Deathberry and Deathgame (目の熊)
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Chapter 1. 『ゲームの中に入ってみたいと思ったことは?』
Episode 1. Blue boa is comin'


皆様、初めまして。一護大好き『目の熊』と申します。

初投稿です。

宜しくお願いいたします。


「――クソッ。初っ端からキツ過ぎんだろ、このゲーム……!」

 

 俺は森の空き地の中心で剣を片手に悪態をついていた。周囲には青々とした木々が生い茂り、木漏れ日がスポットライトのように降り注ぎ、無数の木の葉の作った影を鮮烈に切り裂いている。さっきまでは「すげーリアル」と呑気に眺めていられたが、今はそれどころではない。

 

 今、俺の目の前には一頭のバカデカいイノシシがいる。外見的にはデカさ以外は毛色が青いくらいしか特徴のない、唯のイノシシなんだが、

 

 

「……体長五メートル、体高ニメートルって、序盤に出てきていい図体のモンスターじゃねえだろ! しかもレベル8って、明らかにパワーバランスおかしいだろうが!!」

 

 

 そのデカさとレベルが問題だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「………………」

 

 年の瀬迫る11月5日、午後八時四十分。

 

 空座町、クロサキ医院二階。

 

 俺は自分の部屋で、それと向き合っていた。開封したばかりで黒々としたメタリックな輝きを放つそれは、バイクのヘルメットのような形状をしている。見た目に反して意外と重くはなく、ベッドの上に置いておいても殆ど沈み込むようなことはなかった。

 

 そして、それを包んでいたパッケージには『ナーヴギア』の文字。

 

「……なんつーモンを受験生に寄越してくれてんだよ、あのオッサン」

 

 そう、現在受験勉強真っただ中のはずの俺は、紆余曲折の末にこの最新ゲーム機を手に入れてしまった。しかも、ご丁寧にソフト付きで。

 

 もちろん、価格十二万もするクソ高いゲームを買う余裕は、受ける大学の偏差値的にも金銭的にもない。にも関わらず、コイツが俺の手元に来てしまったのは、今日のなんでも屋のバイトの依頼主から強引に押し付けられたからだった。

 依頼内容はよくある「落し物を探してほしい」というもので、散々探し回った挙句、隣町の公園のベンチの下から見つけ出すことができた。そこまでは良かったんだが、依頼主のオッサンは滂沱の涙を流しながら俺に何度も感謝の言葉を述べ、報酬金と一緒にツテで手に入れたとかいうナーヴギアを俺にくれた。強引に渡されたため受け取り拒否は失敗し、じゃあネットオークションにでも流して金に換えようと思ったのだが、

 

「お客さんのご厚意でいただいたモン、売っ払ったらどうなるか…………わかるよなあ、一護ちゃーん?」

 

 報酬金の万札を握り締めコワい笑顔を浮かべた店長の言葉により、実現はしなかった。

 

 で、そのまま家まで持って帰り、つい勢いで開封してしまったところで我に返って今に至ったんだが……ぶっちゃけ言って、一回やってみたい。コレが発表されてから毎日テレビでやってたし、付いてきたソフトも話題のアクションモノだ。

 

 その名も、

 

「Sword Art Online……」

 

 だ。

 

 このソフトは今までありきたりなスポーツゲームが主流だったナーヴギアのキラータイトル的な存在で、近接武器を駆使してモンスター共を倒しダンジョンの攻略を目指すアクションVRMMOだ、とテレビでやっていた。戦闘以外にも鍛冶とか服飾なんかの職業で商売したり、釣りや料理みたいな趣味を楽しんで普通に生活したりもできるらしい。

 グラフィックとかもスゲーきれいで、映像で見た限りじゃ現実と大差ないくらいにリアルにできてる。草原や密林、大山脈から大海原なんていう自然の景色から、石畳の迷宮とかの人工物までも、現実世界に劣らないようなレベルで作られているみたいだった。

 

 しかも、だ。このゲーム、魔法とかのよくある「必中の遠距離攻撃」が存在しないらしくて、武器はほとんど接近戦用。で、その武器ごとに必殺技(確かソードスキル)がいくつも設定されてて、それに応じた予備動作(ファーストアクションっていうらしい)をとれば、身体が勝手に動いて技を繰り出してくれるんだとか。

 月牙天衝に似た技があったらもちろん面白いが、やろうと思えばいろんな技を習得できるってのは惹かれるものがあった。白哉みたいにポンポン技を出せるのは、正直憧れる……俺なんていっくら修行しても月牙天衝しか習得できてねえし。やっぱ必殺技は男のロマンだろ。あぁ、『終景・白帝剣』的な大技を出せたらカッコイイだろうなぁ……。

 

 ……って、ヤバイ。なんかすっげえこのゲームやりたくなってきた。

 

「……確か、正式サービス開始は明日だったよな」

 

 カレンダーを見て、今後の受験勉強の予定をチェックする。今まで予定通りに進めてきたし、一応余裕を持って計画したから一日潰してもどうってことはない、ハズだ、多分、きっと。

 明日のサービス開始から晩飯の午後七時までの間だけ、気晴らしにちょろっと体験するだけでいい。もし面白くなきゃ押入れに突っ込めばいいし、面白けりゃコレで遊ぶことを目標にして受験勉強のモチベーションを上げりゃあいいんだ。大丈夫、全く、問題ない……ないんだ!

 

「とにかく、明日はコイツをやってみるぞ……そうと決まりゃ、さっさと課題を片付けちまうか!」

 

 そう自分に言い聞かせて、俺は勉強机に戻り、ノートを広げた。残ってる課題は英語の文法だけだ。イヤホンを耳に押し込んで音楽を流し、テキストの演習問題を解き始める。

 シャーペンを紙面に走らせ、英単語を書き込んでいく俺の心は、久しぶりに期待で高ぶっていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 翌日の午後、SAOにログインした俺は、とりあえず適当に剣を買ってからアチコチ見て歩いた。最初にいた『はじまりの街』の主住区はよくファンタジー映画で見るような綺麗な中世ヨーロッパ風の街並みだったし、NPCも人間と区別がつかないくらいリアルだった。街の外に出てみれば、見渡す限りの青空に大草原。周囲には鬱蒼とした森が広がっているのが見えた。

 見るもの聞くものに驚きながらとりあえず街のすぐ近くにあった森林に入ってぶらぶら歩き回り、そういえば街の外ってモンスターとか出るんだよな、と思い出した瞬間、コイツが森の奥からのっそりと姿を現した。『メガフレンジーボア』と表示されたソイツは俺を見るなり突進の構えに入り、大慌てで回避した俺は体勢を立て直し、こうして森の中の小さな空き地で相対することになった。

 

「ブギイイイィィッ!!」

「アッブね!」

 

 岩鷲のペットのイノシシ並の速度で繰り出された突進を真横に跳んで躱す。すれ違いざまに胴に斬りつけるが、ごく小さな赤いラインが刻まれただけで、体力は碌に減っちゃいない。

 轟音と共に大木をへし折って止まった青イノシシに接近し、今度は後ろ足を切断するつもりで深く斬り込んだが、刃が浅いところで止まってしまった。跳ね上がった後ろ足をのけぞって避け、もう一度距離を取る。

 

「やっぱ、斬撃の火力が足りねえか。こうなりゃ、スキルってのを試すしかねえ。確か……こうか?」

 

 一応基本的なスキルの予備動作は覚えてきた。俺が持ってる片手用直剣で最初から使えるのは、水平斬り《ホリゾンタル》、斬り下ろし《バーチカル》、袈裟斬り《スラント》の三つ。とりあえずはその中の《バーチカル》を試すために、右手に持った片手剣を思いっきり振りかぶる。靑イノシシも俺の構えに反応したかのように、再度突進の気配を見せた。

 

 さあ来やがれ、そのブッサイクな面を叩っ斬ってやる!

 

「………………って、あれ?」

 

 発動しない。ウンともスンともいわない。

 

「なんだよ! 構えりゃ自動で発動すんじゃねえのかよ!」

「ブギイッ!」

「ぐうっ!?」

 

 ミスった。

 靑イノシシの突進を避けきれず、俺は十メートル程思いっきりふっ飛ばされた。どうにか剣の腹でガードはしたが、それでもレベル1の俺には大ダメージだ。ちらっと見た視界の端の体力ゲージは、もう残り二割を下回っている。

 トドメと言わんばかりに付き出された牙の一撃を剣で受け流して地面を転がり、奴の間合いから抜け出す。

 

「チッ、何なんだよ……アレか? 技名でも叫べってのか!?」

 

 いや叫んでもどうせ発動しねえんだろうけど。ジャスティスハチマキ的に考えて。

 しょうもない考えを頭から追い出しながら、怒り狂ったイノシシの突進をひたすら躱しつ梳ける。どうせ当たって死んでもすぐ復活するんだろうが、レベル差の暴力に屈したみたいでなんかムカつく。どうにかしてスキルを発動させてダメージを与えていかねえと……。

 

「ブッギイイィィッ!!」

「また突進かよ、いい加減しつこ……ヤベッ!?」

 

 惰性で避けようとした俺は、左右に避けられるスペースがないことに気づいた。しかも、イノシシが繰り出したのはもう何度目かもわからないくらいに見た突進ではなく、牙に青白い光を灯した状態での飛びかかり。突進みたいに飛び越えて回避するわけにはいかない。無駄に大きな図体が俺目掛けて急速に落下してくる。

 

 ヤバい、このままじゃ死ぬ。コイツを何とかしなきゃ、絶対に死ぬ。

 

 何とかして、コイツと斬らなきゃダメだ。

 

 ――例えば、そう、()()()()()()()()とか。

 

 

 そう思った瞬間、身体が反射で動いた。左足を引き下げ、剣を身体の脇に構え、腰を沈める。

 切っ先に力を集中させ、視線が相手を捉えた瞬間に、

 

「月牙天しょ――うおぅっ!?」

 

 斬撃を飛ばす――つもりで振り抜こうとした瞬間に、身体が勝手に動いた。ギュキュイーン、という効果音と共に腕が高速で旋回し、青白い光を帯びた刃が空を裂く。

 咄嗟に地面を踏みしめた直後、イノシシの腹に蒼白の一撃が直撃。重い衝撃が全身に圧し掛かってきたが、そのまま押し切り、イノシシを弾き返した。視界の端に見えた敵の体力ゲージは僅かに、でも確かに減っていた。

 

 発動したのは偶々っぽいが、間違いない。今のは《ホリゾンタル》だ。

 

 俺は今、確かにソードスキルを発動できたんだ。

 

 その感覚が消えない間に、俺の足は地面を蹴っていた。体勢を立て直すイノシシとの距離を詰め、剣は上段に構える。ついさっき試した《バーチカル》の構えだ。

 一度目は失敗した。けど、一発成功した今なら……!

 

「絶対、撃てるっ!!」

 

 果たして、スキルは発動した。眩いオレンジのライトエフェクトを帯びた剣が、振り返った直後のイノシシの顔面を両断した。苦悶の絶叫を上げるイノシシにダッシュの勢いそのままに飛び膝蹴りを叩き込み、もう一度『ホリゾンタル』を撃ち込んでふっ飛ばした。

 

「……何となくわかったぜ。要は、月牙と同じ要領ってことだ」

 

 分かればどうってことはない。要するに、斬月を振るう時と同じようにやればいいんだ。

 考えて見りゃそうだ。斬月をただ振るだけでは月牙を撃てないように、普通に剣を構えただけでスキルが発動するわけがない。それで発動しちまってたら、普通に剣を振ってる最中に構えが一致してしまった瞬間、勝手にスキルが暴発するだろう。それじゃ戦闘にならない。

 このゲームの中でスキルを使うのにも、斬る意識、スキルを放つという自分の中のイメージが要るんだ。斬月でも「月牙天衝を撃つ」という意志が要ったのと同じこと。仮想だろうが現実だろうが、大切なのは剣を振るい、技を行使し、敵を倒すという自分の意志、もっと強い言い方をすれば『覚悟』が必要なんだ。

 

「ったく、ここがゲームの世界だからって正直なめてたな。こっちでも戦いのコツは変わんねえってことが、よーく分かった。

 おい、イノシシ野郎」

 

 ふっ飛ばした先にあった巨木をへし折って止まったらしいイノシシの鼻っ面に、剣先を真っ直ぐ向ける。憤怒に染まっているはずの奴の目にさっき程の脅威を感じないのは、いきなり強烈な斬撃を叩き込まれてAIのクセに一人前に警戒でもしているのか、それともスキルのコツを掴んだが故の余裕があるからだろうか。

 

 いずれにしろ、やることは変わらない。剣の柄をしっかり握りしめながら、俺は真っ直ぐイノシシのつり上がった目を睨み返す。

 

「よくも散々いたぶってくれたなオイ。素人相手にケンカ売った罪、てめえの身体でじっくり思い知れ。このクソイノシシ野郎が!!」

 

 剣を脇に構えて、俺は再びイノシシ目掛けて駆けだす。奴もそれに合わせたように、立ち上がって突進の体勢をとった。俺とイノシシ、両方の刃に青白い光が再び灯るのが見える。

 

 森の中の空き地で、剣と牙が轟音と共にぶつかり合った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 十分後。

 

 胴に叩き込んだ一撃で残り一ミリだった体力ゲージがゼロになり、靑イノシシは弱弱しい断末魔と共にポリゴン片となって砕け散った。手元にレベルアップ通知と、経験値やアイテムなどの取得物一覧の二枚のウィンドウが軽やかな音と共に表示され、それでようやく俺は臨戦態勢を解いた。

 

「……勝った、勝ったぞ。なんでゲームの初陣で、こんなシンドい思いしてんだよチクショー……」

 

 ぶっちゃけ、その辺の虚とやりあうのより大変だった。なにせ、斬魄刀のパワーとか瞬歩の速度で蹂躙することができない状態で剣術のみで戦う必要があったわけで、斬月ありきで戦ってきた俺には只の剣一本で立ち向かえというのは思ったよりも簡単ではなかった。

 流石にレベルをガッツリ上げれば死神状態と変わらない感覚で戦えるようにはなるんだろうが、そこまで真剣にやりこむ予定は今のところない。いや、受験が終わったらケイゴ辺りを連れて戦場に繰り出してもいいんだが。それとも久しぶりにたつきとタイマンで殴り合ってもいいか。

 とりあえす未来のことは置いといて、目の前に表示されたウィンドウに目を通して見る。

 

 一枚目、レベルアップの通知ウィンドウ。

 

「えーなになに……レベルアップしました。で、レベルが5になってポイントもいくらか振り分けられる、と……って、レベル5!?」

 

 思わず二度見した。

 

 いや確かにレベル8のモンスター相手にタイマンで勝ちゃそうなるだろうけどよ。しかも良く見れば経験値のゲージっぽいものも既に九割がた埋まっていて、もう少しでレベル6に上がってしまいそうな感じだ。下剋上の旨みってのを実感することしきりだ。

 その下には振り分けられるポイントが表示されてて、クリックしてみるとステータス画面が出てきた。そこでポイントを振り分けるみたいだ。考えるのも面倒なので筋力と敏捷性に平等に振っておく。

 

 続いて、二枚目。

 

「アイテムは……おー、いろいろ出てんな。牙に毛皮に肉……肉って、要するにアレか、牡丹ってヤツか」

 

 何となく気になって、『メガフレンジーボアの肉』の項目をダブルクリックしてみる。

 

 ……ドチャッ、という生生しい音とともに、赤黒い肉塊が手元に落っこちてきた。

 

「………………うわぁ」

 

 思わずガチでひいてしまった。右手を振ってアイテム回収ウィンドウを開き、さっさと放り込んでおく。何だよ、ゲームの中でモンスターの肉って言うから、某モンスター狩りゲーで出てくるみたいな骨付き肉を想像してたわ。フツーの生肉の塊じゃねえか。無駄にリアルで気持ち悪い。頭を振ってグロテスクなビジョンを追い出し、ウィンドウを消去して街を目指して歩き出す。

 

 森から出るとキツめの夕日に一瞬視界が白み、思わず顔をしかめた。この世界には痛覚がないのはさっきの戦闘で知ってはいたが、強烈な日光を見ると目玉の奥がズキズキと痛むような気がして、反射で目を細めてしまった。

 眼が明るさに慣れると、目の前には『はじまりの街』を取り囲む真っ白い城壁。地平線の先まで続いている長大な煉瓦作りのその壁が夕焼けの紅に染まっているのはかなり壮観だ。

 こういう規模の大きさや紅白のコントラストの綺麗さを見ていると、改めてこのゲーム、というか、VRMMOの凄まじさを実感する。俺がいつもやってた鉄拳とかの格ゲーとは別世界みたいだ。さっきの生肉もそうだが、リアルっていうか、もう本物にしか見えない。今日の朝軽く調べた感じでは、脳に電気信号かなんかを送り込んでこういう景観を脳内で形にしているらしいんだが、文系の俺にはイマイチピンとこなかった。石田辺りにでも聞けば解説は聞けそうだが、この時期にそんな話題を振れば呆れた顔をされるのは目に見えてる。あのイラつく面を進んで拝みたいとは思わない。

 

「……っと、そうだ。時間、ヤベえんじゃねえか?」

 

 視界の端に表示された時計を見ると、時刻は午後五時半前だった。今日の晩飯はいつも通り七時だって遊子は言っていたし、後の時間はアイテムを換金でもして、仮想世界の食事ってのを食ったりして観光でもしてよう。この世界の食事は空腹感を疑似的に満たしているだけらしいから、晩飯前でも問題ないだろう。

 別にこのまま森の中でバトルに興じてもいいんだが、これ以上やると止め時を逃してしまいそうだ。これはあくまでも受験勉強の息抜き。惜しくはあるが、これ以上やり込むわけにはいかない。長男がゲームを理由に受験失敗して妹たちに負担が行くなんてことになったら、兄貴失格だしな。

 

 だがまあ、今はまだこの仮想ファンタジー世界を気楽に見て回っていよう。まだ北部の地区なんかは見てないから、そっちで適当なメシ屋を探すか。

 

 考えがまとまったところで、街に向けて一歩踏み出した瞬間、

 

「……ッ!? 何だ?」

 

 どこからか鳴り響いてきた鐘の音と同時に、身体が青い光に包まれた。かと思ったら次の瞬間には俺は町の広場に居た。

 一瞬事態が理解できなかったが、大きな鐘の音が鳴り続け、俺の周りに次々と他の連中が転移してくるのを見て、どうも強制的にここにワープさせられたということに気付いた。

 何かイベント的なことでもやるのかと思ったが、別に変わったものは出てこないし、鐘の音以外は聞こえない。

 

「……なんだが知らねーが、別になんもないなら行っちまっていいか。イベントに参加させられて止め時逃したらイヤだし」

 

 そう独りごちて広場を後にしようとした、その時だった。

 

「な、何だ……? 空が……!」

 

 誰かがそう呟いたのが聞こえた。

 

 頭上を仰ぐと、今までの夕焼け空が『Warning』『System Announcement』――つまり、警告、システムからの告知、という英語表示に埋め尽くされていくところだった。さらに、空の隙間から血を思わせるドロドロした真紅の流体が零れ出してきた。何とも悪趣味な演出に、俺は少し顔を顰める。

 その気味の悪い流体は広場の時計台の傍に寄り集まり、巨大なローブ姿の人型を形成した。陰になっていて顔は見えないが、言いようのない圧力のようなものを感じて、俺は無意識に剣の柄に手をやっていた。

 

 そして、

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

 低い男の声が聞こえた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 11月6日、午後五時三十分。

 

 在り来たりなはずだった初冬の夕方に、俺の、俺たちプレイヤーの運命は、大きく捻じ曲げられた。

 

 

 VRMMORPG『Sword Art Online』は、この日この時この瞬間から、クリアするまで脱出・蘇生不可能、そしてゲーム内の死が現実の死に直結する、史上最悪のデスゲームとなった。

 

 

 




お読みいただき、ありがとうございます。
読者様の暇潰しになれば幸いです。

よろしければ感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

当面の目標は、ゲームの中なのに月牙を撃とうとしちゃったり、ステ振りをサボっちゃうお茶目な一護君を、デスゲームという名の愛の鞭で改善していくことです。


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Episode 2. Spider, Spinner, Sniper

前話を読んで下さった方々、ありがとうございました。

昨日に続いて、一章第二話です。

宜しくお願いいたします。


「シッ!!」

「ギュィッ!?」

 

 糸を吐き出そうとしていたクモ型モンスター『ハインドスパイダー』の首を刎ね飛ばして、俺はさらに前に踏み出す。

 

 正面から襲いかかってきた三体のうち、一番右のヤツを蹴り飛ばして遠ざけつつ、真ん中のクモに《スラント》をブチ込んで地面に叩き落とした。茶色と緑色が混じったような色彩のポリゴンをまき散らして死ぬ様はかなり目に優しくないが、気にしているヒマはない。俺の素っ首を刈り取らんと振るわれた左のクモの足を、直撃の寸前に掴み取って止めて眼前に放り投げ、《バーチカル》で胴を両断した。

 

 全身迷彩色のクセに特に隠密(ハインド)するわけでもなく、再接近してきた最後の一体の飛びかかりを避け、振り返る前に剣を上段に掲げてソードスキルを発動。急速に加速した刃はクモの胴を逆袈裟に裂き、さらに下段から弾かれたようにVの字に斬り上げる。新しく覚えた片手剣二連撃《バーチカル・アーク》は、クモの体力ゲージを余さず削り取った。

 

 ガラスを引っ掻いたような耳障りな奇声を上げてクモが砕け散ったのを確認して、俺は血糊を払うように剣を振った。手元に表示されたウィンドウを一瞥してから消し、また先の見えないあぜ道を歩いていく。大通りから分岐した一本道だから迷うことはないものの、周囲を背の低い木と茂みに囲まれているせいでまだ午前中にも関わらず辺りは薄暗い。おまけに道幅はニメートルもないため、戦闘中に動けるスペースも限られてる。

 死神化してるときだったら、「まとまって出てくるなら、月牙で一発じゃねえか」で終わってたんだが、今はそうもいかない。挟撃に気を付けながら、俺はさらに奥を目指す。

 

「……ったく、見通し悪いわ道は狭いわ、おまけにこんな朝っぱらから害虫退治してこいとか、NPCのクセに人使い荒いんだよ……ぁあ、クソねみぃ……」

 

 欠伸混じりにそう独りごちても状況は好転しないが、悪態混じりに歩いてないと眠気で気が滅入りそうになる。すぐにでも宿に引き返したいトコだが、生憎と今はクエスト受注中。帰ったら全部ムダになっちまう以上、ウダウダ言いながらも進むしかない。

 

 なぜか午前五時から八時までの間しか受注できないという嫌がらせ仕様の今回の依頼を達成するには、この奥にいるらしいクモの親玉を倒してドロップする『ヒュージハインドの鋼糸』を持ち帰る必要がある。依頼主らしい痩せこけたNPCの婆さんがそんな防具の素材を使って何をしたいのかは知らないが、報酬でもらえるらしい『古びた巻物』を手に入れないと習得できないソードスキルがあるそうだ。雑魚のクモ共もけっこうな経験値を持ってるし、さっさとボス斬って帰るか。

 

 たまにニ、三匹で出てくる迷彩クモを斬りながら進んでいると、ようやく視界が開けた。どうも沼だか池だかの畔に出たみたいで、そこそこの広さの更地の向こうに濁った水面が見える。陰気な雰囲気なのは変わらないが、ここだけぽっかりと木がなくなっていて日が差し込んでいる分だけマシだ。

 ひとまずぐるりと見渡してみたが、ここから先に抜けられそうな道はない。多分、ここがこの道の終着点だろ。ってことは、この辺のどっかにボスがいるはずなんだが……、

 

「……別になんも出てこねえな。これで道一本違いましたー、とかいうオチだったら、もう二度とこんなとこ来ねえ……ん?」

 

 抜き身の片手剣を担いで更地の真ん中あたりに来た時、俺は沼の水辺に座る人影に気づいた。どうも若い女らしいが、見回した時には目に入らなかった。地面の色に似たこげ茶色の長い丈のワンピースみたいなのを着ている所為か、それとも、その小柄で華奢な体躯の所為なのか。

 

 腰まであるような長い黒髪が顔どころか手元まで覆い隠してるせいで、何をしているのかはよくわからない。時々手元が微かに動いてるあたり、沼の水で洗い物でもしてんのか。

 このゲームで「洗濯」をプレイヤーがすることはない。っつうことは、コイツはNPCってことになる。目立った武器防具の一つもなくこんな森の奥にいる時点で、プレイヤーの可能性はまずないんだろうが。

 

 ボスが出てこなくてこのNPCがいる以上、コイツが俺のクエスト遂行に関係している確率は高い。顔も見えない奴に話しかけるのなんてイヤだが、そうしないと始まらないんじゃ仕方ない。一応警戒しながら一歩、二歩と踏み出した時、

 

「…………ねえ」

 

 蚊の鳴くような、か細い女の声がした。本当に細く小さな声で一瞬空耳かと思ったが、女の手元の動きが止まっているのを見て、俺への呼びかけの声だと分かった。

 

「…………どうしても、決められないの」

 

 女が顔を上げた。妙にのっぺりした無表情が、陶磁器のように白い顔面に張り付いていた。豆粒のように小さい瞳がこちらを見ていたが、どこか焦点が合っていないように見受けられる、ボーッとした視線だった。

 

「…………ねえ、貴方はどっちがいいと思う?」

 

 目をこっちにやったまま、女の手がゆっくりと動きだす。手元にあったのは、昔どっかの博物館でみたような糸車だった。清々しいくらいに綺麗なライトブラウンの色合いが、ひどく場違いな空気を醸し出している。枯れ木のように細い手が、静かに、静かに、糸車を回す。どこからか伸びた細い糸が、少しずつ巻きついていくのが見えた。

 

「…………糸にするなら、どっちの方がいい?」

 

 女の手が止まった。イヤな予感がして、担いでいた剣を構える。

 女は糸車のハンドルを手放し、その手でなにかを掴み、そしてぐいっと持ち上げた。

 

「筋肉と髪の毛、糸にするならどぉっっっっちがいいいいいいいいいいぃぃぃいい???」

 

 その手にあったのは、ズタズタになった、たぶん人間だったモノの残骸だった。首は半ば千切れ、体表は土と血でどす黒く変色し、体中の抉り取られたような傷口からは無数の筋が触手のように飛び出ていた。

 

 いきなり突き付けられたグロ物体に俺が嫌悪を覚えた次の瞬間、メキメキという鈍い音と共に女の身体が膨張した。

 ボコボコと泡立つように胴体が膨れ上がり、みるみるうちに元の何倍にも大きくなっていく。槍のように鋭い脚が纏っていたワンピースを次々と突き破り、杭を打ち込むような重々しさで地面に突き立てられた。

 

 巨大な迷彩柄のクモに女の面が張り付いた化け物『ヒュージハインド』は、俺を見て女性の金切声のような奇声を発した。正面に付いた女の顔が、ニタリと歪むのが見える。まるで、これから行う屠殺に愉悦を感じているかのように。

 

「……こっちに来てだいぶ経ったけどよ、こーゆーのは初じゃねえか? このゲームのジャンルはいつからスプラッターホラーになったんだっつの。あとコイツ、黒く塗ったら完全にヘキサポダスの足八本版じゃねーか。顔面が弱点確定だな」

 

 死神になってから二回目に斬った虚を思い出しつつ、俺はゆっくりと《ホリゾンタル》の構えに剣を持っていく。街の掲示板の情報じゃ、飛びかかりと鋼糸による拘束以外はしてこないらしいが、油断はできない。

 

 確実に一太刀、まずはそっからだ。

 

「何はともあれ、いきなり胸クソ悪くなるモン見せつけてくれたんだ。報いはキッチリ、受けてもらうぜ!!」

 

 すっかり身に馴染んだソードスキルの発動する感覚を確かめながら、威嚇するように前の二本の脚を振り上げるクモ女目掛けて、俺は真っ直ぐ斬りかかっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 このゲームに囚われて一か月間。俺の周りは混乱でいっぱいだった。

 

 あの赤ローブの男こと茅場晶彦によってこのゲームからのログアウトが不可能になり、さらにHPが0になった瞬間、強電磁パルスによって現実の自分の脳のHPも0にされるというクソみたいな仕様が適応された。さらに、脱出する術は、このゲームを構成する百のステージにいるボスを倒し、クリアすることのみ、だと言う。

 当然、「どーせなんかのイベントだろ」という声が上がったが、その後に渡されたアイテム『手鏡』を確認した途端に、俺たちの身体が初期設定で作ったアバターから現実の肉体そっくりに組み変わったことで、懐疑の声は一瞬にして動揺の色に染まった。今まで操っていたのが偽の身体であったが故に在った余裕は、この変化によって全て消え失せてしまった。

 

 その後は、もう酷かった。悲鳴、怒号が飛び交い、端の方では倒れ込んでそのまま砕け散った奴もいた。それは数日経っても続いて、街中で言い争いして取っ組み合う連中、ひたすら木陰で泣いてる奴、呆然と空を見上げたまま最初の広場から動かない奴がそこかしこにいた。

 中には「城の外で死ねばシステムから切り離される」みてえな自論を叫んで、そのまま第一層の外へと身を投げた奴もいた。この世界は空に浮く巨大な鉄の城の形をしているらしいが、その世界から飛び降りて青々とした何もない空間に絶叫と共に落ちていくアイツを見ても、ヤケになって死んでったようにしか見えなかった。

 

 一応、俺は一日だけ、『はじまりの街』で待ってみた。あの茅場とかいうヤツが言うには、すでにこの事件は現実でも大々的に報道されてるらしい。もしかしたら、外部で事態がさっさと収束するかもしれない、そう思って、俺は集住区の宿で、一日だけ待った。

 

 でも、やっぱり、何もなかった。アナウンス一つすら、聞こえてこなかった。

 

 だとしたら、俺のやることは単純だ。レベルを上げて、強くなって、ボスを片っ端からぶった斬る。そんで、あのいけ好かない茅場とかいう赤ローブを、思いっきりブン殴ってやる。受験勉強の大事な時間を返せという思いもなくはないが、そっちは自業自得な気もするので大して大きくない。許せないのは、こっちの意志を一切無視して、一方的に命の危険がある世界に山ほどの人を放り込んだことだ。なんて無責任で卑怯な真似をしやがる。そんな怒りで俺の頭は満ち満ちていた。

 

 行動はすぐに起こした。

 ヘルプを読んでマニュアルを流し読みした俺は、メガフレンジーボアのドロップアイテムの売り金を元手に装備を揃え、『はじまりの街』を抜け出した。やっぱりあのデカイノシシの強さは異常だったらしく、特に苦戦することなく次の街に着いた。その後も、行き当たりばったりだが、とにかく前に進み続けた。街の掲示板で強化に必要そうだと思ったクエストなんかは片っ端から受けていった。

 まだ序盤だからか、多少レベルが上でもHPはそんなに高くなく、数が多くても斬撃と体捌きだけで普通にあしらえるものばかりだった。ただ、偶にデカイノシシ並の奴に遭遇して、ソイツ等に苦労させられる度に、もっとレベルを上げなきゃダメだと思い改めて、毎日ひたすら戦い続けた。

 そうやってる内に徐々に他の連中も動き出してきて、はじまりの街に残った奴と、前線に出てきた奴に二分化した。情報もたくさん流れて、ボスのいる迷宮の攻略も進んでった。

 

 そして、そろそろ最前線にいるプレイヤーが決まってきた今日この日、ついに、第一層ボス攻略会議が開かれることになった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……あー、まだイラつく……」

 

 何やら騒がしい会場に五分遅刻で到着した俺は、一人だけ景気の悪い面して一番下の段の端に腰掛けた。

 

 別にさっきまでのクエストで問題があったわけじゃない。報酬はキッチリ出たし、あのクエストボスに手こずったわけでもない。つうか、ぶっちゃけ弱かった。

 あのクモ女、あんなド派手な登場シーンだったくせに、攻撃パターンはその辺のチビクモと全く一緒だった。別に攻撃がクソ痛いとか、防御が超堅いとか、動きがメッチャ速いとか、そんなことも全くなく、ホントに弱点だったっぽい顔面にひたすら剣先をブチ込んでただけ。経験値はなかなかだったし、もう一回くらいならあの陰気な細道に行ってもいいか、と思える程度には、コスパのいい仕事だった。

 

 なのに今の俺が普段の三割マシで機嫌が悪いのは、その帰り道に遭遇したヤツが原因だった。

 

 森の出口近くの木陰から現れたソイツは、猿の顔っぽいのを張り付けた真っ赤な蜂だった。『インフレーマー』という名前のソイツはオレの付く手に飛び出すと、ヒトを小馬鹿にしたガキのような笑い声を上げながら、8の字を描くように旋回し出した。

 ジャマなんでさっさと斬ろうと片手剣を振ったんだが、これが意外と当たらない。先読みしたかのように、紙一重で避けられる。ムキになって全速力で振っても全く当たらず、偶にとんで来る針っぽい攻撃でHPが少しずつ削れていくのが俺の神経を逆撫でしまくった。

 

 なりふりかまわず針ごとヤツを取っ捕まえてブッ刺して倒したころには、俺のHPはなんと半分を切ろうとしていた。何とかやりきって清々した……のだが、倒したはずなのにリザルト画面には『ヒールダーツ』というアイテムを習得したこと以外書かれてなくて、肝心の「インフレーマーを倒した」の表示が出なかった。何故に、と思った瞬間、視界の外からまた針が飛来するのが見え、俺は咄嗟に跳び退った。

 見ると、木の陰に隠れるようにしてこっちに細い銃身を向ける、二足歩行のウサギの姿。そいつは俺を見ると、可愛らしい面にそぐわない気持ち悪い笑みを浮かべて、森の中に逃げて行った。アレが囮でコッチが本体だと気づいた瞬間には、もうソイツの姿はなく、後にはHPを半減させられたのに得たのが売っても5コルにしかならない投擲型アイテム数個だけの、情けない俺だけが残っていた。

 

 で、あの後マジになって探し回ったんだが、結局そいつを見つけることはできず、そのイライラを引きずったまま、この会議に来ちまったという感じだった。こんだけイラついたのは久しぶりだ。岩鷲に全力で絡まれた時だって、ここまで頭には来なかったってのに。ヤロウ許さねえ、いつか必ずブッ殺してやる。

 

 際限なく沸き起こるイライラを何とか鎮めようとしていると、壇上にいた水色の髪の男が手を打ち鳴らした。自然と、参加者の目もそっちにいく。どうもコイツが、今回のボス戦の仕切り役みたいだ。

 

「よーし、そろそろ組み終わったかな? じゃあ――」

「ちょお待ってんか!」

 

 何を組んでいたのか知らないが、司会の男が話を始めようとしたとき、いきなり横やりが入った。そっちを見やると、頭にトゲが生えたような髪型のちっさい男がいた。そいつは最上段から一足飛びで下に降りると、なにやら演説を始めやがった。

 ざっと要約すると、「ベータテスト経験者は死んでった奴を含めたビギナーを見捨てて、自分らだけのことしか考えてないクソ野郎共だ。こん中にもいるはずだから、出てきて土下座して身ぐるみ全部置いてけ」ってことらしい。

 

 ……アホか。

このキツイ状況下で「みんな平等に」とか、できるわけねえだろ。命がかかってる状況なんだ、強くなりてえ奴は持ってるモン全部活かして頑張るに決まってんじゃねえか。それをズルいから詫び入れて持ち物吐き出せとか、

 

「……図体も器も小っこいヤツだな、コイツ」

「……ぁあん? なんか言いよったか、あんちゃん?」

 

 ……あ、ヤベえ、声に出てた。

 でもまあ、思ったのも事実だし、隠すこともねえか。そう思って、俺は立ち上がった。

 

「ああ言ったぜ。随分と身体も器も小せえ男だな、ってよ。何か間違ったこと言ってっか?」

「……なんや、一丁前にワイに喧嘩売っとんのか? このタンポポ頭のチンピラが」

「喧嘩売ってんのはオメーの方だろうが。人前に出てきて身勝手なことドヤ顔で喋りやがって、ウルセーんだよ、このトゲピーヘッド。一丁前に日本語喋ってねえで、大人しく『チョッギプリイイイイイイイイイ!』って鳴いてろよ」

「なンッ…………!!」

 

 怒りで顔が真っ赤になったトゲピー頭に、俺はさらに畳みかける。

 

「ベータテストの経験ってのがどんだけ有利なのか知らねーけどよ、自分で頑張って手に入れた知識を自分のために活かして、一体何がわりーんだ? 幼稚園じゃねえんだ。みんなでお手々繋いではいゴールってわけにはいかねえだろ。強くなれる奴が強くなって、俺等はそれを手本に追い越しに行きゃいいだけの話だろうが。

 ……確かに死んじまった奴もいた。でも、早い時期にちゃんと生きてここまで来れてるビギナーも山ほどいる。死んだ奴を悪く言うつもりはねーが、つまりその死は、事前の準備とか情報で何とかできるモンだった、ってことじゃねえのか? 一概には言い切れないかもしれねえけど、でも逆に、二千人全員の死がベータテスターのせいだった、ってことも絶対にない。二千の命の死を経験者に押し付けて、挙句に追いはぎのマネなんかしてんじゃねえよ。

 それともなにか? テメーは自力じゃ強くなれねえから、経験者サマに恵んでもらおうとでも思ってんのか? だとしたら、とんだカス野郎だな」

「言わせておきゃあ……調子に乗んなやクソガキ! ええ加減にしとかんと、そのハデな頭カチ割るで!!」

「おー上等じゃねえか! その小せえ身体、俺がこの手で叩き潰してやる!!」

 

 トゲ頭が背中の剣の柄に手を掛けたのを見て、俺も腰に手をやって、いつでも抜剣できるように構える。確か、街中なら互いにダメージは受けない設定になってるハズだし、全力でブチのめしても死ぬことは無い。立ち上がれなくなるまで、精神的にボッコボコにしてやる!

 

 そう意気込んで、一気に鞘から剣を抜き放とうとした、その時、

 

「その辺にしておけ、二人とも」

 

 肩に手を置かれた。

 

 振り向くと、黒い肌と禿頭が特徴の大男が立っていた。その低く渋い声といい筋骨隆々の体躯といい、チャドを連想させる男が、俺を静かに制止している。

 それを見てなんとなく怒りが引いていくのを感じた俺は、深呼吸一つして気分を落ち着けてから、半身まで抜いていた剣を納めた。大男は軽く頷き、ポンポンと俺の肩を叩いて前に出た。

 

「……な、なんや、アンタ」

 

 成人男性の平均と比べても明らかに小さいトゲ男は、二メートル近い屈強な大男の登場に少しビビッているように見えた。

 

「横から済まない、俺の名はエギルだ。キバオウさん、さっき彼の言葉にも出ていたが、アンタの言いたいことはつまり、ベータテスターが面倒を見なかったから、ビギナーがたくさん死んだ。その責任をとって謝罪、賠償しろ……と、そういう事だな」

「そ、そうや」

 

 大男はトゲ頭をちらりと見やると、懐から一冊の本を取り出し、説明を始めた。

 この本はスタートガイドであり、元ベータテスターによって無料配布されていた。情報は誰でも手に入る状況だったのに、大勢のビギナーが死んでいる。これを踏まえ、俺たちはどうボスに挑むべきなのか、それを議論するものだと、俺は思ってここ来たのだが、と。

 

 ……なんつーか、大人の対応ってのを見せつけられた感じだった。こうやって物的証拠と筋道立てた話、落ち着いた口調で喋るとこうも説得力があるのか、とちょっとビックリしつつ、自分の短気を反省してしまう。トゲ頭も流石に反論できないらしく、大人しく適当な場所に戻っていった。

 

 それを見届けた司会の男により、会議が再開した。といっても、内容は簡単で、第一層のボスである『イルファング・ザ・コボルド・ロード』とその取り巻きらしい三体の『ルイン・コボルド・センチネル』についてスタートガイドの最新版にある情報の確認、それからアイテムやら経験値の分配についてだけだった。

 

 明日十時集合ということで、各員が三々五々に動き始めた。帰る奴、司会の男のところに向かう奴、複数人で打ち合わせを始める連中。色々いたが、俺はとりあえずさっきの大男、エギルに礼を言いに行くことにした。

 幸い、俺が近づくと向こうも気づいたようで、軽く手を上げて挨拶してくれた。

 

「さっきは悪かったな、助かった」

「怒りで我を忘れることは誰にでもある。俺は外野だったから、冷静に仲裁できたというだけだ。気にするな」

「やっぱ大人だな、アンタ。頼りになりそうだ。俺は一護だ、よろしく」

「そうでもないさ、一護。俺はエギル、こちらこそよろしく頼む」

 

 差し出された大きな手を取って、しっかり握手を交わす。

 

「ああ、そうだ。一護、会議の前半にいなかったようだが、ボス攻略のパーティーメンバーはどうするんだ? もう皆組んでしまったぞ?」

「え、なんだよソレ。マジか……」

 

 組んだどうだ言ってたのはそのことだったのか、ミスった。あの腐れウサギにさえ会わなけりゃ……と今更悔やんでも仕方ない。

 

「仕方ねえ、今回は独りで遊撃か……」

「……いや、一護。もし誰でもいいのなら、一人だけ空きがあるのを知ってるが」

「お、マジか! じゃあソイツとペアを……いや待て、なんでソイツは余っちまったんだ? 俺みてえな遅刻組なのか?」

 

 思わずそいつとペアを組もう、と言いそうになったが、寸前で留まった。こんだけの人数がいて組んでねえってのは、俺みたいに遅刻してきたか、あるいはソイツ自身に難があるかのどっちか。そして、俺の勘だと、多分後者だ。

 

「それは、まあ、その、なんだ。とにかく、会えば分かる。一応、強さは俺が保障しておく。むしろ、ここに居る中じゃトップクラスのはずだ」

 

 言葉を濁すエギルの態度でさらに不安が増すが、この際だ。凄まじく合わない奴でもない限り、大人しく組むことにしよう。

 

 先導するエギルの後に付いていくと、会議場の端に人影を見つけた。着ているのはこげ茶色の長い丈のローブ……なんだか、数時間前に斬殺したクモ女を思い出す。街中にいるはずなのに、警戒心がふつふつと湧きあがってきてしまう。

 

「リーナ、ちょっといいか」

「………………」

 

 エギルがリーナと呼んだ女らしきそのプレイヤーは、呼びかけには応じずに体育座りで蹲ったままだった。目深に被ったフードの端からは白い髪が覗いている。

 喋らない相手にこっちも黙ってちゃ仕方ないので、俺からも声をかけてみる。

 

「アンタ、誰とも組んでねえんだろ? なら、暫定でいいから俺と組まねえか?」

「………………った」

「え? 今なんつった?」

 

 聞き返すと、リーナはゆっくりと顔を上げた。

 

 そこにあったのは、純白の、ただひたすらに真っ白い、白皙の女性の顔だった。

 

 表情の欠片もない顔は、パッと見た感じ、どこか外国の血筋を感じさせるくっきりした目鼻立ちだった。整った無表情といい、大きな翡翠色の瞳といい、その顔はかつて戦った第四十刃を連想させる。

 

 リーナは俺の目を見据え、薄桃の唇を小さく開いた。そして、

 

「……お腹減った」

 

 いきなり空腹を訴えてきた。

 




お読みいただき、ありがとうございます。

感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

活動報告で週一更新と言っておきながら、なんやかんやで書けてしまったので連日投稿しました。

今回キリト君を出す予定が、うだうだ書いてたら出すヒマなく終わってしまいました。
この章のどっかで必ず登場してもらいますので、キリト君好きの方、もう少しお待ちください。
しかし、この内容で9000字弱……もう少しコンパクトにまとめなければなりませぬな。

次回は第一層ボス攻略戦突入(予定)です。
目標は明日か明後日あたりで。


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Episode 3. Hunglina in the Arena

お読みいただきありがとうございます。

第三話です。

宜しくお願いいたします。


「…………は?」

 

 反射的に腑抜けた声を出してしまった俺の横で、エギルが額に手をやってため息を吐いた。もう一度彼女を見返しても、表情は全く変化しない。どうやらジョークじゃないみたいだ。

 

「……とまあ、こういう奴なんだ。普段は真面目な奴なんだが、腹が減ってるときは頑なに自己主張しかしない。さっきまでかなりの数の男が声をかけていたんだが、ずっとこの調子でな。結局、誰とも組まず終いってわけだ」

「お腹減った」

「……なんでその体たらくで会議場に来ちまったんだよ。メシ食ってから来い」

「これでも会議前は会話が成立していたんだ。それが、パーティー決めの時にはこうなっていた。多分、食った量が少なかったんだろ」

「お腹減った」

「難儀なヤツだなオイ」

「お腹減った」

「…………」

「お腹減った」

「おい、とりあえずこのリピート再生止めるにはどうすんだエギル」

「簡単だ、食い物を与えれば黙る」

 

 赤ちゃんかコイツは。

 でもまあ、食い物で静かになるならいいか。とりあえず余ってる黒パンでも食わせれば解決……、

 

「ああ、ちなみに、こいつは美味いものしか受け付けない。その辺で売ってるパンや干し肉は厳禁だ」

 

 しなかった。なんつーワガママ。

 

「飢えてるくせにえり好みする余裕はあんのか」

「のようだな。さっきもNPCショップで売ってるジャーキーで気を引こうとした連中が、まとめてシカトされていたのを見た」

「マジで難儀だな…………ったく、仕方ねえ」

 

 俺はアイテムウィンドウを開き、その中の一つをオブジェクト化。紙袋に入ったそれをリーナの目の前に放ってやった。危なげなくキャッチしたリーナは、それと俺の間で視線を数度彷徨わせたが、すぐにアイテムを開封した。

 

「……バケットサンド?」

「ああ、そうだ。一応非売品」

「……手作り?」

「一部は」

 

 嘘は吐いてない。具材を挟むトコだけは自分でやった。後は殆ど既製品だけど。

 

 コレはリーナが言ったように、俺がオリジナルで作ったバケットサンドだ。具材はレタス、トマトっぽい味の紫の野菜、謎のバーベキューソース、厚切りのベーコン、の四つ。バンズはその辺に売ってた安物のバケットだ。前者二つもはじまりの街の市場的なところで売ってた。

 で、残りの具材の内、ベーコンの出処は例のデカイノシシだ。あのグロい肉塊の処分に困った俺は、はじまりの街の北部地区にあった肉屋で売っちまおうとした――んだが、そこで売る以外にも『加工する』って選択肢があるのを知り、それで肉塊の内半分を加工してコイツができた。ちなみに、ソースはセットで付いてきた。「希少な肉を売ってくれたお礼だ」って言ってたから、多分レアものだと思う。

 

「……いただきます」

「ああ、食ってくれ」

 

 礼儀正しく手を合わせたリーナは、特に躊躇することもなくバケットサンドに齧り付いた。女子にあるまじき大口を開けてバケットを口に収めた彼女は、一分くらいそのままモグモグやっていたが、口の中のものを飲み込むなり、そのまま二口目、三口目、とバケットを削り取っていき、あっという間に完食してしまった。

 ……食いきったってことは、気に入ったってことでいいんだよな? コレで「マズイやりなおし」とか言われたら、相手が女でも流石にキレるぞ。

 

 と思っていると、リーナは口をモグモグやりながら手元を操作した。すると、俺の目の前に小さなウィンドウが一つ出てきた。

 

 そこには、

 

「『Lina パーティー申請を受理しますか?』……ってことは」

「うん、美味しかった。ナイス」

 

 無表情でサムズアップするリーナ。口元にソースが付いたままで、かなり間抜けな面になっている。

 

「ほお、リーナの御眼鏡に叶うってことは、けっこうな美味だったってことか。喧嘩っ早い性分なのに序盤で料理スキルを上げているとは、人は見かけによらないな」

「別に上げたくて持ってるわけじゃねーよ。レアな食材が手に入ったから、ちょっと手を加えてみたら勝手にリストに出てきたってだけだ」

「……まさかギャップ萌え狙い? その面構えで?」

「オメー、人の話聞いてたか? つか初対面の人間に早速なんつー台詞を――」

「あ、早くパーティー申請受理して。もっかいするの、めんどう」

「……聞いてねえなコイツ」

 

 会話になってない。というか、する気がないようにすら見える。さっきのエンドレス空腹コールの時点でなんとなくそんな気はしてたが。

 ビミョーにイラッとくるが、さっきまでその数倍イラつく奴を相手にしてたからか、抑えることはできた。言われたようにパーティー申請を受理する、 と、視界の隅に名前が表示された。これで、リーナと俺はパーティーメンバーってことになったみたいだ。何とか相方が見つかって良かった。

 

「一護、早速だけど質問がある」

「なんだよ」

「さっきのベーコン、まだある?」

「まあ、多少は」

「売って」

 

 ……最も、食事以外で円滑な関係が築けるかは分かんねえが。

 

 無表情なのにどっか活き活きしているという、矛盾した表情でトレード欄を提示してくる初めてのパーティーメンバーを見て、俺は心の中でため息を吐いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「聞いてくれ、皆。オレから言うことはたった一つだ」

 

 翌日、第一層ボス部屋前。

 剣を地面に突き立てたディアベルが、俺たちに凛々しく呼びかける。背筋を伸ばし、突き立てた剣の柄頭に両手を重ねて立つ姿は、正に騎士そのものだ。

 

「勝とうぜ!」

 

 その短い言葉に、全員の表情に力が入ったのが見えた。隣にいる相方は無表情のままだが、既に短剣を抜いて後ろ手に持っている辺り、やる気はあるようだ。俺も一応、それに合わせて抜剣してある。

 

「……最後の確認」

 

 周りの緊張感とは無縁の淡白さを持った、しかしはっきりとした口調でリーナが声をかけてきた。俺は頭一つ分低い位置にある彼女の翡翠の瞳を見やる。

 

「なんのだ」

「今日の私たちの仕事について。手順は三つ。一護がセンチネルを引き付ける、スイッチする、私が一撃入れて離脱する。その繰り返し。オーケー?」

「ああ、オーケーだ」

 

 そう、今日の俺らの仕事はボスの相手……ではなく、その取り巻きの始末だ。全部で三体の『センチネル』を、他の二つの小隊と一緒に一対ずつ受け持つ。本当はボスの相手にしたかったんだが、遅刻した身でワガママは言えなかった。

 にしても、雑魚の相手なんて隊一つでよくねえか、と思ったんだが、リーナ曰く、ボス本体を叩く途中で本隊に横やりを入れられる危険性を潰すには妥当な判断、とのことだった。

 

『別に圧勝する必要はない。本物の命がかかっている以上、無理をしないで手堅く確実に仕留めるのが筋』

 

 特に序盤はビビってる人も多いから尚更、そう淡々と言い切ったリーナの顔には、ビビリの欠片も見受けられなかった。確かに、全員が全員コイツみたいに恐怖を振り払って戦えるとは思わないし、思えなかった。

 

 誰だって、命の危険を感じればビビる。俺だって、昔浦原さんに殺されかけた時は恐怖で逃げた。今まで戦いに縁が無かった奴なら、逃げるどころかパニックで動けなくなったり、最悪そのまま失神して倒れちまう可能性だってある。

 ただボスを倒すだけじゃなく、全員が生き残って勝つには、かつての俺のような少人数で敵の本拠地に飛び込む覚悟よりも、注意に注意を重ねて築いた堅実な作戦と統率が必要なんだろう。こういう感じの集団戦の経験が無い以上、ここは大人しく案に従った方が良さそうだ。ボスに勝つためにも、ここにいる仲間を生きて帰すためにも。

 

「行くぞ!!」

 

 視線を前に戻すと、ディアベルの前にあるボス部屋の大きな扉がゆっくりと開いていくところだった。金属の軋む嫌な音と共に開け放たれた薄暗い部屋に、ディアベルを先頭に全員で慎重に入っていく。

 最後の一人が入りきった瞬間、部屋が一気に明るくなった。幅二十メートル、奥行きは百メートルはありそうな大部屋が、俺たちの目の前に現れる。

 

 その直後、体長が五メートルを超えそうな赤銅色の肌の巨漢のコボルドが轟音と共に姿を現した。

 右手には巨大な斧、左手には大釜に持ち手をつけたような形状のバックラー。そして、上部に表示された四本のHPバーの上の『イルファング・ザ・コボルド・ロード』の文字。コイツが、俺たちの記念すべき初ボスってワケだ。周囲には、取り巻きのセンチネルが三体、ポールアックスを構えて出現している。

 

 センチネルが出揃うや否や、コボルド・ロードは猛然とこちらに向かって突進してきた。巨体に似合わないその突撃速度に周りの連中が気圧されたそうに硬直する。

 先頭近くにいたトゲ頭が足を一歩下げようとした瞬間、

 

「怯むな! 攻撃を開始する!!

本隊は前進してセンチネルをスルーしつつボスと交戦! D・E・F隊は分散し、背後と側面を突きにくるセンチネルを各個撃破だ!」

 

 ディアベルから鋭い指示が飛び、下がりかけた士気が一気に持ち直された。

 各々が雄叫びを上げ、武器を手に猛然と突っ込んでいくのに合わせて、俺とリーナのD隊も左側面から進撃を開始する。

 

「リーナ! 左のザコが突出してきてる! 先手打って仕掛けるから、フォロー任した!」

「了解。突撃(チャージ)したら右を空けて、飛び込むから」

「ああ!」

 

 並走からリーナが一歩分下がるのと同時に、俺は前に出た。剣を脇構えにして、一気にセンチネルとの距離を詰める。

 

 兜の中から響くくぐもった声と共に振り下ろされたポールアックスを、俺自身のダッシュの勢いを乗せた《ホリゾンタル》で力任せに弾き飛ばした。

 

「いいぞリーナ、スイッチ!」

「ん」

 

 俺が叫ぶと同時に、今までぴったりと背後にくっついてきていたリーナがするりと前に出た。俺の右脇ギリギリを追い越したリーナはすぐにソードスキルを発動。下段に構えた短剣を鋭く斬り上げ、終点で逆手に持ち替えて一撃目を逆再生するかのような軌跡で斬り下ろした。

 今のは確か、短剣の二連撃《バウンドノート》だ。一瞬で叩き込まれたその二連撃で、センチネルのHPゲージが三割弱まで削られる。

 

 だがリーナの動きは止まらない。斬り下ろしで前のめりになった体勢のままショルダータックルを敢行、センチネルが数歩たたらを踏んだその隙に、

 

「鈍い、死ね」

 

 強烈な逆手突きを顔面に叩き込んだ。スキル攻撃ではないものの、的確に兜の隙間を貫いた刃の威力は強烈で、残っていたHPをきっちり削りきっていた。

 

「ぃよーし、後はデカブツを斬って終わり――」

「じゃない。前を見て」

 

 いつの間にか俺の隣に戻ってきていたリーナに促され、俺は前方に視線を向けた。

 

 すると、奥から新たに二体のセンチネルが出現し、こっちに向かって駆けてくるのが見えた。咄嗟に周囲を確認すると、片手用直剣の男と細剣の女がいるF隊はもうセンチネルを倒していたが、槍と斧の男二人組のE隊はまだ戦闘中だった。

 

 つまり、

 

「ボスのHPバーが赤くなるまでは、上限三体で無限湧き(ポップ)みたい」

「チッ、ボスのお供のクセによえーと思ったらそういうことか」

「……来た、正面から一体。もう一回弾いてスイッチして」

「上等! 片っ端から叩っ斬ってやる!!」

 

 再び《ホリゾンタル》の構えを取って、俺は一直線に突撃した。

 単調に振るわれるポールアックスを見切り、弾き、スイッチしてリーナが即座にトドメを刺す。再湧出(リポップ)するまでの数秒でリーナが後退し、また俺が迎撃する。十秒かそこらでループする攻防を、俺たちひたすらに続けていった。

 

 そろそろ討伐数が十に迫っていたとき、デカい咆哮がボス部屋中に響き渡った。

 

 視線をそっちに向けると、HPバーが最後の一段の四分の一、レッドゾーンまで減ったボスが、手にした斧とバックラーを高々を放り投げるところだった。

 

「向こうは最後の詰めってトコか。リーナ、コイツを倒したら俺等もあっちに合流するぜ」

「倒したら、ね」

 

 素っ気なく返答し、接近してくるセンチネルに注意を促すリーナ。どこまでも冷静な奴だ。

 昨日は「食事以外で円滑な関係が築けるかは分かんねえ」とか思っちまったが、この分だと戦闘中にケンカすることはなさそうだ。性懲りもなく真正面から打ちかかってきた最後のセンチネルの持つポールアックスの頭を《ホリゾンタル》で大きく弾きながら、そんなことを考えていた、その時だった。

 

「ダメだ! 全力で後ろに跳べ!!」

 

 絶叫とも言える警告の言葉が響き渡った。

 

 何事かとそっちを見ると、俺らと同じようにセンチネルと交戦していたF隊の片手用直剣使いの男が、ボスの方を見て必死の形相を浮かべていた。

 

 その視線の先には、何故か独り突出してボスと対峙するディアベルの姿。最後のおいしいトコを掻っ攫おうとでもしているのか。だとしたら意外とセコイ奴だな、と俺は少し呆れてしまう。

 でも必死で制止する程の事態にゃ見えないし、一体何が……?

 俺が事態を飲み込めずにいると、

 

「……おかしい」

「リーナ?」

「ボスの武器が情報と違う」

 

 センチネルを仕留めて戻ってきたリーナが、さっきまでよりも一段低い真剣な声を上げた。言われて見ると、確かにボスが手を掛けたのは事前情報にあった曲刀じゃなくて、反りのない武骨な太刀だ。刀身の長さは三メートルはあるように見える。

 でもちょっと武器が変わってる程度、大したことねえんじゃ……いや、待てよ!

 

「おいまさか、曲刀とあの太刀って、攻撃パターンとか違うんじゃねえのか!?」

「当たり前で……ッ!?」

 

 リーナの言葉が途切れた。

 

 見れば、太刀を抜刀したボスが大きく跳躍、天井近くの柱を蹴ってディアベルの真上を跳び回り始めた。間合いを詰めに行っていたディアベルも何とか目で追おうとしているが、自分の真上で動き回られているせいか、付いていけていない。

 

「まずい、あれじゃ上から強襲され――」

 

 リーナが言いかけた直後、その言葉が現実になった。

 

 ボスが天井を蹴って一気に落下。大上段から振り下ろした一撃が、マトモにディアベルに直撃した。真っ赤な傷が、胴体を分断してしまうくらいの深さで、奴に身に刻まれる。

 

 さらに追い打ちの一閃で、ディアベルが高く打ち上げられたところで、俺は半ば反射的に駆け出していた。

 

「一護、なにをするつもり!? ディアベルのところにはさっきの直剣使いが行ったから――」

「違う! アイツ、また跳ぼうとしてやがる! 多分、次は本隊がやられるハズだ! それを防ぐ!!」

「それは無理。貴方の片手剣と野太刀じゃ、火力の差が……」

「ンなこと知るか!」

 

 リーナの忠告を振り切って、俺は突貫する。ボスは空中高くに飛び上がり、本隊のど真ん中に狙けて今まさに急降下しようとしていた。

 確かにリーナの言う通り、俺のこの細っこい剣じゃ力不足かも知れねえ。でも、ちんたら考えてるヒマもねえ。やるしかねえんだ!

 

 俺は剣を寝かせて剣先を前に向け、身体の横で中段に構えた。蒼いエフェクトが煌々と灯ったその刃を、

 

「舐めんなよ、デカブツが!!」

 

 ボスの振り下ろした太刀の()()にブチ当てた。

 

 俺が選んだ単発突進技《ライト・バリスタ》は、今習得しているスキルの中で一番威力が高い。反面、刺突という攻撃法からして、相手の剣を止めるのには向いてないし、避けられると簡単にカウンターをくらう。

 

 けど、こうやってピンポイントで相手の剣に当てられれば、ムダに上げている筋力パラメータとスキルの威力で相討ちにできるし、体制を崩せれば相手より先に次の攻撃に移れる。

 成功させるには高速で動く刀身に自分の刺突を上手く当てる必要があったが、死神として今まで戦ってきた連中よりもはるかに遅い攻撃だ。銀城相手にも一度やって成功している以上、バカでかい太刀を相手にするくらいワケなかった。

 

「ジャマなんだよ、っと!!」

 

 技後硬直から回復した俺は、宙に弾き返したボスの巨体に《スラント》を叩き込んで本隊から遠ざけた。野太い鳴き声と共にボスが数メートル吹き飛ぶが、赤く光る眼は俺を捉えたままだ。このままではすぐにこっちに戻ってくる。それじゃあ意味がない。

 

 だから、

 

「テメーは、ここで仕留める!!」

 

 飛ばした先で追撃を仕掛ける。

 

 もう一度《ライト・バリスタ》の構えをとって、ボスの着地点目掛けて疾駆。器用なことに空中で上段斬りのスキルを立ち上げたボスに斬りかかった。

 スキルの立ち上がりは向こうの方が速いが、斬撃速度はこっちに分がある。このまま一気に斬り捨てーー

 

「止せ! 上段はフェイクだ、下段から来る!!」

 

 寸前、声が響いた。

 

 その直後、ボスの動きが急加速し、上段にあったはずの太刀が下段構えに切り替わる。咄嗟に避けようと思ったが、この間合いじゃもう遅い。

 

 回避は出来ない。

 

 剣で受けるのも間に合わない。

 

 なら、

 

「ふんっ!!」

 

 足を使う!

 

 斬撃のために踏み込もうとした足で、太刀の腹を蹴っ飛ばして強引に太刀筋を逸らした。コンマ数秒の後に、発動した斬り上げ(ソードスキル)が唸りを上げて俺の横数ミリを通り過ぎる。

 

 さあ、今度はこっちの番だ!

 

「とっとと、失せろ!!」

 

 剣の根元まで捩じ込む勢いで繰り出した《ライト・バリスタ》が、ボスのHPを一気に削る。

 

 残り数ドットまでHPバーを減らされたボスは、数歩たたらを踏んだ後、素早くしゃがみこんだ。飛んで逃げる気か。

 

「させねえよ!!」

 

 間髪入れずに発動した《ホリゾンタル》で、太い足を斬り飛ばした。

 

 ボスがバランスを崩した隙に技後硬直を消化して、止めの《バーチカル》で、一気に、斬り、裂く!!

 

 全力で降り下ろした刃は、ボスの首にめり込み、引き裂き、そして、

 

「終わりだ! デカブツ!!」

 

 断ち斬った。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

なんとか連続更新できました。夜更かしして書いたので、誤字等ありましたらごめんなさい。

最初は全部一護無双もいいかなと思ったのですが、どうもしっくりこなくて、悩んだ結果こうなりました。一護の性格上、敵を斬ることよりも仲間の命を護ることを取ると考え、序盤だけ相方に大人しく従ってもらってます……序盤だけは、ね。
もっとも、けっこう仕切りたがり屋さんな一護が大人しいと、それはそれで違和感なんですけどね。

ちなみに「斬撃を刺突で弾く」というカウンター法は、54巻の銀城戦のラストシーンを基にしました。あれ、あっさりやってますけど、絶対難しいですよね。流石一護。
でも、あれで折れるなら月牙でフツーにへし折った方が簡単じゃね、と初見の時に思ってしまった非オサレな筆者です。

次回はキリト・アスナコンビと接触予定です。
更新は金曜日辺りに。


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Episode 4. Crime and Punishment

お読みいただきありがとうございます。

第四話です。

宜しくお願いいたします。


「………………」

「……おかえり、大バカ一護」

 

 おかしい。なんかおかしい。

 

 一体全体、どうしてこうなった。

 

 最後の《バーチカル》の一撃でボスの首を斬り落とし、俺は無事第一層ボス討伐を完了させることができた。

 ボスの巨体が大量のポリゴン片をまき散らして爆砕し、『Congratulation!!』の文字がデカデカと表示された瞬間、皆が一斉に歓声の声を上げた。拳を突き上げる奴、肩を組む連中、いろいろいたが、全員が満面の笑顔を浮かべていた。エギルの笑顔だけちょっと凄みがあって、正直ビビったが。

 

 そんな連中に取り囲まれた俺は、各々と握手してみたり拳を突き合わせてみたりしてたんだが、ふと戦線離脱したディアベルのことが気になった。F隊の男剣士が向かった以上、多分生きてはいると思うんだが、一応様子を見ておくために、俺は皆の包囲網から抜け出して大部屋の片隅に向かってみた。

 

 そして、この光景に出くわした。

 

 まず視界に飛び込んでくるのは、我らがリーダーのディアベルの姿だ……ただし、うつ伏せに倒れた状態の。

 HPが半分くらい残ってるからちゃんと生きてる……ハズなんだが、その脳天に何故か極太の真っ白いピックがぶっ刺さっているため、どう見ても死体にしか見えない。さっきのボスは接近戦オンリーだったはずなのに、いつ投擲武器攻撃なんて食らったんだ。そして、傍にいる三人はなんで引っこ抜いてやらねえんだよ。意味が全く分からない。

 

 ピクリとも動かない死体モドキのすぐ隣には、助け起こしに行ったはずのF隊の男剣士。線の細い顔立ちをなんともいえない表情にして、ディアベルを見ている。いやだから見てないでピック抜いてやれよ、と思う事しきりだが、この雰囲気的に言えなかった。その隣にいる細剣を持ったF隊の女剣士も、似たような表情で固まっている。

 

 そして、三人の奥で堂々と仁王立ちしているのが、今戦の相棒ことリーナだ。

 会うなり俺を大馬鹿呼ばわりしてきたことからも分かるが、コイツの纏った空気は完全に不機嫌一色に染まりきっている。この祝勝ムードとは正反対の冷え切った空気に、思わず「ただいま、ハラペコ女」と言い返したくなったが、なんとか堪えた。ここで茶々を入れた奴は確実にディアベルと同じようにコイツの足元に転がる、何の根拠もないが、本能でそう感じた。

 

 とはいえ、このまま全員で黙ってても仕方ないので、ひとまず状況把握をすることに。

 

「……おい、そこの二人。何がどうなってこうなったんだ?」

 

 リーナに話しかけるのは地雷を踏むのと同じ意味な気がして、俺はF隊の男女に尋ねてみた。

 幸いにも、俺が話しかけると二人はすぐに再起動した。

 

「え、ああ……えっとだな、俺が助けに行ってポーションを渡そうとしたら拒否られて、さ……愕然としてたら、横からそこの白い人が来てディアベルの身体をヒールピックで滅多刺しにしたんだ。あいつはビックリして逃げようとしたんだけど、彼女に首根っこを掴まれて動けなくなって、そんでトドメに脳天に一発――って感じだ」

 

 ……おかしい。救命行為(多分)のはずなのに、やってることが完全に猟奇殺人のそれだ。ヒールピックをただのピックに置き換えてやったら、HPが満タンでも死んでたような気がする。

 

「……一応訊くが、ヒールピックってのは、名前的に回復アイテムなのか? つうかヒールダーツじゃねえのか?」

「ヒールダーツもヒールピックもインフレーマーからのドロップアイテムだ。ただ、前者は囮から、後者は本体からしか出ない。どっちもヒットしたプレイヤーのHPを回復させる効果があって、回復量に違いは無いけど、ピックは投擲武器だから回収できれば使用回数に制限が無いんだ。ダーツは消費アイテム扱いだし」

 

 そうか、あのクソ兎からはコレが出るのか。今度行ったら乱獲して手に入れてやる。

 

 でも、今はその話じゃねえ。問題は、

 

「なんで、ディアベルはポーションを拒んだ?」

「それは…………」

「……オレが、ベータテスターだからだ」

 

 男剣士が言い淀んだ時、足元から声が聞こえた。

 見れば、今までうつ伏せになっていたディアベルがゆっくりと上体を起こすところだった。リーナが後ろからさりげなく手を伸ばし、頭に刺さりっぱなしだったピックを回収する。

 

「よお、目が覚めたかよ」

「ああ……問題、ない。もう、目は覚めたよ」

 

 俺の問いかけにどこか含みのある言い方でそう応えたディアベルはその場に座り込み、周囲をぐるりと見渡した。いつの間にか他の面子も集まってきてたみたいで、俺たちを囲うようにして立っていた。

 

「なら、二つ訊いていいか。アンタはなんであの時、一人で飛び出した?」

「……ボスにトドメを刺したプレイヤーには、ラストアタックボーナスが入る。それによって出現するレアアイテムが、欲しかったんだ」

 

 ディアベルの告白に、周囲がどよめく。表情が変わってないのは、未だに不機嫌そうなリーナだけだ。

 俺はそれらを無視して、さらに続ける。

 

「じゃあ問二だ。アンタがポーションを拒んだのは、俺等を出し抜いたことに自責の念があったからか?」

「…………そうだ」

 

 ディアベルは力なく頷き、そのまま俯いてしまう。周りの連中もかける言葉がないのか、全員静まり返ってしまった。

 

「……キミは、一護君といったね。ボスを倒してくれてありがとう。キミのおかげで、戦線が崩壊するまえに決着が付けられた。この勝利は、キミのものだ」

「別に礼なんかいらねえよ。俺らはボスを倒しに来たんだ。やるべきことをやっただけだ」

「それでも、皆を護ってくれたことに変わりはない。だから、リーダーを務めた身としてお礼が言いたかったんだ。本当に、ありがとう。

 そして一護君、その剣の腕を見込んで頼みがあるんだ」

「なんだよ」

「━━オレを、斬ってくれないか?」

「ダメ」

 

 ディアベルの突拍子もない頼みに俺らがリアクションするまえに、横からリーナが割り込んだ。手にはまだヒールピックが握られている。

 

「圏外でプレイヤーに攻撃すれば、攻撃側は犯罪者、オレンジプレイヤーになって、街に入れなくなる。一護を、ボスを倒した立役者を、そんな身分に落としたいの?」

 

 氷のように冷たい声音で、リーナは淡々と喋る。

 

「ディアベル、私は貴方が気に入らない。

 アイテムをかっさらおうとしたセコさもそうだけど、何より、その行いを死んで償おうと考えるトコが一番気に入らない。誰一人死んでないのに、自責の念一つでポンと捨てられるほど、貴方の命は軽くないでしょ。それに――」

「リーナ、その辺にしとけ」

 

 長文をまくし立てる相棒を、俺は制止した。リーナは剣呑な目付きでキッと睨んでくる。

 

「ボスを相手に単身特攻なんて無茶をやらかしたバカは黙ってて」

「さっきは立役者って言ってたじゃねえか。誉めるか貶すかどっちかにしろ」

「うるさい、この――」

「……ああ、いや、リーナ君、一護君、済まない。さっきのは冗談だ、せっかく拾った命を捨てるわけにはいかなフゴッ!?」

「「紛らわしい」」 

 

 この流れで冗談だとか言い出したバカ野郎の顔面に、俺とリーナのヒールダーツが命中した。クソ、そこそこシリアスな空気で紛らわしい真似しやがって。

 

「も、申し訳ない。空気を読まなかった。

 ……だが、それならオレはどうすればいいんだ。

 皆を踏み台にして抜け駆けしようとした罪は消えない。そして、罪には罰が必要だ。死がオレへの罰でないとするなら、オレは一体、どうやって皆に償ったらいいんだ……」

 

 今度は真剣だ、そう付け加えてディアベルは肩を落とした。まるで、責められることを望んでいるかのように、力なく弱々しい態度だ。

 

 それは本当に罪人のようで━━俺にはそれが心底気に入らなかった。

 俺はツカツカとディアベルに詰め寄り、襟首を掴んで引きずり上げた。

 

「……死とか罪とか罰とかご大層なこと言ってるけどよ、今のオメーにそんなモンが必要なのかよ」

「……どういう、ことだ」

「さっきリーナが言ったじゃねえか、誰一人死んでねえって。それどころか、オメー以外に誰一人として傷ついてもいねえよ。勝手にしくじった、オメー以外にはな。

 所詮そんなもんなんだよ、オメーのやった『罪』ってのは。それを一々大げさに言いやがって鬱陶しい、自責の念で罪を肥大化させてんなよ」

 

 強い口調で、俺はディアベルに続けて言う。

 

「いいか、オメーは確かにやっちゃいけないことをした。けど、被害は出なかった。未遂ってヤツだ。

 こーゆーとき、どうするべきかなんて、分かりきってんだろ!」

 

 そう言って、俺はディアベルをみんなの前に突き出した。よろめきつつも何とか自分の足で立ったディアベルの頭を掴んで、

 

「セコくてすいませんでしたっ!!」

「ぐおっ!?」

 

 思いっきり下げさせた。

 

 周りが唖然とする中、ディアベルが頭を上げようとするのがオレの手に伝わってきた。放してやると、ディアベルはゆっくりと頭を上げ、皆を見渡してから、もう一度、今度は自分の意思で頭を下げた。

 

「……皆、済まなかった。オレは皆の努力を踏み台にするようなことをしようとした、本当に申し訳ない。

 土下座しろと言うならする、身ぐるみを置いていけと言うなら甘んじて従おう。もちろん、金の分配からもオレは外してくれ。

 だが、一つだけ、身勝手な頼みがある。

 今回のことでベータテスター全員のことを見下げないでほしい。ベータ上がりだからって、自分本意な奴とは限らないんだ。こんなオレが言っても説得力はないだろうが、それでも言いたい。

 スタートガイドを書いてくれたプレイヤーや、はじまりの街で基本スキルのレクチャーのボランティアをしていた団体は、オレとは比べ物にならないくらい、ビギナーのことを考えている。一人でも多くのプレイヤーが死なずにすむよう、少しでも序盤の手助けになるように、と考えているんだ。

 どうか、彼らのような人たちもいることを忘れないで欲しい……」

 

 そう言ってディアベルはもう一度、頭を深々と下げた。

 周りの連中はなにも言わずに黙って聞いていたが、やがて、一人のプレイヤーが前に出てきた。

 

 意外にも、ソイツは、

 

「……頭上げてくれや、ディアベルはん」

 

 あのトゲ頭こと、キバオウだった。

 

「ワイはベータテスター共が嫌いや、そんで、その典型例みたいなことしはったアンタも……正直、まだ許せん。

 せやけどな、少なくともアンタは、ワイらを見捨てへんかった。ワイらを率いて、ボスに勝たしてくれた。まあ、最後にケリつけたんがあのオレンジ頭なんは気に入らんけど。

 はじまりの街でスキル教室やってくれてたあんちゃんたちには、ワイも世話になった。スタートガイドも、ちょいと違ってたけども、役に立った。そして、ワイらがこうして集まって戦えたんは、アンタのお陰や。こんだけ世話になったんや、ベータテスターってなだけで、十把一絡げにすんのは、もう止めるわ」

 

 色々礼を言わなあかん奴がおるけど、まずはアンタからや。そう言って、キバオウはディアベルの両肩に手を置いた。

 

「……おおきにな、ディアベルはん。第一層ボス攻略、お疲れさんでした」

 

 ディアベルの見開かれた目から、涙が一滴、零れ落ちた。

 

 

 

 ◆

 

 

 オイオイと男泣きしだしたディアベルとキバオウを放置して、俺はリーナのところへ向かった。さっきまでの不機嫌オーラがすっかり静まっている辺り、やっと機嫌が直ったのだろう。

 

「……おかえり、バカ一護」

「大バカからバカに格上げされても嬉しくねーよ。バカが余計だっつってんだ」

「反省したらやめてあげる。特に、斬撃を突きで弾くとかいうヘンタイ攻撃について」

「ヘンタイじゃねえよ。ったく口の悪い……あ、そうだ」

 

 軽口を交わしていた俺は、ふと思いだし、F隊の男剣士に向き直った。

 

「ボスのフェイント、教えてくれてありがとな。おかげで避けられた」

「え? ああ、大したことじゃないさ、瀕死だったとはいえ初見のボスを単独撃破した、なんて快挙を成し遂げた、あんたに比べればな。

 それに、多分だけど、俺が警告しなくても避けられただろ?」

「さーな、終わっちまったからわかんねえよ」

「嘘つけ、ちゃんと太刀筋を見切って目で追ってたクセに。

 ところであんた、えーと……」

「一護だ」

「一護、ラストアタックボーナス、なんか出たのか?」

 

 そう言われて、俺はボスを倒した直後に出た一枚ウィンドウを思い出した。

 

「ああ、そういやなんかアイテムが出てたな。確か…………これだ。『コートオブミッドナイト』って防具だ」

 

 アイテムボックスの一番上にあったそれは、確かにラストアタックボーナスとして手に入れたと表示されたアイテムだった。

 試しにと思い装備してみると、真っ黒いコートが実体化した。卍解のときのヤツと違って分厚く重そうな見た目をしているが、腕を動かしてみると、思いの外動きやすい。剣を振るのに抵抗にはならないだろう。

 

「そいつには確か、敏捷力にけっこうなプラス効果が付いてるはすだ。序盤の防具の中じゃ、かなり良いものらしい」

「へー、そりゃラッキーだ。

 にしてもアンタ、ボスの武器が変わってるのに気づいたり、フェイントなのを知ってたり、ずいぶん詳しいんだな。アレか、ディアベルと同じベータテスターってヤツか」

「……ああ、そうだ」

 

 少し躊躇する素振りを見せたが、男剣士は素直に肯定した。やっぱり、ベータ経験者ってのは、明かしたくないもんなんだろうか。ゲームの中なのに格差を気にしなきゃなんねえとか、面倒くせえな。

 

「まあ、なんだ。そんなに気にすることもねえんじゃね? アンタが経験者ってのをひけらかすことさえしなきゃ、どうにでもなんだろ」

「軽く言ってくれるなあ、お前。あと、俺はキリトだ。アンタじゃない」

「そうかよ。じゃあキリト、一つ訊くが、ベータテスターってのは、滅多にいないもんなのか?」

「ベータテスターは全員で千人ってところだ。全員ログインしていると仮定すると、プレイヤーのうち十人弱に一人がベータ経験者って計算になる」

「十パーセント強ってとこか、多いんだか少ないんだか……」

「……ねえ」

 

 俺がキリトと話していると、横から女の声が聞こえた。一瞬リーナかと思ったが、当の本人は俺の横でステータス欄か何かを無言で弄くっているから、違うようだ。

 声のした方を見ると、声の主はF隊の女剣士だった。遊子より少し暗いくらいの長いブラウンの髪に、色の白い顔をしている。腰にはレイピア、細剣を装備していた。

 

「あなた、本当に未経験者?」

「ああ、そうだ」

「嘘。未経験なのに、始めて一月であんな突きが片手剣で出来るとは思えない。高速で動く相手の武器に刺突を当てるなんて、突き技が主体の細剣でも相当難しいはずのに」

「やろうとしないだけじゃねえの? 見切りと剣のコントロールを覚えりゃアンタだって――」

「アスナよ」

「アスナだって出来んだろ。俺だって、今回で二回目だぜ?」

「どういう戦い方してるのよ、あなた……」

 

 呆れた、とでも言いたげな表情を浮かべるアスナ。初対面なのにずいぶんな言われようだな、リーナといいコイツといい、このゲームの女プレイヤーは遠慮ってものをしないな。

 

「おーい、そこの四人! 置いてくぞー!!」

 

 エギルの呼び声に、俺達はそろって部屋の中央へと向いた。いつの間にか本隊の皆は撤収の用意を整え、奥の第二層へと続く扉へと向かっていた。

 

「だとさ。リーナも、ステータス弄ってねえで、とっとと行くぜ」

「お腹減った」

「昨日トレードしたベーコンでも食ってろ」

「もう無い。お腹減った」

「……この大食い女が……」

 

 仕方なく非常食として備蓄してたバケットサンドを放り投げてやりつつ、俺達は揃って本隊へと歩いていった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

今回は攻略戦のシメと言いますか、ボス討伐後のゴタゴタを書きました。ちょっと短めです。
ディアベルさんには生きてもらいました。レアドロップ品かすめ取ろうとしたくらいで死んでたら、リソースの奪い合いが日常茶飯事のこのゲームじゃ、命がいくつあっても足りませんしね。一護に叱られて猛省してもらいました。
彼にはこの先、やってもらいたいこともありますし。

あと、次話で一章終了です。短いですが、序章的な扱いなので。
二章からはもう少し話数が多くなると思います。

次回、一護以外の視点が登場するかもしれません。苦手な方はご注意下さい。
次の更新は明日十時を予定しております。

11/7 22:34
誤字まみれなことに気づきましたorz
目についた箇所は訂正しましたが、もし発見しましたら、お手数ですが筆者に教えていただけるとありがたいです。

11/24 15:16
ベータテスターの比率を間違えていたのを修正しました。


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Episode 5. The dianthus and the strawberry

お読みいただきありがとうございます。

第五話です。

今回は前半にリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願いいたします。


〈Lina〉

 

 第一層ボス討伐の報せは、瞬く間に広まった。

 

 一護がゲートをアクティベートして僅か十分後、第二層の主住区はすさまじい数のプレイヤーで埋め尽くされた。新しい街の散策を楽しむ人、早くも迷宮へと向かっていく人、売れる情報はないかと奔走する人で、夕方の街は一気に人々の熱気で満ち溢れた。

 

 中でも、今私がいる中央広場の活気は異常だった。

 多くの出店が並ぶ中、今回の攻略戦に参加したメンバーやそれを労いに来た職人クラス、記事を作ると言ってインタビューの真似事をする情報屋でごった返し、大規模な宴会になっていた。

 

「おーいこっち! エール二つー!!」

「炭焼きチキン串、おっ待ちー!」

「第一層攻略祝いに、ワインいかがですかー?」

「成る程、トドメとなったのはその剣士の猛攻だったと。では、その時の攻防について詳しく……」

 

 そんな人たちの喧騒を横目に、私は広場の隅のベンチに腰かけていた。目立たないようにローブのフードを目深に被り、手元に確保した大量の料理を摘む。今日はディアベルが大量の宴会料理を調達してくれている。「今日はオレの奢りだ、皆存分に食ってくれ!」と豪語していたので、御言葉に甘えて大皿四枚に山盛りに取ってきた。デザートもあるみたいなので、後でお代わりしにいこう。

 

 ローストビーフっぽい真っ赤なお肉を三切れまとめて口に放り込みながら、私は今日の戦闘を思い出していた。

 

 死者はゼロ、各隊の連携も良好。

 ボスの装備が事前情報と違ったのには一時混乱したが、ディアベルが欲を出さなければ、一旦部隊を後退させて再編成する余裕はあったはず。それぐらいの指揮能力が彼にはあったように思う。

 

 こうして振り返ると、特に敗走の危機になり得る要素は見当たらない、十分に想定内の戦闘だったと言えると思う。

 

 ただ唯一、予想外だったのは、

 

「……一護……ベータ未経験者なのに、あの動き。彼は一体…………?」

 

 私のパートナーの驚くべき戦闘能力の高さだ。

 

 一護自身も言っていたが、彼は確かにベータ未経験者だと思われる。

 攻略会議での啖呵から彼がベータテストの存在すら知らなかった可能性が考えられるし。持っている装備からも推測できる。

 彼が振っていた直剣は第一層の迷宮区一歩手前にあるNPCショップのもの。確かに威力はほんの少し高いものの耐久値は低くそのクセ高額。ビギナーなら少しでも高威力のものを求めて買ってしまいがちだが、ベータ経験者なら値段のわりに合わないことは誰でも知っている。防具も性能やレア度に統一性がなくてチグハグ。特定パラメータ特化とか、バランス重視とか、やり込んだゲーマーなら誰しも持つプレイスタイルのようなものが一切感じられなかった。

 

 それなのに、ボス戦で見せた動きは驚異的だった。

 

 そこらのベータテスターでは歯が立たないであろうレベルの体捌きや反射神経。

 状況に応じた的確なスキル選択。

 そして、巨大なボスを単身で相手取っても全く臆さない度胸。

 

 斬撃に刺突を合わせたり、蹴りで太刀筋を捻じ曲げたりという出鱈目な闘い方は見ていて心底驚いたが、不思議と危なっかしさは感じなかった。まるで、今までずっとそうしてきたかのような戦い方は、一か月やそこらじゃ到底身に付かないような安定感を持っていた。

 

 おそらく、他のVRMMOゲームでのプレイ経験か現実世界での格闘技、あるいは(彼の悪い目つきから考えて)ケンカの実戦経験が豊富なのだろう。それも、平均よりはるかに高いレベルでの。そうでもなければ、あの身のこなしの鋭さや攻撃の容赦の無さは説明できないと思う。

 

 でも、その経緯は今は捨て置く。私が目を付けたのは、彼の『装備はビギナーなのに立ち振る舞いは戦いに慣れた強者のそれ』という在り方。

 それは、私が求めていたベストな相棒(パートナー)そのものだった。

 

 私はベータテスターの一人として、こうして最前線に出てきている。生きて帰って、何の変哲もない私の日常をぶち壊してくれた忌々しい茅場晶彦(クソインテリ)をこの手で殴り倒すために。そしてそのためには、誰かがクリアしてくれるのを待っていてはいけない。自分の力で生き延びて、自分の足で迷宮を踏破し、自分の手でボスを打ち倒さなければ。そう思い、独りで高みを求めて攻略に邁進してきた。

 

 しかし同時に、独りでの攻略に無理があることを感じてもいた。

 スイッチができるだけで攻略の幅は格段に広がるし、役割分担を行うことで、ソロプレイヤーである場合に欠かせない『ステータスのバランス意識』を過剰に気にする必要がなくなり、自身のステ振りに明確な方向性を持たせることが容易になる。意見の食い違いや経験値の分散、大所帯故の行軍速度低下などのデメリットが大きいためギルドに入る気はないが、一人くらい、私と相性がいいバトルスタイルのプレイヤーがいたら、と最近の攻略で感じることがあった。

 

 そして、私の理想を満たす、彼と出会った。

 

 初の攻略戦に出てくるという、攻略意識の高さ。

 私と同じ、機動性を活かした立ち回り。

 手数重視の私に欠けている、一撃の威力重視の攻撃。

 

 そして、私が彼と組むことで、互いにメリットがある。

 

 彼は私にその戦闘力を、そして私は彼にMMOのノウハウを、それぞれ与えられる。

 幼少期からネットゲームに明け暮れていたおかげで、レベル上げ、スキル構成、武器選びに至るまで、一通りのコツは掴んでいる。彼自身は強いが、そういったステータス面でのロスが大きいように思う。闇雲にプレイするだけでは、いかに技術に長けていても、いつかはステータスという数字の暴力に屈してしまう。そうならないために、私の知識は彼に有用であると思う。ただ強いだけならベータテスター含めて何人か当てはあるけど、そういった知識面に欠けているのは一護しかいなかった。

 

 ちょっと押しつけがましい気もするけど、でも悪い話ではないと思う。

 

『強くなれる奴が強くなって、俺等はそれを手本に追い越しに行きゃいいだけの話だろうが』

 

 攻略会議の場で、彼がそう言っていたのを思い出す。私が彼の『手本』になれるかは分からないけど、彼が強さを求めるのなら、私にはその手助けができる。

 交渉の余地は十分にある。後は一護次第だ。この喧しい宴会の中でそんな話をするのも嫌なので、ここから北西にいったところにある噴水のところに来てもらおう。彼が乗ってくれるといいんだけど。

 

「……と、その前に」

 

 取ってきた料理も食べきったし、デザートを取ってこなきゃ。

 

 空になったお皿を重ねて持ち上げて、私は喧騒渦巻く宴会会場へと戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………ということで、一護、私とコンビを組んで欲しい。暫定じゃなく、このゲーム攻略のための」

 

 第一層ボス討伐祝いの宴会からの帰り道、リーナに呼び出されてやって来た小さな噴水の前で、俺はそう言われた。

 

 相変わらずの無表情のままリーナが言うには、俺のネットゲーム慣れしていない部分を自分の知識と経験で補うかわりに、迷宮区攻略に俺の力を貸してほしい、ってことだった。ソロでやっていくにはキツイけど、二人いれば役割を分けることができる。自分の能力を特化させて、より一点で強くなれる、彼女はそう言って俺を誘った。

 

 悪い話じゃ、ないとは思う。

 確かに俺はこういうゲームには不慣れだし、コツを教えてもらえるのはありがたい。強い武器とかの在り処も知りてえし、欲しいスキルの取り方も見過ごせない。

 

 断る理由は、見当たらない。

 けど同時に、俺には一つ、疑問があった。

 

「なあ、お前、本当に俺とコンビ組む必要あんのかよ?」

「あるから頼んでる」

「そうじゃなくて、何もカッチリコンビ組む必要もねえんじゃねえかって言ってんだ。本当にキツイクエストとか、ボス攻略の時くらいで良くねえか? お前みたいに知識も経験も豊富で、自分を強くしていきたいってんなら、一人のほうが効率いいんじゃねえか? 別にお前と組むのがイヤってわけじゃねえけど、何となく、そう思った」

「……確かに。普通にレベル上げをするだけなら、私一人でもやっていける」

 

 けど、それじゃダメなの。そう言って、リーナは腰掛けていた噴水の縁から立ち上がった。弾みで被っていたフードが脱げ、真っ白い髪が街灯の明かりを反射して眩く光る。

 

「普通にレベルを上げてたら、普通の強さしか手に入らない。それじゃ足りないの。私が望むような力を手にするには、他の人と同じことをしてるわけにはいかない」

「……お前、なにをする気なんだよ」

 

 思いつめたような、どこか危なっかしい表情を見せるリーナに、俺は真剣な声で問いかけた。

 

「一護は安全マージンって言葉、知ってる?」

「確か、ここまでレベルがあればそうそう死なないライン、のことだっけか」

「そう、このゲームにおいて、レベル上げの狩りの際には必ず安全マージンを取る。蘇生方法がない以上、それが当たり前。

 ……でも、私はそれを放棄する。現段階で戦える一番厳しいレベルの戦闘に飛び込む。格上との戦闘で、大量の敵との乱戦で、自分の戦闘技術と経験値を稼ぐ」

「……お前、そんなにまでして、強くなりてえのかよ。なんで、そこまで自分を追い込んでんだ」

 

 俺がそう訊いた瞬間、リーナの目が一気に険しくなった。涼やかだった翡翠の瞳に、怒りの炎が灯ったように見えた。

 

「……このゲームは、茅場晶彦は、私の世界を変えた。変えてしまった。現実のことを話すのはタブーだけど、今なら言える。

 私、病気で寝込んで中学を一年留年してて、やっと今年高校に入ったの。お父さんやお母さん、周りの人にいっぱい迷惑をかけた。だから、その恩を返したくて、学校でずっと頑張ってきた。

 だけど、誕生日祝いにこのゲームを買ってもらって、家族三人でログインするはずだったのに、私だけ先に行っておいでって言われて、そして、私がログインした五分後に、この世界から出られなくなった。

 あの時、現実世界の中継映像が流れたでしょ? その中に、私の姿があったの。病院のベッドに寝かされてる私と、その隣で泣いてるお母さんとお父さんが映ってた。あの優しい二人を泣かせちゃって、すごく申し訳なくて、涙が止まらなかった。でもそれ以上に、その原因を作った、茅場晶彦が憎くて憎くて仕方なくなった。私の優しい世界を、こんな仮想(ハリボテ)の世界に塗り替えたあの男を、殺したいくらいに私は憎悪した。いつか必ず、目に物見せてやる、そう決心した。

 だから、私は強くなる。

 強くなって、強くなって、この世界の何もかもを叩き壊せるくらいに強くなって、百層のボスを、茅場が作った世界の主を殺す。茅場が心血を注いだという、あいつの現身のようなこの世界を、私がこの手でぶっ壊す! そして、必ず現実に返って茅場晶彦を殴り倒す! それが叶う強さが身に付くというのなら、私はなんだってできる!!」

 

 すっかり暗くなった人気のない噴水広場に、リーナの大声が木霊した。まるで、この世界に飲み込まれていくかのように、残響が消えていく。

 息を弾ませるリーナが落ち着いてから、俺は静かに質問を重ねた。

 

「……わかってんのか、リーナ。安全マージンを捨てるってことは、一歩間違ったらすぐやられちまうような地獄に行くってことだぜ? 負けたらもう、生きて現実(アッチ)には戻れねえぞ」

「勝てばいいだけの話でしょ」

 

 すっぱり言い切ったリーナを見て、俺はコイツのイメージを改めることになった。

 

 コイツは第四十刃(ウルキオラ)なんかじゃない。アイツみてえな冷めた表情をしてても、その翡翠の瞳の奥には想像以上の激情が宿ってる。大の男でも気圧されちまうような迫力が、今のリーナにはあった。

 けど、俺がそれを見て感じたのは、感心でも驚愕でも、ましてや恐怖でもない。

 

 ただ、懐かしかった。

 

 似てるんだ、どうしようもなく。

 死神の力を手にしたばかりの、俺に。一人の恩人を救うために仲間と一緒に敵の本拠地に乗り込んだ、十五の俺に。

 

 自分の世界を変えてくれた人を助けるために強くなった俺。

 自分の世界を変えちまった人を倒すために強くなろうとするリーナ。

 

 境遇は少しばかり違うかもしれない。持ってる感情(モン)も別物だと思う。

 

 けど、その向こう見ずな自信だけは、俺と似ていた。

 

 だから、

 

「……上等じゃねえか」

「……え?」

 

 かつての俺によく似たコイツに、俺は右手を差し出した。

 

「手伝うぜ、お前の地獄行き。二人で強くなって、この世界をぶっ潰して、そんであの赤ローブをぶっ飛ばしにいこうじゃねえか」

「……いい、の?」

「そう言ってんだろ。お前から頼んできたクセに何言ってんだよ。

 実際、俺もアイツが気に入らねえんだ。お前みたいに重たい理由の持ち合わせはねーけどよ、何の罪もない連中を自分の身勝手で閉じ込めたその卑怯さが、俺には我慢ならねえってだけだ。

 絶対にこのゲームを生きて終わらせて、アイツをぶん殴る、このゲームに閉じ込められて、俺はそう決めたんだ」

 

 目的の一致ってヤツだろ。そう言って、俺は差し出した右手の掌をリーナに向ける。

 

 リーナは俺の掌と俺の顔との間で数度視線を彷徨わせていたが、やがて自分も右手を差し出して、俺の手に重ねた。

 

「……一護。改めて、よろしく、ね」

「ああ、こっちこそな」

 

 そう言うと、リーナは少しだけ笑顔を浮かべた。本当に淡い微笑で、でも確かに笑っていた。真っ白い肌に、ほんの少し、朱が差したように見えた。

 

 このゲームに囚われてから一か月。俺とリーナは今日この瞬間に、臨時ではない、本当のパーティーを組んだ。面子はたった二人だが、不安は欠片もなかった。コイツなら、きっと本当に強くなるし、俺ももっと強くなれる。根拠もなく、俺はそう思えた。

 

「ところで、一護。一つ頼みがある」

「なんだ」

「明日の朝ごはん、例のバケットサンドがいい。売って」

「それ今言うか普通。さっきまでのいい雰囲気が台無しじゃねーか」

「え、雰囲気とか気にするの? 意外」

「……ホント、口のわりー奴」

 

 ……ただ一つだけ、コイツといると食費が嵩みそうなのが気がかり、なんだけどな。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

前話以上に短くなってしましたが、第五話でした。
そして、第一章はこれにて終了です。読んでくださり、本当にありがとうございました。

※11/7 14:50
文の流れがおかしかったのでリーナの台詞を一部修正しました。申し訳ありませんでした。

11/12 20:34
再度加筆修正を行いました。

この章のタイトルは、51巻の銀城の台詞から取ったものです。この一文を読んで、筆者はこの小説を書こうと思い立ちました。
ちなみに、今回のサブタイトルにある"dianthus"は撫子のことです。これをBLEACHでよく見かけるスペイン語に訳すと"clavelina"となります。リーナの名前はこの単語の後ろから取りました。白髪翠眼と外見は奇抜ですが、大和撫子らしい彼女の芯の強さを書いていけたらと思います。

書き始めてまだ五話目。未熟な点も数多くありますが、今後とも精進して参りますので、どうぞよろしくお願いします。

次章からは週二投稿となります。詳細な日時は活動報告にて。

次回から一護とリーナの戦いの日々が始まります。二人には安全マージンかなぐり捨てて頑張ってもらいますので、楽しんでいただけると幸いです。

次の更新は、来週金曜日の十時頃を予定しております。



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Chapter 2. 『想う力は鉄より強い』
Episode 6. Die Hard’s Daily Life


お読みいただきありがとうございます。

第二章、開始です。

宜しくお願い致します。


 宝箱。

 

 文字通り、お宝の入った箱のこと。

 

 ゲームの中じゃ、通貨とか消費アイテムとか、偶にいい装備が入ってたりする重要な要素であり、ダンジョン攻略の楽しみの一つでもある。

 

 今、俺の目の前にある金色の小さな箱も、その一つだ。

 

「リーナ、どうだ?」

「……ん、当たりっぽい」

「ったく、やっとかよ……で、当たりの程度はどんなモンだ?」

「二等賞」

「上等だな」

「だね」

 

 『解錠』と『索敵』の複合スキルである『解析』を使っていたリーナと言葉を交わしつつ、俺は周囲を見渡す。殺風景な灰色の壁面に、燭台の朱い灯火が頼りなく揺らめいていた。

 迷宮区の東端にあった石造りの遺跡。その中の一番奥の部屋に俺たちはいる。出入り口は入ってきた扉一つで、窓はない。部屋の形状は一辺が十メートル強の正方形、障害物は無し。そして部屋のど真ん中に、金色の宝箱が置かれていた。

 

「……じゃあ、開ける。一護、準備はいい?」

「おう」

 

 リーナは宝箱の鍵穴の辺りでゴソゴソと手を動かして、ロックを解除。そのままスッと蓋を開いた。

 

 途端、凄まじく耳障りな警報音(アラート)が大音量で鳴り響き、同時に出口が閉じた。

 

 さらに、蛮刀を携えた狼頭の神官が、俺たちを取り囲むようにズラズラと出現した。全く同じ見た目のモンスターが狭い部屋の四方を埋め尽くす光景は、中々迫力がある。いつの間にか赤黒い色へと変貌していた灯火が、イヤな雰囲気を加速させていた。

 そう、宝箱に入っている物は、プレイヤーに得なものばっかじゃない。罠だって当然ある。その中でも最悪の部類に入るトラップ『モンスターハウス』に、俺たちは引っかかったんだ。

 

 俺たちの、望み通りに。

 

「獣人系神官モンスター『ファラオソルジャー』、レベル29、数は二十体。まあまあね」

「ああ、せっかくこんな陰気くせえトコまで遠征してきたんだ。こんぐらい出て来てもらわなきゃ困るってモンだ」

 

 俺は背負っていた曲刀『グローアーチ』を抜き、肩に担ぎつつ腰を沈める。背後でリーナが短剣『スプリント』を抜剣する音が聞こえた。

 最後に周囲をぐるりと見渡して、これ以上モンスターが湧かないことを確認してから、俺たちは背中合わせになり、

 

「んじゃあ、いつも通りに……」

「うん、全員まとめて……」

「「叩き斬る」」

 

 同時に突撃した。

 

 俺はソードスキルを起ち上げつつ前方の敵に肉薄、手にした蛮刀が振るわれる前に、

 

「遅えっ!!」

 

 一気に間合いを詰めて赤く光る刃を胴に叩き込んだ。血のような色のエフェクト光と同時に『Critical Hit!』の文字が明滅し、相手のHPがゴリゴリ減っていく。

 

 発動直後に地を這うような低姿勢で高速ダッシュ、肩に担いだ刀身を地面に叩きつけるように振り下ろす曲刀用突進技《タイガークロウ》だ。突進距離が短い代わりに初速が速く、クリティカルも出やすいため俺の一撃目の定番スキルでもある。

 

 横から飛んできた別の神官の刃を首を逸らして避けた俺は、眼前で死にかけている神官の襟首をひっ掴み、こっちに押し寄せようとしていた群れの方へ放り投げた。

 投げられた神官は、そのまま空中でHPが尽きて爆散。それに驚いたらしい連中の突撃の気配が消えた。それを視界の隅で確認しつつ、投げの反動を利用してさらに別の神官に斬りかかる。

 

 やや大ぶりな軌跡で繰り出された斬り下ろしを力任せに弾き、俺はそのまま曲刀を脇構えに持っていく。相手の第二撃が振るわれた瞬間、俺の水平斬りがカウンター気味に繰り出され、神官の腕を斬り飛ばした。

 が、俺の攻撃はまだ終わらない。振りきった刀身が高速で跳ね上がり、体勢を崩した神官を✕を描くようにして斬り殺した。

 

 相手の攻撃モーション発動プラスマイナス1秒の間に初撃を当てることで、追加の二連撃を繰り出せる三連続技《エクステンドエッジ》。俺が持っている唯一のカウンター技は、残り七割だった敵のHPを余裕で削りきっていた。

 

「リーナ! 五秒後きっかりにスイッチ、いけるか!?」

「当然」

 

 ソードスキルを使わずに次の敵と斬り結んだ俺が叫ぶと、向こうの方から冷静な声が返ってきた。あっちも上手くこなしているようで何よりだ。袈裟に振るわれた蛮刀を躱しつつ、俺はスイッチのタイミングをカウントする。

 

「……二、一、今だ! スイッチ!!」

 

 その瞬間、俺はその場から大きく後退、狼神官から距離を取った。半秒遅れで追撃しようと足を踏み出した神官だったが、

 

「スイッチ」

 

 遠くから弾丸のような速度の突撃拳打(ダッシュパンチ)《ブレット》で突っ込んできたリーナによって、一気に壁に激突、そのまま砕け散った。危なげなく着地したリーナのスキを狙って、背後から二体の狼神官が斬りかかろうとする。

 

「遅えって、言ってんだろ!!」

 

 俺は跳躍して単発刺突技≪エル・ファング≫を発動、一体の顔面をブチ抜いてHPを半減させつつその場から引き剥がした。そのまま夜一さんの見よう見まねで空中廻し蹴りを放ち、二体目の奴の蛮刀の軌跡を逸らす。

 

 その直後、リーナの短剣による逆手三段突き《クイックビンゴ》が全ヒット。そのままあっさり撃沈させた。体勢を立て直して向かってきたもう一体は、俺の横蹴り《水月》で腹部を貫かれて、断末魔を上げる間もなく死んでいった。

 

「なんだよ、ズラズラ出て来ておいて、歯ごたえのねえ連中だ」

「そんなことはない。狼の肉は一般的に繊維質で噛みごたえがある。食べればわかるはず」

「食ったときの話はしてねえよハラペコ女。なんでいちいちメシに結びつけんだオメーは」

「むしろそれ以外になんの話をしろと? もう三時間もなにも食べてないからお腹減ったの」

「……燃費悪すぎだろ、マジで」

「そういえば、今日中央広場に新しいスイーツの出店がオープンするって情報があった。一護、帰ったら奢って」

「やなこった。オメー絶対際限なく食うだろ。俺の破産が確定するじゃねえか」

 

 無駄口を叩きながらも、俺たちの視線はまだ半数以上残っている敵に向いている。これだけ同胞を殺されても連中の動きは相変わらず鈍いまま、いや、むしろ遅くなっているようにすら見える。

 

「神官モンスターは火力が高い反面臆病で、味方を虐殺されるとビビッて近寄ってこなくなる。経験値稼ぎにはもってこい」

「ムチャクチャしてくる人形系(ゴーレムタイプ)とか、我先に突貫してくる戦士(ウォーリア)モンスターとは雲泥の差だな」

 

 四肢が飛ぼうが首が落ちようがあらゆる方法で攻撃してくるマネキンに似た人形モンスターや、連携関係なしに殺到してきた武装ヒゲ面軍団を思い出し、俺は少しげんなりする。

 特に戦士モンスターだけが詰まったモンスターハウスに入ったときは、流石に二人して「死ぬかも」と本気で考えてしまうくらいにHPを削られた。苦労した割にはアイテムはショボかったし経験値も大して高くなかった。出来ればもう遭遇したくねえ連中だ。

 

 思い出したイヤなことを頭を振って追い出し、曲刀を正眼に構える。視界の隅に表示された時間は、もう夕方の5時になっている。一昨日の朝からずっと潜りっぱなしで、流石に精神的に疲れた。これを片付けてとっとと帰りたい。流石にインスタント以外のメシが食べたくなってきたしな。

 

「同感、特にスイーツを所望する」

「……まだなんも言ってねえよ」

「インスタント以外のご飯が食べたいって思ったんでしょ」

「エスパーかよ」

 

 パートナーを組んでから二か月弱経つが、コイツの勘が日に日に人外じみてきてることに、ちょっと恐怖を覚える。今何かレア食材でも拾ったら間違いなく見抜かれそうだ。気を付けよう。

 

「とにかく、コレ片付けたら街に帰ろうぜ。金もガッツリ貯まったことだし、久々にいいメシ食ってもバチは当たんねえだろ」

「超賛成」

 

 大きく頷いた相棒と一度目を合わせ、俺は再び連中のど真ん中目掛けて駆けだした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 記念すべき第一層攻略の日の翌日。

 

 正式にパーティーを組んだ俺たちが一番最初にやったこと、それは狩りではなく、ステータスビルド及びスキル取得の方向性についての長い長い話し合いだった。今までネットゲームにかなりの時間を費やしてきたというリーナの主導で、俺たちの間で色んなことが決まっていった。

 

 まず、役割分担について。

 二人しかいないため、そんなに複雑なことはなかった。戦闘中は、主に俺がタフネスを活かして前衛、リーナがヒットアンドアウェイで支援。移動時は逆にリーナが前に出て索敵、俺は戦闘中の消耗を回復しつつ、敵にエンカウントした時に飛び出すために備える。リーナに言わせればごく典型的、ということだった。

 役割が決まれば、自ずとステータスも決まってくる。リーナは敏捷重視、つまりDEXとAGIを中心に、俺は筋力重視、つまりSTRとVITを中心に上げる。しかし、軽装による機動力を活かした連続的スイッチをパーティープレイの主体とするため、俺はある程度筋力を削って敏捷もバランスを取りつつ上げておくことにした。この辺は攻略を進めて行って、プレイに支障がないかを確認しながら手探りでやってくしかないだろう。

 

 問題は武器、そしてそれに準ずるスキルの選択だった。

 リーナはともかくとして、俺は盾役を担う以上、短剣みたいな軽い武器を使うわけにはいかなかった。理想としては盾プラス片手武器らしいんだが、盾は扱ったことがないためどうも勝手がわからない。

 機動性を損なわず、かつある程度重量と火力のある武器種がないか、考えた結果、俺は曲刀を選んだ。正確には、曲刀スキルを鍛練することで派生するエクストラスキル『カタナ』を習得するのが目的だが。

 リーナの『極秘情報』によれば、この『カタナ』スキルはプレイヤーのステータスビルドによって、習得できる中級以上のスキルの内容が異なるのだという。敏捷性と筋力の内、前者重視のプレイヤーなら居合い斬りや乱れ斬りといった攻撃速度重視のスキルが、後者重視なら溜め斬りや突進斬りなどの一撃の威力重視のスキルが習得できる。また、カタナは現在判明している武器種の中で最もクリティカル率が高い。派生前の曲刀もそこそこ高いんだが、カタナには及ばない。重量に関しても、軽い居合刀ではなく重い太刀を持てば、前衛も十分にこなせるそうだ。

 以上の情報から、高クリティカル率と筋力重視による与ダメージの高さを活かして、俺は前衛をやっていくこととなった。天鎖斬月ほどの高速乱撃は出来そうにないが、瞬歩もないこの世界だ。ワガママを言ってる場合じゃない。

 

 それに、これは俺自身の技術の鍛練にもなる。

 俺の卍解の能力は高速戦闘。小さな刀一本に強大な力を凝縮することで手に入る、圧倒的な速力が強みだ。必然的に、戦い方はスピード特化で手数重視の乱打戦が主体になっていった。

 けど、いくら斬魄刀の能力(ちから)は凄まじくても、基礎の剣術技能に関してはまだまだ未熟な部分がある。

 以前、恋次と木刀試合をしたときには、普通に一本取られて負けちまった。何でもありの実戦ならともかく、こと剣術のみに絞って言えば、何十年の鍛練を積んだ恋次の地力が勝るのは当たり前、後で夜一さんにそう言われた。

 だから、これはいい機会なんだ。俺の戦い方は卍解のスピードを活かした連撃、と言えば聞こえはいいけど、悪く言っちまえば、ただ能力に頼って闇雲に刀を振り回してるだけ。だから、移動スピード全開で飛び回るんじゃなくて、攻撃に緩急をつけることで敵のスキを誘い、そこで一気に速力を上げて斬り伏せる練習をする。

 斬月のないこの世界で、そういう「狙い澄ました一撃で仕留める」剣術スタイルを俺は磨いていくことにした。

 

 そう決めたとなると、選ぶスキルも当然変わってくる。

 俺は盾を持たない以上『武器防御』スキルが必須になるし、生命力で劣るリーナは『軽業』という回避性能と武器の取り回し性能の向上効果のあるスキルで、敵の攻撃を避けやすくする必要がある。機動力を活かすには移動速度向上の『疾走』スキルが要るし、安全マージンが無い中で戦うなら自動回復効果をもたらす『戦闘時回復』スキルも欠かせない。この両スキルに関しては二人とも取っとくことになった。

 加えて、移動中はリーナが周囲の警戒に当たるために『索敵』や『暗視』といったサポートスキルが必要になり、対して俺はいつでも前線に出られるよう、HP回復やバッドステータス消去の速度が上昇する『瞑想』や、エンカウントした際に敵のヘイトを集める『挑発』の習得が義務になった。

 

 さらに、第二層で偶然習得した『体術』スキル(クエストでカスアイテムしか出ず、八つ当たりで俺が殴ったその辺の大岩が習得クエストの破壊対象だったため、その存在が偶然発覚。スキル習得のために、と言うよりもNPCに付けられたウザいヒゲのペイントを消すために、丸三日かけて岩を殴り壊したイヤな思い出がある)や『軽金属装備』スキル(一応ガントレットや篭手は必要ということで習得。新しい卍解のコートにも装甲が付いてたしな)が加わり、俺たちの装備スキルの内容は確定していった。

 

 その次に決めたのは、どうやってレベルを上げていくか、ということ。

 闇雲にフィールドを駆けまわっても効率は良くない。いかにして経験値の高い敵を多く倒すか、それが重要だった。だが、『そこまで強くないのに経験値がいい』、いわば穴場と呼ばれるスポットは、いずれ多くのプレイヤーによって狩り尽くされ、枯渇してしまう。

 それを避けるには、あの夜リーナが言っていたように、安全マージンを無視するのが一番手っ取り早い方法だった。常に最前線に籠り、同レベル帯、可能ならばそれ以上の敵が湧く地点を狩りの拠点にする。そうすることで、他のプレイヤーと狩場が重複する確率を減らしつつ高い経験値を持った敵と交戦でき、安全マージンを取った場合や混み合う人気の狩場を取り合った場合よりも高い効率で経験値を得ることができた。

 さらに、やたらに強い敵が出ると分かっている区画や、逃げ場の無いなかで大量のモンスターが湧き出てくる部屋、みたいなプレイヤー殺しのためのゾーンなんてのも存在し、一部は街の掲示板に危険地帯として張り出されている。イベントでもない限り、死んだら終わりのこのゲームで、そんなところにわざわざ突撃するような十一番隊みたいな連中はここにはおらず、現にここ二か月間、俺たちがそういう「危険フィールド」近くで会った他のプレイヤーの数は十人にも満たない程度だ。ここは荒らし回ろうがなにしようが、誰も来ないので誰にも文句は言われない。HPバーが二日に一回は赤くなるという地獄さえ我慢すれば、危険地帯はある意味最高の狩場だった。

 

 そうやって俺たちは敵を狩り続け、スキルを磨き、たまに行われるボス攻略に顔を出しながら、ひたすらに自分の腕を磨いていった。全ては解放の日のため、生きてここから出て、茅場晶彦をブン殴るために。

 

 そして時は流れ、今は一月末。攻略の最前線は19層になっていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ラストぉ!!」

 

 動きが鈍くなるどころか、じりじりと後退し始めた狼神官の最後の一体に、俺の《タイガークロウ》が直撃した。茜色の閃光が深々と喉元を食い破り、弱弱しい唸り声と共に神官が消滅する、

 と同時に部屋の出口が開き、手元には討伐完了を表すリザルトウィンドウが表示された。

 

「ふう、終わった終わった。つうか斬った斬った、って感じだ。結構疲れたな」

「碌に抵抗しない神官を滅多斬りにしてただけでしょ」

「オメーがレベル上がったからとか言ってバックレてからは、全部俺一人で斬ったんだよ! つうかオメーも体術スキルで一方的にブン殴ってたろーが。戦闘中なのに納刀しやがって、調子に乗って大ケガしても知らねえからな」

「舐めプって、一回やってみたかったの。後悔はしてない」

「自分と同レベル相手に舐めプってオイ……俺が言えたことじゃねえけど、しくじったら死ぬぞそれ」

「いつものこと。それに、相手の攻撃に当たらなければ、どうということはない」

 

 済ました顔でレベルアップによるステ振りを続けているリーナを見て、俺はため息を吐いた。

 格上との連戦で着々と戦闘技術を高めてきたリーナは、体術スキルを手にしてから攻撃の鋭さに一層磨きがかかった一方で動きがどっか危なっかしくなってきた。今回もそうだが、常に限界を攻めて自分を追い込んでいるように見える。

 別に悪いことじゃないし、本人も自棄になってたりキツそうにはしてたりはしない。むしろ(俺が見てる範囲では)楽しそうにやっているので、偶にこうして釘を刺すくらいにしている。どうせ言ったって聞きゃしないのは分かっているから、本当に偶に、だけどな。

 

 手にした剣を背負った鞘に納めて、俺は時間を確認した。戦闘開始からまだ十分ほどしか経っていない。とはいえ、夕飯時はどこの店も混む。席を確保するのに苦労してリーナの機嫌が急降下するメンドクサイ事態になる前に帰りたい。

 

「リーナ、時間ももう遅えし、転移結晶使っちまおうぜ。歩いて帰ったら夜になっちまうしよ」

「却下、緊急時でもないのに勿体ない」

「けどよ、お前、この前『6時からのディナータイムの混雑の中を、お店探して歩くのはもう勘弁』って言ってたじゃねえか。俺ら、今こんなダンジョンのどん詰まりにいるんだぞ? こっから全力ダッシュしても、街までは確実に一時間は掛かるだろ」

「う」

「それに、今日は七番街のレストランで、特製ヒュッツポットとロークウォルストの盛り合わせ、だっけか? それが日替わりディナーで出る日なんだろ? 遅刻したら食えなくなるんじゃねえの?」

「うぅ……」

「んで、その後にゴーダワッフルの屋台とか行くんだろ? どーせ。

 あそこ、すげえ人気だからな、夜遅いとめっちゃ並んでてメンドイだろうな」

「………………仕方ない」

 

 食事以外は、というか食事で金を湯水の如く使っている反動で、普段は倹約家なリーナは説得の末にしぶしぶ転移結晶を取り出した。街まで一瞬で飛べる優れものなだけあって値が張るんだが、やっぱり食欲には勝てなかったらしい。いやー、舌噛みそうな料理の名前を丸暗記しといて良かったな。どんな料理かはさっぱり忘れちまったが。

 

「一護 早く行こ。ご飯が待ってる」

「ああ、ワリーな。そんじゃあ……」

「「転移、パルドブロム!」」

 

 すでに食べ物のことで頭が満タンらしいリーナと共に転移コマンドを唱えると、俺たちの周囲を水色のエフェクトライトが満たし、次に目に飛び込んできたのは、鮮やかな橙の夕日に照らされた19層主住区『パルドブロム』の暖かな街並みだった。

 

 この『パルドブロム』ってのは、どっかの国の言葉で「タンポポ」を意味するらしい。俺の髪色を揶揄されてるようでちょっとイラッとくるが、自意識過剰と自分に言い聞かせて封じ込める。その街名にちなんで、なのは知らねえが、この街は今いる転移ゲートから放射状に大通りが伸びた、タンポポの花のような形状をしている。ちょうど真北に伸びる道とその両脇の商店街が一番街、そこから時計回りに番号が上がっていく。

 個人的には非常にわかり易くていい街の構造だと思う。瀞霊廷なんかムダに入り組んでる所為で、偶に行くと確実に迷う。そうホイホイ行く場所でもねえから別に困らねえんだけど、もっと単純な構造の方が使い勝手がいいだろ、とか思っちまうのは素人の浅い考えってヤツなんだろうか。

 

「一護、はりーあっぷ」

 

 俺のショートコートの裾を掴んだリーナが急かす。どうでもいいけど、コイツの英語ってたまにカタコトになるんだよな。欧米人とのハーフっぽい「英語できますよ」って感じの顔立ちに似合わず英語が苦手なのか、それともワザとやってんのか?

 ……って、そうだ、ボケッとしてる場合じゃねえ。せっかくお高い転移結晶を使ってまで高速帰還したんだ。しっかり目当ての店を確保しねえと。もししくじったら、相棒の機嫌が急降下を通り越してアンダーフローを起こしかねない。翡翠の瞳からハイライトが消える瞬間を二度も見るのはゴメンだ。

 

「七番街ってのは、確か真南だったよな」

「そう。その中央ゲートから八十六メートル先、進行方向向かって左手側、羽の生えた牛が描かれた看板が目印のお店『pastorale』が目標地点。ほら、急ぐ急ぐ」

「へいへい」

 

 ファーの付いた濃緑色のケープを翻して先を急ぐリーナの背を追って、夕暮れの雑踏へと俺は足を踏み入れた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ということで、第二章はオリジナルエピソード、第19層攻略編となります。
第2層編やろうかと思ったんですが、筆者プログレッシブを持っておりません。早くバイト代入んないかなぁ……。

一護とリーナの強化方針はこんな感じにしました。
本当は一護も速度重視でも良かったんですが、どっちもタフネス不足なのはこの先厳しいですし、それから一護にもこのゲームで成長してほしかったので、基礎技術を磨くために、タフネス重視にしました。

次回の更新は来週火曜日の十時頃を予定しております。


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Episode 7. Die Hard’s Daily Life (2)

お読みいただきありがとうございます。

第七話です。

宜しくお願いいたします。


「…………ムグムグ……やっぱり、焼き立てのワッフルとキャラメルシロップの組み合わせは凶悪。口の中を蹂躙する甘さと、その中に隠れたワッフルの香ばしさとキャラメルの苦みが舌を飽きさせない絶妙なアクセントに……」

「……長文の食レポどーも……あー苦しい……」

「もうへばったの? 開戦二時間でギブとか、男のクセにだらしない」

「戦闘と食い歩きを、一緒にすんじゃ、ねえよ……あの量の夕飯食った後で甘いモン六連戦は、いくらなんでもシンドイっつうの……」

「勝手に私に張り合ったんだから、自業自得」

 

 悔しいがその通り。返す言葉もない。

 

 夕食後、俺は三番街の大通りを足取り重く歩いていた。傍らで甘い匂いを漂わせるきつね色のワッフルを黙々と咀嚼するリーナに、しれっと辛辣な言葉を投げかけられても、俺の口から出る言葉にはいつもの勢いの欠片もない。声量を上げたら声じゃないナンカが出てきそうな気がする……いや、食い過ぎで食ったものを口からリバースする程このゲームはリアルじゃないんだが。しかし少なくとも、今なにかをこの仮想の胃袋に入れようものなら、絶対にその場に倒れて一歩も動けなくなる。そんな予感、というか確信が俺にはあった。

 

 『pastorale』でヒュッツポット(野菜をマッシュポテトみたいに磨り潰したものに煮込んだ牛肉を添えた料理)とロークウォルスト(スモークしたソーセージ)を文字通り山のように食った俺は、合計一キロは食ったはずなのにピンピンしているリーナに連れられて、そのまま屋台街に出た。

 

 俺が言ったゴーダワッフルを始め、ドーナツやらアップルパイやらに片っ端から手を付ける相棒に釣られて、つい俺もデザートバイキング感覚で食べていたのだが、流石に胃の容量的に限界が来た。俺はギブアップを宣言し、早くも二周目に突入していたリーナの横でこうしてグッタリしながら歩いてるって感じだ。

 ちなみに、リーナは財布の限界まで食うらしい。全くペースが落ちないあたり、胃の限界は当分こないと見える。俺より頭一つ分以上ちっこい身体してんのに、どういう構造してんだよ。ここ二か月ずっと一緒に行動していても、コイツに関する謎は解けるどころか増える一方だ。

 

 しかし、ウルキオラの帰刃形態・第二階層にズタボロにされても戦えたのに、まさかデザートの物量に押し負けて戦意喪失するとは……アイツよりもデザートの方が強えってコトだな。やーい、お前はお菓子の大軍以下だぞ、ザマー見ろウルキオラ…………ヤベえ、自分でもなに言ってんのかわかんねえ。気持ち悪さで思考回路までおかしくなってきやがった。

 

 しょーもないことを考えながら混雑した夜道をフラフラと歩いていると、ようやく目的地にたどり着いた。

 無論、食い物屋ではない。三番街大通りから少し入ったところにある、小さな木造二階建ての建物。その一階にあるシンプルなすりガラスの嵌ったドアを、俺は押し開けた。

 

「……オーッス」

 

 テンション低く呼びかけると、目的の人物はカウンターの奥で作業をしているところだった。どうも在庫整理でもしていたらしく、モンスターの革やら防具やらが大机に散乱している。

 

「ん、いらっしゃ……よお、一護か。どうした、景気の悪い面して」

「ちっと食い過ぎでグロッキーなだけだ、気にすんな。それよりエギル、いつもの頼む」

「成程。そいつはご愁傷様」

 

 未だにワッフルをモグモグやってるリーナを見て何となく察してくれたのか、苦笑を浮かべたエギルに俺はトレード欄を提示、そこに俺たちが今回の三日間の行程で得たアイテムのほとんどを突っ込んだ。

 

 自分で使える装備品や消費アイテム、その素材なんかは保持したまんまだが、その他もろもろの雑多なアイテムは、こうしてエギルの経営する雑貨屋で一括売却して均等割りにすることにしている。本人曰く「安く仕入れて安く提供するのが、ウチのモットー」とのことだが、交渉すればちゃんと相応の値段で買い取ってくれる。何も言わないとマジで安値で買い叩かれるけどな。

 

 ゴツい指でウィンドウをスクロールして鑑定を始めたエギルを横目に、俺は手近な椅子に腰かけ――ようとしたが、すでにリーナが座っていたので、止む無くカウンター前にあった丸椅子を引き寄せた。つうかコイツ、まだワッフル食ってやがる。いったい何個買ってきてんだ。

 

「ふうむ、『シャドウビーの針』十八本、『シーフゴブリンの爪』二十四本……お、『カウベアーの毛皮』じゃねえか。最近冷え込みが厳しいってんで、品薄なんだ。助かるぜ」

「助かるってンなら、相場よりマシマシで買ってくれ、一枚六百コルでどうよ」

「いや、そりゃあ高すぎるな。ここは相場通り一枚四百コルだ」

「ほー……エギル、オメーこの前在庫が足んねえからっつって、俺に『グラポスの実』を取りに行かした借り、忘れてねえか?」

「うっ、ひと月も前のことをよく……」

 

 解毒ポーションの材料で、取りに行くのにけっこうな労力が要る需要が大きいアイテムを取ってきた件を持ち出すと、エギルは痛いところを突かれたとばかりに渋面を作った。コイツのいかつい顔でやられると中々怖いものがあるが、ここは退けない。

 

「たかが一ヶ月で忘れっかよ、俺の記憶力舐めんな」

「ムグムグ……他人の顔と名前は三日で忘れるようなアホが何を……」

「そこの食欲魔神は黙ってワッフル食ってろ。んで? いくらで買うんだよ」

「仕方ない、間を取って五百コルだ」

「まあ、そんなモンか。んじゃあ五百コルで成立……」

 

 俺がそう言って商談を締めようとした時、店のドアが開いてプレイヤーが一人入ってきた。しかも、俺らの馴染みのヤツが。

 

「おーいエギル、いるか……って、一護にリーナもいたのか」

「いたらダメ?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「リーナの言うことをイチイチ真に受けんなよ、黙ってスルーしとけ、キリト」

 

 ひょっこり現れたのは片手剣使いの少年剣士、キリトだ。コイツとは第一層ボス攻略以来、攻略会議やら迷宮区やらでちょくちょく顔を合わせている。リーナ曰く典型的なベータ上がりのソロプレイヤーらしく、ベータテスト時の経験を活かしたスタートダッシュで大きくレベルを上げ、安全マージンが取れる範囲でとはいえ、単身で最前線に乗り込んでくる。巷じゃ安全マージンをガン無視してレベル上げに励む俺等を『死に損ない(ダイハード)』とか揶揄してると聞いたが、当事者たる俺からすれば、他人のフォローを一切期待できないソロ連中の死に損ないレベルもいい勝負だと思う。

 

「悪いが、今は一護たちのアイテムの鑑定中だ。キリトはちょっと待っててくれ」

「ああ、大丈夫だ。別に急ぎってわけじゃないし」

 

 キリトはそう言って、俺と同じようにカウンター前の丸椅子に腰掛けた。俺から見ると、ちょうど鑑定を続行しているエギルの斜め前に座った形になる。

 こうして見ると、やっぱりキリトの線の細さが際立つ。雰囲気としちゃあ現世の友人である水色に近いものがある。最も、アイツみたいに「女漁りが趣味の肉食系です」って感じは全くしないが。むしろその逆に見えるな。

 

「ところで一護、お前少し顔色が悪いように見えるんだけど、気のせいか?」

「晩メシの食い過ぎで気持ちわりーだけだ。だいぶマシになってきたし、すぐ治る」

「ほほー、文字通り食い倒れるくらい儲かったのか」

「まあな。リーナ、この三日で討伐コルいくら稼いだっけか?」

「一人あたり182800コル」

「へー、流石は『地獄狂(ヘルマニア)』、モンスターハウス根こそぎ狩って、金も経験値もガッツリってとこだな」

「……おい、なんで知ってんだ。つかなんだ、そのウザイ名前」

「新しいお前らの渾名。記事に出てたぞ?」

 

 ほら、とキリトが差し出したのは、不定期発行されているSAOの情報ペーパー。特にジャンルが固定されることなく、攻略情報から個人クエストの依頼、ちょっとした小ネタまで雑多に書かれた、いい暇潰しの道具だ。発行日時を見ると、三時間ほど前になっている。どうやら夕刊の時間帯に売られていたらしい。

 

 その中のキリトが指し示した一ページ、そこには、

 

「『モンスタートラップ激減!? その裏には最前線で暴れる地獄狂(ヘルマニア)たちの影』

 ――最近、ダンジョン内で目撃されるモンスタートラップの数が急激に減少している。囚われたプレイヤーを高い確率で死に追いやる恐ろしい罠が減ったことで、トラップキルされるプレイヤーの数は二ヶ月連続で大幅な減少を見せた。その原因として、常に最前線に潜り続け、モンスタートラップに敢えて引っ掛かることで狩りの効率を上げるという前代未聞のレベル上げを行う二人組プレイヤーの存在が――って、何だよコレ!?」

「おーおー、随分と派手に載ったもんだな、一護。一面丸々使われてんじゃねえか」

 

 エギルが俺の後ろから記事を覗きこんで呑気なことをのたまうが、こっちとしちゃあ迷惑でしかない。流石に顔写真はなかったが、察しの良いヤツが見ればすぐに俺らのことだと分かるはずだ。

 いくら俺が他人の目を気にしねえって言っても、ヘンな噂を流されるのは気分が悪い。この仮想世界に来て、せっかく髪色の派手さで目立つことがなくなったってのに、こんなことで悪目立ちさせられたら堪ったもんじゃない。記事を作ったのは多分あの情報屋(チビ)だろう。今度会ったら文句言ってやる。

 

「にしても、第一層攻略の時は『橙の勇士』に『白虎』で統一されてたのに、どんどん増えていくな。『命知らず(レックレス)』『バトルホリック』『タンポポヤン――」

「待てコラキリト、最後のはタダの悪口だろうが。しかも出所もすぐ分かるし。あのクソトゲ頭、まだ生きてんのかよ。とっととくたばれってんだ」

 

 攻略会議でギャイギャイ言ってた男を思い出し、俺はついうんざりした声を出してしまった。今は第一層にある巨大ギルドに入ったとか聞いてはいるが、心底どうでもいい。

 尚、余談だが、ディアベルはスキル教室をやってた面子に仲間入りしたらしい。スキルの他にも戦闘時の連携の基礎なんかも教えたりして、初級プレイヤー諸氏を支えているそうだ。ちょくちょく連絡を取って調子を聞いている限りでは、なかなか評判はいいとのこと。あの時の抜け駆けを気に病みすぎてもいないようだし、平穏で何よりだ。

 

「……さて、と。一護、鑑定が終わったぞ。確認してくれ」

「おお、さんきゅ」

 

 言われて提示されたトレード欄をザッと確認する。合計額は358400コルだ。ってことは、討伐コルを含めて三日で一人頭で三十六万コルくらい、一日平均で十二万ってとこか。三日籠りっぱなしなら、まあ妥当な額だ。こっから連戦で消耗した防具の補填とか、アイテムやキャンプの雑費なんかがごっそり引かれるけどな。

 買い取りの詳細は、まあだいたい相場通りになってる。さっき交渉した『カウベアーの毛皮』だけはちょっと高めだが、他は別に目を引くような箇所は無い。

 

「どうだ?」

「ああ、問題ねえ。交渉成立だ」

 

 そう言って、俺はトレード欄の成立をクリック、総額のキッチリ半分をリーナに転送した。これで、ここでの用は済んだ。

 

「毎度あり。また頼むぜ、一護。せっかくだし、使ったアイテムの補充もやってくか?」

「いや、いい。明日買い出しすっから、そん時に頼むわ。それに……」

 

 相棒(コイツ)が限界っぽいしな。

 

 椅子の上でこっくりこっくり舟をこぐリーナを見て、俺は肩を竦めた。

 

「コイツ、八時前には必ず眠くなるんだ。そんで朝は七時キッカリに起床。よく食うしよく寝るし、成長期のガキを見てるみてえだ」

「ははっ、随分と規則正しい生活リズムなんだな、お前んとこのお姫様は」

「うるせーな、コイツはお姫様ってガラじゃねえよ。せいぜいお転婆がいいトコだ。キリトこそ、一層の時に居たあの女剣士とはどうなんだ? もう組んでねえのかよ」

「俺もアイツもソロだ。他人と行動するのは性に合わないんだ」

「へーそうかい、ソロってのも難儀だな……っと、早くしねえとマジで寝ちまう。おいリーナ、行くぞ」

「…………んー?」

 

 眠気で意識が朦朧としているのか、半眼のリーナから気の抜けた返事が返ってきた。

 

「んー? じゃねえよ。鑑定終わったから帰るぜって言ってんだ」

「………………」

「聞いてんのか? 置いてくぞ?」

「…………って」

「あ?」

「……背負ってって」

 

 もう八割閉じかけた目をこっちに向けて、両手を伸ばすリーナ。小さな椅子の上で身体が左右にフラフラ揺れていて、非常に危なっかしい。

 

 普通なら呆れ果てるか「ふざけんな自力で歩け」と言ってやるところなんだが、生憎とこれが初回じゃなかったりする。ひと月前、狩りが長引いて帰るのが深夜になった時にやられてから、夜に出歩いているとかなりの確率でこうしておんぶを強請(ねだ)ってくる。普段の沈着冷静で油断を許さない振る舞いとの余りの落差に呆れることすら出来ず、

 

「……仕方のねえやつだな、ホント。ほら」

 

 以来、こうやって背負ってやってる。

 

 片膝を床についてしゃがんだ俺の背に、リーナは倒れ込むようにして被さってきた。両足の下側に手を差し入れ、首にぎゅっと回された手が解けないことを確認してから、落っこちないようにゆっくりと立ち上がる。耳元ですーすーと音を立てる寝息が、少しくすぐったい。昔、遊び疲れた遊子や夏梨を背負って帰った夕暮れを思い出すこそばゆさ。ひょっとしたら、この懐かしい感覚が、こいつがおんぶオバケになっても突っぱねない一番の理由なのかも知れない。

 

「さて、今度こそ帰るか……ってナニ見てんだよ、オメーら」

「いやー、だって、なあ?」

「なあ?」

 

 俺を見てにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる男二人。なんとなく思っていることは分かるが、余計なことを言うとまた要らない誤解を生みそうだ。二人を睨みつけるように一瞥してから、俺は冬の寒空が広がる夜の主住区へと足を踏み出した。

 途端、暖房の効いた店内とは真逆の、刺すような冷気が俺に纏わりつく。

 

「うーさみぃ、俺もそろそろマントでも買うかな……」

 

 ぶ厚いケープに包まっているせいか、気温が急降下しても起きるどころか身じろぎ一つしない背中の相棒を後ろ目に見やって、俺は独りごちつつリーナを揺らさないように、でも足早に歩きだした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「五分前行動ってカ? 見かけによらず真面目クンだナ、ベリっち」

「うるせーな、五分前じゃなくて三分前だ。あとオメー、いい加減その呼び方やめろっつの。俺の名前は(berry)じゃねえって何度も言ってんだろ」

「ハイハイ、朝からカリカリすんなヨ。眉間の皺が増えるゼ?」

「大きなお世話だ。ったく誰のせいで……」

 

 翌朝、まだ太陽が昇ったばかりの、六時半ちょっと前。

 

 まだ人通りがまばらなパルドブロムの中央広場、そのど真ん中に鎮座する時計台前のベンチで、俺は一人の情報屋と会っていた。

 リーナはまだ隣のベッドで寝てたんで、そのまま宿屋に置いてきた。無理に起こしたところで、寝起きが悪いアイツは起床後一時間は役に立たない。その上、朝飯も食ってない状態だと機嫌も悪いせいで尚更使い物になりゃしない。ダンジョン内での積極性や博識っぷりとは雲泥の差とも言える有様にいい加減慣れはしたが、ちょっとは改善してくんねえかなとは思っちまう。

 

「マーマー、記事にしたことは悪かったっテ。今回の情報料、据え置きにしといてやっからサ」

「チッ……まあいい。んで? 連絡寄越したっつうことは、なんか新しい情報が入ったんだな?」

「まーナ」

 

 情報屋アルゴはそう言って、リーナよりも小柄なその身体をベンチに落ち着けた。

 

 コイツはあのスタートガイドの発行者であり、情報屋稼業以外にも情報紙や攻略本の編集、発行なんかも手広くやってる、自称『腕利き情報屋のオネーサン』だ。果たしてルキアと大差ないちっこい体躯のドコに「オネーサン」要素があるのかは知らねえが、少なくとも情報屋としての腕は確かなので、こうしてたまに情報の売り買いをしている。リーナの『極秘情報』の出処もコイツだったりするしな。

 

「いつもドーリ、モンスター系トラップの所在について、新しい情報が一件入っタ」

「場所は?」

「迷宮区中心部の安全エリアから北東に二キロくらい行ったトコ、そこで小部屋を見っけたって話ダ。中には木の宝箱一つダケ。情報提供者はトラップと判断してそのまま放置してきたってサ」

「いつ頃だ?」

「昨日の午後三時ダ。情報が入ったのハその二時間後。今ならまだ手つかずだろーゼ」

「そうか、上出来だ」

 

 コイツから買う情報はスキルの他に、こういうモンスターハウスの在り処が主だ。危険地帯を虱潰しに探して回るのと、先に情報を仕入れておくのとでは効率に明確な差が出る以上、事前の情報は欠かせない。しかし、最前線に出てくるプレイヤーが少ないせいで、街の警告掲示板だけじゃあ情報量が足りない。

 その点、上級プレイヤーの情報提供者も多いらしいアルゴなら、そういったアブナいポイントの情報も多く集まる。俺は望む情報を得ることができ、アルゴは情報料だけでなく、俺たちがそこへ向かった、すなわち、そこの地点の危険なトラップが一つ排除される可能性が高い、という情報も得ることができる。また、元々情報の少ない最前線のネタが俺等から仕入れられるってことで、アルゴにとっては旨みが強く、俺たちはお得意様としてけっこう重宝されてるようだ。

 

「いつも情報さんきゅな、アルゴ。今回はいくらだ」

「三千コルってトコだナ」

「……ヤケに安いな。割り引いたとしても、危ねえネタは高えんじゃねんのかよ」

「アブなすぎて、今回はオレっちが裏取りに行けてねーんダ。なんせ、最前線の奥の奥ダ、大部隊ナラともかく、ソロで行くにはキツ過ぎるからナ」

 

 そう言って、アルゴは大袈裟に肩を竦めて見せた。トレードマークの頬のヒゲペイントといい、フードに隠れた金の巻き毛といい、そしてその身軽な動作といい、渾名である「鼠」を彷彿とさせる、俺の周りにはいなかったタイプの人種だ。現実で会ったら、意外と親しくやれそうな気安い奴、対価であるコルを手渡しながら、俺はそんな風に感じていた。

 

「あいヨ、毎度アリ。ところでベリっち、手に持ってるソレ、なんダ?」

「クロケットだ」

 

 手の中の銀貨入りの小袋を玩びながら訊いてきたアルゴに対し、俺は朝飯までの空腹凌ぎ(先に朝食を摂っちまうとリーナがキレる)に食っていた揚げ物(クロケット)を見せてやる。

 クロケットはつい昨日できたNPCの屋台で売ってる俵型のクリームコロッケみたいな食い物で、中にはひき肉とみじん切りにした野菜、ホワイトソースが入ってる。具材や味付けはシチューに似てて、その熱さと濃厚さが寒い冬の朝によく合っている。

 

「へー、ウマそうだナ。なあなあベリっち、オレっちに一口くれねーカ? 朝メシまだなんダ」

「その手にある金使って、自分で買って食え。他人に食い物を分けたり奢ったりすると、リーナの勘で見抜かれちまう。むくれるとメンドクセーんだよ、アイツ。飲食物(エサ)をくれてやりゃあ直るけどさ」

「……リっちゃんって、独占欲強いんダナ」

「食い物に関しては、人一倍な」

「ソーユー意味で言ったんじゃネーけど……スキありッ!」

「あっ、テメッ!」

 

 一瞬気を抜いた瞬間、アルゴは素早く俺の手を飛びついてきた。そのまま抱きかかえるようにして動きを封じ、クロケットをガッツリ齧り取った。いろいろびっくりな行動だが、それをたしなめるより早く、俺はアルゴを振りほどいてアイテム欄を開き、水の入った瓶をスタンバイする。

 

 なにせ、

 

「んぐんぐ……アッ!? あふっ、あふぃっ!!」

 

 この灼熱の揚げ物に冷ますことなく噛みつけば、確実にこーなるからだ。

 

「そら見ろ、人の食い物盗ったバチが当たったんだよ。反省しろ」

「ふぉ、ふぉめん! ふぉめんなはいヘリっひ! ふんまへんへひは!!」

「何言ってんのかわかんねーよ。ったく……ホレ、水」

 

 差し出した水瓶を高速で奪い取り、一気に半分以上を飲み干すアルゴ。朝からサンバみたいなリズムで右往左往していた自称腕利き(バカタレ)は、涙を目に浮かべながら赤くなった舌をベーッと出して火傷を外気で冷やそうとする。中々間抜けなその面を見て、ちょっと溜飲が下がる俺だった。

 

「ウー、美味しい物にこんな罠を仕掛けるなんテ、ベリっち、意外と鬼ダナ」

「仕掛けてねえし、他人の食い物パクッといた上に鬼呼ばわりはねえだろ。自業自得だ」

「ふーっふーって冷ましてカラ、はい、あーんってしてくれる甲斐性を、オネーサンは期待してたんだけどナー」

「……おい、そのシーンちょっと想像してみろ」

「ん? んー……ウワッ、ベリっち気持ち悪ッ」

「ホラな」

「あっ!? ウソウソ今のナシ!」

 

 しまった、とばかりに慌てて訂正するアルゴにため息を吐いて、俺はベンチから立ち上がる。こんな茶番をやってる間に、もうけっこうな時間が経っちまった。そろそろ宿に戻らねえと。

 

「んじゃあ、俺はもう行くぜ。またな」

「ベリっち、マジでウソだかんナ? 本気にすんなヨナ!?」

「へいへい」

 

 けっこう必死なアルゴの念押しにおざなりな返答を返しつつ背を向けて、俺は宿屋のある九番街へと歩き出す。夕飯はリーナのワガママを聞くが、朝飯は俺が決めるのが俺等の間のルールだ。今日は三番街の一番人気のベーコンエッグトーストが美味い店がいいな。既に少しずつ人出が増えてきているし、三番街(あそこ)は遅いと混むから、早めに行って席を確保したい。

 

「オーイ、ベリっちー! メシ盗ってゴメンナー! 今度、埋め合わせにメシ行こうナー!!」

 

 背後から響く良く通る声に手を上げて応え、俺はすっかり陽の昇った中央広場から立ち去った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「おはよう一護。早速だけど、アルゴにご飯あげたでしょ」

「……お前、マジでエスパーだろ」

 

 その一分後。

 

 起き抜け一番、寝起きの半眼でそう言ってきたリーナに、俺は割と本気の恐怖を抱くことになったが。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

街中編でした。戦ってばっかりもアレですしね。
そしてまたアレコレ書きすぎて9000字弱……反省します。
あと、アルゴ初登場でした……アルゴのキャラってこれで合ってますでしょうか? ちょっと不安です。カタカナ混じりで喋るキャラを見ると、どうしてもマユリ様が思い浮かんでしまう……。

あと主住区について、一応補足。
知ってる人も多いかと思いますが、出てきた料理は全て実在の料理です。街の名前を花にしたので、今回の景観や料理は花の都・オランダを基にしています。ゴーダチーズとか有名ですね。
筆者のお気に入りは昔あっちで食べたキャラメルソースマシマシのゴーダワッフル。(又はシロップワッフルと書いてストロープワッフルとも言う)甘党の方、興味がありましたら調べてみてはいかがでしょうか。
(注:夜に調べるのはオススメしません。メシテロ注意です)

次回更新は今週の金曜午前十時を予定しております。
多分、迷宮へ探索に行きます。そして、オリジナル新スキル発動……かも?


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Episode 8. First (Hellish) Prize!

お読みいただきありがとうございます。

第八話です。過去最長? です。

宜しくお願いいたします。


 19層迷宮区は、典型的なジャングルタイプの景観をしている。

 縦横無尽に伸びる蔦が鬱蒼とした木々の間を伝い、そこかしこに沼が散見される。出てくるモンスターは植物系や獣系で、一定区画より奥にある遺跡エリアでは逆にゾンビ剣士や獣人系の人型モンスターが出てくる。

 前者は連携無視で次々と殺到してくるため、回避を重視しながらカウンターをメインに。後者は攻防の切り替えなどある程度パターンが決まっている代わりにプレイヤーの戦闘パターンを読んでくるため、スイッチ中心で読みを外すスタイルが有効だ。曲がりくねった道のため見通しは悪いが、道幅は意外と広めで戦闘はしやすい。角を曲がった瞬間いきなり湧いて出る「角待ち」には要注意だ。

 

「オラぁ!!」

「とう」

 

 安全エリア目前の大きな曲り道に潜んでいた「角待ち率」ナンバーワンモンスター、獣人系戦士の『アックス・オーク』に左右からのスキル同時挟撃を叩き込んだ。ムダに多いHPゲージがようやくゼロになって砕け散ったのを確認してから、俺たちは臨戦態勢を解く。安全エリアまで十メートルもない以上、もう納刀しちまっても良かったんだが、油断してサックリ刺されたら目も当てられないし。

 

 と、一応警戒しながら進んじゃみたんだが、結局なにも起こらずに俺たちは19層迷宮区中間安全エリアに到達した。苔むした石畳の広がるバスケコート二面分ぐらいの大きさの広場の奥には、巨大なトーテムポールが二本そびえてて、あの先からダンジョン構成が遺跡エリアに切り替わることを示していた。

 

「……着いたな」

「うん、着いた」

「今何時だ?」

「12時36分」

「……やるか」

「うん」

 

 短く言葉を交わし、俺たちは距離を取る。間合いは二メートルないぐらい。ちょうどお互いの武器がカチ合わないスレスレの距離だ。

 俺とリーナは武器を納め、そのまま拳を強く握る。重心は低く落とし、視線は相手の拳に合わせる。一縷の隙も作らず、一瞬の隙も逃さないために。

 

 俺たちの間に静寂が降り、緊張が最高潮に達した瞬間、

 

「「最初はグー! じゃんけんポン!! あいこでしょ!! あいこでしょ!!」」

「…………」

「……私の勝ち」

 

 「今日の昼飯当番決定ジャンケン勝負」の勝敗が一瞬で決した。

 

「だアアアアアアアアッ!! またかよ!! おかしくねえか!?

 オメーとパーティー組んで早二か月、単純計算で六十回はジャンケンしてんのに一回も俺が勝てねえとかどーなってんだよ!! いつもの勘も大概だけど、コッチはもうバグのレベルだろ!! アレか!? オメー実はコッソリ『ジャンケンスキル』習得してたとか、そーゆーオチじゃねえだろーな!?」

「そんなニッチなスキルはない。自分の弱さをスキルのせいにしないの」

 

 得意げに鼻を鳴らすリーナの無表情にすげえ腹が立つが、負けちまったのは事実だ。どんだけウダウダ言っても、今日の昼飯の当番は俺なんだ。黙って作る他に道は無い。

 

「ねえ一護、もういっそお昼当番、貴方固定にしない? 勝つって分かってるじゃんけんを毎回するのって、時間の無駄だと私は思う」

「フザケんじゃねえ! 例え何百回負けようが、お前に勝つまで俺はゼッテー諦めねえからな!!」

「……愚劣」

 

 呆れ果てたと言わんばかりのリーナの呟きをシカトして、俺はさっさとキャンプ用調理器具をアイテム欄から引っ張り出した。不本意ながら毎回使っているために、食材のストックなんかの準備も俺持ちだ。俺とリーナの間で食う量に圧倒的な差があるんで、費用は流石に割り勘だけどな。

 男女間で割り勘はご法度? 男は女に奢ってやるのが甲斐性? 勘弁してくれ。コイツの昼食代まで肩代わりしてたら確実に破算だ。他人の金だからって食う量遠慮するような奴じゃねえ。むしろタダ飯だって喜んで食うに決まってる。

 

「……クソッ、次こそは勝ってやる……多分、アイツは俺の出す手のパターンを読んでやってんだ。まずは俺が無意識に作っちまってるそのパターンを崩して、逆にリーナの手を読む。そうすりゃもう勝率三分の一だ。そうそう負けるハズがねー……」

 

 次の勝負に向けて大真面目にジャンケン戦法を考えながら、俺は淡々と調理を進める。一日一回の料理当番に従事させられたことで、これまた不本意ながら俺の『料理』スキルは中々の熟練度になっている。野外でやるような簡単な調理なんて容易いもんだ。あくまで、不本意ながら、だけどな!

 

 ベジタブルスープを鍋で温めながら、ストックしておいたハムを厚切りにして、胡椒っぽいナニか(ピンミルとかいう実の粉末。見た目が赤いせいで一味唐辛子にしか見えない)を振ってから鉄板で焼き、切った野菜や調合済みのバーベキューソースと一緒に大皿に大量に盛りつける。

 この皿に盛った具材を自分で黒パンに挟んで食うのが、俺等の定番の昼食だ。いつも同じなのも飽きるってことで、今回はプラスして12層の主住区で売ってたホタテとイカのトマト煮も持ってきてる。パンに合うようにってことを注意しながら日によって違う料理を付け加えるのは、けっこう面倒だ。遊子の苦労はこの比じゃねーんだろうけど、その一端をこんなトコで身をもって知ることになるなんてな。

 

 出来上がった料理を出しておいたちゃぶ台みたいな低いテーブルに乗せ、最後に山盛りの黒パンの入ったバスケットを置けば、昼飯の準備は完了だ。

 

「メシ――」

「来た」

「……はえーなオイ」

 

 出来たぞって言う前に、リーナはもう自分の定位置、すなわちスープとパンのお代わりが置いてある場所の隣を確保していた。コイツの食への執着は、もう呆れを通り越して感心するレベルだな。俺はそこまでマジになれねえわ。

 まあ、いいか。他の意地きたねえ連中に出くわしてメシをタカられてもイヤだし、

 

「とっとと食っちまうか……んぁ?」

「んぅ?」

 

 ハムと野菜をたんまり挟んだ黒パンにかぶりついた俺は、椀に口を付けてスープを飲み干したリーナと同時に声を上げた。安全エリアのジャングル側の入り口、そこから一人のプレイヤーが入って来たのが見えたからだ。しかも、なんかフラついている。

 遠目に見る限りはHPは八割ぐらい残ってるし、バッドステータスも付いてない。腹を押さえてるから、さっきのブタ戦士に腹パンでも食らったんだろうな。ドンマイ。

 

 とか他人事みたいに思ってたら、

 

「ぅう、仮想空間でも空腹で動けなくなるなんて……なんかおいしそうな匂いするし、お腹減ったなぁ……って、貴方たち!?」

「あ?」

 

 どうもソイツは赤の他人ってワケじゃなかったらしい。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふう……生き返ったあ……」

「ああ、そうかよ」

「……良かったね」

「………………その、えっと……ごめんなさい」

 

 そーとも、謝れ。リーナに優るとも劣らないペースで食糧を食い漁った罪は重い。足らなくて予備分の食料まで出す羽目になったじゃねえか。おかげで見ろ、大事な食い物をとられたリーナの機嫌がダダ下がりしてんぞ。どーしてくれんだ。

 

 食後のお茶を啜りながら、俺は恨みのこもった視線を女剣士アスナに送った。今は申し訳なさそうに身を縮めているが、ついさっきまでの両手に黒パン装備で昼の食卓という戦場で大暴れしていた光景は忘れない。敏捷に長けた細剣使いらしい凄まじい勢いだったな、スゲーどうでもいいが。

 

「……ソロで潜ってるクセに非常食持ってないとか、貴女バカなの? 死ぬの?」

「し、仕方ないでしょ! アイテムボックスの収容数に上限がある以上、ソロでアイテム収集する時は持ち物は最低限にする必要があるの!」

「それで餓死しかけて私たちにお昼ご飯タカってたんじゃ、世話無いと思う」

「……だ、だから、ごめんなさいって」

「許さない、『食べ物の恨みは十倍返し』が私のスタンス。相応の報いは受けてもらうから」

 

 いつになく饒舌なリーナが、何故かスプーン片手にアスナに詰め寄る。コイツ食い物が絡むとホントに豹変するよな。優しそうな顔しといて言う事キッツイ卯ノ花さんとか、器用なクセにエグイ見た目の料理を生み出す井上とかもそーだけど、女の裏の一面ってマジおっかねえ。出来ればそんなもん一生見たくねーんだけど、生憎コイツは俺の相方、クリアまでは揃って行動だ。見たくなくてもこの先山ほど見る羽目になるんだろーな……イヤだな。

 

「そもそも、SAOのインスタントフードって美味しくないのよ! 値段も高いし、薬が混ざってるみたいな味するし!」

「さっきのスープもインスタントなんだけど」

「嘘よ。確かに野菜スープのインスタントは売ってるけど、私が前に食べた時は苦酸っぱかったし」

「それは貴女が『料理』スキルを持ってないせい。スキル持ちの一護が作ったさっきのスープには雑味が無かったのがその証拠」

「え!? あ、貴方『料理』スキル持ちなの? その人相で!?」

「食い物恵んでもらった相手にケンカ売ってんのかテメー」

「あ、ご、ごめんなさい。見た目と料理とのギャップがすごくって、つい……」

「いや言い訳になってねえよ、つかオメー謝る気ねーな」

 

 ごめんなさい、で止めとけばいいものを、なんで最後に余計な一文足してんだよ。頭良さそうな顔してるクセに、バカなのか? それともワザとやってんのか? 後者なら今すぐデュエルを申し込んでやるが。

 

 などと、内心で俺がアスナの人物像を修正していると、リーナが手に持ったスプーンでちゃぶ台をガンガンと叩いた。食器を裁判官の小づちみたいに扱うなよ。壊したら自腹で買ってきてもらうからな。

 

「余計な話はおしまい……さて、私のパートナーのガラの悪さはともかくとして」

「おい、オメーまでさりげなく俺をディスってんじゃねえぞコラ」

「ともかくとして、私たちの食糧をバカ食いした分の対価を支払ってもらう」

「う……わかったわよ。いくら?」

「五万コル」

 

 高っ!? いくら最前線に出てくるトッププレイヤーでも五万コルはポンと出せる額じゃねえぞ。

 

「い、いくら何でもボッタクリすぎよ!!」

「おいリーナ、流石に五万(それ)はねえだろ。アスナの今日の狩りの収支が赤字になっちまう」

「飢えが原因でモンスターにぶち殺されてたら、赤字どころじゃなかったと思うけど……まあいい。じゃあ一万コルプラス有用な情報。モンスターハウス、あるいは高レベルな敵が出現する区画、部屋の位置を教えて」

「それなら、まあ……」

「何か知ってんのかよ」

「一つだけなら、ね。貴方たち、この先の遺跡エリアって、どこまで探索済み?」

「多分、西側なら入り口から一キロ圏内まで済んでるな。東側はもうコンプ済みのはずだ」

 

 遺跡エリアは安全エリアを出てすぐに東西に分かれている。東エリアの方は、この前アルゴから買った情報を基に潜った時にマッピングを終わらせていたが、逆に西エリアは薄暗い通路が続くってことで深部の京略は後回しにしていた。派手に登場する戦士モンスターならまだしも、隠密(アサシン)モンスターみたいな『隠蔽』スキル持ちの連中はそういうトコの暗闇に潜んで奇襲とかしてくるからな。リーナの『索敵』で常に警戒する必要がある分集中力が要るから、長時間の狩りには向かないんだ。

 

「そう、なら丁度いいわ。入り口から西へ直線距離で1600メートル地点、そこにモンスターハウスらしき隠し部屋があったの。おっかなくて放置してきたけど、部屋の造りからして間違いないわ。マップのデータも付ける。この情報と五千コル、これでどう?」

「…………むう」

「リーナ、どうすんだ?」

「……まあ、それでいい。交渉成立」

 

 値切られたことが少し不服らしかったが、結局リーナはアスナの出した条件を飲んだ。マップデータまでもらえれば、目的地までの移動は格段に楽になる。最前線の未踏破エリアデータに五千コル分の価値があると判断したらしい。

 

「西エリア、か……厄介なのが湧いてきそうだな。不意打ちでも食らって最終手段(アレ)を使うようなコトにならねーようにしねえと」

 

 マップデータとコルのトレードを始めた二人を横目に、俺は少しだけ警戒心を高めていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「死ぃぬうぅぅうううぅぅううううううっ!!」

 

 結論から言う。

 

 少しだけじゃ全く足んなかった。警戒マックスじゃねえと即死確定だ。

 

「何だよアレ何だよアレ!! あんなんアリかよ!? ()()()()()()()()()()()HPが三割抉れるとかありえねえだろ!!」

「一等賞、相手に、文句を、言わない! さっさと、躱して、斬り殺す、のっ!!」

 

 ブツ切りのツッコミを返すリーナも、表情に余裕がない。手にした短剣だけでなく、四肢の手甲や足甲もフルに使ってラッシュを捌き続ける。

 本来なら、前衛である俺が『挑発スキル』でリーナへラッシュが飛ぶのを防ぐんだが、今の相手はたった一体きり。しかもこの狭い部屋でこんだけ暴れられたら、俺がヘイトを集めようが集めまいが全く変わらない。迫りくる猛攻を曲刀で弾きながら、俺はその嵐の中心にいるレベル36の蔦植物の化け物『ヘルネペント・テンペスタ』を睨みつけた。

 

 アスナの情報にあった隠し部屋、その中の宝箱を空けた瞬間に出現したコイツは俺たちを認識するなり、地面に根を張って身体を固定すると八本のぶっとい蔦を凄まじい速度で振り回し始めた。一辺十メートルもない狭い室内を縦横無人に飛び交い始めた蔦を見て、鬱陶しいからとりあえず蔦を斬り落とそうってんで俺が一歩前に出た瞬間、一本の蔦が俺に飛来。とっさに避けたものの耳に少しばかり掠り傷を負った。まあ掠るぐらいなら慣れっこ……と念のためHPバーを見た瞬間、一瞬で血の気が引いた。

 満タンだったハズのHPがみるみるうちに減っていき、あっという間に七割をきっていた。いくらレベルが四つ上でもこれは反則だろ!! と思わず絶叫した直後、それに反応したかのように蔦の群れが俺たち目掛けて殺到した。

 固まってたらまとめて殲滅されるのが目に見えてたんで、すぐ散開して挟み撃ちにしようとしたのはいいんだが、ネペントの攻撃(ラッシュ)は一向に止まず、近づくことすら儘ならない。

 

 首をへし折りにきた横凪の一閃をスライディングで回避し、追い打ちの叩きつけから《タイガー・クロウ》の短距離ダッシュを応用して逃れながら、俺は全力でヤツの隙を探っていた。

 現実の戦闘なら、急所への攻撃だけ弾きながら突っ込んで倒すことができる。が、ここはゲームの世界。例え急所に一発も食らってなくても、極端なことを言えば耳にしか攻撃を食らわなくても、何発も当たってHPがゼロになれば死んじまう。掠っただけでこの威力なら、直撃すれば相当量を持ってかれそうだ。だから迂闊には攻撃できない。でも、攻撃しないと、その内に躱しこそねてやられちまう。

 

 なんとかして、この状況を切り抜けねえと。

 俺が頭をフル回転させていた、その時、

 

「グギルィッ!!」

 

 奇声と共に繰り出された三本の蔦による同時攻撃が、ついにリーナを捉えた。

 

 二本の軌跡を《水月》と《閃打》で逸らしたリーナだったが、最後の一本を見切り損ねた。ガラ空きの鳩尾に、蔦による痛烈な一撃が叩き込まれる。

 

「ゕはっ……」

 

 目を見開き、苦悶の声を漏らしながらリーナがふっ飛ばされた。HPはどうにか残ってはいるが、もう一発食らったらアウトだ。その瀕死のリーナ目掛けて、トドメといわんばかりに蔦が伸びる。

 

「リーナぁ!! クソ! この、ジャマなんだよッ!!」

 

 俺は三角跳びの要領で壁を蹴って跳躍、蔦をまとめて躱してリーナに駆け寄り、迫っていた蔦を強引に腕で払いのけた。篭手をしていてもそのダメージは凄まじく、一気にHPがレッドゾーンまで削られたが、相棒(コイツ)の命には代えられない。

 倒れたリーナを抱えて、一気にその場から後退する。

 

「おいリーナ、しっかりしやがれ! 寝たら即死ぬぞ!! 死んだらもうメシ食えねえんだぞ!?」

「……ぅ……そ、それは、困る。うん、大丈夫、もうやれる」

 

 再起動してするりと俺の腕から抜け出したリーナは、《クイックビンゴ》で背後の蔦を弾き、俺の後ろに着地した。いつもならポーションで回復したいところなんだが、そんなヒマはない。一瞬でも回避行動以外のなにかをすれば、確実に攻撃を食らう。いつにないギリギリの戦況だ。

 

 この苦境を脱する可能性がある方法は――一つだけ、ある。

 

 二人のHPがレッドゾーンになった今だけ使える、半分賭けみたいな、SAO唯一の()()()()スキル。

 

「リーナ! こうなりゃイチかバチかだ!! 『死力』スキルを使って、効果時間内に一気に押し切るしかねえ!!」

 

 この『死力』スキルだ。

 

 こいつはプレイヤーのHPがレッドゾーンになったときにだけ使えるスキルで、コマンドを唱えて発動すると、一定時間HPを除く全パラメータを熟練度に応じた割合で上昇させる効果がある。習得するには専用のクエストで地獄を見る必要があったが、その見返りとしては十分以上の上昇率を誇る、最後の命綱に相応しいスキルだ。

 ただ、デメリットもある。効果が切れると、今度はHP以外のステータスが減少してしまう。元の上昇率が高いほど、発動後の減少する割合も大きくなり、熟練度が高い程効果時間も長くなるが、その後のペナルティタイムもそれに比例して延びる。正しく「死力を尽くす」スキルだ。

 

「……確かに、『死力』スキルのパラメータ補正は大きい。攻撃力は高くてもHPと防御が低いネペント系相手なら、効果時間内に押し切れる可能性はある。でも、もし失敗したら……」

「らしくねーぞリーナ!」

 

 二人まとめて打擲しようと打ちかかってきた蔦の軌道を《エル・ファング》で逸らしながら、俺は相棒の言葉を遮って怒鳴る。

 

「可能性が低かろうが何だろうが、やる以外に道はねえんだよ! 失敗したときのことなんか聞かねえ! 勝たなきゃ死ぬってンなら、あの夜オメーが言ったように『勝てばいいだけの話』だろーが!! 腹にいいモン一発もらったぐらいで、弱気になってんじゃねーよ!!」

 

 腹の底から叫んだ俺の言葉に、すぐには反応は返ってこなかった。

 

 ただ、ゴンッ、と頭を硬い物で殴ったときのような鈍い音が一度だけ、俺の耳に届いた。

 

 何の音だ、と俺が問う前に、

 

「……どっちが行く?」

 

 いつもの冷静な声が聞こえた。思わず口元に笑みが浮かぶのを感じながら、俺は大声で応える。

 

「いつも通りだ! 俺が突っ込んでアイツの右を空ける! そこに飛び込んで一気に仕留めてくれ!!」

「わかった。発動は?」

「十秒後だ! いいな!?」

「おーらい」

 

 カタコト英語の返答を聞き、俺は再び前方のネペントへと集中する。

 

 そうだ、何が「迂闊に攻撃できない」だ。言葉に出てなかっただけで、ビビッてんのは俺もじゃねーか。

 今更なにを躊躇してんだよ、俺は。マトモに当たれば即死するような攻撃なんて、今まで散々あったじゃねえか。剣八、白哉、グリムジョー、ウルキオラ、藍染、思い返せばキリがないくらいの「必殺の一撃」を出されても、それでも俺は勝ってきたんだ。頼りになる相棒もいる今、たった一体の化け物相手に、何を恐れるってんだ!!

 

「……三、ニ、一。一護、いくよ」

「……ああ、いいぜ!!」

 

 

「「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、発動】」」

 

 

 刹那、爆発的な光の奔流が俺たちを飲み込んだ。

 

 霊圧の放出を思わせる青白い光が全身を覆い、角の生えたドクロのアイコンがHPバーの上に追加される。そして、視界の右上に小さく表示されるカウントダウンタイマー。これが効果時間のリミットを示す。

 

 『死力』スキルの発動が、完了した。

 

「行くぜ!!」

「うん」

 

 さっきまでの数倍軽くなったように感じる身体で、俺たちは蔦の嵐の中に一気に飛び込んだ。当然のように八本の蔦が迫ってくるが、

 

「トロいんだよ!!」

 

 俺は()()()()()でそれらを弾き返した。

 

 『死力』スキル発動中は特に筋力が大幅に上昇し、移動のスピードと踏み込みでブーストすれば、ソードスキルにも劣らない威力を叩き出すことが可能だ。今までスキが大きくて弾くよりも回避を優先していたが、この状態なら真正面から打ち返せる。俺が正面と側面からの攻撃を弾き、背後はリーナがしっかりアシストすることで、たった十メートル弱の間合いに満ちる死線を、俺たちは次々に踏破していく。

 

「ッ!? 一護、上!!」

 

 リーナの声に俺は視線を上げる。

 そこには、蔦を捻じり合わせて一本にまとめ上げ、こちらに向けて突き込もうと構えるネペントの姿があった。本体についたやたらデカイ口が、ニヤリと歪んだように見えた。

 

「連撃じゃ俺等を止められねえからって、蔦を一つにまとめやがったか。いいぜ、来いよ!!」

 

 俺は刀を八相に構え、一直線に本体目掛けて突っ込んでいく。

 

 矢弓のように引き絞られた蔦の先が俺に照準をあわせ、滅却師の矢並の速度でそれが打ち出された瞬間、

 

「おおおおおおおオオオオッ!!」

 

 俺は咆哮と共にソードスキルを撃ち込んだ。逆袈裟、斬り上げ、袈裟斬り。雪の結晶を描くように振るわれる斬撃全てを、蔦の先端に叩きつける。曲刀三連撃《アスタリスク》、俺の今最高の威力を誇る連撃は、極太の蔦の束を左端の壁までふっ飛ばした。

 

「今だ、リーナ!!」

「スイッチ」

 

 その蔦が引き戻される前に、リーナが短剣を下段に構えて本体に肉薄する。蒼い残光を引きながら突貫したリーナの《バウンドノート》が発動し、守るもののない本体に二連続の強打を与える。予想通り、ネペント系らしく防御はもろいようで、HPがみるみるうちに減っていく。

 

 後は俺が追撃して終い、そう思った瞬間、

 

「駄目だリーナ! 避けろォ!!」

 

 俺は咄嗟に叫んだ。

 

 大きく裂けた奴の口、そこから長い舌がズルリと伸び、今まさに二撃目を終えようとしているリーナへと狙いを付けていた。

 アレを食らえば命はねえ! 俺が行って間に合うか!? こうなりゃ剣を投げてでも攻撃を止めてやる――俺がそう考えた時、

 

「――甘い」

 

 リーナの身体がぐるんっと急旋回、間一髪で舌の刺突を躱した。さらにその勢いのまま後ろ回し蹴りによるカウンターをブチ込み、

 

「トドメ!!」

 

 正面に向くと同時に剣を投げ捨て、高速の拳打二連発を叩き込んだ。

 短剣二連撃《バウンドノート》プラス、体術スキルによる三連撃《参胴打》。計五連撃の合わせ技全てがネペントに命中し、そして、

 

「……クギュルルゥ……」

 

 尻すぼみの唸り声のようなものを残して、粉々に砕け散った。

 

 宙に舞うポリゴンの最後の一片が消え失せたと同時に、緊張の糸が切れたらしいリーナはその場にぺたりと座り込んだ。俺も大いに疲弊していたので、その場にどっかりと腰を下ろす。疲労の度合い的には、あと十分は動きたくない感じだ。

 

「……ったく。久々に肝が冷えたぞ、クソったれ」

「でも、勝ったからいいでしょ」

「……ま、そーだな」

「帰ったら、宴会?」

「そうだな」

「ちょっと高級な感じに?」

「いいんじゃねえの」

「一護の奢り?」

「それはねえな」

「ちぇっ」

 

 結局その後三十分もの間、リーナが「お腹減った」コールをし出すまで、俺たちは冷たい石畳に座り込み、ずっとしょうもない会話をしていた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ついに9000字を超えてしまいました……最早何も言うまい。
これでも最初の10000字超からは削ったハズなんですが……もう途中で心が折れました。「長くて読みづらい」という方々、堪忍してつかあさい。

肉一つ焼くのにも『料理』スキルが要るこの世界、何とも面倒くさい……。
それはさておき、前回登場させ損ねたアスナを出しました。この一件がきっかけで彼女が料理スキルを上げだした……かどうかは定かではありませんが。

新スキル『死力』は、よくあるバーサクみないな感じです。SAOじゃ生命線になりそうですよね。でも発動条件的にプレイヤー間の初撃決着デュエルでは使えないし、肝心の習得条件がちょっと……詳細は次話で書きます。


※おまけ
「そういやリーナ、『死力』スキル発動する前のゴンッて音、アレ何だったんだよ」
「剣の柄で自分の頭をシバいた音」
「……なんでンなことしてんだよ」
「ヘタレた自分へのけじめ。えらいでしょ」
「そ、そうかよ……(ソレが原因でHP尽きてたら、とか考えなかったのか、コイツ)」

ストイック、流石リーナ、ストイック。



次回更新は来週の火曜午前十時を予定しております。
キリトの出番が多目の予定です。
あと、初登場の原作キャラがいるかもです。


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Episode 9. Don't judge by appearance

お読みいただきありがとうございます。

第九話です。

宜しくお願いいたします。


「ヘー、そりゃタイヘンだったナ。攻撃特化(パワーシフト)キラーモンスター入りのトラップルーム、カ。そんな物騒なトコに特攻しといテ、よくもマア無事に帰ってこれたナ、ベリっち」

 

 ヘルネペントなんちゃらとかいう蔦の怪物を斬った翌日、俺はアルゴと一緒に食事を摂っていた。今が昼食時の時間帯なことや、絵具で塗りつぶしたような青空というすこぶる良好な天気も手伝い、メシ屋の並ぶここ三番街はかなりの混雑を見せていた。俺たちが座っているカフェのテラス席も、すでに多くのプレイヤーで埋め尽くされている。

 

「無事なモンかよ。アイツに一発ド突かれたせいで、クソ高い篭手が片方お釈迦になってんだ」

「リッちゃんを護って、ダロ? ご立派じゃねーカ。名誉の負傷ってヤツダ。

 ア、何ならマタ記事にしてやろっカ? 『危機一髪!? 最前線に現れた暴虐の植物! あの死に損ない共が死にかけた激闘の一部始終を――」

「フザけんな。やったらマジでフレンド解除するぞ」

「いいネタだと思うんだけどナー」

 

 微塵も悪びれる様子を見せず、アルゴは目の前のカルボナーラを口に運ぶ。好物なのか、やたら美味そうに食べてるのは大いに結構なんだが、この後に頼んでた『スイーツ五品盛り合わせ』を食えるだけの胃の容量は空けといてほしい。コイツも食う量は多い方だがリーナほどデタラメな量は食えない。余ったデザートを押し付けられて、昼間っから過食するような羽目になるのは勘弁してもらいたい。それでなくても、ここ最近リーナに付き合って食い倒れることが多いんだ。たまには平和な食事がしたい。

 

「ところデ、今日はリッちゃんお休みなんだナ」

「ああ。食べ疲れが抜けねえとか言って、二度寝しやがった」

「コンナにいい天気なのニ、勿体ナイ」

「天気が良いからって、別に食い物が降ってくるワケじゃねえからな。飲食が関わらない以上、アイツにとっちゃあ晴れだろうが雨だろうが、どーでもいいんだろ」

「ブレねえナ、リッちゃん」

 

 今日もリーナは宿屋に放置だ。昨日の討伐祝い大宴会(メインディッシュだけで四軒ハシゴした)の大食いが祟ったらしく、朝飯もそこそこに「お休み」とベッドに潜り込んじまった。つくづく自堕落な私生活だが、世話を焼いて叩き起こしてもいいことなんか何もない。「牛になっても知らねえからな」とだけ言って宿を出てきたのはよかったんだが、一人で昼飯を食うのもなんかイヤだ。ってことで、新しい情報が入ってないか訊くついでに、アルゴを昼飯に誘ったってワケだ。

 

「マ、オレっちとしては、忘れっぽいオマエがちゃんとメシに誘ってくれただけで十分だけド。ありがとナ、ベリっち」

「へいへい」

「何ダヨ、オネーサンがニコニコ笑顔でお礼してるンだゼ? 照れの一つでも見せろヨ、可愛くネーナ」

「可愛くなくて結構、大体オメーにンなこと言われたって、これっぽっちも嬉しくねーよ」

 

 それに用事のついでに誘っただけだ、とは言わない。約束のことなんざ全く覚えてねえことも言わない。言わない方がいいような気がしたからな。わざわざこの平穏な空気をブチ壊すこともねえだろ。

 

 とっくにペスカトーレを食べきってアイスティー片手に頬杖を突く俺とは対照的に、アルゴは終始ご機嫌のにまにま顔だった。何が楽しいのかはさっぱりだが、さっき運ばれてきた平皿に盛られているスイーツが次々と削り取られていくあたり、とりあえず俺の懸念は杞憂に終わりそうだ。

 しっかし、このゲームで会う女連中は皆よく食うな。アレか、仮想世界だといくら食っても太ったりしねえから、タガが外れて健啖家になるってのか。女ってのは色々大変だな。

 

「にしてモ、『死力』スキル持ってるってことは、ベリっちはあの鬼畜クエをクリアしたってことだよナ。ミスったら即アウトなのに、よくやるゼ」

 

 アルゴの言う「鬼畜クエ」ってのは、『死力』スキルを習得するための専用クエスト『仙人の挑戦』のことだ。三層迷宮区の北部にある洞窟で会える、総隊長の爺さんを彷彿とさせるNPCに話しかけると受注できるんだが、難易度がまさに鬼だった。

 やることは超単純、奥の闘技場に連れて行かれ「自分に打ち勝て」とだけ言われて、自分を模した敵に一対一で勝利する、それだけだ。武装に関してはその時の装備と全く同じものを付けてるんだが、そいつのステータスは何とプレイヤーの数値のきっかり二倍。つまり、プレイヤーのレベルが高いほど、敵の相対的な強さも跳ね上がる意味不明仕様ってことだ。結論から言えば俺もリーナも何とか勝利できたんだが、あの時程マジメにレベルを上げてたことを恨んだことはねえな。

 

「ケド、そのスキルのおかげで今回生き残れたんだシ、良かったジャねーカ。そんな『忌々しいコト思い出したぜ』ってツラするんじゃねえヨ、ベリっち」

「うるせーな。そんな呑気なこと言えるってんならオメーも一回やってこい、そうすりゃイヤでも湿気た面になるからよ」

「それはゴメンだナ。つか、オレっちはそーゆードンパチ系は苦手なんだヨ」

「嘘つけ、ソロで潜れるぐれえには強えんだろ? 毎回情報の裏取りに行ってんだから」

「安全マージンの範囲でならナ。それを超えたトコにはいけねえヨ」

 

 そう言って、アルゴは最後に残ったモンブランを摘まんで口に放り込んだ。指がクリームまみれだが、そういう汚れはどうせシステムが数秒後にデリートしてくれる。でなけりゃ普段散々食い散らかしてるウチの相棒が、食事の度に大変な目に遭うハズだからな。

 

「……さて、そろそろ俺は行くぜ」

「エー、他人(ヒト)を呼んどいてそれカヨ。それニ、今日はオフなんダロ? もーちょいゆっくりしてけヨー」

「わりーな。俺にも用事ってもんがあんだよ」

「ドンナ? マ、マサカ、逢引きカ!?」

「言葉が(ふり)ーよ。つかそもそも(ちげ)えし。新しい武器買いに行くんだよ」

「オ、じゃあ良い店教えるカラ、一緒に――って思ったケド、流石にそれは過干渉ってヤツダナ。ここは大人しく退散するサ」

「オメーが物分かりがいいと、それはそれで違和感だな」

「失礼ナ。オレっちはいつだっテ、物分かりのいいオトナのオネーサンだゼ?」

「そういう台詞は身体年齢で俺を越えてから言え」

「アバターが成長シネーこの世界でムチャ言うナ」

 

 いつも通りの軽口を交わしてから、またナー、と手を振るアルゴと別れた俺は雑踏をかき分けるようにして中央広場に戻った。時刻はまだ正午にもなってないが、人の出はかなり激しい。身動きが取れなくなる前に、早く武器を買っちまわねえとな。

 

 そう。早く、新しい武器(カタナ)を買うんだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 エクストラスキル『カタナ』は、そう珍しいスキルじゃない。

 曲刀スキルがスキルスロットに選択されていれば、あとは曲刀装備で戦い続ければ大体熟練度300から400の間で出現するらしい。俺はあの蔦の化け物を倒した直後、熟練度420で出てきたが、習得するタイミングはどうもランダムみたいで、俺よりずいぶん前に習得してる奴も何人か見たことがある。熟練度百の差はズルくねえかとは思うが、文句を言ってもそこはリアルラック如何だから仕方がない、と考えとくことにする。

 

 ただ、スキル自体は珍しくなくても手に入る「刀」は意外と少ない。売られている武器の大半以上を占めているのは、装備すると同時にその武器種に応じたスキルが手に入ってしまう「基本カテゴリ」の武器であり、曲刀のサブカテゴリ的な位置にある刀を取り扱っている所は今の所あまりない。

 

 で、売られてる武器の母体数が減るってことは、当然、

 

「……ぜんっぜん(つえ)ーのが見つかんねえ」

 

 ってコトになる。

 

 雑踏を歩くことしばし、装備関連の店が並ぶ六番街の一通りの武器屋を覗いてはみたが、見つかった刀はたったの四振り。しかもどれも似たり寄ったりの性能だった。いくら最初に装備する武器に頭抜けた性能のモンがねえからって言っても、こんだけ弱っちいともう曲刀のままでいいんじゃねえか、って気がしてきてしまう。仕方ないとはいえ、せめて今振ってる曲刀に近いくらいの性能があってくれないとなあ。

 

 妥協すべきか、納得いくまで探すべきか、それともいっそドロップ狙いで迷宮にカチ込みかけるか。

 

 頭を悩ませながら中央広場まで戻ってきたとき、()()は目に入った。

 

 中央広場のど真ん中の噴水。その周囲をぐるりと取り囲む芝生の帯。そして、その上でシートやテーブルを設置してアイテムを並べている、何人かのプレイヤーの姿。

 

「……そうだ、露店を漁るって手があるじゃねえかよ」

 

 露店ってのは、まだ自前の店が持てない職人・商人クラスの連中が商売をするために設置する簡単な売買スペースだ。NPCよりもプレイヤー連中が多くを占めていて、中に腕利きが混じってれば、良い掘り出し物にありつけるかもしれない。あればラッキー、ぐらいの確率だろうけど、見ておくに越したことは無いだろ。そう思い、俺は露店を一つずつ見て回る。

 

「いろいろあるのは良いが……やっぱ、服飾品とか消耗アイテムみてえな、コストが低いモンしか売ってねえか。そりゃそうだ。まだ全体の五分の一も攻略できてねえ今、武器防具を最前線の街で売れるクオリティで造れる奴なんていな……あ?」

 

 露店の半分も見ないうちに諦めモードになっていた俺は、ふと一つの露店の前で立ち止まった。

 

 地面に広げられた麻のシートの上には、剣、槍、斧、ハンマー。木箱の上には短剣とピックが何本か並べられている。その横には盾が数種類、台座に掲げられていた。

 

 あった、武器屋が。

 

 とりあえず人の流れから抜け出し、露店の前にしゃがみ込んで展示品を眺めていく。武器の種類と数はそれなりにあるみたいだが、刀がなくちゃここに来た意味がない。さて、並んでる中にあるかどうか……。

 

「あのー、何かお探しですか?」

「……あ?」

 

 刀を見逃さないよう注意深く武器を見ていた俺は、前方からかけられた声につい胡乱な返事をした。顔を上げると、そこにはフードを被った女子の顔。武器屋なんてやってっから、てっきり男だとばっか思ってたが、こんなヤツが店主だったのか。ちっと意外だ。

 全体的に小作りな目鼻立ちと丸っこい瞳を持つその顔立ちは、かなり幼く見える。少なくとも、俺より三つか四つは下だ。何やら緊張とビビりが半々、みてえな表情をしてるが、俺としては不本意ではあるが見慣れたモンだ。初対面の後輩連中は、大多数がこういう面をしてたからな。

 

 まあその辺は今はどうでもいい。店主がいるなら直接訊いちまった方が早いし、その方が確実だ。

 

「ちょっと新しい刀を探してんだ。アンタんトコで扱ってねえか?」

「は、はい。刀は、えーっと、こちらになりますね」

 

 女子店主はそういって、三振りの刀を提示してきた。受け取って一つ一つの性能を確認していくが、

 

「うーん……確かに性能はNPCんトコのには勝るが、火力が足んねえな」

 

 そもそも刀自体、どっちかと言えばスピード系の武器種だからか仕方ないんだが。しかしこの性能じゃ同格相手ならともかく、格上相手の前衛はキツい。リーナが蔦の化け物のドロップでゲットしたダメージ率補正効果のついた手甲『メサイアの碑』と、そう変わらなくなっちまう。

 これはもうこういうモンだって納得して買うしかねえのか、と逡巡していると、

 

「実は……その、一振りだけ。ここには並べてないの」

「お、マジか! それを早く言えよ。ひょっとしてアレか? 表にゃ出さねえ『秘蔵の品』ってヤツか? 見せてくれよ。金ならそれなり以上にあるぜ」

「えっと、そういうワケじゃないんだけど……これがそう」

 

 緊張の度合いが増したからか、敬語のはずれた女子店主は少し躊躇しながらウィンドウを開き、ストレージから一振りの刀と取り出してきた。

 

「……これか」

 

 刀身は肉厚で、重量はかなりのものだ。曲刀の優に三倍はあるように思う。くすんだ鋼の色が重々しい鈍い輝きを放っていた。

 だが、最も目立つのは、その造りの粗雑さだ。

 『宵刈』と銘打たれたその刀には、鍔がなかった。柄には細い革の帯が巻き付けられているだけだ。柄頭もない。この世界で武器の外見にはプレイヤーは干渉できないらしいから、多分作ったらたまたまこうなっちまったんだろう。

 性能を見てみると、これまたアレな感じだった。補正効果なし、筋力要求値は以前少しだけ検討した両手剣並だ。一桁層の武器屋ならいざ知らず、19層相当の武器であればNPC製ですらなにかしらの補正効果がついている。加えて高重量ってことは、片手用武器ならではの利点「取り回しが良い」ってのを潰しにかかっている。

 反面、耐久値だけは今まで見た中じゃぶっちぎりで高い。高重量に引きずられてか敏捷性補正もないが、火力は今使ってる『グローアーチ』よりも上だ。

 

 正直、一武器としちゃあビミョーなスペックだ。安定性を求めるなら、さっきの刀の方に軍配が上がる。女子店主が店頭に並べなかったのもう頷ける。

 

 でも、俺はこの不格好な刀に無性に惹かれるものがあった。

 

 俺の持つ斬魄刀・斬月の、マトモに刀の形をしてないとすら言われた一番最初の姿に、どこか似たものを感じたんだ。

 

「……試しに振ってみてもいいか?」

「え? う、うん。ご自由にどうぞ」

 

 意外なことを聞かれた、という表情を浮かべた女子店主から距離を取り、俺は装備欄を操作して刀を装備する。二度、三度と振ってみるが、曲刀と同じ感覚で振ると重量のせいか斬撃速度は遅い。実戦を重ねて感覚を更新してくしかないか。でもそれ以上に、この掌に吸いつくような感覚とか、空を裂く重々しさとか、数値には現れない「良さ」が伝わってきた。

 

「……いいな、これ」

「へ?」

「これ売ってくれ。気に入った」

「……え!?」

 

 俺は鞘に納めた刀を突きだし、そう宣言した。

 対する女子店主は相当ビックリしたようだった。童顔を驚きの表情のまま数秒硬直させてたが、すぐに慌てたように再起動した。

 

「で、でもその刀、見た目がちょっと失敗気味で、付加効果(バフ)もしょぼいし、それに……」

「見た目? ンなモン大して気にしねえよ。敵が斬れることには変わりねえだろ。余計な効果もなくて、シンプルでいいじゃねえか。

 それに、見た目が変わってるほど、中身はすげえモンだって昔から相場が決まってんだ。コイツもそーゆーモンの一つだったってだけだろ。むしろ俺は、その辺の小奇麗な剣よりも、こっちの方が愛着が湧く気がすんな」

 

 そう、周りと同じってのよりも、独特の姿をしてた方が「俺の武器」って感じがする。要求通りの攻撃力も備えてるし、それに、この飾りの一切ない刃そのものの簡素極まる出で立ちが、ひたすらに敵を斬り続ける日々を送ってる今の俺には合っているように思えたんだ。

 

「つうかよ、捨てずにちゃんと取っといてるってことは、アンタもコイツが大事なんだろ? そんなに自分の作った武器をけなさなくてもいいんじゃねえか? 自信持てよ、いい刀なんだから」

「ほ、ほんと!? ……やった!!」

 

 そういうと、女子店主は屈託のない満面の笑みを浮かべた。口では見た目がどうのとか言ってても、やっぱり出来を褒められて喜ぶくらいには愛着があったみたいだ。まあ、自分で鍛えた武器に思い入れがねえワケがねえよな。飾りっ気のない本当にうれしそうな笑顔に、小さなガッツポーズのオマケつき、なんていうコイツの純粋な喜びのポーズを見てると、そう感じると同時に柄にもなく少しだけ照れくさくなる。

 それを隠すためってわけじゃないが、喜色満面の女子店主との売買を成立させた俺は、買ったばかりの刀をストレージには入れず、その場で装備した。黒革の鞘に収まった刀が俺の背中に現れると、女子店主の笑顔がさらに輝いた。照れくさい感じが増して、むず痒いような感じがしてくる。

 

「……んじゃ、機会があったらまた頼むわ」

「もっちろん! あ、あたし、リズベットっていうの。ちゃんと覚えといてね!」

「ああ、一番最初の刀を買った相手だ。覚えとくぜ。そんじゃあな、リズベット」

「はい! ありがとうございました!!」

 

 少しだけ震えた声で、お決まりの接客業らしい礼をする女子店主――リズベットに俺は片手を上げて応え、露店を後にした。

 歩くたびに肩に食い込む剣帯の重い感触は曲刀にはなかったもので、まるで久々に斬月を背負っているかのような懐かしさと頼もしさを俺は感じていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 最初の刀を手に入れて密かにご満悦の俺は、試し斬りをするために勝手知ったる19層の迷宮区に単身で来ていた。俺の武器慣らしに付きあわせるのも悪いんで、リーナには「刀買ったから慣らしにいってくる。晩メシは先に食っちまってくれ」というショートメッセージを投げておいた。一分後に「いってら」とだけ返ってきたから、不服はないらしい。

 

「フッ!」

 

 遺跡エリア東部に出現する紫ゾンビ剣士『パープルデッド』に、カタナ単発攻撃《浮舟》を叩き込んだ。黄緑の光を帯びて下段から斬り上げた刃が、錆びた剣を握る腐った手ごと胴を抉り飛ばす。重い刀を引き戻し、背後に迫っていた一体にカウンターの一閃を当て、さらに追撃の正拳突き《閃打》を顔面にブチ込んでトドメを差す。空いたスペースに身を躍らせ、ノロノロと集まってくるゾンビ四体の包囲網から脱出した。

 

「助太刀は要るか? ヤンキー侍殿」

 

 そう遠くないところから、茶化すような軽いノリの声が聞こえた。戦闘中によそ見は出来ないためにそっちは見れないが、見なくても誰だかは分かった。

 

「いらねえよ。むしろジャマだ、手ぇ出すんじゃねえぞキリト」

「そっか。なら、俺はここで観戦してるかな」

「いや見てねーでどっか行けよ――っと!」

 

 迫ってきていたゾンビ剣士の剣を数歩下がって躱す。肉が物理的に削がれた痕のある細腕のクセに、振っているのは身の丈を超えるようなサイズの両手剣。錆びついてても正面から受けた時の衝撃はバカにならない。受け止めて力づくで押し返してやりたくなるのをグッと堪えて、最小限の動作とスピードで回避してから、

 

「まとめて、くたばれ!!」

 

 鋭く一歩踏み込んで、一気に斬り捨てる。半円状に広がって俺に群がろうとしていたゾンビ剣士四体は、濃紺のエフェクトを帯びた刃をモロに受けて吹き飛んだ。が、HPバーは全く減らない。そのまま怯むこともなく鈍い再突撃をかけてくる連中を見据えながら、俺は血糊払いの動作をしてから、腰提げに変えていた鞘にゆっくりと納刀。そして、

 

「……大人しく死んどけ、クソゾンビ」

 

 パチリ、と納めきった瞬間に、四体が同時に爆散した。

 

 斬撃が当たった瞬間にはノックバックしか発生しないが、納刀モーションを五秒以内に完了することで、敵にスタン付きのダメージを与える広範囲攻撃《矢筈》。初期から存在するスキルにしてはテクニカルだが、攻撃の流れがかっこいいんで使ってみた。

 

 敵の殲滅を確認して一息吐きながら、やっぱり腰に鞘があると落ち着かねえな、と思い剣帯を背負うようにして付け替えていると、パチパチと気のない拍手が聞こえてきた。

 

「おー、なんか侍って感じの動きだな。お前はもう死んでいる、ってやつだ」

「うるっせーな。つかオメーまだいやがったのかよ」

 

 背負い直した刀の具合を確かめつつ、刀のついでに新調した襟なしのロングコートの裾を翻して、俺はキリトの方を振り返った。他人との干渉を避ける傾向の強いコイツが、自分から話しかけてくるのは珍しい。何か用か、あるいは目的でもあんのか。

 

「何の用だ。なんか刀使いが要るイベントでもあんのかよ」

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、知らない仲じゃないだろ」

「知らねえ仲じゃねえから訊いてんだ。ソロの中でも人付き合いのわりーお前が、圏外でわざわざ俺に寄ってくるワケがねえだろ」

「ヒドい言われようだなあ……ま、その通りなんだけど」

「帰れ」

「まあそう言うなって」

 

 飄々としたいつもの表情を浮かべながら、キリトは一枚のウィンドウを開いて俺に見せてきた。マップデータらしく、この迷宮区の地形が表示されていて、その中に紅い点が一つ打たれている。

 

「知り合いからの目撃情報で、このポイントで黒い外套を着込んだ女性NPCを見掛けたって話がある。ずいぶん前の情報なのに、その後に目撃したって話が出てない。他の目撃者が情報を秘匿してるか提供者が嘘を吐いた、あるいは見間違えた可能性が考えられたが、複数の情報屋を当たっても類似した情報は一つも出て来なかった。最前線に潜るプレイヤー数が少ないとはいえ、ここまで情報の隠ぺいが徹底してるとは思えない」

「んじゃあ、その情報が間違ってんだろ」

「それが、その知り合いは遠距離で撮影結晶を起動して証拠写真を撮って来てるんだ。普段はそんな機転の利く奴じゃないんだけどな、たまたま直前に買ってたのを覚えてたらしい」

 

 これだ、と言ってキリトはさらに一枚のウィンドウを開いた。今度は画像データで、薄暗い遺跡の通路の奥に、確かに黒い外套の女が映っている。海外の彫像を思わせる彫の深い顔立ちに、外套の上からでもわかる起伏に富んだ肢体。腰には刀のものらしき鞘を提げているが、刀身は見当たらない。手に持ってるわけでもなさそうだ。

 

「コイツが普通にプレイヤーだったんじゃねえの。なんでNPCだって言い切れんだよ」

「消えたからさ、霧のように」

「消えた?」

「そうだ。普通、プレイヤーが消える時には、なんらかのエフェクトが発生するはずなんだ。死ぬときも、転移結晶で移動するときも、フィールドのワープ機能で転移するときも、『隠蔽』で消える時ですらも。けど、そういう現象を提供者は確認出来なかったそうだ。本当に、霧のように消えたと言ってるんだ。となると、そういう消失をプログラムされたNPCだと考えるのが一番自然だろ」

「成程な。んで? それと俺に寄ってきたことの間になんの関係があるんだよ」

「提供者が刀使いだったこと、それからこの写真の女性が刀の鞘らしいものを装備していることから、このNPCの出現には刀使いが必要だと俺はふんでいる。特定の条件を満たした時にNPCが出現するような演出があるってことは――」

「なんかのクエストの開始条件って可能性が高いってことか」

「そういうこと。そして、俺はもう一つ推測している」

 

 細い人差し指をピンと立て、キリトは真剣な表情で続けた。

 

「このクエストを達成することで、未だ発見されていないボス部屋の入り口、ないしはそこへ続く道が出現する。何の根拠もないが、俺はそう考えてる」

 

 そう、キリトの言うように、現在この19層のフロアボスの部屋はまだ発見されていない。東部はとっくの昔に俺たちがマッピングを終え、残る西部ももう九割近くが踏破されているのに、だ。何か見落としがあるか、あるいはカギになるクエストやアイテムがあるんじゃねえかって攻略組の間では噂されていて、完全踏破を目指す一方でいろんな検証が行われてるって話だった。ウチのリーナも戦闘の合間に『索敵』や『開錠』を使ってアレコレ試してはいたが、どれも不発に終わっていた。

 

 キリトが言ってるのは、今回目撃されたNPCこそがこのフロアボスの部屋を見つける手がかりになるんじゃ、ってことだ。

 

「……確かに、可能性はたけーな」

「だろ? そういうわけで、お前を尾行してきたってワケだ。もしクエストが開始された場合、報酬が出たら均等割り、ドロップアイテムは獲った者勝ち。この条件で、俺と臨時で組まないか?」

「さらっと尾行()けてきたとか言いやがって。最初っからそういう風に誘えってンだよ、このストーカー野郎……まあ、武器慣らしのついでだ。仕方ねえな」

 

 それじゃよろしくな、とキリトが頷き、そのまま俺の前に出て歩き始める。ソロで活動している以上、『索敵』スキルを持ってるってのは前に聞いていた。今回はそれを活かして警戒役をするつもりなんだろう。なら、俺はいつも通りにヘイト集めと盾役だな。組んでる奴が腹ペコ体術士(リーナ)から真っ黒剣士(キリト)に変わっただけだ。やることは変わらない。

 

 予想外の臨時パーティーメンバーの背中を見ながら、俺は遺跡の奥へと進んでいった。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

11/24 16:10
誤字を修正しました。

今回試しに文字数を気にせず書いてみました。10000字には届きませんでしたが、やはりこのくらいにはなってしまいますねえ……。感想欄でもそんなに気にしなくていいんじゃね? というご意見をいただけましたので、もうこのまんまやっていくことにします。冗長にならないように、気を付けて書きますので。
(既に冗長? はいごめんなさい精進しますすみません)

リズベット初登場、そして一護がカタナ装備をゲットしました。
反面、女性キャラ二名の登場でキリトのガッツリ出番が削られてしまいましたが。次話は今回からそのまま続くので、次こそはちゃんとキリト君を多めに出します(フラグにあらず)。

……ところで、食事中に一護はいったい何コル分のネタをアルゴにすっぱ抜かれたんでしょうね? 習得スキルのこととかペラペラ喋っちゃってるし。
 

※おまけ
「ところでベリっち、もうすぐバレンタインだけド、リっちゃんからのチョコ、もらえそうカ?」
「ああ。この前本人から直に宣言されたから、まあもらえんじゃねえの?」
「エ!? も、もうナノカ!?」
「俺も気が早えとは思うけど別にいいだろ。本人も『期待してて』とか自信満々に言ってたから、それなりのモンはくれると思うぜ」
「そ、それって、つまり……」
「それに、アイツの魂胆は見え見えだしな」
「ヘ? 魂胆?」
「『ホワイトデーの三倍返し』に決まってんだろ。他に何があるってんだよ。自分にメリットが無い限り、アイツが他人に無償で食い物を渡そうとするハズがねえ」
「……そ、そう、カ?」
「当たり前だろ。ちゃっかり『期待してて』の後に、『私も期待してるから、一か月後』って笑ってやがったからな。俺から菓子をブン取れる正当な理由が出来たんだ。そりゃ嬉しいだろうよ」
「イヤイヤイヤイヤ!! それって完全に、あ、愛の告白の返事を期待する乙女の台詞じゃネーカ!!」
「……まあ、ぶっちゃけそれだけだったら、俺も一瞬そう思わなくもなかったんだけどよ。この前、アイツが『今から選ぶホワイトデーのお返し! 愛する彼女に百倍返し!!』とかいう、男にとっちゃあ物騒なタイトルのカタログをにやにやしながら読んでんのを見ちまったからな。その可能性は微塵もねえと思っていいだろ」
「ひゃ、百倍はエグイナ……」
「ああ……破産する未来が鮮明に見えるぜ……」

ベリっち、強く生きロヨ。 byアルゴ



次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 10. Don't judge by appearance (2)

お読みいただきありがとうございます。

第十話です。

宜しくお願いいたします。


 19層の迷宮区として設定されているエリアのうち、半分はジャングルエリアとして地上に広がっている。そのため、残る遺跡エリアにはそんなに広い面積はない。二、三の小部屋と通路のみで構成されたフロアが積み重なってできた多階層式であり、東西それぞれでほぼ独立している。両者が交わるのは最上部より二階層下の最終安全エリアだけで、そこから先はまた東西に分かれている。

 即席パーティーを組んだ俺とキリトはその安全エリアを通過し、そのまま目的地の東部最上層入り口までやってきていた。道中何度かモンスターとエンカウントしたが、特に苦戦も強いられることもなかった。キリトが強いという点もあるが、ここ東部の攻略難易度が西部に比べて低いことも理由の一つだと思う。

 東部は西部と違って通路が明るく、出現するモンスターの動きも読みやすい。敵の攻撃に耐えうる、あるいは躱しきる自信としっかりした準備さえあれば、踏破はそこまで難しくない。俺たちがいつものように安全マージンガン無視で迷宮区に突っ込み続け、その勢いのまま先日東部を完全踏破してマップデータを公表して(バラまいて)からは、迷宮区に挑むプレイヤーもかなり増加し、最上層近くで見掛ける人の数も少しずつ増えてきた。今回の情報も、そうして迷宮区に来るプレイヤーが増えたが故にもたらされたものなんだろう。

 

「どうだキリト、なんかわかったか」

 

 『索敵』スキルで周囲の反応を調べていた、「最上層で見掛ける」確率トップの黒衣の剣士に、俺は抜き身の刀を担ぎつつ問いかけた。

 

「うーん、今の所、俺たち以外に反応はないな。迷宮区の造りも他と差異はないみたいだし、隠し通路なんかのギミックもなさそうだ」

「やっぱり、その知り合いにガセネタ掴まされたんじゃねえのかよ?」

「クラインの奴に、そんな賢しい真似は出来ない……と、思うんだけどなあ」

 

 クラインというらしいその知り合いをさらっとディスりつつ、尚も周囲の反応を監視するキリト。可視化されたマップを覗いてみると、確かに俺たちを示す二点以外にフロア内の反応がない。

 

「あるいは、俺の推測が間違ってたか、だなあ」

「ガセ渡された可能性とどっちがたけーよ」

「二対八の割合で、俺の推測ミス」

「……そのクラインってのは、そんなに頭の出来がアレなのかよ」

「いいヤツなんだけどな。基本的に行動原理が単純で、隠し事がヘタクソなんだ。嘘なんて吐けば一発でバレる」

 

 そう言われると、何となくウチの親父が思い浮かんでくる。あのヒゲダルマもガキみたいに単純で、生前のお袋曰く嘘もすげえ下手だったらしい。ああ、こっから現実に帰ったら、俺は絶対にブン殴られるんだろーな。ムカつくが、迷惑かけたのも事実だし仕方ねえか。

 

 久々に家族のことを思い出しつつ、マップを注視するキリトに先行して通路の角を曲がった瞬間、

 

「ッ!?」

 

 暗闇からブーツの底が顔面目掛けてすっ跳んできた。

 

 槍の刺突を思わせるその脚撃を、身体を捻じり切らんばかりにツイストして何とか回避。そのまま後ろに倒れ込む勢いを利用してバク転、第二撃が来る前に一気に後退して距離を取った。

 

 が、敵の行動は俊敏だった。

 黒いマントのようなものを羽織ったそいつは上段蹴りを外した体勢を即座に立て直し、間合いを詰めるべく一気に突っ込んでくる。

 

「させるかよ!」

 

 横からキリトが剣を片手に接近し、片手用直剣の単発刺突技《レイジスパイク》を敵の予想進路に撃ち込んだ。ペールブルーの閃光が高速で疾駆する敵の懐に突き立つ――かと思ったが、なんと敵はその場で進路を直角変更、キリトの真横をすり抜け、再度こっちに向かってくる。

 

「俺が目当てかよ、フザけやがって!」

 

 悪態をつきつつ刀を構えた俺目掛けて敵が突進してくる。そのマントの中で、何かが蠢いたように見えた。

 直後、チカッと銀色の光が瞬き、凄まじい速度で右手が突き込まれる。手首を返して刀を閃かせ、攻撃を受け流す。ガキンッ、という金属音と共に上がる火花。袖に隠れて見えないが、どうやら武器に当たったようだ。

 お返しに胴を水平に薙ぎ払うが、敵は左手を振ってそれを弾く。またも硬質な音が響く。が、その瞬間、左の脇腹が大きく空いた。そこ目掛けて間髪入れず回し蹴りを放ったものの、間合いが遠すぎた。俺の蹴り足のつま先は、敵のマントの裾を掠める程度に留まる。

 

 背後から強襲したキリトの一閃を見えているかのようにひらりと躱し、敵はそのまま大きく跳躍して距離を取った。その隙に俺もキリトと合流し、並んで獲物を構えて敵と対峙する。

 

「一護! 無事か!?」

「アッたり前だ! 不意打ちとかナメた真似しやがって! このクソ犯罪者(オレンジ)野郎、絶対に叩っ斬ってやる!!」

 

 俺は刀を真正面に構えて襲撃者を睨みつけた。

 着地した体勢のまま、しゃがんだままで動く気配はない。黒いフードを被っていて、顔は見えない。手元が隠れてる所為で獲物が何なのかもわからない。一つ確かなのは、キリトの『索敵』スキルに引っかからなかった以上、コイツはそれを上回る『隠蔽』スキル持ちだってことだ。さっきの殺す気全開の蹴りといい、多分相当手馴れた犯罪者(オレンジ)プレイヤー……

 

「……おい、一護。あいつのカーソルの色……黄色だ」

 

 じゃねえのかよ。

 

 犯罪者(オレンジ)プレイヤーは、その名の通りカーソルの色が一般プレイヤーのグリーンからオレンジへと変わっている。直前まで気配を消してたことといい、不意を突いて蹴りをブチ込もうとしてきたことといい、てっきりソイツの上にはオレンジのカーソルが乗っかってると思ってた。

 だが、よく見てみると、奴を示すカーソルの色はオレンジではなく確かに黄色に染まっていた。

 

 その色の意味するところは、

 

「コイツNPCなのかよ!?」

「ひっ……!」

 

 俺の驚く声と、誰かの怯えたような細い悲鳴が重なった。石造りの通路に声が反響しながら消えていき、その場に沈黙が降りた。

 

「……おいキリト、今の女々しい悲鳴はテメーか」

「そんなわけないだろ! 男の俺にあんな声が出せるか!」

「前々から女っ面だとは思ってたが、内面までソッチ寄りなのかよ……超ドン引きだぜ」

「他人の話を聞けよ!!」

 

 やっぱり線の細さは気にしていたのか、ムキになって反論するキリトを放置して、俺は蹲ったままのNPCへと近づいて行った。戦意は一かけらも無さそうだが、また顔面に蹴りが飛んでこないとも限らない。刀を右手に持ったまま、ゆっくりと奴との距離を縮めていく。

 近づいてみると、黒い布の塊にしか見えなかったソイツの輪郭がはっきりと見えてきた。第一に、纏ってるのはマントじゃなく、昔歴史の教科書かなんかで見た古ぼけた外套だった。そこに浮かび上がっている身体の線は思いのほか華奢で、さっきの鋭い一撃のイメージとは到底結びつかない程だ。獲物はまだ見えないが、腰には淡黄色に塗られた細身の鞘が提げられている。緩く湾曲した形状からして、多分刀の鞘だろう。

 

 何となく正体に目星がついた俺は、距離一メートルのところで足を止めた。俺のブーツの音が止まったことに気付いたからか、NPCの身体がピクッと跳ねた。

 どう見てもコッチに対してビビりまくってる。先に攻撃してきたのはソッチだろうが。一人で不意打ちかまして一人でガクブルするとか、どういう脳みその作りしてんだよ……ああ、コイツ人間じゃねえから脳みそねえのか。

 

 脳内に渦巻く益体もない考えを捨て去り、俺は静かに問いかける。

 

「……アンタ、何モンだ? なんでいきなり、俺を狙ったんだ」

 

 俺の問いに対し、NPCはまたピクッと身体を跳ねさせる。強く掴めばへし折れそうな肩が微かに震えている。虐めているようで非常にやりにくいったらないが、だからってこっちまで黙ったままでは事態は解決しない。心を鬼にして、俺はさらに質問を続ける。

 

「この前、ここらで煙みてえに消えた外套の女を見たって情報があった。アンタがそうなのか? 何が目的で、ここをウロウロしてんだよ」

「……っく…………な、さぃ……」

 

 微かにだが、返答らしきものがあった。だが、声がかすれちまってて良く聞こえない。

 もっと近くで聞こうと一歩踏み出したその時、そいつがようやく顔を上げた。

 

 そこにあったのは、ギリシャの彫像を思わせる、見覚えのある彫の深い端正な顔立ち。リーナに勝るとも劣らない、石膏のように白い肌。被ったフードの縁から覗くのは緩く波打つダークブラウンの髪で、通路の明かりを反射して艶やかに輝いていた。

 そして、アメジストのような紫の瞳の収まった切れ長の両目には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「……ご、ごめんなさぃ、いきなり蹴りつけてしまって……お、お詫びに、なんでも、なんでもしますからぁ……赦して、くださぃ……ぐすっ……」

 

 写真の外套女こと、女性NPCはそう言ってポロポロと涙を零した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 モンスターハウスのアラートを思わせる音量でマジ泣きしだした外套女によって、俺とキリトは熟考するヒマもなくその場からの撤退を余儀なくされた。『索敵』スキルでモンスターの湧きを警戒するキリトの先導で、俺は外套女を肩に担いで猛ダッシュした。NPCに不必要に接触するとハラスメントでふっ飛ばされるハズなんだが、今回は都合のいいことにそんなことはなく、泣きじゃくる女NPCは大人しく――ギャン泣きの音量的には大暴れなんだが――俺に担がれていた。

 

 幸いモンスターとのエンカウントは一体だけで済み、キリトの強引な三連撃ソードスキルであっさり撃破。次が湧いてくる前に、俺たちは二階層下の安全エリアに逃げ込むことができた。

 

 存在しないはずの酸素を仮想の肺に供給するべく俺たちがゼーゼーやってる横で、女はまだグスグスやっていた。

 

「ひぐっ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ…………」

「……よお、オメーいい加減泣き止めよ。別になんも怒っちゃいねえんだから」

「うぅっ……ぐすっ……ほ、ほんと、ですか……?」

 

 涙に濡れた瞳で外套女が俺を見る。顔立ちが整ってる分泣き顔に艶っぽさがあって、ちょっとだけ心臓の鼓動が早くなる。こういう時、美人ってのはズルいよな、とか思ってしまうが、今はその考えをねじ伏せ、なるったけ穏やかな声で俺は応えてやる。

 

「ああ、ほんとだ。俺たちは怒ってねえし、お前に危害を加えるつもりもねえ。だから、お前が何者で、あそこで何をやってたのかを教えて――」

「あ、そうなんだ。いやーよかったー」

「「………………は?」」

 

 途端に元気になった女の姿に、キリトと俺の声が完全にハモった。一瞬のズレもなく、完璧に。

 

 あれ? さっきまでコイツ、マジで泣いてたよな? なんで一瞬後にはけろっとしてんだ? さっきまでと最早別人レベルで性格変わってねえか? あのビクビクしてた態度はドコいった?

 ハテナだらけの俺たちを余所に、女は立ちあがりうーんっ、と伸びをして、外套の裾をパンパンと叩いて埃を払った。そのまま何故かくるりとその場でターン、外套の裾がドレスのように広がりたなびくが、そこはどうでもいい。

 

「……えーっと、その……ケガとかは、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。しっかり無傷だよん。あんがとねー」

「そ、そっか、そりゃあ何より……」

 

 とりあえず話しかけてみた、といった感じのキリトも、至極フランクな女の返答を受けて狐につままれたような表情になり、そのまま黙ってしまった。色々言いたいことがありすぎて、何から突っ込めばいいのやら。

 

 戸惑う俺たちの前で、女はニッと笑うと声高らかに話し始めた。

 

「初めまして、かな? 話を聞いた感じだと、わたしの存在自体はもう知ってるみたいだけど」

「ああ、いるってことだけは知ってたけど、詳しいことはなんにも……」

「だよねだよねー。わたし、人に見つかりそうになる度に『光曲』で逃げてたもん。今回はキミらに用があったから出てきたんだけど、フツーに『ハロー!』っていってもつまんないから、あえて先制攻撃してみたんだ。ま、全部避けられちゃったけどね。よっ、ナイス反応!」

「お、おう。そりゃどーも……」

 

 『光曲』という聞いたことのない単語が出てきた。話の流れからして、例の「霧のように消える」現象を引き起こしたスキルの名称っぽいが、NPCってことは固有の能力の可能性も高い。こいつに限らず、戦闘が可能なNPCの中にはクエスト用に特異な能力を保有してる奴も多いと聞く。エフェクト無しでその場から一瞬で消失するなんて反則級の能力だが、コイツが敵対的じゃなかったのがせめてもの救いだな。

 

 様々な情報が飛び出してきて少し混乱したが、女がさらさら喋ってくれるおかげでこっちの調子もなんとか戻ってきた。出会いがしらのアレは、もうメンドクサイからなかったことにしよう。フツーじゃつまんないから、とか納得いかねえ理由が聞こえた気がしたが、深く突っ込んでも釈明も謝罪も効けそうにない。そんな実りの無さそうな事案は脇に追いやって、俺はもう一度疑問をぶつけてみることにした。

 

「なあアンタ、ちょっと訊きてえことがあるんだが」

「ん? なにナニ?」

「アンタは一体何モンなんだ? 俺たちに用ってのは何なんだ?」

「あ、やっぱりソコ気になる? 気になっちゃう? 気にしちゃいますー?」

 

 またなんかキャラが変わった。話し方も煽るようなウザイ口調に切り替わってる。ホント、なんなんだコイツ。

 もう一々気にしてたらキリがない気がしてきた。「これは多分演技だ」と自分に言い聞かせて腹の底のイライラを鎮め、俺は再三同じ問いを投げる。

 

「ああ気になる。だから答えてくれ。オメーは一体、何モンなんだよ」

「やー、どうしよっかなー。言おうかなー、ヒミツにしとこうかなー」

「……地面に沈めるぞテメエ、さっさと素直に答えろ」

「えー、別に言わなきゃいけないギムとかないしー、どうしよっかなー?」

 

 女はこっちを馬鹿にしたような視線を向けつつ「どうしよっかなー?」を連発しだした。顔に張り付いた余裕の笑みがウザさを加速させる。

 いつもなら帰るかぶん殴るかの二択なんだが、これがクエスト開始フラグだったらマズイ。こいつの高い鼻っ柱が折れるぐらいなら一向に構わないが、クエストフラグまで折れちまうのは避けたい。俺ももう十八歳。キレてばっかじゃなくて、ここは相手のペースに乗らず、冷静に対応するんだ。

 

「言いたくねえならもう帰れよ鬱陶しい」

「え、言いたくないなんて一言も言ってないけど?」

 

 イラッとくる、が我慢だ。相手のペースに乗らず、冷静に対応するんだ。

 

「お前はここに何しに来た」

「もちろん、君たちに用があったからお話ししに来たに決まってるでしょ! 用もないのにこのわたしが来ると思う?」

「……オーケイ、じゃあ用件を聞こう」

「え、あの、わたし今、『来ると思う?』って聞いたんだよ? 質問にちゃんと答えてくれないかなー?」

 

 ……イライラッとくる、が我慢だ。相手のペースに乗らず冷静に対処するんだ。

 

「思わねえよ。さあ答えたぜ。俺の質問にも答えてもらうぞ」

「いやいや、わたし『質問に答えてくれたらキミの問いにも答えるよ』なんて言った覚えないけどなー」

 

 …………ブチッときた、が我慢だ。相手のペースに乗らず冷静に対処……できるか!!

 

「思わねえよ!! だからさっさと用件を言え外套女!」

「えー、別に言わなきゃいけないギムとかないしー、どうしよっかなー?」

「義務はなくても言わねえとオメーの用が済まねえだろうが! 早く言えよ!!」

「ちぇー、わかったよもう。ちゃんと言いますよー。

 えっと、今日の朝は久しぶりにオムレツ食べたんだけど、付け合せのウィンナーがなくってー。わたし朝はガッツリ食べたい派だから物足んなくてさ、さっき下の露店で……」

「おいちょっと待て、何を語りだしてんだ?」

「え、さっきの私の間食について、だけど」

 

 …………はあ?

 

「……なんで、ンなこと急に喋りだしてんだよ、テメエ」

「え、ダメ?」

「俺は、テメエが何の用かを話せって言ってんだよ、人の話聞け」

「わたしは、今から『何の用かを話す』なんて言ってないよ? 人の話聞いてる?」

 

 ――――プッツン。

 

 俺の、頭の中で、何かが切れた、音がした。

 

「……あのー、一護サン? ウザイのは分かりますが、程々にしてくださいね? ココ、一応公共の場なんで」

 

 キリトがなんか言ってるが、今はそれに反応する余裕はない。頭の中が、怒り、いやもう殺意に届くレベルのイライラで溢れ返っていた。

 俺は大股で外套女との距離を詰める。特に警戒した様子もなく、すっとぼけた笑顔を浮かべている女の目の前に立ち、長い髪の下に隠れていた耳朶を両方とも掴む。

 

 そして、

 

「いい加減にしろテメエエエエエェェェェェェッ!!」

「ひぎゃあああああぁぁああああああああああッ!!」

 

 耳朶をギリギリと捻じり上げた。

 

 手加減なく思いっきり抓っているせいで、ミチミチという肉が軋む音が聞こえてきそうな気がするくらいに外套女の耳がツイストして変形している。某劇画調漫画家のイラストもかくやという程の苦悶の表情が浮かんでいる辺り、相当効いていると見える。昔、親父が殴りかかってきたのを叩き落としたついでにやったときも、後で親父が割と真剣な顔で「あれはヤバイからせめて他のお仕置きにしてくれ」といったくらいだ。

 以前リーナから教えてもらったが、NPCには人間の五感に対するリアクションのシミュレーションプログラムってのが入ってるらしい。その中にはもちろん痛覚も存在して、仮にNPCがモンスターかなんかに襲われて負傷した場合、苦悶の声を上げたり顔を歪めたり、なんて反応を返すそうだ。もしその痛覚ってのがきっちり現実のそれを反映できてるなら、いかにAIが動かすアバターでもこの激痛には耐えられないだろう。

 

「みみがあああぁぁっ! みみがとれちゃう、とれちゃうってえええぇぇぇええええっ!!」

「用件話せっつってんのにシカトして屁理屈ばっかほざきやがって……人の話を聞かねえ、生ゴミみてえな耳なんて要らねえよな? 壊れた物とか要らない物はとっとかないで捨てなさいって、ウチの妹も言ってたぜ。アレだよ、世の中大切なのは断捨離だよ!! 断! 捨! 離!! 断ッ! 捨ァ! 離ィッ!!」

「あにゃああああああああみみがみみがみみみみミミみみみミミミみミみみみイいいぃぃィッ!!!」

 

 何やら叫び声が壊れたミンミンゼミみたいになってきたし、もう充分だろう。というか、これ以上やると、マジで耳朶がポロッと逝きかねない。さっきの茶化しに対しての怒りもなんとか静まったし、一先ず放すか。

 

 手を放してやると、外套女はものすごい勢いで俺から距離を取った。耳朶が真っ赤になってるのは、俺の地獄ツイストにリアルなダメージ判定があったからか、それともまた半泣きになってるからか。いや、HPが減ってねえから後者だな。つうか俺、NPCに触れるどころか害を与えたのに、警告もなんもねえな。マジでどうなってんだか。

 

 気になることは山ほどできたが、とりあえず後回しだ。怒りがある程度収まってても警戒は欠片も解かない。効き目が継続してるうちにきっちり脅しとくか。じりじりと後ずさりする女に俺はゆっくりと歩いて近づいていく。

 

「さあ、次は良く考えて喋れよ? もし、まだ茶化しやがるようなら……」

「よ、ようなら……?」

 

 恐る恐る、という様子の女に対して、俺はあらんかぎりの怒りを込めた笑みを浮かべて、

 

「……耳だけじゃなくて、屁理屈しか喋らねえ喋る舌も、要らねえよなあ?」

「ひ、ひぃっ!?」

 

 顔色が一瞬で真っ青になる外套女。効果テキメンで何よりだ。

 

「……そんじゃ、もっかい訊くぜ。な・ん・の・用・だ?」

「…………ぐすっ、わ、悪ふざけして、ごめんなさい。マツリといいます。一護くんとキリトくんにお話ししたい事があって、伺いましたぁ……」

「ほー……で? 文字通りの突撃訪問したことに関して、何かねえの?」

「ひぐっ!? ……と、突然の訪問、申し訳ありません、です……どうか、お時間をいただけないでしょうか……ううっ、ぐすっ…………」

 

 指をバキバキ鳴らす俺の前で、外套の裾を握り締めながらついに二度目の号泣を始めた外套女……もといマツリを見て、俺はようやく警戒を解いた。散々上げ足取りまくった罰としちゃあ、これくらいやってもバチは当たらないだろ……いや、ちょっとやりすぎた気がしないでも、なくもなくもないが……いやいや、あんだけ挑発されたんだ、むしろ妥当だろ。

 

「……で? どうするんだよ、一護。俺はこれが目当てだったからいいんだけど」

「……まあ、俺も別にいいんだけどよ」

「……ほっ、良かったあ。ていうか、あんな鬼みたいな拷問しなくても……」

「あ? なんか言ったか外套女?」

「ごめんなさいすいません何でもないですお時間下さってありがとうございます」

 

 それにしても……疲れた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

というわけで、キリトとのコンビプレーとオリジナルイベントNPC・マツリの登場でした。
後半のキレ方、少しは一護っぽくできていたでしょうか。マツリの上げ足取りというか屁理屈全開のウザイ話し方はけっこう書いてて楽しかったです。
また、NPCの感覚云々は独自で設定しました。原作でNPCが痛みを感じるような描写が無かったので。
(もしプログレッシブに載っていたらどなたか教えてくださいお願いします)

あと、マツリの『光曲』のモデルはBLEACHの鬼道『縛道の二十六・曲光』でした。雛森がちょろっと使ってましたけど、便利な術ですよね。霊圧消したらもう完全穏行ですし。

※オマケ
「うー、耳が痛い……」
「自業自得だろーが。大体なんだよ、あのウザったいキャラバリエーションは」
「いや、その……この前手に入れた本に『これでアナタも人気者! 周りを盛り上げるキャラ百選!!』って記事が載ってて、面白そうだったからつい……」
「アホくせえ記事だなオイ。ンなもん誰が書いてんだよ、まさかアルゴのヤツじゃねえだろーな……」
「うーん、執筆者名はなかったけど、ロゴマークみたいなのはあったよ? なんか、黒い菱形の中に十二って描かれたヤツ」
「…………え?」
「あ、あと『ワタシが五十年かけて分析した『面白いと評される理想の人物像』を結集させた至極の記録だヨ』ってのと『これさえ読めば、明日からアナタもモテモテのウハウハッスよん♪』ってコメントもあったかな」
「………………」
「一護くん?」
「……ま、まさか、な」

へっくしょい! うぅ、風邪でも引いたッスかね?
by 某駄菓子屋店主


次話で『Don't judge by appearance』は終了です。
ついでに、あと二、三話で二章が終了します。長かったなあ……。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 11. Don't judge by appearance (3)

お読みいただきありがとうございます。

第十一話です。まさかの、臨時連日投稿です。

宜しくお願い致します。


 マツリへの仕置きが済んで三十分後、俺たち三人は隣の西エリア最上層へと来ていた。わざとらしいくらいに通路は薄暗く、光源は胸くらいのたかさにポツポツと設置された燭台のみ。おかげで天井近くは真っ暗でほとんど何も見えず、モンスターの恰好の隠れ場所になってしまっている。

「次!」

 

 暗闇から湧く一番典型的な亜人系隠密モンスター《シーフゴブリン》の首を刎ね飛ばし、次に襲いかかってきた別のゴブリンのダガーを受け止める。いかに俺と同レベルでも、スピード型のコイツは力押しに弱い。両手で柄を握り締めて強振、武器を跳ね飛ばし、返す刀を喉元に叩き込んで突き放す。そのままトドメの一撃を――

 

「もーらいっ!」

 

 加える前に、マツリが飛び蹴りで仕留めてしまった。虚化した白を思わせる見事なフォームでゴブリンのブッサイクな顔面を踏んづけ、そのままHPをゼロまで削りきった。マツリの最初の不意打ちを避けてなかったら俺もこうなってたのかと思うと、ちょっとゾッする。

 

「おいマツリ! 俺の戦ってる横からすっ飛んでくんじゃねえよ! 危ねえだろうが!!」

「一護くんなら危なくても避けられるでしょー? 問題ない問題ないっと!」

「ぅおうっ!?」

 

 俺のこめかみにギリ当たるコースで飛んできたマツリの高速蹴り込みをしゃがんで避ける。その背後に迫っていたゴブリンを《浮舟》でふっ飛ばし、宙に浮いた身体を大上段からの単発強攻撃《尽月》で両断。同時に、俺の背後でもポリゴンの破砕音が響く。

 

「ほーらね! ちゃんと避けれた!」

「うるっせえ! テメエが来ると余計な手間が増えんだよ! 大人しく引っ込んでろ!!」

「えー、背後にいた敵の存在に気づけなかった人がそんなこと言う―?」

「気づいてたし俺一人でなんとかなったつーの! オメーこそ敵を引き連れてこっちに来やがって、ジャマしに出てきたのか!?」

「なんだとー、レディに向かって邪魔とはシツレイなー」

「遊んでるなよ二人とも! 前方の通路に新しい敵の反応だ、注意!」

 

 《シャープネイル》の三連撃でゴブリンを穴だらけにしたキリトが、背中合わせでゴブリンを掃討していた俺たちに向かって叫ぶ。この中で唯一『索敵』スキルをもってるために、モンスターの湧きに対する反応は一番早い。目の前のゴブリンを斬り伏せた俺がそっちを見ると、確かに薄闇の中でなにかが動くのが見えた。

 

「敵の数は二体、うち一体は――」

「先行くぜ!」

「あ、おい一護!?」

 

 キリトの注意喚起が終わる前に、俺は一直線に通路を疾走。新しく出てきたモンスターへ斬りかかる。相手が行動を起こす前に、先手を打って斬っちまうのが一番速い。視界に捉えたゴブリンのダガーが動く前に、俺の《浮舟》が発動。敵の薄汚れた細い腕を斬り落とし、返しの一閃を振るって仕留める。

 

 直後、背後にイヤな気配。刀を引き戻すのは間に合わないと直感的に判断して、その場で思いっきり伏せる。地面ぎりぎりまで低くした俺の頭上を何かが薙ぎ払う。それの通過を空を裂く音で感じとってから、振り向きざまに刀を斬り上げ、襲撃してきたナニかの胴を切っ先で抉る。捻じれたような体勢を立て直しつつさらに二発の斬撃を叩き込み、最後に全力の刺突を一閃。刀の根元まで、そいつの額に目一杯突き込んだ。

 ソードスキル無しとはいえ、筋力重視のステータス構成の俺の斬撃には、こいつの少ないHPを削りきるのに十分な威力があった。HPバーがゼロになり、他の奴より上等な装備を付けたゴブリンは声も上げずに砕け散った。

 

 隠密行動で接近してきていたのは、『シーフゴブリン』の上位種、『シャドウゴブリン』だった。前者がただ暗闇に潜んでいるだけなのに対し、後者は『隠蔽』スキルで身を隠しているから、肉眼だけじゃ見つけられない。コイツがいるせいで、西部に行けるのは一定以上の熟練度に達した『索敵』スキル持ちがいるパーティー、ないしは個人に限られてる。微かな音と気配さえ読めりゃあ、別にスキルがなくてもいいんだけどな。

 

「ほら見ろ、俺一人でも問題ねえんだよ」

「けっこーギリギリだったけどねー」

「うっせ、勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ。キリト、次はどっちだ」

「えーっと、次の場所は、と……そこを真っ直ぐ行った先、三つ目の角にある部屋かな」

「つーことは……あっちか。よし、行こうぜ」

「おー」

 

 他のゴブリン共を片付けたキリトとマツリと合流し、そのまま次の目的地へと向かう。これで四か所目だが、目当てのブツが出る気配は一向にない。こりゃ長引きそうだ。このままクエストが長期化したら、野営ってことになるな……NPC(マツリ)ってメシ食うのか? つうか食えんのか?

 

「にしても、自分の刀を落っことすとか、お前真性のバカだろ。そんなんでよく遺跡(ココ)の警備なんてやれてんな」

「ぶーぶー、バカバカ言わないでよー。まあ確かに、大事な刀をなくしちゃったのは、ちょっぴりお間抜けさんだったかもだけどー」

武器喪失(アームロスト)はこの世界で考え得る中で最悪って言ってもいい死因だ。ちょっぴりじゃ済まないと思うけど」

「うぅ、キリトくんまでわたしを虐める……」

「いや、だって本当のことだし」

 

 苦笑するキリトを見て、マツリはむくれたような表情を浮かべてそっぽを向いた。これをやったのがリーナぐらい外見年齢だったら問題ねえんだが、コイツはどう見ても俺よりも二つか三つは上だ。大人の面でそんな子供っぽい仕草をされると、わざとらしさと違和感がハンパねえ。ルキアの猫かぶりといい勝負じゃねえか。現世に来たばっかりの頃、公園のベンチで恐怖漫画朗読をやってたちっこい死神を思い出しつつ、俺はマツリを横目で見てバレないようにため息をついた。

 

 結論から言えば、コイツは俺たちが探してたNPCに間違いなく、さらに言えば、キリトの根拠のない勘も当たっていた。

 

 マツリが言うには、

 

『わたし、この遺跡で昔っから警備のお仕事をしてるんだー。最上層のどこか一室にね、強くてでっかいオバケを閉じ込めてるんだけど、その封印の間の扉を誰かが不用意に開けちゃうとマズイじゃない? だから、『光曲』っていう完全隠蔽術を使って私をみんなの視界から消して、かつ一定期間ごとにその封印の間に通じる扉のある部屋を変えるように術式を組んでおいたの。それの警備と管理が、わたしの仕事って感じ。

 でもね、この前すっごい強い化け物に遭っちゃってさー、勝てなさそうだから『光曲』使って逃げちゃったんだよね。そんで、その時テンパってたせいで、わたしの刀をどっかの扉の前に忘れてきちゃったんだ。あれ、ここでお仕事するのに必須アイテムでさ、なくすといろいろマズイんだよー。

 だから、キミたちにお願いがあるの。どこかに置いてきちゃったわたしの刀、探すの手伝ってくれない? お礼はちゃんとするからさ』

 

 とのことだった。

 

 言うまでもなく、その「でっかいオバケ」ってのが、ここのフロアボスなんだろう。そして、その扉はコイツが守ってた上に、ちょくちょく場所が変わってたから全く見つからなかった、と。幸いボスの部屋の出現する位置は覚えてるってことなんで、それを一つ一つ回ってチェックし、多分まだその辺にいるであろう「すっごい強い化け物」をぶっ倒して安全を確保、刀をゲットするってことになった。

 報酬はコルと装身具、しかもコイツが持つ多数の便利アクセサリから一人一つずつ自由選択らしい。全部見せてもらったが、どれも中々良い効果が付いていた。特に、クリティカル率の大幅上昇効果が付いた下緒はかなり魅力的だ。キリトの方はAGIをプラス8するチョーカーに決めたらしい。こうやって報酬を自分の意志で選べることは中々ないとかで、レアアイテム入手が確約されたキリトは大層ご機嫌だった。

 

 で、特に異論もなかった俺たちはその依頼を承諾。同時にクエスト『守人の探し物』がスタートし、パーティーメンバーにマツリを加えた状態で、『索敵』スキルを連動させたマップを持つキリトをナビ代わりにして、こうして四部屋目へと向かってるってワケだ。

 

「そういえばマツリ、俺たちに用があったって言い方してたけど、なんで俺たちを選んだんだ? 他の奴らじゃダメだったのか?」

「うん。キミたち、というか、一護くんの武器が不可欠だったんだ」

「何だ、やっぱり刀がなきゃいけないのか。でも、探し物に武装なんて関係ないはずだろ?」

「探し物には関係ないけど、そこにいるっぽい化け物が、ちょっとねー」

 

 キリトの質問に、マツリは苦い表情を浮かべた。

 

「その化け物、『銀鱗骨』っていうんだけど、すっごい堅くて全然ダメージが通らないんだ。私が何十発ド突いても蹴っ飛ばしても斬りつけても、ぜんっぜん傷がつかないの。これでも戦闘にはそこそこ自信あったのに、ホント凹むよー」

「……それ、もう武器がどうこうっていう問題じゃなくねえか。オメーの攻撃が通んねえ相手に、どうやって勝ちゃいいんだよ」

 

 これまで何度かマツリの戦闘を見てきたが、縦横無尽に戦場を飛び回られると鬱陶しいってトコ以外、特に気になるようなことはなかった。キリト曰く「俺たちの平均レベル相応になるよう、システムがマツリのパラメータを調節してるんだよ」とのことだった。その「俺たちの平均値に調節された」マツリが苦い表情をするようなのが相手だってンなら、俺等が行こうが誰が行こうが関係ないように思う。

 

「んーとね、そこはだいじょぶ。わたしの使える術に『霊格解放』っていうのがあって、刀を持ってる人に印を打ちこんで、霊格を上げることができるの。それを使えば、多分対等に戦えるハズだよ」

「霊格ってのは何だ」

「えーっと、ちょっと説明しにくいなー。簡単に言えば、魂の階級って感じ。階級が上に行くほど、その人の一挙一動には霊格による補正がかかるんだ。

 例えば、一般人とそれより一段階霊格が高い人、二人が同じ技を使っても、その威力は確実に霊格が高い方が上になるんだ。別に身体能力がアップしてるって感じじゃなくて、なんていうか、『威力の通りやすさ』が変わるって感じかな」

「なんかズルい力だな、ソレ」

「ま、フツーはみんな霊格はほとんど同じだからねー。普通に生きてる分には霊格(それ)で優劣の差が付くってことはないと思うよ」

 

 この術だって、本来は緊急用にって上司に渡されたものだしねー、とマツリは言った。言葉の語感からして、てっきり霊圧みたいなモンだと思ってたんだが、どうも少し違うみたいだ。まあ「高い方が勝つ」ってのは変わんねえか。

 

「……なあマツリ。今の説明でちょっと気になったことが一つあるんだけど、訊いていいかな?」

「ほいほい、なんでしょーか」

「その『霊格解放』って術、自分にかけることは出来なかったのか? 今は無理だから一護に頼るのは分かるけど、その化け物に遭遇した時に自分で自分に術をかければ、その場で倒すことができたんじゃないか?」

「ぅわー、やっぱりそこ気になっちゃうよねー、うーん……」

 

 キリトからの再度の質問に、今度は迷うような表情を作ったマツリ。そのまま少し悩んでいたが、やがて、仕方ないかー、とつぶやくと、

 

「一応、かけようと思えばかけられるんだけど、術の効果が八割くらい落ちちゃうの。私にかかっちゃってる別の封印が、術の出力を下げちゃってるんだ。上昇割合が五分の一じゃ、術をかける前とそんなに大差ないし、それに持続時間も短くなっちゃうしね。いやはや、お恥ずかしい限りですー」

「へー、そりゃあ難儀だな。その封印は解除できないのか?」

「できないんだよねーコレが。不便極まりないよ、まったく。強引に解除するなら、印の打たれた部位を切り取っちゃえばいいんだけど――」

 

 場所がココだからねー、と言って、マツリは外套の前をパッと開き、俺たちに見せててきた。

 

 途端、俺たちはその場で固まらざるを得なかった。

 

 確かに封印はあった。左胸の上部に、燐光を放つ星形の印が付いている。そこまではいい。

 

 問題は、

 

「な、な、な……なんで、お前…………外套の下が()()なんだよ!!?」

 

 そこに在るはずの衣類の類が一切なかったってことだ。しかも上だけじゃなく、下も、全部。

 

 ブーツの下には膝上丈のハイソックスを履いてたが、逆に何も着てないよりもヘンタイちっくになってる。アラバスターのように白く滑らかな、それでいて女らしい丸みがある、出るとこはでて引っ込むとこは引っ込んでる体つき。まさに外人の裸婦像を思わせる……ってなにガッツリ見てンだ俺は!?

 

 もうバカとかそういうレベルの話じゃない。なんでこの真冬に外套一枚で屋外をふらふらしてんだよ! 現実でバレたらもう逮捕されてるレベルだぞ!!

 

 頭の中でやいのやいの言いながらも開いた口が数秒間塞がらなくなってたが、何とか自力で再起動をかけ、全力で目を逸らす。ついでにボケッとしたままのキリトの頭を引っ掴んで、へし折る勢いで一緒に捻じ曲げることも忘れない。

 

「は、早く前閉じろ! そして服着ろ!! 今すぐ、今すぐに!!」

「え? ……ああ! ごめんごめん。そう言えばキミたちは男のコだったねー。いやー、この外套って外温遮断機能付きだから下がこれでも寒くないし、最近異性を意識しなきゃいけない状況なんて全然なかったから、すっかり忘れてたよー」

 

 てへへ、と全く恥ずかしそうじゃない笑い声が聞こえ、そのままガサゴソと衣擦れの音がした――と思ったら、

 

「あ、でも、健全な男のコなら、むしろ見たいんじゃない? ほらほら、せっかくだから――」

「いいからさっさと前閉じろ! 殺すぞテメエ!!」

 

 ――拝啓、現世の化け猫へ。

 幸か不幸か、いつぞやのアンタの予言は外れたぜ。ザマーミロ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……で、ここかよ」

「ここだねー」

「………………」

「おいキリト、ボケッとすんな。オメーがメインじゃねえからって、気ぃ抜いたら死んじまうぞ」

「え、あ、ああ。おう」

「……大丈夫かよコイツ」

 

 道中で一騒ぎあったが、俺たちは無事に目的の部屋の前に到達していた。パッと見は他の部屋とは変わらないが、中は果たしてどうなんだか。

 

「キリト、なんか反応はあるか?」

「いや、何もないな。ただ、入った瞬間にポップする可能性もある。慎重に行こう」

「わぁってるよ。基本的に俺が前に出る。マツリは俺に術をかけたらキリトと一緒に下がって援護してくれ。無理はすんな、ヤバくなる前にバックれろ」

「はいはーい……ふふっ」

「なんだよ、これから厄介なヤツと戦闘だってのに、ズイブンと機嫌がいいじゃねーか」

「まーあねー」

 

 何やら上機嫌のマツリは、元気よく返事を返してきた。ほぼ素っ裸を見られた相手によくもまあ……いや、それはどうでもいい。

 

「だってさ、一護くんって、言う事はキッツイのに、こーゆー所は優しいから、かわいいなーって思って。外見の可愛さはキリトくんに軍配が上がるけど」

「いきなり何を言いだしてんだか……コイツはどうだか知らねえが、少なくとも俺は、女にかわいいとか言われて喜ぶ趣味は持ってねー。バカにすんな」

「俺も持ってないけどな」

「嘘つけ、実は心の中で歓喜してんだろ」

「髪伸ばしたら、本当に女のコだよねー。やってみれば?」

「ぜったいに、やらない!! ほら、さっさと開けるぞ!! 準備はいいか!?」

 

 肩を怒らせて扉へとズンズン進んでいくキリトを見て、俺とマツリはちょっとだけ苦笑し、その後に続いた。

 キリトがゆっくりと扉を開け、中を覗きこむ。何もいないことを確認してから、俺たちに頷きかけ、そのまま三人で部屋の中央まで足を踏み入れた。

 

 と、その時、低い唸り声が狭い部屋の中に響いてきた。重く、腹の底に響くような低音に、俺はマツリを見た。

 

「おいマツリ、これは……」

「……うん。当たり、かな」

 

 互いに頷き合い、俺はその場から一歩前に出て、二人を護るように仁王立ちする。

 

 その直後、俺たちの目の前に、轟音と共に巨体が出現した。黒い身体に白い騎士甲冑のようなものを纏い、手には巨大な両手剣。目は濁った金色に輝き、三メートルはあろうかという高みから、俺たちを睥睨している。

 レベル40の巨大な化け物『銀鱗骨』が、ついに姿を現した。

 よく見れば、その奥には装飾過多の両開きの扉もある。おそらく、アレが封印の間、すなわち、フロアボスの部屋の扉だろうな。どうやら、この部屋が当たりだったみたいだ。

 

 だが、今はコイツを斬ることに集中する。背中の『宵刈』を抜刀しつつ、俺は自称警備員に向かって声を張り上げる。

 

「出やがったぞ! マツリ、アレを頼む!!」

「オッケー! 【霊器昇格・解放】」

 

 短い文言が終わると同時に、俺の全身を真紅の光が覆いつくし、刀までを完全に包み込む。同時に、俺の鎖骨の上あたりに、マツリの封印に似た五芒星が浮かび上がる。これが、解放の証ってことか。

 

「これで、多分あいつともちゃんと戦えるはず。剣での攻撃以外はしてこないはずだけど、油断しないでね!」

「安心しろ。油断なんてする前に、とっとと斬って終わらせる」

 

 そう言って口角を吊り上げ、火焔のように赤いエフェクト光を噴き出す刀を斬り払った俺は、大上段に剣を構えてこっちを睨む騎士の怪物目掛けて、猛然と打ちかかった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

何やらキリがいいとこをまで書けたので、臨時で追加投稿です。

マツリは露出狂、というお話でした。
それにしても、下も穿いてない状態で一護の至近距離でバシバシ蹴り技を使ってたってことは……ま、まあ、戦闘中にそんなこと気にしませんよね、ええ。

あ、某化け猫の予言に関しては、BLEACH十四巻の最初の方にあります。良かったらチェックしてみてください。

次回の投稿は、今度こそ来週火曜の午前十時です。
……と見せかけて明日の十時です。『Don't judge by appearance 』を早めに終わらせておきたいので。


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Episode 12. Don't judge by appearance (4)

お読みいただきありがとうございます。

第十二話です。

宜しくお願い致します。


 振り下ろされた鉄塊のような大剣を、真正面から受け止める。相手の力を確かめるためにやってみたが、思った以上に衝撃が強い。『霊格解放』の効果で押し止めることはできるが、なかったらそのまま斬られちまいそうだ。峰を支えていた手を外し刀身を逸らして大剣を受け流す。地面に叩きつけられた剣先が地面に深々と突き刺さり、斬撃の威力の大きさを物語る。

 うなりを上げて迫る大剣を躱しつつ、俺は斬撃直後の隙を突いて、一気に懐に潜り込む。そのまま刀を一閃して胴を斬るが、騎士甲冑に阻まれてダメージが通らない。というか、刃が入っていかない。切っ先が一センチくらいめり込んだだけの浅い傷が刻まれ、すぐに消えた。騎士の反撃を大きく後ろに跳ぶことで避けつつ、軽く舌打ち。マツリの言うように、相当堅いみたいだ。

 

 が、その分剣速は遅い。斬撃の後半は重力で加速するが、そこに至るまでに数秒かかってる。恋次の蛇尾丸みたいな変幻自在の軌道が取れない以上、振り始めさえ見切れば、例え太刀筋を見なくても避けられる。

 そして、剣を振るうスピードが鈍いってことは、

 

「隙だらけなんだよ!!」

 

 甲冑の継ぎ目にピンポイントで刀を叩き込む余裕も、十分にあるってことだ。

 斬りおろしを身体を捻って避け、《浮舟》で剣を持つ手の篭手の隙間を斬りつけた。さっきまでの鉄の塊を打ったような感覚とは違う、わずかに柔らかい手ごたえ。HPバーが、初めて明確に減少した。

 

「……よし。弱点がわかりゃあ、後は斬るだけだ!」

 

 優にニメートルを超える大剣のせいで、騎士は小回りが利かない。空いた左手で殴ってくるかとも思ったんだが、馬鹿正直に両手で剣を握りっぱなしで、一向に放す気配はないように見えた。

 だからって別に容赦してやる義理もねえし、と思い、距離を取ろうと後退し続ける騎士の懐に入り、騎士甲冑の継ぎ目目掛けて縦横無尽に刀を奔らせる。ガンメタのプレートの隙間に刀の先端がめり込み、抉り、貫くたびに、HPバーが少しずつ、確実に減少していく。その度に騎士は恨めしそうな呻き声を上げ、俺を怨嗟の籠った目でにらむ。

 HPバーはたちまち半分を割り込んだ、すると、騎士はようやく剣を放して拳骨を作り、攻撃直後の俺の脳天へ振り下ろしてきた。チャドを思わせる剛の一撃、だが、

 

「ほいっと!」

 

 背後に忍び寄っていたマツリの廻し蹴りが肩に命中。軌跡がねじ曲がり、身体が前につんのめる。

 

「キリトくん! 後よろしくー」

「おう!」

 

 さらに、足元にスライディングですべり込んだキリトの《レイジスパイク》が膝の継ぎ目を貫通、足が一本宙に浮かぶ。そのまま騎士は自重に負け、派手な音を立ててすっ転ぶ。

 俺はその先で待ち構えて渾身の《尽月》を肩口に叩き込み、騎士の左腕を切断した。HPバーがグイグイ削れ、一気にレッドゾーン寸前まで落ち込む。

 

 もう一発、と再度刀を構えようとしたが、騎士の力任せの薙ぎ払いが繰り出され、やむなくバックステップで後退。騎士は狂ったように俺に追いすがり、重低音の雄叫びを上げながら隻腕で大剣を振り回す。スピードはさっきまでと比べて明らかに上がってる。下手すりゃ二倍近い上昇率かもしれない。巨大な刃が通過するたびに突風が巻き起こり、轟々という音が俺の耳に喧しく響く。

 

 狂乱、とも言える騎士の変貌に、しかし俺は大して動揺することはなかった。普段ならしかめっ面の一つでも浮かべていたかもしれない。「鬱陶しいんだよ!」と、悪態を吐いたかもしれない。

 けど、今この状況下では、そんな不景気なリアクションは出てこなかった。むしろ、俺の顔には挑発するような笑顔が浮かんでさえいた。

 

「どうした! 剣の振りがえれー雑になったじゃねえか、急によ!!」

 

 そう。速くなった分、目に映る大剣の太刀筋が、眼に見えて歪み始めていた。

 今まではしっかりと刃を立てた、騎士らしい真っ直ぐな斬撃が飛んできていた。だが、今はなりふり構わないと言わんばかりに、めちゃくちゃに振り回している。偶に剣の腹で打ちすえようとさえしてくる。当たれば他はどうでもいい、と言わんばかりの歪なラッシュには、モンスターには存在しないはずの「焦燥」が浮かんでいるように見えた。

 

 何十回目か大ぶりの袈裟切りが空を切り、地面にぶち当たって剣撃が一瞬止まる。その隙に俺の《尽月》が再発動。一番最初に傷つけた右手首を強打し、そのまま斬り落とした。途端に響く、最大音量での絶叫。剣よりこの音でダメージ食らうんじゃねえか、と、余計な考えが頭に浮かぶ。

 

 その瞬間、騎士の兜が横に裂け、怪獣のような牙が生えた口が出現。そのまま面を突き出すようにして騎士が噛みついてきた。向こうとしちゃあ意表を突いたつもり、なんだろうが、

 

「わりーな、デケーのに噛みつかれんのは慣れっこなんだよ!!」

 

 大虚に比べりゃあチンケなもんだ。俺は刀を真横に一閃、面防の隙間を斬り裂く。視界を潰され、残りHPを数ドットまで減らした騎士は、のけぞって後ろに倒れ込んだ。

 

「さて……これでテメエは俺を見ることができねえ。武器を使うこともできねえ。拳さえも握れねえ。どーだ、殺る側から殺られる側に堕ちた気分はよ」

 

 俺は刀を肩に担いで、ゆっくりと近づく。なんの恨みもないはずのこの騎士にここまでやるのは、戦闘で神経が高ぶってるせいか、それとも……いや、どうでもいいか。

 最早起き上がることすらできなくなった騎士の前に俺は立ち、刀を上段に構える。紅い刃に《尽月》の群青色のエフェクト光が加わり、鮮烈な紫の光となって刃に宿り、騎士の鈍色の甲冑を暗く染める。

 

「……そんじゃあ、終わりだ」

 

 それだけ言って、俺は刀を一閃。蒼紫に輝くギロチンに裁かれた騎士は、あっけなく消滅した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「おっつっかれー! いやー、ありがとーございました、っと!」

 

 騎士が死んで五分後、無事に落っこちてた刀を回収できたマツリは、ホクホク顔で俺たちに礼を言ってきた。どうみても錆び塗れで剣八の斬魄刀よりもヒドい有様のボロ刀だったが、マツリはそれを大事そうに抱え、嬉しそうに笑っている。見た目はどうあれ、大切なものなのは本当みたいだ。

 

「まあ、大事ならもう二度と失くすな。何度も失くしちまうようなモンは、そのうち本当に消えちまうからな」

「お、含蓄深いお言葉だね、もしかして、自分の体験から?」

「ちげーよ。周りに多いんだ、そーゆーの」

 

 何でも屋に来る仕事の半分くらいは落し物探し、しかも嬉しくないことに常連が多い。何度も依頼を受けてるうちに、凝りもせず同じものを失くして最後には何処からも見つからなくなる、なんてケースを山ほど経験することになった。物を大事にしないやつってのは、結局その場で見つけてやってもいずれまた失くし、最終的にはどっかに消えちまうんだ。育美さんは儲かって大喜びかもしんねーが、俺としちゃあ素直に喜べない現実があった。

 

 まあ、目の前のこいつはそんなことにはならなさそうだけどな、と心の中で呟き、俺はこのクエストを終わらせることにした。

 

「さあ、刀は見つけたぜ。報酬をもらおうじゃねえか」

「う、忘れてなかったか……って、じょーだんじょーだん。約束通り、報酬金ととっておきの装備、はいどーぞ。あ、騎士を倒してくれた一護くんには、おまけにわたしオリジナルのスペシャルおまじないがかけてあるからね! 効果は抜群!」

「嘘付け、そんな効き目の無さそうなモンがかかったところで、どーせ一ミリも変化しねえだろ」

「ひどーい、頑張ったのにー」

 

 ぶーぶー文句を言いながらも、マツリはきちっと報酬を手渡してくれた。同時にウィンドウが開き、『守人の探し物』のクエスト達成のメッセージが出現、クリアが確定する。早速下緒を装備するために、俺はアイテム欄を開き――え?

 

「ん? どうした一護」

 

 硬直した俺を不審に思ったのか、横にいるキリトが問いかけてきた。が、今の俺にはそれに応える余裕はなかった。

 

 アイテム欄の一番上、取得したばかりのその下緒のアイテム名は――『死神の装具・浅打の下緒』となっていた。

 

 思わず俺はマツリの整った顔を見ようとした。が、それはできなかった。マツリはこちらに背を向け、あの錆びた刀を何故か水平に構えている。モンスターの一匹もいないこの場で、一体何をする気だ、俺が問う前にマツリの刀が閃き、虚空を一文字に裂いた。

 すると、何もなかった空間に一条の切れ目が生じ、ゆっくりと開き始めた。まるで黒腔を思わせる空間の開き方に俺は身構える。が、予想に反して中は純白の光に満ちていて、黒腔特有の虚無感のようなものはどこにも感じられなかった。

 

 呆然とするキリトを押しのけて駆け寄り、なんの躊躇もなくそこに踏み込もうとするマツリに向かって、俺は叫ぶ。

 

「おい! テメエ、いったい何モンなんだよ!! 本当に死神なのか!? 浅打(そいつ)を持ってるってことは、まさか護廷――」

「すとーっぷ、だよ、一護くん。それ以上はいけない」

 

 俺の矢継ぎ早の問いかけを遮るようにして、マツリの軽い口調の言葉が響いた。相変わらずこっちに背を向けたまんまで、その表情は見えない。でも、絶対にいい顔はしてないってことが、直感で伝わってきた。

 

「確かに、わたしは『死神』って呼ばれる存在。悪霊を狩り、寿命が尽きた人間をあの世へ送るのが仕事。外套は制服みたいなもので、刀はその悪霊狩りの必需品。わたしが今の自分について言えるのは、これだけだよ」

 

 逆光で黒いシルエットになった死神(マツリ)は淡々と話した。まるで、そう答えようとあらかじめ準備してたような滑らかさ。いや、コイツがNPCである以上、その台詞は全てシステムによって最初から決められていたもの。どれだけコイツが自由人であっても、自分自身で考えて俺たちと話していたことなんて、一度たりともなかったはずだ。だから、今の違和感は正常なもの、そのはずなんだ。

 けど、俺は何故かその現実を素直に受け止めることができないでいた。まるで、マツリという一人の人間が「言いたいことはいっぱいあるけど、最後の別れくらい真面目にしたい」と意地を張ったような、そんな根拠のない感覚が俺の心に居座っていた。

 

「いろいろ思う事はあると思う。もしかすると、キミたちの頭の中で考えていることは正解かもしれないし、全然検討ハズレかもしれない。そして、その正誤の答えを、多分わたしは持ってる。

 でもね、それに答えるのはわたしのお仕事じゃない。わたしはマツリ。能天気でちょっと間抜けな、普通の死神。他人の疑問を解決するなんて頭の良いことはできないんだ。その役目は、もっと相応しい人が担ってくれるよ」

 

 そこまで言って、ようやくマツリはこっちを振り向いた。俺たちを見るその紫の目は、心なしか潤んでいるように見える。

 

「……本当はもうちょっとおしゃべりしてたいんだけど、もう行かなくちゃ。いろいろ唐突で申し訳ないけど、ここでお別れだよ」

 

 そうはっきりと言われて、俺はようやく我に返った。驚きと戸惑いでみっともなくなっていた面を意識的に引締め、いつものしかめっ面を作る。腕を組み、片頬を吊り上げるようにして、俺は笑った。

 

「そうかよ。んじゃ、オメーみたいなバカじゃなくて、もっと頭の良い人んトコに行くことにする」

「ん、それがいいよ。どうせ一護くんのことだから、わたしが説明しても『ンなわけあるか』ってキレそうだし」

「ほー、言うじゃねエか、露出狂のクセに」

 

 そう言って、俺たちは笑った。そのまま俺は一歩下がり、代わりに事態の急展開についていけてないっぽいキリトを押し出す。

 

「キリトくんも、ばーいばい、だよ。可愛いお顔、大事にしてね」

「え? あ、ああ……って、大きなお世話だ。フェイスパターンを変更できるツールを見つけたら、真っ先に作り変えて強面の兵士になってやるぞ」

「えー、もったいないし、似合わないよう。わたしはそのままがいいなー。わたしの裸見たときの顔とか、すっごくいい感じだったし」

「う、うるさいな! それはもういいだろ!!」

「あははー、ま、脳内にこっそりしっかり保存しといてね。わたしからの置き土産だよん」

 

 語尾に音符マークでも付いてそうな軽さで、マツリはキリトをからかった。もう、目の潤みは消え失せている。それを見て、いつの間にか張っていた肩の力が抜けたのを感じた。

 

「……じゃあ、行くね。短い間だったけど、楽しかったよ。またどこかで会おうね!」

 

 そう言ってマツリは大きく手を振り、光の中へと消えていく。

 その黒いシルエットが消え、開いた空間が完全に閉じきるまで、俺たちはずっとその場に立ち続けていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――とまあ、こんな感じだったワケだ」

「……そう」

 

 マツリを見送った俺たちは迷宮区を脱出し、19層主住区へと帰還していた。マップデータ、およびボス部屋の情報公開はキリトが引き受けてくれたので、俺はそのまま拠点にしている宿屋に直帰。ヒマそうになんかのカタログを読んでいたリーナに、事の顛末をざっくりと説明した。

 

「まさか、ボス部屋解放なんて重要なクエのフラグ立てに、『特定スキルの所持(そんなもの)』が採用されてるとは思わなかった」

「まあ、フツーに考えて、その装備を持った奴が一人も存在しなきゃ、そこで攻略が頓挫しちまうからな」

「SAOはクエストの生成・調整機能がある。もしそうなったら、クエストの内容に調整が入るはずだから、そこは大丈夫。私が問題だと感じたのは、その公平性」

 

 自分専用の特大マグカップのお茶を啜りながら、リーナは淡々と考察を述べる。

 

「無数にあるサブイベントならともかく、ゲーム全体のメインシナリオの中において、そういう『特定のスキルを所持したプレイヤー』が有利になることはあっても明確に必須になることは少ない。条件に合致するプレイヤーが不在だと頓挫しかねないという点もあるけど、最大の問題点はその不公平性にあると思う。

 ゲームのメインシナリオの中では、誰もが主人公になり得る。故に、そのフラグ立てはやろうと思えば誰にでも――そのクエストが対象としているレベル帯の中でっていう但し書きはつくけど――可能になってることがほとんど。持ってるスキルで最初から参加資格を振り分けるようなことは、狭量なプレイヤーからのクレームを避けたいゲーム開発者はやらない。それにこのSAOは、基本的に全プレイヤーに基本的にフェアな構成になってる。特定のソードスキル保持者を優遇するとは考えにくい」

「んじゃあ、今回のクエストはどう説明すんだよ。実際、カタナスキル持ち限定っぽかったぜ?」

 

 同じデザインの、一回り小さいカップに追加のお茶を注ぎ足しながら俺がそう問うと、リーナはカップを傾ける手を止め、こっちに向かって指を二本立ててみせた。

 

「私が今考えつくのは、大きくわけて二つ。

 一つ目は、開始条件はカタナスキルではなく別の何かだった可能性。私と一護は何度か東部の最上層に行ってるのに、一度もその女性を目撃していない。一護と最初の情報提供者の間にカタナスキル以外の共通項が存在する。あるいは、私とキリトや情報提供者のバディとの間にある相違点が鍵になっていた。このどちらかの可能性が高い。

 二つ目は、訪れたプレイヤーのメインスキルに応じてメインシナリオが変化している可能性」

「はあ!? プレイヤーによって変化する!? そんなことがあり得んのかよ!」

 

 思わず立ち上がってしまった俺を見ても、その発言者は落ち着き払ったままだった。

 

「あくまで可能性の話だし。でも、これでも一応説明はできなくはない。

 カタナスキルが本当に開始条件だったのなら、今回のクエストは『カタナスキルを持ったプレイヤー』用に作られたボス部屋解放シナリオで、他のスキル持ちのプレイヤーには別のシナリオが用意されてた。それで、たまたま一番最初に見つかったのが、その『カタナスキル専用』のクエストだった、と、こんな感じだと思う。複数人いた場合の優先順位の判定とか、疑問は多いけど」

「うーん……よくわかんねえけど、でもまあ、もうクエストは終わっちまったんだ。今ここでアレコレ考えても意味ねーだろ」

「意味なくない。知識的探究の楽しさがあって……って言いたいところだけれど、今回だけは同意。とってもお腹減ったし」

「そーだな、もうすっかり夕方……って、ちょっと待て。お前、まだメシ食ってねえのかよ。先食ってろってメッセージ投げたじゃねえか」

 

 コイツは何よりも自分の食事を優先する奴だから、メッセージなんてあろうがなかろうが、俺がメシの時間になっても帰らなけりゃ勝手に一人で済ませると思ってた。それが、午後七時(こんなじかん)まで断食を貫くとは……なんか食欲が失せる出来事でもあったのか? コイツの無尽蔵の食欲を抑制するなんて、どんだけ凄まじいインパクトが要るのやら。

 とか勝手に考えていたら、腰掛けていたベッドから降り立ったリーナが、別に大した理由はない、と言った。

 

「ご飯は一人で食べるより、二人で食べた方が美味しい。私は私の素晴らしく美味しいディナーのために一護を待ってた。ただそれだけ」

 

 ……なんか、すっごいわかりやすい台詞が返ってきたな、オイ。

 まあ、含んだ意味はともあれ、待たせたことに変わりはねえか。そう思い、腰掛けていたソファーから立ち上がった俺は、リーナの方を向く。

 

「わりーな、待たせちまって」

「別にいい。私が勝手に待ってただけ」

「ああ、そうかよ」

「うん、そう」

 

 いつも通りの短い単語の会話。こういうトコは出会ったころから全く変わっちゃいない。でも中身の方は、ちょっとずつ変わってきてるような気はする。食べ物と強さにしか興味のなかったコイツが、別のことにも意識を向け始めた結果、ってヤツなんだろう。実際はどうなのかは本人しか知らねえだろうけど。

 

「今日はお肉が食べたい気分」

「んじゃあ、また三番街のステーキ屋かよ」

「そう。今回はお肉一キロに、れっつちゃれんじ」

「……お前そんなに肉だけ食ってると、その内に肉に飽きて肉嫌いになるんじゃねえか」

「そんなヘマはしない。大量のお肉を楽しくおいしく飽きずに食べるコツなんて、もう三年前にマスターしてる。抜かりはない」

 

 当然、とでも言いたげな表情を浮かべるリーナに感心半分呆れ半分の笑みを返しながら、俺たちは夕暮れの街へと飛び込むべく宿屋を後にした。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

マツリ退場、そしてボス部屋出現回でした。
次回からボス攻略に向けて、プレイヤーたちが動き始めます。マツリの言う「でっかいオバケ」の正体とは、何なんでしょうか。

次回の更新は明日の午前十時です……きっついけど、頑張ります。


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Episode 13. The Wraith

お読みいただきありがとうございます。

第十三話です。

宜しくお願い致します。


 ボスの部屋が発見されてから数日後、19層主住区一番街の中で一番中央広場に近い一等地に建てられた小綺麗なチャペルに、俺とリーナは顔を出していた。無論、マジメにお祈りなんかするつもりはない。チャペルの二階にある幾つかの空き部屋、その中で一番大きな会議室のような一室で行われる『19層フロアボス攻略会議』に参加するためだった。

 

 名簿によれば討伐パーティーとして集まった面子は意外と少なく、リーダー含んで十五人。そのうちの九人、すなわち全体の六割が偵察隊参加者とのことだった。俺たちは不参加組の方だったが、それを咎められるようなことはない。七層だか八層だか忘れちまったが、一度偵察隊が勢い余ってボスを瞬殺、たった七人でドロップアイテムをがっつりがめた、なんてこともあったからだ。ちなみに、ラストアタックボーナスを勝ち取ったのは、気分で偵察に乗り込んだという女面の黒剣士だとか。リアルラックの強え奴だ。

 

「今回は少数精鋭って感じだな。ボスは単騎で出現するみたいだし、問題はないだろうけど」

 

 同じく今回の偵察不参加組である幸運野郎(キリト)は、そう言って行儀悪く円卓に脚を乗っけた。朝九時集合で睡眠が足りてないのか、この前ゲットしたチョーカーの付いた首をボキボキ慣らし、大あくびをかます。共通の馴染であるエギルは商人ギルドで何やら用があるらしく、実戦には出るが会議には不参加だそうだ。あと、俺たちの食糧を食い漁った女剣士ことアスナもいない。いつもは必ず会議に顔を出し、きっつい声できっつい作戦を提示してキリトと大喧嘩する、なんてコントをやらかすんだが、今回は名簿に名前すらない。うるさくなくていいんだけどよ。

 その二名がいないため、名簿に名前が在る中で俺が顔を覚えてる奴は、残り二人だけだった。ちなみに一方は馴染みのヤツ、もう一方は馴染みたくもないヤツだ。どっちもボス戦で頻繁に顔を合わせちゃあいるが、会った時の俺の態度には雲泥の差がある。ついでに言えば、こいつらは何故か仲が良いらしく、大体セットで出現しやがるせいでその雲泥の態度も大概ワンセットだ。片方と世間話をしながらもう片方にガンを飛ばすのは、意外とシンドイものがある。

 

 と、噂をすれば影がさすってヤツか、部屋の東端に取り付けられた大扉が開き、その二人を含む小集団が入室してきた。先頭に立っている騎士服の男が円卓の一番上座に着き、俺たちを見渡した。

 

「全員揃ってるようだね。それではこれより、第19層ボス攻略会議を始めたいと思う。今回の司会を務める、指揮官のディアベルだ。皆、宜しく頼む!」

 

 よく通る声で開会宣言をした馴染みのヤツ、ディアベルに、パチパチとまばらな拍手が送られる。本人も慣れたもので、周囲の握手に頷きを一つ返すと、早速とばかりに大判の羊皮紙を持ち出し、円卓の中央に広げた。その隣には、馴染みたくもないヤツ、キバオウがいる。奴は俺をチラリと見ると、ヘンッ、とそっぽを向いた。実にイラッとくる反応だ。思わず舌打ちが出る。

 その様子を見たキリトは苦笑し、リーナは我関せずとばかりに茶と菓子を摘む。ちなみに差し入れなんて上等な代物じゃなく、コイツが自前で持ちこんで、勝手に飲み食いしてるだけのモンだ。アイテムやら武装やらは、自分より俺に有用であると判断すれば何の躊躇いもなく放り投げてくるくせに、こと飲食物に関しては、他の面子はもちろん相方の俺にすら、ビスケットの一欠片も寄越すつもりはないみてえだ。

 

 そんな食欲の権化のことはさておき、俺は一層の時からの顔なじみであるリーダー兼指揮官へと視線を向けた。

 この『指揮官』って言葉は、大きく二つの意味を持つ。一つはディアベルが戦闘中の指揮管理を担うこと、そしてもう一つは、ディアベル自身が戦闘行動に積極的には参加しないってことだ。

 

 本人曰く、

 

「オレ個人の戦闘技術はキミたちに比べて劣っている。しゃしゃり出て自滅するよりは、後方で指揮を執っていたほうが皆に貢献できるし、性根的も合っているからな」

 

 ってことだった。一層の時のアレを反省してるのはわかるんだが、そんなに卑下したモンでもねえとも思う。けど、実際ディアベルが完全に指揮に特化することでより連携指示のクオリティが上がり、短時間かつ低損害でボスが討伐ができるようになってったから、特に「オメーも戦えやボケ」という意見は出てないそうだ。

 

「さて、まず最初に、ここ数日の偵察活動で分かったボスの情報をまとめよう。

 今回のフロアボスは単体で出現する。名前は『The Deadsoul』といい、体長約十メートルの人型モンスターだ。武器は持たないが、厄介な特殊能力が付いている。

 口を大きく開けるという予備動作を取った場合、口腔内から紅いレーザーを撃ち出してくる。射出速度が速く、また射程がボス部屋を縦断できるくらいに長いため、スイッチ後の小隊にも被弾の可能性がある。威力も馬鹿にできない程度に高い以上、何発も撃たれると戦線の維持が困難になるな。幸い予備動作完了には発生から二秒弱かかるので、そこを見極めることが回避の鍵になるだろう」

 

 そこで、とディアベルはペンを取り出し、羊皮紙にさらさらと書き込みを始めた。俺を始め、円卓に着いていた連中が一斉にそれを覗き込む。

 

「今回の作戦では、全体をA(アルファ)B(ブラボー)C(チャーリー)の三小隊に分け、それぞれが(フォワード)(ミドル)(バック)を順繰りにローテーションする戦法を取る。

 フォワードの仕事は言うまでもなく、ボスとの直接戦闘だ。ボスの遠距離攻撃への回避精度を高めるため、隊単位でのスイッチではなく、小隊を構成するメンバー間での多段階スイッチを攻防の主軸とする。隊同士での連携は大規模で火力が強い分、機動力に欠けてしまうからね。

 ミドルが担うのは、消耗した前衛との交代準備。そして、バックではフォワードから後退した小隊の体勢の立て直しを図る。またミドルに配置された者は基本防御姿勢を取り、バックポジションへのボスの遠距離攻撃を警戒、バックでは俺が常駐するため、作戦の微調整などもそこで伝達しよう」

 

 ってことは、休憩(バック)待機(ミドル)戦闘(フォワード)の順でローテして、隊同士じゃなくて構成メンバー間で連携して攻撃しろってことか。ボス戦ってより、普段の戦闘に近い感じだな。

 俺が納得してる前で、羊皮紙へのメモと同時進行でディアベルの説明は続く。

 

「ボスの攻撃パターンは、基本的に踏みつけ(ストンプ)中心だ。合間に遠距離攻撃が三十秒間隔で繰り出される。HPバー四段の内、一段が消費されるごとに遠距離攻撃の頻度が増加する。

 また二段目が消失した時点で、光線を撃ち出しながら首を捻って薙ぎ払う、という攻撃法が追加された。非常に範囲が広いので、フォワードは注意して回避行動をとって欲しい

 最後になるが、偵察隊との戦闘では、まだ三段目を削りきったことがない。三段目消失時、また四段目のバーがレッドゾーンに達した時も攻撃パターンが変化すると予想されるが、現時点では不明だ。もし急激な変化があった場合、焦らず一度後退して、体勢を立て直すこと。いいかな?」

 

 なんか、俺の記憶ん中に似たような行動を取る虚がいるな。死神(マツリ)やら『浅打』が存在する以上、本当にヤツが出てきそうな気がしてくる。今回はだるま落とし戦法ってわけにはいかねえな。この世界、部位斬り落としってのは簡単じゃねえし。

 

 そんな俺の内心を余所に、ディアベルの呼びかけに各々が頷くか、あるいは肯定の声を返す。いつもはあれやこれやと注文を付けるキリトも、今回は静かだ。作戦内容がシンプルで口出しすることがないんだろう。

 

「では、今から隊分けをする。キバオウさん率いる『アインクラッド解放隊』の五人はそのままアルファ隊として行動してくれ。他のメンバーは三人一組になり、そこに今日の会議に不参加の二人をそれぞれ加えて一小隊になってもらう」

「だってさ。ということで一護、リーナ、組もうぜ」

「拒否ったら、オメーまたあぶれそうだしな。いいんじゃね」

「私も構わない」

 

 十秒も経たずに隊が決まっちまった。多分ここにエギルを入れて完成だろう。残った連中も顔なじみ同士みたいで、すでに固まってグループを作っていた。

 

「よし、決まったかな。それじゃあ、今日の所はこれで終わりにしよう。集合は明日の十二時、迷宮区遺跡エリアの最終安全エリアに集まってくれ。皆の健闘を期待する。では、解散!」

 

 ディアベルの声で会議が終わり、各自が会議室からの退出を始める。キリトも俺たちにひらりと手を振って、さっさと出て行った。俺と食器を片づけたリーナもそれに倣って帰ろうとしたが、

 

「一護君、リーナさん、ちょっといいかな」

 

 一人残っていたディアベルに呼び止められた。手にはさっきまでメモ書きに使っていた羊皮紙がある。

 

「よお、なんか用か」

「今回の小隊編成だけど、オレが把握している範囲では、おそらくキミたちのところが最も(ハイ)レベルだ。よって、非公式にではあるが、有事の際にはオレと共に殿を努めてもらいたい。危険を承知の上での頼みだが、もしそうなった場合、手当は出すから。どうだろう、引き受けてくれないかな」

「なんだ、そんなことかよ。いいぜ、そんくらい。いっそそのまま俺等だけでぶっ倒してやる」

「同意」

「はは、ありがとう。それじゃあ、宜しく頼むよ。頼りにしてる」

 

 爽やかな笑顔を浮かべたディアベルと握手を交わし、俺たちもチャペルから外に出た。まだ昼飯にするには早く、かつ迷宮区攻略・午前の部(残り一割もない未踏破区域のマッピング)に参加するには遅いという微妙な時間帯で、人通りは比較的落ち着いている。

 冬特有の濃い青空の下を、いつの間にか露店で買ってきたらしいワッフルを咥えたリーナと並んで宿へと向かう。明日の決戦に備えて英気を養うってコトで、今日はオフにしてある。だからって別になんか特別なことをするわけでもねえけど。

 

「で、どうすんだよ、この後」

「アイテムのストックはしてある。新しい手甲の慣らしも問題ない。よって、するべきことは只一つ――寝る」

「……オメー、ホント食うか寝るかしかしねーのな。リアルだったら確実に牛か豚にな――アブねっ!?」

 

 音もなく繰り出された短剣による鋭い一撃(ツッコみ)を躱す。れでぃを家畜呼ばわりするな、と目で抗議してくるリーナに、ツッコみに剣を使うんじゃねえよと言ってやろうとした時、視界に見知った奴の姿が映った。俺がそいつに視線を合わせると、向こうもこっちに気づいたみたいだ。

 

「よおアスナ、クリアに御執心のオメーがボス攻略をバックれるなんざ、ずいぶんと珍しいじゃねえか」

 

 相対するなり俺は女剣士にそう吹っ掛けた。コイツとは別に不仲ってワケじゃないんだが、クソ真面目なとこが石田と被るせいか会うたび会うたびに憎まれ口の応酬をやってる気がする。

 今回もそんな毎度のお決まり、みたいな感じで言ったんだが、

 

「へっ!? べ、別にバックれたわけじゃないわ。ただ、ちょっと急用が有って……」

 

 何故か酷く動揺した様子を見せるアスナに、俺より先にリーナが反応した。ちなみにコイツはアスナとは比較的仲が良い。食い物にこだわりがある奴同士、気が合うんだろうか。

 

「急用? ボス最速攻略に命を賭ける貴女に、討伐に参加するよりも急を要するような案件があるとは思えない」

「そ、そんなことないわよ。今受けてるクエストのキリが悪いから、今回は申し訳ないけど不参加にしたの」

「どんなクエスト?」

「そ、それは、えっと……」

「また食糧素材系とかじゃねえの? オメーあれから料理スキル上げまくってんだろ」

「そ、そう! それよ! 下の層で良さそうな素材調達クエストがあって、それの納期が近いの! だから、最前線に行く余裕がないのよ!」

 

 顔に「ナイスフォロー!」と書かれたアスナが、生き返ったように自己弁護しだした。どう考えても怪しいんだが、面白いんでこのまま放置してみる。こういう時でも、リーナの弁舌は容赦ねえからな。

 

「へえ、成程。素材調達クエストか……」

「そうよ、納得したでしょ? はい、この話題終りょ――」

「素材調達クエストなら、一時中断が許されるはず。アイテムの個数が嵩む場合の多い素材調達クエストには、納品量を二割増しにすることでクエストの時間経過を停止、納期を延長できるオプションが設定されている。下の階層なら安全マージンも十分に取れるし、多少個数が増えたところで負荷は大きくない。今回のボス討伐で得られる利益を考えれば、間違いなく収支はプラスになると思うけど」

「………………」

 

 コイツ、自爆しやがった。

 

 「謀ったな!」とでも言いたげな表情でアスナがこっちを見てくる。いやワザとじゃねえし、オメーが勝手に俺の発言に乗っかっただけだろ。逆恨みしてんじゃねえよ。

 

「と、とにかく! 今回のボス攻略に私は参加しません! じゃあね! あと一護、今度会ったら覚えてなさい!」

「濡れ衣着せんじゃねえよ、自分の嘘がバレたからって俺を恨むなボケ」

「うるさいっ!!」

 

 オメーの声の方がうるせえよ。

 

 捨て台詞を残して脱兎の如く逃走を始めたアスナを、俺とリーナは呑気に見送った。

 

「なんだありゃ、嘘吐いてまでボス戦サボりてぇのかアイツは。……にしても、素材調達クエストにそんな設定あったんだな。俺も知らなかった」

「嘘」

「は?」

「あれ、全部ウソ。さっき私が即興で考えた」

「……オメー、詐欺師の才能あるんじゃねえか?」

「やめて、照れる」

「褒めてねえよ」

 

 気の抜ける会話をしながら、俺たちは宿を目指して再び歩き始めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 翌日、午前十二時十分。

 

 ボス部屋の入口のある小部屋に、俺たちは無事に到達していた。

 あのクエストが完了してからは、マップ上にボス部屋の位置がちゃんと載っかるようになっていた。ランダムで位置が変わるせいで探すのに手間がかかりそうだと思っていたが、その心配は杞憂に終わったみたいだ。

 

 各々が最後の装備確認をする中、最初のミドルを受け持つことになった俺たちブラボー小隊は、四人で固まって最終チェックをやっていた。

 

「確認するぞ。

 まず、パワーに長けたエギルが斧でボスのスタンプを弾く。次に俺がスイッチで入り、さらにその後一護、リーナが続く。その繰り返しだ。レーザーがきたら最初に離脱したエギルの警告に従ってそれぞれで回避する。継戦時間は一分で見積もり、キリがいいところでチャーリー小隊とスイッチ、後退する」

 

 キリトの声に、全員が頷く。昨日はいなかったエギルは、やっぱりウチの隊に配属されることになった。バカでかい大斧を担ぎ、禿頭の下の目を鋭く光らせる姿は正に重戦士って感じだ。最も、鎧の一つも着ちゃいないが。

 

「皆、準備はいいか?」

 

 一層の時の小盾ではなく、足元までカバーできるカイトシールドと片手剣を装備したディアベルが、ボス部屋の前に立って声を張り上げた。その正面には第一陣のフォワードのトゲ頭とその取り巻き連中が陣取っている。

 

「俺から言うことは、いつも通りただ一つ――勝とうぜ!」

 

 その言葉に、俺たち三小隊十四人の勇ましい返事が返る。気合の入った顔つきでディアベルは首肯するとその場で振り向き、大きな扉をゆっくりと押し開けた。耳障りな金属音をたてて開いたボスの根城に、全員が隊伍を組んでゆっくりと侵入する。

 全員が入りきると同時に部屋の両脇に紅い炎が灯り、内部を煌々と照らした。殺風景な石造りの大部屋に、俺たちの衣擦れや鎧の擦れる音が響く。

 

 そして、俺たちが身構える目の前で、虚空に亀裂が走った。

 

 ひび割れた何もない空間。その先にある真っ黒い暗闇から、ガイコツを思わせる真っ白い巨きな手が突きだし、メキメキと空間を引き裂いていく。

 その奥から覗くのは、尖がった鼻と毒々しい赤い色に光る両目が特徴の、真っ白い面。首の辺りに付き出した、無数の棘。その下に続くひょろ長い胴は、黒い襤褸布に包まれている。昔見たなんかの映画に出てきたような、幽霊を思わせる白黒の不気味な出で立ち。

 

「チッ、フザけやがって……コッチでもこいつと戦えってのかよ」

 

 自分の嫌な予感が当たってしまったことに、思わず悪態が漏れる。隣にいるリーナがチラリとこっちを見たがすぐに視線を正面に戻した。

 

 腹の底、いや魂の奥にまで響きそうな咆哮と共に姿を現した19層フロアボス『The Deadsoul』。忌々しい大虚の姿に酷似したそいつは、俺たちを見て嗤ったように見えた。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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感想欄でも何人かが書かれてましたが、今回のボスはギリアン(モドキ)です。流石に原寸大はデカすぎるので、縮小版ですね。マツリはコレの警備をさらっと放棄して帰ってったというワケです。なにやってんだアイツは。

次回はボスとの戦闘を書いていきます。そして次話で二章終了です。

次回の更新は明日の午前十時を予定しております。毎日更新のラストです。


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Episode 14. The dianthus and the deathberry

お読みいただきありがとうございます。

第十四話です。

後半にリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意下さい。

宜しくお願い致します。


「ブラボー隊、スイッチ! チャーリー隊、アルファ隊の後退を援護!!」

「解放隊しっかりせえや! 追い打ちの薙ぎ払いが来るでえ!!」

「エギル、ボスの足を払ってくれ。体勢を崩して一気に畳みかける」

「よぉし、任せろ!!」

 

 戦闘開始から十六分が経過、トゲ頭の主導で撤退するアルファ隊とエギルを先頭に突っ込むブラボー隊が交錯した。HPバーが残り一段を割り込み、新しく追加された長い舌での刺突が虚閃っぽいレーザーの一閃の後に繰り出される。

 エギルがガードする前に俺が飛び出し、《浮舟》でカチ上げて軌道を逸らす。ゴムのように伸縮するクセに金属並の強度を持つ薄ピンクの鞭を『宵刈』の切っ先が捉え、火花を散らしてふっ飛ばす。

 

「ナイスだぜ一護! 食らいやがれえええっ!!」

 

 大虚……もとい『The Deadsoul』にも劣らない野太い咆哮と共に繰り出されたエギルの単発重攻撃『グリズリー』が、ブーツのように尖がった足を真っ向から弾き飛ばした。その横をスイッチを叫びながらキリトが疾駆、宙に浮いたままの足の背後に回り込んで、ソードスキルを発動する。隙の少ない薙ぎ払い二連撃《スネークバイト》がアキレス腱――大虚にそんなものが備わってるのかは知らねえが――の辺りを斬り刻んだ。

 

 それと同時に俺は逆脚の近くに待機、同時に刀を上段に構えて溜めを作る。刃を覆う蒼い光は見る見るうちに強くなり、まるで青白い炎が燃えているようにも見える。

 

「一護、いいぞ!!」

「おう!!」

 

 キリトが後退すると同時に声を上げ、それを受けた俺は踏込と同時に刀を全力で一閃、ボスの足首をへし折らんばかりの強打を撃ち込んだ。

 カタナスキルの熟練度が上がったことで追加された『溜め斬り』は、ソードスキルの発動体勢を取りつつモーションの開始を自制することで使える。最大三秒間のチャージ時間と引き換えにスキルの威力を大幅に上昇させることができ、集団戦でその隙をカバーできさえすれば、強力な火力源になり得る。ボスのHPバーがグリッと減ったのが、見なくても手ごたえで感じ取れた。

 

「スイッチ」

 

 冷静な声が聞こえ、技後硬直の解けた俺はその場から飛び退く。入れ違いで突撃したリーナの飛び膝蹴りがボスの踝に命中、俺の一撃で揺らいでいた軸足がズルッと動く。さらにリーナは空中で三連撃《クイックビンゴ》を発動、同じ部位目掛けて連続の刺突を叩き込む。追い打ちとばかりに着地の直前《水月》をブチ当て、しかし更なる追撃はせずに蹴りの反動で足元から逃れた。

 

 なぜなら、

 

「ボスが倒れるぞ、全隊突撃!!」

 

 HPバーがレッドゾーンへと突入しそうな勢いで減っていくボスの巨体がぐらりと傾き、前のめりに倒れてきたからだ。ディアベルの号令で、下がっていた二小隊の連中がなだれ込むようにして突撃してくる。俺たちもそれに負けじと、落下予想地点から離れつつトドメのラッシュに参加すべく身構える。

 

 そして、ボスが膝を突き、上半身がゆっくりと傾き始めた――その時、頭上にオレンジの光が見えた。悪寒が俺を襲う。

 

「やめろ! 全員コイツから離れるんだ!!」

 

 そう叫び、俺は思いっきりその場から飛び退る。一瞬固まったブラボー小隊の連中も、すぐにそれに従い、各々待機場所から退避した。

 

 直後、頭上にあったオレンジの光が地面に突き立ち、ボスの身体を囲った。

 

「な、なんや! あのけったいなバリアは!!」

「うるせえ! 俺に訊くんじゃねえよクソトゲ!!」

「あん!? アンタには訊いてへんわボケぇ!! 黙っとれチンピラ!!」

「んだとテメエ!!」

「そこのバカ二人、喧嘩しない。それより……ボスの様子がおかしい」

 

 面突きあわせてにらみ合っていた俺等だったが、冷静なリーナの言葉に我に返り正面へと向き直る。

 

 そこには、自分の面に手をかける、大虚の姿。

 虚が仮面を剥ぐ。その行為の意味を俺が思い出したのと同時に、咆哮と共にボスの白い面が引き剥がされ、砕け散った。

 

 途端に巻き起こる旋風。視界を潰され、風圧でたたらを踏む俺たち。

 

「全隊、一旦後退!! 体勢を立て直す!!」

 

 ディアベルから即座に後退命令が飛び、俺を含む全員がボスから離れた。

 一番ボスの近くにいた俺とリーナが本隊と合流し、ボスの方へと向き直った瞬間、暴風が止み、砂塵の中で大虚が歪に姿を変えていき、一体の巨人が出来てきた。

 

「何……だと……!?」

 

 露わになったその姿を見て、俺は絶句した。

 そこにあったのは、毛皮に覆われた屈強な上半身、鹿を思わせる大きな一対の角に長い蛇の尾。

 

 まだ完成してないが、見紛うハズもない。あれは――『アヨン』だ。

 

 なんで、アレがギリアンから出てくる? アイツは確か、女破面三人の腕から作られるんじゃなかったのか? キルゲとかいう滅却師と戦ったときは、確かそうだったハズだ。それが、なんでこんな出方をするんだよ!?

 

 それにおかしいことがもう一つ。コイツがSAOの中にいることだ。

 死神くらいならまだわかる。現世の人間の中には、死神について知ってるヤツも何人かいる。SAOの開発陣の中にそんな奴がいた確率は、低いだろうがゼロじゃない。

 でも、アヨンは違う。

 聞いた話じゃ、コイツが衆目にさらされたのは、俺が目にした一回と、愛染が現世に攻め入った時の一回、合わせてたったの二回だけだ。だから、その存在を目にしたのは、隊長格と井上、チャド、浦原さんだけのはず。可能性を広げても、破面の軍勢の連中と親父、夜一さんまでだ。そんな知名度の低い化け物の姿を完全に再現できるわけがない。

 

 もしかして、隊長の誰か、あるいは浦原さんがこのゲームに干渉したってのか?

 そうとしか考えられねえ。だって、そうでなきゃあんな――あんな、()()()()()()()()()()みたいに忠実に再現できるハズが――そこまで考えて、俺はある一つの結論に辿り着いた。

 

 まさかコイツは……いや、このボスに纏わる全てのクエストは……、

 

 

 俺の()()()()()()()作成されてるのか。

 

 

 そう考えると、全ての謎が説明できる。死神の存在も、斬魄刀も、虚も、みんな俺の頭の中から生まれたんじゃないか。

 

 前に『プレイヤーのメインスキルに合わせてクエストが生成されたのでは』とリーナは言ったが、『プレイヤーの記憶の中から使えそうなエピソードを引き抜く』ことだってできるんじゃないか。プレイヤー自身が体験した恐怖、不安、絶望。そういうものの中から使えそうな記憶を抽出し、ゲームのイベントに反映することが。

 果たしてナーヴギアにそれが可能なのか、それは今この場では調べようもない。ただ、このクエストに関する全ての情報が、最初に東部の最上層に到達したプレイヤー、すなわち俺とリーナのうち、俺の記憶から引き抜かれたと判断するのが、一番の正解のように思われた。

 

 ――つまり、この状況は、俺の恐怖が基になって生まれたんだ。

 

 見れば、アヨンの上に表示されたHPバーが回復している。全回復ではないが、レッドゾーンまで削れていたはずのHPの二段目までは埋まってしまった。そして、さっきまでの大虚が俺の記憶通りの動きをしていた以上、コイツも俺の記憶にある通りに暴れ狂うだろう。見境なく、ただ殺すために。

 

 どんな動きをしてくるか分からず、みんなは固まったまま動かない。中には微かに震えている奴もいる。そりゃあそうだ。鈍い幽霊があんな怪物に変化すりゃあ、誰だってビビる。それを引き起こしたのは、多分俺の記憶。

 

 そして、その諸悪の根源は――

 

「――フザけんじゃねえ」

「……一護?」

 

 リーナの訝しむような声。俺はそれには答えず、刀を構える。

 

「人を大勢閉じ込めるわ、勝手に死んだら終わり(デスゲーム)にするわ、挙句人の頭ん中勝手に漁るわ……クソヤローだな、茅場(テメー)は……!!」

 

 赦さねえ、絶対に赦さねえ。怒りが脳内を席巻する。頭に仮想の血が上り、視界がグラグラと煮えたぎる。この世界を作った男に、そして目の前で模られていく異形に、俺は凄まじいまでの殺意を覚えていた。無限に湧いてくるんじゃねえかってくらいに強い激情は、たとえこの刀で腕を斬り裂き、足を千切って落とし、首を刎ねても治まりっこない。ポリゴンの欠片の一つすら残さず、塵になるまでぶった斬ってやる……!!

 

 その衝動に身を任せ、刀を握り締めて突貫しようと身を沈めた――その時、目の前に()()が飛んできた。慌てて刀を振り、顔面にぶっ刺さる寸前で弾く。

 

「アッブねえな! いきなり何しやが――」

 

 突然の暴挙に文句を言おうとした俺だったが、そこにいた奴の目を見て、その言葉を飲み込んだ。

 

 そこには、鬼のような形相をしたリーナが立っていた。

 その表情はあまりに険しく、かつて二層の噴水の前で見せた怒りの表情よりも、何倍も、いや何十倍もの怒気に満ちている。自分も同じようにキレていたはずだったのに、その険しく歪んだ端正な顔を見た瞬間、俺は怒りが急速に退いていくのを感じた。

 

「いい加減にして」

 

 低く、澄んだ声が響いた。そのあまりの鋭さに、他の面子のざわめきも消える。

 

「一護がアイツの何を知っているのか、何にそんなに動揺してるのか、そんなことは知らないし、どうでもいい。

 けど、今の貴方の、その怒っているように見せかけた、揺らぎまくりの姿だけはどうしても許せない。アイツが何者でどれほど強かろうと、貴方が何者で何を知っていようと、今するべきことは、衝動に身を任せた特攻と言う名の自殺じゃない。そうでしょ?」

 

 リーナの持つ短剣が、砕け散りそうに軋みを上げ、小刻みにカタカタと震える。見れば分かる程に、その細い肩に力が入っている。

 

「貴方は生きなきゃいけないの。例えなにがあろうとも、生きて、勝って、この世界から出て、私と一緒に茅場をブン殴らなきゃいけないの。あの夜、二層の小さな噴水の前で、私とそう約束したはず。こんなところで、激情に駆られて、あんな気持ち悪い生物と相討ちにでもなられたら困る。貴方も、私も、ここで死ぬわけにはいかないの。

 ――しっかりしなさい、一護!!

 今! 貴方の剣に宿るべきなのは、そんな感情(もの)じゃないはずだ!!」

 

 ――キミの剣には、"恐怖"しか映っちゃいない。

 

「必要なのは『怒り』でも『迷い』でも、ましてや『恐怖』でもない!!」

 

 ――戦いに必要なのは"恐怖"じゃない。

 

「寸分の狂いもなく攻撃を躱し!」

 

 ――躱すのなら"斬らせない"

 

「ここにいる仲間を護り!」

 

 ――誰か守るなら"死なせない"

 

「立ちふさがる敵を斬り捨てる!」

 

 ――攻撃するなら"斬る"

 

「どれだけ状況が絶望的でも、どれだけ相手が恐ろしくても、貴方が剣士であるのなら、他の些末事なんてどうでもいい!!

 迷わないで、一護!! 例え相手が誰であっても、必要なのはただ一つ!!」

 

 ――ほら、見えませんか。アタシの剣に映った――

 

「絶対に生きて勝利する、戦うための『覚悟』だけ!! 私の知る誰よりも強い貴方には、それが出来るはずでしょ!!」

 

 ――"キミを斬る"という"覚悟"が。

 

 かつて俺が教わった、戦うためのコツ。

 分かっていたつもりだった。戦うために必要な、揺らぐことのない『覚悟』。鉄より強い、堅固な意志。

 

 まさか、リーナにあの人と同じようなことを言われるとは、思わなかった。

 

「……チェッ。わかったような口ききやがって……」

 

 形ばかりの悪態を吐きながら、俺は刀を持ち上げる。刀身に映る俺の顔は、この上なく不機嫌そうで、けれど確かに揺らいだ、みっともないモンだった。自分で見てても笑けてきちまう。いつまで経っても変わらない、魂の底の、俺の無力。本当に、どうしようもねえ甘ったれだ、俺は。

 

 だから、

 

「……セイッ!!」

 

 俺は自分の頭を、刀の柄で思いっきりシバいた。ゴンッという鈍い音と強い衝撃が脳をブチ抜き、眩暈で倒れそうになるのを何とか堪える。

 

 何とか踏みとどまり、一息吐いて、もう一度刀身に自分を映す。

 そこにいたのは、しかめっ面をした、目つきの悪い俺。飽きる程に見てきた、いつもの『黒崎一護』だ。

 

 多分、俺は今まで、心のどっかで不貞腐れていたんだ。この世界に入って、死神の力が使えなくなって、その理不尽な喪失に、無意識にしがみ付いてきた。

 それなのに、目の前に死神や虚が現れて、記憶通りの力を振るって来て、なんで俺にはその力がねえんだって、心の底で思っちまったんだ。でも俺は、そのみみっちい未練を茅場への怒りにすり替えちまった。自分の底をまるで見ようとしなかった。その結果がこの様だ。情けねえ。本当に、情けねえ。

 けど、今はもうそんなことには拘らない。斬月がなくたって、死覇装が着れなくたって、俺の魂はいつだって「死神」なんだ。今はそれで、それだけで十分じゃねえか。

 

 もう動揺はない。刀を鋭く一閃し、足に意識をこめてしっかりと踏ん張る。

 

「……おし、行くか」

「うん」

「……リーナ」

「うん?」

「さんきゅ」

「……うん」

 

 短いやりとりの後、リーナは俺の前から退き、右横に立った。気のせいかもしれないが、その足取りは随分と軽い。

 と、それと反対側、俺の左にも人影が立った。真っ白なリーナと対照的な真っ黒い影。

 

「それじゃ、俺も行くかな」

「キリト」

「ま、俺も腑抜けた面してたし、ここは自分への罰として特攻に志願するよ」

「……そうかよ。んじゃ、せいぜい玉砕しねえようにするこった」

「当たり前だ。なにせ、俺とお前には『死神』の加護があるんだからな」

「……へっ、それもそうか」

 

 顔を見合わせ、ニッと笑う。同時に、あいつののほほんとした笑顔が脳裏をよぎる。

 

「俺も参加するぜ。あのデカイ奴のドロップアイテムで、一儲けする野望があるからな」

 

 さらにその隣に、斧を担いだ黒い巨漢が並び立つ。

 

「オレも行こう!!」

「俺もだ!!」

「アンタたちにだけ、恰好ええ面はさせへんでえ!!」

 

 その横に、後ろに、次々とメンバーが集う。連携はどうしたとか、集まるなよ鬱陶しいとか、そういう文句が頭を過る。

 けど、今は、今だけは、このままでいいんだ。

 俺は征く。みんなと力を結集させてアイツを倒す。虚をほっぽって帰りやがった、アホで能天気な死神の代わりに。

 

「――黒崎一護、十八歳! 現在、死神業代行!! これより、ド阿呆(シニガミ)が閉じ込めた悪霊を、ここにいる十四人と共にブッ倒す!!」

 

 声を張り上げ、刀を(かざ)す。周りの連中もそれに合わせ、各々の武器を構える。

 

「そんじゃあ、行くぜ!!」

「各隊総員展開!! 状況に柔軟に対応しつつボスを討伐せよ!!」

 

 変貌を終え、今まさにこっちに飛びかかろうとしていたアヨン目掛け、俺たちは一斉に駆けだした。

 

 俺の見間違いじゃなけりゃあ、その時、みんなの顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

〈Lina〉

 

 あれから二日が経った。

 

 死にかけながらも、変貌した19層フロアボス『The Deadsoul』改め『The Chimera』をなんとか討伐し、私たちは無事に20層に辿り着いていた。

 あの後、夜を徹して行われた宴会の乱痴気騒ぎは、もう二度と経験できないだろうというくらいの盛り上がりっぷりだった。全員が命を賭し、そして誰も死なずに打ち勝った。その事実が私たちの心を大いに感動させ、感情を爆発させたのだろう。思い出すと、よくあれだけのテンションを最後まで維持できたものだと、ちょっと呆れてしまう。まあ、私はいつも通りに自分の生理的欲求に忠実に食事をしていただけだったけど。

 

「……ンな薄着で、なにボケッとしてんだオメーは。風邪引くぞ」

 

 そんな声と共に、私専用の特大マグカップが差し出される。お礼を言って受け取ってから、私の隣に座ってココアを啜る一護を見た。

 今日はボスとの戦闘の疲れが抜けないということでオフになっていて、そのため彼の服はかなりラフだ。黒いシャツに同色のカーディガンを羽織り、ボトムスは細身のズボン。足元に至っては靴下にサンダルだ。本人曰く、「ブーツだと足が締め付けられてかったりぃんだよ」とのこと。オッサンくさいという私の指摘はスルーされたが。

 そういう私も、今日は武装など一切していない。薄手の白ニットに紺のスカートとストッキング。足元はスニーカーを履いていたが、今は脱ぎ捨ててソファーの上で体育座りのような恰好をしている。以前この座り方をしていたら、一護に「見えるぞ」と言われたが、「見たいの?」と返したら黙ってしまい、それ以来こうしていると、一護はこっちを見なくなった。見かけによらず、そういう方面の免疫がないのかもしれない。

 

 忠告に従い、その辺に放り投げてあったブランケットを羽織ってココア片手にぬくぬくしていると、一護が手に持っていた情報ペーパーをバサリとテーブルに投げ捨てた。眉間の皺がいつもより深い辺り、なにか気に入らないことでも書いてあったのかもしれない。そう推測しながら、私は身を乗り出して一面の記事を読んでみる。

 

「――激闘の末の勝利! 攻略組、第19層突破! 立役者は純白の『闘匠』に支えられた橙色の『死神代行』……『闘匠』って、私?」

「オメー以外に誰がいんだよ。ったく、アルゴの奴、また大袈裟に書きたてやがって……」

 

 クソ忌々しい、と呟きながらマグカップを傾ける一護を横目に、私は記事を斜め読みする。

 大袈裟と一護は言ったが、要点はしっかり押さえられていた。ボスの第一形態との攻防が順調に進み、突然第二形態に変形して部隊が動揺、しかしそれでも退くことなく全員で戦い、無事勝利した、と。

 私の啖呵云々の部分は恥ずかしくて丸々読み飛ばしたが、一面を大きく飾る一護と私のツーショット――宴会で一番人気だったフライドチキンの取り合いに挑む一護と、彼の手にあるチキンに背後からこっそり齧り付く私の、だが――は流石に無視できなかった。いつこんな写真を撮られたのやら。油断も隙もないとはこのことだ。

 

 一護と同じようにペーパーを投げ捨て、三人掛けの大きなソファーに戻る。20層のこの宿に泊まってから一日も経ってないが、この場所が早くも私たちの定位置になりつつある。ピッタリくっつくわけでもなく、さりとて端同士に座るわけでもなく、人一人がギリギリ入れないくらいの、ごく自然な距離だ。

 

 その距離から彼の横顔を見上げながら、私はふとあることを思い出した。

 

 そういえば、あのボス戦で見せた、一護の過剰とも言える動揺の理由をまだ訊いていない。

 あの時は「どうでもいい」と言ってしまったし、別にいつか訊こうと決めていたわけではなかったが、「かすれば三割持ってかれる」ヘルネペントとの戦いの中でも迅速な切り換えを見せた彼が、彼処まで乱されたのは何故なのか、それを知りたくないと言えば嘘になる。

 

 でも今は、それを訊くことはないような気がする。

 多分それは、一護にとってとても重大なこと。自分から「実はあん時――」なんて言い出せないくらい、重い問題。それを訊ける深さまで、彼の心に立ち入る方法の持ち合わせは、今の私にはない。

 

 だから、待とう。

 彼がそれを話してくれるまで。あのしかめっ面が揺らぐくらいに重い事実を、心の底からすくい上げて私に見せてくれるまで。

 たとえどれ程の時間がかかろうとも、それまで、私はずっと待つんだ。いくら彼が十八歳(としうえ)だと言っても今の彼は私の『相棒』、気遣い(それ)くらいはできなきゃダメだろう。

 

 そう考えた私はその話題を脳内から打ち捨て、代わりに何でもない話題を切り出した。

 

「……そう言えば、一護ってどんなチョコが好き?」

「あ? ……まあ、特にコレってのはねえな。チョコなら全般的に好きだ。何だよ、バレンタインの話か」

「うん。きっちり百倍返しを狙うからには、ちゃんと一護の好みに合ったのをあげようかなって思って」

「前半の文章がなけりゃ、素直に礼が言えたんだけどな。面と向かって百倍返せなんて言うんじゃねえよ、この強欲女」

「そこはむしろ『百倍でいいのか? 俺は千倍でも万倍でも一向に構わねえぜ?』って言える器の大きさを見せるトコでしょ、この甲斐性無し男」

「テメエ、俺がンなことをうっかり口にしようもんなら、確実に骨の髄までしゃぶりつくす勢いでタカるだろ。魂胆が見え見えなんだよ」

「ちっ、ノリの悪い」

「うるせ」

 

 両足を投げ出してふんぞり返る一護と、ブランケットをひっ被って膝を抱える私。

 

 二人で益体もない会話をしながら過ごす冬の午後は、立ち上るココアの湯気のように、穏やかにゆっくりと過ぎていった。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

二章終了です。読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
ここまでの文字数が十一万字弱。文庫本で約一冊分に相当する量です。もっと長く、かつクオリティの高い作品を書かれている作者様は沢山いらっしゃいますが、私にとっては人生初の経験でこざいます。
そんな長い物語を未熟者が書きましたので、ヘタクソな文の構成でとても御見苦しかったと思います。特に、プロットが曖昧だったせいで無理やり書いた感がある、十話以降……。
ですが、多くの方のご声援で何とか形にすることができ、無事に本編の第一段階を終わらせることができました。感謝してもしきれません。
完結まではまだ先の長い拙作ではありますが、今後とも精進し続け、またWeb上に投稿するからには、読者様のお目汚しにならない程度の作品には仕上げたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします。

……前半部分、すごいトンデモ展開ですみません。筆者の頭ですとこれが限界なのです。
ただ、「ネットから伝承を収拾してクエスト生成」や「プレイヤーの感情や脳波をモニタリングしてケアするシステム」なんてものを備えるカーディナルなら、これくらいの機能は持ってるんじゃないかと思って書いてみました。こうかいはしていない。
あとついでに、一護の本名と年齢が知れ渡りましたね。ドンマイ。

12/1 20:55
前半の一護の動揺とリーナの啖呵の流れを少し変えました。

次章はもう少し上の層のお話になります。オリジナルではなく、原作準拠のエピソードです。……ここまで言えば、流れ的にわかっちゃう人も多いのではないでしょうか。新規原作キャラがいっぱい出ますので、上手く動かせるよう悪い頭をフル稼働させて頑張ります。

ただの「一護―strawberry ―」から戦いに生きた「死神一護―deathberry ―」へと戻った彼と新たに登場するヒロイン候補のお話、楽しんでいただければ幸いです。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Chapter 3. 『世界を変えた人』
Episode 15. Take care of Black Cat


お読みいただきありがとうございます。

第三章始まりです。

宜しくお願い致します。


 弱点・欠点なんてのは、誰にでもあるもんだ。

 

 高々百年ちょっとしたら死んじまう人間は元より、百年単位で生きている死神でさえ、それは例外じゃない。

 例えば白哉。

 六番隊隊長(たちば)四大貴族出身(いえがら)歴代最強(じつりょく)、オマケに美形(イケメン)と四拍子揃ったアイツでさえ、芸術的センスが皆無という欠点がある。

 砕蜂は夜一さんが絡むと全くの役立たずになるし、京楽さんは女に弱い。剣八なんか凶行蛮行が多すぎて、むしろ長所の方が少ないくらいだ。

 けど、その欠点や弱点があるからこそ、そいつの長所や強みってのが光ってくるんだ。完璧超人なんてつまらねえ。弱みの一つくらいは持ってないと、人間味ってモンがなくなっちまう。そうだろ?

 

 ……だから、

 

「……いい加減、それやめたらどうだ? 三か月やっても効果がねーんじゃ、もう治んねえって」

「イヤ。たとえ何か月、いや何年かかることになっても、私は絶対にあきらめない」

「その不屈の精神はごリッパだけどよ、オメーのその異常な()()っぷりは、もう努力どうこうで何とかなるモンじゃねえだろ。それにそのバケツ被って呪文唱えんの、ホントにやり方あってんのか? そもそもバケツ(そんなん)で音痴が治るなんて、聞いたことねーぞ」

 

 ソファーに寝っ転がった俺のため息交じりの意見を無視して、リーナはまたバケツをひっ被ってしまった。頭がすっぽりバケツに隠れた状態で何やらゴニャゴニャやられるってのは、俺の目にも耳にも優しくない。最初見たときなんか、俺を笑わせにきてんのかと思って鼻で笑い飛ばしちまった。まあその直後に、飛んできた短剣を白刃取りすることになったが。

 

 そう、俺の相方のリーナの現状最大の欠点、それは、壊滅的なまでに音痴なことだ。

 発覚したのは今から三か月前。なんかのクエストで『NPCの出す音に合わせて「かえるの歌」を歌い、音程のズレをチェック。点数が高い、すなわちズレが少ない方にアイテムが出る』ってミニゲームがあった。俺は「そんな小っ恥ずかしいことやってられるか」とスルーしようとしたんだが、リーナの「私に負ける種目が増えるのが怖いの?」という挑発に乗せられて挑戦することに。

 結果は、俺八十五点、リーナ十七点で俺の圧勝だった。ぶっちゃけ、俺が勝ったってことよりも、「自信ありますよ」って顔してご大層に挑発までかましてきたたリーナが想像を絶するレベルでド下手だったことに驚いちまって、茶々を入れることさえもできなかった覚えがある。後で訊いてみると、自分が下手なのは自覚していたが、まさか一護よりも下手だとは思わなかった、とのこと。なんつー失礼なヤツだ。お前の中の俺はどんだけ無能なんだよ。

 

 その一件以来、俺に「かえるの歌」で勝つべく、リーナは空いた時間にバケツを被り(テレビかなんかで見たやり方らしい。昔三日やって挫折したとか何とか)、歌とも鬼道の詠唱ともつかないナニかを発声するようになった。負けず嫌いなのは大いに結構だが、せめて俺のいないトコでやってくれ。部屋の外への音は一切遮断されてるからご近所トラブルにはならなくても、同じツインで寝泊まりしてる俺には直で聞こえてくんだよ! という俺の切実な訴えは、何の効力も発揮せずにシカトされた。勝率ゼロのジャンケンを二か月続けても諦めなかった俺を愚劣とか言いやがったのは何処のどいつだっつーの。

 

 と、ひとしきりやって満足したのか、リーナはバケツを頭から退けるとアイテムウィンドウへと放り込んだ。今日のところはこれでお終いらしい。

 

「ん。ちょっと良くなったような気がする」

「錯覚だろ、目え覚ませ」

「一護、貴方はもう少し相棒に対する配慮というものをすべき、精神的な意味で」

「だったらオメーも相棒に対する配慮ってものをしやがれ、聴覚的な意味で」

「そう思うのなら、もっと効果的なトレーニング法とか機材を探してきて。具体的には、『一日一時間であらフシギ! 三日で歌が完全習得できるマシン!!』みたいなのを」

「ムチャいうな。ンなもんがマジで存在しちまったら、音痴って言葉がとっくの昔に死語になってんだろ」

 

 卍解における転神体みたいなもんがそうそうあってたまるかよ……いや、あのゲタ帽子ならどっかから出してきかねない。某タヌキも真っ青――奴は元から青いが、まあ比喩ってヤツだ――の何でもアリっぷりだからな、あの人。

 そんな俺の思考を余所に、リーナはスタスタとこっちに歩いてきて、俺が寝そべるソファーへとダイブしてきた。潰される前に起き上がって回避してやると、クッションに頭から突っ込んだリーナはうつ伏せのまま器用にスニーカーを脱ぎ捨て、もぞもぞといつもの体育座りへと体勢を変えた。

 

「大体、じゃんけんでもコイントスでもルーレットでも全戦全勝の私が、歌で一護に負けるなんて絶対におかしい。どこかに見落としがあるはず」

「いやおかしいのはオメーだよ。じゃんけんでもコイントスでもルーレットでも、この半年の間一回も負けがねえってどーゆーコトだよ。それで十分過ぎるじゃねえか。自重しろ」

 

 不服そうなリーナに俺がツッコみをいれた時、視界に小さなウィンドウが表示された。メッセージの着信を示すそのアイコンをクリックし、中身をザッと流し読んだ俺は「すぐ行く」とだけ書いた返信を飛ばし、首をボキボキやりながら立ち上がった。

 部屋着に着ていたパーカーをアイテムボックスに戻し、いつもの襟なしロングコートと愛刀『宵刈』を装備した俺を見て、リーナが首をかしげた。

 

「下の層に狩りに行くの? それとも狼ヶ原?」

「いや、ディアベルから『力を貸してほしいことがある』ってメッセージが来た。ヒマつぶしに行ってみる」

「私も行く」

「ああ、リーナも連れてこいって書いてあったからな。そーしてくれ」

 

 つい最近まではあり得なかったような内容の会話を交わしつつ、装備を整えた俺たちは宿を後にした。四月になってもまだ肌寒い晴天の下を歩きながら、俺は深いため息を吐いた。

 

「……ったく。まさか最前線に敵がほとんどいねえ、なんてことがあるなんてな」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 28層にはフィールドダンジョンが一ヶ所しか存在しない。北部にある草原フィールドの奥の窪地『狼ヶ原』ってのがそこだ。リーナ曰く「攻撃力は高いがHPが低くそれでいて高経験値、オマケにリスポーン間隔完全固定と、どうぞコイツを狩ってレベルをゴリゴリ上げてくださいとでも言わんばかりの仕様」だそうだ。

 おかげでこの狩場は毎日攻略組でごった返し、一回行ってみたときなんか「八時間待ち」とか言われて八秒で引き返した記憶がある。夜なら空いてるみてえなんだが、それだとリーナが()()()で使い物にならねえ。やっぱり、俺たちには効率重視の狩場は合わない。

 

 けど、だからって迷宮区にカチ込みかけても、今回ばっかりは意味がねえ。なにせ、『狼ヶ原』を除く全部のフィールドにはモンスターが全く出現せず、迷宮区への道はまどろっこしいスイッチやらなぞなぞやらがわんさか捩じ込まれていて、マトモに進むことすら出来ないからだ。

 そういうのが得意じゃない俺らは早々に攻略からドロップアウトし、今は複数のギルドが連携して、あーでもないこーでもないってやりながら、少しずつ道を切り開いてるって話だ。武装やアイテムが出るってんで、一応モチベは下がっちゃいないらしいが、何せ仕掛けの数がやたらと多く、そこそこの時間は掛かりそうってことだった。心底ウザい設計だ。フィールドモンスターゼロでボスもすげえ弱かった22層や26層よりは、多少マシなのかもしれねえけど。

 その一方、トラップ多発の27層やボス攻略の難易度が鬼畜だった25層は敵のレベルや数が凄まじく、おかげで俺らの鍛練が捗りまくった。まあ、そのツケがコレじゃあ流石に嫌になるけどな。

 27層のトラップは一通り狩り尽くしたんで、今行ってもザコい敵がチョロチョロとしか出てこねえから行く気がしない。虐殺系のクエストもとうの昔に受け尽くし、武器を初期のヤツに格下げして相対的難易度を上げて挑むのも飽きた。こっちのスペックが落ちたところで、敵連中の動きのトロさは変わんねえからな。

 

 何より、上層クラスのプレイヤーが下層を荒らすのはマナー違反らしい。19層辺りで派手に暴れたせいか、俺たちの人相はそれなり以上に広まっちまっていた。最初のころならともかく、今の状態でテキトーなことをやらかせば、確実に素性がバレる。

 この前なんか、街の中を歩いてただけで「リーナさんを掛けて俺と勝負だ!」とか、絡んでんだか何だかよくわかんねえ台詞と共に決闘を申し込まれた。十秒で斬殺したけどな、リーナが。

 俺が決闘を受ける受けないを決める前に、食事前で機嫌の悪いリーナに襟首をガッチリ掴まれて広場に強制連行。衆人環視の中ダメージを受けない圏内戦闘でボッコボコに叩きのめされ、挙句の果てに「私より弱い男が調子に乗るな」とバッサリ切られたヤツの表情は、ちょっとその辺じゃお目にかかれねえくらいの絶望の色に染まってた。自分をレベル32のベテランとかほざいてやがったが、それじゃこの前ケンカ売ってきて俺の《矢筈》でアッサリのされたマッチョのオッサン(レベル33)とどっこいだ。そもそもレベル差がデカすぎる。

 

 25・27層で散々暴れたおかげで、今のレベルは俺もリーナも46と相当高くなっていたが、そのせいで迷宮区に出現するモンスターやフロアボスが全般的に弱っちい(25層のボスは除くが)20番台の層は、俺たちにとってはちょっと物足りない。27層の呆れるほどに多種多様なトラップの山が懐かしくなっちまう。

 

「はっ、はぁっ、この、ツルハシ野郎! 斬っても斬っても、湧きやがるとか、どーなってんだ!! もう四十体は倒してんだぞ!?」

「それより、あの、多関節マネキン軍団を、なんとか、してっ!! 両足もいでも、向かってくるとか、ほんとムリ!!」

 

 戦士モンスターと人形モンスターの最悪コンビがわんさと湧いてくるアラームトラップ・結晶無効化エリアのオマケ付き、とか、

 

「なんだこの鳥オバケ、スゲー弱そうだな。さっさと斬って……おい、リーナ?」

「……ソードスキルが、発動しない」

「……え?」

 

 スキルありきの戦闘スタイルを取るリーナに消えないトラウマを植え付けたソードスキル無効化エリア、とか、

 

「――――。――? ――!?」

「――!? ――、――――――!!」

 

 何の前触れもなくいきなり声が出なくなる沈黙エリア、とか。

 

 他にもモンスターハウスに麻痺・毒・混乱なんかの状態異常、落とし穴もあった。他にもまだあったような気もするが、多すぎて覚えてない。多分、当たったトラップの延べ数は三十を超えていた。けど、今の層にはトラップの一つどころか斬る相手すらいない。28層が解放されたのはつい一昨日だが、俺たちにはもう宿に引きこもるかテキトーに街をうろつくか、腕が鈍らないように組手するかの三択しかなくなっていた。三つ目の組手で一日六時間は潰せたとしても時間は腐る程に有り余り、結果、四月上旬の今、俺たちはSAO始まって以来一番ヒマを持て余していた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ディアベルの所属する、『技能・戦術・戦略アカデミー(Skill, Strategy and Tactics Academy)』、通称SSTAは拠点を第一層主住区『はじまりの街』に持つ「SAOで最も人道的なギルド」だ。

 ベータ経験者を中心に組織されるこのギルドは、初心者から中級者までを対象にして、狩りをするときの基本から装備の選び方、ステータスビルドやソードスキルについて、個人戦から集団戦まで戦いの中での基本的な立ち回り方まで教えてるそうだ。30人で構成されたギルドの運営は基本的に『資金調達部隊』にローテーションで配属された連中の稼ぎと上級プレイヤー及び「卒業生」からの寄付で成り立っていて、受講プレイヤーから取る『授業料』は安めに設定してあるそうだ。

 こんなゲームの中でまで学校作るとかどんだけマジメな連中なんだよ、と混ぜっかえすのは簡単だが、こいつらがいなかったら最初の一ヶ月で死んだプレイヤーの数は倍になっていただろうと言われるほど、その影響力は大きい。初期の頃はご丁寧に給食も作ってたらしい。マジで学校だ。

 

 そんなマジメ連中の一人であるディアベルが待ち合わせに指定してきた11層主住区『タフト』のカフェテラスで俺たちはおち合っていた。

 

「……んで? なんだよ、力貸してほしいコトってのは。わりーが先に言っとくけど、スキル教えろとか、狩りの基礎の指導しろとかはできねーからな」

「いやいや、そんな大層なことを頼むつもりはないんだ。もっと単純なことだよ」

「単純、か。どっかのギルドの護衛でもすんのか」

 

 無言でスイーツの山を消化するリーナの横で、ディアベル一押しだとかいうガトーショコラを頬張りながら俺が訊くと、紅茶のカップを傾けていたディアベルは大きく頷いた。

 

「まあ、大雑把に言ってしまえばそんなところかな。オレがキミたちに頼みたいことは、ある小規模ギルドの引率なんだ」

「護衛じゃなくて、引率? ってことは、一応自力で外に出れる連中なんだろ? 小学校じゃあるめえし、ンなことする意味あんのかよ」

「あるんだよ、これが」

 

 カップを置いたディアベルの目が真剣な色に光る。

 

「訓練ならともかく実戦においては、初心者パーティーの場合、柔軟な対応というものが中々できない。相手モンスターが想定を少しでも外れた動きをしただけで連携が崩れ、そのままやられてしまう事が多いんだ。戦線が崩壊したとき、それを押し戻せるだけの実力をもった保護者のような存在はとても重要だ。

 今回キミたちに引率してもらいたいパーティーはまだ講習を受けていないから、戦闘がかなり拙いと思う。挑むのは彼らがいつも狩りをしているという20層のフィールドダンジョン『ひだまりの森』。そこで、彼らについて行って動きを見つつ、危なくなったら加勢する。頼みたい仕事の内容は、そんなところだ」

「それ、別に俺らがやる必要ねーだろ。フツーにオメーらだけで十分じゃねえか?」

「いやー、恥ずかしながら、ウチのギルドは今繁盛期でね。講習の実施だけで精いっぱいで人手が足りないんだよ。最前線は今謎解き(リドル)で忙しいってことで、戦線から外れて時間が余ってる攻略組の人たちも多い。そう判断して、信頼できるキミたちにまず声をかけたってことさ」

「ホメたってなんもでねーよ」

 

 そう言いつつ、俺はリーナを横目で見た。コイツは交渉の条件が悪ければ、例え自分が食事中でも横やりを入れてくる。それが黙って大人しくメシ食ってるってことは、ここまでの内容に特にアヤシイところがねえって言ってるのと同じ意味だ。炭鉱のカナリアみてえな扱いだが、気にしたら負けだ。

 

「もちろんタダでとは言わない。キミたち攻略組を雇う以上、相応の報酬を払おうじゃないか」

「いくらだ」

「期限は28層のギミックエリアが攻略されるまで。日給で一人五万コル」

「……お守の駄賃にしちゃあ、ズイブンとたけーな」

「トッププレイヤーの引率なんだ。これくらいが妥当じゃないか。ギルド内でもこの額に反対する者はいなかったしね。

 ……さて。この条件で、小規模ギルドの引率、引き受け――」

「受ける」

「……金に目がくらみやがったな、テメエ」

 

 目が¥マークになったリーナを見て、俺は呆れた声を出した。つい最近装備を新調したせいで金欠らしいコイツにとっちゃ、金払いが良くてヒマが潰せるクエストなんてのは、願ったり叶ったりだろう。

 

「ありがとう、リーナさん。よろしくお願いするよ。一護君、キミはどうだい?」

「……まあ、他にやることもねえしな。いいぜ、受ける」

「良かった、助かるよ。SSTAの平均レベルはせいぜい中の上程度だからね、確実に安全性を確保するならそれなりの人手を割かなければならないんだ。その点、キミたちなら二人でも十分すぎるくらいに安全だ。改めて、礼を言うよ」

「言わなくていいぜ、大げさな」

「ははっ、キミは相変わらずだね……っと失礼、メッセージだ」

 

 ディアベルはそう言って目の前の空間をクリックし、先刻俺がやったような動作で指を振る。こっちからは見えないが、眼前に表示されたメッセージをスクロールしていたディアベルだったが、突如その動きが止まった。軽いため息と共に、水色の髪の下の目が伏せられる。

 

「ドタキャンか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……やはり、キリトくんは難しいか」

「当たり前だろ。意外でもなんでもねー。アイツがギルドのお守りなんて依頼、引き受けるわけがねえだろ」

「まあ、そうだよね。ソロだったころの彼ならともかく、今の彼はギルド所属だ。他のギルドの引率を受けてくれるはずは――」

「おい待てよ、オメー今なんつった? キリトがギルド入りだと?」

 

 至極当然って感じの口調で言い放たれた驚愕の事実に、俺は思わず聞き返した。付き合い最悪のアイツがギルドに入るなんざ、涅マユリが人権尊重するくらい有り得ねえと思ってたのに。

 驚く俺とは対照的に、ディアベルは怪訝そうな顔をしていた。

 

「おや? キリト君に聞いたところでは一護君とリーナ君も知っているはず、とのことだったが。どこかのフィールドで会ったような口振りだったよ」

「どっかで会った……? 覚えてねーな」

「んぐんぐ……一週間前、素材回収に行った迷宮区で会ったでしょ。その時、彼のHPバーにギルド所属のマークが付いてた。そんな最近のことも忘れたの? この8ビット脳みそ男」

「うるせーな、つかなんだよ8ビットって」

「アルファベット、もしくは数字一文字のビット数。1バイトと同義」

「……よくわかんねーけど、とりあえずスゲーバカにしてんのはわかった」

 

 バッと見1ホール分のケーキをさっくり完食した底なし胃袋女を俺は睨み付けたが、当の本人はドコ吹く風とでも言わんばかりの表情で紅茶をすすっている。

 

「ま、まあその話は置いといて、引率の話に戻ってもいいかな。

 実は、引率の第一回は今日からでお願いしたい、と彼らから要望があってね。ホームはこの街にあるそうだから、メッセージを飛ばせばすぐに来てくれると思う。どうかな」

「……まあ、いいんじゃねえの。どーせやるなら、早い方がいいだろ」

「同じく」

「そうか、ありがとう。なら早速、呼んでみようか……」

 

 承諾を受けたディアベルがメッセージを飛ばしたその七分後、俺たちの座るテラス席の前に五人のプレイヤーが立っていた。

 特に目立った特徴はない。男四人、女一人の構成で、武器は装備してない。男四人のうち、三人は軽鎧、一人はマントを羽織った――多分「シーフ型」ってヤツだ――軽装、女の方はよくわかんねえ。防具すらないから、機動特化か? いやタイトスカートみたいなもん穿いてるし、それはねえか。スカート穿いてバンバン動くのはあのスケベ女だけで十分だ。あとコイツだけ、明らかに俺の面見てビビりまくってる……いや、もう慣れたけどよ。

 

 緋色の上下に軽鎧を重ねた男が一歩前に進み出て、軽く一礼してきた。

 

「えっと、初めまして。ギルド『月夜の黒猫団』リーダーのケイタです。僕たちの引率を引き受けて下さってありがとうございます、短い期間ですが、よろしくお願いします」

「一護だ。こっちは大食いのリーナ。俺らは別にプロでもなんでもねえから、そんなに畏まんなくていいぜ。敬語もいらねえし」

 

 ニガテなんだ、敬語(そーゆーの)、と付け加えると、ケイタは丸顔を少し困ったようにひそめたが、すぐに人の良さそうな笑顔を浮かべて頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、改めて。よろしくお願いするよ、一護、リーナ」

「私には様を付けて」

「え!?」

「気にすんな、戯れ言だ」

 

 初対面のヤツに十中八九ブッ込む相方のおふざけをバッサリ切り捨て、俺は立ち上がって右手を差し出す。

 

「んじゃあ、ちょっとの間だけど、よろしくな」

「あ、はい! ……じゃなかった。こちらこそ、よろしく」

 

 そう言ってケイタは俺と握手を交わし、俺たちの個人クエスト(お守り)が決定した。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

というわけで、第三章、月夜の黒猫団編です。
多分、ちょっと短めになると思います。

そして、第三のヒロイン候補、サチ登場でした。短気で強気な一護とはどう考えても正反対な彼女ですが、果たして一護との関係はどうなっていくのか、乞うご期待。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 16. Red Heath after Black Cat

お読みいただきありがとうございます。

第十六話です。

宜しくお願い致します。


 20層のフィールドダンジョン『ひだまりの森』に行くのは、確か今回で二回目だった。取り立てて広いわけでもなく、強いモンスターが出てくるわけでもないこのダンジョンは20層が開放された直後から攻略組が参入し、速攻でマッピングが終わってしまった。武器の素材によく使われるアイテムが出るってこと以外は特に魅力は無く、俺たちを含む当時の攻略組連中はさっさと迷宮区へと興味を移した。

 まあ、そんくらい影の薄いダンジョンってこともあって、出てくる敵の種類とかレベルとかはすっかり忘れちまっていた。ただ、最前線より八層も下のダンジョンなら、モンスターのレベルは俺たちよりも遥かに格下。何がどんだけ出てこようが、まず問題にはならない。

 

 問題になったのは、

 

「全員後退。一護、前よろしく」

「へいへい」

 

 コイツら『月夜の黒猫団』の連携が予想以上になってねえってトコだ。

 

 今日八回目の後退命令がリーダーのケイタ――じゃなくてリーナから飛び、HPバーを減らした唯一の前衛であるテツオを殿に、黒猫団の連中がジリジリと下がる。それを追撃しようと追いすがったカマキリモンスターの鎌の一撃を手にした()()で弾き、勢いそのままに斬り飛ばす。普段の刀の三倍はあるんじゃねえかって重さに右手が持ってかれそうになるが、重心を落として体勢をキープ、揺らぎそうになるのをどうにか堪えた。続けざまの一閃でもう片方の鎌の根元を切断、武器なしになったカマキリを蹴っ飛ばして、

 

「テツオ、スイッチ!」

「おうっ!!」

 

 糸目のメイス使いを前に出す。テツオは手にしたメイスを大きく振りかぶると、

 

「でりゃああぁぁっ!!」

 

 気合と共に一閃。メイス基本スキルの《ダイアゴナル》をカマキリの細い首に炸裂させ、HPバーをゼロまで削り取った。特に死亡アクションもなくポリゴン片になって散ったカマキリを見て歓声を上げて喜ぶ黒猫団の連中だったが、その陰でリーナがこっそりため息を吐いていた。

 コイツがちゃっかり指揮権みたいなモンを持ってんのはヒマを持て余したからだけじゃなく、戦闘に必死すぎて誰からも指示が飛ばない現状を見てられなくなったから、らしい。まあ、その気持ちは分からなくもねえ。前衛のテツオ一人がモンスターの攻撃を食い止め、そこを後ろから槍とかで刺しながらズルズル後退する、っていう基本スタイルを見てると、俺たちの仕事内容に指導が含まれてなくても「誰かさっさと前衛代わってやれよ」と言いたくもなる。

 だが、前衛職がテツオしかいねえらしいコイツらにそりゃあ無茶な注文で、結局俺にお鉢が回ってくるってワケだ。引率として付いてきた以上カバーに入るのは別に良いんだけどよ、もう何か俺とテツオがスイッチすんのがデフォになっちまって、俺が黒猫団の準レギュラーみてえになってきてる。ただ引率すんのもつまんねえってことで装備をクソ重い大剣『ベルセルク』に変えて戦力をデチューンしちまってるとはいえ、いくらなんでもそりゃねえだろ。

 

 この剣は、俺がちょっと前から鍛練用に使ってるモンだ。両手用大剣であるコイツを振り回したところで、この世界じゃ筋肉なんて欠片も付きやしねえから筋トレ的な意味での鍛練にはならねえ。が、重い大剣(コイツ)を持った状態で攻撃の出ばなを速くしていけば俺が求める「攻撃の緩急で敵を仕留める」スタイルにより近づくことができるし、しかも打ちこみの瞬間に身体の重心をブレさせない練習にもなる。っつうことで、最近じゃあ格下相手に戦うときはもっぱらこの『ベルセルク』を振ってる。鉄塊のようなずっしりとした重さが手首にかかる感覚は、始解状態の斬月を振ってるときを思い出す。

 

「いやーしかし、一護さんってやっぱ強いな! 男として憧れるぜ!」

「世辞を吐く前にオメーは戦闘に参加しろ。その手に持った短剣(ダガー)は飾りなのかよ」

「へへっ、オレはいわゆる最終兵器ってヤツで――」

「そんなチャチな最終兵器なんて見たことない。世迷言ほざいてないで前衛とスイッチする技能を磨いて。鍵開けしか能のない人間なんて、存在価値は無に等しい」

「うぐっ、リーナさんけっこう辛口……」

 

 黒猫団で一番ノリの軽い短剣使いのダッカーが、大袈裟にヘコんだようなポーズを取る。普通ならムードが和らぐんだろうが、生憎とリーナはこのテの人種が嫌いらしい。冷たい視線を一閃しただけでダッカーをシカトし、ケイタに向き直る。

 

「次は?」

「そう、だなあ……うん、もう十二時を過ぎたし、そろそろお昼にしようと思う。二人の分もお弁当用意してきたから、良かったらどうぞ」

「だれ製?」

「えっと、一応サチの手作りなんだけど――」

「食べる」

 

 料理に関しては「プレイヤーメイド>NPC製」らしいリーナはケイタの言葉を遮って即答した。つーか、タダでもらえる食い物に対して、コイツが受け取らないって反応を返すことは既製品の保存食でもない限り滅多にねえ。これで出てきたのが黒パンに水、とかだったら、多分コイツのアイコンがオレンジになっちまうだろうが。

 

 ダンジョン内の安全エリアに移動した俺たちは、手ごろな芝生の上に腰を落ち着けた。配られた弁当を礼を言って受け取り、その辺に転がってた石柱っぽいなんかの上に座る。とうの昔に一人でいただきますをしてたらしいリーナが弁当片手に寄ってきて、俺の隣に腰掛けた。車座になって和やかに昼食を摂る黒猫団を見ながら、俺はリーナに問いかけた。

 

「アイツら、どう思う」

「ギルド内の雰囲気はいい。強くなることしか考えてない最前線のプレイヤーたちにはない、結束力みたいなものがある。とてもいいこと」

「だな。なんつーか、攻略のためのチームってだけじゃなくて、本当の『仲間』って感じがする」

「うん。けど、ただそれだけ。一ギルドとしては初級もいいところ」

 

 ニンジンっぽい味がするのに色がドキツい紫の謎の野菜を咀嚼しながら、リーナは淡々と評価を下す。

 

「まずスキル構成がおかしい。両手遠距離武器持ち三人、短剣オンリーが一人、盾メイサーが一人。どう考えても前衛が回らない。そのメイサーも、盾をろくに使えないせいでHPがガンガン減ってく。複数相手や連戦なんて絶対にできたものじゃない。

 それに、各個人の戦闘姿勢もなってない。特にあの長槍使い二人(ササマルとサチ)。正面の敵をスキルも使わず背後からちくちくするだけって、ダメージソースとしている意味あるの? 短剣使い(ダッカー)にいたっては鍵開け以外ほとんど役立たずだし。リーダーの棍使い(ケイタ)メイサー(テツオ)を支援しようとしてるのはいいけど、前に出るのが中途半端なせいで、ヘイトが一時分散するだけで終わってる。そして全員動かなさすぎ。突っ立ってないでさっさと展開しろって何回言おうと思ったことか」

「言おうと思った、じゃねえだろ。フツーに指示飛ばしてただろうが」

 

 こっちに来てからすっかり食い慣れた猪肉を噛み千切りながら指摘した俺を尻目に、リーナは食べ終わった弁当を脇に退け、自分のストレージから事前に買ってあったらしい菓子パンを取り出した。やっぱ弁当一個じゃ量的に満足はしなかったか。完食したってことは、味は及第点以上なんだろうが。

 まあ、コイツの相変わらずの食い意地の張りっぷりはさておいて、連中の評価内容についちゃあ――リーナの酷評とも言えるキッツイ言い方はともかくとして――俺も同じ意見だ。前衛のテツオには戦線を一人で支え切れる程のタフネスはなく、それ以外の連中は敵が懐に入ってくるのがイヤで前に出られねえ。一角みてえに武器をガンガン振り回して距離を詰めさせないとか、もっと他にやりようがある気もするが、その辺りはディアベルの仕事だ。俺らの出番じゃねえ。

 

 そう考えながら俺も弁当を食い終わった時、談笑の輪からケイタが抜けてこっちに向かってきた。

 

「一護さん、リーナさん。午前中はどうもありがとう。やっぱり、攻略組の力はすごいな。すごく頼もしいよ」

「気にすんな。こっちは仕事でやってるだけだ。立ってねえで、その辺に座れよ」

 

 俺が促すと、ケイタは俺の向かいの瓦礫の上に腰を下ろした。ちなみに、俺らの名前にさん付けをしてんのは、コイツが「引率してもらう身として、敬語じゃなくてもせめて敬称くらいは付けないと」って言い出したからだ。他の面子もそれに賛同し、「やっぱり様付けで呼んだ方が……」とかほざくリーナを俺が抑えて結局こうなった。どいつもこいつも真面目ばっかだ。

 

「それで、その、ちょっと依頼というか、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな」

「内容と報酬によりけり。下限は十万コル」

「……ってのは冗談だ、スルーしとけ。大袈裟なことじゃねえなら受けてやるよ。何だ」

「むぅ」

 

 抗議の視線を寄越すリーナを捨て置いて、俺はケイタに続きを促す。

 

「うん。聞いてるかもしれないけど、僕たちは明日からディアベルさんのギルドで講習を受ける予定なんだ。見ての通り、ウチのギルドはスキル構成のバランスが悪い。だから、後衛の一人を盾持ち片手剣士に転向させて、前衛を増やしたいと考えてる。二人いれば、今みたいに回復がおっつかなくてジリ貧ってことは防げるからね」

 

 流石に現状くらいは分かってたらしい。解決策も、まあ妥当なトコだろう。前衛職の中で、盾持ち片手剣士は多分一番多いスキル選択だ。その分情報も出回ってるから、参考元も山ほどある。

 

「で、その転向する後衛っていうのはサチなんだけどさ、どうも勝手が分からないみたいなんだ。僕を含めた他のメンバーもテツオと上手い連携の取り方っていうのが出来ない。ディアベルさんたちにはその辺を教わる予定なんだけど……」

 

 ケイタはそこまで言うと視線を逸らして口をつぐんだが、こっちが続きを促す前に意を決したように俺たちに向き直り、

 

「その前に一護さん、リーナさん、二人にも少しコーチをしてもらいたいんだ」

 

 「俺らの出番じゃねえ」ハズの仕事内容の追加を依頼してきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 リーナの中に浮竹さんの如き教育熱ないしは博愛精神が根付いていたのか、それともケイタが提示した1レッスン五千コルというボッタクリセミナー並みの授業料に惹かれたのかは知らねえが、相方のゴリ押しに根負けした俺は、ケイタの追加依頼を受けることにした。

 予定していた狩り一通りを終えた俺たちははじまりの街に転移して、SSTAの訓練所の一部を借りた。人に剣を教えるなんて大層なことやったことねえよ、という俺の訴えを無視して「同じく片手剣士だから」と俺にサチを押し付けたリーナは、他の四人を率いて早速実戦形式の訓練……という名のイジメを始めた。それなりに重量のあるはずのメイス相手に短剣で真正面から打ちあってるのは流石だが、俺の方が向いてんじゃねえか、ソレ。

 

 で、俺とサチの方はと言やあ、開始十分で訓練が頓挫したっきりだ。

 何をやったモンかもわかんねえから、とりあえず適当に盾を構えさせてこっちの攻撃を防ぐ練習を始めてみたんだが、これがさっぱり上手くいかねえ。盾を身体の真正面に構えたっきり、俺の剣に怯えて完全に固まっちまった。盾に向かってゆっくり斬りつけただけで目ぇ瞑っちまうような有様だし、剣が怖えなら拳でどうだ、ってことで素手で相対してみたんだが、結果は変わらずじまいだ。むしろ怯えの度合い上がってねえか?

 逆に攻撃すんのは出来んのかって思って立場を逆にしてみたんだが、へっぴり腰で振るわれるサチの剣が俺に当たったことは一度もなかった。俺はその場から一歩も動いてねえ、どころか、刀を中段に構えたままだってのに、だ。

 そりゃそうだ。なんせ、ニメートル以上も離れたところ、多分いつもの長槍の間合いからおっかなびっくり剣を振ったところで、俺に届くはずなんかねえからな。市丸の斬魄刀じゃあるまいし。

 

 勝手がわかるわかんねえ以前に、戦おうって意志が感じられねえ。これ以上やったって実りがねえのは分かりきってる。そう考えて、俺は構えたままだった刀を閃かせ、サチの剣に当てた。いきなり俺が動いたことにサチは驚きと恐怖の混じった顔を見せるが、剣を手放しはしなかった。そのまま二度、三度と斬り結び、四撃目で俺の斬り上げがサチの剣を跳ね飛ばした。固い地面に硬質な音をたてて落ちた剣を横目に俺は納刀し、腰に手をあててサチを見やった。

 

「俺の一本だ。勝利者権限で、一旦休憩」

「……え? でも」

「いいから、黙ってその辺座れ」

 

 ふっ飛ばした剣を拾ってサチに手渡しつつ、近くにあったベンチを顎をしゃくって示してやる。ついでにストレージから非常用に携帯しているワインモドキのグレープジュースの瓶を二本取り出して、片方をサチに押し付ける。小さな声で俺に礼を言ったサチは、そのまま縮こまるようにしてベンチに座った。そこから少し離れた場所に、俺も腰を下ろす。

 遠くの方で、リーナが檄を飛ばしながらケイタたちとやりあってる。あ、ダッカーが膝蹴り食らってふっ飛んでった。後ろにいるササマルを巻き込んでゴロゴロと転がってく二人に、追い打ちの踵落としがクリーンヒット。一応何やら指導はしてるっぽいが、傍から見りゃ完全に弱い者いじめじゃねえか。

 呆れ半分でその虐殺行為を見ながら、ジュースの瓶を傾けていると、傍らで俯いていたサチが消え入りそうな声で、

 

「……ごめんね」

「別に謝ることじゃねえよ。やりたくもねーことやらせてんのに、やる気出せ、なんて身勝手なことは言わねえよ。気にすんな」

「ごめん」

 

 謝んなっつってんのに、サチは謝罪の言葉を繰り返す。濡れ羽色の髪が、暗い表情の顔に影を落とす。手に握った瓶の首を、所在無げに玩ぶ。今までこうして生き残ってこれたってのが不思議なくらい、弱弱しい姿。その姿は、自分の非力を苛んでいるというよりも――

 

「……お前さ、戦うのが嫌なんだろ? 敵と戦ったり、傷ついたり、それで死んじまうのがよ。多分、はじまりの街から出たくねえってくらいに」

「え……なんで、そこまで分かるの?」

 

 怯え十割だったサチの表情が、ちょっと驚いたようなものに変わる。訓練が始まってからずっと死んだみたいだった面構えに、初めて血の気が通ったように見えた。髪と同じくらいに濃い黒目が俺を見上げ、その先にあった俺のブラウンの目と視線がバチンと合う。が、すぐに向こうが逸らした。何だか怯えってよりは、上手いリアクションが分からないって感じの気まずそうな表情を浮かべている。あの人付き合いの悪い真っ黒片手剣士に、少し似た感じがした。

 そんなサチの顔から俺も視線を逸らして、遠くでやってるリーナと黒猫団の男連中の斬り合いを眺めながら、手にした瓶の中身を一口呷った。

 

「……相手と剣を合わせると、相手の考えが少し分かる。心が読めるとか言うんじゃねえけど、どういう覚悟で剣を振ってんのか、俺を認めてんのか見下してんのか、そういうのも含めて。その相手ってのが強いほど、その思いが強いほど、剣から伝わってくる思いってのもデカいんだ」

「……なんか、詩人? みたいだね」

「うるせーよ」

 

 これも初めてみる、サチの気弱そうな笑みを横目で見やりながら、そのまま言葉を続ける。

 

「オメーの剣からは、ただ嫌だ、って声しか聞こえてこなかった。たった四合しか剣を合わせてねえから、それ以上は分かんなかった。けど、たった四合でも、その気持ちの強さは分かった。だから、そっから先は勝手に想像した。そんだけだ」

「……そっか」

 

 どこか安心したような、少し柔らかい声でサチは短く呟くと、そのまま自身の膝を抱き込んで、そのまま顔を伏せた。リーナと同じような格好をとってるくせに、そこに感じる空気はまるで別物。アイツのはただひたすらに落ち着いた安息みてえなものを感じるが、コイツの纏った雰囲気は迂闊に触れればそのままぶっ壊れちまいそうな脆さを感じさせた。目立った防具なしってのがそれを加速させてるんだろう。

 午前中までの俺だったら「こえーなら防具で身を固めとけよ。そしたら死なねえから」と言えたんだが、剣を合わせた今だとそうはいかなくなった。多分、戦いに臨むための防具で身を固めたら、ずっと戦いの空気が身体に纏わりついてくる。嫌いな戦いがずっと自分の傍にあるなんて、コイツには耐えらんないんだろう。それくらい弱くて、戦闘嫌いなんだ。別に確証なんてなかったが、なんとなく、そう感じた。

 

 そんな奴にリーナに言うようなノリで「スカートで体育座りなんかすんなよ」とは言えず、俺は視線を前に固定したまんまで、テキトーに間持たせの話題を切り出した。

 

「そのカッコ、ウチのリーナもよくやってんだけどよ、なんか意味でもあんのか?」

「ううん。別に大した意味なんてないよ。ただ、こうやって縮こまって視界を真っ暗にすると、何だが心が落ち着いてくような気がするの。それだけだよ」

「ズイブン根暗なクールダウンだな。もうちっと外っ面のいい方法はねえのかよ」

「キミなら、どうするの?」

「俺か? 俺は……昼寝するとか」

「ふふっ、私とあんまり変わんないよ」

「うるせ。昼寝の方が百倍マシだっつーの、少なくとも見た目と精神衛生上はな」

 

 そのまましばらくポツポツと雑談を交わしていると、ヘロヘロになったケイタたちを捨て置いて、リーナが一人で戻ってきた。

 

「よお、終わったか」

「ん、とりあえず一旦中止。そっちは?」

「俺らは終了。俺もコイツも、なんか気分がのらねーんだ。別に金も要らねえし、特訓はナシだ」

「私は要るの。貴方が要らないなら私に貢ぐために働いて」

「独裁者かテメーは。ンなことするぐれえなら自分で使うっつの……んで? なんで中断してきたんだよ」

 

 そう問いかけると、リーナは目の前で指を振ってメッセージウィンドウを呼び出し、可視化して俺に見せてきた。差出人は、偶に遭遇する女剣士アスナだった。

 

「えーなになに……俺ら二人に用があるから、最前線の街まで来い? ギミックエリアの攻略には参加しねえって前に言っただろうが」

「だから、その他の用と考えるべき。例えば、この私にご飯を奢るとか」

「それはねえな、あのクソ真面目が俺らにメシ奢るなんて気が利いたことするわけねえだろ。賭けてもいい」

「それじゃ、五百コル賭けよ」

 

 いやに自信満々のリーナに促され、俺はベンチから立ち上がる。手に持った瓶の中身はとっくに飲み干してたから、その辺に捨ててポリゴン片に分解する。ゴミが出ねえって、地味にいいシステムだな、コレ。現実でも実装してくんねーかな、とか思っちまう。

 

「んじゃ、そういうワケだ。ちょっと行ってくる。あそこで死んでるお仲間にも伝えといてくれ」

「う、うん、わかった」

 

 サチがこくりと頷いたのを確認して、俺たちは最前線の28層主住区へと向かうべく、転移門広場へ向けて歩き出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「急に呼び出してごめんなさい。お詫びってわけじゃないけど、ここのご飯私がオゴるから」

「……私の勝ち。五百コルいただき」

「……クソッたれ」

「え、な、なによ」

「気にすんな、なんでもねーよ」

「明らかになんでもある目付きなんですけど……」

 

 訝しむような目で俺を見るアスナを無視して、俺はメニューからベスビオを大盛りでオーダーする。値段は八百コル。みみっちい計算だが、リーナへの掛け金を差っ引くと、三百コルの得だ。リーナの方の収益は二千コルに届きそうだけどな……クソッたれが。

 

 集合場所からほど近いところにあるNPCイタリアンレストランの中、その隅の席に俺たちは陣取っていた。あと一人来るから、とだけ言い残して去っていくアスナを見送り、秒速で出てきたパスタを俺はやけ食いする。何でこう毎度毎度、俺はコイツとのかけ引きに負けてんだよ、スッゲー腹立つ。無性にカッカすんのは、きっとベスビオに入ってる唐辛子だけのせいじゃねえハズだ。隣で涼しい顔してサラダパスタの特盛を消化してる、某相方が原因だろう。

 中々帰ってこねえアスナを待ちながら俺たちは無言で食い続け、俺の二割増しの量があったはずのリーナのパスタが俺と同時になくなった時、視界の隅でレストランのドアが開き、一組の男女が入ってきた。片方はさっきまでここにいた女剣士だったが、もう一人の男は新顔だった。

 

 年は二十代半ばってとこか。真紅のローブを羽織り、武器防具の類は一切見えない。身体を上下させず滑るように動く姿は、剣士ってよりは魔法使いって言った方がしっくりきそうな雰囲気だ。銀灰色の髪は長く伸ばされ、背中で一つに束ねられている。

 

 アスナの先導で男がこっちに向かって歩いてきた。それを見た俺は、一瞬だけ、背負った刀の柄に手をやりそうになった。警戒心が湧き上がってくる。

 この世界には霊力なんてものは存在しない。だから、俺が幽霊を見ることはねえし、誰かの霊圧を感じることもないはずだ。けど、この男からは、というよりもその目からは、確かに「圧」を感じた。今まで戦ってきた連中の放つ、気を抜いたら気圧されちまいそうな、こっちを殺しにくる重圧とまでは言わない。それでも、コイツは油断ならないヤツだと、俺の感覚が言っていた。隣に座るリーナも、どこか気配が戦闘時のそれに近くなってるように感じる。

 

 やがて、男が俺たちの前に立った。思ったよりも身長が高いそいつの金属を思わせる色の目と見上げた俺の視線が合うが、向こうは全く逸らそうともせず、むしろごく薄くだが、はっきりと笑った。

 こっちも視線を逸らさないまま、いつものしかめっ面を保った俺は先手を打って質問を投げる。

 

「……誰だ、アンタ」

「これは失礼。ボス戦では何度か会っているはずだが、こうして面と向かって話すのは初めてだったね。まずは、正式な自己紹介から始めようか」

 

 穏やかな声で男が喋る。その落ち着きを通り越して超然とした佇まいは、あの大逆の罪人を彷彿とさせる。心の中で警戒レベルを一段階上げた俺を余所に、男は至極落ち着いたテノールでこう続けた。

 

「私はギルド『血盟騎士団』にて団長を務めるヒースクリフという者だ。『死神代行』一護君、『闘匠』リーナ君、君たち二人を私のギルドに勧誘するために、この席を設けてもらった。こちらの身勝手で申し訳ないが、どうか容赦願いたい」

 

 そう言うと、ヒースクリフはもう一度だけ、その顔に微笑を浮かべた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ケイタはせっかくの機会だからとトッププレイヤーの指導を受けたかったようですが、実際に受けたのは殴る蹴るのスパルタ教育でしたとさ。
そして、昼飯をしっかり食べておきながら、おやつに大盛りパスタを食う一護。相方の影響受けまくりですね。

あと、ヒースクリフ登場でした。
この時点で血盟騎士団(と聖竜連合)が存在してるっぽかったので、ここで登場してもらいました。アニメの三話、すなわち月夜の黒猫団編でテツオが両ギルドの名前を口にしてますので。アスナが入団してたかはわかりませんでしたが、これ以上情報がなかったので、もう騎士団入りしてもらいました。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 17. Talkin’ Red Heath, Leavin’ Black Cat

お読みいただきありがとうございます。

第十七話です。

後半にサチ視点を含みます。苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


 血盟騎士団。

 

 人の面やら名前やらを覚えんのが苦手な俺でも、その名には聞き覚えがあった。聖竜連合と並び称される二大攻略ギルドの一つであり、メンバーは高レベルの剣士のみで構成されている。

 白地に紅の染め抜きが入った揃いのデザインの衣装を身に着け、ブッ飛んだ強さを見せつけた25層ボスの多腕型ゴーレムが相手でも、毛ほども臆することなく攻勢を強めていった、相当にタフな連中だ。初めて見掛けたのは確か23層のフロアボス攻略戦だったんだが、それ以来ボス戦には必ずこのギルドの名前があったと思う。最も、そのトップの顔までは覚えちゃいなかったけどな。

 

 追加注文したモンブランをフォークで突き崩しながら、俺は真向かいに座る紅ローブの男に視線を向ける。手にしたブラックコーヒーをゆっくりと口に運ぶ姿は、どう見てもそんなガチ攻略集団の長には見えない。剣を振るよりも、どっかの研究所あたりに籠ってフラスコ振ってる方がお似合いって感じの印象を受ける。その目に宿った重厚な光さえなければ、だが。

 

 ……だがまあ、その辺はどうでもいい。

 

「……君達も知っての通り、現在28層の迷宮区へと続く道は、多数のギミックによって遮られている。我がギルドも他の攻略組諸君と連携して仕掛けの解除に挑んでいるが、如何せん数が多い。全てを解除しきり、迷宮区の踏破へと乗り出せるようになるには相応の時間が掛かるだろう」

「…………よぉ」

「そこで、この機会に新しいメンバーの勧誘を行い、血盟騎士団の戦力を増強することにした。無論、対象者は誰でも良いわけではない。腕が立つ剣士であり、強靱な精神力を持ち、何よりこのSAOを攻略せんとする確固たる意志を持っていなければならない。そこで白羽の矢が立ったのが君たちだった、というわけなのだが――」

「……よぉーってば」

「ん? 何かな、一護君」

「何かな、一護君……じゃねーよ。アンタの勧誘は出会いがしらに断っただろ。もう用はねーはずだろうが。なんでまだいるんだよ」

 

 怪訝そうな顔でこっちを見てくるヒースクリフに、俺はイラつきを多分に含んだ声を飛ばした。昼間の繁盛時だったら確実に白い目で見られるであろうガラの悪さで、だ。

 最も、昼下がりの閑散としたレストラン内には俺ら含めて三組しかいない。よって、俺にそんな目を向けてくるのは斜向かいでハーブティーを飲むアスナだけだ。リーナは相変わらず、無反応でケーキを食べ続けてる。

 

 会うなり奴が率いるギルドに勧誘されたわけだが、俺は即座に辞退した。安全マージン無視して迷宮区に突っ込む俺らにはギルドの規律がジャマだし、逆に連中からしても勝手に死地へ特攻されるのは面白くないハズ。誰も得しねえだろ、そう言ってざっくり断った。

 それに対し、まあそう言わずに、と穏やかに応じたヒースクリフは、やれ君たちが無所属最強だ、だの、やれその力を最強ギルドで活かしたくはないか、だの言って俺たちを説得しにきやがった。

 が、リーナの「しつこい男は嫌われる」の一言で褒め殺しを中断。今日のところは顔合わせで留めておこう、と引き下がった。いや今日でも明日でも一年後でも、絶対に受けねえっつの。つか引き下がったクセに、まだ勧誘の話引きずってんじゃねえか。しつこい奴だ。

 

 とまあ、そうやって勧誘をばっさり断られ、更に苛立つ俺の言葉を受けても尚平然としたままのヒースクリフはコーヒーカップをソーサラーの置き、ふむ、と短く呟いた。

 

「確かに、私の勧誘を君が素気無く断ってくれたことで、今日の主目的は完了している。よって、ここに留まる積極的理由はない」

「ならもういいだろ、メシは静かに食いたい派なんだよ、俺は」

「しかし断られたからと言って、はいそうですかと帰るわけにもいかない。仮にもギルドリーダーとして行動を起こし、またアスナ君のコネクションを使わせてもらった以上、それに報いるだけの益は得たいところだ」

 

 ヒースクリフがそう言うと、横からアスナが一枚の羊皮紙を提示してきた。示し合わせてたとしか思えないタイミングで出てきたそれに書かれてたのは、数行しかない短い文字列。『Markes』『Bandit』『Greim』……全てプレイヤー名のようだった。

 

「最近動きが活発化してきてる、あるオレンジギルドのメンバーのリストよ。ギルド名は『デスサイズス』。フィールドで単独、あるいは少数のプレイヤーを狙って襲い、散々痛めつけて抵抗力を奪ってから、金品を巻き上げる。

 流石に殺しまではしてないみたいだけど、HPバーが赤くなるまで嬲られた、本気で死ぬかと思った、って証言もあるくらい凶悪な連中ね」

「……それ、知ってる」

 

 アスナの言葉に、今までケーキを黙々と消費していたリーナが反応した。口の端にクリームが付いたままだが、茶々を入れられる雰囲気じゃない。大人しく手元のモンブランを片づけることにする。

 

「この前、情報ペーパーの要注意ギルドリストにも載ってた。人数は判明しているだけで十二人、最も多い証言では十八人と言われてる。リーダーは曲刀使いの大男で、名前は……」

「マルカスよ」

「そう、それ。その討伐を私たちにやれとでも?」

 

 苺の乗っかったショートケーキの最後の一欠片を食べ終えたリーナの問いに、はっきりとアスナは頭を振る。

 

「ううん、そこまでは言わないわ。けど貴方たち、最近ヒマしてるんでしょ? ヒマ潰しでもなんでもいいから、ちょっと見回っておいてほしいの。今までは十番台にしか出没しなかったのに、一週間くらい前、二十番台でも彼らの犯行と思われる襲撃事件が発生した。力を付けてきた今、警戒を強くしないと被害が拡大する恐れがあるわ。

 私たちがギミックエリアの攻略を進める間だけ、二十番階層を主住区で巡回しておいてほしいの。貴方たち『死神代行』『闘匠』コンビの風貌はボリュームゾーンでもかなり知れている。少し歩いて顔を見せるだけで、十分な効果があるはずよ」

「後半の方は貴女に言われたくないけど……まあ、それくらいなら」

「あ、おい! 勝手にめんどくせー事引き受けてんじゃ――」

「ご飯を奢ってくれた借りは、一護を除いて必ず返す。それが私のモットー」

「テメエ、いちいち喧嘩売りやがって……」

 

 こめかみをヒクつかせる俺をほっぽったまま、ヒースクリフが言うところの「益」、つまり、俺らによる巡回作業(ほぼ無償)が俺たちの生活の中に新しく組み込まれることになっちまった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……で、その見回りの成果はあったのかい?」

 

 その三日後の夕方。

 

 黒猫団が実技講習を受けている間、俺たちはSSTAの会議室でディアベルと落ち合っていた。状況報告会、なんて大したモンじゃなく、互いに持ってる情報を出し合って駄弁るだけだったが。

 

「さーな。オレンジ連中の行動自体、俺らの見回りする五日前からなくなってんだ。見回りの効果があんのかねーのかなんて、わかりゃしねーよ」

「そうか……しかし、随分と迷惑な連中もいたものだね。ゲームの中でまで強盗とは。いや、むしろゲームの中だからこそ、と言った方がいいのかもしれないな」

 

 向かいの椅子に腰かけたSSTAの教員サマは、そう言って手にしたカップの紅茶を一口啜った。教員印の白いローブが、窓から差し込む閃光によって橙に染まっている。

 

「オレたちが閉じ込められているこのSAOは元々MMORPG。今やデスゲームとなってしまったとはいえ、ゲームであることに変わりはない。そう考えて、軽い気持ちで犯罪行為に走ってしまうのだろう。昔から、オンラインゲーム内での非マナー行為というものは往々にして問題となってきた。今回の件も、連中からすればその延長線上でしかない、というところなのだろう」

「本物の命がかかってるっつーのに、面倒な奴らだ。つーか、第一層(ここ)じゃそーゆーのはねえのかよ。弱いプレイヤーが山ほどいんだし、連中からすりゃあ格好の的じゃねえか」

「ああ、それは心配ないよ。ここ『はじまりの街』周辺は、キバオウさんの『アインクラッド解放隊』の皆が警備してくれてるからね。個々のレベルでは劣るかもしれないけど、こちらは人数が多い。数の利に押し勝てる程、連中の戦力は高くないだろう。

 それに、ここに住む人たちはオレたちのようなプレイヤーを除いて最低限のものしか持っていないからね。襲っても旨みがないんだろう」

 

 あのトゲ頭の警備ってのがイマイチ頼りねえが、まあ確かに、『はじまりの街』で解放を待ってる連中は基本的に安全圏外には出ねえからな。強請っても金やアイテムは出てこねえ。それなら、数が多くて実入りのいいボリュームゾーンの連中を狙うのは当たり前、なのかもな。

 

 俺らのやってる巡回モドキの散歩がせめてその抑止力の欠片にでもなってることを願いつつ、今度は俺から質問を切り出した。

 

「黒猫団連中の上達度合いはどうなんだよ。少しはマシになったか?」

「ああ、ここ三日の講習で、何とか形にはなってきたよ。下地がまだ固まりきっていない分、飲み込みも早いしね。

 何より、リーナさんに散々シバかれたおかげで、メンタル面のタフネスが高いように思う。一護君との組手も、戦闘中の立ち回りに良い影響を与えているようだね」

「むぐむぐ……つまり、一護が『弱い者いじめ』といったあの訓練は、実に的確な教育だったという事。さすが私」

「自分で言うか、それ」

 

 お茶請けのクッキーを頬張る相方を半眼で見やる。両頬を焼き菓子で膨らせながら得意げな無表情を浮かべるという顔芸を見せつけてきたが、もうコレを見て早半年だ。ぶっちゃけ、もう慣れた。

 図々しくクッキーのお代わりを要求するリーナに律儀に応えてやりつつ、戦闘指揮指導官の話は続く。この三日間、黒猫団はフィールドに出ることなく、ひたすら座学と模擬戦を繰り返してきていたらしい。俺らが携わったのは、せいぜい模擬戦の仮想敵役くらいだ。ヒマつぶしに受けている仕事とはいえ、お守対象の成長度合いは気になるトコだ。

 

「やはり、唯一の前衛であるテツオ君の伸びが素晴らしいね。これまで単身で戦線を支えてきただけあって、根性がある。反応も素早いし、盾の扱いを覚えただけで動きが見違えたよ。それに、リーダーのケイタ君の動きも良い。学んだことをすぐに実践に活かし、状況に応じて的確な動きができるところは、流石リーダーといったところだろう。

 ササマル君とダッカー君は、まだまだ及び腰なところがあるが、それでも最初に比べれば、ちゃんと相手の動きを見てから考えて動けるようになってきた。あとは、場数をこなしていけば、順調に上達していくだろう。ただ――」

 

 教え子の成長を語る教員の面構えで連中の成長を滔々と語ったディアベルだったが、そこで言葉を切り、少し言いづらそうな顔をした。

 

「サチさんに関しては、残念ながら初期との変化はあまり見られない。極端に臆病な性格が災いしてか、ダメージがあろうがなかろうが、敵の攻撃を受けることや逆に攻撃を当てること、言ってしまえば、戦闘行為自体に怯えてしまっているようだ。

 これはオレ個人の意見だが、彼女は前衛には向かないと思う。前衛職足り得るステータスでないことも理由の一つではある。だが、最大の問題は、その臆病さからくる胆力の不足だ。敵の攻撃を受け止め、弾き返す役割を担うポジションにとって、その問題は余りに大きい」

「確かに、敵の攻撃に目ぇ瞑っちまうようじゃ、攻撃を食い止めるなんて出来やしねえもんな。ケイタと相談して、前衛に転向するヤツ変えてやれよ」

「二度ほど、座学の時にそう提案したんだけどね。かなり渋っていたよ。

 どうやら、黒猫団のメンバーの中で、サチさんのメインスキルの熟練度が一番低い、という点が、彼らにとって大きな理由になってしまっているようだ」

「……なんで、メインの熟練度が低いってだけで、サチを前衛に変えたがるんだよ。パラメータなんて、一か月も死ぬ気で頑張りゃ元のスキルと同じくらいにはできるじゃねえか」

「最前線に籠ってる私たちと彼らを一緒にしないの。それに、これはある意味仕方ないこと。ビルドを始めて間もない人は、そうなりやすい」

 

 俺が疑問を呈すると、横から紅茶片手にリーナが応えてきた。今度は口周りに食べカスは付いてない。

 

「今まで自分が鍛えてきた武器カテゴリを新しいものに変えるのは、かなりの抵抗がある。今までの経験したことが通用しなくなるのではという不安の他に、数値的なロスもその原因の一つ。

 このゲームが始まって半年、攻略組ではない彼らは、きっと地道にコツコツと熟練度を上げてきたはず。その苦労をリセットするには、相応の決意が必要になってくる。少しでもそのロスを減らすべくまだ数値の低い者に転向を押し付ける行為は、その善し悪しはともかくとして、一応の理解はできることだと思う」

 

 わかるようなわかんねえような説明だ。俺も曲刀からカタナへとメインスキルを変えてはいたが、あれは最初からカタナが目的だったから、大した未練なんて無かったし。

 ビミョーに納得してない俺とは対照的に、ディアベルはリーナの意見に賛同するように深く首肯した。

 

「うん、オレもそう思う。長い間鍛えてきたスキルに愛着があるばかりに固執してしまうのは、仕方のないことだ。

 とはいえ、黒猫団の皆がもっと上を目指すと言うのなら、今のままではいけない。誰かが前衛に転向するか、あるいは、今のスキル構成のままで前衛の負担を減らす工夫をしないことには――」

「し、失礼します!」

 

 長々としたディアべルの言葉は、突然開いた部屋のドアの音と、その音源の主の声によって掻き消された。見るとそこには愛用の両手棍を持った男、ケイタが息を弾ませながら焦燥に駆られた様子で立っていた。

 

 俺たちの誰かが何があったのかと問う前に、黒猫団のリーダーはその表情と同じくらいの焦りを含んだ声で叫ぶように言った。

 

「サチが……サチがいなくなった!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

<Sachi>

 

 昔から、怖いものが嫌いだった。

 

 猛獣、刃物、銃、妖怪、幽霊。例を上げたらキリがないくらい、私の周りには怖いものがたくさんあった。物や生き物ものばかりじゃない。怒られることとか、罵られることみたいな、人の強い感情も。夜のお墓や鬱蒼とした森のような、気味の悪い場所も。全部怖くて、全部いやだった。

 

 中でも一番いやだったのは「死」だった。

 死んだら私の意識は跡形もなく消え、無意識だけが延々と続く。目覚めることが永久にないという恐ろしい世界に、百年もすれば自分も行くことになる。そう思っただけで足がすくみ、指先から熱が逃げていく。どれだけ陽だまりで生きていても、どれだけ心の壁を厚くしても、決して逃げることはできない。その不可避の運命は、幼い頃から私に大きな恐怖をもたらしていた。

 

 なのに、今、この世界ではそれがすぐ隣にある。

 敵の攻撃を受け損ねれば、恐ろしいトラップに引っかかれば、犯罪者に襲われれば、たちまちHPはゼロになり、同時に現実世界の自分の身体も死を迎える。たかがゲームなのに、一瞬の油断で命が絶たれる。逃れる方法はなく、この世界から出ることもできない。

 

「…………ッ」

 

 思わず抱えた膝に爪を立てる。感じるはずの痛みは、しかしこの世界では存在しない。ただ、薄い爪の先が肉に食い込む感触だけが伝わってきて、それがまた、ここが現実じゃない事、この世界(ゲーム)に囚われていることを思い出させて、堪らなく嫌になった。

 

 最近手に入れたばっかりの『隠蔽』スキル付きのマントを羽織り、講習の休憩時間に訓練所を抜け出した私は、『はじまりの街』の北部のはずれにある用水路の橋の下で小さくなって震えていた。まだ陽は沈みきってはいないとはいえ、もう空の半分は暗くなっている。あと三十分もしたら、すっかり夜になるだろう。そうなれば、ここは誰にも見つからない。

 

 怖いものが嫌いな私でも、不思議と暗闇は怖くなかった。

 何もない真っ暗な場所、目を閉じるだけで自由に行けて、目を開ければ自由に出られる、私だけの小さな世界。その安心感が好きで、私は何かあるとこうして一人でうずくまって自分だけの闇に逃げ込み、不安な気持ちを落ち着けていた。

 

 でも、その姿はきっと、周りから見たらとても陰気に見えるんだろう。この前、あの人にも言われたっけ。確か、根暗、って――

 

「――いい年こいて、家出なんかすんなよ。誰かに一声かけてから出てけ」

 

 突然の声。心臓が飛び出るかと思うくらい、びっくりした。

 

 出そうになった悲鳴をなんとか堪えてから、被ったマントのフードの端からおそるおそる声のした方を見る。群青色と臙脂色、二つの色が混じりあった空をバックにして、男の人が一人、立っていた。襟のないロングコートにブーツ、背中からは粗末な作りの刀の柄が覗いている。しかめっ面の顔とか荒っぽい言葉づかいは、現実世界でケンカばっかりしてる人たちを思い出すからちょっと苦手だけど、そんなに悪い人じゃないってことはこの数日間でわかっていた。

 

 私たちのお守役、一護さんが、用水路の入り口から腕組みをして私を見ていた。

 

「……どうして、こんなところが分かったの?」

 

 強ばる口をなんとか動かして、私は問いかけた。こんな街はずれの、昼でも誰も来ないようなさびれた用水路の橋の影なんて、そうそう思いつく場所じゃないと思ってたのに。

 

「この近くに、昔よく使ってた肉屋があんだよ。だから、この辺の風景は覚えてたんだ。

 それにこの前、視界を真っ暗にすると落ち着くとか言ってただろ。ビビリのお前が外に出るとは思えねえから、いるのは多分街中。そんでこの街の中で、いっつも薄暗い場所っつったら、俺はここしか知らねえ。だからここに来た。そんだけだ」

 

 そう言って、一護さんはツカツカとブーツの踵を鳴らして橋の下に入ってきた。背の高い彼の全身が夕日に照らされ、私には大きな影法師のように見えた。

 

「ケイタたちは迷宮区に探しに行ったぞ。すげえ焦ってた。あのお人好し共に、余計な心配かけてんじゃねえよ」

「……うん」

「うん、じゃねえよ。俺に見つかったんだ、大人しくホームに帰れ。そんで連中に詫びいれとけ」

 

 ほら行くぞ、と一護さんは手を伸ばしてきた。けど、私はその手を首を振って拒んだ。苛立ちを含んだ唸りが聞こえる。

 

「ダダこねんな。とっとと立て。立たなきゃ俺が担いで連れてくぞ」

 

 再び手が伸ばされ、また私はそれを拒む。同じことの繰り返し。

 一護さんはイライラを発散するかのようにガリガリと頭の後ろを掻くと、その場にどっかりと座って胡坐を掻いた。流石に本当に担ぐようなことはしないらしい。もし担がれちゃったらちょっと面白かったかも、と一瞬思ってしまったけど、一護さんが口を開く気配を感じて、慌ててその考えを打ち消す。

 

「……お前、なんで家出したんだよ。戦うことが、そんなに怖いのか?」

「……うん、怖い。とっても、怖いよ。怖くて怖くて、そのままぺしゃんこになりそうなくらい」

 

 そう言って、私はぽつりぽつりと一護さんに本心を吐露した。戦うのが、死ぬのが怖いこと、それが原因で眠れてないこと、時間をかけて、全部を話した。耳が痛くなるような静寂の中で、私の声だけが響いていた。

 一護さんは相槌さえ打たずに黙って聞いていたけど、私が話し終えて口を噤むと、

 

「……それ、今まで他の連中に、言ったことあんのか?」

 

 静かな声で、そう訊いてきた。そんなことは、もちろんない。私ははっきりと頭を振って否定する。

 すると、一護さんは小さくため息を吐いて、こっちを見た。目つきは怖いけど、端正と言える顔立ちが街灯の光に照らされて、少しドキッとする。そんな私の内心を余所に、彼はいつものしかめっ面を作ると、

 

「じゃあ言えよ、それ全部」

「…………え?」

「キツイんだろ? 訓練から逃げちまうくらい、会って一週間もしねえ俺に洗いざらい吐いちまうくらい、シンドくてしょうがねえんだろうが。だったら今言ったことの全てを、黒猫団の連中に話してやれよ。お前一人で背負い込んだところで、どうこうなる問題じゃねえだろ」

 

 まるで、私の心を見透かしたかのような、一護さんの言葉。その言葉に、私の心は大きく揺れ動いた。

 

 確かに、フィールドに出たくない気持ちはすごく強い。こうやって逃げ出して、隠れてなきゃ抑えられないくらいに。もし、それを皆に言ってしまえたら、どんなに心が安らぐだろう。甘美な安穏に、私は心底魅かれていた。

 でも同時に、その罪悪感には耐えきれそうになかった。皆を危険なフィールドに送り出しておいて、自分は安全な圏内にいたい。そう訴えることが、どれほど自分勝手で、どれだけ卑怯なことか、考えなくてもわかった。安穏の対極に、自分の罪を恐れる気持ちがとぐろを巻いた。

 

 二つの気持ちがせめぎ合い、でも、でも、とうわ言のように繰り返す私に、ついに一護さんがキレた。胡坐を崩して立ち上がり、うずくまる私の正面に仁王立ちになる。そのまま壁を破らんばかりの勢いで、私の頭上に右手を叩きつけた。紫色のエフェクトが散り、一護さんの激情に満ちた顔を暗く照らした。

 

「一人でなんもかんも抱え込んでんじゃねえ!! テメエのその不安も恐怖も、仲間に受け止めさせろよ!! 一人じゃどうしようもねえモンが山ほどあるから、仲間ってのがいるんじゃねえのかよ!!」

「でも……でも、そんなこと言ったら、きっと皆に、仲間に嫌われる……どうしようもない臆病者だってからかわれて、一人だけ逃げるのかって怒られて……それで……っ!」

「思ってもねえこと言ってんじゃねえ!!」

 

 ろくに考えもせずに発せられた私の言葉は、その何十倍もの強さの否定で消し飛ばされた。壁に突いていた一護さんの手が動き、私の胸倉を思いっきり掴む。

 間近に引き寄せられた彼の顔はとてつもなく険しくて、怖くて、でも何故だか、目を逸らすことは出来なかった。強烈な意志の籠ったブラウンの瞳から、一ミリたりとも視線を外せない。その目の輝きは怖くはなく――むしろ、煌々と輝く満月のように、まぶしくて、きれいだった。

 

「テメエの仲間ってのは、そんなことで人を嫌うような奴らなのか!? ケイタが、テツオが、ササマルがダッカーが、必死こいて明かしたテメエの本心を鼻で笑うような奴らだと、本気で思ってんのか!? ちげーだろ!! そんな風に思ってる奴らと半年もツルんでられる程、テメエの面の皮は厚くねえだろうが!!」

 

 マントの襟を掴む彼の手に、一層の力がこもる。ギリギリという音を立てて軋むのは、果たしてマントか、それとも――今までずっと張ってきた、私の心を覆うバリアか。

 

「どんだけ足を引っ張ったって、どんだけ壁作ったって、テメエが信じたアイツらは、テメエを信じるアイツらは、仲間の本心も受け止めてやれねえようなクズじゃねえ!! それは他でもない、テメエ自身が一番わかってるはずだろうが!!  

 例え自分が弱くても、戦いから逃げちまおうとも――仲間を信じることからは、絶対に逃げるんじゃねえよ!!」

 

 一際強い彼の声が橋の下に響き渡り、ゆっくりと静まっていく。それに合わせるかのように彼の手に籠った力が抜けていく。やがてその手が離れるのと同時に、私はそのままぺたりと地面に座りこんだ。壁を射抜き、心の芯まで叩き込まれた彼の声は、私から立ちあがる力さえも奪っていた。

 

 立って私を見下ろす一護さんと、座ったままぼうっと虚空を見る私。二人そろってしばらくそのまま動かないでいたけど、やがてどうにか口を動かす力は出てきた。震える唇を今までにないくらい必死で動かして、出ない声を絞り出すようにして、私は一つの問いを投げる。

 

「……私は……私は、戦いから逃げても、いいのかな……? なんの役にも立ってない私が、一人で逃げて、生きてもいいのかな……」

「当たり前だろ。俺もアイツらも、嫌がる女を戦線に引っ張り出して喜ぶシュミは持ってねえ。そんな奴を連れて戦うより、安全なとこで大人しく待っててもらう方が百倍気が楽だ」

 

 それに、と一護さんは付け加え、しかめっ面で私を見る。眉間に皺の寄った不機嫌そうな表情は、もう怖くなかった。むしろ、意地を張ってるみたいで、ちょっと面白いかも。

 と思っていたら、不意に一護さんの顔に笑みが浮かんだ。初めて見た彼の不器用な笑顔に、喉の底、胸の奥が締め上げられるような感じがして、

 

「もしお前が危なくなったら、黒猫団の連中が、リーナが、俺が、必ず護ってやる。だから大丈夫だ、安心しろ」

 

 その言葉で、私の中の何かが弾けた。

 

 涙が一気に溢れ、視界がめちゃくちゃに歪む。両手で目を覆う直前、一護さんの慌てたような顔が見えた気がしたけど、もう堪えきれなかった。

 

 このゲームが始まって以来、いや物心ついて以来初めて、私は声を上げて、思いっきり泣いた。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

というわけで、壁ドン一護の説得によって、サチの戦線離脱の意志が固まりました。
男四人になる黒猫団の戦闘チームですが、どうなっていくかは次話で書きます。

ちなみに余談ですが、フィールドに出ていない三日間、一護たちの給料はガッツリ削られています。お守してませんからね。リーナがご立腹です。

次話で黒猫団内のバランスの悪さに対する解決策(?)が見つかります。あと、多分キリト登場です。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 18. The Advance of Black Cat

お読みいただきありがとうございます。

第十八話です。

リーナ視点を含みます。苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Lina>

 

 繰り出されたメイスの一撃が大剣によって阻まれる。

 火花が散り、重量差で負けたテツオの体勢が崩れた。ガラ空きになった腹目掛けて一護の蹴りが飛ぶけど、ギリギリで盾がすべり込んでガードが成功。さらに蹴りの衝撃を利用してテツオは距離を取った。そのまま盾を構えて防御姿勢を取り、相手の出方を伺っている。

 それに構うことなく一護は距離を詰め、盾の上から強烈な斬りおろしを叩き込んだ。派手な金属音と共に両者が衝突。追い打ちをかけるように大剣が続けて二閃、三閃と振るわれる。鈍色の刃が叩き込まれる度に、テツオの身体がグラグラと揺らいだ。

 

 何度目かの斬撃で、ついにテツオの防御が破れた。袈裟斬りの勢いに負けて明後日の方を向いた盾が戻ってくる前に、胴への一撃が決まる――直前、ケイタの棍が脇から急襲、一護の首を薙ぎ払おうと振るわれた。直撃の寸前で一護はしゃがんで一閃を回避し、剣を引き戻してケイタと斬り結んだ。

 

「ちぇっ。視界の外からだったら、当たると思ったのにな……!」

「ンなわけねえだろ。視界から消えても、音とか気配は消えねえ。攻撃を躱すなら、そんだけ分かりゃ十分だ。それと……」

 

 鍔迫り合いから一転、一護はわざと剣を引いて相手の体勢を崩した。たたらを踏み、前のめりになったケイタの顔面目掛けて、

 

「剣と逆から襲えって、何度も言ってんだろうが!!」

「ガッ!?」

 

 拳骨一発。横っ面を容赦なく殴りとばした。

 肉を打つ鈍い音が響き渡り、ケイタの足元がぐらりと揺らぐ。現実なら歯の四、五本はへし折れてそうだけど、この世界で歯の部位欠損はない。だからグーパンでも剣打でも、安心して叩き込める。追い打ちのヤクザキックがケイタの下腹部に突き刺さり、援護しようとしていたササマルの足元に転がされた。

 

「二十四本目、一護の勝ち。二十五本目開始まで、あと――」

「まだだっ!」

 

 私のコールが終わる前にケイタが跳ね起きた。落とした棍をつま先で跳ね上げてキャッチし、そのまま一護へと向かっていく。スイッチを繋げるためか、後ろにはダッカーが追尾している。

 

「今度こそっ……一撃、当てて見せる!!」

 

 勇ましい声と共に振るわれたケイタの棍と一護の大剣が、轟音と共に激突した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 あの後、サチは一護と共に戻ってきた。

 

 黒猫団と共に行動していた私に一護から彼女を見つけたとメッセージが届いたのは、迷宮区で捜索を開始してからわずか十分後のこと。すぐに『はじまりの街』に引き返した私たちを出迎えたのは、いつものしかめっ面の一護と、申し訳なさそうに肩をすぼめるサチの姿だった。

 

 無事の帰還に安堵する捜索隊の面々に一頻り詫びた後、サチは黒猫団と私を自室に招き、そこで自らの本心を告白した。戦いがイヤなこと。傷つくのが、死ぬのが怖いこと。不安が大きすぎて、睡眠すらもままならないこと。涙で何度かつっかえながらも、時間をかけて、ゆっくりと己の弱さを私たちに吐露した。

 

 サチが戦いに怯えや恐怖を抱いているのは、ここにいる全員が、いや、黒猫団の訓練に関わった全ての人が知っていた。前衛に、戦闘に、そもそもSAO(デスゲーム)に向かない臆病な女性であると。だからこそ、ディアベルを始めSSTAの指導員たちは彼女の克己心を高めようと努めてきたし、黒猫団のメンバーも一緒に頑張ろうと励ましていた。

 

 けれど、結局それが実を結ぶことはなかった。結ぶはずが、なかったのだ。

 彼らがサチにしてきたことは弱いけど強くなりたい人のための訓練であり、強くなることを望まない彼女の心にそれが響くわけがない。困難に立ち向かう力を勇気と呼ぶのなら、彼女に必要だったのは恐怖をはね除け立ち上がる「戦う勇気」じゃなくて、仲間に自分の弱さをさらけ出してでも身を退く「戦わない勇気」だったんだ。泣きじゃくるサチと、仲間の苦しみに気づけなかった悔恨でやっぱり号泣する黒猫団の面々を見ながら、私は一人そう感じていた。

 

 彼女の背中を押した張本人であろう一護は、サチの部屋には来なかった。別にサチが拒んだわけでも、一護が面倒がったわけでもない。サチが私たちを自室へ誘うのと同時に彼はどこかへと姿を消してしまっていた。サチも別段気にした風ではなかったし、涙ちょちょぎれる会見が済んで再合流した後も、どちらも変わった様子は無かった。

 

 二人がそろった時に、何があったのか訊いてはみたが、

 

「えっと、一護さんから話してほしい、かな」

「俺が話すことじゃねえよ。自分の問題だ。手前(テメー)が話せ」

 

 と押し付けあって埒が明かず、結局聞けずじまいになってしまった。二人の間には気まずい空気がなかった以上、言いにくいってわけではなさそうだけど、それでも話してくれそうにはなかった。私も、必要になればその時に話してくれるだろうと考え、それ以上は突っ込まなかった。

 ただ、サチが一護に向けた微かな笑みだけが、少し気になった。別に何か含みのありそうな表情ではなく、普段の彼女のそれと差異はなかったけど、その目に宿る光だけがいつもと違っているように私には見えた。まるで流れ星でも見つけたかのような、何かを願うような、子供じみた憧憬と幸福の混じった色が彼女の黒瞳に映って見えたのは、きっと気のせいではないと思う。

 

 それについて、多少は思うところがある私だったが、そんな曖昧な感情を気にするよりももっと重要な課題が目の前にはあった。

 サチの本心が知れた以上、彼女を戦線に出すわけにはいかない。必然的に、訓練に出るメンバーは男性陣の四人になった。それまではサチが形だけでも前衛を務めていたので、歪ながらも前衛後衛のつり合いは取れていた。だが彼女が抜けたことで再び前衛が一人になり、スキル構成の不安定さという問題が再燃したのだ。

 当然、後衛の三人のうち誰を前衛職に転向させるかという議論になり、大多数の人は学習と状況判断の早いケイタを前衛職にすべきと主張した。後衛三人の中でテツオの援護に最も積極的で、責任感の強さも良い方向にはたらくと思われたからだ。

 

 しかし、ケイタには前衛に向かない決定的な短所があった。

 両手武器の取り回しの悪さをカバーするために、ステータスがかなり敏捷よりに構成されていたのだ。現状では両手武器の火力で不足を補えてはいるが、これを盾持ち片手剣に変えてしまうと筋力の不足がかなりの痛手になってしまう。シーフ型のダッカーもそれは同様で、消去法で残った筋力ビルドのササマルには――試しに盾と片手剣を持たせて初めて判明したことではあるが――盾役に最も向かない「猪武者」という欠点が存在した。

 

 誰を選んでも一長一短という状況で頭を抱えることになった一行だったが、一護がアルゴから買ってきた一つの情報が、この状況を打開する鍵となった。

 

 その情報によると、

 

「両手棍の熟練度を上げることで出現する《如意》というオプションにより、武器装備画面にて棍の全長を増減させることができる」

 

 というのだ。

 

 両手棍はその外見の地味さや、特筆すべき――一つの武器としてではなく、SAOに存在する装備としての補正数値的な意味合いで――メリットが存在しないせいで選択するプレイヤー数が少なく、スキル情報もあまり出回っていなかった。しかし、効率特化で装備にも偏りが見られる攻略組とは異なり、自身の個性を求めるために多様な武器を扱う傾向にあるSSTAの卒業生たちによって、各カテゴリのスキルツリーが拡大。その結果の一つが今回の情報だと私は考えている。

 

 この《如意》というオプションは、装備選択画面にて棍の長さをプラスマイナス六十センチ伸縮できるという驚異的なウェポンカスタムオプションである。下限であるマイナス六十センチを設定した場合、棍の全長は百二十センチ。まだ両手武器の間合いから完全には抜け切れていないが、しかし私はこれを利用してケイタを前衛職にすることを提案した。

 

 この世界の棍は通常クォータースタッフと呼ばれる全長六尺の棒であるが、現実世界には四尺、つまり百二十センチの棒である「杖」が存在する。病床に伏せるようになる前、武術マニアの祖母に教えを受けて育った私はその特性を知っているが、あれは接近戦にも十分に耐えうる性能を持っている。

 「突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀――」と謳われるように、杖の最大のメリットは、その均一な作り、すなわち「全ての部位が刃にも柄にもなり得る」という点だ。上手く持ち手を調整すれば、その間合いは変幻自在。最短の間合いなら片手剣とも張り合えるし、最長ともなれば両手剣にも劣らない。順手、逆手の切り替えしさえ習得すれば、敏捷値補正と合わせてかなりの手数が期待できる。このオプションを使えば、両手棍のまま接近戦に十分耐えうる立ち回りが可能と私は判断し、皆にこの策を主張した。

 

 結果、私の提案は即座に可決され、一護と共に行った三日間の「地獄の迷宮区籠り」によって四人のレベル上げをしつつケイタの棍の熟練度を上げ、どうにか《如意》を習得。以来、訓練所で一護を仮想敵に仕立てて模擬戦闘を繰り返していた。

 

「あ゛ームリ……もうムリっすよリーナさん。今日は、この辺で勘弁して……ガクッ」

「後衛のあなたに拒否権はない。さっさと立つ」

「お、おれも、もう限界かも……」

 

 最も忍耐力のないダッカーが目の前で崩れ落ち、次いでササマルがダウンする。前衛が二人になったことで後衛との連携の機会が増え、戦闘をサボり気味だった二人もテキパキ動く必要が出て来ている。

 今までは後衛が全員で前衛一人をサポートしていたが、現在は前衛二人が互いに連携しつつ、ササマルがテツオを、ダッカーがケイタを援護する形式をとっている。そのせいで出番が急増したために、スタミナがついて来てないみたいだ。

 

「ほら皆、まだ終わってないぞ! せっかく稽古を付けてもらってるんだ、気合入れて立て!!」

 

 そう檄を飛ばすケイタも、疲労の色が濃い。後衛から前衛に転向を果たし、前述の二名とは比較にならないくらいに消耗度合が上がっているはずなのだが、リ-ダーとしての矜持故か、息は荒くとも戦意は失っていない。テツオもかなり疲れてはいるが、まだ十分に戦えそうに見える。

 

「ったく、だらしねえ連中だ。たかが一時間ぶっ通しで戦った程度で、へばってんじゃねーぞ」

 

 大剣『ベルセルク』を担いで戻ってきた一護が、事もなげに言ってのける。筋力要求値ギリギリの大物を四人相手に振り回していたのに、そのしかめっ面には疲労の欠片もない。HPが減らなきゃ体力も減らねえだろ、とでも言うのだろうか、このバイタリティ魔神は。

 一日通して戦闘を重ねてもビクともしない貴方と彼らを一緒にしないの、という相方へのツッコミを飲み込んで、私は周囲を見渡す。

 

 空はすっかり夕暮れの色。西に沈む偽の陽の閃光が網膜を焼き、私の視界に点滅する残像を刻み込む。遠く東の空にうっすらと瞬く星が視認できるところを見ると、あと一時間もすれば、完全に日が沈んでしまうだろう。

 自分で立てと言っておいてなんだけど、これ以上やるとただの模擬戦が夜戦の様相を呈することになりそうだ。わたしのお腹も空腹を訴え出したし、今日はこれでお終いにしよう。

 

 そう考え、今日の訓練終了を通達すると、ダウン中の後衛二人組は命拾いしたとでも言うかのような安堵のため息をついた。そういう反応をされると、やっぱりもう一時間延長で、と言ってみたくなる。

 

 鬼だ悪魔だと悲鳴が上がりそうな一言を自粛して、既に武装解除して帰路に着こうとしている一護の横に歩み寄る。夕日が眩しいのか、眉間の皺が普段の三割増しで深い。寝ているときでさえ刻まれているこの皺が、彼の顔から消えることはあるのだろうか。

 などと考えながら、彼の横顔を何とはなしに見ていると、

 

「やあ、今日の訓練は終わったみたいだね」

「みんな、お疲れさま」

 

 学舎の方からディアベルとバスケットを持ったサチが歩いてきた。中には入っていた飲み物入りの瓶を、疲れ果てた黒猫団のメンバーに配っていく。一つ一つ手渡す度に女神のように有り難がられて困ったように笑うのが、少し離れたここからでも見えた。それを微笑ましく見守りながら、ディアベルは私たちのところへやって来た。

 

「一護君、リーナさん。たった今、28層のギミックエリアの踏破状況に関して、新しい情報が入ったよ。

 今日の攻略終了時点で、該当エリアに残る未解除の仕掛けは大型の物が四つだけ。おそらく、明日か明後日にでも完全踏破の一報が打たれるだろう、とのことだ」

「そうか。んじゃ、もうアイツらのお守も終わりだな」

「寂しくなる、かい?」

「ねえよ。今生の別れってワケじゃねーんだ。生きてりゃまたそのうち会えんだろ」

「ふむ。つまり君は、また彼らと会ってくれる、もしくは会いたいと思っていると受け取っていいのかな?」

「いいように解釈すんな。可能性はゼロじゃねえってだけの話だ」

 

 フンッ、とそっぽを向いて歩き出す一護を、素直じゃないなあ、と苦笑して見送るディアベル。若手教師同士のようなやり取りを見ながら、私は相方と共に28層の主住区へと帰還すべく、転移門広場へと歩いていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 転移門を抜けると、辺りはもう薄闇に包まれていた。長閑な28層主住区は、落ち着いた雰囲気がある反面、日が落ちると一気に暗くなる。古びた街灯の灯りは弱くて頼りなく、私たちの足元を朧にしか照らしてくれない。一護の橙の髪の方がよっぽど目立つ。普段悪目立ちするヤンキーヘアーも、こういうときはいいかも、なんて思ってみたりする。

 

「……テメー、なんか悪意ある目で俺を見てねーか?」

「気のせい」

 

 ……意外と鋭い。やっぱり、少なからず気にはしてるみたいだ。

 

「それより、ご飯にしよ。お腹へった」

「あからさまにはぐらかしやがって……んで? 今日はドコ行くんだよ」

「んー……今日はお魚の気分」

「んじゃあ、22層の湖に飛び込んでこいよ。食い放題だ」

「お断り。私は野生児じゃないの」

「オメーの食欲は完全に野生のモンだろーが」

 

 レベルの低い会話をしながら、私たちはレストラン街へと足を進める。田舎町風の町並みとはいえ、晩御飯時はそれなりに混雑する。

 早めに目的地にたどり着こうと足を速めたとき、前から歩いてきた二人組のうち、片方と肩がぶつかってしまった。雑踏の中で仕方がないとはいえ、一応軽くでも詫びておこうと思い、私は振り返り、

 

「…………リーナ、か?」

「……キリト?」

 

 その先にいた見知った片手剣士、キリトと目があった。いつもの通り真っ黒い衣装に身を包んでいるが、剣は装備していない。戦闘マニアの彼にしては珍しいことだ。

 

 その代わり……と言ってはなんだけど、彼の傍らには、一人の女性が腕を絡めて立っていた。

 何やら良くない感情の籠った目で私を見てくるけど……この人、だれ?

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

短めでした。用事が重なってしまい執筆時間がとれなくて……明日も更新しますので、許してください。
一護視点ゼロで書いてみました。一護以外の視点で書くと、何故か地の文がやたらと長くなってしまう……慣れないことをやってみたので、至らぬ点や違和感等々あるかと思います。よろしければ指摘していただけると幸いにございます。

あと、ケイタが《如意》棒使いになりました。孫悟空にする予定はありませんが、棍って伸縮するイメージが何となくあったので、縮めて前衛に行ってもらいました。
ちなみに、突けば槍云々は杖術の有名な短歌から持ってきました。興味のある方はwikiへどうぞ。

次話は誰得(?)なケイタ視点です。そして、一護が久々に暴れます。

次回の更新は明日の午前十時を予定しております。


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Episode 19. The Advance of Black Cat (2)

お読みいただきありがとうございます。

本日は二話分連続投稿をしております。

ケイタ視点を含んでおります。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Keita>

 

「……なあ。やっぱり、マズくないか? こんな時間にフィールドに出るなんて」

「大丈夫だって! 別に奥まで行くわけじゃないしさ。ちょろっと行って、さっと取って来ようぜ!」

「そうそう。それに何かあっても、今の俺たちのレベルなら楽勝だよ」

「この辺は、そんなに強いモンスターも出ないって話だったしな」

 

 いやいや、油断は禁物ってリーナさんに散々言われたじゃないか。

 そう言ってやりたくなったが、反対一対賛成三じゃ分が悪すぎる。他のメンバーを置いて僕だけ引き返すわけにもいかないし、仕方ないか。念のため圏外に出る前にサチにメッセージは飛ばしたし、彼女がいなくなったときのような騒ぎにはならないだろう。

 

 夕日が地平線に沈み、すっかり夜の帳が降りた23層のフィールドダンジョン『深緑の森』を僕らは進んでいく。いつもは『索敵』スキルを持つリーナさんが先頭に、凄まじい反射神経を持つ一護さんが殿を務めてくれていたけど、今回は二人ともいない。代わりにテツオが先頭、僕が最後尾を受け持っている。

 

「貴方の警戒心は、この面子の中では一番強い。今後私たち抜きで行軍する時は、貴方が後ろで不意打ちに注意すること」

 

 そうリーナさんに言われたことを思い出す。人間の目で後ろを見ることが不可能な以上、移動中は後方への警戒心が薄らぎやすい。故に、後方警戒は先頭と同じくらい重要なポジションである。そうSSTAの座学でも教わった記憶が頭の片隅に残っている。

 現実世界じゃ特別勉強熱心ってわけでもなかったけど、この世界に来てから、いや、ディアベルさんたちの指導を受けるようになってからは、高校受験の時に匹敵する真剣さで講義を聞いている。例えダッカーが隣で突っ伏して寝てようとも、リーダーとして、ギルド成長のための知識は身に着けておかないと。ずっとそう思って、今まで何とかやってきた。

 

 でも、ギルドの成長、そしてゆくゆくは攻略組に、という自分の思いばかりが先行して、結果、一人の大事な仲間の気持ちを蔑ろにしてしまっていた。あの夜、僕らの前で、怖い、戦いたくない、と悲痛な声で吐露したサチの顔が脳裏をよぎり、思わず両手棍『ネイビーワン』を握る手に力が籠った。あんな苦しそうな表情をさせたこと、訓練から逃げ出してしまうほどにつらい思いをさせたこと、それを思うと、自分が許せなくなる。何がリーダーだ、何が「皆の安全が第一」だ。一番なのは自分の成長欲求だけじゃないか。自分自身への怒りがふつふつと湧きあがってくるのを押し殺しつつ、表面上は冷静さを保ったままに周囲を警戒する。

 もし敵と遭遇したら、真っ先に自分が前に出なくちゃいけない。昔ならともかく、今の僕には一護さんに鍛えてもらったスタミナと度胸、それに付け焼き刃とはいえ、リーナさんから直々に教わった杖術がある。レベルがテツオよりも三つばかり低くても、後方でウダウダしていてはダメなんだ。自分を叱咤し、神経を更に尖らせていく。

 

 しかし、そんな僕の目の前で、残りの三人は遠足気分で雑談タイムに入っていった。

 

「しかしなあ、ダッカー。本当にこの先なのか? リーナさんの好物だっていう、ええと……」

「『ツキミシクラメンの蜜』だ。ああ! もっちろんこの先だぜ! 四日前にさりげなくリーナさんから聞き出して、発生場所もちゃーんと下調べしたからな!」

「お前、本当にリーナさん好きだよなあ」

 

 テツオがそう言って苦笑すると、ダッカーは「あったぼうよ!」と威勢よく言葉を返した。

 このお調子者があの白皙の美貌を持つ女性に首ったけなのは、引率を引き受けてもらった次の日にはもう全員に知れ渡っていた。なにせ、初日が終わるなり「決めたぜ……オレは、あの人を嫁にするっ!!」と夕食の席で豪語したんだ。どう考えても脈なしなのに、よくもまあ一週間以上も頑張れるよな、と少し感心してしまう。

 

 僕の無言の感想を余所に、ノリの軽い短剣使いの言葉は留まるところを知らない。

 

「だってよお、あのアイドルにも劣らないハーフっぽい綺麗な顔に、すらっとした美しい脚のライン! サイコーだろ!! オマケに意外と着やせするタイプみたいで、けっこう御立派なおムネをお持ちのようだし……ぐへへ」

「おいちょっと待て。あの人いつもケープ姿だろ。なんでそんなことまで分かるんだよ」

「へっへっへ。それはもちろん、オレ様が『純白の闘匠(リーナ)様ファンクラブ』の会員だからさ!!」

 

 思わずツッコミを入れてしまった僕に向かって、怪しげなファンクラブを名乗ったダッカーは一枚の画像を見せてきた。

 記録結晶で撮ったと思しきその画像には、紙袋いっぱいのワッフルを小脇に抱えて歩く、ニット姿のリーナさんが映っていた。どうみても隠し撮りと思われるアングルなのはさておき、身体のラインを覆うようなケープとは異なる、フィットするタイプの白ニットによって浮かび上がるボディラインは、確かに、その、出るところは出ていて、起伏に富んでいた。

 思わずちょっと見入りそうになったが、精神力を総動員して視線を外す。警戒警戒、集中集中、右良し、左良し、後方敵影なし、と呪文のように心の中で唱えてどうにか気を静めた。

 

「でもさ、リーナさんって絶対に一護さんとデキてるだろ。おれたまたま聞いたんだけど、あの二人、いつも同じ部屋に泊まってるみたいだぞ。よっぽど深い関係じゃないと、同棲なんてできないよ」

「な、なぬぅーっ!?」

 

 ササマルのもたらした情報に、ダッカーのニット帽の下の目が驚愕と絶望の色に染まる。いや普段の距離の近さからして、そんなに驚くようなことでもないと思うんだけど。

 

「実際お似合いだもんなあ、あの二人。どっちもすごく強くて、見た目も良くてさ。息も合ってるっつーか、ベストパートナーって感じがする」

「あ、おれもそう思う。この前なんて、名前で呼び合うだけで意思疎通できちゃってる感じだったし。凄いよな、あれ、何ていうんだっけ。ツーカーの仲?」

「うぐぐ……ササマルのオヤジ臭い死語はともかく、既にそこまで発展していたとは……こうなったら仕方ねえ。オレが一護さんに決闘を申し込んで……」

「この前一護さんにデュエルで瞬殺されたのはどこの誰だよ! そして全員さっさと前を向け! 圏外では非戦闘時でも常に警戒するようにって、ディアベルさんに教わっただろ!!」

 

 緊張感皆無の雑談を延々と繰り広げる三人を一喝して前に向き直らせる。ダッカーだけはまだブツブツと言っているが、一護さんにつき出してシバいてもらうぞ、と脅すと一発で黙った。流石に初撃決着デュエルで右手足を一撃で斬り落とされた恐怖は消えていないみたいだ。

 ようやく静かになった三人と共に夜道を歩きながら、索敵警戒の傍らで僕はこのダンジョンにあるという『ツキミシクラメンの蜜』をこんな日没後に取りに行くことになった理由を思い出していた。

 

 今日の夕方、ディアベルさんから、最前線の迷宮区への道がようやく開けそうなこと、そして明日で一護さんたちの引率が終了になることを聞いた。戦線から退いて以降は料理スキルを上げているサチは「お別れパーティーに出す料理を考えなくちゃ」と張り切っていたが、僕らの方は何もできることがなかった。

 しかし、この十日間僕らを護り鍛えてくれた二人に、何もしないで別れるなんてことはできない。何かお礼ができないか。四人で話し合った結果、ダッカーの強い主張によって夜にしか咲かない貴重な花『ツキミシクラメン』の激甘の蜜を採ってきてプレゼントしよう! ということになってしまった。完全にリーナさんピンポイントな気がするけど、一護さんも意外と甘い物が好きだから、という取ってつけたような理由も一応あるにはある。

 

 それに、と僕は脳裏に一護さんの傍にいた時のサチの柔らかい眼差しを思い出す。

 詳細は訊いていないけど、サチが本心を僕らに告げるきっかけを作ってくれたのは間違いなく一護さんだ。そして、人と近づくことを恐れていたサチが、ほんの少しとはいえ自分から他人との、一護さんとの距離を詰めようとするようになったのも、多分彼のおかげだと思う。

 もしかすると、それは淡い恋の始まりってヤツなのかもしれないし、親愛の情の表れなのかもしれない。でもそのいずれであったとしても、幼い頃から仲の良かった僕にとって妹のような存在だったサチの心を溶かしてくれたことに、僕はとても感謝をしていた。自惚れが過ぎるかもしれないけど、そのことに対して「兄としての恩返し」がしたいと僕は思っていた。今回取りに行く花の蜜のことはさておいて、明日ちゃんとお礼をしておかないと。

 

 そのためには、まずこの夜の探索を無事に終了させることが重要だ。サチがディアベルさんに伝えたりしたら後で怒られる気もするけど、もうここまで来たら腹を括るしかない。とっとと目的のブツを回収して、全員無傷で戻るんだ。

 

 再び意識を警戒十割に切り換えて歩みを進めようとしたその時、

 

「……あっ! アレだ!!」

 

 ダッカーが突如大声を上げた。

 彼の指差す方向に目を向けると、そこには木陰に隠れるようにして咲く、一輪の花が咲いていた。淡い桃色の花弁が月光を反射し、闇夜の中で篝火のような存在感を放っている。その幻想的な佇まいに、僕を含む全員がしばし見蕩れて動かなくなった。

 

「……これが、『ツキミシクラメン』?」

「きれいな花だなあ」

「ああ、間違いない! 情報で見たのと同じだ。よっしゃあ!! これでリーナさんのハートゲットは確実だぜ!」

 

 立ち尽くす僕らとは対照的に、ハイテンションで頓狂なことを言いながらダッカーが花の元でと走り寄る。楚々と咲く小柄な花の手前でしゃがみ、ゆっくりと摘み取ろうと手を伸ばした――

 

「はい、ビンゴっと」

 

 直後、妙に剽軽な、男の声が響いた。

 同時に、木陰からずるりと伸びた刃によって、ダッカーの右手が斬り落とされる。

 

「……え?」

 

 何の前触れも衝撃もなく彼の右手首から先が消失したことに、黒猫団全員が放心状態になった。思考が現実に追いつかない。木陰からおんぼろのマントを羽織った人影が現れても、その手に直剣の無機質な輝きが見えても、その硬直が消えることはない。襲撃を受けたダッカーさえ、まるで他人事のように目の前の現象を眺めている。

 

 だが、その人物の上に光るオレンジのマーカーを見た瞬間、凍り付いていた僕の思考回路が動きだし、僕は棍を跳ね上げるようにして構えた。

 

「全員後退!! ダッカーを援護しつつ、ここから離脱するぞ!!」

 

 僕の絶叫とも取れる指示に、他のメンバーもすぐに再起動した。手首から先を失ったダッカーも、もっと迫力のある部位欠損経験があったせいか、すぐに我に返って左手で短剣を構えた。テツオが盾を構えて前に出て、ササマルが僕の後ろに控える。この三日間で死ぬ気で身に付けた、僕らの基本陣形だ。

 

「ふーむ、ただの喧しいガキ連中と思って見てたが、存外胆力はありそうだ。不意打ちを受けても即座に体勢を立て直してくるか」

 

 ゴツイ指先で顎の辺りをこすりながら、人影はゆっくりと歩み出て来てマントのフードを取った。月明かりに照らされて、その男の素顔が見えた。

 年の頃は三十代後半くらいか。潰れた鼻や飛び出た眼、岩肌を連想させるほどに荒れた肌は、昔何かの映画で見た山男を思い出させた。最も、目の前の男の瞳にはそんな純朴さはなく、ついさっき一人の人間の手を斬り捨てたとは思えないくらい、異様に静かな光を宿していた。

 

 直感でわかる。こいつはヤバイ。多分、この四人でかかってもどうしようもないくらいに。

 

 でも、それはこのまま戦闘に入った場合の話。馬鹿正直に相手をするつもりはないし、その必要もない。このまま一気に走って逃げるか、あるいは転移クリスタルで離脱するか。どちらかが成功すれば、それで十分だ。

 加熱どころか過熱気味の脳内をどうにか抑え込みながら、全員に遁走命令を出そうと息を吸い込んだ瞬間、

 

「おーおー! クソ弱そうな連中だなオイ!! こりゃ絶好のカモったヤツじゃねーか、よお!」

「でもよ、コイツら金持ってなさそうじゃね? 狩ってもあんまし美味くねえだろ」

「それならそれよ。金がねえならフクロになってもらうだけさ。ヒャッヒャッ」

 

 一人、二人、三人……まだまだ出てくる。闇夜から湧き出すようにして、武器を持ったプレイヤーが次々と、僕たちを取り囲むようにして姿を現した。どの顔にも見覚えはないが、全員の頭上に光るオレンジマーカーが、こいつらの正体と目的を十分すぎるくらいに教えてくれていた。

 

 プレイヤー相手に強盗を働くプレイヤー集団、オレンジギルド。

 

「で、どうしますね、お頭」

「どうもこうもない。いつも通り、美しく行こうじゃないか」

 

 山男の声に応えるようにして、暗がりから一人の男が現れた。他の連中と比べても一回り若く、しかし図体だけは二回りは勝っていようかという大きさに見えた。手にした曲刀がナイフに見えるくらいだ。その巨体をスラックスにワイシャツ、革のブーツに強引に押し込めている。その妙な身綺麗さと図体、服装の三要素が醸し出すミスマッチは、ここが圏外でなく相手がオレンジでなければ、ユーモラスで笑いを誘う出で立ちと評することが出来たかもしれない。

 ミスマッチ男は山男の隣に立つと、僕たちに向かって穏やかな笑みを浮かべてきた。人の好さそうなごく普通の笑顔のはずなのに、僕にはそれが死神の嗤い顔に見えた。

 

「やあ、初めまして諸君。ボクらは『デスサイズス』という狩り集団だ。僭越ながら、頭領はこのボク、マルカスが務めている。以後お見知りおきを」

 

 気障ったらしい動作で一礼するマルカスの台詞に、僕は戦慄した。

 以前、情報ペーパーで見たことがある。標的を瀕死になるまでいたぶり、金品を強奪する大型犯罪者ギルド。その名前が『デスサイズス』だったはずだ。リーダーの名前も一致している。ということは、副官らしいあの山男がバンディットだろうか。

 

 最悪だ。

 よりによって、ここ最近で最も動きの派手な凶悪犯罪者集団に捕まるとは。

 

 けど、その最悪な状況下においても、まだ僕はパニックになる半歩手前で踏みとどまることが出来ていた。リーナさんに無理やりモンスターの大軍に突っ込まされたり、一護さんとタイマンで模擬戦闘してノーダメージなのに死にかけたりしたことを思い出せば、この状況は絶望的じゃない。あの逃れられない地獄と違って、今ならまだここから命の危険に晒すことなく逃走できる術はあるはずだ。そう思い、僕は最大限の勇気を奮絞って一歩前に出た。恐怖で震える唇から長く息を吸い、吐いてから、なるべく真面目な声を心がけて話しかける。

 

「こ、こちらこそ、初めまして。僕らは『月夜の黒猫団』です。り、リーダーを務めてる、ケイタっていいます」

「おお! これはこれは素晴らしい。催促せずとも名乗ってくれたのはキミが初めてだ。紳士的な対応に感謝するよ、ケイタ君」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 素直に驚いた、とでもいうかのような反応を見せたマルカスに、僕はぎこちなく礼を返す。周囲の賊たちも、へぇ、とか、マジか、とか、感心するような声をもらすのが聞こえる。十中八苦、それには嘲りの意味が籠っているんだろうが、そんなことはどうでもいい。今、この場を切り抜けることだけを考えるんだ。

 

「そ、それで、マルカスさんは、僕らに、ど、どのような御用があるのか、伺ってもよろしい、でしょうか」

「うんうん、話が早くてとても助かるね。それでは御言葉に甘えて。

 ボクらは所謂『人狩り』を生業にしていてね。キミたちのような一般プレイヤーから金品を頂戴することで生計を立てている。巷じゃあ犯罪者(オレンジ)ギルド、なんてナンセンスな名称でひとくくりにさせているが、ボクらはそんな下賤な集団じゃあない」

 

 アルカイックスマイルを崩さないまま、マルカスは木陰から進み出ると僕の前に立ち、優しい教師のような声色で語りかけてきた。

 

「ボクらは皆狩人なんだよ、ケイタ君。大自然と一体になり、獲物の動きを読み、知恵を駆使して罠を仕掛け、そして狙った方法で確実に狩る。そこらの食い詰め人のように怠惰や傲慢の発露として襲っているのではない。人が人としてあるべき姿、すなわち、自然の節理を壊すことなく、自然と共に生きる。厳しくも逞しい弱肉強食の美学に生きるために、己を律して美しい狩りを行っているのだよ。分かるかい?」

「は、はい。とっても、よくわかります。その理に従ったために、あなたたちは僕らを狩り、僕らはあなたたちの罠にかかって狩られた。至極当然。す、全ては、強き者が勝つという、自然の導きとあなたたちが共にあった故の、当然の結果。そういうこと、ですか?」

「ブラボー!! まさかそこまで深く理解してくれるとは! 昨今の若者は自分の主張に凝り固まりすぎているとばかり思っていたが、これは考えを改めねばな」

 

 感激しきり、といった様子のマルカスは、何度も何度も満足げに頷いている。それを見返す僕も、破綻だらけの理屈に破綻塗れの賛同を返しながら、なんとか笑顔らしいものを作っていた。

 ここまでは計画通りだ。後はこのままひたすらに低姿勢で相手に共感し続け、金品をそっくり差し出せば、それで終了だ。この男の独特の美意識には、きっと常人は賛同なんてしないだろう。今まで連中の獲物になってきた人たちは、きっとそうだったはずだ。だから、あえてここでそれをひたすらに褒め称え、賛成すれば、相手に好印象を与え、こちらの命の危険を減らすことができるはずだ。この場さえ乗り切れば、後はどうにでもなる。最悪モンスターをトレインすることになろうとも、頑張って逃げればきっと生きて帰れる。

 

 そう自分に言い聞かせてへし折れそうな心を叱咤し、あらゆる感情をねじ伏せて次の一手を打とうと口を開こうとしたとき、

 

「でもねケイタ君。ボクはこうも思うんだ」

 

 マルカスは、ふと悲しげな表情を見せた。顔面に張り付いていた笑みが一瞬で悲痛のな面持ちへと切り替わる様は、まるで人形のパーツを取り換えるかのように機械的なもの見えた。そのままマルカスは僕に背を向けて元の位置まで下がり、くるりと振り向く。

 

「狩る側だけではなく、狩られる側も、立派な自然の一部だ。そうだろう? だって、皆生きているのだからね。立場が違えど、結局は同じ一つ生命の一つだ。

 ならば、ボクら狩る側に礼儀というものが存在するように、キミら狩られる側にも、礼儀が必要なんじゃないかって、ボクは最近思うようになったんだよね」

「……と、言いますと」

 

 嫌な汗が背筋を伝う。自分の思い描いた道筋が、端の方からひび割れていくのが分かる。からからに乾いた口でどうにか問を返せたのは、奇跡に近かったように思う。

 

「うん、つまりだね……弱肉強食の美学に従うなら、狩る側はきっちり獲物を殺し、獲物は美しくその運命を受け入れて殺され自身の全てを捧げるべき。ボクはそう思うんだよ」

 

 目を細め、いたわるような口調のマルカスから、明確な死刑宣告が下った。

 

 瞬間、息が止まった。

 

 瞬きも、肺の動きも、心臓の鼓動さえ。ほんの一瞬だけ、僕の全てが死んだのが分かった。

 直後、その全てが一気に再起動し、怒涛の如くに僕へと押し寄せてきた。目を開けていることすらつらく、呼吸は乱れ、心臓は破裂しそうなくらいの早鐘を打つ。どうしようもない生への執着心が、僕の身体を襲っていた。

 

 だが、それ以上に僕の中で湧きあがる、ある感情(もの)があった。

 

 それはきっと、パニック故のものだったのかもしれない。

 心のどこかで、もう生還を諦めたが故の蛮勇だったのかもしれない。

 他人はそれを、自暴自棄と呼ぶのかもしれない。

 

 けど、

 

「…………るな」

 

 だけど、それでいいんだと僕は思った。

 

 策は成る前に敗れた。

 退路は無い。

 こちらはたった四人。

 敵は山ほど。

 

「……けるな」

 

 だったらいっそ、やってしまおう。それしか、もう道はないんだ。

 

 そう思うと、身体は存外にスムーズに動いた。棍を握る手から余計な力が抜け、左足が半足分だけ下がる。同時に、僕の後ろで足を踏ん張る音や、武器を持ち直す微かな音が聞こえた。

 

 ――ごめん、失敗しちゃったよ。

 

 そう心の中で、皆に謝る。言葉は返ってこないけど、その代わりに小さな苦笑の音が聞こえた気がした。その一デシベルの返答に最後の躊躇が斬り落とされ、僕は前を見る。

 怪訝そうな顔をしてこっちを見るマルカスに、僕はとびっきりの怒りの籠った笑顔を向けて、堂々と言い放った。

 

「フザけるなよデカブツが。どっちが狩る者なのか、今ここで見せてやる! 僕たちを、『月夜の黒猫団』を、侮るんじゃねえよ!!」

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ケイタがキレました。あと、一護の出番が一話分先延ばしになりました。ごめんなさい。

ですが、今回は二話連続更新です。良ければ次話もご覧くださいませ。


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Episode 20. The Advance of Black Cat (3)

お読みいただきありがとうございます。

第二十話です。

本日は二話分連続投稿をしております。お手数ですが、先に第十九話をお読みくださいませ。

引き続きケイタ視点を含んでいます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Keita>

 

「せぃやあああああっ!!」

 

 気合と共に棍を一閃、斬りかかってきた賊の短剣を弾き飛ばして、カウンターの刺突を叩き込む。止まらずに手首を軸にして棍を旋回、横から迫っていた槍持ちをけん制しながら、僕は荒い息を強引に整えた。

 戦闘開始からまだ十分と経っていないはずだったが、既に疲労が全身に圧し掛かってきている。棍を握る手に、上手く力が入らない。一護さんとの組手で一時間は持つようになったと思ってたんだけど、実戦じゃそうはいかないみたいだ。

 

「オラあっ、死ねやクソガキィ!」

「ッ!?」

 

 ご丁寧に叫び声と共に打ちかかってきた斧使いの一撃を棍の右端で受けて逸らし、左端を胸に叩き込んだ。さらにそのまま右、左、右、左、と連続して打撃を飛ばし、四方八方から滅多打ちにする。何割かは防がれたりするけど、そこは手数と速度で補う。

 リーナさんに教わったこの技は、元々順手と逆手の切り替えの練習用のものだった。しかし、単調ながらも堅実に連続技が繰り出せる長所は殺すには惜しい。初見の相手にならそうそう見切られないだろうし、気にせず連発して顔、肩、腹と棍の石突を叩き込んでいく。

 

「このっ、調子に乗ってんじゃ、ねえっ!!」

 

 上段の構えで迫ってきた大剣使いが、僕を両断するような勢いで斬りおろしを放つ。その威圧感は確かに凄いけど、一護さんのそれに比べたら全然遅い。慌てずに見切って躱してから、

 

「剣と逆側から、襲うっ!!」

「ガフッ!?」

 

 左手側に潜り込んで棍をフルスイング。こめかみを思いっきりぶっ叩いた。思わずたたらを踏む両手剣使いに追加の一撃を打ちこんでから飛び退き、迫る賊との間合いを確保する。

 

 すでに何発か食らってしまっているせいで、僕のHPはイエローに突入していて、もうすぐレッドゾーンにまで達しようとしている。視界の左上に表示されている他のみんなのHPも、似たり寄ったりといったところだ。いつもなら戦々恐々としているところだけど、吹っ切れた今じゃ関係ない。棍を構えて駆け回り、迫りくる敵の攻撃を次々に躱し、受け止め、隙を見ては強打を叩き込む。焼き切れそうな神経を酷使しながら、立て続けに死線をかいくぐっていく。

 

「……やれやれ、ちょっとやんちゃしすぎ、だよ」

「グッ!?」

 

 軽い口調と共に振り下ろされた白刃を視界の隅で捉え、僕は咄嗟に棍を両手で持って頭上にかざし、中央部分で斬撃を受け止めた。さっきまでの賊とは一線を画す衝撃が手首を痺れさせ、手を放しそうになるのを必死でこらえた。

 

 斬りかかってきたのは、連中の頭領であるマルカスだった。困ったような表情は未だに穏やかと言えるものだったが、打ちこみはそれは正反対の強烈さだった。歯を食いしばって曲刀を押しとどめながら、僕は無理やり笑みを浮かべて見せる。

 

「言った、だろ……! 僕らをナメるなって……狩るのは、僕らの側だ!」

「成る程。確かに、そう言えるだけの技量はあるようだ。力量を見誤っていたことを、ここに謝罪しよう」

「いや、まだだ……まだ、お前は僕を見誤ってる。そうやって、悠長にしていられるのも、今のうち、なんだよっ!!」

 

 声と共に僕は右手を棍から放した。頭上で止まっていた曲刀をそのまま右へと受け流し、左わきへと潜り込む。同時に、

 

「くたばれ、ミスマッチ!!」

 

 単発重攻撃《アイアンブロウ》を発動。鈍色に輝くオーラを纏い、棍の一閃が脇腹へと命中――

 

「甘いよ」

 

 する直前、高速で引き戻された曲刀によってガードされ、棍の先端が大きく弾かれる。何とか制御を取り戻そうと力を籠めた僕だったが、

 

「で、遅いよ、と」

 

 その前に曲刀の追撃が命中。右肩から先が斬り飛ばされた。一瞬飛んでいく自分の腕を目で追いそうになったが、

 

『敵から目を逸らすんじゃねえよ!!』

 

 脳裏に一護さんの言葉が響いた。それに突き動かされ、残った左手で棍を掴むと、

 

「ぅおおおあああああっ!!」

 

 全力の薙ぎ払いを繰り出し、トドメと言わんばかりに振り下ろされた一撃を辛くも凌いだ。振り切った棍の慣性を利用して大きく後ろに飛んで着地、しようとしたが、膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。棍を手放しはしなかったが、もう立つ力は欠片も残っていなかった。

 

「はぁっ、はぁっ、よおリーダー……そっちも、グロッキー?」

 

 背後から荒い息混じりの声が聞こえた。振り向くと、そこには満身創痍といった様子のダッカーが僕と同じように膝を突いていた。その奥にはササマルが尻もちを付き、さらにその奥ではテツオが倒れ伏していた。

 

「くっ、ははっ。まあ、ね。流石に、キッツイかな……げほ、げほっ!」

 

 強がりの笑みを浮かべて、咳混じりにそう切りかえす。ふと視界の端に目をやると、全員のHPがレッドゾーンまで削られいた。あと数度攻撃を食らえば死ぬような状況であるというのに、何故か怖くは無かった。

 

 この十分間、自分は今まで生きてきた中で一番濃い時間を過ごしたように思う。

 攻撃を一度受ければ死が一歩近づき、防げば寿命が一瞬だけ延びる。その刹那を何十回と繰り返し、自分が自分ではなくなるような感覚すら覚える程に、僕は、僕らは戦いに全てを賭していた。なんて分の悪い賭けにベットしたもんだと我ながら呆れるけど、何を言い、何を思ったところで、今更遅い。命を博打の掛け金にして負けた以上、ここで死ぬことは仕方がないんだ。

 たらればを言ったらキリがなさそうだけど、せめて、一護さんとリーナさんに、十日間だけの僕らの師匠に、お礼の一つくらい言いたかった。サチにもちゃんと強くなったところを見せて「今までゴメン。これからは、僕らが護ってみせる」と、そう言いたかった。

 

「ふう、ずいぶん抵抗してくれたけど、これで終わりかな。中々楽しい狩りだったよ。黒猫君たち」

 

 一センチだって上がらない頭の上で、マルカスの声が響く。この男の声が、人生最後に聞く人の声だと思うとイラッとくるな。せめて、仲間の声を聴きながら逝きたかった。

 ささやかなワガママを心の中で吐きながら、今にも振り下ろされるであろう刃を受け入れようと、僕が目を閉じようとした、その瞬間だった。

 

 突如背後から飛来した白い閃光がバンディットに衝突し、そのまま彼方へと吹き飛ばした。同時に黒い疾風が僕の前に立ちふさがり、マルカスの曲刀を受け止める。激しい衝撃音が鳴り響いたが、その大きな背中が揺らぐことは微塵も無かった。

 

「んんー? 全く、誰だい? 他人の狩りをジャマするなんて、無礼にも程があるよ?」

 

 やや不快な色の覗く声でマルカスが問う。

 対して、黒衣の人は至極落ち着いた様子で、

 

「答えるまでもねエだろ。テメエらの、敵だよ」

「……成る程ね」

 

 色の無い声でマルカスが応じる。

 

「……こっちも、一つ訊きてえ」

「なにかな」

「コイツの右腕をやったのは、テメエか」

 

 そう問われると、マルカスは低い笑い声を漏らした。

 

「ああ、そうだよ。狩りにおいて、獲物の四肢を潰していくのは基本だからね。奇をてらわず、理にかなった仕留め方をするのが狩りの美学ってもの――」

「そうかよ」

 

 マルカスの演説を遮るように、黒衣の人が言葉を挟む。同時に響く、軋むような金属音。どうやら曲刀を押し上げたらしい。マルカスの微かに唸る声が聞こえる。

 

「ンじゃあ、その『狩りの美学』ってのに則って……」

 

 今まで静かだった黒衣の人の語尾が、微かに荒ぶる。まるで今までの冷静さが嵐の前触れだったとでもいうかのように、炸裂する寸前のエネルギーを含んだ声。

 

 その声の残響が消えるより前に、

 

「もらうぜ、テメエの右腕!!」

 

 銀色の閃光が走り、一拍おいて、マルカスの右腕が曲刀を握ったまま斬り落とされた。

 一体何が起きたのかマルカスが把握する前に、黒衣の人の廻し蹴りが脇腹に叩き込まれ、隻腕となった犯罪者の頭領は突然の乱入者に驚いていた部下たちの元へとすっ飛んで行った。

 

 砂塵と驚愕の声とを背景に、その蹴りを放った流れのまま、黒衣の人がこちらに振り返り、僕を見下ろした。

 暗くて細部まではよく見えない。ただ、持っているのが粗末な作りの刀であること、それから髪の色が派手なオレンジ色であることだけは夜の闇の中でも十分に分かった。

 

「――よお」

 

 一護さんが、そこにいた。

 

 僕は、咄嗟に何かを言おうとした。

 

 危険な夜の狩りに出てきたことへの謝罪。

 駆けつけてくれたことへの感謝。

 なぜここだとわかったのかという疑問。

 

 しかし、そのどれかを口にしようとする前に、

 

「なんだてめえ、いきなり出て来てお頭の腕斬って、挙句に果てに蹴り飛ばすだあ?」

「ナメくさってるにも程があんだろォがゴルァ!!」

「面倒くせえ、コイツもぶっ殺しちまえ!!」

 

 頭領の飛来に巻き込まれなかった側の部下たちが、一斉に斬りかかってきた。僕も援護しようと、何とか立ち上がろうとしたが、身体が動かない。手に持った棍を杖代わりにして何とか上体を起こした直後、

 

 一人目の賊が顔面を蹴られ、地に付したその頭を踏みつけられた。

 二人目の賊は槍を突く前に、片脚を腿から斬り落とされてそのまま転倒。

 三人目の賊の振った短剣は、素手で受け止められて握る腕ごと切断された。

 

 さらに続いてきた集団の前で、一護さんは足元の一人目の賊を蹴り上げて空中で両足の膝から下を断ち、残骸を脇へと放る。そのまま刀をゆっくりと水平に構えると、神速の踏み込みと共に一閃、したように見えた。あまりの速さに太刀筋が見えなかったが、間合いに踏み込んだ賊たちが一斉に吹き飛んでいくのだけが、僕の目に映っていた。

 

 性懲りもなく起き上がって再突撃を仕掛けてくる賊たちに背を向け、一護さんは刀を緩やかに納刀していく。先頭を走るメイス使いがあと一歩で間合いに入ろうか、という直前に納刀を完了。直後、賊たちのHPが一瞬で削り取られ、全員がその場にダウンしてしまった。ほとんどの者のHPはレッドゾーンまで達しており、とても継戦可能とは言えないような有様だった。

 

 そんな連中を全て無視し、一護さんは僕の方に近づいてくると、懐から取り出したポーションの瓶を手渡してくれた。掠れた声でお礼を言って受け取ると、彼は小さなため息を吐いた。

 

「サチといいオメーらといい、なんで日暮れになるといきなりふらっといなくなるんだよ。アレか、『月夜の黒猫団』ってのは、そーゆー意味で名付けたのか?」

「い、いや、そんなことは……」

「キッサマアアァァァァァァアッッ!!」

 

 突然響き渡る絶叫。何事かとそちらを見ると、部下たちに埋もれるようにして倒れていたマルカスが、斬られた腕を抑えながら修羅の形相を浮かべて激昂していた。

 

「よくも、よくも腕を斬り落としやがったなああああぁぁっ!! おいお前ら、ソイツをぶっ殺せ!! 容赦なんかするな、徹底的に斬って! 殴って! ぶっ刺して!! 奴のポリゴンのひとっ欠片も残んねえぐれえに、粉々に殺し尽くせやあぁぁぁっ!!」

 

 闇の中でもはっきり分かるほどに、顔を憤怒の朱に染めて吼えるマルカス。しかし、その怒号に乗っかって動き出す者は、誰一人としていなかった。全員武器は構えてはいるもののその目に戦意は無く、怖気づいたかのように一歩一歩と下がっていく。

 

 それを見た一護さんは、再びちいさくため息を吐くと、スッと立ち上がって周囲を見渡した。鋭い眼光にがぐるりと旋回し、その視線の先にいた者は皆すべからくすくみ上った。

 

「……どうした、来ねえのか? 俺を殺せって、親玉から言われてんじゃねえか。俺はまだケガ一つしちゃいねえぞ。それとも、へっぴり腰で後ずさりするってのが、オメーらの『狩りの美学』だって言いてえのか」

 

 一護さんの挑発にも、誰も乗ってこない。むしろ、その挑発内容通りに、後ずさりし始める奴まで出てきた。連中は皆、一護さんの圧倒的な戦闘能力に怯えきっているみたいだった。

 それどころか、

 

「お、おい、アイツの恰好……」

「ああ……オレンジの髪に、ブラウンの目。そんでボロボロの粗末な刀……」

「……『死神代行』。こいつ、死神代行・黒崎一護だ……!」

 

 ようやく一護さんの正体に気づいたみたいだった。

 怯えが三割増しした連中を尻目に、しかし一護さんはさして気にした様子も見せなかった。

 

「……まあ、何でもいーや。そのまま固まっててくれたほうが、何かとやりやすいし。なあ? リーナ」

「うん、やりやすかった」

 

 いつの間にか、一護さんの傍らに白い人影が立っていた。薄手のケープを纏い、手には短剣。月光を浴びて輝く純白の髪は、雪のように美しかった。

 

「リーナ、さん……」

「なに? 集団家出の言い訳なんて、聞きたくないんだけど」

 

 いつも通り、澄んだ声で辛辣な言葉が返ってきた。それもちょっと嬉しいかな、なんて言ってしまうと、ダッカーの仲間入りになってしまうから、決して言わないけど。

 

「んで? 仕事は終わったかよ」

「ん」

 

 ごく短く肯定したリーナさんに促されて、僕は辺りを見渡す。

 そこには、いつの間にか麻痺毒を食らって倒れ込む賊連中の姿。どうやら麻痺毒のエンチャント付きの短剣で全員を闇討ちして回っていたらしい。全く気づけなかった辺り、相当な速さで完遂したんだろう。さらに、視界の端、僕らの仲間を示す三本のHPゲージは全て満タン。麻痺による捕獲に先んじて、黒猫団のメンバーの回復まで済ませてくれたみたいだった。

 

 棍を杖のようにして立ち上がると、両脇からササマルとテツオが支えてくれた。手に持った棍は、ダッカーが受け取ってくれた。皆と疲れた笑みを交わし、無事を確認する。

 

「くそっ、くそがぁっ……だ、だがなあ、どうせ麻痺なんざ時間が経ちゃ消えるんだ。麻痺が解けちまえば、犯罪者を殺せねえチキンなてめえらに、俺らの逃走は止められね――」

「いいこと教えてやるよ」

 

 もう先ほどまでの余裕の欠片も見えないマルカスの台詞を再び遮り、一護さんの声が響いた。

 

「当初の予定じゃ、俺らは集められる最大数の戦力でテメエらを包囲、確保する予定だった。だけど実際、この場にいるのは俺らだけだ。なんでか分かるか?」

 

 そこで言葉を切ると、一護さんはいつもの不敵な笑みを浮かべて、

 

「テメエらをとっ捕まえとくのは、()()()()だけで十分だからだよ」

 

 そう言いきった。

 直後、木々の間から二人のプレイヤーが姿を現した。

 一人は真っ黒い衣装に身を包み、手には片手剣を持っている男性。線の細い顔立ちをしてはいるが、その纏った空気の鋭さは尋常じゃなかった。そしてもう一人は、目にまぶしい白地に紅の染め抜きがされた騎士服の女性。手に携えたレイピアに引けを取らない鋭利な眼光で、犯罪者たちを一睨みする。

 

「おい、あの黒ずくめ……盾無し片手剣ってことは、まさか『黒の剣士』じゃねえだろうな……?」

「それにあっちの女騎士、あれって『閃光』のアスナだろ。なんでこんなトコに……!」

「つうかあの白い女、『死神代行』の隣にいるってことは、『闘匠』リーナじゃねえかよ……」

 

 『死神代行』『闘匠』『黒の剣士』『閃光』

 どれも一度は耳にしたことのあるビックネームだ。アインクラッドにその名を轟かせ、ボリュームゾーンの下位にいた僕らでさえ名前くらいは聞いたことのある、トップレベルの剣士たち。

 

 その攻略組最高峰の四名が、今、この闇夜の森に集結していた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

『デスサイズス』討伐完了回でした。
一護たちが28層から駆けつけた理由や、キリトにくっついていた女性を含め、次回は事の顛末を書いていきたいと思います。

次回の更新は、申し訳ないですが来週の火曜日とさせていただきます。
年末はなにかと予定が立て込んでまして……申し訳ないです。


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Episode 21. Good Bye, Black Cat

お読みいただきありがとうございます。

第二十一話です。

後半部にサチ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


 「犯罪者ギルド『デスサイズス』の姿が23層迷宮区にて確認された」

 

 アスナからの一報がリーナに届くのと、ケイタたちが迷宮区へ向かったというサチからのメッセージが俺に届いたのは、ほぼ同時だった。

 いつもなら空腹でゴネるリーナも今回ばっかりは文句一つ言わず、十秒とかからずにディアベルに連絡を投げた俺らはキリトに事の次第を説明。まとわりついて離れない連れの女を引っぺがしたら行くとほざく優男を放置して、俺たちは迷宮区へ全力急行した。

 

 随分ギリギリっぽかったが、結果としちゃあオレンジプレイヤーの奴らは全員確保できたし、黒猫団の連中も取り返しがつかねえことになる前に助けられた。万々歳ってヤツだ。

 

「来んのがおせえよお前ら。結局俺らだけで何とかしちまったじゃねえか」

「無茶言うな。ルクスを宥めすかして置いてくるのは重労働だったんだぞ」

 

 片手剣を持ったまま、大袈裟に肩を竦めて見せるキリト。あの隣にいた男みてえな喋り方をする女は確かにしつこそうな感じはしてた。なんでかリーナに敵意っぽいモンを向けてたが、当の本人は気にもしてない様子で俺の横で短剣を玩んでいる。何だったんだか。

 

「私が遅れたのは貴方が無理な注文を寄越したからよ。なんでこんな二十人もいない犯罪者を狩るのに団長まで呼ばなきゃいけないの」

「いいじゃねえか、別に。用が済んだら顔出すとかなんとか言ってんだし、アイツに連行押し付けちまえば……」

「ゼ・ッ・タ・イ・ダ・メ!!」

 

 腰に手を当てて強弁する副団長に対し、ケチな奴、と俺が毒づいてやろうとした、その時だった。

 

「……チクショォ、チクショウが……ナメてんじゃねえぞ餓鬼共ガアアアァッ!!」

 

 獣のような咆哮と共に、隻腕のマルカスが斬りかかってきた。いつの間に回収したのか、手には曲刀が握られている。

 面倒なのが復活したことに舌打ちしながら、俺は抜刀体勢を取る。が、その前に、

 

「セイッ!」

 

 軽い気合と共にキリトが剣を一閃。奴の持つ曲刀を根元からへし折った。ウワサに聞く『武器破壊』ってヤツだ。生で見たのは初めて……じゃねーな。前にリーナがグーパンで槍を折ってたか。どっちも敏捷寄りのクセに、器用な連中だ。

 

 いらない感心をする俺を余所に、武器を砕かれ余波でよろめくマルカス。その援護でもしようってのか、背後からこれまたいつの間にか復帰してきたバンディットが飛びかかる。今度こそ俺が斬って――、

 

「甘いわよ」

 

 やる前にアスナが刺突一発。斬撃を真っ向から弾いてみせた。

 続く斬り払いで柄を叩き、片手剣を弾き飛ばす。そのスキにリーナが潜り込み、麻痺毒短剣で二人をぶっ刺す。もう一回麻痺を食らい、デスサイズスのリーダーとサブは揃って崩れ落ちた。レイピアを素振りして納刀するアスナの横顔がちょっと得意げなのは……触れないでおいてやるか。

 

「……一護、やっとお出まし」

 

 そう言って、リーナがマップを可視化して俺に見せてくる。見れば俺たちの後方から、二十人以上のプレイヤー集団が押し寄れてきていた。先頭をきる二つアイコンの名前は<Diabel>と<Kibaou>……余計なのがいやがる。来んなっつったろうが。

 

 忌々しい名前を視界から追い出して、俺はケイタたちに向き直った。少しは回復したらしく、息も絶え絶えだったケイタも自分の足で立てている。

 

「……で? テメエらは何でこんなトコに出て来てんだよ。夜の散歩、なんてガラじゃねえだろ」

「え、えっと、それは……」

 

 言いづらそうに視線を逸らすケイタ。他の面子も似たような表情をしている。なんか疚しいコトでもしてやがったのか、コイツら。

 どうしたモンかと思ってると、ケイタの後ろにいたダッカーが思い切ったようにバッと顔をこっち、つーかリーナに向けた……何だ? 告白でもすんのか?

 

「お、お世話になったリーナさんに『ツキミシクラメンの蜜』をプレゼントするため、ですっ!!」

 

 ……似たようなモンだった。

 つか、アレって確か、クソ甘いのと同時に眉唾モンの「媚薬効果がある」ってウワサのアイテムじゃねえか? アルゴが「ンな効果あるワケねーダロ」って一蹴してたのを覚えてる。それをリーナに押し付けるたァ……度胸付いたな、コイツ。

 

 麻痺毒短剣を喉元一寸に突きつけられながらリーナに罵倒されて、なにやら嬉しそうな顔をするアホシーフに俺はため息を吐く。

 

 ……まあ、なんにせよ、無事に終わってよかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

<Sachi>

 

 皆が迷宮区で危ない目に遭った日の翌日。

 

 最前線のギミックエリアの踏破報告が出て、一護さんたちが私たちの引率役を退くことが正式に決まった。

 

 皆すごく残念そうで、特にリーナさんに惹かれてたダッカーなんか、人目もはばからずに号泣してた。それを見るリーナさんは相変わらずの冷めた目だったけど、ちょっとだけ苦笑の色が見えたような気がした。言葉とか態度は冷たくても、本当は優しい人なんだろうな。きれいで強くて優しくて……ちょっぴり、憧れる。

 

 その日の夕暮れから、私たちはSSTAの訓練所で「一護さん・リーナさんお別れ会」という名の大宴会が開催された。

 

 主賓の一護さんとリーナさんのほかに、黒猫団のみんな、SSTAの指導員さんたちが加わって、すごい大騒ぎに発展した。一応料理は私が作ったんだけど、みんな美味しいって食べてくれている。リーナさんなんか、両手のお皿がいっぱいになるまで盛り付けて、黙々と食事を続けてる。ああまでしてくれると、作った甲斐があったなあって、少し嬉しくなる。

 

 すっかり陽の落ちた訓練所で響く喧騒から、私はワインボトルを持ってこっそり抜け出した。皆の高いテンションに少し疲れちゃったのと……いつの間にかいなくなった、彼の姿を探すために。

 

 辺りを見渡すと、彼はすぐに見つかった。金属のコップに注がれた紫の液体をゆっくりと飲みながら、一人で土手に腰掛けている。気だるげに頬杖をついて顔をしかめてるけど、いらいらした空気は感じないから別にご機嫌斜めってわけじゃないみたい。

 

「……いいの? お料理、なくなっちゃうよ?」

 

 そう声をかけると、一護さんはこっちをチラリとだけ見やった。意志の強いブラウンの瞳が、私を一瞬だけ射抜き、すぐに外れる。

 

「いいんだよ。もう十分に食ったし、今は食休み中だ……あァ、お前の料理、旨かったぜ」

「ふふっ、ありがと」

 

 お礼を言いながら、一護さんの隣に私も腰を下ろした。そのまま二人で、少しずつ、少しずつワインを飲む。

 

 遠くで皆が騒ぐ声が広い訓練所に木霊して、夜の静けさを掻き消していく。それを聞いていると、小さいころによく行ったお祭りを思い出す。

 

 あの頃もこうやって、皆が騒いでるのを遠くから眺めていた。自分がその輪の中にいることよりも、皆が幸せそうにしてるのを見ている方が、当時の私は好きだった。必要以上に他人と近づくことが苦手な私の、不格好な幸福のカタチ。

 今も性根は変わらないけど、あの夜から少しはマシになったかな、とは思う。少なくとも、こうして誰かの隣に自分から座れるくらいには。

 

 でも、まだダメだ。

 

 昨日みたいに、黒猫団の皆が無茶をするのを止められなかった。無事に帰ってきてくれたときはホッとして思わず泣いてしまったけど、その後にこみ上げてきたのは涙じゃなくて、悔恨だった。

 

 私が皆ともっと一緒にいれば、ケイタと一緒に夜の狩りに反対できたんじゃないか。止めることはできなくても、もっと早く皆が迷宮区に行ってしまったことに気づけたんじゃないか。そういうところで頑張るのが、戦線に出ない私の役目なんじゃなかったのか。あるいは、私が戦線から退かなければ、一時でもそれを抑えることができたんじゃ――

 

「まーだ退いたこと気にしてんのか、オメーはよ」

 

 コツン、と頭に軽い衝撃。一護さんが、コップの縁で小突いてきた。

 

「別に今回のは誰のせいってワケでもねえよ。強いて言や、ダッカーのアホと、あのクソ犯罪者共が悪いんだ。オメーが気にすることじゃねえ。何でもかんでも自分に押し付けんな、ボケ」

「……凄い、ね。よく分かる。ひょっとして、エスパーさん?」

「バカ言え。昨日の今日でそんなシケた面してりゃ、誰でも予想は付く。マイナス思考はオメーの十八番(おはこ)だしな。

 それに、俺がエスパーだってンなら、ウチの相方がカミサマになっちまうだろ」

「そっか、神様は一護さんの方だったもんね」

 

 死神さん、そう言って、私は空になった一護さんのコップにお代わりのワインを注ぐ。代行だっつの、と彼はぶっきらぼうに言い返しながらワインを受け、ぐいっと一口あおる。

 小さく笑みを返して、私も少しだけ長くコップを傾ける。アルコールの一滴も含まれていない「なんちゃってワイン」だけど、なんとなく気分が高揚してくるような気がした。

 

 いつもより高ぶった気持ちのせいか、沈黙の間が一分と続く前に、私は自分から話し出していた。

 

「あのね、私、SSTAのお仕事を手伝うことにしたんだ。事務仕事をしてくれる人が欲しいって、ディアベルさんが言ってたから」

「黒猫団はどうすんだよ、まさか抜けるってわけにもいかねえだろ。アイツらがゼッテー止めにくる」

「うん、もちろん籍は黒猫団に置いたままだよ。当分の間は、皆はディアベルさんたちの講習を受け続けるみたいだし、私はSSTAのお仕事を覚えながらそのサポートって感じかな」

 

 大変そうだけどね、と付け加えて、私はワインで唇を湿らせる。ブドウの香りが漂い、頭の中が澄んでいくような感覚がした。

 吹き抜ける夜風に押されるようにして、自然と次の句が口をついて出る。

 

「最初はお料理とかお裁縫を覚えて、黒猫団の皆を支えようかなって思ってたんだ。戦い以外で貢献できることなんて、それくらいしか思いつかなかったから。

 けどね、あの夜、一護さんが私を叱ってくれて、『信じることから逃げるな』って言ってくれたのを思い出したの。

 

 私は確かに皆を信じることから逃げてた。臆病で弱虫だから、自分の弱い心を見て欲しくなくて、弱い心を誰かに笑われるのが怖くて、本当は寂しいのに誰にも心を許したくなかった。今もまだ少しだけ、壁を作っちゃうときもあるけど、それでもちょっとは良くなったんだ。

 

 この『はじまりの街』でクリアを待ってる人たちの中には、きっと私に似た心を持ってる人もいっぱいいると思う。戦いが、死が、この世界が怖くて、一歩も動けなくなって、全部に目を伏せてる。

 もし、そんな人が顔を上げた時、私みたいな弱虫が一歩だけ前に進んで、できないなりに頑張ってたら、きっとその人たちも『自分でもできそう』って感じてくれると思うんだ。ううん、そこまで大袈裟じゃなくても、何かしたいけどどうすればって人とか、戦いはイヤだけど何かサポートならって人とか。そういう人の……えっと、お手本なんて偉そうなことは言えないけど、せめて参考くらいにはなれたらなって、そう考えた。

 

 『信じることから逃げるな』みたいな強い言葉は私には言えないけど、戦えなくてもできることはあるんだよって、伝えたくて。私がそういう人の助けに、ほんのちょっとでもなれたら、いいのかな……?」

 

 今まで国語の朗読以外でやったことがないくらい、長い長い台詞を私は言い切った。長すぎて何を言ってるのか自分でもわかんなくなんちゃって、疑問形で終わってしまったけど。

 

 でも言いたいことは言えたような気がする。たとえ私の考えていることが、ちょっと成長しただけでいい気になってるおバカの妄想であっても、独りよがりの偽善であったとしても、少しでも前に進める人がいるのなら、それでいい。ううん、それがいいんだと、自信を持って、そう思える。

 

 隣に座る彼からは、一言も反応が返ってこなかった。笑ってるのか怒ってるのか、それとも呆れてるのか。知りたくて、ゆっくりとそちらを見てみる。

 

 一護さんは、驚いたように目を見開き、パチパチと瞬きを数度繰り返して固まっていた。

 平素の彼にはないそのコミカルさはちょっと面白かったけど、それ以上にその驚いたというリアクションに、こっちが驚いた。

 

「……えっと、一護、さん?」

「え、ああ、わりぃ。ちょっとビックリしちまって……。

 いや、なんつーか……戦いたくないとか、死にたくないとか、逃げたいとか、ネガティブなことばっか言うオメーの口から、ああしたい、こうなりたい、なんて前向きな言葉が出てくるなんて、珍しいなと思ってよ」

 

 変わるもんだな、と一護さんは呟いて、表情を元のしかめっ面に戻した。

 

「なんか、その……良かった。したくないことしか言わねえお前が、やりたいって思えるモンを見つけられて。

 気持ちの在り処とか行動の善し悪しとか、そんなムズカシイことはわかんねえ。けど、サチが自分の意志でこうしたいって思ったんなら、そう思えたんなら、それでいいんじゃねえか? なんか新しいことを始める理由、なんてのはよ」

 

 そう言って、一護さんは私からワインのボトルを取り上げると自分のコップに並々と注ぎ、ついでに私のコップにも注いでくれた。

 縁のギリギリまで注がれて揺らぐ紫色の水面は、今の私の心をそのまま映し出しているようで、恥ずかしくなって一気に三分の一くらいを飲み干した。流石に勢いを付けすぎて、ちょっと咽てしまったけど。

 

 なんだか、こう……ズルい。

 

 ズルいよ、一護さんは。

 

 しかめっ面のままだけど、私が精いっぱい頑張って話したら、ちゃんと聞いてくれて。

 笑みの一つも浮かべなくても、不器用に私を励ましてくれて。

 

 そんなことされたら……魅かれるに決まってるのに。

 

 嬉しさと同時にこみ上げてきた変な怒りによって、私の中にちょっとした悪戯心が芽吹いた。

 前を向いたままの彼の顔を見上げながら、私は人生初の「茶目っ気」を意識しながら、笑いかける。

 

「そっか。じゃあ私、新しくSSTAのご飯作りも頑張ってみようかな」

「いいんじゃねーの? いっそ食堂でも作っちまえよ」

「うん、それもいいかもね。

 頑張って美味しいもの作って、スキルも上げて、レパートリー増やして……いつの日か、一護さんに毎日食べてもらえるようになれたらな……なんて、ね」

「ココまで食いに来いってか? すげえ自信だな」

「私が作りに行ってもいいよ、毎朝毎晩」

「そりゃありがてえけどよ、オメーにいいことなんて一つもねえぞ? 俺なんかより黒猫団の連中とか、食い意地張ったリーナとかに食わしてやれよ」

「ううん、いいの。一護さんが食べてくれれば、それで。

 何日何か月、何年かかっても、いつかきっとそうなれる。そう思うだけで、私は頑張れるから」

 

 ……ちょっと、遠まわしにいろいろ言い過ぎてしまった感がある。

 ひょっとして、バレちゃう、かな?

 

 一気に緊張が押し寄せてカチコチになる私だったけど、幸い(?)にも一護さんは言葉の意味を勘ぐるようなことはしなかった。ガリガリとオレンジ色の髪を掻き、そっぽを向きながら、

 

「……まあ、オメーがいいなら、それでいいけどよ」

「ほ、ほんと!?」

 

 思わず身を乗り出す私に、一護さんはいたって平静なまま頷いてみせた。

 

「戦線から退く背中を押したのは俺だ。そのオメーがやる気になれるってンなら、料理くらい幾らだって食うさ」

「……ありがとう」

「別に、礼言う程のことじゃねえよ」

「それでも、ありがとう」

 

 貴方の言葉には、それだけの力があるから。

 

 心の中で一言、そう付け加えて私は前に向き直る。明々と燃える焚き火に照らされて、誰かがこっちに手を振るのが見えた。

 

「おーい! 一護君、サチさん!! こっちで一緒に飲もうじゃないか! 夜はまだ長いぞ!!」

 

 喧騒の中でも一際通る、爽やかな声。ディアベルさんだった。よく見ると、その脇にはケイタがヘッドロックの体勢で捕まったまま、ジタジタともがいている。

 

「ったく、ノンアルのクセに、相変わらず酒癖のわりー奴だ……サチ、ウザかったらシカトしていいからな。アイツは昔ッからああなんだ」

「ううん、私もちょっとしたら行くよ。先に行ってて」

「そうか。んじゃ、後でな」

 

 そう言い残し、一護さんは皆のところへ戻っていった。炎の朱色に飲み込まれて、彼の後ろ姿が真っ黒に染まっていく。

 他のみんなと同じ影法師になっていくのを、私はただ見送っていた。追いかけてもよかったけど、今はまだこのまま、彼の背中を見ていたかった。まだ、彼にもらった言葉の残響が、私の中に残っていたから。

 

 一護さん。

 

 殺風景(モノクロ)に変わってしまった私の世界に、もう一度色を与えてくれた。夜に灯る、満月のような人。

 

 記憶(やみ)の中で一番眩しい、あの夜に見た本気の彼。その姿に焦がれて、私はそっと目を閉じた。

 

 名を呼ばれるだけで、嬉しくなる。

 

 想うだけで、切なくなる。

 

 初恋の人の、その笑顔を。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ルクスの扱いに困って、結局空気に……別にいなくてもよかった気がしますね、すみません。

そして一護、爆死しろ。
朴念仁には等しき死を。


……自作に突っ込みを入れる痛々しい筆者はさておいて。
これにて第三章終了……といきたいところですが、次回の更新日が12月25日なので、一話だけ番外編『Deathberry@X-mas』をはさんで今年の更新を締めくくりたいと思います。
クリスマスに一護がアレコレするのをノンビリ書くだけなので、あまり期待はされませぬよう。

次章はまたオリジナルエピソードです。
メインヒロイン主体、ユニークスキル云々、未だに出て来てないアイツ等々、突っ込めるものは全部突っ込んで書いていきたいと思います。

何分遅々として上達しない筆力ではありますが、今度ともよろしくお願いいたします。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Extra Episode "Deathberry @ X-mas"

お読みいただきありがとうございます。

そして、遅刻してすみません。予約投稿を忘れてました……。

番外編です。山も谷もございません。
三人称で書きました。

宜しくお願い致します。


「よお、エギルいるか。いつもの頼む」

「いらっしゃい一護。こんな聖なる日まで狩り三昧たぁ、お前も寂しい奴だな」

「うるせーな。グダグダ言わずにとっとと視ろ」

 

 十二月二十五日、午後四時二十八分。

 

 三十八層主住区に在る小さな雑貨屋で、軽口をぶつけてくる店主(エギル)に一護は不機嫌そうな声で言葉を返した。新調したボア付きコートの肩口を乱雑に払うと、うっすらと積もっていた雪が真っ白いポリゴン片となって舞い落ちる。

 その名残を蹴散らすように一護は店内にズカズカと入り、そのままどっかりと丸椅子に腰を下ろした。同時に慣れた手つきでトレード欄を提示、エギルは軽く首肯して鑑定を始めた。

 

「今日は珍しく独りか?」

「ああ。クリスマス限定だとかいうスイーツの露店からリーナが動かねえんだよ。アイツの暴食に付き合ってたら、時間も胃も、ついでに財布も持ちやしねえ。説得すんのも面倒だし、メッセージだけ放って抜けてきたんだ」

「変わらねえな。あいつもお前も」

「ほっとけ」

 

 苦笑交じりのエギルの言葉にぶっきらぼうに答えながら、頭の後ろで手を組んで、一護は窓の外を眺める。日の入りの早い季節故か、五時にもなっていないにも関わらず、外の景色はすっかり夕焼け色に染まっていた。低い家屋の屋根に積もった真っ新な雪が、臙脂色の陽の光を受けてキラキラと輝く。

 真冬ならではの幻想的な光景に、しかし一護は何の灌漑も感じない様子で退屈そうにため息を吐いた。

 

 と、その吐息が消える前に、

 

「オーッス! ギルさんいるカ……って、ベリっちもいたノカ。奇遇ダナ」

「オメーの『奇遇』は妙に嘘くせえから不思議だな、アルゴ」

 

 分厚いマントを翻してアルゴが店内に飛び込んできた。小柄な体躯にエネルギッシュな空気を纏って現れた彼女に、一護は愛想のない言葉で、エギルはトレード欄から視線を外さずに片手を上げて、それぞれ答えた。

 

「失礼ダナ。プロの情報屋として、オレっちが今まで(ガセ)を流したことなんて一度もねーゼ?」

「その言葉がもうガセだろ。無断で俺の記事作っといて、次は許可取ってからにするからっつう台詞を何回聞いたことか」

「仕方ねえダロ。ゴシップは鮮度が命、チマチマ交渉してるワケにはいかねーんダ。それに、毎回事後承諾はとってるじゃねえカヨ。詫び金付きデ」

「パチこいたことにゃ変わりねーじゃねえか。その内ピノキオよろしく鼻が伸びてきても知らねーからな」

「そりゃ困るナ、後でいいコトして帳消しにするゼ」

 

 金色の目を細めてニッと笑った情報屋は、ひらりと身を翻してカウンターの前へと向かった。鑑定を続ける巨躯の店主と比べると幼児のように小さい身体を椅子に落ち着け、小難しい顔をして鑑定作業を進めるエギルの方を見やる。

 

「ギルさんはお仕事中カ?」

「ああ、一護の戦利品の査定中だ。もう少し待ってくれ」

「アイヨ。ってか、リっちゃんはドコダ?」

「クリスマス限定屋台につきっきり、だそうだ」

「ありゃ、それは当分動かねーナ。で、ベリっちはヒマした挙句に雑用ってカ。辛い現実だナ」

「うるせえよ。勝手なこと言ってんな。おいエギル、まだ終わんねえのか?」

「へいへい、ちっと待てよお……よし、これで終了だ。金額は、こんなもんでどうだ?」

 

 馴染みの仲とはいえ、第三者(アルゴ)がいる状況下で買い取り金額を声高に言うのを避けたのか、エギルは計算結果を告げずにトレード欄の申請によって一護に示した。金額を一瞥し、一護は少し考え込む素振りを見せたが、数秒も経たずに首肯した。

 

「ああ、これでいい。取引成立だ」

「毎度あり。また頼むぜ」

 

 そう言うエギルに片手を上げて応えつつ、申請を受理した一護は立ち上がって出口へと向かった。

 

「なんダ? 急ぎの用でもあんのカ?」

「リーナからメッセージだ。六周してやっと満足したみてえだ。俺もハラ減ったから、合流してメシ行くわ」

「エ、まだ五時前だゼ? 早くネーカ?」

「こっちは今朝の六時から迷宮区に潜りっぱなしだったんだ。昼も大したモン食ってねえし、すきっ腹が限界なんだよ」

 

 そんじゃな、と別れの言葉を告げて、一護は店から姿を消した。後に残ったエギルは取引のログを確認しつつ、片手間でアルゴのお茶を出した。礼を言って受けとったアルゴは、湯気がもうもうと立つそれを少しずつ、少しずつ飲んでいく。

 

「それで? お前さんの用件は何だ?」

「依頼の情報が手に入ったカラ、教えにきたんダ。情報源が長ったらしいテキストだから、このままメッセージで転送するゼ」

 

 アルゴは窓を呼び出して下書き済みのメッセージを選んで送信、直後に長文で埋め尽くされたホログラムウィンドウが表示された。受け取ったエギルはその文字量にげんなりすることもなく、分厚くせり出した眉稜の下の目を細めて、大量の情報をゆっくりと読み込んでいく。

 最近不足している素材や供給過多の素材、上層で新しく確認されたアイテム等について、事細かに書かれたそれを時間をかけて読破すると、トレード欄を操作してアルゴへ情報料を支払った。マイド、という一言と共にアルゴが受諾。六ケタに及ぶ大金が一瞬で移動した。

 

「しっかし、さっき一護にも言ったが、クリスマスまで仕事たぁ随分と寂しいこったな。一護もお前も、ついでに俺も」

「仕方ねーダロ。みんなスッカリ馴染んじまってるガ、ここはデスゲームの中。一日も早く出るためだったラ、聖夜の一つや二つ、潰してやるサ」

「……まあ、そうだけどよ。せめて夜くれえはそれっぽく過ごしてもいいんじゃねえか? 俺はともかくとして、アルゴ、お前には相手はいないのか? 女性プレイヤーってことで、いろいろ男が寄ってくるだろうが」

「ンー、まあ、確かに寄ってくんのは少なからずいるサ。ケド、全員お引き取り願ってるからナ。魂胆が邪なのが見え見えダシ」

「あー、そりゃあなあ。男ってのは、例外なく単純な生き物だからな。女の余裕ってヤツで、一つ大目に見てやってくれ」

 

 二人は互いに苦笑を浮かべると、肩を竦めて見せた。黒肌の大男と白肌の少女、全く異なる容姿を持つ両者の動作が完全にシンクロする。

 

「そういう邪な感じがしなさそうなのは……キリトなんかどうだ? 口下手のバカだが、強いし優しさもある。歳も、そう変わらんだろう」

「キー坊は……まあ確かにアリかもしんないケド、でも男女間の仲については確実に興味なさそーだよナ。男友達ってノガ、一番しっくりきそうダ」

「そうか、それじゃあ……ああ、さっきまでいた一護はどうだよ。あれで意外と心の機微には鋭そう……いや、奴にはリーナがいたか」

「マーナ。流石にあの二人の間に入るのは無理ダ。明らかに個人空間(パーソナルスペース)を共有してるレベルだロ、アレ。食事に行っただけでリっちゃんに目付けられるし、分が悪すぎダ」

「だよなあ。アレで恋仲じゃねえってんだから笑えるぜ……ん? ちょっと待て。その台詞だと、一度は考えたってことか?」

「ン? 一度どころか何度か考えたぜ? ベリっち強奪計画」

 

 ア、これ内緒ナ、と付け加えて笑うアルゴを見て、禿頭の巨漢は目を丸くした。

 

「ほお、まさかお前から片思いすることがあるなんてな。なんだ、一目惚れってやつか?」

「いやいや、確かに顔はカッコイイけど、それだけで惹かれるほどオレっちは単純じゃねえサ。愛想がねえクセに優しかったり、つっけんどんなコト言ったかと思ったラ鋭かったリ、そういうギャップを見てたら、いつの間にか、ナ」

「へぇ、そりゃあ何とも、女子の恋って感じだな。意外にも」

「意外ってなんだヨ。失礼ナ」

 

 口を尖らせるアルゴに、スマンスマンと詫びながらエギルはお茶のお代わりを差し出した。毒々しい赤い色のお茶を、特に気にする風でも受け取って一口啜る。エスニックな香りが狭い店内を満たしていく。

 

「……でもまあ、確かにオレっちに恋の駆け引きっのは似合わねーかもナ。最近、自分でもそう思うようになっタ。

 イヤ、こう言うと語弊があるカ。なんつーか、オレっちは、アイツが楽しくしててくれればそれで満足なんダ。隣にいられなくたって、ちょっと離れたトコロから見守ってられれば、それで充分、満たされル」

「それ、なんか寂しくねえか?」

「マ、寂しいっつカ、競争にも参加しねーで退くのは惜しい気も確かにするけどナ。

 でも、これでいいんダ。

 隣にいたら、きっとアイツの顔しか見えなくナル。ベリっちの全部を見守るには、隣から一歩退かなきゃいけないんダ。

 今のベリっちの隣に立てるのは、同じ強さを持ったリっちゃんだけダ。詳しくは知らねーケド、他にも隣に立とうとしてる奴も、きっといるハズ。だから、ベリっちに必要なのは、傍で感覚を分かち合う人よりも離れたトコからアイツを見守り分かってやれる人。別に確証なんてねーケド、迷いなくオレっちはそう思ったタ。

 だから、オレっちがそうなるンダ。いっつも強気なアイツがやらかした時に、少しだけ背中を押してやれるような、そんな存在ニ。オトナのオネーサン、なんて日頃から言ってるからには、退く勇気の一つくらいは持ってねーとナ」

 

 カップを玩びながら、アルゴは目を細めて語った。その金の瞳には悲哀の色は一切なく、大人特有の慈愛に満ちていた。

 

「……なんか、想像以上に本気で一護のこと想ってるんだな、お前」

「ニシシ、マジに内緒だゼ? コレ……あ、そうそう」

 

 ふと思い出したように、アルゴはエギルの方を見た。禿頭の巨漢は、怪訝そうな目でその視線に応える。

 

「ついでに言っとくケド、ギルさんは圏外ナ。まあ、こんなコトぺらぺら喋っちまった時点でお察しだけド」

「ついでに言わなくていいだろ! 大体、俺にはリアルで妻がいるんだ。こんなところで不貞をはたらくつもりはねえ!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 四十八層主住区、リンダースにある一等級の宿。

 その最上階である三階の角部屋、スイートルームで一護はリーナと合流していた。アインクラッドでは珍しい「ルームサービス」システムや広いバスルーム、安宿よりも遥かに上質なベッドにリーナが食いついた結果、この部屋は一護たちによって一週間先まで占拠されることになっている。宿泊料金も当然それなり以上ではあるが、全て前払いで支払が済んでいる。

 

 執事然とした老NPCによって届けられた五人前のルームサービスに早速取りかかるリーナに対し、一護は呆れ十割といった視線を向けた。

 

「どこまで底なしなんだよ、オメーの食欲は。いくらなんでもドーナツ十個の後にガチの晩メシは度を越えてんだろ」

「ングング……仮想の胃袋に限界は無い。食べようと思えばいくらでも入る」

「オメーだけバグってんじゃねえの? ソレ」

 

 巨大なチキンの肉をナイフでこそぎ落とす一護の言葉を、リーナはホットサラダを咀嚼することで無視した。色とりどりの野菜の束が、凄まじい勢いでリーナの口腔内に消えていく。

 

「この前もサチの料理ドカ食いしやがって。奴の厚意で食わしてもらったモンを、少なく見ても十人前は食いやがって。ちっとは自重しろよ」

「私がワガママ言って作ってもらったならともかく、厚意で出してくれたなら遠慮も容赦もしない。向こうも別に構わないって言ってたし、問題は無いはず」

「社会にはタテマエとホンネってのがあんだよ。アイツが皆のためにって作ったモンを独りで消費していいわけがねえことくらい分かれ、脳みそまで胃袋になってんのかよ」

「……一護、最近サチの肩持つこと、多くない?」

「あ? 別にンなことねーよ。フツーだろ……っと、なんか来たな」

 

 目の前に浮かんだメッセージ着信のアイコンに、一護は食事を中断する。人差し指でタップすると、サチからの短いメッセージが届いていた。

 

「……ウワサをすればってヤツだ。サチの奴がまたメシ作るから来てくれとさ。今度は自重しろよ。でねーと首ねっこ引っ掴んでソードスキル無効化エリアに放り込むぞ」

「このオレンジ野郎。通報するから」

「ウマいこと言ったつもりか腹ペコオバケ……あー、またフォルダが満タンになりやがった。新しいトコ作っとかねえと、めんどくせえ」

「……フォルダがいっぱい? 一護ってそんなにメッセージ使うっけ?」

「ああいや、最近になって急にだ。サチの奴がけっこうな頻度で飛ばしてくるからな。どーでもよけりゃ返信しねえから、返すのはごく偶にだ」

「ふーん……ちなみに、一日でどのくらい?」

「あ? えーっと……三十件くれえじゃねえか?」

「…………うわぁ」

 

 二日に一回使えば多い方であるリーナは、ドン引き、とばかりに顔をひきつらせる。対する当事者の方は特に気にした様子もなく、メッセージ欄を操作して新規フォルダを作成していった。

 

「まあ、黒猫団の訓練とか、SSTAのこととか一々知らせてくれてんだ。別にいいだろ、そんくらい」

「いや、立派なメール厨だと思うけど……」

「何だよ。つーかお前も最近、サチに冷たくねえか?」

「そんなことない。貴方が甘すぎるだけ」

「は? 何で戦線離脱した奴にまで厳しくしなきゃいけねーんだよ。アイツはアイツなりに頑張ってんだ、応援して何がわりーんだよ」

「悪いなんて言ってない。ただ、締めるところは締めておかないと、その内堕落する」

「そこまでマジになんなくてもいいじゃねえか。やっと今自分の道を見つけたトコなんだ。今まで散々キツイ思いしてきた奴を締めたらかわいそうだろ」

「ふんっ、この甲斐性なしの節操なし。どうせ、か弱い女の子を護れて気持ちいいだけなんでしょ」

「テメエ……!」

「……なぁに?」

 

 互いにフォークを握り締めたまま、二人は立ち上がる。一護の顔面は紅潮しており、対するリーナはどこまでも冷徹な表情。そして、そのどちらからも怒気が迸っていた。

 聖夜に似つかわしくない不穏な空気が高級感あふれる室内に満ち、どちらからともなく手にした武器(フォーク)を相手目掛けて振り抜こうとした瞬間。

 

 窓の外で、ドォーン!! という爆発音が響いた。爆発の炎のものとおぼしき閃光で、二人の顔が真紅に染まる。

 

「ッ!? なに?」

「知るか! 転移門の方からだ!!」

 

 フォークを投げ捨て咄嗟に臨戦態勢を解き、着の身着のまま二人は窓から飛び出した。

 そのまま隣の家の屋根に着地し、音の発生源へと駆けだそうと脚を踏み出す――。

 

 

 寸前、打ちあがった特大の()()が空に弾け、同時に再びの爆発音を轟かせた。

 

 

 最初は一度で収まったが、すぐに二度、三度と連続して鳴り響き、同時にすっかり陽の落ちた街は極彩色に彩られる。その派手な色と音に道行く人々も立ち止まり、夜の街に咲く火焔の花を眺めていた。

 

 すっかり意識を非常事態のそれに切り換えていたらしい二人は、しばしそのまま固まっていたが、やがて自然に緊張を解き、毒気を抜かれたようにその場に立ち尽くした。

 

「……すっげえ」

「……うん」

「去年は、こんなんあったっけか?」

「ううん、なかった……かな? 分からない。多分この時間、去年は迷宮区にいたと思う」

「そうだっけか」

「うん」

 

 短く言葉を交わし、上空を見上げる。

 視線の先には次の階層、五十層が屋根となって覆いかぶさっており、赤青緑と七色に輝く花火のキャンバスのようになっている。円、星型、柳と多様な形で炸裂する爆発する芸術。薄い部屋着のままで、二人はただ立ってそれを見続けていた。

 

 やがて、リーナが硬直から抜け出した。右手を振ってウィンドウを呼び出し、アイテム欄からカップと白ワインを取り出し、片方を一護に差し出した。

 

「……えっと、その、ごめんなさい。言い過ぎた」

「……え? あ、ああ。俺もまあ、悪かったよ。ムキになっちまった」

「きっとお腹が減ってたせい。うん、そうしよう」

「なんかガキみてえな理由だけど、まあ、それでいいか」

 

 苦笑を浮かべながらカップを受け取り、互いにワインを注ぐ。緑がかった液体が二つのカップを満たしていった。

 

「んじゃあまあ……互いに悪かったっつうことで、乾ぱ――」

「待って、せっかくのクリスマスでしょ。もっといい音頭があるはず」

「は? ……ああ、そっか。それもそうだな」

 

 咲き誇る満点の花火の群れ。それを背景に二人は向きあい、軽くグラスを合わせて、

 

「「メリークリスマス」」

 

 寸分のズレもなく、唱和した。




お読みいただきありがとうございます。
感想やご指摘等頂けますと筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。

三人称視点に挑戦しました……やっぱりヘタクソですね。今後使うことは(多分)ないでしょう。
そして、展開的に誰がメインか明確になってしまった……どうかお察しくださいませ。
ちなみに、サチからのメッセージ数は四月からのカウントで、三十×三十×八、つまり七千二百通です。筆者ならビビって逃げます。愛故に? 重い愛は凶器なのですよ。

今年の更新はこれで終了となります。
十一月の頭に始まった拙作ですが、二か月間、読者様方のおかげで何とか書いてこれました。感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。

来年の更新は一月一日を予定しております。

※追記
年末のバイトが忙しくPCにさわる時間がないため、誤字訂正や感想返信が滞る可能性がございます。
申し訳ありません。


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Chapter 4. 『堕ちてゆくのはぼくらか空か』
Episode 22. Stand on the Sky


お読みいただきありがとうございます。

そして、明けましておめでとうございます。

第四章、開始です。

リーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。



<Lina>

 

 六十一層の迷宮区への道を塞ぐダンジョン『エアリア楼閣』。

 

 その中で最初の浮遊フィールド『第一空中回廊』にて。

 

 負傷したアスナとスイッチした一護は、小型フィールドボス『エルドアギラ』に空中戦を挑んでいた。

 

 二十メートルはあろうかという高さまで()()()()()()()()一気に駆け上がり、自身の後方に空気の足場を展開。無色透明なそれを蹴って突撃し、同じく一直線に向かってくるボスと交錯する――かと思ったが、そのニメートル程手前でさらに足場を作り、真上にジャンプ。身体を上下逆様にした無茶な体勢のまま、

 

「ドコ見てんだ、よ!!」

 

 彼の姿を見失ったボス目掛けて、カタナ用単発重攻撃《尽月》を叩き込んだ。発生した強烈なノックバックにより、体長三メートル強のボスの筋肉質な身体が大きく歪む。

 その隙を逃さず、宙返りした一護は勢いそのままに空中かかと落としを敢行。ゴズンッという鈍音が響き渡り、弱点部位を強撃されたボスはHPをごっそり減らしながら墜落した。

 

 ボスが砂塵を巻き上げて地面に激突した場所と、私やアスナがいる地点の中間に一護は着地した。全快から減っていないHPやビシッと伸びた背中が、彼が未だに負荷の欠片も負っていないことを表していた。

 

 と、立ちこめていた砂煙が晴れ、拳に紅色の光を宿したボスの姿が見えた。羽根を大きく広げて寝かせ、腰を沈めた体勢は、典型的な突進攻撃の予備動作。

 

「突っ込んでくるわ! 避けて!!」

 

 アスナはそう叫びつつ、細剣を構えてその場から飛び退こうとした。距離があるとはいえ、空中戦に特化したこのボスの加速力は既存の飛行モンスターの比ではない。すぐに射線上から離れなければ。私も短剣を構えつつ、ボスの進路を見極めるべく集中する。

 

 しかし、

 

「ふんっ!!」

 

 一護の取った行動によって、その警戒心は無駄になった。

 

 予想通りに放たれたボスの突進攻撃。拳を真正面に突き出して突撃してきたボスを、なんと一護は()()で受け止めた。

 

 流石に突進の勢いは殺しきれず、そのまま私たちのすぐ手前まで押しやられてきた。けど、自分のそれより二回りは大きい拳に真正面から五指を突き立て、両足を踏ん張った体勢は崩されていない。なおも拳を押し込もうとするボスの金眼も驚きに見開かれているように見えるのは、私の錯覚だろうか。

 

 なにより、

 

「う、嘘でしょ……ヒットポイントが、全く減ってない、なんて……」

 

 アスナの言う通り、一護はノーダメージで防ぎ切っていた。

 

 これはすなわち、フィールドボスの突進攻撃を相手に、速度を殺しつつ素の腕一本でのジャストガードを成功させてみせた、ということだ。やろうと考えたことすらないその絶技に、アスナだけでなく私も素直に驚いていた。

 

 そんな私たちの気持ちに答えるように、ボスと素手同士の鍔迫り合いをしていた一護は、少しずつ敵の拳を押し返しながら、

 

「……なに驚いてんだよ。素手の攻撃が、同じ素手で止められねえわけ、ねえだろ!!」

 

 言いきり、同時にボスの腕を掴み直して捻じり上げ、手前に引っ張り込んだ。

 

 押し合いから一転、全面に引っ張られたことでボスの上体が揺らぐ。その隙に一護の刀が閃き、連続技が開始された。

 

 下段からの斬り上げに斬り払い二発、さらに再度斬り上げ――と見せかけて、刃をうねらせるように急旋回。逆袈裟を叩き込んで、トドメに下段から思いっきり突きあげる。

 フェイクを織り交ぜたカタナ用五連撃《狂渦》だ。パワータイプの技でありながらもフェイントを含む珍しいソードスキルをまともに受け、HPをレッドゾーンまで削られたボスは、再び後退を強いられた。

 

「軽量級のボスってのは、やりやすくていいな。重量級(デカブツ)相手だと、こうはいかねーしよ」

 

 いや別に軽量級でも重量級でも、ボス相手にそんなことができるのは貴方くらいでしょ。

 

 独りごちた一護に私が心の中で突っ込みを入れた直後、視界の先から何かが飛来。同時に一護が刀を一閃。鋭い弧の形に見えた紅いそれを迎撃した、ように見えた。

 

「クソッ! いきなり速度が上がりやがった」

 

 そう毒づく彼のHPは、一瞬前と比べて僅かではあるが削られていた。声に含まれた苛立ちが、彼の心境を物語る。

 

「……ねえリーナ。今の、見えた?」

「紅い三日月型の光が飛んできたのが、かろうじて」

 

 アスナと同じくHPを削られていた私は、体力回復用のポーションの空き瓶を咥えつつ、ボスから目を逸らさずに言った。

 

「状況から見て、一護はその光を刀で防いだ。けど、その瞬間は見えなかった。HPが減ってるってことは、多分防ぎきれなかったんだろうけど」

「うん、そっか……私なんか、紅い光が瞬いたことしかわかんなかったよ」

 

 アスナに見えない。私も完全には見切れない。見切れても、一護でさえ防ぎきれない。

 高レベル三人が揃ってコレってことは、おそらく、予備動作を見極めないとヒットがほぼ確定の理不尽系攻撃だろう。一刻も早くパターンを見つけて、次の戦闘で対処できるようにしておかないと。

 

 空中に飛び立ち連続して紅い閃光を放ってくるボスと、それを躱し弾き飛ばす一護。なんとか軌跡だけは目で追えるそれを見ながら、私はその予備動作を探しつつ、次のスイッチに備える。

 

「チッ!! 反応はできても刀の速度が追っ付かねえか。 こうなりゃ……!」

 

 地味にHPを削られてストレスが溜まってきたのか、イライラを隠そうともしない一護はその場から大きく飛び上がり、閃光の射線から逃れた。

 

 ボスもそれを追うように飛翔し一護に接近するが、

 

「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、限定解除】」

 

 距離が詰まる前に一護のコマンド詠唱が完了し、青い光が彼の身体を包み込んだ。

 

 同時に、彼の頭上に表示されたHPがイエローまで減少し、代わりに羽根の生えたブーツのアイコンがカーソルの上に追加された。

 つい最近出現した、HPを犠牲に任意のパラメータに一定時間プラス補正をかける『死力』スキルの追加オプション、『限定解除』だ。

 

 ボスはそれに臆することもなく、威嚇するように翼を大きく広げた。やっと見つけた、予備動作らしい爪の振りかぶりを経て、再度の閃光が瞬き――、

 

「遅えよ」

 

 一護のはるか手前で爆ぜた。

 

「「……え?」」

 

 私とアスナの腑抜けた声が重なった。現実に思考が置いてきぼりを食らった感じがする。

 

 一護はいつの間にか刀を振り切った体勢を取っている。敵の攻撃にばかり気を取られていて一護のアクションに目が行っていなかったせいか、何をしたのか分からなかった。もちろん、彼のHPは減っていない。

 その動きに気づけなかったこともだが、それよりもどうして閃光が一護に到達する前に霧消したのか、そっちの方が理解できなかった。ハテナで頭が埋め尽くされそうになる。

 

 しかし幸いなことに、その直近にして最大の疑問だけは、すぐに解決されることになった。

 

「なってねえな。()()()()()()ってのはこうやるんだ……!」

 

 モンスターには通じないはずの人語の挑発を飛ばしながら、一護は右足を一歩退き、同時に刀をテイクバックする。対して、ボスはそれに危機感を覚えたかのように構えを解き、体勢を低くして突進攻撃の体勢を取る。

 

 しかし、ボスがそこから攻撃へと移行する前に、

 

「月牙……じゃねえや《残月》!!」

 

 一護が刀を神速でフルスイング。

 

 蒼い燐光を纏った刃から、青白い三日月状の光が放たれ――今まさに突進しようとしていたボスの下半身を消し飛ばした。

 

 今度は攻撃の軌跡が見えた。着弾の瞬間もぎりぎりで見極めることができたものの、実際にデュエルで使われたらひとたまりもないだろう。明確には視認できなかったが、一護の台詞から今のがなんだったのか、ようやく分かった。

 

 カタナ用遠距離攻撃スキル《残月》だ。

 

 『限定解除』と同時期に習得していたのは本人から聞いて知っていた。だが、実物を見たのは初めてだった。ここに来る前、一護が「見て腰抜かすなよ」と大言壮語していたのにも、今なら納得できる。それだけ凄まじい技だった。

 

 呆気にとられて言葉も出ないアスナとやっと納得した私の前に、ボスを討伐した一護が軽々とした足取りで着地した。半減したHPの回復のために、口にはポーションの瓶が咥えられていた。とりあえず、お疲れ、と短く労っておく。

 

 私の言葉に片手を上げて応じた一護は、空になったポーションの瓶を投げ捨てつつ、短く息を吐いた。

 

「ったく、五分でくたばるくらい弱っちいのに、なんであんなのがココの門番なんてやってんだよ。大人しく琵琶湖に帰れってンだ。トリ人間だけによ」

「ただいまのジョーク十八点。無論、百点満点で」

「……殊勝に『お疲れ』とか言ってきたから、今日は珍しいなと思ってたらコレかよ……必死こいてボス斬ってきた相方に対する台詞じゃねーだろ、それ」

「私、お笑いに関しては辛口なの。悔しいならもっとセンスを磨いて」

「オメーのクソ音痴っぷりには、まだ勝ててる気がするな」

 

 いつものノリで軽口の叩きあいを始める私たち。その応酬を見てやっと我に返ったらしいアスナが、慌てて一護に詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと一護! さっきの攻撃ってなんなの!? っていうか、あのボスの赤い光みたいな攻撃、見切ってたの!? 突進攻撃(チャージ)相手にジャストガード決めてるし、ホントどういう身体してるのよ!!」

 

 普段の毅然とした彼女らしくない振舞いだけど、それも無理ないと思う。それくらい、さっきの攻防、特に素手でボスを止めたことは非凡な行動だったのだ。

 

 このゲームでジャストガード、つまり相手の攻撃をダメージを受けずに防ぐスキルを成功させる方法は、主に二つ。

 敵の攻撃の瞬間に盾で同威力の弾き(パリィ)を行うか、あるいは相手の攻撃速度に合わせて自分の防御部位を動かし、接触時の衝撃を限りなくゼロに抑え込むかのどちらかだ。

 先ほどの状況から判断するに、この死神代行サマは、腕をばねのようにして敵の拳打の衝撃を削ぎつつ受け止め、かつ両足の踏ん張りや地面に突き立てた右手の刀によって突進自体の威力に対抗。私たちがいる地点に到達するまでにそのエネルギーを削ぎきってみせた、ということになる。

 それをやろうと思った一護の度胸にも驚きだけど、何よりそれを実行しきってみせた彼の身体捌きの方が凄まじい。一層のボス戦以来度々思うことだけれど、この人は普通に戦うということをしないんだろうか。

 

 関心とも呆れともつかない感想を抱く私を余所に、一護はいかにも「鬱陶しい」って感じの目で閃光閣下を見やった。

 

「あ? なんだよ。いたのか、アスナ」

「いたわよ最初から! 大体、私が一人であのボスと戦ってるところに貴方たちが来たんでしょう!?」

「そうだっけか?」

「アスナ、この人脳みそ八ビットだから、記憶能力は期待するだけムダ。それより、お腹すいた。早く帰ろ」

「あ、テメエ! 言うだけ言って逃げんなコラ!」

「それは貴方もでしょ、一護!!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、もうすぐ日が落ちるダンジョンに背を向け、私たちは主住区へと歩みを進める。

 遠くに見える夕日の眩さが、明日の天気も良好であることを知らせていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 アインクラッド全体で見ても、六十一層は極めて異質な構造を取っている。

 

 フロアの高さは他の層の三倍近く、総面積も広い。見渡す限りの大草原の上に主住区となる街『ロザージュ』と大小様々な島が浮かぶ形となっていて、それら全てを覆うように安全圏が設定されている。

 フィールドダンジョンも、地続きのごく普通のものから浮島だけの空中ダンジョンまで存在し、宙を飛ぶ飛行モンスターも多く生息してるせいで、攻略の難易度は他と比べても高いと言える。間合いの外をブンブン飛ばれてヒットアンドアウェイ、なんてやられた日には、間違いなくHPが黄色か赤に染まる。

 

 加えて、この階層内では、プレイヤーが空中を自在に移動できるようになっている。

 NPCショップで無料配布されている『スカイ・ハイ』という名前のアンクレットを装備することで、プレイヤーは『空中を翔ける能力』か『体表に空気の鎧を展開して防御力を引き上げる能力』のどちらかを自由に選択できる。

 前者は機動力重視のプレイヤーに、後者は安定性重視のプレイヤーのために作られていると思われる。特に空中歩行は(流石に迷宮区内では使えないという制限があるみたいだけど)上空からの急襲やふっ飛び中の足場の確保など、バトルスタイルに幅が出来るメリットが大きい。付けているだけで、落とし穴なんかの一部トラップを無効化できるし。

 

 しかしこのシステム、使いこなすのは意外と難しい。

 

 常に足元に「空気を踏みつける意識」を張り巡らせていないと足場が消える。というか、この「空気を踏みつけ」「足元に堅固な足場を構築する」感覚自体、曖昧でよくわからないってプレイヤーが、私も含めてほとんどだった。

 初日でさっくりできてたのは、何でも魔人こと血盟騎士団長のヒースクリフと、何故かあっさり順応してみせた一護くらいだ。フロア解放の十分後、慣れない空中歩行システムに四苦八苦する私たちを余所に、二人して余裕綽々の顔で宙に立っていたのを今でも思い出す。戦闘以外でもあの二人はバケモノクラスだと、私たちが実感した瞬間だった。

 

 そんな出鱈目二人組はさておいて、その難易度のため大多数のプレイヤーが地道な練習を強いられ、苦手な者は走るどころか、立つことも困難な有様だった。鍔迫り合い中なんかに一瞬でも気がそれれば足場が崩れて落下、地面に叩きつけられる。逆に足場にばかり意識を取られていると、競り負けてダメージを負うことになる。便利な反面高難易度なシステムに、少なくないプレイヤーが防御力アップへと能力を切り替えたみたいだった。

 

 しかし、空中歩行の技術がなければ、迷宮区へと続くダンジョン内の空中回廊エリアの踏破は困難を極める。難しいからと言って放棄するわけにもいかない。

 なにより、このシステムの使い方の巧拙がこの層での狩りの効率や戦闘の難易度に直結するとあって、血盟騎士団や聖竜連合といった大型ギルドを始め、多くの攻略組プレイヤーが真面目にこの空中歩行に取り組むことに。その結果として、主住区下の大草原ではガチ勢から観光目当ての者まで、多くのプレイヤーたちが空中で七転八倒する光景が日夜繰り広げられていた。

 

 かくいう私は、初日で既に空中に立つ・歩く・跳ぶをカンペキにこなしている相方に教えを請い――その際、日頃のお返しとばかりに散々バカにされたが――三日をかけて、なんとか最低限戦闘に耐えうるレベルにまで達することができていた。

 まだ一護のように「逆様の状態で上空に足場を作り、それを蹴って高速で落下」とか「敵の直前で正面に足場を作って緊急離脱」なんて高等技能はできない。それでも、足場を作れなくて両足が宙を掻き落下、なんて無様な真似はやらかさないようにはなってきた。お昼寝おやつを一切ガマンして練習した甲斐があったというものだ。無論、訓練完了後に露店に突撃して、一護が「無限バキューム」と呆れ果てる程にバカ食いしたのだけれど。

 

 そんな過程を経た私と同様、一護に空中歩行を教わりに来た人は多かった。

 結局は場数をこなすことでしか上達はしていかないが、それでも手本があるのとないのとではイメージの作り易さが段違いになる。『黒の剣士』キリト、『閃光』アスナ、攻略組ギルド『風林火山』にプレイヤー支援ギルド『SSTA』など、顔なじみを中心としたプレイヤーが一護の元に集い、文句たらたらの一護がもたらすアドバイスに従って銘々で訓練を重ねてきた。

 

 そうして月日は流れ、六十一層解放から五日後の六月八日。

 

 ようやく攻略組の空中歩行の技術がなんとか戦闘に耐えられるレベルにまで到達し、迷宮区へと続く陸空混合系広域フィールドダンジョン『エアリア楼閣』の攻略が開始された。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ギルド本部に報告に行くと言うアスナと転移門広場で別れ、私たちはすっかり日の暮れた主住区を歩きだした。

 

 彼女曰く、

 

「今日はほんの偵察のつもりだったのに、まさか最初のフィールドボスを撃破しちゃうなんて思わなかったわよ。貴方たちの協力があったって、団長にはちゃんと報告しておくから」

 

 とのこと。

 

 明らかに厄介事が追加で飛んできそうな発言に、一護が「余計なコトは言わなくていい」と返したのだけれど、その時にはもう、アスナは五十五層へと転移した後。とばっちりで私にも面倒が来ないとも限らないし、メッセージの一つでも飛ばしておこう。

 

 前方ノールックでメッセージを打ちながらどうにか人ごみをかいくぐり、辿り着いたのはいつものような華やかなレストラン街――ではなくて、静かな主住区の西端だった。ここからは毎日きれいな夕日が見えるのだが、無論、それを目的にここへ来たわけじゃない。特に躊躇することなく、高台から空中へと身を躍らせ、空を翔ける。

 

 主住区『ロザージュ』は大きな盆のような土台に乗っかった円形状の街である。その周りには、無数の島が浮遊していて、何もないただのちっぽけな無人島から、NPCのショップが建っているものまで様々な規模の島が存在する。

 その中の一つ、真新しいコテージが建つ島に、私たちは降り立った。

 

 ここは、つい三日ほど前に現金一括で購入した、私たちのプレイヤーホームだ。

 

 お値段二百万コルポッキリのこのお家。シンプル家具一式が備え付けられていること、調理スペースが整っていること、なにより、四畳半はありそうな大きなソファー(クッション二十個付き)が付いていることに私がノックアウトされ、渋る一護を三十分かけて説得し、どうにかこうにか買うことができたものだ。この世界に来て初の七ケタ出費はかなり痛かったけど、私は後悔していない。

 ホームがあれば宿を探して歩き回る必要はないし、島一つをこのコテージが丸々占拠しているから、ご近所トラブルなんてものも存在しない。

 

 なにより、

 

「さあ一護、お腹が減った。ご飯の支度、はりーあっぷ」

「……はぁ。だからホームなんざ買いたくなかったんだよ」

「今日も素敵なディナーを期待してる。がんば、名シェフ一護」

 

 やろうと思えば毎日三食、一護のご飯が食べられる。

 

 このことは一護も気づいていたらしく、外食を好む彼は最後までこの点でごねていた。けど、私の誠心誠意の説得(という名の駄々)に結局は折れ、しかも我がままを通す条件として私が最初に提示した「一護五十万コル、私百五十万コル」を破棄。普通に割り勘でいいと言ってくれた。

 

 流石に申し訳なくて、自分で我がまま言った分のお金は出すから、と言ったのだけれど、

 

「仲間内で金払いが不平等とか、意見通す代わりに金出すとか、キライなんだよ、そーゆーの。貸し一つにしとくから、その内どっかで返せ」

 

 とぶっきらぼうに言われ、そのまま一人百万コルで購入してしまった。彼が意外と堅気で、ついでに優しいってことを再確認した瞬間だった。

 

 とはいえ、流石にその言葉に素直に甘えるほど、私は恩知らずではない。

 借りはどこかで返すとして、彼の食事準備の負担が増える分、彼が今まで担当していたモンスターハウス関連の情報収集やSSTAでの模擬戦の仮想役を引き継ぐことにした。一護を「ベリっち」と呼んでからかって遊んでいるらしいアルゴには、少し残念そうな顔をされたけど。

 

「リーナ、この前買ってきた真っ黒いロブスター的なナニカが山ほどあんだけどよ。なんか希望の調理法とかあるか?」

「グリルがいい。バター焼きがベスト」

「あー、楽だしそれでいいか。あとはシーザーサラダにスープに……」

 

 いつものしかめっ面のまま、てきぱきと料理を進めていく一護。流石、料理スキル七百越えは伊達じゃないみたいだ。

 これでエプロンの一つでも付けていれば立派なヤンキーシェフの完成なんだけど、この前買ってきて勧めたら断固として拒否された。なんでも、男がエプロンするなんざ女々しい、とかなんとか。世界中のクッキングパパに喧嘩を吹っ掛けるような勢いのエプロン拒絶反応によって「一護にシェフのコスを着せて鼻で笑う計画」は第一段階で頓挫した。無念。

 

「……よし、こんなモンか――」

「できた?」

 

 一護の独り言を遮るように、私はキッチンに文字通り飛び込んだ。

 オーブンの前でしゃがみこんでいた一護は跳躍した私を見ても動揺の欠片も見せず、しかしシカトもせず、肩で担ぐようにして私を受け止めた。

 

「ぐぇ」

「ジャマだぞオラ。どっか行け」

「……美少女が空から降ってきたというのに、この受け止め方はどうかと思う」

「自分で言うか、それ。つうかわざわざ受け止めてやったってのに、ブーたれる方がどうかと思うぞ」

「ノリ悪い」

「言ってろ」

 

 そのまま彼は私のベルトの辺りを掴むと、私をソファー目掛けて放り投げた。ぼふんっ、という柔らかい音と共に私はクッションの山に埋もれ、暖かな暗闇が私を包む。

 

「……ふう、至福」

 

 思わずそう呟く私の背後で、カチャカチャと食器が触れ合う音がした。

 振り向くと、一護が出来上がった料理を運んでいるところだった。全部任せっきりは悪い気がして、私も運ぶのを手伝う。

 根菜とウィンナーたっぷりのミネストローネに、葉野菜中心のシーザーサラダ。メインディッシュの黒ロブスター(仮)のグリルは特大の鉄板の上でバターの良い匂いを漂わせ、バスケットに山と積まれた黒パンがテーブルの四分の一を占めた。

 

 四人掛けのテーブルに向かい合うようにして二人で座り、私のストレージに常備してあるワインを互いのグラスに注ぐ。メインの魚介(ロブスター)に合わせて選んだ白ワインが、透明なグラスを満たしていった。

 

「それじゃ、六十一層フィールドボス討伐を祝って――」

「ああ、そう言やあのトリ公、一応フィールドボスだったんだっけか。だとすりゃ、余計にあんなに弱かった理由がわかんね……」

「それは今は置いといて。はい、乾杯」

「あーへいへい、乾杯、っと」

 

 適当な乾杯を済ませ、星が灯り始めた夜空をバックに、私たちは夕食を食べ始めた。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

第四章はオリジナルエピソード、六十一層編です。流石にフロアボス討伐までは行きませんが、キリがいいところまで書いていきます。

主住区『ロザージュ』(フランス語で「石楠花」の意。高嶺の花という慣用句の由来になった花です)のイメージは、霊王宮の零番離殿のような感じです。あれの周りに、大小様々な島がたくさん浮いているのを想像していただければ良いかと思われます。

そして、メインヒロインはリーナさんに決定しました。相方ポジからの昇格(?)おめでとうございます。
……ところでこの二人、惚れた腫れたがないクセに、既に現時点で充分イチャコラしている気がするのは、書いてる私だけでしょうか?

あと、一護が月牙天衝……もとい《残月》を習得しました。
別にスキル名を《月牙天衝》にしても良かったんですが、ゲームにて既に斬撃を飛ばす《残月》なるスキルがあるとのことでしたので、そちらに準拠しました。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 23. Rainy, Sandy

お読みいただきありがとうございます。

そして、またもや遅刻気味です。ごめんなさい。

二十三話です。

引き続きリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Lina>

 

「――つーワケだ。悪ぃけど、リーナは今日留守番で頼む」

「…………もが?」

 

 朝ごはんの真っ最中。

 

 特大のソーセージマフィンを食べるのに集中していた私は、一護の言葉の前半部分を聞きそびれてしまった。聞き返そうにも、口がいっぱいで喋れない。

 

 小首を傾げることでその意を表すと、目玉焼きを口に運ぼうとしていた彼は手を止め、毎度おなじみの睨むような視線で私を見てきた。

 

「テメエ……さては聞いてなかったな? メシ食いながらでいいから聞いてくれっつった時、しっかり頷きやがったのはドコの誰だよ」

「んぐんぐ……私だけど?」

「じゃあ聞いてろよ! なに『それがどうしたの?』みてえな面してんだよ!」

「フォークで人を指さないで。行儀悪い」

「口の周りベッタベタのオメーにだけは言われたくねえよ!!」

 

 拭けコラ! と投げつけられた布巾を顔でキャッチし、ご指摘の通りに口元を拭う。汚れなんてすぐにデリートされて霧消するのに、この人は変な所で細かい。

 

 食べかすやらケチャップやらをぬぐい落とした私に、一護はさも面倒そうにもう一度事情を説明してくれた。三行で表すと、こんな感じ。

 

 ヒースクリフからメッセージが来た。

 空中移動の訓練に協力してほしいとか。

 ギルド内は原則余人禁制のため私は入れない。

 あと、ドサクサに紛れてベーコンをくすねるんじゃねえよボケ。

 

 ……とのこと。

 

「ん、分かった。最後のはともかくとして、今日は一人で遊ぶことにする」

「ともかくとすんな。その高級ベーコンステーキは俺の分だろうが。返せ」

「……仕方ない、半分だけならあげてもいい――」

「いや十割返せ! 盗った側のクセに、なんでそんなにエラソーなんだよ!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 三十分戦争(あさごはん)を終え、血盟騎士団の本部へと出かける一護を見送ってから、私は主住区下の草原へと降りて行った。六十一層が開放されて今日で六日が経つが、だだっ広いこの場所で空中歩行の練習に励むプレイヤーは未だに多い。生憎と今日は小雨の降りしきる悪天候だけど、上空にお盆状の主住区が横たわっているおかげで雨具を使う必要はない。

 

 私は人が密集したポイントから少し離れたところまで移動し、地上一メートルほどの空中に立った。そのまま足場を蹴ってまた別の空中に着地、蹴って着地、さらに蹴って着地を繰り返す。ランダムにあちこち跳び回りながら、何もない虚空を踏みしめる感覚を身に馴染ませていく。

 この着地と跳躍の間隔を狭めていくことで、足場構築の精度とスピードを高める練習になる。足場構築ミスによる落下は、最も初歩的な失態だ。実戦でそれをやらかさないためには、一護のようなアクロバット戦闘を目指す前にまず基本を固める必要がある。そう考えた私は一護とあれこれ考え、この練習方法に行きついた。

 

 さらに、この練習の発展系として、一回置きに垂直着地や身体の上下を逆様にした反転着地を織り交ぜることで、下方向以外の足場構築の感覚も慣らしていく。常に足元に意識を込め続ける「空中直立」をレベル一、そのまま歩く「空中歩行」をレベル二とするのなら、これらの「空中跳躍」はレベル三といったところ。これら基礎技術に戦闘動作を加えた応用編がレベル四、そして実戦形式の練習がレベル五だ。

 私が知っている中でこのレベル五まで完全習得しているのは、一護とヒースクリフの二人だけ。私やキリト、アスナなどの攻略組の大多数はレベル三前後に分布していて、観光目当てのプレイヤー勢がレベル一から二、といったところだろう。慣れてきたとはいえ、平地と同等、ましてやそれ以上の動きを見せる彼に追いつくには、まだまだ不足だ。

 

 私は『死神代行』の相棒。

 彼の隣に立つ以上、彼の足を引っ張るような無様だけは晒さないようにしなければ。自分を戒め、私は宙を跳ぶ間隔を狭めつつ感覚を尖らせていく。脳裏に先日の一護の戦いを描き、それを目指して、疾く鋭く宙を跳ぶ。

 

 とりあえずまずは三時間、この動きを維持する。加速しつつ、地面に降りることなく動き続けるんだ!

 

 

 ――そんな風に決意していた時が、私にもあった。

 

 結局、一時間もせずに私は地面に降りることになってしまった。

 別にミスをしたわけではない。

 跳躍の間隔の短縮は上手くいっていたし、垂直や反転着地も成功率は八割近かった。慢心もなく、落下する確率はゼロではないが限りなく低かったように思う。

 

 にも関わらず、私が地に足を付けることになったのは、目の前の少女に原因があった。

 

 背は私より五、六センチは低い。ゆったりした意匠のショートローブにミニスカート、腰には短剣を帯びており、最低限の防具類と合わせて彼女が敏捷系のダガー使いであることが容易に判断できる。

 年の頃はおそらく十二、三といったところか。愛らしい顔立ちにツインテールに纏められたライトブラウンの髪、大きめの髪留めと全体的に幼さが感じられる。男性プレイヤー諸氏の庇護欲をさぞかしそそるであろう容姿だ。

 このゲーム内で数少ない女性プレイヤーであり、しかもここまで幼く、かつ上層に出てくる程度の行動力を持つとなると、該当者は相当に絞られてくる。何より、その肩に寄り添うようにして飛んでいる青い小型ドラゴン『フェザーリドラ』の存在が、彼女の希少価値をさらに上げていた。

 

「あの、えっと、ご、ご指導、ありがとうございました! まさかあの有名な『闘匠』さんに教えてもらえるなんて思わなくて、本当に嬉しかったです!!」

「……構わない。ちゃんと代価はもらった」

 

 六十一層のレストラン街。まだ昼時には早く人通りの少ないそこの一軒で、私はビーストテイマーの少女、『竜使い』シリカと向かい合って座っていた。

 

 きっかけは、私が練習しているところの傍に彼女が落っこちてきたことだった。

 どうやら上空で空中歩行に失敗したらしく真っ逆さまに墜落してきた彼女は、全身を襲ったであろう多大な不快感に顔を歪めながら上体を起こした。遅れて降り立った相棒の小竜をなだめるように撫でつつ上を見上げ、空中から様子を見ていた私と視線が交錯。

 

 何を言ったものかと一瞬迷った私が、ひとまず彼女の無事を問う前に、

 

「ぅわぁっ!! と、『闘匠』のリーナさん、ですか!? あ、あたし、ファンなんですっ! サインください!!」

 

 いきなりサインを求められた。

 

 その余りの勢いに、捲れてるスカートを直したら、とか、私筆記体書けないんだけど、みたいなツッコミを入れるのも忘れ、誰何を問うことすらもなく頷いてしまった。

 差し出された短剣の鞘にメーキャップアイテムのペンでぎこちなくサインを施し、そのままテンションマックスな彼女によって褒め殺しに遭い。更には勢いで空中歩行の指導をしてあげたり、同じ短剣使いだからということで軽く模擬戦闘をやってみたりと、フルコースのファンサービスを提供してしまった。別に後悔するようなことではないのだけれど、慣れない事をしたせいでドッと疲れが出てきた。やっぱり、キャラに合わない仕事はするもんじゃない。

 

 お礼がしたいという彼女の言葉に甘えて奢ってもらったメイン料理三品のうち一皿目をつつきながら、私は彼女の感謝の言葉に素っ気なく答えた。

 

「貴女もボリュームゾーン内で名は通っているでしょ? いつかの情報ペーパーで読んだ記憶がある。レアモンスター『フェザーリドラ』のテイムに成功した『竜使い』さん」

「あ、あはは、そんなに大したものじゃないですよ。それに、最前線で活躍してる最強の短剣使いさんに比べたら、あたしなんて全然……」

 

 恐縮したように手を振りながら、彼女はサンドイッチを齧る。私だったら十秒とかけずに平らげてしまいそうなそれを、少しずつ啄むように食べていく。小動物を思わせるその姿を見ながら、手元にあるローストビーフを三枚まとめてフォークでぶっ刺し、口に突っ込んで乱暴に咀嚼。嚥下してから再び口を開く。

 

「それでも、ボリュームゾーンのプレイヤーよりは腕が立つでしょ。少なくとも、さっきの模擬戦闘ではそう感じた。着てる装備もそれなり以上みたいだし、そんなに卑下することでもないと思う」

「い、いえそんな。結局一太刀も当てらんなかったですし、この装備だって全部キリトさんからもらったもので――あっ、い、今のヒミツでお願いしますっ!!」

「いいけど、貴女キリトの友人なの?」

 

 二皿目を完食し、三皿目に盛られたタンドリーチキンに手を付けながら、私はシリカに問いかけた。あのコミュ障気味の真っ黒剣士に、アスナとアルゴ以外の女性の知り合いがいたとは、ちょっと予想外だ。

 

「は、はい、ちょっと前にフィールドで助けてもらった縁で……あの、リーナさんは、キリトさんとどういう関係で……?」

「普通の友人。以上でも以下でもない」

 

 迷うことなく端的に言うと、不安そうな色を見せていたシリカはあからさまにホッとした表情を浮かべた。とてもわかり易い反応に、そういうことに疎い私でも彼女の心中が手に取るようにわかった。

 

 つまり、

 

「貴女、キリトに惚れてるの?」

「ほ、惚れっ!? なんで分かったんですか!?」

「その顔を見れば分かる。安心して、私は外野だから」

「は、はいぃ……」

 

 赤くなった顔を押さえながら、シリカはアイスカフェオレを口に運び、

 

「そ、そうですよね。リーナさんの恋人は、あの『死神代行』さんですもんね。他の男性に浮気なんてするはずが――」

「……恋人?」

 

 

 一護が、私の、恋人?

 

 

 飛んできたその言葉に、私のフォークが止まった。刺さったチキンを頬張ることなく、思わず聞き返してしまう。

 

 対して、シリカは怪訝そうな表情を浮かべ、小首を傾げながら答えた。

 

「はい、お二人は一年以上同棲を続けてらっしゃると聞いてます。すっごく仲が良いカップルだって、中層ゾーンの雑誌で特集されてましたよ?」

「……同じ部屋で寝泊まりしてたのは、単に宿代節約のためなんだけど」

「あと、カップル御用達のハート型ケーキを二人で仲良く食べてたりとか」

「注文するには男女ペアじゃなきゃいけなかったから、彼に協力してもらっただけ」

「あ、フローリアのお花畑で仲睦まじくデートしてる写真とかもあったり――」

「その特集の執筆者だれ? 私がこの手でぬっ殺してやるから」

 

 いくらなんでも私生活がダダ漏れ過ぎる。迷宮区に挑んだり、強力なモンスターが出現する『巨大花の森』に行くために四十七層の花畑を通過したことは確かに何度かあったが、デートしたことなんて一度もない。大袈裟に脚色されたであろうその記事とそれを書いた誰かさんに怒りを覚え、つい口調が強くなってしまった。

 

「え、えっとすみません。書いた人の名前まではちょっと覚えてなくて……え、じゃあ、リーナさんと一護さんは、恋人じゃない……?」

「当然。彼は私のパートナー。このフザけた世界から出るための、無二の相方。比類ないくらいに信頼してるけど、恋仲じゃない――ごちそうさま」

 

 迷いの欠片もなくそう断言し、私は大口を開けてチキンの最後の塊を頬張った。スパイスの効いたそれを飲み込み、大きなグラスで注文しておいたアイスティーでリフレッシュする。ランチも終わったし、ちょうど人の出も増えてきた。たまにこっちに飛んでくる通行人からの視線も鬱陶しいし、この辺でお開きにしよう。

 

 シリカもそれは同意見だったらしく、食後のデザートと共に軽く雑談を交わし、ついでにフレンド登録をしてから、彼女と別れることにした。

 

 転移門広場まで送りホームタウンへと帰っていく彼女を見送ってから、私もホームへと帰り、そのままソファーへと倒れ込んだ。時刻はまだ昼過ぎで、外は相変わらずの小雨。陰鬱な天気の中散歩に出る気力もなく、大きなソファーに寝っ転がり、クッションに埋もれて天井を見る。

 このままボケッとしていれば、勝手に眠くなっていつしか寝れる。そのまま夕方まで寝ていれば、一護が帰ってきて起こしてくれるだろう。いつものしかめっ面で、夜寝れなくなっても知らねえぞとかなんとか言いながら――、

 

「…………一護と私、か」

 

 ふと、さっきまでの会話を思い出す。

 

 一護と私がコンビを組んで、一年半が過ぎている。

 色々なことがあった。何度も倒れ、傷つき、死にかけて、それでも生きて帰るため、日々を必死で生きてきた。この世界に馴染みつつ、それでもデスゲームであることを忘れずひたすらに鍛練に励んできた。その中で強い信頼感は生まれたものの、それが恋へと変化することは決してなく、お互いを「そういう相手」として意識するようなことはなかった。

 

 そもそも恋愛事が話題に上がることもなかったし、互いを恋愛的好意の相手として見たこともない。一護は私を妹や女友達のように扱うし、私も彼に身内のような振る舞いを取っている。

 二人で同じものを食べたり、飛びついてみたり、時にはソファーで揃って昼寝をすることもある。しかしそこに恋の情はなく、家族に向ける親愛だけが存在した。相方という言葉で足りなければ、家族のような、この世界で一番近しい存在。ずっとそう思って一緒にいた。

 

 ――だけど、本当にそうなのだろうか。

 

 一護が私以外にご飯をおごった時に感じるイライラ。

 あれは想い人が自分以外に優しくしていることへの嫉妬ではないのか。

 

 サチが一護へ向けていた熱い視線。

 あれを見たときに感じた複雑な感情は、彼女が変わってくれたことへの嬉しさと、もしかしたら彼が取られてしまうかもしれないという子供じみた不安の混合物ではなかったのか。

 

 何より、今まで「相方なら、信頼している仲なら、これくらい当然」と思い、してきたこと。

 同じ部屋で寝起きし寄り添い共に歩むことに抵抗が無い、むしろそれを自発的に望むことは、女性として彼に惹かれていることの証左ではないのか。

 

 さっきまでの話のせいか、そんなことが頭をよぎる。

 普段の自分の行動、感情が全て一護への恋の裏返しなのだとしたら。そんな考えが脳内を席巻し、澱のように心の底へと溜まっていく。今まで感じたことのない未知の感覚に、漠然と不安になる。

 

 果たして、私の感情の真実はなんなのか。

 

 友愛?

 親愛?

 ――それとも、恋愛?

 

 どれでもいい。今までの私ならそう斬り捨てたはずだ。

 私の感情がどうであれ、一護が私の相方であることに変わりはない。彼が私を信じてくれていることは伝わってくるし、私が彼を信じていることもまた、伝わっているだろう。それで十分ではないか、そう一蹴しただろう。

 

 しかし、キリトに恋しているというシリカの言を受けて、その「普段の私」が揺れ動いてしまっているように感じる。一護への感情の奥の奥、一番底にあるものがなんなのか、気になって仕方がない。

 

「………………だめ、寝よう」

 

 ぐしゃぐしゃになった思考をかなぐり捨てるようにして、私は本格的にお昼寝の体勢を取った。目を閉じ、小さなクッションを瞼の上に乗っけて、アイマスクの代わりにする。すぐに訪れた穏やかな暗闇に、私はゆっくりと意識を投げ打つ。さっきまで考えていたあれやこれやがそのまま溶けて流れていくのを感じながら、緩やかな眠りへと、私は落ちて行った。

 

 意識が完全に途切れる一瞬前、私の脳裏に、ある一つの疑問が浮かんだ。

 とても単純な問いではあったけど、それの答えを探す前に、私の意識は睡魔に飲まれていった。

 

 

 ――真実は置いといて、私は一護にとってどういう存在でいたいんだろ?

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……ん……?」

 

 物音で目が覚めた。

 

 顔の上に乗っかったクッションを退けると、煌々と明かりが灯った室内で一護が武装を解除しているところだった。買い出しにでも行ってきたのか、卓上には食材アイテムが山と積まれている。

 

 声を掛けようとして、一瞬だけ躊躇した。昼間の一件のせいで、なんとなく恋愛(そういう)方向に意識が行ってしまう。照明に照らされた端正な顔から、視線が離れない。

 

 一度深呼吸して心を落ち着け、なるべく普段通りの無表情を心がけながら、抑揚のない声で一護に呼びかける。

 

「……おかえり」

「ん? ああ、ただいま。昼間っからずっと寝てやがったのかよ。あんま昼寝ばっかして――」

「夜寝れなくなっても知らない、でしょ? 大丈夫、丸一日でも寝てられるから」

 

 一護の言葉に被せるようにして言いつつ、ソファーを降りてテーブルに近くに寄る。この前食べた黒ロブスターの他に、モンスターの肉や魚、野菜に果実、調味料に至るまで、所せましと並んでいる。確かに直近の買い出しからは日が経っていたけど、なにもこんなに買い込んでくる必要はないはずだ。

 

 気になって一護に問うと、彼は「ヒースクリフからの土産だ」と答えた。

 今日の訓練に協力したお礼として、報酬金とは別にもらったらしい。ホームを買った故の金欠解消のために今回の依頼を受けた一護は、珍しく機嫌良さげにしている。

 

「あの仏頂面も、けっこう気が利くじゃねえか。リーナ、なんか食うか? せっかくだし、夜食でも作るぜ?」

「……え? 夜食?」

「ああ。流石にもう夜九時だし、重たいモンは作れねえけどな」

 

 言われて視界の端を見ると、時刻は午後九時二十分を過ぎた所だった。ホームに帰ってきたのがだいたい午後二時半くらいだったから、七時間弱眠っていた計算になる。これはもう昼寝のレベルじゃない、ガチ寝だ。どうりでお腹がいつも以上に減ってるわけだ。

 

「……一護、私まだ夕ご飯食べてない」

「はぁ!? マジかよ、ホントに一日寝てやがったのか……ったく、仕方ねえ。ちょっと待ってろ。なんかテキトーに作っから」

 

 かったるそうに腕を廻しながら、キッチンへと入っていく一護。文句を言いつつも手間を引き受けてくれた彼を見ていると、いつもの軽口が出てこない。

 

「……えっと、なにか手伝う?」

「あ? 要らねえよ。その辺に座っとけ」

「食材の整理とかは?」

「それも俺がやる。オメーは食う専門だろ。作る側に余計な気ぃ使ってんなよ」

「……ごめん」

 

 なんとなく申し訳なくなり、小さな声で謝る私。それを見て、一護は食材を切る手を止め、眉根をひそめてこっちを見やった。

 

「なんだよ、さっきっからオメーらしくもねえ。変な夢でも見たのか、昼寝のしすぎで。それともまだ寝ぼけてンのか? いつもの減らず口はどこ行ったんだよ」

 

 手にしたナイフの動きを再開させ、ヤンキーシェフは料理を続行する。色とりどりの野菜がカットされ、鍋へとなだれ込む。

 

「俺は俺にできることをやってんだ。オメーが気にする必要なんざ一欠片もねえ。だいたい、そんな細けえことを気にする仲じゃねえだろうが」

 

 ――じゃあ、どんな仲なの?

 

 言いかけて、寸前で自制する。

 

「……ん、それもそう。じゃあ、お言葉に甘えてメインディッシュに高級ステーキを所望する。付け合せのグラッセも忘れずに」

「作り始めてから言うんじゃねえよ! つーか、その注文は細かくねえだろ!! やるならもっと慎ましく強請れ!!」

「私が食事で慎ましく? 有りえない、断じて有りえない」

「自信満々に断言してんじゃねえよ!!」

 

 ようやくいつもの調子で交わされた軽口の応酬に、少し安堵する。私の心の底がどうであれ、今はまだ、このままでいい。この距離感の心地よさを、まだ味わっていたい。

 

 例えこの先、この距離が変わらずとも――縮まることになろうとも。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

シリカ初登場でした。公式では出番がゴリゴリ削られた不憫キャラです。拙作でも、登場はこれ以降未定です。リズに関しては次章で少し予定があるんですが……。

次話はフィールド攻略に乗り出します。戦闘描写多めです、多分。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 24. Deadly Dash

お読みいただきありがとうございます。

二十四話です。

引き続きリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Lina>

 

 一護が『エルドアギラ』を討伐してからの二日間で、『第二陸上回廊』『第二空中回廊』『第三陸上回廊』が立て続けに踏破された。

 

 情報ペーパーによると、血盟騎士団を主体とした攻略パーティーによってフィールドボスが初回の戦闘で討伐され、攻略組の足が止まることが無かったのがスピーディーな踏破の要因とのこと。加えて、集中力を要する空中戦闘部隊をこまめにスイッチしたことも、消耗を減らし、長時間のダンジョン攻略の助けになったそうだ。

 また、隅っこのほうには、死神代行による技術協力がどうのこうのと書かれており、その事を知った一護が「あのクソ鼠! また無許可で余計なこと書きやがって!」とキレてアルゴの寝ぐらに凸ったという一幕もあったが、その辺はどうでもいい話だ。彼に引きずり出された際に着ていたアルゴのネグリジェが、予想以上にせくしーだったことだけ付け加えておく。

 

 迷宮区へと続くダンジョンの完全踏破が目前なのはいいことだけど、そう呑気に喜んでばかりはいられない。

 この層が開放されて、今日で八日目。平均十日で一層を攻略してきた最近のペースよりも明らかに遅い。不慣れなギミックに悪戦苦闘している分があったとはいえ、少し時間が掛かり過ぎた。残る回廊はあと一つだけ。ここを二日以内に踏破して、迷宮区攻略の方は遅れた分手早く行きたいところである。

 

 また、『第三陸上回廊』が踏破されたことにより、続く『第三空中回廊』との間を繋ぐ圏外村『タサ』が開放された。

 

 『カップ』の意味を持つフランス語を冠するこの街は、その名の通り、巨大なカップのような形状となっている。街の周囲をビル並みの岩壁で囲われた歪な円形の街が、回廊の間を繋ぐようにして存在している。

 サイズは圏外村にしてはそこそこ大きめで、出入り口はエアリア楼閣最後の浮遊ダンジョン『第三空中回廊』へと続く北大門の他に、サイドダンジョンへと続く東大門、『第三陸上回廊』へ戻る南大門の三か所のみ。宿泊設備や各種NPCショップは一通り揃っており、最前線に一番近い補給地点としてそれなりの賑わいを見せている。

 

 その露店街の北にある広場で、私と一護はランチを摂っていた。

 

「リーナ、そっちのソース取ってくれ」

「ん。ところで、その得体の知れない緑のパイの中身、なんだった?」

「知らね。イモと鶏肉を足して二で割ったような感じだ。不味くはねえ」

 

 全ての露店を周って買ってきたジャンクフードの山を囲み、家から持ってきたハーブティーを片手にアレコレ気ままに摘んでいく。

 この世界には、奇味珍味としか表現できない謎食物が数多く出てくる。デザインしたのが開発陣なのかカーディナルなのかは不明だけど、たまに「地雷」とも言えるゲテモノが混じってる点から、少なくとも人間による試食は行われていないと思われる。

 

 先日食べた、外見がチュロスのくせに苦酸っぱ辛く、しかもバニラエッセンスの匂いがする謎フードを思い出して少しげんなりしていると、

 

「おっ、イチの字にリーナ嬢ちゃんじゃねえか。往来激しいこの街で堂々とピクニックデートたぁ、今日も絶好調ですなあ」

「うっせえな。別にデートじゃねえし、メシが不味くなるからどっか行けよ、クライン」

 

 現れた野武士然とした無精ひげの男、クラインに、一護は鬱陶しげな目を向けた。知り合ったのはかれこれ半年前のボス戦。以来なにかと会うことが多く、特に一護と波長が合うらしい。一護の方もつれない態度を取っているわりには親しくしていて、たまにエギルやキリトと一緒に、だらだらしながら飲んでいるようだ。

 

 そんな一護の半眼をスルーして、クラインは私たちの横にどっかりと腰を下ろした。ため息と共に口から洩れた「どっこいしょ」の台詞がオッサンくさいことに関しては、触れないでおこう。

 

「けっ、相っ変わらず愛想の無え野郎だな。あれか? 二人っきりの時間を邪魔されて不貞腐れてんのかコノヤロウ」

「ちげーよ。オメーのきったないヒゲ面見てると食欲が減衰すんだよ。大体、メンバーの一人も連れねえで、ギルドリーダーサマが最前線でなにやってんだ」

「他の連中は買い出しだ。俺はその間、暇潰しにお散歩さ……お、コレ旨そうだな。イタダキぅおうっ!?」

「他人の食べ物盗らないで。刺すよ?」

「刺した後で言うんじゃねえおっかない!! ココ圏外だろ!!」

 

 不躾にも私お気に入りのミートパイをくすねようとした愚か者(クライン)の右手を、私はナイフで切りつけた。大事な食べ物を護るためならオレンジ化だって辞さない。ここ最近私の心をもやもやさせてる恋愛事を持ち出した罪も含めて、その身で償え。

 

 あの日以来、私は「恋愛を連想させる単語」にやけに過敏になってしまった。

 「好き」とか、「デート」とか、「二人きり」とか、そういう単語を聞くたびにその方向に電光石火で反応したり、一護の顔を盗み見てしまったりする。大抵は私たちに向けられたものではないし、そもそも聞き違いだったりすることもある。けど、何度繰り返しても、自身の過剰反応が治まることはなかった。

 

 でも、それだけだ。

 気が付けば一護の姿を目で追ってたりとか、してない。

 彼の言葉に内心で一喜一憂したりとかも、してない。

 お風呂上りで薄着の一護をチラ見? 絶対にしてない。

 

 ……してないったら、してない!

 

 またもやもやし出しそうになった頭を左右に振って、脳内をリセット。残り少ないランチへと興味を戻す。

 軽く八人前くらいは買ってきたのに、もうなくなりそうだ。またどこかでオヤツを調達しないと。この前食べた『ハニーハニートースト』――蜂蜜の量が多すぎて、蜂蜜がかかったトーストなのかトーストが漬け込まれた蜂蜜なのか分からなくなっていた代物――でもいいかもしれない。

 

 早くもそんなことを考えつつ、新しいパイに手を伸ばそうとしたとき、

 

「っ!?」

 

 常時展開の索敵スキルによる警報(アラート)が、私の脳内に響き渡った。

 すぐさまマップを開き、索敵スキルと連動。敵影を映し出す。

 

 そこには、

 

「……一護、前方から多数のモンスター反応! 数は……およそ三十!!」

「はぁ!?」

 

 突如現れた大量のモンスターに、私は思わず大きな声を出した。向かいでハーブティーを啜っていた一護も、頓狂な声を上げる。

 

「理由は不明。けど、その全てがこっちに向かって突撃してくる。多分、もう三十秒もしないで北大門(あそこ)から雪崩込んでくるはず」

「お、おいおい、シャレになんねえぞ……いくらここが最前線の街だからっつても、レベル六十台のモンスターの群れに襲われりゃあ、一っ溜りもねえぜ! イベントでもねえのに、なんでいきなり……!」

 

 クエストログの更新がないことを確かめ、顔を引きつらせるクラインを余所に、一護はすでに『壊天』を抜刀していた。どこぞのフィールドボスからドロップした白銀の魔刀が、昼の陽光を反射して獰猛に輝く。

 前の『宵刈』と違ってちゃんとした日本刀の形状はしているが、その性能は前愛刀同様、耐久値と火力特化型の脳筋(ノーキン)仕様だ。小細工より真っ向勝負で力を発揮する一護向きではある。

 

「ごたごた言ってる場合じゃねえだろ! 俺らで止めに行くしかねえ!! 行くぞ!!」

「クライン、貴方は仲間と一緒に避難を呼びかけて。完了するまで、私たちが足止めする」

「お、おう!! おめえら、気ぃ付けろよな!!」

 

 胴間声で私たちの身を案じる言葉をかけてくるクライン。少し心配そうな彼に首肯を返し、私たちは一気に北大門までの百メートルをダッシュで詰めた。すでにモンスター群の隊列が、門のすぐ先に見えている。

 

 空中回廊から押し寄せてくるだけあって、飛行モンスターの割合が多い。城壁を超えては来ないみたいだけど、門から殺到してきたら少なくないパニックを引き起こすことは目に見えている。ここで少しでも長く食いとめないと……!

 

 短剣を握り締めて腰を沈め、戦闘体勢を取ったその時、索敵スキルの接近警報が作動。同時に、

 

「リーナ! 後ろだ!!」

 

 一護が叫んだ。

 

 即座に振り向きつつ短剣を一閃、牽制しつつその場から逃れる。

 見れば、鳥獣系飛行モンスター『キル・エア』が二体、頭上で旋回しながら私たちに狙いを定めていた。ハイドアタックを許したことに歯噛みする。

 

 けど、いつの間に門の内側に入ったのだろう。少なくとも、北大門からはまだ侵入されていないのに。

 

「……まさか、他の門からも来てるの?」

 

 思わず呟いた。

 

 その私の言葉を証明するかのように、視界の端々からモンスターが襲来してきた。怒号や悲鳴が上がる中、各所で戦闘が開始される。

 

「まずい、このままだと退路がなくなる。なんとかして追い返すしか――」

「でも数が数だ。俺らじゃ手が足んねえよ!」

「分かってる。一護、貴方はここをお願い。私は他の大門からの敵を止める。既に侵入してきた連中は、街中の攻略組に任せるしかない」

 

 北大門は空中回廊に繋がるせいか、こちらに迫ってくるモンスターは飛行型がほとんどだ。対して、南と東の大門に繋がるのは陸上回廊。侵入してくるのが地上型主体だとすれば、空中戦闘に長けた一護は北、私が南か東に行くべきなのは自明。

 

 私がそう説明すると、一護は少し考えたみたいだけど、すぐに頷いた。

 

「分かった。こっからは別行動ってことだな」

「そう。とにかくモンスターの波を押し返して、それが済んだら街中に散った奴らの掃討。おーけー?」

「ああ」

 

 再び頷き、一護は私を見下ろした。迷いのないブラウンの目を、私は真っ直ぐ見つめ返す。

 

「……リーナ、無理はすんなよ」

「ん、貴方も」

「なんだよ、えらく素直じゃねーか」

「失礼な。私はいつでも、純真無垢かつ可憐な乙女」

 

 一護は私の言葉を鼻で笑いつつ、刀の切っ先をこちらに向ける。一瞬何かと思ったけど、すぐに理解して短剣を突き出す。刃が合わさり、キンッ、という澄んだ音が響いた。

 

「じゃあな!!」

「ん」

 

 その音が消えない内に、私たちは互いに背を向け走り出した。

 

 すでに各所で戦闘がおこなわれている以上、普通に走り抜けることは出来ない。私は宙を踏みしめて跳躍し、家屋の屋根へと着地。そのまま屋根から屋根へと跳び移りながら、速度を殺さず全力疾走する。

 

 遠くに見えた東大門では、風林火山らしいプレイヤー集団が迎撃に当たっているのが見えた。ならば、私の担当は残る南大門だ。たまに飛んでくる飛行型モンスターを躱しながら、残りの数百メートルを一息に走破した。

 

 南大門の前に着き、屋根から飛び降りて短剣を構えた。流石に大部分のモンスターが門を突破していたけど、まだ門前広場に留まってる。今なら間に合う。

 

 一番手前のモンスターに強打を叩き込んで注意を引き付ける。獣人系に人形系、植物系と多様なモンスターたちの目が、揃って私の方を向く。まるでモンスターハウスだ。

 

「フッ!!」

 

 鋭く息を吐きつつ、私は向かってきた敵の群れと刃を交えた。いつもなら一護が前に出て注意を引き付けてくれるんだけど、今回は単騎故に、そうはいかない。

 

 動きを止めないよう留意しながら、攻撃を避け、受け止め、捌き、隙あらばローリスクな単発ソードスキルを叩き込んでHPを削っていく。

 ソードスキル無効化エリアに引っ掛かってから身につけた、体捌きと単発強攻撃主体の立ち回り。何度も攻撃が際どいところを掠めていくのを感じながら、私はひたすらに敵陣の中を駆け巡った。

 

 とはいえ、流石に一対多は分が悪い。

 敵のレベルはせいぜい六十ちょっと。私のレベルは八十四。レベル差的には安全マージン内ではあるけど、相手の数が多すぎる。少しずつ後退を強いられている現状に唇を噛んでいると、

 

「リーナ! 無事!?」

 

 凛とした声と共に閃光が閃き、モンスターの一体が消し飛んだ。

 

 現れたのは、白地に紅色の装飾の入った、女物の騎士服。亜麻色のロングヘアーが宙になびき、手には純白に輝く美しいレイビア。

 

 血盟騎士団副団長『閃光』アスナが、多くの騎士を従えて立っていた。

 

「アスナ! どうして、ここに?」

「この街にいた知り合いからメッセージもらって飛んで来たの! すごいことになってるね」

「ん。他の門は一護とクラインたちが抑えてる。あと、街中にも何体か」

「なら、ここは私たちで何とかしよう! 貴方たちは街中に散って、入ってきたモンスターを狩って! ただし、負傷したプレイヤーの保護を最優先に!!」

「「はっ!!」」

 

 敬礼した騎士たちが散っていくのを横目に見つつ、私とアスナは敵と向かい合った。数は少なくなったけど、それでもまだ十体以上いる。レベル差があっても、危機なのは変わらない。油断は禁物だ。

 

 けど、二人になったことで、戦闘は一気に安定した。同じ敏捷重視プレイヤーである以上、どちらかにヘイトを集め過ぎるわけにはいかない。しかし背後をカバーしてくれる存在がいるだけで、戦局がかなり安定した。

 

 そのおかげか、敵のラッシュの勢いがさっきまでに比べて弱まったように感じる。畳み掛けるなら、今しかない。

 

「アスナ、一気に前線を押し上げる。右半分、カバーお願い」

「了解っ!!」

 

 ここぞとばかりに私たちは突貫。攻撃のギアを上げ、真っ正面からモンスター群を門の外へと押し返す。短剣も細剣も、威力は低いが手数が多い。相手の爪や鈍器が振るわれる前に斬撃を何発も叩き込み、攻撃の隙を与えずに圧倒する。

 

 焼ききれそうな脳に鞭を打ち、剣を振る手の速度を緩めずに踏ん張る。勢いのままに残りの敵を門の外まで押し出して、ついに最後の一体まで悉く殲滅しきった。

 

 ポリゴン片となって消え去ったのを確認して、私たちはようやく構えを解いた。息を整えながらポーションを飲み干し、半減したHPを補填する。

 

「はぁ、ふぅ……なんとか、制圧できたわね」

「ん……ちょっと、疲れた」

「それでもすぐに整息できるってとこは、流石だね。途中参加の私の方が消耗しちゃってるよ」

「私はこういうの、慣れてるから」

 

 門の柱にもたれ掛かりながら会話しつつ、私は辺りを見渡した。血盟騎士団の援護によって、街中の戦闘もほぼ終息している。隊伍を組んだ白服の騎士たちが駆け回り、救護や残党狩りにと忙しくしている。

 

「仲間から連絡が来たわ。北と東も落ち着いたみたいね。一護とクラインさんも無事みたい」

「……そう、よかった」

 

 一護がこれくらいでやられるとは思わなかったけど、思わず少し安堵する。懸念がなくなり、戦闘で煮えたぎった頭を冷やしつつ、私は今回の襲撃について考えを巡らせた。

 

 まず、これはイベントではない。イベントであるなら襲撃と同時にクエストログが更新されるからだ。襲撃時も終わった今もそれがない以上、このモンスター群はシステム側が意図的に発生させたものではない、ということになる。

 

 では偶然に発生したのか。これもあり得ない。

 モンスターがあれほどの群れをなすのは、モンスターハウスのトラップに引っ掛かったりしたときだけだ。それが圏外村に向かって、しかも三ヶ所同時に襲いかかるなんて、聞いたことがない。

 

 だとすれば、残る可能性はただ一つ。

 

 誰かが意図的に発生させた。

 

 考えるに、今回の件は複数のオレンジプレイヤーが関わった集団PKではないだろうか。モンスターを引き連れて圏外村まで撤退し、何らかの手段で離脱するかあるいは街の人々に紛れ込むかする。昼時で多くのプレイヤーがいる中なら、そう難しいことではないように思う。

 

 だが、問題が一つ。そこまでのことをなし得るプレイヤーが、オレンジプレイヤーにいるのだろうか。

 

 オレンジプレイヤーのレベル帯は明確には不明だが、一般にはボリュームゾーンより上かつ攻略組と同等以下と考えられている。活動域が中層付近である以上、その辺りが妥当なのだろう。だけど、そんなレベル帯の奴らが最前線で、同レベル帯のモンスターをトレインするなんて、考えるだろうか。あまりにリスクが高すぎる。

 

 一体、何がどうなっているのか。

 落ち着いてきた思考を働かせ、原因に関する考察を進めようとした――直後、背中に悪寒が走った。反射で短剣を振り抜きつつ、その場から大きく跳び退る。

 

「おーぅ! スッゲえ反応!! やっぱ『闘匠』はダテじゃねーや」

「……やかましい」

 

 そこには、二人のプレイヤーがいた。

 

 接近警報が鳴らないギリギリの距離で、林の中に立っている。獲物は片方がナイフで、もう片方はエストック。ぼろ布のようなフードに包まれていて、顔はよく分からない。声からかろうじて、共に男であることだけは推測できる。

 

 しかし、頭上のオレンジアイコンと、手に刻まれた棺桶からはみ出す骸骨のタトゥーによって、彼らが何であるかは容易に分かった。

 

「……殺人(レッド)ギルド、ラフィンコフィン」




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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白昼堂々ラフィンコフィン登場でした。
……血盟騎士団がワラワラいる中に出てくるとか、バカなの、死ぬの? と思うかもしれませんが、大丈夫。ちゃんと悪巧みしてます。

次回はこの続きです。
短剣と細剣、ナイフとエストックと同系統の武器持ちが相対した現状からスタートです。

……あぁ、書き忘れてた。
今回、クラインさんの初登場回でした。某ビーストテイマーさんと違ってちゃんと今後も出番はあります。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 25. Unavoidable Subjugation

お読みいただきありがとうございます。

二十五話です。

引き続きリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Lina>

 

 『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』――略称「ラフコフ」――は、SAOで初めて「殺人《レッド》属性」を名乗った殺し屋集団だ。

 

 一般的に、傷害、強盗、殺人などの犯罪行為を行ったプレイヤーはカーソルがオレンジ色となり、転移門の使用、安全圏内に設定されている街への進入などをシステム的に禁じられる。SAO開始時から少なくないプレイヤーが犯罪行為を行ってきたが、HPをゼロにする殺人だけは暗黙の了解的に避けられていた……『笑う棺桶』が登場するまで。いや、その頭領たる『PoH』という名の男が表舞台に現れるまでは。

 

 某黄色の熊を連想させる(あちらのスペルは"o"が一つ多いが)妙な名前だが、そのハーフらしい美貌と話術、さらに攻略組でも恐れるレベルの戦闘能力とで次々とならず者たちを魅了していった。元々協調性に欠ける傾向にあり、多くても二十人は超えない犯罪者(オレンジ)プレイヤーたちであったが、PoHはその連中を己のカリスマ性で束ねていったのだ。いつしかPoHの一味の人数は三十人近くにまで膨れ上がり、犯罪者の集団としてはSAOで最大の規模となっていた。

 

 そして今から約半年前、小規模なギルドを皆殺しにした彼らは情報屋に『笑う棺桶』結成告知を送付。それによって『笑う棺桶』の存在は全プレイヤーの知るところとなった。以後多くの情報が出回り、一部幹部に関してはイラスト付きでプレイヤー名が公開されている。

 

 そして、今目の前にいる二名は、おそらくその中にいた奴らだ。

 

「……SAOきってのお尋ね者が、どうして昼間の最前線に」

「話はあと。アスナ、集中」

 

 隣でレイピアを構えながら微かな同様を顔ににじませるアスナに呼びかけつつ、私は意識を最大限に高め、連中の一挙一動さえ見逃さないよう、神経を尖らせていく。

 

 ナイフ使いの方は、フードの下にずた袋のようなものを被っており、羽織ったマントの下には黒いレザー地のアーマーが見える。対して、エストック使いの方は髑髏を模したマスクを付け、マントと重ねるようにして襤褸布を纏っているようだった。

 

 その特徴を持つ者を、前に情報屋の要注意プレイヤーリストで見たことがある。

 私の記憶が正しければ、そして、連中が変装でもしているのでなければ、こいつらはおそらく、

 

「……毒ナイフの『ジョニー・ブラック』に、針剣使い『赤眼のザザ』。ラフコフの上級幹部。PoHと並ぶ、最大級のゴミクズ共」

「ヒャッ、言うねえ白髪頭。こんな修羅場に出てこないで、大人しくシニガミの旦那にケツ振ってろよ糞女(ビッチ)

「挑発のつもり? バカにしないで、変質者。五歳児でももう少し気の利いたことが言える。足りない頭で考えてから物を言って」

 

 私が返した言葉に、ジョニー・ブラックの目が細められた。

 

 同時に、ヒュッ、という空気を裂く音。私の胸元目掛けて飛んできたスローイングダガーを空中で打ち落とし、それを追うように肉薄してきた奴と斬り結んだ。刃がかなり薄いナイフだけど、思ったより衝撃が強い。素早く受け流し、拳打を返す。

 

「っとぉ!」

 

 スウェーバックで私の拳を躱し、ジョニー・ブラックはそのまま距離を取る。同時に左手が懐へとすべり込んだのが見えた。その手が振り抜かれ、今度は三本同時にダガーが飛来。避けきれない一本だけを弾き、残りを横っ飛びで回避した直後、着地した左足が不自然に大きく滑った。

 

「っ!? 隠蔽罠(ハインドトラップ)――」

「ビィーンゴ! んでもって、そのままくたばっちまえ!!」

 

 咄嗟に右足でけんけんするようにして、グラついた体勢を立て直した。けどそれより早く、ジョニー・ブラックは私の眼前まで接近していた。短剣を引き上げてガードする前に相手のナイフが閃き、私の脇腹に突き立つ。不快な感覚が体内を貫き、私は思わず顔をしかめた。

 

「へっへぇ!! まずはワーン、ヒットォ!! さてさて、アンタにくれてやる状態異常(プレゼント)はぁ……ちぇっ、ただの『猛毒』かよ。シケてんな」

 

 ナイフを突き立てたまま、頭陀袋の男(ジョニー)は不満そうな声を漏らす。

 

 どうやら奴の台詞からして、このナイフは相手にランダムな状態異常を与える武器みたい。だけど、『猛毒』は出る目としては確かにハズレに近い。『麻痺』みたいに動けなくなるわけでも、『混乱』みたいに前後不覚になるわけでもない。HPが三秒ごとに○・五パーセント減っていくけど、即死はしないし。

 

 よって、焦る必要など何処にもない。

 私はナイフを引き抜こうとした奴の手を左手で掴んで止め、同時に短剣を上空に放る。

 ジョニー・ブラックの目がそちらへ向いた瞬間、右手の五指を揃えて構え、奴の注意が戻る半瞬前に、

 

「くたばれ」

「アグィッッ!?」

 

 奴の左目へ、イエローに輝く手刀をぶち込んだ。

 

 発動した体術スキル零距離技《エンブレイザー》は、射程が短い代わりに貫通力に特化している。攻撃した部位が柔らかい眼球部位なら、どんなプレイヤーが相手だろうと確実に貫通する。視覚も奪えるし、一石二鳥だ。

 眼窩にめりこんだ手刀を引き抜くことなく、私はさらに追撃する。突き刺さったままの指をフックのように折り曲げて、簡単に抜けないようにして頭部を固定。次いで右足を思いっきり振りかぶる。

 

 そして、予想外の攻撃を食らい碌に動けないらしい相手の顔面目掛けて、全力の膝蹴りを叩きこんだ。

 

 スキル攻撃ではないものの、顔面に続けて直撃(クリーンヒット)を受けたジョニー・ブラックは悲鳴を上げることもなくふき飛んで、もんどりうってそのまま倒れた。

 HPはまだ半分以上残ってはいるが、今の悪者映画(ピカレスク・ムービー)さながらの攻撃で戦闘意欲を大きく削げたとは思う。あまり気持ちのいいものではなかったけれど。

 

「このっ! 触らない、でっ!!」

「ぐッ!?」

 

 男の苦悶の声と鈍い音が同時に響き、私は横目でそちらを見やる。視線の先で、アスナの純白のブーツの先が、ザザの股座にめり込んでいた。どうやら、自身のレイピアを掴んで止められたことへの反撃措置だったらしい。

 細い刃を握り締める手の力が緩んだ瞬間に、素早く剣を引いて単発の刺突を一撃。相手を大きく退かせつつ、反動でアスナ自身も距離を取った。先ほど投げた短剣を回収しつつ、私は彼女の隣へと合流する。

 

「……アスナ、男にえげつないことする」

「ふんっ、女子の持ち物にベタベタ触るからよ。そっちこそ、あの覆面にすっごくグロい攻撃してたじゃない」

「女子の身体を刃物で刺した。当然の報い」

「似たようなものでしょう」

「似てない」

 

 いつものノリで会話をしつつ、しかし気を緩めることは無く、私たちは再度立ちあがった二人を注視していた。HPはジョニー・ブラックが六割強、ザザが八割弱。一方の私たちは、アスナが七割、私が八割から微減中といったところ。油断はできないけど、慌てる状況でもない。

 それに、もうじきアスナの部下たちが帰ってくるはず。そうすれば数の利を活かして連中を制圧できる。いくら連中がラフコフの幹部であっても、二対多を掻い潜って逃走できるだけの力はないだろうし。

 

 迫る勝利を確信しつつ、私は更なる追撃のために一歩を踏み出そうとして――異変に気付いた。索敵スキルによる感知エリア、その境界線の端から、複数の反応が迫ってきていた。

 

「チッ、やっと来やがったか。トロいってんだよ」

「文句を、言うな。主目的は、達成できた。退くぞ」

 

 片目から血に似た真紅のエフェクトをまき散らしながら舌打ちをするジョニーブラックを、ザザが窘める。そのまま武器を納めた二人は素早く身を翻し、林の中へと消えていった。一瞬後を追おうかとも思ったけど、すぐにそれが愚策であると判断し、足を止めた。

 狡猾なあの連中のことだ。退路に私が引っかかったようなトラップを仕掛けている可能性は十分高い。それに去り際の台詞からして、新たなトレインをこっちに差し向けたのもまた奴らであると思われる。私たちの前にたった二人で現れた目的も判明していない。不確定要素が多すぎる以上、ここは堪えて第二波に備えなければ。

 

 腰のポーチから解毒結晶と回復結晶を取り出し、連続して自分に使う。値が張る代わりにその即効性はかなり良い。あっという間に全快したところで、索敵スキャンを実行。敵軍の数と位置を把握する。

 

「……また、数が多い。見える範囲で三十二。カーソルから判断して、うち二人がオレンジプレイヤ……ん?」

「どうしたの?」

「……モンスターを引き連れてたプレイヤー二人の反応が、消えた」

「つまり、消滅したってこと?」

「そこまでは分からない。死んだのか、それとも『隠蔽』スキルあるいはアイテムで隠れたのかまで、私の『索敵』スキルじゃ判別できない」

 

 もしも後者で、しかも私たちがモンスターを倒しきった後を狙われると厄介だ。しかも、北や東へも同様に第二陣が向かっていると考えると、一護たちの援軍は期待できそうにない。万が一の不意打ちにも気を付けつつ、アスナの部下たちが戻ってくるまで、私たちだけで戦線を維持しないと。

 

 対人戦から対獣戦へと思考を切り換え、視界へと入ってきたモンスター群目掛けて、私はアスナと共に再度突撃を仕掛けていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 結局、警戒していたような『隠蔽』からの襲撃はなく、タサの街を襲った多重トレイン攻撃は私と一護が敵を確認してから四十分ほどで鎮静化された。途中参加で登場したキリトが私たちのいた南大門を支援してくれたのは、正直けっこう助かった。

 ソロ最強と言われるだけあって流石に強く、彼を入れて三人で、二人前衛で一人後衛で次々とスイッチして迅速に敵を屠ることができ、非常にスムーズに戦闘を進められた。戦闘終了後のアスナの頬が、明らかにアドレナリン以外の理由で赤らんでいたことだけチョットアレだったけど。せっかく身体を動かしてすっきりしたのに、なんかまたもやもやが復活してしまった。おかげで一護と合流したときに、少し会話がぎこちなくなった。全く、どうしてくれるの。

 

 ……まあ、何はともあれ、主だった面子はとりあえず全員無事。風林火山や血盟騎士団内にも負傷者はいたけど死者は一人も出なかった。襲われたのが最前線の圏外村ということもあり、街中に居たのは全員攻略組、それも上位クラスのプレイヤーばかりだった。

 そのため今回の事件での死者はゼロであり、被った損害としては各個人の回復結晶代くらいのものだろうと思われる。大規模ではあったが、無事に終息した事件であったと言っていいだろう。

 

 しかし、悠長にしてはいられない。

 今回の事件は最前線で起こった。そのため、被害区域にはNPCを除く()()()高いレベルの戦闘能力を持っており、その結果として人命被害が出なかったのだ。これが中層以下だとそうはいかなくなってくる。

 既攻略層において、フィールドに出てくるプレイヤーの多くはボリュームゾーンのレベル帯に位置する。迷宮踏破一本の攻略組とは異なり、彼らは戦闘以外を目的としてフィールドに出ることもある。もしもそういった観光や遊園目的でうろうろしている者がいる、あるいはそういったスポットが多い地区で同様の事件が起きた場合、被害は想像を絶するだろう。死者が出る確率も、相当に高いと思われる。

 

 事態を重く見た私たちはアスナの提案でグランザムに再集合。聖竜連合を始め、いくつかの大規模ギルドの幹部を集めて事件の概要を説明し、その凶悪性と抜本的解決策の必要性を主張した。

 彼らの刃は、もう私たちにすら届きうるのだということに話を聞いた各ギルドの代表や幹部も危機感をあらわにした。今までどこか他人事のように、攻略組である自分たちは襲われることも滅多にないから関係ないという思いを抱えていた者たちも、もう知らぬ存ぜぬで通らないことを自覚したようだった。

 

 そして、全会一致で、ついにある一つの作戦が始動することとなった。

 

 それが、「『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』討伐作戦」である。

 

 ――ここから先は主にアスナから聞いた情報なのだが――ちょうど今から一週間前、殺人の罪悪感に駆られた一人のプレイヤーからのタレコミで連中のアジトが判明していた。すぐにでも襲撃し拘引せねばという強硬派と、話し合いで平和的解決策を求めようという穏健派が今日までずっと喧々諤々の論争を繰り広げてきたらしい。

 しかし、今回の一件を受けて一気に強硬派が優勢となった。途方もない数の死者を出しかねないトレインを圏外村に仕掛ける連中に話し合いなど通じるはずがない、そんな奴らに交渉など持ちかける道理など存在しない、そんな意見が大多数を占めていたそうだ。

 

 その結果、ついに強硬派の意見がギルド間参謀会議で承認され、聖竜連合からはディフェンダー隊リーダーのシュミット、血盟騎士団からは副団長のアスナが代表として選出され、さらに風林火山を始めとする攻略組ギルド五つ(私と一護はなぜかこのカテゴリで依頼が飛んできた)、それからキリトを含む何人かのソロプレイヤーを集め、総勢五十名にも及ぶ討伐部隊が結成された。

 指揮系統担当を中心に会議が重ねられ、綿密な打ち合わせが行われた。相手はモンスターではなく人間。それも狡猾な殺人鬼たちを相手取る以上、作戦立案はボス戦以上に慎重に行われた。

 

 特に、この一文を決める時だけは大いに揉めたそうだ。

 

 

「叶うのならば、一人の死者も出ないのが望ましい。しかし、もし如何なる手段を講じても抵抗を止めないようであれば――『HP全損(ころす)』も已む無し」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――で。結局いつやんだよ、その作戦」

「明日、午前三時、持ち場ごとに、集合。そこから分隊ごとに、行動開始――っと」

「んじゃ、夜中にカチ込みかけんのか。お前、戦闘中起きてられんのかよ? 酔拳みてえになってても、俺は庇わねえからな」

「大丈夫。明日は、一日中、寝溜め、するからっ、とと」

 

 飛んできた斬撃に気を取られ、足場を崩しそうになった。バックステップで誤魔化しつつ追撃を躱し、体勢を立て直す。随分と慣れてきたけど、やっぱり戦闘状況下での空中移動はまだ難しい。攻撃時はともかく、相手からの攻撃に対処するときにどうしても足場の意識が抜けてしまう。その場で二、三度宙を踏みつけて感触を確かめつつ、私は一護が繰り出す次の攻撃に備えた。

 

 つい先日から始めたレベル五のトレーニングである実戦形式……の前段階、レベル四・五の練習だ。一護が一方的に攻撃してくるのに対し、私はひたすら回避や防御をしまくる。こちらが慣れていなかろうが彼はけっこう加減なく斬りかかってくるので、正直喋る余裕はほとんどない。

 

「そろそろ一時間だ。終わっとくか?」

「ん。後は、模擬戦お願い。今日は絶対に一本取るから」

 

 そう言いつつ地面に降り立ち、私は短剣の切っ先を一護へと向けた。毎回、空中歩行の練習のシメには全力の模擬戦をやってエネルギーを出し尽くすのがお決まりになっている。

 相手の背中を地面に付けたら一本という単純なルールで、私の勝率は今のところゼロ。単純な力のぶつかり合いでは敏捷重視のこちらが不利だし、それに、悔しいけど戦闘技術では一護の方が数枚上手だ。つい半月前くらいに見せてくれたバグ技級の『アレ』を使われたら手も足も出ないけど、それがなくても勝てる確率はかなり低い。

 

 けど、そんなことは退く理由(いいわけ)にはならない。勝てなかろうと、退くわけにはいかない。そんなことで後退りしてたら、百層に到達する前に絶対に心が折れてしまう。その程度の強さじゃ、この世界を叩き壊す力には程遠い。目の前で刀を構える、彼くらいの強さがないと。

 

「……先手はやる。来いよ」

「いいの? 絶対に後悔することになるけど」

「上等じゃねーか、させてみろよ」

 

 そう言って、一護は不敵に笑って見せた。頭の中のギアが、音を立てて上がっていくのが分かる。音もなく短剣を抜いた私は重心を落とし、

 

「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、限定解除】

 

 限定解除を行使。敏捷力を跳ね上げて、低い姿勢から一気に突貫した。

 

「テメッ、模擬戦で限定解除(それ)はズリーだろ! 前に反則認定したの、ドコの誰だっての!!」

「知らない。言ったでしょ、後悔することになるけど、って!!」

 

 『死力』スキルの限定解除は、ステータスを上昇させる代わりにHPが減るスキルだ。けど、模擬戦闘で使った場合、後者の効果が消える。つまり、デメリットなしの超強化スキルになるわけだ。

 

 本来なら確実にパッチ修正がなされるはずだけど、この世界にはデバッガーもプログラマーもいない。現在このスキル自体を保有してるプレイヤーは滅多にいないし、模擬戦闘で有利になる以外にメリットを感じたことも、今のところない。なら、今その恩恵を活かさないでどうするというのか……確かに、ちょっと卑怯だけど。

 

 短剣の持ち味である軽量性と手数を活かし、立て続けに逆手突きを叩き込んでいく。肘を伸ばしきらず、スナップを利かせた高速小攻撃(ジャブ)の多段攻撃を、しかし一護は全て目で追い、片っ端から打ち落としてきた。けど流石に反撃は飛んでこない。多分、間合いが詰まり過ぎているせいだろう。

 

 この好機、逃すには惜しい。

 

 私は一気にケリを付けるべく、さらに肉薄する。同時に左手で手刀を作り、腰だめに構える。これで《エンブレイザー》を水月に突き込んで、勢いで押し倒す。

 

 模擬戦闘ではアバターが損傷しないため、この技の強烈な貫通力は、全てピンポイントの打撃力へと変換される。いくら一護でも、このラッシュからの零距離体術は防げない。

 

 無意識に浮かんだ薄い笑みを殺しつつ、私は勝利の一撃を放った。眩く光る貫手が彼の腹部目掛けて突き進み――突如、視界が暗転(ブラックアウト)した。

 

 衝撃が顎下から脳天までを突き抜け、立つことすらできない。繰り出した技は虚しく宙を掻き、私はそのまま地面に倒れ込んでしまった。

 

「お前、最後の技のチョイスをミスったな。わりーけど俺、手刀を見切るのは慣れっこなんだよ」

 

 そんな声と共に、空を映す視界の隅に、一護のしかめっ面が見えた。刀を担ぎ、眉間に皺を寄せたいつもの顔が私を見下ろしている。

 

「……最後の一撃、何したの?」

「柄で真下からぶん殴ったんだ。間合いが詰まってたから、フツーに振るわけにはいかねえだろ」

「ずるい」

「ドコがだよ。オメーが言えたことでもねえだろーが」

 

 見事に意表を突かれ、悔しさと清々しさが同居した複雑な気持ちがする。何となくふくれっ面をした私を見て呆れた顔になった一護に、刀の峰でコツンと額を叩かれた。

 

 ……次やるときは、先にHP減らしといて『死力』スキル解放してみようかな。




感想やご指摘等いただけますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

女子回でした。思い付きで目ん玉ぶち抜くとは、リーナさんもしっかり成長しているようで何よりです。

次話はラフコフ討伐戦です。

……それと、おそらく来週中に四章が完結いたします。短いですけど、ヒロインメインのお話を引き延ばしすぎてもいけないので。
再来週には最終章が始まってると思います。期末テストで轟沈してなければ、の話ですが。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 26. The Cross of the Indra

お読みいただきありがとうございます。

やっとこさ打ち直しが完了しました。

誠に申し訳なかったです。

二十六話をお送り致します。


<Lina>

 

 午前三時十八分。

 

 深夜の第六層サイドダンジョン『夜光の窟』は、物音一つせず静まり返っていた。

 

 件のタレコミがなければ訪れることなど永久になかったであろうこの場所。入り組んだその内部の中心地点に安全地帯が設定されているらしく、情報によれば、そこが『笑う棺桶』のアジトとなっているらしい。

 

「……みんな、準備はいい?」

 

 二か所ある進入口のうち、正面に陣取った私たち攻略組三十人の前で、部隊の指揮を執ることになったアスナが小さく、しかしよく通る声で呼びかける。

 

「最後の確認よ。二十分になったらダンジョン内に突入。安全地帯まで一気に駆け抜けて、裏手担当のシュミットさん率いる二十人と共に、ラフコフを挟み撃ちにする。

 相手は今まで何人ものプレイヤーを殺してきている殺人(レッド)プレイヤー。戦闘になれば、私たちの命を奪うことに躊躇いはないわ。だから、こっちも躊躇しないで。手加減なんて考えないで、全力で戦うこと」

 

 以上よ、とアスナが締めくくると、それを聞いていた三十人がまばらに頷く。私の横で刀を肩に担いだ一護も、混ぜっ返すことなく首肯していた。

 

 残念ながら、『夜光の窟』のマップデータは、知っている情報屋全員に手当たり次第に尋ねてみても手に入らなかった。

 しかし、タレコミの情報から、ホールを思わせる広い空間が連結したような形状のダンジョンであること、正面と裏口からちょうど等距離の中央地点が安全地帯になっていることは判明している。また、所々に枝道が存在するが、ダンジョンとしては比較的小型であり、メインストリートもかなり太いため迷うことはないだろう、とのこと。故に、道に迷って背後を取られる、なんて可能性はなさそうだ。

 

「それじゃ、時計合わせて……三、二、一、突入!」

 

 凛とした号令一下、各々の武器を抜き放ち、私たちは闇夜の洞窟へと一斉に飛び込んでいった。

 

 

 

 ◆

 

 

 突入開始からものの五分で、私たちは安全地帯の二つ手前の広間まで到達していた。

 

 途中、二度ほどモンスターと遭遇したが、実体化と同時に先頭を走る一護が放つ《残月》で両断され、あっさり蒸発していった。そのため洞窟に入ってから足を止めることなく、ここまで来れている。こちらの部隊には構成メンバーに軽装備が多いため、行軍速度が比較的早いことも要因だろう。

 

「……予定より一分と二十秒ほど早いわね。みんな、少しだけ待機しましょう。同時に攻撃しないと、どちらかの枝道に逃げ込まれる可能性があるわ。できるだけゲリラ戦は避けたいしね」

 

 一護より一歩遅れて私と並走していたアスナがそう言うと、皆の足取りが遅くなり広場の中央あたりで全員が立ち止まった。先頭集団にいた私は、短剣を順手逆手に持ち替えて玩びながら、薄闇に包まれている進路を見据える。あと数百メートルも進めば、もう安全地帯に辿り着く。そして、

 

「……この先に、奴ら(ラフコフ)がいる」

「なんだよ、こえーのか?」

 

 私の呟きが聞こえたらしく、一護は肩越しに振り返った。

 

「まさか。貴方こそ、いち早く武器を抜いてたけど、ひょっとして怖いの?」

「アホ。テメーらがボサッとして、ここの雑魚連中にたかられねえように先陣切ってやるために決まってんだろーが」

「レベル六のMobに、攻略組の私たちがたかられる? 冗談でも有りえない。百歩譲って有りえたとしても、そんな無様をやらかすのはそこの髭面野武士(クライン)くらいでしょ」

 

 そう言って私が人差し指を突きつけると、いきなり話題に引きずり出されたクラインは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべた。

 

「え、ちょっ、なにさらっとディスってくれてんだ、リーナ嬢ちゃん? おりゃあ仮にも攻略組で、しかもギルドリーダーなんだぜ?」

「あ、でもクライン。お前つい一週間くらい前、グラマーな女性型の超格下Mobが斬れないとか喚いてたよな。んで、結局二十体くらいに囲まれて『ぐおぉ、こ、これぞハーレム!!』とか何とか叫んでたような……」

「て、てめえキリト! なにバラしてんだよ!! メシ一回おごりでチャラにしたじゃねえか!!」

「露店の串焼き一本がメシ一回にカウントされるわけないだろ! マーテンの高級レストランでフルコース料金出す約束はどこいったんだヒィッ!?」

「いい加減にして、二人とも。叩き出すわよ?」

 

 場所も弁えずやいやいと騒ぎ始めた二人の中間に、アスナのマジ刺突が叩き込まれた。余計なことを言うと、火種を作った私にも飛んできそうだから、ここは茶化すことなく黙って眺めてよう。多弁は銀、沈黙は金、と。

 三人のくだらない漫才を見たせいか、張りつめていた空気が多少和らいだような気がした。みんな緊張がほぐれて肩の力が抜け、苦笑を浮かべる者もいる。とりあえず、結果おーらいってことにしとこう。

 

 そんな皆を見て、私同様火種作成の片棒を担いだはずの一護は、呆れたとばかりに軽いため息を吐き、声を張り上げる。

 

「……ったく、なに遊んでんだよ……おいオメーら! そろそろ一分二十秒経つだろうが。さっさと先に進むぞ――ッ!?」

 

 瞬間、一護の眼が鋭く光る。ほぼ同時に担いだ刀が振り抜かれた。

 

 白銀の刃が目にもとまらぬ速さで閃き、ガキンッ! という硬質な音が響く。数秒後、残心を取る一護の背後に漆黒のスローイングダガーが落下。乾いた音と共に地面に突き立った。さらに遅れて、黒いフードを被った人影が三人、上空から落下してきた。

 

 その一連の事象の意味すること。それは――、

 

「――敵襲! 各自散開っ!!」

「――シィッ!!」

 

 一秒ほどのタイムラグを経て、アスナと私がほぼ同時に再起動した。アスナはレイピアを掲げて指示を飛ばし、私は短い呼気と共に疾駆して敵の一人へと飛びかかる。繰り出した短剣を片手剣で受け止められたけど、素早く切り返して弾き飛ばし、さらに短剣を振りかぶって全力刺突。そのまま大きく踏み込んで強引に突き飛ばした。

 

「ひっはァ!! やるねえシニガミの旦那!! 《忍び足(スニーキング)》からの完全不意打ちだったんだけどなあ!!」

「うるっせえな頭陀袋(ふくろ)野郎!! 殺気全開であんなモン投げられて、気づかねえわけが、ねえだろッ!!」

 

 どうやらさっきのナイフはジョニー・ブラックによるものだったらしい。一護と斬り結びながら、場違いに陽気な笑い声を響かせている。周囲をざっと見渡すと、各所で似たような戦闘が勃発していた。

 まだアジトには程遠いのに、斥候にしては数が多すぎる。少なくとも、二十人はいるように見える。距離にして数百メートルある距離でさっきのバカ騒ぎが聞こえて駆けつけた、とも思えない。

 

 ということは、結論はただ一つ。

 

 奴らから密告者が出たのと同様に、なんらかの経路でこちらからも情報が洩れ、奇襲されたのだ。

 

 迂闊だった。

 私たちがいずれ連中を討ちに来ることくらい、予想は付いて当たり前なのだ。アジトに籠っているだろうと勝手に決めつけ、他の可能性を排除したこちらの落ち度だ。何たる失態か。

 

 けれど、

 

(きった)ねえ不意打ちが決まったぐれえで、調子に乗ってんじゃねえよ!!」

「ぐおっ!?」

 

 こっちが有利なのには変わりはない。

 

 ジョニー・ブラックを力任せに弾き飛ばし、一護が怒涛のラッシュを仕掛けていく。それを皮切りに、動揺していた他の人たちも徐々に落ち着きを取り戻し、攻勢を強めていった。麻痺毒短剣で動きを封じた殺人者(レッド)たちを捕縛用の太いロープで拘束しながら、私は戦況を見極めていく。

 

 奇襲直後はかなり押されはしたけれど、体勢の立て直しには成功した。

 撤退する構成員を追う者、投降した者をふん縛る人たち、残りの面子を取り囲んで追い詰めていく集団など、こちらが明らかな優勢を確保できている……はずだった。

 

 しかし、まだ見込みが甘かった。

 狂騒状態に陥ったラフコフの連中が端々で滅茶苦茶に暴れ始め、しかもそれを止め切れていないところがあるのだ。相手をする攻略組の者たちの顔は引きつり、青ざめ、中には蹲って頭を抱えてしまう者もいる。相手が犯罪者であっても、PKに対する覚悟が極め切れていないようだった。早く、私もこいつらを捕縛して戦線に加勢しないと。下手をすると攻略組(こちら)側にも犠牲者が出てしまう。

 

 少なくない焦燥を感じる私だったけど、安心できる要素が一つだけあった。

 

「セイッ! おらぁっ! ふんっ!!」

「く、クソッ!」

 

 心配の欠片も不要とばかりに戦闘を続ける、一護の存在だった。

 

 上級幹部のジョニー・ブラック相手にしてもほとんど無傷。繰り出されるナイフの乱撃を刀を僅かに翳す最小限の動作で防ぎ、続けざまに攻撃を叩き込む。刀の間合いの内側に入ろうとジョニーが肉薄するも、容赦のないアッパーが顎に直撃。上体が大きくのけぞった。

 

 速攻で体勢を正したジョニーが下段からの刺突を叩き込む。が、一護は手首を掴んで真っ向から止めた。抜け出る前に刀が振るわれ、ナイフごと右腕が消滅。そこに生まれた隙に一護の蹴込みがクリーンヒットして、ジョニーは大きくふっ飛ばされた。

 

「ちっくしょぉ!! ンの野郎がぁ!!」

「どーしたよ、もう終わりか? 先鋒で出てきたくせに、随分あっけねえじゃねえか。よお!」

「がはっ!!」

 

 尚も抵抗するべく新たなナイフを振るうジョニーだったが、部位欠損のペナルティのせいか、動きが鈍い。短剣使いらしからぬ大振りを捉えられ、再び一護の蹴りが命中。数回バウンドしながら後転し、床に強かに叩きつけられた。

 

「さて、もう勝負はついたろうが。とっとと掴まってもらうぜ」

 

 肩に刀を担ぎながら、一護はゆっくりと近づいていく。ジョニーはうなだれたままピクリとも動かない。HPはすでにレッドゾーンに達しそうなほどに減少している上に、相手は一護だ。単純な不意打ちなど通用しないことが出会いがしらの投げナイフでわかっている以上、妙なことはしないはず――そう思った直後、

 

 

「――イッツ・ショウ・タイム」

 

 

 頭上で声が響いた。

 

 同時に、枝道から無数の黒い線が私たち目掛けて殺到した。咄嗟に身を捻って数本は躱したけど、数が多すぎた。三本を両足と左手に受けてしまい、貫かれた。麻酔状態で神経を刺激されるような不快な感覚が私を襲う。

 

 不意は突かれたけど、ダメージはほとんど食らってない。慌てず冷静に体勢を立て直さなければ。そう思い、一度後退しようと両足に力を籠め――られなかった。どころか、踏ん張りすらきかない。思わずその場に崩れ落ちてしまう。受け身も捕れず叩きつけられる視界の中に、同様の状態になって倒れ伏す攻略組たちの姿があった。良く見ると黒い線の実態は鎖らしく、さらに人数は少ないもののラフコフの構成員も巻き添えを食う形で捉えられていた。

 

 一体これは何なのか、混乱する思考回路を何とか落ち着かせて考えようとしていると、

 

「Wow……こいつは大漁だ。どこもかしこも有名人だらけじゃないか」

「作戦、成功」

 

 どこからか声がした。仰ぎ見ると、そこには二人の人影があった。一人は襤褸布と髑髏の面を纏い、エストックを持つ小柄な男――ザザだ。HPが全く減っていないあたり、どこかに隠れていたらしい。

 

 そして、その前に立つのは、歪な形状の肉切包丁をひっさげた、長身のプレイヤー。目立つ特徴はないものの、その纏った空気のせいで、誰なのかは一瞬で分かった。

 

 

 『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』リーダー、PoH。

 

 

 奴がいること自体には問題はない。HPがろくに減っていないのも、隠れ潜んでいたと考えれば納得できる。だが、おそらくこの状況を作り出した奴が、一体何をしたのかは検討も付かなかった。唯一動く右手で短剣を握り締めながら、その一挙一動に最大限の警戒心を向ける。

 

「しかし、随分とあっさり片付いちまったな。まだ五体満足で動けてる奴なんざ、十人といねえだろう」

「向こうで、死神代行が、暴れ回ってる。オレも、行って、加勢する」

「好きにしろ」

 

 ザザはシュウッと呼気を漏らすと、どうも全ての鎖を叩き落としたらしい一護へ襲いかかっていった。既に五人に囲まれていた彼は即座に反応し、エストックによる刺突を捌きながら背後からの斬撃を蹴りで弾く。今の所は大丈夫そうだけど、他の攻略組がやられてしまったら、流石の一護でも危ない。何とかして、この鎖から抜け出さないと。

 

 短剣を逆手に持ち、三本まとめて切断しようと渾身の力を込めていると、横から飛んできた蹴りで弾きとばされてしまった。同時に、嘲るような声が聞こえる。

 

「無駄だぜ『闘匠』さん。あんたの剣でも、こいつは斬れねえ。なんせ、()()()捕獲用の特別仕様だからな」

 

 PoHが私の方に近寄ってきていた。口元に薄い笑みが浮かんでいるのが見える。

 

「……犯罪者を捕えるアイテムで、私たちを捕縛したっていうの? 有りえない。対オレンジ専用の捕獲アイテムがグリーンプレイヤーには影響しないはず」

「確かにな。だが、そこをくぐり抜けるのが腕の見せ所ってやつ――」

「おいっ、PoH!! この罠、まさかお前!!」

 

 私たちの会話に割り込むかのように、叫ぶような声が響いた。

 見ると、左手と右足を貫かれたキリトが、地に伏しながらPoHを睨んでいた。その傍らには、息絶える寸前のラフコフの構成員。右手一本で、どうにか殺しきったらしい。

 

「よおキリト、貴様に会うのは二か月ぶりぐらいか? って、ンなことぁどうでもいいか。

 ああそうだ。いつだったか、貴様のギルドを全滅させたときのテクがこれだ。貴様があの場所にいたら手こずってただろうが、あの時はいなかった。おかげでスムーズに殺せたっけな」

「てめえ……許さない、貴様だけは、絶対に許さない!!」

 

 激昂して鎖を引きちぎろうともがくキリト。それを横目に、PoHは歪な微笑を保ったまま、包丁を構えた。

 

「さて、あいつは最後に消すとして、まずは貴様から取り掛かるとするか。いい声で鳴いてくれよ?」

「ふざけないで。貴方ごときの剣で、私が慄くとでも?」

 

 そう言って睨み返すと、PoHはフンッ、と鼻で嗤い、何の躊躇もなく私に包丁を振りおろし、叩きつけた。視界の端でHPがグイッと削れるのが見え、思わず顔がゆがむ。

 PoHは薄ら笑いを浮かべながら、私に連続して刃を叩き込み続けた。嬲るように、少しずつ、私のHPを削っていく。武器のないわたしは、せめて抵抗の意を示すために、声もあげずただひたすらに奴のフードの内側を睨み続けていた。

 

 こんなところで死にたくはない、けど、奴に媚びるくらいなら死んだ方がマシ。

 (HP)に比べれば誇り(プライド)なんて、と思うかもしれないけど、それでもコイツに命乞いだけはしたくない。私は『闘匠』。死神の片腕。これ以上の無様を晒せば、彼に合わせる顔がない。だからせめて、死ぬときは潔く死のう。僅かに怯える心にそう言い聞かせ、パニックを抑え込む。

 

 後悔がないわけじゃない。

 もっといろんな美味しいものを食べたかった。

 もっといろんな景色を見てみたかった。

 もっとあの家でうたた寝をしていたかった。

 

 ――もっと、一護と一緒にいたかった。

 

 そこまで考えて、初めて気づいた。

 この心をもやもやさせる感情の正体、一護を想うたびに、うずくように走る感覚の真相。

 

 ここまで来て、ようやく分かった。死を目前にして、やっと自覚できた。生まれて初めて、最初で最後の、私の恋慕。

 

 そう、私は、彼のことが――

 

 

「……どうしたよ? 戦場のド真ん中でボケッとしやがって。いつものテメーらしく、ねえじゃねえか」

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 私へと振り下ろされ続けた包丁の乱舞。それが止んでいて、代わりにコートを纏った大きな背中が、私の前に突如として出現していた。

 

「……貴様、どうやってここまで」

「あ? 訊きゃあ答えるとでも思ってんのかクソ野郎。テメエに話すことなんざ、一つもねえよ。とっとと……消えろ!!」

 

 爆発するかのような叫びと共に、激しい金属音が鳴り響く。刀を振りきってPoHを吹き飛ばした一護は素振りを一つすると、私の方へ振り返った。何かを言う前に回復結晶を取り出し、私にむけて「ヒール」とつぶやく。一瞬で私のHPが全快し、這いよっていた死の気配が遠のくのが分かった。

 

「……一護、その……」

「わりぃ、リーナ。来んのが遅くなっちまったな」

 

 しかめっ面で、一護が静かに言う。

 

「ちっと待ってろ。すぐに、終わらせてくる」

 

 そう言った瞬間、彼の姿が――()()()

 

 と思った次の瞬間には、一護ははるか彼方の敵集団の一人を斬り伏せた後だった。無論、誰一人として反応できた者はいない。近くにいた私でさえ、踏み込む瞬間すら捉えられなかった。

 

 掻き消えるような速度で移動した、とか、そういうレベルじゃない。瞬間移動に等しい、知る限り最速、そして一護しか持たない、異質な移動スキル。

 

 

 エクストラスキル『縮地』だ。

 

 

 効果は至極単純にしてこれまた異常。『習得したプレイヤーの視認できる最大の速度まで、移送速度を瞬間的に向上させる』というもの。つまり、プレイヤーの動体視力の上限によって出力が変化するということだ。

 

 ――つまり、これが、彼の生きる「最速」の世界だということ。

 

「ォォォォおおおおおおおオォッ!!」

「ぐっ!? な、なんだコイツ!」

「追いきれねえどころじゃねえ! 姿さえも見えねえぞ!!」

「く、くそっ! とにかく奴の動きと止めちまえガフッ!?」

 

 咆哮と共に『縮地』による瞬間加速を連発する一護。残像が明確に残る速さで飛び回り、斬撃が縦横無尽に飛び交い、ラフコフの連中を文字通り瞬く間に叩きのめしていく。もはや本物の死神、というよりは鬼神のような隔絶した超速戦闘に、私や他の攻略組は、半ば放心状態で見蕩れていた。

 

 圧倒的だった。完膚なきまでに。

 

「貴様、図に乗るなよ!!」

 

 何度目かの斬撃で、やっと一護の神速が停止した。いつのまにか姿を消していたPoHが、その肉厚の包丁で一護の刀を受け止めていたのだ。

 

「……何言ってんだよ、今まで散々図に乗ってきたのはテメエらじゃねえか。レッドプレイヤーとか名乗って、罪もねえ連中を殺しやがって……ナメてんのも大概にしろよ!!」

 

 鍔迫り合いしていた刀を閃かせ、PoHの包丁を弾く。直後、『縮地』で背後に出現し、強烈な蹴りを後頭部に叩き込んだ。さらに刀を振りかぶり、ほぼ零距離で《残月》を発現。青白い閃光がPoHを飲み込み、そのHPを一気に削り取った。

 

「Suck!!」

 

 罵倒のスラングを吐いた犯罪者の頭領は宙返りしつつ着地。

 それを余所に一護は再度縮地を発動し、背後を突こうと忍び寄っていたザザの左腕を斬り飛ばした。さらに『縮地』を連続発動し、黒い竜巻のようにザザの周囲を旋回した。ドドドドドッという地を踏む音が鳴り響く度に斬撃が振るわれ、満タンだったエストック使いのHPが急減少していく。

 

 と、次の瞬間、薄闇から再度鎖が射出された。一護はすぐに反応し、鎖を払いつつ『縮地』で回避しようとする。しかし左の手足に鎖が絡み、動きが封じられていた。

 どうやら平素のクセで鎖を手足で弾こうとしたらしかった。この鎖が犯罪者捕獲用だというのなら、おそらく攻撃であっても武器以外で触れれば確実に拘束される。そのことを伝え忘れていた自分を呪った直後、

 

「こんなモン、どうしたってンだよ!!」

 

 目を疑った。

 

 

 一護は刀を振り上げ、そのまま一切躊躇することなく、自分の()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 肘と膝から先がポリゴン片となって消え去っても、彼の眼には焦りも動揺もなかった。それがあるのは、その光景を目の当たりにしたPoHの方であった。さらに一護が『限定解除』を発動。青い光が彼の身体を包み込んだ。

 

「……こんなモンで、俺が止まるかよ。止まっちまったら、ここで頑張ってる連中を護れねえし、くたばっちまった連中にも顔向けできねえしな!!」

 

 そのブラウンの目にかつてない激情をみなぎらせ、一護は片脚で立ちあがる。フラつくことなく立つその姿は、雄々しく、そして美しかった。

 

 その姿に見惚れた数秒後、一護は『縮地』を発動。掻き消え、PoHの左脇に出現した。咄嗟にPoHは包丁を振るうものの、一護は手先を失った左腕を振って弾き、膝から下の消えた左足で蹴りを放つ。『限定解除』のおかげで部位欠損ペナルティを感じさせない速度で打ちこまれた打撃に、PoHの身体が大きく傾ぐ。

 

 再び縮地を発動した一護は少し距離を取った。刀を大きく振りかぶり横に一閃、宙に青い太刀筋を刻む。そして、刀を大上段に振りかぶり、

 

「――終わりだ、PoH!!」

 

 一閃する。

 

 その二つの軌跡が重なった瞬間、蒼い斬撃の十字架が高速で飛翔し、PoHの身体に直撃した。

 

 《残月》の発展系スキル《過月》。

 

 死神によって放たれた断罪の十字は、罪人の身体を蒼く、蒼く染め上げていった。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

……今回は、「何やってんだクソ作者」と罵倒される覚悟でございます。
寝ぼけてやらかしてしまいました。


ひとまず、一護のエクストラスキル『縮地』でした。
もはや「そんなんチートやチーターやん!!」と言いたくなる代物ですが、扱いはかなり難しいです。その辺は次話にて。

※今話の一護の心境
「三話ぶり……三話ぶりに、俺の出番(ターン)……!」

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 27. Rainy, Sunny

お読みいただきありがとうございます。

二十七話です。

連続リーナ視点、ラストです。

前半は事件の顛末の回想です。
説明文っぽくけっこう文字も多いので、細かいところまで読むのが面倒な人は"◆"まで読み飛ばして下さいませ。

宜しくお願い致します。


<Lina>

 

「――以上が、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』討伐作戦の報告全文です」

 

 アスナがそう締めくくると、一言も声を発さずに報告を聞いていたヒースクリフは重々しく首肯して、短く「ご苦労」と告げた。それを確認したアスナは一歩退き、私の左隣に並んで団長殿からの指示を待つ。

 

 ラフコフ討伐戦の夜が明け、さらに数日が経過した六月十七日の正午。

 

 私は一護や他のギルドリーダーと共に血盟騎士団本部の最上階にいた。

 報告の立ち会いを頼まれたのは、私と一護の他に、キリト、クライン、シュミットの三名。うち、キリトは辞退したため、ここにはいない。討伐戦後、相当に消耗した様子だったため、アスナもホームへと帰る黒衣の剣士を労り見送っていたし、参加を強いることもしなかった。

 

 反対に、最も大暴れしたはずの一護はひと眠り後にあっさり回復。今は私の右隣でいつも通りの、いや、その二割増しのしかめっ面を作っている。その何とも分かりやすい苛立ちの原因は、今朝の情報ペーパー・ラフコフ壊滅特別号で「第二のユニークスキル使い」としてデカデカと一面を飾ってしまったこと。それから、朝からホームに多数の情報屋たちが押し掛けてきて全員まとめて草原に突き落す羽目になったことだろう。落ちていく情報屋の中に見覚えのある小柄な女性プレイヤーがいた気がしたけど、気にしたら負けってことで放置した。

 

 あの夜、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』は完全に消滅した。

 

 構成員三十三名のうち、二十一人が死亡、十二人が捕縛された。

 上級幹部のうち、ジョニー・ブラックとザザのコンビは、一護に手足を切断されて抵抗力が弱まっていたところを血盟騎士団によって捕縛。他の幹部も、死んだ者と捕まった者が半々程度といったところだった。

 

 また、一護の《過月》で死んだかと思われていたPoHに関しては、HP残り数ドットという瀕死状態で捕獲されている。あれだけ一護に斬られて生きているなんて、なんとまあしぶとい男だ。

 

 トドメを刺し損ねた一護曰く、

 

「あのヤロー、最後の一撃の瞬間に、包丁を《過月》にブチ当ててダメージを減らしてやがった。追撃しようにも、あの直後に俺のゲージが尽きちまってたしな」

 

 とのことだった。一護の縮地に初見で抗った挙句そこまでできて、しかもゲージ残量ゼロという悪運を引き寄せるなんて、やっぱり奴は怪物だ。あの仄暗い微笑を思い出し、心の底からそう思う。

 

 一護の言う「ゲージ」とは、彼の『縮地』に付けられた制限のうちの一つだ。HPゲージの下に新たなバーが追加され、『縮地』を一度でも発動すると何をしようとも一定のペースで徐々に減少していく。

 もしゲージがゼロになると、システムによって凄まじい負荷が全身にかかり、三分間はあらゆる動作が不可能になる。ゲージが尽きるかシステム画面を呼び出して『停止』コマンドをクリックすることで減少は止まり、そこから五分経過するとゲージが回復し始める。ちなみに、スキル熟練度が上がってもゲージの総量は増えていかず、回復速度だけが上昇しているらしい。

 

 『縮地』に関して、使用した際のデメリットは他に二つある。

 まず、『縮地』発動の瞬間から四秒フラットの間、ソードスキルが使えなくなる。実際、PoHとの戦いの中でも一護が《残月》や《過月》を使う際、構える速度を落とすことでペナルティタイムを消化していたらしい。本人は「緩急つけるのに丁度いい」と嘯いていたけど、その顔には『マジうぜえ』と大書してあった。力には代償が付き物ということで、無理やり納得はしてるみたいだ。

 

 また、着地の際に気を緩めると派手にずっこけ、相当量のダメージを負うようだ。移動速度が上がっただけで筋力は変化しないため、意識しないと踏ん張りきれない、とのこと。あの夜は片脚だったため、彼がうっかりミスってズッコケないかと私は内心ヒヤヒヤしていた。あの状況下でコケたら、確実にPoHの包丁による逆襲に遭っていただろうし。実際はというと、一護は着地の瞬間に刀を地面に突き刺して勢いを殺し、不足した脚力を腕力で補っていたそうだ。相変わらず、やることが無茶苦茶だ。

 

 このような『縮地』の「高性能と引き換えに高難易度かつミスしたら即死に繋がるピーキー性能」は、あつらえたように一護に向いていた。手に入れてからの三か月間、ひたすらに鍛練することで感覚をものにしたらしく、あの夜の『縮地』乱発は、まさにその集大成と呼べるものだったと思う。速すぎて、私には碌に見えていなかったが。

 

 ……と、そんな感じで一護が奮闘したわけだったのだけれど、やはり自陣営にも犠牲は出てしまった。私たち正面組からは六人、裏口組からは五人のプレイヤーが消滅していた。うち三名は血盟騎士団から出ていており、そのせいかヒースクリフの両隣に座る四人の幹部の表情は暗い。ついさっきまで報告文書を読み上げていたアスナにも、普段の朗らかさは見られない。

 

 原因は二つ。一つは攻略組の根底にあった「人を殺傷する行為への恐怖」という点。これが原因でトドメを刺せず、逆襲を食らってしまった者も多かったようだ。キリトを始め、複数人はこの件はトラウマと化している。

 最も多くの構成員を斬ったはずの一護は精神的にかなり頑丈らしく、私が見ている限りでは堪えている様子はない。動揺とかならともかく、恐怖に怯える一護なんて私には想像もできないけど。

 

 もう一つが「犯罪者捕獲用アイテムを利用された」点。これに関しては、捕えたラフコフ構成員への尋問と再検証でタネが判明している。

 元は、NPCショップで販売されている対オレンジプレイヤー用の護身アイテムだったらしい。鎖の一方がプレイヤーへ、もう一方が地面へと自動で高速射出され、接触すると無条件で貫通する。プレイヤーは貫通された部位を動かすことが出来なくなり、頭部にヒットすれば一本で全身を無力化できる。もちろん、一般(グリーン)プレイヤーには反応しない。

 

 では何故今回、私たちがこの餌食となってしまったのか。それは、このアイテム『バニッシュメント・チェーン』に備わる一つの機能に原因があった。

 この鎖、所有しているプレイヤーがオレンジ化していた場合、まず所有者自身を拘束する仕組みになっている。犯罪者が対犯罪者用アイテムを悪用することを防止するためのシステムのようだ。その特性が働く範囲は極めて広く、少なくとも半径二十メートルは効果範囲になることが後の実験で判明している。

 ラフコフの連中はこの機能を活かし、予め収納(ボックス)アイテムの中に納め、枝道に設置しておいたようだ。第一陣によって攻略組がラフコフとボックスの間に挟まる状況に誘導され、それを影から見ていた少数の第二陣がタイミングを合わせてボックスを解放。結果、鎖は射線上に居た多くの攻略組と、元の所有者である一部のラフコフの構成員を捕え、動きを封じたのだ。

 

 幸い、このアイテムは第一層の防犯ショップでしか売られておらず、しかもそこは軍が御用達として昔から敷地内に囲い込んでいる場所にあったため、アイテム流出の絶対量拡大の懸念はなかった。おそらくラフコフの連中が持っていたのは、最初期に出回ったものか、あるいは軍のメンバーから強奪などの手法で手に入れたものかのどちらかであろう。

 すぐにこの情報は公開され、警戒を呼び掛けると同時に、アイテムの処分を呼びかけているところだ。「効果の程は分からないケド、やらないよりはマシだナ」とアルゴが言いながら警告記事を作成していたのを思い出す。

 

 そうして回想を続ける私を余所に、騎士団中で唯一平常運転のヒースクリフは真鍮色の瞳で私たちを見渡すと、手短に労いの言葉を述べ、構成員から回収したアイテムの売却金額から均等分割で手当てを支払うことを告げた。別にお金欲しさに参加したわけではないので、特に有難みもなく頷いて受け取っておく。モンスタードロップではない、プレイヤーの骸から得たコルは、なんとなく重たいように感じた。

 

 最後に、近く行われるであろう六十一層のフロアボス攻略会議での再会を社交儀礼的に約束し、私たちは大部屋から退出していく。先頭のクラインとシュミットが出て私が続き、最後に一護が退出しようとした時、

 

「一護君」

 

 不意に穏やかな声が響き、一護を呼び止めた。後ろで一護が立ち止ったのを感じ、私も振り返る。両の指を組んだヒースクリフが感情の読めない表情でこちらを見ていた。

 

「なんだよ」

「『縮地』スキルの使い心地はどうかな」

「ンなこと訊いてどーすんだよ。それとも、アンタも実は流行りネタ好きってか?」

「いやなに、単純な思いつきの興味さ。返答するのが嫌なら無視してくれても構わない」

 

 部屋の最奥から一護を真っ直ぐに見つめるヒースクリフ。その言葉に、一護はこちらに背を向けたまま、数秒沈黙した。

 

「まあ、悪くはねーよ。少なくとも、スキルリストから引っこ抜く程じゃねえ」

「成る程……答えてくれてありがとう。用件は以上だ」

「……そうかよ」

 

 意味わかんね、とつぶやき、一護が踵を返す。それに合わせるようにして私も前へと向き直り、正面玄関へ続く螺旋階段へと進んでいった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 血盟騎士団の本部から退出しグランザムからホームへと帰還する途中で、一護は「用があるから先に帰っててくれ」と言い残し、独りで小雨の降りしきるロザージュの商店街へと行ってしまった。

 

 残された私は仕方なくホームへと戻り、定位置のソファーへとダイブした。ここ数日のドタバタで蓄積した疲労のせいか、寝っころがった身体がやけに重い。このままソファーの中へと沈んでいきそうな感じさえする。

 

 身じろぎするのも億劫で、不格好な体勢のまま私は目を閉じた。

 

「…………はぁ」

 

 思わずため息が漏れる。惰眠を貪る心地よさ故ではなく、胸中にわだかまる澱のような暗い感情を吐き出すために。

 ゆっくりと、重く、長い深呼吸を繰り返してみる。沈むに任せ、全身の力を抜いてみる。けれど、窓の外同様に陰鬱な雲が立ち込めた胸中は全く晴れない。それが嫌で、また一つ、ため息を吐く。

 

 ……まさか、こんなになるなんて。

 

 彼への想いを自覚した。

 たったそれだけなのに、少し一護と離れただけでこんなに寂しいと感じるなんて、思わなかった。一緒に行ってもいい? そう訊けなかったことをこんなに後悔するなんて、まったく思わなかった。

 

「一、護…………」

 

 掠れ声で、小さく呟く。

 

 途端に、胸の底から締め上げられるような感覚に襲われる。痺れにも似た疼きを抑え込むように、その場で自分の肩を抱く。感情がコントロール出来ず、体内で暴れ回っているように感じた。

 その暴動を私は歯を食いしばって我慢し、耐え、堪え……きれなかった。

 

 私はがばっと上半身を起こし、ウィンドウを開く。

 すぐに表示されたマップの中で彼の名を探してみると、主住区の南端に反応があった。あそこは特にこれといったお店もないはずなのに、どうして。そう思いながら見ていると、彼の反応が主住区から出た。宙を駆け、さらに南の浮遊群島へと進んでいく。

 

 なにをしているんだろう。無性に気になった。

 

 別に、大したことじゃ、ないのかもしれない。

 もしそうなら私が知る必要は無いし、仮にそれが大したことだったら、後で話してくれるだろう。冷静な私が心中で告げる。全く持って正しい判断。いつも通りの、私の思考。

 

 ――けど、それでも気になった。

 

 私はホームを出ると、そのまま宙へと身を躍らせた。

 宙を踏みしめ、群島を蹴りつけ、南端へと駆けていく。虚空を蹴り風を切る感覚は、普段は心地よく感じるはずなのに、今はどうでもよかった。濡れて頬に張り付く髪も気にすることなくただひたすらに飛翔し、彼の元へと急いだ。

 

 すぐに、一護の姿は見つかった。

 周囲で一際高いところにある浮島。大きな石碑のような岩が突き出たそこに、雨具も持たず独りで立っている。手に持っているのは、花束だろうか。白、黄、紫のコントラストが、彼の纏う黒い襟なしコートによく映えていた。

 なんて言葉をかけたらいいのか分からなくてそのまま突っ立っていると、一護は花束を岩の下に供え、ゆっくりと目を閉じて首を垂れた。その顔は相変わらずしかめっ面で、けれど、どこか優しいものを感じる不思議な表情だった。

 

 私はそろそろと浮島に降り、静かに彼の隣に立った。一護はパッと片目を開いてこっちを見やったけど、結局無言でまた目を閉じる。

 そのまま数分間、私たちは小雨が降る中、一言も発さずにただじっとしていた。雨音がはっきりと聞こえるくらいの静寂が辺りを埋め尽くし、この場所がアインクラッドではない、どこか別の世界のように感じられた。

 

 やがて、一護は目を開き、石碑を見据えたまま言った。

 

「……なんか用か」

「ううん、別に。なんとなく来てみた」

「そうかよ」

「……いない方が、いい?」

「別に。ここにいても、面白いコトなんてなんもねーけどな」

「問題ない。貴方の愉快な横顔が見えれば、退屈はしないし」

「なんだそりゃ」

 

 いつもの減らず口も、どこか勢いがない。というよりも、穏やかで柔らかい感じがする声だった。今まで聞いたことのないその声音に落ち着かなくなり、私も無名の碑を見つめながら、問いかける。

 

「ここで、なにしてるの?」

「墓参り」

「……墓参り?」

「ああ。今日は、おふくろの命日だからな」

「……あっ」

 

 やってしまった。そう思った。

 せっかく彼が一人でいたのに、その大事な時間を身勝手にも邪魔してしまったんだ。自分の浅慮を恨み、後悔が胸の内を支配する。

 ひとまず今の失言を詫びなければ。そう思い、一護の方に身体を向ける。

 

「その、えっと……ごめんなさい。悪いことを訊いて」

「あ? なんで謝んだよ。別にわりーことなんてしてねえのに」

「でも……」

「でももクソもねえんだよ。俺が気にしてねえンだから、オメーが気に病む必要なんざ一ミリもねえだろ」

「…………ん」

 

 小さく頷く私を見て、一護は小さくため息を吐いた。そのまましゃがみ込み、三色の花束に目を落とす。

 

「……この世界、墓地っつったら、ダンジョンみてえなホラーテイスト全開のヤツしかねえだろ? あんなトコに参るのなんかイヤだったから、ここ何日かで一番それっぽい場所を探して、そんでココに決めたんだ。去年は確か、最前線だった三十何層だかの丘の上でやったっけな」

「去年と同じところじゃ、ダメだったの?」

「別にダメってことはねーけど……なんつーか、どうせ代わりの墓探すんなら、そん時で一番現実世界に近い場所にしたくってよ。本当の墓に行ってやれねえなら、せめてそんくらいの苦労はしねえとって思ってな」

 

 ま、おふくろはそーゆー細けえことは気にしねえ人なんだけどさ。そう付け加えて、一護は苦笑してみせた。そのブラウンの目には、初めて見る彼の慈愛の色が映っていた。

 

 不器用で優しいその瞳の色に、しかし私は見蕩れることはなかった。代わりに抱いたのは、何か別の複雑な感情。小さな針で刺されるような微かな痛みが心の奥でうずき出す。

 

「でも、それももう終わりにしてえ。残ってるフロアの数は六十一層(ここ)を含めてあと四十。ペース上げて頑張りゃ、次の命日には何とか間に合う。いや、間に合わせるんだ。そのために俺は強くなったし、まだ強くなる」

「この世界を、壊すために?」

「ああ。そんで、現実(むこう)で茅場をブン殴るためにな」

 

 そう言って拳を握りしめる彼の姿は、勇ましく、力強く、一縷のブレも見えなくて。だからこそ、私は気づいた。ようやく、気づくことが出来た。

 

 

 ――ああ、そうだ。

 

 

 私は、()()()()()()()になりたいんだ。

 

 

 圧倒的で、比類ないくらいに強い今の彼には、戦力的な助けなどきっと要らない。下手に付きまとったところで、むしろ足手まといになるだろう。

 

 しかし、そのまま強くなり続ければ、待っているのは周囲からの畏怖の感情。強すぎるが故に他者の常識を打ち砕き、無意識に遠ざける。周囲に多くの人が集まっていても、その人たちが内心で彼を恐れてしまえば、待っているのは強者の孤独。哀し過ぎる、剛力の代償。

 例え一護がそのことを気にせずとも、敵を蹴散らし「仲間を護る」と叫ぶ彼にとって、その仲間との心の距離が開いてしまうのは決して嬉しいことではないだろう。

 

 だから私は、その孤独から彼を護りたい。

 そのためには、物理的に傍にいるだけじゃ足りない。心に寄り添い、理解し、感覚を分かち合う。

 あの強さを持つ彼が現実世界でどんな生き方をしてきたのか、それを知る術はない。でもその代わりに、この世界に来てからの一年半の間のことなら、全て覚えている。怒り、眠り、笑う彼の顔も、その言葉も、欠けることなく私の脳に焼き付いている。一緒にいた時間は短くとも、その密度だけなら誰にも負けないつもり。その全てを以って、彼と共に歩み、戦い、尽くす。私の持ちうるありったけ、細胞一片に至る全部をそこにつぎ込んで。

 

 であるからこそ、仮の墓石に向ける彼の優しい目を見たとき、私は嫉妬(うずき)を覚えたのだ。彼を愛して護り育てたであろうこの人のように、私もなりたくて。その眼差しを、私に向けて欲しくて。

 

 なんて重い女なんだろう、と自分でも思う。

 想い人の母親にまで嫉妬するなんて、独占欲が強いとかいう次元じゃない。「恋煩い」を通り越して、「恋患い」に片脚突っ込んだ感じになってしまっている。

 

 でも、一度自覚してしまうと、抑えることなんてできなかった。

 魂を枯らしてでもいい、好きな人を隣で支えたい。余所からどう見られようと構わない。彼の助けになるのなら、一番傍に居られるのなら、何だってしたい。果てしなく高い壁が立ちはだかろうと、絶対に超えて見せる。

 

 いつの間にか、雨脚は弱まっていた。上空に立ちこめる灰色の分厚い雲が薄くなり、切れ間から太陽が覗いて天気雨の様相を呈している。未だにぽつぽつと振る雨粒が陽光を乱反射して、湿った空気を貫くように燦然と輝いていた。

 

 その明るさに背中を押され、私は閉じていた口を開く。

 

「――東伏見(ひがしふしみ)莉那(りな)。十月三十一日生まれの十八歳。向こうでの髪は黒、目は青。祖母がスウェーデン人のクォーター」

「…………は?」

「身長は百六十センチ強、体重四十八キロ。すりーさいずは、上から八十八、六十、八じゅ――」

「ま、待てまてマテ待て!! テメエはいきなり何言いだしてんだ!?」

 

 いきなり話し出した私に驚き、少し赤面した一護が素早く私の声を遮った。

 

「……なにって、自己紹介」

「ンなことは分かってんだ! いやテメエの本名聞いたのは初めてだし自己紹介でスリーサイズをブッ込んでくるとは思わなかったけど……ってソコはいいんだよ!! なんで唐突に自己紹介(そんなこと)ベラベラ言い出したんだよって意味で訊いてんだ!!」

「単なるけじめ。気にしないで」

「気にしないでって……あークソ! ホンットにオメーはマイペースな奴だな!!」

 

 呆れ果てたような声を漏らす一護。マジでわけがわかんねえ、とばかりに眉根をひそめ、濡れた橙の短髪をガリガリと掻き回す。

 確かに、傍から見てたらわけがわからないだろうけど、でも今だけは勘弁してほしい。ここが仮のお墓なら、親御さんへの挨拶(せんせんふこく)だけは、やっておきたかったのだ。

 

 私は石碑へと向き直る。

 雨に濡れ、しかし雲間から覗く太陽に照らされて黒々と光る岩肌を見ながら、心の内で呼びかける。

 

 

 ――初めまして、一護のお母さん。

 

 

 私は、一護のことが好きです。

 

 その強さが、不器用さが、優しさが、大好きなんです。

 

 

 けれど、私は彼よりもまだまだ弱い。

 

 剣も心も、彼には遠く及びません。

 

 足手まといです。

 

 

 だから、もっと強くなります。

 

 剣も心も、もっともっと鍛えます。

 

 彼に好いてもらえる努力だって、絶対に欠かしません。

 

 

 でも、現実世界へ帰るまで、告白はしません。

 

 そんなことをしたら、きっと私は今より弱くなってしまうから。

 

 だからもう少し、もう少しの間だけ、この恋心は彼に内緒です。

 

 

 いつか、二人(わたしたち)の剣がこの世界の天を衝く、その日まで。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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というわけで、四章終了でございます。
一章分丸々、六話連続リーナ視点で書いてみました。女の子視点って、書くのにすんごいエネルギー食うんですね。めっちゃ疲弊しました……。

ラフコフのトップスリーは生かして捕獲です。
この世から駆逐してしまうと(書けるか不明ですが)続編のフラグを折りかねないので。
多分、今作ではもう出番はありませんが。

リーナの本名その他の情報が解禁されました。
血筋的には北欧系です。部位的に成長著しいのは血統ということですね。


最終章は原作一巻後半、アニメだと十話以降のお話になると思います。
一護が手にする最後の刀、彼に振り向いてもらうためにアレコレ頑張るリーナ、憎き奴との戦いに加え、今までの総まとめを兼ねておりますので、拙作で登場した沢山のキャラたちが再登場するかと思います。(某ビーストテイマーさんは除いて)

お暇なときにでも楽しんでいただければ作者冥利に尽きます。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Chapter 5. 『あんたを倒して俺は帰る』
Episode 28. Duel in the Three Quarters


お読みいただきありがとうございます。

第五章、開始です。

そして久々に一護視点に戻ります。

宜しくお願い致します。


 七十五層主住区「コリニア」。

 

 歴史の教科書で見たような古代ローマの神殿風の建物が並ぶ、白亜の巨石と広い水路で形作られた街。その中心部にある巨大コロシアムの客席から、俺は闘技場の中央を見る。半径五十メートルはありそうな円形の大地、その中央で、二人のプレイヤーが交錯した。

 

「ぬんっ!」

 

 突進し、重い気合と共に()()()の先端で突きを放ったのは、血盟騎士団長のヒースクリフだ。真紅の鎧を纏っていても、その動きに鈍重さはない。水平に構えられた盾が鋭く突き込まれる。

 

「くおっ!!」

 

 攻撃の矛先を向けられた対戦相手、『黒の剣士』キリトは咄嗟にガード。白と黒、()()()の剣を交差させて、盾を受ける。甲高い金属音と共にキリトが弾き飛ばされ数メートル後退する。

 

 が、ふっ飛び中に一回転し、キリトは即座に体勢を立て直した。さらに追撃してくるヒースクリフの連撃を両手の剣をフル活用してギリギリで防ぎ切り、お返しとばかりに単発重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を放つ。

 

「う……らぁ!!」

 

 ジェットエンジンめいたサウンドと共に強烈な突き技が放たれ、ヒースクリフの盾に突き立つ。キリトは構うことなく撃ち抜き、今度はヒースクリフがふっ飛ばされた。ガードはされたものの多少は攻撃が貫通したらしく、軽やかに着地した真紅の騎士のHPはごくわずかに減少していた。

 

 向かい合い、二人は少し言葉を交わしたみたいだったが、すぐに戦闘を再開。正面切ってキリトが斬りかかり、ヒースクリフはそれを次々に盾で受け、弾き、隙を見ては長剣によるカウンターを返す。騎士の剣と盾、剣士の双剣がめまぐるしく振るわれ、七色のエフェクトをまき散らしながらガンガン衝突している。

 

 そんな光景を見ながら、俺は手元のポップコーンもどきを一口頬張った。

 

「……あのバカ、なんで正面からしか斬りかからねーんだ? どーせ真っ向から攻撃しても防がれんだから、横に回り込むとか後ろ取るとかすりゃいいのに」

「あいつは熱くなると振る舞いが力任せになる。昔っからそうだ。なまじ実力とスキルがあるせいで、戦闘中に策を練るよりも剣技で突破したがる。強力なスキルを手に入れ急激に強くなるってのも、手放しには喜べんことなのかもな」

 

 俺の左で黒ビール……もとい黒エールをぐびぐび飲みながら、エギルが答えた。そのさらに左にはクラインが陣取り、酒を片手にやかましく声援を飛ばしている。煩いのはヤツだけじゃない、四方八方から轟く歓声が俺の耳朶をぶっ叩く。耳栓でも持って来りゃ良かったな、と少し後悔していると、

 

「一護、はい」

 

 視界の右端から、細長い棒のようなものがニュッと出てきた。

 

 見ると、山ほどのジャンクフードを抱えたリーナが、こっちにチュロスを差し出していた。金に頓着することなく買い込んだ食糧の山を膝の上に乗っけて、自分はケバブらしきナニカを片手に持って齧っている。

 

 礼を言って受け取り、一口頬張る。チョコレートソースのほろ苦い風味が口いっぱいに広がり、チュロスのサクサクとした香ばしい生地と溶け合って濃厚な甘味をもたらした。

 

「チョコ味のチュロスなんて売ってたのかよ。俺も自分で買えば良かった」

「ん。コロシアムの西側の露店で売ってた。一本五十コル」

「……オメー、ここ東サイドだぞ? 食いモン買うために逆サイドまで遠征してきたのかよ」

「いいでしょ別に。それより、味はどう? くどいスイーツは嫌いだって昔言ってたから、甘すぎないビターチョコを買ったんだけど」

「ああ、すげー美味い。つか、俺がビター派ってこと覚えてたのか。言ったの確か、かなり前だろーが」

「当然。ついでに、貴方が辛党でスパイス好きなのも覚えてる。魚よりはお肉好き。飲み物はコーヒーより紅茶派。砂糖ミルクはなし」

「……俺、覚えられちまうくらいワンパターンだっけか? あんま意識したことねえんだけど」

「ううん。私が勝手に覚えただけ。はい、アイスティー」

「お、おう。さんきゅ」

 

 どっかからか取り出してきたLサイズのアイスティーを受け取り、一口飲む。爽やかな茶葉の風味で口の中に残る甘さを押し流しながら、俺は正面で激突するキリトたちに視線を戻した。武器がかち合うたびに火花が散り、激しい金属音を響かせる。

 

 その上には巨大なウィンドウが表示され、今熾烈な戦闘を繰り広げる二名の紹介が簡潔に記されていた。

 

 

「生きる伝説『神聖剣』ヒースクリフ

       vs 黒の剣士『二刀流』キリト」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 七十四層が突破され、ここ七十五層が開放されたのはつい昨日のことだった。

 いつも通り、迷宮区の奥底でモンスターハウスを探してうろうろしていた俺たちは、クラインからのメッセージでそれを知った。

 

 事の発端は、迷宮区を探索中にキリトとアスナが偶然ボス部屋を発見したことらしい。つい最近、護衛付きになって嫌になっちゃうとか何とか愚痴ってた血盟騎士団副団長と、PoHによってギルドを潰されたトラウマで再びソロに戻ってたはずの真っ黒剣士が組んでたって聞いたときは、正直ちょっと驚いた。

 

 このデコボココンビ、ボス攻略会議で顔を付きあわせるたびにギャイギャイと言い争うような仲だったはずだ。だが、ごくたまにアスナと食事に行くリーナが言うには、つい半年くらい前からやけに仲良くなったようだ。というか、アスナが急激に丸くなったって感じらしい。さらに六十一層の空中歩行の練習なんかもちゃっかり二人で組んで練習してたとか。

 だから、もうアレはデキてんじゃねえかってのが俺とリーナの現在の推測だ。まあ、ぶっちゃけどーでもいいから、好き勝手にやってくれりゃいいんだけどよ。

 

 ……で、そのカップル(仮)の二人が見つけたボス部屋に、『アインクラッド解放隊』改め『アインクラッド解放軍』の小部隊が無謀にも突撃してったらしい。

 連中は二十五層のフロアボスだった頭が二個付いた巨人にボコられてから低層フロアに引き籠りっぱなしになっていた。以来前線には出てこなくなってたんだが、なんかギルド内部でゴタついた結果で送り込まれた部隊らしかった。千人もいりゃ、揉め事なんざしょっちゅうなんだろうが。幹部には、あのクソ忌々しいトゲ頭(キバオウ)がいやがるしな。

 

 んで、そんな引き籠りから抜けたばっかでボス戦経験が乏しい奴らが、しかも十二人ぼっちで勝てるわけもなく、戦線はあっさり崩壊。駆けつけたキリト、アスナ、あとなんか合流したクラインたちによって軍の生き残りは救出され、さらにその場の勢いでキリトがボスを斬っちまったそうだ。しかも、ほぼ独力で。

 いくら軍の連中によってある程度ダメージが入ってたとはいえ、ボスってのは援護無しで短時間討伐なんてできる代物じゃねえ。相性とか敵のタイプにもよるけど、それでも単騎特攻でカタが付くなんて聞いたことがない。フィールドボスじゃあるまいし。

 

 それを成功させたのが、奴の持つエクストラスキル――いや、習得者が一人しかいない『ユニークスキル』の一つ、『二刀流』だった。

 

 この世界は、一つ片手武器を装備しちまうと盾以外の武具を装備することはできなくなる。俺の新生斬月のように、右手に刀、左手に短刀なんてスタイルを再現することはできても、その性能が攻撃に反映されることもねえし、システムからイレギュラー判定食らってソードスキルが使えなくなるデメリットがある。

 だが、キリトの持つ『二刀流』スキルは、片手剣に限って二振り装備でき、さらにそれに応じた二十連撃にも迫る専用スキルまで習得できるそうだ。しかも、使うにあたってリスクは一切ないっぽい。一番最初に判明した攻防自在のユニークスキル『神聖剣』も、見た限りじゃリスクはなさそうだった。

 

 俺の『縮地』なんか二分ちょいしか持たねえし、一歩ミスったらコケるし、しかもソードスキルと同時に使えねえしで散々だってのに……ズリい奴らだ。

 けどまあ、半年経っても俺以外に習得者がいねえってことは、『縮地(コレ)』も立派なユニークスキルなんだろう。せっかくの俺オンリーのスキルだし、何より条件付きでもやっと瞬歩に近い高速移動ができるようになったんだ。月牙と似た斬撃も撃てるようになったことだし、文句ばっか言ってたらバチが当たっちまいそうだ。

 

 まあ、俺のスキルはさて置いて、だ。そんなワケで、キリトがボスをぶっ倒して七十五層(ここ)は開放された……が、その後になにやら一悶着あったらしい。

 聞いた話じゃ、アスナが一時ギルドを抜けてキリトとパーティーを組みたいと申請したところ、ヒースクリフが提示した条件がキリトとのデュエルだったらしい。最前線に籠ってばっかの俺が言えたことじゃねえけど、戦闘マニアなキリトはその場の勢いでその条件を飲み、観衆ひしめくこのコロシアムでデュエルすることになったそうだ。

 

 女の取り合いでタイマンのケンカとかいつの時代の人間だオメーら、と言ってやりたくなるが、せっかくの見世物なんで、俺はリーナやエギル、クラインと連れだって見物にいくことになった。いつもなら速攻で迷宮区目指して突撃してるトコだけど、たまにはいいだろう。残り四分の一になったこの鉄の城を踏破する前の、ちょっとした息抜きってところだ。

 

 そんな今日、最前線は七十五層。日付は、秋も深まる十月二十日。

 

 俺たちがこの世界に閉じ込められて、二年が経過しようとしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……で、結局アイツはどうなったの?」

 

 ユニークスキル持ち二人のデュエルの観戦を終えた俺は、四十八層『リンダース』の武器屋『リズベット武具店』を訪れていた。

 

 丸椅子に腰かけたこの店のオーナー、リズことリズベットと向き合った俺は、手にしたカップのお茶を啜りながら素っ気なく答える。

 

「キリトの負けだ。大技を防がれて、硬直かけられたトコを突きでやられてた」

「ありゃ、流石のキリトも最強の男には勝てなかったか」

「まあ、競ってはいたし、最後も惜しいトコまではいったんだけどよ。トドメってときにヒースクリフの奴が超反応で盾振って弾いて、そのまま――」

「ザックリ、ってワケか。なーんかカッコつかない負け方ね」

「本人に言ってやれよ、それ。いい薬になりそうだ」

 

 言い捨てた俺を見て、リズは容赦ないわねー、と言って苦笑した。今頃、奴はアスナに付き添われて控室でくたばってるだろう。キリトが負けた場合にどうなるかは聞いてなかったが、まあ碌な事にはならねえ気がする。条件を丸飲みにした手前が悪いんだし、自業自得だな。

 

「……っと、そうだ。忘れないうちに、これ、渡しとくね」

 

 そう言ってリズは作業台から一振りの刀を取ってきて、俺に寄越した。つい最近まで振っていたドロップ品の『壊天』とは真逆の、真っ黒く反りの緩い刀身が新品の輝きを放っている。

 

「銘は『鎖坐切(さざきり)』ね。一応調べたけど、武器名鑑には載ってない刀よ。どうぞ、試してみて」

 

 首肯を返し、俺はシステムウィンドウを操作して『鎖坐切』を装備する。今初めて握ったはずの刀なのに、吸いつくように手に馴染む。重厚な輝きを纏う刀を二度、三度と振ってから、俺はその黒々とした外観を見つめる。

 

 刃渡りは七十センチちょっと。刃と同色の鍔は卍を模した形状になっていて、その下に続く漆黒の柄の先端には、二十センチ程の鎖がぶら下がっている。ジャラジャラと音を立てるそれを見やりながら、俺はあの騒がしい「死神」を思い出していた。

 

 リズから受け取ったこの刀は、夏ごろに攻略したホラーエリア、六十六層の首なし騎士型ボスからドロップしたインゴットから生成したモンだ。しかも、ただインゴット単品から作ったんじゃなく、あのマツリから受け取った下緒を素材アイテムにして融かし込んでおいた。

 クリティカル率の上昇幅が他のドロップ品を下回るようになってからは、こいつはずっとストレージに死蔵しっぱなしになっていた。しかし、件のボスを討伐する際、「死神の持ち物なんだし特攻つくんじゃね?」と思いつきで装備したところ、効果はテキメン。五割増しでブーストかかってんじゃねえかってくらいの高火力を叩き出すことができた。

 

 けど、その代償か、かなり耐久値が減少していて、あと数度ダメージを受ければ確実に壊れちまうような有様になっちまった。このまま装備してれば近い将来確実にぶっ壊しちまうし、かと言って永遠に閉まっておくのももったいねえ。

 散々悩んだ末、こうして武器作成時の追加オプションの素材として組み込んだってワケだ。リズ曰く、武器の色や形状みたいな性能に影響しない部分にしか作用しないらしいが、それで十分だと言いきって、生成時に追加してもらった。

 

 ――で、やっぱりこうなった。

 

 こうなると予想していなかった、と言えば嘘になる。

 俺の記憶から生成されたっぽいアイツのアイテムは、言うなれば俺の「記憶」を「形」にしたモンだ。それを外観に反映させるシステムに突っ込めば、俺の記憶を基にした意匠になる可能性は極めてデカい。そんで、俺の記憶の中から「刀」のイメージを抽出したとすれば、この外見で出てくる確率は低くはないはずだ。

 

 手の内にある()()()()に酷似した刀を見つめながら、俺は自身の仮説を締めくくった。その黒い刀身を閃かせ、リズから受け取った黒塗りの鞘に納めて緋色のチェーンで背中に吊る。普段抜き身で持っていたコイツが鞘に納まっている光景は何となく違和感を覚えるが、そこにイチャモンつけてもしょうがない。

 

 ふと、窓硝子に映り込んだ自分の姿が目に映った。

 つい最近新調した黒い襟なしのコートに、首や小手には最低限の装甲。流石にボトムスは袴に草履じゃなく、ゆったりしたズボンにブーツを履いてはいるが、シルエットはどう見ても卍解のそれだった。手に天鎖……もとい『鎖坐切』を持てばさらに近くなる。

 

「へぇー、変わった外見の刀だからどうかなって思ってたけど、案外しっくりくるじゃない。似合ってるわよ」

「そりゃどーも。ほれ、金払うぜ」

「あ、はいはい。毎度ありっと」

 

 リズの世辞に適当に返しながら、代金の十万コルを支払う。滅茶苦茶に高いが、オーダメイドだから仕方がない。っつーか、この刀が手に入るなら、むしろ安いくらいだ。

 

「……にしても、なんでアンタの装備って毎回毎回脳筋使用なワケ? せっかく多芸な刀振ってるんだし、もうちょっとタクティカルなスタイルも目指してみたら?」

「うっせ。俺にはそーゆー小細工は向いてねえんだよ。真正面から斬りかかってぶちのめす方が性に合ってんだ」

「変わんないわね、その辺。十九層で会ったころからずっとじゃない。馬鹿正直なのもいいけどさ、計算した上手い立ち回りってのも必要だとあたしは思うわけよ。じゃないと、リーナに苦労かけすぎて愛想尽かされるよ?」

「オメーに言われなくても分かってるっての。大体、キリトにフラれた奴に、愛想尽かされる云々言われたくねーよボケ」

「むか!! 失恋した乙女にそーゆーこと言う!? このデリカシーなし男!!」

 

 鼻で笑うようにして言った俺の言葉にリズは怒り、金床に放置してあったハンマーを取り上げた。そのまま俺に向かって投げつけようと振りかぶり――

 

「――なにしてるの?」

 

 突如響いた冷たい声に、ピタリと硬直した。

 

 買い食いから戻ったらしいリーナが、ホットドックの袋を片手にリズを睨みつけていた。冷え冷えとした視線にさらされたリズは、投擲三秒前の体勢のまま、首だけをぎこちなく動かしてリーナの方を向いた。

 

「こ、こんにちはリーナ。お元気そうでなにより……」

「うん、私は元気。とても元気。元気が有り余りすぎて、ハンマーを振りかざす女の子をうっかり斬ってしまいそうなくらいに元気」

 

 そりゃ元気じゃなくて狂気じゃねえか、とかいうツッコミはナシだ。今下手に喋ったら、確実に巻き込まれる。

 

 絶対零度の空気で短剣の柄に手をかける(リーナ)の姿に、ひぃっ、とリズはすくみ上り、ハンマーを元あった場所に半ば放り捨てるようにして戻した。

 最悪の場合、俺は標的になっても力で抑え込めるが、レベル七十にも達してないコイツはそうはいかない。営業スマイルで誤魔化すようにしちゃいるが、明らかにビビリまくってる。

 

 前にリズがリーナに対して悪戯を仕込んだことがあった。なんでンなことになっちまったかは忘れたが、完全にブチ切れたリーナによって地獄の「オハナシ」が執行され、リズにとってはトラウマ化してるらしい。

 

 以後、事あるごとにリーナはリズを警戒していて、なにか通常と異なる動きをすれば即座に鬼気が宿った目で睨むようになっちまった。傍から見ててもマジでこえー。

 

 放置しててもいいんだが、ここでドタバタされたら確実に営業妨害だ。とっととズラかることにする。

 

「おいリーナ、その辺で止めとけ。リズが死にかけだ」

「…………むぅ」

「っつーワケで、俺らもう帰るわ。じゃあな、リズ」

「え、あ、はい! ご利用ありがとうございました!!」

 

 自衛のためか、営業モード全開らしいリズの直角のお辞儀を受けながら、俺はリーナの手を引っ掴んで店の外へと出る。一応大人しくはなったが、まだ面が不機嫌なままだ。

 夏に入る少し前からか、リーナの感情がこんな風にちょっとしたことでも表情に現れるようになってきた。喜怒哀楽を仄かに含んだって程度だが、基本無表情なコイツにとっては多分大きな変化だろう。

 

 あと、さっきのコロシアムの時みたいに、俺の考えや嗜好、行動を予知レベルで把握してくるようになった。買いに行こうとしてた調味料がいつの間にか買い足されてたり、なんか疲れたから少し休憩でもって考えた直後にはハーブティー淹れてきて「休む?」と訊いてくる。

 

 最初こそ「ついにガチでエスパーになりやがったのかコイツ」とびっくりしたが、思考を読まれるのはぶっちゃけ慣れきってたから、すぐにどうでもよくなった。とはいえ、改めて考えてみるとやっぱコイツすげえわ、とは思う。

 

 俺と同じ時期に新調した薄いベージュのケープを纏う相方を後ろ目に見て、心の中で感心――ああ、そういやリーナの手首をがっちり掴みっぱなしだった。

 

「……ぁっ」

 

 パッと放してやると、リーナは可聴域ギリギリのごく小さな声をもらした。

 

「なんだよ」

「ん。別に、なにも」

 

 俺の問いかけに、リーナは小さく頭を振って答えた。ととっ、と小走りで俺の横に並び、元の無表情をこっちに向けてくる。

 

「さっき、リズと何か揉めてたの?」

「あ? いや、別に。ちょっとキリトのことでからかっただけだ」

「……それだけ?」

 

 隠しても無駄、とでも言いたげな目でリーナは俺を見てくる。だから、なんも隠してねえっつの。

 

「ああ、そんだけだ」

「……ん、分かった」

 

 お詫びに、とリーナは袋からホットドッグを二つ取り出し、一方を俺に渡してきた。濃い味付けのそれをかじりながら、転移門の広場を目指して商店街を進んでいく。

 

「さっき、ディアベルからメッセージが来てた。決勝トーナメントで来賓席確保しといたから、必ず来いってよ」

「ご飯は?」

「祝勝パーティーやるとさ。ケイタが勝ち上がるように祈っとけ」

「ん、分かった。じゃあ、今から行って三時間稽古付けてくる」

「……いいけどよ、やり過ぎんなよな」

「冗談。今の彼なら心配ない、必ず勝てる」

「ま、あんだけ訓練すりゃ、イヤでも上達すんだろ」

「うん……だから今日はずっと、一護といることにする」

 

 そう言うとリーナは翡翠の瞳で俺を見上げて、淡く、けれどはっきりと微笑む。

 

「今日はって、ここ二年弱の九割がたはオメーと一緒にいただろ。しかも一日中」

「……確かに、おはようからおやすみまで全部一緒……いや、お風呂だけは絶対に別行動だった」

「そりゃそーだろ、当たり前だ」

「一緒に入りたい?」

「全力で遠慮しとくわ」

「……意気地無し」

「うるせーよ」

 

 秋風が吹き抜ける商店街を、俺たちはそうして駄弁りながら、ゆっくりと歩いていった。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

最終章は七十五層編です。
章題的にだいたいの流れがわかってしまうという……。

一護、天鎖斬月モドキを獲得です。これで見た目はほぼ卍解時のそれになりました。
一方、まだちょっと押しが弱めのリーナさんは、相変わらずケープ+手甲足甲です……が、オフのときはまた違う格好になるかもしれません。

次話はディアベルと黒猫団メンバーが出てきます。
第四章で出番がない間、裏で彼らがなにをしていたのか、ディアベルさん奮闘記やトーナメントの正体なんかを書いていきます。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 29. Academic Revolution

お読みいただきありがとうございます。

二十九話です。

前半部分はアルゴの記事です。
文字詰め詰めのため、読むの億劫な人は"◆"まで読み飛ばしてくださいませ。

宜しくお願い致します。


「――特集! あのギルドの大躍進の秘密に迫る!!

 

            文責:情報屋アルゴ」

 

 

 第一層に本拠地を置く、プレイヤー支援ギルド『技能・戦術・戦略アカデミー(Skill, Strategy and Tactics Academy)(以下SSTA)』の勢いが止まらない。二年前、デスゲームが開始された頃から存在するこのギルドは、現在教員数百二十名、スタッフ六十八名、登録している生徒数一四三○名と、『アインクラッド解放軍』を超えるSAO最大級のギルドへと成長している。

 

 ソードスキルのレクチャーボランティアとして発足したSSTAがどのようにして発展していったのか、本記事ではその過程について詳しく解説していくことにする。

 

 

 まず第一に、ドロップ組の吸収による戦力の増大が挙げられる。

 ドロップ組とは、モンスターとの戦闘および死への恐怖、過酷なレベル上げの疲労による挫折、アインクラッド攻略への諦観などの理由により、攻略組からドロップアウトしたプレイヤーを指す言葉である。

 確かな戦闘技術を持ちながら一線を退いた彼らに対し、SSTAの幹部であるディアベル氏は一人一人個別に接触を試みた。自らも第一層で攻略からドロップアウトしたという過去を基に、ドロップ組の精神的ケアに努め、信頼関係を築いていった。そして、精神面が落ち着いた時点で、

 

「キミが戦場に出ないと言うのなら、その剣を戦うためではなく、後進を導くために振るってはくれないか」

 

 と切り出し、定額の報酬と引き換えに、戦闘技術を生徒たちに指導するよう依頼したという。

 

 この結果、ドロップ組の八十二パーセントがSSTAに新たに教員として加入することになり、より幅広い層のプレイヤーへの技術的支援や指揮指導が可能になった。また、元攻略組ということで宣伝効果も大きく、生徒数は多いときで百人増加した月もあったとのこと。提供される資源により設備の拡張も行われ、現在では第一層『はじまりの街』の西部の八割がSSTAの敷地もしくはその関係機関が占めている。

 

 第二の理由として、SSTAが主催する「アカデミー・トーナメント」の成功がある。

 前述の経緯を経て大幅な人員増加を果たしたSSTAであったが、それに伴い資金調達部隊が稼ぎ出す資金が増加。卒業生からの寄付と合わさりギルド内で大量のリソースを抱えることになった。

 ドロップ組の加入により平均レベルも攻略組に迫るものとなり、保有するシステムリソースの量も莫大となった当時の状況について、ディアベル氏は「支援ギルドとしての在り方にそぐわない」と判断。なんらかの形で資源を放出することが急務であると考えた。

 

 そこで同氏はアカデミー内でデュエル形式のトーナメントを開催し、ドロップ組から寄与された上級装備や莫大なコルを入賞賞品、あるいは賞金として生徒に進呈することを企画した。

 

 攻略組であったプレイヤーが上層で得たシステムリソースを次代の攻略組へと引き継ぎ、彼らが成長の過程で不要になった装備を任意の「寄付」という形で回収、さらに下位層への支援を充実させ、ボリュームゾーン全体の底上げを図る。支払われた授業料の一部は支援金として卒業生に貸与するシステムも作成し、各レベル帯間で資源を巡らせる。

 この組織力を活かした「システムリソースの循環サイクルの構築」こそがアインクラッド開放促進に貢献でき、かつSSTAというギルドの存在意義に相応しいと、発案者であるディアベル氏は主張。ギルド内の全幹部から賛同を得て、同氏が主体となって計画は推進されることとなった。

 

 「アカデミー・トーナメント」では参加プレイヤーは各レベル帯ごとに階級分けされ、それぞれが一対一のデュエル形式である「シングルマッチ」と、旧校舎内部をフィールドとして設定し、十人で時間内のキル数を競う「フリー・フォー・オール」のいずれかを選んで参加することができる。

 特に談合と一部の特殊アイテム使用以外のあらゆる行為が許可されている後者のルールでは、屋内の障害物を活かした立ち回りや、アイテムを効果的に使用するテクニック、奇襲に対する確実な迎撃が重要となる。

 これにより、これまでデュエルでは活用されることの少なかった「索敵」や「隠蔽」といった補助スキルの流行と、盾による堅実な防御の重要性を広めることに成功している。SSTAの事務部によると、両ルールを合わせた参加者は初回で四百人を超えており、かつ回を重ねるごとに人数は増加していく傾向にあるという。

 

 また、このトーナメントの上位入賞者からは攻略組入りするプレイヤーも多数出ている。この点に関しては、第一回での血盟騎士団長ヒースクリフの視察、続く第二回の聖竜連合の幹部陣観戦などに見られるよう、大手ギルドからも注目が集まっている。確認が取れた範囲では、血盟騎士団に二名、聖竜連合には三名のSSTA卒業生が在籍しており、SAO攻略においてSSTAの存在は無視できないものとなっている。

 

 このようにSSTAの成長に多大な貢献を果たしたディアベル氏は、七月十八日付けでアカデミー長へと昇進。現在は第一層転移門広場での定期的な炊き出しの実施や、非戦闘系職向けの入門講座の開講などに力を入れており――」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――護君、一護君。そろそろ決勝戦が始まるぞ?」

 

 情報ペーパーを読んでいた俺は、ディアベルの良く通る呼び声に反応して顔を上げた。

 

 一般席よりニメートル高くなっているここ「来賓席」からは、仮説スタジアムと化した訓練所の全体が見渡せる。その中心部、半径二十メートル程度の円形のステージの両端から、二人のプレイヤーが歩み出てくるところだった。

 

「ったく、せっかくの弟子の晴れ舞台だってのに、リーナの奴、急用だとかでアルゴとどっか行っちまいやがって……」

「まあ、用事があるなら仕方ないよ。パーティーには顔を出すんだろう? そこで今日の試合の映像を流す予定だから、その時に見てくれればいいさ」

 

 俺の隣に座ったディアベルは、そう言ってティーカップを傾けた。

 白い騎士服の上から重ねた濃紺のローブと同色の四角い帽子(モルタルボード)は、まさに教師って感じの雰囲気を醸し出していた。胸に付けた金のバッジは、最近卒業生からプレゼントされたものらしい。特に派手でも地味でもないデザインなんだが、コイツが身に付けるとまるで長の証とでも言うかのような妙な説得力のようなものがある。

 

 そんなアカデミー長サマの出で立ちから目を正面に戻すと、ちょうど二人がステージ上に上がりきったところだった。

 

 一方は「月夜の黒猫団」リーダー、ケイタだ。

 全身のカラーリングは昔同様の緋色だが、昔着ていた騎士服ではなくて裾がゆったりした中華風の衣装を纏い、その上から軽量級金属防具を装備している。手には朱と金色で彩られたシンプルな両手棍『金箍棒(きんこぼう)』が握られていて、傍から見れば立派な中国武術の使い手ってトコだ。

 

 もう一方は見たことのない奴だ。プレイヤー名はヴォルケ(Wolke)

 逆立った金髪に青い目。大腿部にゆとりを持たせたズボンにブーツを履き、上はタンクトップに最低限の革防具。篭手をはめた手には武骨な大剣が握られていて、昼間の太陽を反射して鈍色に輝いている。こっちは熟練の傭兵って感じか。

 

 デュエルの申請、受諾が行われ、二人の頭上に『Keita vs Wolke』と書かれたウィンドウが出現。それを見て沸き立つ観衆の中心で、ケイタは棍を中段に、ヴォルケは大剣を下段へと構える。そのまま相手を見据えたままピタリと動きをとめ、開戦のブザーを待つ。

 

 数十秒後、開始のブザーが鳴り響くと同時に両者が突進。ケイタの突進攻撃『ヘビーバリスタ』と、同じくヴォルケの『アバランシュ』が激突した。激しい衝撃音と共に互いの武器が弾かれ、体勢が崩れる。

 

 その反動を利用するようにして、ヴォルケは大きく身体を旋回。相手の胴目掛けて回転斬りを放った。ケイタは滑るように二歩後退。鋼鉄の塊のような剣の強振を紙一重で躱し、

 

「破ッ!」

 

 気合一叫。鋭い踏み込みと共に相手の小手を打ち据える。

 

 スキル攻撃でなく急所でもない部位への攻撃のため、ダメージ量は大したことは無い。しかし、ケイタは気にも留めない様子で間合いを詰め、立て続けに連続打撃を打ちこんでいく。

 

 大剣の長い間合いの内側に入られたヴォルケは、強引に押し切るようにして大剣を振った。轟という空を裂く音と共に刃が迫るが、ケイタは無理をすることなくバックステップで回避。短髪の下の双眸を涼やかに保ったまま、相手の出方を見ている。

 

 再びヴォルケが突撃し、今度は地を割らんばかりの斬りおろしを繰り出した。さらに攻撃の手を緩めず、そこから斬り上げ、水平斬りへと繋げ、ケイタを間合いに入らせないように猛攻撃を仕掛けていく。

 

 嵐のように荒れ狂う剣戟。レベルからして、多分俺が食らっても無視できない程度のダメージを秘めていると思われる剛の連撃を、しかしケイタは全て受け流していく。

 

 完全には受け止めず、しかし手放しで回避することもなく、柳のようなしなやかさで根を操り、敵の連撃を捌く。その手並みの鮮やかさに、見ている観客からも「おお……!」という感嘆の声が上がった。

 

「なんつーか……相性がいい相手と当たった、って感じだな」

「そうだね。ヴォルケ君は見ての通り、火力で押し切るスタイルなんだけど、如何せん武器の性能や自身の身体能力に頼りすぎてしまう癖があるんだ。モンスター相手や同じ筋力重視のプレイヤーとの対戦にはかなり強いんだけど、反対にケイタ君みたいな相手の動きを学習していくタイプには弱い」

「上層じゃモブ連中のAIも厄介になってきてるし、尚更致命的な欠点だろ。今のケイタなら初見でも上手くやりそうだけどよ」

「うん、彼はこの一年半で相当上達したよ。多分、戦闘能力に関してはオレなんかよりも遥かに上だろう。一護君やリーナさんに師事した甲斐があったというものだね」

「……ぶっちゃけ、半分イジメみてーな稽古だったんだけどな」

「いや、例え虐めに近いものだったとしても、こうして成果は出ている。師が良き弟子を持ち、弟子が良き師に巡り合えた末の当然の結果、とでも言えばいいのかな」

「オメー、随分と小難しい言葉で話すようになったじゃねえか」

「いやあ、つい定例集会のクセでね、あはは」

 

 ディアベルとそんな会話をしながらも、俺はひたすら回避に徹するケイタの姿を見続ける。防戦一方のはずなのに、その表情には焦りの欠片もない。流石に毎日毎日俺とかリーナにボコされてきた分、度胸はついてるみてえだ。

 

 ケイタの強みは二つ、器用さと高い学習能力だ。

 攻撃にはパワーもスピードもないが、その一挙一動がとにかく巧い。視線をわざと一瞬外してみたり、足捌きの速度を変えて敵のペースを崩したり、紺の振りを乱してみたりと、一つの攻防にその都度最適な技巧を仕込む。自身が筋力にも敏捷にも依らないバランスビルドであることと棍の多様性を活かした、よく言えば変幻自在、悪く言えば小手先の器用貧乏なスタイルが特徴的だ。

 また、何百何千とブチ込まれるリーナの攻撃に対処すべく磨かれた、相手の動きを読み切る力がある。振り注ぐ無数の攻撃のパターンを把握し、自分の力量と照らし合わせ、どうすれば勝利できるのかを瞬時に判断する。それにより、初見の敵が相手だろうと、アイツは確実な勝利をもぎ取れるようになっていた。

 

 ……と、今まで受けっぱなしだったケイタが、ここでついに反撃に出た。

 

 斬りおろしの直前にヴォルケの脇が開く。それを逃さず捉え、振り下ろされる大剣を上体をうねらせるようにして躱しつつ、懐へ肉薄。

 

 ほぼゼロ距離の状態から顎先に掌底一発。続けて身体をコンパクトに捻って回転し、猿臂、裏拳、シメに棍の逆手突き。小攻撃の連続ヒットで着実にダメージを与えていく。

 

 が、相手もやられっぱなしじゃない。逆手突きの後に開いた間を突き、ヴォルケの足払いがケイタにヒットした。

 

 筋力差に押され、ケイタがそのまま後方へと倒れ込む――かと思ったが、なんとケイタは倒れる勢いそのままに片手倒立を決め、自由になった足で追撃の一撃を跳ねのけてみせた。曲芸のような脚撃に、ヴォルケの怜悧な表情が驚愕の色に染まる。

 

 その隙をケイタが逃すはずは無かった。

 逆立ちのまま両足で相手の首に組みつき、仮想の腹筋を総動員して地面に叩きつける。反動を利用して跳ね起き、大上段に棍を振りかぶって、

 

「――トドメだ!!」

 

 相手の顔面を砕かんばかりの勢いでブッ叩いた。

 ヴォルケのHPは一気にイエローまで減少。直後、試合終了のブザーと共に、上空に一枚のウィナー表示が出現した。

 

『WINNER Keita! TIME:01:58』

 

 

 

 ◆

 

 

 

「よお、お疲れ」

 

 試合終了後、表彰式の準備ができるまでの間の時間を使って、俺はケイタの控室に来ていた。流石に緊張とか疲労で消耗気味だが、まだまだ元気そうに見える。

 

「わりーな、ウチの相方は野暮用があって来てねえんだ。パーティーには間に合うから、そん時のプレイバック映像鑑賞で勘弁してやってくれ」

「いや、忙しい中来てほしいって無理を言ったのは僕の方だし、それだけでも充分ありがたいよ」

 

 相変わらずの人の好さそうな顔に笑みを浮かべたケイタは、そう言ってから、ふと真顔になった。

 

「……一護さん、貴方のおかげで今、僕はこうして強くなれた。サチを苦しみから救ってくれて、僕らを強くしてくれて、すごく感謝してる。本当に……本当に、ありがとう」

「ンだよ、急に改まりやがって。礼なんて前に山ほどもらったっつの」

 

 真摯に礼なんて言われると、なんかちっと照れくさい。それを誤魔化すように、ケイタから返答がくる前にさらに言葉を重ねる

 

「それに、オメーらが生きて強くなってくれりゃ、俺やリーナは十分満足だ。師匠と弟子、なんて気取るつもりもねえし、俺らの関係ってのは、多分『さんきゅー』『おう』くれえで丁度いいんじゃねえか?」

「そ、そんなに軽かったけ?」

「軽いじゃねえか。少なくとも、酒の席じゃそんなモンだったろ」

「あ、あれはもういいじゃないか!!」

 

 以前ディアベルに付き合わされて飲んだ時、ノンアルコールで酔っ払って惨事を引き起こしたことを持ち出してやると、ケイタは頬を紅潮させて大声を出した。反応から見て、まだ気にはしてるみてえだ。

 

 と、そんな風に俺らが駄弁っているところへバタバタと複数の足音が近づいてきて、

 

「おっめでとー! リィーダァーッ!!」

「ぅおっ!?」

 

 蹴破られるような勢いでドアが開き、ダッカーがミサイルみたいな勢いで突っ込んできた。ベンチに座っていたケイタは咄嗟に飛び退き、コンマ五秒遅れて

 

「グフッ!!」

 

 ダッカーが顔面から着弾。ベンチを片っ端からなぎ倒して停止して、そのままの体勢でへなへなと崩れ落ちる。

 

「お、オレの祝福のハグを回避するとは……さ、流石だぜ、リーダー……ガフッ」

「祝福のしの字もないだろ!? 僕を殺す気全開じゃないか! 祝う気ゼロじゃないか!!」

 

 お決まりのパターンに乗っ取ってツッコミをいれるケイタ。律儀なヤローだ。俺なら蹴り一発かまして放置してるトコだっつのに。

 

「お、いたいた。優勝おめでとう、ケイタ」

「いやあ、ほんと凄かったよ……お、一護さんだ。お久しぶりです」

「よ、テツオにササマルか。惜しかったな、オメーらも」

 

 この二人も、数日前までは勝ち残ってた組だった。

 テツオは盾メイスに加えて金属鎧を身に纏い筋力ビルドを極めた壁戦士(タンク)としてギルドの生命線になってるし、ササマルは猪武者を克服して敏捷タイプの攪乱型槍使いの立場を確立してる。二人とも着実に成長しているみてえだ。

 

「結局、俺もササマルも準々決勝で負けちゃったからなあ。ダッカーよりは、マシなのかもしれないけどさ」

「ああ、初戦でボコられて即敗退、だろ。この際言っちまうけどよ、オメー斥候の才能ないんじゃねえか?」

「ぐ、ぐぅ……」

「ぐうの音しか出ねえって言いてえのかこのドアホ。つまんねーギャグかましてねえでとっとと起きろ」

 

 自分で仕掛けたトラップに引っかかって自滅するとか敵の奇襲に一戦で三回も引っかかるという無様を晒したアホに、俺は容赦ない言葉を叩きつける。

 

 どうもコイツは、普段の戦闘じゃ全然問題ねえクセに、ああいう晴れ舞台だとアガっちまって使い物にならなくなるらしい。ちゃんとリーナ監修で敏捷特化のシーフとしてステータス鍛えてあるってのに、勿体ねえヤツだ。

 

 突っ伏したままのアホシーフに呆れていると、廊下からパタパタと軽い足音が響いてきた。

 

「……はぁ、はぁ、もー、みんな速すぎるよ……あっ」

「よ、サチ。一週間ぶりくれえか?」

 

 息を弾ませて現れた黒猫団の紅一点は、俺の姿を見るとパッと顔を綻ばせた。

 SSTAで事務仕事をするようになってから、サチの会ったばっかの時の気弱そうな笑みはなくなり、代わりに素朴な感じの笑顔を浮かべるようになった。シンプルなロングスカートにカーディガンって恰好は、学校で見る司書さんみたいな雰囲気を纏っている。

 

「えっと、うん、一週間ぶり、かな。この前はご飯食べに来てくれてありがとう。前に比べて少しは上達したと思うんだけど、どうかな」

「少し、どころじゃねえだろ。オメーの料理目当てに毎日行列ができるレベルなんだし、もっと自信持てよ」

「うん、ありがと。これも全部、一護さんのおかげだよ」

「ンなことねえっつの。俺は最初のコツ教えただけで、後は全部自分で頑張ったんだろーが」

 

 幼馴染なだけあって、思考回路がケイタと似てんのな、なんてことを思いながら、サチのはにかむような笑顔を見返す。陰の無いその表情を見てると、ホントに今が充実してるんだなってのが伝わってくる。

 

 あの日以来、サチは事務仕事と並行で料理スキルを徹底的に鍛え始めた。

 最初は黒猫団の連中とか、訓練の相手をしにくる俺やリーナにだけ振る舞っていた。だが、ひと月前に料理スキルがカンストした祝いってことでゲリラ的に料理の試食会ってのをやってみたところ、来た奴全員がその味を絶賛。

 その声に押されるようにして、半ば冗談だったはずのサチ食堂が出来上がり、今じゃSSTAの食堂の看板娘(ダッカー談)として、毎日忙しくしてるらしい。

 俺も何度か食べてはいるが、なんつーか、味付けが絶妙だ。流石にレシピは教えちゃくれなかったが、ジャンキーな味付けの多いこの世界の料理と違って、和風で薄味な「家庭の味」って感じがする。食ったヤツがその場で泣き出したとか、サチをおかん呼ばわりした奴がいるとか、そんな根も葉もないウワサも、あながち間違っちゃいねえと思えてくるような出来栄えだ。未だに熟練度九百ちょいで半分惰性でやってる身からすると、少し尊敬しちまう程だしな。

 

「あ、そうだ。サチ、お前この前来てた弟子入り希望の人、どうなったんだ?」

「前から弟子入りさせてくれって何人か来てたもんなあ。いよいよサチも先生になるのか?」

「え、えっと、一応ディアベルさんが全部取り計らってくれてて、今度、第一回目の講習みたいなことをする、かも」

「「「「おぉーっ!!」」」」

 

 問いを投げたケイタとテツオ、それにササマルと、あとなんか復活してきたダッカーの声がハモる。それに照れて、や、止めてよみんな、と笑うサチ。それを見てると、コイツがあの夜言っていたことを思い出す。

 

『『信じることから逃げるな』みたいな強い言葉は私には言えないけど、戦えなくてもできることはあるんだよって、伝えたくて。私がそういう人の助けに、ほんのちょっとでもなれたら、いいのかな……?』

 

 その願いが今、ようやく叶おうとしている。

 傍から見たら小さな、けどサチにしたら大きな一歩だ。暗がりで縮こまってた、あの頃の面影は、もうどこにもない。

 

 ふと、視界の端にアイコンが点滅する。クリックして、ウィンドウを開く。

 

 

『ヤボ用終了。

 ダッシュで行くから、ご飯とっといて。

                                       ――Lina』

 

 

 ……コイツもこの二年で変わってるようで、こーゆートコは変わんねえのな。

 

 なんとはなしにそう思うと、ガラにもなく笑みがこみ上げる。すぐに顔を引締め、更なるゲストの登場を告げるべく、俺は騒がしい五人組の方へと歩み寄っていった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ディアベルさんのやり口が、なんとなく新興宗教っぽいですね……良い方向に結果が出ているので、無問題ではありますが。

あと、今話は久しぶりにリーナ不在でした。
その分、次話がリーナ視点になります。おそらく日常編ラストです。一人悶々としたり日常に一喜一憂したりする彼女の心境を書いていけたらと思います。

※残りのお話(予定)
Episode 30. ……日常編
Episode 31. 32. ……戦闘メイン
Episode 33. ……エピローグ


次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 30. I am always with you

お読みいただきありがとうございます。

第三十話です。

リーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


<Lina>

 

「……ンデ? その後の進捗はどーなんダ、リっちゃん?」

「……全然、ダメダメ。一歩も進展なし」

「ぅオイ!! ナンデだヨ!! もうアプローチ始めてから四か月じゃネーカ! コンナ美少女があからさまな態度で擦り寄ってンのに、ナンデあのヤンキー死神は一向に靡かねーンダヨ!!

 あれカ!? 実はオレっち達が予想だにシネー類の性癖の持ち主とか、年下は守備範囲外とか、そーゆーオチなのカ!?」

 

 ウガーッ! と、女子にあるまじき大声でアルゴが吼え散らす。ぶっちゃけ私もそうしたいところだけど、二人揃って叫んでても仕方ない。

 理性をフル活用して自制しつつ、手元の瓶から直接ワインモドキを一息に呷り、空になった瓶を投げ捨てた。

 

 ここは五十層主住区「アルゲード」西部の居住区エリアだ。

 

 ありふれた四階建ての雑居ビルにあるアルゴの居室に朝からいきなり連行された私は、そこで「一護骨抜き大作戦(アルゴ命名)」の進展が捗々しくないことを報告していた。 

 

 朝食代わりに買い込んできたらしい雑多なジャンクフードに安ワインという二次会セットに手を付けながら、私はため息混じりに言葉を返す。

 

「それなら諦めもつくけど、生憎彼は至極ノーマル。多分、年齢の上下も関係ない」

「だったラ、ナンデ色仕掛けが失敗なんダヨ? 風呂上りのリっちゃん、しかもレースの黒下着バージョンに寄られても悩殺されねートカ、普通の男ならありえねーダロ」

「……悩殺以前に、視認一秒後には風呂場に叩き込まれた。あの人堅いから、女の子の下着姿ガン見とかしないと思う……多分」

 

 服着ろこのボケ!! という叫び声と共にアイアンクローを一閃、顔面を鷲掴みにされてそのままバスルームに投げ込まれたことを思い出す。

 

 流石に直後は顔が真っ赤だったけど、次の朝にはけろっとしていた。多分、そういう方面でアプローチしても女の子として好いてもらえそうにはない。

 

「ンー、エロ路線がダメ、世話焼き路線も目立った反応ナシ。となると……あとはギャップ狙いはドーダ? リっちゃん普段無表情ダシ、ココはものっそい笑顔で迫ってみるトカ」

「心配されるか、食べたい物を強請りにきたと思われるだけ。効果は期待できない」

「じゃあ、服変えてみるカ? いつものニットとホットパンツじゃなくて、ジャケットでクールっ子トカ、甘めがいいならカーディガンに膝丈スカートって感じデ」

「一護に女の子の服の好みはない。変えても流される可能性大」

「ムー、ンじゃあ……いっそ過程スッ飛ばしてハダカで寝込みを襲っちまうトカ――」

「アルゴ殺すよ?」

「ぅヒィ!?」

 

 私の愛剣『カルマ・エゴ』を喉元に突きつけられて、アルゴは引きつったような声で悲鳴を上げた。咥えていたチュロスがポロッと床に落っこちたけど、拾う余裕はなさそう。

 

「は、ハハ、ジョークだヨ、リっちゃん。オネーサンのお茶目なジョーク……ハイ、スミマセン」

「次言ったら、斬るから」

 

 手の内でくるりと半回転させ、腰の鞘に納める。

 寸止めの刃から開放されたアルゴは、止めていた息をぷはっと吐き出した。

 

 以前リズに似たようなことを、しかも一護の前で言われた時は、短剣の先でこめかみを抉る「ナイフグリグリの刑」を執行した。あの時は本当に顔から火が出るかと思うくらいに恥ずかしかった。

 

 一旦気を落ち着けるべく、大皿に山と盛られたお菓子を摘む私の向かいで、アルゴは新しいワインの封を切りながら、少し口を尖らせるようにして言った。

 

「ったくモー、リっちゃんって、ベリっちに下着見せんのも、バスタオル巻きで混浴も行けても、ナンデ裸はダメなんダ? そこまでできたら、もう一糸すら纏わなくても変わんネー気がするケド」

「は、裸だけは、ちょっと、その、流石に恥ずかしい……」

「オレっちが貸した、アノ際どい黒下着は着たのにカ?」

「……やっぱり、斬られたい?」

「ちょ、ちょいタンマ!! 謝るからその短剣しまってクレ怖いカラ!!」

 

 半身まで抜いた短剣を見せつけると、アルゴは慌てて両手を合わせて即謝罪。キッと一睨みしてから、再び納剣する。

 

「けどサ、リっちゃん。このままじゃベリっちと友人止まりだゼ? この仮想の世界でアイツの心は護れても、それが現実で恋心に成長するとは限らナイ。

 二人きりの時間がいくらでも作れるこの世界にいるうちに、せめて何か恋に発展しそうなきっかけの一つでも作っておかねーとサ」

「……ん、分かってる」

 

 真面目な顔つきに戻ったアルゴの言葉に、私も短く肯定を返す。

 

 彼女の言う通り、一護と恋仲になるには今のままじゃダメだ。彼が何を好き、私に何ができるのか、それを考え続けないといけない。

 

 今思いつくきっかけは、一つだけ。

 十日後に迫った、十月三十一日。私の誕生日だ。

 

 去年は、自分で一週間前から催促してた。一護は鬱陶しそうにしていたけど、なんだかんだで当日に高級素材の料理を御馳走してくれたし、綺麗で実用性のあるレア装備もプレゼントしてくれた。

 お返しに、この前の彼の誕生日にはお揃いのデザインを施したガントレットを渡した。ペアルックがどうのこうのと言いながらも、翌日からちゃんと付けてくれてた時は、すごく嬉しかった。

 

 今年はなんとなく気が引けてしまったため催促してないから、もしかしたら忘れられてしまうかもしれない。

 今まで支えてあげたんだからご褒美ちょうだい、なんて図々しいことは言わないけど、もし覚えていてくれたなら、何かくれるかもしれない。その時に頑張って攻めて、距離を縮める。そのためには手段は選ばない……ハダカは例外として。

 

「ンじゃ、今後の作戦立案といくカ」

「うん」

 

 私は気を引き締め直してアルゴと向き合い、「一護骨抜き大作戦」の続案作成へと思考を切り替えていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 結論から言って、作戦は失敗に終わった。

 

 誕生日の朝、起きてみると一護の姿がなかった。

 残されていたメッセージには「急用が出来たから出かける。夕飯で合流しよう」とだけ書かれていた。誕生日については、一言も触れていない。

 

 何もする気になれず、けどこのまま引き籠っていると余計に落ち込む気がして、私は外に出た。

 気晴らしにどこかのダンジョンにでも潜ろうかと考えたけど、気が乗らない。特に何も考えず転移門広場へと進み、パッと思いついた二十二層の主住区へと飛んだ。

 

 閑散とした転移門広場から出ると、辺りには森と湖が広がっていた。蒼天に燦然と輝く太陽の光が湖面で乱反射し、私の仮想の網膜を灼く。

 その痛みに近い光を無感動に眺めてから、私はどこへともなくポツポツと歩き始めた。

 

 まだ、まだ忘れているとは限らない。

 

 夕飯から寝るまでに四時間くらいはあるし、もし今は忘れてるとしても、日中に思い出してくれるかもしれない。そう考え、沈んでいく自分の心を慰撫する。

 

 けど同時に、心の奥底でどこか諦めというか、ああやっぱりな、って気持ちもあった。

 

 この四か月、一護の気を引こうと思いつく限りのことをしてきた。一護が少しでも私に異性として興味をもってくれるなら、そう思い、一日も欠かさず寄り添って来た。

 

 それでも彼が一向に私に気を向けないのは、多分、その心の内が、強くなること、この世界から出ること、それだけに埋め尽くされているからだと思う。ただ高みを目指す、その過程に、恋愛なんてものが存在するはずはない。

 だったら、一護が恋愛沙汰に無関心なのも理解でき――いや、この考えは、現実逃避だ。根本的な原因は、もっと違うところにあって、もっともっと単純なもの。

 

「……私に、魅力がないから、だ」

 

 ただ、それだけなんだ。

 

 一護に好かれるだけの容姿が、性格が、力が、心が、私にはないんだ。私が彼の恋人に相応しくない、どころか、寄り添うに足る器がない。

 私の中で彼が一番大きくても、彼の中で私は一番ではない。ただそれだけのこと。ごく単純な真理。

 

 たかが誕生日を忘れられただけで、たかが努力が半年弱報われていないだけで、何を大袈裟な。いつも心のどこかにいる、冷静な自分がそう吐き捨てる。でも同時に、もう何をやっても無駄だ、私じゃ彼には釣り合わない、そう叫ぶ声も聞こえる。

 初めての恋が破れる。ぼんやりと見えているその未来に心が軋みを上げているのが、意識しなくても分かった。

 

 いっそもう告白して、フラれてしまおうか。そうすれば、きっと楽に――いや、それは、それだけは絶対駄目だ。

 もし私が告白すれば、それの成否に関わらず私が弱くなるのは目に見えているし、何より一護の心に要らない負荷をかけてしまう。いつもぶっきらぼうでも根の優しい彼なら、きっと真剣に考えてくれる。

 そのことで彼の重荷になってしまうことが、何よりも怖かった。攻略組最強の剣士に、そして、私の大好きな人に、「楽になりたい」なんていう自分のわがままで迷惑をかけたくなかった。

 

 けど、じゃあこの気持ちの行き場はどうすれば――。答えの見つからないまま、惰性でさらに足を踏み出そうとして、

 

「――リーナ?」

 

 声が聞こえた。

 

 一護の声じゃない。もっと透明な、澄んだ女性の声。その声に私は立ち止まり、ゆっくりと声のした方へと振り返った。

 

 そこにいたのは血盟騎士団副団長、アスナだった。一時休団中とは聞いていたけど、確かに騎士服は着ていない。セーターにロングスカート、ブーツというシンプルな服装をしている。お洒落好きな彼女にしては落ち着いた格好だけど、案外よく似合っていた。

 

「どうしたの? 貴女が迷宮区とレストラン以外にいるなんて、珍しいじゃない」

「……特に理由はない、ただの散歩」

「一護は?」

「分からない。用事で出掛けてる」

 

 首を横に振りつつそう言うと、アスナの柔らかい微笑みが心配そうな表情へと変化した。

 

「……ひょっとして、一護と喧嘩でもしたの?」

「違う」

「一護の前で、何か失敗した?」

「違う」

「じゃあ、何があったの?」

「何も」

「嘘。何もなかったなら、そんな顔になるわけないじゃない」

「本当のこと。本当に、何も、なかった」

 

 ……そう、何もなかった。

 

 ただ、いつもと変わらない、よくあることがあっただけ。「何かある日」が「何もない日」になっただけ。だからこそ、こんなに気持ちが暗くなっているのだから。

 

 アスナは暫し私の顔を見つめていたけど、私がそれ以上何も言う気がないのを悟ったのか、そっか、とだけ言って視線を切った。

 そのまま、私たちの間に沈黙が降りる。風で木の葉の擦れる音が、やけに大きく聞こえてきた。

 

 やがて、アスナが沈黙を破った。

 

「……ねえ、リーナ」

「なに?」

「一護のこと、好き?」

「好き、大好き」

 

 一拍も間を置かず、即答する。仲の良い女性陣にはとうの昔にバレている。今更隠すこともない。

 

「そっか。じゃあさ、リーナ。もし、その『一護を好きという気持ち』と、前に言ってた『一護の心を護りたいという気持ち』、どちらか一つを選ぶとしたら、貴女はどうする?」

「……それは……」

 

 答えに詰まった。

 

 護る気持ちと好きな気持ち。言われてみれば、どちらを優先するかなんて、考えたことなんかなかった。

 

 けど、もし護る気持ちを取るのなら、一護に利すること以外の全て――もちろん、「恋心」も含めて」――を排し、彼の隣に居なければいけない。告白なんてして私が弱くなってしまえば、一護の隣に立つ資格なんてないのだから。この世界に来てからできた剣士としての私が、そう囁く。

 

 好きな気持ちを取るのなら、万策尽くして彼に迫り、そして告白する。きっと私は恋に負けて弱くなるし、一護にも少なくない動揺を与えてしまうかもしれない。けれど、その行方はどうあれ、その選択は、一人の女子として、東伏見莉那として、とても眩しいものに見えた。

 

 今いる仮想世界の(リーナ)、向こうにいる現実世界の(りな)、どちらも私で、どちらも大切。片方を切り捨てることなんてできない。けど、もしどちらかを選ばなければならない状況になったら、私は――。

 

「――ふふっ、ごめんねリーナ。そんなに考え込まないで。ううん、どちらかを捨てようなんて、考えないで」

「…………え?」

「どっちを取るのが正解なのか、なんて分からない。けど、私なら訊かれたとき、多分こう答えちゃうから」

 

 アスナはにっこりと満面の笑みを浮かべながら、

 

「私は、どっちも取る。好きだから護りたくて、護りたいくらいに好きに決まってるんだから。

 たとえ二つを天秤にかけるような状況になっても、きっと私は二つとも掴み取る。愛の成せる技で護ることも、護ることで愛を伝えることも、きっと出来る。確固たる証拠なんてないけれど、でも胸を張ってそう言えるよ。

 だって、私は女子だもの。恋の暴論、ワガママなんてものは、私たちの特権でしょ?」

 

 そう言って、彼女はしばみ色の瞳を細める。

 その顔に常日頃の女剣士の面影はなく、ただ一人の十代女子としての素顔があった。

 

「えっと、私が何を言いたいのかって言うとね、そんなに真剣に考え込みすぎないで、肩の力抜こうよってことなんだ。

 どうあるべきとか何かしなきゃじゃなくて、どうありたいとか何をしたいか。そんな感じで、感情だけで自分にワガママを言っても良いと思う。特にリーナはいっつも真面目なんだから、たまには恋愛用の自分をお休みさせてあげよ? ね?」

 

 じゃないと疲れちゃうわ、そう付け加えて、アスナは茶目っ気のある笑顔を見せた。なんの気負いもなくて、けど言葉にできない説得力を感じて、私はただ首肯を返した。

 

 それを見届けたアスナは嬉しそうにまた笑い、ちらっと視界の端、おそらく時刻表示がある辺りに視線を走らせた。

 

「――うわっ、時間ちょっとヤバいかも。ごめんねリーナ、私このあと出掛けなきゃいけないの」

「そう。じゃあ、またね。今日はありがと」

「ううん、いいんだよ。頑張ってねリーナ、キリト君の妻として、私も応援してるから!」

 

 ――えっ?

 

  つ、妻?

 

 唐突に出てきたびっくりワードに一瞬思考が固まり、再起動した頃には、アスナは大きく手を振りながら去っていくところだった。

 

 彼女のライトブラウンの長髪が陽光を反射して金糸のように輝く光景は、私には太陽より眩しく見えた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そのまましばらく、私は二十二層を散策していた。

 

 アスナと話したからか、沈んでいた気持ちは幾分か和らいだように感じる。

 のんびりする時間がないことは変わらないけど、たまには自分のことも考えないと。一護のことばかり想った結果、成就云々の前に私が自滅してしまっては元も子もない。そう思えるくらいには、気持ちが回復していた。

 

 辺りはもう既に夕暮れの色に染まっていた。既に辺りに人影はない。

 濃い臙脂色に塗りつぶされた湖面を見やりながら転移門広場に戻ったとき、メッセージの着信を示すアイコンが出現した。

 

 差出人は一護だった。昔よく行ってたマーテンのNPCレストランで落ち合おう、そんな内容のことが書かれている。当然、誕生日のことについては一切触れられていない。

 

 けど、落ち込むことはなかった。

 覚えてないのなら、会いに行って今日が誕生日であることを告げればいい。忘れてたの? この甲斐性なし、と、いつものように言ってしまえばいいんだ。

 その程度で嫌われるような関係じゃないことぐらいは分かっているし、多分一護もその方がやりやすいはずだ。彼がバツ悪そうに髪を掻く姿が鮮明に頭に浮かぶ。

 

 私に魅力がないことに関しては、今はどうしようもない。今までの失敗を気にしつつ、彼に好いてもらえるように日々頑張るしかない。彼のお母さんの墓前で、欠かさないと誓ったのだから。

 

 転移門からマーテンへと飛び、そこから歩くこと数分。目的のお店に着いた。今日は珍しく空いているようで、いつも人が溢れているテラス席は空っぽだ。入り口で突っ立ってるのもなんだし、中に入って待っていよう。

 

 重い木の扉に手をかけ、グイッと引っ張って開けて――

 

 

「「「誕生日、おめでとう!! リーナ!!」」」

 

 

 途端、大勢の祝福の声が響き渡った。

 

 同時に鳴り響く拍手の音。炸裂するクラッカー。大量に舞い落ちる紙吹雪。

 ハロウィンに合わせたらしいカボチャのランタンが店内のそこかしこに灯り、テーブルの上にはとてつもない量の御馳走とワイン。

 

 そして、正面最奥に掲げられた『Happy Birthday Lina!!』の横断幕。

 

 ……その、これって、つまり……え?

 

 状況を頭が消化しきれず、その場にボーッと突っ立っていると、背後から軽快な声がした。

 

「ほーい、遅刻組の二人、連れてきたゼ……って、リっちゃん、もう来てたのカ。ンじゃ一応、ハッピーバースデー!」

「ア、アルゴ?」

 

 気楽そうに手をひらひらと振っている彼女の後ろには、遅刻組と称されたキリトとアスナの姿があった。キリトは、よっ、と軽く手を上げ、アスナは「おめでとう、リーナ」と言って笑いかけてくれた。昼間会った時とは違い、カジュアルな私服に着替えてきている。

 

 猶も状況が飲み込めない私は、アルゴたちに押されるようにして店内に入った。どうやら貸切になっているみたいで、中には私の知っている人ばかりがいた。リズ、エギル、黒猫団の面々、ディアベルたちSSTAの幹部――総勢三十名弱が、決して広くはない店内に勢ぞろいしていた。

 

「あの、えっと……あ、アルゴ、これは一体……?」

「一応言っとくケド、オレっちは関与してねーゼ? こんな大がかりなパーティーになってるなんてつい今日の朝まで知らなかったシ、そもそもコレをやること自体、一昨日聞いたばっかりなんだからナ」

「そうそう、アイツに急に言われたのよ。リーナの誕生日パーティーやるから手を貸してくれって。全く、言うならもうちょっと早く言えってのにね」

 

 頭の後ろで手を組んだアルゴの発言に、苦笑しながらリズが言葉を付け足す。

 

「……ま、そういうことだぜ、リーナ。イベントとかに興味無さそうな態度取ってても、あいつもあいつでけっこう考えてるってこった」

 

 にやり、とした笑みを浮かべたエギルの台詞を聞き、そういえば、と私は未だ見えない彼の姿を探すべく周囲を見渡そうとして――

 

「……よっと」

「ぐぇ」

 

 後ろから布のようなもので首を絞められた。

 思わずみっともない声を出すと、背後から「あ、ワリ」という声が聞こえた。

 

「オイオイベリっち、大事な相方を公開絞殺してんじゃネーヨ」

「うるせーな。意外と力加減が難しいんだよ、これ……っと、これを、こうして……よし、こんなモンだろ」

 

 わけもわからずされるがままになること十秒、私の首には、綺麗な純白のマフラーが巻かれていた。店内の暖かなランタンの光を受けて穏やかに輝き、両端にはオレンジ色で雪の結晶のような形のワンポイントが染め抜かれている。

 

 そして、それを私に巻いてくれたのは――

 

「よ、一日放置して悪かったな、リーナ」

「一、護……」

 

 いつもの襟なしコートではなく、ちょっとシックなジャケットを着込んだ一護だった。

 

「本当なら、昼間は七十五層に新しくできた露店街で、食い歩きとかする予定だったんだけどよ。飾りつけとか食材の調達とかが思ったよりも手間がかかっちまったんだ」

「オマケにアシュレイのトコでマフラー作ってもらうのも、相当難儀したんダロ? 死神代行があの女性プレイヤー御用達の店に突撃するシーンは、中々面白かったゼ?」

「テメエ、余計なコト言うんじゃねえよアルゴ!!」

 

 ニシシ、と意地悪そうな顔で笑うアルゴと、それにツッコむ一護。しかめっ面なのはいつも通りだけど、どことなく照れの色が入っているようにも見える。

 

 

 ……つまり、彼は誕生日を忘れていたわけじゃなくて。

 

 私に内緒で、このパーティーを計画してくれてて。

 

 こんなにきれいなマフラーまで仕立ててくれて。

 

 

「……まあ、その、なんつーか、最近オメーに世話になることが多くて、なんかのタイミングでちゃんと返さねえと、って思ってたんだ」

 

 ガリガリとオレンジの髪を掻きながら、一護がぶっきらぼうな口調で言葉を紡ぐ。

 

「この世界に来てから二年弱の間、俺はリーナに色々なことを教わった。装備の相性とか、クエストの進め方のセオリーとか、スキルのバランスとか、多分俺一人だったら全部デタラメにやっちまってたハズだ。そうしてたら、多分俺は今ほど強くはなれなかった。そんな俺がここまで強くなれたのは、オメーがずっと居てくれたからだ。

 ホームの代金なんかより、ずっとずっとデケえ恩だ。ホントに感謝してる。その借り全部、とまでは言わねーけど、せめてその万分の一でも、コレで返せたらって思って、コレを企画したんだ」

 

 ま、慣れねーコトやったから段取りミスりまくったんだけどな、と彼は苦笑いを浮かべた。その顔はいつも通りに不器用で、けれど優しかった。

 

 ――正直、私は不安だった。

 

 私の独りよがりの献身が、彼の迷惑になっているんじゃないか。心のどこかで、そう思ってた。でも、私にはそれしかできないから、そうする他に道は無かった。

 

 でも、それは杞憂で。

 

 一護はちゃんと分かってくれてて。

 

 どころか、私に「感謝してる」なんて言ってくれて――!

 

 思わずマフラーを引き上げ、顔を隠した。

 

 こんなの、こんなのズルい。ズルすぎるよ。

 

 貴方に祝ってもらえただけですっごく嬉しいのに、私の勝手な世話焼きに、感謝してる、なんて言ってくれて。手間をかけてこんなパーティーまで考えてくれて。

 

 嬉しさが溢れだして、勝手に笑みが、涙が、零れてくる。真新しいマフラーに、とめどなく溢れる熱い涙がしみ込んでいく。

 

 ねえアスナ、私、やっぱり自分にお休みなんてあげられないよ。

 

 こんなにも好きで、好きでしょうがなくて、心が勝手に一護を求めるんだから。

 一センチでもいいから近くに、一瞬でも長く隣に。そう言って、私の体を突き動かす。感謝一つで、こんなにも舞い上がっちゃう。そのくらい、彼のことが愛しくてたまらないんだから。

 

 ぐしぐしと涙を拭きとってゆっくりと顔を上げると、少し戸惑ったような表情の一護と目が合った。私の瞳に彼が映り込み、その私がまた一護の瞳に映り込む。互いが互いしか映していない、甘美な合わせ鏡に、また口元が緩む。

 

 けど、今度は隠さない。再び零れる涙も拭わずに、

 

「……ありがとう。ありがと、一護……すごく、すごく嬉しいよ……っ!」

 

 私は精一杯の笑顔で、一護にお礼を言った。

 

 一護は面食らったような顔で私を見た。息を飲むのが、喉の動きで分かる。心なしか頬が赤い。羞恥以外の、何か別の感情が見て取れる。鋭い両目は見開かれ、私の顔に固定されている。

 

 ……これ、ひょっとして……私に、見惚れてくれてる、のかな?

 

 つまり、初めて、私のアプローチが成功した、ってこと……?

 

 そう思った瞬間、勝手に手が動きだした。

 

 両手を上に伸ばし、一護の後頭部に回す。そのままゆっくりと力を込めると、彼の顔がぐぐっと下がってくる。抵抗らしい抵抗はない。

 

 告白はしない。

 

 けど、ちょっとだけ。ちょっとだけなら、許される気がする。

 

 そう、お礼に、き、キスするだけ。

 

 それくらい、いいよね……?

 

 熱でボーッとする頭で自問自答しつつ、さらに一護の顔を引き寄せようとした、その時、

 

 

「いやーっ、わりぃわりぃ!! 狩りが長引いて遅れちまったぜ!! 誕生日おめでとさんだぜリーナぁ!!」

 

 

 胴間声で喚き散らしながら、クラインが背後の扉から飛び込んできた。

 

 一瞬で会場全体の空気が凍りついたのが分かった。一護の表情も、ひきつったものへと変わっている。多分、周囲のみんなの顔も似たような感じだろう。

 

 でも、今はどうでもいい。

 

 やるべきことが、あるのだから。

 

 一護から両手を放して、私は無言で短剣を抜く。敵との距離は、目測三メートル。踏込二歩で詰められる距離。単発重攻撃も、十分に届く間合いだ。

 

「え、えーっと、リーナ、嬢ちゃん……? なぜに剣を抜いて俺を睨んでいらっしゃるのかな……?」

 

 ヒゲ面をひきつらせるバカヤローの言葉に、私は答えない。

 

 代わりに、

 

「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、限定解除】」

 

 限定解除を発動。蒼光が私の体を覆い、噴炎のように燃え上がる。

 

 言いたいことは山ほどあるけど、その前にまず、

 

「……いっぺん死ね、ヒゲ山賊!!」

 

 空気読めないこのバカを半殺しにしなければ!!

 




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リーナさんが暴走してます。
クラインの尊き犠牲により、まさかの告白前にファーストキスとかいう謎行動は阻止されました。ヨカッタヨカッタ。

あと、時系列的にはユイが出てくるはずなのですが、どう絡ませればいいのか全く考えつかなかったので、登場させられませんでした。彼女は現在はじまりの街・東六区の教会にいることにしておいて下さい。

次話から二話連続戦闘メインです。
あのデカブツが暴れ回ります。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 31. Instant Death・Immortal Life

お読みいただきありがとうございます・

三十一話です。

宜しくお願い致します。


「七十五層フロアボス偵察隊が全滅した」

 

 血盟騎士団からその一報が送られてきたのは、十一月七日の昼頃だった。

 

 迷宮区の造りが異常に複雑だったもんで、フロア解放からボス部屋発見まで二週間以上が経っちまってる。迷宮区がキツイ時は大抵ボスは厄介だし、何より七十五層ってのは全百層のちょうど四分の三地点だ。

 

 リーナ曰く、こういう「クォーターポイント」ってのは、過去のボス傾向から見ても飛び抜けた強さを持つ可能性が高いという。確かに、二十五層の頭二つの巨人野郎も五十層の腕十本仏像も、かなり手こずった記憶がある。

 だから、今回のボスもサックリ討伐ってワケにもいかねえだろうし、ヒースクリフの奴もそれを見越して五ギルド合同、二十人の偵察隊を編成したらしい。

 

 だが、偵察隊がボス部屋に到達し、前衛の十人が先に入ってボスが出た瞬間、入口が閉じちまったらしい。残された後衛組がスキルやら打撃やらをいくら試しても扉は開かず、五分以上経ってからやっと開いたとき、中には誰もいなかったそうだ。

 転移で離脱した奴が一人もいなかった点から、部屋の内部は結晶無効化空間の可能性が高い。単純なボスの強さ以外の脅威の存在が考えられるため、貴方たちも十分注意されたし。メッセージはそう締めくくられ、続く二通目には十三時にコリニアの転移門広場に集合するように書かれていた。

 

「……まあ、だから特別何かするってわけでもないけど」

 

 そう言って、リーナは四枚目のステーキをナイフで切り分け、口に運んだ。オニオンソースをかけたそれを飲み込み、グラスに注がれた赤ワインを一口。苦戦の可能性が高いボス戦前でもこうやって淡々と大量のメシが食えるってトコを見る限りじゃ、不安とかは感じてなさそうだ。

 

「敵が強いのも、結晶が使えないのも、トラップ狩りやってる俺らには慣れっこだしな。いつも通り、回避と防御さえ徹底すりゃあアブねえ状況にハマることもねーだろ」

「いくら強くても、流石に一護の縮地に追いつけるとも思えないし……ごちそうさま」

「……はえーよ。一枚食うのに一分かかってねえじゃねーか。ちゃんと噛んでんのか? それ」

「うん、ちゃんと三回は噛んでる」

「そりゃ丸飲みってンだよ。せっかくのレア肉が勿体ねえだろ」

「いいお肉はのどで味わうのが、最近のマイブームだから」

「なんだそのビール感覚」

 

 半眼で見やる俺を余所に、リーナはナプキンで口元を拭うと自分の食器をさっさと片づけ始めた。

 今までは食ったらソファーに直行だったのに、今じゃメシの準備片付けはコイツの担当になっている。口元を汚しっぱなしにすることもなくなったし大した成長だ。とか、自分の食器を片づけながら、親父のような感想を抱く。

 

「……よし、片付け完了」

「さんきゅ。んじゃ、そろそろ行くかよ」

「ん」

 

 既に戦闘用の手甲と足甲を装備し、腰に紅色の刃を備えた短剣を帯びたリーナが首肯する。俺も各種防具を身に着け、背には『鎖坐切』を背負っている。確かに、今回の相手は強いのかもしんねえ。けど、気負いは微塵もない。相手が強かろうが弱かろうが、やることは変わんねえ。いつも通りに……。

 

「戦って、勝つ。そうでしょ?」

「……ああ、そうだな」

「あれ? いつもの『俺の心を読むな!』的なツッコミは?」

「ねえよ。二年も繰り返してると、流石にツッコむこと自体に飽きてくる」

「つまんないの。こうなったら、一護の心のボイスを常時実況でもして……」

「プライバシーの侵害も大概にしろよテメエ!!」

 

 耐え切れずツッコミをいれると、リーナはさも満足したような微笑を浮かべた。変にカチコチになってねえのはいいことだが、こうも緊張感がねえってのもなんかアレだな。

 

 短くため息を吐いた俺は、既に玄関を大きく開け放って外へ出て行ったリーナに続いて、ホームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 一時三分前に集合場所に着くと、既にたくさんの攻略組連中が集まっていた。聞いていた人数は三十二人だが、そのほとんどはもう来ているように見える。

 

 意外と場の空気は柔らかかった。悪条件下でバカ強いであろうボスと戦うってことにメンタル弱めの連中が緊張を強いられてるんじゃ、なんて勝手に予想してたんだが、杞憂だったらしい。

 

 まあ、それは多分、

 

「――無私の精神はよーく解った。じゃあお前は戦利品の分配からは除外していいのな」

「いや、そ、それはだなぁ……」

 

 広場のど真ん中で呑気に駄弁ってる連中――キリト、アスナ、エギル、クライン――のせいなんだろうが。

 

「よぉ、そこのウルセー四人。もうちょい自重しろよ」

「同意。新婚バカップル(キリトとアスナ)は、特に」

「おう、一護とリーナじゃねえか。バカップルって、おめえらが言えたことじゃないだろうに」

「そうよー、リーナの誕生会で貴方たちが桃色の空気をまき散らしたの、忘れてないんだから」

「お、桃色の空気だあ? おりゃあ知らねえぞそんなの――」

「死ねヒゲ」

「ガフッ!?」

「お、おいクライン……生きてるか? 圏内とはいえ、今の蹴りでお前の男の尊厳が潰れたように見えたんだが……?」

「心配すんなキリト。ヒゲ生やしたヤツってのは殺したって死なねえっつう決まりがあんだよ。第一、使う予定のねえモン潰したって、誰も損はしねーだろ」

「い、イチの字てめえ……」

 

 リーナの脚撃をモロに受け、その場で蹲ってガクガクしながら怨嗟の籠った目で見てくる野武士野郎に俺は情け容赦のない視線を返してやる。いっそそのままリーナの足甲に踏んづけられて、ドMにでも目覚めちまえばいいのに。

 

 益体もねえことながらそうやって喋ってると、転移門から新しい一団が出て来て、こっちに歩み寄ってきた。全員が騎士装で、後ろ四人は白地に赤の装飾、戦闘の奴は赤地に白の装飾。ボス戦で散々見てきた攻略ギルド、血盟騎士団の連中だった。

 

「……欠員はないようだな。よく集まってくれた、諸君」

 

 先頭に立つ男、ヒースクリフが低いテノールボイスで呼びかける。コイツにも、やっぱり緊張の色は欠片ほども見当たらない。律儀に敬礼するアスナに首肯で応えたあと、ヒースクリフは俺とキリトを見、いつものナゾ微笑を送ってきやがった。相変わらず、腹の読めねえ奴だ。

 素直に首肯を返しているキリトの隣で、俺はリアクションをこめかみをピクッと動かすだけに留めた。ヒースクリフはそれを見て微笑を微苦笑に変化させた後、手を後ろに回し、一つの結晶を取り出した。

 

「それでは、目的地直前までのコリドーを開く……コリドー・オープン」

 

 そう言って、奴は手に持った濃紺のクリスタルを掲げた。結晶はすぐに砕け散り、その場に即席のゲートを作り出す。街にしか飛べない上に対象が一人限定の転移結晶より高級なレアアイテム、回廊結晶だ。

 登録した場所なら街でもダンジョンでも一発で飛べるし、効果時間内なら複数人が使える。その辺じゃ滅多に手に入んねえ代物だから、買おうとすると異常に高くつく。が、まあ今回のボス戦は相当以上にキツくなるのが目に見えてるから、道中の余計な消耗を避けるためにはこのアイテムの利用は妥当なトコだろう。

 

 先頭切ってその光の渦へと入っていく血盟騎士団の連中。それに続くようにして、俺たちも中へと足を進める。転移特有の光で視界が埋め尽くされ、次に目に飛び込んできたのは、薄暗い迷宮の壁面と、最奥の巨大な門だった。アレが、今回のボス部屋の入口だろう。

 

 後から続々と攻略組連中が転移してきて、各々ボス戦に向けて装備の最終調整に入っていく。とうの昔に済ませていた俺とリーナは、揃ってボス部屋の大扉を睨む。心なしか、いつも以上に重苦しい空気を放出するそれを見ていると、自然と脳内が戦いのそれへと切り替わる。

 俺は手にした『鎖坐切』を鎖を揺らしつつ持ち上げ、一振りして自分の思考をさらに鋭化させる。リーナも似たような心境らしく、短剣を既に抜き放ち、いつもの戦前と同じように順手逆手に持ち替えて玩んでいる。

 

「……さて、皆。準備はいいかな」

 

 しばらくして、十字盾を実体化させたヒースクリフが全体に呼びかけた。

 

「今回、ボスに関する情報はほとんどない。そのため、基本的には血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、諸君はその間にできるだけ攻撃パターンを見切り、柔軟に対応してほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている――解放の日のために!!」

 

 最後の力強い一言に、この場にいるほとんどが大きな歓声で応えた。後ろの方でキリトとアスナが密着してんのが見えたが、まあデカい戦の前だ。イチャついてんのを茶化すのは止めとくか。

 視線を戻すと、俺の左隣に陣取ったリーナが俺を見上げていた。微かな笑顔を浮かべ、聞こえるか聞こえねえかの大きさで「頑張ろ」とだけ言う。俺はそれに肯定の頷きを返し、扉の前へと足を進める。雄叫びが響き渡る中で、扉正面に陣取ったヒースクリフと目が合った。

 

「一護君。今日は期待しているよ。死神の二つ名に違わぬ神速、存分に発揮してくれたまえ」

「エラソーな口利きやがって。オメーに一々言われなくても分かってるっつの」

「そうか、それは何よりだ」

 

 再びのナゾ微笑を俺に返した後、ヒースクリフは後ろを向き、扉に手を掛ける。耳障りな低い金属音と共に扉が開くのを見ながら、ゆっくりと刀を構える。

 

「――死ぬなよ、みんな」

 

 いつの間にか、俺の右横に立っていたキリトが、白黒二振りの剣を構えながら言った。その横には、日本刀を手にした武士装備のクラインと、両手斧を握り締めるエギルの巨体がある。

 

「安心しろ、頼まれたって死んでなんかやらねえよ」

 

 そう返してやると、キリトはニッと笑って見せた。クラインたちも「へっ、お前こそ」「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ」とふてぶてしく言い返す。

 

 そして、ヒースクリフが十字盾の後ろから長剣を抜き放ち、頭上高くに掲げて叫ぶ。

 

「――戦闘、開始!!」

 

 その言葉と同時に、開き切った扉の内部へと俺たちは雪崩れこんだ。瞬時に半円状に展開して、臨戦態勢を取る。

 

 部屋の中は、かなり広い円の形をしていた。コリニアのコロシアムと同程度の面積の床が広がり、周囲には真っ黒い壁がそびえ立つ。ボスの姿は、まだ見えない。

 そのまま、俺たちは警戒態勢を維持する。視界の端で秒数がカウントされていくが、何か起こる気配はない。

 

 だが、ボス特有の嫌な気配は確実に感じる。もうこの部屋のどっかにはいるはずだ。視界に入らなくても、どこかに潜んで――いや、違う!

 

「上だ!!」

「上よ!!」

 

 俺とアスナが叫んだのは、ほぼ同時だった。

 

 遥か頭上高く、ドーム状の天井に、()()はいた。

 

 骨でできた全身。何十本あるんだか数えきれないような、先の尖った足。長い胴体。両手の大きな鎌。髑髏を模した頭部。そして――顔の右半面に広がる、見覚えのある放射状の紋様。

 

 名称『The Skull Reaper』。

 

 百足に巨人の骸骨の上半身を組み合わせたようなソイツは俺たちを見ると、奇声を発しながら一気に落下してきた。

 

「固まるな! 距離を取れ!!」

 

 ヒースクリフから指示が飛んだ。それに合わせて、全員が一斉に散っていく。

 

 だが、中央付近にいた数人が動けずに固まったままだ。どっちに逃げたモンか逡巡してんのか、それとも恐怖で動けねえのか、あるいはその両方か。どれかは知らねえが、今はどうでもいい。

 

「チッ!」

 

 俺は舌打ちしつつ、助走を付けて跳躍。同時に『縮地』を発動し、落下してくるボス目掛けてミサイルのように突っ込んだ。

 

 『縮地』のスピードを乗せた渾身の蹴りを腹部に叩き込んで、ボスの身体を足場に再度跳躍。刀を水平、次いで垂直に振り抜き、

 

「――ブッ飛べ、百足野郎が!!」

 

 月牙十字衝に似た十字斬撃、《過月》を撃ち出した。

 

 青い十字架が高速で飛び、ボスの胴に叩き込まれた。その衝撃で落下機動がねじ曲がり、真下にいた数人の真後ろに落ちるはずだったボスの巨体は、そこから二十メートルほど離れたトコへ轟音と共に落っこちた。

 

 それを上空で確認しながら、俺は体勢を立て直しつつ着地する。地味に食らった落下ダメージを回復するために、腰に括りつけたポーチから回復ポーションを取り出して一気に飲み干す。

 

「一護、怪我ない?」

「ああ。連中は無事か?」

「ん。多分、貴方以外は全員無傷」

「そうかよ」

 

 駆け寄ってきたリーナの言葉に少し安堵していると、横からアスナが食いかかってきた。

 

「ちょ、ちょっと一護!? いきなり無茶苦茶しないでよ!! 下手なことすると冗談抜きに死ぬわよ!?」

「あ? いいじゃねえか。別に死んでねえんだし、死ぬつもりもねえよ」

「それは結果論でしょ!? 貴方は主戦力なんだから、もう少し慎重に――」

 

 喧しくアスナが言葉を続けようとした時、落下したボスがこっちを見て、両手の鎌を大きく振りかぶったのが見えた。そこに紅い光の煌めきを見て、俺は反射的に駆け出した。

 

「ッチィ!! 退けアスナ!!」

 

 アスナを押しのけ、同時に刀を振りかぶる。

 

 そして、俺が飛ばした《残月》と、ボスが飛ばした二つの()()()()の一方とが、相討ちになって消し飛んだ。

 

 光の収束の仕方といい、あの速力といい。六十一層でやり合ったフィールドボスと、いや、現世や虚圏で戦った破面連中の技と、よく似ている。見間違うハズもない。

 俺の仮面に似た紋が刻まれてるから、またなんか仕込みがあるんじゃねえかと警戒しちゃあいたが、まさかあの技の模倣を――霊圧を押し固めて虚閃の二十倍のスピードで敵に叩き付ける凶技『虚弾』を――使ってきやがるとは思わなかった。

 

 またしてもクソ忌々しいカーディナルに記憶を読まれたことに滾る怒りを感じながら、防ぎ損ねたもう一方も撃墜すべく、刀を振りかぶる。

 

 ――が、一歩遅かった。飛翔した虚弾モドキが、さっき真ん中でモタついていたうちの二人に直撃した。揃って大きくふっ飛ばされ、HPがグイグイ削れていく。咄嗟にクラインたちが動き、せめて落下ダメージを減らすべく受け止めようと身構えた。

 

 だが、それは無駄に終わった。

 

 飛ばされた奴の一人とクラインが触れ合う直前、そいつのHPが尽きた。硬質な音を立ててポリゴンをまき散らしつつ爆散。次いでもう片方の奴も同じ道を辿った。

 

「う、嘘……だろ……!?」

「一撃で、死亡だと……!?」

 

 エギルとキリトが絶句する。ボスの情報が皆無に等しい戦いに備えて、今回は高レベルプレイヤーだけが召集されているはずだ。なのに、連続技どころか単発技を一発喰らっただけで死ぬなんて、最上級トラップ並の理不尽さじゃねえかよ。

 

 ボスが喜悦を含んだような奇声の絶叫を上げる。それを睨みつけながら、俺は刀を握る手に力を込めた。

 

「……クソッ……調子に乗ってんじゃねえぞ、クソ百足!!」

 

 速攻で縮地を発動。巨体にそぐわない俊敏さで更なる獲物を刈るべく突進する奴目掛けて、刀を引っさげて肉薄した。

 鎌が俺を刈るより一秒早く間合いの内側に入り、全力の斬撃を一撃、二撃。僅かに後退したボスの鎌をスウェーバックで躱しつつ、縮地のスキル制限の四秒を消化。直後に近距離で《残月》を発動し、

 

「他人の記憶を、勝手にパクるんじゃねえよ!!」

 

 ガラ空きになった顔面に叩き込んだ。

 

 体勢を立て直す時間はやらない。縮地で鎌の反撃を回避し、横っ腹から突貫。斬りつけ、今度は槍みたいな尻尾の薙ぎ払いを跳んで避け、着地と同時にさらに縮地。ボスの頭の下に潜り込んで、

 

「ブチ割れろおおおぉぉッ!!」

 

 ブーツの底で、顎を思いっきり蹴り上げる。ガキィンッ! という音が響き、奴の上体が大きくのけぞる。鎌への赤い閃光の収束を見た俺は、縮地を発動して大きく後退。射線上から退避した。

 

 攻撃を躱されたボスは俺の姿をすぐに捕捉。唸るような声を上げつつ、体勢を沈めて突進体勢を取る。

 

 だが、ヤツが動くよりも早く、俺の背後から複数の人影が突撃していった。

 

 先陣をきったヒースクリフが初撃の鎌を十字盾で弾き返し、二撃目はキリトとアスナの同時防御で軌跡が変わり、地を抉るだけに終わる。そして、空いた正面へとリーナが躍り込み、

 

「――くたばれ!!」

 

 真紅の光を引きながら、顔面中央に短剣の刺突を叩きつけた。

 さらに逆手持ちで剣閃を、六、七撃と高速で続け、最後の斬り払いと同時に緑に輝く拳打を二発。シメとばかりにボスの額にストレート一発。計十連撃のコンビネーションで、ボスのHPを削り取った。

 

 だが、俺とリーナの攻撃を食らっても、ボスは全く揺らがない。削れたHPは、五段あるうちの最初の一つ、その五分の一かそこらだ。

 

 放たれた似非虚弾をサイドステップを駆使して躱しながら、リーナが後退。俺の横へと着地する。

 

「一護、手柄の独り占めはダメ。私も一緒にやるから」

「……そうかよ。んじゃ、せいぜい気ぃつけて戦えよ」

「単騎突撃した貴方が気を付けて、とか言っても説得力ない。それに、そろそろ縮地の制限時間がくるはず。カバーするから、早くシステムウィンドウで停止コマンド使って」

「っと、そういやそうか」

 

 互いに武器を構えたまま、システムウィンドウを表示。残り十秒くらいで尽きそうになっていたゲージの減少を止める。熟練度をカンストさせた今、回復にかかる時間はだいたい二分。その間は、縮地が使えなくなる。

 

 そのことに気を引き締め、刀を構え直した俺とリーナの前に、ヒースクリフ、キリト、アスナが並んだ。

 

「……一護、リーナ。アイツの鎌は俺たちで食いとめる。二人はあの遠距離攻撃を防ぎながら、ボスのHPを削ってくれ」

「リーナは一護の傍にいてあげてね……なんて、私が言わなくてもいいかもしれないけど」

「無論」

 

 こっちに背を向けたままキリトとアスナが言い、それにリーナが短く答える。ヒースクリフだけは無言で盾を構え、敵を見据えたまま動かない。

 

 いつの間にか、俺たちの周りには他の連中も集まってきていた。クラインたち風林火山や、エギルの姿もある。皆の顔には緊張と士気が半々で宿っていた。が、恐怖に震えてる奴は、一人もいない。

 

「……ああ、上等だ。俺は、俺たちは絶対に、コイツをブッ倒す!!」

 

 俺は刀を振り上げ高々と宣言し、猛然と向かってくる骸骨百足へ三十人の仲間と共に突撃していった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――どれほどの時間が過ぎた頃か。

 

「おおおオオオオオオッ!!」

 

 何十回発かの俺の《残月》がボスの顔面にクリティカルヒットし、HPの最後の一段が赤く染まった。同時に、さっきまでとはまるで異なる弱弱しい叫びが木霊す。

 

 その様子を見たヒースクリフの目が、僅かに見開かれた。

 

「――全員、突撃ッ!!」

 

 その号令の下、俺たちは一斉に飛びかかった。赤青緑、無数の色のエフェクト光が迸り、最早無抵抗となったボスの身体へと殺到する。

 

 そして、何十、何百発目かの誰かの攻撃が叩き込まれた瞬間、ついにボスのHPが尽きた。断末魔を上げ、上体をのけぞらせ、ボスの身体が大きく揺らめく。

 

 そのままポリゴン片と化し、ボスの巨体は四散する――かと思われた。

 

 だが、ボスの目はまだ死んじゃいなかった。

 

 ぽっかり空いた眼孔に燃えるような赤光が灯り、歪な口が大きく開かれる。

 

 まさか――まさか!

 

「マズい! 全員、奴の正面から離れろ!!」

 

 俺がそう叫んだ、その直後。奴の口に紅色の閃光が収束、半秒と経たずに射出された。

 

 射線ギリギリにいた数人は俺の声ですでに動き出してたらしく、なんとか回避することが出来ていた。地面にそのまま転がり、最後の最後に繰り出された凶悪な一撃に目を見張っていた。

 

 だが、躱せなかった奴が、一人だけいた。

 常に敵の正面に陣取り、キリトやアスナが攻撃側に回っても単身鎌を捌き続けていた男……ヒースクリフだ。驚愕の表情を浮かべた奴は咄嗟に盾を正面に構えた。だが、ボスの放った極大の似非『虚閃』はそれを真正面から打ち破った。

 

「だ、団長――!!」

 

 アスナの絶叫が空気を裂くように響き渡る。

 

 けど、ヒースクリフは回避行動を取れなかった。紅い閃光に身体を飲まれ、ギリギリグリーンにとどまっていたヒースクリフのHPが減少し、ついにイエローゾーンへと落ち込む――直前で停止した。

 

 減るはずだったHP。イエローで表示されるはずのそれは依然グリーンのままで、代わりに、奴の頭上には小さな()()()()()が表示されていた。

 

 

 『Immortal Object』

 

 

 不死存在。

 

 環境アイテムとか、「絶対破壊できないもの」を攻撃したときにしか表示されないはずの、システムメッセージ。それが今、この男の頭上に淡々と輝いていた。

 

 ボスの最後の一撃が終わり、そのまま骸骨百足は今度こそ砕け散った。正面にデカデカと『Congratulation!!』の文字が表示されるが、それに歓声を上げる奴は一人もいなかった。

 

「システム的、不死……? どういうこと、ですか、団長……?」

 

 長時間の戦闘に息絶え絶えになっているアスナが、キリトに支えられつつそう問いかける。他の連中も疲労困憊しながら、驚愕と疑問の視線をヒースクリフに向けている。俺にもたれて整息しているリーナも同じだ。

 その視線を受け止めながらも、ヒースクリフは無表情のままだった。代わりに左手を振って手元にシステムウィンドウを出し、手早く操作する。

 

「――ッ!? 一、護……!」

「リーナ!?」

 

 不意にリーナが崩れ落ちた。倒れ込みそうな相方を咄嗟に支えたが、その身体にはまるで力が入ってない。そのまま倒れるリーナをどうにか抱えて、地面に横たわらせた。HPバーの上には黄色のアイコン。麻痺だ。

 どよめきが聞こえ周囲を見ると、同じように皆が麻痺にかかって倒れていた。唯一、俺だけが麻痺にかかっていない。そのどれもが、理由不明だ。

 

 だが、この状況の元凶だけは分かった。

 さっきから立て続けに起こったイレギュラーな現象。その出発点にいた、一人の男。

 

「……テメエ、リーナに、皆に何をしやがったんだよ。ヒースクリフ……!!」

 

 殺気を籠めた俺の言葉と視線に、奴は場違いな微笑みを浮かべる。その余裕綽々の態度が、俺の神経を逆撫でする。

 さっきまで散々振るっていた刀を握り直し、思わず飛びかかろうとした、その時、

 

「……そうか……やっと分かったぜ。あの時、デュエルの時に感じた、違和感の正体」

「……キリト、君?」

 

 麻痺に倒れたキリトが仰向けのまま首から上を起こし、こっちを、いやヒースクリフを睨みつけていた。戸惑うアスナには答えずに、静かな声音で言葉を続ける。

 

「決着がつく直前、その最後の一瞬だけ、アンタは余りにも速すぎた。それこそ、そこの一護の縮地並に。その時は、俺の実力不足だと思ってた。でも、今は違う。あれは、あのコマ送りしたかのような急加速は、明らかに既存のシステム下で許された動きじゃない。

 環境アイテムやNPCにしか許されないはずのシステム的不死。ゲームの制約を超えた動き。そして、俺たちを一瞬で麻痺させた異常な事実。この三つが表すことはただ一つ。お前が俺たち『プレイヤー』側じゃない、『管理者』側の存在だということだ。

 

 ……そうだろ、ヒースクリフ。いや、()()()()

 

 空気が、いやこの場の全てが、凍り付いたかのように静まり返った。

 

 キリトが告げたことの重大さに、俺は思わず絶句する。

 誰一人として次の句を出せずにいると、ヒースクリフはふむ、短く唸り、視線を俺とキリトの間で往復させ、

 

「――確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

 あっさりとキリトの言葉を認めてみせた。

 

「……趣味がいいとは言えないぜ。沢山のプレイヤーを護ってきたアンタが、一転して俺たちの生還を阻む最悪のラスボスになるなんてな」

「なかなかいいシナリオだろう? 盛り上がったと思うが。予定では九十五層地点までは秘密にしておくはずだったのだが、まさか四分の三地点で明かすことになるとはな」

 

 目つきを鋭くするキリトに、ヒースクリフは、いや茅場は苦笑を交えつつ答えた。そのなんてことのない話し方が、返ってこの男の異常性を強調しているように感じる。

 

 ――だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 二年間、俺たちをこの世界に閉じ込め、何千人もの人を殺した。

 

 その主犯が今、俺の目の前にいる。

 

 あの日、リーナと「必ず殴る」と誓いあった奴が、目の前に立っている。

 

 そのたった一つの事実が、俺の脳内を支配した。

 

「……この、クソ犯罪者がああアアアァッ!!」

 

 回復したばかりの縮地を発動し、怒りに身を任せて俺は斬りかかった。

 

 インチキシステムで返り討ちにあうとか、不死存在にダメージは絶対通らないとか、ンなことはどうでもいい。ただ、コイツをなに食わない面で突っ立ったままにしておくなんて、絶対にできねえ!

 

 たとえ何が阻もうが、絶対に茅場を斬る!!

 

 俺の真っ正面からの一撃を、茅場は盾で受け止めてみせた。構うことなく再び縮地発動。茅場の左に回り込む。

 

 俺の縮地に、茅場は即座に反応してきた。素早く身を翻してこっちを向き、盾で正面に持って身構える。だが、このまま突貫するつもりはない。立て続けの縮地で今度は右へ、と見せかけてさらに飛び、茅場の背後を取った。

 

 直接斬っても、俺の剣はシステムによって止められる。けど知ったことじゃない。ただ斬る。その一心で、俺は動いていた。

 

 砕かんばかりの力で握った刀を上段にかかげ、俺は満身の力と激怒を籠めて降り下ろし――。

 

 突如出現した、深紅に輝く盾に止められた。

 

 尚も力を込め続けるが、破れる気配はない。だったらと盾をすり抜けるようにして再度斬撃を叩き込もうとしたが、また別の盾が出現して止められた。

 こんなスキルは見たことがない。クソッタレ、やっぱりシステムのインチキ防御を使いやがったか。悔しさじゃなく、更なる怒りの炎が滾るの感じた直後、

 

「――オーバーアシストではない」

 

 いつの間にか後ろへ振り向いていた茅場が、感情の籠っていない声で告げた。

 

 反射的に縮地を発動して距離を取った。茅場は俺の行動を無表情で眺めた後、憎たらしいぐらいにゆっくりとこっちに向き直った。数秒前に出てきた宙に浮く盾は既に消えていたが、再び斬りかかればまた出現することが容易に予想できる。

 ……だけど、その盾はオーバーアシストじゃない、つまり、茅場専用のシステムのインチキではないという。コイツの言葉を鵜呑みになんてするつもりはなかったが、全否定することもしなかった。

 

 予想外の出来事で幾分か頭ん中が冷えたのを感じながら、俺は構えを解くことなく茅場を睨み付ける。

 

「君の気持ちは理解できる。『縮地』が――いや、君の記憶では『()()』となっていたか。それが君の人並み外れた動体視力と合わさることで、ここまで凄まじい性能を叩き出すとは予想していなかった。現に先ほどの三撃目も、私は全く反応できなかった。

 だが、反応できなければ防げない、ということはない。私が反応せずとも他の要素で攻撃に対処できれば、防御は可能だ」

「茅場テメエ……どういう、ことだよ……!」

 

 再燃した怒りを込めた声で問いかける。対する茅場は至極冷静に、かつ事もなげに滔々と答えた。

 

「その問いが私のどの言葉に向けてのものなのか、判断しかねるな。なので、この二つをその回答として提示させてもらおう。

 まず一つ。私は映像化された君の記憶を見ている。ソードアート・オンライン正式チュートリアル開始から二千時間経過後に始動した、クエスト自動生成プログラムの発展系『メモリー・リアライジング・プログラム』。その最初の被験者にカーディナルによって選ばれたプレイヤーである、君のね。

 そしてもう一つ。先ほど君の攻撃を防いだ盾は、キリト君に行使したようなシステムのオーバーアシストの類ではない。これは純粋に、私の持つユニークスキル『神聖剣』に設定されているソードスキルの一つだ。今までお披露目の機会に恵まれなかったのだが、一護君がこの世界で初めて私の背後を取ってくれたことで、ようやく見せることが出来たよ。

 

 名称は『神聖剣』最上位剣技《イージス》。

 

 有する能力は――()()()()だ」

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

茅場さんの、というか「神聖剣」の真の力お披露目でした。

次回は最終決戦です。

更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。


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Episode 32. The End of Imagination

お読みいただきありがとうございます。

三十二話です。

後半部にリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


「……記憶の映像化に、自動防御、だと……?」

 

 茅場が告げた二つの真実、それに俺は驚愕した。

 

 記憶を引き抜かれてるってのは俺の読み通りだった。十九層のボスの姿。俺が見知った虚や死神の技に似たスキル。六十一層で使われた空中歩行。その存在はやっぱり偶然なんかじゃなく、カーディナルの仕業だったんだ。

 

 だが、それを映像化され、茅場にまで見られているとは思わなかった。今まで経験したすべての事、おふくろが死んだ時の記憶、ルキアや井上を助けに行った記憶、尸魂界で、虚圏で、空座町で戦ったすべての記憶を、茅場は盗み見やがったんだ。

 

 他の連中とかけ離れているであろう俺の記憶を、コイツはどんなことを考えながら見ていたのか。

 

 研究資料として、生真面目に見た?

 

 映画のように、気晴らしに眺めた?

 

 アニメかなんかみたいに、笑顔で鑑賞した?

 

 どれであっても、俺はコイツを許せる気がしねえ。元からそんな気なんざなかったが、今のでさらに深くなった。殴るどころじゃ気が済まねえ。速攻で叩っ斬って、この世界から叩き出してやる。

 

 けど、それを阻むのが、二つ目の真実。奴の持つ「自動防御」の存在だ。

 

 確かに、最後の一撃を防いだとき、アイツは俺の方なんて見ちゃいなかった。本当に反応できなかったのかまでは知らねえが、それでも後ろを見ることなく斬撃を防いできた以上、その「自動防御」ってのは本物の可能性が高い。

 タダでさえシステム的不死のせいで攻撃が通らねえってのに、これじゃヤツに剣を当てることもできないじゃねえか。苛立ちが腹の底からぐつぐつと湧き立ち、食いしばった歯を軋ませる。

 

「……死神代行、黒崎一護君。君は本当に興味深いプレイヤーだ。私が見た記憶の断片の中の君もそうだが、この世界に来てからの行いについてだけでも、私の関心は尽きないよ」

 

 余裕のつもりか、さっきまでの無表情の上に微笑を重ね、茅場は言葉を続けた。

 

「本来回避どころか視認すら不可能な速度の攻撃を防ぎ、如何なる防御も絶妙な剣捌きで潜り抜け、そしてどんな逆境でも闘志を絶やさない。

 こう言うとなにやら物語の勇者のようだが、私にとって一護君とは、まるでジョーカーのような存在だと思っていたよ。管理者であるはずの私の掌からはみ出し、思いもよらない事をやってのける。柄にもなく理屈ではない感情で、私はそう感じていた」

 

 そして、その考えは正しかった。どこか満足そうな表情で、茅場はそう付け加える。

 

「最初に興味を覚えたのは、ソードアート・オンライン開始から二千時間後、十九層の攻略が開始された時、新規プログラムの被験者としてカーディナルが君を選んだときだった。

 事実は小説よりも奇なり、という言葉があるが、ならばネット上の伝承だけではなく、生きた人間であるプレイヤー諸君の体験を基にすれば、より波乱に満ちた物語を生み出せる。そういった発想から、クエスト自動生成プログラムをベースとして、人体の記憶解析とゲームへの転用を目的にした『メモリー・リアライジング・プログラム』が作成された。

 プログラム始動から五十時間かけてカーディナルは全てのプレイヤーの記憶をスキャンし、その中で最初に君がクエスト生成のための記憶提供被験者第一号に選ばれたというわけだ。

 以降、ゲームが進んでいく中でもカーディナルは事あるごとに一護君の記憶を読み、クエストのみならず、この世界のあちこちに君の記憶から引き出した情報を組み込んでいったよ。まるで、君の記憶に魅入られたかのようにね。私はそのことに気づき、カーディナルが参考にした記憶の一部を映像化して再生した。その内容に更なる好奇心を刺激され、以来、私はカーディナルを止めることなく、ただ君の記憶片がこの世界へとしみ込んでいくのを見守っていたのだ。

 だがまあ、その結果として、こんな形でボロを出すはめになってしまうとはな。

 ここのボスはクォーターポイントの守護者として他のボスよりも各種ステータスを強靱に設定したのだが、攻撃パターンは全て直接攻撃に限定し、あのような範囲攻撃は設定しなかったはずだ。しかし、君が咄嗟に回避警告を飛ばしてきた点を考慮すると、あれも君の記憶の産物である可能性が高い。つまり、最後のあの閃光は、君の記憶が生んだ一撃とも言い換えることが出来そうだね」

 

 ならば、その一撃で私の不死属性を暴露したことに対し、君に報酬を与えようではないか。

 

 そう言って、茅場は右手の剣を地面に突き立てた。澄んだ音が空気を裂き、茅場の声だけが響いていたこの広間に反響する。

 

「一護君。君にチャンスをあげよう。今私とここで一対一で戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除する。システムによるオーバーアシストも封印すると確約しよう。

 もし拒むのであれば、私はこのまま最上層にある『紅玉宮』にて君たちの訪れを待つことにする。しかし、もし君が今の私に勝てばゲームは即時クリアされ、全プレイヤーがこのゲームからログアウトできる――どうかな?」

 

 その顔には、俺を試すような笑みが浮かんでいた。突き立てた剣の柄に手を置き、真鍮色の瞳で俺を見てくる。

 

「……どうかな、だと?」

 

 意識しなくても、いつもより数段低い声が出た。

 右足が一歩、前に出る。下ろしていた刀の切っ先が上がり、茅場へと突きつけられる。

 

「フザけんじゃねえ……!」

 

 多分この世界に来て、一番デカい怒りを俺は感じていた。

 

 今まで俺たちが必死で戦うのを傍から眺め。

 

 何千人もの人を殺し。

 

 今なお残る連中を、この鉄の城に縛り付ける。

 

 挙句、自分だけは死なないようにシステムに保護され、それがバレたから逃げるついでに、自分と対等な条件下で戦うチャンスを「くれてやる」だと……!? どこまで上からもの言えば気が済むんだよ殺人犯が!!

 

 煮えたぎる激情を隠すことなく、俺は真っ直ぐに茅場を睨みつけ、腹の底から叫んだ。

 

「そんなモン、受けて立つに決まってんだろうが!! これ以上、一分一秒だってテメエに喋らせるのはガマンならねえ! アンタを斬って、俺は、俺たちは現実に帰るんだ!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 俺たちの戦いに巻き込まれて仲間が負傷しねえようにしたい。

 

 俺の要望に応えたヒースクリフが即席で召喚した半透明の柵の囲いの中に、俺は麻痺に倒れた連中を全員移動させた。最後にリーナを抱えて柵の内側へと下ろし、俺はまた外側へと戻る。その直後、開いていた入り口が閉じ、今回のボス戦で生き残った奴の内、俺とヒースクリフを除く二十人が隔離された。

 

「な、なあ一護……お前、本当にやるのか?」

「当たり前だろ。同じことを何度も言わすんじゃねえよ」

 

 麻痺が解け、ゴッツイ顔を心配そうにひそめるエギルに、俺は呆れた声で答える。いつもみたいに減らず口を叩いてくれた方がまだ楽だってのに、なまじ俺の身を案じてくれてるのが伝わってくるモンだから、やりづらいったらありゃしねえ。チャドみてえに「気を付けろよ」って一言だけで十分だってのによ。

 

 他の連中の面も、そう大差ない。

 未だ状況を飲み込めきれてない戸惑いと不安が半々って感じの表情で、柵の内側から俺を見ている。

 

「心配すんな。そう長々とやり合うつもりはねえよ。とっとと斬って、それで終いにする」

「で、でもよおイチの字、もし、もしおめえが負けちまったら……」

「負けねえよボケ」

「ぅごっ!?」

 

 趣味の悪い柄のバンダナの下の目を伏せるクラインを、俺は柵の隙間から刀ごと腕を突っ込み、鎖坐切の柄尻で顔面を小突いた。

 

「俺は負けねえ。勝たなきゃいけねえなら勝つ。そんだけだ。ミスったときのことなんか、知ったこっちゃねえよ。

 それに、目に見えてるわけでもねえ未来に怯えてここから逃げれば、きっと俺は一生後悔する。戦う前に諦めて、敗北にビビって逃げた俺を、明日の俺は笑うだろうしよ」

「おめえ……」

 

 目を見張り、二の句を継げずにいるクライン。なんとか言葉を絞り出そうとする奴を、横から出てきた手が押し退けた。

 

「……一護」

 

 俺の名を呼び、リーナが真っ直ぐにこっちを見上げる。その顔は相変わらず無表情だったが、それはいつもとは違う、色んな感情がせめぎあった結果生まれた表情のように見えた。

 

 二年間憎悪し続けた相手を目の前にした怒り。

 

 そいつに手を出せない悔しさ。

 

 ……そんで多分、俺を一人で戦わせることへの、微かな不安。

 

 それら全部を押し殺し、平静を保っているように俺には感じられた。揺らぐ内心を制し、俺に余計な負担をかけまいとする気遣いさえ伝わってくる。

 

 だから、俺はいつも通りの態度で、リーナに言葉を返した。

 

「リーナ、俺は大丈夫だ。必ず勝つ。勝ってこの世界から出る。そんで、憎たらしいアイツをぶん殴る。二年前、お前と交わした約束を果たせるときが、やっと来たんだ」

「……うん。分かってる。分かってるよ、一護。分かってる」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、リーナは「分かってる」と繰り返した。そのままそっと目を閉じ、手にした短剣を祈るように掲げる。

 

 と、その横から一振りの剣が突き出された。

 見ると、キリトが手にした直剣を俺に向けて突き付けていた。剣と同じ、真っ黒い瞳が俺を見ている。

 

「行けよ、一護。行ってアイツを斬ってこい。本当は俺が戦いたいとこだし、お前に任せるのはちょいと悔しいけどな」

「キリト……」

「勝ってこい、勝ってこの世界を終わらせてくれ。肩書きだけじゃない、お前が、アインクラッドにとって本当の『死神』になってくれ!!」

「……あぁ、必ず」

 

 俺は短く答え、突き出された黒い剣に鎖坐切を重ねる。ギンッ、という澄んだ音が、湿っぽい空気を切り裂くように響き渡る。

 

 と、その上から純白のレイピアが重ねられた。

 

「そうだね、こうなったらもう、貴方に任せるしかないもの。

 勝ってね、一護。貴方ならきっと、ううん必ず、この世界を終わらせられるから」

「アスナ……」

「……へっ、仕方ねえ。そんじゃあいっちょ、俺もおめえの勝ちに賭けてやる。ヘマやって負けんじゃねえぞ、イチの字!!」

 

 さらにその上に、いつもの調子に戻ったクラインの刀が合わさり、

 

「最後の大勝負だ。男見せろよ、一護!!」

 

 そのまた上に、エギルの大斧が乗っかる。

 

 それだけじゃない。

 あちこちから「死ぬなよ!!」「勝ってくれ!」「負けるな、死神代行!!」という声が響く。皆が武器を天に向けて突き上げ、声を枯らさんばかりに激励を叫ぶ。

 

 そして、最後にリーナが短剣を突きだし、キリトたちの武器に埋もれた俺の刀に、そっとぶつけた。

 

「……いってらっしゃい、一護。貴方が勝つって、私は、信じてるから」

 

 そう言って、リーナは柔らかい笑みを浮かべる。さっきまでの複雑な感情は消え、今はただ、迷いなく俺を信じているのが伝わってきた。

 

「――あぁ。いってくる!!」

 

 俺は堂々と言葉を返し、音高く刀を引き抜いた、ギャリンッ! という甲高い金属音が、俺の心の芯まで響く。

 コートの裾を翻し、後ろを振り返ることなく、俺は真っ直ぐに茅場の待つ広場の中央へと歩いていった。感情の読めない顔付きで俺たちを見ていた奴は、俺が歩み寄り十メートルほど手前で立ち止まると、ごくわずかに微笑んだ。

 

 俺は鎖坐切を中段に構え、自然体で立つ聖騎士を睨む。

 

「待たせたな。始めようぜ、茅場」

「よかろう」

 

 茅場は頷くと、指を虚空へと走らせた。同時に俺たちのHPゲージが減少し、同じ長さに揃えられた。小攻撃でもせいぜい四、五発、強攻撃のクリーンヒットなら、一撃で持って行けそうな量だ。

 

「……最後に、一つだけいいか?」

「何かな?」

 

 表情をピクリとも動かさず続きを促した茅場に、俺は問いかける。

 

「アンタはどうして、こんなことをやったんだ。偽物の世界作って、何の罪もねえ一般人を一万人も閉じ込めて、何千人も殺して、それでもまだ観賞することに、アンタは何の意味を見いだしたんだよ」

「その答えが、これからの勝負に必要かね?」

 

 簡潔で、愛想の欠片もない返答だった。

 

 茅場の冷たい金属のような目と、俺の目がピタリと合う。そこに回答の意志はなく、ただ機械みたいな無機質な光が宿っていた。

 

「……ちぇっ。答える気なしかよ」

 

 吐き捨てるようにつぶやいてから、刀を握る手に力を込める。柄についた鎖が揺れ、チリチリという音が微かに鳴った。それに合わせるかのように茅場は突き立てていた長剣を引き抜き、盾の影に隠すようにして構える。

 

 凍てついたような静けさが周囲を圧し、それに呼応するみたいに、思考が限界まで鋭化していく。浦原さんに初めて「斬る覚悟」を教わったときのように、恋次と戦ったときのように、自分の気配が静かに、けど重くなっていくのが分かった。

 

 互いが武器を構えた残響が消え、辺りに完全な静寂が満ちた、その瞬間、

 

「――行くぜ。茅場晶彦!!」

 

 俺は縮地を発動。一瞬で距離を詰め、盾を構える茅場へと斬りかかった。

 

 初撃を盾で止められ、続く斬撃はバックステップで躱された。即座に短距離縮地で追いすがり、盾の届かない左脇から斬り上げを叩き込む。今度は自動防御に止められ、赤い火花を散らすだけに終わった。

 

 だが、ひるむ暇はない。縮地を発動した以上、戦闘限界は残り二分フラット。その間に決着がつかなきゃ、俺の負けが確定する。刀を振るう腕を、地を蹴る足を止めることなく、俺は全力の速度と力で茅場へと攻撃をブチ込み続ける。

 

 背後に回り込み、胴を薙ぐように一閃。自動防御で危なげなく防がれるが、ためらわず跳躍、茅場の真上へと跳び、

 

「――《残月》!!」

 

 斬撃を飛ばした。

 

 しかし、今度もまたイージスが作動。蒼い三日月が、真紅の盾の前に散る。ダメージは欠片も通っていない。

 

 俺の着地する瞬間を狙って、茅場が剣を鋭く突き込んできた。首を強引に捻って避けたが、髪に掠った。HPバーが僅かに削れ、色が赤く染まる。続けざまに振るわれる凶刃を弾き飛ばし、距離を取ることなく縮地で死角に入り込み、反撃を仕掛けていく。

 

 だが、いくら縮地で横や後ろへと回り込もうと、嵐のような乱撃を叩きつけようと、イージスの盾は確実に俺の刀や打撃を防いでくる。時たま鋭い反撃が飛んできて、際どいところを掠めていく。自分の縮地で相対的に速度が上がったそれを躱し、受け止めつつ、俺は沸騰する思考回路を懸命に働かせた。

 

 ――やっぱり、コイツの自動防御ってのは本物だ。

 

 左右後ろ、真上から下段攻撃まで、完璧に防いできやがる。

 

 《残月》を放ってから縮地を使って、疑似的な挟み撃ちを仕掛けても、盾が同時出現してあっさり防がれた。貫通ダメージも全くねえ。

 

 だが――。

 

「っらぁ!!」

 

 右側ギリギリ、盾のカバー範囲の一番外のラインに、刺突を叩き込む。茅場は盾を強振することでそれを防ぎ、素早く翻身してこっちに向き直った。件の盾は、出てこない。

 

 だいたい掴めてきた。

 

 真正面、いや、こいつの盾が届く範囲でなら、イージスの盾は出てこねえ。

 自動防御ってのが本当なら、わざわざ俺の攻撃位置に応じて自分の意志で出したりひっこめたりしてる可能性は低い。それが出来るなら、キリトにあと一歩で敗北しそうになることも、虚閃をモロに受けて正体をバラすこともなかったはずだ。

 

 つまり、こいつの自動防御(イージス)には、()()()()がある。

 

 おそらく、盾の初期位置から腕だけを動かしてカバーしうる範囲を超えた場所に俺が攻撃を仕掛けたとき、イージスの自動防御が発動する。逆に言えば、コイツの盾が届く範囲になら、あの赤い盾は出現しない。

 そして、茅場はその範囲以外への警戒を意図的にシャットアウトすることで、俺の縮地を使った攻撃に確実に反応できるようにしている。騎士らしい「正々堂々正面からの攻撃」以外を受け付けない、正面戦闘を強いるスキル。それがイージスの意味ってヤツだろう。全く、騎士にしちゃあズイブンとセコい能力だ。

 

 けど、それだけに脅威だ。

 意識を自分の正面だけに集中してるだけあって、俺の斬撃は全て防がれる。繰り出されるカウンターも、段々危ないトコを突いてくるようになっている。このままじゃ、いずれ俺の身体にクリーンヒットがブチ込まれる。

 

 考えろ、考えるんだ。

 今まで見てきたコイツの戦い。付けてきた自分の戦闘技術。持ってるスペック。それら全部をつぎ込めば、どっかに道はあるはずだ。

 

 どこかに必ず、奴の防御を躱す方法が――。

 

 防御を、躱す?

 

 ――それだ!

 

 閃きに従い、連撃の手を止め縮地で一度距離を取る。代わりに刀を掲げ、

 

「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、()()】」

 

 HPがレッドゾーンに入っているとき限定の自己強化スキル、『死力』スキルを発動した。途端、青白い光の奔流が全身を覆いつくし、同時にカウントダウンのタイマーが出現する。

 

「――ぁぁぁぁあああああアアァッ!!」

 

 咆哮と共に俺は正面から全力の斬撃を叩き込んだ。当然盾で止められるが、それでいい。跳ね上がった速力をフル活用して刀を即座に返し、次々と盾へ、その一番外側へと猛然と連撃を浴びせていく。

 

「――くっ」

 

 茅場の表情が、わずかに曇る。

 

 そりゃそうだ。今の俺の斬撃は、ソードスキルに迫る火力を持つ。そんなモンを高速で、しかもダメージ軽減率が一番低い盾の最外部分にくらい続ければ、一撃ごとに貫通ダメージを被ることになる。

 

 軽減率の最も高い中央部で受けようと盾を捌く奴の動きを先読みし、その一手先に刃を走らせる。一度も身体に刃を受けていないにも関わらず、少しずつ、少しずつだが、茅場のHPが減っていく。その表情の歪みが深くなったその瞬間、俺は作戦成功を確信した。

 

 ――そうだろ、焦るよな?

 

 盾の側から攻撃を続けられれば、お前は反撃を仕掛けられないし、貫通ダメージは自動防御じゃ防げない。

 

 このまま時間内にHPを削りきれるかは分かんねえが、可能性がゼロじゃないことは確かだ。そして、その制限時間は、俺にしか見えてねえ。

 

 この不安定な現状を打開するべく取る行動。

 

 その中で、最も可能性が高いのは――。

 

「ぬんっ!!」

 

 ――()()()()()()()!!

 

 普通に出されれば間違いなく意表を突かれていたはずの一撃。けど、それが確実に来ると予想できてれば、躱すのは容易い。そして、この攻撃の瞬間だけ、奴の十字盾の物理防御が完全に消失する。

 

 今までの死神式(ゴリ押し)からSAO式(テクニック)に思考をスイッチ。水平に構えられ、迫りくる盾の先端を大きく屈むようにして回避しつつ滑り込み、

 

「セイッ!!」

 

 鎖坐切で、盾を真下から斬り上げた。

 

 盾の軌道をそらされ、体勢が上ずった茅場の胴に、明確な隙が出来る。

 盾を引き戻すことも、剣で迎撃することも、身体を捩って自動防御の感知範囲を持ってくることも間に合わねえだろ。

 

 ――もらった!!

 

 勝利を確信し、トドメの一撃を見舞おうと刀を振り――。

 

 ……突如、ガクンッ、と停止した。

 

 視界の端で、盾の持ち手を掴んでいたはずの茅場の左手が、俺の刀の切っ先を鷲掴みにしているのが見えた。タイミングを潰された俺の動きが止まる。

 

 その隙を、コイツが逃がすハズが、なかった。

 

「……さらばだ、一護君」

 

 数瞬前に俺が浮かべていたはずの、勝利を確信した笑みを湛えて、朱い輝きを纏った茅場の長剣が突き込まれてくる。

 

 太刀行きが速い。俺が刀の制御を奪い返すのも、手放して反撃の拳を叩き込むこともできない。素手で受け止めても、今の俺のHP残量じゃ確実に死ぬ。視界の端の縮地のゲージも、死力スキルのタイマーも、あと四十秒足らず。武器を捨てた状態で、たった三十数秒で勝てる相手じゃねえ。

 

 致死の一撃への打開策が思いつく前に、奴の剣閃が硬直した俺の胸へと迫り――。

 

 ……ダメだ。

 

 俺は、俺が勝つと誓ったんだろうが。

 

 自分の魂に、後ろの仲間に。

 

 ここで負けるわけにはいかねえんだよ!

 

 

 突きの速度は速いが、まだ見切れる速さだ。

 

 そして刺突は威力が高い分、軌跡が直線的になる。

 

 だったら、普通に防げないってンなら……。

 

「敗けるかああああああアアァァァッッ!!」

 

 ()()()()叩き潰せばいいじゃねえか!!

 

 ほぼ垂直に放った俺の蹴りが、突き込まれてくる茅場のシンプルな長剣の根元、唯一装飾が施されて細くなった部分へとピンポイントでブチ当たり、そのまま真っ二つにへし折った。

 

 攻撃判定が存在しない技の出始めに脆弱部位に強烈な打撃を当てることで武器を壊す。キリトの十八番でもあるシステム外スキル「武器破壊(アームブラスト)」は、見事に茅場の剣を粉砕せしめていた。

 

 柄だけになった剣を見て、今度は茅場から勝利の笑みが消え失せた。目を限界まで見開き、今までで一番はっきりした感情――明確な驚愕――を浮かべている。

 

「馬鹿な……有り得ん。動きを制限された状態で、かつこのタイミングで弱点部位を体術で打撃し武器破壊を成功させるなど……どれ程の技、いや、どれ程の低確率を以ってすれば可能な……」

「……わかんねえだろうさ。テメエ一人の勝手で、他人を自分の世界に閉じ込めて喜んでるアンタには、絶対にわかんねえよ」

 

 呆然と立つ聖騎士の男を、俺は真っ直ぐに睨み付ける。

 

「言ったはずだ。俺はテメエを倒す。そのために俺は強くなって、ただこの瞬間のためだけに、俺はここに来たんだ!」

「くっ……!」

 

 俺の突きだした拳を防ぐため、咄嗟に茅場は刀を放して盾を引き戻す。握り締めた拳骨が硬い盾の中心を叩き、鈍い音を響かせる。

 

 それに構うことなく、俺は刀を振るった。揺らぐ茅場を追い詰めるように、残る数秒に全てを賭けて。

 

「テメエを倒す! 必ず勝つ! 勝って生きる!!」

 

 斬り払い、突き出し、振り抜く。

 

 限界を超えて、自分を加速する。

 

 焼き切れそうな自分を押して。

 

「そして、リーナを! 攻略組を!

 この世界に囚われた全ての人を助け出す!!」

 

 全力の袈裟斬りが盾を抉ったその瞬間。

 

 ついに、茅場のリズムが崩れた。

 

 盾が一拍遅れた、その半瞬を逃さねえように。

 

「何千の命を背負った俺が、テメエ一人に――」

 

 俺は刀を閃かせて盾を弾き飛ばし、返す刃で、

 

「敗ける訳にはいかねえんだよ!! 茅場晶彦!!」

 

 

 茅場の身体を、斬り裂いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

<Lina>

 

 一護がヒースクリフを、いや、茅場を斬った。

 

 その瞬間、視界が真っ白に染まり、気が付くと、私はあの薄暗い広間ではなく、燃えるような夕焼け空の中に立っていた。

 

 足元は透明な水晶のような板。それは何にも支えられることなく宙に浮いていて、かつて六十一層で散々練習した時に感じた、浮遊感と安定感の両立したような、不思議な感覚をもたらしている。遠くには無数の雲がたなびき、時折吹く風に押されるように、ゆっくりと流れていく。

 

 辺り一面は彼方に沈む太陽の閃光で焼き尽くされたかのように、赤く、朱く、紅い。上を見上げれば、そこは赤というよりも夜の闇と昼の太陽が混じったような紫色で、そこから流れるように暖色へとグラデーションが続いていく。

 

「……あ」

 

 その中程にあったオレンジ色を見つけ、私は小さく声を漏らした。まるで彼の髪のような、派手で、優しい、橙の色。

 

 その美しさに思わず見とれていると、

 

「――よぉ」

 

 不意に真横から、ぶっきらぼうな声がした。視界の端に、黒いコートが見える。

 

 ゆっくりと、私は顔を上げた。視線の先にあったのは、この二年で見慣れた、けど、いつ見ても胸が高鳴る、端正な顔。いつものしかめっ面の中でブラウンの瞳が宝石よりもきれいに輝き、かすかに吹く風に煽られて空と同じ色の短髪が陽炎のように揺らめいていた。

 

「……お疲れさま。勝ったね、一護」

 

 見事に激戦を制した大切な人へ、私は微笑みと共に労いの言葉を贈った。一護は微かに笑みを浮かべ、あぁ、とだけ返してきた。ただそれだけのやり取りで、私の心が満たされていくのが分かる。

 

 一護の方にちゃんと身体を向け直して、私は少しからかうように言った。

 

「最後の方、かなり危なかった。私との約束破られるかと思って、ヒヤッとしたんだから」

「うるせえな。ちゃんと勝ったんだからいいじゃねえか」

「よくない。あんな無茶苦茶な迎撃して……私の心臓に多大な負荷をかけた責任、ちゃんと取ってもらうから」

「なんか理不尽じゃねえか? それ。ああしなきゃ防げなかったんだから、しょうがねえだろ」

 

 ムスッとした表情で一護が返す。ちょっと拗ねたようなその顔を見ていると、また笑みがこみ上げてくる。この人のおかげで、私は何度こうして笑えたんだろう。現実世界では表情を変えることなんて、滅多になかったのにな。

 

 感慨にふけりながらふと下方を見たとき、私は思わず、あっ、と声を出した。

 遥か先まで続く夕焼け空、その中に、円錐形の先端を切り落としたような形状の、鈍色の物体が浮いていた。いくつもの層が積み重なって形を成しているそれは、よく見ていると、下の方から無数の瓦礫となって崩れ、その下の闇の渦へと吸い込まれていくところだった。

 

「アレは……アインクラッド、か?」

「……ん。多分、そうだと思う」

 

 一護と共に、私は崩れゆく鋼鉄の城を眺めた。

 この二年間、私たちが囚われていた、牢獄のような浮遊城。その死に行く姿を見ていると、何故か歓喜以外の複雑な感情がこみ上げてくる。あそこにいたことで失ったものも多いけど、得たものもある。それ故の、感傷なんだろうか。

 

「……にしても、ここは何なんだよ。俺が勝ったんだし、アインクラッドはああやって壊れてるし、とっとと現実に帰れるんじゃねえのかよ」

「その処理は、今行っているところだ。現在、SAOメインフレームの全記憶装置でデータの完全消去作業を行っている。あと十分でこの世界の全てが崩壊する。今はその終焉までの猶予時間だ」

 

 少し離れたところから、声が聞こえた。一護のものではない、男の声だ。

 

 見ると、そこには二十代後半とおぼしき白衣姿の男性が立っていた。線の細い、鋭角的な顔立ちは、かつて血盟騎士団を率いたあの紅の騎士に、よく似ていた。

 

「……茅場、晶彦」

 

 一護が静かに、その男の名を呼んだ。

 

 茅場は私たちをちらりと見やると、崩壊するアインクラッドへと視線を戻した。相変わらずその表情からは感情が読めず、自分の創り上げた世界の最後を看取る感傷や悲哀の色は、微塵も見えなかった。

 

 と、不意に一護が動き出した。黒い襟なしコートの裾を翻し、ズンズンと大股で茅場へと近づいていく。

 

 そして、佇む白衣の男の胸倉を掴むなり、

 

「ォラァッ!!」

 

 拳骨を顔面に叩き込んだ。ゴンッ!! という鈍い音が響き、茅場の痩身が前に傾ぐ。

 

 私も一護に習い、すたすたと茅場に接近する。途中、すれ違う一護とバトンタッチするかのようにパチンッ、と掌を打ち合わせ、それから拳を作って、

 

「セイッ!!」

 

 前傾していた茅場の顔面目掛けて、渾身のアッパーを叩き込んだ。

 無抵抗の茅場は私の殴打の勢いのままのけぞり、そのまま仰向けに倒れ込んだ。現実だったら確実に鼻っ柱がへし折れ、鼻血が噴出しているところだろう。最も、この男のしでかしたことに比べたら、顔面粉砕骨折でも物足りないところではあるけど。

 

「……現実に帰るのと順序が逆になっちまったが」

「うん。とりあえず、悲願の目標達成」

 

 一護と顔を見合わせ、互いに頷く。この場でちゃんと痛覚が働いてれば言うことなしだったんだけど、その分は現実に戻ったら、裁判官がちゃんと与えてくれることだろう。死刑という名の、法の鉄槌で。

 

 茅場は倒れたまま動かない。目を覆うように顔に載せられた腕のせいで、その表情もよく見えない。夕焼けに照らされ、ピクリとも動かず腕で表情を隠すその姿は、どこか抜け殻のように空虚だった。

 

「……生き残った連中は、どうなった」

 

 静かな怒りを孕んだ声で、一護が問う。

 

 対して、しばしの沈黙を経てから、茅場は答えを返してきた。

 

「先ほど、生き残った全プレイヤー、七一六四名のログアウトを確認した」

「死んだ奴らは?」

「彼らの意識が現実世界に戻ることはない。死者が消え去るのは、どこの世界でも一緒さ」

 

 ブチッ、という何かが切れる音が、聞こえたような気がした。脳内が突沸し、視界が夕焼けの色よりも赤色に煮えたぎるのが分かる。

 

 怒りに任せ、私が言葉をぶつける前に、一護が動いた。倒れた茅場の襟をわし掴みにして持ち上げ、思いっきり水晶の床へと叩きつけた。さっきよりも鈍い音が、際限なく続くこの空間に響き渡る。

 

「フザけんなよ……なにが『どこの世界でも一緒』だ!! こんな、テメエの勝手で作ったハリボテの世界で、他人の都合で閉じ込められて、現実を失って、それでも必死に生きた奴らの命を三千も奪いやがって!!」

 

 破れんばかりに白衣の襟を捻じり上げ、一護が茅場の上体を引きずり起こす。ここまでされても、茅場には反応らしいものは一切ない。

 

「今一度訊くぜ、茅場晶彦。なんでテメエはこんなことをしたんだ!! 七千人の現実と三千人の未来を奪ってまで、この世界を作って、観て、一体そこに何の意味があったんだよ!!」

 

 絶叫とも言えるほどの一護の言葉が、さきほどの鈍音が消えたばかりの空間に満ちる。遮るものがないためにその残響は虚空に溶けるように消え、代わりに私の鼓膜の内側にだけ浸透していった。

 

 やがて、茅場は今まで閉じていた口を少しだけ開き、目を覆っていた腕をどけた。無感動な視線が、激情に燃える一護のブラウンの瞳と交錯する。

 

「……この世界を作った意味、か。私も長い間忘れていたよ。あの鉄の城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創ることだけを欲し、そこに意味を求めることなど、とうの昔に止めてしまっていた。

 だが、君に出会い、その記憶を見せてもらったことで、私は私の世界をも超越した世界を知ることが出来た。理不尽な力に傷つき、大切なものを失い、それでも尚誰かを護るために戦いつづける君の生き様は、とてもとても美しかった。そして、同時にこうも思った。これほどの世界を生きた者ならば、いつか必ず私の世界を超えていくだろう。死神代行の名を背負い、幾多の戦いを勝ち抜いた君なら、きっと征し、私の前に立ち、そして勝つだろう、とね。

 果たして、その予想は正しかった。この世界の法則の中でも外でも、私は君に完敗した。完敗できた。それだけで、意味はあったのだよ」

 

 そう言うと、茅場はもう何も言うことは無いというかのように瞼を閉じた。一護はそれを見て再び怒りに両肩を震わせていたが、再度問いを投げることも、茅場の答えに反発することもせず、白衣の男の身体を乱暴に投げ捨てた。そのまま膝を突き、うなだれたまま動かなくなる。

 

 私も、なにを言っていいのかわからず、その場に立ちつくした。自分本位極まりない回答に対する憤りは確かに私の内側に渦巻いている。

 けれど、私よりも遥かに怒り、自身の記憶を覗かれ、挙句勝手にこの世界の存在する意味に仕立てられた一護が、声を荒げることなく黙っている。それを見てしまうと、私には発すべき言葉が見つからなかった。

 

 しばしの沈黙のあと、茅場はゆっくりと立ち上がり、私たちに背を向け、歩き出した。一護もそれを止めることなく、ただじっと俯いている。

 

「……一護君。一つ、私からも訊いていいだろうか」

 

 不意に、背を向けたままの茅場がそう問いかけてきた。一護は何も言わず、沈黙を返すだけ。

 

 それに構うことなく、茅場は自身の問いの言葉を続けて言った。

 

「私が見た記憶の中の君は、本当にあらゆる困難に立ち向かっていった。自身の世界観を超える存在に日常を破壊され、常人なら幾度となく道半ばに倒れているであろう心身の傷を負い、ようやく手にした力さえも時には凌駕され、大事なものを奪われる。それほどの数多の苦難に直面してもなお戦い続けられたのは、どうしてなのかな。

 黒崎一護君。君は一体、何のために、戦い続けているのかな」

「…………テメエこそ、俺の記憶のドコを見てたんだよ」

 

 そう言いつつ、一護は立ち上がり、茅場を射抜くような強い目で見た。強い意志に満ちた彼の眼は、彼方へ沈む夕日の何倍も美しく見えた。

 

「俺はずっと、誰かを護る力が欲しかった。テメエが見たような連中から、降りかかる理不尽な暴力から、大事な人を護れるだけの力が欲しかった。俺が初めて護りたいと願った(おふくろ)が、命を賭して俺を護ってくれたように。

 そんな無力なガキだった俺を、たくさんの人が助けてくれた。力を与えてくれた奴、鍛えてくれた奴、弱さに気づかせてくれた奴。そいつらのおかげで、俺はここまで強くなれた。

 だから、その皆を護るために、俺は戦うって決めたんだ。他でもねえ、ただ俺の、魂に誓って」

 

 胸を張って、一護はそう言い切った。

 

 茅場は何も言わず、少しの間そのまま立ち止まっていた。まるで一護の言葉の余韻を噛みしめるかのように、微動だにせず、ただ立ち尽くしていた。

 

「……そうか。ありがとう、死神代行君。

 そして、言い忘れていたことをもう一つ。ゲームクリアおめでとう、一護君、リーナ君」

 

 静かにそう告げ、茅場は歩を進めた。数瞬後、彼の姿は霧のように掻き消え、あとには何も残っていなかった。ただ、変わらない夕焼けの空が、白衣の男がいた場所を朱く照らすばかりだった。

 

 茅場の祝福の言葉に、一護は何も言い返さなかった。ただ茅場のいた場所を見つめ、表情を微塵も崩さぬまま、ひたすらに黙している。

 

 その姿が何故かどうしようもない哀しみに満ちているように見えて、私はそっと近寄り、彼の大きな手を握った。優しい熱が彼の手から伝わり、私の体に滲みこんでいくように感じた。

 

「……貴方がそれ以上哀しむことはない、一護」

 

 知らず、私は慰めるような言葉を口にしていた。

 

 例えそれが彼には必要のないものだとしても、必要であっても彼がそれを望まないと分かっていても、止めることができなかった。

 

 ただ、悲哀に染まった彼の顔を見るのがつらくて。見ていると心が張り裂けそうで。そんな私のワガママに抗いきれず、私は言葉を続けた。

 

「貴方は多くの人を救った。これから失われるかもしれなかった命を救い、失われるはずだった時間を取り戻した。

 亡くなった人たちがいることは、私も哀しい。けど、その命の責任までは貴方にない。それはあの男が死ぬまで背負うべきもの。一護、貴方はしゃんと胸を張っていればいいの。だから――」

「……分かってるさ」

 

 言葉を遮り、一護が視線を私に向けた。

 

「俺はスーパーマンじゃねえから、全員の命を救うなんて大それたことは言えねえし、そんなことは誰にもできねえ。ホンモノの、『全知全能』の神様でもねえ限りよ。だから、分かってんだ。俺が抱え込んだって何にもなんねえことぐらいな。

 ただなんつーか、それでもちょっとやりきれなくて、気分が沈んでたってだけだ」

 

 そう言った彼の顔は、もういつものしかめっ面だった。それに安心して、私はきゅっと彼の手を握る。

 このまま彼の胸に身体を預けても良かったのだけれど、それだと彼の表情が見えなくなる。今はまだ、この距離から彼の顔を見上げていたかった。

 

「帰って落ち着いたら、連中の供養にでも行かねえか? こんだけデカい事件になったんだ。個別の墓の場所なんてわかんなくても、慰霊碑の一つぐらいは出来るだろうしな」

「それ、デートのお誘い? 現実での初デートの行先が慰霊碑なんて、中々新鮮なんだけど」

「……オメーの頭ん中はどうなってんだよ。マジで雰囲気台無しじゃねーか」

 

 ため息を吐いて、一護が髪をガリガリと掻く。

 

 貴方の言う「雰囲気」が恋人ムードのことを指していたのなら嬉しかったのだけど、そんな都合のいいことはない。単にシリアスムードがふっ飛んだことが、ちょっと不満なんだろう。全く、相変わらず鈍いんだから。

 

 ……でも、そんなところも、大好きだよ。

 

「……おい、リーナ。身体が……」

 

 一護が少し驚いたような声を上げる。言われてみると、一護の身体が少しずつ白み、背景の夕日を透過し始めていた。見下ろした自分の肉体も、同じように色を失っていく。

 さらに下方では、いつのまにか大部分が崩壊したアインクラッドの頂上が、今まさに崩壊しようとしていた。茅場の言っていた紅玉宮らしき真紅の神殿が、文字通り数多の紅玉となって、砕け落ちてゆく。

 

 それらをしばし見つめた後、私は一護の方を向いた。

 

「そろそろ時間、なのかもね」

「ああ。そうみてえだな」

 

 自ら彼の手を放し、私は一護の正面に立つ。夕日で透き通り、逆光に照らされた一護の姿は、幻想的で、すごくきれいだった。

 

 

 ……ねえ、一護。

 

 私ね、今、少しだけ寂しいよ。

 

 あんなに帰りたかった現実に戻れるのに、今いるこの世界が、貴方と二人きりのこの場所が終わってしまうことが、ちょっとだけ惜しいんだ。

 

 現実に戻ったら、貴方をこうして独占できる時間なんて、あんまり取れないだろうから。

 

 だから、今のこの時間が、一秒でも長く続けばいいのに。なんて、心の片隅で思ってしまっている。

 

 けど、それじゃいけないよね。

 

 私は決めたのだから。

 

 現実に生きて帰るって。

 

 帰ってまた貴方と出会って、仲良くなって、そしていつか必ず、想いを告げるんだって。そう決めたのだから。

 

「……最後に一つだけ、お願いしていい?」

「なんだ」

「私のこと、名前で呼んでほしいな。リーナじゃなくて、私の、本当の名前で」

 

 忘れたなんて言ったら、承知しないんだから。

 

 そう付け加えると、一護は、ンなわけねえだろ、と言い返し、ニッと笑って見せた。

 

「相棒の名前くらい、ちゃんと覚えてるに決まってんだろ」

「八ビット脳みそのくせに?」

「うるせえよ。……そんじゃあな、東伏見莉那。また向こうで会おうぜ」

 

 その言葉に、胸が高鳴る。二年前のあの夕方から凍っていた私の現実の時間が、ゆっくりと、進みだしたように感じた。

 

 溢れる涙をこらえつつ、歪む視界に彼を映して、

 

「……うん。またね、黒崎一護。この世界で貴方と会えて、本当によかった。必ず現実で、また会おうね……っ!」

 

 私は心の底から笑顔を浮かべ、しばしの別れを告げた。

 

 この世界で一番長く一緒にいて、一番信頼して、そして私の人生で一番愛した、大好きな彼に。

 

 

 身体が世界に溶けていく。

 

 視界は既に白一色。もう、彼の姿は見えない。

 

 けれど、まだ彼の声が、温もりが残っている。

 

 彼の名残が、まだ私の心に在る。

 

 だから、もう、寂しくなんてない。

 

 また現実世界で彼と会うその日を脳裏に描きながら、私は意識を手放す。自身の全てが白熱に昇華し、粒子となって光に消えて。

 

 

 ――そして、全てが真っ白になった。

 

 




次回はエピローグです。

クリア後の彼らを書きます。


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Epilogue -エピローグ-
Returnees


最終話です。

後半にリーナ視点を含みます。


 年の瀬迫る十一月七日。東京都空座町。

 

 昼時でそれなりに混雑している空座本町駅前大通り。その一角にあるパン屋『A B Cookies』の飲食テーブルに着いた俺の目の前で、

 

「よろしくね、莉那ちゃん!」

「……こちらこそ」

 

 何故か視線の火花を散らしている奴らがいた。

 

 一方はリーナこと東伏見莉那。デカいプレートに山積みになったパンを片っ端から平らげながら、胡乱げな視線を投げかけている。口の周りがクリームでベッタベタになっててかなり間抜けなんだが、今はそこにツッコめる空気じゃない。

 

 んで、もう一方が、ここのパン屋でバイトしている友人、井上織姫だ。モノトーンカラーの制服を着込んだその姿は見慣れたモンなんだが、目が全ッ然笑ってねえ。なのに口元にだけはいつも以上の笑みを湛えているせいで、正直ちょっと怖い。いつかの黒腔で見た卯ノ花さんの底冷えするような笑顔を彷彿とさせる面だ。

 

 おかしい。ここに入るまではリーナはいつも通りだったし、井上も自分がバイトしてるトコに知り合いが来て機嫌が悪くなるようなヤツじゃねえ。なのに、会って目が合った瞬間には、もうこの状態になっちまってた。ワケが分かんねえ。

 

「……お前ら、実は初対面じゃなかったりすんのか?」

「ううん、初めましてだよ。ね、莉那ちゃん?」

「ん、そう」

「いや、そう思えないレベルの空気の悪さなんだけどよ……」

 

 ちょっと頬を引きつらせながら発した俺の問いかけに、井上は笑顔で、リーナは無表情のままでさらっと答える。険悪な空気でも息は合ってんのかよ。ますます分かんねえっつの。

 

 呆れる俺を余所に、二人の間で会話が進んでいく。

 

「――そっかー、莉那ちゃんはゲームの中では黒崎くんのパートナーだったんだ。黒崎くんを支えてくれて、どうもありがとう()()()()()()

「貴女に礼を言われる筋合いはない。私は私がしたいように、一護のためになるよう動いていただけ。相棒として共闘し、寝食を共にするのは当然のこと」

「……寝食を、共に?」

 

 井上の顔から、一瞬笑顔と光が消えた、ように見えた。体感温度が一気に五度下がったと感じたのは、多分気のせいじゃねえ。

 

「ね、ねえ、黒崎くん。どういうこと? リーナちゃんと寝食を共にしてたってことは、つまり、ど、同棲してたって、こと……?」

「同棲とか、ンな仰々しいモンじゃねえよ。フツーに同じ部屋で生活してたってだけだ。ルキアも一時期俺の家に住んでただろうが。アレと似たようなモンだっての」

「で、でも、同じ部屋で寝泊まりは、してたんだよね? どのくらい? ひ、ひと月くらいなのかな……?」

「いや、あのクソゲームに閉じ込められて一か月後からずっとだし……まあ、二年弱ってとこじゃねえか」

「に、二年も…………」

 

 井上が顔を俯かせ、小刻みに震え始める。「男女七歳にして同衾せず」的な怒りなのか。つか、コイツそんなキャラだったっけか。

 

 カフェオレ入りのグラスを傾けながら、どうでもいいことを考えていると、今度は俺の真向かいに座っていたリーナが俺に視線を向けてきた。

 

「……ねえ、一護。そのルキアって人は、どんな人なの?」

「ルキア? アイツは……まあなんつーか、恩人かつ友人、みてえな感じか?」

「その人は今どこに?」

「すっげえ遠いトコで、なんか忙しくしてるみてえだ」

「同棲期間は?」

「だから同棲じゃねえっつの……ウチにいたのは、全部ひっくるめて大体二か月かそこらじゃねえか?」

「……そう、良かった」

 

 勝算はありそう、とリーナは真面目な顔つきで呟き、食べかけだったBLTサンドを口の中に押し込んだ。勝算って、ルキアとやり合う気かよコイツ。いくらオメーがSAOで最強クラスの短剣使いでも、流石に死神相手、それも副隊長のルキアには勝てねえと思うぞ? 言っても通じねえだろうから言わねえけどよ。

 

「ね、ねえ黒崎くん」

 

 再起動したっぽい井上が話しかけてきた。相変わらず目が笑ってない。つかコイツ、バイト中なのに俺のトコに居っぱなしでいいのかよ。混んでくる昼時だってのに。

 

「なんだよ」

「明日さ、黒崎くんの家に行ってもいいかな? 話したいこともあるし、久しぶりに遊子ちゃんや夏梨ちゃんにも会いたいし」

「いいんじゃねえか? 井上が来ると、遊子も喜ぶしな。面倒じゃなけりゃ、またアイツらに勉強でも教えてやってくれよ」

「うん、全然大丈夫だよ! あ、またお菓子の差し入れも持ってってあげるね。何がいいかなあ。夏梨ちゃんは甘すぎるのは苦手って言ってたし、この前はレモンカスタードパイだったし……」

 

 頬に指を当て井上は思案顔を作る。よく分かんねえが、表情は元に戻ったし、とりあえず険悪ムード解消……、

 

「……一護、どういうこと?」

 

 しなかった。

 

 今度はリーナの機嫌が急降下してやがった。表情が無いどころかマイナスに突入してそうなレベルで欠落してる。最近やっと見慣れた黒髪の下の碧眼が、氷並に冷え切った視線を俺に送っている。

 

 ……なんで昼飯食ってるだけなのに、こんな気疲れしてんだよクソッタレ。

 

 SAOクリアからちょうど一年。

 

 リーナの退院記念ってことで連れてきたはずの昼食は、殺伐とした空気のまんま過ぎて行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 俺が茅場を倒した日、『ソードアート・オンライン』に囚われていた七千人ちょっとのプレイヤーのほとんどは、無事に現実に帰還できていた、らしい。

 

 ほとんど、とか、らしい、ってのは、俺を含めた三百人が別のVR関連の事件に巻き込まれてて、現実に帰るのが遅れたからだ。その余計な一悶着が付いてきやがったせいで、結局俺らが現実に帰れたのは一月の下旬になってからだった。

 ったく、現実に帰ってきたかと思ったら別のゲームん中、しかも俺だけ「ログアウト不可プラス死んだら脳みそチン」のルール続行とか、フザけてんのも大概にしやがれ。周りの連中巻き込んでドタバタやった挙句、最後の最後まで足掻きやがったあのクソ研究者の面だけは、茅場以上に二度と見たくねえな。

 

 現実に帰ってきた俺を出迎えたのは、気遣いゼロのヒゲ親父のサバ折りと、遊子夏梨のダブルビンタだった。そりゃそうだ。いきなりゲームの中に閉じ込めれて二年も意識不明だったんだ。一発ブチかましたくなる気持ちは分かる。調子に乗ってクレイジースクリューを叩き込もうと親父が跳躍してきたときは、そっと受け流して窓から投げ捨てたけどな。病院の三階から。

 

 そこからだいたい十日間かけて俺は筋力回復のためのリハビリをやることになったんだが、これがまあ地獄みてえにキツかった。

 俺が入院してたのは空座総合病院、つまり石田の親父さんが院長をやってるトコだったんだが、「君は普通の人間ではないから」という理由で、フツーの修行となんら変わんねえようなトレーニングを毎日課せられた。おかげで生身の筋肉やら運動能力、現実での体捌きもほぼ二年前のそれと同じ程度まで回復はできたし、他の生還者連中と比べても異常なくらい早く退院できたのは良かったんだが。ただ、浦原さんに匹敵する石田の親父さんのドS鍛練だけは、もう二度とやりたくねえ。今もごくたまに夢に見るレベルだ。

 

 しかも、退院祝いに来た浦原さんに、

 

「ま、アタシの義骸技術を応用すれば、身体慣らしなんて一日で終わってたコトだったんスけどね」

 

 とか言われた時の脱力具合はハンパじゃなかった。

 なんで最初っからやってくんねえんだよ、と詰め寄ったら、ルキアに止められてたそうだ。「二年間げえむで遊んでおった莫迦者には仕置きとして丁度よかろう」だとか。遊んでねえし、こっちは俺なりにガチで戦ってたっつーのに……ルキアのヤツ、今度会ったら覚えてやがれ。

 

 で、そのリハビリの合間を縫って知り合い連中が見舞いに来てくれはしたんだが、菓子折り持って普通に様子を見に来てくれたのは結局井上だけで、他の連中はまあヒドかった。

 

 「入院中はタマるからな!」とケイゴと水色が『ジャンボ巨乳大王』とデカデカと書かれた十八禁雑誌を差し入れに来たり。

 

 それを見つけた浦原さんが「そンじゃ、コレも必要でしょう」と死神式T○NGAを笑顔で仕入れてきたり。

 

 いきなり現れた京楽さんと乱菊さんが「酒は百薬の長だから」と日本酒片手に宴会始めようとして、七緒さんにまとめて連行されていったりとか。

 

 チャドも石田も海外に行ってるらしく、顔を合わせることは無かった。代わりにチャドから送られてきた幸運のお守りみてえなモノはありがたくもらっておいたが、石田から届いた全文ドイツ語オンリーのエアメールは読まずに捨てた。どんな嫌がらせだよあのクソメガネ。

 

 そんなこんなで二月中ごろには俺は退院できてたんだが、リーナの方はそうはいかなかった。

 

 元々病弱で身体が弱ってたっつうこともあり、車椅子での外出許可が下りるのさえ、四か月以上掛かった。食欲だけは相変わらずで、俺が見舞いに行く度に病院食のボリュームの無さにブーブー文句を言ってたが、それでも一応ベッドの上で大人しく養生してたらしく、ゆっくりとだが確実に快方に向かっていった。

 

 意外だったのが、コイツの家が超絶金持ちだったってことだ。

 病室はホテル並みの豪華さを持つ個室で、大部屋に突っ込まれてた俺とは天地の差があった。何でも華族の血筋とか何とかで、本家がある京都じゃ名が知れてる一族らしい。育ちは良いってのに、あの食べ散らかしっぷりはどうなんだか。

 幸い、親御さんたちはどっちもすごいお人好しで、ちょくちょく見舞いに来る俺を歓迎してくれてた。ただ、どっちも食が細いらしい。リーナの無尽蔵な食欲の原因は親の遺伝じゃねえようだ。

 

「……ったく。メシぐれえ平和に食えねえのか、オメーはよ」

「あの特盛女がいけないの」

「井上はなんもしてねえだろうが」

 

 井上が店長に呼ばれてオーダー取りに行くまで延々と続いていたにらみ合いを思い出す俺の言葉に、リーナが少しむすっとした表情を浮かべる。今日は向こうの世界でもよく着ていたような白いニットを着て、紺のホットパンツとタイツにブーツを履いている。まだ松葉杖が外れて半月経ってないせいか、歩くスピードはかなり遅い。ゆっくりとしたリーナの足取りに合わせながら、東京郊外にある小高い丘を登る。

 

 ここは、『ソードアート・オンライン』を開発したアーガスの本社の敷地だった場所だ。茅場があれだけの大事件をやらかしたせいでアーガスは潰れ、その跡地はこうやって解放されている。会社で緑化活動でもやってたのか、郊外とはいえ都会と思えないような緑豊かな緩い上り坂を、並んで歩いていく。

 

「そう言や、勉強の方はどうなんだよ。なんかこの前、宿題の古文がどうたら言ってたけど」

「そっちはなんとかなった。問題は現代文。評論が本当に意味不明」

「オメーはほんと、文系科目が壊滅してんのな。英語なんて、五十点越えたことねーだろ」

「……貴方の理科科目よりはマシ」

「うっせ」

 

 なんて会話をしながらふと前を見やると、坂の上、俺たちの目的地方向から人が下りてきた。数は三人。

 

 一人はキリトこと桐ケ谷和人だ。

 ボトムスもジャンパーも全身黒ずくめの恰好は、SAO時代から全然変わってない。顔立ち含めた全身の線の細さはSAOの時よりマシになってはいるが、それでもやっぱり女顔だ。たつきと並んだら、勇ましさって点じゃあコイツが負けそうだ。

 

 その隣にいるのは、アスナこと結城明日奈。

 こっちもこっちで血盟騎士団の制服を彷彿とさせる白いアウターに赤い生地のアーガイル柄のスカートを着ている。こっちで再会したSAO組の中で、俺の髪の毛が現実でもオレンジってことに一番ビックリしてたのがコイツだったりする。

 

 んで、最後の一人は……って!

 

「チャ、チャド!?」

「……ム? 一護か、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 

 俺の驚きの声に、チャドは相変わらずの低い声で答え、片手を上げて挨拶を返してきた。ブルゾンに包まれた筋骨隆々の肉体も、全然変わってない。

 

「いつ日本に帰ったんだよ。見舞い代わりにくれた手紙じゃ、今年いっぱいはメキシコにいるって話だったじゃねーか」

「そのつもりだったんだが……今日は、例のゲームで死んでしまった友人の命日だったからな。墓の場所は知らなかったが、ここに慰霊碑があると聞いた。だから昨日帰国して、墓参りの代わりにここへ来たんだ」

「……ああ、成る程。そういうことかよ」

 

 そういや手紙にそんなことも書いてあったな、と今更ながらに思い出す。

 

「それで、同じように慰霊に来た私たちと偶々会って、お話してたらなんか打ち解けちゃって、それでここまで一緒に来たって感じかな。最初は寡黙でちょっと怖かったけど、優しくていい人だね、茶渡さんって」

「ああ。口が悪いエギルにも是非見習ってほしいくらいだな」

「それ、キリト君が言えたことじゃないでしょー?」

 

 エギルとチャドが並んでたら、多分誰も近寄らねえだろうな。絵面の迫力的に。

 

 余計な感想を抱きつつ、大体の事情を聞いて俺が納得していると、袖が引っ張られた。見ると、リーナが俺の袖を無言でくいくいと引きながら見上げていた。その顔には分かりやすく「この人だれ?」って感じの表情が浮かんでいる。

 

「ああ、俺の中学からのダチだ。茶渡泰虎。こんなデカい見た目してるけど、俺と同年代(タメ)だ。

 んでチャド、コイツがこの前手紙で言ってたリーナこと――」

「東伏見莉那です。初めまして」

 

 礼儀正しくリーナが頭を下げる。それに合わせ、チャドも会釈を返した。

 

「こちらこそ、初めまして東伏見。二年間、一護が世話になったみたいだな」

「ん。本当に、大変だった」

「おい、ちょっとは謙遜とかしたらどうだテメー」

 

 しれっと全面肯定しやがったリーナを睨む。いや確かに世話になったけどよ。

 

「……ところで一護、その手に持った袋、井上のバイト先に行ったのか?」

「あ? ああ、まあな。コイツの退院祝いってヤツだ」

 

 井上が戻ってくる前に退散した方がいいと判断して、俺は店に備え付けられた紙袋を使って余ったパンを持ち帰っていた。あのままいたんじゃ、確実に第二ラウンドが勃発してたからな。

 

 ……ってことを話ついでにチャドに説明すると、横で聞いていたキリトが苦笑して、

 

「それ、確実に一護が悪いよな」

「私もそう思うかな」

「俺かよ!? コイツらが勝手に空気悪くしたんだぞ!? 俺のドコに非があるってンだよ!」

「男なら言い訳しないの」

「……一護、今回ばかりは、お前が悪い。もう少し、女性に気を遣った方がいいと思うぞ」

「素晴らしい。貴方は話が分かる人」

「なんでソコで結託してんだよ!? 会って一分でその団結力はおかしいだろうが!!」

 

 互いにサムズアップを交わすリーナとチャド。井上と会った時みたいな警戒心とか空気の悪さは微塵もない。ますます意味が分かんねえよ!

 

 晴れ渡った空の下で、俺は一人、頭を抱えることになった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

<Lina>

 

 下で待ってるから、という彼らと別れて歩くことしばし、私たちは目的地である丘の上へとたどり着いた。

 

 短い芝が生えたそこには、黒々とした大きな石碑が鎮座していた。

 

 かつて第一層「はじまりの街」にあった『生命の碑』に似たそれには、SAO事件の犠牲者である約三千人の名前が刻まれている。右半分はアバター名、左半分が実名になっているため、各プレイヤーの本名までは分からない。

 

「……知ってる名前、ある?」

 

 傍らに立つ一護に問いかけると、彼は数秒の沈黙の後、「ああ」と短く言葉を返した。「他人の名前を覚えるのが苦手なくせに、よく忘れなかったね」と茶化すことはしない。彼が見知った人間の死を忘れてしまうような薄情な人間じゃないことは、共に過ごした長い年月の中で十分以上に理解していた。

 

 それぞれで用意した花束をそっと供え、私たちは黙祷を捧げた。私が知る人、知らない人に、等しい安息を願って。

 

 数分の閉目の後に目を開け、石碑に刻まれた名前の羅列を眺めていると、ふとあることに気づいた。

 

 アルファベット順に並ぶアバター名のHの列、そこにはあのヒースクリフの名は記されていなかった。最後の一護とのデュエルに敗れ、現実世界でも死んでいたはずのあの科学者の名は、犠牲者としては数えられていないようだった。

 

 あの日、SAOの世界崩壊と同時に、茅場は死んでいたらしい。自身の脳に大出力のスキャニングを行う、つまり、自分の意識のコピーを試みることで自殺したそうだ。情報をくれたキリト曰く、確率は千分の一もなかったとのこと。しかし、結果的にそれは成功したらしく、茅場の意識の複製は今も電脳の中に生き続けている、ということになる。

 それを知った一護はげんなりした顔で茅場のしぶとさを愚痴り、「ヤツの複製がいるかもしれねえVRMMOなんざ、二度とやるか」と言い捨てていた。私も全くの同意見なんだけど……それがフラグだと思ってしまうのはただの気のせいなんだろうか。

 

 まあ、その辺はさておいて。

 私は石碑を見つめながら、死した茅場へと思いを巡らせていた。一万人を自身の世界に閉じ込め、三千もの命を奪い、結局一護に敗れて死んだあの科学者は、今頃地獄の底で、何を考えているのだろうか。

 

 私たちに殴られ、一護にキレられた後に発せられた台詞からも、私以上の無表情からも、感情の起伏を読み取ることは、終ぞできなかった。果たして、自分のエゴを貫いたことに後悔や反省の念を抱いているのか、あるいは言葉の通りに後悔なく死んでいったのか。

 別に知ったところでどうともならないけど、でも、少しでも慚愧の念があったのなら、死んでいった三千人とその親族にとって、雨粒程の救いにはなるのでは――。

 

「――茅場(アイツ)には、後悔の念なんざ一欠片もなかったさ」

 

 心を、読まれたかと思った。

 

 見上げると、一護が少しだけ細めた目で石碑を見やっているのが見えた。悲哀、憐憫、憤怒、寂寥。どれでもないような陰の感情の色が映るブラウンの瞳が、静かに黒い碑の文字列を捉えている。

 

 内心の驚きを隠しながら、私は一護に問いかけた。

 

「どうして、そう思うの?」

「あの七十五層のボスの部屋で、俺は初めて茅場と戦い、剣を合わせた。時間は短かったけど、でもその間にアイツの剣に触れることができた。そん中で、今まで全然分かんなかった茅場の感情が、刃を通じて少しだけ流れ込んできたんだ。

 ……アイツの剣には、ただ幸福しかなかった。

 表面上は鉄面皮なんて気取ってやがっても、剣は俺にただひたすらに満たされた気持ちを伝えてきたんだ。この世界を創り上げたこと、それに抗うたくさんの人たちがいたこと、そんで、俺とああやって戦えたこと。その全てに、茅場は満足してたんだ。

 だから、最期に言ってたことに、多分嘘はねえ。アイツにとっては、自分の世界が出来上がってそれを越えていく存在を見れたことが全てだったんだ」

「……そう」

 

 自分の声が暗くなるのを自覚しながら、私は相槌を返した。呼応するように秋風が丘の頂上を吹き抜け、私の項を冷たく撫でていく。

 

 一護はその風を気にすることもなく、ただ秋晴れの蒼天を見上げて、言葉を続けた。

 

「俺は今でも納得してねえし、そもそも理解もできてねえ。けど最近は、少しだけ、奴の思ってたことが分かったような気がしてんだ。

 アイツがずっとあの世界を作ることを欲して生きてきたなら、茅場はきっと、あの世界の実在を心のどっかで信じてたんじゃねえかと思う。『ソードアート・オンライン』の舞台じゃなく、現実に存在する、剣と戦いでできた鋼鉄の城として。

 そして、それを模したあの世界を作って、それを超えたヤツに倒されることを望んでいたんだとしたら、俺に負けることこそが、仮想のアインクラッドを超える存在の証明、つまり、本物のアインクラッドがきっとどこかに在る可能性を示すことに繋がる。アイツはきっと、そんな風に考えてたんじゃねえのかなって、思うようになったんだ」

「……子供みたいだね。夢見がちで、自分の願望にバカ正直なところとか」

「童心を忘れてねえって言えば、聞こえはいいのかもしんねえけどな。それで被害を被る方はたまったモンじゃねえよ」

 

 そう言うと一護は深いため息を吐き、さて、と私に向き直った。

 

「そろそろ降りようぜ。下でアイツらをずっと待たせてんのも悪いしな」

「ん、分かった」

 

 私は首肯を返し、ふとあることを思いついて立ち止まった。

 

「……そういえば、一護」

「ん? なんだよ」

「いい加減、私のこと名前で呼んでほしい」

「いっつも名前で呼んでるじゃねーか」

「そうじゃなくて、『リーナ』じゃなくて『莉那』って呼んでってこと。現実世界でキャラ名で呼ばれたら、SAO生還者に確実にバレる」

「名前の間を伸ばすか伸ばさねえかの違いだし、別にいいじゃねえか。つうかとっくにバレてると思うけどな。俺なんて碌に考えてねえから、本名そのまんまだったしよ」

「それでも。私は莉那って呼んでほしい」

 

 他の誰かならともかく、貴方には、そう呼んでほしい。

 

 あの剣の世界に生きた攻略組の短剣使いではなく、一人の女の子として、東伏見莉那として、私は一護の傍に居たい。

 

 鈍い貴方にとっては「たかが一文字」なんだろうけど、私にとっては、大きな違いがあるのだから。

 

 一護はいつものようにオレンジ色の髪をガリガリと掻き乱した後、分かったと頷いた。

 

「んじゃ、行こうぜ()()。皆が待ってる」

「――うんっ」

 

 自分の芯に、ぽっ、と火が灯るのが分かる。冷たい秋の風も、もう気にならない。

 

 恋は盲目、なんて言うけれど、本当にそう思う。この人といれば、きっとどんな困難も苦にならない。自信を持って言い切れる。彼にとって、私もそういう存在になりたいと、改めて思った。

 

 

 黒崎一護。

 

 かけがえのない、初恋の人。

 

 現実世界でもやっぱり彼は強く、そして逞しかった。あの二年で失ったものを取り戻し、得たものを手に持ち、現実を強く生きている。

 見ているだけで力をもらえる。それほどに、彼の姿は生きる意志に溢れていた。

 

 そんな彼の心に、今の私ではまだ届かない。

 

 けれど、いつか必ずたどり着いてみせる。

 

 この身一片、魂一欠片を尽くして。

 

 焦がれる想いを告げる、その日まで。

 

 ――手加減なんて、しないんだから。

 

 覚悟しててね。

 

「――ね、一護」

「あ? 急に何だよ」

「なんでもない」

 

 微かな笑みを湛えて、私は大きく足を踏み出す。

 

 

 開けた視界に広がる空は、雲一つなく晴れ渡っていた。

 

 




お読みいただきありがとうございました。

Deathberry and Deathgameはこれにて完結でございます。
これもひとえに読んでくださった皆様のおかげです。本当に、ありがとうございました。


元々この作品は、ちょっとした思い付きから書き始めたものです。そのため、雑極まりないプロットや未確定のヒロイン、定まらない一護のキャラなど、お見苦しい点が多々あったかと思います。
特に基礎的文法や文章の起伏、展開の面白みの欠如、一護らしい行動原理の再現に関しては、書き終えた今でもまだ不十分であると自覚しており、自身の非才と努力不足を反省する限りです。

ですが、こんな拙い作品も、多くの方に読んでいただき、様々な感想やご指摘を頂くことが出来ました。感謝してもしきれません。
感想や評価で頂いたご意見は、内容問わず、全て読ませていただいております。面白かったと言っていただけるだけで、執筆意欲が倍加しました。比喩ではなく、本当に。
また、筆者は鞭がないと堕落していくダメ人間ですので、的確に欠点を指摘してくださったことも嬉しかったです。まだ全然改善されてねえよ駄作者! という感じのご意見がありましたら、是非にお願いします。飴も鞭も、私にとっては起爆剤なのです。

また、オリジナルヒロインというBLEACHにもSAOにも存在しない、ある意味最大の「異物」であったリーナは、皆様の声援で成長してこれたと思っております。ややヤンデレ気味になってしまったのは、全くの予想外でしたが……。


そんな彼らの物語はこれからも続く! というような終わり方をした拙作でありますが、続編に関しては、すでに活動報告や感想返しでもお伝えしているように、ほとんど未定です。
一護の言う「一悶着」にあたる原作三巻、四巻分のプロットは少しずつ進めておりますが、それ以降はほぼノータッチです。投稿時期もいつになるか分かりません。

ですが、もしまた一護やリーナが何だかんだで仮想世界のゴタゴタに巻き込まれる話を投稿する機会がありましたら、お暇なときにでも読んでいただければ幸いです。

それでは、また皆様に一作者としてお会いできることを願いつつ、今回はここで筆を置かせていただきます。



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