怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す (不思議ちゃん)
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記念話など
登場人物紹介(挿絵有り)


いまさらながらの登場人物紹介


九石(さざらし) (すい)

 

【挿絵表示】

 

身長 138センチ

体重 32キロ

 

好きなもの(こと)

甘いもの。人をからかうこと。隠し事。寝る。ダラダラする。

 

嫌いなもの(こと)

ホワイトチョコ。トマト。体を見られること。許可なしに写真を撮られること。働く。

 

奈緒とは中学の頃からの知り合い。本格的に関わったのは高校で初めて同じクラスになってから。といっても、一方的に付きまとわれていたといった表現が正しい。

家族構成は父、母、翠、弟の四人家族。

諸々の事情により、家を出てからは一度も会っていない。

胸の内に誰にも明かしていない闇を抱えているが、誰にも話そうしない。しつこく聞かれると突き放すような態度をとるが、自身から核心まで至らない程度に話して相手を困らせたりしている。

先天性色素欠乏症。つまりはアルビノであるため、白髪赤眼である。

日の下での激しい運動はもとより、室内でもあまり激しい運動は控えるべきだが、それを周りに気にさせない振る舞いをしているため、体の不調を悟らせないようにしている。だけど自身の体のことはきちんと分かっているからか、ダルキャラを押し出してライブや仕事の数を少なくしている。と本人は考えているが、もとよりそういった性格であったりする。

上の方には体についてのことを話しており、本当にまずくなってきた場合についても話してある。奈緒や親しい友人などには話していない。

実は前世の記憶がある。このことについても匂わせることを言っているが、核心までは話していない。

そのため、子どもの頃から大人びた話し方や仕草であり、見た目も相まって気味悪がられていた。

この世界の知識があるため、恋愛感情を抱かせないように一定の距離感を保つため、苗字で呼ぼうと決めていたが、あまり意味はないことに気づいて親しい人は名前で呼んでいる。

 

日草(ひぐさ) 奈緒(なお)

 

【挿絵表示】

 

身長 176センチ

体重 表記なし

スリーサイズ 表記なし

 

好きなもの(こと)

人の世話。努力。可愛いもの。

 

嫌いなもの(こと)

人を貶すこと。努力を踏みにじること。

 

中学の頃は珍しい色の髪をした子がいるな。程度の認識であったが、高校になってから初めて同じクラスになり、とある噂を聞いてからは付きまとうようになる。専属プロデューサーになったのは、翠がアイドルになる条件として出したため。特に反対することもなく高校を卒業時に翠の専属プロデューサーとなった。

家族構成は父、母、奈緒の三人家族。

翠が闇を抱えているのに気付いている一人だが、その闇の深さまでは誰も分からない。何度か本人に直接訪ねているが、頑なに話そうとせず、しつこく尋ねようものなら突き放されるため、翠自身から話してくれるのを待つしかない自分に腹が立っている。



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通算UA一万人突破話

 これはまだ、CPが発足される前の話。

 シンデレラたちに光を照らし、導いていくかもしれない怠惰な王子様が何をしてきたか。

 

 

 

 

 

 デスクの前に座る、できる感じを漂わせた翠の専属マネージャー、日草奈緒。

 彼女は今、目頭を押さえて何かをこらえるように上を向いていた。

 たちあがっているパソコンの画面には去年、翠が行った仕事がまとめられてあるファイルが開かれていた。

 

「…………私はこんな仕事、知らんぞ」

 

 基本、翠は仕事をしない。

 いや、先ほどの言い方であると少し語弊がある。

 仕事はするのだが、アイドルらしい仕事をしない。

 サイン会など一度も開いたことがなく、行きつけの中でもさらに気に入ったお店にしか書かないため、一般人が持っていることはまずない。奇跡的な幸運が重なり、書いてもらった人がいるが、それでも片手で数えられるほどだ。

 握手会もサイン会と同じようにやったことが一度もなく、理由としては本人が『オッサンと握手なんかして誰得だよ』と言っているため、今後も開かれることがないと思われるが、同上の理由により、またも数えられるほどだが握手をした人は存在する。

 写真撮影もまた然り。

 雑誌の撮影でさえ、月に一度あればいい方である。

 ライブも年に四回、年末年始の二回で計六回を最低でも行っている。

 それより増えるかは翠の気分次第だ。

 ソロでやることはいまだデビューしてから一度しかない。

 あとは新曲の発表であるが、翠が自身で作詞作曲した歌しか歌わないと明言しているため、年によってリリースされるCDの数が違う。昨年は五枚である。

 

 

 それらのことがあり、去年に翠がやった仕事といえば雑誌の撮影が数回、ライブが数回。新曲のCD発売…………であるはずなのだが。

 

「学園祭に地方の企画、他所属アイドルのライブに参加……?」

 

 そこには奈緒でさえ知らない内容が追加で書かれていた。

 

「おや? 奈緒くん、どうかしたのかい?」

「……今西部長。これの事なんですが……」

「ああ、このことかい」

「…………知っているのですね」

 

 またもため息をつく奈緒を気に留めたのか、今西部長がやってくる。

 当然のようにニッコリと頷く今西部長に、再び奈緒はため息をつく。

 

「今日は土曜日だったかね?」

「ええ、そうですが……」

「確か今日は、高校の学園祭に行っているはずだよ」

「…………」

 

 奈緒はもう、考えることを止めた。

 

☆☆☆

 

「何もかもが広くてデカイな……」

 

 今西部長の言う通り、変装をして高校の学園祭を満喫していた。

 本来、土曜日であるこの日はこの学校に通う生徒しか入れないのだが、腕に許可がおりている証である腕章をつけているため、物珍しげな視線を集めているが誰もアイドルである翠とは気づいていない。

 当の本人である翠は片手にわたあめを持ちながらパンフを見て、次にどこへ行くかを考えている。

 

「いや、そろそろ時間か」

 

 パンフを持ったまま携帯を取り出して現在の時刻を確認すると、もうそろそろ本日の学園祭終了の時間が近づいていた。仕方なしに踵を返して来た道を引き返す。

 

「俺の高校もこんな楽しければよかったけど……今となっては別にどうでもいっか」

 

 雰囲気を楽しみながら、ガシャガシャと音が少し漏れている体育館へと足を運ぶ。

 そこでは一生懸命に、だけど楽しそうに既存の曲を弾いて歌う学生の姿と、それを見て盛り上がる学生の姿が。

 

「…………」

 

 それを見て羨ましげな顔を一瞬した後、その場を離れて裏口へと向かう。

 帽子と伊達メガネはすでに外しているが、フードを目深に被っているために誰も気づく様子はない。

 

「あ、君っ! ここは立ち入り禁止だよ!」

「…………ん?」

 

 中に入ったところで実行委員の腕章をつけた男の子に呼び止められる。

 

「ああ、これ見せるんだっけ」

 

 ここでの仕事を校長から直々に話を聞いて受けた際、生徒の誰にも内緒にしてほしいと言われており、これを見せればいいとパスポートのようなものも受け取っていた。

 それを思い出し、ポケットから取り出して見せる。

 

「ごめんなさい!」

「気にしないでいいよ。君はキチンと仕事をしたのだから」

 

 悪いことをしたとばかりに頭を下げて謝る男の子に手を振って返し、指定されていた場所へと向かう。

 そこには校長がおり周りに他の人の気配はない。フードを被った翠を見つけるや否や頭を深く下げる。

 

「誰かに見られでもしたら面倒になるからやめて。んで、最後にサプライズとして出ればいいんだよね?」

「はい。衣装はこちらの部屋でお着替えください。中は密室で出入り口はここしかありません」

「まあ、隠しカメラとかあったらここの高校潰すから別にいいよ」

 

 さらりと怖いことを言って中へと入り、準備を進める翠。

 校長はドアの前に立ち、誰も入らないようにする。

 

「お待たせ」

 

 五分ほどで着替えを終えた翠はまだ正体を隠すために体全体を覆うマントを羽織り、フードで頭全体を見えないようにする。

 

「曲を流すのとかどうするの?」

「それは私が。放送委員にやり方を教わりました」

「なるほどね」

 

 そこで放送がかかり学園祭が終了し、全校生徒や教職員は体育館に集まるように指示が出る。

 

「…………人、多っ」

 

 ステージの陰から徐々に広い体育館が埋まっていく様を見て、翠は不思議と高揚感を覚える。

 実行委員も校長に追い出され、ステージ脇にいるのは翠と校長だけ。ステージ上に司会の女の子が色々と話をしている。

 

『それでは校長先生、どうぞ!』

 

 司会の子に促されてステージに上がっていく校長。マイクを受け取り、司会の子に降りるよう促す。

 予定されていないことだったのか、困惑しながらもステージから降りていき、自身のクラスの列へと並ぶ。

 

「校長の話、普通は隣と話したりして聞かないのに、ここの高校はいい子ばかりだな」

 

 誰一人は言い過ぎかもしれないが、翠がステージ脇からバレないように覗き見る限り、話を聞いていない生徒は見当たらない。

 

「今日は最後に、スペシャルゲストを呼んでいるので、最後にいい思い出を」

 

 校長の目配せに気づいた翠はフードやマントを取らないままステージ上へと向かう。

 怪しげな格好に、生徒や職員たちから不安げな声がザワザワと聞こえる。

 

「それじゃ、後はよろしくお願いします」

 

 翠は頷きだけを返し、校長はステージ脇へと消え、音響のところへと向かう。

 その間、ずっとこのままというわけにもいかないので、尺をつなぐためにもすいは話し始める。

 

「ども、みなさん。こんにちは」

 

 まずは挨拶からと思っていた翠だったが、思いの外見た目の印象が悪いのかざわめきが返ってくる。

 

「……はぁ。校長は曲とともにコレ脱いでくれって言われてたけど、面倒だしいいよね」

 

 面倒臭そうにそう言い、校長が慌てているのをなんとなく感じながらフードを外し、マントを脱ぐ。

 

『……………………』

「んじゃ改めて。ども、みなさん。こんにちは」

 

 先ほどとは違い、大きな歓声が返ってくる。

 

「いやはや。みなさんの手のひら返しの早いこと早いこと」

 

 翠の呆れたようなセリフに生徒たちも苦笑いを浮かべる。

 

『九石さん。準備できました』

『あいよ。それじゃ俺のセリフに合わせて曲流して』

 

 耳につけたインカムから、校長の声が聞こえる。胸につけたマイクを手で押さえて生徒たちには聞こえないようにし、小声で返して意識を生徒たちへと戻す。

 

「まあ、挨拶もここらにしてとりあえず一曲目、行こうか――"ミエナイモノ"」

 

 うまい具合に校長が合わせ、タイミングよく曲が流れ始める。

 

☆☆☆

 

「さて、何か言い残すことはあるか?」

「おお、俺もついに引退か!」

「仕事、増やすぞ?」

「サボっちゃうぞ?」

 

 346に帰ってすぐ、翠は奈緒に見つかり、場所も気にせず正座するよう言われる。翠もしゃがんだところまではよかったが、そこから体が汚れるのも気にせず、床に寝転がる。

 いつも通りに奈緒が先に折れ、立つように促すが動く気配を見せない。

 

「まあいい。そのままでいいから聞け」

「……あぃ」

「お前、仕事はしたくないんじゃないのか?」

「楽しいと思えるものは楽だよ。それに内緒でやってるからそのためのレッスンもないし、楽ちん」

 

 奈緒のコメカミに血管が浮かぶ。

 心なしか、奈緒の周りが揺らいでいるようにも見える。

 

「ほう……レッスン、していないのか」

「だからってクオリティー下げてるわけやないよ? ほら、俺って天才だし?」

「……………………」

 

 握りこぶしを作り、振り上げるところまでいくのだが、あまり間違っていないためだけに、それを振り下ろすことができない。

 

「…………まあ、別にいい。失敗しても自身の責任なのだからな」

「あ、いままで知らなかったのってトレーナーと奈緒、その他話すと面倒になる人だけで、たぶんほとんどの人は知ってる」

「…………」

「えっ、ちょっ……引きずってどこ行くつもり!」

 

 無言のまま翠の襟首を掴み、持ち上げるのではなく引きずって運んでいく。

 行き先はもちろんのこと。

 

「レッスン室だ。無論、四人に話は通っている」

 

 そう言って携帯電話の画面を見せる奈緒。そこには電話が繋がっており、相手は例によってトレーナー。

 無機物であるはずの携帯電話からも怒りのオーラが漂って見えるのは、翠の気のせいであろうか。

 

「…………マジか」

「ああ、大真面目だ」

 

 レッスン室につき、中へと放り込まれる翠。すぐさま囲まれた上に、唯一の出入り口には奈緒が立っている。

 

「うげっ……」

「さあ、たっぷりレッスンしようぜ」

「そんなに私たちのレッスンは嫌なのかしら?」

 

 ジリジリと距離を詰めてくるが、翠に逃げ場はない。この部屋にいる人全員が敵である。

 

「レッスン、始めようか」

 

 その声を最後に、翠の意識はなくなった。

 …………なんてことはなく。

 いくらやらせようとしても本人が動かなければ無理であって。

 翠はレッスン室の床に横たわったまま、ピクリとも動こうとしない。

 

「ちゃんとやることやってるし、大目に見てよ」

 

 寝転んでベストな体勢へと変えながらなぜか偉そうに物申す翠。その態度に五人はカチンとこなかったわけではないのだが、テコでも動かないのは今までで十分に分かりきっているため、結局は自身が折れるしかないとため息をつく。

 

「上は見逃しているのだし、私たちにどうこうできることでもないしな…………ほら、帰るぞ」

 

 帰るという言葉に反応して体を起こした翠は、そのまま奈緒の背に飛び乗る。

 

「んじゃ、よろしく。…………でも、もう少ししたら大きな変化が訪れるし、そしたらちゃんとすることも考えなくはないよ?」

「はいはい。いつもの戯言な」

「あ、信じてねーな。なら大きな変化があったら俺はさらに仕事をサボろっかな」

 

 この時の奈緒は軽く流していたが、事実数ヶ月後にはCPが発足し、翠がその子らに手助けをしたりしなかったりすることをまだ知る由もない。なので奈緒はのちに激しく後悔することとなる。



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通算UA五万人突破話(前)

なんか、深夜テンションで書いてたら長くなったので前と後に分けました
後については今日の午後6時以降くらいには載せようかと考えていますが、少し編集しようかと考えてます
時系列としましては、アニメの一期、二期が終わったあたりになりますかね
変装姿などは、あえて細かく書いていません。皆さんで妄想して『ぐへへ…』と楽しんでください


「あれ? まゆちゃん」

「美嘉さんに楓さん、美波さんとアーニャさんに蘭子さん、きらりさんと杏さん? こんなところでどうしたんですか?」

 

 場所は秋葉原。祝日であるために多くの人が道を行き来していた。

 変装している城ケ崎姉、高垣、新田、アナスタシア、神崎、諸星、双葉の七人は遊ぶためにここへ訪れていたのだが、そこで何かを探している様子の佐久間とであう。

 

「私たちは前に遊ぼうって話してて、今来たところなんだけど……まゆちゃんは?」

「そうだったんですか。私は朝起きたら翠さんがいなくって……。今日は仕事がなくて休みの日ですし遊びに行っていると思うんですよ」

 

 答えになっているようでなっていないために、城ケ崎姉は頭の中に疑問符を浮かべながらも再度尋ねる。

 

「翠さんがここにいるって連絡きたの?」

「いえ……なんとなく、ここにいるような気がして」

「そ、そうなんだ……」

 

 いつも通り変わらずにいる佐久間に、困ったような笑みを浮かべながら城ケ崎姉は頷き返す。

 

「ならまゆちゃん、私たちと一緒に行かない?」

「一緒に、ですか?」

「一人でいるよりも、楽しいと思うのだけれど」

 

 先ほどまで大人しく話を聞いていた高垣が楽しそうに笑みを浮かべながら提案する。

 

「それに、前からまゆちゃんとお話しをしてみたいと思っていたの。美波ちゃんたちもいいわよね?」

「はい。346内でも何度か見かけたり、お仕事もご一緒させていただいたことはあるんですけど、話す機会はあまりなかったですし」

「とても、楽しそうです」

「魂の共鳴を今こそ叶えようぞ!」

「一緒だと、もっとハピハピだにぃ!」

「杏はどっちでもいいよ」

 

 ここまできて佐久間も断ることはなく、可愛らしい笑みを浮かべて頷く。

 

「みなさんがここにいるって珍しいとまゆは思うんです。渋谷とかで服を見るのかと」

「最初は私もそうかなって考えていたんだけど、話していくうちに美波ちゃんたちがゲームセンターに行ったことがないって分かって、これはもう行くしかないって思ってね」

「恥ずかしい話ですけど……あまり機会がなくって」

「一人だとなかなか入りにくいところではあるわね」

「きらりは杏ちゃんと一緒に何回か来たことあるにぃ」

 

 佐久間も加わって歩き出したものの、まだどこの建物に入るわけでもなく歩き続けている。

 何度か城ケ崎姉が近くのゲームセンターに入ってみないかと提案しているが、そのたびに佐久間が首を横に振っているのだ。そして、何かを感じ取ったように『こっちです』と皆を導いていく。

 

「まゆちゃん、どこに向かっているの?」

「あそこです」

 

 最近のファッションやおすすめの小物など、女の子らしい会話を続けながら歩くことおよそ十五分。

 どこに向かっているのか新田が尋ねると、佐久間は視線の先にある一つのゲームセンターを指さす。

 

「ここ?」

「はい。二階のクレーンゲームのコーナーだと思います」

 

 なんの脈絡もない言葉であるが、付き合いが長い城ケ崎姉と高垣はなんのことを言っているのか理解していた。

 接点があまりないが察しのいい双葉、諸星、新田の三人も佐久間が何に対して言っているのかなんとなく感づいていたが、アナスタシアと神崎はチンプンカンプンであった。

 堂々としながらゲームセンターに入っていく佐久間の後を少し遅れて七人はついていく。

 物珍しさに新田、アナスタシア、神崎の三人はあたりをキョロキョロと見回すが、壁や人にぶつかりそうになっているところを何度か高垣や諸星に注意されている。

 階段を使って二階に上がると、佐久間は一度周りをを見回したあとにどんどん奥へと向かって進んでいく。

 向かう先には足元に大量の戦利品が入った袋を置いてクレーンゲームをプレイしようとしている、白いベレー帽を被った白髪の少年の姿が。

 

「翠さん」

「ん? まゆじゃん。どったの?」

 

 お金を入れたタイミングで佐久間はその少年へと声をかける。

 振り向いた少年――翠は黒縁のメガネをかけており、よほど彼のことを知っていない限りはバレない変装をしていた。

 腰まで伸びていた白髪もいまは肩のあたりで切りそろえられており、内側に軽くウェーブがかかっていた。

 パッと見では文学少女のようにも見える。

 

「来ちゃいました」

「そう。そろそろ手に持てなくなってくるし、荷物持ちお願いしてもいい?」

「翠さん……それ、女の子にやらせるようなことじゃないよ」

「ん? 美嘉もいたんだ。お? 楓とかも珍しい」

 

 呆れながら声をかけてきた城ケ崎姉に、いま気づいたようで少し驚いた様子を見せる。その背後にいる高垣らも見つけて首をかしげる。

 

「どったの?」

「前からみんなで遊ぼうって話してたんだ」

「そか。ゲーセンにいる面子としては珍しいね」

 

 そこまで話したところで、クレーンゲームにお金を入れたままだったことを思い返した翠は佐久間らから視線を外してゲームへと戻る。

 そして横に奥にとボタンの操作を終えて再び振り返る。

 

「最後まで見なくていいの?」

「ん。だって落ちるし」

 

 城ケ崎姉の質問に対し、特に嬉しそうに喜んだりすることもせずに答えたと同時。

 クレーンゲームの機体から『ガコン』と物が落ちた音が聞こえてくる。

 翠が何か言うこともなくそこから佐久間が商品を取り出し、足元に置いてある袋の中へと入れる。

 

「うっぴゃぁ! 一回で取るなんてすごいにぃ!」

「来たことがないですけど……こういったものが一回でなかなか取れないってのは知ってます」

「相変わらずね」

 

 商品を一回で取った翠に対する反応はさまざまであった。

 その中の二人ほど、翠の評価がまた上がっていたりする。

 

「みんなはどうするの?」

「私たちも何かチャレンジしてみようかなって」

「そう。なんだったら教えよっか? ……あ、商品取れました」

 

 近くにいた店員を呼び、商品が取れたことを伝えると足元にあった戦利品を手に持って休憩スペースへと移動する。

 

「……可愛い声で話すんだね」

「普段の声だとバレるかもしれないし。見た目こんなんだから女の子のキーで話したほうが何かと楽じゃん」

 

 城ケ崎姉のつぶやきに、納得のいく答えを返す。

 

「でも、それだとナンパとかされませんか?」

「あー、何回かあるよ。結構しつこいの」

「そうした時ってどうするんですか?」

「そんときは声低くして話すよ。そしたら男だと分かって去っていく。たまにそれでもいいってやついるけど、そこまでいったら店員呼べばいいし」

「翠さんも大変なんですね」

「一人で来るのはそんなに多くないよ? だいたいは奈緒とか、たっちゃん、空いているアイドル誘って来るから。一応はからまれること、できるだけ避けるようにしてるし」

 

 その場面を想像してか、新田は苦笑いをする。

 

「んで、何か取ってみたい景品とかあるの?」

 

 翠の問いかけに、本来の目的を思い出す。

 一人は翠に会うことが目的であったために、もう達成されていたりするが。

 

「……あれ、やってみたいです」

 

 意外なことに、いの一番は神崎であった。

 機体はここから近く、みんなでそこまで移動していく。

 たくさんある戦利品の荷物は翠自身で持っておらず、佐久間と高垣が半分ずつ持っていた。

 

「人気アイドルを荷物持ちに使うって、翠さんぐらいにしかできないよね……」

「今日、荷物持ちとしてナツキチでも呼ぼうかと思ってたんだけど、だりぃなとドライブ行く予定だったらしくて無理だった。だから取るだけ取ったら奈緒に向かえ来てもらえばいっかなって」

「……もしかしたら夏樹さん、何かを感じて逃げたのかも」

「いや、だりぃなに確認取ったし本当に元からの予定だったんだろ」

「……確認したんだ」

 

 城ケ崎姉と新田から呆れたような視線を受けるが、翠は特に気にした様子は見せない。

 

「す、翠さん」

「ん、放っといて悪かった。……このタイプね。初心者でもうまくいけば一発でとれるやつ」

 

 話したままでいる翠に、少し頬を膨らませた神崎が服を引っ張りながら注意を引く。

 今は神崎の番であったと翠は謝りながら機体に目を向ける。

 神崎がやってみたいと言った機体。商品が糸につるされており、操作するのは横移動だけ。ただし、商品をつるしてある糸を切るためのハサミが小さいために、ちょっとしたずれで失敗するようなタイプである。

 簡単なもので初心者でも一回で取れるような機体であるが、つるされているものはそれほどたいしたものでないためによっぽど欲しいものがない限りはやる人はいない。

 

「どれが欲しいんだ?」

「……え、っと、これです」

 

 神崎が指さした商品は、翠を二頭身のキャラクターとして描かれたものがプリントされたハンカチであった。

 

「ああ、これね。このキャラって俺が自分でイラスト描いたんだよね」

「……翠さんって何でもできるよね」

「人って大抵のことはやればできるよ」

「……そんな、簡単なことじゃないと思います」

 

 簡単に言ってのける翠に、また城ケ崎姉と新田の二人が呆れたようね目を向けるが、それを無視して機体に五百円玉を入れる。

 ワンプレイ百円だが、五百円いれると六回できるシステムである。

 翠が自身でやるなら百円の一回で事足りるが、初めてである神崎を考慮して五百円分入れたのである。

 

「あの、お金……」

「いいよ。今日一日の遊び、神崎含めて全員分の代金は俺もちで」

「さすがにそれは」

「先輩の恰好つけだよ。言わせんな馬鹿野郎」

「私たち、野郎じゃないですよ」

「楓……突っ込むとこそこじゃないし」

 

 ポーズまで決めた翠だったが、高垣の一言でいろいろと台無しになった感が漂い始めた。

 コホンと咳ばらいを一つした翠は、先ほどまでのことはなかったかのように振る舞って神崎へと目を向ける。

 

「ってことで気にするな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 とはいったものの、慣れぬ場所、初めての経験。みんなに見られていることも含めて様々な要因があり、緊張してすでに五回連続で失敗している。

 

「あうぅぅぅ……」

 

 一回目の失敗から二回目の失敗へと続いていき、取れないといったプレッシャーも拍車をかけている。

 当然、それらの要因などに翠が気が付いていないなんてことはなく。

 

「落ち着けって、蘭子。初めてはこんなもんだぞ?」

 

 腰のあたりをポンと軽く叩きながら声をかけ、操作ボタンに置かれている神崎の手に自身の手を重ねて体を近づける。

 

「す、すすすす翠さん!?」

「ラスイチだし、一緒にやるよ」

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 いきなりのことで、神崎は顔を真っ赤にさせながら翠のことを見るが、本人は特に焦ったりすることはなく、目的の商品へと視線を注いでいた。

 先ほどまで周りで神崎のプレイを見て一緒に落ち込んだりしていた七人であったが、翠が神崎と手を触れさせて体も密着と言っていいほど近づいているのを見て、雰囲気が一変する。

 露骨なのだと目からハイライトが消えて凍てつくような視線を向けているがそれも一人だけであり、他の面々だと頬を膨らまさせたり、羨ましがったり、面白くなさそうであったり、複雑だといった表情をしていたりする。

 幸いなことに神崎は密着している翠と重ねられた手に意識が言っているために周りの変化に気が付いていない。

 

「……思ったけど、手ぇ重ねてやっても実際にやるのは俺みたいなものだからつまらないか?」

「い、いえ! とても……その、楽しいです」

「ならいいんだけど……」

 

 寸分の狂いがないの言っていいほどピッタリ成功させたがどこか納得のいっていない表情の翠は、商品を取り出して神崎に手渡しながら考えを述べる。

 しかし、神崎が顔を赤くさせながら首を横に振って否定するために、無理矢理にでも納得する。

 

「次は誰がやる?」

 

 振り返りながらそう尋ねた翠の視界に映ったのは、手を挙げて次は私を選んでといった力強い視線を送る七人のアイドルたちであった。



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通算UA五万人突破話(後)

タグの件ですが『男の娘』はあえていれません。別に伏線とかではなく、ただ面倒臭い…コホン。なんとなくです
今回、飲み物の名前が出てくるのですが、◯などでぼかしたほうがいいんですかね?それともそのままで大丈夫なのでしょうか?


「……昼、こっから移動して食べようか」

 

 どこか疲れた様子の翠が携帯で現在の時刻を確認しながらそう提案する。

 あの後、一巡終えたと思ったら二巡目が始まった。最後だけ見れば五巡で終わったのだが、翠は毎回みなに指導してと頼まれていたのは言うまでもない。

 佐久間であるが、自身の番が来るまで人を殺すのでは? とばかりに負のオーラを漂わせていたが、いざ自分の番になるとものすごく顔を綻ばせていた。そして最後の五巡目は翠を胸に抱いて鼻歌を歌いながら一発で景品を取っていたりする。……教わるとかすでに関係なくなっていた。

 クレーンゲームを終えたあとは階層を移動して音ゲーをしたりと楽しんでいたのだが、いまは十五時。翠が限界を迎えた。

 言われて気が付いたのか、他の面々もそういえばと言わんばかりに腹へ手を当てる。

 

「何食べる?」

「今の時間だと、普通に食べたら夕食が入らなさそう」

「なら、ファミレスでいくつか頼んでみんなでつつくか、カラオケでも行く? 最近のカラオケって何故か食事方面も充実してるとこあるし」

「ファミレスでいいんじゃないかしら? そっちのほうがゆっくりできると思うし」

 

 目的の場所も決まり、さらに増えた戦利品をみんなで分けて持ちながら移動を始める。

 

「ファミレスならここらにあったはずだよね」

「駅方面だけどね。……ああ、みんな変装だけはバレないようにね? していても目立つんだから。それにバレたらすっごい面倒なことになるし」

 

 双葉のセリフに頷きながら、先頭を翠が歩いていく。そして振り返り、あまり期待していないような表情をしながら念のためにと声をかける。

 ここいらにいるのは翠を含めてみな有名なアイドルたち。

 変装をしていても、人を惹きつけるオーラが周りの人から視線を集める……のだが、翠と双葉からはそのようなオーラは出ていない。

 本人たち曰く『怠さを押し出せばこうなる』だとか。

 ただ、オーラがないとはいえ二人も美少女である。一人は男であるが、分かっていても女としか見えない可愛らしい容姿であるため、結局のところはオーラがあろうとなかろうと、注目を集めている。

 

 

 

 幸いなことで特に絡まれることもなく、十五分ほど歩いてファミリーレストランへと着いた翠たちは奥の広いスペースへと案内された。わざわざテーブルを移動してくっつけてもらい、九人でも離れることなく座れるようにしてもらう。

 昼時も過ぎているため、店の中は片手の指で足りるほどの人しかいなかったのでみんなは帽子を外したり髪をほどいたりと少し変装を解く。

 

「夕食のこと考えたらあれなんだけど、がっつり食べたい気分なんだよね」

 

 メニュー表を見ながらそうつぶやく翠だが、全員が内心でそう思っている。

 しかし、今がっつりと食べても夜は夜で普通に食べてしまい、カロリーなど体重が気になる女性たちはメニュー表を見て『うぐぐ……』とアイドルらしからぬ声をあげたりしている。

 いきなり手を叩いて翠がみなの注目を集める。

 

「みんなは好きなの注文するといいよ。俺は何も頼まないで、みんなが残したのもらっていくから」

『…………』

「……変なこと言った?」

 

 いい案だとばかりに提案する翠だったが、返ってきたのは冷めた目と無言の圧力。

 大抵のことはいつも受け流していく翠だったが、今回のばっかりはまずいことを言ったのかと先ほど言ったことについて考える。

 

「……何がまずかった?」

「女の子が食べ残したのを食べるっていうのは……」

「確かにいい案ではあるんですけど……」

「は、恥ずかしい……」

「まゆは構わないですよ? ただ、女の子が口をつけたものを好んで食べたいと考えていたとは……」

「いまさら間接キスでキャーキャー騒ぎますか……。俺が食べたのをみんなが食べるわけじゃないんだし、別にいいやん」

『…………変態』

「…………」

 

 翠自身では特にどうということではないのだが、世間ではそうでないらしく。

 ありがたく『変態』の称号を受け取った翠はテーブルへと突っ伏す。

 

「……くっそ。今度レッスンみるときハードな」

「翠さん、子供じゃないんだから……」

 

 城ケ崎姉の言うことはもっともであるが、翠はふてくされたようで聞く耳を持たない。

 ……その姿も子供っぽいのであるが。

 だが最終的には翠の案でいくことになった。なんだかんだいいながらもみんなで翠をからかっていただけである。

 そしてボタンを押して店員を呼び、注文する。

 

「あー、あの店員はやらかしそうだな」

「どうかしたのですか?」

 

 翠が注文を取り終えた店員を見送った後にぼそっとつぶやく。

 そのつぶやきを聞いた新田が尋ねると、面倒くさそうにあくびをしながらも簡単に答える。

 

「いま、あまり人がいないから俺ら変装軽くしてる。店員、気づく。SNSにでもあげられそうだなって。高校生か、それでなくても二十歳いってなさそうな年齢であったし、可能性としてはありそうかも」

 

 そういわれて今の自身の姿を思い返したのか。よっぽど鈍感でない限りはバレる、変装とも言えないような変装をしている。

 

「同僚に話すぐらいなら別に構わないけど、もし予想通りであったならここの店は潰れるなって」

「さすがにそこまではいかないんじゃない?」

「いや、俺や346がどうこうするよりは、世間が糾弾しそうだなって」

 

 翠がデビューしたときにそういったこと(・・・・・・・)があれば引退すると言っていたために、みなは『あー……』と納得して頷く。

 

「ニュースとかになるの面倒だし、料理運んで来たら注意しておくか」

「それがいいと思います」

「翠さんは……やっぱりすごいです」

 

 料理がすべて運ばれてくるまでゲームセンターでのことを話していた。

 取った景品のほとんどはお菓子であったり、動物型のクッションであったりする。

 途中からあまりにも景品を取りすぎたために店員が見張るようにしていたが、ズルしていないのが分かったとたんに涙目へと変わっていく様子に翠が堪えきれずに笑ったりしていたことがあった。

 取ったお菓子も一個二個の単位でなく数十個が袋に詰められているもので、どうやって消費しようか女性たちは困った笑みを浮かべる。

 

「あ、ドリンクバーは全員分頼んだよね? なら、順番で取ってきたら? 俺は最後でいいから」

 

 一斉に向かっても混むだけであるので、三人ずつで行くことになった。

 初めに向かったのは城ケ崎姉、新田、高垣の三人である。

 

「ドリンクバーって言ったら、やることは一つでしょ」

「やること、ですか?」

 

 案内された際に配られた水を飲み、楽しいことを思いついたような笑みを浮かべる翠。

 双葉や諸星、神崎に佐久間らは何かよからぬことを企んでいると今までの経験からあたりをつけるが、まだそれほど被害にあっていないアナスタシアは何のことか分からずに首をかしげる。

 

「なら、アーニャは俺と一緒に取り行こうか。あとは……蘭子も一緒に行くか?」

 

 何かあることに神崎は気づいているが、翠から誘われて嬉しいのか首を縦に振ってしまう。

 

「帰ってきたよ~」

「おし。まゆときらりに杏、行ってこい」

 

 そこに何も知らない高垣たちが帰ってくる。

 当然、距離が離れていたために先ほどまでのことを知る由もない。

 三人が帰ってくる姿が見えるや、翠は先ほどまでの何か企んでいるような表情から普段通りへと戻し、何事もなかったかのように振る舞う。

 そのことに疲れたような様子を見せながら杏たちが席を立ってドリンクを取りに向かう。

 

「何かあったの?」

「いんや。俺がまだクレーンゲームで取りたいのあったとか言ったらあんな表情された」

「あはは……さすがに取りすぎだと私も思います」

「別にズルしてないんだし、構わないって」

 

 呼吸をするように嘘をつく翠に、神崎とアナスタシアが驚いて目を向けるが、当の本人は特に気にした様子も見せない。

 先ほど向かった三人は、何を飲むのか決めていたのか戻ってくるのが早かった。

 

「んじゃ、行ってくるね」

『…………』

 

 立ち上がった翠がとても素晴らしい笑顔を残して向かったのを見て。

 六人は何とも言えない表情をする。

 

「あれ、どう思う?」

「絶対に何か企んでいると思います」

「さっき、楓さんたちが飲み物取りに行っているとき、やることは一つとか言ってたにぃ」

『…………』

 

 スキップをしているかのように見える翠の後姿を見ながら、冷や汗を流す。

 ただ、いまさらどうしようもないために気にしないようにしながら料理が運ばれてくるのを待つ。

 

「あ、美嘉」

「っ!?」

 

 いきなり背後から名前を呼ばれて驚く城ケ崎姉。名前を呼ばれた本人だけでなく、他の五人もいつの間に翠がすぐそこまで来ていたのか気が付かずにビックリしている。

 

「カルピスとグレープジュース、交換しない? なんとなく気分が変わって」

「え……? グレープジュースなんてなかったはずだけど……」

「ん? あったけど?」

 

 確かに翠が手に持つコップには見た目は(・・・・)グレープジュースの飲み物が。

 その後ろに立つ神崎とアナスタシアの手にも同様のものが。

 ただ、城ケ崎姉は自身の記憶が確かならばあそこにグレープジュースはなかったはずだと考える。

 無言のまま翠から目を外し、高垣らに目を向けるが、あまりに自然体な様子で話す翠に自分たちが見落としたのかといった表情をしている。

 だが、城ケ崎姉と高垣、佐久間は翠が自然体だからこそ違和感を感じていた。

 

「……ちょっと、グレープジュースがあったのか確認を――」

「お待たせいたしました~」

 

 そこでタイミングが良いのか悪いのか。注文した料理が運ばれてきてしまったために城ケ崎姉の願いは叶わなかった。

 何か言う前にコップを入れ替えられてしまい、翠はコップに口をつけてカルピスを半分ほど飲んでしまう。

 ここまでされてしまったら、城ケ崎姉はもう諦めるしかない。

 最後の希望とばかりに手元にあるグレープジュース(仮)を誰か交換してくれないかと目を向けるも、みな目をそらしてしまう。

 

「こちら、ご注文の料理となります」

 

 注文を取った子と運んできた子は違っていたが、注意するように言伝を頼むことは忘れない。

 そして頼んだ品が全部運ばれてきたことを確認すると、よっぽどのことがない限りは邪魔が入らないため、最近の仕事などへと話はシフトしていく。

 

「翠さん、また仕事逃げたって奈緒さん怒ってたよ?」

「や、あのときはやる気がなかったから。そんな気持ちで挑んだら申し訳ないじゃん? それよりもそれ、飲まないの?」

「……そ、そろそろ飲もうかなって思ってたところだよ」

「先輩なんだし、蘭子とアーニャよりもまず美嘉が飲まないと」

 

 料理も食べ進めていくが、いまだに城ケ崎姉、神崎、アナスタシアは注いできた飲み物には口をつけないで水を飲んでいた。

 しかし、いつまでも避けていられない道。それにいま、いい笑顔の翠によって退路も断たれた。

 料理を少しわきによけ、コップを手に取る。

 そして少し躊躇したのち、一気に半分ほどまで飲んでいく。

 

「…………なんか甘いのと別の甘さが混ざったうえに炭酸効いてて、なんとも言えない味がするぅ」

『……………』

「…………ぶふっ」

 

 味の感想を聞いて女性たち――主に神崎とアナスタシアの二人も手に持つコップに注がれた液体へと目を向ける。

 二人で目と目を合わせてアイコンタクトを取り、同時に口をつける。

 

「「……あれ? 美味しい」」

「嘘ぉ!?」

「……は、腹痛い。笑い堪えると頬痛い……ぶふっ」

 

 目をギュッとつむり、覚悟を決めて口をつけた二人だったが、想像していたよりも美味しかったために液体へと目を向ける。

 そのことに驚きの声をあげた城ケ崎姉は、神崎から許可をもらってコップを受け取り、それを口にする。

 

「本当だ! こっちのは美味しい!」

「そりゃそうでしょ。美嘉はネタ要員だし」

 

 一応は店内であることを気にしてか、声を抑えて笑う翠。

 他の面々は城ケ崎姉と神崎のを飲み比べていた。

 

「確かに、こっちのほうが美味しいです」

「でも、こっちはこっちでクセになりそうな味だね」

 

 意外なことに、変な味ではあるもののほぼ全員が両方いけるとの判定が出た。

 

 

 

 

 二時間ほどだろうか。

 話をしながら食事をしていたために時間がかかっていたうえ、食後もドリンクバーを頼んでいたためにジュースなどを飲みながら雑談を続けていた。最初の一杯以降は普通のジュースであったが。

 これ以上ここに居続けると、早めの夕食などで人が増える可能性があるために変装しなおして精算をすまし、店から出ていく。当然、ここでの支払いも翠のおごりである。

 店を出て解散すると思っていた面々であるが、翠がついてきてというので歩くこと数分。

 翠が目的の場所に着いたのか足を止めるとほぼ同時。目の間に車が止まり窓が開く。

 

「来てもらって悪いね」

「いつものことだろう」

 

 運転席には面倒くさそうにしながらも優しそうな笑みを浮かべた奈緒の姿が。

 

「これ、あと七人しか乗れないけど杏と俺を誰かの膝に乗せればいけるよね」

「まあ、大人しくしているならな」

 

 そこでじゃんけん大会が行われた。目的は誰が翠と双葉を膝に乗せるか、席順はどうするかを決めるためのである。

 

「……そんなに騒いでるとバレるぞ」

 

 もっともな意見であるが、真剣勝負の最中である彼女たちの耳には届かない。

 勝ち抜いたのはアナスタシアであり、珍しく佐久間が負けて助手席となった。双葉は新田の膝へと納まることになった。

 次の日に仕事がある子たちを順番に送り届けていき、休みである子たちはこのまま翠の家に行ってお泊り会となった。ゲームセンターで取ったお菓子などを開けてのプチお菓子パーティーである。

 

 

 

 そのことは次の日に仕事があると送り届けた子たちや、他のアイドルたちにも知られ、連日となってさまざまなアイドルたちが翠の家でお泊り会をするとなることを翠はまだ知らない。




感想で他のアイドルたちのクレーンゲームの様子ですが、また一人一人やってくと文字数がとんでもないことになるのでカットいたしました
次はまた本編に戻りまして、ニュージェネとラブライカのライブの前に連れ去られた翠の話となります


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お気に入り千件・通算UA十万突破記念話

「……へっ? 翠さん、今なんて言いました?」

「お前、可愛いだけならどこにでもいるぞ」

「い、いえ……聞こえてはいましたけど……」

「まあいい、もう一回言ってやる。幸子、今から俺とデートに行くぞ」

 

 先ほどと同じことを言われ、輿水の口から346に響き渡るほど大きな声が発せられた。

 

「うっさい」

「ご、ごめんなさ……じゃなくて! どうしたんですか翠さん! 可愛い僕に声をかけてデートに誘うなんて! まあ、僕のあまりの可愛さに惹かれちゃったのなら納得でーー」

「アホめ」

 

 胸に手を当ててドヤ顔で語り始めようとした輿水の頭を叩きながら路傍の石を見るような目を向ける。

 

「俺、今日は仕事があったの」

「な、ならデートに行く暇なんて……」

「黙って最後まで聴いてろ」

「……はい」

 

 口を挟もうとした輿水を一言で黙らせ、翠は再び語り始める。

 

「今日のはとてもとても重要な仕事でした。珍しく他の方との共演もあり、サボってはいけない仕事でした。だけど俺は思ったのです。『今日は仕事の気分じゃなくて遊びに行きたいな』……と」

「…………それっていつもじゃ」

「黙らっしゃい……コホン。それで思ったわけです。ならば行動に移さねば!」

「いろいろな過程が省かれてますよ!?」

「ちっちゃいことを気にすんなよ。だからお前は小さいんだ」

「別に小さく無いですよ! それを言ったら翠さんの方が小さいじゃ無いですか!」

「…………」

「…………?」

 

 さっそく翠のペースに乗せられながらも黙ってとある一点に目を向け、言い返してこない翠を不思議に思い輿水もその視線をたどるとーー

 

「いくら翠さんでもセクハラですよ!?」

「もう二ミリあればでかいと言ってやってもよかった」

「そんなに変わり無いじゃ無いですか!」

「それは違うな、幸子。二ミリあれば……」

「あればどうだというんですか……」

「特に何も無いな」

 

 ニヤリといやらしい笑みを浮かべてそう述べた翠にイラっときたのか、輿水は両手を振り上げながらというネタのような格好でしばらく翠と346内で鬼ごっこを始めた。

 

「……まだ何もしてないはずなのにすごく疲れを感じます」

「そりゃお前、歳だろー」

「……翠さんのほうが歳上ですよね」

「バッカお前。膝ガクガクに決まってるじゃん」

 

 鬼ごっこの最中、千川に見つかった二人は当然だが怒られた。疲れ切った二人はクッション性の高いイスを見つけ、端から見たら仲よさげな姉妹のように肩を並べて座っている。

 そのまま十分ほど他愛ない話をして休憩を終え、『よっこいせ』と声を出しながら立ち上がった翠は……おもむろに両手両膝を地面について項垂れる。

 

「ど、どうしたんですか!?」

「いや、なんでも無いさ……。……ただ、おっさん臭いことを言いながら立ち上がった自分に少し、な」

「なんだそんなことですか」

「そんなことでは無いが……まあいい。そろそろ出かけるぞ」

 

 気持ちを切り替えた翠は立ち上がり、一人でどんどん先へと歩いて行く。

 

「ま、待ってくださいよ!」

 

 しばらくその姿をぼーっと見ていた輿水だったがハッと気づき、慌ててそのあとを追っていく。

 ここで逃げればこの先に待ち構えているであろう輿水弄りに合わなくて済むはずなのだが、そのことは頭の片隅にも無いらしい輿水は奴隷根性が染み付いているとも言えるかもしれない。

 

「それでどこに行くんですか? ……と聞きたいところですけど、その前に翠さんの格好について聞いてもいいですか?」

「おう、見ての通り変装だ。これなら誰も俺だと気づかないだろう」

 

 そう言ってクルリと回る翠。遠心力によってふわりと舞い上がる白く長い髪と"スカート"。幅広の帽子を被るその姿は誰がどう見ても美少女であった。

 

「……メイク、してないんですよね?」

「俺、化粧嫌いだし。そもそも男だし」

「……なんだか女として負けた気分です」

「幸子には負け犬根性が染み付いてるからな」

「そんなもの染み付いて無いですよ!」

「普段、髪なんて纏めないんだが……案外いいもんだな」

「露骨に話をそらさないでください!」

 

 今回は変装ということもあり、長い髪はシュシュを使って肩甲骨の辺りで一つに纏めている。

 白のワンピースに白い帽子。白い髪に透き通るような白い肌。絵から飛び出てきたような錯覚を覚えるほどに見た目は綺麗であるのだが……。

 

「んじゃ、行くか」

 

 言動によって全てを台無しにしていた。

 それでも見た目はいいため、街を歩けば視線を集める。

 輿水も伊達メガネと帽子をかけて軽い変装をしているものの、言動は翠と同様に少し残念であるが見た目は美少女と言っていいほどである。

 

「お、クレープじゃん、幸子奢って」

「可愛い僕より何倍も稼いでるうえ、後輩にたかるんですか。……別にクレープ奢るくらいいいですけど」

 

 二人は周囲から視線を集めているにもかかわらず、仕事柄慣れているのかそれらを気にすることなく普段通りに振舞っている。

 そして歩いている途中、翠がクレープ屋を見つける。店内には女子中高生と思われる女子が大半であり、男性の姿は一切見えなかった。

 

「……並んでるのかよ。幸子、正体バラして順番譲ってもらって」

「確かに可愛い僕が行けば皆順番を譲ってくれると思いますけど……」

「はいはい、可愛い可愛い」

「なんだか扱いが雑ですね……。でもいいんですか? この後ゆっくりできなくなりますよ?」

「うげぇ……お前、地味に有名だもんな」

「ふふん、地味じゃ無いですよ。これは僕の可愛さによる実力ですからね!」

 

 輿水も一応はアイドルであるため、顔もそれなりに世間へと認知されている。そのため、ここで変装を解くと人が寄ってくる可能性もあるため、面倒ごとを避けるためにもグチグチ文句を言いながら翠も列へと並ぶ。

 

「予想外だ……ここってそんな有名なのか」

「知らないんですか? つい最近ですけどテレビで紹介されてましたよ」

「テレビとか最近バラエティーくらいしか見てない。特に幸子が出る番組は必ず見る」

「翠さん……そんなに僕のことを……!」

 

 歓喜のあまり輿水は目を潤ませながら翠へと目を向ける。

 

「だって、お前がよくやられてる罰ゲーム考えてるの俺だし」

「…………」

 

 しかし、続けられた言葉によって輿水の態度が一変する。

 翠へと向けられる瞳に宿る感情は無く、表情も消え失せた。

 アイドルがしていい表情では無く、流石の翠もたじろぐ。

 

「……お、おい、幸子。今のお前すっごい可愛く無いぞ」

「……ちっ。翠さんのせいで可愛い僕の笑顔が曇ったらどうしてくれるんですか」

「いきなり当たりキツくなったな。舌打ちまでついて」

「翠さんが上げて落とすようなことをするからですよ」

「ちなみに、今の顔をお茶の間に流したらどうなるかな?」

「ふふん。たとえどんな顔でも僕の可愛さに陰りは無いですからね!」

 

 それを聞いて翠は『頭痛が痛い』みたいな、文としておかしいことを理解していながらも『ああ、そういうことなんだ』と納得せざるを得ないために額へと手を当てて悩ましげに呻く。

 

「どうかしたんですか?」

「いや、別にどうもしないんだ。……今度、お前はクイズ番組にも出てみような。俺が紹介しとくから」

「……? なんだかよく分かりませんがお仕事を貰ったってことですよね! ありがとうございます!」

 

 そんなこんなしているうちに列も進み、二人の番がやってきた。店内へと案内され、席へ着いた二人は渡されたメニューへと目を向けずにお互い目を合わせ、首をかしげる。

 

「え……っと、持ち帰りとか出来ないの?」

「何人か食べ歩きしてましたよね……?」

「…………」

「…………」

「あれ? すいさんぶっ!?」

 

 二人の頭に疑問符がたくさん浮かんでいるとき、隣の席から変装している翠のことを見破って名前を呼ぼうとしていた輩がいた。

 半ば条件反射的にその者へと近づいた翠は手に持っていたメニュー表で顔を軽く叩く。

 それでも無抵抗のときに攻撃されればそれなりに痛く、そのため途中で遮ることができたが言葉尻が変な感じとなっていた。

 

「よお、美嘉」

「…………すーちゃん、いきなりだね」

「間違えたのが悪い」

 

 そこにいたのは髪をまとめ上げて伊達メガネをかけて変装した城ヶ崎姉であり、彼女の向かいの席にも一人、今の状況についていけないでポカンとしている女の子がいる。

 

「この子はモデル友達の子なの。今日は休みだから一緒に遊ぶ約束してて」

「ん、俺も似たようなもんだ」

「……仕事すっぽかしたでしょうに」

「あ、幸子ちゃんと一緒なんだ。……大変だろうけど頑張って」

「美嘉さん……お気遣いありがとうございます。僕はこの試練に打ち勝ち、可愛さをさらに磨きたいと思います!」

「聞こえてるぞ、おい」

 

 そこでようやく固まっていた城ヶ崎姉の連れが状況を把握するために口を開く。

 

「は、初めましてです」

「ん、初めまして。九石翠です」

「は、はい。私は…………へっ?」

「冗談。同姓同名だけどね」

 

 自己紹介をしようとした彼女であったが、翠の名前に目を丸くさせる。

 続けられて同姓同名と言われ、ホッと息を漏らしているが、城ヶ崎姉と輿水はなんとも言えない表情をしていた。

 

「あ、そうだ美嘉。ここって持ち帰りできないの? 並んでたらこうなったんだけど」

「あー、翠さんは初めてだっけ? ここって店内で食べるのと持ち帰りは売ってる場所が違うんだよね。この店の反対側が食べ歩きだよ」

「……もう座っちゃったし、このままゆっくり食べるか」

「僕もなんだか一気に力が抜けた気分です……」

 

 二人揃って一つため息をつき、ここでようやくメニューへと目を向ける。

 

「へぇ……クレープだけじゃなくて他にも色々あるんだ」

「本当ですね。でも、可愛い僕にはストロベリーチョコホイップのようなザ・女子の食べ物が似合いますね!」

「はいはい。そうだねー…………お?」

「流さないでくださいよ!」

 

 そんな輿水の言葉も流し、翠はとある一点に目を向ける。

 メニュー表の最後、デカデカと書かれている文字に。

 それに気づいた城ヶ崎姉が恐る恐る声をかける。

 

「翠さん……まさか"ソレ"に挑戦するの?」

「まあ、いけるだろ」

 

 そこに書かれていたのはよくある何分以内に食べると無料や、加えて景品がもらえるというもの。

 

「でも翠さん、それアイスも相当な量あって腹壊す人多いんだけど……」

「なんとかなるって」

 

 忠告も聞かず、店員を呼んで輿水のクレープと自身のを頼む。

 

「チャレンジ一つ入りました!」

 

 店内に店員の声が響く。当然客全員の視線が集まるが特に気にした様子もなく、早く来ないか期待に胸を膨らませていた。

 

「翠さん、少しは待つことを覚えましょうよ」

「いやさ、分かってるよ? 結構な量だって理解してるから用意するのに時間かかるってのは。……ただ、目の前でお前がクレープを食べてる姿が気に入らない」

「ええぇ……」

 

 量も相当なため、当然輿水が頼んだものが先に出来上がる。

 自分のはまだであるのに目の前で美味しそうに食べ進めていく輿水へと翠が苛立ちを募らせていると、ようやく出来上がったのか店員が落とさないようにと二人がかりで抱えるようにして運んでくる。

 

「制限時間は四十分。それまでにこのーー」

 

 途中から店員の声は翠の耳へと届いていなかった。目の前に用意されたお宝(デザート)に目を輝かせている。

 

「ちょっ、翠さん! 絶対に成功してくださいよ! これ失敗したら一万円ですよ! 奢るって言っちゃっいましたけど嫌ですよ!」

 

 なにやら騒ぎ始めた輿水の声も届かず、店員の掛け声とともにストップウォッチが押され、時を刻み始める。

 

「……いただきます」

 

 両手を合わせて述べ、スプーンを手に取り改めて目の前のそれの全貌を眺める。

 透明な深皿に盛り付けられているため、下の層まで全部見えている。

 一番下からホットケーキが三枚あり、その上にバニラアイスの層があり、ワッフルを間に挟んで生クリームがあり、再びのホットケーキ二枚。お皿の淵に沿うようにしてチョコやストロベリーなど様々なアイスの玉が並べられ、中央に生クリームが盛り付けられており、カットされたバナナ、イチゴ、キウイなどのフルーツが添えられ、その上からチョコレートがかけられている。

 そして何故かクレープの皮が五枚、重ねられて生クリームの上に乗せられていた。

 

「…………ふむ」

「ふむ、じゃないです! 三分も動かずにずっと眺めて何してるんですか!?」

「いや、今から食うよ。アイスは少し溶けかけの方が好みんだ」

 

 輿水の迫力に翠の口調が少しおかしくなりながらも手を動かし、はじめに少し溶け始めたアイスを一口。

 

「まあ、美味いな」

 

 その後もフルーツへ生クリームへと順調に食べ進めていく。

 食べ進める速度が落ちないことにストップウォッチで時間を計っている店員は慌てているのかと思いきや、計算のうちとばかりに口の端をつり上げていた。

 

「す、翠さん! ダメです! 上からじゃなくホットケーキから食べていかないと後半辛いですよ!」

「ん、別に失敗しても幸子の奢りだし」

「最低ですね! ……じゃなくて話す暇があるのならどんどん食べてくださいよ!」

「……お前から話を振ったんだろうに」

 

 二十分が経過し、上に乗っていたものを食べ終えた翠は一度スプーンを置き、『ふぅ……』と息を漏らす。

 

「ま、まさかお腹いっぱいに……」

「いや、こっからナイフとフォークだろ」

 

 そう言って翠は右手にフォーク、左手にナイフをとる。

 

「すーちゃん、手に持つの逆じゃない? ……あと、幸子ちゃんは名前で呼ぶのよくて私があだ名じゃないといけないのはどうして?」

「ああ。俺、逆なんだよね。中途半端な左利き。名前に関してはあれだよ。何となくの気分だよ」

「……まあ、分かってたけどね」

 

 話している間、翠はホットケーキを食べるのではなく全部小さく切り分けていた。

 

「お、下の方は溶けたアイス吸って美味そうじゃん」

 

 全部一口サイズに切り終えた翠はナイフを置き、フォークだけを手に持つ。

 一口、また一口と食べ進めていく翠。見ているだけで腹が膨れてくる光景に輿水は堪らず声をかける。

 

「最後にホットケーキだけって飽きないんですか?」

「さっきも言ったけど、溶けたアイス吸ってるから味にバラツキあるし、甘いもん好きだから飽きるとか無いし」

 

 それから十分が経ち、残り時間が十分を切った。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 皿に残るは一口分のホットケーキ。

 周りが見守る中、どこか名残惜しそうにそれを食べた翠は再びスプーンを手に取って皿の底に残る溶けたアイスを口へと運んでいく。

 

「んん、美味かった」

 

 両手を合わせて『ごちそうさま』と言い、翠は背もたれに体を預ける。

 

「そういや、クリアできたら何くれるの?」

「は、はい。えっとですね、料金がタダになるのに加えまして賞金五千円ですね」

 

 店員は皿を持って奥へと引っ込み、しばらくして戻ってくる。

 

「おめでとうございます」

「ん、ありがと」

 

 白い封筒を受け取った翠はそれを輿水へと渡す。

 

「……分かってますよ。持っていればいいんですよね」

 

 ため息を一つつき、翠から受け取ったそれをカバンへとしまう。

 

「んじゃ、もう一回さっきのと同じやつを」

『…………へっ?』

 

 店内にいる人全員が何を言っているのか理解できなかった。

 しかし翠は本気であり、輿水が無理だというも聞く耳持たず。

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 先ほどよりも数分早く食べ終えた翠は水を一口飲んで一言漏らす。

 

「…………もう二回いけるか」

『…………』

 

 その後、宣言通り二回チャレンジしてクリアした翠は店から勘弁してくれと懇願されたため、クレープ一つを要求する。運ばれてきたそれもペロリと平らげた翠は満足気に頷きながら店を去っていく。

 

 …………その日からその店でのチャレンジメニューはなくなった。

 

 

 

「さて、次はどこ行こうか」

「まだどこか行くんですか?」

「あったりまえ」

 

 そうは言うも日は暮れ、空はオレンジから黒へと変わり始めている。

 翠は見た目的には問題だが中身はれっきとした大人であるため問題無いのだが、輿水は夜遅くまで外で遊ぶことは叶わない。

 翠は残念そうにしながらも足を346へと向ける。

 

「また、気が向いたら可愛い僕が一緒に行ってあげますよ」

「まあ、嫌だって言っても連れてくけどな」

「仕事があるときはさすがに勘弁してくださいよ?」

「んなもん、俺が一声かければ……」

「そしたら奈緒さんに告げ口します」

「うげ、奈緒を出すのはズルいだろ」

 

 最初は嫌々であったはずの輿水もなんだかんだ言って楽しかったのか。口の端をつり上げて次回の楽しみに思いを馳せていた。

 

「なら、次は幸子の他に何人か誘って絶叫ツアー行くか」

 

 しかし、続けられたセリフによって嫌そうな表情へと変わるも、その雰囲気は本気で拒絶をしていなかった。

 

「……まあ、どうしてもと言うならば行ってあげてもいいですよ」

「…………幸子」

「はい?」

 

 そっぽを向いている輿水の名前を呼んで顔を自信へと向けさせた翠は無防備なデコへとデコピンを放つ。

 

「いたっ!?」

 

 突然のことに目を白黒させ、歩みを止める輿水に見向きもしないで先を歩いて行く翠。慌てて小走りであとを追い、文句を言い始める。

 それをさらりと流した上で挑発を行い、輿水を煽る翠。

 それに対し怒った輿水の表情も、煽る翠の表情も。どちらも楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 後日、その日一日を隠し撮りしていた翠は仲のいいテレビプロデューサーにテープを渡していたため、特番としてテレビに放送された。

 その放送があった次の日、翠と輿水が再び鬼ごっこを始めたのは言うまでも無い。



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息抜き 前半


時系列的にはアニメ後ですな


 場所は346内にあるカフェ。

 いつものように甘ったるいコーヒーを飲む翠と、対面にはパソコンをいじる奈緒の姿が。

 

「なー、奈緒さんや。最近はヒマですよな?」

「お前がさらに仕事をしなくなったからな。そんなにヒマならば今からでも仕事を入れられるが? ん?」

「奈緒、そういうことじゃあないんだよ。これから面白いことをしに行こうといった提案ではないですか」

「知らんがな」

 

 何かを企んでいるのか、ニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた翠に、パソコンをいじる手を止めた奈緒は疲れたようなため息をついてブラックコーヒーへと手を伸ばす。

 

「…………それで、今度は何を企んでる?」

「いやいやいや、企んでるだなんてそんな。……ただ、ケーキバイキングがある店をかな子と智絵里が取材するらしいから、さ」

「なるほどな。……お前がメールで『大事な話がある』とか送ってくるかと思えば、やっぱりこういったことか」

 

 全てを話さずとも翠が何をしたいのかを理解した奈緒はパソコンを閉じてカバンへとしまう。

 

「まだ待ち人が来てないから大丈夫だけど?」

「…………お前一人じゃないのか」

「そりゃあ。情報提供は俺だが、発案も俺だし」

「お前じゃないか」

「そこに気づくとは……!」

 

 大げさなリアクションをとる翠だが、そのことに対して一切触れずコーヒーを啜り、翠の言う待ち人が誰かを考え始める。

 奈緒の反応に、つまらないと抗議の声を上げ始めた翠を鬱陶しく思ったのか。カバンからアメ玉を数個掴んで放り投げる。

 それらは綺麗な放物線を描いて地面へと落ちる……ことはなく。

 頂点へと達する前にそれは何処へと消えた。

 

「…………」

 

 視線を下へと向けると、そこには手にアメ玉を持って笑みを浮かべている翠の姿……ではなく。

 

「うぎぎ……は、離さないかなぁ……!」

「こ、……れらは俺んだ……っ!」

 

 人影がもう一つ増えており、二人は器用にアメ玉の袋の両端を持って引っ張り合っていた。

 

「翠、さんは……、他の全部とったから……! 一つくらい……!」

「ふっ……、それは、ムリィ……っ!」

「やめんか」

「んぁ……」

 

 膠着状態にあったが、奈緒が介入することでそれは終わった。

 腰に手を回されて奈緒に抱きかかえられた翠はものすごく残念そうな声を漏らし、双葉の手に渡ったアメ玉へと目を向ける。

 

「んで、翠の言ってた待ち人は双葉のことか?」

「ん、そうだよ。取材の二人とユニット組んでたじゃん? ちゃんとできてるか心配なんだって」

「べ、別に杏はそんなんじゃ……」

 

 否定してはいるものの、その目は泳いでおり、誤魔化そうとしているのは誰の目にも明らかであった。

 

「あと、ヒマそう(・・・・)な人に声かけた」

「……翠さんの言う『ヒマそう』って、本当に予定がない人にしか声かけてないと思うんだけど」

「もしくはわざわざ仕事先まで電話かけて予定を取り下げたりしているな」

「「…………」」

「ヤダなぁ。そんな見られると照れるって」

 

 白い目で見られているというのに翠は気にせず甘いコーヒーへと手を伸ばす。

 カップを持ったところで一言ボケるが、それによってさらに冷たくなった視線から逃げるようにコーヒーを啜る。

 

「お、お待たせしましたっ!」

「ん、大丈夫大丈夫」

 

 翠が振り返った視線の先にはいつものゴスロリではなく、白のフリルを基調としたワンピースを着た神崎が立っていた。加えて髪型もおろしてストレートとなっているため、双葉と奈緒は一瞬誰だか理解できなかった。

 

「待ち人も来たし、行こっか」

「それは私もか?」

「え? 行かないの?」

「…………私もなんだな」

 

 諦めのため息をつく奈緒に、神崎と双葉は同情する。

 346に所属するものはアイドル、プロデューサーなど関係なく翠の被害に巻き込まれるため、アイドルだけ、プロデューサーだけの繋がりではなく、346として一つの意識となっている。

 それは新しく入ってきた人たちも例外ではなく、翠の洗礼を受けたものは皆、受け入れられていく。

 そのため、業績などが右肩上がりになっていたりするが……それは誰もが認めたくはない事実であった。

 

「奈緒、車出せる?」

「元からそれが目的だろうに」

「いいじゃんいいじゃん。いつものことだし」

「確かにそうだな……お前に言われると腹立つな」

「酷い酷い」

 

 軽口を叩きながらもカフェでの会計を済まし、仕事のことや最近あったことなどを話しながら車へと移動していく。

 

☆☆☆

 

「二人の取材が始まるの、人が多い昼時だからその前には入っとこうか」

「人も少しだが並んでいるし、タイミング的には丁度いいのか」

 

 目的地へとついた四人は、すでに片手の数ほど並んでいる目当ての店の列の後ろへと並ぶ。

 双葉と翠も車の中で軽い変装をしており、顔が知れている奈緒も念のため変装をしている。

 

「俺はとりあえずケーキバイキングを」

「野菜を食え」

「そうです! 翠さんはお菓子とか甘いものしか食べている姿しか見たことありません!」

「うぇぇ……だって食べたいもの食べたいし……」

「さすがの杏もご飯はちゃんと食べるよ……。病気になるのが面倒だし」

「俺はいままでこれで病気になったことないし……」

 

 昼をケーキで済まそうとした翠であったが、奈緒に続いて双葉や神崎までもが止めにかかる。

 神崎の言っていることは外れておらず、翠は普段からお菓子などで食事を済ませている。……佐久間がいればその限りではないが、最近は仕事が増えて家に帰れない日が増えていたりする。

 

「翠のおかげ。……というのは癪だが事実、他のアイドルたちの仕事が増えてきている。それに目をつむれば食事の一つや二つ……」

「奈緒さん! そうやって甘やかすと翠さんはダメになりますよ!」

「…………すでに手遅れな気がするけど」

「君ら二人、言いたい放題言ってくれるね……」

 

 話題が翠のメンタルを削っていく内容であるため、いつもならば振り回しているはずの翠が少し疲れた様子を見せている。

 

「……本来の目的に話戻すけど、理想的なのがここに並んでる時に取材きて気づかないまま俺らに取材。タイミングよく呼ばれてからの中で暴露みたいな」

「そんな神がかり的なこと、まず起きないと思うけど……」

「双葉。そう言いたいのは分かるが……そんな神がかり的なことが起きるんだ実際に」

「…………マジ?」

「…………本気と書いてマジと読むほどには」

 

 双葉と奈緒は顔を見合わせ、ため息をこぼす。

 なお、神崎は尊敬の目を翠へと向けていた。

 

 

 

 前に並んでいた人たちが呼ばれて中に入って数分後。

 

「……本当に来たよ」

「さすがです!」

 

 四人の視線の先、カメラに向かって話しながらやってくる緒方と三村の姿が。

 

「あ、知らないの二人だけだから。カメラマンとかには話し通してある」

「…………そこまでやるか、普通」

「何事にも全力さ!」

「なら、仕事も全力でやれ」

「お、こちらへのインタビューですな」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。奈緒のお小言を二人によって遮られた形になった。

 

「こんにちはー! 少しお話を伺っても大丈夫ですか?」

「忙しいんで無理です」

「なに言ってるんだ」

 

 三村がマイクを向けながら笑顔でインタビューを始めようとしたにもかかわらず、すぐさま拒否した翠に奈緒が軽く頭を叩く。

 

「すいません。この子は悪戯好きでして……。続けてくださって大丈夫です」

 

 速攻で断られると思ってなかった予想外の出来事に三村と緒方の二人は固まっていたが、奈緒に促されてインタビューを続ける。

 

「それではまず、四人はどういったご関係ですか?」

「銀髪ストレートがイトコのお姉ちゃん、()と同じ小さいこの子が同い年のイトコ。んで、おばさん」

「お・ね・え・さ・ん」

「…………お姉さんです」

「「あ、あははは……」」

 

 目の前のやり取りに苦笑いを浮かべる二人。インタビューをしている相手が同業だとは微塵も思っていないようで。

 

「今回はなにを食べに来たんですか?」

「ケーキに決まっとろう! 他になにを食べるというのだね!」

「取材の邪魔だから、私たちは少し黙ってようか!」

 

 再び翠が答えたが、これ以上やるとバレる可能性が高くなることを危険視した双葉が翠の腰に腕を回し、カメラから離れていく。

 

「バカがすいません……」

「い、いえ! 全然大丈夫ですよ!」

 

 そのあとは主に奈緒が答え、翠は少し離れたところで双葉に加えて神崎にも取り押さえられていた。

 

「「ご協力していただき、ありがとうございました」」

「いえ。いつも応援してます」

「「ありがとうございます!」」

 

 二人は後ろに並んでいる人たちのインタビューへと移っていった。

 

「……なぜに俺を引き離す」

「すぐに正体バラしたいのか?」

「そこらの見極めぐらい……できる」

「間がなければよかったな」

 

 緒方と三村のインタビューが終わって五分もしないうちに店の中へと呼ばれ、席へと案内される。

 

「……なぁ、本当にケーキしか食わないのか? ここは料理も美味しいんだが」

「ケーキだけに決まっとろう?」

「す、翠さんが死んだら私も死にます! 地獄まで追って殺しちゃいますからね!」

「……地獄に行くこと決まってるんだ」

 

 突っ込むべきところはそこでないのだが、翠は敢えて触れずにスルーした。

 それぞれ頼むものも決まり、店員を呼んで注文をする。

 

「んじゃ、ケーキ取ってくるね」

 

 本当にただ一人、ケーキバイキングを頼んだ翠。

 時間が惜しいとばかりにいつもより機敏な動きでケーキを取りに向かう。

 

「……あいつのムカつくとこはな。アレだけで本当に生きていけるのともう一つ。…………太らないんだ」

「「っ!?」」

 

 神妙な顔つきで話し始めた奈緒を怪訝に思った二人だが、最後まで聞いた時。二人の目の色が変わった。

 そして鼻歌を歌いながらケーキを選んでいる翠へと向けられ、再び奈緒へと戻される。

 

「その話、かな子とかには……」

「ああ、話していない。346内でも自身で気づいたもの以外は知らないはずだ」

 

 それを聞いた二人は、この先に起こりうるかもしれない可能性を考え出し、心の中で合掌する。




アニメの記憶が薄れてるから書けないとか……ソンナコトナイヨ?
アニメ見る時間がないのは……本当だが


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息抜き 後半

……………………(土下座)
一ヶ月以上…放置してしまい申し訳ございません


 二時間コースの食べ放題を選んだ翠たち。

 その半分の時間を過ぎたいまもペースを落とさずに食べ進める阿呆が一人。

 …………言わずもがな、九石翠である。

 

「…………まだ食べられるんですか?」

「余裕余裕」

 

 連れの面々も引いており、本来の目的である三村と緒方の件はどうするのかと疑問を胸に抱く。

 

「ここのケーキ美味しいな。…………また来よっかな」

 

 途中からもう食べるのをやめてくれとばかりに見守っていた店員が『え……お店潰れる』といった表情などをしていたが翠は特に気にした様子もなく、また空となった皿に新しいケーキを取りに向かった。

 

「奈緒さん……」

「…………杏、何も言うな」

「…………」

 

 たくさん並んでいたケーキも数を減らし、周りの客からも注目を集めていた。

 取材に来ていた二人も例外ではなく、その食べる姿に『……あれ? あの人、翠さんじゃない?』と半ばバレかけて…………いや、店前での取材といい、ほぼ翠だと思われている。

 

「……時間も半分切ったし、もういいんじゃないか?」

「そうだね。これ以上長くするといろいろ気づかれそうだし……たまに翠さんが周りに目を向けて首かしげる姿も増えたし」

「それじゃ、合図を出してくれ」

 

 翠がまだケーキを選んでいるのを確認し、三人は少し小声で話し始める。

 時間があるわけでもないため手短に終えると、神崎がはたから見てもわざとらしくないようコップに腕をぶつけ、テーブルから落とす。

 そしてそのコップが床へと落ち、割れた音が本来の合図であったはずなのだが……。

 

「おっと、危ない危ない。もう少し遅かったら落ちて割れてたね」

「ひゃぅっ!?」

 

 いきなり聞こえてきた声に驚き、可愛らしい声をだす神崎。いつの間に戻ってきていたのか、翠が落ちていたコップをキャッチしてそこに立っていた。

 

「そんなに驚かれるとこっちもビックリするんだが……。特に驚かしたつもりもなければ余計に」

「ご、ごめんなさい。全然気がつかなくって」

「……なるほど。俺も隠密をマスターしたか」

「アホ言ってないでさっさと食え」

「うぃ」

 

 頷いて席に着き、再びケーキをパクパクと食べ進める翠。

 その姿を優しげな笑みを浮かべて見ていた奈緒であったが、目を細め。

 

「まゆ」

 

 そう、一言。

 

「はぁい」

 

 今までどこにいたのか。

 気がつけば翠の後ろに佐久間が立っており、手に目隠しのための布と縛るための紐を持って恍惚とした表情を浮かべていた。

 そして瞬きをしている時間で手に持っていたものを使用し、翠を確保していた。

 

「え…………え?」

 

 さすがの翠もこれは予想外であったのか。

 突然のことに驚きが強すぎているため、うまく言葉に表せないようで戸惑いをあらわにしている。

 

「手順が多少違うが……まあ、翠だし問題ないだろう。みんな、コレは気にせずあとは手筈通りに動いてくれ」

『はい!』

 

 奈緒のセリフに周りにいた一般客…………ではなく、変装していた346のアイドルたちは一つ頷き、衣装を脱いで準備へと取り掛かる。

 

「あれ……すごく聞き覚えのある声がしたんだけど……。……ってか、いつまで縛られて目隠しされたまま……?」

「準備が終わるまでだ」

「なんの準備か分からないんだけど……さっきから物音がすごいのはそれなのね。店の許可とかは?」

「当然とってある。お前と一緒にするな」

「それだとまるで、俺が許可を取ってないみたいじゃないですかー」

「…………どこに向かって言っている」

「…………あり?」

 

 翠としてはたとえ縛られようが目隠しをされていようが煽っていこうと思っていたが……。

 見えないうえに声で場所を探そうにも準備とやらで物音が激しくそれも叶わない。

 ならば、と……当てずっぽうでやってみたはいいものの…………ものの見事に奈緒とは反対方向でありスベっていた。

 

「……………………」

「…………ふっ。お前もそういう時があるさ」

「…………奈緒って、俺が盛大にやらかすとものすごく喜んだうえ、今までの仕返しとばかりに煽ってくるよな」

「そりゃあ、お前が言った通り今までの仕返しだもの。いつぞやのお前さんが怒ったときのことでも持ちだそうか? ん?」

「……………………ぷふっ」

 

 目隠しをされている翠は見ることができないが、このときの奈緒はとてもいい笑顔を浮かべていた。

 そして微かにであるが。

 事の成り行きを聞いていた一人のアイドルが笑みをこぼした。

 この騒がしい中、ほんの小さな笑いであるが…………翠は聞き逃さなかった。

 

「よし、ウサミン。手を止めてこっちこよっか」

「ふぇっ!? な、ななななんで菜々が!?」

「いま、笑った声が聞こえたから」

「…………よくこんな騒がしい中、聞こえましたね……」

 

 諦めたように作業していた手を止め、翠の元にとぼとぼ歩いてゆく。

 

「さて、何か言い分は?」

「…………珍しい翠さんの姿に」

「まったく。これだからもう少しで三十路を迎えるアイドーー」

「わー! わー! なに言ってるんですか! 菜々は永遠の十七歳ですよ! 三十路だなんてそんなまさか!」

「……腰に貼ってる湿布、取れかけてるぞ」

「えっ!? ほんとですか!?」

 

 慌てて腰へ手を当て、湿布が取れかけているか確認する安部であったが……。

 

「ウサミン……疲れてるんだよ……」

「…………言わないでください。いま、自分が惨めって分かってます……」

 

 当然、手に当たるものは衣服である。

 そのうえ、安部が翠へ顔を向けるとその目には未だ目隠しの布が。

 

「……ふっ、無様なり」

「…………っく! いまの翠さんにからかわれるとものすごく悔しいです! 目隠しされて縛られてるのに! 目隠しされて縛られてるのに!」

「…………二回も言うなし」

 

 心に傷を負ったのか。翠の言葉に少し力がないように思える。

 それを見て安部は少し元気を取り戻したのか翠になにも言うことなく準備へと戻っていった。

 …………何も言わなかったのは言い返されるのが怖かったなどではないことをウサミンの代わりに記しておく。

 

「なぁ、奈緒」

「ん? もう少しで終わるから待ってろ」

「いや、うん。それも聞きたかったけど、違うんよ。……これ、目隠しされてるとはいえ目の前で準備されてるんよね……」

「そうだな」

「普通、サプライズなら俺を何処かに連れだしている間に準備するもんじゃ……?」

「お前を連れ出すとか…………ふっ」

「うぐぐ………」

 

 鼻で笑われ、屈辱だったのか呻いたと思ったら床を転がり始めた。

 

「翠さん、大人しくしててくださいね?」

 

 しかし、佐久間に止められてしまった!

 

「…………」

「…………」

 

 そのまま翠を抱きかかえ、ジッと顔を見つめる佐久間。

 強い視線を感じてか、どこか落ち着きがない翠。

 何を思ったのか佐久間は目を閉じ、翠の唇へと自身の唇を近づけさせーー。

 

「うおっ!?」

 

 何かを察したのかギリギリのところで翠が顔をそらしたため、唇ではなく頬へのキスとなった。

 

「翠さんはいけずです」

「縛られて目隠しされてるの相手にキスとか……しかも実行犯はお前さんやないか」

「お前ら、準備終わったぞ」

「はぁい」

「やっとか……」

 

 ほっと息をつく翠であったが、まだ目隠しと紐は解かれない。

 首をかしげて口を開こうとしたが、その前にいまだ抱きかかえたままの佐久間が動き始めたため、口はそのまま閉じる。

 

「もう少し我慢しててくださいね」

 

 優しい手つきで翠を椅子に座らせたかと思うと、今度は両手両足をその椅子に縛り付けた。

 

「え…………解かれたと思ったらまた縛られた件について……」

「気にしちゃ負けですよ?」

「そういった問題ではないような……?」

 

 自分が正しいと思いたい翠であるが、はっきりと佐久間が言うために揺らいでいたりする。

 

「もういいぞ」

「…………長かった」

 

 椅子に縛られてから数分。

 ようやく許可が下りたために今度こそと安堵の息を漏らす。

 

「それじゃ、外しますね〜」

 

 翠の後ろに回った佐久間は目隠しを外す。

 はじめは眩しさに瞬きを繰り返していた翠であったが、光に慣れてきたのか目を開き、周りに目を向ける。

 

『翠さん! 誕生日おめでとう!』

 

 そして一拍の間を空け、クラッカーの音が鳴り響く。

 あまりの音の大きさに、翠はビクッと体を震わせる。

 

「お…………おぉぅ……」

 

 しばらくそのままボーッとしていた翠だったが、みなからの視線に気づいて口を開く。

 

「俺の誕生日、今日じゃないよ……」

『……………………え?』

 

 感謝の言葉がくるだろうと考えていた面々はポカンと口を開く。

 ただ、奈緒だけは呆れたように顔へ手を当て、ため息をついている。

 

「まあ、嘘だけど。今日であってるよ」

 

 あっはっはっと笑う翠に皆の心が一つになった。

 

「…………お、落ち着こう?」

 

 さすがにまずいと理解したのか。

 冷や汗を浮かべ、穏便に話し合いで済ませようと試みるも意味はなく。

 逃走を試みようとしたがーー。

 

「ちょっ、まだ縛られたまんま!? まゆ、とったのって目隠しだけなん!? ナンデナンデ!?」

 

 いまだ椅子に縛られたままでいるため、それは叶わず。

 結果、アイドルたちに囲まれて好き放題にされることとなった。

 

 

 

 その後は解かれ、普通に誕生日会となった。

 みなから誕生日プレゼントをもらったり、それをその場で開けてオモチャをすぐさま壊したり。

 無茶振りで翠にからかわれたアイドルなど片手どころか両手でも足りず。

 大人数でのゲームでは翠対その他の理不尽にもかかわらず翠が優勝したりなど。

 あっという間に時間は過ぎていった。

 

「はーい、注目注目」

 

 そろそろ解散の空気が流れ始めた時。

 みなの前に出た翠は手を叩きながら声を張り、視線を集める。

 

「今日はわざわざ俺のためにありがと。こんなにも心優しい後輩たちがいるんだ。うむ、だから俺が引退しても問題ないな!」

『…………ん?』

 

 なにやら話の雲行きが怪しくなり、首をかしげる。

 

「ってことで後のことは後輩に任せ、九石翠は只今をもって引退しまーー」

「アホ言うな」

 

 最後まで言い切ることはできず、叩かれた頭を押さえながら若干涙で潤っている目を奈緒へ向ける。

 

「どして叩く!」

「貴様にまだ引退など早いわ。……まったく。照れ隠しもここまで拗らせるとロクなことにならんな」

「て、ててててて照れ隠しちゃうわ!」

 

 本人は否定しようとも、端から聞いていれば肯定にしか聞こえず。

 周りで聞いていたアイドルたちも優しげな笑みを浮かべて翠を見る。

 

「っく! こっち見るな! やめなされ!」

 

 顔を赤くさせながら手で顔を覆い、蹲ってしまう翠。

 その後、しばらくそのままであったが時間も時間であったために脇へどけられ、片付けが始まる。

 この時の翠が照れている姿、多くのアイドルが写真や動画を撮っていたため、しばらくからかわれ続ける事を知らないでいた。



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Happy Halloween

「嫌じゃー……働きとうないー……」

「この企画を考えたのはお前なんだから、参加するのは当たり前だろう」

「……いや、考えたから参加するって決まりはな――」

「あ?」

「……すみません。なんでもございませぬ」

「仕事を増やしていいと言っただろう?」

「うぐぅ……」

 

 時折、暑い日があるも日は短くなり、肌寒くなり始めた季節。

 これからまだ気温も下がり、落ち葉が増えていくことだろう。

 そんな冬に入る前に起こるイベント。

 

「ハロウィンにイベントやるって言ったのは誰だ?」

「私でございまする」

「なら、アイドル率いてイベント成功させろ」

「…………あい」

 

 肩のあたりで切りそろえられ、内側に軽くウェーブがかかった髪を弄りながら。翠は面倒臭いといった雰囲気を隠そうとしないまま首を縦にふる。

 

「髪を切ったのなら男の髪型だって分かるようにもっと短くすればよかったのに。なぜ、女性だと勘違いされそうに中途半端なんだ?」

「……さあ? 短くしてって頼んだらこうなった」

「…………まあ、似合ってるのがまた腹立たしいが」

「奈緒って俺が何しても腹立たしいって思ってない?」

「気のせいだ。……そんなことよりもイベントについて煮詰めていけ」

 

 誰が聞いても話をそらしたことに気付くであろう。奈緒は翠から顔をそらすとそのまま部屋から出ていこうとする。

 

「え? イベント煮詰めるの、俺一人?」

「私は他にも仕事がある。……まあ、手が空いているアイドルならば助けを求めても構わないが?」

「うぃ。仕事にてらー」

 

 気の抜けるかけ声をもらった奈緒は背を向けたまま手をあげるだけで返し、部屋を出て仕事に向かっていった。

 先ほどのセリフには『当日のイベントに参加させるアイドルを見積もっておけ』といった意味合いも含まれていたりする。

 ハロウィンまで一ヶ月なかったりするのだが、翠に慌てた様子は見られない。

 本来ならばすでに告知されていてもおかしくないのだが、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

「なるほどなるほど……。『贄』は自分で選んで構わない、と」

 

 そう翠が呟いたとき。近い未来にある、このハロウィンイベントに参加することになるアイドル全員が寒気を感じたというが……まだアイドルたちはこの寒気のワケについて知る由もなかった。

 

 

 

「とりあえず、いの一番に向かうのは決まってあそこだろう」

 

 そう言って翠が向かったのはお馴染みのカフェであった。

 

「…………今度は何の用ですか」

 

 寒気があった後に翠と出会ったのである。

 安部が翠に対して警戒するのはもっともだと言えた。

 

「そんなに警戒するな。仕事の話だ」

「……翠さんが持ってきた仕事にマトモなのがなかった気がするのは気のせいでしょうか」

 

 気のせいなどではなく。

 翠が安部に持ってきた仕事は大抵、体を張ることになるものばかりであった。

 それがなくとも、ドッキリなど騙されるものであり、それらもキチンとした仕事であるがマトモだと聞かれれば首をかしげるようなものであった。

 

「安心しろ。今回は俺も参加するし、他のアイドルにも声をかけていく。ハロウィンのイベントだ」

「……翠さんが参加する時点で不安が倍プッシュなのですが」

「なら、安部はパスと」

「だ、誰もやらないとは言ってないですよ!」

 

 仕事がないわけではないが、カフェでバイトをしていることから察する通り、察して欲しいものである。

 話の持っていきかたはどうであれ、一人目を確保した翠は安部とのからみもそこそこに、他のアイドルを探しに向かう。

 

「あ、たっちゃん」

「翠さん。今日はどうされました?」

 

 あてもなくブラブラ歩いていた翠。途中、資料を持ってどこかへと向かっていた武内Pと遭遇する。

 

「いやー、どっかに空いてるアイドルいないかなって。いまじゃCPのみんなも人気でてきたし」

「はい。翠さんのおかげです。なんでしたら、皆さんには私から声をかけておきましょうか?」

「お? なら、頼もうかな」

 

 武内Pから何枚かの紙とペンを受け取った翠は分かりやすく簡潔に書き、それを一枚渡す。

 

「……なるほど。面白そうですね」

「なんなら、たっちゃんも出る?」

「い、いえ。遠慮しておきます」

「出たくなったら声かけておくれ」

 

 断ることは簡単に予測できたため、特に落ち込むこともなく手を振って別れ、贄を探しに行く。

 

「ウサミンは確実。CPの子たちは……まあ、多く見て全員。少なく見て……五、六人かな?」

 

 誰が参加してもいいよう、すでに翠の頭の中には幾十にも及ぶほどのイベント案が浮かんでは煮詰められていた。

 それと並行してこれから誰を誘うのか。仕事を受けた場合、どのような役割を回すのかも考えられていく。

 

「すーいーさんっ!」

「んぉっ!?」

 

 あまりに深く考え込んでいた翠は背後から忍び寄っていた影に気づかなかった。

 そのため、珍しく声を出して驚く。

 

「しきにゃんかな?」

「あったり〜。初めて翠さんを驚かせることに成功した気がするよ。深く考えていたようだけど、どうかしたの?」

 

 背後から翠に抱きついたまま会話を続ける一ノ瀬。

 嫌がる様子を見せない翠も気にしてないのか。そのまま返していく。

 

「んー、ハロウィンのイベントやるために人集めてるんだけど……しきにゃん、やる?」

「翠さんから面白そうな匂いがするし、やったげてもいいよー」

「その言い方だと、何か条件がありそうだね」

 

 自身の匂いをつけるかのように。頰と頰を擦り付けたりもしているが、翠の表情はどちらかといえば一ノ瀬から提示されるであろう条件に眉を寄せていた。

 

「そんな大層なものじゃないよ? 今度はあたしが勝つために、また頭脳勝負しようよ!」

「しきにゃんとの頭脳勝負は疲れるから好かんのじゃ……」

「えー、やろーよー。人集めるのも企画考えるのも手伝うからさー」

「…………ううむ」

 

 それほどまでに勝負が嫌なのか。

 しばらく悩んでいた翠だったが、結局は。

 

「仕方ない。また全力で潰してやるか」

 

 武内Pからもった紙の一つに先ほどと同じことを書いて行き、一ノ瀬へと渡す。

 

「そうこなくっちゃ! 翠さん大好きー!」

 

 首を縦に振った翠に喜びをあらわにした一ノ瀬は、その紙を受け取った後に一度だけギュッと強くハグをすると離れる。

 

「それじゃ、あたしは人集めてくるねー!」

 

 それだけ言うと、手を振りながら去っていった。

 残された翠は手を振り返しながら、今まで考えていた案を全部ボツにする。

 このイベントに一ノ瀬が参加し、人を集めてくるのだ。

 先ほどまで考えていた案では"足りない"のである。

 集めてくる人もクセの強い人ばかりであるだろうことも簡単に予測できる。

 なにより、考える企画内容も自身一人よりは一ノ瀬、そして他のアイドルをも加えての方が盛り上がるだろう。

 

「……きっと、声かけるのは騒がしいやつらだろうな」

 

 真っ先に一ノ瀬が誘うであろうと考えたのが例の三人である。

 それならば、と。

 翠は大人しい人たちに声をかけて回るかと日当たりの良い場所を見て回ることに決めた。

 

 

 

「いたいた。ふみたーん。ついでにありすー」

「私はついでなんですか!」

 

 広い346にある幾つかの休憩スペース。

 中でも日当たりが良く、強すぎず弱すぎない風が吹く絶好の場所。

 ベンチに仲良く腰掛けていた鷺沢と橘を見つけた翠は嬉しそうな声を出しながら二人によっていく。

 

「翠さん。今日はどうしました?」

「やめましょう。翠さんから面倒ごとのオーラが出ています」

 

 そう言って鷺沢の手を取り、どこかへと移動しようとしていた橘の肩に手を置き、それを阻止した翠は小さくため息をつく。

 

「まさかありすがそんなお子ちゃまとは思わなかったよ」

「お、お子ちゃまじゃないです!」

「そうだろう? なんの話かも聞かず、人を見ただけで逃げようなんて……ねぇ?」

「うっ……」

 

 何もいえなくなった橘を見て、翠は笑みを深める。

 

「ま、ありすを弄るのはここぐらいにして……本題に入ろうか」

「そういえば、私を探していたんですよね?」

「ふみたんだけじゃなく、ありすが一緒にいたのは手間が省けてよかったよ」

「「……?」」

 

 二人でステージに立って以降。とても仲が良くなったようで、いまも同じ方向に首を傾げて翠を見ている。

 

「ハロウィンのイベントやるんだけど、そのために人集めてるんだよね」

「ハロウィンって……もう一ヶ月ないですよ?」

「おう、知ってる」

「今からで間に合うんですか?」

「ありす、いいことを教えてやろう」

「な、なんですか……」

 

 全くないと言っていいほどにレアだと言われている翠の真面目な表情に、橘は気圧される。

 

 

「このギリギリの中、どこまで自分を、みなを楽しませることができるのか! 期間を取り、完璧なものを見せるのもいいが……短期間で心を込めたものでも伝えられるものはあるのではないか!」

 

 

 妙に説得力のある言葉に、橘は納得しかけていた。

 しかし――。

 

「……それって、時間がないことをカッコよく言い換えただけ、ですよね?」

「え……あ、……翠さん!」

 

 鷺沢が核心をついてしまったため、半ば騙されかけていた橘の目がさめる。

 

「あはは、やっぱりふみたんは無理だったか。ありすはいけると思ってたが……ふっ」

「文香さん! やっぱり行きましょう!」

「でも、お仕事自体は面白そうですよ」

「それは……そうですけど……」

 

 翠は二人にも簡潔にまとめた紙を手渡す。

 

「なら、これ見てからでも決めてくれ。参加するしないは俺に連絡くれればいいから」

 

 そして他のアイドルを探しに、まだ日向ぼっこを続けるという二人と分かれた翠はどこへ向かうか考える。

 

「メモに他のアイドル誘うよう書いたし……なつきちとかはだりぃなから。美穂はうーちゃんから繋がるかな?」

 

 またも考え事をしながら歩いていた翠は、気づけば玄関ホールにいた。

 タイミングよく、出入り口から向かい合う形で誰かがやってくる。

 

「おお……? なんだか珍しい……?」

 

 そこにいたのは高垣、川島、佐久間の三人であった。

 

「別に珍しくはないですよ? 私とまゆちゃんは元モデルのつながりがありますし」

「楓さんを通じて、瑞樹さんとも話すようになりました」

「まあ、知らない人から見たら珍しいかもしれないわね」

「んー、なるほど。とりあえず、三人にはこれあげるね」

 

 同じものを三人にも渡した翠はさっさと三人から離れるため、背を向ける。

 もしここで話し始めると、時間がいくらあっても足りないためである。

 一応はイベントまで時間がないことも理解している翠は人をなるべく早く集め、次のステップへと進みたかった。

 

「俺、まだ他の人も集めてくるから。参加するしないの連絡は俺に」

 

 伝えたいことを全部伝えた翠は返事も聞かずに去っていく。

 

「……後は誰を誘うかなぁ」

 

 レッスン室なども回っていくが、ほとんどが閉まっており、無駄足となっていた。

 

「……もう、鼠算式に増えていくことを期待するか」

 

 ついに動くのが面倒になった翠はウサミン働くカフェへと戻り、飲み物と軽食を注文する。

 運んで来た安部は嫌そうな顔をしていたが、翠は特に反応することはなく。

 サンドイッチをもさもさと食べ進めながら甘ったるいコーヒーを啜る。

 

「…………765まで手を出すのは……マズイだろうなぁ」

 

 一つ目のサンドイッチを半分ほど食べ進めたところで、何かを思い出したのか少し目が見開かれる。

 

「……あ、幸子誘うん忘れてたけど……誰か誘うし、誘われてなくても強制だからいっか」

 

 だが、そのことに対して気にした様子はなく。一つ目を食べ終えたところでぼやき始める。

 

「奈緒め……仕事を増やしていいと言ったら嬉々として本当に増やしやがって……。絶対辞めてやる……いつできるかは分からんが……やめてやる……」

 

 その後もしばらく翠のぼやきが続いていたため、翠の周りの席だけ誰も座っていなかったりした。

 

☆☆☆

 

 そのあとは鼠算式に増えていったアイドルの中でも今動ける人たちだけを集め、企画を考え出していった。幸子ももちろん誘われていた。

 子どもならではの発想であったり、独特の視点を持つ人も多かったため、纏めるのにも時間がかかりそうであったが……そこは翠の腕の見せ所。

 その日のうちに細密なところまで企画が煮詰まっていた。

 

 

 

 次の日も動ける人たちでイベントに必要なものや会場、設備支援などを求める予定であったが……翠の電話一つで終わってしまったため。

 そのため、このイベントのために翠が創った四つある新曲の視聴と振り付けの確認へと変わった。

 

 

 

 日が経つにつれてイベントの準備をしていることも人目につきはじめ、ネット上で憶測が飛び交い始める。

 これ以上、隠し通すこともできないため。二週間を切ったところで346から大々的な告知が行われた。

 そもそもの話。いままで隠してきた理由は特に無かったりする。そこが翠である。

 イベント用のポスターも、翠が徹夜で描いていたりする。

 

 告知が行われたあと、世間は大騒ぎであった。

 翠が主導のイベントであるため、十月三十一日に休暇を入れようとする人が続出したのは言うまでもないことである。

 

 

 

 時間が欲しい時ほどに進むのは早く。

 気づけばハロウィンイベント前日となっていた。

 短い期間の中であったが翠が率いていたため。ふんだんに盛り上がる要素があり、比例するように準備の量も増えていたがーーそれら全ての準備が整っていた。

 準備を終えたとき。アイドルたちはとても満足そうな表情をしていたが、翠が手を叩いて音を出し。皆の視線を集めた。

 

『なに満足気になってる。本番は明日だ! 自身の持てる全てを出してかファンを楽しませ! ――そして自分も楽しめ!』

 

『――はい!』

 

 翠の言葉に少し浮かれていたアイドルたちの足は地につき。

 明日本番のイベントへと気持ちを高めていった。



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…… or Treat


なにがどーしてこうなった(今更感)



「そんじゃ皆、お疲れ様ー!」

『お疲れ様でした!!!』

 

 元気な声の後にそこかしこでグラスとグラスがぶつかる音が聞こえてくる。

 

 

 

 イベントは大いに盛り上がり。問題が起きることなく興奮冷めやらぬまま終わった。

 今はイベントに参加したアイドルたちで打ち上げを行なっている。

 保護者がまだ必要な年齢のアイドルたちは翠が親に電話をかけ、安全面などを説明して許可をもらっている。

 

 打ち上げを行なっているのは部屋を半分にしてもアイドル全員が収まってもなお、有り余るほどに広い部屋を翠が借り、半分は寝床に。もう半分には料理やお菓子などを並べて立食式の会場とした。

 翠と武内Pはさすがに一緒に寝るわけには行かないため、二人で一部屋とってある。

 

「まさかこんな短期間であそこまでのものをやるとはな」

「ふふん。見直した? 見直した?」

「……それがなければな」

 

 わいわい騒いでは飲んで食べているハロウィンコスのままのアイドルたちを見ながら。

 壁にもたれかかるようにして立っている翠と奈緒はジュースを飲みながら顔を合わせることはなく言葉を交わす。

 

「今年も残り少ないが、まだ大きなイベントがある。……企画するか?」

「クリスマスに大晦日。年明けには元旦ねぇ……。しかも二月にはバレンタイン。奈緒さんは俺に死ねと申しているのかな? かな?」

「ふっ。……………………冗談だ」

「冗談じゃなかったんね」

 

 『はぁ』と、ひとつため息をついた翠はまだ半分ほど残っていたジュースを飲み干し、壁から背を離し。

 

「気が向いたら……またやってもいいかもね」

 

 二歩、三歩と。

 歩を進めた翠はくるりと奈緒に振り返り、子供のように無邪気な笑みを浮かべながらそう答える。

 それに対し、奈緒が何か言う前に。アイドルたちが隅っこにいる翠に気づいて呼んだため、そちらへと向かってしまった。

 そして残された奈緒は。

 

「気が向いたら、またやってもいい……ね」

 

 翠のセリフを小さく呟き、先のことでも考えているのか笑みを浮かべる。

 

☆☆☆

 

「翠さんどうですか! 僕の可愛さはやはり外国の人にも伝わるみたいで視線をバンバン集めましたよ!」

「…………くふっ。おま、それまだつけてたん?」

「ええ! 翠さんが僕のために考えてくれた衣装デザインの一つですし! なによりこの英語が可愛い僕にピッタリの意味とも言ってましたし!」

 

 呼ばれた先には輿水、新田、橘、鷺沢、川島の五人がいた。

 いつものようにドヤ顔で話す輿水は、英語で造られた取り外し可能な服の装飾品『CHEERFUL PERSON』の文字を翠に見せつけるようにする。

 その様子を他の四人は残念な人を見るような目で見ていた。

 

「あの、幸子ちゃん。その英語の意味はね、可愛いじゃなくて……」

「大丈夫です、美波さん。それ以上の褒め言葉なんですよね? それは翠さんの口から教えてくれると言ってました! それではどうぞ!」

「それ、『陽気者』って意味」

「…………え?」

 

 あまりにさらりと答える翠。

 そして想定していた言葉と違った輿水は聞き間違いかと固まる。

 

「だから、陽気者って意味」

「な、なななななな!」

「は、はい! 菜々を呼びましたでしょうか?」

「ウサミンはあっちで子供の相手をしててねー」

「ふぇ? わ、分かりました」

 

 呼ばれたと勘違いしてやってきたウサミンは雑に翠が追い払い。面白くなった輿水へと視線を戻す。

 

「外国の人たちに見られてたのは笑われていたからですか!?」

「別に笑われてたわけではないって」

「陽気者の意味はほがらかな人。気持ちや性格が明るくて楽しそうな人のことを指すんです」

「だから幸子ちゃんにピッタリで。外国の人たちは見ていたんだと思います」

「そ、そうなんですか?」

「それよりもまず、英語を知らなすぎるな。可愛い僕は何でもできた方がいいだろう? 今度、勉強会を開いてやろうか」

「うぇっ!? ……か、可愛い僕でも……え、遠慮しておきたいですね……」

 

 話の流れがよろしくなくなってきたことを察したのか。

 一歩。また一歩と翠から距離を取り始める。

 ――しかし。

 

「幸子ちゃん、お勉強しましょう?」

「知識はいくらあっても損はないですから」

「さすがにここまで酷いのはちょっと……」

「勉強した方がいいと思います」

 

 周りからそう言われてしまえば逃げることなどできるはずもなく。

 特に年下である橘に言われたのが効いたようで。

 輿水は首を縦に振る選択しか残っていなかった。

 

「それじゃ、みんなも一緒に参加しようね」

「「「「…………っえ」」」」

「そりゃあ、人に言っといて自分は……なんて思ってたかな? かな?」

 

 翠のセリフに皆が固まる中。

 また楽しみが増えたと呟いた翠は他のアイドルたちへと絡みにフラフラっと行ってしまった。

 

☆☆☆

 

「ほむほむ。蘭子と小梅は似合うの」

「嬉しい……」

「う、嬉しいです!」

「えー! フレデリカのも可愛いよねー?」

「あたしのもなかなか良いと思うんだけどなー」

「私にも何か一言くらいはあっていいんじゃないかしら?」

「私も……はむ。……何か……はむ。あっても……はむ」

 

 あえて無視していた翠であったが。

 逆にひどく絡まれる結果となったために少し後悔していた。

 

「はいはい。可愛い可愛い」

「そんな幸子ちゃんみたいな扱いしないでよー」

「そんなってなんですか! 可愛い僕でも許せる限度がありますよ!」

「はいはい、お前さんは四人から少しでも教わっていようねー」

 

 これ幸いにと四人の拘束から抜け出してきたであろう輿水は翠によってすぐさま戻されて行った。

 そして今の行動と先ほど宮本たちに言ったセリフを照らし合わせるようにして考え……。

 

「お前らの扱い、今度から幸子と同じにするか」

 

 ブーイングが起こるも、翠が意思を曲げることはなく。

 粘るかと思いきや。今までよりも輿水の扱いをされる方が絡まれていると気づいた面々はニヤニヤとしながら大人しくなった。

 

「なんだー。翠さんも素直じゃないねー」

「あたしとしたことが慌てていたよー。翠さんから照れの匂いを感じるのにー」

「ってことは、フレデリカたちを意識してるってことだね!」

「翠さんも食べる?」

「……食べる」

 

 塩見から料理の盛られた皿を受け取り、本心を見透かされた恥ずかしさから顔を赤くさせながらモソモソと食べ始める。

 

「照れてる翠さん……可愛いね」

「め、珍しい光景……魂を写し取るものにて現世にとどめ続けねば!」

 

 事の成り行きを見ていた二人も加わり。神崎にいたっては携帯のカメラを起動させて写真を撮り始める。

 

「翠さんのことをよく見ている蘭子ちゃんの口調が変わるほどに珍しいんだね」

「然り!」

 

 面白そうなことに関しての嗅覚はすさまじい346のアイドルたち。

 翠が面白いことになっていると気づいたものや雰囲気を感じ取ったものたちが集まってくる。

 人が集まったことに気づいたアイドルたちも気づき、ほぼ全員のアイドルが翠の周りに集まった。

 

「なるほど。これがカリスマというやつか」

「さすがは翠さんですねー」

「……違うと思います」

 

 弱々しい翠に対し、普段の鬱憤が溜まっているらしい千川と奈緒はここぞとばかりにからかいはじめ、武内Pが困った雰囲気を出しながら首に手を当てる。

 

 しばらくそのままの状態でいた翠だったが、市原に『何があったか知らねーですが、翠も元気出すでごぜーます』と肩に手を置かれながら言われたとき。

 

 アイドルたちプラス奈緒たち三人は――何かが切れるような音を聞いた。

 

 

 

「ふふっ、ふふふふふふ……」

 

 

 

 突如、怪しく笑いはじめた翠に皆が距離を置く。

 主に自分たちにとってよろしくない流れを感じたものたちは今しか逃げるチャンスがないとばかりに体を伸ばしたり肩に手を当てながら『疲れたなー』『早く寝よっかー』などと白々しい言葉を交わしながら寝床へと向かっていく。

 

「今から寝た人たち、俺が握る恥ずかしい話をテレビの生放送で話す」

 

 未だ顔を上げない翠の言葉はよく通り。

 寝床へ向かっていたアイドルたちはピタッとその動きを止める。

 

「知ってる? 夜ってね…………長いんだよ?」

 

 今より恐怖の夜が始まる。

 

☆☆☆

 

 なんてことはなく。

 翠がアイドル一人一人、その人がピンポイントで恥ずかしいと思うことをやらせ、それを動画に撮っただけである。

 

「お嫁に行けなくなっちゃったし……これはアイドル全員、翠さんに養ってもらうしかないねー」

「別にいいが……俺の下につくって考えるとどうだ?」

「うわぁ……途端に嫌な予感しかしなくなったよ」

 

 満足となった翠から解放されたアイドルたちはまた、各々好きに過ごしている。

 酔い潰れたり、今日までの疲れからすでに寝ているアイドルもいるが、その寝顔はどこか嬉しそうであった。

 

「それより杏がいま食べてるお菓子、俺の方にも分けて」

「いいよー」

 

 翠はいま、杏と一緒にイスをそれぞれ持ってきて腰掛け、お菓子を食べている。

 

「あ、また一人ダウンした」

「やっぱりパッション系から落ちてくなー。夜寝て充電しないとあのテンションは難しす」

「逆に深夜テンションで元気な人もいそうだけど」

「きらりがそうかな」

「あー。でも、きらりは大人しい方でしょ」

 

 どこぞの老夫婦のように。

 ボヘーっと楽しそうに過ごすアイドルたちを眺めながら言葉のキャッチボールをしている。

 

「……周子もよく食べるなぁ」

「それを言ったらかな子とかお菓子食べてるし、楓さんと瑞樹さんなんて何本空けてるの……?」

「あれは……いいんだよ」

 

 そっちを見ないように見上げ、なんの感情も映さない瞳で天井を眺める。

 

「まあ、目を背けたくなるのもわかる気がするよ……」

 

 チラッとそちらに目を向けた双葉はそっと手に持っていたお菓子を翠に差し出す。

 

「……ありがと」

「いいよ。用意したのは翠さんだし」

「用意したのは俺だが、作ったのは弟だしなぁ……。変な感じがする」

「へー、翠さん弟いたんだ」

「そういや言っとらんかったっけ?」

「初耳だよ。翠さん、自分のことについて何も話さないから」

 

 また一つ、お菓子の乗っていた皿を空にした二人は喉を潤すためにジュースを飲む。

 タイミングやら何やら、ほぼ一緒の行動をする二人ははたから見れば姉妹のようにも見える。

 見た目がこれといって似ているわけでもないが、雰囲気がそうさせる。

 

「弟はなー、昔からこんな俺のことを慕ってくれていてなー。俺が甘いもん食べ続けたいって言ったから菓子職人になったほど」

「それじゃ、作られるお菓子のほとんどが翠さんの好みになってるのかな?」

「店に並べてるのもそうらしいよ? あいつが言うには『信じてるから』だとさ」

「いい弟さんだね」

「結構有名な店らしいよ」

「ふーん」

 

 二人は美味しければそれでいいため、有名であろうとなかろうと別にどうでもよかった。

 

「それよりも翠さん」

「ん?」

「さっきから杏の手が届かない位置に置いてあるそのお菓子、独り占めはズルくない?」

「いやー、このお菓子は杏にゃまだ早い」

「さっき、杏は翠さんにあげたのになー」

「俺が準備したものとか言ってなかったかにゃ?」

「うぐっ」

 

 つい先ほどのことを言われてしまえば双葉も言ってないと誤魔化すことはできない。

 悔しがっている間にも翠は美味しそうにそのお菓子を食べていく。

 

「……仕方ない。少しだけ分けてやる」

 

 じーっと呪い殺すかのような目で見続けられた翠も居心地が悪くなったのか。

 お菓子の恨みが怖いことは理解しているため、片手で取れるほどの量を双葉へと寄越す。

 

「――っ! これは!?」

 

 ぱぁぁぁっ! と音の表現がつきそうなほどに嬉しそうな笑顔を浮かべながら受け取った双葉はさっそくと一つ口に放り込む。

 そして口に広がる甘さに目を見開く。

 

「……やはり、貴様もハマったか」

「こんな美味しいものを翠さんは独り占めなんて……半分は杏に渡すべき」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……さらば!」

 

 双葉が翠にもっとよこせと手を出した状態でしばらく二人は見つめ合っていたが。

 お菓子を抱えて翠が逃げたことにより追いかけっこが始ま――。

 

 

 

 

 

「おイタが過ぎますよ?」

 

 

 

 

 

 らずに終わった。

 事の成り行きを見ていた千川により、翠は首根っこ掴まれ。至近距離から笑顔で怒りのオーラを出している千川と顔を合わせることになっている。

 その隙にと抜き足差し足で逃げようとした双葉だが、何かにぶつかり顔を上げると。

 

「杏ちゃんもぉ、ふざけ過ぎはメッ! だよぉ?」

 

 きらりがおり、離れるため足を踏み出す前には脇に手を入れられて持ち上げられていた。

 

「は、はなせぇ!」

「ほぉら、暴れちゃダメだにぃ!」

 

 逃げ出そうともがくが意味はなく。

 すぐに諦めたのか大人しくなる。

 

 

 

 その後は二人仲良く千川からの説教があり。

 周りのアイドルたちはお酒やお菓子をつまみながらそれを見たり動画に撮ったりしていた。

 これを最後に起きているものたちで片付けをし、みなで寝床についた。

 

 

 

 そうして今年のハロウィンは幕を閉じた。



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大晦日→元日


みなさま、良いお年を。



「さてさて、みなさまみなさま」

 

 パンパンと手を叩く翠の前には大勢のアイドルか横たわっていた。

 

「……翠さん、どうしてそんなに元気があるにゃ……」

「たかだかクリスマスイベをやっただけではないか。この間のハロウィンと一緒ぞ」

「……短い期間で密度の濃いことやってると疲れるよ」

 

 なぜ、横たわっているのかといえば先ほど前川が言ったように、クリスマスイベを終えたからである。

 

 面白おかしくしすぎたせいか、ハロウィンと同様……いや、それ以上に濃いイベントとなっていた。

 

 そのためアイドルたちだけでなく、プロデューサーや関係者たちも多少の差異はあれど疲労の色が見えた。

 

「残念ながら、君たちに告げなければならないことがあります」

『…………聞きたくない』

「んな口を揃えて言わんでも……」

 

 顔だけを翠に向け、ほぼ全員のアイドルが口を揃えて答える。

 口調は少し悲しげであるのだが、翠の表情はものすごい笑顔を浮かべている。

 

「だが、伝えねばならぬのです。それが仕事なのですから……!」

 

 意味もなくガッツポーズを決めながらそう声を大にし、ふははと笑い始める。

 

「言っとくが、ハロウィンとクリスマスなんて目じゃないほど忙しいよ。今年お世話になった346の大掃除と、年末の十二月三十一日に来れるアイドルだけでいいけど年越しライブやるから」

 

 何をやるか聞かされたアイドルたちは誰も返事をしなかったが。

 

「…………はぁ」

「…………仕方ないわね」

「…………よっこいしょ」

 

 声を出しながら各々立ち上がる。

 

「そういうことなら、やらないわけにはいかないじゃないですか」

「そうそう」

「翠さんが珍しくまともなことを言いましたね〜。来年は何が起こるのやら不安でいっぱいです」

 

 近くにいる人たちでわいわいと話しながら、さりげなく翠をディスっていく。

 自覚はあるのか、ときどき抉られるようなことを言われて『うっ……』と梅いたりしているが、そのようなことがあるたび、徐々に翠の口角が上がっていく。

 

「それほど口が開けるんなら、みんなまだまだ余裕だね。年越しライブの時間を伸ばそうか」

 

 そういうや、何かを言おうとしていたアイドルたちを横目に携帯を開き、どこかへ電話をかけ始める。

 

 どれだけ阻止したい気持ちがあろうと、仕事の電話を邪魔することだけはいけないということが分かっているため。

 翠が電話をしている姿を指咥えて見ていることしかできないでいた。

 

「みんな、よかったね。許可がでたよ」

 

 物凄くいい笑顔であるはずなのに、どこか威圧を感じる表情に。

 アイドルたちは先ほどの行動を後悔していた。

 

「ちなみに、チミっ子たちは年齢と法律って枠にはまってしまったため……残念なことに残念だ」

 

 両手両膝をついて項垂れながらそう言う姿を見て、チミっ子たちは内心で喜び。それに気づいた参加させられるであろうアイドルたちは羨ましそうな目を向ける。

 しかし、続けられた言葉にチミっ子たちは肩を落とし、大人(笑)であるアイドルたちは犠牲者が増えることに笑みを漏らす。

 

「さっきの電話で年越しライブは三十一日の昼間から始めるように頼んだから。……時間まで、みんなで参加できるな!」

「い、今からそんな変更、よくできたね……」

「俺だもの」

『…………ああ』

 

 たった一言であるが、妙な説得力に思考を捨ててみなは納得する。

 

「まー、なんにしても……イベント前日までは大掃除とレッスンやなぁ」

 

 しみじみと呟いたセリフを聞き。これからのことを考えたのか、どこか悟ったような目をしたアイドルたちがそこにいた。

 

☆☆☆

 

 大晦日まで。

 

「翠ぃぃぃい! 言った張本人が何サボってゲームしてやがるぅぅう!?」

「杏ちゃんも一緒にゲームしちゃメッ! だよぉ!?」

 

 掃除をサボってゲームをしては見つかり。

 

「おぉい!? なんで毛布被って気持ちよさそうに寝てるんだよぉ!?」

「杏ちゃんもなんで一緒に寝てるのぉ!?」

 

 サボって寝てるのを見つかり。

 

「ど、どうしてお茶してるんですか!? 私も混ぜてください!」

「かな子ちゃん!? 掃除に連れ戻すんだよぉ!? 杏ちゃんもお菓子食べてないで掃除しようよぉ!?」

 

 お菓子食べてお茶飲んでるのを見つかり。

 

 サボる度に毎回違うアイドルに見つかっては掃除に戻されていく。

 毎度付き合わされている(付き合っている)双葉も諸星に見つかっては回収されていく。

 

 ……実際は業者の方が掃除してくれるのだが、翠が感謝の意を込めて多少は自分でするようにと言ったのである。

 

 まあ、その本人がサボってるわけであるが。

 

 レッスンも指導をするだけで自身はクッションに埋もれていたりする。

 

 

 

 

 

「さてさて、みんなが力を合わせたおかげで346も綺麗になり、清い心で大晦日のイベントに……」

「サボってたやつが何言うか!」

「詫びろ詫びろ!」

「お菓子が欲しいです!」

 

 イベント前日。

 一つのまとめとして皆の前に立った翠が言葉を発するが、全員からいろいろと言葉が投げかけられる。

 主に、掃除をサボっていたことであるが。

 

「わかったわかった。皆の要望は大晦日から年明けのイベントが終わった後に聞いてやるから」

 

 言質は取ったと、歓声が上がる。

 その歓声が収まるのを待ち、再び口を開く。

 

「みんなの気合も十分のようだし、明日は大いに騒いで盛り上がって盛り上げて! いい年にしようぜ!」

『おおっ!』

 

 翠が拳を天に突き上げるのに続き、みなも声を大にしながら拳を天に突き上げる。

 

☆☆☆

 

「残す時間も後わずか。みなさん、今年はどんな年だった?」

 

 ステージの中央で。

 翠は一人で立ち、観客に。そしてテレビの向こうで見ている人に語りかける。

 

「来年も悪い日、良い日とあるだろうが……俺は俺のまま、いってやろうじゃないの! ってことで残り十!」

「ちょい! 翠さんトーク下手ですか! わざとですか!」

 

 ステージわきや他にも色々な場所から慌ててアイドルたちが出てくる。

 

「五!」

 

 

 

 

 

「四!」

 

 

 

 

 

『三!』

 

 

 

 

 

『二!』

 

 

 

 

 

『一!』

 

 

 

 

 

『Happy New Year!』

 

 

 

 

 皆の声が合わさり、新年を迎える。

 

「それじゃみんなで新年の一曲目を歌おうか!」

 

 有名で、ほとんどの人が歌詞を覚えている曲が流れ始める。

 そしてアイドル全員、観客全員、ファン全員がそれぞれの思いを胸に、歌を口にする。

 

 疲れているにもかかわらず。

 このステージに立てなかったチミっ子たちもテレビを羨ましそうにして見ていた。

 数年後には自分も一緒に立っていることを想像しながら。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 一月一日。昼。

 イベントに参加したアイドル全員全員が346に集まっていた。

 当然、チミっ子たちもである。

 

 イベントに最後まで参加していたアイドルたちはそのまま打ち上げなどをして……寝ずにここに立っていた。

 チミっ子たちも寝不足からか、時折目をこすっていた。

 

「みんな、悪いね」

 

 そこへ呼び出した本人が現れる。

 

「あけましておめでとう。去年、みんなにとても助けられて嬉しかった。また今年も迷惑かけたり、いろいろと遊んだりするけど……今年もよろしく」

 

 どこか照れたようにそう言う翠の姿を見て。

 アイドルたちは呆けたような表情でポカンとしていた。

 

「え……なにさ、その反応……」

 

 なんの反応もなく、翠は居心地悪そうに視線をせわしなく動かす。

 

 アイドルたちはクスリと笑みをこぼし。

 顔を見合わせてタイミングを計り、元気な声で。

 

 

 

 

 

『こちらこそ、よろしく!』




明けましておめでとうございます。
なんだかんだでここまで続くとは自分で思ってなかったり思ってたり。
話の途中でありました『一曲目』ですが、みなさんがデレマスのなかで好きな曲で。別にそうでなくても構いませんが。

今年もぐだぐだと間が空いたり空かなかったりの投稿かと思いますが、長くよろしくお願いします。
最近は新しく二次創作を書きたい欲求に駆られてますが。


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お気に入り千五百件・通算UA二十万突破記念話

そういえば、タグと最近の本編で翠さんの前世について大体察しつく人はつくんじゃないでしょうか


 この世界に転生したのは嬉しいといえば嬉しいんだが……。

 自分としてはただ転生するだけでよかったのに、余計なものまでどうやら付け加えられていたようで。

 

 アイドルになる流れまではまあ、分かる。

 二次創作ではよくあることだ。

 そんでもってトップアイドルになるのも、まあ分かる。

 これもよく書かれている。テンプレと言っていいほど、よくあるものだからだ。

 

 それで、だ。

 確かに、最近の二次創作では逆転ものが流行っている。ランキングにもいくつかの作品で乗っている。

 俺もこんな世界に行けたらいいな、と想像を膨らませたりした。

 

 ただ、あくまでそれは妄想であるからいいものであって。

 実際に身を以て体験すると、やはり無い物ねだりが世の中ちょうどいいわけで。

 

 

 

 アイドルマスターシンデレラガールズという名のアニメに転生して早二十四年。

 トップアイドルやってますが、未だに貞操観念が逆転したこの世界。嬉しいのですが馴染めそうにありません。

 加えて、男性の数も少ないとか聞いてないです。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 九石翠として生まれ。小学生までは、アルビノという体質から大切にされているのかと思っていた。

 送り迎えには必ず母親がいたし、外に行きたくてもこの体質で止めていたと考えていた。

 

 ただ、少し違和感のようなものは小学校を卒業する前あたりに抱いていた。

 

 そして、その違和感が半ば確信に変わったのは中学に上がってからである。

 男子中高生は女子の話題で盛り上がったり、性的欲求に目覚める頃。

 興味はそういったもの(・・・・・・・)になるはずなのだが……逆だったのである。

 

 加え、男子の数がさらに減った。

 小学校に通っていた何人かの男の子たちは家に引きこもったようで。

 いままで男女比率が一対五ぐらいであったのだが、一対十ぐらいにまでなっていた。

 そして卒業する頃には男子の数も半分ほどまで減り。女子も何人か退学になっていたり。

 

 後々に調べてわかったことだが、どうやら犯罪に巻き込まれるのを減らすため。大体は小学校を卒業したら自宅に引きこもって学習、または何かを始めるらしい。

 ゆえに、中学に進学するのはそれほど多くなく。

 高校、大学に行くとなればもっと減るらしい。

 

 であるが、前の記憶を引き継いだままである俺はむしろ喜んでとばかりにワガママを言って高校まで進学した。

 小さい頃は大人しく、ワガママも言ってこなかったため。あまり行って欲しくはなさそうであったが、滅多に言わないワガママからしぶしぶ通わせてもらえることとなった。

 

 背が伸びることを期待して少し大きめの制服を買ったのに……やはり、小学生の時に身長は止まったままで伸びることはなかった。

 

 時には女子から危ない目で見られつつも楽しく過ごしていき。千川ちひろ、日草奈緒などとよく遊ぶ親しい友達もできた。

 

 三年生になり、これからの進路をどうしようか悩んでいた。

 奈緒とちひろは同じ大学へ行くと決めているらしいが、果たして俺の親が首を縦に振るかと言われれば微妙なところだ。

 まだ話していないが、なんとなく分かる。

 それで何もしないのもアレだと思い。大学受験が余裕である二人を誘い、今の時期からバンドみたいなものを始めた。

 

 作詞作曲、ギター兼ヴォーカルは俺。ベースを奈緒。ピアノをちひろが担当。

 俺の負担多くね? と申し立てたところ、二人にものすごくいい笑顔を向けられたため納得するしかありませんでした。

 元はと言えば唐突にこのようなことを言い始めたのは俺であるし、これまでも散々引っ張りまわしたのだって俺である。

 二人は大体、俺に引っ張り回された挙句、尻拭いをしている。

 今となっては大抵の物事を二人で片付けられる。

 

 それはさておき。

 初めてとか言っていたくせに二人ともすでに一般を超えるようなレベルで演奏ができるようになったため。

 待ってる間、書き溜めていた曲を二人にも見せ。

 体型からもバレないために全身を覆うほどのフードを被り、動画を撮って投稿することとなった。当然、顔バレしないように口元すら見せないようにする徹底ぶり。

 歌うため、俺だけ多少見えるのには納得がいかなかった。

 

 有名どころな曲がこの世界には無いため、それをそのままパクったりしたが……特に問題はないだろう。

 

 一日に大体五曲ほどのペースで載せているのに話題にならないはずもなく。

 俺が歌っているため、声からして男だというのも拍車がかっていた。

 高い声が出ないこともないが、曲に合わないのもあるためそこは仕方がない。

 

 しばらくすると再生数がとんでもないことになったり、テレビに取り上げられたり。

 投稿サイトのアカウントからかテレビ出演の依頼とか来たが、全部面倒なので断っていた。

 

 大変なことになったな、と。軽い調子で言ったら二人から頭を叩かれたり、頬を引っ張られたりなど揉みくちゃにされたり。

 

 ちなみにだが、きちんと誰にも話さないという約束で俺たちは親に正体を話してある。

 そしたら三家族揃っての食事会などがあって二人のストレスがマッハだったりしたのもいい思い出だ。

 

 確認のため、もう一度言うが。

 この世界は男性の数が少ない。

 であるため、必然的に一夫多妻になるのはまあ納得しよう。

 

 ただ……。

 

 先の食事会で初めてあったにも関わらず親同士意気投合して婚約とか流れ早すぎませんかね。

 

 俺といる時、そんなそぶりちっとも見せなかったのにまんざらでない様子に内心驚きであった。

 

 別に俺も二人のことが嫌いなわけではないが、半ばノリのようにして決まるのも嫌だったため、何とか説得して無しにしてもらった。

 

 …………この日から少し積極的になって来たとか気のせいであろう。

 

 

 

 

 

 そして、ずっと決まっていなかった進路であるが……なぜかトントン拍子でアイドル始めることに。

 奈緒とちひろは大学へと進学したが、俺が所属することとなった346でアルバイトを始めた。

 

 初めは事務を任されていた二人であったが、俺が相当手に負えなかったのか。

 気づけば俺の担当が二人に変わっていた。

 無駄に長い間つるんできたため、俺の扱いは手馴れたもので。

 さらには今まで俺に引っ張り回されていた経験がここにきて活かされている。

 

 男なのに女を前にして物怖じしないのがよかったのか。ねずみ算みたいな感じでファンも増えていき。

 たまに攫われかけたりなどしたけど、なんとか無事でいる。

 

 そして自分の後輩だけでなく、なぜか先輩のレッスン指導をしたり。プロダクション内のアイドルたちは火花バチバチであった。

 この世界の男のようにまで避けたりはしないが……さすがに少し引く。

 こういう時はまだ純粋な小学生の子たちが心のオアシスであった。

 

 ただ、初めはやりたい事をやって楽しかったのだが……だんだんとしがらみのようなものが増え。今では面倒になってきている。

 

 その事を伝えると、お偉いさんたち(女性)が足元にしがみついてきた。

 いきなりの事で驚き、何人かの顔を蹴飛ばしてしまったのだが……恍惚とした表情を浮かべるのは勘弁して欲しかった。

 

 そんなこんなありながら、最終的には俺の好きにしていいこととなり。

 極レアとまで言われるほど珍しい働く男性のプロデューサーがおり、その人が考えたシンデレラプロジェクトなるものの手伝いをしたりなど、再び気楽なアイドル生活を送っている。

 夏のイベントが終わった後はプロジェクトクローネなるものがあったりと、飽きがこない日々を過ごしていた。

 

 そしてアイドル始めて片手で足りる年数でトップになり、現在二十四歳。

 とある爆弾が投下され。

 

 

 

 現在俺は…………貸し切った広大な遊園地を駆け回っています。

 

 

 

 なぜこうなったかといえば。バラエティーで誰かがポツリと漏らした、俺が結婚どうのこうのから始まった。

 本来であれば男性は精液を提供し、望んだ女性たちは体外受精で子を成す。

 ただ。本来であれば秘匿されるべき個人情報であるため。仮に俺が提供した場合、何が起こるか分からないと免除されていたのだ。

 下手したら、たかが精液に争いが起こってもおかしくないとまで言われる始末。

 

 であるため、俺の子孫を残すためには結婚して育むしかないわけなのだが。

 俺のあずかり知らぬところで話がトントンと進んでいたらしく。

 

 

 

 346に所属するアイドルたちと鬼ごっこをする羽目に。

 ルールは簡単。

 余程の事(暴力など)をしなければなんでもあり。

 逃げるのは俺一人。追いかけるのはアイドル全員。

 俺の腰には尻尾と呼ばれるものが付けられ。それを取った人は俺と結婚(俺の意志がない強制)といったものである。

 

 制限時間は午前十時(その十分前からおれは逃げ始める)から午後六時までの八時間。

 昼食や水分補給、トイレなどをしている間も狙われるという鬼畜仕様。

 

 ふざけるなと声にして言いたかったが、奈緒とちひろには逆らえませんでした。

 

 これが大々的に発表された時、一般人によるブーイングの嵐らしかったが、俺の『知らない人と結婚するとか、ない』の一言にひとまず鎮火した。

 

 とまあ、現実逃避の思考はここまでにし。

 頭を働かせて逃げるルートを考えなければすぐに捕まってしまう。

 お遊びならばこの圧倒的人数相手にもまだ多少は楽であるのだが、全員がガチなのである。

 オアシスであったはずの小学生の子たちもよく分かってないはずなのだが……遊びには本気なのであろう。今回は敵である。

 

 貸し切っているため、俺を探し回るアイドルたちには人がおらず。当然、アトラクションも動いていない。

 もし動いているのなら、観覧車にでも閉じこもっていたかったが、アレって鍵が外についてるんだよなぁ……。

 

 なぜか所々に落ちていた、人一人を縛れるくらいのロープを見ながら……ため息をつき、とある考えを実行するため。重い腰をあげる。

 

 

☆☆☆

 

 

 …………まじで、何人いるんだよ346に所属するアイドルたちは。

 この落ちてるロープも人数分ピッタリだったら隅々探さないといけないし。

 いや、半分でも減らせばその分逃げるのは楽なのか。

 

 目の前で縛られて横たわっているアイドルたちを見ながら、ため息をつく。

 

 捕まえたアイドルたちはこういっちゃなんだが……ボイスが実装されていない子がほとんどだし。

 有名どころや人気どころが全然いねぇ……。

 しかも、そいつらはたぶん結託してるわ。

 俺と結婚できるの、一人じゃないし。何人でもありなこの世界、本当に恨む。

 べつに嫌じゃないんだが、納得いかん。

 

 …………とくに気をつけるのはまゆ、しきにゃん、蘭子、芳乃……やべぇ、芳乃おるやん。難易度なんなんだよ……。

 

 そんな心配をしながら逃げ回っていたのだが……何故かアイドルたちの姿を見かけなくなった。

 敷地内にある時計で時間を確認すると、残り十分しかなかった。

 

 なら、このまま逃げ続ければ楽じゃね? といった考えがよぎったが、第六感のようなものが警鐘を鳴らす。

 

 声を出せば居場所がバレるため、静かに探し回るのは納得できる。

 ただ、先ほどから俺は走り回っていたのに誰一人として残っているアイドルを見つけられないのはおかしい。

 まるで俺の居場所が分かっているかのような……。

 

 そこまで考えた時、俺はとある方向に向かって走り出す。

 

 この考えが間違いでなければ、このままここにいたら残っているアイドル全員に捕まる。

 今現在、俺がいる場所は遊園地のすみである。

 俺の位置を把握しつつ、残っているアイドルで囲み、隙間を無くしてしまえば逃げられなくなる。

 

 まだ姿を見せないということは、方位が万全でないと仮定して。

 この賭けに打ち勝つかどうかで変わる……!

 

 残ったアイドルたちも俺が策を見破ったことに勘付いたのか。進行方向の先に隠れていた楓と美波、アーニャが飛び出して進路を塞ぐ。

 

 彼女たちの表情は驚いていながらも勝ったという喜びが見て取れたが、まだ甘い。

 そばにあったゴミ箱を踏み台にして彼女たちの頭上を飛び越え、着地は転がって勢いを殺さぬまま立ち上がって再び走る。

 

 三人……いや、後ろからも追いかけてきていたアイドルたちも俺の行動にポカンと口を開けて呆けていた。少ししたらすぐに追いかけてくる足音が聞こえてきたが……十分に距離は稼げた。

 ただ、そうは簡単に行かないようで。

 陣は二重にしていたのか、またも影から姿をあらわすアイドルたち。

 しかも、小学生だけとは……。

 

 まあ、慈悲を与えるつもりなど微塵もないがな。

 先ほどと同じように通り抜けるのは芸がないため。

 フェイントをかけて揺さぶり、できた穴を抜けていった。

 触れても尻尾さえ取られなければいいわけで。一人一人頭を撫でてから俺は走り去って行く。

 

 陣を抜けたのか、その後は誰一人として前に立ちはだかる者はおらず。

 遊園地の出入り口へとたどり着いた時には終了まで残り一分もなかった。

 へへん、奈緒とちひろよ。俺は簡単に捕まる玉じゃないんだぜ。

 キメ顔をつくりながら立っていた二人に向けてそう言い放つが……。

 

 微妙そうな顔をしながら後ろを指差す二人。

 はて……なんのことかと振り返り見れば。

 

 『わたしの探し物はー、ここにありましてー』と言いながら尻尾を握る芳乃の姿が。

 

 ルールはルールであるため。

 俺は芳乃と結婚することに(女性の結婚可能な年齢は十二歳から)。

 たくさんのアイドルからの嫉妬に包まれながら結婚式を挙げ、数年後には子も授かり。

 わいわい騒ぎながら過ごしていくのでした。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「…………また、つまらぬ物を書いてしまった」

「これ、もっと内容を煮詰めて書けないか?」

「書籍化する気? マジで? 俺、ヤダよ?」

 

 またも作詞作曲をサボっていたところを見つかった翠。

 部屋に連れ戻されるも、そのまま大人しくいう事を聞くはずもなく。

 話を書き、それを奈緒が読み終えたところである。

 

「まあ、これについては上に話しておこう。取り敢えずはさっさとそれを書き終える事だな」

「…………仕事増えて死ぬわ」

 

 翠のつぶやきは奈緒の耳に届いていたが。いつも通り、スルーされるのであった。




この話、煮詰めて書こうかなぁ…
貞操観念逆転もののデレマス……活動報告でやったほうがいいとか聞いてみよ

それと今現在、書きたいと思ってる二次創作は
先ほどあげた『貞操観念逆転もののデレマス』『AKB49』の二つかなぁ
他には『ONE PIECE』とか


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通算UA二十五万突破記念話

アニメ一期がアレで終了となります。2年弱かかってアニメ一期終了……計算したら月に2、3話(記念話などは除く)


「あー……暇だ。面白いネタも思いつかねぇ……」

 

 とある日。

 346内にあるカフェにて。

 翠は珍しく甘いコーヒーではなく、メロンソーダをストローで飲んでいた。

 

「ってことで、なんか面白いことやれ」

「お願いじゃなく命令なんですね……」

「ふふん! かわいい僕を見ているだけで退屈なんてどこか痛い痛いっ! アイアンクローは受け付けてません!」

「なんだなんだ☆ ボーナスでもくれるのか☆」

 

 バイト中であるのだが、店長の許可は取られてあるため逃げられない安部。そして仕事が終わって戻ってきたところを捕まった輿水と佐藤。

 

 夏の暑さが続く中、約束もあって奈緒にこき使われている翠は仕事でクタクタであった。

 そのため、疲れているから頭が働かない。

 面白いことが思いつかない。

 なら、面白い人に面白いことして貰えばいい。

 ということで、偶然にしても面白いたちがこうして集まっている。

 

「そうだな……しゅがは。俺の退屈を吹き飛ばしてくれるなら払ってやってもいい」

「お☆ マジか☆」

「そ、それって私たちも貰えるんですかっ!?」

「別に金じゃなくてもいい。ようは出来る限りのことでなんでも1つ言うことを聞いてやる」

「それならこのかわいい僕の楽勝ですね」

「俄然やる気出た☆」

「菜々も頑張っちゃいますっ!」

 

 初めは嫌そうな顔をしていた安部だったが、思わぬ報酬にグッとこぶしを握る。

 

「いや、ちょっと待て」

「どうかしたんですか?」

「お金払わないとかなしだゾ☆」

「かわいい僕の魅力に勝負は決まったんですよ!」

 

 いざ、始めさせようとしたところで。

 翠は待ったをかけ、どこかへと電話をかけ始める。

 

「奈緒。俺なんだがさ。……うんうん。……面白いこと思いついて。あ、ちょっと待って」

 

 3人が電話をしている自分に注目しているのに気づき、ジェスチャーで座って待っているように伝えると席から離れ。

 そしてチラチラと3人に目を向けながら奈緒と会話を続ける。

 

「お待たせお待たせ」

 

 それから15分と、短くない電話を終えた翠がようやく戻ってくる。

 1分後には待つのに飽きていた3人。各々好き勝手に注文し、安部がお菓子や飲み物を運んで軽い女子会を開いていた。

 

「先ほどの話だが、全員に金をやろう」

「本当ですかっ!?」

「それマジか☆」

「かわいい僕にはなんだか嫌な予感がするのですが」

 

 さすがと言うべきか、これまでからかわれてきた輿水は翠の笑顔を見て不安を胸に抱く。

 であるのに、同じく今までからかわれてきた安部は金に意識が向いて気がついていない。

 この差は果たしてなんなのだろうか……。

 

「だが、それは今じゃない。また後日に連絡入れるから、その時によろしく」

 

 先ほどまでの怠そうな雰囲気は何処へやら。メロンソーダを飲み干し、伝票を手にろくな説明もなく。会計を済ませてさっさと何処かへ行ってしまった。

 

「ねえ、2人とも。なんだか嫌の予感がするのは気のせいだよな☆」

「かわいい僕も嫌な予感しかしないです」

「菜々もです……。さっき電話してたのも奈緒さんですよね……」

 

 顔を見合わせた3人はため息をつく。

 そんな姿であるが、何処と無く楽しそうに見えるのは……きっと、気のせいではないだろう。

 

☆☆☆

 

「それで、面白いことってなんだ」

「本当はもっと大きなことをやりたかったんだが時間とか準備とか間に合わないからまた今度にして。面白いことは面白いことよ。主に俺にとって」

 

 翠が向かった先は奈緒のデスクであった。

 他にも何人かプロデューサーが作業しているが耳は翠と奈緒に向けている。

 

「また、俺による俺のための企画をやろうかなと」

「自分のためだと言うのに数字が取れるのが腹立つが……まあ、話を聞こう」

「さっきまでカフェで暇してたからウサミン、かわいい僕、しゅがはに面白いことをやってもらおうと思ってたん」

「なら、今からでも仕事いれるか?」

「それは遠慮しとく」

 

 手帳を開いて何処かへ電話かけようとする奈緒をマジトーンで止めた翠。そのまま勝手に引き出しを開け、そこにしまわれてあった棒付き飴を食べ始める。

 

「そんでさ。やってもらおうとした瞬間、思ったわけよ。反応の良いやつ集めて絶叫ツアー」

「ふむ……誰を集めるか決めているのか?」

「取り敢えずさっきの3人は確定として、美嘉、駄猫、の5人で十分かな。これ以上増やしても1人の見せ場減って微妙になると思うし」

「それぞれのプロデューサーとテレビ局に連絡はしてやる。何やるか決めとけよ」

「ふふん。もう半ば決まってるもんね!」

「なら、それをまとめておけ」

「あいあい」

 

 席を翠に譲った奈緒はどこかに電話をかけながら歩いて行ってしまった。

 残された翠は奈緒のパソコンに触れ。考えていた案とやらを書き出していく。

 

 書いている途中で浮かんだ案もどんどんいれていき、ふとした時にいらないなと思った案を消していく。

 それが何回か繰り返され、案がまとまる。

 あとはそれぞれにどれだけ時間がかかるか、必要なもの、順番はどうするかを考える。

 

 奈緒が戻って来る頃にはそれらも仕上がっており、プリントに印刷して手渡す。

 

「んで、どうだった?」

「特に問題はないな。これも後で常務に持っていくとして、プロデューサーにも話は通してある」

「他のアイドルと共演でバラエティーって伝えてある?」

「ああ、大丈夫だ」

「ふふふ、今から楽しみだ」

 

 楽しそうに翠が笑った時。出演が決定してしまった5人がクシャミをしたり辺りを見回したのは偶然であろうか。

 

☆☆☆

 

 数日が経ち。増えた仕事に文句を言いながらもこなしていった翠の待ちに待っていた日がやってくる。

 

「5人ともテンション低いけど大丈夫?」

「みく、Pちゃんにバラエティーの仕事って聞かされた時は疑問しかなかったけど……ものすごく納得したにゃ……」

「あたしもバラエティーの仕事なんてほとんど無いから珍しいなって思ってたけど……こういうことかー……」

「やっぱり、かわいい僕の嫌な予感は当たるんですね……」

「もう、お金が欲しいなんて言いませんから菜々はお家に帰りたいです……」

「はぁとも帰っていいかな☆」

「お前ら、仕事だよ? お金もらえるんだよ? なら、よろこんで体張ろうぜ!」

 

 テンションの低い5人とは対照的に翠のテンションは高く、今にも走り出しそうな雰囲気があった。

 

「それと、すでにカメラ回ってるから」

「んにゃっ!? そういうことは早く言うにゃ!」

 

 それなりに重要なことをさらりと言う翠に5人は文句を言うが、誰も取り繕うとしない。

 

 このようにしていつの間にかカメラを回されているのは何回かあり、カットされることなく放送されたりしているのだが、素のアイドルが見れたうえ、それが好印象に繋がるといったことがあったため。

 初めは文句を言っていた(一部の)アイドルたちであったが、ファンや仕事が増えたために微妙な表情をしていた。

 

「取り敢えず、翠さんが考えた企画だってのはみんな理解した」

「目隠しして車に乗せられた時点で半ば確定でしたけどね……」

「かわいい僕もそこは納得したからいいんですけど……」

「1つ聞きたいにゃ……」

「ここはどこだ☆」

「見て分からんか? バンジーだ」

 

 現在、とある吊り橋の上。

 そこで5人は横一列に一定の間隔をあけて並んでいつでも飛べるような状態でいた。

 頭にはヘルメット。そこから顔が見えるようにカメラがあり、手には押すと『ピンポンッ』といった音とともに解答権が得られるあれが持たれていた。

 

「簡単に説明すると、今から問題を出します。1問につき時間は大体俺の感覚。答えを間違えればバンジーしてもらいます。正解したら他の4人がバンジーします。時間が来たら全員バンジーしてもらいます。場所はここだけじゃなく、いくつか回ってやっていき、一番正答数が少ない人には罰ゲーム待ってるんで、そこんとこよろしく」

「んにゃっ!?」

「マジか☆」

「そんなの聞いていないですよ!?」

「それあたしの代わり他にもいたよね!」

「菜々はお家に帰りたいです……」

 

 今回の企画についてだいぶ端折られながら説明を受けた5人の反応は大体似通っていた。

 しかし、面白いことをするのに何もしないわけもなく。

 

「取り敢えず、みんなは1度体験しとくといいよ」

 

 翠のセリフとともに、1人に1人、バンジーのスタッフが近づく。

 

「慌てると事故るんで、大人しく飛べ!」

 

 意味をすぐに理解できない5人はスタッフに誘導されるまま足を踏み出し、大人しく落ちていく。

 

 女の子らしい悲鳴から始まり、アイドルとしてどうかと思われるような悲鳴まで。

 顔を映すカメラはリアルタイムで近くにあるテレビ画面で見られるようになっており、翠はそれを見ながら悲鳴を聞いて腹を抱えながら笑っている。

 

 改修が終わった5人は初めと同じ位置に立たされる。

 

「それでは第1問」

 

 落ち着く時間も与えず、翠はどんどん進めていく。

 

「元素記号でHは水素。Oは酸素。ではH2Oは何でしょう」

 

 ピンポンッと安部が回答権を得る。

 いじられ続けたためか、復帰が早かったようである。

 

「二酸化炭素ですっ!」

「さよなら」

「ああああぁぁぁぁあ〜っ!!!!」

 

 自信満々に答えたものの、間違えるといった期待を裏切らない展開に翠は大喜びである。

 

「はい、時間切れです」

 

 セリフの一瞬後に4人からピンポンッと音が聞こえてくる。

 

「ちょっ、早すぎないかにゃ!?」

「言い忘れてたけど、時間じゃなくて回答人数で締め切る時もあるから。……ってことでいってらっしゃーい」

 

 文句を垂れる4人だが、翠の宣告とともに落とされる。

 

「正解は水でした。こんな簡単な問題をみんなは間違えるなよっ!」

 

 皆が引き上げられた後、カメラに向かって決めポーズをつけながら答えを言い、次へと移る。

 

「第2問! 時速5キロで進むと1時間かかる道があります。30分で行くには時速何キロで進むといいでしょう!」

 

 ピンポンッと音が響き、前川が回答権を得る。

 

「時速10キロにゃっ!」

「はいはい。正解正解」

「なんか冷たくないかにゃ!?」

 

 そんなやりとりがある間にも答えられなかった4人は絶叫しながらバンジーしていた。

 

 

 

 その後も3問ほど出題され、正解したのは前川が1つ、輿水が2つであった。

 現在5問のうち、前川と輿水で2つずつ。解答なしが1つである。

 撮影を始めてから30分ほどしか経っていないが、現在移動を始めていた。

 5人は当然向かう先を知らないが、先ほどまでのバンシーで疲れ果てていた。

 

「よし、お前ら。服を脱げ」

 

 続いてやってきたのはとあるプールであった。

 あらかじめ、当日には服の下に水着を着てくるよう言われていたため、言われた通り脱いでいくが……カメラが回っているのに躊躇いがないのを見て翠は少し引いていたりする。

 

 そして翠を先頭にプール内を歩いていくが、5人はあるものを目にして思いため息をついていた。

 

「さっきと同じ条件だが、今度はバンシーではなく、ほぼ90度のウォータースライダーだ」

 

 本来ならばすべてを貸し切りにして撮影するわけであるが、夏の楽しみを奪うわけにはいかないと。

 使用するウォータースライダーだけを貸し切りにしているため。周りには人が大勢おり、翠やアイドルの登場に人が集まってくる。

 

「見ててもいいが邪魔にならないよう離れて。この番組の放送日はそのうち発表あるから」

 

 プールに遊び来ていたはずであるが、ほぼ全員が言われた通りに離れたところから翠たちのことを見ていた。

 

「さて、気を取り直して始めるか」

 

 そこでもバンシーの場所で出題されたのと似た傾向であり、中学や高校の入試問題に出るような内容であった。

 ウサミンならぬアホミンがアホな解答をしたり、現学生である前川や輿水が凡ミスしたりなどあるが、順調に皆は正解してポイントを重ねていた。…………1人を除いて。

 

「なあなあ、カリスマギャルさん? あなた、もしかしてお馬鹿様だったりするのでしょうか?」

「みんなが早いだけであたしも答えわかってるよ!」

「また場所移動したら最後の1問だけど……絶対に正解しろよ?」

 

 最後の場所はだだっ広い草原であった。

 近くにヘリが止まっており、彼女たちは罰ゲームとやらの予測を立てる。

 

「さてさて。次で最後の問題ですが、少し説明が」

 

 わざと勿体ぶった話し方をする翠に5人は内心で急かすが、それを表に出したりしない。

 なぜなら、そんな事をすれば自分がどうなるのか、大方予想がついてしまうためである。

 

「前にもこんなことがあった気がするが、主に1名様のおかげでポイントがだいぶ離れています。なので最後は少し変則ルールで」

 

 半ば罰ゲームが決まった姉ヶ崎を除いた4人は今のを聞き、不安でいっぱいになった。

 大事な場面で勿体ぶった話し方をするとき、それはすなわち皆が平等に翠のオモチャになる時だ。

 

「美嘉が正解したら全員のポイントを均します。小数点になろうと5人でポイントは均等に分けられ……全員でスカイダイビング! んでもって、他の4人が正解したら美嘉だけがスカイダイビング。正解した人が優勝で」

「あたしはどっちにしても飛ばなきゃいけないのね……」

「道連れ、いた方が楽しいぞ? 主に俺とか、視聴者とか?」

「その提案に乗るのもアレだけど……1人で飛ぶよりはいいかな?」

「は、はぁとは飛ぶの、遠慮しとく☆」

「菜々も飛ぶのは遠慮したいかなぁ〜と……」

「ミクだって嫌だにゃ!」

「かわいい僕は飛んでいてもかわいいままですが……え、遠慮しておきます」

 

 特別ルールのせいか、最後の罰ゲームのせいか。はたまた両方か。

 皆のやる気は今まで以上に高まっていた。

 

「あ、説明し忘れが」

 

 高ぶって来たところで止められ、文句言いたげに5人は翠を睨むも本人は気にした様子がなく、ニコニコしている。

 

「美嘉が正解した場合、点数が横並びだからみんな罰ゲーム受けるけど、同率1位でもあるわけだから、その後にご褒美あるよ?」

『…………えっ』

「最終問題! 三角形の内角の和は180度ですが、二十三角形の外角の和は何度でしょう!」

 

 ピンポンッという音が響き。

 解答権を得たのは。

 

「360度にゃっ!」

 

 前川みくであった。

 

「正解正解。おめでとー」

「どうしてみくのときだけ反応が冷たいのにゃっ!?」

「いやさ、ここは空気読んでみんなで空を飛ばない? その後にご褒美貰えるんだから……なあ、美嘉?」

「…………」

「おい、まさか今の問題……」

「…………分からなかった」

 

 なんとも言えない雰囲気になってしまったが、罰ゲームとして姉ヶ崎がスカイダイビングをするため。ヘリに乗ったのだが……何故かそこには輿水も乗っていた。

 本人も訳が分からないらしく、『えっ……えっ?』と困惑していた。

 

「最終問題の前に飛んでもかわいいままって言ってたから飛んでもらおっか」

 

 と語るのは翠であった。

 

 面白い絵が撮れたことに翠は満足し、前川には翠の弟である碧の作るスイーツ1年分が送られた。

 そしてそれは当然、他のアイドルに知られるや前川の元に集まり。1年どころか1ヶ月も持つことなく無くなったのである。

 

 ……前川の知らないところでご褒美を吹いて回った翠がいたとかいないとか。



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通算UA三十万人突破記念話

本当は翠さんとしきにゃん、翠さんとフレちゃん、翠さんとウサミンのうちどれかの絡み話を書こうかなと思ってたんですが、アニメ見返してから書こうということで記念話という名の本編を載せます
皆様に報告があります。
ついに、貞操観念逆転もののデレマスに手を出してしまいました。
18時ピッタリに予約投稿で載せます
誤字報告ありがとうございます!


 これはシンデレラを目指す少女たちの物語が始まる前の話。

 

 少女たちを導く光になる王子(笑)の高校生活の一部をご覧いただこう。

 

 

 

 

 

「九石。授業中、とても気持ち良さそうに寝ていたな」

「ああ、日草。とてもよく眠れたよ」

「ドヤ顔して言うことか」

 

 今は午前の授業が終わり、昼食の時間。

 席が離れているため、弁当片手にやってきた日草が昼の準備をしていた九石に嫌味を込めて放ったセリフはこれっぽっちも効いたように見えなかった。

 

 廊下側の列の後ろから二番目という、教師の目につきにくい絶好の席に座る九石。机に突っ伏してずっと寝ていたのである。

 窓側の前から二列目に座る日草はそんな気持ち良さそうに眠る九石のことを見てはため息をついていた。

 

「なんでこんな奴にテストで勝てないのか」

「効率が悪いんじゃない?」

「反論しようにも言い返せん」

「負け犬の遠吠えになっちゃうもんね」

 

 この学校では定期テストの結果が学年ごとに上位二十名、廊下の掲示板へと貼られる。

 一学年三百人を超えるマンモス校でありながら、有名大学に進学する人も多い他称進学校である。

 

「そんな事よりいつまで俺につきまとうんですかね」

「そんなもの聞かなくても分かってるだろう」

「そうなんだよなぁ……。なんでこんな事になったんだろ……」

 

 九石は弁当のオカズにある鮭の切り身を箸でほぐしながら、軽いため息をつく。

 

 日草と九石は同じ中学出身であったが高三の今になるまで同じクラスになった事も、廊下ですれ違うこともなかった。

 高校最後の年になって初めて同じクラスとなり、二人は初めて接点を持ったのである。

 九石は日草のことを全く知らないが、その逆はそうでも無かった。

 

 中学の頃から九石は有名であったのである。日草も友達からその話を聞き、写真を見せて貰っていた。高校に上がってからは廊下に張り出されたテストの順位で常に自身よりも上に九石の名前があったのを覚えている。

 

 雪のように白い髪。病的な白さの肌。そして赤い瞳。

 彼は先天性色素欠乏症。分かりやすく言えば、アルビノである。

 そんな見た目と大人びた性格。とある事情から人の心の機微に聡いため、小中学校と敬遠されていた。

 高校に入ってからは交流も増えたが、噂を聞いてか気味悪がられているため、あくまで少しである。

 

「……いや、俺に原因はなくね? 噂聞いた日草が付きまとってくるだけだよね?」

「その原因がお前なのだから、結果としてお前のせいだろう?」

「んー……その噂も勝手に想像して流されてるだけだからなぁ……」

 

 誰もが接点を持とうとしない中、日草だけは気づけばいつも九石のそばにいた。

 互いの家が近所だということを知ってからは登下校まで一緒になり。行きは迎えに、帰りは送り届けるほどに。言うまでもなく日草が九石を、だ。

 

「何がそんなに楽しいのやら」

「もとより人の世話は嫌いでないからな」

 

 はたから見れば付き合っているようにも見えるが互いにそんな気持ちはなく、友達以上親友辺りといった言葉で表せないような関係であった。

 だが世の中に変化しないものなど殆どなく。二人の関係も少しずつ変化していた。

 

「そういや、奈緒は高校卒業したらどうするん?」

「一応、大学に行くつもりだ。翠はどうするんだ?」

 

 夏休みに入る前あたりから互いに名前で呼び始め、今は九石の家で大量にある夏休みの宿題をやっている。

 そして集中力の切れた九石がふと思ったことを口にした。

 

「俺はどうすっかなー」

「大学には行かないのか?」

「勉強めんどいし、伯父さんにいつまでもお世話になってる訳にもな」

「就職か?」

「俺に何ができるんやら」

 

 氷で冷えた麦茶を飲み干した九石は再び宿題を片付けにとりかかる。

 

「……ねえ、奈緒」

「どうした」

 

 互いに目は手元に向け、ペンを走らせながらもどこか真面目な雰囲気になっていく。

 

「俺がアイドルやるからマネージャーやらない?」

「……………………は?」

 

 思わず手を止めて顔を上げる日草だが、九石は尚も顔を上げることなく問題を解いていた。

 

「アイドル? 誰が?」

「俺が」

「マネージャーがなんだって?」

「奈緒が俺専属のマネージャー」

 

 理解が追いつかないのか麦茶に手を伸ばし、落ち着こうとしても突拍子もないことを聞かされてパニックになっていた。

 

「ちなみに、だいぶ前からデビューしないかの話はきてる」

「…………ちょっと待て。色々と待て」

「ほいほい」

 

 加えて与えられた情報に日草はストップをかけ、教科書やノートを片付けてルーズリーフを一枚取り出し、ペンを構える。

 

「そんな大層なものでもないだろうに」

「いいから素直に答えろ」

「あいあい」

「まず、アイドルデビューしないかの誘いはいつからあった?」

「んーっと、八年前とかそんぐらい」

「…………そのとき十歳ぐらいなんだが、まあいい。誘いはどこから来てる?」

「346から。新しくアイドル部門を立ち上げるんだってさ。……ちなみにこの話、企業秘密だから漏らしたらいけないもん」

「……………………」

 

 箇条書きにまとめていた日草だが、続けられたセリフに力が入り、シャーペンの芯が折れる。

 

「…………誘われた経緯は?」

「知ってるか分からないけど俺、動画投稿してて」

 

 ノートパソコンを持ってきてそれを立ち上げ、とある動画を日草に見せる。

 

「いやいやいや……嘘だよな?」

「本当なのになぁ」

 

 信じようとしない日草のため、タンスに向かった九石はそこからカツラと白い狐のお面、体を隠すために着ているコートをを取り出す。

 

「信じた?」

「…………ああ」

 

 真似るために同じものを買った可能性が無いわけでもないが、どちらにせよ話が進まないため。一先ず置いて先に進めることにした。

 

「ほら、これなら信じる?」

 

 したのだが、心の機微に聡い九石は日草が納得していないことに気付いており、ノートパソコンを少し操作して再び画面を日草に向ける。

 画面に映し出されていたのは動画を投稿するためのアカウントであり、本人であることの決定的な証拠であった。

 

「……アカウント持っているのは翠でも別の人が映ってる可能性が」

「そんなに認めたくないか。よし、付いて来い」

 

 そう言ってパソコンの電源を落とした九石は立ち上がって部屋から出ていく。

 口ではああ言っているが、日草は納得していないわけではない。ただ、あまりにも衝撃的なことを聞かされすぎてこれ以上増やしたくないだけである。

 

 そのことも当然気付いている九石だが、そこまでして納得してもらいたいのか。はたまた納得してもらわなければ困る事でもあるのか。

 何故だか頑なに納得してもらおうとしていた。

 

 付いてこないことに焦れてか廊下から呼ぶ声が聞こえ、ようやく日草は腰を上げて九石の後を追う。

 

「翠も分かっていてやっているからタチが悪い」

「んなら放っておけばいいのに。それでもいいと言ったのは奈緒だったと思うが?」

「あれは忘れろ。黒歴史だ」

 

 よほど恥ずかしく、忘れたい出来事であるのか。恥ずかしさが八、悔しさ二の割合で顔をゆがめる。

 

「ここ、見覚えあるじゃろ?」

「……撮影した場所だな」

 

 階段を降りていき、防音扉を開けて中に入った部屋にはピアノがあり、壁際に楽器の入ったケースやアンプなどの機材も置かれていた。

 動画の撮影していた場所と同じであり、九石はピアノに近づいて弾ける準備を進める。

 

「動画に上がってるやつで好きなのとかある? 無いんだったら新曲弾くけど」

「それじゃあ──」

「やっぱり新曲弾こう。撮影も兼ねて」

 

 リクエストしようとした日草だったが、ふと思いついたように壁際へと移動し、カメラなど撮影の準備を進めていく。

 

「動画撮るから、静かにしててね」

 

 カメラのセットを終えた九石はお面にコート、カツラを取りに部屋を出ていってしまった。

 

「…………はぁ」

 

 一人残された日草は壁際に腰を下ろしてため息をつく。

 ただ宿題をやりにきただけであるのに、何故こんなことになっているのか。

 常日頃、九石から衝撃的なことを聞かれてきていた日草であったが、慣れてきたと思った途端にコレである。

 頭の中では色々なことを考えていた日草だが。

 

「……ニヤニヤして気持ち悪いぞ?」

「んなっ!?」

 

 その表情は口元が緩んで笑みが浮かんでおり。いつの間にか戻ってきた九石に突っ込まれたが、その少し前まで『ふふっ』と声も漏れていたりする。

 心なしか九石は日草から距離を取りながら持ってきたものを身に付け、カメラの録画を始めてからイスに座り、鍵盤の上に手を乗せる。

 

 全部で十四曲。

 時間にして約一時間。九石は歌い、日草はその姿をじっと見ながら口を挟むことなく聞いていた。

 

「どう?」

「最初から納得していないわけじゃ無いことに気づいて言っているのか?」

 

 カメラの録画を止め、九石は声をかける。

 立ち上がろうとした日草だったが、そのままでいいと手振りで制され、質問に対して答えを返す。

 

「いまのは純粋に感想を求めたんだが」

「分かっている。ちょっとした仕返しさ。この『白ギツネさん』は初めて曲を上げてから好きで、ほぼ毎日聞いていたんだがな。お前だと聞かされる前から薄々そうなんだろうなと思っていた」

「マジ?」

「何と無く、そんな気がしただけだ。新曲を十四だったかな。これほど近くで聴けるなんて得したもんだ」

「そうそう。だから専属マネージャーやってくれるんなら、もっと聴けるぞ?」

「……仕方ない。やるか」

「それはそれは、嬉しいですね。……じゃあオマケにもう一曲だけ披露してあげるよ」

「それは有難い」

 

 九石の浮かべた笑みを見て日草は嫌な予感を覚えたが、続くセリフに全てを持っていかれてそれは忘れてしまう。

 それほど遠くは無い未来、引っ張り回されて苦労するのだが……。

 

「変装しなくていいのか?」

「うん。だって録画するわけじゃないし」

 

 変装を解いた九石は再びピアノの前に座る。

 

「この曲はたぶん、これっきりになるのかな?」

「勿体なくないか?」

「俺にこれほど付きまとってきた人は初めてだからね。そんな頭のおかしい奴に向けて作った曲だから。残しておかないし、これっきり。ただ奈緒のためだけに弾く曲」

 

 いつも九石が浮かべる笑みはどこか作っていたように感じていた日草だが。

 いま、見ている笑顔は本音が見えているような気がして。

 

 ──気づかれないようにそっと携帯を取り出し、録画を始める。

 

 普段ならバレているのだが、すでに集中しているからか気づかれた様子はない。

 鍵盤に手を乗せてから一呼吸あけ、弾き始める。

 

 

 

 

 

「なんで泣いてるん?」

「お前だって泣いてるだろ」

 

 演奏が終わり、二人は目から涙を流していた。

 

「まさか奈緒の前で泣くとは……なんたる事だ」

「それはこっちのセリフだ。私は泣かされてるんだぞ」

 

 軽口を言い合っているうちに落ち着き、九石はカメラやピアノなどを片付けていく。

 

「もうこんな時間か」

「翠が余計なことを言わなければもっと宿題は終わっていただろうな」

「まだ八月になってないんだから余裕でしょ」

 

 部屋へと戻った二人は元の予定であった宿題を思い出し、少しだけ気分が落ち込む。

 

「泊まってく?」

「アホか。着替えがない」

「着替えがあったらいいんだ……」

「何も無いだろう?」

「そりゃな。それじゃ、専属マネージャーさん。俺の晩飯作っておくれ」

「…………なるほどな。専属マネになったら今後、これがずっと続くのか」

「今更やめるとか無しぞ?」

「言うか」

 

 こんなノンビリとした会話をしていたが。

 夏休みの半ばには346への入社が決まったり、九石が色々やらかしたりとした日々が待ち受けていることをまだ知らない。

 

☆☆☆

 

「みたいな話書いたんだけど、どう?」

「ほぼ実話なんだが……」

「そりゃそうでしょ」

「ってか、録画取っていたの知ってるのか……?」

 

 数年たって判明したことに、奈緒は驚きをあらわにする。

 

「その時は知らなかったが、携帯で動画見てニヤニヤしてる姿を何度か見てるし、近づいても気づかないから」

「…………消せとか言わないのか?」

「言わないよ。誰にも見せてないようだし」

「なら、今後は脅しのネタになりそうだな」

「…………いま、結構いい話じゃなかった?」

「はて、何の事か」

 

 翠のジト目から目をそらし、物語が書かれている紙に目を落とす。

 

「それにしてもまあ、こんなに覚えているものだ」

「忘れられないっちゃ、忘れられないし」

「名前で呼びあうようになった経緯を省いたのは正解だな」

「あれを俺も表に出すのは……」

「…………これは表に出すのか?」

「出すんじゃね?」

「破棄だ」

 

 こんなもの、世の中に出されてたまるか。と言いながら。

 奈緒は手に持っていた紙の束をシュレッダーへと放り込んだ。

 

「ふぁっ!? せっかく書いたのに何してるん!?」

「お前はいいとしても私は無理だ」

「なんてな。それ、パソコンで書いたやつを印刷したのだから。データは残ってるんだよね」

「どのパソコンだ?」

「…………ん?」

「どのパソコンを壊せば、それは消える?」

「落ち着け、な?」

 

 それほど嫌だったのか。今にも暴れだしそうであった奈緒だが、翠が近くにいたアイドル達を呼んで押さえてもらい、落ち着いてから目の前でデータの削除を行なった。

 もう少し遅ければ端からパソコンは壊されていたであろう。

 

 それで奈緒は満足げにしていたのだが、翠は保険をかけてUSBメモリにデータを保存していたりする。

 

 もちろんそれは奈緒に報告する事なく今西部長の手に渡り。ところどころ編集を加えて見事書籍化され、発売された。

 

 そのことを知った奈緒と翠の追いかけっこが346全部を使って行われたのは言うまでも無いことであろう。




何時ぞやの旅館で話してた『この動画は18の時に撮ったやつ』がこれですねー


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第7回シンデレラガール総選挙 前編

本編更新できなくてすみません…


「ウーサミンッ」

「うげっ……」

「せっかく来たのに、その反応は酷いと思わんかね?」

「わざわざ月に数回しかないアルバイトへ毎回やってくる翠さんに呆れてるんです……」

 

 美城常務の騒動が終わってから。

 ウサミンこと安部菜々の人気が出始め、テレビ出演やCMに出る事が多くなっていた。

 

 少し前まではカフェのアルバイトが主な収入であったが、現在はそれがなくても余裕があるくらい稼げるようになっている。

 

 しかし、安部はこれまで良くしてくれた店長たちに感謝しており。

 空いた時間はここに来て接客をしていた。

 

 先ほど安部が言っていた通り、翠はわざわざやってきてコーヒーとサンドイッチを頼み、絡んでいるのだ。

 

「ウサミンいなくても、来てるよ?」

「……本当ですか?」

「嘘言ってないって。346内にあるし、他のアイドルと駄弁ったりするから」

「別にいいですけど……今日はどんな話をしに来たんですか?」

 

 いつの間にか。翠が来たら安部は同席し、話をするようになっていた。

 ……もとよりその流れがあったのだが、細かい事を気にしてはいけない。

 

 きちんと人がいない時を選んでいるため、店員が客と同席してお話ししていようが問題ないのだ。

 

「いやー、そろそろ総選挙の中間発表だなと思いまして」

 

 毎年、シンデレラを決める総選挙が行われており。

 その中間発表が明日、公表されるのである。

 

「うっ……ちょっと人気出て調子乗ってる私に釘刺しですか……」

「んふふ。どーだろね?」

「えぇ……絶対にそうですよ……」

 

 サンドイッチを一切れもらった安部は少し凹みながら齧り付く。

 その姿をニコニコと楽しそうに見ている翠。

 

 何も知らない第三者からしたら、変な光景に見えるだろう。

 

 白い髪色の少年(・・)が、凹みながらサンドイッチを食べている店員さん(童顔)をニコニコしながら見てるのだから。

 

「……翠さんはもう、ずっとその髪型でいくんですか?」

「露骨な話題そらし」

「うぐっ。……そういうのは分かってても言わないでください」

「分かってても言うのが俺」

「知ってます……」

 

 ため息をつく安部を気にした様子はなく、コーヒーを飲んで一息あけてから質問に答える。

 

「たぶん、また気まぐれで変わるんじゃない? 今短いから、また伸ばしたりとか」

「私的には今が一番似合ってると思いますけど」

「セミロングまで切った時も思ったけど。ヘアリストさん、女性っぽい髪型に整えるんだよね。いまのショートヘアも」

「似合ってますよ?」

「似合う云々じゃなくてだなぁ……」

 

 どう言ったものか、と呟きながら考える翠だが。

 すぐにどうでもいいと飽きたのか、安部にコーヒーのおかわりとケーキを頼む。

 

 一応は仕事中であるため、注文を受けるのは安部だし、運んでくるのも安部である。

 

「チョコとタルトは俺のだが、ショートケーキはあげる」

「いただきます!」

 

 運ばれてきた皿を二つ自分の方へ寄せ、一つを安部に差し出し、一緒に食べ始める。

 三分の一ほど食べ進めたところで、翠は口を開く。

 

「ウサミンの人気はいま、凄いからね。もしかしたら一位になるかもよ?」

「流石の私も騙されませんよ?」

「嘘じゃないのになぁ」

「……もしかして、中間発表を見たんですか?」

「いんや。見てないけど」

 

 半ば確信してるように見えたため、当てはまりそうな理由を問いかけてみるが、あっさりと否定され。

 からかいの説が濃くなり、安部はケーキを食べながらジト目を翠に向ける。

 

「どうせすぐに分かるんだから」

「それはそうですけど……」

「全く。どうして皆は俺の事を素直に信じてくれないのか」

「…………それは普段の言動が原因なんじゃないかと」

「普段からとてもいい子なのに?」

「そうやってからかうからですよ……」

 

 疲れたようにため息をつき、最後の一口を食べた安部はトレイに翠が空にした分ものせ、立ち上がる。

 

「ケーキ、ご馳走様でした」

「明日の反応が楽しみだな」

「私は何も楽しくないですけどね……」

 

 お腹がいっぱいになった翠はその後、サボっているのを奈緒に見つかり。

 強制的に連行され、他のアイドルとともにレッスンをさせられていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 中間発表なのに12時からテレビで生放送されるため、世間の注目度がどれほどなのかが分かるだろう。

 

 休日であるため、ほとんどの人が10分前には準備をしていたり、SNSやら掲示板やらで盛り上がっていた。

 

 当事者であるアイドル達も例外ではなく、仕事がないアイドル達は346に集まり、大きな部屋にある大きなテレビの前で騒がしくしている。

 

 普段ならアイドル達が騒ぐ場に翠もいるのだが、総選挙の発表の時はゲストとして毎度呼ばれるため。この場にはいない。

 

『今から一位の発表をしたいと思いまーす!』

 

 天気予報が終わり、画面が切り替わって第一声がこれである。

 すぐ、司会を務める川島に止められていたが、ネット……特に笑顔の動画では『流石』などといったコメントで画面が溢れていた。

 

『まあ、さっきのは冗談として。……二位の発表からいくか』

『いきませんっ! 枠決まってるんですから、翠さんが巫山戯すぎると発表せずに終わっちゃいます!』

『それは司会の人が悪い』

 

 そのままの流れですでに十分ほど、時間が過ぎていた。

 

「あはは……さすが翠さんだにゃ」

「瑞樹さんも大変そうだよね」

 

 346に所属するアイドルは最低二桁(・・・・)の回数、翠にからかわれているため。

 全員が、翠にからかわれているときの気持ちを共感できる。

 

『さて、予定調和のトークも済んだし。パパパッと発表していきますか』

『……それ、私聞いてないんだけど』

『言ってないもん。その方が面白いから』

『…………』

『いい歳した大人がいじけたので、司会役変わりまー。ってことで、取り敢えず三十位から十一位までの順位がこちら!』

 

 翠がこちら、と言っても画面に変化がないまま十秒が過ぎ。

 

『あ、この画面には出てこないから。勝手にホームページから見ておくれ。……回線遅いかもしれないけど』

 

 あざといポーズを決めながらそんな事を口にし、視聴者の反応を想像したのか笑い始める。

 

『中間発表だが、前にもやったから分かってる通り、総合順位を一位から十位。俺が勝手にアイドル達を振り分けたタイプ別にそれぞれ一位から三位を順番に? ……おけ、うん。分かってる。順番に発表してくから!』

 

 最後、不安になるような事を口にしており。

 スタッフ達は諦めた。

 

 生放送であるため、翠を止める手立てがないのだ。

 

 編集でなんとかするために生放送を辞める話があったのだが、翠の手回しがすでにあったため、その話は流れていた。

 

 なんだかんだで枠内におさめてくれるため、そこは信頼してるのだが。

 何が口から飛び出すのか分からず、画面に映ってないところでは緊張が走っていた。

 

『総合よりもタイプ別を先に発表したらドキドキ倍増だよね! アイドル達の!』

 

 すでに後ろへ運ばれていた総合順位のパネルをどかし、タイプ別のパネルを運ぶ翠。

 

 段取りと違う事をやり始めた翠に川島が少し慌てるが。

 元より川島も総選挙の当事者であるため、渡された台本の殆どが嘘だと伝えられ。

 再び背を向け、いじけはじめる。

 

「翠さん、私たちで遊ぶつもりですよね……」

「倒置法を使ってまで強調してるから、後で感想を求められるところまでが流れだと思うよ……」

「シンデレラプロジェクトの皆も、嬉しくないと思うけど翠さんに慣れてきたわね……」

 

 中間発表とはいえ、余程のことがなければ大きく順位が変わる事などない。

 そのため、アイドル達は緊張して見ているのだが、当然翠は分かっており。

 

 遊ばないわけがない。

 

『なんか、後のこと考えたら時間なくなってきた。タイプ別は纏めてやっちゃう』

 

 そういってスタッフが止める間も無くキュート、クール、パッションのタイプ別に分かれたアイドル一位から三位が画面に映し出された。

 

『キュートは上から順番にウサミン、カワイイボク、ままゆ。クールが病弱、文学、ダジャレ。パッションがちゃんみお、特撮、カリスマ笑……と、なっております。投票数はここじゃ見せません。総合順位できちんと見せるから、それまで楽しみにしていろよな!』




夏フェスでの美波や、アニメ二期入っての楓さんとか書けてウハウハですが、一番書きたいところのうーちゃんまでまだまだという現実……
書きたいのに、上手くまとまらない


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第7回シンデレラガール総選挙 後編

「ウーサミンッ」

「あっ、翠さん!」

「…………お、おう」

 

 中間発表があってから数日が経ち。

 安部がいる時に再び訪れた翠だが、あからさまな反応の違いに少し引いていた。

 

 ここまで浮かれているのには理由がある。

 

 先の発表で、ウサミンこと安部菜々は一位を取ったのである。

 

「……まあ、取り敢えずここ座れや」

「はいっ!」

「あ、コーヒー二つとケーキをこれとこれとこれ」

「もう、翠さんはしょうがないですね!」

 

 いつもと同じようにからかわれているというのに、安部の顔から笑みがなくなる事はなく。

 寧ろそれを喜んでいるようでもあった。

 

「んー……」

 

 注文されたものを取りに行く安部の後ろ姿を見ながら。

 翠は短くなった髪を弄りながら何かを考え込んでいた。

 

 

 

「お待たせしました!」

 

 慣れた手つきで並べてる姿をボーッと見ながら。

 翠はポツリと呟く。

 

「……ウサミン、やめたらもっと売れると思う」

「へっ?」

 

 全て並べ終え、イスに座ろうとしていた安部は驚きからなのか動きが止まる。

 

「ウサミンじゃなくて、安部菜々として少しずつやってけば、売れると思うけど」

「やりません」

「……ん?」

「菜々はウサミン星から来た、歌って踊れるアイドルなんです」

 

 翠の言っていることを理解した安部の雰囲気が変わる。

 浮かれてほわほわとした笑みを浮かべていた安部はそこになく。

 少し怒っているように見える。

 

「今の菜々があるのも、ウサミンを応援してくれたファンの方たちのお陰です。それを裏切るような真似、できません」

「…………」

 

 翠も普段のゆるい雰囲気はなく、ジッと安部を見ていた。

 互いに何も話さないまま十秒ほどが過ぎ。

 

 徐ろにフォークを手に取り、チョコケーキを一口食べる。

 

「…………?」

 

 その行動に頭の中が疑問符でいっぱいになる安部だが、翠は気にせずにケーキを食べ進め、いつもの甘ったるいコーヒーを飲む。

 

「あの……翠さん……?」

「ん?」

「いや、あの……んんん?」

 

 いつもの雰囲気になっていた翠に気づき、さらに困惑する安部菜々17歳(笑)。

 

「その、さっきまでの話は……?」

「終わったやん」

「終わったんですか!?」

「三十路煩い」

「ま、ままままだ三十路じゃないです!」

「まだ、ね」

 

 安部もいつの間にか普段の雰囲気になっていることに気付いていた。

 だが、それよりもまず優先して聞きたいことがあるというのに、はぐらかされている。

 

「もうっ! 教えてくださいよ!」

 

 ショートケーキを食べながら尋ねる安部だが、翠はその姿を見てニコニコしているだけだった。

 

「ウサミンやってけてるの、駄猫のおかげかな?」

「みくちゃんにはとても感謝してます。あの時の言葉には今も助けられてますから」

「浮かれてるように見えたから、説教でもしようと思ってたんだが……つまらない奴め」

「…………ふぇっ?」

 

 いきなりの発言に再び安部の思考が止まる。

 

「説教されるところだったんですか!?」

「うん。調子乗ってるように見えたから、魅力的な案だして……乗ってきたら正座させようかと」

 

 軽い調子で答えるため、すぐに受け止められていない安部だが。

 時間をかけて理解するにつれ、どこか落ち着きがなくなっているように見える。

 

「ファンやみく(・・)のことをしっかりと答えたから、今回は見逃してやるよ」

 

 安心したようにホッと息を漏らす安部だが、それを見越したタイミングで続きを口にする。

 

「また浮かれてるとこ見たら、同じ事やるけどな」

「が、頑張りますっ!」

 

 背筋をピシッと伸ばし、返事をする安部を見て満足そうに頷く。

 

「まあ、正直いうとこの中間発表、あまり信用できないけどね」

「……へっ?」

「ランキング外からいきなり上がって片手に入るなんてよくある事だし」

「…………」

 

 ケーキを食べ終えた翠は勘定を手に立ち上がり、安部の横に来てポンッと肩に手を置く。

 

「可愛い可愛い後輩に負けないよう、頑張りな」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「さてさて、やって参りました結果発表のお時間です」

「……私、今回は台本すら渡されてないんですけど」

「だって、当事者やん」

 

 数日が経ち、待ちに待った結果発表の日となった。

 またも生放送であり、今回は日曜日の夜七時からというなんとも贅沢な発表である。

 

 川島と翠の二人で進行していくのだが、会話の通り川島には台本が渡されていない。

 なので川島の役目は翠のストッパー兼弄られ役である。

 

 そのことに気付いた川島は放送されているというのに隠すことなく帰りたそうな顔をしているが、誰も触れずに話は進んでいく。

 

「さてさて。時間も限られているし、タイプ別順位と総合順位、発表していこうかね」

 

 翠が移動するのに合わせ、カメラも動いていけば。

 あらかじめ設置されていた二つの大きなボードが画面に映り込んでくる。

 

「おーい。俺の代わりに剥がすの、瑞樹なんだからいじけてないの」

「流れの台本くらい、渡してくれてもいいのに……」

「だいたい分かるやん。発表するだけなんだし」

「気持ちの問題なのよ……」

「って事で、パッションの五位から二位。一気にいっちゃいましょー!」

 

 途中まで川島を慰める流れであったのに、そんなもの無かったと急に話を戻して進め始める。

 

 まだ落ち込んでいながらも、割り振られた仕事はキチッとこなすので剥がしてはいるが。

 絵面的にはシュールだといえよう。

 

「五位にしゅがはが入ってくるという意外な展開! いや、意外とか本心出ちゃったよ。あいつも頑張ってるもんな。おじさん、涙でちゃう」

 

 涙でちゃう、などと言いながらもニッコニコしていた。

 どこからか『おい☆』なんて声が聞こえてきたような気がしたが、気のせいであろう。

 

「藍子は惜しかったな。もう一つ上だったらグループ曲のメンバーだったのに。……日菜子と光はよう頑張った。全員を把握してるわけじゃないから、何がヒットしたのかまでは分からないんだが……」

「パッション一位の発表はしなくていいんですか?」

「ああ、一位は総合順位に入ってるからまだとっとく。次はクールの五位、いってみよか」

 

 それだけの説明で発表の仕方を理解した川島は一つ頷き、先ほどまでの雰囲気を感じさせない後ろ姿で仕事をこなす。

 

「五位には蘭子! いやー、個性が強いのにファンが多い! ……おっと? 次から総合順位も発表されてくから、皆の緊張も高まるね!」

 

 などと言いながら、川島にキュートの五位から二位。クールの四位を剥がすよう指示する。

 

 一瞬、いいのかと困る川島だが、画面外にいるスタッフからゴーサインを貰い、言われた通りに剥がしていく。

 

「杏の印税生活はまた遠のいたな。まだまだ仕事頑張れ! 幸子はキュートの九位か。狙ってやったのなら、これはもう認めざるを得ない。……今度、祝いにスカイダイビングさせてやるよ。楓とまゆはモデルの時から人気あったし、安定だな。その安定も結構難しいんだが。志希にゃんはスランプ乗り越えてから魅力的になったし、ファンの人たちもよく見てる」

 

 また色んなアイドルの幻聴が聞こえた気がするが、気のせいである。

 

 翠はタイプ別順位と総合順位を見ながら、ふむふむと頷き。

 

「面倒になったから、全部剥がすか。アイドルの緊張煽るの、中間発表でやったから面白味が……だから俺の発表は最後だけでいいと言ったのに」

 

 何故だかグチグチ言い始める。

 だが、川島やスタッフたちがそれを止める事は無かった。

 

 普段から素を出していた翠だが、それでも一部分だけであるうえ。

 どこか本心を隠していた。

 

 しかし、とある件(・・・・)以降。

 もっと自然体を見せるようになった翠。

 アイドルたちやファンの人たちはその姿を求めており、楽しんでいた。

 

「……瑞樹。ニヤニヤしてこっち見てる暇があるなら全部剥がせ」

「はーい。……ふふっ」

 

 そのことに翠は気づいてるため、照れ隠しだと皆が分かっており。

 嬉しくて思わず笑みが溢れる川島。

 さらに翠の羞恥が高まるという。

 

「……一位から五位はこんな感じでーす。わー。パチパチ」

 

 なんとか堪えようとして棒読みであったり、真顔を頑張ってるのだが。

 アルビノであるため、普通の人よりも顔が赤くなるのが分かりやすく。

 耳まで顔が真っ赤なのが丸わかりである。

 

「あ、ウサミンをからかった時の隠し撮りがあるから。そのうち映像化して発売するから楽しみにな!」

 

 ふと、その場で思いついたからかいのネタを口にする翠。

 その場で思いついたことのため、当然誰も知らない。

 だが、生放送で話してしまったため、作ることは半ば決まってしまった。

 

 テレビを見ていた奈緒や千川あたりが顔を手で覆う光景を見た気がしたが、気のせいだろう。

 

 安部も心当たりがあることを思い返し、変な笑いを浮かべており、総合順位で一位になった事の実感がなかった。

 

「あ、ウサミン。一位おめでとう! これまでの努力、皆はちゃんと知っとるぞ! お祝いでカワイイボクと一緒にスカイダイビングしような!」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「そんで、話してた例の映像。完成したやつがコレなんだが」

 

 いつものカフェ。

 そこには翠だけでなく、奈緒と千川、今西部長もいた。

 当然、安部がバイトに入ってる日だ。

 

「またお前はとんでもないことを……」

「まあまあ。今更言ったって仕方ないじゃないか」

「今西さんは翠に甘過ぎます」

「奈緒とちっひーが厳しすぎるんよ」

 

 四人だけで話しており、安部はどこか居心地が悪そうに座っていた。

 

「あのぅ……」

「ああ、すまない」

「ウサミンも早く動画見たいってことだな!」

 

 首を横に振って否定しているというのに、千川が用意したノートパソコンに読み込み。

 完成した映像とやらを流し始める。

 

 それはこれまでも隠し撮りしてきたものを編集して繋げており、一種のドキュメンタリー映画みたいに仕上がっていた。

 

 盛り上がる部分では中間発表があった後に浮かれているウサミンに、とある提案をした場面もあり。自身の意思をきちんと口にしている姿もあったりした。

 

「うん。いいんじゃないかな」

「悪くない出来だからあまり強く言えない」

「本当に問題児ですよね」

「…………え、これ、販売されるんですか?」

「ああ、決定した」

「…………何故、菜々がシンデレラガールになった時だけこんな扱い」

「きちんと曲も書くよ?」

「いえ、そういう事では無くてですね……」

 

 何を言っても意味がないことは身に染みて分かってるため。

 諦めたようにため息をつく安部だが。

 

 その表情は嬉しそうに笑みを浮かべていた。




書きたいとこだけ書いて、あとは省いたのでいつも通り雑です
「雑」という漢字が「橘」って見えるほど疲れてます
いつも通り橘ですってなんだ……


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総話数100回記念話

あけましておめでとうございます。
本当は本編を更新したかったのですが……まあ、ええ。
今回はメタ話といいますか、記念話にかこつけた自己満の話になってます。
呼んでも読まなくても本編には何にも影響はないので。
次に本編を乗せる際、記念話のまとめへと移動させます。


(翠、ウサミン、美嘉)

 

『あけましておめでとうございます!』

 

「いやー、昨年のうちにウサミン回終わらせる言うてたのに。結局、作者は書かなかったね」

「翠さん、初っ端からそれ言っちゃう?」

「私、翠さんのセリフでモヤモヤしたまま新年迎えたんですよね……」

「今回のこれも考えなしに書いてるから、四日もサボってたわけだし」

「一応、総話数が100を記念しての話なんだけどね」

「もう二年以上続けているのに本番のアニメ二期入って序盤までしか書けてないって、ねぇ?」

「だからそれは言わないの。読者さんを待たせているのに心入れ替えないどころか更新頻度下がっているぐらいなんだから」

「俺よりも酷いこと言ってるぞ……」

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

(翠、ウサミン、美嘉、みく、幸子、卯月、智絵里)

 

「そんなことよりも」

「そんなことで流していいんだ……」

「最近、作者は友達にキャラの呼び方が酷いと言われたらしいぞ」

「あ、そのまま続けるんですね」

「というわけで、酷い呼ばれ方をされているという方たちに来ていただきました。酷くはないけど特殊な呼び方をされてる方も来るぞ」

「……なんとなく、どう呼ばれているのか察している自分がいるにゃ」

「ふふん。可愛い僕はどんな呼ばれ方だろうとこの可愛さが陰ることはないですけどね」

「あのぅ……私と智絵里ちゃんだけイスとジュース、お菓子があるのは何ででしょう……」

「なんだか逆に怖いです……」

「え、ちょっと私も酷い呼ばれ方をされてるの!?」

「うーちゃんと智絵里はおかわりもあるから食べて飲んでていいよ。だから駄猫。お前さんは気を付けをして立っとれ。美嘉もきちんと呼ばれ方紹介があるから待っておれ」

「なんなのにゃ、この扱いの差は……」

「それじゃ、みくとうーちゃん、智絵里から発表していくか」

「あまり聞きたくない気もするにゃ」

「わがままな」

「それ、翠さんにだけは言われたくないですよね……」

 

「ウサミンが何か言っているような気がするが、発表していきましょ! みくは駄猫。うーちゃんがウヅキエル。智絵里がチエリエルな」

「なんなのにゃそれは!!!!」

「う、ウヅキエルですか……」

「は、恥ずかしいですね」

 

「うわー、みくちゃんがあまりにも……」

「今はその優しさすらつらいにゃ」

「わかったか、駄猫。二人とは格が違うのだよ、格が。それも越えられることのない、な」

「ミクのどこが駄猫なのにゃ……」

「魚食えないところ」

「それって作中で翠さんが言ってたからだにゃ!」

「いや……この話書いてるの作者だからな?」

「うにゃー!!!!!」

「ああ、みくちゃんが頭を抱えて地面を転がっています」

「これを映像で届けられないのが残念だな」

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

「気を取り直して次に行くか」

「この恨み忘れないにゃ」

「さて、幸子と美嘉なんだが」

「スルーはつらいにゃ」

「みくちゃん、お菓子食べますか?」

「飲み物もありますよ」

「……二人に天使の羽が見えるにゃ」

 

 

「さて、あっちの三人は置いておこう」

「翠さん、洗脳とかできたりするの?」

 

「そんなわけあるか。そんなだからカリスマギャル(笑)なんて呼ばれるんだぞ」

「私そんな呼ばれ方してるの!?」

 

「美嘉さんが見たこともない表情で驚いています……」

「さ、さすがの可愛い僕も少し不安になってきたので帰ってもいいですかね? ──って、菜々さんはなんで僕を押さえつけているのですか!」

「そ、その……すみません。すみません。翠さんには逆らえないので」

「それは僕やほかの人もそうですけど!」

 

「幸子は可愛い僕って呼ばれてるで」

「え……いや、確かに僕は可愛いんですけれど。……え? 可愛い僕って呼ばれているんですか?」

 

「なんだ。その不満そうな顔は」

「なんででしょう。確かにほかの皆さんよりはいいはずなんですけど、この馬鹿にされている感じは。その、素直に受け入れたらいけないような気がしているんですが」

「そりゃ、だって……なぁ?」

「ここで私に振らないでくださいよ!」

「あとは他の皆さんに比べてインパクトが弱いというか……」

「お前、順調に芸人として育ってきてるな」

「いったい誰のせいだと!?」

 

 

 閑話休題

 

 

 

「そんなこんなでただ好き勝手に書いていった一話になったけども」

「みくたち数人は被害受けただけだにゃ」

「今年は本編をそれなりに書いていこうと作者も言っていたし」

「相も変わらずスルーなのね」

「たぶん、それなりに話が進むんじゃないかなと思います」

 

『今年も怠け癖をよろしくお願いします!』

「あ、ついでに逆転ガールズのほうもよろしく!」

「露骨すぎだにゃ」

 

 

【挿絵表示】

 

「ちなみにこれは友達に書けと言われて書いたアーニャ。二時間かけたわりにはのクオリティーだな」

「今後も挿絵は増えていくの?」

「作者のモチベしだいだな」

「……それよりもまずは話を書きましょうよ」




活動報告にも書きましたが、載せているイラストは常識の範囲内で使用するなら大丈夫です。(使いたい人がいるとは思いませんが)


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アニメ1期
1話


「どうか、されたのですか?」

 

 346に新しく新設されたアイドル部門。CP(シンデレラプロジェクト)にスカウトやオーディションで集められた少女たちが用意された部屋の前でたむろっていたところ、大柄で表情の変化に乏しく三白眼の据えた目つきをした男性が首に手を当てながら声をかける。

 

「あ、プロデューサーさん。中に知らない……男性? の方がいるのでどうしたらいいのか……」

「男性、ですか。……ええ、男性で間違ってないですよ。大丈夫です。彼のことは気にせず、まずは中に入りましょう」

 

 茶色の髪を後ろで束ねた、落ち着いている女性が呼んだように、彼が彼女たちを導いていくプロデューサーである。周りからはプロデューサーさん、プロデューサー、Pちゃん、武P、武内君、たっちゃんなどと呼ばれている。

 心当たりのある武内Pを先頭に部屋の中へと恐る恐る入っていく少女たち。

 部屋に備え付けられているソファーに髪が腰の辺りまで伸びており、中性的な顔立ちのためにパッと見では性別の判断がつかない男の子が毛布に包まって眠っていた。

 

(すい)さん。起きてください」

 

 武内Pが彼に近づいていき、声をかけながら肩を揺すって起こしにかかる。

 

「…………あと五年」

「それは困ります。また練習をサボっているのですか?」

「練習ヤダ。早くお家に帰りたい」

「なんだか杏ちゃんみたいだにぃ」

「えー……杏はあんな感じじゃないよ」

 

 武内Pとのやり取りを少し離れたところで見ていた少女たちが小声で会話をする。

 

「あれ……? この部屋使うんだっけ? ……ああ、シンデレラのアレか」

「はい。実は翠さんが寝ていたために彼女たちは先ほどまで部屋の前で待っていました」

「あー、それは悪いことをした」

 

 小声であったのに聞こえていたのか、ここにいるのが自分と武内Pだけでないと気づいた彼はようやくその体を起こす。凝り固まった体をほぐすために体を伸ばし、ようやく彼女たちへと目を向ける。

 

「あー! 九石(さざらし)翠さんだ!」

「お、おう、九石翠さんだよ」

 

 黒髪ショートでツーサイドアップの髪型をした元気いっぱいな感じの女の子に指を向けられながら名前を呼ばれた彼――九石翠は反応に困りつつも片手を上げてなんとか返事を返す。

 

「えっと、なんか悪いね」

 

 立ち上がって彼女たちの方へと近づき、バツが悪そうに頭をかきながら謝る。背が138センチと、杏よりも小さい彼はほとんどの人に対して見上げなければならない。

 

「……………………十一人か」

「何かおっしゃいましたか?」

「いんや、何でもないよ。今日は何の集まり?」

「はい。みなさんの顔合わせの筈だったのですが、三人ほど空きが出てしまいまして」

「なるほどね。安心しなよ。宣伝写真撮るときまでに揃うと思うからさ」

「はぁ……。翠さんはこの後、どうされるのですか?」

「んー……」

 

 そこで彼は彼女たちの方へと目を向けてから少し考えた後、武内Pへと視線を戻す。

 

「なんだか緊張しちゃってるみたいだから、今日のところは退散しておくよ」

「分かりました。そろそろ迎えも来ると思いますので」

「…………迎え?」

 

 あまり聞きたくなかったといった表情をしながら翠が武内Pに聞き返したとき、この部屋のドアが勢いよく開かれるとともに女性がズカズカと入ってくる。

 

「九石ぃ! またサボりやがって!」

「うげっ……」

「うげっ、とはなんだ。早く行くぞ! ……っと、悪いな武内。連絡くれてありがとな。礼はまた今度させてくれ」

「いえ、いつもお疲れ様です」

「たっちゃん俺の事、裏切ったの!? ちょっ、俺は働きたくないよ! 印税貯まったから引退するの!」

「アホ言ってないでさっさと行くぞ。邪魔したな」

 

 背は170後半だろうか。スーツを身にまとったできる女の感じを漂わせている女性が、どこからその力が来るのか分からないが翠を肩に担いで武内Pと二言三言話した後、突然の出来事にポカンとしているCPの少女たちに軽く頭を下げて部屋から出ていく。

 

「みなさん……話をする前に少し休憩にしましょうか」

『…………うん』

 

 武内Pの提案に少女たちはそれだけ返すのがやっとであった。

 

☆☆☆

 

「みなさん、落ち着きましたか?」

「……はい。まだ少しビックリしていますけど、だいぶ落ち着きました」

「ほんと、ビックリしたよねー。テレビだけじゃなくて、素でああだったなんて」

「本当だにゃ。まさかキャラを作っていなかったとは思わなかったにゃ」

 

 あの後、少しふくよかな体型をした女の子が手際よく紅茶と茶菓子を用意し、落ち着きを取り戻すまでそれらを楽しみながらポツポツと会話をしていた。

 武内Pがホワイトボードの前に立ち、簡単な絵も交えながら説明を始める。

 

「まずは今後の予定についてですが、先ほど翠さんがおっしゃっていたように宣伝写真を撮ります。これがなければ何も始まりません。まだここには十一名しかおりませんが、シンデレラプロジェクトは十四名と考えております。残りの三名の方も目当てはついていますので、安心してください。ここまでに何か質問などはありますか?」

 

 周りを見回し、質問がないことを確認すると開いていた手帳を閉じ、口を開く。

 

「では、今日はここまでにしましょう」

「あ! はいはい!」

「赤城さん、どうかしましたか?」

 

 元気よく右手をあげる少女――赤城みりあに、何か不都合があったのかと武内Pは親しい人にしか分からないほど微かに不安そうな表情を作るが、まだ日が浅い少女たちは知る由もない。

 

「翠さんの練習を見に行きたいです!」

「はぁ……翠さんの、ですか」

「ダメ……ですか?」

 

 赤城の要求に他の少女たち十名も期待の目を武内Pへと向ける。

 

「あまりお勧めはしませんが……付いてきてください」

「やったぁ!」

「ほらほら、Pちゃん早く早く!」

「杏ちゃんもしっかり歩いて!」

「えぇー……運んでくれないのー?」

「仕方がないにぃ!」

 

 武内Pが首に手を当てながら少し困ったような表情を浮かべながら許可をだすと、少女たちはみな、いい笑顔を浮かべる。

 赤城と金髪の女の子――城ヶ崎(じょうがさき)莉嘉(りか)が急かすべく両側から武内Pの手を取り引っ張り、先を行き、紅茶を用意した少しふくよかな女の子――三村(みむら)かな子もソファーにダラけて座ったまま動かない女の子――双葉(ふたば)(あんず)に声をかけ、それでも動こうとしない彼女を抱き上げた背の高い女の子――諸星(もろぼし)きらりが最後尾に続く。

 

 

 

 長いこと歩いてようやくレッスン室へとたどり着く。

 中からはトレーナーと思われる声と先ほど、颯爽と部屋に現れて翠を担いでいった女性の声、そこにやる気のなさそうな翠の声が加わる。

 

「ここです。まずは私が話をしてきますので、少しここで待っていてください」

 

 そういって武内Pはレッスン室の中へと入っていく。

 

「まさか、さっそく翠さんの練習風景を見られるなんて、よかったねアーニャちゃん」

「ダー。はい。スゴク、楽しみです」

「ククク。精霊の舞を見られるとは。幸運の女神が微笑んでいる!」

 

 茶色の髪を後ろに束ねた女性――新田(にった)美波(みなみ)と会話の初めがロシア語である銀髪の少女――アナスタシア。ゴシック服に身を包んだ厨二病の雰囲気を漂わせている少女――神崎(かんざき)蘭子(らんこ)らもそれぞれに喜びをあらわにしている。

 

「翠さんの練習はきっとロックだね!」

「何でもかんでもロックにするのは違うと思うにゃ……」

 

 ヘッドホンを首から下げた少女――多田(ただ)李衣奈(りいな)と語尾に”にゃ”をつけて話す猫耳をつけた少女――前川(まえかわ)みくの二人も口の端を釣り上げながら今か今かと心待ちにしている。

 

「……みなさん、お待たせしました。大丈夫だそうです」

 

 ドアを開けて抑えている武内Pにお礼を言って特に決めたわけでもなく年齢の低い子から順番に入っていく。

 

「ああ、みんな。さっきぶり」

 

 全員が中に入ると、そこにはレッスン室に何故置いてあるのか不思議なほどに大きなウサギのクッションがあり、そこにダラダラしている翠の姿があり、側には諦めたようにため息をつくトレーナーと女性の姿が見える。

 

「俺の練習風景が見たいらしいけど……悪いね。サボりたい」

『……………………』

「……おお、あれはだるだるウサギシリーズの特大ウサギクッション!」

「お、君は分かるのかい? これの素晴らしさが」

「うん! 私も家にあるから」

「…………同士だな」

「私も印税生活をするためにスカウトを受けたからねー」

 

 期待していたものと違ったからか、ほとんどの少女たちは落胆の色を隠せないが、一人だけ違っていた。翠の使用しているクッションに目をつけ、お互いに通じ合うものがあったのか握手を交わす。

 

「よし、同士が見つかったのを記念して少しやる気が出てきちゃったぞ」

「毎日やる気が出てくれても構わないのだがな」

「あっはっは。そんなの俺が過労死するって」

 

 よっこいしょ、とジジくさい声を出しながら翠が立ち上がる。んー、と体をほぐし、あー、あー。と声の確認をする。

 

「よし、いけるよ。何しよっか? ……あ、一曲だけにしよう。疲れるから」

「まあ……完璧だったらな」

 

 大丈夫大丈夫と軽い調子で受け答えする翠。慣れているのかトレーナーは軽く流してCDプレーヤーのスイッチに手を伸ばす。双葉は諸星に抱えられて端へと移動している。

 

「……………………わぁ」

 

 それは誰が漏らした呟きであろうか。

 おそらく、誰も自身が声を出したとも分からないうえに、その声も誰かに届くことはなかった。先ほどまでのダラダラとしたやる気のない雰囲気はどこへやら、そこには万人を魅了する一人の”アイドル”がいた。一つ一つの動作にすら目を奪わせ、呼吸をすることさえ忘れされるほどに夢中にさせる。

 五分と曲にしては少し長いが、その時間は終わりを迎える。

 

「…………あー、疲れた。もう無理。明日、絶対筋肉痛になってるわ」

 

 最後のポーズまでビシッと決まったのに、次の瞬間には先ほどまでのダラダラとした状態になっており、少女たちにかかっていた魔法も解ける。

 

「…………すごい」

「…………これが、トップアイドル」

「涙が出てきたにゃ……」

 

 口々に賛称が少女たちの口から出てくる。そしてパラパラとまばらだった拍手もだんだんと大きくなっていく。

 

「そんなに褒められるものでもないよ」

 

 クッションに体を沈めて何でもないことのように言い放つ。

 

「だって、君たちもいずれこうなるんだろう?」

 

 目を細め、値踏みするように少女たちを見つめる。蛇に睨まれたカエルのように少女たちは体が硬直し、動けなくなる。

 

「……なーんて、冗談。いずれはこうなるだろうけど、それまでの道のりは人それぞれさ。それにペースだって違う。一歩一歩、後悔しないようにね。たっちゃん。俺も気が向いたら手伝ってあげるから」

「はい。本日はありがとうございました」

「またねー」

 

 もう言うことを言い切ったとばかりに立ち上がり、少女たちに手を振って別れを告げ、レッスン室から出て行き、その後を女性が小走りで追いかけていく。

 

「いまの翠さん、すごく怖かったにぃ……」

「そう、だね。何か触れちゃいけないことでも言っちゃったのかな?」

「神の怒りか……」

「いえ、それは違うと思います」

 

 翠の逆鱗に触れたと勘違いし、落ち込んでいる少女たちに武内Pが待ったをかける。

 

「翠さんは怒ってなどいません。みなさんに何か感じるものがあったのでしょう。分かりにくいかもしれませんが、彼なりの激励です。みなさんに期待しているように私は感じました。それに私は……いえ、おそらく誰も彼が怒っているところなど見たことがないと思います。ですので、気を落とすことはないです」

 

 武内Pの言葉に、みんなの表情は明るくなっていく。

 

「私も頑張ります。ですので、みなさんもいつか翠さんの隣に立てるよう頑張りましょう」

『はい!』

 

 レッスン室に元気のいい少女たちの声が響き渡る。




つい、堪え切れずに書いてしまった…反省も後悔もしてないが。
タグは思いついた時に増やしたり減らしたりするかも
原作が少しうろ覚えなんやけど、なんとかなるって信じてる。キャラの性格とか話し方、変だったら教えてください。
熊本弁は無理ですけど……。


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2話

「…………ふぅ。少し休憩しましょう」

「うーちゃん、お疲れ様~」

「あ、すーちゃん! お疲れ様です!」

 

 養成所でダンスのレッスンをしていた一人の少女――島村(しまむら)卯月(うづき)。休憩のタイミングを見計らったかのように差し入れを手に髪を後ろに束ねて帽子をかぶり、伊達メガネをかけた翠が入ってくる。このような雑な変装であるが、いまだに知り合い以外にはバレたことがない。

 

「ダンスの調子はどう?」

「はい! すーちゃんに教えてもらうようになってから、自分でも上手くなっていると感じます!」

「素人目線だけど、役に立ててよかったよ」

「いえ! 本当にありがとうございます!」

「ううん。俺はちょっとしたアドバイスだけ。上手くなったのはうーちゃん、君の実力だよ。もっと自信持って」

 

 翠は346を出た後、和菓子屋によって手土産を買ってからここへと立ち寄っていた。島村には自身がどのような人であるのかバラしていない。

 二人で緑茶を飲みながら饅頭を食べて話に花を咲かせている。

 

「うーちゃん、もしかしたらそろそろ人生の分岐点に立つかもしれないよ」

「あ! すーちゃんの電波ですね!」

「……電波、電波……うん。いいよ、電波で」

「あっ! あっ! 落ち込んだのならごめんなさい!」

「いいよ、気にしてないから。それよりも話を戻そうか。人生の分岐点に立つと思うけど、どんな結果になっても俺はうーちゃんのこと、見捨てないから」

「よく、分からないですけど……はい! 島村卯月、頑張ります!」

「うん。いつまでもその笑顔、忘れないでね」

「はい!」

 

 休憩を終えた後、一度島村の踊りを見てアドバイスを二つ三つしてから別れを告げ、翠は養成所を後にする。長々と話していたからか、日は沈みかけており空はオレンジ色に染まっていた。

 自分用にとってあった饅頭を食べながら帰路についている途中、遠くで少女が名前を叫んでいるのが翠の耳に届く。

 

「……お?」

 

 いつのまにか翠の足元に犬がすり寄っていた。

 残っていた饅頭を口に放り込み、モグモグとさせながらしゃがんでその頭を撫でる。犬には首輪とリードがついており、散歩の途中で逃げたしたのがうかがえる。

 

「んー、君はヒナコ……じゃなくってハナコだったね。逃げ出してきちゃったのかな?」

 

 道路の真ん中では道の邪魔だと、リードを持って近くの公園へと移動してベンチに座り、ハナコを膝に乗せて可愛がる。

 心を許しているからか、器用にハナコは転がって翠に腹を見せる。

 

「犬は苦手な方なんだけど、君は可愛いね。きっとご主人も可愛いんだろうね」

「――花子!」

 

 寝返りを打ち、翠の膝に丸くなって頭を撫でられながら眠りについた頃。ご主人だと思われる少女が公園の入り口に見える。翠は口に人差し指を当てて静かに、とジェスチャーをすると、少女はコクンと頷いて翠のもとへと歩いてくる。

 

「あの、花子が迷惑をかけてすいません」

「気にしなくていいよ。この犬は大人しいから、苦でもなかったし。寝たばかりだから起こすのもなんだし、少しお話しない?」

「……ええと、それじゃあ少しだけ」

 

 初対面ということもあるため、少女は多少警戒していたが、ハナコが関係していることもあって少し距離をとってベンチへと腰掛ける。

 

「俺の名前は……そうだね。すーちゃんとでも呼んでほしいな。こんななりでも24歳になるんだ」

「えっ? 本当に? ……あ、すいません」

「無理して敬語は使わなくてもいいよ。素の方が話しやすいでしょ?」

「それじゃ……。私は渋谷(しぶや)(りん)。15歳だよ」

「おお、リアルJKか。いや、JKとか今更新鮮味なかったわー……」

 

 急にわけわからないことを言い始めた翠に渋谷は首をかしげるしかない。

 

「それにしても花子がこんなにも懐くなんて……珍しい」

「そうなの? 気がついたら足元にすり寄っていたんだよね。……ん、全然話してないけどそろそろ暗くなるね。ハナコ、そろそろ起きてくれないかな?」

 

 残念そうな顔をしながらも、空と公園にある時計を見て時間だと分かると翠は膝で気持ちよさそうに眠るハナコを優しく揺すり起こす。

 

「もうすぐ日が沈むし、迷惑じゃなければ送って行くよ?」

「さすがにそこまでしてもらうわけには……」

「……でも、ハナコはそう言ってないみたいだけど」

 

 どこか悲しげな雰囲気を漂わせながら翠のズボンを加えて引っ張るハナコ。それを見て渋谷も折れたらしく。

 

「あの、それじゃお願い」

「うん。任された」

 

 翠がハナコのリードを握り、渋谷が少し前を歩いて先導する形で歩いていく。

 

「いきなりこんなことを聞くのもなんだけどさ」

 

 しばらく無言で歩いていた二人だが、ふと翠が口を開く。

 

「何?」

「渋谷にはいま、やりたいことってあるの?」

「…………」

 

 ピタリと渋谷の足が止まる。二歩三歩と渋谷の前を歩いてから翠も足を止め、振り返り見る。

 

「なんだかいまが楽しいって感じがしなかったんだよね。世の中つまらない?」

「…………別に」

 

 翠の背が小さいため、やはり見上げる形になるが、渋谷は顔を背けて顔を合わせようとしない。そしてそのまま翠の脇を通り抜けて歩いて行ってしまう。

 

「渋谷は一見わかりにくそうな雰囲気纏ってるけど、案外単純なんだな」

「…………」

「まあ、初対面の知らない男にこんなこと言われたらイラつくか」

「…………」

 

 何を話しかけても渋谷は反応しないが、翠は諦めずに言葉を投げかけ続ける。

 

「一つだけ。信じるか信じないかは渋谷、お前が決めろ」

「…………何?」

「お前の人生の分岐路がもうすぐやってくる。退屈でつまらない人生に終止符を打ち、輝く道を示してくれる人が手を差し伸べるだろう。その手を取るならば俺は渋谷の味方でいてやれるよ」

「…………もし、その手をとらなかったら?」

「さあ? そのときは知らないさ。でも、絶対に渋谷はその手を取るさ」

「どうしてそんなことが言えるの?」

「なんとなく、だな。ただの勘だよ。もしくはおっさんの戯言でも思っておいてくれ」

「…………ここ、私の家」

 

 ある花屋の前で渋谷が立ち止まる。翠は渋谷にハナコのリードを渡し、しゃがんでハナコの頭を撫でる。

 

「また、会えるよ。それまでご主人の言うことをちゃんと聞くんだぞ?」

 

 きちんと意味を理解しているのか、元気よく鳴いて返事をする。それに満足そうな笑みを浮かべ、翠は立ち上がり渋谷に向き直る。

 

「近いうちにまた会えると思うけど、渋谷は俺に気づかないと思うよ。だけど影からちゃんと見守ってるから」

「……よく、分からないけどありがとね」

「うん。今度来たときはお花でも見繕ってもらおうかな」

「そのときはサービスするよ」

 

 渋谷とハナコに別れを告げた翠は、日が完全に沈み、雲の切れ端から星がのぞく空の下で少し悲しそうな笑みを浮かべながら自分の家へと足を向ける。

 

「――――――…………」

 

 その声は誰にも届かない。

 

☆☆☆

 

 あれから翠はほどほどに仕事をサボり、ほどほどにレッスンをサボりつつも数日を過ごし、今日はCPの宣伝写真を撮る日である。

 あのできるキャリアウーマン風の女性――名を日草(ひぐさ)奈緒(なお)というが、彼女は翠の専属プロデューサーである。翠は彼女に無理を言って今日を一日オフにしてもらっていた(おそらく仕事を入れていたとしても、すっぽかして来ていた。それを分かっていたために、彼女は無理をしてこの日を開けていたりする)。

 彼は今、白髪の腰まで伸ばした長い髪を束ね、帽子に半ば無理やり隠してバレないように変装している。髪を後ろに束ね、伊達メガネをかけた状態だと島村に渋谷、その他にもCPのメンバーの何人かとその姿で会っているため、翠だとバレなくても見つかる可能性があるためである。

 変装をしているのは自分がいると分かった場合、ただでさえ緊張しているというのに、余計な緊張まで与えてしまうからだ。

 カメラマンの中に上手く紛れ込んで撮影の様子を伺っている。

 

「…………ようやく、揃ったね」

 

 島村、渋谷、そして本田(ほんだ)未央(みお)ら三人が他のみんなと仲良く話しているのを見て翠は誰にも聞かれないよう小声でつぶやく。

 みんなはここに来る前、CPの部屋で三人と顔合わせを済ませている。

 

「たっちゃん、たっちゃん。これ使ったら?」

「翠、さん? どうしてここに……いえ、それよりも仕事はどうされたのです?」

「あまり長く話してるとバレそうだから詳しくは後で話すけど、今日は一日オフなんだ。それよりも早くそれを渡してあげて」

「はぁ……。分かりました」

 

 宣伝写真も順調に進んでいったが、島村たち三人で(つまず)く。慣れないからか、上手くカメラの前で笑えないようだった。

 そこで翠は小道具の中からボールを取り出し、武内Pにみんなにバレないようこっそり近づいていき、手渡す。

 初めはここにいることに対して驚いていた武内Pだったが、翠の意図を汲み取ってくれたのか深くは聞いてくることはなく、ボールを三人に渡して遊ぶようにと指示をする。初めはそれも戸惑っていたが、ムードメーカーであるのか本田が声を出し始めたことにより、しばらくすると三人は自然な笑顔を浮かべていた。そこを当然逃すはずなくカメラマンはシャッターをきっていく。

 

「あれ? 美嘉(みか)じゃん。どうしたの?」

「誰……? って、ええっ!? 翠さ――んぐっ、んんっ!!」

 

 そこにカリスマJKモデルである城ヶ崎美嘉がやってきたのを見つけた翠は誰よりも早く近づいていき、声をかける。すると驚いたのか大声を出そうとしていたが、慌てて翠が美嘉の口を抑える。近くにいた数人に不思議そうな顔をして見られたが、CPの面々までは声が届かなかったらしく、楽しそうな声が聞こえてくる。

 

「大きな声、出さないで」

 

 首を縦に振ったのを確認した翠はゆっくりと手を離し、美嘉から離れる。

 

「隣で撮影していたんだね」

「うん。妹がいるから様子を見ようと思ってね。そしたらいい新人がいるから今度のステージでバックダンサーを頼もうかと思っていたんだけど、まさか翠さんがいるとは思わなかったなー」

「あはは。危うくバレそうだったけどね」

「ごめんごめん。でも、どうして? 気になる子でもいるの?」

 

 両手を合わせて軽い調子で謝る美嘉だが、そのことを翠は気にした様子を見せない。

 

「気になる、といえば気になるかな。この子たちは化けるよ」

「……へぇ、翠さんがそこまで言うなんてね。私も目をつけておこっと。他の人にも教えてあげなきゃ」

「それよりもバックダンサー、頼むんじゃないの?」

「そうだった。それじゃまたね、翠さん」

 

 手を振って別れ、美嘉は武内Pのもとに向かう。先ほど話していたバックダンサーについて頼みにでも行ったのだろう。美嘉に気づいて抱きついた金髪のツインテール、莉嘉が美嘉の妹だろう。確かに苗字も同じだし、どこか顔立ちも似ている。

 

「宣伝写真も撮り終わってるようだし、俺も登場するかねー」

 

 そんなことを言いながらCPの方へと近づいていく。まだ帽子などの変装を取っていないため、翠だと知っている武内Pと美嘉以外は身構える。

 

「みんな、ずっと見ていたけどよかったよ」

 

 そう声をかけながら変装を解いて行くと、喜ぶものや恥ずかしがるものなど、反応は様々であった。

 

「見ていたなら言って欲しかったにゃ! 翠さんも人が悪いにゃ!」

「だって、俺がいたらみんな緊張しちゃうでしょ? 完全な第三者から見るって機会がなかなか無いからさ。楽しかったよ」

 

 すでに一度会っているCPのメンバーは未だ緊張はしているものの、ある程度の受け答えはできる。それとは別に、翠として会うのが初めての二人と、顔合わせ自体が初めての本田は目の前に現れたトップアイドルに驚きと極度の緊張でガチガチになっている。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。みんな基本は翠さんって呼ぶけどタメ口だし、みんなも気軽に、ね?」

 

 そうフォローするも、なかなか緊張は解けないでいる。

 

「三人はバックダンサー、やるんでしょ? 大勢の人の前で踊るんだから、たかが一人目の前にしただけで緊張してたらダメだよ」

「……いや、翠さん。たかが一人なんて冗談ですよね?」

「そう? 俺も美嘉も、同じ人間だろ? 変わらん変わらん」

「……うん、翠さんはどっかずれてるんだよね」

「何を言うか」

 

 失敬だなとばかりに翠は頬を膨らませるが、その姿は子どもがふてくされているようにしか見えない。

 

「それにしてもうーちゃ……島村に渋谷、本田の三人は運がいいね。バックダンサーに選ばれるなんて」

「え、あっ、はい! ありがとうございます!」

「……ありがとう、ございます」

「あ、ありがとうございます!」

「振り付けとか色々と覚えることがあって大変だと思うけど、頑張って」

 

 そして翠は美嘉と武内Pの二人と少し話をした後、ひらひらと手を振って別れを告げてどこかへと去っていった。

 

「はわぁ~。まさか九石翠さんに会えるなんて思わなかったです!」

「だねだね! しかも頑張れって!」

「うん。凄かった」

 

 三人とも興奮が抑えきれないようで、頰が少し赤くなっている。

 

「実はね。数日前なんだけど三人が来る前に翠さん、私たちのところに来てたんだ」

「えぇっ!? 何それずるい!」

「あはは……未央ちゃん、そんなことを言ってもどうにもなりませんよ」

「そうだけどさー! みんなはすでに会ってるなんて思わなかったよ!」

「そのときはダンスを見せてもらったんだよ!」

「目の前でダンスですか! それは羨ましいです!」

 

 先ほどまで本田を落ち着かせる立場だった島村なのだが、赤城がダンスを見してもらったと言った瞬間。島村は本田の立場へと移り変わった。それを見てCPのみんなは楽しそうに笑う。そこでようやく自身がどういう状況なのか気づいたのか、島村が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。

 島村は翠だと気が付いていないだけで、何度も目の前で踊りを見せてもらっていたりする。翠は正体をバラしていないため、知る由もないが。もちろん、他のメンバーも知らない。

 

☆☆☆

 

「渋谷凜が環境の変化に戸惑ってる頃か」

 

 電気をつけておらず、月明かりのみが照らす薄暗い部屋の中。

 必要最低限の家具しかない部屋のソファーにだらけて座る翠が手に持つ携帯にメールが届いたことによってその顔を明かりが照らす。

 それもチラリと見ただけであり。携帯の画面にずっと触れていないことによりフッと消え、再び薄暗い部屋へと戻る。

 

「ああ……面倒だ」




誤字脱字、アドバイスあれば教えてください。


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3話

「あら? 翠ちゃん」

「およ? (かえで)じゃん。どしたの?」

 

 346プロの玄関ホール。

 そこで翠は346プロの中でもトップアイドルに近いと言われている高垣(たかがき)楓とばったり出くわした。元モデル出身で身長が171センチもあり、翠は長いこと高垣と話をしていると首を痛めるといったことがよく見かけられた。最近は話すときは近くのイスに座るのが二人の間で暗黙の了解となっている。

 

「楓は今日、仕事?」

「ええ、そうなんですよ。だけど346って広いじゃない? 迷って遭難しちゃいそう……ふふっ」

「いつものキレがないから今日は帰ったら?」

「あら、手厳しい」

 

 ミステリアスでクールなタイプに見えるが、ダジャレが好きで彼女と話をしたら印象がガラッと変わる。よく会話にダジャレを絡めてくるが、ほとんどの人は流したり、反応に困ったりする。そんな中、翠はきちんと返してくれるため、高垣は翠のことをだいぶ気に入っている。

 

「翠ちゃんは?」

「俺はどこでサボるか考えてるところ」

「相変わらずなのね。そんなに怠けていると、私に負けちゃいますよ?」

「おお、少し調子戻ったようだけど分かりにくいかな? あ、楓はまだ時間ある? 俺、朝食まだだからカフェに行こうと思うんだけど」

「なら一食、ご一緒しましょうかしら」

「微妙。やっぱり疲れてる?」

「朝食抜いてきて超ショックのほうがよかったかしら?」

「それだと二番煎じになっちゃうよね」

「手荷物を手に持って行きましょう……ふふっ」

「お、やっといつもの調子だな」

 

 二人は立ち上がり、346の中にあるカフェへと向かう。

 そこではここの社員と思われるスーツを着た男性や女性らが数名、コーヒーを嗜みながら新聞やタブレットを弄っていた。

 

「いらっしゃいま――あ! 楓さん! ……うげっ! 翠さん……」

 

 カフェについた二人を迎えたのは目立つ大きなリボンをつけているメイド服を着た女性だった。彼女は銀トレイを手に高垣を見つけると嬉しそうな笑顔を見せたが、影から翠が姿をあらわした途端にその顔を歪ませる。

 

「うげっ! とはなんだうげっ! とは。今日一日ここで過ごしてやろうか」

「それは聞き捨てならんな」

「ん? ……うげっ!」

 

 すぐそばで聞こえた声に反応して三人がそちらに顔を向けると、新聞を片手にコーヒーを嗜んでいた奈緒がいた。それを見た翠が今度は顔を歪ませ、安部が救いの神に出会ったとばかりに顔を輝かせる。

 

「今日の予定は雑誌の撮影だ。朝食はここで取るのだろう? 待っていてやる」

「…………雑誌の撮影、かぁ。なんであんなのに時間かかるかね。つか、俺じゃなくてよくね? 961……じゃなくてどっか移動したんだっけ? ジュピター。あいつらに頼めよ。もしくは765の赤羽根に。今から電話して頼むか」

「ほら、愚痴言ってないで早く食え」

「そうですよ、翠ちゃん。もう九時(ぐち)過ぎてるんですから……ふふっ」

 

 奈緒が座っている席に翠と高垣も座る。テーブルに体を乗せてグチグチと文句を言い続ける翠に奈緒は新聞紙を軽く丸めて頭を軽く叩く。

 

「あ、安部ナナサンジュウナナサイ。ほったらかしにしてた」

「……翠さん、その言い方に悪意を感じますけど」

「ふっ……甘いな。三十七歳と言いたいわけではない。ナナ、サン、ジュウナナを足して二十七歳と言っているのだ」

「な、ナニイッテルンデスカー。二十七歳とかそんなマサカー。私は永遠の十七歳ですよー……?」

「あ、俺はコーヒー砂糖ミルク増し増しとサンドイッチ」

「私はコーヒーをブラックで」

「無視ですか!?」

 

 二人して可哀想な子を見るような目で見られ、安部は目の端に涙をためて『翠さんのバカー!アホー!』と叫びながら注文を厨房へ伝えに行った。

 

「それで奈緒。今日の仕事は撮影だけ?」

「ああ。一日に二つ以上仕事を入れたらお前、すっぽかすだろ?」

「まあね」

 

 新聞を片付けている奈緒に今日の予定を尋ねる翠。手帳を開いて翠に見せながらため息をこぼして説明する。

 昔、一度だけ翠は一日に二つの仕事をしたことがあるが、それ以降は面倒だと断り続けている。

 始めのうちは奈緒も無理やり連れて行けばなんとかなるだろうと考えていたが、何をするかを会った時に伝えるしか今日の仕事内容を知らないはずの翠が第六感的な何かで感じ取って逃げ続けるため、奈緒が折れるしかなかった。上の方もそれを認めている。

 

「できれば二つに増やして欲しいんだがな」

「無理無理」

 

 今でも奈緒は二つに増やせないか翠にこうして持ちかけるが、考えるそぶりすら見せずに首を横に振る。

 

「お待たせしました~」

 

 そこに銀トレイの上に高垣と翠が注文した料理を乗せて安部がやってくる。

 先に高垣へコーヒーのブラックを置き、続いて翠の頼んだサンドイッチ、コーヒー、シュガー五袋、ミルク四個を置く。

 

「そんなにお砂糖を入れるとさシュガーにいけないと思うわ」

「…………私もそう思います」

「楓、会った時に調子悪かったのは寝ぼけていたからかな?」

「…………高垣、安部。そいつに何言っても無駄だ。諦めが肝心だぞ」

 

 嬉しそうに鼻歌を歌いながら砂糖とミルクをコーヒーへと入れていく翠。高垣と安部の忠告など耳に入っていないようで、高垣のダジャレにだけ反応している。

 奈緒は安部にコーヒーのおかわりを頼みながら翠を見て悲しげな表情を浮かべる。それも気のせいだと思われるほど一瞬であったために高垣も安部も深く聞くことはなかった。

 

「今日はCPのとこ、見に行けないのか。面白いことになってると思うんだけど」

 

 あむっ、とサンドイッチを一口かじり、それを飲み込んで口を開く。

 

「なあ、奈緒」

「何だ? 休むとか無しだぞ」

「いんや、そうじゃなくてさ。今日の撮影に一人……もしくは二人、一緒に参加させてもいい?」

「……話だけ聞いてやろう」

 

 安部が持ってきたおかわりのコーヒーに口をつけようとしたがそのままカップをソーサーに戻し、真剣な目つきをする。何が楽しいのか、それをニコニコとした表情でコーヒーを飲みながら高垣が見ている。

 

「まだ、CPは本格的に動いていないじゃん? 島村、渋谷、本田の三人が美嘉のバックダンサーとして選ばれてるけど、他はまだレッスン。その空いている子の中から――――」

「いいぞ」

「まだ、全部話してないけど?」

「お前の新しい発想が失敗したことがない。それだけで理由としては十分だ。上からも翠の意見は全部通すようにと言われている」

「お? なら、週休八日を希望しまーす」

「それとこれは話が別だ」

「うえぇ……」

「…………ふふっ」

 

 ついに堪え切れなくなったのか、高垣が声を出して笑い始める。

 

「また、私の時みたいに卵を見つけたのですね」

「まあね。美嘉からまだ聞いてないのか。CPのみんなは化けるよ。俺は確信してる」

「あらあら。それは少し妬けちゃいますね。このベーコンみたいに……あむっ」

「俺のBLT(ベーコンレタスタマゴ)サンドが……」

 

 翠はトマトが嫌いなため、特別に作ってもらっているサンドイッチだ。それを高垣が翠の前においてあった最後の一つを手に取り、口に含む。

 

「それで、誰を呼ぶつもりだ?」

 

 高垣と翠の会話が一段落ついたところで奈緒が話を戻す。腕時計で時間を確認しているのはそろそろ時間が迫ってきているからであろう。

 

「まあ、まずはCPメンバーのとこに行って、本人の許可を取らないとね」

「……明日は雪だな」

「失礼な。キチンとお話をしてついてきてもらうさ」

「…………ああ、可哀想に」

「ふふっ。私の時もそうでしたから、きっとその子もはばたきますよ」

「そうだな。とりあえず早く飲んで話をつけに行くぞ」

「お? 奈緒さん持ち?」

 

 残っていたコーヒーをさっさと飲み干し、出る準備を始める奈緒のことを高垣と翠はゆっくりとコーヒーを飲みながら眺めている。

 

「別にいいぞ」

「お、太っ腹」

「ごちそうさまです」

「ほら、行くぞ」

「え? ちょっと、まだコーヒー残って……引っ張らないで!」

「頑張ってね」

 

 翠のコーヒーはまだ半分ほど残っているが、伝票と荷物を持った奈緒に腕を引かれて無理やり連れて行かれる。それを笑顔で手を振りながら見送る高垣は、その姿が見えなくなると翠が飲んでいたコーヒーのカップへと目を向ける。

 

「…………甘い、ですね」

 

 コーヒーを飲み干した高垣は周りを見回し、誰も見ていないことを確認してソーサーごと翠が飲んでいたものと入れ替える。コーヒーカップのふちを指でなぞり、翠が口をつけていたところに合わせてコーヒーを口に含む。

 想像していたよりもはるかに甘ったるい液体が口の中を蹂躙し、舌がおかしくなるような感覚に眉をしかめる。

 

「甘い、ですね……」

 

 手に持ったカップを覗き込み、波紋に揺れるコーヒーに映る歪んだ自身の顔を見ながらもう一度同じことを呟く高垣の表情は、憂いに満ちていた。

 

☆☆☆

 

「誰に声をかけるのか、目星はついているのか?」

「うん、決まってるよ。だけど、呼ぶときに少しだけ騒がしくなるかな」

「それはそうだろう。極端に言えば差別のようなものだからな」

 

 今は階を移動するためエレベーターに乗っているが、翠は歩くの疲れたと言ってエレベーターに乗る前から奈緒に背負われている。346内ではよく見かけられる光景のため、いまではみな慣れたものでそこに触れるものはいない。いるとすれば入ったばかりの新人だけだ。

 

「写真撮り終えたら帰ろっかなー……土に」

「埋めてほしいのなら手伝うぞ?」

「奈緒が言うと冗談に聞こえないから怖いよな」

 

 目的の階に到着し、エレベーターから降りておそらくみんながいるであろう場所、レッスン室へと向かう。

 

「ニャンニャン言ってる奴が島村たちに絡んでるんだろうな」

 

 その声が聞こえたわけではないだろうが、まだ距離があるというのにレッスン室の中から『勝負にゃ!』といった声が二人の耳に届く。

 

「どーもー」

 

 翠の声に合わせて奈緒がドアに手をかけ、中へと入っていくと、島村たち三人が前川に勝負を挑まれて受けていた。なぜか勝負の内容はジェンガ。それもたったいま、前川が敗れたところだ。彼女たちの周りでは苦笑しながら事の成り行きを見ている残りのCPメンバーがいる。

 

「うにゃー! また負けたにゃ!」

「あはは……その、すいません」

「別に謝ることじゃないと思うけど……」

「またってことは、すでに何回か勝負してるんだね」

 

 そこでようやく、翠が入ってきたことに気づいたCPのメンバーの動きが止まる。

 

「あ、あの! 決して遊んでいたわけじゃ!」

「そ、そうにゃ! ちょっとした、その、アレにゃ!」

「ああ、別に気にしてないよ」

 

 奈緒に背負われたままでいる翠に顔を青くさせて目を回しながら言い訳を考える島村と前川に笑顔で手を振って制するが、さらに顔色を悪くさせたために、『あれ?おかしいな』と首をかしげる。

 

「それよりもさ、ちょっと用があってきたんだ…………双葉杏に」

「ふぇっ!? ……あ、杏に?」

 

 自身は無関係だとばかりにレッスン室の隅っこで壁に体を預けてダラけていた双葉が半分閉じかけて頭目をパッチリと開いて反応する。

 

「にょわー! 杏ちゃんしゅごいしゅごい! 翠さんから頼まれごとなんて!」

「あと、無理にとは言わないが諸星きらりにも」

「にょわ!? 杏ちゃんと一緒ならきらりんうれすぃ! 何やるか分からないけど、一緒に頑張ろうね杏ちゃん!」

「杏はまだやるって言ってないんだけど……」

「う、卯月ちゃんたちだけでなく杏ちゃんにきらりまで! みんなばっかりずるいにゃ!」

 

 諸星はまだやる内容すら聞いていないのにやる気を出し、双葉との温度差が見てはっきりと出ている。そこに前川が声を張り上げ、赤城と城ヶ崎もそれに乗っかる。

 

「……ほら、騒がしくなった」

 

 こうなることを予想していた翠は、叶わないと分かっていながら落ち着いた雰囲気で物事が進んで欲しいと考えていた。それもいま、無残に砕け散ったために奈緒の肩にあごを乗せ、ため息をつく。

 

「まず、みんな落ち着け」

 

 決して声は大きくないはずなのだが、翠の言葉はみんなの耳に届き、シンと静まり返る。

 

「島村たちのバックダンサーだが、すでに決まったことだ。ウダウダ言ってるな。そんで双葉と諸星の件だが、この後話す。受ける受けないは悪いがすぐ決めてくれ」

 

 そこで翠は奈緒の肩を叩いて下ろしてもらい、手招きで前川を呼ぶ。

 

「…………あいたぁ!」

 

 近寄ってきた前川にジェスチャーで屈むように指示を出し、手の届く範囲に前川の顔がきたところでデコピンをする。突然のことと、見た目からは想像できない強さであったため、仰け反り、背中から床に倒れる。

 

「早くデビューしたい気持ちは分からなくもないが、少しは落ち着け。今回、美嘉が三人を選んだのと俺が二人を選んだのは合っていたからと、時期だったからだ。前川にも近いうちに必ずその機会が回ってくる。それを逃さず、物にできるよういまはレッスンで鍛えてろ」

「…………分かったにゃ」

「……前川の自分を曲げないという信念を俺はだいぶ買っているからな」

「…………!」

 

 本人は小さな声で聞こえないように言ったつもりだろうが、その声はしっかりと前川の耳に届いており、落ち込んだ状態から天に召されたように晴れやかな表情へと変わる。

 

「それで杏たちに用って?」

「杏ちゃん、アイドルの大先輩だから敬語を使わなきゃだめだにぃ」

「いんや、別に無理して敬語なんて使わなくていいよ。むしろ双葉みたいにタメ口の方が俺も気が楽だ」

「ほら、大丈夫だって」

「長くなって悪いな。これから俺、撮影の仕事なんだが双葉と諸星も一緒にどうかな、って思って」

『……えええっ!?』

 

 翠の言葉にCPのメンバー全員が驚きの声を上げる。

 だが、双葉はすぐにハッとなって嫌そうな表情を作る。

 

「し、仕事なんて杏は嫌だよ」

「杏ちゃん! これはとぉ~ってもしゅごいことなんだよ!」

「うわわ、きらり揺すらないで」

 

 双葉が断る雰囲気を出しているのを感じ取った諸星が肩を掴んで激しく揺すりながらどれだけ凄いことなのかを語っているが、当の双葉はグロッキー状態である。

 そこに歩くのもダルそうな雰囲気を出しながらもゆったりとした足取りで双葉と諸星のもとに向かう翠。諸星の肩に手を置いて辞めさせると、グロッキー状態の双葉を少し落ち着かせてから立ち上がるように言い、二人でレッスン室の角の方へと移動する。そして翠は双葉の耳元に口を寄せ、二言三言なにかを囁いた途端に双葉からやる気が溢れ出る幻覚をCPメンバーは見た……気がした。

 

「杏はその仕事、引き受けるよ!」

「よし。諸星もやってくれるし、決まりだな。奈緒、行くぞ」

「今から向かっても遅刻は確定だがな」

 

 いままで黙って事の成り行きを見守っていた奈緒がため息をつき、携帯を片手にレッスン室から出て行く。先方(せんぽう)へ謝罪と撮影内容の変更を伝えるためであろう。

 

「あ、杏ちゃん? きらりはやる気を出してくれるのはしゅごいハピハピィなんだけど……」

「大丈夫だって。何も悪いことには手を出してないよ」

 

 きらりだけでなく、他のみんなも双葉が急にやる気を出したことに一種の畏怖を翠に抱いていた。いままで何を言ってもやる気を出さず、唯一飴玉によって少しのやる気を出してくれる双葉だが、翠から少し話を聞いただけでここまで変わるものなのか、と。

 

「それじゃ、行こっか。奈緒……俺の専属マネージャーなんだけど、たぶん電話も終わってるしそこで待ってると思うから」

 

 そう言って翠はレッスンのドアへと足を踏み出したが、そのまま倒れこむ。

 

「す、翠さん!? 大丈夫ですか?」

 

 一番近くにいた新田がすぐさま近寄り、翠の無事を確認するために体を起こす。周りにも心配そうな顔をしながらみんな集まってくる。

 

「これから仕事に行くとか考えたら力でねぇ……」

『…………』

 

 翠の口から漏れ出た言葉により、新田だけでなく、他のみんなも口を噤む。

 先ほど、双葉のやる気を引き出して畏怖や尊敬の念をそれぞれ抱いていたのに、それらが一瞬にして無に返った。

 

「ほらほら、翠さん! 早く行くよ! 印税生活が杏を待ってる!」

「翠さんはきらりが背負っていくねぇ~」

 

 新田の手から諸星の手へと翠は渡り、背負われる。そしてやる気の出ている双葉を先頭にレッスン室から出て行った。




リクエストとかこういう場面欲しいってあったら、それ用の活動報告でも書いておこうかな
プロットとか、特に無いからすぐかもしれないし、先になるかもしれないけど、気長にお待ちください。


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4話

「それじゃ車の中のうえ、助手席に座って顔見れなくて悪いけど説明させてもらうね」

 

 奈緒の車に乗り込み、撮影場所へと向かっている中。まだ説明してなかったことを思い出した翠は、二人に断りを入れてから話し始める。

 

「いまからどっかの撮影現場に向かうから、そこで何かの雑誌の表紙を撮って、ハイ終わり」

「すごく分かりやすい説明だね」

「だけど詳しいことは何も言ってないにぃ……」

 

 双葉はグッジョブとばかりに親指を立てるが、諸星は情報が少なく不安そうな表情をしている。

 

「この間の宣伝写真と似たようなものだよ。俺と双葉はダルさをコンセプトに。諸星は悪いけどその背を生かして、立場的には保護者みたいな感じで撮ってもらうつもり」

「頑張るにぃ!」

「きら――」

「諸星」

 

 諸星はいつも通りのようにテンションを上げて言ったつもりだが、翠には通じなかった。双葉も何か感じるところがあったのか、諸星に声をかけようとしていたがそれは翠によって遮られる。

 

「確かに、お前は背がでかい。346にいる女性の中だけでなく、世間でも稀に見ないほどに」

 

 チラリと翠は後部座席に座る諸星に目を向けてから続ける。

 

「過去に何があったかは知らない。だけどもし何かあったとして、何かしてきた人がいるならば……そいつらと俺を一緒にするな。ヘドが出る」

 

 あえて翠は少しきつい言葉を選び、切り捨てるように言い放つ。その姿からは想像できないプレッシャーに諸星の肩がビクリと震える。

 

「怖がられないように。怖がられたくない。だからそのキャラ、作っているんだろ? 別にそれを否定するわけじゃない。諸星がでかいように、俺や双葉みたいに背が異様に低い人だっている。……だからか捻くれて育ったみたいだが」

「…………うぐっ」

「諸星の背の高さも、そのキャラも。どちらも大事な個性だ。胸を張れ。同じように双葉もな。……だけど心の中でCPのメンバーと壁を作るのは止めろ。あのメンバーはそれぞれが強いクセを持っている。たかが背が高いだけが何だって言うんだ」

 

 言いたいことは言い切ったとばかりに窓の外へと目を向ける翠。

 

「……まあ、双葉が一緒にいれば大丈夫か。なんだかんだ言いながらも相性いいよな。それに俺が言ったこともすでに双葉が言ってるんだろ?」

「にゃふっ! そうだよぉ! きらりと杏ちゃんはとぉーっても仲良しだにぃ!」

「だ、抱きつくなぁ!」

 

 車内は先ほどまで少し重い空気が漂っていたが、それは払拭されて明るい雰囲気へと様変わりした。

 笑顔を浮かべる諸星は双葉へと抱きつく。嫌そうに抵抗する双葉だが、その力は弱く、口の端はかすかにつり上がっていた。

 

「着いたぞ。ついてこい」

「奈緒は口調こそキツいけど、たぶん優しい心の持ち主だから。そんなに怖がらなくてもいいよ」

「たぶんは余計だ。落とすぞ」

「やめい!」

 

 翠は奈緒に。双葉は諸星に背負われて撮影場所へと向かう。

 

「おいっす」

「お! 翠ちゃん! やっと来たか!」

「今日は逃げたのかと思ってたよ!」

「奈緒ちゃんに捕まったんだね!」

「まあ、今日逃げられても翠ちゃんに仕事を頼んだ時はだいぶ余裕があるようにしてるからね」

「お? なら帰ってもいい感じ?」

「別に逃げても構わないが、仕事が増えるぞ」

「…….よし、今まで通りほどほどにサボろう」

 

 遅れてきたにも関わらず、今回の撮影に関係する人たちは誰一人として翠のことを責めることはなく、逆に温かく出迎える。双葉と諸星はピリついた雰囲気を考えていただけに、戸惑いを隠せない。

 

「お? そっちの子たちが翠ちゃんの見込んだ卵か」

「うん。鳥をイメージして話したり、姫をイメージして話す人がいるから面倒だな。……とにかく、磨けば輝く原石だよ」

「翠ちゃんが自分で増やしてるじゃないか! 今度は原石か!」

 

 撮影現場に笑い声が響くが、双葉と諸星は頭が混乱し、まだついていくことができていない。

 

「それじゃ、着替えてくるけど……双葉はそのままでいいよ。諸星は着替えるなら衣装室あるから。そのままの格好でも構わないけど」

「…………う、うん」

 

 翠はモジャモジャとヒゲを生やしたクマみたいな男性に脇から手を入れられて持ち上げられ、別室へと連れて行かれた。そして翠を運んだ男性だけはすぐに部屋から出てくる。

 

「諸星。着替えるか?」

「え、えっとぉ……あ、杏ちゃん、どうしよっか?」

「そのままでもいいなら、そのままでいいんじゃない?」

「んーっとぉ、でもぉ、ファッション誌だったら着替えたほうがいいと思うにぃ?」

「まあ、確かにファッション誌だけど、気にしなくていいよ。諸星さんはスタイルいいから服が映えそうだけど、翠ちゃんが無理矢理連れて来たんだろ?」

「細かいことは気にしなさんな!」

 

 近くで撮影の準備をしていた人たちが諸星たちの会話を聞き、苦笑しながら答える。

 

「お待たせ」

 

 着替えが終わったのか、二人の後ろから翠の声が聞こえてくる。

 

「…………おぉっ」

「うぴゃっ! 杏ちゃんと同じ服だにぃ!」

 

 振り返り見た翠の格好は、双葉と同じ白いTシャツに『働いたら負け!』とでかでか印刷されている。ただ、違いがあるとすればそれはTシャツの大きさであろうか。双葉が着ているTシャツもなかなかに大きく、Tシャツであるはずなのにミニスカのワンピースみたいになっているが、翠のそれはロングのワンピースを着たみたいになっている。下手をすればネックから体が抜けそうなのでは? と思えるほどに大きい。

 

「……下は履いてるの?」

「ちょっ! 杏ちゃぁん!?」

「ああ、パンツなら履いてるよ」

 

 ほれ、と言ってめくり上げようとしていたが、それは奈緒によって防がれる。

 

「堂々とセクハラか?」

「だって、信じてなさそうだし、俺こんななりだし? 別に構わんのだろう?」

「普通にアウトだ。一応、年齢を考慮しろ」

「…………ふむ」

 

 防がれたことに諸星はホッと胸をなでおろす。双葉はどうでも良さそうな雰囲気を出しながらアクビをしているがその目は翠を捉えていた。

 そんな二人を他所に翠と奈緒は話をしていたのだが、ふと、アゴに手を当てて自身の姿を見下ろして考え込む翠。

そして。

 

「九石翠、十二歳でっす☆」

 

 可愛らしくポーズを取りながら堂々と年齢の詐称を宣言する。それを見て奈緒は疲れたとばかりにこめかみに手を当て、盛大にため息をつく。

 

「お! おおおっ! 翠ちゃんいいねぇ! 今度の表紙、それでいってみようか!」

「え? やだよ」

 

 奈緒、諸星、双葉の三人を置いて周りのテンションが上がっていく。それを見た翠は逆にやる気をなくしていくが。

 翠としては笑いを取るために冗談としてやったつもりだが、何故か笑いの方向ではないウケがよかったために、危うく次回の表紙を撮ることになった時のポーズが決まりそうであった。

 

「翠さんはよく分からないにぃ……」

「杏もわけわかんなくなってきた」

「おーい、二人とも。そろそろ撮影を始めて、ちゃっちゃと終わらせて帰ろ? 昼飯とデザート、奢るからさ」

『翠ちゃんゴチでーす!』

「……このあと仕事は?」

「翠ちゃんの仕事が入ってる日は他に仕事なんて入れてられないよ!」

「……まあ、別にいいけど。ってか、その言い方だと時間通りに物事が進められない俺が問題児みたいじゃないか」

『よっしゃぁ!』

 

 事実そうであるのだが、前半部分の許しを得たところまでしか耳に入っていないため、後半のセリフに突っ込んで来る人はいなかった。予定していなかった人たちまで増えたが、翠はどうにでもなれとばかりに撮影の準備を始めようとしたが、面倒になったのかカメラの前まで移動して床に寝転がる。

 

「ほらー、二人ともー」

「いま行くにぃ!」

「あ、きらり。おぶってって」

 

 寝転がったままの翠に急かされ、慌てて諸星は双葉を抱きかかえて移動する。

 

「んー、諸星はそのまま双葉を抱きかかえてて、俺は少し失礼して後ろに乗っからせてもらうね」

「うぴょっ!?」

 

 もそもそと動く翠を不思議そうに見ていたが、背中に重みを感じて奇声をあげる。

 

「どうしよっか。諸星には尻ついて足を前に出して座ってもらって、足の間に双葉を。俺はこのままでいこっか」

「お? 可愛い撮り方するね! いつも通り、上手く撮れたらその一枚で終わりにしよっか!」

 

 周りのテンションがさらに上がっていく中、想像していた撮影と違ったために諸星と双葉は『本当にこれでいいの?』と疑問を胸に抱いていた。

 

「これでいいんだよ」

 

 まるで心の内が見えているような翠の言葉に、二人は振り返って翠の顔を見る。

 

「無駄に何枚、何十枚と撮ってその中から一枚を選ぶよりも、最高と言える場面でシャッターをきってもらって、その一枚を使うのが俺はいいと思ってる。その方が自然に感じられるじゃないか」

 

 翠の言葉に黙って耳を傾け、その言葉を、意味を心に刻むようにして聞く。

 

「いままでの写真だって、ほとんど一枚しか撮ってないからね。たまにクシャミがタイミングよく出て失敗したりするけど…………まえに、その写真使われたこともあるな」

 

 ちょっとした失敗談に二人は笑みを漏らす。

 

「取る時のコツはね、仕事として撮ってるって考えないで、いま、楽しい時間を過ごしていると考えれば笑顔は自然と浮かんでくるものさ」

『…………』

 

 柔らかい笑みを翠は浮かべ、親が子を愛でるように二人の頭を優しく撫でる。心の機微に聡い二人は翠の目を見て寂しげな心情を読み取っていたが、何も言わずに頭を撫でられることを受け入れていた。

 

「まあ、何十枚何百枚と撮られるのが面倒だってのもあるんだけど」

『…………』

 

 二人の目から翠に対する尊敬の光が消えた。

 

「おっしゃ! 準備できたし撮るぞ!」

 

 カメラマンの声を合図に翠は撫でる手を止め、二人にも前を向くように言う。

 そして二人が前を向いて指示した通りに座っているのを確認した翠はカメラマンとアイコンタクトを交わす。あまりにも一瞬であったために、二人はそのことに気づかない。

 

「……せいっ!」

「うきゃぁっ!」

「うわっ!」

 

 翠はいたずらを思いついたときの子どものような笑顔を浮かべて軽くジャンプをし、諸星の背にのしかかる。急な衝撃により諸星は体を前に倒す。だが、その顔は苦痛に歪んでおらず、むしろ楽しげに笑顔を浮かべていた。当然、諸星の体が前に倒れたことにより足の間に座っていた双葉にも被害が及ぶ。諸星もとは違い、その顔は迷惑そうにして諸星の方へと向いていた。

 そこにシャッター音が響く。

 

「お疲れ様っ!」

『おつかれ!』

 

 そしてカメラマンと周りの人たちが撮った写真を見て満足げに頷くと帰り仕度を始める。

 

「……あれ? ……あれぇ?」

「もう終わり……?」

 

 あまりにも一瞬なことであったため、諸星と双葉は呆然とする。

 

「うん、なかなかにいい写真が撮れたと思うよ。まだ確認してないけど」

 

 いまだに諸星の背に張り付いたままの翠が答える。が、奈緒が近づいてきて引き離される。

 

「いい加減離れろ。二人が動けないだろ」

「そーだった、そーだった」

 

 今度は奈緒に背負われて撮影前に連れて行かれた別室へと運ばれる。奈緒は扉を開けて翠を中に放り込むと、扉の前に立って着替えるのを待っている。

 

「諸星さん、双葉さん。お疲れ様!」

「おっつおっつ!」

「なんかあっけなかったけどね〜」

「まあ、この撮影方法は翠ちゃんしかしてないからね。他の人は数十枚をボーズ変えて撮ったりして、その中から選んでいるよ。多い人だと百枚超えるからね」

「うげぇ……杏は写真撮影、したくないなぁ〜」

「きらりはぁ〜、とぉ〜ってもハピハピしていて楽しいと思うけどぉ?」

 

 諸星は背後から双葉に抱きつき、体を右に左に揺らす。されるがままとなっている双葉だが、話に聞いた実際の撮影現場を想像して嫌そうに顔を歪めている。

 

「そーいえば杏ちゃんは、翠さんの水着姿、見たことある?」

「んー、あるよ。水着着てパーカー羽織ってるやつだけど」

「そぉだけどー、パーカーを着てない時のは?」

「…………きらり、翠さんの裸に興味あるの?」

「そ、そういう意味じゃないにぃ!」

 

 本当にふとした疑問だったのか、思わぬ双葉の返しに顔を真っ赤にさせて手をワタワタとさせる。

 

「うん? 俺の裸がどうこうって聞こえたけど」

 

 そこに追い討ちとばかり、着替えを終えた翠が奈緒に背負われて戻ってきていた。諸星はさらに顔を赤くさせ、双葉の後頭部に顔をうずめて腹に手を回し、逃げられないようにする。

 

「杏を隠れ蓑にしないでよ……」

「少しだけでいいからこうさせてぇ……」

「まあ、いつも助けてもらってるからいいけど…………ちょっ、力もう少し弱めて……」

 

 反応が嬉しかったのか、顔を後頭部に当てたままだが腕に力を込める諸星。そのため、双葉は締め付けられて苦しみ、腕をタップするがその願いは届かない。

 

「おーい、諸星。そろそろ飯に行くぞー。それと腕、離してやれ。口から魂が見えている」

「うぴゃぁっ!? 杏ちゃん! しっかりして杏ちゃん!」

「も、う……無理……」

 

 翠の言葉にようやくどういう状況なのか理解した諸星はすぐさま腕を離すが、限界だったのか双葉は諸星から離れるためか前に体を投げ出し、床に寝転がる。

 しかし、心配している諸星は双葉の体を起こし、肩に手を置いて激しく揺さぶるために顔が真っ青となっている。

 

「諸星、止めてやれ。グロッキー状態だ。それ以上揺するとリバースするぞ」

「あ、杏ちゃん!?だ、大丈夫にぃ?!」

「翠さ、ん……も少し早く……がくっ」

「杏ちゃ――――ん!」

「くだらん茶番してないで飯行くぞ。十二時過ぎてるんだから」

「杏は本当に……」

「分かってるよ。ーー奈緒」

 

 ようやく落ち着いたが、これから翠の奢りで飯に行く人たちは全員、これまでの一部始終に口を挟むことなく見て笑っていた。誰一人として口出しはせずに。

 グロッキー状態の双葉は諸星に任せられないと判断したのか、翠は奈緒に頼む。落ち込む諸星に翠は背負ってもらい、フォローを入れる。

 

「そんで、何食べに行くんだ?まだ決まってないなら俺が今、食いたいものに行くが」

「イタリアン!」

「焼肉!」

「ステーキ!」

「パフェ!」

「寿司!」

「お前らの意見まとめると、ファミリーレストランぐらいしかねぇぞ」

 

 見事にバラバラの意見を言ってくるために呆れてため息をつく翠は、未だ何を食べたいか言ってくる奴らを黙らせる。

 

「蕎麦な。異論は認めん」

 

 鶴の一声といった感じで場が静まり返るが、カリスマがないのか一泊の間を空けて不満の声が響き渡る。

 

「うるせぇ! 蕎麦と言ったら蕎麦なんだよ!」

「肉!」

「魚!」

「麺!」

「肉蕎麦食え! 天ぷら蕎麦のエビ食え! 蕎麦は麺だ! いいから黙って行くぞ!」

 

 普段のやる気の無さからは想像できないほどにハッキリとした意志を示す翠に諸星と双葉が目を丸くする。

 

「九石は食事に関することは譲らないからな。これはそんなに珍しいことじゃない」

 

 奈緒が優しい口調で二人の疑問に答える。少し時間を置いたからか、双葉の顔色も良くなってきている。

 

「よっし、蕎麦行くぞ!」

『おぉお!』

 

 先ほどまでバラバラであったはずなのに、急に意見がまとまったことに再び諸星と双葉は首をかしげる。

 

「さっきまでのはただのじゃれあい。みんな分かっててやったんだよ。あとは双葉の回復待ち?」

「そ、そうなんだ……」

「みんな優しいにぃ!」

「おぉぉ……諸星、落ち着け……」

 

 諸星のテンションが最大値を振り切ったのか、翠を背負っているのを忘れて体を思いっきり体を揺らしながらそこらを歩き回る。翠が落ち着くようにと声をかけるが、耳に届くことはなく今度は翠がグロッキー状態になる番となった。

 

 

 

 ーー結局、目的の蕎麦屋に着いた頃は十三時を過ぎていた。



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5話

売れた部数を三桁から七桁に訂正しましたー
……三桁だと百の位や…


「うぴゃぁ! このお蕎麦すごぉーく美味しいにぃ!」

「ほんとだ」

「俺もお気に入りだからね」

 

 さすがに全員が座れるほどのテーブルはないため、四、五人で分けて座っている。双葉と諸星、翠は三人で座っている。諸星と双葉が並んで座り、対面に翠がいる。この席に奈緒がいたら妙なプレッシャーがあり、他の人がいたとしても話しにくいことを考えてのことだ。

 すでに二人は翠とあまり緊張せずに話せるようになっていた。慣れもあるが、翠の人となりがそうさせるのだ。

 

「今頃、みんなはダンスレッスンかな?」

「ほんと、こっちに来てよかったよ。きらりは杏が来なかったらどうしてたの?」

「もちろん、杏ちゃんがレッスンサボらないように、側にいたよ?」

「翠さんに感謝だね」

 

 レッスンをサボろうとして諸星に捕まったところでも想像したのか、座って蕎麦を食べているはずなのに疲れた表情をしている。

 

「ああ、二人に言っとかなきゃいけないことがあってさ」

「どうかしたの?」

「まだ、雑誌でてないからいいんだけど、発売されてからは変装して出かけたほうがいいよ」

「こういう言い方は悪いけど、雑誌の表紙に一回のったくらい……それもトップアイドルである翠さんのオマケで映った杏たちには必要ないと思うけど」

「そいつは甘い認識だぜ」

 

 『そこまでする必要、ないと思うけど?』と言ってくる双葉の疑問に翠が答えようとしたら、隣のテーブル席で蕎麦をすすっていたクマさんみたいな男性がかっさらう。

 

「うちが出してる雑誌、三十万部売れるほどの……俺が言うのもなんだが結構人気あるんだよ」

「きらりは知ってるにぃ! 人気のモデルさんが表紙を飾るともっと売れてるにぃ!」

「いま、そこの嬢ちゃんが言った通り、人気モデルが表紙だともう少し伸びるんだが、翠が表紙の時とは比べられないさ。少なくとも倍は違ってくるからな。一番売れた時は七桁までいったな」

「そ、そんなに違うの……?」

 

 たかが雑誌。それも女性用のファッション誌だからそれほど大きく考えていなかった双葉は箸を止め、諸星へと目を向ける。

 

「き、きらりもそんなに違うとは思わなかったよぉ……」

 

 目を向けられた諸星も箸を置き、手を横に振る。

 

「それに嬢ちゃんはたかが雑誌の表紙と思ってるかもしれないが、翠ちゃんはほとんど一人でしか写真を撮らないけど、たまに気が乗るのか今日みたいに連れてきて一緒に撮るんだが……」

「その翠さんが連れてきた子たちはみんな、トップアイドルになってるからね」

「765プロの全員と翠ちゃんは撮ってるけど、分かりやすく言うと天海(あまみ)春香(はるか)ちゃんや如月(きさらぎ)千早(ちはや)ちゃん、星井(ほしい)美希(みき)ちゃんに、竜宮小町の三人。いまでも765のみんなはテレビで見かけるね」

「…………」

「杏ちゃん? どうかしたの?」

 

 話を聞いていくうちに双葉が思案顔へと変わっていくのを見て、諸星が声をかける。

 

「杏は印税生活がしたくてアイドルになったけど、もしかしてこれが原因で仕事増えたり……」

「まあ、あるね」

「うわぁっ! やっぱり早まった!」

「いや、どのみち印税生活するためには人気が出なきゃ無理だから。……俺はまさか、止められないとは思ってなかったけど」

 

 翠は印税生活できるほどに金も貯まったから引退したいなー、と言いながら奈緒にチラリと目を向けるが、彼女は何も反応を返さずに蕎麦を食べ進めるのみ。周りのみんなも諦めろと慰めの視線を送ってくるだけ。中にはサムズアップしてくる人も。

 

「そういえば翠さん」

「ん? どした?」

「きらりが翠さんの裸を見てみたいって」

「ちょぉっ、杏ちゃぁん!? ほじくり返さないで欲しいよぉ!」

「あー、裸ねぇ……」

「…………」

 

 蕎麦を食べ終えた双葉はほうじ茶を飲んでゆっくりしながら諸星を隠れ蓑にして疑問に思っていたことを少し遠回しにして伝える。そのことに気づいているのかいないのか、諸星は顔を真っ赤にさせて箸を持ったまま手をワタワタさせ、翠に言い訳を述べている。

 

「俺の貧相な体なんか見ても、誰が得するん……?」

「いやー……意外と需要はあるんじゃない?」

「確かにショタとしていけると自分でも思うけど……あまり嬉しくないなぁ……あ、ちなみにまだ誰にも見せたことがないよ?処女裸体(しょじょらたい)だよ処女裸体」

「新しい言葉ができたよ……。もし、それを期待してるファンがたくさんいたらどうするの?」

「んー、断るかな」

「…………なんか、ごめんね」

「察しの良い子はお兄さん、好きだよ。つか、あれだ。誰にも見られていないのは嘘だ。ちょっとしたハプニング? で見られたことあったな。その一回きりだけど」

 

 諸星と双葉はまた、翠の目の奥に光る寂しさを見て引き下がる。自分たちではどうすることもできない事が分かっているために、読み取れても何もできないもどかしさを胸に抱く。

 

「双葉に捻くれて育ったとか偉そうに言っていたけど、俺も十分に捻じ曲がって育ってるからね」

 

 同じように蕎麦を食べ終えている翠はほうじ茶を啜り、ホッとひと息つく。

 

「少しだけ話すと、俺の容姿が関係してるんだよね」

「…………」

「この髪、真っ白でしょ? アルビノっていってね、生まれつきなんだ。目も赤いんだけど黒のカラーコンタクトつけてるから。たまに雑誌の写真で俺の目、赤い時があるけど……あれが本来の目だから。外を歩くときは帽子かぶったり、日傘をさしたり。日焼け止めは毎日塗ってるね」

 

 寂しそうに笑いながら話をする翠に、茶化すことなく真剣な目をして二人は話を聞く。

 

「奈緒とは中学の頃から一緒なんだけど、迷惑をかけっぱなしだね……って、こんな湿っぽい雰囲気にするつもりじゃなかったのに」

 

 たはは、と笑って雰囲気を変えるためか、いつもの調子へと戻す。

 

「でも、このなりしてると子供料金で映画とか……観てるのバレたら捕まるからやってないけど、バスとか電車に一人でたまに乗るんだけど、爺さん婆さんからお菓子もらえるからいいよね。飴ちゃんとか好きだから、結構得してる感じ?」

 

 諸星と双葉も翠の流れに乗るために、クスッと笑みを漏らす。

 

「杏ちゃんも、飴が大好きだにぃ!」

「それじゃ今度、奈緒の家に行く? たくさん飴、あるから」

「えっ? いいの?」

「……別に構わないが」

 

 翠の言葉に目をキラキラとさせながら奈緒の方を向く双葉。あまりに期待値が高かったために、奈緒も折れて頷くしかない。

 

「そろそろみんな、食い終わった?」

 

 店の壁にかけてある時計を見てみると十四時を少し過ぎていた。翠がみんなに声をかけると、各々荷物をまとめる。

 

「翠ちゃんゴチでーす」

『でーす!』

「早よ伝票よこして店から出ろ」

 

 このまま解散の流れのため、一人一人翠に声をかけて店から出て行く。積み重なる伝票の数を数えると九つとなった。それらを持ってレジの方へと移動する翠の後ろを奈緒と諸星、双葉がついていく。

 

「これ、纏めてお願い」

「ありがとうね、お嬢ちゃん」

「…………嬢ちゃん、ね」

 

 レジに立ったのはアルバイトなのか若い女性だった。もしかしたら年下かもしれない子にお嬢ちゃん呼ばわりされてどこか思うところがあるのか、小さな声でつぶやく。

 

「あ、奈緒。俺のサイフ」

「ほら」

「つか、こんな真昼間から酒飲んでんのかよ」

 

 奈緒からサイフを受け取った翠は万札を三枚抜き取って支払い、お釣りを受け取る。予想していたよりも高い値段だったのでよくよく思い返してみれば、声をかけてきた何人かから酒の匂いがしたことに今更ながら気づく。

 

「そういや、この店ってサイン置いてったっけ?」

「何度か来てるが、まだだな」

「そっか。何回か来ているしお気に入りとして置いてくか」

 

 何を話しているのかサッパリであるレジに立った女の子は首をかしげるしかない。万能ロボットみたいに何でも持っていそうな奈緒から色紙とペンを受け取った翠はサインを書いて、その子に手渡す。

 

「これ、飾っといてね」

「え、ええと……はい? ……はいぃっ!?」

 

 初めは何か分からない様子だったが、色紙を二度見して驚きの声をあげるのを聞きながら、翠たちは店を出る。

 

「あの店員さん、ものすごく驚いていたにぃ」

「そりゃそうでしょ。まさか、翠さんが来ているなんて思わないだろうし。サインなんて行きつけの店の中でもお気に入りのところにしか書かないし」

 

 店を振り返り見ながら、諸星と双葉は面白いものを見たと笑い、いつのまにか奈緒に背負われている翠に目を向ける。

 

「そういえば二人はこの後、どうするの?」

「どうしよっか」

「特に決まってないにぃ」

「346に戻る? それとも帰る? どちらにせよ、奈緒が送るって言ってるよ」

「みんなとお話しがしたいにぃ!」

「杏も荷物、置いてきたまんまだ」

「なら、決まりだね」

 

☆☆☆

 

「しまむー、本当にダンス上手いね!」

「え、えへへ。そんなに褒められると照れちゃいます」

「でも本当にそう思うよ。宣伝写真を撮る前にも思ってたけど、私たち追いつけるかな?」

 

 一通りのレッスン――バックダンサーの振り付けの練習を終え、タオルで汗を拭い水分を取る三人はその合間に先ほどのレッスンについて話していた。

 

「やっぱり、養成所に通っていたから?」

「いえ、養成所だけじゃないです」

「他にも行ってたってこと?」

「あ、通ってたのは養成所だけです」

「しまむー、どゆこと?」

「えっと、養成所に通ってる時、すーちゃんっていう名前の男の子が教えてくれていたんです」

「…………すーちゃん?」

 

 島村からでた名前に、渋谷がどこかで聞いた名だと首をかしげる。記憶をたどっていくうちに、渋谷にも公園で出会った一人の男性が思い浮かぶ。

 

「卯月。その人の姿って、白くて長い髪を後ろで纏めて帽子かぶってたりする?」

「わぁ! 凛ちゃん凄いです!エスパーですか?」

「いや、私も会ったことあるから」

 

 三人いれば姦しいとはこのことか、話の内容は全く別のものへと変わっていた。

 

「なんだか不思議な感じがしませんでしたか?」

「確かにそうかも。心を読まれている感じ?」

「はい! すーちゃんが不思議なことを言ったら電波ですね! って言ったんですけど、微妙な顔をされちゃいました……」

「その人に会ったことないから私はよくわからないけど、そりゃ電波って言われたら微妙な顔するって」

「そうですか? すーちゃんには雰囲気も合わさってピッタリな感じなのですけど……」

「私は少し、分かる気がする」

 

 二人から電波みたいというなんとも言えない評価をもらったとうの本人である翠は、クシャミをして諸星から心配されていたりする。

 

「私、その人にすっごく会ってみたい。二人の話を聞いてると、ものすごく気になってくるよ!」

 

 ワイワイキャアキャアと話していると、トレーナーから休憩の終わりを告げられ、再びレッスンを始める。

 

「ああ、島村はそのすーちゃんとやらに教えられていたからかすでに十分な域に達しているから、できるなら二人にアドバイスをしてやってくれ」

「えぇっ! わ、私がですか……? ……はい! 島村卯月、頑張ります!」

 

 初めは戸惑う島村だったが、両手を握りしめ、やる気十分といった感じで気合いを入れる。

 しかし、気合だけで物事はうまく進むはずもなく……。

 

「えっと……どうしましょう?」

 

 島村は翠に教えられたことをそのまま伝えたのだが、上達が見込めずに戸惑う。

 それは当たり前といえば当たり前であった。

 翠は”島村にたいしてアドバイスをした”のである。決して、先を見越して本田や渋谷にアドバイスをしたわけではない。島村が踊った時に出るクセなどを考慮しているために、二人には劇的な効果は見られない。

 

「おっすおっす!」

「戻ってきたよ」

「やってるねー」

 

 そこに、食事……撮影から戻ってきた四人がレッスン室に顔を出す。




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6話

「あ、杏ちゃんにきらりちゃん! 翠さんも!」

「どうしたの? 杏ちゃんならそのまま帰るって思ってたけど」

「杏としたことが、荷物を置きっぱなしにして行っちゃたからさー」

 

 そう言って双葉は手に持っていたもの――うさぎのぬいぐるみ。名前を『うさぎ』というが、それを掲げてみせる。

 

「きらりは杏の付き添い?」

「にゃっふっ! きらりはみんなとお話がしたくて戻ってきたんだにぃ!」

「お話ですか! でも、他のみんなは違う部屋でレッスンしていてバラバラです……」

「なら、みんな集めれば? 一応、全員入るし半々に分けてお互いに見せ合いすれば……って、三人は違うのか。でも、他の人のを見るのもいい練習になるし、やって損はないと思うけど」

『……………………』

「……なに?」

 

 急にみんなが黙り、見つめてきたために翠は一歩、身を引く。

 

「い、いえ。翠さんがレッスンを見てくれるって……」

「嫌なら別にいいけど」

「嫌じゃないです! お願いします!」

 

 翠が面倒くさそうな雰囲気を出したからだろうか、全員が首を横に振り、否定をしてから頭を下げ、お願いする。

 トレーナーからも了承を得たため、数分後にはCPメンバー全員が集まっていた。

 

「よ、たっちゃん」

「翠さん。あの、これはどういった……」

 

 何が起こっているのかよく分からないといった様子で、首に手を当てながら翠に尋ねる。

 

「んーっと、簡単に言えばCP全員のスペックを上げるため?」

「はぁ……」

「俺がアドバイスしてあげるからさ、悪いようにはしないって」

「いえ、翠さんを信用していないわけではないのですが……なんだかずるいような気がして」

 

 武内Pからでた言葉に翠は何を言っているのか分からず、ポカンとして一拍の間が空いたあと、クスクスと笑みをこぼす。

 

「たっちゃん、全然ずるくないよ。だって、346に所属している先輩の俺が、後輩のアイドルであるシンデレラプロジェクトのメンバーに指導するのは不思議なことじゃないでしょ?」

 

 背の関係上、翠は武内の腰をポンポンと叩きながら『それに……』と続ける。

 

「あまり大きな声で言えないけど、他所属のアイドル指導、何回かしてたりするんだよね」

「翠さんのことですから、なんとなくそんな気はしていました」

「あれれ? 俺の行動筒抜けパターン?」

 

 まいったなぁ……、と頭をかきながら困ったような表情をしているが、すぐにまぁ、いっか。と何でもなかったことにしている。

 

「とりあえず、自分で言うのもなんだけど俺がトップアイドルだってこと忘れたら? ただアイドルの先輩として、後輩ちゃんたちに指導しているだけ。そう、それだけだよ」

「……はい。では、よろしくお願いします」

「おう。…………本当は後で個人個人にやるより今、まとめてやったほうが楽じゃね? と思っただけなんだけど」

「何かおっしゃいましたか?」

「いんや、何でもないさ。面倒だけど、頑張らない程度に頑張るよ」

「はぁ……。それならばよろしくお願いします」

 

 話がまとまり、翠は武内Pから離れて半々に分かれて向かい合いながらストレッチをしているCPメンバーのもとへと近寄っていく。

 

「実はさ、準備運動って捻挫とかに対してあまり意味、ないらしいよね」

 

 開口一番、いきなりワケのわからないことを言い出す翠にみんなは困惑するしかない。

 

「まあ、体をほぐすのは意味があるから、続けて。…………ほらほら、もっと体を前に倒さなきゃ」

「いたたたたっ! 痛い! 痛いにゃ!」

 

 床に座り、脚を開いて上体を前に倒す柔軟を行っていたメンバーの一人、前川に近寄り、おもむろにその背中へと手を置き、体重をかけていく。

 

「理想としては脚を完全に開いて腹を床につけることかな。……ほら、島村みたいに。お? 双葉もできてるな」

「ふぇっ? わ、私が見本ですか?」

「力を抜くだけなら誰にも負けないよ」

 

 養成所で翠と出会ってから教えられ、やってきたことであるため、島村にとっては容易(たやす)いものであった。双葉の理由には納得といえば納得だが、深く考えてみると『はて?』などと疑問が残るところではあるが。

 

「とりあえず、今日の夜から風呂上がりは柔軟な。全員、最低限はこれができるようになってほしい」

「そ、そういう翠さんはどうなのかにゃあ!」

 

 ずっと体重を乗せられていた前川が、翠がふと気の緩んだ隙を見て体をがばっと起こし、指を突きつける。

 

「俺? やる意味ある?」

「やっぱり、見本を見せてもらわないとってみくは思うにゃ」

「…………ほう」

 

 それだけではないことが丸わかりの雰囲気を漂わせているが、その様子に翠はどこかカチンときたようだ。端的に言ってしまえば、小学校低学年同士のくだらない言い争いと似ている。挑発にもなっていない挑発を前川が仕掛け、それに翠が乗ったのだ。

 

「なら、これはみんなの意思として受け取ろうか」

『…………えっ!?』

 

 思わぬ翠の言葉に、周りで事の成り行きを見守っていたCPメンバーが驚きの声を上げる。

 

「連帯責任で……そうだな。何か罰ゲームでも考えておくか」

 

 そう言って簡単に開脚し、床に体をペタリとやってのける翠。その顔はまるで当たり前のことをしているといった感じに涼しげで、どのような罰ゲームをするか考えているのか、楽しそうに笑っていた。

 

「みくちゃん……」

「翠さんに喧嘩を売るなんて……」

「……私たち、巻き込まれたよね」

「………駄猫が」

「にゃっ! みんなっ!? それに蘭子ちゃんはみくに当たりキツくないかにゃ!?」

 

 微妙に距離を取られ、ショックを受ける前川。とくに神崎からの言葉が一番効いたらしく、両手両膝をついて項垂れている。

 

「よし」

『…………っ!』

「……な、何?」

 

 ただ声を出して仰向けに寝転がっただけだというのに、自身に視線が集まったことにより翠は珍しく動揺をあらわにする。

 

「ああ、罰ゲームのこと? とりあえず今日は止めておくよ。なんか面白いことも閃かないし」

 

 ホッとため息をつき、そのまま罰ゲームのことを忘れるように願うCPメンバー。中には単純なのか、翠のことを崇拝しているのか。キラキラと目を輝かせて見ているものもいるが。

 

「取り敢えずさっきと同じように半々で分かれて踊ってもらおうか。アドバイスはダンスが終わるごとに言うから」

『はい!』

 

 元気に返事を返し、荷物などをまとめて隅に置くなど準備を進める。

 はじめは全員、翠の前で踊り、アドバイスをもらえると喜び、張り切って踊っていた。しかし、それは時が進むにつれて険しくなっていった。

 半分に分かれ、片方が踊っている間、もう片方もただ休んでいるのではなく、何か自身に必要なものはないか、取り入れられるものはないかを見るようにと翠に言われていたため、真剣な表情で見ていた。そして曲が終わり、野球の攻守交代のように踊っていたものたちは少し体を落ち着かせている間に翠から一人一人アドバイスをもらってから座り、見ていたものたちは立ち上がる。

 再び曲が終わり、先ほどと同じ流れで交代となる。

 そこでCPメンバー全員が思った。

 

 

 ――これ、いつ終わるの?

 

 

 連続で踊り続けているわけではなく、交代で踊っているために僅かな時間だが体を休めることができる。だが、疲労が完全に無くなるわけではなく、蓄積されていく。

 

「そんじゃ、ここまでにしておこうか」

『…………!』

 

 全員が十回踊り終えたとき、翠の声がレッスン室に響く。

 その声はまるで神のお告げのようだったと、後にCPメンバーは語る。

 

「つ、疲れたにゃ」

「……杏、今日はレッスンしないんじゃ…………」

「すっごいしんどい!」

「これはしばらく、立てないかな?」

「ダー。はい。足がプルプルしています」

「わ、我に魂の安らぎを……」

 

 周りの目など気にせずに全員、大の字になって床に寝転がる。体力のない何人かはウトウトとしており、しばらくすれば寝てしまいそうであった。

 

「こんなとこで寝るなよー。風邪ひくぞー。起きてる奴らも寝てる奴ら起こして着替えてこい。汗かいてんだからそのままだと風邪ひくぞ」

 

 それでもなかなか動こうとしないみんなに、翠はニッコリと笑顔を浮かべる。

 

「風邪でも引いてみろー。……マンツーマンでレッスンしてやるよ」

『……今すぐに着替えてきます!』

 

 眠そうにしていたのも目をぱっちりと開きいてほぼ全員が体を起こし、何故か翠に敬礼をしてからレッスン室をあとにする。

 

「……ん? 神崎は行かないん?」

 

 ただ一人、上体を起こしてポーッと翠のことを見つめる神崎に翠は近寄って行き、声をかける。

 

「わ、我は神の試練を所望する!」

 

 すると、神崎はいきなり立ち上がり、翠の目をまっすぐに見ながら胸に右手を当て、そう宣言する。

 しかし、先ほどの疲労からであろう。凛としているのは上半身だけであり、足はプルプルと生まれたての子鹿のようであった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……ふぇっ?」

 

 翠はしばらく神崎の目を見つめた後、前触れなく左手を軽く引っ張る。それだけで踏ん張ることもできずにペタンと床に尻をつける神崎。翠はそんな彼女に優しい笑みを浮かべながら頭を撫でる。

 

「今日はもう限界だろ? その時が来たらちゃんと声をかけさせてもらうさ。ゆっくり休んで疲れを明日に引きづらないようにしとけよ」

「…………は、はいっ!」

 

 パァァッ! という表現が合いそうなほど、目を輝かせて頷いた神崎は立ち上がり、翠に一度頭を下げてからしっかりとした足取りでレッスン室から出て行った。

 

「翠さん。本日はありがとうございます」

「いんや、ただの気まぐれだよ」

「本当にそうか?」

「…………ん?」

「私には何か目的があってやっているようにしか思えん」

 

 神崎がレッスン室から出て行った後、床に寝転がる翠に首に手を当てながら武内Pが近づいて声をかける。気まぐれとあっけからんに答える翠に、奈緒が壁に背を預けながら尋ねる。

 武内Pもどこか思うところがあったのか、翠をじっと見つめる。

 

()にはいったい、何が見えている?」

「…………あー」

 

 上体を起こし、どうしたもんかなと頭をかきながら言葉を探しているのか目を右に向け、左に向け。そして閉じ、唸るようなことをすること数分。バツが悪そうに頬をかきながら口を開く。

 

「いや、奈緒が珍しく名前で呼んだことからシリアスぶって真面目に聞き出したいのは分かるんだけど……いや、本当に気が向いたからなんだよね」

「翠。嘘をつくときに左手を握るクセがあるぞ」

「うん、全くのウソだよね」

「…………ッチ」

「いや、マンガやラノベだとよくある手だけども、失敗したからって舌打ちやめてよ。俺、傷ついて明日は寝込んじゃうかもよ?」

 

 よいしょ、と年寄りくさい声を出しながら立ち上がる翠はあくびを漏らす。

 

「眠い。もう、帰っていい?」

「…………ああ」

「じゃね」

「はい。お疲れ様でした」

 

 レッスン室を出た翠はすぐには移動せず、扉に背を預ける。

 

「奈緒には困ったもんだな。たっちゃんまで何かあるって思ってるようだし」

 

 胸に手を触れさせ、服ごと強く握りしめる。

 

「……………………」

 

 しばらくしてから手を離し、ゆったりとした足取りで扉から離れる。



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7話

作者は基本、全員好きですが蘭子ちゃんや杏ちゃん、楓さんなど、その中でも特に好きなキャラがいます
贔屓してるなと思ったら、作者の好きなキャラです。


「……朝、どんな格好で来たっけ?」

 

 346の玄関ホールに佇む翠の姿があった。

 エレベーターを使って降り、さあ帰ろうといった時に自身の格好を思い出したのだ。このまま外を歩けば帰るどころの騒ぎでは無くなるのが明白である。

 とりあえず翠は今、考えることを諦めて夕食をここで食べてからどうするかに切り替えた。

 346の代名詞は複合施設と言っても過言でないほどに様々な施設がある。エステにマッサージ、サウナ。言い方は悪いが大事な商売道具であるため、綺麗にさせることを惜しまないのだろう。当然、食堂もある。たいていの料理はおそらく食べられる。さすがに地方料理や他国の珍しい料理などはないが、日によってはパエリアなどもメニューにある。

 

「およ?」

 

 翠が食堂に顔を出すと、CPのメンバーがみな揃っていた。目の前に料理が置かれているが、島村以外はあまり箸が進んでいないように見える。

 

「みなさんみなさん。お揃いでどしたの?」

「あ、翠さん」

「実は、あまり食欲がわかなくて」

「卯月はよく、食べられるね」

「はい! たくさん運動したのでお腹が空いてます!」

 

 よく見てみると他のみんなは普通の量なのに対し、島村のは大盛りなのがうかがえる。

 

「食欲がわいてないのならばあまり無理して食べさせたくはないけど……食べなきゃ力がわかないよ?」

 

 そこで一度離れ、翠は自身の食事を取りに券売機へと向かう。夕食にはまだ少し早い時間のため、大盛りではなく普通の量で豚骨ラーメンを選ぶ。

 

「あら、翠ちゃん。久しぶりじゃない?」

「え? 翠ちゃんが来たって?」

「ほんとだよ。久しぶりだね!」

「あー、久しぶりに来たね。そういえば」

「普通の量でいいの? 大盛りにしてあげようか?」

「いや、そんな腹減ってないし、普通でいいよ」

「はいよ。少し待ってて」

 

 一時期、頻繁にここを利用していた翠は食堂で働くおばちゃんたちと仲がよく、ごく稀にだがここでお茶会などをしたりもしていた。話すのは世間話や、おばちゃんたちが翠に娘はどう? と進めてくるのがほとんどだが。

 

「はい、お待たせ」

「ありがとね」

「最近こなかったからみんな寂しかったんだよ」

「頻度は下がるけど、また来るよ」

「待ってるからね!」

 

 出来上がった豚骨ラーメンを受け取り、トレイに乗せてCPメンバーの元へと戻る。

 

「食欲ないんだったら、どしてここに?」

 

 どうしたものかと考えた翠はまず、思ったことを聞いてみた。

 食欲がないのにもかかわらず、食堂で飯を食べる意味とはこれいかに。

 

「翠さんのレッスンについて、集まって話そうってことに着替えてるときなったんです」

「それで少し夕食には早いけど、夕食を食べながらにしたんだけど」

「いざ食べ物を目の前にするとノドを通らなかったんだにぃ……」

「なるほどね。まあ、なんにしても……残すことは許さないから」

 

 満面の笑みを浮かべる翠にCPメンバーはコクコクと頷く機械へと変わる。

 

「でも、島村は大盛りで食べてるよね」

「はい! 実は声をかけてもらう前は養成所にいたんですけれど、そこですーちゃんっていう男の子にダンスを教えてもらっていたんです!」

「ふんふん、それでそれで?」

「翠さんと比べると全然なのですが、すーちゃんのレッスンもなかなかにハードで慣れていました!」

 

 『なるほどなるほど』と頷く翠は内心、『あれ? そんなにハードな練習してたっけ?』と疑問符を浮かべていた。

 

「あ! しまむーとしぶりんからすーちゃんの話を聞いて思ったんだけど、すーちゃんって実は翠さんだったりする?」

「あっはっは。未央ちゃん、そんなはずは無いですよ。翠さんが名前も知らない一般人にダンスを教えるなんて」

「でも、どこか似てるかも」

「凛ちゃんまでそんな」

「確か、こんななりでも二十四歳なんだよねって言ってた……翠さんも同じ年齢だったよね?」

 

 そんな話題になるとは思っていなかった翠は、どうするか脳をフル回転させていた。

 案としてすでにいくつか浮かんでいる。

 一つ目は、素直に話して正体をバラす。

 二つ目は、兄弟と言って乗り切る。

 三つ目は、他人の空似じゃない? と乗り切る。

 

 三つの案が浮かんでいるが、翠が選ぶのは一つしかなかった。

 三つ目の案は無理が過ぎるし、万が一どこかに矛盾が出てきたら終わりだ。

 二つ目の案は少しワケあって、兄弟についてあまり話したくないためだ。

 よって、一つ目の案をとる。

 

「……うん、俺がすーちゃんだけど」

「ほらほら、二人とも。翠さんだって違うと……違う、と……言ってないです! ってことは私、ずっと翠さんにマンツーマンでダンスのレッスンを……!」

 

 ダンスのレッスンを翠にしてもらっていたと理解した島村のテンションが高くなり、立ち上がる。行儀が悪いと翠が座らせようとしたが、食器の中は綺麗に食べ終えてあり、箸もきちんと並べて置いてあったため、すんでのところで声をかけるのを止める。

 

「…………う、羨ましい」

 

 か細い声が聞こえたために、翠が島村からそちらに目を向けると、羨ましそうな目をしながら島村のことを見ている神崎の姿があった。他の人たちの意識は島村に向いているため、気づいたのは翠一人である。

 声をかけるとなんだかややこしいことになりそうな気がしたため、翠はそれを見なかったことにした。

 

「島村。そろそろ落ち着いて座ったら?」

「は、はいっ! すみません、みなさん。テンションが上がってしまって」

 

 麺が伸びないうちにラーメンを食べ進めていく間に、そろそろ頃合いかと島村を大人しくさせる。

 

「それで俺のレッスン、何かまずいところあった?」

「いえ、翠さんのレッスンに悪いところがあったのではなく、私たちの方に問題があったと……」

「別にそうでもないと思うけど? お前らはまだ、デビューもしていないアイドルだ。例えるならば生まれたばかりの卵のようなものだな。今回のレッスンはその卵を温めたってところ」

 

 レンゲを使ってスープを飲み、一呼吸置いてから続ける。

 

「まだしばらくはこの、卵を温める状態が続くが、ここで諦めたり妥協したのならば孵化した後。つまり、デビューしてからが辛くなる」

 

 スープが熱かったのか、翠は一口水を飲んで落ち着き、また続ける。

 

「デビューした後は自身の努力とプロデューサーの腕によってトップアイドルへの階段を上っていく。だけども、卵のときにどこかで妥協したのならば、どれだけプロデューサーの腕が良かろうが階段は途中で消えて無くなり、そのまま真っ逆さまに落ちていく」

 

 底にある細やかな麺を箸で器用につまんで食べ、スープを飲んで手をあわせる。

 トレイごと食器を脇にどけ、腕を組んでテーブルに乗せる。

 

「卵から孵化したお前らはたっちゃんという名の親鳥によって育てられる。いつまでも親鳥に甘え、妥協した鳥は空を飛べず、努力をした鳥は大きな空へとはばたき、飛んでいく。無限に広がる可能性に向かって、だ」

 

 真面目な顔をしていた翠はそこでフッと顔をほころばせる。

 

「幸い、お前らは妥協するようなことは無いと俺は思っている。実際、こうやって集まって何が悪かったのかを話し合い、改善しようとしていたのだから。ってか、言いたいこととだいぶ離れたこと言ってたな」

 

 コホンと咳払いをして仕切り直しをする。

 

「本来、言いたかったことは、まだ新人でレッスンも始めたばかりの子が多い。体力もまだまだなのは分かっている。そのためのレッスンなのだから。……だけど、いつまでもこれが続くようなら問題あるが、(おご)ることがないお前らは大きな空へ飛んでいける。うん、そう言いたかったんだよ」

 

 満足とばかりに頷き、トレイを持って立ち上がる。

 

「汗はしっかり拭ったと思うけど、体を冷やして風邪なんかひくなよ。一応、しっかりと風呂で体を温めて、風呂上がりにはストレッチをして体をほぐしておけ」

 

 またね、と言って翠は食器を片付け、食堂から出て行く。

 

「なんだか為になる話、聞けちゃったね」

「聖なる歌、しかと受け止めたり」

「すっごく大人っぽかったね!」

「ぽかったじゃなくて、実際大人なんだけどね」

 

 口々に感想を言い合い、お互いに顔を見合わせて頷きあう。

 

「食欲が無いなんてロックじゃないね!」

「しっかり食べて、明日のレッスンの為に栄養つけるにゃ!」

「そうだよね。しっかり食べなきゃ倒れちゃうもんね!」

 

 各々、箸に手を伸ばして食べ始めるが……島村も流れで箸に手を伸ばしたが食器の中は空であった。

 

「……私、これを片付けてお茶を取ってきます」

 

 少ししょんぼりとしながら、席を立つ。

 

「……杏ときらりは今日、レッスンしないはずだったのに」

「そうなんですか?」

 

 島村がお茶を手に戻ってきてしばらくしてからふと、双葉が口を開く。

 

「でも、きらりはみんなと一緒にレッスンできてとっても楽しかったにぃ!」

「杏はすっごい疲れたよ」

「ねぇねぇ、二人とも。翠さんの撮影ってどんな感じだったの?」

 

 あくびをしながらもなんとかといった感じで食べ進めていく双葉と、みんなとご飯を食べられて嬉しいといった感じで食べ進めていく諸星。対照的な二人だが、翠にも言われた通り仲良しだからだろう、隣同士並んで座っている。

 城ヶ崎の質問に対し、双葉が答える様子を見せないため、諸星が笑顔……いや、苦笑いで答える。

 

「翠さんの撮影方法は独特だったにぃ」

「どんな風にー?」

「普通はぁ、何十枚とポーズを変えて撮るんだけど、翠さんは一枚で終わっちゃったんだよねぇー、杏ちゃん」

「……んー? うん。杏が撮影するときもそれがいいのになぁ」

「へー、そうなんだー。私も見てみたかったなー」

 

 きらりへの応答が鈍くなってきているので、そろそろ双葉の睡魔が限界に近づいてきていることがうかがえる。

 

「みんな、今日はしっかりと睡眠をとって体を休めようね」

 

 全員、食べ終えているので締めとして新田が声をかけ、その場は解散となる。睡魔が近い双葉はきらりが送っていくようで、年少組も家が近い人たちとで協力して送っていくらしく、寮に住んでいる人たちもまとまって帰るようだ。

 

☆☆☆

 

「……美嘉のステージにバックダンサーとして三人が出て、PVだったか紹介だったかで個人の撮影を三人がやって、その次に前川のストライキか」

 

 すーちゃんの変装とも言えない格好でダラダラノロノロ歩いて346から数分のところにあるマンションへと帰った翠は、帽子や伊達メガネをテーブルの上へと無造作に置き、いつもと同じように電気を付けずに暗い部屋の中で過ごしていた。

 携帯にメールが届き部屋を照らすが、それもまた見向きもしないことによってすぐに暗い部屋へと戻る。

 

「つか俺、なんでアイドル(こんなこと)やってるんだろうな」

 

 翠の声に誰も返すものはいない。

 ため息をつき、ソファーから体を起こして寝室へと移動し、ベッドに潜り込んで目を閉じる。

 

「…………何してるんだろうな」

 

 誰に向けられたものなのか。

 それは本人のみぞ知る。



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8話

「…………誰?」

 

 朝を迎え、目を覚ました翠は首をかしげる。

 一人暮らしであるはずなのに、朝食のいい匂いが漂ってくるからだ。誰だかわからないというのに、その表情に恐怖はない。翠がベッドから降りようとしたとき、不意にドアが音を立てて開かれる。

 

「おはようございます。あ・な・た♪」

「……俺は結婚した覚え、ないんだがな」

 

 ドアを開けたのは同じ346のアイドルである佐久間(さくま)まゆ。左腕には常に赤いリボンが巻かれているのが特徴だ。

 

「おはよう、まゆ。一瞬、どうやって入ったか不思議だったが、合鍵を渡していたな」

「はい。私とあなたの、愛の巣です」

「朝食を作ってくれたのか?」

「はぁん。冷たくされるのもゾクゾクしますね。……はい、心を込めて作らせてもらいました」

 

 高垣のギャグとは違い、佐久間を相手にするときの翠は冷たい印象を受ける。だが、下手に反応をしてしまうとどこまでも付け上がってしまうため、これが正しい対応といえば正しいのだが。

 

「久しぶりな気がするけど、忙しかった?」

「翠さんの言う通り、ここ最近は忙しく、なかなか会うことが出来なくてまゆは寂しかったです。翠さんも寂しかったですよね?まゆがこんなにも寂しかったんですから」

「まあ、何か物足りなさを感じていたね。久しぶりに会うと、ホッとするよ」

「――――っ!」

 

 翠のセリフを聞いて佐久間は全身で喜びをあらわにする。頬を両手で包み、はぁ…と熱い吐息を漏らし、体をクネクネと動かす。しばらくして満足したのか、頬から手を離すがまだ朱に染まったままで、色っぽい雰囲気を漂わせている。佐久間は翠が上体を起こしたままでいるベッドへと近づいていく。

 

「ねぇ、翠さん。久しぶりにキス、して欲しいです」

 

 そう言ってベッドに両手をつき、『……ん』と目を閉じて翠にキスをねだる。

 

「久しぶりも何も、キスしたことないよね」

「……ふふっ、翠さんのいけず――――ちゅ」

 

 不意打ちで翠のデコにキスをして満足したのか、ベッドから二歩三歩と離れる。

 

「いつも私からだけですよね。やっぱり、他に女がいるんですか? 一番怪しいのは奈緒さんですけど」

「違うっつーに」

 

 デコとはいえ、美少女にキスをされたのに顔色一つ変えない翠はベッドから起き上がり、自ら上体を前かがみにさせた佐久間へとデコピンをする。

 

「冷めないうちにご飯、食べさせてくれ」

「はい♪」

 

 佐久間は翠をおんぶではなく、お姫様抱っこで運ぶ。

 

『そのほうが顔を見られるし、手の内に翠さんがいることに興奮している』

 

 昔、やめて欲しいと言ってもこれだけは譲らなかった佐久間に翠が聞いたとき、そんな答えが返ってきた。

 そのときの翠はただ、頷くしかなかった。……おそらく、今も。

 

「今日は仕事、休みなのか?」

「はい。そろそろ翠さんと会わなければ理性が持たなかったので」

「そう。俺も今日、休みだからどっか行く? それともゴロゴロしてる?」

「私は翠さんと一緒に居られるなら、どこでもいいですよ」

「そかそか」

 

 ご飯に味噌汁、鮭の切り身。佐久間が翠のために料理を作ったのだ。トーストなんか出てくるわけがない。手を合わせてから箸をとった翠はまず、味噌汁から口につける。

 

「ほんと、俺好みの味付けだよ」

「頑張りましたから。毎日味噌汁を作ってあげますよ?」

「鮭の焼き加減もいいし、米もうまい」

「米は翠さんと比べると全然ですけど、嬉しいです」

 

 翠が朝食を食べ進めていく間、対面に座った佐久間はニコニコと見ているだけ。目の前には水の入ったコップが置かれているが、手をつける様子が見られない。

 

「まゆは食べないのか?」

「翠さんが食べ終えた後でいただきますよ?」

「今からでも一緒に食べようか。やっぱり、一人よりも楽しいよ?」

 

 翠が言い切る前には佐久間の姿が目の前からなく、トレイに翠と同じメニューを乗せて戻ってきた。

 

「では、いただきます」

「……ん」

 

 ツッコミを入れるなんてことはなく、何事もなかったと自身に言い聞かせて翠はもくもくと食べ進めていく。

 後から食べ始めたはずの佐久間であったが、翠が食べ終えると同時に食べ終えていた。片付けてくれると言うので、翠は佐久間に食器を預け、ソファーにグデッと体を投げ出す。

 

「…………あ、明後日か。ライブ」

「新人さんが美嘉さんのバックダンサーとして出るやつですよね?」

「そうそう」

 

 いつの間にかちょこんとソファーに座っている佐久間に翠は驚くことなく返す。

 

「……そんなに気になるんですか?」

「そりゃ、まゆと同じで可愛い後輩だからね」

「そんな、まゆのことが可愛いなんて……プロポーズですか?」

「うん、違う。すごいポジティブ思考だね。下手なこと言えないじゃん」

 

 翠は体を起こし、テーブルに用意されている紅茶へと手を伸ばす。

 

「甘くてうまい」

「まゆも、砂糖多すぎだとさすがに思います」

「大丈夫大丈夫。このあいだの健康診断は問題なかったし」

 

 飲み干した翠は再び横になろうとしたが、佐久間に頭を軽く押さえられ、不思議に思っている間にあれよあれよと膝へ頭を運ばれる。所謂、膝枕だ。

 膝枕なのに、頭をのせる部分は太ももとはこれいかに。

 なんてくだらない事を翠が考えていると、優しく翠の頭を撫でていた佐久間の手が止まる。

 

「……ねぇ、翠さん」

「お?」

「何が見えているのですか?」

「……何? 俺が企んでる説でも流行ってるん?」

 

 昨日の奈緒と武内Pに続き佐久間にまで言われた翠はため息をついて上体を起こそうとしたが、押さえつけられたことによってそれは叶わなかった。

 

「どしたの?」

「まゆは誤魔化されませんよ?」

「誤魔化すも何も、初めから企みなんて――」

「…………」

 

 最後まで言い切ることなく、翠は口を紡ぐ。

 

「翠さん、私は誰にも話しませんよ?」

「それは分かってるんだけど、こればっかりはなぁ……。誰かに打ち明けることで心の負担が軽くなることも理解してるけど、無理なんだよね」

「…………私じゃ、ダメなんですか?」

「まゆだから、ってわけじゃないんだよね。これは俺自身にしかどうこうできない問題だからさ」

 

 『それに……』と、続けて佐久間の目をまっすぐに見つめ返す。

 

「俺の性格を理解してるなら早い話、基本面倒ごとは奈緒や周りに押し付けてるじゃん? ちゃんと周りに体を預けて頼ってるから」

 

 ――だから心配しないでいいよ。

 言葉にはせず、目だけで伝える。

 それをきちんと受け取ったのか、佐久間も頬を緩ませ、再び翠の頭を優しく撫で始める。翠は気持ちよさそうに目を閉じ、身を委ねる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」

 

 はじめは頭を撫でていたのだが、その手が頬へと移動してきたことに翠は不思議に思い、目を開ける。

 

「…………あと少し目を瞑っていてくれたらよかったのに」

 

 目を開けた翠の視界に映ったのは興奮して目を潤ませ、頬は朱に染めている佐久間の姿であった。顔の距離は二十センチとなく、翠が違和感を感じて目を開けなければ。手を間に入れなければそのままキスされていたであろう。

 

「まったく。ゆっくり寝ていられないじゃないか」

「別にゆっくり寝ていてもいいんですよ? ただ、ライオンの前に腹を出して寝転がるウサギを想像していただければ、と」

「それ、ダメなやつやん」

 

 そんな事を言い合いながらも、翠は膝枕をされて頭を撫でられたままでいる。

 

「休みの日って大好きだけど、時が進むの遅いよね」

「まゆは翠さんと一緒ですから、とても楽しいですよ?」

「そう? ……それよりもまゆの方こそ、何か相談でもあるんじゃないの?」

「…………」

 

 ピタリと撫でていた手が止まる。

 

「やっぱり、翠さんは考えていることが読めるんですか?」

「そんな特殊能力があったら是非とも欲しいね。弱み握って楽して生きたい」

「……何にしても、翠さんには隠し事が出来ないですね」

 

 佐久間が頭から手をどけたため、翠は体を起こしてソファーに体を預ける。

 

「私もここに住んでいいですか?」

「……なんで?」

 

 真面目な表情をしていたために、人生相談か、はたまた重い内容かと考えていた翠はその口から出た言葉を理解するのに少し、時間がかかった。

 人生相談といえば間違いではないのだが、内容が内容であるため、佐久間に紅茶のおかわりを注いでもらってそれを飲み、翠は落ち着いてよく考えてみたが結局はよく分からなかった。

 

「急にどうしたん?」

「まゆは今、実家から通っているんですけど、ここからなら近くて便利かな、と思いました」

「……親御さんが許さんだろ。こんな男と暮らすなんて」

「泣いて喜んでいましたよ?」

「…………おーい」

 

 思わずといった感じで顔に手を当て、見たこともない佐久間の両親へと愚痴をこぼす。

 

「別に部屋とか空いてるからいいんだけどさ」

「なら、今から準備してきますね」

「話は最後まで聞こ? ねぇ、待って……おーい」

 

 許可を得たとたんに佐久間はソファーから立ち上がり、ニコニコとしながらリビングから出て行く。翠が呼び止めるも右から左に抜けていっているようで、立ち止まる気配はない。そのまま翠がソファーから動くことはなく、遠くから玄関の開く音と鍵の閉まる音が小さく聞こえてくる。

 

「……別にいっか」

 

 毛布を持ってきてそれにくるまり、翠はソファーで眠りについた。

 

☆☆☆

 

「…………ん?」

 

 携帯が振動する音により目をこすりながら上体を起こした翠は周りを見回して首をかしげる。

 

「…………んん?」

 

 いつまでも鳴り止まない携帯を手に取り、画面を見ると奈緒から電話がかかってきていた。

 

「もしもし? どしたの?」

『どしたの? ではない。いまどこにいる?』

「いまどこ……って、家だけども? そもそも起きたばかりだし」

『やはり、迎えに行くべきだったか。いまから行くから、支度しておけ』

「支度って……あ。切りやがった」

 

 ブツッという音が聞こえ、耳から携帯を離して画面を見ると『通話終了』の文字が。

 

「つか、いま何時…………お?」

 

 そのまま携帯を操作し、いまがいつであるのかを確認した翠は一度携帯を置き、顔を洗うために洗面台へと向かう。

 

「朝起きたらまゆがいて、朝食を食べたのは覚えてる。うん。そのあと、ソファーでダラダラして、まゆがここに住むこと許可して……あのまま一日寝てたのか」

 

 携帯でいまの時間と日にちを確認した翠は昨日の出来事を一つ一つ思い出していき、納得したように頷くとソファーへとダイブし、毛布にくるまって二度寝を決め込む。

 

「……何をしている?」

 

 いつの間にかリビングのドア付近に奈緒がおり、二度寝を決め込んだ翠のことを見下ろしていた。

 

「……今日はお休みで」

「明日のライブ、お前ならば失敗しないだろうけど合わせる意味でも今日は来いと言っていただろう」

「昨日の昼から何も食ってねぇ……腹減った」

「…………はぁ」

 

 ため息をこぼし、キッチンを借りるぞと言って食事の準備を進める奈緒。

 

「……なあ、翠。昨日は誰か来たのか?」

「んー? まゆが来たけど」

「味噌汁がまだ残ってるし、ご飯もある」

「動きたくなーい」

「…………まったく」

 

 奈緒は翠のために白米と味噌汁をよそい、トレイに乗せて運ぶ。

 

「そういや、明日だったな……大丈夫だろ」

「何に対してかは分からんが、早く食え。そして着がえろ」

「うぃ」

 

 普通より少なめに盛られた白米と味噌汁を、急かされているのにも関わらずもそもそとゆっくり食べ進めていく。アゴを動かしているうちに目が覚めてきたのか、半分以上閉じられていた翠の目が半分ほどまで開いてくる。

 

「……ごちそーさま」

「食器は洗っておくからさっさと着替えろ」

 

 翠が食べている時に用意していたのであろう。奈緒は着替えを翠の顔に投げつけ、食器を片付ける。

 どこかぼーっとしながらも、のそのそと投げつけられた服に着替え始める。翠が着替え終えたと同時に奈緒も洗い物を終えたようで、肩に翠を担ぎ、脱いだ衣服を洗濯機に放り込んで家を出る。当然、翠には帽子と伊達メガネをかけさせている。

 奈緒もこういったときのために翠から合鍵をもらっているため、それで鍵を閉めて階下に降り、車の後部座席に翠を放り込んで自身は運転席へと乗り込む。

 

「寝るんじゃないぞ」

「あい…………」

 

 返事をする翠の声は弱々しく、すぐにでも寝ていまいそうであった。

 寝させないようにと、運転中に振り向けないため何度も声をかけるが、その返事はだんだんと弱くなっていく。

 

「ほら、起きろ」

「…………んー」

 

 なんとか翠が完全な眠りへとつく前に到着したために、奈緒はひとまずの安堵を覚える。

 再び翠を肩に担ぎ、レッスン室へと向かう。

 

「悪い、遅くなった」

 

 すでに明日のライブに出る他のメンバーは揃っており、段取りを確認したりなどしていた。

 床に翠を転がし、資料や段取りをまとめた紙を受け取り、ざっと流し読みをして大まかなことを頭に詰め込む。

 

「なーおー。飲み物ー」

 

 翠に変わって他のアイドルやプロデューサーと確認している時、間延びした翠の声が響く。

 

「ほらほら、翠さん。これでいい?」

 

 だが、周りもよくわかっているのか手の空いていた城ヶ崎美嘉が翠のもとへと寄り、ペットボトルのジュースを渡す。

 

「あと、何か甘いもん欲しい」

「はい、翠さん。よかったらコレ食べてください」

 

 そう言ってお菓子を差し出してきたのは十時(ととき)愛梨(あいり)。小動物のように差し出したお菓子を食べる翠を見て、へにゃりと顔を緩ませている。

 

「それにしても翠さん、相変わらずその格好なんだね」

「……ああ、こういったのしかないし」

 

 今日着ている翠の服は、でかでか『印税生活!』と書かれているTシャツであった。前に着ていた『働いたら負け』の他にも『寝て起きて寝る』や『週休八日を希望しまーす』などがある。

 

「取り敢えず九石。いつも通りトリはお前だ」

「取り敢えずトリ……ふふっ。奈緒さんも中々ね」

「たまたまなんだが……」

 

 話が終わったのか、奈緒が翠に段取りをだいぶ省いて説明したが、そこにいままで大人しかった高垣が混ざる。

 

「たまたまなんて、おったまげたー……ふふっ」

「なかなかに」

「あら、嬉しい」

 

 翠を抱きかかえた高垣はニコリと微笑んで頭を撫でる。

 

「つか、俺来る意味あった? 奈緒が話聞いて伝えれば事足りる……」

「この後、調整で軽くレッスンするんだけど、翠さんに見てほしくって」

「そゆこと」

 

 納得と翠が頷き、断られるかもと思っていた城ヶ崎たちはホッと胸をなでおろす。

 

 

 

 

 軽くレッスンのつもりが、いつも通りのレッスンになったことをここに記しておく。



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9話

2015/11/15 誤字報告をいただきましたので、訂正いたしました


いよいよ、ライブ当日。

島村たち三人も、気合が入っていた。

 

「ダンスも完璧だし、二人とも楽しみだね!」

「はい!」

「少し、緊張するけどね」

 

ライブは夕方から始まるのだが、三人は朝からカフェで話をしていた。

 

「うぃー」

「やっほー、三人とも」

 

そこへ城ヶ崎に背負われて翠がやってくる。

 

「美嘉ねぇ! どうしたの?」

「いやー、そこでゴロゴロしてた翠さん拾ってさー。なんとなくここに来たら三人を見かけてね」

 

 近くの席からイスを一つ持ってきて、城ヶ崎は膝に翠を乗せて座る。

 

「あ、菜々ちゃん。コーヒー二つお願い」

「かしこまりましたー」

 

 注文を取りに来た安部に伝え、城ヶ崎は翠を抱きしめながら三人へと目を向ける。

 

「緊張してる?」

「は、はい! 少し……」

「ダンスはばっちしだから、期待してよね! 美嘉ねぇ!」

「お? なら私も負けないようにしなきゃね」

「翠さんは何してたの?」

 

 二人と城ヶ崎が今日のライブで盛り上がる中、好きにされるがままとなっている翠に渋谷が話しかける。

 

「さっき、美嘉が言ってた通りゴロゴロしてたら見つかってさー。そのまま連れてこられたん」

「そっか。今日のライブ、翠さんも出るんだよね?」

「出るけど……俺もバックダンサー呼ぼうかな。一人だと寂しいし」

「今から?」

 

 冗談だと受け取り、クスッと笑みを浮かべる渋谷。だが、翠はあまり冗談で言ったわけではないらしく。

 

「765で空いてる子を呼べば、今からでも間に合うでしょ。響とか美希、貴音なら余裕余裕」

「……え? 冗談だと思ったんだけど、本気?」

「半分は冗談だよ?」

 

 安部が運んできたコーヒーにいつも通り砂糖とミルクを入れ、それを一口含んでため息をつく。その様子から渋谷は、翠があまり冗談で言ったわけでないことを感じ取る。

 

「今日のライブはトリで翠さんが歌うから、いつも以上に観客は盛り上がってると思うよ」

「そうなんですか!」

「そうそう。私たちだけのライブよりも、翠さんが出るライブはチケットの倍率がドーンと跳ね上がるからね」

「え……そうなん?」

 

 城ヶ崎の話に、三人ではなく本人である翠が驚きの声を上げる。

 

「翠さん、知らなかったの?」

「だって興味ないし……。そんな暇人がいるのか……」

「暇人て……。翠さんはもう少し、自身の影響力を考えたほうがいいと思うよ?」

 

 呆れたようにため息をつき、ポンポンと翠の頭を軽く二回叩く。

 

「俺だって、少しは考えてるよ? 変装しないで外歩くと人が集まってくることぐらい、身をもって体験したからね!」

「そうだねー」

「……体験してからじゃ、理解してないんじゃ?」

 

 若干、ふてくされたように翠は反論するが、城ヶ崎に頭を撫でられながら流されたうえに、渋谷から突っ込まれた翠は上手く口笛を吹いて誤魔化す。

 

「まったく。たかが一人の人間にそこまで世間が動くわけなかろうに」

「あはは……」

「翠さんってやっぱり」

「どこかずれてるよね」

「346内だけでなく、この業界ならだいぶ有名だよー。一般の間でも噂で流れてるし」

 

 翠のセリフに四人は苦笑いをするしかない。

 何をどう考えたらそんな考えに行き着くのか、誰にも分からない。翠の行動は少しでも一緒にいたら読める人が多いが、その考えまで読める人は存在しない。

 一番長く一緒にいる奈緒でさえ分からないのだから。

 

「つか俺、一応大人なんだけど……扱い雑やない?」

「そう、でしょうか?」

「いやー、見た目が見た目だから違和感が無いんだよねー」

「違和感が無いというより、絵面に合ってる」

「そうそう。肌だって子どものように張りがあるし、ヒゲも生えてないんだよねー」

 

 うりうりー、と城ヶ崎は翠の頬を両手で軽くつついたり、引っ張ったりしている。

 

「髪も手入れしてないって聞いてるけどこんなにサラサラだし、小さくて可愛いし。……女としてちょっと傷つくなー」

「カリスマJKモデルが何を言うか」

 

 翠は鬱陶しげに城ヶ崎の手を払いのけ、冷めかけのコーヒーに口をつける。

 

「人気という意味では美嘉もそんなに変わらんだろう」

「いやいやいや、全然違うってー」

「翠さん。あまり謙遜してると嫌味に聞こえるよ?」

「謙遜……してないんだけどなー。街とか歩くと広告でよく美嘉とか楓、見かけるけど?」

「それは単に翠さんが仕事を断ってるからでしょ? だから私たちに回ってくるんだけど。もし、翠さんがやる気満々だったら仕事なんて回ってこないって」

 

 コーヒーを飲みながら城ヶ崎の話を聞いていた翠はあまり納得がいっていないようだったが、口を挟むことはなかった。

 

「そういえば今日、翠さんが撮ったファッション誌の発売日だよね」

「はい! 私、すでに買ってあります!」

 

 ふと思い出したように渋谷がつぶやいたのを島村が聞き取り、カバンから雑誌を取り出す。

 

「おおっ! さすがしまむー!」

「あれ? 表紙に写ってる二人って……」

「はい! きらりちゃんと杏ちゃんです!」

「宣伝写真撮ってる時に見かけてるはずだけど」

「やっぱり? でも、この二人はこれから大変だなー」

 

 ずっと手をつけていなかったために冷めてしまったコーヒーを飲み、羨望の眼差しを表紙に載ってる二人に向けてつぶやく。

 

「明日……早ければ今日の午後からでも、二人は変装しないと外、歩けなくなるねー」

「美嘉ねぇ、そうなの?」

「もうね、すごいって言葉じゃ足りないくらいには。噂で聞いたんだけど、翠さんが表紙に載ってるだけで保存用、観賞用、布教用の三つ買う人がいるらしいし、売り切れの店も出るくらいだからねー」

「そんなにすごい人がいま、美嘉ねぇの膝の上に……」

「いま、写真撮ってネットに載せたらどうなるんだろ?」

 

 渋谷のふとした疑問に、翠と城ヶ崎はどこか遠い目をする。

 

「ふ、二人ともどうしたの?」

「凛ちゃん凛ちゃん! 覚えていませんか?」

「しぶりん! 覚えていないの?!」

「覚えてるって……何を?」

「去年……一昨年でしたっけ? 高垣さんの膝に座る翠さんの写真がネットに出回ってすごい騒ぎになったのを」

「…………言われてみれば、ニュースで見た気がする」

 

 一昨年、高垣と膝に座る翠を携帯で写真を撮りネットにあげたところ、『神!』『ktkr(キタコレ)』『女神降臨!』『翠たんhshs(ハスハス)』などと騒がれ、ニュースでも取り上げられる程になった。

 写真に撮ってネットにあげたのが城ヶ崎美嘉であるのだが、後日コッテリと絞られた後に褒められるという体験をしている。

 もとより翠の人気は凄まじかったが、この頃にはすでに有名であった高垣がトップアイドルと言われる要因となったからだ。

 

「でも、高垣さんとだけだよね? 他の人とは無いの?」

「あー、それやるとズルになるから、346から禁止されてるんだよね」

 

 翠が答えた通り、本人の実力とは関係なしに話題の中心に位置してしまうため、ズルになってしまう。

 それは話の元となった雑誌のことからも分かる。

 一緒に写るだけで人気が出るのだから、他のプロダクションは何度も頼んでいるが、346が断る前に翠が気に入った子としか写らないと言っているためにその願いが叶うことは無い。

 

「とりあえず、俺は気軽に人と一緒に写った写真は撮れないらしい。個人で持っておく分には問題無いらしいけど」

 

『基本、引きこもってるからあまり意味ないけどー』

 ケラケラ笑いながらそう言う翠を城ヶ崎が後ろからぎゅっと抱きしめる。

 

「お、おお? どしたん? おっさんに抱きつくとか。……こんなところ早苗(さなえ)に見られたら俺氏、捕まるよ?」

「今度、みんなでどこか遊びにいこっか」

「いや、好きで引きこもってるんだけど……」

「そうだよ! 翠さん、みんなで遊びに行こう!」

「だから、引きこもるのは好きで――――」

「それいいですね! 蘭子ちゃんやきらりちゃん、みんな喜びます!」

 

 翠の声も虚しく誰の耳に届くこともないまま消え、四人は盛り上がっていく。

 温泉だと見た目的には大丈夫だけど、年齢的にダメだから男女別になるし……や、沖縄や北海道だと長い休みが必要で全員の休みが合うか……。山に登るのは翠さんが嫌がりそうだし、海も同様に……。などと、行く場所を決めているようだった。

 

「…………好きにしてくれ」

 

 女三人寄れば姦しい。

 なら、四人寄れば?

 男の意見は反映されない。

 身をもって体験した翠は諦め、コーヒーを飲もうとしたが空であったためにそれをソーサーに戻し、上を見上げる。

 

☆☆☆

 

 午後からはリハーサルであるため、会場へ向かうのだが……翠はまだ、346にいた。

 それも、CPのメンバーがいるレッスン室に。

 

「あの、翠さん。リハーサルには行かなくていいんですか?」

「ちょっとした用を済ませたらね」

 

 そしてどこからかチケットを十一枚取り出して近くにいた新田へと手渡す。

 

「今日のライブのチケット。一応全員分を渡しておくよ。三人の姿、見ておいで」

「え、ええっ!? す、翠さん! このチケットって今日のライブですよね?!」

「そ、そうだけど……」

 

 なぜチケット一つでここまで新田と、周りで話を聞いていたみんなのテンションが上がっているのか分からない翠は一歩、距離をとる。

 しかし、それ以上距離をとることはできなかった。

 周りを囲まれ、さらには新田に開けた分を詰められたからだ。

 

「翠さんが出るライブのチケットですよ!」

「一番遠い席でも欲しがる人がごまんといるにゃ!」

「転売屋だって自分が行くために躍起になるんですよ!」

「神の祝福!」

 

 口々に何がすごいのかをいっぺんに話してくるため、それを全部聞き取る翠は困惑している。午前の時にも四人に何がすごいのかを話されたのだ。何も分かっていない翠は考えるのを止めた。

 

「おー、たっちゃん。ども」

「大丈夫ですか?」

 

 そこに武内Pがやってきて翠を助け出す。

 

『…………ごめんなさい』

 

 落ち着いてようやく、どういう状況だったのかを理解したCPメンバーは並んで翠に頭を下げる。

 

「別に気にしてないよ。俺の行動が軽率だっただけだし。何が原因かは分からないけど」

「翠さん、何をしたのですか?」

「今日のライブのチケットを人数分渡しただけなんだけど……」

「…………それです」

 

 騒がしい原因を聞き出した武内Pは、首に手を当ててため息をつく。

 

「それよりも翠さん。リハーサルに行かなくては、そろそろ奈緒さんに怒られるのでは?」

「ああ、奈緒に迎えに来るよう言ってある」

「九石、行くぞ」

 

 タイミングよくドアを開けて奈緒が入ってくる。そして軽く挨拶をしてから翠を肩に担ぎ、出て行く。

 

「邪魔したな」

「じゃねー」

 

 そう言い残してさっさと行ってしまうのを、CPメンバーは呆然と見送る。

 

「奈緒、なんか怒ってる?」

「安心しろ。お前にはいつも怒りしか感じない」

「わーお。奈緒ちゃんやっさしー」

「……何故そうなる」

 

 車へと運ばれ、翠を後部座席に放り込んで奈緒も運転席に座る。

 

「最近、扱いが雑な……」

「いつもと変わらんさ」

 

 そこからは互いに無言の時間が続く。

 奈緒は運転に集中し、翠は窓の外の流れる景色をぼーっと眺めている。

 

「なあ、翠」

「んー?」

「本当に何を考えている?」

「あっはっは…………またそれ?」

「……………………」

 

 朗らかに笑っていたかと思ったら、真顔になり、突き放すように冷めた声を出す。

 その目は負の感情が濃縮されているかのように暗く、バックミラー越しに奈緒のことを見ているようで見ていないように感じる。

 

「…………悪い」

「気をつけてね?」

「…………ああ」

 

 それっきり、また互いに無言となる。




それと、お気に入り200件突破ありがとうございます!
ほどほどに、これからも頑張りたいです


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10話

マイブラザー『ハーメルンに小説書いてる?ランキング載ってるよ』
作者『あっはっはwまっさかーw………マジやん』
なんてことがあったりもしました。18位にありましたね……どうりでお気に入りも伸びたわけやわ……


「リハ、一回ぐらいしかできないが……問題無いか」

「平気平気。むしろやらなくていいよ、うん」

 

 会場へと到着した二人は、先ほどまであった車内の雰囲気はそこになく、いつも通りであった。

 他の人たちはすでにステージ衣装へと着替え終えており、未だに私服でいるのは翠ただ一人である。

 

「いっそのこと、この格好でいっちゃう? いっちゃう?」

「冗談言ってないで早く着替えてこい」

「うぃうぃ。あ、その前にちょっち挨拶してこよ」

 

 てってけといった擬音が合いそうな走り方をして目的の楽屋へと向かう翠。

 だが、すぐに奈緒のもとへと戻ってくる。

 

「どうした?」

「場所、分かんね」

「…………はぁ」

 

 翠は奈緒の背に飛び乗り、目的の場所を伝えて運んでもらう。

 

「よっす。三人とも」

 

 訪れた場所は城ヶ崎に気に入られてバックダンサーとなった島村たち三人だ。

 ドアの前に奈緒を待たせ、ノックもなしに翠がドアを開けて入っていくと着替え中だった――――なんて事もなく、沈んだ表情で座っている三人が出迎える。

 ドアの音に反応して顔を向けるが、そんなことでテンションも上がるはずなく。

 

「あ、翠さん……」

「ごめんなさい……挨拶に行かなくちゃいけないのに」

「…………」

「午前中はやる気満々って感じだったのに、緊張してる?」

 

 翠が声をかけても弱々しく頷くだけであった。

 

「別に気にすること無いのに」

「でもっ! ……私たちのせいで美嘉ねぇのライブが失敗したらどうしようって……!」

「それは美嘉の責任だろう」

『…………!』

 

 あっけからんとして切り捨てる翠に三人は驚いた表情を向ける。やり方は強引だが、三人に少し元気が戻ってきたことを翠は内心喜ぶ。

 

「美嘉がお前らを選んだんだ。失敗なんて気にしてんなよ。楽しまなきゃ損だろ? 何のためにいままでレッスンやってきて、振り付けを覚えてきたんだ」

「…………でも、やっぱり心配です」

「そんなら一つ、先輩である俺が緊張をほぐす方法を教えてしんぜよう。何人もの人に教えてるけど、未だに使ってる人いるから」

 

 手のひらを合わせ、にっこりと嬉しさを表現するように笑顔を浮かべながら続ける。

 

「ステージに上がる前、掛け声として好きな食べ物を言う」

「それだけ……ですか?」

「当然、笑顔を忘れるなよ? しかめっ面とかもってのほかだ」

 

 もっと実用性のあるアドバイスだと考えていたのだろう。狐につつまれたような表情をして互いに顔を見合わせる。

 

「さっきも言ったと思うけど、振り付けを完璧に覚えてきたんだろう? 楽しまなきゃ損だ。失敗なんか気にしてんな」

 

 背伸びをして一人ずつ頭に手をポンと置いていく。

 そして、用は済んだとばかりに、たったかと部屋を後にする。

 残された三人は翠の手が触れた部分に手を伸ばして触れる。

 

「…………ふふっ」

「…………あはは」

「…………クスッ」

 

 もう一度三人は顔を見合わせて、笑みを浮かべる。そこには先ほどまで感じていた不安など、初めからなかったかのように。

 

「あ、……ライブ、始まっちゃってますね」

「本当だ」

「それじゃ二人とも、いこっか」

 

☆☆☆

 

「確か、直前になって小日向美穂が教えたんだっけ。だいぶ弄ってるから念のためにと俺がやったけど……心配なかったかな」

 

 翠の目の先にはライブの様子が映されているテレビがあり、そこには城ヶ崎の後ろでミスする事なく楽しそうに笑顔で踊る三人の姿があった。

 

「九石、そろそろ準備しておけ」

「大丈夫大丈夫。奈緒は心配せずに今まで通り、近くで見ていてよ」

「…………ああ」

「んじゃ、いってきまー」

 

 最後に、と言って翠はスタッフに用意してもらったチョコレートやクッキーをいくつか手に持ち、ステージへと向かう。

 

「お疲れ様、三人とも」

 

 翠がステージ脇につくのと、ダンスを終えて三人がステージから降りてくるのは同時であった。

 未だ冷めぬ興奮のようで、目をキラキラとさせながら楽しかった、凄かったと翠に詰め寄って感想を口にする。

 

「もうすぐライブも終わるけど、体を冷やさないようにね。俺もそろそろ出番だから」

「あっ、すいません!」

「また後で話、聞いてもらうから!」

「私も」

「おけおけ。んじゃ、美嘉もはけたようだし、行ってくんね」

 

 三人に手を振って翠はステージへと上がっていく。

 

「あれ? 翠さん、手にお菓子持ったままじゃなかった?」

「……私もそう見えた」

「は、はい。私もです」

 

 急に現実へと引き戻された三人は、首をかしげる。そこへタイミングよく武内Pが駆け寄って声をかける。

 

「みなさん、お疲れ様でした」

「あの、プロデューサー。翠さん、お菓子を手に持ってステージに……」

「……はい、よくある事です」

 

 島村の疑問に、手を首に当てながら答える。その表情からは諦めが見える。

 

『やあ、暇人ども。こんなに集まっちゃって……』

 

「みなさん、楽屋に戻りましょう。そこで翠さんのライブを観ていただければ」

 

 ステージから聞こえてきた翠の声に三人はそちらへと顔を向けるが、武内Pに促されて早足に楽屋へと移動する。

 

☆☆☆

 

「まったく。お前さんらが支えてくれるのは嬉しくないと言えば嘘になるけど……いい加減引退させてよねー」

 

 翠はステージに立つとダンスを見せたり歌ったりするわけでもなく、トークを始める。

 先ほどの言葉に大反対であるファンたちは一斉にブーイングをする。

 しばらく鳴り止まないブーイングに、分かった分かったとばかりに両手を広げてそれを止めさせる。

 

「ほんとさー、こんなオッサンのダンスなんか見て楽しい?」

 

 今度は拍手やら口笛が会場一体となって響き渡る。

 

「まあ、別にいいんだけどさ。それよりも後輩たちのライブはどうだったかい? 楽しかったと思うけど、そんな時間もそろそろ終わり」

 

 誰一人として音を立てず、翠の言葉に耳を傾ける。

 噴火する直前の山のように。はたまた破裂寸前の風船のように。ファンはふつふつと胸の内に熱い想いをためていく。

 

「最後にみんなで盛り上がろっか――――『煌めく星の夜』」

 

 翠が曲名を言い、イントロが流れ始める。そして始まりそうになった時、観客も胸の内へとためにためた想いを解き放とうとした瞬間――――。

 

「あ、お菓子食べてないからまだ待って」

 

 本来であればあのまま翠は歌い始めているはずなのだが……マイクを入れたまま持ってきたクッキーを一つ口に運んで音を立てながら食べ始める。

 

「いやさ、手に持ってたのすっかり忘れててさー。そんなに怒らんでもいいやん……」

 

 盛大な空振りをくらった観客たちは『早く歌えー!』や、『責任とって脱げー!』など、好き放題に叫んでる。中には野太い声も混ざって『結婚してー!』や、『一晩でいいから泊まりきてー!』など、翠の貞操の危機になるようなことを叫んでる輩もいるが、それを気にした様子は見せない。

 

「それじゃ、お詫びとして新曲でも歌う?」

 

 本来、予定にないはずのことを言い始めた翠にスタッフは慌てるが、そんなことはお構いなしに会場は盛り上がっていく。

 

「まあ……そんなの無いんだけど」

 

 悪びれた様子もなく観客をからかってはチョコを口に入れてケラケラと笑う翠。観客たちもを好き放題に叫びながらも笑顔を浮かべていた。

 

「さて、それじゃそろそろ真面目に歌わないと。夜道に後ろから刺されそうで怖いし」

 

 ステージを移動して中央ステージへと立つと、今度こそ真面目に歌うぞーと言って両腕をだらんと下げる。

 それに合わせて照明もおち、翠を淡く照らしだす。

 

「そんじゃ、最初の曲はさっきも言った通り――――『煌めく星の夜』」

 

☆☆☆

 

「あぅあ……疲れた」

 

 ライブも終わり、奈緒に送ってもらっている車の中で翠は脱力していた。具体的には後部座席全てを使って横になり、毛布にくるまっている。

 

「さすがだったぞ」

「そりゃ、ね」

 

 疲労からか、眠たげに目が半分ほど閉じており、しばらくすれば寝てしまいそうであった。

 

「翠、そろそろ降りる準備をしてくれ」

「……………………」

「…………翠?」

 

 もうすぐ着くからと、降りる準備をしてもらうために声をかけた奈緒だったが、返事が無いため耳をすますと、微かに寝息が聞こえてくる。チラリとバックミラー越しにそれを見た奈緒は呆れてため息をついた後、悲しげに顔を歪ませる。

 

「……………………はぁ」

 

 何か堪えていたものを吐き出すようにため息をつき、目的地に着いたため車から降りて眠る翠を起こさぬように背負う。そして翠の部屋へとつき、ベッドに寝かせて毛布をしっかりとかけた奈緒はリビングへと移動し、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出す。

 

「…………何も、無いな」

 

 プシュッと小気味良い音を立てて開けた缶ビールを一口飲み、周りを見回してつぶやく。

 三人掛けのソファーにテーブル、テレビ。食事をするためにある四人掛けのテーブルとイスが四脚。人をダメにするクッション。

 他に観葉植物や小物が一切無いために、どこか虚しさを漂わせている。

 

「私じゃダメなのだろうか」

 

 一本飲みきっただけで奈緒の顔は赤くなり、見てわかるほどに酔っ払っている事がわかる。

 ソファーにぐでっと体を預け、顔を埋める。

 

「何がいけないんだというのだ。中学からずっと一緒にいるというのに……。近くで見守ってきたというのに……。一向に心を開いてくれないではないか」

 

 その後も散々に愚痴を言いつづけていたが、一時間も経つ頃には寝息が聞こえてくるだけとなっていた。

 

☆☆☆

 

 

「…………奈緒、何してんの?」

「…………頭痛い」

 

 翌日、寝るのが早かったからか早起き(現在の時刻――九時)した翠がリビングに行くと、ソファーで寝ている奈緒がいた。

 声をかけると、奈緒は普段の翠のように目をこすりながらのそりと上体を起こしたかと思うと頭を手で押さえる。

 

「酒弱いって分かってるのになんで飲むかなー」

「…………ちょっとな」

 

 珍しいことに、翠が自ら動いて空き缶を片付けてコップに水を注ぎ、奈緒に手渡す。

 礼を言って受け取った奈緒はそれをゆっくりと飲んでいき、ホッと一息つく。

 

「今日は何もなくてよかったね」

「いつもライブの翌日は休みだろう」

「そかそか。俺はちょっと346へ遊びに行ってくるよ。後は好きにしてて」

 

 そういうと翠はリビングから出て行った。

 一人残された奈緒は呆然とその後ろ姿を目で追っていた。いつもであればこの時間に起きている事がまずない。下手をすれば一日中寝ていた時さえある。それがどういうことか早起き(九時)をして遊びに行ってくる? 奈緒はこれを夢だと思い、再びソファーへと横になり目を閉じる。

 

☆☆☆

 

「たぶん、今日のはずなんだよな」

 

 今日も今日とて髪を後ろで一つにまとめ、帽子をかぶって伊達メガネをかけた簡単な変装で346に歩いて向かう翠は、誰に向けたわけでもなくつぶやく。

 

「およ? ……あれはあれは」

 

 翠が住むマンションと346の間にある公園。日曜ということもあり、親子連れやのんびりする人がいる中で見知った顔を見つけた翠は、バレないように後ろからそっと近づいていく。

 

「ふむ、グリモワールも魔力で満たされたか。新たなるものへと変える時がきたようだ」

「ほうほう、絵が上手いですな」

「へ…………ひゃぁぁあ!?」

 

 ベンチに座り、グリモワール――スケッチブックを開いていた神崎の肩越しにそれを見て、翠が感想をもらす。

 そこでようやく背後に誰かいることに気付いたのか振り返り見て、驚きの声を上げながらベンチからずり落ちる。

 

「大丈夫?」

「わ、我は不死身ぞ……感謝する」

 

 助け起こしてもらったことに礼を述べる。一応は変装をしており、神崎も未だに翠だと気がついていないため、上からの物言いとなっているが。

 

「グリモワールを覗き見たな……?」

「うん。見たね」

「わ、我が名は――――」

「神崎蘭子だよね?」

「ま、真名を言うなぁ!」

 

 神崎が座っていたベンチへと座った翠は、警戒してか向かい合ったままスケッチブックを庇うように立っている神崎をからかってクスクスと笑っている。

 

「や、面白くて可愛いね。らん……神崎は」

「あ、アナタはアカシックレコードでも持っているというのか……!」

「いや、普通に知り合いだからだよ」

「私と……?」

「……いまなら誰も見てないね」

 

 周りを見回して誰も注目していないことを確認した翠は、一瞬だが帽子と伊達メガネを外す。誰にも見られていないからといって、長いこと外していると人も多いから見つかる可能性が上がるため、またすぐにメガネをかけて帽子をかぶる。

 

「ほら、隣に座ったら?」

「…………はい!」

 

 正体が翠だと知るとしばらく呆然と立ち尽くしていたが、声をかけられて満面の笑みを浮かべながら頷き、ベンチの一番端へと腰掛ける。

 

「もう少し近づいたらいいのに」

「そ、そんな……」

「それに、話し方もいつも通りでいいよ?」

「いえ、それは……その……」

 

 優しく微笑みながら神崎に色々と問いかけていく。その度に顔を赤くし、手をワタワタさせているため、翠はそれを見てほっこりとしている。

 

「まあ、無理強いはしないさ。それよりも、まだ346に行かなくていいの?」

「は、はい。午後からなので」

「昼はどうするの?」

「みんなと……その、食堂で食べようって」

「そかそか。なら俺もご一緒させてもらおうかな?」

「ほ、ほんとですか!」

 

 一緒に昼を食べようと言っただけでものすごく喜んでいるが、いかんせんその距離は遠い。

 

「まだ時間あるし……グリモワールでも見せてもらおうかな?」

「…………だ、ダメです!」

 

 一瞬、悩んだ神崎だったがスケッチブックを抱え、少しでも遠ざけようと翠に背を向ける。

 

「冗談だよ。それよりもいい天気だ。……眠くなってくる」

 

 今日は日差しも強くなく、心地よい風も時折吹く。いま座っているベンチも木陰であるため、まだ暑くなる前のこの時間帯はとても過ごしやすく、眠気を誘う。当然、それに翠が抵抗できるはずもなく。しばらくすると寝息が聞こえてくる。

 

「…………えっと」

 

 ほったらかしをくらった神崎はどうしようかと考えたが、手に抱えていたスケッチブックをしまい、真新しいスケッチブックを取り出す。

 

「~~♪ ~~~~♪」

 

 鼻歌を歌いながら絵を描き始める神崎。モデルはすぐそばで寝ている翠だ。

 二人の顔立ちがとても整っており、寝ている翠とそれを(えが)く神崎。いまの状況はとても絵になる。そこに鼻歌も加わり、公園内にいる人たちはその様子を見て足を止める。絵を描いていると周りが見えなくなるのか、神崎はそれに気づくことなく絵を描き進めていく。

 いつのまにやら、神崎が座るベンチから一定の距離をあけて囲うように人垣ができており、中には撮影している人たちまでいる。しかし、携帯のカメラではその幻想的な雰囲気を撮ることはできないのか、納得のいかない顔をして削除している。

 

「…………おや?」

 

 また新たに一人の初老の男性が足を止める。人垣の間からベンチに座る二人を見て嬉しそうに微笑んだあと、どこかへと電話をかける。

 

 

 

 数分後、ベンチの真正面にいた人たちは左右に分かれ、ことの成り行きを見守っていた。

 

「本当にいいんですかね?」

「あとで私からきちんと説明しておくから」

 

 初老の男性――今西部長がカメラマンを呼んだのだ。

 『お願いしますよー』とぼやきながらもシャッターをきっていく。そしてカメラの性能と撮った人の腕がいいのか、カメラマンと今西部長が納得のいく写真が撮れたようだ。二人で顔を見合わせて頷き合っている。

 

「…………できたっ!」

「…………んぅ」

 

 そこでタイミングよく神崎が絵を完成した声をあげ、翠がそれに反応して薄く目を開ける。

 

「な、何事!?」

 

 満足気にスケッチブックの絵を見ていた神崎だが、視線を感じてか周りに目を向け、いまの状況を理解するや否やスケッチブックを抱えて立ち上がり、注目されている恥ずかしさからか頬を赤くしている。

 

「…………ん? 蘭子(・・)ちゃん、どした?」

「す、翠さ…………いま、名前で……!」

「…………」

 

 未だに周りを見回してないために状況を理解していない翠は、まだ眠いのか目を閉じて頭を揺らしながらも神崎のことを名前で呼んで問いかける。

 名前で呼ばれたことに気付き、目を輝かせて喜びをあらわにする神崎。だが、それとは対照的に目を閉じたままでいるが、動きを止めた翠から”やらかした”といった雰囲気が出ている。

 

「二人とも、ここを移動したほうがよさそうだよ?」

「…………今西さん? 移動って……なんでこんな人いんの?」

 

 そこに今西部長が近づいていき、二人に声をかける。

 ようやく顔をあげた翠は、周囲の状況を把握して首をかしげる。だが、今西部長に急かされて翠は仕方なく立ち上がり、片付けを終えた神崎も名前を呼ばれた喜びの余韻に浸りながらも後につづく。

 

「そんで……どうしてあんなに人いたん?」

「簡単に説明するとだね、二人の姿がとても絵になっていたからかな?」

「あー……なるほど」

 

 想像してなんとなく理解したのか、納得といった様子で頷く。それほど距離も無いため、十分も歩かないうちに346へとつく。用があるという今西部長と分かれた翠と神崎は食堂へと向かった。




今更ですがこの作品は一応、アニメ二期まで頑張ります
その後も考えていますが、作者の気力次第ですかね?


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11話

「おっすおっす」

「煩わしい太陽ね!」

「にょわー! 翠さんがきらりの真似してるにぃ!」

「嬉しいのは分かったから杏を離して……」

「こんにちは、蘭子ちゃん。翠さん」

「コンニチハ、蘭子。翠さん」

 

 まだ約束していた時間に三十分ほど早いのだが、すでに四名、お茶をしながら談笑していた。

 

「………あ、そういやたっちゃんに用事あったんだ」

 

 イスを引いて席に座ろうとした時、ふと思い出したように翠はつぶやき、そのまま座ることなくイスを戻す。

 

「翠さん、行っちゃうんですか……?」

「たぶん、すぐ終わると思うから間に合うとは思うけど……もしかしたら、長くなるかもしれないから先に食べてなよ」

 

 昼食を一緒に食べられないと思ったのか、神崎は翠のことを呼び止めるが、さらりと受け流されて行ってしまう。

 

「…………あぅぅ」

「蘭子ちゃんは本当に翠さんが好きだにぃ!」

「す、好き……!?」

「丸分かりだよねー」

 

 翠の姿が見えなくなると同時に残念そうな声をあげながら神崎は机へと突っ伏す。しかし、諸星の言葉に反応して顔を真っ赤っかにさせて起き上がる。そして続く双葉の言葉に口を金魚が水面に顔を出したかのようにパクパクとさせる。

 

「蘭子、分かりやすいです」

「確かに、みんなの言う通りわかりやすいかな。たぶん、翠さんも気づいていると思うよ?」

「…………ぁ、…………ぁぁ」

 

 恥ずかしさのあまり、神崎は両手で顔を押さえて俯く。肩がプルプルと震えており、何かを懸命にこらえようとしている。

 

「翠さん、確かに優しいんだけど掴み所が無いよねー」

「杏ちゃんの言う通り、きらりたちのことを心配しているのに、翠さんは自分のことを蔑ろにしていると思うにぃ」

「私たちだけじゃなくて、他に人にも気を配ってるよね」

「ワタシ、見ました。相談に乗ってるところ、チラリとですが」

「か、神は真実の瞳を持つもの。他者へと恩恵を与える」

 

 話の内容が翠のことになったからか、未だに顔は赤いままであるが、神崎も会話へと参加する。

 

「しかし、我らは神の思想へと至らぬ。ゆえに、手を差し伸べることは叶わぬ……」

「なんとなくだけど、何を言いたいかは杏も分かるよ。翠さんは自身のことを頑なに話さないから、杏たちもどうしたらいいか分からないんだよね」

 

 イスの背もたれに体を預け、上を見上げながら双葉は続ける。

 

「専属のマネージャーいたじゃん? たぶんだけど、あの人も知らないと思うよ」

「杏ちゃん、話したことあるの?」

「無いけど……。なんとなく、そんな気がしたからさ」

「みんな、おっはよー!」

「おっはよー!」

「おはようにゃ!」

「おはようございます!」

 

 そこへ明るい声が響く。

 残りのCPメンバーが全員、やってきたのだ。

 神崎たちは顔を見合わせ、一つ頷くと笑顔で挨拶を返していく。

 

☆☆☆

 

「ちーちゃん、ありがと」

「さすがにエレーベーターで横になられていたら他の方も困りますし」

 

 翠はいま、千川(せんかわ)ちひろに背負われていた。

 エレーベーターに乗ったまでは良かったのだが、そこで疲れたのか面倒になったのか。場所を気にせず横になったのだ。たまたま途中の階に止まって乗ってきた千川も行く場所が同じであったために運んでもらったのだ。

 

「たっちゃん、よーっす」

「おはようございます、翠さん」

「プロデューサー。これ、頼まれていた書類です」

「ありがとうございます」

「私はこれで失礼しますね」

「運んでくれてありがとねー」

 

 翠をソファーにおろして用事を終えた千川は、さっさと出て行ってしまった。

 

「ちーちゃん、気配りがさりげなく上手いよね」

「ということは……何か大事なお話が?」

「まあ、ね。そろそろCPが本格的に動き出すでしょ? ユニット組んでデビューさせて」

「どうしてそのことを? まだ、誰にも話していないはずですが……」

 

 翠が知りえないと思っていたことをいきなり話し始めたために、武内Pは困惑する。

 

「ちょっとね。それでさ、考えてるのは島村、渋谷、本田の三人組と諸星、双葉の二人組だったりとかする?」

 

 翠が続けて話したあまりにも具体的な内容。それを聞いてさらに困惑する。

 

「え、……ええ。島村さんたちは城ヶ崎美嘉さんのバックダンサーで。……諸星さんと双葉さんのお二方は、翠さんとともに雑誌に載ったため、いま世間で話題になっています。このままその勢いに乗ろうかと思っています」

「あー…………やっぱり」

「何か、おっしゃいましたか?」

「あはは……ちょっとね」

 

 うまく笑ってごまかされた武内Pは首に手を当てて翠のことを見つめるが、当の本人は『どうしたもんかなー』と言いながら何か考えているようであった。

 

「ねぇ、たっちゃん」

「はい」

「もう考えるのも面倒だし、ストレートに言っちゃうけど……諸星と双葉の件、先送りにしてくんない?」

「それは……」

「そして新田とアナスタシアの二人組を出して」

「…………」

 

 いつになく真面目な表情で話す翠に気圧されてか、武内Pは返事に詰まる。

 

「まだ、あの二人はデビューする時期じゃ無いんだよね。………………いろいろ狂ってるから、もしかしたらそのままのがいいかもしんないけど」

 

 変わらず、重要だと思われる部分をはぐらかして答える翠に武内Pはしばらく口を開かないまま考え込む。翠自身も本当にこれでいいのかと、不機嫌そうに眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 

「翠さんは……」

「……ん?」

 

 お互い考えにふけっていたためにしばらく無言の時間が続いたが、ふと武内Pが口を開く。

 

「双葉さんと諸星さんをどのような形でデビューさせるつもりだったのですか?」

「……双葉は緒方(おがた)智恵理(ちえり)、三村かな子の三人。諸星は赤城みりあ、城ヶ崎莉嘉との三人で。双葉と諸星を組ませるのは二期……CPの第一段階みたいなものが成功した後だと考えてる」

「…………そう、ですか」

 

 そしてまたお互いに口を閉じ、静かになった部屋を時計の針が進む音だけが響く。

 

「分かりました。翠さんの案でいきましょう」

「……悪いな」

「いえ……。そもそも、私は元より翠さんの案をはねることが出来ませんので」

「ああ、上からなんか言われてるんだっけ? たっちゃんなら無視していいよ。イエスマンしかいなかったら失敗するし」

「…………はい。ありがとうございます」

「今回お礼を言うのは俺の方だよ。無理を聞いてもらったんだから」

 

 翠は笑いながら立ち上がり、伸びをする。

 

「俺はイレギュラーだしさ」

「イレギュラー……ですか?」

「おおっと、いまのは忘れてくれたまえ。って、こんな時間じゃないか! 俺はこれからCPの子たちと昼を食べてくるよ」

「はい、よろしくお願いします」

「んじゃ、また」

 

 武内Pの疑問にわざとらしい態度でおどけてみせた翠は、そのままの調子で部屋を後にする。

 

「…………はぁ」

 

 翠が部屋から出たのを見送った武内Pは少し時間を置き、肩の力を抜いて背もたれへと体を預ける。

 そして懐から鍵を取り出し、鍵のついた引き出しを開けてそこから手帳を取り出す。

 

「イレギュラー、ですか。不規則、変則、正規でない……物事の通りではなく例外である……?」

 

 そして新しいページに”イレギュラー”と書き込み、そこから何本か線を引っ張って類語を書き連ねていく。

 続いて下の空いているスペースに”二期”と書き、横に三点リーダーをつけたあとにペンの先でノートを数回たたいて考えをまとめる。

 考えがまとまったのか、ペンを動かしていき『翠さんにとって何かの目安? アニメのようなまとまり? CPの第一段階と関係あり?』と書いていく。

 

「…………分かりません」

 

 デスクに手帳とペンを置き、指で目頭を抑える。

 そして千川から受け取った書類を手に取り、それに目を向ける。

 そこには島村、渋谷、本田の三人組ユニット――New Generationsと、一枚めくり新田美波、アナスタシアの二人組ユニット――ラブライカに関することが書いてある。

 

「翠さんの目には一体、何が映って見えるのですか……?」

 

 その声に応えるものはいない。

 

☆☆☆

 

「もとより原作と変わっているのは今更か。俺なんていうイレギュラーが346でトップアイドルやっているのだし」

 

 部屋を出た後、翠はすぐに食堂へと向かうのではなく、人があまり来ない少し開けた場所にあるベンチで仰向けになっていた。

 周りに人がいないことも確認済みであるからか、考えをまとめるために小さな声でつぶやいている。

 

「……もし、デビューさせるユニットがニュージェネとラブライカだったら世界の強制力が働いていることも考えたけど」

 

 そこで一度眼を閉じ、先ほどの会話の内容を思い返す。

 

「たっちゃん、何か変だな。俺に話を合わせてる……? デビューさせるユニット、もとよりニュージェネとラブライカだったりしたのか?」

 

 上体を起こし、左手の人差し指を曲げて第二関節を咥える。

 これは深く物事を考える時か、どうしようもないほどに苛立っている時にでる翠のクセだ。

 

「ふはっ……たっちゃんが俺を嵌めたってわけか。今西部長も一枚噛んでいそうだな」

 

 口から指を離し、してやられたとばかりに手で目を覆う。

 

「いろいろと情報与えたけど、まだ気づかないだろうな……って、そろそろ行かないと」

 

 携帯で時間を確認すると、食べ終わっているかギリギリ残っているかといった時間であった。

 

「こりゃ蘭子(・・)、ふてくされているかな」

 

 いつになくしっかりと自身の足で歩いていく翠。この姿を誰かが迷うものなら驚いて二度見をするほどに珍しい光景。いままで騙してきたため、翠も人に見られるような愚かな真似はしないが。

 

「ありゃりゃ……やっぱり食べ終えてるねー」

 

 すでに先ほどまでの真面目ぶった様子はなく、いつもの調子へと切り替えて食堂までたどり着いていた翠。すぐに入ることはせず、出入り口の陰から中の様子を覗くとすでにみな食べ終えており、食後のお茶を嗜みながら楽しそうにおしゃべりをしていた。――――若干一名を除いて。

 一人だけ会話に相槌を打つだけで積極的に参加しないでいる。周りも原因まで理解しているため、苦笑いをしながらも触れないでいる。

 

「…………ふぅ」

 

 一度深呼吸をし、何かを決意してからおそるおそるといった様子で翠は近づいていき、声をかける。

 

「や、みなさん」

「……………………」

 

 その声に反応して神崎が翠へと目を向けると嬉しそうに目を輝かせるが、ハッとしてすぐ不機嫌そうに取り繕い、可愛らしく頬を膨らませてそっぽを向き、カップに口をつける。

 

「…………」

 

 翠が困ったように神崎から目を外し、助けを求めて他のメンバーに目を向けるが、みな首を横に振る。その目は自身でなんとかしろと訴えてきている。

 

「あの、神崎さん……?」

「…………なんでしょうか」

 

 翠が声をかけるが目を合わせようとせず、カップへと口をつける。その様子は先ほどよりも不機嫌に見える。

 それは一度、寝ぼけていたとはいえ名前で呼ばれたために、これからも名前で呼ばれると考えていたためである。そのことに気づいている翠は内心『ちょろいヒロインでチョロインや……』なんてことを考えていたがわそれをおくびにも出さずに申し訳なさそうな顔をする。

 

「遅れたの、悪かったよ。なんでも言うことを一つだけ聞くから、許して?」

「な、なんでもっ!? ……コホン。…………しょ、しょうがないです。それで許してあげ――――」

 

 驚いて声を上げるが咳払いをしてなかった事にし、チラリと翠に目を向け、カップをソーサーに置いて返事を返していた神崎だったが、途中でみんなから見られていることに気づいて『あわわわ……』と顔を真っ赤にさせている。

 

「あ、飯とってこなきゃ」

 

 そこで追い打ちで裏切りとばかりに翠が離れて行ったため、羞恥心を堪えきれなくなった神崎は『翠さんのバカァ――――!』と叫びながら走って行ってしまった。全員その様子を見て笑い、何人かはその後を追いかけていく。

 席に残っているのは新田、諸星、双葉、渋谷の四人である。

 

「ありゃ? みなさんどしたの?」

 

 米と味噌汁、ぶりの照り焼きをトレイに乗せて戻ってきた翠は首をかしげる。

 

「レッスンはいいん?」

「まだ少し、時間がありますので」

「そかそか。俺も一人だと寂しかったんよ」

 

 神崎が座っていたイスへと座り、手を合わせてから箸に手を伸ばす。

 

「そんで、何が聞きたいん?」

 

 口に入れていた白米を飲み込み、翠が口を開く。だが、双葉たちは互いに顔を見合わせるだけで誰も話そうとしない。そのために、もくもくと昼食を食べ進めていく。

 

 

 

 

 

「ごちそーさま」

 

 あれから誰も口を開かず、翠は食べ終えて食器を片付けに立つ。

 

「……ねぇ、杏ちゃん。本当に聞くの?」

「いやー……やっぱり、止めた方がいい気がしてきた」

「私も、深く聞くにはまだ早いと思うな」

「見えない壁みたいなの、あるよね」

 

 四人はどっと溜め込んでいたものを吐き出すかのように息を吐き、翠さんがいないわずかな時間にどうするのかを話し合う。

 誰も反対することなく、今回は引くことを選んだ。

 

「それで、何か相談事かい?」

 

 紙コップに入れた水を歩きながら飲んで戻ってきた翠はイスに座り、もう一度水を飲もうとしたがすでに空であったため、もう一度水を取りに席を立った。

 

「…………何してるんだろ」

「たぶん、気づいているんだと思うよ」

「杏もそう思う」

「翠さんなら気づいていてもおかしくないにぃ」

 

 渋谷のおかしくない疑問に、他の三人は苦笑いをしながら考えを述べる。

 

「まだ何も話していないのに……?」

「噂で聞いたんだけど、翠さんは人の心が読めるとか未来が見えるとか」

「美嘉さんや楓さんが話していたね」

「きらりはその噂、存外一人歩きしているようにも考えられないにぃ。杏ちゃんもだよね?」

「まあ……少し思うところはあるよ」

 

 そこへ翠が戻ってきた。

 同じ過ちは二度犯さないぞ!みたいな感じでどこか自慢げな雰囲気を出しながら。

 

 ――――両手(・・)に水を入れた紙コップを持って。

 

『……………………』

「ん? どした?」

 

 イスに座り、注目を浴びている事に気付いた翠が尋ねるが、四人は首を横に振る。

 

「そか。そんで、何か心配事かい?」

「…………その、蘭子ちゃんのことなんですけど」

「もう面倒だからストレートに聞いちゃおうよ。翠さん、蘭子の好意に気付いているよね?」

 

 翠について尋ねようとしていた四人だったが、それがダメになったために他の話題をアイコンタクトで決め、後は流れでどうにかすることにした。

 

「あー……あれね。双葉も分かってるでしょ? あれ、好意じゃないよ」

『…………え?』

「杏は半々だったよ。確信がなかったんだよねー」

 

 翠の言葉に三人が驚きの声を上げるが、双葉は半ば分かっていたのか、それほど驚きはなくむしろ納得の色が濃かった。

 

「あれはラブとか色恋ものじゃなくて、崇拝が近いかな」

「言い得て妙だね。なんだかしっくりくるよ」

「あ、杏ちゃんに翠さん。あれは恋じゃないんですか?」

 

 二人で話が進んでいくのを新田が待ったをかける。渋谷も新田と同じように色恋ものだと考えているようだが、諸星は少し思い当たる節があるのか微妙な顔をして首を傾げている。

 

「だって神崎、俺のこと神って呼んでるでしょ?」

「確かにそうですけど……それってトップアイドルだからとかじゃないんですか?」

「トップアイドルだったら……(いただき)に立つもの、とか?」

「それじゃ、翠さんと顔を合わせると赤くなるのは……」

「嬉しさからだよ。蘭子は翠さんに憧れてもいるから」

 

 新田の疑問を翠と双葉で解消していく。

 あまり納得がいっていないようだが、話の筋は通っているし、本人に恋しているのかどうかを直接聞いて確かめたわけではないため、二人の崇拝という表現を絶対に違うと否定できないのだ。

 

「翠さんは」

 

 それまでずっと黙って話を聞いていた渋谷が口を開く。

 

「翠さんは自身に好意を抱いている女性がいることに、気づいているの?」



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12話

誤字訂正、いたしました


「渋谷は俺の女性関係が気になるのかなー?」

「そんなんじゃないよ。ただの純粋な疑問」

 

 さっそくごまかそうとしてくる翠だったが、渋谷は名前のように凛とした姿勢を崩さないで翠のことを真剣な目で見つめる。こういったタイプは説得するのに骨が折れることを理解しているからか、はたまた面倒なだけだったのか。

 

「あー、そうだねぇ……恋愛経験が豊富じゃないからか、恋心と勘違いしている子も中にはいるけど……まあ、気付いているよ。君たちが考えてるほど俺に惚れてるなんて子なんてのは多くないけど」

 

 五本指で紙コップのふちを持ち、揺らしてできた小さな波を見て目を細めながら答える。

 

「…………どうして俺なんかに惚れるんかね」

 

 すでに飲み干し、空になっている紙コップに水を移し替えながらぼやく。

 

「そりゃあ、翠さん」

「分かりきってることだにぃ」

 

 双葉と諸星は顔を見合わせ、翠のことを『何言ってんの?コイツ』みたいな目で見ている。

 

「女の子は相談事に乗ってもらうの、弱いんですよ?」

 

 アナスタシアが話していた、翠が相談に乗っているいるところを見たという話を思い出したのか、クスリと笑みをこぼしながら翠に目を向ける。

 

「そんなもんなのかねー。恋愛とか面倒だから、もう止めるかー…………ふぅ」

 

 『もとより、相談事も面倒だったんだけど』といった言葉は飲み込み、代わりにため息をこぼす。

 

「えー、それは困るよー」

 

 そこへ不満を漏らしながら翠へと後ろから抱きつく人影が。

 

「フレデリカー、翠さんが相談に乗ってくれなきゃ困っちゃうよー?」

「お前の場合はたまに自身でどうにかしようと努力しろ。(かなで)周子(しゅうこ)あたりでも巻き込め」

「えー! 翠さんがいいのー!」

 

 両手で翠の頭を固定し、フレデリカは自身の頬を擦り付けて『にへへ』とだらしなく頬を緩ませている。

 突然の出来事に、四人は何が起こっているのか分からず思考が止まっている。

 

「目的変わってるぞ。そろそろ離れろ」

「久しぶりなんだからもう少しこのままでもいいじゃーん。今日はいないみたいだしー!」

「翠さん……その人は……」

 

 ようやく脳が目の前の現状を受け入れ、何が起こっているのかを理解したのか、新田が口を開く

 

「ああ、コイツは――」

宮本(みやもと)フレデリカだよー。よろしくねー、後輩ちゃんたち」

 

 翠のセリフにかぶせるようにさっさと自己紹介を終え、再び頬をすりつける作業へと戻る。

 

「まあ、能天気でアホっぽさが見え隠れするやつだけど、基本は無害だ。無視してくれていいよ」

「は、はい……」

「そういや、レッスンの時間はまだ大丈夫なの?」

「…………あ、着替えなきゃいけないし、行かないと! 翠さん、ありがとうございました!」

「ほらほら、杏ちゃんもいっしょにいくよ!」

「あ、杏はこのまま……」

 

 四人は立ち上がり、頭を下げてレッスンへと向かった。最後に渋谷が何か言いたそうな顔をしていたが、時間がなかったのか聞く勇気がなかったのか。結局は何も言わずに三人の後を追っていった。

 

「ねーえ、翠さん」

「おう」

「あの子たちみたいに、フレデリカも見てほしいなー」

「お前なら大丈夫だろ」

 

 フレデリカは翠から離れ、隣のイスに座って翠の手から紙コップを取り、真面目な顔を作る。

 

「翠さんなら分かってくれると思うけど、人って案外脆いんだよ? 誰なら大丈夫とか、ないんだよ?」

「…………分かったよ。気が向いたらな」

「そう言うことじゃないんだよー……本当は分かってるくせに」

 

 納得のいく回答じゃなかったのか、不満そうに頬を膨らませ。翠から取った水を飲み干す。

 

「命の水だねー」

 

 プハーと若干オヤジくさい声を出しながら空になった紙コップを翠へと返す。

 そこには先ほどの雰囲気は微塵もなく、いつもの明るいフレデリカがいた。

 

「それじゃ、フレデリカもそろそろ仕事の時間だから行ってくるねー」

 

 両手で翠の頬を押さえて顔を動かせないようにし、素早くデコに一瞬触れるだけのキスをして手を振りながら去っていく。

 

「あ、たっちゃんにPVいつ撮るのか聞いてこよ。さっき話した時、ついでに聞くの忘れてた」

 

 先ほどのキスに対して何の反応もないまま、空の紙コップ二つをゴミ箱に捨てて食堂を後にする。

 

 

 

 

「どーも、たっちゃん。さっきぶりー」

 

 今度は途中で誰とも出会うことがなかったために自身の足で目的の場所へとたどり着いた翠はノックもなしに入っていく。

 

「どうかされたのですか?」

「ちょっと聞きたいことがあってね。…………その前にそこに置いてある手帳、見たことないやつだけど気になるなー」

 

 ソファーに座った翠は目を細め、デスクの上に置いてある手帳へと向ける。

 いきなりのことで武内Pは動悸が激しくなるのを感じているが、それを表に出さないように気をつけながら口を開く。

 

「…………これはプライベート用ですので。翠さんの前ではいつも、仕事用の手帳しか開いていません」

「そかそか。たっちゃんはプライベートでもきちんとしてないと無理なのかー」

「翠さんはルーズすぎると思います」

 

 どこか硬い言い方になってしまい、機微に聡い翠にはバレたかと不安になる武内Pだが、あっはっはとなぜか笑う翠を見てやり過ごせたと内心でホッとする。そんな武内Pの安心を見越したようにピタリと笑うのを止めた翠に、しまったと思った時にはすでに遅く。全身から血の気が引くほどの寒気を覚える笑みを浮かべる。

 

「俺はこんぐらいじゃないと息が苦しいのさ。なーんだ。ただのプライベート用手帳か。……どうせだったら俺の秘密に迫るべく、俺の発した意味不明な単語をまとめてあるのかと思った」

 

 開かれた翠の口から出た、まるで何もかもがお見通しのようなセリフに武内Pは動揺を隠しきれない。見るからに分かるほどの動揺に気づかないはずがない翠だが、まるで自分は何も見ていないといったことをアピールするかのようにソファーへと大袈裟に倒れこみ、うつ伏せになって足をバタバタとさせる。

 

「たっちゃんのプライベートってのに興味はあるけど、無理やり見るわけにもいかないし。言い方は悪いけど、何もなくてつまんなーい」

「…………はあ。そういえば翠さん、何か聞きたいことがあったのでは?」

 

 気付いているはずなのだが、あからさまに気付いていないアピールをするため、武内Pもわざわざ自分から掘り返すこともせず、話題を変える。

 

「おお、そうだったーそうだったー」

 

 ピタリと動きを止め、少しテンションがおかしい方向へと向いているが器用にソファーの上を転がって仰向けになりながら武内Pの話へと乗っかる。

 

「あの子たちのPV撮影、いつするん?」

「…………なぜ、その事を?」

「あっはっは、内緒だよ」

「そうですか……。PV撮影は二日後を予定しています」

「明後日かー。仕事入ってたかな……?」

 

 ポケットから携帯を取り出し、どこかに連絡を入れようとしていたが、ふと動きを止める。少しの時間考え込んだあとに何もすることなく携帯をしまう。

 

「どうかしたのですか?」

「んー、奈緒が昨日の夜に酒弱いの分かってるくせして缶ビール飲んだから、二日酔いでダウンしてるんだよね」

「そうなのですか。それで今日は姿が見えないのですね」

「そろそろ……いや、かなり仕事の邪魔しちゃったし、そろそろ俺は御暇するよ」

 

 若干申し訳なさそうにしながらソファーから立ち上がり、部屋から出ようとする翠に武内Pが声をかける。

 

「できれば、レッスンを見ていただきたいのですが」

「気が向いたらそっちにも顔出しとくよー」

 

 要望に半分期待しないでという意味を込めて返した翠は最後に振り返り、武内Pに手を振ってからドアを閉める。

 

「…………失敗しました」

 

 張り詰めていた気持ちを切り替えるように何度か深呼吸をして、デスクの上に置いたままとなっていた手帳へと手を伸ばす。

 

「あんなにも勘が鋭く、機微に聡いなど……」

 

 引き出しを開けてそこに手帳をしまい、鍵をかける。先ほどのことがあってか二回も鍵がかかっていることを確認し、その鍵は家の鍵が付いているチェーンへと取り付ける。

 

「虎の尾を踏むことがないことが幸いでした」

 

 まるで大きな仕事をいくつも終えたかのような疲労を感じたため、肩を回したりなど休憩を入れる。

 カップを用意し、本来であればブラックなのだが砂糖とミルクもそばに置いておく。

 

「…………どうぞ」

「失礼します、プロデューサーさん」

 

 お湯が沸くのを待っている間、ノックの音が響いて一瞬身を強張らせるが、翠ならばいつもノックなしで入ってくるために息を吐いて緊張を解き、返事をする。

 入ってきたのは千川で、なぜか不思議そうな顔をして武内Pのことを見ている。

 

「どうか、されましたか?」

「いえ、いつもなら休憩はまだなので珍しいなと」

「ええ、さっきまで翠さんが来ていまして」

「それはお疲れ様です。あとは私が用意するので、座っていてください」

「……ありがとうございます」

 

 千川の提案に頷き、翠が寝転がっていたソファーへと腰掛ける。

 お湯が沸き、インスタントのコーヒーを慣れた手つきで用意していく。砂糖とミルクも翠のようにたくさんでなく、ほんのりと甘みを感じられる絶妙な量である。

 無駄な技術を使っていると、翠が見たらつぶやいていたことだろう。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 礼を言って受け取り、息を吹きかけてから口をつける。ほんのりとした甘みが口の中に広がっていき、まるで脳が喜んでいるかのような錯覚を覚える。

 まあ、そんなことはないのだが。

 

「翠さんは勘が鋭いうえに機微に聡いので隠し事が出来ないです。しかも誰にも話していない企画を、どこから聞いたのか詳細まで知っているようですし」

「奈緒さんから……というわけでも無いらしいですよ?」

「となると、いったいどこから……」

 

 二人は考え込むが、答えが出るはずもなく。一先ずは仕事を優先しようとか武内Pは少しぬるくなったコーヒーを一気に飲み干す。




みなさん、誤字報告ありがとうございます。
ついに気をつけていたけどやらかした誤字がありますねー…翠さんって打つと、水産がくるんですよね……


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13話

「気が向いたらレッスン見るとは言ったけど……蘭子、平気かね」

 

 部屋をあとにした翠は、一応レッスン室の前まで来ていた。中からはトレーナーさんの声とステップの音が聞こえてくる。

 昼食時でのことがあるため、入るべきか帰るか悩んでいた。

 翠の本心から言えば、レッスンしたい気持ちもあるが、帰ってダラダラして眠りにつきたい気持ちもある。

 結局は考えるのも面倒になり、ただ時間が過ぎていくのに身を任せているだけなのであるが。

 

「…………帰ろ。帰って寝よ」

 

 レッスンを見るのはまた今度でいいかと結論付けた翠は、踵を返して帰るべく足を踏み出そうとしたが、背後からドアの開く音が聞こえて来たために体の動きを止める。

 

「……………………」

「……………………」

 

 『つくづく面倒ごとになるな』と考えながら体ごと振り返り見ると、そこには首にかけたタオルで顔の汗をぬぐっている神崎の姿が。

 彼女も翠に気付いたようで、顔を赤くして動きを止める。

 

「あ! 翠さんだ!」

「ほんとだにゃ! またレッスン見てくれるのかにゃ?」

 

 後ろにいた赤城と前川が立ち止まる神崎を不思議そうに思いながら脇をすり抜けてレッスン室から出てくる。そして翠を見つけるやいなや駆け寄っていく。

 赤城と前川の声に反応してか、他のメンバーも出入り口のところへと集まってくる。

 

「……うん、レッスン見ようか」

 

 帰ろうと思っていた矢先にこれであったため、見事なまでに翠はやる気がなかったのだが断れる雰囲気でもなかったために、首を縦に振るしかない。みんなが嬉しそうにはしゃいだり喜んだりする中、神崎は嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情をしており、手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返している。

 

「それならしっかり体を休めておかないといけないにゃ!」

「翠さんの練習、大変だもんね!」

 

 その様子はみんなにバッチリ見られており、また恥ずかしさから逃げ出さないうちにレッスン室へと引っ込んでいく。まだ小学生である赤城にまで気を使われるほど、分かりやすいのだろう。

 神崎が気付いた時には自身と翠の二人しかいなかった。

 出入り口から様子をのぞき見ようと城ヶ崎、赤城、本田が顔を出していたが、他のメンバーに引くずられていく姿が翠から見える。幸いにも神崎は翠のことを見ており、背後でそのようなことがあったことに気づいていない。

 

「あ、あの……翠さん……」

「ん? どした?」

 

 一歩前に踏み出し、翠の名前を呼ぶ。

 あまり緊張しないようにと軽く返事を返すが、なかなか言葉にできないのか。口を開いたり閉じたりを繰り返している。

 翠は急かすようなことをせず、黙ったまま神崎の整理がつくまで待っている。

 

「その……しょ、食堂で……ば、バカとか言って…………ごめんなさい」

「……………………」

 

 頭を下げて謝る神崎。食堂を走り去って行った後からずっと落ち込んでおり、レッスンのときトレーナーに注意されたのも一度や二度ではない。

 返事をしない翠にビクビクしながらも、頭を下げたまま断罪の時を待つ。

 神崎は視界の端にこちらへ近づいてくる翠の足が見えたため、ギュッと目を瞑る。

 

「別に気にしとらんさ。神崎もあまり気にしないでいいよ」

 

 ポンと頭に手を乗せられたために肩を跳ねさせるが、翠の口から出てきた優しい言葉に神崎は嬉しさで込み上げてきた涙によって視界がにじむ。

 

「……ほら、泣いてないでさ。この後もレッスンあるんだから」

 

 翠は神崎を屈ませ、首にかけてあるタオルを使って涙を拭う。

 内心でまたチョロインと考えていたりするが、それをおくびにも出さず……苦笑いにとどめている。

 

「あの……翠さん」

「…………どした?」

 

 涙を拭き終え、手を離そうとした翠だったが、神崎に両手を包み込むように握られながら目をまっすぐに向けられて面倒ごとの予感を覚え、頬を少し引きつらせている。

 

「なんでも一つ、言うことを聞いてくれる約束のことなんですけど……、その……」

「俺に出来る範囲の事なら何でもいいよ」

 

 言い淀む神崎に、翠は微笑んで後押しをする。

 

「あの、私……みんなのこと、苗字でなく名前かあだ名で呼んでもらえませんか?」

「……。……いいよ」

 

 ほんの一瞬。瞬きをする間の些細な時間だが、翠は顔をしかめる。しかし、すぐに笑顔を作って頷く。顔をしかめたところを神崎に見られたのだが、一瞬であったために気のせいかと思っていることがわかるや否や、翠は胸の内で安堵の息を漏らす。

 

「それじゃ、蘭子。休憩の時間も終わりそうだし、そろそろ行こうか」

「…………はいっ!」

 

 二人でレッスン室へと入っていくと、当然、注目を浴びた。

 だが、翠に名前を呼ばれた今の神崎は無敵状態であるらしく、自身の荷物が置いてある場所へ向かい、鼻歌を歌いながらレッスンの準備を始める。そのため、神崎から翠へと視線が移る。

 

「まあ要点だけ話すと、蘭子がメンバー全員を名前があだ名で呼ぶようにお願いした……だな。理解したか? 駄猫」

「ほんとだー! 蘭子ちゃんのこと、名前で呼んでる!」

 

 簡単に説明を終え、みんながはしゃぐ中に一人だけ、待ったをかける。

 

「にゃっ!? 待つにゃ! 駄猫ってまさかみくのことかにゃっ!?」

「ああ、駄目な猫だから」

「どこがにゃ!」

「お前、魚食えないんだろ? 重大な欠陥じゃん」

「…………うにゃ」

 

 黒い笑みを浮かべながら前川をいじって楽しむ翠に、周りのメンバーも考える。

 『もしかしたら自分も変なあだ名で呼ばれるのではないか?』と。

 

「ああ、安心しろ。たぶん他はまともなはずだ」

 

 そんな蘭子と前川を除いたCPメンバーの不安を見越した翠のセリフに驚きながらもホッとする。しかし、翠のセリフにどこか違和感を覚える人が数名。

 『たぶん他の人はまともなはず』

 ようは翠自身だとおかしくはないが、周りから。もしくは世間一般からしたら、おかしいかもしれない可能性があることを示唆している。

 

「悪いな。たっちゃんに見るよう頼まれた」

「まあ、あまり大きな声で言えないが給料に変わりはないし、別にいいんだが……」

 

 違和感を覚えた数名は、トレーナーと話をしている翠へと目を向ける。視線に気づいたからか、トレーナーとの会話を続けながらそちらへと顔を向け――――楽しげな笑顔を浮かべる。

 

『……………………』

 

 何事もなかったようにだるそうな雰囲気へと切り替える翠を、何とも言えない表情で見る。

 違和感が確信へと変わった人たちの心は一つになっていた。

 

 ――――まともな呼び方でありますように!

 

 不安な心境にさせた原因である翠は、トレーナーからここ最近のレッスン内容をまとめた紙を受け取り、目を通して確認し、これからやるレッスンの内容を考える。

 

「うし、決めた。見てく?」

「いや、あとでやった内容をまとめてもらえればいい」

「うぃ」

 

 話が終わったのか、トレーナーがレッスン室から出ていくのを見送った翠は、振り返り、ニッコリと笑顔を浮かべる。

 

「よし、お前ら。柔軟な」

 

 その笑顔を見て何をやらされるのかと身構えるが、特に意外性もなく、普通であった。まだあれから一ヶ月も経っていないが、この間と同じようにどこまで体がほぐれるのかを見るらしい。

 

「いっ! 痛いにゃ! 翠さん、みくに当たりきつくないかにゃ!?」

「あっはっは、駄猫。本物の猫はもっと体が柔らかいぞー」

「いたたたたたたっ!?」

 

 しかしいざ柔軟を始めると、この間のように翠は前川の背中に手を置き体重をかけていく。その顔をものすごくいい笑顔を浮かべており、周りで柔軟をしているメンバーはそれを見て頬を引きつらせている。赤城と城ケ崎はそれを見て楽しそうだと考えているが。

 

「当たりがきついんじゃないんだよ……リアクションがいいから、つい」

「つい、でやらないでほしいにゃ!」

「おー、やっぱり体がまだ作られていないからか、みりあと莉嘉はだいぶ体がほぐれてるな」

「無視しないでほしいにゃ!」

 

 前川から離れ、すでにほとんど床へと体をつけている二人のもとへと向かう。当然、背後から聞こえてきた前川の叫びはスルーで。

 

「えへへ! ちゃんと毎日やったんだー!」

「莉嘉もお姉ちゃんと一緒にやったよ!」

「そかそか、偉いなー」

 

 そのままの体勢で褒められて喜びながら話す二人の頭を撫でて、次は誰かなーと周りを見回す。

 

「んー、かな子……いや、ポッチャリさん?」

「か、……かな子で大丈夫です!」

「君は……クローバーさんがいいかな?」

「あ、あの……できれば普通に名前がいいです」

 

 面白いものを見つけたとばかりに、三村と緒方のもとへと移動する。

 つけられたあだ名に失礼のないよう気を使いながら、名前で呼んでもらえるように頼む二人。その様子さえも楽しんで見ている翠を、違和感に気付いていた人たちは冷や汗を浮かべる。

 

「そかそか。なら名前で呼んでやらんこともない。気が向いたらってことで」

 

 ニコニコと笑顔のまま二人のもとを離れ、次は誰にするか周りを見回す。

 そこで、頑なに目を合わせまいといった雰囲気をガンガンに出している者が数名。幸いなことに固まって柔軟を行っていたため、 そこへと足を向ける。

 

「やあ、みなさん」

『……………………』

 

 翠が声をかけるが、誰も反応しない。

 違和感に気付いていた人たち――双葉、諸星、新田、アナスタシア、渋谷の五人は顔こそ向けるものの、口を開こうとはしない。

 

「そんな不安そうにしないでよ……なんだかあだ名を考えたくなっちゃうよ?」

 

 それを聞くとすぐさま笑顔を作る。だが、当然のように無理に作ったために笑顔……ではあるのだが、頬は引きつっている。翠は堪えきれないといった感じでプッと吹き出し、体を丸め、肩を震わせるようにして笑っている。

 ひとしきり笑って満足したのか、目の端に浮かんだ涙を指で拭いながら五人へと目を向け、口を開く。

 

「安心しなって。みんな普通に名前で呼ぶから。アナスタシアはアーニャね」

 

 最後に『面白い反応だったよ』と言い残してその場を離れ、島村と神崎のもとへと向かう。

 

「島村はうーちゃんでいいかな?」

「は、はい!」

「養成所の時みたいにすーちゃん、って呼んでいいんよ?」

「えっと……それは、その……」

「まあ、好きに呼んで。んで、蘭子はこのまま蘭子でいいのかな?」

 

 床へと体をぺたりとつけたまま、顔だけを向ける島村のことを少しだけ困らせて反応を楽しんだ翠は、神崎へと目を向ける。

 神崎はよく分かっていないのか、首をかしげる。

 

「んと、そうだなぁ……漆黒の――」

「ら、蘭子で大丈夫です!」

「了解了解」

 

 何を言いたいのか理解した神崎は、顔を真っ赤にさせながらすさまじい反応で名前で呼ぶように頼む。その反応に満足いったのか、頷きながらその場を離れ、本田、前川、多田の三人がいる場所へと向かう。

 

「まあ普通に未央、駄猫、だりぃな」

「ちょっ!」

「待つにゃあ!」

 

 それだけ告げてさっさと離れようとする翠を二人が止める。

 

「どしたの?」

「結局みくは駄猫なのかにゃ!?」

「だりぃなって何!?」

「駄猫は……説明したし、だりぃなはアレだよ。名前をもじった。ただりいな、だりいな、だりぃな」

『え、ええー……』

「まあここまでの流れ、全部冗談よ? みな普通に名前で呼ぶって。ただ、みんなの反応が面白いからつい」

 

 衝撃の告白に、周りで話を聞いていたメンバーも呆然とする。

 そこで翠はパンパンと手を叩いてみなの意識を戻し、注目を集める。

 みなの視線が集まったところで一言。

 

「……いつまでそのままでいるん?」

 

 

 

 ちょっとした悶着があったりなかったりしたが、その後も背中を伸ばしたりと色々な柔軟を終え、いまは手を広げてもぶつからないように広がっていた。

 

「そんじゃ、今から片足立ちしてもらうから。どっちの足でやるかだけ決めておいて」

 

 特に説明もなく始めるのは理解していたからか、みな何も言わずに各々自身の足を見て、どちらの足にするかを決めていく。

 

「そんで目、閉じて五分……は長いか。とりあえず一分……いや、最初だし三十秒でやってこ。誰か失敗したらまた初めっからね。手を広げてバランス取ったりしてもいいから」

 

 どこから取り出したのか、右手にストップウォッチを構える。

 

「んじゃ、三、二、一ってカウントしていくから、みんなはゼロのタイミングで目を閉じて片足あげてな。…………三、二、一、ゼロ」

 

 翠の合図に、みなは目を閉じて片足をあげる。

 

「話を聞く余裕がある人だけでいいからそのまま聞いててな」

 

 ほとんどの人がバランスを保つのに精一杯の中、翠の声が響く。

 

「これ、そのまんまだけど閉眼片足立ちって言って、バランス感覚をつかむ練習なんだよね」

 

 何人かバランスを崩しかけるが、なんとか持ちこたえる。

 

「さっきまでやっていた柔軟は演技の幅を広げるために、これからも無理しない程度にやっておいたほうがいいよ。ダンスの時、動きのキレも変わってくるから。……ん、三十秒経ったよ」

 

 終了の合図とともに、限界だったのかバランスを崩して尻餅をつく音がいくつか響く。

 

「いたいにゃ……」

「うぅっ、お尻痛いです……」

「みくちゃん、ちえりちゃん、大丈夫?」

「ありがとう、みりあちゃん。大丈夫だよ」

「ありがとにゃ」

 

 尻餅をついて倒れた前川と緒方のもとへとへ、ケロリときた様子で赤城が心配そうに尋ねる。他にも平気そうにしているのは島村と城ヶ崎、神崎の三人で、他のメンバーは座り込んでいたりといっぱいいっぱいであった。

 

「うーちゃんは柔軟同様、鍛えたからいいとして、みりあと莉嘉はまだ若いからかな?でも、蘭子はなぜに……って思ったけど、なんとなく分かったわ」

「あの、生まれつきできるだけです……」

「え? いつもポーズとってるとかじゃなくて?」

「ち、違います!」

 

 冗談冗談。と言って、翠は手を叩いて注目を集める。

 

「初めに言っとくべきだったんだけど、倒れそうになったら目を開けて足ついてね。転んで骨折ったとか、シャレになんないし。これもちょっとした時とかにやってくれると嬉しいけど、初めは目を開けたまま片足立ちか、両足をつけたまま目を閉じるだけでも十分だから」

 

 そして移動し、曲の準備を始める。

 

「そんじゃ、この間と同じように半々に分かれようか」

 

 その言葉に全員の動きが止まる。前回のアレでも、翠は満足そうにしていなかったために、今回はどれほどやられるのかとみな不安そうな表情をする。

 

「ああ、安心しなよ。あまり無理しても体壊すだけだし、みんなの様子を見ながらだから今回は五回ぐらいかな?」

 

 そのセリフを聞いてみなはホッとしながら前回と同じ立ち位置へと移動する。

 

「ほんじゃ、いってみよ」



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14話

プロットも何もないから、ただの思いつきで書いていくんですが、今回の話、『……なんでこうなった?』感が半端ないです
……気づいてるかな?
まだ、PV撮るとこまでいってないんよ……コレ


「…………帰る家、間違えたかな?」

 

 あのあと、キチンと往復(・・)五回やってレッスンを終えた翠は、自宅へと帰った…………はずだった。

 玄関ドアを開けてみると、廊下にダンボールが積まれており、一度外に出て名前を確認しても《九石》と名札がある。

 

「あ、翠さん。お帰りなさい」

「…………なるほど」

 

 廊下からリビングへと通じるドアが開いたと思ったら、そこから佐久間が顔をのぞかせる。

 ダンボールがあるワケを理解したため、靴を脱いで家へと上がる。

 

「……………………おい」

 

 手洗いうがいを終えた翠がリビングへ入ると、部屋の模様が様変わりしていた。

 壁紙こそピンクなどに張り替えられていないが、小物が増えた。たくさん増えた。壁しか見えなかったはずなのに、棚がほとんどを埋めている。そこにはいつ撮ったのか、翠の寝顔や珍しくレッスンをしている姿、あくびをしているところや食事中のものまで写真たてに収められて飾られている。

 テーブルやソファー、イスなどはそのまま残っているが、花瓶やテーブルクロスなど、ちょっとしたところにも彩りがある。

 

「…………奈緒はどこいった?」

「二日酔いでダウンしてるとのことでしたので、しかたなく(・・・・・)私たちの寝室(・・・・・・)にあるベッドに寝かせています」

「…………はぁ」

 

 ただでさえ慣れないことをして疲れているというのに、帰ってきたらこれである。頭が痛くなってきた翠はソファーへと倒れこむようにして横たわり、夢であってほしいという願いを込めて目を閉じる。

 

「ふふっ。毛布をかけないと風邪をひいてしまいますよ?」

 

 半ば意識が落ちかけている翠がそれに反応することはなかったが、しばらくして何かが体を覆い、温もりを感じるのを最後に深い眠りへとついた。

 

「まゆは夕食の支度をしておきますね。もうしばらく、ダンボールが邪魔だと思いますけど、許してください」

 

 母親が子どもをあやすように愛おしい目をしながら翠の頭を優しく撫で、前髪をかき分けてデコへと触れるだけのキスをする。

 

「…………あら?」

 

 そこへチャイムが鳴り響く。

 せっかく気持ちよさそうに寝た翠が起きたらどうしてくれようか、などと胸の内に少しばかりの殺意を抱きながらもそれを表に出すことはなく、ニコニコと笑顔を浮かべたまま玄関へと向かいドアを開ける。

 

「やあ」

「あら? 今西部長。どうかしたのですか?」

 

 ドアの前に立っていたのは今西部長であった。

 

「ああ、少しばかり翠くんに用があったのだけど……寝ているのかな?」

「はい。たった今、寝たとこです」

「なら、まゆくんにコレを渡しておこうかな」

 

 そう言って今西部長は小脇に抱えていた茶色い封筒を佐久間へと手渡す。

 

「あの、コレは?」

「翠くんが起きてから渡しておいてもらえればいいから。無理に起こさなくていいよ」

「………分かりました」

 

 翠さんの睡眠を邪魔するわけねーだろ。みたいなことを思った佐久間だが、封筒を受け取って頷くだけにとどめる。

 用はそれだけであったらしく、軽く手を上げて帰っていく。

 

「…………」

 

 その背が見えなくなるまで玄関に立っていた佐久間は、ふと手に持つ茶色い封筒を思い出し、リビングへ戻るとどこから取り出したのか、カッターで綺麗に封を開けていく。

 

「…………うふふ」

 

 封を開け、中に入っていたものを取り出すと写真が一枚、紙が一枚であった。

 写真に写っていたのはこの間の公園での景色で、ベンチで寝ている変装中の翠とそれを描く神崎の姿である。木陰と木漏れ日もいい具合に作用して幻想的な雰囲気をだしている。写真と一緒に入っていた紙に書いてあることを簡単にまとめると、『この写真を雑誌に載せてだすから、変装変えてね』である。

 しかし、佐久間にとってはそんなことどうでもよく。翠と一緒に写る神崎を穴があくほど見つめている。

 

「…………」

 

 気のせいであるはずなのだが、佐久間の体から黒い気のようなものが漏れ出ているようにも見えた。それもすぐに引っ込み、写真をテーブルへと置くとソファーで眠る翠の顔をじーっと観察する。

 

「ああ、夕食の準備を始めないと」

 

 時折、翠の頬をつついたりして自身の頬を緩ませていたが、外が真っ暗となっているのに気がつき、慌てて夕食を作り始める。

 食材は翠が帰ってくる前に買ってあるため、冷蔵庫から取り出して調理にかかる。

 

☆☆☆

 

「翠さん、翠さん」

「…………ぅ?」

「ご飯、できましたよ」

 

 優しく肩を揺すられ、薄く瞼を開ける翠。しかし、またすぐに寝返りを打って佐久間に背を向け、目を閉じてしまう。

 

「…………うふふ」

 

 しかたないなぁ、といった感じに頬に手を当てて微笑んだあと、翠を仰向けに転がし、腰のあたりに跨って乗る。

 

「翠さぁん。起きないと大変なことになっちゃいますよぉ?」

 

 自身の顔を翠へと近づけていき……そのままキスをするのではなく、頬と頬を擦り付けて耳元で囁く。しかし、翠は多少身じろぎをするだけで起きる気配はない。

 

「…………もぅ」

 

 上体を起こし、ここまでやっても起きないことに頬を膨らませてふてくされる。

 そしていいことを思いついたとばかりに怪しく瞳を光らせる。

 かけていた毛布を上半身の部分だけめくり、翠の服へと手を伸ばす。

 興奮しているからか頬を朱に染め、目は潤み、熱い吐息を漏らす口の端からはヨダレが垂れている。

 服をめくることはせずに手をその中へと入れていく。

 

「……………………」

 

 先ほどまで翠の貞操が危機を迎えるような表情をしていたというのに、今では何の感情もない人形のような表情へと変わっていた。

 そのまま何もすることなく服から手を抜き、毛布をかけ直して上から降りる。

 

「もう、翠さん。せっかく作ったご飯が冷めてしまいますよぉ」

 

 何事もなかったかのように微笑み、先ほどよりも強く、それでいて優しく翠のことを起こす。

 

「…………眠い」

 

 なんとか上体を起こすところまでいったが、それでも半分は目を閉じており、しばらく放っておいたらまた眠ってしまいそうであった。

 

「翠さん、少し失礼しますね」

 

 どこから取り出したのか、いつのまにか目薬を手に持っている佐久間。翠の顔を上に向かせ、両目に目薬をさしていく。

 

「うぉぉぉ…………」

 

 あまり強くないはずだが、寝起きにはキタらしく。両目を抑えてソファーへと倒れ、器用にゴロゴロと転がる。

 

「目、覚めました?」

「そりゃ、寝起きに目薬が一番効果あるって教えたの俺だけどさ……」

 

 落ち着いたのか、自分でのそりと体を起こしてソファーに立った翠は、ペチンと佐久間の頭を軽く叩く。

 

「これからは、俺にやらんでよろし」

「でも、せっかくのご飯が冷めてしまいますよ?」

「よし、食べるか。先に手、洗ってくる」

 

 ソファーから降りた翠はリビングを出て洗面所へと向かった。その背がドアによって遮られ、見えなくなると同時に佐久間はため息をこぼす。そして自身の手を見つめ、握ったり開いたりををして先ほどの感触を思い出す。

 

「…………」

 

 いつまでもそのままでいると手を洗い終えた翠が戻ってきて突っ込まれるために、頭を振って切り替え、皿に料理をよそってテーブルへと並べていく。

 

「お、いい匂い。シチューだね」

「はい、翠さんへと愛情がたくさん詰まってますから。奈緒さんにはおかゆを作って渡してあります」

「そかそか」

 

 翠の真向かいに佐久間が座り、いただきますをして食べ始める。

 今夜のメニューは白米、シチュー、サラダである。二人とも人並みかそれ以下しか食べない上、種類もそんな必要ないと考えているため、品数も自然と少なくなる。

 

「そういやさ、まゆ」

「はい? どうかしましたか?」

 

 食べ始めてから数分経った頃、ふと思い出したように口の中の食べ物を飲み込んだ翠は、料理に目を向けたまま佐久間の名前を呼ぶ。名前を呼ばれた佐久間は手を止め、翠へと目を向ける。

 それに合わせて翠もシチューを食べていた手を止め、佐久間へと目を向ける。

 

「…………っ」

 

 何の感情も映さない、まるで何もかもお見通しのような赤い瞳と目が合った瞬間、佐久間は心臓が凍りついたような錯覚に陥った。

 目をそらすことさえ許されず、気を抜けば気絶をするのでは? と思えるほどのプレッシャー。

 普段の様子と見た目からは想像もできないほどの重圧に、何か言おうと口を開くも、言葉が出てこない。

 

「俺の体、見た?」

 

 翠の質問に、かろうじて首をゆっくりと横に振る。

 

「なら、さっきから俺の体に目を向けるのは?」

「…………翠、さんの服の中に手を入れて」

「…………なるほどね」

 

 ふぅ、とため息をつく翠に反応して、佐久間はビクッと肩を震わせる。

 スプーンでシチューを意味もなくかき混ぜながら何か考え事をしている翠のことを、佐久間は両手を膝に置き、黙ってその時を待つ。

 

「別にいいよ」

「…………」

「やったこと自体はあまりよろしくないけど、後戻りできないし……まゆは誰にも言わないって信じてるから」

 

 柔らかく微笑んだ後、気にしてないことを伝えるためか夕食を食べ始める。

 

「…………まゆ、出て行きます」

「ん?」

 

 いきなりのことで、スプーンをくわえた状態で聞き返す。

 

「まゆは……自分を許せません」

 

 悲痛な面持ちでそう告げる佐久間を、翠はシチューを食べるのをやめないまま聞いている。

 

「裸を見られたくないのは知っていました。なら、見なければいいという考えなしの行動でこうなってしまいましたから」

 

 『本当にごめんなさい』と頭をさげる佐久間。

 それを見てようやく、翠がスプーンを置く。…………シチューを食べ終えたからってのもあるが。

 

「なら、ここに残れ」

「…………でもっ!」

「逃げんなよ」

「…………っ!」

 

 翠は真っ直ぐに佐久間の目を見つめ、ハッキリと口にする。

 

「本当に申し訳ないと思っているなら、ここにいろ。まゆのそれはただの逃げだ。…………それに、俺はもう気にしてないって言ったろ? なら、終わりだよ。それ以上もそれ以下もないの」

 

 いつの間にか皿の中は空っぽになっており、翠は背もたれへと体を預ける。

 

「ゴチャゴチャ考えすぎ。誰にも話さなければそれでいーの。それでも不満があるなら、ここに残って俺に尽くせ」

 

 皿を手に持ち、流しへと出した翠は最後に佐久間の頭にポンと手を置いて一言残したあと、リビングから出て行った。

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 先ほどまでの悲痛な面持ちはすでになく、佐久間の頬には嬉し涙が伝っていた。



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15話

「ははっ……偉そうだな。信頼してるよ、か…………どの口が言うんだか」

 

 リビングを出て洗面所に向かった翠は洗面台に手をつき、鏡に映る自身の顔を見て乾いた笑みを浮かべる。

 その目はひどく濁っており、先ほどまゆに見せた意外な一面とは違い、その姿は本当に同一人物かと一瞬、疑うほどに雰囲気が一変していた。

 

「もうヤダ。早く引退してぇ……」

 

 ため息をついていつもの怠そうな雰囲気をまとい、歯ブラシへと手を伸ばす。

 

「明後日にPV撮るって言ってたけど……あれは別に行かなくても変わらんよな」

 

 水で先を濡らし、歯磨き粉をつけてシャコシャコと歯を磨き始める。

 鏡に映る自身の姿をボーッと見ながら歯ブラシをシャコシャコシャコシャコと動かし、うがいをして歯磨きを終える。

 

「…………寝よ」

 

 『シリアスとか性に合わん』などとぼやきながらリビングへと戻る。

 そこに佐久間の姿が見えないため、翠は一瞬どこにいるのか分からなかったが、カチャカチャと食器の擦れる音と水が流れる音がキッチンから聞こえてきたため、洗い物をしていると理解するが、声をかけることはせず、ソファーへと寝転がるともそもそ動いて毛布をかけて包まり、目を閉じる。

 

☆☆☆

 

 PV撮影当日。翠は346に来ていた。

 が、その姿はひどく疲れきっていた。

 

 昨日、目が覚めた翠は二日酔いから復帰した奈緒とまゆの間に見えない火花が散っているのを見た気がしたが、ソファーで上体を起こしたまま奈緒から二日間の予定を聞き、何もないと分かるや否や再び眠りについて結局、その日は起きることがなかった。

 そして今朝、一日寝ていたことと何も食べていないことが重なり、朝六時という普段ではありえない早起きをした翠は二度寝をしようとしたが、腹の虫が鳴いて眠ることができない。なのでしかたなく起き上がり、まゆが作っていった朝食を食べ終える頃には眠気もどこかに飛んでいた。

 ふと、PV撮影のことを思い出した翠はいつもの(・・・・)変装をして外へと出たのだが……。

 佐久間が今西部長から受け取った封筒はソファーの近くにあるテーブルの上に置いたままずっと放置されており、翠は奇跡的なまでにそれが目に入らず。また、佐久間も届け物が来たことを伝えていないため、変装が一般人にバレているとは知らない。

 そのため。

 

「おいあれ、翠さんじゃね?」

「ほんとだ……」

「誰か声かけてこいよ」

「ソックリさんかもしれないし……」

 

 346へと向かうわずかな時間、翠は何故いままでバレていなかった変装が今更ながらにバレているのか気付いていない。

 いや、周りから注目を集めていることも、何を言っているかも聞こえているのだが、気にせず知らんぷりをしている。このまま勘違いのままでいてくれて、誰一人話しかけてこないことを願って。

 

「あ、あのっ!」

「……ん?」

 

 しかし、その願いは叶わない。

 登校中であるのだろう。制服を着た女子高生が恥ずかしさからか顔を真っ赤にして翠に声をかける。

 

「も、もしかして、九石翠さんですかっ!?」

「…………へ?」

 

 誰も気づいてないと、気にしないことにしていた途端に名前を言われ、思わず立ち止まってしまう翠。その反応で本人だと確信したのか、手を差し出して頭を下げる。

 

「あ、握手してください!」

「…………」

 

 ここで握手をすれば、すでに手遅れかもしれないが未だ疑っている、周りで事の成り行きを見ていた人たちまで気づいてしまう。しかし、握手をしなければしないで目の前にいる子に悪いし、翠自身後味が悪くなる。

 

「…………はぁ」

 

 ため息をついて伊達メガネと帽子を外し、差し出された手を取る。

 

「…………はぅ!」

「こんなオッサンの握手で悪いね」

「い、いえ!すごく嬉しいです!今年はもう、手を洗いません!手袋して過ごします!」

「いや、洗おうよ……。まだ半年以上あるよ……」

 

 女子高生のテンションに内心で引きながらも胸の内に止め、手を離そうにも両手でしっかりと握られているため、どうしようかと考える。

 

「あ、ちょっと携帯貸してくれる?」

「え? いいですよ」

 

 警戒心も何もなく、両手を離してカバンから携帯電話を取り出し、翠へと手渡す。

 

「もう少し怪しいとか思った方がいいよ」

 

 そう言いながら携帯を操作し、カメラ機能を立ち上げる。

 

「前屈みになって、ピースでもいいからポーズとってくれる?」

「こう、ですか?」

 

 疑問に思いながらも言われた通りにする女の子。それを確認して一つ頷いた翠は素早く彼女に身を寄せ、携帯のシャッターを切る。撮った写真を確認してキチンと写っているのが分かると、押しつけるように女の子へ携帯を返し、全力で走って346へと向かう。

 周りに集まっていた人たちは一瞬、何が起こったのか理解できずに棒立ちとなるが、すぐにハッとなって走って逃げる翠のことを追いかけていく。

 先ほどまで誰一人として携帯で翠のことを取らなかったのは、デビューしたときに『俺の許可なしで写真撮ったら即引退するから。バレないと思わないほうがいいよ。言い方悪いけど人脈あるし』と明言しているため、コッソリと誰かが写真を撮ろうとしても、周りから止められる。

 ここから346まで、途中に信号が一つある。しかもいまは赤のためにそこで追いつけると思っていた翠を追っている人たちだが、翠にとっては助かったとばかりにタイミングよく青へと変わり、誰に追いつかれることなく346へと逃げ込む。

 関係者以外は立ち入り禁止なため、追いかけていた人たちは諦めて去っていく。

 

「朝から走るとか仕事よりもキツイ……」

 

 カフェの方へと移動し、イスに座ったと同時にテーブルの上へと上体を投げ出す。

 

「あの…………翠さん?」

「おお、菜々。いつものコーヒー」

「……は、はぁ」

 

 いつも怠そうな雰囲気を出しているが、今回のそれは怠さではなく、疲れ切っているために安部は不思議に思いながら声をかけるが……顔も上げずに注文されたために微妙な顔をしながらも厨房へと伝えに行く。

 

「お待たせしました」

「…………ん」

 

 トレイにコーヒーと砂糖、ミルクをのせて持ってきた安部は翠の前に置くと対面の席へと腰掛ける。

 

「翠さんが疲れてるのって珍しいですけど……何かあったんですか?」

「……いつも通りの変装だったはずなのに、何故かバレた」

 

 のそりと体を起こし、砂糖とミルクをいれてカチャカチャとコーヒーをかき混ぜながらため息をついて答える。

 

「あれ? 翠さん、知らないんですか?」

「…………何を?」

 

 ちょっと待っててくださいねー、と言って携帯を取り出し、何やら操作をしてから翠へと携帯を差し出す。

 それを受け取って画面に写っているものを見た翠は顔を顰める。

 

「…………あの時のか。なるほどね」

 

 納得と頷き、安部へと携帯を返した翠は背もたれに体を預け、ふーっと息を吐く。

 

「ってことは、今西さんから何か連絡あるはずなんだけど……まゆめ。忘れたな」

 

 後でお仕置きだな、とイタズラを思いついた子どものような笑顔を浮かべてコーヒーを飲む。

 

「そういや、バレたときに一人だけ握手してツーショット写真撮ったな」

「えっ……!?」

 

 思い出したようにつぶやく翠のセリフを聞き、安部が驚きの声を上げる。

 

「す、翠さん、握手したんですか……?しかもツーショット写真だなんて…………」

「そりゃ、サイン会開かない。握手会やらない。写真なんて以ての外の俺だけど、さすがに断れる雰囲気じゃなかったし。まあ、周りで順番待ちしてる人たちは捨て置き、走って逃げてここに駆けつけたワケ」

「だから怠そうではなく、疲れていたのですね」

 

 納得といった感じで頷いていた安部は、首をかしげる。

 

「それ、大丈夫なんですか?」

「何が?」

「一人だけ握手して、ツーショット写真を撮って。あとは走って逃げたんですよね?」

「ああ、ずるいとか騒ぐこと?別にいいっしょ」

「そうですかね……?」

 

 気にした様子もなく、コーヒーを飲んでいる翠のことを安部は不安げな表情で見つめる。

 それが鬱陶しかったのか、カップをソーサーに置き、ため息をついて安部へと顔を向ける。

 

「周りにいたのは変装中の俺を疑惑の目で見ていて、話しかける勇気すらない奴らだ。だけどその少女は顔を真っ赤にしながらも俺に声をかけた。いくらさっきの写真が出回ったとしても、違うかもしれないのに、だ。そのおこぼれにあずかろうなんておこがましいよ」

「……翠さんも色々と考えているのですね」

「何さ、その意外そうな顔」

 

 感心した様子の安部に翠はムッとする。

 

「い、いえ。なんでもないですよー」

 

 嫌な予感を抱いたのか、あははーと笑いながら立ち上がり、空になっているカップを片付けて仕事へと逃げていった。

 呼び止めたりなどせず、それを見送った翠は立ち上がりカフェを後にする。

 

「…………今日、学校あったよな? PV撮影って午後からかよ」

 

 時計を見ても十二時までまだまだ時間がある。

 急に暇になった翠は、さてどうするかとそこいらにあったベンチで横になる。

 

「…………ふぁ」

 

 まだ横になって五分と経っていないにもかかわらず、翠の口からあくびがでてくる。

 

「……………………」

 

 そこからさらに五分と経たず、安らかな寝息が聞こえてくる。

 

☆☆☆

 

「翠さん、翠さん。このような場所で寝られては、風邪を引いてしまいますよ」

 

 翠が眠りについてからしばらく時は進み、たまたま通りかかった武内Pが寝ている翠を目に留め、起こしにかかる。

 しかし、相当深い眠りについているのか起きる気配は微塵も見えない。

 こうなった場合はしばらく寝かせておくしかないことは理解しているため、翠を背負い、CPが使用している部屋のソファーへと運んで寝かせ、毛布をかける。

 

「みなさんが来るまでまだ時間がありますし」

 

 武内Pは寝ている翠から離れて部屋へと入り、パソコンを操作して資料をまとめたり作成したり、デスクワークを始める。

 

「……どうぞ」

 

 しばらくしてからノックの音がし、武内Pが返事をすると千川が入ってくる。

 

「あの、プロデューサー。そこで翠さんが寝ているのですが」

「……ええ、実は下で寝ているところを見かけまして。あのままでは風邪を引いてしまいますので、ここへ運びました」

「そうなんですか。……これ、頼まれていた資料です」

「ありがとうございます」

 

 千川から資料を受け取った時、ふと武内Pの中で何かが閃いた。

 

「ちひろさん。もしかしたら翠さんは未来予知ではないかもしれません」

 

 いきなりのことで、コーヒーの用意をしようとしていた千川の動きが止まる。

 

「この間、翠さんが訪れた時のことを覚えていますか?」

「……はい。珍しくプロデューサーが早めの休憩を入れてコーヒーの準備をしていた時、ですよね」

「ええ。その時に翠さんと話したことはCPのメンバーからユニットを二つ出すことなのですが……私は島村さん、本田さん、渋谷さんの三人で組む『ニュージェネレーションズ』。新田さんとアナスタシアさんで組む『ラブライカ』を考えていました。最終的には翠さんからこの案が出たのですが、その前に翠さんは双葉さんと諸星さんのペアについて話されていました」

 

 何かを絞り出すように考えながら話す武内Pのことを、聞き漏らすまいと真剣な表情で千川は見ている。

 

「そのことから考えると、人の心を読む可能性ですが、おそらくは無いのかと。もしあったのであれば、私の考えを読み取っているはずです。そして未来予知が本当だったとしても限定的なものになるかと」

「……………………」

 

 最後まで話し、武内Pはどうでしょうか? と千川に目で問いかける。

 顎に手を当てて目を閉じ、今聞いた話を加味して考え込む。

 

「……プロデューサー」

「はい」

「翠さんがそんな簡単なミスをすると私は思えません。そうであれば今までにも幾つかミスがあり、ここまで悩んでいないと思います。おそらく、その考えに行き着くよう誘導するため、ハッタリをかまされたのではないかと」

 

 その考えはなかったと、武内Pは目を見開き、首に手を当てる。

 そこへ。

 

「おぉう、たっちゃんにちーちゃん」

 

 ノックもなしにドアが開き、聞こえてきた翠の声に二人は体を硬くする。

 まるで入るタイミングを伺っていたような場面での登場に、二人は先ほどの話を聞かれていたのではと冷や汗を流す。

 しかし、翠はまるでそのことを気にしていないかのように千川の隣を通り、武内Pの前まで向かう。

 

「どうか、されたのですか?」

 

 武内Pのセリフに、翠はニヤリと笑みを浮かべて返す。

 

「俺のこと、知りたいの?」



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16話

「正直に言っちゃえば、そこまで隠すようなことでも……あるけど、なんか面倒になってきた」

「…………はぁ」

 

 翠の意図が読めず、武内Pは千川にアイコンタクトを送るが、千川も難しい顔をして首を横にするしかない。

 

「まあ、いつまでも困らせたままにして仕事に支障が出たらあれじゃん? だから直接答えは言わないけど、聞かれたことに対してイエスかノーで答えるよ」

『……………………』

 

 武内Pと千川は視線を交わし、頷く。

 

「では……未来予知が出来ますか?」

「ノー」

「人の心が読めますか?」

「ノー」

「相手の表情や仕草を見て、何を考えているか予測することは出来ますか?」

「イエス」

 

 武内Pが試しとばかりに三つほど質問をして翠の反応を見る。

 言ったとおり、イエスかノーでしか答えず、他に何も話そうとはしない。

 立っているのが怠くなったのであろう。ソファーに寝転がり、面白いといわんばかりに笑顔を浮かべて武内Pと千川を見ている。

 

「翠さんは…………人、ですか?」

「イエス」

 

 千川は質問するか一瞬躊躇ったが、翠の目に優しさを感じとり、思い切って口を開く。

 イエスと返ってきたことに、二人は無意識にホッと息を漏らす。

 

「……翠さんはいま、二十四歳ですか?」

 

 なんとなしに武内Pは、ふと思ったことを聞いてみた。

 千川は特に意味もない質問だと考えていたが、思わぬ結果となる。

 

「イエ……ノー? イエス?」

 

 先ほどまでハッキリとしていた答えであったのに、首を傾げて答えに詰まったのだ。

 そのことに二人は驚きを隠せない。

 翠のことを知るために住民票や生年月日、年齢や血液型などはまず最初に調べが付いている。

 まだ誕生日がきていないため、二十四歳であるはずなのに、首を傾げて困ったような表情をしている。

 

「たっちゃん、それは生まれてからの年齢ってことかな? 精神年齢のことかな?」

「……なら、まずは生まれてからの年齢で」

「それならイエス」

「……精神年齢は」

「ノー」

 

 新しいオモチャを見つけた子どものような笑顔を浮かべて返す。

 

「精神年齢は何歳か……」

「イエスかノーだけだよ? …………と言いたいとこだけど、一から言われていくと分かっちゃうし、教えてあげる。四十二だよ」

 

 武内Pの質問に答えた後、眠そうに目をこすりあくびを漏らす。

 

「また眠くなってきたから寝るね。だいぶ教えてあげたけど、答えにはまだたどり着けないと思うよ」

 

 ゆったりとした動作で起き上がり、そのまま部屋のドアへと向かう。

 ドアノブに手をかけたところで思い出したように顔だけ振り返ってみせる。

 

「CPのメンバーならば、もしかしたら分かるかもね」

 

 それだけ言い残して返事を聞かず、翠は部屋から出ていって先ほどまで寝ていたソファーへと横たわり、毛布にくるまって眠りにつく。

 部屋に残された二人は、とりあえず先ほどのことをノートにまとめて考えるのは後にし、仕事へと戻る。

 

☆☆☆

 

「ん…………ぁ、やべ」

 

 むくりと体を起こし、翠が最初に見たものは自身のヨダレによるシミができたソファーであった。

 

「…………見なかったことに」

「何を見なかったことにするんですか?」

「…………ちーちゃん」

 

 いつのまにか背後に千川が立っており、翠は油の切れた機械のような動きで振り返る。

 

「これ、どうしましょうか?」

「……俺の写真付きでネットオークションだせば高く売れるんじゃないですかね?」

 

 ニッコリと笑っている千川だが、翠にはその背後に般若が見えていた。頬を引きつらせながらもなんとか答えを返すが、地雷を踏み抜いたのか笑顔が一層深まったかのように見える。

 

「まあ、CPの子たちには後で説明しておきます。座らないように注意しないと」

「…………すいません」

 

 ソファーの上で翠が千川に土下座をしたとき、作業部屋のドアが開いて武内Pが出てくる。

 

「…………どうかされたのですか?」

「ほら、翠さん。何をやらかしたのですか?」

「…………ヨダレをソファーに垂らしてシミを作りました」

 

 首に手を当てながら困った表情をして千川に尋ねるが、それをそのまま土下座している翠へとパスを出す。

 半ばヤケクソ気味で答える翠を見て、武内Pはため息をつく。

 

「おっはよーございまーす!」

「おはようございます!」

「おはよう」

 

 そこに本田、島村、渋谷の三人が元気に挨拶をしながら入ってくるが、目の前の状況に動きをピタリと止める。

 

「うげっ、もうそんな時間か」

 

 翠は土下座を見られたことを気にした様子もなく、壁に掛けられている時計へと目を向ける。確かに学校が終わり、ここへ来るまでに十分な時間が経っている。

 

「……今回はこれで許してあげます」

「どもー」

 

 懲りた様子がみられない翠に、千川は若干イラッときたが、それを表に出すことはなく仕事へと戻っていった。

 

「…………昼飯、食ってねぇ」

 

 翠がそうぼやくも、武内Pは三人にビデオカメラを渡してPVを取って欲しいと頼んでいる。三人も翠のことが気になるのかチラチラとそちらに目をやりながらも説明を聞いて頷く。

 武内Pは説明を終えると仕事に戻り、三人は翠に挨拶をしてから部屋を出ていき、PV撮影へと向かう。

 

「…………一緒に回ろうかと思ってたけど、飯食べよ」

 

 本来予定していたこととだいぶ変わってきているが、特に気にした様子もなく翠も部屋を後にして食堂へと向かう。

 

「どーしよっかなー……」

 

 食堂についた翠は料理を食べ進めながら誰に言うわけでもなくつぶやく。

 昼の時間はとうに過ぎているため、翠の他に昼食を食べているものはいない。飲み物や軽い軽食をつつきながら仕事の話をしている職員が何人かいるだけだ。

 

「翠、いま昼食か?」

「おお、奈緒」

 

 半分ほど食べ進め、喉を潤すために水を飲んでいた時、隣のイスに座りながら奈緒が声をかける。

 

「朝、ここにきて寝てたらこの時間になってた」

「そうか。風邪だけは引くなよ。仕事の日に風邪を引いて出来ないとか勘弁して欲しい」

「……………………」

「……おい、その馬鹿げた考えをいますぐ捨てろ」

 

 アゴに手をやり、『ありか……? でも、風邪って地味に怠いし……いや、寝ているから変わらないか?』とつぶやきながら真剣な表情で考え込む翠を見て、奈緒は翠の頭を軽く叩いて現実へと引き戻す。

 

「まあ、引こうと思って引けるものでもないし。大丈夫だよ」

 

 叩かれた部分を片手でさすりながらお茶を飲んで一息ついた翠は、残りの料理を食べ始める。

 

「ってか、さっき名前で呼んでたけどいいの? 仕事とプライベートは分けるって言ってなかった?」

「翠は今日休みだし、私もいまは休憩の時間だ。気を許してもいいだろう」

「そう。別に仕事でも他のみんなみたいに名前で呼べばいいのに」

 

 食事の合間に箸休みの代わりとして食べるのを止め、奈緒と話をする。

 

「確かに、私だけだな。お前のことを九石と呼ぶのは」

「学生の頃は翠! 翠! なんてことあるごとに煩かったのに……なんだか寂しいなぁ……」

「何を私の親みたいなことを言っている」

「まあ、だらけた親としっかりした娘。だけどふとしたときにきちんと親の役目を果たす……みたいな?」

「何を言ってるのかわからん。見た目だけならば翠がだらけた娘で私がしっかりした保護者だろう」

「確かに」

 

 料理をきれいに食べきった翠は、お茶も飲み干して立ち上がる。

 

「どこか行くのか?」

「んー、暇つぶし?」

「ほどほどにしておけよ」

「うぃ」

 

 食器を片付けに行こうとする翠に特別注意することもせず、奈緒はむしろこれから翠に構われる相手に黙祷を捧げるかのように目を閉じる。

 

「さー、どこに行くかなー」

 

 食器を片付けた翠は、食堂を出たところで近くにあったベンチに腰掛け、悩んでいた。

 

「三人がどのルートでいったか、曖昧なんだよな……。いっそのこと、今から蘭子のとこ行って一緒に待ってるか」

 

 一つ頷き、立ち上がる。

 

「…………あれ?」

 

 しかし、しっかりと両足で立ったはずであるのに、バランスを崩して床に尻餅をつく。

 

「……………………」

 

 黙ったまま目を閉じ、指をまぶたに優しく触れさせる。

 そのまま何回か深呼吸を繰り返し、ゆっくりと目を開けていく。

 

「………うし」

 

 尻餅をついた状態から四つん這いへと体勢を変え、そこからゆっくりと立ち上がっていく。

 近くの壁に手を当て、また倒れることがないことを確認してからようやく歩き始める。

 

 

 

 

「おっすおっす」

「す、翠さん!」

 

 噴水のふちに腰掛け、片手で日傘をさしながらヒザにスケッチブックを載せて絵を見ていた神崎に翠が声をかけると、慌ててそれを閉じ、顔を赤くさせながらアタフタして立ち上がる。

 

「ああ、座ってていいよ。それとその日傘、借りてもいいかな?」

「は、はい! どうぞ!」

 

 日傘を受け取り、先ほどまで神崎が座っていた場所の隣へと腰掛ける。

 そして立ったままでいる神崎に座るように翠が促し、ようやくおそるおそると座る。

 

「悪いね、日傘借りちゃって。最近持ってきてないからさ」

「い、いえ……」

「どうした?」

 

 何か言いたげにチラチラと翠を見ては目をそらすことを繰り返す神崎。普段であればこういった態度をとるほとんどの相手に、翠は急かすことなく心の準備が整うまで待つのだが、今回に限ってはそれをしなかった。

 神崎は時間がかかるが、きちんと自分の言葉で話せる。しかし、今回は島村たち三人を待っている状況。まだ多少時間があるとはいえ、せっかく勇気を出して話し始めたのに邪魔をされては次がいつになるか分からないからだ。もしかしたらしばらく先まで二人きりになる時間すらあるかも分からないのである。

 しかし急かしたとはいえ、強く言いすぎるとむしろ時間がかかり、逆効果になってしまうのでさりげなく問いかける。

 

「あの…………ありがとうございます」

「…………ん?」

 

 いきなり頭を下げられ、お礼を言われた翠は訳が分からずに首をかしげる。

 

「お礼を言うの、遅くなっちゃいましたけど……あのとき助けてくれて、ありがとうございます」

「あー……んー……?」

 

 顔を上げて翠の目を見ながらもう一度お礼を言う神崎だが、翠は覚えていないのか首をかしげている。

 

「去年、熊本で……」

「ああ、思い出した思い出した。ライブ前にブラブラしてたら絡まれてたところを見っけて助けたんだ」

「は、はい!」

「ほんと、たまたまだから気にしなくていいよ」

 

 それでも少し照れているのか、神崎から借りた日傘をクルクルと回しながら顔をそらす。

 

「翠さんがデビューする前……私が小学生になる前からずっとファンで。……あの頃もキラキラしていたのを覚えています」

「そっか。そんな前から見ていてくれたのか」

 

 地面に視線をやり、何かをしばらく考えたあと、よしとつぶやいて神崎へと目を向ける。

 

「できればまだ、内緒なんだけど」

「は、はい」

 

 真剣な目を向けられ、自然と背筋が伸びる神崎。そして内緒話と言われ、嬉しさからか頬が少し赤くなる。

 しかし、そんな期待も続く翠の言葉に裏切られることとなる。

 

 

 

「――俺、そろそろ引退しようと思ってる」



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17話

最近、ワールドトリガー、IS、ラブライブの二次創作が書きたくなってきた今日この頃。


 日は沈みかけ、空がオレンジ色に染まる中。

 神崎蘭子は一人、噴水のふちに腰掛け日傘をさし、憂い顔で膝に乗せたスケッチブックの表紙を撫でていた。

 考えていたのは先ほどまで一緒にいた翠が発した言葉。

 

 ――俺、そろそろ引退しようと思ってる

 

 その言葉が頭の中を繰り返し駆け巡るたびに神崎はため息をつき、顔を歪める。

 

「あ! やっと見つけた!」

 

 沈んだ雰囲気を壊すように、突如として明るい声が響く。

 神崎が顔を上げて声の方に目を向けると、ビデオカメラを手に持った本田、その後ろに渋谷と島村の姿が見える。

 

「いまさー、プロデューサーに頼まれてPVとってるんだけど…………どうかしたの?」

 

 そのままの調子で話しかけながら近づいていく本田だったが、互いに手を伸ばせば届く距離まで近づいたところで神崎の様子に気がつき、首をかしげる。

 

「…………ぁ、……その……」

「なになに? 何かあった?」

「未央ちゃん。そんな急かしたらダメですよ」

 

 何か話そうとする神崎であったが、言葉は続かず、口をモゴモゴとさせる。そこに興味を惹かれた本田はグイグイと詰め寄るように尋ねるが、その勢いに押されてかさらに口を固く閉じてしまう。

 

「あの…………プロデューサー、には内緒で……みんなに話しが」

 

 神崎が熊本弁(いつものはなしかた)ではなく、真っ直ぐな言葉で話したことに三人は驚いたあと。意味を理解して首をかしげる。

 

 

 

 

 数分後。

 CPのために用意された部屋に全員が集まっていた。

 中で作業していた武内Pが何事かと尋ねたが、みんなから曖昧に誤魔化された上、部屋から追い出される始末。

 

「ねーねー、どうして集まってるの?」

 

 未だ事情がよく分かっていない赤城が声を上げる。

 

「蘭子ちゃんがプロデューサーに内緒で話があるんだってー」

 

 それに対し、隣に座っていた城ヶ崎が少し得意げに答える。移動している際、大まかなことを諸星から聞いていたりするのだが、諸星は微笑ましそうに二人のことを見るだけにとどめる。

 ちなみにであるが、翠がヨダレをたらしたソファーはそのままとなっている。武内Pが説明し、取り替えてもらえることを伝えたところ、ほぼ全員から反対意見がでたからである。

 

「…………あ、あの……その」

 

 特に言われたわけでもなく、皆が口を閉ざしていき神崎へと目を向ける。

 注目されて顔を赤くさせ、なかなか言葉が出てこないが誰も急かそうとはしない。

 

「未央ちゃんたちを待ってる時……翠さんが来て、その……話をしていたんですけど……。…………翠さんから引退する、って」

「いん……」

「…………たい?」

『……………………』

 

 皆はすぐに神崎の言ったことを理解できず、しばらくの間が空いた後。

 

『うぇぇぇえええ!?!?』

 

 座っていたものは立ち上がり、あの双葉でさえも眠気がどこかへいったようで驚きの表情をあらわにしている。

 

「翠さん、アイドル辞めちゃうの?!」

「でも、そしたらプロデューサーに話さないのは?」

「……あの……」

「またいつもの冗談じゃ?」

「それだったらその場で蘭子ちゃんに冗談でしたーって言うと思うけど」

 

 口々に自身の考えを言っていき、だんだんと収まりがつかなくなっていた。神崎はそれを見てオロオロし、何度か口を開いては小さな声を出してはいるが、誰の耳にも届いていなかった。

 

「みんな! 一回落ち着こう!」

 

 手を叩き、注目を集めながら声をかけて収まりをつけたのは年長者である新田であった。

 

「まだ、話の続きがあるみたいだから、最後まで聞いてからにしましょ」

 

 何か話そうとしていたことに気づいていたのか、新田は座るように促す。

 皆はおとなしくソファーなどに腰掛けて口を閉じ、再び神崎へと目を向ける。

 また話すのに少しの間、時間がかかりながらも要点をまとめて伝えていく。

 

 ――いますぐ、というわけではないこと

 

 ――だけど長いこと先でもないこと

 

 ――アイドル間では構わないが、プロデューサーには話さないで欲しいこと

 

 詳しく知りたいことがあれば直接聞きに来て、など。

 

『……………………』

 

 神崎が話し終えると、先ほどとは違い誰も口を開かずにいる。

 いつも元気でいる赤城や城ヶ崎、諸星に本田も肩を落とし、島村は泣くのをこらえているのか口を結んでいる。

 

「やっぱアレかな」

 

 そこに双葉が口を開き、皆の注目を集める。

 

「翠さんって、アルビノじゃん? 推測だけどガタがきたとかじゃない?」

 

☆☆☆

 

「蘭子がCPのみんなに話してくれたのなら、杏が勘付いているかな」

 

 自室のソファーに寝転び、携帯をいじっていた翠はふと、壁にかけてある時計で時間を確認してつぶやいた後、ふたたびポチポチと携帯をいじる。

 変装がばれているため、帰りは少し遠回りとなったが人通りの少ない道を通って行ったため、特にバレることはなかった。

 帰ってくるや否や、手洗いうがいをきちんと済ませてからずっと携帯をいじっていた。

 時折メールを知らせる着信音や電話がかかってくるため、誰かと連絡を取っていることがわかる。

 

「…………まじ面倒」

 

 やることを終えたのか、テーブルに携帯を投げ置いて毛布にくるまる。

 

「原作をあまり壊さないようにしてきたけど……面倒になってきたし、世界の矯正力ってのを信じていこ。…………前世が事故死で神様転生とかやったら楽なのに、ただの転生だけとか。嬉しいっちゃ嬉しいけど、特典とかないし」

 

 その後もグチグチとリビングに翠の声がつづくが、それも数十分後には寝息へと変わっていった。

 

 

 

「…………ぅ?」

 

 目を擦りながら翠は上体を起こし、周りを見回す。

 窓から差し込む太陽の眩い光に目をシパシパとさせながらもテーブルの上にある携帯に手を伸ばし、いまの時間を確認する。

 

「朝かぁ…………朝……」

 

 そしてしばらく携帯の画面を見つめ、黙り込む。

 

「……………………」

 

 不意に携帯が振動し、誰かから電話がかかってくることを知らせる。

 画面には『日草奈緒』と表示されている。それを見た翠は面倒臭そうな表情をしながらも電話に出る。

 

「…………あい」

『いま、どこにいる?』

「寝起きでふ」

『…………迎えに行く』

 

 ブツッという音の後にプーップーッと虚しい音を聞いた翠は携帯をテーブルに戻し、シャワーを浴びて眠気を飛ばす。

 それから簡単な朝食を食べていると玄関から物音が聞こえ、奈緒がやってくる。

 

「おっす」

「…………早く支度しろ」

「うぃうぃ…………あ、奈緒」

「なんだ?」

「約束はちゃんと守るよ」

「…………? いきなりどうしたんだ?」

「何となく、ね」

 

 心当たりはあるようだが、突然のことで理解が追いつかないため、翠に尋ねるが曖昧な笑みを返すだけで答えは返ってこなかった。

 結局は奈緒が仕事の支度をやり、出かける前に持ってきていた新しい翠の変装――帽子とメガネを変えただけ――をさせて脇に抱える。

 

「今日の仕事は何?」

「今日は仕事はない。上からお話だそうだ」



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18話

みなさん、あけましておめでとうございます(今更
残念なことに、作者は死んでおりません


「上からのお話が終わったら、きっと面倒なことが待っているのだろうな……」

「何か言ったか?」

「いんや、大丈夫大丈夫」

 

 奈緒が運転する車の中。助手席に座る翠のつぶやきをもし聞いていたのなら、未来は少し変わっていたのかもしれない。

 

 

 

「ここからは私が引き受けるよ」

 

 346につき、車から降りると今西部長がやってくる。

 何か言いたげな奈緒であったが、妙な圧力のある笑顔を向けられて黙り込む。

 

「まあ、気にすんな。何かやらかしたわけでもないから」

 

 気休めにならないことを分かっていながらも、翠は奈緒に一言かけてから今西部長の後をついていく。

 

「やっぱり、アレのこと?」

「そうだね。僕としてはもう少し持つと思っていたのだけれど」

「ああ、俺も俺も。あれかな? 変装がバレているの知らずに家出て、追いかけっこしたからじゃね?」

「それは僕の失敗だった。キチンと君に渡すべきだったね」

「それはある」

 

 そんな軽く話しながらもエレベーターに乗り、上の階を目指す。

 

「武内くんたちには……話さないのかい?」

「たっちゃんや奈緒だけでなく、他のプロデューサーにも話してないね」

「僕がとやかく言うことじゃないけど、君はそれでいいのかい?」

「あーだこーだ言われる歳でもないし、一応は考えがあるつもりだよ」

「なら、僕から何も言うことはないよ」

「任せろ。一波乱起こすことに関しては自信ある。お、着いた」

「あはは」

 

 今西部長の苦笑いを聞きながら翠は扉に手をかけ、入っていく。

 

 

 

 そして重役たちが揃っているであろう部屋へと気負うことなくノックもなしに入っていった翠は、三十分後にはなぜかスッキリとした表情で出てきた。

 

「君には驚かされることばかりだよ」

「特に意識してないんだけどねー」

「ははは、みんな分かってるよ」

 

 五分ほど話をした後、仕事があると言う今西部長と分かれた翠は、CPのために用意された部屋へと向かう。

 

「うぃっす」

「おはようございます……もう、こんにちはの時間でしょうか」

「んな細かいことはいいんだよ。昼食の時間過ぎたらこんにちはにしとけば」

 

 中には武内Pしかいなかった。当然、CPのメンバーは学校がある。

 

「まだ、みなさんは学校ですが」

「分かっとるわかっとる。またお休みタイムを」

「はぁ……。それではまだ、私には仕事がありますので」

「うぃ。頑張れ」

 

 部屋から出て行く武内Pを見送った翠は毛布を手に、ヨダレを垂らしたソファーへと寝転がる。翠はすでにこのソファーは新しいものへと変えられていると考えていたが、そのままにされていることを聞かされていないので知る由も無い。

 

☆☆☆

 

「さて、武内くんも来たことだし始めようか」

 

 広い会議室のような場所。

 そこには346のプロデューサーほぼ全員が集まっていた。

 今西部長が仕切っているのか前に立ち、補佐として脇に千川が立っている。

 

「まずは翠くんの行動だけれど、特に変わりは?」

 

 周りを見回すが、誰も手を挙げない。

 彼らプロデューサーは今西部長のもと、普段の彼の様子におかしな行動などが無いかをその場に居合わせた人にちらりとでもいいから確認するようにと心がけていた。

 初めのうちはみな慣れておらず、翠に違和感を持たせていたが、いまではたまに感づかれるくらいであってもその頻度は減っている。

 どこでそれを使う機会があるのか分からない技術をここのプロデューサーは持っていた。

 

「それじゃあ、後は武内くんと千川くんの報告だね」

「はい」

 

 武内Pは返事をし、座ったまま手元の資料に目を落として報告を始める。

 

 

 最近の彼はCPのメンバーの様子をよく見ることや、この間の意味深な発言について。千川とともにしたイエスorノーの質問など。

 

 

「……ふむ。CPメンバーの誰かが翠くんについて何かを知っている、と?」

 

 武内Pからの報告を聞き、しばらく考え込んだ後。自身なりに考えをまとめた今西部長は確認のために尋ねる。

 

「いえ……知っているのではなく、気がつくのでは? といった意味合いの方が強いと思われます」

「なるほどねぇ……。彼の過去について詮索するのは契約違反になるし、どうしてだか有益な(・・・)情報提供者(・・・・・)が仕事に支障はないとはいえ落ち込んでいるようだし」

 

 困ったような笑みを浮かべながらテーブルに肘をつき、手のひらを組んでそこに顎をのせる。

 

「私の方から、メンバーのみなさんに話してみましょうか?」

「いや、それは止めといたほうがいいと僕は思うよ」

「…………それは、何故でしょう?」

「ただの勘……なんだけどね。それをしてしまったら取り返しのつかないことになる気がするんだ」

「……はぁ。分かりました。では、今まで通りということで」

「そういうことだね。それじゃあ、解散」

 

 今西部長の言葉を合図に、集まっていた人たちは席を立って部屋から出ていき、本来の仕事へと戻っていく。

 

 

 

 これは不定期で開催される報告会。

 主な内容は翠について。

 だが、知れば知るほどに謎が深まるばかりで一向に末端すら掴めていない。

 いや、もしかしたら核心へと近づいていっているのかもしれない。

 それを見つけるための材料も揃っているのかもしれない。

 ただ、翠がそれを悟らせない立ち回りをしているために気がつかないだけである。

 

 ーーまだ、彼らが翠の本質を知ることはない。

 

☆☆☆

 

「んぇ……?」

 

 おかしな声をあげながらも、目をこすって上体を起こす翠。何かを感じたのか、目は閉じられたままあたりを見回す。

 

「…………全く何も見えん」

「そりゃ、目を閉じてれば何も見えないにゃ」

「ん? 駄猫?」

「駄猫じゃないにゃ!?」

 

 翠の言葉に面白いほど反応を示す駄猫こと前川。

 眠気が抜けてきたのか、うっすらと目を開けて再び周りへと目を向けると、前川だけでなくCPのメンバー全員と、それに加えて他のアイドルたちも何人か集まっていた。

 

「え? 何? どしたの? パーティーとかあるの?」

「翠さん」

 

 翠としては()けたつもりであったのだが、周りははぐらかすために(とぼ)けていると受け取り、表情を引き締める。

 そこに一歩前に出た高垣が真面目な面持ちで名前を呼ぶ。

 

「どしたの?」

 

 名前を呼ばれた本人としては、なぜこんなにも空気が重いような、張り詰めているような感じなのかを不思議に思いながらも聞き返す。

 

「……アイドルを辞めるというのは本当ですか?」

「ああ、それね」

 

 少し間を空け、意を決して口を開いて尋ねた高垣。そして本当かどうかの真相を知るために集まった周りのアイドルたちも息を呑み、体を硬くさせる。

 しかし、そんな反応とは真逆の。軽い感じでヘラヘラと笑っている翠を見て、みんなの頭には徐々に疑問符が増えていく。

 

「蘭子には辞めるって伝えちゃったけど、具体的には違うんだよね。正確に言うならば、休止……? ……いや、これも何か違うな。不定期開催的なやつかな。休んだり、活動したり」

 

 上手い言葉が見つからないのか、首をかしげたりなどして言葉をひねり出そうとしていた翠だったが、『まぁいっか』みたいな表情をしてどこか満足気な雰囲気を出し始める。

 先ほどのセリフといまの行動によって、周りに集まっていたアイドルたちは、もう何が何だか分からなくなってきていたりする。

 

「…………あの、翠さん」

 

 そこにいち早く立ち直った高垣が真っ先に思いついたことを尋ねる。

 

「アイドルを引退は……」

「しないよ」

 

 翠の言っていることが嘘でないと理解し始めたアイドルたちは、力が抜けたのか腰を抜かして床にへたり込んだりしている。

 

「でも、今までより活動はグッと減るけどね。あまり激しくないことといえば……バラエティー番組にでも出てみるかな」

「…………みなさんお揃いで、どうかされましたか?」

 

 周りのみんながさらに深く聴いていこうとしたとき、武内Pがドアを開けて入ってくる。後ろには不思議そうな顔をしている千川もいる。

 

「少しCPのみなさんと交流をと思いまして、空いている子たちで集まっていたんですよ」

 

 とっさの状況であるのに、さすがは元アナウンサーと言うべきか。あらかじめ用意してあったのでは? と思えるほどにスラスラとそれらしい理由を述べる。

 

「そうでしたか。それならば言っていただければもう少し広い部屋を用意しましたのに」

「いえ、あまり広すぎると距離も空いてしまうと考えまして。広すぎず、狭すぎずのここがちょうどよかったので」

 

 ちびっこ(中学生含み、高校生は数人ほど)のアイドルたちが尊敬するような目で川島を見ており、それを知ってか知らずかどこか得意げな様子の川島。

 しかし、普段の彼女を知っている組に関しては痛い子を見るような、又は呆れたような目で見ている。

 

「まあ、みんなの親睦も深まったし、今から俺主催のゲームをするところだったんだよね。たっちゃん、今使える広いところない?」

 

 そこに翠が口の端をつり上げながらそう申し出た瞬間。純粋に喜ぶ者と絶望の淵に立たされた表情をする者へと分かれた。





…この小説、お気に入り600超えててちょっとビビった。


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19話

王様ゲームが考えていた以上にグダグダしそうでしたので、番外編で載せ直しをと。一旦、消しました。
それとこの話ですが、いままでは記憶にあるアニメの内容に沿って書いていたのですが、アニメを見ながら書いていたので変な感じがあるかもしれません。違和感など何でもいいので何かあったのならば感想や活動報告のコメにでも書いてくださるとありがたいです


「あっはっは」

 

 その一室は異様な風景であった。

 偉そうな態度で笑いながらイスに座っている女の子のような男。

 その前には楽しそうにはしゃぐ小さい子どもたち(小学生まで。一部中学生を含む)。

 そして大半のアイドルたちは髪が乱れるのも構わずにトップアイドル、新人アイドル関係なしに床へと倒れこんでいる。

 

「…………あの、これはどういった状況でしょうか」

 

 部屋に訪れた武内Pは中の状況を確認し、しばし固まったあとに把握しようと考える。しかし、どういった経緯(いきさつ)でこうなったのかがさっぱり分からない。

 そうして問いかけたのであったが、その声は誰に届くでもなく、むなしく響くだけであった。

 

☆☆☆

 

 親睦会という名に隠れた翠のお遊戯会があった次の日、武内Pから重要な話があるとCPメンバーが集められた。

 そして――。

 

 

『新田美波さん、アナスタシアさんのお二人。それから島村卯月さん、渋谷凛さん、本田未央さんの三人。それぞれこのプロジェクトのユニットとしてCDデビューしていただきます』

 

 

 メンバー全員の目の前で武内Pの口からそのような発表があった。

 前川が他のメンバーはどうなのかと尋ねるが『……企画検討中です』とだけ。

 

 

 それから島村、渋谷、本田の三人組ユニットでニュージェネ。アナスタシア、新田の二人組ユニットでラブライカとしてデビューすることを武内Pの口からCPのメンバーに発表された五人は、CD発売イベントのミニライブを行うために発声練習から始まり、曲の歌詞や振り付けの練習を。

 残りのメンバーは今まで通りに基礎練習をこなしてきた。

 前川、城ケ崎妹、赤城の三人は島村たちに勝負を挑み、勝利をもぎ取ってCDデビューと頼み込むも苦い返事が返るだけ。

 

「あ~、基礎練ばっかにゃあ……」

「ねぇ、もっかい勝負しに行こうよ~」

「トランプしようよ! ねえ!」

「これは遊びじゃないにゃ。アイドル生命をかけた真剣勝負なの」

 

 赤城の額に軽いデコピンをしながら前川がそう伝えると。

 

「アイドル生命?」

 

 多田の疑わし気な声が聞こえてくる。

 そちらに目を向けると、緒方、三村、多田の三人が立っていた。

 

「アイドルっぽいこと、まだ何もしてないじゃん」

「…………うぐっ」

 

 もっともな意見であるため、言葉に詰まる前川。

 

「でも、みんなはCD出したくないの?」

 

 城ケ崎妹のセリフを聞き、今度は多田が言葉に詰まる。

 

「お? 面白い状況じゃん」

「あ、翠さん!」

 

 前川たち三人と三村、緒方、多田が話しているところに棒付き飴をなめている翠が通りかかる。

 

「どうしたん?」

「Pちゃんがユニットを発表したんだけど……」

「ああ、なるほどね。理解した」

「えっ? それだけで?」

 

 まだ一部分しか説明していないというのに、納得いった風で頷く翠に疑わし気な目を向ける前川。

 

「なんだ、駄猫。俺は結構すごいんだぞ」

「自分で言ってたら世話ないにゃあ」

「たっちゃんが卯月、凛、未央の三人。美波とアーニャの二人組ユニットを作ったはいいけど、残りのメンバーはどうなのか知りたいってところだろ? んで、尋ねたはいいけど企画検討中と濁され、三人に勝負挑んで勝ったはいいけど、試合に勝って勝負に負けた状態」

「スルーされたことに異議を申し立てたいけど……見てないのにどうしてそこまで分かるにゃ?」

「ちょっとね」

 

 ほぼ完璧に言い当てられ、前川だけでなく他の五名も驚きをあらわにしている。前川の質問に対しては口の前に人差し指を立てて誤魔化したが。

 

「翠さんは何してるの?」

「俺? 今日はオフだし、いろいろとあるからここでブラブラしてる」

「よく分からないけど、トップアイドルってそんなに暇なの?」

「暇じゃないぞ」

 

 そこに偶然、奈緒が通りかかって翠の代わりに答える。

 

「トップアイドルにも関わらず暇してるのはこいつだけだ。高垣や他の有名アイドルたちは多忙だ」

「まあ、俺には俺の悩みがあるのさ」

「……数少ない仕事をちゃんとやってくれているから、それでいいさ」

 

 何か言いたげな表情をしながらもそれを飲み込み、一言だけ言い残して去っていった。

 

「さて、お前らはこれからどうするんだ?」

 

 翠の問いかけに六人は顔を見合わせる。

 

 

 

 

「たのもうにゃ!」

「「にゃ~」」

 

 島村、本田、渋谷、新田、アナスタシアが話しているところに前川たち三人が再びやってくる。

 真っ先に反応した本田が立ち上がって『返り討ちにしてやる』と言いかけたところに追加で三村たち三人が入ってくる。

 

「っえ、ろ、六人!? こっち五人なんだけど~!」

「おっすおっす」

 

 困惑しているところに、あえてタイミングをずらして入ってきた翠が声をかける。

 

「す、翠さん!」

「こ、こんにちは」

「堅苦しくなくていいよ。ほかの先輩アイドルには挨拶必要だけど、俺は特に気にしないし」

 

 島村たちも立ち上がって挨拶してくるのに対して軽く手を振って応え、壁に背を預けて座り込む。

 

「さて、駄猫。どうぞ」

「駄猫って呼ばれるのが気になるけど……今はいいにゃ。美波ちゃん、アーニャちゃん。交渉しに来たにゃ」

『……交渉?』

 

 前川のいきなりな発言に五人は首をかしげる。

 

 

 

 

「…………あっ」

 

 武内Pは部屋が部屋に入ってまず目にしたもの。

 

「ミクたちのライブにようこそにゃ! さ、美波にゃん」

「ええっ! ……ええっと…………さあ、好きにプニャプニャするにゃ!」

「アーニャん!」

「肉球、気持ちイイ……にゃん?」

 

 前川をセンターに、猫耳をつけた新田とアナスタシアが並んで立っていた。

 

「どおどお、Pちゃん! にゃんにゃんユニット可愛いと思わない?」

「うわぁ……あざとすぎる」

「ぷふっ……くはっ、腹痛い! マジで笑いすぎて腹痛い!」

「にゃ! 酷いにゃ! 特に翠さん、笑いすぎにゃ!」

 

 困った表情をしている武内Pをよそに、前川は声を出して笑いながら床をバンバン叩いている翠に詰め寄る。

 

「だって、おまっ……っふ。にゃんにゃんユニットとか……あ、駄目だ。思い出してまた笑いが込み上げてきた」

 

 目の端に涙をためながら呼吸を整えた翠が前川に説明しようとするも、頭につけている猫耳を見て再び笑いのツボにはまる。

 

「翠さんの言うとおりだよ。二人はもっとクールに決めるべき。ロックにいこうぜ!」

「ぶふっ! だりぃなもただのバンドじゃん」

「そうにゃ。一人寂しくエアギターでもやってにゃ」

「なぁにぃ……勝負するかぁ!」

 

 続いて多田が意見を出すが、それを聞いた翠がまたしても噴き出す。それに前川も乗っかって挑発する。

 

「あの……これはどうしたのですか?」

「プロデューサー。美波ちゃんたちのユニットにもう一人入れるんじゃないかってミクちゃんが……」

「あのね! 卯月ちゃんたちが三人だけど、美波ちゃんたちは二人でしょ? もう一人入ったら三人でぴったりだよ!」

 

 武内Pの疑問に三村が答え、続きを赤城が答える。そしてアナスタシアに抱き着きに向かう。

 

「私、楽しいユニットがいいな!」

「ワタシも、そう思います。……が」

 

 アナスタシアは赤城の案を肯定するが、武内Pに困った笑みを向ける。

 

「新田さん、アナスタシアさんの二人はこのまま二人で行きます」

『え~!』

 

 その視線を向けられた武内Pは皆に聞こえるよう、はっきりと申し上げる。

 

「申し訳ありませんが、すでに準備を進めているので。今から変更というわけには…………」

「そんにゃぁ…………」

 

 きっぱりと言い切られ、前川は肩おおとしてうなだれる。

 

「……ゴメン、なさい。残念です」

「ごめんね」

 

 アナスタシアも抱き着いている赤城の手を握って謝る。その脇でも猫耳を外した新田が謝罪を口にする。

 

「……ううん。私は大丈夫だよ」

 

 悲しそうな笑みを浮かべて大丈夫だと言い張る赤城に二人は心配の色を含ませた目を向ける。

 周りでも、納得がいっていない子や、残念そうにうつむいている。

 そんな雰囲気の中、武内Pに渋谷が目を向けるも気づかない。

 

「笑いすぎてほんと、腹筋崩壊だわ…………って、何この空気? ああ、なるほどなるほど。そろそろか」

 

 先ほどまで一人で笑っていた翠が目の端に溜まった涙を拭いながら立ち上がって周りを見回すと、先ほどまであった楽しげな雰囲気が一変、暗い雰囲気へと変わっていたので一瞬だけ動きを止めるも、納得がいった風に頷く。

 

「たっちゃん。少し話いい? ドア出たすぐそこでいいからさ」

 

 そう声をかけ、武内Pの手を引っ張って連れ出す。

 

「あの、一ついいでしょうか?」

「ええよ」

「先ほどの、前川さんたちの件ですが……翠さんが?」

「あー……関係していると言えばしているし、してないといえばしてないかな。ちょっとしたアドバイスはしたけど、考えて行動したのはみくたちだよ」

「分かりました。それで話とは何でしょうか?」

「たっちゃん。きちんとあの子たちの事、見ててあげなよ? 大丈夫だとは思うだろうけどさ、一応は言っておこうと思って」

「はい」

 

 翠の目をまっすぐに見つめ返しながら首を縦に振る。

 島村たちに用があったらしい武内Pは再び部屋へと戻っていく。

 一人になった翠はそれを悲し気に見送った後、口を開く。

 

「何が大丈夫だと思う、だよ。これから起こることも、その先に起こることも知ってるくせしてな」

 

 その目に寂しげな色を浮かばせていたが、頭を振ったあとの翠はいつもと同じ調子に戻っていた。

 

「あ、今更だけどすでにユニット名、決まってたな。本来ならまだなはずなのに」

 

☆☆☆

 

 島村たちに発売イベントまでのスケジュールを伝えた武内Pは自身のデスクへと戻り、イベントに関する準備を進めていた。

 

「お疲れ様です、プロデューサー。順調ですか?」

 

 それに関する資料を千川から受け取り、質問に答える。

 

「決め事は、概ね」

「あの子たちは?」

「……え? ああ、はい。頑張っています」

 

 突然の質問に面食らうも答えると千川はニッコリと笑顔を浮かべ。

 

「プロデューサーさんにかかっていますからね」

 

 と言いながらドリンクをデスクに置く。

 

☆☆☆

 

 次の日。

 場所は小日向美穂の撮影現場。

 前川、城ケ崎妹、赤城の三人は着ぐるみを着て仕事をしていた。

 今はメイクを入れなおすための休憩時間である。

 

「そういえば今日、美波ちゃんたちレコーディングなんだって~」

「いいなぁ~。あたしも早く歌いたい。プロデューサーに曲欲しいって言いにいくぞ~!」

「お~」

 

 頭の部分を外して端っこで休んでいた三人は、デビューについて話していた。

 

「言っても検討中って言われるのは分かっているにゃ」

「よく分かってるじゃないか」

「翠さん!」

「どうしてここに?」

 

 またぽっと現れた翠に、三人は驚きを隠せない。

 

「今日もブラブラ。あっちへブラブラ。明日はどこに行く~……みたいな?」

 

 城ケ崎妹の質問に、答えになっているようでなっていない返しをする。

 当然、なんのことだか分からない三人。もしかしたら翠も何を言っているのか分かっていないかもしれない。

 

「翠さん、杏ちゃんたちみたいにみくたちにも仕事が欲しいにゃ」

「おっほぅ……ドストレート」

 

 懇願するように前川が翠に頼むが、濁して交わされる。

 

「ごめんな、みく。よく分からないかもしれないけれど、まだ時期じゃないんだ。仕事は無理だけれど、案を授けてしんぜよう」

 

 珍しくきちんと前川の名前を呼んで謝る翠。それだけで真面目なことだと三人は感じ取る。

 そして続いた言葉に首をかしげるが、その案とやらを聞いて口の端をつりあげる。

 




この話のような書き方の評判が良ければ(特に反対意見がなければ)、そのまま描き進めたいと思います
なんだか書く速さも上がっているような気もしますし


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20話

「あれ? 何してるの?」

 

 多田、緒方、三村がイベントの手伝いという仕事を終えて戻ってくると、先に仕事を終えていたらしい前川、城ヶ崎妹、赤城の三人はテーブルに向かって何か作業をしていた。

 

「忙しいPちゃんに代わって、みくたちがデビュー案を考えているにゃ」

「考えてるのー!」

「そうそう。忙しいたっちゃんの代わりにね」

「へー、そうなん…………翠さん!?」

 

 自然な感じで会話に入ってきた翠に、多田が驚きの声を上げる。

 角度的に、イスの陰に隠れて姿が見えていなかったようで緒方と三村も驚きを露わにしている。

 

「おう、翠さんだぞー」

 

 体を動かしてイスの陰から顔だけのぞかせ、軽く手を振りながら挨拶をする。

 

「できたぁ! これがミクのデビュー案にゃ!」

 

 そんなことは関係なしに絵を描き続けていた前川が声をあげ、描いていた絵を皆に見せる。

 そこには可愛らしい衣装を着た自身を中央に、周りには猫の絵が複数描かれていた。

 

「可愛い衣装を着て、可愛い猫ちゃんたちに囲まれて、可愛くダンス! コールはもちろん……『にゃぁ!』」

「可愛い~」

「ライブっていうか……ふれあいイベント? ……猫の」

「デビュー案か~。私も考えようかな~」

 

 緒方や三村は可愛いと顔を綻ばせるが、多田は相変わらず突っかかってゆく。

 騒がしくなってきたからか、先ほどからずっとソファーで横になって寝ていた双葉がうめき声を出しながら寝返りをうつが、特に誰も反応したりはしなかった。

 

「杏ちゃん! またお仕事抜け出してぇ!」

「んぐぐ……」

 

 そこへ諸星がやってきて、寝ているのにもかかわらず関係なしにと体を揺さぶって構い始める。

 前川たちに習ってか、神崎などもスケッチブックを取り出したり、他のメンバーもどのようなデビューがしたいかなど、思い思いに話し始めている。

 

「私はたくさんの人に手作りクッキーを食べてもらいたいな〜」

「素敵です! きっと喜んでくれます!」

「智絵里ちゃんは、どんなデビューがいい?」

「わ、私ですか? そ、そんな……私がデビューなんて……。でも、誰か一人でも……ほんの少しでも幸せな気持ちにできたらいいなって思います」

「感心感心。優しい心を持ってるね」

「す、翠さん! ……今の、聞いていました?」

 

 突然会話に混ざってきた緒方は驚き、そして先ほど言った自分の考えを聞かれたと考えて顔を赤くする。

 

「ばっちし!」

「はわ、はわわわ……」

「智絵里だけでなくかな子も、蘭子にきらり、全員のをしかと聞いてたさ」

 

 それを聞いた少女たちは、恥ずかしくて顔を赤くしていたり、嬉しくて顔をほころばせていたりと反応が様々であった。

 

「智絵里の言っていた幸せにしたいって考え、俺は好きだよ。アイドルにとってファンは量でなくて質だと思うんだ。自身のライブやイベントでどれだけの人が笑顔になってくれるか、楽しんでくれるかが大事なんだよね。確かに、駄猫やほかの人たちのように自身が楽しいイベントをやるのもいいことだよ。見せる側が笑顔で、楽しんでいないと意味がないのだし。けど、そこにちゃんと見に来てくれるファンについての考えも入っているならなおのことよしだな」

 

 先輩のアドバイスとして、九人の少女たちは胸に刻むように話を聞く。中にはメモを取って大事そうにし、胸に抱え込んでいる子もいるが。

 

「本来、一番に聞かせたい子がいるんだけど……いま着替えあたりかな」

「聞かせたい子、ですか?」

「……いや、何でもないよ。そろそろたっちゃんくると思うから、纏めておきなよ」

「「「「…………」」」」

 

 無意識なのだろうか。

 翠も何故そのようなことを口に出したのかと動揺している顔を見られないように俯く。

 他の人は大して気にしていないが、神崎、双葉、諸星。そして意外なことに赤城も翠の様子がおかしいと感じ取ったのか心配そうな目を向ける。

 

「あ、Pちゃん!」

「や、たっちゃん。またお邪魔してるよ」

 

 タイミングがいいのか悪いのか。

 神崎がどうしたのかと尋ねようとした寸前でドアが開き、武内Pが入ってくる。

 翠は幸いとばかりにいつも通りの雰囲気をまとって顔を上げ、いつも通りの口調で話す。

 そのため神崎は口を閉じるしかなく、双葉や諸星も憂いを抱く。

 赤城も何かを感じ取っていたようだが、すでに武内Pへと意識が向いていた。

 前川は皆の意見が描かれた紙を纏めて持ち、武内Pに向かったのを皮切りにソファーで横になったままでいる双葉を除いて残りのメンバーも武内Pの前へと集まって行く。

 

「これ、みくたちが考えた渾身のデビュー案にゃ! だから参考にして欲しいにゃ!」

「…………っ!」

「…………」

 

 差し出された紙を見て驚く武内Pのことをどこか冷めたような目で見ている翠。雰囲気から失望、そして若干の喜びが感じ取れる。

 そして声に出さず、『ダメだな』と口を開く。

 

「…………翠、さん?」

 

 武内Pは目の前に集まった八人の少女たちの対応で。八人の少女たちは翠に背を向けていたために気づくことはなかった。

 しかし、ただ一人。

 ソファーに寝転んだままでいた双葉は先ほどまでの翠の様子をしっかりと見ており……いつもと雰囲気がまるで違うため、本当に同一人物なのかと恐る恐る呼びかける。

 振り向いた翠と目を合わせた時、双葉は暗闇の中を延々と落ちているかのような錯覚に陥った。

 黒く、暗い。絶望を濃縮させても足りないかのような負の感情。

 双葉は絶望をしたことが、または負の感情を向けられたことがあったのだろう。

 翠の目に宿る感情を深く読み取れてしまった。

 否。

 

 

 

 ――読み取ってしまった。

 

 

 

「気にしないで、杏」

「…………っ」

 

 声をかけられ、はっと気を持ち直す双葉。

 声をかけたときはまだ、どこか悲しげな雰囲気を纏っていた。しかしそれもすぐに消え失せていつもの雰囲気を纏い、負の感情を宿らせていた目も優しげなものへと戻っていた。

 

「本当に知りたいのなら……それなりの覚悟を持って声をかけて。全部は無理だけど話せることは話してあげるよ」

「…………分かった」

「それじゃ、このことは忘れよっか」

 

 翠と双葉の話が終わるとほぼ同時に。武内Pとの話も終わったらしく、仕事があるといって部屋から出て行く。

 そして部屋にはいつもの調子である翠と、落ち込んだ様子である九人の少女たちが残った。

 

「みんな、残念だったね……」

「いい案だと思ったんだけどな……」

「われに魂の安らぎを……」

「……プロデューサーのあの感じだと、デビューできるのはまだまだ先かな」

 

 多田の考えに何人かの少女が不満の声を上げる。

 

「レッスンして、お仕事をきちんとこなしていけば……いつかデビューできるよ、ね?」

 

 場を落ち着かせようと三村が声を出すが、それは自身にも言い聞かせているように聞こえる。

 

「みくは諦めにゃいにゃ!」

 

 突然、立ち上がる前川。

 

「こうなったら……ストライキにゃ!」

「うおおぉぉぉ!」

 

 ファイティングポーズをとりながらそう宣言する。

 それに双葉も反応し、横にしていた体を起こして歓喜の声を上げる。

 

「いいね、楽しそう。俺もそれに乗っかった」

 

 どこか黒い笑みを浮かべながら、翠もそう宣言して口にくわえていた飴を噛み砕く。




今回は一度アニメを見て、文字におこし、それを読んでまた新たに書いてみました
何を言ってるのか分からないと思いますが、変なところなどあれば教えていただけると幸いです


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21話

最後の方、駆け足みたいな感じになっちゃいましたけど…


 前川の一言により、のんびりと平和(?)であった日々に少しのスパイスが加わる。

 

 

 

 原因としてはここしばらく、武内Pがニュージェネ、ラブライカの対応へと意識を向けていたために、他のメンバーたちの心境の変化を見逃していた。

 自分たちはいつデビューするのかと尋ねても『検討中です』とはぐらかして返ってくるだけ。デビュー案を考えて提案するも、いい返事は返ってこない。

 そしてついに、胸の内に抱えきれなくなったものがあふれ出して止まらなくなり、行動へと移した。

 

「『我々は! ……なんて言えばいいんだっけ?』」

「杏にそれ貸して! …………『杏は週休八日を希望する!』」

「ちょ! 勝手なこと言っちゃダメにゃ!」

「『そうだそうだ。週休八日を希望する!』」

「翠さんも何言ってるにゃ!?」

 

 346内にあるカフェ。

 そこを占拠した前川、城ケ崎妹、双葉、そして翠は店の入り口にバリケードを作り、立てこもっていた。

 拡声器を使っていたために何事かと人が遠巻きに集まっていたが、続いて翠の声が聞こえてきたとたんに『……ああ、またか』といった雰囲気が流れ始める。

 その中に高垣と大和の姿もあり。

 

「敵の食糧補給を断つのは戦略の基本であります」

「食を断たれるのは……ショックねぇ。うふふふっ」

 

 なんて会話をしていた。

 

「『亜季! ミリタリーオタクは黙っとれ! 楓! ……グッジョブ』」

「この距離で聞こえるとは……人ではない!」

「あらあら、嬉し」

 

 人がいる中、距離があるのに話の内容を聞いていたうえ、声色で人物の特定まで行った翠に対して驚いた様子もなく二人は答え、テラス席へと移動する。

 いきなりのことに、立てこもっている三人はどうしたのかと翠に目を向けるが、苦笑いをして大丈夫だと返す。

 

「杏ちゃん! みくちゃん! 莉嘉ちゃん! それに翠さんも何やってるのぉ!」

 

 ことの成り行きを見守っていた諸星が声をかけるが特に反応はなし。

 そこへ武内Pを呼びに行った三村が島村、渋谷、本田、新田、アナスタシアを連れてやってくる。

 

「み、みんな……」

「プロデューサーさんは……?」

「どこかで打ち合わせでいなくって……」

 

 諸星、緒方、三村の三人が話しているのを横目に、ここへ来るまでの間にある程度のことを聞いていた本田が実際の状況はどうなのかと中の様子を覗き込む。

 

「あのぉ……困るんですけど……」

「あ、菜々。コーヒー作って」

「はいはい、かしこまりましたー……って、違います! また(・・)何やってるんですか!?」

「見事なノリツッコミなり……いや、ボケてないからノリツッコミではないか?」

「そんなことどうでもいいんです!」

 

 無視すればいいものを、わざわざ律儀に答えてくれる安部に対して翠は拍手とともに称賛の声をかける。

 ただ、それを受けた安部は微妙そうな顔をしているが……。

 

「オーダーは?」

「…………っへ?」

「駄猫、アイスティーが一つ」

「分かったにゃ」

 

 前川のいきなりな問いかけに安部が固まるが、代わりに翠が答えたのを聞いて一つ頷くと注文された品を作るために離れていった。

 

「…………?」

 

 その流れを双葉は見ていたが、何か違和感のようなものを感じて首をかしげる。

 

「これでいいかにゃ」

「た、助かります」

「あ、ついでにこれも一緒に届けておいて」

「へ? ……はぁ」

 

 注文された品を前川から受け取った安部が届けに向かおうとするが、翠に呼び止められる。そしてポケットから取り出された棒つき飴を二本、手に持っていたトレイに置かれて戸惑ったが、なんとか頷く。

 『よろしくね』と言って前川を見送った翠は、すぐそばで物欲しそうな目を向けてくる双葉に苦笑をこぼしつつもポケットからもう一つ棒つき飴を取り出して手渡す。

 受け取ってすぐに包み紙をはがし、飴をくわえた双葉は先ほどの違和感をさっぱりと忘れていた。

 

「……あれでいいんだ」

 

 それを見て呆れながらも放った渋谷の疑問が正しいのだが、誰も答える者はいない。

 

「お前たちは包囲されている! 大人しく投降しろ!」

 

 どこか楽しそうな声を出しながら、本田はドラマなどである刑事の掛け声をまねる。

 

「しないも~ん!」

 

 だだ投降しろと言われて投降するぐらいならそもそも行動に移さない。

 城ケ崎妹は拡声器を使わずに返す。

 

「実家のお母さんが泣くぞ~! 美嘉ねぇも泣くぞ~!」

「え!? ……じゃあ、やめる」

 

 しかし、続けられた掛け声を聞いた城ケ崎妹は手のひらを返すかのようにあっさりと引き下がってバリケードの陰へと消えていく。

 そのことに前川と双葉は少し動揺する。

 

「ぐぅぅ……残りで頑張るにゃ!」

「我々の正義のために!」

「残りって……」

 

 ただ一人抜けただけで諦めるわけでもなく。

 決意を新たにした二人だが、うち一方のセリフを聞いた翠はどこか笑いを堪えているように見える。

 

「みくたちのデビューを約束してほしいにゃ!」

「ええっ!? ……じゃあ、杏も降りるよ」

 

 休みのためのストライキではなく、仕事をよこせといったストライキだと理解した双葉はとたんにやる気をなくし、城ケ崎妹同様に投降して同じようにバリケードの陰へと消えていく。

 先ほど決意を新たにしたばかりであるのに、続けて降りていった双葉でさらに動揺する前川であったが、諦めるほど柔でなかった。

 ……すぐそばで腹を抱えて笑っていた翠を見て、カチンときたのも関係しているが。

 そこでようやく打ち合わせが終わったらしい武内Pが騒ぎを聞きつけたのか、CPのメンバーに連れられてやってくる。

 

「みくちゃん! もう止めよ? みんな困ってるよ?」

「デビューのこと、プロデューサーに相談してみようよ!」

 

 諸星や三村が呼びかけるが、前川は顔をうつむかせる。

 

「……………………したにゃ」

「…………っ」

 

 そして間を空けたあと、小さい声であったがしっかりと皆の耳に届く。

 武内Pも例外でなく、はっと息をのむ。

 

「何度も……Pちゃんに聞いたにゃ。何回も……聞いたにゃ。……翠さんからアドバイスもらってデビュー案を考えたりもしたけど……全部ダメだった。なんで? どうして? 何がいけなかったの? みくたちも頑張っているのに……なんで?」

 

 堰が切れ、前川は抱え込んでいたものすべてを言葉にして紡いでいく。

 

「シンデレラプロジェクトのオーディションに受かって、すごく嬉しかった。いつかデビューできるって信じてレッスンも、小さいお仕事も頑張ってやってきた……」

 

 目の端に涙を溜め、途中から涙声へと変わる。

 

「でも……卯月ちゃんたちがCDデビューするって聞かされて置いて行かれたって思った。……何が違うの? 一生懸命にレッスン頑張ってきたけど足りなかったの? もっと頑張ればいいの? もっとってどれくらい? みく……全然分からない! このままは嫌なのに! みくもアイドルになりたい! 早くデビューして夢を叶えたいの! じゃなきゃ……じゃなきゃ……!」

「…………うん?」

 

 心からの声を茶化すことをせずに大人しく聞いていた翠であったが、涙を流し始めた前川にふと首をかしげる。

 

「『ちょっとタイム』」

 

 続けようとした前川を止め、拡声器を使って一言だけ声をかけ、自分に任せるようにジェスチャーをした翠は前川の背中を撫でて落ち着かせながら奥へと連れて引っ込んでいく。

 突然のことに双葉や城ケ崎妹はもちろんのこと、外にいた人たちも訳が分からなくなった。

 

「……大丈夫?」

「……もう、平気にゃ」

 

 ここで翠は『あ、猫語(笑)に戻ったんだね』と言いかけたが、ふざけていいタイミングではないと自制してなんとか思いとどめる。

 平気と言っていたがまだ涙声であるし、まだ拭っても拭っても涙があふれてきている。

 『もう少し落ち着いてからでいいよ』と優しく声をかけながら涙や鼻水で服が汚れるのも気にせず、前川の頭を胸に抱く。

 

 

 

「落ち着いた?」

 

 しばらくして嗚咽も小さくなってきたタイミングで声をかける。

 小さいながらも頷いたのが分かったので肩に手を当て、引き離す。そして簡単にだが涙と鼻水でグチャグチャになった顔をハンカチで拭う。

 

「さっき言ってたことについて、聞いてもいいかな?」

 

 先ほどまで泣いていたために目元が少し赤くなっていたが、だいぶ落ち着いたようで今度はしっかりと頷く。

 

「いや、一つ疑問に思ってさ。…………少し変わるとは思ってるけど、最後は明らかだもんね」

「……なんのことにゃ?」

「いや、こっちの話。……それでさ、ふと疑問に思って。夢ってデビューすることじゃないの? デビューしてから何か叶えたい夢あるの?」

「デビューも一つの夢にゃ。だけど、みくはデビューして……その、翠さんと一緒のステージに立ちたいにゃ。だけどつい最近、翠さんの調子が悪いって聞いて……早くデビューしないと、みくがデビューしたときに翠さんがダメだったら意味がないにゃ」

「あー……そういうこと」

 

 詳しく話を聞いていくうちに、翠は今回の立てこもりが起こったきっかけの半分ほどは自分にも原因があると考えた。

 そして『やらかした……』といった雰囲気も出していたがそれは一瞬のことで、前川やこちらの様子をうかがえる双葉と城ケ崎妹にばれることはなかった。

 

「だからまだ翠さんが元気なうちにデビューして、一緒のステージに……あいたぁ!」

 

 強い意志をその瞳に宿らせ、しっかりと翠の目を見ながら思いを語っていく。

 始めは大人しく前川の話を聞いていた翠であったが、途中で『うん』と一つ頷いてためらいなくデコピンをする。

 いつもと変わらずに元気のいい反応であったために、クスッと笑みをこぼす。

 

「いきなり痛いにゃ!」

「アホにはちょうどいいさ」

「あ、アホってなんにゃ!」

 

 額を抑えながら翠に抗議する前川だが、軽く流されたためにいつもと同じ調子に戻って言葉を返す。

 元気が戻ってきた様子の前川を見て、翠は笑みを浮かべる。

 

「アホだからアホなんだよ。何勝手にアイドル引退させてんだ。元気なうちに? ファンが見限らない限りは今までよりグッとへるけどステージに立ち続けるつもりだよ」

 

 デコピンをされた額に手を当てながら恨めしげな目を向けてくる前川の目をはっきりと伝える。

 

「それに後輩が一緒のステージに立ってくれてと頼むんだ。熱出してようが体引きずってでも一緒のステージに出てやるよ」

「……だけど、まだみくがデビューできるか分からないにゃ」

「それに関してだが、ここまで追い詰めたんだ。たっちゃんもそこにいるんだし、こんな状況だ。いつまでも隠し通していけるものでもないし、腹くくるだろ」

「…………?」

 

 何か知っている風な雰囲気を出している翠に違和感を抱いて首をかしげる前川だが、さっきのところまで戻るように促されたために頭の隅へと追いやられた。

 

「おーい、たっちゃん。きちんとこの場で伝えなよ」

「…………はい」

 

 前川の様子に不安げなCPのメンバーであったが、戻ってきた普段の元気そうな姿を見てほっと安心する。周りに集まっていた他の人たちは翠が任せろと伝えたためにそれほど重く考えていなかった。

 そして翠に促された武内Pが前に出てくる。

 

「すみません! 前川さん!」

 

 いきなり頭を下げて謝る武内Pに面食らうも、すぐに口をキュッと噤む。

 それの様子を見て、武内Pは長い付き合いの人にしか分からないほど微かだが悲し気な表情をする。それも一瞬のことで、すぐに気を持ち直して続ける。

 

「デビューについてですが、みなさん全員分考えています!」

「…………え?」

「ほんと!?」

 

 続けられたセリフを聞いた前川は何を言っているのか理解が追いつかず、呆ける。

 城ケ崎妹はすぐに反応してバリケードの蔭から顔を出し、声をあげる。

 

「まだ決定でないので話すことができませんでしたが……。新田さんたちは第一弾。続いて第二弾、三弾とユニットデビューしていただこうと考えています!」

「…………プロ、デューサー」

 

 何を言っているのか理解が追いついたのか、今度は嬉しさから目に涙を溜める。

 

「もっと……はやく言って欲しかったにゃぁ……」

 

 腰が抜けたのか、安心した表情で地面にへたり込む。

 周りにいたCPのメンバーも、自身がデビューできると聞いて嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「そんな……まさか……! デビューが決まっている、だと……!? メーデ……メーデだ!」

「杏ちゃん!」

「離せ! 離せぇ! 杏は絶対に働かないぞ!」

 

 そのすぐそばでバリケードに背を預けて座っていた双葉も同じく話を聞いており、頭を抱える。

 なぜならすでに遠くない未来のうちにデビューすることが決まっており、働かなくてはいけないことが決まっているからである。

 その背後からは諸星が近づいてきており、嬉しそうにしながら双葉の腋に手を入れて軽々と持ち上げる。

 

「ああ、若いっていいですよね~。今が青春! って感じがして」

「うふふっ」

「…………ち、違うんです! 菜々も若いんですよ! 永遠の十七歳ですから!」

「飴は(あめ)~です」

「高垣さん! スルーしないで下さいよ!」

 

 テラス席で成り行きを見守っていた高垣、大和、安部の三人は無事に落ち着いてよかったと話していた。

 安部が思うがままに口から出たセリフを聞いて高垣がクスリと笑みをこぼすと、慌てたように失言を取り繕うとして言い訳を述べるが特に意味はなく、手に持っていた棒つき飴を口にくわえてダジャレを言う。

 

 

 

 

 CPのメンバーに手伝ってもらいながら店を元通りにし、前川、城ケ崎妹、双葉は武内Pとともに店や迷惑をかけた人たちに頭を下げて回る。

 翠は誰かに告げ口をされたのか、どこからか現れた日草によってどこかへと連れていかれている。

 

「……途中で抜けてごめん」

「ううん。そもそも、みくが焦っちゃったからこうなったんだもん」

 

 一通りの後処理を終え、メンバー全員で集まっていた。

 

「みくちゃん、私もこのままデビューできないのは嫌だって思ったよ」

「でも、やり方は他にもあったと思うけど……まあ、ロックって言わなくもないかな」

「…………ごめんなさい」

 

 もう一度、迷惑をかけてことを謝罪した前川は卯月たちに声をかける。

 

「そこの五人! みくたちはデビューするまでの間、さらに力をつけるにゃ! だから……ファイトにゃ!」

 

 その表情はつきものが取れたかのように元気な笑顔であった。




今更だけどデレステのソロ楽曲、まゆちゃんのより小日向美穂のほうがヤンデレっぽい感じがする
まゆちゃんのもヤンデレっぽい歌詞だって感じるんだけど、美穂のほうが……


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22話

奏がキスした場所を口から頰に変えました
……なんで、、みな疑問に思わないのだろうか。まゆが黙ってるはずもないのに。
(自分のことは棚に上げつつ)


 CPのメンバーに手伝ってもらいながら前川達が店を元通りにしているころ。

 その前川の涙やら鼻水やらが付着しているせいなのかいつものように抱えられるようなことはされず、首根っこを捕まれて引きずられていった翠はいま。

 

「…………」

「だからいつもお前は……おい、聞いているのか?」

「…………あのさ、一ついい?」

「一つだけな」

 

 何かを堪えきれなくなった翠が奈緒に断りを入れ、声を大にして要望をぶつける。

 

 

 

 

「――346の玄関ホールで正座は勘弁してもらえませんか!」

 

 

 

 

 翠のセリフの通り今現在の状況であるが、場所は346の玄関ホール。そこにあるイスに奈緒が座っており、その前に翠が正座をしていた。

 そして先ほどまで延々と説教を受けていた。

 その内容は今回のストライキの件だけでなく、今までの苦労や鬱憤も込められているように思えた。

 

「こういったところじゃないと本気で反省しないじゃないか」

「それを言われたら否定できない……。あ、もう一つ言っておくと、こういったところで説教されても本気で反省したことないよ」

「…………まあいい」

「ん? ん?」

 

 頭が痛くなってきたのか、奈緒は額に手を当てて深いため息をつく。

 その様子を見て、煽るようにニヤニヤしながら頭を右に左に揺らす翠。

 

「…………え? ちーちゃん? ナンデ?」

 

 何かの気配を感じ取ったのか、翠は正座をしたまま上体をひねって背後を見る。

 そこにはいつからいたのか、ニッコリと笑顔を浮かべた千川が立っていた。

 

「……アノ、ちーちゃんはまずいって。手に持ってるのも何か嫌な予感するし、ね? 落ち着こう?」

 

 頬に冷や汗をたらした翠は正座を崩して逃げようとした。……しかし、足に力を込めようとしたとき、千川に『ポンッ』と肩に手を置かれたために身動きが取れなくなった。

 

「奈緒さん、お疲れ様です」

「ちひろさん、ありがとうございます」

「はい。あとは任せてください」

 

 そのまま千川と奈緒で一言二言交わし――。

 

「それじゃ翠。反省しとけよ」

 

 最後に嘲笑いながらそう言って去っていった。

 そしてこの場に正座のままでいる翠と、その翠の肩に手をのせて微笑んでいる千川が残った。

 

「あの……ちーちゃん? 俺もそろそろ帰って――」

「はい、翠さん。これを首からかけてくださいね」

 

 翠の言葉にかぶせるようにしながら手に持っていたもの、首にかけられるようにされたプラカードを手渡す。

 そのことに対して何か言おうとしていた翠だったが、微笑んでいるのにもかかわらず目が笑っていないのを見て口を噤む。

 手渡されたものを見て、何も書かれていないことに首をかしげる翠だったが、ひっくり返して見たものが信じられずに千川へと目を向ける。

 

「……これ、マジ?」

「マジですよ?」

 

 そのプラカードには。

 

 

 

 

『私は性懲りもなく、またストライキを起こしました。346に所属するアイドル二十人から許しを得るまでここでずっと正座をして反省しています。許しはそばに座っている千川に声をかけてください』

 

 

 

 

 と、書かれていた。

 つまりは、二十人から許しをもらえない限りはずっとここで正座をしていなければならないのである。

 

「翠さん、それを首から下げて反対を向いて正座してください。……私は後ろのイスに座って見ていますので」

 

 暗に『ずっと見ているから逃げるなよ?』と言われていることを理解した翠は、なんともいえない表情をしたまま大人しく言われたことを実行に移す。

 反対を向いて正座をしないと壁に向かったままになるため、誰もこのプラカードの文字が読めず、永遠に正座をすることになるのである。

 

「…………何やらかしたんですか?」

 

 先ほど奈緒が座っていたところに千川が座り、翠が首にプラカードをかけて反対を向いて正座をしてすぐのこと。呆れたような、汚物を見るような目で翠のことを見ている一人の少女がそこに立っていた。

 

「あ、ありす……頼む、千川に声をかけてくれ」

 

 すぐさまその少女――橘ありすに翠は声をかける。

 そこにはトップアイドルとしての誇りもなにも無かった。……もともと、本人はそんなもの自覚などしていなかったが。

 

「別に構わないですけど……私に何か見返りはありますか?」

 

 今までさんざん翠にいじられてきたのであろう。

 こういった機会がなければ仕返しも何もできないため、ここぞとばかりに強気に出る橘。

 

「……っく、無い胸張りやがって」

「なっ!? 何を言ってるんですか!?」

 

 そのことがよっぽど悔しかったらしい翠は、橘から視線を外して下を向きながら吐き捨てるようにそうつぶやく。

 聞こえるように言っていたため橘の耳にも当然のように届いており、顔を真っ赤にしながら翠に詰め寄る。

 翠が下を向いていたために橘からその表情は見えないが、このとき翠の表情は楽しいオモチャで遊んでいる子どものような笑みを浮かべていた。

 

「私はこのまま行っちゃいますからね!」

「待って待って! 俺にできる範囲でならなんでも言うこと一つ聞くから!」

 

 からかわれていることに気づいた橘がどこかへ行こうと翠に背を向けたとき。数多いる346のアイドルとはいえこの場所で二十人から許しを得るまでに自身の足が持つかの勘定をすぐさま行った翠はなりふり構わず”大きな”声で呼びかける。

 その願いが届いたのかピタリと橘の足が止まり、再びこちらを振り向いたことに対して翠は安堵の息を漏らす。

 

「……なんでも言うことを一つ、聞いてくれるんですか?」

「お、おう。俺にできる範囲でだけど……」

「そうですか。……ちひろさん、橘ありすが許しを与えます」

 

 普通に聞き返してきただけのはずなのに、翠は気迫のようなものを感じて頬を引きつらせながらもなんとか頷く。

 それを確認した橘は翠から視線を外し、後ろに座ってこれまでの成り行きをニコニコしながら見ていた千川に目を向けて声をかける。

 

「はい、分かりました。まずは一人目ですね」

 

 そう聞こえてきたセリフのあとにカリカリと何かを記入する音が聞こえてきたことから、許しを出したアイドルをメモしているのだろう。

 

「翠さん、約束忘れないでくださいね?」

「……ありすちゃん?」

 

 最後に橘が念押しをしている後ろから、名前を呼ぶ声が。

 

「鷺沢センパイ、ありすって呼ばないでください。橘です」

「おお、文たん。まじ文たん。ねねっ! 助けてフミえもん!」

「……えっと?」

 

 そこにいたのは鷺沢文香であった。

 名前を呼ばれることを嫌う橘は不機嫌そうにしながら苗字で呼ぶように訂正し、翠はまた一人増えたとばかりに喜びながら声をかける。

 二人から同時に話しかけられた鷺沢は困った表情をしながら橘のほうを見て、翠へと目を向ける。

 

「先ほど、翠さんが何でも言うことを聞くっていうのはこのことだったのですね。なら、私も一枚かませてもらいましょう」

「…………ん?」

「ちひろさん、私も翠さんに許しを」

「はい、分かりました」

 

 カリカリと千川が名前を書き込む音が聞こえる中、翠は首をかしげるが、その表情は『やらかした』と物語っている。

 

「では、翠さん。忘れないでくださいね」

「それでは、翠さん」

 

 鷺沢はそう言って去っていった。

 その後を追うように橘もどこかへ行ってしまった。

 

「そうですね。翠さん、許しをもらったアイドルの言うことをなんでも一つ聞く条件をつけましょうか」

 

 再び二人だけになったとき。これ以上(翠に対して)被害が増えないと考えていたところ、まるで傷をえぐるように的確なセリフが飛んできた。

 これにはたまらず、翠は上体をねじって後ろにいる千川に一言と考えていたが、ニッコリと微笑んで『何か?』といった雰囲気を出す『裏ボス』には勝てず、結局は何も言えず正面を向く。

 

「あれ~? 翠さん、どうしたの?」

「また奈緒さんに叱られた?」

「はむはむ」

 

 橘と鷺沢の姿が見えなくなってすぐ、別の方向から宮本、塩見、速水の三人がやってくる。

 

「……うげっ」

「あははっ! またストライキやったんだ~」

「それじゃ今は動けない状態……? なら、その唇いただくわね」

「翠さんも八ッ橋食べる?」

 

 その三人を視界に収めた瞬間。翠はものすごく嫌そうな顔をする。

 普段は弄る側に立っている翠であるが、この三人がそろったときは立ち位置が変わる。

 三人が三人ともクセが強く、一人ではさばききれないからである。

 現に、今も速水がキスしてくるのを阻止しているのに対して特に手伝うわけでもなく。宮本は首に下げられたプラカードの文字を読んで笑い、塩見は手に持っていた八ッ橋の一つを翠の口に押し付けようとしている。

 

「三人とも、面白い話がありますよ」

「っちょ!? ちーちゃん、それ勘弁! マジで!」

 

 そこに千川が声をかけるが、何かに気が付いた翠は速水と塩見の対応に追われながらも焦った声を出す。

 

「え? 何々~?」

「翠さんがここまで焦るのは珍しいですね。ちひろさん、詳しく聞かせてくれないかしら?」

「お菓子もらえるの?」

 

 面白いほど焦る翠に、千川が持ち掛けた話に興味を示す三人は翠から離れ、千川のほうへと寄っていく。

 律儀に正座を守っている翠は、それを止める術はない。

 

「翠さんは反省の証として二十人のアイドルから許しが必要なのですが、対価として翠さんができる範囲で何でも言うことを聞くってのがあるんですよ」

「ほんと!? なら、フレデリカそれに乗った!」

「面白い条件ね。私も乗るわ」

「周子もそれに乗るね」

「……ふふっ。もう、どうにでもなるといいさ……」

 

 近い将来、絶対面倒なことになることが確定したことが見えた翠は、諦めの境地に立った。

 

「翠さん、じゃあね~」

「またね。……っん」

「八ッ橋あげるね~」

 

 元気に手を振りながら宮本は去っていたのだが、速水は翠が抵抗しないことをいいことに、頰に触れるだけのキスをして去っていった。塩見はそれを見て『む~』と頬を少し膨らませていたが、自身が口にした食べかけの八ッ橋を翠の口へ入れて満足そうに頷くと去っていった。

 

「これでいま、五人ですね。残り十五人です」

「……んむんむ…………はぁ」

 

 千川の言葉に反応することなく、塩見によって口の中へ詰め込まれた八ッ橋を飲み込んでため息をつく。

 

「…………翠さん」

「まゆ? どったの?」

「いえ、私も楽しみにしていますね」

「…………あ、はい」

 

 どこから聞きつけたのか、いつのまにか目からハイライトの消えた佐久間が目の前に立っていたのにもかかわらず、翠は特に驚いた様子もみせずに話しかける。

 何か言いたそうにしていた佐久間であったが、目から光を反射させないままニッコリと微笑んで千川に一言申して去っていった。

 

「あと、十四人ですね」

「あれ? 翠さん、何してんの?」

「翠さんのもとに推参!」

「ぶふっ」

 

 続いてやってきたのは城ケ崎姉と高垣であった。

 一言目のダジャレによって不意を突かれた翠は堪えきれずに噴き出す。普段は『ちゃん』をつけて呼んでいるのに、わざわざダジャレをいうために『さん』と言っていることも笑いをこらえきれなかった原因の一つとなっている。

 

「美嘉ちゃんはあの場に居なかったから知らないかもしれないけど、翠ちゃんがまたストライキを起こしたのよ」

「あ~、なるほどね。それで奈緒さんを怒らせちゃったのか」

「……いや、俺が起こしたってわけじゃないんだけどね」

「そうなの?」

「まあ、起こるべくして起きたって感じかな」

「「「…………?」」」

「気にしないでいいよ」

 

 何か含みのある言い方に千川も含めて頭の中に疑問符を浮かべるが、翠は苦笑いをしながら流して深く聞かれることを避ける。

 

「んで、二人から許しをいただけるのかな?」

「いまなら翠さんができる範囲で何でも言うことを聞いてくれるそうですよ」

「……余計なことを」

 

 ちゃっちゃと許しをもらってしまえばその件について流せると考えていた翠だったが、そうは問屋が卸さないらしく。翠は振り返ってみないでもニッコリと笑みを浮かべている千川のことが簡単に想像できた。

 

「何やってるでごぜーますか?」

 

 そこにもこもとしたウサギの着ぐるみのような恰好をした市原が指を咥えながらやってくる。

 

「あら、仁奈ちゃん。仁奈ちゃんも翠ちゃんのこと許してあげる?」

「なんだかよく分からねーでごぜーますが、翠のこと、許してやるですよ」

「私もね」

「私も乗ろっと」

「ところで、翠は何をやらかしたです?」

 

 翠は説明が面倒くさいのか、高垣に丸投げした。

 丸投げされた高垣は疑問に思う市原へと簡潔に、翠ができる範囲で何でも言うことを聞く件も含めて説明した。

 

「これからは大人しくするですよ!」

「……あい」

 

 満足げに頷いた市原は、高垣と城ケ崎姉に挟まれるよにして手をつないで去っていった。

 

「順調ですね。あと十一人ですよ」

「……翠さん、何やってるにゃ?」

 

 次にやってきたのはCPのメンバー全員と武内Pであった。

 ただ、今回はアイドルだけであるため、武内Pは数に入らないものの、十分に足りる数であった。

 

「ストライキの罰でこうなった」

「今なら翠さんができる範囲で何でも言うことを聞いてくれますよ」

『なんでも!?』

 

 当然、みんなが許すためにやってくるものの、残りは十一人。

 翠は内心で十四人全員でなくてよかったと内心で安堵していたが……。

 

「翠さん、同時ですのでもちろん全員分ですよ」

「……神は死んだ」

 

 正座から解放されたものの、全員で二十三名もの何が来るかわからない要求を答えなければならなくなった。

 その中には特に注意が必要な人たちが数名存在するのがさらに翠のテンションを下げている。

 

「…………はうっ!?」

 

 いままでずっと正座をしていたためか、立ち上がろうとしたが足がしびれていたのか変な声をあげて立ち上がることを諦め、床へと横になる。

 

「……翠さんは私が運びましょう」

「あ、足痺れてるから気を付けておなしゃす」

「分かりました」

 

 翠の要望に応えた形で持ち上げる武内P。その恰好は米俵を肩に担ぐかのように翠を肩に乗せている。落ちないようにするためには背に手を当てているため、痺れている足に触れる必要がない。

 

「あ、前川の涙と鼻水で俺の服、グシャグシャだけど平気?」

「……早く言って欲しかったです」

「そ、そのことは言わないで欲しいにゃ!?」

 

 翠を乗せてから気づいたのか、武内Pが長く接した人にしかわからないほどに微かだが眉を下げる。

 

「CPの子たちは解散かな? みんなお疲れ」

『お疲れ様です!』

 

 疲れた様子である翠だったが、とりあえず服に関することは忘れたらしく。心配そうな様子で見てくる後輩たちに挨拶をして、武内Pに移動するよう胸板を軽く叩く。

 

 

 

 

「たっちゃん、あとちーちゃん。ちょっと話があるけどいい?」



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23話

今回、シリアスっぽいです
おかしいな…タグだとシリアルなのにシリアスになってるような?
誤字報告、ありがとうございます!


「…………」

「…………」

 

 場所はCPのブース。

 話しがあると言われたために誰にも邪魔されないと思われるここへと移動したのだが、呼んだ本人である翠がいまだ何も話さないため、武内Pと千川は互いに顔を見合わせてどうしたものかとアイコンタクトを交わす。

 

「あの翠さん。話というのは……」

「んー……呼んでおいて悪いと思うんだけど、ちょっとまって。どこまで話していいものか考えてなかったからさ」

「……はぁ」

 

 一人で何か考え込んでいる翠に武内Pが話しかけるが、バツが悪そうな顔をしながら時間をくれと返ってくる。

 そのために武内Pはそれ以上踏み込めず、困ったように首へと手を当てる。

 

「……あー、うん。もうどうとでもなるといいか。俺がいる時点で何をしなくてもバタフライ効果だ。うむ」

 

 考えがまとまったのか、顔を上げて翠は二人へと目を向ける。

 

「今回の前川みく。ならびに双葉杏、城ケ崎莉嘉。そして俺が加わった四人のストライキだけど……起こるべくして起こったって俺は知っていた」

「「…………!」」

「ストライキ、俺も参加したけど正直ノリで、加わっていなくとも大方は似たような感じになっていたと思うよ」

「「…………」」

 

 口を開いて言の葉を紡ぎ始めた翠であったが、その目は武内Pと千川。二人を見ているようで見ておらず、寂しげな感情が込められていた。

 

「たっちゃんには前、メンバーのことをしっかり見ているように言ったはずだけど……やっぱり(・・・・)こうなったね」

「…………申し訳ありません」

「別にたっちゃんが悪いって言いたいんじゃないんだよ。他に仕事だってあるし、企画を考えたりと忙しいのも知っている。だからメンバー全員の管理を徹底するなんて始めっから無理な話だったんだよ」

「…………それは」

「それはも何も、実際にできていない」

「…………」

 

 話している途中から翠の表情がなくなっていき、ただ淡々とした口調で話すだけのロボットのようであった。

 先ほどまで目に宿っていた感情もなくなっており、赤く、そして紅い目で真っすぐに見つめられている武内Pは自身の。それこそ体の内から考えまですべてを見られているような感覚に陥る。

 

「ねえ」

「…………はい」

 

 

 

 

「――なんで他の人に頼らない? 俺や千川がそんなに信頼できないか」

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 スイッチが切り替わるように。

 翠の雰囲気が無から怒へと変わる。

 武内Pはその雰囲気にのまれると同時、言葉の意味を理解して目を見開く。

 

「…………」

 

 千川はその様子を見て不思議に思っていた。

 確かに、もっと頼ってくれてもいいと考えていたために翠の言い分には頷ける。そのことに対して武内Pに怒っているのも分かる。

 だけど――。

 

 

 

 ――なぜ、その怒りを翠自身へと向けているのか。

 

 

 

 それが千川には分からなかった。

 いま翠と向かい合っている武内Pはそのことに気付く余裕がないために、千川しか気付いていないが……翠は武内Pだけでなく自身へも怒っているように感じられた。

 もしこの場に双葉や諸星らがいても、同様の疑問を抱くであろう。

 

「なあ、たっちゃん。俺は前にできる限り手伝うとは言った。それに対してしぶしぶ頷いているみたいだったけど、今はどうでもいい。俺がいま気が立っている理由の一つが、武内(・・)自ら周りに手伝ってくれと手を伸ばさなかったことについてだ」

「…………」

 

 そのことの自覚があるからか、翠から視線を外して俯いてしまう。

 

「それは……みなさんに迷惑が――」

「んなもん迷惑かけてナンボだろうが。…………今までのたっちゃんは周りに迷惑をかけないよう頑張ってきたと思うけど、人一人なんてできることが限られてる。今回だってそれが原因で一人で抱えきれず、結果として多くの人に迷惑をかけた。……もっと周りを頼れよ」

「そうですよプロデューサー。もっと私たちを頼ってください」

「翠さん……ちひろさん……」

 

 空いていた穴がきれいに埋まったような。

 顔を上げた武内Pはすっきりとしたような表情をして翠と千川を交互に見る。

 

「すいません。自分が不甲斐ないばかりに迷惑をおかけして」

「だから迷惑かけていいんだって。そんなんで謝らなきゃいけないの? なら俺はこの口からすいません以外言えなくなるね」

「そうですね。翠さんはもう少し、自身で頑張ってもらいたいです」

「いや、そこは乗らなくてもいいから」

「…………ふふっ」

 

 武内Pが笑うという激レアな場面を視界におさめた翠と千川は驚きの表情をしたあとに同じく笑みをこぼす。

 

「翠さん、ちひろさん。ありがとうございます。今更ですが、シンデレラプロジェクトを成功させるために手を貸していただけないでしょうか」

「はい、喜んで」

「俺も仕事さぼって手伝ってやるよ」

「…………ほう、いい度胸だ」

「……はい?」

 

 きれいに丸く収まった……はずであったが、この場にいないはずの第三者の声が聞こえ、しかもそれが長い間一緒におり聞きなれた声。

 

「ただでさえ少ないというのにそれをさぼるとはいい度胸だ」

「……やあ、翠さんは元気だよ」

 

 ドアへと目を向けると――そこには背後に般若を控えた奈緒が立っていた。

 あまりに突然のことで翠が考えることを放棄し、わけのわからないことを口走る。

 

「人が着替えをわざわざ家まで取りに行って戻ってくればすでにお仕置きは終わっているし。周りにいた人たちからどこにいるかを聞いてここまでやってきたわけだが……」

「いや、あのね? 落ち着いて? 話の一部分だけ聞けばただ俺がさぼり宣言しただけに聞こえるかもしれないけど、簡潔にだけど説明を聞けば――」

「言い訳など聞かん。とりあえずこっちへこい」

 

 お仕置きを実行するためか、こっちへこいと言っておいて自ら翠へと近づいていく奈緒。

 そこからドッタンバッタンとひと騒ぎがあり、なんとか武内Pと千川が奈緒を止めて説明をし、翠がお仕置きを受けるといったことは回避された。

 

「なんだ……その、気付かなくて悪かった。私にも頼ってくれていいからな」

「はい。ありがとうございます」

「あれ? 勘違いでお仕置きされそうになった哀れな俺に対しての謝罪はいただけないのでしょうか?」

「普段の言動が招いた結果だ。これをきっかけに少しはまともになれ」

 

 あまりの言い草にぶつくさと翠は文句を言いながらも、奈緒から着替えを受け取って武内Pの仕事部屋へ入り、一人着替える。

 

「…………これで、未央の騒動が少しは軽くなるかな」

 

 着替えを終えた翠はドアに手をかけたところであまり期待していないような口調でそうもらし、目を閉じて意識を切り替えるように深呼吸をしてから手に力を込めて部屋から出ていく。

 

☆☆☆

 

「…………」

「ミク? どうか、しましたか?」

「そうだね。さっきから箸も進んでいないようだし……」

「アーニャちゃん……美波ちゃん……」

 

 場所は346にある食堂。

 翠からのありがたいお話しを聞いてからCPのメンバーは強制ではなく、残れる人はここで夕食を取るようにしてみんなで顔を合わせ、今日行ったレッスンについて話し合ったりしていた。

 重心の移動や腕の振り方など、自身では気づかない細かいところなどを他の人からアドバイスをもらうことで次へとつなげていた。

 寮住まいはほとんど参加しているが、小さい子や家族の心配などがあり、全員で集まることは珍しい。

 今回もここにいるのは前川、新田、アナスタシア、神崎、双葉、諸星、渋谷の七人である。

 アナスタシアと新田が心配そうにしながら声をかけた通り、前川はあまり箸が進んでおらず、皿にはまだほとんどの量が残っていた。

 

「どこか具合でも悪いの?」

「天使の薬を所望か?」

「……具合が悪いわけじゃないにゃ。ただ……」

『…………?』

 

 何かを言いかけるも口を噤み、話すべきかどうか迷うそぶりを見せる。

 

「恋煩い? 翠さんに惚れた?」

「ほ、ほほほ惚れてなんかないにゃ!?」

 

 そのことから何かを読み取ったのか、双葉が場の空気を変えるために茶化したつもりであったのだが、思わぬ反応に周りのみんなも含めて『お?』となる。

 若干一名はその瞳に嫉妬を宿らせていたが。

 

「翠さんの胸に抱かれて泣いたとき、キュンときちゃった?」

「あ、杏ちゃん! その話は続けなくていいにゃ!」

「その反応は図星かな」

「ち、違うにゃ!」

 

 誰がどう見ても違わないのだが、口を開くたび墓穴を掘っていることに前川は気が付いていない。

 元気が戻ったのか、それともこの場から早く立ち去りたいからか。

 おそらくは後者であろう、前川は料理を口へとかきこんでいき、席を立つ。

 

「ま、またにゃ!」

 

 そしてそのまま逃げるようにして去っていった。

 

「あー……からかいすぎたかな?」

「んふふ。きらりはちゃーんと分かってるよ?」

 

 何かを誤魔化すように頭をかきながらこぼした双葉であるが、隣に座っている諸星はお見通しとばかりに笑顔を浮かべる。

 

「きらり。杏が何かしたの?」

「んーっとね、詳しくは分からないんだけど、みくちゃんは悩みごとがあったと思うんだにぃ。何か言い淀んでいたのも合わさってたぶんあっていると思うんだけど……杏ちゃんはそれに気づいて話題を逸らしたんだにぃ」

「そうなんだ。私も変だなって思ったけどそこまでだったよ」

 

 諸星から先ほどまでの流れにあったことを聞いた渋谷は感心したように頷いて双葉に目を向ける。

 

「みんなのこと、よく見てるんだね」

「…………別に」

 

 そっぽを向きながらどうでもいいようにつぶやく双葉だが、みんなはそれを照れ隠しだと理解して微笑む。

 

「駄猫の心に影をつくりしもの、打ち明けてはくれぬのだろうか……」

 

 今回は比較的わかりやすい熊本弁であったのだろう。食事を終えた神崎がふともらしたつぶやきにみなもどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「蘭子ちゃんの言う通りだね。……でも、無理に聞き出しても逆効果だと思うし」

「デビューに関することじゃないとは思うよ。ストライキも起こしたけど後腐れもなくなったと思うし」

「でも、ミクが落ち込んだのはストライキ、あった後です」

 

 アナスタシアの言う通り、前川がおかしくなったのはストライキを起こした後である。それ以前は特に何もなく普通であった。

 

「……となると、原因があるのはストライキしているときだね」

「みくちゃんがストライキを起こしているとき、一番近くで見ていたのは杏ちゃんだけど、何かおかしなことはなかった?」

 

 みなの視線が双葉に集まるが、双葉もそのときを思い返してみるが特におかしなところは――。

 

「……翠さん?」

「翠さんがどうかしたにぃ?」

「杏も近くにいたけど、特に何もなかったよ。……途中でみくが泣いて、翠さんと少し離れたところで二人きりになって話していたこと以外は」

 

☆☆☆

 

 寮へと帰った前川は自室のベッドで横になっていた。

 

「……ありがとうにゃ、杏ちゃん」

 

 落ち着いて冷静になり、よくよく考えてみたらあの時は話題を逸らしてくれたことに気づいた前川。

 

「……だけど、もっと別の話題がよかったにゃ」

 

 そして逸らした先の話題で盛大に墓穴を掘ったことにも気が付き、うつ伏せとなって枕に顔をうずめ、恥ずかしさに悶えて足をバタバタとさせる。

 

「…………」

 

 しばらくベッドの上をゴロゴロとしていた前川であったが、ふと動きを止めてその顔を歪める。

 

「何なのにゃ……あれは……」

 

 前川が思い返していたのはストライキを起こし、堪えきれずに泣き始めた自分を落ち着かせるため少し店の奥へと移動して二人で話したときである。

 その際に服が涙と鼻水で汚れるのもかまわずに胸を貸してもらうとき、そして落ち着いて離れたときの二回。

 角度的に襟の部分から翠の体が見えてしまった。

 翠は普段からサイズの大きな服を着ており、当然のことながら襟周りも大きくなって中が見えやすくなってくる。それでもいままで見られることがなかったのは、見えないようにと考えて行動されていたためである。だが今回、前川に見られた原因として『今の精神状態で見られる心配はない』といった翠の慢心である。

 前川もそのときは翠の体のことよりも自身の感情が勝っていたために、そのことによって見られたことを翠に勘付かれることもなかった。

 しかし、346の玄関ホールで正座している翠といまだ着替えられていない服を見たときにその時のことを思い出し、いままで翠が裸を見せてこなかった理由に考え至った。

 食堂で心配された時も話して楽になりたかった前川だが、何故かそれは『ダメ』だと第六感のようなものが働き、口ごもるにとどまった。

 そのことも今考えてみると、本人の了承なしに軽々しく話していいことでもなかったために、あのとき言いとどめた自分を褒める前川。

 

「今度会ったとき……勇気を出して聞くにゃ」

 

 口に出して自身を奮い立たせるも、前川は無意識のうちに『ソレ』へ触れてはいけないと恐怖を抱く。

 

 

 

 しばらく経ち、そのまま眠りについた前川であるが――その頬には一筋の涙が伝っていた。



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24話

おかしいな…一話挟んで原作進めようって思ってたのに、一話で治らなかったぞ…?
ま、まあ…予定では強制ブッチでまた帰る予定だし…大丈夫でしょ…
あ、お気に入り900件突破、ありがとうございます!
1000件いったら、記念話でも書こうかなと考えてますが、通算UAが10万いっても書くんですよね……


「……奈緒。明日と明後日も仕事ないよね?」

「ああ。次の仕事まで数日空いているが……どうかしたのか?」

 

 着替えを終えて戻ってきた翠の様子がいつもと違うため、奈緒は首をかしげる。同様のことを武内Pと千川も感じ取っており、不思議そうな目を翠に向けている。

 

「いやさ、思い返してみると……イラッとくることは何度かあったけど、いままで喜怒哀楽の喜と楽しか表に出してこなかったじゃん? いざ、本気ではないといえ怒の部分を見せたんだって考えると、その……少し恥ずかしい」

 

 本当に恥ずかしいのであろう。

 意味もなく髪をいじったり、視線も右へ左へとせわしなく動いていて奈緒や武内P、千川に目を向けないでいる。

 

「お前にも恥ずかしいって感情があったのか」

「そりゃあ、ありますとも。毎度毎度、ライブとか人前に立つの恥ずかしくて何度バックレようとしたことか」

 

 いつものようにおどけた態度をとっているつもりであろうが、頬が赤く、態度にも照れが混じっているためにいつもは突っかかっていく奈緒も微笑ましい表情で翠のことを見つめる。

 

「や……やめたまえ! そのような目を向けるでない!」

 

 ついに堪えきれなくなった翠は両手で顔を覆い、床をゴロゴロと転がり始めた。

 しばらくそのまま転がり続けている翠を三人が微笑まし気に眺める光景が続いたが、気持ちの整理がついて落ち着いたのかピタリとその動きを止める。

 

「そうだ、京都に行こう」

『…………は?』

 

 カバッと体を起こした翠は軽い口調で発したセリフ。突然のことに意味が分からずに間抜けな声を漏らす三人。

 しかし、翠はそのことを特に気にした様子もなく。

 

「奈緒、お前も一緒に行くぞ。とりあえず二泊三日くらい?」

 

 それだけを伝えて出て行ってしまった。

 おそらくはそこいらにいたアイドルをとっ捕まえて一緒に連れて行こうと考えているのであろう。

 いつもであれば奈緒が翠の首根っこを掴んで止めるところであるが、フリーズしているためにそれを見送ることしかできない。

 

「……翠さん、どうしちゃったんでしょう」

「……分かりません」

「……あいつの思考が理解できないのは今に始まったことではないですから」

 

 残された三人は一言ずつ漏らして顔を見合わせ、ため息をつく。

 

☆☆☆

 

「誰か、どこかに哀れな子羊ちゃんはいないかな?」

 

 迷惑をかけているという自覚はあるのか、そのようなことを呟きながら346内をキョロキョロしながら歩いていく翠。

 すでに外は日がほとんど沈んでいるために暗く、残っているアイドルはあまり居なかった。まだ外で仕事をしていたとしても、ここへは寄らずに直接帰ってしまうだろう。

 すれ違う人は職員などで、アイドルもいるにはいるが、翠が見かけたのはまだ小学生で外泊に誘うのは無理であった。

 

「くそう。……ふふっ。こうなったら電話で呼び出すしかないか」

「お? 翠、何してるのさ」

 

 悔しそうに漏らし、そしてそれはそれで面白そうだと何かよからぬことを企んだ笑みを浮かべながら携帯を取り出したとき。後ろから声をかけられたために振り返った翠は指を鳴らしてそこにいた人物の名前を呼ぶ。

 

「なつきち! いいところに!」

 

 翠に声をかけた木村は、『うわっ。声をかけなきゃよかった』といった表情をして一歩後ろへと下がる。

 しかし、獲物を……オモチャを見つけた翠はそれを逃すはずもなく。軽くステップを踏むようにして近づき、その手を握る。

 

「なあ、三日ほど暇か? 暇じゃなくても予定空けさせるから暇だよな?」

 

 それはもう確認というよりは強制であり、引きつった笑みを浮かべた木村は首を縦に振るしか選択肢は残されていなかった。

 

「二泊三日くらいで京都行くぞ」

「…………は?」

 

 先ほどの奈緒たちと同じ反応をして固まる木村を特に気にした様子もなく。

 手をつないだまま再び、哀れな子羊の捜索へと乗り出す。

 

「できれば周子がまだいてくれるとありがたいな。あとは紗枝いないかな? どっちかいてくれれば助かるんだが」

 

 口元に手を当て、立ち止まってどうするか考える。

 先ほどまで携帯を使うつもりであったのだが、やはり自分の足で見つけてその反応を楽しみたい翠はニヤリと口の端をつりあげる。

 

「とりあえずカフェ行くか」

 

 いまは良い案が浮かばなかったのか。

 ほぼ毎回、犠牲にされているといっていい哀れなアイドルへと足を向ける。

 

 

 

 

「やっほ、菜々ちゃん」

「……うげ」

「相変わらずその反応だと、拉致っちゃうぞ?」

 

 カフェで給仕をしていた安部は翠を視界にいれたとたん顔をゆがませ、手に持っていた銀トレイを前にもってきて盾のかわりにするが対して意味はなく。空いている手を伸ばして安部の手首をがっちりと掴む。

 

「そろそろバイト、終わるよね?」

「……なんで知ってるんですか」

「ちょっと、ここの店員さんとか店長さんと仲良くって」

「……店長」

 

 恨みがましく店内へと目を向ける安部。

 その視線の先には笑顔で手を振る店長の姿が。

 

「もう上がっていいってさ。ここに座って待ってるから……逃げないでね?」

「……分かってますよ。はじめっから菜々に逃げるコマンドはありませんから」

 

 もう、どうにでもなれとばかりに諦めた安部は、とぼとぼとした足取りで店内へと引っ込んでいく。

 

「……翠、二泊三日で京都ってどういうことだ?」

 

 そこでようやく立ち直った木村が翠へと詳しく知るために尋ねる。

 逃げないと判断したのか、翠は木村から手を離し、両手で頬杖をついて笑みを浮かべる。

 

「簡単に説明すると、だ。なんか暇だな……そうだ、京都に行こう! って感じ」

「いや、それだと全くわかんないって」

「奈緒も行くから、詳しくはそっちから……いや、別に詳しく知らなくても、楽しもうよ。うん、それがいい」

 

 ふと、翠は考えた。

 もし奈緒に詳細を聞かれたならばあの恥ずかしい思いまで話されるのでは? それはいけない。ならばうやむやにして誤魔化し、そのまま連れていくしかないと。

 

 ただ、そのようなことを考えていてもすでに時は遅く。

 今この場で翠が奈緒のことを話していなくとも一緒に行くことはのちに分かること。翠が説明をしなければ奈緒に話を聞きに行くのは当然ともいえた。

 そのために京都についてそのことがバレ、また悶えることになるのだがそれはまだ先の話。

 

「……お待たせしました~」

 

 まるで午前は晴れていたのに午後から土砂降りとなりビニール傘を買う余計な出費をしたうえ、帰りに電車を乗るとき残金がないためいつもの電車に乗ることができず、家の近くまで来たときに突風で傘が壊れたことに加えて車がそばを通り水しぶきを全身に浴びた後の何とも言えないような表情をした安部がやってきた。

 

「まあ、座れ」

 

 そう促されて特に反応をしないまま大人しく席へとつく。

 

「翠さんのもとに推参!」

「使いまわしはいけないと思います。二十点」

「あら、厳し」

 

 たまたま通りかかった高垣がつい最近も使ったギャグをいいながら空いていた席へと腰を下ろす。

 

「……ふむ、とりあえずここにいる三人と奈緒、俺の五人にくわえてあと二人呼ぶか」

「誰を呼ぶんですか?」

 

 まだ何も説明を受けていない高垣であるが、何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべて翠に目を向ける。

 そんな翠は質問に答えず、体を一度伸ばした後。誰に言うわけでもなく独り言のように言葉を発する。

 

「あ~、赤いリボンの似合う可愛い女の子が俺の希望する女の子を引き連れて現れないかな~。今なら何かご褒美あげちゃうかもな~」

 

 そんな謎の行動に木村、高垣、安部の三人は訳が分からず首をかしげる。

 それに対して翠は説明をすることもなく。ただ『一分かな?』とだけ。

 しばらくの間は会話もなく、そのテーブルはニコニコと笑顔を浮かべるだけの翠、そしてそれを不思議そうな目で見ている三人とはたから見れば異様な空間を展開していた。

 

「翠さん」

 

 一分と数秒が過ぎたとき。

 語尾にハートマークか音符マークがつきそうな調子で名前を呼んだ佐久間がいつのまにか翠の後ろに立っていた。両手を頬に添えて顔を真っ赤にしている佐久間の足元には、訳が分からない様子で頭の中が疑問符で埋め尽くされている塩見が赤いリボンで体の自由を奪われたまま床に転がされていた。

 

「え? え? どういうこと? 何があったの?」

「まゆ、ほどいてやれ」

「はぁい」

 

 翠に言われ、佐久間は塩見に謝りながら縛っていたリボンをほどいていく。

 

「周子、悪いな」

「いや、うん。何のことかまだよく分かってないんだけど……」

「そうだな。菜々と楓にも説明してないし、簡単に言うとだ……そうだ、京都に行こう!」

「……今から?」

「おう。二泊三日くらいで」

「……別に周子は大丈夫だけど、他の人は大丈夫なの?」

 

 この場にいるのはみな察しが良い人たち。

 ニッコリと笑みを浮かべながら問うた塩見の言葉の意味は、『周子と翠さんの二人で行ってくるから、別に無理してまで来なくてもいいんだよ?』みたいな感じである。

 

「まゆは大丈夫ですよ?」

 

 対抗するように、見惚れるほどの笑顔を浮かべて返す佐久間であったが、二人の背後に虎と龍が見えた気がした安部は恐る恐る手を挙げて辞退しようとするも。

 

「あ、菜々は強制な」

「そんなっ!?」

 

 翠による無慈悲な一言に打ちひしがれてテーブルに突っ伏す。

 

「あたしも別に無理ってことはないけど」

「私も大丈夫ですよ」

 

 誰もダメじゃないことが分かった翠は、携帯を取り出してどこかへと電話をかけはじめた。

 

「あ、奈緒。参加するのは全員で七人な。泊まるとこはいつもんとこで、とりあえず二泊三日くらい」

 

 電話口から奈緒が何か言っていたが、翠は気にせずにぶっちする。

 それをみた常識人の範囲に入っている安部と木村が『うわぁ……』と微妙な表情をしているが、翠にとってどこ吹く風のようなもの。

 

「そういえば翠さん。いくらくらいかかるの?」

 

 ふとした塩見の疑問に、若干一名が反応する。

 

「そ、そうですよ翠さん! 菜々は大きい声で言えませんけどお金ないですよ!」

「全部、俺持ちだから気にすんなよ。なぁ、菜々」

「ううっ……ありがたいはずなのに全然嬉しくないです……」

 

 完全に退路を断たれた安部は、木村に諦めろと言われながら肩に手を置かれて空笑いをする。

 

「……翠、行くのはまさかこの面子か?」

「おう、この面子でごぜーます」

 

 とあるアイドルの真似をしながら、タブレットを片手にやってきた奈緒へ笑顔を向ける。

 

「面倒なことにならなければいいんだがな。私もできる限り努力はするが……夏樹、菜々。できるだけ頑張ってくれ」

 

 奈緒は翠、高垣、佐久間、塩見へと順番に目を向けた後、何もしていないはずなのにすでに疲れた様子で木村と安部へと声をかける。

 声をかけられた二人も一通り参加するメンバーを眺め、ため息をつく。

 

「おし、行くか。新幹線の手配はもうしてくれたようだし」

「はじめっから任せる気だったくせに」

「否定はしない」

 

 翠一行はたまたまやってきた千川に運転を頼み、駅へと向かった。

 はじめは奈緒が運転すると申し出たが、それだと駅に車を置いていくことになるためボツとなったのである。

 しきりに千川へと頭を下げる奈緒だが、特に気にした様子もない千川は楽しんでと一言残して去っていく。

 面子が面子なだけに、車の中で奈緒を除く全員が変装をして奈緒が購入した京都行の新幹線へと乗り込む。

 

「今更だけど、着替えとか持ってきてないの大丈夫?」

「ああ、それなら平気平気。泊まる旅館は優秀だから」

「その言い方はどうかと思うが……まあ、翠の言う通り心配はいらない。必要なものがあれば用意してくれる」

 

 京都までのおよそ二時間と少し。

 お菓子を買って食べながら奈緒の取り出したトランプをみんなで楽しんだ。

 

 

 

 

 

「あ~……移動って疲れる。空間転移ができるようにならねぇかな……」

「そんな夢見たって叶うわけないだろ。すでに迎えの車が来てるからさっさといくぞ」

 

 目的地へと着き、ただ新幹線に乗っていただけであるというのに疲れたと呟く翠に一言かけ、さっさと歩いて行ってしまう奈緒の後ろをみなはついて歩く。

 

「お久しぶりです、奈緒さん」

「突然ですいません。またアホ言い始めたバカがいまして」

「いえいえ。いつもご利用ありがとうございます」

「あれ? 常連の俺に挨拶は……?」

 

 そんな翠の呟きもスルーされ、迎えの車へと乗り込んでいく。

 スルーされたことを特に気にした様子がない翠も、車に乗り込んでは安部をからかい始めていた。




泊まったところは『京都 星のや』をイメージしていただければ。検索すれば画像も出てきますし
まあ、若干の違いはありますけれども、大まかなイメージとしては大丈夫なはずです


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25話

翠さんが帰るの、次話に伸びました…
それと、ウサミン星人の名前が間違ってるとの報告をいただきました。どの話以降からずっと間違え続けているのか教えていただけると嬉しいです


「ん〜……今度は別府に行こうかなぁ……」

 

 旅館に着き、部屋へと案内されてすぐに翠は温泉へと向かい、浸かっていた。

 髪の毛は首から上にまとめあげて頭にタオルを巻き、湯に浸らないようにしてある。

 当然、男湯の出入り口には入れない旨の看板が立てかけられてるうえ、内側から鍵もかかっているために誰も入ることはできない。

 湯に浮かべた徳利の一つを持ち上げ、お猪口へと注いでいく。

 

「…………ふぅ」

 

 空に浮かぶ月を眺めながら日本酒を飲み進めていく翠。だが、酒が進むにつれて上を向いていた顔は下を向き、微かな波に揺れる湯に映った月へと目を向ける。

 

「……偽りもの。本物であれど、嘘であれ。儚く散るも輝くも」

 

 片手で月をすくい上げようとするが、指の隙間から湯が零れ落ちていくために叶わない。

 それをしばらくボーッと眺めたままでいたが、自虐的な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「部屋戻って飲み直そ」

 

 徳利やお猪口を湯からあげ、いつもと同じよう邪魔にならないところに移動させたりと、出るための準備を進める。

 人の目を気にしていない翠であったが、何も隠されていない彼の体にはーー

 

☆☆☆

 

「戻ったよ」

「そうか。こっちは先に食べ進めてるぞ」

「……もう、何も言うまい」

 

 途中、温泉から上がったことを伝えたりと遠回りをしたが、幸いにして宿泊客と遭遇することなく部屋へと戻ることができた翠。襖を開けるとすでに料理が所狭しと並べられ、みなが思い思いにくつろぎながら食べ進めていた。

 

「あら? 翠さんもお猪口をちょこっとどうですか?」

「ハムハム。翠さん、ここの料理すごく美味しいね」

「まゆはちゃんと翠さんが来るまで待ってましたよ?」

 

 自身で連れてきた面子にもかかわらず、翠は部屋の状況を見てため息をつく。

 すでに酔い始めている高垣は浴衣へと着替えていたのだが、帯は緩んでギリギリまではだけている。それを安部が直しているのだが……しばらく経てばまたはだけるの繰り返し。

 塩見は年齢的にお酒は飲めないものの、その分を食に費やしており……翠の分へと手を伸ばそうとしては佐久間に手を叩かれ、木村が苦笑いしながら塩見に自身の料理をあげている。

 その佐久間はいつも通り平常運転であった。

 奈緒も自信が酒を飲めないことを理解しているためにウーロン茶を飲みながら食べ進め、騒がしい様子に目をやって楽しそうに微笑んでいた。

 

 

 ーー主に負担が安部と木村の二人へと集中していた。

 

 

「お猪口はさっき、湯に浸かりながらやってきたからしばらくはいいかな」

「一人でズルいですよ?」

「そりゃあ、一人でしか入れないんだから仕方ない仕方ない」

 

 高垣の絡みを軽く流しながら佐久間が死守していた席へと座り、料理に箸をつける。

 

「そういえば翠さん、ご褒美は何ですか?」

「ん? ご褒美?」

「はい、リボンの似合う可愛い女の子が望む子を連れて来たらご褒美あげる話です」

「…………」

 

 翠は一度箸を置き、腕を組んで今日の出来事を思い返す。

 カフェのあたり……安部が合流してからそのようなことを言って佐久間と塩見を集めたなと思い出した翠は、特に考えていなかったご褒美をどうするか頭をひねる。

 

「まゆとしてはどんなのがいい?」

「何でもいいんですか? なら、翠さんと結婚したーー」

「よし、ハグしてあげよう。ハグ」

 

 頬に手を当てて子供は何人などといったところまで妄想を広げていた佐久間のセリフをぶった切り、手を引っ張って自身の胸に佐久間の頭を抱く。

 

「…………はうっ!?」

 

 奇妙な声を漏らしながらも何をされているのか理解したのか、翠の胸に顔をさらに押し付けて深呼吸を始めて匂いを堪能し始める。

 

「ここは天国です」

 

 そのようなことを呟き、佐久間は元モデルで現アイドルがしてはいけないような表情をしながら昇天した。

 奈緒が空いているところに布団を敷き、佐久間をそこへ運んで寝かせる。

 時折、『えへへ……』と聞こえてくるが、特に問題は無いために誰も反応しない。

 

「……おお、美味い」

「何度も来て食べ慣れてるだろうに」

「いやいや、何を言っているのさ。食べ慣れていようがいまいが、美味しいものは美味しいに決まっているのさ」

 

 ドヤ顔で返した翠にイラっときたのか、気を落ち着かせるために一度深呼吸をした後、ニヤリと口の端をつりあげる。

 

「……おい、何を考えてる。冗談抜きでやめろよ?」

「翠のそれはフリだと分かっているよ」

 

 二人の会話に、四人はどうしたのかと耳を傾ける。翠はそのことに気づき、何でもないと言って話を逸らそうとしていたのだが、その前に奈緒が口を開いて事のあらましを話してしまった。

 

「は、恥ずかしい……」

 

 顔を両手で覆い、俯く翠であったが……返ってきた反応は予想していたものとは違っていた。

 

「翠さんが? ……怒ったんですか?」

「翠が怒るって……」

「怒ったの? 翠さんが?」

「お腹が空いていたんですか?」

 

 笑いのタネにされると考えていた翠であったが、返ってきたのは戸惑いと困惑であった。……一人、ずれた返し方をしているが。

 

「……angryとhungryをかけているのかな?」

「さすが翠さんです」

「…………七五点」

 

 どういったことか気づいてもらえて嬉しいのか、高垣はニコニコしながら翠の採点を待つ。

 久々にもらえた高得点。高垣のテンションはさらに上がっていく。

 

「や、みんなの反応が考えていたものと違ったんだけど」

「どんなことを期待していたのかは知らんが……普段、あれだけ怒らないお前が怒ったんだ。戸惑うだろうに」

「そ、そうですよ! イラっときて仕返ししてるのはよく見かけますけど!」

「菜々、それは違う意味合いも含まれてないか?」

「えっ?! そ、そんなことあるわけないじゃないですか〜!」

 

 明らかに嘘をついていると分かるのだが、翠はそれに突っ込むことはせず。

 

「まあ、たっちゃんがアホすぎただけなんだが。……この話は終わりにして飲むか。菜々も付き合えよ」

「な、菜々は永遠の十七歳ですからお酒はちょっと……」

「実年齢ばらすぞ」

「いやー! 日本酒はやっぱり美味しいですねぇ!?」

「ああ……私のお酒が」

 

 とてつもない脅しに屈したウサミン星人は、高垣の手からお猪口を奪うようにして取り、飲み干して声を大にする。

 それを見て満足そうに頷きながら仲居さんに追加の注文をしていく。

 

「周子もまだ食う?」

「食べる!」

「んじゃ、これも追加で」

「かしこまりました」

「今回も世話になるよ」

 

 奈緒からポチ袋を受け取り、それを仲居さんに手渡す。そして纏めて置いてある荷物の方へ向かうと、いつ買ったのか東京のお菓子を取り出し、それも仲居さんへと渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 仲居さんが下がったあと、不思議そうに首をかしげながら安部が尋ねる。

 

「奈緒さん、今のは何だったんですか?」

「ああ、翠が渡していたものか。あれは『心付け』といって、先ほどの仲居さんにお世話になりますよ、次の機会もお願いしますといった感謝の気持ちだ。渡す渡さないは自由であるが……大きい声で言えないけれども、サービスが良くなったりする」

「そうだったんですか」

「相場としては三千円ほどだな。田舎の旅館だと東京のお菓子でも喜ばれるぞ」

 

 感心したように頷き、安部はふと抱いた疑問を翠に尋ねる。

 

「翠さんはいくら渡したんですか?」

「五万」

「…………ぇ?」

「五万」

 

 聞き間違いでないことが分かり、安部は目を丸くする。

 

「か、簡単に言いますけど大きいお金ですよ!?」

「まあ、安くはないな。……ただ、裏でも頑張っている人たちいるからさ、五千円が十人分なんだよな。最初に関わった人数聞いたから間違いはないはず。一応は迷惑もかけてるからさ」

「……なら、いつも被害を受けている菜々にも何かあっていいんじゃないですか?」

「それ、聞き取り方によってはお金もらったら何でもするって聞こえるよね」

 

 追加の酒が届き、結構なペースで飲み進めていく翠。途中、奈緒が心配そうな声をかけるも流されて終わった。

 

「菜々ってさぁ……」

「何ですか……弄るといい反応するって言いたいんですか。自分でわかってるから別にいいですよー」

 

 少し酔いが回ったのか、安部は不貞腐れたようにそっぽを向いていたために、翠の目が潤んでいることに気づいていない。

 

「そそる体つきしてるよな」

「はいはい、そうですねー……え? んんん? ……ぇ、は? んなああぁっ!?」

 

 始めは何を言っているのか理解できていなかった安部。いや、安部だけでなく他の面々も翠が何を言っているのか理解できていなかった。

 そして脳が理解し始め、安部は自身の体を抱きながら翠から距離を取るように壁際まで逃げる。

 

「す、翠さん……? い、いいい今のはどういった意味で……?」

「そういやさぁ……たっちゃんはもう、このあとのユニットと名前は決まってるのかな?」

 

 顔を赤くさせながら尋ねた安部であったが、翠の中では既に終わった話らしく。次の話題へと移っていた。

 その様子によってからかわれていたと気付いた安部はやけ酒を始める。

 

「一応は機密だ。知ってるのは本人と今西部長、あとは上の人らだろう」

「ふーん……あ、ニュージェネとラブライカの名前、どうやって決めたか知ってる?」

「お前と二人で飲みに行った時に聞いたって言ってたが?」

「おおぅ……」

 

 お猪口を片手に持ったまま空いている手でデコをペチンと叩く。

 不思議な行動に皆の視線を集めるが、本人は一言二言を小声でつぶやいたあとに『別にいっか』と言って再び日本酒を飲み始める。

 翠の前には空になった徳利が二桁に届きそうなほど空いているのだが、見た目はいつも通りと変わらない様子に見えた。

 

「ちゃんみおアイドル辞める宣言」

『…………?』

「からのニュージェネ解散の危機(笑)」

 

 いきなりの大きな独り言を不思議に思いながらも耳を傾ける。

 

「蘭子ソロのローゼンブルクエンゲル。杏、智絵里、かな子のキャンディアイランド。きらり、みりあ、莉嘉の凸レーション。みく、李衣奈のアスタリスク。こんな順番で今後はいくはず」

「……それは聞いたのか?」

「いんや、ただの予言」

 

 空になったお猪口に酒を注ぎ足し、一拍間を空けてから口を開く。

 

「夏に全員でのが成功した後。秋に入ると……入る前だったか? 美城常務が帰ってきてアイドル部門全体へと一石投じられる。……あー、企画名は何て言ったかな……確か、プロジェクトクローネだったような? そこに凛が引っこ抜かれたりと、CPは荒れに荒れるけど……まあ、最終的には上手く収まるしどうでもいっか」

『…………』

 

 とんでもないことをどんどん話していく翠。途中からであるが奈緒はメモ用紙とペンを手に持ちほとんどを書き記していた。

 

「翠は……何故そんなことを知ってるんだ?」

 

 いち早く混乱から立ち直った木村が尋ねるが、それは先ほど話していたことが妙に具体的すぎて逆に信じることができないでいたからである。

 

「んー? どうして知ってるかって?」

 

 見た目はいつもと変わらない様子であるのに、ペラペラ話したことといい勿体ぶった話し方……はもともとであったが、実際はだいぶ酔っているのかもしれなかった。

 頭を右に左に揺らしながらニコニコと微笑んでいた翠は、それを誰をも魅了するほどの笑みに変えーー

 

「俺の秘密の一つだよ?」



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26話

次の話で翠が346に戻り、蘭子、みくにゃんと話をしてまた原作へと戻っていく予定だけど……
誤字訂正しましたー


「…………」

 

 その後、翠は畳に倒れ込み……静かに寝息を立て始めた。

 

「……まゆ、起きてたのか」

「はい。……始めの方から聞いてました」

 

 ほぼ同時に佐久間が上体を起こし、翠を先ほどまで自身が横になっていた布団へと寝かせて毛布をかける。

 

「奈緒さん、今の話を聞いたことは……」

「私も初めて聞いたが……頭ごなしに否定することができないのも事実だ」

「いやいやいや……、否定できないって……」

「夏樹、その気持ちは分かる。けれど……翠がさっきみたいに直球じゃないが、今までにも予言めいたことを仄めかして当てたことは一度や二度じゃない」

「…………」

 

 そう言われると返す言葉がないのか、おろした髪を弄りながら日本酒を高垣からもらって口に含む。

 

「ここにいる皆だけじゃなくて、346にいるアイドルって翠さんにスカウトされたり、オーディション用紙をパラパラっと見て選ばれたりした人たちなんだよね?」

「そうだな。たまにだがオーディション会場の審査員席にしれっと座っていることもある……変装もなしで」

 

 その場面を想像してか、皆が嫌そうな表情をする。

 誰もが知っているトップアイドルが審査員席に座り、ニコニコと笑みを浮かべながら自己アピールを見ているのだ。

 握手会などのファンサービスは行われず、唯一と言っても過言でないほどに生で見られる機会があるのはライブの時だけ。そのライブですら倍率が高くて当選するのは難しい、雲の上の存在。プライベートの時など、本当に同一人物なのかと疑うほどに違うという話がネット上に回るだけで誰もがその姿を知るものはいない。

 そんなアイドルが同じ部屋の空間におり、言葉を交わすのである。

 ちなみに、翠が参加するのは気まぐれだと周囲は思っているため、その時のオーディションはライブ以上の価値があるとまで言われたり言われなかったり。

 

「私とまゆちゃん、モデルのときから翠ちゃんが関わっているって聞いたわ」

「……翠さん、そのとき何歳ですか…………」

「もう一つ、さっきの予言が外れない根拠がある」

『…………?』

 

 カバンからタブレットを取り出し、皆に近づくよう手招きをする。

 いくつか操作し、とある有名な動画投稿サイトを開く。

 

「奈緒さん、これは?」

「翠が小学校に上がる前、投稿した動画だ」

 

 映し出された動画には、今の翠よりも背が小さいくらいだと伺える黒髪(・・)の子どもがピアノの前に座っていた。

 その顔には白い狐のお面がつけられており、誰だか判別がつかないが……。

 

「この頃はまだお面を付けていたんですね」

「身バレを防ぐためだろうが……この歳でそこまで考えがいっている。この動画も一人で撮り、一人で載せたものだと聞いた。翠が中学を卒業して独り立ちしたときにお面を外して正体を露わにして説明したから、誰もが知ってるけどな」

 

 鍵盤の上に指を乗せ、一つ深呼吸をしてから閉じていた目を開いて弾き始める。

 

「これは……楓さんのソロ曲、『こいかぜ』ですよね?」

「ああ、この動画のタイトルも『こいかぜ(K.T)』となっている。……次に行こうか」

 

 またいくつか操作をし、次の動画へと画面を変える。

 

「これもまた、同じくらいの年だな。載せられた日付も二日ほどしか空いていないし」

「これは夏樹さんの……」

「タイトルも『Rockin'Emotion(N.K)』だ」

 

 また画面を切り替え、別の動画を移す。

 

「これはつい最近乗せられたものだが、撮ったのは翠が十八のときだ」

 

 途中で口を挟まず、奈緒は十四の動画を見せる。五人も口を開かず、曲へと耳を傾ける。

 約五十分、集中して曲を聴いていた皆は少し疲れていたが、話を聞くべく奈緒へと目を向ける。

 

「さっきの二つは知っての通り、楓と夏樹のソロ曲だ。ただ、気づいて欲しいのは投稿日時とタイトルだ」

「何かおかしいところがあるのでしょうか? いい曲を交渉してアイドルの曲にするのを菜々は普通だと思ってましたけど……」

「周子もそうだと思ってたけど?」

「たぶん、タイトルで言いたいことはこのローマ字じゃないかしら?」

 

 高垣のセリフに奈緒は頷き、一番最初の動画を開く。

 

「確かに菜々と周子の言う通り、交渉してアイドルの曲として売り出したりするが……このローマ字はイニシャルを表している」

 

 奈緒が何を言いたいのか気づいたのか、驚きの目を向ける。

 

「夏樹のもイニシャルとなっている。これは後から弄って名前を変えたとかじゃなく、初めっからこのタイトルで変わっていない。……これが『神』『予言者』『救世主』といった二つ名の原因でもある」

「……あの、ならさっき見せた十四の曲は?」

 

 安部の問いかけに、奈緒はウーロン茶で喉を潤してから口を開く。

 

「武内が発足したシンデレラプロジェクト。新たに十四人のアイドルが増えた」

「…………まさか?」

「そのまさかだ。全員のイニシャルと名前がそれぞれの曲と一致する。それに、これらの曲が載せられたのは武内がアイドルを集め始めたときだ」

 

 全員の視線が布団で気持ちよさそうに寝ている翠へと向く。

 視線を感じて居心地でも悪いのか、小さく唸りながら寝返りを打ち、再び規則正しい寝息へと戻る。

 

「楓や夏樹だけでなく他のアイドル全員のソロ曲やユニット曲に『お願いシンデレラ』。ほとんどの曲を翠が作っている」

「完璧超人ですねー……」

「だからだろうな。あまり人に頼らないのは」

「え? 翠さんってよく人に頼る姿を見てますけれど……?」

「まあ……確かにそうだが、根本的な部分では違うんだよ」

 

 よく分かっていない安部と、全部を理解していない塩見。他の三名は悲しげな表情をしている。

 

「……こんないいとこに泊まっていつまでも湿っぽい話はやめておこうか。明日になれば翠に引っ張り回されるんだ。早く寝ておいたほうがいいぞ」

 

 テーブルの上にあった料理はほぼなくなっており、酒も翠と高垣がほとんど飲んでいた。

 仲居さんを呼んで片付けてもらい、女子グループは温泉に浸かってさっぱりした後、布団に潜って眠りについた。

 その際、佐久間と塩見が翠の布団へと潜り込もうとしていたが、木村と奈緒によって取り押さえられていたりする。

 

☆☆☆

 

「…………ぁ?」

 

 低く唸るような声を出しながら目を覚ました翠は状態を起こし、辺りを見回す。

 

「どこだここ……」

「お気に入りの旅館だ。昨日、お前が連れてきたんだろう」

「あー……? …………ああ」

 

 しばらく眠たげに頭をこっくりこっくりさせていたが、思い出したのか納得したように頷いて再び布団に潜る。

 

「何をしている」

「……毛布返して」

「もう十時過ぎてるぞ」

 

 しかし、すぐさま奈緒によって毛布を剥ぎ取られたため、悲しげな声を出しながらも上体を起こす。

 

「二日酔いなんてしてないだろ」

「そうだけどさ……。んで、他の面々はどこいったん?」

「朝風呂に入ったぞ」

「奈緒もいってくりゃよかったのに」

「先に上がっただけだ。もう少し経ったら戻ってくるだろう」

 

 翠は一つ頷き、奈緒から櫛を受け取って軽く髪をすいて整える。

 

「いい加減、切ったらどうなんだ?」

「んー、来年には切るよ。今年はまだ、時じゃない」

「ならいいんだが」

 

 二人が軽く言葉を交わしていると、温泉に行っていた面々が戻ってきたようで部屋が騒がしくなる。

 

「あ、翠さん。おっはよー」

「おはよー」

「ううぅ……やっぱり温泉はいいですねぇ」

「久々に来たけれどやっぱりいいな」

 

 各々、髪を乾かしたりしている間に仲居さんがやってきて朝食の準備を進めていく。

 

「あ、翠さん。昨日のお菓子、おいしかったよ」

「そうか。なら、次は違うのにしようか」

「ハズレを持ってこないって分かってるから何でもいいよ」

 

 準備を終えた仲居さんたちと砕けた口調で話す翠に皆の視線を集める。

 

「あらあら、ごめんなさい。失礼いたします」

 

 そう言って頭を一つ下げ、仲居さんたちは引き下がっていく。

 

「あの……」

「言いたいことは分かってるよ。俺が頼んだんだ。堅苦しい言葉交わすの嫌いだから」

 

 聞かれる前にさっさと答え、朝食の席について手を合わせ、一人で先に食べ始める。

 

「急がんでも飯は逃げないぞ」

「いんや、さっさと出て回るから。お前さんらも早く食べなさいな。つか、先に食ってるかと思ってた」

 

 そのセリフに苦笑いをしつつも皆席に座り、箸を手に取る。

 当然、先に食べ始めていた翠は一人暇を持て余す。

 

「なー、まだ?」

「急かすな。先に食ったお前が悪い」

 

 背もたれに体を預けてダラリとしながら、翠は視線を奈緒たちへと向けて急かす。しかし、奈緒に目も向けられずピシャリと言われて諦めた翠は畳へと横たわろうとした。

 

「…………」

 

 そこに携帯の着信音が響き、翠は体の動きを止める。

 

「……奈緒、ちょっと電話してくる」

「ああ、分かった」

 

 着信があったのは翠の携帯。画面に映し出された名前を見て、一瞬だが眉を顰めた後に一声かけて部屋から出て行く。

 

「……もしもし」

 

 周りに人気がないことを確認し、折り返し電話をかける。

 

『あ、あの……翠さん』

「落ち着け、蘭子(・・)。簡単にでいいから」

『は、はい。みくちゃんが翠さんの体を見たそうです』

「…………ん?」

『だ、大丈夫ですか?』

「…………うん、あまり大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ」

 

 何を言われたのか理解できなかった翠だが、なんとか気を持ち直して理解しようと頑張る。

 

「蘭子、近くにみくはいるか?」

『電話をかけるときに少し離れましたが、視界内には』

「まあいい。いつ見たとか話は聞いたか?」

『き、聞きました。ストライキの時だそうです』

「……迂闊だったなぁ。俺、京都にいるけど今から戻るって伝えといて」

 

 それだけ伝えると返事も聞かずに電話を切り、346へ行くことを奈緒に話すため部屋へと戻る。

 

「お、翠。だいぶ話し込んでたみたいだがどうした? 全員、準備は終わってるぞ」

「悪い。私的なことだけど……真面目にちょっとマズイことになったから346に帰る。金は基本、奈緒に一任してるから常識の範囲内で好き勝手やってて」

 

 翠の焦るような困惑しているような珍しい表情に、連れ去られるようにしてきた面々は文句を言わずに翠を送り出す。

 そして京の街に出ては言われた通り、彼女たちの中での常識の範囲内で好き勝手やっていく。その姿はことの成り行きを知っているものが見れば、鬱憤を晴らすようであったと言える。

 ようは一部の女性であるが、邪魔者いるけど翠さんとデートを想像していた人たちがヤケ食いをしていた。

 

「何から何まで悪いね」

「いつもの事だから」

 

 仲居さんに大まかなことを伝え、車で駅まで送ってもらっている翠。帰りの新幹線の手続きも済ませてもらっていた。

 

「今度来る時は結構な大所帯になるかも」

「その時はまた、腕によりをかけて」

「早ければ夏。遅かったら来年になるかもだけど」

 

 駅に着き、一言二言交わして別れた翠は用意された新幹線へと乗り込む。




誤字脱字の修正が面倒すぎてほっぽりたいレベル……書いて、載せてるのが携帯なうえ、ハーメルンの機能も書いて載せるぐらいしか理解してない作者…もともと機械苦手だもんね!


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27話

「おーし。駄猫と厨二はどこだ」

 

 カフェでサンドイッチを頼み、それを食べ進めながら首をかしげる。

 電話をかけても繋がらず、着いたことをメールで伝えたが見ているかすら怪しい。

 

「……レッスンか?」

 

 皿を空にし、指をペロリと舐める。普段無駄なことばかりに使っている頭を働かせ、繋がらない理由を考えてどこにいるかを導き出す。

 そして会計をするべく立ち上がりポケットへと手をやるがーー

 

「…………おぉぅ」

 

 今の手持ちはハンカチと携帯、ポケットティッシュしかなかった。

 よくよく思い返してみると、翠の財布は奈緒のカバンの中であり、会計も奈緒に任せていた。

 一方的にではあるが奈緒は翠の半身であり、いなくてはならない存在である。

 京の街に出かけた奈緒も同じ頃、翠の財布をカバンの中に見つけるが対して取り乱すことなく、その表情は『ザマァ』といった感じであった。

 

「ふむ……誰かに集るか……それとも借りを作るか……」

「翠さん?」

 

 どうするか考え込んでいると、緑の服を見にまとった妖精……否。鬼悪魔ちひろと恐れられる千川がそこにいた。

 

「どうしてこんなところにいて、困ってる風でしたので声をかけようかと思ってましたが特に問題は無いようでしたね」

「待って待って! 困ってるから! ヘルプミー!」

 

 何かを感じ取った千川は踵を返して仕事へと戻ろうとしたが、翠は手を掴んで必死に引き止める。

 

「……はぁ。それで、京都に行ったはずでは?」

 

 引き止めることに成功した翠。千川はため息をつきながら翠の対面へと腰掛け、今一番疑問に思ってることを尋ねる。

 

「いやさ、俺も京の街に出てゆっくりしてこようと思ってたんだけど、私的なことで無視できない要件発生したから帰ってきた。んで、軽く食べたんだけど財布が奈緒のカバンの中だから変えなくて困ってる」

「貸し一ですね」

「……くっ、たっちゃんならば困ったように首へ手を当てながら貸してくれるのに!」

「はい、どうぞ」

「あ、話聞いてねぇ……」

 

 あまり千川に借りを作りたく無いのか、嫌そうな顔をしながらも伝票を千川に手渡す。

 対して千川はものすごくいいことがあったかのような笑顔を浮かべながら手帳に何かを書き込んでいく。

 

「……忘れることを期待したのに」

「翠さんとのやり取りはこうやって記録しておかないといけませんからね」

「んで、今回はどうやって返せばいい? また、前みたいにちーちゃんが潰れるまではしご酒? それとも高級旅館に行く?」

「そうですね……今は特に無いのでとっておきます」

「それが一番怖いんだよなぁ……」

 

 ぶつくさ言いながらも自分の所為だと納得させる。

 

「あ、シンデレラプロジェクトの子たちがどこにいるか知ってる?」

「今はレッスン室で翠さんがよくサボるレッスンをしていると思います」

「ん、ありがと」

 

 ディスられたことを流しつつお礼を言って立ち上がる。

 

「たっちゃんは?」

「プロデューサーはデスクにいますよ」

「了解」

 

 ついでとばかりに尋ね、納得したように頷くと手を振って千川と別れ、レッスン室へと向かう。

 その途中で"可愛い僕"と出くわした翠は満足するまでからかい、楽しんだりしていたが無事に目的地へとたどり着く。

 中から聞こえてくる手拍子とステップに感心しながら頷き、ノックもなしにドアを開けて入っていく。

 

「おっすおっす」

 

 声をかけながら中へ入って行く翠だが、一通り見回して首をかしげる。

 

「うんうん、ユニット決まった子以外はいるようだけど……」

 

 みな、頑張って辛い練習に耐えながらも明るい雰囲気であると考えていたのだが、その予想は裏切られ。重苦しい雰囲気を場が支配していた。

 

「……どったん?」

 

 翠が入っていっても空気が変わることなく。むしろとある人物の雰囲気がさらに暗くなった。

 状況を理解しようとトレーナーに近づき、小声で尋ねる。

 

「私もよく分からないが……あいつの雰囲気が暗くて周りもそれにつられてる感じだな」

 

 目線で促した先にはストライキを起こした時よりも深刻そうな表情をして下を向いている前川の姿が。近くには神崎がおり、特に声をかけたりせずただ隣にいた。

 周りのメンバーも心配そうに目を向けるが、どういった言葉をかけたらいいのか分からずにいた。

 察しのいい双葉や諸星の二人もどうしたらいいか考えているようであるが解決策を出すまでに至っていない。

 

「悪いな。元を辿れば俺が原因だわ」

「またお前か。今度は何やらかした」

「あー……あまり言いたく無いけど簡単に言えば、上半身だけだが俺の裸体を見られた」

「それだけでああなることに少し好奇心が湧くが……これ以上は聞かないでおくさ」

「ん、ちょっとみくと蘭子を借りていくよ。もしかしたらレッスン終わるまでに戻れないかもしれないけど」

 

 翠はそうトレーナーに伝えると、神崎に前川を連れて付いてくるように声をかける。そしてレッスン室を出る前に双葉と諸星にアイコンタクトを送る。

 

「こっちは何とかするからそっちは任せた、だってさ」

「翠さんに頼られてパピパピだにぃ」

 

 意図を理解した二人は、怠そうにしながらも親指を立てたり笑顔を浮かべてピースをしたりと了解の意思を返す。

 それを見届けた翠は一つ頷いて出て行くと、その後を神崎と暗い雰囲気のままでいる前川がついていく。

 

「……人が寄り付かない部屋、無いかな」

 

 そのようなことを呟きながらも向かう足取りに迷いはなく、とある部屋にたどり着く。

 

「たっちゃん、少しいい?」

 

 迷いなくたどり着いた場所ーーシンデレラプロジェクトのブースであるが、デスクで仕事をしている武内Pに声をかける。

 

「はい、どうかしましたか?」

「いやさ、仕事しているところ悪いんだけど……聞かれたく無い話をするから席、外してくれない? ドア一枚挟んでるとはいえ、不安材料は除いておきたいからさ」

「…………はい、分かりました。話が終わりましたら連絡していただければ」

「ありがとね」

 

 翠の表情と、少し離れたところに立っている前川の様子を見て頷いた武内Pは必要なものをまとめ、部屋を開ける準備をする。

 部屋を出て行く際に心配気な表情を前川に向けるが、首を横に振って翠へと顔を向け、『お願いします』と一言残していった。

 

「……任されました、っと」

 

 小さく呟き、念のためにと内側から鍵をかけた翠は二人の元へと向かう。

 

「とりあえず、ソファーに座ろうか」

 

 座るように促し、自身は紅茶の準備を始める。

 しばらくは無言の中、カチャカチャと器の音だけが響く。

 洗練された手つきで紅茶を三人分用意した翠はそれぞれの前に置き、自身もソファーへと腰掛ける。

 

「ハーブティーだから、少しは落ち着くと思うよ。ゆっくりでいいから」

 

 前川は少しだけ口に含んだあと、カップをソーサーへと戻し、顔を上げて翠へと目を向ける。

 

「…………翠さんの、"アレ"は何?」

「何? と聞かれても……見ての通りだとしか答えようがないんだけど……」

「誤魔化さないで!」

 

 いつものように曖昧な答えを返す翠のことを前川は睨みつけながら怒声を上げる。

 

「絶対におかしい! 事故なんかでつくようなものじゃない! "それ"は誰かが故意にやったとしか思えない!」

「駄猫。波を静めよ」

 

 堰が切れたように捲したてる前川。興奮して自身を止まることができなくなった彼女の頭を神崎が叩き、一言かけて落ち着かせる。

 

「…………ぁ」

 

 急に恥ずかしくなったのか、頬を赤くさせて誤魔化すようカップに口をつける。

 

「ほんと、蘭子の言う通り。いまさら騒ぎ立てるようなものでもないし、一応は後腐れなく()との縁切ったし」

「…………親? "それ"は翠さんの親が? それと蘭子ちゃんはこのこと知ってるの?」

「知ってるよ。この世で当事者を除けば蘭子だけがこの事を知っていた(・・・・・)。みくも増えて二人になったけど」

 

 いつの間にやら、自身の分だけミルクティーを用意して飲んでいる翠。甘さが足りないのか角砂糖を一つ足し、スプーンでゆっくり混ぜながらカップの中へと目を向ける。

 

「さっきも言った通り、いまさら気にするようなことでもないんだ。ただ傷がある。それだけのことさ」

「で、でも……それじゃあ……」

「口を慎め、駄猫」

 

 泣いているような、怒っているような。それらが混ざった表情をして前川は翠に言葉をかけようとしたが、神崎によって止められる。

 

「蘭子ちゃんはなんとも思わないの!? こんなの絶対におかしいよ!」

「…………我も一度は通った道。されど神の前には羽虫が通るも同じこと。煩わしく思えど揺るがないものは揺るがない。……我ら愚者は黙ってこうべを垂れるしかない」

「あらら、まだ蘭子も気にしてるの? もういいっていってるんだから気にしなくていいのに」

 

 なぜ、止めるのかと前川は神崎に目を向けるが……うつむき、肩を震わせながら絞るようにして話している姿を見て認識を改める。

 彼女とて決してこのことに納得はしていないのだ。ただ『神』などと崇めて盲信していたのではなく、胸の内に思いを秘め、いつの日か言葉が届いてくれると信じていた。

 服の下を見たあの日に翠と連絡先を交換した神崎はほぼ毎日、翠に連絡を入れていた。何か緊急が起こった時は電話で。それ以外の他愛ないちょっとしたことをメールでずっと。

 …………その思いが実ることはなかったが。

 それとなく探りを入れてものらりくらりと誤魔化されてきた。

 今、こうして新たな波ができたが……それも無意味に終わった。

 またいつものように胸の奥へ奥へとしまい込んで鍵を閉め、何事もなかったかのように振る舞う日々。違いがあるのはそれがもう一人増えただけ。

 溢れそうになる涙を拭い、神崎は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

「いえ、私はもう大丈夫です」

「うん」

「ただ……」

 

 普段と同じ様子に戻った神崎。だが、自身はいつも通りでも前川が同じように今までの調子に戻れるか、不安げな目を向ける。

 

「おーい、みく。みくにゃーん? 駄猫〜。大丈夫か? 魚食べる?」

「ああああもう! 分かったにゃ分かったにゃ!」

 

 翠は俯いたまま微動だにしない前川の前に移動し……髪を撫でたり、そのまま頬を引っ張ったりして声をかけ続けると我慢の限界が訪れたのか。前川は翠の手を振り払い、いつもの調子で言葉を発する。

 

「そうそう。本人が気にするなって言ったら第三者は関与しないの。一つ勉強になったな」

「頭を撫でなくていいにゃ」

「まあ、大人しく撫でられてろ。落ち着くだろう?」

「……っく。なんか屈辱的にゃ」

 

 そう言いながらも、前川は大人しく頭を撫でられている。やはり納得はいかない様子ではあるが、ひとまずの落ち着きを見せる。

 

「これでまた、俺のレッスンを受けられるな」

「……ま、まだしばらくは遠慮しておこうかな〜なんてにゃ」

「わ、我もしばしの休養を……」

「これからみんな集めてレッスンしよっか」

「み、みんなって……」

「ユニット決まった五人も呼ぶに決まっとろう? ん、時間もあるし今から始めよっか」

 

 翠の気まぐれで終わりの時間が決められるため、やっている方の精神的疲労も大きい。それをこれからとなると、先ほどの件で酷く疲れきった二人は最後まで持つか怪しかった。

 

「大丈夫。人間、本当にヤバイ時は何もできないから」

 

 ニッコリと告げられ、逃げられないことを悟った二人は肩を落とす。

 ポケットから携帯を取り出した翠はどこかへと電話をかけ、いくつか言葉をかわす。

 

「んじゃ、昼まだって話らしいし……食べて休憩挟んでから始めよっか」




誤字訂正の件、大変嬉しく思います。これからもどうぞよろしく…!(訂正サボる気満々)


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28話

わーい、また日間ランキングにのりましたー
んで、お気に入りも千件突破しましたー
……通算UAも10万超えてたらまとめて記念話にできたのに


「ん、お疲れ」

 

 人をダメにするクッションに体をうずめながら、翠は満足気に頷く。

 そんな彼の前には疲れ切った様子のCPメンバーが残った気力でストレッチをしている。

 初めて行ったときはすぐに座り込んだり、立っても膝を震わせていたが慣れてきたのか、メンバーの中で体力が少ない子も歩けるぐらいの元気が残るほどであった。

 その事に皆は喜びあって笑顔を浮かべていたが、ネタを明かせば翠がそうなるようにと調整していたりする。

 特訓の時間が目に見えて少ないようなポカはやらず、運動量もそれほど変わっていない。変えたのは時間の配分であり、他を挙げるとするならば翠の声かけであろうか。

 そのようなことがあるが、翠の狙いは自身のレッスンを余力残して終えて喜び、成長している実感と自信を持たせる事にあった。

 気の持ち方一つで様々なことがプラスに働いたりマイナスに働いたりする。今回のは当然、プラスへと働かせるものであった。

 ストレッチも終えたメンバーは着替えるために立ち上がり、レッスン室から出て行こうとするが、その前に翠が待ったをかける。

 

「あー、悪いけどきらりと杏は少し残ってくれ。そんでユニット決まった五人は話があるから着替えてこっちに戻ってきてくれない?」

 

 突然の事に皆は首をかしげるが、察しのいい組が行動を促し、レッスン室に三人が残る。

 

「怒るわけでもない……って分かっているか。体冷やさないようにすぐ済ませよう」

「別にお礼だなんていいよ。飴を一生分貰えれば」

「杏ちゃん、思いっきり要求してるよぉ!」

「別に構わんよ。もともと、二人には俺が出来る範囲でなんでも一つ、言うこと聞こうって思ってたし」

 

 二人は『えっ!?』と、驚いたあとにすぐ思考に耽り、翠に何をお願いするのか考え始める。

 

「杏は飴一生分だよな」

「ちょっ、さっきのは訂正させてよ」

「冗談。ゆっくり考えな。取っておくのもいいけど、日が空きすぎると忘れるから気をつけてね」

 

 一つ双葉を軽くからかった後、二人は再び考え込んでしまったために暇となった翠は人をダメにするクッションに体重をかけ直してペストポジションを探す。

 

「ねえ、翠さん」

「おう?」

 

 半分ほど寝かけていたとき、双葉から声をかけられたため目を閉じたまま返事をする。

 

「一つを百とか無限ってのは?」

「ダメに決まっとろう、このニート予備軍め。寄生されるのが目に見えてる」

「うぐぐ……」

 

 先の展開まで考えていたことを言い当てられ、悔しげに呻きながら再び考え始める。

 

「あのぉ……翠さん」

 

 そしてまた、夢の世界へと旅立とうとしていたとき。今度は諸星から声をかけられる。先ほどの双葉とは違い、質問などではなく何にするか決まったであろう諸星への対応はきちんと体を起こし、顔を向けて目を合わせる。

 

「翠さん、杏ときらりの対応に差がありすぎない?」

「そりゃあ、杏は質問。きらりは要求が決まったの差だろう」

 

 その事に対して双葉が若干ふてくされたようにしながら文句を言うが、翠はまともな返しの後に『ふっ』と小馬鹿にした笑いをつける。

 

「……そのぉ、凄く頼みにくいんだけどぉ……」

「ある程度のことなら大丈夫だし、ダメならダメって言うよ」

 

 それでも諸星は口ごもり、何度か言おうと口を開きかけるも言葉は出てこない。

 

「あ、杏ちゃん!」

 

 深呼吸をしたために『くるか!』と少し身構えた翠だったが、諸星は隣にいた双葉を呼んで部屋の隅へと移動する。

 

「…………」

 

 肩透かしをくらった翠だったが、前髪を弄りながら部屋の隅で話す二人に目を向ける。

 諸星は双葉の耳へと口を寄せ、小声で何かを伝える。念のためにか、口元を手で隠して翠に見えないようにして。

 伝えること自体はすぐに終わったのだが、双葉の表情が一瞬だけかたくなる。すぐに『はっ』となって今のを見られたかと翠へと目をやる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 当然、二人へと目を向けていた翠であるため、バッチリと目が合った。そのことに諸星も気づき、気まずい雰囲気が漂う。

 が、その程度のことを気にしない翠は二人を手招きして近くへと呼ぶ。

 

「うん、なんとなくきらりが言いにくそうだったから分かってたけど……とりあえず聞いてみたら? 最初から無理だと決めつけるのは早いからね」

「なら杏が聞くよ。翠さんの心の闇、教えて」

 

 そう言われ、諸星ではなく双葉が覚悟を決めて口を開く。

 

 

「ダーメ」

 

 

 しかしニッコリと笑顔でアッサリ否定される。

 先ほどのセリフである程度予想ついていたのか、特に残念がる様子もなく二人は別の願いを口にしようとするがーー

 

「でも、本当に知りたいのなら話してあげようかな、とか考えるよ?」

 

 手を叩いて話すのを制し、二人にとって衝撃的な発言をする。

 何故と理由を聞くために尋ねようとするも、それより先に翠が口を開く。

 

「ただ、本当に聞くだけの覚悟があるのなら……ね」

 

 いつものように朗らかではない、絶対零度へと着の身着のまま放り込まれたような錯覚を覚えるほどに、暗く冷たい目を向けられた二人は金縛りにあったかのように動けなくなる。

 

「薄々気づいているかと思うけど、普通(・・)の人であったら廃人……もしくはすでに死んでいるかもしれない経験をしていると言っていいほどにはヘビーな人生送ってきたよ」

 

 自虐的な笑みを浮かべ、心の内を見せぬようにか目を手で覆い隠す。

 

「だから二人も本当に知りたいのならば、それなりの心構えを作ってからまたおいで。今回のなんでも言うことを聞く話は別のにしておきな」

 

 そう言って翠がドアへと目を向けると、ほぼ同時にノックの音が響く。

 

「時間だね。思ってた以上に長くなったけど、体調を崩さないようにね」

 

 二人の金縛りも解け、頭を下げてからユニット組と入れ替わるようにして出て行く。

 

「なんだか二人とも暗い表情していたけど、何かあったの?」

「そうだねぇ……ちょっとばかし勘が良すぎるのも、って感じ?」

「全然分からないんだけど……」

「それが一番いいんだよ。知らなすぎるのもあれだけど、知って後悔するよりは知らない方が幸せなこともある」

 

 遠回しな言い方に渋谷は首をかしげるが、それよりも先にここへ呼ばれた訳の方が気になるのか、それについて尋ねる。

 

「あー……ラブライカよりもニュージェネを先に済ませようか」

 

 一人で納得したように頷き、渋谷へと顔を向ける。

 

「凛は今の現状にあまり納得がいっていないみたいだけど……どうしてか聞かせてもらってもいい?」

「…………え?」

「……あれ? 前にしぶりんがそんなこと言ってたと思うけど、そのとき翠さんって」

「い、いなかったです……」

 

 凄く驚いた様子の渋谷に、何か怖いものを見たような目を翠へと向ける島村と本田。ラブライカの二人は状況を把握していないので訳が分からない様子であるが、三人の雰囲気から翠がまたしでかしたみたいだと捉えている。

 

「美嘉のバックダンサーに選ばれてからの三人組ユニットでCDデビュー。順調じゃないか。何が納得いかないんだ?」

「…………順調だからだよ。アイドルになったといっても、まだ他のメンバーみたいに小さい仕事をしたりしていると思ってたから。こんなに早くデビューすることに対して」

「ふーん……で? 何が不満なの?」

「何がって……さっき言った通りーー」

「それの何が不満なの?」

 

 軽い翠の返しに少しイラつきながらも、渋谷は声量を上げてもう一度同じことを言おうとした。

 しかし翠の赤い瞳と目を合わせたとき、心の奥底まで覗かれたような感覚に落ちいったうえ、本当に渋谷の疑問が分からないらしく首をかしげる。

 

「確かに、本来であれば少しづつ顔を売ったりしてCDだして、テレビ出演とかもするんだろうけど……凛、お前バカだろ」

「……なっ!?」

「す、翠さん! それはいきなり酷いですよ!」

「そうだよ! どうしてしぶりんがバカになるのさ!」

 

 呆れた表情とともにかけられた言葉に渋谷は目を見開き、島村と本田が抗議の声を上げる。

 

「うーちゃんと未央もダメだな。もう少し考えようよ。順調の何がいけない? いま手に入れたチャンスを活かさなくてどうするの? それと何か勘違いしてるようだけど……デビューがゴールじゃないからね? もう食う食われるの世界に一歩踏み出したんだ。次のためにいまのチャンスを自ら手放してどうするの? 本来であれば自分を売り出して行って手に入れるものなんだから。みくの方がそう言った意味では一番アイドルと言えるかもね」

 

 長々と話した後。ドアの方に目を向けて口を開こうとするが、そこには誰もおらず、五人は首をかしげる。

 

「……いや、喉乾いたんだけど奈緒いないんだった」

「なにそれ……。でも、確かに私の考えが甘かったのかも。いまが順調だからってこれから先もそうだとは限らないもんね」

「初めてお前と公園で会って、色々話して。別れ際、影から見守るとか俺に気づかないとか……格好つけたけれどもすぐに正体ばれたアホな俺でよければこれからも悩んだときに相談のるさ。これは凛だけじゃなく他の四人も、いないけれどCPメンバー全員にも言えることだよ。一応は先輩アイドルで、君らは可愛い後輩なんだもの」

 

 その後に『面倒だけどね』と付け加え、くすりと笑みを浮かべる。

 

「ニュージェネで呼んだけれど、凛だけでもよかったなとか思ったり思わなかったり」

 

 体をクッションに埋めながら天井を見上げて呟くが、結局はその考えすら面倒になったのか『別にいっか』との結論に至る。

 

「ラブライカもアーニャじゃなくて美波の方なんだよね」

「わ、私ですか……?」

 

 話の矛先がいきなり自分に向いて驚き、呼ばれた理由を考えるが思い当たる節がないのか首をかしげる。

 

「そう。今日のレッスンやってるとき、ホッとして安心しているように見えた」

「確かに、翠さんのレッスンは慣れると楽しいもんね!」

「未央ちゃん、安心と楽しいは別物ですよ?」

「うーちゃんの言う通り、未央の他に楽しんでいる子が多いが……美波のそれは全く違う。……大方、CDデビューするけど自分には何もないとか考えて不安にでもなってるんじゃないのか?」

 

 つい最近話していたことを言い当てた翠に五人はまたも驚き目を向ける。

 その話をしていたときは更衣室で着替えながらであり、五人以外には誰もいなかったのである。その場に居合わせていないはずなのに、こうも言い当てることができるのかとその目に少し怯えが混じる。

 

「まあ、そうなるよな」

 

 考えや感情を読むだけでなく視線やそこに含まれる感情を読むことにも敏感であるため、翠が気づかないわけない。

 ただこれまでにも(・・・・・・)そのような目を向けられ続けてきたため、慣れているから肩をすくめるだけに留めて一つ息を吐き、口を開く。

 

「とりあえず、何も心配はいらないよ。さっきも言ったけど、君らは可愛い後輩なんだ。なんでも相談に来ればいい。それに君らのプロデューサーはたっちゃんだ。何があっても(・・・・・・)何とかしてくれるし。……口だけだと不安ならば、満足いくまでレッスンしてあげようか? 磨けば磨くほどに輝くんだ。初ステージで人を魅了させ、惹き込ませるぐらいにすればいい?」

「…………」

 

 話を聞き、新田は目を閉じてしばらく考え込む。

 四人は不安そうにしながら翠と新田へと視線を動かすが、目を閉じている新田は考えに集中しており、翠は何も言わずにニコニコと笑みを浮かべている。

 

「…………いえ、大丈夫です」

 

 時間的には五分と経っていないのだが、四人にはその何倍もの時間が経ったと感じているほどに重い空気の中。

 新田は翠の目をまっすぐに見ながら答える。

 

「うん、分かってる。今回は自分の力で何とかしてみようって考えたんだよね? なら、俺はそれを応援するよ。……ただ、これから先に辛い事があったら一人で抱え込むなよ? CPのメンバーで最年長だから頼られることも多いと思うが、346で見たら新人なんだ。頼られることだけじゃなくて頼ることも覚えておけ」

 

 言いたいことを言い切ったのな、満足そうな表情をしながら再びドアの方へと顔を向ける。

 

「…………ねぇ、いろいろ言った後でなんだけど頼っていい? 動くの面倒だから運んで……」

 

 少し泣きそうになりながらトップアイドルが新人アイドルへと頼むその姿は先ほどまでとはまるで別人のようであり、一言で表すならば色々と残念であった。




今回、地味に意味のない伏線回収してたり、してなかったり
本文にも書いた通り、最初に翠と凛が出会っていろいろ話し、影から支えるとか言っておいてすぐバレたあれね
一話、日常見たいの挟んでから初ライブのになるかな?


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29話

「むむむ……奈緒たちが帰ってくるのは明日か、明後日か……」

 

 カフェまで運んでもらった翠は、甘ったるいコーヒーを飲みながら眉をしかめ、これからどうするかなぁ……と悩ましげな声を上げる。

 

「……………………」

 

 そのまま特にいい案が思いつくわけでもなくダラダラと時間を潰し、二杯目も飲み終えておかわりの三杯目が届いた時。

 

「…………サイフ、ねぇじゃん」

 

 ふと思い出したことにため息をつく。

 ポケットから出てくるものは変わらず、『時空が歪んで翠のサイフが現れた!』……なんてこともあるわけなく。

 

「どうすっかなぁ……」

 

 先ほどとは違う意味を込めて呟き、三杯目のコーヒーへと手を伸ばす。

 

「…………何してるんですか?」

「お? ありすじゃん。そっちこそ何してるん?」

 

 カップをソーサーへと戻した時、声をかけられたために翠がそちらへと顔を向けると、本を大事そうに抱えて持っている橘が立っていた。

 とりあえずはと事情を説明する前に対面へと座らせる。

 

「それで何をしていたんですか? 奈緒さんが近くにいないみたいですけど」

「いやさ、俺、京都に行ってたじゃん?」

「じゃん? と聞かれましても……初めて聞きましたよ」

「そりゃあ 伝えてないし、知らなくて当たり前だろ」

「…………」

 

 ニヤニヤと笑いながらからかってくる翠に、橘は内心でイラつきながらも表には出さないよう落ち着くために深呼吸をする。

 

「……空気を吸っても無い胸は膨らまんよ?」

「これから成長期です!」

「…………ぶふっ」

 

 しかし、ボソッと呟かれたことへ食いかかるように反応してしまったため、結局は翠のペースとなっていた。

 笑われてからそのことに気づき、『コホン』と咳払いをひとつしてイスに座りなおす。

 

「それで、翠さんは何をしていたんですか?」

「んーっと、そうだな……ありすと初めて会った時のことを思い返していたかな」

「あ、あのことは忘れてください!」

 

 そうだなと言っている時点でいま考えたことは丸わかりであるはずなのだが、それでも無視できないほどのことなのだろうか。顔を真っ赤にさせて声を大にする。

 

「いやいやいや、忘れるなんて無理だから。またあの時みたいな態度で接してくれていいんよ? むしろ、そう接して欲しいという願望がある」

「む、無理ですよ……」

「なら、誰にもバレない様に変装してくるかな」

「やめて下さい」

 

 マジなトーンになってしまったので、翠は残念そうにしながらも大人しく引き下がるーー

 

「面白そうだし、来週あたりにでもやってみよっかな」

「…………」

 

 なんてことはなく。面白い遊びを見つけたとばかりにニコニコと笑みを浮かべ、その様子を見た橘は翠がそのような遊びを考え出すキッカケを作ってしまったと項垂れている。

 

「あ、たっちゃん」

 

 また、橘をからかうために口を開いた翠だったが、視線の先に武内Pを見つけたために意識がそちらへと向かい、口から出た言葉も呼びかけるものであった。

 

「翠さん。それに橘さんも。どうかされましたか?」

 

 珍しい組み合わせであろうか。二人でいるところを見て少し驚いた表情をしたが、すぐに気を取り直して何の用かと尋ねる。

 

「サイフ、奈緒が持ったまんまで京都から戻って来ちゃったんだよね。お金、立て替えといてくれない?」

「……はあ。構いませんが……」

「…………」

 

 首へ手を当て、困ったような声を出しながら伝票を受け取る武内P。千川とのやりとりがあった時、翠が予想していた通りの流れであった。

 ……側では橘が呆れた目を翠へと向けていたりするが。

 

「ありがと、たっちゃん」

「いえ、翠さんにはたくさん助けられていただいてますので」

「……その分、迷惑もたくさんかけてますけどね」

「ありす、結構強い毒吐くね……」

 

 言葉を交わしながら翠が武内Pへと伝票を手渡すのを見て、さらに冷たくなった視線と毒が加えられた。

 『出会った時はこうじゃなかったのになぁ……いつからこうなったかなぁ……』とボヤきながらもカップに残っていたコーヒーを飲み干し、真面目な表情を作って立ち上がる。

 

「さて、俺は奈緒が帰ってくるまでどこで寝泊りをすればいいかの意見を聞こう」

「346でいいんじゃないですか?」

 

 思っていた以上にどうでもいいことであったのか、橘はおざなりに答えてどうでも良さげな雰囲気を出し始める。

 

「くっ……可愛くない奴め。またお目々キラキラさせてやろか」

「そ、そのことはいま関係ないじゃないですか!?」

 

 この場に用はないと席を立とうとした橘だが、再び聞き捨てならないことを言われたために顔を真っ赤にさせて翠へと向く。

 当然、視線の先には顔全体をニヤニヤとさせた翠の姿があり、橘は悔しげな表情をする。

 

「……あの、翠さん。少し酔っていますか?」

「んー……否定できんな。昨日の記憶もおぼろげで何かとんでもないこと言った気がするんだけど、覚えてないし…………やらかしてないといいけど」

 

 ふと、違和感のようなものを感じた武内Pが尋ねると、翠は首を『こてん』と可愛らしく倒した後に首を横に振り、最後に二人には聞こえないよう小さい声で何かを呟く。

 その様子から武内Pはいまの翠の状態を、少し酔いがあるけど意識はハッキリしてるが思考が緩んでいるとあたりをつける。

 

「奈緒さんが戻られるまで私の家に泊まりますか?」

「おう、行く」

 

 武内Pの提案を、半ばセリフに被るほど食い気味に即答する翠。

 

「わ、分かりました。私はまだ仕事があるので、それまでどこかで時間をつぶしていてください」

 

 少し面食らいつつも、武内Pは終わったら連絡すると告げて仕事へと戻っていった。

 

「ありすはもう、仕事終わりか?」

「はい。帰ろうとした時に翠さんを見かけたので」

「なるほどね〜。これ以上は外も暗くなるし、お疲れ」

「お疲れ様です」

 

 頭を下げて帰っていく橘を見送った翠は一呼吸置き、『よっこらせ』と立ち上がる。

 だが、特に行き先を決めてなかった翠はそこで動きを止め、どうするかし考える。

 

「…………まだ、いるかな?」

 

 そう呟いて翠が足を向けたのは食堂であった。

 

☆☆☆

 

「いたいた」

「あ! 翠さん!」

 

 食堂にはCPのメンバー全員が揃っており、前に話していた反省会のようなものを行っていた。

 ただ、何か違和感を覚えた翠は首を傾げ、一通り眺めてから納得したように頷く。

 

「なるほどね。なら、俺はこっち側かな」

 

 翠が近づいて行くとわざわざ一つずれて席を空けてくれたためにそこへと座り、会話へと加わる。

 そこでダンスや歌に関してのアドバイスをしたり、雑談を交わす。

 翠とは遠い位置にいる面子……渋谷、新田、アナスタシア、双葉、諸星、前川、神崎の七人は楽しそうにしている彼を見ては胸の内にもどかしさを抱く。

 前川と神崎の二人は服の下を見たため。他の五人は、メンバーでも特に人を見る目に長けているからこそ翠の言動に感じた微かな差異。

 それぞれ翠が闇を抱えていると分かっているが、踏み込もうとしても躱されるためにどれほどのものかまで判断できずにいた。

 残りのメンバーも翠には何かあると感じているものの、そこまでであった。

 今日あったことを含めて情報を共有しようとしたためにこのような座席配置になり、結果として翠にすぐバレてしまった。

 

「明日もみんなのレッスンしたいとか思ってたけど、他に用事あるから残念だね」

「最近、翠さんの練習メニューにも慣れてきたからすごく楽しい!」

「なら、今度やるときは疲労困憊になるまでにしよっか」

「えええぇ! それは勘弁!」

 

 そこで翠の携帯に着信が入る。携帯の画面には『たっちゃん』と表示されており、翠は移動することなくその場で電話に出る。

 仕事が終わったとの連絡であり、食堂にいることを伝え、翠がメンバーへと顔を向けると皆の視線を集めていることに気づき、首を傾げる。

 

「どうした?」

「いえ……いつも一緒にいた女性の方は……」

「ああ、奈緒のこと? いまは京都にいると思うよ。本来なら俺も京都でブラブラしてる予定だったんだけど、無視できない私用ができたから俺だけ急いで帰ってきたんだよね」

 

 そのセリフを聞いて肩をピクリと反応させる子が二人いたが、翠はちらりと目を向けただけであった。

 

「翠さん、京都に行ってたの?」

「おう、そんな気分だったから。時間が合えばそのうち皆もどっか連れてくよ」

 

 どこか連れて行くと言われて全員が顔を綻ばせ、どこへ行きたいかあれこれと話し合っている。

 

「鹿児島もなかなかに落ち着くし、北海道や沖縄もよかったな」

 

 ニュージェネの三人は前に城ヶ崎姉を含めて色々と話たが、行ける選択肢が少ないと考えていた。しかし、翠からの提案であるうえに様子を見るとある程度の無理はなんとかなるような気がしたために深く考えず、どこへ行きたいかの話し合いに参加する。

 

「お待たせしました。……みなさんもお揃いで」

「ん、大丈夫。後輩たち、多分行くのは夏頃になると思うからそこも含めて考えておいて。決まったら直接でも、言伝でもいいから」

『お疲れ様でした!』

「またね」

「お疲れ様です」

 

 武内Pに背負われた翠は最後にそう言い残し、手を振って去っていく。

 

「たっちゃんの家に行くのは久しぶりだね」

「一ヶ月ぶりですね」

「CP始まる辺りからだな」

「はい。ほぼ毎週来ていたころが少し懐かしいです」

 

 遊びに行くのであればそれなりの回数、間隔であるが、二人が話しているのは泊まりである。

 翠は自分の家で寝ることはあまりなく、CPが始まる前までは武内Pや奈緒、他のアイドルの家へと泊まりに行っていた。

 

「…………ん? 明日ってニュージェネとラブライカの初ライブだっけ?」

「はい」

 

 唐突の質問にもかかわらず武内Pは手帳を開いてスケジュールを確認し、頷く。

 しかし、翠は自分の間違いであって欲しかったらしく、げんなりしている。

 

「どうかされましたか?」

「いやさ、見に行きたかったんだけど明日は病院だからさ……。撮ったやつ、後で見せてな」

「……はい」

「そんなしみったれた雰囲気出すなって。死ぬなんてことはないし、ただの定期検診だから」

 

 少しは軽くなったものの、それでもまだ暗い雰囲気でいる武内P。

 翠はどうしたものかとしばし考え、携帯を取り出して何処かへと電話をかける。

 

「たっちゃん、これから飲み行こっか」

「ですが、翠さんは明日病院に……」

「俺はジュースにとどめるよ。飲むのはたっちゃんと他の連れ数人な」

「…………はぁ」

 

 何を言っても聞かないとわかると、武内Pは首に手を当てながら困ったような声を漏らし、だけどどこか嬉しそうな雰囲気を出しながら翠に手を引かれて歩いて行く。



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30話

「んんん、いつもニコニコ笑顔の翠さんです」

 

 一日を使って病院の検査を終えた翠。日も沈みきり、空を闇が覆っている。

 その帰りに"とある人物"と待ち合わせをして一緒に夕食を取っていたが、電話が突如鳴り響く。相手方に断りを入れた翠は人気のないところへ移動し、電話へと出る。

 

『……翠さん、いま大丈夫でしょうか?』

「んむむ、手短にならばいいよ。人と食事してたけど、少しなら平気」

『いえ……、明日にさせていただきます。前々から楽しみにしていらしたので』

「うへぇ……翠さんお得意のポーカーフェイスが見破られてるだと……! これはいかんぞ。……まあ、気遣いありがと。明日にでも話を聞くよ。たっちゃんが頼ってくれたのだし」

 

 最後に一言交わし、電話を仕舞うと翠は軽い足取りで食事をしていた場所へと戻っていく。

 

「ただまー」

「おかえり、兄さん(・・・)。早かったけど大事な話だったんじゃないの?」

「大丈夫大丈夫。あまり大丈夫じゃないけども何とかなる……はず」

「そう。なら大丈夫なんだね」

「むむむ。(みどり)はいつからそんな子になってしまったのか……」

 

 戻った翠を出迎えたのは柔らかい物腰の青年であった。

 翠のことを兄さんと呼んでいたことから兄弟であることが伺える。碧と呼ばれた彼の顔立ちも翠同様に中性的であり、どことなく似ている。男にしては少し長い黒髪もあり、女性に見えなくもない。

 

「僕はもともとこうだったよ。会うのも久しぶりだし、忘れちゃったのかな?」

「……ほんと、調子狂うなぁ。何もかも見通すような目を向けやがってー」

「それを兄さんが言う……? 逆に僕のセリフだよ、それは。……それと兄さんだけだよ、分かるのは。何年弟やってると思うの?」

「それもそっか」

 

 時間が経ち、少し冷めてしまった料理をつつきながら二人は雑談を交わす。

 

「最近、仕事はどうよ?」

「兄さんが美味い美味い言うから相も変わらず繁盛してますよ。人手がまだ足りないくらいに」

「そっかー……なら、今年は無理だけど来年あたりに二人いけそうだけど?」

「そうだね。兄さんが押してくれるなら大丈夫だね」

「ああ、十時愛梨と三村かな子の二人かな」

「…………有名アイドルよこしてどうするつもり? もう一人は知らないけれど、兄さんの口ぶりからアイドルなんでしょ?」

 

 碧は翠へと胡乱な目を向けるが惚けたように食事を続け、誰もが分かるほどに話をそらす。

 

「今日はいい天気だったな」

「……雨が降りそうなほどに曇天だったけど?」

「俺にとってはこれまでにないほどいい天気さ。……あ、今日病院行ってきた」

「知ってるよ」

「ん、そうだったか。一応は特に問題ないらしい」

「……一応は、ね」

 

 少し重くなってしまった空気を払拭しようと、翠が口を開くよりも先に碧が発する。

 

「兄さん……突然いなくなったりしないよね?」

「…………」

 

 誤魔化しは許さないといった気持ちが伝わるほどに真剣な顔をしているが、それでも普段通りを崩さない翠はお茶で喉を潤し、一息ついてから口を開く。

 

「また、碧の店のデザートを食べたいな」

「兄さーー」

「心配しすぎだよ。それに、それほどヤワじゃないはずさ。どっかでのうのうと生きて、そのうちひょっこり帰ってくるって」

「……もういいよ。兄さんなんて知らない」

「あはは、拗ねても意味ないって知ってるくせに。そもそも、演技でしょ?」

 

 頬を膨らませて顔を背ける碧を見て、翠は笑いながらお茶をすする。

 お互いがお互いのことを理解しているため、そのまましばらく無言の時が続いた後、笑みを漏らす。

 

「まったく、最後にこれをやるのが恒例みたいになってるじゃん」

「僕としてはいいと思うけどね」

「ダメとは言っとらんよ?」

 

 食事を終えて少し休憩を挟んだ二人は立ち上がり、出口へと向かう。

 

「さて、最後の恒例といきますか」

 

 会計へと向かう途中、二人は歩きながら握りこぶしを作って不敵な笑みを浮かべる。

 そしてーー

 

「「じゃんけんーーぽん!」」

 

 負けたほうが金を払うというルール。

 いつから始まったのか、どうして始まったのか。そんな些細なことはいつの間にか忘れた二人だが、二人であった際の別れ際に行う恒例行事となっていた。

 

「うっし、今回も(・・・)ごちそうさま」

「……やっぱり、何度でも思うよ。兄さんにじゃんけんで勝つのは無理だって」

 

 翠はチョキの形をした手を顔の横まで持ってきて、ピースをしながら喜びを露わにする。対して碧は開いた手のひらでそのまま目元を覆い、ため息をひとつついて落ち着きを図る。

 

 

 

「それじゃ、兄さん。体に気をつけてね」

「お前も体に気をつけろよ。倒れてスイーツ作れないとか言ったらぶっ飛ばすからな」

「……うん、本当に気をつけるよ」

 

 いつものような軽い調子ではなく、本気の目を向けて真剣な声で伝える。そのことに口の端をひくつかせながらも碧は頷き、クスリと笑みを浮かべる。

 

「んじゃ、また」

「またね、兄さん」

 

 一言、それだけで二人は互いに背を向けて家へと歩を進める。

 

☆☆☆

 

「おはようございます、翠さん」

「…………ん」

 

 次の日の朝、当たり前のように佐久間は翠の寝室へと入り、寝ている翠の体を優しく揺すりながら声をかけて起こすと食事の準備を進めるべく部屋から出て行く。

 その姿を見送った後、しばらくボーッとしていた翠だったがーー

 

「…………まゆ、何でいるの?」

 

 ふと、首をかしげる。

 どうしてここにいるのか。彼女は本来ならば京都にいるはずでは? と、まだ半分寝ぼけていながらも頭を働かせるが答えなんて出るはずもなく。

 結果、いつものようにどうでもいいかと流して着替えを始める。

 

「おはよ、まゆ」

「はい、おはようございます」

 

 普段の服装へと着替え、顔を洗って眠気を少し冷ました翠がリビングに向かうと、ちょうどタイミングよく朝食の準備を終えた佐久間と目があう。

 

「「いただきます」」

 

 箸を手に持った翠はしばらく食事を進め、そして疑問に思っていたことを尋ねる。

 

「まゆ、帰ってきたの?」

「はい、朝の新幹線に乗って帰ってきました」

「なら、今日もゆっくり観光して午後帰ればよかったのに」

「それが昨夜、私を含めてみんなに仕事が入ったので急遽帰ってきました。夜も遅かったので朝早くにです」

「なる」

 

 それっきり口を閉じ、再び食事を進める二人。

 そして食後のお茶を飲みながらゆっくりしている翠に佐久間は少し躊躇いながらも口を開く。

 

「あの、昨日の検査結果はどうでしたか?」

「ん、一応は特に問題なし」

「……そう、ですか。まゆはもう行きますけど、あまり無理はしないでくださいね?」

 

 すでに仕事へ行く準備を終えていたらしい佐久間は、それだけ言うと荷物を手に取って仕事へと向かった。

 玄関から鍵の閉まる音が聞こえてから翠は首をかしげながらふと漏らす。

 

「……え、俺ってそんな無茶してる?」

 

 

 

 

 

 昼、カフェでサンドイッチを頬張っている翠の元へ忍び寄る影が一つ。

 

「……あの、翠さん」

「やあ、たっちゃん。ここへ座りなよ」

「……はあ」

 

 片手にサンドイッチを持ったまま振り返った翠の視線の先には武内Pが困ったような表情をして立っていた。

 そんな彼へ翠は席に座るように促し、自身はサンドイッチへとかぶりつく。

 そんな対応に首筋へと手を当て、困ったような声を出しながらも促された通り翠の対面へと腰掛ける。

 

「昨日、話した件なのですが……」

「あいよ。たっちゃんが頼ってくれたんだ。できる限り努力するよ」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 ハムハムとサンドイッチを食べ進める翠に軽く頭を下げてから内容を口にする。

 

 

 

「…………」

「すみません。一度ならず二度までも彼女たちの変化に気づかず、このようなことになってしまい……」

「まあ、人なんだし何度でも失敗はあるよ。そしてその失敗を今後犯さないためにどうするのか、考えるのが大事なのさ。……その前に今の問題を片付けなきゃだけど」

「……はい」

 

 カップを手に取り、喉を潤した翠は現在の問題を簡潔にまとめて述べる。

 

「さて、たっちゃんの話を簡単に纏めると……バックダンサーとして踊ったステージを自身のステージだと勘違いした"アホ"が初ステージの観客が少ないとごね、たっちゃんの色々と足りない返しにカッとなって『アイドルをやめる』と言って今日も来ておらず。んでもってうーちゃんが休み、他の子達は不安そうでいると。…………まず、その問題とやらのライブを見せて。ラブライカは大丈夫だと思うけど、ニュージェネがなぁ……」

「はい、これです」

 

 携帯へと動画ファイルを移していた武内Pはそのフォルダを開いて携帯を翠へと手渡す。

 それを受け取った翠はイヤホンをつけて口元を手で覆い、真剣な顔つきでそれを観る。

 

「…………うん」

 

 初ライブの様子を見終えた翠はイヤホンを外しながら一つ頷く。

 

「取り敢えず、今いるCPの子たち集めて」




碧との食事途中。翠が楽しみにしていたことを知っているのにたっちゃんが電話を入れたことについての補足説明みたいなの。
だいたいだけど21時とか22時あたりで食事は終わっているものだと思っていたから
ということで。
後書きとかって何も考えないでかけるから本文書くより楽かも。


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31話

 数分後。CPのブースには、今日来ていない二人を除いた十二人のCPメンバーと翠、武内Pが揃っていた。

 

「そうだね……まずは美波、アーニャ、凛。初ライブお疲れ様。生では見れなかったけど、さっき録画してあったのを見させてもらったよ」

 

 皆をイスやソファーなどに座らせ、翠は立って話しているのだが……座っている皆と目線が変わっていなかったりする。

 そのことに少なくない人数が気づいているのに当の本人が気づかないわけもなく。

 

「背ぇ小さいなとか思ってる奴、気づいてるから今度の練習メニュー覚悟しとけよ」

『…………』

 

 ニッコリとした笑顔を浮かべながら理不尽に当たっていた。

 

「まあ、置いといて。まずはラブライカから」

「「はい」」

「初めは少し表情が硬かったけど、終わる頃にはいい笑顔だったよ。練習の成果も見えるし、上出来だ」

「「ありがとうございます」」

「次はもっとうまくできると思ってるから、頑張れ」

 

 最後にプレッシャーをかけ、二人から視線を外して渋谷へと視線を移す。

 

「…………」

「凛も周りを見れているから何がいけなかったか自分で分かってるよね。……まあ、一番酷かったのは自称リーダーのアホだけど」

「そんな言い方……」

 

 あまりの言い草に渋谷は何か言い返そうとするも、言葉に力はなく、俯いてしまう。

 

「凛とうーちゃんはダンスと歌は出来ていたよ。ただ、アイドルに一番大事な笑顔が無かったから全部台無しになってるけど」

「…………」

「ちなみに、うーちゃんが休んでるのは風邪引いて熱出してるから。さっき連絡取ったから間違いないよ」

 

 島村がまだ養成所に通っていた頃、何か困ったことやアドバイスが欲しい時にでも答えられるように二人は連絡先を交換していた。

 当然、その時はまだすーちゃんが翠だと気づいておらず友達感覚で交換していたが、トップアイドルだとネタバレされてから携帯を崇めていたりする。そのことはすぐに皆で止めさせたが、未だにふとした瞬間に思い出しては嬉しそうに頬を緩ませている。

 

「アホはたっちゃんに任せるよ。こっちは奈緒にまかせとけばいいし、ちーちゃんもいる。それに今西さんもね」

「…………はい!」

 

 武内Pは力強く頷くと身支度を整え、本田の説得へと向かった。

 

「んーっと、またしばらく全員は小さな仕事しつつレッスンだね」

 

 手を振って見送った翠は携帯をいじりつつ今後の予定を伝える。

 

「……ん? どしたの?」

 

 翠が携帯を閉じて顔を上げると、CPメンバーが何か言いたげな表情で見ていた。

 

「未央ちゃんは大丈夫でしょうか……?」

「ああ、やめるって言っちゃったことね。……ま、大丈夫じゃない? たっちゃんが考えたシンデレラプロジェクト。そこに集められた十四人のシンデレラ。簡単に手放すはずがないもの。言い方は悪いけれどしつこいよ、たっちゃんは。来るものを選んで受け入れ、逃げるのは許さないもの」

 

 どこから取り出したアメを口に咥え、楽しそうにケラケラと笑い始める。

 

「さて、そろそろ奈緒が来てみんなのことをたっちゃんの代わりに見てくれるから。俺はうーちゃんの見舞いに行ってくるよ」

「いいや、お前も一緒にレッスンだ」

「…………あはは、おかしいな。奈緒が来るまでもう少し時間がかかると思ったのに」

「何年一緒にいると思っている? それを除いてもお前の考えは簡単に読める」

 

 それでも不意をついて逃げ出そうとした翠だったが、奈緒を抜いた先には千川が笑顔で待ち受けていた。

 

「……くっ! 前門の虎、後門の狼…………いや、前門の悪魔、後門の閻魔か!」

 

 あっけなく奈緒の肩に担がれた翠。ジタバタもがくも少し鬱陶しくなるだけで逃れることは叶わない。

 

「これからレッスンだ。ついてこい」

「ダメだよ奈緒。もう少し優しく接してあげなきゃ」

「……レッスンがあるからついてきてくれ」

「ぶふっ! ……んんっ。……奈緒、お前気持ち悪いぞ」

「お前がやれと言ったんだろ!」

「や、やめい! 頭に血がのぼるぅ!」

 

 からかいにカチンときた奈緒は翠の両足首を持ち、逆さまに吊るし上げる。

 

「ごめんなさいは?」

「ふひひ、サーセン」

「…………ほぉ?」

「ごめんなさい!」

「…………チッ。大人しくしてれば見た目だけはいいのに。話すとダメだな」

 

 グチグチ言いながらも器用に翠を地面につけないまま再び肩に担ぐ。ここで仮に地面へと下ろそうものなら、すぐさま逃げ出すのが目に見えているからである。

 

「酷いな……見た目も中身も年相応だろうに」

「確かに年相応だな。だが、実際の年齢だといい大人であろうに」

「……何のことだか。それよか、移動はしなくていいの? 俺としてはレッスンの時間が減ってありがたや」

「……お前のくだらんことに付き合ってたら時間がいくらあっても足りないな」

「それと、CPの子たちは着替える時間も必要だね」

「……こいつをレッスン室に閉じ込めておく。先に更衣室へ行って着替えててくれ。千川がレッスン室へ案内してくれる」

 

 そう言うや、すぐにブースから出て行く奈緒。閉められたドアの向こうから翠の声が聞こえてくるがそれも徐々に小さくなっていった。

 

『…………』

「さて、みなさんも行きましょうか」

 

 テレビの向こう側にいたトップアイドルが先ほどまですぐそこに居たというのに、残されたCPメンバー誰一人として尊敬、憧れの念を抱くものはいなかった。

 慣れた様子である千川も先ほどまでの出来事が無かったかのように促し、皆も黙って行動を始める。

 

☆☆☆

 

「うぇぇ……俺は別にいいって……」

「……確かに約束はしたが、さすがにサボりすぎだ」

「約束……? …………ああ、あれか!」

「忘れていたのか……墓穴掘った」

 

 CPのメンバーが着替えを終えてレッスン室へ向かうと、いつぞやの光景が広がっていた。

 床へ寝そべる翠と、近くに立って見下ろしながらレッスンをするように促す奈緒。若干の差異はあれど、大方似たような光景を見たことがあった。

 

「とりあえず、CPの子たちからやろーよ。このままだと時間の無駄だよ?」

「……お前がすぐさま練習してくれるならその無駄もなくなるんだがな」

 

 眉間に寄ったシワを解すように揉みながらため息を漏らし、気を取り直した奈緒はこれ以上時間の無駄はできないとばかりにCPのメンバーへと指示を飛ばす。

 

 

 

 当然、その後に翠がレッスンを始めるわけもなく。

 散々揉めに揉めた結果、いつもと同じように奈緒が折れた形となった。

 その日は解散となり、翠はとある店の手土産を持って家の前に立っていた。

 

『はーい』

「うーちゃんが熱出したって聞いて、見舞いに来ました。すーちゃんが来たと伝えていただければ分かるかと思います」

『少し待っててね』

 

 モニターから変装した翠を子供だと思った島村母は少し砕けた口調で返す。

 しばらく家の前で暇を持て余していると、鍵の開く音が聞こえ、ドアが開く。

 

「いらっしゃい。卯月の部屋はドアの前にネームプレートがあるからね」

「はい、お邪魔します」

 

 島村から聞かされていないのか、翠のことを子供だと思ったまま接する島村母。翠は内心で正体をバラしたら面白そうだなと思いつつも面倒が勝ったのか大人しくしたままでいる。

 

「うーちゃん、入るよ」

「ふぇっ!? す、翠さん!? だ、大丈夫ですけど少し時間を……」

 

 大丈夫と言われた時点で既にドアを開けて入っていた翠。部屋の中にはパジャマが少しはだけている島村の姿が。

 

「……ふむ、元気そうだな」

「えぇっ!? このまま続けちゃいます……?」

 

 とか言いながらも島村ははだけたパジャマを直しはじめ、翠は手土産をテーブルに置き、窓を開けて部屋の換気を行う。

 

「すでにおやつを食べるぐらい元気なら、これはいらなかったか」

「そ、それはまさか……! いま予約しても一年以上待つと言われているあの店のケーキですか!?」

「よく分かんないけど、美味いよ」

「はわぁ……いい香りがここまで漂ってくる気がします」

 

 胸の前で手を合わせ、幸せそうな声を漏らしながらとてもいい笑顔を浮かべる。

 

「んー、この様子なら二日も休めば大丈夫か。本気で治したいなら、おとなしく休みなよ」

「ううっ……みなさんとそんなに会えないのですか……」

「別に来てもいいけど、悪化して余計に時間かかるよ?」

「……素直に大人しくしてます」

 

 その後はしばらく他愛もない話をしていたが、島村はずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「あの……未央ちゃんは大丈夫でしょうか……?」

「あー……いまはなんとも言えないけれど、たっちゃんがなんとかしてくれるよ」

「……はい。翠さんがそう言うなら、私も早く病気を治すように頑張ります!」

「うん、いい笑顔だ。いつまでもその笑顔を忘れないでね。……長居するのもアレだからそろそろ帰るよ」

「はい、わざわざありがとうございます!」

「可愛い後輩のためならどうってことはないさ」

 

 内心では仕事がサボれると喜んでいたりするが、半分はきちんと心配しているために嘘ではない。ただ、残りの半分が不純な動機であるだけなのだ。

 最後に島村母へと一言、声をかけて島村宅を後にした翠は家へ帰る。

 

☆☆☆

 

「…………風邪ひいた」

「お前、マジで引いたのか」

「翠さん、大丈夫ですか?」

「まゆ、ありがと。……いや、真面目にわざとじゃない。うーちゃんの見舞いに行ったとき貰ったかも」

「アホが」

 

 翌日。本人よりも佐久間が先に翠の体調の変化に気付き、奈緒を呼んで熱を測らせた結果。

 翠は風邪を引いていた。

 佐久間の優しさと奈緒の毒に涙を流しながら翠はたっちゃんへと連絡を入れる。

 

「……まさか一日で風邪をうつされるとは」

「普段の生活を見直す必要があるな」

「まゆがたっぷり愛情と栄養を込めた料理をこれから毎日作ってあげますね?」

「ああ、うん。奈緒はCPのことお願い。まゆもうつすと悪いから呼ぶとき以外はいいよ」

「翠さんの体にいたウイルスがまゆの体を蹂躙……! 翠さん、今すぐまゆにうつしてください! 風邪は人にうつすと治るって言いますし!」

「……奈緒」

「分かってる。ほら、行くぞ。今日は仕事が入っているんだろ」

 

 危ない方向に暴走し始めた佐久間。奈緒は翠とアイコンタクトを交わし、意図を読み取るとすぐさま行動へ移す。

 今まさに、翠へと飛びかかろうとしていた佐久間の首根っこをつかんで引きずり、外へと運んでいく。

 

「今日は二人のどっちかが帰ってくるまで自分でなんとかしてるさ」

「いつも自分でやってくれるとありがたいんだがな」

「無理」

「……まあいい。行ってくる」

「あいさ。二人とも気をつけて」

 

 佐久間の声をBGMに翠は眠りへとついた。

 

 

 

 

 

 

 風邪を引いた日に、気合いで治した翠は様子見のためにもう一日休養を取った次の日。

 騒動はすでに落ち着き、いつも通りの日常へと戻っていた。

 そのことに対して何か言いたげであった翠だったが、口を開くことなく笑みを浮かべ、首を左右に振るだけにとどめた。

 ただ、鬱憤がたまっていたのか翠が復帰してからしばらくのレッスンメニューは過酷であったらしい。

 数日の間、レッスン後にアイドルがへばっている姿がそこかしこで見かけられていた。




最後、端折った感がありますね。感じじゃなくてあるんですけど。
実は、細かく考えていたりしますが、アニメ見ながら書くのが怠い……んんっ!
本当は細かく書いて行くと何話かかるか分からなかったので端折って次行こうと思います


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32話


誤字報告、ありがとうございます。加えて、自身で見つけた誤字も訂正しました
いつの間にかCPのメンバーが14から12に減っていた…


「お、たっちゃん。次に進むん?」

「はい」

 

 CPのレッスンを終え(本田は割増。ついでとばかりにいつぞやの鬱憤を込めて前川と神崎も)、翠がいつもと同じように安部を弄りながらカフェで寛いでいると、武内Pを見つけたので対面へと座らせる。

 

「お次は蘭子かな?」

「はい。神崎さんお一人でのデビューとなります」

「ふむふむ。何を売り出していくのかな?」

「神崎さんの雰囲気に合わせ、ホラーをコンセプトにしていこうかと考えています」

「ほほぅ……」

 

 コンセプトを聞いた翠は嬉しいことでもあったのか、頰を緩ませる。

 それを見た武内Pはこれまでの経験から翠がよからぬことを企んでいそうな気がして複雑そうな表情を浮かべるが、デビューすることを伝えるために不安を胸に抱きながらもその場を後にする。

 

「リアルでアレを見れるのか、それとも俺に助けを求めるか」

 

 背もたれに体を預け、深く息を吐く。

 

「んむむ、どちらにしても面白そうなのは変わらんぞ」

「何が面白そうなのか私にも教えてもらおうか?」

「んー……? 奈緒かぁ……どしたの?」

 

 いつの間にか側に立っていた奈緒に驚くことなく、ノンビリとしたまま質問に答えることなく質問を返す。

 

「お前はこれから仕事だろうに」

「……そう。ならば我は逃げるのみ!」

 

 口ではいかにもな感じを出しているが、実際にはイスの背もたれに体を預けたまま動こうとはしていなかった。

 

「このコーヒー飲んだら仕事に行くさー」

「……どうした? もしかしてまだ熱があるのか?」

 

 珍しく素直に仕事へ行くと言う翠に対して、奈緒は逆に不安を抱き、手のひらを翠の額へと当てて体調を確かめる。

 まだ熱が引いていないのか、もしくは新種のウイルスにでも感染してしまったか。

 …………周りに害がなく、翠が仕事へ真面目に取り組むならば黙認しようとか考えていたりしたが。もちろん、そうなった場合は上も見て見ぬ振りをしたであろう。

 

「今日は別にいいかなって気分だから。さっきも言ったけど、面白そうなのが見られそうだし」

「……まあいい。今日はドラマの撮影だ。この間、台本渡しただろう」

「…………ん? 今日の仕事は?」

「…………おい」

「冗談冗談」

 

 どこからともなく一度も開かれた跡がないと思えるほどに綺麗な台本を取り出す。

 

「本来であればお前が主演であったんだがな」

「そんな長期にわたってやるとか無理っしょ」

「だから一話限りでの登場なんだ。……セリフミスってみろ。甘いの禁止な」

「うえぇ……これが最後になるのか……」

「そこは間違えない努力をしろよ」

 

 そのまま話を続ける二人であるが、ふと奈緒が腕時計に目を向けるとその動きを止める。

 

「どしたの?」

 

 コーヒーを啜り、固まる奈緒に声をかけるが反応がない。

 たが、なぜ固まっているのか翠は理解しているため、特に慌てることなく空になったカップをソーサーへと戻す。

 

「コーヒーも飲み終わったし、行こうか」

「そんなノンビリしている暇ない! いまから車で向かってもギリギリだ……」

 

 真面目である奈緒にとって、約束の時間を過ぎるというのは我慢ならないのであろう。

 その様子を見ても翠は慌てることなく、伝票を持って会計へと向かう。

 

「……あ、考えてみたら仕事してると直接見れないじゃん。サボるか」

「会計終わったなら行くぞ。コーヒーを飲んだら行くと言ったからな」

「……あい」

 

 般若を背負う奈緒に逆らう気は一切ないのか、翠は大人しく頷き、肩に担がれる。

 

「あ、奈緒。急がなくても大丈夫だよ。迎えが来てるから」

「迎え? そんな話聞いてないが?」

「だって、今日頼んだし。言ってなかったし」

 

 それを聞いた奈緒は深いため息をつき、額に手を当てる。

 

「またお前は勝手に……」

「今回に限っては、感謝だろう?」

「そうだが……一体誰を呼んだんだ?」

「行けばわかるさ」

「……嫌な予感しかしないな」

 

 その予感は当たっており、翠の案内で向かった場所には一台の車と、運転席に座るチーフプロデューサーの姿が。

 奈緒は顔から血の気が引くが、そんなことはどうでもいいとばかりに翠と長年の友人のように言葉を交わす。

 そのことに対して理解が追いつかない奈緒はポカンとするが、撮影まで時間がないのもまた事実。

 いつもとは逆で、翠が奈緒を後部座席へと押し込み、自身は助手席へと乗り込む。

 移動している間も二人は楽しそうに話していたが、奈緒はボーッとそれを見ているだけであった。

 

☆☆☆

 

 ギリギリであったが間に合った翠はそのまま休む間も無く衣装へと着替え、ドラマの撮影が始まる。

 ぶーたら文句を言いながらもそつなくこなしていき、目立ったミスがないまま休憩へと入った。

 休憩に入ってすぐ、奈緒からチーフプロデューサーについて聞かれた翠は簡潔に答え、携帯へと手を伸ばす。

 

「……お?」

 

 翠が携帯を手に取るのとほぼ同時に誰かから電話がかかってきた。そして相手の名前を確認した翠は口の端をつりあげる。

 

「あいあい、どしたの?」

『す、翠さん! デビューしたプロデューサーさんがホラーでダメなんです!』

「……………………ぶふっ」

 

 はじめは我慢しようとしていた翠であったが、堪えきれずに笑みをこぼす。

 

『わ、笑うなんて酷いです!』

「ごめんごめん。つい、堪えきれなくって。……そんでデビュー決まったはいいけど、コンセプトがホラーだからダメなのね」

『そ、そうなんです!』

「それを伝えようにも恥ずかしく、誤魔化しちゃうと」

『な、なんで分かったんですか……?』

「分かるさ。だって単純なんだもの」

 

 理由を翠が述べると、電話越しに拗ねたような声が聞こえてくる。

 

「なんにしても、蘭子は普段通りで大丈夫だよ。たっちゃんだもの。心配しなくていいよ」

『……分かりました』

「……今度、どこかに連れて行ってあげるから」

『分りました!』

 

 あまり納得できていないようであったが、翠が与えたアメによって先程までと態度が変わり、顔を見なくても分かるぐらいに笑顔を浮かべているであろう神崎は嬉々として頑張る旨を告げて電話を切った。

 

「……そんなに楽しみなのかね」

 

 本当に分からないのか、翠は首をかしげる。そこへ撮影を再開する声が聞こえてきたために考えるのを一旦やめ、携帯を奈緒に預けて撮影へと挑むが…………次の休憩へ入る頃には何を考えていたか忘れていた。

 

「…………ん?」

 

 休憩となり、翠が奈緒から携帯を受け取ったと同時にまた着信が入る。

 

「ん、たっちゃん。どったの?」

 

 もう一度神崎が……ではなく、武内Pであった。

 電話に出た翠の口調はいつも通りであるが、その表情はカフェで浮かべていたときと同じであった。

 

『……はい、少しお聞きしたいことがありまして』

「あいあい」

『デビューする旨を伝えたとき、神崎さんはとても喜んでおられたのですが……コンセプトを伝えた後からなんだか避けられているような気がしまして……』

「ふむ、具体的には?」

『何がいけなかったのかを聞くため、神崎さんに声をかけたのですが…………プロミネンス、とおっしゃった後にどこかへ行ってしまいました。その後も何度か声をかけたのですが…………そのたびにプロダクション、プロテイン、プロトタイプとおっしゃってはどこかへと行ってしまいます』

「んーっと……たっちゃん、今どこにいるん?」

 

 なんの脈絡もない質問に武内Pは困惑するがすぐに持ち直し、自身のデスクで神崎の言語を解読していたと答える。

 

「なら、大丈夫だよ。自身がプロデュースするアイドルを信じな」

『……あの、それはどういったーー』

 

 武内Pが話している途中、ノックの音が聞こえてきたために翠はすぐさま通話を切った。

 

「……これで来たのが凛じゃなかったら……ま、いっか。たぶん大丈夫だろ」

 

 翠は自身で切っておきながら少し早まったかと考えたが、すぐさまどうでもよくなったのかあくびをして眠たげに目をこする。

 

「翠、次で最後なんだから寝るなよ」

「んあ、奈緒が仕事中なのに名前で呼んどる」

「今更ながらに使い分けが面倒になっただけだ。お前がプライベートだろうが仕事だろうがいつもと変わらないから区別がつかなくなったのもあるがな」

 

 そういいながら腰へ手を当て、翠を見下ろす奈緒。その顔には、しょうがないなといった一種の諦めが浮かんでいた。

 

「んじゃ、行ってくるか」

 

 だが、このようなことは今までにもあったのか、翠が気にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 日が沈む頃には撮影も終わり、翠の心は開放感に溢れていた。

 

「ああ、仕事をやるなんて……引退したい……っ!」

「アホ言うな」

「いたっ」

 

 伸びをしながら妙に真面目な顔でそうのたまう翠の頭を奈緒が軽く叩く。

 

「むむむ、天才的な頭脳を持つ翠さんの頭を叩くとは! 世界的に大切な脳細胞が幾つかお亡くなりになられたぞ!」

「よかったじゃないか。その分仕事が減るかもしれないぞ」

「…………なるほど。ならば問題ないな」

「……早く行くぞ。待たせてるんだからな」

 

 まさか受け入れられるとは思わなかった奈緒は頭が痛いとばかりに額に手を当て、本日何度目になるか分からないため息をつく。

 

「ため息つくと幸せ逃げるぞ」

「幸せが逃げたからため息をついてるんだ」

「知ってた」

 

 帰りもチーフプロデューサーが送ってくれると聞いた奈緒はこれ以上待たせるわけにはいかないため、翠の戯言には付き合わずに首根っこを掴んで向かう。

 待たせたことに奈緒は頭を下げるが、笑顔で許してくれることに胃を痛めたりしながらも346へと帰ってきた。

 

「…………久しぶりだからか、胃が痛い」

「奈緒さん、お疲れ様です。薬をどうぞ」

「ちひろさん、ありがとうございます。……この優しさを翠が一割でも持っていれば」

 

 346に帰るや、すぐさま『面白いものが残ってるかも!』と言ってどこかへ行った翠のことを考えつつ、奈緒は残りの事務作業を始める。



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33話

「んむむむむ……タイミングよく終わってしまったか」

 

 翠が建物内から噴水の見えるところへと移動した時にはすでに終わっていた。

 神崎は嬉しそうな笑顔を浮かべ、武内Pも表情にこそ出ていないが喜んでいるようであった。

 

「……これはこれは。蘭子のデビュー曲の振り付けを厳しくしないとな」

 

 そう翠が呟いたのとほぼ同時に。

 神崎が肩をピクリとさせたあとにキョロキョロと辺りを見回す。

 そして姿を隠さないでいた翠と目が合う。

 目と目が合ったことに翠が気づかないわけもなく。ニッコリと笑顔を浮かべて神崎へと手を振る。

 それを見て何かを感じ取ったのか、神崎は明らかに作ったような笑顔を浮かべて手を振り返す。

 

 ーーそこで待ってろ

 

 神崎に向けて翠はそう口パクで伝える。声を出しても届かない距離であるからである。

 正しく神崎に伝わったのか、姿勢を正して軍隊のように綺麗な敬礼をしている。

 側にいた武内Pも神崎の視線の先を追って翠のことに気づいていたが、口パクの意味までは分からなかったため、神崎へと尋ねていた。

 その様子を見ながら、翠は遅すぎず速すぎず歩いて向かう。

 

「やあ、お二人さん。お疲れさま」

 

 二人の元についた翠は労いの言葉をかけ、神崎から日傘を借りて噴水の淵へと腰掛ける。

 

「翠さんも本日はドラマの撮影、お疲れ様です」

「放送日、とても楽しみにしてます!」

「ほんと、疲れたよ」

 

 日傘をクルクルと回しながら、翠は二人としばらく雑談を交わす。

 そして日もほとんど沈み、空に星が見え始めた頃。

 

「翠さん、どうかされましたか?」

 

 話すのをやめた翠に武内Pが声をかけるが反応はなく、おもむろに噴水の淵の上へと立つ。

 …………それでも神崎より少し高くなった程度であり、武内Pよりも小さい。

 噴水での神崎と武内Pのやりとりから、翠が出てきて面白そうだと覗き見を続けていた面々は全員が全員、内心で『翠さん、小さいなぁ……』と考えていた。

 まだ覗かれていることに気づいている翠は第六感のようなもので小さいと思われていることを感じ取り、内心でレッスンを倍にするようなことを考えていた。

 覗いていた面々は寒気を感じたが、それがなんだったのかは少し先の未来で知ることとなる。

 

「…………ぷ」

「「…………ぷ?」」

 

 

「ぷ、ぷ……プロミネンス!」

 

 

「…………ふぇっ!?」

「…………」

 

 二人にとって聞き覚え、言った覚えのあるセリフ。

 具体的にはつい数時間前にあったこと。

 それをいま、翠が二人の前で高らかに宣言するよう言い放つ。

 神崎は恥ずかしさから顔を真っ赤にさせ、武内Pは困ったように首筋へ手を当てる。

 

 

「プロトタイプ!」

 

 

 さらに続ける翠に、神崎は恥ずかしさをこらえ切れず手で顔を覆ってしゃがみこむ。

 

「蘭子さんや、今日はとても楽しそうな日だったではありませんか」

「ううぅっ……。とても恥ずかしいです。ポーズまでとらなくても……」

「いやー、これはポーズとってなんぼでしょ」

 

 神崎から日傘を借りたのは本来の使用目的が一つ。

 そしてそれ以上の目的として、今回使用したように傘も合わせてポーズをとるためであった。

 

「たっちゃんも、上手く行ったってことは電話で言ったこと分かったのかな?」

「はい」

「彼女たちはみんな、いい子だからね。大切にしなよ?」

「はい」

 

 初対面の人がいまの返事を聞いた時。どちらも同じだと答えるだろう。

 だが、翠には武内Pの目と返事に確かな決意があるのを感じ取っていた。

 

「俺、そろそろ帰るよ。これ、返すね」

「は、はい! お疲れ様でした!」

「お疲れ様です」

 

 日傘を閉じ、神崎へと翠は手渡すがその手を離そうとしない。

 

「あの、翠さん?」

「デビュー曲の振り付けと歌のレッスン、楽しみだね」

 

 手を離そうとしない翠に神崎は尋ねるが、返ってきた答えは全然違うものであった。

 何を言っているのか理解が追いつかない神崎に翠は続けて言葉を発する。

 

「他の子も見ながらだけどね。……ってか、もともと全員のデビュー曲のレッスンに付き合うつもりだけどね。いらないって言われたらやめるけど」

 

 言いたいことを言い切ったのか、翠は日傘から手を離して建物の中へと足を向ける。

 

「よ、よろしくお願いします!」

「あいよー」

 

 聞こえた声に足を止めて振り返った翠は手を振りながら答える。

 そして喜んでいるのを背中で感じつつ、翠が最初に向かった場所は覗き見をしていた面々のところであった。

 

「やあ、みんな。元気そうで」

『あ、あはは…………』

「俺の気がすむまで、レッスンは倍かな」

 

 心底楽しそうな笑顔でそれだけ言うと、翠は去っていく。

 残された面々は最初、翠の言ったことを理解できていなかったが、時間が経つにつれて脳が意味を理解し始める。

 翠が去って数分後。

 覗き見をしていた全員が肩を落として深いため息をついていた。

 

 

 

 

 

 神崎が翠のレッスンについていけなかった……なんてことはなく。逆にもっとやってとばかりに目を輝かせていた。

 覗き見をしていた面々も、自業自得であるのだが増えたレッスンに対してグチグチ言いながらこなしていった。

 …………ニッコリと微笑む翠に逆らえなかったというのもあるが。

 結果だけを見ると全体の技術が向上したため、微妙な表情をしていた。

 

☆☆☆

 

 神崎のデビューも無事に終わってから数日が経ち。翠はとある人物を連れてある場所へと訪れていた。

 

「来たぞ」

「おっじゃましまぁーす!」

「お、お邪魔します」

「……何もないぞ」

 

 とある人物とは双葉と諸星のことであり、ある場所というのは奈緒の住んでいるところであった。

 訪れた理由としては、いつぞやに話していたアメのことである。

 二人はそのことをすっかりと忘れており、ふとしたきっかけで翠が思い出さなければお流れになっていたであろう。

 

「奈緒のとこくるの、いつぶりだろ」

「ここ最近は来てないな。前はアメをせびりに家まで押しかけてきていたのに」

「ふっ……俺も大人になったということよ」

 

 玄関で靴を脱いだ翠は勝手知ったる感じで上がり込み、リビングにあるソファーへと倒れこむ。

 

「その行動のどこが大人だ……。二人も上がってくれ」

 

 疲れたようにため息をつき、スリッパを二人分用意する。そのまま奈緒はキッチンへと引っ込み、飲み物の用意をする。

 玄関に残された二人は互いに顔を見合わせた後、スリッパを履いてリビングへと向かうが、そこでどうしたらいいか分からずに立ったまんまでいる。

 

「おー? 二人とも、その辺にあるクッションとか座っていいんだよ。クッションじゃなくても、モコモコしたカーペットだから直接でも」

 

 ソファーに寝転がってテレビのチャンネルを回していた翠が立ったままでいる二人に気付き、座るよう勧める。

 

「こいつの言う通り、くつろいでくれて構わない」

 

 お盆に四つのコップとジュースが入ったペットボトルを載せて運んできた奈緒にも促され、二人は腰を落ち着かせる。

 

「それで、何しに来たんだ?」

「何しに来たとか聞いてるけど、本当は分かってるくせに。……もちろん、家探しに決まっとろう」

「お前だけ先に帰るか? ん?」

「冗談だろうに……」

 

 軽口を交わしつつ翠はジュースが注がれたコップを奈緒から受け取り、それを半分ほど飲む。

 

「アメだよアメ。きらりは杏の付き添い……?」

「きらりはぁ〜、杏ちゃんから一人で行くの不安って聞いたから付き添いだにぃ!」

「ちょっ、それ言わない約束!」

 

 ジュースを飲もうとしていた双葉だったが、諸星のセリフによって顔を赤くさせながらペチペチと腕を叩く。

 

「まあ、確かに奈緒は雰囲気が怖いところあるもんな」

「杏ちゃんはぁ、……えっと……」

「そういえばキチンと自己紹介きたことがなかったな。日草奈緒だ。呼ぶときは奈緒でいい」

「諸星きらりでぇーっす! こっちはぁ、杏ちゃん!」

「ふ、双葉杏です」

「そんなに硬くならなくていいぞ」

 

 奈緒が二人の緊張をほぐすために柔らかく微笑んだとき。

 

 

 ーーパシャリ

 

 

 どこからかシャッター音が聞こえてくる。

 

「……翠、何を撮った?」

「え? いまの奈緒の部屋だけど」

「前来た時と何も変わってないだろう」

「奈緒の親御さんに写真送ってくれって頼まれてるからさ。…………いまの奈緒の笑顔とか」

「け、消せっ!」

「残念もう送っちゃいました」

 

 顔を赤くさせる奈緒に翠が携帯の画面を向ける。

 そこに表示されていたのは『画像を送信しました』といった奈緒にとって無慈悲な言葉が。

 

「……終わった。あの親にいまの写真を送られているとなると、いろいろ終わった」

「あ。そういや、きらりは何言おうとしてたん?」

「な、奈緒さん放っといていいの?」

 

 双葉の言う通り、奈緒は翠たちから少し離れたところで両手両膝をついて項垂れており、たまに『アハハ……』と無機質な笑い声まで聞こえてくる。

 

「大丈夫大丈夫。しばらくしたら元に戻るから」

 

 そう言われても今までのイメージと全然違う奈緒の姿に、二人は少し混乱していた。

 

「それより、さっきの続きを聞かせておくれ」

「……は、恥ずかしいからスルーして欲しいんだけど」

「いやー、ここで止めるとか無いなー」

 

 『あっはっは』と笑いながら、翠は顔を赤くさせて『ぐぬぬ……』と呻く双葉に目を向ける。

 

「杏ちゃんはぁ、今まで隠してきたけど翠さんの大ファンなんだにぃ〜。部屋にもたぁ〜っくさんグッズとか置いてあるんだにぃ」

「ほほぅ……そうだったの?」

「……穴掘って埋まりたい気分」

 

 そこで諸星がすべて話したため、面白いことを聞いたとばかりに翠はニヤニヤとしながら双葉に尋ねるが、あまりの羞恥に双葉も奈緒の隣で両手両膝をついて項垂れ始める。

 

「あ、杏ちゃぁん!」

 

 双葉の名前を呼びながら諸星が寄って肩を揺するが、返ってくるのは『アハハ……』と乾いた笑みのみであった。

 

 

 

 

 その後、二人が元に戻るまでだいぶ時間がかかったり、奈緒が動かなかったので翠が昼飯を作ってあまりの美味さに二人が目を丸くしたり。

 昼食後は話しながらとらんぷをしたりと楽しい時間を過ごした四人。

 日も傾き、奈緒の家を後にして三人並んで歩いていた時。

 

「…………アメ、忘れたな」

「「あー……」」

 

 楽しかったし別にいっかと、三人は本来の目的をなかったことにした。

 

 

 

 後日、翠と一緒に遊んでいたことが他のアイドルにばれ、一悶着あったりするが、いまの三人には知る由も無いことであった。



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34話

「次に組まれるユニットメンバーを発表する!」

「「「…………!」」」

 

 いつも通り唐突な翠の呼びかけにより部屋へと集められたCPの面々。

 武内Pもいるが、なにも聞かされていないのか少々困惑気味であった。

 しかし、翠の口からでたセリフに全員が驚き、しばらく経つと三人からの期待がすさまじかった。

 

「…………おい、仕事ほっぽりだして何をしている」

「…………」

 

 いざ発表と、翠が口を開いたとき。いつの間に入ってきたのだろう。彼の背後にお怒り気味の奈緒が立っていた。

 

「…………あれれ、奈緒さん?」

「なんだ?」

「し、仕事に向かったはずじゃ……?」

「それはこの偽物のことか?」

「あぅぅ……翠さん、やっぱり可愛い僕でも無理でしたよ……」

 

 そこでようやく翠が振り返り見ると、奈緒に首根っこを掴まれている輿水がいた。頭には白髪のカツラがあり、パッと見では翠に見えなくもないが……。

 

「お前は頭がいいのかバカなのか分からんな。こんなの誰でもわかる変装だぞ。あくまでパッと見て似てるか? ぐらいなのに、いつもいる私にこんなちゃちな変装が通用するわけないだろう」

「おう、知ってた」

「ふぇっ!? そんな翠さん! 可愛い僕なら絶対にバレないって言ったじゃないですか!」

「いや、バレるだろ。カツラかぶっただけなんだし。暇つぶししたいときに乗せやすいお前さんがいたから……な?」

 

 悪びれる様子もないうえ、変装がバレたときでも想像したのか笑っていた。

 

「まあいい。仕事だ。行くぞ」

「そういうわけで、俺からの発表は無しってことで。……近いうちにたっちゃんからあったと思うし、別にいいよね!」

 

 バイバイと手を振ってどこか逃げるように部屋から出て行く翠。その後を輿水が追いかけていき、廊下から騒がしい声が聞こえてくる。

 奈緒は武内Pと少し言葉を交わしてから部屋を出て行った。

 

「…………えっと?」

「結局、翠さんは何がしたかったんだろ」

「…………さぁ?」

 

 残された面々は翠が何をしたかったのか考えるが分からず、疑問が残るしかなかった。

 

「でも、杏にとっては良かったことのような気がするのはなんでだろ……」

 

 ユニットメンバーを発表すると聞いたときから嫌な予感があった双葉は何事もなく終わったことにホッとしていた。

 

「あの……みなさん」

「プロデューサー、どうかしましたか?」

「いえ、翠さんがあそこまで言ってしまいましたし、私が次のユニットメンバーを発表したいと思います」

「うげっ……」

「ほんとっ!?」

 

 本来の予定とは違ったのか、少し困った表情で手帳を見ながら口にする。

 

「次にデビューしていただくのは双葉さん、緒方さん、三村さんの三人です」

「わ、わたしが……ですか?」

「やったね、ちえりちゃん!」

「……………………」

「うぅっ……みくのデビューはまだなのかにゃ……」

「いーなー! 私も早く可愛い服着て歌いたい!」

 

 皆が近くにいる人たちと話し出すため、騒がしくなる。

 その様子を見ながら、武内Pは昨日のことを思い出していた。

 

☆☆☆

 

「はい、どうぞ」

「失礼する」

 

 夜遅く。デスクワークをしていた武内Pのもとへよく会う人が訪れていた。

 

「奈緒さん。どうかされましたか?」

「少し話があってな」

 

 普段は翠と一緒か、仕事をサボった翠を探すときに少し話す程度であるが、こうやって二人きりで話すのは片手の指で足りるほどであった。

 

「……コーヒー、飲みますか?」

「……ああ、いただこう」

 

 互いに無言となり、コーヒーを用意する音だけが響いていた。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 二人は対面になるように座る。そしてまだ熱いにもかかわらずコーヒーをひと口飲んだ奈緒が懐からメモ帳を取り出してとあるページを開き、武内Pへと差し出す。

 

「……これは?」

 

 どうしたらいいのか問いかけるが、奈緒はそれを読むように目線で促す。

 武内Pはメモ帳に視線を落とし、それを読み進めていく。

 

「……これは」

 

 先ほどとは意味が違うセリフ。

 困惑したまま顔を上げ、奈緒へと目を向ける武内P。

 

「この間、あいつの思いつきで数人のアイドル連れて京都に行った時だ。珍しく酔ったあいつが口にしていた」

 

 奈緒が開いて見せたのはあの時にメモしたところではなく、後で落ち着いて清書したところである。

 それも全部ではなく、プロジェクトクローネや美城常務のところは見せていない。

 

「……前にですが、翠さんの口からハッキリと未来予知はできないとおっしゃってました。ただ、これを見てしまいますとなんとも……」

「とりあえず確認したいことは、これがあっているかどうかなのだが……その顔からするとまさか」

「……はい。神崎さんの件はつい先日です。そして次のキャンディアイランドですが……これも早くて明日。遅くとも三日以内には話す予定でした。……その後もまんまこの通りにユニットデビューさせる予定でした」

 

 メモ帳を奈緒へと返したあと、再び互いに無言となる。二人は何かを飲み込むようにまだ少し湯気のたつコーヒーをすする。

 

 だが、これから夏へ向かって気温が上がって暑くなっていく時期の中。

 悪寒が走り、二人は身体を震わせた。

 

☆☆☆

 

 デビューする三人に今後、どのようなスケジュールでいくかの説明があった次の日。

 この日はさっそくユニット曲のレコーディングであった。

 

「発表があった日に曲の歌詞を渡され、次の日にレコーディングとはまたなんとも言えませんなぁ……」

「はぁ……。翠さん、今日のお仕事は……」

「休みー」

「…………奈緒さん、お疲れ様です」

「ちょっ、それだと俺が問題児みたいやん」

 

 みたい、ではなく事実そうであるのだが武内Pは喉元まできたそれを飲み込んだ。

 そしていま、三人はまさにレコーディングの最中であるのだが、緊張しているのかあまり良いとは言えなかった。

 …………ただ一人、一番ダメだと思われていた双葉が出来ていることに武内Pは少し驚いていた。

 

「はーい、ストップー」

 

 またもミスが出てやり直しとなるところを翠が待ったかける。

 突然の行動でその場にいた人たちは驚いて動きを止めるが、翠だとわかるとあとは任せたといった感じで各々休憩を始める。

 

『す、翠さん!?』

『どうしてここにいるんですか!?』

『え……杏たちが歌い始めたころにはもういたよ?』

 

 二人は緊張して周りが見えていなかったのだろう。翠が声をかけてようやくいることに気づいたようだ。

 双葉は気がついた時に翠と目が合っており、黙っているよう口に人差し指を立てているのを見ていたため、二人には告げずにいた。

 

「とりあえず…………お菓子食べよっか」

『『『……へっ?』』』

 

 歌に関してのアドバイスが来るかと思えばまさかのティータイム。

 三人は予想を裏切るセリフに素っ頓狂な声を漏らす。

 

 

 

 機材があるため違う部屋へと移動した四人。

 十分後にはテーブルの上に様々なお菓子が並んでいた。

 

「さ、気にせず食べてて」

 

 用意されたお菓子は全て翠の手土産であり、三人は本当に食べていいのか分からずにアイコンタクトを交わしていた。

 お菓子を持ってきた本人はそのことに気づいているのかいないのか。鼻歌を歌いながら紅茶の用意をしている。

 

「ぁ……私たちの歌」

「本当だ」

「すごく上手い……」

 

 そう離れていないところで歌っていたため、三人の耳にも届いていた。

 そして先程までの自分たちの歌と比べ、落ち込み始める。

 

「およよ……どしたどした。せっかくのお菓子を前に落ち込むとは何事や」

 

 紅茶の用意を終えた翠がそれらをトレイに乗せて振り返ると、なぜか先ほどよりも空気が重くなって少し面食らう。

 しかし、持ち前の……持ち前のアホさでそれを一旦横に置いておき、明るく声をかける。

 

「……わ、わたしたちがデビューするの」

「早すぎたのかなって……」

「杏はずっとデビューしなくていいけどね」

「ふむふむ……」

 

 一つ頷いた翠はお菓子を一つ手に取り、フニフニと柔らかい感触を楽しみながら口を開く。

 

「とりあえず杏。諦めが世の中肝心だ」

「…………うぇ」

「そんで二人なんだが、どうしてそう思ったのか聞いてもいい?」

「わたしなんて、まだまだ全然ですし……」

「歌も翠さんに比べで……」

「ほむほむ……」

 

 フニフニと弄っていたお菓子を食べ、紅茶で喉を潤してから一言。

 

「お二人さんはおバカ様ですね」

「ふぇっ!?」

「お、おバカ様……ですか?」

「あー、なるほどね」

「いや、二人じゃなくて三人か」

「……杏は入れなくてもいいよ」

「俺にはお見通しじゃ」

「うぐぐ……」

 

 恨めしそうな目で双葉は翠のことを見るが、見られている翠はどこ吹く風とばかりにお菓子を食べ進める。

 

「上手く歌おうとすることなんて誰でもできるよ。ただ歌うのが上手いだけなら、そこら辺から連れてきた一般人でもいいわけですし」

「それじゃあ、下手な方がいいんですか?」

「ノンノン。下手でも味がある人はいるっちゃいるけど、そんなの稀だし。って、そうじゃなく、歌ってる本人がどれだけ楽しめるか、どれだけ心を込めて歌えるかが重要なんだよね」

「どれだけ楽しめるか……」

「どれだけ心を込めて歌えるか……」

 

 何かに気づいたようで、二人は胸に手を当てて目を閉じる。

 

「それと、俺に比べてとか言ってたけど……歌の上手さなんて人によって違うから、ものさしなんてないよ。もし俺のがそんなにも上手く聞こえていたのなら、それだけ君たちの心に届いてるわけさ」

「「…………はいっ!」」

「…………あ、杏も少しは頑張らないこともないよ」

「仕事だって考えるなよ。この職業だ。楽しまなきゃ損だよ?」

 

 三人は胸のつかえでもとれたかのようにスッキリとした表情になっていた。

 

「あーっ! お菓子が三分の一も無くなってる!」

「だって……君ら食べなかったやん……」

「い、今から食べます! ……って、このお菓子全部有名店の……!?」

「そ、そんなにすごいお店なの……?」

「すごい有名店だよ! 今じゃ予約が数ヶ月……数年待ちとも言われているお店だよ!」

 

 三村に力説され、軽く食べていたお菓子がとんでもなくすごいものだと気付いた緒方の手が止まる。

 

「気にせず食べていいよ。そのために持ってきたんだから。それに、こういったのも楽しんで食べなきゃね」

「翠さんがそう言ってるんだし、気にしないで食べたら?」

 

 二人も落ち着き、ようやく楽しんでティータイムができるかと思いきや……。

 

「あ……紅茶冷めてる……」



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35話

「…………」

「ん? たっちゃん、どしたの?」

 

 その後、紅茶を入れ直して(翠が)満足するまでティータイムを続け、レコーディングが再開したのは一時間が過ぎてからであった。

 そしていま、三人が歌っているところなのだが武内Pがどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「いえ……本来は慣れるといったことで完成するまでにはいたらなくてもよかったのですが……」

「んー、でも、いまの三人はとてもいい笑顔を浮かべてるよ?」

「はい。とてもいい笑顔です。……参考までに、どのようなアドバイスをしたのか教えていただけませんか?」

「特に何も言っとらんよ? 美味しいお菓子食べて、美味しい紅茶を飲んで。気分をほぐれさせただけ」

「……なるほど。今後に活かせるよう頑張ります」

 

 武内Pが言葉を額面通り素直に受け取ってしまい、少し引きつった笑みを浮かべるが何も言うことはなかった。

 

☆☆☆

 

 その日以降もいままでと同じようにCPの面々や346にいるアイドルたちのダンスや歌を見たり、ユニットデビューしたグループの曲や振り付けを教えたり……ときたま、嫌々ながら仕事したりと過ぎていった。

 キャンディアイランドとしてデビューした三人。手売りでのCD販売イベントでは予想していた人数を上回るほどに押し寄せ、うれしい悲鳴をあげた。

 イベントが終わったあとに落ち着いて考えてみれば、双葉が翠と一緒に雑誌の表紙を飾っていたためだと気付き、事前の見通しが甘かったと項垂れる人が何人かいたそうな。

 それから少し日が経ち。

 

「三人ともテレビ出演が決まったって!?」

「は、はい……」

「どんな番組に出られるんですか?」

「えぇっと……『頭脳でドン!BrainsCastle!!』……です」

「だから二人とも、クイズ問題集を見てるんだね」

 

 ただ、テレビ出演が決まったにもかかわらず二人の顔は晴れない。

 それどころか、話すたびにだんだん落ち込んできてさえいる。

 

「ど、どうしたんですか?」

「テレビの収録中……お客さんがいるんです……」

「人前でうまく話せるか不安で……」

 

 不安を口にして二人はさらに落ち込んでいた。

 

「いつもこんな時には翠さんがいると思うんだけど……」

「困ったところに翠さんがいるの、当たり前になってきたにゃ」

「そ、それに頼ってばかりだと申し訳ないですし……」

「今回は自分たちでなんとかしてみようかな、って」

「翠さんのことだから、ロックに収録中乗り込んできたりして」

「さすがの翠さんもそんなこと……しないと言い切れないにゃ」

 

 全員がそれを想像して苦笑いを浮かべる。

 

「よぉし! ここは未央ちゃんが一肌脱ぎますか!」

「何かいい案でもあるの?」

「まっかせなさい! 二人とも、テレビはボケとツッコミ! これがあれば大体なんとかなる!」

「そんな雑な……」

「取り敢えず立って練習! なんでやねん!」

 

 勢いに押されてか。二人は立ち上がり、本田の言われた通りにツッコミの練習を始める。

 

「もっと手首にスナップを効かせるにゃ!」

 

 本田に続いて前川までのっかり、誰にも止めようがなかった。

 

「杏はやらなくてもいいの?」

「ん〜……ボケで」

「なら、これを使ってボケるにゃ!」

 

 渋谷の質問に少し考えた双葉は『なんでやねん!』と練習している二人を見て口を開く。

 するとどこから取り出したのか。前川が双葉に貝のヌイグルミを差し出してボケるように言う。

 

「…………ラッコ」

「ただお腹に乗っけただけにゃ!」

 

 それを受け取った双葉は少しだけ考え、腹の上に乗せる。

 すぐさま前川からのツッコミが入り、五人から拍手が送られる。

 …………双葉はどこか冷めた様子であったが。

 

「この調子で二人も頑張るにゃ!」

「これだけ練習したなら人前だろうと大丈夫でしょ!」

「人前……うぅ……」

「うーん……どうしたもんか……」

 

 大丈夫かと思われたが、そもそもの不安は人前で行うことに対するため、練習をしようが根本をどうにかしなければ意味などなかった。

 

「そうだっ! ちょっと待ってて」

 

 いい案を思いついたとばかりに本田が手を叩き、どこかへと行ってしまった。

 残された面々はとりあえず休憩するため、ソファーへと座る。

 

「あがり症は……慣れろとしか言いようがない気がしてきた……」

「そんな荒療治は博打みたいなものにゃ……」

 

 何か他に良い案がないかと考えるが、特にこれといって思いつかず。

 みんなが考え込んで部屋が静かになった時。

 どこからか男性の声が聞こえてくる。

 

「…………あの」

「ひゃっ!?」

「きゃっ!?」

「……カエル?」

 

 声のした方へ顔を向けると、そこには二本足で立つ大きなカエルがいた。

 あまりの光景に少女たちは驚きの声を漏らす。

 

「…………ぷっ。やっぱり面白すぎて笑いこらえらんないや」

 

 笑い声が聞こえたかと思えば、カエルの陰からどこかに行っていた本田が出てくる。

 

「中に入ってもらっているの、プロデューサーなんだけど、緊張した時にジャガイモとかニンジンって野菜だと思い込むやつあるじゃん? それと一緒で、観客の人たちをカエルだと思えばいいんだよ!」

「カエルさん……カエルさん……」

 

 緒方はさっそく思い込む練習をしているのか、目を閉じて祈るようにカエルの名前を連呼している。

 他の少女たちも良い案だと本田を褒めているが、一人だけ内心で『わざわざ着ぐるみまで用意しなくても、言えばよかったんじゃ……?』と思わないでもなかったが、空気を壊さないためにも胸の内に止め、再びダラリと体の力を抜いていた。

 

☆☆☆

 

 テレビ収録当日。

 まだまだ時間があるため楽屋に三人はいたが、一人はいつものように寝転がっていた。

 二人は直前まで詰め込む気か、問題集を開いていたが……緊張しているのか、どこか上の空で頭に入っていなかった。

 

「いやー、参りましたねー。流石の可愛い僕も昨日からさっきまで翠さんとの仕事は疲れましたよ。それなのにこれからまたテレビ収録とは……」

 

 そこへノックもなしにドアが開き、誰かが入ってきたと思えばこちらに背を向けたまま長々と話し始め……。

 

「ま、翠さんが全然帰してくれなかったのは可愛い僕のせいなんですけどねっ!」

 

 決め台詞(?)とともにドヤ顔で振り返って……………その動きを止めた。

 

「…………っへ? だ、誰ですか……? ま、まさかこの可愛い僕が部屋を間違え……」

「輿水……幸子ちゃん?」

「本物だぁ……」

 

 用意された楽屋だと思っていた輿水は予想外のことに頭がうまく働いていなかった。二人も初めは戸惑っていたものの、同じ事務所の有名アイドルに嬉しそうな声を漏らす。

 

「幸子はんの声がすると思ってきてみれば……楽屋、間違えたんどすか?」

「私たちの楽屋はあっちなのに、どうしてこっちにいるの?」

 

 開いたままであったドアから小早川と姫川が顔をのぞかせる。

 

「小早川紗枝ちゃん……」

「姫川友紀ちゃん……」

「そ、そそそんなわけないじゃないですか! まさか可愛い僕が間違えらなんてそんな! こ、これはアレですよ。昨日から先ほどまで翠さんと仕事していたので、後輩にアドバイスをしてやれと無意識のうちに脅されてたんです!」

「幸子はん…………ぶぶ漬け食べます?」

「な、なんで帰れって言われたんですか!?」

「ほんの冗談や。……ま、そういうことにしときましょ」

 

 一通り輿水をからかって満足したのか、小早川は視線を三人へと移す。

 続いてきたまたも同じ事務所の有名アイドル二人に、緒方と三村のテンションはさらに上がる。

 

「お互いに今日は頑張りましょ」

「張り切っていこー!」

「クイズ番組でしょ? そこまで張り切る必要はないんじゃ……」

 

 いつの間にか起き上がっていた双葉はすでに姫川のテンションについていけないのか、疲れた雰囲気を出しながら尋ねる。

 

「あれ? 聞いてないんですか?」

 

 不思議そうにそう言われ、三人は首をかしげる。

 

「今日から運動要素も取り入れた番組に変わるんですよ」

 

 

 

 

 

 時間になり、スタジオへと移動すると……看板には確かに『筋肉でドン! MuscleCastle』と書かれていた。

 客席にはニュージェネの三人もおり、どこか不安げな表情を浮かべていた。

 応援に来るとは聞いていたが、三人がいる場所に気づいているのは双葉だけであり、二人は緊張から周りが見えていなかった。

 

「はーい、本日もこの時間がやってまいりました!」

「筋肉でドン! マッスルキャッスル!」

 

 撮影が始まり、十時と川島が出てきて前口上を始める。

 

「ところで愛梨ちゃん」

「はい! なんでしょうか?」

「この間まではただのクイズ番組だったわけなんだけど……どうしてこうなったか分かるかな?」

「えぇっとですね……それはアイドルたちがあまりにもクイズに答えられなくてーー」

「というわけで! 番組名を改め、始めていきましょう!」

 

 自分で振っておいて遮るように声をだし、話を先へ進める。

 会場からは笑いや拍手が聞こえ、場の空気は温まっていった。

 

「それではと、いつもの流れで紹介していくとこですが! 実はスペシャルゲストが来ているそうなのです!」

「まだ私たちにも誰が来るかまで教えてもらっていないので、楽しみですね」

「それでは登場していただきましょう!」

「「どうぞっ!」」

 

 二人が言い終えるとほぼ同時。

 曲が流れ始め、それとともに本来ならば出てくるはずであった。

 そう。『だった』のである。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 川島と十時が視線を交わし、再び出てくるはずの場所へもどそうが意味などなく。

 スタッフさんがカンペに急いで文字を書き、二人に見えるように持ち上げて振り向くようにそれを叩く。

 

「……えぇっとですね、どうやらスペシャルゲストの方は少し体調を崩されたとのことで、回復次第に途中からひょっこり現れるらしいです」

「なんだか嫌な予感がするのだけれど……」

 

 いつまでもここでグダグダしているわけにもいかないため、二人は気を取り直して番組を進めていくことにした。

 

「気を取り直して! 本日もよろしく代わり映えしないメンバー!」

「可愛い僕と野球どすえチーム!」

 

 彼女たちから見て左側のカーテンが開き、ポーズを決めた三人の姿があらわになる。

 そして一人一人、カメラの前を通る時に何かしらのアピールをして川島たちのところへと向かう。

 

「可愛い僕と!」

「野球!」

「どすえ」

「「「チームです!」」」

「対するは346からの刺客か! 新たにデビューしたアイドルユニット!」

「キャンディアイランドです!」

 

 今度は逆側のカーテンが開き、普段とは違う雰囲気をまとった双葉、ガチガチに緊張した三村と緒方が出てくる。

 カメラの前を通る時に双葉は可愛らしいアピールをしていたが、二人はカメラが向いていたことにすら気づいておらず、ただ過ぎていっただけであった。

 

「せーの……」

「キャンディアイランドです!」

「きゃ、キャンディ……アイランド、です!」

「…………ィ……ド……です」

 

 三人の呼吸はてんでバラバラ。緒方に至っては声すらまともに出ていなかった。

 

「いやぁ、初々しいですね〜。こなれた三人には無い新鮮さです」

「でもまあ? 私たちのチームにはこの可愛い僕がいるんですから」

「ちょぉっとまったぁ! ただの言い合いではつまらないので、トークバトルでお願いします!」

 

 そう言って間に入った十時は輿水にマイクを渡し、キャンディアイランドの方はスタッフから緒方が受け取っていた。

 マイクを渡されて戸惑っていようが御構い無しに物事は進んでいく。

 

「キャンディ……アイランドでしたっけ? 新しくできたアイドルユニットらしいですけど、それも可愛い僕の前には霞みますね!」

「ご、ごめんない!」

「おぉっと出ました!」

「キャンディアイランドに10ポイント!」

 

 点を相手に取られて呆然としている輿水は置いておき、次の準備のため一旦休憩となった。

 

「あ、あの……ごめんなさい、わたし……」

「うぅん。私もずっと緊張していて……」

「もっと気楽に行けばいいのにさぁ」

「そうそう、気楽に気楽に」

「杏ちゃん……翠さん……」

「…………翠さん?」

「おう、翠さんだよ」

 

 自然な感じで会話に混ざってきたため三人の反応が遅れるが……そこには確かに九石翠が楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。



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36話

どーしてこーなったか……それは自分にも分からん


「やっほ。きちゃった」

「きちゃったって……」

「お仕事は大丈夫なんですか……?」

「現在進行形で大丈夫じゃない人に心配されてもねぇ」

 

 そして『あっはっはっ』と笑いながら緒方の頭を撫でる。

 

「緊張するだけ損だよ。見てる観客もカメラも忘れてさ、楽しまなきゃ。可愛い可愛い言ってて頼りないやつが一人いるが、先輩で小慣れてるんだし。胸を借りるつもりでどーんといってこい! 失敗したら司会の二人もフォローしてくれるし」

 

 泣いている赤ん坊をあやすように、優しく語りかけるみたいに話す。

 そしてわざとらしく腕時計をつけてもいない腕を見ては声を上げる。

 

「おおっと、もうこんな時間だ。俺はそろそろ行かないと」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「…………ん」

「三人とも……じゃないけど。カエルさん、だよ?」

 

 去っていく前に一度振り返り、もう一つとばかりにアドバイスを残し、『ケロケロ』と言いながら今度こそ去っていった。

 

「カエルさん……カエルさん……」

「そうだね。あの時のみんなのアドバイスを活かさなきゃ!」

「…………(あの時、翠さんはいなかったはずなのに……ピンポイントでカエルさん……?)」

 

 二人は特に気にせず、意識は次の撮影へと向いていたがただ一人。

 言わずもがな双葉である。

 しかし、この場でいくら考えようとも答えなど出るはずもなく。考えることは一旦おいておき、取り敢えずは撮影に緊張している二人のサポートかなと意識を切り替える。

 

 

 

 

 

 「はい! マシュマロ食べたい人!」

 

 休憩が終わり、再び撮影が始まる。

 と思ったら、十時がビシッと手をあげながら何かを尋ねる。

 側にはマシュマロが沢山盛られてある皿に加え、何かを打ち出すためにある鉄砲みたいなものが二つ、置いてあった。

 いきなりのことに、流れを知ってる人 以外全員が頭の中に疑問符を浮かべる。

 

「はい! マシュマロ食べたいです!」

「お、元気のいい声だね。キャンディアイランドからはかな子ちゃんが。野球どすえチームは…………幸子ちゃんでいっか」

 

 しかし、食べ物のことに関して三村が反応できないなんてことはなく。元気な声を出しながら手をあげる。

 川島はそれを汲んで流れを作っていく。

 

「ちょっ、瑞樹さん! 可愛い僕が抜けてますよ! それと僕でいっかってなんですか! いっかって!」

「それじゃ、補助として出る人を決めて下さ〜い」

 

 なにやら騒ぎ立て始める輿水であったが、見事なスルーで十時が話を進めていく。

 

「杏、面倒だからここは任せた」

「え? えっ?」

 面倒だと感じたのか。

 双葉は緒方の背後に回って腕を取り、困惑してどうにもできないのをいいことにそのまま手をあげさせる。

 

「はい、キャンディアイランドからは智絵里ちゃんが! そして野球どすえチームはどちらが出るのでしょう」

「ここは私に任せてください!」

「おおっと、やる気満々の友紀ちゃんだ! これはキャンディアイランドチーム、苦戦なるか!?」

「それじゃ、杏ちゃんと紗枝ちゃんは次の勝負の準備をしてきてね」

 

 川島がルールの説明をしている間に十時が双葉と小早川を集め、説明もそこそこに移動するよう伝える。

 何かをやることから避けられないことを悟った双葉は『うえぇぇ……』と、やる気ゼロな雰囲気を前面に押し出しながらも、ノソノソと行動に移す。

 その姿を十時に小早川、横目で川島も見ていたのだが……皆がとあるトップアイドルを連想した。

 

☆☆☆

 

「はぁ……なんで杏がお仕事なんか……」

 

 早々に私服へと着替えを終え、カーテンの裏で待機している双葉。

 カーテン越しにマシュマロを食べようと頑張っている声が聞こえてくる。

 その盛り上がりとは反比例するように。もう一度、双葉はため息をつく。

 

「…………はぁ」

「そんなにため息ばかりついてると、幸せが逃げるよ? ……いや、幸せが逃げたからため息をつくのか。鶏が先か卵が先か。杏はどう思う?」

「別にそんなのはどうでもいいよ……。杏は早く帰ってゲームした…………翠さん、どうしてここにいるの?」

「おやおやおや。おかしなことを言いますなぁ、杏は。この私こそ! スペシャルゲストなのですよ!」

 

 胸に手を当て、何処ぞの可愛い僕みたいなポーズを決めながらそう宣言するかのように声を出す。

 ただ、あまり大きな声を出しすぎると撮影にも影響するため、ボリュームは控えてあるが。

 その様子を見ていた双葉の目はまるで『……ああ、面倒にならなきゃいいな』と語っているようであった。

 

「んで、翠さんはどうやって登場するの?」

「次は私服の審査みたいなのだろ? 杏と一緒に登場するのさ。……ちなみに、このことは誰にも話してないので」

「…………」

 

 まだ何もしていないのに疲れ始めた双葉は何か言おうと口を開くも、結局はそのまま口を閉じる。

 

「幸いなのかどーなのか、俺と杏の私服は似通ってるし……いいかなって」

「それはそうだよ。……………………杏が真似てるんだもん」

「ん? 最後らへんなんて言った?」

「な、内緒!」

「気になるが……話さないなら仕方ない。諦めるか」

 

 顔を真っ赤にして翠から目を逸らし、否定する双葉は……悲しげに微笑む翠の姿が見えていなかった。

 

「……それよりもさ、翠さん」

「……どうした?」

 

 先ほどまでのふざけていた雰囲気とは一転。

 ピンッと張り詰めた糸のような緊張感が空気を支配する。

 

「翠さんの心の闇をーー教えて欲しい」

「…………へぇ」

 

 一言だけ漏らし、いつか見せたような澱んだ目で双葉のことをじっと見つめる。

 真正面から目を合わせた双葉は一瞬だけ後悔したような表情をするも、それを押さえ込み。引かないといった決意を瞳に宿していた。

 

「何がきっかけで覚悟が決まったってのは分からないけど……いいよ。教えてあげる」

「…………うん」

「だけど、今すぐってのは無理かな。……夏に大きなライブがあるんだ。そこには君たちシンデレラプロジェクトのみんなも出る。その大きなイベントが終わった後……俺の方から声をかけさせてもらうよ」

「…………分かった」

「うんうん、いい子だ。それじゃ意識切り替えて登場しようか」

 

 気づけばマシュマロキャッチも終わり、点数がどうなったかといったところであった。

 これが終わればすぐに次の……私服審査へと移る。

 

「よし、好き勝手やるか!」

「……程々にしときなよ」

 

☆☆☆

 

 結局。双葉の忠告も聞き流していた翠は登場してから宣言通りに好き勝手やっていった。

 奈緒も怒りたいところであったが、番組は盛り上がっているうえ、自身も見ていて面白いと感じていたために強く言えなかったりする。

 怒られるまではいかなくとも、お小言ぐらいは覚悟していた翠は何も注意を受けなかったため、首をかしげながらも喜んでいたりした。

 

 最終的な得点は両チームとも同じであったため、罰ゲームのバンジージャンプは両チームがやることとなった。

 そこに翠は行かないと言っていたが、それは落ち着いて周りが見えるようになった緒方と三村の心配がいらなくなったからであろうと双葉は推測していたりする。

 

 視聴率も双葉に加えて翠が出ることもあり、高い数字を叩き出したという。

 

 そして今は……。

 

「ほら、デビュー組! 何へばってる! 頑張りたまえ!」

 

 CP全員のレッスンを担当していた。

 自身は人をダメにするクッションに埋もれ、目の前に十四人もの少女たちが汗を流しながらステップを踏んでいた。

 

「ほら、杏。この世界じゃお前さんが本気を出しても勝てない人なんているんだから怠けてんなー」

「ちょっ、翠さん……杏に厳しくない……? 蘭子とみくが勘違いしてるのか睨んでくるし……」

「ん? 話せるほどには余裕があるのか……みんな、ワンセット……いや、ツーセット追加で」

 

 みなから抗議の声が上がるも、翠はメンバーの中で体力がない方の部類に入る双葉が声を出せるほどなのだ。まだいけるひともいるであろう。

 と考えてのことだったが……。

 

「ほら、みんなも声出るんだし……まだいけるよね?」

 

 頭の回転が早い人たちは嵌められたと気づくも時すでに遅し。

 練習メニューの追加が行われた。

 

「杏。俺は別に練習を楽にしてもらう代わりにあの話はなかったことにする……なんて交換条件を待ってるわけじゃないよ? ないからね?」

「(絶対にそれ狙ってる……)」

 

 あからさまな言い方に双葉はすぐに気がつくも、どこか引っかかる部分があった。

 わざわざこんな大勢の前でバレるようなリスクを負ってまで言うことなのだろうか。

 

 

 

 

 

 双葉の疑問は練習が終わり、更衣室で着替えてる時に答えが出た。

 

「さあ、杏ちゃん」

「神との契約を言の葉に紡ぐがよい」

「杏ちゃん、翠さんと隠し事があるのー?」

「えぇ!? 何それちょー気になる!」

「翠さんとの秘密、すべて吐くべし!」

「…………うぇぇ」

 

 元気のいい組と翠について少し深く知っている二人に詰め寄られ、双葉は壁際へと追いつめられる。

 貼られて見守っている大人しい組に双葉が目を向けて助けを求めるも、やはり内容が気になるのか直接関わってはこないが、どこか話すのを期待しているような雰囲気を出している。

 

「…………うぇぇ」

 

 先ほどと同じような声を漏らし、こんな面倒になるなら聞くの諦めようかなと考え始めた双葉であった。



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37話

36話ですが、気づけば友紀から茜に変わってたんですよね…
訂正いただいて気づくレベル←



 その場は誤魔化しに誤魔化しを重ねて逃げ切ったと思っていた双葉だったが、渋谷、新田、諸星、神崎、前川の五人はそう簡単にはいかなかったようで。

 近くのファミレスへと移動し、諸星と新田が双葉を挟むようにして座り、対面に渋谷、神崎、前川といった配置で座席へと腰掛けていた。

 双葉は二人に挟まれているため、逃げることは叶わない。ここまでくる道中も諸星に抱えられていたりする。

 

「な、なにがどうしてこうなった……」

「翠さんが言ってたことを話してもらうためだにゃ」

「す、翠さんの服の下……についてですか?」

「たぶん……違うと思う」

 

 ドリンクバーと軽く食べられるものをいくつか注文し、店員が去った後。早速とばかりに前川と神崎が双葉へと問いかける。

 だが、返ってきた答えは曖昧であり、本人もそんなハッキリとは知らないということが伝わってきたため、みなは首をかしげる。

 

「何について話すとか決まってないの?」

「一応は杏から話してくれるように頼んだんだけど……どこまで深くなのか、どんな話なのかは分からないんだよねー」

「杏ちゃん……もしかして……」

「…………うん」

 

 諸星は思い当たる節があるのか双葉へと目を向けると、それに気づいたのか首を縦にふる。

 

「杏は覚悟を決めたよ」

「……そう、なんだね」

 

 覚悟を決めたというのを聞き、前川と神崎は他の人に聞こえないよう小声で意見を交わし始める。

 

「覚悟ってことは……やっぱり……?」

「翠さんはアレのこと、話すのかにゃ?」

「でも、いままで隠してたのに……。私と駄猫も不可抗力だったし……」

「…………蘭子ちゃん。駄猫って呼び方……どうにもならないかにゃ?」

「ふぇ? ならないですよ?」

「そ、そうかにゃ……」

 

 あまりに二人でコソコソと長く話していたからか、他の四人に何を話しているのかと注目を集めてしまっていた。

 

「二人は何か知ってるの?」

「な、何も知らないにゃ!」

 

 明らかに何かありますよと態度で示している前川は、タイミングよく注文の品とコップを持ってきた店員に感謝しつつ、ドリンクを取りにと席を立った。

 

「の、飲み物とってくるにゃ!」

 

 前川がいなくなったことにより、当然みなの視線は残った神崎へと向く。

 

「あ、あのあの……わ、私も飲み物を取りに……」

「私が代わりに行ってくるよ。何がいいかな?」

「えぇっと……その、申し訳ないですし自分で……」

「何がいいかな?」

 

 わざわざここを逃がすわけないじゃん。とでも言うように。

 渋谷がニッコリとした笑顔を浮かべながらコップを二つ、手に取る。

 

「…………うぅぅ……オレンジジュースでお願いします」

「うん。分かった」

「きらりも杏ちゃんと美波ちゃんの分とってくるね!」

「ありがと、きらりちゃん」

「おっすおっす!」

 

 器用にコップを三つ持ち、諸星も飲み物を取りに席を立つ。

 場に残ったのは翠についてある程度知っている神崎。これから知ると思われる双葉。何かあると気付きつつ何も知らない美波が残った。

 

「本当はここで二人に詳しく聞いてみたかったけど……やっぱり、みんながいる時に聞こうと思うんだ」

「いやー……みんながいる時もやめた方がいいんじゃないかなー……?」

「そ、そうです! や、やめた方がいいと思います!」

「ってことは、やっぱり蘭子ちゃんも翠さんに何があるのか知ってるんだね。みくちゃんと話してたからみくちゃんもかな?」

「はうっ!?」

 

 ちょっとしたことでそこまで見抜かれるとはとばかりに驚き、これ以上話しません! と言いたげに手で口を押さえてる姿は……体で何かありますよ。と、物語っていた。

 

「最初に服の下って言ってたし……いままで露出NGなのと何か関係があるのかな?」

「…………」

 

 冷や汗を流しつつ、神崎は新田から目を反らすとその先には……ドリンクを入れて戻ってきた三人がいた。

 ご丁寧なことに、前川が逃げないよう諸星と渋谷が挟むようにして立っている。

 

「お、おかえりなさい……」

「はい、オレンジジュース」

「あ、ありがとうございます……」

 

 一度仕切り直しとばかりに話すのをやめ、ドリンクを飲んだり軽食をつまんだりしていた。

 しかし、その雰囲気は重く。

 翠と一緒に雑誌の表紙を飾った双葉に諸星。デビューしている新田、渋谷、神崎。

 新人だが翠の押しと大手プロダクションもあって広く顔が知れ渡っているが……今の雰囲気に気圧されてか誰もが遠巻きに見るだけであった。

 

「さて……詳しく聞いていこうかな」

「…………でも、杏はあまり話せることないよ? これから聞くって約束を取り付けただけだもん」

「あまりってことは、少なくても話せることはあるんだね」

「…………うっ」

 

 痛いところをつかれたのか。軽く呻きながら間をおくため、ジュースを手に取る。

 

「…………まあ、ここにいる人たちは気づいているからいっかな」

 

 ストローを使ってゆっくりと、音を立てながらコップの中に入っている氷を回しながらそう漏らす。

 

「ときおり、翠さんが見せる『無』っていうか、『寂しさ』『孤独』『虚無』みたいな……そんな、暗く、暗い感情」

『…………』

 

 その時のことを思い返しているのか、誰も口を開こうとはしない。

 そのことが分かっているからか。双葉も少しだけ間をあけてから口を開く。

 

「翠さんの……心の奥底にある闇。それについて聞かせてくれるように頼んだ」

「それじゃあ……いままでの翠さんは全部演技……仮面をかぶっていたのかな?」

「違うと思うにぃ。確証はないけど……いままでの翠さんの行動は本心、だと思うにぃ。…………そして、負の一面もまた、翠さんだにぃ」

 

 再び無言の時が続く。

 誰もが何を話せばいいのか、分からないでいた。

 ここで言葉にするのは簡単であるが……いまだと軽くなってしまうような気がしていた。

 

「…………ひゃっ!?」

 

 突然の悲鳴に、みなの視線が声の元へと向かう。

 悲鳴をあげたのは神崎であったが、まるで幽霊でも見たかのような驚き方をしていた。

 

「蘭子ちゃん、どうしたにゃ?」

「ま、まままままゆちゃん……」

「へ?」

 

 神崎が指差す方……双葉の後ろへとみなが顔を向けると、そこにはニッコリと笑顔を浮かべた佐久間が立っていた。

 

「みなさん、こんばんわ」

 

 不意打ちであったため、驚きすぎてみなは声が出なかった。

 そのことを気にした様子もなく。佐久間はお誕生日席へとイスを持ってきて座ると、近くにいた店員を呼んでいくつか注文をする。

 

「ま、まゆちゃん。どうしてここに?」

「なにやら面白そうな話している気がしまして。まゆもお話に混ぜてもらおうかと」

 

 まだ話したこともない関係であったが、インパクトが強すぎて自然と会話が続いていた。

 

「翠さんの心の闇……。まゆも、深く立ち入ろうとしたらまるで他人のように冷たい目を向けられて拒絶されました」

 

 その時のことを思い返しているのか、悲しそうな表情をして目を落とす。

 

「いままでずっと、翠さんを見てきて思ったことなのですが……翠さんは誰かと接する時、一人の例外もなく壁を作っているように感じます」

 

 続けられた言葉に渋谷が理由を尋ねようと口を開いたが、佐久間は手でそれを制した。

 話を続けるわけでもなく、催促する視線を向けた時。

 注文の品を届けに店員がやってきた。

 

「ご注文の品は以上でお間違いはないでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

 

 確認をとった店員は伝票を置いて去っていった。

 

「……よく分かったね」

「なんとなく、ですよ。話す前に飲み物を取ってきますね」

 

 なんてことないように答え、コップを持って飲み物を注ぎに行ってしまう。

 一つの区切りとしてはよかったのか。他の面々も残り少なくなったジュースを飲み干しておかわりをしに後を追う。

 

 

 

 

 

「それでまゆちゃん。さっき話そうとしてた、翠さんがみんなに壁を作ってるってどういうことにゃ?」

「壁を作ってると言いましたけど……そんなに詳しくは分からないですよ? ただ、一定のラインを越えようとしたら途端に拒絶をしてくるだけで……。後は初対面の場合からしばらくは苗字で呼ばれて……何か特別な事がない限りは名前で呼ばれることはない、ってことです」

 

 言われてみれば、と六人は思い返す。

 みなが名前を呼ばれるようになったきっかけは、神崎が翠との取引みたいなもので頼んだおかげであったと。

 それにまだ苗字で呼ばれていた頃。見えない壁のようなものを感じていたことを話していたのも。

 

「気のせいだと思っていたんですけど……私が名前で呼んでくれるようにと話した時、翠さんが顔をしかめたんですけど……」

 

 神崎しか見ていないためになんとも言えないが、これまでの話から察しのいい面々は翠さんの行動の意図を考える。

 しかし、根本の部分については誰も、何も知らないため、答えが出ることはなかった。

 

「…………ねぇ、まゆちゃん」

「はい?」

「まゆちゃんは……翠さんの服の下について、知ってる?」

 

 会話が止まり、何度目かの重苦しい雰囲気の中。

 とある確認のために前川がそう尋ねた瞬間。

 六人は気温が下がったような感覚を抱いた。

 

「…………あまり、そのことに触れないことをお勧めします」

 

 そう漏らすように話す佐久間の表情から後悔のようなものを感じさせる。

 

「まゆちゃんも……知ってるんだね」

「……みくさんも知ってるのですね。なんとなくですが、蘭子さんも」

「…………」

 

 目を向けられた神崎はしっかりと見つめ返し、首を縦にふる。

 アレについて何も知らない四人は置いてきぼりとなり、疑問符を浮かべるしかない。

 

「三人とも、何か知ってるの?」

「……知っていると言えば、知ってるにゃ。…………ただ、こればかりは翠さんの口から聞かされるのを待ったほうがいいような気もするにゃ」

「でも、翠さんはきっと。……話そうとはしないにぃ」

「そう、だね。誰にも打ち明けないで、一人で抱え込んでる気がする」

「まゆが……話します」

 

 平行線となるかと思いきや。

 何かを覚悟したような、決意を込めた目をして言葉にする。

 

「まゆちゃん!?」

「もしかすると、翠さんとは二度と口が聞けなくなるかもしれないですけど……もし解決できるとしたら、まゆは翠さんにも心から笑って欲しいです」

 

 前川が驚きの声をあげ、神崎もありえないといった顔を向ける。

 だが、意思を曲げる気はないのか。

 それが伝わった二人も諦めたようなため息をつく。

 

「なら」

「みくたちも同罪にゃ」

「蘭子さん……みくさん……」

 

 ありがとう、と微笑みながら呟いた佐久間は飲み物で唇を濡らし……一度、みなの顔を見回してから話し始める。

 

「まゆは直接見たわけじゃないんです。見るなと言われていたので、触るだけならいいだろうといった気持ちでつい……寝ている翠さんの服の中へ手を入れて体に触れたんです」

 

 その時のことを再現するかのように。コップの側面を指先で軽く触れるようにしてなぞっていく。

 

「指先から伝わる感触で……少なくとも火傷、切り傷が複数。それも体全体にありました」

『…………』

 

 翠が服の下を見せない理由は、ネット上などでいろいろな説が浮かんでいた。

 その中でも一番有力で、確かだと囁かれていたのが『傷跡がある』といったものであった。

 だが、言葉だけで傷の重さを伝えるには不十分であった。

 言葉だけでは想像するにしても人それぞれ異なっていくことに加え、度を超えたものに関しては制限がかかっているかのように……想像することはできても、軽く受け止めてしまう。

 実際に見たり触れたりしなければ、難しい問題であった。

 

「みくが見たときは……まゆちゃんの火傷と切り傷の他に、刺し傷とかあったにゃ……」

「……何度も同じ場所を傷つけたことによってできた痕もありました」

「それで……その、傷全部は……親って言ってたにゃ」

『…………っ!』

 

 翠の体を見たことのある二人が補足として付け加える。

 三人とも、見たり触れたりしているだけであり、翠からどのようにしてできた傷かを聞かされただけ。

 これ以上は、この場にいるみんなで一緒に悩んで考えていくこととなる。

 

「…………難しい、ね」

 

 重く、誰もが口を開けずにいた中。今までずっと黙って聞いていた新田がふと漏らす。

 一言であるが、みなの気持ちを一番に表し、そして自身もまた、そう感じていた。

 

「シンデレラプロジェクトとして集められてからずっと。翠さんに助けてもらったりしていたから……。私、少し軽い気持ちで踏み込んだけど…………痛い、なぁ……」

 

 胸元に手を持ってきてギュット握りしめる。

 

「翠さんのこと、何も知らないから。ただの一面しか、見ていないし、知らないはずなのに。助けてもらって、アドバイスももらって……。なのに私は、翠さんのことが怖かった……。全て知られているようで。何もかもがお見通しのようで。……初ライブ前も不安だったことを言い当てられて……翠さんを前に怯えたりもした……」

 

 シワができるのも構わず、手はさらに固く握り締められていく。

 

「でも、一人の人なんだって。ただ相手の機微に敏感な、人なんだって。嬉しいことや楽しいことも感じるし、嫌なことがあれば悲しんだりもする。……人の形をしたナニカじゃなくて、私たちと同じ人、なんだね」

 

 それは後悔からか。それとも喜びからなのか。

 新田は何かを決意したようで。

 涙を流しながらも、その瞳は真っ直ぐ輝いているように見えた。

 

 

 

「どれだけ拒絶されても、翠さんと向き合っていこう」



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38話

杏ちゃんとのイチャコラの意見も頂きましたが、そちらはだいぶ先ですが書く予定がある……はずです
まあ、杏ちゃんだけでなく、他のキャラもあるんですが。よくあるifの話ですねー


 一方その頃。

 女性陣で自身の話ーーそれもかなり深い内容なうえ、三人によって体の秘密などもバラされていることなど露とも知らない翠は。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ」

 

 息を荒げながらレッスン室に横たわっていた。

 翠以外に誰もおらず、ラジカセから曲が流れ続けている。

 

「…………何やってんだろうな」

 

 呼吸も落ち着いた翠は天井を眺めながら呟き、少しの間をあけてから立ち上がる。

 そして途中からにもかかわらず、その曲の振り付けを完璧に、まるで誰かに"魅せて"いるかのように踊り始める。

 表情は笑顔ながらも真剣であり、いままでのふざけた雰囲気をまるで感じさせないでいた。

 

「――、――――」

 

 加えて歌も歌い始める。

 全力の踊りに加えて歌も歌っているというのにパフォーマンス、歌唱力ともに変わることはなく。

 最高のライブと言えるほどであった。

 

 だが、この部屋には翠しかおらず。

 ひたすらに全力で歌い、踊り続けていた。

 

☆☆☆

 

「うわぁ……すごいですねぇ」

「ほんと、なぜあれが人前でできないのか」

 

 レッスン室の外。

 扉の前には千川に奈緒。数名のアイドルたちがいた。

 いつもであれば翠に気づかれているのだが、何かに取り憑かれたように集中している今の翠は気づくそぶりすら見せない。

 

「ほんと、普段の翠を見ていて忘れるけど……やっぱり頂点に君臨するアイドルなんだよな」

「ふひっ……わ、私より上手くて……笑うしか、ないね……」

「それは他のアイドルにも言えることなのよねぇ……」

「本人を前にして言ったら、『人それぞれにいいとこがあるのだから、比べること自体がおかしい』って言われますし」

「それ、言われたわ……」

「私も……」

 

 特に示し合わせたわけでもなく。同時にため息をつくアイドルたち。

 その姿を見て、千川と奈緒は困ったような笑顔を浮かべる。

 

「……確かに、翠さんはとてつもない壁なのでしょうけど……みなさんは、自ら動いて自主練をしたり、教えてもらいに翠さんの元へ行っているじゃないですか」

「その気持ちはとても大切なものだから、これからも忘れずにいてくれ」

 

 二人の言葉に、アイドルたちは当然とばかりに頷きを返す。

 

「いつか超えてみせる壁ですもの」

「ま、負けてばかりも嫌だからね……ふひっ」

 

 そして思い思い口にしながらもその目には尊敬が込められていた。

 

「そろそろ止めに入るから、みんなは解散してくれ」

 

 それだけ伝えると奈緒はドアを開けて中へと入っていった。

 残されたみなも慣れた様子で話しをしながらその場から去っていく。

 

「ん……奈緒? どしたの?」

「どうしたの、はこちらのセリフなんだがな。少し休憩したら帰るんじゃなかったか?」

「…………ちょ、ちょっと踊ってただけだよ?」

「…………」

「…………」

「…………まあ、いい。楓たちが飲みに行こうって話してたぞ。お前を探してる」

「お、行こう行こう。奈緒は?」

「やめておく」

「うぃ」

 

 誤魔化すも何も、バレているのに苦しい言い訳かと思っていた翠だったが、呆れたようなため息をついただけで済んだことに驚いている。

 いままでだとお説教があったりしたが、何も言ってこないのならば、わざわざ藪をつついて蛇をださなくてもいいだろうと深く突っ込まないで話の流れに乗ることにした。

 高垣への連絡を奈緒に任せた翠は汗を流すためにシャワーを浴びに向かった。

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、着替えてきた翠を待っていたのは木村であった。

 

「あれ、奈緒は?」

「仕事に戻ったよ。アタシは翠を飲み屋まで連れて行く係」

「ふむふむ。なつきちは飲んでくの?」

「そしたらバイク置いてくことになるからな。今回はお預けだ」

「なら、また今度誘うよ」

「そんときは奢ってくれよな」

「うぃうぃ」

 

 そのぐらいおやすい御用さと軽く返事をしながらヘルメットを受け取り、頭につけて木村の後ろに乗り込む。

 

「なつきちー、まだかい?」

「いや、まだ346から出てないんだけど」

「そかそか」

「それにここから近い距離だし、急かさなくてもすぐ着くって」

「うぃ」

 

 腰に腕を回され、しっかりつかまったのを確認した木村はバイクを走らせる。

 後ろから少し楽しげな声が聞こえてきたため、嬉しそうな表情をしている木村だが、翠が後ろにいることに加えてヘルメットをかぶっているので気づかれることはなかった。

 

「ほら、ここだ」

「ここだって……いつも行く飲み屋じゃん」

「そりゃ、行きなれてる方が色々と都合がいいに決まってるだろ」

「そうなんだけどさ……」

 

 十分とかからずに着いた飲み屋は、お酒が大好きなアイドルたちがよく集まっては飲んでいる場所であった。

 木村も翠からヘルメットを返してもらい、それを片付けると『またな』と言って帰って行ってしまった。

 

「…………ふぅ」

 

 どこか遠い目をしながら『どれだけ飲まされるかなー。もう、出来上がってんだろうなー』とぶつぶつ言いながらも店のドアを開けて入っていく。

 

☆☆☆

 

「…………頭いてぇ」

 

 翌朝。

 店をくぐると、やはり出来上がっていた酒好きアイドルたちに飲まされ、飲まされ、そして飲まされ。

 

「…………見たことあるような、ないような天井だ」

 

 痛む頭を押さえながら翠は上体を起こし、現状把握をするために周りを見回す。

 

「ああ、たっちゃんの家か」

「……おはようございます。翠さん」

「おはよ。……悪いね。昨日のこと、あまり覚えてないや」

「いえ。眠っている翠さんを運んでベッドに寝かせただけですので」

 

 水の入ったコップを受け取り、それをちびちびと飲みながら昨日の出来事をゆっくりと思い返そうとする。

 

「そろそろ店を出ようってとこまでは思い出せたが……そこから思い出せないのは寝たからか」

「翠さん、今日は何か予定などありますか?」

「んー……特にないから適当に見つけたアイドルのレッスンでも見よっかなって」

「分かりました。まだ朝食の準備に時間がかかるので、シャワーでも」

「ありがと」

 

 勧められたとおりシャワーへと向かう翠だが、内心で『もう、たっちゃんが嫁でよくね?』などと考えていたりする。

 たまにこういったことや、翠の気分で泊まりに来ることがあるため、武内Pの家には翠の着替えなどが何着か置いてあったりする。

 これは武内Pだけでなく、奈緒やアイドル数名にも当てはまることであるが。

 

 

 

 長い髪は乾かすのに時間がかかるため、武内Pがドライヤーをかけたりしたが、それ以外は特に何もなく。

 普通に朝食を食べ、普通に出勤の準備(武内Pだけ)をして、普通に346へと向かった。

 

「そう言えば」

「はい」

 

 向かっている途中。

 ふと、思い出したように呟く翠に武内Pは反応する。

 

「俺が酔いはじめたとき、酒好きたちから質問攻めにあったんだけど……内容を覚えてないんだよね。何聞かれたかな……?」

「…………その」

「ごめんごめん。その場にいなかったたっちゃんが知るわけないもんね。ばったり会ったときに覚えてたらそんときに聞けばいっか」

 

 翠の問いかけに対し、困った表情をしながら首の後ろに手をまわす武内P。

 何か言おうとしていたが、それを遮るように翠が纏めてしまったため、武内Pは何も語ることなく開いた口を閉じた。

 

「さーてさて。誰がいるのかにゃー」

 

 あれから互いに口を開くことはなく。

 346へとたどり着くや否や、翠は駆け出してアイドル(えもの)を探しに行ってしまった。

 残された武内Pは翠の後ろ姿が見えなくなると、深いため息をつく。

 

 

 

 

 

「今日は休日だし……いるのはCPあたりかなぁ……。有名な子たちは仕事入ってるだろうし……美嘉でもいれば面白いんだが」

 

 などと言いながらも、真っ先に足を運んだのはカフェであった。

 もちろん、いい反応を返してくれるウサミンがいると期待してのことであった。

 ……しかし、残念なことにいなかったため、あてもなくブラブラと歩きまわっていた。

 

「およ?」

 

 半ば誰もいないだろうと考えながらも、一応念のためにと食堂へ足を運ぶと……珍しい組み合わせでいる七人の少女のグループを見つけた。

 

「…………」

 

 しかし、翠がすぐに近寄って声をかけないのにはわけがあった。

 端から見れば少女たちは楽しそうにお菓子をつまみながら話しているのだが、第六感が異様な雰囲気を感じ取っていた。

 声をかければ最後、面倒なことになると。

 

「…………よし」

 

 別にいますぐに用がある子もいないし、また会う機会があるだろうと、振り返ってこの場から離れようとした。

 が、振り返る直前。

 七人の少女のうちの一人――新田と目が合ってしまい、その動きを止める。

 彼女も翠の存在を認識すると立ち上がり、迷うことなく翠の元まで歩いてやってくる。

 

「翠さん。大事な話があります」

「…………はい」

 

 何かを決意した瞳をしている新田を見て。

 断ることが無理だと悟った翠には『はい』か『イエス』の選択肢しか残されていなかった。



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39話

……この話、タグに「原作改変」ってあるんだけど……そんなに改変してないよなぁ…


「さて……皆まで言わずとも分かっているさ」

 

 あの場から逃げることが叶わなかった翠は大人しく席に着いた。

 ちゃっかり紅茶を頼んでいるあたり、動揺すらなく普段通りにマイペースであった。

 そして少女たちの顔を見回してから一つ頷く。

 

「君ら……太ったんだろう」

『…………へ?』

「いいんだ、いいんだ。みなまで言わずとも分かっているから」

 

 翠の一言により張り詰めていた空気は一気に弛緩し、どこかゆるい雰囲気へと変わってしまった。

 

「取り敢えず、増えた分は減らさないと……トレーナーさんたちがうるさいからね。それぞれどれくらい増えたかを聞いて、ダイエットメニューを……」

「す、翠さん!」

「ほぇ?」

「太ってないです!」

「そうなん……? 女子が深刻そうな顔をしているから、基本的には太った話かと……」

 

 特に慌てた様子も見せないため、みなは翠が話を誤魔化そうとしてきていることに気がついた。

 

「それで、話というのは――」

「みなまで言わなくても分かってるって」

 

 新田が話を進めようと口を開くも、翠によって遮られる。

 

「俺のことについて……知りたいんでしょ?」

『…………っ!』

 

 少女たちは本題に入る前、いくつか会話を挟む予定であったが……本人からいきなり本題を切り出したことに緊張が走る。

 

「俺の……この、若さの秘密を知りたいのだろう?」

『…………へ?』

「いいんだ、いいんだ。みなまで言わずとも分かって――」

「違います!」

 

 大きな声が食堂に響き渡った。

 そこそこ人がいたために目線を集めるが、同じ席に翠が座ってるのを見つけたとたん。哀れみのこもった目へと変わった。

 

「翠さんの扱いってこんな、なんですね……」

「おう、そうだとも」

 

 立て続けに気の抜けるような出来事がおこり、少女たちはため息をつく。

 

「……今度こそ、きちんと答えてください」

「まあ、慌てなさんな」

 

 ジトリと疲れ切った目を向けられようとも気にした様子を見せない翠は、紅茶に口をつけて間をあける。

 

「…………俺の見た目がこのままなのには深い理由があるんだからさ」

 

 いつもの言動がアレなために少女たちは否定したかったが、どこか悲しげな目をしている翠を見て何も言えなくなってしまう。

 

「もしかしたらないかもしれないんだけどね」

 

 しかし、そんな態度が嘘だったかのようにあっけからんと普段の調子に戻ってしまったため、みなの頬が引きつる。

 

「ただ……なんの"代償"も無しに得られるものなんて、ほぼないに等しい。加えて、それなりの"モノ"を手に入れるには……それなりの"対価"が必要であるってことを伝えておこう」

「それって――」

「そんなことより……みんな、時間は大丈夫なの?」

『…………えっ?』

 

 双葉がどういった意味なのか深く尋ねようと口を開くが、遮られる形で翠が指差す方へ目を向けると……レッスンや仕事の時間がせまっていた。

 

「みんなは早く知りたいだろうけど……俺から話の場を設けるからさ。……それまで、待っててくれない?」

「…………まあ」

「それだったら……」

「うん、ありがと。俺は少し用事があるから、みんな行ってらっしゃい」

 

 この場で詳しく聞きたかった少女たちだが、時間がないために後味が悪い感じであるけれどもそれぞれの場所へと向かう。

 本人の口から直接、話の場を設けると言っていたため、そのことに嘘はないと思っている。

 しかし、それまで胸のつっかえが取れないままでいるのは……目の前のことへ集中するためには少なくない障害となることに少女たちは気がついていなかった。

 

「…………はぁ」

 

 少女たちの背が見えなくなると、翠はそれまで浮かべていた笑みを消してため息をつく。

 

「いつ、だ……? 昨日までは何ともなかったのに、知らないはずの四人までも時たま体に目を向けてくる……。話したのは三人だろうし、時間的にも昨夜……」

 

 口元を手で覆い、ぶつぶつと小さな声でこうなった状況を口にして整理していく。

 

「どうしてそんな話の流れ、に…………ぁ?」

 

 思い当たる節が見つかったのか、翠の目がかすかに見開かれる。

 

「からかうつもりのアレが……掘り下げられた、のか……? …………完全にやらかした」

 

 先ほどよりも深いため息をつき、テーブルへと突っ伏す。

 そのまま床に届いていない足をバタバタと動かし始める。

 

「うぁぁぁぁ…………」

 

 上半身を起こし、両手で頭をかき回し始める。そのために髪は乱れ、パッと見だと童話に出てくるお化けのようになっていた。

 

「…………ふぅ」

 

 気分が落ち着いたのか。

 乱れた髪を直し、冷めてしまった紅茶を飲み干して一息つく。

 

「…………」

 

 しばらく天井を眺めていたかと思うと、携帯を取り出してどこかへと電話をかけ始める。

 

『何の用だ? こっちはお前と違って忙しいんだが』

「悪い。けど、大切な話がある」

『…………少し待て』

 

 翠の雰囲気が普段と違うことを感じたのか。

 電話の相手――奈緒はそれだけ伝えると電話も繋がったままに、ゴソゴソと何かを動かしている。

 

『…………ああ、いいぞ』

 

 それから五分と経たず、何かの作業を終えた奈緒が電話に戻る。

 

「夏の大きなフェスまで、仕事全部キャンセルしてくれ。すでに決まってるやつも」

『…………何言っているのか分かってるのか?』

「分かってるさ」

『なら――』

「もう、時間がなくなった」

『…………は?』

 

 意味の分からない翠の行動に奈緒が声を荒げようとしたが、遮られる形で放たれたセリフに困惑の声を漏らす。

 

「いや、少し語弊があるな。まだ時間はあるが……予定を少し、早める」

『…………どういう意味だ?』

「ちゃんと、全部話すよ。その予定ができた。今すぐじゃないけど、俺から話の場を設ける。……奈緒が知りたがっていた、俺自身についての話だ」

『…………そうか』

「…………」

『…………』

「…………」

 

 奈緒の返事を最後に、無言の時が続く。

 

『…………はぁ。仕事の断りはいれておいてやる。その代わりにキチンと全部、話してもらうからな』

「…………ああ、悪いな。仕事は後輩アイドルたちに回してくれ」

『分かってるさ。……それと、こういうときは感謝を述べるものだ』

「知ってる。だから謝ったんだし」

『まったく。…………お前と出会ってからずっと、振り回されてばかりだ」

「ふむ……まだ足りぬか?」

 

 翠のセリフに返ってきたのはブチッという通話の切れた音であった。

 

「ありゃりゃ、切れちゃった……。まあ、目的は達成できたし……あとは俺がどれだけ頑張るか、だな」

 

 イスから立ち上がった翠は伸びをして体をほぐし、『ふぅ』と気の抜けるような声を漏らすが、翠自身としては気合を入れた合図であった。

 

「――いやぁ……大きな仕事が入っちゃったなぁ……」

 

 愚痴りながらどこかへと向かう翠の姿はどこか楽しげであった。



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40話


ふと、気になったのですが、もし自分が投稿するとしたら何時ぐらいがみなさんいいのでしょう…?
一応、活動報告に書いておきますねー


「や、おはようさん」

「お、おはようございます……」

 

 次の日の朝。

 バッタリと出くわした翠に、新田は負い目でも感じているのか居心地が悪そうであった。

 向かう場所が同じなのか、途中まで一緒なのか。

 意図せずして、二人は並んで歩くこととなった。

 

「別に知っちゃったものはしょうがないし、どうにもできないから気にしてないよ。君は俺なんかよりも目の前のことに集中した方がいい。これから駆け上がっていくんだから振り返っている暇なんてないよ」

「…………はい!」

 

 返事に間が空いていたのは、何か言いたいことを我慢して飲み込んだからであろう。

 気にするなと言われてそうできる人などそんなにいないが、気にした様子を見せない翠を見て、新田も多少は吹っ切れた様子である。

 

「今日からしばらくはみんなのレッスンが見れないかもしれないから、そのこと伝えておいて」

「…………何か企んでるんですか?」

「まあ、企んでるといえば企んでるかな?」

 

 イタズラを思いついた子供のような笑顔を浮かべる翠であったが、新田はそれを見て首をかしげる。

 

「たぶんですけど……何か大事なことですよね?」

「んー、まあね。詳しくはまだ言えないけど」

「なら、発表があるまで楽しみにしてますね」

「それがいいさ。美波もこれからレッスンだろ? ほどほどに頑張ってこい」

「はい。失礼します」

 

 レッスンに向かうため。少し歩みを速めて翠の前に出た新田だが、しばらく先を行ったところでクルリと振り返り向く。

 

「振り返る暇はないと翠さんは言ってましたけど、駆け上った階段の先の先に翠さんはいるんですから。足元に追いつくまで……いいえ。いつか追い越してみせますから、待っててくださいね!」

 

 それだけ言うと再び前を向き、今度は振り返ることなく行ってしまった。

 

「あはは……楽しみにしてるよ」

 

 一人になった翠はすでに誰もいなくなった通路でそう呟き、儚げな笑顔を浮かべる。

 

 

 

「――早くしないと……いなくなっちゃうよ?」

 

☆☆☆

 

「やあ、お待たせ」

「……お前が時間通りに来るとは珍しいな」

「それだけガチなんだよね、やろうとしてること」

「それはそれは、楽しみだね」

 

 翠の向かった部屋には奈緒、今西部長、武内P、千川の四人がいた。

 これからここで何が行われるかといえば、仕事をキャンセルした理由と何をやろうとしているかの説明である。

 

 好き勝手やるにも限度があり、すでに決まっていた仕事をキャンセルするなど信用の問題にも関わる。

 そのため、この場で納得いくような説明を翠はしなければならず、そしてそのことを各方面のお偉いさんに伝えなければならない。

 

「……翠さんはいままで、なんだかんだ言いながらも仕事をこなしてきましたので、ビックリしました」

「俺もビックリだもの。ここまで行動力があったとは」

 

 たはは、と笑いながら武内Pから湯飲みを受け取り、まだ湯気の立ち上るお茶を少し口に含む。

 

「それで、早く話せ」

「まったく、せっかちだなぁ……」

「お前のおかげでな。仕事が山積みなんだが?」

「おお、怖い怖い」

 

 睨んでくる奈緒に対し、翠は普段通り戯けた調子で返す。

  伊達に長い間つるんできた奈緒はこの程度の煽りに乗ることはなく。自身もお茶を飲んで落ち着きを取り戻す。

 

「まあ、奈緒くんの言い分ももっともなのだし、そろそろ説明をしてくれるかい?」

「もう少しだべっているのもありなんだけどなぁ……」

 

 翠はともかく、奈緒に続いて武内さんと今西部長、千川にも仕事があるのだ。

 話が大好きな翠はゆっくりとしていきたかったが、それは叶わず。

 渋々ながらもワケを話し始める。

 

「奈緒に時間がなくなったとか言ったけど、あれは嘘なわけで。まだまだ時間はあると思うけど、気が変わってさ」

 

 不規則に揺れ動く湯気に目を向けながら、静かに語りかけるよう話し始める。

 

「俺はさ、今でも自分がトップアイドルとか微塵も思ってないよ。たかだか一人の人間だし、一言一言に影響力があるとか全くもって信じられない。……だけど現実は"そうなって"いる。何かをすればそれだけで世間が騒ぐし、他のアイドルたちに俺を追い越すって何度言われたことか」

『…………』

 

 四人は口を挟むことなく、黙って翠の話に耳を傾けている。

 

「アイドルは偶像であり、虚像である。……だからさ、そろそろ語られるだけの人になろうかなって思ってさ」

「翠さん……それって……」

「おう。翠さんはアイドル――引退しようかなって」

 

 誰も口を開くことはなく、ただただ沈黙の時が続く。

 かすかに外から346にいるアイドルたちの声が聞こえてくるが、この部屋の中では物音ひとつなかった。

 

「ぁ――」

「なんかさ」

 

 誰であろうか。

 奈緒か、武内Pか。はたまた千川か。

 口を開いて言葉を発するよりも先に翠が言の葉を紡いだ。

 

「最近、疲れが取れないんだよ。この間の検診ではなんともなかったけれど、自分の体のことだからなんとなく分かるんだ。…………別に、このままアイドル人生を全うして死ぬのも悪くないと思ってるけど、最後はのんびりしたいんだよね」

「……っふ。それはいまでもノンビリしてるだろうに」

「あはは、それもそっか」

「そうですね。翠さんはノンビリしてます」

 

 奈緒の返しに皆の口元に笑みが浮かび、少しだけ空気が和らいだ。

 

「翠くん。もう考えを曲げる気はないのかな?」

「うむむ……そう言われると、なんだかんだ楽しいアイドル生活もなぁ、って感じなんだよね」

「未練タラタラじゃないか」

「そう。そこが深刻な問題」

 

 そのまま半ばなし崩し的に緊張の糸は垂れてしまった。

 

「だからさ、仕事をキャンセルしてもらったのは、アルバムでも作ろうと思ってさ」

『…………ん?』

「全部、オリジナルの新曲を書き下ろしてさ。それをラストアルバムとして売り出しちゃえば後戻りできなくなるじゃん?」

『…………いやいやいや』

 

 簡単に言ってのける翠に、みなは待ったをかける。

 

「全部って……いったい何曲書くつもりだ?」

「少なくとも十はすぐに書けるけど。ずっと温めてきたやつが他にもいくつか」

「発売の予定は?」

「来年の春あたり」

「いや、でも……」

 

 他にも尋ねたいことが山ほどあるが、一応の計画らしきものはあるのか。雰囲気も相まって本当に翠ならできそうだと思い始めてきた。

 

「まあ、このままアイドル続けるか悩んでるから……今までアルバム出さなかったツケみたいな感じで出すのもですけど……」

「それは翠さんが引退するかしないかによって変わりますね……」

「あの……翠さんは引退された後、ノンビリ過ごすと言ってましたが、雑誌の撮影などもぜんぶやらないのでしょうか?」

「いんや、今まで断ってきたテレビとか出ようかなとかチラッと考えてる。雑誌は依頼来た時の気分でとか?」

 

 程よく冷めたお茶を飲み干し、どこか他人事のように考えを口にする。

 

「なるほど。アイドルは引退するけど、芸能界は引退しないってことだね」

「そそ。もう一案はさっきも言った通り、アイドルを続ける。……もし続けるなら、仕事増やしてもいいかなって考えてる」

「そりゃまた。どうした?」

「ただの気まぐれだよ。……決して追い抜かれないくらい先を走るとかそんなつもり全く、全然ないから」

『(大人気ねぇ……)』

「お前ら、いま大人気ねぇとか心一つにしたろ」

 

 少し強い口調ではあるが、武内Pにお茶のお代わりを頼んでいる姿を見れば、翠がふざけていることが誰でも分かった。

 

「それで、結局はどうするんだ?」

「それを悩んでるんだよねぇ……」

 

 答えを急かされるも、割と真剣に考えているようでいる翠。

 悪い言い方をすれば優柔不断とも言えるが、自身が辞めることにより起こることを考えれば、おいそれと決めるのは難しいことであった。

 

 最終的には本人の意思が尊重されるべきであるが、すぐには受け入れがたいことであることは確かであった。

 

「誰か、コイン持ってる? 硬貨でもいいんだけど」

「おや、こんなところに百円硬貨が」

「…………もしかして今西部長は全部知っていましたか?」

 

 ポケットに手を突っ込んだ今西部長が棒読みで言葉を発しながらその手を引っこ抜くと、百円硬貨が手に握られていた。

 

「そりゃあ、何時ぞやお偉いさんに呼ばれた時にはすでに考えていたことだし。ただ時期が早いだけで」

『…………今西部長』

「ははは、これは翠くんがいつも他の人をからかう気持ちがわかる気がするよ」

 

 奈緒、武内P、千川の三人からジト目を向けられた本人は楽しそうに笑っていた。

 

「んじゃ、桜が表でアイドルを続ける。反対の裏が引退ね」

 

 今西部長から百円硬貨を受け取った翠はそれだけ言うとすぐさま親指で弾き。回転しながら中へと舞い上がる。

 皆の視線はその硬貨を追っていく。

 テーブルへと落ちた硬貨は落ちることなく器用に跳ね、クルクルと回転を始める。

 

「ぁ……」

 

 その勢いが徐々に弱くなっていき、小さな音を立てて動きを止める。

 硬貨が上にしている面は――



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41話

「なあ……もしかしてこうなることまで分かっていたりするのか?」

 

 "最後のステージ"を前に、奈緒は翠へと尋ねる。

 

「さあ、どうだろう」

 

 クスッと含みのある笑みを浮かべながらそう答える翠は、あの時のことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 硬貨が上にした面は裏であった。

 ――つまるところ、引退である。

 

「よし、なら早速行動していかないとな」

「まずは何をするんだ?」

「会見じゃ!」

 

 その言葉の通り、次の日には大勢の記者やテレビカメラが集まる記者会見が開かれた。

 その様子は生中継でテレビに放送された。そこで翠は『全曲完全書き下ろしのアルバム』を発表して世間を賑わせる。

 

 

 その後は作詞作曲に精を出しながらも時にふざけ、時に遊び。

 

 

 そしてシンデレラプロジェクトの手助けや他のアイドルのレッスンなども見ていった。

 

 

 あいも変わらず。何かしらのトラブルが起こるシンデレラプロジェクトに翠は微笑みながらも彼女たちの成長を阻害しない程度に助言をし、夏にあった大きなイベントを成功させた。

 

 

 そのイベントはシンデレラプロジェクトだけでなく、高垣や輿水など多くのアイドルが参加し、翠も例外にもれなかった。

 

 

 翠がステージに立った時は観客から主に悲しみの声が上がったが、そこはカリスマというべきか一言でおさめてしまった。

 

 

 夏が過ぎた頃には美城常務が帰ってくるやアイドルグループや番組を解散させたり、プロジェクトクローネを発足させてその筆頭に翠を置いたりなど大きな混乱があり。

 シンデレラプロジェクトにも大きな危機が訪れ、一番困惑に陥ったのは島村であった。

 

 

 彼女のことは任せろと翠がハッキリと言ったため、武内Pはそれでも手の空いている翠とともに混乱の事態を落ち着かせた。

 

 

 島村も翠との話により自身を、そして自信を取り戻して誰もが見とれるような笑顔を浮かべるようになった。

 

 

 そして年明けにまたアイドルのみんなで大騒ぎを起こしたりした翠はアルバムの発売日と同じ日から生放送でライブをやると発表した。

 

 

 この発表は翠がゲストとしてラジオ番組に呼ばれた際、話の流れを無視して終了時間ギリギリに滑り込むようにしてセリフを残した。

 

 

 突然、奈緒もお偉いさんもこのことについては何も知らず。

 346にはどういったことなのかと電話が鳴り響くが翠の独断としか説明できず。

 これまた緊急会見を開くこととなった。

 

 

 次の日の昼に行われた記者会見。

 またもテレビで生中継をされたため、その日の日本。そして翠の人気がある国では『時間が止まった三十分』と言われる放送となった。

 

 

 このような事態を起こした本人の説明はいたって簡単なものであった。

 ようは、今まで通りにライブを行うが、それをリアルタイムでテレビ放送するというだけのもの。

 お偉いさんたちはこのようなことに利益収入が得られないと考えていたが、翠が放った最後の一言にその考えは覆された。

 

 

『そういや言ってなかったけど、このアルバムがラスト。最後のアルバムで、ライブもファイナルライブだから。……たぶん、気が向かない限りは単独で二度とやることはないだろうね」

 

 

 日本語として色々と意味が矛盾したりもしているが、翠がやらないといった雰囲気を匂わせたらやらないことを身近な人たちだけでなく、ファンたちも感じ取っていた。

 

 

 そして五日間も行われる翠の単独ライブ。

 先行や一般の販売だとサーバーがパンクするなどの事態も考えられたため、少し特殊な方法で行われた。

 

 

 ハガキに行きたい人数と参加したい日を記入してもらい、それを送るのである。

 リアルタイムで放送されるとはいえ、大勢の人に生で見てもらいたいため、複数日希望でも一日しか当選はしない。

 

 

 当然、一人が複数枚送っていることが分かればその人は当選することがない。ということも周知の事実である。

 

 

 送られてきたハガキの枚数はとんでもないこととなったが、そこからさらにランダムで選ぶとなると果てしないほどの時間がかかる。

 

 

 と、いうわけでその仕事に起用されたのは哀れにも346のアイドルたちであった。

 仕事がないアイドルたちは呼ばれ、全員かかりきりで頑張ってやった。

 

 

 そのような事情もあったが、なんとか無事にライブを迎えることとなった。

 

 

 完全書き下ろしのアルバムに入っている新曲まで歌われ、初日から大いに盛り上がり。……そして最後はファンの皆が涙する。

 そんなライブも四日終わり、最後の五日目となっていた。

 

 

 

「いろいろ、あったなぁ……」

「そう言えば、お前についての話が今まで忙しくて聞けていなかったな」

「そういやそうだな。集まってる時がよかったけど……奈緒だけには伝えておくか」

 

 くるりと振り返り、奈緒への目をまっすぐに見つめる。

 

「俺、実は天使なんだ。みんなを笑顔にする」

「ふんっ。笑顔にさせてないじゃないか」

「そうだねぇ……歩いているとき、泣かないことなんて無いんだよ。だけど、最後にはみんな笑っているものさ。今日が最後のライブだ。それを見せてあげるよ」

 

 ビシッとゆびを奈緒に向けながらニヒッと笑い、何も聞かずにステージへと上がっていく翠。

 

「…………ふんっ」

 

 なおはステージへと上がった翠の背中を見て、一つ鼻を鳴らすだけであった。

 

 

 本当に最後のライブが始まり、ファンのみんなも、翠も。興奮は最高潮へと達していた。

 しかし、半ばを過ぎてから徐々に泣く人が増え始める。

 

 

 そして最後の曲を前に、全員が涙を流していた。

 

「……ねぇ、みんな」

 

 そんなファンを前に。そしてテレビを見て涙しているであろうファンに。

 翠は最後の曲の前にトークを始める。

 

「みんなは今、俺の姿が見えているかい?」

 

 説明が少なすぎる言葉。

 これだけで翠が言いたいことに気づいたのは何人いたことだろう。

 

「みんなは今、本当に悲しいのかい?」

 

 俯いて涙を流している人たちが顔を上げる。

 

「みんなは今、何をしてるんだい?」

 

 涙で濡れた目を拭い、翠の姿を目に焼き付けるよう見つめる。

 

「みんなは今、俺の姿が見えているかい?」

 

 繰り返されたセリフ。

 翠の問いかけに僅かであるが『……ぉぉ!』と声が聞こえる。

 それが耳に届いた翠はかすかに笑みを浮かべ、ファンを一人一人見るように周りをゆっくりと見回す。

 

「最後のライブなんだ。泣いて見れない、悲しく終わったなんて嫌じゃないか。――最後は笑って見送ってくれ!」

『――――わぁぁぁぁぁああ!』

 

 その歓声は会場だけでなく。日本国内で響き渡ったような。そんな気さえするほどに大きなものであった。

 

「みんなも笑って一緒に歌おうか! 『歩んだその先へ』!」

 

 その歌は絶望に打ちひしがれた少年が僅かな光を希望に。ときに立ち止まり、くじけても周りから助けられ、そして周りを引っ張っていく。

 

 ――そんな、歌。

 

 会場にいるファンだけでなく。テレビの前にいる人たちも一緒に歌っているような。そんな感覚をみな抱きながらも歌っていく。

 しかし、堪えきれずに涙を流すもの。

 それは周りにいる人たちもつられて広がっていく。

 曲の最後の方では歌い続けながらもみなが涙を流していた。

 

「みんな――いい笑顔だよ!」

 

 だが、誰一人として。

 たとえ涙を流そうとも。

 

 ――笑顔を浮かべていない人などいなかった。

 

「いずれ語られる人になるだろうけど! 忘れられる日が来るけれど!」

 

 今まで。人前で素の感情を表になど出してこなかった翠であったが。

 

「俺はこのアイドル生活! すっごい楽しかった!」

 

 今日のこの日は特別であるのか。

 

「いろんな人に支えられて! いろんな人に喜んでもらえて!」

 

 まるでいままでの思いをいま、解き放っているかのように。

 

「――今まで本当にありがとう!!」

 

 涙をボロボロと流していた。

 

 涙を流しながらも、やはり笑顔を浮かべて力いっぱいに手を振っている。

 その姿を見たファンは堪え切ることができず。声を出しながら泣き崩れるもの。一緒に見に来た家族や親友、恋人などと抱き合って涙するもの。

 反応は様々であれ感情の赴くまま、素直にさらけ出していた。

 

 

 そんなファンの姿をしばらく眺めていた翠は深く頭を下げ、そしてステージから去っていった。

 

 

 

 ――ステージの真ん中には今までずっと使ってきたマイクを置いて。

 

 

 

 様々な会場でライブをしてきた翠であったが。

 マイクだけはこれを使うと意志を貫き通して同じものを使ってきた。

 それをステージの中央に置いていく意味に。

 誰もが気づかないわけがなかった。

 

「やはり、泣いていたではないか」

「明日にはみんな、元気だよ。前を向いてみんな、歩み始めるはずさ」

「そういうことにしておいてやる」

「アイドルは引退したわけだが……これからもよろしく頼むよ」

 

 目が赤くなっている奈緒に何も言うことはなく。

 言葉を交わし、無言で拳を突き出す。

 

「ほんと、世話の焼けるやつだ」

 

 愚痴を漏らしながらも口の端を釣り上げた奈緒は翠の拳に自身の拳をコツンと当てる。

 

「にひひ」

「ふんっ」

 

 嬉しそうに笑顔を浮かべる翠と、照れ隠しなのか腕を組んで真っ赤な顔を逸らす奈緒の姿が。

 誰の目にも触れていない、二人だけの――。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「なんて話を考えたんだけど……どう?」

「そんなの、あくまでお前の妄想だろう。硬貨は表――つまりはアイドル生活続行なんだ。加えて仕事を増やしてもいいんだろう? アルバムが発売された後、覚悟しておけよ」

「…………こんな仕事のない日々は今だけなのか」

「いままでも大して変わっていないだろう」

「そうなんだけどさぁ……気分の問題だって」

「曲を書きながらそのような妄想を考えるとは……お前、本も出してみるか?」

「やべぇ……仕事増えるわ……」

 

 ぐちぐち言いながらも翠はペンに走らせる筆を止めない。

 

 あの日。五人が見守る中、硬貨は桜の面を上にして止まった。

 その瞬間、歓喜するものと悲しみに打ちひしがれるものに分かれた。

 喜ぶ比率のが断然多いのだが。

 

 そして現在、仕事の合間にふざけていた翠を見つけ、こうして監視をしているわけである。

 来年に発売されるアルバムの後は翠の仕事が復活するため。そしてなにより、本人が仕事を増やしてもいいと言ったため。

 奈緒は内心ウキウキである。

 そして逆に翠はそんな奈緒にビクビクしながらも曲を書いては時が進むことを嘆いていた。

 

「…………まあ、しばらくは束の間の休息を楽しみますかな」

 

 そのようなことを呟きながらも。

 翠の表情はとても楽しそうであった。



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42話


【挿絵表示】

平井銀二さんより、素敵なイラストを頂きました!



 作詞作曲を始めてから数日。

 翠はいまーー

 

 

 

「……誰かで遊ぶか」

 

 

 

 飽きていた。

 

 少し語弊があるためそれを正すと。

 作詞作曲自体は半ば出来上がっていた。

 もともと考えついていたため、それを書き起こすだけである。

 ただ……その書き起こす作業に飽きたのである。

 

 そのため、346のとある部屋で作業していた翠は握っていたペンを机に放り。

 散歩をして見つけたアイドルで遊ぼうと考えていた。

 

 前回は休憩中の奈緒に見つかったため、その後は監視付きで書くことになったのだが今日は違う。

 

 仕事として346に来ていたが、外回りでどこかへと行っていることを翠は知っていた。

 そしてそのまま夜まで戻らず、下手をすれば直で帰宅することも。

 

「…………誰がおるかの」

 

 ニタリと笑みを浮かべた翠は休日の346を探索すべく、ドアを開けた。

 

 

 

 この日は朝八時に奈緒の手によって連れてこられ、書いていたのだが……翠の集中力が持ったのは二時間だけであった。

 

 昼にはまだ少し時間があるが、(遊びに)飢えた一人の青年が解き放たれた。

 

☆☆☆

 

「ふみたん見っけ」

「おはようございます、翠さん」

「カフェで読書は珍しい」

「ありすちゃんとーー」

「橘です」

「おお、居たのかちみっ子」

 

 ウサミンを求め、いつも通り真っ先に向かったのはカフェであるが、なんと残念なことに休憩の時間らしい。

 といっても十分ほどで戻るらしく、お茶をしようかと周りを見回し、そして二人を見つけた。

 

「ふみたんに勉強教わってるのか?」

「はい。鷺沢さんは色々な物事に詳しいので」

「私なんかよりも翠さんの方が知識が豊富ですよ?」

「……翠さんに教わるのはちょっと」

「本人目の前にして言うなし」

「あはは……」

 

 鷺沢も苦笑いを浮かべるも否定はせず。

 翠は流れるような動作で空いている席に腰掛け、飲み物と軽食を頼む。

 

「それで翠さんはしばらく仕事がないはずですけど」

「いやぁ……全曲書き下ろしのアルバム出すからさぁ……。さっきまで部屋で作詞作曲」

「全曲ですか……」

「三十は作れって言われたかな? ある程度ストックのようなものはあったけど……いくつか足りない分はいつかポッと浮かぶでしょ」

 

 橘か鷺沢か。

 テーブルの上にあったクッキーを断りもなく食べながら説明をする。

 

「んで、今は暇になったから誰かで遊ぼうかなって」

「……私、用事を思い出したので今日は帰りますね」

「お子ちゃまは帰りなさいな」

「お子ちゃまじゃないです!」

「なら、残ろうか」

「……そ、それとこれとは別です!」

 

 一瞬、頷きかけた橘であるが、すんでのところで留まった。

 

「とりあえず、ありすとふみたんは参加ね」

「……何をするんですか?」

「それはまだ秘密。用意が整ったら連絡するから。遅くとも午後三時には」

 

 頼んだ品が届き、軽く空いた腹にサンドイッチと紅茶を流し込んで席を立つ。

 

「ウサミン来たら伝えておいて。逃げたら分かるよね? って付け加えて」

 

 それだけ伝えると他の人を探しに再び足を運ぶ。

 食堂に着くと、また一人アイドルを見つける。

 

「周子……もう昼?」

「ううん。小腹が空いたから」

 

 ラーメンをすする塩見の前に腰掛け、声をかける。

 翠に気づいた塩見も目に見えて分かるほどに嬉しそうな雰囲気を出す。

 

「午後三時くらいに催し考えてるけど、どうする?」

「愚問だよ、翠さん。出るに決まってるよ!」

「んじゃ、決まったら連絡入れるな」

「まったねー」

 

 話を終えた翠は再び別の場所へ足を向けながら、携帯のメモ帳に誰が参加するかを書き留める。

 

「おっはよー、翠さん」

「美嘉かぁ……」

「なんで残念そうにされたの……」

「意味はないが……とりあえず、お前も参加な」

「へっ? 何に?」

「午後三時になったら連絡するから」

 

 困惑している城ヶ崎姉を置き、伝えることだけ伝えた翠は声が聞こえてくる部屋へと向かう。

 

「およよ、珍しい組み合わせ……?」

「まあ、珍しいといえば珍しいのかな?」

「でも、同じシンデレラプロジェクトのメンバーですし、おかしくはないですよ!」

 

 そこに居たのは双葉に島村、神崎、前川、赤城の五人であった。

 みな動きやすそうな格好をしており、首にタオルをかけていた。

 そばにはフタの開いたスポーツドリンクにCDプレーヤーが置いてあり、自主的にレッスンをしていたと分かる。

 

「他の人たちは休みだけど用事だったり、ユニットの仕事があったの」

「んー、まあ五人でいっか」

「どうかしたにゃ?」

「午後三時に催し考えてんだけど。準備終わったら連絡するから来てね?」

「我が命に変えても!」

「よく分からないけど楽しみにしてるねー!」

 

 二人は喜んでいたが、残る三人はどこか疲れたような表情をしていた。

 しかし、翠がそれに突っ込むことはなく。

 ニッコリと笑みを浮かべて見ただけで、そのまま他のアイドル探しにどこかへと向かう。

 

 

 

「まゆ、居るー?」

 

 アイドルを探していた翠だが、先ほどまでの運がよかっただけなのか。誰とも出会うことはなく噴水のところまで来ていた。

 そこで大きいわけでも小さいわけでもなく、独り言のように呟いた翠。

 一分、二分と経ち。

 そして秒針が三周目を終える前。

 どこからともなく佐久間が姿を現わす。

 

「午後三時に催し考えててさ。まだ何人か声かけようと思ってるんだけど、催しの準備、してくれない? 必要なものとか何するか詳しくはこの紙に書いてあるからさ」

「はぁい、分かりました」

 

 紙を受け取った佐久間は目を通し、何が必要かの確認を終えると準備に取り掛かろうとしたが。

 

「あ、まゆ」

「はい?」

 

 翠が呼び止め、近くへ来るよう手招きをする。

 

「どうかしましたか?」

「まあ、いいからいいから。もう少しこう、屈むようにして」

 

 何をしたいのか意図が分からないが、取り敢えず翠のいう通り行動に移す。

 

「あの?」

「ーーん」

 

 手が頰に触れ。

 嬉しさから赤くなった佐久間の頰に翠は顔を寄せてキスをする。

 

「ーーふぇっ!?」

 

 何をされたのか瞬時に理解した佐久間の頰は先ほどまでとは比べものにならないくらい顔を赤くさせ、翠から距離を取る。

 

「な、ななななな!?」

「いやさ、普段から色々してもらってる割には何も返してなかったな、と。普段からキスねだってたから」

「嬉しいですけど! 嬉しいですけど! 不意打ちみたいなのはズルいです!」

「女心は難しいな……」

 

 どこか子どもっぽくなった佐久間を見ながら。

 翠はよく理解できない心情に困ったような表情を浮かべる。

 

「また、気まぐれでするかもね」

「こ、今度するときは事前に言って欲しいです……」

「今の反応が面白かったから、それは無理な相談だ」

 

 まだ顔を真っ赤にしたままの佐久間を見てニヤニヤしながらそう答える。

 

「それじゃ、準備の方はお願いね」

「はい。大きなご褒美をもらっちゃいましたし、頑張りますね」

 

 準備をするために行ってしまった佐久間の背中が見えなくなると、翠は携帯を取り出してどこかへと電話をかける。

 

『残念ながら可愛い僕は人気者であるため、只今電話に出ることができません。また時間をおいて電話をかけていただくか、メッセージを残してください』

「……仕事中か?」

 

 しかし、電話は繋がらず。

 つまらなそうにしながらもメッセージを残す。

 

「はいはい、みんな大好き翠さんですよー。このメッセージ聞いたなら…………至急折り返し電話かけろ」

 

 初めは明るい声であったものの、一度区切った後にマジトーンで用件を伝えると、翠は『ふぅ』と息を漏らすと何か大きなことをやりきったかのような清々しい雰囲気を纏っていた。

 そしてまた、電話帳から別の相手を探して電話をかける。

 

『もしもしー、どしたのー? 翠さんから電話なんて珍しいこともあるもんだねー』

「しきにゃん、俺にも話させてよ……」

『にゃははは、ゴメンゴメン。いま、フレちゃん、奏の三人でケーキ食べに来てるんだー」

「んじゃ、俺に何かケーキを手土産で買って戻っておいで」

『にゃふふ、何かまた面白いことー?』

「当然」

『二人にも伝えておくねー』

「おやつの時間に始める予定だからそれまでにはなー」

『わかったー』

 

 通話を終えた翠は再び息を吐き、今まで誘ったアイドル(輿水、ウサミン含む)を数える。

 

「十五人かぁ……少し多いか? いや、使用を少し変えればいいか」

 

 現在時刻は十二時を少し過ぎたあたり。

 翠は佐久間の手伝いをするため、どこでやるかの場所を確認するために電話をかける。




明日、43話載せますね。時間は午後七時です。


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43話

すいません。予約投稿し忘れ……



「みなさんお集まりのようで。それではそろそろ約束の時間でありますし、始めたいと思いまーす」

 

 場所は346から移動してどこかの撮影スタジオ。

 そしてそこには翠と集められたアイドルたちだけでなく、カメラマンやディレクターなどもいた。

 しかし、訳の分からないアイドルたちに翠から詳しい説明はなく。そのまま勧められていく。

 

「今から始めるのは"翠さんの、翠さんによる、翠さんのための催し"です。主に"ジャッジ"は俺。補助としてまゆ。君らは回答者ね」

 

 質問を与える暇すらなく、どんどん話していく。

 

「俺が独断と偏見で組んだチームに分かれてこれから出す問題に答えてもらいます。異論反論は認めぬ」

 

 腹が立つようなドヤ顔を決めながらメモした紙を手に取る。

 

「チーム1にはふみたん、ありす、フレデリカ。チーム2はウサミン、幸子、しきにゃん。チーム3は周子、奏、みく。チーム4は美嘉。チーム5はうーちゃん、みりあ、蘭子。チーム6は杏。以上」

「えっ!? 私一人!?」

「煩い。杏だって一人だろうが」

「いやいやいや! 三人のとこから一人ぐらい……」

「異論反論は認めぬぞ?」

 

 こうなった翠が意見を変えないことを理解しているからか、納得はしていないが大人しく引き下がる城ヶ崎姉であった。

 

「さてさて、言われたチームに分かれて」

 

 ワイワイきゃあきゃあと楽しそうにしながらそれぞれ移動していく。

 皆が移動を終えたのを確認すると、翠はカメラマンにアイコンタクトを送る。

 

「今から撮影も始めるけど、主に俺が後で楽しむようだから素でいいから。ってことで始まりました! 『第一回! 考えるな! 感じろ! 翠さんによるクエスチョン!』」

 

 いきなりの事で反応しきれないアイドルたちだが、翠一人でテンションを上げ、タイトルコールの後にも一人で拍手をしている光景は少し異様であった。

 

「改めて簡単なルール説明をまゆさんどぞ!」

「はい。これから出題される問題に答えていただくだけです。回答権を得るためには手元にあるボタンを押してください」

「うむ、ただそれだけ。シンプルイズザベスト!」

 

 翠は意味もなくその場でクルクルと回りながら首を縦に振り、ピタッとその動きを止める。

 

「第一問!」

「1たす1は?」

『…………へ?』

 

 一問目の問題。

 皆はどのような問題が出るか楽しみにしていたが、予想外のことに何人かの思考が停止する。

 

 ーーピンポン

 

「はい、みりあ! どうぞ!」

「2!」

「正解! 大変よくできました!」

「正解したチームに1ポイント入ります」

 

 背後にあるモニターの数字がゼロから1へと変わる。

 

「続いて第二問!」

「翠さんはいま、全曲書き下ろしのアルバムを作成中ですが、奈緒さんから何曲作るように言われているでしょうか」

 

 ーーピンポン

 

「はい、ふみたん!」

「三十曲……?」

「正解! よくできました!」

 

 いきなり変わった出題傾向に多少の差異はあれど、みな困惑する中。

 いち早く落ち着いた鷺沢がボタンを押し、見事正解を取る。

 そして先ほどと同じように背後のモニターにある数字がゼロから1に変わる。

 

「じゃんじゃんいきます第三問!」

「公式発表されている翠さんの身長、体重はいくつでしょう」

 

 ーーピンポン

 

「はい、杏!」

「身長138センチ、体重32キロ!」

「正解正解! あなたは俺のストーカーでしょうか!」

 

 茶々を入れながらも変わらず高いテンションで進行を続けていく翠。

 アイドルたちも慣れてきたのか、三問目にしてボタンの早押しが必要になってくるほどであった。

 回答権を得られなかった数名は悔しがっていたりする。

 

「第四問!」

「翠さんは何故、このような催しを行なったでしょうか」

 

 ーーピンポン

 

「はい、うーちゃん!」

「皆さんと楽しいことがしたかったから!」

「あー、それもあるけど今回は残念! 違います!」

 

 ーーピンポン

 

「はい、ウサミン!」

「私たちをからかって遊ぶため!」

「残念違います!」

 

 ーーピンポン

 

「はい、しきにゃん!」

「暇だったから!」

「残念違います!」

 

 ーーピンポン

 

「はい、周子!」

「……飽きたから?」

「正解です! 正確には作詞作曲に飽きたからでした!」

 

 意外と間違いが続いたことに翠は笑みを深める。

 

「まだまだ続くよ第五問!」

「翠さんがーー」

 

 

 

 このような調子でクイズは進んでいった。

 明確な答えがない問題のとき、翠の独断と偏見、そして気分によって問題の答えが違うといういやらしいものもあったが、その正解を引き当てるアイドルが数名いたことにカメラマンやディレクターたちは少し引いていたりする。

 

 例えば食材、調理工程を口頭で話し、料理の名前を当てるという問題。

 肉じゃがの材料を言い、肉じゃがの調理工程を言ったにもかかわらず正解は『肉じゃが』ではなく。

 『母親の作った愛情たっぷり肉じゃが』である。

 

 ようやく回答権を得られた城ヶ崎姉が『肉じゃが』と答えて不正解と言われ。その後に神崎が標準語で先ほどの正解を答えた時の表情に翠はしばらく笑い転げていた。

 

 続いてはあったのはカレーの材料、調理工程を言った時である。

 先ほどのミスは犯さないと、回答権を得た城ヶ崎姉が『母親の愛情たっぷりカレー』と自信満々に答えながらの不正解。

 その後に双葉が『父親の不器用カレー』と答えて正解を取っていった。

 

 極め付けは城ヶ崎姉が二度の失敗を活かして答えた『兄の手作り生姜焼き』であったが、その時の正解はただ単に『生姜焼き』であった。

 

 弄られるのは城ヶ崎姉だけでなく、当然のように輿水とウサミンもである。

 ウサミンの場合、『ウサミン星からやってきたウサミンこと安部菜々さんですが、何歳でしょうか』といった具合である。

 この時は真っ赤な顔をしたウサミンが回答権を得て、『じゅ、十七歳に決まってるじゃないですか! な、菜々は永遠の十七歳なんですから!』といった必死の様子から、翠はしょうがないといった雰囲気を前面に出しながらも正解を与えた。

 

 輿水では、『自称可愛い僕でおなじみのウザキャラ、輿水幸子さんですが、翠さんの中でどのように思われているでしょうか』といった感じである。

 問題に対してワーワーと煩かった輿水であったが、なにげに回答権を得ていたりした。

 そして自信満々に『可愛い!』と答えるも不正解であり。

 次に回答権を得た宮本の『体当たり芸人』が正解であった。

 またなにやら騒がしくするも、どこから取り出したのか翠が巨大なハリセンを持っており、ニッコリと微笑むだけで大人しくなった。

 

「次が最終問題だ! 本当は最後の問題に答えると今持っているポイントが倍になる予定だったんだけど……主に美嘉があまりにもできなさすぎたため。ベタに一万ポイント入りまーす!」

 

 城ヶ崎姉を除くと殆どが僅差であり、トップと比べれば三倍までいかなくとも、それに近いほど離れていた。

 

「そして言い忘れてましたが、ここまで付き合ったのに景品がない……なんてことはなく! キチンと優勝賞品があるので。まあ、頑張りましょ」

 

 優勝賞品があると聞いて、皆の雰囲気が変わり。次の一問に全神経を注いでいる。

 

「最終問題です。翠さんは何故、アイドルを始めたのでしょうか」

 

 ーーピンポン

 

「はい、杏」

「印税生活のため!」

「残念! それが理由ではないと言い切れぬが、別に理由がありまする」

 

 ーーピンポン

 

「はい、しきにゃん!」

「なんとなく?」

「残念! またのお越しを!」

 

 ーーピンポン

 

「はい、みりあ!」

「楽しそうだったから!」

「残念! 違います!」

 

 ーーピンポン

 

「はい、幸子!」

「可愛い僕に会うためですよね!」

「はい、次ー!」

「スルーは酷いですよ!」

 

 ーーピンポン

 

「うーちゃん、どぞ!」

「笑顔が素敵だから、ですか?」

「残念! 俺はたっちゃんからスカウトされてません!」

 

 ーーピンポン

 

「奏!」

「暇だったからとか?」

「残念! 理由の一つであるけど大きな理由ではない! 残念!」

「二回も言われると虚しいものね……」

 

 ーーピンポン

 

「はい、駄猫」

「…………」

「はい、残念!」

「まだ何も言ってないにゃ!」

「なんか不満そうなので残念!」

 

 ーーピンポン

 

「蘭子、どうぞ! そろそろ当ててくれると信じてる!」

「こ、こうして楽しく過ごしたかった……からですか?」

「…………」

「…………」

「正解です! ってことで蘭子、うーちゃん、みりあのチームに一万ポイント入りまーす! んでもって全問題が終了したため、優勝したのは蘭子、うーちゃん、みりあチームです! はい、拍手!」

 

 翠にならうよう、まばらな拍手が続く。

 

「さてさて、豪華な優勝賞品なんだが……何がいい? 人によって何が豪華かそれぞれだし。俺にできる範囲なら何でも叶えちゃるぞ?」

『な、何でも……!?』

「そ、そそそそれって、け、ケッコンも……!?」

「まあ、別にいいけど……君たちがそれでいいんなら、ね。それと、チームで一つだから。そこんとこよく話し合って決めてーな」

 

 三人は話になるようにして顔を合わせ、どうするか話し合っている。

 待っている間、暇になった翠は罰ゲームと称して城ヶ崎姉をダンス付きのアカペラで歌わせていたが、ただ単に思いつきだったのかそれをボーッと眺めながらあくびをしていた。

 

「美嘉と杏は最後に正解していれば自身の願いを言えたのにな」

「どこぞのアニメみたいだね。自身の願いを叶えようって」

「あんな万能じゃないけどね」

 

 しばらくして、どうするか決まったらしく。

 

「んで、どーする?」

 

 どんな願いが来るのか翠はドキドキしながら尋ねる。

 

「みんなでご飯食べに行きたい!」

 

 元気よく答えたのは赤城であった。

 そして願いを聞いた翠はポカンと呆けた表情となる。

 

「そんなんでいいの?」

「うん! みんなで楽しくご飯食べたい!」

「そっか……うん、分かった。このままみんなでご飯食べに行こっか」

 

 カメラマンやディレクターなどにも声をかけ、優勝したチームである赤城たちが食べたいと言った寿司屋へと移動し、みんなでわいわい食事を楽しんだ。

 もちろん、勘定は翠持ちである。

 人数が人数であるため、桁もそれなりであった。自身の都合で集めたこともあり、楽しいまま帰ってもらいたかったため、みなが店を出てから会計を済ませたりする。

 

 何人かはそれに気づいていたが、翠が口の前に人差し指を立ててウインクをしたため、そのまま口にすることはなかった。

 

☆☆☆

 

 次の日。

 こんな大掛かりなことをしてバレなかった、なんてことはなく。

 しかもテレビ局に話は通してあるらしく、編集などを多少して一ヶ月後に放送することも決まっていたりする。

 

 それを聞いたアイドルたちは奈緒とともに翠を追いかけ始める。

 

 捕まればあれこれと言われたり説教を受けた後、また強制的に部屋に連れて行かれることが目に見えているため、翠は普段、鳴りを潜めている運動能力をフルに発揮して逃げ回っていた。

 

 

 

 今日もまた、346には。翠とアイドルたちの元気な声が響き渡る。



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44話

……お気に入り、1500突破ありがとうございます
ハロウィンに書いてあった通り、クリスマス、大晦日、元旦と近づいておいでです。(クリスマスにいたっては明後日、明々後日とか…)


「次にデビューするユニットの発表をしようぜ!」

 

 シンデレラプロジェクトの面々と武内P。そして翠を加えて部屋へと集まっていた。

 そして先ほどの宣言をしたわけであるが……。

 

「なんだかついこの間も似たようなことがあった気がするにゃ……」

「……気のせいなんかじゃないにぃ」

「はい、そこ静かに!」

 

 反応は微妙に悪く。

 コソコソと話していたのを地獄耳で聞き取った翠は二人に指を向けながら注意をする。

 

「ってか、駄猫ときらりは残ってる組なんだから、んなこと言ってる暇ないはずなんだが……」

「もしかして、ついにみくのデビューかにゃ!?」

「いんや、駄猫は次のデビューなんだが」

「…………上げて落とすのは良くないにゃ」

「次にデビューできるんだから我慢しろって」

 

 ズーンと効果音がつきそうなほど落ち込む前川であったが、続けられた言葉に気を持ち直す。

 

「あの……翠さん……」

「あれ? まだ秘密だったん?」

「一応、その……はい」

「まー、気にしない気にしない。駄猫も言いふらしたらデビューの話が流れるくらい理解してるって。……な?」

「えっ!? 流れるの!?」

「嘘だがな」

 

 続けてからかわれた事に顔を赤くし、仕返しとばかりに翠へと近づいて頬っぺたをぐにーっと引っ張る。

 

「ふぇんぱいだぞ」

「そんな威厳、微塵もないにゃ」

 

 前川にジト目を向けられながら威厳がないと言われたからか、未だに頬を引っ張られたままの翠は腰に手を当て、少し胸を逸らす。

 

「大して変わらないにゃ。……ん?」

 

 頰から手を離した前川。今度は両手でグニグニと頬を押したりして揉んでいたが、首をかしげる。

 

「さてさて、駄猫。おふざけもここまでにして発表をだな……」

 

 どこか焦った様子を見せながら。翠は頬をいじる手をどかし、少し距離を取る。

 その行動を見て、羨ましそうな目を向けていた神崎が何かに気づいたのか。

 近づくと有無を言わさず自身の額と翠の額を合わせる。

 

「翠さん、熱あります」

「……うへぇ」

 

 さすがにあそこまでされれば、言い訳しても意味がないと分かっているため。翠は否定する事なく認める。

 

「……まあ風邪とかじゃないし、ただの発熱だから明日には治ってるから」

 

 認めはしたが、そのまま引き下がるかと言われたら『ノー』であったが。

 しかし、先ほどまでは見ただけで熱があるなどと分からなかったが、そう指摘されてから翠の頰が赤くなっていき。加えてどこかボーッとしているように見える。

 

「翠さん、ここに寝てください」

 

 ソファーに座っていた子たちは立って場所を開け、武内Pが翠を抱き上げてそこへ寝かせる。

 

「んむむ、大丈夫なのに」

「大丈夫って、立ってるのもやっとのように見えましたよ?」

「ハーブティーを入れたので、これを飲んで落ち着いてください」

「落ち着いてはいるんだがなぁ……」

 

 ブツブツなにかを言いながらも上体を起こし、三村からカップを受け取って火傷しないようゆっくりと飲んでいく。

 

「美味いなぁ……」

 

 空になったカップを見返しながら。ジジくさい感じで呟き、首をかしげる。

 

「なぜ、みんな俺を見てくるし」

「心配だからに決まってるにゃ」

「みくちゃんの言う通りです」

「うむむ、大丈夫なのーーケホッ」

 

 口元に手を当て、ひとつ咳をする翠。

 そのまま手を握り、手のひらを皆に見せないようにする。

 

「ちょっち、朝飲んだトマトジュースが出てきたから手を洗ってくるよ」

「……でしたら、私が付き添いで行きますので」

「杏が行くよ」

「いえ、私一人で大丈夫ですので」

「翠さんの付き添い、杏と蘭子で行くから。プロデューサーはみんなに今回デビューする人の発表してて」

「たっちゃん、杏の言う通りでええよ」

「……翠さんがそうおっしゃるのなら」

 

 納得いかないようであったが、翠に言われたならば引き下がるしかなく。

 熱のせいか、少しふらつく体を双葉と神崎に支えられながら部屋を出て行く。

 

「翠さん、大丈夫かなぁ?」

「飲んだものが出てくるって相当だけど……」

「……翠さんのことは心配ですが、まずは今回デビューしていただく方たちを伝えさせていただきます」

 

 とあることを悟らせないため。

 話題を変える意味も含め、翠から促されていたデビューする人を発表する。

 

☆☆☆

 

「翠さん」

「ん、大丈夫大丈夫。手は洗ったし、うがいもしたから」

 

 タオルで水滴を拭き取り、キレイになったと手のひらを二人に向ける。

 しかし、二人は顔を苦しそうに歪めたままであった。

 

「翠さん」

「デビューした子たちに伝えねばならぬこともあるし、そろそろ戻ろうか」

 

 二人が呼びかけるも、翠は目を合わせようとはせず。口から出る言葉を何かから逃げているようであった。

 

「トマトが嫌いな翠さんがトマトジュースを飲むわけないじゃん」

「……嫌いなのはトマトだけで、ジュースは平気かもよ?」

「大丈夫なのはケチャップやスパゲッティのトマトだけです」

「ファンなら常識だよ。あの場じゃサラリと流れていたけど、誤魔化されないよ」

 

 ジッと二人から目を向けられ、さすがに観念したのか。右手で髪をクシャクシャとさせながらため息をつく。

 

「そーですよー……さっきのは血ですよー……」

「……大変なことなのに気が抜けるね」

「大変なことなんですよ! ふざけちゃダメです!」

「まあ、これも発熱した時は毎回だし。熱が引けば大丈夫だからなぁ……。あまり気にせんでもええよ?」

 

 そう言われ、はいそうですか。などと納得できるはずもなく。

 全部話せと目で訴える。

 

「そんな『全部ゲロッちまえ』みたいな目を向けられても、今ので全部だし……」

「翠さんは隠し事が多すぎます!」

「今もそう言ってるけど、本当かどうか疑わしいよね」

 

 やはり、普段の行いがモノを言うのだろう。

 隠し事が多いのは事実であり、それを誰にも打ち明けてこなかったのである。

 二人もそのことをよく理解しているため、こうして引き下がらないでいた。

 

「んむむ……ならばこの話も例の日に纏めて話そうぞ」

「……本当に話す?」

「話しますよー……」

「……不満は残りますけど、今回も大人しく引き下がります」

「おう、そうしたまえー」

 

 ホッとした表情で頷き、先ほどよりは多少しっかりとした足取りで戻って行く。

 二人も不満そうな表情をしながらその後を追う。

 

「ただいま戻ったでござる」

「翠さん! ついに莉嘉のデビューがきたよ!」

「みりあもデビューするの! きらりちゃんも一緒に!」

 

 部屋に戻るや、デビューが決まったと喜ぶちびっ子二人が駆け寄ってくる。

 翠も負けず劣らずに小さいため、子どもが三人集まったようである。

 

「ほうほう、それはそれは。人前でも緊張なんてしないで楽しむんだよ?」

「うん!」

「分かってるって!」

 

 2人に軽くアドバイスを送り、翠はとある2人の元へと向かう。

 

「お二人さんは次回になるが……それまで、わいの特別レッスンを受けさせてあげよう」

「…………うぇ」

「…………そ、それはちょっと大丈夫かなぁ」

「え? その程度で満足しちゃうん? ん?」

『……やってやる(にゃ)!』

 

 嫌そうな顔をして断ろうとしていた二人だが、翠の単純な煽りによってレッスンを受けることが決まった。

 特別レッスンなどと翠は言っていたが、じっさいは今までのとそれほど変わらなかったりする。

 ようは今回デビューできなかったことを引きずらせないために話題をそらした形である。

 

「これで、お二人さんがデビューするときはバッチシだね」

「……急にプレッシャーかけるのは良くないにゃ」

 

 ……果たして本当にそのような意図を持ってやったのか。

 実際はただからかうだけであったのか。

 

「取り敢えず……おれはそこで睨んでいる鬼に引きずられていき、作詞作曲の作業に入ります」

「よく分かってるじゃないか。それなら今日は十曲書けそうだな」

「いや……さすがに無理っす。そんなペースだと発売日に何百曲できる思いますか……」

 

 奈緒なら本当に書かせかねないため、普段の調子ではなく。そのことを想像してか、げんなりとしていた。

 

「仕事しなくてええんやから……って、伝え忘れてたことあったわ。奈緒とたっちゃん、それにちーちゃんと今西部長にも」

「「……?」」

「いやさ、アルバム出すまで仕事しないって言ったけど……夏フェスには俺も出るよ」

『夏フェス?』

 

 周りにはまだCPの面々がおり、翠から出た単語に反応する。

 

「……マズった?」

「ああ、やらかしたな」

「……はい」

 

 翠は武内Pと奈緒を呼び、部屋の隅に集まって小声で話す。

 

「誤魔化し効かないよな」

「無理だな。何人かはいけるかもしれないが……聡い子がいるだろ」

「仕方ない。話せる部分だけ話して納得してもらうか」

「……まだデビューしてない子もいますので、シンデレラプロジェクトのメンバーが出ることは伏せておいてください」

「任せんしゃい」

「もとよりお前の失敗だがな」

「……それはもう、忘れたことさ」

 

 これ以上、痛いとこを突かれないために二人の元から離れ、説明の要求をするアイドルたちへと向かう。

 

「先ほど、俺がふと漏らした夏フェスについてだが……去年や一昨年と同様である。ようは大きなイベントだ。今まで通り、トップアイドルが出るんだが、先も言った通り俺も出る。ただそれだけのことよ」

「みりあたちは出ないの?」

「どーなんだろ? みくたちのデビューも夏フェス前だし……たぶん、出るんじゃね?」

 

 武内Pに話すなと言われていたことをあっさりと口にした翠。

 

「すまない。後は頼んだ」

 

 これ以上ボロを出させないために、奈緒は武内Pに一言残し、翠の首根っこを掴んで部屋から出て行く。

 

「プロデューサー! 今のって本当!?」

「私たちもあの大きなイベントに参加できるんですか!?」

 

 当然、矛先は残された武内Pへと向く。

 興奮した様子で集まってくる面々に、武内Pは首に手を当てながら困ったように翠と奈緒が出ていったドアへと目を向ける。

 しかし、そこから誰かが入ってくることはなく。

 ため息をついて腹をくくり、目の前へと視線を戻す。

 

「現状ではまだ、なんとも言えません。翠さんがおっしゃったように、前川さんと多田さんのデビューが夏フェスの前にあります。お二人と皆さんの頑張り次第によって、まだ出ることが可能な余地はあります」

 

 説明を聞き、喜びをあらわにする面々。

 ただ一人。言わずもがな双葉であるが、嫌そうな顔をしているが今回はいつもと違うようで。どこか楽しみだといった感情もうかがえる。

 

「李衣菜ちゃん! 今から翠さんを引き戻してレッスンするにゃ!」

「うん! デビューと同時に観客を引き込むのはロックだね!」

「私たちも頑張らなくちゃ!」

「きらりたちもぉ、一緒にレッスンするにぃ!」

 

 わいわいきゃあきゃあと、騒がしくしながら皆は部屋から出て行き。翠にレッスンしてもらうために向かっていった。

 部屋に残されたのは武内Pと双葉の二人。

 

「双葉さんは行かれないのですか?」

「うーん。ちょっと、プロデューサーに聞きたいことがあるから。それを聞いてから行くよ」

「聞きたいこと、ですか。なんでしょう?」

 

 ごく稀に、翠が見せるような無機質な目をしている双葉は武内Pに向けながら口を開く。

 

 

 

 

 

「プロデューサーが知っている翠さんのこと、全部教えて」



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45話

ヤンデレの女の子って可愛いよね。大好きです。(唐突)

この小説、書き始めて……どれくらいたったんだ?
…だいたい、一年と二ヶ月。よくここまで続いたもんだ(まだ未完結)

本年もダラダラと更新は続けていく予定ですゆえ、みなさま、今年もよろしくお願いします。


「んもぅ! また杏ちゃんがいないにぃ!」

「あ、それなら私が行ってきます」

 

 翠にレッスンを見てくれと頼み、準備をしている時になり。双葉がいないことに諸星が気づき、声を上げる。

 それを聞き、すでに準備を終えている緒方が手をあげる。

 

「ごめんにぃ」

「ううん。いつもきらりちゃんが杏ちゃんのこと見てるから、手伝えたらいいなっておもってたの」

 

 話もそこそこに。緒方は双葉を連れてくるため向かう。

 

「初めてのテレビの時、杏ちゃんに助けられたこともあるし。きらりちゃんの力に少しでもなれるよう、もっとレッスンに連れてこなきゃ!」

 

 声を出して気合いを入れる緒方。

 もし、双葉が聞いていたのならば『感謝してるならもっとぐうたらさせてよ』とでも言っていたであろう。

 

 しかし、この場にはいないため。

 緒方の言葉に反応するものはいない。

 

「杏ちゃーー」

「ーーーーこと?」

「…………?」

 

 ドアを開け、双葉を呼ぼうとした緒方だが。

 ふと、聞こえてきた会話がなぜか気になり。その正体を掴むべく、気配を消すようにして歩きながら声のする方へと近づいていく。

 

 話は武内Pのデスクがある部屋で行われているらしく。

 緒方は中の話をよく聞こえるようにとドアに耳を当てる。

 

「双葉さんからは何も話せない、ですか?」

「無理無理。誰かがこれ以上、周りに漏らしたら……翠さん、引っ込んじゃうよ」

 

 すぐそばで緒方が聞き耳を立てているとは知らず、二人の会話は進む。

 

「……自分が何もできないのがもどかしいですね」

「……そりゃあ、翠さんがそうさせないように振舞ってきたんだからしょうがないでしょ。むしろ、ここまで短期間の間にボロが出て、加えて夏のイベントが終わったら翠さんから話の場所を設けてくれるって言ってるんだからすごい進歩じゃない?」

「それは……そうなのですが」

「翠さんには杏も含めてみんなが助けられたんだから……その、めずらしく本気でも出して、翠さんの力になるよ」

 

 頬を赤くさせ、そっぽを向いている姿が簡単に想像できるほど、口調から照れが伝わってくる。

 

 途中からである上、前提を知らない緒方は何なんの話かさっぱりであったが……翠が関係することと何か悩んでいるといった推測がたっていた。

 

 そしてその推測が外れていなかったりする。

 

「それより、そろそろあんずも行かないと。着替えたきらりが入ってきそうだから」

 

 それを聞いた瞬間、緒方はパッとドアから離れてさらに部屋の中へと入っていく。

 そして双葉が部屋から出てくる前よりも先に呼びかける。

 

「杏ちゃん? あれ、ここにはいないのかな? きらりちゃんの代わりに来たんだけど……違うところに行っちゃったら……」

 

 オロオロとした感じを出し、辺りを見回し始めたところで双葉がドアを開けて出てくる。続くようにして武内Pも。

 

「智絵里?」

「あ、杏ちゃん! もう練習始まっちゃうよ! プロデューサー、行ってきます!」

 

 緒方から出てくる積極的なことにより、二人が思考停止へとなっている間に双葉の手を引いてレッスン室へと向かう。

 

 ☆☆☆

 

「…………えーっと……?」

 

 翠は今、緒方と二人でお茶をしていた。

 本日は凸レーションがデビューする日であるのだが、緒方がどうしてもと翠に声をかけた。

 

 作曲をサボって凸レーションの成り行きを見たかった翠だったが、珍しく緒方が積極的に行動したため。興味がそちらへと移ったのである。

 

「相談、があるんだっけ?」

 

 しかし、こうやって対面すると緊張がでてきたのか。

 先ほどから緒方は紅茶を飲み進めるばかりで話そうとしない。時折、視線を翠に向けるも、目が合うとすぐにそらしてしまう。

 

 いつまでもこうしているわけにはいかないため、翠から話を切り出していく。

 

「相談……というか、聞きたいこと……というか」

「んん? 聞きたいこと?」

「は、はい。……その、翠さんにはたくさん助けてもらって、その恩返しというか……何か、少しでも力になれたらな……と」

「…………?」

 

 要領を得ない台詞に、翠は首を傾げつつも思考を巡らす。

 

 自身のことについてある程度深く知られている人の中に。緒方は入っていない。

 であるならばその全て、または一端を誰かから聞いた。あるいは何かしらがあって知る機会があった、ということである。

 

 ……もしくは本当に何も知らず、今までの会話の中から推測して『闇』に気づいたのか。

 

 いま持つ情報だけでは断定できないため、翠は少しだけ表情を歪める。

 

 翠の願いとしては何も知らず、『闇』にも気づいておらず。ただ何か悩み事があるとだけ思ってくれていることである。

 

「……誰かから聞いたの?」

 

 またも話が止まってしまったため、翠はカマをかけてみる。

 引っかかれば誰が原因なのかが分かるし、仮にそれが出なくとも何かしらの情報は得られると思い。

 

「その、誰か(・・)が話しているのを聞いたんですけど……ドア越しなので。誰が話していたかは……その、ごめんなさい」

「…………誰かが話してる? ドア越し?」

 

 誰が原因なのかは分からないままであるが、緒方が全て(・・)を聞いてしまったことに、翠はたまらずため息をつく。

 

 誰かが話しているということは、すでに知るメンバーの誰かと誰かが。もしくはそれ以上で話していたということである。

 あのメンバーの誰かが他の人にペラペラと話すことはないと思っているため、必然的にそうなる。

 

 聞いた経緯も話しているのをドア越しに、盗み聞きした形であることも翠の精神に少なからずダメージを与えた。

 

「…………そっか。聞いちゃったんなら智絵里だけ話さない、ってわけにもいかないもんね」

 

 実際に話していたのは双葉と武内Pであり。双葉からは何も話していないため、緒方は翠が何か悩み事があると思って力になろうとしただけである。

 

 しかし、二人はすれ違いに気づくことがなく。

 翠は自爆するような形でまた一人、深いところまで知る人物を作ってしまう。

 

「確かに。俺は親から虐待されてたし、体に傷も残ってる。だけどそれはもう過去のことだし、区切りもついたから大丈夫だよ」

「……………………ぇ…………」

 

 突然の重い話についていけず、緒方は固まる。

 ただ何か悩んでいると思っていただけに、衝撃は大きかった。

 

 そして、翠も話した後の緒方の反応にやらかしたと理解する。

 どこで間違えたのかと先ほどの会話を思い返し、さまざまな推測を立てるが原因は分からず。

 色々と諦めた翠は、カップに残っていたカフェオレを飲み干す。

 

「……い……、…………私…………なって…………なきゃ……」

 

 どうしたものかと考えていると、緒方が何やら呟いていた。しかし、その声は小さく。翠の耳には途切れ途切れにしか届いていなかった。

 

「智絵里?」

「は、はい! すみません、大丈夫です!」

「そっか。取り敢えず、今日のところはここまでにして……詳しい話は後日、俺から声かけさせてもらうね」

「…………はい」

「…………」

 

 悲しそうな表情をする緒方を見て。翠も表情を歪めるが、いつまでたっても終わらなくなってしまうために伝票を持って立ち上がる。

 

「……あ、誘ったのは私ですし」

「気にしない気にしない。智絵里の年頃だと色々必要なものもあるでしょ? デビューしてお金が入ったんなら、自分のために使いな。……後は、後輩に奢ってもらうのはなんだかなって感じでさ」

「…………翠さんだって、もっと自分のことを大切にした方がいいと思います」

「うぐぐ……痛いとこを突いてくる」

 

 思わぬ切り返しに、翠から苦笑いが漏れる。

 

「まあ、今日のことは他の人には内緒ね。今度お茶するときはもっと楽しくできたらいいな」

 

 そう言って翠は緒方を席に残したまま会計を済ませ、店から出て行ってしまった。

 

「…………もっと、頑張らなくちゃ」

 

 残された緒方は少し濁った瞳をさせながら、静かにそう呟いた。




…智絵里がヤンデレっぽいって有名だよね
…まだ、完全でないからセーフ
……そろそろ、浮気して違う小説の二次創作を書き始めそう。


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46話

「三人とも悪いね。本当は見に行きたかったけど急用ができて」

「うぅん! レッスン沢山してもらって、アドバイスもしてもらったから大丈夫だったにぃ!」

「ちょっとしたハプニングがあったけど、とーっても楽しかったよ!」

「『ピンチを活かしてこそさらなる高みへと登れる』って本当だったんだね!」

 

 次の日、見に行けなかったことを三人に謝る翠だったが、気にした様子はなく。

 昨日何があったのかを楽しそうにテンション高く話し始める。

 しかし、普通の話し方であれば複数人の会話を聞き取れる翠であっても、三人の話すことは聞き取れずにいた。

 

 それぞれが興奮したようで元気に話しているのだが、擬音語が多かったり文脈がおかしかったり。

 一人一人話しても少し考えなければ分からないため、翠の処理能力を超えた。

 

 なので、取り敢えず『そうなんだ』『ほー』などと声を出しながら相槌を打つだけの機械と化す。

 

「まあ、アドバイスが役に立ってよかったよ。今日もまたレッスンでしょ? 時間があったら見に行くから」

 

 なんとなくキリの良さそうなところで翠が話を止める。

 まだ話し足りなそうにしていた三人だが、時間も時間であるため、大人しく引き下がる。

 

 去って行く三人から視線を外した翠は一度ため息をつき、昨日のことを思い返す。

 

「……結局、なんで失敗したのか分からん」

 

 逃げるようにして店から出て行ってしまったことを少し悔やむ翠。

 多少、気になっているが探して問い詰めてまで聞き出すことでもないかと考え。

 気分転換と少しの憂さ晴らしのためにとある人物を探しに行く。

 

 

 

 

 

「可愛い可愛い幸子見っけ!」

「な、なんなんですかどうしたんですか急に!」

 

 とある人物……輿水幸子を見つけた翠は大きな声で先ほどのセリフを言った後、後ろから抱きつく。

 

 突然のことに慌てる輿水だが、言われたセリフと現在の状況を理解して頰を赤らめる。

 

「あー、幸子可愛いなぁ。癒されるわぁ……」

 

 後ろから抱きついたまま、頰と頰を擦り合わせたり。頭を撫で回したりと好き放題にいじり始める。

 

「ふ、ふふん。ようやく翠さんも僕の可愛さに気づいたようですね!」

 

 そのような状況に照れた様子を見せながらもいつものセリフを口にする。

 

「幸子の可愛さは前から知ってるさ。採用したの、俺だもの」

「…………へっ?」

 

 輿水としては聞き逃せないことを言われたのであるが、翠はそれに構わず。マイペースに頰をムニムニといじっている。

 

「す、すいひゃん、ひまなんふぇ」

「んー、幸子は可愛いねーって」

「ふぉのあふぉでふ」

「でふ……でふって……ふはっ」

 

 頰を引っ張られているため、輿水が上手く話せないのはそれをやっている翠が一番分かっているはずだが、それでも我慢できずに笑いが溢れる。

 

「い、いつまで頰をいじってるんですか!」

 

 無理やり翠の手を振りほどいて少し距離を取り。いじられてなのか照れてなのか本人しか分からないが、赤くなった頰を撫でながらキッと睨みつける。

 

「減るもんでないのだからいいじゃん」

「そ、それはそうですけど……って、ほれよりも!」

「ん?」

「さっき言ってたことです!」

「幸子が可愛いってこと?」

「そ、それはそれで嬉しいですけど! 今はそうじゃなくてですね!」

 

 あくまでもとぼける翠にペースを乱された輿水は落ち着くため、一度深呼吸をしてから口を開く。

 

「採用したのが翠さんってどういうことですか!?」

「ん? そのまんまじゃん。……頭、大丈夫? 病院、行く?」

「だ、大丈夫です! そうじゃなくって、その、ほら……なんとなく分かってくださいよ!」

「…………うわぁ、逆ギレだぁ」

 

 本当は輿水が言いたいことを理解している翠だが、すぐに話してもつまらないため。こうしてからかっている。

 

 若干キれ始めている輿水からオーバーな表現で距離をとった行動によって、ようやくからかわれていることに気づいたのか。

 

 今度は羞恥によって頰を赤くさせながら翠に詰め寄る。

 

「か、可愛い僕だってたまには怒るんですからね!」

「怒った幸子も可愛いんだろうね」

「もうっ! もうっ! 今日の翠さんはどうしちゃった……んです、か」

「…………」

 

 何かに気づいたのか。徐々に先ほどまでの勢いは失っていき、力が抜けたように両手をだらりと下げる。

 

「…………はぁ」

 

 翠の浮かべるどこか悲しげな笑みにも気づき、輿水は一つため息をつく。

 

「まったく。翠さんはどうしてこうも僕をからかうんですか」

 

 口でぶつくさ文句を言いながらも翠の体に手を回し、優しく抱きしめる。

 

「僕よりも翠さんの方が年上じゃないですか」

「…………うるさい」

 

 翠も手を回して輿水を抱きしめる。

 その姿は母親に甘える子供のようであった。

 

「ずっとこうだったら僕的には嬉しいんですけどね」

「何? こうやって抱きしめていたいの?」

「ち、ちがっ!? 違いますよ!」

 

 ニヤニヤした表情を輿水に向けながら、先ほどまでの雰囲気は何処へやら。再びからかい始める。

 

 慌てた輿水は距離が近いために離れようとするも、翠が抱きついているため離れることができずにいた。

 

「…………まあ、ありがとな」

「ふふん、またいつでもいいですよ」

「…………やっぱりお前」

「違いますから!?」

「冗談だって。……もう少しこのまま」

「…………はいはい」

 

 輿水は真っ赤になった顔を見られないことを願いながら。愛おしそうに、自身の首元に顔を埋める翠の頭を優しく撫でるのであった。



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47話


そういや、46話ですが、閑話みたいな……小話みたいな


「よし、みんな集まったな!」

「やったにゃ! ついにデビューの時がきたにゃ!」

「それじゃ今からゲームしようぜ!」

「翠さぁぁぁぁぁん! それは酷いにゃ! あまりにも酷過ぎるにゃ!」

 

 三度目ともなると、みなは何があるのか理解していた。

 しかし、そのことを理解しているのだからこそ。翠はどこからかトランプを取り出して遊ぼうと口にする。

 

 上から下へと落とされた前川が翠の腰にしがみつきながら涙流す姿に、少女たちは若干の同情を込めた目を向ける。

 

「あっはっは。面白いな、お前さんも」

「笑い事じゃないにゃ!」

「でも、きらりたちのデビュー発表した時、みくは次って言ってたよね」

「ってことは、私は最後のデビューか」

 

 人ごとのように軽く口にしていた多田のセリフに翠が反応する。

 

「ん? お前ら二人がユニット組むって考えなかったん?」

「「…………へ?」」

 

 衝撃と言わんばかりに驚きから固まり、二人は顔を見合わせたあとにもう一度翠を見て互いを指差す。

 

「うん。駄猫とだりぃな。二人でユニット組んでデビュー」

「李衣菜、ちゃんと……?」

「みく、ちゃん……と?」

「そうだと言っとろうに」

 

 トランプを箱から取り出し、カードをシャッフルしながら首を縦に降る翠を見て。

 未だ信じられずにいる二人は思考に耽る。

 

 

 

「「無理だって!」」

「うぉっ!?」

 

 しぼらく、翠がカードをシャッフルする音が聞こえてくるだけであったが。

 落ち着いたのか考えがまとまったのか。

 二人がいきなり大きな声を出したため、驚いた翠はカードを床に落としてしまう。

 

「私と李衣菜ちゃんは水と油だにゃ!」

「そうそう! 絶対無理だって!」

 

 せっせと床に散らばったトランプを拾いながら翠に物申す二人の姿は笑いを誘っているようにしか見えず、翠は堪えきれずに笑っていた。

 

「だってよ、たっちゃん」

「……はい、そうしますと企画案がまた一からの見直しとなってしまいますので……。お二人のデビューが伸びることに」

「ということなのだが、お二人さんはどうするかね? 何事もだが、この世界では特に。やってみなくちゃ分かんないことがあるんだが?」

 

 事務的な説明の部分だけ、いままで黙ったままそばに立っていた武内Pへと丸投げし。

 そこを奪う……引き継ぐ形で最終的な確認を翠がとる。

 

 二人としては早くデビューしたい気持ちがあるのだが、ユニットを組む相手を見て悩んでいるようであった。

 

「ねえ、二人ともさ。マヨネーズって美味しいと思わない?」

「お、美味しいと思うけど……突然何にゃ……」

「あれってさ、他にも色々混ざってるけど……まあ、水と油で出来てるんだよ」

 

 二人にはそれだけで何が言いたいのか伝わったのか。

 口を閉じて続きを待っている。

 

「作るのは大変でも、出来たら美味しいマヨネーズ。みくと李衣菜が水と油であるなら、途中の困難が大変でも、成功したらすごい人気になるって事じゃない?」

「…………でも」

「言いたいことは分かるよ。水と油なんだもの。いがみ合っていがみ合って、そんでもって一つの落とし所を見つける。初めから上手くいくことはいいことだけど、途中の過程だってものすごく大事さ。……とりあえず、組むだけ組んで見たら? それでダメなようならまた考え直すからさ」

「…………そこまで言われたら」

「まあ、頑張るにゃ」

 

 渋々といった感じでありながらも、ひとまずの落ち着きを見せる。

 

「二人とも、頑張ると言ったね。なら、成功するまで頑張っていがみ合ってもらおうか!」

『……………………ん?』

 

 ほっこりとした空気が流れ始めた中。

 翠の一言に前川と多田の二人だけでなく、少女たち全員が首をかしげる。

 

「ケンカするほど仲がいいっていうし、いがみ合ってる方が競争心が出てお互いにレベルアップできると思うし」

 

 納得するようにうんうんと首を縦に振りながら独り言を漏らしていく翠。

 すでに聞かされていたからか、武内Pも困ったように首筋へ手を当てるだけで何も言わず。

 

 置いていかれている少女たちの頭から疑問符がとどまるところを知らず、埋め尽くされていく。

 

「それに、俺のレッスンを一番たくさん受けてきたんだから……ね?」

 

 さらには妙なプレッシャーまでかけ始める始末。

 いろいろなことが起こりすぎてか、少女たちはどう反応をしたらいいのか困惑が出てくる。

 

「……さて、おふざけはここまでにして。みんな、どうする? レッスンする?」

『…………はい!』

 

 こうなった原因は翠にあるのだが。

 全部をなあなあにして流し、話題を変える。

 先ほどまでの空気は何処へやら。みなはこれからのレッスンに意識は向かっていた。

 

☆☆☆

 

「いやー、みんな上手くなったよね」

「そりゃあ、仕事のない日はほとんど翠さんのレッスンを受けてますし」

「休みの日もみんな来てるし……なに? マゾなの……?」

「そうじゃないですよ」

「上手くなっていくのが自分で実感できるから楽しいんだよ!」

「ほーん」

 

 自分から話を振っておきながら段々と返事が雑になっていく翠。

 そのことにも慣れて来たのか、少女たちは楽しそうに話をしている。

 

 初めの頃はみな疲労で横になったりとしていたのに、今となってはまだまだ余裕があるようで。

 楽しく話をするくらい普通に出来ていた。

 

 ……ここまで来た時、先輩アイドルたちから本当の意味で346に受け入れられたりする。その歓迎会が近いうちに行われるのだが、少女たちは当然、そのことについて知らない。

 

 翠の一人レッスンを知った時と、さらに上があるのだが、それはまだ少し先になるであろう。

 

「それじゃまた、クタクタになるまでレッスンする……?」

『あ、あはは…………』

 

 笑みを浮かべながらそう尋ねる翠に、少女たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 レッスンが終わり。翠は武内Pに千川、奈緒の四人でお茶をしていた。

 珍しくいじってこない翠に対し、安部が心配そうに遠くから見ていたりするが、それすらもスルーしている。

 

「やっとこさ、全員デビューできるね。長かった長かった」

「まだ最後のユニットはデビューしてないから慢心はできないがな」

「そうですね。むしろ、これからもっと大変になるので気を引き締めないと」

 

 この面子で集まるならば、当然話は仕事の内容となるだろう。

 

「みなさん、色々と手を貸していただきありがとうございます」

「堅苦しいことを。俺だってよく助けてくれるじゃないか」

「とんだ雑用のようなものだがな」

「そうですね。翠さんはもう少し自分でできてくれると」

「コーヒーが美味いなぁ」

 

 分が悪いと理解するや、途端に話をそらす。

 慣れている二人はそれに突っ込むこともなく、話は元に戻る。

 

「四月から始まって半年も経たずに六つものユニットを出すとは」

「…………ねぇ、俺だけ? そこに違和感覚えるの。俺だけ?」

「いや、私も今、ふと思ったぞ」

「しかも担当プロデューサーが一人ですし」

「…………この企画、よく通ったな」

「いや、お前が通したんだろ」

 

 三人からジト目を向けられ、翠は思わず気圧される。

 

「ま、まあまあ……。色々あったけど上手くいったんだし……先のことを見ていこうよ。これからアスタリスクがデビューして、夏ステにはCPのみんなも参加するんだし。そのための曲と振り付けはもうあるからさ」

「「「…………?」」」

 

 とある部分に反応して三人の頭の中に疑問符が浮かぶが、三人から視線をそらしている翠はそれに気づかず。そのまま話を続けていく。

 

「楽しみだなぁ……。どんなサプライズやるか。全員のバックダンサーでもやるかな。……いや、それだと体力が持たないか。ん、体力は持つのか。体が持たないんだ」

 

 カップの中身が空になってしまったため、お代わりを頼んだところでようやく三人から注目を集めていることに気づく。

 

「……な、何? どしたん?」

「いえ、随分と、その……楽しそうでしたので」

「…………んー」

 

 武内Pにそう言われ、両手を自身の顔に持ってきてムニムニと弄る。

 

「よく分からん」

「そりゃそうだろう」

 

 漫才のようにすぐさま奈緒からツッコミが入る。

 長い付き合いであるため、だいたい何をするのか分かる時がある。翠がツッコミをしろとばかりに分かりやすくしているのもあるが。

 

「そう言えば、前川さんと多田さんのユニットCDはいつ出来上がるんですか?」

「んん?」

 

 千川の質問に、翠はお代わりのコーヒーを飲んでから答える。

 

「あの二人のは書いとらんよ」

「えっ!?」

 

 さらっと答えた翠であったが、三人は驚きをあらわにする。

 漏れた声も誰であったのか。本人も無意識のうちにでたため、気づかないでいる。

 

「ほ、他の方のは翠さんが書かれたんですよね?」

「おん。作詞作曲、振り付けまでバッチシと」

「お二人にはないのですか?」

「うん。二人には歌詞を書いてもらおうかなって。作曲と振り付けはキチンと考えるよ」

 

 それを聞いてホッとするも、新たな疑問が湧いて出る。

 

「何故、前川さんと多田さんだけ自身で作曲するようにと……?」

「たっちゃんは一緒にいたから聞いてるはずなんだけどなぁ……。ほら、頑張ってたくさんいがみ合って貰わないと。なんだかんだであの二人、相性いいと思うんよ。ねー」

 

 ねー、と言うのに合わせ、奈緒に顔を向けながら首を傾けるも。これには乗らずにスルーされたため、翠は恥ずかしくなったのか頰を赤くさせる。

 

「……こほん。二人には明日、伝えるか」

 

 咳払いで先ほどのことを無かったことにし、コーヒーを啜る。

 そしてふと、何かを思い出したのか。三人に尋ねる。

 

「そういやさ、夏休み前ってどこの学校もテストあるやん。あの子たちって、テストとか大丈夫なんかな? 赤点とったら補講とかあるでしょ」

『…………あ』

 

 そのことを忘れていた三人はどうするかと頭を働かせ。

 

 

 

「…………なにさ」

 

 

 

 他人事のように悩む三人を見ながらコーヒーを啜る翠へと目を向ける。

 

「お前、頭よかったよな」

「高校までしか行ってないのに大学以上の内容も理解してますよね」

「たまにフレデリカさんや鷺沢さん、橘さんたちの勉強を見てましたよね」

「…………ソンナコトナイヨ?」

 

 徐々に三人から詰め寄られ。翠は汗を流しながら視線を逸らす。

 

「それじゃ、翠さん。この間の貸し一つでお願いしますね」

「…………この間ってどの間よ」

「京都いかれてすぐさまトンボ帰りされた時です。お金、代わりに払いましたよね?」

「…………あい」

 

 その時のメモしたページを開いて見せながらそう言われては翠も首を縦に降るしかなく。

 

 何故か理不尽にも、赤点を取った人を一人でも出せば翠が罰を受けるということが決まった。




最近、あべこべものが増えてきて嬉しい限りです
貞操観念が逆転ものもいいですね
発禁のほうで書いてみたいです。そこまで手を出したら取り返しがつかなくなる気がするのでまだ書いてませんが


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48話

……記念話、まだ書いてなかったよなぁ……


 思い立ったが吉日ということわざがあるように。

 翌日から翠による勉強会が始ま……る前に。

 先にデビューすることが決まった二人に説明を行う。

 

「これが君ら二人のデビュー曲のイメージ。作詞はまだしてない」

「…………なんだか嫌な予感がするにゃ」

「…………珍しく私も同意見だよ」

 

 嫌な予感は当たるものなのか。

 

「二人には作詞をしてもらいたいと思います。だけど、今からテストに向けて勉強だし、仕事や学校もあります。ってことで、色々と含めて考えた結果、君らに考える時間があるのは締め切りの二日前です」

「うにゃぁぁぁ! 無理にゃ!」

「そうだよ! 二日で作詞をしろって!」

 

 あまりの事に敬語を忘れるほどであったが、翠は嬉しそうに笑うだけ。

 

「まあ、落ち着け。目の前のことから消化していかないと潰れるぞ。取り敢えずは試験勉強だ」

 

 そこで待ってましたとばかりに、先ほどからいたCP以外のメンバーへと皆の視線がいく。

 

「俺一人じゃさすがに手が足りないので、助っ人としてしきにゃん、ふみたん、ありす。後は杏と美波の二人にも手伝ってもらう。……駄猫もいけるか?」

「学校の成績はそこそこにゃ」

「メガネかけた優等生だもんな。私生活の姿は」

「な、なんで知ってるにゃ!?」

「まあ、余裕があるときは他を見て。分からないことがあったら先の五人か俺に聞いてくれ」

 

 橘と鷺沢は一ノ瀬がおとなしい事に首を傾げていたが、それに気づいた一ノ瀬から説明があった。

 

「にゃはは。翠さんから提案というか取引があってねー。一回、参加するとデートしてもらえるんだ〜。今日もこれが終わったらケーキを食べにごー」

 

 大人しくはしているが、言葉の端々から嬉しさが滲み出ていた。

 それを聞いた二人……いや、新田と双葉を加えた四人は翠へと目を向け、無言の圧力をかける。

 

「…………分かったよ。四人も連れてくよ」

 

 折れるしかなかった翠はため息をつきながらも首を縦に降る。

 

「休憩時間もあるし、俺からおやつの差し入れもあるから頑張ってくれ。それじゃ、さっき渡した紙に赤点を取りそうな科目から順に上から書いていって。赤点とらなさそうな子は勉強したい科目ね」

 

 教えてくれと頼まれた五人も翠に言われた通り紙に書いていく。

 人並み、もしくはそれ以上に出来ても完璧ではないため。教えながらも時間を見つけては翠に教わるつもりであるのだ。

 翠もそれを理解しているからか、一人で紅茶を飲みながら待っている。

 

「んじゃ、誰でもいいから紙集めて俺にちょうだい」

 

 この中では年長者である鷺沢と新田が分担して集め、翠へと手渡す。

 それを受け取った翠はパラパラ〜っと流し読みをしただかでテーブルの上に放り投げる。

 

 そして面倒臭そうにしながらもそばに置いてあった無駄に重そうなカバンの中から大量の紙の束を取り出し始める。

 

「んじゃ、誰からでもいいから順番に取りきて」

 

 先ほどからの翠の行動に戸惑った様子を見せるCPの面々であるが、一ノ瀬、鷺沢、橘は慣れた様子なのか。

 さっさと立ち上がって翠の元へと向かう。

 それに続いてようやくCPの面々も後ろに並び始める。

 

「しきにゃんはコレ。ふみたんはコレとコレ。ありすはコレ」

 

 受け取りに来た人を見て、紙の束から何枚か抜き取って渡していく。

 人によって枚数は異なるが、少なくても三枚。多くても六枚であった。

 

「んじゃ、書くものと消しゴムは用意した?」

 

 混乱のままでいるCPのみなは翠に言われるがまま。時折、知っているであろう四人を見ながら準備を進めていく。

 

「今から十分おきにタイマー鳴らすから。一枚にかけていい時間は十分ってことね。全部終わった人から紙持って来て。……んじゃ、スタート」

 

 掛け声とともにタイマーが進み始め、みなは渡された紙に目を向け、鉛筆、又はシャーペンを走らせる。

 

 少なくとも三十分は時間が空いた翠は一人で紅茶とお菓子を楽しみながらとある書類に目を通していく。

 

 

 

 

 

 三十分が経ち。

 渡された枚数が少なかった一ノ瀬と橘、双葉、新田が紙を持って翠の元へ向かう。

 

 それに気づいた翠は、読んでは所々に赤ペンで何かを書き込んでいた書類をそばに起き、順番に紙を受け取って採点していく。

 

「しきにゃんは受ける意味なくない?」

「ん〜、楽しいからいいじゃん」

「そう。二問、間違いな」

「えっ!?」

 

 完璧であった自信があったのか。

 二問間違えがあったと伝えられ、驚きをあらわにする。

 

 何を間違えたのか気になった三人は一ノ瀬が持つ紙を覗き込み……言葉を失う。

 

 まず、問題自体が日本語で書かれてはおらず。

 英語から始まりドイツ語、イタリア語など一問ごとに言語が変えられていた。

 

「しっかり問題を読むように。んじゃ、次」

 

 三人も自信があったにも関わらず、予想よりも間違いが多かったのか少し落ち込んでいた。

 

「ありすは少しサボったか? まあ、いつも通り書いてあるとこやっておけ。美波と杏はよく分からんが、美波はケアレスミスが少し目立つな。もう少し落ち着いて問題を読んで解釈すればいいと思う。杏も似た感じだ。何をやったらいいか書いてあるから。間違えた問題を解き直してからまたおいで」

 

 ここまで五分ほどしか経っておらず。

 アドバイスをもらった四人は間違えた問題を解き直しにかかり、翠は再び書類に目を通す。

 

 五分たち、四枚渡されていた子たちが紙を持ってやってくる。

 

 もらったアドバイスは基礎が足りてないからこの問題を解いていけと新たに紙を渡されたり、応用ができてないからこの問題を解けと紙を渡されたり。

 

 

 

 それらが繰り返され。

 一時間が経って、六枚もらった子たちが終わったとき。

 

「んじゃ、いまからしばらく休憩ね。採点はこっちでやっておくから、みんなは各々休んでていいよ。お茶とお菓子はここに置いてあるの好きに食べたりしてていいから」

 

 それを聞いて、みなは喜びの声を上げる。

 耳でそれを聞きながら。翠は受け取った紙に目を落として採点をし、アドバイスを書き込んでいく。

 

「翠さんってすごいんだねー」

「同じ人とは思えないにゃ」

「にゃはは、そうだねー。私よりも上の人なんてそうそう会うことがないから嬉しいよー」

 

 早くも採点を終えた翠は珍しく話に混ざってからかうことはなく。

 再び資料に目を通していく。

 

「翠さんが絡んでこないって、珍しいですね」

「本当ですね。問題を解いてる時からですけど、何を見てるんでしょうか?」

『…………』

 

 お菓子や紅茶を飲んでのんびりしている組と翠が何をしているのか気になる組に分かれた。

 お菓子に意識がいっているものが圧倒的に多いが。

 

 見ている資料が気になったもの……新田、渋谷、双葉、諸星、前川、神崎。そして緒方の七名は翠の元へと近寄っていき、手に持つ資料を覗き見る。

 

『……………………』

「お、どした?」

「何やってるにゃ」

「……? 見てわかる通り、クロスワードパズルだが」

 

 そう、翠が見ていたのは資料などではなく。ただのクロスワードパズルであった。

 何かを書き込んでいたのもマスに文字を埋めていたからであり、決して何かに訂正を加えていたとかではない。

 

「……仕事の資料は?」

「俺が? 仕事?」

「……訂正や添削は?」

「……何の?」

 

 勝手に翠の評価を上げていた彼女たちはまたも勝手にその評価を下げていた。

 それがなくとも翠は自身で評価を上げたり下げたりしているので、とくにどうとでもないのだが。

 

「…………ねぇ、翠さん」

「どしたどした?」

 

 クロスワードパズルのマス埋めに戻ろうとした翠だったが、双葉が待ったをかけるように声をかける。

 

「さっきまで持っていた紙、見せてもらってもいい?」

「…………これだけど?」

「紙が違うから、それはダミーとかでしょ?」

「…………うぅむ」

 

 確信しているという目で見られ、翠は困ったように呻く。

 

 しばらくして観念したのか。翠はため息を一つつくと、双葉たちへ一枚の紙を差し出す。

 

「…………これは?」

「夏フェスの企画案みたいなもの。歌う順番、演出とか考えてた」

「え、これ見せちゃマズイやつじゃ……」

「見せろ言うたのは貴様らじゃ」

 

 ばつが悪そうな顔をしながら翠へと紙を返す。

 

「まったく。だから見せるのを渋ったというのに」

「なんで年寄りみたいな口調なのさ……じゃなくて。そりゃ杏たちも悪いと思うけど、翠さんの普段の言動がこうさせたんだからさ」

「まあ、見られたらマズイなんて一言も言ってないんだがな」

『…………』

 

 一瞬、雰囲気が殺気立ったことに翠は楽しそうに笑みを漏らす。

 

「それより、休憩しなくていいん? 甘いものは脳を回復させるから食べとき」

 

 そう言って追っ払い、みなが離れて言ったことを確認した翠はホッと息を漏らす。

 

「危ねぇ危ねぇ……これ見られたら奈緒とちーちゃんに殺されるわ」

 

 そう言って翠は隠すように置いてあった紙を手に取る。

 

 

 

 書いてあるのはCPの面々の出演に関することである。

 

 

 

 まだ前川と多田のユニットはCDすら出していないというのに曲があてがわれている。

 それを眺めながら、これからのことを考えている翠は自然と頰が緩んでいった。

 

「ああ、とても楽しみだなぁ」

 

 

 

 

 

 この時、夏フェスに参加するアイドル(シンデレラプロジェクトのメンバー含む)全員に悪寒が走ったのは偶然ではない筈である。



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49話

 勉強、仕事、学校とやることが多すぎるはずであるのに。

 疲れはするが疲労が溜まらないことに首を傾げつつも日々を過ごしていくCPの面々。

 

 本日もいつもと変わりなく。

 

「何がロックにゃ! ただロックって言ってるだけにゃ!」

「みくちゃんだって可愛い可愛いばっかりじゃん!」

 

 二人は言い争っていた。

 その様子を見て他のメンバーは心配そうであったが、翠だけは楽しそうであった。

 

「あの、翠さん。本当に大丈夫なんでしょうか?」

「何が?」

「今日も言い合ってますし……その、合ってないんじゃないかな、って」

「んっふっふ、美波もまだまだ甘いの」

「は、はぁ……」

 

 気持ちの悪い笑い方に若干引きつつも、含みのある言い方に首をかしげる。

 

「心配せんでも大丈夫大丈夫。……おーい、駄猫にだりぃな。ちょっとこっちにおいで」

「「…………」」

 

 翠に声をかけられた二人は先ほどまで騒がしかったのが嘘のように大人しくなる。

 そして、まるでこれから処刑でもされるかのような落ち込みっぷりで翠の元まで寄ってくる。

 

「駄猫はさ、寮暮らしだよね?」

「…………そうだにゃ」

「だりぃなはさ、実家から……だよね?」

「…………そうだけど」

 

 それぞれに一度だけ質問しただけであるが、二人は何を言われるのか薄々感づいているのか。

 心の中でどうか違ってくれと祈っていた。

 

 しかし。

 

「んじゃ、今日明日にでも二人は一緒に住んでね。駄猫の部屋にだりぃなが行く形で」

「そんにゃぁぁぁぁあ!?」

「嘘でしょ!?」

 

 神とは試練を課すものである。

 二人の願いは届かず。嫌な予感が当たる形となった。

 

「異論反論は認めないので…………頑張りたまえ?」

「なんでそこで首をかしげるのさ」

 

 双葉のツッコミをスルーし、翠は笑うだけであった。

 

☆☆☆

 

「…………なんなのにゃ、その荷物の数は」

「私の私物。これでも結構減らしたんだけどなー」

 

 出来るんなら今日中と翠から言われたため、ならさっそくとばかりにやってきた多田。

 前川はその荷物の量にウンザリしつつも手伝って部屋へと運んで行く。

 

「へー、こんなんなってるんだ」

「あまり散らかさないで欲しいにゃ。…………ナニコレ?」

「ああそれ。コレクション。集めるの好きでさー」

 

 ふと、なにを持ってきたのか気になった前川は一番上に置かれた段ボール箱を開け、自分で思っている以上に冷めた声が出た。

 

 それを気にした様子もなく、多田はポスターを壁に貼るため、画鋲で刺していく。

 

「カベを汚すにゃー!?」

 

 

 

 

 

「ああっ!? なんで目玉焼きにソースかけるのさ! 普通、醤油でしょ!」

「な、なんにゃ……」

「みろよ、輝子。調味料一つでアレとか面白いと思わない?」

「……ふ、ふひっ。そんなことよりもなんで翠さんがここに?」

 

 その後も朝食で勝手に調味料をかけては口論になったり。

 

 

 

「だから衣装を合わせるにゃ! 仲のいい写真を撮るんだから!」

「そっちが合わせればいいじゃん!」

 

 仲の良さを出す感じの写真を撮るのだが、方向性が違う衣装をそれぞれ着ては言い合い。

 結局、衣装は二人とも着替えず。そのまま仲のいい感じを出して写真を撮ることになったり。

 

 

 

「ん? スーパー?」

「そうにゃ。この時間は惣菜が安くなってるからここで買ってるにゃ」

「そんなに?」

「栄養バランスとかも考えて、一日三十品目以上食べるようにしてるにゃ」

「…………へぇ」

 

 相手の意外な一面を見たり。

 

 

 

「あの飴はもっと可愛さを出して売り出していくべきにゃ」

「いいや、ロックな感じを出すべきだよ」

「可愛さ」

「ロック」

「か・わ・い・さ!」

「ロ・ッ・ク!」

 

 仕事で売り出していく商品の方向性に揉めたり。

 

 

 

「あれ? 何してるにゃ?」

「遅くなるから買い物できないかと思ってね」

「料理できたんだ。何を作ったにゃ?」

「得意料理なんだけど、カレイの煮付け」

「うにゃぁあ!? みくは魚が大嫌いにゃ!」

「……そう言えば、翠さんがそんなことを言ってたような」

 

 遅くなる相手のためを思って作ったのに、その料理は自身で食べ。前川は食パンを齧っている。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………その、悪かったにゃ。これ食べて元気出すにゃ」

「あー……ごめん、パス。私、ミント系は辛くて食べられないんだよね」

「にゃ!? あんなにロックとか言ってたのに!?」

「あれはキャンペーンだし仕事だったから!」

 

 それぞれが苦手なものを知ったり。

 

 

 

「…………ん……?」

 

 夜、目が覚めた前川は多田が寝ているはずの布団が空になっていることに首を傾げていると、シャワー室の方から電話する声が聞こえ。

 お母さんというセリフから、飾ってある家族の写真へと無意識に目を向ける。

 お互いに何か感じるところがあったのか。

 電話を終えた多田もすぐには戻らず、二人はしばらく何かを考えていた。

 

 

 

 

 

 この数日でとても濃い日々を過ごした二人。

 

「はい、醤油にゃ」

「……ん、ありがと」

「んふふ、なんだかんだで仲良くなってよかったと思わん?」

「…………ふ、ふひっ。も、もう、何も言わないよ」

 

 相手の事を考える余裕がでてきたのか。多少なり雰囲気は良くなっていた。

 

 

☆☆☆

 

 

「そこをなんとかお願いしますよ」

「ですから、翠はいま休業中でして。仕事を一切取っていないんです」

「でしたら、誰でもいいので歌って踊れる子を紹介して欲しいのですが」

「……武内、誰かいるか?」

「……いえ、皆さん他の仕事がありますし」

 

 武内Pと奈緒は少し困っていた。

 仕事の依頼なのだが、翠は休業中であるし、CPの面々も他に仕事などが入っている。

 今回ばかりは無理だと話し、ドアを開けたところに。盗み聞きでもしていたであろう前川と多田が立っていた。

 

「その話、詳しく聞かせて欲しいにゃ!」

 

☆☆☆

 

「その、……ごめんなさい」

「別にええんやない?」

「…………えっ?」

「翠。可愛い後輩だってのは分かるが、あまり甘やかすな」

 

 あの後、前川が武内Pが待ったをかける前に仕事を引き受けてしまった。

 今は前川と多田、武内P、奈緒の四人に加え、どこから湧いたのか翠もいた。

 

「その仕事っていつなのかな?」

「二日後、ですが」

「曲は?」

「ありません」

「んん……まだ分からぬ?」

『…………?』

 

 言っていることがよく分からない四人は首をかしげる。

 

「確かに、歌詞のある曲はないが…………この二人の曲はあるだろう?」

『…………あっ!』

「奈緒は……あのとき居なかったし、分からなくても仕方ないか。まあ、始め話した通り……二日で歌詞書いて、振り付けもそのときのノリで考えておいで。見て修正加えるから。今は時間が惜しいし、さっさと二人は帰って歌詞考えといで」

「「……はいっ!」」

 

 バタバタと走って出て行った二人を見送り、武内Pは口を開く。

 

「翠さんは初めから分かっていたのですか?」

「んひひ、どーだろね?」

 

 含みのある笑い方をした翠はそのまま部屋から出て行ってしまった。

 

「……また、何かやらかしたのか?」

「……やらかした、と言うよりは……また、予知めいた事を」

「…………」

「…………」

「「…………はぁ」」

 

 苦労の絶えない二人のため息は、その原因となる奴には届かず。儚く消えていった。



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50話

本編50話にしてようやくアニメの11話と12話の間まできました


「んむんむ、二人のデビューも上手くいってよかったね」

「そうだけどー、こんなノンビリしてていいの?」

「お、働くのが嫌だと言っていた杏がそんな事を言うなんて」

 

 翠はいま、カフェで双葉と一緒にダラダラとしている。

 ウサミンはこの間いじられなかったことから強気に出ていたが、あの時だけであったことを身を以て理解し、奥へと引っ込んでいった。

 

 話題はデビューしたアスタリスクの二人、前川と多田についてである。

 

「なんか、最近はジッとしてると違和感を覚える気がするんだけど……レッスンレッスンだったからだよね」

「はてさて、なんのことやら」

 

 にしし、と笑いながら答える翠は隠す気がないようで。

 双葉はジト目を向けながらクッキーを口へと放る。

 

「今日は仕事、ないん?」

「休みだったんだけど、なんでかここに来ちゃったんだよねー」

「なら、レッスンしてく?」

「…………い、いや、いいよ」

 

 間があることに気づかないわけがなく。

 ニヤニヤした表情をした翠が双葉を見ていると、恥ずかしいのか顔をそらしてクッキーを次々と口に入れていく。

 

「な、なにさ……」

「いんやー。べっつにー」

「…………そ、そういや他のみんなは?」

「さあ?」

「さあ、って……」

「俺だっていつもみんなの行動を把握しているわけじゃないさ。そんなんだったらストーカーやん? 現に、杏がここに来るなんて知らなかったし」

 

 クッキーを齧りながら、翠は目を細めてそう呟く。

 

「まあ、仕事とか用事とかでしょ。最近はみんな、風邪とかひかないでしょ?」

「まあ……。あ、あと疲れはするんだけど疲労は残らないのって翠さんのレッスンが関係したりする?」

「まさか、そんなわけ。俺は何者さ」

 

 なにやらツボに入ったらしく、腹を抱えて笑い始める翠。

 その様子から翠は知らないことが分かったが、双葉やそのほか翠のレッスンを受ける人たちはこのレッスンによって身体が改造されていると考えている。

 

「あれ、翠さんじゃないですか」

「おお、幸子。暇なら一緒に菓子食べる?」

「可愛い僕を見ながら食べるお菓子はまた一段と美味ですからね! そのことを理解している翠さんはさすがです!」

 

 通りがかった輿水が翠に気づき、声に反応した翠は輿水に座るよう勧める。

 

「あ、杏ちゃんも一緒だったんですね」

「ずっとお菓子つまみながら駄弁ってた」

「それはそれは楽しそうですね。可愛い僕が来ましたからもっと楽しくなりますよ!」

 

 ふふんとドヤ顔をする輿水を二人はどこか冷めた様子で見ながらクッキーを齧る。

 

「あ、幸子ちゃんに聞きたいんだけどさ」

「はいはい、僕に答えられることならなんでもいいですよ」

「最近、翠さんのレッスンを受けないと変な感じがするんだけど、幸子ちゃんや他の人たちもそうだったりするの?」

「ふむふむ……それは他の皆さんも?」

「たぶん、そうだと思う。そんな感じのこと言ってたから」

「なるほどなるほど。皆さんもついにここまで来ましたか」

「なあ、なんでさっきから二回繰り返すん? それと俺のレッスンってそんなにおかしいのか……?」

 

 堪えきれずに翠が疑問をぶつけるが、輿水はそれを無視し、双葉の疑問に答える。

 

「この346に所属するアイドルたちは皆、翠さんのレッスンを受けて来ました。そしてそれに段階をつけたのです」

「なあ、なんでそんな偉そうに話すん? ん?」

 

 再び翠が口を挟むも、輿水は無視して話を続ける。

 

「最初は翠さんのレッスンに慣れるほどの体力がつく、レッスンをしないと違和感を感じることです」

「今の杏たちだね」

「続いて第二段階ですが、アイドル全員で歌う全体曲があるのですが、その歌詞と振り付けを完璧に覚えることです」

「え、そうなん……?」

 

 驚きの声を翠が漏らすが、二人は反応せず。輿水は続きを話すため、口を開く。

 

「第三段階になりますが、他のアイドルのソロ曲やユニット曲の歌詞と振り付けを完璧に覚えることです」

「…………ぇ?」

「ちなみにですが、この第三段階ができているのはまゆちゃん、志希ちゃん、フレちゃん、楓さん、文香さん、奏さん、周子ちゃん、美嘉ちゃん、愛梨ちゃん、早苗さん、夏樹さんの十一人ですかね。……たぶん、忘れてる人はいないはずです」

「幸子ちゃんも……?」

「ぽ、僕はまだいくつか覚えきれてないですが! 近いうちに覚えきってみせますよ!」

「…………」

 

 胸を張りながら元気よくそう宣言する。

 話を聞いてくれないことに少し不機嫌になった翠は口を開くことなくクッキーを齧るながら耳を傾けていた。

 

「コホン。それで最後の段階ですが、ここでようやく! 翠さんの曲の歌詞と振り付けを覚えることができるのです!」

「ほぉ〜……」

 

 思わずと言った形で双葉が拍手をする。

 

「……なんでそんな段階があるん?」

「やっぱり、翠さんの歌はそれ程までに高いものであるからですよ!」

 

 ようやく翠の疑問に答えてくれる輿水であったが、翠の反応は微妙であった。

 

「別にそこまでせんでも……頼まれたらいくらでも教えるのに」

「それだとダメなんですよ! 翠さんはもっと自分の価値を理解してください!」

「んなこと言われても……」

 

 詰め寄られながらそう言われるが、翠としては何故そんなことになってるのか疑問でしかなかった。

 

「闇に飲まれよ! ……あ、翠さん。お疲れ様です」

「にょっわー! お疲れ様だにぃ!」

「お疲れさまです、みなさん」

「お疲れ様です」

 

 そこへ神崎、諸星、アナスタシア、新田の四人がやってくる。

 それぞれが元気よく挨拶をして近くの席へと座り、それぞれ飲み物などを頼んでいく。

 

「みんなお疲れ様。仕事とか?」

「そうだにぃ!」

「ふーん……あ、聞きたいことがあるんだけどさ」

 

 翠は先ほど聞いた話を四人にも聞かせる。

 

「ってことなんだけどさ、大袈裟すぎない?」

「何言ってるんですか! それぐらいするべきです!」

「お、おう……」

 

 神崎が勢いよく立ち上がり、標準語でまくしたてたために翠も気迫に押され、思わず首を縦に降る。

 

「そうだにぃ。翠さんはとぉーっても凄いんだから、これぐらいじゃないといけないにぃ」

「そう、ですね。翠さんはもう少し自分のことを考えた方がいいと思います」

 

 諸星とアナスタシアにもそう言われ、翠は最後に残る新田は常識人だと願いを込めた目を向ける。

 

「翠さん」

「あい」

「自身のすごさを自覚してほしいです」

「…………あい」

 

 最後の希望さえも砕かれた翠はヤケクソとばかりにクッキーを頬張る。

 

 その姿は年相応に見えるが、ライブではまるで同一人物であるのかと疑うぐらいに様子や雰囲気は変わり、人を惹きつけることを皆は知っているため。

 六人は翠を微笑ましげに見る。

 

「…………なにさ」

 

 それに気づいた翠は少し眉を寄せるが、六人の微笑みが変わることはなかった。

 

「あら、なんの話をしているのかしら?」

「話に夢中で…………話に夢中で…………」

「楓、でないなら無理せんでもええのに」

 

 仕事終わりか、高垣と川島がやってくる。

 

「ああ、お前さんらなら分かるか」

 

 イスを持ってきて翠の近くに座った二人はクッキーを勝手につまみながら、翠の話に耳を傾ける。

 

「ああ、そのことですか」

「私もあと少しで全部覚えられるのよね」

「……当たり前のことですか」

 

 そうだと肯定の言葉が返ってくるのは予想していたのか、先ほどよりも少ないダメージで済んだ翠。

 しかし、続けられたセリフに耳を疑う。

 

「でも、これはあくまで表向きなのよね」

「裏の段階もあって、その第一段階が翠さんの一人練習を覗き見ることよ」

「…………ん?」

「か、楓さん! 瑞樹さん! 裏の話は翠さんがいるとこではマズイですって! それにそもそも裏の話はしたら裏の意味がないですよ!」

「あ、あら……」

「やらかしちゃったわね……」

 

 やらかしたことを理解した三人は翠に目を向けないようにしつつ、ゆっくりと席を離れようとする。

 

「ちょっと、落ち着いて話をしようか」

 

 しかし、翠にそう言われたら逆らえるはずもなく。

 またゆっくりと席に着き、気を紛らわせるためにクッキーを食べる。

 

「んで、何を覗き見るって?」

「いや、そのぉ……」

「あ、あはは……」

「ふ、ふふふ……」

 

 テーブルを指でコン、コン、と。一定のリズムで叩きながら質問をする翠から視線を逸らしながら。三人は誤魔化すように笑みを浮かべる。

 

「奈緒もこのこと知ってるのかな?」

「そ、そんなことは」

「知ってるのか」

「…………」

 

 翠の前で嘘がバレないはずもなく、輿水は両手で口を抑えるようにしてもう答えないと体で表現する。

 

「瑞樹ちゃんも覗いてたのかなぁ?」

「翠さんの一人レッスンなんて知らないわよ」

「俺が一人レッスンをやってるって、よく知ってるね?」

「…………」

 

 誘導に引っかかったと理解した川島は、先ほどの輿水と同じように両手で口を抑え、これ以上ボロは出さないと意思表示をする。

 

「楓」

「はい」

「今度、美味い酒を」

「私は翠さんの一人レッスンを覗きました! 瑞樹ちゃんと幸子ちゃんの他にも何人か見てます!」

「「楓(さん)の裏切り者っ!?」」

 

 エサにつられた高垣が普通に全てを話したため、思わず輿水と川島はツッコミを入れる。

 

「はぁ……もう見られたもんは仕方ないかぁ……。シンデレラプロジェクトの子たちも見たいなら俺にバレないように見な。覗き見の仕方は先輩アイドルの方々が教えてくれるだろうから」

 

 ジト目を向けられ、三人はサッと目を逸らす。

 

「もう、諦めたさ。杏たち数人にも色々とバレたしな」

『…………うっ』

 

 心当たりがある面々は翠から目を逸らす。

 すると翠と目を合わせていられるものが誰一人としていなくなっていた。

 

「お前ら、俺に後ろめたいことやりすぎやろ……。誰一人として俺と目を合わせられないってどゆことよ」

 

 誰も翠と目を合わせず、口も開こうとしないため静かとなった中。

 翠がクッキーを食べる音だけが虚しく響いていた。



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51話

報告いただいて気づくレベルの作者

訂正する前は途中、文が途切れてるとこがあったのですが、まだ書き途中であったのを忘れて投稿してました
書き加えたので……たぶん、大丈夫なはずです。
こんな駄作者ですが、長々とよろしくおねがいします


「……………………暑い」

 

 肌を焼くような強い日差し。

 いつも以上に念入りに日焼け止めを塗り、普段のダボダボとした服ではなく、薄い長袖と長ズボンで肌を出さない格好に加えて日傘をさし、紫外線カットのメガネをかけた翠はボヤきながらもその足を動かしていく。

 

「もう、歩け……ない。なんで十時前なのにこんな暑いのさ……」

「たかが数十歩もないのに何を言ってる」

 

 車から荷物を降ろし終えた奈緒が翠のぼやきにため息をつきつつ。日傘を奪い、翠を脇に抱えて運んでいく。

 

「……あざす」

「私は帰るから、そこんとこは理解しておけ」

「おけ」

 

 本当に分かって返事をしているのか不安が残るが、いつものことだと考え。仕事に戻るため、車に乗り込んで帰っていく。

 

「夏かぁ……暑いなぁ……」

 

 靴を脱いですぐのところで横たわり、ボヤいている翠をCPのメンバーがなんとも言えない表情で見ていた。

 

「お、みなさんも到着かな」

「翠さん、そんなところで横になられていると皆さんが上がれないので」

「おぉう」

 

 武内Pに促され。のそりと体を起こし、隅っこへと移動する。

 

「これから夏合宿が始まりますが……翠さん、大丈夫ですか? 奈緒さんもいらっしゃいませんし」

「まー……なんとかなるって」

「…………はぁ」

 

 困ったように首の後ろへ手を当てる武内Pに親指を立てる翠を見ながら。CPの面々も上がり込んで荷物を部屋の隅に置いていく。

 

「それでは私は一度離れますが、今日の夕方には戻ってきますので。それまで、よろしくお願いします」

「はいよ。しっかり任された」

 

 セリフだけはいいのだが、壁にもたれかかっている姿からはそれほどやる気があるようには感じられない。

 

 ただ、これまでの付き合いから任せられると考え、皆にも一言残して仕事へと向かった。

 

「それじゃさっそく、それぞれユニットごとに分かれて振り付けや歌の完成度を上げていこうか。俺はみんなの場所を見て回るから。……あ、ソロデビューの蘭子は美波とアーニャに混ぜてもらい。んで、互いにアドバイスするといいよ」

『はい!』

 

 これからの行動を翠から伝えられ、皆は返事を返して練習着へと着替えていく。

 伝えるだけ伝えた翠はすぐに何処かへと行ってしまってるため、近くにいた人がドアやカーテンを閉めるだけである。

 

 

 

「ほい、お疲れ様。これで水分をとんなさい」

「はい!」

「あ、ありがとうございます」

「アリガトウゴザイマス」

 

 それぞれ分かれて練習が始まり、一時間と経たないうちに新田、アナスタシア、神崎の場所へと翠がやってくる。

 手にはスポーツドリンクが一人三本ずつ行き渡る数があり、それを手渡していく。

 

「どんな感じ……って、まだ始まってすぐだからなんも言えないか。ダンスを終えたらどこが良かったか、どこがダメだったかを話してから次踊るように。アドバイスは昼食べて休憩したあと、みんなが一緒にいる時にするから。あと熱中症に気をつけて、こまめに水分補給は忘れないように」

『はい!』

「飲み物は無くなったら俺のとこに来て。まだまだあるから遠慮せずにね」

 

 伝えることを伝えた翠はその場を離れ、他のグループにも同じことを伝えて回る。

 

 一通り回った翠はエプロンをつけて台所に立ち、全員分の昼の準備を始める。

 簡単で量があり、そんなに嫌いな人はいない料理。

 

 ーーカレーである。

 

 奈緒に運んでもらった食材を必要分だけ出していき、下準備を始める。

 と、同時に、米も大量に洗い、昼に炊けるようタイマーをセットする。

 当然、十四人もの……それも、運動してお腹を空かせた成長真っ只中の女の子たちが一つの炊飯器で足りるはずもなく。

 十に届くほどの数ある炊飯器を全て使用している。

 

「杏、飲み物でも足りなくなったかな?」

 

 足跡が聞こえ、振り返るとタオルを首にかけた双葉が立っていた。

 

「ううん、少し話したいかなって思って」

「いいよ。練習も大事だから少しだけね。ゆっくりと話したかったら夜とかもあるけど」

「んじゃ今も少し話して、夜もゆっくり」

「おけ。料理しながらだけどそこんとこは許してくれ」

 

 そこは理解しているのか双葉は頷き、近くにあったイスに腰掛けて話し始める。

 

「初めてテレビ出演した時、言ってたよね。みんなが夏フェス(これ)に出るって」

「そんなことも話したな」

 

 トントントン、と。リズムよく食材を切る音が響きながら。二人は静かに話を進めていく。

 

「だけど、この間漏らした時とかプロデューサーとかが隠したがってたから、話したらマズイことなんでしょ?」

「まあ、本当はね。あまり企画段階だと漏らさないね」

「だけどさ、翠さんが教えてくれた時はまだその企画段階ですら無かったんじゃないかなって思って」

 

 言い終えた時、先ほどまで聞こえていた音が聞こえてこないことに気づいた双葉。

 翠へと目を向けると手が止まっているのが見えるが、後ろ姿であるため表情は見えないでいた。

 

「翠さん?」

「ん……あ、ああ。ごめんごめん。んで、杏の疑問だが……秘密ダゾ」

「…………まあ、いいけど」

 

 双葉に顔を向け。人差し指を立てて口に当てながらウインクまで加えた翠に、双葉は少し照れながらそっぽ向く。

 

「いやぁ……それにしても時が進むのは早いなぁ……。もう、これが終わったらすぐにイベントやん」

「翠さんが話してくれるの、楽しみにしてるよ」

「そんな楽しいもんでもないけどね」

 

 そのあとは中身のない、軽い会話が続き。

 時計を確認した双葉がレッスンに戻るため、立ち上がる。

 

「それじゃ。そろそろかな子や智絵里が探しにきそうだし、いってくるよ」

「レッスン、頑張って」

「うん」

 

 見送る時でさえ振り返らずに調理を続ける翠に双葉は苦笑いを漏らし、レッスンへと戻って行く。

 

 足音が遠ざかっていき、自分一人になった翠は手を止めてため息をつく。

 

「……………………」

 

 その瞳は何も映さず、ただただ濁っていた。

 

 

☆☆☆

 

 

 カレーは特にオリジナルがあるわけでもなく。ごく一般的な作り方であるが、違いがあるとすれば市販のルーを使うのではなく、翠が自ら作った特製のスパイスで作るところであろうか。

 

「…………ふむ」

 

 簡単にだが出来上がったカレーを小皿によそい、口に含む。

 満足のいく出来だったのか一つ頷いて時計を確認し、エプロンを外す。

 

 

 

「はいはい、調子はどうかな?」

「あ、翠さん」

「そろそろ昼にするから、汗だけ拭いておいで」

 

 伝えることだけ伝えて回った翠は再び台所へと戻り、簡単にサラダの準備もしていき、人数分に分けていく。

 

「あ、来た人から運ぶの手伝って」

 

 女の子には色々と(・・・)あるため、声をかけてから来るまでに時間がかかっていたが、それを見越してサラダの準備やカレーの温め直しをしていたため、結果としてベストなタイミングであった。

 

 盛り付けも翠が行い、運ぶのだけ手伝ってもらって食事の用意を終える。

 

「みんな揃ったかな。んじゃ、召し上がれ」

『いただきます』

 

 皆が旅始めるのを見てから自身もスプーンを手に取り、カレーを口に運ぶ。

 

「美味しい!」

「本当。いくらでも食べられそう」

「翠さん、美味しいです!」

 

 気温が高く。暑いため、落ち着いていたかった翠であるが……皆のテンションが高く、反比例するように翠のテンションは下がっていく。

 

「お、おう……おかわりはたくさんあるけど、自分で盛り付けとかよろしく」

 

 みなと話していながらも数本ある麦茶のポットの中身が殆どないのに気づいた翠はそれを回収し、お茶を注ぎ足して冷蔵庫へとしまい、代わりに冷えたものを取り出して元の場所へと置いていく。

 

「まだ食べている途中だろうけど、この後の予定を話すから聞いて」

 

 空になった皿にスプーンを入れた翠は手を叩いて注目を集める。

 楽しそうに話していた子たちもみな口を閉じ、話を聞くために翠へと目を向ける。

 

「昼食べ終えたら食休みをして、全員が入っても余裕ある場所に移動。踊ってもらって、アドバイスするからそれを参考にまた分かれて練習。五時くらいに切り上げてあとは自由時間ね」

 

 皆が頷いたのを確認し、皿を水に浸した翠はお湯を沸かして紅茶の用意を始める。

 

「誰か飲む人いるー?」

 

 確認を取って人数分のカップを取り出し、均等になるよう注いでいく。

 

「あ、食べ終わった皿は水につけといて。あとで洗っとくから」

「……翠さん、すごい働き者だね」

「まあ、仕事するよりは楽……ケフンケフン。みんなのサポートをするためだからね」

「……ああ、なるほど」

 

 欲しがった人に紅茶を配っていき、自身の場所へと座った時。双葉から若干の尊敬がこもった目を向けられるも、理由を聞いた瞬間にそれは消え、納得がいったと仕切りに頷き始める。

 

「……紅茶にも砂糖をたくさん入れるんだね」

「別にコーヒーもブラックで飲めないこともないけど、わざわざ苦いの飲む必要なんてないやん? 好きなもの食べて好きなもの飲んでいたいよね」

 

 角砂糖をポチャンポチャンと入れていく翠を見て。思わずといった形で漏れたのだが、返ってきた反応は少し予想外のものであった。

 

 砂糖を溶かすために小さなスプーンでかき回しながら答える翠はどこか寂しげで、濁った瞳も今まで見せてきたものとは何かが違う感じがして。

 双葉と。近くに座ってこれまでの話を聞いていた前川や神崎、新田。そして緒方も翠へと目を向ける。

 

 諸星などは赤城や他のメンバーと話して翠の方に気を回さないようにしていた。

 

「…………ぁ。……翠さん、その、ごめん」

 

 何かに思い至った双葉は少し顔をうつむかせ、謝罪を口にする。

 

「んー……別に今回は(・・・)死なない程度に、だけど必要最低限の食べ物はくれたし。気にせんでもええよ」

 

 双葉の謝罪と今の翠の内容に他の面々もどういったことか理解し、顔をうつむかせる。

 翠としては少し重くなった空気をどうにかしようとして言ったつもりであったのだが、好転するばかりか余計に重くなっていた。

 

「…………さ、さて! みんなも食べ終わって食休みも十分だろうし! 歯を磨いてから始まるよ!」

 

 無理やり場の空気を変えるため。強硬手段に出た翠は声を大にしてそう伝えると空になったカップなどを片付けていき、何かから逃れるように行動を始める。

 

 それを見て、双葉たちも引きずるようなことはせず。このイベントが終わった後に翠から話の場が設けられると納得し、片付けを始める。

 

 

 

 

 

「…………今回は、ってことは。前もあったってこと……なのかな?」

 

 

 

 

 

 小さく漏らした緒方の呟きは誰の耳にも届くことはなかった。




再び自身の作品を1から読み返し、いくつか誤字訂正とちょっとした訂正しました
具体的にはストライキを起こして翠が正座してるとこなのですが、奏が翠にキスするとこ……口から頰に変えました
いままで誰も突っ込んでこなかったのですが、マユとかマユとかマユとか狂うんじゃないかな……

誤字訂正に加え、自分が忘れていた伏線も『……こんなのあったなぁ』と思いながら読んでました
ちなみにですが、いま現在でほぼほぼ忘れてたり


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52話

記念話、案を色々とありがとうございます!
それらを含めた結果、もしもの話として「貞操観念が逆転」したアイマスの話を書こうかと……
書いてみたいのもいくつかあったのですが……どのように落とすか話が浮かばなかったので……
ifの引退して何してるかとかは今後、思い浮かんだ時に書くかもしれませんが
翠さんが泊まりに行くのは本編でもしかしたら出る可能性があるので……なかったら遠い未来にある完結後に書こうかな、と

後書きにネタバレ含む(?)話を少し


「翠さん、お疲れ様です」

「おー、たっちゃん。おつおつー」

「それで、皆さんは……」

「五時までレッスンだから、そろそろ終わると思うよ」

 

 大きなイベントに向けてのレッスンであるため。皆の完成度を高めてもらうため、食後のアドバイスは少しキツ目にした翠。

 

 つい先ほどに見て回り、皆のレベルが上がっていることに内心喜びつつ。さらに細かいところまで気を配るようアドバイスを終えたところである。

 

 縁側に腰掛けながら空を見上げ。陽も傾いて空がオレンジ色へと染まるのに暑いままだとボヤいていた時。仕事に一区切りをつけた武内Pが様子を見に戻ってきた。

 

「みんな、きちんと俺の言うことを聞いてくれるし、分からないところがあれば俺にすぐ聞くんじゃなくて、こうしたらいいんですか? とまずは自分で考えて答え合わせをするし。どんどん吸収していくから。俺が見本として見せる踊りも、何か盗めないか真剣に見てくれる。教え甲斐があっていいね。いつ俺を抜かしてくれるのか楽しみだよ」

 

 その時を想像してか。柔らかく微笑む翠を見て、武内Pも少し顔を綻ばせる。

 

「それは何よりです。翠さんがいればこの後も問題はなさそうでしょうか?」

「んー……確かに、俺がいればこの後も大きな問題は出ないだろうけど……」

「けど……?」

「一応はさ、シンデレラプロジェクトってものがあって。それに集められた少女たちがいる。……ならさ、その中からリーダーを決めるのもありなんじゃないかな。って思ってさ」

「……なるほど。翠さんがいつもいるとは限りませんし、いい案です」

 

 頷くや武内Pは手帳を開き、何かを書き込んでは前のページをめくって何かを確認し始める。

 

「翠さんのリーダーを決めるという案なのですが、この合宿の中頃から全体楽曲のレッスンが始まりますし、その時にいたしましょう。名目も私が仕事で離れるといった風に伝えれば皆さんも納得いくかと」

「おけ。いきなりリーダーって言われてもできること限られてくるし、俺がサポート入るよ。んで、問題が出ても俺が入ればそれほど深刻にもならんだろうし」

「はい、よろしくお願いします。私は仕事がありますのでここで寝泊まりできませんが……翠さんならば安心して任せることができますので」

 

 軽く確認を終えたとほぼ同時に。

 レッスンを終えた少女たちがやってくる。

 

「あ、プロデューサー!」

『お疲れ様です!』

「みなさん、お疲れ様です」

「おつおつー。早いけど、風呂入っておいで。お湯に浸かりながらマッサージするように」

 

 挨拶もそこそこに。汗を流させるため、翠は手を振って早く行くようにと促す。

 伝わる人には伝わるため、その子たちが他の子たちに伝え。みなは一度頭を下げて風呂の着替えなどの準備に向かう。

 

「さて、これから夕食の支度なのだが……たっちゃん、手伝ってくれる?」

「はい。それくらいなら」

 

 時計で時間を確認した武内Pは首を縦に振り、スーツを脱ぎ。何故か翠の荷物と一緒に運ばれていた武内Pに合うエプロンをつける。

 

「メニューはどのようにしましょうか」

「んー、昼はカレーとサラダにしたんだが……夜の方が腹減ってるだろうし、ガッツリなものと栄養補うのをいくつか、かな?」

「分かりました」

 

 そのあと、二人はこれからのことや夏フェスの話といった仕事関係の話をしながら。

 調味料などが必要だと思えば手渡され。

 先の調理で必要なものの下準備がされていたりなど。

 息のあった様子でテキパキと料理を作っていく。

 

「このようなものでしょうか」

「だな。夕食にはだいぶ早いが……腹減ってる時に食べるのが一番だしな。それと夕食後にはデザートもあるし」

 

 冷蔵庫へと目を向けた翠はゴクリと喉を鳴らす。

 

「……翠さん、全部一人で食べてはいけませんよ」

「あ、あはは……まさかそんなことするわけ」

「……前科があるのをお忘れですか」

「はてさて、なんのことやら」

 

 武内Pの視線から逃れるように目をそらした翠の口元は引きつっていた。

 

「……さすがに、今度は殺される気がする。食べ物の恨みは……特に女子からは怖い」

 

 ブルリと体を震わせるのを見て、武内Pもこの様子なら大丈夫と息を漏らす。

 

「でわ、私はそろそろ」

「おう。行ったり来たりで悪いね」

「いえ。みなさんのこと任せてしまってすみません」

「たっちゃん。こういうときは感謝を述べるものだよ」

「……はい。ありがとうございます」

 

 エプロンを翠に手渡し、武内Pはもう一度『よろしくお願いします』と残して帰っていった。

 

「…………でもね、たっちゃん。俺は感謝されるようなやつじゃないんだよ」

「……翠さん?」

「…………」

 

 背が見えなくなり、ポツリと漏らした言葉。

 そばには誰もいないと思っていたため、驚きから固まり。少しの間、声をかけてきた人ーー双葉の顔をジーっと見ていた。

 

「…………は、早いね」

「もう、みんな上がってるけど」

 

 そう言われて耳をすませば、少女たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。

 

「んー、そっか。なら俺も風呂入ってこようかな。みんなには体冷やさないよう気をつけてって伝えといて。…………それと」

 

 双葉の横を通り過ぎて。

 途中で切られたセリフが気になるのか、振り返る双葉に翠も振り返り、裾を少し持ち上げながら。

 

 

 

「ーー覗くなよ?」

 

 

 

 妖しい雰囲気を出し、魅惑的な笑みを浮かべる。

 

「…………」

 

 それを真正面から、手を伸ばせば届きそうな距離で行われ。

 当てられた双葉は顔を赤くさせながら頷くことしかできないでいる。

 

 今まで、翠はその見た目をフルに活かし。あどけなさや、素の性格である面倒、怠さを出していた。

 ほとんどの割合で怠さであったが、稀に見せるあどけなさなど、違った魅力で人を飽きさせず。引き込んでいた。

 

 であるため。

 ほとんどの人が……いや、ほぼ全員が大人の雰囲気を出せないものだと思い込んでいた。

 

 しかし、それは間違いであり。

 出せないのではなく、出さなかったのである。

 わけとしては単純明快。

 

 

 

 ーーーー仕事の幅が広がるからである。

 

 

 

 ただでさえ、引退できず。日頃からサボりたい辞めたいなどと言っている翠である。

 そのうえ、今ではアルバムを出した後は仕事が倍増間違いなしである。

 この事まで先読みしていたのかは不明であるが、最初からあの雰囲気を出せることが分かっていたら。仕事が今以上に増えていたのだけは感じ取っていた。

 

 そして初めての犠牲者が双葉であった。

 

 翠は言うだけ言うとすでに風呂入るための準備に向かっており。今の双葉がどのようになっているかなど知らないでいた。

 しかも、少し照れて終わりぐらいだとしか考えておらず。

 後々、これが面倒になるとは微塵も思わなかったであろう。

 

☆☆☆

 

 翠が風呂から上がった後は早めの夕食となり。昼と同様に好評であった。

 中には自身の料理の腕に嘆くものもいたが。

 

「それじゃ今から自由時間ね。いつ寝てもいいけど、明日のレッスンに支障が出たら……ね?」

 

 片付けや洗濯(少女たちが自分でやった)が終わり。

 各々、自由な時間を過ごし始める。

 みんなで楽しめる簡単なオモチャなら持ってきていいと言っていたのでトランプをしたり。

 読書や、雑誌を一緒に見てたのしくおしゃべりなどをしていた。

 中にはユニットで集まり、あーだこーだと今日のレッスンを振り返っている子たちもいたが、翠から休むこともレッスンだと言われ。他の子たちの遊びに混ざっていった。

 

 それらの様子を少し離れたところでイスに座り、今度は自分のためだけに用意した紅茶を飲みながら見ていた翠は携帯を取り出してどこかへと電話をかけ始める。

 

『…………はい』

「なんでそんなテンション低いんですかね」

『翠さんからの電話なんてロクなものありませんし』

「そんなこと言ってると、また何時ぞやみたいにありすのいえに突撃するぞ?」

『…………切りますよ』

「別に切っても構わないが……まだ俺だけしか知らない秘蔵写真が親御さんの手に渡るかもしれないが……ああ、それもいいか」

 

 そう伝えた瞬間、電話口の向こうから何か物が落ちる音や慌ただしい音が聞こえてくる。

 

『な、ななななななっ!? まだあるんですかいくつあるんですか早く処分! 処分してください!』

「まあまあ、少し落ち着きなって。夕食は食べたかい?」

『…………まだですけど。そんなことより写真の件です』

「全く。もっと素直になりんさい」

『翠さんにあまり言われたくありません』

「やっぱり、また変装してドッキリかけるしかないようだな」

『……………………』

「どした?」

 

 急に向こう側が静かになり。翠が声をかけるも、しばらく橘は黙ったままであった。

 

「たまにはでもいいから、お前さんからもかけておいで」

『…………ありがとうございます』

「まったく……嬉しくて泣くなら俺が一緒の時にしなさい。写真撮れないじゃないか」

『さ、最低です! 女の子の泣き顔を撮るなんて……最低です!』

 

 最後にそう叫んだ後、ガチャっと電話が切られる。

 初めからうるさくなる事を見越していたからか。電話口を耳から遠ざけていた翠はダメージをおっておらず。口には楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「さて、次は……」

 

 再び携帯をいじり。どこかへと電話をかける翠。

 しかし。

 

『可愛い可愛い僕は大変忙しいので電話に出ることができません。なので可愛い可愛い僕に連絡があればピーという音の後にメッセージを残してください』

 

「…………お前、俺が帰ったら覚えとけ」

 

 自分から電話をかけておきながら。相手の都合など一切考えていない翠はそう言い残し、電話を切る。

 

 そして電話に出なかった苛立ちが一割と帰ってからの楽しみが九割ぐらいの笑みを浮かべて携帯の画面を落とす。

 

「さて、と」

 

 あくびを噛み殺して立ち上がった翠は玄関へと向かう。

 

「翠さん、どこかいくのですか?」

 

 靴を履いているとき、後ろから声をかけられる。

 振り返り見れば純粋な疑問から尋ねる新田の姿が。

 

「ちょいと、そこらへんを散歩」

 

 ドアを開け。

 すっかり日が沈み、月が照らす外を見ながら答える。

 

「……なら、私もご一緒していいですか?」

「別に構わんが……特に面白いことなんてないぞ? それでもいいんなら他のみんなに伝えてからおいで」

「分かりました」

 

 頷いて、出かける事を伝えるために奥へと少し小走りで向かう新田を見ながら。

 翠は内心で『このまま黙って、先歩いて行ったらどうなるんだろう』と考え。

 玄関から外へと出て扉を閉め。

 すぐ横に移動して壁へと張り付く。

 

「あれ、翠さん……?」

「もしかして先に行っちゃったにぃ?」

「なら早く追いかけるにゃ!」

 

 しばらくして。戻ってきたのは新田だけでなく、他にも数人分の足音が聞こえてくる。

 そのことに翠はやっぱりそうなるよねと半ば諦めた表情をしながらも息を殺し。玄関口へと目を向ける。

 

 そして『あ、このままじゃドア閉める人に見つかる』と思った時には既に遅く。

 準備を終えた新田たちが玄関から出て歩いて行く。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「蘭子ちゃん? どうかし…………翠さん」

 

 新田、諸星、前川と続いて出て行き、最後であったのか神崎が出てきたのだが。

 まるで初めから翠がそうする事を分かっていたかのようにすぐ見つかった。

 

 そのまま、なし崩し的に神崎がついてこない事を不思議に思って振り返った前川も翠を見つけ。

 その声に反応して新田と諸星にも見つかる。

 

「…………さて、散歩に行くか」

 

 壁につけていた部分を手で叩きながら。

 何事もなかったかのように歩き始める翠。

 しかし、そうは問屋が卸さないようで、

 

「…………翠さん、何してるにゃ」

「子どもっぽいにぃ」

「ぽいじゃなくて、子どもです」

「……………………」

 

 思ったままを口にしていく。

 神崎は鍵を閉め。翠に対して何も言わないまま、ジッと見ているだけであった。

 

「別にええやん。遊び心は大事ぞ?」

 

 特に悪びれた様子もなく。

 小さくあくびを漏らしながら新田の横を通り過ぎ。散歩を始めてしまう。

 四人も一つため息をつき。翠の横に並んだり後ろを歩いたりとついていく。

 

「杏もくると思ってたんだが……面倒だって?」

「はい。……その後に杏は杏で時間があると言っていたのですが」

「ちょっとした世間話だよ。あとは……凛や智絵里は?」

「凛ちゃんはあまり行きすぎてもあれだからってお留守番だにゃ。……でも、なんで智絵里ちゃんが出てくるにゃ?」

「…………ん? 聞いとらんの? 智絵里にもバレちゃったんだよね」

 

 この場にもし双葉がいたとしたら。今のを聞いて、武内Pと話していた時の事が脳裏をよぎったであろう。

 だが、今この場には双葉がおらず。後に緒方が翠について深くまで知っていると聞いても、その事が頭をよぎることはなかった。

 

「翠さん、またバレたのかにゃ」

「…………」

「あいたっ!? どうして叩くにゃ!?」

 

 重い空気にさせないよう気を使ってか。前川は明るく言ったつもりであるが、無言のまま翠に頭を引っ叩かれていた。

 

「お前さんらがペラペラと話さなければ美波やきらり、凛も知らなかっただろうよ」

「…………うっ、それはみくが悪かったにゃ」

「そ、それはみくちゃんだけじゃなくてきらりたちも悪いんだにぃ……」

「半ば無理やり、聞き出しちゃったもんね……」

「まったく。散歩に来たんだから落ち込んだ雰囲気出すなし」

 

 どうあってもこの話題では重くなる空気に翠はため息をつく。

 

「蘭子はさっきから大人しいが……どうかしたのか?」

「ふぇっ?」

 

 先ほどまで静かであった神崎に話をふるも、予想していなかったのか可愛らしい声を漏らす。

 

「……まあ、何か他に話題を……話題、ねぇ……」

 

 話題を探す翠の口角が少し上がった。

 しかし、新田たちも話題を探すのに意識がいって気がついていなかった。

 

「そういえばさ」

 

 翠が口を開き、視線を集める。

 

「今でこそ俺がこうして仕事しないでアルバムの曲作ってるが……こうなった経緯、知らなかったよね?」

 

 皆としても興味のある話題であったらしく。首を縦に振って続きを促す。

 

 

 

「実は、もしかしたら本当にアイドル引退してたかもなんだよね」














以下、ネタバレ含むかと






案の一つに翠さんが不慮の事故で行方不明といったものがあるのですが
…………まんまそう、ではないのですが、それに近いものを本編に書く予定ですので……
不慮の事故……事件……、まあ、だいぶ先の話になってしまいますが……


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53話

活動報告にて色々とありがとうございます
この話がずっと終わらずに続いて欲しいとの案もあり、作者としてすごく嬉しいです
それらを踏まえて考えますと、この小説はアニメ二期(作者の気力が持てば翠さん編)を終えた後。話としては完結しますが日常をダラダラと不定期で書きつつ。新たな二次創作を書いていく形ですかね。

あべこべのデレマスを書く場合ですと、元より翠さんを出すつもりです!
ONE PIECEですと、神様転生しない、チート無しで気づけばーみたいな形でしょうか。ただ、スペックは高い、と。
AKB49だと「あべこべ」もしくは「主人公憑依」、「逆行」とか考えてます
まあ、まずはこの小説の完結ですがね!


 驚き固まる彼女たちを置いて先を歩く翠を慌てて追いかけ。どういうことなのか口々にまくし立てる。

 

「まんまの意味なんだが……」

 

 そう言って静かにさせ、あの時のことを多少簡単にして話し始める。

 ついでとばかりに、現実逃避のために書いた。もしも引退してたらの妄想話も。

 

 

 

 

 

 話し終えた後。

 彼女たちが何も言わず、静かであることに嫌な予感を覚えた翠は早足で少し離れようとする。

 しかし、そのことを読んでいたかのように右腕を新田。左腕を諸星が掴み、それを阻止する。

 

「や、お二人さん……さ、散歩だよ……?」

「こ、コイントスで何を決めようとしてるにゃ!?」

「…………アイドル活動?」

「く、首を傾げて可愛くしてもダメです!」

「翠さんはもう少し、考えたほうがいいにぃ……」

「引退した理由がそんなことで決まってたら暴動が起きますよ!」

 

 その後も歩きながら(両腕は抑えられたまま)似たようなことをグチグチと言われ続けていた翠であったが。

 きちんと理解したかの返事を求められた時、『俺程度にそんなんなるわけないやん』と答えてしまったことにより。説教の延長が決まった。

 

 一時間ほどの散歩であるはずなのに、気分をリフレッシュみたいな感じで出たはずなのに。

 それどころか寧ろ、精神的に疲れ切ったことに翠は『どうしてこうなった……』と布団に倒れこみながら考え、目を閉じた。

 

☆☆☆

 

 翌朝。

 

「……………………」

 

 翠ばかりに負担をかけないよう、料理ができる人たちで朝早くに起き。ご飯と味噌汁、目玉焼きと簡単な朝食を作ってくれた心遣いに嬉しさがこみ上げてくる翠であったが。

 

「……………………」

 

 先ほどからジト目に加え、無言でジッと見てくる双葉に原因が思い至らない翠は首をかしげるばかりである。

 

「…………翠さん、昨日の夜に杏ちゃんと話すって言ってませんでした?」

「…………ぁ」

 

 新田に教えられ、ようやく思い出した翠。

 昨夜は四人によって精神的に疲れ切ってしまい。散歩から帰って来てそのまま布団へとダイブし、眠りについたのである。

 

 誰かが起こそうと揺すられた記憶が朧気ながら翠の中にはあったが、これから眠りにつく翠を起こせるものはほとんどいないため。

 双葉と話すという約束を破る形となった。

 

「…………その、悪いな。言い訳になるかもしれんが、散歩している時に四人の相手で精神的に疲れて」

「…………別に怒ってるわけじゃないし」

「今日の夜こそ話そう。な?」

「…………甘いもの」

「用意させていただきます」

「なら許す」

 

 まだ一日は始まったばかりだというのに。

 すでに翠の顔には疲れが見えていた。

 

「…………これはもう、歳かもしれない。引退しなければ」

「何言ってるにゃ。翠さんにはまだまだ引退してもらったら困るにゃ」

「そうです。私たちは翠さんの足元はおろか、先輩方の足元にすら立っていないんですから」

「いつか、翠さんが『あっ!』と驚くようなアイドルになってみせるにぃ!」

「別に俺がアイドルやってなくても驚かせるぐらいできるやろ……。それと、みんなは俺の足元ぐらい来てるんやない? 他のアイドルたちとの差だって、ようはやってきた長さだし。基礎はほぼほぼ出来上がってるから、あとは全体曲とかの振り付けと歌詞を覚えていけばいいだけだし。……人気って意味だと、すぐにどうこうなるわけでもないがな」

 

 簡単に自論を述べた翠はお茶を飲みながら手を振る。

 

「それに、自分でわかってるんなら今は口よりも身体を動かさなきゃ。早く準備しておいで」

『はい!』

 

 

 

 行ったのは昨日と同じことであり。

 違うとすれば食事の内容と翠の見回る頻度が増えたことであろうか。

 翠がアドバイスをすると、乾いたスポンジが水を吸収するかのように取り込んでいき、完成度を高めていく。

 

 たまに躓く時もあるが、翠の的確なアドバイスによって時間は多少かかるが、普通に比べれば圧倒的に早く身につけていく。

 

 …………この場合。何が普通なのか基準となるものがないが、翠のレッスンを受ける彼女たちの常識が半ば壊れかけていることにまだ誰も気づいていない。

 

 おやつの時間に武内Pが様子を見にきたが、その際に全員の動きが昨日よりもいいことに驚き。

 翠に全体楽曲の練習を早めるかと話を持ち出す。

 

「んー、まだ微妙なんだがなぁ……」

「微妙、ですか……?」

「こう、何か違うんだよ……」

「……はぁ」

 

 武内Pもそれなりに近くでアイドルを見てきたが、どこがダメなのかが分からないほどに動きは完成に近い状態であった。

 同じアイドルとして、ちょっとした違いが感じ取れるのかと考えた時。武内Pの頭にとある考えが浮かんだ。

 翠も同じ考えに至ったのか。見落としてたとばかりに目を少し見開く。

 

 

 

「「気持ちだ(です)」」

 

 

 

 言葉がかぶり、二人の目が合う。

 

「あー、そっか。みんなの気持ち、もう少し考えるべきだったか。楽しいとは思ってくれてるとは思うが、少し離れてるんかな? …………いや、慣れかな?」

「ですが、仕事ですし……こういったこともあるのでは?」

「確かにないとは言い切れないけど、彼女たちにそこまで求める気はまだ無いよ。それに、まだまだ遊びたいもんね。俺だって遊びたいし」

「翠さんは遊びすぎですが……」

 

 武内Pのジト目から逃れるように視線をそらした翠は誤魔化すように咳払いを一つし、腕を組む。

 

「取り敢えず、夕食の時にでも意識を改めるよう声かけてみるかなぁ……」

「…………私としては今のままでも十分かと思いますが、あまり無理はしない程度に」

「あいあい。それは第一に考えとるよ」

「翠さんの第一は楽しい、ですよね?」

「ふひひ、そこは納得するとこぞ?」

 

 口の前に人差し指を立てながら。人を惹きつけるような笑みを浮かべる翠に武内Pは内心ドキリとしつつ、首に手を当てる。

 

「それじゃ、今から夕飯を手伝っとくれ」

「はい」

 

☆☆☆

 

「皆の衆、皆の衆。我の話を聞きたまえ」

「…………何を始める気にゃ」

「何も企んどらんよ。ちょっとしたお話」

 

 皆が食べ終わった頃を見計らい、翠が注目を集めるため。手を叩きながら立ち上がると、嫌そうな表情をした前川が口を開く。

 

 短いなりに濃い付き合いをしてきたCPの面々は、真面目な雰囲気を感じ取り、口を閉じて翠へと体を向ける。

 

「今日のレッスン見て回って、確かにみんなの技術は上がってきた。完成度も高く、自身の持ち歌でなら他のアイドルたちとも並べるぐらいには」

 

 褒められて喜びの声を上げるが、『……ただ』と続けられ。全員口を閉じ、静かになる。

 

「上手くなってると思うが、それと同時に何かが足りなくなっている。…………初期と比べ、何が違うか自分で気づけた人はいる?」

 

 いきなりの問いかけであったが、皆は真剣に考え始める。

 

 しばらくして、島村が恐る恐るといった感じで手をあげる。

 

「間違っててもええから、聞かせて」

「は、はい。あの、き、気持ち……でしょうか? 凛ちゃんと未央ちゃんと、一緒にレッスンするのは楽しいですし、上手くなってる実感もあって嬉しいですけど……その、なんだか最初の方がもっと楽しい、嬉しい気持ちが強かったと思います」

「ほうほう……だいぶ鋭いの」

 

 島村の考えを聞き、少し大げさに頷き始める翠。

 

「俺の予想もそんな感じで、多分みんなは慣れてきちゃったのかなって。もしくは辛い。大きなイベントによるプレッシャー、かと。あとは他に理由があるとすれば飽きがきたとか?」

「あ、飽きるなんてないです!」

「そうだにゃ!」

「それに辛くはありますけど、上を目指すのに楽なことなんてありません」

「ハイ。辛いですけど、とても楽しいです」

「技術の向上に慣れたってのも何か違くない?」

「そうだにぃ! 上手くなってく度にとぉってもハピハピだにぃ!」

「みりあも! みんなで踊るのすごく楽しいよ!」

「莉嘉も莉嘉も! 確かに辛い時もあるけど、出来た時の達成感? すっごくいいの!」

「私も。みんなと頑張っていくの、とっても楽しいです」

 

 その後も皆は自身の思いを次々に口にしていく。

 それを聴き逃すまいと、翠は真剣な表情で全部を聞き取っていく。

 

「そっか。みんなの気持ち、きちんと全部聞いたから。…………明日からのレッスンはさ。技術の向上は当然だけど、一回一回にその気持ちを込めてやってみようか」

『はい!』

 

 返事を聞き、嬉しそうに微笑んだ翠は空になった皿を片付け。

 誰もついてきてないことを確認しつつ、靴を履いて玄関から外に出る。

 

「…………」

 

 どこへ行くわけでもなく。

 玄関から数歩歩いたところで立ち止まり、月が照らす夜空を見上げる。

 

「…………」

 

 翠の周りの空間だけが切り取られたかのような静寂を包み込み。周りの景色と翠の雰囲気が相まって一つの完成された絵のように見える。

 

 

 

 ただ、それは儚いものであり。

 触れたら壊れてしまうような、脆いものであった。




次の話ですが、作者自身はとても気に入ってたりします
期待させといて残念な感じとかだったら恥ずかしいですけど


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54話

 その静寂も一つの着信音によって崩される。

 

 取り出した携帯の画面を見て、翠は微笑むとその電話に出る。

 

「やあ、どうかした?」

『ど、どうかしたじゃないですよ! あんな留守電残されて安心できませんよ!?』

 

 通話口から聞こえてきたのはどこか余裕がない様子の輿水であった。

 

「まあ……ドンマイ?」

『ど、ドンマイ……って、元は翠さんでしょう!?』

「あ、そういえばさー」

『露骨に話を逸らさないでください!?』

「…………さっきから声が大きいぞ」

『誰のせいだと! …………それで可愛い僕に何のようなんですか』

「…………特に何もないな」

『うがー!?』

「…………アイドルらしからぬ声」

『誰のせいだと!?』

 

 何故か、そこで一度電話を切った翠。

 少しも待たないうちに再び電話がかかってきたため、通話ボタンを押して耳から少し携帯を離す。

 

『何で切ったんですか!?』

「何となく?」

『何となく!?』

「それより、本題入っても?」

『……………………ものすごく納得いかないですけど、納得いかないですけど』

 

 しばらく間が空いていたのは落ち着く時間が必要だったのだろう。

 加えて、声から疲れた様子が伝わってくる。

 翠が内心で『可哀想』などと思うはずもなく。その表情には笑みが浮かんでいた。

 

「なぁ、幸子」

『……はい』

 

 今までのおふざけが無い声に、輿水は反応が遅れるも何とか返す。

 

「アイドルって、楽しい?」

『……………………はい?』

 

 どのようなことが翠の口から発せられるのか、身構えていた輿水であったが。

 あまりに予想外のことで、間抜けた声を返す。

 

「…………」

『い、いえいえいえ! 日本語がわからなかったとかそういうことじゃ無いですよ!』

 

 翠が黙ったままでいるため、慌てて言い訳をし始める。

 

『ちょっと、質問の意図が分からなかったので……』

「まんまの意味だよ。聞いて見たくなって」

「あー……まあ、別にいいですけど』

 

 どこか照れくさそうな感じであったが、暫くしてから口を開く。

 

『楽しいですよ。レッスンとかたまに辛いなーって思う時もありますけど、辞めたいと思ったことはないです。楽して上手くなるはずないですし。それに上手くなっている実感とか、皆さんとダンスがあった時の一体感とか。やっぱり、その辛さを乗り越えての達成感のようなものがすごく心地いいです。…………後は大きな目標もありますし』

「その大きな目標とは?」

『可愛い僕だけでなく、多分皆さんも同じだと思いますけど…………翠さんをぎゃふんと言わせることです!』

 

「ぎゃふん」

 

『そ、そういうことじゃ無いです!』

 

 先ほどまでは真面目であったのに、いきなり緩い感じを突っ込まれ。輿水のペースが少し乱れる。

 

『翠さんを追い抜くとかではなく、翠さんに認められる。もしくは何かアッと驚かせるような感じですよ』

「俺はお前さんの体を張った芸にアッと驚いてるが?」

『…………も、もう! さっきから茶化さないでくださいよ! 聞きたいと言ったのは翠さんじゃないですか!』

「大丈夫大丈夫。何となく伝わってるから」

『何となくですか!?』

 

 その後はいつもと同じ、翠が輿水をからかう。またはただのおしゃべりとなっていた。

 電話の最後に。

 

「……まあ、ありがと」

『へっ? いま、翠さんがありが』

 

 輿水が何か話していたにも関わらず、何のためらいもなく通話を切る翠。だが、かけ直してくることはなかった。

 

「…………ふー」

 

 少し赤くなった頰を自覚している翠は手で顔を仰ぎながら息を漏らす。

 

「あ、あの……お電話終わりましたか……?」

 

 その口振りでだいぶ前からそこに居たであろう緒方が玄関から出てくる。

 

「……もしかして聞いてた?」

「い、いえ。少し距離があったので何か話してるのは分かったんですけど、内容までは……」

「んー、まあいっか。聞かれて困ることでもないし」

 

 最後の感謝の言葉は恥ずかしいけどね、とは口に出さず。携帯の画面に映る『通話時間三十分』にちらりと目を向け、画面を消す。

 

「……わぷ」

 

 再び視線を戻そうとする前に何かが翠に抱きついてきた。

 目をそらして居たのは少しであるはずなのに、すぐそこに緒方が立っており。翠のことを抱きしめていた。

 

「ど、どしたん……?」

「少しの間……こうさせてください」

「……別に構わんが」

 

 許可をもらったため。緒方は抱きしめている腕に少し力を込める。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 初めはただ抱きしめているだけであったが、気づけば翠の頭を撫でている。

 

 緒方はどこか悲しげで。よく見なければ分からないほどであるが、目尻に涙がたまっていた。

 

 それとは対照的に、翠の表情は母親に抱きしめられている子どものように柔らかく、安心しているように見え。

 もっとその温もりを感じるためか。翠も緒方の胴に手を回し、軽く抱きしめる。

 

 

 

 

 

 緒方はそのまま何も話すことはなく。満足したのか翠から離れ、一度頭を下げてから戻っていった。

 

「…………何だったんだろ」

 

 その行動の意図が読み取れない翠であったが、肌に残る温もりは確かで。

 撫でられた頭に手を当て、その感触を思い返す。

 

「まあいっか」

 

 ふひひ、と笑みを漏らし。

 翠も双葉との約束があるため、玄関へと足を向ける。

 

☆☆☆

 

「んで、杏との時間を作ったが……なに聞きたいん?」

「んー……昨日の続きとか、他にも色々と聞きたいことあったんだけど」

「けど?」

「夏フェスが終わった後、ゆっくり聞こうかと思ってさー。それに、翠さんだってそのつもりだったでしょ?」

「まあね」

 

 一人一人に何度も説明するのは面倒であるため。はなっから聞かれてもその日に聞くよう言うつもりであった。

 

「なら、みんなのとこに戻って遊んどき。俺はもう寝る」

「…………ねぇ、一緒に寝てもいい?」

「……そのままの意味かな? 男女の意味かな?」

「…………それ、セクハラだよ?」

「酷いっ! 誘ってきたのはそっちなのに!」

「翠さんはさ、分かっててボケてるのがタチ悪いよね」

 

 わざわざ(しな)まで作ってボケたのにスルーされた翠は内心で少し落ち込んでいた。

 

「俺としては構わんが……急にどした?」

「…………なんとなく」

 

 顔をそらして答える双葉は、態度から『何かありますよ』と語っているが。翠はそれに気づかないフリをする。

 

「俺としては別にいいが…………みんなにはどう伝えるよ。絶対、何人かやって来るよな」

「…………なんとか誤魔化してくる」

 

 そう言ってみんなの元へ向かった双葉を見送り。

 翠は自身の布団を敷いて寝る準備を始める。

 そんなに時間がかかるものでもなく、自身の寝る準備を終えた翠は双葉の布団でも運ぶの手伝うかな。と考えていた。

 

「どう説得した…………持ってきたのは枕だけ?」

 

 どうやってみんなを言いくるめたのか、帰ってきた双葉に尋ねようとしたが。

 手に持っている枕に気づき、嫌な予感が頭をよぎる。

 

「何でも言うことを聞いてくれるってのがあったじゃん。ストライキ起こして正座させられてた時の。あれを使って『翠さんと"二人きり"で寝る』と頼んだって言ったら、みんな悔しそうにしてたけど誰もついてこなかったよ」

「それは別にいいんだが……何してる」

「え? 寝る準備だけど」

 

 説明しながら、双葉は自身が持ってきた枕を翠が敷いた布団へと置いていた。

 そして翠が使う枕の位置をずらし、二人一緒に寝る形となっていた。

 

「…………仕方ない。何でも言うこときくやつを使われたら断れないしな」

「…………やっぱり、ダメ?」

「ダメ。みんなにそう説明したんだから使用しなきゃ」

 

 皆には使うと宣言していたが本当は使ってないなどと翠が見過ごすはずもなく。むしろ一人分減ったと喜んでいる。

 

「それにしても、よくこんなおっさんと一緒に寝ようと思ったね」

「…………は、早く寝よう。杏も眠くなってきちゃった」

 

 何かを誤魔化すように、双葉は布団へと潜り込む。

 そのことについてからかおうと思っていた翠だが、睡魔が勝ったのか。特に何もせず空いている方に潜り込み、目を閉じる。

 

「…………何でそんなに離れるの?」

「いや、普通こうじゃない?」

「翠さんがそうなら、杏からひっつくのありだよね」

 

 そう聞こえると同時に。

 翠の背中に人の温もりが伝わってくる。

 

「…………本当に、どうした?」

「…………」

 

 同じ問いかけ。少しの間、双葉は黙っていたが口を開く。

 

「翠さんはさ、もう少し人に甘えてもいいと思うんだ」

「…………」

「さっき、智絵里と抱き合ってるの見えちゃってさ。……なんでかその時、翠さんは人肌が恋しいんじゃないかな。って思ったんだ」

「…………」

 

 翠は何も答えることなく、背を双葉に向けたままであった。

 

「別にすぐ、どうこうできるとは杏も思ってないよ。今のこの状態が翠さんと杏の距離だって分かってるから。…………でも、杏のこと、みんなのことは拒まないで欲しいな」

 

 そう言って双葉はさらに自身の体を翠へと寄せ、腕を回して抱きしめる。

 

「前に言われた通り、杏だってこんなだから捻くれて育っちゃったし。きらりだって色々とあったと思う。他のみんなだって表に出さないだけで、何かあったのかもしれない。だからって世の中全部がそんな悪いもんじゃないんだよ。…………杏は、みんなは。翠さんに会えてとても嬉しいって思ってるよ」

 

 その呟きを最後に。しばらくすると双葉から寝息が聞こえてくる。

 

「…………」

 

 翠はまだ寝ておらず。目にたまった涙を拭い、その手を双葉の手に重ねる。

 

「…………ここまで言われたら。少しは頑張ってみようかな」

 

 嬉しそうにポツリと漏らした翠は目を閉じ、眠りについた。




一期は下地、または伏線張るだけ張って
二期始まる前に翠さんについて触れ
二期にアニメ+伏線回収(できたら)+盛り上げ
…………みたいな?


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55話


……張った伏線は回収しないのに、伏線として書いたつもりのない文を回収していくスタイル
自分自身がよく分からない今日この頃


 午前のレッスンを終え。気持ちを口に出した次の日であるというのに、格段に良くなったと感じた翠は武内Pに電話をかける。

 

『はい。どうかされましたか?』

「いやさ、昨日の夜に気持ちがどうの話したらさ……格段に良くなって。あの子たち何者よ。まだ動きや歌に調整が必要だけど、ステージに立って人を惹きつけるには十分なできだよ」

『なるほど……。今日はそのままレッスンをしてもらい、明日から全体楽曲の方に入りますか?』

「その方がいいね。そっちの方に気がいっても、日に余裕があるからユニット曲の方も維持できると思うし」

『はい。よろしくお願いします』

 

 電話を切ろうした武内Pだが、翠がそれに待ったをかける。

 

「たっちゃんたっちゃん」

『はい』

「ちなみに、リーダーは誰にする予定?」

『私は新田さんが適任かと。年長者でもありますし、周りのことをよく見ているので気配りにも長けているかと』

「なるほどなるほど。俺もいいと思うよ」

『ただ、不慣れな部分もあると思われるので……その部分を翠さんが補っていただけないでしょうか?』

「ふひひ、たっちゃんからのお願いさ。喜んで」

『ありがとうございます』

「んじゃ、また」

 

 電話を切った翠はしばらく暗くなった携帯の画面を見ていたが、嬉しそうに微笑んでそれをしまい。昼食を食べているであろうみんなのところへと戻っていく。

 

 

 

「みんな、昨日よりもっと良くなったよ」

 

 褒められて喜びを露わにする面々。

 しかし、またも翠が『だから』と続けたため。その喜びは減ってしまったように見えるが、まだ上手くなれるといった嬉しさが見て取れた。

 

「今日は三時にオヤツを作ってあげよう」

 

 ダンスや歌に対する指摘だと考えていたため。何を言っているのかすぐに理解できないでいた。

 

「…………いらな」

「欲しい!」

「欲しいです!」

 

 誰も反応しないため。少ししょんぼりしつつ、先の発言を取り下げようとしたのを察したのか。

 甘い物好きな二人。双葉と三村が手を挙げ、食い気味に答える。

 

「そしたら、今日の午後は根を詰めないで一つ一つの動作を確認するだけにしようか。食休み終わってやろうとしてもオヤツの時間はすぐだし、オヤツ食べた後も激しい運動は控えた方がいいし。……それに、みんなはこの二、三日で少なからず疲れが溜まってるだろうから。明日からまた厳しくしようと思ってるし、ノンビリしようか」

 

 何人か翠のセリフに引っかかったのか首を傾げていたが、意識の大半は翠が作るオヤツに向いていたため、少し経つと引っかかっていたことは忘れていた。

 

☆☆☆

 

 午後のレッスンも終わり、皆が風呂に入っている頃。

 翠は一人、夕日が沈みつつある空を見ながら縁側でお茶を飲み。喜んでもらったオヤツを思い返しながら微笑んでいると、資料を片手に武内Pがやってくる。

 

「お疲れ」

「翠さんもお疲れ様です」

 

 隣に座るよう座布団をポンポンと叩き。急須にお湯を入れ、お茶を用意する。

 

「ありがとうございます」

 

 律儀なのか正座して座り、入れてもらったお茶を啜る。

 

「正座だなんて堅苦しいね。たっちゃんらしいけど。…………それで、ソレは?」

「はい、曲と振り付けは翠さんが考えてくださいましたので。みなさんの立ち位置を参考までにと」

「ふむふむ、見して」

 

 武内Pから資料を受け取り、パラパラと目を通していく。

 立ち位置は一つだけでなくいくつかのパターンが用意されており。そのパターンごとに細かな説明が書かれていた。

 

 真剣な表情で資料に目を落とし、なにやらブツブツと呟いている。

 側から見てるだけだと危ない人に見えなくもないが、翠の頭の中ではそれぞれのパターンごとにどうなるか。シミュレーションされているであろう。

 

 書かれている説明も参考に、この振り付けの時には観客からこう見えるなど、彼女たちが踊っているときに観客からどう見えるか。複数の視点から、彼女たちはどの立ち位置が一番魅せることができるのか導き出していく。

 

「たっちゃんの案も含めて考えて見たけど、この立ち位置だとどう?」

 

 裏面にペンで立ち位置と簡単にステージを描いていく。

 それを武内Pに渡し、説明をしていく。この振り付けはこう見えるから、光の演出で、などと。

 

「……なるほど。光の演出は考えていませんでした」

「俺のもあくまで一案だから。これを踏まえてたっちゃんでも煮詰めてみて」

「はい。分かりました」

 

 そのあとは煎餅を齧りながらただのおしゃべりとなっていた。

 

「あの……」

 

 声に振り返ると、新田が少し困惑した表情を浮かべて立っていた。

 風呂上がりであるため髪はしっとりとしており、色気が普段よりも増している。

 

「ああ、ここに座って」

 

 翠はもう一つ座布団を用意し、そこに座らせる。

 

「少し頼みたいことがあってさ」

「頼みたいこと、ですか?」

「とりあえず話だけ聞いてもらって、答えは明日の朝にでも聞かせてもらえるかな?」

 

 首を縦に振ったのを確認して、翠からアイコンタクトを受け取った武内Pが説明を始める。

 

「実は、新田さんにはシンデレラプロジェクトのリーダーとなっていただきたいのです」

「リーダー……って、あのリーダーですよね?」

「はい。私は仕事の都合でしばらくこちらに来ることが出来ません。いつも翠さんがいるわけでもないので、プロジェクト内でリーダーを決めておこうと」

「もちろん、やれって言われてすぐになんでもできるはずなんてないからさ。俺も手助けしていくよ。……あまり時間ないけど、今夜ゆっくり考えてもらって、明日の朝にでも返事を聞かせてもらえるかな?」

「やります」

 

 説明も終えたため、翠と武内Pは終わった感じであったが。

 

「やらせてください」

 

 真剣な眼差しでそう口にする新田に、二人は少したじろぐ。

 

「いいん?」

「はい。プロデューサーと翠さんがなんの考えもなしに人を立てるとは思えませんし。それに、何事もやってみないと分かりませんから。……翠さんもサポート、してくれるんですよね?」

「そりゃ、右も左も分からんのに放り出してハイ終わり。ってわけにはいかないからね。基本的には美波の判断に任せるけど」

「なので大丈夫です」

 

 翠も納得しているため。武内Pはメモ帳に何か書くと、一つ頷く。

 

「分かりました。それでは新田さん。よろしくお願いします」

 

 武内Pはまた戻ってしまうため。他のメンバーにも一声かけにいってしまった。

 

「美波」

「…………?」

 

 二人きりになり、どうしたらいいか分からないでいた新田。いきなり名前を呼ばれ、お茶を目の前に置かれる。

 そのまま話し始めるわけでもなく。同じ形を作ることがない湯気を見つめる翠。

 

「あの……」

「何をしたいのか、見つかった?」

「…………」

 

 堪えきれず。翠に声をかけようとしたが、それを遮るようにして問いかけられる。

 その内容に、新田は思わず下を向いてしまう。

 

「……その」

「なんでそんな顔をしている。自分で気づいていないだけで、やりたい事に向かって走っているというのに」

「それはどういう……」

「煎餅、美味しいよ?」

 

 翠の言葉に新田はバッと顔を上げ、どういうことか深く尋ねようとしたが。

 目の前に煎餅を差し出され、思わず受け取る。

 

「せっかくのお茶も冷めちゃうって思ってたけど……夜、眠れなくなっちゃうか」

 

 少し残念そうにしながら。新田の前に置いた湯呑みを回収し、自身の元へと寄せる。

 

「あ、あの……」

「大丈夫。焦らなくても美波はきちんと見つけている。気づいていなくても、そこに向かっているから」

 

 翠はこれ以上に話すことはないとばかりにお茶を啜り、煎餅を齧り始める。

 新田も渡された煎餅を一口齧り。翠から言われたことを胸の内へとしまう。

 

「美波は真面目すぎるんよ。もう少し肩の力を抜いて周りを見てみると、また違った景色が見えると思うよ」

「翠さんみたいな感じですか?」

「俺は……あまり参考にしてはいけない人種だな」

「ふふっ。それもそうですね」

「…………だいぶ毒、強いですね」

「堅苦しいよりはいいですよね?」

 

 ニコリと微笑み、煎餅を齧る新田。今まであった堅苦しい感じが少し抜けているように見えた。

 

☆☆☆

 

「…………何。日替わりなの?」

「今日はきらりの番だにぃ!」

「あ、日替わりなのね……」

 

 布団を敷いているとき、枕片手に元気よく入って来た諸星を見て。翠は目眩を覚えた気がした。

 双葉が翠と一緒に寝たことはみな、当然知っており。どうやったかも当然知ってるわけで。

 

「今夜はきらりと一緒に寝ようね!」

 

 何でも言うことを聞く件を除いても、どこか拒否することを許さないような笑顔でそう言われれば。首を縦に振るしかなかった翠である。

 

「…………?」

 

 一緒に寝ようなどと言っておきながら。

 部屋に入った状態から動いておらず、枕を抱えて立ったままであった。

 

 翠と視線が合うと、諸星はサッと目をそらすのに加え。どこか落ち着きがないように見える。

 

「…………アホか」

 

 その行動の理由に気づいた翠はため息を一つ漏らす。

 それが聞こえたのか、ビクッと肩を跳ねさせ。諸星は恐る恐るといった感じで翠へ目を向ける。

 

「ダメだったら断ってるっての。お前さんは鋭いんだか鈍いんだか分からんな」

 

 そこには複雑そうな笑みを浮かべる翠がいたが、その笑みは一瞬で。瞬きをする時間で優しい笑みへと変わっていた。

 

「んで、そんなことはどうでもいいんだよ。なんで君も持ってきたのが枕一つなのさ」

「杏ちゃんが翠さんと一緒の布団で寝たって言ってたよ?」

「…………それで?」

「それじゃあ、きらりたちも一緒じゃないとずるいにぃ!」

「…………そう」

 

 どう足掻いても一つの布団で寝ることは決まっているようで。諸星から枕を取り、自身の枕の横へと並べる。

 

「もう寝る?」

 

 時計を見てもまだ九時前であり。疲れを取るためなら早めに寝たほうがいいであろうが、若い子にそれを当てはめるのは酷であろうか。

 

「翠さんと少しだけ、お話したいな?」

「別にいいけど」

 

 お茶を飲むと眠りにくくなってしまうため。一手間かけ、ホットミルクを二つ用意する。

 

「ありがとうだにぃ」

「ん」

 

 小さいテーブルにコップを置き。諸星の対面に座ろうとした翠だったが、手を引っ張られ。諸星の足の間に収まる。

 

「…………これはこれは」

「翠さん」

 

 胴に腕を回されているため逃げることはできず。

 何か嫌な予感がした翠は誤魔化すために口を開くも、諸星に遮られる。

 

「昨日ね、時間があったから智絵里ちゃんにも私たちが知ってることを話したんだ」

「…………なるほど」

 

 それを聞き、昨日の緒方の行動に納得がいった翠。しかし、まだ話は終わらず。

 

「それで今日ね。昨日の夜に何を話したのか、杏ちゃんから聞いたの」

「…………」

「きらりたちは翠さんに何があったのか分からない。イベントが終わった後に話を聞く約束してるけど、苦しみを全部理解できるとも思えないにぃ」

「そりゃ…………そうだろうな」

「うん。きらりはきらりで。翠さんは翠さんだもん」

 

 そこで口を閉じた諸星はしばらく黙ったままでいたが。唐突にギュッと腕に力を込め、強く翠を抱きしめる。

 少し苦しいのか、翠は微かに顔をしかめるが。話の続きを聞くため、何も言わずに顔を少しうつむかせる。

 

「『過去に何があったかは知らない。だけどもし何かあったとして、何かしてきた人がいるならば……そいつらと俺を一緒にするな。ヘドが出る』…………今でも覚えてるにぃ」

「…………」

「翠さんがきらりにそう思うように、きらりも翠さんにそう思ってるんだよ?」

「…………」

「それとね、翠さん」

 

 込めていた力が抜け、優しく包み込むように抱きしめる形となる。

 

「全部は理解できなくても……一緒に悲しんだりすることはできるんだよ? それに一人でいるよりも二人でいるほうがもっと楽し……たの、……しぃ…………」

「…………なんできらりが泣くのさ」

「分かん……ない……。なんだか急に……悲しくなって…………」

 

 そのまま静かに泣き始めた諸星。いまだ後ろから抱きしめられたままでいるため、動けない翠は胴に回された手に自身の手を重ね、優しく撫でる。

 

「…………最近こういうのが多いからかな。自分自身がよく分からなくなってきたよ」

 

 泣いている子どもをあやすような口調で独り言を始める。

 

「多分だけど、君たちと出会った時にこういう事を言われても……きっと、なんとも思わなかったと思う。でも、今は少なからず変化が起こってると思うよ」

 

 少しづつ諸星が落ち着いてきたのを雰囲気で感じ取り。

 優しく自身の胴に回された手を解く。

 

「ミルク、冷めちゃったね。温め直してくるから」

 

 諸星の頭を一度撫で。コップを二つ持ち、入れなおすため部屋から出て行く。

 

「…………それで、なんで君達(・・)も泣きかけてるのさ」

 

 諸星に聞こえないよう、部屋の外で盗み聞きをしていた新田と渋谷に声をかける。

 このままこの場所にいると諸星にも気づかれるため、台所に二人を連れて移動する。

 

「最初の方から聞いてたよね」

「…………その」

「別にいいよ。どうせ明日、みんな知るんだから」

 

 ミルクを温めながら。目を赤くしている二人に話しかける。

 

「二人も、この合宿中に俺と一緒に寝るのかな?」

「……うん。一度、翠さんと二人きりで話したいかな」

「はい。私も」

「んじゃ、取り敢えず今日は早く寝とき。明日からまた、大変だから」

 

 どういうことか深く聞こうとした二人だが、シーと口の前に人差し指を立ててウィンクをされ。口を閉じる。

 

「二人ともお休み」

「「おやすみなさい」」

 

 長く白い髪を靡かせ。温めたミルクを二つ持って去っていく翠を見送った二人はどこか悲しそうであった。

 

 

 

 落ち着いた諸星は気が抜けたのか。翠から受け取ったホットミルクを飲むとすぐに眠ってしまった。

 

「…………俺は抱き枕か」

 

 翠が漏らした通り、抱き枕のようにして翠に抱きつきながら寝ている。

 諦めたような口調であるが、その頰は緩んでおり。昨夜の双葉と同じように、回された手に自身の手を重ね、目を閉じる。




アニメを見返さないと……オリジナルから本編入るから……
この話はどこに向かうんでしょうね(((


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56話

久しぶりの更新。


 翌日も朝食からレッスン、昼食までは特に変わりなかったが、食休みをしているとき。

 毎度毎度、飽きもせずに同じような形で注目を集める。

 

「はいはい、皆様皆様。こちらにご注目しろや」

「…………色々とおかしい口調になってるにゃ」

「そうなんだよねー。なんでか知らないけど、ここ最近は心揺さぶられることが多いからねー。なんでだろうねー? ねー?」

「…………みく、藪蛇だよ」

「…………ごめんにゃ」

 

 間延びした口調で話しながらニッコリとした笑顔をとある方々に向けていく。

 当然、心当たりがありすぎるため。顔を向けられた少女たちは目を合わせる事が出来ずに逸らす。

 

 近くにいた渋谷が前川の脇腹を軽く小突きながら、ジト目を向ける。

 やらかした事は先の翠の反応で理解していたのか。前川は彼女たちからも目をそらす。

 

「…………そう言えばさ、最初にレッスン見たときだったか。駄猫がやらかしてみんなに罰が合ったよね?」

『そんなものはない』

「記憶違いかな……? ねえ、蘭子。どう思う?」

「ふぇっ?!」

 

 まさかこちらに飛んでくるとは全く考えてもいなかった神崎。可愛らしい声をあげ、混乱しているのか周りに助けを求めるも目を向けた先からそらされていく。

 

「え、えと……その……」

「あるのかな? ないのかな?」

「う、うぅぅぅぅ…………」

「うーちゃんはどう思う?」

「ふぇっ?!」

 

 反応を十分に楽しんだのか。翠は新たな獲物として島村に目をつける。

 

「うーちゃんはあったと思うかな? なかったと思うかな?」

 

 翠の視界の端では、注意が他に移ってくれたことにホッとしている神崎の姿が映っていた。

 

「と、まあ。お巫山戯はここまでにして。そろそろ真面目な話を始めようと思います」

 

 島村の反応も十分に楽しんだのか。先ほどまでの巫山戯ていた雰囲気はどこへやら。手を叩いて再び注目を集め、真面目な雰囲気を漂わせる。

 

「今日の午前まで、みんなにはユニット曲のレッスンをしてもらってたけど。俺が見た限り、そのパフォーマンスをステージでも表現できたら人を惹きつけるには十分な完成度だと思う」

 

 褒められて喜ぶ彼女たちであるが、今までとその喜び方が違ってきていた。

 

 今までは近くにいた子たちと褒め合ったりと、止めなければ話が先に進めないほどであったのだが。

 

 今回は『やったね』と一言かけあったり、小さくガッツポーズをして喜んだ後には……すでに翠の話を聞く姿勢となっている。

 

 表情はニヤけたままと少し締まりが無いが、調教されつつあるその行動に翠は内心で少し引いていた。

 確かに大事な話があるとは言ったが、喜びを抑えてまでなのか、と。

 その立ち位置に自身を重ね、どのような行動をとるかと考えれば……素直にずっと喜びを露わにし、その後にある話など半分も耳に入らないであろう。

 

「…………ってことで、今日の午後からはシンデレラプロジェクトといった枠組みでの曲を練習していこうと思う」

 

 結局、考えることを放棄した翠は話を続けることにした。

 

「今まではそれぞれのユニット……一人から三人だったけど、今回はシンデレラプロジェクトのメンバー全員。つまり十四人で一つの曲を踊る。…………ってことは、今までよりも色々と難しくなるわけだけど」

 

 一度区切り。翠は皆の顔を一人一人見ていく。

 誰も嫌そうな顔をしているものは居らず。むしろドンと来いとばかりに目を爛々と輝かせていた。

 

「聞くまでもないか。……それじゃ、午後からは振り付けと歌詞を覚えてもらうから。合わせるのは今日の練習の最後か、明日からだね」

『はい!』

 

 

 

 早く始めたくて体がウズウズしているのか。

 話が終わってからのみなはどこか落ち着きがなく。数人は居ても立っても居られないのか、すでにレッスンの場へと向かっていた。

 

「大変ってこういう事だったんだね」

「まあね。楽しみ?」

「うん。アイドルを始めてから、毎日が刺激に溢れていると思う」

「それはそれは。うーちゃんは?」

 

 まだ少し時間があるため。みながどう感じているのか、聞いてみることにした。

 

「はい! とても楽しいです!」

「うんうん。良い事だ。…………けど、一つだけ言っておくなら、世の中はそんなに甘く無いってことかな? 今日は良くても明日、明後日。もしかしたらもっと先になるかもしれないけど、壁にぶつかったり、悩みができるかもしれない。……もしそうなったら一人で抱え込まないことだね。話すだけでも負担ってのは軽くなると思うから」

 

 アドバイスとして言ったつもりであったのだが、これがとんだブーメランだという事に気付いた時はすでに遅く。

 

「…………翠さんもだにゃ」

「…………翠さんもだけどね」

「…………翠さんもね」

「…………翠さんもです」

「…………翠さんもだにぃ」

「…………」

 

 ここに残っている面子で事情を知っている少女たちからジト目を向けられながら、翠にだけ聞こえるよう小声で急所をえぐっていく。

 

「事情を知っている人からしたら、あまり説得力がないよ」

 

 さらには渋谷から追い打ちとばかりに傷口に塩を塗られ。翠のメンタルはボロボロであった。

 

「みなさん、お疲れ様です」

「たっちゃん! みんながよってたかって俺をいじめるんだ!」

「…………えぇ……っと」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。武内Pがやってきたため。翠はこの空気を流すために茶番を演ずる。

 

 当然、いま来たばかりの武内Pがそのことを察せるはずもなく。困ったように首へ手を当て、周りへと目を向ける。

 

「大丈夫だよ。翠さんは誤魔化すためにちょうどよく現れたプロデューサーを使っただけだから」

「…………そゆことは、例えみんなが気づいていようが口に出さないもんなの」

 

 ジト目を渋谷に向けるも、聞いてないとばかりに顔をそらしている。

 

「……まあ、いいや」

「それ、翠さんじゃなくて私たちのセリフですよね……?」

「それも置いといて。そろそろ行こうか」

 

 片付けもそこそこに。翠は武内Pの背に乗り、レッスン場へと向かう。

 皆も苦笑いを浮かべながらその後をついていく。

 

 

 

 

 

「翠さんおっそーい!」

「おっそーい!」

「いやいやいや、まだ時間あるでしょ……」

 

 時計を見ればレッスンが始まるまでまだ時間があるのだが……体力が有り余っているのか、新曲が楽しみなのか。今すぐにでもレッスンを始めたそうに翠を見ている。

 

 それは一部の少女だけでなく、メンバー全員であったため。

 翠は時間いっぱいまで休むつもりであったが、仕方なく重い腰をあげる。

 

「そんじゃ、そこらに適当でいいから座って。まずは軽い説明から」

 

 慣れに加え、楽しみな気持ちも合わさり。これまでにないほど、翠の指示に素早く従っていく。

 

「ああ、美波。こっちこっち」

 

 手招きして呼ばれ。それだけで最初に何をするか気づいたのか、一つ返事をした新田は翠の横に立つ。

 

「最初の連絡事項だけど、たっちゃんは仕事の関係であまりコッチに来れなくなるのに加えて。いつも俺がいるとは限らないし、シンデレラプロジェクト内でリーダーを決めさせてもらった。俺がいても美波の指示を聞くように。いきなりの事で慣れてないし、間違えるかもだけどそしたら俺の方で助言とかしていくから。……んじゃ、一言」

「はい。みんな知ってると思うけど、新田美波です。みんなでイベントを成功させるために頑張りたいと思います」

「ん、ありがと。それじゃ、この紙をみんなに配りながら座って」

 

 座りに戻るついでとばかりに簡単な雑用を任せる。

 みなに紙が行き届き、新田が座ったのを確認した翠はいつの間にやら武内Pが用意したCDプレーヤーの再生ボタンに指を乗せる。

 

「その紙には全体曲の歌詞が書いてある。今から曲流すから、取り敢えず一回聞いとこうか」

 

 実際に聞いた方が早いだろうと必要最低限のことだけ伝え、合図も何もなくそのままボタンを押す。

 

 曲が始まり、みなは聞こえてくる歌声に合わせて歌詞をなぞっていく。

 リズム感がある子たちは所々、合わせて歌っていたりした。

 

 フルではなく、ライブ用のショートバージョンであるため。長いようで短く、短いようで長い曲が終わる。

 

「ちなみにこれ、歌っていたのは奈緒とちーちゃん、そこらで捕まえたアイドルだから。俺は一切、歌っとらんよ」

「なんでですか!?」

「この方達も上手いですけど!」

「翠さんの歌を期待してたのに!」

「お、おう……?」

 

 ちょっとした補足説明のつもりであった翠であったが、メンバー全員から訴えるような目を向けられ。翠は若干狼狽える。

 

「だって…………ねぇ?」

「…………はい」

 

 何かを思い返しているのか。武内Pも翠から目を向けられ、かすかに眉を寄せて頷く。

 

「全体楽曲って他にもいくつかあるんだけどさ……、君らが入る前の話よ? 俺が見本で歌ったやつを聞かせたら、十分なはずなのにみんなが納得いかなくって……」

「みなさんは翠さんの歌と自身の歌を比べてしまい、劣っている。まだ足りないという考えに至ってしまい……」

 

 そこから先は二人とも口を閉ざしたが、アイドルたちがどういった気持ちで練習をしていたのかなんとなく理解したのか。

 それ以上、文句が出てくることはなかった。

 

 特にキャンディアイランドの三人は鼻歌とはいえそれを間近で体験しているため。より深く、その事について察していた。

 

「そんな気にすることじゃないと思うんだがなぁ……。すでに何人かは言ってあるけど、人にはそれぞれ良いところもあれば悪いところもある。後はどれだけ心を込めてそれを届けるかだよ」

 

 少し暗くなった空気を変えるため。

 優しい笑みを浮かべながらそう伝える翠であったが、時が進むにつれて威圧が増していく。

 

「君ら。俺を越すんなら、いまやってみる?」

『いえ! 大丈夫です!』

「まあ、冗談だが。んで、振り付けの話に移るが……これから練習するのはあくまで今回のライブ用ってだけで、本来のって言い方はおかしいけど、振り付けとか少し弄ってるから。このイベントが終わってからになるけど、その後のライブ用の振り付けはそん時にまた教えるよ」

 

 再び、なんの合図もなくスイッチを押した翠。軽くであるが曲に合わせて踊りを見せる。

 

 

 

「簡単に踊ったけど、これが大まかに見た感じの動き。ライブだからそれぞれ振り付けが多少違ってくるけど、そん時に教えていくから。…………取り敢えず、立って俺に合わせて踊ろうか?」

『はい!』

「たっちゃん、お疲れ様。後は任せてちょ」

「はい。よろしくお願いします。みなさんも頑張って(・・・・)下さい」

 

 武内Pが荷物をまとめ。最後に一度頭を下げ、出て行った瞬間。

 

 ――メンバー全員は体の芯に氷柱(つらら)を差し込まれたかのような寒気を覚えた。

 

 そしてほぼ全員が同じ結論に至ったのか、翠へと目を向ける。

 そこには。

 

 

 

「んじゃ、取り敢えずは死ぬまで踊ろうか」

 

 

 

 視線を集める事には慣れているのか、特に気にした様子はなく。

 いつもと同じように。

 変わらぬ口調のまま。

 

 

 

 ――今までにない程、スッキリとしたイイ笑顔を浮かべる翠がいた。

 

 

 

 笑顔を浮かべるのは良い事であるが……いま、翠が浮かべている笑顔は『悪い方の意味』でイイ笑顔だった。



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57話

作者は生きてます
この話はどこに向かうのでしょうか……?


「おお、もうこんな時間か。みんなもそれぞれ振り付けと歌詞を覚えたようだし、明日からは全員で合わせて踊ってみようか」

『…………は、はぃ』

 

 そこにはレッスンを始める前のワクワクとした皆の姿はなかく。

 床に座り込んでへばっており、返事もどこか弱々しかった。

 

 

 

 

 

 あのセリフの後。

 曲を延々と繰り返し流し続け、翠は皆のミラーとして踊り。皆はそれを見ながら踊っていくのである。

 初めのうちは振り付けの意味を教えながら踊り。皆が慣れてきたら一人一人に指摘もしていき。一曲、また一曲を繰り返すごとに皆の動きは洗練されていった。

 

 翠のレッスンをやってきただけはあり。体力はそこいらのアスリート並かそれ以上にある。

 しかし、息が上がってきた頃。

 いつまで経っても踊り続ける翠に合わせて踊りながら、皆は何時(いつ)かのレッスンを思い返していた。

 

 あの時は半々に分かれ、休憩とは言えないが多少なりとも休みはあった。

 だが、今回に至ってはそれすらなく。

 曲が終わってもまたすぐに再生され、踊り始める。

 

 休憩は三十分おきに水分を取る程度であり、五分も経てばまたレッスンである。

 そしてそれは四時間(休憩時間を除く)続き、ようやく終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

「うん。みんな動ける余裕が残ってるようだし、及第点かな」

「こ、これで……」

「及第点、ですか……」

「そう。だって俺立ってるし……それに、君らの先輩方もまだまだいけるよ?」

 

 そう言われてメンバー全員は翠、そしてアイドルの先輩方を人ではない何かだと考える。

 既にそこへと片足を踏み込んでいることも知らず。

 

「君らと俺は同じ動きをしていたとしても、どこかに無駄な力が入っているんだよ。だから余計に疲れる。……ま、これはずっと続けていけばどうにかなる問題だけど、ライブとかで連続して踊ることなんてよくあるから」

 

 その分の体力はもうついてるけど。とは口に出さずに心の内へととどめた翠は、改めてメンバーを見回す。

 疲れて座り込んではいるものの、みんなでどこが良かった、ここをこうした方がいい。などと褒めあったりアドバイスをしている。

 

「…………風呂でしっかりマッサージするように。ストレッチも。あと、この時期に風邪なんてひくなよー」

 

 片付けを終えた翠はまだ話している彼女たちに声をかけ、部屋へと戻る。

 

「一番余裕あったのはうーちゃんでまあ分かるが……その次に来るのが俺のこと深く知る面々とは……。パッション系が潰れてんのは……考える通りか。智絵里やかな子も体力ついて来たし」

 

 ブツブツと呟きながら紙に何かを書き込んでは先ほどのレッスンを思い返し、笑みを浮かべる。

 

「お?」

 

 作業が終わり、からかおうかなと電話を手に取ったと同時に着信音が鳴り響く。

 画面に表示された相手を確認した翠は『うげっ』と声を漏らすも、電話が鳴り止むことはなく。

 電話をかけてくるのを止めるような相手ではないと翠も分かっているため、通話ボタンを押して携帯を耳へと持っていく。

 

「や、やあ……」

『兄さん、明日は病院の日だからね』

「い、いま合宿に来てて……」

『医者、そこに送ることもできるけど?』

「行かせていただきますとも!」

 

 電話の相手は碧であり、明日の定期検診をサボらないための釘刺しであった。

 

「…………っち、碧と医者が繋がってやがる」

『武内さんや千川さん、日草さんとも仲がいいから。兄さんが今どこにいるのか、ちゃんと知ってるからね?』

「あやつらも裏切りおったか……」

『武内さんから、そのためにメンバーからリーダーを決めたって聞いたけど? 兄さんが構ってちゃんなのはみんなまだ気づいてないの?』

「か、構ってちゃんちゃうわ! 前半部分についても否定できんし……」

『ほんと、よく周り見てるんだから』

「ってか、分かってるんだったらわざわざ俺に電話しなくても行くこと分かってたでしょ? 他に何かあるん?」

『ああ、そうそう。新作の』

「持ってこい」

 

 まだ最後まで言い切っていないが、翠によって遮られる。

 その声は決して大きくはなく、怒鳴っているわけでもないのだが有無を言わさぬ力強さがあった。

 

「今すぐ、持ってこい」

『明日、病院の帰りに渡すよ』

「うむむ……いますぐ……」

『明日病院なんだからダメに決まってるでしょ?』

「っち、仕方ない。今どんだけの量を用意してる?」

『仕方ないって……。量? えぇっと……五個だね』

「その十倍は用意しておけ」

『じゅ、十倍ってそりゃまた。一人で食べるの?』

「んなわけ。ゲームの褒美として使うのさ」

『…………なるほどね。分かったよ。五十個用意して、明日渡すよ』

「あいあい。んじゃこっちでやること出来たからまた明日」

『おやすみ』

 

 電話を切り、今の時間を確認した翠は少し慌てる。

 今日はずっとレッスンに付き添っていたため、夕食の準備が終わっていないのだ。昼に下準備を終えてあるが、本日の彼女たちは今まで以上にお腹を空かせていることだろう。

 

 急いで準備するべく台所へ向かうとわそこには全員で協力して夕食の準備をしていた。

 料理が出来る子達で調理していき、それ以外の子たちは皿の準備などを担当していた。

 

「……………………?」

 

 髪が湿っていることから、みなが風呂に入った後だということは理解できた翠だが、頭の中は疑問符がいっぱいであった。

 湯に浸かり、風呂上りはストレッチなどをやって食事を摂ることで、睡魔が限界で倒れると予想していた。

 

 しかし、今目の前でそうなると思っていた少女たちが元気よく動き回っていた。

 

「あ、翠さん! 下準備してあったのを勝手に調理しちゃいましたけど……」

「気にしなくていいよ。それよりすまんね。電話がかかってきてさ。疲れてると思うのに作ってもらっちゃって」

「なんでか知らないけど、疲れてるのに身体が軽いんだよねー」

「みりあもー!」

「あたしもー!」

 

 全員が多田と同じ意見らしく。

 翠はなるほど、と頷いた。

 これは飯を食べたらみな、電池が切れたように動かなくなる、と。

 

☆☆☆

 

 予想した通り、みなは食事を終えたと同時に眠り。気持ちよさそうに寝息を立てている。

 

「…………はぁ」

 

 その様子を見て、翠は一度ため息をつき。全員の食器を片し、一人一人に毛布をかけては優しく頭を撫でていく。

 

 既に夢でも見ているのか、何人かはだらしない表情をさせ、ヨダレも垂らしていた。

 

「布団まで運びたいんだがな……」

 

 翠一人ではほぼ全員の体を引きずってしまうのもあるが、一番の理由としては人一人を持つ力がないのが大きい。

 運動ができる=力がある。といったわけではないのだ。

 これだけのために人を呼ぶわけにもいかず、結果として風邪を引かせないように毛布をかけることであった。

 

 この大切な時期に許されるはずなどないからである。

 

 皿洗いも終え、しばらく食べていなかった棒付き飴を口に咥えて外へと出る。

 

 少し冷えた風に体を一度震えさせ、何か羽織ってくればとまでは考える翠だが、面倒だからとそのまま散歩を始める。

 

「…………」

 

 立ち止まり、空に浮かぶ欠けた月を見上げては再び歩く事を何回か繰り返し。

 ブランコにベンチ、水飲み場が置いてあるだけの小さな公園へとたどり着く。

 

 飴を舌の上で転がしながら。ブランコに座り、小さくこぎ始める。

 ブランコに揺られ、ボーっと空に煌めく淡い光を放つ星を見上げながら。

 

「…………はぁ」

 

 ため息をつく翠の耳に足音が聞こえてくる。

 

「翠さん、そんな格好でいると風邪を引いちゃいますよ?」

「うーちゃんにうつされたときに引いたよ?」

「あ、あれは私のせいですか!」

 

 振り返ると、少し顔を赤くした島村がパーカーを一つ手に持ち、立っていた。

 島村自身はキチンと温かい格好をしており、手に持っているものは翠のためであるとうかがえる。

 

「最初からついてきた、よね? じゃないとここ分からないし」

「は、はい。本当はすぐに追いつきたかったんですけど、翠さんが羽織るものを取りに行ったら遠くに行っちゃって」

「あのレッスンの後なのに、走ってないとはいえよく起きてついてこようと思ったね……」

 

 棒付き飴を一つ取り出し、島村へと渡して隣のブランコに座るよう促す。

 

「みんなはまだ寝てる?」

「いえ、美波ちゃんや蘭子ちゃんたちも起きて、みんなを布団に運んでます」

「あやつらも起きたのか。んで、うーちゃんが見張りかな?」

「蘭子ちゃんと美波ちゃんが行きたがってましたけど、そこまで体力が持たないって言ってました」

 

 そのことを想像してか、翠はクスリと笑みを漏らす。

 

「だろうね。むしろ、うーちゃんは長く俺のレッスン受けてきたけど、ここまで成長してるとは思わなかったよ」

 

 翠に褒められて『えへへ』と嬉しそうに笑う島村だが、そこで持ってきていたパーカーを渡していなかったことに気づき。

 

「す、すみません! すっかり忘れてました!」

「別に気にしとらんよ。寒くて欲しかったら俺から言ってたし」

 

 わざわざ持ってきてくれたのに着ないという選択肢は翠の中にないため、ブランコから立ち上がって受け取ったパーカーに袖を通す。

 

「うん、やっぱり無理しないで着てくれば良かったかな。思ってる以上に肌が冷えてる」

 

パーカーもサイズが大きいため、余った袖をプラプラとさせながら二ヘラと笑みをこぼす。

 

「は、はわわわっ。すみません、カイロは持ってないです!」

「自業自得だから気にしなくてもいいのに。むしろ、コレを持って着てくれて感謝して……おん?」

 

 どうにかして翠を暖める方法はないかと考えていた島村はハッと閃き。まだ翠が話している途中であったが、いきなり抱きしめる。

 

「こ……これで暖まりますか?」

「暖かいっちゃ暖かいが……別にここまでせんでも……」

 

 このまま流されて抱きしめられたままか。

 離れるように勧めるか。

 悩んでいた翠だが、徐々に島村の抱きしめる力が強くなってるのに気づき、それらの案を捨てる。

 

「うーちゃん……?」

 

 右腕は胴に回され、左手は頭に回されているため。顔が動かせない翠は島村がどんな表情をしているか見ることができず。さらには先程からしゃべらないため、そこから読み取ることもできないでいた。

 

「……………………私が」

「…………」

 

 島村がようやく口を開くが、まずは話を聞かなければどうにもならないため。翠は島村に腕を回し、少し力を込めて抱きしめる。

 

「…………養成所にいたときから、翠さんは私に気を配ったり、励ましたりしてくれました。アドバイスをもらったり、落ち込んでいる時は気分転換にと色んなところにも連れてってくれました」

 

 翠が口を開いて何か言おうとしたが、この場面で『空いている子がいなかったからたまたま』なんて空気を壊すようなこと言えるはずもなく。

 

 翠としてもバレるリスクをわざわざおいたくはなかったが、他に誘う人がいない時に限って島村が落ち込んでいる感じであったため。

 色んな偶然が重なり、そうなってしまったのである。

 

「昨日の夜、きらりちゃんと翠さんが話しているのを聞いちゃったんです」

「…………」

 

 島村が言っているのが本当なのだとしたら、渋谷と新田が立ち聞きしていたのと反対側。

 なぜそんな所にいたのか、翠は少し考えて納得する。

 トイレに行く時の通り道なのだ。

 そして話している声が聞こえて盗み聞きをしてしまった、と。

 

「私、翠さんには悩みなんてないって思ってました。毎日楽しく過ごして、幸せいっぱい……って」

 

 島村の話を聞いている翠は、胸の内に表現し難い感情が渦巻いていた。

 

 諸星と話している時、翠は少なからず変化していると言っていたが……人の本質などそう簡単に変わるはずもなく。

 翠が表現し難い感情は、面倒臭い、どうしてこうなった。などといった負の要素であった。

 

「あまり力になれないかもしれないですけど……何か、恩返しをできたらいいなと……」

「……………………なら、深く突っ込んでくんな」

 

 小声であったため、島村の耳には届いていなかったことが幸いか。

 緩くなった拘束から顔を動かして島村へと笑みを向ける。

 

「……ううん。ありがとね、うーちゃん。そっか、聞いちゃったのか……。なら、起きていたら美波にでも聞いてみるといいよ。それと、あまり人には言いふらさないでね?」

 

 これ以上このままでいると、意図せずまた口にすることを恐れてか。翠は島村から離れ、帰ろうかと促す。

 力になれないことに対してか。翠が相談に乗ってくれないことに対してか。はたまた他になにか理由があるのかは分からないが、島村は悲しげな表情を浮かべるが何も言わず。

 

 翠と手を繋ぎ、並んで歩いて帰った。



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58話

長らくお待たせいたしました?
前半部分は変わりませんが、後半からガラリと変わります


 まだ起きていた新田たちに島村を預けて任せた翠は自室へ戻り、寝る準備を進めていた。

 布団を敷き、明日の準備を終え。忘れずに歯磨きをするために洗面所へと離れてから帰ってくれば、枕を抱えた新田がちょこんと座っている。

 

「…………」

「……あの、迷惑でしょうか?」

「きらりにも言ったけど、迷惑だったら追い返すよ」

 

 歯ブラシなどを片付け、新田から枕を取って自身の枕の横に並べ、少し冷たい雰囲気をまといつつ口を開く。

 

「んで、うーちゃんはどう?」

「やっぱりショックがおおきいみたいです。一番長くいたのに、全然わからなかったって」

「んな簡単にバレているようだったら俺が困るけどね」

 

 反応に困る答えであったため、新田は何も言うことはなく苦笑いを浮かべるにとどめる。

 

「あ、美波には伝えておく。明日は病院に行くから、任せるよ」

「は、はいっ」

「みんなにも明日伝えるけど、メモ帳あるなら先にどうしてほしいか話すけど」

「持ってきます!」

 

 そのまま翠の返事を待たずに部屋を出てメモ帳を取りに行ってしまう。

 一人残された翠は部屋にあるポットのお湯を急須(きゅうす)にいれ、湯呑にお茶を注ぐ。

 

「お待たせしました!」

 

 少し冷まして一口飲んだところで少し息を切らした新田が戻ってくる。

 

「疲れてるんだから走らんでもいいのに」

 

 座るように促し、お茶ではなく冷たい麦茶を注いで渡す。新田が落ち着くのを待ってから翠は口を開く。

 

「明日は午前から出るから、その後のことについてどうするか話すよ」

「はい」

「まず、午前はみんなでずっとストレッチ。終わったらノンビリだらだらとお休みの時間にして、絶対に激しい運動はなし」

「絶対、ですか」

「絶対に」

 

 新田は簡単に、だけど重要なことは漏らさないよう的確に書き留めていく。翠も書き漏らしがでないよう、話すスピードをゆっくりにしたり、間を空けたりとしているため、二度説明するようなことにはなっていない。

 

「そして昼食べて少し休憩してからみんなで合わせて踊ってみて。一時間踊っても合わないようだったらその日は終わりにしてあとは自由にしていいよ。だけど俺が帰ってくるまで練習は終わり」

「……少し、厳しいですね」

「プロだったら一時間で合わせられる。ただ、君らはまだその域までいっていないんだよね。厳しいだろうけど、頑張ってどうこうなる問題でもないんだ。……練習は終わりと言ったけど、みんなの息を合わせることは禁止してないから」

「みんなの、息を……」

 

 何かが引っかかったのか、考え込み始める新田。翠はそれを見て微笑みながらお茶をすすり、ホッと息を吐く。

 

「二人……三人ぐらいなら、ユニット組んでるから分かるとおり合わせることはできるんだよ。ただ、人数が増えれば増えるほどそれが難しいのは分かるかな? みんなはいきなり十四人で踊るんだから」

「…………」

「美波は……何が足りないのか気づいたかな?」

「互いを……知ること、でしょうか?」

 

 翠は自分が問いかけたにも関わらず新田の答えに何も言わず、ニッコリと微笑むだけである。

 

「みんなと話す中ではありますけど……、それだけじゃ足りないのでしょうか? もっと、みんなと仲良くなったほうが……互いを知っていれば合わせることができるような……」

「取り合えず、美波も疲れているだろうし今日はここまでにして寝ようか。あまり詰め込んでも上手くいかないからさ。俺の携帯のアドレスを明日、教えるから。分からないことや何かやるときはメールして教えて。ダメなことあったら返信するけど、それ以外はスルーしちゃうから」

 

 残っていたお茶を飲みほし、空になっている新田のコップも一緒に片づける。

 

「そういえば、この大きなイベントが終わったら翠さんから話してもらえるんですよね?」

「……先のことばかり考えるよりも、まずはイベントを成功させてからな」

「はい。頑張ります」

「……あまり、気負うな。人が一人でできることなんてたかが知れてる。人に頼ることは逃げでも恥でもない」

「ありがとうございます」

 

 面と向かってお礼を言われ、照れているのか新田から顔を逸らした翠はそのまま逃げるように布団へもぐる。

 

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 背を向けて眠る翠に新田は寂しそうな表情を浮かべ。口を開いて何か言おうとするも、そのまま何も言わずに目を閉じる。

 

☆☆☆

 

 病院の定期検診を終えた翠はそのまま346へと足を伸ばしていた。

 なぜなら。

 

「や、兄さん」

「おお、スイーツ!」

「……やっぱり、そっちがメインになるよね」

 

 弟である碧が作った新作のスイーツを受け取るためである。

 

「どうだった?」

「んー、普通じゃね?」

「兄さんが答えてくれなくても専属医の方から連絡はきちんときてるけど」

「ですよねー」

 

 話しながら翠は碧を連れて建物の中へと入り、入り口で一応は部外者になる碧の立ち入り許可証をもらう。

 

「そういえば僕、ここに入るの初めてかな?」

「そうだっけ? 何回か来ているような気がしないでもないけど……」

 

 中に入ってからは碧に背負ってもらう翠。そこからどこに向かうのか指示を出しながら携帯をポチポチといじり始める。

 

「…………ふふっ」

「兄さん、何かいいことあった?」

「今の笑いでそこまで気づく……?」

「そりゃ、長い間一緒にいるんだから」

「そんなもんか。……ま、いいことと言えばいいことかな」

 

 緑に指示を出して向かわせた先は武内Pの仕事場である。

 

「たっちゃん、今平気?」

「すみません、武内さん。お久しぶりです」

「ええ、大丈夫です。碧さんもお久しぶりです」

 

 翠が一人であるならばノックをせずにそのまま入っていたであろうが、今回は碧に背負われているため。きちんとノックをしてから入室している。

 

「そろそろ奈緒がちーちゃん連れてくると思う。あと、今西部長もそろそろかな?」

「それではコーヒーでもいれましょうか」

「たっちゃんは座っててええよ。碧がいれてくれるから」

「うん、分かった」

「ありがとうございます」

 

 翠は背から降りてソファーへと座り、慣れた手つきで六人分のコーヒーの用意をする碧にチラリと目を向け、携帯を取り出しいじり始める。

 

「お疲れ様です、プロデューサー」

「お疲れ様」

「お疲れ、武内くん」

「お疲れ様です」

「おっすおっす」

「みなさんの分、コーヒーできました」

 

 ノックの音が響き、翠に呼ばれた3人が部屋へと入ってくる。

 翠は携帯をいじりながら軽い挨拶を口にして何かを考え込むかのように黙ってしまう。

 

「碧くんも久しぶり」

「お久しぶりです、今西さん」

「あの時は助かった。これ、お礼だ」

「これは私からのお礼です」

「ありがとうございます、奈緒さん。ちひろさん。また兄さんが何かやらかしたら言ってください」

 

 静かにしている翠は誰も気に留めず、最近会ったことなどを話して五人で盛り上がっていく。

 気づけばコーヒーの量が減っているため、その度に碧がお代わりを注いでいる。

 

「あ」

「兄さん、どうかしたの?」

「んー……夏フェスの順番ってもう決まってる?」

「ああ、もう決まっているが……それがどうかしたのか?」

「ちょいと見せて」

 

 最初に深く訳を話さないのはいつものことので、皆は慣れた様子であった。

 奈緒はその資料を持って来ていないため、武内Pのパソコンに入っているデータを印刷して渡す。

 

「この順番ってさ、もう確定?」

「そうだねぇ……ほとんど決まっているけど、変えられないこともないよ」

「んじゃ、変えて」

 

 今西部長はぼかすような感じで答えたが、すでに関係各所へと伝えられており、ある程度準備が進められていた。

 そのことにも翠は気づいていながらも、順番を変えるよう口にする。

 

「……もう、順番は考えているのかな?」

「当たり前。前半部分はそんないじらない。変えるのは俺とCPの面々だけ」

「それほど気に入っているのか」

「たっちゃんが驚くぐらいに彼女たちは上手くなったからね。そのご褒美みたいな?」

「ありがとうございます」

「碧も観に来るか?」

「うーん……予定、無理にでも開けて行こうかな。兄さんがそこまで押すぐらいなら」

 

 いままでも碧はライブに誘われていたが、主に誰かのせいで仕事が忙しく、余裕がなかったのである。

 

「そういや、二人ほど手伝いに行かせるって話があったよな」

「そうなんですか?」

「はい。久しぶりの食事をしてたとき、仕事が忙しいと漏らしたらアイドルを二人ほど手伝わせるって」

「ちなみに誰だ?」

「かな子と愛梨」

「テレビ番組として放送したらいいんじゃないかい?」

「今年はまだダメだな。早くて来年」

 

 何故だか話が手伝わせることからテレビの取材へと移っていき、碧の表情が曇る。

 ただでさえ忙しいのにテレビ取材までしていては身が持たないと考えたのである。

 

「残念だが、碧のスイーツは俺だけのものだ。すでに人気らしいが、テレビはNGだな」

 

 翠のセリフに救われように、碧はホッと安堵の息を漏らし、今西部長たちもそこまで本気ではなかったのか、アッサリと引き下がる。

 

「そろそろいい頃合いだと思うし、戻るよ。誰か送って?」

「それでは私が」

「すまんな」

「いえ、翠さんにも色々と手伝ってもらっていますし」

「そういえば、作詞は進んでいるのか?」

「碧、スイーツを早くよこせっ!」

 

 質問に翠は巫山戯るがそのセリフとは違い、奈緒にUSBメモリを手渡す。

 

「今までのとそれでほとんど終わった。あと一曲だけなんだけど、しばらく待ってて」

「もう二十九曲の作詞終えたのか……?」

「そりゃ、あの子たちのレッスンも見るけど、暇な時間も結構あるからパパッと。一応、目は通しておいて」

「それは僕も見た方がいいかな?」

「時間があるなら」

 

 碧はまだ残って三人と話すそうで、翠は用意してもらったスイーツを受け取り、武内Pに背負ってもらって部屋を後にする。



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59話

「とても楽しそうですね」

「だってあの子らにとって初めての大きなステージだよ。俺も含めて先輩アイドルは大いに楽しんで盛り上げなきゃ」

「ありがとうございます」

「んー、まあ、ひとまずってところじゃない? この大きなステージが終わった後、面倒なことになる気がするからさ」

「面倒なこと、ですか……?」

 

 赤信号で止まった時、意味深なことを言う翠に目を向けるも、ニヤニヤとしながら笑みを浮かべる翠の姿がそこにあるだけであった。

 

「…………あの子たちは強いよ」

 

 小さくボソッと呟かれたセリフ。

 信号が青へと変わったことに意識を持っていかれた武内Pの耳に届くことはなかった。

 

「そういえば、翠さんの希望でライブ会場が変わったと聞きました」

「もう少し大きな場所にしようかなって。ただ、外だから雨が降ったら終わりなんだよね」

「大丈夫です。きっと晴れます」

 

 晴れると断言する武内Pに、翠はただ、微笑むだけであった。

 もし、心の機微に聡い誰かが今の翠の表情を見れば不思議に思うだろう。

 

『何故、そのような(・・・・・)感情を込めているのか』

 

 武内Pもしっかりと見ていれば違和感を覚え、尋ねていたかもしれない。

 しかし、車には武内Pと翠しかおらず。運転する武内Pは前を向いており、翠の些細な変化に気づくことはなかった。

 

 

 

 もし、もう1人誰かが乗っていたならば。

 もし、赤信号で車が止まっている時ならば。

 もし、翠がもっと自身のことについて話していたならば。

 

 この先に起こりうることに多少の変化があったかもしれない。

 だが、今この場ではありえない"たられば"のことであった。

 

☆☆☆

 

「ありがとね、たっちゃん」

「いえ。翠さんも無理しないようお願いします」

「うぃうぃ。程々にしとく」

 

 暑いところに長くいたくない翠は挨拶もそこそこに、さっさと背を向けて行ってしまう。

 

「…………」

 

 その後ろ姿を見て。武内Pは言葉で表現できないような感情が頭をよぎるが、それは一瞬のことであり。

 再び翠の後ろ姿を見るが何もなく。すぐに忘れてしまう。

 そして残った仕事を終わらせるため、車を走らせる。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 車が走り始める音を耳にし、翠は立ち止まって振り返る。

 武内Pの意識は前に向いてしまっているため、翠が見ていることに気づかずに走って行ってしまう。

 

「……何でこんなことやってるんだろうな」

 

 それはCPのメンバーにアドバイスをした日。

 電気もつけていない暗い部屋で呟いた時とほぼ同じセリフ。

 

「……答えは一つしかないか」

 

 雲一つない空を見上げ、眩しいのか目を細めながらポツリと漏らす。

 

「いつか話す時が来るんかな……。恥ずかしいから今んとこ、予定はないけど」

 

 これ以上ここにはいられないと、多少大きめな独り言を呟き、翠はその場をあとにする。

 胸の内にはいつの日か似たことを漏らしていた答えを。そして自身が求めているものを抱きながら。

 

☆☆☆

 

「たでーまー」

『おかえりなさい!』

 

 元気な返事だが、皆は思い思いにダラダラと過ごしていた。

 取り敢えず、翠はスイーツを冷蔵庫へとしまう。スイーツがダメになるのは何としても避けなければいけない。

 そして皆がいる部屋へと戻り、ザッと部屋全体を見回す。

 

「……ふむふむ。みんな、意識が高くてよろしい」

 

 全員の手には紙があり、おそらくは書かれている内容がそれぞれ違う。

 アドバイスなどをまとめたものであろう。

 

「んじゃ、美波。報告」

 

 昼飯を食べていない翠はゼリーをいくつか持って自身の部屋へと移動し、その後を新田がついていく。

 

「午前はみんな、きちんとストレッチしてたかな?」

「はい」

「未央、莉嘉、みりあ……あとは駄猫かな。そこらが踊りたい踊りたい、煩かったろ?」

「ま、まぁ……」

 

 目は口ほどに物を言うようで、新田の目があっちこっちに泳ぎ始める。

 

「んで、メールでも見たけどその後について」

「は、はい。皆の仲を深めたら呼吸が合うと、翠さんのアドバイスから考えました。なので外で体を動かせる遊びを2つほど」

「んで、リレーと水鉄砲か。……うん、いいんじゃない?」

 

 ゼリーを食べ終え、空になった容器を弄りながら頷き、続きを促す。

 

「土埃を落とすためにシャワーを浴びたあと、少し早めに昼食を皆で用意して食べました。食休みを置いて踊ったのですけど……自分たちでも実感できるぐらいに息が合っていたと思います。その感覚を忘れないよう一時間集中して踊ったあと、互いにアドバイスをしてダラダラとしていたところです」

「うんうん。上手くいったからって一気にそのまま完成まで持っていかないで、短時間の集中でやったほうが俺的には効率がいいと思ってるからね。人によってそれぞれだから未央や駄猫たちはもどかしい気持ちもあるけど、俺がついとるんだから完成させるし」

 

 なんでもないことのようにサラリと口にし、翠は空の容器はゴミ箱に捨てて立ち上がる。

 

「さてと。いつまでも話してないでみんなのとこ戻ろうか。今後のこともまとめて説明しちゃおう」

「はい」

 

 足りなかったのか、寄り道をして冷蔵庫からまたいくつかゼリーを持ち出していく。

 翠としてもガッツリと食べたい気分であるが、微妙な時間なので我慢している。

 それに今夜にとある事をやろうと考えているため、いつもより夕食の時間を早めにと考えているのも1つの理由としてある。

 

「おーし、お前ら。そのままでいいからよく聞けー。この後の予定について話すぞー」

 

 持ってきたゼリーの1つを食べ終え、空になった容器をそばのテーブルに置いて口を開く。

 そのままでいいと言われていたが、皆は上体を起こして体を翠に向ける。

 

「今日のレッスンは終わりにして5時に風呂。6時に夕食です! そして食休みを挟んだ後にお楽しみが待ってます!」

 

 お楽しみがなんなのか、近くにいる子と話したくてウズウズしているが、まだ翠の話が終わっていないため。誰も口を開かない。

 

「それじゃ、話は以上だから。レッスンとかキチンと考えているから、ちゃんと俺の言う事を聞けよ、未央」

「な、なんで私だけなのさ!?」

「なんとなく? 不満ならば駄猫もつけよう」

「もう、その呼び名は固定なのかにゃ……」

 

 翠が2人をからかったことにより、笑いが起こる。

 

「んじゃ、俺は自分の部屋にいるから。何かあったら遠慮せずおいで」

 

 その様子を見て翠も微笑んだ後、去り際にそう言い残して自身の部屋へと戻っていく。

 

「翠さんが言ってたお楽しみってなんだろうね?」

「楽しそうに言っていたからすごいものだと思うけど……」

「何も教えてもらえてないとなると」

「何をやるか、気になります」

「なら、みんなで翠さんが何をやるのか想像してみようよ!」

 

 赤城がいい案を思いついたと、手を上げながら口を開く。

 なんだかんだでノリがいい彼女たちは特に反対意見もなく、そのまま当てた人のご褒美を考える。

 

「翠さんに1つお願いできる権利をあげるとか?」

「それだと杏とか使っちゃってるよ?」

「また、新しく貰えるとか?」

「翠さんに聞いてみないと分からないにぃ」

「でも、翠さんの許可があったらいいんだよね?」

「こういった催しなら翠さんも乗ってくれると思います」

「それじゃあ、翠さん呼んでくるね」

 

 話がまとまりそうなのを読んで、渋谷が翠を呼びに行く。

 5分とかからずに連れて戻ってきたが……翠は渋谷に背負われており、目が半分ほど閉じられていた。

 

「翠さん、寝てましたか?」

「んぁ……大丈夫大丈夫。やることないといつも寝てたから」

「……それって寝てたんじゃ」

 

 城ヶ崎がボソッと呟く。それはメンバー全員が思っていたことだが、誰もいう勇気はなかった。

 しかし、いまもウトウトしている翠の耳には届かなかったらしく、スルーされてしまう。

 座布団に座らせるもコックリコックリと頭を動かしている。

 

「んで、えーっと……夕食の後にあるお楽しみを? 予想するから……んー、凛、もっかい」

「当てた人に何か褒美が欲しいって話してて」

「なるほどなるほど……あー、君ら的に何がいい?」

 

 考えるのが面倒なのか、それとも眠気が強すぎて頭が働かないのか。

 翠は自分で案を出すのをやめ、皆に尋ねる。

 

「翠さんができる限り何でも言う事を聞いてくれる権!」

 

 色々な心情から、なかなか言い出しにくかった事を赤城が元気な声で発する。

 そのことに内心で『よくやった!』と思うと同時に受け入れて貰えるかと不安にも思う面々。

 

「んー、いいと思うよー」

 

 今の状態の翠ではそんな彼女たちの心情を読むことはできず。あっさりと許可を出す。

 そして新田に紙とペンを持って来させ、『本日の夜に行うお楽しみを予想して当てた人には翠ができる限り言う事を聞く権利をあげます。九石翠』と書いていく。

 

 本来であれば翠がこのような事するわけないのだが、思考回路が弱っているいま、千川が忘れないようにメモしていたことが思い出されており、そのまま動いた結果であった。

 

「んで……全員バラバラに考えるん? チームに分かれるんか、全員で1つ考えだすんか……? 俺は別に何でもいいけど」

 

 話していて少し目が覚めたのか、先ほど書いた文字をボーッと眺めながらルールの確認をしていく。

 

「どうする?」

「それぞれ考えるのも面白そうだけど……」

「全員で1つも賭けにゃ」

「チームも仮に3人とかで分けても5つだよね」

 

 ワイワイと楽しげに話すのをBGMに、目が覚めた翠は手に持つ紙を間違いであって欲しいと願いながら読んでいく」

 

「…………まじか……筆跡、俺だもんなぁ」

「あの、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫」

 

 ボソリと聞こえないよう小さく呟いた翠だが、近くにいた島村には何か言っていたのが聞こえたらしく反応する。

 それを誤魔化した翠は紙をテーブルに放り、手を叩いて注目を集める。

 

「はいはい、キリがないから全員で1つ考えようか」

 

 そう言われた面々はどうするか話し合っていた頭を切り替え、お楽しみが何なのかわざわざ紙とペンまで用意して話し始める。

 暫く時間かかるかなと、翠は座布団を並べて横になる。

 

「翠さん」

「杏? どした?」

 

 目を閉じて寝ようとしていた翠の元に、タイミングを見て話の場から離れた双葉がやってくる。

 

「1つにしたのって、外れたら誰も権利がなくなるからだよね?」

「……おやすみ」

 

 図星をつかれた翠は双葉に背を向けるよう体勢を変え、目を閉じる。

 

「……取らぬ狸の皮算用になるけど、杏は権利が手に入ったらどうするか決めてるんだ」

「聞くだけ聞いておこうかな」

「翠さんが杏たちに望んでいることを教えて欲しい」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 翠が黙ってしまったことにより、互いに口を閉じたまま時が過ぎていく。

 何もリアクションが無いのはおかしいと思った双葉が耳を澄ませば微かに寝息が聞こえてくる。

 

「杏ちゃぁん! こっちに来て一緒に考えよぉ!」

「しょうがないなぁ」

 

 口では面倒くさがりつつも口元は嬉しそうに緩ませながら、双葉は呼ばれて再び輪の中へと入っていく。

 

 

 

「…………」

 

 皆に背を向けているため誰も気づくことはなかったが、双葉が話の中へと戻って行った時。

 翠の目から一粒の涙が零れ落ちていた。




ようやっと、いつの日かの伏線(7話最後の方)が回収かな?


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60話(挿絵有り)

皆さんはこの話がどうしてこうなったのか、思っていることでしょう
安心してください。作者自身も思ってます……
話の最後の方にイラストありますが、画面明るくしてからのがいいと思います


「…………さん、…………いさん!」

「…………あと5年」

 

 誰かに揺すり起こされ、冗談を言いながらも上体を起こしてあくびを漏らす。

 

「んで、……お楽しみは何か予想ついた?」

 

 まだ眠そうにしながらも、緒方から水の入ったコップをもらい、一口飲んでから口を開く。

 

『花火!』

 

 あらかじめ誰が言うのか決めていたのだろうか。

 赤城、城ヶ崎、本田、諸星ら4人。パッション系が声を揃えて答えを口にする。

 

「…………っく、やっぱり幾人か外さなきゃダメだったか」

 

 またプラスで計14回、言うことを聞かなければいけないことが決まり、まだそれを使っていないのが大半だと言うこともあり。

 どうにでもしてくれといった雰囲気を出しながら畳の上に寝そべる。

 

「一応、理由を聞いとこうか……」

「この時期ってのと、お楽しみの時間が夜」

「翠さんが帰って来た時、甘い匂いが箱からしたのでお菓子かなって思ったんですけど」

「花火をみんなでやりたかったにぃ!」

「うぅむ……寝る前に惑わせるような選択肢増やしとけば……」

 

 悔やんでももう遅く、嘆いていても仕方ないため、皆を風呂へと追い立て、自身は夕食の準備を始める。

 

「んー、まだ少し早いかなぁ」

 

 煮物を竹串で刺しながら。

 大きめな声で独り言を呟く。

 

「今すぐがいいだろうけど、もう少しこのまま時間を置こうか。まずやるべき事があるし」

 

 他の料理の調理をしながら。

 耳を澄ませば廊下から遠ざかっていく足音が聞こえる。

 

「うん。……いっぺんには俺も無理だからね」

 

 一度、調理の手を止め。いろんな感情を込めた瞳を先ほどまで居たであろう場所に向けて口を開く。

 

「どれだけ先延ばしにしようと、"いま"が終わることなんて突然なんだ。…………だからもう少し、もう少しだけこのまま、ぬるま湯の中に浸っていたい」

 

 今まで彼女たちと過ごして来た時間を振り返り、今更ながらになぜ約束してしまったのかと後悔する。

 深くまでとはいかないが、ある程度知っても彼女たちは遠慮する事なく、変わらず接してくれて来た。

 

 しかし、全部話した時にも同じ事が言えるとは限らない。

 翠はいま、この時、この関係が壊れることを恐れている。

 だが、自分で口にしたように先延ばししても話さなければいけない時はきてしまう。

 

 永遠がどれだけ難しいことだと分かっていても、それに縋ってしまうのは人の弱さなのだろうか。

 

「…………」

 

 このままだと深くハマってしまいそうになることを自覚し、頭を振って切り替える。

 いまのまま皆の前に行ってしまったら"その時"がきてしまう。

 1分でも、1秒でも長く。

 

 程よい柔らかさになった煮物の1つを口にし、笑みを浮かべる。

 

☆☆☆

 

 夕食を終え、食休みを挟み。

 日が延びたとはいえ19時半だと日は沈み、都会から少し離れているからか夜空には星が煌めいていた。

 

「まあ、大丈夫だとは思うが気をつけてな」

 

 翠だけでは全員に目が行き届かない可能性があるため、大半は高校生以上だが、万が一のために注意を促す。

 

「終わったのは水が入ったバケツにいれるよーに。花火の量が量だし、5つ用意したから」

 

 前に立ち、説明する翠の側に水の入ったバケツが5つ、火のついたロウソクが5つ。そして後ろにはどこから持ってきたのか疑うぐらい、山のように盛られた花火が。

 虫刺されにも気を配ってか皆と自分に虫除けスプレー……だけでなく、蚊取り線香もいくつか焚いている。

 

「それじゃ、ケガに気をつけて存分に楽しめ!」

『おーっ!』

 

 翠が拳を突き上げたのに合わせ、皆も拳を突き上げて声を出す。

 そして各々は好きな花火に手を伸ばし、火にかざして花火を楽しみ始める。

 

「おーい、未央! 振り回してもいいがもう少し離れてからにしろ!」

「はーい!」

 

 片手に4本の花火を持ち、グルグルと腕を回して楽しみながら楽しませるのはよかったが、人の距離が近かったため翠の注意が入る。

 

「あの、翠さんもどうですか?」

「ん? ああ、ありがと。皆を見てなきゃいけないけど……大丈夫そうだし」

 

 縁側に座って皆のことを見ていた翠だが、そこに花火を持った島村が近づいてくる。

 一応は年長者であるため、何かあってもすぐ対応できるよう見てなきゃいけないが、島村の雰囲気を察してか花火を受け取る。

 

「あ、ロウソクが遠いですね」

「ライターあるから。……ここに座り」

 

 隣に座るよう促し、島村と自身の花火に火をつける。

 色が変わっていくタイプなのだろう。

 赤、青、緑と様々な色に変わっていく花火を見ていると、島村の声が耳に届く。

 

「……私、全然気がつきませんでした。翠さんが変装して教えてくれていたことや……その、他のことも……全く……」

「そりゃ、そうじゃなきゃ俺が困る。隠したいんだから、バレないように過ごしてきたんだもの」

 

 新しい花火に火をつけ、それに目を向けながら。翠は困ったように話していく。

 

「いまだってどうしてこうなったのか、考えているよ。頑張って隠し通してきたことがこうやってバレているんだもの」

「その……ごめんなさい……」

「気にしてないさ。もう、どうしようもないのだから。…………うーちゃんも皆のとこにもどって楽しんでおいで。あ、ついでにこれをバケツに入れてくれると嬉しいかな」

「……はいっ!」

 

 いつまでも引きずっているわけにはいかないことを分かっているのか、完全にとはいかないが笑みを浮かべる。

 そして翠から花火を受け取り、バケツに入れながら皆の輪の中へと戻っていった。

 島村の後ろ姿を追ってようやく顔を上げた翠は、ある程度知った子たちが楽しみながらも時折こちらをチラチラと見ていることに気づく。

 

 嬉しく思いながらも、知らなければ今を心から楽しめたんだろうといったことも考え、彼女たちからそっと目を逸らす。

 

 そのあとは特に何事も無く。

 あれだけ大量にあった花火も1つ残らずなくなり、むしろまだまだ楽しみたい雰囲気さえあった。

 

「翠さーん。もう終わりー?」

「手持ち花火は綺麗さっぱり無くなりましたと」

 

 バケツも5つでは足りず、追加でもう5つ出したほどである。

 一ヶ所にバケツを集めたときには皆の口から『ほぇ〜』と間抜けた声が漏れたほど、表現しづらい達成感みたいなものがあった。

 

「なんか含みのある言い方だね」

「花火は手持ちだけじゃないのさ」

 

 座る場所を指示し、翠はあらかじめ準備をしていた場所へと向かう。

 とあるところでしゃがみ、何か作業をしては少し移動してしゃがみ、を繰り返していく。

 作業が4回目に入ったとき。最初の仕掛けが働いたのか、大きな音とともに何かが空へと打ち上げられる。

 火薬の破裂する音が響き、鮮やかな打ち上げ花火が夜空を彩る。

 一定の間隔でどんどん上がっていき、1つ1つ違う花火を目に焼き付けるように彼女たちは見ていた。

 

 20本近い花火が打ち上げられ、翠のお楽しみは終了した。

 皆で協力しながら後片付けを終え、彼女たちは臭いを落とすためにもう1度風呂に入っている。

 本来なら避けるべきことであるが、臭いが染み付くのも考えものであったため。風邪ひかないよう十分に気をつけるよう注意して許可を出した。

 

「…………」

 

 翠は1人、外に出て星が煌めく空を見上げていた。

 先ほどまでは騒がしかったこの場所もいまは静けさを保っている。

 何を考え、何を思っているのか。

 風になびく髪を押さえることもせずにいるいまの翠は周りの風景と合わさり、1つの絵として完成されているようであったが、それは儚くも壊れてしまいそうに脆い雰囲気があった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 暫くそうしていた翠だが、ふいに口を開く。

 

「…………風邪引かないよう、気をつけろって言わなかったっけ?」

 

 どれだけ足を音を殺しても周りが静かであれば気づかれてしまう。

 翠は振り返り、やって来た人物へと目を向ける。



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61話

「大丈夫。まだ風呂に入ってないから」

「んー、ならいっか」

 

 振り向いた先にいたのは双葉、新田、渋谷の3人であった。

 

「わざわざ呼びに来てくれたのかな。よし、戻ろうか」

「少し、聞きたいことがあって」

 

 このままはよくないと、いつものように誤魔化して切り抜けようとしたがそれは叶わなかった。

 だとしたら、と。

 どのようなことを聞かれてもそれなりに納得できる説明が言えるよう心の準備をする。

 

「花火、とても楽しかったです」

「それはよかった。俺も準備した甲斐があったもんだ」

「翠さんがいたら、もっと楽しかったと思う」

「…………」

 

 先ほどの心構えはなんだったのか、口を開くが何も言葉にできず。そのまま口を閉じてしまう。

 

「……俺は、何かあった時のために見ておかないと」

「翠さんから見たら子どもかもしれないけど、少しは杏たちを頼ってもいいんじゃないかな」

「た、多少は花火をやったさ」

「卯月と暗い雰囲気だったけど?」

 

 やっぱり見ているよな、と。

 内心で愚痴りながらもどうするかと頭をかく。

 

「俺はさ」

 

 このままじゃ引き下がらないであろうことを面倒に思いながら。

 ある程度妥協して話すことにした翠。

 いままでにもこうして妥協し、話してきていることに翠は気づいていながらも、本当の意味(・・・・・)では気づいていなかった。

 

 しかし双葉と新田、諸星はそのこと(・・・・)に気づいているため。

 少しずつではあるが、こうやって翠の妥協から情報を集めていた。

 

「まだ、みんなとそうやって遊ぶことはできないんだよね。……そんな資格が無いんだよ」

「一緒に楽しむことに資格なんて必要ないです」

 

「あるんだよ」

 

『…………』

 

 大きな声というわけではなかったが、3人の耳に強く届き、口を閉じてしまう。

 

「誰も知らない。当然だが、俺個人の問題だから。この問題はこれまでも、そしてこれからだって誰にも話すことはない。絶対に」

 

 双葉は久しぶりに、2人にとっては初めて、翠の濁った瞳を向けられ、息を呑む。

 

「何度も言うけど、俺個人の問題だから誰かに話してどうにかすることなんてできない。……1つだけ言えることがあるとすれば、『その時はもうすぐ来る』ってことぐらいかな」

 

 自身でも感情が高ぶっていることに気づいているため、深呼吸をして落ち着き、翠は先に戻ると声をかけて3人の横を通り過ぎ。

 

「あ、君たちも戻る時は普段通りにしてからね。まだ、"いま"を楽しんでいたいから」

 

 ドアを閉める前に振り返り、そう言い残していく。

 

 

 

「……難しいね」

「知れば知るほど分からなくなってくる感じがする」

「翠さんがそうなるようはぐらかして答えてるからだと思うよ」

 

 ドアが閉まる音を聞き、少し経ってから3人は口を開く。

 

「最後に何か言ってたよね」

「普段通りにしてから戻れ。いまを楽しんでいたい……だっけ?」

「まるで、いまが壊れるみたいな言い方だった」

「杏たちが知ってることで壊れる原因になりそうなのは……夏フェスの後の話ぐらいかな?」

「それで壊れるの?」

「うーん……翠さんに何があったか分からないから断言はできないけど、人って意外な一面を見ただけであっさり手のひらを返すからねー。翠さんがそれを恐れてたとしたら辻褄が合わなくもないけど」

「まだ、知らないことがありすぎるね」

「夏フェス終わった後、集まって推測してみる?」

「そうしたいけど……そのことも含めて今は忘れて、夏フェスに全力を尽くそう」

「うん」

「そうだね」

 

 互いに顔を見合わせ、クスリと笑みを浮かべ。彼女たちも風呂に入るため戻っていく。

 

☆☆☆

 

「おーし、昨日は楽しんだのだ。残り日数もわずかしかないから、少し厳しめにいくぞー」

『おー!』

 

 

 

 成功させるためには上手くなる必要があり。

 魅せるためには上手くなる必要があり。

 楽しむためには上手くなる必要がある。

 

 

 

 今日、皆が集まったとき翠が最初に言ったセリフである。

 なぜ初日ではなくいま言ったのかと聞かれたら。

 

『緩んでいようが締まっていようが、それをさらに引き締めるため』

 

 などと答えるだろう。

 

「…………」

「翠さん?」

「どうかしました?」

「……ああ、なんでもない。飲み物とってくるから、いつでも踊れるようにストレッチとか準備してて」

 

 小走りで、どこか慌てた様子を皆に見られながらも、翠はそんなことを気にしていられる余裕が無いかのように去っていった。

 翠について深く知らない面々は近くにいた子と『トイレかな』と、話しながらストレッチをしていたが。

 深く知る面々は最悪なことを想像しながらもそうであって欲しく無い。ただ急ぎの電話やらトイレやらと自身を納得させていた。

 

 本来であれば深く知っていようと彼女たちもそれほど深刻に考えなかったであろうが、意味深な態度を取り続けた結果、たとえ些細なことであっても聞かされていなければ不安になるようになってしまった。

 

「……さっきの翠さん、杏から見てどう思う?」

「杏だけじゃなくて、みんなから見ても違和感しかなかったよね」

「そうだにぃ。1番これであって欲しいのはトイレだにぃ」

「そ、それだと、翠さんは素直にトイレだと言うと思います」

「す、翠さんは内に秘めたる災厄を抑え込むため、だと、その……思います」

 

 標準語で話すことに慣れてきていた神崎であったが、まだ翠がいなければ時折、このように熊本弁が混ざってしまう。

 

「内……災厄……翠さんの体……。病気の薬を飲みに行った?」

 

 翠のことが絡むと双葉のやる気も違い、解読に成功する。神崎は嬉しそうな表情をしながらコクコクと首を縦に振る。

 

「あー、確かにありえなくはないね」

「翠さんはそういう姿も見せたくないんだね……」

 

 いつまでも話していると他の子にも気づかれるため、話もそこらで切り上げ。他の話題に花咲かせつつ念入りにストレッチを続けていく。

 

「お待たせ」

「お帰りなさ……い……?」

「ん? どした?」

 

 ストレッチが終わった頃、軽い調子で帰ってきた翠に皆が顔を向けると。

 いつもの緩い服ではなく、多少大きめではあるが許容できる範囲の動きやすい服を着ていた。

 それだけでなく髪を後ろで1つに纏めており、パッと見では誰だか疑うほどである。

 

「ど、どうしたんですか?」

「何が?」

「そ、その格好……」

「ああ、俺も多少は身体動かしとかないと鈍るから。あの服でもいいんだけど、気分的に着替えてきた」

 

 いそいで、だが手を抜くことなく翠も話しながらストレッチをしていく。

 最低限、必要な部分だけを終え、皆の注目を集める。

 

「んじゃ、とりあえずみんなで1回踊って、その後にこの前と同じやり方でやっていこうか」

 

☆☆☆

 

「この間よりよくなったし、人の目を集めるくらいはできるよ」

『あ、ありがとうございました……』

 

 少し乱れた息(・・・・・・)を整えながら、汗を拭う(・・・・)翠は床に倒れている面々に目を向ける。

 

 気温も高く、ジッとしていても体力を持っていかれる中。皆は今まで以上にきつい練習もあり、倒れたまま動けないでいた。

 それでも言葉を交わす余裕はあるらしく、翠はどこか満足げな表情をしていた。

 

「あ〜……床が冷たくて気持ちいい……」

「疲労もいい感じに心地よくて……」

「このまま寝ちゃいそうだにゃ」

「床にはお前さんらの汗があるし、寝て風邪引いたらしばくぞ」

 

 前川のセリフに皆も同意なようで、半分ほど目を閉じていたが、翠の声が耳に届き。全員が上体を起こし、タオルで汗を拭っていく。

 

「それにしても翠さんはすごいね」

「ほんとだにゃ。息も少し乱れるだけですんでるにゃ」

「考え方を変えたら、翠さんの息が少し上がるぐらいにはついていけるようになったってことだよね!」

「かな子! いい事を言った!」

 

 急に大声を出した翠に皆は驚き、さきほど三村が言った事を思い返す。

 

「そっか! 私たちもちゃんと成長してるんだ!」

「このまま翠さんのこともすぐ抜いちゃうにゃ!」

「あっ、また余計なこと言う!」

「いやー、意外と駄猫の言う通りかもよ?」

「んにゃっ!?」

 

 多田が前川のセリフに反応するが、翠の一言に皆が驚きの目を向ける。

 

「ハッキリ言っちゃえば、トップに立ち続けるよりもそれを抜かそうとする方がはるかに楽なんだよね」

 

 スポーツドリンクを飲み、タオルで汗を拭いながら(・・・・・・・)。皆に聞かせるよう、話し始める。

 

「抜く方は相手がいる。そして明確な目標もある。だけどトップに立っているならば、全員が敵だ。どれだけやればいいのかも曖昧になる。1番の強敵ばかり見ていたら、足元を掬われる。それも君らみたいな若い子にね」

「でも、この業界じゃ明確なトップって誰もが認めるようじゃないと難しくない? 私たちみたいな新人は知ってる人もそんなにいないだろうし」

 

 渋谷のふとした疑問に、翠は鼻で笑う。

 

「どうしてそう、言い切れる? 世の中、何が流行るのかなんて誰にも分からない。ある程度の調整はできるだろうが、人の気持ちなんて諸行無常。その時になってみないと分からないことなんてたくさんある」

「そしたら、トップも変わっていくんじゃないのかにゃ?」

「さすが駄猫! 浅はかだな!」

「うにゃっ!?」

 

 物凄くいい笑顔で前川をバカにして気分がいいのだろう。ニコニコしながら再び話し始める。

 

「例えみんなの気持ちが変わっていようと、それでも捕らえて離さないようにするんだよ。心を鷲掴みにして、な」

「そうできるようになるのは難しそうですね」

「いんや、簡単さ」

『へ?』

 

 1+1の答えが2であるように、当たり前で簡単だと言ってのける翠。

 

「自分をよく知ることだ」

「よく知ること……ですか?」

「そうそう。何が得意で何が嫌いか、どんなことが楽しくて、嬉しいか。小さな気持ちの変化1つまで見逃さず、自分の良さを1番に理解することさ。例え設定やウソ(・・)だとしても、それがバレなければまた1つの真実。……設定がバレてもそれが持ち味となってるやつがいるが」

 

 翠の脳内には1時間電車に乗れば辿り着くとある星の住民であったり、自身の名前を英語にして呼び、年齢を考えたら可哀想な気持ちになるようなアイドルが浮かんだりしていた。

 

「高垣楓はいい例か……? 黙ってれば美人で清楚な雰囲気だが……口を開けばダジャレと酒だ。しかし、ステージに立てばそれらを忘れるほどの魅力。ギャップも含めてあいつのいいところだ。他には輿水幸子かなぁ……? 幸子も幸子でいいキャラしてる。自身でも言ってる通り、幸子は可愛い。そしてそこからの弄りもまた幸子の魅力だ。それを幸子自身がキチンと理解しているから、人を引き込む。そうした分だと、今じゃ駄猫が1番近いかな?」

「えへへ」

「まあ、1歩、2歩なだけだ。みんなが自身の魅力を見つけりゃすぐ抜かせるようなもんさ」

 

 上げて落とされ、前川は両手を床につけて項垂れる。

 

「あまりやらない方がいいのは、他の人の魅力を自身に取り込もうとすることだ。その魅力はその人だからこそであり、自分のじゃない。結果、上手くいかず、その原因にも気づかず、また同じことを繰り返してドツボにはまる。そうなった時は誰かが気づいて声をかけて上げなきゃ潰れてくが……まあ、大丈夫だろ」

 

 スポーツドリンクを飲み干し、タオルで汗を拭い(・・・・)、1つ頷いて口を開く。

 

「今日の練習は終わりだから。床とか拭いておいてね。練習終わった後も水分補給はこまめに取ること。それとシャワー浴びて汗は流しておくように」

 

 最後にそう言い残し、翠は自身の部屋へと戻っていった。



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62話

「…………ケホッ」

 

 自身の部屋に戻ると言っていた翠であったが。

 日も傾き、薄暗い中。建物の陰にある水道で1人、頭から水を被っていた。

 時折咳き込むとき流れ落ちる水に赤いものが混じっている。

 

「…………ぁー」

 

 髪が濡れているため、肌に張り付いたり服が濡れたりと不快指数が高いはずだが、翠は気にした様子もなく。

 水を口に含んで口の中をゆすぎ、ノドの調子を確かめる。

 

「んー、んー……大丈夫、まだいける」

 

 何かを恐れるように(・・・・・・・・・)呟き。翠は誰にも見つからないよう自身の部屋へと戻っていった。

 濡れた髪を乾かし、服を着替え。手鏡を取り出していつもの調子に見えることを確認し。ご飯の準備をするためキッチンへと向かう。

 

 そのとき、翠は1つ見落としていた。

 いつもの調子(・・・・・・)でいたならば気づいていたであろうことを、今の翠は気づけないでいたのだ。

 

 部屋から1つ、物がなくなっていることに。

 先ほど、使ったはずであるもの。

 体温計がなくなっていることに。

 

 

 

 

 

 遡ること、翠が皆の前から去った後。

 いつまでもダラダラしていたら風邪を引いてしまうため、新田はてきぱきと皆に指示を出して行く。

 早々に部屋の片付けと拭き掃除を終え、皆がシャワーへと向かう中。

 ただ1人。すぐには向かわず、翠の部屋へと足を向けていた。

 

「翠さん、ちょっといいですか?」

 

 多田李衣菜。

 彼女は先ほど聞いた翠の話をもう少し深く聞くため、翠の部屋を訪れていた。

 部屋の前で声をかけるも返事どころか人の気配も感じず、2回3回と繰り返し呼びかけるも部屋の中からは物音1つしない。

 

「翠さん、入るよ?」

 

 恐る恐る取っ手に手をかけ、そーっと開いていく。

 中をチラリと覗くが誰もおらず、多田は部屋を見回しながら中へと入っていく。

 

「トイレに行ってるのかな?」

 

 そのようなことを口にしているが、多田としては今すぐにでも話を聞きたい気持ちである。

 先ほどの話を聞く限りでは、前川が一歩抜きん出ていると言うことになる。

 ユニットを組み、口を開けば言い合いばかりしているが、多田は前川のことをそれなりに認めていた。

 そして互いに高め合っていけていると思っていたが、翠からしてみれば自分は何も知らない愚か者である。

 だからそれに追いつくため、自信を見つめ直す前に翠と話して心の整理をしたかったのである。

 

 ふと、多田の目に気になるものが映る。

 体温計であるが、ただ置いてあっただけならば多田もそれほど気に留めなかったであろう。

 気になったのは体温を測る機器が半分もケースに入っていなかったとである。

 今ではボタン式などあるが、目の前にあるのはケースに入れるとリセットされるタイプのもので、半分以上入っていないのであれば、測ったものがそのまま残っていることである。

 

「翠さん、慌ててたのかな?」

 

 しまって元に戻す前に、興味本位で表示されている翠の体温へと目を向ける。

 

「…………ぇ?」

 

 目に映った数値が衝撃的であったのか、先ほどまでの気持ちも、翠に話そうとしていたことも忘れ、少し呆然と立ち尽くす。

 

「…………っ」

 

 ハッと気を持ち直した多田は体温計を手にしたまま走って皆の場所へと向かう。

 だいぶ待っていても翠は戻ってこないため、トイレではないのだろう。そのためどこにいるのか分からない翠よりも皆の手を借り、探したほうが早いと判断した。

 

 多田が部屋を出てから5分と経たずに翠は戻ってきたのだが……2人はすれ違うことがなかった。

 

「きゃっ!?」

 

 脱衣所のドアがノックもなしに勢いよく開き、すでにシャワーを浴び終えて髪を乾かしていた新田が驚きの声を上げる。

 

「李衣菜ちゃん、どうしたの?」

 

 やってきた多田の雰囲気を察した新田は髪を拭いていたタオルを首にかけ、声をかける。

 

「あ、こ、これ……」

「体温計……?」

 

 上手く言葉にできず、手に持っていたものを思い出し、それを手渡す。

 不思議そうにしながらも受け取った体温計に表示されているもを見て。眉間にしわを寄せる。

 

「李衣菜ちゃん、熱があったの?」

「す、翠さんの……」

「…………っ!」

「美波ちゃ――」

 

 誰が見ても平熱より高い体温。

 見た感じや、普通に話せていることから違うと分かっていながらも多田に確認を取る。

 しかし、帰ってきた返事を聞いて新田はすぐさま駆け出していた。

 後ろから多田が自身の名を呼んでいるのが聞こえていたが、手に持つ体温計を強く握りしめ。翠を探していく。

 

「いたっ!」

「んぉっ!? きゅ、急に大きい声出してビックリしたやん……」

 

 思いのほか早く翠は見つかった。

 まずは翠の部屋へと向かった新田だが、途中で調理のいい香りが漂い、目的地を変更する。

 

 呑気に鼻歌交じりに夕食の準備をしていた。

 驚いている翠のことなど気にも止めず近づいていき、自身のデコと翠のデコを合わせる。

 

「またまた急にどうしたのさ」

 

 慌てた様子で新田の肩を押して距離を取り、どこか軽い笑みを浮かべながら声をかける。

 

「……首に冷えピタ」

「っ!」

 

 新田の視線に気づいて隠した時には遅く、すでに見られた後であった。

 

「腿の内側とかも効果的ですよね」

「…………」

 

 手に持っていた体温計を翠に見せながら。怒った口調で話を進めていく。

 

「美波ちゃん、翠さんは見つか……あっ! 翠さん!」

「李衣菜ちゃん。私が話すまでこのことはみんなに秘密にしててもらってもいいかな?」

「う、うん……」

 

 どうして、と訪ねたかった多田であったが、新田の雰囲気に押されて頷くしかなかった。

 

「夕食の準備は私たちでやるので、今すぐ寝てください」

「…………あい」

「李衣菜ちゃん、ご飯の準備はこのまま私がやるから、翠さんが寝るのを手伝ってもらって、それが終わってからシャワーでもいいかな?」

「うん、分かった」

 

 2人がキッチンから出て少し経ってから。新田は足の力が抜けたかのようにその場へと座り込む。

 

「美波ちゃん、大丈夫だにぃ?」

「あ、きらりちゃん。……うん、大丈夫」

「何かあったの?」

 

 そこへシャワーを浴び終えた諸星と双葉がやってくる。

 気持ちを切り替えて立ち上がった新田は2人に料理の手伝いをしてもらいながら、先ほどあったことを話し始める。

 

「私が髪を乾かしている時なんだけど、慌てた李衣菜ちゃんが入ってきて……翠さんが測ったと思う体温計を見せてもらったの」

「高かった?」

「うん。39度手前だった。慌てて探して、ここで料理してた翠さん見つけておでこ合わせたら熱くて、でも顔の赤みがないから不思議だと思ってたら首に冷えピタ貼ってあって……」

「流石と言うか、なんて言うか」

「そこまでいくと呆れちゃうにぃ」

 

 双葉と諸星は苦笑いしながら、任された調理をこなしていく。

 

「美波ちゃん、どうかしたにぃ?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 新田の作業の手が止まっていることに気づき諸星が声をかけるが、笑みを浮かべて何かを誤魔化すように首を横に振る。

 当然、諸星は誤魔化されていることに気づいているが、ここで深く聞いても仕方ないため、大人しく引き下がる。

 

「李衣菜には全部話す?」

「ただ熱があっただけだから、話さなくても大丈夫だと思う」

「分かった。それじゃ杏はみんなにも手伝うよう言って、翠さんの様子見てくるね」

 

 自身に割り当てられた分を終えた双葉は残りを任せ、その場を後にする。

 

☆☆☆

 

「くそう……何故、体温計が……」

 

 多田によって布団に寝かされた翠は熱によってボーッとする頭を使い、こうなった原因を考えるもうまく思考がはたらかず、どうでもいいことが浮かんでは消えていくを繰り返していた。

 

 部屋には扇風機の回る音が響き、温風が翠へと届けられている。

 自身の熱、そして夏による暑さから寝付くことができず、冷たいところを求めて布団の上を転がるがどこも温まっており、むしろ動いたぶん余計に暑くなっていた。

 

「アイス……アイスが欲しい……」

「アイスの前にまずは水分取った方がいいよ」

「ちべたっ!」

 

 頰に触れた突然の冷たさに反射でそれを払いのける。

 

「……杏?」

「体起こして、これ飲める?」

 

 いつの間にかそこにいた双葉の手には先ほどの冷たさの元であろう、冷えた飲み物があった。

 普段とは違うだるさを我慢しながら体を起こした翠は双葉から飲み物を受け取り、ゆっくりと口にしていく。

 短くない時間をかけて飲み干し、一息ついた翠は双葉に手を差し出す。

 

「おかわり?」

「アイス」

 

 少しではあるがいつもの様子に戻った翠に苦笑いしながら、味付き氷のアイスを差し出す。

 何度か振って中の塊を崩してから蓋を開け、口に含んでいく。

 

「あ、飲み物まだある?」

「スポーツドリンクなら」

「ちょうだい」

 

 差し出された手にペットボトルに入ったスポーツドリンクを渡す。

 受け取った翠はアイスをテーブルに置き、スポーツドリンクの蓋を開けてその中に注いでいく。

 そしてそれを美味しそうに飲んでいる姿を見て、堪らず双葉は声をかける。

 

「お、美味しいの……?」

「美味くなけりゃやらん」

「ひ、一口……」

「風邪だったらうつっちゃうし、ダメやろ」

「ううう……」

 

 少しは落ち着いたのか双葉をからかい始めるが、何処と無く辛そうに見える。

 

「明日のレッスン後、みんなにあげるから我慢しとき」

「翠さんは体調をどうにかしないといけないけどね」

「うぬぬ……」

 

 先ほどの双葉と立場が逆になり、今度は翠が呻く。

 

「……みんなには? 特にだりぃな」

「ご飯の時に翠さんが体調崩したって伝えるつもり。李衣菜も翠さんの体調が悪いってのを知っただけだから、話すつもりはないよ」

「そか。これ以上増えるんはマジ勘弁……」

 

 空になった容器をテーブルの上に置き、くでっと布団の上に寝転がる。

 

「冷えピタ、ぬるくなってるでしょ。変える?」

「面倒だから変えてー」

 

 そう言って髪をかきあげ、首元を晒す。

 普段は髪に隠れて見えない部分が無防備に出されているのを見て、普段は全くと言っていいほど無い色欲を翠から感じ取る。

 それを表に出さないようにしつつ、翠の首に貼られたぬるい冷えピタを取っていく。

 

「……ん、人に取ってもらうと変な感じするな」

 

 冷えピタがなくなったことにより、邪魔なものがなくなった。

 熱のせいか暑さのせいか、普段は透き通るような白さの肌は少しだけ朱に染まり、浮かんだ汗が双葉の心を揺さぶる。

 

「……そ、それじゃ貼るよ」

 

 前に1度、翠本人の意識で出した妖しげな雰囲気と魅惑的な笑み。それを間近で見たことのある双葉だが、今回のそれは無意識のうちに出ているものであった。

 以前よりも近く、そして直接触れる今回は普段の双葉では想像できないほど心が乱れていた。

 

「ちべたっ!」

 

 ようやっと新しい冷えピタを翠の首に貼り、離れてアイスの中に注がれて残った分のスポーツドリンクを飲み干して一息つく。

 

「そ、それじゃ杏はみんなのところに戻るから」

「ありがとなー」

「何かあったら誰かしらの携帯に連絡入れてね」

「はいよー」

 

 幾分か調子の戻った翠の返事を聞き、双葉は部屋を後にして皆のところへと戻っていく。

 

「あ……聞いとけばよかったかな」

 

 翠が望むもの。それが分かればいい方向に向かう予感が双葉にはあった。

 そのため、多少強引ではあったがなんでも言うことを聞いてくれる権利を使い、聞こうとしていたが先延ばしにされている。

 落ち着く前に聞いていたら答えてくれていたかもしれないが、そこまで考えて双葉は頭を振る。

 

「キチンと話してくれるはずだもんね」

 

 そんなずるい聞き方をしても納得できないだろう。

 今までのちょっとしたそれは棚に上げつつ、止めていた足を踏み出す。



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63話

アニメの12、13話を見返したら、原作と少し変わっていたことに気づいた…
ほとんど忘れかけていた事実に少しショック…あ、二期はほぼ忘れてますので見返すのは必須…
ようやっと、次で13話なんだが…長くなりそうだなぁ、こりゃぁ…


「翠さんは大丈夫そう?」

「熱なのか夏の暑さなのかで参ってたみたいだけど、大丈夫だと思うよ」

 

 先に新田への報告を済ませ、双葉も空いている場所に座る。

 

「美波ちゃん、お腹すいちゃった」

「杏ちゃんも戻ってきたから、1つ連絡事項を話してからご飯にしよっか」

「連絡事項?」

「うん。実は翠さんが熱出して倒れちゃったから、後のことはみんなにも手伝ってもらいたいの」

「翠さん大丈夫なの!?」

「さっきまで杏ちゃんが翠さんのこと見ていてくれて、大丈夫だって。プロデューサーさんにも電話したら、仕事がひと段落ついたから明日の朝、ここに来てくれるって」

 

 安心した子もいればまだ心配そうにしている子もいる。新田も大丈夫だと聞いていても実際に見るまでは不安が残っていた。

 

「翠さんのことは明日来てくれるプロデューサーと相談しながらにして、今は私たちにできることをしていこう」

『うん!』

 

 と言ってもすでに風呂も入り、夕食を終えたらあとは寝るだけだが、何かあるとしたら寝る前に翠の様子を誰かが見に行くだけである。

 

「しょーじき、杏は翠さんがいなかったらユニット曲の他に新曲は無理だと思ってたよ」

「みくもそう思ってたにゃ。ユニットとしてデビューしたのも最後だったし、少し不安があったにゃ」

「でも、そんなこと想像できないよねー。もしも(・・・)翠さんがいなかったら(・・・・・・・・・・)、なんてさー」

「にょわー! そうだにぃ! 翠さんに教えて貰って、みんなすぅっごく上手くなったにぃ!」

「我も孤独の時を過ごして来たが、戯れるというのもまた一興」

 

 双葉ふと口にしたことから始まった、これまでと合宿の感想。皆は明日が最終日だというのをきちんと把握しており、少しの寂しさを胸の内に抱いていた。

 皆と一緒に過ごす濃い日々が終わってしまうことを考えながらも、誰1人としてそれを口にはしない。

 

 口にしてしまえば軽くなってしまうような気がしていたから。

 

☆☆☆

 

 翠は普段、ズボラに見せかけてそれなりに様々なことを把握している。しかし今回は様々な要因が重なり、この合宿の日程感覚が狂っていた。

 明日、武内Pが千川も一緒に来るのだって翠が考えた衣装が完成し、それを届けに来るのに加え、皆を346へと送り届けるためである。

 合宿は明日までであり、その明日も実はほとんど練習する時間などなかった。

 決して低い完成度ではないが、翠としては皆のやる気が上がっているいまのうちに、もう少し磨きをかけておきたかったところだと言うだろう。

 そのことに翠が気づくのは明日、武内Pと出会った時であろうが。

 

 

 

「…………あれ?」

「おはようございます、翠さん。体調の方は大丈夫でしょうか?」

「あ、うん……熱も引いたし、大丈夫だけど……」

 

 翌日。朝、目を覚ませば武内Pがおり、目を白黒させる翠。

 これほど分かりやすく動揺を表している翠が珍しいと思いながら、武内Pは飲み物を手渡す。

 

「……あれ? もしかして今日って最終日?」

 

 眠気が少し飛んだのか、武内Pの顔をジーッと見てとあることに気付く。

 

「はい、そうです。衣装も出来たものを持って来ています」

「んー、そっかそっかぁ……」

「何か問題がありましたか?」

「まあ、俺の問題っちゃ問題だなぁ。日程感覚が狂ってた。あの子たちの完成度は十分だけど、もう少し磨けたかな。って」

 

 少し残念そうにしながらもできる範囲で軽く身だしなみを整え、体調に問題がないか体を伸ばして確認をする。

 

「おし、早速服とか見て行くか……いや、その前に朝食だな」

 

 

 

 

 

 CPのみんなに心配されながらも朝食を食べ終えた翠はそのまま皆を引き連れ、広い部屋へと移動する。

 そこにはすでに武内Pと千川が待っており、足元には段ボールが。

 

「ライブ衣装はここに持って来てませんが」

「そりゃそーだわ。こんなとこで来てもどーにもならん」

 

 軽く返しながら翠は段ボールを開けて行く。

 そして中からいくつか取り出しては皆に配って行く。

 

「サイズが合わない方は言ってください。予備がいくつかありますので」

「帰りに近くの海にでも少し寄れる?」

「時間はあるので大丈夫だと思いますけど……」

「んじゃ、よろしく。みんなは服、それ着たままで」

 

 それだけ伝えた翠は自身の荷物を片付けるべく、部屋へと戻っていった。

 

 皆も立つ鳥跡を濁さずよう自身の荷物やゴミなどをまとめ、車へと詰め込んで行く。

 

「おしおし、んじゃ並んで」

 

 突然のことになんのことか理解できていないが、翠の言われた通り皆は一列に並ぶ。

 

「お世話になりました!」

『お世話になりました!』

 

 大きな声で放った後、お世話になった家に礼をする翠に皆も負けじと声を出して続く。

 

「おし、行くか」

『はい!』

 

 そして車に乗り込みこのまま帰るのだが、翠の要望で途中に近くの海へと寄ることになっている。

 もう少しだけ長く、そして楽しいことが待っていることにCPの面々は喜びを露わにしている。

 

 海へとついた一行は海辺ではしゃいだり、砂で城を作ったりなどして楽しんだ。

 

「たっちゃん、たっちゃん。これ良さげ? ねえ、良さげ?」

 

 それを見守る武内Pへと翠はコソコソと寄って行き、とある写真を見せる。

 それはここについてすぐ、皆が海を見てはしゃいでる姿をおさめた写真。風が吹いた瞬間のため1人だけ動きがあるが、写真としては十分であった。

 

「はい、いいと思います」

「なら、これ新曲のジャケットね」

「……このために新曲のジャケットは決めないように言っていたのですか?」

「さぁ? どーだろ?」

 

 にひひと含みのある笑みを浮かべるだけでこれ以上はおしまいと、写真を撮ったカメラを武内Pに押し付け、翠も彼女たちのもとへ遊びに向かう。

 

「いい写真ですね、それ」

「はい。みなさん、いい笑顔です」

 

 武内Pと千川は写真を見た後、写真に写る子たちとともに遊んでいる翠へと目を向ける。

 

「彼女たちの笑顔は輝いていましたが、翠さんと触れてその輝きは一段と良くなった気がします」

「そうですね。このまま仕事の方もやる気になってくれたら嬉しいですけど」

 

 このとき、千川は武内Pにあの時のことを話すか迷っていた。

 翠が武内Pに対して怒った時、それを自分自身にも向けていたわけを考えていた。しかしその答えが出ることはなく。誰かに話して相談しようと思っていたが、何故だか誰に話しても納得のいく答えが出ることはないと感じていた。

 

「どうかしましたか?」

「いえ……みなさん、とても楽しそうだな、と」

「はい。いい笑顔です」

 

 今もまた話すべきか悩んでいたが、そのまま口にすることはなく終わってしまった。

 隣に立つ武内Pは翠から受け取ったカメラで楽しそうに遊ぶ彼女たちと翠の姿を撮っているため、千川も小さく息を漏らし、彼女たちの遊ぶ姿に目を向ける。

 

☆☆☆

 

「それじゃ、気をつけて帰れよー」

 

 日も沈みかけ、空がオレンジ色に染まる中。ようやく各々は家や寮へと帰っていった。

 昼は車の中で買ったおにぎりやらパンを食べ、346へはおやつの時間にたどり着いていたが……昨日約束したアイスの件を双葉に持ち出され、翠は武内Pと千川、奈緒に金とアイス、飲み物が書かれた紙を渡しておつかいを頼む。

 

 その後は翠が美味しいといっていたアイスを皆で楽しんでいたが、途中からはCPだけでなく、楽しそうな雰囲気を察してフラフラと寄ってきた他のアイドルたちも参加し、ちょっとした大所帯になっていた。

 

 流石に時間も時間であるため、CPの面々はキリのいいところで家に返し、小さい子たちも遅くなっては大変だと返し、残った大人組でこれから飲み会へ行く流れとなっていた。

 

 目的としては目前まで迫ったライブの話やCPの完成度についてである。

 本来であれば自分たちもレッスンを見てもらいたかったが、翠も彼女たちに付きっ切りでレッスンをしていたため、そこら辺のところが同業者として、そしてこれから迫ってくるかもしれぬライバルとしてきになるところなのだろう。

 

「たっちゃんは来るとして、今西さんも来れるかな?」

「確認してみます」

「私も行くからな」

「酒飲めないのに?」

「お前にどうしても聞きたいことがあってな」

「何かあったっけ?」

「熱を出したと聞いたが?」

「…………おし、奈緒。お前も酒飲もうぜ」

 

 誤魔化す気満々であるのが丸分かりなそれに奈緒が引っかかるわけもなく。

 飲みにいったアイドル全員にも話は行き渡り、お酒の席であるのに皆から怒られるハメとなった。

 

☆☆☆

 

 夜も更け、日付が変わるような時間。

 人によってはまだ起きているかもしれないが、翠から『夜更かしをして体調崩したら付きっ切りでレッスン』と皆に伝えられているため、346だけでなくアイドル全体で仕事や何か理由がない限りは十分な睡眠をとるようにしている。

 当然、CPの面々にも伝えられているはずだが、姿見の前で振り付けの練習をする1人のアイドルが。

 

「……もっと、……もっとしっかりしなきゃ……! 翠さんに、甘えてたから……!」

 

 その表情には後悔が浮かび、自身を追い込んで行く。

 合宿のときにみんなのまとめ役として選ばれ、慣れないだろうからと翠が手を貸していた。

 自分はほとんど翠に言われたことをやっただけであり、ちょっとした気配りも気づけば翠がやっている。

 

 今覚えば、翠にどれだけ甘えてきていたのだろう。

 レッスンはともかく、日常生活におけるあれこれなど自分でも周りに気を配ることができたはずだと。

 

 甘えていた。

 知っているはずなのに、分かっていたはずなのに。

 翠は自分たちのことを気にかけてくれているのに、自分は翠のことを何も見ていなかった。

 

 後悔しないよう、そして任されたまとめ役を。

 翠が安心して任せられるようにならなくては。

 

「……もっと、頑張らなきゃ」

 

 どこか濁った目をしているが、新田美波は僅かな休憩を終え、再び自主練を始める。




美波は翠さんがいたため負担が減って原作のシリアスが多少減ったが、結局は翠さんのせいで…


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64話

「うわぁ…………」

 

 待ちに待ったライブ当日。

 朝、目を覚ましたとき。翠は体調の違和感から熱を計れば、合宿のときと同じであった。

 それでも今回のイベントに出ないという選択肢が存在しない翠は、奈緒が迎えに来る前に全ての支度を終える。

 加えてバレにくくするよう冷えピタは自身の肌と同じ色に塗り、首に貼る。そして予備を隠すように底へとしまう。

 

「翠、さっさといく……どうかしたのか?」

「ん?」

「今までも迎えに来ていたが、事前に準備を終えているなど初めてだろう」

「それだけ楽しみだってことだよ」

「それならいつもやって欲しいが……まあいい。準備が終わっていようと、すでにみんな集まってるからお前が最後だけどな」

「……みなさん早起きですね」

 

 時計に目を向ければ午前9時であり、普通に翠の起きる時間が遅いだけであるが。

 始まるまでノンビリしていられる時間はないが、今回のライブは前日、前々日と全体を通して細かなリハーサルをやっているため、行ってももう少し簡単になったリハーサルをするだけである。

 

 それでもライブに参加する翠以外のアイドル全員は朝早くから準備を始め、今も最高のライブにするためにリハーサルをやっている。

 

 

 

「おはよーさん」

『おはようございます!』

 

 ようやく目的地へとついた翠はライブまで5時間を切ったというのに慌てる様子が一切なかった。

 他のアイドルたちは少しの緊張を持ちながらも楽しみなのか、ジッとしていられないように見える。

 

「おっはよー、翠さん」

「羊を数えてシープシープ」

「楓はテンション高いなぁ……。美嘉も楽しそうで」

 

 そこらにあったイスに腰掛け、ボーッとしていた翠の元に城ヶ崎姉と高垣がやってくる。

 

「そりゃー、待ちに待ったライブだもの。楽しみに決まってんじゃん」

「翠さんの見通しですと、今日のライブばどんな感じですか?」

「んー、そだなー……晴れのち曇り、にわか雨が降るでしょう。止んだ後には綺麗な空模様」

「楓さん、どうみる?」

「言葉通りか、比喩表現かってことよね?」

「大丈夫大丈夫。そんな深刻になるんだったらどうにかしてるから。君らは安心してライブに励めばいいよ」

 

 そう言われて『はい、そうですか』と納得できるわけもなく、微妙な表情を浮かべる。

 

「何かが起こってもなんとかするし、気にしなさんな」

「あまり納得はしたくないけど、いつものことだからねー」

「納豆食って、納得ってね」

「最後にはみんな笑えるライブになるからな。楽しんでいこうよ」

 

 翠が拳を掲げたのを見て、2人もそれに応えるよう拳を作って軽く当てる。

 

「「…………?」」

 

 手に伝わった熱さに2人は首をかしげるが、触れたのは一瞬であったため、気のせいかと流してしまう。

 

「そういや、これからCPの子たちに声かけ行こうかなと思ってるんだが」

「あ、私も行こうと思ってたから一緒に行こうよ」

「私は他の子に声をかけに行きますね」

「ほんじゃ、また」

 

 翠は城ケ崎姉に背負われ、シンデレラプロジェクトの楽屋へと移動する。

 

「翠さん、暑いから自分で歩いてほしいんだけど……」

「動きたくないので」

「まったく、しょうがないなぁ」

 

 背中に感じる熱さは夏による熱さからだと思い、城ケ崎姉はそれ以上深く言うことはなかった。

 

☆☆☆

 

「リハーサルで気づいたこと、他にもあるかな?」

 

 そこでは早くから集まってリハーサルをし、より良いものとするために話し合う少女たちが。

 

「出ハケでまだちょっとバタバタしてるかも」

 

 いつもの似非猫の話し方ではない前川が手をあげ、発言する。

 

「やっぱり人が増えるとね」

「そうね。もう少し余裕を持って動きましょ」

「あとは」

「やっほー」

「やっほー」

 

 他にも意見を聞こうとしたが、そこでドアが開き。翠を背負った城ケ崎姉が入ってくる。

 CPの面々もドアが開いた音に反応してそちらに視線が集まり、入ってきた人物を見てテンションをあげる。

 1人だけ、城ケ崎姉に背負われている翠を見て表情に影が差したが、一瞬のことであり。CPの面々は城ケ崎姉と翠を見ていて気付くことはなかった。

 しかし、城ケ崎姉と翠からは丸見えの位置であり、城ケ崎姉は反応した子たちに意識が言っているため気づかなかったが、翠はばっちりと見ており、眉を少しだけひそめる。

 

『美嘉ねぇ(お姉ちゃん)! 翠さん!』

「今日は頑張ろうね!」

「楽しんでこ~」

『よろしくお願いします!』

「うんうん。みんな元気があっていいねぇ」

 

 元気のある声を聞き、城ケ崎姉の背からようやく降りた翠は頷きながらしみじみと呟く。

 

「美嘉ねぇ! 翠さん!」

 

 急にイスから立ち上がった本田が瞳をキラキラとさせながら声を大にする。

 

「この間よりも1歩! 絶対に進んで見せるから!」

『うん!』

 

 それにつられるよう島村と渋谷も立ち上がり、同じように瞳をキラキラとさせながら力強く頷く。

 城ケ崎姉はそれを聞いて瞳を少し潤ませるが、イタズラが思いついた子どものような笑みを浮かべて口を開く。

 

「1歩じゃぁ、分からないかもねぇ?」

「うぇぇえぇ……。そんなぁ~……」

「あははは、冗談だよ」

「美嘉ねぇ~」

 

 そのまま楽しそうに話を続けるのとは別に、赤城は新田の元へと向かう。

 

「美波ちゃん。まだ練習する時間あるかな?」

「ええ、あるわよ。全体曲?」

「うん!」

「少し待ってて。私も付き合うわ。練習する前に出ハケのことを連絡してくるわ」

「なら、俺も練習に付き合おうか」

「ほんと!?」

 

 嬉しそうにする赤城とは別に、新田には心配と不安の色が浮かんでいた。

 

「ほれ、美波は報告しておいで。他にも来る奴はさっさとこいよー……って、美波。ちょっとこっちおいで」

「……?」

 

 手招きして呼ばれた新田は翠の元にいき、目線を合わせるよう指示されて腰を屈める。

 

「んー、大丈夫……かな?」

「急にどうしたんですか……?」

「張り切り過ぎて無理してるように見えたけど、気のせいだったみたいだ。呼び止めてごめんな。俺は先にみんな引き連れて行ってるけど、慌てないで後からおいで」

 

 この時、翠は1つ見落としていた。

 熱のある翠と同じ(・・・・・・・・)であることを。

 そのことに気づくのは少し先のことになるだろう。

 

 翠が見てくれるとなると、練習しない子がいるわけもなく。多少いつもの感じみたいなレッスンとなってしまった。

 きちんとライブ前だという自覚はあるのか、疲れないように考えられているが、翠からしてみても最後の仕上げができて内心では嬉しく思っている。

 

 

 

 

 

 時間も迫り、ステージ脇にはアイドル全員が集まっており、何人かは衣装さんに調整をしてもらっていた。

 

「……すごいね」

「う、うん……」

「大丈夫? お水飲む? 持ってくるから少し待ってて」

 

 それを見て緊張が高まっている三村と双葉は尊敬の目を向け、余計に硬くなっていた。2人の様子に気づいた新田が声をかけ、水を取りに向かう。

 

「ここ、ちょっと暑いですね」

「それなら、スタッフさんに伝えてこようか」

 

 ニュージェネが集まっているそばを通った時、島村のつぶやきが聞こえ、足を止める。

 

「美波。お手伝い、しましょうか?」

「ううん。これくらい大丈夫だよ」

 

 色々と請け負っている新田を見かねてか。アナスタシアが声をかけるが、大丈夫だと断られてしまう。

 

「みんな! 集まってる?」

『はーい!』

 

 そこへ川島の声が響き、それぞれ集まって話していたアイドル達は返事をしてすぐ周りに集まっていく。

 

「お客さんはもちろん、スタッフさんも私たちも全員。安全に、楽しく今日のフェスを! この夏一番!」

「盛り上げてこー!」

『はい!』

「ちょっと翠さん! 一番いいとこ取らないでくださいよ!」

「いやあ、お膳立てされてるものかと」

「まあ、翠さんだから仕方ないですけど……それじゃ、エンジン組むわよ。楓ちゃん、掛け声よろしく!」

「はい」

 

 川島は皆の気合を入れるため。前口上を述べていき、いざ気合を入れて言おうと思っていたセリフを翠に取られる。

 そのことは残念にしつつもこんなことがあったのは1度や2度では済まないため、息を吐いて気持ちをリセットし、エンジンの掛け声を高垣に任せる。

 任された高垣は手のひらを合わせ、皆の視線を集める。

 

「それじゃ。エンジン組んで、エンジンかけましょー!」

『はい!』

『はいぃぃ……』

 

 気合を入れるところであるはずなのに、笑顔でダジャレをぶち込んできた高垣。

 それに気づかないで元気よく声を出したのが数人と、それに気づいてどう反応したらいいかわからず、掛け声が抜けていったのが数人。

 翠はどちらでもなく、顔を背けて笑いをこらえていた。

 

「分かるわぁ……。先輩にボケられると、どう反応したらいいか困るわよねぇ……」

「布団がふっとんだ?」

「あ、翠さんは例外よ」

「酷い扱いや……」

「はっ! 今のギャグですか!」

 

 今気づいたと、日野が反応したのを始めとし、空気が緩んでいく。

 

「ほんとだぁ、すごぉい!」

「フフ……フフフ……」

「さむっ……」

「えっ? すっごく暑いですよ?」

「寒いの……あの子がいるから?」

「ふぇっ!? 何がいるんですかぁ!?」

「幸子、うっさいぞ!」

「翠さんの僕に対する扱いが雑!?」

「むむむむ~っ。スプーンに反応あり!」

「あ、あの……今の、ギャグだったんですか?」

「うふふふっ。そうですねぇ」

『……………………』

 

 状況についていけないCPのメンバー全員は、ポカーンといった表現が合いそうな表情を浮かべて置いてきぼりをくらっていた。

 

「ほぉら、もう。しまらないでしょう」

「うっふふふふ。はぁ~い」

 

 川島に肘でつつかれながらも嬉しそうな笑みをこぼしていた高垣だが、咳ばらいをして気持ちを切り替える。

 

「では改めて。346プロ、サマーアイドルフェス。みんなで頑張りましょう!」

『おお~!』

 

 皆の声もそろい、気持ちもピシッと締まり。1曲目を歌う子たちはステージへと上がっていく。

 1曲目は曲名にある通りシンデレラであるアイドル達だけであるため、翠はその歌が終わった後のちょっとしたスピーチまで少し時間がある。

 

「それじゃ、さっきの空気はよくあることだからこれから慣れてもらうとして、みんなは楽屋に移動しようか。そこでライブの様子も見れるし。自分たちの出番まで待っててね」

 

 CPの面々を楽屋へと移動させた翠はステージ脇から歌っているアイドルを、そして空を見る。

 昼の予報だとこの後の天気は降水確率0%であったが、翠の目には凄まじい勢いで発達すると思われる入道雲を捉えていた。

 

 あっという間に曲は終わり、歌っていた子たちと入れ替わりで翠がステージへと出ていく。

 

「やっほー、みんな。今日のライブは今ので以上! お疲れさまでした!」

 

 翠のボケをファンも分かっているため、気持ちのいいツッコミのヤジが飛ぶ。

 

「はいはい、分かってる分かってる。君たちの言いたいことはよーく、分かってる。……だが! あえてそれに答えず台本通りに行かせてもらおう!」

 

 多少のアドリブを交えながら、予定されていた注意事項などを伝えていく。

 この暑さであるため、水分補給をこまめにとったり熱中症に気を付けたりといったことを伝え、出演するアイドル達の話にうつる。

 

「みんなも知っての通り、今回のライブには有名、人気どころのほかに知っているかもしれないが新しい後輩もでるのだ! シンデレラプロジェクトといって、それぞれのユニット曲のほか、新曲もあるから楽しみにしててくれ! それじゃいつまでも話してるわけにはいかんし、次の曲にいこうか!」

 

 翠がはけていくのと入れ替わり、トークの間に着替えや準備を済ませたアイドルたちがでて歌い始める。

 

「伝え忘れとか、ないよね?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 ステージ脇にいた奈緒に声をかけ、受け取ったスポーツドリンクを飲んでいく。

 そこでスタッフがどこか慌ただしい動きをしていることに気づく。

 

「スタッフ、何か慌ててない?」

「……CPの子で誰か倒れたらしい」

「…………出るまで時間あるよね?」

 

 確認を取った翠は内心とあることを考えながらスタッフに案内してもらい、少し慌てながら目的の場所へと向かう。



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65話

一度書いたものに納得いかず、消して書き直し…
どれだけかかるか……


「あ、翠さん……」

「美波ちゃんが……」

「あいあい。ちょっと通してなー」

 

 入り口前に集まっていたCPの面々が足音に気づいて振り返り、翠を見つけて少し安心した表情を見せる。

 連れてきてもらったスタッフにお礼を言った翠は開けられた道を進み、中へと入る。

 

「ふむふむ、なんとなく状況は把握できるが……たっちゃん、説明よろ」

「はい。ライブが始まり、緊張していた緒方さんに気づいた新田さんが気を紛らわせるために発声練習へと誘い……倒れてしまったそうです」

「風邪ではないので、おそらく緊張からくるものと思われますけど……」

「取り敢えず、美波は出れないから」

「そんな! 私やれま……っ!」

 

 出れないという言葉に反応して体を起こそうとした新田だったが、それは叶わず。両手をベッドにつき、苦しそうに息を漏らす。

 

「そんなんでステージに上がってもアーニャの迷惑になるだけだ。自分の体のことだろう。分かってるなら仲間に迷惑かけるな」

「美波、ユックリ休んでください」

「アーニャちゃんは! ステージに立たせてください! これまで一生懸命頑張ってきたんです!」

「何言ってんだ。美波の代わりならいるだろう」

『…………?』

 

 アッサリとした翠のセリフに皆は頭の中に疑問符を浮かべる。

 

「合宿、美波とアーニャだけで過ごしてたか?」

「…………ぁ」

「互いに振り付けを覚えたと俺は聞いたんだが……なあ、蘭子」

「ふぇっ!?」

 

 名前を呼ばれた神崎はいきなりの事に驚いた声を出す。

 

「そろそろCPの出番が来るだろ。たっちゃん、衣装さん呼んで美波の衣装を蘭子のに直しておけ。みく、李衣菜。蘭子の準備が間に合うようキチンと話しを繋げよ?」

「うん!」

「任せるにゃ!」

「全員に言える事だ。しっかり聞いておけ」

 

 一通り見回した翠は一呼吸開けて話し始める。

 

「楽しめ! ただ全力で! 自分が楽しくないのに相手を楽しませることが出来るはずがない。失敗の反省なんて後からでも出来る。分かったか! 分かったなら返事をして準備しろ!」

『はいっ!』

 

 元気のいい返事が外にまで響く。

 そして皆はライブの準備をするため、部屋を後にする。

 残ったのは翠、千川。そして羨ましそうな、悔しそうな表情でドアを見つめる新田の3人であった。

 

「なあ、美波」

「……はい」

「合宿の最終日、どうして熱を出していたこと隠してたか分かるか?」

「……みんなに迷惑がかかるから、でしょうか」

「それも理由の1つだが……美波、お前さんだよ」

「私……ですか?」

 

 何故、自分なのか。

 それが分からない新田は首を傾げる。

 

「ああ。俺が熱を出していることが分かれば、新田は自分のせいだと思い込む。俺に頼り切ったせいだと。繰り返さないために自分を追い込むだろう。そして今、こうなる事まで予測できていた」

「…………」

 

 何か言いたげに口を開こうとするが、実際にその通りだと気づいたのか。新田は口をキュッと結ぶ。

 

「予測できていたのに合宿の後、フォローしなかったのはなんでか分かるか?」

「……分かり、ません」

「美波みたいなタイプは口で言っても理解して実行してくれるが、実際に体験したらその反省を活かせる」

「…………」

「お前は何回も同じ過ちを繰り返す愚者か?」

「……いえ。2度と、こんな思いはしたくありませんっ!」

「いい返事だ。これからは周りを頼れ。今日だってアーニャが手伝いを申し出たのに断っていただろ? 1人で出来ることなんてたかが知れてる。リーダーってのは名前だけだ。シンデレラプロジェクト全員で、1つのことを成し遂げていくんだから」

 

 ここに来る途中で自身の荷物を取ってきていた。

 中からお馴染みである冷えピタを取り出す。

 

「そう言えば、美波の体温を測ったとき。俺と同じだったな」

「…………?」

「美波があの時から熱があったとしたら、それも納得できる」

 

 空いている手で首に貼ってあった冷えピタを剥がし、ユラユラと揺らす。

 

「翠さん?」

「……そーいや、ちーちゃんも居たんだったね」

 

 普通に名前を呼ばれただけのはずであるのに、翠は振り向いて千川のことを見ることができずにいた。

 そこへ救いとばかりにノックの音が響き、城ヶ崎姉が入って来るが、新田、翠、千川と見ていき、ソッと外へと戻ってドアを閉めようとする。

 

「まてまてまて! 美嘉! 逃げるな入ってこい!」

「今の絶対に言葉通りの意味じゃないのは分かってるよ! 生贄がきたって私には聞こえた!」

 

 そう言いつつも城ヶ崎姉は部屋に入り、翠の元へと近づく。

 

「それで、今度は何やらかしたの?」

「何もやらかしてなどいないですー」

「また、熱が出ているのを隠してライブに参加していたんです」

「そりゃ、ちひろさんも怒るわけだ。翠さんだって約束したじゃない。熱出た時は素直に報告するって」

「あの時、俺は曖昧に笑っただけで頷いてもいなければ肯定もしていないが」

「翠さん?」

 

 新田は言い逃れをする翠を見て、先ほどまで抱いていた尊敬の念(・・・・)が無くなったのを感じていた。

 自分の事を見て、考えてくれていたことに嬉しく思っていたが、やはりいつもの翠であるのだと。

 

 それを再認識した時、新田の心の内で何か整理がついたのだろう。

 さっきまで焦っていた気持ちはなく、ホッと息を漏らし。まだ言い合う3人を見てクスリと笑みをこぼす。

 

「ようやっと、笑ったか。なら、今度は信じた仲間を見届けよっか」

 

 そう言って翠が視線を向けた先にはテレビがあり、ライブの様子が映し出されていた。

 ちょうどアスタリスクの繋ぎトークが終わり、蘭子とアーニャの出番となったところである。

 

「ちーちゃん、美嘉。俺はこのあとにちと用事があるから、この曲が終わったら美波の手当てをよろしく。大体は俺と同じで平気だから、水分しっかり取らせるのを忘れんように」

「用事? なにかあったっけ?」

「予報、言うたの忘れたん? にわか雨が降るでしょう、ってね。発達するであろう積乱雲があったから」

 

 翠は手早く冷えピタを貼り変え、ドアから出て行ってしまう。

 

「お昼の予報では晴れでしたのに」

「発達する積乱雲があったからって……普通、そんなの分かるかな?」

 

 ここで考えていても仕方ないと、2人は新田に、そしてテレビへと目を向ける。

 映し出される2人のステージ。ユニットを組んでいないはずであるのに、歌、ダンスともに高い完成度で城ヶ崎姉と千川は感嘆の息を漏らす。

 

 翠自信も高いパフォーマンスを披露できる技量を持ちながら、その他にも多彩な才能を持っている。

 人を見る目もあり、時に未来予知に等しいこともやってのけているが……。

 本人の性格がそれらの長所を台無しにしている感じがある。

 言うほど悪い性格という訳ではないのだが、なんと言うか……こう、残念感が漂っているのである。

 ある意味では釣り合いが取れているし、今更性格が変わったところで違和感しかなく、最終的に翠は翠であるのだが。

 

 2人のパフォーマンスが終わり、新田は涙を流しながらパチパチと拍手をしている。

 

「新田さん。少し冷たいですが、我慢してくださいね」

 

 千川が翠が熱を出した時に行う処置を新田にしている間、城ヶ崎姉が飲み物の用意をする。

 

「翠さんから対処方法を指示されました。恐らく、新曲までには熱も下がるはずです」

「本当、ですか……?」

「はい」

「慌てないでゆっくり飲んでね」

 

 スポーツドリンクを受け取り、言われた通りゆっくりと口に含んでいく。

 

「私もね。ライブの日に熱出しちゃうこと、何回かあったんだ」

「そうなんですか……?」

「うん。自分じゃどうしようもなくて、美波ちゃんみたいに激しく落ち込んだりもした」

 

 処置が終わったと同時にに千川の携帯に連絡が入り、この部屋には新田と城ヶ崎姉の2人だけが残っていた。

 

「そんなとき、私も翠さんに慰められて……あれを慰められたって言っていいのか分からないけど、まあ、ライブだけじゃなくてアイドルに対する意識が変わったのは事実かな」

「私も……ものの見方が変わった気がします」

 

 互いに顔を見合わせ、同時にクスリと微笑む。

 何か通じ合うものがあったのかもしれないが、それは2人だけが知る。

 

☆☆☆

 

 時は少し遡り、翠が部屋を出たところになる。

 

「ああ、ちょっと無線機貸して」

 

 近くにいたスタッフに声をかけ、無線機を借りる。

 

「翠だ。一旦手を止めて聞け。スタッフ全員に通告。おそらく今の曲が終わったらにわか雨が降る。事前に伝えた通り、みんな動いてくれ」

 

 無線機を返し、翠は舞台袖へと移動する。

 

「おっ、ニュージェネは気合入ってる?」

「翠さん! そりゃもう、バッチリだよ!」

「美波ちゃんは大丈夫でしょうか?」

「落ち着いたし、もう大丈夫だ」

 

 ニュージェネだけでなく、周りにいたCPの皆も大丈夫だと聞き、ホッと息を漏らす。

 

「た、大変です!」

「雨が降ってきました!」

 

 ホッとしたのもつかの間、パフォーマンスを終えた2人が戻ってくるが、髪や衣装は雨に濡れていた。

 

『きゃっ!』

 

 大きな音とともに雷も落ち、電気機器がやられたのか全ての電源が落ちる。

 

「瑞樹、楓。みんなをまとめてくれ。衣装濡らさないように。スタッフの指示には従うように」

「はい。翠さんは?」

「ファンをそのままにしとくわけにはいかんだろう?」

 

 拡声器を手に持ち、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「高垣、川島! 翠を捕まえてくれ!」

「うげっ、んじゃ、2人ともよろしく!」

 

 奈緒の言葉を2人が理解する前に翠は離れ、ステージへと上がっていく。

 

「な、奈緒さん、そんなに慌ててどうしたんですか?」

「あいつ、熱出してるの隠してやがった」

「えっ!?」

「いま、雨降って……!」

 

 慌てていた理由を聞き、翠の後を追いかけようとするが、衣装を濡らすなと言われているため、1歩が踏み出せないでいる。

 

『おーし、お前らー! 聞こえるかー!』

 

 そうこうしているうちに、ステージから拡声器を使った翠の声が聞こえてくる。

 ファンも負けじと声を出して返事をしていた。

 

『見ての通りにわか雨だ! スタッフの指示に従って雨がしのげる場所に移動してくれ! 帰る帰らないは自由だが! 後に残ってるユニット! そして新しく発足されたシンデレラプロジェクトの新曲! これを聞かないで帰るのは勿体無いと思う! なぜなら! この俺がレッスンに付き合ったんだからな! 雨もすぐ上がると思うし楽しみに待ってろ! 気分が悪くなったら近くのスタッフに声かけろよ!」

『おおーっ!』

 

 翠の説明が終わり、すぐさまスタッフから誘導が入る。

 ずっと雨に打たれているわけにもいかないため、翠も舞台袖へと戻っていく。

 

「わぷっ」

「さっさと拭け、馬鹿が」

「まあ、いいじゃないですか」

 

 顔にタオルを投げつけられ、そのまま奈緒に首根っこを掴まれた翠は大人しく引きずられていく。

 当然、向かう先は医務室であり、新田の隣にあるベッドへと放り投げられる。

 

「やあ、さっきぶり」

「…………本当、さっきの感動を返して欲しいです」

 

 なんとも言えない表情をしたまま、新田の虚しい声が医務室に響いた。




アニメ一期、記念話が終わったらしばらく18禁小説の方に意識を向けたいと思いますので、間が空いてしまいます。すみません…
……そっちに詰まったらまたこっち書いてるかもですけど


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66話

無理に文字数稼ごうとしないで3000〜4000文字あたりでやっていこうかなと思います
きりがいいなと思ったところでやるので、文字数は結構変わると思いますが


「…………んっ」

 

 布団に潜るなりすぐ寝てしまった翠を見て、釣られて寝てしまった新田は目を覚ます。

 

「あれ、私……」

 

 寝ぼけているため少しの間、先ほどまで何をしていたのか分からなかった新田であるが、それもすぐに思い出し。そして自身の体調が戻っていることに気づいて驚きを露わにする。

 

「本当に熱が下がってる……」

 

 体温計で熱を測っても平熱を表し、すぐそこで寝ている翠に目を向ける。

 

「やあ、おはよ」

「お、起きてたんですか?」

「体温計の音で目が覚めた。見た感じだと大丈夫そうだね」

 

 そして横になったまま目が開いている翠と目が合い、新田はびっくりして肩を跳ねさせ。

 測ったまま消していない体温計を翠へと渡し、それを見て頷いた翠はリセットして自分の体温を測り始める。

 

「体調も問題ない?」

「はい、大丈夫です」

「そか。水分はしっかりとっておけよ。寝てる間に脱水症状とかよくあることだから」

 

 翠はそばにある台の上に置いてあったスポーツドリンクを手に取り、新田へと放り投げる。

 慌てることなくキャッチしたそれは夏の暑さからかぬるくなっていたが、新田は一口飲むごとに体へと染み渡るように感じた気がした。

 

「そろそろ雨が上がりそうなのかなぁ……」

「部屋にいたままそんなことも分かるんですか?」

「いやいや、勘だよ。降ってるのもにわか雨だし、そんな長く降るものでもないからさ。もしかしたらもう止んでる可能性もあるし」

 

 互いに無言となったタイミングで体温計の音が鳴り響く。

 翠はちらりと自身の体温を確認してリセットをしようとしたが、その前に体温計は新田に奪われる。

 

「大体、翠さんの行動が読めて来ました」

「うぬぬ……美波のくせに」

「それなりに翠さんを見てきましたから」

 

 そう言って新田は体温計に目を落とす。

 

「…………熱、下がってないんですね」

「でも、俺は出る」

「私にはダメだと言ったのにですか?」

「ああ、なんでか知らないけどトップアイドルらしいからな」

 

 それでも納得いかない表情をしている新田に、翠は普段通りでもなく、たまに見せる闇でもなく。

 人形のように無機物かと思うほどに、なんの感情もこもっていない瞳を向ける。

 

「……こんな言葉がある。アイドルは偶像であり虚像である、と。ファンは俺が熱を出していることなど知らず、気にせず、ただただ楽しめばいい。見ればいい。それが俺の存在理由(レゾンデートル)何人(なんぴと)たりともこれを侵すことは許さない」

 

 加えて感情のこもっていないセリフ。

 その雰囲気に押されてか新田は背中に冷たいものを感じたが、同時に違和感も覚え。

 その違和感が新田の中に強く残り、見え方が変わった。

 

 纏っている雰囲気とセリフ、それぞれにどこか本心が見え隠れしているような気がしていた。

 

 濃い日々を過ごしたとはいえ、半年も一緒にいない新田であるが、今までの翠よりも比較的わかりやすいことであった。

 

 しかし、新田はそのことに触れなかった。

 これから翠の出番があるだろうし、なんたって最後の新曲には新田も参加するのだから。

 

「それじゃ、たっちゃんのところ行って美波も出ること伝えなくちゃな」

「はい」

 

 それを察したのか、翠も話の流れを変える。

 翠の熱が下がらないと分かっていたのであろう。近くの台の上には冷えピタが置かれていた。

 首に貼ってあったものと貼り替え、新田に目を向ける。

 

「どうかしましたか?」

「気負うな。楽しめ」

「はいっ!」

 

 いい笑顔を浮かべる新田に満足したのか、翠は武内Pのもとへと向かう。

 

「おはようございます。翠さん。新田さん」

「おはよう。よく眠れたか?」

「おっはー。いつもニコニコ元気な翠さんでーすよー」

「おはようございます」

 

 武内Pと奈緒が何やら話していたが、そんなことは気にせず翠は近寄っていき、2人も近づいてくる人に気づいて話をやめ、顔を向ける。

 

「いま、どんな状況?」

「CPのユニットは全員終わりました。いまは城ヶ崎さんがトークで場を盛り上げているところです。翠さんを起こしにスタッフが向かったと思いますが……どこかで行き違いがあったのでしょう」

「なぬっ! 俺の出番ではないか! いますぐ行ってくる!」

 

 走ってステージに向かおうとした翠だが、少し離れたところで振り返る。

 

「たっちゃん! 最後の新曲は全員揃って踊れるぜ! やったね!」

 

 言いたいことだけ言った翠は再び走り、スタッフから自分専用のマイクを受け取ってステージへと上がっていく。

 

『お前らぁ! 翠さんの登場だぜ!」

 

 城ヶ崎姉が何か話していたが、それに被せるよう翠は声を出しながら城ヶ崎姉の隣に立つ。

 一瞬、場は静寂が支配したが、すぐに溜めていたものが爆発するかのような歓声が上がる。

 

『美嘉のやつめ。俺が楽しみにとっていたものを横取りしやがって……これは美嘉の写真集の発売不可避だな!』

『えぇっ! なんでそうなるのさ!』

 

 嫌がる城ヶ崎姉とは違い、ファンは喜びを露わにする。

 

『その事については後々に発表があるとして』

『ないから!』

『皆様皆様! このトークの後より俺のステージが待ってるが! なんとなんと! トリはシンデレラプロジェクト全員で踊る新曲だ! 楽しみに待ってやがれ!』

 

 隣でグチグチ言っている城ヶ崎姉は翠、ファンともに放っておき、話は進んでいく。

 

『いつまでもトークじゃあれだから、そろそろ始めようか!』

 

 セリフが言い終わるとほぼ同時に曲が流れ始める。

 それに気づいた城ヶ崎姉が引っ込もうとしたが、翠に腕を取られてそれは叶わない。

 

 そしてそのまま歌詞に入ってしまう。

 

 翠に耳打ちされた城ヶ崎姉はそれに合わせて一緒に踊り始める。ちょっとした合間に舞台袖に手招きをして高垣を呼び、翠を挟む形で時にハモりを入れながら踊り続ける。

 

 城ヶ崎姉、高垣の2人は以前に輿水が話していた中にいたため、ミスをするようなことは無かった。

 

 3人それぞれ統一されていない衣装であるが、照明の効果もあってかそれはそれで完成されているようにも見えなくは無かった。

 結局は盛り上がればいいのだから。

 

 

 

 

 そのまま3曲連続で歌い、踊りきった。

 であるのに3人は多少、息が乱れているだけであるがまだまだいける雰囲気であった。

 

『今日は贅沢なユニットで踊ってやったぜ! 次の曲がこのライブ最後になるけど、いい具合に仕上がったから楽しみにしてろよっ!』

 

 そう締めくくり、照明が徐々に落とされていく。

 翠たちはまだ見えるうちに舞台袖へと向かい、ハイタッチを交わす。

 

「私も翠さんと一緒に踊りたかったです」

「そうですそうです。私とまゆちゃんも出たら5人ユニットでバランス良かったですよ」

「うふふ、ごめんなさい」

「ごめんね。そんなに増えてもあれかと思ってさー。たまたまいた楓さん呼んじゃった」

「踊れるやつなら何人いても楽しかったと思うがな」

 

 戻ってすぐに佐久間と十時から文句が入る。

 その後もワイワイ盛り上がっていくが、最後の曲が始まりそうになると皆は口を閉じ、モニターへと意識を集中させる。

 

 先ほど、翠が『いい具合に仕上がった』と言ったからである。

 どれ程のものなのか、彼女たちも様々なことを思っていた。

 

 自分といいライバルになるのか。

 

 自分とユニットを組んだ時でも大丈夫なのか。

 

 それとは別に皆が考えていることが1つだけ。

 

 

 

 (あのひと)の期待を裏切るのは許さない。

 

 

 

 ただ、それだけであった。

 346に所属するアイドルのほぼ全員は翠の1人レッスンを見たことがある。

 だからこそ、普段の翠があんなだろうと、これだけは皆が常に思っていることであった。

 どれだけ意外だと思われようと譲れるものではなく、故に手を抜くことなくレッスンをする。

 

 そして普段から口にしていないが、いずれは抜かすつもりであることを秘めている。

 

 翠からしてみれば『いずれ』と思っている時点でダメだと鼻で笑うであろうが。

 

 そんなこともあり、翠はモニターに集中しているアイドルたちを見て少し引いているのだが。

 ただならぬ圧のようなものを感じ、内心では部屋に戻って1人でモニター見ようかななどと、飲み干して空になったペットボトルを手で弄りながら考えていたりする。




ウェデイング蘭子復刻来たんで溜めてた石全部(5000個)使いましたが、きたのはもう1人の中二病である二宮飛鳥ちゃんでした…
飛鳥ちゃんも可愛いよ……でも蘭子のウェデイングが……


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67話

 無事にライブも終わり、喜びを分かち合う皆の輪からこっそり外れた翠。そのまま人気のないところへバレないように移動する。

 

 そして段差に腰掛け、上半身を地面に倒す。

 熱があるのに3曲連続で踊ったからだろう。下がるどころか当然、熱は上がっているため呼吸は荒く、意識もどこかはっきりしていないようにも見えた。

 

「あー、しんどい。マジしんどい。毎度毎度こんなにしんどいとやってられんなー」

 

 そう愚痴をこぼしてから持って来ていた水の入ったペットボトルの蓋を開け、頭にかけ始める。

 

 夏とはいえ日が沈み、気温はそこそこ下がっている。それを除いても熱があるのに頭から水をかぶるなど自殺行為以外の何者でもないうえ、翠もそれを分かっているはずなのだが……空になったペットボトルの蓋を閉めて脇に置き、濡れたままその場を動こうとはしない。

 

「……しんどい。しんどい。……だけどあの頃(・・・)に比べたらただ熱があって怠いだけ。そう、それだけの事。ああ、寒い。寂しい。……いや、寂しくなんてない。風邪のせい。全然寂しくなんてない。病気の、病気のせい。俺は1人じゃない。ひとりじゃ……ない……」

 

 独り言を漏らしている翠だが、段々と情緒が不安定になっていく。

 体を横に向け、膝を抱えて丸くなる体勢になってからすぐ。すすり泣く音が聞こえてくる。

 

「嫌だ……もう、あんなのは……。誰か……寂しい……。誰か……」

 

 近くの林から木の枝が折れた音が聞こえてくる。

 ピタリと泣くのをやめた翠は涙を手で拭い、体を起こして音がした方に目を向ける。

 

「…………誰?」

 

 その声は冷たく、顔からは表情が抜け落ち。張り詰めた空気が場を支配していた。

 

 

 しばらくしても林の中にいるであろう人物は出てこないため。近づこうと翠が立ち上がったところで覗き見をしていた人物は木の陰から姿を見せる。

 

「…………楓か」

「…………はい」

 

 知らない人であるよりましか、と。

 高垣に聞こえないよう小さく呟いた翠。自身でも気づかないうちに先ほどまでの張り詰めた雰囲気は無くなり、嬉しそうな表情をしている。

 

 今まで誰にも見せたことのない、心からの喜び。そして安堵。

 短くない時間を翠と過ごしてきた高垣は当然、その差異に気づき。

 色々な思いがこみ上げてきたがそれを胸の内にとどめ。先ほどまでの姿を思い返し、翠へと近づいていく。

 

「そんで、どこから見て……んぷっ」

 

 どこから見られ、聞かれていたかを確認しようとしていた翠だが、話している途中で高垣に抱きしめられ。さえぎられてしまう。

 

「今、俺汚れてるから。まだ衣装のまんまだからダメだって」

「大丈夫ですよ、翠さん。私は誰にも話しませんから」

 

 翠の言う通り、地面に寝転がったのに加えて水を被っているのである。そのせいで余計に汚れが付着しており、ステージ衣装のまま抱き着く高垣に汚れが移ってしまう。

 そう言って高垣から離れようとする翠だが、逃がす気は無いとばかりに高垣はさらに強く抱きしめ、翠の後頭部に手を当てて自身の胸に押し付ける。

 

「翠さんのことですから、誰にも先ほどのことを話していないんですよね」

「…………」

 

 そのセリフに、翠は動きを止める。

 全部ではないにしても、見られたくないところを見られていることが半ば確定しているため。どう話を持っていくか考え始める。

 

「私や……私だけでなく、他の人もですけど。何となく。翠さんが自分のことを話したがらないことに気づいています。それなのに私たちが深く悩んでため込んでいるモノを一緒に解決してくれたりと、私も含めてみんな翠さんに頼り切っていました」

 

 翠が自身のことについて話したがらないことに皆が薄々気づいていたと聞いたところで翠は体を震わせたが、何も言うことはなく。高垣と目を合わせることなく話を聞いている。

 

「いつかは頼ってくれるだろうと、そう思って私たちは翠さんから話してくれるのを待っていました。けれど、そんな気配は微塵もなく。レッスンやライブ、近いものですとシンデレラプロジェクトに今回のライブ。……翠さんの負担は増えていくだけでした」

 

 そこで話すのを止めた高垣は優しく、翠の頭を撫で始める。

 

「前に一度だけ見たことがあります。こうやって、幸子ちゃんに甘えている翠さんの姿を。幸子ちゃんから翠さんの顔は見えてないと思いますけど、同じように見たことのない表情でした。……本当に、心から望んでいる。そんな表情です」

「…………」

「きっと今を逃したら次がないと思うので、ずるい言い方をしますね。翠さん1人で抱え込まないでください。解決できると断言はできませんが、誰かに話すだけでも変わると思います。踏み出す一歩は怖いかもしれませんけど、翠さんの力に、支えになりたいんです」

「…………」

 

 翠の返事は言葉でなく態度で返ってきた。

 押された高垣は一歩後ろに下がり。力の緩んだすきに翠は手を伸ばしてもギリギリ届かない位置まで離れてしまう。

 

「翠さん……」

 

 俯き、前髪によって翠の表情は見えず。

 高垣が手を伸ばして一歩足を踏み出そうとしたとき。俯いていた翠が顔をあげ、それを見て動きを止めてしまう。

 

「無理、なんだよ……」

 

 小さな声であったが、周りは静まり返っていたため。高垣の耳にまで届く。

 

「さっきのも見られちゃったし、話してあげるよ。望み通り」

 

 同じ笑顔を浮かべているはずなのに、今まで高垣が見てきた明るく、楽しげなそれとはまったく違い。

 いま浮かべている笑顔は。

 

 

 

 ――悲しげで。

 

 

 

 ――哀しげで。

 

 

 

 全てを否定し、拒絶するような雰囲気を纏っていた。

 

「……俺は、いままで誰一人として。心から信頼、信用なんてしたことはない。だから誰にも話してこなかった。誰にも気を許せないから」

「……それじゃあ、今まで同じ時間を過ごして楽しかったと言っていたのも嘘なんですか?」

「嘘じゃないが、本当でもない。確かに、楽しいとは思っている。けど、心のどこかではそう思っていない自分もいる」

「楽しいと、思っていてくれたのならそれで十分です。翠さんとの今までが否定されなかったのですから」

 

 嬉しそうに微笑んだ高垣は止めていた足を動かし。翠に近づいて再び抱きしめようと手を伸ばす。

 

「俺はさ」

 

 しかし、その手は翠に払われてまた距離を置かれる。

 

「親に裏切られたんだよ。本来なら心を許せるはずの親に」

「…………っ」

 

 そう言いながらおもむろに翠はシャツの前をめくり。誰にも見せようとしてこなかったものを初めて自分から晒す。

 これまでも、そしてこれからもそこに刻まれているであろうモノを見て。高垣は息をのむ。

 

「背が低いのも前は遺伝子だなんて説明したけど、今なら想像つくよね? 満足に食べさせてもらえず、成長するだけの栄養がなかったからだよ」

 

 翠もずっと見せていたいものではないため、シャツを元に戻し。高垣に目を向ける。

 

「血のつながりが一切ない他人をどうして心から気を許すことができると? 理解できたのならこれ以上深くは――」

「馬鹿にしないでください」

「…………?」

 

 もう、元の関係には戻れないだろうが、また深くかかわってこないだろうと考えていた翠だが、珍しく……いや、翠も初めて見るであろう。高垣が怒っている。

 眉を吊り上げ、力強く翠を睨みつけ。何かをこらえるように下唇を強く噛んでいた。

 

「私をっ……! そんな人と一緒にしないでくださいっ!」

 

 半ば叫ぶように、声を大にしてそう口にする。

 ストッパーが外れたのか、高垣の目からポロポロと涙がこぼれ落ちていく。

 

「世の中全員が翠さんの敵じゃないです! 今の話を聞いて態度を変える人だっているでしょうけど! 私はっ! 翠さんと一緒に笑いたいんです! 泣きたいんです! 一人じゃなくて一緒じゃなきゃ意味がないんですっ!」

 

 そして再度、翠に近づいて抱き着く。

 反射なのか、払おうとしていた翠だが、高垣の心からの声を感じて迷いが出たのかその動きは遅く。高垣に抱きしめられる。

 その力はさっきまでのよりも強く。絶対に離さないという意志を感じるほどに。

 

「寂しいこと、言わないでください。私たちはみんな、翠さんのことが好きなんです。とても大切なんです。1人で悩んで抱え込まないでください。翠さんがそう教えてくれたんですよ?」

「そりゃそうだけどさ、やっぱり信じられない」

 

 離れようとする翠だが、そうはさせないと高垣も抱きしめた手を離さない。

 

「いきなり、はい分かりましたと信じてくれると私も思っていません。少しずつ、少しずつでいいんです。人それぞれに合ったペースがあるって、これも翠さんが言ったんですから。焦らずにいきましょう? 私を、みんなを受け入れてくれた時。また違った景色が見えると思いますよ」

「ううぅ……」

 

 翠の中で迷いは大きくなっていく。

 本当に信じていいのか。裏切られることはないか。

 

「私は絶対に翠さんを裏切りません。絶対に、です」

「…………」

 

 普段の翠であればもっと深く悩んでいたであろうが、今は熱があるのである。加えて先ほど水を浴びたこともあり、いつもの半分も頭が働いていないであろう。

 だからこそ、今の会話は偽ったものでなく、紛れも無い翠の本心であったと言える。

 

 最後の押しが効いたのか、翠の手が徐々に高垣の腰へと伸び。ギュッと、抱きしめる。

 

「…………なあ、楓」

「はい、なんですか?」

「本当に、信じていいんだな?」

「はい」

「もう1つ……」

「どうしました?」

 

 翠から抱きしめられ、嬉しくなった高垣のテンションは高くなっている。

 今ならどんな願いだろうと聞く心持ちである。

 

「……熱下がったら、覚悟しておけよ」

「……へっ?」

「…………スー、スー」

 

 上に顔を向けた翠の顔は赤く、とても恥ずかしそうな表情をしていた。

 それを隠すように精一杯強がってキッと睨みつけていたが、子どもが背伸びして大人ぶっているように見え。ただ可愛いだけのものであったが。

 翠の口から出たセリフに、高垣はいきなりの事でドキッとするが、その直後に翠が寝てしまったため慌てて体を支え。服をキュッと握りながらスヤスヤと眠る翠を見て微笑む。

 

 すでに先ほど言われたことをサッパリと忘れた高垣は翠を起こさないように気を使いながらお姫様抱っこをして皆のところへと戻っていく。

 

「楓。翠さんの調子はどう?」

「頭から水かぶったり地面に寝転がったりとしてたので、一度起きてもらってシャワー浴びて貰わないと」

 

 着替えてはいるが誰1人として帰っている人はおらず。集まって話をしていたが、高垣に気がついて声をかけようとするが、抱えられて眠る翠を見て声を抑える。

 CPのメンバーはステージのへりに座って今回のライブについて皆で話しているため、ここにはいない。

 

 

 

 誰にもバレていないだろうと思っていた翠の行動は皆気づいており、代表みたいな感じで高垣が後ろをついていったのである。

 本来なら1人ついていっただけでもバレているが、熱によってあたりをキョロキョロと見回しているがそれだけであり、高垣が気づかれることはなかった。

 

「それにしても可愛らしく寝てるわね。握って離さないじゃない」

「いつも事務所で寝ている翠さんと、何か違いませんか?」

「そうですね。なんだかいつもより表情が柔らかい気がします」

 

 ライブに参加したアイドル全員(CPは除く)が交代しながら翠の寝顔を見て出た素直な感想である。

 それだけ彼女たちにとって翠の存在がどれだけなのか、分かるだろう。

 

「……みんなは翠さんを裏切ったり、しないわよね?」

 

 唐突な質問に皆はどうしたのかと高垣を見るが、真面目な雰囲気に内心驚きつつも心から思ってることを伝える。

 

「何いってるのよ。そんなの当たり前じゃない」

「そうですそうです。そんなことありえません」

「ふふっ。ごめんなさい。なんだか不安になっちゃって」

「翠さんと何か話したのね?」

「ええ……翠さんが今まで話そうとしてこなかったもの、聞かせてもらったわ」

 

 それを聞いて皆は口を閉じ、高垣に目を向ける。

 

「私からは何も話せないけれど…………私たちが裏切らない限り、きっと翠さんから話してくれる時がくるわ」

 

 皆の目を見返しながら話した高垣が翠に視線を移すのに合わせて皆も翠へと目を向ける。

 

「あのぅ……」

「まゆちゃん、どうかした?」

「翠さん、なんだが震えてませんか?」

『……………………』

 

 先ほどまでは落ち着いて寝ていた翠だったが、いまは寒そうに体を震わせ、辛そうな表情になっている。

 

「翠さん! お、起きてください!」

「すみません! 誰か綺麗なタオルをたくさん持ってきてください!」

「飲み物とってきます!」

「シャワーの確認を!」

「翠さんの着替え!」

 

 一瞬の静けさの後、皆の理解が追いついて途端に慌ただしくなる。

 

 ステージの方にいたCPの面々と武内Pにまで騒がしいのは聞こえていたが、何が起こっているのか分からないので皆で顔を見合わせて首を傾げていた。



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68話

12話、少し加筆しました
フレデリカと話してるシーンです


「や、初めまして」

 

 それは私が初めて彼と会った時。かけられた言葉でした。

 

 遠い存在だと思っていた彼は初対面であるはずなのに。気心の知れた友達のように接してきてくれたことに、私は嬉しさと……まるで心の奥底まで見透かされているような赤い瞳に、えも言われぬ気味悪さを感じました。

 

 人の心を読むなど、あり得るはずがないのに。

 彼は本当に心が読めるのではと、思えるような雰囲気がありました。

 

 そんな困惑している私に畳み掛けるよう、彼はアイドルにならないかと言い、ポケットに突っ込まれていたためシワのできた名刺を渡してきました。

 返事はいつでもいいと言い残し、用はなくなったとばかりに彼はさっさと帰っていき、名刺を渡されてどうしていいか分からない私だけが残されました。

 

 彼と会った感想はなんとも言えません。

 

 

 

 次に会った時は私がアイドルになるため、346に行った時のことです。

 その時に見た彼はエントランスのど真ん中で寝転がり、ドミノ倒しをしていました。

 エントランスの床をほぼ埋め尽くすほど長い列ができ、中には階段やらトンネルやらのギミックもあり。思わずこのまま帰ろうと思った私の考えは正しかったと思います。

 

 ですがその前に見つかってしまい、彼が私に近寄ろうと一歩踏み出した時。

 長々と並んでいたど真ん中を踏み抜き、ドミノはそのまま全部倒れて彼の叫びが響きます。

 

 印象が強くて彼しかいないと思っていたエントランスの端にはここで働いていると思われる人たちが集まっており、彼の絶叫に合わせて聞こえてきた笑い声でようやく気がつくほどに。私は緊張していたのだと気がつきました。

 

 色々な噂から、彼は私が来ることを知っていて、こんな事をやったのかと考えていましたが、本人に聞けば昨夜見た番組を見てやりたくなっただけだと。

 

 それを聞き、テレビやコンサートで見る彼は本当に一部分でしかなく、本来の彼はそれ以上に破天荒なのだと感じ……少しだけ羨ましいと思っていました。

 

 

 

 デビューしていないのでアイドル候補のようになった私は彼から指導を受けていました。

 私に足りないものを的確に見抜き、それを埋めていくと同時に長所を伸ばしていくレッスンに、少しだけ慢心していたのかも知れません。

 

 その時は慢心しているなどと思っていませんでしたが、とあるものを見てから私は過去を恥じ、気を引き締め直しました。

 

 普段の彼はとても人の機微に鋭く、些細なことから色々とバレてしまいますが、自身が絡むと途端にそれは発揮されず。

 急に気合を入れた私を見ても彼は首をかしげるだけであり、原動力に気づくことはありませんでした。

 

 少なくない時間を彼と接していき、始め感じていた薄気味悪さはただ自分の勘違いだと気付いてなくなっていましたが。

 それが無くなっていくのと比例していくように、彼が時折見せる闇のようなものを強く感じるようになりました。

 

 自分が絡むと鈍くなることに含まれないのか、それとなく話を振るだけでも彼は途端に拒絶する雰囲気を出し、話を逸らします。

 

 私が抱えていたものを無くしてくれたため。彼が困っているのならば今度は私が救いたいと考えていましたが。

 掴もうとすれば消えてしまう水面に映る月のように、届きそうで届かないもどかしさだけが残りました。

 

 

 

 新しいアイドルの子が増えながら、気がつけばトップアイドルと言われるようになり。

 それでも変わらない彼との関係。

 ぬるま湯に浸かっているような日々が過ぎていき、ずっとこのままでいいと考え始めた頃。

 

 武内さんが始めたシンデレラプロジェクトから。唐突にこれまでの日々は変わっていきました。

 

 初めて彼女たちを見た時。

 1人、私よりも彼に近い娘がいました。

 これまで一緒にいたのに何故、彼女の方が彼に近いのか。考えても答えが出ることはありません。

 

 数日が過ぎ。

 気付けば2人に増えていました。

 何があったのか、何故私ではないのか。

 考えても同じところをグルグルと回っているような感覚でした。

 

 さらに日が経ち。

 その人数は増えていました。

 もどかしさが焦りへと変わった時、ふと鏡に映る自分を見て頭が冷えました。

 気がつけばいつの間にか彼の事を助けたい気持ちから、ただ隠しているものを知りたいだけに変わっていたのです。

 こんな気持ちでは誰も話そうと思わないでしょう。

 それに大きなイベントがすぐにあります。

 腑抜けた今ではファンの皆さんに見せられるパフォーマンスができないため、一度忘れます。

 

 

 

 ふざけないでほしい。

 大きなイベントが終わった後。彼は1人離れていき、熱が出ているのを知っている皆が1人にするのを心配したため。私が後をつけて様子を見ることになり。

 そして彼女たちが知っていて、私の知らない彼の闇について触れる機会を得た。

 

 だけど、彼の話を聞いているうちにとても腹が立った。

 これまでの時が全て否定されたかのような。それ程までに私と過ごしてきた時間は彼にとって意味のないものだったのかと。

 裏切ることなんて考えたこともなかった。

 あの日から私の中心には彼がいたのだ。

 

 彼が寝たあとに少し落ち着いて考えれば言い分にも納得できる。

 あの時は溢れ出る感情を抑えきれず、思うがままを口にしていたため、何を口にしたのかよく覚えてはないけれど。

 

 心からの声だったのは事実であるから。

 少しでも気を許してくれたらと。

 

 腕の中で眠る彼を見ながらそうあって欲しいと願った。



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69話

まだ日付変わってないのでセーフ!
気がつけばこの小説を載せ始めてから2年が過ぎてるんですね……
そして残り一月で今年も終わりです
…………やること多過ぎてしんどいですね


「…………ああ、最悪だ」

 

 ライブの翌日。昼を過ぎて目を覚ました翠は上体を起こし、高垣との会話を思い出して口を開く。

 

「おはようございます。翠さん」

「美波? ……んー、とりあえず説明」

 

 声をかけられて他にも人がいることに気づく翠。ある程度のことを知られているため、先ほどのセリフも誤魔化すことはなく。現状を理解するために説明を求める。

 

「はい。昨日、熱を出して倒れてしまったのでここ、346にある医務室で交代しながら看病してました」

「そかそか。着替えは?」

「蘭子ちゃんとみくちゃん、それと楓さんの三人です」

「んー…………まあいっか。それより腹減ったから何か食べたい」

「そろそろきらりちゃんがおかゆを持ってきてくれるはずです」

 

 そのまま何か聞きたそうに口を開く新田だが、何も言わずに黙ってしまう。

 ほぼ同時にノックする音が響き、ドアを開けて双葉、おかゆを持った諸星が入ってくる。

 

「にょわー、翠さんおはようだにぃ」

「体調はもう平気なの?」

「おはよ。たぶん平気」

 

 おかゆを取り皿によそってもらい、それを受け取った翠はレンゲで一口小すくって十分に冷まし。それから口に運んでいく。

 よそった分を食べ終えるとおかわりを要求し、翠が満足した時には持ってきたおかゆはなくなっていた。

 

「満足満足」

「これだけ食べられるなら元気だにぃ」

「心配かけたようで」

「本当です。蘭子ちゃんの慌てっぷりがとても凄かったんですから、あとで声をかけてあげてくださいね」

「慌てっぷりと言えば、アイドルの先輩たちもみんな凄かったよね」

「瑞樹さんや美嘉さん、楓さんも顔を真っ青にしていましたし、他の皆さんも驚きや心配からドタバタしてましたし」

 

 その時のことを思い返しているのか、三人は苦笑いをしている。

 

「そう言えば、俺のことについて話すって話があったよね」

 

 さらりと。聞きたくても聞けなかったことを翠が口にし、三人は驚いた顔を向ける。

 

「なんだろうな……実はさ、楓にある程度のことを自分から話したんだよ。だからかな? 少しだけ、吹っ切れたのか信じてみようって気持ちは確かにあるけど……やっぱり、あまり知って欲しくもないんだよね」

 

 もう一度、裏切られたら二度と人を信用できない。

 そんな雰囲気を漂わせながら話す翠の手に三人は身を寄せ、自身の手を重ねる。

 

「何度でも言います。私たちは翠さんを裏切ったりしません」

「きらりたちも、翠さんの力になりたいんだよ?」

「力になりたいのは本当だけど、辛いなら無理して話す必要もないからさ」

 

 真っ直ぐな瞳を向けられるが、翠はその視線から逃げるように目を逸らす。

 その行動に三人は悲しげに微笑むが、焦る必要はないと身を引く。

 

 何も進展が無かったとしたら今の行動に加えて誤魔化すようなセリフの一つや二つ、あっただろう。

 だが今回は目を逸らされただけであり、それも優しくされることに慣れていないゆえに出た行動だと三人はなんとなく理解していた。

 

 これまで誰かに優しさを向けられて来なかったのならば。いざ優しくされた時にどうしたらいいのか分からない。

 それが今の翠に当てはまる。

 

「夏フェスまでは仕事キャンセルしたけど、これからまたちょくちょく仕事あるからさ。みんなの予定が合う日を複数教えてよ。そこから俺の空いてる日を合わせて話の場を設けよう」

「無理に聞き出そうとした私たちが言うことじゃないかも知れませんが……さっき杏ちゃんが言った通り、辛いなら無理して話さなくても大丈夫ですよ?」

「そうだにぃ。焦ってもいい結果にならないにぃ」

「いんや、話すよ。実際、ほとんどバレているようなもんだから。それに……………………いや、なんでもない」

 

 何か言いかけていた翠だが、誤魔化すように首を横に振って寝転び、毛布を肩までかけなおす。

 

「腹一杯で眠くなったから寝る」

「はい。おやすみなさい」

「翠さんのレッスン、楽しみに待ってるにぃ」

「早く元気になってね」

 

 翠の様子から看病はもう大丈夫だと考えたのか。空になった容器などを片付け、三人は一言声をかけて部屋を後にする。

 

「…………やっぱり、寂しいって感じちゃうんだな」

 

 一人になった部屋でそう寂しげに漏らし、目を閉じる。

 だんだんと薄れゆく意識の中、翠は三人が触れた手の部分から温もりを感じたような気がして眠りへと落ちていった。

 

☆☆☆

 

「おはようござます。翠さん」

「……おはよう」

 

 再び翠が目を覚ませば。自身と手を繋いでニコニコと笑みを浮かべる高垣の姿が眼に映る。

 

「何してるん?」

「手を繋いでます」

「……なんで?」

「私が翠さんと手を繋ぎたかったからです」

 

 起きても手を振りほどかれないのが嬉しいのか、少しテンションが高くなった高垣は何を思ったか翠が寝ているベッドに入ってくる。

 

 反射的に起き上がって逃げようとした翠だが、そうなる前に捕まってしまい、高垣の抱き枕となってしまう。

 

「いつもの楓らしくないが……どしたん」

「実は、幸子ちゃんと翠さんがハグしてるのを見てからこうしたいな、と思ってたんですよ?」

「むむむ」

「よく分かってると思いますけど、人に抱きしめられていると安心しませんか?」

「……そりゃ、まあ」

 

 後ろから抱きしめられているのがまだ救いであったと翠は考えながらも、その表情はどこか嬉しそうであった。

 

「なあ、楓」

「どうかしましたか?」

「…………いや、なんでもない」

「ふふっ。照れてるのでしょうか?」

 

 抱きしめる力を少しだけ強めながら。高垣は優しく、翠に話しかける。

 

「私は翠さんのことを裏切りませんよ。どんな事があろうと、です」

 

 何度も言ってその言葉が軽くなってしまおうと、今の翠には自身の気持ちをきちんと言葉にして伝える必要があると。

 そう考えた高垣はライブの日と同じような言葉を口にする。

 

「なあ、楓」

「はい」

 

 ふいに、先ほどと同じように声をかけられる。

 それに嫌な顔をせず、むしろ名前を呼ばれた嬉しさから、高垣は喜びを滲ませた返事をする。

 

「俺、楓に話したことをもっと詳しく他の子にも話すことにしたよ」

「……あまり、無理はしないでくださいね?」

「分かってる」

「私としても嬉しいことなのですけど……一番は翠さんの気持ちですから」

「ありがとね。……それで、その説明に楓も来て欲しいんだよね。一緒に詳しい話を聞いて欲しい」

「はい。分かりました」

 

 迷うことなく頷く高垣。だが、その瞳には心配する気持ちとは別にどこか暗い感情が混ざっていたのだが……翠がそのことに気づくことはなかった。




最初の方に書いた記念話でゲーセンのやつがあると思いますが、そこで美波あたりが「まゆちゃんとそんな接点ない」とか言うんですよ
めちゃくちゃ接点ありますよね……。……パラレルワールドってことで一つ


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70話

この話含めてアニメ二期始まるまでの話に、今後の展開の鍵が入って来る…予定です


 翌日。翠は346から姿を消していた。

 最後にそばに居たのは安部と輿水の二人であったのだが、翠の巧みな言葉に騙されて脱走を許してしまって居た。

 救いだと思えるのは、どこかで調達したのであろうペンと紙で置き手紙を残したことだろうか。

 ただ、書かれて居た内容なのだが。

 

『しばらく旅に出ます。探さなくても気が向けば戻ってきます。翠』

 

 と、簡潔に書かれており、皆の心配を逆に煽る結果となっていたが、その下にもう一枚紙が重なっており。

 

『翠さんと星空を見てきます。明日には戻ります。アナスタシア』

 

 これまた翠と同じように簡単な文で書かれていた。

 手紙を読んだアイドルたちは色々と勘ぐったりしていたりするのだが、この場にはいない二人には知る由もなかった。

 

☆☆☆

 

「アーニャと二人きりになるのは初めてかな?」

「はい。少しだけ、緊張しています」

「もっと気楽にいこうよ。日本語も上手くなってきてるし」

「美波と翠さんに教えてもらっているおかげです」

 

 アーニャは空いた時間が見つかれば新田、そして翠から日本語のレッスンを受けていた。美波は教えると同時にアーニャとこれまた翠からロシア語を教わっていたのだが。

 そのお陰か、そのせいか。

 アーニャの魅力の一つと言えた特徴的な話し方はほぼ無くなってしまった。

 翠としてもそのままでいて欲しい気持ちはあったのだが、日本語を話せて喜ぶアーニャの笑顔には勝てなかったようで。

 

 そんな二人は今、カバンを背負ってとある山道を歩いていた。

 日は既に沈みかけており、整備された道とはいえ完全な夜になってしまえば危険は増えるだろう。

 たがそんなことは二人も承知なのか、気にしたそぶりもなく二人はどんどん歩いていく。

 まあ、山道と言っても目的地まで十分もあればつく場所であるのだが。

 

「ここは結構お気に入りの場所なんだ」

 

 開けた場所にたどり着き、翠はカバンの中からシートを取り出し、草っ原の上に広げてその上に寝転び。気の早い星が光を放つ空に目を向ける。

 その隣にアーニャも同じようにシートを広げて寝転ぶ。

 

「少し早いけど、お話でもする? そうしたらゆっくり星空楽しめるかもしれないけど」

「あー、話の内容が内容なので、変わらないと思います」

「んー、だよねー」

 

 翠としてもそれほど今の質問に意味はないのか、形の変わっていく雲を眺めながら、気の無い返事をする。

 

「合宿の花火が終わった後、です」

「うん」

「外に居たままの翠さんを見かけたので声をかけようとしたのですが……、杏たち、先に声かけました。……そのまま、話聞いちゃいました」

「なるほどねー」

「美波たちがたまにコソコソ話してるの、気づいてました。でも内容は分かりません。それがあの時、話を聞いて少しだけ理解、しました」

 

 二人は互いを見ることなく、徐々に夜へと変わっていく空を見ながら言葉を交わしていく。

 

「翠さんは人と関わるの、怖いですか?」

「……怖い、ね。俺は臆病者だから。傷つけられるのが嫌なんだ」

「人は傷つけあうもの、だと思います。悪意のあるもの、ダメです。でも、悪意の無いもの、相手を信じてると思います。あー、言葉、難しいです。翠さんのこと、みんな好きです。嫌いな人、私は見たことありません」

 

 どう続けていくか分からなくなったのか、しばらくアーニャは黙ってしまったが、翠は何も言うことなく待っていた。

 

「翠さんは、水に映る月、みたいです。私や美波、みんなの側にいます。でも、そこに居ません。あー、矛盾? してます。でも、そう思いました」

 

 水に映る月。それは若干の差異はあれど、いつの日かの翠も口にして居た言葉。

 アーニャが口にしたのはたまたまであろうが、翠の心に響かせるには十分であった。

 

「空に浮かぶ月、です。いつも見守ってくれてます。支えてくれてます。私たち、ここから見上げるだけ、です。翠さんは一人でとても寂しそうです。あー、私たちも星になって、翠さんのそばに居たい、です」

 

 手を握られ、翠は隣で横になるアーニャに目を向ける。

 だがアーニャは空を見たままでいた。けれど掴まれた手は離さないように強く握られており。まるで翠を遠くに行かせないように、ここへ留めておくようにも感じられた。

 

「アーニャは何も分かりません。でも、翠さんはとても寂しそうに、怯えているように見えます」

「だって、事実そうだもの。一人でいるのが寂しいくせに、人と関わるのも嫌だと思っている。今だってそうだし、つい最近、踏み出そうとしたけれど逃げ出したいもの」

 

 翠は再び空を見上げ、目を閉じる。

 光は遮断され、闇に包まれるような錯覚に翠は陥るが、ふと握られている手に意識が向く。

 そこだけは暖かく、ずっと望んでいたものがあるような気がして。

 

「逃げてもいいと、私は思います」

「これまでずっと逃げてきて、大事なところでも逃げようとしてるのに?」

「でも、翠さんはいま、悩んでいます。いいことです。翠さんは前に進んでます。……あー、私が偉そうに言えませんね」

「偉いも偉くないもないよ。ただ歳を重ねただけさ。人それぞれに体験したこと、感じたことは違う。そこに上だろうが下だろうがないんだよ。だから俺はアーニャの今の言葉、嬉しく思う」

「スパシーバ。ありがとうございます」

 

 日本語に慣れてきたアーニャだが、感情が高ぶるとまだ話し方が戻ってしまう。その頻度も減ってきたのだが、それを上回るほどに揺さぶられたのだろう。

 握っていた手の力が強くなったり弱くなったりもしていた。

 

「アーニャと話していて、少し整理がついたよ」

「あー、私は何もしていません」

「なら俺が勝手に感謝してる」

「翠さんにはいつも助けてもらってます」

「俺自身について、美波たちに話そうと思ってるんだ。そこにアーニャも来て、話を聞いてくれないか?」

「無理を、しているのならダメですよ?」

「してないさ。打ち明ける時が来たのかもしれないし」

 

 何か言おうと口を開いたアーニャだが、ちらりと見た翠の横顔はここに来る途中と比べてどこかスッキリとしているように見え。

 何も言わないまま、空を見上げる。

 

 大きな満月が浮かんでおり、その周りを無数の星が煌めいていた。

 だが、その星々と月はどこからかやってきた雲に覆われて見えなくなってしまい、二人は仕方なくシートを片付け、その場を後にした。




来年はもう少し投稿できたらなと思います


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71話

話すために集まったのは『蘭子、みく、杏、きらり、美波、凛、卯月、智絵里、アーニャ、まゆ、楓』です。抜けてる人はいないはず


「…………」

 

 夜、翠はベッドの上で横になっているが眠る気配はなく。人差し指の第二関節を咥え、何かを考えているようであり、そして不安を抱いているようにも見えた。

 

 それもそのはず。明日はこの場所でついにあの事について話すのであるから。

 今まで誰にも……それこそ引き取ってくれた叔父叔母や碧、奈緒にでさえ話してこなかったのである。

 碧も翠の体を見たことはないが、長く一緒に居ただけあって大方の予想はついている。そして理解しているからこそ誰にも話さず、いつか翠から話してくれるのを待っていた。

 

 いつもならすぐに寝てしまう翠だが、寝てしまえば次に目を開けた時は朝である。実際に過ぎた時間は変わらないのだが、それを分かっていながら少しでも約束の時間までが長く感じられるよう起きていた。

 だが、その抵抗もあまり長くは持たず。

 重くなっていく瞼に抗うのも気持ちだけが先走り、数分と経たずその部屋に寝息が聞こえ始めた。

 

☆☆☆

 

『……うん、大丈夫。みんなに伝えてもらっていい?』

「……はい、分かりました。皆さんに伝えておきます。……私たちも無理を言ってごめんなさい」

 

 通話が切れたことを確認した佐久間は携帯をテーブルに置き、首を横に降る。

 

「翠さん、やっぱりダメだって?」

「はい。……まだ無理。心の準備ができない。とのことです」

「まあ、そんな気はしてたかな」

「これまで誰にもバレないようにしてきたにゃ。なかば強引な約束だとまだ無理にゃ」

 

 今西さんに空いている部屋を貸してもらい、そこを集合場所にして集まった少女たち。

 先ほど、かかってきた電話により話は延期となった。

 

「ただ、私たちで持っている翠さんの事、話し合って共有してもいいそうです」

「それなら、このままここを使わせてもらいましょう」

「……翠さんから話すのは無理だけど、共有はありなのかぁ」

「杏ちゃん、どうかしたにぃ?」

「んー、翠さんがどうしたいのか考えてる」

 

 ふとした双葉の呟きを拾った諸星により、誰から話すか決めようとしていた皆の視線を集める。

 

「普通はさ、知っているけど自分のいない場所で話されてるのは嫌だと思うんだよね。心の機微に聡い翠さんの事ならなおさら。だから集めて、自身の目が届く範囲で情報を共有させる。約束は翠さんについて話すことだから、今回の話で翠さんから細かな話が聞けると思っていたんだけど……心の準備ができなくて延期にするのは分かる。むしろ今回の延期で聞こうとしていた話は、翠さんの(・・・・)中でそれほどの(・・・・・・・)心構えが必要(・・・・・・)なほど大事なことだと分かった。だから尚更、自分のいないところで話の共有をしていいのが杏には分からないんだよなぁ……。翠さんのことだから、なんとなくだったり、その方が話すのが楽だからとか言いそうなんだけど…………みんな、固まってどうしたのさ」

「べ、勉強会の時から思ってましたけど……」

「杏ちゃん、頭いいんだね……」

「私は何を言ってるのか分からないよ」

 

 普段だらけている姿を知っているからこそ、CPの面々は今の双葉が同一人物には見えなかった。

 

「杏なんてまだまだだよ。みんなから見たらそう思えるかも知れないけれど、『本物』はもっと違うよ。理解されない、理解できないからこそ、孤独なんだよ」

 

 誰について話しているのか、この場に理解できない人はいなかった。

 

「んっふっふ〜。君たちの言う『天才』ってやつも、案外一人の人間よ?」

「うにゃぁ!? 志希ちゃん!?」

「どこから入ってきたんだろう……」

 

 いつの間にか紛れ込んでいた一ノ瀬に皆は驚きをあらわにするも、本人はそれに気づいているのかいないのか。おそらくは前者であろうが、いつも通りに振舞っていた。

 

「いま言った、一人の人間って?」

「にゃふふ、言葉のまんまだよ。翠さんだってアイドルといった肩書きを無くしたらご飯を食べてお風呂に入り眠る。私たちと同じ人間ってこと。だから特別難しく考えることなんてなーんもいらないんだよ」

「さすが志希ちゃんにゃ! 翠さんと同じ天才にゃ!」

「んーん、私はふつーのJKだよ? にゃっふ」

 

 最後にとってつけたような声が出たのは高垣が一ノ瀬の頭を撫でたからである。高垣はそのまま撫で続けながら、どこか寂しそうな目をしながら口を開く。

 

「翠さんは『異質な天才』と言われているんです。志希ちゃんはふつーのJKと自称していますが、化学。それも薬品を扱う分野では類稀なる才能……ギフテッドを持っています。持って生まれた才能の副産物として失踪といった趣味があって、誰が見ても他の人とは違う(・・・・・・・)ことが分かります」

「翠さんは違うってことですか……?」

「ええ。見た目を除けば普通の一般人として溶け込めるんです。勉強、運動はもちろん、会話や行動に至るまで」

「……でも、翠さんはいつもグータラしてるけど……それは違うの?」

 

 渋谷からの問いかけに高垣は首を横に振る。

 

「あれは翠さんの素よ。誰が見てもおかしいと理解できるように(・・・・・・)しているだけ」

「まゆは一度だけ、一般人に擬態した翠さんと話したことがあります。カツラとコンタクトも用意して。……ただただ、普通の人でした。言われて思い出せるぐらい、記憶に残らないほど」

「でも、擬態はできるけど疲れるからやっていないんでしょ? だったら一緒じゃないの?」

「凛ちゃん。できないのと、できるけどやらないのは違うにぃ」

 

 どこか思い当たる節がある諸星だが、それを表に出さずに訂正を入れる。もっとも、その時も一緒にいた双葉には丸分かりだが。

 

「そしたら、翠さんは普通の人と違うと理解していながら振舞っているということですか?」

「そうだとしたら、なんでだろう?」

 

「……本当に分からないの?」

 

 冷たい声に少女たちはビクッと肩を揺らす。

 声がした方に目を向ければ、ニコニコと笑みを浮かべる一ノ瀬がいるのだが、その雰囲気は少し冷たかった。

 

「認めて欲しいだけなんだよ。自分が存在していることを」

 

 すぐに冷たい雰囲気は無くなり、一ノ瀬は目を伏せる。

 

「子供は親から愛情をもらって育つものだけど、翠さんにはそれが無かった。……子供が騒いで親の注意を引きたいのは分かるかな? 今の翠さんはまさにそれ(・・)なんだよ」

 

 そこまで話して顔を上げた一ノ瀬は普段と変わらぬ雰囲気に戻っていた。

 

「そういえば、志希ちゃんはどうして詳しく知ってるにゃ?」

「んー、話した感じと匂いかな? 推測でしかなかったんだけど、ちょっと盗み聞きした感じ間違ってはないと思うよ。……ねー、まゆちゃん」

「はい」

「電話で話してた、共有してもいいって部分のあたり。翠さんが言っていたこと、そのまま覚えてる?」

「翠さんとの電話はいつも録音しているので、大丈夫ですよ」

「さっすが〜」

 

 いつも録音している。と聞いても驚かなくなってきたあたり。CPの面々も346に染まってきたと言えるだろう。

 慣れた手つきで操作を終えた佐久間は皆に聞こえやすいように音量を上げ、テーブルの中央へと置く。

 

『まゆ?』

『はい。どうかしましたか?』

『今日の話し合い、やっぱり無しにしてもらってもいい?』

『……はい。翠さんが無理なら諦めると、皆さんで決めてました』

『……そっか。……その代わりと言ったらなんだけど、みんなに話してもいいからさ』

『よろしいんですか?』

『……うん、大丈夫。みんなに伝えてもらっていい?』

『……はい、分かりました。皆さんに伝えておきます。……私たちも無理を言ってごめんなさい』

 

「この翠さんが言っていたみんなって、私的には他のみんなにも話していいように聞こえたんだけど」

「仮にそうだとしても、私たちから話すことじゃないと思う」

「んー、なら私が勝手にやったって事で」

 

 そう言って一ノ瀬は携帯を取り出し、ポチポチと弄り始める。

 

「おっ、返信早い」

「誰に連絡したんですか?」

「翠さんに。話を盗み聞きした事と全員じゃないけど他のアイドルにも話すって事」

「……へ、返事はどうだったの?」

 

 あまりの行動の早さに驚きを隠せないが、どんな返事だったのか気になるのだろう。皆の視線が一ノ瀬に集まる。

 

「構わない、って一言だけだったよ〜」

 

 ほら、と言いながら携帯の画面を皆に向ける。

 そこには口にした通り、『構わない』とだけ書かれた文があった。

 

「志希ちゃん。他の人に話すのはもう少し待って欲しいの」

「ん? どうして?」

 

 早速とばかりに部屋から出て行こうとしていた一ノ瀬だが、高垣が待ったをかける。

 

「何となく、まだ話さない方がいいと思って」

「ふーん……」

 

 一ノ瀬は少しだけ細めた目を高垣へと向ける。

 そんな二人の間にただならぬ雰囲気が漂い始め、少女たちは口を閉じ、見ているしかなかったが、にぱっと笑みを浮かべた一ノ瀬によってすぐにその雰囲気も霧散する。

 

「楓さんがそういうなら分かった!」

 

 ばいば〜い、と手を振って元気よく一ノ瀬は部屋から出て行く。軽いノリではあるが翠が関わっているため、約束は守るだろう。

 

「そういえば、志希ちゃんが来て流れちゃったけど、話し合いはどうする?」




最後の楓さんの行動は69話の最後の楓さんの描写を読めば分かるはずだと……思いたいです

今更ですが、新年おめでとうございます。
本年はもう少し更新できたらと無謀なことを考えたりしましたが、就活の影が見え始めたのでどうなることやら……


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アニメ2期
72話


次の話からアニメ二期入ります
夏休みなのでアイドルたちとなんやかんや、あったのかもしれませんが、取り敢えず話を進めるほう優先しました


「……んー、志希には薄々勘付かれてた気がするからいっかなぁ」

 

 しばらく食べていなかった棒付き飴を咥えながら、ソファーで横になり携帯を弄っていた。

 

「志希は言わなくても話す相手ぐらいは選んでくれるだろうし……フレデリカと周子、美嘉……あとは大人組かな……?」

 

 そこで咥えていた飴を噛み砕き、新しい飴を咥える。

 テーブルの上にはすでにいくつもの飴の包みが散らばっており。ついさっき、新しく咥えた飴も数分と経たずに噛み砕かれていた。

 

「…………ん?」

 

 また新しい飴に手を伸ばそうとしていた翠だったが、誰かから電話がかかってきたため意識をそちらへと向け。画面に表示された人の名前を確認して目を細めるが、一つため息をついて電話にでる。

 

「もしもし……ああ、大丈夫大丈夫。もう戻ってくるん? …………ふむ、まあいいんじゃない? …………いやいや、俺はただの一般人だから。……まあ、別にいいけど。戻ってくるの、楽しみにしてるよ。…………大袈裟に捉えすぎ。またね」

 

 通話が終わると翠は携帯をテーブルの上に放り、クッションに顔を埋める。そのまま器用にソファーの上でゴロゴロ転がったあと上体を起こし、新しい飴を口に含む。そしてなんとなく、テレビの電源を入れた。

 

「…………」

 

 日曜の昼前、とあるバラエティー番組で翠の仕事復帰について話されていた。

 休んだ理由から始まり、346が働かせすぎて体を壊したのでは? といった憶測まで。

 

 まあ、働かせすぎたという話は言った本人でさえ信じておらず、場をつなげる為に言っただけであるが。

 なぜなら前にも似たような話が上がった時には346への電話が酷く、翠も面倒になったため生放送で『仕事は自分でやるかやらないか決めている。メディアの露出とかCDを考えたら分かるでしょ。クレームの電話鬱陶しい』と言ったからである。

 きちんと用意されたセリフがあったのだが、翠は始まる直前までそれを読みますよーと大人しくしていた。しかし始まった直後にその紙を破り捨て、先ほどのセリフを言ったのである。

 関係者は慌てたが、それ以降は大人しくなったのでお咎め無しとなった。

 

 346のアイドルが殆どの番組に出演しているため、『そんなこと言っちゃダメですよ』と、軽い注意が入るまでが流れとなっていた。

 今も川島が似たようなことを言って流れが終わったところである。

 話の内容が翠関係になると、やはり話の矛先は346関係者へと向く。

 そして答える際、仕事関係の内容ならば知っている事を殆ど話しても良いとなっていた。本当にダメな部分は事前に伝えられているが、理由としては変にボカして憶測が飛ぶのを翠が面倒に思ったからであるが。

 

 興味なさげに見ている翠だが、雰囲気には恥ずかしさとは別の感情が見て取れた。



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73話

 346の玄関ホールでは今西部長をはじめ、他にも職員が集まっており。誰かの到着を待っているようであった。

 

「お出ましだね」

 

 そう呟いた今西部長の視線の先には、自動ドアをくぐって入ってきた一人の女性が。

 玄関ホールを見回す彼女の元に職員が近寄って行く。

 

「お疲れ様です。荷物を」

「ああ、ありがとう。……頼んでおいた資料は?」

「はい。ここに」

 

 女性はキャリーケースを職員の一人に預け。また別の人から紙の束を受け取り、それを見ながら歩き始める。

 

「やあ、見違えたよ」

「ご無沙汰しています」

 

 そのあとを今西部長は追いかけて歩きながら声をかけるが、女性はそちらに顔を向けないまま話していく。

 

「驚いたよ。帰国したその足で出社とは」

「時間を無駄にしたくはないので」

「会長に帰国の報告はいいのかい?」

「父にはメールでしてあります」

「翠くんには会ったかい?」

「彼とは一通り見て回った後に会う約束をしています」

 

 それまでは素っ気ない返しであったが。

 翠のことがちらりと話に出ただけで女性は足を止め、今西部長へと顔を向ける。

 

☆☆☆

 

「うわぁ! きたきた! ニューアルバムのサンプル!」

「魂の共鳴を封じ込めし匣か!」

「お姉ちゃんと一緒にき〜こおっと!」

 

 シンデレラプロジェクトのメンバー全員が集まり。ダンボールの中からアルバムのサンプルを取り出し、思い思い話に花を咲かせていた。

 

「私、またたくさん買っちゃいます」

「へえ。どのくらい?」

「えっとですね……お父さんにお母さん、お婆ちゃんに自分の分。親戚や友達の分。えへへ。お母さんもたくさん買ってきちゃうんです。あと、お店に置いてあるのを見かけちゃうと気になって、ついつい買っちゃってまた増えちゃうんです」

「あ、それ私もやっちゃうな」

 

 島村は渋谷の問いに笑みを浮かべながら楽しそうに指折り数えていく。

 

「嬉しいなぁ。私、みんなのソロ曲、早く聞いてみたい」

「上手く歌えてるか不安ですけど……」

「私たちのソロ曲もずっと前から翠さんが作ってたんだよねー」

「翠さんが遊びに連れて行ってくれたところ、とっても楽しかったよねー」

 

 赤城と城ヶ崎妹がふと口にしたことに何人かピクリと肩を震わせて反応する。

 だがそれに反応するものは誰もおらず、二人はそのまま楽しかったことを話していく。

 

「……アイドルフェスから、もう一ヶ月経つんだね」

「時が経つの、とっても早いです」

「仕事、少しずつ増えてきたよね」

「うん。凄いことです。本当に」

 

 ホワイトボードに貼られた紙にはそれぞれのユニット、個人の仕事の予定が書き込まれている。

 春に動きはじめたばかりの頃は空欄ばかりの紙に皆は焦ったりしていたが、ここまで来れたことに対し、今もパソコンで作業をしているプロデューサーに少なくない信頼があった。

 

 それと同時にここまで成長する手助けをしてきてくれた翠についての悩みが少女たちの頭に引っかかっていた。

 346に所属するアイドルたちでも一部の人だけが知る翠の抱える秘密(なやみ)

 ここ暫く会って話をしていないため、余計に。

 

「こちらです」

『おはようございます……』

「おはよう」

 

 そんなことはおくびにも出すようなことはなく、話が続いていく中。

 人が入ってきたため、少女たちは立ち上がって挨拶をするが、大きかった声は見知らぬ女性を見つけたあたりから小さくなっていった。

 女性はそのようなこと気にせずに挨拶を返し、部屋を見回していく。

 

「…………誰?」

「…………さあ?」

『うぇ……』

 

 部屋を見回していた女性がニュージェネの三人に向き直ったため、ヒソヒソと話をしていた島村と本田の口から変な声が漏れる。

 

「ニュージェネレーションズ。島村卯月さん、本田未央さん、渋谷凛さん……だったわね」

『は、はい!』

「仕事、頑張りなさい」

『はい!』

 

 突如、女性に名前を呼ばれた三人は少しどもりながらも返事をする。

 その後に続けられたなんとも言えない激励に微妙な雰囲気になったところでタイミングが良いのか悪いのか、ひと段落ついた武内Pが部屋から出てくる。

 

「それじゃあ、改めて紹介しよう。こちら、美城常務。ニューヨークの関連会社から本日帰国された。来週からわが社のアイドル事業部の統括重役として赴任される」

『よろしくお願いします!』

 

 全員が揃ったのを確認し、今西部長が少女たちの気になっていた女性についての紹介がされる。

 

「常務。彼がこのプロダクションを担当している」

「君の資料は読ませてもらった。それと翠からも話は聞いている。優秀な人材は大歓迎だ。期待している」

「よろしくお願いします」

 

 挨拶を終えた武内Pに美城常務は近づいていくと手を胸元に伸ばし、緩んだネクタイをキチッと締め直す。

 

「クライアントが最初に会うのはアイドルではなく君だ。身だしなみには細心の注意を払うように」

「はい」

「レッスン室と衣装室も見ておきたいんだが」

「はい。ご案内します」

 

 この部屋でやる事を終えた美城常務はさっさと次の場所へと行ってしまった。

 

「かっこいい方ですね」

「出来る女って感じだね」

「少し怖かったです……」

 

 少女たちは美城常務が出て行ったドアから視線を外し、どのように感じたか口にしていた。

 武内Pはまだ仕事が残っているため、一緒に部屋を出て行ってこの場にはいない。

 

「……なんだか嫌な予感がする」

「嫌な予感って?」

「ごめんなさい。具体的には分からないの。ただ、なんとなくそう思っただけで……」

 

 ふと、誰にも聞こえないように呟いた新田だったが、双葉にだけは聞こえていたようで。

 だが、彼女自身も何故そう感じたのか分からないのは本当であるため、掘り下げられても首を横に振るしかなかった。

 

「……今の女の人のこと? それとも翠さん?」

「……たぶん、どっちも」

「……杏も同じこと思ってた。上手く言えないけど、翠さんとあの人で何かありそうな気がするんだよね」

 

 このまま考えていても答えが出るわけないと分かっているため、二人は突っ込まれる前に話を周りに合わせていく。

 それでも鋭い子は気付いているが、なんとなく話している内容を察し、この場で引っ掻き回すようなことは抑えていた。

 当然、後で他に人がいない時を狙って聞くことは忘れないが。

 

☆☆☆

 

「久しぶり。帰国してすぐに仕事って疲れない?」

「そのようなこと、改めて聞かなくても君のことだから分かっているのだろう?」

「まあ、現にこうしているわけだし」

 

 一通り見て回り、美城常務が自身に割り当てられた作業部屋へ入ると、そこにはソファーに寝転んで棒付き飴を舐めている翠の姿があった。

 今更そのようなことに驚くことはなく、その時間さえも惜しいとばかりに話を進めていく。

 

「やはり君の口から直接聞きたい。どう思う?」

「別にどうとでも。やり方なんて人の数だけ存在するものだし。あれこれ口出すほどでもないかな、と」

「なら、このまま進めてしまっても?」

「良いんじゃない? ってか、お前さんの方が俺より上なんだから。決定権は俺にないよ?」

「……君にはすでにどうなるのか見えているのだな」

「まあ、それなりに彼女たちと接してきたわけだし。……困ったら相談くらいはのるさ。キチンとした返事は期待しない方がいいと思うけど」

 

 用は済んだと、翠は怠そうに立ち上がって部屋から出て行こうとするが、ドアに手をかけたところで美城常務はその背に声をかける。

 

「」

「」

 

 美城常務はしばらくの間、翠が出て行った扉を見続けていた。

 

☆☆☆

 

 仕事を終えた輿水が346へ戻ってきた時、久しく顔を合わせていなかった翠の後ろ姿を見つけた。

 からかってくるのは分かっているため、見つかる前に少しでもこれまでの仕返しができたらとバレないように後ろから近寄っていく。

 

「す…………」

 

 いざ驚かそうとした輿水だが、タイミング悪く曲がり角で翠は曲がってしまった。

 その際。後ろからでは見えなかった翠の顔が揺れる横髪の向こうに見え。

 

「うぉっ!? …………幸子。ビビったし痛かったんだが……」

 

 --気が付けば輿水は翠の手を掴んでいた。

 

 いきなり手を引っ張られて痛めた部分をさする翠だが、その手は未だ掴まれたままで。

 

「どしたん?」

「翠さんは!」

 

 俯いたまま顔が見えない姿に何かを察して声をかけるが、輿水は聞こえてないとばかりに大きな声で翠の名前を呼ぶ。

 

「いつもからかってきますし、何考えてるか分からない時もあります! 僕を含めてみんなが困るようなことだってやります! それでも! みんな翠さんが大好きで! 尊敬も感謝もしてるんです! 信じてますから大丈夫です! 大丈夫なんです!」

 

 恐らくは本人も何を言っているのか分かっていないだろう。

 ただただ、先ほど見た翠の横顔から何かを言わなければという気持ちだけが先走っていた。

 

「だから、いなくなったりしないで下さい……」

「いや……いなくなるってどゆこと?」

「……なんとなく、そんな気がして」

「何を言ってんのかよく分からんが……俺はただ、そろそろ始まってしまうであろう仕事が嫌で嫌で、どうサボろうか考えてただけなんだが……」

「……………………へっ?」

 

 そこでようやく顔を上げた輿水の目には涙があるのだが、そんな事よりも先ほど翠が言ったことが気になっていた。

 

「仕事……?」

「うむ。そろそろ約束の期限が切れるから、せっかくの長期休暇もあと少しで終わりなことに対してしんみりと……」

「え……じゃあ、完全に僕の勘違い……?」

「何かよく分からないけど、たぶんそう」

「あぅあぅ……」

 

 恥ずかしさからか、輿水は目をぐるぐるとさせながら変な声を口から漏らしていた。

 それを見かねてかゴソゴソと翠はどこからか棒付き飴を取り出し、輿水へと差し出す。

 

「飴ちゃん食べて落ち着き」

「ぅぅぅ……」

 

 少しは落ち着いたようであるが、まだ顔は赤く。元の原因は翠だとばかりに睨みつけるが、怖さなど全くと言っていいほどなかった。

 飴を受け取るために手を伸ばした輿水だが、いい仕返しを思いついたとばかりにその手は差し出された物を通り過ぎ、翠が咥えている飴の棒を掴む。

 

 既にそれは半分ほどの大きさになっていたが、輿水は躊躇いなくそれを口に含み、翠から離れていく。

 

「翠さんのばーか!」

 

 最後に一言残し、去っていく輿水を見て。

 --翠は全力で走り、その後を追いかけた。

 

「うぎゃぁぁぁ!? なんで追いかけてくるんですか!?」

「そんなもの分かってるだろうがっ!」

 

 二人の追いかけっこはいつも通り、千川が笑みを浮かべながら説教するまで続いた。

 騒いだ声は346に響き渡り。美城常務、翠について悩んでいた少女たちはなんとも言えない表情をしていたという。




幸子は結構いいポジションにいます
翠さんのことに気づいていながらも知らないわけですから、知ってる子より踏み込めるんですよね。本人は無自覚らしいですけど
「」の中身は既に考えてます


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74話

前、書き忘れたのですが、時系列的には皆で遊んだ後に集まって翠さんの話がある予定だった。という感じです。
まあ、分からなくても多分大丈夫です。


「渋谷凛……ちゃん、だよね?」

 

 朝、渋谷が学校へ向かう途中。

 名前を呼ばれて振り返りみれば、そこには同い年くらいの見知らぬ女の子二人がいた。

 

「私、北条加蓮。クラスは違ったんだけど、中学一緒だったんだ」

「…………ごめん。覚えてない」

 

 そう言われて思い返すが、心当たりはなく。首を横に振る。

 

「気にしないでいいよ。私、よく学校休んでたから。こっちは神谷奈緒。私たち、一応346プロ所属のアイドルなんだ」

「……えっ?」

「部署は城ヶ崎美嘉ちゃんと一緒。最近デビューしたんだ」

「そうなんだ」

「あっ! アイドルサマーフェス見たよ! すっごく盛り上がってたよね! なんかよかった。っね、奈緒」

「なっ……ま、まあな」

「見てくれたんだ」

 

 神谷と呼ばれた少女は恥ずかしいのか顔を背けるが、耳が赤毛なっているのが二人には丸わかりであった。

 

「いつかあんなライブやりたいなって思った。……とりあえず、目標ってことで」

 

 話として一区切りがつき、北条がふと疑問に思ったことを口にする。

 

「そういえばライブの時、翠さんの顔がいつもより赤い気がしたんだけど、体調悪かったりしたのかな?」

「いつもよりテンションが高かっただけじゃないのか? シンデレラプロジェクト、翠さんがレッスン見たって言ってたし」

「翠さんはあの時、熱があったらしいよ」

「えっ!? そうなのか?!」

「私も後で聞かされて知ったぐらいだから詳しく分からないけど、よく分かったね」

「私、体が弱いからさ。なんとなく、体調悪い人が分かるんだ」

 

 ずっと話していると学校に遅刻してしまうため。キリのいいとこで話を切り上げた三人は手を振って別れた。

 

 

 

「あっ! 美嘉姉!」

「三人とも、レッスン終わり?」

「はい!」

「そっちも?」

 

 ニュージェネの三人がレッスンを終え、部屋から出たところで汗を拭いながら歩く城ヶ崎姉と出会う。

 

「調子はどう?」

「バッチリだよ!」

「そっか。まだまだ私も負けてらんないな」

「一つ、聞いてもいい?」

「ん? いいよいいよ」

「北条加蓮って子と、神谷奈緒って子。知ってる?」

 

 ふと、朝会った二人のことを思い出した渋谷は丁度いいと、城ヶ崎姉に聞いてみる。

 

「加蓮と奈緒? 二人とも私の後輩だよ。どうかした?」

「ううん。声かけられて話したから。アイドルサマーフェス見にきてて、目標って言われた」

「目標ですか!」

「もっと頑張らないと!」

「二人ともセンスいいから、三人のいいライバルになるかもね」

「およ? なんの話?」

「あ! 翠さん!」

 

 そこへ翠が通りかかり、話の輪へと加わる。

 翠を見たところで三人がなんとも言えない表情をしていたが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。

 

「私たちにライバルが出来るかもしれないんです!」

「そうなん?」

「うん。神谷奈緒と北条加蓮の二人なんだけど、センスあるんだ」

「ほう……ついに君達も追われる側になったということか」

「な、なんかあるの?」

「いんや、特に何も」

 

 何やら意味ありげに呟いた翠に反応した本田と島村だが、いつも通りのおふざけに肩透かしをくらっていた。

 

「んー、みんな、アイドル楽しい?」

「じゃなきゃここまで続けてないっしょ」

「美嘉姉と同じ!」

「とっても楽しいです!」

「まあ、誘ってもらってよかったと思ってる」

「そかそか。大変だと思うけど、頑張りなさい」

 

 四人の返事を聞いて満足そうに頷き、翠は最後に一言残し。またどこかへ歩いて行ってしまった。

 

 気合いを入れ直す三人だが、付き合いがもう少し長い城ヶ崎姉だけは激励に今までとは違う何かを感じ、翠が歩いて行ったほうをじっと見ていた。

 

☆☆☆

 

「みなさん、こんにちわ」

「まゆちゃんだにゃ!」

「こんにちわ。どうかしたの?」

 

 CPの面々が思い思いにくつろいでいる中。

 ノックをして入ってきたのは佐久間であった。

 

「あの、プロデューサーさんはいらっしゃいますか?」

「プロデューサーならさっき出て行ったばかりだけど」

「用があるならお菓子でも食べて待ってるといいよ」

「いえ、まゆは用事があるので……これを渡しておいてもらえませんか?」

 

 誘いを断った佐久間は懐からリボンで飾りをつけた手紙を取り出す。

 近くにいた新田が受け取ったのを確認すると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 

「それ、ラブレターかな?」

「ふぇっ!? ラブレターですか!?」

「いやいやいや! まゆちゃんって翠さんのことが好きなんじゃなかったっけ?!」

「でもこの手紙、そうとしか思えないでしょ!」

 

 赤城のふとした呟きから大騒ぎになってしまった。

 皆は渡して欲しいと頼まれた手紙を読みたい衝動に駆られるも、人としてそれはどうなのかと、なんとか堪えている。

 

「あの……皆さん、どうかなさいましたか……?」

「ピーちゃん!」

「これ! まゆちゃんから渡して欲しいと頼まれた手紙です!」

 

 してはいけないと思うほどそれを破りたくなるのはどうしようもないのか、我慢するのも限界かというところで救いの手は差し伸べられた。

 手紙を受け取って作業部屋へと引っ込んで行ったのを見届けたCPの面々は、フルマラソンでも終えた後かのように疲れはてていた。

 

「あの手紙、なんだったんだろうね」

「あれ? プロデューサー、またどっか行くの?」

「はい。すぐに戻ると思います」

 

 それだけ告げると武内Pはどこかへ行ってしまったが、ポケットからリボンの端が見えていることに何人かは気がついていた。

 

「どうする? 追いかける?」

「すぐに戻るって言ってたし、戻ってきたら聞けばいいんじゃない?」

「ロールケーキ、切り分けたんだけど食べる人いる?」

 

 何人かは後を追いかけたそうにしていたが、ロールケーキの魅力に勝てなかったのか。お茶を楽しんでいた。

 

「ピーちゃん、おかえり!」

「ささっ、ここに座るにゃ」

「あの……みなさん?」

「いいからいいから」

 

 戻ってきて早々、手を引かれてソファーに座らされた武内Pは困惑していたが、少女たちはそれを気にすることなくお茶とケーキを用意して準備を進めていく。

 

「それじゃ、まゆちゃんにどういった要件で呼び出されたのか、話してもらうにゃ!」

 

 そう言われ、ようやく皆が何を期待しているのか理解した武内Pは話していいのか少しだけ迷ったが、問題ないと考えて首に手を当てながら話し始める。

 

「最近ですが、翠さんがレッスンを見ることが減ってきたので何か知っていないかと聞かれました」

「そういえば、きらりもまゆちゃんに聞かれたにぃ」

「どうやら他のアイドルの方もここしばらくの間、翠さんから指導してもらってないと聞きました」

「それって、何かおかしい事なの?」

 

 多田のふとした疑問に、武内Pはどう答えていいのか悩む。

 本来ならば別に何もおかしいことはないのだ。

 そもそも、先輩だからといってここまで長くレッスンしてきた方がおかしいと言えよう。

 

「翠さんって何だかんだ裏で動いている気がするから、今回のそれも何か意味があるんじゃない? 分かんないけど」

「確かに、双葉さんの言う通りかもしれません。……とすれば、何かがあるという事でしょうか?」

「深く考えても、本人に聞いたらなんとなくって返事がありそうだからほどほどがいいけどね」

 

 どでかいウサギのイスに体を預けていた双葉が思っていたことを口にする。

 それに対して深く考えようとした武内Pだが、さらに付け加えられたことにどうするべきか顔をしかめる。

 

「もー、杏ちゃん! ピーちゃんを困らせたらダメだにぃ!」

「……別に困らせるつもりはないよ。本当に思ってることだから」

 

 結局、何も思いつかないままこの日は解散となった。

 

 だが数日後。

 偶然なのか、仕組まれたものなのか。

 シンデレラプロジェクトの面々だけでなく、346に所属するアイドル、職員全員が身をもって体感する。

 改めて、九石翠がどういう人であるのかを。



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75話

「現アイドル事業部門すべてのプロジェクトを解体し、白紙に戻す。その後、私の厳選したアイドルのみ選出。評価する。これは対外的な346のブランドイメージを確立するのが狙いだ」

 

 プロデューサーらが集められ、壇上に上がった美城常務から今後の方針について話される。

 その内容に誰もが驚きを隠せない中。認められないと武内Pは立ち上がり、口を開く。

 

「プロジェクトにはそれぞれ方針があり、その中でアイドルたちは成長し、個性を伸ばしていると思うのですが」

「個性を伸ばす……大いに結構だ。しかし、時計の針は待ってくれない。今の非効率的なやり方では成果が出るのが遅すぎる」

「しかし、一人ひとり歩み方は違います。それを無視して笑顔を失ってしまうかもしれないやり方は自分にはできません」

「そうか。なら仕方な…………いや、君の案を聞こう。それほど主張するからには、これ以上の案があるのだろう?」

「……少しだけ時間をいただければ」

「早急に提出しなさい。私はあまり気の長いほうではない」

 

 何か言いかけていた美城常務だが、気が変わったのか武内Pに猶予を与える。

 それに対しどこか違和感を覚えた今西部長が首をかしげるが、ほかに気付いている者はいなかった。

 

「ああ。伝え忘れていたことだが、私が話したこの件に関しては──」

 

 その後、何事もなかったわけではないが話は終わり。プロデューサーらが出ていくが、今西部長だけは最後まで残っていた。

 

「何か?」

「いやぁ、少しだけ思うところがあってね」

「それなら、彼でしょう」

 

 ボカした問いかけであったのだが、自分でも思うところがあったのだろう。

 資料から顔を上げて答える。

 

「彼……ってことは、翠くんのことかい?」

「ええ。『たっちゃんは優秀だから、少しは見てあげてね』と彼に言われまして」

 

 今西部長から視線を外した美城常務は窓の外へと顔を向け、目を細める。

 

「もう一つ聞きたいんだけど……最後の話は本当なのかい?」

「ええ。メールで、そして直接本人からも了承を得ました」

「となると、何か彼なりの考えがあるのかもしれないねぇ……」

「彼なりの考え、とは?」

「彼は意味もなく何かをすることはないんだよ」

 

 美城常務が翠と接していた時間は長くないのに加え、何も行動していなかったため。

 今西部長の答えは要領を得ないものばかりであった。

 

☆☆☆

 

 会議が終わった後、武内Pは少し急ぎながら地下フロアへと向かっていた。

 先ほどの会議で配られた資料の中に部屋の移動について書かれた紙があり、時間的にもシンデレラプロジェクトのメンバーが揃っていることだろう。

 

 話を聞かされても納得できていない武内Pであるが、まだ何も聞かされぬままでいる少女たちのためにも自身のことは一先ず置いて起き、先を急ぐ。

 

「ピーくん……」

「遅くなってすみません……」

 

 不安そうな少女たちを見て足を止めるが、ずっとここにいるわけにもいかないため。ドアの鍵を開け、中に入ってもらう。

 

「…………ケホッ」

 

 しばらく手入れがされていなかったのであろう。積もっていた埃が舞い上がる。

 

「ここが、私たちの部屋……ですか?」

「そう、みたいだにぃ……」

 

 手に持っていた資料を置いた武内Pは少しだけ躊躇った後、先ほどの会議で話されていたことを少女たちに伝える。

 

「解体ってどういうこと!?」

「私たちのお仕事どうなるの?」

「現在進行中のお仕事に関しては続けてお願いします」

「……ってことは、この先は分からないってこと?」

「ユニットはどうなるの?」

「……それは」

 

 混乱した少女たちからの質問に、武内Pはどう答えたらいいのか言葉に詰まる。

 

「本当にプロジェクト解散なの?」

「解散はさせません! 絶対に」

 

 誰かがふと漏らした呟きに武内Pは反応し、確固たる決意を持って返す。

 皆が混乱しているため、先ほどのセリフによって一人の少女が顔をうつむかせているのに気付くものはいなかった。

 

「対抗する案を提出してなんとかします。私を信じて待っていて下さい」

「でもさ、待つことしかできないの?」

「そうだよ。夏フェスだって成功してこれからだって時に。なんとかしたいじゃん……なんとか……」

「……あの、翠さんはこの事について何か言っていないんですか?」

 

 新田のふとした疑問に皆も『そういえば』と気付き、武内Pに目を向ける。

 堪え兼ねてか目を逸らしてしまった武内Pだが、知るのが早いか遅いかの違いだと割り切り、話す事にした。

 その躊躇いに何人かの少女は何かを察するが、実際に聞かされた内容はそれ以上であった。

 

「実は、今回のこの件に関してですが……その、翠さんは了承していると……」

「ぇ……」

「うそ、でしょ?」

「いやいやいや、ちょっと待ってよ」

 

 衝撃が強すぎたのか、先ほどよりも少女は混乱している。

 

「皆さん、落ち着いて下さい。もしかしたら翠さんにも何か考えがあっての……」

「どんな考えがあると思うの?」

「それは……その……」

 

 なんとか落ち着かせようと声をかけるが、いつもより口調のキツイ渋谷に問いかけられ、口を閉じる。

 

 ノックの音が響き渡り、先ほどまで騒がしかったのがシンと静まる。

 ドアを開けて入ってきた千川は部屋を見回してなんとなく事情を察したが、武内Pに用件を伝える。

 

「そろそろ会議の時間がきてます」

「分かりました。……皆さん、必ずなんとかします。事情も分かり次第、伝えます。なので普段通り落ち着いて行動して下さい」

 

 自身がこの場を離れる事に不安を抱えながらも部屋を出る前に一言残し、武内Pは千川の後に続いて会議へと向かう。

 

「翠さんはどういうつもりなんだろ……」

「いつもよく分からないけど、コレに関しては何も言えないよ」

 

 残された少女たちは皆、下を向いていた。

 

☆☆☆

 

「翠。今回の件はどういうつもりなんだ?」

「キチンと説明してくれますよね?」

「僕も気になってね」

 

 美城常務の話が終わった後。

 今西部長は翠がいると思われる部屋へと向かっていた。

 そこにはクッションに体を預けた翠の他に奈緒、千川の二人もおり、今回の件について問い詰めている。

 

「んー、話してもいいんだけど……誰にも話さないって約束してもらえる?」

「内容による」

「いいや、絶対に誰にも話さないと約束してもらう」

 

 いつになく真面目であり、三人は互いに目配せをした後に頷く。

 

「分かった。誰にも話さないと約束しよう」

「加えるとこの話はこの場限り。周りに誰がいなくても三人で話すのさえ止めてもらう」

「……そこまでするもの、なんだね?」

 

 問いかけにへんじもしなければ頷きもしない翠だったが、ジッと三人を見ていた。

 

「二人とも。いま翠くんが言った事、守ってもらうよ」

「はい」

「分かりました」

 

 今西部長が二人の返事に頷くのを見た翠は一つため息を漏らし、話し始める。

 

「今回のコレは新しい道をみんなに示すためやった事だよ」

「新しい道?」

「そう。別に今のままでも別に悪くはない。悪くないけど、本当にこのままでいいのかな?」

「どういう事だい?」

「今、アイドルグループはそれぞれ所属するところにいるアイドルたちのみで組まれてるのは分かる?」

 

 その事に一番詳しい千川が翠の言うことが事実だと補足して二人に説明する。

 

「常務がやろうとしてるのを俺の解釈で言えば、それを取っ払ってユニット組ませよう。って事なんだよ」

「なら、わざわざ現段階のプロジェクトを解散する意味は無いんじゃないのか?」

「俺が今説明したのはいい部分(・・・・)を好意的に解釈した説明。実際にどう考えてるかは……まあ、やろうとしてるのを見れば分かる通りだけど」

 

 クッションの位置が気に食わないのか、モゾモゾと動きながら説明を続ける。

 

「みんなはさ、俺がこう決めたからそれが最高だと思ってない? べつに同じ346のアイドルなんだから、所属とは関係なしにユニットとか組めばいいのに。……だから常務のやろうとしている事を利用させてもらおうと思ってね」

「直接言えば早いものを……」

「奈緒はバカだなぁ。それじゃ意味ないんだよ」

「なるほど。自分たちで気付く事に意味があるんですね?」

 

 千川の答えにパチパチと拍手をして肯定する。

 

「どうあるべきなのか、それを自覚してもらうのも考えている」

「もっと詳しく説明しろ」

「せっかちだなぁ……。常務から新しいプロジェクトが立ち上げられると同時に仕事も色々と変わってくるし、様々な指示もあるだろう。その時、自分についてよく考えてもらいたいんだよ。何が一番向いているのか、何を一番大事にしているのか、どうしていきたいのか」

 

 棒付き飴を取り出し、袋を開けて口に含む。

 

「まあ、悪いようにはしないよ。むしろ結果的には今よりもよくなる」

「そう言うなら、一先ず納得しておこう」

「でも、まだ何か考えていませんか?」

「いいから全部吐き出せ」

「……俺と同じとある少女の育成、かな?」

「お前と同じだと?」

「そう。そのとある少女は何もない(・・・・)ただただ(・・・・)普通の女の子(・・・・・・)

 

 どこか雰囲気が変わった翠に三人は誰も声をかけず、黙って話を聞いていた、

 

「みんなはさ、何か勘違いしているようだけど、俺は何もないんだよ。ただ、できただけ(・・・・・)。誰でもとは言わないけど、やればできる事ができただけ。そのとある少女はそれができないだけ(・・・・・・)。だけどこれを乗り越えて、それができなかった(・・・・・・)になるだけ。その子は俺の後釜だと思ってる」

「そんな子がいたのかい?」

「どこにでもいる普通(・・)の女子高生。だからこそ、彼女は輝く。…………話聞いてたら分かると思うけど、俺は裏で結構働かなくちゃいけないんだ。やることあるから解散!」

 

 手を一つ鳴らし、翠は部屋から去って行ってしまった。

 

「彼は何を言っているんでしょう」

「そうだな。いつもと変わらない」

「きっと、彼は気付いていないよ。おそらく、彼だけが気付いていない」

「不安があるのはシンデレラプロジェクトの子たちと美城常務といったところか」

「あっ、会議のためにプロデューサーを呼びに行かないと。先に失礼します」

 

 千川が一礼して部屋から出ていったのを見送り、今西部長と奈緒は顔を見合わせてクスリと笑ったあと、それぞれ仕事へと戻っていった。



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76話

ちょい短いですけど、楓さんオンリーにしたかったので


「およよ、おひさー」

「私は何度か翠さんのこと、見かけてましたよ? 声をかける前にどこか行っちゃいますけど」

 

 翠が三人に話をした日の翌日。

 棒付き飴を舐めながらブラブラとしていた翠はどこかへ向かおうとしている高垣とバッタリ出会う。

 

「どこ行くん?」

「美城常務から話があると言われたので」

「ほほう……俺もついていこっと」

「それなら一緒に行きましょうか」

 

 本当ならすぐにでも話を聞き出したい高垣だが、無理に急かして今の関係が壊れるのに怯え。

 今更ながらあの時のことは偶然が良い方向に傾いただけというのを実感していた。

 今だって当たり障りのない会話を交わしている。

 

 二人きりの会話も部屋の前に着いたため終わってしまい、不思議な感情が胸の内にあるのを理解しながらも気持ちを切り替え、ドアをノックする。

 

「入りなさい」

「失礼します」

「失礼しまー」

 

 高垣の後から入ってきた翠を見て美城常務は一瞬だけ目を見開くが、これから話す内容についても知られているためか。気にせず高垣へと向きなおる。

 

「よく来てくれた。君の活躍は我が346プロの中でもトップクラス。そこでだ。次の音楽番組で君がメインの特番を組もうと思っている。君は選ばれたんだ」

「私より翠さんの方がいいと思いますけど」

 

 ちらりと、高垣はソファーで横になっている翠へと目を向ける。

 いつも通りの翠でいることに笑みが溢れそうになるが、真面目な話をしている手前、気を引き締める。

 

「残念ながら俺には別の仕事があってね。常務には楓を勧めたんだよ」

 

 何をしにここへ来たのか、翠は携帯をいじっており。こちらには視線すら向けることはなかった。

 

「そう。君はもう灰かぶりではなく、お姫様なんだ」

「…………お姫様」

「そうだ。お姫様に粗末な小屋は似合わない。手始めにこのイベントは他の子に回そう。こんな小さな仕事はイメージにそぐわない」

 

 翠から勧められて、選ばれた。

 ならばその期待を裏切ることは許されない。

 それは皆が共通して掲げて来た。

 だからこの仕事を引き受け、自身の100%を出すのは当たり前のこと。

 

 もう一度、ちらりと翠へと目を向ける。

 彼は変わらずこちらを見ていなかったが、話を聞いてるのは誰でもわかることだった。

 …………。

 

 

 

 ──その話、お受けできません

 

 

 

 ごめんなさい、翠さん。

 たとえ翠さんの期待を裏切ることになったとしても、譲れないことがあります。

 

 私は──翠さんを超えるつもりでいます。

 

 そのために、これだけは譲れません。

 

 何故か。

 翠さんはこちらを見ておらず、顔も見えないのに。

 私が仕事の話を断ると言った時──笑ったような気がしました。

 

「何故だ? こんな小さな仕事より大きな成果を出せる仕事だぞ」

「お仕事に大きいも小さいもありません。今回のライブは私にとって大切な場所でのお仕事です」

「君はさらなる活躍のための階段をのぼる気はないのか?」

 

 高垣は首を横に振り、確かな志を目にして美城常務を真っ直ぐに見つめる。

 

「私はファンの人と一緒に階段を登りたいんです」

「…………一緒に?」

「はい。ファンの人と一緒に、笑顔で。それが私にとって一番大事なことで、譲ることができません」

「曖昧な理由だな」

「それが私のやり方です。あなたとは目指すところが違う」

 

☆☆☆

 

 高垣が出て行ったドアから視線を外し、美城常務はソファーに寝転んで携帯を弄っている翠へと目を向ける。

 

「今日、直接言葉を交わしてどう見えた?」

「…………大きな仕事を自ら手放すとは、愚かなことだ」

 

 問いかけようと口を開いたところで先に問われ、少し間を空けて答える。

 

「君は彼女のどこを評価している?」

「んー、それを常務が自分で気づくことができたなら、346はもっと大きくなるね」

「それはどういう」

「残念ながらヒントはここまで」

 

 詳しく聞こうとするセリフを遮り、翠は立ち上がり、ドアへと向かう。

 

「アイドルはね、物じゃなくて人なんだよ」

 

 それだけ言い残した翠は再び、どこかへと行ってしまった。

 

☆☆☆

 

「楓、仕事の話断ったって本当?」

「メインで特番だったって聞いたけど」

「大きな仕事にビックリしちゃって。ホットコーヒー飲んで、ホッとしたいわぁ」

 

 高垣が仕事を断ってから数日が経ち。どこから聞きつけたのか、高垣は川島に片桐、城ヶ崎姉、宮本に囲まれて問い詰められていた。

 

「ダジャレで誤魔化さないで」

「強制連行して取り調べよ」

「それなら居酒屋までお願いしまーす」

「楓さん、惚ける気?」

「理由を話すまで、一滴も飲まさないから」

「お猪口にちょこっとだけでいいから、ね?」

 

 相当な圧力があるのだろうが、それを感じさせない雰囲気のまま受け答えをしていく。

 その姿勢にストレスが溜まっていく四人だが、ふと、雰囲気が変わった高垣に気がつき。

 真剣な表情で静かにするよう人差し指を立てて口元に持っていく。

 

「ごめんなさい。シンデレラプロジェクトの子がそこにいたから。……聞かせるわけにはいかないじゃない?」

「なら、今なら答えてくれるわよね?」

「他の人にもあまり聞かれたくないの。だから居酒屋も冗談じゃなくて個室で話そうと思って。……キチンと全部話すわ」

「…………なら、一先ず納得してあげる」

「ただ、いくら楓さんでも満足のいく理由じゃなきゃ許さないから」

 

 先ほど美城常務に向けた目をしてしっかりと頷く。

 

「ええ、分かってるわ。私だって他の子が同じことをしたら今のみんなと同じだもの」




やっとアニメ二期が始まって来ました
なんだかテンションだけ高いです


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77話

76話の最後、問い詰められるところですが、数日経っていると加筆しました
まあ、その日のうちに広まるのもできなくはないですが、なんとなく
それと活動報告で参考程度になのですが、1話あたりの文字量が大体どれだけがいいのか聞いて見たいと思います。長い方がいい、短い方がいい、だけでも大丈夫ですので


 ニュージェネの三人はレッスンに向かっていたが、数日が経ってもいまだ翠が了承していることについて引きずっている三人の雰囲気は重く、会話はなかった。

 

「……あ、加蓮、奈緒」

 

 イスに座っている二人が見知った顔であった渋谷が足を止め、名前を呼ぶ。

 その声に反応し、俯いていた顔を上げた北条と神谷はイスから立ち上がって頭を下げる。

 

「「おはようございます」」

「「お、おはようございます」」

 

 それにつられ、島村と本田も頭を下げて挨拶を返す。

 

「この前、話した子たち」

「凛ちゃんが話してた」

 

 誰だかよく分かっていない二人は渋谷の補足を聞いて思い出す。

 と言っても初対面であるのだが。

 

「アイドルフェス見てました! 凄かったです!」

「そうなんですか! 嬉しいですね」

「二人のことも美嘉姉が褒めてたし、私たちも頑張らなきゃ!」

「べつに……まだ仕事もそんなにしてないし」

 

 照れているのか、神谷はそっぽを向いて頰を指でかきながら否定する。

 その横顔が赤くなっているのに気づいているが、指摘するものはいなかった。

 

「いやいや、センスいいって言ってたよ」

「嬉しいな。…………あの、私たちまだ新人だけど、よろしくお願いします!」

「よろしく!」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 北条に続いて頭を下げる神谷に、本田と島村も照れ臭そうにしながら言葉を返す。

 

「そういえば、二人は何してたの? レッスン待ち?」

 

 ふとした渋谷の疑問に北条と神谷は顔を俯かせる。

 その様子に三人は首を傾げ、二人から話を聞くことに。

 

 

 

「CDデビューが延期!?」

「それって酷すぎない?」

「まだ未熟だし、しょうがないって思う部分もあるんだけどさ」

「常務のプロジェクトが解体って話でね……」

 

 そのプロジェクト解体について、翠が了承していることを思い出し、三人も口を閉じる。

 

「…………ちょっといってくる」

「行くってどこに? 今は待つように言われてるでしょ」

「それは、そうだけど……。でもこんな酷いことってないじゃん!」

 

 だが我慢の限界がきたのか、本田は踵を返して何処かへと行こうとする。

 言ってやりたい気持ちは同じである渋谷だが、抑え込んで待ったをかける。

 

「…………しまむーはどうなの?」

「へっ!? わ、私ですか?」

 

 渋谷と暫く睨み合ってた本田だが、もう一人の意見を聞こうとたずねる。

 矛先を向けられると思っていなかった島村は驚き、視線をあちこちへと向けながらも言葉を紡いでいく。

 

「あ、あの……えーと、頑張ります! レッスンをいっぱいして、ライブだってありますし! まずはそれを頑張って、その……あれ? すみません……何か変なこと言っちゃいましたか?」

 

 途中で皆の様子が変わっていることに気付き、おろおろし始める。

 

「ごめん! 頭がゴチャゴチャになっててきつく当たってた。……よし! 本田未央、レッスン頑張ります!」

「私もごめん。何かしてないと悪いことばかり考えてて。加蓮と奈緒も一緒にレッスンしよ?」

 

 島村を見て毒気を抜かれた本田と渋谷は謝罪を口にし、少しだけ気持ちの切り替えができたようであった。

 

「い、いいのか?」

「邪魔にならないかな?」

「大丈夫!」

 

 北条と神谷も今のやりとりを見て少し気が晴れたのか、少しだけ表情が明るくなっていた。

 

☆☆☆

 

「君らしい企画だね」

 

 今西部長に時間をもらった武内Pはこの数日で考えた企画を見てもらっていた。

 

「他にもいくつか考えたのですが……」

「いや、君の信念を感じるいい企画だと思うよ。……ただ、美城常務がこの内容を納得してくれるか、かね?」

「部署や彼女たちの未来がかかっています」

 

 今西部長は武内Pの真っ直ぐな瞳に思わずこの間聞いた話をしてしまいそうになったが、この経験を()て成長すると翠から言われているため。

 なんと答えたらいいのか悩み、こうなるのだったら知らない方がよかったかと思考がそれていた。

 

「ん〜……高垣くんの話、聞いたかね?」

「はい。美城常務の誘いを断ったと」

「彼女も彼女のやり方で美城常務に対抗するようだ。……ふふっ。なんだか君に少し似ていると思ってね」

「私に……ですか」

 

 彼の話から推測するに、高垣くんには美城常務の話を断って欲しかったように思える。

 たとえそれが翠くんから勧められた仕事で、期待を裏切ると思うような状況を作られて(・・・・)いたとしても(・・・・・・)

 

 僕が言えるのはここくらいがせいぜいだろう。

 武内くんやアイドルの子たちはすごく彼に愛されている。

 ただ、本人は素直じゃなくて不器用だから。勘違いをされるほど遠回しになってしまうけど。

 

 ──いつか、気づいてくれると信じているよ。

 

 すでに何人かは気がついているようだけど。

 ふふっ。彼はいつだって皆のことを思っている。



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78話

 ニュージェネの三人が北条と神谷の二人とレッスンをした翌日。

 部屋にはCPのメンバー全員が揃っているが、雰囲気は重く、会話は無かった。

 

「そういえばさ、楓さんのことなんだけど。会社でちょー噂になってるよね」

 

 その空気に耐えかねたのか。

 城ヶ崎妹が誰に言ったわけでもなく、今話題になっていることを口にする。

 

「結構大きな仕事、けったんでしょ?」

「この状況で断っちゃうなんて……」

「ロックな人なんだね」

「綺麗だしかっこいい!」

「うん!」

「神秘の月夜に守られし天使の翼」

「やっぱ、憧れのアイドルって感じだよね」

「素敵です」

 

 それをキッカケに場は少しだけ明るくなり、会話が生まれる。

 

「そういえば、レッスンが終わった後に楓さんを見かけたんだけど」

 

 ふと、思い返した三村は高垣がダジャレを言っていたのと居酒屋に行きたがってた話をする。

 

「イメージと違う!」

「ダジャレと居酒屋好き……」

「ふしぎ、ですね?」

「楓さんに仕事断ったのを聞いてたの、瑞樹さんに早苗さん、美嘉ちゃん、フレデリカちゃんの四人だったんだけど、少し怖かったな……」

「その仕事、翠さんが勧めたらしいよ」

 

 ノドを痛めないようにマスクをしていたため、ボソッと呟いた双葉の声はいつもより聞こえにくくなっていたが。

 なぜかよく通り、皆に聞こえていた。

 

「……翠さん、本当に美城常務の案を了承したんだ」

 

 まだ、どこかで間違いだったという可能性を捨てきれていなかった少女たちは、目を逸らしていたものを見せつけられる。

 

「でも翠さんからの推薦だったら、余計に仕事を断った理由が分からないよね」

「昨日の夜、おねーちゃんがすっごく機嫌悪かったのと、何か関係あるのかな?」

「え? 美嘉姉が?」

「うん。なんか怖かったから話してないんだけど、怒ってるように見えたよ」

 

 不安なのか、城ヶ崎妹はクッションをギュッと抱きしめる。

 

「美嘉ちゃんが不機嫌な理由は分からないけれど、楓さんが仕事を断ったのには何か理由があるんじゃないかな? 意味もなくそうする人だとは思えないから」

「羨ましいにゃ!」

 

 これまで大人しかった前川だが。

 我慢の限界がきたのか、『うにゃー!』と声を上げる。

 

「みくも美城常務にガツンと言いたい! このまま言いなりは嫌にゃ!」

「み、みくちゃん、落ち着いて」

「プロデューサーが待つようにって」

「ガツンとって、何やるのさ」

 

 今にも何かしでかしそうな前川を見て、いつぞやのストライキを思い出し、皆で待ったをかける。

 

「むー……ピーちゃんのお手伝いするとか、企画書を書くとか」

「企画書! みりあも書きたい!」

「それ、前にも書いたけど、結局意味なかったじゃん」

「このままボーッとしている方が意味ないにゃ!」

「それじゃ、まずは作業スペースを確保しない?」

 

 新田はいつの間にか用意していたモップを手渡し、他の子達にも掃除用具を渡していく。

 

「でも! みくは企画書」

「みくちゃん」

 

 不満そうな前川のセリフを遮り、優しく声をかける。

 

「お掃除だって立派なお手伝いよ。部屋がこのままなのは嫌じゃない? それに企画書を書くのも綺麗な方がいいと私は思うな。みんなで早く終わらせて、それから考えよう?」

「……分かったにゃ」

 

 まだ少し不満そうであったものの、前川自身にも部屋の汚さに思うところがあったのだろう。

 受け取ったモップをギュッと握っていた。

 

「みーんなでお部屋を綺麗にして、ピーちゃんをビックリさせちゃお?」

「プロデューサーに内緒で」

「ビックリさせちゃおー!」

「じゃあ私、足りない雑巾とか取ってくるね」

「ピーくんに見つからないようにね!」

 

 大人しくしているのは嫌。

 今をどうにかしたい。

 

 心の何処かで思っていたのだろう。

 だが、口にして行動する勇気がなかった。

 そんな皆を前向きにさせたのは前川であった。

 

 

 

 ニュージェネは仕事があるためそちらへ向かってしまったが、残ったみんなで部屋を綺麗にしていく中。

 新田は前川を羨ましく思っていた。

 

 まだ、自分は心のどこかで翠に甘え、頼りにしていたことに気付かされた。

 

 どうにかしたいと思っていながらも何をしたらいいのか分からず、結局は何もしないままだった。

 

 一人で考え込んでいた。

 それで失敗して、同じ過ちを繰り返さないと決めたのに。

 二度と、あのような思いはしたくない。

 

 何もせず後悔するぐらいなら、みくちゃんのように何かしらアクションを起こすべきだった。

 

 李衣菜ちゃんは意味ないと言っていたけれど、あの時と今では状況が違う。

 何もしなかったら失ってしまうのだ。

 

 前川みく(・・・・)が羨ましい。

 

 人はすぐに変われない。

 だから、頼ろう。皆を。

 

 そのことを思い出させてくれたみくちゃん(・・・・・)に感謝しなくちゃ。

 

「ありがとう、みくちゃん」

「急にどうしたにゃ?」

「私も、皆も何かしなきゃと思ってた。ストライキの時みたいに、真っ先に行動したのがみくちゃんだから」

「す、ストライキのことは忘れるにゃ……」

 

 前川の中では黒歴史となっているのか、顔をしかめる。

 

「みくちゃんのおかげで皆がやる気になれたから」

「みくはただ、何もしないのが嫌だっただけにゃ」

「それでも、ありがとう。みくちゃん」

 

 照れくさいのか、顔を背けた前川はボソッと。

 

「お礼を言うのはこの件が上手くいった後にゃ」

 

 そう言って掃除へと戻っていった。

 

「うん。皆で頑張ろう」




美波ちゃんの決意が!
後の話で生かされると!
いいなぁ!(願望)


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79話

かな子が問い詰められてる楓さんを見たのは、ニュージェネと加蓮、奈緒が一緒にレッスンした日と同じです


「プロデューサー、今日ずっと顔怖いよ」

「なんかさ、疲れてない?」

「……いえ、大丈夫です」

 

 本日の仕事場へ向かう移動中、武内Pの様子をニュージェネの三人は心配するが、大丈夫と返されて何も言えなくなってしまう。

 

 美城常務を納得させる案を考えるため、武内Pは自身の睡眠時間を削っていたからであるのだが、不安にさせまいとそれを口にすることはなかった。

 

 仕事場に着くと関係者に挨拶をしてから控え室へと向かう。

 

「楓さん、もういるかな?」

「どうでしょうか」

「「「おはようござ」」」

「サインをしなさいん。……ふふっ」

「「「お、おはようございます!」」」

「おはようございます」

 

 ノックをして中に入ると衣装に着替え終えていた高垣が配布する団扇にサインをしており、挨拶をしようとしたが、それは高垣のダジャレによって遮られてしまう。

 

 普段通りに振る舞う高垣を見て、三人は不思議に思いながらも衣装さんに手伝ってもらいながら衣装へと着替える。

 

「未央ちゃん、それって」

「うん、みくにゃんが言ってた企画書」

 

 出番まで時間があるのを確認した本田がカバンから紙とペンを取り出したのを見て島村が声をかける。

 

「やっぱり、このままは嫌だからさ」

「うん、そうだよね」

「はい!」

 

 島村と渋谷も紙とペンを用意し、何かいいアイデアがないか考え始める。

 

「学園祭めぐり……これって翠さんが不定期でやってたよね」

「それ、聞いたことある」

「出演を依頼しても、翠さんの気まぐれらしいです! 羨ましいですよね!」

「いやいや、私たち、その翠さんから直接レッスン受けてたじゃん!

「はわっ!? そうでした!」

「最近、見かけないけどね」

 

 今の現状をふと認識して三人の雰囲気が少し重くなるが、その空気を変えようと本田が明るい声を出して話を元に戻す。

 

「そ、そういえばしまむーはどういうの書くの?」

「へっ!? えと、まだ考えてて……」

「そんなすぐには出てこないよね」

 

 そう口にする渋谷の紙にはいくつか案が書かれており。

 島村は自身の真っ白な紙を見て表情をこわばらせる。

 

「失礼します。準備の方は……何をしているのですか?」

「えへへ、企画書考えてて。私たちにも何かできないかなって思って」

「けど、なかなかいいアイデアが浮かばなくって」

「すみません、プロデューサーさん」

「いいえ。ありがとうございます」

 

 高垣はサインしていた手を止め、そのやり取りを見て笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「みなさん、素晴らしいステージでした」

 

 ニュージェネのステージが終わり、武内Pはタオルを手渡しながら声をかける。

 この後は団扇の配布があってから高垣のステージとなり、三人の仕事はもう終わりである。

 

「どうかされましたか?」

 

 だが、スタッフたちは何やら慌てており、武内Pは近くにいた人に声をかける。

 

「団扇の準備をしているのですが……」

「整理券などは……」

「配布済みです。ですが、団扇の数が少ないのではと思ったファンの方が詰めかけてしまって」

「分かりました。私も列整理に……」

「た、高垣さん!」

 

 声が聞こえてきた方に目を向ければ、ファンが詰めかけて来ている前に高垣が姿を現していた。

 

「高垣さん、まだ列の整理ができてないので」

 

 スタッフを手で制した高垣は反対の手に持っていた拡声器を口の前に持ってくる。

 

「みなさ〜ん、ちゃんと並ばないと危ないですよ〜。団扇、た〜くさん用意したので、押さない、かけない、喋らないのお、か、し。キチンと守って並んでくださ〜い」

「それじゃ避難訓練だよ!」

「あら。じゃ、お喋りは大丈夫で〜す」

 

 会場は笑いに包まれ、先ほどまであった険悪な雰囲気はなくなっていた。

 その隙にスタッフたちは列の整理をおこなっていく。

 

「なんか凄いですね」

「なんかいいなぁ」

「すごい……」

 

 三人のセリフが被り、顔を見合わせて笑みを漏らす。

 そこへ列整理の手伝いを終えた武内Pが戻ってくる。

 

「それでは、みなさんは楽屋に戻って休んでいてください」

「は、はい」

「ねえ、私も手伝いたいんだけど……」

「しかし……」

「私も」

「あの、私もできたら……」

 

 配布の準備をする高垣を見ながら、渋谷は口を開く。

 だが、勝手にそんなことをさせるわけにはいかないため、武内Pはなんと言ったらいいのか困り、手を首に当てる。

 

「ダメかな? やれる事はなんだってやりたいし」

「楓さんたち、凄くいい顔してるから」

「はい、ドキドキしました」

「……ということなのですが、よろしいでしょうか?」

「は、はい! ぜひお願いします!」

 

 三人の真っ直ぐな目に折れた武内Pは近くにいたスタッフに確認を取る。

 許可が取れたため、三人は団扇の入った段ボール箱を抱えて高垣の元へと向かい、そしてそのまま三人は高垣と一緒にファンの人たちに団扇を手渡していく。

 

☆☆☆

 

「大変でしたね」

 

 団扇の配布が終わり、三人はイスに腰掛けていた。

 大変と口にするも、三人は楽しかったのか口には笑みが浮かんでいた。

 

「楓さん、あんな大スターなのにやっていることは私たちと同じなんだね」

「はい。凄く素敵でした」

「あ! 楓さん!」

 

 高垣が向かってくるのを見て、三人はイスから立ち上がる。

 

「さっきはありがとう。……ここはライトが暗いと思うわ」

「は、はい」

「だから……私が輝かなきゃね」

 

 突然のダジャレに戸惑う後輩を気にした様子はなく、真面目な表情で『輝く』と口にしてステージへと向かおうとする。

 

「あの、楓さん」

「なに?」

 

 だが、渋谷はそれを呼び止める。

 口調から何かを感じたのか、足を止めた高垣は渋谷へと体を向ける。

 

「美城常務の話、どうして受けなかったんですか? その仕事、翠さんの推薦だって聞きました」




今更ですが、独自解釈あります
ほんと、今更ですが

それとこの二次創作ですが、ほとんど三人称なくせ、突然一人称が混ざってきます


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80話

タグを少し整理します
今回、少し(?)無理のある独自解釈あります
作者的にはこの話を通して書きたかったことの一つなので満足ですが
もっと一人一人にスポット当てていきたい…でも文才ない…文才欲しい…


「……そうね。美城常務のお話は確かにいいものだったわ。翠さんが私を勧めてくれたのだから、その期待にも答えたい」

「なら」

「でもね」

 

 高垣や他のアイドルたちほど長くなくても、シンデレラプロジェクトの少女たちにも翠の期待に応えたいという思いが芽生えていた。

 だからこそ、翠の期待を裏切るようなことをした高垣楓(・・・)が不思議でならない。

 

 渋谷の急かすセリフを遮った高垣の雰囲気は張り詰めており、三人は初めて感じる空気に飲まれて何も言えなくなる。

 

「たとえ翠さんであろうと、私にも譲れないものがある」

「ゆ、譲れないもの……ですか……?」

「仕事に大きいも小さいもないの。私たちは目の前にいる人を笑顔にする仕事。ただそれだけのこと(・・・・・・・)をやっていくの。だから私は、私たちアイドルを支えてくれるファンの方たちと一緒に階段を登っていく。これが私のやり方。そして譲れないもの」

 

 ファンの楓コールが聞こえ始める。

 声が聞こえてくる方へ顔を向け、続ける。

 

「今の自分を支えてくれているあの時の笑顔。それを忘れずに進んでいきたい。一緒に輝いていきたいの」

 

 高垣はステージに向かうため、体の向きを変える。

 

「自分のあり方、そして譲れないもの。私はこれをもって翠さん……いいえ。九石翠(・・・)を超えるわ」

 

 そう言い残し、高垣楓(・・・)はステージへと立つ。

 

 

 

「今日は本当にありがとうございます。あの日、あの時と同じ。このステージを覚えてくれている人はいますか?」

 

 ファンの大きな声が会場を埋め尽くす。

 

「ありがとうございます。ここは私がデビューして初めて上がったステージです。一人で立つステージは心細く、不安でした。でも、そんな私を応援して共に笑ってくださる皆さんと出会いました。そんな大事な場所でこうしてまたライブをできることが何より嬉しいです。楽しんでいってください」

 

 曲が流れ始め、歌が始まる。

 この歌は誰もが恋愛をモチーフにしていると思っている。

 

 高垣自身もそう思い、とある人を想って歌っていた(・・)

 

 

 

 

 

 ここ数日、仕事を断ってから感じていたこと。

 

 ──いいえ。

 これはきっと、アイドルになってからずっと分かっていたこと。

 

 これは恋でなく──憧れ

 

 この想い。

 それは彼──九石翠を超えたいという気持ち。

 

 初めから分かっていたのであろう。

 いつまでも大人しくしていないと。

 

 女の子は誰だってシンデレラなのだから。

 

 ──一番目立ちたい

 

 そんな当たり前(・・・・)の気持ち。

 

 私はあなたの元から巣立ちたい。

 

 まだ、貴方に見守られていたとしても。

 

 そう遠くない日には隣に立ってますから。

 

 一人で(・・・)寂しい(・・・)時間に終止符を打ちます。

 

 ──心の底から貴方に笑って欲しいから。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 いきつけの居酒屋。

 そこの個室には逃げられないよう、ドアから一番遠い席に高垣が座らされており。

 アイドルがしてはいけないような表情をした片桐、川島、宮本、木村、一ノ瀬、塩見、安部がジッと高垣を見ていた。

 

 城ヶ崎姉が不機嫌であったのは、年が一つ違うだけで参加できなかったためである。

 あとで説明してくれると言われても『はい、そうですか』と納得できるわけもなかった。

 逆の立場であるなら同じことを考えるだろうことは分かっているため、皆もあまり強く言えなかったのだが、高垣が改めて直接話をする場を設けるということでしぶしぶ引き下がっていったのである。

 

「それで、納得のいく説明をしてくれるのよね?」

「その前に料理を頼みませんか? 店員がいきなり入ってくるような状況を無くしたいの」

 

 問い詰めるような口調で片桐が口にするも、普段通りの様子でメニューを開く高垣に皆の神経がささくれ立っていく。

 言っていることに納得している分、余計にである。

 

 頼んだ料理が出揃い、店員が十分離れたのを待ってから同じ問いかけを口にする。

 

「納得のいく説明をしてもらうわよ」

「……お猪口を一杯だけでいいの。貰えないかしら?」

「楓。誤魔化すのはなしよ」

「ままま、瑞樹ちゃんも早苗ちゃんも、お猪口を一杯だけなら見逃してあげようよ」

 

 そのまま話が流れる可能性を無くしたい二人は甘いことを言う一ノ瀬に顔を向けるが、軽かったのは口調だけであり。纏う雰囲気はとても冷たいものであった。

 

「楓さんも、これで全部(・・)話してくれるんだし、ね?」

「ええ、話すわ」

 

 ここで言い争っても仕方ないと、二人も少し落ち着きを取り戻し。

 高垣にお猪口を渡して酒を注ぐ。

 

「…………私だって、翠さんの期待を裏切りたくなんてないわよ」

 

 一気に飲み干した高垣は顔をうつむかせながら、そう口にする。

 

「なら、どうして断ったのよ」

「……どうしても、譲れないものがあったの。デビューして初めて上がったステージ。そこで不安の私を支えてくれたファンの笑顔を私は裏切れない」

 

 両手で包むようにして持っていたお猪口をギュッと握りしめ、高垣はうつむかせていた顔を上げる。

 

「私は翠さんの後輩である前に、ファンを笑顔にする、高垣楓というアイドルだから」

 

 少しの間、静寂が場を支配したがその空気は緩み。

 

「…………はぁ」

「なんだか拍子抜けしちゃった」

「だったらわざわざこの席、必要なかったんじゃないの?」

 

 長く付き合ってきて、見てきたからであろう。

 その覚悟が理解でき、納得してしまったのは。

 

「私、最悪の場合は楓さんのこと殴る覚悟までしてたのに」

「私も八ツ橋で叩くぐらいは考えてた」

「フレちゃんに周子ちゃん、過激すぎない……?」

 

 すでに気の抜けた面々はすでに冷めてしまった料理を取り分けていくが、一ノ瀬だけは納得していない表情をしていた。

 

「楓さん、全部話さないでそれはないんじゃないかな〜?」

「……そうね。そう言う約束だもの」

 

 初めから高垣もこれだけで納得しない人がいる事は分かっていたのだろう。

 特に同様などせず、少し間を置いて口を開く。

 

「私は──九石翠を超えるわ」

 

 そのセリフ、例外なく皆は驚きをあらわにする。

 

「いつまでも頭を撫でられて褒められるのは嫌なの。だから私はもっと上を目指す。今まで何度も言われてきたセリフ(・・・)を纏めて言い返すために」

 

 その目には先ほど以上の何かが込められていた。

 

「…………ぁぁ」

 

 どこか気の抜けたような、納得したような声が皆の耳に届く。

 それは一ノ瀬から聞こえ、そちらを見れば彼女はとてもいい笑みを浮かべていた。

 

「そっかそっか、そう言うことなんだ。あはは……ははっ、敵わないや! なら今回の件って……でも、いやまさか……」

「志希ちゃん……?」

 

 一人で何か納得したようにつぶやき始めた一ノ瀬に、近くにいたという理由だけで皆から促され。塩見が恐る恐る声をかける。

 

「皆、とても愛されてるんだ! 翠さんに! 私たちが気づいていない今でさえも!」

 

 話の流れを断ち切るようなことを言い始めた一ノ瀬だが、その回転の速さを皆知っているため。

 言われたことについて考え始める。

 

「今回の美城常務の件、きっと翠さんには分かってたんだよ! でも何もしない(・・・・・)。私たちが成長するために! だから翠さんは楓さんを勧めたんだよ! 裏切られるため(・・・・・・・)!」

 

 翠の考えていることに気づいた興奮からか、一ノ瀬は纏まっていないが口にしていく。

 それを聞いていた皆は断片をつなぎ合わせていき、言いたいことを理解する。

 

「…………これ、他のアイドルに聞かせていいやつか?」

「そっか……私たちの成長のためなら、知ってるといけないのか」

「知ってても未来が分かるわけじゃないからそんな差はないと思うけど、不安要素はない方がいいしな」

「ううう、脅されようが誰にも言わないよう頑張ります!」

 

 場が落ち着いてからどこまで話す、どこから話せないかの確認を終え、ようやくお酒を楽しめる空気へとなった。

 当然、未成年の子に無理やり飲ませようとする人はこの場にいないため、その子たちにはジュースが注がれている。

 

 

 

 

 

「そっかぁ……フレちゃんたちはずっと翠さんから見守られていたのかぁ」



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81話

誤字報告してくださった方、ありがとうございます!


 高垣の歌っている姿をニュージェネの三人はステージ脇で見ていた。

 

 先ほどの話から、高垣が歌っているのは恋愛でなく、挑戦だということを肌で感じている。

 

「ファンの人と一緒に……」

「自分のあり方……」

「譲れないもの……」

 

 少女たちは自身で気づいていなかったが、それほど小さくとも確かに意識のあり方は変わっていた。

 

「素敵だね」

「うん。楓さんも、ファンの人たちも」

「はい! キラキラしてます!」

 

 その小さな変化は──

 

 

 

 

 

 仕事が終わり、三人と武内Pは事務所へ戻ると。

 

「す、すごい! メッチャ綺麗になってる!」

「凄いです!」

 

 ドアを開けて中に入れば隅々まで掃除された部屋が待っていた。

 

「み、みなさんが……?」

「少しでも何かできたらって思って」

「さらにさらに! じゃーん!」

 

 テーブルに集まって何かしていたものを纏め、武内Pへと差し出す。

 

「企画書……ですか?」

「すごい……。私たちも考えてたんだけど、まだ纏まってなくてさ……」

「こっちも思いつくまま書いた感じ」

「でも、こういう気持ちが大事にゃ」

「プロデューサーさんのアイデアのキッカケになればいいな、と思いまして」

 

 皆は顔を見合わせ、何を今思っているのか確認をする。

 それはニュージェネの三人にもしっかり伝わり。

 

「今、やれることは全部やったよ!」

「ここから這い上がるのって、ロックだよね」

「我らの秘められし力、解き放たれる時!」

「準備オーケーだよ」

「ビシッと決めちゃお」

「きらりもテンションアップアップ! 杏ちゃんもやる気まんまん!」

「そんなこと言ってないけど……まあ、やるしかないよね」

「私たちも少しずつ」

「できること、やっていきます」

「みんなで一緒なら大丈夫だよね!」

「怖く、ないです」

「私たちも私たちらしいやり方でやろうよ!」

「私たちらしく、です」

「うん」

「それってきっと最強だよ! ねっ、プロデューサー!」

「はい!」

 

 少女たちの前向きな姿に背中を押され、武内Pの決意が固まり。

 少女たちの企画書を手に、どこかへと向かっていった。

 

「そうだ! みんなに聞いてもらいたい話があるんだ!」

 

☆☆☆

 

「入りたまえ」

「や、常務」

「私も忙しいんだ。手短に」

「そんなつれないこと言わんといてや」

 

 武内Pがもらった企画書を手にどこかへ向かっている頃。

 美城常務のもとへ翠が訪れていた。

 

「はい、これ」

「……これは?」

 

 受け取った茶封筒には日時とそれまで開封厳禁が書かれていた。

 振ればカサカサと音がし、何かが入っているのが分かるが、美城常務には何を渡されたのか見当もつかなかった。

 

「サプライズのものだから、開けちゃダメだよ?」

「……まあ、いい。他に何か用はあるのか?」

「んー……常務から見て、ここのアイドルたちはどう思う?」

「まだ全員を見て回ったわけではないが、君がレッスンを見ただけあって、スペックは高いようだ」

「…………終わり?」

「ああ」

 

 ちらりと翠を見ただけで美城常務は再び資料へと目を落とす。

 

「まあ、大丈夫か」

「何の話だ?」

「んふふ、気になる? 気になっちゃう?」

「話さないのなら別に構わない」

 

 自身のペースにならず、何ともやりにくい翠はどうしたもんかと咥えていた飴を噛み砕き、新しいものを咥える。

 

「常務はさ、個性をどう思う?」

「別に悪いとは思っていない。だが効率的なやり方をするため、時には切り捨てることも必要だ」

「……それが本当に切り捨ててもいいものなら、ね」

「……何が言いたい?」

 

 無視できなくなったのか、美城常務は手に持っていた資料を机に置き、翠の顔をジッと見据える。

 

「常務には常務にしか、俺には俺にしか見えないものがある。自分が見えるものを決めつけて他を否定するのは周りが付いてこないよ」

「女の子はシンデレラ。皆、輝きたいと願っている。私が成果を出せば自ずとついてくる」

「…………」

「…………」

 

 互いに何も口にせず、静かな時間が過ぎていく。

 

「…………その考えも嫌いじゃないよ。ただ、成果がなかったからとはいえ、その行いが無駄だとは思わないけど」

「私は君に期待し過ぎていたようだ。そろそろ仕事に戻りたいのだが?」

「そっか。なら俺にもやる事があるからそっちに戻るよ」

 

 一歩、下がった翠は既にこちらから視線を外している美城常務を色んな感情が混ざった目で見つめる。

 当然、それに気づいた様子はないが。

 

「決断が早いのを悪いとは言わないけど、もう少し長い目で見ることも大切だよ」

「そのときは私がそれまでだったという事だ」

「…………」

 

 頭を一度横に振った翠は言う事がなくなったのか、美城常務に背を向け。

 ドアノブに手を伸ばしかけたところでノックの音が響き、驚きから翠の動きが止まる。

 

「入りなさい」

「失礼しま……きゃっ!」

 

 許可を得て入ってきたのは千川だったが、入ってすぐに翠がいるとは思わず、驚きの声を上げる。

 

「おお、ごめんごめん。またね、常務、ちーちゃん」

 

 その声に気を持ち直した翠は千川と美城常務に手を振り、部屋から出ていく。

 

「…………あっ、こちら、頼まれていた資料です」

 

 既に閉まったドアを見ていた千川は手に持っていた資料を思い出し、それを手渡す。

 

「ああ、ありがとう」

「それでは失礼します」

「……一つ、聞きたいんだが」

「どうかされましたか?」

「君は彼、九石翠についてどう思っている?」

 

 一礼して出て行こうとする千川に美城常務が声をかける。

 問いかけられたことに暫し考え込んだ千川は優しそうな笑みを浮かべ。

 

「翠さんはとても不器用で優しい方だと」

「続けなさい」

「彼は常に自分のことより他の人を大切にしています。自然な会話の中にあるたくさんのちょっとしたアドバイス。それがアイドルたちの元だと思っています」

「……そうか。ありがとう」

「いえ。それでは仕事に戻ります」

 

 千川も部屋を出て行き、一人きりになった美城常務は先ほど言葉を交わした時の翠の雰囲気を思い返していた。

 

「……………………」

 

 引き出しから取り出した資料。

 そこには『Project Krone』と書かれており、一枚めくると数名のアイドルの名前が書かれていた。その一番上にボールペンでとある名前を書き加える。

 

「私には私にしか、彼には彼しか見えないものがある、か」




色んな思惑が入り混じるのを書くのが好きなんですが(書けてるかどうかは別)
最後にきちんと締めるのって難しいですよね
作家さんや脚本書く人たち、凄いと思います


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82話

ああ、ウサミンと結婚してぇ……


「失礼します」

「君に時間を割くつもりは無いのだが」

「代案を持ってきました」

 

 修正を加えた資料を手に、武内Pは美城常務のもとを訪れていた。

 少し忙しそうにして顔すら向けなかったが、仕方なく手を止めて資料を受け取り目を向ける。

 

「……シンデレラの舞踏会?」

「アイドルたちの個性を生かした複合イベント企画です」

「個性、か。私の提示する方向性とは真逆だな。…………パワーオブスマイル?」

「はい。コンセプトは笑顔です。アイドルたちが自分自身の力で笑顔を引き出す。それが力になる。そうでなければファンの心は掴めません。アイドルの笑顔、それを支えるたくさんの笑顔。作られた笑顔では無い、本物の笑顔が魅力なのだと考えます」

「まるでお伽話だな。…………いいだろう。そこまで言うのならやってみなさい」

 

 自信がなかったわけでは無いが、許可が出たことに少なからず驚きが出る。

 

「だが、やる以上は当然成果を上げてもらう。期限は今季末。それまでに結果を出すように。進め方と付随するプロモーションは君の裁量に任せる。支援はしないが口出しもしない。結果によってはプロジェクト存続も認めよう。もちろん、私は私のやり方を進める。……ただし、失敗した時は君と君の部署の処遇は結果に応じて下すことになる」

「……失礼します」

 

 一礼して出ていく武内Pの手は固く握り締められていた。

 

 

 

 そのまますぐに少女たちが待っている部屋へと向かい、どうなったのか分かりやすく簡潔にまとめて伝える。

 

「開催日はいつ!?」

「今季末です。それまでの期限付きですが、ある程度はこちら主導で企画を進めることも出来ます」

「舞踏会を成功させたら、シンデレラプロジェクトは存続できるってことだよね?」

「はい」

「やった!」

「これでみんな一緒に居られるね!」

 

 皆が喜ぶ中、不安が残る新田はどうしても最悪を想定してしまう。

 

「それは舞踏会が成功したら、って話ですよね?」

「はい」

「だったらみんなで、だからこそみんなで! 力を合わせて舞踏会を成功させようよ!」

「……うん、そうだね。後ろ向きに考えてたらダメだよね」

 

 弱気になっていた新田は本田の前向きな考えに頷き、皆もやる気をあらわにする。

 

「逆転のチャンスだよ! みくたちの力を見せつけてやるにゃ!」

「天から追われし者たちよ! 今こそ反旗をひるがえす時!」

「最高にロックだね!」

「ワクワクするにぃ!」

「新しい目標、できました」

「なんか大変そうだけど」

 

 双葉のちょっとした一言。

 皆はいつも通りの発言だと流していたが、とある一人の少女は敏感に反応していた。

 少女の中にある小さな不安の種。それが芽吹きそうになっていることに、本人を含めて誰も気づくものはいなかった。

 

「大丈夫! 私たちには私たちのやり方がある! 笑顔で行こう!」

「うん」

「はい!」

「それじゃみんな、改めて!」

 

 きちんと靴を脱いでイスの上に立った本田は皆を見回して気持ちを一つにし、こぶしを突き上げる。

 

「シンデレラの舞踏会、絶対成功させるぞ!」

『おおー!!』

 

☆☆☆

 

 CPの少女たちがやる気をあらわに盛り上がってる時、翠は久しぶりにカフェを訪れて安部と話をしていた。

 

「なあ、菜々」

「なんだかロクでもないことが起こりそうな雰囲気を感じたんですけど……」

「そんなことは知らん。……ねえ、菜々にとってのウサミンって何?」

「何と聞かれましても……ウサミン星からやってきた歌って踊れる声優アイドルなので」

「それほど大切ってこと?」

「ま、まあ。そうですけど……」

 

 いつもと違う様子なのだが、からかわれているといった感じでもなく。

 なんだからしくない(・・・・・)姿にどうかしたのかと聞こうとしたが。

 

「なら、きちんと大切にしなきゃね」

 

 そうはさせないようにタイミングをずらしてきた。

 なら改めて聞けばいいだけなのだが、どうしてか翠が悲しそうに見え、安部は気づけば翠を抱きしめていた。

 

「……お前、胸あるんだからもう少し自覚した行動取れよ。揉むぞ? 揉んでいいのか?」

「んなっ!? なななな、何言ってるんですか! ダメに決まってます!」

 

 慌てて離れた安部は胸を隠そうとするが、それが逆に主張しているとは気づいていなかった。

 少し落ち着いて翠を見ればいつもの様子であり、先ほど感じたのは気のせいだったのかと疑問符を浮かべる。

 

「それじゃ、ごちそうさま」

「あ、はい! ありがとうございました!」

 

 翠の後ろ姿を見て、居酒屋で聞いた一ノ瀬の話を思い出す。

 ……いや、ただの考えすぎか。

 最近来てなかったのもたまたま忙しく(・・・・・・・)らしくない(・・・・・)のも疲れていたから私で遊んでいただけだろう。

 

 そう考えた安部は仕事へと意識を切り替え、翠に抱いた違和感は小さくなっていた。



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83話

前の話から半年、本編に至っては九ヶ月ぶりの更新……
今年の更新がこれ含めて13話……


 朝、携帯のアラームが鳴り響く。

 

「うぅ……」

 

 うつ伏せで寝ていた安部は顔を上げることなく携帯へと手を伸ばしてアラームを止め、ようやく上体を起こした。

 

「はぁ……年々寝起きが辛くなる……」

 

 眠気を覚ますために顔を洗い、朝食を食べて仕事へ向かう準備を進める。

 忘れ物がないか確認を終え、靴を履いてドアノブへ手を伸ばした時。

 

『菜々にとってのウサミンって何?』

 

 つい最近、翠に言われた言葉が思い返される。

 その質問に対して返すべき答えは前と変わらない。

 

 なのに何故か、その言葉が深く胸に突き刺さるような──そんな気がした。

 

 ここでいつまでも突っ立っていたら仕事に遅れてしまうため。

 外に出て鍵を閉め、気持ちを切り替えるために頬を両手で2回ほど叩く。

 

「安部菜々。ウサミン星から職場へと向かいますっ!」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『舞踏会に向けてプロジェクト全体が力をつけていかなくてはいけません。外部にアピールできるよう、より皆さんの個性に特化した企画を考案中です』

『だったらミクたちからも企画を提案してもいいの?』

『もちろんです。一緒に考えましょう』

 

 集まった際、武内Pから伝えられたことであった。

 この状況をどうにかしたい少女たちにとって、それはとても嬉しい事であり。

 

「おっ、さっき話してた企画について、もう考えてるの?」

「うん。アイデアは浮かんだ時にまとめないと忘れちゃうからにゃ」

 

 さっそく、アイデアを紙に書き出している少女が。

 

「……にしても、猫200匹ライブって。もうちょっと現実的に考えようよ」

「そのくらいキュートさをアップしたいってことにゃ」

「李衣菜はなにか考えてるの?」

「もちろん。ロック色を強めて、より尖ったファン層にアピール!」

「李衣菜ちゃんこそ、早くギター弾けるようになるにゃ!」

 

 ギターを弾く真似をする多田に白い目を向ける前川。

 

「でも、考えた案が使われるもしれないって思うと嬉しいにゃ。前回はダメだったし、翠さんから…………」

 

 前川の口からふと出てきた名前に、場の空気が少し重くなる。

 

「翠さん、どうしてなんだろう」

 

 その問いかけに答えられるものは誰もいなかった。

 あれからパタリと翠に出会うことはなく、真意を聞くことができないでいる。

 

「それでも、私たちはやらなきゃいけないんだよ! 沢山レッスンしてくれたし…………お?」

 

 そんな雰囲気をなんとかしようとした本田だが。

 ふとテレビの音が耳に届き、そちらへと意識が向いたのに合わせ。皆もそちらへと目を向ける。

 

『大人気リズもん! よろしくお願いします。キャハッ!』

 

「安部菜々ちゃんにゃ」

 

 前川がそう呟いた後、武内Pが入ってくる。

 

「前川さん、多田さん。そろそろ収録に向かう準備を」

「はい」

「了解にゃ」

 

 テーブルに広げていたものを片付けて荷物をまとめ、2人は武内Pの後をついていく。

 

 

 

「菜々ちゃんだにゃ」

「おはようございます!」

「「「おはようございます」」」

 

 収録場所に向かうと、反対側から安部が向かって歩いてきた。

 互いに気がつき、挨拶を交わした後。

 

「あの時はカフェでご迷惑を」

 

 前川は何時ぞやのストライキの件を謝罪する。

 

「いえいえ。前にも似たようなことがありましたから……。はっ! こ、こうしてお仕事でご一緒できて嬉しいです! 頑張りましょう!」

「はい!」

 

 

 

 収録ではウサミンコールによって安部が僅差で勝利を収め、盛り上がりを見せる。

 その後はCMでボケが滑ったり、ウサミンのお天気コーナーがあったりしたが、何も問題なく収録は終了した。

 

 

 

「お疲れ様でした」

「Pちゃん、ごめんにゃ」

 

 前川としては勝負に勝って爪痕を残したかったが、うまくいった自信がなかった。

 そのことに気づいている武内Pは安心させるように首を横に振る。

 

「いえ、十分です。それよりすみません。自分はこのあと打ち合わせがありまして……」

「それじゃ、先に戻ってます」

「お願いします」

 

 武内Pと分かれた2人が歩いていると、安部と自称エスパーの堀が向かって歩いてくる。

 

「あ、ななちゃんにゆっこちゃん。お疲れ様にゃ」

「「お疲れ様です」」

「今日の勝負、してやられたにゃ!」

「いやぁ、たまたまですよ。……あと、崖っぷちに強いと言いますか」

 

 前川におだてられ、照れている安部。

 後にボソッと小さく呟いたことは聞こえていたようだが、内容までは分からないらしく。前川は笑みを浮かべたまま首をかしげる。

 

「サイキック支援が上手くいきました!」

「そ、そうなんだ……」

 

 その横では堀の強すぎるキャラに多田が引いていた。

 

「ミクは感動したにゃ! ウサミンコールが始まった瞬間から一気に空気が変わって、すっごくキャラが立ってたにゃ!」

「い、いやぁ……みなさんが盛り上げてくださったので」

「それもウサミンキャラあってこそにゃ」

「い、いえ、ウサミンはキャラとかじゃないんですよ? ウサミン星からやってきた、歌って踊れる声優アイドル! 安部菜々……うっ、……です!」

 

 決めポーズの最後。腰を痛めて変な声を出したが、気力でやり遂げる。

 

「かっこいいにゃ! 今日の菜々ちゃんを見て思ったにゃ。菜々ちゃんこそミクのライバル! ううん、目標なんだって」

 

 目をキラキラとさせながら語る前川。

 

「わ、私が目標ですか? えへへ……」

 

 安部は嬉しそうにするが、再び翠に言われた事を思い返し。前川の真っ直ぐな視線から目を逸らす。

 目を逸らされたのは照れているからだと思っていた前川だったが、その表情に影を感じ取り。引っかかりを覚えるが、口に出して問うことはなかった。

 

「なんだか熱い(・・)やり取りですね!」

 

 一人盛り上がっている掘。

 

「…………目標、か」

 

 そんな二人を見て。

 誰に問いかけるわけでもなく呟いた多田。

 合宿をした時にされた話を思い出し。今の自分を客観的に見て、どうなのと考えてみるが。

 ──その答えが出ることはなかった。




ヒカリでデレマスの一挙放送やっていたので録画しました。嬉しみ
今年中にウサミン回(1回目)は終えたいなぁ


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84話

「すー、いー、さー、んっ!」

「んおっ」

 

 仕事を終えて346へと戻って来た宮本は、遠くに見えた翠の背中へと駆けていく。

 その勢いのまま飛び付くと大変になる事は身に染みて(・・・・・)分かっているため、手前でブレーキをかけて止まり、後ろから抱きしめ。

 

「えへへ」

「そんなに匂いを嗅がれると、流石の俺も恥ずかしいんだが」

 

 ご馳走をゆっくり楽しむかのように翠の頭へ顔を押しつけ、宮本は深呼吸をして匂いを堪能する。

 それから逃れる為に身をよじったりしている翠だが、すぐに無意味だと悟り。されるがままの人形となっていた。

 大人しくなったのをいい事に近くのイスへ移動し、翠を膝の上に座らせる。

 

「いつもよりスキンシップが激し目な気するんだけど、どしたの?」

「だって最近全然会えてなかったから。他の皆も翠さんに会いたがってるよ? ……それに、色々と話も聞きたいし」

「んー、やっぱりそうだよなー」

「フレちゃん含めて何人かは、翠さんが何しようとしているのかなんとなく分かっているけどね」

 

 宮本の言葉を聞いて考え込もうとしていた翠だが、続けられたセリフに肩を震わせる。

 後ろから抱きついたままの宮本がそれに気付かないわけもなく、笑みを浮かべて腕に少しだけ力を込め。胸の内に広がる表現し難い感情を落ち着かせるためにもう一度、ゆっくりと深呼吸をする。

 

「……俺は特に何もしてないが」

「うん。何もしていないからこそ、なんだよね?」

「フレちゃんが何を言っているのか、翠さんにはサッパリだ」

「急にレッスンを見てくれなくなったり、会う機会すら無くなったの、すごく不自然だよ?」

「そりゃ、常務の改革に賛成したわけだからね。皆に顔合わせ辛くなるでしょ」

「楓さんに仕事を勧めたのは?」

「合っていると思ったからだけど」

「ふーん……」

 

 スッと目を細めた宮本は翠の耳元へ口を寄せる。

 

「私たちの成長のため、なんでしょ?」

「そんな意識して行動したわけじゃ無いからなぁ……」

 

 そう答える翠は無意識のうちに宮本から顔を背けていた。

 赤くなっている耳から後ろめたさではなく、恥ずかしくて照れているのが分かる。

 

「フレちゃんたちは常務の話を聞かされた時、最初はどうしてだろうってみんなで話したんだ。……今回も翠さんの事だから何か考えがあるんだろうって」

 

 回された腕には力が込められておらず、いつでも抜ける事が出来る状態であったが。どういう意図のものか理解した上でどのような考えに行き着くのか。

 それを聞いておかねばならない。

 だから余計な口を挟まず、黙ったまま頷いて続きを促す。

 

「でも、翠さんのアドバイスどころか会う機会もサッパリなくなって。なんだか急に不安になって。…………信じてるって思っていたのに、少しだけ翠さんのことを疑っちゃった」

 

 後ろから抱きしめられているため、翠から宮本の表情を見ることは出来ないが。声色と再び腕に込められた力で感じ取る。

 

「翠さんがフレちゃんたちの成長のためにやっているって気付いたのも、志希ちゃんのおかげなんだ」

「それで、これからどうしていくの?」

「んー、…………よく、分かんないかな」

 

 予想していなかった答えを聞き、緊張によって入っていた力が抜けた翠は宮本へと背を預ける。

 それを話の続きを催促するものだと受け取った宮本は、どう話したものか頭を悩ませながらも自分なりに纏めて話していく。

 

「常務の話、色々と大変だなと思うんだけど……確かにフレちゃんたちの成長も考えられてるって感じるよ? 楓さんは翠さんを超えるって頑張ってる。中にはまだどうしたらいいか悩んで迷っている人もいるけど」

「フレちゃんは俺を超えようなんて思わないの?」

「翠さん、まだ本気を見せないからなんとも言えないかな。まだ経験とか足りないけど、若いから色々吸収して化けるかもね〜?」

「確かにそれは恐ろしい」

「それに、勝ち方は(・・・・)一つじゃないからね(・・・・・・・・・)

 

 何やら含みのある言い方をしているが、それについて翠は肯定も否定もしなかった。

 

「さっきの続きだけど、フレちゃんたちの成長のためなのは実感する。けど、翠さんには他にも目的があるような気がするの」

「どんな?」

「根拠はないよ?」

「話すだけ話してみ?」

 

 緊張を和らげるため、一呼吸置いてから話し始める。

 

「シンデレラプロジェクトで新しく十四人のアイドルが入ってきたじゃん? それぞれユニットが出来るたびに翠さんが関わっている気がするし、夏のフェスもトリを彼女たちの全体曲に変えたってのも聞いた」

「んー、まあ、だいたい合ってるね」

「だから、これも彼女たちが大きく成長するためなのかなって。……もしくは翠さんのお気に入りがいるとか?」

「つまるところ、フレちゃんたちの成長と変わらない訳だ」

「あれれ?」

「変なところで深く考えすぎなんだと思うよ?」

「なーんか隠してる様な気がするけど、一先ずのところは納得してあげる」

 

 翠を膝から降ろした宮本は『レッスン行ってくる〜』と言い、さっさと行ってしまった。

 

「…………ふぅ」

 

 それを見送った翠は息を漏らしながらイスに座って壁に背を預け、宮本が去っていった方を見つめ。

 

「女子の勘って怖えぇ……」

 

 先ほどのことを思い返し、冷や汗をかく。

 

「そろそろだったかなぁ……常務の改革がさらに進むのは」

 

 そう呟いてイスに横たわった翠は目を閉じ、夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 翠が思っていた通り、会議室に人が集まっており。美城常務から話が進められていた。

 

「今後、我が346プロのアイドルはかつてあったスター性。別世界のような物語性を確立していこうと考えています」

「じゃあ、今の番組は?」

「徐々に内容をシフトさせていく予定です」

「この時代にあえて……ですか」

「面白い試みだとは思いますが……」

 

 話の内容が内容だけに出来た波紋は少しずつ、確実に大きくなっていく。

 

「まずはコーナーの一部を今週で打切り。出演者ごと入れ替えます」

「待ってください! それはあまりにも──」

「言ったはずだ。私は私のやり方を進めていく」

 

 看過出来ず、立ち上がって意見しようとした武内Pであったが。それが許されることはなく。

 

「まずは君が企画したものを成功させてからにしてもらおう」

 

 武内Pは力強く手を握りしめ。少女たちの可能性を信じて頷くしかなかった。




記念話とかの順番、弄ろうかなと


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85話(絵有り)

明日あたりと言いながら数日経過…
先の展開ばかり妄想広がる


 会議室での話が終わった後。

 常務の部屋にて、今西部長はお茶を飲んで一息ついてから作業をしている美城常務へと声をかける。

 

「パワーオブスマイル。彼の企画を受け入れたそうじゃないか」

「よい機会だと思いましたので。彼らが失敗すればそれを理由に私の改革に反対する者たちを黙らせることができます。もちろん、成功すればそれに越したことはありません」

「改革、か。それにしてもずいぶんやり方が強引すぎやしないかい?」

「私には、私のやり方があります」

 

 今西部長は近くに置いていた資料を手に取り、ページをめくっていく。

 

「確かに君と彼。──そして翠君。みんなそれぞれやり方が違っている。それに見ているもの。目指しているものも」

「…………」

 

 一度作業の手が止まるが、美城常務は何か言葉を発することなく。再び作業へと戻っていった。

 それを横目にちらりと確認するだけで、今西部長は何事もなかったかのようにお茶を一口飲み。口を開く。

 

「君は翠君が──九石翠が何もない、どこにでもいるような。ただただ普通の男の子だとしたら。…………そこに何かを見いだせたりするかい?」

「……どのような意図があってそのようなことを訊ねているのかは分かりませんが。その問いかけは意味がないものでしょう」

 

 作業していた手を止め、イスの背もたれへと体を預けながら問いかけに答える。

 

「……というと?」

「現に彼は持っている(・・・・・)。何もなければそもそもここにはいない。346の中だけでなく、もっと広く目を向けたとしても彼が霞むことはないでしょう。周りが一等星のような輝きを持っていたとしても、その輝きですらちっぽけに思えるほどに存在感を放つ満月のような存在ですから」

「ふむ」

「そのもしもの問いかけに対して答えを述べるならば。埋もれた個性を気に掛けることもないでしょう」

 

 それだけ述べた美城常務は背もたれから体を離し、作業へと戻っていった。

 

 

☆☆☆

 

 

「「…………あっ」」

 

 宮本に見つかってから三日後。

 誰とも会わんやろと、たかをくくっていた翠は曲がり角で前川とばったり出くわしていた。

 

「……それじゃ、また」

「逃がさないにゃ」

 

 互いに動きを一瞬止め、先に動いた翠が前川の脇を通り抜けようと試みるが。

 せっかく会えた機会を逃すはずもなく。前川は猫を幻視するような素早い動きで翠を捕獲する。

 

「は、離してくれっ。俺にはこれから大事な仕事が!」

「なんて白々しい嘘なのにゃ」

「む。どこを見てそう思うのだ」

「翠さんが仕事するときは大体奈緒さんが一緒にゃ。一人で仕事に向かうなんて誰も思わないにゃ」

 

 それ以前に翠は嘘をつくつもりがそもそもないのか。誰が聞いても嘘だと分かるような口調であったのだが。

 

「……くそっ。俺はなんて愚かなんだ。駄猫如きに嘘を見抜かれるなんて!」

「まったくもって失礼だにゃ!」

 

 先ほどよりも本心で言っているであろう台詞に前川は声を大にして突っ込むが、久しぶりのやり取りに笑みを浮かべていた。

 

 だがその笑みもすぐに引っ込み。

 これまでの様々なことを思い返し、色んな感情が混ざった表情を浮かべながら口を開くが。

 

「少しだけ、お話しようか」

 

 声に出す前に先を越され、そのまま口を閉じ。こくりと、首を縦に振った。

 

 今までの翠の傾向からお話といいつつもからかわれるか、はぐらかされるかであったが。

 声色(こわいろ)にはどこか寂しそうな、後悔があるようなものを感じ取っていた。

 だからこそ余計なことは言わず、翠を捕まえている手に少しだけ力が込められる。

 

「場所、移そうか。どっか人がいないところあったかな……」

「それなら今日はシンデレラプロジェクトの部屋、誰もいないはずだにゃ」

「んー、ならそこでいっか」

 

 自分で動く気配がないのを察した前川は翠を背負い、普通に向かおうとしたが。そうしたら他のアイドルに見つかると、猫耳を取られたため。翠が指示する通りに歩いて向かっていく。

 

「……本当に誰とも会わなかったにゃ」

 

 呆然としている前川をよそに、背中から降りた翠は部屋を見回してからソファーへと寝転ぶ。

 どんな雰囲気だろうがいつもと変わらない翠を見て苦笑いを浮かべながら、前川も向かいのソファーへと腰掛ける。

 

「なんだかここは落ち着くなぁ……眠くなってきた」

「そ、それは困るにゃ!」

「冗談だよ。半分くらい」

 

 反応が面白い前川にクスクスと笑みをこぼし。取ったまま返していない猫耳を自分の頭へとつけ、それを少し弄っていたが。

 

「──自分はこれからどうしていきたい?」

 

 唐突に質問を投げつける。

 何かしらの話があると思っていた前川は構えなく問いかけられたことに思考が止まるが、それも一瞬だけであり。

 

「みくは……今の状況をどうにかしたい。ユニット組んで、お仕事して、ライブして。さあこれからだって時に解体って言われても納得できない」

 

 言いたいことは他にも沢山あるだろうが、言葉にして出てきたのはそれだけであった。

 前川の頭の中ではいろんなものが渦巻いており、それが表情にも出ていた。

 だからこそ、先ほどのセリフに全部が込められてると言ってもいい。

 

「────ぇ」

 

 だが、とても悲しそうな表情をしている翠を見て、目を見開く。

 

「……どうかした?」

「い、いや、なんでもないにゃ……」

 

 不思議そうな表情で首をかしげる翠に声をかけられ、なんでもないと首を横に振るが。

 先ほどの表情が見間違いでないと断言できるほど、脳裏に焼き付いていた。

 

「ねえ、みく(・・)

「んにゃっ!?」

 

 意識が別のところへ向いていたところ、おそらく初めてまともに名前を呼ばれ。変な声を上げながらソファーから立ち上がる。

 

「みくの猫キャラ、ずっと貫いているけど……」

 

 そんな前川の様子に反応しないまま話を進める翠は体を起こし、頭につけた猫耳を手に取る。

 少しの間手に持つ猫耳を見ていたが、顔を上げ。そこでようやく立ち上がっている前川の目を真っ直ぐに見据える。

 

「もし、上からやめろと言われたら──どうする?」

「やめないにゃ」

 

 少しも迷うそぶりなく、即答であった。

 そして翠の手から猫耳を取り、自身の頭へとつける。

 

「猫キャラはみくが一番みくらしくいられる大切なものにゃ。これだけは誰にも譲れないし、何を言われてもみんなに認めさせるんだから!」

「んふふふ、そっか」

 

 真剣に話したというのに、とても嬉しそうに笑う翠に肩の力が抜けた前川はソファーへと腰を下ろす。

 

「ねえ、駄猫(・・)

「呼び方戻っちゃうのね……」

「カレーライスってさ、カレーでもライスでも食べられるよね?」

「いきなりなんの話にゃ……」

「ご飯は焼肉とか一緒に食べても美味しいし、組み合わせを変えるだけで無限の広がりがあると思わない?」

「……まあ、確かに」

「つまりはそういうことなんだよ!」

「どういうことにゃ……」

「そういうことなんだよ!」

「…………」

 

 唐突な話題の転換についていけない前川は翠の言うことに頷く機械となった。

 

「可能性は視野を広げたら広げるだけ大きくなるんだよ。現実に当てはまるかは分からないけど、よく言うじゃん。ピンチはチャンスだって。大事なのは発想の転換さ」

 

 

 

「さて、カフェにでも行ってウサミンからかうかな」

「あっ、翠さん!」

「んぉ?」

 

  あれ以降の質問には真面目に答えることをしなかった翠はあの場を後にし、暇だからといつものようにアイドルをからかおうと思っていたところだったが。

 呼ばれたので振り返り見れば、緑の悪魔でお馴染みの千川が資料を手に立っていた。

 

「およ、ちーちゃん。どしたの?」

「ちょうど良かったです。先ほど、常務から部屋に来るよう頼まれたので」

「んー、何の用だろ。……うん、取り敢えず行ってみるか。伝言ありがとね」

「いえ」

「あ、ちーちゃんちょっと待って」

 

 バックレはやめて下さいね、と言いながら仕事に戻る千川を翠は呼び止める。

 

「はい? どうかしましたか?」

「あ、うん。いや……んー、あー……ごめん、やっぱり何でもないや。呼び止めてごめん」

「いえ。何かあったら言って下さいね? 出来れば何かをやらかす前にがいいですけど」

「それは善処する」

 

 今度こそ仕事へ戻っていった千川の背中が見えなくなってから。

 翠も用があると言う常務の元へと向かっていった。

 

 

 

「や、常務。きたよ」

「ああ、君か。呼んでおいてなんだが少しだけ待ってくれないか」

「うぃ」

 

 前と同じようにソファーへと寝転んだ翠は棒付き飴を取り出して口に咥え、区切りのいいとこまで仕事の手を進める常務を見ていた。

 パソコンに何かを打ち込む音が数分ほど響いていたがそれも止み。

 

「それで、わざわざ呼び出しだなんて……はっ! まさかようやく俺は引退できるのか!」

「そんな訳がないだろう。今日呼び出したのは新しく私が発足するユニットについてだ」

「なーんだ。ダラダラ印税生活ができると思っていたのに」

 

 対面に常務が腰かけたというのに姿勢を正さない翠だが、それに対して何かを言うこともなく。手元に用意していた紙を翠の方へと寄せる。

 

「これは?」

「プロジェクトクローネ。ユニットの名前だ」

「……ここに俺の名前があるような気がするんですがそれは」

「気のせいではない。当然、君にも参加してもらう」

「…………メンバーはこれで全員?」

「まだ、見て回れていないアイドルがいる。少なくとも今そこに名前のあるアイドルは決定だと思ってくれ」

「俺の名前、消しちゃダメ?」

「ダメに決まっているだろう」

「デスヨネー」

 

 紙を手に取り、上から下まで読んだ翠は一つため息をつく。

 

「クローネ、王冠ねぇ……。まあ、ユニットの名前にコンセプトから常務のやりたいことは何となくわかるよ」

「本当に君は優秀なのだな」

「んー……まあ、大丈夫か」

「何か不安なことでも?」

「いんや、こっちの話さ。……うん、別にこの件を断る理由は面倒以外にないし、受けてもいいよ。奈緒に話通しておいて」

「引っかかる言い方だが……まあ、受けてくれるのならこちらも文句はない。よろしく頼むよ」

 

 話は終わったと、部屋から出て行こうとドアノブに手をかけた翠の背に声がかけられる。

 

「そう言えば、前に話していたことだが」

 

 振り返った翠は意味ありげに区切られた続きを目で促す。

 その目を見た常務は少しだけ表情を緩め。

 

「私は君に無限の可能性があるよう感じるのだが、君自身はどう思う?」

「きっと、気のせいだよ」





【挿絵表示】

クローネイメージした翠さん
描き終えてから頭身間違えたと気付く


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86話

3ヶ月……また長く開くのか……
活動報告にネタバレ、先の展開書いてます
自己責任で見てもらえればと


「うにゃああああぁぁっ!?」

 

 翠が出ていったドアをしばらく見ていた前川だったが、背後から聞こえた物音に体を跳ねさせ。

 ものすごい速さで壁際まで移動し、音のした方へ目を向ける。

 

 そこは双葉がよくいる位置だが、人の姿は見えない。

 恐る恐る、そこへと近づいていく前川だったが、にゅっと生えてきた手に腰を抜かして尻餅をつく。

 

「んぎゃ、お、おば……」

「みく……助けて……」

「…………?」

 

 後ずさりしようにも上手く体が動かない前川は目の端に涙がたまり、今にも泣き出しそうであったが。

 聞き覚えのある声に少しだけ恐怖心は薄れ、なんとか四つん這いになりながらも再び近づいていく。

 

「…………何してるの、杏ちゃん」

「寝てたら落っこちて動けなくなった」

 

 そこには双葉が持ってきた特大ウサギクッションと荷物の間に挟まれて身動きの取れなくなっている双葉の姿があった。

 

「まったくもう……ものすごく驚いちゃったよ」

「すごい声だったもんね」

「杏ちゃんのせいだからね」

 

 前川の手を借りて助け出された双葉はいつもの位置ではなく、珍しいことにソファーの方へ移動していた。

 助け出した前川も恐怖心やら何やらでどっと疲れ、ソファーへと横たわっている。

 

「ねえ、みく」

「どうかした?」

「杏、さっきの話を全部聞いてたんだけどさ」

「あー……ずっといたんだもんね。入ってきたときにすぐ声かければよかったのに」

「何となく、大事な話をすると思ったからさ。……悪いけど、盗み聞きさせてもらったよ。位置的に杏からは二人の姿も見えたからさ」

 

 前川がいつもの作ったキャラではなく、普通の話し方になっているのだが、当然双葉は気づいており。

 さっきの、そんな怖かったんだ。と内心では考えながらも表には出さず、真面目な話をしていた。

 

「…………あ」

「どうかしたの?」

「質問ばかりされてて質問するの忘れてた……」

「あー……」

 

 本来ならば前川からも聞きたいことが山ほどあり、その機会を得たのだが。

 それを生かすことができず、肩を落とす。

 

 結果論ではあるが、お話しようか。と言っていた翠には最初から自分のことなど話す気はなかったようにも思える。

 

 おまけによく分からないアドバイス……と言えないようなものも貰い、現状の不満と相まって前川の機嫌は下降していた。

 

「ねえ、杏ちゃん」

「ん?」

「翠さんは……どうして悲しそうな顔をしてたのかな」

「杏は翠さんじゃないから推測しか出来ないけど、みくがどうにかしたいって思っていることに不都合があるのか。それとも……」

「それとも?」

「みくがハッキリと意志を口にしたから(・・・・・・)、かもしれない」

「……どういうこと?」

 

 言っている意味がよく分からない前川は詳細を求めるも、実は双葉もよく分かっていなかった。

 ただなんとなく、第三者の視点で見ていたからこそ感じていた違和感のようなもの。

 

「なんとなく……みくに聞いていた質問は翠さん自身にも言い聞かせてるみたいだったから」

「これからどうしていきたいかってこと?」

 

 前川の確認に双葉は首を縦に振って答える。

 

「でも翠さんは常務の案に賛成しているわけだし、これからのことを考えていると思うんだけど」

「杏たちが知ってることなんてたかが知れてるし、何かがあるのかもしれないね」

「みくたちはまた、何もできないのかな……」

「こういう時、大人と子供の壁ってでかいよね」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 常務との話を終えた翠は一人、レッスン室にいた。

 大の字で床に寝転がり、垂れ流しにしている曲をおそらく聞いているのだろう。

 

 流れているのは翠が手がけたオリジナルの楽曲である。

 もしも万が一、クローネとして参加することがあった時の場合にと作曲していた。

 

 曲が終わり、また始めから流れるたびに翠の雰囲気が変わっていく。

 それはまるで冷徹な王をも連想させるような──。

 

「翠さん、大丈夫ですか?」

 

 人が入ってきたことで今までの雰囲気は霧散し、手に握られていたリモコンで曲も止まっている。

 

「大丈夫だけど……そんな心配そうにしてどうしたのさ、美波」

「部屋の真ん中で横になったまま動かなかったので心配になってたんですけど……」

「曲聞いてイメージしていただけだから、心配することは何もないよ」

「そうだったんですか」

 

 上体を起こして普通に話している翠を見て、ホッと安心する新田。

 

「新しい曲ですか?」

「んー、まあそうかな。いつもイメージ固める時はこうしてるから」

「翠さんはもうしばらくお仕事ないですよね?」

「…………大人には色々とあるんだよ」

「……あ、はい」

 

 これからある仕事を想像してか、嫌そうな表情をしながら横たわる翠を見て、新田は頷くしかなかった。

 

「新曲、楽しみにしてますね」

「きっと良い意味でも悪い意味でも驚くと思うから、程々の楽しみにしておきな」

「悪い意味、ですか」

「大人の事情でこれ以上は言えないのだ。勘弁しておくれ」

「それなら質問に一つ、答えてもらっても良いですか?」

「答えられるのなら構わないよ」

 

 横たわって目を閉じていた翠は新田が真剣な雰囲気をまとっているのに気付いていない。

 

「何を聞くか考えるので、少しだけ時間をください」

「ん、何聞くか考えてなかったのね。時間はいくらでもあるからゆっくりでええよ」

 

 本当なら翠に聞きたいことは山ほどあった。

 けれど欲を出しすぎて断られたら元も子もないため、一つとしたのだが。

 こうもあっさりと許可が貰えると思っていなかったため、三つぐらいにしておけば良かったと少し後悔していた。

 

 質問する内容だが、ほとんど決まっていた。

 翠に関してのことを聞くか。

 それとも現状について聞くか。

 大まかに分ければこの二択である。

 

 そしていま、知りたいのは現状について。

 何故、翠さんは美城常務の案を許容しているのか。

 他にも知りたいことはあるが、これを聞くことができたらいくつか分かることがある。

 

 ただ、この質問は答えられる質問なのか。

 翠さんには翠さんの事情があって答えられない場合もある。

 

「……何故、翠さんは美城常務の案を許容しているのですか」

「残念ながらそれは言えないなぁ。どうしてなのか、みんな(・・・)で話し合ってよーく考えてごらんよ」

「……分かりました。私たち、頑張ってみます」

 

 聞きたいことの答えを得ることは出来なかったが、ヒントを貰えたと前向きに考え。

 翠にお礼を言って新田はレッスン室から出ていった。

 

 実のところ『言えないなぁ』と言ってヒントに見せかけているが、新田が欲しかった答えである。

 そのことに気付くのはもう少し後であるが。

 

 再び一人となり、しばらくしてから曲を頭から流し始める。

 

「……冷徹な王、ではないか」

 

 何度か繰り返し聞いた後、イメージが固まったのか立ち上がってダンスの練習を始める。

 それは王としての雰囲気を漂わせながらもどこか寂しさ、孤独さを感じさせた。




俺ガイルの二次創作を書き始めました……
気が向いたらそちらも……


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