後の1枚へ。

 

『最後に最もあってほしくない結末を言う。

ISコアの破壊。上記の2つは、ISコアに破損、異常が無かった場合にのみ有効な手段だ。

もしISコアが破壊されてしまったのなら、残酷なことを言うようだが、

俺無しで生きてくれ。

俺の分まで生きてくれ。そして忘れないでくれ。

死んだってどんなことになったって俺のお前への愛は変わらない』

 

3枚目が終わった。

きっと大丈夫なはず。ISコアは壊れていなかった。

肉体だって正常に動いていた。

希望の光が見えた。

手紙をポケットにしまい、金庫を閉めることさえ忘れて部屋を飛び出した。

すると、外には喧噪の嵐とカルマとお父さんの姿があった。

 

「刀奈、どうだった」

 

「俺達は空振りだった。ISの空間認識装置を使っても、何一つ出てこなかった」

 

「見つけたわ。銀の手紙を。そしてその対処法を!!」

 

おおっ!!と喜ぶ2人だったけれど、そとから一際大きな怒号がその表情を険しいものに変える。

悔しそうにお父さんは言う。

 

「マスコミが猪の如く突っ込んできているらしい。物量で押されている。刀奈、早くいきなさい」

 

ここは私達が食い止めると言って、腰に納刀されていた刀を抜刀した。

それを見た武闘派もまた、各々の武器を手にする。

私は正直、ここでこの争いを納めたかった。

しかしそれはお父さんのこの努力を無碍にすることになる。

私はISを展開し、空へと飛び立つ。

 

「待ってて!!必ず銀を救って見せる!!」

 

そう告げて最大速度で銀のいる病院へと向かった。

 

 

 

 

 

漸く到着した病院の屋上。

屋上への出入りドアは開けっ放し。そこに向かって一切の減速をせずに飛び込み、ドアを通過する寸前でISを解除し出入り口でつっかえるような事態を回避する。

休息に迫る階段の踊り場の壁。

けれどそんなものは更識の訓練で何度だって対処してきた。

壁に着地するように衝撃を殺し、重力の作用で落下が始まる前に下の階へと跳躍する。

そして手すりを掴み、勢いを殺すことなく180度回転して更に下の階を目指す。遠心力と摩擦熱で激痛が襲うしかしそんなものはやはり銀を失った悲しみに比べれば蚊に刺されたような物だった。

そして辿り着く病室の前。

病室の扉を開けようとした刹那、聞こえてきた言葉。

 

「ではこれ以上はもうどうしようもないと言うのか!?」

 

その声には怒りが籠められており、扉を越してなおもその圧は足を退かせる。

声の主は織斑千冬。そして、声に答える様に、宥める様に、諭すように返事を返すのは彼女の唯一の親友と呼べる天災こと篠ノ之束だろう。

 

「うん、これ以上は流石の束さんでも生命の保証はできないよ。

 

コアはもう限界。容量、回線消耗度、性能、全てにおいて、正しく限界なんだよ」

 

「何故だ!?他に手はないのか!?」

 

「理由なんて分かりきったことでしょちーちゃん。

凡人が私達に勝つためには、搭乗者、ISコアに考えられないほどの負担をかけるしかなかった

しかも正規のコアじゃない、元から故障していたようなコアを使っていた。

傷を負わせられたら上々、互角で戦えたなら最上、そんなスペックだったのに結果的には勝った。

そんな無茶をすればコアに、搭乗者にかかる負担は計り知れない。

互角の戦いだったとしても全身麻痺だっておかしくなかったこの状況で、

私達に勝利して記憶の消失で済んだのは、最早星の誕生以上の奇跡だよ。

今のコアの状況を例えるなら暴風の中で燃えるマッチの火みたいなもの。

あと数日生きていられたら運がいい、今日にでも死んだっておかしくない。

エラーを消そうとすれば即座に全機能が停止して肉体が死ぬ。

逆に肉体の保持を優先すればISの防衛システムが作動して残った全機能が抹消される。

もう打つ手はないんだよ」

 

――――――え?

篠ノ之束は今、何を、何て、言った?

あの篠ノ之束が?

ISの母である天災が、打つ手が無いと言った。

聞き間違えたのならばどれだけよかっただろうか。

けれど、篠ノ之束の言葉に泣き崩れる織斑千冬が、言葉が全て真実であることを示す。

身体が硬直する。

嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

認められない。

本当の銀は消失して、身体さえも過去の銀…織斑百春で終わってしまう。

最後の言葉さえも聞くことのないまま銀と別れることになる。

そんな世界なんて存在させたくない。

けれど、私がその未来を変えられる力を持っているわけでもない。

結局、私は何もできずに終わる………

私は、その場を動けなかった。



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敵襲

しばしの間動けなかった私を動かしたのは、身体の奥底から突如湧き出た吐き気だった。

右手で口を塞ぎ、最寄りのトイレに駆け込み便器の中に嘔吐した。

トイレットペーパーで口周りを拭い水で流す。

口内から食道、胃にかけての辺りが酷く気持ち悪い。蛇口を勢いよく捻り、吹き出す水道水を汲んでは口の中に流し込み嫌悪感を外へと吐き出していく。

鏡を見る。酷く顔色が悪い。

 

「っ………どうしてこんな時に…………」

 

この嘔吐の正体は分かっていた。今まで、気付かないフリをしていただけ。

何度も体を重ねた。少ししてくるはずのものが遅れていた。検査するする間もなく銀の敵との決戦。そして今に至る。

今の私にはこの体の変化を調べ、確定させるだけの覚悟は無い。

銀なら何と言ってくれただろうか?

きっと考えるまでもなくおめでとうと、やったじゃないかと喜んでくれるだろう。

けれど、今この世界に銀はいない。

生きることが苦でしかないこの世界で、やっと見つけた希望さえも掻き消されたこの世界で、死へと進むことすら私は許されないと言うのか。

いや、死を禁止されたわけでは無い。

ただ、銀と私の結晶をこの手で消すことを恐れているだけだ。

この子は、私と銀の愛の証。私の手では掻き消すことすら悲嘆と恐怖そして…共に過ごした愛しき記憶が許さない。

 

「まだ生きろって銀からのメッセージ……なんて訳ないか」

 

そういえば……いつか銀、言ってたっけ。

生まれ変わりって信じるか?と、問われたことがあった。

その時私は、ありえない、信じてないと答えた。銀も同意見だと言った。

同じ存在なんてあるはずがない。生まれ変わり何て、死ぬ前にやり残した後悔が中途半端で非科学的な希望として謳われているだけだという銀の言葉はとても重かった。

だから私は、やり残しの無いように生きていこうね何て軽々しく答えてしまった。

それなのに私は今になって、生まれ変わりなんてものを信じようとしている。

死んで、生まれ変わって、また、銀と―――――

 

「そんな訳ない!!」

 

まだ銀は死んでない!!私も銀も生きている!!

絶望的な状況、それが何?探した手段が全て使えなくなったから死んで生まれ変わる?

その程度だったなら銀に対して裏切ったことと同じじゃない!!

手段が無くなったならまた探せばいい!!人に頼れなくなったなら自分で解決すればいい!!

まだ終わった訳じゃない!!

私も、諦めた訳じゃない!!ただ弱気になっていただけ!!

 

「まだ私は負けない!!」

 

私は生きる!!銀だって救って見せる!!私に宿ったこの命だって!!!

吹き出し続ける水流に手杯を差し込み少し冷たい水を溜める。そして、その水を自らの顔にぶつける。

水滴が飛び散り服に、床に水玉の模様を描く。

そして、顔に付いた水を軽く拭ってまた、鏡と対峙する。

そこに映ったのは、先程とは打って変わって使命に燃える覚悟の表情だった。

 

「きっと、大丈夫」

 

自己暗示のように、繰り返し小さく呟く。

身体に浸透していくかのように満ち満ちた感覚を覚えると、ハンカチで顔を丁寧に拭くと、私は手洗い場から出た。

廊下を速足で歩く。

織斑百春に宣言するために。絶対に記憶を取り戻して見せる、と。

刹那―――――――

 

ドゴォォォォォォォン!!!

 

爆音。轟音。振動。

突然の事態に体勢を崩しかけるもすぐに持ち直し窓ガラスから外を覗く。

そこに見た姿。

 

「まったく、手間を掛けさせないで欲しいわね」

 

「まったくだなァ!さっさと出てこねぇと、建物ごとぶっ飛ばしちまいそうだ!!」

 

亡国企業!!

私はすぐに銀の病室へと走ると、中から篠ノ之束を抱えた織斑千冬が飛び出してきた。

相手もまたこちらに気付いたようで驚いた表情を見せた。

 

「更識か!私達は敵の迎撃に向かう。更識もきたまえ!」

 

「銀は!?銀はどうなったの!?」

 

「落ち着け、百春―――ではなく銀は眠っている。肉体への負担が大きかったのだろう。目を覚ます気配すらない」

 

それならよかったと安堵したけれどその表情は目の前の2人には見せずに視線を外に動かす。

敵は先陣を切った2人の背後に敵の集団が見える。織斑千冬と負傷した篠ノ之束だけでどうになかるとは思わないけれど………

 

「部屋の安全は束が保障する。研究所に蓄えていたエネルギーを使って絶対防御よりも強固な結界を張っておいてある」

 

「そう。信じるわ。裏切るんじゃないわよ」

 

警戒を解くことなく外へと飛び出す。

即座にISを展開し、敵に奇襲をかける。

しかし敵は奇襲を予測していたらしく穂先を弾かれてしまう。

 

「へぇ……貴女、まだ生きていたのね元ロシア代表。でも貴女に用はないの」

 

「さっさとアイツの居場所を教えて死になァ!!」

 

横から迫るオータムの駆るアラクネの銃撃を回避するとこちらも一先ず距離を取る。

そのわずかな時間でも、敵は動いた。

 

「オータム、ここは私に任せなさい。あと少しで国家代表達が到着するから私だけでも何とかできるわ」

 

「それを待ってたぜ!!」

 

オータムは標的を私から銀に変えて病院へと先行する。

私には彼女を止める力は無い。

けれど彼女は病院内部へ侵入することはできないことを知っているから、だ。

 

「そう簡単にいけると思うなよ」

 

「!!…ハッ!誰かと思えばテメェかよ織斑千冬。篠ノ之束もいるじゃねぇかよ」

 

「悪いが私の家族に危害を加えるのならば、私は貴様をここで止めなければならん」

 

「テメェの暮桜は大破、使用不能。篠ノ之束は負傷して足が無いと来た。それでアタシを止められると思ったのかぁ?そうならテメェらは天才じゃなくただのバカだ!!」

 

両手に連射銃を構え、2人に突撃するオータムだったが、銃の引き金を引く間もなくその銃身を真っ二つにされてしまった。

 

「っな!?」

 

「悪いが、暮桜がなくとも貴様のような雑魚相手は倒せるんでな」

 

「私の所持してる試作機が一つだけとでも思った?」

 

オータムの背後に移動していた織斑千冬は雪片を構え、篠ノ之束は新たなISを纏い空を舞っていた。

完全に隙を突かれたオータムだったが、囲まれる寸前で場を移動し最悪だけは回避したようだ。

あちらは2対1となった。任せても大丈夫だろう。

問題はこちらだ。

戦力的には互角であっても、病院へと攻撃が向かえば防御に回らなければならない。

その上敵の加勢が来る前に倒さなくてはならない。恐らくあと3分。

織斑千冬と篠ノ之束がどれくらい早くオータムを行動不能にできるかが勝負の鍵となってくるだろう。

 

「そういえば、ねぇ、Mはどうしたの?姿が見えないけど」

 

「何を言っているの?貴女達のアシストメンバーなんでしょう?」

 

「そう……貴女の側に付いた訳でもない……完全に姿を暗ませたってわけね」

 

スコールの口ぶりからして、マドカちゃんは亡国企業から逃げることに成功したらしい。

しかしスコールの言葉がどこまで本当のことか、あるいは全て嘘という可能性だってあり得る。

警戒を続けたままスコールと対峙する。

 

「まあいいわ。貴女にはここで死んでもらう訳だしね!!」

 

「死ぬのは貴女よ!!」

 

火球を放ち接近するスコールに、水流の斬撃で反撃し、迎撃戦は本格化した。

水撃を浴びせれば火撃が返され、けれど火撃は水盾に阻まれ水撃は熱盾に阻まれ致命的なダメージにならない。

持久戦。

敵に近付けば距離を取られ、攻撃は遠距離のみのやりとりしか交わされなくなっていく。

そうしている間にも時間は流れ、敵の群衆もまた距離を詰めてくる。

 

「遅くなった!!」

 

「遅い!!」

 

漸くオータムを倒したのか織斑千冬が放った雪片がスコ-ルに切り込んだ。

背後を見やればそこには大きく抉れた地面があった。織斑千冬がオータムを大破させ篠ノ之束が消し去ったのだろう。最も力を注いだ機体を銀に破壊されている筈なのであの機体は二軍と言ったところだろう。それでもなおあれほどの威力。天災の名は伊達じゃないわね……

 

「オータムがやられたのね……以外に粘ったじゃない」

 

「次は貴様だ!!」

 

織斑千冬は立て続けに対IS用ブレードを投擲するも易々と回避されてしまう。

 

「ふふっ、威勢はいいけれどISの無い貴女では空中の私を倒せないわ」

 

けれどスコールの言葉が最もだ。

IS無では空中のISを落とすのは不可能に近い。

人外だの世界最強だのと謳われた織斑千冬はこの状況では一般人よりも強いだけの置物同然となってしまった訳だ。

IS無ではISに勝てない。世界の常識と化してしまったのだが、それでも織斑千冬は余裕の笑みを浮かべている。

 

「ほう…世界ではそのようにISを謳っているのか。だがそんな常識など最初から存在しない!」

 

 

 

 

 

「侮ったな」

 

 

 

 

「っ!?」

 

瞬く間に、織斑千冬はスコールの背後に移動していた。スコールもまた背後の殺気に気付いたのか振り返るが、姿を目視するよりも早く、振りかぶられていたブレードが垂直に振り下ろされた。

 

バコォォォォォォォォン!!!

 

激烈な破裂音の後に

 

ドゴォォォォォォン!!

 

壮絶な破砕音。

迷いなく刀身を目で追うことさえできぬほどの光速の一閃はスコールを堕とし、ブレードさえも歪めた。

絶対防御は衝撃を防ぎきることはできない。

2度、それもあれほどの威力の衝撃を頭に受けたのだ。頭蓋骨が砕けていてもおかしくない。

地面に生成された大きなクレーターの中心に仰向けに倒れているスコール。勝敗は決した。誰もがそう思った。

 

ザリッ

 

しかし彼女は再び立ち上がった。訓練され痛みに耐性を持っていたとしても最早立ち上がれないほどの攻撃を受けておきながら、立ち上がった。

そして砂煙だ完全に晴れると、彼女の秘密が暴かれた。

 

「くぅっ……」

 

彼女は左腕が引き千切られていた。だが血は吹き出していない。

代わりに蒼白い電雷がその断面を照らす。

無数の配線と鋼鉄の骨格。

人だと思っていた彼女の正体は、機械人形。簡潔に説明するならロボットと言うべきか。

スコールを叩き落とした織斑千冬はISやその他の機材を纏っていない。つまり身体能力だけでこれほどの高度に高速で跳躍した。

更に言うならば空中に浮遊することはできない。

重力に従って落下を始める織斑千冬。その速度は秒を追うごとに加速していく。

そしてそのままスコールの直上へと――――

 

「ぐぅっ……!!」

 

それに気付かないほどスコールは低能ではなく、生き残っていた射出口から火球を撃ちだす。

生身の人間は空中で身の自由は奪われ回避は不可能。それは例え最強と呼ばれた織斑千冬も例外ではない。

が、やはり最強の名は伊達ではなかった。

 

「そんなもので、私は止められん!!」

 

ブレードを横薙ぎに振りぬくとその勢いで身体も横に回転する。振りぬいた速度が早ければ早いほど体の回転もまた速く。

コマのように高速回転し、勢いを殺すことなく。

火球をギリギリまで引きつけ――――

 

一閃。

 

振りぬいた刃は凶悪な風圧を纏い火球を薙ぎ払う。

 

「これで!!!」

 

火球を打ち払い、切先をスコールへと振りかぶる。

 

「ここで……終わる訳には………っ!!」

 

ボロボロの身体を立て直し後ろへと飛び退こうとしたその時、バキャッと音を立てて左足の膝関節部分が折れた。

想定外の破損に対応できず、片足では跳べる距離の3分の1も移動できず。

 

「もらった!!」

 

急所は攻撃の範囲外に逃れていたが残った右足は、その一振りの餌食となった。

両足をもがれたスコールは後ずさる。

しかしその顔には笑み。

 

「ふふふ。私をよくここまで追い詰めたわね。でも………」

 

しまった!!

 

「こちらの勝ちよ」

 

遥か遠くにいたはずの集団はもう100mも無い所にまで接近していた。

その大群には量産機兵に混じって女尊男卑が浸透した国の代表の姿。およそ15。

これでは、もう手遅れだ。

けれども織斑千冬はスコールの首に刃を押し当て、口端を上げた。

 

「そうだな。これだけの戦力に私と束、そして更識だけでは太刀打ちできん」

 

だがな?と続けた。

 

「全世界が我々の敵というわけではないことを知らなかったか?」

 

病院の背後から雄叫びのような咆哮を聞いた。

それと同時のタイミングで雨のような閃光。

閃光は大群へと降り注ぎ、逃げ切れなかった国家代表と量産機を打ち落としていく。

振り返る先には、様々な国の代表や代表候補達が武器を構え、敵の行く手を阻んでいた。



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迎撃

不意を突いた反撃に敵の集団の3分の1は戦闘不能に、残った集団の半分でさえ中傷を負っていた。

加勢に来てくれた機体を見て大まかな国を判明させる。

中国とロシアを筆頭にフランスやイギリス、ドイツ。一夏君や銀に近しい候補生の所属する国を始めとしてギリシャやイタリア等の7か国。

面識も無ければ国同士の接点も思いつかない。

そもそも加勢すら頼んでいないのに、何故?

その答えはすぐに出た。

 

「よく集まってくれた!!応援、感謝する!!」

 

織斑千冬が声を張り上げて感謝の言葉をかけた。

まさか――――

 

「各国にはそれ相応の謝礼も渡すが今は、目の前の敵を迎撃せよ!!」

 

ブレードを敵軍に向け吠えたてた。

そしてそれに呼応し、咆哮をあげながら加勢に入った代表達が迎撃を開始した。

その中に見慣れた姿もいくつか。

 

「アンタだけになんて任せらんないわよ!!!」

 

「僕達も加勢します!!」

 

「私に任せろ!!」

 

「わたくしも、力を貸しますわ!!」

 

鈴ちゃんにシャルロットちゃん、ラウラちゃんにセシリアちゃん……

皆が銀のために戦ってくれている。

こんなにも、銀を思ってくれる人達が居る。

グッと拳を硬く絞める。

 

「姉さん!!」

 

「先輩!!」

 

その中から2つ、私に接近してくる影があった。

その一つは愛しい妹の簪ちゃん。そしてもう一つは――――

 

「お久しぶりです!!ロシア第一候補生、ソフィア。加勢に参りました!」

 

「簪ちゃん!ソフィアちゃん!」

 

私は二人を抱きしめる。けれどすぐに離れた。

 

「姉さんが困ってる。なら私は、その助けになりたい!!銀さんも、姉さんも。絶対に守って見せる!!」

 

「先輩には色々とお世話になりました。その恩を返す為にも、教えてもらったことを証明する為にも、全力で戦います!!」

 

「2人共……ありがとう。絶対に、負けないで!!」

 

ガトリングランスを構え直し、敵に突撃する。

2人はそれぞれ別の方向へと拡散して迎撃に当たった。

銀を絶対に取り戻す。そのためにも、まずは目の前の敵を撃退する!!

 

「せやぁぁぁぁぁ!!」

 

鋭く放った一突きが敵機の装甲を貫き海上へと落とした。

 

 

 

 

 

海上では激戦がより激しさを増していった。

陸地―――更に詳しく言うならば海にほど近い銀のいる病院―――へと上陸させないように迎撃する私達と、無尽蔵に増え続ける敵。

専用機は増えることは無いが量産機は続々と投入される。

量よりも質を求められるこのご時世だけれども、時として量は質よりも凶悪だ。

 

「がぁっ!!離しなさい!!」

 

「貴女は私達と一緒に!!」

 

「沈みなさい!!」

 

国家代表に接近し、その身を拘束具として動きを封じ、味方の攻撃で敵諸共海へと落ちていく。

自爆というよりは特攻と表現すべきの作戦に戦線は徐々に押され始めていた。

 

「よそ見はダメよぉ元ロシア代表さん」

 

「くっ」

 

重い一撃で身体ごと後ろに吹き飛ばされる。

今は目の前に専念しないと!

不敵に笑う攻撃の主はアメリカ代表の『リーラ・フォルエイス』。

駆る機体の名は『ブラッディ・バーサーカー』。血の狂戦士。

その名に相応しい攻撃力でその他を圧倒する。火力だけならば全世界のISを圧倒する。

全体的に装甲は薄いが手甲と脛部分の装甲が極めて厚く、近接戦では圧倒的な力を発揮する。

また操縦者の技量が世界トップクラスで遠距離からの攻撃でさえ華麗に躱してしまい、気付けば彼女の間合いに入ってしまう。

強敵だ。

 

「逃がさないわよぉ」

 

主武器である紅の斧を振りかぶる。

重量武器であるIS用斧の中でも最高重量を記録するあの巨大斧。

しかしそんな重量武器をまるで棒切れの如く軽く振り回す彼女は鬼か修羅に等しい。

けれど、ここで簡単に逃げては元とはいえロシア代表の名が廃る。

 

「逃げたりなんかしないわよ!!」

 

ガトリングランスを収納し、三又槍を展開して斧に対抗する。

斧をまともに防御すればいくら銀の機体と同じ素材であったとしても消耗してしまう。かといって完全に攻撃をいなし切ることができるとは言い切れない。

正面同士では圧倒的にこちらが火力負けする。

ここは敵の狙い通りとはいえ奇策を貫く他無い。

火力も装甲でも負けているが、こちらは機動力と搦め手に長けている。

 

「重いっ!」

 

「そういいつつも武器を弾き飛ばせない私の身にもなりなさいよぉ」

 

いなすだけでも武器ごと吹き飛ばされそうになる。そのくせして攻撃の感覚が短いのだから質が悪い。

 

「でもゴメンなさいねぇ。お遊びはここまでなの」

 

「ごっ!?」

 

斧の後部から閃光と爆音。衝撃は斧を加速し、防御してなおも私の身体を吹き飛ばし、海面へと叩きつけた。

敵が超速で降下してくる。

 

「これでとどめよぉ」

 

確かにあの一振りが命中すれば絶対防御を貫通した衝撃で身体は引き千切れ、死ぬだろう。

無論、振ればの話。

 

「自爆したわね」

 

「えっ?」

 

ナノマシンを操作するアクアクリスタルが光り輝く。

刹那、波紋を広げるだけの穏やかな海面は突如として牙を剥く。

うねり、巻き上がり、荒れ狂う。

鋭利な水爪が次々と海面から敵を狙う。

 

「うぅん、これは予想外だけど、これで落とせると思っているのかしらぁ?」

 

斧の一振りで水爪は砕け、水滴と化して海面へと落ちていく。鋭い一撃もまた手甲を貫くことなく崩壊する。

これでは落とせない。

そんなことは分かりきっている。

何故なら―――――

 

「落としたいのはアンタじゃないのよ!!」

 

「!?しまっ!!」

 

そう、彼女が回避した水爪は背後にいた敵へ次々と命中し、内部へと浸食し、機器系統を破壊していく。

そして、振り返った彼女もまた、隙を見せた。

海上は一瞬の静けさを取り戻し、瞬間牙を剥いた。

高さ15mの水壁が彼女を包み込む。

もう逃れられない。

大きく膨れ上がった水壁が飲み込み、瞬く間に敵を圧縮し、ブースターやスラスターを破壊していく。

そして――――

 

「サヨナラ。私はこんな所では止まれないの」

 

石突きから吹き出した凍てつきの息吹が凍結させていく。ドーム状に膨れ上がった水壁諸共全てを凍結させ、拘束する。

怪力自慢の敵であっても、全身を拘束する氷の鎖と檻からはのがれられない。

呼吸さえ封じたこの檻で、敵は止まった。

ISの生命保護維持システムで守られているとはいえ、あと数時間以内に救援が来なければ確実に死ぬ。

銀の為の尊い犠牲となりなさい。

海中から氷膜を貫き海上へと返り咲く。

 

「さあ!!全てを終わらせてあげるわ!!」

 

エネルギーはかなり厳しいところまで責められてしまっている。

エネルギー尽きても恐らく地上にはエネルギー補給の部隊がいるはず。

なら陸上からの全力支援に当たった方がいい。

水撃と斬撃で牽制しつつ撤退。陸上に近付くと反転。敵群に向けて三又槍を投擲の構えに入る。

エネルギー充填。安全装置解除。

 

「喰らいなさい!!『憤怒せし海王の矛先(ポセイドン・ラース)』!!」

 

蓄積エネルギー、解放。

光槍が闇夜を切り裂き敵群へと突き刺さり、穿つ。

風に舞う花弁のように舞い落ちる雑魚を確認して、エネルギー補給の為に撤退する。

病院の前に予想通りにエネルギー補給隊が破損した機体の緊急修理や補給を行っていた。

 

「かなり多いわね」

 

その横には負傷兵の手当をする衛生兵や看護師の姿が多く、それ以上に負傷した軍人の姿があった。

地上の非IS迎撃部隊もまた攻撃を喰らったのだろう。あるいは流れ弾か。

それでも手当を受けている者が多く、死者はまだ出ていないようだった。

不幸中の幸いか。

兎も角今は補給―――――

ゴッと後ろから何かで殴られたような衝撃でバランスを崩し地面へと叩きつけられた。

 

「あがっ」

 

不意打ちの攻撃に成す術無く地面へと落ちた私に追い打ちをかけるかのように攻撃は続いた。

一体何者が?

体勢を立て直して振り返るとそこには見慣れない機体の姿。

装甲の表面に刻まれた紋章は―――――

 

「カナダ!!」

 

「ええ、私はカナダの代表ですが名乗るほどの者でもありません」

 

「私もアンタが誰であろうと関係無い。妨害する敵を倒すだけよ!!」

 

「満身創痍はお互いい同じ。ですが消費されたエネルギーでは貴方は圧倒的不利。これでも?」

 

「状況なんてどうにだってできるの。ただ勝つ。その覚悟だけよ!!」

 

三又槍を失っても、まだ武器はある。

少し前まで主武器であったガトリングランスを展開しすぐさま攻撃を展開する。

相手は両手に銃のスタイル。中距離戦闘の基本的スタイルだけれども専用機だ。警戒を怠ってはいけない。

しかし身体休まることのないまま動き続けた為、疲労はピーク。ISに乗っていなければ歩行さえも困難なほどだろう。

そんな状態では本来の力は発揮できるはずもない。

一瞬の差で距離を詰められ全身を銃口が狙う。

放たれたのは雷撃。

一瞬で激痛が全身を駆け巡り、脱力感。

機器系統は狂い最早戦いの勝敗は明白。

武器を手放し地面に倒れこむ。

けれど首を掴まれ宙吊りにされ、額に銃口を突きつけられる。

 

「さて、死ぬ前にいいたいことは?」

 

「そうですか。それでは――――」

 

引き金を引く。

もう止められない。

……ああ、ゴメンね。銀。私……もう………

涙が額を伝う。

 

 

 

 

 

「おい、俺の彼女になにしてやがる」



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作戦開始

「俺の彼女に、何してやがる」

 

えっ―――――

驚きに目を見開く。

額に突きつけられた銃口はズラされ、その腕には力強い掌が掴み、引き寄せていた。

異常なほど白く、それでいて強く、けれど暖かいその手には見覚えがあった。

その腕の主は―――――

 

「っ!?更識銀!?」

 

「よくわかってんじゃねぇか。だが、一歩遅かったな」

 

ベキャッ

 

銃を握る右腕を掌だけで折ると、その手から落ちた銃を拾い上げ私を掴む左腕を打ち貫く。

腱を打ち抜いたのか首を掴む手から力が抜けていく。

その間に私は手の拘束から逃れる。

 

「遅くなってすまなかった刀奈」

 

微かに笑みを浮かべて謝罪を口にする銀に私は溢れる想いに身を委ね、抱きしめた。

 

「銀!!銀!!」

 

「大丈夫だ。もう遠くへ行ったりなんかしない」

 

絶対に離さないように、ぎゅっと、絶対に逃げられないように、ぎゅうっと。

両手で抱きしめる。

もう遠くへいかないでと。

もう消えないでと。

私はただ、再開の喜びに涙した。

 

 

 

 

 

 

― side 銀 ―

 

目が覚めたのは、ほんの数分前。

外で交戦するような破裂音金属音銃撃音が聞こえたから飛び起きて外へ飛び出せばそこには満身創痍の刀奈。

俺は気配を殺して歩み寄り、その腕を掴んだ。

 

「おい、人の彼女に何してやがる」

 

腕を掴み、銃口を刀奈の額から逸らす。

刀奈をここまでボロボロにしたのがコイツであれ誰であれコイツが刀奈に銃口を向けている。ただそれだけで殴り飛ばしてしまいそうだ。

相当の力を込めて握る。

それに驚いたのかこちらを振り向くと、その余裕ぶった表情は一転。怯えに変わる。

 

「っ!?更識銀!?」

 

俺の事を知っているのか。

 

「よく分かってんじゃねぇか。だが、一歩遅かったな」

 

怒りの限界点を超えて、決壊した怒りは抑えていたはずの理性諸共体を支配していく。

腕を掴む掌に力が籠められ、その腕は、その骨は、あっけなくへし折られた。

激痛から声にならない叫びをあげる敵は、その手に握っていた主武器の1つさえも手放してしまう。

落下するその武器を奪い、刀奈の美しく艶めかしい首にかかった手を、そこから伸びる腕を打ち抜く。

刀奈が解放されるとすぐに敵と刀奈の間に割って入る。

少し後ろを向いて俺は、今にも泣きそうな刀奈に

 

「遅くなってすまなかった刀奈」

 

泣きそうになるのを堪えて笑顔で謝罪した。

彼女は、限界を迎えたようで、大粒の涙を零しながら俺の名を呼ぶ。

俺は彼女を抱きしめ返す。

 

「大丈夫だ。もう遠くへ行ったりなんかしない」

 

約束する、と耳元で囁くが聞こえていないだろうな。

胸元で泣きじゃくりながら必死にしがみつく刀奈を撫でながら敵に視線を向け直す。

 

「おいテメェ。見逃してやる。さっさと失せな」

 

「っ!!今回は見逃されてやる」

 

両手を潰されてまだ戦うつもりだったのか?

そんな野暮なつっこみを考えていたがなきじゃくる愛しい人を前にして他のことを考えるつもりはなく、すぐさま思考から捨て去った。

抱きしめても、抱きしめても、彼女が欲する愛には届かない。

彼女が負った悲しみを癒せはしない。

 

「ごめんな……ごめんな……」

 

貪るように背に手を回し爪を立てて己の証を刻み込む。

痛みを上回る幸福感と征服欲、そして止まることの無い独占欲。

歓喜も悲嘆も、全てが凝縮された内なる雫が雨のように地を濡らした。

 

 

 

 

 

 

あれから数日が経過して、俺は様々な情報を得た。

迎撃戦は俺の覚醒の情報が広がると共に敵が撤退していき、勝利という形で幕を下ろしたこと。

俺を覚醒させようと織斑千冬と篠ノ之束が力を貸していたこと。

篠ノ之束でさえお手上げの状況だったこと。

俺を狙った亡国企業の襲撃が迎撃戦の発端であったこと。

様々な情報を得て俺は、刀奈の部屋にいた。

身体検査を終えて、俺達は失った時間を求め合うように肌を重ねた。

そして今、となりには刀奈が安らかに吐息を立てて微睡みの奥底に沈んでいる。

身体に何も纏っておらず、俺と刀奈の間を阻む要素は何一つない。

肩までかけられた薄いシーツが俺達を包み込んでいる。

 

「刀奈……」

 

この小さな身体で必死に足掻いて、自らを殺し、死と対面してなお俺を求めてくれている。

この小さな身体は、どれほどに強欲で貪欲なのか。

俺の愛はちゃんと感じてくれたのか。この想いは、彼女を幸福にできているだろうか。

俺と関わったことで、不幸をかんじているのではないだろうか。

不安が蜷局を巻き、俺を睨む。

そんな時、俺の頬を優しく撫でる暖かさを感じた。

 

「刀奈……」

 

「ぎん……わたしねぇ…ぎんのことがだぁいすきだよぉ……」

 

舌っ足らずな声で、甘く俺を誘惑する刀奈。

その誘惑に魅了され、刀奈に腕を伸ばして抱きしめる。

啄むような触れるだけの軽いキスを落とすと彼女はくすぐったかったのか身を捩るけれど決して嫌がるような素振りはせず、更に腕を伸ばして首に回してきた。

抱きしめあう形となり、お互いの肌の温もりを直に感じる。

汗、呼吸、鼓動。

様々な要素が飽くことない幸福と安心感を与える。

この幸せを傷付けない為にも、今日、全てを終わらせる。

 

 

 

 

 

 

「さて、これで揃ったな」

 

「銀。お前、本気か?」

 

暗い倉庫の中で俺とカルマ、そしてゾアの3人が一堂に会した。

顔自体は昨日合わせたので2人ともそこまで驚きはしなかった。

しかし今回の集まりでカルマは心配そうに俺に問う。

何も躊躇うことはない。危険の無い作戦なんて何一つありはしない。

 

「危険は承知の上だ」

 

「けどよ!!亡国企業の壊滅作戦何て……しかも体も万全じゃないのによ」

 

確かに身体のダメージは抜けきっていない。記憶にも多少の混乱はある。

だがいつ来るやもしれない危険に怯えるくらいなら、危険を覚悟しその原因の排除をすべきだ。

それになぁとカルマは続けた。

 

「お前、まだ彼女にお前の覚醒の経緯について話してないんだろ?」

 

その事については問題無い。

 

「書き残しを置いてきた。帰ったら説明するってな」

 

「………俺達はお前の覚醒の理由を知っているが、帰ったら絶対に教えてやれ。俺達以上にお前を必要としてるんだから」

 

カルマはたまにいいことをいう。

そのためにも、絶対に生きて帰らなければならない。

もう覚悟は決まった。

一度死を見た。

もう恐れることは無い。

 

「これより、亡国企業の壊滅作戦に入る!!出撃せよ!!」

 

夜が明け始めた空へ、3つの影が飛び立った。

 

 

 

 

 

 

亡国企業は3日に一度のペースで拠点を変えることで足取りを知られないようにしていることは調査済みだ。

俺達が向かう先は、今日から明後日までの亡国企業の拠点だ。

篠ノ之束とIS達の全面協力を得て、100兆を超える予想地点を過去の移動データから絞り出し、最も可能性の高い場所が今、目前にある。

無論、斥候が基地周辺で隠密哨戒をしていることは分かりきっている。

もし見つかれば逃げ足の速い相手はすぐさま散り散りに逃亡し、撃滅の機を逃してしまう。

失敗は許されない。

 

「ゾア、この作戦の要はお前だ。頼んだぞ」

 

「了解」

 

ゾアは『ゾディアック』を起動し、エネルギーを循環させていく。

強い光が溢れだし、その力が最大限に発揮されたことを体現する。

この光に敵が感付かないように俺達は敵から見て日の出る位置に隠れてこの効果を発動させた。

 

「我、刃振ルウ者ト共ニ在ル者ナリ」

 

光の鎖が俺達を繋いでいく。

立て続けにゾアは次の詠唱に入る。

 

「我、我ガ身偽リ歩ミ寄ル者ナリ」

 

黒い煙が立ち込め、晴れると俺達の姿はまったく別の位置に見えた。

これは光の屈折を利用した幻想投影で、これで敵をおびき寄せ、逃げ出そうとした幹部らを殲滅。これが作戦だ。

そしてゾアがこの作戦の要の理由。

それはこの効果の発動中は、エネルギーの消費が激しく、また肉体への負担も大きい為、迅速な行動と相当な忍耐力を必要とする。

だからこそゾアはこの作戦の要なのだ。

 

「行動開始だ!!」

 

最大戦速、敵拠点まで突撃。

この島から出れば広がるは海。隔てる物は何一つとして無く、すぐさま斥候に発見される。

これも作戦の内。いや、斥候が発見してくれなければ何一つとして事態は動かない。

敵の拠点となっている島から警報が鳴り響く。

迎撃部隊が出撃してくるのを確認して、俺達は回避行動を取る。

こちらの幻影は攻撃したところで敵にダメージを与えられない。ただうつされた立体映像にすぎないから。

しかし攻撃せず、回避に専念し攻撃を受けなければ幻影の正体が発覚することはなく、攻撃できていないと錯覚させることができる。

ここからは俺達の演技力と敵の行動の速さの勝負。

敵が出てくる前に正体がバレれば俺達の敗北。

敵が出てくれば俺達の勝利。

色とりどりの閃光が宙を飛び交い俺達は投影された幻影に攻撃が当たらないように回避に専念した。

早く!!早く!!

焦る。この状況で焦りを覚えないやつは人間じゃない。

迎撃部隊の数を増し、飛び交う閃光を激烈と化する。

そして―――――

 

「出た!!」

 

パシュン

 

敵の幹部らが逃亡するために拠点の外に出るのとカルマの幻影を閃光が貫通するのとはほぼ同時だった。



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亡霊消滅

「作戦第2段階、幹部撃滅へと移行する。よく堪えてくれたゾア」

 

返答は無い。聞こえるのは荒々しい呼吸だけ。

体力の消耗の大きさが伝わってくる。

しかしそのおかげでこの作戦は本題にはいることができたのだ。

投影されていた俺達の姿は消滅し、本当の俺達の姿を現す。

 

「さぁ!!悪夢を終わらせようか!!」

 

「お、お前は―――――」

 

そんな呑気に、ご丁寧にセリフを残そうとするからあっさり死んじまうんだよ。

前方に腕を交差させ防御の構えを取るが、そんなもので俺の攻撃が止まるはずも無く、重力刀の刃が肉を裂き、骨を粉砕し即死。

一薙ぎでその周囲の逃げ遅れた幹部共を一掃し、他の幹部の元へと機動する。

やがて視界に高速艇で逃亡を図る幹部達を肉眼に納め――――その中にスコールと名乗った武闘派幹部の姿を見た。

相手もまた俺の姿を確認するとISを起動し迎撃態勢に入る。

 

「貴方から来てくれるなんて。こちらから会いに行く手間が省けてよかったわ」

 

「織斑千冬にボコボコにされたって聞いてたんだが、しぶとい女だな」

 

最も、サイボーグに性別をつけることができるのかは疑問ではあるが。

一先ずカルマとゾアに連絡を入れ、逃亡した幹部の始末を任せると伝え、敵と向き直る。

 

「圧倒的不利は理解しているだろう。今なら逃げられるぞ?」

 

「逃げ切れないことは分かりきってるわ。なら、今ここで貴方達を殺すほうを選ぶわ!!」

 

全方位から同時に火球を展開し攻撃を開始する敵に果敢に飛び込む。

相性としては圧倒的に俺が不利。

万全でない身体。万全でない故に負荷の大きい重力操作による遠隔攻撃が封じられ、いわば近接に特化どころか限定されてしまっている。

しかし相手は遠距離を得意としている。

だが俺は引くに引けない。引く訳にはいかない。

 

「あら、篠ノ之博士を完封にしたアレは使わないのね」

 

「使えないんだっての」

 

まあ

 

「テメェ如きに使うモンでもねぇがな!!」

 

急降下して火撃を回避すると海面スレスレを飛行する。

火球が海面に降り注ぎ、巨大な水柱を何本も立てては消滅していく。

狙われるだけが俺ではない。

無論時間を稼ぎ、カルマとゾアが逃亡した幹部を討伐してこちらに加勢してくれるのを待ってもいいんだが、そこまで持ちこたえる自信は無い。

いや、これでは防戦一方に聞こえてしまう。

俺は勝ちに来たんであって負けに来た訳じゃない。

 

「突撃!!」

 

「フフ、特攻なんて。死にたがりね」

 

「誰も死ぬために戦ってんじゃねぇよ!!」

 

前方から迫る火球を回避すればその先にはまた火球。

まるでタマネギの皮のように幾重にも連なり行く手を拒む。

けれど俺の武装は重力刀だけではない。

 

「ぜらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

復元された巨黒剣を展開し、盾のように構えて特攻する。

想定外の武装展開に驚いたのか一瞬だけ攻撃の手が止まった。

その隙を逃さず更に加速し次の攻撃までに少しでも速度を上げ、距離を詰める。

 

「っ!調子に乗るんじゃないわよ!!」

 

先程よりも威力の高い火球が俺を弾こうとするが、刹那の中で加速した俺は、衝撃を堪え、前進を続けた。

しかし、あと1mというところで敵は攻撃をやめ、回避へと移行する。

が、それは予想されていたことだ。

 

「逃がさねぇ!!」

 

逆の手に持った重力刀、刃の幅を縮小し、刀身をより長くし、回避するスコールへ斬撃を放つ。

緊急で炎熱バリアを張り防御するもその程度では重力を防ぐことはできず、右腰から左肩までを切り裂いた。

だが表面の被膜と回線の一部を断ち切ったものの致命傷を負わせられず、緊急停止を行い追撃を行う。

 

「くっ、接近されるの厄介なのね!」

 

「喰らい付いたら離さない。人造人間なんでな、動物の血が騒ぐんだよ!!」

 

血の臭いに興奮したり、傷だらけの敵を見ると追い打ちを狙ったりと、様々の影響を及ぼすが、上手く使えば最強の支援システムとなる。

火球を大剣で切り払い、視覚で姿を捉えるより先に重力刀での鮮烈な突きを放つ。

自らの攻撃によって敵の姿を捉えられなくなるという不測の事態に陥り状況の傾きは平衡に戻りつつある。

 

「そこだぁぁぁぁ!!」

 

「ぐぅっ!」

 

火球越しの重力刀が、敵の左肩を穿った。

バチチッと紫電が迸り、俺はやはりと零した。

 

「情報通りか。まあ機械であれなんであれ、目的に大差は無い。殺すが壊すに変わっただけだ」

 

「私を壊す?冗談じゃないわ。私だってまだやりたいことをやれてないの。まだ終われないわ」

 

なるほど。目的があってその身を機械化したのか。

新たな情報だが…………これからスクラップになる相手なんだ。知ったことじゃないな。

 

「そうかい。だが死ね」

 

大剣を振るが回避され、火球の反撃を返されるが攻撃の手段はこれだけではないはず。

別のアクションを取り検証する必要がある。

 

「ふん!!」

 

大剣を構え、大剣を大振りに振り払う。

わざと隙を作ったのだ。

ここで相手のアクションを見る。

表情を変化させるのは以前から得意で、しまったと言うような表情を意図的に作り出す。

すると敵はしめたとばかりに隠し持っていた武器を展開し、瞬時加速で距離を詰めてきた。

刀身1.5m、コ字型の2対1刀は刃と刃の間で猛々しく燃え盛る獄炎が、まるで武器そのものが黄金に光り輝いているかのようにも見える。

まだ1mも距離があるにもかかわらずジリジリと肌を削る光熱。

 

「とどめよ!!」

 

「わざと見せた隙にさえ気づけない愚か者に俺が倒せるものか!!」

 

大剣から片手を離し、自由となった左手に漆黒の刀剣を展開する。

敵は最初こそ驚きを見せたが、やがて勝利を確信した表情に戻る。

 

「そんなもので、この輝焔は止められないわ!!」

 

敵の自信は最もだ。

あれほどの熱量に対して、例え耐熱に優れた金属であったとしても耐えきることなく融解するだろう。

だが、こちらが使っているのはただの金属ではない。

篠ノ之束のエネルギー砲の炎熱さえも切り裂いた漆黒。

この程度では刀身を炙るだけだ。

 

「っらぁ!!!」

 

金属音を立てて輝きの剣は弾かれた。

攻撃が弾かれたことに最大級の驚きを表情を見せた。

そしてワンテンポ遅れて極めて厚い刃が敵を掠めるがそれで終わってしまう。

 

「城っていうのは幾重にも重ねられた防御の先に本城があるんだ。てめぇはまだ最初の堀を超えただけだ。その先にそびえたつ石垣に火矢は通じない!!」

 

そして

 

「その程度の隙があれば、止めを刺すには十分だ!!」

 

自信の背後に重力障壁を展開し

 

「いくぜ。黒要塞式、二流奥義<破壁刺剣>!!」

 

最大の力で障壁を蹴り飛ばし、加速する。その勢いは砲弾の如く、その威力は天翔ける流星の如く。

守りの壁を破砕し、その勢いに乗って敵を穿つ。

型破りならぬ、殻破りな一撃。

この速度に対応しきれなかったスコールだったが、瞳孔はその切先の狙いを認識しており、できる限りの防御をする。

最後のあがきに俺の一撃は止めを刺すことなく止まった。

 

「つっ!!けど、これだけ接近してきたのなら、私の一撃からも逃げられないわよ!!」

 

敵も剣を構えた。

それとほぼ同時のタイミングで俺も次の構えを完了する。

刹那―――――

 

 

 

 

 

「くらいなさい!!『全を滅す焔の剣(レーヴァテイン)』!!!」

 

「穿て!!黒要塞式、黒王技<壁穿刺突>!!!」

 

 

 

 

 

決着はついた。

 

 

 

「フフ、不覚を取ったわね」

 

「こっちだって無傷ってわけじゃないがな、っつ」

 

互いに、渾身の一撃を放ち、それは互いに身を削った。

敵の攻撃は俺の左腕を焼き尽くした。

俺の一撃は敵の心臓、核を貫いた。

俺の刀と敵の剣は交差するように、かみ合った歯車のように。

黒い刀身は対刃の間の焔を貫き、その鍔が敵の刃を受け止めていた。

 

「私………いえ、亡国企業の完全敗北ね」

 

「万全だったなら俺の完全勝利だったが……いや、万全であってもテメェは俺を手古摺らせただろうな」

 

「ええ、そうね………ふふっ」

 

「………じゃ、さらばだ」

 

敵から刀身を抜く。スコールは核を破壊され、その体の機能も停止していく。

やがて展開されていたISさえも消滅し、穏やかな海原に落ちていった。

 

「っく」

 

左の腕から肩までを丸焼きにされたのだ。

ものを掴み続けるなど出来るはずも無く、黒い刀身の刀はスコールの後を追うようにして落下していく。

残量の少ないエネルギーを更に少し削り、麻酔を作成し、左腕に打ち込み、痛みを堪える。

やがて遠くの水平線から2つの影がこちらに近付いてくる。

手を振ると向こうもこちらに手を振った。

 

「遅かったな。そこまで逃げ足が速かったか?」

 

「そっちが終わってるのが意外だよ……ったく。逃げ足は速くなかったが」

 

「ああ、だがあの高速艇には対IS用防御システムが搭載されていたんだ」

 

そうか。相手はそんなものまで手に入れていたか。

まあ戻ってきたってことは無事に撃滅できたんだろうけど。

 

「そっちは無事でなによりだ」

 

「その言い方からするに、どっか負傷したか?」

 

「俺は……こんな感じだ。今は麻酔を打ってあるが」

 

「おいおい、重症じゃないか。ゾア、銀を抱えて全速力で病院に持ってけ」

 

「了解した」

 

羽織で隠していた左腕を見せると大袈裟に驚くカルマ。

カルマはゾアに指示を出す。その指示にゾアは従った。

けれど重症と言う点についてはなにも言えないので、おとなしく従った。

実際、帰りの分のエネルギーは無く、残りのエネルギーでは途中でガス欠になることは目に見えていた訳だが。

普段なら、怪我=病院と言う考えは俺には通じないのだが、今はエネルギーが足りず、腕の修復ができない。

まあ地上に着いたらエネルギーを送ってもらって修復すればいいかと楽観視していたが、地上でエネルギーを送ってもらう前に刀奈の手配した(と思われる)捜索班に怪我を見られ、刀奈に怒られてしまった。

反省はしたが後悔はしていないと、俺が断言すると更に怒りを露わにして、怒りを鎮めるのに苦労したのは忘れることのない思い出となった。




連続投稿もここまでです。
やる気が尽きました。
サボローちゃんの誘惑に勝てませんでした。
次辺りで終わると思いますので、応援よろしくお願いします。

追記

23時からの連続投稿した話の題名は今後変更する可能性があります


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平和を過ごす

これで一応完結です


あの事件からひと月が経った。

俺は刀奈と、いや今は楯無か。

楯無と一緒に仮設IS学園へと続く通学路を歩いていた。

周囲からは羨望と動揺の視線が俺に集中する。

俺達を見る人達からは「あの二人凄い綺麗……」「文武両道で容姿もモデル並みのカップル……いいなぁ」「あれ?男なのにIS学園の制服?……もしかしてあの人が」といった呟きが聞こえた。

聞いているこっちが恥ずかしいようなことばかりを言ってくるな外野は。

 

「どうかした?」

 

「いや、どうもしないさ」

 

俺の左腕に抱き着いてくる楯無を撫でてやる。

ワシャワシャと撫でられるのが好きらしいので、今回もワシャワシャと撫でてやる。

 

「んふふ~」

 

ご満悦の表情。満足いただけてなによりだ。

彼女の抱き着いている左腕は、最終決戦で大きな火傷を負ったが、それも一週間前までの話だ。

対世界最強と天災を想定して改造を重ねられたこの体は傷の治りも早く、火傷の痕ももう残っていない。

本来はこの再生力をエネルギーによる細胞活性、簡単に説明するならば治癒細胞を強化させて一瞬で傷を修復する方法を取るのだが、調整をしたとはいえ万全ではないISはどんな不測の事態を起こすかわからないので、しばらくは自然治癒に任せる他無いのだ。

 

「ほら、学校が見えてきたぞ」

 

「ほんとだ!……って急がないと遅刻じゃない!!」

 

「生徒会長が遅刻とは生徒に示しがつかないからな」

 

楯無は駆け足になった。けれども俺はそれに悠々と追いつく。

この体は身体能力も異常なのでオリンピック選手と同等の力を発揮できる。

いくら楯無といえどもそんな存在には勝てる訳も無く、すぐに俺の後ろを追うような形になってしまう。

そして俺は一旦立ち止まる。

楯無が追い付くのを待って、追いついた瞬間。

膝と背に腕を伸ばしいれてお姫様だっこで学校までの道を駆け抜ける。

 

「やっぱり銀は足が速いわね。でもアッシーなんかにはしないわよ。だって銀は私の夫なんだから」

 

「それは嬉しいことだお姫様」

 

更に強く地面を踏みしめて一段加速した。

 

 

 

 

 

 

最終決戦が終わった直後は、それはもう混沌とした空間に閉じ込められたものだった。

俺の怪我を見た刀奈は楯無の権限を用いて俺を監禁したり、その空間で褒めと罵倒を繰り返されたり、挙句の果てには「私が貴方に依存してるように、貴方が私に依存するまで私、貴方の全てを管理するから」と言って、全身を拘束された俺の全てを管理し始めるといった暴挙にまで発展した。洗髪洗顔歯磨食事に始まり体調管理に血圧脈拍呼吸回数筋力低下防止運動、排せつ物の管理まで、それはもう老人ホームのような部屋に俺は閉じ込められていた訳だ。あれは過去の研究所を彷彿とさせ、俺の精神をかなり蝕んできた。

それを知った先代楯無の刃鋼さんが刀奈を止めようとしたのだが、ジャンケンでグーがパーに勝てないのと同じように、父が娘にかなうはずも無くあえなく撃沈。刃鋼さん自身もまた精神的に大きなダメージを負ってしばらく自室に引きこもったとか………

精神を蝕まれつつも粘り強く説得を続けた結果、数日前に漸く解放されたまでであった。

我が彼女ながら面倒で束縛の強い女だと思いつつも、そんな一面さえも愛おしいと感じてしまう俺もまた相当な異常者なのだなと痛感させられた。

ちなみにマドカにはいざとなったらここへ身を隠せと指示してあり、刃鋼さん達によってマドカの情報は隠蔽されていた。

監禁から解放された時に、マドカの無事を確認したのだ。

 

 

 

 

 

 

「おっと」

 

危険運転のトラックが、歩行者の俺達に気付かずの左折してきた。

もしも俺達が一般人だったとしたら確実に引かれ、あの世に逝っていたことだろうというほどの荒い運転のトラックだった。

しかし俺は先程よりも深く踏み込み、前方へと跳躍し、空中で一回転して着地した。

 

「今のトラック危なかったわね。銀じゃなかったらペシャンコにされてたわね」

 

「今の俺は楯無、お前を守る役割を担っているからな。死んでもお前を守らねばならないからな」

 

そんなこといって~うりうり~と肘で小突く我が姫。

まああの程度では怖くとも何ともないのだが。

ISの戦争の中心人物だったわけだし、つい最近も武闘派幹部のスコールと激戦を繰り広げた訳で、トラック如きは恐怖にすらならない。

 

「でも、死なないでね。貴方が生き返ることができるのだとしても、貴方の死が無くなる訳じゃないんだから」

 

「………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

監禁された翌日から、どうして意識を取り戻すことができたのかを問い詰められた。

確かに刀奈からすれば一番の疑問点かもしれないが、正直な所。

俺にとっては、俺を作り出した科学者や研究員からすれば、負ける可能性も考慮され、死から蘇生する方法を組み込むことは当たり前のことだった。

理論としてはISバックアップの手順と同じことであった。

ISNに最新のバックアップデータを保存し、コアに再読み込みさせる。簡単に説明してしまえばこうだ。

しかし刀奈は篠ノ之束の会話を聞いて誤解を抱いていたらしく、それだけでは納得してくれなかった。

よって俺は、より詳しい経緯の説明を始めた。

まずバックアップについて。

ISNには実際にはバックアップはあったのだが、瞬間的エネルギーの喪失によってバックアップにも様々な情報の欠落やエラーが起きてしまっていた。

しかしそれを知った他のISの意識達は、量産機や国家代表専用機の意識から情報を得るなどして欠落した情報を再構築し、エラーを消していった。

そしてバックアップデータを篠ノ之束に発見されることを避ける必要があった。

俺の肉体が消滅した際まで、篠ノ之束は敵であった。故に俺の痕跡を発見し次第に復活を阻止しようとすることは目に見えていたからだ。

その時にもISの意識達は強大な情報障壁というか結界を張り、篠ノ之束からのISNスキャンから俺を隠してくれたのだ。

それによって篠ノ之束は俺のバックアップデータの存在に気付けず、打つ手無と言ってしまったのだ。

そして最後、コアへの再読み込み。

これに時間がかかってしまったのには理由があった。

篠ノ之束の言う通り、多大なるエラー&バグは、肉体の維持さえも難しいほどに積み重なり、下手にエラーやバグを消そうがものなら他のバグやエラーが反応を起こし、コアそのものが再起不能となる可能性が高かったからだ。

そんな状態でも情報の更新をすることは可能で、更新によって少しずつエラーやバグに反応しないように元の情報を入れることはできた。

しかしながらそんな状態では更新できる量もまた極小であり、数年かかる可能性が98%だった。

そこへ篠ノ之束が一気にエラーやバグを消滅させてくれたのだ。

けれどもその時、コアが情報の再構築を自動で行い、別の人格が生まれてしまっていた。

その人格を下手に刺激すれば、やはり俺の意識がそのISコアに戻ることができなくなる可能性があった。

だから不本意ではあったが、新たな人格に気付かれないように情報末梢プログラムを侵入させ、抹消した後で情報の再読み込みをせねばならなかった。

まず末梢プログラムを入れ、タイミングを見計らい作動。そして再読み込み。

この工程に時間がかかり、想定以上の遅さで復活した訳だが、結果的に見ればうんと早く復活できたことになる。何とも正否の難しいところだが、刀奈を助けられただけでもそれは正しいことなので結果としては正しかったわけだ。

この説明をしたがいまいちりかいできていなかったらしいので、もう少し噛み砕いて教えると漸く理解したようだった。

 

 

 

 

 

 

「よう!!」

 

「おはよう」

 

道中で忘れるはずもない顔と遭遇した。

カルマとゾアだ。

二人の存在はすぐに明るみに出て、己の生まれや過去経緯を話すと、世界各国の極秘研究所やそれに加担したグループや人員が一瞬にして明るみに出た。

二人の国籍などの問題もあり、これもまたしばらくの間は保留ということで強制的に入学させられる羽目になった。

まあ強制入学であって登校は絶対ではないのだが、やはり根がまじめなやつらな所為か初日から制服で登校してきていた。

 

「あ、スケスケと星座男」

 

「俺はカズマだ!!カルマでもスケスケでもねぇ!!」

 

「星座男………まあ要所はつかめているな」

 

刀奈から直々に愛称をもらっておきながらこいつら!!と思ったが、ここは二人のまじめさと俺の友であることに免じて許すことにした。

 

「初日からまじめに登校とはな」

 

「だって女の園だぜ!?男の憧れだろ?」

 

「ハーレム、目指す」

 

前言撤回。

下心丸出しのクソ野郎だった。

俺の信頼を裏切った罰として二人の股間目掛けて足を振り上げてやった。

チーン……という音が聞こえた気がしたが、気のせいか。

 

「「ガッ」」

 

二人とも股間に手を当て、白目を剥き、口から泡を吹いて仰向けに倒れこんだ。

そして俺はそんな二人を見捨てて学校へと急いだ。

 

「銀、いいの?あの二人」

 

「気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

俺達の存在が明るみにでると、女尊男卑の世界に抗議し続けていた男性たちや、人類平等をうたい続ける論者、そして男女差別をしなかった国が勢力を増し始めた。

抗議しつづけた男達は

 

「ISの所為だ!!ISを作った篠ノ之博士を殺せ!!男を笑った女は罰を受けろ!!」

 

と喚き散らし。

口だけの論者は

 

「人類平等を目指すあらたな時代の始まりが来たのです!!互いに手を取り合いましょう!!」

 

と白々しく口だけの明るい未来を謳い。

差別の無かった国は

 

「我々こそが正しかったのです!!我々と同盟を組み世界を正すために力を貸してください!!」

 

と世界の権力の頂に立とうと目論む。

皆己の為に動いていた。

醜い我欲を隠すことなく、しかし勢力は増していくので世間でもニュースや雑誌で取り上げられるほどの影響力を持っていた。

起点がどうであれ、過程がどうであれ、結果として昔とおなじような世界に戻るのならば、好きなだけ俺達の存在を利用しろと、俺達はあえて何も言わないでいた。

 

 

 

 

 

 

「二人ともよく無事でいましたね」

 

学校長が心底嬉しそうに涙を零す。

騒動の発端である俺は校長に謝罪をしに校長室へと足を運んでいた。

けれども刀奈もまた俺と共にいると、一緒の罪があると言って付いてきた。

だが校長は責めはせず、俺達の無事を喜んでいた。

 

「俺が事の発端です。俺が悪いんです」

 

「いいんですよ。貴方は貴方が正しいと思うことをした

 いえ、間違っていると思いながら動いたこともあったでしょう

 けれども貴方の行いによって世界は変化をしようとしている

 今はまだ正しさなんて分からないんです

 私は、これからの未来がきっと正しいものであると信じています

 貴方が正しさを世界に広め、導き、理解を深めることを望めば

 自ずと結果はついてくるものです」

 

「校長……」

 

「さ、顔を上げて。皆に会いに行ってあげなさい。

 心配してくれる仲間が、貴方をまっていますから」

 

「分かりました。ありがとうございました!」

 

失礼しましたと校長室を出る。

ここからは刀奈とは別の教室だ。

一時の別れを告げて、俺は、皆のいる教室へと向かった。

教室に辿り着くと、扉越しにでも聞き取れる人々のざわめき。

ガララと扉を開くと、そこには俺を待つ仲間達がいた。

 

「おっ、遅かったじゃんかよ」

 

「お前はいつも通りだな一夏。将来はハーレムでも目指してんのか?」

 

「なっ!?ちょ、んなことないぞ!?」

 

「冗談だ」

 

焦る一夏。

その反応に一夏を訝しみの目でみる一夏LOVEガールズ。

騒がしさが何故か懐かしく、どことない疎外感さえ感じる。

けれどすぐに再び教室の扉が開かれた。

 

「皆さんおはようございます。臨時仮校舎で何だか違和感がありますけど、いつも通り。

 生徒の皆さんと揃うことが出来て、先生嬉しくて涙が出そうです……グスン」

 

大袈裟な山田先生のアクションにどっと笑いが起きる。

すると山田先生はすぐに表情を切り替え、次の報告に入った。

 

「突然ですが、今日。なんと3人も皆さんの仲間が増えちゃいます!!」

 

おおっ……と驚きの楽しみの喧騒が広がるが、俺は何となくその二人が誰かを察していた。

 

「さっさと入れ新入生!」

 

「ケッ、仕方ない。従ってやるよ」

 

「カルマ、耐えろ」

 

「二人、うるさい」

 

やはりというか、織斑先生に蹴り飛ばされて姿を現したのはカルマとゾアだ。

そしてのこる一人は、姿を暗ましたと思われていたマドカだった。

タイミングを見計らって山田先生が軽く紹介する。

 

「新入生の、カルマ君とゾア君、マドカちゃんです!」

 

「ども、カルマでーっす。絶賛彼女募集中だぜ!」

 

「ゾア……よろしく」

 

「織斑マドカ、よろしく」

 

俺は耳を塞ぐ。

刹那の高音の波。

女子生徒約30名による悲鳴の攻撃。油断すれば聴覚を持って行かれるていどの威力を持っている。

掌越しでもかなり五月蝿い。

そりゃそうだろう。

男子と触れ合う機会が少なかった女子生徒にとっては願っても無い獲物。

そしてそれ以上に元々人気の高かった織斑先生と瓜二つのマドカ。声量の大きさにも納得がいった。

二人とも不幸だな。狼のつもりだろうが、既に兎であることに気付けないとは。

 

「静かに!!」

 

織斑先生の一声で騒ぎは一瞬にして収まる。やはり軍隊だったんだろう?

俺としてはまだ教師を辞めていないことに驚きだが。

 

「3人は空いてる席に座れ。これより授業を行う!!山田先生、指示を」

 

「あっはい!それでは皆さん、教科書の―――――」

 

またこうして皆と、マドカと、刀奈と過ごせる。

そんな今に俺は初めて、生まれたことの幸せを感じた気がした。



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