ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり (庵パン)
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第一話 火威 異世界へ

前に一度投稿しましたが、出来栄えが恥ずかしいので消して加筆した上で再投稿です。
主人公が幾分弱体化修正されてます。ついでにバランス修正してます。
そして再び言いますが、この小説に当分忍者も魔法も出ません。魔法が出るとすれば4話くらいからです。

感想、ご意見等御座いましたら、お気軽に申し付け下さい。



am 10:30

火威 半蔵(ひおどし はんぞう)が日野の実家を出たのはその頃だった。

秋田駐屯地に帰るのは明日の予定なので、今日は新潟の親戚の家に泊まって明日の昼迄に秋田に帰るつもりでいる。

中央線に乗れば新潟行の新幹線が出る東京駅まで一本で行ける。

「ふむ……」

火威は薄く……もとい武骨な自衛官を絵に描いたように刈り上げた短髪の後ろ頭を掻いて思案した。

「俺の記憶が正しければ今日は夏の祭典の日」

これから同人誌即売会に行こうと言うのだ。そしてその考えは、滅多に都心に行かない…東京に住んでいる時でも就職活動以外では都心に出ることのなかった火威の行動を決定付けた。

もし、彼が見た目通りの武骨者でサブカルチャーに一片の興味も無く、東京駅経由で新潟に行っていれば、彼の人生はほんの少し違っていたかも知れない。

 

 

am 11:30

 

神田から山手線に乗り換え、三駅ほどで新橋に着いた。

余り熱心なオタクとは言えない火威は(ちなみに火威自身はオタクと言う周囲の評価を断固として否定しているが)少し早い昼飯を食べようと、近くにあるチェーン店の牛丼屋に立ち寄った。

今日に限って混んでいる。休日という事もあるし、近くで同人誌即売会をやっていれば無理もない事だろう。それでも15分ほどで席が空き、火威は店員に食券を渡すことが出来た。

漸く席に腰を下ろし、出された牛丼定食(大盛)に箸を付ける。自衛隊に入隊して以来、食べる量が多くなったし食べる速さも増したものだ。瞬く間に大盛どんぶりに盛られた牛丼を半分にしてしまった。味噌汁が入ったお椀に口を付ける。

その時、突然始まったような喧噪と共に店にドアが押し倒されるように破られる。咄嗟にその方向を振り向く火威が見たのは、身幅の厚い剣を持った豚頭の化け物だった。

 

 *  *  *              *  *  *

 

多くの民間人を犠牲にした『銀座事件』。 この『銀座事件』の後、日本政府は自衛隊の派遣をゲートの向うの異世界…特地に派遣する事を決定した。

銀座からゲートを越えた丘に設営された自衛隊の駐屯地。以前から異世界を偵察していた部隊によると、この丘はアルヌスの丘というらしい。

自衛隊・特地派遣部隊の主力がゲートを越えてアルヌスの丘に来た後、戦闘は直ぐに開始された。それも三度が三度、圧倒的な戦力差で自衛隊の圧勝に終わった。

「銀座と併せて概算12万か。ヒドいなコレ」

子供にしか見えない兵士の骸を見ながら火威は呟く。

「銀座で敵兵殺しまくった火威三尉のお言葉とは思えませんね」

丘の中腹から麓とも言える地点を覆う人馬の骸を見ながら、火威の言葉に茶茶を入れたのは、同伴を求められた内田二等陸曹だ。火威と共に片手に円匙(えんぴ)と呼ばれるシャベルを持っている。この円匙は土を掘ったり掬う事が出来るし、フライパン代わり使用できる他、戦闘でも敵をぶん殴ったり斬り付けたり刺突できたりする優れものだ。

狭く入り組んだ塹壕内では唐突な遭遇戦が多発したが、銃剣を着剣した小銃では長すぎるため、第二次世界大戦前後にサブマシンガンが普及するまでは、白兵戦で最も頼りになる武器とされていた代物である。

「俺ぁ避難誘導する時に邪魔するヤツだけ排除したんだよ」

曰く、降りかかる火の粉を全力で払っただけらしい。とは言え、牛丼屋に押し入った豚頭の化け物は奪われた剣で脳天から顎まで真っ二つにされ、彼の背を矢を射た敵兵は半殺しの憂き目を見た。否、一度は呼吸が止まってるから四分ノ三殺しくらいだろう。

「しかしこっちの責任者に賠償させるったって、どうすんのかねぇ。言葉も通じないだろ」

「今は深部偵察隊が特地の内情を探ってるそうです。まぁ急いで事を急いても野党に付け入る隙を与えるだけですからね」

「ふむ……」

火威は考えるようにして周囲を見回す。すると銀座でも見たドラゴンの死骸があった。

「お前はこっちに来て直ぐにヒャッハー出来て良いよな」

秋田から付き合いのある内田 仁(ウチダ ヒトシ)は第五戦闘団に配属された。この情景を作りだしたのも彼の第五戦闘団だ。ゲートを越えてから直ぐに戦闘だったので、第五戦闘団の多くは、そのままウヤムヤのうちに編成されている。ちなみに火威は空中機動が可能な第四戦闘団だ。

その火威が言った「ヒャッハー」とは「北斗の拳」に登場する雑魚キャラのモヒカン野盗宜しく、無慈悲な蹂躙のことだろう。

「暇そうですね」

戦闘狂かトリガーハッピーの「ケ」がある上官をジト目で見ながら言う。アルヌスの宿営地から離れているとは言え、多くの骸が腐敗して衛生的にも見た目的にも良ろしくない状況を生み出されるのを避ける為、火威や内田を始めとする多数の隊員が敵兵の骸の埋葬作業をしているから、今現在は暇ではないのだが。

敵兵の骸が纏っている装備や麻の貨幣袋を見れば、その持ち主の素性や身分は幾分か想像出来る。それらをガメるのは倫理的にマズいので当人と一緒に埋葬するのだが、これが特地の経済にちょっとした打撃を与えるとは火威達は思ってもみない。

ちゃんと人の話を聞いている自衛官なら知ってる事だが、一定の成果の後に埋葬仕直すという話も聞いている。なので今回の埋葬は死体が腐敗しても宿営地に害を及ぼさない程度に離れた距離と野生動物に食い荒らされない程度の浅さに埋葬するようだ。

何を以って「一定の進展」なのかが下士官の火威には分からない。恐らく上も、それこそ日本政府も「これ」と決まった事は言えないのだろう。だが以前までは推測だけだったが、先行した偵察隊の情報では銀座に現れた集団は国のような組織らしい。自衛隊がゲートを抜けてから交戦……寧ろ一方的に屠った集団は、最後の二回で両方夜戦を仕掛けてきた。この二回が同一の組織だとすると余りにも学習が無い事から、別々の組織の可能性が高い。

周囲を見回すとドラゴンの骸もある。報告ではそれらの鱗は12.7mm弾でやっと貫通という事だから、特地での脅威として真っ先に挙げられるのはドラゴン、ないしドラゴンの騎乗手になることは予想出来た。

周囲をうろつく肉食性の野生動物もこの鱗に辟易したのか、兵士や軍馬の死体は食い荒らしてもドラゴンに手を付けた形跡は見られない。

そしてこのドラゴン達は埋葬するのに苦労するであろう巨体である。自衛官なら数人掛かりで埋葬するのは出来なくも無さそうだが、今回はその命令は出ていない。

最後の一人を埋葬した時には既に太陽が西に落ちていた。(世界が違うので、もしかしたら東かも知れない。南や北という事も考えられる)

火威と内田達自衛官は踵を返し、アルヌスの駐屯地まで帰っていった。

 

   *  *                     *  *

 

アルヌス駐屯地の早朝。

火威はパンツァーファウスト3に見せかけた1つ13kgの土嚢を背中に三つ、そして控え銃で両手に同重量の土嚢を持ってアルヌス宿営地の外側をランニングしていた。

52kgの重さに耐えて宿営地を二周するのは火威自身、無茶をやると自覚していた。だが昨日帰還した第三深部偵察隊の報告を聞けば反骨精神の塊とも言える火威としては何もやらない訳にはいかない。最終的には今の状態で10マイル(16km)を走り抜くつもりだ。

案の定、火威の予想した通りこの地での脅威はドラゴンだった。昨日の内に聞いた報告では、コダ村の住人の避難を支援していた第三偵察隊が遭遇したドラゴンは自衛隊がアルヌスに来た時に撃ち落としたドラゴンよりも巨大でその鱗は堅く、しかも高熱の炎を吐くのだと言う。

「ここは特地。よくある事」とはゲートを潜った矢先に怪異を多数含む敵集団を視認した第五戦闘団の誰かが言った言葉らしいが、第三偵察隊が交戦した「炎龍」は特地でも中々無い災害と同一視されているらしい。

第三偵察隊に被害は無かったが、コダ村の避難民には多数の犠牲者が出たらしい。

炎龍の襲撃から生存し、第三偵察隊に保護された怪我人含む老人や子供の他、コダ村の近くの森に住んでいたエルフの集落の生き残りの少女や、コダ村の隅に住んでいた賢者の師弟、そして炎龍と遭遇する前に偵察隊と行動を共にするようになったゴスロリ服の少女の25人が駐屯地近くに住む事になった。現在は彼らの仮設住宅を建設している。

「へぇ疲れた。毎日やってたら背ぇ縮みそうだな」

そんな事を口走りながら、土嚢を背負っていた肩を鳴らす。朝食を取ろうと食堂に入るが、まだ朝食には早い時間とあってか人影はまばらだ。

食堂は既に稼働しているのでトレーと茶碗と箸を取る。食事は一部がバイキング方式である。一部と言うのは米、つまりご飯だ。副食は限りがあって一人一回のみだが米は幾らでも食べ放題なのだ。ただし、火威のような尉官以上の幹部自衛官はこの限りに無い。

火威は米を先に食べて副食を後にしようかとも考えたが、余計な疑惑を掛けられてもツマラナイと思い、素直に最初から副食込みの朝食を取る事にした。

「ちょ、火威先輩!?」

多少荒げられた声の方向を見ると、陽に焼けたのであろうか。浅黒くなった肌の隊員が居る。誰だったかな……。そんな火威の表情を察してか、浅黒い肌の隊員が言う。

「出蔵ですよ。出蔵 尚(でくら なお)です」

「あぁー」

火威はその名には勿論憶えがあった。自身の高校の部活の一年後輩だ。共通の趣味を持っているという事もあって、仲が良かった。

「以前に八高の文化祭に遊びに行った時に出蔵が自衛隊に進んだって聞いたけど、特地に居たのかぁ」

「いや特地に来たのは同時ですけどっ!」

高校の頃からボケに専念するのは火威の役割だ。と言うより、火威にツッコミ役をやらせると、ほぼ間違い無くボケ殺しをやらかす。

「って言うより先輩は高校出てからどうしてたんですか? 銀座事件では賞詞頂いてましたけど、東京の近くに?」

「あぁ、高二の時は理系だったんだけど三年で文転しちゃっただろ? だから理系の大学にも行けなくてさぁ……」

勉強するのも嫌なので、推薦で行ける近場の三流大学に進んだのだという。しかも二年の時に一次留年して五年掛けて大学を卒業。その後もやりたい事も無いので、給料が貰える防衛大学に進んだのだと言う。

「でも防衛大の入試って中々に難しいじゃん。過去問買ったりして人生で一番勉強したよ」

だったら高校出た後にも二流以上の大学にも行けたんじゃ……などと思う出蔵を他所に火威は続ける。

「折角だからパイロットやろうとも思ったけど、防衛大から空自に行っても地上勤務になる確率高いじゃん」

なので、わざわざ面倒ながら語学を幾つか勉強して、英語は発音の問題で喋れないけどリスニングは、ほぼ完璧……なのだという。

「に比べて特地語は楽で良いな。発音も文法も余り気にしなくて良いし」

「そうなんスか?」

そだよ、と、至極簡潔に返す火威を相手に話を混ぜ返す。多少礼を失する態度で話せるのも高校で仲の良かった先輩という事もあったし、何より肩の階級章は同じ物だ。

「そういや先輩は何処に着任してたンすか?」

「あぁ、すまん。秋田に居たわ。んで見合いで日野に来てて、秋田に帰る前に祭典に寄ったワケ」

「って、お見合いしたんですか! コッチ来て良かったんですか?」

「あぁ、なんか写真見せてもらったんだけどさ……」

曰く、オークっぽかったから特地派遣を志願して逃げてきたと言う。

「全くあんなんどこから探してきたんだか」

出蔵の脳裏に“人三化七”という言葉が思い浮かぶ。自衛官ならばその身を世の中の為に働かせるのに特段の異議は無いが、その人生全てを擲ってのボランティアともなれば話は違ってくる。

「でも何で秋田に」

「そりゃお前ェ……」

火威は急に声を潜めて言う。

「ある下着メーカーの調査ではな、秋田には巨乳が多いんだよ」

この懺悔とも言うべき事実に驚愕する。自身の先輩は世の為どころかその半生を自身の欲望に使おうとしようとしていた。

「やー、なんだお前ェー。そんな目するくらいならオークと結婚してみろよもぅ」

どうやら出蔵の視線は自分でも知らない内に火威を非難する目になっていたようだ。火威が口を尖らせて大盛にご飯を盛っていく。そんな先輩だが本気で怒っているワケではないようだ。怒ってみせるその様子は、高校を卒業した17歳当時の気配を感じさせる。

「い、いやでも銀座事件で活躍した先輩ですから、世の女性の方が放っておかないでしょう。あんな活躍したんだし昇進とかも……」

「昇進はしてない。ご褒美に五百円を貰ったけどな。それと事件からは忙し過ぎて合コンする暇も無かった」

火威が言うには、火威自身が敵を大量に手に掛けた事が原因だと言う。事情聴取は週を跨いで二週間に渡り、実況見分は二ヶ月半にもなったと言う。そんな火威がマスコミの槍玉に挙げられなかったのは、彼が民間人の避難に多大に貢献したからだろう。政府としても彼を掻い摘まんで表彰なり昇進なりさせても良かったが、余り火威を目立たせさせるのは政府にも火威本人にも良くない。なにせ民間人避難の為とは言え、彼がやったのは明らかに人間じゃない連中含む大量殺人である。だから彼の直属の上官が不憫に思い、せめてもの報奨という思いで五百円をくれたのだと言う。

「で、一応オークみたいな見合い相手に会ってから特地に逃げてきた」

「あ、会ったんすね」

「三ヶ月もあったからな」

銀座で火威がしてのけた事は知らないハズの相手ではあるが、一応殺気を出して好かれないようにしたという。

「まぁ、そんなことしないでも向こうにもその気は無かったようだけどな」

相手も親等に言われて渋々だったようだ。だが人の心変わりは何時どのように起きるか分からない。念には念を入れて特地に避難することにした。いっそ、もうこのまま特地の女性と結婚するか、特地でWAC(女性自衛官)と知り合うのも良い。

「でも銀座事件での俺の行動に詳しいな。新聞でも避難民を退避させた……っていう程度にしか書いてないのに」

実際には銀座事件の民間人避難には多数の自衛官の功績が残っている。これ程に自衛官が多いのは、国民全体に於ける自衛官の割合が予想外に多いのか、当日開催された同人誌即売会を目当てに集まった自衛官が多いかのどちらかだろう。

その同人誌即売会に惹かれて現場に居合わせた火威は後者だと予想する。日本各地で開かれる駐屯地祭のBGMに、やけにアニソンが多いのが理由だ。とすると、もしや事件で特段の活躍を見せた二重橋の英雄たる伊丹耀司二尉も…と、普段はオタクである事を否定しているにも拘らず、妙な親近感を得る火威だ。

「あぁ、テレビでやってたんですよ」

「なに!?」

「色んな局でやってましたよ。日野市におられる先輩のご両親も出てましたし、こっちに来る前にも銀座事件の特集番組やってました」

なんてことを…なんて事をしてくれたんだー!と、酒杯でも持っていたら日野の両親に投げ付けたい気分にさせられる。

(これはヤバい。絶対にヤバい!)

日本に帰ったらかなりの確率でオークが待ち受けている可能性がある。

火威はこの時を以って特地に骨を埋める決意をしたのだった。



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第二話 イタリカ防衛戦

二話目にして行き成りイタリカです。三話目も最初はイタリカです。
そしてこの小説では火威の夢の中でほんのちょっと色気が出て来ました。
でもまた当分出て来なくなります。


陽射しの強い空の下、手の空いている自衛官達はアルヌスの中腹に居た。その人員は第一、第二戦闘団と第三戦闘団、そして火威含む第四戦闘団、早い話が戦闘済みの第五戦闘団を除き、一定以上の戦闘技能を有する自衛官の一部だ。

その理由は避難民が自活するために、自衛隊との戦闘で死んだ翼竜の鱗を集める際の護衛である。先日の圧倒的戦力差で自衛隊の圧勝に終わった戦場では、敵の兵や馬の遺体を野生の肉食動物や猛禽類が漁っていたが、それらを埋葬した後でも肉食性の動物が屯していたのだ。

その為に翼竜の鱗を集める避難民の護衛に自衛官が駆り出されたのである。

だがここは日本人の通常の感覚は通らない特地。先日も高温の炎を吐く大型の龍に第三偵察隊が遭遇したばかりだ。それにより、自活する難民を護衛するため、多数の隊員が駆り出されたのである。

全ての自衛官ではないのは、当然だが特地に派遣されたのが戦闘訓練を受けた自衛官ばかりではない事だ。そして一番の理由は全ての手の空いた自衛官を引っ張り出すと、支払わねばならない臨時給与がばかにならない。しかし中には奇矯な者も居て、呼ばれてもしないのに無給で働く者も居る。火威や第四戦闘団の同僚で相部屋の、相沢 航一(アイザワ コウイチ)二等陸尉もその「テ」の者だ。しかし動機は「暇だから」とか「体が鈍ってるから」と、決して善意が全てではない。

 

「聞きましたよ。火威三尉。銀座では凄かったみたいですね」

火威の近くで害獣を警戒しながら相沢が話し掛けてくる。相沢としては何の他意も無く褒め称えようしているのだが、当の火威はこの話をするのに辟易していた。

「何でもないッスよ。自衛官なら当然です。他にもそういうの居ましたし」

辟易する余りか、口調が心無しおざなりになった。だが相部屋の相手だ。佐官以上は個人の居室を与えられるが、火威程度の尉官では相部屋の相手の機嫌も推し量らねばならない。アルヌスに広めの土地を確保できた自衛隊であるが、何せ特地に派遣された自衛官は二万人以上いる。全員に一人部屋を与える事は出来ないのだ。

その相部屋相手の相沢の私物には写真立てに入った家族写真があった。7~8歳の男の子一人、女の子一人と、肩までの黒髪の相沢の妻と見られる女性だ。相沢の歳は火威と余り変わらないか、多少上くらいなので学生結婚なのかも知れない。

「綺麗でしょ? 大学4年の時に結婚したんですよぉ」

盛大に惚気てくれやがる、と、その時は思ったが確かに清楚な美人だ。

「娘も去年二年生になりましてね。息子も去年小学校に入ったばかりなんですよ」

他人の家の家庭自慢には相槌だけは打つ、というのが世の中を上手く渡り歩くコツだが「ちゃ、ちゃんと男子が……。良いなぁ」と本気で羨望の眼差しというか、声を挙げてしまったので、この後しばらくこの手の話は続く事になった。

 

 

 

    *  *  *                  *  *  *

 

 

「兄と姉のところに二人ずつ子供が居るんですけどね、全員姪なんですよ」

「あ~……それじゃ火威さんが頑張らないと」

「そうなんですけどね、どうも中々」

護衛と雑談を続けながらも歩哨する。そんな火威の気は少し抜けてきていた。ほぼ確実に雑談し続ける相沢の影響だ。任務ではなく善意からしている仕事ではあるが、何も知らない者が見たら明らかに不味い。

「まぁ銀座で多大な“戦果”を挙げてらっしゃるんですから。格闘か何かの徽章をお持ちで?」

「いあ、格闘徽章は無いです。あるのは体力とかレンジャーとか……。そんなもんですね」

「え゛?!」

「格闘は一応出来ますよ。自衛官ですから。でも雑ですね。銃剣とか苦手ですし」

「えー……あ、でも三尉は射撃徽章も――」

「あー、すいません。それは去年欠格になってしまいました」

射撃徽章も持っていて頼もしい――そう付け足して相手を持ち上げようした相沢の言葉は否定で遮られた。“器用貧乏”そんな言葉が彼の脳裏に思い浮かんだことだろう。

どこで聞いたのか……疑問には思ったものの、恐らく出蔵のようにテレビで少し見た程度なのだろう。どうせなら火威としては第四戦闘団で飛行部隊の同僚にも、確りと自分の戦闘技能に自信を持って欲しかったし、そもそも自分自身でアテにしてない能力を頼られても困ってしまう。

「まぁ両方とももっと凄い技量のヤツが一杯いますよ。って、今は仕事中ですから」

火威は一方的に話を切り上げ、周囲の警戒を一層気を払う。話してきた相沢という二尉は仕事中にも話しかけてくる。同じ空挺レンジャーだが存外不真面目な、良く言えばフランク過ぎる事を意外に感じる。

自身が朝食の時に仮定した「自衛隊にオタクが多い説」は意外と当たっているかも知れない……と、思ったところで密かに自省した。今のは完全なオタクへの偏見である。そもそもこれじゃ俺自身への偏見……いや待て俺はオタクじゃない。オタクって言えるほど傾倒してない。

 

そんな独り相撲を取りながら周囲を見ると避難民の中に居た賢者のカトー先生の弟子のレレイという魔法少女と金髪エルフとゴスロリ少女を見つけた。レレイとゴスロリ少女は一見すると火威と同じ人間……ヒト種に思える。だがゴスロリ少女が持っているハルバードは重厚で如何にも重そうだ。それを細腕の少女が軽々持っているところを見ると、この少女は人間じゃないのかも知れない。また、笹穂耳のエルフを見ると、火威なんかは「横向きで寝れるのかなぁ」と思ってしまう。もしかしたら見た目よりも軟らかいのかも知れない。実に気になるが、言葉が通じない以上は聞く事も出来ない。

「こっちの言葉。憶えないとな」

火威としては正直、魔法も使ってみたかった。特地では魔法という物が一般的に存在する事が、本来ならば驚くことであるのに、多くの自衛官はさほど気にしてないように見える。

確かにエルフでないと使えない魔法や、戦闘魔法の大家と言われるカトーやその弟子のリンドン派の魔法も、集団戦闘では詠唱時間の問題で使う事は難しいだろう。

それでもだ。それでも不正規戦や生活のお役立ち能力として重宝するのではないだろうか。

そんなことを考えながら彼らを見守っていると、突如銃声三発立て続けに鳴った。音の鳴った方向を見ると相沢が居る。そこから少し離れた場所には大型の犬……いや、虎と言って差し障りのない大きさの動物が血を流しながら地に臥している。その近くには避難民が倒れている。腐敗臭除けの為にガスマスクを被っていて性別が判らない。

それでも相沢と火威は慌てて駆け寄ると、老女が狼から逃げようとしたところ足が縺れて転んだけだったようで、大事は無かった。

「お見事です。相沢さん」

流石、空挺レンジャーだけあって相沢の技量も侮ることはできない。そして避難民の危機を逸早く知った彼の危機管理能力に脱帽した。しかし相沢は

「いえ、たまたまですよ」

謙遜という態度で返すのであった。

 

 

 

   *  *  *                     * * *

 

 

 

炎龍の吐いた炎が掠めて火威の頭髪はしめやかに爆発飛散。その素肌はツルツルであった。

ナムアミダブツ! 火威が構えるLAMから逃れるように身を捩る炎龍。その首に別方向からLAMの砲弾がぶつかった。見ると火威の嫁だ。彼女は豊満であった。

すると炎龍が腹を押さえて脂汗を流し始めた。時間である。火威は嫁の手を取って走り始めた。一刻も早く炎龍から離れたところへ。

二人が洞窟の外へ出たところで炎龍は内部から爆発飛散。粉々となったのである。

 

 

「と、いう夢を見たんだよ」

未明に第四戦闘団は招集された。火威も相沢も同じだ。炎龍を殺す方法を考え倦ねてそのまま寝てしまった火威を相沢が起こしてから来たのだ。今は二人とも他の隊員と同様にヘリボーンの装備と言うか、様相を呈していた。但し、落下傘の類の装備は少な目になる。

「炎龍にC4爆弾食わすのは中々良いね。やってみる?」

「うーん、動物の胃袋の中に入ってちゃんと起爆するか……。中毒症状を起こしても仕方ないし」

そこに健軍一佐が現れる。火威の対炎竜戦法は夢で見た戦法そのままなのだが、更に発展させるため、計略に寄った策を温める事にした。

ただ、温め過ぎて腐っていくことになるのだが。

 

隊員が揃った前で健軍一佐が口を開き指示を飛ばす。

第三偵察隊がいるイタリカの代表、ピニャ・コ・ラーダ氏より支援要請が入った! 我が第四戦闘団四〇一中隊はこれを受け、治安回復のため全力をもって出動する!

目標は「盗賊団」およそ六百!

過日陣地を攻撃した「敵武装勢力」の指揮系統を外れた集団と思われる!

現在 市は大規模な攻撃を受けつつある。すでに被害は甚大。我々が征かねばイタリカ市は陥落するだろう!

第四戦闘団の初陣だ!気合い入れて行け!

 

(敗残兵か……)

火威は思うものがあった。嘗て火威の祖父が在りし日の時、日本に「軍」というものがあって戦争していた頃の話である。海軍の軍医だった祖父は車両に乗っていたが、何を思ったのか陸軍の兵に向かって「敗残兵!」と罵倒したことがあったらしい。結果は当然と言うか何と言うか、陸軍の兵は鬼の形相で追いかけてきたと言う。

(まぁそうなるな)

隊員は次々とヘリに乗り込む。火威はUH-1Jヒューイに乗り込み、相沢も隣のヒューイのドアガン脇に陣取った。

斯くして第四戦闘団は出撃した。火威が思う事はただ一つ。

(あの巨乳嫁、顔を見てなかったな)



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第三話 女神たちの嘲笑

すいません!次です!魔法が出るのは次の四話です。四話になったらちょっぴり魔法が出ます。
四話の箸休め回で魔法が初登場です。



空中を征くヘリの中、火威含む隊員は用賀二佐からの通信でイタリカについての情報を聴いていた。各自、事前に情報を予習している筈だから念のための復習だ。

作戦行動でやる事は既に決まっていて、何か特別にやることがあれば随時、通信が入ってくる。

イタリカはテッサリア街道とアッピア街道が交差する地点にあるフォルマル伯爵家の領地だ。

ふと、火威は気になった。街道の名前に聞いた憶えがあるような錯覚を感じたからだ。そもそもイタリカという地名からしてそうだが、きっと気のせいであって日本がある世界の紀元前にルシタニア人にそなえる拠点として建設された古代ローマの都市の名称や、ローマの第三軍団ではない。絶対に。絶対にだ。

ともあれ第三偵察隊が避難民と相応の価値になるという竜の鱗を大量に売りに行ったのだから、交易や商業がアルヌス周辺の村々より盛んであろう事は推測できる。それに大規模な盗賊団の襲撃を受けても、暫くは持ち堪える事が出来る都市であることもだ。

しかし、このままでは陥落してしまう。第三偵察隊らの自衛官は盗賊団とは装備も違うし、過酷な戦闘訓練も乗り切った者達だから盗賊も迂闊には近付けないだろうが、他のイタリカに住む者は当然違う。市井の者でもいざとなったら武器を取って戦う事も出来るが、相手は先日まで正規の軍人だった者達だ。

「ったく、掠奪とか何時の軍隊だよ」

思わず呟いて、その迂闊さに苦笑する。火威が想像した軍隊が、今正に特地の文明レベルの連中だからだ。

「城門まであと二分!」

用賀が告げる。そして流れ来るワーグナーのBGM。こいつぁ具合が良い、と火威はヘリの外に足を投げ出して調子を取った。そして落ちてしまわないように重心を背後に掛けながら64式少銃を直ぐに使用出来るよう携える。

向かえのUH-1では相沢がM134ガドリングを稼動状態にしていた。

やがて見えてくるイタリカの城門。そしてコブラのスタブウイングに付けられたTOW対戦車ミサイル群が放たれる。城門で巻き起こる爆炎。

「ヒュー! 圧倒的破壊力!」

火威が言おうと思った矢先、似たような事を考える者は他にも居るようで、隣に居座る二曹に先に言われた。

「城門の中には味方が居る。外のみを殲滅せよ」

インカムから流れる指令を聞き、火威は64式少銃を撃つ。この特地で使われる事になったこの少銃は、咄嗟の遭遇戦で使う事など全く考えられていないかのように使い勝手が悪い。だが10mmの鉄板を撃ち抜ける威力を持っていて、オークのような肉厚の相手でも一撃で倒せる。

だから撃たれる方がただの人間ならロクなことにはならない。武器を持って右往左往する賊の頭を狙って引き金を引くと、賊の頭が水瓜のように砕ける。

特に火威などは次々と砕けた水瓜を作っていった。見れば賊の中には女や子供も居る。自身や仲間の身が危うい場合は別だが、こういう一方的に生死与奪できる立場の場合は大概甘い火威は撃たずに見て見ぬフリだ。

賊の中には気丈にも弓矢でヘリを射抜かんとする者もいるが、ヒューイに搭載された74式車載7.62mm機関銃の良い的になっていた。そのヒューイの向うでは城門にバリスタが設置されている。

「城壁に対空兵器」

すぐさまコブラが向かい、対戦車ミサイルで対空兵器を稼働させようとしていた賊ごと吹き飛ばす。盗賊団は既に撤退しようとしていた。

「この火威 半蔵、断じて容赦せん!」

馬に騎乗してイタリカから離れる賊を撃ち抜く。それどころかロケット弾ポッドが多数の賊を騎乗している馬ごと吹き飛ばした。そのコブラが城壁内に向かう。

火威が乗るヒューイは高度を取っていたから城門内が一望できるが、見れば城内の一部で、白兵で盗賊を圧倒している者達が居る。一人は避難民の中に居たゴスロリ少女だ。重厚なハルバードを振り回して賊を圧倒しているところを見ると、案の定、人間とは違うらしい。もう一人の方は背の低い自衛官だ。遠目から見ても判る。「ヒュー! 鋼みてぇな身体だ!」

その自衛官がWAC(女性自衛官)だと知るのは、もうしばらく後の事だ。

火威は、まさか見ている対象がWACだとは思わない。それ程に強いのだ。そしてその自衛官が人間とは違うであろうゴスロリ少女と良いコンビネーションを取っている。さては自衛官の方も人間とは違うのか? アルヌスに派遣されたのは曹官以上だが、これ程の猛者が居たとは。

その奥では二人の背後を敵に取らせまいと、二人の自衛官が64式小銃で援護している。そうした中、盗賊は一塊に追いやられる事となる。その密集状態の盗賊団の前にコブラが下降する。

無双していたゴスロリ少女も背の低い自衛官も、後方に居た二人の自衛官に抱えられて退避した。そしてコブラの機首に装備されたM197ガドリングの三身が賊共に向く。

放たれ、賊を貫いていく20mm弾。

「う、うわぁ……」

ミンチより酷ェや。火威はどれだけ言おうと思ったか。毎分750発の速度で発射される大口径の銃弾は瞬く間に賊を掃滅する。剣や盾は言うまでも無く、肉を貫き骨を砕き、その場はちょっとした血の池地獄が出来上がる。ミンチを通り越してペースト状になった盗賊だったモノを見て、流石に火威もちょっと引いた。

 

 

    *  *                      *  *

 

 

火威はファストロープで降下してから、簡単ながら負傷者の救援・手当てとTow対戦車ミサイルで吹き飛んだ瓦礫の片付けをしていた。意識が無い者は上肢、または下肢が無くなっていて明らかに死んでいる者を除いては少ないものの、居れば蘇生作業も行う。今までの訓練で憶えた事は大いに役立った。だが中には蘇生作業の甲斐なく臨終となる者も当然居る。火威が対した相手は全て盗賊側の人間のみだったから良かったが、イタリカの人間だったと思うと遺族に何と声を掛けて良いか判らない。

そんな時に、第三偵察隊の陸曹長に声を掛けられた。どうやら健軍一佐がフォルマル邸で火威を呼んでいたようだ。慌ててそれまでの作業を近くの二等陸曹に任せ、フォルマル邸に向かう。

向かう途中、イタリカの街並みを見る。フォルマル邸に行くまで階段が多く、家々には商店が多い。ヘリから見たイタリカ周辺の景色も、ここが穀倉地である事を雄弁に示していた。それだから、健軍のだいぶ後ろから見たイタリカの今の代表を見ても場違いとしか思えない。

彼女、ピニャ・コ・ラーダは騎士厳然の装備をしていたのだ。但し、その装備類は日本のアニメや漫画にあるような華奢な物だし、本人も心ここに在らずといった様子ではある。従者の二人の騎士の内、一人は女性で頭部を負傷しているようだが、それでもこちらの方がしっかりしている。ちなみにもう一人は壮年の男で、禿げ頭とガッシリした体躯のベテラン騎士といった風体だ。

その彼らの見ている前で、彼らが苦戦していた盗賊団を瞬く間に掃滅し、ミンチに変えたのだからピニャ・コ・ラーダの反応も当然かも知れない。

特地は亜人が居てドラゴンや怪異が出る以外は、ありとあらゆる物が中世相応だ。イタリカを救った自衛隊がそのまま居座り、拠点とすると思ってるかも知れない。

勿論、日本政府の意向を承けて来ている自衛隊が、勝手にそんなこと出来る訳が無い。このイタリカに来たのも、もとは避難民の自活の為に竜の鱗を売りに来た第三偵察隊からの救援要請有っての事だ。

その第三偵察隊の隊長、伊丹耀司二尉には、このフォルマル邸内で会った。特地において深部情報偵察隊の長は二等陸尉か三等陸尉と決まっている。そしてこの男の肩の階級章は二等陸尉のそれだ。この二尉は右目に痣を作っていた。恐らく盗賊との戦いの最中に出来たのだろう。他の理由で痣が出来る事があるものか。

結局伊丹二尉は何も喋らなかった。その隣では盗賊相手に大暴れしていたゴスロリ少女が不機嫌な顔をしていたが、まぁ関係無いだろう。

 

 

   * * *                         * * *

 

 

「で、イタリカにはケモっ娘が何人も居てさ、それがまた綺麗だったり可愛い娘ばかりだったりすんのよ」

アルヌスの帰った火威が、イタリカで見てきた様子を出蔵と出蔵の同僚の三等陸曹に伝え……もとい自慢する。自慢している火威自身も改めて思うのだが、特地には美女や美少女が多く見られる。アルヌスの避難民に居る中年以下の女性…中でも第三偵察隊が保護した三人娘が目立った美少女だ。とはいえ金髪エルフは、エルフという種族がサブカルチャー通りなら、美形なのは当然だろうし年齢は日本人女性の平均寿命より遥かに上かも知れない。

「俺は褐色エルフとか居ると良いっスかねぇ~」

「あ、ソレ良いスね。褐色巨乳で銀髪エルフとか、実に良いかと!」

それが妄想とは言い切れない辺り、まったく特地は最高だぜェ!と、火威は思う。敢えて言うなれば

「ホルスタウロス。ホルスタウロスはまだかねェ……」

 

 

 

第四戦闘団の飛行部隊はその日の午後から自由時間だ。急な状態変化が考えられる特地では、隊員の休息にも重きが置かれる。

火威はアルヌス南方の森の近くに建てられた避難民の仮設住宅がある難民キャンプの集会場のようになっている一番大きい小屋に、日本から持ってきた某ウォークマンを作った会社の準最新据え置き型家庭用ゲーム機を準備していた。プレイするのは、これもシリーズ化している準新作の某3Dロボットシミュレーションである。

「武器属性とか防御属性とか、小難しい事しないでいてくれた方が助かるのに」と、シリーズ通してのファンである火威は思う。

とは言え今まではオフラインだったが、先日から日本とネット回線が繋がるようになって僚機を雇う事が出来るから、難易度はかなり下がった筈だ。

ここにあるゲームは、避難民達の娯楽の無さを考え、親切心から火威自身が持ち込んだ物だ。今では他の自衛官が持ち込んだものもあり、ソフトは充実している。

最初の内は異世界から持ち込まれた代物を物珍しく見て、設置当初は実際に操作する者も居た。しかしこれが遊具だと説明されてからは、まるで生産性の感じられないこの物体に興味を持つ者は激減した。だから火威としては某3Dロボットシミュレーター弁護の為に「コレは狩猟本能を養う使い道もある」と、本来の使用目的より歪んだ斜め上の説明をする事となった。

「難易度の結構高い作だから出来るかなぁ」と、興味を無くしているであろうにも拘らず、避難民がプレイした時の心配を、シリーズ通してのファンである火威は思う。

オンラインの共同プレイにも拘らず、接近戦用の武器一つのみの迷惑縛りプレイを暫くやっていると思うのは「こんなACみたいなのがあったら炎龍を張り倒すのも楽だろうなぁ」ということだ。

そうしている内に集会場に人が来ていた。コダ村の避難民の中の九歳くらいの男の子だ。

「ヒオドシのオジサン、またゲームやってるの~?」

「いやいや、こうやって気力や闘志を高めているんだよ。今朝の出動で両方とも使っちゃったから」

それにレレイ先生も今は出かけてるし。と付け加える。

火威は特地語の勉強に加え、先日からは魔法の勉強もしていた。カトー老師を先生に魔法や特地語の勉強をしても良いのだが、驚異的な吸収力で日本語を憶えたレレイの方が都合良いのである。

「あぁ、それで今朝は走ってるの見なかったんだ」

この世界の住人は大概早起きだ。陽が沈んだら寝るし、昇ったら起きる。無論、仕事などで前後することはあるが基本的に太陽に従った生活リズムと言える。

「まぁねぇ……ってかいうか、ここから走ってるところ見れたの!?」

「普通に見えるよ」

何を当然の事を聞くのかと、とでも言わんばかりに少年は返事する。

サバンナに住む者の視力が7.0程あると聞いた事があるが、特地の住人もかなり視力が良いらしい。

「まぁなんつーか、中々良い夢見てスッキリ起きられたというのもあるけど」

「良い夢って言うとニホンの食べ物とか?」

この歳の少年に嫁が出来た夢の話をしても仕方ないので肯定しておく。

「ニホンの食べ物って美味しいけど味が濃いよね」

彼らは避難したての頃に自衛隊のレーションを振る舞われた。いや、現実には今日収入を得たばかりなので、もう少しの間だけレーション暮らしだろう。

「まぁねぇ……」

そういえば、と思う。第三偵察隊、妙に遅いな。竜の鱗の商談に手間取っているのか、ついで仕事に復興の手伝いでもしているのか、または盗賊を撃滅して厚い歓迎でも承けてるのか……。そう勘繰る火威ではあったから、まさか隊長の伊丹耀司二尉が帰路の途中で帝国の騎士団の捕虜になっている事など露程も思わない。

「今度日本帰る事があったら、日本で食べてるお菓子をご馳走してやるよ。俺が作れる種類は少ないけど」

これを聞き少年は驚いて言う。

「えっ! ヒオドシのオジサンもイタマエなの!?」

「ちょ、何それ、なんでそんな日本語知ってんの。っていうか板前はお菓子作らないよ。まぁ趣味で作る人も居るだろうけど」

「レレイねーちゃんがイタミのおじさんの所のフルタっていう人がイタマエって言ってた」

「あぁ、古田陸士長ね」

その人物の名と顔は火威も知っていた。どうも第三偵察隊の隊員は個性派揃いに思える。

「俺は板前じゃないけど菓子作りはプロ並だよ」

「ぷろ?」

「本業のこと」

しかし、ここで火威は新たな問題に直面した。

(プロが作ったホットケーキって食ったこと無ぇな……)

 

 

  *  *  *                  * * *

 

 

後日、顔の傷を増やした伊丹二尉率いる第三偵察隊は帰還していた。

火威がイタリカで見たピニャ・コ・ラーダも来た事には驚いたが、更には初めて見る金髪縦ロールの女性も一緒だった。

あの人達は何故に? そして伊丹二尉の顔の傷は何故増えてるの? 当然、火威もそんな事を思う。だがそれも、協定締結後に手違いがあり謝罪しに来た、と聞けば伊丹二尉の傷が増えているのも、金髪縦ロールの女性が来た理由も大体察しが付いた。

「まぁそんな事もあるよねぇ」と、思ってしまうのは他人事であり、特地故に伝達が遅い事に起因しているからと推測が成り立つからだ。それに伊丹二尉が手酷く暴行されたものの幸い大事は無く、今回の一件では死者は出ていない。

その伊丹二尉が明日、国会から参考人招致で呼ばれるという話は士官の間でも話題になっていた。

「大丈夫なんですかねぇ。伊丹二尉が国会とか」

まるで誰かに聞かせるように零れた相沢の呟きを、火威は不思議な事でも聞いたような顔を見せる。

「え、なんで……? 伊丹二尉は格闘・射撃・空挺・潜水・心理戦・爆発物とかのエキスパートって聞いてんですけど……」

「…………三尉は伊丹二尉とは面識無いんですねぇ。三尉はどうやってその情報を?」

「特戦群に入る方法を調べてる時にたまたま……ッハ!?」

「えぇ、黙っておきましょうね。私も何も聞かなかった」

特殊作戦群の構成員の名は秘匿条項とされている。だから火威から見れば伊丹耀司二尉が様々な分野のエキスパートで、なおかつ元・特殊作戦群の構成員だという事を知った瞬間だった。しかし相沢からしてみれば、欺瞞情報を掴まされ、担がれた僚友が、何故か特戦群構成員の個人名を知っていたので口止めをしたに過ぎない。

「あぁ、そだ。俺も明後日、日本に戻りますね。ちょいとコダ村の少年と約束あるんで」

 

 




本当は三話だけだったんですが、妙に短いので四話分も繋げました。
ご意見やご感想等有れば、是非ともお願いします!


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第四話 都心追撃戦

ドーモ、箸休め回です。でも魔法初登場の回でもあります。


火威は思う。イタリカ救助戦のロゥリィのパッチ、完成してたら車に貼り付けて来られたんだがなぁ……。

一昨日の国会中継をアルヌスで見ていたが、案の定、レレイは抑揚の無い声で見たままを冷静に話し、金髪エルフのテュカは日本人女性の平均寿命を大幅に超えていた。だが「見た目の十倍くらいかな?」と考えていたので、予測の範囲内とも言える。予測を大きく上回ったのはロゥリィだ。まさか1000歳近い961歳とは、特地の特殊性に慣れた自衛隊でも考えられた者は居ない……と、火威は思っている。

そして、そのロゥリィと三偵と自らが所属する第四戦闘団の飛行部隊が活躍した証であるイタリカ救助戦パッチを、付けてこようなどと思う自慢したがりな自身の性格に苦笑した。

実際に火威がイタリカ救助戦で働いているから虚栄心とは違うのだが、そのような物を付けた自衛官が特地から出てきて、万が一マスコミ関係者に事の詳細を聞かれたら困ってしまうので、これはコレで良いか、とも思う。

その火威が特地側からゲートを越えて、先ず見たのは異常とも言える数の人々だ。

「ま、祭でもやってんの?」

地方から都心に出てきた者の第一印象がそうであるように、火威の第一印象も同じだった。だが今回は明らかに違う。そもそも人が多過ぎる。何かのイベントらしいものであり、何かを待っているというものだ。

何か祭やイベントでもあるのか。ゲート傍の詰め所の警務官に聞くと「献花した後、特地に帰る三人娘を見に来た」とのこと。

確かに一昨日の国会中継はインパクトがあった。もし国会中継が毎度、一昨日のようなものなら間違い無く毎回高視聴率だろう。そして三人娘の人気は買い物に行く道すがら、思い知る事になる。

『アナタおバカかぁ?』とは一昨日の国会で、政府批判に繋げようと自衛隊のアラ探しに躍起になってた野党議員に投じたロゥリィの言葉だ。それが街頭テレビや神田の業務用スーパーに行く為に乗った中央線のトレインチャンネルでも映し出されているのだから、彼女達のインパクトの強さが知れる。火威だって国会でその発言はマズいだろ、とは思いつつ、ぶっちゃけ溜飲が下がる思いだった。帰ったら参拝して柏手を打たなければ。

「さて、先ずはホットケーキ粉を……」

難民キャンプの避難民は全員で25名。現在はPXを建築中で、店員をイタリカのフォルマル邸の亜人メイドに頼むなんて話を聞いているが、まだPXは出来ていない。

「でもまぁそんな労力変わらんし」

念のため一箱に三袋のケーキ粉、その袋一つで三人前……早い話が一箱九人前のホットケーキ粉を十箱を買い物かごに入れる。箱のまま取っておけば暫く悪くなる事はないし、卵や牛乳の代用品は特地でも手に入る、と思ったのが余分に買った理由だ。

次に買うのは牛乳だが、コダ村の少年に「プロ並」と言ってのけた手前、 箱に書いてある説明通り作るのは自身の気が済まない。だからヨーグルトを使う事にした。しかし困った事に、ホットケーキを作る時に使うヨーグルトは何時も目分量なのだ。だから目分量でファミリーサイズを五箱買う事にした。そして最後は卵だ。

「これは3パックありゃ十分かなぁ」

割れ物なので緩衝材が欲しかったが、そんな物は売ってなかった。なので段ボールを貰ってその中に卵を入れ、周りに細かくした段ボールを詰める。

これで大丈夫、と思って顔を上げると、そいつは居た。

人間よりも肉厚で体格が良く、緑色で残忍。ファンタジーモノのアダルトゲームに出るとほぼ間違いなく女性キャラを陵辱する汚れ役&やられ役として使われる。姿は醜悪かつ不潔で盗む・奪う・犯す・殺すなど負の部分が強く、ひどい時には「ぷぎー! ぶひー!」などまともな言語を話せず、形勢不利と知るや尻尾を巻いて逃走するか、改心や命乞いと見せかけて背後から騙し討ち(だがあっさり返り討ちに遭うぐらいの見え見えの小芝居)を仕掛ける程度の知性は持っている。

そんな感じの火威の見合い相手が居たのだ。

(ヤ、ヤバイ!ナンデッ、なんでこんな所に!?)

門を越える時に、もしや……とは思った。こう成らない為に特地に骨を埋める決心もした。だが避難民の少年に宣言した「特定のお菓子作りのみプロ級」という言葉を実践し示そうとしたところ、畏れていた事が起きようとしている。

幸いオークはこちらに気付いていない。火威はレジを通した買い物をレジ袋に移していく。

意外と重い。主犯は間違い無くヨーグルトだ。だが殆ど毎朝アルヌス駐屯地の周りを50Kg強の重りを担いで二周走ってる火威からしてみれば、大した重さではない。レジ袋を三重にして、万が一の悲劇にも備える。

顔を見られないようにオークに背を向けて出入り口に移動する。しかし唯一の出入り口はオーク側にあるので、遠回りしなければ成らなかった。

静かに素早くッ。オークがスマホを弄ってる瞬間に出入り口へ向かう。そして瞬く間に火威は店舗から離れ、神田駅へ向かった。

電車に乗ってしまえば最早安心だ。そう考え腕時計を見る。その針は一時を指していた。昼飯を食べるには丁度良い時間だ。

銀座駅を出ると門の近くにある牛丼屋へ向かう。銀座に溢れる人の波は来た時より更に増していたので、火威は両手の荷物を掲げて歩かねばならなかった。しかし人は増えていく一方だ。手近な店を見つけて火威が飯を食べて店を出ると、自由に身動きが取れない程に人が増えている。

そんな中で、火威はオークの姿を群衆の中に見た。

ゲェェ!? ナンデェ! オークナンデェ! 言葉には出なかったが、火威の表情がそう物語っていた。

一刻も早くゲートの中に逃げ込まなくては。最早、多少人の迷惑になろうと、目立たないように胸の前で荷物を抱える。オークの目に入るような目立つ行為は一切してはいけない。

いよいよ門のあるドームが見える所まで来る。もう小走りに行って警務官に声を掛けようとした。その時だ。

群衆の中から外国語が聞こえた。その方向を見ると、白人と白人と東洋人の混血…だが話してる言語を聞くと明らかにアメリカ人と言って良い独特の聞き取り難さがある米語で話している。人混みの雑踏で更に聞き難くなってるが、レレイ達の3人娘の他にも、帝国の皇女やその従者が来ていることを理解しているような話し振りだ。その上、「護衛を排除」や「速やかに来賓を確保」などと言う単語が聞こえる。皇女と従者が日本に来ている事は、自衛隊の一部や日本政府しか知らないことだ。スパイ天国と言われる日本故か、よく見れば外国人がちらほら見られる。全員が全員工作員では無いだろうが、確実に他国の工作員が混じっている。

「…………チクショウめ」

火威は門の近くの詰め所に荷物を置くと、再び人混みの中に入っていった。

この人混みの中では外国の妨害勢力も乱暴な事は出来るハズはない。それでも相手がどのような方法を取るか判らないし、もしかしたら思いも寄らない冴えた手法を使うかも知れない。

何れにせよ、イタリカで死神の如く無双を揮ったロゥリィが居れば、来賓は無事だろう。だが伊丹達のような自衛官は人間である。怪我もするし、下手すれば死ぬことだってあり得る。

火威はレレイから学んだ魔法で空気の玉を作ると、先程見た白人に思いっ切り投げつけた。強い力で押される程度だろう……そう思っていた火威が見たのは、宙を二回転程して地面に叩きつけられる白人だ。隣に居た混血白人の工作員も、周囲の人間も、何事かと白人を見る。

「…………死ぬがよい」

もう一つ作った空気の玉を、今度は混血の工作員に投げつける。空気の玉なので、ぶつけられても死ぬ事は無い。当たり所が余程悪くても死ぬような事は、たぶん無い。

吹っ飛んで地面にぐしゃりと落ちた工作員を、周囲の人間はまたも驚いて見ていた。が、直ぐに背広を着た男たちが白人と一緒に確保してしまった。

 

なんだ、公安が見てたんじゃん。そう思って踵を返し、特地に帰ろうとする火威。 の、脇の下から腕を伸ばして羽交い絞めにする人物。

「!?!?」

この時、火威は思い出した。

自分が特地に骨を埋める覚悟する切っ掛けとなった人物が、すぐ近くに居た事を。

ヤメロー! ヤメロー! という火威の悲鳴も虚しく、特地へ帰る三人娘への別れの言葉を送る人々に掻き消されてしまう。そしてそのまま新橋の格安ラブホテルに引きずり込まれてしまうのだった。

銀座和光の鎮魂の十四時の鐘が鳴り響く。




今回はかなり短めですが、次回以降もこの位になるかも知れません。
再投稿に際しては溜まっていた分を一度に投稿しましたが、これからはゆっくりになると思います。

ご意見、ご感想等、何卒お願いします。


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第五話 震える日

決して固くなる事はなく、決して立ったりもしなかった。

そして決して濡れず、ましてや出す事もなかった。

そんな自分自身を褒めてやりたい。ようやく解放された火威は地獄から解き放たれた囚人の如く、荷物を担いで特地に戻った。

それから数日経って、避難民と新しく出来たPXにフォルマル邸から来た亜人メイドにふわっふわのホットケーキを振る舞ったが、その味はちょっぴりしょっぱかったと言う。

それも、銀座でオークに襲われ、連れ込まれた新橋のラブホで犯された事が原因だった。傍目から見ては判らないが、彼が発する負のオーラを、遠目から見ていた狭間陸将は人事を動かすに至る。

火威 半蔵三尉を帝都南東門界隈、通称『悪所』にて、自衛隊拠点間の連絡員に任ずる。そんな話が来たのは、レレイ、テュカ、ロゥリィの三人娘が国会に出て、アルヌスに帰ってきてから暫く経ってからの事だった。

事情を知らない、というか知る由も無い医務官に親切心からチラつかされた日本帰還を断固として拒否した火威に、アルヌス駐屯地で負のオーラを撒き散らされて、全体の士気に影響が出るより、多少危険でも仕事を与えた方が良いと考えた狭間 浩一郎(はざま こういちろう)陸将の判断だ。そして、それは見事に的中した。

「うーむ、アルヌスも賑やかになってきたけど、やっぱ外の方が色々見応えあるな」

目茶苦茶物騒なアメ横みたいだけど、と付け足しながらではあるが。

その日は悪所のアルヌス生協PXの帝都支店が入っている建物に出掛けていた。ここのPXはアルヌスからの日本製品の他、帝都のタブロイド紙から得られる情報、そしてファルマート大陸ならではの神々の姿をイメージした工芸品など、帝都の住人にも自衛隊にも自衛官個人にも恩恵が得られる有り難い場所だ。

「アメヨコってなに?」

「俺は行った事ないけど日本にある商店街だよ。色々売って有名なんだって」

六肢族の娼婦の問いに火威が答える。彼女とは初対面の時に、阿修羅的な種族と見紛った火威がいきなり合掌してみせた以来の仲だ。

へぇー……と、少し興味を示しつつも、自身が簡単に行ける身分ではない事を自覚してる彼女は、それだけ言うとPXの商品を色々見ていく。

このPXにも日本の商品は多数売っているので、彼女の中ではアメ横が想像出来たのかも知れない。

たぶん、その想像とは多少違うのだが、火威もアメ横に行った事が無いので、違うとも言い切れないのが歯痒く思う。

一階に降りるとそこは娼婦達のサロンになっており、自衛官はたちまち客引きの商売相手となる。

PXの場所を選定した者が誰かは知らないが、大いに自衛官の顰蹙を買っていた。火威としては日本での悲劇を経て、悪所で綺麗な娼婦達にチヤホヤされるのは悪い気がしない。いや、寧ろ嬉しい。だから娼婦達の心を弄ばない程度に交流を続けている。ヒトとは姿形が多少違っても、それは些いな問題でしかなかった。

「ヒオドシ、他のジエイカンにも言って、たまにはワタシ達を買っておくれよ」

誘ってきたのはメーラ種の娼婦だ。火威としても、艶めかしいその褐色の肢体を抱きたいとは思ったが「ゴメン、お客が何時来るか判らない商売だからさ、当分は無理かな」合掌して頭を下げ、平謝りする。

「客ってどんな?」

「そりゃあ、ウチの親方様とか……それ以外には剣呑なヤツかなぁ」

実際には親方様たる狭間が来る事など有り得ない。可能性の話に限るが、アルヌス駐屯地が正体不明の強大な敵に襲撃され、放棄せざるを得ない時くらいだ。剣呑な客は自衛隊が悪所に拠点を構えた当初はよく来たが、今は皆無だ。

「まぁ禁令破って遊びに来るヤツがいても、あんま冷たくしないでやってよ。それとここの綺麗なお姉さん方とイイ事したのがバレるとクビになっちゃうからさ。内緒に……」

そう言って口の前で人差し指を立てて見せる。

「そうなのかい? それはまた厄介だね」

だから遊びに来るのは何時か個人的に来られるようになってから……そんな会話を交わしてから、火威は塒としている拠点に帰る。だが直ぐに戻ってきた。

「今夜は帰ってくんなってさ」

不承不承と言った様子だ。

「旨いモンでも食べるのかね」と竜人の娼婦。

「ヒオドシ省られたニャ」と言ったのは血の濃い長毛のキャットピープルの娼婦だ。

「何だか判かんねぇけど……」

今夜はもう仕事も無いからと呟くと、火威は思案する。

「よし、遊ぼう」

その言葉に娼婦達は驚き半分、嬉しく思った。だが火威は朝方までPXで購入したトランプで七列べを敢行したのである。

ちなみに蟻を先祖に持つと言われる六肢族も竜を先祖に持つという竜人にも臍がある。そんな任務とは関係の無い事に火威が気付いたのは、悪所に来てすぐの事だったとか。

 

 

 

 

次の日、火威は拠点を襲撃した悪所のマフィアで顔役の一つ、ベッサーラ一味の死体の片付けをしていた。

襲撃とは言ったが、事前にベッサーラ一味の情報を知っていた自衛隊が、経緯は知らないが伊丹二尉ら第三偵察隊の隊員が、国会招致で日本に行った際に入手した使い勝手の良い外国製の武器で、一方的な反撃をしたと言って良い。

「へぇ…。コレで最後か」

最後の一体であろう中年のヒト種の死体を荷車に載せる。

ベッサーラ一味は敷地内を盛大に汚してくれたので、こういう時に役立つ魔法を憶えなかったのが悔やまれる。

「火威三尉、こういう時に役立つ魔法って無いすか?」

「いや、俺は物を軽くする魔法と風の玉を人様にぶつけるしか出来ねぇよ」

わざわざ軽くする程重い物は死体しか無く、その死体も魔法を使う前に隊員が易々と荷車に乗せていく。

三偵の倉田 武雄(くらた たけお)三等陸曹に聞かれた火威は空気の玉を作りだす。はて、なんでわざわざこんなモン作ったのか……。恐らく昨日の夜に頑張り過ぎて疲れが残っているのだろう、と、自分の問いに自分で答えを見出だしてから、空気の玉をその辺りの地面に投げ捨てた。

地面に触れた玉はそこで破裂し、周りにちょっとした風と上昇気流を巻き起こす。そして、ちょうど拠点としている建物で開いている診療所に来たキャットピープルの娼婦の紗い貫頭衣をめくり上げる形となってしまった。

「あっ……こりゃどうもすみませ、あごぉァッ!?」

頭を下げて娼婦に謝ろうとした火威の内太股を僚友の半長靴が蹴り上げる。この時、火威は思い出した。三偵には亜神と連携出来る猛者が居ることを。

「く、栗林ェ……」

何故、今現在ピニャ・コ・ラーダの館に逗留してるお前が……。と言おうとした。

第三偵察隊は帝都の郊外にある皇室庭園で、外務省の菅原 浩治(スガワラ コウジ)と帝国の第三皇女ピニャ・コ・ラーダ殿下が帝国議員を招いた園遊会に主催者側の人員として出席してる筈であった。そんな場に、余り良ろしくない噂を聞く第一皇子が乱入したのだ。

幸い、自衛隊にかかれば招かねざる客が接近している事など早めに判ってしまうので、議員や自衛隊員が第一皇子と鉢合わせする事は無かった。

議員や自衛官らを乗せた車列は、郊外から悪所のある帝都の南東門に向かい、そのまま第三偵察隊は帰還してきたのかも知れない。

そもそも第三偵察隊には魔法の話を振ってきた倉田も所属しているのだ。火威は自身の迂闊さを呪った。

それでも同僚に凶器を使うな、と、恨みがましく爆乳脳筋娘を見上げる。だが返答は他の所から来た。

「火威三尉、三十路迎えて魔法を憶えて嬉しいのは解りますが、診療所内での乱用は困りますよ。もし今後同じようなことなさったら、二度と出来ぬよう指と指の間を縫合して差し上げます。両手が不自由になりますが野口英雄のように細菌学を研究なさればノーベル賞の候補くらいにはなれるかも知れませんわ。そうなれば趣味の女遊びも少しは理解されるかも知れません。他に浪花節や囲碁や将棋や油絵もなされば帝国のセンエン銅貨くらいになれるかも知れませんし多少、歴史に名が残せるかも知れませんわ」

看護師資格を持つ黒川茉莉(くろかわ まり)二等陸曹が、火威の魔法使用の制限を実に長い毒付きの釘で刺す。

「こ、今後は二度と診療所で魔法を使いません」

火威はそう言うしかなかった。下手に反論すれば、10~50倍になって返ってくる。そうした隊員を何人も見てきたからだ。

この凸凹WACコンビは、実に火威の好みなのであった。特に短身の栗林 志乃(くりばやし しの)二等陸曹の爆乳っぷりは、火威が悪所に来る切っ掛けとなった日本での悲劇に感謝すらした。だが、すぐに思い知る事となる。このWACコンビが相当恐ろしい人達である事を。

イタリカで盗賊団相手にロゥリィと無双していた隊員は男だと思っていたが、三偵に身長の低い男の隊員は居ない事を知る。消去法に従うと、この小さなWACという事になる。

ハハハ、まさか……と思っていたら、付近を根城にしてるチンピラが栗林に絡んできた時、他の隊員が対応する前の瞬く間にチンピラをノシてしまったのを見る事となった。女性自衛官の恐ろしさを魂魄に刻み込まれた彼が、今頃更正して真っ当に生きている事を祈る。

黒川は艶のある黒い長髪を持つ背の高い女性自衛官だ。190cmある彼女から見れば177cmの火威も小さい方だが、それでも黒川二曹くらいの背丈の女性は「有り」だと思う。心を折られかねない毒を吐かなければであるが。

彼女が言う「女遊び」はPXが入っている建物が娼婦のサロンとなっているから、そう思われても仕方ないのだが、魔法が使える事に関して言えば童貞だった火威が特地に来てから魔導士の手ほどきを受け、なんやかんやで使えるようになった、という認識されている。

実際には魔法を使うには特別な才能が必要らしく、火威が童貞だったということも無い。そう、無いのである。今は。

 

そんなこんなで昼過ぎまでには拠点は綺麗に片付いた。これならば診療所に来る近隣の住人や、商売がら診療所に来る事の多い娼婦に昨夜の戦いの跡を見せることは無いだろう。

実際、診療所に来る人々は、建物の一部に銃創や焦跡などの損傷が有るにも拘らず何かを気にする訳でもなく診察を受けて帰っていく。

目立つ新参に殴り込んだ古参が返り討ちにされた、という図式が、悪所では珍しくないそれのかも知れないが。

 

その日の夜半。

震源地不明の地震が、この世界に住まう者達を襲う事になる。そして良い噂の聞かない第一皇子が三偵の栗林に半殺しにされるのだった。




どうも、一週間振りの投稿です。
そしてメインタイトルが変わりました。
忍者が消えましたが忍者的なものは登場する予定です。
主人公がニンジャヘッズとかじゃなくて、本当に忍法っぽいものが出ます。でる予定です。
たぶん。


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第六話 イタリカにて

ドーモ、一週間振りです。今回は二本上げます。
1月から始まる炎龍編の後はどうなるんでしょうね。
折角なら冥門編までやってもらいたいところですが……。難しいですかねぇ。
何なら動乱編からは劇場3部作でも良いから見たいもんです。


他国ならまだしも、帝都では起きる事の無かった地震の後に、議事堂が空を裂く剣から放たれた神器によって吹き飛ばされた事を知った多くの人々は、神の怒りと恐れた。

事情を知る元老議員らは、その議事堂跡に集まり、包帯だらけの帝国第一皇子・ゾルザルに視線を集める。そしてこの後、自身の見栄の為に皇族に暴力を振るったという貴重な外交カードを無駄にするという愚かな男の姿を目にすることとなった。

 

 

  * * *                       * * *

 

 

「しっかしそのゾルザルってヤツも相当バカだなぁ」

火威は人知れずそう呟く。

講義堂が爆破されたのは、早朝に剣崎三尉らが姿を消してから暫く後の事だ。彼らがファントムからの爆撃をレーザー誘導していたのだろう。

地震が起きた次の日には第三偵察隊と火威、そして銀座事件以前に拉致された日本の国民、望月 紀子(もちづき のりこ)はアルヌスに帰っていた。もっとも、自衛官らは暫くすればまた帝都に戻る事になるが。

そして帝国内には他にも日本人拉致被害者が居るという。

皇子を半殺しにされたというのに、帝国からは何日経っても文句の一つも言われる事ない。

伊丹二尉と富田章二等陸曹や栗林二等陸曹、そして外務省の官僚、菅原 浩治(すがわら こうじ)の話から察するに帝国第一皇子のゾルザルという男は、器量が狭く残忍で自己満足の世界に生きてる人物だという。その人となりが知れれば、国の利益より自身の見栄のため、小柄な女性自衛官に半殺しにされた事を否定したのだろう。ホントにバカで解りやすい、と、事情を知る者なら誰もが思う。

「栗林、どーして半殺すついでに三年殺しにしとかないんだよ」

その男を生かしておいてもロクな事が無いと思う。その余りに口から出た言葉だが

「そんなん使えるワケないでしょう!」

という当然な反論が返ってくる。

「しかし半分の長さに切るとか引き千切るとか玉ごと抉るとか……」

「そんなモノに触りたくありませんよ」

「まぁ、そうだな……」

セクハラで訴えられる前に黙っておく。脇を見れば他の隊員(主に黒川)が冷たい目で火威を見ていた。

それから暫くはアルヌス駐屯地で平穏な日々が続いた。アルヌス南の難民キャンプや、そこに付随するように作られた町は少し見なかっただけで、かなり大きくなっている。

聞けばイタリカとの交易で人や物の行き来が増え、それに伴って商隊護衛の傭兵や町の建物を作る大工、彼等に飯を食わせる食堂や、そこで働く亜人ウェイトレスやPXの従業員がフォルマル邸から派遣されているのだと言う。

ここまでアルヌスの町が大きくなると、火威もアルヌスの街の重役とも言えるレレイに魔法の師事を請うのは無理なので、その師匠のカトーに習う事となった。

しかし火威も習うだけではなく、特地語が喋れる三偵の隊員と交代で薔騎士団の研修生に日本語を教える事となる。

美人揃いなのは実に嬉しかったが、彼女らの(男同士が絡み合う)芸術に付いていける者は居ない。

そうした中、火威と相沢そして第三偵察隊に招集が掛かる。再び帝都での通訳や外務省から来ている菅原の護衛、そして情報収集の任務が課される。

「俺ら……第四戦闘団だよな」

なんで情報担当の二科みたいな事を、とは思いながらも

「悪所のお姉さんが綺麗だから良いや」

という結論に落ち着いた。だが目論見とは虚しく変更せざるを得ないものだ。

特地では他人を髪の毛の量で判断しないらしい……と思ったが、以前にイタリカで会ったピニャの従者の騎士補、グレイ・コ・アルドとは接する時間が短かったにも拘らず髪の毛の件でマブダチになれたから、そうとも限らない気がする。

つまり、悪所の亜人のお姉さんは営業トークということ。残酷な話だが、火威は覚悟していた。それに悪所に来たのは髪の毛の真実を知った後だったし、もしかしたら気にしない人も居るかも……という一縷の希望を抱けるので、火威はもう余り深くは考えない。

「しかしビックらコイタなぁ。伊丹二尉が行き成りヘリを飛び降りるなんて」

と内心で思ってた火威と相沢が降ろされたのはイタリカだった。

アルヌスを出発する時、伊丹二尉はヘリから飛び降りて任務を放棄したのだ。実際にはその後に来た連絡で、エルベ藩国の資源状況調査という火急の任務が入ったのだという。

まぁこのまま悪所に行って、隊長が任務放棄したのを絶対不満に思っているであろう栗林と黒川の二人を、ついつい茶化そうものなら肉体的も精神的にも再起不能に追い込まれそうなので、良かったと思うことにしよう。と、火威は考える。

ところで俺達は何故イタリカに置かれたのやら……相沢二尉は何か聞いてます? という火威の質問に対して

「三尉が前に悪所に居た頃から決まってたんですが、新しい情報収集ですよ」

今更イタリカで何の情報収集を……と思う火威。

そんな中、栗林の巨乳が恋しくなったとかならなかったとか。

 

 

  * * *                      * * *

 

 

イタリカで過ごす生活は中々充実したものだ。これまでの歴代当主が集めた書物も見せてもらえるし、その中でファルマート大陸の動植物や亜人、亜神、はたまた怪異などを知る事ができた。

「ダーか。こいつぁヤベェな」

本の中で説明される怪異の中には人権意識の強い自衛隊には脅威となりえる者も居て、上官が火威をフォルマル邸に来させた意味が少し理解できた。

本を読む為にハウスメイドに特地の文字を教えてもらえるのだが、火威が調子に乗って外食に誘うと「私共は屋敷内で食事する事が定められてますから」と、体よくあしらわれる。

かと言って火威に冷たいワケでもなく、屋敷で習得した新しい魔法を試すと「すごい すごい」と目を輝かせて喜んでくれる。

そんな生活が続いた中、火威は急に現実を突き付けられることとなる。

良い寝床を使わせてもらっていると、ついつい寝過ごして折角の治安が良いイタリカでランニングが出来ない、というかなり身勝手な主張は起きた直後に霧散してしまった。

フォルマル邸から送られたという偽の信箋でアルヌス食堂で働くデリラというヴォーリアバニーが日本人拉致被害者の望月紀子を暗殺し掛け、それを偶然止める事が出来た柳田二尉が重傷を負ったという知らせが入ったのだ。

容疑者はすぐに捕らえられた。館の執事、バーソロミューだ。信箋を横流し出来る人間は限られている。彼は館の一室で椅子に座らせられ、拘束されていた。借金に塗れ、女関係に付け込まれた彼が何者かに信箋を渡したのだと推測された。

彼はハウスメイドのキャットピープルのぺルシアとヴォーリアバニーのマミーナに至極きつい尋問を受けても、一向に容疑を否認している。

「三尉、尋問で使えるような……吐かせるような魔法は無いですかね」

「いや無いっスよ。よしんば有ったとしてもまだ使えませんよ」

デリラの同族のマミーナが思いの丈を乗せ、涙ながらにバーソロミューを張り倒す。それでも口を割らない。

「ぐぬぅ……もう石を抱かせよう。メイド長、竹串と五寸釘の用意を!」

グリーネという種族の血が濃いヴォーリアバニーの貫頭衣姿に若干釘づけになった火威も、一緒に派遣されてきたデリラの事は知っていた。食堂で働いていて、たまにセクハラした傭兵なんかが蹴倒される事があったけど、真面目で熱心に働いていて中々に巨乳……もとい魅力的な娘だった。それだけに、彼女を騙し、仲間の隊員を傷付ける切っ掛けとなった信箋を横流ししたバーソロミューには容赦無い。

「タケグシ? ゴスンクギですか?」

「いやちょっと待って三尉、もうすぐ健軍一佐が医官を連れてくるからっ」

火威のやらんとする事を察した相沢が慌てて止める。

人の口には戸を立てられぬもので、自衛隊員が奨んで拷問したことが門の向うの日本で明らかになると実に不味いのだ。恐らく火威はギザギザの敷物の上にバーソロミューを座らせて重い石を抱かせ、手足の指と爪の間に竹串を突っ込んで其処に蝋を垂らし、それでも吐かないなら手足の甲を五寸釘で貫こうと言うのだ。

あぁ、メイド長もう結構ですから。今の取り消しで。と、相沢が言ったところで健軍一佐が部屋に入ってきた。



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第七話 平静と絶望の間

この辺りから自小説の改変が出て来ます。今までは原作通りです。
ちなみに原作と漫画版を元にして書いてます。
従ってグレイは禿げです。
禿げなんです。

大事な事なので二度いいm(ry


医官に注入されたアミタール剤で直ぐにバーソロミューは真実を喋った。その言葉は、やはり推測の通りに信箋を行商人に横流ししたのだという。

自衛隊やイタリカの憲兵もすぐに行商人が逗留してる市内を探したが、既にもぬけの殻だ。真実を喋らされたバーソロミューは哀れなものだ。拘束されたまま椅子に凭れて力が入る様子は無い。その様子を見ていた火威は借金も女遊びも程々にしようと心に決めるが、借金する程に遊ぶ方法も知らないし、彼を本気で相手するような女は当人が逃げているオークくらいしか居ないので、彼の決心に余り意味は無い。

ちなみ、その後のバーソロミューがどうなったかは知らないが、フォルマル邸には14~15歳くらいの美しいメディサの女性が働き始め、バーソロミューが会ったという行商人の人相描きが出回り始めたという。

ともあれ、犯人は望月紀子という人物がアルヌスに居る事を知る人物、ゾルザルかその周りの人間という事になる。

「オ・ノーレ!」

だから早くゾルザルとかいうバカ皇子はブチ殺しときゃ良かったんだ!と宣う火威を、爆発物でも取り扱うように、富田は宥める。

「しかし手を廻したのがゾルザルとは限りませんし」

「そうですよ。周りの人間が考えたならゾルザル倒しても危険は残りますよ」

言ったのはそのゾルザルを半殺しにした張本人の栗林だ。言う通り、日本人暗殺を指示したのがゾルザル本人ではなく周りの人間なら、帝国兵の日本人憎しの感情が一層増すだけだ。

「うぅむ……」

家臣に殺されるか、事故で死んでくれりゃ一番手っ取り早いんだが……。魔法で上手く事故に見せ掛けて殺れねぇか、と思いながら腕を挙げる。たが。

「おっと、危ない」

次に事務所内で魔法を試したら黒川に指の間を縫い付けられる、と言われたのを思い出して腕を降ろした。

その時、ドアを叩く音が事務所の中に転がった。

 

 

  * * *                       * * *

 

 

「要領の悪い娘ってのは何処にでも居るんだねぇ」

事務所のドアを叩いたのは娼婦のテュワルだった。彼女の後輩で彼女と同じハーピィの娼婦が、普段なら悪所の娼婦が入れないような高級な宿で倒れているのが見つかったからだ。

テュワルが高級な宿に入れたのは、彼女の後輩を呼び出した貴族から「行けなくなった」という謝罪の手紙がサロンに届いたからだ。その時点で陽は沈んでいたが、呼び出された娼婦は朝から宿に行って待っていたのだという。

「なんでまた朝から……」と、保護に向かった黒川も栗林も思うのだがテュワル曰く、彼女はもの凄く要領が悪いらしい。だから市中で取れるか判らない客を待つより、確実に来るであろう貴族の客を待っていたのだと言う。

「にしてもこの娘は……」黒い体毛、もとい羽毛は烏を思わせる。ティワルが見つけた時、羽毛枕を八つ裂きにして中身の羽毛を口にしていたところを見ると、自衛隊員らにはハシブトカラスか猛禽類を連想させた。そしてこの娘はテュワルより少し大きい程度だ。倉田が言うには、ハーピィは飛ぶために体が小さめに出来ているのだという。

「しかしまぁ、昔の訓練を思い出すな」

呟く火威に頷く富田。彼らが腹が膨れるとは到底思えない羽毛を食べた事などあるのかと、疑問に思う黒川であったが、

「レンジャーとかの訓練では蛇や蛙を食べる事があってな……」

「高級食材を引き合いに出すな。揚げムカデとかもう……」

特戦群の訓練ではムカデが常食って聞いたことがあるんだが、今からそれがどんな任務より恐ろしくて恐ろしくて……そんな事を言いながら震えて見せる火威に富田は言う。

「いや、そんなことないでしょう。たぶん」

ムカデなんてそんなに腹が膨れる物じゃないし、極限では何でも非常食にする勇気を付ける意味合いが強い筈。と思いながらも、量を食べれば或は……と断言も出来ない。

「まぁムカデ喰うくらいならドラ肉がマシかなぁ。あとフォルマル邸で食わしてもらった味痢召とか」

「ドラ肉?」

「あぁ、アルヌスに転がってるヤツら」

所々腐っていて食べられる部分が少なくなっていたが、翼竜ならマ・ヌガ肉ではなくマンガ肉が再現出来たという。味痢召は帝国の軍隊に伝わる非常食で、馬の飼料とされるフラ麦と歯抜を量産する白細豆を粥状にごった煮した嘔吐物に似た味の糞マズい飯なので、こちらの方がヤバい。余りの不味さに丸飲みした火威が腹を下す代物なのだが、この場に居る者はお馴染みのミリ飯と勘違いしたようでスルーされた。

「あぁ、アレですか」

火威は頷く。硬度9の鱗で日本でも知られている翼竜の肉も非常に硬いものだった。煮炊きする前に親の仇の如く叩き伏せて肉の柔らかみを増そうとしたが、それでも頑丈な顎を持つ者でなければ翼竜の肉は喰い千切れなかった。次に翼竜肉を調理する時は考えた下拵えを……と思うのが火威ら翼竜肉を食した者の考えである。

「良い方法が出来ればムカデ喰うより有り難いんだけどなぁ」

「そんなにムカデ嫌ですか?」

「そりゃもう生理的に」

ハーピィの介抱に当たっている栗林や黒川も火威と同意見のようだ。互いで顔を合わせて苦笑いしている。

「あー、でも特戦群の選抜試験は日本に帰らないとなぁ……」

「何かあるんですか?」

「オークが待ち伏せてるから」

伊丹や三人娘に遅れること二日、日本に帰った火威が見合い相手という名のオークから逃げ回った末に捕まったのは、新たなトラウマとして火威の心に大きな傷を残していた。だから敢えて日本に帰るような事はしたくない。絶対に帰りたくないのである。そんな事情も知る由もない富田には疑問符しか浮かばない。その後ろでハーピィが艶っぽい黒髪を寝台から落ちてしまう。

「うむ、完全にカラスっ娘」

火威が断言するように言いながら、診療所の寝台で点滴を受けながら眠る彼女を見る。

彼女の名はハヅキと言う。日本から来た自衛隊員なら誰しも思うのだが、実に和風の名だ。テュワルが言うには、ハヅキは東方の国から渡ってきたのだと言う。

そういえば……。と思う。炎龍に襲われてから生き残ったコダ村の住民が各方で伝えた話では、緑の人たる伊丹耀司ら第三偵察隊ら自衛隊を東方から来た傭兵団……と推測されているという話を聞いている。アルヌスの避難民キャンプの住民も、ゲートの向うの日本から来たと知るまでは東方の民族だと思われていたようだ。

ファルマートの東には日本と似た国や組織があるのかと、火威は興味を抱かずにはいられない。しかし、そんな興味心も吹き飛ぶような知らせが次の日の朝に来た。

「炎龍が…………死んだ……だと?」




感想など、御座いましたら遠慮なく言ってやってください。

そして、遅ればせながらお気に入り指定が9つも!!

あ、あざァーっす!!  m(_ _)m

って、ちょっと目を離してる間に11に増えてるーッ!?
ホントに有難う御座います!面白いものが書けるよう精進します!!


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第八話 炎龍 堕ちてた

ドーモ、庵パンです。
ちょくちょく手直ししようと見てみたら
一晩の内にお気に入り指定が一気に15個も!!?
嬉しさ余ってストックしていた炎龍戦も投稿です!(炎龍とは戦いませんが)


第一戦闘団の加茂 直樹(かも なおき)一佐の号令に従って、火威の高校の後輩、出蔵 尚は搭乗する74式戦車を前進させる。特地の道路事情なら10式なんかが良いんだけどなぁ……とは思いながらも、無理な事を強請っても仕方ないので黙々と任務を果たす。

しかし第一戦闘団が総力を挙げての最初の任務が、先輩が血道を挙げて成し遂げようとしていた炎龍退治とは……。出蔵としては、毎朝錘付きのランニングで、先頃イタリカに行くまでには遂に85kgの荷を持ち運んで8kmをランニング出来るようになった先輩に若干申し訳無く思いつつも、まぁあんな害獣は速やかに殺処分した方が良いよね。とも思う。

第一戦闘団が向かうのはアルヌスの丘から遠く離れたエルベ藩国領国境沿いの砦だ。そこまで行けば探査支援……というか、救助すべき伊丹二尉も彼や自衛隊が討伐しようとしてる炎龍の手掛かりも掴めるらしいことは、先日アルヌス駐屯地に助力を求めてきた褐色エルフ、もといダークエルフの女性の話から推察出来た。

出倉にとっては「やっぱ褐色エルフ居たんだなぁ」と悦に入る事実が判明した瞬間である。ならばやるしかない。彼女達の為に。

だがここまで長距離の行軍を経験した部隊は少ないようで、装甲車輛が履帯脱落を起こしたりタイヤがバーストする車輛が少なくない。

「だから10式使えって……」

「いや三尉、最新は無理ですって」

「わってるよンなこたァ」

度々無理を思ってあまつさえ言ってしまうのもダークエルフを助けたいが故である。

しかし、こうして出蔵が部隊で動けるのも上からの命令があるからで、最初にダークエルフの女性からの救援要請があったと知った際には、どうする事も出来ない自身に忸怩たる念いを持つ事しか出来なかった。

そんな中だ。伊丹二尉がそれまでの任務を放棄してエルベ藩国内の資源調査の任に就いたのは。

緊急性の高い任務らしいが、現在の内閣がいくら弱腰でも他国の勢力を首都に入れる事は考え難いし、仮に入れたとしてもその活動はアルヌス周辺だろう。

従って、伊丹二尉は炎龍の討伐に向かったと考えられる。金髪エルフのテュカが、伊丹二尉の事を父と呼んでいたからだ。以前からテュカが夕刻のアルヌスの町の中、誰かを探している姿を見ていた自衛官は少なくないが、伊丹二尉を父と呼ぶようになってからは彼女の危うさを周辺の多くの者が感じていた。

これもダークエルフが来てから加速した事なのだが、そう考えると彼女の奸智は中々に侮れない。だが、そうする以外に緑の人たる自衛隊の力を借りる方法がなかったのも事実だ。

出蔵が所属する第一戦闘団がエルベ藩国内を通れるのも、第四偵察隊が付近の修道院で保護した老人がエルベ藩国王で、伊丹二尉が炎龍討伐に出立するのを見ていたからだという。

 

自衛隊の制圧地域やフォルマル家の領地から出た時には、その土地の領主に通行許可を貰うのに些か時間が掛かったものの、「炎龍」退治という目的を伝えるとあっさり許可が下りた。

多くの人々が炎龍を恐れてた事が知れる。自然災害や事故、それらと同様に炎龍に襲われて死んだという事なら仕方ない、諦めるしかないと思われていた存在を、鉄の象や鉄の天馬を操るこの者達なら倒せるのではないかと思ったのかも知れない。

ロマ河に渡橋するにしてもそうだ。炎龍討伐を明らかにすると、行き交う船の運航を止めてくれもする。その架橋を渡していると思いも寄らぬところからクレームが来た。河の中からだ。

最初は怪異の一種かと思って警戒した自衛官だが、架橋のせいで魚が逃げたという河の民という亜人からのクレームだった。

ただ、特地語を勉強して日常会話程度なら出来る出倉にも聞き取れないくらい訛りが強い。エルベ藩国の国王という老人が話を付けているところを見守る事しか出来なかった。

河の中に住む種族の中には女性もいて、これがまた抜群のプロポーションだ。しかもトップレスである。出倉は少しだけ視線を奪われたが「先輩が居たら危なかったな」と漏らすのみだ。

「三尉の先輩って、火威三尉のことですか?」

「うん」

「火威三尉は巨乳一択じゃ……」

「いや、あの人は障害物に当たると進む方向を変えるチョロQみたいなところがあってな……」

自身の力で変えられない事があると、結構簡単に方向転換するらしい。だからか、イタリカや悪所に行っている先輩が自身と同じ立場に立ったらどうするだろうか、と気になった。

出蔵が知る火威という男は自尊心の強い男だ。それでいて程々に計算高く、同じくらい正義感もある。

十数年振りに会った今では角が取れて丸くなり、大人としての自覚がある性格のようだが、巨乳好きは変わってなかった。

そんな先輩だから、彼自身の矜持と巨乳が懸かった事態になれば、簡単に命令違反や独断行動をしてしまうかも知れない。

第一、火威は特地に骨を埋める気なんだから、機会があれば進んで戦闘中行方不明になりたがるかも知れない。つまり、炎龍退治して、ちゃんと生きていれば、特地の巨乳さんと知り合い、そのまま所在不明になるかも。なのである。

 

帝国とエルベ藩国の国境沿いに来るまでに、幾つかの村を見つけたが生存者は発見出来なかった。だいぶ前から炎龍の縄張りの中に居るらしい。帝国側の砦は炎龍が襲ったのか、人が逃げたのかは解らないが無人だ。エルベ藩国側の砦には剛毅にも複数の軍人が居て、藩国の国王というヘリに乗ったデュラン老人が姿を現すと驚いていた。

その夜にはエルベ藩国のワット伯や加茂一佐や柘植二佐らと軍議が設けられたが、この場に居るヒトらには炎龍の巣は判らない。シュワルツの森に住むダークエルフに聞く方が良い、という結論になった。

そんな簡単にエルフと会えるワケが……と、思ったら、砦の付近を歩哨していた陸曹らがダークエルフに話し掛けられていた。

 

  *  *  *                     *  *  *

 

炎龍の巣があるというテュバ山地の最高峰、テュベ山に第一戦闘団が陣形を整えて進む。

やがて伊丹二尉やレレイ、テュカ、ロゥリィ聖下、そしてアルヌスに助力を求めに来たダークエルフが草木の生えない山中に見えた。

もう明け方なので暗視機器を使わないでも双眼鏡があれば見れるのだが、全員、第一戦闘団が到達するまでに戦闘でもあったのか、かなり体力を消耗しているようにみえる。

しかも、四人の前には大鎌を持ち、ロゥリィ聖下に似たゴスロリ服を着た深縹色の肌の亜人の女性と、彼女が引き連れているらしい小さい炎龍が二体も居る。

大きい炎龍が居たであろうテュベ山の火口は、山体崩壊でも起こしたかのように潰れてるし、炎龍は小さくなった上に一体は色も黒く変わって二体いる……完全に別目標だが、伊丹二尉達と相対しているようなので、やることに変わりは無い。

出蔵が見てる前で二拍、ダークエルフが亜人に斬りかかり、それよりも速く鋭い大鎌の一閃が振り下ろされた。

伊丹二尉はダークエルフに飛びつき胴を抱えて引きずり倒すと、亜人の大鎌は空を切る。そこにロゥリィ聖下が亜人目掛けてハルバードを振り下ろした。

亜人は身を逸らしてこれを避け、そこに赤い小型炎龍の頑強な爪が振り下ろされ、ロゥリィ聖下が跳ねるようにして、これを避けた。

伊丹二尉はダークエルフを抱えて地を転がりながら9mm拳銃を抜くと、赤い小型炎龍の頭部を撃ったが、強靭な鱗に阻まれる。

 

この間にも「伊丹早く離れろ」という声が出蔵の耳に入りそうだ。

というか、実際にあちらこちらで言っている。加茂一佐や柘植二佐の人相がますます悪く……もとい厳しく見える。

すると空自のファントムが低空で接近してくるのが、主翼が空気を切る音で判った。伊丹二尉達も再び小型炎龍と敵対したようで、レレイやロゥリィ聖下を抱えて走って山を下っている。

如何に速く走ってるとは言え、空を飛ぶ龍と人とでは勝負にならない。走って逃げる伊丹達目掛け、上空から炎を浴びせかけようと口を開いた。その時。

ファントムから発射された4基のサイドワインダーが二頭の小型炎龍――新生龍を爆発に包む。

その爆発を皮切りに、日本国内では絶対に不可能な第一戦闘団の過飽和攻撃が開始された。




今回の最後に「ダークエルフが斬り掛かった亜人」とありますが
出倉から見ればゴスロリ服を着た竜人にしか見えないので、亜神とは表記しませんでした。
今作も、またちょくちょく修正するかも知れません。

とかく、ご意見など有りましたらご気軽にどうぞ!
ご感想も頂けると大変嬉しいです!

ちなみに、当小説でのヒロインは今のところ不明です。
12月に外伝4の文庫が出てから決めます。


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第九話 インターミッション

ドーモ、庵パンです。
今回一番苦労して捻り出したのはサブタイでした。
次からサブタイ(上)、サブタイ(中)、サブタイ(下)みたいな感じに
やってく事も考えてしまいます。


帝都の城門に掲げられる炎龍の首を見て、火威が何を思うだろうか。

その心は討伐した者への嫉妬心や敵愾心かも知れないし、今までの努力が無駄に終わった虚しさかも知れない。

確実なのは、己がこじ開けようとしてた扉が、何物かに追い抜き様に蹴倒されたという事実だ。それは一言で言えば喪失感という感情である。

「三尉、なんか残念そうっスね」

表情に心の内が出ていたのか、倉田三曹に指摘されて気付く。

「い、いや、嬉しいし、めでたいよぉ? 今夜はステーキだ…ってくらいに」

火威からすると、かなり大きい嬉しさの例え話なのだが、主観が過ぎる例だったようだ。

「それってそんなに嬉しいんですか?」

栗林にまで言われると、火威はあっさり白旗を揚げた。

「ぅ……すまん、実は最初に炎龍の報告を聞いた時からさ、討伐の方法とか自主訓練を重ねててな、機会があれば……と思ったんだが」

だが炎龍については未知の部分が多いし、城門に掲げられる炎龍の首は思ったよりデカい。聞いた話だと頭も悪くないから、俺が挑んだところで上手く行っても退散させただけで、悪くすりゃ俺が黒焦げか喰われたかも……。

そんな弱音にも似た慰めで、自分を納得させようとする。

それに未だに特殊作戦群が流した欺瞞情報を信じている火威だ。伊丹の直属の上官である檜垣 統(ひがき おさむ)や三偵の隊員などが聞けば否定し切るのだが、炎龍を倒したのが伊丹二尉だと知った火威は「伊丹二尉に目ぇ付けられちゃ仕方ねぇなぁ」と思っちゃったりもする。

だが振り上げた拳の落とし処が判らないのも事実だ。この闘志、どうしてくれよう と、沸々とした気分を無理矢理抑えながら、三偵のメンバーと共に帝都の郊外に向かう荷車に乗り込む。

一度はアルヌスに帰還して、次に悪所に詰める隊員と交代するためだ。薔薇騎士団の団員が二人乗っているのは、アルヌスで語学研修していたボーゼス・コ・パレスティーとシャンディー・ガフ・マレアーの交代要員だろう。

「そういや三偵が次に悪所に行くのは俺より早いっスよね?」

「はい、予定では一週間後です。三尉は?」

火威が聞いたのは「おやっさん」こと、偵察隊の副長の桑原陸曹長だ。その桑原陸曹長に聞き返されて火威は困ってしまった。

「あー、俺は401部隊たったハズなんですけどねぇ……。なんか何時の間にか任を解かれてる……って言うか別の仕事を任せれてるっぽいし、この後もサッパリなんですよ」

次の任務はイタリカでなのか、悪所でなのか、アルヌスでの雑務やデスクワークという事も考えられるが、一切何も聞かされてない火威は不安も感じた。何らかの任務で恐ろしいオークが待ち受ける日本に行かねばならないかも知れないからだ。

過去の事を思い 、重い雰囲気を醸し出す火威に他の隊員も気を遣ったのか、一様に重くなる荷車の雰囲気。

(お、いかんいかん)

似たような事で、わざわざ狭間陸将の手を煩わせるに至った覚えのある火威は、この重苦しい雰囲気の切っ掛けを作ってしまった本人として何か言って空気を変えようと口を開いた時、

「そういや三尉は好きな歌手とか、アイドルとか居ますか?」

突破口を拓いてくれたのは倉田三曹だ。だが

「う~ん、そうだなぁ」

正直、困った。コレと言って好きな歌手もアイドルグループも無いのだ。強いて言えば、皇居に住まわれる貴い御方の御即位二十周年式典で招かれた男性アイドルグループなのだが、この場に薔薇騎士団の団員が居る事を考えると、下手な答えは彼女達の芸術の肥やしにされ兼ない。

空中から吊ってるかの如きダンスを、純粋に驚嘆する意味で好きな火威であったが、今はこう答えるしかない。

歌手の名前とかは判らないんだけど、と前置きして

「ぷりずむコミュニケート、とか良んじゃね?」

 

 

 * * *                      * * *

 

 

アルヌスに戻った火威には、彼の予想に反して何の任務も言い渡されなかった。

自衛官相応の訓練やデスクワークはあるが、それ以外は日本で送っていた平時と同じものだ。しかしこれは、戦闘に臨むのが生き甲斐と化した、また、仮にも戦争状態となっている仲間がいる傍らで火威には苦行と同等の苦痛でもある。

兎にも角にも、此れという任務がない火威は暇な時間があればカトーを先生に魔導の勉強をしていた。

とは言っても、近頃ではカトーもアルヌス生活共同組み合いの仕事や薔薇騎士団の日本語研修生への指導で忙しくなっているため主に自習で、カトーの時間に空きが出た時にだけ見てもらうといった極めて忙しない具合だ。

それでも、矢除けの加護や雷撃、そして火の精霊や光の精霊の使役等の精霊魔法を使い始めた時には大変驚いてくれていた。エルフやセイレーン等の特定の種族以外で、精霊魔法をここまで使えるのは極めて稀な存在らしい。ただし、矢除けの呪文を使って出蔵と一緒に並び、コダ村の子供らに石を投げてもらった時などは

「うぉあ、痛った!コレ、しっかり当たってますけど!?」

「悪いな出蔵、この魔法は一人用なんだ」

ふざけて練馬区の金持ちで苛めっ子の如く言ってのける火威だが、出蔵としては納得しないようだ。

「確かに高校の時は喧嘩が強かったけど一般ピープルだった先輩が何故こんな魔法中年にッ!」

「一歳差だろうが。中年じゃねぇよ。まぁ、アレだ。“なんとなく”やってみました。あと“出来る”とイメージしてやればな……」

「にゃんと直感とか幽波紋とか!? 何時からスタンド使いや宇宙世紀的な新人類にっ」

実際に火威は高校の頃からは、数学でも図形の問題ではある程度目測を割り出して答えを出している。だが、それは式と言えるものは少なく、それこそ“なんとなく”限りなく正解に近い答えを導き出し、解答欄に記入していた。

だが、式も書いてないので△か、大概×を付けられていた。

「ヒトは私の事を“飛火野の強化人間”と呼ぶよ」

最後までふざけて見せる火威と出蔵。そんな二人をコダ村の子供達は不思議そうな目で見ている。

だがヒト種の限界故か、精霊魔法の効果は限定的なものになるらしい事が判った。そして一度に二種類の魔法を併用するのも、今の火威には難しいようだ。また、金属製の装備を付けたままでは全く魔法は使えないことも判明したので、自衛隊の装備の多くが併用不可能なのも判る。

その中で困ったのがボディーアーマーだ。砲弾などの爆発時に発生する破片から身体を防護し、被害を低減するために着用するこの装備は対帝国兵時の防刃にも大いに役立つ。矢を射かけられても貫通しないことから、外したくない装備なのだ。

実に悩ましい二者択一だが、この時期には既に銀座事件で逮捕した“捕虜”返還と、それに伴う和平講和の時期が迫っている。今更、戦闘に魔法を用いる事など無いのである。

無論、銀座事件の被害者賠償も残りの拉致被害者の返還も済んでいない今からでは、相応に時間が掛かるだろう。とは言え、既に和平への一本の道が出来ている。

和平に関しての唯一の懸念事項は、ゾルザルというバカ皇子が第一皇子だという事だ。つまり、日本人や日本のある世界の感覚からすると、長男が帝位を受け継ぐ事になる。

帝国の習わしやしきたりは不明だが、もし皇帝の身に何か有ればゾルザルは暴走。講和はぶち壊しとなる。今は何も無くとも、何時か帝位は移るものだから、その時になって再び開戦となる可能性も無くは無い。

しかし、今現在は和平に向けて事態は推移している。文民統制なんだから、火威が一人で気張っても仕方ない。自衛官なら上の命令に従うしか無いのである。

このことから、火威は今まで通りの装備を選んだ。選んだと言うよりは、平和な時代を過ごすのならば、命令でも無い限りは自衛官相応の装備が求められる筈である。

そう思うと、脱力した。もう少しすれば戦争も終わるというのに、一人で戦闘の準備をしている自分に気が付いて、力が抜けていった。

まぁ、生活のお役立ちスキルにはなってくれるだろうなぁ……。そう思いながらも、数日の日々が過ぎていった。

 

 

  *  *  *                      * * *

 

 

その日、伊丹耀司二尉は改めて特地資源調査員の辞令を受けていた。現地人を2~3人雇い、特地の資源を調査して回るという仕事だが、彼の直属の上官であった檜垣三佐が言うには「あっちこっち特地を歩き回って資源を調査してこい」というものだ。

これを聞いていた火威としては「あ、良いなぁ~」というのが、実際には言葉にはしないまでも素直な感想だ。そして思った感想は顔に出易いようで、レレイからは「短期間で魔法を習得した貴方も機会があればロンデルに行ってみると良い」と言われたりもした。

普段、無口なレレイが、話しかけられもせずに、ここまで話すのは珍しいので“ロンデル”という街を調べてみると、学術都市である事が判る。そしてアルヌスから大分離れている。少なくとも歩いて行ける距離ではない。

休暇の際に私用で高機動車を使う事は出来ないから、ロンデルに行く場合は日本から車を持って来なくてはならない。特地に於いては速いとされる移動手段の馬でも、相当時間が掛かるし、飼料が必要になる。或は火威自身も特地資源員になるかだが、仮にも第四戦闘団に組み込まれている火威には不可能な道だ。だとすると、休暇の際に日本から車を持ってくる以外に方法は無い。

「ま、しゃーねーや」

何時になるか判らない機会を待ちながら、魔導の訓練を終えた火威は幹部用官舎に足を運ぶ。その道すがら、戦後の帰還命令を予感し、独り恐れおののくのだった。




ストックが少なくなってきたので次回からは更新が遅くなるかも知れません。
19もお気に入り指定して頂いたのに心苦しいですが、どうか何卒お待ち下さい!

とにかく、ご意見など有りましたらご気軽にどうぞ!
ご感想も頂けると大変嬉しいです!


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第十話 軍靴の音

書き溜めてましたので、意外と直ぐに投稿できました。
でも次からはホントに少し時間が掛かるかも知れません。いや、加筆する所があるので……(汗)

ちなみに今回のタイトルは∀ガ○ダムのBGMから頂きました。
本来は壮大なものですが、ここでは文の内容が薄い上に重みがありませんね。
状況説明の手伝いってことで……。(汗)

あと、あらすじが凄く簡潔過ぎたので加筆しておきました。

*12月7日、∀○ンダムのBGMから頂いたタイトルですが、正しくは「軍靴の記憶」でした。
でもこちらでは、このままの方がしっくり来るので変更はしないでおきます。


帰還命令が出たらどうするか……。その夜はこの対策を考えるので頭が一杯だ。相沢にアルヌスの食堂で夕食に誘われたが、味わって食べる事も出来ない。マ・ヌガ肉6本と白米大盛を食べ、寝る支度をして布団に潜り込んでも、火威の脳内議題は変わる事が無い。

いっそのこと脱走してイタリカにでも逃げ込むべきか。

距離があるが、平坦な道だから最低限の荷物なら、レンジャー訓練を突破した火威なのだから問題は無い。道の途中で現れるかも知れない盗賊等も、今まで培った自衛官の技能と魔法を駆使すれば突破出来るだろう。

問題となるのは特地での生活である。どうやって食べていくかが最大の懸念事項だ。

屯田兵よろしく自分で田畑を開墾していくのは、リスクが高過ぎる。食べ物が少ない状況から土地を拓くような真似をしたら間違いなく飢えて死ぬ。イタリカの近くで多くは無い蓄えを少しずつ削って開墾しても、食えるようになるまで何年掛かるか判らない。街や村で暮らすとしても同じことだ。そもそも農業の知識など、赤土を畜鶏の排泄物で黒土に変えることくらいしか知らない。

そうなると、餅は餅屋という事になる。

イタリカでは先代の当主、コルト・フォルマルが急死してから、現代表であるミュイの二人の姉が、嫁ぎ先の兵力を率いて戻ったものの、両家の当主に帝国から招集が掛かり、異世界の出兵先で戦死したらしいから両家ともフォルマル伯領どころではなくなって兵を引き上げ、フォルマル伯家の遺臣のみで守ってきた。

今はミュイの後見人となったピニャ・コ・ラーダのもと、交易都市として復興しているイタリカであるが、遺臣のみで領地を守っている時は酷く治安が乱れていたのだ。真っ当な家臣が居る以上に己の欲望を第一に考える家臣が居て、イタリカには不正が蔓延り、普通の盗賊、或は連合諸王国の敗残兵から身を変えた盗賊団に襲われる事となった。

元連合諸王国の盗賊団は自衛隊とロゥリィ・マーキュリーが鎮圧したから今は居ない。と言うか火威も鎮圧に行った一人なので知っている。イタリカの治安もピニャの薔薇騎士団によって保たれている。

だが火威は考える。イタリカの治安を維持する人手というものは、多少多くて問題無いのではないかと。また、自衛隊という戦闘集団に所属し、ついでに魔法も使えるのであれば、中々良い条件で雇って貰えるのではないか、と。

それに偶に悪所に行けば、薄毛と共に遺伝した…現在ではただの排泄器官に文字通り成り下がっている自前のドラゴン殺しを、有効活用できるのでは無いかと。よし、そうしよう。

「フヘヘ……」

下世話な想像に思わず声が漏れる。

「寝てる最中に五月蠅いですよ」

オバケコントの思い出し笑いかと、部屋の奥のベッドで寝ている相沢に抗議される。

そうして、その日は静かに終わりを迎えていった。

 

 

 *  *  *                 *  *  * 

 

 

だが次の日の朝早くに飛び込んできた知らせは帰還命令ではなかった。

帝国皇帝、モルト・ソル・アウグスタスが倒れたというのだ。

思いも寄らぬ……いや、少しは予感したかも知れない。だが実際に起きてしまうと誰にとっても、そう、ゾルザル以外の誰もの不幸になりえる出来事に身構えた。

いや、この出来事に小さくない安堵感を得た者が此処にも居る。

火威 半蔵だ。

「悪所のヤツらは精鋭揃いだし、俺の見立てが正しければ特戦群も居るから」

戦争の継続で半ば頭が冴え渡る。人としても自衛官としてもどうかと思うのだが、当分は日本に帰らないで済むという事実は、どんな神の言葉より彼の心に安寧を齎した。

 

「三尉。火威三尉、悪所への荷物は……」

「あぁ、魔法を使うから2トンくらい大丈夫じゃねぇかなあ」

「りょ、了解……」

皇帝モルトが倒れてから数日、城門は閉じ、帝都の外部からの物流は止まっていた。皇太子となったゾルザルが帝国の執務一切を掌握して、その“忠実”な臣下を配すると、宰相までも独自に任命し、戒厳令が敷かれたから食料一切の供給は滞る。

本来なら軽装で機動力の高い空挺隊員だが、今回は悪所の拠点への補給が任務なので出来る限り多くの荷を背負いたい。だが安全の為、携帯していく(もはや携帯とは言える量ではないが)食料は150人分までとした。それだけでは無く、壁を乗り越える為の鈎爪付きのロープまでもが荷物に入っている。

UH-1Jの傍ら、装備を整えていく。火威は戦闘服の上に翼竜の鱗で出来た肩当と肘当て、そして篭手と胸当てを装備した。魔法が使える状態で防御力を維持出来るようにと、コダ村の子供達から貰った一品だ。嬉しい事に兜と下半身の装備も製作中だと言う。

「そういやこのヒューイ、帝都上空まで行くんだよな? ローター音とか大丈夫なの?」

言いながらUH-1Jの窓の脇を軽く叩く。物資輸送が任務なのにCH-47Jチヌークを使わないのは、この任務に付けるのが火威一人だからだ。

「それなら精霊魔法で音を消せるみたいですよ。炎龍の首の時に気付かなかったでしょ?」

炎龍の首が帝都の大城門に掲げられた時、火威は確かに悪所に居た。大城門と悪所は距離的にも近いにも拘らず、自衛隊員どころか帝都の人間は誰も気付かなかったのである。

精霊魔法でそんなことまで出来るのか、と思う火威が見たのは自衛官と同じ戦闘服を着たダークエルフだ。炎龍から隠れ住み、蓄えを失ったダークエルフが仕事を求め、自衛隊に売り込んできたのは火威も知っている。というか出蔵が早速ダークエルフの美女にコナ掛けていたのを目撃したのだ。

その出蔵がコナを掛けていたダークエルフが目の前の美女であるから、一応面識はある。彼女は見た目は二十代半ばくらいで、種族的特徴とも言える長い銀髪とカラメル色の肌を持つダークエルフなのだが、他のダークエルフの女性と違い肉感的な様子は薄く、むしろ金髪エルフのテュカに似た精霊的な雰囲気を備えている。

「あ、ども」と言って会釈する火威に彼女も軽く礼を返す。

出倉のヤツ、特地の言葉を憶えたのかな。そう考えていた火威がヒューイに座して暫く後、ヘリは駐屯地を飛び立った。




深夜テンションって便利ですよねー。
どんどん書けていってしまう。でもまぁ、一日経って見直して見ると意味判らないモノになっていることが多いですが。

因みに本作では深夜テンションで書かれたものはありません。

…………

……ほんと、ホントですよ?
深夜に加筆されたとか、それくらいですよ?

それより!更なるお気に入り指定!
本当に有難う御座います!
これからもどんどん書いていきますので、どうか見守ってやって下さい!
深夜テンションとかも上手く使って進めれたら幸いです!

では、感想やご意見等ございましたら、遠慮なく送って下さい!


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第十一話 帝都侵入

ドーモ、庵パンです。
前回、時間が掛かるとか言ってて今回も定期的に土曜日の投稿になってしまいました。
いや、書き溜めてあるので、ある程度までは定期的に……ね?(;''


夜間降下は訓練で何度も経験済みであったが、妄想力逞しい火威は心配であった。

降下中は荷物の軽量化に集中しているので、もし、帝国兵に見つかって矢を射かけられたら……。もし、降下中に突風が吹いて城壁の外まで飛ばされたら……。イレギュラーな事態を思い付く度に、篭手で弾くとか、増量覚悟で風の矢を射返すとか、対処方法を用意しておく。

それでもダークエルフが風の精霊を召喚して、自衛隊の拠点となっている建物の前に降ろしてくれた。

正直、大変だったのはそれからで、拠点の扉を叩いても拉致被害者から習得した日本語を使ってる帝国兵の斥候かと疑われたり、斑の戦闘服と階級証や名札を見せる為に、隙間無く装備された胸当てを取るのに苦労した。

「全く二科にちゃんと連絡取っといてもらうんだったよ」

再度、腕当てから付け直して後悔宣う。

「どうしたんです? その鎧」

「コダ村の避難民が俺に作ってくれたんだよ。以前に日本のお菓子ご馳走したからね」

「うっわ、買収だ」

「ギブアンドテイクと言ってもらいたい」

そんな事を倉田と言い合ってる。どうも自分と似たものを火威に感じるようで、この三曹は以前から気軽に話し掛けてくる。

火威も高校の頃から学年や位の上下を余り気にしない性格だったので特にその事について注意する事もない。

だが自衛隊に入ってからは、この事で苦労した。

ちなみに火威自身もヴォーリアバニーのグリーネやデリラ、または悪所の亜人娼婦に魅力を見出だしているので、ケモナーの片鱗が一応あるのかも知れないが、単に守備範囲が広いのだと自らを推測してる。

「あ、新田原三佐。ご無沙汰してます」

拠点に入った火威は親戚の家に上がり込んだ甥っ子の如く、気さくに古参の中年自衛官に敬礼しつつ声を掛けた。

その新田原は軽い調子の三尉に少し苦笑しつつも

「補給任務ご苦労」

と夜間降下の任を労う。

「150人分の食料、確かに運搬しました。しかしゾルザルがやってる事はクーデターですよねぇ、コレ。翡翠宮は外交特使ですけど大丈夫なんでしょうかね」

「いや……」

 

 

  *  *                       *  *

 

 

闇の中、外交特使が逗留する翡翠宮に向かう。

「特使に最低限しか回さんとか、全く良い根性だよゾル公がッ」

お陰で長身で艶のある黒髪の黒川にも会えず栗林の巨乳も拝めなかった、と、八つ当たりと言うかほぼ私怨の殺意を壁の向こうの皇城、ウラ・ビアンカに向ける。

火威は翡翠宮に逗留する外交特使に多めの食料を運ぶ為、悪所街をさまよっていた。

悪所街から翡翠宮までは多少ではあるが距離がある。それでも荷物を担いで――それこそ魔法で重荷を軽荷にした火威が行けない距離のはずがない。

そうして暫く皇城の方角に進むと、やがて悪所を抜けて帝都の住宅街に入った。

壁を乗り越える時に気付いたが、金属が少しでも身体から離れていれば魔法は使用可能だという事が判明する。

進むべき道を物陰から窺うと人影が見れる。篝火に映るその影は、怖ろし気な犬顔の兜を被った帝国兵のようだ。

「あれが帝権擁護委員(オプリーチニキ)か……」

まぁ戒厳令下か……と、自分にしか聞こえぬよう呟く。

帝権擁護委員達を避けた道を選んで慎重に翡翠宮まで歩みを進めるが、辻には確実に帝権擁護委員が居る。迂回出来る場所ならば良いが、そうでないなら考えなければならない。

思いっ切り風の精霊に頑張ってもらって犬似の兜を吹き飛ばし、拾いに行ってる内に辻を越えるとか、魔導を使って遠くで物音を立て、調べに行ってる内に越える、等の方法である。

「そんなワケで食料100人分、お届けに参りましたよ」

陽が昇っても薄暗い翡翠宮の中、漸く神経を緩ます事が許可された火威が海上自衛隊の駐在武官と外務省の菅原 浩治(すがわら こうじ)の目前に「ハンコは不要」と軽口を付け足しながら背負った荷物を降ろした。

翡翠宮は豪奢な外見とは裏腹に、内部は酷く閑散としている。その上、そこらかしこに外交特使が逗留する翡翠宮を警護する、ピニャ・コ・ラーダ配下の薔薇騎士団の女性騎士や老年の兵士が腰を下ろしている。

火威が翡翠宮に到着した時も、対応したのは年端も行かぬ女性騎士だった。聞けば、戦争中とあって青年から壮年の貴族の男子は帝国に兵力として取り上げられているのだと言う。

「確かに食料、受領しました。火威さんですか。ご苦労様です」

この時、火威は初めて特地問題対策副大臣の白百合 玲子(しらゆり れいこ)を始め特使の世話をしてくれるメイドや下男(フットマン)に渡す為に多めの食料を持って来させられた事を知る。

否、実際には新田原からも聞かされてるのだが、帝都を隠れ進んでいる内にすっかり頭から抜けているのだ。自衛官としては資質にかなり問題がある。

「しかし……」

言い含んで火威は口を噤んだ。弱腰内閣の森田は何時まで手ェ拱いてんだチクショウメー、と言おうとしたのだが、その森田が選任した白百合の部下の菅原が目の前に居る。

それから火威嚇は新田原三佐から承けていた「緊急時は悪所拠点に帰還を見送るべし」という指令を実行させた。

本人曰く「空腹で動けなかったんだもん」である。

 

 

 *  *                         *  *

 

 

「うぅむ、戻らない理由(言い訳)は……」

火威が翡翠宮に来てから既に四日が過ぎていた。

二日目と三日目に悪所の拠点に帰還しようとも考えたが、近頃は昼間でもオプリーチニキが道の至る所で目を光らせているのだ。

要らぬ誰何をされて騒動を起こす事を恐れた火威は翡翠宮に引き返し、今もこうして逗留している。無理に帰って恐ろしい巨乳や毒針で貫かれるよりも、巨乳ではないが可愛い・綺麗な女性騎士と一緒に居たいと思ってしまうのも、男故である。

昨日の夕方から未明に掛け、翡翠宮の庭園内を動哨していた火威しはほんの少しサプライズを得た。

第三偵察隊の富田・章二等陸曹が、薔薇騎士団のボーゼス・コ・パレスティーとの間に子供を作ったと言うのだ。

実際に産まれるのは七~八ヶ月先のことなのだが、このことで指揮所天幕内でちょっとした騒ぎが起こる。

自衛隊では特地の異性と肉体関係を持つ事は禁令とされているが、特地の異性と交際している隊員は火威の知る限り多く居る。

だから肉体関係を持ち、子を成したという事実は「遂に起きたか」という感想しかない。とは言え其の第一号が、第三偵察隊でも真面目な富田二曹というのは些か意外に思えた。

「まぁ良いんじゃね? そういうの。個人の自由だろ」

そう言ったらヴィフィータ・エ・カティに非常に怒られた。鉄火肌な物言いで、アルヌスで研修していたボーゼスやニコラシカ・レ・モンから聞いた話から察するに、身分の上下を気にしないタイプだと思い込んでいた。

だがボーゼスの「もし父上の不興を買おうというのなら、わたくし、家をも捨てる覚悟です」とい言葉でこの件は決着を得た。

成程、と火威は思う。これ程まで佳い女なら、富田が禁令を破ってまで付き合おうと言うのも理解できる。

日本の日野市にある火威家も、父が両祖父母から決められていた許嫁との縁談を蹴って今の母と結婚した……というように聞いている。その証拠に、火威半蔵が中学に入るまで日野の火威家は父の実家である新潟の火威家とは絶縁状態で、それこそ火の車状態だった。火威半蔵の兄が高校を卒業する前に父の転職が成功し、兄弟全員が大学を卒業できるまでなったが、火威半蔵の幼少期は、それは貧しいものだったのである。

先頃、ヴィフィータにその話をしたら「許嫁を蹴るとか凄ぇー親父さんだな」と感想を貰った。特地語を再度勉強し直さなくてはならない。

以上のような反動からか、火威は結婚相手に妥協したくないし、貧乏もしたくない。結婚するなら相手は巨乳一択で、射撃徽章を取得したのも何か手当てが付くと勘違いしたからであって、欠格となった今では再度取ろうとも思わない。

しかし特殊作戦作戦群では手当てが付くので、所持していると有利な技能や選定過程等を調べたりもした。その過程で伊丹耀司二等陸尉の欺瞞情報を手に入れてしまったのである。

そんな火威が、特地派遣隊の隊員には特別手当てが付く事に気付かないのは、お粗末としか言いようがない。

ともかく、朝早くに起きてしまったのは、何故か遠くで誰かが銅鑼や太鼓を鳴らしていたからだ。恐らくこれが戒厳令下の帝都では普通のことなのだろうが、まったく寝れやしない、とゾルザルの治世に何百回目かの文句を言ったところで、階下が騒がしい事に気付く。

そして翡翠宮の外から菅原を呼ぶ少女の声にも。




本作のヒロインですが、本編中での登場は難しいかも知れません。
なにせ主人公が此処までモテないキャラを演じてしまうと、急にモテだすのも却って不自然に……。

それはさて置き、お気に入り指定が28もっ!
これからも閲覧して頂けると幸いです!(次の回からちょっと主人公が無双し始めますが.....(;’’)
ご意見、ご感想ありましたら、遠慮なく申し付けて下さると幸いです!


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第十二話 翡翠宮の戦い

すまんな、本当にすまん。
翡翠宮での戦いは本作で一番長いんじゃないか、っていう部分だから連続投稿ですまん。
何だかんだ言って早く戦争を終わらしたいんですけど、この後はまだ三話も出来てないんです。
だからいよいよ投稿が遅めになるかも知れません。
遅くとも来年の二期スタート辺りからは…… (;''


ヴィフィータの命令に従って翡翠宮の敷地を守る兵は、帝権擁護委員の肩に担ぎ上げられてるシェリーをひょいと奪い取ると敷地内に居るニホンの外交官のスガワラに投げた。

「ほらっ、落とすなよ! 色男っ!」

取り返そうと手を伸ばす帝権擁護委員の掃除夫達。だが、その爪先が敷地内の芝生を踏んだ瞬間、ヴィフィータに斬り捨てられた。そして次の命令を下す。

「戦列を敷けっ!」

その命令を待っていたとばかりに、騎士団兵達は帝権擁護委員の前に立ち塞がった。その速さは平時の訓練の成果だけではなく、帝権擁護委員の横暴に憤り故のものも感じさせる。

「き、き、貴様ら、反逆するつもりか?」

ヴィフィータは鼻で笑う。

「俺たちの行動は外交協定に基づく警備行動で完全に合法なんだぜ。何者であろうともこの境界を越えるにはニホン国政府の了承が必要となる旨、皇帝陛下の勅令をもって定められてるんだからな。てめえらはニホン政府より立ち入り許可を得てるか?」

「罪人を捕らえるのにそんなものが必要か!?」

強引に敷地に入ろうとする帝権擁護委員は手にする箒を剣に持ち替えた。そして叫ぶ。

「蹴散らせ!」

その掃除夫の掛け声に反応するかのように、耳を劈く雷撃が帝権擁護委員の集団に衝き立てられた。

 

 

 * * *                    * * *

 

 

「おぉおぉ、やるんか?」

一触即発だなと呟きながら、火威は翡翠宮の上階から外の様子を眺める。

いっそのこと騒ぎが大きくなってくれれば、悪所まで帰る理由を考えなくて済む。

だがそれで騎士団の花盛りの女騎士に犠牲や怪我人が出るのも忍びないので、戦闘の場合は自身も参加しなくてはならない。いや、参加させて下さい……と言うのが、このところ戦闘にご無沙汰な火威の希望であった。

とはいえ、自衛官である自身が戦端を切ってしまっては拙いので自重しておく。

先程までは翡翠宮に来た少女が菅原の名を呼んでいるだけに過ぎなかったが、今は菅原が少女(どうやらシェリーという名前らしい)を俺の嫁宣言したところだ。ロリに対しての趣味は無い火威であるが、今の内から嫁が決まるのは実に羨ましいと思う。

そのシェリーを荷でも担ぐように肩に担いだオプリーチニキから、これまたシェリーを敷地内に入れまいと、とうせんぼしていた兵士が奪うと菅原に投げた。

少女はそんな乱暴に扱って良いもんじゃぁないんじゃ……思う火威が見たのは、シェリーを取り返さんと敷地内に足を踏み入れたオプリーチニキが女騎士に斬り捨てられるところだった。

「お……」

出番か、と思ったがまだだ。女騎士と他のオプリーチニキが舌戦しているように見える。

実際にはそれほど密度の無い内容なのだが、火威の見ている場所からでは聞こえない。

まったく何時までも待たせやがって……沸々とした気持ちが、沸騰したお湯を湛える鍋の如く暴発しそうになる。

そのうち、オプリーチニキの中の偉そうな一人が「蹴散らせ!」などと叫ぶものだから

「ヒャァ! もう我慢出来ねェ! ゼロだ!」

分厚いガラスを叩き割るようにぶち割って外に飛び出す。のみならず、雷撃で敵兵一人を貫いて、落下する勢いそのままに二人のオプリーチニキを殴り飛ばした。

竜甲で作られた篭手で、しかも勢いを着けて殴られて失神で済むなら良い。だが現実は頭部が変形したオプリーチニキが無言で雄弁に物語っている。

稲妻と共に現れ、瞬く間に三人のオプリーチニキを倒した群青の鎧の男に薔薇騎士団もオプリーチニキも目を張った。その瞬間、時が止まった。

「URYYYYYY!!」

続けて手近な掃除夫に殴り掛かる群青鎧の男。一拍してその様子を見て唖然としてたヴィフィータも我を取り戻して励声を飛ばす。

「野郎共! 花嫁を守れっ! 抜刀!」

両軍が激突して戦闘が始まった。その間にも群青色の戦士は剣も持たず、目に付いた掃除夫を片っ端から殴り飛ばす。剣も矢も通さない竜甲の鎧を纏った彼が向かう場所には、洩れなく帝権擁護委員による血溜まりが出来ていった。

「トウシロ共が! 死に晒せやァ!」

悪鬼のような形相で、掃除夫共を次々と殴り殺す男。

「ば、化け物……」

掃除夫ならずとも、騎士団の兵とて同じことを思う。そして、これまで無抵抗の者ばかり相手してきた掃除夫達は軽装で、そこに予想もしてない乱入者が入ってきたのだ。どう考えても分が悪い。

逃げようとすれば仲間達に処断される。かと言って、向かって行けば確実に殴り殺される。

掃除夫達は、帝権擁護委員などに志願しなければ良かったと後悔した。

あとは奇跡が起こる事を信じて吶喊するか、常識的な装備の敵に斬られて、大した事も無いのに死んだふりするしかない。

だからか、戦闘が終わるのは至極早かった。

 

「ふぅ、スッキリしたぜ」

満足したかのように、一息吐く群青鎧の火威。

「あ、あんた……食料届けに来た人だろ?」

恐る恐るヴィフィータが問いかけると、火威は初めてヴィフィータに気付いたように振り向き、こう言った。

「……ただの良い人です」

 

 

 * * *                   * * *

 

 

自衛官である事を隠して名前も言わなかったのは、戦端を開いたのが「もしかして、俺?」かも知れないと思ったからだ。

誰が見ても微妙なタイミングだった。しかしヴィフィータは、掃除夫が敷地に入った時点で戦端は開かれていたと言ってくれたので、改めて自己紹介出来る。

翡翠宮に食料を届けて、尚且つ菅原などの外交官や海上自衛官とも日本語で話しているので、誤魔化しても無駄だったのではあるが。第一、下半身は自衛隊の戦闘服そのままである。

「なんにせよ礼を言うぜ。あんた凄ぇ強いな」

ヴィフィータにそう声を掛けられ、「自衛隊には使徒みたいに強い女が居るよ」と返そうと思ったが、辞めといた。比較対象が間違ってる。使徒と連携を取れる自信は自分にはとても無い。

代わりに「日本国民を守ってくれるのだから、助力は当然」と答えた。

型通りの答えだと思ったが、火威の敵意はオプリーチニキにしか無い事が明確になったので、他の女騎士や騎士団の老年の兵達も警戒心を解いてくれた。

「あぁ、そうだ。死体片付けるなら先に武器だけ片付けるか、トドメ刺してからにしといた方が良い。死んだフリのヤツとか居るからさ」

何処までもオプリーチニキに厳しい火威であった。

 

しかし帝権擁護委員部は薔薇騎士団も火威も休ませてはくれない。翡翠宮の周りにバリケードを敷く時間はあったが、幾度の交戦を繰り返し、翡翠宮を守る兵力の中にも少なくない死傷者が出ている。オプリーチニキに多大な出血を強いた火威にも、若干疲れの色が見えてきた。

その死線の中、オプリーチニキが明らかに装備の違う兵を連れてきた事に気付く。一般の帝国兵だ。

「おい、待て!」

火威が声を張り上げて、その兵達を止める。

「自分らが剣を向けてる相手が誰だか判ってるのか? 皇女殿下の騎士団だぞ!」

「我々は反逆者を捕らえに来ただけだ!」

殺意満々で捕らえに来た、と言われてもツッコミ所しかない。

「だが不敬罪だよな。事の次第によってはお前らの首は無くなるが、良いの?」

帝国の法律などアルヌスやイタリカで軽く予習した程度の火威だが、皇族が存在するからには、こういった法律もあるだろう…そう予想しただけであったが、思いのほか効果が有ったようで帝国兵は物怖じするように引き下がった。

「何をしている慮外者! 軍は帝権擁護委員部に特別法に……!」

喚き散らしていたオプリーチニキの頭が吹き飛んだ。軍は帝権擁護委員部に協力しなければならないと特別法に記されている。そう言われる前に火威がアルヌスに居る時の少しの時間でレレイに学んだ爆轟で吹き飛ばしたのだ。

後ろから見ていた帝国兵には、不敬罪を犯したオプリーチニキの頭が爆発したように見えた。

「不敬罪に裁判は要らねぇよなぁ」

再び魔法式を展開する。その数は瞬く間に5つを超え、7つ、9つと増えていく。10を超えたところで、帝国兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

元々、モルトが倒れた後にゾルザルに追従する抗戦派元老委員によって作られた特別法で、帝権擁護委員部に無理矢理連れて来られた兵士だ。

見張る者が消え、数の優位性をもアテに出来ない今では本来味方である筈の薔薇騎士団に剣を向ける理由が無い。

火威も魔法式を解いた。展開するだけでも相応に疲れるのだ。それに今現在は15までしか展開できない。ちなみにレレイは30の魔法式を展開出来るという。

次の攻撃までには時間がある。ボーゼスやヴィフィータの指揮の下、バリケードを敷き直すことが出来る。

「もうちょっと効果的な防壁は出来ねぇものか」

「この辺りには資材になるモンもねぇからな。難しいかな」

火威の呟きにヴィフィータが答える。

「お、そういや油とかなかった? 俺が持ってきた食料とかの中にも」

「あぁ、それなら少し蓄えてるし、アンタが持ってきた荷物の中にもあった筈だけど……何に使うんだ?」

「うん、まぁ設置式の罠をな……」




ここに来て主人公が無双化です。
元々強めに調整してたから、不自然無い……ですよね?(;''
ちなみに今回とヴィフィータと11話のボーゼスと掃除夫の台詞は原作準拠です。

今回もご意見ご感想等御座いましたら、遠慮なく言って下さい!


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第十三話 翡翠宮攻防戦

ドーモ、庵パンです。
筆が進んだので、先週、何だかんだ言っておきながら今回も2連投です。
そして文庫の外伝4を読んだので、ヒロインが(暫定で)決定しました。
予定ではアニメのキャスト陣の皆さんにも人気があるというあの人です。原作キャラです。本作でも以前にちょくちょく出てた人です。
まぁ、これからも余り出ないんですが……。



翡翠宮の風景は一変していた。

いや、帝権擁護委員部の攻撃があった時点で血が小川のように流れ、流れ矢が茨の棘のように、あちらこちらに突き立てられている……と言ったように一変してあったのであるが、それが今では焼け野原になっている。

火威によるものであった。

彼はバリケードの外に食物油を撒き散らし、ここに帝権擁護委員部や帝国兵が集結したのを確認して魔法式を15展開した爆轟を撃ち込んだのである。

撒かれた油が少ないので発生した炎は大したことなかったが、ほぼ一方的に魔法を撃ち込まれる帝権擁護委員部や帝国兵はパニックを起こしていた。勿論、魔法の射程は長くはないから矢を射返す事は出来る。だが纏っている竜甲に弾かれ、奪われた剣で切り払われ、酷い時には射かけた矢を掴まれ自分の物とされ、風の精霊の力を得た矢を投げ返される。

戦場を跳梁しながら高笑いし、あまつさえ言われた科白がこれだ。

「敵さん、沢山の矢をありがとう(人''▽`)☆」

投げ返された矢を受けた帝権擁護委員部員は霞んでいく視線に、ただでさえ士気の無い(“低い”ではない)帝国兵の士気が、霧散するのが見えたと言う。

 

火威としては、矢除けの加護で有らぬ方角に向いた矢を掴み、精霊魔法を上乗せして威力を高めた矢を投げつけ、それが面白いようにオプリーチニキに当たる。上手く行き過ぎて怖いくらいなのだが、その恐怖を振り払う為に敢えて大声で笑ったに過ぎない。

この時の火威にとっての恐怖は、東京のオーク、ただそれだけであった。理性的に考えて特地の翡翠宮で、東京のオークに怯えるのは理解出来ない話だ。

だが火威は戦端が拓けてから即、数人のオプリーチニキを血祭りに上げている。その後も無数のオプリーチニキを屠っている。それこそ帝都の人口ピラミッドの歪みが心配になる程に。

戦端は、オプリーチニキが翡翠宮の敷地に入った時点で拓かれたと言ってくれたヴィフィータであるが、その時の事を顧みても微妙過ぎるタイミングだったのだ。

計算高い故に心配性でもある火威は、この事が日本で表沙汰になると、マスコミ主導で銀座に続く自衛官による大量殺人と揶揄されるに決まってると予想した。

そうなれば特地から僻地に転任。悪くすればオークが待ち受ける東京へと返される可能性がある。

だが必罰感情が強く、根に持つ性格のタイプの彼は、今現在は味方の薔薇騎士団の女性騎士や、中年以上のベテラン兵達に少なくない犠牲が出た事を悔やみ、そしてその原因を作った掃除夫共の魂魄に、恐怖を刻み込もうとしている真っ只中でもである。

高笑いを上げながら敵を屠るのは、何処ぞの森に棲みし巨大妖怪が出没する家屋に引っ越した小学生と幼女の姉妹が、恐怖を吹き飛ばす為に、古い風呂窯で父親と大声で笑ったかの如く、恐怖を紛らわす為だけではない。

その様子を見ていたヴィフィータは「もうアイツ一人で良いんじゃないか」という気にもさせられる。だが翡翠宮の警護は皇帝陛下からピニャ殿下の薔薇騎士団に賜った任務であるので、そういう訳にもいかない。それにヒオドシという男も使徒ではないので疲れるようだ。最初のように動きにキレがない。

そして思うのは「コイツとは友人になれても親友とかは無理だな」

戦では、いざと言う時には別人のようになるのは理解できる。しかしこの男と自分は違うベクトルに住んでいると直感させられる。このヒオドシとかいう男から感じるのは生粋の戦好きそのもの。いや、戦闘狂そのものなのだ。

「ちょ、ちょっとアンタ、今からそんなんじゃ保たねぇぞ」

ヴィフィータから声を掛けられた火威だが、若い女騎士に戦場を譲る気はなかった。譲れば更に犠牲が出る、そう思ったからだ。

だが遠くからヘリのローター音が聞こえてきた。しかも一機や二機の数ではない。そしてこの世界でヘリを飛ばせる存在は決まっている。

「そう……だな。じゃあ俺はちょっと休ませてもらう。味方が来るのが近いからさ、もうひと踏ん張りだ」

手をかざして掌をヒラヒラさせてから、翡翠宮に戻る。その火威は直に床に座って休もうとしたが、従卒の少女が火威が持ってきた荷物が入っていた段ボールで簡易ベッドを作り、此れで休むように薦めてくれた。

他の女性騎士や兵士は床で休んでいるが、格別活躍した火威への慰労でもあるのだろう。火威も少女の厚意に甘え、この簡単ながら実に有り難いベッドを使わせてもらうことにした。

だが、少し休むだけだ。少し休むだけと思ってベッドに腰掛け、意外に頑丈な段ボールに体重を預けていると、ついつい寝てしまった。

そしてその少し後、翡翠宮を守護する騎士団三百人と、翡翠宮解放の為に赴いた空挺一個中隊の協力で帝権擁護委員部率いる帝国軍は撃破され、火威は少々不味い目を見る事になる。




遂にお気に入り指定が30の大台を超えました!
皆様、誠に有難う御座います!
これからも精進していきますので、何卒御付き合い下さい。

そして何時も通り、ご意見、ご感想、
その他誤字脱字等への指摘、又は内容そのものへのご意見など御座いましたら、お気軽にどうぞ!


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第十四話 帝都脱出

本日二本目です。
今日で翡翠宮が終わって一段落しましたので、クオリティ維持の為に暫く休みますかも…?
まぁそんな事言っておきながら、来週も土曜に投稿する可能性は多いにありますが。

それはさて置き、公式サイトの人気投票では聖下が強いッ!?
ブレスクなんてアプリも出るんですね。
当方はスマホ持ってないんで、グーグルのアプリ使ってPCからやる予定です。

ちなみに今回、健軍や隊員が言っている事の殆どは原作準拠です。


火威は戦々恐々としていた。

健軍一佐が翡翠宮に到着した時、年配の兵士と若い女性が怪我してる奥で火威は簡易ベッドに寝てグースカいびきすらをかいていたのだ。

あれは、明らかに怠けているポーズ。自覚する火威は後悔もする。従卒の少女の厚意に甘えず、床に座って待機していれば……。

ヴィフィータが健軍一佐に弁明してくれているが、彼女は日本語を喋れないし、健軍は特地語を知らないので余り意味は無い。他の兵士や女性騎士も懸命に弁護しようとしてくれていて、アルヌスで日本語研修を受けていたボーゼスが釈明してくれて、ようやく火威の無実が明らかになった。

だが、健軍は翡翠宮の表に散らばっている撲殺されたと思しき複数のオプリーチニキの死体が見た。誰の手によるものかと言えば、そうする事が出来る武装を持っているのは目の前に居る火威しか居ないので、説明は不要であるのだが。

だが問題もある。64式小銃を始めとする武装を、ヒューイの中に忘れてきた事だ。

「火威三尉はアルヌスに帰還後、駐屯地30周」

えっ、そんなに!? と、思ったが、今の火威には無理なく出来ることなので、拒否は出来ない。

空挺一個中隊の隊員は、負傷した薔薇騎士団の女性達を抱きかかえ、というよりお姫様抱っこして大型輸送ヘリCH-47チヌークまで運んでいく。自力で歩ける者さえ「疲れてるでしょ」と言って運ばれる始末だ。火威の活躍で走れるくらい元気な者も居るので、火威としてもしてやったりと、我ながら性格が悪いと思いつつ若干満足気である。

その脇で中年以上の兵は担架で運ばれるから、明らかな待遇格差だ。既婚者の相沢は妻に義理立てしているのか、中年以上の兵に肩を貸していた。

火威も今まで散々、可愛い・綺麗な女性騎士達と1つ屋根の下に居たので、自重や自戒の意味で重傷の中年兵を城壁外のチヌークへ抱えていく。

このことで、想像力豊かな薔薇騎士団の少女達によって相沢×火威のカップリングが出来ることになるとは夢にも思わない。

チヌークに向かう途中、相沢は空挺一個中隊がバスーン監獄に囚われている講和派議員を、第二・第三・第四偵察隊と特戦群と自衛隊に協力する悪所の住人との共同で解放した事を火威に話していた。その中には悪所の娼婦でハーピィのテュワルの後輩、ハヅキを買いながらも、誘い出していた高級宿の行けなかった貴族の青年も居たという。

自衛隊が少なくない部隊を動かすに至った原因は翡翠宮での戦闘に端を発する。翡翠宮で最初に戦闘が始まってから白百合副大臣は日本政府に連絡し、事の詳細を伝えたのだという。

自衛隊の最高指揮官である弱腰森田総理は、特地での混乱による支持率低下を恐れる筈だから、嘉納外務大臣や夏目防衛大臣の意向が強いと考えられる。

翡翠宮で戦闘が開始されたのは、オプリーチニキが敷地内に足を踏み入れ、翡翠宮を警護する薔薇騎士団のヴィフィータがこれを斬り捨てたことに始まる。つまり、火威は責任を問われない代わりに、これという手柄も無い。

「闘争こそ我が褒美ッ」

強気でついつい言っちゃったが、アルヌスで語学研修していた薔薇騎士団員などは「やっぱり」こういう輩か……と思ったとか思わなかったとか。

 

健軍一佐が言うには重傷者は空路で、そして軽傷の者は陸路でアルヌスまで向かい、治療を受けさせると言う。

ヴィフィータやボーゼスは軽傷者の筈だから車でアルヌスまで向かうのだろう。その道すがら富田の事を聞けないか、とも思う。

しかし外野の火威が興味半分で、本来なら禁令の「特地女性と肉体関係を持つ」富田の事を、その妻になるであろうボーゼスに聞くのは意地が悪いし、少なからずお嬢様騎士団だと思っていた薔薇騎士団の団員は予想より遥かに我慢強い。

軍の一翼を担えるであろう彼女らは、見た目では判らないが思いのほか重傷者が多いのかも知れない。ボーゼスも見た目では判らないが、騎士団の指揮を執っていた彼女自身も重傷の可能性はある。

そこんトコどうなのかな、と思いつつ、重傷の中年兵をチヌークまで運ぶと、ボーゼスもヴィフィータの姿も無かった。

「あれ、健軍一佐。ボーゼスさんとヴィフィータは?」

「……待っててくれと」

この人、特地語知ってたかなぁ……と思う火威だが、直属の上官である健軍の男気を信じて待つ事にした。

 

 

 

城壁の外で待機している最後の一機のチヌークの前で待機してて、最初に見えたのは一騎の騎馬。しかしその直ぐ後から数千にも上る大量の騎馬兵が現れた。こうなってしまえば、もうボーゼス達の帰還を待っていることも出来ない。

エンジンを起動させ、すぐにでも退避しなければならない。しかし……

「先頭の一騎、追われているんじゃないか!?」

誰かが叫ぶ。双眼鏡で確認した健軍は

「クソっ、最悪だ!」

吐き捨てるように言う。

火威もピニャ殿下を皇城まで救出しに向かったボーゼスと、それを追いかけていったヴィフィータが騎馬に跨っていった事を先程知った。

その二人が乗っている騎馬を、数千の帝国騎馬が追っているのだ。火威は64式小銃の安全装置を「レ」に回して、他の隊員と共に騎士団の二人に追いすがる帝国兵の騎馬の足を狙って掃討し始めた。

騎馬の弱点である脚部を狙うことは特地でも正解のようで、倒れた騎馬に後続の騎馬が衝突して連続で倒れていく。だが如何せん、敵の数が多過ぎる。

「撃ち続けろ! ゆっくり後退するぞ!」

健軍の命令で火威含む30名の隊員が敵騎馬隊の先頭集団に銃撃を浴びせかける。連射していると、400発を超える弾薬とて意外に尽きるのが早い。弾が尽きると見るやバンジースリングで64式小銃を背後にぶら下げ、右手を掲げる。展開した魔法式が15を超えるやいなや、爆轟で騎馬ごと帝国兵を吹き飛ばす。だが帝国兵の第二波が仲間の骸を踏み越えてチヌークへ迫ってきた。

その間にもヴィフィータの馬が健軍達の下にたどり付く。そしてドっと倒れ伏した。見れば、あちこちに矢を受けている。

投げ出されるように落ちてきたヴィフィータの身体を健軍が受け止め、ボーゼスは数人の隊員の背中をクッション代わりにして落ちていた。

「よし! 搭乗開始! 負傷者を残すな! 落ち着いて下がれ!」

健軍はヴィフィータを土嚢のように担ぐと、大声で隊員達に指揮する。

「周りをよく見て味方を残すなよ! 隣とタイミングを合わせて下がれ!」

手早く64式小銃の弾倉を交換した火威らが、輪を縮めるようにして後退する。しかし槍を構えた軽騎兵の第三波が突進してきた。

「よくもまぁ……」

余りのしつこさに嫌気も注す。手近で斃れてる帝国兵の剣を奪い、突っ込んできた敵の勢いを利用してこの首を刎ねる。その光景を見て、勢いが削がれた軽騎兵らを小銃で薙ぎ払うように発砲する。

そして訪れる一時の静けさ。

「急げ! 急げ! 誰も残すな!」

隊員達は傷付いた仲間を抱えると、互いに庇い合うようにしてチヌークに乗り込む。ここで帝国の騎馬隊が四方八方から迫ってくる事に気付いたチヌークのパイロットが、僅かばかりに機体を離陸させた。

機体を滑らせるようにして方向転換し、僅かに開かれた後部ハッチが向けられた隊員からチヌークへ飛び込む。最後に敵を牽制するように周囲を水平射撃してから、火威もチヌークに飛び乗った。

諦め切れない帝国兵が閉じ掛かったチヌークのハッチに飛びつく。それを相沢が目にも止まらぬ速さで大腿のホルスターから抜いた9mm拳銃で撃ち抜いた。

その素早さに見入ってしまったのが油断だったのか、続け様に飛びつこうとした帝国兵の剣が、火威の右額から頬までを斬り裂いた。

「ぐがっ!」

相沢や健軍が9mm拳銃で敵兵を撃ち抜こうとしたが、銃を向けた先には敵はいない。物理的な手段か魔法でも使ったのか、その手から剣を吹き飛ばされた帝国兵はチヌークの天井に叩きつけられていた。

「この俺に刃を当てるとは……手柄だな雑兵! 褒美をくれてやる!!」

瞬く間に顔面から原型を推察できる要素のなくなった帝国兵は、既に高度を取っていたチヌークからエムロイかハーディの御許へ送られた。

 

ちなみに、帝国兵への褒美に見せてやろうと思った地獄は、特地に於いてもハーディーの管理する冥界の一つに存在するのだという。




はい、今回から主人公がヤクザ顔です。
次回はもっと辛い目に遭ってもうらうんじゃよ。(ゲス顔)

今回もご意見、ご感想や誤字・脱字、その他諸々ありましたら、何卒ご一報下さい。


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第十五話 都心追撃戦Ⅱ

天皇誕生日記念という事で特別編です。まぁ普通の15話でもありますが。
でも特別篇らしく今迄で一番長い回でもあります。


チヌークから降りた火威が見たのは、各国のマスコミと彼の国の政府の人間であった。

「なんじゃこりゃ……」

驚嘆しながらも、弱腰森田が入れてしまったのだろうと想像が付く。こんな時は、若干であるが独裁国家が羨ましくなる。

まぁ、その国の為政者をどうやって亡き者にしてやろうかと考えるのは、火威のような人間なのだが。

しかし火威は一点を凝視した後、すぐさま何処かに行ってしまった。

マスコミの中に古村崎という男の姿を見たからだ。この男は特地に来る前にテレビで度々目にする機会があったが、知ったかぶり顔で酷い偏向報道をやらかす。

この古村崎の近くには、通訳をしているのであろう拉致被害者の望月紀子と、女性リポーターが居た。

アルヌスに来る前にも時折テレビで見た事のある巨乳リポーターの彼女は、空回りしまくっている姿を視聴者に見せていた。火威はそれを朝の癒しとして好意的に見ていたが、正反対の評価の視聴者も多いようだ。

だが、この時はそんな巨乳を意に介さず、退散したのは人間的成長かも知れない。

先程までチヌークの中で衛生兵から傷の手当てを受けていた火威だが、未だに戦意が冷め切らないので、この古村崎とかいう男の言葉を聞いて、殴り掛かってしまう事を可能性を心配したのだ。

 

武器・弾薬を返納し、そのままアルヌスの診療所に向かう。

傷は思ったより深かったものの、幸い視力に影響を及ぼすものではなかった。咄嗟に目を瞑った結果だろう。しかし健軍に言い渡されたアルヌス駐屯地30周は取りやめとなる。翡翠宮で連日に渡って戦闘だった火威には有り難い知らせだ。

「と、言うことで、火威三尉は明後日に市ヶ谷に向かって下さい」

アルヌス駐屯地内の医療施設で看護士の女性自衛官からこの言葉を聞いた時、火威は我が耳を疑った。

翡翠宮で散々暴れ回った結果だが、それで外交官は護られたし薔薇騎士団の被害も最小限に抑えられた。

戦端を拓いたのはあくまでもオプリーチニキなので、今更火威に責任が問われるということも考え難い。

納得出来ずに上位の陸佐に聞くと、米国からの装備の譲渡だと言う。

「……あぁ」

それなら火威にも覚えがある。かつて、伊丹二尉と特地の三人娘が国会に参考人招致された時、和平講話の前段階の交渉で日本を訪れたピニャ・コ・ラーダ殿下らを拉致しようとした米国工作員を、魔法で作った空気の弾をぶっ飛ばした時だ。

実はその後日、皮肉の一つでも言ってやろうと勉強し直した英語を駆使して、大統領補佐官のSNSに嫌味の一つを投稿したところ、何を勘違いしたのか要求を聞いてきた。

折角だからこの厚意に甘え、アメリカ陸軍が採用し、イラク戦争で実戦証明済みのバレットM82のバリエーションを貰う事にした。

自衛隊でも同銃のバリエーションの一つであるM95を採用する予定があるという噂で、既に特殊作戦群辺りで使用してるのかも知れないが、旧式の装備ばかりの特地派遣隊の一隊員には使用が難しいであろうと思うので、対龍用に対物ライフルを譲渡してもらうことにした。

当方の身に何かあれば、周囲の誰かが情報を開示する……という脅し文句込みで。

ゲートの前の銀座詰め所に出ると、火威はスマートフォンを起動させる。開いたアプリは『装甲機動』というアプリだ。これで90日の拠点防衛の証明であるプラチナラベルの獲得を確認する。

位置情報を利用したこのゲームは、システム上、攻撃側が圧倒的な有利だ。だが防衛シンボルを、一般人が入れない詰め所前の74式戦車にしていたことで攻撃される事は無い。ネット上に吊し上げられる事があっても、長期防衛という「実績」にしか興味ない火威には、どうと言う事は無い。

イングレス? 知らない子ですねえ。

 

このアプリは以前に銀座に出た時、知らない間に自分のスマホに入っていた物だ。身に憶えのないアプリ等は消してしまうのが防犯の鉄則だが、火威の嗜好の型を図ったかのようなこのアプリは消すのに忍びない。なので消すのは保留しておいた。

ともかく、こうして白い家を強請る事に成功した火威は、然したる脅威も感じずに73式小型トラック、通称『ジープ』で市ヶ谷駐屯地に向かっていった。

応接室のような部屋で待っていると、スーツ姿の東洋人が入ってきた。駐屯地にこんな部屋があるのかと思った火威だが、アルヌスにも前に自分が居た秋田の駐屯地にも似たような部屋が有ったので、深くは考えない。

目の前に居るこの男は日系人か…とも思ったが、大陸の人間かも知れないし半島の人間かも知れない。普段ならある程度、日本人とそれ以外の東洋人は見分けがついたが、軍関係の人間となると、それが難しくなる。

しかしその男は「キム・ロスマン」と名乗ったから、日系人ではないことは判る。或は「キム・ロス・マン」なのかも知れないが。

一応火威も「服部・半蔵」と名乗っておいた。大統領補佐官のSNSにも同じ名で投稿したが、もし偽名と発覚したとしても、余り問題は無い筈だ。

M95が入ったハードケースを受け取ると、その後は特に飯に誘われる事も無いので帰りの車に乗り込む。

折角なので神田の業務用スーパーにも寄って、プロ級と自ら豪語するホットケーキの材料を買おうと思い立った。

その神田に行く途中、各所で視線を感じたが一個人に此処までするか?と言うのが火威の感想だ。それでも殺気のような物は感じないので、脅しが効いているのかと、特に対処する必要も無い。

ジープは明らかに自衛隊の物で、バンパーには白字で「特派」などと書いてある。ジープの駐車は近くの駐車場に停めるとして、手早く買い物を済ませるしかない。

火威は迷彩帽を取ると、徽章や階級章の付いた戦闘服を脱いで迷彩ズボンに黒Tシャツ一枚という出で立ちになった。そして迷彩帽とは別に用意した黒いキャップを被ると、その鍔を前に回して整える。

「これでどう見ても迷彩好きの民間人だな」

そして業務用スーパーの近くに停めたジープを降りると、手早く買い物を済ませるべく車両を降りた。今日は車で来ているので、かなり多くの材料が買える。

買い物してる最中、他の客が火威の顔をチラ見して避けるように離れていく。目の上に裂傷があるので、今しばらくはヤクザ顔のような強面なのは仕方ない。火威自身も覚悟はしていた。

ヨーグルトや卵など、特地でも手に入り易い物は最小限にして、ホットケーキ粉は向う側が見えないくらい、カートに乗せる事ができる。

ちょうど顔が隠れるくらいの量をカートに載せると、そいつは居た。

人間よりも肉厚で体格が良く、緑色で残忍。ファンタジーモノのアダルトゲームに出るとほぼ間違いなく女性キャラを陵辱する汚れ役&やられ役として使われる。姿は醜悪かつ不潔で盗む・奪う・犯す・殺すなど負の部分が強く、ひどい時には「ぷぎー! ぶひー!」などまともな言語を話せず、形勢不利と知るや尻尾を巻いて逃走するか、改心や命乞いと見せかけて背後から騙し討ち(だがあっさり返り討ちに遭うぐらいの見え見えの小芝居)を仕掛ける程度の知性は持っている。

そんな感じの火威の見合い相手が居たのだ。

(アイエェー! オーク! ナンデッ ナンデー!?)

この辺りが生息域なのか、それともこの店が生息地なのか。

悪夢の再来に体温が2℃くらい下がる錯覚を感じた。いや、実際に下がったかも知れない。買い物途中だが、ホットケーキの箱で顔を隠してレジに急行する。

買い過ぎたのか、レジの時間が異様に長く感じる。レジが済むと買い物袋には入れず、カートのまま73式小型トラックへ持っていく。そして(卵とヨーグルトは除いて)カートを引っ繰り返すようにしてホットケーキ粉を荷台に詰め込んだ。

再び店には行きたくないので、店指定の駐車場にあるカート置き場にカートを置く。

すると、やけに野太い声が聞こえた。

その方向を見ると、オークが走って来る。意外にも結構速い。そして怖いッ。

「ヒオドシさぁ~~~~~ん」

「げぇ! なんか異常に速い!! 走るのもっ、気付かれるのもっ!?」

急いでジープに乗り込むと、法定速度ギリギリで銀座に急いだ。

「よ、よし! 逃げ切れたか!? もう今日はどんだけ腹が空いても牛丼屋行かねェーぞッ!」

とにかく日本の勝利である。

そんな大本営発表が聞こえた気がした。

 

  * *                        * *

 

「…………対象ブルーは領域を離脱した。繰り返す、対象ブルーは領域を離脱した」

キム・ロスマンこと、ドクカリム・レイは周囲に布陣した工作員達に通達する。

「しかし、驚いたな。北条政権時に我が国に移送したクリーチャーの取り残しが、普通に生活しているとは」

しかし目標である服部はクリーチャーから逃げているようだった。万が一、服部の身に何か有れば只でさえ低いディレル大統領の支持率が、これ以上ない程低下する事態になるだろう。

『対象ブルーは銀座に帰還したか。このまま済めば問題無いのだが……』

グスマンからの返答に、ドクカリムは胸を撫で下ろす。だがまだ終わりではない。目標である服部は未だ特地に帰還してないのだから。だがドクカリムは続けて驚愕とも言うべき悲報を続けなくてはならなかった。黒光りする高級外車が、服部の乗る高機動車を追うように走って行ったのだから。

「ど、どうなっているっ?」

ドクカリムは見た。その高級外車の後部座席に座って居るその人物。クリーチャーがカーテンを閉める姿を。

あのクリーチャーは人間と同じように……それも比較的上層の生活をしている様に見える。元は特地から出てきた怪異かも知れないが、今現在は日本国民のようだ。だが……。

「対象……ハットリはクリーチャーから逃げているように見える。このままでは終わらんか」

銀座のグスマンに服部の監視・警護を指示し、自らも銀座に向かう。米国工作員の彼らの戦いは、まだ始まってもいない事を彼らは知らない。

 

 

 * *                         * *

 

 

ハンドルを握る火威の表情は固い。それどころか、次第に眉間に皺を寄せ、片手で下腹部を押さえ、寒い日和だというのに汗を浮かべる。

「お、お腹痛い……」

オークに遭遇して体温が下がったのは錯覚ではなく、実際に下がったようだ。銀座の門までは近いが、下腹部のプレッシャーが時間が進むに連れ強くなっていく。アルヌス駐屯地のトイレまでは、とても持ちそうに無い。

ぐっ、ぎぎぎぎ……そう呻きながら駐車場を探す。今日は大型では無い73式小型トラックで来ているので、和光提携の駐車場なら何処へでも駐車可能な筈だ。

その予想は目論見通りで直ぐに駐車場を見つける事が出来た。

しかし一番近い駐車場でも、銀座和光までは100m近く離れている。だが背に腹は代えられぬ。こんな都心中の都心で路上駐車したとあっては、切符切られる事は目に見えている。

それに駐車して降りた直後に警察官から呼び止められれば、確実にトイレまで持たなくなる。

慎重に、素早くッ。

斯くして火威は目的のトイレまで急行出来た。その間、何のイレギュラーも無い。個室のトイレに腰を下ろし、火威は完全なる勝利を確信した。特地に勤務する以前より久しく味わってなかった満ち足りた気分である。正に、

日本の勝利である。

なのであった。

 

「ふう、スッキリしたぜ」

手拭いを衣嚢にしまいながら視線を帰り路に向けると、そいつはまた居た。

人間よりも肉厚で体格が良く、緑色で残忍。ファンタジーモノのアダルトゲームに出るとほぼ間違いなく女性キャラを陵辱する汚れ役&やられ役として使われる。姿は醜悪かつ不潔で盗む・奪う・犯す・殺すなど負の部分が強く、ひどい時には「ぷぎー! ぶひー!」などまともな言語を話せず、形勢不利と知るや尻尾を巻いて逃走するか、改心や命乞いと見せかけて背後から騙し討ち(だがあっさり返り討ちに遭うぐらいの見え見えの小芝居)を仕掛ける程度の知性は持っている。

そんな感じの火威の見合い相手が居たのだ。

「―――――――――っ!!!」

声も出ないまま、気が付いたら先程まで居たトイレに戻っていた。

(バカなっ。何で! ナンデー!?)

オークに追尾できるような手段があるとも考えられない。以前に使った高機動車に発信機が付けられてる可能性も考え、今回は別の車で来た。ならば考えられるのは、ただ一つ。

スマートフォンを取り出した火威は、容疑者と思しきアプリを確認する。火威のスマートフォンを弄れるのは、かつて自身を誘拐したオーク以外に考えられない。オークが新橋のラブホで、火威の意識が喪失してる最中に操作したとしか思えないのだ。

『装甲機動』製作した会社は『奥商会』というあからさまな会社だった。

「ザッケンナコラー! ナンオラー!」

気合いと共に発した魔法の言葉で当アプリを電子の塵芥へと忘却する。そして湧き出た喪失感と自身の膝を抱え、意外に広いトイレの個室内で助かる術を考えた。

位置情報アプリを消した事で、オークには火威の正確な位置を特定することは不可能になった。それ以外で、自身がオークに対して有利な点を考える。

まず体力だ。今では錘付きでアルヌス駐屯地を全力ダッシュで二周可能な事から、相当付けられたと考えられる。

次に筋力である。以前はオークに引きずられ、抵抗虚しく簡単に新橋のラブホに監禁されてしまったが、今では100kgのバーベルでも持ち上げる事が可能である。

しかし、オークの地力を計ることが出来る物差しはないので、これはアテに出来ない。

最後に魔法だ。前回は乱れる精神で作った空気の玉は、オークには丸で効果がなかった。だが今では精霊魔法まで使える。風の精霊や火の精霊、そして光の精霊を呼び出す事が……。

ハっとした。光の精霊魔法で姿を消し、堂々とオークの前を通ってジープまで逃げられる事に気付いたのだ。芸は身を助ける、とは良く言ったものだと、火威は詠唱を始めた。

 

 

…………

………………………

…………………………………………………………………………………

 

 

ガッツが足りない!

火威の精神力は度重なるオークとの遭遇で、かなり削られていたのだろう。判り易く(?)説明すると、発狂寸前までSAN値が低下していたのである。

「こ、ここまでか……」

銀座和光の意外に広いトイレの個室の中、火威は便座に腰を下ろして頭垂れていた。

 

 

   *  *                       *  *

 

 

73式小型トラックと黒塗りの高級外車が走っていった銀座の道路。停車しているワゴン車の中、グスマン・ヒムレイは状況をドクカリムに伝える。

「あと少しでゲートだってのに、あのハットリとかいうヤツ。わざとやってんじゃないのか!? クリーチャーが来たらどうする! いっそ排除して良いか!?」

『まて!まてまてまて! ハコネでCIAチームが全滅したことを忘れたか! あのクリーチャーもどんな能力を持っているか判らんぞ!』

同僚から釘を刺されたグスマンが見たのは、銀座和光の前に停車した黒塗りの高級外車と、そこから降りたクリーチャーがスマートフォンを確認する姿だった。

「ク、クリーチャー、来たぞ」

グスマンが写真などを見せられもせずにクリーチャーと断言できたのは、対象がクリーチャーとしか言いようがなかったからである。確かに人間相応の姿なのだが、クリーチャーなのである。

『グ、グスマン。追跡頼む。これも合衆国の為だ』

合衆国の為と言うか、完全にディレルの為だろう。そこまでして守る価値があるのか、あの大統領に。

と、よっぽど言おうかとも思ったが、特地の要人を拉致しようとしたことが明らかにされると合衆国が多くの国々から非難されるので、言われた通りに黙って追跡するしか無い。

銀座和光に入ると、店内をうろつくクリーチャーが目に入った。ハットリを探しているのは明らかだ。それが、スマートフォンに目をやると盛大に舌打ちした。

「ひっ」

その様子が余りにも人間離れしていたので、グスマンは戦慄した。例えるなら悪魔のくしゃみだ。だが対象の姿が如何に恐ろしくても追跡しなければならないのだから、辛いったらありゃしない。

 

 

  *  *                           *  *

 

 

便座に腰を下ろし、頭を垂れていた火威は次第に落ち着きを取り戻しつつあった。

だが灯りが消えた瞬間、彼は些か狼狽する。しかし直ぐに人感センサーに反応して灯りが点く事が予想できると、その動揺も消えていった。

さて、どうするか……。

待っているワケではないが、待てど暮らせどオークがトイレまで追ってくる事は無さそうだ。そもそも男子トイレなんだから、一応、女のハズのオークが来るのは常識的に考えてあり得ないハズ。

よし、この隙に逃げよう…と、かなり相手を甘く見ていた火威が立とうとすると、トイレの電灯が点いた。火威が立つ前である。

些か動揺したが、落ち着いていた火威はそのまま様子を窺う事にした。

聞こえてくるのは遠くのトイレの個室のドアを開ける音と、閉める音。そして次の瞬間、火威は耳を疑った。いや、予想はしていたが、心の大部分で否定したがっていたのだろう。別のトイレの扉を開ける音がしたのだ。

これは、明らかにトイレの中を見分しているポーズッ。

恐れていた時が遂に来たのだ。どうやって逃げるかを、早急に考えなければならない。このままオークに身を任す事も出来るが、その場合は廃人になってしまう可能性が高い。

ならば、やはり逃げるしかない。個室の上部を見ると、他の百貨店のトイレ同様に空いている。便座を足場にして、オークが火威のトイレに侵入した瞬間に上部から逃げ出すのだ。意外に瞬発力のある日本のオークだが、助かる為にはこの方法しかない。

そう思った瞬間、鍵が掛かっている個室の扉をこじ開けようとする音が鳴った。引き戸だが、押しても開けようとしている。いや、大きな力で前後に揺さぶり、鍵を壊そうとしているのだ。

その事に気付いた火威は、怖ろしさの余りに腰が砕けた。トイレの上部から逃げようとしても、足に力が入らない。

「な、なんでっ……なんっ……! もうダメぽ……!」

最早、涙目で世を呪うかのような言葉を呻いたが、声にはならない。そして遂に個室の鍵が白旗を揚げ、吹き飛ばされると、オークは扉を押し倒すようにして入ってきた。

や、殺られる……! 悲鳴を上げようにも言葉が出ない。その火威の見るオークの顔は、言うなれば藤田和日郎の漫画に出てくるような猿系の化け物の顔で、それが口角を吊上げていたのだ。

それは、恐らく目的を成し遂げて笑っていたのだろう。だがその顔が火威の顔を確認すると次第に引き攣り、絶叫を挙げ始めたのだ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

それは正に魂消るような叫び声だった。魂が消えると書いて「魂消る」である。しかし火威にとっては、死の淵に追いやられた精神を呼び戻す効果を持っていた。

多分マイナス足すマイナスが+になるのと同じ理屈である。きっと。

叫びてぇのはこっちだよ、と、火威は思う。しかしその叫び声を聞きつけたのか、どう見ても銀座和光の客であろう外国人の男がトイレの中に走ってきたのだ。

「こ、こいつ変態です!」

叫び過ぎて失神寸前のオークを外国人の男に押し付け、さっさとジープまで遁走する。

ゲートを越えて、アルヌスに到着した火威が感じたものは、実家に帰ったような安心感どころか、冥界から現世に戻ってきたような晴れ晴れとしたものだった。

 

 

 *  *                        *  *

 

 

その日、火威が所属する401中隊と旧第六偵察隊はゾルザル軍の襲撃を受けた村周辺の掃討任務に就いていた。敵性勢力の中には、乙種害獣の「黒妖犬」等の怪異も多く確認できる。

黒妖犬は虎程の大きさの肉食性生物で、こうした怪異は帝国の怪異使いと言えど、そう離れた地点からは使役出来ない。

なので、ゾルザル軍の大本とは行かないが、程々に大きめの部隊を掃討する事が可能なのだ。

こうした情報はイタリカのフォルマル邸で習った火威や、深部情報偵察隊が特地の村や町などで見知った事柄、または避難民の中に居る賢者の師弟……カトー・エル・アルテスタンやレレイ・ラ・レレーナの話から明らかになっている。

 

最近では、ゾルザル軍は市井の民や商人を偽装して自衛隊が油断を誘い、襲ってくる。

このようなテロリスト如き便衣兵の存在をゴキブリ同然に考える火威は、たとえ相手が市井の民の姿格好をしていようと、フォルマル家発行の通行書の末尾に記載されたバーコードで偽物と判り、やぶれかぶれになって武器を向けてくる相手は問答無用で殴り殺している。

また、近頃ではゾルザル軍は緑や深緑の斑模様の衣を着て村を襲っているという話もある。

自衛隊の戦闘服とは似ても似つかない模様だが、情報として人々の間を飛び交う際には単に「緑の斑模様の服」を着た者となるので、これが一層ゾルザル軍とその兵への殺意へと変換されるのである。

この日も、火威によって頭部を潰された黒妖犬の大群と、八つ裂きにされた複数人のゾルザル軍兵を見る事になった相沢は「鬼ですね。火威さん。正に鬼の半蔵」と、戦国時代に存在した忍の名と、火威の名前を併せた二つ名を彼に付けたのだった。

 

 

トイレのドアを破って個室に入ってきたオークは、俺の顔を見て奇声を上げたから逃げ出す事が出来た。

帝国兵の剣撃を受けて絶賛ヤクザ顔中だったから助かった。そんな事を思い返しつつ、チヌークから叩き落としてやった彼の帝国兵の魂が、戦死者としてエムロイの御許に召された事を祈る。

そのアルヌス駐屯地に帰還した火威を呼び留めたのは、彼の高校の後輩で、今は同格の出蔵三尉だった。

「ちょっ、大変っすよ。先輩!」

「どうしたんだよ、その慌てようは。オークが分裂して入ってきたか?」

「いや違うんですけど、近いっす」

そう言って出蔵が火威に見せたスマートフォンのニュースサイトには、次のような見出しが書かれていた。

奥商会令嬢、遂に結婚 貰い手のモノ好きは米軍施設職員の外国人

 

その見出しの下には、あの藤田和日郎の漫画に出てくるような猿系の化け物の顔の笑顔のオークと、銀座和光のトイレに駆け付けた外国人が死んだ魚の目のようなまま写真に写っていた。

「こ、こうして悲しみが広がって……」

後は言葉にならない。嗚咽を隠しつつ、目を背けようとする火威を出蔵が制する。

「いや肝心なのは写真の後ろの方ですから!」

悲しみを乗り越え、再びスマートフォンを見せられた火威は目を張った。

オークの二人後ろの人物、それがオークと同じ顔をしている。写真の下に小さい字で写真内の人物の名を紹介しているが、決してオークの親ではない事が判る。

「妹か…………」

出蔵は何も言わない。火威に黙礼を奉げるだけだ。

「…………こいつにまで追われる事は無いだろ。それって自意識過剰過ぎだろ」

何も言わないまま出蔵は遠くの山を見ていた。遠くの山は雪を被っていた。

「自意識、過剰過ぎンだよ! 過剰だって言ってくれよ出蔵!!」

結局、出蔵は何も言わないまま日は暮れていった。そして鬼の目にも涙が流れたという。




DVDの4巻ですが、初回特典の湯煙温泉編が妙にエロいですね。
うん、予想してた。(´◉◞౪◟◉)

十六話は今年中に投稿出来れば良いなぁ…と思いますが、正直どうなるか分かりません。
早いところ戦争を終えたいモンです。


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第十六話 特地戦力調査隊

ドーモ、庵パンです。
何だかんだ言って土曜日に間に合ってしまいました。

前から気付いてたんですけど、原作沿いだとヒロインの出番はかなり少なくなってしまいますね。
勝手に外伝まで作っちゃえばヒロインメインのを書けるんですが……。

あ、うん。
もう許可とか貰わずに自分の欲望の赴くまま書きますわい。

※12月27日
 ジープと高機が先頭を走っていたので修正。


ここ最近、アルヌスの食堂には『ミード』なる飲料が並んでいる。早い話が蜂蜜酒だが、日本が存在する世界でも、新石器時代から飲まれていたというこの飲料を、火威はこよなく愛飲した。

ビールの美味さも日本酒の旨さも理解出来ない彼は、酒精の低い蜂蜜酒を冷やしたものにレモン汁と氷を投入し、さながら清涼飲料のように飲むのを好んでいた。

それを淹れたジョッキを片手に持ち、出蔵とその恋仲となったダークエルフのアリメル。そして旧第三偵察隊のメンバー数人と夕飯を取っている。

「先輩、落ち着いて見直すとこのオーク姉妹、かなりの巨乳っすよ」

言いながら出蔵は自身のスマートフォンを火威に見せる。

「服の上からでは判らないがな……出蔵、それは偽乳だ。欺瞞ッ!なんだよ。俺が拉致された時に見分済みだ」

「なッ……!?」

結構余裕あったんですね、と思う。それとも乳への飽くなき拘り故の使命感かとも思われた。

「でも大手企業の社長令嬢っすよ。勿体無い事したんじゃないスか?」

話を振ってきたのは倉田だが

「俺がどんな目に遭わされたと思ってるんだ! ホントに怖かったんだぞっ」

言い返したものの、追われ、あまつさえ捕まり、何の取り決めも成された覚えも無いのに執行された『刑』の恐怖と精神的ダメージは当人にしか判らない。

「だいたい子供にやる母乳にシリコンだか生理食塩水が混ざってたら可哀相だろうが」

実際には母乳は乳腺で作られるので、母乳に代わってシリコンやら生理食塩水が出てくる事は無い。下手な手術をすれば母乳自体が出なくなるだけだ。

その時、栗林が言った。火威は先程から気になってはいたが、彼女はかなりのハイペースで飲んでいる。

「でも結婚してみたら意外に良妻賢母だったかも知れませんよ? 三尉を追い掛けたのだって愛情深いからかも知れないですし」

「それは俺も少し思った。でもな、男子トイレにまで入ってきて、あまつさえ個室の鍵を壊して入ってくるなんて、どうかしてるだろ? 愛情深いとかじゃなくて最早病んでるってレベルだろっ」

そのくらいの愛情深さ……などと言おうとした栗林の言葉を遮り、火威は続ける。

「考えてみろ。全然好みでもない異性にしつこく追い回されて、しかも精神的に大ダメージを被ったりしたら誰だって逃げるだろうがっ!」

この場に居る男性は、そのままオークに追われた火威の立場を自分に置き換えることで簡単に想像できた。

真っ平御免である。

栗林も高校時代に空手部と新体操部を掛け持ちしていた時分、そのスタイルと顔だちの良さ故に多かったファンの中のキモオタに、レオタード姿の栗林自身のフィギュアを作られて見せつけられた事を思い出し、今更ながらに辟易した。

唯一、既婚者の仁科 哲也(にしな てつや)一等陸曹だけが余裕顔でビールを飲んでいる。

アリメルは何が起きたのかと、不思議そうな顔をしている。そもそも火威の最後の一言だけは日本語だった。

彼女は後に出蔵に、この時に何を話しているか聞いたが「世の中の辛さや悲しさの話をしてたんだよ」と、教えられたと言う。

 

 

皆が食欲を満たし、メンバーが一人二人と帰っていった頃になっても火威はまだ食べていたし栗林はまだ呑んでいた。

火威としては少なからず想っている相手と差しで飲めるのは悪い気がしないが、明日まで酒が残らないか、他人の事ながら心配だった。

「これ栗、もう帰って寝れ。二日酔いになっても知らねぇぞ」

「明日は休みれす……」

「あ、そなの」

栗林と食事で同席した事は少ないが、この女がここまで隙を見せるのは今まで無かった。

心を激しく揺さぶる事でも何かあったのかも知れないが、平和で治安の良いアルヌスと言っても「悪人は何処にでも居る」というのが火威の哲学である。火威や多くの人の目から見ても、魅力のある彼女をこの場に残していくのは憚れる。

「まぁ良いから寝るならちゃんと帰ってから寝れ。襲われちまうぞ」

そう促すと、栗林は火威の顔を見て言い放った。

「火威、ハゲロ」

「ちょっ、なに言い晒すこの栗ボー!?」

諸行無常に己の頭髪の散り行く様を受け入てる心づもりだった火威には、思いも寄らぬ一言だった。だが不意打ちとも言えるこの一言で、想いを寄せる相手との距離がグっと近くなった気がした。そして不用意にも

「おらっ、帰るぞ栗! とっつぁん、御代はここに置いておくよー」

テーブルに代金を置くと、栗林の両脇に手を差し込み、そのまま羽交い絞めのような格好で曹官の宿舎に引っ張って行こうとした。その時、

ドスッ

栗林の肘が火威の鳩尾に突き刺さった。

「あ、ごめん。体が勝手に」

条件反射で動いてしまったと言う栗林の前で火威が地面に突っ伏す。

(さ、流石はダーを格闘戦で倒した女……)

苦しさと痛みに耐えつつ、彼は先日のゾルザル軍掃討の報告書を思い返した。

古村崎とかいうマスゴミが、第四戦闘団四〇三中隊の出動に同行し、その際に先日悪所を発ったテュワルを救出したのである。

その時に栗林はチヌークの中でダーという巨大怪異に格闘戦を挑み、勝利している。

ダーは以前に火威がフォルマル邸にある本で見知った怪異で、しっかり自衛隊も知っている存在だからこれという被害は無い。

だがチヌークの中で、敢えて巨大怪異に格闘戦を挑み、しかも勝利するというのは「この女、やっぱ亜神」説が正しいとしか思えない。

「ま、まぁ良いから、ちゃんと帰って寝れ……」

地面に突っ伏し、鳩尾を押さえたまま火威が呟くように言う。

 

 

 *  *                     *  *

 

 

数日前、帝都の皇城 ウラ・ビアンカから皇帝、モルト・ソル・アウグスタスとピニャ・コ・ラーダが救出され、イタリカにて帝国正統政府を開府したという話は、帝国領内に瞬く間に広まった。それは、帝都内を行き来する行商人から伝わったものもあるが、自衛隊員自ら広めたものも多い。

広めた一人である相沢は、狭間陸将から次のような事を聞いていた。

帝国周辺の各国は、ゾルザル軍に与するか正統政府に与するか考え倦ねている。理由は銀座事件の逮捕者五千人が帝国正統派政府に与しても両軍の戦力が拮抗しているからだ。相沢二等陸尉と火威三等陸尉には帝国領内の戦力を調査し、正統政府に与するように進言してもらいたい。と。

 

以上のようなことを聞いた相沢は、火威を含む部下七人と現地人協力員四人を連れ、特地戦力調査隊の隊長に上番した。似たような名称の特地資源調査員と違い、こちらは曹官以下でも任務に就く事が出来る。

フォルマル伯爵領内の亜人の集落は正統政府に協力的で、頼まないでも力を貸してくれるので、相沢らが行かねばならないのはそれ以外の亜人の村や町だ。

高機動車に乗って地図とコンパスを使い、位置と向かう方角を確認しているのはベテランの伏見 基弘(ふしみ もとひろ)陸曹長だ。

既に幾つかの亜人の集落を回っているが、これまでの帝国の亜人に対する偏見や政策が災いし、内戦状態に陥ったとは言え正統政府の為に喜んで戦力を出してくれるような亜人はフォルマル領にしかおらず、今まで色よい返事は未だ貰えずに居る。

そうして時間だけが浪費され、これから向かうワーウルフの集落を最後として帰還しなければならない。

これまでに回った村や町で敵視されなかったのは、フォルマル家の紹介状があったり、相沢らがアルヌスの丘に居る緑の人たる自衛官だからだろう。アルヌスの街の良い評判は、思いのほか遠くまで伝わっていた。

「時間がありゃヴォーリアバニーの草原とか行きたいんですけどねぇ。遠過ぎますかねぇ」

先頭を走る73式小型トラック、通称ジープの中から、後方の高機動車、通称HMV(ハイ・モヴィリティ・ビークル)の中でイタリカで買ったファルマート大陸の大まかな地図を見ているであろう相沢に、火威が相談を振る。

『そりゃ遠過ぎますよ。それに最近戻ってきたデリラさんが言うには、ヴォーリアバニーの部族はゾルザルに滅ぼされているそうですから』

以前にアルヌスで事件を起こし、その際に大怪我を負って日本で治療を受けたデリラは、そのまま東京地裁で執行猶予付きの一審判決を素直に受け入れていた。だが大きな事件を起こした彼女はフォルマル邸にもアルヌスの食堂に戻るわけにもいかず、償いと称して自身が怪我を負わせた柳田二尉の介護に当たっている。あれだけの大怪我を負いながら一ヵ月程度で動けるようになり、医者を驚かしていたという。

「あん畜生め可愛いヴォーリアバニーを……。んじゃエルフとか、ダークエルフ探しますかね」

「エルフやダークエルフもその辺に居るものじゃないですよ。妖精種になると論外です」

その火威の言葉に反応したのはジープを運転する女性自衛官、宇多 千歳(うだ ちとせ)一等陸曹だ。栄養士資格を持っているという彼女は、とりわけ美人という訳ではないが、落ち着いた雰囲気を持ち、また周囲を落ち着かせる「お母さん」的な能力も備えている。彼女自身が自由に発動させれる能力でもないのだが、喧嘩でいきり立ったドワーフの大工を見ても「あらあら、まぁまぁ」で落ち着かせてしまうので、その辺りの能力をハーツ&マインドが必要になるであろう本任務に買われたのだ。

『それにダークエルフは散々苦労しましたから、そのうえ戦争に駆り出すのもなんだか……』

言ったのはジープの後方を走る高機動車を運転する内田 仁(うちだ ひとし)二等陸曹だ。秋田駐屯地から火威と共に特地に来た彼は、フォルマル邸から来た狐耳メイドに交際を申し込んだものの素気無く断られて今に至っている。

その彼に答えるようにして火威は言ってやった。

「エルフの部族は複数ある。お前が言ってるのはシュワルツの森のダークエルフだろう。エルフは怒るとこわいぞ。戦士だし、強い」

暫し、部隊内が沈黙に包まれる。そのネタが誰の理解も示さないところをみると、火威は口を開く。だが其処に被せるようにして通信を経て発言する者が居た。

『まぁその辺りは正統政府が大凡の位置を把握してるでしょうし、シュワルツの森から来たダークエルフも協力してくれてるようですから、俺らはそれ以外の亜人で協力してくれる人達を探した方が良いんじゃないですかね』

言ったのは最後尾の軽装甲機動車、通称LAV(ライト・アーマー・ビークル)を運転する日下部 洋輔 (くさかべ ようすけ)二等陸曹だ。彼は一言で言うなら『残念なイケメン』である。容姿や自衛官としての技能は否の打ち所が無いにもかかわらず、言う事に何かと品が無い。これで妻帯者だと言うのだから、火威などは世を呪う。

だが彼が今し方言った事は尤もだ。と、言うより、ワーウルフの集落に向かってる最中に火威が余計な提案をしたから話が脇道に驀進してしまったのである。ちなみに日下部の隣には、どいうワケだか第一戦闘団から引っこ抜かれた出蔵三等陸尉がいる。

ワーウルフの集落の位置を教えてくれたのは、高機動車に乗り、現地人協力員の名目で同行していて自身がワーウルフのウォルフだ。

他の三人の内の二人は薔薇騎士団のグレイ・コ・アルドとニコラシカ・レ・モンである。

自衛隊が勝手に他国の内戦の一方に肩入れしてもらえるように、周辺の戦力と交渉する訳には行かないので、実質的な交渉は彼ら行うという事になっている。

残りの一人はLAVの上部ハッチから対空警戒しているダークエルフだ。ヒトで言えば14~15歳くらいの少年に見える外見で、名をティト・エル・デルフと言う。彼もアリメルと同じように他のダークエルフには無い、妖精的な雰囲気を備えている。

ちなみにニコラシカは、女好きのウォルフが悪戯すると悪いのでジープの後部座席に乗っている

その彼女を含め、車列は対空警戒しながら進んでいる。

 

少し前からゾルザル軍は上空の翼竜から火炎瓶のような物を投下するという戦法を取っていた。

滅多に当たらない上に効果も薄く、近頃ではゾルザル軍もやっていないのだが、一応被害もあるので上空へ警戒しなくてはならない。

上空を警戒するに当たり、ティトが持つエルフの遠目は非常に頼りになった。300メートル先の森の中の木の枝に留まっている小鳥の羽の色まで識別してしまうのだ。

その彼が叫んだ。

『5リーグ先の丘! ドラゴン! 荷馬車を襲っている!』

ちっ……今度は見境い無しかよ。そう言いながら火威は先日手に入れたM95対物ライフルを携え、8km程先の丘の上を見る。(1リーグ1.6km)

翼竜を使うノウハウはゾルザル軍か正統政府にしかなく、翼龍の厩舎は現段階で全てゾルザル軍が保有していた。だから翼竜で荷馬車を襲うという行為は、偽装もせずに堂々とゾルザル軍が荷馬車を襲っていると考えて良い。

加害者側の身元を明らかにして盗賊行為を働いてるであろうゾルザル軍に、皮肉を込めて感心したように鼻を鳴らしたが、

『翼竜じゃない! もっと大きい!』

続けて伝えられたティトの声には、焦りと恐怖が感じられた。

 




公式のキャラ人気投票ですが、26日の午後23時時点でまさかのデリラ一位とは!?
こりゃぁビックリです。いやホント。

で、今回は新しい部隊を勝手に出してしまったんですが、この戦力調査隊……。
今回と次回でお役御免です多分。


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第十七話 貪狼

公式の人気投票ですが、レレイが一位を奪取して一安心です。
薹徳愁が一位とか、どんな組織票が働いたのかと.....(( ;゚Д゚))
ちなみにこの庵パンは未登場のヒロインに投票してます。まぁ登場してるんですが。

サブタイの北斗六星ですが、なんか便利なんでまた使うかも知れません。
今回は前半に戦闘しましが、説明がメインの回です。
戦って無いので次回は早く投稿したいですが、ストックが無くなってしまいました。




※1月3日、小説全般に出蔵が二種類居たので「出蔵」に統一。


陣を崩さぬまま走った特地戦力調査隊の車列は、瞬く間に大型の龍を射程に収めた。

『炎龍じゃないがっ……コイツぁ!?』

日下部はハンドルを切りつつ、気押し負けされないように確りと心を保ちながら、先程よりもはっきりと近くで見える龍の顔を見る。その後ろでは大柄な女性自衛官、丸山 貴絵(まるやま きえ)二等陸曹がティトに代わって上部ハッチから頭を出し、ブローニングM2重機関銃、別名キャリバー50で龍の頭を撃ち続ける。

「コイツぁ亜龍か!!」

大帝門に掲げられていた炎龍の首よりも小さな頭だが、それでも人間にとってはゾルザル軍が使役する雑多な怪異より遥に脅威である。

成長途中とは言え、フォルマル邸で見せてもらった博物誌や第一戦闘団が討伐した新生龍よりも明らかに大きい。

発見早々M95対物ライフルの5発の徹甲弾を使い、竜の羽に大穴を開けて飛べなくした火威は64式小銃で龍の頭部を射撃し続けている。

成長途中であろう亜龍の羽は、思いのほか簡単に貫く事が出来た。飛べなくなった龍は荷馬車を追う事も出来ず、移動速度は鈍足を極める。

『全員眼を狙え! 炎に警戒!』

炎龍との戦闘を経験した第三偵察隊の報告書を手本に、指揮を執る相沢が、弾倉を交換して亜龍の眼を撃ち続ける。高速で移動する高機動車からでは高い場所にある亜龍の眼を狙撃する事は不可能と言って良い。眼の付近の頭を狙うしか出来ない。

頼りになるのは110mm個人携帯対戦車弾(LAM)しかないのだが、炎龍討伐後は携行数を減らされている。

『全然効いてないですよ!』

「構うな、当て続けろ! LAMの用意しとけ!」

弱音に似た報告を丸山に突き返しながら、火威は64式小銃を片手で撃ちつつ弓矢を用意した。

移動しながらの爆轟の魔法では狙いが定まらない以上、小さな鏃に封じた爆轟を、弓で飛ばすしかない。

龍にとってはBB弾程度の効果しかない銃撃も、痛点がある以上は無視できない。

亜龍は明らかに嫌がり、顔を背けて動きが止まった。

「丸山っ、よく狙え! 外すなよ!」

言いながら火威が強弓に矢を番える。

「Acue-hno unjhy Osalah-dfi jopo-auml yuml-uya whqolgn!」

瞬く間に詠唱を終えると、風の精霊の助力を得た矢は亜龍の顔目掛けて放たれた。

矢が当たる直前、眼の付近に弾丸が当たった龍が反射的に顎を上げた。爆轟が封じられて風の精霊の力を得て放たれた矢は、亜竜の下顎に当たって爆炎を起こす。

『や、やった……!?』

ティトが全員を代表するように呟く。だが直ぐに爆炎が収まると亜竜は大きな傷を負ったものの健在だ。

その姿は下顎の半分を吹き飛ばされた痛々しいものだが、矢に続けて放たれたLAMの弾頭が龍の喉奥まで飛び込む。

龍の喉奥に着弾した弾頭は、本来なら装甲のような鱗を貫く為のメタルジェットを噴出させて柔らかい生体を貫く。頭蓋を砕かれ、脳を粉砕された亜龍は即死した。

頭の後ろから炎を吹き出すようにして、力尽きた亜龍がゆっくりと倒れ伏した。

 

 

 *  *                        *  *

 

 

斯くして亜龍は討伐された。

エルフが中核のパーティで亜龍を討伐した歴史や物語は存在したが、成長途中とは言え、発見早々に龍を手際良く討伐するというのは、特地に於いて過去に類を見ない事だったらしい。

 

実際には倒した亜龍は相当若く、今までは森や草原で馬や雲鹿を捕食する程度の存在だった。しかし初めて見た荷車を見た彼は、食料としている馬が角張った何かを引いている事に興味を持って追いかけたに過ぎない。

そこに、運悪く自衛隊と遭遇してしまったのである。亜龍にとっての不幸は、その隊の中に対物ライフルを持ったウォーモンガーに類する人間が居たことだった。

そんな事情を知らない人間たちは、相沢らを英雄と誉めそやした。

特に『鉄の逸物』と呼ばれているパンツァーファウストで亜龍にトドメを刺した丸山二曹は、ワーウルフの集落で各段に英雄視されていた。

 

「炎龍を討伐した魔導士レレイの仲間に緑の人が居たって聞いた事があるが……」

亜龍に追われていた荷馬車の主で、中年のヒト種の男は、そんな事を言いながら相沢に礼を言っている。そして龍に止めを刺した丸山には度重なる礼と帝国式の礼剣という宝剣なぞを奉げている。

一介の行商人が何故、帝国式の礼剣などを持っているのかという疑問を持ったが、荷馬車の主、ディーター・エル・ケルフは以前から帝国とイタリカ、そして様々な集落や街に赴く行商人だという。

その証拠に見せてもらったファルマル家発行の通行所には、彼の顔と名前と戦争以前までの履歴が事細かに書かれていた。

「信用できる商人ってことか」と、呟いた男声は少し幼い気がしたが、誰のものか判らないまま荷馬車と戦力調査隊の車列はワーウルフの集落に入っていった。

集落は調査隊の自衛官らが思っていたよりも大きく立派で、石造りの建物も数軒存在する。集落の中央にある広場からは数本の道が延びており、その中の一番大きな道に繋がっている大きな藁葺きの建物は、一目で集落の有力者の建物だと判った。

此の傭兵を多く輩出するという集落は、方々で多発する有事に人員を送る事で恩恵を受けていた。正に、時代の寵栄を集落ぐるみで受けていたと言って良い。

それだから、帝国の正統政府に協力して安定した時代になることを快く思わない者が少なくないかも知れない。

しかし、其処は「交渉の仕方」次第で何とでもなる話だ。正統政府は内戦で、各段の手柄を挙げた者を帝国貴族として採り上げ、素養があり当人が望むなら元老議員としても採り入れることがあるという。

 

これは「方針」ではなく「決定」した事なのだが、モルト・ソル・アウグスタスの帝国の今までが今までだっただけに、信用する亜人は少ない。

火威なども、モルトが倒れたのはゾルザルの暴発を誘発する為の故意ではないかとも疑っている。

 

伊丹二尉らと共にピニャとモルト、そしてついでにモルトの侍従のマルクスを拉致してきたロゥリィ聖下も、高機動車の中で意識を取り戻したモルトの仮病を疑っていた。

現実にはゾルザルの愛玩奴隷のウォーリアバニーのテューレの指示で動いた配下のハリョが、モルトの酒杯に毒を入れたのである。ちなみにハリョとは、この世界に於いて多種族同士で交配し、産まれてきた者達が広義の意味とされる。彼らは習性や寿命の違いによってどちらの親の種族にも受け入れられず、そのまま両親が死んで孤独になった時、他の種族が「門」によって異世界からやってきたのに対し、自分たちは特地で生まれた種族であるという理由から、「自分たちこそ世界を支配する正統な権利を持つ」という劣等感からの優生思想を持つようになった者たちが身を寄せ合って作り上げた集団である。

 

モルトが実際に意識を取り戻したのは何時かは、本人以外には判らない事なのだが、以上のような事から、少なくない人間に「この狸親父、油断ならねぇ」と思われている。

こんな時だから、火威は以前にも相沢にも権謀術数と縁遠そうなピニャの所在を聞いたりもしたが、第三偵察隊のメンバー数人と東大教授や数人の学術研究者、そして巨乳テレビリポーターとクナップヌイへ調査に行っていると聞いている。どういった調査かはサッパリ判らないが、アルヌスの門が開いてる事で発生する『アポクリフ』とやらの調査だという事は、火威らのような幹部自衛官は聴いていた。

そして、グレイ曰く「ピニャ皇太女殿下は政にすっかり意欲を無くしてしまわれた」という。

戦力調査隊の自衛官からしてみれば、ピニャが権謀術数を好もうが好むまいが『帝国の皇帝』という看板を書き換えてくれた方が、遥かに仕事がし易いのだ。

しかし戦争の相手はゾルザルだ。ピニャの長兄にあたる。

身内同士で殺し合う事は、世界の歴史から見ても珍しい事とは言えない。だが、多くの者は普通の事とは考えていない。これが普通と考えないのが普通である。

火威含む自衛官らも同じように考えていたのだが、ピニャ本人も「普通」に考えていると、途端に面倒な事になってしまう。

「ゾル公を殺るならさっさと出来んだろぉが政治家連中が!」

行き詰った今の状況を考えながら、茅葺き屋根の大きな建物に入る相沢、グレイ、ニコラシカとウォルフを見届けると、火威は道すがら救助した行商人の馬車へ向かった。

その火威の言葉が建物の中まで聞こえてたのか、グレイが相沢に零す。

「ヒオドシ殿の言う事はまるで正統政府の将兵のようですな……」

「あぁ、彼はウッカリしてる所がありますからね。日本と貴国の条約締結が済んでないのを忘れてるんですよ。きっと。……ゾルザル殿下、というか旧殿下への罵りは申し訳無い」

「いやいや、お気になされるな。戦意の高い証です。それにゾルザル殿下は最早仇敵」

「そう言って頂けると有り難い。しかし我が国も講和締結に至るハードルを高く設けてしまったのも事実……」

相沢の言う事はある一点で的を射ていた。

今現在、帝国の財源の多くをゾルザル軍側が管理しており、正統政府は日本との講和で空手形を乱発せざるを得ない状況にある。そして正統政府自前の戦力は乏しく、連合諸王国や亜人の力を借りるか、自衛隊の力を借りる以外に対抗する術は無い。

しかも自衛隊が特地に来た際、帝国はアルヌス奪還に向けた戦力を自衛隊に掃滅され、連合諸王国軍も壊滅した。

自衛隊の戦力を連合諸王国に知らせなかったのはモルトの指示である。その事に気付いた連合諸王国は、此度の内乱に立場を決めかねている。

だから火威はピニャがモルトに代わって帝国の代表となって亜人の信用を少しは回復させ、日本政府にも早く講和を結んでほしいのである。

「む、しかし……皇太女殿下を救助して下さった伊丹殿に説得して頂ければ、或は……」

「いやぁ、それは無理だと思いますよ。伊丹二尉は人に強制するような事はしませんから」

「随分と詳しいですな」

「一時期、彼と同じ部隊にいましたからね」

そんな事を話している二人の前に、この集落の長と思しき男がやって来た。




前半にサクっと戦闘してますが、後半はほぼ説明回です。
ですがイマイチ説明が足りないので次回も少し説明です。

そりゃそうと、お気に入り指定が遂に40を突破!!
当小説をお読み下さり、本当に有難う御座います!!!

それでは、ご意見やご感想等ありましたら、是非とも遠慮なく言って下さい。
何卒、宜しくお願いします。



前に、今回で戦力調査隊の役割終了と言ったが、すまん、ありゃ嘘だった。
でもたぶん次か次の次でちゃんと終わります.... …(;´Д`)


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第十八話 巨門

ドーモ、庵パンです

遂に炎龍編が二日後…というか三日後?に迫りましたね。
実は本当なら当小説は炎龍編が始まるまでに終了させる予定でした。
書いてたら思いの外、長くなってしまって……。

で、ゾルザルのキャラデザが大きく変わっててビックリです。
ゾルザルっていうかヤマザルに見えなくもないです。

そしてスイマセン。
書いてる時に思ったのですが、戦闘が殆どありませんでした。


行商人、ディーター・エル・ケルフの荷車の中に存在した品々は種々雑多であった。

戦争中は、様々な品々が至る場所で売れるらしい。

火威はその中の土産物になるような工芸品でも探そうと、木彫りの彫刻を見ていた。

「命を助けて頂いたんですから、緑の人の旦那には安くしますよ」

「いやいや、自衛官なら同然です」

相変わらず型で作ったような返答だとは思ったが、火威は他の言い方を知らない。

「このロゥリィ聖下の立像なんてどうでしょ? ダナンの木を一級の職人集団の頭が職人が手ずから削った一級品ですよ」

ダナンというのは黒檀に似た実の成る植物で、用途も黒檀に似る。

ディータに見せてもらったのは、随分とゴツイ人型の木工品だ。玄人が作った物ではないのは明らかで、もしアルヌスに持ち帰ったら聖下に断罪されかねない。

「うーん、ロゥリィ聖下の立像は以前に買ったからなぁ」

と、言ったが、嘘である。実際にロゥリィ聖下の立像がアルヌスのPXに並んだ事はあったが、2万円という高価格だったのである。

友人にロゥリィファンが居て、自身も少しばかりロゥリィの信徒になりつつある火威は悩んだものの、余り綺麗とは言えない造りの立像に2万円の高き壁は乗り越える勇気はなかった。

しかし、かなり早い段階でロゥリィ聖下の立像を買う者が現れた。火威としては値が崩れるのを待って三~四千円辺りになったら買おうと思ったのだが、自衛隊の中には余程のロゥリィ聖下ファンが居たらしい。

ちなみに出蔵が日本から持ち込んだガン○ラも、特地の人々からは日本の戦神の立像か何かと思われているので、自衛隊の上層や政府ではガ○プラの販売も検討されている。

火威はブキヤのヴァ○アブル.インフィ○ティシリーズの販売を上申したが、パーツが細かく多過ぎるという理由で却下され、火威の自室にあるウェポンセット付きの作り掛けが一点存在するのみである。

「ふむ、どうしようかねぇ」

「火威三尉」

荷車の中の商品を見回して思案する火威の視線が一点に止まるが、そこで火威を呼ぶ声がした。声のした方向を見てみると丸山が居る。

「相沢二尉が三尉を呼んでいます。急いで向かって下さい」

「村長ん家?」

丸山は「はい」と短く明確に答えたが、火威は今現在の自身の面構えを心配した。

「圧迫面接っぽくならねぇかなぁ……」

「それは大丈夫です。早く向かって下さい」

この女は何故こうも現在強面の火威の面構えに太鼓判を押すのだろうか。そう思いながらも村長宅に向かおうとした。

「ふむ、まぁ挨拶は大事。古事記にもそう書いてある」

「三尉、それは色々アウトかと」

「そなの?」

有名なネタにダメ出しを受けながら、火威は大きな茅葺の建物に向かっていった。

 

 

 *  *                       *  *

 

 

「……相沢さん、これ死亡フラグなんですけど」

映画では確実に死ぬであろうフラグを立てさせようとする相沢に抗議するが

「火威さんなら大丈夫。そもそも戦国自衛隊に魔法使える隊員いなかったし。絶対大丈夫。火威さんもやる気あるでしょ?」

「まぁその通りなんですけどね」

火威が村長宅に呼ばれて応接室に入った時、部屋には相沢、グレイ、ニコラシカ、ウォルフの他に村長と思しき屈強そうなワーウルフと、虎かジャガーを思わせるキャットピープルの男とその子達らしい三人の子供が居た。

最初は威圧面接に釣り合いを取らせる為に呼ばれたのかと思った火威だが、聞けばキャットピープルの男の家族がイタリカに避難する際、ゾルザル軍に襲われ、妻と娘が拉致されたのだと言う。

その後にフォルマル伯爵領地の亜人に力を貸してもらい、母か娘かは不明だが一人の所在は明らかになっている。近く帝国の砦をそのままゾルザル軍が占拠し、最近になって拉致された一人が連れてこられたのだ。

HMVに積んである完成した竜甲の鎧、兜跋(とばつ)を引っ張り出す。

ネーミングは鎧の見た目と漢字の形から探し出して火威本人が付けたものだが、出蔵や一部の自衛官からは『青い巨星』などと呼ばれている。それを纏い、集落で託されたアームブレードを装着した火威は、青い巨星というよりサイバーパンク物の漫画やアニメの登場人物のようであった。

目深な兜の下に普通科とは違う長く赤いマフラーで顔を隠し、肩当は武骨で如何にも堅そうだ。胴体や腕の部分は翡翠宮に向かった時と同様の物で、脚部は曲線を描いた覆いが、竜甲の加工は難しいので、脛や腿、爪先以外は日本製のパーツが使われている。

それに加え、火威の革帯には大型のベルトポーチが付けられている。もとい、ポーチと言うには大きすぎるので帯嚢と言える。

その上で、火威としてはガトリングシールドと熱核ホバーが欲しいが、青い巨星の機体を再現出来るのは電撃を使用した攻撃までに限られる。

ちなみに天部の一つに兜跋毘沙門天がいるが、そちらは全く意識されていない。

 

現在、自衛隊はゾルザル軍と交戦中にある。そしてゾルザル軍は無辜の民間人にも多くの被害を齎しており、これを救出するのは、自衛隊の活動の一つとして完結出来る。

火威は兜跋に続いて落下傘を引っ張り出す。

「えっ、先輩、それで行くんですか? 敵兵に射かけられません?」

「レクスの砦まで10リーグも離れてたらコレで行く方が早いだろ。浮いてる最中は他の魔法も使えるから、問題なし」

戦闘を活動内容に含んでいない特地戦力調査隊は、他の部隊では考えられない程に装備が少ない。これもゾルザル軍相当に向けて戦力を温存しているためなのだが、其処に火威の戦闘力が過剰という要因が重なっている。

相沢としても、ちょっと纏め過ぎなんじゃないかという気がしなくもない。

これは特地派遣隊の長ではなく、自衛隊の最高指揮官である総理大臣の森田の耳に、特地派遣隊に魔導を憶えた自衛官が居るという話が届いたのが原因だった。

足りない分は現地人協力者を雇うが、それでも総員も装備も足りていないのである。火威がこの事実を知ったら、特殊作戦群設立当初の歩く外交カードのように首相を昏倒させた上で拉致しかねない。

しかもグレイとニコラシカは現地人協力者という立場ですらない。講和が果たせてない以上、 帝国に所属する薔薇騎士団も本来なら未だに敵集団なのである。

今回は任務の性質と自衛隊の立場上、彼等が居た方が良いと判断した狭間が、火威の特地に於ける交遊関係から『帝国の為』という事で、特別に協力してもらっているのである。

ともかく、そんな理由もあって敵地へ向かうのは火威一人なのである。

背嚢に必要な物を入れると、精霊魔法で風を呼び、上昇気流を作りだす。そしてパラシュートを開いて地面を蹴ると、火威の身体は瞬く間に空へ上がっていった。

 

 

 *  *                        *  *

 

 

暫く飛び、幾つかの村々を越えた先に目的地は存在した。

フォルマル伯爵領の端に位置するレクスの砦は森の中の小高い山の中にある。帝都やイタリカからもかなり離れていて、戦略的価値は低く思えると火威は推察する。

砦の規模から見て控える敵兵の数も決して多くは無いように思える。グレイの話では砦に駐留出来る総員は50名が限界だという。

だが近頃では眼鏡犬(スコープドッグ)なぞとコードネームを付けられるジャイアントオーガーも配備される事がある。スリットの開いたフェイスガード付きのお椀形の兜を被らせて、特大の棍棒を持たせているという。

怪異使いという特殊技能持ちでないと使役出来ない物に、鎧を付け、分厚い盾を待たせた大馬鹿者が誰なのか知る由はないが、先に怪異使いをヤッチマえば良いんじゃないか、というのが火威の考えである。

そして、その機会は存外直ぐに来た。

光の精霊魔法で姿を消し、攻め陥すべき砦まで近付くと立哨している複数人の人影が見える。

その中に怪異使いと、明らかに他の者達とサイズが違う影を見た。他の者達の影が、その足の途中くらいまでしかないのだから、某巨大掲示板で出現した八尺様でなければ眼鏡犬しかない。

すぐさま、高圧の風をぶつけて怪異使いを昏倒させると、離れた所で立哨中の敵兵のもとまで堂々と移動する。すると、敵兵達の会話が聞こえてきた。

「チっ……ってらんねぇなぁ。こんな意味の無い砦の守備なんて」

「ボヤくなよ。ここに来るまでに好き放題やってきただろ」

「……違いねぇ。だが周りの村から集めた女などうもイマイチだな。ここに居る猫女はババアだしよ」

「若い方の猫女を取られても仕方ないだろ。タンスカじゃ何時ニホン軍が来るか判らない仕事だしな」

火威は光の精霊の御蔭で堂々と聞く事ができたが、ここに来て漸く眼鏡犬が異変に気付いたようだ。

嗅覚が優れているのか、神殿の大理石柱のような巨大な棍棒を振りかざして一直線に火威が居る方向に向かってくる。

慌てるのは火威が居る事など気付く筈も無いゾルザル軍の二人の兵だ。

「なッ、なんだっ!?」

「怪異使い! おいっ、何をやっている!!」

二人の兵には、自分たちに向かって眼鏡犬が巨大な棍棒を振り上げているように見えた。

火威は素早く駆けだし、眼鏡犬の目前で力一杯地面を蹴った。眼鏡犬も何かを感じ取ったらしく、巨大な棍棒を振り下ろす。すると火威は空中でそれを避け、フェイスガードから露出した口の中に爆轟を封じたアームブレードを突っ込む。

空中で、自身に圧縮した風をぶつけて成せる芸当である。火威本人は『クイックブースト』なぞと内心で命名している。

そうして眼鏡犬の脳幹を貫き、トドメを宣言するように言い放つ。

「爆・発ッ!」

爆音と爆発が同時に起き、眼鏡犬は兜の中に頭部の肉やら骨やらを飛び散らせて斃れた。

腰が抜けたのか、クイックブーストの余波を受けたのか、地面にへたり込む二人の兵に向けて言った。

「さっきの話。kwsk」

ちょっとした言葉遊びをしながらも、二人の敵兵に対して凄んで言う。

後の話では、その表情はエムロイ様か炎龍だったと言う。

 

 

*  *                         *  *

 

 

敵兵の見てる前で眼鏡犬を簡単に倒す事で、砦の制圧はかなり簡単に出来た。

眼鏡犬を斃した上で「欲しい物が二つある。一つは女達。もう一つは貴様らの命だ」と言って相手に絶望を与え、それから「あぁ、やっぱお前らは別に良いや。メンド臭いし」と言ってお得感を与え、更なる情報を引き出すという悪辣な手口で、この後にゾルザル軍が計画しているの動きの一部を得る事が出来た。

ここまで上手く事が運んだのは、この砦の敵兵の中には帝権擁護委員部員が一人も居なかったからだろう。

ゾルザル軍は制圧地域を広げただけで、維持出来る力は無いらしい。砦の総員も最大50名だが、見た限りでは30名と眼鏡犬しか居なかった。

その30名を、捕らえられていた女性達と入れ替えるように牢屋へ放り込む。その女性達は乱暴でも受けてたようで、身体の至る所に傷や痣があるし、妊娠しているのかお腹の大きくなった女性も居る。

ゾルザル軍がこの砦を制圧して、ここに居る女性らを誘拐し始めたのが二十日前にも満たないから、明らかに人妻に類する。

フォルマル伯爵領と聞いてたから亜人の女性が多いのかと思った火威だが、意外にも殆ど……寧ろ最初の救出対象だったキャットピープルの女性以外がヒト種だ。それも美人というワケではないが、宇多 千歳のような純朴系の可愛らしい女性が多い。

彼女達は近隣の村や町から拉致されたのだと言う。

唯一の亜人であるキャットピープルの女性も、ボヤいていた兵士の言葉で「お婆ちゃん」を連想していたが、ムッチリとした肢体の精悍なクロヒョウのような色気を湛えている。

「このビーセンが! 適当なこと言ってんじゃねぇよッ!!」

ボヤいていた兵は牢屋に入れる時に、正拳突きによる三段突きもおまけしておいた。

ド助平半蔵としては、純朴な彼女らと共に一国を築きたいところであるが、常識に沿ってキャットピープルを連れてワーウルフの集落に帰る事にした。

その前に、拉致された女性達を周囲の村々や町に送り返す。そうしてからキャットピープルの女性を連れて、空へ飛び立った。

クロヒョウのキャットピープルは後に、空からは被害に遭った村や町の男達が、鬼の形相で砦に殺到するのが見えたと言う。

 




文字数見たら結構短いような気がします。
次回もネタはあるので直ぐに書けそうですが、エロゲーに邪魔されないか心配です。



…( ´_ゝ`)ゞ


いや、うん。ごめんなさい。ちゃんと書きます。
で、今回は番外編とDVDに付いてきた短編小説のネタと、pixvで拝見した自衛隊上がりのかーちゃんのネタが含まれています。
そして短編小説のネタが丸山にダメ出しされてました。
そんでオリジナル砦が出て来ましたが、この回だけの登場だと思います。

しかしブレスク、Vitaでも配信されませんかねぇ。
スマホ持って無いんですよ。グーグルのアプリでPCから出来るから良いんですが。

ともかく、今回もご意見等、お気軽に投稿して下さい。
ご感想も頂けると大変嬉しいです!


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第十九話 禄存

ドーモ、庵パンです。
遂にアニメの第二期が始まりましたね。
来週はゾルザルの半殺し回でしょうか。

そしてブレスク。出来ねぇぞグーグル!?
まぁやり方が悪いんでしょうけど。PCそのものもかなり重いです....。


火威がレクスの砦を制圧して拉致された女性を解放し、キャットピープルの母親を連れてワーウルフの集落に帰還した時には、陽は既に夕刻へと傾いていた。

到着したのは、戦力調査隊に倒された亜龍が、以前にもアルヌスと日本の何処かで見た某RPGに出てくるような乗用鳥類で集落に運ばれてきた時だ。

集落に住んでいる殆どの人間が屋外に出て、自衛隊が倒した龍を見て、そろぞれ感想を口にしている。

「すっげー、誰が亜龍倒したの?」

狼耳の子供の一人が、多くの村人が思っている事を口にする。

「あのハゲの緑の人だよ。むちゃくちゃ強そうじゃん」

そう推論したのは脇に居る十歳くらいの狼耳少女だ。

子供だけに言う事に悪意は無いが、遠慮も加減も無い。

「いや、実際はあの髪が目立たない人じゃなくて、村長の屋敷の前に居る大柄な女の人だよ」

オブラートに包んで言ってくれたのはティトだ。こちらは150歳を超えてる大の大人なのだが、火威としてはその気遣いが却って辛い。

自衛官らは、そんな評価よりも乗用鳥類に興味があった。アルヌスで見たのは、鞍が付けられていた事から、自衛隊が迎撃した連合諸王国軍が使っていたものだと推測されている。

米軍がアフガンで編成した特殊騎馬隊を倣って、特地派遣隊も乗馬経験者限定で乗用鳥類によるホースソルジャーを編成したが、乗馬経験者の少ない上に戦術的優位性も無いので、あっさり解散した。

ちなみに戦力調査隊の中では、阿蘇の外輪山で農耕馬に乗った事があった火威のみが唯一の乗馬経験者だった。

彼は特地の乗用鳥類の事を、見たまんま『チョコボ』と呼んでいる。多分、自衛隊の戦闘訓練か魔法の訓練で頭とかが疲れ、作文能力が低下してたのだろう。

その日の夜は亜龍を討伐した事と、拉致されていたキャットピープルの母親の救出を祝って宴会が開かれた。

「火威さん、ご苦労様です。やはり貴方に任せて正解だった」

相沢が改めて敬礼する。その敬礼には、この任務の労を(ねぎら)う意味があった。それに対して火威は

「いえ、軽いモンです。魔導という特殊技能の賜物です」

直立して敬礼を返す。改まった敬礼には礼を以て答えなければならないと思ったからだ。だが……

「んじゃタンスカに居るっていう娘さんの救出もやってもらいましょうか」

この相沢の言葉に、ほんの少し己の迂闊さを呪う。だが機会が有ればやろうと思っていた事なので快諾した。

「あ、直ぐじゃないですよ。アルヌスやイタリカの柳田さんとも相談してから決めますから」

予想以上に元気に動く火威が、これからタンスカまで行こうとするのを心配したのか、相沢は慌てた様子で部下の三尉を制止した。

 

  *   *                     *   *

 

その夜に亜龍の首は集落の門に掲げられた。

キャットピープルの夫は妻の無事を喜び、妻は夫の太い腕に抱かれている。暫しの独身同士の状態が続くが、何れは娘も助けなくてはいけないし、三人の息子も篝火を囲んでいる。

そんな他種族の家族を他所に、ワーウルフ達は大きな篝火を囲んで笑い、酒を酌み交わす。

自衛官達も篝火の周りに座って飯やら酒杯を口に運ぶが、任務中なので酒杯の中身はただのお茶のハズである。それでも帝国領内の中では上等なお茶らしい。

先程、火威は相沢からタンスカでの作戦に付いて説明を受けていた。

曰く、二日後にタンスカで特殊作戦群によって日本人拉致被害者の救出作戦が展開される。

情報は意図的に漏らされ、そして罠であるということが、ゾルザル軍に潜伏している『料理人』からの証言で明らかになっている。

しかし罠として用意された日本人拉致被害者が本物なのは確かなので、罠と判りながらも敢えて手を突っ込まなければならない。

火威三尉はタンスカ潜入後、キャットピープルの娘を捜索し、発見後、特戦群を援護しつつタンスカを離脱せよ。というものだ。

特殊作戦群との共同作戦に若干ながら物怖じしつつも、帝都では深部偵察隊もやった事なので、火威も腹を決めた。

現在その火威は、火威をハゲと評した狼耳少女の頭を撫でつつ、狼耳の軟らかさや産毛を堪能しながら意外に苦い茶を飲んでいた。

「火威三尉、日本なら事案が発生してますからそろそろ……」

火威は、ハっと息を飲んで解放する。

「いやぁゴメン。仔狼の産毛やら耳の感触が余りにも可愛いから……」

「などと犯人は供述しており」

「おい」

そんな会話で丸山は火威をからかう。その丸山の傍には先程からずっとニコラシカが寄り添っていた。

以前にヴィフィータに聞いた話では薔薇騎士団にはミーハーな者が居ると聞いている。彼女でないとしたら、薔薇騎士団の中に百合騎士が登場したのを目撃したと言って良い。

同性に寄り添われる丸山は丸山で、中学や高校の時に下級生、或は同級生の女子生徒からラブレターやバレンタインのプレゼントを貰ったというから、大いに同性愛気質を感じさせる。

その丸山も、高校の先輩や自衛隊体育学校の同期から告白された時は慌てたらしい。

百合は見てて楽しいが、薔薇は見てても楽しくない上に生産性の無さ(百合もそうだが)を感じる火威としては、リアルの百合が目前で展開されている事に、少し心拍数の高鳴りを感じながら特別に感じる事は無い。

例えるなら、小学校高学年の時に、兄の部屋に侵入してエロ漫画を盗み見た時のような不思議な高揚感である。

しかし丸山に寄りそうニコラシカが勢い余って「亜龍を斃したマルヤマ様になら、この身を奉げても」なぞと言うものだから、火威はついつい

「いや、ちょっ…! ニコラシカさんは薔薇騎士団だろっ。百合騎士じゃないだろ!?」

思わず言ってしまったのである。

「ん? 嫌だなぁヒオドシ殿、殿方の嫉妬はみっともないですよ」

ニコラシカは戦功的な意味で言ったのだが

「や、俺にだってちゃんとアルヌスに居るし」

恋愛的な意味に取ってしまったのである。

「まぁ、まだこっちが一方的に想ってるだけなんだけどさ……」

「…………え?」

「へ?」

暫し固まる三人であった。

 

 

   *   *                       *   *

 

 

自ら内堀を埋めてしまった火威は、外堀を埋められるのも早かった。

レクスの砦を攻略してる最中に、出蔵、日下部、丸山とティトは出蔵の恋仲となったアリメルの話で盛り上がり、その話の中でティトがアリメルと歳の離れた姉弟である事や、火威の好みのタイプの女性の話が出たのである。

歳の離れた姉弟は、世田谷の有名な三世代家族を知る日本人にとっては、有り得る話だと思われている。実際には百歳程離れているのだが。

「で、出蔵、おめぇぇぇ~~ッ!」

その話の中で、出蔵によって火威の好みがバラされた。ちなみに出蔵は特地に来た当初、褐色巨乳エルフが好みだと言っていたが、現在に至っては「好きになった人が好み」だそうだ。

「そうすると、火威三尉の好みとして真っ先に思い付くのは……志乃とか?」

それ誰や、と思ったが、続けられる丸山の言葉で了解を得る。

「体育学校で同期の栗林ですよ」

当然、丸山に告白した人物は別である。

「しかし栗ボーって体育学校でもモテたんじゃないの?」

そんな疑問を持つが、栗林は自分と同等以上の強さの相手じゃないと付き合わないそうだ。彼女のデートコースは、漏れなくジムや道場を通る。そこでの「お突き合い」に勝つと、大変なご褒美が貰えるらしいが、依然として貰えた者は居ないと言う。

「あ、でも志乃は最近、同じ三偵の富田二曹に…」

「と、ちょい、ちょい、駄目だぞそれは」

富田は現在、薔薇騎士団のボーゼスと婚約中である。この戦争が終わったらボーゼスと結婚するらしいが、何処の死亡フラグかと心配になるのは火威だけではない。

ニコラシカも自らの上役の結婚が気になるのか、口を挟んできたが

「えっ? ヒオドシ殿もトミタ殿の事が」

「いや違うから」

やっぱり腐ってやがったと確信を得られるのだった。

「まぁ富田二曹がボーゼスさんと結婚するのはほぼ決まってますからね。あとは火威三尉なら志乃に勝てそうですが……」

「いや、待て」

嘗て火威はイタリカ防衛戦で、連合諸王国軍の敗残兵だった盗賊団相手に、ロゥリィ聖下と絶妙な連携を取る栗林を目撃している。あの動きは白兵戦のプロフェッショナルの動きであり、一挙手一投足が一々理に適っている。火威は自身の白兵戦を、勢いに任せた直情的なものだと分析しているから、栗林に勝利するつもりなら今より一層白兵の訓練もしなくてはならない。

「あぁ、志乃ならハゲでも気にしないと思いますし、何より『爆乳』ですよ」

「よし頑張る!」

些か気になる言葉はあったが、より精進する事が決定付けられた。

最近の火威は魔導の訓練ばかりしていたが、決まった賢者に教えを享けているワケでは無い上に、半ば素養があるだけにリンドン派では基本とされる物質浮遊の魔法を飛ばして様々な魔法を覚えていたのだ。

レレイのように爆轟を封じた漏斗を敵に飛ばしていたら、朝に遭遇した亜龍も簡単に斃せただろう。出蔵なんかに話したら

「ちょっ、それファンネr――」

「訳すな! 英訳してはいけない!」

それだけの魔法の習得よりも、体術の訓練に重きを置いた火威は後に知る事となる。

基本的な魔法だけに、覚えるのも楽であったと。




今週はかなり短めです。次回も書ける時間が限られてしまうので、短めになるかも?
タンスカは何回かに分けで書けると良いんですが、書いてる本人の能力じゃ難しいかも……。

ともかく、
今週もご感想、ご意見ありましたら、何卒忌憚なくお願いします。


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第二十話 廉貞

ドーモ、庵パンです。
前々から思ってたんですけど、原作を読まないと置いてけぼりになる文を書いてますな。
と言うことで、ご興味のある人は是非とも原作の「自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」を読んで下さい。
出来れば買って読んで下さい。

で、今回は前回の続きでまたしてもヒロインの説明回です。でもヒロインは出て来ません。
基本は原作準拠ですので、本編中は余り出ないんじゃないかなぁ……と。
あと、今回も短いです。
21話はちょっと時間を掛けて書きますかねェ。


昨夜の丸山の話は様々な意味で衝撃を受けるものだった。

火威が帰ってきた時にはディータ・エル・ケルフの荷馬車は既に居なかったのだが、丸山は火威が発見した犬笛を買っていたのである。

いや、買ったというよりは、直接の恩人である丸山に、礼として何か一つ商品を譲ってくれるという事で、火威が見た笛を譲ってもらったという。

その時のディータは火威が離れていったところ店を畳もうとしてたので、ディータに一種の疑惑を感じた丸山が、敢えてこの笛を選んだのだという。

しかも丸山に譲る際には「ベルナーゴ神殿で賜れた霊笛」と、火威とは全く違った説明をしている。その笛を受け取ると、火威は早速吹いてみせた。

「あ、夜にそれ吹くと霊魂が集まってくると聞いてるんで夜にはー……」

「そりゃ無いだろ。俺は犬笛だって聞いてるし」

構わず吹くが、周りのワーウルフも反応する様子はない。当然、犬とワーウルフは違うのではあるが。

かと言って霊魂が集まってきた様子も無い。丸山は日本とは違う世界で、この霊魂の方を心配したのであるが杞憂に終わった。

「まぁ、貰っただけでは申し訳ないんでー……」

言いながら丸山が出した物は、随分とゴツい木彫りの人形だ。ディータが「ロゥリィの立像」と、ほざく一品である。

しかも、二つとも亜龍を倒し、手柄を立てさせてくれた火威に譲るという。

「そっ、その邪神像はヤメレ! 裏の山にでも棄ててきちゃいなさい!」

この女はロゥリィ聖下の戦闘力を知らないのだろう。そう思いながら、火威は、明日にでもイタリカに向かう相沢に、その道すがら木像の廃棄を依頼する事を決めた。

そして思うのは、丸山の日本語の語尾が先程から間延びしていることである。

「まぁ三尉は処女を拗らせまくってる志乃に勝利して処女奪って下さいよー」

「マジで!?」

この女絶対酔ってやがる、と確信させると共に「まさか!?」と思わざるを得ない一言だった。

一体、何時から今の頑なのスタンスに落ち着いたのか。生来の物となると、それだけに栗林の攻略は難しそうだ。

考えながら、丸山の顔を見る。案の定、酒精を含んだ何かを食べたか呑んだように紅い。

「丸山、いつ酒なんて呑んだよ?」

「……? 呑んでませんよ。三尉こそ、さっきから顔が紅いっスよー」

「え、まさか」

「いやいや、私が上級生の女子から告られたっていう話辺りからー」

「まぁ丸山は男前だからなー。でも百合?」

実際、丸山は美人と言うよりはイケメンとでも言うべき女性だ。薔薇騎士団に居ても違和感無い人物と言える。その丸山の膝を枕にして寝ているのは薔薇騎士団のニコラシカだ。

「違いますよ。私は小さい男の子が好きですねー」

「ショタコンかよ」

丸山の言ったことは言葉の綾だが、火威は若干本気にした。

そこに一人のワーウルフの女性が走ってくる。

「す、すみません!」

行き成り謝ってきたので、何かと思ったが、何かの手違いで火威と丸山の酒杯にはお茶ではなく酒が入っていたのだという。

「あぁ、それでヤケに旨いお茶だったのね」

言う丸山は顔に紅みが注した。だが呂律もハッキリしていて、傍から見ると酔っているとは気付かない。

「後から酔いが廻ってくる種類の酒ですので……」

「あぁ、大丈夫ですよ。まだ酔い始めでしたのでー……。三尉も…」

「………………スヤァ」

丸山とワーウルフの女性は、一気に酔いが回ってグッスリと眠る火威を見たそうな。

 

 

 *  *                           *  *

 

 

ワーウルフの集落からタンスカまでは距離にして65リーグ、日本の単位にして97Kmほど離れている。

グレイが言うには、このタンスカは一応『城塞』らしい。タンスカというのは、本来はセス湖に流れ込む大河の、主に河口付近の名称だという。

河口付近には四つの中洲があって、それぞれをエメラ、ミューゼ、テウィン、ネッキと呼ばれ、その中のミューゼの倉庫には地下がある。

スロープ式の出入り口があり、恐らく拉致被害者の身柄は、その地下倉庫に隠されていると考えられる。

火威の任務は、特殊作戦群より先行してタンスカに侵入。日本人拉致被害者とキャットピープルの娘…クロエの所在地を確認し、救出後は特戦群を支援して脱出せよというものだ。

「しかしまぁ……」

昨夜は何であんな話をしちゃったのだろうか。兜跋を装備しつつも、そう思いながら、火威は昨晩の事を反芻する。

妙に頭が熱く、鼓動が激しかったのは、リアルの百合を見ていただけでは無く、茶に酒でも混じっていたのではなかろうかとすら思ってしまう。

それに想い人である栗林が処女だからと言って、その事に反応するほど自身は子供ではないし、処女厨とかいう存在でもない。第一、その情報自体が栗林ではない人物の口から出てるのだから、怪しいものである。

しかも、その記憶すら途中からプツリと切れているのだから、夢なんじゃないかとすら思ってしまう。そして栗林はあの顔立ちとスタイルだ。今はどうあれ、過去に男性経験の一度や二度あっても不思議ではない。

その栗林は同じ隊の富田に気があるという話も聞いたが、先日の栗林はその事で冷静ではいられなかったのかも知れない。

男性隊員が栗林にサシで勝ったという話は聞かないから、栗林から富田に惚れたと判断して良い。

そのくらい、栗林の武勇は隊内に知れ渡っていた。

漢である以上、火威は栗林の意向を静かに応援するのが望ましい態度なのかも知れないが、肝心の富田は既にボーゼス・コ・パレスティーと婚約中である。

実に、盛大に死亡フラグを御ッ立ててくれたものだと思う。こうなれば富田がフラグブレイカーになる筋道を全力で探索・支援してフラグを圧し折ってくれた方が、自身としても気持ち良く栗林にアタック出来る。

「火威さん、用意できましたか?」

HMVに搭載されたJVRC-F11でイタリカとの通信を終えた相沢が、出撃準備を終えた火威の前に姿を現した。

「完了です。 ……それと、どうでした? ディータのオッサンは」

「えぇ、やっぱりクロでしょうね。ゾルザル派に物資を流して、叙勲すらされてるんじゃないかって話です」

「亜龍に喰わせておきゃ良かったッスねぇ……」

火威と相沢が話し合ってる間にも、携帯してきたガソリンで給油し終え、調査隊の車列も帰還の用意を終えた。

「あ、そうだ丸山」

「はい?」

3歩ほど丸山に歩みを進めた火威は、帯嚢に入れておいた笛を取り出す。

「念の為に預けとくな。ダーの特性は知ってるよな?」

「はい、子供に擬態して得物を待つんですよね」

そう答える丸山に頷く火威。

「これは擬態を解く笛かも知れん。一応、持っておけ」

だとしたら、とんでもない笛を譲ってもらったものだと思う。いや、譲ってもらったと言うよりは、亜龍討伐を恩に着せて合法的に奪い取ったとも言える。

「んでは、これよりタンスカの日本・特地拉致被害者の捜索と救出、特戦群への支援へ向かいます」

妙に訛ったが、敬礼を取りながら相沢らに自らの出動を伝える。

「さ、三尉、そのままタンスカに行っちゃったら見つかっちゃうんじゃないですか?」

若干慌てた様子で意見普請する日下部だが

「あぁ、そうか。相沢さんと出蔵以外は見た事なかったな。ちょい見とけ」

そう言って、火威は長く赤いマフラーで顔を隠すと、何事か詠唱しながら顔を下から掌で撫でるように隠していく。そうすると火威の身体は透けるようにして見えなくなってしまった。

「す、すげぇ。攻殻みてェ……」

「これなら潜入任務は楽ですね」

日下部は驚嘆し、相沢は改めて火威の特殊技能の有用さに呻いた。

「いやー、魔法中年だわ」

実年齢がどうあれ、見た目が立派な幹部レベルの火威を揶揄した丸山だが

「喧しいわ! それと、ウォルフと日下部と丸山、フォルマル邸で髪が蛇の娘に言い寄ったりするなよ。愛くるしいけど怒らせると怖いぞ。死ぬぞ」

髪の先が蛇になっているメデュサのアウレアの存在を知るのは、この中では火威と相沢しか居ない。そのアウレアに精気を吸われ、記憶を覗き込まれてミイラになっていく人物を見たのも二人だけだ。

「なんで私まで……」

そう零す丸山を他所に、未だ百合気質やショタコン気質有りと思っている火威は風の精霊を呼び出し、上昇気流で天高く舞い上がっていった。




漫画では「実戦証明済み」って本人が言ってますけど、どうなんでしょうね。
色々な推察が成り立ちそうですが……。

と言うか、何時の間にかお気に入り指定が55もっ!?
趣味で書いてるものにこの評価! 誠に有難う御座います!
これからも精進して参ります!

そして、今回もご意見、ご感想、ありましたら是非とも申し付け下さい。


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第二十一話 回天

ドーモ、庵パンです。

アニメでゾルザル半殺し回、放送されましたね。
存外、あっさりとした感じだったような……。まぁ15分半殺しとか、有り得ませんけど。
そしてブレスクの配信は18日からだったんですね。最近気付きました。(;・・

そして今回は長め……と予告してましたが…

一日ずらしてるにも関わらず、何時もと同じかちょっと短いくらいかも知れません。


ワーウルフの集落は小高い台地の上にある。丘陵地の麓の周辺はロー川が流れ、時折氾濫した河川によって犠牲者が出た事もある。だから水捌けが悪く、農耕に適さないこの大地に住むようになったワーウルフは、傭兵という生き方を選んだ。

過日の地震によって各所で地形崩壊を起こしてから、かなりの時間が経つというのに通れる道は限られてしまっている。これは普段からこの地方を行き来する人間の少なさを物語っていた。

無理をすれば殆どの道は通れるのだが、もしここが日本ならば未だに多くの道が通行禁止となっている箇所が多いだろう。

特に荷馬車を始め、車の類は限られた道しか通れないでいる。

その中でも通れる数少ない一本道を、LAV(軽装甲機動車)を先頭に、特地戦力調査隊の車列が丘陵地を進んでいた。

LAVのハッチから顔を出して、対空警戒しているのは丸山だ。HMV(高機動車)に乗る隊長の相沢の本音は、先頭車で目の良いティトに対空警戒して貰いたかったが、火威が居なくなった事で不意の事態への防御力が低下したので、現地協力者に危険が迫った際の事を恐れ、配置を変えたのである。

だがティトもHMVの天蓋の前方を剥し、空と周囲の警戒に当たっている。これはティト自身の強い希望であった。

これに相沢は随分と悩んだが、出蔵からの意見具申で「エルフの感覚の鋭さは自衛官以上」という声で説得されたのだ。

ティトが見る先は崩れ落ちた土砂と倒れた木々ばかりだ。偶に小動物が飛び出してきて車列を慌てさせる事があったが、速度も出てない上に周辺を警戒する者もティトを含めて二人以上居る。何事も無くイタリカまで到着するかに思われた。

だがワーウルフの集落を出発して間もなく、LAVが停車して、倣うようにして全車停車した。かなり離れた場所を、一糸纏わない獣人の仔が一人歩いてるのをティトが見たからだ。種族の血が濃いのか毛深くて性別は判らないが、負傷しているのか、体中にべったりと血が付いている。

今より暫し近付き、宇多と丸山が車両から降りて保護しようとする。だがティトが獣人の仔に何かを感じ取った。

「マルヤマさん! 笛!」

その声に、火威に言われた事を思い出した丸山は向かおうとする僚友を制して笛を吹く。すると獣人の仔が苦しむように呻き出した。のみならず、七転八倒して唸りだす。

「どうしたの!」

慌てて駆け寄ろうとする宇多。だが丸山がそれを抑える。そして二人と後方の隊員達が見たのは、獣人の仔が骨を軋ませ、巨大な怪異に変わっていく姿だ。その両手には、べったりと赤黒い血が付いてる爪が生えている。近くに犠牲者が居るのか、その血は乾ききっていない。

(あ、三尉みてェ……)

74式小型トラックの中から見てた内田は、特地に来て骨格から変わってしまったような火威の姿の早送りを見ているような気がした。

「戦闘準備! 各自、発砲を許可する!」

宇田と丸山が帰還したことを確認した相沢が全隊に指示を飛ばす。

巨大怪異・ダーは、獲物の声がした方向、則ち車列に向かって咆哮を上げた。

それから程なく、ダーはボロ雑巾のように地べたに伸びていた。その体は言うまでもなく、穴だらけである。如何に火威の影響で戦力を減らされているとは言え、離れた場所から弾幕を集中させれば巨大な怪異も脅威とは言えない。

HMVに搭乗するグレイや、小型トラック内のニコラシカが唖然としてるところを見ると、やりすぎた感を否めない相沢ではあるが、相手は自衛隊でも害獣として認知された存在だし、自衛隊へのゲリラ戦法に使われる存在なので、味方に被害が出る前に安全な死体にする事が出来たので慊焉たる思いもあった。

そして、そうする事が出来た所以を作ってくれた丸山に感謝もする。

その丸山は、心ならずもハゲマフラー三尉と間接キスしてしまった事を心の底から悔やむのだった。

 

 

 *  *                         *  *

 

 

イタリカに戻るまでには破壊された荷馬車や、大破した荷車、そしてダーに喰われたと思しき死体を発見した。

最初は死亡事故現場に遭遇したのかと思ったが、荷車を引く馬やゾルザル派の兵、それにディータの喰われかけの死体を見て、それが先程討伐したダーの仕業と推測も出来れば納得出来る話だ。

現場は血の海であったが、その血が乾き掛けなので、時間的には何時間も経っていることが判る。そして、その「何時間も前」には火威が笛を吹いているのだ。丸山や相沢は、火威という男はゾルザル軍にとっては炎龍並みの災害に思えた。

 

「うぅ……出来るならティト君や内田が良かったのに…」

フォルマル邸の一角で丸山は悔やむ。

25歳という御年頃の彼女は、そろそろ本気で交際相手を探さないと不味いという気を持っていた。

にもかかわらず、自身に興味を持つのは主に同性で、異性に関して言えば、良くても友人以上の関係にならないのだ。自身から異性に交際を申し込めば良いのだが、同性とばかり交際していた彼女は実は異性には極めて奥手で、自分から申し込もうと異性の前に出ると喋る事も出来ないのである。

このまま行くと一生独身……そんな恐怖に似た感情を持ちながらも、敢えて自分から結婚へのハードルを上げていく栗林を心配して、栗林に気がある火威を鼓舞したのだ。

ちなみに、栗林が爆乳という事は見て判ったが、ハゲを気にしないというのは何一つ根拠が無い。

 

屋敷の議場では相沢がレクスの砦から戻った警務隊から報告を受けている。この警務隊は元は薔薇騎士団の一部の兵力で、レクス付近の村から来た早馬の報告を受け、要塞を捜索したのである。

それによると、レクスのゾルザル派兵力は半殺しにされていたものの、死者は居なかったと言う。

勿論、報告書を持たせてイタリカに早馬を飛ばしたのは火威である。帝国の法に詳しくない彼は、ゾルザル派兵を牢屋に入れて、その処理を薔薇騎士団に丸投げしたのである。

何故半殺し状態だったのかは判らないが、救出したキャットピープルの母親の話からすると、周辺の村々で無法を働いた兵達が村人に報復を受けたのだろう。死者が居なかったのは、火威が加減してやるように言った可能性もある。

「……うん、まぁ牢屋に入れて保護してたならセーフ……かな」

だが問題になりそうな話ではある。その火威は魔法を使って拉致被害者の救出支援に向かっている。ともすれば、超法規的措置で‘無かったことに’なるかも知れない。

 

 

 *  *                          *  *

 

 

火威が潜入したタンスカには、予想以上のゾルザル派兵が配備されていた。しかも中州の倉庫を調べるには、扉を開けなければならない。

魔法で姿を消しているので敵に見られる事は無いが、人も居ないのに勝手に扉が開くのは如何にも怪しい。

2~3度くらいなら開けて調べる事も出来るが、何度も扉が開くと新手の怪異か、自衛隊の新兵器とも疑われる。なので、専ら倉庫に入るゾルザル派兵の背後について一緒に入っていくというコントのような真似をしなければならなかった。

日本人拉致被害者が入れられた木の檻は、自衛隊を誘き寄せる罠として使われるから、至極簡単に見付かったが、キャットピープルの娘のクロエの所在が未だに判らない。

だが、このタンスカに犬顔兜を抱えた三人の帝権擁護委員と、ゴダセンという元老院議員、そしてゾルザル派軍の一個軍団が居る事を知った。というか、二人が話してる直ぐ脇で聞いていたのだ。

すると、調べて居ない地下に日本人拉致被害者を戻そうとする動きが見て取れる。ゴダセンの指示であった。

すぐさま火威は近付き、地下へ伸びる扉に行こうとする。だがダーレスという帝権擁護委員の意見で、拉致被害者の檻は直ぐに地上の広場に戻された。

まるで火威の行く道を開いてくれたことに皮肉めいた感謝をしつつ、地下に降りていく。そこは倉庫になっており、兵の装備や施設の備品などが置いてあった。

そして一目して判る場所に、キャットピープルの女性が入れられた木製の檻があった。




どう頑張ってもフラグが立たないオリ主の火威であります。
今回もサッパリです。

そして当小説では、銃器の類は余り活躍しません。
筆者が銃に関してサッパリという事でなく、折角のファンタジーだから剣と魔法メインなのです。
なので、不明瞭な銃知識を避けているワケではないのです。決して地雷原を避けて歩いているワケではないのです。
いや、サッパリ判らないのは本当だけどっ!

で、お気に入り指定が70に迫る68個も!?
皆さん、本当に有難う御座います!
今回も細かい疑問や感想、その他意見等ございましたら、遠慮なく申し付け下さい。


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第二十二話 文曲

ドーモ、庵パンです。
配信当日からブレスクを開始していますが、三日目にしてログインゲームになってしまいました。
要領があるにも関わらず、低スペックPCと化している某のパソでは一周クリアするのも儘なりません。
早くスマホ欲しい……。

アニメでは遂に炎龍討伐開始ですね。
ってか来週で炎龍再登場って、はやっ…!デリラの一件も起きそうではあるんですが……。

それはそうと、23話は早ければ水曜投稿出来そうですが、
ストックが無いと安心できない小心者なので、もう少し掛かってしまうかも……( ;´_ゝ`)


火威が考えなければならない事は多数ある。

クロエの所在の事もそうだし、タンスカからの離脱方法もそうだ。特戦群の潜入場所は、大まかに把握してあるから、彼らとの合流に付いては問題無い。

そして任務とは直接関係無いし、重くてかさ張るから持ってきてないが、対物ライフルの事もそうだ。

亜龍に遭遇した時、最初に狙撃しようとしたのは龍の心臓だった。

以前にアルヌスで解体したのは翼竜であって、亜龍とは違うが、同じ科の生物なので心臓の位置も余り変わらないハズ。

そう思って撃った弾は、狙った場所を大きく逸れ、翼に当たってしまった。

大きく照準が狂っているので、今更狙いを変えると亜龍にすら当たらないかも知れない。なので、そのまま残りの弾も撃ったが、それが怪我の功名で翼を破壊して亜龍の機動力を奪う事に成功したに過ぎない。

だが、アルヌスに戻ったらM95の照準を直さなくてはならないと思うのに十分な出来栄えだったし、専用スコープも秋葉原で探さなくてはならないと思えた。

なぜ日本の電気街に対物ライフルのスコープが売っているのか、という疑問があるが、実際売ってる。サバイバルゲームで使うような物は大抵売ってるのである。言うまでも無く、銃の方はBB弾や実弾以外を出す物に限るが。

そのスコープがあれば、遠くの草むらから兵の動きを監視出来たのだが、持ってなかった火威は近くまで行って直接確かめるしかない。

世の中、何が幸いするか判らないもので、準備不足で直接確認する方法しか無かった火威は、今、正に捜索していたクロエの前に来られたのである。

地下は暗かったが、木製の檻の中に居る彼女は、予想通りに母親に似てクロヒョウのようなキャットピープルであることは判る。だが、その姿が成長した女性というのは予想していなかった。

母親のキャットピープルは実に熟れた色気を湛えていた。そのせいか、娘は幼子か、精々で少女くらいだろう、と考えていたのだ。

だが現実に目の前で檻の中で寝ているのは、成熟し、母親に似てムッチリとして滑らかな肢体と豊満な肉体を持った色気と魅力のある女性だ。それが服も着せられず、仰向けになって寝ているのである。本当なら暗闇でよく見えないのだが、今の火威は個人暗視装置のV-8を装備しているので、見えてしまっている。丸見えなのである。

犬猫の年齢というのは見た目では測り難いものであるし、実際に火威が日野の実家で飼っていた大型犬も死ぬ直前まで若々しい姿だった。

あの母親も、もしかしたら結構な歳なのかも知れない。或は、目の前のクロエが見た目より幼いかだ。

ともかく、子作り適齢期にも思える女性が一糸纏わぬ姿で檻の中で寝ているのである。

正直、一緒の檻の中で暮らしたい、とすら、火威は思った。だが、そうも行かない。

今、声を掛ければきっと色々隠してしまうだろう。まぁそれは良いのだが、驚いて叫ばれたりしたら大いに困る。だが特戦群が来るのを待って行動したら、事前準備が無いので手間取る事は目に見えている。そうすれば特戦群の作戦に便乗して脱出することも儘ならない。

ならば、選択するのは前者だ。大声を出されないように工夫すれば良いし、ずっと見ていたのかと恨まれるのも嫌だった。

火威は、檻の外に向けられ、隙間からも届くクロエの頭を、そっと声を出しながら指で突いた。

 

 

 *  *                           *  *

 

 

 

助けに来たよ……と、囁きながら優しく頭を指で突く、といった手段は間違いでは無かったようで、最初は驚いたクロエだったが直ぐに事態を呑み込んだようだ。

現在、クロエは襤褸切れで身体の隠すべき部分を隠している。ゾルザル軍兵が来た時に簡単に破棄出来る物を使ってもらっているが、逃げる時になったら帯嚢に入っているクロエの服を着てもらうつもりでいる。この服は、ワーウルフの集落を出発する時にクロエの母親から託されたものだ。この世界に於いて、獣人が何着かの服を持っているところを見ると、彼女らは中々に裕福なのか権力者だったのかも知れない。

ついでに年齢も聞いてみたが、彼女は14歳だと言う。欧米人も驚きの成熟具合である。もし彼女を日本に連れ帰ったならば、心ならずも犯罪予備軍を大量に出してしまうだろう。

 

今は地上と地下を分ける扉は開いている。地上の状況を逐一把握し、近付く者をいち早く知る為だ。

だが既に日は落ちて、暫く経つ。本来なら時計の無い世界ではあるが、火威個人が中天に合わせて時間調整した時計では午前三時半を過ぎている。

そろそろ特戦群と合流する事を考えるべき時だ。火威は帯嚢から出したクロエの着替えを渡すと、檻を破壊する為の道具を探して周囲を見渡した。

すると、倉庫の一角が武器庫のようになっており、投石器や攻城鎚といった攻城兵器など、大型の武器が並べられている。その中に見た事のあるような大剣が立て掛けてあった。明治初期を舞台にした作品で、その作品内では馬ごと武将を斬る、といった性能を持つ豪剣として描かれていた。

その類の武器は現実に存在した武器なのだが、火威は父から、実際には前漢時代に中国で使用された長柄武器であり、馬の足を斬って騎馬を潰す目的で使用されたという話を聞いている。

だが、目の前にある大剣は斬馬刀そのままだ。勿論、武将ごと騎馬を斬るのは無理が有りそうだし、戦争で使う場合でも数人掛かりで持つ必要があるだろう。しかし、火威は否応もなしに、その巨大剣の魅力というか、魔力に惹かれていった。

大剣の柄に手を伸ばして取ってみると、やはり重い。だがロゥリィ聖下の鉾槍(ハルバード)ほどでもないので、火威にも持ち運ぶ事が出来る。軽く素振りをしてみると、やはり重いが使える。使えてしまうのである。

「にゃっ? そ、それは対騎剣にゃっ」

「タイキケン?」

夜目が利くのか、火威が興味を示す大剣に向けてクロエが呟く。

これはもう突入せざるを得ない名前の武器だ。そう思わせる言葉だった。勿論クロエは特地語で喋ってるのだが、単語を小分けにして日本語に訳すと、どうしてもこうなるのである。単語の意味からすると、用途は斬馬刀とほぼ変わりないようだ。

「クロエ、脇に寄って。これで檻を切るから」

クロエは非常に嫌そうな顔をしたが、檻の片側に寄って衝撃に備えた。

火威が檻に向かい、対騎剣を掲げる。

 

 

 *  *                          *  *

 

木の格子を掴み、檻そのものは動かないように足で突っ張り力任せに格子を引っ張る。すると、脆くなって既に変形していた格子は意外なほど簡単に取れてしまった。

もう一つ、同じように格子を取ってクロエが出れるようにする。

結論から言うと、対騎剣で檻を破壊するのは取り止めにした。

鹵獲した大剣を早速活用させたい衝動に駆られた火威だが、落ち着いて考えると頭の少し上には多くの敵兵がいる。盛大に音が出るような事はしたくない。

火威は一度、河まで行って長く赤いマフラーを濡らし、繊維を締まらせて強度を増したのを二本の格子に何重にも巻き付け、その間に倉庫の中にあった木の棒を通し、それをハンドルのように回して格子を根から破壊しようとしたのである。

だが太くはなかった木の棒が先に壊れてしまった。なので、ゾルザル軍の棒に不甲斐無さを感じた火威が内心憤慨しつつ、その腕力で格子を破壊したのである。

今は空が白み、クロエは既に服を着ている。敵兵がこの地下に降りてくる事もない。何故ならこの場の最高指揮官、ゴダセンが特戦群の人質となって、キャットピープルどころでは無いからである。

こうなるまでに、諸々事情があった。

 

冷静になって考え、大きな音が出ることを予想した火威は、檻を大剣で破壊する事を止めて思案する。

そして、かつて見た西部劇か脱獄劇か何かで、登場人物が布を使って鉄格子を歪めて脱出したシーンを思い出した。鉄と木の違いはあるが、火威はこの方法をそのまま踏襲した。

しばし倉庫の中で布を探したりしたが、自分が巻いてるマフラーに気付いてこれを濡らそうと河まで行ったのである。

すると、数人の三人兵とゴダセンが河原に居た。恐らく潜入してきた特戦群を待ち伏せしていたと思われるが、一向に現れない自衛隊に痺れを切らして河原を出歩いていたのだろう。

この時、火威は特戦群と接触して特戦群の隊長、出雲から作戦を聞いていた。思わず笑ってしまうような内容だったが、他の隊員が嫌そうな顔をする程の奇策の下準備に取り掛かるところだった。そして、絶好のチャンスに早速支度に取り掛かる。

他の兵を呼ばれる前に、二人の兵を大剣で薙ぎ払い、返す剣で一人の首を刎ね飛ばした。

目の前で起きた惨劇にも動じず……いや、動揺してはいる。だがその動揺を隠しながらもゴダセンは言った。

「み、見事だな。若造……! だがその鎧と対騎馬の性能のお陰だという事を忘れるな!」

特地に来てから、兜とマフラーで顔が見えないにもかかわらず火威を若者扱いしたのはゴダセンが初めてだ。宇宙世紀の何処ぞの軍人かという台詞を吐いたのも点数が高い。そして栗林には到底及ばない不細工な戦いぶりを指摘した点にも高評価を付けたい。

だから言うしかなかった。

「ハゲ(しく)ドウ(意)である!!」

言いながら、火威はゴダセンに空気の壁をぶつけた。吹き飛びながら卒倒するゴダセンは水辺の近くにドサリと倒れ込む。

「こちら『カラミティ』。B地点で『閣下』を確保した。縄で縛っておくが早く来てくれ」




ここに書いて見ると短いですねェ。
次は戦闘もあるので多めに書きたいところですが、ちょいちょい手間取ってます。

そしてっ
お気に入り指定が遂に85個も!
皆さま、本当に有難う御座います!

今回も感想や疑問やその他の誤字脱字への指摘やご意見等御座いましたら、
お気軽にどうぞ! 数行でもOKです!。


というか、一気にお気に入り指定が百越えてる……だと!?
二十三話も直ぐに投稿できるよう努力します!
或は二十四話も同時投稿するか……。


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第二十三話 武曲

ドーモ、庵パンです。
今日は珍しく火曜更新です。

と、言うのも
昨夜、原作を読み直してたら「レッキ」というゾルザル派の砦が明記されてました。
なので、オリジナルかと思っていた「魔導自衛官」のレッキの砦も別の名称に書き直さなくてはならなかったのです。

……たぶん、原作の当該部分を流し読みしてからオリジナル砦を考える必要が出た時に、
なんかソレっぽい名前にしちゃったんですね……。
そのついでに23話も投稿……ということで。

ちなみに当小説に出てくるワーウルフの集落は、フォルマル伯領の西の方を想定してます。
なのでレッキ(だった)砦より、タンスカの方が近い位置にあるという想定です。

24話も出来れば明日にでも投稿予定です。


ゴダセンを南雲ら特戦群に引き渡した火威は、ダークという投げナイフと帝国ではポピュラーな剣であるバスタードソードを渡したクロエと共に、潜んだ藪の中から事態の推移を見守る。

この時、火威は二回、特戦群と接触していた。二回目は先程、ゴダセンを吹っ飛ばして身柄を引き渡した時。そして最初に接触したのは、河でマフラーを濡らして繊維を締めらせようと、倉庫地下から出た時である。

火威は光の魔法で姿を消していたが、鏃の付いていない矢で突かれたのだ。姿の見えない火威に、鏃の付いてない矢を当てる事が出来るヒトはこの世界に居ないと思われる。出来るとすれば、嗅覚の鋭い獣か、直感が研ぎ澄まされた亜人だけだ。

慌てて振り返ると、森の中に複数人の特戦群の隊員が居る。中には男とは思えないしなやかな身体つきの隊員が居る。その手には弓を持っているから、この隊員が知らせてくれたのだろう。

その際に、『カラミティ』、略す時は『ミティ』というコードネームを貰った。火威としては『ニンジャ』というコードネームを希望したが、どうやら他の隊員と微妙に被るらしいので却下されている。

そして火威は一つの策を提示された。その策が上手く行けば、火威は余り働く必要は無い。そしてそれは、かなりの奇策と言えた。

 

 

 *  *                         *  *

 

 

火威はかなりの睡眠家と言えた。睡眠家という言葉があるのかどうか知らないが、かなり「寝るのが好き」という部類だ。

それに至るには、レンジャー課程で睡眠の重要さを思い知った反動もある。同じような理由で、「寒いのが嫌い」という弱点もある。高校の後輩である出蔵には秋田駐屯地に居たと言っていたが、その前には北海道の倶知安駐屯地に居たのだ。その際にニセコの山中で特定のレンジャー資格を会得したが、ニセコどころか北海道の市街地の寒さにも辟易していた火威は、そそくさと秋田への転属願いを出して南下したのである。

北海道への配属願いも希望したのも、「北国の女性はたぶん巨乳」という推測からであって、下着メーカーの調査に裏打ちされた結果を知ったからには極寒の地に居る意味は無い、と火威は判断したのである。

それはさて置き、

ボルホスという百人隊長が南雲三佐と交渉していた。というか、ボルホスが南雲三佐に、ゴダセンの身柄を質に脅迫を受けていた。

南雲二佐は伊丹二尉が、特戦群の演習で使った策に手直ししたものを用いるようだが、火威が思わず笑ってしまった策である。しかし奇策どころか卑怯の域に達する。有効な策だが、やはり伊丹という男は情け容赦無い…と、火威は思う。

火威が聞いた話では、かつての伊丹が演習で用いた策は、火威の武骨者には意味を成さないかも知れない。いや、武骨とか言いつつも、三十路になったばかりなのに五歳年上の兄を凌駕する勢いで薄くなっている頭髪を、結構気にしてるかも知れない。それを裏付けるかの如く、火威の頭髪は落ち武者の如くかなり見っともない事になっている。見ている者は、常に鉄帽か兜付けてろよオマエ、と言いたくなる程だ。

話が盛大に脱線したが、見ているとボルホスという百人隊長は相当、頭に血を登らせて熱くなっているようだ。そして冗談を冗談と思わぬほど、真面目な性格であることも、火威は潜入中に堂々と拝見している。

こういった真面目な人間ほど、相手がヘラヘラした態度で交渉を続けると余計に頭に血を上らせて無駄に力む。演習時の伊丹二尉を真似て、ふやけた態度で交渉を続ける南雲三佐にペースを握られていく。

かつて、特殊作戦群で行われた演習で、五十名もの特戦群隊員に守られた人質を奪還しろというものがあった。

出雲らは、様々な工夫を凝らして人質の救出に挑んだが、訓練という中では何時どのように救出に来るか判ってしまう。そういった演習の最中、唯一課題をクリアしたのが伊丹だったのだ。

視察に来た特殊作戦群長に銃を突き付け、人質の交換を要求した。

陸上自衛隊は、ことのほか安全管理に厳しく、あくまでも訓練という枠組みの中なので、群長を傷付けられる筈がない。

特殊作戦群も陸上自衛隊員だから、同じように考えていた。

だが伊丹は、この意識を逆手に取り、群長の乏しくなった毛髪を一本ずつ抜くという凶行に出た。この群長が自らの毛髪を気にしない人間だったら、伊丹の策は破綻してしまうが、あろうことか火威同様に禿げあがる毛髪を気にして、高価な育毛剤を購入していたのである。そのことは、特戦群隊員の全てが知る事であった。そこを、敢えて伊丹は奇襲したのである。

時間と共に薄くなっていく群長の髪を守る為、対抗部隊の隊長は屈するしかなかった。そして統裁官の下した判定は「有効」。これにより、特殊作戦群は指揮官は元より、隊員達も徹底的な意識改革を求められたのである。

(うぅむ、やはり伊丹二尉は恐ろしい人だな)

火威は、自身が同じ状況になったら光の精霊魔法で姿を消せるから有利ではある。しかし、それ以外の方法だと伊丹二尉の方法以外には殲滅戦しか無いような気がした。だがそれでは人質の安全も確保出来ない。そうすると、執れる方法は一つに限られてしまうのではないかと思ってしまう。

暫く見ていると、出雲ら特殊作戦群の隊員が広場の中央にある檻に近付いていく。

脅迫……というか交渉が纏まったようだ。特戦群に引き渡した際に気が付いていたゴダセンは、再び気絶しているようだが、先程は絶叫してしまうような目に遭っていた。伊丹のように毛を引っこ抜いたところでタカが知れている。ゴダセンの指でも切ったのかも知れないが、離れた場所から全体を落ち着いている見てる火威には、ゴダセンの指が減ってるようには見えない。

指を切ったように見せる方法は存在するので、出雲はその手段を使ってボルホスを担いだのだろう。遠目にも、ボルホスはグッショリと汗をかいているのが見て取れる。そうしてる間にもゴダセンと、彼を羽交い絞めにする特戦群の一団は、日本人拉致被害者が入れられた檻に辿り着いて鍵を破壊した。

牢ではなく檻である。明確な違いは知った事じゃないが、檻は獣が入れられるイメージを持っている火威としては、その中に拉致した日本人を入れておくゾルザル派の者達に「生かしちゃおかねぇぞこの野郎」という憤りを感じていた。

そうしたところで、犬顔兜を被ったダーレスが出てきた。この偏執的で厄介な連中は味方の兵にも嫌われているのか信用されてないのか、それともボルホスへの信頼が上回っているのか、声を張り上げて特戦群を捕らえるように言ってるにもかかわらず、ボルホスの兵は動こうとしない。

考えてみればゴダセンを人質に取られているから当然なので、ボルホスと帝権擁護委員のダーレスは何事か言い合っている。そうしている間にも特戦群のセイバーとアサシンが拉致被害者を担いで檻から出てしまった。

ボルホスは制止させようと叫んだが、そこで何かの取り決めを新たにしたようで、城門までの兵達が道を開けた。

やはりこの指揮官は有能だった。戦では、武器の運営次第で戦力の差は覆すことが出来る。号令一つで自在に兵を指揮するボルホスという男とは、戦火を交えずに済んだ事は幸いであった。

火威も出雲と同じように考えたところで、二本の矢がゴダセンに向かって飛んだ。一本は亜人らしい特戦群の隊員が剣で振り払ったが、残りの一本がゴダセンの肩口に突き刺さる。その激痛に意識を取り戻したのか、ゴダセンの苦悶が広場に響いた。

矢を放ったのは、ダーレスに付随してるかのように付き従っている男だ。一本の矢がゴダセンに刺さったのを皮切りに、戦闘が開始される。南雲ら特戦群の隊員は、ゴダセンが射掛けられた時から間髪容れずに反撃していた。放たれる擲弾が敵兵の隊列の中で爆発して人垣が崩れ、四方に投げられた発煙筒から出た白い煙幕は、瞬く間に広場を白い幕で包んでいく。

「ったく連中め! 場を引っ掻き回しやがる!」

犬顔兜に文句を吐き捨てながら、二つ以上の魔法を同時使用できない火威は、既に姿を現し、特戦群を矢除けの加護で支援しようと急ぐ。

アルヌスの警務官でセイレーンの女性、ミューティに聞いた話では、矢除けの加護を範囲的に使うには、詠唱し続ける必要があるという。それは紛れもない事実で、以前にゾルザル軍ゲリラの討伐に向かった時には、弓矢による攻撃で味方に被害を出す事も無く敵集団を一人残らず捕縛、或は殺害している。

火威は腰脇に構えた対騎剣を振って敵集団に斬り掛かった。大剣の一振りは広い範囲の六人程の敵兵を薙ぎ倒す。

ダーレスを討ち取ろうと、少し考えた火威だが、ボルホスと逆の命令を下して兵達を混乱させている状況なので捨て置いて、特戦群と合流する道を開こうと敵集団を貫き、抉っていく。

火威の直ぐ後に付いてきているクロエは、手にした剣で飛来する矢を切り払うなり叩き落としている。

元々キャットピープルという種族が戦闘が得意なのかも知れないし、ゾルザル軍兵が狙うクロエの後ろには味方であるゾルザル軍兵がいるので弓の引きも甘くなるのであろうが、先程まで狭い場所に囚われていたというのに、その闘いぶりは一級の戦士にも比類する。

これだけ出来るのだから、礼儀作法さえ覚えればフォルマル邸の戦闘メイドにもなれるだろう。

クロエに対して火威がそう評価しながら戦う間にも、特戦群はゴダセンを盾にしていた亜人と思われる隊員とランサーを先頭に、敵兵を斃して火威から離れていってしまう。

既に特戦群14名の内の多くが矢を受けて、数人が仲間の肩を借りてる状況だ。その中で救いとなるのは、ただでさえ混乱を来たしているゾルザル軍兵が、特戦群の突撃で更に混乱に拍車が掛かっていることだろう。

離れた安全な場所でダーレスという帝権擁護委員は「戦え! 退くな!」と怒鳴り続けているが、混乱は何時までも続かない。退却を命じるボルホスを、激高したダーレスが刺そうとした時、ダーレスの頭が粉微塵に吹き飛んだ。離れた地点に居るアーチャーの対物狙撃銃、バレットM90による狙撃だった。

首を失った男がドサリと倒れる。そして返り血を顔に浴びたボルホスは、しばし自失状態だった。顔を拭った掌が血で真っ赤である事を知り、起こった事を理解する。

「チっ……!」

敵は一瞬狼狽えるだろうが、指揮がボルホスという男に集約された以上は混乱が収まるのも短時間だろう。

火威はクロエの腕を掴むと、自身より特戦群に近い位置に押しやって走っていった。




特殊作戦群の隊員の階級はウィキペディアを参考にしてますが、
南雲辺りの階級は三佐辺りだったような気がしなくもなし……。


って言うか、遂にお気に入り指定が100を越えて120を突破!?
こ、これ一体どうしちゃったのか……(((;゚Д゚)))

ともかく、伏して御礼申し上げます!!
乱文、脱字、間違いが多い当小説ですが、
これからも何卒、御読み下さると幸いです!

では、今回も
当小説へのご意見、ご感想。或は誤字脱字への指摘など御座いましたら
何卒、申し付け下さい。


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第二十四話 破軍

ドーモ、庵パンです。
もう少し早く投稿出来れば良かったのですが、投稿直前まで書いてたので遅くなってしまいました。

そして、相変わらずヒロインが登場しません。
本編では一度くらい登場させたいものですが、今の案だと本当に最後の最後での登場で終わりそうです。

まぁ、二期が終えても書こうかと思いますが……。
でも本編は二期中に終わらせたいモノです。

で、今回、破軍してるのは最初の方だけです。

※1月28日
ルビの振り方を漸く習得。


広場からの追撃は皆無に等しかったが、消魂(けたたま)しいラッパの音が鳴るとゾルザル軍の伏兵や怪異、或は亜人など、はした金で雇われた傭兵が現れる。

「こいつら……。そっちを選んだかぃ! 死んでも文句聞かねェぞ!」

特地戦力調査隊で携行する事になった89式小銃を構え、足を止めて敵前列を撫でるようにして水平発射し、敵集団を撃ち抜く。

それでも止まらない肉厚の怪異は、爆轟で吹き飛ばした。

怪異の中には素早い者も居て、足を停めて迎え討とうとすると直ぐに火威を取り囲む。

迫ってきたのは銀座の牛丼屋で真っ二つにしたブタ顔の怪異だ。それが地面から少し上の空中で回転し始めると、そのまま飛んで一気に距離を詰めてくる。

「面白いことしやがって……!」

火威の目前で軽く浮いたブタの怪異は、頭上から思い切り剣を振り下ろす。だが余裕をもって避けると大剣を振り上げブタの胴体を両断した。

他のブタ顔怪異も回転しながら突っ込んでくる。フォルマル邸で読んだ本の中には、この怪異は日本でもサブカルチャーでお馴染みの雑魚でやられ役の名前を持っている。束になると厄介だが、頭の良くない雑魚怪異は同じ技一辺倒で火威を斬りに来る。

態々(わざわざ)、ブタの技を待つ気の無い火威は、回転中のブタ怪異まで瞬時に間合いを詰め、次々と大剣で叩き潰して大雑把な小間切れ肉を量産した。

「『ミティ』!急げ!」

セイバーが火威に叫ぶが、背後に敵意を感じた火威が、大剣を背に担ぐようにして防備を固める。その直感は正しく、大剣の腹をゾルザル軍兵の刃が強かに叩く。

振り返るようにしながら大剣の刃を敵兵の首当てに付けると、そのまま引き降ろした。この時、既に対騎剣の刃は潰れて斬れなくなっていたが、剣の重さで鎖骨を押し潰して引き倒す。

すぐにセイバーの方向に向かうと、迎えに来たチヌークが見えた。よく見れば、桑原陸曹長と富田二曹や勝本三等陸曹が地上の敵兵に向け……いや、既に地上に下りて戦闘しているロゥリィ聖下を援護すべく、聖下に纏わり付こうとする敵に向けて銃撃を食らわせている。

聖下の周辺の敵が全て倒れたと思うと、今度は銃撃が火威の後方に向けられた。

チヌークに向けて急ぎつつ、後ろを振り返ると装甲を纏ったジャイアントオーガ―……眼鏡犬が居る。見れば、お馴染みとなっている神殿の柱に似た太い棍棒ではなく、生えている大きな樹木を根こそぎ引き千切ってチヌークに投げようとしている。

今し方投げようとしていた樹木はチヌークから発砲する隊員と特戦群によって撃ち砕かれた。だが離陸時の攻撃は限られるので、今の内に眼鏡犬を排除する必要がある。

チヌークに居ると思われるレレイのファンネr……もとい漏斗は、飛来する矢を空中で落とすのに忙しい。特戦群が携行していた擲弾も撃たれない事から、後退中に使い果たしたと思われる。

ならば、排除の方法は一つ。

火威は、爆轟の魔法式を刃に這わせた対騎剣を担いで走りだしていた。その火威と別の方向から、ロゥリィ聖下も眼鏡犬に走り込んで来ている。極大の棍棒で聖下や火威を叩き潰そうとする眼鏡犬だが、如何せん動きが遅い。そして聖下のハルバードが眼鏡犬の分厚い鉄板を抉り、火威が力任せに振り抜いた大剣がジャイアントオーガーの露出した顎を砕き、斬り付けた箇所が爆発する。

ジャイアントオーガーを倒し、顔を上げると遠くから敵の第二陣が迫ってくるのが見えた。 だが、それらまで相手していられる程の余裕は無い。

「よし、引き上げるぞ。皆、乗り込めっ!」

チヌークの開口部から大声で呼んでいるのは伊丹二尉だ。見れば、特戦群の隊員は一人残らずヘリに搭乗している。

ロゥリィ聖下と火威が、各々得物を抱えてヘリに乗り込むと桑原陸曹長が全員の搭乗をパイロットに叫ぶ。

桑原が告げるやいなや、チヌークは地面を離れた。

対空兵器として警戒するのは投石器くらいだが、高速で飛ぶチヌークに当たる物でも無いし、ボルホスとかいう百人隊長が如何に優れた指揮をすると言っても、チヌークが領域を離脱する前に投石器を出す事は出来なかった。

 

 

 *  *                            *  *

 

 

「伊丹二尉、お久しぶりです」

南雲を除けばこの中で一番階級が高いと思われる伊丹に敬礼する火威だが

「えっ、誰だっけ?」

兜と赤マフラーという覆面で顔を隠している火威には、サッパリ気付かない伊丹だ。兜とマフラーを取って顔を晒せば良いのだが、魔導自衛官は日本でも秘匿事項だ。テレビカメラがある場所で素顔を晒すのは避けたい……

……というのは建前で、実際の所はテレビカメラとテレビで見た巨乳リポーターの前に落ち武者のような禿げ頭を晒すのを避けたい思いがあった。もう開き直って剃り落とすのが楽な道なのだが、日本、ないし地球には無い物事が存在する特地なので、もしかしたら劇的な毛生え薬があるかも知れない、と、思ってしまって残してるのである。

「……え、えーと、悪所の時にご一緒した者ですよ」

特戦群を何度もチラ見して、伊丹が察してくれるよう祈った甲斐あって、ようやく伊丹も合点が行ったように頷き、

「あぁ、ゴンゾーリ家の若頭?」

などと宣う。

「イヤそれ誰すかッ」

漫才のボケとも思われる言葉に、まともに反応してしまった火威はチヌークに乗って直ぐの事を思い出す。

その時、南雲は過去に特戦群だったらしい伊丹の名前を呼び、伊丹も南雲を名前で呼んだ。つまり、今はカメラの前で名を出してOKらしい。そう判れば、今し方のボケは乗り突っ込みでもするべきだったかも知れない。だが過ぎ去ったボケに今更反応してはいけない。それは素人でも許されない。

ともかく、普通に名前を告げると伊丹は質問してきた。

「戦力調査隊は離れた地点で行動してなかった?」

「あぁ、俺だけ空飛んで来ましたんで」

「その話、詳しく」

今度質問してきたのはレレイだ。

「精霊魔法で風を呼んで落下傘使いましたんでー……」

レレイが自衛隊の車やヘリに、並々ならぬ興味を持っていることを知っている火威は、彼女が空を飛ぶ方法を探しているのだと直感した。だが精霊魔法を使えるヒト種は限られている。

きっとレレイは残念がるだろうと思ったが、そこにテュカが口を出した。曰く、風の精霊を長い間に渡って使役し、その風で移動するのは危険だという。

「風は自由気ままに吹くわ。今の季節は氷雪山脈から吹き降ろす風が強まる頃よ」

イタリカや帝都の上空なら、かなり自然風に流されたらしい。風の精霊を使役する魔法と言えど、自然の風までは制御できるものではないそうだ。

レレイ先生も自衛隊の道具を使って空を飛ぶのではなく、純粋に人が使える魔法によって空を飛ぶ方法を探していたようだ。特に残念がる様子も無く、別の方法を探すらしい。相変わらずクールな少女である。

 

チヌークの機内にはアポクリフが調査した帰りとあって自衛官以外の顔が目立つ。

火威が救出したキャットピープルのクロエは言うまでもなく、タンスカを離脱する際に、特戦群から日本人拉致被害者を乗せた布担架を引き受けた剛毅な学者先生の三人もそうだ。彼らの御蔭でセイバーとアサシンは逸早く戦闘に転じる事が出来た。

火威が先日、相沢やグレイから聞いた通り、ピニャ・コ・ラーダ殿下とその秘書官のハミルトン・ウノ・ローも居る。ここで皇太女になることを説得するのを考えた火威だが、他の者も散々説得したのだろうから、言葉下手な自身が説得しても無意味だと考え、挨拶するに留めた。

または日本のテレビや翡翠宮から戻った時に見た巨乳リポーターや、テレビクルーである。この巨乳リポーターは可愛らしい顔立ちだが、何処かで会ったような気がした。テレビで見たとか、それ以外の話で。

伊丹二尉が居るのでロゥリィとレレイとテュカは言うまでもないが、ダークエルフのヤオも今ではすっかり伊丹に付いている。

先程、特殊作戦群の亜人かと思われる隊員がヴォーリアバニーのデリラだという事を知った。かなりの重傷だったのにもかかわらず、退院一ヵ月程度で特戦群の隊員に就いて任務をこなし、あまつさえ精霊魔法で姿を隠匿した火威に気付くとは、医者を驚かすどころの話ではない。

他に見てない顔が居るか機内を見回そうとしたが、その前に伊丹二尉に声を掛けられた。

「そういえばその鎧……ってか装甲?…は青い巨星?」

出蔵以外で火威の琴線に触れる言葉を投げかけたのは、特地に来て以来だと今の伊丹の言葉が初めてだった。それが火威の心の奥底に封じていたオタク心を呼び覚ましてしまう。

「判りますか!? 装備に制約がある特地版の先進個人装備ですよ」

「特地版の自衛隊機動戦士ってことか!」

防衛省技術研究本部が提案した先進個人装備システム……ACIES(エーシス)は、公開当初、マスコミから「自衛隊機動戦士」や、それに類する的外れなネーミングをされた事がある。

それは、軽量化されて暗視装置や通信機器を備えたヘルメットや通気性を考えた防弾チョッキ、それに加え、バイタルセンサーまでもが組み込まれて負傷者の優先度選別を可能にした、未来の普通科の装備だ。

しかし、火威が着てる兜跋(とばつ)は軽量で頑強な装甲しか実現出来てないので、かなりの部分で先進個人装備とは言い難い。

「そうかぁ~。火威三尉は機動鎧の青い巨星を着てゾルザル公園に立ち向かうのか」

「なッ!?」

かつて、機動戦士がテレビで放送された当初、新聞の番組紹介の誤植を、事も無げに織り交ぜてきた伊丹二尉に対し火威は

(この男……出来るッ!)

戦慄すら覚える程であった。

そんな二人の会話を生暖かい目で見守る富田や勝本の姿があったが、それに構わず火威に声を掛けて来たのは南雲三佐だ。

「火威三尉は今、第四戦闘団の健軍一佐の下に所属しているのか?」

「えぇ、まぁ。戦力調査隊の任務が解かれれば第四戦闘団の 隷下(れいか)に戻ると思いますが……何分、便利屋扱いされている身ですので、決定的な事はまだ何とも……」

「そうか。俺の一存だけでは決められない事だが……」

南雲は特戦群の他の隊員にも目配せした後、言った。

「やってみる気はないか?」

「…………ファ!?」

それは南雲にしてみれば、「特殊作戦群の隊員をやってみる気はないか」という意味であったが、伊丹との会話ですっかりオタク脳に戻っている火威には

「や ら な い か」

と聞こえてしまった。

特殊作戦群に入るため、選考方法を調べた挙句に伊丹二尉の欺瞞情報をも掴まされた火威は、折角のスカウトを自身のオタク脳の為に「アベさん的な集団」と勘違いして先送りしてしまった瞬間だった。

解答に困る火威は、しばし言葉が淀み滞る。

「俺、ノン気なんで」などという言葉は薔薇騎士団に要らん語彙を与えてしまうのだが、特戦群に多少の反感は与えようが、誤解が明らかになるので言うべき言葉だったかも知れない。

火威の誤解は後に伊丹に相談することで明らかになるのだが、肝心の伊丹耀司二尉は故あって日本の病院に隔離されてしまうので、誤解が解けるのは相当後の話になるのだった。




本当はチヌークに乗ってるのは富田ではなく倉田ですが、
16話に倉田を出してしまったので富田に出張ってもらいました。
タンスカはこれで終わりです。一つクッションを敷いて、いよいよ終盤です。
ちなみに23話から特戦群の隊員の名がコードネームで書かれていますが、それぞれ

セイバー……剣崎三尉

アーチャー…的井三尉

アサシン……押野。階級不明

あと、やはりタンスカでは南雲は三佐なので階級を変えておきます。

次の投稿は、少し先になるかも知れません。
と、取り敢えず、特殊作戦群に消されない限りアニメの17話が放送する頃までには……!


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第二十五話 都心追撃戦Ⅲ (前)

ドーモ、庵パンです。
どうにか生き残った上に土曜に間に有ったので、続きを投稿です。
しかし、まさか今更箸休め回で二部構成になるとは思ってもなかったんですよ。
でも箸休め回らしく、キーワードとかは入ってないです。

で、DVDの五巻、残念ながら湯煙解除とは行きませんでしたな。
アニメの方は来週早々決戦て……。
ジゼル出るの早過ぎない!?


銀座の裏路地に追い込まれた火威。こうなれば、今後の事を考えても今の内に言ってやる他ない。

追ってきたオークが地面と足の裏を擦る音を立たせ、遂に火威を追い詰めた。もう、逃げ場は無い。

火威は意を決して口を開いた。

「よく聞け、オーク。俺はお前と結婚する気も付き合う気も無いんだよ。追われても正直迷惑なだけなんだよ。どっか行ってくれ!」

言ってやった、遂に言ってやったぞ……そんな静かな興奮を胸に感じながら、オークの前に佇む火威は恐ろしい物を見た。

「な"ん"だどごの"ハゲェ……!も"う"一遍言っでみろォ!」

怪異の形相で振り下ろされた永遠力暴撃死拳(えたーなるふぉーすですなっくる)はこの日、日本列島すら消滅させる威力で粉塵を天に撒き上げ、日光が注さなくなった地球を壊死させていったのである。

 

 

 

 

 

 

「と、いう夢を見たんだが……」

アキバに行こうという日の朝に見たトンデモナイ悪夢を出蔵に話すと、これから彼女を連れて日本に行くらしい後輩は乾いた笑いを返してきた。

特殊作戦群の(誤った)真実を知った(と思ってる)火威は、その日の内に、各戦闘団から特地語に堪能な人員を寄せ集めて出来た戦力調査隊が解散し、各々が元の部隊に戻ってる事を知った。

チヌークの機内には、まだよく見てない顔もあったが、武器・弾薬の返納、そして腹も減っていたので早々食堂に向かうべく遁走してしまった。

そして自室には、特地の工芸品として買った犬笛っぽい笛と、相沢がイタリカに向かう道すがらに廃棄にしてもらうつもりだった邪神像が戻ってきてる事を知り、恐れおののいたりした。

それから数日は課される任務は、クロエをイタリカに送る以外は無く、魔導の訓練や普通の訓練、あるいは自主訓練や、対騎剣をグラインダーで削ったり削り過ぎて廃棄する嵌めになったりしたが、特に変わった事は無い。

ただ幾つかの事実が判明し、収穫もあった。

その内の一つは、栗林がオタク嫌いだということ。この第一報は丸山からだが、若い曹官が食堂で薄い同人誌を読んでたら、思いっ切り栗林に怒られている場面に遭遇して確信を得た。

その怒りようは、先日チヌークの中で伊丹と話したような内容を栗林の前で話すのは、ハゲ以上にアウトであることを理解させられる程だ。

火威も自室に妖怪関連の本を何冊か持っているが、こちらは学術の本と言い張るつもりでいる。

大学時代は民俗学の研究をしたから、民俗学に縁の近い妖怪は間違いなく学術の分野と言える……と、主張するつもりなのだ。

これは、火威が態々、(わざわざ)四年制の三流大学を五年掛けて通った事に大きく関連する。

火威の大学受験は自己推薦で、近くの大学に楽々入学したのだが、実は入学する先を火威の勘違いで選んでいたのだ。

入学したのは人文学という聞きなれない学問を習う学部だったのだが、火威はこの聞きなれない学問を民俗学の領域か、それに類する学問だと思い込んでいた。

それは自己推薦ながらも一応は面接もあるので、面接の中で判明した。面接官の教授方は苦笑していたが、民俗学の領域である文化人類学を指導する教授も面接官に居たせいか、火威は受かってしまった。

受かってしまった火威は、仕方ないので大学で文化人類学を選択する。しかし一年でその講義を終わり、他に民俗学系の講義も無いから、自身で勝手に興味のあった東北に伝わる蛇神や、日本各地の妖怪、或は外国の妖怪の勉強や研究を始め、大学の勉強は二の次の次の遊びと飯の後になってしまったのである。

そして、もう一つは米国を強請(ゆす)って入手した対物ライフルM95の照準は特に狂っているという事はなく、1000mほど離れた目標を狙っても、着弾範囲が30cm以内という極めて正常な範囲内だったのだ。

恐らく、火威の「お願い」はディレル政権をかなり追い詰めたと見え、米軍の武器を管理する者あたりが、大きな努力をしたと思われる。

先日の亜龍討伐の際に狙いが大きくズレたのは、高速で移動中の車両からの狙撃という事もあるし、火威も狙撃出来るような体勢が取れなかったと言うのもある。

だが狙撃するためのスコープは欲しいし、本音を言うとターゲット・サーチャーという装備も欲しいと考えていた。このターゲット・サーチャーは、生命体の体温を赤外線で感知し、隠れている獲物を探す狩猟用の装置だが、山岳救助の際にも使われている。

以前にゲリラ化したゾルザル軍との戦闘で、被害に遭った住民の生存者を捜索するために使われたが、熱源が多過ぎて大して役に立たなかったという話を聞いている。

だが闇夜に潜んだ襲撃者を逸早く発見するのに役に立つので是非とも欲しい一品なのだが、官給品には無いので自衛官が自費で買わねばならない。

予算に乏しい自衛隊とは言え、遭難者の捜索に大いに役立つ物なのだから、国民の血税で買ったとしても文句を言われるものではないと思う。が、火威なんかは真っ先に「狩猟用」に使うつもりでいる。

しかしこのターゲット・サーチャーは、ググったところで検索不可能なので、諦めざるを得なかった。

最後に、火威は物質浮遊の魔法を訓練したものの、物事を難しく考え過ぎるせいか中々使えずに居る。レレイやカトーに師事するのが早いのだが、レレイはアポクリフの対応で忙しいし、カトーは新難民の子供の相手で忙しい。結果として火威は独りで訓練しなければならないのだが、難しく考え過ぎたせいか、石礫を当てる的にしていた木の棒が粉々になって吹き飛んでしまった。

空気の玉どころか壁をぶつける魔法を応用しようとしたところ、波動砲を実現させてしまったらしい。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「ヤベー、ヤベー……」

時折、思い出したように呟く火威は、アルヌスの食堂に来ていた。少し早い昼食を食べようと言うのだ。

久々の休暇とあって、今日の午後にでも日本に帰って秋葉原でM95のスコープを探すつもりでいる。

アルヌスの食堂に行く途中、火威は早々帰ってきた出蔵とアリメルに出会った。

アリメルは4つのアルコールランプを買い物袋に入れ、出蔵はエルフ語の単語練習用に買ったらしいICレコーダーと、自転車のスポークの他、アリメルと共に大量のザラメ糖を持っている。

エルフ語練習は、アリメルの両親に挨拶するためだろうか、とも推測される。

「で、出蔵……! まさか、おま…っ!?」

「あ、判ります? 今から駐屯地祭の用意ですよ」

どうやら特地に残留するらしい後輩だが、「幾らなんでも気が早過ぎだろオイ」とは言わないまでも伝わった事だろう。だが悪くならない物なら、今から準備するのもアリかも知れない……と、後輩の事を言えないどころか真似を検討する火威だった。

 

食堂に着くと、アルコールに余り強くない火威は、正月でもないのに昼前からミードという訳にもいかないので柑橘類の果汁とラザニアを頼んだ。たぶん、日本で腹が減る量だと思うが、その時は牛丼屋かラーメン屋にでも寄れば良いと思っている。

食堂が混む時間でもないので、注文した物は直ぐに来た。それを運んできたのは新人ウェイトレスと思しき亜人なのだが、その種族と服装を見て火威は驚く。

彼女は竜人で、白エプロンin白ゴスロリという出で立ちである。火威がフォルマル邸で仕入れた記憶が正しければ、白ゴスロリに似た神官服はハーディという特地の神の神官で、それを着る竜人の女性と言えばハーディの使徒のジゼル猊下しか思い当たらない。

それが、どういうワケだかアルヌスの食堂で働いている。ファルマート大陸の流行の発信地になっているアルヌスなら、コスプレという事も考えられるが、敢えて竜人の美女とも言える女性に白ゴスロリとエプロンを着せて、本物の不興を買っちゃったり、信徒の反感を得たらどうするのだろうか、とも考えてしまうのは、火威が生まれ育った世界の宗教の狭量さ故だろう。

特地の神々は、こういった事に関しては実に大らかなもので、この程度の事で目くじら立てたりする宗教者は居ないのだが。

 

ともあれ、アルヌスに居たハーディの信徒と言えば、先頃、炎龍に襲われて自衛隊に売り込んできたダークエルフの部族が思い当たるが、その多くが改宗したり、アルヌスを去ったりしている。

今現在アルヌスに居るダークエルフのとして、真っ先に思い当たる三人の内、ヤオはロゥリィ聖下の信徒になっているし、アリメルやティトの姉弟は元から別の神の信徒だ。

だから、今すぐに信徒からの反感を買ったりしないたろうが、それも時間の問題と火威は考える。

そこで食堂の料理長のガストンに聞いたら、火威はまた驚いた。コスプレ美女では無く、本物だと言う。

ジゼル猊下はクナップヌイで伊丹二尉にレーション(カレー)を御馳走された事もあって、すっかりアルヌスで饗応を受けられるものだと思ったらしい。だからか、アルヌスで大いに飯を食い、酒を飲んで借金を拵えたのだと言う。

この手の支払いは本来は神殿がするものなのだが、アルヌスにはハーディの神殿が無い。立て替えてくれる信徒も、先に言った通り居ない。

偶に支払い請求すらされない事があるが、それだって信徒の多い街で宣伝効果があるから成立することである。

喰い逃げもやって出来ない事は無さそうだが、間違い無くロゥリィ聖下辺りからベルナーゴ神殿に苦情が届く。するとベルナーゴ神殿やハーディ、そしてジゼル自身の権威とかが酷い事になってしまうので、この道も断たれた。

「…………まぁ、大変っすね」

料理長にジゼルがどれだけ借金したのか聞くと、神様とは言え女性の身でよく食べるな、という程の額だった。賽銭しようかと考えた火威ではあるが、何時も賽銭箱に入れてる5円玉では焼け石に水どころか、大規模火災に水風船である。

火威は狙撃用のスコープを買うつもりなのだから、後に預金を下ろす必要がある。財布の中を見ると、自分の食事代を除けば千円札が一枚ある。

特地の神様の御利益は、この時には既に方々で見知った身なので、殉職する気がこれっぽっちも無い火威は、死後の安寧を確かな物にすべく、ジゼルに千円札の賽銭をする事を決めた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

ジゼルに賽銭を渡した時には「あ、ありがと…有り難きことにごぜぇます」などと妙な敬語っぽいものを使うものだから、「何この可愛い亜神」とも思った火威である。

だが今では、そのジゼルに頭を悩ましている。

門の向うの日本が面白そうだからと、付いてくると言うのだ。

何処のコスプレ会場から抜け出してきた、と言わんばかりの姿も「何処かのコスプレ会場から抜け出してきた」という事で狭間陸将から許可が降りてしまっている。

実際には門を開いたハーディの使徒ということで、彼女の心証を良くしたい日本政府辺りの手回しだろうが。

(アポクリフ、どうすんだ……)

とは少し思ったが、伊丹と同行して資源調査に向かった三人娘(+ヤオ)の内の誰かが、ハーディから異界の門を開ける術を伝授されたとも聞くので、殊更心配に思うような事でもないのかも知れない。

 




お気に入り指定が140越えとる!?
でも栗林が全然ヒロインしないッ!

皆様、数多くのお気に入り指定を本当に有難う御座います……ッ。
栗林がいよいよヒロインらしく振舞うのは、たぶん鬼人になった後だと思います。
あ、でもヒロイン中は鬼人状態じゃないんでご安心を。
書いてる途中、この庵パンに何か起こったり逃げたりしなければ、その辺りまでは書く予定です。

では、ご意見、ご感想など御座いましたら、どうぞご気軽にお寄せ下さい。


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第二十六話 都心追撃戦Ⅲ (後)

ドーモ、庵パンです。

何だかんだ言ってジゼルがヒロインっぽくなってしまいました。
でもサブヒロインなので、そこんところご了承下さいませ。
これも栗ボーがヒロインとして登場するのが滅茶遅いせいです。
構成のせいです。つまり庵パンのせい。

……うん、まぁちょっと頑張る。

しかし
栗ボーと良いジゼルと良い、どうも人気キャラをヒロインに持って来たがるのは、どうしてやら。
まぁ好きなキャラをヒロインにしているんですがね。


火威が驚いたのは、この日何度目だっただろうか。

ジゼル猊下のエプロンの下の白ゴスロリはボロボロで、しかもそれを着崩しているのだから臍や肩が隠せていない。それもサイズも合っていない服を、前の部分だけ紐で括ってるだけだから下着も見えている状態である。

この状態で日本に行けば、幾らコスプレと言えど職質されるだろうこと間違いない。

ゲート前の詰め所でコートを借りられたので、これは問題にはならなかったが、ジゼルの妙な丁寧語は営業モードだった事が判明した。

実際の口調は不良少年か、何処ぞの居酒屋の新人バイトのような無愛想なものだった。だが鉄火肌な物言いのヴィフィータにも似てる気がしたので、余り気にならない。「オッサン」と呼ばれる事に関しても、「三十過ぎて薄毛ならオッサンだろ」と自覚する火威は余り気にしない。

とは言え、四百歳程の女性に「オッサン」呼ばわりされるのが、釈然としないのも確かだ。

一応は休日のハズの火威は野球帽を被っていたが、ジゼルは「火威のオッサン、そんなもんで隠すより剃った方が楽だろう」と言う。

「いやね、猊下。自衛隊じゃスキンヘッド……丸坊主は推奨されないんですよ」

「なんでだよ?」

「頭部のダメージを極力減らすためです。あと若くて丸ハゲだと周囲に威圧感を与えちゃうでしょ?」

常に威圧する側に立ってたらしいジゼルは「そういうモンかな?」と呟いたものの、火威に続いて銀座から秋葉原に向かう道を行く。

銀座からアキバへ行くにはメトロに乗るのが早い。そのメトロの発着駅へ向かう道すがら、火威はATMから給料を下ろして産業経済の新聞を買った。今現在の日本と、世界の状況を知る為だ。

「猊下は日本で何を見ます?」

ジゼルが東京で見てみたい物が、時間が掛かりそうなもので無いなら、そちらを先に済ませた方が良いと考えた火威である。

「そりゃあ酒だな」

酒なら時間は掛からないかな……とは思いながらも、アンタ先に服買った方が良いよとも思う。

「そういや猊下は何時アルヌスに?」

ロゥリィ聖下以外の使徒がアルヌスに来るなど、余程の理由があっての事だろうと思って聞いた事だが、

「この前、「えりこぷたー」ってヤツに乗ってきてな」

あぁ、ヘリコプターね。そう思う火威は少し前の事に思いを巡らす。

ヘリという乗り物に、最近民間人を乗せたのは先頃クナップヌイからタンスカを経由して帰ってきたのが最後だ。

以前はゾルザル軍のゲリラから、新難民を避難させる為にチヌークを使う事もあったが、最近は専ら陸路で移送させている。擬態したダーがチヌークの内部で擬態を解いた時に、銃撃した弾丸が機内を傷付けないようにする為だ。だが最近は丸山がディータに恩を着せて買い取ったダーの擬態を解く笛がある。

だからそれを陸将に提出し、少量ながらアルヌスの職人に生産してもらい、対ゲリラの部隊長が携帯している。

と言う事で、ジゼルはチヌークの中で火威と一緒だった可能性ある。しかし、青いとは言え巨乳の美女なので、気付かない筈は無いのだが……。

「猊下……もしや伊丹二尉と一緒のヘリですか?」

「あぁ、そうだ。あとロゥリィお姉様とレレイって娘とティカとヤオっていうエルフとダークエルフが居たな。あとヒトが何人も居たけど、中には妙な覆面被ってるヤツがいたな」

それ俺ですよ。とは言わずに、ジゼルがロゥリィ聖下の前では借りてきた猫のように小さくなっている事を思い出した。それでチヌークの中で会っても印象が薄かったのかも知れない。

そして、覆面男の戦いぶりはどうでした? と余計な先入観を抜きで聞いてみる。

「ヒトの割りにはだいぶ強いんじゃねえか? 大剣振り回してジャイアントオーガーを斬り付けてたんだから」

「や、まぁそりゃそうなんでしょうけど、聖下と連携出来てましたかね?」

「いや、そりゃないだろ。お姉様も覆面のヤツも好き勝手に戦ってたように見えたし」

ジゼルがロゥリィ聖下を「お姉様」呼ばわりする事に疑問を残しつつ、火威は内心で栗林にまだ及ばない事を悔やむ。

「まぁ覆面のヤツも強いけど、イタミには及ばないな」

「伊丹二尉はそんな強いんですか?」

「あぁ、オレが卵から孵して育てた二頭の新生龍が一瞬でやられたぜ。オレも危うく幽閉されるところだった」

そ、そんな強いんか。伊丹二尉……。と思う火威であるが、真実はテュベ山の前に進撃した第一戦闘団の飽和攻撃によるものである。だが火威はチヌークの中で会話して、少なからず同類かと考えていた伊丹二尉が人智を超える戦闘能力の持ち主だと思い込んでしまった。

いや、少しは疑ったが、自分だって若干人間辞めてるレベルである。二重橋の英雄たる伊丹二尉が、大いに人間辞めてても不思議は無い。

そして、気付かない間に自らオタクである事を無意識に自認している火威である。

 

銀座から秋葉原へは電車で行くのだが、初めて電車という乗り物に乗ったジゼルは予想通り、子供のように座席に膝を立てて流れていく外の風景を見て驚いている。特地の竜と比較して、「遅い」という感想が出るのも予想通りだ。

場所がら人は多く、外の風景を見る青肌の美女に、奇異な者を見る意味で思わず目を奪われる人は続出した。

ジゼルには前もって「我が世界には基本、ヒトしか居ないんで、猊下を珍しがって見る人とか写真撮る人が居ても喧嘩売ったり買ったりしないで下さいよ」と言っておいたので、問題は無かった。

ただ、その注意した際には“写真”という物を事細かく説明しなければならなかったが。

そして火威は、彼女に好奇の視線を送る人達に、聞かれてもいないのに「これからコスプレ会場に行く途中でして」とか「外国の方をコスプレ会場に送る途中なんで……」

ついつい言い訳じみた言葉を並べる火威を他所に、メトロはアキバに着く。

 

百貨店か酒店に行く道すがら、ジゼルが火威を呼び止める。何かと思ったら、ジゼルは薬店で店頭販売されてる赤い厚紙に入った縦長の箱を手に取った。

見てみれば、それは日本では昔から有名な薬用酒だ。赤い箱には漢字で「酒」の字が書かれているが、ジゼルに日本語が判るワケがないにも関わらず迷いなく手に取った。酒好きの嗅覚とでも言うのだろうか。

「猊下、それ薬用酒ですから……」

「呑んだことあるのかよ?」

「いや飲んだことぁ無いですが、余り美味しいとは思いませんよ?」

「ん、そか。ま、呑んでみなけりゃ判らんねぇだろ」

ジゼルはそう言うとレジの方に向かっていく。アルヌスのPXのシステムそのままなので、ジゼルは買う事に決めたようだ。

「あ、ちょっと待って下さい猊下!」

ジゼルは多分、火威が賽銭した1000円しか持ってない。ジゼルの買い物は必要経費で落ちる筈なので、領収書は絶対に必要なのだ。それとは別会計で、ある種のゴム製品も購入した。勿論これは火威の物なので自費である。

この後のジゼルとナニかしようと言うのではい。以前、特地の女性か女性自衛官と仲良くなった時に使おうと考えて同じ物を買ったのだが、駐屯地に帰ってきたところ、ちょうどその場に居た陸佐に雑務を言い付けられ、慌てた火威がHMV(高機動車)の荷台内の救急箱に隠したのである。

雑務が終わってゴム製品を回収しに来た時にはHMVは行方不明になり、折角勇気を出して買ったゴム製品とも泣き別れとなったのだ。だからでは無いが、多少多めに買ってしまった。まぁ必要になる時が来るのは、火威自身もかなりの至難であることは分かっているのだが。

 

ジゼルが買った薬用酒の酒精は日本酒やワインと余り変わらないが、呑んだ事が無いとは言っても、余り美味しそうには思えないので、恐らくジゼルは不満に思うだろう。だからこれから行くサバゲーショップの途中で角張ってるウイスキーなり、手頃な価格の酒を探そうと思う火威である、が……

「ッ!?」

急に火威を襲う寒気と震え。だがそれが一瞬で止んだことから、どうやら悪寒戦慄など感冒の類とは違うらしい。

「どうした? ヒオドシ?」

「いえ、何でもないです」

もし、風邪の引き始めなら、早くサバゲーショップに行って目的の物を買う必要がある。明日からは普通に仕事だろうし、あくまでも戦争中なのだから任務に間を空けてはならないという思いもあった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

 

「う、売り切れっ!?」

既に日は傾き、家路に就く者も少なくない時刻。

火威が買い求めた対物ライフルに使えるスコープは、到達したサバゲーショップでは売り切れていた。

秋葉原のサバイバルゲームの用品店は他にも複数あるから、そこを廻って探せば良いのだが、正直そこに至るほど火威は気乗りはしない。薬店を出た時から、時折寒気を感じるようになって来たからだ。

ジゼルは義理堅い性格なのか、角張ったウイスキーも買って自分の買い物だけが済んだことに負い目を感じるのか、他の店舗も回るよう勧めてくれている。

「いや、ども…猊下、どうも俺、風邪‥引いたっぽい」

「お、おい、大丈夫かよ?」

流行り風邪の季節じゃないから大丈夫。そう言う火威の言葉を信じてか、ジゼルは他のサバゲーショップに向かおうとした。

「げ、猊下、勘弁して下さいよ」

「その道具が無いと困るんだろ?」

実際、多少は困るのだが、それでも以前は状況が状況である。高速で移動する車内からの狙撃だったし、射撃体勢も良くなかった。乙種止まりで欠格となっているが、射撃徽章も取ったことのある腕前である。

「道具に頼らず、もうちょっと自分の腕を信じてやってみようと思います。それに俺、結構頼られてますからね。任務を空けるとだいぶ拙いんで……」

「そんなにか……?」

ジゼルの「そんなに」は、そんなに頼られてるのか?という意味から、そんなに具合悪いのか?という意味も含む。その言葉には、昇神して以来は風邪という物の感覚を忘れ、ヒト種に無理をさせてしまった事への後ろめたさも感じられた。

「実はタンスカで竜甲の鎧着てたの、俺なんです」

「えっ!? アレお前か!」

自らイタミの次に強いヒト種と評した者が、目の前の男だったとは……。

寄進ではなかったが、アルヌスで働き始めて以来、一番多くの援助をして、ニホンに付いていくと言った時も、最初は気乗りではなかったようだが結局付いてくるように言ってくれ、ニホンでの注意事項も予め教えてくれた上に、信徒でもないのに自身が望んだ以上の酒まで買ってくれたヒオドシが、ヒト種の中では恐らく上から二番目に強い戦士だったと知ったジゼルの内心にある好意は確かなものとなった。均整が取れていながらも、武骨な顔立ちも中々良い。変な髪型さえ変われば、それは恋心になっていただろう。

「ま、まぁ判った。無理は良くないよな」

帰る事を了承してくれたジゼルに安堵して、帰り道に足を向ける火威は腹に掌を当てる。

「猊下、帰りにメシ屋寄って良いですか? 多分、猊下も好きになると思いますよ」

 

 

*  *                            *  * 

 

 

 

ジゼルの嗅覚が優れているのか、そもそも竜人自体の嗅覚が優れているのか、はたまた亜神故の感覚の鋭さなのかは判らないが、屋台のラーメン屋は直ぐに見付かった。

ジゼルが箸を使えるとは思えないので、火威はフランチャイズなり店舗のラーメン屋を探したかったが、銀座事件以降は一時期減った外国人客が戻ってきたということで、屋台のラーメン屋もフォークを用意している。

「うっめぇな! この“らあめん”ってヤツは。イタミがくれた“かれえ”も旨かったが。こいつもウメぇや」

「カレーもラーメンも嫌いな人って少ないですからね」

ジゼルは晩酌のつもりなのか、昼に買った薬用酒を早速開けている。店の方でも酒でも出す事があるのか、紙コップなどを用意しているのでジゼルにとっては渡りに船だ。

「猊下、ラーメンは蓮華…この匙に麺とスープを入れて一緒に食べると美味しいですよ」

などと講釈を垂れる火威も、ジゼルの相伴に与って薬用酒を呑んでいる。買ったのが薬用酒であったのが実に幸いした瞬間だ。

「兄ちゃんイイねぇ。綺麗でボインな外人の姉さんとデートで」

禿げ頭のタコ坊主のような屋台の店主には、ジゼルが普通に外国人に見えるらしい。確かに日本人でないのは明らかだが、一般的なデートとは違う。

いやぁ、彼女は大事なお客さんなんで、とでも言おうと思った火威だが、広義の意味でのデートではあるので「ふふっ、羨ましいでしょ」とでも言って済ますことにした。

そうして空腹を満たして駅まで歩いていくと、中々体調が良い。先程までの体調不良は空きっ腹が響いていたせいなのか、今の火威は頗る良い具合だ。

「ヒオドシ、さっき店の親父と何、話してたんだ?」

「あぁ、猊下が美人だとか、猊下のご相伴に与れる俺が羨ましいとかですよ」

多少違うが、言ってる内容からすると差異は無い。

「へへっ、そうか。見る目のあるヤツだな」

面と向かってその美貌を褒められた記憶の無いジゼルが、少なからず好意を持っている火威の前で褒められ、その相縁の相手のように扱われるのは悪い気がしない。

そう思う余りに、火威の手を握ったところ……。

「ぅお゛ぃごらヒオドジィ!」

火威にはトラウマと化した、ジゼルには初めて聞く声が逢魔ヵ時(おうまがどき)の路地に響く。ジゼルと火威が振り返るとヤツが居た。

人間よりも肉厚で体格が良く、緑色で残忍。以下略。

そんな感じの火威の元見合い相手が居たのだ。実のところ、オークは火威達が薬店から出てきた時からあとを付けて来ていた。そのままサバゲーショップの前で獲物を待ち伏せし、当然ラーメンの屋台までストーキングする。だがオークが見る風景は、どう見ても火威と妙に青い外国女のデート。そんな中で、青い女が(かつて)ての見合い相手である火威と手を結ぼうとしたのだ。これは、断じて許せん。

「ヤイ、固羅ちょい待て! お前もう結婚したんだろォが!」

「グスならもう消えとるわ!」

く、喰われた……!? 反射的にそう考える火威は知るまいが、買った新聞がスポーツ誌だったなら、奥商会令嬢がスピード離婚し、婿が精神を病んで米国に帰還し療養中だという事を知っただろう。

「今日という今日はハンゾウお持ち帰りィィィ!!」

「や、ヤメロー! 不幸の種を撒き散らすんじゃぁないッ! 猊下っ、助けて!」

しかし今日、この時は特地の神が居る。亜神の猊下が居る。そう考えてジゼルを見るが、当の亜神は

「む、無理だ。こんなの勝てるワケ無い!」

ジゼルも400年も生きてきて、様々な強敵と戦い屠ってきた。相対すれば、大体ではあるが相手の力量など判るのだ。例外はイタミくらいのものである。

「そっ、そんな……!」

火威の脳裏に今朝の悪夢が過る。アレ、マジだったのか。そう思ったらジゼルの手を取って走りだしていた。

「ヒ、ヒオドシ!?」

「猊下、逃げるんだよォ――――――――ッ!!」

火威もジゼルも、可能な限りの速さで逃げるがオークは更に速い。決して遅くはない二人に追い付き、火威の襟を掴もうとする。

「もらったァア!!」

しかしオークの手は空を切った。火威の襟が遥か上空に移ったからだ。その火威を空に連れていったのはコートを脱いだジゼルである。

「げ、猊下、そういや飛べたんですね。重くないっすか?」

「大したことねぇよ」

とは言え、襟だけ引っ張って中に吊るのも大変なので、火威の腰に手を回して密着しなければならない。そうすると当然、身体が密着してジゼルの豊満な胸が火威の背中に当たることにもなる。

「取り敢えず、どっか駅の近くで降りて電車で帰りましょうか。このまま銀座に帰る訳にも行きませんし」

「あ、そうだな」

今、気付いたのかは判らないが、ジゼルも今の体勢が拙い事になっているのは判っているようだ。

「いやー、しかし猊下、ホンッッント助かりましたよ」

「あぁ、構わねぇよ。しかしよぉ」

ヒト種しか居ない世界と聞いていたジゼルは、オークの存在が不思議でならぬらしい。

「基本的にヒト種しか居ませんけど、偶に居るんですよ。あぁ言うのが」

どういう因縁があるのか知らないが、ヒオドシという男はトンデモないヤツに目を付けられたものだと思う。だが例外的に特別な存在が発生するなら、ヒオドシやイタミの力も納得出来るというものだ。

「でも何かお礼しないといけませんからね。帰ったら飯か酒でも奢らせてくださいよ。そんなに出せませんけど」

それを聞いて、ジゼルは少し思案する。

「別にそこまでしないんで良いんだけどよ……」

飯と酒が付けば納得すると思った火威だが、違うらしいことに若干身構える。借金の肩代わりを頼まれるかと身構えてしまったからだ。だが

「踏んでくれよ」

「……………………………」

ジゼルの被虐嗜好を知る者は、歴史上の如何なる書籍を含めて知る者はほぼ居ない。

何言ってんのこの亜神。とは言わないまでも、ジゼルを見る火威の目は事のほか冷たかったという。




クロも好きなんですが、ここまで来ると黒川はもう日本に帰還しちゃいますからね。猫耳最高さんの作品を読んで済ませるとします。
で、今回の秋葉原、東京暮らしにも関わらず、実際に行ったことが無いからサッパリなんですわ。
読んでいて不自然な部分があったら申し訳ない!見なかったことにしt(ry

それはそうとお気に入り指定が160近くの157も!?
皆様、重ね重ね有難う御座います!

今回、ジゼルの事を青い青いと言ってますが、本来は深縹色ですね。
そこのところも平にご容赦を。

次に主人公がアルヌスを出撃したら、いよいよ戦争も終わりですたぶん。
去年の11月から書いて来て、(少し)長かったなぁ……。

これからも暫し御付き合い頂けるよう、伏してお願い申し上げます。


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第二十七話 明闇

ドーモ、庵パンです。
アニメ17話のジゼルが全く噛みませんでしたね。
ホントにジゼル? 何テイク目?とすら思ってしまうほど噛みませんでした。
一気に進んで闘争編までやるみたいですが、何処までやるんだろ?

で、今回ですが、コレ書く意味あったのかなぁ……と思ってしまう部分です。
しかも遠回しのアンチとかあったりします。

さっさとゾルザルコロコロしちゃえよ、って思いますが、進まないのは庵パンのせいなのです……。
で、主人公が主人公なので終盤は緩く進みそうです。
戦闘でも結構緩く殺戮しそうです。他のキャラの部分はもうちょっと硬く行くつもりですが……。


自衛隊が敷設したアルヌスの診療所から見える山々は、その多くが山頂付近を雪化粧を纏って(そび)えている。

特地派遣隊が来たのは、日本では晩秋に近い秋だったが、特地は暖かく過ごし易い時節だった。

その時から見える風景は余り変わっていないので、近く見える山々は思うより遠く、高い山なのかも知れない。

航空自衛隊の偵察によると、そんな場所でも人々の生活は見てとれるという。

寒さが苦手な火威にとっての幸いは、それらの場所が現時点では、ゾルザル派の影響力が無い事だ。もしも城塞や要塞などの建造物が認められれば、体力徽章や冬季遊撃課程を修了した火威が真っ先に出されるはずだ。

冬季遊撃課程を経ていたことを、何時ぞやのテレビで見た知識で知っていた出蔵は「四代目凍結帝の帰還」等とほざいていた。

彼等が高校の時分に、部活動で自前のノートパソコンを使う事があったのだが、火威は起動開始直後や再起動中にもフリーズするという圧倒的実力で凍結帝王の四代目を襲名したのである。ちなみに彼等が活動していた部活は、出蔵の後の新入部員はおらず、火威が永年の凍結帝となっている。

ともかく、巨乳目当てで寒い地方に行ったにもかかわらず、無駄に体力があったがあまりに冬季遊撃課程に放り込まれるとは実に業腹な事だと、当時の火威は考えた。だが天罰とも言える。

特地に来て以来、炎龍に対抗する為に、更なる体力を無駄に付けた火威は、如何に疲れ果てようと3~4時間で全快……少なくとも15分寝れば、一定時間は最大能力を発揮出来るという反則スキルを得てしまっている。

そのせいか、火威だけはブラック企業も驚きの稼働率である。だからだろう、秋葉原でオークの死気を受けて体調を崩した火威は、ジゼルを連れて急いで銀座へ帰った。感冒を得て診療所でグッスリと寝る為である。

だが帰る途中に寄ったラーメン屋で呑んだ薬用酒で、かなり体調は元に戻ってしまった。しかも体調はかなりの範囲で気分に左右されるという。ジゼル猊下の巨乳を背中に押し当てられるなど、直前まで死地にあったが故に当然の事ながら思いもしなかった嬉しい事態だ。だがその影響で感冒の「か」の字も風邪の「か」の字も消え去ってしまった。

しかし火威も諦めずに診療所に向かう。体温を測る時、これ以上無い程の気合いを出して人為的に熱を出して仕事をサボる事に成功した。

ただ、緊急入院のような形で隔離されるとは思わなかったが。

「……看護師さん、そろそろ退院しても良いですかね?」

個室で甲斐甲斐しく火威の世話を焼いてくれる二等陸尉に尋ねる。

「今は平熱ですが、昨日は43℃も熱が出ていたんですよ? 今日一杯は経過観察です」

火威とジゼルが東京に行ってた日の夕方に、アルヌスの丘では和平講和の締結とその儀礼式典がなされていた。和平講和の締結に、儀礼式典というのは火威の世界では見られる事はない。後に火威が聞いた話では、式典の重要な役処を直属の上官(だと思う)健軍一佐と薔薇騎士団のヴィフィータ・エ・カティが演じたと言う。

珍しいものを見れなかった事を悔やむ火威は、後に「誰かビデオ撮ってねぇかな?」と僚友に聞きまくったと言う。

 

「中国、韓国、台湾、東南アジア諸国は特地の扱いを国連に委託するよう……ってザッケンなオラッ!」

朝の早い時間帯。

退院前に診療所前のベンチで、秋葉原に向かう道すがら買った産業経済の新聞を読んだ火威が吠える。

サボりはしたが、まさかここまでツケを払わぬ事になるとは思わなかったのだ。そこに、自身の逆鱗に少しばかり触れるような記事を発見したのだ。

「つか台湾ッ! おメぇ国連入ってねぇだろッ! ヲ・ノーレ国民党めがァッ!」

台湾たる中華民国は、中国たる中華人民共和国が国連に入って以降、多くの国が国際承認を共産党の中国に切り替え、国連での議席も中華人民共和国に奪われる形となっているので、今現在は国連に入っていない。

だから中国寄り国民党が、台湾を中国の意向機関にしたとしか思えないのである。

火威の大学時代、母親が台湾人という学友が居た。彼から聞いた台湾人の日本に対する評価は頗る良いものだったし、彼の台湾への評価もとても良いものだった。それに戦前に嘉義農林の野球部が甲子園で準優勝した話や、八田與一の烏山頭ダムの話も暫しテレビで見聞きする事も多い。

無論、火威も自身が興味を持った国については調べもする。その中で霧社事件のような痛ましい出来事も存在するが、長い目で見れば台湾の日本統治時代は元々現地に住んでいた年寄りからは高評価されている……と言った話を学友から聞いている。

だから火威も、何時か新婚旅行なり何かの旅行で台湾に行ってみようか…ぐらいには考えていたのだ。それも自衛官になってからは、難しくなってしまったが。

「なんかメチャ怒ってますね」

声がした駐屯地の方を見ると、出蔵と白エプロンを付けたジゼルが歩いてくる。

「いや、怒ってないよ」

「すげぇ怒ってたじゃねぇか」

「ですよねー」

出蔵もジゼルも同意見のようだ。しかし火威自身はこの程度では怒った事に入らないらしい。

「猊下がご存じないのは当然として、出蔵も知らんと思うがな……俺、ホント腹立てると一言も喋らなくなるから」

「ナニソレ怖い」

筋肉質の九割禿げが黙ったまま怒りを湛える姿を想像し、出蔵が戦慄する。

亜神であるジゼルは当然そうは思わないのだが、火威が三日も診療所に居なくてはならない理由が自身にあると思い込んでるのか気が咎めているらしい。

「ともかくヒオドシがここで暴れると大変だから、ちゃんとアルヌスの外で暴れてもらわねぇと」

出蔵が何か言ったのか、過去にオークと交戦記録のある火威が予想より上の戦闘力を持っていると判断したのかは判らないが、借金を返す当てが無くなっては大変なジゼルが宣う。

「いや怒ってませんて。 よもや怒ってもそんな事しませんて。 って言うか出蔵や、何を言いに来たんよ? 大体お前らの第一戦闘団はテルタに向かってる最中だろ」

「あぁ、そうでした。実は昨日の内にですね……」

曰く、昨日の内に第五戦闘団を始めとする特地派遣隊の複合部隊が、アルヌスから帝都に向けて進撃を開始したのだと言う。報告では六機のファントムの支援爆撃を皮切りに、特化部隊の榴弾砲撃の後、七四式戦車を先頭にした機甲部隊が進撃。ゾルザル派帝国軍も翼竜騎手が空から槍の束や、火の付いた油や岩を投下するという戦法を取っていたが、以前にも説明した通りに殆ど被害は無く、偶に運悪く高機動車のボンネットに直撃して行動不能にすることがあったが、戦略的には無意味に等しかった。

で、その高機動車に搭乗していて運悪く負傷したのが、火威が着任していた秋田駐屯地と戦力調査隊で僚友だった内田 仁二等陸曹だ。

「ぅおい!? 大丈夫かよ内田っ!」

今日、診療所から出奔するかの如く出ていく自身と入れ違うようにして運ばれて来ていた内田を個室の中で見つけた火威が驚く。出蔵は一緒に来たが、ジゼルはまだまだ借金ががあるので食堂の仕事に戻っている。

「いやぁ、やられちゃいましたよ三尉。両手の骨粉砕です。スッゲェ痛かったッスよ」

「そ、それ大丈夫なのかよ」

内田が言うには、世話を焼いてくれる人が居なければ着替えどころか食事も儘ならないそうだ。最初は亜人のメイドさんに頼もうかとも考えたのだが、彼女達もそれぞれの仕事で忙しい。アルヌスの街も最初からは考えられない程に大きくなったが、近頃になっても帝国領内で新難民が発生し、此れを受け入れる宿舎が足りないことから、その建設をドワーフ等の大工に頼んで街の規模は拡大し続ける一方だという。

診療所に居る看護師も多くはないから、両手が使えない内田は苦労するだろう。そう覚悟していた。だが

「丸山二曹が作業療法士の資格持ってましてね、俺の世話を焼いてくれるって言ってるんですよ」

「なッ……!?」

特地戦力調査隊で僚友だった男前WACが技術曹にもなれる特殊技能持ちだった事を知り、火威は考えを巡らす。作業療法士という技能を持っているなら、最初から技術曹として入隊した方が当然の事ながら給料も高い。

にもかかわらず、丸山は一般入隊で曹官まで上り詰め、特地派遣隊に赴任した。前にワーウルフの集落では、彼女が同性にやたらモテるという話は聞いたが、異性に関しての話は聞いていない。

仮に、異性が嫌いという事なら男所帯の自衛隊に入る事は考え難い。ならば、特地への門が開くとは思って居なかったであろうが、有事の時に持っている技能をアピール出来るのでは……。一瞬、内田を介護する深いスリットのナース服の丸山の姿が過ぎる。

「内田、腕が治ったら……いや、治る前でも良いんだけどさ、試しに丸山をお茶に誘ってやれよ」

「えっ、アッハイ。 ……でも」

「ん、なんだ?」

「丸山二曹はモテますからねぇ。俺なんかが相手されるか……」

「今現在相手にされてンだろうがっ。良いから誘ってみれ!」

そこまで話したところで、火威の背後の個室のドアが開いて二人が振り返った。見れば、今し方話しに上がっていた丸山が朝食の膳を持って部屋に入ってくる。流石に火威の脳裏を過ったようなナース服ではなかったが、妙に肌艶の具合が良い。恋をする女は綺麗になると言うが、あるいは……。

丸山は「内田さぁん、朝ごはんですよー」なぞと猫撫で声でほざいて個室に入ってきたが、火威と出蔵の姿を見るや「ちょっと三尉、何やってんですっ」と、若干ではあるが怒りの色を見せる。

これは、二人だけのパーソナルスペースを侵されたことへの怒り……。出蔵もその事に気付いたらしい。三尉の二人は特に悪い事をした訳でもないのに、取り敢えず謝っておいた。

「じゃあ俺はここで……」

言いながら部屋を出ようとする出蔵に火威が続く。しかし個室を出る前に、一抹の不安を感じた火威が「丸山、見られて問題になるような事はすンなよ?」と念を押す。

「解ってますよ、そんな事。何すると思ってんですか」という抗議を背中に受けて、火威と出蔵はアルヌスの街へと赴いた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

(全くどいつもこいつも……)

朝食を取ろうとアルヌスの食堂に向かう道すがら、女性自衛官の一尉に呼び止められ、そこで指示された通りに狭間陸将のもとに出向し、予想通り第四戦闘団ではなく第一戦闘団の支援に向かうよう言い渡された火威は昼前になって漸く朝食を取る事ができた。

午後からチヌークに搭乗し、自衛隊把握領域内の北東にあるマーレスやベッサで第一戦闘団の戦闘支援をしなくてはならない。大型機のチヌークを使うのは、負傷者の収容も兼ねているからだ。

火威は、早々に飯を食べて出撃準備に入らなくてはならないのだが、よりにもよって出蔵とアリメルの昼食にかち合ってしまった。

と言うのも、出撃中の第一戦闘団に居る筈の出蔵も一昨日、アルヌスを出撃して直ぐに怪異との遭遇戦で負傷し、鎖骨を折っていた。今まで気付かなかったのは、目立つギプスではなく服の下に目立たないバンドを装着していたからである。

とは言え、出蔵が自身の腕を使って飯を喰うのは無理がある。従ってアリメルが食べさせる事になるのだ。

「出撃して早速とはだらしねぇ」とは思った火威だが、食堂まできた新難民が出蔵に重ねて礼をしていたので、彼らを救出する為の止むを得ない負傷である事が判ったので、仲間の行為を誇りはすれど批判はできない。

とは言え、鎖骨が折れて腕が使えなくなった出蔵が、アリメルに飯を食べさせてもらっている姿を見せつけられるのは、これから戦いに行く火威には堪えるものがある。内田と丸山の二連続だから、好い面の皮だ。

(もうナニも言えねェ……)

世の無常というか無情を感じながら、猛然と飯をかき込む。その様子を見ていたジゼルが火威に、ニヤついて声を掛けた。

「ヒオドシ、オレが喰わせてやろうか?」

綺麗な女性に飯を喰わせてもらうのは、悪い気がしない。だが今はゆっくりしている時間もない。

「いや、イイっすわ。時間も無いですし」

「ん、そうか。残念だな」

続けて出されるジゼルの言葉は、火威には予想は出来るものだが、繰り返されると彼女が本気で言ってるのでは無いかとも思えてくる。

「礼に踏んでもらおうと思ったんだが」

「猊下、アウトですよそれ」

 

 

 




お気に入り指定が遂に170個を越えました!
皆様、本当に有難う御座います!
しかし最近、妙に書くスピードが遅くなってしまい、今まで水曜と土曜に定期的投稿してましたが
心苦しいのですが、これからは遅筆になった上に不定期投稿になりそうです。

出来るだけ水曜か土曜に投稿出来るようにしますが、投稿スピードは遅くなりそうです。


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第二十八話 鉄火

ドーモ、庵パンです。
やはり土曜投稿とは行かなんですよ。
それも最近、忍殺ネタが無いので無理にでもぶっ込んだせいかと思われます。

さて、ジゼル猊下の再登場と魅力が出るのは総撃編ですから、最早アニメでは無理でしょうか。
アニメで放送されても猊下の噛み噛みは省略される可能性が大きいですからね。
もういっそのこと劇場版で……。

で、今回は短いですかも。


マーレスに向かうチヌークの機内、兜跋を着込んだ火威は思う。

伊丹二尉は何週間か前、日本で行われた何らかの実験中に事故に遭い、自衛隊中央病院に入院、隔離されていると聞いてる。

最終決戦を前に病院で隔離とは、今朝まで火威も似たような状況だっただけに他人事とは思えない。

伊丹二尉も業腹な事であろうと、そんな事を朝食の時に(既に昼食時だが)言ったら、三偵の笹川・戸塚・東が妙な顔をしたり苦笑していた。ジェネレーションギャップというヤツなのだろうかと思うが、彼らの笑いのツボがサッパリだ。

……と言うのが火威の考えだが、言うまでも無く、彼らとはそれほど歳も離れてないので世代間での価値観の違いなどあるワケがない。

今のチヌークの中は火威一人なので、火威としては自身のサボりが原因で、余計にヘリを稼働させてるんじゃないかと心配になりもする。

実際には帰りのヘリの機内は、負傷した隊員で混み合う事になるし、火威がサボらなかった場合はマーレスやベッサへの支援には向かわされず、他の第四戦闘団の隊員と同じようにイタリカから正統政府軍と自衛隊の合同軍の一員として進発できたのである。

にもかかわらず、火威は診療所に篭った。しかも二日目にして診療所の医官に退院は未だかと聞き、三日の朝には吠えている。

「今までちょっと無理させちゃったけど、こりゃあもう全回復だろ」そんな風に思ったかどうかは知らないが、魔導隊員の運用方法を決め兼ねていた狭間含む上位の幹部達は、再び火威に多めに働いてもらう事にしたのである。

早い話が、サボったが故に通常よりも多くの任務を課されたのだ。

 

今回、火威が課された任務はマーレスに展開している第一戦闘団の一部隊を支援し、敵を掃討。その後、速やかにベッサに移動して第一戦闘団の主力を援護。敵を排除する事である。

峻険(しゅんけん)な山々と奥深い森が広がるマーレスにはチヌークは着陸することは出来ない。ベッサはマーレスから馬で一日程走った距離にある。こちらは大きな岩が転がる起伏に富んだ地形だが、それらの障害物は自衛隊の装備や爆轟で吹き飛ばせるので、こちらにチヌークの着陸地点などの集結地点が作られる。

だがゾルザル派の帝国軍や大型怪異が健在だとチヌークの安全が確保出来ない。だからベッサの敵勢力も速やかに排除しなければならない。

今回の任務は兎に角、速度が重視される。火威個人が移動に使える自衛隊の装備は落下傘だけなので、マーレスから距離が離せているベッサには魔導グラインダーを使って移動する必要がある。

先日、タンスカから脱出する際にチヌーク内でテュカから聞いた話では、自然風を左右出来ない中で、魔導グラインダーを使っての移動は危険ということだ。

タンスカよりも遥に氷雪山脈に近いマーレスでは、吹き降ろす風がかなり吹くものと思われる。可能な限り向かい風を受けないように低空飛行する予定だが、森が広がっている地形なので低空を維持するにも限界がある。

「間もなくマーレス上空」

チヌークのコ・パイロットの二等陸尉が告げる。

高度を100フィート如何に抑えるチヌークの中で、火威は時計を合わせた。

ゾルザル派帝国兵の投擲武器では怪異の力を以てしても、現在のチヌークの高度までは届かない。だが見上げれば、木々の間からチヌークの姿は見えるだろう。火威の降下を極力隠匿する為に、ヘリのローター音は火威自身の精霊魔法で抑えている。

「マーレス上空に到着!」

よし!と、全身に気合いを漲らせた火威が、開くハッチから空を見る。

 

 

*  *                            *  *

 

 

特地派遣隊から第一戦闘団の隷下に戻った日下部 洋輔二等陸曹は、傷付いた味方を庇いながら、ゆっくりとではあるが確実に後退していた。

彼らは複数の眼鏡犬の存在に気付き、隊員の数名が擲弾を引っ張り出す作業に気を取られていたところ、前後左右から敵の痛撃に遭ったのだ。

隊員の一人がターゲットサーチャーを持っていた事が幸いし、辛うじて後方と左右の敵は斃すことが出来たが、彼らの中隊の殆どの隊員が負傷している。

そこに、前方から数体の眼鏡犬が巨大な棍棒を振りかざして隊員に接近してきた。

眼鏡犬の足は速くはないが、傷付いた味方を庇って後退する自衛官らの歩みも決して早くは無い。日下部と同じように特地派遣隊に所属していた伏見 基弘陸曹長が最も近くの眼鏡犬に擲弾を命中させる。

その時、空を切り裂く音と共に矢が飛来した矢が伏見の太腿を刺した。間髪容れずに反撃の銃火が浴びせられる。すると木の上から敵兵が落ちてくる。

「焦るな! 確実に後退しろ!」

中隊副隊長の三尉の言葉を聞きながら、足を負傷した伏見に肩を貸した日下部が、未だに健在の眼鏡犬に銃を向ける。肉厚なオーク程度の怪異なら一撃で倒せる64式小銃とは言え、今相対する眼鏡犬の唯一の露出部分である下顎を銃撃しても、効果は薄いように思える。

その証拠に、銃撃を受けた眼鏡犬は怒り狂って迷いなく日下部へ向かってくる。

「やべっ!」

今の状況を曲りなりにも改善させようとしたことだが、却って自らを危機的状況へ追いやってしまった。伏見の日下部も、携行していた擲弾はとっくに使い果たしている。

その時、向かってくる眼鏡犬の首が消えた。いや、削がれたと言った方が良い。見れば、一直線上の木に眼鏡犬の中身のオーガ―の物であろう血がべったりと付いている。

「食い残しが多いぞ!」

山岳地帯の戦場を強襲した火威が真っ先に目にした獲物に、精霊魔法に通常の魔法を組み合わせて作った波動砲をぶつけたのである。

「ははっ、三尉の分も残しておきましたよ」

言ってのける日下部に

「多過ぎる前菜は困るんだわ」

答える火威が、言う間にも森の中に潜む帝国兵を射殺する。上空のOH-1ヘリの支援で、発見した敵兵の数と場所は逐一火威に伝えられるという、即席のマスターサーヴァントシステムの御蔭だった。

この場の眼鏡犬の最後の一体を爆轟で粉砕したあと、無謀にも斬り掛かってきた帝国兵の剣を(いな)して、顔面に強かな肘鉄を食らわす。

「よし、この場は終了。次の支援に向かう」

宣言するかのように言う火威がOH-1からの通信を聞き、次なる戦場に向かう為に森の中に消えていった。

 

 

 *  *                            *  *

 

 

チヌークから降り立った火威が、先ず最初に聞いたのはOH-1(ニンジャ)からの通信であった。このOH-1という偵察ヘリは愛称の通りに宙返りや後方宙返りなどのトリッキー……むしろ変態機動を取る事が出来る。性能を大いに見せた展示飛行を見た者の多くに「お前の飛び方はおかしい」と言わしめる出来で、火威を含む少なくない自衛官が、当機にAH-1(コブラ)と同じM197機関砲を付けられれば、帝国の竜騎士が駆る翼竜なども容易に倒す事が出来ようと考えるヘリコプターだ。

『カラミティ、聞こえるか? こちらヤタガラス。これより貴官の誘導支援を開始する』

「アイエー! ニンジャ! ニンジャ! ナンデ!」

『…………貴官の戦果を期待する』

返す言葉に若干の時間を要した理由は、敢えて語るまい。

OH-1のコ・パイの言葉を聞き終える前に、既に火威は一人の怪異使いをM95ライフルで射殺していた。

対物ライフルなどで撃たれた人間の死は凄惨だ。腹から両分になった怪異使いの脇から、口径の小さな小銃で頭の悪い眼鏡犬を背後から撃つ事で、敵部隊の統制を乱す事に成功する。

本来なら同士討ちを避ける為、敵を挟んでの挟撃は極力避けたいところではあるが、火威の部隊は火威独りの編成の上に、火威は極力魔法での戦闘をする為に同士討ちになり難いメリットがある。

『ヤタガラスからカラミティ、前方で戦闘している白井小銃小隊が苦戦している。支援頼む』

ぇえっ、折角ヒト独り真っ二つにしたのになぁ……という文句は言わないまでも、迂回しながらではあるが、即座に爆轟で眼鏡犬を屠ると山中に向かう。

急いで対象の味方を発見すると、確かに皆負傷して苦戦している状態だ。傷の無い隊員は居ないのではないのかと思ってしまう。

その中で、怒り狂った眼鏡犬が棍棒を振り上げて一直線に進んでいくのが見えた。即座に、先日会得した波動砲を撃つべく光輪を作る。

「……死ぬが良い」

何となく悪役っぽくなってしまった独白しつつ、放った波動砲は期待通りに眼鏡犬の頭部を消し飛ばして向うの木まで血飛沫を飛ばした。

「火威三尉!」

呼ぶ声のする方向を見ると、先日まで同じ部隊に居た男が居る。

「ははっ、三尉の分も残しておきましたよ」

急いでるというのに……男の言葉に苛つきつつも「食ってる暇無い」とは作戦上言えない。

「多過ぎる前菜は困るんだわ」

素直な感想だが、雑談しに来た訳ではない火威は上空のOH-1から知らされた帝国兵を射殺する。そして直ぐに光輪を展開し、伝えられるまでも無く目に入る眼鏡犬を爆轟で吹き飛ばした。

「フッ、阿保めが」

爆轟を使った直後が隙と見たのか、斬り掛かってくる敵兵の斬撃を64式小銃で去なして顔面に肘を衝き刺す。

『ヤタガラスからカラミティ、そいつで敵勢力は最後だ。速やかにベッサに向かってくれ』

「よし、この場は終了。次の支援に向かう」

魔導グライダーを展開すべく、火威は開けた場所を探すべく森の中に姿を消していった。




書いてる時に思うのは「こいつも大概チートだなぁ」という事です。
ヒロインを決定する以前から栗林ヒロインを仮定してた為ですが、
主人公を強化していく度に栗林も鬼のように強く設定しなくてはなりませんかも……。

( ´_ゝ`)

早くヒロインとして再登場させたいです。

それはそうと、
遂にお気に入り指定が180個!!
皆様、本当に有難う御座います!

次回は土曜くらいに投稿出来れば良いなぁ……。


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第二十九話 不正規戦の鬼

ドーモ、庵パンです。
実のところ……でもないですが、実は時系列が原作と違っています。
最終決戦が二日に渡っています。そして今日の投稿の最後の方で二日目に入ります。

今回はハッタ―軍曹の台詞を借りようと思ったのですが
そんな空気じゃなかったので普通に進めています。

で、さり気無く水曜に投降できちゃったワケですが
中々調子が良かっただけなんです。

ホントもう、調子に波があるんで堪りませんわ。


黄昏時のアルヌスの食堂で、ジゼルが掃き掃除している。もうじき夕飯時だから、それまでに今の仕事を終えなければならない。

作戦中なのか、多くの隊員がアルヌスを離れているジエイタイの駐屯地から、課業終了のラッパが聞こえる。今日は食堂に来るジエイカン達はやはり少ない。

そうした中で、何時もヒオドシとつるんでるデクラとかいう男とダークエルフの女を見つけた。

出前という物があるにもかかわらず、他の客に気を遣って態々(わざわざ)早い食事をしに来たのかとも考えるが「料理長、後で他の所で食べる夕飯頼めますかね?」と注文している。早い時間に注文して、あとで取りに来るようだ。

昼時のように男が女に食べさせてもらうようだが、今は客自体が少ないとは言っても夕飯を食堂で食べるジエイカンは少なくないし、アルヌスに住む他の労働者も多く食べに来る。

昼にも散々見せつけてくれて見てる方が恥ずかしいくらいだったのだが、流石に本人達も恥ずかしかったらしい。

ヒオドシともイチャついたり、あわよくば踏んでもらいたいジゼルだが、他人がイチャついてるのを見ることには興味無い。

朝以降、ヒオドシという男に会ってないジゼルは彼の所在が気になっていた。

「デクラー、ヒオドシはどうしたー?」

出蔵は自身に話しかけてきた竜人の女性が、炎龍討伐の折りにテュバ山で見た亜神とは知らない。ただの馴れ馴れしい亜人くらいにしか思ってないが、竜人という種族が長命の種だという事は火威から仕入れた特地の知識として知っている。

もし、エプロンの下の白ゴスロリに似た神官服を見れば直ちに感付くのだろうが、エプロン姿の竜人女性を見ても、自身の先輩が彼女の事を「ゲイカ」と呼ぶのは何かしらの渾名だと思っている。

「任務中ですよー。恐らく戦争で最後の作戦になるんじゃないですかねぇ……」

「そ、それは心配だな……」

戦死してエムロイの下に行くつもりが無いヒオドシは、ジゼルに賽銭を渡して死後の天国行きを予約している。ジゼルも日に日に気になっていくヒオドシという男の魂を、自身の主神であるハーディが治める冥府に呼べる事に安心していた。

そこを、万が一にも戦死してしまってエムロイの所に行くのを心配したのである。

「まぁ、先輩なら味方の砲撃を受けなきゃ大丈夫でしょ。あの人も怪異の一種みたいに強くなってるし」

「そうだと良いんだけどな」

ジゼルがニホンのアキハバラからの帰りに見た特定の怪異は、ファルマートでは炎龍以外では全ての怪異に見られないくらいの圧倒的威圧感と殺気だった。そんなヤツと何度も戦って生きているなら、ヒオドシはきっと無事に生きて帰ってくるだろう。

デクラとダークエルフの女が注文を済ませてアルヌスの街に消えていく最中、ジゼルも漸く掃き掃除を終えた。

どうも、今日は仕事が遅れているようだ。これから手早く拭き掃除もしなければならない。

濡らした雑巾を床に押し付け、雑巾がけをする。その作業の中でお尻を突き出すことになるのだが、ジゼルは過去にミリッタの神官のお勤めを盗み見た事がある。現在その神官は使徒になり、方々でお勤めを果たしているとの話だが、その時の神官の格好と今の自分の格好を重ね合わせてしまった。

ヒオドシが、オレの……と、思わず猛ってしまった妄想で、少しだけ顔を紅潮させる。そんなところに声を掛けられるのだから、ジゼルの動揺はただ事ではない。

「ジゼルぅ~、ちゃんとやってるぅ?」

「お、お姉さまぁ!?」

死ぬ事が無く、どんな怪我をしてもたちまち再生する亜神ではあるが、紅潮させた顔の色までは一瞬で元には戻らない。

料理長が「中々真面目にやってますよ」と答えるが、ロゥリィはジゼルの顔色を窺ってみる。

「ふ~ん、ジゼルも誰かに懸想したのかしらぁ」

ものの見事に言い当てられた。だが亜神と人間が恋してはいけないという決まりも無いし、ロゥリィもイタミという男とベッタリだ。他に二人のエルフやヒトの少女も居るが、夫婦のような会話をしてる事がある。だからジゼルがヒトの男に懸想しても文句を言われる事は無いと考えた。

「ちょっと、ヒオドシってヤツに……」

「ジィゼルゥー?」

「ヒ、ヒオドシっていうオカタにですね……」

日頃、ロゥリィはジゼルに乱暴な口調を直すように言われている。

街中だと思って高を括って口調を直す努力も見せないでいると、解体・幽閉される。ロゥリィ聖下とはそういう亜神だ。

だが、全てを話す前にロゥリィはジゼルが言わんとする事に気付いたらしい。

「でもぉ、ヒオドシにはぁ未だ言わない方が良いわよぉ」

「な、なんでだ…なんでですかっ?」

ジゼルが火威と日本に行った事を知っていたロゥリィは、火威が現在懸想している女が居る事も知っている。その火威の好みで見ればジゼルも十分範疇に入るのだが、火威という男は一度決めた目標に突き進む傾向がある。

「フラれるからよぉ。ヒオドシには好きな女が居るのよぉ」

「えッ!?」

正直、余り異性からは好まれそうもない面構えだが、ちゃんとヒトの男らしく女にも興味があるらしい。

「アレでもこっちに来た時は可愛らしい顔してたのよぉ」

「エエッ!!!?」

主上から聞いた話では、ジエイタイがこの世界に来てから一年も経ってない。ヒオドシという男に何があったのか、サッパリ見当も付かない。デクラに会ったら詳しい話を聞いてみようと思うジゼルだ。

「って、ヒオドシは何でさっさとその女に……」

「機会を見ているのよぉ。それに簡単な話じゃないけどぉ……」

ロゥリィ曰く、火威が好きな女には別に好きな男が居て、その男は既に婚約中だと言う。だから火威は、絶好の機会が来るのを気長に待っているのだと言う。だが絶好の機会が来ても言葉だけでは事は済まないのだそうだ。

「それで、なんで鍛えてるんだろ……」

「貴方が思うほど単純な世界ではないわぁ」

ロゥリィは説明も面倒臭いとばかりに話を切り上げる。

「ま、まぁヒオドシが死んだら魂は主上様の所に来るし、それまで待つのでも……」

確かに火威は戦死しそうもない。好きな女とくっ付いても何時かは死ぬ事になるだろう。だがロゥリィは思う。

(ヒオドシィくらいの戦いぶりならぁ、エムロイの下に召されそうだけどぉ)

 

 

 *  *                            *  *

 

 

マーレスから大急ぎでベッサに向かった火威が見たのは、数ヵ所で幾度も瞬く銃火と砲火の光だ。大急ぎで来たと言っても極めて低空で、森に引っかからない程度の高度を取りながらの猛スピードという難しい状態で来なければならなかった。

だから戦場の光でも……いや、むしろ砲火の光が見えた事が、黒く深い森を越えて荒野が広がるベッサに辿り着いた事を実感させた。

「カラミティからヤタガラス。誘導支援を感謝する」

暗視鏡を使って見れば、火を放たれた荷車や恐獣の群れ、そして雑多な怪異と、塹壕を踏み抜いたらしき味方の八七式偵察警戒車(RCV)と、その脇に乗り付けた軽装甲機動車を中心に帝国兵が群がり、戦闘が始まっている。

周囲でも既に交戦状態だが、目下のところ急ぎ支援すべきは此処だろう。

「っしゃ! 今行くぞォ!」

高速で飛来するグライダーを切り離し、その勢いのまま犀に似た恐獣の眉間に飛び蹴りを衝き立てる。

「蹴り殺してやるッ! このド畜生がァーッ!」

眉間を粉砕されて恐獣が地に伏すと、RCVに向かって走る。最早、混戦状態なので攻撃してくる者を敵と判断するしかない。

その点で言えば、岩に擬装した攻城槌や戦象などの所属が明らかな敵性勢力は、余計な心配なく排除出来るから楽だった。

スリングで小銃を下げると、両手を戦象や攻城槌に向けて光輪を展開する。それぞれが15個と5つ展開したところで放つと、戦象は盛大に爆死して攻城槌も爆砕した。そればかりか、油や柴を積み上げた荷車までもを吹き飛ばしてしまう。

 

 

*  *                             *  *

 

 

 

「馬鹿な! あんな魔導士、一体何時現れた!?」

焦るのは丘の上で戦況を見ているゾルザル派の公爵、ウッディだ。

「以前、翡翠宮に現れたジエイタイの魔導士かも知れません」

伏兵としていた帝国兵に伝令を伝えたクレイトン男爵が、息を切らせながらもウッディに伝える。その伏兵も混戦の中で全滅してしまったようだ。

「くっ……つくづく忌まわしい!」

ゾルザルは必勝の策があると言っていた。ウッディは、その策をより確かなものにする為に、少しでも長く敵をこの地に釘付けにするしか無いのだ。

だが、それもジエイタイの魔導士の出現によって、容易に突破されそうになっている。

「なんで、あんなのが現れたんだ……!」

ウッディが思わず心情を吐露するが、それは自衛官なり日本人の顔を見て言うべきだろう。そうすれば答えてくれる筈だ。

「自業自得だろ」

と……。

 

 

*  *                            *  *

 

 

一両の74式戦車に群がった複数のトロルやゴブリンが、炎の精霊によって一気に焼き払われた。他の74式戦車に群がる怪異も、普通科隊員の援護射撃によって次々と確実に取り除かれていく。

『熱っちィーだろォーが火威ィー!』

夏場は車内温度が60℃にも達するという74式戦車の戦車長の一尉が文句をぶち撒けるが、今の場合は「ご容赦下さい」と手を合わせて拝むしかない。

最後の一体となった恐獣の胴体を波動砲で穿ち、ネギトロめいた死体に変えるとベッサの戦闘は終了した。

「恐獣の角が……イチ、ニィ……全部で7本か」

多分、価値のあるものだろうと、火威は早速皮算用する。チヌークなりで運んでもらえれば、戦後復興の足しになるかも知れない。

「まぁ良いや。これで道も開けた。火威三尉、戦力支援感謝する」

戦車のハッチから顔を出した戦車長が、通信を通さずに直接火威に話す。既にこの時、ゾルザル派の帝国将兵の多くが自衛隊や、自衛隊と行動を共にしている正統派帝国兵に投降していた。

自衛隊の全ての隊員は知る由もないが、その中にはウッディ公爵やクレイトン男爵も含まれている。だが、簡単に投降に至った訳ではない。向かってくる敵兵に対し、魔導を用いた火威がネギトロめいた死体に変え、散って逃げる怪異を小銃で撃ち殺すといった凶悪な所業を見た帝国の将兵は、逃げ場無しと悟って投降したのである。

もし火威より上位の者が居なければ、それすらも殺戮しかねないと思わせる殺気だったと、多くの正統派帝国兵は後に語っている。

その火威は4km離れた地点で切り離した落下傘を見つけた。自衛隊は裕福な国にあって、余り裕福な組織とは言えない。そして貧乏性の火威も、使える装備は可能な限り使い倒すという姿勢でこれまで生きてきた。

チヌークの着陸地点を確保した火威は、落下傘の切り離した部分を結んで再び風の精霊を召喚した。

この後、第四戦闘団とはフゥエの城塞で合流する事となっている。第四戦闘団がマレの城塞を攻略したという情報は届いていない。急げば十分に間に合う筈である。

顔を上げれば、既に東の空が明らんでいる。火威は朝焼けの空に飛び立っていった。




今日のジゼルの部分に出てくるミリッタの使徒……。
設定だけで出てきた思いっ切りオリキャラですが、予定では暫く後にも出て来ます。
まぁ、ちょっとエロいキャラじゃないかなぁ……。


戦争中は出て来ませんけどね?


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第三十話 ファルマート空中戦

ドーモ、庵パンです。
前回の投稿から一週間以上掛かってしまいました。
しかもそれほど長くないです。
この後、ゲートの騒動を書くか否かで進むスピードも変わるとおもうのですが、
まぁ書かないと不自然かつ情報不足になってしまうので、必要な分だけ書こうかと思います。

……まぁ、これまでも原作読まないと情報不足なんですが。 (´_ `)


健軍 俊也一佐率いる自衛隊第四戦闘団と正統派帝国軍、そしてエルベ藩国の将兵の任務は、ゾルザル派帝国軍の城塞群を制圧し、敵方が首都としているテルタに攻め入ってゾルザル・エル・カエサルを捕縛、又は殺害することだ。

レッキに向かうヒューイの中、第四戦闘団に所属する相沢健一二等陸尉は思う。マレ攻略の終盤では、トーチカに似た防衛設備内のゾルザル派帝国兵を無力化する為に、複数の正統派帝国兵が犠牲になった。帝国の兵とは言え、現在は味方になった仲間に少なくない犠牲が出ているのだから、かつてのバディが居たら矢除けの加護を唱えた上で吶喊し、血の海にしたかもしれない。いや、絶対に防錆施設内で頭部の無い帝国兵の複数の死体を拵えてくれただろう。

だが今のバディである薬師寺(やくしじ)一等陸曹が銃眼に似た穴に閃光音響筒を投げ込んで、内部の敵兵を昏倒させてしまったのである。

以前のバディと違って、かなり冷静な薬師寺一曹である。

彼は自衛官としての技量も確かだし、犠牲も極力最小限に留める。その上で隙も無いし、前のバディと違って魔法を試そうと思う事もないが、迂闊さの微塵も無い。それだけに面白みもなかった。

僚友に面白みを求めるというのも間違っているのだが、火威という男は見ていてかなり面白かった。

この世界には存在するからと、魔法を特訓して精霊魔法まで使い始めるし、好きな女が「自分より強い男にしか興味ない」事を知ると、石の仮面でも使ったんじゃないかというレベルになるまで強くなったりする。

かと言って陽の下に出てもHIにならないから、吸血鬼などになったワケでは無いらしい。もしかしてヤサイ人か……と思ったところで、自分が習志野に居た時の同僚にだいぶ毒されている事に気付いた。

タンスカから帰還するチヌークの中で、その同僚と火威は会ったらしいから、さぞかし会話が弾んだのではないかと思う。

「あ……」

「どうしました?」

ある事を思い出して思わず声にしてしまった相沢は「いえ、何も」と、薬師寺に返す。

相沢は思い出したのだ。

亜龍やダーの標本採集とその報告、そしてイタリカで正統政府への報告とその他色々の雑多な作業に忙しく、火威三尉に廃棄を依頼された邪神像を道端に廃棄せず、自室に持って帰ってしまった事を。

まぁ火威が要らないなら、日本に帰る時にでも持って帰ってしまおう、そう思った時に、搭乗するチヌークの操縦士が叫んだ。帝国の竜騎兵が投げた投網が空中に広がるのを見たのだ。

「回避!!」

自衛隊のヘリ群は、編隊を崩して回避行動をとった。翼竜で部隊を組んだ抗戦派帝国兵の奇襲に遭ったのだ。

揺れ動くヘリの中から外を見ると、帝国の竜騎兵が駆る翼竜が目に入る。相沢も直ちにドアガンで迎え撃とうとするが、ヘリが空中で独楽のように激しく回り始めた。

「軟着陸するぞ! つかまれ!」

操縦士が怒号を轟かせながら操縦桿を必死で支える。

 

 

*  *                             *  *

 

 

ベッサを飛び立って数時間、フゥエの城塞もウェス、マレの要塞も越えて陽は既に高くなっていた。

魔導グライダーで空を飛んでる間の作業といえば、方位磁石で方角を確認するだけなので、任務中にもかかわらず暇と感じてしまう。暇と感じるが余りに、前々から気になる事も考えてしまう。

新難民の自立や、よくよく思い出してみれば結構な巨乳のジゼル猊下の事、そして栗林の事などだ。

ワシントン条約も無いので、新難民の自立支援になるからと恐獣の角をチヌークに積んでもらった。それも工芸品の材料になると思ったからなのだが、この世界で恐獣の角など値段の付く物なのだろうかと思ったりもする。

また、フォルマル邸では「蟲獣」なる者の甲皮で作ったという調度品を見たが、火威がこの世界に来て以来、蟲獣という存在は見た事が無い。名前から察するに虫なのだろうが、その甲皮が決して小さいとは言えない調度品の材料になるのだから、中々に大きい虫である事が予想される。

長くて脚が一杯ある某虫など、見たら直ちに殴り殺したくなるくらいに嫌いだという火威にとっては、出来るだけ会いたくない存在だ。だが調度品などの材料になるなら、会敵一番、殴り殺さなくてはならない。

結論から言うと見たら即殺。見なくても何時か撲殺なのである。

それはさておき、ジゼル猊下は日本に行って以降、何かと良くしてくれて、近頃では、ぎこちないながらもスキンシップまで求めてくる。その様子が非常に可愛らしくて、出会いがもう半年ばかり早ければ恐らく男女の仲になっていたかも知れない。だが亜神は子供を産めないのだと、方々から得た情報や聖下も言っていたこともあり、この辺りは「ごめんなさい」しなくてはならなかった。

最後に栗林の事だ。そろそろ門を閉じるなどという話は、近頃はアルヌスの至る所で噂されている。一応は幹部自衛官である火威は、更に詳しい話を知る事ができるのだが、一度閉門する事は確かな事らしい。

その際に、栗林がどうするか気になるのだ。もし日本に帰還しないのなら今の状態を継続するが、もし帰還するのであればゾルザルをブチ殺して戦争が終った直後にでも交際を申し込まなくてはならない。もし、それで削げなくフラれたら特地に残留するつもりでいる。

特地に残留してジゼル猊下の寵愛を頂くというのは、如何にも都合が良過ぎるから、この辺りはキッパリ諦めて、悪所で見かけたミノタウロス系の常時トップレスのお姉さんと好い仲になる道がある。だが、お突き合いに持ち込めたらまだ可能性は残っている。交際し、結婚するなら、予想外にすぐ近くに居たホルスタウルス系の栗林が良いのだ。

誰かに紹介されたという複数の特戦群の隊員を以てしても、お突き合いで未だに負けた事がない栗林だが、それでも可能性はゼロでは無いハズである。

栗林と結婚を前提に交際できるのであれば、如何に恐ろしいオークが待ち受ける日本とて、足を踏み入れることに一切の迷いは無い。だが亜神のジゼル猊下が戦う前に負けを認めた相手だ。エイリアンとプレデターと、宇宙の地上げ屋を営んでいる全体的に白くて所々紫色の冷凍庫を同時に相手しても、小指一つで倒せるようになるまで強くならなくてはいけない。

かなり険しく遠い道だ。しかし座右の銘は不撓不屈。火威に、その覚悟は有る。

そこまで考えたところで、遠くの空に自衛隊のヘリコプター群と翼竜の群れが見えた。ヘリは上昇と下降を繰り返し、そのタイミングを見定めるようにして複数の翼竜が襲い掛かっている。

よく見れば、翼竜の背には長い竜槍を携えた竜騎兵が跨っている。野生の翼竜の襲撃も予想の範疇に入れたが、ここまで来ると明らかにゾルザル派帝国軍の襲撃だ。

火威は対物ライフルで撃ち抜くべく、思案する。今の状態では狙撃するのに非常に体勢が宜しくない。加えて、撃つ方向も良くなかった。今の状況で撃てば、下手をすれば味方に当たってしまう。

ならば、今よりも近付きつつ、若干迂回して味方と同じ進行方向を向いた方が良い。

今の火威は風の精霊を召喚する精霊魔法を使っている。同じ精霊を使う魔法なら二つ以上の魔法を併用出来るようになった火威であるが、光の精霊や風の精霊といった違う精霊魔法の同時使用は出来ない。

今のまま味方に接近して支援すれば、確実に敵に見つかってしまうだろう。それでも今は、とても狙撃できるような状況ではないので、敵を撃つ場合では出来るだけ近付かなくてはならない。

だが、接近する合間にもヘリ群に、竜騎兵達が持っていた重い鎖製の投網が投げられる。

高速で移動するヘリに向かって投網を掛けるのは、容易なことではない。殆どが外れて地面に覆い被さったが、十や二十も投げれば運の悪い一機か二機が掛かる。

火威の見る前で、メインローターやテールローターにこれを巻き込んだヒューイが安定が奪われ、着陸を余儀なくされている。

荒く着陸したヘリのメインローターは地面に打ち付けられ、バラバラに壊れて破片が辺りに飛び散る。そして、すぐに地に落ちたヘリの中からエルベ藩国の将兵や隊員などの乗務員が脱出するのが見れた。

やがて、墜落した機体は爆発炎上。その様子は空から一部始終、見て取れた。立ち上る紅蓮の炎と黒煙は、帝国兵に久しい勝利を実感させたのか、火威からも諸手を上げて喜ぶ竜騎兵の姿が見える。

「野郎共ッ! ブッ殺してやる!」

最早、構わず魔導グライダーを空戦区域に接近させる。

すると案の定、空を滑空する一騎の竜騎兵が火威に気付いたようだ。翼竜を御してこちらに向かって来る。火威も用意しておいたバレットM95を構える。

都合が良い事に、向かってくる翼竜の向うには味方のヘリは居ない。しかも的はどんどん大きくなっていくのだから、弾を外す要素は低くなっていく。

引き金を引いた途端、翼竜の顔が抉られて地に落ちていく。

「ハッ。ざまァ!」

時速200㎞を超える速度の味方に追い付こうと、風の精霊に更に頑張ってもらう。すると、仲間が戻らない事に気付いたのか、三騎の竜騎兵が向かってくるのが見える。

竜騎兵を撃っても残った翼竜に襲われるので、翼竜をバレットで撃ち抜く必要があった。

「よし! 死ねよやァ!」

続け様に三発、顔面や片翼を吹き飛ばされた翼竜が地に落ちていく。対物ライフルの残段数は1つとなった。

竜騎兵の中の指揮官らしき禿げ頭の男が何かを叫ぶと、二頭の翼竜が一機のヒューイに襲い掛かった。

ヒューイは上下左右への細かな軌道を取って翼竜の襲撃を回避しようとしている。

恐らく、操縦士が操縦桿をめちゃくちゃに動かしてるのだろうが、その影響でバランスを失ったヘリのローターが竜騎兵の胴を強かに打ち付け、翼竜の鞍から吹き飛ばした。

しかし主を失っても翼竜はヒューイに爪を衝き立て、しがみ付いている。それを振り払おうと機体後部ではエルベ藩国の兵士らが剣を振って叩き落とそうとしている。だが小型の竜とは言え、剣で斃せるものではないし、バランスを失ったヘリが向かう先にあるのは高い岩山だ。

やべっ……そう口走りつつ、火威が対物ライフルで狙いを定める。ヘリに密着している翼竜だが、撃ち抜いて殺さないと味方に多大な被害が出てしまう。

上昇し、可能な限り近付いてから撃った弾丸は、思惑通りに翼竜の延髄を砕いてこれを殺すに至った。

すぐさまエルベ藩国の兵が剣先で翼竜の死骸を突き離し、ヒューイは上昇する。ギリギリの状況で一仕事終えた気になっていた火威は、油断しきっていた。

味方を援護する為に接近し、上昇していた火威の落下傘は自然風をもろに受けてしまったのである。

「ゲェ!? ちょっ、ちょと待て!」

待てと言ったところで自然の風が待ってくれるわけも無く、今更下降しようにも既に手遅れだった。

こうして火威は、テルタに向かう第四戦闘団に追従することも出来ず、西へと吹き飛ばされるのだった。




城や防御設備にある銃眼に似た穴は「狭間」って言うんですな。
原作でも同じような表現でしたが、狭間陸将が居るので、こちらでも「銃眼に似た」と表現しました。

で、お気に入り指定が190個も後半で200近くに!
UAも二万を越えて有り難い限りです!


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第三十一話 落陽の朱

ドーモ、庵パンです。
一周して何だかんだ水曜投稿になってしまいました。
で、結局ゲート付近の騒動も書く事にしました。
書かないとワケが判らんので。まぁ書いてもワケが判らないのは庵パンめの構成力とかが無いせいです。

で、終盤はかなり改変あります。
順番とか時刻とかその他諸々が原作とかなり違います。
べ、別に庵パンが原作を把握できてないからじゃないですよ? (;^ν^)

ちなみにサブタイに深い意味は無いです。
なんかカッコイイから付けたんやで。


昼下がりのアルヌス。

一時は飲食する客で混む店内だが、昼飯時を過ぎると早々と人が捌けていく食堂である。

それは、必要も無いのに二人以上が集まって話していると、どうしても門を閉じる話題に行きついてしまうのを嫌うせいかも知れない。

出蔵やアリメルにとっては、人が少ない方が、イチャイチャしながら飯を食べられるので都合が良いのだ。

今日に至るまでに、出蔵は特地に残留する事を心に決めていた。と言うよりも、ずっとアリメルの傍に居れる事を希望したのだ。

日本の両親にアリメルを紹介したかったし、一度はアリメルの両親に会って話をする為のエルフ語を覚えるべくICレコーダーも購入している。

だが話を聞くと、アリメルの父親は以前に炎龍が出た際に、亡くなっているそうだ。

妖精種エルフの母親は変わったエルフらしく、相当昔にロンデルで導師号を得て、現在はファルマート中を旅して回っているという。

「それならICレコーダーとか要らんかったかなぁ」

などと言いながら、門の方向を見た。

負傷しても日本の中央病院に行かず、態々休暇を取って特地に居るのは、アリメルの傍に居る為と終戦を特地で迎える為であるが、今更ながらも中央病院の院長に許可を貰ってアリメルが病室に泊まれれば、彼女とも離れず、時間が空いた時に自分の両親に紹介出来るのである。その方が、当然の事ながら負った傷の治りも早い。

「そう上手くは行かないかなぁ」

と、思う出蔵であるが、やはりそう上手くは行かなかいようだ。

門に向かう途中で中央病院に入院している伊丹を見舞いに行くというテュカ、富田、栗林を門まで見送ったが、門の銀座側は外国人のデモで騒乱状態と化していた。

これでは中央病院に行くのに、一層負傷しそうだ。

富田と栗林は、富田が立ててしまった死亡フラグを伊丹に引き受けてもらうつもりらしい。出蔵も戦後にアリメルと結婚する予定だが、こちらは未だ二人だけの秘密である。従って公言されていない以上、死亡フラグなど立っていない。

仮に公言する事になっても、火威に押し付ければ良いのだ。あの三尉なら悪魔のようにせせら笑ってフラグを粉砕してくれるだろう。

さておき、騒乱状態の銀座の中には様々な人種や国の人間が多い。その中でも妙に中国人らしき人間が目立つ。

普段から日本に観光に来る国の人間の割合に比例しているのだが、中には門と関係の無い筈の反捕鯨団体なんかも居たりする。しかも団体の中国人には、やたらと肉付きが良く屈強そうな連中が居るのだから、もはや何者かの意図を感じる。

一度、門を閉じる事は決定しているのだが、実利を得れなかった国々の人間であろうか……

……と言うのが出蔵の推理である。

もし彼が、レレイがハーディから門を開く力を授かったと知ってれば、この後の面倒事は回避できたかも知れない。

だが今の時点では、門を再び開く事が出来る人物が居るとしか聞いてないのだ。

今現在、特地でも地球でも天体の配置が変わって見えているという話は出蔵も聞かされている。夜空の星の光は、その多くが何億年もの彼方の恒星の光の外や、太陽系内の惑星が太陽の光を反射しているという事は出蔵の知識にもあるのだ。

それが歪めて見られるというのは、宇宙の何処かが無理に引っ張られているとしか思えないのである。

出蔵の脳裏には、昔、見た憶えのあるお笑い番組で、極太のゴムの端を咥えて引っ張る芸人に、もう一方が放されて顔面を直撃する、所謂ゴムパッチン芸に似たインパクトが、宇宙規模で起こる様を想像した。

門を開いている弊害については、火威も似たようなイメージで考えてるのだが、これは明らかに拙い。拙過ぎるのである。

下手をすりゃ地球や特地世界が、ゴムパッチンの衝撃で公転軸から外れて太陽までコロコロと……などと考えたりもするが、実際にはどうなるかなど誰にも解ったものでは無い。

だから出蔵としても、早いところゾルザルを仕留めて門を一度閉じてしまいたいのである。以前はアリメルと離れ離れになるから決め兼ねていたが、特地残留を決めた今は迷いなど無い。

「おぉ、デクラ、ここにおったか」

考えながら歩いていて、アルヌスの街まで来てしまったところをカトーに話し掛けられた。どうも最近は自然とアルヌスまで足が向くらしい。そこをレレイの師匠、カトー・エル・アルテスタンに話しかけられたのだ。

「ヒオドシはどうしたんじゃ?」

新難民の事での用事かと思ったら、違ったらしい。

「今は任務中ですよ。どうしたンすか?」

「うむ、やはり触媒も使わずに法理を端折って魔法を使うのが不思議で調べてみたんじゃが……」

カトーが言うには、最初は日本にエルフやセイレーン的な種族が居て、火威にはそれらの血が流れているのかと思ったが違う。それが判ってから、自身がコダ村から持ってきた本を調べてみたところ、火威は魔法を使う度に肉体の一部を消費しているかも知れないのだ。

「デクラは、心当たりあるじゃろうか?」

「先輩が激しく消耗してるものって…………ッハ!!?」

言われたら、あっさり気付いてしまったのだ。特地に来て以降、火威が驚異的な速さで失っているものと言ったら一つしかない。

だが出蔵は思う。「中途半端はみっともないし、良いかな」と。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威が野外通信システムでも持ってたら、すぐにでも教えてやれるのだが……そんな事を思う出蔵は、相変わらずアルヌスの街をふらついていた。負傷していなければ筋トレやガンプラを作る事が出来るのだが、それも出来ない。今はアリメルもアルヌスの傭兵部隊として働いているので、出蔵は独りなのである。

もっとも、負傷していなければゾルザル討滅に出向いているのだろう。

最近はアルヌスの街も、全盛期に比べたら活気が失われてきた。閉門が噂されていて、日本との物流も止まるから仕方ないことなのだが、手持ち無沙汰の出蔵にとってみれば、もう少し活気があった方が有り難いのだ。

活気があると言えば門だが、外国人が日本に来てNGOのデモしているところなど見ていて愉快なものではないし、そもそも何処ぞの国の官製デモっぽい。

門をめぐる官製デモなど、自分の国でだけやってくれれば良いのだが、わざわざ日本にまで来てやらかすのだから、相変わらず迷惑千万な国である。

まぁ他にやることも無いのだから、門に赴いてICレコーダーで言質でも取っておこう。そんな事を考えていた出蔵の目に門に向かう自衛官らの姿が入った。

その自衛官の内の一人が出蔵を見つけて言う。

「出蔵三尉! 韋駄天が発令されてしまいましたよ!」

「な、なにィ――!?」

 

 

*  *                            *  *

 

 

第四戦闘団を始めとするゾルザル討伐部隊は、ヘリコプターという物をよく観察し、弱点を有効に見極めた竜騎兵の大群に苦戦を強いられたものの、神子田一等空佐を始めとする四機のファントムの救援によって事無きを得た。その後、暫し神子田による神子田自身とコ・パイの久里浜の命を質にしたテロ交渉の為に健軍が薔薇騎士団の女性騎士方と合コンをセットする羽目になったが、現在は部隊を纏めて再出撃の用意をしている。

ヘリ二機の墜落という損害はあったものの、それでもゾルザル派帝国軍を斃すのには十分な戦力を有しているのだ。

しかも敵はテルタまで行かずとも、各戦闘団が留守中のイタリカを襲撃しに来ているとのこと。すぐに手の届く範囲まで敵の方から来てくれたのだ。

「今すぐにイタリカに向かうぞ! 負傷者救助と後送に必要な数を残して、残りはこれよりイタリカのゾルザルを叩く為に転進する」

健軍の素早い判断は、遅疑逡巡せず即断・行動を旨とする陸上自衛隊としては良い手本のようなものだ。

だが若い情報幕僚は額に浮かぶ汗を拭うと続けた。

「実は先程、『韋駄天』が発令されました」

「な、何!? 『韋駄天』だと!? どうして先にそれを言わない!」

 

 

状況『韋駄天』……それは特地派遣部隊が特地に踏み込む以前に政府によって作られた緊急対処マニュアルに想定された事態の一つで、『門』に何らかの異常、異変がみられたなど、日本と特地の連絡が絶たれる可能性が極めて高くなった場合に発令され、特地に派遣された全隊員は任務を放棄して、可及的速やかに特地からの退去準備をすることとなっていた。

これに引き続いて、『脱兎』が発令されれば、総員退去、つまり特地派遣部隊の全隊員は日本に逃げ戻らなければならない。

 

 

墜落したヘリに搭乗していた相沢は肋骨数本を折る大怪我をしたものの、自力で脱出した上に自衛官、エルベ藩国兵を救助して今に至る。

その相沢は今現在、後送のヘリの中に居る。

このまま日本に帰還することになるのだろうが、ゾルザル派軍がフォルマル伯爵領に侵入したことも、『韋駄天』が発令された事も無線で後送のヘリの中にも知ることとなる。

アルヌスやイタリカを始め、様々な人と友諠を結び、もう一押しでゾルザル軍を撃破出来るのだから、それもせずにこのまま日本に帰還するのは相沢も薄情だと思うのだ。

このまま自衛隊が特地から手を引けば、イタリカや正統政府の人々はゾルザルによって八つ裂きにされてしまうだろう。

ヒューイを脱出した後、相沢は対空警戒していたが、空の中では落下傘をグライダー代わりにした竜甲の鎧を着た男が竜騎兵と交戦していた。

四頭の翼竜を撃墜した彼は、風に流され、子供が手放した風船のように西に流されていってしまったのを見ている。

都合良くイタリカまで流されるとは考え難いが、広域野外通信システムも持っていない彼は『韋駄天』の事など知るはずが無い。

どういう意図があるのかは知らないが、かなり以前から特地残留を希望している彼がイタリカまで向かう事を期待するしかない。




今回は主人公が出ませんでしたが、結構時間を掛けて書いたのに短めですね。
これは……ホント参った参った。最近は一時期のように素早く書けませんやな。
ラストまでは本職さんが書けば一週間も掛からない量なんでしょうが、
庵パンはアニメの二期終了までに本編を終わらせれるかも不明です。今のペースだと無理っぽいですが。というか無理ですね。
ちなみに韋駄天の説明に関しては、原作をそのまま使ってます。

それはそうと!
お気に入り指定遂に200個を突破!
師弟して下さった皆様、本当に有難う御座います!


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第三十二話 嵐の前触れ

ドーモ、庵パンです。
たまに読み直すんですが、自分で読んでも珍紛漢紛なところを多数発見……。
ホントに日本生まれの日本人が書いているのかと思うくらいです。
それはそうと土曜投稿です。

去年にやまとまやさんの御感想への返信で、「主人公には当分リア充成分を加味ない」
と断言しておきながら、ジゼル猊下の存在が実にリア充成分なことに最近気付きつつあります。
これは……もう終盤だから良いですかねぇ。
まぁこの後にも主人公への悲劇は用意してあるんですが。


陽が傾いたファルマートの空の中、火威は最終決戦に臨めなかった事を悔やむ。そして連日に渡ってサボる羽目となった我が身が、これから隊内で『サボり魔ハンゾウ』や、それに類する不名誉なアダ名で呼ばれる事を予感して恐れたりした。

しかし火威も、風に流されるだけの情けない姿を晒しているだけではない。自然風に少しでも逆らおうと、自然風の隙を見れば東の方向に風の精霊を使役しようとする。

ゆっさゆっさと身体を揺らしたり、操縦索を操作しても、向かってしまうのは専ら西である。

ほんの少しのチャンスを見つけ、少し東に寄ればその十倍は西に流されるという仕打ちだ。

「うぉい、俺がお前らにナンカしたかワレゴラァ!?」

風に対して当たってしまうのも、火威故である。長いこと冷たい空の中に居た火威だが、竜甲の鎧を纏っているので身体が冷えるという事は無い。だが帝国の翼竜部隊と交戦して熱くなっていた頭を冷ます役に立ってくれたようだ。

今の状況をどうにも出来ない彼は、ゾルザル派帝国軍の動きを考える。

軍の細かい動きを決めているのはゾルザル配下の冴えた連中だろうが、軍全体の動きを決めるのは火威かそれ以下の頭脳レベルのゾルザルだ。ならば、連中はどう動くか。その事を考えてみる。

正面から当たっても自衛隊に力で勝つ事は出来ない。ならばどうするか。

イタリカから自衛隊勢力が出払っている今こそ、電撃戦でイタリカを攻める以外に勝算は無いのではないか、と。

空自の偵察が敵の動きを見ているとは言え、特地に持ち込まれたファントムは全部で四機しかないし、航空機から観察しただけでは判らないような深い森もある。

また、グローバルホークや偵察衛星など持ち込んでいない特地では、敵の動きを監視するにも限りがあるのだ。

そう考えれば、このままイタリカまで流されるのも悪くはない。戻って何事も無ければ、そのまま警備すれば良いし、何かあれば遠慮なくゾルザル派帝国軍を焼き尽くせば良い。

が、周りを見てみると高度がかなり下がっている。高度を測る機器も無いが、感覚としてはウラ・ビアンカと東京タワーの展望台の間くらいの高さだ。

今は森の上空に居る。このまま着陸となると、落下傘が破損してしまう可能性が高い。風の精霊を使役して上昇しようにも、風の精霊は絶賛、西に向かってゆっくりと進行中で言う事を聞いてくれない。

「クッソ! もう好い加減にしろやァ!」

空気の玉を作って膨らんでいる落下傘に向けて投げる。これで上昇する筈だ。その目論見通りに空気の玉はグライダーの一点を突き動かした。

一点を突いて……

そのまま突き抜けて行った。

 

起きてしまった事は理解しつつも、特に感想も後悔も無い。

言える事はただ一つ。

「アヒィィィィィィィィィィィィィィィィ!!?」

情けない声をあげながら、凄まじい勢いで落下していく火威は、森を抜けて地面に叩きつけられる前に、足が地に着くと、そのまま身体を丸めて前転するように転がる。

落下傘の一点が破れた時は焦ったが、立ち上がって損害を確かめても特に痛めたところは無い。作戦の継続は十二分に可能だ。

三点着陸しなければ即死だった……そんなふざけたことを抜かしながら、木々に引っ掛かった落下傘に向けて空気の玉を投げつけ、傘が拓けた場所に落ちてきたところを回収する。

そしてその時、森の向こうを飛ぶ矢とどよめきに気が付いた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

馬車のように屋根がある荷車を牽く馬を止めたのは、鎧姿の武装した一団だった。

二人の兵士が交差した槍で障害を作り驚いた馬が竿立ちになる。その荷車に近付いたのは、コボルドを象った兜を被った二人の男だ。

荷車の主、シロフ・ホ・マガイヤは大きく呻く。

自分の情欲にも何と無しに応えてくれた羽振りの良い他種族の女の、野次馬根性に付き合わなければ、今のように殺気立った連中にも止められずに済んだのだ。

今し方、視界に入ったのは飛来してくる矢。それが空中で弾かれるように在らぬ方向に行ったのは、荷車に乗る同行者が魔法か何かを使ったのだろう。

同行者の彼女は何があっても平気だと言っていたが、どう考えても無事では居られなさそうな状況が出来上がっている。

「だ、駄目だ! サリメルの姐さんっ!」

馬車の中に座っている筈の同行者に、言い放ちながら振り向いたが……

「いっ、いな……!」

同行者の影も形も消え去っていた事を知ったシロフが、指揮官らしきコボルド頭の兜を被った男に、御者台から引き摺り降ろされた。

その男が喚き立てる。

「全員降りてこい! 全員だ!」

ゾルザル派帝国軍一万の兵は、フォルマル伯爵領の正統派帝国政府が存在するイタリカを強襲するために、道で会う者を全て悉く殺害するという鉄壁の防諜体制を敷いている。

対騎剣と、それを扱うことの出来るオークの一団を保有する第Ⅸ軍団は、イタリカを強襲する各軍団との集結を急いでいた。そこにイタリカに向かう荷車と遭遇したのだ。

「本隊には先に行かせろ。俺は軍を止めたバカヤロウの首を刎ねてやる!」

帝権擁護委員のマサイアスの言葉が無くとも、彼等の隊は行軍を続けている。マサイアスは脇に立つもう一人の帝権擁護委員のブッホに宣言するように言うが、言われた彼は彼で意見があるらしい。

「グランスティードを運んでるんだ。使える怪異も限られるならどうやっても遅くなる。急ぐなら投棄するか?」

「馬鹿言うなっ。イタリカの国賊の中にはピニャ殿下の薔薇騎士団が居るんだ!」

重量の有る対騎剣……その正式名称はグランスティードと言う。鍛冶神ダンカンの使徒、モーター・マブチス鎚下が嘗て神鉄を用いて鍛えたと言われる大剣に似せ、名称もそのままに大量生産された武器だ。

対騎剣とは、モーター鎚下が打った元となった大剣に似せて作られた量産型が帝国で使い始められた当初に、その用途から名付けられた俗称である。

ブッホは、そんな重い大剣を恐獣も使わず、荷車と中型以下の怪異で運んでるんだから無理を言うなと言いたいのだ。

言われるまでも無いと言わんばかりにブッホを一瞥すると、マサイアスは荷台に乗る引き摺り降ろした御者の男を睨みつけてから、屋根付きの荷車の扉を蝶番が壊れる程乱暴に開く。

だが人間が乗っていると思い込んでいた荷車の中には誰もいない。

荷車が商人の物なのか、それ以外の人間の物なのかは判らない。だがゾルザル派の兵達は、一刻も早く今の仕事を終えて本体と集合しなければならない。

誰も乗っていない事を確認したマサイアスは、引きずり下ろした御者を再び睨み付けた。

「恨むならイタリカの国賊共とジエイタイを恨め!」

そう言って、剣を持っていた腕を引いて御者を刺し殺そうとした。

その時、小気味良い破裂音と同時にコボルトを象った兜の絨毛に穴が開き、マサイアスが複数の肉塊になって吹き飛んだ。

テルタから伝達された指令通りに、イタリカに向かう道すがらに遭ってしまった民草を始末するだけだと思っていただけに、兵は一様に浮き足立った。

「あからさまな被り物してくれて有難よ」

森の奥から、64式小銃を構えた火威が歩いてくる。

「き、貴様っ……! 何者だ!?」

「俺だ!」

俺だ! 俺だ! 俺だ! そんな事を言いながら、一発無駄にしちゃったよ、と思う前に9ミリ拳銃でオプリーチニキの後ろに居る二人の兵の下腹部と頭部に銃弾を撃ち込んで確実に仕留める。

残った犬耳兜が剣を抜くが、即座に間合いを詰めた火威が殴り飛ばし、呆気なく昏倒させてしまった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

一人のオプリーチニキを亀甲縛りに拘束した後、先行しているゾルザル派の軍列を強襲。魔法を駆使して自身に被害は出さず、向かってくる者は射殺して逃げる怪異も射殺するという凶悪な戦いぶりで荷車と複数の対騎剣こと、グランスティードを奪ってしまった。

ちなみに逃げるヒト種には、硬度すらあるのではないかという圧力のある空気の玉をぶつけて昏倒させた上で、人質として捕らえている。

火威は知る由もないが、彼が強襲、殲滅したゾルザル派帝国軍の第Ⅸ軍団の総員の半分である怪異を併せても900人程居た。

食料など嵩張(かさば)る物の運搬は怪異に任せられるので、ヒト種の多くは戦闘に従事出来る戦闘員なのだ。

その内の150人を4~5人ずつ纏めて縛り上げている。

その人質達も、先程捕らえて亀甲縛りにしたオプリーチニキも、馬車に乗っていたらしい亜人の女性が用いた眠りの精霊によって、みんな仲良く寝ている。

ニカブという眼以外を隠す服を着ているが、笹穂耳が出ているのを見るとエルフ系の種族なのかと想像が付く。その碧眼は、何処かテュカを思わせる。

とはいえ、火威が悪所に居た時には笹穂耳の別の種族なんかを見ているのだから、耳だけで判断する事はできない。

だが、精霊魔法を使っているのだから、ほぼ間違いなくエルフだろう。

火威が彼等の荷車を止めたゾルザル派帝国兵の一団を掃滅してから、御者の男はシロフと名乗り、その後に出てきたニカブの女性はサリメルと名乗った。

「だーかーら! 最初のヤツを斃したのは妾だって!」

何かの約束事でもあったのか、火威が戻ってくるとサリメルとシロフが口論している。恐らく、危険な場所ではサリメルがシロフを守る約束でもしていたのだろうが、シロフは(しき)りに「もう嫌だ! もう帰る!」と喚いている。

「あぁ、貴方を刺そうとしたオプリーチニキ、サリメルさんが吹き飛ばしたと思うんですよ」

サリメルに助け舟を出したが、シロフは一刻も早くこの場を去りたいのか「いや! でも嫌だ! もう帰りたい!」と子供のように喚いている。

シロフの目には、一発の銃撃でオプリーチニキがバラバラになって吹き飛んだように見えたのかも知れない。というか、人一人を簡単に解体出来るような魔法など、普通は無い。

「まぁ聞く話じゃこいつ等が最後尾だと思いますけど、念のためにこの辺りで隠れていた方が良いかも知れませんね」

まだ遅れているヤツがいるかも知れませんし……と言い加えて火威は鹵獲した荷車に自身の落下傘を取り付けている。

嬉しいことに地表では一切の風が吹いていない。落下傘の破れた箇所を火の精霊とグランスティードで溶着し、風の力で走る車でイタリカまで急行しようと言うのだ。

「では妾達はここでゆっくり隠匿しとる」

シロフも精霊魔法が使えるサリメルに頼るしかなかったのか、反論も無い。

「早けりゃ今日中にでもゾルザル共を排除してイタリカに行けるんですけどね」

「ふむ、お主のような剛の者に会えただけでも良しとするかのう。して、お主、名は何と申す?」

この場で個人情報とか明らかにして良いものなのか……と考える火威であったが、相手はゾルザル派では無いのは明らかなので、素直に答える事が出来る。

「おぉ、ジエイタイのハンゾウと申すのか。時間が有ればニホンの話を色々聞きたかったが、イタリカの窮地ともなれば仕方ない」

妙に馴れ馴れしいなぁこのエルフ……。とは思うが、エルフである以上は美女である事は確かなので、会って早々美女と名前で呼び合う仲になれたことは嬉しく思う火威だ。

「機会があれば同衾できることもあろうて」

エルフかと思ったらエロフだった。会ったばかりの美女にそこまで求めていない火威の愛想笑いは、実に乾いたものである。

荷車に落下傘を装着し終え、五本のグランスティードを載せ、鹵獲した大剣のホルダーにもう一本のグランスティードを付け、それを背中に装着する。そこに火威が乗るのだから、荷車の重量もかなり重くなって大抵の風には飛ばされないようになった筈だ。

そして風の精霊を召喚し、火威はイタリカの救援に急行していった。




遂にお気に入り指定が200個突破しました!
読んで下さる方々に御礼申しあげます!

アニメ二期終了までに書き終えることは出来ないと思いますが、
これからも何卒宜しくお願いします。

ちなみに、今回登場した明らさまな名前のサリメルは、戦後ですがこの後に出て来ます。
シロフは以前に書いていた小説のキャラでしたが、ホボロウの信徒になって出て来て貰いました。
当小説では(多分)もう出番無いです。
デュランが厄介になっていた修道院の主神がホボロウですが、何の神様なんでしょうねぇ……。
重傷のデュランが居たと言う事は、医療の神様か何かなんでしょうかねぇ?


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第三十三話 風の眷属

ドーモ、庵パンです。
今回もどうにか水曜投稿です。でもMPを削りましたので、今後直す可能性が高いです。
二期終了までに完結出来れば理想ですが、今のままでは難しいですねぇ。

今回、また特地戦力調査隊のメンバーの数人が出て来ますが、3偵と似た事をしているので、ますますMP下がりました……。
隊長の佐官の名は庵パンの趣味です。
で、実際の人の性格なんぞ解りません。


ゲートの銀座側を占拠する外国人NGOを標榜する連中を見ながら、出蔵は舌打ちをして憤りを隠せないでいた。

ゲートの特地側に広がるアルヌスの街では火事が起きているのか、黒い煙が上がっている。

現在、出蔵は休日を返上して戦闘服に着替えている。だが鎖骨を折っているということもあるので、火威程に引き金が軽くない彼だが64式少銃は取り上げられている。

だから狭間陸将の後ろで相手の工作員が言う事を、残らずICレコーダーで録るしかないのだ。このICレコーダーは先日、アリメルと東京に行った際に、エルフ語練習用にと駐屯地祭の材料のついでで買ったものなのだが、こうなることが判っていたら録音容量の一番大きい物を買うべきだったと後悔もする。

明らかに武装している中国人達が国際NGOなどではないのは確かなので撃ち殺してしまいたいところなのだが、中には動員かけて集められたであろう留学生や労働者、そして観光を名目に集められた共産党員などがいる。

そして今は中国人工作員の女がレレイを人質にしていた。

工作員全員を同時に撃つことは不可能だ。出蔵の先輩が如何にチートな自衛官でも時間を止めるスタンドを使えるほどチートではない。

この遣る瀬ない状況で、出蔵に出来る事と言えば、都合良く持っていたICレコーダーで相手の代表の言質を録ることしか無い。

もし、このままゲートを閉じる事になっても、何時か誰かが開いてくれるのを信じて録るのだ。もちろん、人質になっているレレイが無事に戻ってくるのが一番良い。

出蔵達のような自衛官は勿論、アルヌスに住む全ての人々が見知った人物だし、何よりアルヌス生活協同組合の幹部で頼りになる天才で美少女だ。

レレイを人質にしている女をどうにか出来ないか……。今は相手の代表者と狭間陸将が交渉しているが、どうにも旗色は良くない。今は機会を待つ他無かった。

 

*  *                             *  *

 

施設斑の冨野三佐はあらゆる事態を想定し、集まった曹官と駐屯地があるアルヌスの丘の麓に広がる街を徘徊する怪異・ダーの掃討に当たっていた。

この三佐、機動戦士とか小田原とかは全然関係ない。癖の強い性格の彼は派遣当初、幾つかの黒い作戦を立案して「黒冨野」と呼ばれたこともあったが、今現在ではその黒さも鳴りを潜めて「白冨野」などと呼ばれているが、癖の強い性格はそのままだ。

その彼が想定した事態は、発令された「韋駄天」が特地派遣の自衛官の全体撤収を意味する「脱兎」になった時、万が一にでも残された自衛官が居た場合の事を考えたのだ。

冨野の下に集まった曹官は宇多一等陸曹、日下部二等陸曹、丸山二等陸曹、そして今回の非常時に、自衛隊に無償で協力するというアリメルの弟のティトだ。早い話が現在後送中の相沢と、負傷した伏見と内田と出蔵、そして火威とウォルフや薔薇騎士団を除いた特地戦力調査隊の面々である。

日下部もマーレスで負傷したものの、その傷は極めて軽微なので戦闘は可能である。彼は96式装輪装甲車を運転している。

その装輪装甲車は暗くなってきた新難民地区に進入した。

 

冨野三佐に率いられた彼等は、今現在の指揮官に似て余り無駄なことと思われる事は話さない。不要な事を喋らない三佐の性格がそのまま指揮下の者達にまで伝播したようだが、丸山はダーが居ることに疑問を口にした。

「ダーは全部調べてきたハズなのになんでっ……!」

ゾルザル派の旗下の商人からダーの擬態を解く笛を買い取ったのは彼女だ。それに答えるように宇多が言う。

「今作戦の直後に、直接アルヌスまで来た新難民が多いんですよ。きっとその中の子供に擬態したダーが……」

あるいは、その時の難民の全てが怪異テロを起こす為のゾルザル派の者かも知れないのだ。

「お前ら、子供が出てきても銃口は向けるな。子供とは言えないほど怪異化したら俺が許可を出す。構わず撃て」

そんな冨野の声に、車載機銃のブローニングM2重機関銃の槓桿を引いて弾を装填する丸山が聞いた。

「ところで怪異化してない子供はどうします? 助けるんですか?」

「発見した段階で怪異化してないなら、誰であろうと救出対象だ」

敵か味方か判らない対象を保護するのは、それだけで自衛官の負担となる。

「日下部っ、ストップ! 右手に避難民とダー!」

宇多の声に車が止まり、即座にブローニングと三丁の小銃による弾幕がダーを襲う。この巨大怪異は象や犀と同じように一発の銃弾程度では倒れないが、今の部隊の構成員は過去にもダーを蜂の巣のような穴だらけにした経験を持っている。

あっさりとダーを排除した部隊は、避難民である二人の男女を保護して車内に押し込んだ。

二人を保護して戻ってきた宇多を確認してから、冨野が口を開く。

「この人たちを降ろしたら、また向かうぞ。油断するなよ」

「まぁ、あの程度ならジャンジャンバリバリと……」

「出たら困りますよ。弾薬だってあるんですから」

日下部の軽口を宇多が窘める。実際には今の銃火程度では、彼等が携行している弾薬は簡単には尽きないのだが、実際に侵入しているダーの数は未知数だ。多く見積もっておいて良い。

再び走り出した96式装輪装甲車は新難民地区の大通りを行く。それから直ぐの事だった。

「マ、マルヤマさん!」

ティトの悲痛な声の先には、今し方助けた男が抜き身のナイフを持ち、その腕を丸山が抑えてる姿だ。

その光景に皆が注意してしまった一瞬、女の方が懐から袋を取り出し、車の中に撒き散らす。

宇多や丸山、それにナイフを持った男はそれを思いっ切り浴びてしまった。

「臭っさ! 何これっ? 」

「何しやがる!このクソアマ!」

思いのほか口の悪い冨野三佐がナイフを持つ男を64式小銃の銃床で殴り付ける。ナイフを持つ男は確実に自衛隊の敵対勢力だし、女の方は既に宇多が羽交い絞めにして抑え込んでいる。

「蟲獣の体液さ! これでダーは狂ったようにお前たちを付け狙う。これでお前たちは死ぬんだ!」

女はそう叫んでから甲高く笑う。それを羽交い絞めていた宇多が口を開いた。

「つまり、探さないでもダーから来てくれるということ?」

「そ、そうさ!」

女は宇多の反応を意外に思ったのか、言葉を詰まらせる。

「ジエイタイの魔杖に限りが近いなら……!」

その女の言葉を遮り、おっとり系かと思われてた宇多が口を開く。

「すまん、ありゃ嘘だった。あと五百頭は余裕で殺れる」

「ま、マジすか?」

日下部の呟きに答えたのは冨野だ。

「キャリバーの弾も5000発はあるし、64式小銃の弾はその倍ある」

冨野は日本語で喋っていたので、それを聞いたティトは態々二人の男女に教えてやった。

二人はこの上ない程に「ヤッチマッタ」感のある顔をしながら、ダーを掃討するためにゆっくりと走行する96式装輪装甲車の中に捕らえられていた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

フォルマル領の農耕地帯を、一台の荷車が高速で駆け抜けていく。それは偶に畑まで踏み荒らして突き切って行くから、乗っている火威の意思を離れている事を表している。

火威は油断しきっていた。いや、油断というより考えが足りていなかっただけなのだが、特地に来て以来、最もイレギュラーな事態に飛び込んでしまったのだ。

荷車は本来、馬などの曳く動物を操って行き先を決める。風の力で動く車も、ハンドルや帆の方向を変えるから行き先を決められるのだ。ところが火威が乗る風力で走る半グライダー荷車は、馬も居なければ操縦するハンドルもトルグの類も、荷車に取り付ける為に無くなっている。

しかも吹いてる風は絶賛自然の暴風なので、操作も出来ない有様である。

以前にテュカからイタリカには「氷雪山脈から吹き降ろす風が強まる」と聞いたのは憶えているが、肝心の「吹き降ろす」の部分を、火威は「吹く季節」としか憶えてなかったのだ。

「吹く」だけではなく「吹き降ろす」のである。この差は非常に大きい。

出来るだけ道に沿って走ろうとする火威だが、やはり今日に限って人が多い。

ゾルザル派の軍隊がフォルマル伯領に侵入しているから当然なのだが、ゴールド免許の火威はついつい癖で避けて走ろうとしてしまう。

だが高速で、操作を受け付けない荷車だ。人を避けられるなら良いが、どうしても避けれないとなると、風の玉で進行方向に居る人物をぶっ飛ばしてでも避けるという乱暴な方法しか取れない。

そして、空中を征っていた時と違って、ここは人の多い地上である。風に文句を言っている暇も無く、事故が起きないように可能な限りの体重移動で操作するしかない。

火威を乗せた荷車は、昇り坂を駆け上がっていった。




トゥハッタっぽい(別人ですが)人の台詞はトゥハッタの台詞そのままです。
宇多の台詞は本家そのままかは、解りません。どうなんでしょ?
で、今回は三場面書いているんですが、妙に短いんですよねぇ……。
それと、以前に「設定だけで出てきた思いっ切りオリキャラ」は前回出てました。
今後の都合上出て貰ったんですが、その必要なかったかも?
まぁ出した以上は其の設定に沿った改変しますえ。


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第三十四話 カラミティ

ドーモ、庵パンです。
アニメの方は大方の予想通り、フラットが出て来ませんでしたな。
しかし残すところあと二話くらいでしょうか。健軍×ヴィフィータは成るのでしょうか。
心配な所です。
っていうか3期無いんでしょうか? 
2期で終わりとなると来週か再来週にでもゾルザルコロコロになってしまうんでしょうか!?


軍列を整えたゾルザル派帝国軍は、野戦する為に城外に出てきて正統政府軍の亜人部隊と激突する。

激突直接こそ個々の能力が優れる亜人の部隊が優勢であったが、彼らは他種族に対する対抗意識を持ち、頭に血が上がり易いという兵士には致命的な欠点を持っている。

金管ラッパの音が鳴り響くとゾルザル派の兵士達は、あっという間に退いた。

追撃のために陣列を離れてしまうドワーフの兵たち。だが鈍重な彼らの足では追い付ける訳もない。

息を切らせて陣形も崩れた。その彼らの側面から、ケンタウロスや騎兵が突撃を駆けてくる。

ドワーフ達は、たちまち穂先に掛けられ、馬蹄に蹴散らされてしまった。

 

「よしっ!」

ゾルザル派帝国軍の天幕からその様子を見ていた三将軍の一人、ヘルム・フレ・マイオは拳を握って歓喜する。

背後に居るゾルザル・エル・カエサルは頷き、天幕の後方に控える軍列に移動した。

敵方であるピニャ・コ・ラーダの軍隊が、有利である篭城戦を放棄して野戦で迎え討ってきた理由はゾルザルとて分かる。

戦いに夢中になっている自身を、そのまま捕らえてしまおうというのだろう。

だが、そうは行くか……という思いも有ったし、何より敵の弓兵の中にはダークエルフがいる。ダークエルフかエルフかは知らないが、エルフの中には風の精霊の力を借りて驚くべき飛距離と速度で矢を射る者が居るという。

イタリカの城塞からの目立った障害物は幕一枚しかない。そのような場所では、真っ先に狙われてしまうのである。

ゾルザルもこの戦争を通して学びつつあった。

そう、学びつつあったのである。どうせならクーデターも起こさず、あまつさえ馬上になどのらなければ、もうちょっと学べる機会は有っただろう。

「殿下、パドバカレーから出陣した第Ⅸ軍団が未だ到着しません」

知らせてきたのは帝権擁護委員で次期法務大臣のアブサンだ。

第Ⅸ軍団はグランスティードや攻城鎚など大型の武器を携行するから、城攻めには欠かせない存在なのだ。だがイタリカに残った敵軍は、有利である籠城戦をせずに、野戦に討って出てきた。

「捨て置け。幸いイタリカの連中は野戦で挑んでくるようだぞ」

だが遅れた理由がなんであれ、肝心な時に居ないのでは責任者に処罰が必要だろう。……そんな風に考えるゾルザルだから、死神が必死な思いで高速で走ってきているとは思わない。

アブサンは第Ⅸ軍団が何者かによって既に壊滅させられたのではないかと予感して口を開いた。

「ですが、殿……」

アブサンが言いかけたところで、それは起きた。

ドグォ!!

という音と共に、馬上のゾルザルに何か巨大な物がぶつかり、そのまま飛び去っていった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

坂道を越えたら、そこはゴリラだった。いや、もしかしたらサルかも知れないが、猿が軍列に加わる意味が判らない。

よもや人間と言うことはないだろう。あんなガタイの良い人間が居たら前線に送られるハズだ。

そんな推理をしたところで、火威が乗る荷車は人の背丈より遥かに高い空まで浮かび上がって、荷車のコントロールも火威に戻っていた。

そして一つの答えが閃く。

帝国では味痢飯というクソ不味い飯を非常食にするくらいなのだから、ゴリラやサルくらい食べてても不思議は無いかな、という結論に落ち着いたのだ。

下の方では何やら騒がしいが、突然空飛ぶ車が現れたのだから当然とも言える。

そして当て逃げも轢き逃げとかダメ。ゼッタイ。

一応は戦闘地域だからと、矢除けの加護を使ってから事故現場に向かったのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「ぞ、ぞ、ゾルザル様!?」

ゾルザルにぶつかって一撃で半殺しにしたのは空飛ぶ荷車だった。どういう手合いの者かは判らないが、ジエイタイが使っている空飛ぶ箱舟とは違う。乗っているのは人物は竜甲を纏っているが、額の上に角一本の兜を被り赤い外套で顔を隠している。いや、もしかしたらそういう亜種の竜人かも知れない。

だがそういった竜人は、このアブサン、見た事ない。

それが、空中で旋回して再びこちらへ戻ってくる。温存の為に後方に控えていた弓兵部隊が、空が一瞬暗くなる程に矢を射かけるが、その全てが外れたか、或は当たっても大した事のなかったのように突っ込んでくる。

「天幕の将軍に伝令! ゾルザル殿下が重傷を負われたっ。一度撤収するぞ!」

その声に、動きの速い兵が三人ばかり走りだす。

ひょっとして新手の怪異か? そんな事を考えた時に、アブサンの頭は銃声と共に吹き飛ばされた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「ヴォラッケラー!? あれ敵じゃねぇか!」

ゾルザルの皇太子旗を確認してから帝権擁護委員を撃ち殺した火威は自らを罵りつつ、地上に近付いたところで再び自然風にコントロールを奪われて絶賛暴走中となった荷車を抑える。

だが敵の軍列と判った以上、気を付けるのは荷車の耐久度なので敵の心配をしてやる必要はない。せっかくだからと、総大将のゾルザルを探す。

シロフとサリメルを救助した直後の戦闘で、弾薬の残りは少ない。既に弾が尽きてる対物ライフルは分解して帯嚢の中だ。9mm拳銃も今となっては鈍器にしかならない。

手元に残っている手榴弾と爆轟で、眼下のゾルザル軍の隊列を絨毯爆撃したい衝動に駆られるが、古田陸士長が潜入してる可能性がある。味方を巻き込む恐れがあるなら無差別爆撃など出来ない。

と思ったら、今度は変な色のブタに激突してしまった。

どうせ敵しか居ないと思って操縦を放って考え事していたが、このブタ、何か言いたげである。

その時、前線にあるゾルザル派の天幕に向かう数人の兵士を見つけた。

一応、それらが向かう方向に向かって顔を確認すると、全員古田陸士長とは違う。

「逃げんなオラてめぇらっ!」

もう弾の残りも少ないからと、64式小銃で全員を射殺する。

ブタの方は、どうせ食用だと思い、最後の言葉くらい聞いてやろうかとも思ったが、やっぱり気持ち悪いのでイタリカの城壁に叩き付けて殺してしまった。

その背後の地上では、正統政府軍とゾルザル派帝国軍の戦闘が繰り広げられている。

「ッシャァ! ゾルザルのエテモンキー野郎探しは後回しだァ!」

荷車をゾルザル派帝国軍の列のド真ん中に向ける。そして一振りのグランスティードを背に担ぎ、両手に二振りの大剣を持つ。

 

 

*  *                             * * 

 

 

ゾルザル派の帝国兵が密集した場所に、二振りのグランスティードとピンの抜けた手榴弾を積んだ暴力の塊が突っ込む。

意思の無い凶暴な荷車は帝国兵の集団を撥ね飛ばし、あまつさえ爆発に兵士を巻き込んだ。

爆発自体は大したことは無かったが、帝国の未熟な鍛鉄技術で鍛えられたグランスティードはバラバラに分解されて吹き飛び、多くの兵を殺傷する。

ピニャは自衛隊が遂に戻ってきたのかと思ったが、それらしき人物は「チャースイテッコラー!」などという日本語(だと思う)の喚声を上げてケンタウロスの胴体を踏み潰し、大剣で腰断している一人しか確認出来ない。

その一人は敵の軍列の後方から空飛ぶ荷車に乗って出てきたが、敵の首魁を探す様子もなく、ただ敵の数を減らしているだけに見える。

「あ、あれは……ヒオドシ殿?」

ピニャのすぐ近くで敵と対峙しあうグレイが独白する。

「ヒオドシ殿とな?」

「はっ、以前にレクスの砦を単独で、血の一滴も流さずに制圧したジエイカンであります」

「小さい砦とは言え、一人でかっ」

とは言うグレイの言葉には、多少間違いがある。火威はこの時、ジャイアントオーガーを盛大に爆殺しているのだ。

そういえば、とピニャは思う。

クナップヌイからタンスカ経由でジエイタイのヘリに乗ってきた時、自身もヒオドシという男と会っていた事を思い出したのだ。

あの時はニホンと帝国では応急処置の方法が随分違うと感心してたが、その中に青い竜甲鎧のジエイカンが居たのを見ている。

その時に一緒に居た聖下も猊下も、中々に強いヒト種の男だと褒めていた。だがヒオドシという男は、兄様の顔を知らない。ジエイタイの事だから、何らかの方法で多くの者が兄様の顔を知る方法があるのかも知れないが、そんな不確実な要素に頼ってはいけないのだ。

 

ケンタウロスや騎馬兵の集団を薙ぎ払っていると、予想よりも早く大剣の刃が潰れて斬り難くなってくる。

剣に頼らず魔法を使おうにも、詠唱してる間もない。

かなりの数の敵を叩き殺して敵本陣までの道を拓こうとするが、敵の数はそれ以上に無尽蔵かと思える程に多い。

「チッ、しゃらクセェ!」

向かってきた重装兵をコークスクリューブロー(回転普通のパンチ)でぶっ飛ばすと、一つ、思い付いた。

空中で散々罵倒してしまったことを風の精霊に謝ってから……。

右腕に左回転の風を纏い

左腕に右回転の風を纏う

「喰らえやァ! カミッ! スァアラシッ!」

ケンタウロスと騎馬の集団に向かって巨大な竜巻を放つ。ちなみに藤田スケールにしてF5。

火威がフォルマル伯領に生み出した竜巻は大地を覆すように轟き、青い雷撃をも纏いながら打ち捨てられた刃物や鎧、そしてゾルザル派兵の一画を巻き込み空の彼方に消えていったのである。

「や、やべっ」

明らかにやり過ぎた。火威とてピニャが篭城戦をせずに、わざわさ城外に討ってでた理由は判る。

「ヒ、ヒオドシ殿!退ってくれ!」

ピニャの声が思いのほか近く聞こえる。と、思ったら、実際近かった。

知らない内にだいぶ戦線を敵に圧されていたらしい。

「屋敷のメイド達を護ってたもれ!」

ピニャの願いというか指示に、火威は是非も無くフォルマル邸へと向かっていった。




前回の最後で荷車が暴走した時点で、この展開は気付いた方も多いと思います。
というか、暴走させたらこの展開しか思い付きませんでした。

って……見直して見たらかなりの部分で脱字や余計な文が入ってるし…… (;


さて、今回は今さらながら日曜投降です。
前回は短めだったから今回は少し長めにしたのですが、折角の終盤なので次回もこのくらいにしたいですね。
実際に長くなるかは判らんのですが…… (゚A゚;)

そしてお気に入り指定が220突破!皆様、本当に有難う御座います!
久々になりますが、とにかく、ご意見など有りましたらご気軽にどうぞ!


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第三十五話 バランスブレイカー

ドーモ、庵パンです。
昨日投降しようと思ったのですが、直前の書き足しをしてたら予想より多くなってしまいました。
最初にハリョの刺客視点で書きましたが、予想以上に噛ませ犬っぽく……。

最終話は次か、その次です。
はやく出来ればアニメの二期終了までに完結させることが出来るかも知れません。
まぁ、それからも外伝めいたのが続くんですが……。


屋敷内で迎え討ってくる幾人もの戦闘メイドをやり過ごし、最後の関門たる皇帝の寝所前まで来たのは一つの小さい影だった。

その影の主が猫系なのか犬系なのかは判らない。だが近い血筋に怪異がいるらしいことは、醜悪なるその面構えを見れば判る。

ボウロという男の下で組織される、ハリョの影戦部隊の構成員となったのは、彼が一人で生きるようになってから間もない頃だった。

エルフやキャットピープルやワーウルフにヴォ―リアバニー、その他の全ての種族は他の世界から来た者達である。

それに比べ、ハリョと呼ばれる自分達はこの世界で発生した。

故に、この世界の正当な主は自分達である。

 

これが詭弁であることは、彼らとて判っている。だが、それでも彼らはその虚栄にしがみついた。

無いものを有ると言い張らないと、彼らは拠所を失い、たちまち再び独りに戻る事を怖れたのかも知れない。

 

だが、そんなこたぁ知ったこっちゃー無い、という人間も少なからず居る。

帝王の寝所前を衛る二人の女騎士は鋭い口調でハリョの刺客に誰何する。これが様式美というものなのだろうが、彼には答えてやろうという義理も持ち合わせてなかった。

黒髪の女騎士に剣を振り上げ、予備動作も短く斬り付ける。

それは流石に剣で受けられたが、そうしてる間にも自分と同じ道を辿って仲間が一人来てくれて、自分が相対する黒髪の女騎士より幾分か幼く見える金髪の女騎士の相手をしてくれている。

自分の役割は、可能な限りモルト皇帝までの障害を減らす事にある。ここで死んだら、きっとエムロイの下に逝く事になるだろ。

彼は剣の握りと唾を持ち、固く構えた。突貫し、刺し違えてでも敵の数を減らそうというのだ。

その様子を見て、黒髪騎士も剣を構え直す。

ハリョの刺客が床を蹴って駆けだすと、それは起きた。

まず、首元に熱いような痛みを感じる。

そして聞こえたのは気勢を発する男の声だ。

彼が生涯の最後に聞き、見たのは、拳を突き出す青い鎧の男が発した気声と、血を噴き出しながら倒れる自身の体だった。

そして途切れる意識の中の一瞬で気が付いたのは、玉砕覚悟の突撃では、エムロイは魂を拾ってくれないこと。そしてそれを乱入者に救われた事だ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「やばいやばいやばいやばいッ!」

銃口を並べて自衛官らが巨大な蟲に銃撃し続ける。

鎖骨を折っているとは言え、出蔵も89式小銃なら無理して撃てなくもない。当然、治りは遅くなるが、緊急事態に鎖骨が折れた事を言い訳にして何もしない訳には行かない。

先程までは狭間陸将の隣でICレコーダーで言質を取っていた出蔵は、ゾルザル派帝国軍撃滅の為に内地から新たに搬入された89式小銃を持ち、門の前でNGOを名乗っていた工作員との睨み合いの場に出ていた。

言質を取る単調な作業は内田に任せ、集まってくるダーを掃討した特地戦力調査隊の隊員と共に工作員に小銃を向けている。

レレイを人質に取る女が、居丈高に振る舞って勝ち誇ったような嘲笑すら浴びせてくる。出蔵を含む多くの自衛官が憤慨し歯軋りするが、それすらをも高笑いする女の声が掻き消していた。

ホント、もう胸糞展開だぜェッ……誰かさんならこう言うだろう。しかも工作員の一人が後方に控える荷台の大型トラックに合図すると、ドーム内に轟音を轟かせて門の一角に突っ込ませた。

凄まじい衝撃音が成るが、それでも門は辛うじて形状を保っていた。もう撃っちゃって良いんじゃないかな、という発想は、レレイを人質にされている以上は却下されるしかない。

そして門の向こうから西洋人と、銃を持った覆面をした男達が入ってきた。覆面した男達は覆面の隙間から見える肌色を見る限り、アメリカか西洋諸国の人間だろう。

中国の工作員と話し合っているが、やはり、お互いで出し抜き合おうとしてたらしい。いっそお互いで殺し合ってくれれば余計な手間が省けるが、その場合はレレイの身が非常に危険になる。

出蔵がそこまで考えたところで、どういうワケだか伊丹二尉がドームの天井から降ってきた。

それはもう、某アルプスの少女よろしく巨大ブランコにでも乗っているかのような大スイングで、レレイを人質にしている中国工作員の女を特地側まで蹴り飛ばしてしまう勢いである。

 

その後、伊丹二尉に続いて富田二曹、栗林二曹、テュカが降りてきて、帝国第二皇子の清々しいまでの小物っぷりや工作員同士の撃ち合い、はたまたドーム内の異変と工作員の代表者らの想像力の無さを見る事になったが、今はその工作員らも撃ち合いや巨大な蟲に食われたりして死んでる。

唯一生きてるのは、伊丹二尉に蹴り飛ばされて特地側でウォルフに確保された女くらいだ。

この女を見れば、アリメルが如何に良い女かが再認識させられる。別れてから幾時間も経ってないというのに、出蔵は彼女が恋しくなった。

巨大蟲をあらかた潰す事が出来たら、すぐに会いに行こうとでも思う…………

 

…………などと考えてる場合ではない。

アルヌスの頂き、すなわち門が有ったドームの内部では、門が崩壊したかと思うと地揺れが鳴り響き、本来ドームの天井が存在する筈の場所は闇色に塗りつぶされ、その中央に紅と黒柴が渦巻く暗黒の太陽が出現していた。

ドーム内の床も今までのように平坦ではなく、漏斗状に窪み、しかも中心に近付くほど急激に窪んでいる。その中心は何処まで続くか判らないほど深い穴が口を開けていたのだ。

二組の工作員の集団は、そこから這い出た巨大な蟲に喰い殺されている。触手に絡めとられて引き込まれた者も居たが、まぁ喰われて死んでるだろう。

深淵から這い出し来る蟲を手当たり次第に撃つが、パンチ力の弱い89式小銃では勿論、オーク等の肉厚な怪異すら一撃で斃せる64式を、自衛官らが並べて撃っても巨大な蟲共を堰き止めることは難しかった。

74式戦車の主砲が火を噴き、爆風が多数の蟲を巻き込むが蚤をハンマーで潰そうとするが如く効率は良くない。むしろ、蟲がアルヌスや特地の世界に広がるのを抑えているドームを傷付けてしまうので、多用は出来なかった。

いっそのこと深淵の向うに戦略核でもぶち込みたいが、出蔵の判断でどうこう出来る物ではないし、そもそも核があるのは閉ざされた門の向こうだし、戦術核すら持っていない日本の誰が決断したとしても無理な話だ。

その時、レレイが飛び出した。

髪の束を額に当てて、小さく呪文を唱え、日本への道を押し広げる。

すると、大きく窪んでいたドームの床が元の平坦な床に戻り、門が有った場所には、静かな水を湛えたような壁に似たものが立っていた。

ドーム内に溢れてしまうかと思われた蟲も、流入が止まれば自衛隊の火力に次々と屍を築き上げる他ない。

「ヨウジ! ギンザへの道を広げた。こうしておけば、他の世界に繋がる『門』は押し潰されて蟲獣は入ってこれない。 今の内に魔法陣を!」

 

 

*  *                             *  *

 

シャンディー・ガフ・マレアとスィッセス・コ・メイノは見た。見てしまったのである。

乱入してきた青い竜甲の男は、シャンディーと交戦中のハリョの刺客を、いとも簡単にひっ捕まえると「目だ! 耳だ! 鼻!」などと言いながら、ハリョの頭部を整地して血溜まりに沈めてしまったのである。

その直後に地揺れが来たが、どうしても青い竜甲の悪魔と関連付けたくなる。だがシャンディーもスィッセスも、以前に帝権擁護委員に包囲された翡翠宮に現れた竜甲篭手のジエイカンの話は聞いているので、あるいは……とも思う。

今し方現れた竜甲鎧の男はフォルマル邸内の間取を知っていたのか、衛るべき場所も聞きもせずに早々と行ってしまった。

その背中に掛けてある大剣を何故使わないのか、二人は不思議に思ったものの、それから暫く経つとモルト陛下の寝所周辺の警備が、一層厳重になっているのに気付いた。

翡翠宮に現れたジエイカンは魔法剣闘士のような力を持っていたと聞いているが、人体錬成は禁忌とされる魔法でも聞かない。

悪魔のような戦士だから、本当に悪魔と契約して戦力を借りたのかとすら思えてくるが、シャンディーは別の事を心配していた。

翡翠宮にヒオドシ・ハンゾウというジエイカンが現れた時に、彼と彼の同僚か上役のアイザワ某が、揃って負傷した中年以上の兵士に肩を貸していたという話を、その場に居た従者の少女から聞いたのである。

これは、もうシャンディーの目から見れば漢同士の美しき友諠。その様を見たと言う従卒の少女から事細かく詳細を聞き、ハンター(ヒオドシ・ハンゾウ)アイヴィー(相沢某)を主人公に薔薇騎士団の記録に残る報告書(という名の英雄譚)を書かなければならない。

その報告書が書き終えるという矢先に、ハンターの残虐超人めいた性格が明らかになってしまったのである。これは、最初から書き直す必要すらある。

シャンディーは頭を抱えた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

フォルマル邸から時折、外の戦場に向かい、ピニャ殿下に意見具申して刺客迎撃の為の人員を館に戻し、その分の敵を撃滅する。

その方法は思いのほか上手く進み、敵に気取られる様子もなく両軍の戦力は次第に萎んでいく。

その最中に地震や激しい砂嵐があったから、火威には自衛隊の戦力が来られない理由が門の異変で発令された<韋駄天>に拠るものだと理解できた。

今回は地震だけではない。太陽が閃光に包まれてから暗転し、東の空が闇に包まれたかと思うと、その方角から来た突風が木々をなぎ倒す勢いで襲ってくる。

直後に来たのは視界を覆い尽くすほどに分厚い砂嵐だ。

その後の地震は慣れっこなので、別にどうでも良いくらいの揺れだが、その前に起きた異常事態は韋駄天どころか脱兎が発令されても良い程の事なのである。

脱兎が発令されてしまえば、特地残留希望者を含めて自衛官は皆、日本へ撤収することになっている。もはや沈む船と同じ状況にあるので、魔導グライダーも使い潰してしまった火威は特地に置き去りという可能性が強いと、火威自身が自覚していた。

まぁ、特地には神田や銀座で見たような奥オークも居ないし、ジゼル猊下を始めとする綺麗な女性も少なくないから良いかな、とは思う。

だが栗林に会えなくなるのが、何よりも無念だし、心残りだ。

そんな自分の都合が叶えられなくなったら、後はゾルザル派の連中を討滅して特地で生きる他ない。

そうすれば薔薇騎士団の誰かと良い仲になって婿養子とかになり、貴族の仲間入りしたり、悪所で見たミノタウロス系のトップレスお姉さんを側室なんかを迎え入れたり出来るかも知れない。

火威は知る由もないが、肝心の薔薇騎士団の多くの面々からは、相当警戒されているのだが。

 

 

屋敷の外から入って皇帝の寝所に行くまでに、オロビエンコと呼ばれる必ず通る大広間がある。時折、会食や舞踏会が広かれるこの広間は、奥行き21レン、(1レン 1.6メートル)幅8レンと、剣を振り回して戦うのには十分な広さがある。

ハリョの刺客ともなれば、他の箇所から押し入ることも少なくないが、一度潜入する道筋が確立すると、大概の場合でその道筋が使用される。

今の場合でも他に漏れず、同じ轍が踏まれていた。そしてその道筋こそ、オロビエンコを通る道である。

火威もそのオロビエンコに急いだ。今まで温存していた最後のグランスティードを抜いて広間に進むと、既にそこにはフォルマル伯の兵士や戦闘メイド、そしてハリョの死体で覆われていた。

火威は戦闘メイドの死体の中に、見覚えのある顔を見た。

「エンラ!?」

馬頭のそのメイドは、火威や相沢が以前にフォルマル邸に逗留していた時に、何かと良くしてくれた事があった。

ファルマートの言葉や文字を憶える時にも一々付き合ってくれたし、彼女が話す小咄なんかも非常に面白く、特地語を憶える助けになった。

ハウスメイドの質の高さを思い知らされ、尊敬すらした。

それが、物言わぬ骸となって倒れていたのである。

火威は後悔した。かつて逗留していたことがあるなら勝手知ったるフォルマル邸である。

敵の侵入経路など、直ぐにでも判った筈だ。

それなのに、ハウスメイドに犠牲を出してしまった。それも、自身が非常に世話になったエンラだ。

「戦う気が無いのなら見逃してやる。失せろ」

火威を見つけたハリョの青年が言う。

このハリョも妙にガキっぽい。そんなことを考えた火威の前で、ハリョの上半身が消えた。

その上半身が空中を舞って地に付く前に、半身を失った青年の後ろに控えていたハリョの連中も肉塊にされ、壁や床の染みと化す。

一言も喋らず、無言で敵を殺戮する様は、火威が初めて憤激した事を意味していた。




最後の方に名前だけでてきた馬頭戦闘メイドのモチーフは、
勿論先代の三遊亭圓楽師匠であります。
漫画版でも馬系のハウスメイドさん、居ましたよね。
アレとは多分別人ですが、普通にそんなメイドさんが居るフォルマル邸は、考えてみりゃ凄いもんです。
んで、最後で真っ二つにされたハリョの青年はウクシではありません。
ウクシはペルシアと交戦しているのですよ。

最終話を次の一話で纏めると非常に情報密度が濃くなってしまうので、たぶん二話になると思います。

しかし最後に近くなって主人公の方向性が腹案と変わって来やがりました。
これは……もうどうしよ。

ともあれ、感想やご意見など、御座いましたら是非とも御一報お願いします。
どんな短い内容でも、忌憚なく宜しくお願いします。


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第三十六話 グロリオサ

ドーモ、庵パンです。
なんか気が付きゃ緩く進み予定だった主人公が一番厳しく殺戮してますね。
これは……どうしちゃったのか…。

いまいち進んでませんが、取り敢えずオリキャラの大半の処遇回であります。
悪い処遇では無いと思います。

で、サブタイは頑強という花言葉を持つ花です。
まさかここで一話使うとは思わなかったので、花言葉を引っ張ってきました。

そりゃーそうと、アニメでも健軍×ヴィフィータは成立しましたな。
次回はいよいよ最終回でしょうか。原作読んでると安心して見れますが、何処まで原作再現するんでしょうか。
っていうか総撃編と冥門編どうすんでしょうか!?


「よし! 総員退去! 『脱兎』を発令」

「『脱兎』だ!『脱兎』!」

狭間陸将の号令が隊員の口伝えで広がっていく。

出蔵はこの時を怖れていたのだ。アリメルという佳い女とは、日本では会えそうも無い。だが命令なら従わなければならない。

門の再開通まで待っててくれとは、とても言えない。再開通が何時果たせるか判らない。もしかしたら永遠に果たせない事も有り得る。

だがその時、栗林二曹が嘉納大臣から預かったという書類を受け取った狭間が、中身をさっと斜め読みして言う。

「防衛大臣の命令書だ。よし、これで政府との連絡が回復した。レレイ嬢の無事も確認できたから総員退去命令は一部変更! 残留希望者を残すぞ!」

 

 

*  *                             *  *

 

 

丸山は私服から戦闘服に着替え、階級が下の者を集めて臨時の部下とし、蟲獣の侵攻を少しでも遅らせるために、三重に蛇腹状鉄城門を設置作業し終える栗林を見た。

「あれ? 志乃、あんた帰らないの?」

桑原陸曹長から似たような事を聞かれた栗林は振り返りながら声の主に答える。

「日本に戻ったって面白いことありませんよ……って貴絵じゃない?」

あんたのタッパが羨ましいわ。そんな事を言う栗林の心層を見てやろうと丸山は意地悪く核心を突いてみる。

「まぁねぇ。でも志乃、富田君も余り付き纏われると迷惑するんじゃないの? もうヒトの旦那なんだし」

「っ!?」

丸山の言葉に動揺が隠せない。

「も、もう辞めてよ! 貴絵は帰るだろうけど私はもう少ししたら変な蟲と戦うんだし」

「あ、ごめん」

戦い前の動揺は、決してプラスに働くとは言い難い。

お詫びとばかりに、丸山は栗林が以前に語っていた理想の男性像を体言した男の名を告げた。

「火威三尉って、何十歳も年上の佐官じゃない?」

「いやいや志乃っ、あんた何言ってんの!? 自分で三尉って言ってるじゃんっ」

「……っは!?」

「しかもあんな面構えだけど、少し前まで二十代なのよ!」

「な、なんだってー!?」

右目を通る傷があり、米国に行って大統領選にでも出れば、その濃い外見故に名前付きのアメコミキャラが出来そうな男が、以前まで栗林自身が所属している第三偵察隊の隊長だった男より年下だったとは、火威が所属していた第四戦闘団の団長である健軍一佐も気付かぬことだ。

「でもまぁ、あの髪型はねぇ……」

それを聞いて丸山が溜息混じりに(こうべ)を足れる。

「うん、確かにあの落ち武者みたいな頭はねぇ……」

あの髪型さえ改まって、向こうから告ってくるのなら、考えてやっても良いかな、ぐらいには思う栗林だ。

 

 

 

出蔵の心配は杞憂に終わったが、レレイが力尽きて門が失われれば、再びあの蟲獣を相手しなくてはならない。

命を大事にするならアルヌスの住民皆で銀座に渡りたいのだが、そうも行かない。当然、アリメルはアルヌスに残っているのだから、自分も前線で蟲獣と戦わなければならない。

アルヌスに残留していた部隊の過半が渡り終えたところで、各地に派遣されていた部隊も次々と帰還していた。

車両や武器弾薬は、可能な限り残していってくれるらしい。まぁ、魔導自衛官が居ない中で大部隊に襲撃でもされたら、ひとたまりも無いし、その時の配慮だろう。

その魔導自衛官の火威と、先程後送のチヌークで帰還していきた相沢を除く特地戦力調査隊の面々も、レレイの作った門を渡ろうと隊伍を組んで列を作っている。

「で、出蔵三尉……」

話してきたのは先日負傷し、ついさっきまで出蔵に代わってICレコーダーで工作員の言質を取っていた内田だ。

「エミュのフィギュアの事、宜しくお願いします……」

ギプス包帯をした腕で顔を拭う内田が、そう出蔵に語り掛ける。

「め、めいコンか。分かった。お前の二次嫁の事は任せろ。再開通時まで出来るだけ保っておく」

「いえ、違うんです」

「へ?」

内田は言う。

「物珍しがって高い値を付ける貴族とか居ると思うんで、良い値を吹っ掛けて売っちゃって下さい」

元三偵の誰かさんが批判しそうな事を、この二曹は言ってのける。

俺、もう三次嫁居ますから。そんな事を言う内田だが、盛大に爆発して下さい、とは言えない出蔵だ。これを言ったしまうと自分も十分に爆破対象になってしまう。その事は理解出来るからだ。

先輩なんかが居たら、きっと歯軋りして、蟲獣の世界に、世界が七回くらい死ぬ滅ぶ光輪を撃ち込もうとするか、砂糖を吐くか糖尿で死んでしまうだろう。やっく・でかるちゃ。

「あ、出蔵三尉」

今度話し掛けてきたのは、推定で内田の三次嫁の丸山だ。

レレイさんが頑張ってるんだからお前ら早く行けよ、と思うが、銀座に消えていく列の先頭はだいぶ先だ。

「火威三尉にっ!」

何かと思って聞いてみれば、火威が栗林に思いの内を自白する際、土下座しながら交際を申し込むのは辞めろ、というものだった。

「ま、まさか土下座までするこたぁ……」

とは思ったが、火威という男はあれでいて結構、女性を立てる。いや、立てるというよりは付き合い方を知らないのだ。知らないが故に女性に対して下手に出て、友人関係でも言いなりになってしまうのである。

ならば、栗林に対して土下座しながら交際を申し込むくらいの必死感を持っていても不思議は無い。

まぁ火威と友人関係にある女性と言えば、聖下や猊下、そしてかなり年上のテュカの他は火威自身が師と仰ぐレレイくらいなのだが。

そんな時、丸山達が並ぶ列が急に動き始める。見れば前の方が走って門を越える程に急ぎ始めたようだ。

「あ、あと一つ!」

なにっ! まだあるのか!? そういう出蔵も丸山に並んで走り出している。

「ひ、火威の頭っ!?」

そう言ったところでUH-1Jが降下してきて、一瞬だけ拡大した門を通り抜ける。

出蔵は門の前で端に逃げたが、丸山や内田は屈んだまま銀座に消えていった。それでも出蔵は彼女が言おうとした事を誤解なく理解した。丸山の言葉は階級を忘れていたのか、実際そのくらいに思っていて言い捨てたのか知らないが、女性と付き合おうというのにあの髪型だけは大いに大問題だ。

 

 

 

レッキに向かう最中に敵翼竜部隊の襲撃を受け、負傷した相沢はベッサに回ってきたチヌークに後送され、今現在はアルヌス駐屯地に帰還している。

相沢としては火威の行方が気掛かりだったが、若干ながら期待していた。

彼は「韋駄天」の事を知らない。相沢が思うに自身がフォルマル邸の博物誌で見知った古代龍に近い力を身に付けている。

彼が何故そんな力を身に付けたのか、また、身に付ける必要があったのか。知らない相沢には推測しか出来ないが、特地に来て炎龍の話を聞いてから、課された訓練以外にも鍛え始めた気がする。

その自主練の中で魔導のメニューが追加され、全体的に訓練量が多くなったのは彼が休暇で日本に一時帰還してからだ。

それが更に常軌を逸するレベルになってきたのは、ゾルザル派の軍隊との戦争が激化し、その中で日本人拉致被害者の奪還任務を完了させ帰ってきてからだ。

特地に来た当初、彼は随分と結婚し子供を欲しがっていたが、鍛えたら鍛えた分、人間離れしていった。

これでは女性から避けられるんじゃないかと思うのは誰の目から見ても明らかなのだが、彼が日本から帰還する度に、その都度の自主練が特に常軌を逸しているように見える。

 

相沢は自分より重傷な者に肩を貸して、駐機していたチヌークから降り、アルヌスの丘を駆け登るる。脇腹の上の部分が痛むが堪えられない程では無い。

丘を上がり切ると、そこは門があるドームを囲むように蛇腹の鉄条網が幾重にかに張り巡らされていた。

「相沢二尉、こちらです。急がないと帰還出来なくなってしまいます」

言ってきたのは特地戦力調査で僚友だった出蔵三尉だ。

君は帰らなくて良いのか、そんな事を聞いたら、防衛大臣から届いた最後の通達で残留希望者はへの帰還命令は撤回されたのだと言う。

見れば、ドーム内にあった門そのものは無くなっているが、代わりに無色透明の水たまりか鏡のようなものが宙を浮いている。

相沢は初めて見たが、伊丹と同行してロンデルやベルナーゴに行った4人の娘の中の誰かが特地の神・ハーディーから門を開く力を授かったと聞いていた。

無色透明な鏡のような物の前でレレイが詠唱し続けているから、これまで少し疑問に感じていたことが解消された時だった。

では、出蔵三等陸尉、後のアルヌスの事をよろしくお願いします」

そう言って出蔵に敬礼すると、相沢は銀座に消えていった。

 

 

 

*  *                             *  *

 

 

 

オロビエンコの一画にはイタリカの兵士や戦闘の遺体が丁寧に瞑葬されていた。

それに対し、広間のそれ以外の場所にはハリョの死体が乱雑に散乱している。

広間の床の至る箇所に仕掛けられた魔法式の罠の犠牲者だ。

一撃で死ねた者は良いが、そうでない者はその血で広間の床を塗装するよう這いずり回り、他の罠を踏み抜いて漸く死ねるといった凄絶な有様だ。

そんな事だから、一度仕掛けた罠も瞬く間に減っていく。

それ程までにハリョの刺客は多いし、火威も罠を仕掛け直す時間もないので戦闘で消耗する。

光の精霊魔法で姿を消し、真新しい剣で迎撃出来たのは最初の一戦だけで、その後は次々とハリョの刺客を倒し、昏倒させている。

いや、昏倒で済んだ敵など居ない。致命傷を負わせられる合間も無いから気絶させているのであって、意識を取り戻した連中は再び剥き出しの殺意で火威に向かってくる。

向かってくる相手が多い時にしか大剣を使わない火威は、敵が少ない時は鹵獲したバスタードソードでハリョを薙ぎ倒す。

フォルマル邸内に援護として入った当初こそ、ハリョの刺客を【火威の校舎】めいた悲惨な末路に送っているが、今現在はそんな余裕は物理的にも精神的にも無く、敵の死体は一黒焦げになったり戦いの中で四肢の何れかを吹き飛ばされた者もいるが、全体的には五体満足である。

皇帝の寝所を衛る二人の騎士の反応を見て、戦士として最低限の倫理を弁えようと考えた火威であるが、仲間の死体を盾に突撃してきたハリョの戦士が、仲間の死体を突き破って奇襲してきて以降、ハリョの戦士に対する戦い方を固定化させた。

こいつらには何をしても良いし、何をしてくるかも判らないのだと。




気付いて見れば今回も日曜投降……。
水曜土曜と投降してましたが、もう不定期投降ですね。
次辺りで多分最終回です。

そして、お気に入り指定230を越えました!
皆様、本当に有難う御座います!

次で終わりかと思いますが、多分外伝的な物が続きます。
いや、他の物を書くことも可能性としてはありますが、取り敢えず案はあるので書きます。
栗林とか全然ヒロインしてないんで……。

―3月24日追記―
さ、最終話が一向に進みません……。
2期終了前どころか3期開始までに終わるかも怪しくなってきました。
3期あるか判りませんが。


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最終話 毛よさらば

ドーモ、庵パンです。やっと最終話です。
最終話でこんなサブタイですが、他に適当なサブタイは無かったです。
んで、思いっきり長くなってしまいました。


オロビエンコ攻略に当たる影戦部隊のハリョらの戦いは、実に難しい状況から開始された。

魔導と剣術を使う竜甲鎧の敵は、ヒト種で恐らく異世界から来たジエイカンだ。翡翠宮での戦いの様を聞いたところでは、それが、どういうワケだかジエイタイの武器を使わずに自分たちと同じ剣や、ファルマートの魔導士が使うような魔法を使う上に、射かけた矢を掴んで投げ返してくる始末。

ゾルザル派帝国軍では、先ずはその力の分析から始まった。

法理も展開せず、早々と虚理から原理に作用させる魔法を使うには触媒を用いるしかない。

重要視していないとは言え、ゾルザル派にも少数ではあるが魔導を使える者は居る。

それらによると、肉体の一部分を触媒にすることは、一般的ではないが可能だと言う。中でも肉体の重要な部分……それも、使用者が重要視すればするほど魔法の効力も上がっていく。

ファルマートの長い歴史上、身体の重要な臓器を贄にして多くの敵を屠りつつ、轟死した魔導士も居る。中には禁忌とされる反魂呪文で生ける屍となった者も居たが、そのような者は全て使徒に首を落とされている。

ともかく、ここまでの情報を踏まえても、竜甲鎧の攻略の方法は中々定まらない。

しかし1つの情報が攻略の糸口となった。

この男は目立った触媒を持っていない。それでも翡翠宮の戦いで生き残った将兵の証言によると、魔法を使って跳梁していたのは、髪の毛の奪い男だったと言う。

そして、よくよく観察して見ると、そこまで年嵩の男ではない。多く見積もっても精々四十歳以下、いや、三十代という事は大いに考えられる。二十代は……流石にちょっとキツいんじゃないかなぁ……。

とはいえ、そんな歳でここまで薄いのは、敵ながら同情の余地がある。余地はあるが、付けいってみる隙でもある。

最近の目撃情報では兜と覆面をしているから、先ずは何組も決死隊を作って其処から排除しなければならない。

本来なら高圧のサイフォンのような兵器を作り、何人もの兵で実践する予定だったが、ヤツはよりにもよって戦争の雌雄を決するイタリカの場に現れた。

ならば、ハリョの影戦部隊に託すしかない。

 

*  *                            *  *

 

 

火威半蔵が生まれ育ったのは、無名ながらも古代からの史跡が遺り、東京に在りながらも狸は勿論、夏場には蛍や蝮が出る弩が着く田舎町だ。

今でこそ彼自身はガチ保守の立場で「ド真ん中」を標榜するが、業腹にも生まれ育った町は長らく共産党が牛耳り、発展が遅れていたせいか、彼は幼少期から古代人の気配を感じながら育ってきたのである。

二十歳を過ぎてから、そういった「感」が鈍くなってきた事を自覚していた彼だが、特地に来て「魔法」という物を目にした時から、自身の食指が即座に反応し、元々ある程度(低いレベルで)は多才だった彼は、瞬く間に魔法を憶えてしまった。

だが、以前から自身の器用貧乏を自覚していた彼には、何故、異様に自身が使う魔法の威力が高いのかがサッパリ理解できてない。

丹田に貯める気合いが多過ぎるのかと、魔法を使う度に薄くなっていくその頭で考えていたのである。

しかも、悪いことに彼は幼少から刀剣類を使う武道を学んでいた(*1話参照)。その師範の教えは千技一刀……千回の稽古の中の一回にこそ実戦で使える技があるという考えである。従ってその反動は、言わずもがな。

 

「オラァ!」

火威の鉄拳が刺客をオロビエンコの壁に叩き付ける。

大理石の壁が凹み、刺客が苦悶の喘と共に命を吐き出してしまう力なれど、無言で戦えない程に火威も追い詰められつつあった。

今や竜甲の兜は破壊され、鹵獲した大剣も刃が潰れて斬れなくなった一本しかない。

襲撃してくる敵から十本以上のバスタードソードを奪うが、これの切れ味も直ぐに悪くなる。その上、兜が破壊されてから敵は武器らしい武器も持たずに攻めてくる。

闘う気があるのかと一瞬戸惑った火威だが、突然、火を吹いてきた。突然の大道芸めいた出来事に、赤いマフラーがかなり焦げてしまった。

そのハリョを肩から斬りおろし、死体を調べると歯に燧石(すいせき)が仕込まれている。これで切り火を起こし、口に含んでいた可燃性の液体に引火させたのだろう。

ホント、なりふり構わねぇ……。そう思ったところで火威は漸く一息吐けた。

大きく呼吸してから、壁を背に体重を預ける。少しの間でも体力を回復させる必要がある。そしてここに来て、火威は銃剣という物を持ってる事に気が付いた。

急いでスリングを取ると64式小銃に着剣する。グランスティードのように一度に複数人の敵を薙ぎ払うことは出来ないが、敵の刺客は一度に何人も相手になるということは無いのだ。

これまで侵入してきて潰されたハリョは数知れない。

イタリカの兵や戦闘メイドには他の場所の衛りを固めさせ、相対的に守りを薄く見せたオロビエンコには、当然、敵は殺到する。

魔法式の罠で敵を爆殺し、切り刻み、押し潰す。

広間の壁に出来た赤黒い染みから手が生えていているのは、それがつき先程まで人の型をしていた事を示していた。

戦闘メイドのマミーナが救援に来た時、火威は慌てた。床に仕掛けた罠は自分でも何処にどれだけ仕掛けたか見当も付かないからだ。

だからマミーナには、オロビエンコに入ってくるのは「刺客の全滅を確認してから」か「オロビエンコが崩壊してから」と言ってある。

仕掛けた罠が一度に発動したら広間は崩壊するだろうし、皇帝の寝所に行かれないように一点を発動させると全ての罠が発動する部分がある。

だが、数多く設置した罠の大部分を敵の刺客が踏んで発動させている。もし敵の全滅が確認されても自分が仕掛けた罠の解除に困る事なく、一点に魔法を使うだけで済むだろう。

そうしたところで新たに四人の気配を感じた。

見れば、剣を握っているのは前列にいる二人だけ。火威は即座に波動砲で斃そうと腕を掲げたが、相手も素早かった。

作った光輪が攻撃性の力を放って剣を持った一人を両断するが、二人が飛び掛かってくる。

銃剣で剣を持つ一人の頚部を突き刺し、そのまま床を転げて残りの一人にも対応しようとした、しかし……。

「ッ!」

頚部をさされた一人が銃剣を掴み、抜かせようとしない。火威は一人の刺客を突き刺したままの銃剣を乱暴に振って、もう一人を薙ぎ倒そうとする。

だが明らかにハリョの方が速い。刺客の噴いた炎を火威の頭部を巻き込んだ。

「ぅ熱っちコンナロォ !!」

燃え上がる毛に焦りつつ、咄嗟に繰り出した右フック(マジ殴り)で火を噴いたハリョを粉砕する。

ハリョの吐いた炎で火威の頭の毛はしめやかに爆発飛散。その素肌はツルツルであった。ナムアミダブツ!

 

床を転げ回って漸く鎮火した火威に向かい、最後の一人の刺客が短弓を掲げる。それに反応した火威も即座に腕を上げ、光輪を作ろうとした。

「ゲッスッス、バカな男よ。触媒も法理もなく魔導を使おうとは」

変わった笑い方をするその刺客に、火威は見覚えがある。フォルマル邸に来る途中に荷車で轢いた変な色の豚にそっくりだ。こちらも変な色だが、黄土色でより豚っぽい。

それはそうと、その男の言う通りに光輪は展開されない。はて、これは……と思うものの、火威にとっては特に問題でもなかった。

「バカハドッチダー !」

慈悲深き亜神でさえも目を背けるほどの口汚い罵声を浴びせかけると、雷撃が豚男を貫く。

「バ、バカな……」

焼豚にされたハリョっぽい男が斃れる。死に際に放たれた矢は、伸ばしていた方の手でしっかり掴み、そのまま圧し折った。

何故だか魔法は使えなくなったが、精霊を召喚し使役する事に関しては問題無いようだ。

体力徽章を持つ火威だが、MPの方は未知数だと火威自身は考えている。

とはいえ、特地に来て以来、肉体的にも精神的にも鍛えられた筈だ。何より、日本に帰る度に遭遇するオークとの戦闘経験は大きいし、前回二回とも逃げ切れたのは大きな自信として経験値を稼げたのだから、かなりのレベルUPが見込める筈なのだが……。

そして今までで最大の難関を越えたところで、精神的余裕が出来た。ゴボウ剣の素養が全然無かったのは若干ショックだったが、もう少し戦えそうではある。火威は64式小銃を破棄すると斬れなくなったグランスティードを手に取った。

今し方、バカバカ言い合ってちょっぴり嫌な気持ちになった火威は、オロビエンコの入り口に二人の影が見た。

その内の一人は男で、一人は剣を持った女だった。

女の方はフォルマル邸の年代記で見知ったジヴォージョニーという種族だ。

男の方は一見すると初老のヒトに思えるが、よく見ると様々な種の混血にも見える。そしてこれもまた見覚えがある顔だった。

問題は女の方だ。体毛が濃いせいで衣服に対する関心が薄いのか、何かと見えてしまっている。もしも別の場所で会えば、ひと昔前の火威なら遠慮なく声を掛けて言い寄ったかも知れない。

だが露骨なエロはエロに非ず、と考えるのが今の火威である。もし、そういった者に言い寄られれば意識してしまうかも知れないが、今の状況では敵の可能性が大いに高い。

その二人が火威に気付くと、何故だか驚愕して狼狽えた。衛りが居ることは判っていただろうに、他人の顔を見るなり狼狽えるとは実に無礼なヤツらだ、と思いながら火威は誰何する。

「何者だ !」

二人は何やら相談ぶっていたが、火威の前に立つと初老の男が口を開く。

「我らはハリョの戦士。此度は皇帝陛下に要件ありて参上申し上げた次第」

既に知ってる事を今更言われても仕方ないが、これで敵である事は確認できた。しかし初老の男の顔に見覚えのある火威の動きは、明らかに緩慢になっていた。

「うむ、じゃあ敵か」

伊丹二尉から聞いた話では、ジヴォージョニーの素早さは警戒すべき点だが、ハリョの方は個体差がある。目の前のハリョの男は初老のようだが、外見で敵の力を測るのは良くない。

火威は敵に大剣を向けるが、それと刺し違えのように手袋が火威の顔面に叩き付けられた。

「ぅぶっ、なんだこりゃ……。今更決闘の申し入れか?」

言いながら、妙に埃っぽい手袋を見下ろす。

「いいえ。力ずくで陛下の寝室に押し入ろうとしながら堂々たる決闘などどうして行いましょう。我らはハリョ。あくまでも卑怯に。かつ効果的に戦います」

すると、火威は脂汗を流し始めた。そればかりか目まいを感じ、大剣を床に衝き刺して杖代わりにし始める。

「早くも薬が効いてきたようですな」

「なん……だと………?」

ハリョはもう片方の手袋を脱ぐと、軽く払った。すると、白い埃が舞い上がる。

「これは埃ではありません。特殊な薬物です。これを相手に相手に吸わせますと大抵の方は頭の働きが鈍ります。配合を変えますと幻覚を見たり、身体が痺れて動けなくなったりもいたします」

ハリョは麦に生えたカビを用いて作ったと説明した。

そうしている内にも片膝を折って地に手を突いてしまう。

視界は廻り、今にも手足を投げ出して気を失いそうだ。

この時になって火威は漸くハリョの男の顔を何処で見たのか思い出していた。

以前、フォルマル邸の執事だったバーソロミューの記憶をメデュサのアウレアが覗き、その情報に従って描いた行商人の顔だったのだ。

判ったところで火威にはどうしようも無い。遂には両手を突き、意識を保っているだけでも精一杯になる。

ハリョの男はそれを一瞥すると、ジヴォージョニーに指示を出した。

モルトの寝所までにはイタリカの兵士や戦場から引き上げさせた亜人兵、更には二人の薔薇騎士団の騎士が居るから護れるだろう。

だが火威自身は凄く拙い。戦死するつもりなど無いから、ジゼル猊下への少々多めの賽銭で、夫婦共に(或は自分と誰か一人の)天国行きを予約しているのだ。

その妻としたい人物……栗林志乃の姿が脳裏を過ぎった時、古から日本人に伝わるパワーの出るコトダマが己が魂に浮かんだ。いや、むしろ早速幻覚を見ているのかも知れない。

「ッフンヌォォッ!」

地に伏し掛けている男の呻き声に、刺客の二人は一様に浮足立つ。

しかし、彼らの反応は遅過ぎた。

「Wasshoi!」

激高するかのような喚声と共に、大剣がハリョの男を腹を薙ぎ払う。そして文字通り、叩き斬ってしまった。

最後の力を使い果たした火威はそのまま大剣を手放し、手足を投げだして仰向けにひっくり返る。

「…………………………………………スヤァ」

竜甲鎧の男の寝息は、まだ健在でいることの証。ジヴォージョニーは一瞬だけ迷った。止めを刺しに行くか、無視して先へ進むか。

無論、無視して先に進んだ方が良いに決まっている。触らぬ神に祟り無し。冗談じゃない、とばかりに皇帝の寝所に向かう道に向かい、オロビエンコ側のドアノブを回す。

その瞬間、目の前のドアが爆発し、広間の数ヵ所でも爆発が起こる。言うまでもなく、ジヴォージョニーの女は爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

フォルマル領上空を乱舞する鉄のトンボから、次々と敵が降りてくる。

ゾルザル派三将軍の一人、ヘルム・フレ・マイオは自分の陣営に戻ると、兵を叱咤して退却の準備を進めさせた。

「すぐに退却するぞ。パドバカーレーまで下がって態勢を整えよう」

「ヘルム! もうやめよう。勝敗は付いた」

沈鬱な表情でヘルムを諫めるのは三将軍の一人のカラスタだ。もう一人のミュドラ将軍は、戦いが始まって早々、起きた竜巻に巻き込まれ、行方不明になってしまっている。

ヘルムの言う事も無理もないことで、フォルマル領まで出兵してきた一万の兵が失われてもゾルザル派の全軍から見ても一部でしかない。とはいえ、大きな痛手ではある。軍の再編にも暫く時間が掛かるだろう。

「そうだ! ゾルザル殿下はご無事か? ご無事に退かれたか?」

ヘルムは問うが、これに答えられる者は一人とていなかった。陣営に居た兵は全て姿を消し、本陣からの幕僚や伝令は来なくなっている。

ゾルザルが本陣より後方に退避している事を知っているヘルムは、伝令が無いことに一抹の不安を持つ。

ジエイタイに投下された炎が次第に消え、煙からは隊伍を揃えた軍靴の音が聞こえてくる。

味方かと思い、心を励まされたヘルムだったが、煙の向うから現れたのは亜人部隊の兵隊だった。その後ろには、紅い薔薇の軍旗が続いている。

ヘルムは剣を抜いて威嚇するが、完全に取り囲まれる。剣を振るい、盾を蹴ったが、あっという間に取り囲まれて剣を取り上げられ、ドワーフ兵の盾で殴られた瞬間、彼の視界は暗転していった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「なにこれ……」

テュ―レが思ったのは、一言で言えばそういう事だ。

フルタと共にゾルザル派の軍列を逃げた彼女は、ゾルザル周辺から伝わった偽の情報に惑わされたデリラのナイフに傷付けられ、その部族の恨みが篭ったナイフを隠し持ってゾルザル派の軍列に戻っていた。

フルタに付いていけば自分の幸せは確実。あの男の開く店が成功することは間違い無い。

あの場を仕切るフルタの上役らしき男に目配りし、それを誤解なく受け取った男は空飛ぶ鉄の箱舟の御者に指示し、飛び立たせる。

閉まっていく鉄の扉の合間から聞こえるフルタの声で、テュ―レは初めて幸せを感じた。

 

ダメだ! テュ―レを置いて行くな!

 

そのフルタの声は、彼女が初めて誰かから想われているという事実を知らしめるには充分だった。

自分にも幸せになれる選択肢がある。それが分かっただけで、彼女は満足してしまった。

フルタに付いてニホンに行けば幸せになるのは間違いない。ならば、もう一つのエンディングも確かめなくてはならない。

そう思って部族の恨みが篭ったナイフを持ち、ゾルザルの軍列に戻ったのである。

ところが戻った軍列はテューレが予想もしない状況に陥っていた。

テューレとフルタを逃がした百人隊長のボルホスはテューレを見て「何しに戻ってきた?」と問い掛けたものの、返答を聞いていられる事態でもないらしく、兵を纏めてさっさと何処に行ってしまった。

事情を知ってそうな指揮官級の兵士に聞くと、空飛ぶ荷車が襲撃してきてアブサンが戦死。ボウロとかいうハリョが撥ねられた途端に消し飛び、更には敵の本隊が帰還してきてゾルザル派の帝国兵らは烏合の衆と化したのだと言う。

中でも一番驚いたのは、ゾルザル派の指揮官の中で真っ先に戦死したのがゾルザル殿下本人だと言うことだ。

いや、意図してない形で荷車がぶつかって来たのだから、戦死かどうかも怪しい。

ゾルザルは先程まで生きていたが、テューレが来てる途中に息を引き取ったと言う。

 

陽が欠けていくフォルマル領の森の中、一人残されたテューレは後悔もする。

あのままフルタに付いていけば確実に幸福になれただろう。

だが、今までに自身が成した罪の事を思えば、幸せの中でその罪の意識に(さいな)まれたかも知れない。

それとは違うもう一つのエンディングは、何とも味気の無い終わり方だが、これはこれで仕方ないのかも知れない。

そう考えると、自分がやろうと思っていた復讐の全てが終わり、意味もなく涙が出た。

それも、陽が落ちて、空の彼方に星が見えた頃には止まった。

ちょうどその時、テューレに女の声が掛けられる。

「御主、こんな所で何をしておる?」

振り返ると、笹穂耳のニカブを纏った女と、その従者らしき男が立っている。

この時がテューレの新しい生き方が決まった瞬間だった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

あらかたゾルザル派の軍勢を掃討し、イタリカ周辺を制圧した健軍一佐率いる第四戦闘団はフォルマル邸内部の敵集団の掃討する任務に当たっていた。

健軍がフォルマル邸を守る兵士から聞いた話では、イタリカで戦闘が開始された当初はハリョの影戦部隊に苦戦してたそうだが、ゾルザル派帝国軍の一画を見たことも聞いたことも無い精霊魔法で抉った自衛官をピニャ殿下が呼び戻してから、流れが大きく変わったという。

精霊魔法を使える自衛官など一人しか居ないので、その自衛官の名は敢えて聞かない。

途中、倉田三曹が絶体絶命のペルシアを救出する際、ハリョと戦闘する事もあったが、それも交戦と呼べるものではなく、至極簡単に済んでいる。

健軍は一番激しい戦闘が行われ、皇帝の寝所に繋がるという足を踏み入れて唖然とした。

壁という壁。床という床に血糊が飛び散り、ハリョの遺骸が散乱しているのだ。

部屋の隅ではフォルマル邸の私兵や戦闘メイドの遺体が整然と瞑葬されているのだから、二の句が出ない。

その広間の中央に、仰向けで倒れている男が居る。

それは部下であり、見知った男なのだが、その顔を見て健軍は若干であるがたじろいだ。

しかし直ぐに立ち直って言い放つ。

「本当に何処でも良く寝れる奴だな!!」

寝息を起ててスヤスヤ眠る火威の頭部には、髪の毛どころか毛という毛が消え去っていたのだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

アルヌスの門が存在し、ドームの天井があった場所に現れた黒い太陽。その周辺を囲む六芒星は、駐屯地の防御陣形の鏡像だった。

緻密に設計されて建てられた防壁は強力な魔法陣として働き、巨大な蟲獣を深淵から次々と招き入れていた。

「クッソ! この!」

出蔵を始め、栗林ら自衛官が並べて銃火を放つ。もはや狙わなくても撃てば当たるという状況だ。相手は大きいし、数も多い。

だが引っ切り無しに相手側の戦力は補充され続ける。傷付き、倒れた隊員や傭兵は後を絶たなかった。

負傷者を残さずにドームの外まで引きずって退避すると、蟲獣は鋭い尖脚をドームの壁に突き刺し、削岩機のように砕き、穴を空けようとする。

一点の穴が空くと、たちまち蟲獣が纏わり付いて穴を拡げようとするが、その穴に目掛けて隊員の銃火や傭兵の火矢が射かけられた。

ドームの内部で深淵から這い出て来る蟲獣を撃ってた時と違い、狙うのは一点のみだから先程よりは楽ではある。

だがそれも長くは続かない。蟲獣の大群はドーム内に溢れ、内側からの幾つもの場所に尖脚を突き刺し、脆くしていた。

すぐに複数の穴が空き、その穴から羽を持った甲蟲が溢れ出してくる。

栗林は以前に鹵獲した銃の引き金を引きっぱなしにして小型の蟲獣を薙ぎ払うが、ドームを砕いて出てきたカマキリ型の大型蟲獣にはP90の小口径は通じなかった。

ボディーアーマーをも貫通する弾丸も通じない相手に、さしもの栗林もたじろぐ。

そこに躍り出たのはロゥリィだ。彼女は身体を捻って蟲獣の追撃を躱すと、その回転もそのままに、飛び掛かってきたカマキリ型蟲獣の鎌とハルバードとがかち合う。

金属同士がぶつかる鈍い音と共に絶ち切れたのは鎌の方だ。

殊勲の一刀とも言える一撃に、その姿を見ていた者はロゥリィの勝利を確信した。

しかし、弾丸に似た勢いで飛んできた羽蟲がロゥリィを掠める。

紙一重でかわしたものの、その一撃は彼女にダメージを残す。

「左腕が!? ふんっ。いいわぁ」

亜神とは言え、受けたダメージは直ぐには回復しない。

ロゥリィは右腕一本の戦術に頭を切り替えた。

「さあ! 来なさ……いっ?」

新た現れたロゥリィ達の敵の黒い蟲獣は、台所でうごめく主婦の敵によく似た外観をしていた。

「い、いやーーーー!」

生理的嫌悪感から鳥肌が立ち、栗林と抱き合って震える。

三人娘の中で最も家事能力の高いテュカや、アリメルとティトが火矢を放って油分の高い黒い蟲獣を射抜き、燃え上がらせた。

テュカ達の奮戦を見れば、ロゥリィも負けてはいられない。ロゥリィはハルバードを拾うと「えい」と黒い蟲獣に振り下ろす。

案の定、嫌な音が鳴ったと思うとハルバードの刃は嫌な色に染まっていた。

 

亜人の傭兵や三人娘が奮戦している傍らで、栗林や出蔵といった自衛官も引き続き蟲獣の掃討に当たる。というより、少しでも手を止めると自分や仲間に被害が出てしまうのだ。

巨大な蟲は倒しても屍の山を築くものの、絶えずドームの穴から溢れだしてくる。

遂には、脆くなったドームの天井を突き破って巨象サイズのカメムシに似た蟲獣が出ようとしている。そして、その脇からどんどん外へ出ていく蟲獣を見てロゥリィは叫んだ。

「いけなぁい!」

慌てた彼女はドームの壁に走るが、突如として血を吐いて地に膝を突いてしまう。

ロゥリィの眷属である伊丹が、強力な魔法陣として機能してしまっている駐屯地の防衛陣地の爆破をする最中に世紀末めいた怪物から痛撃を受けてしまったのだ。

「くっ! 誰か防いで!」

だが彼女の声に応えられる者は居ない。誰もが自分の身を守るので精一杯なのだ。その中で逸早く周囲の蟲を掃滅した栗林がドームの屋根より大きな蟲獣にPDWを向ける。

しかし使い続けたP90の弾丸は尽きて、弾倉も今は無い。栗林は予備に携行する64式小銃で巨大な蟲獣を撃つ。そこに駆除し残したのか、新たに深淵から這い出てきたのかG型(人型機動兵器では無い)蟲獣が姿を現した。のみならず、コンクリート製の自衛隊施設の垂直の壁を這う百足型の蟲獣すらいる。

栗林はトンでもない生理的嫌悪感を抑えながらカメムシのような蟲獣を撃つが、G型や百足型が向かってくるとそうも行かない。

この上ない気持ち悪さに涙目になりながらもG型を吹き飛ばしていく。しかし、いかんせん数が多い。

その時、アルヌスの外からヘリのローター音が聞こえた。第四戦闘団のヘリコプター部隊だ。

それだけではなく、アルヌスの空を覆い尽くす程の翼竜がジゼルの指揮の(もと)蟲獣に襲い掛かった。

「ヒャッハー! 新鮮な蟲甲だァー!」

ここで殺戮者のエントリーだ。

飛び降りてはいけない高度から飛び降りた男は、そのままG型の黒いフォルムを踏み潰す。

「奪い取れ。それも一つや二つではない。全部だ!」

言うまでもないが、伊丹が相手している世紀末めいた怪物は、この男ではなくダーである。

この男の顔を見た出蔵は思う。栗林だってそう思う。そこまでやれとは言っていないと。唯一、ジゼルだけはときめいているように見えた。

マズルフラッシュに起こる度に映えるその男、火威 半蔵の顔は、髪の毛どころか眉毛も無く、右目の上には剣傷が存在するという、この上なく厳つくサディスティックなものだった。

彼は上体だけ振り返り、栗林と出蔵にサムズアップして宣う。

「お蔭様で、怪我一本もなし」

狙い過ぎて妙な事を口走ってしまったが、蟲獣はまだ多くいるのだ。

「だがゴキィ! テメェは要らん! テメェはキモ過ぎだ!」

叫ぶ火威の裏拳が百足型を潰し、火の精霊が焼き払う。かける言葉も無く問答無用であった。

そして火威は両腕に風の精霊を召喚して、ジゼルに目配せする。

その意図を誤解無く受け取ったジゼルは、ドームの周りから翼竜達を退かせ、周囲を守っていた傭兵や自衛官らも距離を取る。

「だいたいゴキ野郎の甲皮なんぞォ……」

放たれた竜巻は小さかったが、続けて放たれた魔法が良くなかった。

「使うヤツいねェだろがァァーー!」

火の精霊によって発生した火災旋風はドームの周囲と内部に居た蟲獣を巻き込み、その存在を焼きながらもコンクリート片で潰していく。

アルヌスの頂で起きた災害は、蟲獣を巻き込んで遠くの空に消えていった。



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エピローグ ロンデルへ

ドーモ、また庵パンです。
時間が経ってしまいましたが、まだ続くんですよ。


髪の毛は二度と生えなかった。

 

 

どうしたら良いか判らないので

 

 

火威は考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

既に閉門騒動から一ヶ月が経っている。

蟲獣を排除した後、少し時間が経過してから強い地震が起きたが、それまでに深淵を這い出て来る蟲獣は少なく、余り蟲甲を傷付けることなく駆除できた。

狭間陸将とアルヌスの住民から慕われる伊丹二尉の指導の(もと)、麓の街まで被害を受けたアルヌスの街は、既に元の姿に戻りつつある。

始めの内はアルヌスの復興資金に困るかとも考えられたが、蟲甲の他にも火威が剥ぎ取った恐獣の牙を売った金で賄えている。

更にはイタリカから火威に払われた多額の謝礼金の殆どは、アルヌス生活協同組合に寄附されているので、これまで以上に街を拡げることも出来る。

新難民の中にはダーを使った怪異テロにより、親や子などの身寄りを失った子供や老人も居たが、身寄りを亡くした者同士で生活してもらうことで、余剰分の資金の節約も叶った。

それにより、通常よりも多人数の大工を雇い、街の復興は予想よりも早く進み、既に街の住民の大半は元の生活に戻っている。

自衛官の中にはダンゴムシに似た蟲獣の甲皮と雲鹿の毛皮で、武具を作ることを考える者も居て、新しくアルヌスで雇われた傭兵に売れている。

 

負傷者ながら蟲獣と戦った出蔵の鎖骨は完全にポッキリ折れてしまったが、特地で医療の神の信徒になる事で既に完治している。

なので、出蔵には妙なミドルネームが付いて、その事を他の自衛官に冷やかされていたりもするのだが、彼は特地の神の御利益の強さを熱心に語っている。

「しかし先輩も太っ腹っすねぇ。イタリカからの謝礼金の殆どを寄付しちゃうだなんて」

言う出蔵の見る先には黒い羽毛の乗用鳥類…いわゆるチョコボに乗った火威がいる。

「まぁ何も無いとつまらないしな。使う所も無いし」

日本と繋がった状態なら、真っ先に日本円に換金して車を買ったり口座の残高を増やしていただろう。それは不可能になったのでアルヌス生活協同組合に寄付した資金以外には兜跋を修理に出したり、ベルナーゴ神殿で魔法の触媒に使う鉱石の購入に使うつもりでいる。

ちなみに彼は禿げたままだが、眉毛は既に生え変わっている。一ヵ月もあれば生え揃うのである。

「ふむふむ、そんで先輩もリア充の仲間入りっすな。まさかジゼルさんから好かれていたとは」

火威も美人の女神から愛されるのは嬉しいし光栄だと思う。だがそれ以上に嬉しかったのは栗林が日本に帰らずに特地に残ったことだった。

「ヒオドシさん、準備出来ましたよ」

白い羽毛のチョコボに乗って現れたのはロンデルの基礎を築いた神の名のミドルネームを持つティトだ。彼と火威はこれから自衛隊の任務でロンデルに向かうのである。本来は火威一人で済む任務なのだが、兼ねてからロンデルに興味のあったティトも同行することになった。

彼等がチョコボに乗っているのは、人間と同じ物を食べられるという点から選ばれた。余り荷物は持てないが、速度は馬と大して変わらない。

「はて、鳥の足で何日くらいかな……と」

紙に描かれた特地の地図を見ながら火威が呟く。

火威とティトは見送る人々に手を振ると、ロンデルに向かう道をチョコボに駆け歩かせて行った。




※言い訳めいたあとがき

去年の11月から続いた 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり がようやく本編終了です。
最後の方は詰め込み過ぎた感がありますが、二次創作の特権でシャンディーとスィッセスどころかテュ―レも生かして終わらせることが出来ました。(その分、主人公が人間離れしましたが)

フォルマル邸内に当小説で勝手にオロビエンコという広間を増設しましたが、
貴族とか広間とかのワードでググると出てくるカタカナを適当に言い換えて作りました。
そんなディアボも驚きの小物力を発揮したところですが、当小説はまだまだ続きます。
龍玉に対する龍玉Z程では無いですが、暫く続かせて下さい。ダメって言われても続けちゃいます。
あと外伝は主人公にもリア充成分を加味しまくります。多分。
いや、実際これからが書きたいところなんで……!


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登場人物(オリキャラ)紹介

(今更ですが)アニメが二期終了しましたが、最後にはピニャ殿下がやる気を出しちゃってますね。
これ、三期あるのかなぁ………。
映画とかでも総撃編や冥門編を見たいモンですが、原作の内容がバッサリ切られそうなので
やはりTVが良いですね。

で、今更ですがオリジナルキャラの紹介です。
主人公以外は余り深く考えて作ったキャラではないので、ぺラい内容になるかも知れません。

最初は主人公と相沢くらいしか紹介してませんが、
期を見て暇な時にでも特地戦力調査隊のメンバーとかを追加していこうと思います。
あと後付けせっt(ry


※火威 半蔵

 

三等陸尉。

初登場時29歳。特地入りした日が30歳の誕生日で本編終了時には31歳。

高校在学時には裏番だったが、成績・品行共に優秀(ただし高校のレベルは低い)。

三流大学入学後、趣味の領域ばかり勉強したために一年留年。

卒業後は特にやりたいことも無いので、必死な思いで勉強し、在学中から給料が貰える防衛大学校に入学。

任官後は北海道の駐屯地に勤務し、日頃から持ち合わせていた体力(と自衛官としては不真面目な態度)に目を付けられ、上司に冬季戦技教育隊のレンジャー教育課程に送られ(ちなみに特定ランクレベル以下だと原隊復帰か退職を勧告される)冬季遊撃レンジャー資格を会得。

この時に特殊作戦群の隊員数名と顔見知りになったが、寒過ぎる北海道と新たな事実の発覚に秋田駐屯地に転任。

零下20°を下回らない中で、ぬくぬくと雪像造りの腕前を鍛えつつ、巨乳の嫁さん探しをしていた。

そんな時に本籍地の新潟から実家経由で見合い話が来たのだが行き違いが発生。

実家から新潟に向かう最中に立ち寄ろうとした同人誌即売会に向かう道すがら、銀座事件に巻き込まれる。

ちなみに三兄弟の末っ子。

五歳上の兄と二歳上の姉がいる。

兄と姉は美形だが、半蔵本人は何故かガテン系(醜男とは違う)

キャラのモチーフはサイタマと鷹村衛と磯野波平と焼け野原ひろし系全般。

 

 

 

※相沢 航一

 

二等陸尉。

登場時32歳。日本帰還時に33歳。

大学在学中に学生結婚し、今は二人の子持ち。

特地派遣前は習志野駐屯地や練馬駐屯地に勤務。

元は習志野の特殊作戦群に在籍。

人の特性や特技を逸早く見抜くといった能力を持っている。

7組のマスター・サーバントシステムという事で、バーサーカーのコードネームを持つ者が存在するが、彼だったかは不明。

空挺徽章や射撃徽章を保有。

戦争終結時に負傷し、そのまま日本に帰還。

子供の小学校入学を機に練馬に転属するといったような、守りの人生哲学の持ち主。

キャラのモチーフは江田島 五郎 二等海佐。

 

 

※出蔵 尚

 

三等陸尉。

29歳→30歳。

火威の高校時代の部活の一年後輩。

現在は火威と同格ながら、三尉になったのは火威が先なので相変わらず後輩口調。

好みの女性は火威と似たようなタイプだったが、ダークエルフの女性を口説こうと習得した特地語で口説(おとし)たダークエルフは精霊種との混血のスレンダーな女性だった。

本編終了時には、特地の神の信徒となっている。

キャラのモチーフは、実際の庵パンの高校の後輩。



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外伝Ⅰ エルベの森の魔女
第一話 火威、帰還す


ドーモ、庵パンです。
サブタイ通りです。サブタイ通りの内容です。
そしてジゼル猊下がサブからメインヒロインに昇格です。
やっぱり猊下のヒロイン力は伊達じゃなかった。

でもジゼル猊下のヒロイン回ですが、次回に出たら暫く出なくなります。
そして栗林がヒロインとして登場するのが余りにも遅いので、外伝1からちょくちょく出していきます。


出蔵はアルヌスにて改装された食堂「あさぐも」の中の路地に面した席で昼飯を取っている。

日本の銀行から給料を降ろせなくなったというのに、幹部自衛官である出蔵は自衛隊の食堂ではしっかり金を取られる。

一応、帝国から日本へ支払われる賠償金の中から自衛官には給料が払われるが、それも小遣い程度の額しかない。

階級に応じて多少は色が付けられるものの、自衛隊の食堂とあさぐもで食べる額に大した違いは無い。

「遅ぇなぁ……」

出蔵に聞かせるように呟いたのは、閉門騒動時に手柄を立ててロゥリィ聖下に借金返済を免除してもらったジゼルだ。

彼女はどういう訳だか、借金が帳消しになったにもかかわらず未だにエプロン姿で食堂の仕事をしている。

最近では雑用だけでなく、料理を運んだり、暇な時間を見つけては作ったりもしてるらしい。

詳しい動機は不明だが、聞く話によれば「誰かさん」から「エプロン姿のジゼル猊下が良い」と言われたらしい。

その誰かさんからしてみれば、「普段のジゼル猊下は露出度が高くて目のやり場に困るからエプロン着用時の姿が良い」という意味だったのだが、ジゼルの考えはそこまで至らなかった。

「今日中には帰ってくる予定なんですけどね」

「帰ってきてもいきなり抱き着いてはダメよぉ?」

ジゼルの呟きに答えた出蔵だったが、そこに被せてきたのはロゥリィだった。

「おっ、お姉様!? 流石にそんなことしませぬです……はい」

「でもちょっと気を持たせ過ぎよねぇ。ヨウジィもそうだけどぉ、ヒオドシィもぉ実力では負けないのにぃ」

何の実力か思い返した出蔵は内心で冷汗をかいた。

閉門騒動時の騒ぎから、火威が隊内の女性自衛官に懸想している事を忘れ、もう少しでジゼルを崖から一押しするところだったからだ。

「で、でもその女と一緒になったとしても、オレ…でなくてアタ、ワタイが愛人とかでもっ!」

ナニソノ先輩リア充、とも思う出蔵であったが、ロゥリィは意見を返した。

「ヒオドシィがそれで構わないならねぇ。問題はぁ……」

ずっと二柱の話を聞いてるだけの出蔵に二つの視線が集中する。

亜神とは言え、視線だけで人は殺せないだろうが、二柱の視線に依る圧力はことのほか重たかった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

出蔵の知る限り、女好きである火威なら女性を立てつつも「嫁さん二人」とかいう行為はやり兼ねないと判断した。

むろん、それは帝国限定の婚姻関係であって、一応は日本の領地内であるアルヌス周辺や、再開通後の日本では不可能と言える。

配偶者とならず、愛人ないし事実婚状態のパートナーなら可能にも思えるが、日本に帰還した火威が妻の他に愛人を作ってしまうと大いに問題がある。眉をひそめる行為なのは国家公務員なら猶のことで、出世に響く可能性は大いに高い。下手すりゃ諭旨退職ものである。

まぁ、世間が許しても、火威が懸想してる相手とキャッキャウフフの間柄になれたら、その相手が許さない可能性もあるのだが。

ここまで話したところで、出蔵は次のように話を締める。

「まぁ、アルヌスなら滅多にマスコミ来ないし、事実婚くらいはアリかと思うっすけど判んないっすね。いや、ホント判んないっす。ゴメンなさい」

これを聞いたジゼルは頭を抱えて唸っていたし、ロゥリィは苦笑していた。

この日、火威とティトはアルヌスに帰ってこなかった。彼等が白い羽毛のチョコボと帰還し、発見されたのは次の日の早朝に、食堂「あさぐも」の前だったのだ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「まさかヒオドシが金盗まれるとはな」

ジゼルの給仕の傍らで、必死になって食い物を口に運んでいく火威とティト。

彼等が帰還する際に泊まった雑魚寝状態の宿で、火威の懐にあった金とロンデルで収集した情報を書いたノートが盗まれたのだ。

幸い、ティトは同じ情報を書いた羊皮紙を自分の下にして寝ていたので、情報自体は失われてない。ベルナーゴ神殿で買った鉱石魔法に使う紅い鉱石も、火威自身の下にして寝ていたので盗まれずに済んだという。

彼曰く、「すっごく寝難かった」らしい。それでも金が盗まれたことに気付かない程、彼の神経は太いようだ。

「しゃぁねぇな。盗んだヤツ見なかったのかよ?」

「いや、容疑者は判りますよ。特徴的でしたから」

火威とティトが言うには、宿舎の先客の中に禿頭(とくとう)の商人らしき男が居たが、盗まれた日の朝にはその男が宿から居なくなっていたという。

「なんだ、お前のお仲間じゃねぇか」

「失礼な! 猊下、俺は戦争では遠慮なく敵をブチ殺しますが、みみっちぃ盗みなんぞしませんよ」

ジゼルはからかったつもりなのだが、火威は憤懣(ふんまん)やる方ない態度を見せる。

本来ならジゼルは火威にでも抱き付いて甘えたい思いがあるのだが、レレイが伊丹耀司を攻略する方法を手本に、ミリミリと近付いていく手法を真似た。

かつて自分がテュバ山で二頭の新生龍と共に解体・幽閉され掛けるに至った力を持っている(と思い込んでいる)イタミと同じように、アルヌスに出現してから即座に蟲獣の大群を屠った火威にも似たような攻略法が有効と思い込んでいるのだ。

実際には伊丹と火威はオタクという共通点しかなく、女どころかエロ本にも飢えている火威に抱き付いたなら、その夜にでもアルヌスの森で一晩掛けてしっぽりと丹念に美味しく頂けたであろう。そんなことを知る筈も無いジゼルは、実に惜しい機会を逃していた。

 

朝の仕事が終わり、エプロンを取ったジゼルは「あさぐも」から丘の下へと向かった。今は借金を拵えてるワケではないので、必死になって働く必要も無いのだ。

向かった先は(かつ)て自衛隊と戦って散華し、今はアルヌス協同組合が管理している連合諸王国軍の兵士達の墓地だ。

ジゼルはこの場所にハーディーの神殿を建立する為、ロゥリィから割譲してもらっている。

最初は整地費用に頭を悩ませたジゼルだったが、連合諸王国軍の兵士らが金品を持ったまま埋葬されたという話をテュカから聞き、再び弔うことを条件に利用できることになっている。

しばらくすると、閉門騒動時にジゼルと翼竜達の活躍で助けられた自衛官の中の仕事が無い暇な者や、アルヌスの住人が手伝いに来た。その中には火威も居る。

彼は遠出から帰った後に、また離れた場所に行く任務が控えているので五日間の休暇を貰っている。

だがこの休暇、日本に帰れるなら有り難いものなのだが、閉門されている上に移動手段が限られている今では厄介なものにしかならない。だから暇潰しに神殿の整地作業の手伝いに来たのである。

そういった自衛官の事情を知らないジゼルは、ときめいてしまった。そのせいか、彼女には火威がこの上無く男前に見えてしまった。いや、実際に男前とは言える面構えだったのだが、色々と残念な条件が揃ってしまってラスボスめいた面構えになっているのだ。

遺体を掘り起こして金品を回収するという作業は、予想通りにSAN値が削られるものだった。完全に骨になっていれば良いが、骨になりかけとかだとゴリゴリとSAN値が削られていく。

翼竜や飛龍の手伝いが無ければ、出蔵あたりは発狂してたかも知れない。

(手持ち無沙汰が無くなったのは良いけど、これはこれで……)

栗林も五日後にエルベ藩国に行く任務が控えているから、今日は休暇の初日である。

 

火威と出蔵、そして栗林には一つの任務が言い渡されていた。

本来なら幹部自衛官一人と四人の現地協力者という小さな構成の班で行われる任務なのだが、最初にエルベ藩国側から火威が名指しで指名され、それに追い打ちを掛けるように当該地域に無肢竜が出現したという続報が来たのである。

元はそこまで大きな任務ではなかったのだが、出現した無肢竜はエルベ藩国としても無視出来ない程の被害を出している。

そこでエルベ藩は軍人を出し、それに見合う形で自衛隊側からも複数の幹部を含む自衛官を派遣する事になったのだ。

ジゼルが言うには、ドラゴンとは言え無肢竜程度だと特地の戦力では苦戦するらしいが、自衛隊や火威にとっては指先一つで倒せる相手だそうだ。

派遣される自衛官の中に女性自衛官が居るのは、エルベ藩国側で協力を申し出ている賢者が女性だかららしい。

そこで栗林が選出されたのは、エルベ藩国側に指名された火威としては嬉しいところである。

そうして選出された人員は、傭兵の仕事で他の場に居るアリメルを除いては、ジゼルの他はこの場にいる全員だ。

 

そして本来の任務の内容の始まりは、帝国との戦争中にまで(さかのぼ)る。

柳田二等陸尉が炎龍討伐に際してエルベ藩国内王のデュランに、自衛隊の越境許可の承認と新規開発された金銀銅山の半分と、それ以外の全ての地下資源を要求したことがあった。

ガチ保守愛国者の火威から見ても、中々に欲張りっぷりな資源外交だと思うが、門の再開通が成った暁には相手の無知につけ込んだ不平等条約と言われ兼ねない。

狭間陸将も以前から同じように考えていたのか、ゾルザル派の帝国との戦争が終わって門が閉鎖された直後からエルベ藩国の貴族と交渉を開始し、彼の国の官僚らが自身の国内で行える温泉産業を思い立ったのである。

ファルマートに於いては、敢えて「産業化」することは無かったらしいが、エルベ藩国の特定地域に住む者には一般的であった。その中の賢者は以前から温泉に浸かっていたらしいが、客を呼ぶ産業ならファルマート大陸で一般的な硬水ではなく、水質を一段階上げて観光向けにする事が考えられた。

だから火威は任務としてロンデルに住む鉱物の専門家、レレイ・ラ・レレーナの義姉、アルペジオ・エル・レレーナから意見を聴聞し、可能な場合の方法を確かめに行ったのである。

 

「そういや先輩、ロンデルどうでした?」

遺体を再葬しながら出蔵が尋ねる。

「面白かったよ。色んな種族が居たりしてね。中にはリザードマンっぽい人もいたし、泊まった宿では手乗り妖精(フェアリー)が働いてたよ」

火威とティトは、以前に伊丹が泊まった書海亭という宿に、ロゥリィから紹介状を書いてもらって泊まったが、その従業員の中には見た事のない種族がいた。

悪所でもリザードマンとも言える種族は見たがフェアリーは居なかったので、栗林は驚きの声を上げた。

「あとな、研究窟はU○Jみたいで面白かったよ」

「え、何それ……。学術都市じゃー」

耳を疑ったのは栗林だが、続けられる火威の言葉で一応だが合点を得る。

「賢者が隔離されてる研究区からは水とか火とか、色んなモンが出てさぁ」

にもかかわらず、火威とティト滞在中には怪我人も死人も出ていない。

「リンドン派では先ず最初に防御魔法を憶えるからな。多分これのお陰」

言いながら、火威は眉毛一本の半分を贄に幕のような物で身体を覆ってみせた。

「おっ、スゲェ。Iフィー○ドみたいだ」

「………………」

オタク嫌いの栗林が居る事を考え、心の底で謝りながらナニヲイッテンノオマエ、の視線を贄にした出蔵に送る。

「そういやカトー先生が言うにはアルペジオさんがナイスバディ―って聞きましたけど」

「あぁ、その人はな……」

確かにナイスバディ―の美人だったけど、なんか雰囲気が怖かった。長野に嫁いでる姉を思い出した。イケメンエルフの彼氏が居るのに、きっと金で苦労するとあんなになっちゃうだろう……。そう語り終えると今度はティトが口を開いた。

「ヒオドシさん、凄いですよ。ちょうど開かれてた学会で博士号とっちゃったんですから」

「えッ!? 何をどうしてっ?」

出蔵と栗林が声を揃えて問う。如何に魔導の才覚があると言っても、火威はこの世界の初心者。そんな者が三ヶ月滞在しただけでロンデルで高位の称号を得るのだから、金で買ったか持ち前の威圧感で得たんじゃないかと邪推してしまった。

「あ~、そりゃぁな、波動砲も魔導グライダーも精霊を使役しちゃうから……」

水泡で身体を覆い、マグロ並みの速さで水中を泳ぐ方法を立案したのである。本来は学士号目当てだったのだが、有用性と奇抜性が評価されて博士号を貰ったのだ。あっさりと博士号を取得してしまった後は、苦労して同称号を手に入れたアルペジオに対して、もの凄いバツの悪さを感じていたという。

「そ、そりゃ凄ェ……」

そこまで話すと話題が尽きたのか、火威が思い出したバツの悪さが伝染したのか、皆が黙々と作業し始める。

だが、ふと思い出したように出蔵が問いかける。

「そういや黒いチョコボ、どうしたんすか?」

火威は、少し前の事を思い出して答える。

「すごく……美味しかったです」




行き成りですが、外伝ではR-15程度のエロさを書こうかと考えています。
いや、外伝全部でエロさを出すのは不可能かも知れませんが……。
というか進んでエロいのを書こうにも書けませんが、取り敢えず外伝Ⅰはエロさもあります。

で、最初の外伝1は
モンハンとテルマエに現代兵器と魔法が合わさった感じになると思います。


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第二話 72時間耐久グルメレース(上)

ドーモ、庵パンです。
今更ですが、この外伝Ⅰは原作の外伝Ⅰより結構前の時系列という設定です。
そして、庵パン小説に出てくる外伝のオリキャラは
原作の雰囲気とかブチ壊しかねないキャラ設定です。

いや、既に主人公からしてオカシイんですが、今までは原作の雰囲気を大事にしていました(そのつもりです)
でも今度出てくるオリキャラはちょっとアレがアレなんで…… (;´д`)

で、今回はまた二部構成です。
構成が下手過ぎて、一回にまとめる事が出来なんですよ。

そして、お気に入り指定数が260を突破!!
皆様、本当に有難う御座います!


ベルナーゴ神殿からアルヌスに帰る途中に泊まった宿で金を盗まれた火威とティトは、腹が減っても食糧を買う金も無いので当然のように帰還の足も鈍くなる。

防御魔法と浮遊の魔法をミモザ老師から教わった火威であるが、生体に浮遊の魔法を使うのは大変危険なので、飛んで帰るという選択肢は絶たれた。

ちなみにティトもミモザから簡単な魔法を教わりはしたが、彼が使うと精霊魔法になってしまうので使えずにいる。それでも彼の母親の精霊種エルフは、このロンデルで賢者号を所得し、博物学の中の生態学の専門らしいが、窮理(物理)も得意としていた。だから、その息子であるティトも諦めてはいない。

この心穏やかなダークエルフはシュワルツの森のダークエルフの部族の中でも、変わり者として認識されていたらしいが、彼の両親もかなりの変わり者だったらしい。

一般的にダークエルフとエルフの仲は悪いとされるらしいが、彼の父親の変わり者ダークエルフは、変わり者の精霊種エルフに一目惚れして、二度も子種を儲けたそうだ。

その子種の一つが育って出来たティトが、変わり者でない訳が無い。ロンデルの学徒として生活するフラット・エル・コーダという、これまた変わり者のエルフの研究成果を熱心に聞いて羊皮紙に書き留めていた。

エルフという寿命の長い種族は、音楽や武芸にしても、気が向いた時や暇な時に手慰みに嗜む程度でも、百年や二百年続けていれば玄人の域に達してしまう。

その中でティトやフラットのような者は知的好奇心が刺激され、自ら進んで新しい領域をその目で見ようとする者が出てきたのだろう。

閑話休題……、

兜跋を持ってきていたなら、竜甲の鎧を浮遊させてティトを肩車して帰れただろう。

しかし、その兜跋はウロビエンコの戦いで破損したので、アルヌスの職人に仕事を与える為にも修理に出してる。

人間の方は空腹を紛らわす為に水を飲んでごまかせたが、二人を乗せるチョコボらは、水だけという訳にはいかない。

火威を乗せる黒いチョコボの方から倒れてしまったのは、この一年の間に急激に筋力を付けた火威を乗せていたので当然とも言える。

こうなってしまうと、採るべきは一つ。火威達に出来たのは、黒チョコボを食べることだった。

半ば、情が移っていた旅の仲間を解体して食べるのは、火威の心情的に難しい……かと思いきや、ティトがさっさと黒チョコボを〆て解体してしまった。

犬猫どころか修学旅行で見た牛にさえ愛情を抱いてしまう火威より、シュワルツの森で牛馬や鳥を家畜として育ててきたティトの方が動きが速かったのだ。

 

そんな事もあって、火威の休暇二日目からはアルヌスの丘で「もしもの時の非常食」作りが始まった。

ファルマートに於ける一般的な非常食というと、多くの一般民衆に問うと干し肉や干した果物という答えが多い。実際その通りなのだが、これだと盗まれる可能性がある…と考えるのが火威である。

一から作るとしても、出来れば容易に材料を用意し、誰にも盗まれない物が良かった。

そこで思い立ったのが、一応は非常食として認識されている味痢召を丹念に調理するという事だ。

本当なら第三偵察隊の陸士長で、元板前の肩書を持つ古田陸士長に「味痢召を貴族の晩餐に出せるレベルに昇華」させるというムチャ振りを計画していたが、彼は日本に帰ってしまったので不可能である。

仕方ないから自分で昇華させるしかないのだが、火威が思うに、味痢召の不味さは味とか、匂いとか、歯が立たない歯応えとか、その辺りにあると思う。

早い話が全部なので火威が思わなくても明確なのだが、これを1つずつ打ち消していかなくてはならない。

火威は歯が立たない歯応えの原因である白細豆から攻略しようと考えた。

まず火が通り易いよう白細豆に穴を空けるところから始める。しかし火を通しても石のように堅い白細豆だ。火が通り易いように穴を空けようにも、趣味の為に隊からゴボウ剣を借りる訳にもいかないので、栗林からコンバットナイフを借りた。

だがそれでも刃が立たない。刃が欠けると申し訳ないので、白細豆に穴を空けるのは断念せざるを得ない。

手段を変え、圧力鍋を使うことにした。

自衛隊の食堂から圧力鍋を借りるのは不可能なので、商店で買った鍋に蓋をして、決して蒸気が漏れないように重しをする他なかった。

アルヌスの街から離れ、ジゼルが割譲してもらった神殿建立予定地に近い場所で仮設の竃を拵えて、そこで圧力鍋(仮)を据えて焚く。

そこまですると、白細豆が柔らかくなるまでにも時間が掛かるだろうから、昨日に引き続きジゼルの手伝いをしに行く。

実はこの日、火威含む少なくない自衛官が丘周辺の町で黒妖犬の群れが確認されたことから、徹夜で警備に当たっていたのだ。

本来は休暇の筈の火威だが、一時返上して後日の任意の日に回したのである。同じ事を考えたのは、出蔵と栗林も同じだ。若い自衛官が一日程度の徹夜で参る程の体力ではない。

そしてこの日、ジゼルを手伝う者は火威と出蔵しか居ない。栗林は門が開いている時、アルヌスに作られた「錬武館」という純和風の道場で、アルヌスの傭兵の何人からお突き合いを申し込まれている。

傭兵だから武芸の心得もある者ばかりだが、火威が見たところ栗林が圧倒している。若干、心配した火威だったが、栗林はまだ全然本気を出していない。安心すると共に、何時か越えなくてはならない壁の高さを実感した。

壁の高さを再認識しながらも、富田二曹への横恋慕が収まったのかと安堵する火威は知るまいが、横恋慕中の最中に複数人の傭兵の誘いが煩わしいから、拳で判らせてやろうと思い立った栗林なのである。

ティトはカトーに師事をしていたし、アリメルは昨日に引き続きヤオと共に傭兵の仕事だ。

一人の遺体から金品を回収し、再葬し終えたところで出蔵は火威に訊ねた。

「先輩、一つ伺いたいことがあるんですけど……」

なんだぁ……と、返答だけを返した火威に出蔵は言う。

「エルフが成長する速さって、やっぱ遅いんですかね?」

出蔵の疑問は、火威も感じたことのある疑問だった。とは言え「彼女に聞けよ」思う内容である。実際、そう答えたのだが出蔵は駄々を捏ねる子供のように返してきた。

「いや、だって怖いでしょ。アリメルとの子供の成人時に俺が過去の人っていうのは」

どーしてそういうことを交際する前に考えないのか。そう考える火威であるが、後輩の近い将来に大きく関わりそうなことなので「相談」という形でロンデルで見知った知識を披露することにした。

「ロンデルで会ったエルフが言うには、彼が16の時には故郷の森をうろつける程度だったから、青年期が長いだけなんじゃないかなぁ……」

力の弱い幼児期が長いのは、生物として不利な条件にしかならない。そう思って導き出した希望的推論なのだが、特地に於いては日本がある世界の常識など通用しないことが多い。

特地派遣隊の自衛官でこそ、やっとこの世界の常識やルールが判ってきたのだが、以前は映画やゲームの中にのみ出てくるようなゾンビの報告まであった。ロゥリィ聖下やジゼル猊下が言うには「ゾンビ」など生ける屍の類は滅多に見ないし、反魂の呪文を使った魔導士も使徒に首を落とされるから、通常は発生しない存在らしい。

それにロンデルでミモザ老師がロゥリィ聖下と旅をしていた時の話を聞くと、どうしても「ゴーレム」と思いたくなるような存在も有ったりする。

だが、そのようなイレギュラーな事態が存在するのが特地である。

「まぁ、ティトとかあれで150歳越えてるけど……。でも栗林も25であの背丈だろ? 個人差だよ」

「……栗林二曹、25歳だったんすね」

出蔵は胡乱げな目で火威を見る。その目には、どうして知ってんだワレ……と、ストーカーを非難する色合いが読み取れた。

「丸山から聞いたんだよ。まぁ聞いた時は24だったけど」

「あぁ、丸山二曹からね……」

そういえばこの先輩は戦争中に背の高い女性自衛官から背の低い女性自衛官の攻略法とか、その他云々聞いていたなと、思い出した。

そして、背の高い方の女性自衛官からの言伝も思い出し、伝えた。

「えー? 俺が? そんなことするワケないじゃん」

アンタだから心配したんだよ、と思う出蔵である。とりあえず火威が栗林に交際を申し込む際に、土下座で頼み込むようなことはするなという忠告を伝えることが出来た。

今の火威なら髪の毛がすっきりと(無くなって)していて、二ヶ月前のような落ち武者めいた頭ではない。

これなら容姿の良い栗林に告白しても不釣り合いになることは無い。

「まぁ土下座するとしたら俺に後暗いことがあった時だな」

してしまうんかい、と出蔵は目を瞬かせた。

そんな会話をしてから作業を続け、最中に昼飯を食べ、それからまたハーディの神殿を建立するために金品の回収と再葬を繰り返す。

本日20体目の遺体を再葬し終えた時には、陽が暮れ始めていた。

「あぁ、今日はそろそろ終わるか。ヒオドシもデクラも疲れたろ? ご苦労さん」

何時の間にか他人を労うという事を覚えたジゼルが、二人を慰労する。最初にアルヌスに来た頃から、随分と変わったもんだと思う出蔵だが、火威にとってはそこまで変わった気がしない。

期せずして秋葉原デートした時から中々良い女だとは思っていたが、神様相手に恋愛感情を持つのは、火威の中では虚しいことだと考えていた。それに亜神は子供を産めないという話は既に知っているので、実に残念に思っている。

なので、一線以上の交際する気は始めから無いのだから、余り思わせぶりをしないように気を付けているつもりであった。

だが「じゃあ、また明日に」と、閉門時の借りを返すつもりの言葉でも、ジゼルにとっては睦言にも等しい期待感を与えてしまうのである。

円匙を担いで商店まで足を進めると、向こうからドワーフが走ってくる。兜跋の修理を依頼した武具商で働いている職人だ。

走るのが大変そうなので火威からも小走りに歩み寄ると、修理が完了したと言う。助かることに、つい先日ロンデルで手に入れた特殊加工した木材や、ベルナーゴで購入した鉱石も指定の部位に嵌め込み済みだそうだ。

「宝石が触媒なのは判るとして、あの木はなんですかい?」

「あぁ、俺もロンデルで知ったんですけど、障壁……防御用の壁を張る魔法が使えるんですよ。今度は無肢竜と戦いますからね」

軽く驚いてみせるドワーフは「アルヌスの魔導士はドラゴンスレイヤーか」とレレイの炎龍退治を引き合いに出した。

とは言っても、レレイは炎龍を倒したのはテュカだと言っている。

「大賢者カトーの弟子、レレイ・ラ・レレーナ」という物語り(という名の報告書)には悪質な歪曲がなされているとも言っていたそうだ。

引き渡された兜跋の篭手を着用し、新たに取り付けたウィンチ・ギミックのワイヤーを浮遊の魔法を応用して伸ばしてみせる。

その火威に、ドワーフは言った。

「そういやヒオドシの旦那」

「はい?」

「朝に買ってた鍋で何、作ったんですかい?」

「……………………あ゛ッ!」

完全に忘れていた。

そう思ったが早いが飛ぶようにジゼルの神殿予定地前まで向かう。

そこで火威は、圧力に耐えきれずに吹き飛んだ即席圧力鍋を見るのだった。




なんかまぁ……あんまり進んでないです。
次回のグルメレース(下)ではエルベ藩国に出発させたいのですが、問題は庵パンの構成の下手さ加減です。

そして、ゆっくりと進めていく予定なので、一週間に一回の投稿が精々になるかも知れません。
なので次回はちょっと遅くなるかも?
漫画版の更新が月二回に戻ったら庵パンも頑張りまs(ry


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第二話 72時間耐久グルメレース(下)

ドーモ、庵パンです。
やっぱし予定通りの投稿とは行きませんでした。
最近はこの路線で良いのか……と思ったり思わなかったり。
あ、最初に出てくる人の元ネタは某ガンダムに出てくる中将閣下です。
ところでデュランてアニメでは陛下と呼ばれてた気がするんですが、どう表記したものか迷ったので、ここでは国王って表記してます。


シュワルツの森から程近い丘にある、エルベ藩国の砦では、軍に籍を置く貴族らが慌ただしく動き回り、周辺の村々に放った斥候から次々と伝達を受けていた。

既に一つの村が荒らされるように消え、生存者が森に住む賢者が私営する施設の宿に世話になっていると聞く。

「早くウロビエンコの悪魔を呼べ!」

エルベ藩国の侯爵、エギーユ・エル・ドリートは、伝達を受けた下位の兵卒に激しい口調で鸚鵡鳩便の使用を言い付けた。

本来なら民草の面倒など国や貴族が見る義理は無いのだが、今度予定されている事業にはニホンと、彼の国の軍であるジエイタイの構成員の一人に執着している森の魔女の協力が欠かせないのだ。

アルヌス出兵から長らく行方不明になっていたデュラン国王は、ジエイタイの施設で治療を受けた後に帰国している。だがその過程で、炎龍討伐が目的とは言え少なくない戦力の越境を許し、剰え国内資源の採掘許可を許している。

これに反発するエルベ藩国の諸侯は少なくない。当然のようにニホンに良い感情を抱く者は多くは無いが、エギーユはテュバ山が噴火したかと思う程のジエイタイの攻撃と、それに一瞬で屠られた二頭の新生龍を見ている。

それに森の魔女と呼ばれる世界の庭師の不興も買いたくはない。

だから、そのジエイタイから忌避されるようなことや、賢者の指示を無視する訳にもいかないのである。

数日前にフルグランスを持つ傭兵団が無肢竜の棲む洞窟に入っていったきり、何の報告も無いのは痛かった。

鎚下が鍛え上げた剣を持つ者が居る傭兵ならあるいは……と思ったが、剣の使い手が悪かったのか無肢竜が異常に強かったのか、失敗してしまったようだ。

エルベ藩国の軍は一年程前にアルヌスで痛撃を受け、現段階は再建中である。無肢竜程度なら討伐出来る筈だが、壊滅したと思われる傭兵団もその殆どの戦士が一騎当千にも相応しい力を以て、先の内戦で活躍した者達だ。

その事を考えると、軍が受ける被害が尋常なものではないであろう事が予測出来る。

エギーユから指示を受けた兵卒は、エルベ藩国の願いが篭った小さな手紙を鸚鵡鳩の足に括り付け、大空に飛ばしたのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

圧力鍋(仮)を盛大に吹き飛ばした火威は、その日の内に味痢召を炊き直した。

店が閉まる前に急いで代わりの鍋を購入し、再び使えるようになった魔法で白細豆に一つずつ穴を空ける。

そして鍋に放り込んで普通の蓋だけして炊いたのである。

ティトなんかは、面倒臭がらずに法理を開豁(かいかつ)すれば良かったのになぁ……と思うであろうが、実のところ最初から毛髪を使って法理を端折り、原理に干渉する魔法を使った火威しは法理というものを知らない。

そんなワケで一晩中、白細豆を煮ていたが、寝てる間に水が蒸発して空焚きになっても悪いので、鍋の近くの野原で寝なければならなかった。

ついでに、黒妖犬の群れは未だアルヌス周辺に出没するので火威はその晩も警備に出ていた。

が、空焚きを恐れた火威は鍋の火を消して行ってしまう。いっそのこと、一度しっかり寝てから再び味痢召を昇華させるべるその腕を振るえば良いのだが、体力オバケと方々からも言われている身でもあるし、休日返上して都合が良い日の有給休暇が欲しい思いもある。

徹夜二日目だが、幹部レンジャー訓練に比べればまだまだ余裕だ。黒曜犬が現れても他の班の場所だったし、特に火威が働くような事は無かった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「あれ? 栗林、なんか肌艶が良くね?」

火威は再びアルヌスの錬武館に来ていた。

今日のジゼルの神殿作業には傭兵の仕事が無いアリメルが来ているので、煮てる白細豆への注水は彼女にお願いしている。

水を入れたポリタンクと給水ホースを用意したので、そこまで手を煩わせない筈だ。

「あぁ、栗林二曹は白兵やるとツヤテカするんですよ」

火威に教えたのは倉田三曹だ。彼は過去に栗林と同じ第三偵察隊員として旧難民の自活のため、翼竜の鱗をイタリカに売りに行った時に、元連合諸王国軍の盗賊団相手に無双した栗林に(比較的ではあるが)近くに居た。

若干だが、栗林の眼鏡に適う者が現れ、その日の晩にでもナニをしてしまったのかと心配した火威だが、栗林がそういった類の(自身に似た)人間だと知れば疑問は解けた。

昨日に引き続き、栗林は傭兵相手からお突き合いを申し込まれて受けている。その中には本日仕事の筈の者も居るから、自営業者が栗林の都合に合わせた可能性がある。あるいは栗林が都合を合わさせたかだ。

後者はちょっと、オークっぽい非常識さがあるので考えたくない。前者なら、懸想してる相手がマドンナめいたモテモテ感で、一種の嬉しさすらある。

実際のところ、栗林はマドンナとは全然違うキャラなのだが。

また一人の傭兵から一本取った栗林は、弟子のように背後に控えてる犬耳少女からタオルを受け取って汗を拭いている。

その栗林が倉田と並んで話す火威に気付いたようだ。

「あれ? 三尉も稽古希望ですか?」

その言葉は、今し方やっていた事がお突き合いですらないようにも聞こえる。

事実、全て早々に栗林が余裕の一撃で決めていたので、お突き「合い」では無い。

「いや、俺は白兵の参考になればと思ったんだけどね……。お前が強過ぎで参考にならんわ」

ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らす栗林。

「三尉なら良い勝負、出来ると思いますよ。負ける気ありませんけど」

それは誘いなのか? 誘っているのか?と思う火威だが、本当のところはイタリカでもフォルマル邸でも魔法で大分楽をしたので、「また今度」と言ってジゼルの神殿予定地まで向かった。

アリメルに礼を言って鍋を引き継ぎ、フォークで白細豆を刺してみると未だ石のように堅い。注し水をしてから今しばらく炊き続ける。

それからジゼルの手伝いに行ったが、この日は将軍級の人物の墓を暴く事ができたので、若干だが一足飛びで目標の金額に近付いた。

暴くと言うと実に人聞きが悪いのだが、歴史的価値も無いので“失礼した”と言い直す事にしよう。

昼飯を食べて午後からは栗林も来たが、聞けば明日も「お突き合い」が控えてるという。

アルヌスの傭兵ってそんなに多かったっけ? 二回か三回、並んでるヤツ居るだろ。と思う火威だが、その実態はこの機に栗林の胸を狙う者が住民の中からも参加しているのである。

むろん、そのような不埒者がお突き合いに(かこつ)けて、お突き合いの最中に馬鹿な真似をすれば、その股の棒を暫く使用不可能にされている。

「栗林、今夜は黒曜犬の警備なんぞに当たらず、ちゃんと寝れよ」

「……? 大丈夫ですよ。ちゃんと部隊で行動してるんですし」

理由も明確でない火威も言動に、訝しさを感じた栗林が答えるが

「あぁ、道場でずっと百人組み手みたいなことしてんだろ? ちゃんと寝ないと素人に後れを取るかも知れん、ってことだよ。 避けられるリスクは避けろって」

最悪の状況を考えて行動しろ、とも火威は言う。もっとも、この場合に最悪の状況は火威にとっての最悪の状況なのであるが。

栗林のお突き合いリスクの事も考えて、休暇帰還終わらねぇかなぁ……と考える火威である。

そしてその願いは、実に予期せぬ形で実現することとなった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

黒妖犬と味痢召で、結局三日連続徹夜になってしまった火威の体力と精神力は先細り、視覚化出来るならば枯れ枝のような状態になっていた。

だが実際には枯木のようにはなっていないので、戦争末期に転戦して敵を屠りまくった体力馬鹿の火威を心配してくれる者はジゼルを含めて居ない。

黒妖犬警備の後に味痢召を炊き直した火威は、やっと白細豆を簡単に歯で噛めるようになった鍋にトウガラシに似た香辛料を大量に入れる。以前、トウガラシの辛味や、トマトには旨み成分であるグルタミン酸が豊富に含まれているという話を、戦力調査隊の宇多から聞いた事がある。トウガラシの辛味を抜く方法もあるらしいが、詳しい話は聞いていない。

そして決して柔らかいとは言えないフラ麦も、夜中の内に投入してやさしい歯応えになっている筈だ。

見れば鍋の中は地獄を思わせるような真っ赤な色に染まっているが、確実にクッソ不味い味痢召の色ではない。

それに、コキュートスという寒々とした地獄もあるではないか、という理由には成らない動機を胸に、遂に火威は新型の味痢召改を一掬いして口にした。

「……………………」

少しだけ長い吟味の後、「プガッ!?」と勢い良く味痢召改を吐き出した火威が、そのまま仰向けになって地面に倒れる。

不味いものの味を下手に変えても、更に不味くなるだけだった。それが判っただけでも良しとしよう。

もしも呑み込んでたりしたらと思うと、考えただけで恐ろしい。

こんな事の為に二日以上徹夜していたのか。そんな事を考えると、火威はそのまま寝て夢の世界に旅立っていった。

 

 

* *                             *  *

 

 

「先輩。先輩! 起きて下さい!」

出蔵の声に、夢の国から強制送還された火威が、緩慢にむっくり起き上がる。

腕時計を見れば、先程から十分も経っていない。

「あぁ、すまん。ちゃんと部屋帰って寝る。あと、そこにある鍋な、危険物だから誰にも触らせないようにしといて」

起きたら片付けるから、という火威の言葉を遮り、出蔵は続ける。

「エルベ藩から鸚鵡鳩の連絡が来たんですよっ」

鸚鵡鳩とは、地球世界の鳩に似て帰巣本能を持つ鳩に似た鳥だ。その帰巣本能を利用した伝書鳩を、富田二曹は自身の子を宿したボーゼス・コ・パレスティーの生家であるパレスティ侯爵家に、この鸚鵡鳩を伝書鳩のように使う事業を献策したのである。というのも、かつての敵兵の子を宿したボーゼスには水面下で縁談が進んでおり、托卵を目論んでいたのかと誤解されて縁談は破談。実家は帝国貴族社会から爪弾きされて財政状況が傾いたのである。

ちなみに縁談先はゾルザル派の貴族だったために、破談に成ったのは怪我の功名とも言うべき事であった。そもそも、縁談の事などボーゼス本人は知らない。

さておき、この鸚鵡鳩通信は未だに試験段階であるものの、その有用性は着実に示されつつあった。

当然の事ながら、エルベ藩国からアルヌスまで鳩を飛ばすには、少なくとも一度はアルヌスからエルベ藩国まで鳩を運ぶ必要がある。試験段階でもあることから、そう気楽にしょっちゅう使えるものではない。

 

「まさか急を要する事態とは……」

強化された兜跋を着た火威が、携行していくべき装備を鞍に乗せた翼竜の前に進む。

鸚鵡鳩通信の内容は、想定を遥に上回る無肢竜による被害と、その被害を食い止める為の応援要請を至急求める物だった。

「高機使えないの? 燃料用意してたじゃん」

火威は携行していく装備を用意する傍ら、車の燃料を運搬用タンクに入れる栗林を見ている」

「あれは伊丹二尉がロルドム渓谷に放置した高機動車用です」

「炎龍斃した帰りはヘリでしたからね」

栗林の言葉を、その場に居た出蔵が補足した。

「ってか先輩、行きから兜跋着て行くんすか?」

「…………うん」

深くは語らない。

実は、エルベ藩国に行く方法は以前から決まっていた。

空を飛んでいくのが一番早い。だが自衛隊のヘリコプターを使うにしても、残りの燃料が多くないのでここぞという時にしか使えない。

そこにジゼルが火威の任務と聞き付けて、三頭の翼竜と装備運搬用の貨物を運ぶ一頭の飛龍を貸してくれたのである。

「ア、うん。猊下、有難う御座います」

「良いってことよ。お前らにゃ世話になってるからな」

ジゼルとしては良かれと思ってした事だが、火威には余り嬉しくなかった。早々と兜跋を着用してるのは、落下してしまう事を前提にしているのである。

ジゼル曰く、一頭につき二人が乗れるという。

携行していく装備と資料、その他諸々の確認する火威達。

その後、自衛官とエルフを乗せた竜の一団はアルヌスの丘を飛び立っていった。




ちょいと次回は空中での会話もある予定です。龍玉Zに迫る進みの遅さです。
そしてこの後はメインヒロインに昇格した猊下が出る予定は……ある、かなぁ……?

そんなワケで、
ご意見、ご感想、疑問、誤字・脱字へのご指摘等御座いましたら忌憚無くお教え下さい!


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第三話 天航から地吶へ

ドーモ、庵パンです。
だいぶ久しぶりになりました。
ゆっくり進めよう…! と思ってら凄くゆっくりになってしまいました。
で、ようやく久しぶりの戦闘回ですが、全然戦闘してません。
言うなればストフリがターキーショットしてる感じです。


4月14日
サリメルの名字変更。


魔導グライダーを使っていた時も同じであった。

滑空する翼竜の背中に乗っていると、何もする事が無いので非常に眠くなる。

これがハンドルを操作する車や飛行機なら緊張感もあるのだろうが、火威なんかは特に眠い。いや、車や飛行機でも今なら居眠り運転してしまうかも知れない。

これで火威の後ろに乗って彼の腰に手を回すのが栗林やジゼルだったら寝てしまうだろう。まぁ男のティトでも丁度良い具合の体温だから、寝てしまいそうなのだが。

「……………………スヤァ」

「ちょ!? ヒオドシさん! ヒオドシさん!」

ティトは翼竜に座したまま寝息を立て始めた火威の肩を叩き、必死で起こそうとする。夢の世界の門戸をノック中だった禿頭男は、再び現世に連れ戻された。

「あ、大丈夫。寝てないよ」

よしんば寝たとしても落ちないよ、と鸚鵡鳩を入れた竹の籠が付いた鞍の金属製の輪っかに、兜跋の篭手に増設したウィンチギミックから伸ばしたワイヤーの先のフックを引っ掛ける。

「ま、まさか先輩、寝ずに非常食研究とか……」

「ティト、ヒオドシが寝ないようにずっと話し掛けてるのよ!」

火威が乗る翼竜の異常に気付いた出蔵が呟くと、栗林の前に乗っているアリメルがティトに指示する。

ちなみに出蔵は一人で翼竜に乗っているので、少し多目の予備燃料と対物ライフルを携行しているし、飛龍はその足にオリーブドラブのコンテナが詰まった貨物を確りと掴んでいる。

「いやぁ、大丈夫大丈夫。いざとなったら空だって飛べちゃうよぉ」

ダメだコイツ早く何とかしないと! そう皆が思った。眠気が度を過ぎて世迷言を言い出したのかと思ったが、竜騎兵でもない彼等は目的地まで火威が落ちないように努力するしかない。

火威としては世迷言でもなく、単に「浮遊の魔法」を兜跋に使った事が無いだけなので、皆が思う程心配してもいない。

「あー……そうですね、それじゃー……」

「あ、それじゃティトさ、好きな女性のタイプ教えてよ」

お喋りが苦手なのか、話題を広げるのに苦労するダークエルフを見兼ねた火威が助け舟を出す。

それならと、ティトは“指折り”言い出した。

「同じ(?)ダークエルフのヤオさんですかねー……」

「ほほぅ、やはり年上好きか」

火威にも覚えがあるが(実年齢はどうあれ)この年頃の時分には大人っぽい女性に惹かれるものだ。だがティトの言葉はまだ続く。

「あとニホンに帰ってしまったけど、マルヤマさんとかウダさんとかクロカワさんとか」

デリラさんとかテュカさんとかドーラさんとか、同じく食堂で働いている毛長種キャットピープルの方とか……。

「あとクリバヤシさんも良いですね」

「そ、そうか……」

最後は駄目だぞ……そんな言葉も脳裏に過ぎらせつつ、温厚ダークエルフが予想もしてなかった肉食ダークエルフだった事に驚愕する。お陰で若干だが眠気が醒めた。

本当なら火威がタイプの女性を話す番なのだが、戦力調査隊で話したからこの話題は終わっしまっている。

すると待ってたのかのように出蔵から楽器についての話を振ってきた。むろん、離れた翼竜の背からでは大声を張り上げないと伝わらない。

百歳も二百歳もするエルフは、様々な域で玄人のレベルに達するのは、アリメルと付き合い、結婚も秒読みに入っている出蔵は勿論、火威も栗林も知っている。だから自衛官はこの場に居る二人のエルフの答えを期待した。

実際にティトはケーナという葦笛を手慰み程度に吹けると言う。アリメルは音楽の神の名を貰っているが、彼女が奏でられるシタールという弦楽器はそれほど上手くはないと恥ずかしそうに告白した。

「それに女性でシタールを弾くのは、私しか居なかったから……」

彼女の里で使用されたシタールは総じて大型だったという。

「そういう女性も素敵ですっ」

力強く言ったのは出蔵だ。

任務中に惚気るとかイイ度胸してんなオラ! そんな三人と一頭の飛竜のジト目が降り注ぐ。

「出蔵三尉は何か音楽なさってないんですか?」

火威を寝かせない為の会話を栗林が続けるが、

「俺もアリメルと同じ弦楽器やってたなぁ。大学ではギターやってたよ」

そこまで惚気たいかこのリア充め。

話を振った栗林がしかめ面を作る。そんな雰囲気の悪転を感じ取ったのか、慌ててティトが口を開いた。

「ク、クリバヤシさんは何か楽器とかやってますか」

そう問われて答える栗林の言葉も濁る。

「あ~、私はカスタネットとかリコーダーとか、その辺だけ」

火威も出蔵も同じ事を思った。それ小学校でやったんだろ、と。

栗林は白状し終えると、すぐに火威の音楽懺悔(ざんげ)を迫る。

「俺は……アレだ。少しだけピアノをやっただけ」

その答えに栗林は驚いたし、高校以降の経歴しか知らない出蔵も意外性を感じて驚きの声をあげる。

「“ぴあの”ってなに?」

疑問に思ったのは二人のエルフだ。火威はその二人に、白と黒の鍵を叩くと、それに連動した弦をハンマーが叩いて音を出す楽器だと教える。

似合わねー。イメージに無いわー。そんな事を言う自衛官二人に構わず、火威は続ける。

ピアノを教わったのは二十年程前、火威家が貧窮する最中の事だ。火威の母親が家計の足しにと、実家から運んできたピアノでピアノ教室を開いていたのだ。貧窮が故に習い事の一つも無かった火威家の三人の子供は、全員が母親からピアノの演奏を教わっているのである。

「まぁ、ふた昔も前の事だから今は全然弾けないけどな」

「簡単なモンでも弾けないっすか?」

そう出蔵が迫ったので、火威も可能そうな曲を脳内で探してみる。

「う~ん、【キラ星】とか【さくらさくら】みたいな曲とか弾けたし……あと最近は、たぶん【ゾルザル】轢いたな」

「ぅえッ!!?」

「あれアンタがやったんかい!?」

童謡めいた曲に続けられた告解に一様が驚く。

フォルマル領の決戦の後、帝国正統政府軍に確保された後に自衛隊の医療機関で検死を受けたゾルザルの死因は、硬くて巨大な物が衝突したことによる臓器の損傷だった。

同じ際に捕らえたゾルザル派の兵の話でも、「空飛ぶ荷車」云々の話は明らかになっている。

 

 

*  *                          *  *

 

 

エルベ藩国の将兵に従い、火威達は洞窟の入り口からの内部に進む。

竜を降りた自衛官とエルフらは、飛竜に持たせておいた荷から装備を引っ張り出していると、エルベ藩国の将兵と会った。

もともと着陸予定の場を結集予定の場としていて、火威は空を移動中にも全員に一つ確認している。

以前、炎龍討伐の際にエルベ藩国とは資源についての条約を結んでいるが、エルベ藩国側に不利な条件で結んでいる。その事もあってエルベ藩国の諸侯らの反発を買っているので、出来るだけ彼等に背中を見せてはいけないと注意したのだ。

洞窟内を進む隊列は前列がキャリバーを担いだ火威と栗林と出蔵。中列にエルベ藩国の諸侯のエギーユと藩国の将兵二人が続き、最後尾に「精霊魔法での支援」と後方への警戒を名目にティトとアリメルに付いている。

ティトとアリメルには、エルベ藩国将兵を背後から見張る事も頼んでいるが、戦闘時にはアリメルにキャリバーの使用時の支援も頼んでいる。

このキャリバーの基本設計は百年近く前……そして半世紀以上前から使われ続ける傑作機関銃であるが、歩兵が使うには運用が難しい事でも知られている。

それを運ぶのは火威だ。彼なら手持ちで撃つ事も出来るが、戦闘時では対物ライフルか爆轟を使うことにしている。

火威達が通る洞窟はエルベ藩では少なくない溶岩洞窟らしい。余り地中深くは無いようで、天井は所々穴が空いて太陽の光が差し込んでいる。

両手を開いて歩いても三人が並べる程に広いが、ロゥリィのハルバードを掲げれば天井に穴が空きそうだ。

周囲を見れば砕けた石が散乱し、何かが這った跡が見られる。それは右方に曲がり、見れば洞窟奥の行き止まりまで続いていた。

フォルマル邸で見た博物誌やジゼルはら聞いた話では、無肢竜の姿はその名の通り火威達の知る蛇に似てるらしい。

その幼体と思しき小さな蛇が洞窟内部正面、壁の下に群れて(たむろ)し、蜷局(とぐろ)を巻いている。

「まだ孵ったばかりか? この程度なら我々でも……!」

剣を抜いて近付こうとしたエルベの軍人を火威が手で遮る。

その間にも火威の背から重機関銃を降ろした出蔵が地面に据え付け、狙撃用スコープを取り付けている。

「私が指名されて来た以上、味方に被害を出すワケには行きません」

エルベの軍人を進ませまいとしていた火威自身も、対物ライフルのバレット95で目標を狙う。その間にも地面に据えたキャリバーが火を噴き小さな蛇達を吹き飛ばした。

その銃撃に気付いたのか、洞窟奥の隅にある穴の中から、大蛇のような生き物が姿を現す。

地球世界の蛇と違うのは、この世界の竜という生き物は一定期間、子育てをすることにある。

幼体の危機を感じ取ったのか、銃撃を聞いたのか、あるいは偶然かは判らない。だが現れた成体と思しき無肢竜に、火威もバレットで大蛇の頭を向けて引き金を引いた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

溶岩洞窟で無肢竜を掃滅した後、ロルドム渓谷を回って高機動者を回収した火威一行は、魔女と呼ばれる賢者の住むロマの森の中を進んでいた。

洞窟内での無肢竜との戦いは、それこそ戦いと呼べるようなものではなく、害獣駆除を事務的に進めるようなものであった。見える範囲の無肢竜を排除後、未だ孵っていない卵を探し、粉砕するという念の入れようだ。余裕のある任務に、自衛官らは生態系のバランスが心配になったりもしたが、依頼主であるエルベ藩国の軍人が希望するのだから仕方ない。

ここまで一方的な暴力は、第一戦闘団がテュバ山で新生龍を屠って以来久しぶりの出来事だった。

戦闘後アリメルとティトは、ダークエルフの族長達への挨拶があると言うので、今晩は別行動となった。

自衛官とエルベの軍人を乗せた高機動車は森の中に入れないので、携行可能な装備以外は荷台に乗せて鍵を掛け、注意書きした後に通常魔法と精霊魔法、出来ることなら神々の呪いも欲しかったが今はジゼルもロゥリィも居ないので、充分な致死性のトラップを掛けて森の中に放置するしかない。これで生きてるなら亜神くらいのものだろう。

暫く進むと、森の中にはそぐわない建造物が目に入った。いや、それどころか特地に存在すること自体が不自然の家屋が建っていた。

「ちょっ……! なんで !?」

自衛官を代表するかのような出蔵の呟きと共に、歩みを進めていくと建物の全貌が姿を現す。

言うなれば、それは「日本家屋の趣きある茅葺屋根のお宿」といった感じの建物だった。

そこから離れた場所にある、事務所かと思われる家屋から人が出てくるのが見れる。見ると足元も頼りなく、フラフラと歩いてきた。時折、走ろうと地面を蹴るが、どうも脚に力も入らないようだ。

するとどうしたことか、火威達の前を進んで案内していたエルベの軍人が走ってその人物に駆け寄った。

「トマシュ! 良くやってくれた! 十字勲モノだぞ! 」

見れば、トマシュと呼ばれた兵士の顔色は実に悪い。頬や目の下が痩せこけ、ぎりぎり死相の一歩手前まで来ている。

(あぁ、俺ももう一晩徹夜してたらあんなんに成ってたかも)

そう思う火威の前で、トマシュが出てきた建物からもう一人の人物が出てくる。笹穂耳のその人物を見て、自衛官ら一瞬、反応に困った。だがアルヌスに居る妖精種エルフのテュカ・ルナ・マルソーを基準にして考えると、大いに驚けた。

その魔女と呼ばれる賢者、サリメル・ミリ・カルピスの姿は、凹凸が豊か身体を持ち、お色気くノ一スタイルだったのだから。

 




最後の出てきたサリメル、書いてる本人からしても地雷臭がします。
GATEの世界感から逸脱した感のあるオリキャラなんで…… (;’Д')
そんな感じでご了承下さいませッ!

そういえば、蛇でもニシキヘビの一種は抱卵するらしいですね。
鰐なんかも子育てするんだとか?


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第四話 エルベの森の痴女(上)

ドーモ、庵パンです。
今回はめっちゃ筆が進んだので一晩置いての投稿になりました。
別にサブタイやら内容がエロいから筆が進んだワケじゃないです。本当です。
いや、ホントホント。
つってもちょっと短いかも。


シュワルツの森に行って長老達に挨拶するダークエルフの姉弟と別れる際、自衛官達(というか主に火威)はこんな話を聞いていた。

森の魔女に出会ったら、もしかしたら喰われるかも知れない。

いや、取って(物理的に)喰われる訳ではないが、特に火威なんかは好んで狙われるかも知れない、という。

肝心の火威は、少しの間、薄暗い洞窟の中に居た事もあって、再び眠気が頭を(もた)げ、意識の最終防衛地点を絶賛防衛中である。

ダークエルフの姉弟から、取って喰われる訳ではないが喰われるかも知れないという、ワケが判らない説明を受けた火威は

「ダイジョーブ、ダイジョーブ」

と、よく考えもせずに応えた。

この時にはエルベの森に住む魔女と呼ばれる賢者に会うため、既に兜跋を脱いで高機の車内に入れておいた火威である。エルベの軍人から「サリメル」という魔女の名を聞いていた火威であるが、あぁなんか聞いた気がするなぁ……くらいにしか頭が回らなかった。

実際には帝国内乱の最終決戦時に、フォルマル領で会っているのだが、その時はお互いに顔を隠す服装をしていたし、再び会合した火威はこの場に居る自衛官の中では最も上位の者でありながら、眠気の余りに自己主張も低く影が薄い。

そのせいか、「ヌシがハンゾウか?」と、ぴたぴたの網タイツに黒いマイクロビキニっぽい最低限の生地面で身体の各所を隠した碧の長髪の魔女に聞かれたのは出蔵だった。

これは、真っ先に火威が名と所属を名乗らなかったせいもあるが、そのことに気付いて名乗りを挙げるまでに、否定に間を要した出蔵の鈍さのせいもある。

出蔵が否定し火威が自らの所属を名乗るのは、ほぼ同時だった。お蔭で雰囲気というか、それまで緊張していた空気が霧散した。

「ブフゥーっ、なんじゃヌシら、グダグダではないか」

吹き出して笑うエルフの女性を見て、自衛官らの緊張も解けた。その後、エルベの軍人と話していたサリメルだったが、その話が終わると自衛官らに付いてこいと手を扇ぐ。そして「日本家屋の趣きある茅葺屋根のお宿」といった建物の前まで来て自衛官らに問う。

「ちょっと見てたもれ。これを見てどう思う?」

「……すごく…日本風です」

自衛官らは三人とも同じ事を言う。実際には日本風だけではなく大きく長い建物なのだが、それを言うと色々アウトっぽいので言うべき言葉は取捨選択した。

「そうじゃろ。ジョバンニが半年でやってくらたのじゃ」

一晩でおっ建てたワケじゃないことに安心しつつ、見れば怪異めいた初めて見る巨体の亜人がサムズアップしている。

「サリメル様、あの亜人は……?」

火威が訊ねると、サリメルは答えを用意していたかのように答えた。

「初めて見るじゃろ? 氷雪山脈付近に住む“エティ”という種族じゃ。妾の娘婿じゃよ。無口だがホントに良い連中じゃよ」

火威達は後に知ることになるのだが、このエティという種族は無口どころか一言も喋らない。物を食べる為の口はあるが、呻く事も無いのだ。

大きな日本家屋の前まで来たところで、サリメルはまた口を開く。

「以前にアルヌスから帝都を回ってきた書籍の中に出てきた宿を倣って建てたんじゃよ。この恰好も同じようにニホンから入ってきた書籍の絵草子にあった“フク”じゃ」

日常的に着る服じゃない。よっぽど言おうかと思った火威達だが、サリメルの言葉は未だ続く。

建物の扉を開けながら、彼女は言った。

「入ってくれ。ヌシらにはこの売春宿(ポンパル)に泊まってもらう。折角アルヌスから来てくれたのだから不自由はさせぬ」

周囲には無肢竜が嫌う臭いを出す獣脂を撒き、エルベの軍人も砦まで追い返した。何の心配も無いから今晩はゆっくり休んでくれと言う。

任務の為とは言え、自衛官が風俗施設に泊まるのは如何にも拙い。なので火威は眠気を抑えながら必死で脳味噌を働かせる。

「い、いや、サリメル様。我々も日本国民の負託を得た自衛官ですので、それが売春宿に泊まったことが明らかになると色々拙いことに……。ほら、壁に耳あり障子に目ありって言いますし……」

「壁に耳ありショウジキメアリー? 新手の怪異かのぅ?」

些か怪訝そうな顔をしていたサリメルだったが、よし判った、と手を叩いて解決案を示した。

「それじゃヌシらがいる時は売春宿(ポンパル)ではなく普通の温泉宿としよう。なに、客など居ないから宿主の妾が言えば問題ない」

登記簿も無いこの世界では、宿主の意向次第で宿舎の使い道などいかようにも変えられる。客が居ないならば猶更の事だ。

それならと、出蔵も栗林も泊まる事が出来るようになるが、火威だけはサリメルに指示されたジョバンニに引っ張られてしまった。

「ハンゾウ、ヌシは別じゃ。以前に約束したじゃろ?」

そんなこと有りましたかいのぅ? 睡魔に襲われつつある頭で、そんな風にしか思っていない火威は簡単にサリメルの研究小屋に拉致されてしまった。

 

 

*  *                             *  *

 

サリメルの幼少期は、それは優しい両親に蝶よ華よと育てられていた。

母親の身体が弱いとあって、兄妹が居なかった事も原因しているかも知れない。

精霊種のエルフなら美しいのは当然だが、二親はサリメルを麗しい姫君のように育てた。多分、この辺りで一人称が決まっている。

我が儘一杯で育てられたサリメルだったが、ある日、彼女を悲劇が襲う。大好きな母親が村で流行っていた病で死んでしまったのだ。

エルフの中では少女と言っても良い歳の妻を愛していた父親は、その現実を受け入れられずに、来る日も来る日も嗚咽して過ごしていたが、そんな姿を見兼ねた父の友人が酒盛りに誘ってくれた。

だが、これが第二の不幸の始まりである。

三人の友と酒盛りして、ようやく前を向いて生きる気になったかに思えた父は、河原で足を滑らせて水没し、そのまま帰らぬ人ならぬ帰らぬエルフとなった。

両親を失ったサリメルの両祖父母は、既に全員が病気や事故で死んだり、大樹の苗床になったりしているのでこの世に居ない。

独りぼっちになったサリメルは子供とは言えない容姿にまで成長していたが、実際の年齢は子供だったので母親の友人のもとに引き取られた。

今までの生活を思えば、多少の不自由はあったが、生活していく程に困るものではなく、母の友人も実に良いエルフだった。

だがサリメルが成人を迎え、百年に一度開かれるオリンピアードなる周辺村落のエルフが一堂に会した競技会が始まると、状況は変わった。

走るにしても、何かを投げるにしても、どの選手も似たり寄ったりの成績で、特にズバ抜けて凄いという者は居ない。

それでも僅差で勝った者が、ドヤ顔で結婚を申し込んでくるのだから鼻で笑ってしまった。

盛大にそれら男エルフを振ると、産み育ててくれた両親に由来する悪い癖で、何か面白い事は無いかと外の世界へ飛び出して行ってしまった。

エルフの村の外は危険な生物が闊歩するが、そこは精霊魔法でやり過ごす。

怪異の類と遭遇すると、精霊魔法で姿を消しながら故郷から持ってきた弓矢で一方的に倒してきた。

途中、見たことも無い種族の子供を保護して一緒に旅を続けていくと、学術の都市に辿り着く。

そこには様々な種族が集まり、勉学に励んでいた。

聞いた事もなく、見たことも無い知識に触れたサリメルは直ぐに彼等の勉学に興味を持った。

サリメルも保護した子供と共に、その都市で学業を続けるが、何分、生きていくには飯を食わなくてはならない。

保護した子供は既に成長していて、立派な大人になって甲斐性も持ち合わせていたから、後払いで彼に飯を食わせてもらった。

後払いで払うつもりでいたのはサリメル自身の身体である。最初は困ったような顔をしていた少年だったが、この少年がサリメルの最初の夫となる。

忘れられないその時の気持ち良さは、サリメルの今後に大きく関わってくる事になる。

ある日、一神教の信奉者が戦争を起こし、その一部がサリメル達が住む都市の図書館に火を放った。

長い旅の中で戦闘経験も豊富だったサリメルも奮戦し、多くの一神教徒の戦士を倒したが、その中で図書館を守っていた少年が死んでしまった。

サリメルのお腹には、少年の忘れ形見とも言える命が宿っていた。

その命を産み落とすと、しっかりと成人するまで育て、一端の学者になって結婚するのを見届けた。

 

助産婦も無く、かなり危なかった出産の事を思い起こしたサリメルは、既にこの時代には存在し広まっているミリッタの神殿を訪れる。

そこで信徒となり、ドンと来い出産ッ!と、気を大きくしたサリメルの目の前に現れたのは、ワーウルフの魔導士だった。

学術都市からミリッタの神殿まで距離があり、途中には怪異の目撃例も有るからと護衛も兼ねて送ってもらったが、どうやらニホン人的に言うとオクリオオカミだったようだ。

ミリッタの信徒は少なくとも一回、神官は娼婦を兼ね、求められたら身体を売らなくてはならない。

以前から未亡人のサリメルの身体を狙ってたらしいこのワーウルフの責め方は、今は亡き少年と比べても非常に激しいものだったが、エルフの村を飛び出した時から見ればサリメルの筋金は違う。中々悪くないと思ってしまったのは、既にこの時には一種の才か、天命だったのかも知れない。




サリメルの昔の話を書いて、毒素が薄まったかなぁ……と思いつつ、
悪化していく感のある古代サリメルです。

それはそうと、お気に入り指定が270個を突破しました!
皆さん、まことに有難う御座います!
これからも、どうぞお読み下さると実に幸いです。

質問疑問、その他、誤字脱字など御座いましたら、ご指摘下さると幸いです。


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第五話 エルベの森の痴女(中)

ドーモ、庵パンです。
まさかの痴女三部作です。次が終わってもサリメルの痴女っぷりは続きますが、
エルベの森の痴女(特上)とかはやらかしません。
そして物語の進みがとってもスロゥリィな事に戻ってしまいました。
はて、これは……なんでだろ?


ロンデルで見たミモザ老師の研究室のように、物が雑多に散らばって足の踏み場にも困るような場所を想像していたが、通されたサリメルの研究室は思いのほか整頓され、寝るにも飯を食べるにも場所に困るという事が無いように見える。

「おぉ、エルフの賢者ってスゲェ……」

アルペジオにプロポーズしたらしいフラットも、老師になったら同じように研究室を片付けるのか……? そんな思考を読まれたのかサリメルが口を開く。

「ハンゾウはロンデルに行った事があるのかえ? あそこの研究窟の老師方の部屋は酷いモノよな。ロンデル自体がごちゃごちゃしてる街故、些か苦手じゃったよ」

そのせいで野原で寝てたら、死体と間違えられて衛士を呼ばれたり、獣欲を持った者に襲われそうになったという。

ちゃんと手順を踏めば抱かせんでもないのに……と宣うサリメルを見て火威は思い出した。サリメルのミドルネームは子育て等の神のミリッタを主神にしている信徒のものだ。その神官は娼婦を兼ねるという。

手順を踏めば…ということは、金を払えば、ということだと気付いたのだ。

「勿論、ハンゾウは妾から誘ったのだから寄進もお布施も要らぬよ」

再び火威の思考を読んだサリメルが、言いながら身を摺り寄せる。後退った火威だが、背が背後の扉に付いてしまった。

「い、いや、サリメル様……俺は任務で来ていますんで……。任務中に美女……というか女性と(女性じゃなくても)アレしちゃうと問題なんで……!!」

後ろが無い火威は両腕を開き、可能な限りサリメルから離れようとするが、その様子は知らない者が見れば禿頭が美女を抱こうとしているようにも見える。

その間にもサリメルの胸の先端が火威の身体に付きそうになる。

「そもそも初めてお会いした方とこういうことは…ッ!」

「ぬぬ? 忘れておるのか。妾とヌシは前にも会っているぞ」

「えっ、どゆことス?」

「帝国の内戦の最後にフォルマルの土地で会ったろうが。そこで見知って誘ったじゃろう」

少し前の帝国内戦の最後に、会った人物の事を思い出す火威。記憶に残る決戦時に遭った変な笑い方のバカだった豚型ハリョを始め、ウロビエンコで遠慮無くブチ殺がした連中や、救出する事に成功したバラ騎士団の二人の騎士を取り除いて起こしてみる。

 

鈍くなっている頭でも、考えてみればピニャとグレイとマミーナら戦闘メイド達と剣軍を除いては、シロフという荷馬車の男とニカブを被った他種族の女しかいない。

そして他種族の女がサリメルだった。

確かに彼女は、また時間が有る時に同衾でも……そんな事を言っていた憶えがある。

その時は確かに、暫定で美女のエルフの女を抱きたいと思いはした火威だが、アルヌスに帰ってみると想いを寄せている栗林が日本に帰らず残っている。

その栗林の心を射止める為にも、下手な事は出来ない。

精霊種エルフらしからぬ、ムチムチした肢体を持つサリメルの脇を俊足で潜り抜けて背後を取る。このような芸当が出来るのも、サリメルに負けないムチムチした身体を持った栗林が近くに居るお陰だ。

実際には一部分を除けば栗林の肢体はムキムキなのだが、今の火威が知るワケが無い。

「思い出しましたが、あれは社交辞令か何かだと思ってました」

「社交辞令で自らの身体を売るヤツが居るかっ。あの時は本当にヌシになら代貨無しで抱かれて良いと思えたんじゃよ」

今だって目にも止まらぬ速さで妾の背を取ったしな……。そう続けるサリメルに火威は言う。

「ま、まぁエルベに居る時は常に任務中ですから、任務中に異性と交際して同衾はダメですね……」

「寝る時や飯を食う時も任務か?」

「や……まぁ体力の回復を図る意味で言うと任務に入りますかねぇ」

ぐぬぬ、と呻くサリメルは何か思い付いたような表情を作ったと思うと、再度火威に迫った。

「アルヌスに帰ったら休暇もあるじゃろっ?」

「えっ? そりゃまぁそうですねぇ。通常は定時になったら課業は終わりです」

ここに来て、サリメルにアルヌスに来る動機を与えてしまったことに火威は不安と期待が入り交ざった感情を得た。この上なく好みのタイプの美女エルフが、自分との同衾を求めてくるんじゃないかという期待と、他に女が居たら確実に栗林の心は得れないという不安だ。火威はそう思う。

「それじゃハンゾウ、今回はヌシと同衾するのは諦めるからニホン語を教えてもらえぬか?」

「やっ、すみませんサリメル様。以前ゾルザル派だった連中が方々で軍閥化していて、隊全体の安全性を考えると外では教えられないんです」

「ぐぬぬ、そうか。それなら仕方ないのぅ」

何度も美女の願いを拒否して申し訳なく思う余りに、火威は付け足して言ってしまった。

「アルヌスの食堂とかPXの店員には日本語教本が配られるんですけどね。それに最近、建てられた舎屋では読み書きと計算も教えています。中には日本語もあったかな……?」

まぁ、アルヌスの子供向けなんですけど。そんなことも言い足すと、サリメルは笑みを含んだ。

「ほぉ、童子か。妾は童子も大好物じゃ」

おねショタっすか――っ。よもや食料的な意味は有るまいと思うが、明日になってティトが来る事に注意を示すべき一言だった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威と別れて宿舎に入った男女の自衛官は、背嚢を降ろして上位の者からの指示を待つ。と、言っても、通常ならば既に課業が終わっている時間帯なので、場所柄無肢竜の襲撃でもなければ出動するような事は考え難い。

宿の中は本当に人が居ない。無肢竜が出没する地域ともなれば当然の事なのだが、客が入った事が無いのか従業員の掃除が行き届いてる事を感じさせる。

「出蔵三尉、エルベ藩国の賢者は精霊種のエルフって聞いてましたが……」

「あぁ、俺らの知ってるテュカとは別種のエルフに見えたな。碧髪であそこまで肉感的なのはダークエルフでも中々居ないぞ」

言いつつも、出蔵は「仕事でラブホに泊まるならアリメルが良かったなぁ」と思うところだ。

「っていうか火威三尉は大丈夫なんですかね!? あんなスタイルの良いエルフに迫られたら、普通は受け入れちゃうんじゃないですか?」

「あぁ、確かに女に飢えてる先輩なら不安なところだが――」

飢えてたんですかっ? そう発せられた栗林の声は聞き流して、出蔵は離れた場所での展開を予想する。

火威という男は一点に目標を決めたら、多少の障害は突き抜ける意力を持っている。だから目の前の女性自衛官の為なら、他の女には目もくれずに精進し続けるだろう。

だが出蔵は思う。

「……なんですか?」

「いや、ちょっと今回は大変かもな、と」

あのサリメルという肉感のあるエルフのセックスアピールは、出蔵が見ているというのに、積極的に火威に当てられていた。しかもその姿は火威のどストライク。

こりゃあちょっと拙いかも知れない。そんな事を考えながら、腕を組んで思案する出蔵の額を一筋の汗が流れた。

「おーい、栗林と出蔵、居るかー。居るよなー」

宿の扉を開いて、火威が二人の部下を呼ぶ声がした。一気にアレな事に成らなかった事実に安心した出蔵と栗林は返答しながら急いで姿を現す。

返事を聞き、二人の姿を確認した火威は(おもむろ)に言った。

「今日な、夕飯はサリメル様んところで出してくれるんだって。だからレーションを用意する必要は無し」

「大丈夫なんすか? あのヒト……ではなくエルフですけど、エルベ藩側の意向を承けて飯に毒とか入れられたりしたら……」

不安なら俺が真っ先に食うけど、長命種のエルフがヒトの悪巧みに乗ったりしないだろ。

そう言う火威の言葉に、出蔵も栗林もエルベ藩国の軍人達が、サリメルに対しては(うやうや)しい態度を取っている姿を見ているのを思い出した。

帝国ですら、最近になって漸く他種族の貴族が現れてきたところなのだ。自衛官への対応は、サリメルが望む方針に沿って進む可能性が高い。

 

 

*  *                               *  *

 

 

ミリッタの信徒となって学問の都に戻ったサリメルは、学業の傍ら、資金が足りなくなると身体を売り、学問の都が始まって以来の売女として知られるようになった。

妊娠し難いが故に、希少なエルフと知られる精霊種のエルフであるが、流石に数をこなせばそれだけ子供も増える。

最初こそ客に責任を取らせていたが、産まれてきた子供の種族的特徴が薄かったり、特徴が濃くても容疑者が複数居た場合のトラブルもあったので、サリメルが身体を売るのは多額の代貨を貰った時のみとなる。

当時のサリメルが専攻する分野は金が掛からないものだったが、孤児を拾ったり自らで産んだりで数多くなった子供たちを育てるのには金が掛かる。

パトロネを申し出てくる者も数多くいたが、それらの大半が別の都で財を成していることから、サリメルの噂を聞きつけた狒々親爺の愛妾になる事を意味していた。

悪い場合には面と向かって「愛妾として侍ろ」と言ってくる者すら居た。

身体を売って得る金を高くしたことで、予想通りに客は減ったものの、一客あたりの単価が高くなって彼女の経済事情は潤う効果を(もたら)した。

だが美女エルフの娼婦の噂を聞きつけ、わざわざ遠くの都市から学問の街までやってきた脂ぎっしゅなエロ親爺を呼ぶことにもなってしまった。

あくまでもミリッタの信徒でしかないサリメルのお務めは、改宗直後のワーウルフで済んでいるので断る事が出来る。痴女や売女で知られるサリメルとは言え、金を貰うとしても番う相手くらいは選びたいのだ。

断った客の中には金に飽かせて報復を考える者も居たが、精霊種エルフで数多(あまた)の戦いを潜り抜けてきたサリメルである。

容赦無く依頼人を脅し、報復を撤回させている。

彼女は最初に夫とした少年のような子供に近い男と、ミリッタの信徒になった直後に獣欲に任せて自身を抱いたワーウルフのような、筋骨隆々の男を好んだ。

そんな者が居れば、代価無しで抱かれる事もある。むしろ抱いてくださいというレベルだ。

そして全員がサリメルの産んだ子供ではないものの、三桁もの子供を育て、全員を立派に成人させて甲斐性が付くのを見届けた時、彼女の下にベルナーゴ神殿から招請状が届いた。

この時には精霊の使役以外にも、ヒトらが使う魔法を使う事が出来るようになったサリメルである。お蔭で手っ取り早く導師号への挑戦が出来ると喜んでいたサリメルであったが、この時には学都に来てから百年以上もの時間が経っている。

そんな長い間、学問に励んでいたサリメルは思いのほか簡単に導師になることが出来た。

そのせいだろうか、ベルナーゴから招請状が届いた事にも特に疑問は持たず、ファルマートに来た種族の中でも初期に来た精霊種エルフで、賢者の智慧を借りようというのだろうと考えてしまった。

 




特に言う事無いぜェ――!!
と言うのもあんまりなんで、普通に後書きます。
最近登場してるサリメルというオリキャラは、暫定で千歳超えてます。
あぁ、あと、一応このエルフのサブヒロインの予定です。ハイ。 (;´д`)

そんなワケで
ご意見、ご感想、その他御座いましたら忌憚無く思うし付け下さいませ!


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第六話 エルベの森の痴女(下)

ドーモ、庵パンです。
なにやら水曜に投稿出来てしまいました。

今回は最後の方に、一部台本形式があるのでご了承下さいませ。
あと、サリメルの過去話は次回に纏めて二話分やります。




「こんなの良いんですかね……」

栗林が零した言葉は、火威や出蔵も当然思う事だ。

馳走される夕食の前に、温泉に案内され、飯は善で運ばれる。任務の最中なので酒精を含む物は取れないと言っておいたので酒の類は出ることは無かったが、それでも豪勢な夕飯だった。

あのエロフならやり兼ねない全泉混浴という事も無かったし、善に盛られた飯にしても和食に近いものだった。

ただ、温泉で栗林は(エロフに)軽く揉まれた。アルヌスに居るテュカの恋愛対象も主に女性だったらしいから、精霊種エルフには男が産まれ難いのでは無いかとも思ってしまう。

しかし、それ以外は日本の温泉旅館に近い。

温に浸かると火威なんかは疲れと眠気が一気に出て、危うく水没するところだった。

アルヌスの街でも和風の建物は数少ない。栗林がお突き合いをしていた練武館の他は、片手の指で数える程しか無い。

だからアルヌスから離れたエルベ藩国内の森の中に住んでる、エルフが営む温泉宿が、(にわ)か日本被れの外国人がやらかすような間違い日本が多いとは言え、多くの和装を取り入れてる事に疑問が浮かぶのだ。

「……まぁ後で聞いてみる」

鸚鵡鳩通信による救援要請があったから、三名の自衛官とダークエルフの姉弟だけの構成で来たが、本来なら津金 和文(つがね かずふみ)一等陸尉の他、九名の自衛官とキャットピープルやドワーフ、更にはワーウルフの傭兵の現地協力者四名、そして火威達の十八名で当たる任務である。

現時点の暫定で隊長の火威だけは、後で研究小屋に来るよう、従業員らしいヒト種の中年男性から言伝っている。彼等は大型の無肢竜に村を破壊されてから、サリメルの宿で働きながら生活しているらしい。

面倒臭ェなぁ……とは思いつつも、サリメルには和食以外にも聞きたい事がある。温泉の水質は明らかに硬水ではなく軟水だった。

もっとも、無肢竜が出現する現場に詳しいであろう協力者から呼ばれたのだから、当方に多少の不都合が有っても当然行かなくてはならないのだが。

火威とティトは、わざわざ三ヶ月も掛けてロンデルで水質を変える装置の設計図と材料を知るに至ったのである。

ロンデルに行って目的を簡単に済ませ、残った期間で博士号を取ったりベルナーゴで物見遊山もしたが、多額の金銭を盗まれた上に旅の仲間の黒チョコボを食う羽目になったのだ。

一応付け加えるが、この場に居る自衛官が着ているのは浴衣などではなく戦闘服である。バリっとしたスーツ(男の戦闘服)とかではなくて緑の斑模様のヤツ。

火威がサリメルのもとに向かうまでに、栗林が最初で火威が最後という不寝番の順番も決めておく。

火威を最後にしたのは、再びサリメルと会合する火威の睡眠時間を長めに確保しようと言う栗林の意見で決まった。

こ、この気遣いが出来る可愛い爆乳さんめ……! そんな言葉が火威の頭を過ぎったが、実際には携行してきた装置が数少ない中で、一番の戦力が“いざ”という時に使い物にならないと困るという実質的な判断からであった。

 

 

*  *                             * *

 

 

火威を招く前に羅紗を肩から羽織り、露出度を低くしたサリメルは慌てた。

自分自身で寛ぐ為にと、地下から湧き出る熱水に含まれる不純物を、取り除く装置を作ったのは良い。

無肢竜の出現で周辺の村々を追い出された人々を、使用人や従業員を兼ねた形で宿に匿うのも良い。

付いてきた少年達にフェトランの媚薬を混ぜた果汁を飲ませ、一晩中朝までしっぽりと娼年の園を楽しめたのだから。

ジエイカンが来る前に混浴はイタリカ近くで拾ったルフレに禁止されてしまったが、同性でもイケるサリメルには嬉しいことにハンゾウと共に来た二人のジエイカンの内、背の低い女の方はサリメルも驚くほど豊満な胸を持ち、女性としては過去に見た大剣を操る傭兵並の筋肉質の肢体だ。

サリメル、こういった同性も大好物である。だがハンゾウ程見知った仲でもないので、今回は軽く触って済ます事にした。

問題はここからだ。まさかジエイカンが任務中とは言え、酒を呑まないと思わなかった。サリメルは現在、ジエイカンらの隊長であるハンゾウを研究小屋に呼んでいる。

彼女には、今居るジエイカンの最大の戦力であるハンゾウが戦いで斃れないように保険を掛ける重要な使命が控えていた。

無肢竜の巣となっている洞窟の場所を教え、攻めていく順番を考えるという建前で呼んでいるのだが、本当はフェトランの媚薬を呑ませて前後不覚にした上で、無肢竜を倒す上で重要な計画を実行するつもりでいる。

そのつもりでハンゾウに呑ませる酒に最後の一粒である媚薬を投入した時、ルゼ村から避難してきた中年の従業員が言ってきた。

「ジエーカンの人達ゃ茶しか飲まないんですぜ」

早く言ってよ、と思うサリメルであるが、済んでしまった事を悔やんでも仕方ない。

今はどのようにして酒に入れてしまった媚薬を飲ますか考えなくてはならない。

ダメ元でそのまま出す、という方法で呑んでくれるなら一番手っ取り早いが、再三に渡るサリメルのアピールにもかかわらず、指一つ触れなかったハンゾウには期待出来ない。

この方法は、少し前にモーター・マブチス鎚下が鍛えた大剣フルグランを持つ男には成功させている。にも拘わらず、ハンゾウの半分ほどの興味も示さないとは、何処ぞの眷属の如く根っからの衆道かとすら思ってしまう。

次に、無肢竜討伐の計画としてハンゾウと番う事を今回はキッパリと諦めるという選択肢もある。

だがフォルマル領で一目惚れに近い形(互いに素顔は知らなかったが)で知り合った相手を呼ぶのに、絶好の理由が発生してくれたのだ。

それに以前に寄った傭兵団も一番大型の無肢竜、ニァミニアの討伐に失敗したと見え、周辺の村や町の被害は後を絶たない。

ミリッタの神官になってからも大陸を旅する事もあり、本来は今も旅の最中なのだが、ロマの森に落ち着いてる事だし、神殿(という名の旅館)の運営もあるから、アルヌスまで行くのは勘弁して欲しい。

それにサリメルと見知った上で、好印象の(相手はどう思ってるか知らないが)相手が二人も居るのだ。このまま見殺しには出来ない。確実性を得るためにも、この計画は何としてでも実行させる必要がある。

そうなれば媚薬入りの酒をお茶で割って、二度か三度に分けて飲ますしかない。そんなワケで、火威の世界で言うところの水注に入った所謂(いわゆる)酒のお茶割りが三杯分、出来上がったのである。

「うむ、これで万全じゃな」

一時は諦めるしか無いかと思われたフェトランの罠が敷かれたところで、研究小屋のドアをノックする音が鳴った。

 

 

お茶の入った容器を机に置きながら、木材で作った二股のフォークで焼いた鶏肉を刺す火威。

「いやぁ、まさかアルヌスから出た漫画が帝都を回って入って来てるとは」

少ししか呑んでいないにも拘わらず、酒の影響で気が大きくなっているのか媚薬の影響なのか、火威は昼間のような警戒心も持たずに、無肢竜が潜む洞窟の場所と攻略方法を議論した後に軽食などの饗応を受けている。

本当なら用件が済んだら真っ先に宿舎に戻るのだが、サリメルから「この地に住む者の為に茶の一杯も出さないとあっては、カルピス家末代までの恥っ」とか言われたので、彼女が造ったという料理を口にしながら、妙に量の多いお茶を飲んでいるのだ。

驚いた事にサリメルは魔法で氷も作ることが出来るし、火威も精製する様子を見た。

空気中の水分を凍らせてるということだが、火威もアルヌスに帰還したら再びミードをロックで一杯やれる事を嬉しく思った。

そしてロマの森でサリメルに会った時から疑問に思ってた彼女の髪色に関しても、「ロンデルで博士号を会得した時の魔法」という答えを得れた。

どうも、博士号審査では変わった物やユニークジツの類が見られる気がする。

と言っても、火威自身とサリメルの二例しか知らないのだが。

「フフっ、下の毛がどうなってるか気にならんか?」

料理と学位で感心してたらエロフに戻った。だが答えに窮する火威に構わずに続ける。

「ところでハンゾウ、聞きたい事があるんじゃが、“えろふ”ってなんじゃ」

思考を読まれた!? そう思って些か慌てる火威を余所に、サリメルは更に続けた。

「ヌシに付いてきたもう一人の男の方が妾を見た時に言ったんじゃがな」

この時に火威も思い出したが、サリメルと会った時に近くにいた出蔵は確かにそう呟いている。火威でさえ聞き取るのがやっとの小声だったのに、エルフの穂笹耳って一体どんだけ地獄耳だよ、と思わせる事実だ。

で、出蔵ェ……。後輩を恨みつつも、賢者号を持つ魔導士に対しては下手な欺瞞でごまかすより、正直に言った方が良いという思考が働く。

「す、すみません。部下が無礼な事を申しまして……。エロフっていうのはエルフと《性的な様》を意味するエロスを一緒にした言葉遊びなんです」

「な、なんじゃとっ」

サリメルの反応を見て、火威は観念する。

「すみませんっ!」

このエルフなら笑って許してくれるかとも少しは思ったが、エルフ全体への侮辱とも取れる言葉である。

最終的にマズイ事になったら、出蔵を質にして出すしかない。

そう思った火威だが、

「ニホン語には何という素晴らしい言葉が……!!」

まさか悦ばれる事になるとは、火威 半蔵 思わなんだ。

エルフもエロスも日本語とは違うし、二つを合わせたエロフも微妙に日本語とは言い難いのだが、訂正しても面倒な事になりそうなので、直すのはまた今度にしようと思う。

「ハンゾウ! アルヌスの門が再び開いたら日本を案内してもらえんか!?」

「アッハイ、良いですよ」

火威としても後輩を質に出す必要が無くなったのだから、日本観光の案内程度は負担でも無い。

「うむむ、それならば神殿の運営はルフレに押し付けて……」

そんなサリメルの独白を聞き、火威は当然疑問に思う。

彼は自分達自衛官が泊まる宿舎が、まさかミリッタの神殿を兼ねているとは思わない。神殿とはもっと荘厳で、厳めしい作りをしているという思い込みがある。

だから「近くにでも神殿があるのかなぁ」と、少し興味を持つ程度だ。

「まぁハンゾウ、良いから酒……では無く茶でも飲めィ。グビっと三杯ほど」

サリメルが計画し、用意したフェトランと酒を含むお茶を火威は全体の六分の一も飲んでいない。火威は自分のペースを乱されるのが嫌がる性格ではあるのだが、自衛隊に入隊し冬季遊撃レンジャー資格をも得る程に矯正されたので言われるがままにお茶(という名の酒)を飲む。

ぐいっと、湯呑を扇いだ火威はデジャヴのような感覚に襲われた。

「うぅむ、なんかこのお茶、非常に効くというか強いというか……」

サリメルの失敗は、火威が「酒には結構弱い」という事実を知らずに、フェトランと同じ時に帝都で手に入れた3トリー謹製の琥珀酒を使ってしまった事である。

「ん、どうしたハンゾウ?」

言いながら、再び火威への最接近を試みる。そしてフェトランとウイスキー入りのお茶を勧めた。

火威の顔は紅潮してきているのは、媚薬が効いてきたのかと思ったのだ。

「や、何でもないです……」

とは言うものの、いよいよ酒精が効いてきて火威の瞼は重い。

真横には現地協力者の賢者が居るから必死で目を開けようとするが、三晩徹夜のツケはお茶(という名の酒)を飲んだ事で一気に襲ってきた。

「ちょっと…横になりたいなと……」

横になる→ベッドIN→Make love。普通そんな連想が成り立つか知らないが、サリメルはそう思ったらしい。

肩を覆う羅紗の羽織りを脱ぎ捨てると、肝心な部分のみを隠す紐のような下着姿で火威に迫る。

「イイとも! さ、早く寝所で横になって……!」

「いや、ちょっ…! なんで脱ぐの!?」

サリメルの考えなど知る由も無い火威は、突然脱ぎだし、昼間に見たマイクロビキニに似た衣装より、更に露出度の高い恰好の豊満エルフに驚き、思わず席を立つ。そんな彼だが、フェトランの媚薬は少しばかり効き始めていた。

「さぁ、さぁ! ヌシと妾で寝ると言ったらやる事は一つしかなかろう!?」

「お、俺一人で寝るし!? なんでこんな事に……!!」

己の運命を嘆くように言う間にも、サリメルの胸にある二つの柔らかいものが火威の上腹部に強かに押し当てられ、眠気を遮って獣欲が頭を(もた)げる。

一線で持ち堪える火威の頭の中で、脳内会議が開始された。

 

火威A「ここは耐えろ。耐えるべきだ」

火威B「添え善食わぬは男の恥だろ。抱いちまえYO。押し倒しちゃいなYO」

火威C「待て、ここは控えろし。パワーが栗ボーに届のもそろそろだし」

火威D「ちょっと触るくらいイイじゃね?」

火威E「もう孕ましちまえよ」

火威F「黙れよエロ河童」

B「多夫多妻が理想的って言ってたのは誰だYO」

A「オレだオレだオレだ」

C「サリメルもデカいが栗ボーは更にデカいぞ」

F「黙れよエロ河童」

火威の脳内で、火威の火威による火威の為の乱闘が開始された。拳を振り上げ、互いに殴り合う火威。乱闘の過程で当然というか、火威に火威が積み重なる。火威達が積み重なっていき……

…………

……………………

…………………………………………キング火威になった。

 

表現が些か古くて申し訳無いが「頭がフットーしそうだよぉ!」というヤツである。

「けふぅ」

脳内に王様が出現したっぽい火威はそう排熱すると、先程まで座っていた椅子にどっかりと再び座る事になり、そのまま「スヤァスヤァ」と寝息を立て始めたのである。




内容的には余り……という、全然進みませんでした。
次回からいよいよ無肢竜退治予定ですが、構成が下手過ぎるのでどうなるやら……。


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第七話 誘拐の掟

ドーモ、庵パンです。
昨日の投稿を目標にしてましたが、間に合いませんでした。
本気出しゃやれると思ったけど、本気出んかったよ…。

で、サリメルの過去話は本日は三節目からですので、事前に告知しておきます。




※4月25日、庵パンの確認不足が祟ったのでサロメをシエラに変更。


光の精霊魔法で不視化されている栗林は、サリメル、そしてフォルマル領でサリメルに保護されたというルフレと、賊に拉致・監禁されているシエラ嬢の救出に向かっている。

エルベ藩国の豪商の娘であるシエラ嬢は、過去にアルヌスでの大敗を喫したエルベで、弱小が故に招集を受けなかった貴族との見合いをしていた。

エルベ藩国の勢力が帝国の属国としてアルヌスを攻めた当時は、まだ小さく、戦力らしい戦力を持たずに藩国内に留め置かれた貴族の屋敷と、日本製の珍しい品々を取り扱うイタリカとの貿易で財を成した商人の邸宅は、森を挟んで非常に近場に有った。

その帰りに、彼女を乗せる馬車が馬や御者ごと拉致されたのである。

彼女の実家である豪商の邸宅は、火が着いたような大騒ぎとなった。

これまでシエラが外泊する時には、侍女や執事、その他にも私兵を付き添わせるが、半ば近いだけに起きた油断だった。

被害の状況だけを見れば無肢竜の被害と区別つかない。だが未明に、一緒に拉致された御者のギサがサリメルの研究小屋まで逃げ込んで来たので、この一件が明らかになったのである。

完全にエルベ藩国内の国内問題なので、サリメルの宿に泊まっている自衛官達は、事態の推移を(おもんばか)りつつも見ているだけという立場だった。

にも関わらず自衛官が動いているのは、サリメルの言葉が大いに影響している。

 

 

「やりおったのは場所がら、妾の知る者かも知れぬな」

無肢竜被害で追い出された村々の一部の者が、サリメルの保護下に入るのを良しとせず、盗賊化したかも知れないと言うのだ。その言葉はシュワルツの森近くから報告を受けて来たエルベの将兵の耳にも入ったいた。

「ハンゾウ、ヌシなら賊らを殺さずに捕らえられるか?」

あと、妾のことはサリメルで良い……と付け足しながら、朝方に叩き起こされた禿頭の自衛官に尋ねる。

その言葉が聞こえたのか、エルベの将兵らは表向き表情は変えずとも、心の中では一様に舌打ちする。盗賊鎮圧に、実に面倒な方法を提案される心配をしたのだ。

後に自衛官らが聞いた話しでは、このサリメルという亜人である精霊エルフは、種族の他の者と違って極めて世俗的で他種族に大いに干渉しようとするようだ。

他の精霊エルフが厭世的なのか仙人的なのかは知らないが、アルヌスに居るテュカの話しでは精霊種エルフというのは、外界からの干渉を嫌って住家である森に結界を張るらしい。彼女が暮らしていたコアンの森では、稀にコダ村などのヒトが迷い込んで来ていて、それを保護したり帰れるように誘導してたらしいから、入れなくなる結界とは違うようだ。

そして、今はアルヌスで多種多様な種族と暮らしてるテュカも、他の精霊エルフから見れば結構な変わり者とも言える。

 

昨夜のイレギュラーな事態はあったが、たっぷりと寝た火威も今ばかりは冴えている。食べた料理かお茶に何かが盛ってあったのか、はたまたサリメルの色香の影響か、気絶同様の寝方をした火威は実に淫乱な夢を見て、叩き起こされなければ中学以来の大惨事になっていたので、むしろ感謝しているくらいだ。

「精霊魔法を使える者があと二名も居れば……。ですが我々が動けば越権行為になってしまいます。エルベ藩国の主権を侵害してしまうんですよ。デュラン陛下に許可取らないと」

エルベ藩国の王、デュランは現在グラス半島の帰属を巡り、シーミストと睨み合っている。

「ぐぬぬ……。わざわざ忙しくしてるデュランに会って暇は無さそうなんじゃがなぁ」

ギサは自力で賊の元から逃げてきた訳ではない。500スワニを身代金とした脅迫状を届けさせるメッセンジャーとして使われたのである。

シエラが拉致されたのが昨日。その日の内にギサをメッセンジャーに仕立てているのだから、相手にも余裕が無いのかも知れないということをサリメルは想定していた。

「この辺りはエギーユ公の領地じゃったか? 無肢竜対策の陣頭指揮も確か彼奴よな?」

 

 

*  *                            *  *

 

 

「自衛隊は余り非殺傷兵器を持って無いから、自分や味方が拙くなったら撃ち殺しますけど、良いですね」

「うむ、己が身が一番大事じゃ」

エギーユと交渉し、自衛官が作戦参入することに承諾を得たあと、野外無線機でアルヌス駐屯地にお伺いを立てたところ「エルベ藩国の面子を立てる作戦の場合のみにOK」という答えが返ってきている。

火威はついでにサリメルにも手伝わせる事にした。不殺での制圧はサリメルが言い出しっぺなんだから、多いに手伝えと言うことだ。

そのことを伝えると、始めから予定していたようで快諾した。危うく栗林が見ている前で抱き付かれそうにすらなった。

「スゴく面倒臭そうっすねぇ……」

「逆に考えてみろ。やってみりゃ意外と簡単かもって」

そう言う火威自身は、魔法を使った非殺傷攻撃法を幾つか持っている。それに対して出蔵が持つ相手を殺さずに制圧できる装備は、閃光発音筒しかない。

「お前は何回かソレを投げて、周囲を警戒してくれ。あとは俺がやるから」

そんなことを言う火威に出蔵が訝しげな目を向ける。

「先輩がやると全滅させちゃうんじゃないですか?」

「いやいや、大丈夫。“死ぬ程”痛いで済ますから」

痛さの余りに死んでしまう事もあるんじゃないのか……。そんな話を過去に生きて来た中で聞いた事があるような気がする出蔵は、簡単ながらもかなりの部分で自衛隊の装備と魔法に頼った作戦を不安に思うのだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

 

ベルナーゴ神殿からの招請状が来た時点で、サリメルが故郷を旅出てから千年経っている。

その後、地下の神殿でハーディーの姿(というか精神体)を見た時から、些か記憶が無い。神官に聞くと、サリメルの身体に憑依(おり)たハーディーは大いに飯を食い、その身体で女人と絡み合ったらしい。

サリメルには無かった趣味を持つ神だが、この瞬間にその趣味に興味を持ってしまった。

ハーディーの神官曰く、その時に蓄えた栄養は、サリメルが男を誘うのに便利なよう、特定の部位に付けられたらしい。

確かに今までに比べて胸は大きく突き出ているし、股の間が妙に湿っぽい。

これまで男しか身体を売る対象にしていなかったが、同性と言うのも有りだと思い始めるサリメルだ。しかも土産に神秘的な光を放つ金糸の髪の束までくれた。聞けばハーディーが憑依した時に伸びた髪を切り、紐で括って纏めたのだと言う。

その後、更に魅力的になった身体で導士になった自分の元に学びに来る童子に、長きに渡って培った娼婦の技を掛ける事を夢想し、学都への帰路に着いたサリメルは、途中で出会った若者に早速、新たに手に入れた女の武器を使う。

新しい玩具で遊びたい稚児の心にも似てるが、言うまでも無くこの時に使ったのはサリメル自身の身体である。

会ったばかりの相手の子を孕むほど時間を掛けて番ったが、その様子を盗み見ていた通りすがりの青少年を誘う程の余裕はあった。

ちなみに、その時に出来た子供もしっかりと成人し、学都の賢者として後進を教えている。

学都に戻ったサリメルは、その後暫く教えを請いに来た学徒を師事し、尚且つ誘惑し抱かれていたが、ある日自身が改宗したミリッタの神殿から呼び出しが掛かる。

何かと思えば、当時亜神の使徒を持たなかったミリッタが、信徒であるサリメルを神官にして大陸各地を旅させよと言うのだ。

その頃、この世界に国ごと異世界から転移してきたヒト種を始め、全ての種族から昇神していた使徒が旅をするのは、不老不死の身でないと大陸各地を放浪するのが危険な為だ。

ただの妖精種エルフにも拘わらず、サリメルに白羽の矢が立ったのは彼女が千年以上の時を生き、尚且つ百人近い子供を産み育てて立派に成人させるという生命力の高さを買われたからだ。

学都の生活は楽しく、後進への師事(性的なものを含む)にも満足していたサリメルであったが、三十年程悩んでも使徒が現れないので神殿からの使命を受けて旅に出たのである。

使徒として旅している最中に気付いたが、最近はまた見た事も無い種族が増えている。

姿形は自分達エルフと余り変わらないのだが、個人それぞれの美醜の差が激しい理不尽な命運の種族だ。

単体だと善良な者が多いが、集団になると困った事をしでかす性格は他の種族にもあった。しかしこの新手の種族だと、その性格が一層濃くなる。

異世界から国ごと来たのか、一時に大量に来たのか、瞬く間に領地を拡げた彼等は帝国を名乗り、他方への侵略戦争に明け暮れ始めた。

とは言え、彼等の軍の大部隊でも、サリメルにとっては小さな虫にも等しい。余程油断をしなければ、遅れを取る事も無い。

そして三百年程前、旅の中で同族のハイエルフの男に出会った。

彼はサリメルが知る故郷のエルフ達より才智に富み、細身に見えて逞しく、そして何より世界を知っていた。サリメルは瞬く間に彼に惹かれていった。

後に十二英雄の一人と呼ばれる彼と再び出会って恋に落ち、その娘を産んだのは十年後の事だ。

その娘の父親である精霊種エルフが大変な好色家だと知ったのも、ちょうど同じ頃である。




なんか……
書いてみるとスゴク短いのですよっ?
サブタイは、まぁそんな映画もあったなと…………。

そして!
お気に入り指定が280個ッ!
皆様、有難う御座います!!


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第八話 ベトレオン

ドーモ、庵パンです。
今回はめっちゃ時間が掛かりました(;
時間を掛けても良いものが出来ないので、ホント救いようがないです……。
で、今回のサブタイに意味は有りません。電波か毒電波を受けて、思い浮かんだ単語です。

そして5月1日にゲートのイベントがありますね。
総撃編や冥門編の制作発表があるとすれば、その時でしょうかッ!?
出来れば4クールくらい使って全編やり切って欲しい処です。
あと炎龍編と動乱編も1クールづつ使って作りn(ry


その日の朝はサリメルが思っていたより、遥かに早くに来た。

今一歩の所まで迫った相手である火威が何故か急に寝てしまったので、従業員用の個室で寝ていたジョバンニに頼んで彼の力で寝所まで運んで貰う。

それから茶を飲んで一息吐き、無肢竜が潜む洞穴や洞窟、或は出没する地域とその対策に思いを巡らす。

今、解っている事は全て火威達ジエイカンとエルベの者に伝えているが、彼等はロマの森に来る前にも無肢竜と戦い、此れを掃討したと言う話をしていた。

曰く、それらの無肢竜は卵から孵ったばかりの幼体や、成体でも大蛇程度だったという。

だが、本当は違うのだ。

一辺では正しいが、ヒトやエルフにも個体差があるように、無肢竜にもある。

しかもそれは人間の個体差より遥かに激しく、既に数個の村や町を潰滅させたニァミニアは石造りの塔すら倒壊させる力を持っている。

エルベの軍人達は無肢竜の特性をジエイカンよりは知っている。

無肢竜の特性をジエイカンらに伝えるのはサリメルの役割だったのだが、ロマが死んでから一人になったサリメルの元に数十年ぶりの客が来たり、数百年振りの恋心が成就されるかも知れないとあって浮かれていたのだ。

他種族に対しても此処まで好意を持ち、尚且つ数百人の子供を成人させたからこそミリッタの声を聞いたのかも知れない。サリメルは時折、そんな風に考える事があった。

明日こそはちゃんと伝えよう……それだけを心に固く決め、自らを慰めてから寝床に入る。明日からはヴォーリアバニーのルフレが帰って来るから、その前に火威と寝れなかった事を無念に思いつつ、サリメルは目を瞑った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

サリメルが布団に就いてから寝入るまで、数刻の時間を要した。

近頃は(すこぶ)る塩梅が良い。

去年は帝国の内戦終盤に、帝都でフェイトランの媚薬とニホンの絵草子や、魔法具で人物や風景の映像が填め込まれた書籍を買った帰りに覆面の男と出会う。

素顔は判らなかったが久しく見る豪傑。しかも人当たりは悪くないし、これまでのサリメルの経験からすると女好きの男と判る。やや堅物だが、少なくとも嫌いでは無いだろう。

また、異国で暮らしていた長女のミリエム夫婦はロマの森に帰って来てるし、近場には熱水が湧き出る。

不純物を含んでいるのか浸かるには適さないが、それだってロンデルで長年に渡って研究を続けていたサリメルの知識を以ってすれば快適な水質に変える事は容易だった。

娘婿のジョバンニに頼んで売春宿(ポンパル)兼神殿を建てて貰った頃、炎龍に続いて無肢竜が出て来るなどの困った事はあるが、アルヌスに陣取るニホンの軍から示された方策は半ばサリメルが拵えた道筋をなぞる物だった。

しかし、ニホンにはサリメルが考えた以上の温泉文化があり、ニホン軍の構成員数人がサリメルの元まで来て彼の国の妙策を伝えに来てくれるという。

炎龍を斃した人員の中にはニホン軍の士官が居たというが、無肢竜も個体によっては油断は出来ない相手である。

帝国の内戦終盤に会った男もニホン軍の構成員らしい。名も聞いたから、エルベの諸侯らには彼の名を指名して来て貰おうと考えた。

そして来た彼は、まさか禿頭とは思わなかった。想像通りと堅めの男だったが、服の上からでも抱き付いてみるとやはり逞しい身体を持っている。

部下の女は背丈が小さいが、驚くほど大きな乳を持っている。男の方は……信徒の時でも客ならば受けない事も無い程度の男である。

自衛官とエルベ藩国の者達は明日から無肢竜退治だが、それが済んだら炎龍を斃した者のことや、日本の絵草子の字の方だけでも教えて貰おう。

そんな遠足前の小学生に似た、楽しみを待つ心持ちで布団に入ったのだから、中々寝就く事が出来ない。

布団の上で何度か寝返ってから暫く経ち、ようやく寝る事が出来た。

だが小屋の扉を叩く音で起こされたのは、寝付いてから余り時間が経って無いように感じる。あたりが真っ暗闇の時だった。

 

 

淫猥な夢を見ていた火威の上に、何か柔らかい物が覆い被さった。

火威の目が醒めたのはその時だったが、出蔵が起こしに来たなら声を掛けて来るハズ、という推理をしながらも、寝呆けた感覚のまま柔らかいナニカを堪能する。

今度は顔の上に覆い隠い被さってきたソレの感触を楽しみつつも、息が出来ないので押し退けようとする。

「ひゃん♥」

甘ったるい声に驚き、眼を開いくとサリメルが抱き着いていた。

「ちょっ!サリメルさっ!ナニやってン!?」

「起こしに来たんじゃよ。やはりハンゾウも好きモノじゃな」

火威の顔に押し当てられていたのは、よりにもよってサリメルの胸だった。

何故こんな所で寝てるのかと、理解するまでに一瞬の時を要したが、記憶がはっきりして来ると狼の巣の中で寝てしまったことを自省する。

「うぅむ……」

呻く火威の前からサリメルが退こうとするが、火威は咄嗟に止めた。

我が睡眠を邪魔したエロフ相手なら構わんだろう……そんな事を思ったのかどうかは知らないが、火威はサリメルに手を延ばした。

「む、ハンゾウ……?」

徐に延ばされた火威の両手はサリメルの耳を触る。のみならず、揉んでその柔らかさを堪能し始めた。

「や、やはり、俺の仮説は正しかった……!!」

「…………ハンゾウ、どうせならもっと下の方を揉んで貰えぬか」

 

 

それから時系列は暫し進む。

先程ギサに示された、賊に堕ちた元村人の一団の根城がある洞窟を地図に記すと、ロマの森からそう離れていない。

土地の者からパベルと名付けられた丘の麓に、その洞窟は存在した。

当然のことながら無肢竜の活動範囲内なので、賊が居付く前は竜の巣だった可能性がある。無肢竜の詳しい生態は判らないが、万が一戻ってくるような事があれば人質の救出は急がなければならない。

「そんなにサリメルさんの世話になるのが嫌なんスかねぇ」

出蔵は呟くが、火威からしてみれば毎晩毎晩あの露出度で迫られるのは困る。栗林に懸想しているとは言え、高過ぎる壁を越える事を諦め、いつか進行方向を変えてしまうかも知れないらだ。

だから賊化した者の気持ちが判らないでも無い。

仮に、栗林が日本に帰還していたら、昨夜の内にサリメルをアルヌスに誘っていただろう。一応、そのくらいには火威の好意を得る事は成功していた。成功の要因は主に巨乳である。

まぁ、実際は成功してないが。

 

アルヌス駐屯地との通信の後、自衛官らとサリメルはアリメルと合流した。

「アリメルとサリメルさんって名前似てますね」

「今更だな」

呟く栗林に火威が返す。

二人が出会った時の事を、少し離れた場所でエギーユらに作戦概要を伝えていた自衛官らは思い起こす。

アリメルは薄絹を着たサリメルの前に出た時「ご無沙汰しておりました」と火威達にも判るくらいの声で仰々しく傅いていた。

それに対してサリメルも何か言っていたようだが、エロフの地獄耳を持たないヒト種には聞き取ることは出来ない。

 

作戦の内容は、何ら難しい事も無い。

光の精霊魔法で不視化した火威と、出蔵から時刻を針で示す腕時計を借りたサリメルが堂々と賊が根城としている洞窟内を見分し、敵の人数とシエラの居所を明らかにする。侵入して長い針が十五回転する前にシエラを見つけ、二十回転する前に脱出する目安にする為だ。

賊の中には女子供も居るし、妙に生活感がある。と言うより、妙に所帯染みている。

火威がそう思ったのは、うらぶれた感のある男の働き様を、その妻らしい女が罵倒した時だ。

サリメルの元に身を寄せない決断をしたのは、妻達の判断かも知れない。

そういう事なら、火威も判らんでもない。エロフの誘惑を断固として跳ね退けれたのは、栗林への想いと自衛隊の諸訓練で鍛えられた根性のお陰である。

一般の大学を出たばかりの自分や、その他多くの諸兄なら後先考えずにサリメルを孕ませようとするかもしれない。

それはさておき、意外にも賊の数が多い。どの程度が戦闘員になるのか判らないのが、武装化した民間人の厄介な所だ。

どう見ても小学生以下、という者を除いても、戦力になりそうな者は総勢で二百人は居る。そんな中、時計が十五回転する前にシエラが入れられた牢を見つけることに成功した。

不自由はしてないワケが無いが、見た目では弱った様子もない。賊から出されたであろう昼食を食べた後には、香草を煮出したお茶なぞを見張りに言いつけて持って来させている。

 

「あなた方、(エルベ)が無肢竜とシーミストに掛かり切りとは言え、我が家の私兵やレオネ子爵家の兵が何もせずにいる筈がありません。事が(おおやけ)になればエルベも兵を動かさざるを得ないのです!」

牢前の見張りにシエラがそんな事を言っていたから、最大の想定外であるヤラセや自演の類では無いらしい。

「まぁ、相手は農民に毛が生えた程度だが、油断はすんなよ」

とは言え、作戦は全編でサリメルが使える眠りの精霊魔法で済むので、相手を射程内に入れて詠唱する時間が有れば簡単に終わる。

出蔵と火威は、洞窟前で歩哨する賊を陽動し、洞窟内の賊の絶対数を減らす事にある。

「つーか、日中の屋外でフラッシュバンなんて余り意味ないでしょっ」

「効かなくても良いんだよ。賊を誘き寄せるのが目的なんだし」

「ナゼニッ?」

その問いに対し、火威は「栗林とサリメルと、あとヴォーリアバニーの人の侵入を支援する為」と答える。彼らが会ったヴォーリアバニーのルフレは、純白の髪と体毛を持つ美しいヴォーリアバニーだった。

このルフレ、実はファルマートを最初に地震が襲い、その後にゾルザルが半殺しにされた時に栗林と会っているテューレなのだが、その時は互いに顔を良く見ていない。

そのお陰で両者とも初対面と思い込んでいるか、少なくとも現時点では気付いていない。

彼女達は既に光の精霊魔法で不視化されており、周囲で簡単に入手出来る木の枝等で互いの存在を明らかにしている。

火威達の陽動を賊に仕掛けた後、様子を見てから洞窟内に進入する手筈になっている。

そして火威達の周囲には、シエラの生家である豪商の私兵や、見合い相手の貴族であるレオネ子爵家の兵士、更には少数ながらエギーユらエルベ藩国の将兵が捕手として控えている。

帝国の内戦以後は、ヒト種以外の種族が手柄を立てれば論功行賞で報いなければならないが、他国……それも異世界の自衛官に手柄を取られると悔恨の念しか残らない。

内戦中は多くの部分で自衛隊に頼る事になったエルベ藩国だが、最近の敵は人が十分に斃せる無肢竜で、しかも今回の敵は同じヒトである。

そこにサリメルに「生きたまま全員捕縛」という難題をふっ掛けられ、少々苦慮したエルベの将兵だったが、エギーユが火威の示した案を了承したのである。

しかし、洞窟内に侵入してシエラを救出する役割を、火威からサリメルにする案も提案している。異世界の人間より、エルベ藩国内に住む他種族の者に手柄を取らせようと思ったのかは判らない。兎にも角にも

「まったく合理的だぜェ……」

と思ったのは、精霊魔法の威力を知る火威である。サリメルなら洞窟内の勢力を、あらかた眠りの精霊で寝かし付けてシエラを救出する事も出来るだろう。

「じゃ、行くか」

味方の準備が終わった事を確認した火威が、潜んでいた草むらから腰を上げる。

 




改めて展開襲いなぁ……と思う今日この頃。

何やらここに来て投稿速度が遅くなってまいりました。
全て庵パンの調子が上向かないのが原因であります。
って、言うか……一からの新作って難しいですねぇ……。
世界観とキャラはほぼ借り物ですが、自衛隊の装備とか調べると多分に時間が掛かる……。
これで間違っていたら目も当てられないですが、実際間違ってたら見なかった事にして下さい。(合掌土下座)

という事で、ご意見ご感想、その他にも誤字脱字など御座いましたら、忌憚なく申し付け下さい。


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第九話 亜神クリバヤシ

ドーモ、庵パンです。
今回は珍しく火曜投稿です。
ちょっと長めかなぁ……と思いますが、余り進んでません。
サブタイは漫画ネタとピクシブネタです。
まさか本当に亜神認定されるとは……。


賊の潜む洞窟前で、光の精霊魔法で不視化されたアリメルと出蔵が無力化すべき目標の出現を待つ。

賊とはいえ先日まで普通の村人だった者が相手だ。見張りに何人も出すことは無いので、見張りの交代時間を狙って二人を無力化したら騒ぎを起こして賊を引き出す必要がある。

「っちゅーかアリメル、さっきサリメルさんと何話してたの?」

「久しぶりに会ったから挨拶よ」

シュワルツの森に暮らしていたアリメルなら、以前からロマの森に住んでいるというサリメルとは面識が有ってもおかしくない。

出蔵としてはその後にサリメルが何を言ったのか知りたかったが、それよりも気になる事がある。

「あ、そういやさ、ティ……」

一緒に長老達の顔出ししたティトは……そう問おうとした言葉の機先をアリメルが制する。

「賊が二人! ナオ、今!」

言われた出蔵が走り、投げた閃光発音筒は丁度賊の前に落ちて発動する。

一瞬の光と破裂音を立てて発動するも、あまり……というか全然効果は無かった。

やはり昼間に屋外で使っても無意味らしい。

だが閃光発音筒と同時に放たれた爆轟が地を抉り、起こった爆発と砂煙が周囲を包む。

発音筒の空気を裂くような耳を(つんざ)く音と、爆轟の爆発音に驚き、洞窟内部から飛び出して来た賊に向け、何時ぞやのように篭手のみを装備した火威がビームめいた光線とヤクザなスラングを放つ。

「ドコナテッパナラー!」

「って、何撃ってんです先輩ッ!?それ死ぬって!」

いや大丈夫だから、と言いながら、光線めいた光の柱を洞窟から出てくる賊に当てる。

実際に死ぬことは無く、光線に当たっても悲鳴を上げるだけなのだが、その悲鳴の全てがこの世の終わりが来たかの如くに悲痛な物だから、相当痛いらしい。

そんな阿鼻叫喚が根城の中から出てくる犠牲者を次々と呼び、瞬く間にアリメルの眠りの魔法による爆睡者が続出する。

そうしてる間にも、栗林とサリメルとルフレを示す木の枝は洞窟内に侵入していった。洞窟の外に出てきて寝かし付けられた賊の数は、最初に想定していた百人程よりも遥かに多い。

その事実に、火威達は同じ結論を得る。

洞窟から出て来た一人のおっさんの首根っこを掴むと問う。

「おい、どうしたッ? 洞窟ン中で何があった!?」

「ニ…ニァミニアだ!」

蛇だけが通れるような細長い穴を通って、外部から侵入してきたのだと言う。

「クッソ、イレギュラーな…!」

「アリメルはエギーユ公爵呼んで! 賊は縛っておいて!」

出蔵が指示を飛ばし、二人の自衛官は爆睡者とおっさんの身柄をアリメルに預け、栗林達を支援する為に洞窟内に侵入していった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

蛇の通路を通って侵入した無肢竜は、現段階では全て小型だった。

見つけると出蔵の64式小銃で捕捉し、火威の爆轟で排除する。数匹が脇を通って洞窟の外まで逃げたが、気にも留めない小さだ。アリメルの精霊魔法や、それこそエルベの兵やレオネ家の私兵の装備でも難無く討伐出来るだろう。

「そういや先輩、さっきのビームめいた光線は……」

「あぁ、ありゃな、爆轟で巻き上げた粉塵を使ったんだよ」

風の精霊魔法を使って砂を高圧で当てる物理的なものだと説明する。

「墓石とかに文字刻むのと同じ手段だよ。○ガ粒子砲と同じ原理だな」

それを聞き、出蔵はメ○粒子砲がかなり威力の抑えられた武器になった気がした。ザ○マシンガンの方が絶対に強い。

そのまま進んで、(ようや)く栗林、サリメル、ルフレ、そして拉致されていたシエラの姿を確認する。

ついでに脳天から銃剣で地に磔にされ、そのまま背開きに捌かれた日本ではまず見ない大蛇の姿も。

「ちょっ……なんで無肢竜が蒲焼の下拵えにされてんのっ?」

しかも関東風! そんな事を言おうとする火威の言葉を遮るようにサリメルが被せてくる。

「凄いぞハンゾウ! クリバヤシ……シノと言ったか? 女子(おなご)ながら瞬く間に無肢竜を斃しよった!」

あぁ、そういやそうですよね。亜神クリバヤシの前ではちょっとした怪異や竜もこうなりますよね……と、悪所のマフィア連中に付けられた女性自衛官の渾名を思い出しながら、シエラやルフレに絶賛されて照れている栗林を見ながら高過ぎる壁に物怖じした。

 

結局のところ、ニァミニア出現は誤報だった。

彼の者によって住んでる村を破壊され、恐怖を植え付けられた賊の一人が、多少は大型の無肢竜が侵入したのを見てニァミニアと叫んだのが事実である。

この洞窟に逃げ隠れる事となった者は、その全てがニァミニアの被害者である。

天敵が出現したともなれば、皆が一様に動揺するのも当然と言える。

その中で洞窟を飛び出す者が出たのだから、洞窟内に居た多くの者が先を争って外に逃げ出し始めた。

結局は痛い目に合って捕まってしまったが。

今では冷静になった賊……というか避難民が、無肢竜が抜けて来た穴を見て、とてもニァミニアが通れる大きさの穴ではない事を証言している。

「帰巣本能でもあるのか知らんけど、近くに無肢竜の巣があるのかな」

二百人を越える賊もどうすンのかな、等と思いながらも、火威は昨夜に示された無肢竜の巣が近い事を思い出す。無肢竜の巣は、洞窟や崖の下などの日が当たらない場所である事が多い。

飛龍のイフリにも無肢竜の巣を発見したら、その上空で待機するようにお願いしてる。

彼女は今、火威達とは別行動だ。

だが巣が近いならば調べなくてはならない。現地協力者(この場合飛龍)が示さないからと言って調べずに、後に異常事態が起きた場合に非難されるのは火威である。

「調べてみよう。今日中に三つ四つは潰しておきたいし」

火威の意見に、出蔵も栗林も異論は無い。多いようにも思えるが、無肢竜の巣は確認されているだけで三十一個もある。

「そういやさ、アリメル」

自衛官が向かうべき方角を確認してる最中、出蔵がハイ・エルフとダークエルフのハーフの恋人に声を掛ける。

「ティトは?」

アリメルと一緒に合流すると思ってた、もう一人のハーフエルフの名を上げる。

するとアリメルは眉間を抑えて答えた。

「シュワルツの森で……引っ掛かってます」

どういうコトなの? 皆思った。エギーユだってそう思う。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ティトの心の志は、ロドの森部族の精霊種エルフ、ホドリュー・レイ・マルソーだ。

数十年前、コアンの森に母や姉と訪れたのは父を含む一部のダークエルフがグラス半島まで旅に行っていた頃である。

母が言うには此のホドリューというエルフ、ティトやアリメルとは何の血の繋がりも無いが、一応は叔父のような存在らしい。

実際に母と知り合いらしく、母と会った時は妙な汗を流していた。

だが他の精霊種エルフがティトやアリメルを怪訝そうに見ていても、このホドリューとその娘のエルフだけは、長旅を労わったりと優しくしてくれたものである。

そのホドリューは言っていた。

「女性を口説くために嘘をついたとしても最後まで欺き信じさせることが男の誠意」

えっ、それ、ホントにィ~? と思う所ではあるが、嘘をホントの事にするか、出来るだけ本当の事に近付ける努力をすることには大いに賛成できる。

でも最近判った。嘘をつくまえに結果を出してからの方が楽だって事に。そして彼はホドリューほど器用でも無かった。

 

「ティトはん今日こそイイ返事聞かせてもらいましょうか? ウチの娘 キズモノにしといて、またアルヌスやらロンデルに行くっちゅー事で無くて別の答えをッ」

幼馴染で年上の年頃の恋人のニムエ・ラ・テラスの父親は、我が父のリト・ハー・デルフと共にグラス半島へ旅し、どいうわけか現地のアクアスの女性達の訛りに感化されたダークエルフのオヤジに、ティトは詰問を受けていた。

アクアスの女性達は美しく、彼女たちが喋る訛りのある言葉も可愛げがあるのだろうが、こういうオッサンが使うと威圧感が増す。

「そ、それは勿論、責任を取って娘さんと結婚させて頂いてアルヌスに……」

「そうじゃのうて!! ニムエ孕ましたんならウチの家業継がんかぃ!」

「えぇ!?」

シュワルツの森に帰ってから長老達の元に顔出し、それから早速ニムエとキャッキャウフフな事をしたが、決して同衾等はしていない。

だからニムエを孕ませるような事はないのだが、ニムエのオヤジがグラス半島で身に着けた喋り方に圧倒されてしまっている。

あくまでも特地語で言っている訛りなのだが、日本語に直すとこうなるらしい。特地語の訛りを日本語訳すると、こうなるのである。大事な事なので二度言いました。

ダークエルフの家業に農耕は無い。多少は牧畜もあるが、専ら狩りや傭兵である。そして傭兵家業で使用されるボンテージ鎧を、ティトは敬遠していた。

以前は何の違和感もないボンテージ鎧だったが、アルヌスに行き、イタミというジエイカンから貸してもらった薄い絵草子を読んだり、ジエイタイの戦闘服を貸与されてから、男のボンテージ鎧が絵面的に非常にキツい事に気が付いた。

アリメルも同族の女性達より胸が薄い事に劣等感を抱いていたのか、アルヌスに来て以降、仕事の時は常に戦闘服である。

「か、家業の事については、もう少し考えさせて下さい」

ティトにはそれを言うだけで精一杯だった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

無肢竜の巣を探索する前に、自衛官はサリメルの研究小屋近くに停めてある高機動車の荷台から、兜跋と漏斗を含む装備を取り出して、有るかも知れない戦闘に備える。

いや、イフリが一カ所の上空を旋回し続けていたから、一点では確実に戦闘はある。

「最初の内から戦闘があったら、今日中に回るのは無理かも知れませんね」

「あぁ~、そうだな。こりゃ」

栗林の呟きに火威が答える。

二人の言う通り、既に日が傾き掛けている。無肢竜の討伐は日のある内でないと、危険度が一層増す。

「出来て1~2ヶ所か」

考えていたより時間が少なくなってしまった火威は、物質浮遊のの魔法でキャリバーを浮かせる。

 

 

最初の二ヶ所を回って見たところ、発見したのは無肢竜の卵の殻や少し大きめの虫だけだった。

最初に大きめの虫を発見した栗林は、小さく悲鳴を上げて狼狽えていたが、戦闘も無く終わっている。

クリボーも女性らしいところあるなと、そう思いつつ向かった三カ所目はイフリが上空を旋回していた巣である。

草木が生い茂る森林の中、大きく地面が窪んで洞穴を開けている所に巣はあった。

「遅いよ」

とでも言いたげなイフリに「すまんすまん、後で蛇肉あげるから許して」等と許しを請う。

そんな火威の声が聞こえたのか、巣に潜んでいた無肢竜が鎌首を(もた)げ、侵入者の姿を有鱗目の冷たい目で捉えた。

洞穴の中に居る無肢竜は、昨日射殺した者や、昼間に栗林が捌いたのよりも大きい。自衛官が目にした無肢竜の中では一番大きな個体だった。 

「サリメルさん、ニァミニアというのはアレでしょうか?」

「いや、あれでは石造りの塔に寄り掛かれても倒せる身体では無かろう」

だから妾のことはサリメルと呼べと…などと続けようとするエロフを無視して、火威は部下に指示を出した。

「キャリバーじゃこの角度は無理だ。出蔵はバレットで狙撃。栗林は周辺警戒を密にしてくれ。俺は爆轟を使う」

それだけ言うと、火威は射程範囲内まで近付いて行く。それを見ていた無肢竜は鎌首を火威に向ける。

蛇の冷たい眼で見られた火威は(うそぶ)く。「うん、コレめっちゃ爬虫類だわ」という当然の事を。

言いつつも、ジゼルの瞳はもっと可愛げがあったとも記憶していた。

出蔵が対物ライフルで援護射撃するが、ここまで大きくなった無肢竜ともなると簡単に鱗は貫けないでいる。三発目から眼を狙っているが、射撃徽章の甲種も乙種も無い彼には狙撃自体が難しい。

隊内の持ってるヤツにスコープ借りればよかったなぁ……と思う火威は、持ってきた漏斗を撒いて浮かび上がらせる。レレイが皇城やタンスカで使った技の再現である。

「よし、死ねよやァ!」

と言いながら、ファン○ルミサイルアタックしようと考えていたら、無肢竜が炎を吐いてきた。

無肢竜が炎を吐くとは思わなかった火威だが、大蛇めいた無肢竜が口に火を湛えた時点で確りと防御魔法を展開している。

「バーリアー、平気だもんー」等とほざく禿頭のオッサンにげんなりとした二人の自衛官の前で、炎を吐く為に口を開いた無肢竜は、爆轟を口の中に突っ込まれて爆死した。

「よし、計画通り!」

この日、一番の障害を排除した三人の自衛官とサリエル、ルフレ、アリメルは、洞穴内の取り残しを捜索し、対騎剣のような大剣を収穫して任務を終えたのである。




5月1日のイベントでは続編の予告無かったんでしょうかねぇ。
最近はそれが気掛かりです。
どうなるんでしょうか。可能でもJOJO第四部直後は無理でしょうけど……。


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第十話 夜の森

ドーモ、庵パンです。
最近は不定期投稿になりつつあります。
まぁ最初は水曜土曜の投稿でしたから、ペースが若干戻った感じですかね。
今回のサブタイは前半の一部がサリメルの過去回ですが、それ以外が全部夜です。
従って時系列は全然進んでいません。

もう庵パンはこの低速度のバッドステータスを背負って書く事にしました。


金髪碧眼の精霊種エルフの夫だった男は、南方で古代龍が出たとか言っていたが、度々居を構えて落ち着いていた森を出て、種族を問わず女性に声を掛けていたから、恋の旅に出たのであろうことは多分に推測できる。

サリメル自身の使命も内容が内容なだけに余り夫を非難することは出来ない。そして十数年の時を待ち、子供も独りで森をうろつける程度に成長すると、その子を連れて使徒としての使命を再開。

子供の名付けに便利な命名式だけを拝借して、住み慣れた森を後にしたのである。

サリメルと子のミリエムが向かったのも南方なのだが、古代龍が出ているというのは満更嘘でも無かったらしい。

だからまだ幼いミリエムを連れるサリメルは、古代龍の活動範囲外である現在ではグラスと呼ばれてる半島だった。

日頃から肌色の多い服装を好む元人妻エルフは、この地には余り多くないダークエルフを魅力した。

彼等は本来ならもっと内陸に住んでいるらしいが、彼等の集落を訪れた旅人から魚と言うもの聞き、興味を持った一部の若者が半島まで来たのだと言う。

この時にはサリメルも魚や魚料理、はたまた魚の干物を知っていたからダークエルフ達に感謝されたし、干物の作り方を教えたらグラスに住む種族のアクアスにも感謝された。

感謝ついでに番いもしたが、彼等の子を孕む事は無かった。

しかしただ一人、狂乱に参加しなかった者が居る。

ダークエルフの中で、一番年下の少年だ。名をリトと言う。

彼はサリメルが一番最初に夫とした少年に似ている。もしかしたら生まれ変わりかも知れない。

古代龍が倒されたという知らせの後、彼等は故郷の森に帰って行ったからサリメルとミリエムも付いて行き、そこで早速リトに結婚を申し込んだ。

リトははにかみながらも、申し出を受けてくれた。

曰く、年上で豊満な女性が好みらしい。実際にはサリメルとリトの歳の差で、歴史のテキストが一冊出来るくらいあるのだが。

 

 

*  *                             *  *

 

 

火威達が無肢竜を討伐し、鐵塊の如き巨大な剣を回収して宿舎に戻る頃、アルヌスでは課業を終えた自衛官が新しくなった食堂で夕飯を取っていた。

既に閉門してから久しい。

日本からの補給を断たれた自衛隊の食堂に、食材の在庫は無く、陸将含む全ての自衛官がこうしてアルヌスの食堂に食べに来るか、出前を取っている。

津金 和文(ツガネ カズフミ)一等陸尉と下位の曹官も当然そんな身の上だ。

繰り返すが、既に自衛隊の食堂では食材が尽きているので、曹官以下の食費が無料という訳にはいかない。

「火威三尉と栗林二曹がいたら、自分らが行く前に終わりそうですね」

火威と栗林の人外な強さを知る曹官は言った。

津金も対無肢竜に関しては同じような事を思う。だが今回の任務はエルベ藩国で温泉を掘り、それを軟水にして、尚且つ国内や外つ国から客を呼べる遊興施設を拵える民事も含まれる。

隊内でも格段の特殊技能を持ち、イタリカからアルヌス帰還早々に蟲獣の大群を吹き飛ばした三尉と、若くして上級格闘指導官の資格を持ち、帝国との戦争中にも武勇を轟かせた二曹の二人の自衛官が居るのだから、如何に緊急事態が発生して五人が先行したとしても、翼竜同等の脅威は簡単に振り払ってしまうだろう。

だが民事作戦ともなれば、同じのようには行かない。

日本の温泉街に似せるなら、普段から方々に遊び周りに行かなくてはならないのでは無いか。と、火威達の事をある意味で高評価し、買い被っていた。

実際には火威は鎧や装甲、或は二次元のナニかに傾倒してるし、栗林はやたらと銃器に詳しい上に自分でも不正規戦用装備を用意するくらいで、本人が気付かないだけの伊丹の類友である。

その上、エルベ藩国内の協力者である賢者(とうか恥女)が、間違い日本でありながらも日本贔屓である。それが帝国経由でエルベに入った温泉宿の写真を元に、既に宿舎を建設しているとは思わない。

津金達の予想は、半分ばかり外れようとしていた。

「あぁ、そういや黒妖犬が前後不覚になって全滅した件ですが……」

 

津金達が夕飯を取りながら、先日までアルヌス周辺の脅威となっていた害獣の事に付いて話し始めた時、外の露天では伊丹耀司二等陸尉とロゥリィも夕飯は食べるべく空いてる席に腰を下ろした。

最近はレレイが伊丹の嗜好を知る為に、彼が読んでる薄い本を読んでみたり、料理の添え物を工夫することが多い。

賢者であるレレイが、毎食三度が三食弁当を持たせるという、避けられそうな愚かな真似をする訳が無い。

多くても一日に二食である。そして今がレレイの手弁当が着かなかった夕飯を、食堂まで食べに来たところなのだ。

席に座るとロゥリィが早速冷えたエールの大ジョッキを注文している。

冷蔵庫の類いが無いにも関わらず冷えた飲み物を出せるのは、レレイを師として仰ぎファルマート各所から集まった魔導士の卵が、勉学の傍らで生きる為の日銭を稼ぐべく食堂でバイトしてるからだ。

ちなみに自衛官の中にも、生活のお役に立ちスキル程度に魔法を使える者は少数ながら出現している。

火威のような者は、ファルマートの歴史の中でも、やはりレア中のレアケースらしい。

その火威に対する想いを(ヒロインの中で)早々にハッキリとさせたエプロン姿のジゼルが、伊丹を見つけると走り寄って来た。片手には米粒が掬われた木の杓がある。

ロゥリィに挨拶してから、ジゼルはその杓を伊丹に突き出して言う。

「ちょっと食ってみてくれ」

食べる側専門だと思っていたジゼルが言うのだから、伊丹もロゥリィも少しばかり意外に思う。

そして言われた通りに食べてみる。

「あら、中々美味しいじゃなぁぃ」

「本当だ。結構行けますよ」

ロゥリィと伊丹が感想を返すが、ジゼルは納得いかないようだ。

「そ、そうじゃ無くてな、ニホンの米と比べて柔らかいとか、硬いとかあるだろっ?」

実際には違うが、伊丹の意見がロゥリィの追従かと思われたようだ。

伊丹の意見のみを聴きたいとあっては、ロゥリィは黙ってるしか無い。

「あ~、そうですね。隊の糧食と比べても少しパサついてますけど、こっちの米をそのまま炊いたのよりは大分近付いてますよ」

ファルマートにも米という農作物はあるが、日本で起きた事のある米不足の際に輸入されたタイ米のように、日本人の口に合う物では無かった。

そんな事もあって、ジゼルは“誰かさん”の為にファルマートの米を調理で日本米に近付けるように努力中なのである。

最も、その誰かさんはタイ米でもファルマート米でも平気で食べてるが。

伊丹の貴重な感想を聴いたジゼルは、礼を言うと再び厨房に戻って行った。

「ジ、ジゼルの奴ぅ……」

思わぬ成長と、ハーディーの神官や世界の庭師としての仕事を放っぽらかして青春に勤しむ後進に、ロゥリィは呆れるやら感心するやら……。

「ヒオドシと知り合って二百年分は成長したわねぇ」

本音を言うと、ほんの少し羨ましくもあった。

 

 

* *                             *  *

 

 

 

無肢竜を倒した夕刻。

皆が同時に飯を食うということも無いので、火威が進んで番を買って屋外に出たサリメルの研究小屋の中で当のサリメルが嘯く。

「うぬぬ、先程見たのが爆轟か」

無肢竜の口に突っ込まれ、此れを爆殺した火威の魔法を思い出す。

直後に対騎剣を見つけたデクラが「て、手に持つ方のドラゴン殺し!?」と叫び、ハンゾウが軽々とソレを持ち上げて回収してしまった。

手に持たない方のドラゴン殺しであろうモノは、明け方にハンゾウを起こしに来た時にサリメルは確認している。ドラゴンを殺せるかは知らないが、そこいらの女なら一突きで殺せるだろう。無論、性的な意味で。

ともかく、爆轟も覚えたいサリメルだが彼女の頭の中では既に優先順位は決まっていた。

「やはり絵草子のニホン語を……」

思考がそのまま言葉になってもれたのか、言いかけたところでルフレが口を挟んだ。

「サリメル様、ジエイタイの方々は貴女と遊ぶ為に来た訳ではありません。デュラン陛下に献策したオンセンリョカンを実現する方策を伝えるべくいらしたのです」

「わ、判っとるよもぅ」

考えていた事の殆どを見透かされ、唇を尖らせて返答するサリメル。

イタリカの近くでルフレを見た当初、美しく可憐なヴォーリアバニーがどうして泣いているのかと思った。そして、このまま彼女を放置して行ったら悲劇的な結末が待っているかも知れないと考えて拾ったのである。

何処で秘書をやっていたのかも分からないが、彼女は優秀だった。

サリメルの趣味には全く理解が無かったが、宿舎を売春宿から家族向けの仕様に変え、宿泊しない場合でも入浴料を徴収する事で、宿の収益は一気に増えた。

無肢竜が出るようになって客は一人も来なくなってしまったから、しばし(いとま)と物見遊山に掛かりそうな資金を与えて離れていたが、それが今日になって帰って来た。

ハンゾウと同衾し、尚且つ眷属にしたいサリメルには余り有り難い話しでは無い。

優秀な従業員が帰って来てくれた事は嬉しくないはず無いが、彼女は本当にサリメルの趣味に理解がない。「神官から男誘ってどうすんですか!」と怒鳴られた事も一度や二度では無い。

それなら、とルフレ自身を誘ったら張り倒された。

ルフレが旅に出た直後に宿を再び売春宿にして、ジエイカンが来た時に三度宿に変えたが、これが発覚したらまたルフレに大目玉喰らうだろう。

そのくらい、ルフレはニホン語で言うエロス嫌いだとサリメルは思っている。(日本語では無いが)

「ヴォーリアバニーなのに変なヤツじゃのぅ」

というのが、言わないまでもルフレに対する印象だ。

 

外の番を終えた火威が、不寝番の時刻までサリメルに日本語を教えると言う。ちなみに今日の不寝番は火威が最初である

昨日と返事が違うのは、サリメルが「日本家屋の趣きある茅葺屋根のお宿」の経営者なら、不自由が無い程度に日本語を教える必要があると思ったからだ。

アルヌスに日本式の建造物が少ないのは、使徒のロゥリィ・マーキュリーが出来るだけ文化的侵略を抑える為に、意図的に少なくした部分がある。

本来ならエルベ藩国で建設する宿舎も、この世界で一般的な煉瓦や土壁の物にする予定だった。しかし火威達が来てみれば、温泉エロフによって和風の建物が出来ている有様。

その中での救いは、中身が間違いニホンだらけだと言う事だ。火威は、敢えてこの部分には手を付けずに進めようと考えた。

ちなみに、火威の考えが昨日と違っているのにはもう一つ理由がある。

サリメルはエルベ藩の諸侯に対しても意見を通すのだから、ゾルザル派帝国軍の残党や軍閥の回し者では無いという事も推測出来る。そもそもあの連中は、亜人を傭兵として末端で使う事があっても内務には関わらせようとしない。

エルフながら、ここまで内務に口を出すならゾルザル派残党の回し者ではないのだろう。

そんな判断があった。

「不寝番などせずとも無肢竜は来ないと言ったろうに」

「いや、蛇の方は良いんですけどね。前にウチの上司……ってか上役の一人がエルベ藩諸侯の恨み買うような条約結んじゃいまして……」

「うむむ、そうなるとシノも女子ながら大変じゃのぅ」

「まぁ栗林も自衛官ですから。それに昼間に白兵したから」

でもちょっと物足りなかったかな……そんな事を呟き付け足す火威。その火威の前にいるルフレは思い出す。

地震のあったあの夜に、魔杖の先に付いてる剣でゾルザルの取り巻きを突き殺し、魔杖そのものから発射される魔弾で撃ち殺した小柄な女兵士が、上位の男の命令でゾルザルを打擲(チョウチャク)……と言うか喜んで半殺しにしたのを見ている。

ゾルザルの指の骨が折れる音とその悲鳴は、今までで聞いたどんな音楽の音色より甘美なものであった。思わず笑いそうになったが、笑わないように口の中を噛んで変な顔になったりもした。

だが大馬鹿者のゾルザルをそのまま殺されてもいけない。便利な駒になって貰わないと困るので助けたが、その時に女兵士がサリメルが新たにお気に入りとしたシノでは無いかと思い始めている。

昼間に見たシノの無肢竜への対応は、ヴォーリアバニーでも出来る者は滅多に居ない素早いものだった。

無肢竜を見つけた第一声は賊の物だったが、竜を見つけるが否や風よりも早く動き、何時の間には魔仗に装着した剣で飛びかかる竜を往なす。

地に落ちた無肢竜が向きを変える前に、その頭部に魔仗の剣を突き立て、懐に持ってた短刀を堅い筈の鱗がある背中に突き刺し、そのまま捌いてしまった。

これを見て、ルフレの疑いはほぼ確信に変わった。

「先ずは発声練習からじゃ。ハンゾウ、先ずは妾の胸触って」

「んな練習は必要ありませんし意味解りませんがな」

ルフレの前で、エロフは相変わらずエロフだった。

 

夜。

特地に時計は無いが、日本や自衛隊で言う所の夜半過ぎ。

外では最初の不寝番であるヒオドシというジエイカンが、宿の近付く者が居ないか見張りに立っている。

ルフレは羊皮紙に、無肢竜の脅威が取り払われた後の宿の営業方針を画策していた。

サリメルは独りで酒を呑んで奥の部屋でグッスリ眠ってしまった。ヒオドシやルフレにも酒を勧めたが、ルフレは仕事がまだ残ってるしヒオドシは「任務中に呑めないって言ったでしょ」と、少し呆れて言っていた。

前にも酒を勧めたことがあったらしい。ヒオドシという男に少しばかり同情する。

アルヌスの門は今は閉じられているが、ヒオドシというジエイカンは将来的には再びニホンと通じるなんて話をしていた。ならば、ニホンを真似た宿の外装なら将来的にはニホンの品々やニホンの食材を使った料理で客を迎えるのが良いか……

とは思ったりはしたが、同時にアルヌスに住むエムロイの使徒は、急速な文化的侵略を抑えたい意思があるのだから、ニホンらしいのは宿の外観だけで、中身はファルマートそのものにしようと考えた。

熱い湯上がりには何か飲み物が欲しいが、どんな飲み物が良いか……考える事は色々ある。

その時、外で物音がした。ヴォーリアバニーの聴覚は特戦群の隊員からも集音器並みと言わしめる程に良い。その耳が聞き取ったのはサリメルがシノと言い、仲間からもクリバヤシと呼ばれているとても小柄な女兵士が現れた様子だ。

「あ、なんだ、栗林か。交代の時間まだだろう」

「いえ、三尉に相談がありまして」

栗林の相談内容を要約するとこうだ。

白い毛色のルフレというヴォーリアバニーは、ゾルザルの愛玩奴隷のテューレに似ている。その足跡は内戦が終わった後でも見つからないから、もしかしたらルフレがテューレかも知れない、と言うのだ。

最初はただのそっくりさんかと思って聞いていた火威も一つ思い当たる事がある。

サリメルと出会ったのは内戦最後の決戦の場となったフォルマル領だ。ゾルザルお気に入りの愛玩奴隷なら、その場にも連れてきて可笑しくない。

サリメルは賊ですら殺さずに保護しろという気性の持ち主だ。ゾルザル派の帝国軍が潰走し、一人残されたテューレがサリメルに保護されてても可能性としては大いにあり得る。

「まぁ仮に同一人物だったらさ、お前が半殺しにしたゾルザルを守ってやったというのは判るよ」

「な、なんでです!?」

ちょと声デカいよ夜なんだから、と苦情を付けた火威は続ける。

「自分の手でゾルザルを殺したいからだよ。俺だってそう思う」

少しばかり冷や水を浴びせ掛けられたような気持になった栗林に、火威は続けた。

「お前は知らんかも知んないけど、ヴォーリアバニーの国だか部族はゾルザルに滅ぼされたらしい。古田陸士長からの情報でも、テューレって人はゾルザルに叛意を抱いていたってさ。自分の手で殺そうと思うのは当然っちゃ当然だろ」

「結局三尉が轢き殺しちゃいましたけどね」

「しょ、しょうがないだろ! 急にゾル公が前に出て来るんだからァッ!?」

事故の加害者の様な言い分に、声デカいです、と言われた事をそのままそっくり返す栗林。

二人の話を最初から最後まで聞いていたルフレは、安堵に胸を撫で下ろした。

クリバヤシがルフレの事をゾルザルの愛玩奴隷だったテューレだと気付いたところで害を成すつもりは無かったが、ようやく見つけた安住の地を、恩人に黙って出て行かなくてはならないかと思われた。

同時に感じるのはヒオドシという名のジエイカンへの感謝の思い。そして

「やいヒオドシ、お前かいワレェ」

と言った感じの、長年に掛けて狙っていた獲物を奪われた事への、ほんの少しの敵愾心だった。

 




なんか勝手にテュカの異母姉妹らしきキャラ作ってますが、オリキャラとしてご容赦下さいませ。
んで、今作では生存してるテューレの扱いや心情が所々ギャグキャラ的になったり、河内弁めいた感じになったりわってる気がしますが、一時的なものです。
ギャグ所が済んだら元のクールなテューレさんに戻ります。ホントです。

という訳で質問や疑問、その他の指摘点やご感想など御座いましたら、
何でも言って下さいませ。


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第十一話 地の底で見た存在

ドーモ、庵パンです。
ややサボってしまったので、一週間以上かかりました…(;
九話の亜神クリバヤシですが、思った以上に栗林が無双した感じがしないので、
また機会を見つけて栗林無双します。
外伝Ⅲの栗林メインのターンでやると思います。
で、サリメルの昔話は最後の一説にちょこっとあります。


一晩経ったロマの森。

今日は朝から無肢竜退治出来るとあって、飛龍のイフリの面差しも心無しか気合が入っているように見える。

無肢竜は飛龍にとって、結構なご馳走らしい。栗林が仕留めた小型の無肢竜は首だけ銀の盆に載せてシエラに捧げられたが、首から下はイフリが食べた。

火威が仕留めた火を吐く無肢竜は、どんな化学物質を持っているか判らないから取り上げようとしたが、「約束が違う!」とでも言いたげな表情のイフリが頭から食べてしまった。

イフリに何の異常もない所を見ると、化学物質で生成した炎などでは無く火の精霊でも吐いていたのか、或は飛龍が想像以上に頑丈な身体を持っていると言う事だ。

まぁ多分後者だろう、と考える火威が地図を広げた。今日は朝の内に三カ所か四カ所、午後にも同じ数だけ無肢竜の巣を潰しておきたい。

無肢竜の巣は昨日のように窪んだ土地が多い。

キャリバーことブローニングM2重機関銃は頼りになる装備だが、このような地形では余り役に立たない。とは言え、今は物質浮遊の魔法が使えるのでデッドウェイトにもならない。

ロンデルに行ってる時に知ったが、物質浮遊の魔法は、火威が特地で魔導を習い始めた初期に覚えた物質軽量化の魔法と同種の魔導だという。

もし火威が戦争中に物質浮遊の魔法を覚えていたら、AH-1同様の三身ガドリングを個人で携行・運用してかなり楽が出来たろう。だが火威はともかく、教える側のレレイやカトーには複数の仕事が有って、余裕を持って誰かを師事する時間も無かった。

初日は火威が担いでいたが、あれは単に魔法の存在を忘れていただけである。

火威が忘れていたのである。大事なことなので二回言いました。これ以上はメタな話なので言わないが、決して庵p(ry

 

 

*  *                            *  *

 

 

宿と研究小屋や裏手の崖から離れた場所に厩舎を立てるべく、サリメルに保護されて従業員になっている男や女、それに子供達は木材を運搬していた。その中にはサリメルやルフレの姿もある。

運ばれた木材で厩舎を建てるのはジョバンニの役目だ。彼はこういった力仕事になると呼ばれる便利屋的な一面を、多いに利用されていた。ジョバンニ自身もそれを判っていて張り切ってやっているのだから、特に不都合は無い。

温泉と宿の経営者であるサリメル自ら、従業員と同じ作業な取り組むのは、彼女の性分としか言いようが無い。多少の不利益や使役者が軽んじられるような錯誤が発生しても、彼女は今までに自分で出来ることは大抵自分でやって来た。

ルフレはまさかエルベで土建のような作業をすることになるとは思っても無かったが、他に仕事があるわけでも無し。恩人であるサリメルがやっているのだから、見ているだけと言う訳にも行かない。

帝国内戦の最後、少し我を通せばフルタに付いてニホンに行く事もできた。

それをしなかったのは今までにやってきた事への負い目もあったが、幸せになる事への恐怖に似た気持ちもあったかも知れない。

もう一つのエンディングを確かめるべく走る。もう一つのエンディングとは、ゾルザルを始め、テューレたるルフレが治めていた国のヴォーリアバニーの部族を苦境に陥れた者達が、破滅をする様を見届ける事である。

それはテューレの死を意味している可能性が高かった。

ゾルザルの味方になったつもりは更々無かったが、客観的に見ればテューレはゾルザルを裏切った身である。

だがゾルザルの軍列に戻ってみるとゾルザルは既に死亡。ヴォーリアバニーが辛酸を舐めるに至った事に関わってたか不明だがアブサンを始め、複数人のオプリーチニナが強襲してきた存在に殺害されて、ゾルザル派の軍も敗北した後だった。

ボウロは……強襲してきた存在によって消し飛んだらしい。

結果的に復讐は果たされたが、自分では何もしてない。

戦で敗れ、多数に兵を失い心を弱らせていたであろうゾルザル。渇望している勝利という餌に、毒を含んだ再起と励ましの甘い言葉で判断力を狂わし、ヴォーリアバニーの国を攻めることを発案した者の名を語らせようとしたのだ。

そしてゾルザル本人も、デリラに投げられ、部族の恨みが籠ったナイフで殺すつもりだった。

そんな心積もりだったテューレは、ゾルザル派の敗残兵が去った森の中で生きる目的を失い、自死も考えた。

その時である、サリメルというエルフから声を掛けられたのは。

咄嗟に思い浮かんだ偽名は、自分の名から適当に考えたものだ。

新たに連れられた場所は、初めて足を踏み入れるエルベ藩国だった。そしてサリメルがミリッタの神官であることも知る。

更に、他種族に寛容な珍しい精霊種エルフで、この上無く色狂いである事も知る。

テューレは、自分が仕える相手はロクな奴が居ないと若干思ったが、サリメルは前の主人と違って注心されたら改めるし、細かい事でもちゃんと自分の非を認める。

ロンデルで得られる最高学位も持っているが、その事で偉ぶって他人を見下す事も無い。

来たばかりの時に同衾をねだられたり、少しでも好みの男や少年ばかりか、好みの同性が泊まった時に同じ布団で寝ようとする困ったところが多々あるが、実際には非常に優しいエルフである。

だからテューレ改めルフレは、サリメルが開いたこのオンセンリョカンの経営に心血を注ぎ込もうと決意したのだ。

 

火威が出発前に彼女に伝えた温泉宿の新商品は、ルフレが考えていた物を明瞭な形にした物だった。

サリメルでなはなくルフレに話したのは、先にサリメルに話したらエロい形で再現されそうだからである。

余りエロい形で出来るような事では無いのだが、宿を売春宿などと言ったサリメルだからエロい形でのみ残すことを火威は恐れた。

「畜獣の乳に果汁を混ぜて売り出すとはのぅ。ハンゾウは達眼の持ち主じゃな」

「はい、しかもサリメル様の魔導で果汁入りの乳を冷やしておくとは、手抜かりありませんね」

「うむうむ、流石はハンゾウじゃ。いよいよもって同衾をば……」

そんな平常運転のエロフをルフレが白い眼で見ない訳が無い。それはともかく、火威の案は完全に日本で流通するフルーツ牛乳である。

火威達の援軍として津金の隊がエルベ藩国に向かうに当たり、狭間陸将とロゥリィが文化侵略の程度を相談したのである。

その結果、“特地の技術で可能なものなら許可”という結論が出たのだ。それで火威はフルーツ牛乳を慣行した。

後年、この地を訪れたロゥリィ・マーキュリーが言ったらしい。

誰もここまでやれとは言っていない、と。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「先輩の案、思いっきりフルーツ牛乳じゃないすか」

「ロゥリィに断罪されても知りませんよ」

「そ、そうかぁ……?」

ルフレに献策した温泉施設の新商品に、後輩と部下の二人にダメ出しを食らうのは火威だ。

「まぁほら、風呂に入ったら何か飲みたいと思うのは皆が思う事だろ? やることもないから温泉テーブルテニスやろうとするのも道理だろ?」

「ねぇよ!?」

語るに落ちたような火威の告解に出蔵は声を荒げ、栗林は「断罪待った無し」と呟く。

「いや、流石に卓球やろうとは言っちゃいないけどさ、宿の中で出来る遊興施設は有った方が良いかも、とは言ったよ」

それならセーフかなぁ……とは思う部下二人だが、サリメルが知ったらどのような改変が成されるか不安も感じるのであった。

 

シュワルツの森から火威達と合流したアリメルは、集結早々火威達に土下座した。

「ア、アリメル!どうしたの!?」

当然ながら火威も栗林も慌て、出蔵は動揺して何事かと問いただす。すると、依然としてティトが“引っかかっている”という。

遠まわしな物言いなので、何がどう“引っかかって”いるのか疑問である出蔵と栗林だが、昨日に引き続いて普段の彼女には見られることの無い余裕の無さを感じさる必死感で、事の詳細を問うのを止めさせている。

火威はと言うと、翼竜の背でティトの裏の顔……というか、シュワルツの森では表なのかも知れない顔を知ったので、何となく想像は出来た。

「まぁ津金一尉が来るのまでに来てくれれば良いかなぁ」

その代わり、協力出来ない日の分の日給は支払われない。もっとも、給料が本格的に支払われるのは日本と再開通した後なのだが。

そもそも今回の任務に参加する現地協力者は、多くの部分で個人の有志である。

アリメルは出蔵と結婚することを長老たちに知らせ、顔を見せる意味も有ったから来たし、ティトはロンデルまでの足《白チョコボ》を貸して貰ったので、借りを返す意味で来た。

ティトが二日続けて休むとなると、身内のアリメルとしては非常に肩身が狭い。肩身は狭いが、弟の女遊びが災いし、相手方の親に捕まっているとは恥ずかしいので言えずにいた。

このようにアリメルはダークエルフの中では貞操観念の強い女性であったが、元々強い訳ではない。身近に反面教師が居たから強くなったのだ。

 

この日、無肢竜を捜索・排除するための作業は、予想を大きく超えて(はかど)った。

途中で無肢竜なのか本物の蛇なのか判らない小さな長虫が出たりしたが、未だに戦闘は無い。長虫はアリメルが言うには蛇らしい。昼の時間も近いし、レンジャー徽章に憧れてる栗林が捌いて調理したが、美味しそうなので火威も少し分けてもらった。非常に美味い。味痢召がクソの様だ。

 

午後の探索は、存外チャレンジャーだったアリメルが、栗林が捌いて調理した蛇を食ったことで少々胃もたれをを起こし、彼女を気遣りながらの探索だったので多くは調べる事が出来なかった。

だが午前と午後を合わせても八つの巣を探索する予定だったが、予想を大きく上回って十一ヵ所の巣を調べる事が出来ている。

複数の無肢竜と戦う前提で予定を立てていたが、戦うべき無肢竜が極少数しかいなかった事が原因である。

それはイフリの戦果と食欲の為だ。

無肢竜が存在する巣の上空で旋回する彼女だが、火威達が決められた道に沿って進むものだから、彼女が捕食可能な大きさなら早々に仕留めて食ってしまうのが原因していた。

陽が暮れて来た十二カ所目の巣の主は、イフリも食える大きさではなかったらしいことを思わせる。

ここでも他に漏れず、想像してた通りの地面が大きく窪んだ斜面の下に無肢竜の巣は有った。

だが肝心の無肢竜は地面に小さく口を空けた洞窟の中に居るらしい。

これでは身体の大きいイフリが仕留められないのも無理ない。

「目標はあの中か。まぁ蛇は寝る時間だしな」

言う火威が、続けて指示を飛ばす。

「先ずは俺が行く。5分経っても俺が出て来なかったり、排除不可能な無肢竜だけが出てきたら、即座に重い装備を棄てて撤退しろ」

火威は、自分達が小さくとも狂暴な竜を相手しているんだという事を改めて言い聞かせた。

斜面を降った火威が巣の穴を覗き込み、周囲に敵性生物が居ない事を確認して洞窟に侵入する。程なく、アリメルや栗林と出蔵も洞窟内に入った。

洞窟の中は出入り口から考えると驚く程に広大で、自衛官達がエルベ藩国に来てから最初に潜った物に較べても遥かに大きな空間を持っていた。

地震や火山活動がファルマートの中では活発なエルベ藩国内でも、これ程の空間を持つ洞窟を見つけると、一つの事を懸念せざるを得ない。

「出蔵、栗林、何時でも脱出出来るようにしといて。アリメルも同じく警戒して」

ここまで拡大した洞窟を、無肢竜の習性によるものと考えたのだ。

蛇の習性にも龍や竜の習性も門外漢の火威だが、想像出来る事態には可能な限り警戒する。休みの時に味痢召などでは無く、ジゼルに無肢竜の習性を詳しく聴かなかった事を後悔した。

その彼が敷いた陣形は、先頭は火威自身、中列に出蔵と栗林、そして後方にアリメルという菱形隊形だ。密集せず、慎重に少しずつ足を進める。

洞窟の中は暗いので、光の精霊魔法で作った小さな光球を頭上に浮かべて光源を確保する。

そして火威が敷いた陣形は、先頭は火威自身、中列に出蔵と栗林、そして後方にアリメルという菱形隊形だ。背後からの奇襲には全員が注意するとして、密集し、慎重に少しずつ足を進める。

後方のアリメルも精霊魔法の使い手なので、火威の部隊が持つ光源は前後二つになる。

密集したのは、昨日のように炎を吐く無肢竜がいても、その炎から皆を守る自信が火威には有ったからだ。まだリンドン派魔導士が覚える防御魔法しか使ってない。

ロンデルで入手した木材を使った防御障壁は未だ展開しないでいる。

周囲を警戒しながら進めば、地上に綱がっていると思われる通路が幾つもある。

かなり深い洞窟内に、(せば)まった通路がある。いっそのこと手榴弾でも投げ込んで安全を確保したいが、落ちて来た岩で通路が塞がるのも避けたいし爆発音で洞窟内に複数居るかも知れない無肢竜が集まって来る可能性もある。

洞窟の二層目に侵入してから、他の三名に一層周囲の警戒をするよう火威は声を掛ける。これ以上は警戒のしようが無い中、仲間の足音すら気に障る。

炎を吐くような奴は、可能な限り一体の時に倒したい相手だ。

二層目の洞窟は一直線で地上に伸びる通路は確認出来ない。

少し進むと、ようやく目標である無肢竜の姿が有った。

「よし、やるぞ」

半身以上を土の下に隠しているが、その頭部は以前に帝都の大帝門で見た炎龍の頭部よりは小さいが、それ以外ではイフリなど今まで見たどの龍よりも大きい。

「あれがニァミニアか?」

呟く火威が、どんな相手だろうと速やかに敵を排除すべくキャリバーを降ろし、準備を部下に指示する。

光源にした光球が二つも有るとあって、無肢竜は逸早く気付いて鎌首を上げ、侵入者の方向を向いてる。警戒心を向けているのは明らかだが、未だに動く気配は無い。

そしてその向こうに、対騎剣のような身幅の大きな剣が地に突き立っているのが見えた。

直ちにキャリバーを降ろして三脚で固定したた火威が、三人に指示して自らも爆轟を展開。

のみならず、爆轟を封じた二つの漏斗を浮かせた。

その間にも、出蔵がキャリバーの槓桿を引いて銃口を無肢竜に向けた。

 

 

 

*  *                            *  *

 

 

今更言うまでも無く、少年が大好物なエロフは想いを伝えて受け入れられた日の晩に、ミリエムが寝た後にリト少年と番う。

サリメルが驚いたのは、リトが体格に見合わない程の強い責め方で、永遠に近い長命が故に、個体数の少ない精霊種エルフであるサリメルをたったの一晩で孕ませてしまったことだ。

サリメルと同類の精霊種の元夫にも、出来なかった神業である。

そして産まれたのがハーフエルフのアリメルだ。彼女はダークエルフの父親に似て褐色の肌を持っていた。

故郷の森を出てから千年以上、学都を出てから六百年以上の月日が流れている。そろそろ落ち着いて一つの場所に腰を据えたいところだ。だがサリメルは使徒として大陸各地を放浪する事を運命付けられている身である。何時かは旅に行かなくてはならない。

アリメルが支えも使わずに一人で立ち、長旅が出来る程に体力が付いた頃、二人の娘を連れてサリメルは再び大陸を巡る旅に出た。




WEB版は読んでないんですけど、水龍ってどんな形なんですかねぇ。
炎龍っぽいのか長いのか、今現在は読めない上に確認できるメディアがないので疑問だけが積み重なります。
まぁ、水龍を出す予定も無いんですけどね。

そんなワケで、質問・疑問など御座いましたら、忌憚なくどうぞ。


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第十二話 無肢竜の王

ドーモ、庵パンです。
引っ張るだけ引っ張ってようやくこの章のラスボスが登場です。
今回も少しばかり長いハズ……かも?
んで、ニァミニアというのはコンゴか何処かのUMAの名前を元にしております。
出蔵が某MAに例えてますが、流石に370mもありません多分。
で、今回は最初の一節がサリメルの過去話です。


ミリエムとアリメルを連れたサリメルは一時は北西に向かう。

この時には既に西方砂漠と海を越えた場所以外のファルマート全域を回ったサリメルだが、まだエルフとしては十分に子供のアリメルを連れて過酷な砂漠へは行けない。

そこでサリメルは一転、大陸の北東に向った。

彼女が産まれ育った故郷のある森が目的地だ。

千年振りに見た故郷は相変わらずで発展の欠片も無い限界集落だ。

育ててくれたエルフの女性は長老になってたが、他の種族と違って余り老けた感じがしなかったので沐浴の際に抱き付いたら大変驚かれた。

習慣の違いなので(サリメル限定の)致し方ないが、他の精霊種エルフにアリメルが土エルフなどと言われて侮られる事が、母親であるサリメルには我慢ならない。

丁度オリンピアードが開催され、周囲の村々から大勢のエルフが一堂に会している。世の中には他種族でも侮れぬ者が居ることを、世間知らずの田舎者共に解らせようとしたが、ダークエルフの血が流れるアリメルはまだ幼く、戦士としての才覚は当然のことながら芽生えてすらいない。

仕方ないので三等以下を大きく引き離し、全種目の一等と二等をサリメルと立派な女性と言える程までに成長したミリエムで取ったが、二人とも精霊種エルフなのでサリメルに主張は届かない。

次は成長したアリメルと三人で1、2、3位を独占しようと思ったが、アリメルは多くの精霊種エルフが自分を見る目が険しいものだと感じ取っている。

幼いアリメルが、この森に二度と来たくないと来たくないと思うのも当然の事であった。

千年振りに帰ったというのに、見るべき物も無い故郷の森を後にしたサリメル達は、氷雪山脈に沿う形で西に向かう。

途中で会う人間は、この時代では大陸のほぼ中央に大きな都を作って方々で侵略戦争を続ける「帝国」というヒト種の集団だった。

サリメル達が旅の途中で会う彼等は大概好戦的で、少し油断すれば娘達を拐そうとする。

サリメル独りなら好色漢は又とない客だが、娘達に危害が及ぶ恐れがあるなら避けて行くしかない。

当時には氷雪山脈付近にも帝国の勢力は少なからず進出してきていて、これがまた厄介な存在ではあったが、その一方で元々土地に住んでた者たちは寒さに強い他種族が多かった。

その中で初めて見る種族も居た。一見すると怪異のような巨体を誇るが、その実、温厚で無口なエティという種族だ。

長命の彼らは無口と言うより一言も喋らない種族だ。その上に総じて剛腕で、気味悪がった帝国の先兵が長槍で追い立てようとすると裏拳一発で吹き飛ばしてしまったことがある。

だが種族的に戦いを好まないのか義侠心が厚いのか、害そうとしない限りは実に良い友人である。

正直、外見での雌雄の判断に困る種族で、学都では生態学を専攻していたサリメルも増え方が気になったが、その中ではノリの良い開明的な雄の話し(筆談)によると)、エティという種族は全員雄らしい。

増え方も“気が付いたら”居たとか、”いつの間にか”あった、など、彼ら自身でも謎の多い種族だ。

賢者としては謎は放っておけないので、暫し彼らの里に逗留して研究していたが、エルフとしても行き遅れの年頃になってきたミリエムの事も考えると余り長居は出来ない。

そろそろお(いとま)を……等と考えていたが、世の中は思ったようには行かない、

彼女らが逗留していたエティの里が何者かの襲撃を受けたのである。

里に住む獣人の話では、襲撃してきた者達はヒト種であったそうだから、最初は帝国の手の者かと思われた。

しかし二度目に襲撃してきた者を捕らえると、既に死んでいるという有様。それでも行動し、生者を襲おうとしているのだから、反魂呪文が使われた何よりの証左だ。

三度目の襲撃では帝国とその者達が交戦していたから、不死者は帝国の手の者で無い事が判る。

反魂呪文のように世界の理をバランス、命の尊厳などを著しく侵し、狂わし、乱すような因子は、世界の庭師たる使徒に断罪される。

サリメルも使徒ではあったが、神ではなく神殿に選ばれた使徒だから不死の肉体という訳では無い。

エティの里から脱出するには、不死者と帝国の両勢力を躱して抜けなければならない。サリメル本人と成長して精霊魔法の使い手となったミリエム、そしてアリメルだけなら光の精霊魔法で不視化して抜け出す事も出来る。

だがサリメルがそれを良しとしなかった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

如何に賢しい頭脳と頑強な鎧のような鱗を持ち、この世界では最強の部類と言われる生物の一つである竜と言えど、横の繋がりが無く、少し大きい程度の無肢竜が、入念に屠竜の支度した魔導自衛官に何一つ抵抗出来る筈も無かった。

無肢竜が居た場所には、砂埃に塗れた無肢竜だったネギトロめいた物が倒伏……というか潰れている。

「心配のし過ぎじゃないですか?あの大蛇っぽいヤツだって火も吐きませんでしたし」

言う出蔵に火威は返す。

「俺はな、モン○ンで初めて三乙したのがガ○ラアシャ○なんだよ。だから部位破壊も捕獲報酬も要らんから見つけ次第ブっ潰したいわけよ」

この先輩、結構ゲーム下手だったよなぁ……。出蔵がそんな事を思い出しつつ、その出蔵が見る前で火威から慎重に手渡された大剣を見ながら栗林は昨日の事を思い出す。

昨夜、似たような大剣を持ってサリメルの宿に帰還した時の話である。昨夜に持って帰った大剣は、今栗林が柄を握る大剣よりも幾分軽かった。

それでもサリメルやルフレは驚く。

それもそうだろう、出蔵三尉が抱えて辛うじて持ち上げ、宿の従業員の男となると持つことすら不可能だった剣だ。

ここまで重い刀剣類はロゥリィのハルバードくらいしか知らないが、火威という男は「先っぽに重りが無いから聖下の鉾槍よりは持ち易いハズ」とか言っている。

神の御印であるロゥリィのハルバードを持った事があるのかと聞けば「稽古の時に素振りさせてもらった」との事。

明らかな白兵戦用武器を持って帰ってきた自衛官に、何を勘違いしたのかサリメルとジョバンニが両腕に一杯の刀剣類を抱えて宿まで来た。

「ヌシら、剣や槍の類を使うのか?」

なぞと言って持ってきた刀剣類の中に、穂先が幅広で諸刃の剣のようになった槍があった。火威が真っ先にその柄に触れる。

「ぬぬ、流石ハンゾウ。御目が高いのう」だとか、何処ぞの商人のようなセリフをほざくサリメルが続ける。

「これは(ケダモノ)の槍じゃ。狂戦士の魂が封じられているという曰く付きの代物じゃよ」

ロゥリィが聞いてたら断罪されそうな事を言うサリメルの前で、火威が試しに槍を構えてみる。

その瞬間に火威の瞳が獣の目に変わった(かも知れない)。何処からともなく吹き込んだ風がサリメルの長い髪をそよいだ(ような気もする)。

だがそれ以外に変わった事は無かった。

「……この槍は出来損ないだ。生えないよ」

そんなことを意味するナメック語を呟くと、火威は栗林に槍を渡す。

もし槍に口が有り、言葉を持っていたなら言っていたかも知れない。「こ、こいつ(毛根が)死んでる!?」

どういう意図があるのかは判らない。多分、興味深そうにずっと見ていて、尚且つ銃剣で無双する栗林が使えば鬼に金棒……という風に思ったのかも知れない。

ところが、火威に渡された槍は栗林の感覚でも非常に重かった。今までにもウェイトトレーニングでバーベルやダンベルの類を持った事はあるが、(ケダモノ)の槍はそれ以上の重量を持っていた。

それだけの槍を持って軽々と扱うのだから、火威という男が帝国内戦の最終決戦の地となったイタリカの住民に感謝されて、謝礼金を受け取ることとなったのも納得出来る。

日本に帰還した丸山貴絵に言われてから若干気にしてたが、確かに強さを求めているように思える。

以前に炎龍の首が大帝門に掲げられた際、帝都からアルヌスに戻るチヌークまで向かう馬車の中でも炎龍を倒すべく訓練を続けていたと自白した三尉だ。

しかも特地では余り意味の無いように思えるが、冬季遊撃徽章の持ち主だ。冬季遊撃課程教育では特殊作戦群との合同訓練も活発に行われる。お突き会いでは栗林を上回る特戦群のメンバーが未だに現れなかったが、火威という男は判らない。

思わぬ所に予想外の人材が居たものだと思う。

だが栗林は現在富田章へ恋慕中なので、同時に二人に想いを寄せるなど二股めいた事は出来ない。

頭部がスッキリしたとは言え、火威と付き合うのは向こうから告白してきた時なのだ。

大剣を返してもらった火威が、本来なら背嚢がある筈の兜跋の背中に剣を据え付けて携行する。

出蔵や栗林は火威が戦争中にも敵から鹵獲した同種の大剣を使っていたと聞いていたが、まさか持ち運びや易いように鎧の背にアタッチメントだかホルダーを増設してたとは思っても無かった。

栗林は今の隊長が「禿頭筋肉系の特地人?」とすら思ってしまうが、もう一人の上司の高校の先輩となると日本人なのだろう。

その火威はと言うと、振り払った筈の脅威が未だ拭えぬ事に冷汗を流し、アリメルや部下に引き続き警戒を促している。

この感覚は以前、ジゼルを連れてアキバ探訪した時に似てる。

あの時もオークの視線……ならぬ死線を受けた時から身体の具合が変調をきたした時以来だ。だが火威自身の直観という不確かな物では、此れという異常もないのにアクションを起こすことも出来ない。

何処かから敵性生物が見張ってるんじゃないかと思い、周囲は勿論のこと天井も見たが気配の主は見えない。

改めて隊列を組む際に、害獣が襲撃してきても良いように警戒を促す。そのまま進むと、やがて第三層にでも繋がるであろう洞窟が口を広げていた。

二層はもう少し続くが、すぐに行き止まりになるのでこの洞窟に入るしかない。

「これは……絶対に居るな」

火威の直感が全力で語っている。行くべきでは無いと。と言うか、火威の頭上の光源が薄っすらと三層内に蠢く何かを照らしている。

野外なら上砂嵐と爆轟を駆使すれば結構楽に斃せそうな相手だが、相手のホームグラウンドでやるとホームグラウンドの洞窟自体が潰れそうだ。というか、潰れる。

火威は部下とアリメルに、万が一の時は出口向きに全速力で走る準備を伝えた。三人もジゼルから聞いた話の無肢竜とは、全然違う相手を敵にしているので異論は無い。

帯嚢の蓋を開けると、無肢竜が嫌う獣脂のムッとした悪臭が辺りに漂う。

同じ場所にレーションを仕舞っておいた事を後悔してた火威が、防御魔法と爆轟の光輪を、現在の火威に出来る25個の最大展開しつつ、浮遊の魔法で浮かせた獣脂を洞窟に放り込んだ。

爆発と共に洞窟内から炎が吹き出す。だが即座に展開した障壁で、炎は少しばかり無肢竜自身の身体を焦がしただけだ。

「全員撤退! 逃げろ!」

棲家に爆発物と悪臭の発生源を放り込まれた無肢竜は、侵入者を捕食すべくその姿を現す。

太さは巨象程、長さは全身が出てきていないから不明だが、後にアルヌスに帰還した出蔵によると「ドッ○ーラくらいあった」らしい。

「ちょっ…! なんスかアレぇ!?」

「良いから逃げるんですよ!」

誰に問うつもりなのか解らない出蔵の声に応えつつ、栗林が彼の襟首を引っ張って一層まで向かう。

その中で味方の撤収を支援するため、キャリバーを手持ちで撃ちながら地面から少し浮いた地点を後ろ向きに滑走する火威を見て、出蔵はまた驚いた。

「ネッカクホバァーッ!?」

本当なら物体浮遊の魔法を兜跋に使い、空中を縦横無尽に飛んで無肢竜の死角から大剣を突き立てる事を夢想していた火威だったが、思惑とはままならない物で地面を高速で滑るだけしか出来ていない。

「出ッ蔵!良いからお前ェは後ろに全力ダッシュしろぃ!」

地上を走る以上、鎌首を上げる無肢竜の目を狙う事は不可能だ。8メートル程の給弾ベルトを撃ち尽くした時、火威は足を止めて精霊魔法の詠唱を始めた。

「三尉、早く! 何やってんですか!」

振り返る栗林の声が響くが、火威が足を止めたのは存外足の速いニァミニアに追いつかれないための方策を敷く為だ。この巨大無肢竜には、アルヌスに連絡を取って多目の支援を要請する必要がある。

「良いから先に行け!」

詠唱を終えた火威の周囲に、霧が立ち込める。そして再び地面を滑るように動くと、その姿が残像のように残った。

「フヘヘ、どやァ?」

誰とも知れずに問う火威の姿は複数あり、その残像に惑わされたニァミニアも侵入者への追撃を留まる。

その間にも無肢竜の背後を取った本物の火威が、早詠唱で展開した爆轟を、無肢竜の後頭部に叩き付けるのだった。




最初の原案だった「魔導忍者彼の地にて斯く戦いけり」の忍者っぽさが、ようやく出て来たと思います。
むちゃくちゃ遅かったです。本編終わって外伝1の後半に出て来るとか、タイトル詐欺をやらかすところでした。
前回と今回を少しばかり長くしてますが、外伝1が終了するまであとどれくらい必要なのか予定を立てても書き始めると長くなっていく不思議……。
本編も似たようなことが有りましたねぇ……。
外伝2では原作と同じ大祭典をメインテーマにする予定ですが、何時になったら出来るやら……。


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第十三話 竜の窟

ドーモ、庵パンです。
ここしばらく風邪引いてました……。季節の変わり目でしょうか。
お陰様でプロット的な物が明確になってきました。
というか終わらせ方ですね。

ところで、漫画の方では亜神クリバヤシという単語が出ているってことは
ゾルザル=女にボコボコにされたヤツ……って事になったんですかね?
テューレがボウロ使って広めてそうな気がします。

で、今回も一説目がサリメルの過去回です。


一応は使徒であるものの、不老不死でもないサリメルが、帝国と屍兵の集団から逃げなかったのは、氷雪山脈麓の集落で会ったエティの影響だったかも知れない。

当時、氷雪山脈の麓に有るサガルマタという集落の住民は、片手の指で数えるばかりのエティの他は殆どが獣人で、そのリーダー格の竜人女性が務めていた。

その一方で帝国先兵だった主席百人隊長は、灰色の髪の固太りしていたヒト種の男だ。職務に愚直な朴念仁で部下からの信頼も厚い。

怜悧(れいり)な男でもあり、後続で来た諸侯の命令にも縦に首を振らず、その指示を論破するというという器量も持ち合わせていた。

その命令と言うのが、反魂呪文で仮の生を与えられた死体を斃す為の手法なり、武器なり手立てをサガルマタから奪って来いという物だ。

それもそうだろう、サガルマタにはヒト種には勝てない怪異のような種族のエティが居る。彼らを篭絡するには、些か遅すぎた。そして彼らは余りにも無欲であった。

そんな者達の中から、情報を盗って来るのは自殺にも等しい。

 

だが帝国の者達は知る由も無いが、屍兵を斃す方法は余り難しくない。

今でも余り知られてない事だが、仮の生を与えられた屍兵も生きている人間と同じで、背骨や頭部を破壊したり、身体から首を切り落とす事で斃すことが出来る。

少し後で、屍兵を斃すその方法を百人隊長は得る事が出来るのだが、職務だけではなく何事にも愚直で朴念仁な彼は、サガルマタの勢力と屍兵の交戦を伏せて傍観するという奸智には実に疎く、サガルマタの長である竜人女性に頭を下げたのだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

二種類の精霊魔法を駆使してニァミニアの背後から爆轟を撃ったところで、早詠唱で組み立てた魔法の威力はたかが知れていた。

しかしニァミニアを驚かせ、混乱させることには成功したので、その隙に出蔵、栗林、アリメルは1層に退避できたし、光の精霊魔法による幻影を見せることによって火威も退避出来ている。

1層と2層を繋ぐ通路は到底ニァミニアが通れる大きさでは無かったが、極太の長虫は無理やり通ろうとしたり炎を吐きかけようとする。

これに火威も防護障壁を張るから、無肢竜が吐いた炎は自身にしか被害を及ぼさない。しかし、それで諦めて退いていくニァミニアでは無かった。

相応に知能があるのか、障壁が解除されるのを待って、その場に居座ってしまったのである。

巨大さも含めて、無肢竜が火を噴くようなこともジゼルからは聞いて居ない。過去に不正規戦で無肢竜と交戦、駆除した隊員も居るが、彼らが遭遇した無肢竜も特別な事はなかった。

「参っちゃったなぁ。今回LAM持って来てたっけ?」

「いえ、火威三尉の魔導で十分に代用可能と判断されたので、携行していません」

自分でもエルベまで携行してくる荷物の内用は確認してたが、ひょっとしたら……という薄い希望も栗林の返答で打ち砕かれた。

「そんじゃぁさ、すぐにアルヌスに連絡入れて津金一尉に直ぐに救援に来るよう伝えてよ。そんでその時にLAMも多めに……六本くらい持って来てもらって」

「先輩は高機まで行かないんですか?」

「魔導士の喧嘩の時に周囲を護るのに使う障壁で、一回張ればそれで良いんだけど、弱くもなるからな。ニァミニアを見張る意味でも俺はここに残るわ」

一応、臭くなってはいるがレーションもある。そんなことを言い足して、火威はこうも言う。

「宿とシュワルツの森まではイフリに乗せてもらえよ。かなり定員オーバーだけど、今日はご馳走をたらふく食べた筈だから機嫌も良いはず。あ、でも乗せて貰うんだから礼儀は弁えろよ」

 

 

*  *                            *  *

 

火威の言った通り、イフリは非常に嫌そうな顔をしていたが、どうにか説得してアリメル、栗林、そしてイフリが咥えたロープに繋がれた出蔵はサリメルの宿に辿り着いた。

ちなみに、イフリの説得には先々で退治した無肢竜肉を約束をしている。

宿に着くと即座に出蔵が停車していた高機からアルヌスに通信を入れた。以前に伊丹二尉がロンデルの郊外からアルヌスまでの連絡する際、通信状況が良くなかった事もあってゾルザル派帝国軍との戦争中に無線の中継基地局が設置されている。

自衛官達は直ちにアルヌスへと連絡を取った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ニァミニアと睨み合う事、早四時間。

火威は案の定というか、何時通りというか、睡魔とも戦っていた。

まさか緊張感窮まるこの場で眠く……とは火威も思っていたが、自分の救いようの無さを憂いた。

任務が終わったら任務中に寝ない方々を下位の者に聴きまくらなくては。

下位の者限定なのは、同格か上位の者だと任務中央に寝た事を疑われて雷でも落とされる可能性を考えたのだ。

眠いのに、こういった悪知恵ばかりは良く回る。

そんな感じで火威の注意力は拡散していたから、背後から近付て来る気配にも気付かない。そしてその気配の主は、火威に一気に抱き着いた。

「フォアアッ!?」

睡魔も何もかも吹き飛んで、抱き付いてきた何かも振り払おうと前方に大きく跳びながら、背中の大剣を抜いて振り払った何かに剣先を向ける。

すると其処に居たのは、火威が強引に振り払われて突っ伏しているエロフだ。

「ってサリメルさん」

慌てて駆け寄り、サリメルが起きる手助けしながらも質問をぶつける。

「どうしてここが解ったんですか?」

「イフリに聞いたんじゃよ」

ジゼルが言うには、飛龍は人間程に賢いらしい。だから長年生きるエルフで、尚且つ賢者ともなれば飛龍とも意思の疎通は可能なのだろうと推測した。

しかし竜人でも使徒でも無い者が余計に働かそうとすれば、相応に見合った対価を要求されるのも当然なのだ。

「ひょっとしてイフリに乗って来ました?」

「いや、妾が一人徒歩で来た」

火威はイフリに要求される対価が無いことや、まだ危険なレベルの無肢竜が居るかも知れない森の中をサリメルが突っ切って来たことに対して、若干の安堵感や沈痛の意味で嘆息した。

「ところでハンゾウや、ニァミニアが居るのはこの通路の向こうかの?」

「えぇ、出蔵と栗林がアルヌスまで救援要請してますから、味方が到着したらLAMで吹っ飛ばします」

「……“らむ”とな?」

「あぁ、こっちじゃ鉄のイチモツって名前の方が知れ渡ってますかね」

「プっ、なんじゃそりゃ。可笑しな名前を付ける者がおるのぅ」

アンタが言うのか、とは思ったが、これには火威も少なからず違和感を覚える。

LAMたる“鉄のイチモツ”の名がこの世界で広まったのは、自衛隊が特地に来て間も無くのことだ。第三偵察隊がコダ村住民の避難をしている際、炎龍から襲撃を受けたのである。

その際、炎龍の左腕を吹き飛ばしたのが鉄のイチモツだった。そして緑の人と共に鉄のイチモツという名はファルマート中に轟いた。

特定の人間によって限られた範囲にのみではなく、噂と言う形で縦横無尽に広まったのだから、帝国内だけでは無く国外も含まれる。それも炎龍はエルベ藩国内に山の中に巣を作っていたのだ。鉄のイチモツを知らない者は赤ん坊くらいだろう。

それに“鉄のイチモツ”なぞというネーミングにテンション上げないとは、日頃エロフを自認している(らしい)サリメルにしては淡泊過ぎる。まぁ面倒臭く無いから良いのだが。

「しかしハンゾウ、御ヌシには感謝してるぞ」

「へ?」

俺が何かやらかしましたかねぇ。と言う思考を読んだかセリフを用意してたのか、彼女は火威に先んじて口を開く。

「以前御ヌシに会ってからは楽しいことばかりじゃ」

「や、それ確実に俺が介入してませんて」

「いやいや、御ヌシのお陰でルフレにも会えたからのぅ」

あのテューレって人らしいウサギさんかぁ……。ゾルザルに叛意を持っていたテューレなら確かに火威にも関係はある。そして火威にサリメルは続けた。

「今はロンデルから帰る途中だと思うが、ミリエムも帰って来てくれたしの」

これは完全に火威には関係無いのだが、最後にサリメルはこう付け足した。

「これを機に妾の眷属になって貰えぬか?」

「なん……だと……」

火威の知る限り、眷属というのは親族や同族、まぁ早い話が親戚含む一族の事を現す。火威から見れば「友人だったら面白いけど結婚は勘弁な」という女性にプロポーズされたようなものである。

ホントは違うのだが。

「す、すいません。俺には好きな女が居まして……」

何言ってんのコイツ、と思うのはサリメルの番だ。でも面白そうなので根掘り葉掘り聞いてみることにした。

「うーむむ、それなら()()()は諦めるが、その女子(オナゴ)はアルヌスに居るのか? っていうか本当の意味で女子(オナゴ)?」

火威がアベさん系の人で無いことを確認したのは、彼が持っている大剣が以前にサリメルの宿でフェトランの媚薬を盛られながらもサリメルには指一本触れようとしなかった傭兵団の団長の男が持っていたフルグランと瓜二つ……というかそのものだったからだ。

火威も以前フェトランを盛られているが、同じようにサリメルに手を出す前に爆睡してしまった。だから薄々ながらもアベさん系団長と似たような嫌疑を掛けられていたのだ。

「えぇ、そりゃもう。身長は低いけど胸の大きい女の子ですよ。まぁ()と言って良い歳じゃない気もしますが、童顔だから良いでしょうね」

「…………その女子、今アルヌスにおらんじゃろ」

「ファ!?」

微妙にヒントが多すぎたのか…! と考える火威は知るまいが、栗林が同性とは言え、他人に軽く揉まれた話しなどする訳がない。ましてや異性に話す事などあり得ないので、ボディーアーマーを取った少しの時間の栗林の胸を見て「巨大」と判断したのだろうと考えた。

「アレは大きな果物……いや、野菜くらいはあるぞ。ハンゾウ、流石は御ヌシじゃ。好い相手を選んだのぅ」

アンタ、栗林のマッドドッグっぷりを知らんでしょ、とは思うが、ここまで断言されると特定されたような物である。流石は賢者、油断ならない。

「ま、まぁそんなワケですから、眷属とか家族とかは無理なんです。アルヌスも一応日本なんで、重婚とかダメなんです」

「ぬ、そうなのか、ニホンは意外とツマらん事を気にするな……」

そういう彼方は今までに何人の夫とエロいことしてきたんですかぃ、なんて問いたくなった火威に、隙を許すサリメルでは無かった。

「さて、じゃあ眷属の儀を……」

「待て待て待て待て待てェ――! 何聞いてたのアンタ!?」

半怒状態でサリメルに詰め寄る火威の胸を拳で軽く突き、彼女はチッチと空中に人差し指を振る。

「 早合点するでない。眷属と言っても魂の眷属じゃ」

「た、魂すか?」

魂ワードの魔法は聖下に断罪さる可能性が高そうなので、その旨を伝えると杞憂だと言う。

「そもそもこれは魔導とは違う」

「違うんすか?」

「まぁ便利だから試してみぃ」

詐欺師が言うような文句だったので、火威は躊躇った。この美人局的なやり取りは確実に拙い。そこで火威は記憶を巡らせて策を敷いた。

「いやぁ、でも死後は結婚相手と天国に行けるように猊下に取り計らってもらってますからねぇ。ここで今更ご好意を無碍にするワケにも……」

「ジ、ジゼル猊下か!?」

ジゼルの名を聞いた途端、血相を変えて問うサリメル。エロフではあるが、普段からのんびりした彼女からは考えられないと火威は感じる。

「えぇ、その猊下です。竜人の使徒の人です」

「竜人の人っで可笑しいじゃろ……それより既にジゼル猊下の眷属になっておるとか!?」

「いやぁ、それは無いっす。聞いてた話じゃ俺がこっち来る時に乗ってた翼竜が猊下の眷属らしいです。ペット……愛玩動物みたいなもんっすかねぇ?」

これを聞き、サリメルは思った。

ふーむむ、猊下め、焦らせてくれるわ。こんな逸材を放っておいて翼竜なぞを眷属にするとは。あ、でもホントに愛玩動物的なもの知れぬな。なら早いところ唾付けておかんと。

みたいな事を。

「あー、それではこうしよう。週が日が六日ある内の三日は魂を開放する故、三日だけヌシの魂を貰えんか」

「や、週が六日だと日本人にはちょっと判り難いので、週が日が七日ある内の四日休ませて貰えませんかねぇ?」

こんな緩くてハードルの高い会話で、火威は死後の週休四日を獲得した。給料なんて貰えるか判らない死後の世界で、週の半分以上の休みを貰ったのだから火威の大勝利である。




だいぶ書いた気がするんですが、読んでみると短いですね。
どうしてこうなっちゃったのか……?
まぁこのあと火威がサリメルに噛まれるんですが、そんくらい書けよな的な気がします。
まぁでも、体力と気力が持たんかったです。
で、屍兵とかルフレとか、思いっきりファイヤーエムブレムです。
しかも覚醒です。
でも竜人女性がチキとかノノって事は有りません。

まぁ、そんだけです。

さておき、遂にお気に入り指定が300個突破!?
皆様、ありがとう御座います!!


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第十四話 闇の蟒蛇

ドーモ、庵パンです。
まさか前回の投稿からこんなに掛かるとは思わなんですわ……。
っていうか外伝1で15話以上書くことになるとは……。

そして漫画のウォルフ。
あんな所に郷里が有ったんですね。当小説で書いたのと全然違いました。
まぁアルヌスの北なんで、取り敢えず予想通りです。



すいません。めっちゃ予想外の場所でした。



「ふぅ……痛ェ、おっかねぇ……」

火威は兜跋の兜を抑え、しっかりと襟廻(えりまわし)の接合部に引っ掛けてから呟く。

ロマの森で過ごす最初の日、ティトとアリメルから「森の魔女に食われるかも」なんて話を聴いて、実際に幾度となく性的に食われそうになり、火威が望めば何度も肉感的美女との行為にもありつけたが、実際に気を許して見ると食欲的な意味で頭から頂かれそうになった。

早い話が、契約を済ませたのである。

「にはははっ、まぁ許せ。これで契約完了じゃ」

「……紙の契約書じゃ駄目なんスか?」

サリメルから距離を取りつつ、火威が尋ねる。この女には背中を見せたくないし、少し離れておきたい。

しかもこの女、無肢竜との戦闘があるかも……とか言って、アメジストの装飾が眩しいデザイン重視の大型ナイフまで用意している。

栗林が使えば判らないが、大型とは言え二回の爆轟に堪えたニァミニアの鱗にナイフが通じるとも思えない。

ただ、二回目の爆轟は早咏唱ではあったが……。

「魂の契約に羊皮紙やニホンの紙など使える筈なかろう。ヌシの血を妾が舐める事に意味があるのじゃ」

なにその悪魔めいた契約……と思いながら自分の頬を気にした。禿頭の強面の頬に、女性の歯形があったりしたら色々な物が霧散してしまう。緊張感とか威厳とかが。

「妾の歯形とか残ってないから安心せい」

ホント、このエロフは人の心を良く読んでくれる……。そんなことを思った火威はふと気になった。

徐にサリメルの瞳を見据え、力強くも無言で訴える。

「な、なんじゃ……?」

火威の視線を一身に受けて何を感じたのか、ぽっと頬を赤らめるサリメル。取りあえず大いに誤解である。

「いや、露出度下げてくれると嬉しいなー、と」

一晩お願い出来るなら――なんて言葉も過ったが、こういう時に条件を質にするほどサリメルはみみっちぃ女ではない。

「にゃ、にゃんとハンゾウは女体が嫌いなのか……!?」

やはり、言葉で伝えなければ判ってもらえないらしい。

「や、大好きですけどサリメルさんの肌色はちょっと過ぎるなー、と」

「妾が脱ぎ過ぎだったとは……」

「Yeah、そっスね。サリさんのプロポーションなら縦セタとかも……あ、この話はまた今度」

「いぇあ? くっ、また新しいニホン語が……! まぁ良い。今度「たてせた」とやらと共に教えてもらおう!」

見ているだけなら火威の好み弩ストレートの巨乳美女エロフと、ほんわかした心が和むのんびりした雰囲気を醸成しつつ、己の女運を少しばかり嘆く。

三十路を過ぎて遂に本気で想いを寄せる相手が現れたと思ったら、その相手は自分以上に強い男以外とは付き合わない上に、本人が人外の強さだったりする。

ならばと、火威自身も持ち前の体力に飽かせて白兵と基礎体力を得る為に訓練していれば、妙に青い女神様のお気に入りになったりする。

女神様から告られないのを良い事に、最初に好きになった女に交際を申し込むべく訓練を続けていたら、任務で自身の好みの弩ストライクの肉感的なエルフの賢者に出会う。

好みを計ったかのような女性で、今までの禁欲も不意にしかねない程に危ない事態だったが、彼女は幸いにして恥女だった。

だがこの恥女、他人の忠告は素直に受け入れる正直さもあるので、その辺りは数々の誘惑を受ける事になる火威には実に良ろしくない。

余り素直に受け入れられると、その素直さに好意を持ってしまうからだ。

とは言え、今日までに若干ながら芽生え始めた好意も、今しがた顔を噛まれた事で霧散してしまった。

今までは現場指揮官としてサリメルの研究小屋にも足を運ばなくてはならなかったが、明日か、遅くとも明後日にでも津金一尉に押し付けられる。

その前に、闇に包まれた洞窟通路の先に居るであろうニャミニアをどうにかする必要がある。とは言え、選べる行動は津金一尉が来るのを待ち、LAMで穴だらけにする事くらいしかないが。

彼の無肢竜が居るであろう闇の中を見据え、火威は考える。

手強い敵は超が付くほど大型の無肢竜一頭。

フォルマル邸の博物誌で見たり、ジゼルから聴いたような情報は全くの無意味だ。

無肢竜や蛇の腹には鱗が無いように思われるが、実際のところ蛇の腹には鱗が変形した大きな腹板と言うものが並んでいる。この腹板は間隔を伸ばしたり縮めることが可能で、これを立てたり寝かしたりして蛇腹のエッジを引っかけ、木を登ったり前に進むことが出来る。

そして蛇行と言うように、蛇はS字にくねって静かに前進する。これは、腹板を地面にぴったりとくっ付ける為である。

この生態によって生まれた余計な距離によるタイムロスのお陰で、栗林も出蔵もアリメルも二層まで逃げ切る事ができた。一応、火威が多少ながら時間を稼いだこともあるが。

この辺りは火威達の世界の大蛇なり蛇なりと変わることは無い。ついでに砂の上では蛇腹は使えないので、砂漠などに住む蛇は他の方法で前に進むのである。

火威も大学時代に脇の知識というか、人生の暇な時間にこのような雑学を蓄えてきたので知識としては知っている。だがそのまま特地の竜に当て嵌るかは判らない。何せ炎を吐くのだ。平気で砂の上でも活動するかも知れない。

身体の全面が鱗で覆われているとなると、確実に鱗が無いのは口の中や体内だけとなる。

だが、さしもの火威もこれには(かぶり)を振った。リスクが高過ぎる。

ニァミニアが口を開くのは炎を吐く時と捕食する時である。

今までにも炎を吐いた無肢竜の口に爆轟を見舞った事はあるが、このバカみたいにデカい蛇はその重量で押し潰そうとする。

これには、こちらがタダの獲物では無く、ニァミニア自身の生存を脅かす敵である事を知らしめて炎を吐く為に口を開けさせる必要がある。

ただ、そうなると栗林や出蔵、それに明日にでも来るであろう津金一尉の危険度が増すのが困るところだ。

「集結後じゃないと危険か……」

頼みの綱としていた爆轟は、師であるレレイのように三十個も光輪を展開する事が出来ないのでニャミニアを斃すのに威力が足りない。

津金一尉が携行してくるLAMを釣べに撃って斃すしかない。

 

丁度同じ頃、ティトは明日もまたニムエの親父から強制的な説教される為にシュワルツの森に足止め喰らうことが半ば決定していた。

「はぁ~、どうしてこんな事になっちゃったんだろ」

多分、というか絶対に不器用な癖して器用なホドリュー・レイ・マルソーの真似するからである。

それは判る。それが判かりつつも尚言いたくなるのは、拘束四日目が決定しつつある彼の気持ちだ。

「不器用なのにハイ・エルフの真似するからよ」

判っている事を言われるのも業腹だが、声の主は大好きな姉、アリメルの物だった。

あと少しで他人の妻となってしまうが、人妻というのもそれはそれで……。

「姉さんお帰り。今日は何が有ったの?」

「多分、ニァミニアじゃないかっていう無肢竜が見つかったわ。ナオ達が明日になったら本格的に攻撃するから、貴方も来なさい」

「ニ、ニァミニア!?ホントに!?皆無事なの!?姉さんは判ったとして、クリバヤシさんとか!」

目標発見の知らせに思わず声を荒げる。そして心配して挙げた名は自分でも予想通りに主に女性だった。

「ヒオドシが凄かったわよ。お陰で皆助かったわ。流石は飛び級で博士号取るだけあるわね」

努力の塊というか、隊の教練以外にも気でも狂ったような稽古の数々を火威がやっているのは、アルヌスに住んで居れば良く目にする。

やはり以前にハイ・エルフが言ってたように、最後まで女性を騙し通すよりも、努力して本当の事にする方が簡単な気が……。

「いや、変わらない……か?」

毛髪が一本残らず抜ける努力である。寧ろこちらの方が難しいかも知れない。否、絶対に難しい。

だが噛み噛みとまでは行かなくとも、喋りが苦手なダークエルフとしてはホドリューと火威の真似を程々に真似るしかない。

*  *                             *  *

五十年程前、前回の炎龍の活動期だった頃の事だ。

古代龍が巣としていたテュバ山。その周辺に住む者達を、一カ所に集めた魔導士が居た。

サリメルが住む森が、ロマの森と言われるようになった女魔導士のロマリア・デル・ドリードという栗色の長髪の女性だ。

彼女はアリメルらダークエルフが炎龍に襲われそうになると、颯爽と前に出て魔法の障壁で皆を守ったから、父やティトなど多くのダークエルフが生き残れたし、サリメルも助かった。

だがロマはヒト種だ。長命種のエルフと違ってその命は長くない。

去年、考えられていたより早く活動期に入った炎龍によってヒトやエルフが大勢死んだ。そしてその時、大勢の命を護るべき立場にいた魔導士のサリメルが居なかったのだ。

サリメルは当時、アリメルの姉であるミリエムを迎えに行っていたと言うが、その夫のエティを見てもミリエムは未だ一向に見てない。

エティが居る以上、ミリエムを迎えに行ったのは本当なのだろうが、どうせ男でも追い掛けていたのだろう。

それにだ……

それに多くの友人のダークエルフ、そして父のリトが犠牲になってしまったのだ。

その時、何処で何をしていたのか。

問い(ただ)さなくてはならない。

 

そんな風にアリメルが考えていた頃、出蔵と栗林はシュワルツの森の近くまで来ていた。

サリメルの宿の近くに駐車した高機動車からアルヌスに通信を入れてから暫し逡巡したが、火威一人がニャミニアを見張っていると言うのに自分たちだけが何もしないという訳にも行かない。

シュワルツの森近くにあるエルベ藩国の砦に居る藩国諸侯のエギーユ・エル・ドリードに、ニャミニア発見の報告をすべくアリメルと共に森に来ていた。

「さて、来たところで何をどう言うべきか」

アリメルの故郷に来たところで、出蔵は逡巡する。

基本的にこの地の貴族や軍人に、一般民衆を護るという意識は無い。寧ろ搾取するものだと思っている所がある。

自衛隊が特地に来た頃、ピニャの薔薇騎士団が盗賊団からイタリカを護っていたが、それだって異世界の敵である自衛隊がイタリカを襲っていると勘違いしたからであって、基本的にこの世界には警察組織は無い。

とはいえ、ニャミニアはエルベ藩国としても斃したい害獣だろうから、多くの人員を割かざる得ない筈だ。

その事を考えれば、出蔵にもエギーユに兵を出させる方策は見えてくる。獣人や、地元の人間しか使わないような林道は無理だろうが、国の交易に関わるような街道の警備には人員を出せる筈だ。

まぁニャミニアの巨大さなら、多少障害となるような人が居ても、薙ぎ払われてしまいそうだが……。

しかもあの無肢竜も、他の野生動物と同じように障害の無いところへ行ってくれるだろうか、と。出蔵の胸には少なくない不安が転がっていた。

 

 

*  *                             *  *

 

朝焼けの空に、一頭の翼竜がロマの森に向かって飛ぶ。

その鞍に乗るのは、顔を出しかけた朝日にも負けない程に鮮やか濃い赤黄色の長髪が映えるハイ・エルフの女性だ。

彼女が乗る翼竜の鞍には、ロンデルで購入し加工した丸太が複数括りつけられている。

ベルナーゴ神殿近くで先払い式で借りた翼竜は飛龍程の体力は無く、ここに来るまでにも六回以上休みながらで来ている。

ベルナーゴよりエルベ藩国に近い位置で翼竜を借りれば良かったのだが、母の伝手があるベルナーゴでなければ翼竜など借りれる物では無い。

ベルナーゴのハーディーと言う神は、もし依代が居たら母、サリメルの娘であるミリエムとも抱き合うつもりでいたようだが、幸いにして依代となれる人間は居なかったのでミリエムは綺麗な身体のままである。

ミリエム・ミリ・カルピスは、母やハーディーのように同性と抱き合う非生産的な行動の意味が判らない。

自身の夫も雪の精霊の一種らしいからミリエムと子を作る事は出来ないが、そのハンデを以って余りりある力強さに惚れたのだ。

そんな自分に甘いミリエムだが、サリメルと違って彼女は一度に一人の人物に尽くす女性だ。彼女の心を射止めたのは、本来なら氷雪山脈に住んでる筈のエティであるジョバンニである。

ミリエムが愛情を態度で示しても嫌がらないから、互いに好き合ってる事は確実(とミリエムは考える)。他の者からミドルネームを知られて獣欲を満たす為に誘われも、初めては夫で済ませたという言い訳が成り立つので断る事が出来ている。

むろん、嘘では無い。一般的に言う子作りを済ませた訳でもないが。

ともあれ、母と夫が待つミリッタの神殿まで急がれる。急がねばならない。異世界の軍と行動を供にし、今もなお母への誤解を続ける妹の認識を改める為にも、ロマの森に住む者達の為にも。一刻も早く行かねばならない。

 

*  *                             *  *

 

 

サリメルのお陰で否応もなしに緊張感が続く火威の腕時計は、ニァミニアの動きを見張るようになってから、既に長い針が五周ほどしていた。

洞窟の中では判らないが、今頃外では朝を迎えている筈である。

あと数時間もしたら津金一尉以下九名と志願した現地協力者と、待ちに待ったLAMが来る。

「クククククッ、ニァミニアめ。あと数時間の命だ。頸を洗って待っとけよォ」なんて言葉を、声に出して言ってみたかっけど、少し離れた場所でぐっすりと寝てるサリメルを起こしてしまいそうなので黙っておく。

こうして寝顔を見てる分には至極佳い女なのだが、起きて行動し始めるとトンでも無い積極性を発揮する。主に悪い方向で。

そんな心休まらない女の、数少ない心休まる数少ない一面から眼を放して三層に注意を向けた時、それは起きた。

「もんげェー!?」

背後から酷い悲鳴が聞こえて振り向くと、少し前まで見ていたサリメルが巨大な蛇に丸呑みにされる姿が見えた。

「なっ!? コイツ!!」

火威は直ぐに理解した。

三層は二層から少し覗いただけで内部は調べていない。三層目の先から、一層に繋がる通路があったのだろう。一層と二層を繋ぐ通路は狭かったが、今自分が対峙するニャミニアの質量を以って当たれば容易に崩れる薄さだった。

近距離で魔法の詠唱は自殺行為。右肩に吊る64式小銃も敵の鱗を通す筈も無し。幸い、サリメルのお陰で反応の速かった火威は現在ニャミニアと睨み合う形となっている。

LAMも味方も居ない状況で、火威は覚悟を決めた。




今回はサリメルの過去回、アリメルが似たようなことしてますけど有りません。
次回はちょっと長めに過去話をやる予定……ではあります。

そんなワケでご意見やご感想、誤字・脱字等御座いましたら、忌憚なく申し付け下さい。


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第十五話 追撃の森

ドーモ、庵パンです。
このところ遅筆も良いところです。

で、ありのままを言うぜ。
真剣に書いていた筈なのに、気付いたらギャグ調に書いていた。
何を言っているのかわからねぇと思うがおr(ry

外伝15話ですが、前回よりちょいと短いなぁ……って気がします。
これだけ時間を掛けてどうしてなのか……。


現在から150年以上は前のことだ。

ファルマート大陸全土で強権政治でも敷いたように、侵略戦争や併合政策で巨大化していく帝国の確立期において、他国……それも格下と考えられていた他種族に頭を下げるのは、赦されるような事では無かった。

百人隊長は兵の被害を少しでも抑える為の行為だったのだが、彼に帯同してきた副隊長は身分が低いながらも帝国貴族だったものだから、余り良い顔はしない。

また、帝国の同じような価値観の元で育った兵にも少なからず似たような事があるのは、当然とも言えた。

百人隊長の男がサガルマタの代表に頭を下げたのは、不死者を効率的に斃す方々を兵達に知らしめるためなのだが、肝心の兵の間には竜人女性に(たら)し込まれた等と言う野卑な噂が流れていた。

そんな話は帝国人の間で伝わる内に、他種族が自分たちより劣った精神を持っているようにと、一種の願望にもなる。

実際に戦場で見る彼女は勇壮で凛々しく、戦場の外では容姿端麗な美女だ。実際にその姿に見惚れたのは百人隊長では無く兵の方だったりする。

だがサガルマタの代表である竜人女性の本質は、剣弁高芯咲くが如き気高さを持った女性だ。外から来た男を誘い込むような事などは無い。

そうして不死者を制する方法を知り得た帝国ではあるが、帝国の将兵は誰独りそれを百人隊長の手柄とは認めなかった。

それだけやれば、動けなくなるのは「当然だろ」と言うのが彼らの意見である。

生きてる人間に対しても同じ事をすれば動けなくなるは異論無いのだが、それが今まで出来なかったのは動く死体を怖れるが余り、積極的にやろうと言う者が出なかった事が原因する。

それでも猶戦わなければならない帝国の将兵の為に、他種族の女性に頭を下げた百人隊長に対して、サリメルはヒトと言う種族の中にも感心出来る者が居ることを知った時だった。

 

*  *                            *  *

 

 

ニァミニアの尾が叩きつけられ、火威が居た場所の岩が爆発するように弾けて砕け落ちる。

数刻前は逃げるのに必死で気付かなかったが、この無肢竜は改めて見ると思ってたよりは小さい。精々でC-1輸送機を二~三機繋げた大きさだろうか。

とは言え、巨大なことには変わり無いので攻撃する機会は中々廻って来ない。

眼の前の火威に対して尾で攻撃出来るんだから、如何に鋭い神経の動物だろう。だが相応のタイムロスはある。

そして自分の弱点が判ってるのか、その牙で食い衝こうとか、炎を吐こうとかしない小賢しさが、火威には気に喰わない。

無肢竜に古代龍や飛龍のような知恵は無いというのが、この世界では特に論ずる必要も無い程に常識と言えた。だがそれを改めなければならない事態が目の前で起きているのが気に喰わない。

なんと言っても面倒臭い。

「クソがっ。死に晒せ!」

精霊魔法とロンデルで学んだ物体浮遊の魔法でニァミニアの頭部までの距離を縮め、拾った大剣で強かに殴りつける。

この時には既にニャミニアの両眼を潰すことに成功してはいたが、野生動物である敵は火威の位置を的確に把握し、襲ってくる。

動きを止め、足音をたてなければ多少は誤魔化す事も出来るかも知れないが、一刻も早くサリメルを助けなくてはいけないので攻撃するしかない。

今までに鹵獲してきたグランスティードと違い、あくまでも敵を斬る為に鍛えられたと思われる剣だが、それを以ってしてもニァミニアの鱗を傷付ける事は出来ない。だが、何度か巨大な鉄の塊で頭部を殴ってダメージを与えているらしい。

ブン殴った直後は若干ながら昏倒しているのを、何度か目撃している。

決定力に欠けると思われた火威だが、時間を掛ければこのまま撲殺というのも可能だ。

だが早くしないとニァミニアに呑み込まれたサリメルは窒息してしまうし、遅ければ胃酸で溶かされてしまう。

底の知れない力を持っている魔導士のエロフだが、余りに無理な事を期待してはいけない。例えば持ってたナイフでニァミニアの腹を突き破って出てくるとか。

この巨大無肢竜にも小さくないダメージを与えているのだが、倒せそうな気配は遅々と感じられない。

この際、卒倒させて生きたままでも腹を裂いてサリメルを助け出すしかないのではなかろうか。ニァミニアを岩盤に縫い止める特大の釘は、今火威が振っている大剣を使うとしても、腹を裂くのには魔法でも使うしかないのか……。

弾き飛ばされてきた岩が火威を襲う。それを防御魔法と鉄拳で砕くと火威は改めて思い知った。

やはり、この野郎(ニャミニア)は息の根を止めるしか無いと。

「そぉい!」

相手の隙を見て腹を斬りつけるが、頑強な鱗に阻まれて刃を通さない。

その所作が火威の隙と見えたのか、ニァミニアは口内に炎を蓄えると、火威に向けて一気に吐きつけた。

それを瞬時に大剣で防ぎ、距離を取って追撃に備える。

間合いを取って鎌首を向けるニァミニアの顔を見据える。今、この敵の体内にはサリメルが居る。生死を懸けた戦場の中で、その事だけが火威の意識にあった。

「貴様……! サリメルが居るんだぞ!」

激昂する火威は大剣を脇に構え、兜跋に魔法を掛ける。

もはや卒倒させるなどという考えは無かった。

この場で殺す。それだけがニァミニアに向けられた火威の意思だ。

ニァミニア自体の体を目隠しにして詠唱する時間を稼ぐと、爆轟を出っ張った場所にぶつけて巨大な岩石を砕き取る。

「死ぬェ! このクソ長虫野郎がァ!」

怒声と共に魔法で浮かせた岩石をニァミニアの頭部にぶつけ、そのまま押し潰す。

勝ちを確信した火威は、敵の死亡も確認しないままニァミニアの腹に大剣を突き立てようとした。

だがその時になって逡巡する。丸呑みとは言え、サリメルが喰われてから暫し時間が経っている。

しかもニァミニアは炎を吐いたのだ。無事でいて欲しいが、冷静に考えても生きてる可能性は低いし、見るに堪えない姿になっているかも知れない。

だが生きて助けを待っていたなら……

一瞬そんな考えを巡らせていると、ニァミニアの頭部を押し潰した岩石が砕け散り、傷だらけになった頭部の至る所から血を噴き出させた竜が、脇目も振らずに一層へ向かい始めた。

「逃がすかコラ馬鹿ッ!」

追撃するが、一度遁走を決め込んだニァミニアの逃げ足は速い。

しかも道では無い地面の中を通ろうとするのだから頭部を攻撃出来ない。

返り血を受ける程に腹や尻尾に大剣を振り下ろすが、大蛇の進みを遅らせるには至らない。

火威は思う。完全にガラ●アシャ●じゃねーか、と。

いよいよニァミニアの全身が地中に潜ってしまうと、仕方なしに土砂を掻き分けて追い掛ける。すると敵は地下ではなく上に向かっていた。

このまま地上に行かせてなるものか! そんな思考が火威を動かす。

敵が掘って出来た道とは言え、その通路は土や岩石が重力に従ってすぐに塞いでいく。火威はそれらを風の精霊や圧縮させた空気の球、更には大剣を円匙(えんぴ)代わりにしたりと可能な限りの手段を総動員させて後を追う。

先にニャミニアが土を砕き抉っていった道だ。海底トンネルやら地下鉄の路線を作るシールドマシンよろしく地下世界を進むと言うのは、言うまでも無く経験に無いが、想像以上に容易に掘り進めることが出来る。

そうしている内にニャミニアの尻尾を確認した。大剣で一度に大量の土砂を掻き出した火威は、剣の切っ先を敵に向ける。

「俺はノンケだがなァッ!」

叫ぶと、一気に大剣を突き出してその切っ先が深々とニャミニアの尻に突き刺した。ニャミニアが雄なのか雌なのかは判らないが、餌程度に考えていた矮小な生物相手にここまで痛めつけられ、最後には産まれて以来受けたことのないような痛撃である。

その痛みに耐えかねて、地面の中で悶え苦しむ蟒蛇(うわばみ)は激しく地中で身を揺する。その様子は与えたダメージを計るには十分……とも言えない。突いた場所が場所である。

この状況では敵を屠ろうにも限界がある。地上に出たら即刻叩き潰さなくてはならない。火威が次なる戦術を考え始めた時、それは起きた。

地中で悶えるニャミニアの動きが呼び水になったのか、土の壁が崩壊し掘ってきた通路が崩れて行く。

「や、やべ!?」

急いで後退するが、勿論間に合わない。

ニャミニアの尻尾を睨んで口惜しさを噛みしめ、もはや噛み殺しながら、火威は崩れて行く土砂に埋まっていってしまった。

 

*  *                            *  *

 

 

何組かのエルベ藩国の将兵を近くの主立った街道に配置し、出蔵や栗林、そしてエギーユと彼に追従する四人の兵は、巨大な地下回廊に繋がる洞窟の入口に来ていた。

この情報は、以前にこの洞窟を探索したことのあるアリメルから知らされた事だ。曰く、かなり長く巨大で入り組んでいだ地下回廊で、ここ以外にも地上への出口は複数あるらしい。

そのアリメルや目撃した兵士らから聞いた話しを合わせると、ニァミニアの全長は40レンから50レンある事が判った。出蔵達の世界の単位に直すと64メートルから80メートルだから、出蔵は逃げ切った相手を四~五倍程度大きく見紛ったことが判る。

戦闘のプロである出蔵にしてみれば実に恥ずかしい間違いを犯してたのだが、先程分かれたエルベの将兵の中には「地を割り天を衝く程に大きい龍」なんて事を言う者も居たから、それよりはマシだろう。

まぁ、余りにも極端な例で一人しか居ない例ではあるが。

「先輩は大丈夫かなぁ……」

人外めいた僚友で尚且つ己の先輩を心配して言った事だが、キャリバーも効かずLAMも無い今では人外の禿先輩の魔法で足止めするだけが唯一の頼りだ。

もう一人の人外容疑の掛かる部下の女性自衛官は、先程、高機動車を回収してから津金一尉や味方の追加支援がロマの森に来るのを今や遅しと待っている。勿論、待ち遠しいのは出蔵も同じなのだ。

イフリには謝礼を兼ねて、捕食出来る無肢竜を発見したら食べて良いと言っているし、それが不可能な連中がいたなら上空で待機していて欲しいとお願いしている。

「う~む、可能性としてはアリか」

出蔵は眼の前に口を開く地下回廊の入口を見て独り言る。

ここからニァミニアを発見した洞窟まではかなり離れているが、地下回廊で繋っている可能性を考えたのだ。

テュベ山脈と言うのは全体的に見てもそれ程高い山がある訳では無い。その創成した時期のことなど異世界人の出蔵が知る訳が無い。

だが地下回廊の先を行けば、先輩とニァミニアが睨み合ってるところまで行けるかも知れないという想像は出来る。

出蔵には某機のフライトタイプかジ●ンの重機動戦士よろしく地を滑るように移動しだした人外禿先輩が負けるイメージが出来ない。コブラの機首に付いてる無痛ガンでも装備しろよってくらいに日本人……というか人間辞めちゃってる。

だから眼の前の洞窟入口から出てくるイメージは、先輩ではなく血塗れの大蛇がほうぼうの体で這い出て来る姿が、鮮やかな映像として出蔵の脳裏を過ぎった。

ならば、洞口の入り口からは直ぐに退避出来るようにしておいた方が良い。エギーユらエルベの者達にその旨を伝えていると、眼の良いアリメルが叫ぶ。

「ナオ! あれ見て!」

彼女が指した森の上空でイフリが旋回し続けている。イフリが喰えない大きさの無肢竜となると真っ先に思い付くのがニャミニアだが、それより小さい可能性もある。

イフリが飛んでいるのはサリメルの宿が近い場所だ。彼女は無肢竜が嫌う獣脂を宿周辺の森に撒いたと言っていたが、それを当てにして宿の従業員である避難民に被害が出るのは避けたい。

先輩が負けたとも思いたくなかったし、再びニャミニアと遭遇するのも勘弁願いたい。とはいえ行かなくてはならない。

そんな遅疑逡巡していると栗林の無言の圧力が出蔵を強かに押す。その栗林が口を開いて何事か言おうとした時、出蔵は決断した。

「あ……そんじゃ行こか」

押されて出たような軽い言いぶりで栗林を呆れさせた出蔵は、エギーユらにニャミニアの可能性がある無肢竜との戦闘を伝える。

正直、エギーユらの装備がニャミニア退治の役には立つと思えなかったので同行を申し出なかったのは有り難かった。

そうして出蔵と栗林、そしてアリメルの三人を乗せた高機動車はイフリが上空を舞う森に向かって行った。




なんか……サリメルの昔話でうっかり整合性を取れてないところあるかも?
今回、主人公が生き埋めになってますが、まぁ死んでません。
ネタばれ? ネタばれになってませんよね?

それはそうとサブタイはジェフリー・ディーヴァーという方の小説と同名ですが、
当然の事ながら内容は全然関係無いです。

※6月18日、ちょい文章整理。


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第十六話 グライディング・ツリー

ドーモ、庵パンです。
久し振りに短期間で更新です。
その代わり以前より短いです。
外伝1もそろそろ終わりです。
外伝2は短い予定ですが、夏場は書かないので期間としては長くなるかも知れません。
ついでに16話は加筆があるかも知れません。


シュワルツの森やロマの森から少し離れた小高い丘。

その麓には巨大な穴が空き、近くにはダークエルフの一団が居た。

その中で一組の男女が言い争っている。と言うよりも、女の方がほぼ一方的に男に文句を叩きつけている状態だ。

女の方は、そろそろ女性と言える年頃になりつつある少女のダークエルフで、男の方は壮年のダークエルフだ。

「おとん!だからティトが言うてたやん! さっきのがジエイタイとニャミニアやて!」

「いやぁ、まさかティトの小僧っこがホントんこと言うとるとは……」

「ティトは嘘言わんわっ!」

言葉下手なクセして歯が浮くような世辞や台詞を吐くような事はあるが、基本的に善良なティトが誰かを騙したりすることは無い。

仮に有っても嘘を吐いてることがバレバレなので、騙される者はティトと初対面で余程善良な者か、余程の馬鹿だけだろう。

とは言えニムエの親父が長々ティトを足止めしていたのは、彼の好い加減(と思われる)異性交遊を責める為であるから、娘に意見させるような落ち度は無い。にも関わらず意見されたい放題なのは、五百才を越して娘離れ出来ず、愛娘と妻に頭が上がらない親爺の性格が原因しているのである。

シュワルツの森に住むダークエルフの間でも、少し前から大き目の無肢竜が近隣のヒト種が住む村々を荒らしまわって言うという噂は入って来ていた。

通常の無肢竜程度なら、部族の中で少しばかり腕を磨いたダークエルフにも斃せる相手だ。とはいえ炎龍の脅威が無くなって幾許(いくばく)も経ってない。その記憶はダークエルフを用心深くさせるのに十分だった。

ティトとアリメルが帰って来た次の日から剣術と精霊の使役に優れた者を集め、近くに巣を作り巣食う無肢竜を粗方(あらかた)斃していったのは、ダークエルフにとっては近所の害獣を片付けて生活環境を整えるようなものではあった。

エルベ藩国にとっては、頼んでもいないのに害獣を始末してくれる有り難いことだったのだが、それも昨夜アリメルがシュワルツの森に戻ってからの事だ。

ティトがほざくニャミニアなんて大き目の無肢竜は、部族の者が山狩りの過程で蛇革の武具にしていると思っていたニムエの親爺だが、胸は薄いものの昔から真面目過ぎるくらいのアリメル言う事は信じている。

日頃の信用というのは、こんな時に凄く大事だということの証左だろう。

大きさだけなら古代龍と同等かそれ以上、なんて話は(にわか)には信じ難いが、更に信じ難いのはそれを一人で封殺し続けているヒト種が居るということだ。

まぁ無肢竜も巨大化しただけの存在で、尚且つ封殺しているのが亜神クリバヤシとかなら可能かも……

……なんて考えていた彼の目の前で、地面を割って出て来たのは巨大な無肢竜だ。そいつは暫くその場で周囲の様子を確認するためか鎌首を動かしていた。

ダークエルフの一団に一気に緊張が走り、剣を抜き弓を向けた。しかし両目が潰れてる事が判ると決して誰も足音を立てず、風の精霊で風上に立ってやり過ごしている。

「急いでティトを解放せんと!」

ニムエが言うが、別にティトが物理的に拘束されている訳ではない。

見た目ニムエの姉のような美人のおばちゃんと、その他多くのお姉さん方とお兄さん方……早い話しが部族の皆の元で精神的拘束を受けているだけである。

ニムエにとっては、それはそれで心配な事態だ。ティトの事だから間違いを犯すかも知れない。親爺や近所の精霊使いとニャミニアの実態を調査に来ていたニムエは踵を返してシュワルツの森に向かおうとする。

一刻も早く自分の元に置いておかねば。

「えぇいド畜生めがァ!あの地下のクソ長虫!」

ニムエが決心したところで、大蛇が出てきた穴の脇から竜甲の鎧を纏った人間が罵詈雑言(だと思う異国語)を吐きながら地を吹き飛ばして出てきた。

ダークエルフ達は突如地の中から出てきた竜甲鎧の人物に弓を向け、剣を抜いた。するとその人物は両手を挙げて敵意が無い事を示しながら口を開く。

「デカい蛇見なかった!?」

長く赤い襟巻と兜で顔を隠して声も急いている。その声色から明らかにオッサンと判ると、ニムエは無肢竜が逃げて木々を薙ぎ倒していった森を指さし、その親爺は男が何者なのか明らかにしようとする。

「あ、あんしがティトと来たジエイタイか?」

「その通りだが詳しいことはまた今度ッ」

それだけ言うと竜甲鎧の男は無肢竜が薙ぎ倒した木々に走り寄り、目ぼしい大樹を見つけて浮かせると、それに飛び乗ってから何処かに飛んで行ってしまった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

昼近くになってミリエムが乗る翼竜も(ようや)くエルベ藩国内に入ることができた。テュバ山脈もエルベの森ももう目と鼻の先にある。

母やジョバンニが待つ神殿に戻れば、久し振りの旅も終わりだ。タトーヴィレに残ったミューも居れば親子四人で暮らせるのだが、彼女は彼女の意思で氷雪山脈に残った。

 

帰還を急ぐ彼女の遥か下を、異世界の車列が進む。

特地の人間からは馬の要らない荷車などと呼ばれる車が二台、サリメルの宿があるロマの森に向かっている。

その先頭を走る軽装甲機動車、通称LAVを運転するのは同僚から「サンカク」なんて渾名を付けられ呼ばれる三角(みすみ)(たけし)一等陸曹だ。

彼は助手席に座る津金一尉の他、八名の隊員と共に来ている。

ロマの森に向かうLAVのハンドルを握る傍ら、以前に伊丹二尉が資源調査で使った高機動車に、よく無線等を付けてくれたと柳田二尉を感心していた。

伊達にエリートを気取ってるワケではない。それに態々(わざわざ)シュワルツの森まで中継地点を設立した施設科にも感心していた。

そういった下準備があったから、戦闘技能に長ける隊員と、エルベ藩国内に住んでいたダークエルフと個人的に交友がある少数人の隊員が選抜してエルベ藩国まで派遣できたのだ。

そこに発生したイレギュラーは、蟲獣の大群を即座に吹き飛ばしてしまった三等陸尉の力でもエルベ藩国で猛威を振るう害獣を討伐できなかったことだ。

蟲獣を排除した時と無肢竜と相対した時とでは、周囲の条件の諸々が違うだろうが、この事実は重い。

零式戦闘機がF-4ファントム相手に互角の勝負した……ってくらいに。

「上空、翼竜!」

叫んだのはハッチから首を出し、周囲を警戒していた内藤(ないとう) 潘史(はんじ) 三等陸曹だ。ただちに彼はキャリバーの槓杆(こうかん)を引く。

「待て待て!撃つな!」

それを制したのは津金だ。

翼竜といえば戦争中にゾルザル派閥帝国軍に編成された敵対生物というイメージが強いが、先日ジゼルが連れて来て火威達が乗って行った生物でもある。

勿論、内藤も命令が無いのに勝手に発砲する訳が無い。この世界でも余り一般的ではないが津金はこうした「騎乗生物として使われてるだけの翼竜」であることを想像したのだ。

「どんなのが乗ってるんスかねぇ」

「野生かも知れんだろ」

三角の呟きに津金が返す。彼らの位置からでは、翼竜に乗ってるエルフの姿は見えないのだ。

竜の次に彼らの視界に入ってきたものは少しばかり衝撃的だった。

「アレ……UFO?」

空中に突如、棒のような物が現れたのだ。三角は運転しているので不可能だが、津金含む数人の隊員が双眼鏡を使って見るとそれが大樹であることが判る。肉眼で見ると空を高スピードで同じ方向に向かうソレは、日本の特集番組で見るような母船型UFOのようでもあった。

「木が空を飛ぶなんてな。特地はまだまだ判らんことがあるな」

津金が呟くことは多くの隊員が思うことであるが、更に見ていると新たな発見をする。木の上に誰かが乗っているのだ。

「桃●白かよ!?」

内藤が言うが、津金は更なる事実を見つけた。

「って火威じゃねーか!!」

その人物は蒼い鎧を着用していた。そしてその鎧は、その外見が故にアルヌスでも結構名の知られたハゲの三等陸尉が愛用していた代物である。

あいつ何やってんだ? 皆が思う。誰だってそう思う。

 

 

*  *                            *  *

 

 

余り的中してほしくなかったが、実際に的中すると心の底から的中して欲しくなかったと思う。

サリメルは無肢竜が嫌う獣脂を森に撒いたと言っていたが、想定外に巨大な無肢竜であるニャミニアは想定外に森に侵入してくるかも知れない。

その想定外を想定して宿まで戻り、宿に逗留し従業員となっている避難民を、ルフレやジョバンニの力を借りて近くの洞穴まで避難させたのだから出蔵の勝利!

……

…………というワケにも行かない。今まさに出蔵や栗林の前にニャミニアが迫って来ているのだから。

「あー、これ。ヤバい」

アリメルが火の精霊で作った火矢でニャミニアの眼を射掛けて栗林がキャリバーを速射し、火威から借りた対物ライフルでアリメルが狙う眼と逆の眼を狙う。

とりわけ狙撃が得意という訳ではない出蔵だが、日本に帰還した隊員から専用のスコープを借りれたので、何も付けずに撃つのよりはマシである。

数時間前に地面の下で追い掛けられた時と違い、ニャミニアは両目を潰されている上に頭部を中心に大きな傷が見受けられる。

先輩は負けちまったのか……ッ!

そう思いながらも対物ライフルを撃ち続けると、バレットM95に装弾していた5発の徹甲弾などすぐに尽きてしまう。

すぐさまキャリバーと同じNATO弾を装填して撃つが徹甲弾に輪を掛けて効いてる気がしない。

高校時代に、現在は禿げてる先輩と「ゴ●ラが出現した時に自衛隊が狙うべき部位」なんて話題で盛り上がったが、その時に狙うべき部位として真っ先に挙がった眼は既に潰れてるし、蛇に爪なんて無いし、口の中を狙おうにも全く口を開く素振りも見せない。

相手が●ジラじゃないということだけが、せめてもの救いだ。

そうしている間にもニァミニアはどんどん接近してくる。

ナムサン!ブッダよ。貴方は寝ているのですか。

出蔵達との距離が10メートル程まで迫った時、空から大蛇を蹴り付ける巨体が現れた。上空で待機していた飛龍のイフリだ。

出蔵は一瞬戸惑ったが「イフリに当てるなよ」と命令を飛ばしてニァミニアを撃ち続ける。

ここまで接近されて判ったが、ニァミニアは腹や尻尾にも深い傷が幾つかある。

もはや少人数で敵性生物の頭部を撃っても効果無しと見た出蔵は、仲間を散開させて各々が効果があるであろう部位を撃つ。

「はああぁぁァッ!」

驚いたのは、着剣した64式でニァミニアの傷を抉り始めた栗林を見た時だ。

咄嗟に「待て待て待てェ!?」と止めてはみようとしたが、あ…そういやコイツ亜神クリバヤシだったっけ? と言葉を言い淀んでいる。

早い話しが、有り得ない絵面に若干混乱しつつあるのだ。

大蛇と赤いドラゴンの怪獣大決戦に、ドラゴン側として知り合いの女が銃剣掲げて参戦してるのだ。まぁ混乱する。

出蔵は離れた地点から、確実に強固な鱗に覆われてない傷口に対物ライフルの弾丸を叩き込み、栗林は持ち前の膂力(りょりょく)でニャミニアの(ケツ)に刺さっている大剣の傷を広げている。

人間だったら非常に痛いが、大型の無肢竜であるニャミニアにとってみれば少し大きな蜂に刺されるようなものである。

彼その長大な身体で、最初に格闘をしかけてきたイフリを締め上げる。古代龍が相手なら勝てるかどうかも判らないが、飛龍程度が相手なら殺すことは簡単だ。

ニャミニアの身体から投げ出され、受け身を取って栗林は向き直る。その間にも出蔵は鱗の無い部分を探し、対物ライフルで敵を斃そうとする。

だがそれにも関わらず、ニャミニアは蛇の大口を開いてイフリに炎を浴びせ掛けようとしていた。その口内に炎が湛えられる。

「アルフェ直伝のうまい棒を味はどうだオラァー!!」

丁度良いくらいの丸太……というか大樹がニャミニアの口に突っ込まれ、その勢いのままに泉がある方向まで運んで行く。

拘束を解かれたイフリも、大蛇を突き刺していた栗林も、撃ち続けていた出蔵もアリメルも、何が起こったのかを誰かに問いたかった。

少し間を置いた後、出蔵が口を開く。

「えっと……今、火威先輩の声だったような?」

「えぇ、突っ込んで来た木に火威三尉が乗ってましたね……」

動体視力が極めて高い栗林も言うし、アリメルも肯定する。あの大樹には兜跋を装備した火威が乗っていたと。

魔法ってスゲェな……と考えた出蔵は、アルヌスに帰ったら暇が有ればカトー老師にでも師事しようかと思ったりもした。

 

 

「どうだこの蛇野郎! 無肢竜野郎は人の多い宿まで来ると思っていたよ! テメェーが木をブッ倒していくのもこっち来るのも、何から何まで計算尽くだオラァー!」

今までの恨み辛みをぶつけてから、泉の畔に撞木の如く叩き付ける。

「爆☆発!!」

叩き付ける前に空中で飛び降りた火威が宣言すると、大樹は破裂するように砕けてニャミニアの半身を吹き飛ばした。

「勝った! 第一部、完!」

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威が勝手に終わらせようとしてるが、民事任務の半分も終わってないのでまだ少し続く。

半身を吹き飛ばされ、ネギトロめいた死体になったニャミニアを見て火威は呟く。

「サリメルさん、仇は取りましたよ」

漏斗のように戦闘にしようするのに適合した形でも材質でも無いとは言え、爆轟を封じた物質を体内に突っ込んで爆発させたのだし、サリメルが喰われてから時間が掛かり過ぎている。

中々面白く、見てるだけなら素晴らしい人物を助けることが出来なかったことに、沈痛な表情を浮かべる。

だがここで思わぬことが起きた。

「ハ、ハンゾォ、妾を殺す気かぁ~」

ニャミニアの下腹部を短刀で突き破って、産まれたままの姿のサリメルが出てきた。火威は色々な意味で慌てたが、最終的には女好き故の考えに落ち着く。

「綺麗な裸体してやがんな」と。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ニャミニアの爆発に巻き込まれそうだったから、ちょっとお前責任取れ。

といったような事をサリメルに言われたので、火威はサリメルの行水を手伝い裸のままの彼女をお姫様抱っこして研究小屋まで向かわなければならなかった。

行水の手伝いをするのに、サリメルは案の定豊満な胸を揉ませようとする。それだけなら長い間特地でエロ本にも事欠く火威には困ったことなのだが、サリメル自身が「どうじゃ? 良いんじゃぞ。このまま妾を襲っても。孕ませようとしても良いんじゃぞ」等とあからさまな残念美人力を発揮するから助かった。

研究小屋に入る前に出蔵と栗林、そしてアリメルにも会ったが、今の自分の状況を「罰ゲームみたいなもの」と説明して了解を得ている。

出蔵と栗林はサリメルがニャミニアに喰われた事を説明すると驚いてたが、アリメルは特に驚くような反応も示さない。昔からの知り合いならサリメルの力も知っているのかと考えた火威だが、サリメルのことを厳しい眼で見ていた事が気になった。

研究小屋の前では丁度ロマの森を抜けて来たティトとも出会う。分かれて数日しか経ってないが、その間に様々な事があったせいで久々に会う気がするのは火威だった。

出蔵も栗林も、一応は昨夜ティトに会っている。

そのティトがサリメルを指さし、何の涙かは判らないが袖で拭いながらこう言った。

「これ……母さんです」

栗林と出蔵は驚きの声を挙げ、火威は予想通り過ぎる事実に二の句を継げなかったという。




討伐方法はタイトルが全てを物語ってましたね。
そしてダークエルフ親子の三河弁が合ってるのか気になって仕方なし……。
なら使うなよ、ってところですが、何故だか三河弁を喋らそうと思ってしまいました。
見えない力ってあるんですね……。


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第十七話 紐とマグロ

ドーモ、庵パンです。
サブタイは今思い付きました。
まぁ紐があれしてこうして、マグロがあぁなってこうなってっていう感じです。
はい、今ちょっと眠いです。

取り敢えず二十話で一部を終わらせることを目標にしてますが
今回みたいな意味の少ない日常回が続くともう少し伸びるかも知れません。


竜人女性が示した道を征き、世界の理を乱し元凶となっていた魔導士を討つ事でサガルマタを足掛かりにして帝国や生者による大陸の支配を揺るがそうとした死者の軍勢は消え去った。

だがサガルマタにとっては万事が良かったわけではない。帝国が目論んだ通りに施政の全権を明け渡す事になってしまったのだから。

ヒトという種族に失望したサリメルは、先達のエムロイの使徒から言えばまだまた世界を知らないらしい。

彼女は言う。もっと大陸を見て廻れと。

 

氷雪山脈を発とうとした時、ミリエムは番いとなったエティと共にサガルマタとは別の集落で暮らすと言う。その腕の中には産まれて間もない竜人女性の遺児もいた。

改めて思い起こしてみれば、ミリエムも親離れするには良い頃だ。

そんな事をサリメルは考えただろうか。加工して作った飲料を飲むと乳の出が良くなるディゼの実を餞別に渡し、サリメル達は一路西へ赴いた。

 

数百年振りに学都に来たサリメルは、そこで思いも拠らない顔に会う。

最初はグラス半島で会い、次にシュワルツの森で会って子を成したダークエルフのリトだ。

彼は立派な男に成長し、サリメルも気付かなかったものの、彼は混血のダークエルフを連れた精霊種エルフのサリメルのことを少し見ただけで愛し合った妻だと判り、声を掛けたのである。

懐かしい顔に出会い、その日の夜に早速夜伽を設けたが、驚いたことにリトは今回も一晩でサリメルを孕ませてしまった。

相性なのか何なのか、まるで不明だが、生涯で真の夫はリトしかいないと思ったりもする。

学都で五十年ばかり過ごした時、ベルナーゴ神殿からの招請状がサリメルの元に届く。

同じ頃にリトもシュワルツの森に戻る事になった。学都で学問を続け、博士号を会得した彼自身で満足出来る知識を得たからだ。

森に帰る彼にアリメルと産まれて五十年経ったティトを託し、サリメルはベルナーゴへ向かう。

 

 

 

*  *                            *  *

 

サリメルが着替えてる間に、津金らを誘導するためにロマの森を抜けた火威ら三人の先発隊の三人だったが、突然彼らの前に一頭の赤いドラゴンが舞い降りて来る。

共にエルベ藩国までやってきた飛龍のイフリだ。

「ん、なんスか?」

彼女を仰ぎ見る出蔵は少しばかり危惧した。昨夜からイフリを働かせ過ぎたからだ。報酬の無肢竜(餌)が足りんとでも苦情を言いに来たのかも知れない。

だがイフリからは人間に要求するような刺々しさなど一切感じない。そればかりか火威に顔を寄せて甘えている。甘噛みでもするかのように、優し気に小さく口を開いている。

「ちょっ、待て! お前は甘噛みもガチだから痛ェんだって!」

噛まれては叶わんと退く火威。それを逃がすまいと巨体を寄せるイフリは見るからに危なっかしい。

「くっ、ハンゾウの良さを判る者が増えるとは……!」

気が付けば、何処で手に入れたんだか白いYシャツにダメージジーンズという出で立ちのサリメルが居た。どうしてここが判ったんだろう、と思う所であるが、本任務で一番の想定外であるエロフのことだ。考えても仕方ない。

「どういう事ですっ?」

火威に先んじて栗林が聞くと、サリメルは少しばかり火威への同情と勝利が近付いたことの確信を得ながら答えた。

「恋の“らいばる”が増えたということじゃ! 恋仇が飛龍ならば相手に不足はないわっ!」

千歳越えで賢者のエロフなら、きっと多分飛龍語とか判ると思われる。

「サリさん、イフリはもう旦那居るから……」

「浮気は人間だけの物じゃないんじゃよ!」

そこにイフリの合いの手……もとい唸り声が入る。

「浮気じゃなくて本気とな! この男の卵を産むのはヌシじゃとっ? こ、こいつは手強い!?」

「お前ら爛れ過ぎだろ!」

「だがこの恋をモノするのは妾じゃ! ヌシとは何れ決着付ける必要があるな!」

「止めて! 俺の為に戦うのは止めて! この爛れた恋に勝者は居ないから! どっちも無いから!」

 

*  *                             *  *

 

エルベ藩国が新たな事業を起こすに辺り、障害となっていたニャミニアを斃して今日の任務は終了というワケにはいかない。

出蔵達がエルベ藩国内の街道に配置した将兵に彼の大蛇の討伐を知らせ、回収することも任務に含まれているのだ。

津金と一度合流した後、ロマの森に到着した彼らとと手分けしてエルベ藩国の将兵にニャミニア討伐を知らせ、要塞に送るのも任務に入ってしまっているのだ。

シュワルツの森に近い要塞に徒歩で帰還できる者達は良いが、エギーユ公爵など離れた場所にいる者は些か時間が掛かる。

「持ってきた燃料の半分使ったっぽい?」

というのが、高機動車を運転する出蔵の感想である。

ようやく全員を回収して要塞に送り届け、サリメルの宿に帰った時には日が傾き赤くなっていた。

「しかし火威三尉、役得でしたね。裸のサリメルさんを抱っこなんかしちゃって」

「いやな、栗林。アレはイレギュラーだったんだよ。サリさんはもう亡くなられたと思ってたから……」

しかも胃酸で溶かされたのが服だけとか、どこの成人向けバトル漫画だよと言いたくなる。

「まぁサリメルさんも導師号を持ってる魔導士ですからね。それより先輩、なんで物体浮遊の魔法で行き成り飛べるようになったんですか?」

「身に纏った兜跋だと難しいんだけどさ、外から見てるモンに使えばさっきの通りよ」

「えっ、じゃあ魔法の絨毯とかも?」

「堅い絨毯なら出来そうだなぁ」

栗林の声に答えてやる火威自身、製本の仕事が無くて金欠に陥ったアルペジオに5デナリで教えて貰ってから「魔法の絨毯」を挑戦したが、上下に頭があるテルテル坊主状態になったのである。

「でも助かりましたよ。サリメルさんが普通の服を着るようになってくれて」

津金が来る前に体裁だけでも整えられたと喜ぶ出蔵だが、それはお前が心配することじゃないだろうと火威は言いたい。

津金が来た後、部隊長権限を委譲した火威と先発組みの出蔵と栗林も、正式な隊長である津金とサリメルの会合の場である研究小屋に呼ばれていた。

ちなみにアリメルやティトらダークエルフ達は、水源である泉の水質汚染防止と竜鱗拾いを兼ねてニァミニアの「マグロ拾い」をしてくれている。やはり炎を吐く竜はロクデモナイ化学物質を持っているらしい。

研究小屋の一辺に立ち、少し待っていると奥の部屋からサリメルが現れた。

その姿は昨夜、火威と約束し、少し前まで着ていたような露出度を抑えたハンサムレディな服……ではなくエロフを体言したかのようなマイクロビギニのような服……っていうか只の紐とも言えなくもない何かで豊満な身体をラッピングし、少しばかりピンク色の部分が見えてんぞこのエロフーッ。

……と、言うくらいの服(?)だった。

新しく来た津金も、三角も、清水も、反応は皆同じだ。

「足りてないて無いですよ!」

着るべき服が、である。知能の方は千年分あるはずなので、誰も言ってはいない。

そして誰もがサリメルに注意力が向いているので、火威達三人は静かに退席した。

 

*  *                            *  * 

 

 

「ちょっ、なんでっ 約束したじゃんサリさん!?」

宿舎に引き込んだ火威は頭を抱える。昨夜の彼女との邂逅では、ちょっぴり痛い事もあったが命懸けで戦い、もう駄目かとも思ったが結果的に助かった彼女に少しばかり裏切られたような気がした。

そんな火威に、栗林が口を開く。

「前にクロから聞いたことがあるんでけど……」

クロこと黒川茉理二等陸曹は、既に日本に帰還している看護師資格を持つ女性自衛官だ。栗林曰く、彼女が言うには特地にも子供返り……いわゆる認知症があるらしい。

そこまで聞けば火威にも思い当たることがある。サリメルは以前に千歳超えてると自分で言ってたのだ。

アルヌスに住む精霊種エルフのテュカの母親も病気で亡くなったと聞いたことがある。彼女達…或は彼らは不老というだけで、普通に死ぬし病気にも掛かるのだ。

サリメルは長い間、一人で暮らしていたらしいから、外見が若くとも十分に痴呆に掛かっている可能性は高い。

サリエルは長女夫婦が他国から帰って来ていて、現在は長女が対ニャミニア用の魔法具をロンデルまで買い求めに行っていると言っていたが、その記憶が認知症による幻想である可能性もある。

だがそれだと悲し過ぎるし、実際に娘婿のジョバンニが居るから本当の事だと思いたい。

「ナオ、どうしたの?」

その時、ティトの姉……つまりサリメルの娘のアリメルがロマの森に戻って来ていた。ちなみにティトはニムエの親爺から最後のお叱りを受けてる最中だとか。

サリメルの言う長女が彼女だとすると、悲しい結末になる。

「あぁ、言い難いんだけどさ……」

母の事かとアリメルが聞けば、出蔵は頷かざるを得ない。

「まだ確定的な話じゃないんだけどさ、義母さんがもしかしたら子供が……」

言いかけて、アリメルはその言葉を遮る。

「あんな女の事は言わないでちょうだい!」

普段優しいアリメルだったが、エルベ藩国に行く任務が決定してから刺々しい雰囲気を持つようになった。

ならば任務に志願しなければ良いと思うのが普通なのだが、火威に再三に渡って誘惑し続けるサリメルである。火威が行動出来ない場合は同じ階級の出蔵がサリメルの相手をしなければならない。彼女はそのことを最も恐れていた。

「そ、そんなこと言うよ。もしかしたら子供が……」

「誰!?」

鋭く四人に突き付けられた声のした方を見ると、一人の精霊種エルフの女性が弓に矢を番えて立っている。

「ちょっ、ちょと待て! 怪しい者じゃないから!」

隊員の三人は両手を挙げ、怪しいと言うより悪人顔の火威が敵意が無いことを示す。

そして精霊種エルフの女性に皆の顔を明らかにすると、彼女は弓を降ろしてアリメルに走り寄る。

「アリメルじゃない! どうしたの、こんなところでっ?」

「姉さんっ。帰って来てたの!?」

混血ダークエルフと精霊種エルフという違いはあるが、手を取って懐かしみ合う二人を見ると姉妹仲は良いようだ。

そしてサリメルの言う長女が幻想でなかったことも明らかになり、三人の自衛官は取り敢えず安心を得た。

精霊種エルフの彼女はミリエム・ミリ・カルピスという名で、アリメルやティトと“種”は違うが実の姉弟姉妹だ。

セミロングの金髪は蜂蜜のように美麗で艶めいているし、サリメル程では無いが彼女もまた巨乳と言ってよい豊満な身体の持ち主だった。

年齢はアルヌスのダークエルフのヤオと似たようなもので、三百八歳……人間にしてみれば三十歳八カ月程度。火威から言えば「正に旬!」なお年頃である。

彼女は馬や乗用動物を借りてロンデルまで向かい、魔導の障壁を張れるよう加工した木材を得た後、ベルナーゴ神殿からサリメルの伝手で翼竜を借り、近くまで飛んで来たが、ニャミニアによる異変を感じ取って用心深く森を抜けて来たのだと言う。

「ニャミニアはついさっきコロコロしちゃいましたよ」

「……なにそれ?」

火威からすればちょっとした言葉遊びなのだが、異世界含めて多くの者には言葉ですらない。

判り易く討伐を完了したことを伝えると、彼女は大層感心いていた。

「父さんも母さんも、他種族には侮れない者が居るって言ってたけど、こういうことだったのね」

「まぁ、お陰で参ったことも起こりましたけど」

まさか飛龍に熱烈なラブコールを受けるとは、火威半蔵、思いも寄らない。だが人妻飛龍がヒロインに参入ということは、無いと思いたい。

「そういえば、さっき……子供がどうしたの?」

ミリエムも地獄耳なのか、結構遠くからアリメルと出蔵の会話を聞いていたらしい。

この際だから集音器並みに耳が良いのはエルフ全般と判断した方が良いかも知れない。

「あー……それはですね、ミリエムさん」

出蔵が言い難そうに言葉を紡ぐ。

医者でも無いのに「貴方の母親が認知症かも知れないんです」なんて事を言わなければならないのだから、当然言葉は鈍る。

その時、出蔵の肩に寄り掛かるようにしてアリメルが口を開いた。

「私、このヒトと赤ちゃん作ったんだ。産まれるのはまだ当分先だけどねっ」

トンだサプライズが待っていたが、自分でも驚くほど火威は冷静だった。

一年年下で階級が同じとか、その後輩の昇進のスピードが速いとか、そんなことはどうでも良かった。

特地で嫁を見つけ、妊娠し難い精霊種エルフとダークエルフの混血の女性に、早々子種を仕込んだとか、別にどうでも良い。

ただ「コイツに敬語使うのとか嫌だなぁ……」とか、日本に帰還したら幹部レンジャー課程に推薦してやろうとか思っただけである。

 




人妻…っていうか飛龍をヒロインにする事は無いと思いますが
もう少し倒錯的な18禁ライクな物を書きたいなぁ……とか思ってる次第です。
なので第二部はジゼル猊下のターンでエロいのに挑戦したく思います。
流石に生本番は書きませんが。


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第十八話 サリメルの野望

ドーモ、庵パンです。
ちょいとサリメルが暴走する回です。
んで、そろそろ第一部完です。

最後の方で何故か二重に……直しました。


子供達をリトに託し、ベルナーゴに赴いてから直ぐの話しだ。サリメルは一応、ミリッタの使徒であるのだから今回ハーディーが憑依(おり)るのはベルナーゴの神官の中で霊格の高い者で、今度こそ導士号をもつエルフの賢者の知恵を拝借するのだと考えた。

だがハーディーは何の躊躇いも無しにサリメルに憑依りる。

その後、どうやら近くの飯屋で鱈腹(たらふく)飯やら酒を飲み、「そのテ」の趣味があるらしい女性神官と絡み合ったらしいが詳しい事は判らない。

もしかしたらサリメルの思いも寄らない超絶技巧か倒錯的な事があったのかも知れないが、相手と思われる女性神官は顔を赤らめる一方で答えにならない。

何時かは必ず知らねばならない……という思いをサリメルは心に秘めた。

以前のように胸周りが二周り大きくなっている上、ハーディーが憑依りたことで伸びた金髪は切られ、一纏めにされて白金色に輝いている。

今回もそれを土産(?)に貰ったサリメルは、ロンデルには立ち寄らずに内海を抜ける。

その直前、サリメルの肢体に欲情した男が居たので道端で春を売る。それを隠れ見ていたハーディーの竜人女性の使徒を誘ったが、彼女は顔を赤らめながらも慌てて隠れてしまった。

サガルマタの竜人女性を思い出し、懐かしいさの余りに彼女をまぐわいに誘ったが、どうやら神殿や教会から出る事が少ないままの“おぼこ娘”だったらしい。

そしてサリエルは未踏である北西の森と山々を放浪した。

 

 

*  *                            *  *

 

 

エルベ藩国内にあるロマの森。

そこに建てられている三つの建造物の中の一室で、枕に顔を埋めて泣いているエルフの女が居た。

全裸だが、アルヌスに居るエレフの娘のテュカも夜に寝る時は裸なので、一概にエロフ認定する事は出来ない。

「ぐっ、ハンゾゥは妾の事は嫌なのか……」

誰に聞かせる訳でもなく、独り呟くのはサリメルだ。エロフで正解だった。

彼女は少し前にイフリと火威の嫁争奪戦(本人非公認)をして、当人にイフリもサリメルも嫁にはしねーよ的宣言されたのを今更思い起こし、涙で枕を濡らしていたのである。

数百年振りに認めた男だし、彼を眷属にもした。なのに男からは絶縁宣言されたような言葉を突き付けられて、少しばかり絶望の深淵に足を踏み入れそうだ。

だがサリメル、この程度で参っていたらアリメルにも嫌われてないし、主神にも選ばれてない。

寝返り、天井を見詰め彼女は策を思い巡らす。

ハンゾウが心を寄せているのは、一緒に来た女のジエイカンであるシノだ。

苗字の方は余り重要な情報ではないので忘れた。

ハンゾウをモノにすべく考えを巡らせていると、ついつい後ろ暗いらい考えが頭を過ぎってしまう。

彼女を亡き者にして障害は取り除けばサリメルが選ばれるという考えだ。

だが以前にハンゾウが言っていた「壁に耳有り正直メアリー」と言う慣用句を思い出した。

多分、正直なメイドのメアリーさんが、主人の悪事を見てしまい、弟辺り人質にとられて黙るよう強制されたのだろう。何時までも黙り続けていたメアリーさんだが、人間を人間とも思わない主人の行いに、良心の呵責に感じて主人を訴えるという故事だろう。

そこまで妄想出来たサリメルだが、幾つか問題がある。

シノはニァミニア相手に格闘を挑むくらいの猛女で、尚且つサリメルもハンゾウの次に好きな人間だ。

そうなるとシノ暗殺は失敗する可能性が高いし、万が一現場をハンゾウに見られたら確実に嫌われる。もし一つ間違えればエムロイの使徒に断罪されてしまう。何より少なからず愛する者をその手で亡き者にしては、我が身と我が魂が耐えきれない。

それにサリメルのライフスタイルは「来る者は拒まず。去る者は少し追跡」だ。まぁニャミニアは棒やら丘やら物理的な意味で食い散らすから、この世から退場願ったし(但し食われただけ)、確実に男と言う者でも唯一苦手なヤツは居たが……。

それはさて置き、シノと敵対せずハンゾウに嫌われないようにしなくてはならない。どうすれば良いか。

その回答は直ぐに見つかった。

「妾がシノを好きになれば良いんじゃないか!?」

簡単過ぎる答えに、思わず上体を起こして小さく叫ぶ。以前にも伝えたが、これで導師号を持つ魔導士である。色仕掛けで老師方を惑わせたとかじゃなくて、ちゃんと導師号の認定書に名前が記載された魔導師である。

大事な事なので二度言いました。

 

今日はもう深夜だ。

計画は明日実行に移すことを考え、サリメルは眠りの世界に身を写したのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

サリメルに続いて巨乳の精霊種エルフが現れたことは、テュカのような精霊種しか知らない火威達にとっては驚いて良いことなのかは反応に困った。

較べて見る人物が一人しか居ないのだから、こればかりは仕方ない話だ。だがその夫が生態に謎の多いエティのジョバンニだと言うことには素直に驚けた。

悪所やロンデルでも様々な種族の混血……広義の意味でのハリョは沢山見たが、エティの血が流れているような者は見たことが無い。

ジョバンニを見た限り、生殖器などは見当たらない。

パートナーという意味での夫なんだろうなぁ……と、皆が思うのも至極自然のことだった。

「もう好い加減驚き慣れたわ。これ以上はねェだろうな」

宿舎で口をついて言ってしまった火威に

「火威三尉、フラグ建たせないで下さいよ」

津金と共に来た清水 智也(しみず ともや)陸士長が苦情を言ったそうな。

「ハっ! もうフラゲ状態だよ!」

強気で返しつつも、結構巧いこと言ったと自画自賛の火威なのであった。

 

*  *                            *  *

 

 

津金ら後続の隊員が来てから七日。

任務として進めるべき作業が予想以上に進み、そろそろアルヌスへ帰還する日が近付いて来た。

最近では何かにつけて、津金ではなく火威がサリメルに呼ばれる。この日もサリメルに呼ばれた火威が、本来の仕事を返上して温泉施設玄関まで来ている。

実はこの建物は火威ら隊員が泊まっている宿なのだが、今までは正面玄関ではなく建物中央にある引き戸から直接内部に入っていた。

玄関には下足入れが有り、完全に日本の温泉旅館を模している。近くには記帳台らしき物まで存在し、この温泉施設が稼働し始めたら確実にこの場で受け付けでもするのだろうことが伺える。

そこにはルフレが待っていて、彼女に案内された先にはサリメルが待っていた。

「やっ! ハンゾウ良く来た。今日はヌシに言われて作った室内遊戯を見て貰おうと思ったんじゃ」

言うサリメルの格好は明らかに浴衣めいた着物だが、やけに胸の谷間を強調している。

しかもラケットらしき物を振って、その前には卓球台らしき台まである。

「サ、サリメルさん……」

「なんじゃ?」

エロフはスマッシュらしき仕草を取りながら、呑気にも明るく答える。

「もう駄目だわ。俺も……サリさんも文化侵略で聖下に断罪されてしまいますがな」

その言葉を聞いた途端、サリメルの顔色が珍しく青くなった。

「せ、聖下!?ロゥリィ・マーキュリー聖下かっ?」

「あい」

力が抜ける余りにHの発音が消えた火威の前で、サリメルが腕を組む。

「そ、それは問題じゃな。しかし室内遊戯と言っても……」

エロフもロゥリィの事は知っているようで、火威が今まで見た中では一番真剣な表情をしている。

「あ、それじゃこの遊戯の名前とか色々変えちゃどうでしょ? どうせまた日本の漫画見てて考えついたんでしょ?」

「まーが? 絵草子のことかえ? その通りだが……」

案の定の答えを返したサリメルが、急に手を叩いて閃いた様を見せつけた。

「よし、この遊戯の名はふぁっ球としよう!」

「サリさん、それ色々ヤバいんで駄目です」

 

余り議論してないが、議論の結果フォル球と呼ぶことになった卓球プレ試合をしながら、火威とサリメルはフォル球独特のルールを考える。

「そうじゃハンゾウ。勝った者は負けた者に一つだけ言うこと聞かせられる決まり事はどうじゃ?」

「それは営業したら駄目になっちゃうでしょ。荒くれ者同士のルールなら良いけど実際に宿に泊まるのは家族連れとか貴族とか商人ですし 」

日頃からルフレにも無茶振りを窘められてるようで、エロフことサリメルも唸りつつも案を引っ込める。

つい先程まで断罪の恐怖に身を震わせてたというのに、非常に楽天的なヤツだと思う。それに付き合ってる火威も大概だが。

「ルールを卓球じゃなくてフォル球独特の物に出来れば良いんですけどね」

「うぅむ、何も無い状態から決まりを作るのか……」

このフォル球、一切の道具は全て特地で賄っているが、それでも極めて卓球に近い道具を再現していた。

ラケットに張るゴムに似た素材は特地の海にあるサルガッソーのような海域で取れる海藻を加工した物だし、ピンポン球そっくりの球はルガンと言う果実の皮に小さな穴を空け、そこから中味を魔法で吸い出した物に、何重も特殊な塗料を塗り重ねたものだ。

火威の世界のピンポン球より少し重みがあるし、速球をぶつけられると結構痛い。しかも頑丈だ。

そして、このフォル球セットを一つ作るだけでも結構、手間隙が掛かってる上に材料費だけで程々に掛かるものである。それだけに、二人ともこのフォル球セットをお蔵入りにする事だけは避けたかった。

火威はともかく、サリメルも過去に金で苦労したことが伺える。

「この勝負で負けたら一つ言いなりな」

突然ルール設定しだしたサリメルに驚きつつ、火威はフォル球を返す。

そして今更で実に申し訳無いが、火威が中学の頃は卓球部だった。ただその実力は器用貧乏を地で行き、得意技がある事を除いて実力は中の少し下くらいだ。

「ところでハンゾウ」

「おぉっと、なんスか?」

勝負の最中に話し掛けるとは、集中力を散乱させる策か!? この女ならそれくらいの事をやっても可笑しくないので、打ち返された球を確り見ながら打ち返して返事する。

「ニャミニア相手に大した傷も負わずに勝った事は見事だが、妾の眷属になったとは言え首が捥げたら死んでしまうから注意せえよ」

「えっ? アッハイ」

首が捥げたら死ぬのは当然でしょうが。確りしてくださいお婆ちゃん……なんて言葉を、市井の者の家庭なら言っていただろう。

今日は調子が良さそうなのに、やはり良くない事が火威は悲しい。

「そぉい!」

スパァンと打ち込まれたフォル球がサリメルの横を抜ける。それで勝負は決まった。

「くっ……やぱり“じゅうす”って要らなくないか? あとヌシの打つ“さあぶ”は曲がり過ぎじゃろっ? 魔導使ってないかっ?」

「そんなワケないでしょ。触媒は全部兜跋に填め込んでるんですよ」

点数だけを見ると接戦だが、サリメルの得点の殆どは火威の自殺点である。チキ―タサーブ改め、およそ60度の角度で曲がる胡瓜サーブを得意とする火威だったが、この胡瓜サーブはピンポン球に激烈な回転を付ける必要があるため、特殊な打ち方を必要として成功率は低いものだ。

そしてサリメルは狡猾だった。

「まぁこれで俺の勝ちです。じゃあサリさんには何をお願いしましょうかね」

「くっ……妾を抱こうというのか。寧ろ抱いちゃって!」

「いや、それ以外で」

その言葉に、サリメルは内心ほくそ笑む。

「さて、何が良いですかねぇ……」

「残りの無肢竜討伐とか勘弁してくれ。妾に出来るもので頼む」

あっさりニャミニアに丸呑みにされてしまったサリメルに、そんなこと頼む訳がない。サリメルに頼めそうな事が過去に有ったか考えてみると、火威には一つの記憶が思い当たる。

「あ、じゃあサリメルさん。ご飯作って下さいよ。可能なら帰るまで」

料理と言う作業は、様々な工程を経るからそれなりに頭を使う。サリメルが普段からどの程度料理していたかは不明だが、家族が居たんだろうから日常生活での「役割」を再認識させて自信に繋がる。また、火威は小耳に挟む程度の知識しかなかったが、前頭前野の働きを活性化させることが明らかになっており、認知症やその周辺症状の緩和効果も期待されているのだ。

「いや、ちょっと待てっ。何時ヌシらが帰るのが知らんが、妾も忙しいから長期間は勘弁してくれっ」

一応、サリメルも最高責任者としてオンセンリョカンの不備が無いか調べる仕事をしていたし、それ以外の時間は魔女の大釜を使の魔導士として研究小屋に居ることが多い。

「あ、それじゃ俺とサリさんの都合が良い日にでもお願いします」

「よし判った!」

しめしめ、正にマ・ヌガが薪背負って来たとはこのこと……なんて慣用句を頭脳に浮かべるサリメルだが、特地独自の慣用句ではなく、アルヌスで商売をした経験のある商人、或は傭兵か薔薇騎士団の日本語研修生によって伝えられた「カモがネギ背負ってきた」を特地風に変えたものである。

ともかく、サリメルが火威に披露した腕前は少ない。弓の腕前も見せて無いし、戦闘に使う精霊魔法も同じだ。以前に魔法でゾルザル派帝国軍の兵を斃したことはあるが、無肢竜にサリメルの魔法は弱くて鱗を通さない。

そうすれば、自ずと料理の腕前に目を付けられるのである。そしてこれこそがサリメルの狙いだった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ジョバンニを誘惑し子作りする為にミリエムに譲った五粒のフェトラン。その内の一粒をミリエムはジョバンニに盛ったが、一粒で象も踊るような代物を取り込んでも何の反応も変化も見られなかったから、やはりエティは普通の生物とは違うらしい。

残りの四粒を娘の部屋から失敬したサリメルは、栗林と火威の課業終了後に食わせる飯に同媚薬を盛るべく夕飯の支度をしていた。

なんて親だ! と思うところであるが、最初にサリメルがミリエムに五粒譲って四粒返してもらったのである。むしろ一粒はミリエムにやったんじゃよ……と、サリメルなら多分言うはず。

外から来る客……今の段階ではエルベ藩国の将兵やジエイタイだけだが、彼らに出す料理を作る厨房には、サリメルの元に逃げてきて宿舎に泊まる避難民しかいない。

彼らの中から料理への熱意や素養のある者を見つけ出し、その腕を高めていったのはサリメル自身だ。従ってサリメルが厨房に居て、何か妙な物を盛るにしても怪しまれる事は無い。

もしも内戦の最後に拾ったルフレが居たりすれば、彼女は帝都を知っている可能性があるから怪しまれるだろうが、あの小うるさいヴォーリアバニーは今お使いに出ている。

そして少し陽が傾いた頃、ジエイタイの課業が終わった。

いよいよ後は夕飯時にハンゾウとシノを宿から誘い出し、近くの森の中でフェトランが二粒づつ盛った飯を食わせ、淫靡になった所で誘えば二人ともサリメルのエロ仲間である。

今か今かと待っていると、火威と栗林を除くジエイタイが帰って来た。

「あり? ハンゾウとシノは?」

出蔵に聞くと、両人で三頭づつ無肢竜の頭を粉砕駆除したらしいが、聞きたいのはそこじゃない。

「あー……避難民の宿で喧嘩が起きましてね。未だに元気な二人が仲裁に向かいました」

予想外の出来事だが、これは却って好都合。

一度外に出て、騒ぎの起きた場所を確認してから直ぐに厨房に戻る。

魔法を使ってバランス良く二人分の料理を持って外に出ると、魔法で野外テーブルを引き寄せて彼らが宿舎に戻る道に陣取った。

二人が来るまで少し時間が有りそうなので、帝都のジエイタイの店で買ったハエチョウを被せる。

狙うは久々の三人で青○。考えただけでもワクワクテカテカ、勢い余って鼻血が出そうだ。次は室内でやろうかな。シノも女子(おなご)だし。

その時、空から龍が舞い降りた。赤い飛龍……イフリだ。

サリメルは勝ち誇った笑みを見せ、ついつい余計な事を言ってしまった。

「残念じゃったなぁ、イフリ……。ハンゾウは妾が貰ったぞ」

突然言われたイフリは、ただサリメルを見てる以外に出来る事は無い。ただ、このエロフが番いにし出来たら良かったのになぁ……くらいに思ってた男の名を出し、自身を挑発していることしか理解できない。

そう、飛龍は人語を理解する程の知能を持っている。口の構造が違えば喋れる程に頭が良い。だから腹も立った。

腹が立ったので、このエロフが準備していた餌を被さってる物体ごと喰ってやった。

「バ、バカ! イフリー!?」

蠅帖ごとフェトランを盛った料理をイフリに喰われ、サリメルは後退る。

まさか、アレが飛龍に効く筈が……と、思いたいサリメルだが、一粒で象が踊るフェトランの媚薬が四粒である。

効かないワケが無かった。

非常に解り難いが、急にトロンとした目付きになったイフリが真っ先に目に付いたサリメルに巨体を寄せる。

「ヤメーイ! 相手を選べっ! 大きさが違うじゃろッ」

日頃のサリメルに言われても説得力が無いと思ったのか、イフリの進撃は止まらなかった。

「ちょっ、やめい! やめ!? 無理矢理とか良くな……!」

プチっと押し潰されたサリメルを咥え、心の底から甘噛みしまくったイフリは彼女を咥えたまま何処かに飛んで行ってしまった。

 

それから少し経って―――

 

「あれ? さっきサリさんの声が聞こえたと思ったんだけど?」

避難民同士の喧嘩は、サリメルに骨抜きにされたオヤジが村に帰りたくないと駄々を捏ね、それをブッ叩いた母ちゃんとの夫婦喧嘩だった。

「宿に戻ってるんじゃないですか?」

「かなぁ」

栗林の自然な推察に同意し宿に戻ると僚友とルフレが待っていた。

ルフレ曰く、サリメルは月に一度の感覚で近隣地域を医術者として廻っているので、無肢竜が倒された今、久しく廻っているのかも知れないらしい。

「へぇ、サリさんそんな事も出来てたのか」

「半分以上は御趣味も兼ねていますが……。さ、火威様と栗林様の御夕食はこちらで出来ております」

「やー、毎度有難う御座います」

レーションもあるのに、と付け足して言う火威も栗林も、まさかエロフが夕飯にトラップ敷いて待ってたことは永遠に知るまい。

その次の日の早朝、イフリの唾液塗れになったサリメルが疲労困憊で帰って来た。

彼女は思う。

「こ、これが………インガオホーと言うヤツか」

意味としては正しいが、正しくない日本語を。




え~、ホント、そろそろ第一部終わりです。
出来れば次の次くらいには……!


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第十九話 ロマの森の魔女

ドーモ、庵パンです。
夏場到来で投稿速度が遅くなっております。
このスピードでやると外伝が終わる頃には来年も終わってそうな……。
そして今回は何故か脳味噌が働かず、非常に手間取りました。
サリメルの過去話が端折った感じになっていますが、外伝3のネタですので今はね……(汗
そんな感じにディアボ以上の小物力を発揮したところで投稿です。

んで、ファン小説独自の生き物とか出しちゃってます。


サリメルにとっては「物見遊山ついでに指命」なのである。

それでも暫くは大陸の北西を放浪し、特に見る物が無いと解ったると、そのまま南下して本当の意味での未踏地帯である砂漠に入った。

そこでサリメルは、自身が本当の使徒では無い現実をまざまざと思い知らされる事となる。

砂漠では滅多に人間に逢わ無いが、この地に住む生き物は豊富だ。

それは以前に見たような荒野砂漠でも同じだったが、西方砂漠のような砂丘の砂漠では生き物の大きさこそ違うが絶対数こそ変わらない。

だがそれも環境に適応した生き物であって、サリメルのような人間にとってはこれ程苛酷な環境は無い。

彼女は子供達をリトに託した事は正解だったと考える。今の状況では、自分の世話だけで手一杯だ。

彼女が西方砂漠を放浪する中で、一番の障害となったのは砂の中に棲む怪異の一つで、氷雪山脈で見て対策を講じたことのある雪龍に似た生態を持った砂龍である。

現代ではその二つとも博物誌に載っているが、だが両者とも正確には龍とは違い、目は無く音を頼りにして獲物を探す蠕虫(ぜんちゅう)の一種だ。

砂龍は一般的な蠕虫と違い、他の生物に寄生できるような大きさでは無い。砂龍という蠕虫(ワーム)は他の生物を捕食できるよう進化した巨大な生き物である。

雪龍も仔犬を呑み込める程度に大きかったが、砂龍ほどの巨大さは悪意すら感じる。

龍のような硬い外皮を持たない砂龍は、灼熱の太陽が照り付ける地上では長時間活動出来ないが、油断すれば一撃で致命傷を負い兼ねない相手だ。

本来なら陽が照っている昼間は砂丘の影に居て、陽が落ちてから歩みを進めたかったが、昼間は地中に潜む奴らが一番活発に行動するのが夜だ。

仕方ないので昼間に出来るだけ砂丘の影に沿って進むが、後にサリメルはこの時が生涯で一、二を争うくらいに辛かっと回顧している。

死ぬような思いで(ようや)くオアシスに辿り着いて水分を得る事が出来たが、砂漠の中の水辺には様々な生物が命の糧を得ようと集まって来る。

それは砂龍も同じだった。

油断していたら一辺に丸呑みにされて死んでいたであろうが、サリメルも歴戦の戦士で、尚且つミリッタの神殿から信託を得た仮りにも使徒である。

それに、子供達やリトの為にも此処で死ぬ訳には行かない。

火の精霊を召喚するのは視覚的にも感覚的にも参るが、これが最も効果のある攻撃と考えて砂龍に火を放つ。

予想通り渇き切っていた砂龍の躯は燃え上がって息絶えたが、サリメルが見る砂龍は一体では無い。

触媒を使わないサリメルが魔法を使うには法理を開豁する必要がある。導師程に熟練した魔導士なら時間が掛かるものではないが、それでも攻撃魔法の射程内に敵を収めていれば隙にはなる。

二体を殺し、三体目と相対してる時に他の砂龍が彼女を囲むが、サリメルは戦い続けた。

三体、四体と敵を斃して行くが、砂漠の中に存在する水辺は砂龍の繁殖地だったらしく、斃しても斃してもその数は尽きない。此れには、さしものサリエルの精神も挫けた。

だがサリメルは砂上に光る光輪を見た。次に見たのが、光輪から放たれた風の矢が次々と砂龍を貫いている光景だ。

光輪から風の矢を放った魔導士、ロマリア・デル・ドリートとサリメルが初めて会った瞬間だった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

サリメルの宿からエルベの山々に向かう自衛官とアリメル以外のダークエルフの部族の戦士達。

無肢竜狩りを始めてから、今のように武人が集結したのは、これで何度目の事だろか。今ではシュエワルツの森に住むダークエルフの部族の協力もあって、残りの無肢竜相当は予想より大きく進んでいる。

最も、ダークエルフ達にとっては、何処から来たか解らない害獣に森を荒らされるのを防ぐ目的もあるのだが。

今日はティトの友人らしきテュカくらいの年頃の少女のダークエルフが付いている。少女と言っても、この場に居る自衛官達の何倍もの年齢なのであろうことは確実だ。

アリメルは無肢竜の絶対数が減ったし、ミリエムが話がある…と言うので今日は来ていない。彼女は今、サリメルの宿に居るが、ミリエムとは仲の良い姉妹だから出蔵も安心して彼女に任せられる。

イフリが空中から獲物を探すなか、自衛官らはそれとは関係の無い事を考えてる者が多かった。

「導士号を持つサリメルさんがあれ程舐め回されるとは……」

と言ったのは三角。

「近くには人妻を舐め回す変態が棲んですね。これは……恐ろしい」

返す清水の声にも、事の深刻さが良く解る。

火威達ら自衛官はサリメルが用意した夕食二人前を食べた上、サリメル自身を舐め回した変態野郎が周囲の山に潜んでいるという情報を得ていた。

「そこ!私語厳禁!」

同僚二人に注意する栗林だが、そこを火威に(たしな)られる。

「いや、他人事じゃないぞ栗林。サリさんはアレでも結構素早い。そんな人を舐め回すようなヤツが居るんなら、お前も注意しなければいけない」

ニャミニアにあっさり喰われたりするし、特殊なプレイを楽しんだ可能性もあるのだが……まぁその点は言わない。

「私はあんなにスタイル良くありませんし……!」

一部に関してはサリメルと良い勝負だが、身長は明らかにサリメルが高い。だが一部の男はそれでも良いとも言うし、寧ろその方が良いという者も居る。

「待てッ、スタイルの問題じゃァーないッ!」

栗林が良いという男の一部である火威が力む言葉で続ける。サリメルが素早いのはフォル球で目にしたし、ニャニミアも内側からナイフで突き破れる程に力もある。そして普通の人間相手ならばフォルマル領でオプリーチニキを楽々吹き飛ばす程の魔法の使い手だ。

お互いの同意の上で唾液塗れになったのでないなら、サリメルを唾液塗れにする程の力量を持った者が居るという事になる。

「だいたいアルヌスの道場で“お突き合い”した時に集まった人数憶えているか!?」

「あ……」

栗林が知っているかどうかは別として、アルヌスでも火威と似たような好みの者が多数居て、徹夜での連戦しないよう火威自身に注意されている。

「まぁ、相手が人間じゃないという可能性もあるからな。栗林は火威の言う通り今回は後列で、背後を警戒してくれ」

津金の言った通り、犯人は人間じゃなくて空中を飛び回ってるイフリなのだが、そんな事を知る者は空中を飛び回っているイフリと当のサリメルしか知らない。

 

 

*  *                            *  *

 

 

アリメルは自身の胸の薄さを気にする事が間々あった。

母に付いて来陸各所を旅する幼少の頃には気にする事などなかったのだが、父に付いてシュワルツの森に落ち着いてみると、自分や弟の肌の色が皆より少し薄い事に気付く。

ダークエルフと精霊種エルフの中は良くないというのが一般的な認識だが、何故なのか父の友人達には思いのほか母の評判は良く、事あるごとにお母親似の美人なんて呼ばれたりした。

だが彼らの種族の女性陣や母と違ってアリメルの胸は非常に小さい。同性の友人らと共に森の泉に水浴びに行った時などに「アリメル、男の子みた~い」なんて言われたのが、最初に意識した時であろうか。

否、それ以前にも気にした事は多々あった。何時か自分も母のような巨乳になれるんだろうと思ってたが、二十歳になっても百歳になっても胸の大きさは一向に大きくならない。

シュワルツの森に落ち着いて百五十歳になったが、一向に大きくならない。その一方で森に来てから出来た友人の少女達は、羨ましい豊満な身体に成長していく。

なぜなのか…? 親の特徴は子供に伝わって行くものでは無いのか……?

以前、母と旅をしていた時、母がまだ単身者だった時にベルナーゴから招請が掛かった事があるなんて話を聞いた気がするが、もしかしたらそれが関係しているのかも知れない……なんて考えも少しは思ったし、母は普通の精霊種エルフとはかけ離れた生き方をしている。

氷雪山脈で別れた姉も大きな胸とは言えなかった。アリメル自身の胸も無い訳じゃ無いんだし、きっと精霊種の血が濃いんだろう……。

……そう思う事にして約百年。

母は以前、ロマの森でロマリア・デル・ドリードに師事しながらミリッタの神殿に来る男を(あさ)りつつ、大釜を使う魔女をやっていたかと思うと、氷雪山脈まで姉を迎えに行くと行って居なくなってしまった。

その間に帝国が新たな戦争を始め、炎龍が予想よりかなり早く活動し始めて父がその犠牲になるが、その後にはクロウ、メト、バン、フェン、ノッコ、コム、セィミィ、ナユの犠牲を出しながらもロゥリィ・マーキュリー聖下、そしてレレイとジエイタイのイタミ、そして母や姉と同じ精霊種エルフのテュカによって炎龍は討ち果たされている。

考えてみれば、嘗て皆がロマ様と仰いだロマリアでも魔導式の障壁を張って皆を護るのが精一杯だったのだ。そして討伐の際にはロゥリィ聖下の力と、異世界の武器を以ってしても八人の犠牲が出ている。

ロマリアの弟子である母一人に、炎龍の被害を防げというのは酷とも言える。が、母程の魔導士が居たならば、父や他の数人は助かったのではないかとアリメルは考える。

姉が言うには、母が最近まで帰って来れなかったのは嘗てサガルマタで敵対してた敵に捕らえられ、幽閉されていたからだと言う。

どうせまた男でも漁っていたのだろうと考えるアリメルには信じ難いことだ。この世界で幽閉と言うと、亜神を解体して別々の場所に封じる事である。

炎龍が活動し始める前にもティトは母が昇神したと言っていたが、肝心の本人がそれらしい事を言ってない。

母はミリッタの神官ではあるが、神に選ばれるなど信じ難いと思うのも無理は無かった。

アリメルに転機が訪れたのは、炎龍が斃された後の話しだ。

これまでも友達程度の関係で男と付き合った事は何度か有ったが、異世界から来たジエイタイの将校のデクラという男は違った。

父と弟を除いて、今まで男という男はボンテージ鎧を着用したアリメルの小さな胸を見て残念そうな顔をしてたが、デクラことナオは困ったような顔をしてジエイタイと同じメイサイフクを借りるか聞いてくれたのだ。

普段から悩んでる事を真っ先に聞いてくれた男に、好意を持たないはずが無い。

その後、少し経ってからジエイタイから仕事を貰って空飛ぶ輿に乗り、風の精霊を使役して簡単な仕事をこなして来たが、ナオの事が気になって居ても立っても居られなかった。

この辺り、母がヒオドシに夢中になる感覚も解らなくは無いかも知れない。

だがアリメルはちゃんと節操を持って想いを遂げ、ナオの子種を得ている。母……サリメルのように力押しなどしないのだ。

戦争が終わってエルベ藩国に来る際、翼竜にクリバヤシと乗ったが、密着する事となった彼女の巨乳……もとい爆乳は、服の内側に帷子の様なものを着ているのにも関わらず、暫し忘れていた劣等感を呼び起こすには十分過ぎた。

そして百数十年振りに会った姉は、どういうワケだか巨乳である。

これ以上ない程に精霊種だった姉に何があったのか……。姉妹なのにこれ程違うとは、何か秘密でもあるのか?

そういえばアルヌスに居るテュカの胸も精霊種にしては結構大きかった。

何か理由があるなら聞くべきか、聞かないでおくか……。それともナオや産まれてくる子の為にも聴いておこうか……。

「いや~、アリメルが来てくれてて助かったわぁ~」

逡巡していたアリメルの前で巨乳の姉が言う。彼女達は早朝にディジェという名の豆をぬるま湯に浸けた後、新たに建てた厩舎に畜乳を得る為の家畜を追加で運び込み、森の外の商店から様々な果実を買って来た。

畜乳に果汁を入れた物を冷やして出すという、サリメルがヒオドシから聞いた物を実践する為なのだが、時期のせいか買って来れた果物は余り多く無い。定期的に決まった量の果実が必要なら、何時かは宿直営で果樹園でもやらなければいけないかも知れない。

「その場合でもワルハレンは難しいでしょうね」

ミリエムから将来の展望を聞いたアリメルが、特殊な亜神を引き合いに出す。

「そんな実出せたら宿に客が殺到するわ」

笑いながら返すミリエム。ワルハレンとは古代から存在し続ける森が樹海となり、神々からの祝福を受けた事で昇神した亜神である。

森である以上、本来なら年に少しずつしか移動出来ないが、人型の果実を依り代にして移動する事も出来る。しかも悪い事に、この果実は美女の形をしているが、日光が浴びれないと言って服を着たがらない。

この果実は実に美味で、食べると寿命が十年延びるとか言われている。

そして面倒臭いことに、サリメルが影でライバル視してる神でもある。

正神から選ばれて昇神した訳ではないから、神としてはかなり特殊な部類だ。

「そういえばデクラさんてどんなヒト?」

実際には少し前にも会っているが、妹が連れ来た夫となる異種族の男に興味があるのだろう。

「前に帝国と戦争しててアルヌスに有った門の向こうのニホンの士官。ふざけてるように見えて結構真面目よ」

「うん、アンタと付き合って、子供まで作るくらいなんだから真面目なのは判るわ」

ミリエムは少しばかり言い難そうに続ける。

「でもその……あんたの事が女だって良く解ったわね」

「姉さん……バカにしてんの?」

アリメルが明らかな静かな怒りを湛えたので、ミリエムは平謝りに徹する。

そして素早く話題を変えた。このミリエムというエルフ、サリメルに似て中々奸智が働くところがある。

「でも驚いたわ。アリメルがヒトの子、妊娠するなんて」

そんな姉の声を聞いてアリメルは今更ながら照れた。

「ナオって言うヒトは特別子作りが上手いとか?」

続けられたミリエムの発言で、アリメルはエルフが他種族に較べて妊娠し難い事に関しての疑問と気付く。

「いや、そうじゃなくてこっち(特地)の食材を使ったのよ。ニホンにも茹でる前は似ている野菜があるらしいんだけど……」

アリメル曰く、茹でる前は日本にあるニンジンとか言う野菜に似ているファルマートの野菜を使ったらしい。

精力の作く野菜なのだが、出蔵始め日本人はその野菜に火を通した後の姿を気味悪がって食べようとしないので、かなり細かく刻んで別の料理に混ぜたのだという。

「それで回数こなしたって訳」

休みの日には、ほぼ一日中だったとか。

「そ、そうなの……」

少しばかり退き気味の返事を返したミリエムは思う。

ロマの森の痴女とは、間違い無く親子だと。

「た、助けてくれ!ニャミニアだ!」

避難民が居る従業員宿舎から叫び声が起こったと思うと、アリメルもミリエムも作業を止めて走り出していた。

ニャミニアの死体はアリメルも確認しているから、ニャミニアに対する恐怖心を持つ避難民の見間違いだろう。だが無肢竜の狩り残しが宿を襲いに来たなら、今戦えるのは自分達しかいない。

走り着いた現場には、大型の蛇を思わせる無肢竜のすぐ近くにサリメルが居た。

「かあさ…サリメル様っ、危ないから退って!」

言うが、サリメルの反応は鈍い。

「ん?ヌシらか。この程度の蚯蚓(みみず)など相手に成らぬよ」

言うサリメルだが、無肢竜は厳つい口を開いてサリメルに炎を吐き掛けた。

「むあっ、あァチチチチチちッ」

「母さん!」

聞いてる方が気が抜ける声のサリメルが炎に巻かれる。それはアリメルに親を心配させるには充分な光景だった。

すると突如、無肢竜が爆散し、肉片を飛び散らせる。

「ふぅ、これが爆轟と言うものか……」

言うサリメルの衣服は焼け落ち、身体の多くの部分が炭化していた。だがそれがみるみる再生されていく。

その様子を見ていた野次馬のオヤジは言う。

「やっ、凄い。流石は性下」

それがミリッタの神官・サリメルが昇神した時に附けられた敬称らしい。

「だーからっ。その呼び方は辞めよ!」

勿論、オヤジは特地語で言ったから聖下とは別の発音なのだが、日本語を知るサリメルが日本語訳すると、どうしても同じ発音になってしまうのである。当然ミリエムもオヤジも、何故母がこの敬称を嫌がるのかが解らない。サリメル以外に理解出来るのは、出蔵の両親に挨拶する為に日本語を勉強したことのあるアリメルだけだ。

アルヌスに居るエムロイの使徒も日本語を知っている可能性があるから、この敬称は多いにまずい。下手すれば解体・幽閉モノである。

だからサリメルがこの敬称を嫌がって、可能な限り自分が使徒である事を他人に教え無かった。

この敬称を得てから、サリメルは直ぐに大陸各地に存在するミリッタの神殿を統べる中央の神殿に継承の変更を願い出た。それと同時に、この名が大陸中に伝播しないよう頼み込んだのである。

返答はまだ返って来てない。

今回はニャミニアという脅威があったから、一方的に愛する火威を何も言わずに眷属にしたが、本当なら他人には教えたくなかったのだ。だがサリメルの城と言うべき宿(本来は神殿)で、無肢竜が狼藉を働くならば考えてる暇は無い。津金によって伝えられたアルヌスの魔導士が練り上げた強力な魔法で、吹き飛ばすしか選択肢は無い。

だが、そんなサリメルの事情など知らず、尚且つ多少は日本語を知るアリメルは百年以上にも渡る思い違いと、エルベ藩国……そしてサリメルの近くに来てから張り詰めていた緊張が解け、鼻頭に熱い物が込み上げる。

「か、母さん……っ」

火傷が治りつつある母に駆け寄り、その身体に抱き付くようにして涙を流す。

「こぉれ~。宿から親爺が見てるだろうが。妾は裸体なんだから男の眼の毒になってしまうじゃろうが」

久し振りに次女を胸に抱き、仕方の無いヤツと頭を撫でる。

サリメルの男好きが直った訳でも無いし、氷雪山脈で幽閉されてた事が決定的になった訳でも無い。

だがアリメルが母の事を赦し、思い違いを詫びるには充分な出来事だった。

 

 

*  *                               *  *

 

 

「なッ!?宿に無肢竜が!」

無肢竜が潜んでいそうな洞窟を始め、山狩りを済ませて帰還してきた自衛官と、ティトと何故か一緒に付いて来たニムエがアリメルとミリエムからの報告に驚く。

人間が多く、野性動物なら近付くのを躊躇うと思われた場所に駆除すべき害獣が出たのだ。山狩りに出た全員が悔渋しない訳が無い。

山狩りの最後に、ダークエルフ達の隊と顔を合わせ、今日発見した無肢竜の数は無しという報告を受けている。

それなのに、まさか自衛官が逗留する宿から発見報告されるとは思わない。

幸い、サリメルが早々に敵性生物を駆除したから宿には何の被害も出ていない。

それから津金の判断は早かった。

「明日から火威三尉と栗林二等陸曹は宿の警戒に就け」

栗林にとっては女性を舐め廻す変態に遭遇する確率が下がったものの、本来の害獣探査の任務から遠ざけられて釈然としないものがある。

だが上官の命令では仕方ない。

火威にしてみれば密かに心を寄せる女性隊員と近い距離で任務に臨める事を嬉しく思う半面、下手な失敗は見せられないという重圧と、常にサリメルの傍という、開けても余り嬉しい物は出て来なそうな玉手箱状態だ。

プラスからマイナスを引くとマイナスが多くなる嬉しくない命令と言える。

そしてサリメルは、二人をモノにするなら最後の機会と、ほくそ笑むのだった。

 




ちょいと漫画版9巻のネタを使わせてもらいました。
最近じゃ一番長い回なのですが、いまいち進んでる感じがしません。
民事任務とか言ってる割りに、未だに無肢竜を探索してるせいでしょうかね?
そして外伝1は次の次で終わりです。
前回も似たような事を言った気がしますが、ホントに二十話で終わらせます。


 —投稿10分後に追記—

…………と言ったが、20話となると次で終わらせないといけない事に今更気付く庵パンです。
これ、どうしよ……。


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第二十話 桜

ドーモ、庵パンです。
昨日までエフリとイフリを間違えてエフリをお姐系にしてました。
危うくお姐系飛龍のまま外伝1を終わらせる所でした……。

で、更に言いますと……
やっぱり1話に残りを全部詰め込むのとか無理でしたっ!!
あと1~2話必要そうです…。
構成力無い癖に1話で終わらせるのは無理じゃったんよ……。


ミリッタの神官にも関わらず、危うくエムロイの治める戦士の冥府に行きかけたサリメルは、自身を助ける事になったヒト種の女性の素性を尋ねる。

彼女はロマリア・デル・ドリードと言う名の二十代半ばくらいで栗色の長髪を持った魔導士だった。戦闘魔法の大家であるリンドン派魔導士を体現したような女性で、若くして導士号を得た後、大陸各地を廻って知識と魔法の腕前を研鑽し続け、武者修行していたがその最中に砂漠に棲む巨大怪異の噂を聞き、ご苦労な事に態々(わざわざ)西方砂漠まで来て、砂漠の怪異と戦っているサリメルを見つけたのだと言う。

彼女が学問の神ではなく、盟約の神の名を持つのは、大陸中を巡り歩き、自身より強大な相手を知るまでは旅を辞めないという、自分自身への誓いだった。

あれから百年程経った今にして想うと、彼女はアルヌスから来たジエイタイのクリバヤシ・シノに似ている。

ロマリアことロマは、サガルマタ以降、ヒトという種族に失望したサリメルの考えを変える切欠となった。

巨大な相手を探し求め、自身の青春は疎か、人生すら不意にしかねない彼女にテュバ山で眠り続ける古代龍の話しをしてやると、少し困ったような顔をしていた。

後に彼女は、自分と同等以上の実力を持った相手を探していたとも言ってたから、もしかしたら結婚相手でも探していたのかも知れない。

 

 

*  *                            *  *

 

 

サリメルの宿を警護するため宿周辺を歩哨していた火威は、案の定の事態に辟易しつつも、頭を悩ませていた。

と言うのは、フォル球のルールに関して、色気と下心たっぷりのサリメルに誘われたのだ。どうせまた賭け試合でもやろうと言うのだろうが、サリメルは本当に痴呆なのだろうかと言うくらい物覚えが良い。先日も津金から理論だけ聴いた爆轟で宿の敷地内に侵入してきた無肢竜を倒したと聞く。

今度試合をすれば火威が負けてしまうかも知れない。

だが「自衛官なのは午後五時までさ!」という言質を与えてしまっている。

精神に作用する魔法でもあるのか、ノリ良く応えてしまった火威は、自分の気が触れたとしか思えない振る舞いに頭を抱えた。

サリメルの領地は決して広くは無い。先日ニァミニアを仕留めた泉が存在するロルドム渓谷。その近くに拡がるシュワルツの森の端に位置するロマの森の二リーグ四方が彼女の土地だ。

そこに有る温泉施設の裏手を歩哨中、火威は思わぬものを目にした。

薄桃色の花弁に白が注した、春に日本で良く見る花の咲く樹木だ。そしてその森の中に(いしぶみ)が存在する。

もしこの場に建物でも有ったら、それが神殿と推察できるただろう。

それほどの清爽(セイソウ)さを持ちつつ、えにも言われぬ神秘的な活力が沸いてくるような場所だ。日本で見たような光景が、故郷とは何の縁も無い特地に有るせいかも知れない。

火威は地面に落ちてる花が付いた枝を拾い、見分してみる。

「それはセレッソの花じゃ」

投げ掛けられた言葉に振り返るとサリメルがいた。

セレッソと言う言葉に対して「スタイリッシュ痴女!?」と直感してしまった火威だが、同時にこの時に限っては彼女から続けられる言葉が待ち遠しい。

ちなみに『スタイリッシュ痴女』のゲームに登場する銃は『セレッサ』なので、完全に火威の思い違いである。

「此処は森が今のように呼ばれる切っ掛けとなったロマリア・デル・ドリードが眠る……いや、彼女が此処に居た事を伝える為の場所じゃ」

それは、ロマリアの魂も魄も世界に溶けて生まれ変わってるだろうという事を意味していた。

いや、そうあって欲しいとサリメルが願ってるのかも知れない。

ロマリアというのはアルヌスからロンデルに向かう途中の山地の名でもあるから、もしサリメルの言うロマリアと関連があるなら彼女は名のある人物なのかも知れない。

「ロマの……母の墓碑をここに作ったのはな、彼女の好きな花がセレッソだったからじゃ」

火威が拾い見るセレッソの枝に付いた花は、桜そのものだ。ファルマート大陸の他の地域では目にする事がないセレッソは、大陸の外から持ち込まれた物と推察出来る。

「日本じゃこの木のことは桜って言ってますよ」

普段なら、サリメルに異世界の情報は教えたくないが、舞い散るセレッソの花びらは桜そのものなので、今更秘匿しても仕方ない。

「ほぉ」

「実家の近くにも一杯咲いてますよ」

「ふむ、また門が開けば行ってみたいものよな」

その時はちゃんと服着て下さいよ、なんて言って少しばかり雑談を楽しむの火威には、サリメルが子供返りを患っているとは思えなくなってきた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

外見年齢ではサリメルより年下だったロマリアも、大陸の外の旅から帰ってサリエルが居るシュワルツの森に居を構えた時には壮年期を越えて人生を折り返す所まで来ていた。

サリメルと共にファルマートの外を旅した彼女は、手に入れた複数の植物の苗を森に植える。

中でもお気に入りのセレッソは、丁寧に等間隔に植えて、時期が来れば薄桃色の花が咲く森を作っていた。

若い時にこそ、サリメルの両性愛趣味に明らかに退きつつも極稀に付き合う事があったが、夫などの親縁は出来なかった。その代わり、サリメル達のような家族が居る。ロマリアはサリメルやその子供達に対して実の親のように接していた。

そして、ダークエルフ等の亜人もロマリアの知識を尊敬し、施される数々の魔導を礼賛した。

エルフとしては少女と言って良い歳の頃に母を亡くしたサリメルにとって、彼女は友人であり師であり、第二の母だった。

実の両親が亡くなっから約千年の時が経つ。サリメルはロマリアを母と慕いながら過ぎ行く季節を楽しみ、実の親子のように接していた。

古代龍の活動し始めたのは、ロマリアが老年期を迎えた頃だった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威が手首のスナップを効かせ、回転を付けて弾いたフォル球をサリメルが打ち損ねる。

予定通りというかサリメルの計画通りというか、自衛隊の課業を終えた後、火威は約束してしまったフォル球に付き合わされていた。

日が長い季節では無いので室内には光の精霊を召還して作った光球が各所に浮き、それだけで昼間の明るさを確保している。

部屋の脇にはサリメルがまた何か良からぬ事を企んでるのではないかと気を揉んだルフレが得点を数え、その傍には栗林が居る。彼女はサリメルが呼んだらしいのだが、フォル球台を見るや「さ、三尉。これ拙いですよ!」と狼狽えていた。

どうやら栗林も考えることは火威やサリメルと同じらしい。なので「サリさんが漫画読んで再現してしまってな……この前からルールとか色々卓球とは別物にするため頑張ってる」などと言って取り敢えずのところは安心させている。

とはいえ、ファル球のテストプレイは文化侵略の予防……強いては聖下からの断罪を避ける為にもやらなければならい事ではある。火威が思うには椅子にじっと座って考える方法でも十分な気がする。

だがそれでは済まないというのがサリメルの主張だ。彼女は一応、導師号を持つ賢者なのだし、『子供返りとは違うんでないか?』と思い始めた火威も、博士号を持つ自分より賢者号を持つサリメルの考え易い方法を取った方が良いとも思い始める。

そして何より、フォル球に付き合い、サリメルの話しを聴いたら彼女が所有している蔵書を閲覧して良いという条件が決定打となった。その上、博物学の本に載っている生物の中には、生血が劇烈に効果のある毛生え薬になる動物が記載されてたハズ……なんて話しを聞いている。

火威が特地の文字を読めることはサリメルも知っているので、嘘ということは無い。そもそもサリメルが自衛官らに嘘を吐いたという事も無かった。

フォル球をする事になった火威は、既に閲覧権を手にいれたのだが、今では焦りつつある。

後悔してると言っても良い。

対戦相手であるサリメル……めっちゃ上達しているのだ。恐らく以前に敗戦してから知らない時に地道に練習していたと思われるのだが、火威も成功率の低い胡瓜サーブなどは使わず、サリメルが卓球ルールを知らないのを良いことに台の下から少し浮き上げて強襲サーブを放ったり、サーブを打つ直前までボールを手で隠すというステルス姑息戦法に頼った。

だが器用貧乏程度の凡才と、エルフにも関わらず窮理(物理のこと)の魔法をも使いこなす天才とでは才能に差があり過ぎた。

最初こそ台の下からの強襲サーブや、ラリー中に織り交ぜる回転ボールに手古摺ったサリメルだったが、直ぐに適応して球を返して来る。ステルス戦法に至っては、返された球に回転が掛けられて火威があらぬ方向に返してしまった程だ。

今回からのルールは、ジュース抜きの泣いても笑っても十五点勝負である。

火威が十点取った時にはサリメルが十一点先取していた。

「そぉい!」

火威が速球を叩き返し続けるとサリメルは台から引いき、長距を空けて返さざるを得ない。

しかしこれが火威の着実な策である。

サリメルが台からだいぶ離れたと見ると

「そい」

と勢いを殺したフォル球を、ことりとサリメル側の陣地に落とす。

「な、なにィ!?」

サリメルの運動能力を以ってしてもこれは返せなかった。打ち返そうと走り込み、台に激突して突っ伏す。

「さ、流石はハンゾウ……やるな」

肩で息するサリメルは、少し前に火威に言われた事を思い知る。

 

     ―――『卓球は卓上の格闘技』―――

 

日本や日本がある世界で同じように考える人間が何人居るか知らないが、火威の中ではそういう事になってるらしい。サリメルも、このような激しい運動量は過去に経験した事がある格闘に似ていると考え……ちゃったりもする。

「あ、相手側陣地に球を置いたら五点ってことにしません?」

火威が提案した突然のルール改訂は、サリメルには受け入れ難いものだ。

「なっ、それではハンゾウが勝ってしまうではないか!?」

「そっすね」

「くっ、そして“また”妾を抱こうというのかっ」

「“また”ってなんすか!?」

栗林が近くに居るので、サリメルの妙な妄言を信じられては堪らんと反論する。サリメルはやっぱり痴呆か、と思う反面、この女油断ならねぇという警戒心を強める事にもなる。

「だいたい今回の勝負は何も架かってないでしょっ」

「いや、妾とヌシとの勝負では常に懸かり物あるから。ヌシの勝ち逃げとか許さんから」

なん……だと……。蔵書を餌にまんまとしてやられた火威が感じたのは、その一言に尽きる。

なし崩し的に一点ずつの勝負に固定されたフォル球玉が火威のすぐ脇を通り抜ける。勝負は直ちに再開されていた。

「チ、チクショウメェー!?」

火威が十一点に、サリメルがこれで十二点。最早このまま挑戦せず、失敗を恐れて安全に攻めていては負ける。

フォル球玉を左手に持ち、右手に持つラケットを首の左側に構えると火威の雰囲気が変わった。

「ほほぉ……」

それに対するサリメルのそれは、王者の物だ(ホントは初心者だが)。

胸前からラケットを繰り出して放ったサーブは至極低い。ネット代わりにした糸の壁ギリギリでサリメルの陣地に突いたフォル球玉は、懸けられた回転に沿って約60度の角度でサリメルの左側に弾かれる。

「……ッ!」

ここに来て“きゅうりさあぶ”か!そう声に出し掛けるサリメルが直ちに身体の左側から繰り出すラケットで打ち返した。

ナムサン! 会心の胡瓜サーブを返されてブッダに祈りかけた火威だが、強敵に会した彼の神経は、流れる滝の一滴を見定めるが如く、研ぎ澄まされていた。

「そこぉ!」

打ち返したフォル球玉は速球スマッシュとなってサリメルの真横を抜けた。

「よしィ! あと三点!」

喜ぶ火威だが、その様子にも構わずサリメルは不敵に笑う。以上のような事が二回続くが三回目にして……

「お遊びは……ッ! ここまでじゃぁ!」

物凄い回転を付けられた球が台のエッジ当たって落下する。

「これで十三点じゃなァ……」

ククク…と喉で笑うサリメルに、火威は一種の脅威を感じる。だが球がエッジに当たるなど狙って出来ることでは無い…ハズ。

「ふんぬッ なんのォ!」

ここまで来れば小細工抜きの低高度サーブがサリメルの振ったラケットの下を潜って抜ける。空振りとはサリメルにしては珍しいミスだと思ったが、その理由は直ぐに解った。

その後すぐのサリメルのサーブは自分のコートで球はバウンドしたが、火威側ではバウンドする事なく床に落ちてしまった。

ここに来て痴呆の症状が出て来たのか。そう思ってしまった火威だが、続けて打たれたサーブはエッジに当たってサリメルの得点となる。

「フフフ、今回は“じゆうす”は無いんじゃったよな。互いにあと一点じゃ。あと一点。あと一点でヌシは妾を抱けるぞ」

「いや、また飯作ってもらいますから」

「では妾が勝ったらヌシに抱いてもらおう」

やっぱそう来たかこのエロフ! と考える火威は半分しか知るまいが、サリメルは前回の失敗を教訓にフェトラン等の媚薬では無く、正攻法で火威と栗林と閨を共にするつもりでいた。全然正攻法では無いが、サリメルにとってみれば正攻法なのである。

栗林も巻き込むつもりなのだから、宣言しておかなければならない。

そう余計な事を考えたのが、今回も良くなかった。

「そうじゃな、ここまでの稽古量を考えればヌシだけではツリが来るな!それでは先ずは妾とハンゾウとシノの三人とで混浴じゃ!」

その宣言が、シノって誰だったっけ? と火威の頭の回転を若干遅くした。その隙にサリメルがエッジを狙ったサーブを放つ。

「しまっ……!」

しまったと言いかけた時、既に球はエッジに当たって在らぬ方向へと弾かれていた。

「ちょっと待ったァァァアアアア!!!」

「むぎゃ!?」

有らぬ方向に飛んでいったフォル球をスリッパで打ち返し、サリメル側のコートにバウンドさせてそのままエロフの顔面にフォル球を叩き付けて卒倒させた人物が居る。栗林だ。

あ、そか、栗林の事か。と、想いい人の下の名を思い出した火威が少しばかりの安堵感と共にやる瀬なさを感じた。

そこまで拒否しなくても……という栗林への思いとサリメルに負けなくて済んだという安堵感にだ。

だが見学の栗林が試合に乱入して最後の得点を決めるのって、どうなの? なんて事をスコアラーのルフレに聞いて意見を仰ぐと、「フォル球は決まり事を決めてる最中だから有効」なんて意見を貰った。

 

数年後、フォル球は防具を付けて行う遊撃・伏撃ありの戦術性の高い武道としてエルベ藩国を起点に広まり、フォル球で一汗流してから温泉に入るのが貴族の間で流行ったとかなんとか。

 

*  *                            *  *

 

 

古代龍の襲来は古来から起きてきた災害で、休眠期から脅威となる活動期の大凡の間隔はそれぞれの国や部族で伝書・口伝、様々な形態で記録されている。

龍が冬眠するテュバ山に近いシュワルツの森に住むダークエルフの部族なら猶更で、古代龍の活動期が近付くに連れて前回の活動期の記憶がある年嵩のダークエルフ達が戦いの準備を始めた。

古代龍相手の無謀な戦いだ。戦っている最中に仲間を少しでも遠くへ逃がす為で、どうしても一部は犠牲になる悲壮なものである。

ロマリアは昔、彼らの長老からダークエルフの部族は一度定住すると決めた森を離れては生きれない…という話を聞いたことがある。

なし崩し的に家族か養子のような関係になったサリメルはエルフとしては珍しい部類であることも、彼女の日頃の言動を見ていれば理解できた。

翼のある古代龍の出現場所は、賢者であるロマリアにも判らない。だが決まった範囲を護ることは可能かも知れない。

古代龍が活動を開始すればサリメルやアリメル、ティトやリトなど身内同然で接してきた彼らの住む場所が、龍の活動範囲内に入ってしまう。

ロマリアは、もう悩む事など無かった。

 




そういやDVD最終巻では24話にオーディオコメンタリー付くんですかねェ。
23話にも付いてて良さそうな気がしますが、空挺降下の内容だと喋り難そうですかねェ。
いっそのこと両方に付いてて良いのよ? と言ってみる次第であります。


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第二十一話 ニンジャオンセン郷

ドーモ、庵パンです。
今回でやっと外伝1が終了です。
構成力が無いせいで章の最後に行く文字数増えますが、今回も結構長くなってしまいました。



古代龍が活動を開始すればサリメルやアリメル、ティトやリトなど身内同然で接してきた彼らの住む場所が、龍の活動範囲内に入ってしまう。

ロマリアは、もう悩む事など無かった。

なし崩し的に家族か養子のような関係になったサリメルはエルフとしては珍しい部類であることも、彼女の日頃の言動を見ていれば理解もできる。

そして彼女に影響されたせいか、シュワルツの森のダークエルフの部族もロマリアには比較的好意的な態度で接してくれたいる。

翼のある古代龍が出現場所して人間を襲う場所は、賢者であるロマリアにも判らない。だが決まった狭い範囲だけを護ることなら可能にも思える。

サリメルやアリメル、それにティトら身内のダーククエルフが住む森の周辺に防御障壁を現理に干渉させる触媒となる鉱物を森の各所に配置する。

野性動物によって移動させられないようにする為に、同じ場所を精霊の使役と剣に秀でたダークエルフが短期間寝泊まり出来る簡易宿を作り、配置する。

古代龍が活動を再開し現れるまでは暫し期間があったが、ダークエルフ達は良く辛抱してくれた。

長命種が故に、配置された者達が以前に古代龍の力を見せ付けられた者ばかりだったのが幸いしたのだろう。

そうして古代龍が森に襲い掛かって来た時のロマやサリメルとの攻防は凄まじいものだった。

ダークエルフ達にからの精霊魔法の援護もあったが、彼等の森に防御障壁を張っていなければ龍の爪や牙、そして吐く炎の犠牲となり殆どの者が死んでいただろう。

その結末を変えてくれたロマリアに、森に住む全ての者が感謝したのは言うまでも無い。

 

 

*  *                            *  *

 

その日の無肢竜探査が終わり、自衛隊の課業が終わったサリメルの研究小屋を訪ねる一人のダークエルフがいた。

ティトがロマの森に戻った事を知るニムエだ。彼女はサリメルに会うと挨拶と共に恭しく礼をする。

特地に礼するなどという挨拶は無い。サリメルがシュワルツの森に布教した漫画の影響だ。

そしてサリメルの布教を敏感に受け取り、日常生活に取り入れてる優秀な“生徒”がニムエだった。

「ご無沙汰しております、サリメル様」

「おぉ、ニムエではないか。イバンとカルヤは健壮か?」

そんな挨拶をした後に、ニムエはティトがアルヌスに戻る際には両親と共にアルヌスに移住する事を伝える。

ニムエやそのオヤジのイバンの仕事の世話をすると申し出たのは、実は火威である。

ティトのガールフレンドを自称するニムエを早々とティトにくっ付け、肉食ダークエルフからアルヌスと自身の心の平穏を確保しようとしているのである。

火威は昨日から二回に渡ってアルヌスへ通信を取っていた。アルヌス周辺の森の管理人に空きが有るかとか、子供への教育を施す教師の数は足りてるかとかの内容である。

結果、両方とも数名分の空きが未だ残り、募集中という回答を得ている。火威達がエルベ藩国に向かってからアルヌスの発展は凄まじく、働き手が足りるという事が無いとまで言われた。

シュワルツの森に住みながら字の読み書きが出来るニムエはカトーの下で教師にすれば良いし、オヤジには森を管理する仕事がある。以前はテュカが行っていたアルヌス周辺の森林の管理だが、現在彼女には数日掛けてアルヌス周辺の開拓村の視察して廻るいう仕事もあり、多忙を極めていた。

ダークエルフは夫婦共働きという印象が強いから(火威の主観)、母親も希望すれば店の店員なり、やはりエルフらしく森の管理人の仕事を凱旋すれば良いかも知れない。まぁ、アルヌスに行ったら当人が決めれば良いのだが。

「おぉ、何かとティトに目を掛けてくれるヌシら親子が一緒なら妾も気が休まる」

いっそティトを貰ってやってくれぃ。はい、そのつもりです。

肝心のティト不在でそんな会話が成されているのとは別の部屋で、自身の思惑が成功した事を知らない火威は博物誌を読んでいた。

「こ、これ……モンゴリアンデスワームじゃねぇか」

特地の生物はフォルマル邸の博物誌でも見知ったが、大陸各地と海の外の世界を旅したサリメルが執筆した博物誌は内容が遥かに多く、その中には遥か昔に死に絶えて記録上の存在になった生物もいたが、驚くべき生物ばかりだった。

地球でUMAとして知られるモンゴリアンデスワームの毒が無い巨大版や、米産映画に出てきたトレ○ーズっぽい連中などの危険生物も多いが、その両者はこれから自衛隊が行くとは思えない地域に巣くう奴らだ。

火威含む全ての自衛官が相対するような事は、まず無い。

「どうじゃハンゾウ。目当てのヤツは見付かったか?」

ニムエとの話しが済んだようで、最近はちゃんと服を着始めたサリメルが来た。

「や、珍しいヤツが多くて途中で……」

「ふむ、そうじゃろ。ジエイタイの今後の役に立つかも知れぬから他の者にも読むよう薦めるが良い」

「えっ、良いんスかっ?」

本と言うものが稀少な特地では、誰でも本を読んで良いと言うものでは無い。

ロンデルでは一定の学位を所有し、内容を理解出来ると見做(みな)されなければ導士号を持つ賢者の蔵書は読ませてもらえない。

蔵書の消耗を極力避ける為なのだが、サリメルの考え方は違っていた。賢者のサリメルが言ってるのだから、何か裏が有るんじゃないかとも思ったが好意は素直に受けようと思う。

「早く読み潰して写本せんとな。大陸のの金が廻らん」

「ウチの隊員がそんなに粗い読み方しないと思いますが……」

「それは判っとる。ところで皆はこっちこっち(特地)の字は読めるか?」

こんな会話を今までにも度々するから、火威はサリメルへの接し方に困る。いっそ、後腐れ無く嫌ってしまうような事をしてくれると助かるのだが、サリメルという女は火威が見切りを付けるギリギリまでセクハラい事をしてから、火威だけではなく隊の仲間や全体への気遣い見せる。正に魔女だ。

 

「それで、どうでした?毛生えに効く動物の血っていうのは」

宿舎に戻って早々、栗林は火威にそんな話しを聞く。

卓球…もといフォル球の勝負に火威が乗ってしまった原因をルフレに聞いて呆れた栗林だが、三十路で髪毛が跡形も無く無くなってしまった上官には同情しないでもない。

「絶滅動物の中にはチラホラ該当するのが居るけどな、まだ賢者の蔵書は一杯あるから後で見せてもらうわ」

「あー、カトー老師も一杯本を持ってましたからね」

アルヌスに居る老魔導士を引き合いに出す栗林の言葉に、火威は遺伝と言う物の無情さを感じる。いや、ひょっとして老師も何らかの方法で……。

そこまで考え、栗林に向き直った火威はサリメルの言葉を伝えた。

「あー、そうそう。後で津金一尉にも言っておくけど、栗林もこっちの字は読めるよな? サリさんは隊員の皆にも読んで良いってさ」

その話は栗林にも驚くべき話しだ。深部偵察隊に所属し、今現在も第三偵察隊に居る身の彼女も特地の文化は相応に知っている。だから貴重な本を赤の他人と言っても良い栗林や他の隊員に読ませる筈が無いと思ってしまっていた。

そして先日の発言内容が内容である。栗林もテュカとは全く違うサリメルというエロフには、苦手意識を持っていた。

 

その栗林は今、ルフレを挟んでサリメルと同じオンセンに浸かっている。夕食後にある夜間の歩哨するまでに得る事が出来る唯一の息抜きが出来る一時なのだが、ロマの森に来てから早い段階でサリメルに同じような状況で軽く胸を揉まれたので気が抜けない。

会って早々に、ぱっと見ではただの怖い人に見える火威を誘惑し始めるし、同性である自分にも手を出す。出蔵は少し見ただけで手は出さないから好みは有るのだろうが、最初は人間になら誰にでも股を開くような類の女かと思った。

「シノや」

「は、はい!?」

突然投げ掛けられたエルフの言葉にも動揺して声が裏返ってしまう。

日本に居る友人達も栗林の大きな胸に無礼を働く事はあったが、このエルフの場合は本気の百合を敢行しかねないのである。

現にルフレからもサリメルの同性愛趣味に注意するよう言われている。

「博物誌はもう見たか?」

考え過ぎだったと思う質問に

「あぁ、火威三尉からも伺いましたよ。まだ拝見してはいないんですが、貴重な機会を頂き有賀とう御座います」

と答える。

「いやいや、今後のヌシらの助けになるなら良いんだけどな……」

それから続けられたサリメルの言葉は、栗林への注意とも取れる内容だった。

曰く、森の名の由来となったロマリアというヒトの魔導士とサリメルが百年程前に大陸各地やその外を旅した時、ロマリアは手強い相手や好敵手となる男を探していたが、最後まで彼女の眼鏡に適う男は現れなかったという。

これまでの栗林を見ていたかのような話しは、彼女の疑問を呼び起こす。

「そのロマリアって人はどうなったんです?」

若干、日本に帰還した丸山と同じ事を不安に感じた事のある栗林は尋ねた。

「最後まで一人身じゃったよ。妾から見ても佳い女だったのに不憫なことよ」

サリメルは言うが、実は嘘が含まれる。

古代龍を倒すに至らないまでも、入念に策を敷いたロマリアは戦いを経て心身共に消耗しきり、寿命を早める結果になった。

床に臥せがちになった彼女には実の子供こそ出来なかったが、夫も家族も出来たのである。一人として血の繋がらない家族だが、ロマリアは幸せだった。

家族となったエルフの中には、無理な旅をしてワルハレンの実を手に入れて来る者もいたがロマリアの命は今更長くはならない。

セレッソの花が咲き誇り、それが散ってゆく頃、ロアリアは大勢の家族に見守られて静かに息を引き取った。

サリメルが栗林に話したのは、武張った強情な女を(たしな)めるためにロマリアが自ら作り、後世に伝えるようにさせた古事である。

だが、そんな話を聞いた栗林を「早いところ勝負を付けなければ」と焦らせ、サリメルの思惑の外に落ち着くとは、夢にも思わなかったのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

次の日の課業終了後。

この日も火威は研究小屋に隣接する部屋で椅子に座り、昨夜に引き続き博物誌を読んでいた。火威の近くには三角と内藤、そして清水がいる。

夕食を済ませた彼らはサリメルが閲覧を許可した博物誌を読み、未だに特地語の習得が不十分な内藤と清水に三角が教鞭を取っている所だ。

津金一尉は読まなくて良いのかなぁ、と思ったり、内藤と清水なんかを見るに「お前ら後で歩哨だろ」なんて考える火威は古代龍の項を捲る。

「どうじゃハンゾウ、見つかったか?」

リョカン施設でルフレや従業員と話し合っていたサリメルが、長い廊下の奥から来るのが見えた。フォル球で火威(+栗林)が勝ってからセクハラめいた事をしなくなって、露出する面積も劇的に抑えられた彼女は火威からも他の隊員からも好印象を得ている。

「やー、今古代龍の項目見てます。毛生え効果のある肉なり血なりはこういう生き物が多いですからね」

「左様、強大な力を持つ生物の血肉は食すと予想出来ない作用があるからの」

ただ、炎龍は伊丹やレレイ、そしてテュカの手で斃されて久しいし、炎龍となる新生龍も第一戦闘団によって駆除されている。

「炎龍はもう絶滅したっぽいですからねぇ……」

まぁそうじゃな、と答えるサリメルは続けて火威に問う。

「それともヌシは炎龍を逃して欲しかったとか?」

サリメルが嘗て見た炎龍は、ニャミニアよりも素早く強大で、高熱の炎を吐く。火威が戦っている時、ニャミニアに喰われてすぐ近くにいたサリメルは火威の魂と、彼の戦い方を感じ取っていた。

先に相手から逃げたのはニャミニアだが、あの戦い方では炎龍は斃せない。だから今の火威が炎龍に挑むのは辞めて欲しい。

以前にフルグランを持ち、サリメルの宿に逗留していた傭兵団の団長が今の火威と似たような事を言っていた。炎龍が異界の戦士に斃され、これまで挑んできた奴らが不甲斐無かっただけじゃないのか、とか、俺でも斃せた、などという粋がった発言をしていた。

結果としてニャミニアも斃せなかったようだが、今となってはあの男に抱かれずに良かったと思う。

「いやぁ、たまに帝国貴族とかに“俺でも斃せた”なんて粋がる奴らがいましてね、そういう奴らの前に新生龍でも持って行って“はい、どうぞ”って言ってやれりゃぁ最高だなと」

その火威の答えにサリメルは笑った。やはりこの男は身の丈と言う物を知っている。

「まぁヌシらが来るまでは炎龍の敵は炎龍か、他の古代龍しかおらんかったのじゃが、百年以上前に力を持った者が意図的に新生龍を飼って他の場所に持って行ったりすれば別じゃな」

アラブの石油王でも、やらないだろうことをサラっと言ってのけるサリメルは続ける。

「挑まないで欲しいし、居場所もハーディーの使徒にでも聞かなきゃ解らんのだが、古代龍の中には水龍というのもおってな……」

火威達が知った所でどうにも出来ないないと思って伝えた話に三角は口を開く。

「ジゼル猊下はアルヌスに住んでますよ」

「な……っ!」

三角の知らせを聞き、サリメルは以前に火威はジゼルと面識があるという話をしていたことを思い出す。

「あ~、そうっすね。まぁ水龍の被害が出てるなんて話しは聞きませんし、聞けても行ける場所か解らないんですけどね」

何もしてない生き物を駆除するのも躊躇われますし…そういう火威の言葉を聞いて、サリメルは安心した。

そのサリメルの向かいで、この中では火威の次に位が高いと思われる男が、その下の位と思われる二人の男に本を見せて説明している。

「ほら、これが牙って単語だ。こっちが毒って単語。ほら、図で説明されてる通りに如何にも“命を刈り取る形”をしているだろ?」

そこはかとなく厨二めいた抽象的過ぎる日本語による説明の三角を見て、サリメルは『何言ってんだお前は』な表情を作って見せた。

エルベ藩国に来てから初めて見るサリメルの怪訝そうな表情に、彼女は厨二病が嫌いなんじゃないかと直感した火威だった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

次の日。

朝も早いと言うのにサリメルは火威から教えを請われ、触媒を使わずに魔法を現理展開させるため、法理を開豁する方法を師事していた。

発毛効果が期待される動物の血肉が最近死に絶えた炎龍を最後に自衛隊の活動範囲内から消え去ったということは、火威を落胆させるには充分過ぎる事実だった。

また、先日の懸けフォル球の結果もである。最初はサリメルの料理を要求すると言っていた火威だが、携行してきた隊の糧食が余り有るので以前から気掛かりにしていた触媒の問題を解決しようとしたのである。

と、言うのも、触媒は使った分だけ消費する。鉱物魔法に使う鉱物は火威の私物だが、購入当初は防衛省に建て替えてもらおうと考えていたのである。

だが、自衛隊員が使う官品は全隊員の最大公約数から決められるため、全隊員÷火威では税金で支払われる訳が無いのだ。

そんな火威の事情とサリメルの世話好きが噛み合って、以上のような光景が生まれたのである。

「おぉ、流石はハンゾウじゃ。筋が良いぞ」

空中に氷柱を作り出した火威は魔導を志す者の中では筋が良いとサリメルは褒めるが、褒めて伸ばすというのがサリメルの指導者としての方向性である。

 

一方、厨房脇の作業室。

アリメルとミリエムはこの日もぬるま湯にディジェの豆を浸けていた。

この作業が何をするか解らなかったアリメルだったが、以前に同じ事をした時に判した。

半日掛けて浸けた豆を柔らかくなるまで豆を煮て、その熱が冷めたら精霊魔法で豆を砕き再び熱す。

それを目の粗い粗い布で濾し、水を足して出来たのがディジェミルクという飲料だった。アリメル初めて見るこの飲料は、これまでに経験したことの無い香ばしい匂いを放つ。

「こ、これは……」

「あー、母さんがアリメルに持たせてやれって。宿が始まったらお客さんにも出すらしいよ」

それは日本で言うところの豆乳というものだった。ミリエムが言うには、サリメルが大陸の外の島から採取してきた豆だという。アリメルは魔法でも掛けられたように香ばしい香りの飲料に魅了された。

その時、作業室の扉を開けてサリメルが入って来た。法理の訓練からそのまま来たサリメルの後ろには、この世界でサリメルが初めて作ったディジェミルクと、その搾り糟であるカナンを使った料理を自慢すべく火威も連れている。

「さ、早く朝飯にするのじゃ~」なぞとほざく彼女の目当てはディジェミルクを濾した時に布に溜まった粕だ。

ミリエムとアリメルも火威に朝の挨拶をしようとしたが、先に目の前の禿が声を挙げる。

「って、これオカラじゃないスか!?」

どんだけ日本被れだよッ?と思う火威が次に見たのは久し振りに見る豆乳だ。

「ゲェッ なんでコレが!?」

「ぬ、なんじゃハンゾウ。カナンとディジェミルクを知っているのか?」

宇宙世紀の新人類が乗ってそうな名前が付いてる豆乳を見て、次にアリメルとミリエムを見た。サリメルはと言うと、大陸の外から採取してきた豆で作った食料を火威が知っていた事に少しながら残念に思う。

「日本でも知られた健康食品ですよ。まさか特地にも有ったなんて……」

「ニホンにも有ったんですか? 母さんからは胸が大きくなるってのんでたんですよ」

ミリエムは言う。確かに豆乳に含まれるイソフラボンは有能な健康作用があるが、接種し過ぎると乳癌リスクを高めるとも言われている。まぁ特地のディジェミルクと日本の豆乳がどこまで同一か不明ではある。だが胸が大きくなる以上はほぼ成分に違いは無さそうだ。

「ぬ? 現理が進んだ異界の研究ではディジェミルクに何か問題があるのか?」

火威の顔色を読み取ったサリメルが問う。

胸の小さなアリメルの為に用意した物だと推測出来るので、余り怖がらすような事は言いたくなかった。だが万が一を考えれば言っておいた方が良いと考える。

それにアリメルの胸は本人が不安視するほど小さくはない。服の上からでしか解らないが、出蔵も満足出来るB+と言ったところだ。

「や、これは確かにガブ飲みすると胸が大きくなりますね。実際に大きくなってたヒトとか居ましたし」

但し、火威が見たのはテレビで見た話しだ。しかも中国のオッサンである。

「そんで健康食として知られてるんですけど、胸が大きくなる成分が諸刃の剣と聞きまして、飲み過ぎるとちょっと厄介な病気に……。こっち(特地)じゃ治療するのも……」

出蔵が厄介になった医療の神の信徒になればどうだろう……とも思う火威だが、自分のことでは無いので懸けのような事は出来ない。

「あぁ、あと産まれてくる子供が特定の食材を食べるとアレルギ……拒絶反応を起こすこともあるので、余り飲んではダメです」

火威がこんな脇の知識を持っているのも、大学を五年生まで続けてプー太郎のように暇を持て余し、方々に興味を持ちつつも大成しなかったからである。

「な、なんと……ディジェミルクにそんな毒が」

「いや基本的には健康に良いです。常識的な量なら美容にも胸にも良いですよ」

「じょ、常識的な量ってどれくらいの…っ?」

急いた感じで火威に聞いて来たのはミリエムだ。彼女の巨乳が豆乳に依るものなら、確かに不安になる。

「専門家じゃないから詳しいことは判りませんが……。まぁ毎朝・毎昼・毎晩浴びるように飲まなければ……じゃないっすかね」

それを聞いてミリエムは胸を撫で下ろす。

「な、なんだ……。週にコップ一杯じゃ何ともないんですね」

「まぁ妊娠中はちょっと良く解らないですけど……」

それでそこまで大きくなってるなら明らかに遺伝だよ。そう思う火威の前で、明らかに残念そうなアリメルにサリメルが優しく言い聞かせた。

「アリメル、心配するでない。子供が産まれれば大きくなるは必然ッ。希望を持つのじゃ」

なぜ力が籠っていたのかは知らないが、火威が知る限りで出産経験が少なくとも三回以上のサリメルが娘の肩を軽く叩いた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ミレッタの声を聞いたのはロマリアが亡くなり、己の師としても母としても友人としても彼女を慕っていたサリメルが、その母の遺体に泣き添いている時だった。

何故、仮り染めの使徒であった自分が主神に選ばれたのかは解らない。

だが、ミリッタの神官になってから昔より多くの世界を知る事ができた。

昔より多くの人間の業を見る事ができた。

昔より世界に広がる多くの可能性を感じる事が出来た。

帝国の政変があった去年まで雪と氷に(とざさ)された檻に囚われ、ロマリアとの約束も果たせなかった。だが新たに森を荒らすようになった竜は、異世界の戦士によって斃されている。

残りの無肢竜も宿の経営にしても、彼らによって悩乱(のうらん)する必要も無くなった。先程までは最後の点検で、宿内の至るところで過不足が無いか見てくれていた。今も火威に渡すべき物があるので、ルフレに呼んで貰っている。

 

ルフレが火威を探して売店近くで見かけた時、彼の目線の先に書かれていたのは『・アプコ 8アクス ・ルガン 10アクス ・ウィレシア 9アクス ・ワルハレン 時価 ・直飲み 1シンク(15歳未満は応相談)と書かれた看板だった。

「なんじゃこら?」

呟いた所でサリメルが呼んでいることをルフレに聞いた火威は、「なんで神様が売ってるんだろ?」と思いながら研究小屋に向かう。火威が去った後の売店で、ルフレが看板を見て溜息と共に呆れたような声を出す。

以前、クリバヤシとサリメルと共に温水に浸かった時、サリメルはテルタの北の山地で会った英雄病の鹿男がサリメルにしつこく婚姻を申し込んだ挙句にミリエムにも手を出そうとしたダメ鹿男の話をしていたが、サリメルも中々どうして、ダメエルフだと思う。

その後、営業を開始した売店には『ウィレシア9アクス』の後から削られた看板が見られるようになったとか。

 

「どーもサリさん。なんでしょ?」

大きな行李……というか葛籠(つづら)に身体半分を突っ込みながら、火威の声を聞いて呼んでいた人物が来たことを知ったサリメルはそのままの姿勢で喋る。

薄い衣に身を包んだサリメルが、巨大な容器に半身を突っ込んでお尻を突き出す姿は健康的な男である火威などには実に目の毒だ。

「ハンゾウ、おヌシな……」

相変わらず探し続けているサリメルに声だけの返事を返す。

「ハンゾウ、あの竜甲の鎧はニンジャと言うヤツではないか?」

確かに兜跋の兜を仕上げる際、火威は忍者を意識して赤く長いマフラーなぞを使うようにしたし、タンスカでも強行偵察やゾルザル派帝国軍の要人を拉致などの忍者的な働きをしている。

アルヌスに帰還してからも兜跋を見た自衛官は『青い巨星』と評する一方で『突撃強行偵察型忍者』だとか『突撃忍者』『忍者青影』と呼ぶ者のが少なくない。

だが日本の事は漫画以上は知らないサリメルが『忍者』という存在を知ってる理由が解らない。

たぶん、きっとアルヌスから出回った漫画知識だろうが、下手な答えは話しが拡大してしまう上に、回避に成功した文化侵略を誘発しかねない。

「さ、さぁ、どうでしょうねェ……。アレを作っくれたのはコダ村の避難民ですからねぇ」

兜とマフラー以外はコダ村避難民が作った鎧である。

「あからさまにニンジャなのじゃがなぁ」

と続けるサリメルが、遂に目的の物を発見したようだ。

「あぁ、あった。これじゃ」

なぞと言いながら葛籠から顔を出した彼女の手には、アマコア……と言うより機動戦士ガン○ムに登場するジェスタめいた兜と口当てが一体になったような防具だ。

「このメンポ、着けてみい」

忍○かよ。明らかになったネタ元に心の中で呟く。アレを基準に日本を想像されても困るし、そもそもあの物語を作ったのは日本では無くお米の国の住人である。

そういえば、と火威はロマの森に来た時の事を思い出した。サリメルが着ていた衣装はユ○ノ=サン的なくノ一スタイルだった気がしてきた。

その火威がサリメルに言われた通りにメンポ……もとい仮面を着けるてみると、非常に見たくない光景が広がった。

目の前に居るサリメルの皮膚の下が透けて見え、真っ赤な血肉や筋肉の繊維が見えたのだ。

「うげっ……!」

スプラッタな映像に慌てて視線を壁に向けると、今度は畜獣を放牧しているであろうマッパ!!!(真っ裸)のオッサンが目に飛び込んできた。

「げぇッ!?」

確実に仮面の影響なので、慌てて顔から外す。

「サ、サリさん、これ……!」

サリメルが言うには、彼女自身が昔作った、霊格の高い者にしか使えない魔法具だという。

作ったは良いが中途半端な性能で、長いこと仕舞い込んでいたようだ。

最初は何の為に作ろうとしてたのか、サリメルを知る火威には良く理解出来たが、今後の自衛隊の任務に役立つかも知れないから火威に譲るなんて話しになると、火威は困った。

アルヌスにはレレイのように霊格の高い者が居るし、彼女の師事を受けるべく大陸各地から魔導士が集まる事が予想され、既に数人が集まっている。

なので火威は有り難く貰うフリして、置いて行く事にした。サリメルが本当に呆けてて、後になって盗まれたとか言われても困るし。

 

 

*  *                             *  *

 

 

最後までエルフの女魔導士に引っかき回され、精神から疲れ切った自衛官と五人のダークエルフを乗せたHMV二両とLAV一両によって構成される三両の車列がシュワルツの森を離れ、アルヌスへと向かって行く。

「帰ったら休み有りますかねェ」

という出蔵の声に

「いや、お前ら任務の前に散々休んだから無いよ」

という津金が答えが返って来る。

あの休みじゃエロフに遭遇した疲れの代償には小さ過ぎるんだが……。

「大体、お前ら先発の三人はエルベから準男爵の位もらったろ。あれで全部だよ」

出蔵や火威、それに栗林は、ニャミニアの討伐を確認したエギーユがデュランへの公信でエルベ藩国から準男爵の称号を貰っている。だがこの準男爵という称号、国によっては貴族とは認識されないので「褒められただけ」のような所がある。

それも公の上でデュランに知らせて三人を推薦し、エルベ藩国貴族全体から反対意見が出ないようにするエギーユの気苦労があった。低い位だからと言って文句は言えない。

「まぁアルヌスに帰ったら陸将からお褒めの言葉くらいは頂けるんじゃないか?」

「思ってた以上に大変な任務でしたからねぇ。そうだと良いですねぇ。先輩とか一番働きましたから」

その先輩たる火威は車内におらず、遥か上空のイフリの背に乗っている。

アルヌスに帰る際、先頭車に乗ろうとした火威をイフリが摘み、自分の背中に乗せたのである。イフリが「最後のご奉仕」だとか言ってるのをサリメルは聞いた。

龍語を知らない火威達自衛官は飛龍の意を逆なでし、ここで暴れられても困るので、火威の身柄を差し出すしかない。

時間があれば寝てしまう火威は鞍に付いている輪っかに、兜跋のウィンチギミックのフックを掛けてスヤスヤ寝てしまっているが、彼は忘れていた。

エルベ藩国に来る前、他人から聞いただけの知識をあてにジゼルの神殿予定地近くで味痢召に大量の香辛料を投入し、ただでさえ人間の食い物とは言えない物を準BC兵器に昇華させているのだ。

アルヌス周辺に出没していた黒妖犬はコレを食べて動きが鈍った所を殲滅されたが、その前にジゼルも怖い物見たさで食べて暫く行動不能にしている。

アルヌスに帰ったら上官から大憤怒を受けた上に戒告が待っている火威には、龍の背で眠る今こそが、何も知らない一番の幸せの時間なのであった。




もう外伝に入っちゃってるんで、そろそろ火威にリア充成分を加味してしまおうかと思います。
まぁ女神二柱と一頭に心寄せられてるので既にリア充ですが、
折角外伝まで書いてるので好い加減判り易いリア充に……。
そもそも外伝は髪の毛が一本も無くなった主人公にヒロインを足す為に書いてますからね。

で、外伝2ですが、猊下のターンですがちょくちょく栗林が目立ちますかも。


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外伝Ⅱ 深縹色の大祭典
第一話 笑ってはいけないウラ・ビアンカ


ドーモ、庵パンです。
頑張れば昨日投稿出来たかなぁ……というところでしたが、
TOKYO EXE GIRLSのエロい方で市ヶ谷さんを入手する為に弾丸集めてて遅れました。
ちなみに主力は八王子さんです。
はい、地元です。

そんなワケで今回から新章ですが、外伝2は余り長くない予定です。
っていうか戦闘が全然ありません。


「くそ野郎!ぶっ殺す!」

激昂する伊丹の拳がゾルザルの頬を突き、殴り飛ばした。

今までに他人から殴られる事がなかったであろうゾルザルは「貴様!殴ったな!皇子たるこの俺を殴ったな!」と、唾を飛ばす勢いで喚きあげる。

俺にやらせてくれりゃぁ一撃で仕留めたのに……と思う火威には、見る以外に余計な事は出来ない。

オヤジにも殴られたこと無かったのに!なんて甘ったれたア○ロめいた事でも吐かすかと思ったが、その背後の取り巻き共が剣を抜いて伊丹達を包囲する。

「こやつらの国の運命は決まった。何処の蛮国かは知らぬが全てを殺し全てを焼き払ってくれる」

脅迫の言葉を並べ立て、高笑いを上げる。

「すべて貴様のせいだ。我が身の罪深さを思い苦しんで死ぬがよい!」

脅迫の言葉を並べ立て、高笑いを挙げる。

大事な事なので二度言いました。

 

デデーン  ゾルザル  あうとー

 

気の抜けた(ように聞こえる)声が謁見の間に木霊す。

瞬く間に取り巻き共は姿を消し、代わりに近衛っぽいstaff達がザルザルを抑え込んだ。

「な、なにをするっ!? 俺ではなくコヤツら取り押さえろ!殺せ! 一族郎党皆殺しにされたいか!」

いや、むしろアンタが既に死んでますやん? そんなゾルザルに罰を与えるべく登場したのは鬼人クリバヤシだ。

コンバットグローブにチェストリグ、そして胸周りの協調されるコンバットシャツを着てπ/……というか、寧ろこれでパイスラ出来るなんて、信じ難い爆乳の彼女に有難う御座います!!! と五体投地でお礼と祝福したくなる火威の前で、刑が執行された。

俗に、キックはパンチの三倍の威力があると言われる。だが鬼人栗林の鬼回し蹴り(マジ蹴り)は30倍くらいはあるんじゃぁないかと思う。

「や、やめよ娘っ! まさか皇子たるこの俺にふたt(ry」

エイリアンもプレデターも、まるっと一人で殲滅可能な証拠が広まった謁見の間に、急いできたマルクスはゾルザルだった物を見て言う。

「ミンチより酷ェや」

唾でも吐き捨てん勢いで、汚いものでも見るようにマルクスは言ったそうな。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「……と、言う夢を見たんだよ」

アルヌスの湯でそんな話を火威から聞いた倉田は、目立った笑いどころも無いままに終わってしまった話しにどう反応して良いか解らず、取り敢えず乾いた愛想笑いをしていた。

見た夢の内容を笑い話として伝えるのは、読んだギャグ漫画の面白さを伝える以上に至難なのだが、これは火威だけを責められない。

閉門して半年以上が経とうとする中で、倉田や他の若い曹官が興味深い話は無いかと聞いてきたのだ。と言うのも、以前にエルベ藩国に津金を始め火威を含む14名の隊員が赴いて様々な経験をしてきたことが原因する。

出蔵が飛龍でエキストラクションロープしたことや、やたら長くて太い無肢竜のニャミニアの話し。更にはサリメルが所有する博物誌で見た西方砂漠に巣食うモンゴリアン・デスワームが無毒になって巨大化したようなヤツや、氷雪山脈に出没する米産のパニック映画に出て来るようなヤツの話しは特地派遣隊の自衛官の暇を多少ながらも解消させる話しだった。

中でもシュワルツの森の外れにあるロマの森に住む妖艶な魔女……もとい痴女の話しは一月ばかり真偽が疑われる程に暇を解消させたものだ。その彼女がアリメルやティトの母親であることは、彼等の名誉の為にエルベに赴いた全員と、ニムエやニムエの両親が口裏を合わせないでも秘密でいる。

だって、アレが親なのは誰だって嫌だもん。

そのせいで、どうも火威は面白い話しをする人という印象を与えてしまっていた。

もっとも、その後で伊丹二尉とピニャ・コ・ラーダ皇太女がグラス半島で遭難したので、皆暇してる場合では無かったのだが。

「そ、そっスか……」

「最近、こういう夢を見ることが多いんだがなぁ……何かのお告げというヤツか?」

「むしろホラーじゃないっスか!?」

或は最近になって前以上に栗林を強く想うせいかもしれない。火威らエルベ藩国に向かった自衛官は、アルヌスに戻ってから元の隷下の戦闘団に編成し直された。倉田のように同性でもなければアルヌスに敷設されている温泉施設で会うことは当然ない。

ちなみにこのアルヌスの湯、どこから給水しているかと言うと火威なんかが水の精霊を召還して沸かしている。ついでに言えば水質は有り難い軟水である。

自衛隊の食堂も最近になって特地の食材を使って再開しているし、曹官以下は無料に戻った。

だが相変わらず幹部は何処で飯を食っても金が掛かる。アルヌスの街の食堂の方が火威の好みに合っているし、その事は以前、栗林が居る前でも公言している。

下手に自衛隊の食堂に足繁く通って、変な顔をされたら拙い。避けられたりしたら立ち直れないかも知れない。

 

エルベ藩国から帰ってから、様々な事があった。

ニャミニアを斃す直前、火威が大樹の上で見たのは栗林が蟒蛇相手に白兵してた姿だ。

その勇猛さ。その戦いぶり。栗林に少しでも近付いたと思い込んでいた火威だが、思い上がりだった。火威が稽古・訓練している以上の効率で、栗林も鍛えているのだ。

その事が解れば火威に選べる道は限られている。アルヌスに居を構える亜神、ロゥリィ・マーキュリー聖下に稽古を付けて貰えるよう願い出たのである。

アルヌスの街も拡大して聖下の時間も限られるので、余り長い時間は取れないが聖下は至極協力的だった。

そして鉄塊の如き鉾槍で稽古に付き合おうとしたので、流石に火威も躊躇う。

しかしこの先、生きていても栗林程の女を見つける事は不可能と言って良い。ならば死ぬ気で真剣による稽古でも……と思ったかどうかは知らないが、火威半蔵は防御魔法を重ね掛けして聖下との訓練に臨んだのである。

それを臆病と見るか、仕方のない事と見るかは火威を勇猛な戦士と見ていたかどうかで評価は変わってくる。

聖下の場合は「親に貰った命は一つしか無い」と言った温かみのある後者の評価だった。

何故、この慈母のような神が死神の二つ名を持つのか不思議なくらいだ。

 

*  *                            *  *

 

唐突だが、火威は再び金持ちになって家を建てた。火威にとってはエルベから帰って、これが一番か二番目に大きな出来事だ。

帝国正統政府から多額の報奨金を受け取ったのである。

内戦最後に皇帝が臥す寝所を、迫り来る数多くのハリョの刺客から守り抜いた事が理由だった。

数多くの刺客も帝国の兵ではあるから、それを(ないがし)ろにするのってどーなのよ、と思うところであるが、ハリョの刺客、または諜報部隊はゾルザルの私兵ということにされ、正統派帝国政府からは完全に別組織で敵とされてしまった。

私的な任務で皇城に赴いた火威が聞くところによると、内戦から立ち直り、財務が回復してきた帝国で、帝国の全権をピニャに譲った筈のモルトの強い意志が働いだのだという。

早い話しが、この世で大事な物は『愛と正義と義理とお金様』的な発想の火威を帝国の戦力として取り込もうとしているのだ。

能天気に見える火威でも、それと気付けば報奨金で10式戦車にジェットエンジンを積んだヤツを購入しようとか考えてても、そうも行かない。

最近になって隊員の士気を維持する為に、駐屯地施設の一部を改装し、日本からそれぞれの隊員が持ち込み読まなくなった書籍を集めて図書館を作るようになったが、そこにある本で見た航空自衛隊の主力であるF-15Jのジェットエンジンの一発だけでも、報奨金が吹き飛んで借金が出来そうな額だ。

ちなみに、10式戦車は配備当初から安くはなっているものの、一両買えば報奨金の半分以上が吹き飛ぶ値段である。

そうなると火威も考える。日本との行き来が出来るなら真っ先に銀行にでも貯金して、利子を生活費の一部に当てて栗林を目標に魂活(誤字でない)をするのだろうが、それが出来ない今の状況では報奨金の使い道にも困る。

しかし、大金を金庫も無い官舎に置いて、人の在らぬ心を誘ってしまいそうな事は、余りにも心ない業だ。

そこで火威は、アルヌスの丘の麓近くで地理的にも林や森が無く、乙種や丙種の害獣が潜伏しにくい場所に、巨大な家を建てることにした。

そこはジゼルが建てたハーディを奉る神殿、ジゼラの近くである。

「ったく、オレの神殿の近くにこんなデカい家建てるとはなぁ」

火威とて、わざわざジゼルと家の大きさを競う為にこの場所を選んだ訳では無い。

精霊が住む森や林の伐採は、管理者であるテュカからも、大元の組合からも許可を貰えなかったからだ。

理由も無く、好意を持たれている女神様の勘違いを引き起こすように、ご近所さんになる訳がない。

「やー、塞の目としての役割を果たすならこれくらいは必要かなと」

火威はこの家をアルヌス外から攻められた時、或は開門後、万が一にも日本側から外国勢力の進攻があった時の要塞としても位置付けている。

その為に、いざという時は隊員が立て篭もれるように銃眼を設けたり、備蓄用の倉庫もある。火威も住むのだから当然居住性もある。また、隊の活動の手助けになるんだから、開門後に防衛省が一部立て替えてくれると良いなぁ……なんて下心もあったりする。

更に、火威など霊格を持ったものが動かす事が前提だが、内部には魔動式の絡繰りを施す念の入れようである。

そしてアルヌスの街からそれほど離れてないのは、この家が街の宿を兼ねているからだ。特別国家公務員の火威は副業を持てないが、誰かを雇って宿の経営を任せても良いし、退官後は宿を経営しながら過ごしても良い。

だがあくまでも要塞としての機能を重視しているので、外から見ればちょっとした城である。石垣は無いが、一部の自衛官からは「坂の下の火威城」とか「坂の下の忍者屋敷」などと呼ばれている。

これは帝国のアルヌス駐在武官、ボーゼス・コ・パレスティーが富田二等陸曹と所帯を持ち、アルヌスの街から離れた駐屯地近くの場所に建てた屋敷を、アルヌスの人々が「坂の上の黄薔薇屋敷」と呼んでるのを真似たのだろう。

火威も一度見てきたが、自身の実家と比べてみると相当大きい。比較対象が間違っているのだが、個人が住む家にしては大き過ぎる気がした。だがカトーやレレイの話しでは、これでも帝国貴族が住む家にしては小さいのだと言う。

そして広い屋敷の中で、落ち着かない思いをするのは火威の方だった。今は国家公務員として安定した給料を得る立場になった火威だったが、根が貧乏人である。

地下一階、天守閣を入れれば地上四階建てで27LDKの忍者屋敷に一人寝泊りする火威は、早く同居人が欲しいと思う。

ジゼルに同棲でも持ち掛けるのが早そうだが、狙いはあくまでも栗林だ。この辺り、火威は全くブレることはない。

 

 

*  *                             *  *

 

 

火威を悩ます事柄はまだ有る。

以前、閉門直前の作戦中に健軍一佐が空自の神子田一佐から薔薇騎士団のお嬢様方との合コンを頼み込まれる事があった。

健軍は特地語を喋れない。親子程の年齢差があるヴィフィータと恋仲になり、努力はしているのだが「女の子を集めてくれ」なんて事を下手に言ったら誤解される。なので早々火威へ下請けに出したのだ。

その下請け先、間違ってますよ一佐……と、どれだけ言ってやろうと思ったか。

だが燃料も使わず気軽にイタリカや帝都まで行けるのは火威だけだし、「隊員の士気の保持」という海自の二等海佐が狭間に意見具申した事で、これが正式な任務になってしまった。

己の恐面フェイスでどうやって女性達に説明したものか、ツルツルの頭を使って思い描く。

薔薇騎士団の女性達に退かれるのは、翡翠宮やイタリカでの古代龍による被害めいた精霊魔法で敵に多大な出血を強いたのが原因かと思われたが、今にして思えば他にも敵を倒す方法は拙かった。

敵の戦意を挫くために、徒手で敵の首を捥ぎ取るなどしたが、夢に見た鬼人クリバヤシでもあるまいし味方側の人間でも退く戦い方は良くない。

だが健軍から依頼されただけで無く、隊の任務になった以上火威も上手く行くように考えなければならない。

 

「どーも、ピニャ殿下。絵画の具合はどうでしょ?」

RPGゲームに出てくる魔王の城のように大きな皇城で、火威は以前からの私的な任務である運搬の仕事をしていた。

何を運ぶのかと言えば、A4サイズの封書に入れられたケント紙を伊丹二尉に届けるだけの簡単な仕事だ。

「何時も悪いな。これだけの為に」

「いやいや、つい最近に帝都やイタリカに来る任務が発生しましたんで、構いませんよ」

「しかし、封書の中が解らんのでは気が引けるのでは無いか?」

火威もピニャの秘書のハミルトンから封筒の中身が絵画と言うだけの事しか聞いてないので、どういった絵画なのか気にはなっていた。だが渡すのがピニャで渡す先が伊丹だ。日本や特地派遣隊の害悪になるような物とは思えない。

「まぁ多少は気になりますが……」

「であろう。中を開けて見てみるが良い」

「殿下!」

傍に控えるハミルトンが一歩進んで声を上げる。やはり絵画に暗号でも隠されているのか? そう思った火威だが、ピニャは「良い」とハミルトンを声で制して続ける。

「世の中には様々な才能を持った者が居るが、実に羨ましいと思う。その者らが最初から【出来た】という訳では無いのだろうが、きっと練習の時から他の者が目を見張るものだったのだろう」

「うーん、そうですねぇ。俺みたいに起用貧乏だとある程度までは直ぐに出来るんですが、真の才能がある人はその先には大きな展望があるんでしょうねぇ」

言いながら、火威はペリペリと封書を開ける。

中に入っているのはケント紙だが、今のピニャの言葉もある。ちょっと嫌な予感がした火威は下腹部と口角に気合を入れてケント紙を出した。

火威が見たモノ、それはピニャが描いたであろう男同士が絡み合っている801系の絵だ。だが画力が(残念な意味で)画伯レベルだという事である。

次を見てみても、違う構図で男同士が絡み合うゲイ術の絵だ。正直、コレハ酷イ。

三枚目になるとデッサン力を付けるべく果物を書いた絵になっていた。しかし嘗てのレンジャー過程で食べた百足の唐揚げとこの絵の果物、どっちを食べるかと聞かれれば悩むレベルである。

「あ、あぁ……うん、ありますよね。デッサンする為にモデルを目に焼き付けたつもりでも、描くときになって像が霧散していくのとか……」

決して上手いとは言わない。そして801系の感想も言わない。火威の頭脳はここに来て冴えていたのか、エルベ藩国でサリメルに精神力を鍛えられたのかは解らない。

「その通りなのだ! 解ってくれるかっ?」

「えぇ、まぁちょっと」

「火威殿も絵を描いているのか?」

「昔、少し描きましたよ。ガン○ムとかド○えもんとか」

人間以外しか描かないと火威は言う。そしてドラ○もんはすぐに描けるが、○ンダムは昼から陽が欠け始めるまで掛かって漸く頭部しか描けない事を伝えた。伝えなかったのは決して人物は描かないことだ。ましてや801など描く訳がない。

「が‥がんだ○?」

「今度伊丹二尉に聞けば解りますよCDVレコーダーは電池無いから見れませんけど」

「うむ、了解した。して、イタリカや帝都で行う任務とは何であるか、聞かせて貰っても良いだろうか?」

火威の言葉を一言一句聞き逃さないピニャによって、もう一つの任務は大きく前進するのだった。




火威が今回から一軒家持ちになってますが、ストーリーに絡むことは余りないと思います。
で、度々言ってる気がしますが、二部は進みが遅いと思います。
っていうか今回猊下が出てきたのはほんの一部分ですが、猊下のターンです。ホントです。
ただちょっと本編でもヒロインし過ぎた感があるので控え目ですが、ジゼルのターンなのです。
まぁホラ、章のタイトルとかがあからさまに猊下だし。

そういや、さを先生の漫画版のヴィフィータはどんな感じになるんでしょうね。
ベルナーゴに行くから登場はまだまだ先なんでしょうが。


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第二話 鐵の心臓

ドーモ、庵パンです。
大まかな設定はあるのに、外伝Ⅱのプロットが全く出来なくて困っとります。
勢い余ってゲートとは関係ない方面に突っ走りました。
って言うかゲートにモビルスーツ出したくて書きました。

でもまぁ、後々伏線に出来たら良いなァ…くらいには考えとります。


帝国の内戦が始まって三年程経った頃。

ゾルザルが新たに帝都としたテルタに向けて、アルヌスやイタリカから自衛隊のMS部隊がゾルザルを捕縛、或は倒すべく進攻し始めた。

目下、味方の戦力はRGMナンバー在り、ジオニックな連中から果てはRX系列まで機体まであるという節操の無い編成だ。

まぁ盆暮れ正月の行事は律儀に守り、クリスマスを祝う日本人らしいと言えば日本人らしいのかも知れない。

ジオニスト出蔵なんかは喜ぶだろうなぁ……と思う火威は1日ザクと言う謎のモビルスーツを当てがわれている。

自身のサブカルチャー知識が正しけれMS-05、ザクⅠ……所謂旧ザクの筈だと、火威はイタリカから発進したペガサス級戦艦の五番艦、ブランリヴェルの艦橋で考える。

汎用戦艦に乗ってるならテルタくらい直ぐだろう、という意見が有るかも知れないが、ブランリヴェルがもの凄っい鈍速なのかも知れないし、他の部隊と攻撃のタイミングを合わせてるのかも知れない。とにかく未だ着かないのである。

先程、艦のカタパルトからは第三深部偵察隊の倉田、戸塚、勝本、古田、笹川がRGM-79、Gジムコマンドで。テルタから32km離れた橋頭保からは富田と仁科はRGM-79C、ジム改、、桑原がRGM-79Nジムカスタムで出撃している。

衛生科隊員の黒川は前線には出ず、栗林はジェネレーター出力のカタログスペックならガンダム以上と言われるMS-06FZ、ザクⅡ改で、倉田達に先行して出撃している。

受領する筈の旧ザクは橋頭保で受け取るんだろう。翡翠宮防衛戦では第一空挺団がネモだのリックディアスだのと、第三世代間近のMSを使ってた。

それに比べて他の特地派遣隊員が使う機体は性能の劣る1.5以下世代を使わせてくれるものだと思う。だが旧ザクならギャ○ン専用ボルジャーノンということも有り得るかなぁ……と、心の何処かで期待する火威でもある。

「何やってんです火威三尉、早く出撃して下さい」

言って来たのはモビルスーツの発艦を知らせるシグナルを操作する甲板員だ。「まだ俺の機体無いよ」と答えざるを得ない。

ドッグ内には、敵を撃破し多少の流れ弾など戦闘に耐えられるような大型のモビルスーツは全て出撃している。

「なに言ってんです。素手でモビルスーツを撃破出来る三尉は肩書だけで充分でしょ」

そう言って甲板員が差し出したのは、一日署長のノリで『1日ザク』と書かれた(タスキ)だ。

「なッ……!? 出来るワケねェだろ!」

生身で撃破出来るのは第三世代の戦車までであって、それも素手ではない。魔導を用いている。だからリンドン派魔導士の布団叩きでも貸与されるのかと思ってたが、どうやら本気で一日ザクをやらせたいらしい。

正直、魔法少女よろしくピンク色の布団叩きも勘弁願いたかったが、色々なものを捨てて最後の決戦に挑んだのである。

「お前なら出来る。大丈夫だ。俺が保証する」

見た事の無い顔の禿頭の陸佐が出てきて言うが、どう考えても初対面の佐官に保証されても火威は頑として首を振った。

「出来るワケ無いでしょ! 相手は意味不明の敵ですよ! デスアーミーの装甲が第三MBT以下って聞いたことありませんよ!」

「いやデスアーミーだけじゃなくて奪取される運命にある二号機メカも居るから」

「もっと悪いわッ!」

ふざけたことを平然と抜かしやがる陸佐が、火威の目には森田かミンス(民主党)にも見えてきた。

「大体、三偵のヤツらジムコマにザク改善で生き残れるワケないでしょ! 誰です! MS選定抽出したヤツ!」

「スマン、俺」

「ふざけんなッ!」

胸倉掴んで壁に押し付けるが、佐官は続けた。

「いや、でも大丈夫じゃないかなぁ……? 栗林がすでに明鏡止水の本気モードだし」

なんじゃそりゃ、と思う瞬間、火威は逆に襟首掴まれてプチ・モビルスーツに放り込まれた。

「ぐえっ……。ってこれドラケンじゃねぇか!?」

「そだよ。相沢二尉のジムスナⅡに付いて来たやつ」

「ガンプラかよ!?」

「男の癖にいちいち五月蝿いヤツめ。生身じゃないんだからとっとと行って来い」

陸佐が言うと、片足だけカタパルトに乗ってるドラケンを甲板員が無理やり発艦させる。ドラケンEごと火威は、非常に不安定な格好で艦の外に放り投げられた。

 

*  *                             *  *

 

 

火威のドラケンが落ちる先。テルタから12Kmの地点でジムカスタムを主とするジム部隊が、目前100mから2~4kmに布陣する敵MS部隊と撃ち合いを繰り広げていた。

「っつかデスアーミーならMFでは!?」

ヲタクとしては正しいが、今現在はどうでも良い疑問を口にする倉田のジムコマの頭部が吹き飛んだ。

「や、やられた!早く脱出っ!」

ジムというモビルスーツは機体の一部分を破壊されると、その他の部分まで次々と誘爆を起こして最終的に大爆発を起こす。

そんな都市伝説がまことしやかに広まっている。

「大丈夫だァ。倉田ッ!」

この場で一番階級が高いにも関わらず、戦闘に耐えられるとも思えないプチモビルスーツで降下というか、降って来た火威は異論を唱える。

「ジムはブロックごとに解れてるから整備しやすいし、誘爆の危険も低いんだ。(MGの)取説に書いてあった!」

「マ、マジすかっ?」

「マジで。ジムコマは知らんけどな」

戦場の真っただ中で下手に生身で出た方が危ういと倉田に伝える。サブモニターで視界は確保出来るんだし、駆動系は健在だ。固い装甲の中に居た方が安全である。

空中からショートレンジミサイルを敵部隊に向け、発射すると2~3機のデスアーミーに着弾し、2機を大破させた。

このドラケン君、流れ弾が一発でも当たったらお陀仏の紙装甲だが中々戦えるじゃぁないか。

そう思いつつ周囲を警戒して見ると、金ジムならぬ金ザクが敵集団の中で猛威を振るってるのが見えた。普通、目立つ金色なんて塗装はしないから、あれが栗林が駆る本気モードのザク改らしい。ブランリヴェルで聞いたフザケた佐官の言ってる事は本当だった。

全く意味が解らないよ、と常識人ぶる火威の前で台風の目のようになったザク頭が破壊的な瘴気を纏ってゾルザル旗下の雑兵共を叩き潰す。

これもヒプノティック ・ アームズという、強い自己暗示用いる戦闘技能を得た栗林の成せる業だ。もう、あいつ一人に任せて良いんじゃねぇかな、という気もするし、ますます嫁の貰い手が無くなりますよ、と心配になったりもする。

まぁ子供の遊び相手と弟子入り希望多数という意味では、アルヌスでも結構人気あったりするのだが。

 

ショートレンジミサイルを撃ち尽くして、武装が頼りないビームサーベル一本になった火威は、艦に戻って補給と追加の武装を借りてテルタに進軍した。

この間にもマーレスを経由した第一戦闘団のRX-75、ガンタンク、YMT-05、ヒルドルブといった長距離攻撃可能の半戦車の部隊が集結。テルタから迎撃に出てくるであろう的集団への砲撃準備を完了した。

これから始まる戦闘が終われば、いよいよ戦争も終結だと誰もが思う。

高高度からは空自の偵察機がテルタの城門を見張り、常に敵の動向を注視してる筈だった。

『あれ、隊長は?』

『桑原の陸曹長なら前に居るだろ』

聞くまでも無いような倉田の質問に答えたのは富田だ。

『やっ、すいません。火威三尉かと……』

艦からずっと行動を共にしていた尉官が指揮官だと思い込んでいたらしい。

『その三尉は違う特別任務の別編成だぞ』

『でしたねぇ……。なんでプチモビなんかに』

その時、倉田が使う無線をノイズが走る。

「ミノ粉かよっ」

今し方まで何の問題も無く使い、話していただけに警戒心も芽生える。

それは富田も同じだ。コクピットを開いて桑原に意見具申すると、即座に戦闘準備が始まる。

その時、戦車部隊の中で大きな爆発が起きた。

「げぇっ!二号機!?」

倉田が炎の中に見た蒼い機影は角二本に両肩が赤く塗装された機体の物と、全体的に丸みを帯びた機体の集団だった。RX-78BD-2、ブルーディスティニー二号機と、ここ10年の間に萌えキャラ化しつつあるステルス性能の高いMSM-04、アッガイだ。

「こいつら何時の間に!?」

ミノフスキー粒子を撒いたところで視覚は誤魔化されることは無い。だがまぁ、細かいことは気にしないで欲しい。

戦闘準備に入っていた彼等の行動は素早かった。もはや萌えキャラでもゆるキャラとも言えず、ただ自分や味方を害する脅威となっているアッガイを攻撃し、ブルーディスティニーを捕捉する。

『オラ!こっちぁ既に生本番かッ!』

捨て台詞を吐きながらガン○ムハンマーを振り回して乱入してきたのは火威のドラケンだ。だが悲しい哉、ミノフスキーの影響で無線は効かない。あと今更伏字を使うのをご容赦頂きたい。

二号機は腹部有線ミサイルランチャーと100mmマシンガンを撃ち込むが、回転させたガ○ダムハンマーに遮られて何一つ効果的な攻撃は出来なかった。

その間にもジムコマンドやカスタムのビームガンやブルパックマシンガン、ジムライフルが奪取された二号機に向けられる。

射線から逃れ、後方へ退避しようとバーニア噴射し空へ逃れようとした二号機、と、その足首に絡みつく○ンダムハンマーのチェーン。

「おぉ、凄ぇ……。ハンマーの新しい使い方だ!」

言ったのは勝本だったか戸塚だったのか。日本人のオトコノコなら結構多くが知っている○○ンムハンマーの初めて見る使い道に驚嘆の声を上げた。

「死っねアゴバス・シュターゼン!」

出力の低いドラケンのビームサーベルでコクピットを焼くのも可哀想なので、ジムの諸兄の集中砲火を喰らい、二号機は爆発。木端微塵となったのである。

 

*  *                             *  *

 

 

テルタへと続く大地にある敵の守備は、途轍も無く厚いものだった。

それでも味方の被害が最低限に抑えられたのは、プラチナブロンズをメインカラーに塗装された、現地人協力者のAMX-004R、キュベレレイを始めとする伊丹二尉の部隊の戦果が原因している。

「地上でファンネルって使えたんスね」

第一戦闘団の戦車部隊で、ヒルムドルブを操縦していた出蔵が初めて気付いたような声を出す。

「そこは作品次第で変わって……っていうか出蔵、お前さっき二号機にやられなかったっけ?」

「へ? 何のことスか?」

高校の先輩後輩が意味不明な会話をしてる間にも、超感覚保有者専用機のファンネルと、伊丹二尉のRGM-89De、いわゆるジェガン……めいた黒い機体が撃ち込んだビームバズーカで帝国軍の戦力を次々と抉り削っていく。

敵が折角モビルスーツとミノ粉を用意したのに、これ程までに自衛隊無双をやろうとは……。敵が若干可哀想になったり、運用のし方が拙いから仕方ないよね、と思ったりする火威だ。

それともアイツらモビルファイターだっけ? と、牧歌的に緩い気分で戦争している火威のドラケンに、消魂(けたたま)しい轟音が鳴り響いた。

ドラケンの位置からでは前のヤツが邪魔で見えないので、近くのヒルムドルブに一度飛び乗ってから再度バーニアジャンプする。

そこで火威は奪取される運命にある二号機がもう一機あることと、麺つゆとコーラ程に技術差があるゾルザル派帝国軍が何故人型機動兵器を運用できるのかを知った。

「ゲェ!? サイサリス!」

見た目、ちょっと太めのイメージがあるRX-78GP02A,試作ガンダ○二号機と、体高大きめのJDG-00X、悪魔なガ○○ムを見たのだ。モビルスーツを建造出来るとは思えないゾルザル派帝国軍で、これ程までに機動兵器を運用できるのは此奴が居るからだろう。デスアーミーはこの敵が量産していたのだろうが、他にもバリエーションがあるにも関わらずデスアーミー一択のところを見ると余程の拘りらしい。

大きめの悪魔ンダムは栗林の金ザクに石破ぶっば拳で撃破してもらうとして、サイサリスの方は火威らのような通常戦力で斃すしか無い。

が、サイサリスは真っ先にドラケンに斬り掛かってきた。

斃せそうな敵から斃そうと思ったのか、寸での所で斬撃をかわした火威がスウェーと逆噴射を駆使して間合いを取ろうとする。それに対し、サイサリスは執拗に追撃し、距離を離さない。

牽制してサイサリスの動きを阻もうにも、下手に撃てば同士撃ちになる。

だがドラケンもプチとは言えサイクロプスの強襲を迎え出た戦歴のある機動兵器だ。後方に飛び、射撃を受けない様に乱雑な軌道を機体に取らせた。

そしてドラケンを追撃しようとサイサリスも、バーニアでその重厚な巨体を空に飛ばせる。操縦者の頭は良くないようだ。

即座に味方が飛び上がったサイサリスの背後に銃口、砲口を向ける。そして起きるマズルフラッシュと、二号機の両肩のバインダーが開くはほぼ同時だった。

「なにゃ!?」

GP02が太いながらも高機動を確保できるのは、この装備があるからだ。

「こっち来ンなデブッ!」

ショートレンジミサイルを放つが、サイサリスの大型シールドで防がれた。そしてビームサーベルを抜刀して向かって来る。

そのまま繰り出される斬撃を空中で(かわ)すと、回避運動を取った拍子に○○○ムハンマーのチェーンがサイサリスの角に引っかかってしまう。そして引っかかったチェーンを取る間も無いまま、サイサリスはそのまま空中を帝都の方角まで凄まじい勢いで飛んで行ってしまった。

 

こいつアホがッ!気付いてねぇのか! などと考えるドラケンの中の火威だが、サイサリスの操縦者はモビルスーツを操縦出来るのが不思議な帝国の将兵だ。当然外の異常に気付ける筈も無い。

帝都上空に来たサイサリスは機体背部の右肩に設けられた基部から、シールド裏に設置されたバレル部分をドッキングさせて帝都に照準を向ける。

「なんだと!?」

サイサリスの核弾頭は戦術核という触れ込みだが、その実戦略核レベルの破壊力を持っている。そんな物が帝都に放たれたら特地の大地に大穴が空き、向う数百年生き物が住めない放射能が撒き散らかされる事となる。

だが、どういうお約束だか知らないが、操縦者はゾルザルめいた声で言ってくれた。

『ウラ・ビアンカよ! 俺は帰ってきた!』

その時、黄色の影がドラケンやサイサリスよりも高い場所に来た。放たれた浴びせ蹴りはサイサリスは勿論、鎖で繋がれたドラケンごと大地に叩きつける。

強かに地面に叩きつけられると普通の機動兵器なら爆発・飛散だが、龍玉よろしくサイサリスもドラケンもそれでバウンドしてしまった。

そこを金色の影……金ザクが高トルクパックでも装備しているかのような速さで追い討ちし、豪雨のような鉄拳を見舞う。一撃でも当てれば()()ごと戦闘不能にさせる拳だが、それを無数み見舞う事で倒れさせない。

「ザ、ザクの……神様…じゃまいか……」

サイサリスと一緒に大地をバウンドして伸びるてしまった火威が見たのは、鉄拳の嵐に巻き込まれて次第に浮かび上がるサイサリスだ。

そしてそれを成す金ザクは、ザクの神様というよりザクの鬼神様であった。右の(かいな)が一際力を入れてサイサリスを打ち上げると、金ザクも跳び上がる。

そして○め○め波と似た技を練った。

何が似てるかって言うと、天然自然の中からエネルギーを得るという設定とか、概念とかが。

ザクの神様ってイデ○ンガン使えたっけ? そんな火威の思考を余所に、栗林の駆る金ザクが放った石○天○拳は二号機は疎か、テルタに座す悪魔ンダムも消し飛ばしたのである。

 

 

*  *                               *  *

 

 

「本当にすまないと思っている」

という夢を見たんだよ、に続く言葉はジゼルへの謝罪だった。

「オレは?」とジゼルに聞かれる事を予想でもしていたらしい。

夕飯の食堂で最初は出蔵にのみ話していたが、そこにジゼルが来て暫しの間一緒に話しを来ていたのだ。

「まぁほら、今はジゼル猊下がヒロインの回だし、アルヌスに居たんじゃないですかね」

「火威先輩、メタい。メタいよ」

ジゼルの頭には当然のようにクエスチョンが現れる、が、元が細かい事を余り気にしない女だ。今の話しを聞いて疑問に思ったことは直ぐに聞いてくる。

「ニホンにはそんな鉄の巨人がいるのに、こっち(ファルマート)には連れてきて無いのか?」

「いや、居ないッスよ。今のところ作ってもないです」

「なんだよそれ」

些か残念そうな口ぶりのジゼルの声を聞きながら出蔵は思う。

この先輩、相当やばいな。早く何とかしないと、日本と再開通したら真っ先に精神精神病院とか然るべき施設に連れて行かないと。

そう心に強く思いながらも、次の日の同じ時間には隊の各種仕事に忙殺されて忘れてしまう出蔵である。




本気でモビルスーツ戦する気無しなので、戦闘は思いっきり適当です。
真面目にMS戦闘するのは、何時かまた別に書きます。気が向けば。
そしてブルーレイやDVDも残すところ後1巻になりました。
二期というか、第三、第四クールのお知らせは未だなんでしょうかッ!?

ところでジム改とジムカスタムってなんで同じ機体じゃないんですかね?


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第三話 日中飛躍

ドーモ、庵パンです。
結構暑くなってきたので、いよいよ投稿が遅れてくるかも知れません。
それはそうとブレスクがサービス停止って……
3クール目は無しってことすか!?

ど、どうなんでしょう……
もう劇場版でも良いので続きやってもらいたいものです……。

ついでにタイトルの四文字熟語は捏造です。


異世界から来たジエイタイが宿を発ってから四ヶ月。

ロマの森の端に造られたニンジャオンセン郷は、元々この地に湧き出ていた温水と、そこで供される果汁入りの冷えた畜乳とフォル球と呼ばれる武道で人を集め、活気に満ちていた。

サリメルもミリッタの神官なので春を売るのを生業としているのだが、それは専ら宿から離れた森の中の新たに神殿とした小さい小屋の中で行われている。

宿の最高経営者でもあるサリメルは、自身の身体を高い金で売っていて宿の収益を大幅に増額させているのだが、それでも不満はあった。

自身の眷属とした火威や栗林を、みすみすアルヌスへ帰してしまった事である。

子供なら暫く経てば落ち着く麻疹のようなものと放っておくことも出来るが、ジエイタイが帰ってから四ヶ月も経つというのに、今もその時の事を引きずってる。

「フェトラン酒茶を呑ませてもう少しだったのに」

だとか

「くっ、飛龍の邪魔さえなければ」

などと時折ほざくサリメルに、ルフレたるテューレは親切めいたアドバイスをする。

「恐らく、サリメル様が女性である事を前面に出し過ぎたのでは?」

ルフレはサリメルの色気で迫り誰にでも股を開く態度が嫌遠されたのだと指摘する。

「にぁ!?ど、どうすれば良かったんじゃっ?」

「サリメル様はミリッタの神官ですから、神殿までサリメル様を求めに来た者以外には寝屋を共にしなければ良いのではないでしょうか」

「そ、そうか。確かに絵草子を見てもニホンの男は妻を一人しか取っておらんな」

「ですからヒオドシ様の御心を得る為にも、サリメル様御自身からは男を誘うことはせず、客として来る者のみにすれば良いかと」

「うむ、そうじゃな」

サリメルは言うが、その言葉を信じる材料はルフレには無い。心許ない言葉を信用するより、ルフレはもう一押ししてみた。

「サリメル様、でしたら御自分に呪いを掛けてはどうでしょう? サリメル様から男を誘った時にのみ行使されるものを」

「ぅ……そ、そじゃな。これも全てハンゾウのため……」

流石に半ば男絶ちするのは精神に()()ものがあるのか、少し呻きながらもルフレの案を受け入れた。

こうしてウ゛ォーリアバニーの女王の機転によって、ロマの森のニンジャオンセン郷の平和は、取り敢えず守られた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ナッシダと呼ばれる特地版七五三がアルヌスで行われるという話しは、隊の士気に関わるレクリエーション係と言って良い火威の耳にも入って来た。

それに伴って、『日本と特地の文化比較展示』という事で富田とボーゼスの結婚式も行うという話しも、勿論火威が耳にすることだ。

「そういや籍入れてなかったんだな」

ボーゼスが富田と子を成したという事を知ったのは、内戦が起こる前の翡翠宮での事だ。

酸味を欲しがるボーゼスに、従卒の少女だったかヴィフィータだったかは忘れたが、何と無しに指摘ところボーゼスが半ば認めたのである。今思い出しただけでも感慨深い。

そう考えれば妊娠したまま内戦を乗り切り、つい二ヶ月前に子供を産んだボーゼスは凄い女性だと思う。

元々そこいらの女性よりは強いのだろうが、今では更に母は強しという言葉を体言したような女性だ。

「しっかしディアボも困ったモンですねェ」

ロゥリィに剣技の稽古……そして格闘時の体捌(たいさば)きの訓練を終えた火威が、その足でアルヌスの食堂に向かう。

今日から少し前、解りやすい野心家のディアボはロゥリィら三人娘(&ヤオ)と伊丹やロゥリィの神殿に奉る為に来たエムロイの神官の三人と、式を挙げる本人であるボーゼスが居る席で、ナッシダとそれに伴って行われる結婚式と特地派遣隊隊総手で行われる祭の問題を指したのだ。

火威自身、近所の公園の祭くらいに考えていたが、ロゥリィが今現在地上に居る全ての亜神を呼ぼうとしている事に対して、それに伴って発生するであろう費用と押し寄せる人間の数をボーゼス達に言い聞かせたのだ。

それは一組の夫婦には捌き切れるものではなかった。他人の手を借りるにしても常識を持った人間なら躊躇うし、遠慮して避けようと考える。

ディアボはその万難を排して式を成功させようと考えたのだろうが、極めて困難な自体を知ったボーゼスがすっかりやる気を無くしてしまった。

「どうせ困難な式とかを成功させて、今以上の発言権を得ようとか考えてたんでしょうが……」

言いながら、火威はロゥリィの前で夕飯を食う。火威達がロマの森に行ってる間に来たエムロイの神官は三人。火威が見たところ全員女性で二人はヒトだ。そして一人は褐色肌のメーラ種だった。

そのメーラ種女性の視線を感じるようになったのは、ロゥリィに剣技の稽古を受けるようになってからだ。

死神ロゥリィなどと呼ばれる聖下に剣技の稽古を願い出る火威に、恋愛的な意味の熱視線を送って来ているのかと思ったが、違った。ただの殺気だった。

「迂闊だった……。呪いは侮れないわねぇ」

以前までは見えない物は忍者を含めて余り信じない火威だが、特地に来てからは霊魂もあの世も信じるようになった。なにせ、たった今神様と一緒に夕飯を食べてるところだ。

「伊丹二尉ならなんとかしてくれるんじゃないっすかねェ」

最近になって火威も伊丹耀司の人となりが判ってきた。

曰く、高い能力を持ったオタクっぽい上官。そう思い始めたのは戦争時にタンスカから脱出する際に若干予感したのが最初だが、ピニャのゲイ術鍛錬の成果を伊丹に届けるようになってから確信に変わった。

銀座に異世界の軍勢が出現して、偶然近くに居合わせた伊丹二尉が多くの国民の命を救い、二重橋の英雄と呼ばれるようになったのも、同人誌即売会に来てた為だと半ば確信を得られたのである。

偶然居合わせたのは火威も同じであって、こちらも銀座事件で大いに働きはしたが受け取ることが出来たのは五百円だけである。

つまり、伊丹耀司は有能。だから「伊丹なら……伊丹ならきっとなんとかしてくれる!」と思うだ。

それにナッシダと自衛隊祭にボーゼスの結婚式が行われれば、前々から計画し開催日の選定に悩んでいた薔薇騎士団と神子田ら自衛官との合コンを後夜祭にでも出来るのだ。だから火威は、ちょうど良い具合に渡りに船と、自身の任務の都合的にも是非行って欲しいと思うのだ。

「ずいぶんとヨウジィを買ってるのねぇ」

「ちゃっかり手柄立ててるみたいに言われてますけど、実際に二尉の業績は凄いですからね」

その二尉とはピニャのゲイ術の成果を届ける任務が出来てから良く話すようになり、タンスカから脱出するヘリの中での事を話すと、大いに笑われ、「()()()」と思ってた誤解が解けたのだ。

それから少しして、火威は自身の家でヒヨコを飼うようになったのだが……。

まさか異世界に隔離された特地派遣隊で、第一空挺団の選定に関わるような事をする筈が無いと、火威は平静でいれるよう努める。

「あらぁウォルフ、今日はお疲れさまぁ」

ロゥリィが見つけたのは傭兵仲間と夕飯を食べに来たワーウルフの傭兵、ウォルフだ。彼は今日の夕刻、アルヌスの街で開かれた剣技大会の準決勝に出ていたのである。

数週間前からアルヌスでは剣技大会なるものが開かれていた。

表向きでは日本に帰れなくなった自衛隊員のフラストレーションを、良い方向に解消させるためにウレタン棒やらウレタン銃剣やらウレタンソードを使った催しだが、実は勝負を賭けの対象にしていたりする代物である。

そして、この催しを始めたのも賭けの胴元もアルヌス州民自治会……ディアボが代表を務める組織である。

だが自衛官の欲求を解消させるという名目であるから、勝負は何時も終業ラッパ以降に毎日2~3試合……決勝トーナメントでも自衛官が残った場合は中三日空けての試合である。

そして本日夕刻、中三日空けての試合が行われたのだ。

「ども、聖下。それにヒオドシの旦那。旦那が言った通り下手なことしてたら“くっころ”でしたよ」

「そだろ。真面目に相手して勝てたら奇跡の猛者が相手だ。妙な悪戯でもしたら確実に“くっころ”か半“くっころ”だ」

彼らの言う“くっころ”とは、薄い本やサブカルチャーなどで女騎士が敵に捕まった時の台詞ではない。

“栗林”に“殺される”を略した言葉である。

そう、ウォルフは準決勝で栗林を相手に試合したのである。

まさかウレタン製の剣や銃剣を使って試合相手を殺せる筈もないし、相手を殺そうと思って試合する者も居ないが、栗林の試合相手になった者は、その気迫やら気魄、そして試合開始後の膂力を見せつけられ、口々に「クリバヤシに殺されるかと思った」と語ったと言う。

実際、勝負に託けて栗林の爆乳に無礼を働いた者は回し蹴りを喰らって、しばらくの間、()()()()再起不能にされていた。

剣技大会のお陰で日々ツヤテカしている栗林だが、確実に嫁の貰い手は減っている。

そのことが解らない栗林では無いだろうから、彼女の眼鏡に叶う男が現れなければ一生独身でも良いとか思っているのかも知れない。

よもや、未だに富田に横恋慕しているとでも言うのか……。

そうなると、かなりの重症である。だがそんな重症である事態が頭を過ぎるが、火威は頭を振って振り払おうとする。

「?」

「どしたんスか?」

「いや、ちょっとイレギュラーなことが頭を過ぎってな……」

「いれぎゅらあ? それよりヒオドシィ、三日後はちゃんと戦えるんでしょうねぇ?」

「イェア、問題ないっすよ。でもお突き合いの前哨戦ですからね。なるべく長く試合して相手の手の内を見ておこうとも考えてます」

ロゥリィは相手が想い人だからと言って剣が鈍ることの無いよう注意したが、火威はその心配は無用だと答える。

「まぁ勝てるかどうかは解らないんですけど……」

そんな火威の告解を聞き、ロゥリィは少し呆れたような声を出した。

「余り不様に立ち回った挙句に負けると、お突き合いそのものも受けて貰えなくななるかも知れないからぁ。シンヘイキどころかでは無くなる事を良く理解しておいてぇ」

「そ、それは勿論。肝に銘じておきます」

ロゥリィの言ったシンヘイキが何を意味するのか、ウォルフには解らないままその夜は更けていった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

次の日の朝方、アルヌスの丘の頂上にほど近く、アルヌス全域を一望できる駐屯地本部の屋上に火威が来ていた。

これからやる事に何の意味があるのか解らないが、準備運動を済ませてから兜跋を着込み背嚢を背負う。

「さて、んじゃやりますが」

一人ごち言ってから、火威は詠唱しはじめて法理を開く。レレイやカトーほど慣れた者なら火威ほど構えて詠唱する必要も無いのだろうが、触媒を使わない魔導展開が初心者レベルの火威には無理な話しだ。

法理を開豁した火威は、高次元から引き出した虚理を己の装備に掛けて空に浮き上がった。

触媒である鉱物の消耗を抑えるため、エルベ藩国で無肢竜相手に戦った時は訓練も出来ずに地面を滑る程度しか出来なかったが、今では地上20mの高さまで浮かび上がり、移動出来るよになった。

兜跋の兜まで装備したのは、目の上に傷がある禿頭のオッサンが飛来してくるのは火威自身が考えても恐怖でしか無いからだ。

そして二階建て、地上7mの駐屯地本部の屋上から飛び上がった火威は、特地の多くの建物よりも高い位置にいる。

課業後の新兵器作成や、ロゥリィとの剣技の稽古の時間を魔導の訓練に充てれば、更に精進するかも知れない。

「フッ、俺ももうすっかり○空術をマスターしてしまったな」

火威は言うが、歴とした魔法であって鶴○流の技ではない。そしてこの魔法を使い、火威は以前にベルナーゴの神殿都市まで鉱物魔法の触媒を買いに行った事がある。

ベルナーゴの神殿で祀られている神のハーディは地下を領域とする神である、その神殿前の多くの店では土産物として他の地域よりも安く鉱物を売っている。そこで火威は朱尖晶という宝石とネモジムという鉱石を幾つか購入したのである。

コンパスと地図を見て、帝都の方角を確認してから猛スピードで空を駆ける。

封土制に従い、フォルマル伯領のイタリカから薔薇騎士団の人員は全員が姿を消して帝都に居る。だから直接帝都まで飛んで行けばよい。途中でちょっとした山脈があるが、現在の火威の位置より高い山があれば走っても良いし、出蔵曰く「熱核ホバー」の魔法で移動しても良い。

閉門前なら空にも空自の戦闘機やヘリなどが飛んでいるのだろうが、今は火威だけの空である。よそ見運転ならぬ、よそ見飛行を気にする必要は無い。

「やっぱ特地にはThinkerだな」

今は懐かしきオークの恐怖に怯え、脱柵した時の事を考えて以前に購入しておいた風力発電機で充電したiP○Dの曲を流す。

すると高次元とリンクした成果を得た火威の耳に、鋼鉄の巨人とリンクした者達の世界が舞台のゲーム音楽が流れた。

音楽を聞きながらも、時速100km程の速さで進む視界の先を注視する。空自の機体やヘリは居なくても野鳥が飛んでくることがあるからだ。

ちなみにこの風力発電機、日本に帰還した施設科の隊員がアルヌス駐屯地の各施設に残して行っている。

一機一機は火威が個人で使う物よりも遥に発電効率が良いが、組織で使うとどうしても発電量が足らず、余り性能を発揮できないでいる。

「アイムシンカ、トゥー、トゥー、トゥー……」

衣嚢な怪物の鳴き声などでなく、火威が聞く曲の歌詞の鼻唄である。

結婚式の話はお流れになり、ナッシダも略式なるかも知れないが自衛隊祭りだけはやって貰わなければならない。

それが火威が、わざわざ往復12時間以上掛けて帝都まで行く理由の一つでもあるのだから。




30日が漫画の更新日でしたが、10巻の発売は何時になるんでしょうねぇ。
やはり12月とかでしょうか。
その頃には魔導自衛官も外伝Ⅲに入っていると思いますが、結構漫画からのネタも頂いてるので、早く読みたいものです。

まぁ……アレです。何が言いたいのかってーと……。
新しいネタがあったらその辺り書き直すかもしr(ry

取り敢えず総撃編と冥門編やってくれよ、と。


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第四話 ケモナー冥利

ドーモ、庵パンです。
遅れるみたいなこと言って遅れませんでした。
それはさておき、ゲートのセカンドシーズンで仮にミリッタの使徒が出て来て
エロフじゃなくても怒らないで下さい。絶対にエロフじゃないんで。

そして栗林ヒロインの投稿が増えて嬉しい限り。何を隠そう、庵パンめも栗派です。
当小説の栗林は(漫画版で)三発でゾルザルを半殺しにした栗林を80%強化したゴリ林であります。
いや、原作の栗林も本気出したら何処まで強いか解りませんが……。


陽が西に傾いたアルヌスの丘の中腹。

倉田や出蔵、その他大勢の自衛官とジゼルが見てる前で新兵器らしいパイプの口を空に向ける。

放たれた光弾は空中で爆発し、空に大きな火花を咲かせてアルヌスに轟音を轟かせた。

「おぉ、凄っげ。リアルガンダルフだ」

某指輪物語の登場人物を引き合いにして倉田が火威を賞賛する。

「いや待て、灰色のガンダルフは発射機なんて使ってないだろ」

日本語で話してたのが災いとなったのか、それを聞いていたジゼルが言う。

「ハゲ色のがーだるふ?」

「…………猊下、そういうイジメは堪忍してつかぁさい」

ジゼルは神殿の向かえに火威の忍者屋敷が建ち、火威本人が官舎から引越して来てから、火威に対するアプローチの方法を変わって来ていた。今のように気軽に話し掛けれたのは、日本語の意味が解らなかったからだ。

火威が懸想している相手の事も火威を逐一見ていれば判るし、その相手の武勇伝や剣技大会での戦いぶりを見ても、その資格があると納得せざるを得ない……と、思ってしまうのは彼女の之までの人生で「強さ」というものが、濁流の如く人々を翻弄してきたからだ。

そして火威もその女も、ちょっとした濁流には流されない強さを持っている。そればかりか逆流しかねない。

そんな火威と閨を共にする妄想は、食堂での仕事のちょっとした所作が切っ掛けだった。

一瞬悦に浸れたジゼルだが、改めて考えて見ると非常に気拙い。だが淫靡な妄想の誘惑は魔薬のようにジゼルの心にちょくちょく顔を出して、完全に消え去ってくれない。

そんな妄想の直後に、知り合いに会うと言いようの無い気拙さが漂うし、ロゥリィや火威本人に会うと逃げ出してしまいたくなる。

以前、出蔵が言ってた言葉をアテにすれば、もし火威が懸想してる相手と結ばれても、ニホンでは火威の身分だと難しいがファルマートでは事実婚出来るらしい。

だが問題は相手の女が事実婚を認めるかどうかだし、火威という男も義理堅かったり堅物なところがある。

火威と逢瀬……などと本気で考えている訳ではないが、もし出来るとしても完全に独り身の今くらいだろう。

「つーか、コレ花火用に作ったんじゃないんだけどさ」

「えー……んじゃ何用ですよ?」

当然の疑問なのだが、火威的には細かいことに食いつく出蔵に、火威は少しばかり躊躇った。まさか以前夢に見た対モビルスーツ用とは言えない。

「あ、これね、対巨大ゴーレム用。カトー先生が若い頃にロンデルに出現して大変だったんだって。あと対古代龍にも使える」

「花火でドラゴン倒すんスか?」

聞いてきたのは倉田だ。倉田達が囲む筒状の代物は、日本の工事現場に行けば見れそうなパイプで一見するととても武器には見えない。

このパイプは、帝国領の鍛冶屋で真金代わりにした石の柱に細かい鉄を貼り付け、何度も鍛えて拵えた代物である。

作業したのは火威一人だから情報漏洩の心配も無く、魔導を大いに利用して作った一品である。ちなみに細く細かい金属の存在は、内戦の最後にテルタに行くヘリ部隊にゾルザル派帝国軍の翼竜部隊が使用した鉄製の網があるから、その程度の鍛鉄能力がこの世界にあることは明らかになっている。

「だから花火じゃねぇって。74式と同じ105mm弾を装填出来る口径あるだろ? 実戦で使う時はアレくらいの大きさの弾を使うんだよ」

「ちょっ、どうやって撃つんすか?」

出蔵が聞くと、火威は事も無げに答えた。

「とある精霊魔魔学の超電磁砲(レールガン)として」

これを聞き、自衛官達は武器密造の罪にならないのかと心配になった。だが火威に言わせれば、「武器等製造法」で処罰されるのは信管用いたもので、作ったのは帝国領内で、主が暫し遠出して空ける鍛冶屋を借りたのだと言う。

そして何より、とても武器には見えないし、武器として使えるのも超電磁砲の原理を知り精霊魔法が使える火威だけである。

「本当は神鉄で出来た砲弾とかが良いんだけどねぇ……。今のところ雷球しか撃てねぇや」

「“ななよんしき”の弾使うんじゃなかったのかよ?」

聞いて来たのはジゼルだ。火威は不死身の亜神と違うので言わねばならない。

「発射する時の燃焼ガスで真っ先に俺がやられてしまいますよ」

それを聞いて出蔵も倉田も合点が行ったように頷く。超電磁砲にする発射機はただの筒でしかないのだ。

「しかし火威三尉も普通の課業の他、帝都に行ったり武器(仮)作ったりロゥリィに剣術学んだり忙しいスね。息抜きしてる間が無いっしょ?」

倉田に指摘され、火威は気付く。

帝都に行くまでの時間は魔法を使うが、長時間に渡って魔法を使い続ける事など以前なら余暇を使って半ば自分の趣味としてやっていたことだ。

武器を作るのも火威自身が必要だと思ったから、日本の法律が及ばない帝都で材料を集めて兜跋のアマコアめいたオプションパーツを作ったに過ぎない。

ロゥリィに剣技を学んでるのは、お突き合いで栗林に勝つ為という動機で始めたことだ。

つまり、火威は何一つ仕事してない。

勿論、薔薇騎士団合の女性達から合コンの参加者を集める為の努力の他、ピニャから受け取るゲイ術以外の書信、例えば狭間や上級士官に届けるべき報告書を届けるのは仕事だが、一人で二つも三つも仕事をする隊員が居るのに比べたらサボってるも同然である。

「そうかなぁ。余り仕事してる気がしないんだが……」

「そりゃ先輩が体力徽章付きの冬技戦だからそう思うんじゃないすか?」

この話しを続けていると、火威の仕事してない感が露骨になりそうな気がしたので強引に話題を変える事にした。

「そだ。帝都で合コンの下準備してたらな、面白い人に会ったよ。出蔵は知らないだろうけど悪所の鴉系ハーピィーで要領の悪いハズキっていう娼婦が居たろ?」

その言葉に、倉田は帝都の悪所事務所に居た時の事を思い出した。

 

 

*  *                               *  *

 

彼、カトリ・エル・フォートが主戦派を排した帝国元老議員に列っせられたのは、弱小貴族の彼が亜人愛好家だったことが由来する。

元々亜人の女性には興味を持っていた彼だが、数年前に思い切って悪所の亜人娼婦と閨を共にした時の心地好さが彼のケモナーとしての信念を確固たるものにした。

以来、弱小貴族ながら時を見て暇を見て、身分を隠して悪所に通い詰めた。

中でもお気に入りは、彼の細腕でも抱き上げることが出来るハーピィー種だ。中でも比較的体重のある猛禽系のハーピィーや、蓮っ葉な物言いながらも閨では可愛い子猫ちゃんと化すハズキと言う黒い羽毛のハーピィーだ。

彼女の羽が朝日に透けた時に見えた高貴な紫色が、カトリには美しいと思えた。そしてカトリのケモナー嗜好は更に加速する。

だが彼も弱小とは言え、家臣も使用人も小さな荘園を持つ貴族である。ある時、ハズキに客として予約し、先に逢瀬する宿にもハズキと言う名のハーピィーが来る事を伝えておいていたのだが、思わぬ……というか、帝国貴族なら当然ともいうべき所から横槍が入った。

ハズキが待っている宿に行こうとしたところ、暫く彼の動向を見ていた古い家臣から止められて半ば強制的に荘園に留め置かれたのである。

先代からの家臣はカトリの代でも精力的にフォート家に仕え、そして的確に時節を読む。

だからカトリには彼の不興を買うよなことは出来ず、荘園に引き込んでるしかなかった。

信用出来る使用人に謝罪の手紙を持たせ、娼婦達が集まるサロンに行かせたが、ハズキは空腹で倒れていたという話しを後に聞いている。

ゾルザルが政権を掌握した時もカトリは自身の荘園内に居て、帝権擁護委員から目を付けられる事がなかったのは、帝国軍と連合諸王国軍がアルヌスでの大敗し、早々に講話派に組したフォート家には幸いした事だろう。

そしてゾルザルがテルタに遷都しようと勢力を率いて移動した時、カトリの動きは速かった。

少ない私兵を引き連れ帝都に忍び込み、以前より交遊の有った亜人の手を借りて帝都を制圧したのである。

本当は帝都に残る身内や悪所の娼婦を心配しての行動で、戦闘も皆無であったが、この事がモルトからの評価を得る事に繋がった。

そしてイタリカで正統帝国政府が立ち上がり、カトリもイタリカに喚ばれた時に自身の考えが間違いではなかった事が証明される。

「全くケモっ娘は最高だぜェ!」

そんなケモナー自衛官みたいな事を考えたかどうかは知らないが、内戦でピニャ殿下が勝利すれば亜人の地位も帝国内で格段に上がる事が予想された。

そして内戦が終わりカトリの予想通りに最近では亜人の貴族までいるし、ハズキをフォート家の使用人として雇い入れても表向きでは変な目で見られないようになった。

そのカトリは今、皇城内にいる。

彼には内戦の決勝の場となったフォルマル領で、古代龍の如き働き振りでゾルザル派帝国軍に多大な出血を強い、 ハリョの刺客部隊を全滅させたヒオドシと言う男をジエイタイから引き抜く任務をモルトから与えらるてる。

というか、カトリがそのようにモルトに示唆したのだ。

「いや、フォートさん、そりゃちょっと無理かなぁ」

ところが初っ端から勧誘は失敗した。

カトリの勧誘の文句がストレート過ぎたのだ。

「ざ、残念です……ヒオドシ卿には是非とも帝都で共に働きたかったのですが」

「まぁ、私は日本の陛下に仕えてますからねェ」

心の底で諦めず、カトリは社交辞令に載せて相手の所属欲を擽ってみたが、既に仕えてる人物がいるなら仕方ない。

火威としても多額の報奨金を貰っていながら不義理を感じるが、自身の力の影響力は理解してるし隊には好きな女が居る。

「って、準男爵って帝国では貴族なんですか?」

「いえ、ヒオドシ卿は我が国にとっても多大な功績を積んでおられますから、貴族の称号の何れかを受けて頂こうかと」

「えー、貰っても何も出ないっすよ」

短い返しの言葉は素に戻っていたが、これが火威の本音である。

「まぁ月に五万スワニのお給金と牛みたいな乳と誰もが羨む美貌の種付け用女奴隷が頂けたら考えちゃうかも知んないっすけど」

「ヒィッ……!」

カトリを怯えさせたのは牛みたいな乳と美貌の種付け用女奴隷では無い。悪所でそんな感じのミノ姉ちゃんが居たから心当たりは多いにあるのだ。

意思の強そうな瞳の彼女に子作り専門の奴隷になってくれなんて言ったら殴られそうだが、普通に知り合っていけば可能性が無い訳では無い。

問題は月に五万スワニの給金だ。実際にそれだけの給与を支払ってたら帝国の財政は直ぐに傾くし、その金で私兵などの軍備でも揃えられたら帝国と反比例して近場に強固な国家が出来上がってしまう。

「まぁ日本としても隊としても、今更ファルマートで戦国乱世ってのは御免ですからね。帝国を脅かすような事があれば呼ばれますよ」

 

 

*  *                               *  *

 

 

「っていう事が今日帝都に行ったら有ってさ」

「いやいやちょっと、合コンの参加者募集はっ?」

倉田にもアルヌスでの男性参加者を集めて貰っているので、火威がちゃんと仕事してくれないと困る。

「あ、それは大丈夫。最初は騎士団の娘さん方の警戒心を解くのに少々手間取ったけど、ピニャさんが協力してくれたよ」

「手間取ったって一体何を……」

出蔵や倉田の疑問に、火威は親指を曲げた片手にもう片手を沿え、我が日本の超技術と称して種がバレバレの人体切断マジックを披露したのである。

「げェー、ただのウザいオッサンじゃないっすか」

「せやろか」

従卒の少女には好評の一発芸だったが、女性騎士には余り受けが良くなかった。

だがピニャのゲイ術の結果と、それに対する感想を求められる内に女性騎士の火威に対する心証は良くなって行った。

「え、何で絵の感想言うだけで……?」

「三尉、なんか上手いこと言って株上げたんじゃないっすかぁ?」

「違っげェーよ。それは、まぁ良く解らん」

とは言うものの、画伯レベルの801系イラストを見せつけられて、表情一つ変えずに感想を言えたことが原因だと理解していた。

アレを見た者はつい噴き出して笑ってしまうか、退いてしまうものだ。だが事前に心構えを持った火威は眉一つ動かさない鋼のような精神力で試練に挑めたのである。

そして理解したことは、彼女達が精神的に成熟した大人の男を好むことだ。これは神子田に伝えるべき情報である。

「っつーかヒオドシよぉ、そろそろ決勝の時間じゃねぇのか?」

課業後に火威達複数の自衛官とジゼルは新兵器と花火ののテストと言うことで、アルヌスの中腹に向かったのだ。そして今日は剣技大会の決勝戦がある。

既に陽が西に傾き、そろそろ決勝戦が行われる時間であることを会話に没頭しているように見える火威に伝えたのだ。

「あ、そっすね。そんじゃ行ってきましょうか」

健闘を祈願する言葉はジゼルからは出ない。もし火威が勝つと、彼が更に遠くへ行ってしまいそうな気がするからだ。

火威は丘を駆け上がり、試合が行われる練武館に向かう。

 

 

*  *                               *  *

 

 

試合が終わり、陽が沈んだアルヌスの街で火威は茫然とした不安を抱いて佇んでいる。

近くには火威の剣術の師事をしたロゥリィも居て、彼女も試合結果に疑問が残るのか、眉間にしわを寄せて考え込むようにしていた。

「何故、火威殿が勝てたのか……」

ヤオの口から零れるように言われたのが事実である。

「栗林の眷属がどっかでダメージを受けてたとか?」

少しばかり茶化すように言ったのは伊丹だが、その言葉の通りに今日の栗林は試合相手の火威にも、ロゥリィの目にも動きが悪く見えた。

そして、そのことについて伊丹には心当たりがある。

「ギリギリで負けるつもりだったのに、何なんだろ……コレ」

火威には、栗林の実力低下が何かの凶事の前触れのように感じられた。




また猊下が目立ってません……。
でも次回はジゼル回の予定なので、猊下メインの筈です。
っていうかエロいです。
魔神英雄伝風に言うと面白エロぜ! っていうヤツです。
まぁ実際面白いかは解らないですけど。

そんなワケで感想や疑問質問、誤字脱字等有れば、お教え頂けると幸いです!


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第五話 鬼人と乙女

ドーモ、庵パンです。
やけに早く五話が完成したので投稿です。
今回はジゼル回の筈ですが、
妙に栗林が目立ちます。

そしてエロ予告していましたが
余りエロい気がしません。
基本ギャグだからか……。
まぁ15禁に抑えてるのが最大の原因だと思いますが……。
いや、でもきっとエロく出来たハズ。

ちなみに伊丹達のセリフは原作まんまの筈です。
おかげで長くなっちゃったぜ。


深夜。

街頭も無いアルヌスの街だと、月も出なければ真っ暗闇で足元どころか一寸先も見えなくなる。

だから屋台や食堂が建ち並ぶ地域を出ると、人々はランプを手に提げて足元を照らすしかない。

だが、そんな人々の賑わいから離れた闇の中を動く小さな灯りが二つ。

一つはテュカが精霊を使役して作った暖色系の光。

一つはレレイが掲げる杖から発せられる青白い冷色系の光。

伊丹はレレイが掲げる光の元に居た。

「おい倉田、そっちじゃない」

「おっとっと、ついいつもの調子でつい玄関に足が向いちゃいました」

すると重い荷物を持って方向転換した倉田が足を踏み外し、排水溝に落ちそうになってしまう。

だが夜目の効くペルシアが素早く手を伸ばして倉田を抱き止めた。

「大丈夫かニャ?」

「あ、ありがとうペルシア。助かったよ」

「頼むから静かにしてくれよ、二人とも。煩くすると気取られちまうからさ」

火威はテュカの作った暖色系の光に着いて、伊丹達の後を追う。

彼等は富田とボーゼスが住む『黄薔薇屋敷』の庭に忍び込もうとしていた。

火威も光の精霊を使役して灯りを点けることができるのだが、彼がやると妙に大きな光球が出来てしまうので点けずにいる。この辺り、更なる精進が必要だろう。

富田がボーゼスに結婚式をプロポーズすることで自衛隊祭……改め、大祭典は開かれる。

富田にそのことを伝えたのは伊丹だ。今はちゃんと富田がボーゼスにプロポーズするかを確かめに、特地に残った第三偵察隊の面々とヤオ含む三人娘、そしてフォルマル家のメイドのペルシアと火威が闇の中で行動を共にしていたのである。

栗林は、この事を考えて、剣技大会では普段通りの実力が出なかったのかも知れない。というか、他に考えられない。

伊丹達は、屋敷の裏手に向かいつつあったが、しばらくすると振り返る。

「おい、レレイ、テュカ、ここで消灯。これ以上近付くと見られちまうからな」

二人が呪文を唱えると暗くなり、夜目が効くヤオ、テュカ、ペルシア以外は足元もおぼつかなくなるが、代わりに夜間暗視鏡が用意されていた。

伊丹達自衛官、そしてロゥリィやレレイは鉄帽を被ると暗視鏡を眼前に引き寄せる。

剣技大会の決勝の時、栗林が心此処に非ずの状態だった。なら繰り出された彼女の剣戟は中身の無い物だ。後日お突き合いするとしたら、何の参考も無い状態で挑まなければならない。

それは、火威にとって未知の領域である。

実際にはそんな事は無いのだが、今までロゥリィに付けて貰った稽古が無駄になった気がした。

そうしてる間にも、灯りのついている角部屋に気取られない可能な限り近付き、パラボラ型の集音マイクを向けた。

倉田も荷物から三脚を取り出してカメラを据える。

それらにコード類が付けられる様子をテュカ達は見守っていた。

イヤホンが伸ばされるが人数分は無い。

火威はロゥリィから大祭典が開かれるか否かの分嶺点を確認するかを聞かれ、ついて来ただけだから結果が知れれば良いのである。だからイヤホンは遠慮したが、他にもイヤホンが必要な者はいるので伊丹は音量を小さく流してくれた。

倉田がカメラの画面を開くと部屋の中の様子が解る。

「覗きなんて、趣味が悪い」

「嫌ならついて来なければよかったニャ」

栗林がポツリと零すとペルシアが率直な反論を返す。

「だって……」

と言葉を濁す栗林を見て、火威は剣技大会で勝った直後の予感を再び感じた。

音声の調子を伺う倉田に、マイクの角度を色々と調整していた伊丹がOKを出す。

スイッチを入れると執事の布擦れやメイドがお茶を淹れる時の陶器がぶつかり合う音まで聞こえてきた。

「盗み聞き……」

「なら、聞かなければ良いニャ」

ペルシアはニヤけてゴロゴロと喉を鳴らす。

この人マジ猫だ、と火威は思ったとか思わなかったとか。

戦わせればとても勇敢なのに、男のことになると煮え切らなくなってしまう栗林の様子が、ペルシアには可笑しくて仕方ないのだろう。

ここに来るまでに、火威はペルシアやテュカから聞いていた。

栗林が未だに富田へ横恋募しているというのだ。それは今の様子を見て理解する事が出来る。だが子供が出来たと言うのに、未だに横恋募しているというのだから重症だ。

火威が今までに予想した最悪の事態と言って良い。

「トミタがボーゼス様にプロポーズするのを目の当たりにすれば、クリバヤシも諦めがつく筈だニャ。そうしたらすぐ別の男をあてがったほうが良いニャ」

そうすると立候補したくなる火威だが、想像以上に重そうな栗林に若干ながら気後れする。

特殊作戦群の猛者ですらお突き合いに勝てなかった相手だ。

栗林さん、理想高過ぎ。

「だけど、ほうっておくと泥沼化する恐れがあるニャ」

「泥沼化って……!」

その時、伊丹が口の前に人差し指を立てて静かにするよう注意が走る。

執事とメイド、そして子守メイドが赤ん坊を抱いて、ドアの前に並んでいる。

そして一礼すると、部屋から出て行こうとしいた。

扉か閉じて、シンとしてから少し経つと、富田がボーゼスに『あのさ……』と話しかけ始めた。

最近の出来事など当たり障りの無い事を話している。

「見せたいってぇ、トミタがボーゼスにプロポーズするところのことぉ?」

「そ。心の挫けちゃたボーゼスさんを奮い立たせるしかないって、実行委員長からアドバイスされてな。それで富田に、ボーゼスさんにちゃんとプロポーズするよう、半日かけて説得したわけ」

火威は結婚式をやらないでも自衛隊祭はやるものだと思い込んでいたが、確かにボーゼスの結婚式でもなければ騎士団の女性が来る理由が無い。神子田や出席希望の自衛官を(ぬか)喜びさせて白い目で見られるところだったと思うと冷や汗が出た。

富田はというと、『ふぅ……』と溜息をついて言葉を途切れさせていた。

小声で文句言うテュカが目の前にいたらポカリとやってしまいそうな勢いだ。

「隊長、富田さん。本当に今夜プロポーズするんですかねぇ」

ここまでやって何も無ければ道化なので、倉田はそのことを心配した。

「大丈夫だ。富田はやれば出来る子。きっとやり遂げる。手続きにこだわっていると、かえって誤解されるって言い聞かせたんだよ。実は結婚する気がないから、手続きを楯に時間稼ぎしてると思われちまうぞって」

「富田先輩がそんなことするわけないっすよ」

「分かってるさ。俺だってそう思う‥‥。けどさ、女の子って男が要所要所で意思表示してやらないと、どうでも良い、あり得ないことを考え出して不安になって来るもんなんだよ」

その言葉に火威は身につまされたような思いがした。

約一名、無自覚で同じことやっている上司がすぐ近くにいるが、火威がジゼルにしているのは、ほぼ同じことだ。

その気も無いのに神殿近くに大きな家を構えてジゼルの気を嫌が応にも引き、悪戯に彼女の心を弄んでいる。

火威にその気が無くても、他者から見ればそうなるのだ。そしてその自覚があってやっている火威の方が、余計に(たち)が悪い。

後に言われた倉田の言葉で、伊丹が離婚していたことを知った火威だが、いよいよ富田もプロポーズする直前まで来ていた。

『だから、その……俺と』

『おれと?』

『俺と、け……け、け』

『け?』

その時、プチッという音と共に一陣の影がボーゼスの屋敷に猛烈な速さで飛び込んでいく。

火威は考えるより先に理解した。

「やめろ!栗林っ。行くなーッ!」

「えっ!? 栗ボーか!?

伊丹が呆然と呟き、皆が我に返った時には既に遅かった。

薩摩武士よろしく「チェストー!」と喚声を上げながら飛び蹴りのような勢いで跳躍。夜風を招き入れる為に開けられた窓から小柄な体躯を生かしてひらりと転がり込んだのである。

「くっ、栗林! なんでお前ここに!?」

ふしゅぅぅぅぅ! か ガルルルルルルルルッ! かは解らないが、獰猛な猫科の肉食動物のような唸り声を上げる栗林。

「とみたあっ! そこから先は口にするなぁ!」

「来ましたわね、横恋慕女が」

富田に飛びつかんばかりの勢いの栗林を阻もうと、両手を開いて栗林の前に立ちはだかるボーゼス。

「いつか貴女とは戦わなくてはならない。以前からそんな予感がしていましたのよ」

「そうだ。そうなのよ。 お前さえ亡き者にすれば、あたしが……」

ホント拙いことになった。火威は剣技大会後に感じた予感が、こうも拙い形で具現化されるとは思わなかった。

世の神様を恨めしく思ったが、実際、神様は近くに居るので、もっと別の存在を恨まなくてはならない。

鋭いサーベルの切っ先を、ナイフで弾く栗林。力量差は歴然だった。

「ふ~ん。ちょっとぬるいかな」

軽くナイフを振っただけでボーゼスの連続刺突を躱す栗林に対して、ボーゼスには必至感が漂う。

「くっ……これほどの手練れだったとは」

「ふふふふふふ、勝ったらどうしてやろうかな~。その縦ロール刈っちゃおうか」

その瞬間、栗林の姿が突如消えたかと思うと風を切ったような音がした。

ベンッ! という音がしたかと思うと、潰された蛙のように栗林が壁に叩きつけられていた。

ずりずりと滑り落ちて床に倒れる。視線をずらすとを決めるロゥリィがいた。

「あ、あの、もし……聖下?」

「怪我はないわねぇ?」

「え、ええ、まぁ別に怪我はないですけど、、どうして聖下が?」

見ると、ぞろぞろと伊丹達まで窓から入ってくる。

「倉田、足もて。足だ」

「小さい身体なのに、結構重いです」

二人は気を失った栗林を運ぼうとしているらしい。レレイとテュカは脈を取って死んだりしてないか確認したり、治療魔法やらで回復させようとしている。慌てた素振りがないところを見ると、大事ないようだ。

「邪魔したわねぇ。そのまま続きをどうぞぉ」

伊丹に続いて出ようとするロゥリィが、手を振りながら富田とボーゼスにそう告げる。

「続きって……あんたら覗いてたんかっ!?」

富田が怒るのも当然っちゃ当然の話だ。

「すまない。本当に富田にはすまないと思っているっ!」

最後に出て行く火威が、拷問のスペシャリストを自負する某連邦捜査官のような謝罪の言葉を残してアルヌスの闇に消えて行った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

アルヌスの街から少し離れ、かつて連合諸王国軍の将兵が埋葬されていて、現在では整地されちゃんとした墓地がある場所の近く。

疲れた表情の火威は、精霊を使役しながら家路にあった。

正直、百年の恋も冷める出来事だった。

栗林のあの諸行はオーク並、いや、下手したらオークを凌駕するかも知れない。

頭の中で栗林と奥・オークの悪行較べしていると、何時の間にか家に着いてしまった。

「よお。お帰り」

ジゼルだ。光の精霊を使役して、ぼんやり姿が見えるジゼルは弱った心には、やたら魅力的に見える。

「あれ、猊下。何用でしょうか?」

火威としては、ごく普通のことを聞いたつもりだったが、ジゼルは少し怒ったような反応を見せた。

「お前、剣技大会で一番になったんだろっ。祝勝会だよ!」

そういえば、と、火威は剣技大会で優勝してたことを思い出す。その後にあった出来事が余りにもショッキング過ぎて、すっかり忘れていた。

貰えるのは「アンタはすごい」的な言葉だけかと思っていたが、好みの女神の祝福もあるのは嬉しい誤算だ。

「勝手に上がらせてもらって悪いけど、お前んちに飯とか全部用意したからよ」

ジゼルが言った通り、二階のリビングには料理を乗せた皿がところ狭しと並んでいた。

「げっ、こんなに……。如何程しましたか?」

きっとアルヌスの街からの出前だろうと、衣嚢から革袋を出して立て替えようとする火威にジゼルが言う。

「出前じゃねぇって。オレが作ったんだよ」

「猊下が!?」

ジゼルは神殿長い見習い神官生活の間には、料理を作ることが多かったから、この手の作業はお手の物だと言う。

とは言え、神官になってからは料理なとは格下にやらせてきた。

だが実際に火威も食堂で働くジゼルを見ているし、ジゼルもこの時のために料理の腕前を再度、鍛え直してきたのだ。

ジゼルが作っ料理はどれもが美味く、少々味の薄いところがあるが、店に出しても恥ずかしくない腕前だ。

「そういやよ、お前が帰って来た時に、だいぶ参ってたようだけど何か有ったのか?」

「あぁ、それですか……」

火威は先程起こった事をジゼルに話した。

別に口止めされている訳でも無いし、喋って誰かの不都合になる事も無い。

だが万が一の為に、言い触らすような真似だけは辞めるよう言ったが、ジゼルはそんなことはしないと言う。

「そ、それはキツいな……」

PXに有った場所に入った酒屋で買った酒を開けながら聞いてたジゼルには、恋が破れるという感覚が良く解った。

少し前の自分にも、似たような状況にあったから理解出来てしまったのだ。

だが此処に来て、一筋の光が見えたような気がした。

「取り敢えず、これで祭は開かれるとして……」

「判るんですか?」

「そりゃあそうだろ。お前らがそこまでやってトミタが“ぷろーぼーず”しないワケ無いだろ」

そうだと良いんですが、と呟く火威にジゼルは続ける。

「クリバヤシの奴も、相当迷ったと思うぜ」

「へ? なして?」

「お前、クリバヤシに懸想してんのがバレてないと思ってんのかよ」

ジゼルが言うには、お突き合いで自身に勝てる可能性のある男が、自身に懸想(けそう)していながら、何時まで経っても口を開かない。

そんな時に富田がプロポーズするのを見守る任務だ。想いを寄せていた相手が、わざわざプロポーズするのを見なくてはならない状況というのは誰だって辛い。

そんな時、近くには確かな実力を持った火威がいるのだ。

どうして良いか分からず、栗林は前に進んでしまったのだろう。

ジゼルはそんな『自説』を解いた。

「……それ、富田とボーゼスさんにとっては凄っい迷惑なんですが」

「知らねぇよ。もしそうなら、お前にも責任があるんじゃねぇか、ってこと」

確かに、隠匿は完璧だった筈なのに、多くの人間に火威が栗林に懸想していることが知られている。

その辺りの感覚が鈍いと思っていたジゼルにも知られているのだから、本人が知っていても可笑しくない。

「そうっすね……」

だが猛烈な勢いで周囲の状況が変わる可能性のある火威を可哀相だと思ったのか、ジゼルは話しを変えてエルベ藩国で有ったことを聞きたがった。

以前にも巨大な無肢竜の話しをして、その異常事態をジゼルがハーディに話してお伺いを立てたことが有ったが、門の影響とは違うらしい。

「あぁ、そういやですね、厄介になった宿の主人が変わったエルフでしたよ。多分、テュカと同じ精霊種だと思うんですが……」

火威はそのエルフがミリッタの神官であること、ロンデルに居たことがあること、子持ちの賢者で新しいもの好きで、他の種族の中でも平気でミリッタの神官の務めを果たし、尚且つ男女問わず身体を求めるエロフである事と千五百才を越える美熟女であることを伝えた。

話しをしていくに連れ、ただでさえ青いジゼルの顔から血の気が引いて、寧ろ白くなって行くような気もする。

「あ、あれ、猊下。大丈夫ですか?」

「ぅ……あ、あぁ、問題ねぇ」

ジゼルは、百年ほど前にミリッタの使徒が地上に出現したという話しをハーディから聞いていた。何故神殿に知らせないのかは、ハーディにはぐらかされてしまったが、面白い事でもあるのか、何やらころころと笑っていたのだ。

そしてその人物は、以前に二回、ベルナーゴに来て、一度はジゼルにも会っているという。

「まさか、とは思うが、その女に血を舐められたりしてねぇよな……?」

「ははっ、エルベ藩国では血が出るような怪我は皆しませんでしたからね」

エルベに向かった自衛官は皆、そんな軟な作りに出来てませんよ、と笑い飛ばした火威に安心する。

「あぁ、でもエロフに顔噛まれましたね。魂がどうたらこうたらと……」

突然の告白に、ジゼルの頭は真っ白になった。そして子供の様に泣き喚きだず。

「それ怪我じゃねぇかぁっ!しかも思いっきり眷属になってんじゃねぇかっ!」

火威にはジゼルが突然、怒り始めた理由が解らない。だが眷属というのは、サリメルも言っていた気がした。

「いやっ、大丈夫ですよ猊下っ。魂がエロフの元に行くのも、週に三日……いや、四日だけだし。残りの日は猊下が紹介して下さった天国で暮らせますから」

この男、死後の世界を何だと思っているのかと疑問に思う。まぁ、やって出来ないことでは無いかも知れないが。

泣き止むと、ムスっとした面持ちで火威に言う。

「よし、じゃあお前に頼みたい事がある」

「踏むのとか勘弁して下さいよ」

先回りされそうになったが、今回はそれじゃない。

「オレのことはジゼルと呼べ!お前のこともハンゾウと呼ぶからよ」

妙にエロフめいた事を言うジゼルだが、今回は火威の責任も多分にある。

「あっ、はい。ジゼル……これで良いですか?」

「敬語は要らねぇんだが……まぁ良いや。次に……」

「ま、まだあるんす……あるの?」

その火威の言葉に満足そいな笑みを浮かべ「あと二つある」と言うジゼル。

好きな男の魂を横取りしたというのは、ジゼルの中でそれくらいに重い出来事なのだ。

「祭が終わったらで良いけど、クリバヤシに言い寄れ」

「マジすか!?」

罰ゲームでも宣告されたかのような火威の反応は、ジゼルとしても意外だった。

ジゼルにとっては見れば、火威が自身と共に生きてくれるのは幸福な出来事だが、ヒト種の一生は竜人から見ても極めて短い。亜神ならば猶のことだ。

それに聞く話しに寄れば火威は男の子供を欲している。

亜神たるジゼルには、その願いに応えてやることは出来ないのだ。

「まぁ、その為に鍛えて来たんですからね。良いでしょう。あと一つは?」

するとジゼルが胸の前で指を絡ませ、言い難いことでもあるのか身体を悩ましくくねらせた。

「そ、その……」

乙女になったジゼルの顔が、急に紅潮したかと思うと、彼女は言った。

「オ、オレを抱いてくれよ……」

 

 

*  *                               *  *

 

 

火威が死んだ後の魂が、ミリッタの使徒の元に行くことになったのなら、そのミリッタの使徒であるエロフが何度言い寄っても叶わなかった火威との同衾をやってやろうと思ったのかは、一つの意趣返しである。

だが以前から、もし機会があれば……と考えていたのでジゼルは火威に同衾を切に願った。

火威も課業が終わって自由の時間だし、今は官舎ではない。

言い訳を言うならジゼルに悪いことしたし、命令されたことだし……。本音を言えば美人のケモ娘を抱きたいのだ。

以前にジゼルとアキバに行った時に買ったゴム製品を持ち出し、使おうとしたところジゼルに用途を聞かれて答えたが、「ハンゾウはオレら亜神のことを知ってるようで知らないんだなぁ」と半ば呆れさせた。

特地歴一年ほどの火威には、その辺り大目に見て欲しと思う。

オークとは違う天然物のふくよかなものをまさぐり、尖端を弄るだけでもジゼルは大きく反応し、溜息をもらした。

「ハ、ハンゾウ……こういうこと経験あるのかよ」

火威の経験と言えば、特地に来た当初、外国の工作員を魔法でぶっ飛ばした時にオークに拉致された一回くらいである、が、火威はそれを無かっことにした。

そればかりか、その記憶をギャグみたいな精神力で抹消した。追い出した。塵一つ残らず消し飛ばしたのである。

「いや、うん。ないよ。知識だけしかないよ」

「流石は賢者だな……」

んっ……と、火威の指でジゼルに感じさせる。

前戯を済ませたジゼルは、火威背中を見せて伏臥した。

「ハンゾウ……これで、後ろから頼む」

火威は普段気付かなかったが、随分と尻尾が大きい。というか後ろからすると確実に邪魔になる物がある。

「えっと……猊‥じゃなくてジゼル。普段、尻尾って小さくしてる?」

「してねぇよ。どうしたんだ?」

「いえ、なんでもないです」

火威はジゼルの尻尾を肩に掛け、ジゼルの両腰に手を添える。

「あぁ、そうだジゼル。初めてならちょっと痛いかも」

「えっ、そうなのか?」

肩に掛けたジゼルの尻尾がクルっと跳ねて、火威は少しばかり嫌な予感がした。

「まぁそりゃ初めてだと色々あるからね。でもジゼルは動き回るし膜は自然と破れるかも。じゃ、いくよ?」

この時、火威は失念していた。亜神というのは不死で傷を負ってもすぐに治ってしまうという事を。そしてジゼルが亜神だという事を。

「ぁ、いいぜ。優しく……」

同じような事を行為を始める前にも言っていたジゼルだが、火威が腰を差し込むと初めて感じる痛みに思わず全身の神経を絞めてしまう。そして尻尾も絞めて、火威の首とかも、ついでに絞めてしまった。

げっ、ちょっ! ジゼル! 締めてる締めてる! 言いたいが、首を絞められて声も出ない。

ギブ! ギブギブ! ギブアップ! 周囲を叩いて緊急事態を伝えようとするが、ジゼルの臀部も叩いてしまってますます絞め付けが強くなる。

うヴぉあくぁwせdrftgyふじこlp そんなワケの解らない状態で後ろに倒れたら、取り敢えず助かったとかなんとか。




もうちょっと続けようかなぁ……と思いましたが、うっかり18禁に入りそうなんで止めておきました。
だから取り敢えず後書きで言います。 
火威とジゼルは終いまで 全 部 や っ て い ま す 。
まぁ体位とか変えたりして……。

語尾が特徴的なキャラってセリフが連続する時に凄い助かります。
語尾だけで個性を発揮してるので有り難いです。
そういうキャラって便利だなー、と常々思います。

はい、誤魔化しました。


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第六話 正道と衆道

ドーモ、庵パンです。
この所不定期更新になりつつあります。
最近、むちゃくちゃ暑いのでペースが狂ってるんでしょうか。
それはさて置き、今回の方がエロいと思います。
流石に18禁には抵触してないと思いますが、なんか………生いです。
でも男同士のエロとか絶対にやらないんで、そこだけは安心してください。
もうエロいのも今回で終わりです。
4部があったらそこでやるかも。


課業が終わり、陽が沈んだアルヌスの街の外れの忍者屋敷。

そこに併設された浴室で、ジゼルは火威と桃色遊戯に耽っていた。

前は一回きりと自分に言い聞かせていたのだが、火威と居たら、またしても“そういう雰囲気に”なっちゃったのである。

ジゼルの尻を前から抱き上げ、何度も奥まで突き上げる火威がジゼルを抱き締めると、彼女の中で果てて生命の証をジゼルの胎内に残す。

「ハ、ハンゾウ……」

息も絶え絶えになりながら、ジゼルからも火威を抱き締め、余韻を楽しむ。

「ジゼル……っ」

火威は再びジゼルを、ぎゅっと抱き締めた。

「うん……もう、こうなったらジゼルが良いかな。って言うかジゼルが良いです」

言いながら、ジゼルと唇を重ね、彼女の臀部を揉み抱き寄せる。だがジゼルは顔を真っ赤にしながらも、不愉快そうに火威を突き放して言った。

「バッカ! オレなんて遊びで良いんだよ! お前はちゃんとクリバヤシに言い寄れ!」

ジゼルは四百数年生きる間にも、若い時に子供を作っておけば良かったと過去を嘆く老人を何回か見ている。火威にはそんな思いをさせたくないし、そもそもそんなのは火威しらしくない。

「ちょ、ジゼル。女の子……じゃないけど、ジゼルから言って良い台詞じゃないよ、それ」

「いや、まぁそりゃお前の気持ちは嬉しいけどよ……」

でも……と、言いかけて、言葉を詰まらせるジゼル。だが彼女はそのまま押し黙ってしまった。

そんなジゼルの頭を撫でながら、火威はジゼルに言う。

「あぁ、これから夕飯食べに行くんだけどさ、ジゼルもまだでしょ? 一緒にどう?」

「そうだな、じゃあオレも行こうか」

大きな掌に頭を撫でられ、数百年振りに頭に感じる優しい体温に絆されそうになりながらも、このままではいけない事と、ジゼルは考える。

「そういやハンゾウ、“ごーこん”ってお前も出るのか?」

浴室の汚れを水の精霊を使役して洗い流す火威に、ジゼルが服を着ながら問いかけた。

「出ませんよ。大体あれって幹事が出て良いモンなのかねぇ」

所々敬語のままなのが気になるが、もし“ごーこん”なる物がジゼルにとって使えそうな物ならと……ジゼルは一計を案じるのであった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

皇城東宮殿・花の間。

火威は東宮を訪ねる客を待たせておく、庭球が出来る程度の広間でピニャの執務の間を待っていた。

以前までなら、この時間に新兵器を鍛えに行ったりして時間を潰していたのだが、今回はジゼルに頼まれて、悪所でフェトランなる妙な臭いの立つ怪しげな丸薬を土産に買いに行っただけの時間しか潰せてない。

ジゼルも実際に買ったことが無かったらしく、本当に存在するのか不安な薬だと言っていたが、2デナリで怪しげな占い師の女から買えたのである。

これ、本物? と思う所だが、真偽を見極めるにもフェトランにどういった薬効があるのかジゼルにも聞いていないし、聞く前に課業が始まってしまった。

花の間は華やいだ豪華さと、清楚で落ち着いた雰囲気が漂う。そしてクッションは腰まで沈む柔らかさだ。

御蔭でピニャの休憩時間であり、火威がゲイ術の成果を受け取るまで、余り暇はしなかった。

本当なら、ピニャやハミルトンが花の間まで来るらしいのだが、火威はピニャの休憩時間とあって、そのまま執務室に向かう。

だが、今日は何時もと違った。

ピニャ付きのメイドが呼びに来たかと思うと、「輝下が降臨されました!」なぞと言って走って行ってしまったのである。

気付くと、何やら騒がしい。というより、黄色い歓声と言うか悲鳴が皇城を包んでいるようだった。

ん~、なんだら? 気の抜けた様子でメイドの後を追うように、ピニャが居るであろう執務室まで向かう火威。

すると執務室に行く道すがら、ピニャやハミルトンがバルコニーに居るのを発見した。彼女たちはどうやら、皇城門前を進む白馬に跨ったエルフに黄色い歓声を送っているようだった。

一見すると細く見えるエルフだが、ただの細身ではなくしなやかな筋肉を持ち、常に微笑みを湛えている。そしてサリメルと同じように魔法で染めたのかは知らないが、七つの色の髪は強烈な┌(┌^。^)┐ホモォ な印象を火威に叩き付けた。

その隣に、黒馬に跨った綺麗なシュワちゃんらしきヒト種を見た。こっちは明らかな筋肉質で、薄い革鎧を付けている。

火威と違って癖のある黒髪を腰まで伸ばしているが、その様子が火威への皮肉に見えて妙に気に入らない。まぁ、完全な被害妄想だが。

二人は取り囲む女性達に些か迷惑しているように苦笑し、互いを交換する。

「い、今の見たかハミルトン!? マジもののグラ×ユエだ。ヤバイ! 萌える、萌え禿げてしまう!」

その言葉は、中々に火威の精神を抉るものが有った。だがチタン製の精神を自負するっぽい火威である。この程度はダメージにならないだろう。多分。

「で、殿下。世の潮流はユエ×グラですが」

反論するハミルトン。彼女達の言っていることが解る火威は、自分自身が恐ろしい。

その時、白馬に跨がっているエルフが火威を見て、綺麗なシュワちゃんと何か話している。

すると、目の前の女性達より頭二つ分高い火威を見たような気がした。シュワちゃんの方は睨んでると言った方が良いが。

「で、殿下。こっちを見ていますよ!?」

あぁ、ピニャさんを見ているのか。まぁ内戦を終結させた女傑なら見られもしますよね、と考えた火威は知るまいが、確実に火威を見ていたのである。

「あ~、ピニャ殿下。そろそろ伊丹二尉に届けるゲイ術の成果をば」

「ちょ、ちょっと待てぃ」

なにやら背筋が寒くなってきた火威が催促するが、エルフとシュワちゃんは皇城に少しずつ近付いてくる。

すると皇城から警備兵が出動して、門前の群衆を整理し始めた。そして皇城までの道が出来ると、城の中から貴族らしき婦人が姿を現し、二人と何かを話している。

その間にもゲイ術が描かれたケント紙が入った封書を受け取り、火威はそそくさと皇城から逃げ出してアルヌスまで、文字通り飛んで逃げた。

あの二人、火威が久々に自分自身の身がヤバイと思った。つい先日、大祭典が開かれると決定し、その後夜祭に薔薇騎士団の二十五人が合コンに参加することになったから、今度、帝都に来る時はガリ版で刷った案内を配って四千円銀貨に相当する参加費を集めなければならない。

皇城から逃げ出す時、ピニャがベランダからホモォな感じのエルフとシュワちゃんめいた人物の居る方向に向かって、何か叫んでいたが、火威にどうにか出来ることでも無さそうだ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

アルヌスに帰った火威は、火威の帰りを待っていたジゼルに謎の丸薬を渡すと、真っ先に伊丹の下に向かった。

早く謄写版(とうしゃばん)やらガリ版を刷る作業に入りたいが、精々でワードプロセッサー世代の火威には、熟練の自衛官に聞いてガリ版を作るより、二十五人程度なら手で書いた方が早いかも知れない。

男の方、(すなわ)ち自衛官の方は、口で言えば十分だし、倉田が世話を見るる所だ。

伊丹の居る場所を探していると、頂の南に位置するロゥリィの神殿、ロゥリアで見掛けたなんて言う犬耳の女性傭兵の証言を得ることが出来た。

そこに向かう道すがら倉田に会う。

「三尉、高射特科の連中が参加する女の子が少な過ぎるてクレーム付けてきましたよ」

「げっ、マジかよ!?」

二十五人でも案内を書くのに骨が折れるのに、それ以上の人数を要求されるとは思わなかった。

そもそも元は神子田の要求だ。本当なら二~三人で良かったハズ。

「もう富田や出蔵を見習って坂降りてナンパしろよもぅ。場所作らんと女にも声掛けらんないのかよ」

然るべき場所と時でしか、異性に声を掛けれない筆頭の火威が言うが、一度に帝都を空けれる騎士団の女性は、警備の都合上、全体の十分の一までだ。

その事を倉田に伝えると、「アルヌスで集めるしか無いっすかねぇ」と、火威と同様の考えに至った。

「ところで、足りんって何人くらい?」

「全員で五十人は欲しいとか言ってました」

「欲しがり屋かよ高射連中っ!?」

正直、火威個人が幹事やれるレベルではない。

テレビの企画でやって下さいお願いします、のレベルだ。

「えぇい、もう定員は三十名までだ! それ以上は自分らで頑張れってことにする!」

五人の募集は、生活協同組合に話しを広めて貰えば、すぐに集まるだろう。

それ以上の要望は鬼のような厳しさで切り捨て、伊丹がいるであろうロゥリィの神殿に向かう、

辿り着いた祠とも言うべき、ロゥリィの神殿の前には、情報通りに伊丹とロゥリィ、そしてエムロイの神官の三人の女性と一人の見慣れぬ女性が居た。

そして初めて見る女性は迷彩服を着た美女だ。背丈は栗林と同じくらいだろうか。

「あれ、こんな美人、隊に居たっけ?」と思いながらも伊丹にピニャから受け取った封書を渡す。

「お、サンキュー」と帰された時、伊丹に近付いて気付いたが、神官の三人の内の歳が一番低い少女は目の下に、くっきりと隈を作っているし、初めて見る美女はの肌は緑色の上に裸Yシャツならぬ裸迷彩服状態だ。

この煽情的な様に、「今度ジゼルにやってもらおう」とか思いつつも、伊丹に尋ねる。

「あぁ、この人……じゃないけど、ロゥリィの神様仲間で肉食系のワレハレンさん」

食人系の神様か!?と、反射的に思う。その犠牲者らしき人物が神官の一番下である事を伊丹から聞くと、肉食系の意味も性的な意味で、今まで少女だと思ってた人物が男である事を知り、初めて見た時の言いようの無い敗北感の正体を知った。

「な、なんと樹下が降臨されていたとは……」

過去にフォルマル邸で亜神各論を流し読みしたから、その程度の知識は火威にもある。

「早目ニ来テ申シ訳ナイノダガ、ソロソロ養分ヲ頂カナイト萎テマウ」

「あんた燃費悪過ぎよぉ」

「仕方無カロウ。今日ハ半日服ヲ着テ、モウ夜ニナルノダカラ」

その時、テュカとヤオが貫頭衣を持って丘を上がって来た。

ロゥリィはこの貫頭衣に着替えろと言うが、ワレハレンは迷彩服の柄がお気に入りのようだ。

うん、俺もそのままで良いと思う……と考えてるのは火威だ。

だがワレハレンが着てる迷彩服は伊丹の物らしい。この美女型植物の神様は肩をがっくり落とすと、伊丹や火威が居る前で服を脱ぎ始めた。

慌てて顔を背ける伊丹に、若干遅れること二秒、明後日の方向を向いて見てませんよポーズの火威。

もう陽が沈んで来ているし、ワレハレンは緑の身体の上に貫頭衣を着ている。

光合成が出来ない以上、男の誰かが生け贄になるしかない。

「モーイ!」

「せ、聖下、朝昼と饗応して、あたしはもう無理ですぅ」

珍しく「うむむ」と手詰まりのロゥリィ。

「じゃ、じゃあヒオドシにぃ……」

と言ったところで、「あ、あたし、もう少し頑張ってみますぅ」と、モーイ少年は見ずから贄になることを志願した。

特地宗教界の機微に関わらずに済んだとは言え、俺の第一印象って最悪じゃね?

そう考えた火威は、モーイのお務め後に精力の着く物食べれるよう、ロゥリィに少しばかり御布施をしといた。

 

*  *                             *  *

 

 

既に課業の時間は終わっている。

丘の上から真っ直ぐ忍者屋敷に帰る。

今日は少しばかり、汗ばむことが多かったので、先に浴室で汗を流そうかとも考えたが、寝る前には合コンの案内を自筆で書くなり、油紙を削らなければならない。

だが、家に着くと、そこにでは栗林が待っていた。

「ゲェェ! 栗林っ。何でお前がここに!?」

数日前まで、会えればそれで幸福感を感じれた女なのに、それが今では天敵のオークに遭遇したような反応を見せてしまう。

「ジゼルさんに呼ばれたんですよ。私も用が有って来たんですが」

「ジ、ジゼル……さんに?」

ジゼルを「さん」付けて呼んだのは、無意識的に栗林に遠慮があったのかも知れない。或は、火威が感じないまでも未だに栗林の事を想っている部分があるのかも知れない。

「えぇ……っ、それでジゼル‥さんに用があるのに、何で俺んチに来たの?」

「いえ、私が用があるのはジゼルさんじゃなくて三尉にありまして……で、来た時にジゼルさんに会って、待ってるよう言われたんです」

アイエエーー、なんで? なんで留めておくの猊下っ?ジゼルがどういう用件で栗林をこの場で待たしておくのか、サッパリ解らない。

「お、悪い悪い。待たせたな」

丘の上の街からジゼルが来た。その腕は、扉のような大きい板を持ち、その上に食堂で料理が乗っている。

多分、食堂で頼んだのだろうが、栗林を呼んで女子会でもしようと言うのか。

そして栗林が自身にどんな用があるのかも気になった。

「ジ、ジゼル…=サン、栗林にどんな用がアッタノ?」

発条《ぜんまい》仕掛になったかのように動きが悪くなった火威が聞くが、ジゼルは|先に家に上がれと言う。

ここ、俺の家なんすけど。

 

忍者屋敷の二階に上がった三人は、リビングでちょっとした祝い事でもあるような量の料理を前にして、ジゼルが自分と二人に酒杯を配って酒を注いでいく。

神様にやらせて良いのかと、火威も栗林も思うところだが、手早くジゼルが全て済ませてしまった。

「栗林の用事って何?」

ジゼルが甲斐甲斐(かいがい)しく動いている少しの間に、そういえば、と前置きして栗林に尋ねたが、「キケロご夫妻から宿があれば取ってくれって連絡があったんですよ」と言う。

曰く、キケロご夫妻は大祭典に同行してくる使用人は五人程度に抑えるから、宿を取って欲しいそうだ。日本的な物なら尚良し。らしい。

「っつか耳が早いなキケロご夫妻」

ピニャの辺りから伝わったのも知れないが……そういえば皇城で見た┌(┌^。^)┐ホモォ な二人が貴婦人と話してる時に、ピニャが何か叫んでいるようだった。

何か関係しているのかも知れない。

「ジゼルさんは何で私を?」

栗林がジゼルに問う。それは火威も気にするところだ。

「ちょっと神殿の門前の石柱が崩れちまってな、外から大勢人間が来る前に片付けちまおうかと思ってるんだが、その手伝いをクリバヤシに頼もうと思ってんだよ」

と、言うのは口実で、火威に頼んだフェトランを栗林と火威の酒に盛って既成事実を作ってやろうと画策したのである。

その為に、神殿前には無い筈の石を飛龍に何度も持って来させて偽装すると言う念の入れよう。

普段から神殿を見てる人間、例えば神殿に住み込むで神官やっているカプシやリーゲル、それに前に住んでる火威なら気付くだろうが、火威は抓って黙らせておいた。

「あ、良いですよ。他の隊員ほど仕事も無いですし」

そう言って快く引き受けた栗林に、ジゼルは酒を勧める。

「あ、私はまだ仕事があるので」

そう言って遠慮する栗林の言葉は、ジゼルには想定外以外の何物でも無い。

「そ、そうか……」

脳筋馬鹿娘と証される栗林だが、伊丹や火威に比べれば、かなり真面目な自衛官である。残したデスクワークを課業後にも持って来ていたのだ。

少しばかり石化したジゼルだが、気を取り直して料理を勧めた。

料理の一部、金平牛蒡(きんぴらごぼう)に似た料理の栗林に向けた一面にフェトランが仕込まれている。

「それじゃ少しだけ」と言って木製の二又フォークを伸ばしたのは、ジゼル側の鶏肉の照り焼きだった。グギギギギ……。

いや、もしかしたら更に食べていくかも知れない。

 

……なんてジゼルの期待なぞ知る訳が無い栗林は、鶏肉だけ食べて「ご馳走、さようなら」で、帰ってしまった。

まさかの事態に暫し固まるジゼル。彼女も出来るなら火威と共に生きて行きたかった。その思いを振り切って、火威が長く想い、自身も認める実力を持った栗林と一緒にしようとしたのだ。

目論みが失敗して残念に思う半面、安心感もあった。

「ありゃ、栗林が珍しく酒呑んでねぇや」

火威が酒杯に手を付け、呑み始める。

「あ……」

思わず声を出したジゼルだが、彼女の目論みなど火威が知る筈もない。

「あぁ、俺は酒を呑めないって一部で言われてますけど、ホントは酒税が付いてて高いから呑みたくないだけなんですよ」

実際下戸だけど、なんて付け足す火威は、今度は金平牛蒡に箸を伸ばす。それもジゼルが栗林に向けた面に。

「ハ、ハンゾウっ」

なんすか? と返事を聞くジゼルの心は、不安半分期待半分だ。

いや、どちらかと言うと不安の方が大きい。今までに二回、火威に抱かれたが、何れも最初は痛い思いをした。

亜神なら仕方ないし、その前後は気持ち良かったのだが、あの痛みは中々馴れない。

それに火威のは中々に大きい。

他の男は知らないジゼルだが、アレで激しくやられると死んでしまいそうだ。

まぁ亜神だから死なないが。

「ジっ、ジゼル……!」

いっぺんに呑んで、早々酒が廻ったのか薬が効いて来たのか、赤ら顔でジゼルを見詰める火威。

毒を喰らわば皿まで、みたいな事を考えると、栗林に出した筈の酒を手早く取って一気に飲み干し、ジゼルから火威を押し倒してしまった。

 

*  *                            *  *

 

次の日の朝方。

一晩中絡み合ったジゼルは裸で居たが、起きると徐に白いゴスロリ神官服を着始めた。

火威は「体が持たねぇ」なぞと嘯きながら、隊の戦闘服を着ていっている。

「あ~、ハンゾウ、昨日は……」

火威の姿を隣の部屋で確認したジゼルが、昨日の痴態の理由を言葉にしようとしたが、それ以上、続かない。

「あぁ、いやいや。俺からも感謝してるよ」

「え、なんで?」

「なんで…って事も無いけど……」

火威に取って見れば、抱かせて貰ったら、それだけで有り難う、なのである。

「まぁ、良いけどよ……。それより、これ以上、お前とすると孕みそうだから、もう無しだ」

「えっ! ちょっ…亜神は妊娠しないんじゃぁ……!」

初めてジゼルと情を交わした日、ジゼル自身がそのように説明したのだ。

亜神はどんな傷を負っても直ぐに治り、獣に喰われて消滅した部位も直ちにに再生し、昇神時の姿に戻る。

「あ……でもお前は魔導士でもあるだろ?だからさ」

後は察せよ、とばかしに言い切るジゼルに、火威は反論も出来ない。

だから「あ……」と漏らしてしまった部分にも言及出来ずに黙ってしまった。

勿論、ジゼルが言わんとしたことは、何一つ根拠の無い嘘である。

だが、昨日の夜から「ついついやってしまった」ジゼルは、そうでも言って火威を遠ざけなければならなかった。

そして、これが見事に火威の操縦方に的中する。

「そういやお前、昨日は何か声が震えてたな」

「や、栗林が何しでかすか解らんし」

帝都まで半日で往復した火威が、風邪でも引いたのか心配したジゼルだが、理由は全然違った。

「だーかーら!栗林が暴走したのはお前のせいだって!」

「ええぇ!?全部俺のせい!?」

どうやらジゼルの中では、そういう事になってしまったらしい。

そうして朝の支度を整えてる内に火威がジゼルに問う。

「ところで猊下」

彼がジゼルを呼ぶ時は、数日前に戻っていた。

ジゼルとしては悲しいが、その方が良いのだ。

返事を返すジゼルに、火威が問う。

「石柱の片付け、俺も手伝いましょうか?」

良いんだよお前は。どうせ翼竜でほとんど片付けるんだから。

そんな種明かししたいジゼルだった。




原作中じゃキケロ卿がピニャに止められてますが、こっちじゃ来ます。登場するかは別として。
あと早めに建設してしまったジゼルの神殿の他の神官も名前は出したりします。
そんなワケで質問・疑問・感想など御座いましたら、待っとります。


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第七話 晦冥と明光

鋭角な鹿様、誤字報告ありがとう御座います!

ということで、ドーモ、庵パンです。
誤字というかそれ以前というか、この小説、「ファルマート大陸」を「フォルマート大陸」にしてました。
よく使う単語なのに、ずっとフォルマート大陸にしてたんですよ……。
って言うか、庵パンがフ“ォ”ルマートだと思い込んでいたのですよッ!!

とりあえず、その内じわじわ直していきます。
そして、女性側の合コン参加人数がおかしかったので訂正しました(;


以前から、薔薇騎士団では火威の二つ名が現実に沿って無いという意見があった。

彼女達が皇城で改めて見る火威も、以前と変わらず歴戦の猛者を感じさせる目の上の傷痕と、戦士特有の威圧感がある。

ピニャ殿下のゲイ術の成果を直視しても、耐えられる精神力も流石は魔導士と言ったところだ。

だが奇想天外な発想をする事も少なく無い。

ニホンの超技術とか言って見せて来た「じんたいせつだんまじっ」とやらには少しばかり幻滅したが、まさか翡翠宮と東宮殿のカップリングを捩り出すとは、意外過ぎて「その手があったか!」と、建造物のカップリングを団員が実践するに至るまで、数日を要したほど感動したものだ。

実際のところ、火威が日本にいる時に見聞きした「スカイツリー×東宮タワー」を特地で実践して、オリジナリティーの欠片も無いものなのだが、騎士団のお嬢様方は(いた)く感動した。

そんな火威から感じのは明らかな『陽』的な物。

ウロ・ビ・エンコの悪魔と言ったような、陰に充ちた二つ名は適さないのだ。

そこで編み出された二つ名は、過去にニホン語研修で高いレベルのニホン語を習得し、尚且つ外来語にすら食指を伸ばしつつあるシャンディー・ガフ・マレアーとスイッセス・コ・メイノが考えついた「ヘッドショットおじさん」と「コンバットおじさん」であった。

彼女達は最終決戦でハリョの刺客の猛攻を受けたフォルマル邸で、火威の凶人めいた戦い振りを最も間近で見てはいるが、同時に命を助けられたと、誰よりも自覚している。

「ヘッドショットおじさんて……」

思いも寄らないニックネームに、火威は自分が生まれる前の昭和のゲームセンターで、そんな二つ名のオジサンが居た事を思い出す。

「ヒオドシ殿、このゴーコンというものにイタミ殿は参加するのだろうか?」

再び皇城に来て、今日は合同コンパの案内を持って来て、四千円銀貨相当の参加費用を徴収している火威にピニャが訊ねる。

「いやぁ、伊丹二尉は神様やエルフやエルフと天才少女に四方を囲まれてますからねぇ。出れないと思いますし、囲まれてなくても二尉の人柄だと出ないと思います」

「くっ、そうだったのか……」

この人、次期皇帝だよね? 伊丹二尉狙ってたの? 良いの? 教えて偉い人。

なんて考えてる火威の後ろでヴィフィータの声がした。

「って、なんだこれ! 男女の出会いとか書かれてるじゃねーか!?」

「……せやで?」

「オレ出れねぇよ! シュンヤが居るんだから!」

はぁ!? 解ってますよそんなこたぁ!と、口では言わないまでも、ニコラシカに預けていた、何時の時代の血判状かと言われるような長い参加者名簿をひったくるように取って確認する。

そこには、ピニャ・コ・ラーダの名と共に確かにヴィフィータ・エ・カティの名が記されていた。

えっと……最初、合コンという物の話しをした時に主旨も説明したよね? どうして? どうしてこうなっちゃうの?

大祭典直前になって起こったイレギュラーに一瞬、眩暈がした。今まで二十五名揃っていると思っていた合コン参加者から、ヴィフィータとピニャを引かなければならないのだ。

 

大祭典の時にアルヌスに行く人員はこれ以上増やせない。火威はアルヌスに帰ると急いで倉田に現状の参加者を聞いた。

「どうも具合は余り良くないっすねぇ」

ピニャとヴィフィータが抜けた騎士団の女性方を合わせても合コンの女性参加者は二十四名。男の方は二十三名しかいない。

「ちょっ! オカシイだろ!? なんで男がこんな少ないんだよ!?」

「あぁ~、多分……」

火威が高射特科の要望を、追加できる人数の枠は五名分という中途半端にも及ばない効き方をして、()()が広まったせいらしい。

「おおおぉ....そりゃないろだろ、うぉい……」

精神がボコっとへこむようなダメージを受けるが、それどころかでは無い。

異世界の女性と合コン出来るってだけで人生で得難い経験だろォ! と、恨み節を秘めた火威はアルヌスの街や駐屯地を回り、土下座で参加を頼み込んだのだ。

特地では裕福な地域に入るアルヌスでも、四千円相当の参加費は一般人が気軽に出せる額ではなかったようで、女性参加者の募集は困難を極めた。

色好い返事が貰えたのは、ジゼルの神殿で司祭と助祭をやっているウルドの他、カプシと神官のリーゲル。

ウルドはベルナーゴから派遣された優秀な司祭で、近い肉親にダークエルフがいるらしく、少し横に突き出た耳と、褐色の肌の肌に白いゴスロリ神官服が映える魅力的な女性だ。名前からして、ちょっと神様っぽい。

カプシは犬っ娘……と言うより人狼っぽい女性神官で、リーゲルはヒトだ。

ロゥリィの所も……とは考えたが、ニーナという神官は美人で可愛い女性神官なので自衛官からも人気が出るだろうが、正直言って怖い。モーイはアレで男だし、フラムは元気だがお婆ちゃんと言ってよい。

でも差別とか良くないから、寄った時に「こういった催しがあります」と案内を配っておいた。

明日の昼にでも参加の確認をしに、再び来なければならないのだが。

男の参加者も、あと七人集めなければならない。

もう既に課業の時間は終わっていたから、隊員が居る場所もバラけて駐屯地内やアルヌスの街を走り廻って隊員を見付ける度に頼み込まなければならなかった。

それはもう、火威の土下座が安くなるくらいに。

次の日の昼までに、火威は一人の羊系の亜人女性の他、久里浜や西本、それに瑞原ら空自の隊員などの五名の自衛官に土下座で頼み倒して参加表明を得ていた。

そのせいで、火威の土下座はインフレを起こし、すっかり価値のない物になっていたとか。

最大の難関と思われるエムロイの神官に、参加の是非を聞きに行き、参加する場合は参加費を徴収しようと考えたが、アレはホントにヤバかった。防御魔法が無ければ即死だった。

「ぐぅぅ……あと二人、あと二人ずつ足りねぇ……」

ニーナという女性神官になんかしたかな……と、首から血が出てないか抑えて確かめつつ、昼の始めに食堂のテーブルで頭を抱えて火威が呻く。

「ちょうど二十八人同士ですし、これでも良いんじゃないスか?」

「いやスマン、以前にペリエとマリナにな、大祭典の後夜祭で男女合わせて六十人の飯やら菓子やら、それとなく頼んでたんだよ」

ベリエは女性向けの調度品が列べられ、菓子を出す。テュカの他にレレイやロゥリィも良く行く最近になって出来た甘いものが美味い店だ。

火威は騎士の女性達も甘い物は好むだろうと、この店から出前を頼む事にしていた。

マリナは同名の店がロンデルに存在するが、それとは関係なく、単に新しく出来た料理の美味い店である。

「げっ、それじゃ六十人集めないと」

火威は、こうも集まりが悪いとは思わなかったと、しくじりを悔やむ。

「一人か二人くらい欠けても、男女の数が同じなら俺が金出すから良いんだが……」

だが、男女合わせて四人の欠席者分の食事費用を出すのは勘弁願いたい。

一人か二人分なら皆で料理や菓子を分けたりすれば良いのだ。

その方が、火威の財布的にも優しい。

「んなら、いっそ三尉が出席しちゃったらどうっすか?」

「えー、幹事って出て良いの?」

「おKっす。その場の幹事は俺がやりますから」

「じゃぁもう一人は倉田、お前出ろよ」

「だから俺、幹事ですって。それにペルシアの地獄車で地獄酔いしちまいます」

以前、伊丹とピニャがグラス半島で遭難した時、捜索に行った倉田と民間人協力者ということで着いて来たペルシアというキャットピープルは、長い髪を水着代わりにしたアクアスという人魚のような種族の姿に釘付けになった倉田に、綺麗な卍固めを決めていた。

18禁なファンタジーな光景を脳みそに焼き付けた火威だが、キャットピープルという種族の戦闘メイドは侮れないと思った瞬間だ。

「車酔いじゃぁねぇのか……」

「っつーか三尉、栗林二曹に惚れてるなら、やっぱり三尉が誘って出りゃ良いじゃないっすか」

ジゼルだけではなく、倉田にまで知られていた。しかも、その事実が知れ渡っているかのような口ぶりだ。

「く、倉田、どうして知って……いや、そんなことは、どうでも良い」

ジゼルが知ってるのだから、特定地域じゃ結構有名な話しなのかも知れない。

そんな事も想定しながらも、倉田に問う。

「富田んトコで栗林が暴走したろ」

「……そっすね」

「アレ見てもまだ惚れていられると思う?」

「た、確かに……アレを見て退くなっていうのは無理っすが……」

下を向き、呻く倉田。それを余所に、火威は会計を呼んだ。

「しかしっすね、付き合おうと言うなら相手の欠点も受け入れなきゃならないでしょ」

ふと、漏らすように倉田が呟いた。

倉田の言う事が、恋人であり夫婦という物なのだろが、火威が見た栗林の所業は火威の許容範囲を余裕で越えていた。

「いや、しかしな倉田……」

「細かいこと言ってんじゃねぇよヒオドシ」

呼ばれて来た会計係の従業員はジゼルだ。竜人の聴覚が特別良いとは聞いた事が無いから、亜神は色々規格外なのかも知れない。

「お前、ナッシダが終わったらクリバヤシを孕ませるんだろ!」

「そこまで言ってないでしょ!?」

以前にした約束を、明け透けるどころか物凄く掘り込んで言うジゼルに火威は慌てて訂正する。

「結果的には同じことだろ」

だが、そこまで言った所でジゼルの口は火威の手で塞がれた。日本語の解る者が倉田や火威の居る席に視線を集中させたからだ。

「ちょっ、勘弁して下さい! 性的な事を言ってると皆見るからっ」

「……好きなクセに」

少しの同棲生活の間に、火威の嗜好を憶えたジゼルが小さく呟くが、当の火威には聞こえない。そして突然、ジゼルは火威の胸倉を掴んで引き寄せる。

「えッ、何!?」

「ヒオドシ! 前に約束したよな!」

火威も以前にジゼルと約束したことは憶えている。

「だったらゴーコンに出る女の後の二人のはオレに任せろ。それでお前も出ろよ!」

そう言って、ジゼルは参加費用を大きく越えてしまう金貨を火威に握らせた。

有無を言わさない早さだった。

「げ、猊下、これ多過ぎっ!」

「二人分だって言ったろ!釣りは返せよ」

言った切り、ジゼルは別のテーブルに行ってしまった。

 

*  *                             *  *

 

その日の夕方には、ペニエとマリナの両店に60人分の材料費を支払い、火威もその内の一人に入っていた。

男の残る一人は、どれだけ土下座して廻っても見付からなかったので、火威が二人分の参加費を払い、二人分食べることになった。

合コンに出るのはジゼルと、彼女が連れて来る女性の誰かだと思うが、火威にはそれが栗林であると予想することしか出来なかった。

「って言うか神様が合コンに出て良いのか……?」

その神様とエロいことしていた火威が言ってよい台詞では無い。

隊の中で、聞けばジゼルは食堂で働き、日本人が馴れ親しんだ味や食感を出すために伊丹や他の自衛官にも試食してもらった事が、何度かあったらしい。

本人は火威のためにした事なのだが、それが男性の独身自衛官の人気を呼ぶ事になったのだ。本人は無自覚であったが。

「猊下は誰とも付き合おう気無いんだろうし、良いのか、コレ……」

終業ラッパが響くアルヌスの街の中、火威が独りごちる。

食堂の前に差し掛かる。今夜は家で自炊するつもりなので素通りしようとしたが、食堂から火威を呼び止める者がいた。ジゼルだ。

「どうしたヒオドシ、食べて行かないのか?」

「今日は自炊ですよ」

しかし、「ちょっと待て」とか言いながら、路地に面したテーブルから歩いてくるジゼル。それが、またしても火威の胸倉を掴んで怒鳴る。

「イジイジしてんじゃねぇぞ! 悩むも何も、オレと決めたことだろうがッ!」

「アえぇッ!?」

どうやら、ジゼルには火威が合コンの事で悩んでるように見えたらしい。火威としてはそこまで悩んでるような事はないのだが、敢えて言えば「貴女のことで悩んでるんですよ」と言いたい。

どうして火威が栗林に惚れたのか。惚れた時にどんな想いで彼女を見ていたのか。そのままニホンに帰った後、別れ別れになって良いのかとジゼルは火威に言い聞かせた。

そのジゼルは、(まま)乙女であった。

 

 

*  *                             *  *

 

火威が栗林に惚れた切欠(きっかけ)は、確実に彼女の巨乳、もとい爆乳である。

そして彼女を見ている内に、彼女が能力の高い自衛官であること、そして極めて高い格闘能力を知って惚れ込んでしまったのである。

亜神クリバヤシこと、栗林が人外めいて来たと思ったのは、戦争中にチヌークの機内に出現した巨大怪異を格闘で葬ったという報告を聞いてからだ。

ここまで強いと流石にお突き合いなりお付き合いは普通なら躊躇ってしまうが、火威はますます惚れ直した。

安全な国と言われる日本でも、子供や女性に向けられた凶悪な事件は起こるので、栗林なら子供を守ってくれたり、犯人を返り討ちにしてくれそうだからだ。

それはエルベ藩国に遠出した時に、ニャミニアとかいう巨大無肢竜相手に白兵していた彼女を見た事で確信に変わる。

だが、凶悪だったのは栗林だった。

とは言え、数日経って落ち着いてみると、倉田の言う通りなのかも知れないと考えるようにもなる。恋人ともなれば、似たようなことは無いだろうし、あれば男が不貞した時くらいのものだ。

数日前に聞いたジゼルの『見解』は聴かなかったことにして、日本に帰還してから離れてしまうのは別々の駐屯地に勤務している火威と栗林なら確実なことだ。

火威が自衛官になってから、既に五年以上が経つ。安定収入が得られる職を手にした後は嫁探しだと思ったが、中々出会いも無いので三十路にまでなって、遂にはオークなどという怪異まで呼び寄せるに至ってしまった。

そうだ。最初はオークから逃れるために栗林と結婚したかったんだ……と、火威はこの時になって思い出した。

そう思って彼女の戦歴と戦い振りを見ている内に、勝手に栗林のイメージを美化していったのだろう。

それが解ると火威は居ても立ってもいれなくなった。

ジゼルが「お前のせい」と言ったことが、(あなが)ち的外れでは無いからだ。

火威はこの時、目の前を覆っている全ての蒙が払われた気がした。

曇っていたものが心の中から払われると、火威は走り出そうとする。

だがその火威を呼び止める者かいた。

「ヒオドシィ、慌てて何処行くのぉ?」

ロゥリィだ。

火威は今し方はっきりした事をロゥリィに告げ、栗林に会いに行こうとしていた事を話す。

「でもぉ、今は止めておいた方が良いわよぉ」

「えっ?」

「このところの貴方はイジイジしてたものぉ。それはシノの好みからぁ、とっても離れていたわぁ」

「げっ!?」

ここ数日の間に、火威の精神は不安定と言って良い。何度か肌を重ねたジゼルは出て行ってしまうし、しかもその彼女から栗林と突き合えなんて言われている。

その上、この二~三日の間に独身自衛官とアルヌスの独身女性に土下座して周ったのだ。

火威に『The土下座』だとか『土下座の火威』なんて二つ名が付き兼ねないくらいである。

「こ、これは……どうしよ…」

火威の額に一筋の汗が流れるのは、気候のせいだけではない。

「安心なさぁい。大祭典の後になったらシノがヒオドシィを見る目も変わるからぁ」

確かに、結婚式の後ならば……と、火威は考える。

女性というのは目の前で行われた結婚した知り合いを見て、自身も身を落ち着けたくなると、聞いた事があるからだ。

迷いが無くなった火威が、ロゥリィの前から去って行く。

彼の次の戦場は決まった。大祭典後の合コンである。

その彼の背を見る神が二柱。

「良いことしたわねぇ。こうなるって解ってたのぉ?」

ジゼルが火威を拒否し、諭し続けていたのが彼女の成長のように感じたのはロゥリィだ。

「えぇ、ハンゾウは馬鹿じゃねぇから、これまでの事を思い出しゃ……」

「……ジゼルゥー?」

「ハ、ハンゾウ=サンは間抜けじゃございやせんから、今までの事に気づ気づ気づ気付かれたらきっと解られるものと」

ロゥリィに睨まれるジゼルが、亜神らしく喋れるようになるには、まだ数百年必要なようだ。

「でもぉ、あれで貴女は良かったのぉ?」

アルヌスに来て以来、そして火威という男に会ってから、すっかりと変わった使徒に問う。ロゥリィは『誰かの為に自分が犠牲になる』と言ったような、自己犠牲的な行為が嫌いなのだ。

「オレはーー」

「言葉使い」

「あ、アタイはー、ですね……」

出だしから睨まれて、実に締まらないジゼルが一呼吸置いてから続ける。

「ハンゾウー……サンと良い思いをしました故、それで充分するけぇ」

それは、ロゥリィには余り面白くない話しだ。なぜ自分の眷属はそこまで一線を守り続けるのか。女は見て愛でるものとでも思っているのかも知れない。というか、絶対そうだろ。

「まぁ出来れば愛人とかでも……」

その言葉を言った切り、ジゼルは口を閉じた。愛人や妾の類はファルマートでも良く話に聞く。そして同じ数だけ愛憎の話も聞く。

「そ、それは難しそうねぇ」

あの栗林志乃が、自分以外の事実婚を認めるとは思えない。

ロゥリィはアルヌスに来て以来、自分の妹分のように働きだした神の前途を思い、悩むのだった。




猊下がヒロインらしいところは終了っぽいですが、大祭典はまだまだ続きます。
っていうかこの猊下、高性能猊下です。今のところ全ヒロインの中で最もヒロイン力の高い猊下です。

しかしながらジゼルのターンはまだ少し続きます。
まだ大祭典やってないんで。

ってうかお気に入り指定が340越えてた!?
この場を借りて、誠にありがとう御座います!


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第八話 勲章と愚策

ドーモ、庵パンです。
前の投稿から妙に間が空いた気がします。
本編の最後の方はもっと空けてましたが。
これも夏が暑いせいです。湿度70%とか日中の気温が35℃とか、もういっそ氷河期が到来して欲しいです。
まぁ大陸と地続きになると、それはそれで問題が起きそうですが。


狭間陸将の開会セレモニーの後、楽士隊のファンファーレを合図に、参加者達が持っていた風船を空に放つ。

飛び立った色とりどりの風船には脱硫ブラントの研究斑によって作られた水素が入っており、アルヌスの空一杯に広がった。

組合側の主催者代表の挨拶を終えたエルフの盛装を着込んだテュカが、鏑を用いた火矢で空に広がる風船を射る。

火矢が当たると、そこから次々に風船が割れて花火のようになり、中に仕込まれていた色とりどりの花弁(はなびら)が舞い落ちた。

「おおぉ、すっげ。エルフの盛装ってホント森の精霊って感じっすね先輩」

「そらまぁ、テュカは精霊種だし」

彼らの名誉の為に名は明らかに出来ないが、自衛隊の精神的武装を解除出来たのは今日が初めてかも知れない。

日本から次元壁を隔てた異世界で、隊と士気を維持していくのは並大抵の努力で出来る事ではない。

まぁ、今の間の抜けた会話の二人はこの地で他種族の嫁を見付けたり、すっかり馴染んでるから例外かも知れないが。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

その時、大会場の横を黄色い悲鳴やら歓声と轟音を上げ。四人乗りボブスレーが凄まじい勢いで通過していき人々をさらに湧き立てる。

全てのアトラクションが営業を開始したのだ。

開会の式典が終わるのを、今やおそしと待っていた子供達が、お目当てのアトラクションに向けて走りだす。

すかさずスタッフ達が、その勢いを鎮めよるために叫んだ。

「走らないでください! 屋台は逃げませんよ」

こうしてアルヌスは、エムロイの神官による呪舞の効果で、熱狂を秘めた大祭典へ突入したのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

 

数日前。

合コンの受け付け終了させて、もう幾つ寝ると大祭典、な夜だった。

参加させてくれと現れるたのはエルベ藩国の任務で、支援として火威達と行動を共にした三角一等陸曹だ。

「えー、まさかお前、ジゼル猊下目当てで来た?」

本来なら受付終了後の参加は認められる訳が無いのだが、火威は一人分余計に払っているし、日頃からこの陸曹を三角と言う名前から弄らせてもらっている。

「えっ、や……まさか、神様目当てだなんて恐れ大い……」

胡乱げな目の火威は、黙って相手の反応を見続けた。

「す……すいません! 特地の食材を日本料理に近付けようと努力するジゼルさんに惚れてしまったんですっ」

素直に白状したのは、ジゼルが以前に食堂に来た火威に良く絡んでいたからだ。その様子を見れば二人は友人くらいの仲だと思うし、最近はすっかり冷え込んでしまったように見えるが、その前は友人以上の関係にも見えたのだ。

火威自身もジゼルとは友人以上の関係になろうとしていたし、実際に一時は恋仲にあった。三角もそれを知っているので、元彼のような立場の火威に戦々恐々としているのだろう。

「いや、別に謝るこっちゃ無いんだがな」

「えっ、や……三尉はジゼルさんと恋仲にあったんじゃ?」

叱られる覚悟を決め込んでいただけに、この肩透かしには気が抜けた。

「俺がフラれちまったんだよ。まぁアレだ。合コンなんだからジゼルさん以外にも可愛い娘はいるし、視野は広くしとけって」

「は、はい!」

返事と共に、三角は敬礼を取る。

「任務じゃないんだから敬礼すんなって。あぁ、あと視野は広くしても栗林には手ぇ出すなよ」

「栗林…忠道中将閣下ですかね?」

「違ェえって。二曹の方だよ」

「えっ、そっちの栗林が合コンに!?」

忠道中将閣下な訳ないだろう。何驚いてんだコイツは……。そう思う火威は続ける。

「いや解らん。参加者の名簿は今、倉田が持ってるし」

「はぁ……でもあの栗林に交際を申し込む男が居るとは」

居るんだよ。お前の目の前に。

言ってやろうかと思った火威だが、やっぱり面倒臭そうなのでやめておいた。

「まぁホラ、薔薇騎士団の()達は帝国貴族の中では珍しく貴族なのを鼻に掛けた感じもないし、色んな人と話すのが良いと思う。騎士団以外にもアルヌスの娘も参加するしさ。向かえのウルドさんとか」

「し、神官が参加してOKなんですかね…!」

「いや、お前もジゼルさんが参加するって聞いて来たんだろ?まぁこっちの宗教会は余り堅いこと言わんっぽいし、良いんじゃない?」

少しばかり釈然としない様子の三角だったが、彼も火威に四千円相当の支払いを済ませた。

「あぁ、そうだ三角。ちと協力して欲しいことがあるんだがな……」

 

 

*  *                             *  *

 

 

そういった訳で、火威が大祭典の出店に使う食券を買うのに使える資金は、当初予定してた額より四千円分の余裕がある。

叙勲式には火威も喚ばれているが、それまでには主催者側の人間としての仕事もちゃんとあるので、その任務に就かなくてはならない。

とは言え、火威の場合は会場を歩き回って警備するという気楽なものだ。

人混みを進んでいると、近くの大天幕から楽しげな音楽が鳴ったり、大道芸人が人々から拍手と喝采を受けている場面にも遭遇する。

今頃、出蔵や三角は会場の何処で綿飴やら鮒掬いの出店を出してる筈だから、それでも見に行こうと歩き出す。

だが少し行くと、道の両脇に屋台を出して道幅を狭くしている場所があった。

しかしそこは街と中央広場を繋ぐ道路だ。そこは通行の妨げにならないよう、露店を出してはいけないことになっている。なのに幾つもの店が軒を連ねていた。

大祭典に水を差さないよう、先ず火威は端の店から偵察に入る。

目に入ったのは禿でヒゲの店主が、現在アルヌス在住のジゼルが手ずから作ったという民芸品の護符を、銀貨一枚で売っているところだ。

「そこの兄さん!ベルナーゴ神殿のジゼル猊下が手ずから作った代物が大祭典価格で買えるチャンスだよ!これを逃す手は無いよ!」

俺の事を兄者と呼ぶのか。このハゲ親父……。

火威の心に、ちょっとした悪戯心が湧く。そして何の力も感じられない護符を見て真剣に選ぶ振りだけしてみた。

「ふーん、ジゼル猊下が手ずからねェ……」

群衆からずいっと一歩前に出て、しゃがんで覗き込む火威の顔を見て驚いたのは髭面のハゲ親父の方だった。

「み、右目を通る傷っ。ウロビエンコの悪魔!?」

髭ハゲ親父の小さな悲鳴を聞いて、周りの店の店主達も即座に反応して腰を浮かせた。

「今はコンバットおじさんだよ」

言いながら、ハゲ親父が護符だと主張する民芸品を見て行く。予想通りに全てが何の力も無いガラクタだ。特地記念に買う土産物でも、銀貨一枚は高すぎる。

「まぁジゼルさんはあれで料理も編物も出来るお嫁さんにしたい亜神ナンバーワンだからなぁ」

「そ、そうなんですかい?」

「いや知らん」

自ら言っておいて、突き放すやり方に、明らかに怪訝な顔を作るハゲ髭親父に構わず、その場を後にしようと立ち上がる火威。

「ちょっ、ちょっと兄さん。買わないのか!?」

「うん、もっと安けりゃ考えるけど」

決して買うとは言わないのである。そしてその火威は、ジゼルが民芸品など作るのか本人に聴きに向かった。様々な可能性が考えられる以上、疑わしきは罰しないのが今の火威のスタイルである。

触る者を皆傷付けていた(ような気がする)戦争中なら、その場で血祭りに上げていたかも知れないが、今は平時で大祭典が始まったところだ。

せっかく皆が苦労して開いた祭典に水を差したくないし、火威自身も拘束されてしまう。

「は? んなもん作らねぇよ」

予想通り、禿髭親父は偽物を売っていた。

案内しろ、と言われた通りにジゼルを禿親父とその仲間達と思われる連中が店を連ねる場所まで連れて行くと、禿は既に一悶着起こしていた。

蒼いドレスの少女が禿に襟首を掴まれ、爪先が付くかどうかの高さまで吊り上げられている。

「理非分別のつかぬ無礼者めが! 偽物を売っておったのは貴公らではないか!」

その近くに居るのは伊丹二尉だ。どうやら禿らが売っていたパチモンを鑑定眼があるらしい少女が見破って、そこに二尉がたまたま居合わせたらしい。そしてこの区画に店を出しているのは、エルダー一家とかいうヤクザのようだ。

まぁここのブロック長は伊丹二尉だし、騒ぎが起これば来るよな……と考える火威の前で、ジゼルが禿に向かう。

少女は男達に挑もうとするが、そこを伊丹に抑えられて伊丹の背後に押しやられた。

「ちょっと待った待った」

と、男達にも自制を求めるが、ヤクザは余り聞いていない。

「はぁん? お前、いったいそのガキの何なんだ?」

「オレ達はそのガキに(バイ)を邪魔されてな、その損害を償ってもらわなきゃなんねえんだ」

「お前がその損害を償ってくれるってなら、穏便に済ますことを考えてやってもいいぜ」

ヤクザ達は、数に飽かして徹底的な威しを伊丹にかけた。自分達のすることに文句を言う奴はこうなるぞという見せしめの意味もあるのだろう。

「へえ……誰が、誰をどうするって?」

しかしジゼルが禿の背後から巨大な鎌を伸ばし、その喉元に引っ掛ける。

その長大な刃の輝きに、震え上がる禿。

「な、な、なんだ、てめえ……え?」

鎌の主である彼女が作ったと称して護符を売っていたのだから、その名を知らない筈もなく、禿を始めエルダー一家は総じて震え上がった。

「ヒオドシ、こいつらか?」

「えぇ、そうっす」

エルダー一家の連中は「すまん、密告(ちく)った」と続ける火威には余り視線は向けず、亜神であるジゼルから視線が外せない。

その後、エルダー一家は全員がジゼルによって何処かに連行され、モグリの店舗も無事に撤去された。

蒼服の少女はどうやら保護者の居ない迷子らしいが、迷子を保護することはブロック長の伊丹二尉に任せて火威は別の区画へ向かって行った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

出蔵は門が開通している時に日本に行ってザラメを買って来たことがあったが、大祭典では特地で採取出来る材料の使用が推奨されるので、ザラメは使えず出蔵が寝起きする官舎に封印されることとなった。

だが綿飴は飴を火で溶かして霧状にして噴射させたものに、木の棒を突っ込んで巻くだけなので、ザラメ飴に代わる材料が有れば可能なのだ。

この世界ではシロンという、甘味に使用される調味料という形で砂糖が存在した。

綿菓子製造機の方は、特地で材料を集めるとなると時間も掛かるし金も掛かる。なので駐屯地前の自販機にあるジュースの缶を使う他ない。

アルミ缶の蓋と底の中央に穴を空けてスポークを通し、缶の底側2Cm程の側面に大量の穴を空けるのである。

スポークとは、自転車などの車輪中央から放射状に延びて車輪を形作る金属製の棒の事だ。これの端に先程のアルミ缶を付ける、片方にザラメと同じ時にかったモーターを付けることで綿菓子製造機は完成するのだが、モーターの保存方法が良くなかったせいか、ちゃんと発動してくれない。

だが有り難いことに、アリメルが風の精霊を使役できるので、小さな風車を作って缶を回す事が出来るようになった。

御蔭で出蔵が出す店の前は常に風が吹いているが、糸状の飴が飛び散らないように作った風防で火にも影響はない。一見すれば日本のお祭りで見るような綿菓子の屋台である。

当然、特地の人からすれば、初めて見る装置なのではあるが。

「やっべ! 綿飴の需要舐めてたっ。砂糖が足りねぇ!?」

日本の製缶技術と特地の精霊魔法によって出来た綿飴は人々の耳目を集め、瞬く間に間に綿菓子を求める子供達、或いは物珍しい装置を間近で見ようとする客でごった返した。

「ナオ。そろそろシロンが無くなるわ!また追加しないと」

自衛官ではないが、精霊魔法がないと装置は動かないのでアリメルもいる。彼女が出蔵の子を身籠ってから、既に半年近くが経ち安定期に入ってお腹が大きくなりつつある。

「あぁ、それじゃ自分が倉庫から持ってきますよ」

「やぁ、助かる」

志願した清水陸士長に感謝しつつ、出蔵は午後の分や明日以降に使う砂糖の事を考える。稼げる内に稼ぐか、それとも量を決めて今日分が無くなれば閉店にするか。

アリメルの出産までには多少、多めに稼いでおきたい。だがエルフの出産時期が何時になるか解らないので、二の足を踏んでいた。

「おぉ、本格的に作ってんじゃん」

そこに来たのは会場全体の警備という名目で遊び歩いている火威だ。

「お、先輩。丁度良いところに」

出蔵はエルフの妊娠期間が、何年位なのかと賢者号を持つ火威に聞く。

「いや、それこそ嫁さんに聞けって……」

「だって怖いじゃないですか。万が一、百年とか言われたら」

「いや、そりゃねぇだろ……流石に」

半年程前にも似たような会話して、それでいて妊娠してたなんて経験があった。そうすると、ひょっとしてもう産まれているのかも? なぞと思ったりするが、アリメルは明らかに妊娠中なので突拍子もない考えは浮かぶ前に沈没させておいた。

いや、或は二人目? ……もし自分がもう一人居たら、火威は確実に理不尽にもぶっ飛ばしていただろうと思う。

 

 

*  *                             *  *

 

 

久しぶりの一人相撲を終えた火威であるが、大祭典の初日には叙勲式があるので何時までも遊んでいる訳にもいかない。

叙勲式に臨むに辺り、火威は現在持っている徽章を全部、制服に付けて行こうかとも考える。だが一番重要な徽章さえあれば、スキー徽章なぞ敢えて付ける必要など無いのだ。

そこでシンプル・イズ・ザ・ベストを標榜する火威は、体力徽章と防衛記念章、そして特殊作戦群にも並ぶ自衛隊の精鋭、冬季戦技教育隊の証である、特別なレンジャー徽章を身に付けた。

この冬季戦技教育隊、通称を冬戦教とも言い、日本で唯一の冬季専門部隊である。

かつては各部隊から優秀なレンジャー過程を経た者を集め、更に訓練し続けた超精鋭部隊として知られていて、現在に()いてもその練度や戦闘能力は変わっていない。

余談だが、数々のオリンピック選手を輩出し、高度なスキー技術を持つ国内でも屈指の戦闘技術を誇る部隊である。また、2016年に体育学校に収容されている。

特殊作戦群とも頻繁に合同訓練を行っており、火威が南雲ら特戦群の隊員に会ったのもタンスカが初めてではない。

また、雪中戦においては世界随一とも言われる戦闘技量を持ち、そのタフさは「冬眠しない羆」とも「油断してると頭からカブリとやられる」など、酷い言われようである。

まぁ、火威本人は、やることが無いとすぐに冬眠してしまうのだが……。

「正直、死ぬかと思ったが、何だかんだ取れてしまった徽章に役立ってもらわねば」と言うのが火威の意見であり策である。

自衛隊の精鋭に憧れる栗林には、火威が持て得る数少ない魅力の中で、最大の武器である筈だ。

胸にピニャから大きな勲章を付けてもらった火威は、意気揚々と周囲を見回す。

栗林には冬季教の課程を修了させた証である、特別なレンジャー徽章を見て貰わなければ成らない。その為にも、三角に頼んで少しばかり策を敷いたのだが、三角は早々に見つけることが出来たのだが、肝心の栗林の姿が見当たらない。

「火威三尉、おめでとう御座います。そろそろ良いですか?」

三角からも火威を見つけたが、結構人も多いので三角の言ったことは火威まで聞こえない。サリメルのような地獄耳を持ったエロフやヴォ―リアバニーならば聞き取れるだろうが、火威半蔵という男……聴力は常人レベルである。

「あぁ、三角。ちょっと待て」

三角が何を言っているのか察した火威が止めるが、今度は火威の言葉が三角に聞こえない。彼等は知らないし、三角は栗林に聞かせる為とは聞いていないのだが、この時、栗林は別の場所で南雲や剣崎と話していたのだ。

「す、すっげェ! 火威三尉、冬戦教だったんですか!」

やたら、デカい声で三角は叫ぶように言い出した。というか、叫んでる。

「火威三尉! すっごいですよ! 冬戦教っすよ! 冬戦教! 冬季戦技教育隊ですよー!」

「せ、せやな……」

(ようや)く三角の元に来れた火威が、同意しつつも、ちょっと黙ろうか、と聡す。自分で依頼したことだが、栗林も居ないのに実際にやられると恥ずかしい。ぶっちゃけ公開処刑だ。

そんな恥ずかしさを得たところで、初日終了。




ドーモ、所々原作からそのまま抜粋しております。
さて、来る23日はいよいよゲートのブルーレイ・DVDの最終巻が発売ですね。
オーディオコメンタリー二本……は無いにしても、続編の発表とかやってもらいたいものです。

それはそうと、原作でもしっかりキケロさんは来ていた罠。


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第九話 徽章と丼物

しくじったー!
まさか半日で初回盤が売り切れるとは思わなかった!
これも買う前に二回もトイレ行ってガンプラ買ってたせいか!
と思って家で見たら初回盤だった。

何を言ってるのか解らねぇと思うが俺にm(ry

ということで
ドーモ、庵パンです。
今回は前に比べると短い感じがします。


叙勲式と帝国主催の晩餐会が終わった後にも、火威にはちょっとした苦労が待ち受けていた。

「ヒオドシ卿、おめでとう御座います!」

そう言って来たのは、ケモナー貴族のカトリ・エル・フォートだ。

こいつも来てたのか、と思う火威だが、顔には出さない。でも言葉は明け透けだった。

「貴方も来てたんですか」

「はい、勿論です。何せ今のアルヌスはイタリカ以上に亜人にとっては天国のような場所。行く機会を見す見す逃すことなど有り得ません」

周辺各国から来る多く者が、ナッシダでロゥリィに呼ばれた亜神へ参拝しに来たのに対して、このカトリが来た動機は違うらしい。

「いやぁ、でもハーピィは余り居ませんからね。フォートさんにとっては物足りなかったんじゃないですか?」

「いえ、キャットピープルやウ゛ォーリアバニーの女性達のダンスは圧巻でしたよ」

カトリは続ける。

「まさか足があんなに高く上がるなんて。お陰で足の付けねやその上まで見えそうに……」

くっ、惜しい……と、その時の状況を詰る。

こ、こいつ変態だぁー!?

特地で見る初めての変態に若干後退る。

ジゼルも「踏んでくれ」なんて変態じみた事を言うが、神様級に可愛い彼女は時によりドMという嗜好というだけで、決して変態ではないのである。

「あぁ、そうそう。私が来たのは亜人女性を愛でみに来ただけでは無くてですね……」

カトリが火威に向き直って続ける。

「以前、卿がお話しされた子作りよ……」

「おぉー、倉田。ちょっとこっち来い!」

カトリが話す前に、倉田の姿を見た火威が叫んでカトリの言葉を中断させる。

今更、栗林が近くにいると気付いたからだ。

「アルヌスで奴隷は犯罪です故。あと帝国の給金云々は反意が疑われてしまうので内密に……」

火威は、それだけを小声で伝える。本音は帝国の将兵になる気など露程にも無いので、相手がどれだけ高い条件を呑めるかを愉しんでいるのだ。

「倉田、この人が以前に言ったハーピィのプロでケモナー元老院議員のカトリ・エル・フォートさん。フォートさん、こいつが自衛隊のケモナーで猫耳娘に一家訓がある倉田・武雄です。宜しくしてやって下さい」

カトリは『ケモナー』という言葉を亜人愛好者という意味と理解する。

「えっ、三尉が言ってたケモナー貴族の方!?ホントの話しだったんですねぇ」

挨拶より先に火威に掛けてた疑いが事実であった事を確認する倉田。

こいつぁサリメルの話しも疑ってそうだ、と火威は考えた。

「初めまして。クラタさん。カトリ・エル・フォートです。確かにハーピィに関して詳しいことは自負しますが、専門家ではありませんよ」

苦笑するカトリが倉田に挨拶する。

こうして倉田にとって、特地で最初のケモナー仲間が出来たとかなんとか。

 

 

*  *                             *  *

 

 

更に火威は、この日は寝床の心配もしなくてはならなかった。

忍者屋敷は薔薇騎士団のお嬢様方と従者の宿泊先となっているし、火威が普段、寝起きしている天守閣にはキケロ夫妻が寝泊まりしている。

火威も風呂を沸かし、鶏に餌をやるために一度は帰ったが、その先の展望が見えずに暫し途方に暮れた。

前に寝泊まりしてた官舎は、一時的に貴族に貸してるし、いくら火威がレンジャー持ちで、あらゆる状況でも睡眠が取れるからと言っても、道端で寝てると事件や事故と間違われそうだ。

なのでアルヌスの街から離れた森の中で寝ることにした。

今まで気付かなかったが、今では森に棲む精霊の姿が見える。

己の精進の結果が解りやすい形で目に見えたことに、少しばかり感動した時だ。

 

大祭典二日のアルヌスは、初日に増して人でごった返した。

以前、火威は“その手の”友人から、日本で年に二回行われる某祭典も二日目が真の修羅場と聞いたことがある。大祭典の二日目にも同じような事が起こるのではないかと、少しばかり覚悟はしていた。

実際のところ、亜神への参拝を目的とした者の多くは、この日に亜神達に参拝できるように日にちを設定していたのだ。こうなると、火威も会場全体を廻って警備するなどというヌルい任務では済まない。

午後にもなると、アルヌスの街は都心の通勤ラッシュ時のように人で賑わう状態になってしまった。

「そこ、走らないでください! そっちは階段の上で止まらない! 後から登る人の邪魔になるでしょ!」

二日目のイベントで行われる航空自衛隊のF4ファントムのアクロバット飛行で起こるジェット音や、歓声にも負けない声を張り上げなければならなかった。

この混みようは火威の予想を上回る。だが、「人酔いで参る」などと言う軟弱なことなど言ってられない。大祭典が円滑に運営されるように、伊丹を始め他の隊員も気張っているのだ。

「もし!」

そんな時だ。火威に声を掛ける者がいる。

「なんじァ!?」

忙しくて気張っていた事もあり、そのままの勢いで返事をして振り返る火威だが、これは拙ったと思った。火威自身、今の自分がどれだけ強面なのかは知っている。

そこにはフェブロンというエムロイ信仰の総本山から、手伝いに派遣された神官団の二人の黒ゴスを着た少女が居た。

年齢はレレイか、彼女より少し上くらい。一人は栗毛に頬のそばかすが可愛く、もう一人は茶髪でファニーフェイスの少女だ。

「お、恐れながら聖下からの伝言に御座います。イ、イ、イ、イタミ様におかれましては、神殿に参られさせさせさせさせ……」

妙に噛みまくっている少女は、禿頭に目の上に一生物の傷を持つ火威を、死神の二つ名を持つロゥリィと何時も連るんでる伊丹と勘違いしたらしい。

確かに、今の火威はここに居る自衛官の中では最も死を運びそうな顔をしているが、火威本人は野菜王子並みのキャラ転換に努力してるし、一時期恐れられることもあった薔薇騎士団の団員からも、今現在では「コンバットおじさん」とか「ヘッドショットおじさん」の二つ名が付けられているのだ。

「いや、伊丹二尉は俺じゃないよ。伊丹二尉はね……」

火威は出来るだけ優しく、柔らかい口調で、伊丹が見回っている近くのブロックを教える。

 

午後を回って暫く経つと、交代の自衛官に代わってもらって火威は飯を食いに向かった。森から出てアルヌスで食べた朝飯が微妙に少なかったこともあり、昼飯は多目にしたかった。

聞けば津金一尉のブースというかサークルでは、牛丼やらカツ丼、そして親子丼を出しているという。丼ぶりものなら腹も満たせようと考えた火威は、そこへ向かう事にした。

「おぅ、らっしゃい! ……って火威か」

何処ぞの飯屋の親父か、というノリで火威を見つけた津金が呟く。

「どうです、調子は?」

「こっちの米は汁だくの丼物と相性が良いからな。結構売れてるぞ」

「あぁ、以前にジゼルさんが炊き方を工夫して日本人好みの歯応えにしてたんですっけ。こっちの米はカレーとかにも合いそうですねぇ」

「そういや、お前。冬戦教なんだって?」

「えぇ、まぁ、はい……」

以前にも述べたが、火威は周囲に過剰な期待を持たせるのも余計な仕事が舞い込むのも嫌なので、普段は階級章、部隊章、職種徽章しか付けていない。

だが火威の中では人生で最大の戦いが昨日から始まっているので、所有する徽章は全て戦闘服にも制服にも取り付けているのだ。

「以前から只者ではないと思っていたが、実際に精鋭だったとはなぁ……」

ほらっ、と言って寄越された親子丼を持って、火威は近くの街の空き地を利用して設けられた休憩のためのテーブルコーナーに向かう。

だが火威の中では人生で最大の戦いが昨日から始まっているので、所有する徽章は全て戦闘服にも制服にも取り付けているのだ。

「以前から只者ではないと思っていたが、実際に精鋭だったとはなぁ……」

ほらっ、と言って寄越された親子丼を持って、火威は近くの街の空き地を利用して設けられた休憩のためのテーブルコーナーに向かう。

汁だくの丼には箸よりスプーンが欲しい火威だが、特地でそんな物を目に出来るのは貴族の館くらいのものだ。

黙々と食べていると、速くも丼の半分以上が消えて無くなった。予想以上に美味いのと、予想より遥かに少ないのがいけない。

「た、足りん」

独りごちる火威はその時、誰かに見られているのに気付いた。

見れば、昨日の蒼いドレスの少女だ。

またしても迷子になったのかとも考えたが、この世界の成人は十五歳からであることを思い出した火威は、彼女が大人である可能性を思考の片隅に置いた。

「随分と美味そうに食べるが、それは何と言う料理じゃ?」

火威に気付かれて罰が悪いと思ったのか、それとも健啖ぶりを発揮した火威が本当に美味そうに食べて見えたのか、少女はそんな事を聞いてきた。

「親子丼だよ。近くの出店で売ってる」

「オヤコドン?面妖な名じゃな」

サリメルに似た喋り方だが、エロフとは確実に違う。

「まぁ、鶏肉に鶏の卵を掛けて作った料理だからねェ」

「そ、それでオヤコドンと言うのか」

蒼服の少女は、何やら親子丼のネーミングの由来に退いてる。

火威も親子丼のネーミングの由来を知った時に、ほんのちょっぴり退いたが、美味いものは美味いので、今は全く気にしてない。

「ニホン人は恐ろしい種族なのじゃ……」

「日本人に妥協は許されないからね」

何だか面白そうなので、ここは一つ少女を担ぐことにした。ちょっとした悪戯心とも言う。

「ハシのために幼児を虐待するのも妥協せぬためか」

「ハシ?」

「ニホン人は幼子を天秤の上に乗せて、時間までにハシで豆を運べなければ奈落に落とすんじゃろ?」

既に誰かに担がれていたらしい。そして火威は否定するどころか乗ってみることにした。このビックリウェーブに!

「あぁ、そうそう。俺なんて大変だったよ。祖父が軍人だったもんだからさ、課題が他より心理的に難しくなって剣山の上でやるんだよ」

「そ、そんな場所まであるとは」

「日本人は妥協しないからね」

グビりと唾を飲み込む少女。

「それで前の挑戦者が山に引っ掛かっててさ、思うより集中出来ないのさー」

比較的常識人の栗林が聞いていたら、ぶっ飛ばされそうな嘘を言う火威。

そんな風にして、二日目も陽は暮れていった。




BLとDVDが終わってしまいましたね……。
2期目といか3・4クール目は何時になるんでしょうか。

12巻目の初回盤で柳内たくみ書き下ろし短編小説を読みましたが、
アレはまぁおねショタっすかねぇ……?
種馬がアラック君で愛人が伊丹という流れ?

先生、解りません。教えてエムロい人。


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第十話 装備と結婚式

ドーモ、庵パンです。
普段より短いですが、切の良いところで投稿です。
そして前回、忘れてましたが

お気に入り指定が350人を突破!! そして360人に届こうという所です!
読んでくださる皆さまっ!本当に有難う御座います!


朝方の忍者屋敷で、寝屋としていた森から帰った火威が鶏に餌をやり、浴室を掃除してから湯を入れ直す。

早朝から騎士団やキケロ夫妻が泊まる忍者屋敷で、甲斐甲斐しく働く火威は、一昨日から同じ事をしていた。

要するに、帝都からの来客の為に忍者屋敷の主人でありながら下男のように走り回っていたのだが、体力徽章を持つ火威は、ここに来て徽章の持てる能力の全てを発揮していたと言える。

「ヒオドシ殿、おはよう御座います」

二階から降りて、そう言って来たのは黒髪の薔薇騎士団員、スィッセス・コ・メイノだ。内戦の最終決戦のフォルマル邸内で、火威が救うことになった女性でもある。

あの日、火威は毛という毛を全て失った。眉毛と下の毛は生えたが、まさか強力な魔法の触媒に、自身の毛を纏めて使っているとは思わなかった。

「や、ども。おはよう御座います。メイノさん」

彼女に連れ立って来た従者の少女も起きていて、火威に朝の挨拶をする。

この世界の人間は総じて朝が早いが、火威なんかは、こういう休みの日は本当なら昼まで寝ていたい。

というか、大学時代の休みの日には、実際に昼近くまで寝てた。

「ヒオドシ殿には色々手数掛けて申し訳ない。本来なら貴国のスガワラ閣下を習い、私共でアルヌスで宿舎を確保しなければならなかったのですが……」

「いやいや、現在のアルヌスに宿泊施設らしい宿泊施設は無いですからねェ。それに、この忍者屋敷も元々人が泊まれる宿を建てる目的でしたから、今回が初稼働なんですよ」

本来は自衛官の詰所的な物を想定していたが、他の客を想定していない訳ではない。その為に、宿泊客の失礼にならないよう、各部屋には最低限の調度品も揃っている。

自身が寝ていて現在はキケロ夫妻が宿泊している天守閣部屋には、家具も揃ってなかったので、栗林の知らせを受けてから急遽、家具と調度品を揃えたのである。

ただ、それは見る者が見ればラブホっぽいとか言われるかも知れない。勿論、ジゼルとアキバに行った時に買ったゴム製品は地下の部屋に隠したし、扇情的な照明が備えられている訳でもない。

火威が今までの生涯で唯一、行ったことのあるラブホもオークに拉致されてマグロ同然の状態で行った一回切りだから、火威がラブホを意識しようもない。ただ、建物の外観が日本の地方ありそうなラブホめいてるとか、複数人の来客に急遽、用意した寝具が二段ベッドだったり、ダブルベッドだっただけである。

「ニホン語研修や、騎士団の自習で聞き知った事なのですが、我らが推進する芸術と対を成すものに、ユリなるものがあるそうですが……」

「あぁ、百合ですか。どちらにせよ非生産的なモンですけど、絵草紙で見るなら自分は百合が良いですねェ。まぁ他人の趣味に口出しする気は無いんですが」

三次では余り見る勇気無いし……などと呟く火威だが、今の発言は遠回しに「あんたらの趣味は非生産的だ」と言っているようなものである。

つまり、今の発言は二ヶ月程前に特地のレクリエーション係りのような物に任命され、地道に少しずつ積み上げて来た薔薇騎士団の女性たちへの信頼が、音は起てないにせよサラサラと風化していたようなものであった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

大祭典から遡ること数日前、ロゥリィからの手紙を受けて来た亜神の「匠精マブチス」ことモーター・マブチス鎚下の元に向かった。

エルベ藩国で入手したグランスティード、或は対騎剣の基となった大剣、フルグランを返すためだ。

ニャミニア相手に乱暴に取り回しても刃毀(こぼ)れ一つ無く、斬れ味も鈍らない業物を手放すのは惜しいが、元の持ち主なのだから返さなく手はいけない。

このように、火威が筋を通そうとするのは彼が貧乏ながらも盗み一つ起こさず育てられて来た実家の両親の影響である(金は大好きだが)。

「この剣は貴方が鍛えた物だと伺いました」

そう言って火威は大樹のような荘厳さと落ち着きを纏い、白髪で巨躯の老ドワーフに大剣を捧げる。

ドワーフという言葉には「小さい人」という意味があるそうだが、マブチスに限っては違うらしい。

神様だし、例外はあって然るべき。と、考える火威の前で、モーターは増大な髭を扱いて不思議そうな顔をした。

「ふむ、これは……君が使っていたのか?」

「はい、三ヶ月程前にエルベで拾い、大型の無肢竜が大量発生した際に使用しました」

「禁忌の存在退治したのよぉ」

そんな事を言ったのはロゥリィだ。

「あれっ。聖下、何時の間に? って言うか禁忌の存在って?」

「最初からいるわよぉ」

どうやら火威はモーターにばかり集中して、ロゥリィが居ることに気付かなかったようだ。

「時々居るのよぉ。この世に生きてる生き物を使って世界を荒らし廻ったりぃ、離れた所にいる者に復讐を企む馬鹿な魔導士が」

サリメルはエロフだが、誰かの恨みを買うようなことをするとは思えない。むしろ馬鹿な魔導士の方である。

いや、あの調子で他人様の家庭内不和を作ってしまってたら……。

「そうなると儂らのすべき事を背負わせてしまったな」

火威の思考を中断させたのはモーターの言葉だった。本来なら世界の庭師たる亜神が、禁忌を犯し伸び過ぎた枝葉をたる事象を裁定しなければならないと言う。

「いやぁ、いいですよ。自衛隊の仕事には害獣駆除もありますから」

「そうもいかん。何かしら礼をさせてもらわないとな」

モーターは世界の神から礼があって然るべきと言って、火威が造り揃える予定の対ゴーレム、或は巨大生物の武具やら道具を造ってくれると言う。

「それと、これもだ」

そう渡されたのは、今し方返した筈のフルグランだ。

「えっ、良いんですか?」

「これを使って無肢竜のベネナを退治したのだろう? これを使いこなすヒトが居るとは思わなかったが、使えるなら剣が君を選んだということだ。そこの鉄の乙女からも聞いておるよ」

鉄の乙女とはロゥリィのことらしい。そのロゥリィはフルグランを使って、剣技大会やこの先に控えているかも知れないお突き合いに備えた火威の稽古を、しているのだと伝えたらしい。

「もらっておきなさぁい」

「いや、しかしこの先、剣を使うような事が……」

「良いからぁ……」

ロゥリィの目付きが若干厳しくなったので、火威は有難く大剣を貰う事にした。対ゴーレムや巨大生物の為の装備を頼んではいるのだが、実際のところそれらは火威の趣味の領域である。

退官後に特地でそれらを装備して、特地世界を見て回れたら良いなぁ……くらいの感覚で頼んだのだ。

 

「それよりヒオドシィ、オツキアイの自信の程はどうぉ?」

モーターが逗留している従業員宿舎から帰る最中、ロゥリィがそんな事を聞く。

「正直、どれだけ鍛えても完全に自信が着いたとは言えませんね。栗林はホントに亜神なんじゃないかってくらい強いですし、実際に滅茶苦茶強いですし」

ロゥリィには、栗林が銃剣一本で巨大無肢竜に挑んだ話しをしていた。ロゥリィも嘗てイタリカが敗残兵に襲われた時に栗林と共闘しているから、彼女が一般のヒト種よりも遥かに高い戦闘能力、そして恐ろしい程に戦場を客観的に見下ろす感、即ち戦闘感があることを知っている。

それでもまだ鍛えていると言うのだから、ロゥリィも火威に同情を禁じ得ない。とは言え、特地の神官や信徒にすら成ったことが無いのだから栗林の昇神は無いだろう。

 

 

*  *                               *  *

 

時系列は現在に戻る。

大祭典も三日目に入って、いよいよ富田とボーゼスの結婚式の当日となった。

火威は今日もロゥリィの神殿のすぐ側に増設された礼拝堂へ続く道にある、枝や石ころ、その他諸々のゴミを避けたり掃除したりしていた。こうして新郎新婦が来るまでに道を綺麗にし、花道に続けるのだが、早い話が終いの雑務である。

この仕事が終われば一息吐けると思われるのだが、不確定な事を期待して裏切られた時に感じる疲労感は一入だ。ならば合コンが終わり、栗林とのお突き合いが終わるまでは気を引き締めた方が良いと火威は考える。

全てが終わるまでの四十八時間、いや、多く見積もって九十時間は油断してはならない。でもまぁ、寝る時くらいは緩んで良いか……と考える火威の前で、たった今、掃除した道を通ってボーゼスの家族や友人、親戚、そして富田の上官や同僚達が式場に向かって行った。

この礼拝堂はワレハレンの協力を得て増設したものだ。何か建物を建てた訳ではなく、神殿本体と同じコンセプトで、森の中にあった数十本の樹を移植し、空いた空間を整地して石を敷き詰め、木々の樹冠を天蓋代わりにした、とてもメルヘンチックな空間なのである。

更に、森の礼拝堂は壁に囲まれた閉鎖空間ではないので、式に呼ばれてない帝国の伝統貴族が礼拝堂を囲む形で遠巻きにして見ている。

彼らも、富田とボーゼスの結婚式がどのようなものか興味があるらしい。近くでは、これを商機と見た者が露店を出したり、ハイキングのように敷物を敷いて結婚式が始まるのを待っている者も多い。

火威は富田の同僚として呼ばれているので、それらに構わず同僚達と共に礼拝堂に入って行った。

 




いよいよ二部も終盤です。一部より妙に早いですが、勘弁して下さい。
栗林を此れ以上無い強女のように書いてますが、実際ゴリラ以上の強者として書きます。
ゾルザルを二発で半殺しにした栗林は、鬼強い。


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第十一話 伝統危険遊戯

ドーモ、庵パンです。
前回までのサブタイが適当過ぎるので、今回は真面目に考えました。
結構、マジで。

第二部も残すところ後二話か三話ですが、今回も全然ジゼル猊下が出て来ません。
次回ちょっと出る予定ですが、もう2部では猊下は余り出ません。
3部で目立つ予定ですが、3部は栗林のターンなのでどうしたものやら……。


富田とボーゼスの間に産まれた子供は、名を『舞』という。

最近、巷で溢れるDQNネームでは無いだろうことは、富田の実直さを見れば確定された事なのだが、火威は富田の娘がファルマート的な名前になるのではないかと、少しばかり考えたものだ。

名前というのは厄介なもので、それだけで個人の人となりやその人の家族、背景が推察されてしまう。

あの東京のオークは、奥・オークが本名だというのだから名付け親には悪意しか感じられない。

まぁ、実際に名は体を表しまくっているのだが。

『舞』という名には、艶やかで優雅なイメージがある……という火威の脳内には、某格闘ゲームのお色気クノイチがいたりする。特地には加藤さんや香取さんが居たりするから、もしかしたら『マイ』さんも捜せば居るかも知れない。

ならば敢えて特地名を考える必要もない。あの栗林も『亜神クリバヤシ』として特地の一部で有名である。

さて置き、富田の娘の名が日本でも特地でも通用するであろうハイブリッドな名前であることは、ほんの少しだけ縁のある火威をホっとさせてくれる結論だ。

そんな火威の都合はさて置いて、伊丹が何度も手を叩いて会場の支度が終えたことを伝えたのは、倉田が狭間とパレスティ侯爵の通訳を終えた時だった。

皆がそれぞれの席を選んで腰を下ろし、落ち着いた頃合いに司祭のフラム、そして助祭のニーナを連れたロゥリィらが正面の祭壇にハルバードを立てた。

そうして主役達を受け入れる準備が整ったところで、会場の外からどよめきが聞こえる。

新郎と新婦がやってきたのだ。

フォルマル家のミュイらゼプリル達が聖歌を歌い、それに合わせて新郎と新婦がしずしずと花の敷かれたバージンロードを祭壇に向かう。

ミュイは以前のイタリカ防衛戦の縁で呼ばれたが、呼ばれるだけでは心苦しいとフラワーガールの特地版とも言えるゼプリルに自ら志願したのだ。他のゼプリルはレレイ、ティカ、ヤオなどの美少女や美女が志願している。

無肢竜を軒並み排除する為に、エルベ藩国に追加の支援でやってきた清水が、後の広報や、報告の資料にするために複数の写真を撮り、ボーゼスの花嫁姿を初めて見た女性達からはうっとりとした溜め息を漏らす。

だが溜め息だけでは無く、唸り声も聞こえる。まさかまた栗林か……ッ! なぞと心配し警戒した火威しだったが、唸り声……そして瘴気は帝国貴族の席から聞こえた。

見れば皇城から見た┌(┌^。^)┐ホモォなエルフの亜神と喋っていた貴婦人が発生源だった。もしまた栗林だったら、今度こそ火威の心は折られてたかも知れない。最近になって元通りに直った火威の精神は、まだ補修部分が弱いのである。

それは兎も角、黒い瘴気を放っている(ように見える)貴族の女性は二人だ。皇城で見た時は綺麗な女性だったが、今にも新郎や新婦に飛び掛かりそうである。

火威は知らないが、彼女達はレディ・フレ・ランドール侯爵令嬢と、そのウエストポーチ的なアン・ルナ・リーガー男爵令嬢だ。

ボーゼスの長いベールが地を擦らないよう保持するゼプリルは、テュカとレレイ。さらにヤオが指輪を載せた台を捧げていく。ベールで顔を隠しているが、髪の色や耳の形で一目瞭然である。

そして、そのあとに花を持って続く四人が姿を見せた時、式場内外が一斉にどよめいた。

それもそのはず、パナシュ、ハミルトン、ヴィフィータ、そしてピニャまでもがゼプリルとして列に並んでいたのである。

一瞬、特地では女性皇族が旗下の騎士団の団員の結婚式にゼプリルとして参加するのかことがあるのかとも考えた火威だが、動揺している貴族達の反応を見るとピニャ独特の趣向らしい。

その効果か、般若の顔になっていた貴婦人は唖然として、次に諦念へと変わり静かに席に着いた。その時、一瞬富田が腕を絡めるボーゼスを見て、驚きと覚悟を決めたような表情をした気がしたが、何せ一瞬な事なので解らない。

ボーゼスが皆の注目を一身に浴びる主役の座を、ピニャらに奪われたことに対して反感、怒り、苛立ちと言った複雑な悪感情をで、富田と絡める腕に力が篭ったことなど、火威が知る筈も無いのである。

 

火威が極度に栗林を恐れたのは、彼が公言する「根に持つ性格」が形を変えた形態の現れだった。

基本的に女性に対して「恨み」という感情を抱かない彼は、彼の実の姉である女性に対して憧れや畏怖の念を抱いていた。 そして姉は、正に栗林と同じあからさまな武闘派だったのである。

故に火威は栗林に対して明確な憧れと恋心を抱いた。

だが栗林の暴走を目の当たりにしてから、火威の心には恐れのみが残った。栗林に想いを寄せ、恋焦がれた分だけ深く大きな恐れが残ったのである。

直後にジゼルと男女の仲になり、神である彼女の心を惑わせているのだから、火威という男は罰当たりモンである。

暴走時の栗林と似たようなキャラクターで奥・オークというのが居るが、アレはヤバい。本当にヤバい。

 

 

*  *                             *  *

 

 

どうしてこうなった。

現在の火威の思考を、一言で説明するとそういうことだ。

ロゥリィが婚姻の儀式を執り行おうとした時、声高らかに意義を唱える者がいたのだ。

一瞬、般若顔の貴婦人の仕業かとも考えた火威だが、答えは違う。異議を唱えたのは昨日、親子丼のネーミングセンスに目を白黒させていた蒼服のドレスを着た少女だった。メイベル・フォーンという名の亜神だ。

地上に現れた六柱目の亜神と言っていて、他の五柱の亜神はドワーフのモーターと肉食植物系美女のワレハレン、そして┌(┌^。^)┐ホモォなエルフ男とロゥリィだから、やはりサリメルは亜神とは違うらしい。

だがパレスティ侯爵の「六本目の亜神が現れたなど聞いてない」という問いとも思える呟きに対して、メイベルは「名乗りを手控えて参った故」という答えを返していた。

仮にサリメルが亜神で、何かの都合で名乗りを手控えていたなら通信手段の無い特地ならば知らなくても不思議ではない。

そして亜神同士は引き合う……なぞと、ふざけた事を抜かす者が居るような気がするが、同じ事を考えたのは火威だけで、現在アルヌスに居る他の亜神は全てロゥリィが昔の貸しやその他の縁で呼び寄せたのである。

誰か解らない自衛官と火威の冗談を真に受けて混乱した挙句の凶行か、とも一瞬思ったが、違うようだ。ロゥリィが結婚式に関わると、結婚できないズフムートの呪いが掛かっているので、それを成就させに来たのだと言う。

実にピンポイントな呪いを掛けたものだと思うが、実に迷惑な呪いだ。後に聞いたロゥリィの話しでは、ズムートの信徒が行う行事を邪魔すると、同じ事が永遠に出来なくなるという。

非常に底意地悪い効果を持った加護だと思うが、火威の他人の振りみて我が振りを直そうと思う話しだ。今回はアルヌスの住民、そして自衛隊が本気モードで大祭典を開き、その中で結婚式も行うから、呪いも発動出来なかったらしい。

最初、メイベルはロゥリィが司祭を降りれば呪いは発動せず、結婚式も問題なく執り行えると言っていたが、ナッシダを行う為に他の亜神をアルヌスに呼んだのは他ならぬロゥリイだ。

ロゥリィが居なければ出来なかった事をやるのに、最後の最後で祭祀から放り出すなど通常の神経を持った人間なら出来る筈がない。ロゥリィに大恩ある火威なら尚更の事で、その意見はこの場に居る多くの者が同じだった。

だが、退かないのはメイベルも同じだ。ロゥリィや伊丹と闘うために、眷属代わりの助太刀も用意しているという。

「げ、あいつかよ……」

祝い事の席を血で汚すような事は勘弁願いたかったが、こいつの登場も勘弁願いたい。そいつは┌(┌^。^)┐ホモォの片割れの綺麗なシュワちゃんの方だった。

しかも伊丹に戦わなければ花嫁を奪う、とか言ってる。

特地に来て以来、久々のジャイアニズムを目にした火威だが、この綺麗なシュワちゃんは見た目通りのバトル大好きっ子らしい。だがここはアルヌスで、仮にも日本である。そして日本の法律が適用されるから、私闘などは認められない。

更に言えば自衛官の個人的な都合で装備は貸与されないし、仮に伊丹が勝負すると言ってもシュワちゃんが背中の鞘から抜いたような諸刃の剣のように、武器を用意することなど不可能なのだ。

「全くやれやれだぜ」とか思う火威を余所(よそ)に、ロゥリィとメイベル、そして伊丹とシュワちゃんのやりとりを聞いていた海上自衛官二佐、そして大祭典の実行委員長である江田島が、この一件を宗教的な儀式の意味合いが強いのかとメイベルに問うている。それに対し、神の呪いが関わっているのだから、その通りだとメイベルは答えた。

それを聞いて、江田島は一つの方策を導き出した。

怪獣退治と並ぶ自衛隊の伝統で、何故か死人が出ない棒倒して勝負しようと言うのだ。挑まれたのはこちら側、ならば勝負の方法は挑まれた方が選ぶというのが我々の流儀らしい。そんな流儀は知らなかった火威だが、役に立ちそうなので憶えておこうと思う。

棒倒しは、百五十人ずつに分かれて敵方の柱に似た棒を倒すか三秒傾けると勝利する競技だ。元々大祭典では別の出し物として今現在も行われている最中なのだが、火威は色々規格外過ぎるので出禁にされている。そして栗林のように打撃系格技経験者も出れないルールだ。

だが今回は真っ先に伊丹ではなく江田島に、ロゥリィ側チームの黒軍の百五十人に組み込まれてしまう。

火威は止められてもミリミリっと、ちゃっかり黒軍に入ろうとしてたので、これには拍子抜けした。

「まぁ良い。シュワちゃんには各の違いという奴を教えてくれよう……」

独りごちる火威は早くも戦闘態勢だ。実際の戦闘とは違うが、久しぶりの実戦競技とあって腕が鳴る。

それは他の自衛官も同じだ。特選群の南雲や剣崎、そして通常のルールでは出場出来ない筈の栗林も黒軍に入っているし、勿論富田も黒軍として出場する。倉田や式の写真を撮っていた清水も出場するようだ。

他、レレイとテュカも黒軍に付いたし、アルヌスの傭兵のウォルフやメイアのような亜人の従業員も黒軍で存分に力を振るうという。また、ペルシアらフォルマル家の戦闘メイドも黒軍として参加する。

そして無論、黒軍たる黒ゴスの使徒ロゥリィも出場するし、ピニャら薔薇騎士団の団員達もロゥリィの旗下で戦えることを一生の誉と参加している。

出蔵はアリメルを孕ませ、今回の大祭典で魔法少女のフィギュアやガン○ラを貴族に高値で売って、出産費用を稼いでから守りの人生に入り、可能な限り危険は避けると言って出場しない。ヲノレ、リア充……。

対してメイベルの蒼軍には般若顔してた貴婦人のレディとアンという女性が早々に参加表明している。それに続けて蒼軍に少なく無い数の伝統貴族が蒼軍に参加した。

これを見るに、レディという人物は帝国の貴族社会の中でそれなりの力を持っているようだ。

本来なら大祭典に十数万もの人間が参加する予定は無かったのだが、┌(┌^。^)┐ホモォなエルフ男の亜神がピニャより先にレディに話してしまったことで一気に帝国貴族、並びに帝国周辺の有力諸侯など、貴賤を問わず多くの者に伝わってしまったのである。

それを考えればレディという貴族の影響力は油断ならない。だが、それら貴族が蒼軍に組しても百五十人には及ばなかった。そこに声を出したのはメイベルとトラブってた筈の禿を始めとするエルダー一家だった。「レディ様、いつものように金を出してもらえるなら手を貸しますぜ」

と言ってたところを見ると、互いに顔見知りで尚且つ不正の臭いが漂う。差し当たり、レディという我儘貴族の意に沿わない商人やら豪農に嫌がらせする為にエルダー一家を差し向けて商売や畑を荒らす、などの行為をしていると火威は直観した。

蒼軍には更にエムロイの神官である筈のヴォトカ司教が組みした。何故エムロイの神官が蒼軍に? と思う火威しだが、ロゥリィ曰く「反抗期なのよぉ」らしい。良い年したオッサンが司教にもなって反抗期とは、実に情けない。

それでも一人足りない蒼軍は、一人くらいは誤差の範囲だとか言ってシュワちゃんが二人分働くとか舐めたこと抜かしてたが、終わった後にケチ付けられても適わない。

その火威の思考は別にして、江田島はパレスティ伯爵を蒼軍に入れてしまった。

「伯爵閣下は、最初結婚に反対なさっていたと聞きましたので」

江田島に結婚反対派貴族の中に連れて来られたパレスティ伯爵は実に居心地が悪そうだ。

「だ、だが今は認めておるぞ!」

「いえいえ、まだ心の中にわだかまりがあるんじゃないですか? ならいっそ、結婚反対派に参加していただき、これに勝ったら侯爵が堂々と娘さんとお孫さんを連れて帰る、というのはどうかと思うんですよ」

「なに、ボーゼスとマイを儂が連れて帰ってよいのか?」

そうして百五十人対百五十人の棒倒しが、今まさに開始されようとしていた。

負けるワケにはいかない。

「現実という奴を教えてやる」

何の現実なんだかサッパリだが、そう独り呟く火威が開会式の会場となった大広間に向かって行った。




今回は棒倒しの下準備で一話使ってしまいました。
次回も棒倒しで一話使いたい……のですが、そこまで文章力は無いかなぁ……。
そんなワケで質問や意見、感想など御座いましたら、忌憚なくどうぞ!

…………って言うか、お気に入り指定が360人を越えてた!?
皆様! 本当に有難う御座います!


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第十二話 黄泉返り

ドーモ。庵パンです。
異様に時間が掛かってしまいました。
原作をなぞるとついつい原作まんまやってしまって、そこがまた心情的にキツイのですのよね……。
そしてアニメでロゥリィの中の人の種田理沙さんが活動休止とは……。

これは来年の7月にゲートの続編というポジティブな期待して良いのでしょうか?
ってうか艦これの続編では足柄さん出ないんでしょうか? 或は代役?
庵パンめは種田さんの足柄先生が良いと思います。
っていうか嫁艦の祥鳳が大破とか有り得んので作り直しを要求すr(y


メイベルが結婚式に異議を唱えた時、火威はつい反射的に土下座で式の継続を頼み込もうとしてしまっていた。

今考えれば、無駄なことをしなくて良かったと思う。自身の土下座を無駄に安くしなくて済んだ火威は棒倒しの会場で江田島の声に耳を傾ける。

「皆さん!正々堂々とした戦いを望みますよ。戦いが終わった後で文句をつけるのは無しです。ですから全力で戦って下さい」

江田島の注意が両陣営に行き渡った。

棒倒しの為、既に自衛官らは運動着に着替え、テュカやレレイらもゼプリルの衣装を脱いで軽装となった。

蒼軍の貴族達も、フェンシングの防具に似た運動着に着替えて競技が開始されるのを待っている。

火威は競技が開始される前に、自身を落ち着かせて現在に到るまでの自身の状況を客観的に見ようとしていた。

部隊を指揮することのある幹部自衛官なら必要不可欠なスキルなのだが、客観的に見て解った事が二つある。

心構えが舐めプだったのはシュワちゃんでは無く自分の方だったのだ。

相手の力量も解らない状態で早々に┌(┌^。^)┐ホモォというだけで軟弱者と決め付け、自身の力を過信している。

戦いに臨む者が一番やってはいけない事だ。第一、亜神の眷属がである者が、普通の基準で測って良いはずが無い。

メイベルが伊丹をロゥリィの眷属と言ってたが、火威は銀座事件以降を始めとする伊丹の功績を知っている。「喰う寝る遊ぶ、その合間にほんのちょっと人生」をモットーにしていると隊内では色眼鏡で見られているが、実際の手柄の数を鑑みれば脱帽モノなのだ。しかも特選群出身っぽい。

亜神の眷属とは、それくらいのレベルの人間ということになる。それを考えれば、シュワちゃんを警戒しても警戒し過ぎるということは無い筈だ。ジゼルはサリメルが亜神であると言っていたが、やはり間違いなのでは無いかと思う。あの変態が神とは、どうしても思えないのだ。

さて置き、こうして向かい合って見るとシュワちゃんが只者で無いことが、その肉体に漲り周囲に張り詰める闘気で解る。

火威は確信した。特地に来て以来、(栗林を除く)人間の中では一番の強敵である。

そのシュワちゃんと反対派貴族の後ろには、柱とも言える太さの倒すべき蒼軍の棒がある。

そして解ったことのもう一つは、万が一に火威が不参加の時に彼がやろうとしてたことを、江田島に見抜かれていたことだ。

火威は帝都に行く度に毎回片道六時間、帰る時にも六時間の往復十二時間を、それなりに質量(兜跋に入った火威)を高速で飛ばして行き来している。

レレイ曰く「軽くない重量の物体を長時間の連続使用で力尽きないのは脅威的な事」を成しているのだから、嫌でも魔法の能力は研鑽される。

それでも今の時点で火威が魔法を使う場合、じっくりと法理を開くために精神を集中させる必要があるのだから、広場でやろうものなら誰から見ても魔法を使うであろうことが明らかとなる。

火威が見学の場合、棒倒しを見る観客の後ろでこっそり法理を開豁して蒼軍の棒をグググっと倒そうとしていただろう。

「海のゴロウ、侮れぬ」

この戦い……今から始まる新婦を懸けた棒倒しは、魔法の類は一切禁止である。ついでに言うと海上自衛官の二佐である江田島の下の名は五郎である。

 

 

「もーい。新人ノ亜神ガろぅりぃニ喧嘩ヲ売ッタト言ウノハ本当カ?」

「そうなんですよおワレハさま。メイベルって名前だそうですう」

「嬢ちゃんに喧嘩を売るとはなんという命知らず。だが、こうなると面白そうだ……」

「ユエル、折角の機会だから頑張って暴れておいで!」

ボーゼスをあたかも優勝の景品のように、会場を見渡せるひな壇に座らせて、その両端を守るように勝負の立会人である亜神が腰を下ろし、モーターとホモいエルフ亜神のグランハムが酒を注いだ杯を掲げる。

「おい、どうして参加しちゃダメなんだよ!?イタミの知り合いってことなら参加資格はあるだろう!?」

ジゼルは久しく自分が好きな火威の姿を見ていた。今は戦いに臨む(まなじり)と精悍な顔付きになっていて、それはそれで魅力もあるのだが、少し前は冷たい表情の下に敵をどう料理してやろうかと企む加虐的な眼だったのである。

しかも棒倒しなら堂々と皆の面前で火威の踏み台にもなれる。

そのシュチュエーションを想像すると、今にも鼻血が出そうだ。

「空を飛べる猊下が参加してしまったら、黒軍が有利になりすぎてしまいますでしょう?……とうか、何故お御顔が赤く?」

フラムに(たしな)められるついでに指摘され、慌てて暑さのせいと誤魔化すすジゼル。

アルヌスの門が閉じられるよりのより少し前、ジゼルはロゥリィに諭されてからハーディから言われたままで無く、自分自身で見聞きした事を調べるように心掛けている。

物事の発生地点や、過去に起こったことでも事件や事柄が記された記録がある図書館に行くようにもしていた。

その調子で数ヶ月前に設立された駐屯地附属の特別図書館で日本文化に触れ、色々な物を知識を追加していたのである。

お蔭様で、考えるだけでも鼻血が出そうな妄想で出来上がる。が、彼女は思い起こすように火威を同じヒト種の女に渡したのだと、心の内で(かぶり)を振る。

それでも、もし出来ればもう一度くらい……。などと、想い人と同じように独り相撲で忙しいジゼルは、傍から見て意味不明の青い巨乳さんだ。だがジゼルも火威に「合コンの中で同じヒトの女に告白する」ことを約束させたし、ジゼルも火威のことはスッパリ忘れるよう努力している。

 

「では、これより棒倒しを始めます。よ~い」

江田島が左右の両陣営を見てから、空砲を確認して拳銃を掲げる。

黒・蒼の両軍が息を飲んで合図を待った。

号砲が鳴ると両軍の攻撃班が広間のほぼ中央ですれ違い、双方の攻撃の的に走り出して行った。

五分間の死闘が始まったのだ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

シュワちゃんを先頭に一軍となって、裸足で突き進んでくる蒼軍の攻撃班。

地響きすら感じられる蒼軍攻撃班の猛進に、黒軍の指揮官は狼狽えながらも指示を出す。

「きたきたきた。駆け引きもなんにもない力押しです! 迎撃班出動!」

棒の上からの命令に、倉田や清水らの迎撃班が前に出た。

倉田ら三十名の迎撃班は二重の横隊を作って蒼軍を迎える。

が、シュワちゃんがその中央に突き刺さるようにして突撃すると、倉田達は一撃で吹き飛ばされてしまった。

「俺の出番これだけっスか~!?」

しかし二枚目に控えていた壁は予想より遥かに高かった。突撃するシュワちゃんを阻もうと、禿げた自衛官がその前に現れて、あたかも相撲でも取るかのようにズボンの両腰に手を掛け、シュワちゃんに組み付いたのである。

「んぬっ、ここは通さんッ!」

魔法の使用が厳禁されてる火威は、久しく味わう生身の戦闘に突入したのである。

「クッ、貴様そこをどけェ!」

「できるかァ!」

火威の任務はこの場でシュワちゃんを封殺し、時間一杯まで彼を拘束することだ。火威とシュワちゃん、もといユエルの純粋な力比べが開始されたのだ。

「……貴様っ!この軍の名のある武将と見た!」

こんな時でなければ、別の形で決闘を申し込みたいと思わせる禿頭の男だ。

だが火威はその言葉に律義に応えてやる義理は無い。というか余裕が無い。

火威は特地で初めて自分より力の強い相手と力比べしている事を悟る。

「だが、やらせん!」

次第に黒軍の石垣ならぬ人垣に、どんどん押しやられてしまう。本物の相撲だったら既に押し出し状態だ。

実際、本物の相撲ならうっちゃりたい火威だが、今の状況でユエルをうっちゃっても黒軍の棒に近付けるだけなのでそれも出来ない。

黒軍の他の壁役である栗林や南雲はユエル以外の蒼軍攻撃斑の意識を刈り取るべく攻撃に忙しい。

ここは火威一人で支えきるしかないのだ。

「……ぐッ!そこをどけェ!!」

雄叫びを上げるように怒声一発、激昂したユエルが袖を掴み、大外刈りのような形で火威を地面に叩きつけた。

素手による肉弾戦で潜り抜けてきた修羅場の数の違いと言える。

「ほガァ!?」

火威は後頭部を強かに地面に打ち付け、暫しのあいだ卒倒してしまった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

次に火威が付いた時、全てが終わった後だった。

最終的な結果から言うと黒軍が勝ったのだが、それに至るまで紆余曲折あった。

自衛官でありつつ観客となっていた出蔵によると、勝手にシュワちゃん呼ばわりしていたユエルは、火威が気絶した直後に富田や他の自衛官がが抑え付け纏わりついたが、その怪力を以て自衛官やら富田にしがみ付いていたユエルから引き剥がそうとしていたパレスティ侯爵ごと、棒の上で指揮していた伊丹に向かって人の塊を投げ付けたらしい。

それだけを聞けば負けたのかと思うところだが、その時には黒軍の攻撃斑も蒼軍の棒に殺到し、特地班や三人娘とヤオの波状攻撃で蒼軍の棒をえいやっ…と倒しているところだった。

結果として棒倒しは引き分け。

だがズフムートの呪いを成就させんとするメイベルはこのままでは済まさない。ロゥリィに一騎打ちを挑んだのである。

「一騎打ちって、あの娘は武器なんて持ってないやん」

と指摘した火威であるが、出蔵はメイベルが自身の胸を切り開いてディーヴァという剣を取り出したのだと、この場で起きたスプラッタ的な出来事を説明した。

火威も過去にフォルマル邸でこの世界の神や亜神にについて。はたまた特地の歴史の触り程度を学習したから、血剣ディーヴァの存在は知っている。

秩序を司るズフムートの神力を持った宝剣で、正当な所有者である王の縁者以外が持つと(たちま)ち朽ち果ててしまう上に、使う度に一人の命を奪うことになるから使用は控えられ、それまでエデンという国も国教であったズフムートもエムロイが国教になった。

ロゥリィが亜神になったのはその前後だろうと予想出来るのだが、その時代に詳しく何があったのかは解らない。

火威はタンスカや閉門騒動時にもロゥリィの実力を知っているし、その上で稽古を付けてもらっているからロゥリィが負けることは無いだろうと気軽に聞いていたが、メイベルはロゥリィの九百五十年前の親友の子孫で生き写しと言って良い姿だという。

そしてズフムートの信徒の中で語り継がれている歴史を信じてるメイベルが、アルヌスまで来た理由が改めて判明する。

九百五十年前の結婚式を邪魔し、中断させた呪いでメイベル・フォーンの女は(ことごと)く結婚出来なかったらしい。

だがそれはメイベルの祖先であるベルティ・エム・フォーンが、その頃にエデンと言う国の摂政であるメタノールとかいう酷いロリコンに名目上の結婚した後、彼女が心臓に宿す血剣ディーヴァを取り出されて殺されてしまうからだ。

伊丹は呪いのせいではなくて蒼髪のせいであると指摘したが、それもメイベルは聞く耳を持たなかったという。

彼女の主神であるズフムートは、その目で世界を見て回れと彼女を昇神させた。これは余りにも間違った事を教えられているから、ちゃんと自分の目で世間を見てこいと諭しているのだろう。

しかしながら、火威が考えていた以上に緩い昇神の基準の低さだ。

余りの基準の低さに、サリメルが亜神というのも満更ジゼルの考え過ぎでは無いような気がした。

九百五十年前をリアルタイムで生きて見ていたモーターや┌(┌^。^)┐ホモォなエルフ亜神のグランハムは、その歴史が大きく間違っている事を知っていて、メイベルの主張する歴史がズフムート教徒によって大きく歪められたことであることを知っている生き証人だ。

だが二人が言い聞かせた所で我執に凝り固まったメイベルは信用しないだろう。だから当の先祖に言い聞かせてもらうしかない。

そこで白羽の矢が立ったのがジゼルだ。その後の事は火威の意識も戻っていたから知っている。

亜神同士の戦場の近くに倒れていたのに、誰も回収してくれなかったと言うのは実に悲しい出来事だが、亜神同士の戦いからは目が離せるものでは無かっのだ。

戦死者を除き、殆どの者の魂が行く冥府を司る神であるハーディの使徒であるジゼルにメイベル先祖であるベルティの魂を連れて来てもらおうと言う話しが出たのは、ズフムートがメイベルを昇神させた理由を、彼女なりの(間違った)見解をロゥリィに叩き付けた時からだ。

しかしハーディという神は悪戯好きで捻くれ者らしい。誤解させておいた方が面白いとか言い出すかも知れない……なんてことを言い出すのではないかとジゼルは心配する。

もし閻魔大王が似たようなトリックスター的なキャラだったら嫌だなぁ……と火威は思うところだ。

「大丈夫大丈夫、ハーディとズフムートはめっちゃ仲悪いから、メイベルって使徒の娘を絶望させて離反させる目的って言えば、手駒を増やしたがってるハーディは手を貸してくれるんじゃないか?」

そんな陰に満ちた方策が、まさか太陽神の使徒の口から出てくるとは思わなかったジゼルと火威である。水清いと魚棲まずと言うが、こんな調子なら存外付き会い易い神かも知れない。ただしホモい仲はだけは勘弁である。

「あ、兄貴って……腹黒いんだな」

ジゼルは大きく頷くと、大地に大鎌を突き立て両手をぎゅっと握り合わせた

 

この戦いがズフムート信徒であるメイベルの育て親から彼女に吹き込まれた間違った知識と、それを元に形成されたメイベル自身の我執が起発点と解ればロゥリィがハルバードを握る手にも力が入らない。

戦っている理由が馬鹿馬鹿し過ぎて、事に本気で打ち込む気など萎えてしまうのだ。

その為ロゥリィは防戦一方で、何度かディーバの打ち込みで吹き飛ばされて苦戦していた。

「もういい!この分からず屋はぁ、幽閉するっ!」

何を言っても一つの考えに凝り固まり、他の可能性も考えようとしない餓鬼にディーウ゛ァなど持たしてたら何しでかすか解らない。

だから親友の子孫とかそういうことはどうでもいい。解体して幽閉するのだ。

メイベルもロゥリィの意図を察し、ディーヴァを構えて気合いを入れ直した。

しかしその時、ロゥリイとメイベルの間に天空から光が差し始めた。

「者共、聞け! 冥王ハーディからのお言葉である!」

ジゼルの宣言が轟いて、周囲の群衆が片膝を突いてひれ伏す。それまで戦っていたロゥリィを始め、ダンカンやグランハムまでもが構えを解いて片膝を突いてひれ伏したのだ。

即座に反応出来なかったのは伊丹達日本人の自衛官くらいのものだが、火威なんかはすっかり特地の習慣が身に付いているというか染み込んでいるので、さり気なく片膝突いてひれ伏している。

ジゼルは、それを気にすること無く続けた。

「メイベル・フォーン。汝に祖たるベルティらの魂との面会を許す。それらと話をし、真実を知るが良い」

「なっ!?」

凍り付くメイベルの前に、神々しい光の柱が降りてきて、そこにベルティの姿がうっすらと浮かんだ。




棒倒しでは火威は全くの役立たずでした。
ジゼル的にはOKかも知れませんが、栗林的には振り出しに戻ったかも知れないです。
まぁ、そこは……ファン小説だから多目に見てくだされ……。

次回はいよいよ二部の最終回の予定です。
二部のラストと三部の序盤は続いた話しみたいに解りにくいかも知れませんが、
どうか堪忍して下さい。


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外伝Ⅲ 幻の凍結帝国
第一話 新たな夜明け


ドーモ、庵パンです。
なんだかんだで今回から三部です。
13話で終了っていうのは、妙に不吉な予感がして避けたかったんで……。
ちなみに三部は栗林のターンですが、前のヒロインも目立つ回であります。
流石にサリメルが二十一話に対してジゼルが十二話ってのは余りなんで……。

でも栗林のターンはちょっと長めに考えております。
まぁメインヒロインなんで、これくらいは……ね?
前のヒロイン二人も出ることだし。


ベルティの魂から真実を聞いたメイベルは狼狽えた。

狼狽えながらも、真実を否定しようとする。

だがロゥリィのハルバードが二閃。ディーヴァを叩き落とし、得物の腹でメイベルを遥か彼方まで撲り飛ばしてしまったのである。ベルティが居る前でその子孫を八つ裂きにするのは忍びないと思った末の配慮なのだろう。

その後、ディーヴァを巡って伝統貴族達の狂態を見せつけられたが、ピニャの詰問やらボーゼスやビーナの執り成しで伝統貴族達の頸は切り離されずに済んでいる。

その執り成しで伝統貴族の狂態は式の余興として扱われ、貴族社会からパレスティ家を爪弾きにしていた伝統貴族もパレスティ家に毒念を向けことは出来なくなったし、ボーゼスの結婚に反対する訳にもいかなくなった。

「よろしぃ。二人を夫婦と認めるわぁ。夫婦は共に戦う同盟者で戦友で、また同時に好敵手よぉ。最後まで死力を尽くして戦いぬきなさぁい!」

こうして富田とボーゼスは晴れて夫婦となった。そしてロゥリィも祭祀を務め切り、ズフムートの呪いを払拭したことを衆目に示したのである。

その後は日本の文化紹介ということで、ブーケトスが行われた。

栗林がピニャや貴族の女性に言い伝えでジンクスと説明しているが、自らも腕まくりしている。

本来なら相手を探すのに困らない容姿の持ち主だろうに、栗林が婚期を逃しているのは他ならね栗林自身に理由があると火威を始め、彼女を知る者なら誰しも思う。

栗林と交際するのは、栗林と同等以上の強さの男だけしかいないと栗林自身で言っているのだ。

ダーを格闘で倒せる男を人間の中から探すのは難しい。

ボーゼスが後ろ向きにブーケを投げると、そのブーケを取ろうと女性陣が動く。

だがブーケはどういう訳だか、火威の手に収まっていた。

棒倒しでユエルに弾き飛ばされて負傷し、レレイから回復魔法を受けた清水の代わりに、撮影チャンスを伺ってカメラを構えていた火威が、飛んで来た物は矢でも鶉でも掴んできた癖でついつい取ってしまったのである。

「あ……」

やっちまった自分自身に思わず声を漏らす。

その直後、火威はブーケを求めて暴力の塊となった独身女性の嵐に、ボロ雑巾のようにされてしまったのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

その後は、夫婦となった二人の子供が主人公のナッシダが行われた。

元はこのナッシダが想起されたのだが、ここに自衛官のフラストレーションを健全な方向で発散させる為に、巨大な駐屯地祭みたいな物が付いてしまったのである。

「人生とは創り上げるものだ。この赤子が匠神の加護を得て、素晴らしき人生を創らんことを」

言いながら、モーターが舞の額に指を当てる。

続けて祝福したのはグランハムだ。

「この娘が太陽の加護の下で明るく、元気で、美しくあらんことを」

「主上さんの加護で、死んだら極楽に指定席だ」

と言って舞の左手に唇わ当てたのはジゼルだ。

「そう簡単に死なせるもんですかぁ。エムロイはこの者から死を遠ざけ、戦う術を与えるわぁ」

ロゥリィはそう言って、舞の右手に唇を寄せる。

最後はワレハレンだ。

「実リ多キ、木々ノゴトク豊カナ将来ガモタラサレンコトヲ。ソノタメニ、他人ノ言葉ヲヨク聞キ、真実ヲ聞キ分ケル耳ヲ授ケヨウ」

ワレハレンはそう言って、自身の右耳を取って舞の口に含ませた。

それを見て火威なぞは「歯の生えてない子に果物って良いンかな?」とか思ったりしたが、伊丹と富田は「ちょっと待った」と止めに入ろうとした。

宗教的儀式とは言え、人間の肉体を赤子に食べさせてはいけないという常識的な感覚が働いたのだ。だがそれもボーゼスやロゥリィに止められる。

「あれは神体拝受という儀式よぉ。ワレハレンの身体を食べると寿命が十年延びるって言われてるわぁ」

後で皆にも配られると言うロゥリィに、ワレハレンを皆で食べる事に威驚く伊丹。

この人も慣れないなと、内心で苦笑する。

確かに最初に会った時には西瓜やメロンのような緑色だった美女が、今では白桃の如き色の魅力的な桃色だ。

見た目にも美味しそうだが性的な意味でも美味しいに違いない。そんな美女に会えなくなるのは悲しい。

だがロゥリィの「新鮮な内に食べなきゃ無駄になっちゃうの。その方がもったいないのよぉ!」という言葉もある。

美女を物理的な意味で食べるのは気が退けるが、グスグスに腐った美女を見るのも勘弁願いたい。

と、そんな事を思う火威は、隊の誰よりも特地に順応していた。

 

様々な障害を乗り越え、ロゥリィがズフムートの呪いと妨害を打破した結婚式は披露宴に入っていた。

その披露宴もたけなわになった頃、火威は見事に祭司を勤めきったロゥリィの姿がないことに気付く。

恐らく九百五十年振りに会う親友とアルヌスの街か周辺をブラついているのだと想像するが、何故、親友であるベルティという娘の魂が九百年もの間、此彼(しがん)に在ったのかが理解出来ない。

と言うのも、以前にエロフことサリメルから、この世界で人間が死ぬと、魂はハーディかエムロイの下に行き、そこからまた転生していくと聞いたことがあるからだ。

そうなると、何か特別な事情でハーディの下に留め置かれたとしか思えない。

 

…………が、今はそれより優先して考えるべきことがある。

披露宴が終わり、式が無事に終了しても火威の頭は優先して考えるべきことが占拠していた。

それは太陽神フレアの使徒、グランハム・ホーテックの眷属のシュワちゃんことユエル・バーバレンに負けたことだ。

棒倒しの結果はそのものは引き分けだが、個人の勝負として火威は負けたと言って良い。火威は勝ち負けに拘るほど武闘派の性格の人間では無いが、後に栗林に交際を申し込まなければならない。

にも関わらず、棒倒しで張り倒されて暫し気を失ってしまっていた。アレは栗林の目から見たら明らかなマイナスポイントだ。

相手の力量を見極める前から格闘戦に持ち込み、初めて力で劣る相手に正面から挑んでしまったことを、火威は後悔していた。

「ぐぬぬ……」

「どしたんス?」

思わず呻く火威に、腹でも壊したのかと聞く倉田の姿があった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

四日目の最終日。

大祭典は盛大な閉会式を行い、大成功に終わった。

そして解ったことと言えば、樹下はきっと薔薇科植物であろう。そんな味であった。

ワレハレンは神体拝受式を行って果肉を皆に振舞い、その果肉に含まれる種を埋めさせたのだ。

その過程でモーイ少年には大いに同情すべきことが起きた。だが、また美人のワレハレン樹下は緑色の状態から復活……というか樹に成るからドンマイ、と、火威は声を掛けたい。

その時、火威に声を掛ける者がいた。誰かと思えばユエルだ。

「昨日の棒倒しで貴様は実力の半分も出してないと見た。今度はオレと差しで勝負しろ」

なぞと言って来る。願っても無いことなのだが、昨日の棒倒しの前には狭間陸将から伊丹を始め自衛官は私闘出来ないことを聞いていなかったのだろうか。

「飛び道具専門なら飛び道具を使え。オレはこれで……」

と言いながら、背中の鞘に差している剣柄に手を伸ばすユエルの目は座っていた。昼間っから酒を飲んでるとは良い身分だなこの野郎。

しかし好機でもある。

「あぁ、良いよ。OK。でも命の取り合いは出来ないから武器はこっちで用意させてもらうし、重大な任務が控えてるから今は無理だけど、それで良いならな」

「差しの勝負だぞ」

「うむ、了解している。武器以外は自分の能力全開で勝負するのな」

「その通りだ」

ユエルは火威が魔導士だとは知らない。その時になって魔導全開で自身を有利にしようと言うのだ。正に忍者、汚い忍者。

 

後夜祭の夜は大祭典当日以上に盛り上がった。

今までもてなす側だった街の人達や自衛官が楽しむ側になったのだからそれもそのはず。

後夜祭では帝国式の料理を貴族達が持ち寄り、大きな晩餐会が開かれている。

そして意外な事に、ケモナー貴族のカトリと楽しそうに話しているのは倉田だけでなく、出蔵も加わっていた。

「カトリさんにはユニコーン娘とか似合いそうなんですよねぇ」

「いやいや、彼女らは処女以外が乗ろうとすると、その角で刺し殺されるから難しいですね」

「あぁ、こっちのユニコーンも処女厨っスか」

出蔵がカトリの外見から導き出した発言を、真面目に返したカトリの言葉に倉田が反応する。

カトリの見た目はメガネを掛けてる以外、確かにザビ家の遺児を恋人にすると良さそうな青年であった。

だがザビ家の遺児っぽいフォルマル家の伯爵夫人は、今年で十二歳くらいだったハズ。でも今現在は帝都に居る菅原が、当時十二歳のシェリーが俺の嫁宣言しているから、この世界では有りなのかも知れない。まぁザビ家の遺児っぽいミュイにも選択権があるのだが。

そんなことより、火威には合コンが待っている。

場所は開会式の会場の大広場の端である。というか、目と鼻の先にある。

合コンは男女比が同じであるべきだ。カトリの相手は出蔵に任せて、火威は倉田を連れて行った。出蔵がケモナーという話しは聞いたことが無いが、嫁さんが他種族なので、有意義な話しは出来るだろう。

合コン会場に行くと、そこには薔薇騎士団の女性方の参加者全員と、アルヌス在住の他種族女性。そして男性自衛官が席に着いていた。

「おせーぞ幹事」

なぞと、からかい半分のヤジが飛んでくる。「サーセン」と謝る火威や倉田も大概だ。

しかし、既にマリナやペリエからバイキング式の料理やフルーツポンチに似た菓子が運ばれてきているというのに、女性側の参加者が二人足りない。

「あり? 猊下は?」

居ないのはジゼルと、ジゼルが連れてくるであろう栗林と思われる人物だ。酒精が弱いとは言え、果実酒もあるから酒好きの二人が欠席するとは思えないのだ。

とは言え、時間はまだあるし……と、思った所でジゼルが一人の人物を連れて来た。

「おー、ヒオドシ、遅れて悪かった」

「あぁ、猊か、ぁっ?」

火威だけで無く、他の参加者も驚き言葉を失った。

ジゼルが連れて来たのは、栗林でなくロゥリィ・マーキュリーという亜神だったのだから。

「えっ、聖下?」

「まさかのロゥリィ!?」

騎士団の女性も忍者屋敷屋敷向かいのジぜラの神官も、倉田も驚く展開にロゥリィは口を開く。

「愛を司る神を目指す身としてはぁ、こういった催しも知っておくべきでしょぉ?」

その発言の半分が耳に入っていたら良い方で、この場に居る者の半数以上が死神と恐れられたロゥリィ・マーキュリーが合コンに出ているという事実に石化していた。無論、火威も含む。

「って、おい。大丈夫か? お前ら」

ジゼルの声で現世に引き戻される参加者達。ふっ、と我に返った火威に、ジゼルは小さく呟く。

「クリバヤシはお前の家の前に行くように言った。もしお前がアイツに会う気があるなら急いで行ってみろ。長くは居ない筈だ」

ジゼルとしては火威の本気度を測る必要があった。

散々「合コンに出ろ」と栗林を連れて行くように思わせておいて本番では別の人物を連れて行く。そして肝心の栗林には、火威から話があるから家の前で待つように言っていたと、偽の話しをしておく。

それで栗林が火威の家の前で待って居なかったら、栗林にその節は無しと判断されるだけだ。目出度くジゼルが火威のパートナーになって良いし、火威が急いで家に戻らなくてもジゼルが火威と寄りを戻しても良い。また火威は結構、金に執着する男である。参加費用分は食べてから行こうとするかも知れない。

「あぁ、そういや三尉。結局花火やらないンすか?」

空気読めてない幹事の倉田なんかが、石化した皆の空気を変えようと火威に声を掛ける。だが火威はジゼルに言った。

「そ、それじゃ俺の分も良かったら猊下と聖下で食べてください。ちょっと行ってきます!!」

そう言って、一応参加者の一人である火威はアルヌスの街を抜けていったのである。

火威が抜けた合コンでは、ロゥリィが最年長者として参加者から恋の悩みを聞くカウンセラーのようなポジションになり、ジゼルが涙を忘れる為に果実酒を呑んだくれたという。

 

*  *                             *  *

 

 

黄薔薇屋敷に突入してしまったのは、ロマの森の温泉宿でサリメルから、彼女の師匠が生涯独身だったという話を聞いたから……と、言ってしまっては責任転嫁になるだろう。

だが、あの話を聞いた時は、久しく今の身の上が怖くなった。

忍者屋敷の前で、火威の帰宅を待つ栗林の手にはカンテラがぶら提げられていた。

エルベ藩国からアルヌスに帰って暫く経つと、共にロマの森に行った禿げの上官が自身の事を好いているなんて話を、方々で耳にすることになる。

確かに、特地に来てから少し経った時から毎朝、独自の訓練を重ね、走り、特地の魔法まで憶え、強さという物を求めている姿勢は、彼女……栗林・志乃には魅力的に見えた。

外見から、かなり年上かと思われた年齢も伊丹隊長より年下という恐るべき事実も知った。

だが栗林が想いを寄せるのは、あくまでも富田・章だ。

誰からも見られない自身の心の内とは言え、二股は避けたい。何より、自分自身で赦されない行為だ。

それにゾルザル派帝国軍との戦争中の火威は、落ち武者のような髪型だった。正直言わなくても、あれは勘弁して欲しい。

戦争が終わったであろう時に、蟲獣の大群を滅殺した彼の頭部からは眉毛を含む毛が一本も無くなっていたが、現在は眉毛も生えてただの右目の上に傷が走るスキンヘッドという、ただの恐面に戻っている。

だからと言って簡単に富田から火威に想いの先を替えれる程、栗林は尻の軽い女ではない。

火威から交際を申し込んでくれたらなぁ……などと思ってたら、伊丹から富田がボーゼスに結婚を申し込む場を確認する任務にお呼びが掛かったのである。

しかも『特地派遣隊レクリエーション部』らしきものに所属する火威も一緒だ。

そしてトドメは煮えっ切らない富田のプロポーズだったろう。

栗林はその時に感じた。「言うならさっさと言えガルルッ!」

…………当時は逆の事を言った気もするが、そんな事が有って、栗林は猛獣のように走った。

お陰でスッキリした。

だが後悔もした。

黄薔薇屋敷突入以降、火威が栗林を怖がって避けるようになってしまったのだ。

一度の暴走で、二人分の想い人の心を失うのは、結婚願望が強い栗林には大ダメージである。

少し前に一度、ジゼルから呼ばれて忍者屋敷に上がり、ジゼルが料理を勧めてくれたが、気不味い余りに早々帰ってしまった。

今思えば、あればジゼルに対して失礼だった事である。

結婚式の場で行われた棒倒しで、火威はユエルという特地の戦士っぽい人に昏倒させられてて、その場では火威の不甲斐無さに呆れたものだ。

不甲斐無い様を見せつけられては、例え交際が申し込まれてもお突き合いで叩きのめして、考えを改めさせる必要があると思う。

だが少し時間を置いて考えてみると、相手は複数の自衛官と蒼軍の攻撃斑数名を棒の上の伊丹に投げ付ける程の怪力だ。

相手の力量も見極められない内に正面から向かって行ったのだから、仕方ないとも言える。

今夜はその火威が呼んでいるのだ。伝えに来たのはジゼルだが、あの二人は伊丹とロゥリィのように仲が良いように見える。最近は疎遠になっているようにも見えるが、大祭典の準備で皆が忙しいのが影響しているのだろう。

彼は今、特地派遣隊のレクリエーション係りとして合コンの幹事をやっているだろうから、栗林は来るのが早過ぎたかも知れないと少しばかり後悔した。

どうせなら、帝国料理を味わっておけば良かったとも思う。

だが、待ち人は意外なほど早く来た。テュカが使うような精霊魔法による光が、アルヌスの街を抜けて近付いて来たのだ。

幹事だと言うのに、成すべき仕事を他の隊員に任せて来た様子だ。

「く、栗林……!!」

火威が、嘗て確かに想いを寄せて、そしてジゼルに諭されて恋心を思い起こした相手の姿を確認した。

火威はこういう時に、多くの言えるべき言葉を知る男ではない。場面に相応しい策を持つ奸智もない。対古代龍で導き出した最終手段の一つも「レベルを上げて物理で殴る」が答えだった男である。

言うべき言葉、取るべき態度は一直線だった。

「どうか…!」

何を思ったか、ぴょーん、とジャンプして要らん捻りを加える。

「結婚を前提に付き合ってください!!」

人にモノを頼む時は土下座。それが染み付いている火威は、着地後から流れるような動作で最上級の土下座(五体投地で土下座)を敢行したのであった。




安西先生…………。

押絵が……欲しいです……。


というネタをやりたいが為に書き直し印を押す事になった庵パンです。
お気に入り指定、370を突破!!
本当に有難う御座います!!

取り敢えず栗林はヒロインらしさっていうか、このターンで鬼強くする予定です。


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第二話 御突愛

ドーモ、庵パンです。
今回は前回よりも間隔短く投稿できました。
火威は行き成りフラれませんできたが、実力次第の世界に行きました。

そんなことより、ゲートの二期は来年の後期と予想します。
理由? 理由ですか?



               願      望      で     す  




どうしてこうなった……。

などと、みなまで言う必要も無い。原因は自分自身にあることは解っているのだから。

昨日は撤収作業で忙しく、ゆっくりと栗林と話している時間も無かったし、一昨日の夜に交際を申し込んで以来、顔を合わせるのも気まずくて喋ってなかった。

だが今朝、食堂で朝飯を食っている最中に栗林から、課業後の()()()()()の申し出が有ったのだ。

一昨日の夜に最上級の土下座で交際を申し込んでから、栗林は冷たい目をしつつも平温の声色で「了解しました」と言って去ったからフラれたと思った。それに比べれば大きな前進と言える。

とは言え、一昨日の冷たい目線を思い出すと、今回は本気で()りに来るような気もする。

しかし、この時の為にロゥリィに真剣で稽古に付き会って貰って来たのだ。火威はお付き合いを申し込んではいるが、お突き合いすることを前提に準備してきたのだから今の事態は予測の範囲内と言える。

欲を言えば交際を申し込んで即日恋人関係になれれば良かったのだが、一発で断られなかったのだし有難いくらいなのだ。

しかし、これで勝っても円満な交際関係を結んでいられるのか? と、思う。だが今はもう振り返らずに、やるべき所までやるしかない。

お突き合いで勝ち、交際出来るようになって交際し、その結果が最悪の交際関係になっても命が取られる訳ではない……はず。

結婚するまでの交際した異性がが複数人いるなど、一般的なことだ。

ならば……と、火威は特地害獣乙種…(すなわ)ち黒曜犬の群れを駆除した報告書を作成する傍らに考える。

火威は今回のお突き合いでは、本気で栗林に勝つつもりである。ならば、どうすれば勝てるかを考えなければならない。

通常、近接戦闘の可能性が高い普通科隊員には、女性自衛官は配属されない。にも関わらず、栗林は普通科隊員で、普通科の誰よりも近接戦闘を得意としている特別な存在だ。

その強さは、容易に相手が得意とする間合いを取らせないものだと推測する。過去に第三偵察隊がイタリカで盗賊に堕ちた連合諸王国軍の敗残兵を圧倒していたのがその理由だ。

あの時に火威がヒューイから見た背の低い自衛官は、明らかに栗林である。近くでじっくり見れなかったのが残念だが、素人ではない敗残兵を銃剣で圧倒していたのだ。

栗林は、見た目通りに自衛官の採用基準あるか無いかの身長である。だが以前に特地戦力調査隊で同じ隊になった丸山の情報では、栗林は高校時代に空手部と新体操部を兼部していたと聞いている。

新体操は演技の中でも、手の先や足の先を伸ばす方が採点が高いと予想できる。そしてまた、空手での演武も拳先、足先は少しでもダイナミックに動て見せた方が採点が高い筈。

それが栗林が強者でありえる理由の一つだと、火威は予想する。栗林のリーチが長いように()()()では無く、実際に攻撃範囲が広いのだ。

そして敵への踏み込みも速いし、自身を敵に捉えさせない程に動きも素早い。ニャミニアに白兵戦を挑む程に思い切りあるし、戦場を把握する能力にも長けている。

早い話が超高性能AIを搭載した可愛い系の爆乳高性能戦闘マシンである。

「これ……勝てねぇよ」

自分で考えておいて絶望的な勝率に、我ながら嫌になった。

だが栗林は可愛い系の爆乳娘でもAIでは無い。人間である以上は突破口がある筈だ。

火威は課業後のお突き合いに備えて、報告書片手間に策を練るのだった。

 

そして終業後、栗林と火威はアルヌス唯一の体育施設と言ってよい錬武館に向かう。

だが予想外な事に、お突き合いで場所を借りる予定だった練武館の使用は、予約制に変わっていた。

暫く栗林も火威も利用してなかったから、これには少し驚いた。

だがアルヌスが、日に日にシステマチックになることは、アルヌスが避難民の町だった頃から知る栗林も火威も嬉しく思う。

それは、小さな頃から知り、見続けてきた子供が成長して立派になっていくのを見守り続けて来た大人に似た心境かも知れない。

最近では閉門騒動畤のような混乱は避けようと、アルヌスの中ではホウ「報告」レン「連絡」ソウ「相談」が徹底されるようになって来た。その甲斐あって、住民の悩みを良く聞くことがある。

その殆どが住民同士の協力で解決出来るものなのだが、最近になって聞いたテュカの悩みはアルヌスの住民ではどうにも成らないものだし、自衛隊も個人の為に装備を使う訳にも行かない。

相談するべき相手はジゼルだと、火威は考える。

 

 

*  *                             *  *

 

 

栗林 志乃は、一昨日の夜に火威から交際を申し込まれたこと自体は、好ましいし嬉しい。

だが、問題は申し込まれた時の火威の態度が良くない。

態々(わざわざ)空中で一回転して、尚且つ捻りを入れる意味が解らない。

バック中と違って前方宙返りは着地時に足場が見れないから難易度は高い。従って夜間に行うのは運動神経の高さを証明することだから、それはまだ良い。何故あの場でやったのかは意味不明だが。

問題はそれからだ。突然、地に這いつくばって第五匍匐でも始めたのかと思ったら、どうも土下座をして頼み込んでいたらしい。

栗林の過去の記憶が正しければ、あれは五体投地という仏教において最も丁寧な礼拝方法の一つで、対象への絶対的な帰依を表す行為だ。

日本に於いては天台宗、高野山真言宗、あとは何だったか……。

「火威三尉、三尉は宗教とか、宗派とかは何処を信じてます?」

「えっ? 俺は神道寄りの日蓮宗で神仏習合にロゥリィ教徒だけど?」

特に五体投地とか関係ない宗派の人だった。そして大多数の日本人と同じように、多神教を無宗教という建前でコーティングした()()()な日本人と変わらない事が解る。

そして早くもロゥリィの信徒になっている。聞けば、日本にも非公認ながらロゥリィの信徒は多いと彼は言う。

確かに、栗林も門が開いている時に伊丹が紹介してくれた特戦群の面々とお突き合いして(そして栗が勝つ)いた時にも、一度国会に参考人として出ていただけのロゥリィやテュカやレレイの人気は長らく続いていて、本人非公認のファンクラブまでもがあった。

当時はキモオタ共が騒がしいとしか思っていなかったが、確かに日本でもロゥリィは神様として認知されているのでロゥリィ教徒が非公認で多数存在しても可笑しくない。信徒のメインは、どうせキモオタ共だろうが。

だが目の前の三尉は実際に何度もロゥリィと話しているし、稽古も付けて貰っている。神様に稽古を付けて貰うという得難い経験は、充分にロゥリィの信徒となる資格と言えよう。

まぁ、宗教の選択は個人の自由だから、栗林が意見出来ることではないのだが。

 

長々お突き合いの場所を探していた火威と栗林だが、遂に練武館に代わる場所を見つけることが出来た。

そこはヤオが代表を務める、アルヌス傭兵団の訓練場だった。

「いやぁ、有り難う御座いますヤオさん」

「陽が落ちてからは訓練も出来ぬしな。御身が精霊を使役して灯りを確保出来るなら、此の身らが使ってない時は何時でも使用してくれて構わない」

ということで早速、人頭大より少し大きめの光球を試合の場になる石畳の訓練場の各所に浮かべた。

流石に昼の明るさという訳には行かないが、蛍光灯ほどの明るさを発する光球が訓練場の各所に六つも有ると足元に気を払う必要も無くなる。

そうして試合環境を整えると、いよいよお突き合いが開始された。

お突き合いを見守る立会人は、組合の仕事を終えたロゥリィ・マーキュリーだ。彼女はこの手のイベントが好きらしい。

もしかしたら棒倒しも、彼女が当事者でなかったらワレハレンやモーターのように立会人の立場を選んで雛壇から観戦し応援してたかも知れない。

「先ず、お互いにこの試合は不殺であることを言い渡しておくわぁ」

それはまぁ、火威としては当然である。恋人にし、妻としようとしている相手の命を奪う道理など無い。

「次にぃ、ヒオドシは魔法が不使用であることぉ」

その為にロゥリィの元で、厳しい修行をしてきたのだ。火威から意見は無い。

「最後にぃ、ヒオドシは相手が女故、クリバヤシの顔を傷付けないように注意することぉ」

火威が魔法を使える分、多めに制約されたような気もするが、可愛い系の栗林の顔に傷を作りたくないのは火威も同じだ。

自分の顔に傷がつくのも痛いから勘弁して欲しいが、これ以上は恐面になりようが無いから良しとする。

「以上の三つを守る限り、好きにしなさぁい」

いよいよか、と思ったが、ロゥリィの卓宣はまだ続く。

「これを破ったり、負けを認めたりぃ、倒されて十数える間に戦う姿勢を取れなかった時はぁ、その者の負けとするぅ。わかったぁ?」

一体何処の龍玉ですか、と問いたくなるような宣言に続いて、ロゥリィはお突き合いが開始されたことを告げた。

「でわぁ、第一次ヒオドシ対クリバヤシ夫婦喧嘩(会戦)、始めぇ!」

「ちょっ! 聖下、今のルビ付ける位置おかしっ」

開始と同時にロゥリィに突っ込みを入れる火威に、栗林は容赦なく踏み込んで正拳突きを叩きこむ。

火威は咄嗟に顔前に掌をかざし、防ぐとともに後ろに滑って間合いを取った。

「三尉、気を抜いていると負かしますよ?」

ロゥリィの発言に反応している隙に、危うく一撃で負けそうななった火威は栗林に向かい構え直し、丹田に力を篭めたる。

「フフ、そう簡単に負けるかい。お前の強さは以前にイタリカで見ている。油断なぞするかよ」

とは言うが、先程は思いっきり油断していた。ロゥリィの稽古を受け、反応力が付いてなかったら負けていたかも知れない。

栗林の動きを見極め、踏み出した火威が栗林の土俵である白兵を開始する。

 

 

*  *                             *  *

 

 

既に陽は落ち、自衛官同士の実戦形式の格闘試合を聞き付けた者達が、傭兵団の訓練場に顔を出して、ある者は賭け事などしている。

栗林の突きを左腕で逸らし、踏み込んでから身体をぶつける。しかし栗林は素早く後退して間合いを取り直した。

「は、速ぇ……」

火威は心の中で呟く。

理解してはいたが、実際のお突き合いとなってみると栗林の素早さは火威が今までの人生で対峙してきた誰よりも速い。そして、その拳は非常に重かった。

お突き合いだから本気で殴って来てる訳ではないのだろうが、それでも火威の手が痺れる程に重いのだ。

昨日、舎弟になり下がったエルダー一家やグランハムと共にフレアの神殿に帰った眷属のユエルは惜しい人材を見逃していたと思う。

「三尉、どうです? 降参しますか?」

「いや、まだまだ」

肩で息する火威を見て、栗林はそんな事を言う。

今に至るまで、走らされ、多く間合いを取らされているのは火威であった。栗林は背が小さいにも関わらず、その3m……少なくとも2m以内は確実に彼女の攻撃範囲内だ。

終業前から栗林の突破口を考えていたが、結局思い当たらなかった。

精神攻めという手段も考えたが、それで勝っても悪い場合は仮面恋人……みたいな状況になる。

「だったら行きますよ!」

距離を取った栗林から仕掛けてくる。火威と栗林の身長差は30cm程度あるから、拳を振り下ろすと栗林の顔に当たってしまうのだ。まさか、ここに来て火威への制約がここまで行動を縛ることになるとは思わなかった。

火威はガードしながら弧を描いて後退する。火威が最強と考える引き撃ち戦法である。後退しながら栗林の首から下に向けてジャブを打つのだ。爆乳に触れちゃうかも知れないけど、まぁ仕方ないよね?

しかし、二発の拳が栗林に防がれ、それでも退ろうとしたところでジャンピングソバットが火威しを見舞った。

某アメリカ空軍の少佐を思わせるような技だが、火威は右腕で防ぎ切る。だが某アメリカ空軍少佐(後に中佐)の如くサマーソルトキックが放たれることを警戒した火威は右に体を(かわ)してやり過ごそうとした。

だが栗林はその火威目掛け、全身のバネを使った強力なアッパーカットを突き上げる。

寸でのところで躱した火威だったが、その頬を生暖かい物が垂れる事に気付く。

直感的にそれが血で、現実に血なのだが、某空軍少佐のような超音速衝撃波(ソニックブーム)を出した栗林の背後に素早く回り込み、その胴を抱くように拘束した。

現実には胴より上の爆乳をきつく拘束してしまったのだが、火威はそのまま上体を反らしてバックドロップを敢行した。

しかし相手は背の低い栗林である。

しかも拘束したのは胴体では無く爆乳である。

ドタッ……と音がして、二人は強かに石造りの床に脳天をぶつけて昏倒してしまった。

その衝撃は栗林が四割、火威が六割に髪の毛が無い分、一割増加。

二人は十秒経っも立ち上がれなかった。

「せ、聖下、この場合の勝者は……」

お突き合い開始当初から、もう一人の立会人のように見ていたヤオがロゥリィに尋ねる。

「引き分け……と言いたいところだけどぉ、オツキアイだとそうも言ってられないわねぇ」

ロゥリィは続ける。

「先に立って勝ち名乗りを挙げた方が勝者よぉ」

混濁した意識の中で、栗林と火威はそのやり取りを聞いていた。

火威は、この時、初めて頑丈に産んでくれた自身の母親に感謝する。

考えがハッキリすると、彼の行動は速い。

(おもむろ)に立ち上がり、ロゥリィを前に言ったのである。

「勝った! 第三部、完ッ!」




また火威が勝手に三部を終わらせてますが、まだ終わりません。
まぁ三部はここで終了させて、四部も栗林のターンにして良かったのですが、
章のタイトルになってる凍結帝国が全然出て来ないので続行させます。


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第三話 異獣

ドーモ、庵パンです。
今回の出だしのメイン舞台となる場所でのお話は、本編合わせても一番キツいものになると思います。
15禁Gっていうか……まぁGな表現ですのでご注意ください。
Gっつてもゴキじゃないです。
んで、最近では一番長くなりました。


タト―ヴィレを襲われてから、もう月の満ち欠けが一度繰り返した。

ミューの腕の中で息を引き取った幼子を、昨今の騒乱の中で手に入れた絹の下地が敷かれた棺に寝かせる。

我が子を抱え、命からがら住んでた街を逃げだしたミューには喪服を用意することも適わない。

神官も呼べない簡易過ぎる葬儀で、我が子を彼岸に送らなければならない事を、ミューは両親とその先祖、そして棺に安置したフィーに申し訳無く思う。

この子が目を閉じて、開かなくなってから十五日も経つと言うのに、その顔は綺麗なままだ。

今年のファルマートは乾季や雨季のほか、フユという寒さが襲って来るとサガルマタの賢者が言っていた。氷雪山脈はこれまでも常に一年中寒かったから、相応の準備は必要だろう。

だが、夫に続いて我が子まで失ったミューの心からは光が失せ、自身もこのままハーディの元に召したいとすら考える。

出来る限りの蘇生は試みた。奇跡を祈って何回も抱き締めたりもした。そうして我が子と離れられずにいる。

ミューと姉のハルマが産まれる前に、この地に降臨したロゥリィ・マーキュリーは、身体の一部でも残り続けると魄は救われないと仰られたと、長命種の者達が言っている。

それに、この子が何時生ける屍になるかも解らないのだ。周りの人間はミューの心情を(おもうばか)りつつも、不安の芽を少しでも早く摘みたいと思うもの。

ミューにもそのことは解っていた。ルカマイトの兵に見つからないよう、無理を言って何日も離れた家屋に隠れるのを見逃してもらったと言うのに、これ以上の我儘は言えない。

「ミュー……」

龍人とヒトとの間に産まれたハルマが、そっとミューの背中に手を当てる。実の姉に諭され、ミューは我が子を安置した棺桶と、その周りに敷き詰めたられた薪の山から後退った。

彼女の心にあるのは諦念と絶望。そしてこの状況が悪い夢であって欲しいという現実逃避だ。

男達が手にする松明によって、薪の数か所に火が放たれる。ミューはその光景を正視することが出来ずに顔を伏せていた。

火が周り、棺を炎が包むとパチパチと薪の崩れる音が鳴る。

と、その時、棺から空気の弾ける大きな音がした。

「フィー?」

顔を上げて見ると、棺は炎に囲まれて見えなくなっている。

だが良く見ると、炎の中に人の影が見えた。

「フィー!?」

炎に向けて駆け出そうとするミューだが、ハリマに抑えられる。

「姉さん放して!フィーが!フィーが出たがってる!」

ミューが見たのは実際に遺体なのだが、遺体の筋肉が焼かれて縮み、遺体を起こしているに過ぎない。

「バカ!あんたまで死んじゃうでしょ!」

そう言って、ハリマがミューの頬を張り叩く。そして、火葬で起こる現象を怒鳴るように教えるとミューは泣き崩れ、ハリマの胸に縋り付いたのだった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

門が閉ざされて以降、火威のエンゲル係数は高い。

帝国から支払われる賠償金の一部を、特地に残された自衛官達へ小遣い程度の給与として支給しているから多くの自衛官のエンゲル係数は高めなのだが、火威の場合は自主訓練として駐屯地やアルヌスの街の周りを朝から走り回るから、朝食を多く摂る事がある。

従って、エンゲル係数は七割から八割。しかも昨日の夕食は栗林とのお突き合いで勝利した後だったので、早速栗林を食堂まで連れて奢ったのである。

「恋人特権」なぞと嘯いて火威は栗林に馳走したが、帝国からの報奨金も忍者屋敷の建設と新鋭機開発、そして家の改築で尽きてしまっている。

一晩経ってみて、「恋人気取りは早過ぎた」と後悔もする。

男が一度示した好意は区切りが出来るまではしなくてはならないと思っている火威は、これからの昼と夕飯の事を考えると頭が痛い。

お突き合い後の栗林は、案の定トゲトゲしい態度だった。回し蹴りで悶絶させらるし、決まり手となったバックドロップはお突き合いとして認められないのかと思ったが、「三尉の外見では女と付き合うのは難しいですから、良いですよ。恋人になってあげます」と、酷いことを言われてロゥリィ立ち合いの元で恋人関係になった。

そしてラッキースケベの代償として回し蹴りで悶絶させられるが、その後で「()()()()は注意して下さい」と御叱りを受けたのだ。

次はパイプカットだぞゴラァ……という意味なのかも知れない。

兎にも角にも、火威と栗林は恋人関係になった。栗林は大方の予想通りツン期からの出発だが、果たしてデレ期というのが存在するのかも不安になる。

 

しかし資金面に関して言えば、この日に限って言えば火威の心配は杞憂だった。

課業開始直後に、昨日に続いてアルヌスから派生した植民村付近で黒曜犬の群れが発見されたと知らせがあったのだ。

アルヌスに近ければ早馬で知らせに来るが、鸚鵡通信が存在する今では直ぐに村長や、それに類する立場の人間から救援要請が届く。

最近の特地派遣隊は大祭典が終了し、エルベ藩国から輸送した原油の精製や、門の研究が佳境に入って忙しい。

そのため、専門知識を持たずに戦闘に特化した特殊技能を持つ火威なんかは、周辺の街や村からの救援要請があると優先的に彼らの任務となった。

彼はヘリや車両で燃料を使わずとも移動できる高い機動力を持つから、隊としても使わずにはいられないのだ。

 

このところのアルヌス外での火威の移動手段は、自衛隊の車両に物体浮遊の魔法を使って性能以上の機能を生み出す物だった。

「おっと、いた」

アルヌスから三十リーグ程離れたハトチャ村まで、ハリポタ感溢れる空飛ぶ96式装輪装甲車、通称96は、14.5トンのその重量を凶器として時速120kmで黒妖犬を撥ね飛ばす。

「ざ、雑っすね」

戦闘で使用されることを想定してない96式装輪装甲車だが、小銃や砲弾片程度なら十分に防ぐ装甲に防御魔法を掛けている、轢かれた黒妖犬のダメージは言わずもがな。

しかも車体後方上部を観音開きにして、轢かれてから後方に向かう黒曜犬に12.7mm重機関銃を撃ち込む容赦ない徹底ぶりである。

現在、襲撃してきていた黒妖犬を排除した自衛官らは、村の中央に停めた96から村の各所に展開し、火威が村長から黒妖犬の被害を聞くのを待った。

村長に寄ると、朝早くに村の中を傍若無人に走り廻る数頭の黒妖犬を確認し、マ・ヌガ等の家畜が三頭潰されたのだと言う。

人的被害は災いなのか幸いにしてと言って良いのか、ヒト種の農夫が足を噛まれ、右足の小指を失う大怪我。

足の指を失うだけで済んだのは、駐在する傭兵が黒妖犬の群れに挑み、一人のワーウルフの男が意識不明の重体になる程の傷を負いながらも、一度は黒曜犬のを追い払ったからだ。

死者はまだ出ていないが、ワーウルフをアルヌスの診療所まで連れて行く必要があるだろう

村の人間は、ほぼ村の中央にある村長の家やその周辺に避難している。

火威は村の各所に展開した自衛官に招集を掛け、現在の状況を伝える。

「そういうワケで、俺はちょっとアルヌスまで怪我人を護送する」

火威はフル装備の九名の自衛官の顔を見回す。

その中には昨日、恋仲になった栗林も居るし、合コンに出てウルドと良い仲になった三角も居る。

可能なら全員に兜跋を装備して欲しいが、一品物の上に装着して動くのには慣れが必要だ。

「黒妖犬は無理に倒さず、追い返すだけで良い。周辺の村との間に巣がある可能性があるから、アルヌスに負傷者を送ってきたら叩き潰しに行くな」

そう言って火威は、アルヌスに行く前に村長や襲われたマ・ヌガの所有者に許可を取って、その死体に精霊魔法の罠を仕掛ける。

死体の周囲を風が渦巻き、引き擦る度に水が吹き出るようにしたのだ。

ワーウルフが96に運び込まれ、重傷を負った農夫が乗り込みワーウルフの身体が車内でぶつからないように三人の村人が乗り込む。

「おい、栗林」

昨夜、お突き合いの末に勝った女の名を呼ぶ。

「なんです?」

「くれぐれも深追いするなよ? あと倒すなら白兵せずに銃撃で倒せ。白兵は最後の手段だ。それと罠を持ってく敵は倒すな」

「わ、解ってますよ!」

言葉の裏には、心配しているのだろう事は解るが、ここまで信用が無いと若干悲しくなる。

「あ、それとな」

「まだ、あるんですか?」

些か辟易という様子で栗林が聞き直す。

「今度、デートしようぜ」

「な!?」

こういった任務中の私語を、普段の栗林は蛇蝎(だかつ)の如く嫌う。だが昨夜、栗林が自身で規定した水準を越えた男の言う言葉は、普段と違って聞こえた。

「いいから! 今にも死にそうな怪我人がいるでしょ! 早く行って下さいっ!

「いや、クリバヤシの姐さん。オレまだ死んでないから」

意識不明の重体だったワーウルフは、何時もウォルフと連るんでる白い毛並みの男で、今し方の栗林の大声に起きていた。

「お、無事か? とりあえず一時間くらいで戻る」

言うと96式の八輪ある車輪が宙に浮かぶ。ピニャの芸術の成果を伊丹に届け、合コンの打ち合わせをするために週に数回、帝都に行くことで魔導を鍛え、神格を高めて来たのは無駄ではなかった。

 

*  *                            *  *

 

 

アルヌスに戻った火威は、急ぎ看護師を呼んでワーウルフの傭兵をストレッチャーに乗せる。ヒト種の農夫は付いて来た村人に担架に乗せられ、診療所まで移送された。

ハトチャ村の怪我人を全て診療所まで送った火威は、飛んで来た道を帰ろうとする。

だが第五戦闘団の明野一尉に捕まった。彼によると、五リーグ程離れたユノマーンという開拓村から九救援要請が自衛隊に届いてるという。

直ちに自衛隊とアルヌス傭兵団の混成部隊で怪異の討伐・駆除するが、現地到着までは多少時間が掛かると言う。

だから混成部隊が到着するまで、害獣の跳梁を抑えるか排除しに行って欲しいと言う。

というか、命令なので「抑えに行って、ついでに排除しろ」と意訳される。

混成部隊にはダークエルフの精霊使いが居るから、味方の戦力的には心配要らないが、救援要請を出している村は開拓初期の村の為に、住んでる種族の比率が偏り、戦闘に向いた種族は少ない。

組合でも、その比率を危惧し、テュカやロゥリィが話し合っていたところだ。最近のアルヌス周辺で怪異が異常発生の理由は解らないが、各村に傭兵団が常駐するなどの方策が示されるだろう。

ユノマーンという村はハトチャ村とは逆方向にある。8km程度の距離なら物質浮遊の魔法で96を飛ばせば十分も掛からない。

火威は栗林や三角達に心の中で少し遅れることを謝罪しつつ、ユノマーンを跳梁する怪異共を滅殺する為に96式装輪装甲車に乗り込んだのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

三角は12.7mm重機関銃、隊内ではキャリバーと呼ばれる装備を、村の中央から外に向けて据え付ける。

先ほどワーウルフの傭兵をアルヌスの診療所に護送した三尉なら手持ちで撃てるのだろうが、今の分隊の中では同じ事が出来そうなのは先程、三尉と話していた目の前の女性自衛官しか思い当たらない。

実は、この二人の自衛官はサイボーグで、その(よしみ)で付き合い始めたんじゃないかと邪推してしまう。

だが現実には今の日本に巨大怪異を格闘で倒せるような女性型アンドロイドもサイボーグも無い。自衛隊が実戦テストをしているなんて話もある訳ない。また、巨大な蟲を一度に纏めて倒す魔法を使うのも、感覚的には無機物の集合体である人型機械に出来るとは思えない。

アルヌスでは、遂に栗林が特定の人物と付き合い始めた……というのが専らの話題になっていると言って良い。

というか、栗林がお突き合いに負けたということが話題の大半を占める。その相手が禿頭で強面の自衛官というのが、アルヌスに住む一部の女性達からの同情を買っているのだ。

もっとも、アルヌスに避難民として住み始めた古株の住人からは、子供を含め男女共に火威や栗林は好評で、祝福されている。

「あぁ、栗林」

「はい?」

「さっき、火威三尉と何を話してた?」

「戻って来るまでに一時間程だと言ってましたよ」

火威が操る96式ならアルヌスとハトチャ村間の移動には、片道で30分も掛からない。

今し方、馬鹿な想像をしたばかりだが、火威三尉には、戻る時間は部隊のナンバー2である自分に言っておいて欲しかったと思う。

遅れて合コンに参加させてもらった御蔭で、ジゼル猊下の神殿に務める司祭のウルドと良い関係になれたのは感謝しているが、些か公私を混同しているのではないかと思う。

火威としては、戦闘になったら突撃しそうな栗林に注意したついでに戻る時間を伝えたのだが、これは明らかに火威が悪い。

大祭典が開催される前にロゥリィとモーターの会話の中に出てきた「禁忌の存在」が、アルヌスに目を付けたのでは無いかと憂慮していて、通常なら三角に伝えるべきことを栗林に伝えてしまったのだ。

怪異や害獣の異常発生に確たる証拠は無いので、ロゥリィやジゼル。そしてモーターに相談することも出来ない。ワレハレンは植物で、既に現身である実は皆で食べてしまった後なので相談することも出来なかった。

 

火威がアルヌスに向かってから、既に一時間が経つ。

三角や栗林は、ハトチャ村に来た時に轢いた連中を合わせて、既に十四頭の黒妖犬を射殺・駆除していた。

野生動物ならとっくに退散してて良さそうなものだが、今日遭遇した黒妖犬の群れは違った。

「どうなってんだ、このバカ犬共っ」

「ボス犬をヤれば散るかなぁ」

斎藤三曹が吐き捨てるように言うと、三角が野良犬の習性でも沿うように言う。その傍らで栗林はこの黒妖犬の動きに憶えがあった。

ゾルザル派帝国軍が、商人や民間人を騙ってアルヌス周辺の村でゲリラ活動していた時の、黒妖犬の動きに似ているのだ。

黒妖犬などの怪異は、ファルマート全般で怪異使いという特殊技能者でなければ扱えない。しかも怪異を操るには、近くに居なくてはならないという弱点があるのだ。

戦争中はこの弱点を利用し、敵の大部隊を幾つも潰してきた。しかし、ヘリ部隊あっての共同作戦である。ヘリを動かす燃料にも困る今の状況では、火威が操る空飛ぶ装甲車が無ければ不可能な作戦だ。

そしてその火威が乗った96式装輪装甲車は未だ現れない。到に一時間を過ぎるが、最近は害獣が異常発生しているので、他の部隊の支援をしているのかも知れない。

だが目の前の茂みから黒妖犬が現れると、他の部隊を支援していると言っても仕方ないとは言い続けれなくなる。後方を警戒する三曹も発砲していることから、部隊は囲まれてしまったらしい。

栗林は近接戦闘の可能性を考え、即座に64式少銃の銃剣を付ける。他、八名の自衛官も隙を見て少銃に銃剣を付けた。火威は白兵するなと言っていたが、ここまで接近されては仕方ない。

銃撃が得意とは言えない栗林ではあるが、即座に二頭の頭を吹き飛ばして建物の影を警戒する。その後、即座に背後を警戒すると斎藤が撃ち漏らした一頭……いや、その背後から二頭、合わせて三頭が向かって来ている。

斎藤と一頭ずつの黒妖犬を撃ち殺し、残りの一頭の鼻先から後頭部にかけてゴボウ剣で貫いてから銃撃して引き抜く。

「ちょっ……これ多過ぎるだろ!?」

三角の見る方向から五頭の黒妖犬が走ってくる。「ここまでやりゃぁ群れが消えるな」と思う半分、「逐次投入とは馬鹿め」と思ってしまったりするところである。

遠慮なく銃撃して、弾丸が黒妖犬に着弾するが、様子が可笑しい。他の黒妖犬に比べて、異常にデカいのだ。「犬」とは言いつつ虎並みの大きさを持つ黒妖犬であるが、それが小型トラック並みに大きい。

直ぐにキャリバーを向けて銃撃し、一頭は倒したものの他にも四頭も小型トラック並み大きさの「犬」が居る。

「な、なんだこれっ?」

「手榴弾!」

栗林が味方に手榴弾の使用を知らせながら、転がしたレモン型の榴弾で一頭の黒妖犬の四肢を吹き飛ばす。他の自衛官も真似してM61破片手榴弾で黒妖犬の四肢を狙うが、思いのほか上手くは行かなかった。

破片で傷付けはしたが、脚を吹き飛ばすには至らない。

「げェッ!これヤバい!」

誰かが言った時、空から奇声が轟いた。

「蹴り殺してやるぞ!この畜生がァァァ!」

空から来た声の主は一頭の黒妖犬の背骨を踏み潰して背骨をへし折る。そしてその両脇を走っていた大型黒妖犬の首の皮を握り、地面が隆起するほど盛大に叩き付けた。

他の自衛官が、残った一頭に64式で銃弾の雨を降らせて即座に肉塊に変える。

 

自衛官らが周囲に残る敵性残存勢力を確認して、それが無いと解ってから、漸く張りつめていた糸のような緊張感を緩ますことが出来た。

「最後にトンでもないボスが残ってたなぁ」

三角が言うが、火威は申し訳なさそうに皆に告げた。

「散々遅れて来てスマンが、アレは中ボスかも知れんわ」

火威はユノマーンで、先程駆除した大型の黒妖犬に似た生物を駆除したことを皆に伝えている。

ただし、その大きさはハトチャ村で駆除したものよりは小ぶりだ。そしてハトチャ村で仕掛けておいた追尾用の罠餌がなくなっているのだ。

絶えず風が渦巻き、動かす度に水が噴き出るマ・ヌガの死体なぞ、明らかに怪しいのだが黒妖犬はそれでもお構い無しだったようだ。

三角達に聞いたところ、絶えず水を吐いてるような黒妖犬は駆除しなかったという事だから、連中の巣や(ねぐら)に帰っていると思われる。

アルヌスの傭兵や自衛官ら、最近の事情を知る人間の予想通り、大量に数が増えた故に黒妖犬の中では食料事情が逼迫(ひっぱく)しているらしい。

「よし、じゃあ巣を捜索してこれを叩きに行くぞ」

火威が宣言すると、三角が誰でも思うことを火威に尋ねた。

「あの、三尉」

「ん、何か?」

「96はどこに?」

すると火威は上だと答える。

自衛官らが顔を上げて見ると、96式装輪装甲車が腹を見せてホバリングするヘリのように、三階くらいの高さに停まっていた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

マ・ヌガを引き摺って行った跡は、罠から噴き出した水で土が湿って黒くなっていたり、草木が風の精霊で変に倒れたり折り曲がっている。

そんな跡が残る道筋を96に乗って辿っていくと、背の高い草が生い茂る草原に出た。

完全武装の自衛官とは言え、完全に地の利は敵にあり敵の数もどれだけ残っているかも解らない。空中から偵察しても背の高い草木に阻まれて黒妖犬がどれ程いるかは不明だ。

そうなると、近くに人間が建てた建造物もないし、態々敵のテリトリーに入って後れを取るのも嫌な火威が執るべき方法は一つだった。

彼は自身が指揮官としての才覚が低いと思っているし、実際に低い。このまま草原に入ればハリウッド等のモンスターパニック映画の如く、隊に被害を出すことを明確に感じていた。

なので、閉門騒動時の蟲獣に対して使ったように、柱の男の技に炎を足し、火炎旋風で辺り一帯を焼き払ったのである。

爆轟や水の精霊を使役して消火作業の時に、黒妖犬だったらしい黒焦げの死体を三十体以上見つけたが、その多くは虎並みの大きさか小型トラック並みの大きさで人間では無いことが解る。

「火威三尉ってホントに火威だな……」

特戦群での火威のコードネームを知らない筈の三角が、まさかそのものであることを知らずに呟いた。




三部は緩い感じとシリアスを織り交ぜながら進めたいと思いますが、
次回は脳を軟化させていきたいと思います。
っていうか、そろそろ秋が来て段々寒くなって行きそうですから冬に備えて脳軟化させていきたいところです。

そしてお気に入り指定が380人(?)を突破!
お読み下さる皆様、本当に有難う御座います!!

これからも感想や意見など御座いましたら、何卒お送り下さいませ!


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第四話 四逆

ドーモ、庵パンです。
サブタイは四逆散という漢方薬から取りましたが、何か良い感じに体調を整える効能とむくみや体重増加の副作用があるので、このサブタイにしました。

……
…………はい、思いっきり言い訳です。全然考え付かなかったので頭に思い付いた言葉を色々とこじ付けただけです。

まぁ、内容的に今の状況の特地派遣隊や火威がそんな感じ立場なので、勘弁して下さい。
そんで今回はデート回です。ただ書いてる本人からしても、一番書きたい辺りだったんですが、
どうしてこんなにツマラナクなっちゃったのか……。
そんなワケで、内容的に盛り上がりに欠ける一話になっています。これでデートってアカンやろ……。



ここ暫く、課業後に個人の私物である兜跋を装備してアルヌス周辺の害獣を駆除して回る火威は、周辺の村々から感謝されると共に、彼が兜跋の下に着ている浮世絵が元絵の歌舞伎役者と、四隅に「不撓不屈」という文字がシルクスクリーンで描かれた文字Tシャツから「オニノハンゾウ」と呼ばれるようになった。

無論、歌舞伎役者が鬼の格好をしている訳では無い。異世界人から見て浮世絵の人物画は化け物に見えるらしく、子供達から「オバケ」と言われるようになった。

そして以前、アルヌスにいて駐屯地近くの特別図書館で火威が持ち込んだ「妖怪の本」を見た者によって、日本のオバケ=鬼……つまり鬼の絵を背中に背負った戦士の火威となってしまったのである。

「オニノヒオドシ」では無く「オニノハンゾウ」の理由は不明だが、アルヌス周辺の人々が選んだ語呂が良い方なのだろう。

ちなみに、このTシャツは火威が自作したものでは無く、彼が高校時代の体育祭で配布されたものだ。

当時は今よりも細い体格の彼であったが、貧乏人の知恵で、どれだけ体格が変わっても使えるフリーサイズになるように一番大きなサイズを選んでいる。

御蔭で、当時より筋肉が付いた今でも首回りも腕回りも余るくらいなのだ。

そんな普段着の上に兜跋を着込んで、昨夜も遅くまで害獣駆除に勤しんでいた火威だが、習慣とは恐ろしいもので陽の出る直前にこの日も起きてしまった。

このところ、夜の内に怪異をブチ殺しまくっている御蔭で出動も少なくなってきているが、それでも週に何度かは周辺の村から鸚鵡鳩通信の救援要請がある。

今日は珍しくもう一眠り、と思った火威だが、妙に寝難い。

理由は解らないが妙に苛々するし、落ち着かない。忘れていることや焦燥感を感じる理由でもあったのかと思い、目を空けて起き上がると、その理由らしきことが解った。

目の前に、妙に青白い上半身裸の悪役レスラーが居たのだ。

「おい、人ンちで何やってんだお前」

寝起き一発目に見る光景としては最悪である。しかも悪役レスラーは弁明する素振りも見せず、火威に向けて拳を振り上げる。完全な居直り強盗だ。

「ンだッ?ヤンのかゴラァ!?」

寝起きにご苦労な事だが、機先を制して悪役レスラーを霊格付きのショートアッパーで殴り付けた。

妙に青白い悪役レスラーは普通の人間より些か色合いが霞み、大祭典で見たべルティのようであったから普通の人間ではないと判断したのだ。

ただの居直り強盗でないまら……と、些細なことを気にしない火威は霊格パンチを振り貫いた。

技名はシンプルな「霊格パンチ」。火威が編み出した対霊用の必殺技である。

霊的な意味で壁にめり込んだ悪役レスラーは霊的な力を削り取られ、丁度良い按配の大きさになった。

聖下や猊下の神殿に運ぶのにも便利な大きさである。

この場で死んだ者と言えば、自衛隊が特地に来た当初、一方的に吹き飛ばした連合諸王国軍が思い当たる。

しかし死者は皆、エムロイかハーディの元に行く世界なので、幽霊が人の家にいる理由が解らない。

最近の気候は日本で言えば彼岸頃の気候に似ているから、特地の冥府でも地獄の釜の蓋を空けて虫干しでもするような行事があるのかも知れない。

であれば、ハーディの使徒である向かいの神殿に連れて行ってジゼルに渡す必要がある。

だが一方的に吹き飛ばしたとは言え、一応は防衛戦争の中での死者である。

戦死者ならばエムロイの神殿の使徒であるロゥリイの元に連れて行った方が良いかも知れない。

しかしその場合は、アルヌスの街を死霊を引き摺って突っ切ることになる。早朝ではあるが、特地の人々は早起きだ。死霊が人の目に付く可能性があるのだ。

ならば、行くべきは向かいのジゼルの神殿だ。

早速、着替えてから小さくなった霊魂の首の後ろを、子猫でも摘むように持って行く。

予想通りにジゼラの戸は開き、大祭典後に神官見習いになった少女が神殿前の道を掃除してた。

この歳の子だと人間の魂を見たことある子は少ないかもなぁ……、と思いつつも火威は彼女に声を掛けた。

「おはよぉー、朝っぱらから悪いけど猊下いる?」

「おはよう御座います。ヒオドシさん……っ!?」

少女が掃除の手を止めて、火威に振り向いて挨拶を返そうとするが、その手が持っている青白い物体を見て息を呑んだ。

冥府を管理する神の神官とは言え歳は若い。実際には少ないどころか、多くの神官……ましてや神官見習いなら人間の霊魂が転生や冥府に行く姿を見たことない者が大多数なので、そんな人間が霊魂を見れば狼狽えて今の仕事を改めてて見直すこと請け合いである。

火威はハーディの神殿会に相当、迷惑なことをしていた。だが前向き考えて見れば「何時か来る道」とも言える。

少し待っているとジゼルが顔を見せるが、やはりハーディの管轄に含まれる霊魂では無く戦死した霊魂であると言う。

「っつか、何でまだ此岸(しがん)にいるんすかね?」

「そりゃあ、お姉様の所(エムロイ)や主上さんの所で聞いてみなきゃ解らねェな」

しかしジゼルはこれから間もなく、アルヌスに来て新たにこの地でハーディの信徒になった者達への顔見せがあると面倒臭そうに言う。

結局のところ、火威がミニ幽霊を摘んでロゥリィの所まで行かなくてならないようだ。

朝方とは言え、霊魂をぶら提げて街の中を突っ切って行くのはパニックを生みそうで阻まれることだ。

そうなると、街を迂回して行くしかないのだが、素手で霊魂を摘んでいるのは火威の精神衛生上よろしく無い。

せめて先日のベルディのような肉感の溢れる綺麗処だったら……。

そんな考えても仕方ないことを考えながら、火威は街を迂回して丘を上がって行く。

 

 

祠のような小さなロゥリィの神殿に行くと、まだ誰の姿も見えない。

来るのが早過ぎたか……と思って待っていると、神殿傍の社務所のような施設から出てきたのは助祭のニーナだ。

火威はこのニーナというメーラ種の美女が苦手である。

褐色肌の美人なのは実に結構なのだが、それを差し置いて彼女から向けられる殺気が半端な物でない。

「あの、ちょっと戦死者の魂を拾ったんですけど……」

考えて見るに、普通では有り得ない届け物なのだし、火威本人が溶かして(?)今の大きさにして神殿に持ってきた霊魂なのだが、この時間には既に神殿に来ていて社務所内に居たロゥリィに話しを通す事が出来た。

火威が持っていた霊魂を見たニーナが、緊急事態と考えてロゥリィまで通してくれたのだ。

ロゥリィが言うには、この霊魂は連合諸王国軍の士官で、理由は解らないがエムロイが治める戦死者の冥府から弾き出されたそうだ。

火威の家に居たのは彼が死んだ場所であり自身で選んだ訳ではない。

地上に還った時、火威が見るからに自分の個性(キャラクター)と被っていたから、ついつい襲っちゃったらしい。

「何とはた迷惑な……」

「こういうことは滅多に……というより、有り得ない筈なのよぉ」

ロゥリィは直ちに主神エムロイに聞いて来ると言う。

エムロイの総本山であるフェンブロン神殿が何処にあるかは知らないが、今から行くのか? と思う所であるが、亜神たるロゥリィは結構すぐにエムロイと話せるらしい。

火威が考えてみても理解の範囲を越えているのは当然である。特地の神々の身内の中の制度だとか方法を、異世界人である火威が知れる筈もなく、霊魂を私は火威は素直に引き返した。

 

 

*  *                            *  *

 

 

現在の火威しは第四戦闘団から引き抜かれ、門の再建やエルベから輸送される原油の精製に関しては無能力者で戦闘能力が著しく高い者が第五戦闘団隷下の部隊に配属されていた。

一人一人が志願さえすれば、特殊作戦群の選定を受けられそうな技能の持ち主である。

このような部隊が出来たのは、大祭典後になってからアルヌス付近で乙種・丙種、列びにその他の害獣や怪異が異常発生した為である。

異常発生の理由が不明なのは前にも述べたが、コダ村や帝都まで続く街道周辺の村々から上がった情報を纏めると、帝国の北から来た害獣がアルヌス周辺に溜まって人々の脅威になっているらしい。

最初に害獣の大群の報告がに有った当初は、特地の傭兵が徒党を組んで対処に当たっていた。

それでは対処が難しくなると、狭間は特地派遣隊の中で対害獣の部隊を編成するように指示することになったのである。

そうして先日から、火威達は火威の魔導を使って害獣駆除に勤しむこととなった。

そして最初の任務で、任務中に二つ以上の救援要請が舞い込み、(一応は)恋人の栗林や部下達を危険な目合わせる経験をした火威が、私物と特殊能力を使って連日連夜に渡って害獣を殺戮し続け、今までの数以下に減らして来たのである。

動物愛護団体が聞いていたら訴えるどころか卒倒してただろう。

そこまでやってアルヌス周辺の治安を回復させてきた火威ら害獣処理の隊の面々は、この日はアルヌスの街の中で待機を命じられていた。

平たく言うと休暇扱いなのだが、休暇だからと言って街の外まで行かれると救援要請があった場合に対応出来ないので、あくまでも「待機」状態なのだ。

仕事も任務も無いまま、遠くに行くなと言われるのは、人によっては拷問に等しい。

だが、これは後にも説明するが、自衛隊員全般が特定の場所でのみ暇を潰すスキルといのが存在する。

部隊の隊員の多くはアルヌスの街を見回ったり、筋トレしたり、特別図書館で伊丹なんかが提供した漫画を読み耽ったりしている。

武隊の長に上番した火威はというと、何時ぞや栗林と約束したデートをしていた。

女の買い物に付き合うと悲惨な目に合う……と人は言うが、火威は高校や大学時代にも姉の買い物に付き合わされて慣れている。しかも今回はデートという枠組みの中で初めて経験することだから非常に新鮮な心持ちだ。

暖かい季節なら栗林の爆乳を包んだ水着姿を拝むために近くの小川で水浴びを提案出来るのだが、今年は冬が来るので現在は秋を思わせる気候である。

だからデートで出来ることも限られる。二人はアルヌスの街でショッピングを楽しんでいた。

現在一般的にアルヌスで販売されている服飾は、一時期帝国の服飾業界を席巻したものでは無い。ボーゼスの結婚式で使われたウエディングドレスは女性自衛官の知り合いの結婚式の写真を元に、組合に残っていた日本製の生地とアルヌスの針子が総出で作ったものである。

少ないながらも女性物の衣装の型紙は残されてて特地製の生地で数着の服が作られてはいたが、栗林が購入したいものでは無かった。そもそもサイズが合わなかったという。

「サリさんはどっから生地用意して服作ってたんだろうな」

何となしに呟く火威。エルベから帰還して数ヶ月経つというのに、今更な疑問である。

「それにあの紐水着、どうやって作ったんでしょうね。明らかに三尉を誘惑するために用意してましたよ」

「いや、ありゃサリさんの普段着だろ?」

あのサリメルというエロフなら、常日頃からエロ衣装を着ていても可笑しくない。ちゃんとした服を着たのは火威がお願いしたからなのだ。

その火威は、栗林には乳牛系ビキニなんかを着てほしいと思っている。口にするとほぼ命が無いので言わないが、サリメルにスリングショットを作る技術があるなら栗林にも乳牛ビキニを作ってくれたらなぁ……とか考えているのである。

そんな感じで盛り上がりに欠けるデートが続くが、昼の時間になると連れ添ってアルヌスの食堂に向かう。

デートの中で一番テンションが高くなるのがこの瞬間というのが情けないが、身体が資本の火威達には無視できない時だ。

一応は仕事中なので、酒類が好きな栗林も酒精のあるものを頼んだりはしない。その代り少し多目の昼飯を注文している。

「ちょっ、栗林。頼み過ぎじゃね? っつか食えるの?」

この小さい身体でどれだけ食うのかと心配になる火威だが、栗林はさもありなんと答える。

「夕飯まで時間がありますし、このくらい余裕ですよ」

「っつーても、栗林なら隊の食堂で食べた方が安いだろ?」

「それじゃデートにならないでしょ」

隊内の食堂で出されるそうになった特地の食材の中には、時折精力剤のような作用を持っている食物やその部位が混じっていることがある。催淫作用は無くとも身の内を焦がすような獣欲を突き上げることは、この後に予定していることでは避けておきたいのだ。

その時、火威は塀の影からこちらを伺っている者がいることに気付いた。

「誰だッ?」

「!!」

プラチナブロンズの髪を持ったその人物は、火威達に気付かれると申し訳無さそうに二人の前に姿を現す。

「ってレレイ……師匠ぉ?」

「ちょっ、なんでレレイが……」

火威は以前、レレイに「先生と付けるのは、先に産まれた貴方から言われるのは不適格」ということで「レレイ師匠」と呼ぶようにしている。

「気分を害して申し訳ない」と謝罪するレレイは伊丹の好みの異性の研究をしていたのだと言う。

曰く、彼女が伊丹を研究し、その中で伊丹の絵草紙から伊丹の好む女性像を割り出した結果が「普段は突き放すような言動をしていて、時折優しくしたり依存する女性」であることが解り、普段から突き放すような言動の栗林が特定の人物と交際し始めたと聞いて観察していたらしい。

「二尉はツンデレ好きだったのか……」

今まで特に気にするようなことでは無かったし、多分これからも気にはしないと思う火威だが、レレイには色々と魔法を師事して貰っているし協力出来る事があれば協力しようとも思う。それでもだ……。

火威は席から少し離れた栗林には声が届かない場所にレレイを連れ合いくと、こう言葉を切り出す。

「師匠には申し訳無い。栗林のデレ期は未だ未確認です。その存在性を疑うくらいに」

現時点での交際状態をレレイに伝えると、彼女は諦めたように俯いた。

「……了解した。これからの貴方の健闘を祈る」

無表情で無口なレレイだが、無口は無口なりに心の中ではお喋りと火威の知る時代劇の主人公が言っているし、実際その通りだと思う。

実際にレレイが心の中ではお喋りかは解らないが、今し方言葉を返すのに間が有ったところを見ると火威に同情していたのかも知れない。

 

 

*  *                               *  *

 

 

「コレ、栗林は楽しいのか?」と、思う火威の目線の先には、特別図書館で不正規戦用装備のカタログを熱心に熟読する栗林がいる。

以前、日本に帰還した丸山から栗林にお突き合いで勝てば、とても嬉しいご褒美を貰えると聞いたことがある彼は、デートに漕ぎ着けても、お突き合いの決まり手が掴み技だと駄目だったのかと悔いもした。

栗林としては、この男が何を求めているのか様子見でデートに応じたが、隊からはアルヌスから出るなと言われてるのでアルヌスの中で余り行った事の無い図書館をデートで訪れたのである。

だが彼女はここで思わぬ掘り出し物を見つけた。多くの国々の軍で使われる不正規戦用装備のカタログを見つけたのだ。

余り自分の事に没頭すると火威に悪いかな……とは思ったが、火威を見てみると彼も不正規戦用装備が掛かれた本を読んでいる。

武器の形が刀剣類だったり、パワードスーツだったりと自分達が来た時代の日本とは違うが、火威と自身の趣味に取り分け大きな違いはないように見える。

「三尉」

しかし会話が長時間無く、彼が何も喋らない時間が続くと、退かれているんじゃないか、という気にもなるのだ。

「三尉は図書館デートとか、楽しいですか?」

「や、俺は栗林見てんのが楽しいよ」

予想しなかった答え……寧ろ予測すらしなかった答えを意外に思えて少しばかり声を漏らす。

「そりゃあ、栗林と同年代の女が不正規戦のカタログ見る姿って見る機会ないじゃん」

至極最もな話しである。日本に居る栗林の友人らが、こういった不正規戦用装備を見るシュチュエーションが想像できない。

結婚を前提に突き合わって下さい、と申し込まれて突き合って栗林に勝った相手とは言え、軽々に身体を許すような事を栗林 志乃はしなかった。

火威が本気を出せば圧倒的な戦闘能力を発揮する事は、閉門騒動時に蟲獣を吹き飛ばしたのを一番近くで見ていた栗林には至極解っている。

にも関わらず、心の大部分で火威に気を許さないのは、彼が以前の隊長に似た雰囲気を時々見せるからだ。

特に、エルベに行った時に高校が同じだったという出蔵三尉と話し合ってた時は、任務と関係ない話しをしていた時間は短かったものの、オタクの可能性が高い話しをしていた。

そういう意味ではサリメルというエルフの賢者も大変オタクっぽかった。アルヌスから輸出された漫画を熟読していたからオタクの素養はあるのかも知れない。まぁ、あの1500歳は子供還りを患っている可能性があるから仕方ないとも言えるのだが……。

そう考える栗林は、だいぶ狭量で無理解なところがあった。

営内生活が多い自衛官は、先輩数人と相部屋で自身のプライベートスペースはベッドとその周りの二畳しかない。

その上、残留という制度が自衛隊にはあるので休日も部屋から余り出れない日がある。そうなると、自然と狭いスペースで楽しむことが出来る趣味を選ぶ者が多くなるのだ。

 

 

*  *                               *  *

 

 

火威も栗林も、予定が無い上に仕事も無いので図書館に行った後は午後三時くらいまで練武館でお突き合いになってしまったのだが、火威はこの時に大きな発見をした。

したと言うより、以前にも倉田から聞いているので再発見と言った方が良いのだが、栗林はお突き合いなり白兵する時は実に楽しそうだ。

それが興に乗って来ると、楽しそうと言うより実に色っぽい……ハッキリ言うとエロいイってしまった顔を見せてくれる。

お突き合いの最中だからゆっくり見ていられないのが残念だし、本音を言わなくてもベッドの上でこそ見たい顔なのだが、一分でも長く栗林と「行為」を続ける為に火威が精進する事を決定付けられた瞬間だった。

ここで「栗林、エロい」とか言うと、今後はお突き合いどころかデートもしてくれなさそうな気がするので黙っておいたのは正しい判断だと火威は考える。

言うのは関係が進んでから~……などと考えていたら、栗林のガゼルパンチが火威の顔面を捉えて爪先が浮く程に突き上げた。

「げっ、三尉。大丈夫ですか?」

自分で意図的にやっておいて片腹痛いが、今のモーションの大きいパンチなら避けると思ったのだろう。

「いや、ちょっとボーっとしてた。スマン」

殴られた方が謝るという意味不明な状況だが、かなり強く殴られておきながら鼻血も出ない出ないことに、栗林は素直に鍛え方の違いかと感心していた。実際はサリメルの眷属になっているためであるが。

 

二人しか居ないので、練武館を借りれる時間も全体の開館時間からすれば非常に短い時間であった。

しかし栗林や火威には、デートの中で最も密度の濃い時間と言えただろう。

お突き合いの時間が制限がある中で、火威は全体的に見れば負け試合なのだが、それを理由に交際解消ということにはならなかった。

 

お突き合いの後、やつ時から二人はペリエと言う店を訪れていた。

大祭典で火威が世話になった店だが、女性向けの調度品が揃えられた店内で菓子やら甘い物を食べるのが本来のスタイルである。

火威は以前、この店に蒸しパンのレシピを売って小金を稼いでいた。

公務員が副業とも思える事をして良いのかと言うところだが、現在の特地派遣隊は日本から隔離され、給料も引き出せない状況だから隊員個人の収入として特例で認められている。

「栗林さぁ……」

マカロンめいた菓子を咀嚼し、呑み込んでから隣の女性自衛官に呟く。

「プライベートで階級で呼ぶの辞めね?」

「一応、今も任務中ですよ」

実際その通りなのだが、直ぐに戦闘服を着れるように駐屯地に用意してあるとは言え、今は私服でデート中なのだから……と、火威は言いたい。

この後、ペリエにて待機中にデートする場合のお互いの呼び方について暫し議論がされた。

こうして火威と栗林のデートは、お突き合い以外の盛り上がりもなく終えたらしい。だがその様子を見ていたアルヌスの住民からは「フトーフクツのヒオドシ」と「亜神クリバヤシ」が付き合い始めた話が伝播していったのである。




書いててツマランところとか言っておいて、投稿する時になって気付いてみると8000字越えてました。
そろそろ三部の舞台に移りたいところですが、一部では本番の舞台に移ったのが3話からなんですよねぇ……。
まぁそろそろアルヌスで書くべきネタも尽きるので、移動する予定ですが三部が一番長い予定なのでアルヌスでもうちょっと続けたいところ。
でも一部ヒロインと二部ヒロインも出る予定ですし……ぐぎぎ、難しいところです。

それはそうと、タグ増やしました。
そろそろ付けた方が良いかなと……。

そして、この小説に於ける最強キャラは原作と同じようにロゥリィですが、
それを除けば人間になります。ヒト種になります。ヒロインになります。火威? 知らんなぁ。


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第五話 転移

ドーモ、庵パンです。
いよいよ不定期投稿になってきました。
サブタイは‥…まぁそろそろそんな感じかなぁ……ということで、適当に付けました。
次回も適当なサブタイが思い付かなければ転移2とか。やるかも知れません。

―修正―
何か話数がエラこことになっとった……。


エルベ藩国西方。

晴れた日にはテュベ山や、遥か彼方にテュバ山脈が森の隙間から見通せるロマの森。

ニンジャオンセン郷と名付けられた施設群の一角に、賢者の研究小屋がある。その小屋から出てきたエルフの美女の顔色は優れないように見えるが、彼女に限って言えば完全に本人が醸し出す気怠そうな雰囲気に寄るものだ。

「母さん、そろそろ行って良いと思うよ」

小屋からは、もう一人のエルフの美女が出てきた。先に出てきたエルフより年の頃は若く見えるが、なにせ二人とも精霊種のエルフだから一概には決めつけられない。

「いや、妾がいないとポンパル(売春宿)が回らんから……」

「そんなこと言って、母さん爆発しちゃうでしょ」

事実、特定の人物以外に欲情すると自身に掛けた爆轟の呪いが、()()()()()()()としての仕事をする最中に発動して客を驚かせた事が何度かあった。

幸い爆発の規模はサリメル一人を吹き飛ばす規模だったのだが、何度も爆発するとサリメルの売春宿には当然の事ながら不評が蔓延り客が来なくなる。というか、売春婦が爆発する恐怖の売春宿として客を遠ざけてしまった。

ニンジャオンセン郷と売春宿が別系列の組織として運営されてたことが、不幸中の幸いであった。

「し、しかしな。何時ミリッタの所から改称の知らせがあるかも解らんし」

「あー、それではサリメル様が今一度主上様の元に赴いて、そこでお伺いを立てては?」

言いながら、事務所から出てきたのはヴォ―リアバニーのルフレだ。コイツの言う通りにして、えらい目に遭った! とはサリメルの思考である。

しかし当面は売春宿に客が来そうもないし、ハンゾウの為に毛生え薬を作るにしても金が要る。

ならば暫くは諸国を放浪する傍ら、流しの料理人や仕立て屋でもやりつつミリッタの総本山まで改称の具合を聞きに行った方が良いかも知れない。

ルフレからの献策めいた諌言を聞いたサリメルは、武器や身銭と反物、そして遥か以前にハーディを神降ろした時に貰ったアイテムを持ち、再び旅に出たのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

大祭典が終わった時、テュカは父であるホドリュー・レイ・マルソーが生きていて、現在は大陸の北にパルミアというルルドの一氏族と行動を共にしているという話を、フレアの使徒であるグランハムから聞いていた。

ルルドはファルマート大陸では珍しい定住しないヒト種の一団なのだが、火威が仕入れた情報ではレレイのような美形が多いと聞いている。

これは以前にロンデルを訪れた時にミモザから聞いた話だ。レレイはアルハンプラ系のルルドで、九つの頃に姉のアルペジオとロンデルに辿り着いて十でカトーに弟子入りし、そして今に至るという。

パルミアというルルドの一団は現在、バーレントという北の地に居る。そのルルドと行動を共にするホドリューに会いに行くには、テュカは徒歩や馬以外の移動手段を考えなければならなかった。

北の大地、バーレントまでは片道で一ヵ月も掛かる。早く行かなければパルミアはまた移動してしまうのだ。

それに大祭典後に非常に忙しいのは自衛隊だけでない。組合が最重要と位置付けている植民村の開発も、火威が先頃から害獣を激減させたことで再開されている。

その開発の役目を担っているテュカに、長期間アルヌスを離れられると皆が困ってしまうのだ。半月か一ヵ月弱なら代役も立てられようが、責任者はあくまでもテュカなのである。

その話を聞いたと思われる子供から、「テュカにジエイタイのクルマを貸してやってくれ」なんて頼まれたりした火威だが、燃料不足の上に隊も現在は資源調査の命は出てない。

もし資源調査の命が出ていたら火威やレレイ辺りの魔法で車を浮かせて行ける可能性もあるのだが、二人とも隊や組合の仕事があってアルヌスを離れる訳には行かないのだ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威は、アルヌスの食堂で夕飯を食いながら本日の出動で気付いたことを思い返す。

栗林が使っている拳銃は、通常自衛官が携行する9ミリ拳銃ではなく、セ○ールやス○ークなど渋くて無双(つよ)いオヤジが好んで使うコルトM1911ガバメント……隊内では11.4mm拳銃と呼ばれている銃だ。

この拳銃は警察予備隊時代にアメリカから供与されたものだが、発射時の反動が大きく不評で、現在の自衛隊では9ミリ拳銃が使われている。

だが特地の怪異を相手するには9ミリ拳銃では威力が足りないので、特地派遣隊の実戦部隊の隊員には優先的にガバメントが広く使用されている。

それを、デカいが小さい栗林が難無く使って黒妖犬の頭を吹き飛ばしているのを見るに「コイツ、日本に帰還したらマジでレンジャーになるかも」と思ってしまうのだ。

制度的に女性自衛官が受けれないレンジャーの選定訓練であるが、本来なら女性自衛官が成り得ない普通科隊員になっている栗林である。

特地派遣隊が編成される前に米軍では女性レンジャーが誕生しているし、栗林はこれまでにもヒト離れした武勇を重ねてきた。頑固迷聾と言われる陸自でも何時、方針転換するか解らない。

「火威三尉、最近どうだ?」

そんな事を言いながら、外から来たのは伊丹だった。

以前ならその伊丹に敬礼を取ってしまっていた火威だが、「わざわざ敬礼なんて取らなくて良い」とフランクな言葉を前に貰っているので、会釈と「ども」なぞと言う挨拶を返す。

「怪異の異常発生はゾルザル派残党の仕業じゃないようですね。速攻で黒犬とか翼竜をぶち殺して上空から見ても、怪異使いの姿は確認出来ません」

かつて帝国の内戦でゾルザルが執った手段の一つは、怪異をアルヌスの周辺に放つというものだった。

隊でもその事を真っ先に疑ったが、火威が伊丹に話した証言から大量発生の理由は別に有ることが解っている。

今更、伊丹に報告するまでも無い筈なのだ。

「いや、そうじゃなくてクリボーのこと」

「えっ?あぁ、そっちスか」

隊内随一の戦闘狂と思われる以前の自分の部下の念願が叶ったことが、伊丹も気になるらしい。

「最近はプライベートの時間が名前で呼び合いますし、可愛い女なんですけどねェ……ほとんど毎晩キツくてキツくて。身が保つか……」

「えッ!あの栗林が!?」

「えぇ、お陰で最近は五回に一回くらいは勝てるようになりました」

「か、勝つって……」

「お突き合いですよ」

特にエロいことは無かった。

「まぁ、ほら、アレだ、火威らしくは無いかも知れないけど、キツいことが有ればたまには逃げても良いし」

それは伊丹のライフスタイルなのだが、彼がその一部でも他人に推奨することは滅多に無かった。まぁ特戦群で布教した結果のコードネームとか付いちゃってるが。

「二尉のお言葉は有難いのですが、ロゥリィ聖下に稽古付けて頂いたりジゼル猊下の介添え的なモンをして頂いてますからね。この縁を無下には出来ませんよ」

特地の神々が結んでくれた縁だ。そうと解れば伊丹も外野から口出しする訳にはいかない。

「あぁ、そういや猊下がテュカに飛龍を貸してくれるらしいですよ」

この話題は御終いとばかりに、先程知った話しに話題を変えた火威に伊丹は意外そうな顔を見せた。

「ジゼルさんが?」

「えぇ、猊下が結構義理堅くてですね……」

話しは門が閉じられてから一ヵ月程経った時まで(さかのぼ)る。アルヌスの地に居ついて神殿を作ることにしたジゼルはロゥリィにアルヌス西側斜面を分けてもらっている。

だがジゼルは土地の整地費用に頭を悩ます事となった。神殿の建設費用と合わせるまでもなく、馬鹿にならない額だったのだ。

建設準備をベルナーゴから呼び寄せた祭祀のウルドに押し付け、日本と特地の食文化の融合の結果を楽しんでいたジゼルだが金策に頭を悩ます必要が出てきたのである。

整地費用にとお布施を強請りに回るジゼルだが、その中でジゼルはテュカがバーレントに居る父親を捜しに行くことを希望しながらも探しに行けない事を知る。

そのテュカにお布施を強請れるだけの交渉材料がジゼルには既にある。

火威達がエルベ藩国に行く際に、自衛隊の装備が満載された貨物を運搬したのは飛龍のイフリなのだ。

そしてそのイフリには番いのエフリが居る。

そんな交渉材料を持ってお布施を強請ろうとしたところ、テュカに「西側斜面に埋葬された連合諸王国軍の遺体の装備や荷物はそのまま」なんて話しを聞き、再びちゃんと埋葬することを条件にお布施を貰うまでもなく整地費用や神殿の建設費用の問題が解決してしまったのである。

「ってことで、テュカと誰か一人がバーレントに行けることになったんですよ」

「あと一人って、火威じゃないの?」

「いや、なに言ってんですよ二尉。そりゃ俺がもう一人居れば出来なくないですけど、今の俺は結構忙しいんです」

事実、以前よりは怪異や害獣の数は減り、救援要請は減ったとは言っても、自衛隊に助けを求める声が八日と絶えた事はない。

「俺は伊丹二尉が行くモンだと思ってましたよ」

「げっ、ちょ辞めろよ。飛龍って空、飛ぶんだろ」

「そらまぁ、地面をダッシュする生き物じゃないっスからね。まぁ自分で飛ぶより楽ですよ。飛龍は頭が良いですし、乗ってる人間にも気遣って飛んでくれますよ」

火威の言葉を聞いて、信じられない退く伊丹。

「そんなこと言えるのは地球人類で火威だけだって」

その言葉は火威が言った言葉のどの部分を指しているのか、伊丹が龍に乗るのを頑なに拒否している事に気付いた火威には解らなかった。

そして、次の日の同じ時刻に、伊丹が恐れていた事が現実のものになろうとは、火威には解る筈も無い。

 

 

*  *                            *  *

 

 

三日後の朝、火威や倉田と栗林。またヤオを含む伊丹やテュカとの親交がある多くのアルヌス住民。また、ジゼルやモーターらアルヌスに居を移した亜神が、バーレントに向かう伊丹とテュカの見送りに街の広場に集まっていた。

既にイフリーとエフリーがジゼルの手で鞍や頭絡(もくし)やら旅装を付けられ、伊丹とテュカが来るのを待っている。

昨日、アルヌスにこだましていた男の叫びは、どうやら伊丹のものだったらしい。

飛龍に乗る訓練をさせられていた彼が、渾身の力で叫んでいたのだろう。

タンスカから帰還する際のヘリでは大丈夫だったから、特定の条件でのみ発動する高所恐怖症と推察される。

それでも特戦群なのだから、空挺訓練の恐怖をも乗り越えれる何かがあることが解る。

そんな恐怖を乗り越えた上官が目の前に居るのだから、それを見習って火威も東京に巣くうオークの恐怖を乗り越えなければならないと考える。

今は暫定嫁も居るのだし、情けない姿は見せられないのだ。

その時、まず姿を現したのは伊丹だった。

兜跋とは違う完全特地産の竜甲鎧で身を固めて居心地悪そうにしている。

そうでよね。最初は着慣れませんよね……と、火威はどれだけ思ったことか。

翼竜の鱗の採取販売事業は、とっくの昔に終わっている。

この鎧は伊丹の為に組合の子供達が鱗を確保し、仕立ててくれたのだろう。

火威はそう予想し、実際その通りなのだが、子供達達から伊丹の人気が高い事が伺える。

火威も人気が有ることは有るのだが、ホットケーキで取引めいた事をしているから純粋な人気とは言い難い。

伊丹が特戦群の武器曹から員数外の武器が入った紙袋を受け取り、何やら話しているとテュカがロゥリィとレレイを伴ってやって来た。

こちらは伊丹と違って髪をお下げにしてバンダナを巻き、下はホットバンツにジーンズ。そして長いブーツという出で立ちだ。

「テュカは鎧を着ないの?」

栗林がむき出しの足を眩しそうに見ながら問い掛ける。その理由は火威が思いも寄らぬものだった。

「身体を覆っちゃうと精霊魔法を使うのに不便なの。だから胴着だけ」

その言葉は事実だろうから、火威はこれまで戦闘に精霊魔法を使う際にかなり弱めていたことになる。

その状態でゾルザル派帝国軍や怪異に大きな出血を強いているのであるから、我ながら驚きだ。

まぁ、人には向き不向きというものがある。全体的には打たれ強い火威の精神もピンボイントで責められると瞬く間に精神が崩壊する豆腐マインドだから、精神精霊の使役には全く自信が無い。

伊丹がフルフェイスの兜と身長の二倍程あり、真ん中でジョイントになっていて二つに分解できる竜槍を、テュカが鏑矢(かぶらや)をモーターから貰い、二人は飛龍に乗ってアルヌスを飛び立って行った。

発つ前にテュカが伊丹にベン・ゾジアの精神精霊を召喚して使役していた。あの精神精霊の使役は火威が特に苦手とするところだ。実際に使ったことはないから解らないが、精神に作用する精霊魔法は、精々で眠りの精霊を自分に使って熟睡する程度である。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ジゼルは思う。

最近のヒオドシは蟲獣を吹き飛ばした時よりも大分腑抜けていて、自身が恋してしまった人物と同一の人物か疑わしいくらいに違っている。

先程、テュカがイタミに使ったベン・ゾジアを使えば或は……とは思うが、今のヒオドシは他の女の者だ。それにジゼルは精霊魔法が使えない。

冷たい目で見下すヒオドシに踏まれるのは、諦めなくてはならないのである。

自身が付けた首輪にチェーンを付けてキツく引っ張られ、その上踏まれるのは妄想だけで我慢しなくてはならない。

否、片手で数える程度とは言え、ヒオドシとはそれ以上の事をしているのだから満足しなければならない。

あの時のヒオドシの愛は本物だったと思い、それを心に秘め、陞神後も大切に記憶に取っておこうと思う。

そんな時に眷属の翼竜がジゼルの元に来た。

「んだと?」

翼竜の言葉など誰にも解らないのでジゼルが一人ごちるような形になってしまたが、アルヌスに分社したハーディの神殿、ジぜラに急ぐ。この地で神官としての仕事をウルド達に言い付けなくてはならない。暫しの間、アルヌスを空ける必要が出てきたのだ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威は先日、栗林から「何故自分に惚れたのか」という事を聞かれていた。更にはお互いの家族が何人居るのかも話し合っている。

「そりゃぁお前……。“志乃”って日本の春が似合う名前に惚れたんだよ」

それよりも前に爆乳に惚れたのだが……というか爆乳の方が惚れた理由に大きく含まれるのだが嘘は言って無い。肝心な所を言ってないだけだ。

「家族は兄貴と姉貴と両親の五人。あと実家には大型犬が一頭」

と言いながら、つい数ヶ月前から風力発電で充電出来るようになった携帯電話で、姉の結婚式の時の写真を見せる。

「って、これ。本当に義兄さんですかっ。全然似てませんよ!?」

「いや、大きく違うのは髪の毛と傷の有る無しだけだろ。昔の写真ではほぼ同じ顔だったし」

「全然違う人じゃっ?」

確かに、火威が示し栗林が見る写真には和製○ュー・ド○ウとでも言ってよいイケメンが移っている。だが生え際が後退しているあたり、やはり火威と同じ家系の人間らしい。

「まぁ兄貴はシュー・ドロウに似てるとか親戚でも言われてるけど……。でも最近はコユーザにも似てる事に気付いたよ」

それを聞いて栗林も思わず噴き出す。確かに歳を取って顔に無駄肉が付けば、某落語家に似るかも知れない。

そして切り替えた写真の美人を示して、姉だと言う火威。栗林が見るその人は確かに美人だ。母親も、姉の歳の取り方が解るような穏やかな顔立ちである。

父親は兄に輪を掛けて禿げているが、火威家の中で一番禿げてるのは火威・半蔵その人である。なにせ眉から上の毛が一本も無いのだから。

栗林の家族は母親が居るという事を、三偵が箱根から特地に戻る際のテレビ放送が、何度も日本の番組で放送されていたから火威も知っている。

驚きだったのは、日本人拉致被害者を救出してタンスカから脱出する際に栗林の妹に会っていたということである。

「あれ、栗林の妹だったのか……!!」

「菜々美、ちゃんと仕事してました?」

正直言うと、タンスカから帰還する際は伊丹との雑談に夢中だったのと、眠気でよく覚えていない。

「あぁ、うん。ちゃんと仕事はしてたんじゃないかなぁ……」

誤魔化すように言うが、栗林は納得したようだった。

「そうですか……。あの子、何時も空回りするから心配してたんですよ」

「えっ、そうなん……。まぁ大丈夫。空回りでも進むことは進むから」

ほんの少しづつだけど、と小声で付けたす。タンスカで任務を果たすまでの自分が、正にその通りだったからだ。

そんな二人が、今日はアルヌスから一番近いアボルムの街を連れ添って歩く。

伊丹とテュカがバーレントに向かった今日は、久し振りの正真正銘の休みとあってアボルムの街まで遊びに来たのだ。

アボルムにはアルヌスでは見ないような品々も一応は有るが、それらの中で目立つものは互いが居るから、じっくりと見る事も出来ない。

その中の最たるものはサリメルなんかが居たら真っ先に提供しそうだが、幸いにしてあのエロフはエルベの森の中である。

そんな中、火威は腕時計を見る。

「志乃……さん、そろそろ時間」

「もう、そんなになります?」

親しき仲にも礼儀有り、と言うことで「さん」付けで呼んでいるが、その実、照れ臭いだけである。

「確かにここに長くいるのも……」

火威と栗林は、特地で顔が知られてる訳でも無いのにアボルムに来て早々、驚きと歓喜で迎えられた。

帝都から広まった亜神クリバヤシの噂が、アボルムまで届いていたらしい。

アルヌスから来た背の低いヒト種の女性と、栗林を特定する情報は大間かであった。

にも関わらず、それでも特定に至ったのは火威が原因していた。

私用の移動手段に隊の車など、テュカが父親捜しをする以上に使えない。故に火威が兜跋を着用した上で、物体移動の魔法を使ってアボルムまで来たのである。

禿げて目の上に傷があるジエイカンの名声というか、悪名は思ったより広範囲に広まっていて、翡翠宮や内戦の最終決戦の場となったフォルマル領、そして火威達が銀座事件と呼ぶギンザ戦役を知る帝国軍の士官が、その容赦無い人間離れした戦い振りから「復讐の邪神」だとか「パラパンの使徒」だとか呼び始め、その噂が帝都からイタリカ、そしてアボルムまで広まってしまっていたのだ。

「いや、その人……って言うか人間が居ればファルマートの人だから。絶対に俺じゃないから!」と、何度繰り返したことだろうか。

お陰で折角のアルヌス以外のデートにも関わらず、気軽にショッピングも楽しめなかった。

「ですがアレはちょっと」

「だが早くしないと空手バカが始まってしまうぞ」

ぐぐっ……っと、究極の選択でも迫られるかのように呻く。

だが栗林は顔を上げて言い放った。

「そ、それじゃ街から離れた所まで行ってそこから!」

言うが早いが、アルヌス側の街の外まで走り出す栗林。

「っと、ちょと待て志乃さん!」

火威も栗林の背を追って走り出す。

これが恋人というヤツかぁ……などと考え、自分なりのリア充ライフを送る火威。

彼等はアボルムに来る際、栗林をお姫様抱っこして空を高速移動している。

見た目以上に重かった栗林だが、お突き合い以外での思わぬスキンシップに、我が世の春を感じる火威であった。

 




最後はリアタイでは無く録画でした。

って、これで何の話をしているのか解る人は居ないと思います。連想出来た人もほぼいないと思います。
二期ありますかねぇ……。モブサイコ。ありそうな終わり方ですが、ゲートでも3・4クール目が欲しいですねぇ。
両制作委員会の方々には頑張って頂きたいところです。


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第六話 開宴

ドーモ、庵パンです。
サブタイに転移Ⅱとかやりかけたけど、堪えました。
今回もリア充化している主人公です。
次は別にリア充とか無いです。
っていうか、遂に三部の舞台に突入です。
まぁ生本番はまだなんですけど。


「牛の急所ってあんな所にあったんだ……」

火威は特別図書館の一室で行われた「上映会」の感想を口にする。

空手バカ一代で主人公の空手バカが黒毛の闘牛と勝負したのだが、主人公は闘牛の突進を躱し、牛の頭に正拳突きを見舞ったのである。

「牛の急所は耳の後ろあたりに有るんですよ」

と説明する栗林も大概空手バカ……もとい、白兵バカである。そんな栗林がアニメの上映会をデートコースに入れるとは思わなかったが、内容が内容なので理解は出来た。

どうして日本から隔絶されたアルヌスでアニメの上映会なぞ出来るのかと言うと、施設科が残して行った風力発電で、情報担当の今津二佐が「こんな事もあろうかと」思ったかどうかはさて置き、ホームシアターと昔のアニメのVCDやDVDを置いて行ったのである。

ちなみにアニメのCDVやDVDは言うまでもなく他にも伊丹が多く持ち込んでいて、レレイやカトー、更には出蔵なんかが特定の作品を良く見ている。ついでに言うと、洋画はほぼ無い。

自衛官が上映会を視聴する分には無料だが、アルヌスの住民が見る場合は500アクス、14歳以下の子供なら半額の250アクスの料金を取っている。

栗林は仲人的な立場の人物であるジゼルを、火威と栗林が料金折半して誘おうとしたが、生憎ジゼルはウルドら神官に神殿の仕事を任せて何処か遠くに行ってしまったという。

ジゼルはだいぶ慌てていたようで、誰にも何処に行くとも伝えていなかった。

元カノのジゼルを栗林が誘おうと言った時は焦った火威だが、何度か修羅場を経験しているであろうジゼルが行先も伝えずに出奔したことに、妙な胸騒ぎを感じた。

 

上映会を終えて視聴室を出ると、すぐに火威に話し掛ける者が居た。

少し前にワーウルフの傭兵を診療所に移送した時、少しばかり顔を見せた一尉だ。

「狭間陸将がお呼びです。至急、火威三尉は司令官執務室までお越しください」

医官は指揮の権限を持たずという原則があるが、上位でしかも年上の自衛官に言われては、本来なら休みとはいえ火威も渋る事が出来ない。

わざわざ医官が知らせに来たことに対して「今はそんなに人いねェのか」という感想を漏らしつつも、栗林に練武館の使用キャンセルを頼んで火威は駐屯地に向かって行った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威と分かれた栗林は、その足で練武館に向かう。

大祭典二日目の叙勲式があった日、栗林は特戦群の出雲や剣崎から火威が冬季戦技教育隊の出身であることを聞いていた。

冬季戦技教育隊、略して冬技教は自衛隊が創設されて以降、最初に設立された特殊部隊だ。かつてはソビエト連邦が道内進攻した時に対抗するために組織された部隊である。それが精鋭で無い筈が無く、その雪中戦での戦闘能力は世界随一と言われている。

冬技教には五輪の強化選手が多く、メダル獲得の為に日々訓練を重ねているという部隊の性格がら、現在は体育学校の隷下になっている。

そして火威は冬戦教で、冬季遊撃レンジャーの教育課程を経て特別なレンジャー徽章を持っている、いわば雪中戦のスペシャリストだ。特殊技能として日本政府からも認められている魔導を使えば、間違い無く隊でトップの戦闘能力を持つ事になるだろう。

ハゲは良いとして、付き会う前からチラっチラっとオタクっぽいところがあるのが唯一の難点だ。

お突き合いではそんな逸材相手に、良い加減勝ってしまうと困るので実力を抑えて臨んだ結果に負けることが出来たが、火威もロゥリィに魔法の使用を制限されている。

移動用や眩惑用の魔法を使えば、もっと簡単に勝つことが出来ただろうに、火威にはそれが出来なかった。

「シノォ、ヒオドシはぁ?」

考え事をしながら歩いていると、着いてしまった錬武館に居たロゥリィは栗林と火威が共にいるものだと思っていたようだ。

「駐屯地に呼ばれて行ったわよ。緊急だって」

第三偵察隊のメンバーは、栗林を始め全体が火威ほどロゥリィに慇懃な態度を取らない、というか、気の置けない仲で接している。

「どうしたの?」

ロゥリィから火威に用事があるのは珍しいことだ。

何時もロゥリィと火威が話す状況というのは、火威からロゥリィの元に赴くか街の中で会った時くらいのものだ。

「少し前にぃ、ヒオドシの家の中に戦死者の魂が還たのよぉ」

ここは日本とは違う特地だ。少し驚くべき話しだが、死者の魂が自衛官達にも見える形で地上に現れるのは栗林自身も、大祭典でメイベルという亜神の乱入騒動で目にしてる。

「反魂呪文を試みてる者が居るのよぉ。完全にエムロイの手落ちだったわぁ」

特に被害は無かったとは言え主上に代わり火威に謝罪する予定なのだ。

「って、それトンでも無くマズイんじゃ?」

「そうなのよぉ」

ロゥリィはエムロイやハーディが今までに無く、自身の元に来た魂を強く抑えるようになったと言う。

魂が肉体を離れるのは、見た目には生前と変わらなくても病気や怪我で生命を維持するのに必要な機能が欠けてしまうからだ。

だが死んでから魂が正神の元に行くまでに反魂呪文を使われると、魂は肉体にも彼岸にも行けず、現世で苦しむ事となる。

そして肉体は生命の機能を維持しようと、食欲という本能にのみ従い命有る者を襲い始めるのだ。

だから腐乱死体や骨だけの兵士(スケルトン)なぞは現れない。

それでも一日に特地全体で死ぬ人間の数を考えれば、脅威になることは間違いない。

以前、伊丹が資源調査の時にロンデルに向かう途中、通過したクレティという場所で生ける屍の報告書を提出していたが、Teh・オタクの伊丹の報告書故に余り真剣に目を通していなかった。

まだアルヌス駐屯地に報告書があるなら、直ぐにでも読み返さなくてはならないだろう。

これから起こるかも知れない事の想像も出来ない事実に、栗林は特地の行く未来に不安を覚えた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

陽が落ち、ファルマートの大地が暗闇に包まれる頃、その男は自身の足で北に向かっていた。

「神よ、福音を。エムロイよ、戦死者に福音を……」

夜の(とばり)に包まれつつあるその男の手には、血塗れの剣が握られていた。

急ぎ、大陸北部にある凍った山で反魂呪文を試み、そして成功させつつある者を断罪しなければならない。

不遜にもパラパンの使徒を騙る者を処断しなければならない。

そう考える亜人の肩には手作り感たっぷりの、ともすれば、多くの自衛官が見て、そして特定の自衛官が「肩パッド」と揶揄しかねない肩鎧が乗っていた。

その男の元に、特地の鹿に似た生き物が集まって行く。血濡れの剣をその身に仕舞い、鹿に似た生き物の頭を撫でながら、男は次に進むべき道を己の神に訊ねるのだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

暗くなった特地の空を、兜跋を着用し64式少銃を携えた火威が飛ぶ。

夜間飛行というのは先日の害獣大量駆除の時に経験済みだが、ここまで長い距離は試みたことが無かった。

投光機代わりに光の精霊を常に使役するが、石橋を叩いて他人に渡らせてから渡るような心配性を絵に描いたような性格の火威は、普段よりスピードを落としている。

これが日本やアメリカのように人工灯の多い地域ならばフルスピードを出せるのだが、未だに知らない生物が多い特地である。防御魔法を使っているとはいえ、イレギュラーな事態は考えてしまう。

 

火威は先程、狭間から「帝国からの救援要請があった」という事を聞き、一つの命令を受けている。

狭間もこれまでに部下から報告で、帝国が二分し内戦に陥ったのは、帝国内でも元々評判の良くないゾルザル・エル・カエサルが立太子し、その後に現・皇帝のモルト・ソル・アウグスタスの酒杯に毒が盛られたからだと言うことを、言うまでもなく知っている。

毒を盛られることをモルトが予想してたかは解らないが、皇太子になったゾルザルが暴走し、改めて日本に戦いを挑んで来るのは、近くでゾルザルを見ていたモルトは解り切っていた立場である。

そしてモルトの目論み通り、ゾルザルの軍勢は敗退して瓦解。日本との同盟関係を結び、この世界での帝国の安泰を確かな物にしたのである。

だが門が閉じたことは予想外だったようだ。国力の落ちた帝国には、内戦最中に約束した通り、亜人の貴族や元老院議員が現れている。

これもモルトにとっては予測の範囲内なら大したものだが、今度は自衛隊を、延いては火威という個人を帝国の戦力に引き入れようとしている節がある。

その際たるものが、先日の叙勲や火威が家を建てるのに使った報奨金である。

救援要請はピニャの名で出されたが、現在の皇帝は未だにモルトである。

狭間はピニャがモルトに対して何かと反抗的で、その意見を良しとする性格であることは知らない。

ピニャが特地派遣隊に救援要請を(よこ)したことが、モルトの使嗾(しそう)によるものの可能性を狭間は疑い、火威に三日の現地調査、そして救援要請の内容が事実であった場合の帝国の部隊支援と、三日後に帰還した後、帝都で任務中の特殊作戦群と合流した後に再度帝国の部隊を支援することを命じたのである。

今の状態で特地が再び戦国乱世になることは、特地派遣隊としても避けなくてはならないのだ。

氷雪山脈には帝国の部隊が展開しているという話しだが、仮に帝国の軍が展開しているというのが虚偽の情報でも、敵性勢力がこの世界の通常戦力なら今の火威の脅威にはならないだろう。

だが救援要請の内容で、敵勢力には大勢の「生ける屍」が存在するという一文があった。過去に見た伊丹がクレティで書いた報告書だと、病原体の存在を疑わなくてはならない。

クレティでは女性のみが発症する「灼風熱」という病だったが、それと同じ物とは限らないが、入念に準備しても準備し過ぎることは無い。

そんな流行り病があるから、部隊の他の隊員は置き去りである。女性である栗林は言うまでもなく、その他の隊員も供に就かせず来たのだ。狭間からの許可も貰っている。

そもそも実力が最大限に発揮されるのが、スタンドアローンな戦場……だと火威自身は思っている。

帝都までは何時もなら六時間程掛かるが、今回は帝都までの距離の二倍はありそうな氷雪山脈が目的地だ。

本当なら寒くなる時期に寒い場所に行くのは、仮病を使ってでも避けたいところなのだが、現在の火威はリア充である。

リア充の火威は満たされていた。最初は恋い焦がれて次に怖れ、そして一足飛びで恋人関係になったという忙しない具合だが、栗林……もとい志乃が居れば、何でも出来るような気がしていた。

死亡フラグはへし折り、目の前を阻む壁は蹴倒すかこじ開ける。

80km程度で飛行しているつもりでも、速度計等は無いから150kmも出していることには気付かない火威であった。



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第七話 急撃

ドーモ、庵パンです。
この一週は定刻通りの投稿が出来て何よりです。
ですが主人公がどんどんリア充化してきやがりました。ちくせう……。
もっと苦労しろよ!酷い目に遭えよ!

とか言いつつ、ヒロイン増やしてんの庵パンなんですがね。



雪原の中に浮かぶ街、マリエスは九十年程前に帝国軍人、ロミーナ・フレ・シュテルン卿が拓いたヒト種の街だ。

先の内戦では当時のシュテルン侯爵家頭首のパラオが主戦・講話派何れを支持するか決めあぐねていたが、ゾルザルが軍勢を率いてテルタへ遷都することの知らせが届くと、パラオは真っ先にテルタからマリエスへの道を倒木の障害物で防ぎ、散々格下として侮り、奴隷にすることもあった龍人を召集して竜騎兵として取り上げたのである。

結果として講話派に組みすることにしたパラオであるが、これは彼がある意味で臆病で、尚且つ【情報】というものを最重視した結果である。

帝国が異世界に進攻し、彼の地の国を侮った結果、帝国軍の六割を喪失。

逆にファルマートに進攻され、門があるアルヌスを制圧した彼の地の軍隊に対し、モルトが召集した連合諸王国の十万の軍勢が敗北である。

その異世界の軍……ジエイタイと講話派は同盟関係にあるに等しい状況だ。余程の馬鹿か、自分に決定権が無い限りゾルザルの主戦派は択ばない。

幸い、ゾルザル派帝国軍の翼竜による竜騎兵は氷雪山脈上空では寒さの為に動きが悪く、武装した龍人が比較的容易に倒すことが出来た。

とは言っても、氷雪山脈以外での地域に比べてのことであって、数人掛かりで一頭倒すのにも相応に手間が掛かる。

最初の内は数人の犠牲者が出た程だ。

その内戦後はジエイタイが来た先の国、ニホンとの和平が成ったことで、極力戦争の被害も無くシュテルン領には平和が訪れた。

そう、一度は訪れたのである。十ヶ月という短い間ではあるが……。

 

 

*  *                             *  *

 

 

雪と氷の大地に囲まれた城塞都市、マリエス。その都市は川に面した南側を除き、三方に敵性勢力からの猛撃を受けている真っ最中だった。

「こ、このっ!」

「 隊長さんと輝下が居ない時に襲撃とか、死人なのに底意地悪いなぁ~ん!」

それぞれの城門を守備する亜人が、敵の進撃を抑えて押し返そうと奮戦していた。

「ジオ!そこどいてっ!そいつ殺せなぁ~ん!」

「や、コイツらもう死んで……!」

律儀に返答しようとした亜人だが、門内に侵入してしまった(かつ)ては守る側だった敵が振り回す鎖付きの鉄球に吹き飛ばされた。

「あべし!」「ひでぶっ」

「たわば!」「ぐるわっ」

サブカルチャーを嗜む自衛官が聞いていたら「訓練されたコメント」と評したかも知れない悲鳴を上げる。

ジオとその同族の、一見するとショタに見える亜人は吹き飛ばされはすれど、再び剣や槍を手に敵を押し返そうとしている。

ノウ゛ォールと言う集落から来た彼等は、見た目より遥かに肉厚な種族だった。

ゆったりとした口振りや行動でマ・ヌガを擬人化したような種族だが、決定的にマ・ヌガと違うのは、長く垂れたその耳だ。

種族的に暑さに弱く、性に奔放だが、男女ともに他種族と子供を作っても相手種族しか産まれないので非常に数が少ない。

だが、先の通りに途徹も無く死に難く出来ている身体なので、戦争などで急に数を減らすということが起き難い種族でもある。

その種族的特徴から、帝都から来た部隊長に現地徴兵という形でマリエスの防衛隊に組み込まれたり、部隊長やこの地を訪れた亜神と供にマリエスの隣の町を奪還すべく行動している帝都の部隊に組み込まれてるのであるが、彼等には戦士になりえない種族的特徴も合わせ持っていた。

「これで終わりなぁ~ん」

木の槍で鉄球の屍の首を貫こうとするが、手応えを感じる前に槍が中程からボキりと折れた。

長らく使われてないから、一回の戦闘で壊れるほど悪くなっていたのだ。

「なぁっ……!武器がボッキリ逝ってしまったなぁん!僕の心もボッキリなぁん」

そのジオに屍の軍団数人が迫り、凶刃を向ける。

「そいや!」

だがジオの直ぐ近くには、同族の仲間が四人も居るのだ、瞬く間に屍の軍勢を弾き飛ばして、青銅の斧で敵の頭を兜ごと潰すように叩き割ってしまった。

ぶべしびべし、ぶんがぶんがと残りの屍の兵も斃し潰し、無力化する。一度、調子に乗ってしまうと彼等の種族は強かった。

「ふぅ、一段落なぁんね。何だかお腹空いたなぁ~ん」

「きっと隊長さんに付いて行った皆もお腹ペコペコなぁ~ん」

彼等が戦士になりえない理由……、それは彼等の種族全体に言えることで、長時間の集中力が続かないということだ。

腹を空かせたと主張するジオ達は、鳩尾の辺りを撫でて見た目にも空腹を主張しだした。

だが、そんな気の抜けたジオ達の元に錦糸のような長髪を靡かせ、4~5m程の円錐の槍を片手に携えた年若い女性が、栗毛の馬に乗って来た。今のマリエルの代表であるリーリエ・フレ・シュテルン侯爵夫人だ。

馬上で使う槍は殆どの部分が鉄製にも関わらず、それを表情一つ変えずに扱う様子は彼女の膂力の強さを示していた。

「あ、リーリエさん、侵入者退治お疲れ様なぁ~ん」

戦闘に臨むにも関わらず、身体に纏うのは緋色の戦装束のみで、鎧も着ない女性騎士は馬の突進力を利用したランスチャージで三方ある城門の守りを抜け、市内に広がり蹂躙しようとする敵を地道に撃破していた。

「お前達、気を抜くな。他の二方は未だ交戦中だ。敵はまた来るぞ。手の空いた者から食事を摂らせて再び守りに付け!」

そんなリーリエの言葉を聞き、ジオ達亜人は一斉に飯を食いに行こうとする。全員手が空いていたので、言葉通りに食事を取りに行こうとしたのだ。

「ちょ、ちょっと待て。お前ら全員で行くな! 取り敢えず、お前とお前。先に食事を摂ってこい。それとお前、武器はどうした?」

リーリエが皆を制止し、ジオとその友人のナサギを指さしてから、ジオが徒手状態であることを聞く。

「さっき壊れましたなぁ~ん。木の槍なんて戦争に使う武器じゃないですなぁ~ん」

「それでは食事の後に屋敷の使用人に言って、武器を貰って来い。話は私が通しておく」

そう言うので、ジオとナサギは飯やら武器やらと、色々補給しにシュテルン邸まで向かうのだった。

 

 

*  *                            *  *

 

「ふぎィ、美味しかったなぁ~ん」

「やはし料理カクメンが起きた帝国料理とは言っても、雪肝を添えたパエリヤには敵わないなぁ~んよ」

「雪肝が一本あればパエリヤ十杯はイケるなぁんね」

飯を食って新しい武器を貰ったジオは、ナサギと話しながら先程まで守っていた城門に戻ってきていた。

先の襲撃で、凹み一部損壊はすれど打ち破られ無かった城門は補強を施され再度襲撃された時に備えている。

ジオ達は飯を食いに行く最中に、他の二門でも敵を撃退し、マリエスを守り切ったという情報が立て続けに耳に入っている。

それもその筈。他の二方を守っているのもジオと同じ種族でジオ達よりも武芸が達者な者達だ。或は敵の数が多かったか、後続の敵と続けて戦闘していたのかも知れない。

「敵はあと、どれだけ残ってるのかなぁ~ん」

ナサギが口にしたことは、マリエス兵の皆が思うことだ。

敵の数は単純に味方の戦死者数と反比例する訳では無い。

死に方にも因るが、多くの敵が(かつ)ては自分達と話し、戦線を共にした仲間の身体なのだ。

こんな戦いが何時までも続けば、何れは精神が参ってしまい士気どころかの話しでは無くなる。

その中でジオの種族は、この混乱で集落を追われて来た者の集まりだから、マリエスのヒト種よりも格段に士気が高く、戦闘に向いている精神状態なのだ。

それでも何時、ジオの種族から犠牲者が出るか解らないのだ。油断は出来ない。

「ふぁぁ、もう少し食べたかったなぁ~ん」

油断は出来ないのは彼等にも解っているのだが、他の種族から見れば緩み切っているようにしか見えないのが種族全体の苦労である。

だが川に面した南側を含め、城内各所が俄かに騒がしくなる。

ジオが守る西門もそれは同じで、ナサギと二人、武器を取り構える。

リーリエの口添えでジオが受け取った武器は、木の槍なぞという訓練や玩具にしか使えない物では無い。

しっかりと鍛鉄された金属の槍だ。それもファルマートでは未だに少ない鋼の槍である。

リーリエという貴族の娘は武張った物言いで、如何にも「戦闘専門ですよ」的な印象だが、美しい剣のような雰囲気も併せ持っていて下の者の働きを見ていてくれる武闘派娘だ。

ちょっと結婚してくれなぁ~ん、と少しばかり無理な事をジオは思う。

だが思ったところで、尚且つ鋼の槍が何本あっても今の状況を覆せるとは思えない。

「ちょっ!なんで!なんで亜龍まで来るなぁ~ん!?」

翼竜程度なら数人の龍人兵が数の暴力で倒せよう。

だが目の前に見えるのは翼竜の十倍はあろうと言う巨体の亜龍で、見た目にも解る歳を経て古代龍並になった危険な存在だ。

即座にナサギは城壁上のバリスタに向かい、ジオは亜龍の攻撃がギリギリ届かない範囲まで逃げた。

今、使える武器の中で一番強力なのは、大型の矢を発射するバリスタしかない。

ジオの集落の仲間を率いて別の都市を奪還しに行っている隊長が、「大型の怪異には此れを使え」と以前に言っていたのだ。

バリスタには自身が使っていた鉄の槍を据え付けたが、これを外したらジオの鋼槍でも使うしかない。

バリスタを操作するナサギが亜龍に照準を合わせると、意外にもジオは善戦していた。

というか亜龍の方が齢を重ねている筈なのに、おっかなびっくり、と言った感じて積極的に攻撃していないのである。

「ジオ!そこどいて!そいつ殺せなぁ~ん!」

「それ二度目!」

芸の基本は繰り返しから……ということが、この種族の中では伝わっているとして、ジオが退く前に亜龍は翼を羽ばたかせて上昇してしまう。

仲間を巻き込む恐れの無くなった相手にバリスタを向けて発射するが、鉄の槍は敢え無く目標を外れて兵舎を盛大に傷付けた。

「何やってるなぁ~ん!隊長さんやリーリエさんに怒られるなぁ~ん!!」

「いやこれホント難しいなぁんね」

「言い訳はしないで次は僕にやらせるなぁん!」

兵舎とは言え、バリスタの破壊力を見た亜龍は迂闊に二人には近付かなかった。

だが二人を放って場内を襲わないのは、二人を餌として認識したからである。

律儀に待っているように見えるのは、今発射された武器らしき物がもう一本あるからだ。

「喰らうなぁん亜龍。鋼の槍が最初に討ち取る獲物はお前なぁ~ん!」

そして発射された鋼の槍は亜龍を大きく外れ、城内の何処かに落ちていった。

「な、何やってるなぁん!このジオめ!」

「それより武器! 武器どっか無いなぁん!?」

完全に攻撃力を失った二人に亜龍は急降下し始める。

二人に出来るのは別々の方向に逃げる事しかない。

サっと走り出すジオ。龍を倒せなかったのは残念だが、バリスタ程度で倒せたのか、という言い訳じみた思考をしながら城壁の突き当たりを右折する。

気が付けば、そのジオと並走するようにナサギも走っていた。「あ、知ってる人だ」なぞと、ちょっぴり安心しかけた自分を罵倒したい。

「な、なんで同じ方向に来るなぁん!?」

「ジオこそ反対側に行くと思ったのになぁ~ん!」

二人の考えを端的に言うならば「この馬鹿、逆の方向に行ってろ」である。

振るわれた龍の手が二人の背中を強かに叩く。

「うわばら!」

「えひゃい!」

背中を強かに叩かれ、それだけでもヒト種なら絶命する所だが、ジオの種族は大怪我で済むという頑丈且つ柔軟な肉体を持っている。城壁に叩き付けられて血だるまにはなったが、身体の機能に影響を及ぼすような事はない。

「あばだだ」

「い、痛っいなぁん……」

地面に落ち、相応の酷い傷を負った二人が辛うじて立ち上がり、顔を上げる。

敵を正視する余裕はなかったが、亜龍の(アギド)が直ぐ近くまで迫っているのは状況であることは解る。

いくら頑強な種族と言っても、龍の咀嚼に耐えれる肉体は持ち合わせていない。

もはや最後と目を瞑ったジオとナサギの脳裏に、様々な思いが駆け巡った。

輝下・グランハムは世界の理を乱そうとするヒト種の魔導士を断罪するために、眷属ユエルとこの地に赴いたと言っていた。

そして、通常なら亜龍がこんな寒冷地に居る訳がない。

魔導士でも龍人以外の人間が亜龍を使役することは不可能だ。

ならば、成長しきった個体が「たまたま」マリエスに来て、運悪くジオ達を捕食しようと思ったのだろう。

これから自分達は死ぬが、龍に喰われるから生ける屍になる事も無い。

それだけがジオ達を安心させてしまっていた。

目を閉じて「その時」を待っていると、何かが爆発するような大きな衝撃音が聞こえる。

身体をビク付かせながらも、ついに来たか、と思いそのままでいた。

だが幾ら待っても痛みも何も訪れない。

即死した死後の世界とはこういうものか。などと思っていると、痛みの代わりに誰かのシャウトが木魂した。

 

「3tプレス!!」

3トンのロクデ梨を積んだ籠で龍の頭をプレスする、火威の勢いに任せた必殺技である。

籠の底面と地面に頭を挟まれて血を噴き出した亜龍は、新たな敵を探そうと首の力で籠を払い除けようとした。

だがその頸が、神鉄で鍛えられた大剣で断ち斬られて宙を舞う。その余りの柔らかさに拍子抜けしたのは火威の方だった。

「え、えらい柔らかいな……」

本物の古代龍ではないとは言え、ここまで成長した亜龍の鱗がこうも脆弱なのは信じられない。

だが考えるのは後回しだ。街の各所が何者かに使役されているのかいないのかは不明だが、特地害獣乙種やそれ以上の敵性生物に襲われている。

亜龍に襲われたと思われる亜人は酷く負傷しているが、二人とも自分の足で立っているから救援は後回しで良い。

火威は城内を転戦するため、フルグランを担いで飛び立った。




はい、今回でシリアス死にました。

で、今回登場させたノヴォールの衆ですが、まぁオリジナル種族です。
特地を探せば似たようなのが居るかも知れませんが、オリジナルです。
それで種族名は「不明」です。不明っていう種族名じゃなくて決まってないのです。
っていうか、あるPBWの種族で友人のPCが元です。
身体が頑丈ってい設定は、この中でのオリジナル設定です。


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第八話 アルヌスの良く斬れる剣

アルヌスの近くの街道で害獣と怪異の団体を潰した三角の隊は、周辺に残存する敵性生物を警戒し捜索・撃滅して駐屯地に帰還する最中だった。

「意味解りませんよ。三尉だけで威力偵察だなんて」

実際には威力偵察ではないのだが「状況を確認し、必要があれば帝国軍支援」が栗林の中では威力偵察に変換されていたらしい。

「氷雪山脈はクレティと同じ状況なんだよ。報告書ではクレティじゃ若い女が感染する病気があっただろ?それにあの三尉なら一人でも十分に戦えるって。って言うか一人の方が戦い易いって」

「蟲獣に使ったみたいな魔法を使うってことですか? ……って、私は若いですけど風邪なんて引きませんよ」

「慢心は良くないわぁ」

栗林を窘めるように言ったのはロゥリィだ。昨日まではジゼルと共にモーターの神殿を建設する手伝いをしていたが、それが一段落付いたので今日は自衛隊の害獣退治を手伝っていたのである。

「ピニャから届いた手紙ではぁ、男の生ける屍も多いそうだけどぉ、そうなるとクレティとは違うのよねぇ」

ロゥリィは言う。

「場所的にぃ、前にもバカな魔導士が前にも出たところなのよぉ」

「そ、そうなの?」

今の時点で、100年前の昔に氷雪山脈で起きた動乱を知り、尚且つ栗林と面識がある者は目の前のロゥリィ・マーキュリーと、エルベ藩国内の住むエルフの魔導士の女しかいないという。

その時の話しを、栗林は昨日の内にロゥリィから聞いていた。

多くの死者の魂を現世に留め、遺体だけを蘇らせて使役するの魔導士が居たのは驚きだが、それを断罪するためにロゥリイとサリメルが過去に会っていたという事実も驚きである。

ロゥリィは「サリメル」という名を指名して話しに出した訳ではないが、エルベ藩国の森に棲む魔導士の女と言われて真っ先に直観するのはサリメルしか居ないのだ。

とはいえ、同じ種族の同じ性で同業ということも考えられる。そもそもエルフは大抵、精霊魔法を使役できる魔導士とも言えるのだ。

「それにぃ、昨日もシノに言ったでしょぉ? 火威は三日後に帰って来るらしいからぁ、本当に魔導士の仕業ならシノ達にも出番はある筈よぉ」

実際に魔導士の仕業ならロゥリィら亜神達、世界の庭師が動かなくてはならないのだが、テュカが居ないアルヌスから組合の重役であるロゥリィが抜ける事は出来ない。通常ならアルヌスから氷雪山脈までは一ヵ月以上の道のりである。

ジゼルはこの異常事態を、眷属の翼竜から聞いたから氷雪山脈に向かったのだと、ロゥリィは推測した。

神殿まで構えてアルヌスで信徒も増やし、本当なら身軽な身分ではないのだが、身軽に振る舞うジゼルの前途を少しばかり心配しつつも、多少羨ましく思う。

「三尉、大丈夫ですかね?」

戦闘が目的ではないからと、モーターに頼んでいた武装も自ら製作した新兵器もアルヌスに置いて行った火威であるが、一応は人間である。

そのことを心配した三角が呟くように言ったが「大丈夫よぉ。私が考えてる奴の仕業ならぁ、ヒオドシを倒す事は出来ないわぁ。ヒオドシはアレでも慎重な男よぉ」

ロゥリィからそんな言葉が返ってきた。

だがロゥリィは思う。新兵器もモーター製の武器も無いとは言え、百年前と同じ戦力の相手ならば、蟲獣を一気に滅殺した火威の事だ。三日で全て片付け兼ねないのである。

それ自体だけなら良いのだが、フレアの神がグランハムの眷属のユエルを伊丹に(けしか)けたように、ユエルもどきを作り兼ねない気がするのだ。

それを栗林はどう感じるだろうか。今までの女性に対して一歩も二歩も引いた態度で、女性を立てようとする火威だから我の強い栗林とも上手く行っていたのではなかろうか。

そんな風に、愛の神を目指したロゥリィは、思いの外、身近な場所に発生した難しそうな愛の行方を注視するのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

マリエスを襲う亜龍を始め、敵性生物を排除した火威は、マリエスの現在の代表であるリーリエという女性から南西のアルガナという街を、帝都からの救援部隊とフレアの使徒のグランハムと、その眷属のユエルが奪還中だと言う事を聞いた。

「なんと。あのホモい二人が来ていたとは」

グランハムは華奢な身体に見えるが、地元に居を構える使徒のロゥリィも見た目は可憐な少女ながら、ジャイアントオーガーを一撃で真っ二つにする猛者だ。

ならばグランハムも多分、きっと強いだろう。

推測で結論を出してしまったが、メイベルとかいう少女も昇神したのが最近だったにも関わらず、ロゥリィと互角の勝負をしていた程だ。

もっとも、その時のロゥリィはメイベルの先祖が親友だったから、本来の力が出なかったのだろうが。

さておき、マリエスに来た時に二人の亜人は亜龍に襲われて前脚で払われていたのに、怪我で済んだようだ。亜龍自体の鱗も妙に軟らかかった。

あの程度の龍しか居ないなら、ヒトの中では特に優れた戦士ユエルが遅れを取る事は無い。

だが戦場ではイレギュラーは起こる物。そう考える火威は、マリエス周辺に潜み残存する敵勢力を遺らず丁寧にブチ殺すなり排除してからアルガナに向かう。

暫しの後に辿り着いたアルガナでは、予想通りに龍の死体が幾つか転がっていて、更には怪異の死体も山のように積み合っていた。

「はて、これは?」

「帝国の隊長さんが肉盾に使った連中だなぁ~ん」

火威の疑問にショタ系亜人が呑気そうな口ぶりで答える。火威がマリエスで初めて見た種族の亜人だ。

言ってることは剣呑だが、彼の語尾故にどうしても呑気そうに聞こえてしまう。だがキャットピープルの「~にゃ」も訛りの一種らしいから納得するしかない。

怪異を戦線の最前衛に配置して敵地で破壊活動させたり肉盾にするのは、この世界で一般的な戦術と言えるらしい。

だがアルガナは敵に抑えられた都市だ。それを奪還するのだから破壊活動するとも思えない。怪異は完全に盾として使われたのだろう。

人権もへったくれも無いが、知能が低い故に人間として認められなかった連中が怪異だ。特地に来た当初、特地派遣隊が連合諸王国軍と一緒に盛大に吹き飛ばしたものである。

地球の人権擁護団体が聞いていたら何て言うか……そう思いながら周囲を見ると、さっきのショタ亜人達が積み重なった怪異の死体を焚き木で囲み、火を放とうとしている。

「ちょ……おいおい、いきなり火葬かよ」

「死体をそのままにしておくと、エラいことになりますなぁ~ん」

「いや、ちょ待っ……」

生きてる奴も居るんじゃないか、そう言おうとしたが、ショタはさっさと火を放ってしまった。彼等曰く、形が残っている死体をそのままにしておくと、生ける屍となって襲ってくるらしい。

「ここは地獄の一丁目か?」

火威をして、呟かずには居られなかったという。

 

アルガナの街に潜む残存勢力を掃討するため、火威が帝国兵やショタ亜人と一つの班を作り、捜索・撃滅していると見知った顔に会った。

フレアの亜神・グランハムとその眷属のユエルだ。

使徒やユエルという男が、この程度の戦いに倒れるとは思えなかっただけに、火威を安心させた瞬間だった。

……一応、念の為に付け加えるが、ホモ仲間になる気など毛頭ない無い。士気や戦力の心配である。

 

「帝国の士官はアルヌスから救援が来ると言ってたけど、やはり君か」

グランハムは火威が来る事を予想していたようだ。

「これは良い。いつぞやに貴様が受けた決闘の約定、覚えているな」

眷属の方は案の定だった。

「いや待て。それどころかじゃねェーだろ!」

直後にグランハムの執り成しで事無きを得たが、この男が言うと冗談に聞こえないので(たち)が悪い。

クレティでは灼風熱という懐抱熱の一種が猛威を振るい、それで生ける屍が大量に出現することになった。

火威も病原菌に感染するのを恐れ、未だに兜と覆面を取っていない。

グランハムが火威が来た事を確認出来たのは、火威が名乗ったからなのだ。

しかしグランハムは懐抱熱は疎か、病気や感冒の類は流行っていないと言う。倒れ、病床に就いている者の全ては戦闘による怪我人だけらしい。

彼が言うには、生ける屍はこの動乱を引き起こした魔導士の呪いによって発生しているという。こうなると、少々苦労して持ってきた2tのロクデ梨は無意味となる。

もし火威が氷雪山脈に来る前に、ロゥリィの元を訪れていれば、魔導士の呪いで死者が起き上がり人々を襲っている原因は明らかとなっていただろう。大量のロクデ梨を持ってくることも無かったかも知れない。

だが、二重三重にも念を入れる火威のことだ。原因が何であろうと、ロクデ梨を持ってきた可能性はある。

 

残りの敵勢力の捜索も終わる頃、アルガナを奪還するために、帝都から来ていた部隊長の顔を見て、火威は目を見張った。

既に二年前の事になるが、銀座事件で火威自身が半殺し以上の血祭に上げた男である。

多くの民間人に犠牲者を出したドス黒い記憶が蘇り、危うく後ろ弾をするところであった火威である。

銀座事件での捕虜は六千人程だが、考えてみれば内戦でゾルザル派に付いたのは返還された捕虜の第一陣の一部であって、残りの全てはモルトやピニャの正当政府に組み込まれている。

火威は「嫌いなヤツは全部ゾルザル派」みたいな思考であったが、これが現実なのである。

その部隊長が兵を纏め、アルガナからの撤収命令を出した。

「ぉおい!ちょっと待て。折角奪還したのに、また無人にするのかよ!?」

頑丈な亜人には戦闘の犠牲者は居なかったが、帝国のヒト種の兵士には片手の指で数えられない戦死者を出している。その者達もこの場で火葬したようだ。

その犠牲を払ったにも関わらず、少しの議論も無く撤収を決めたのは今までに聞く帝国の手法とは思えない。

ピニャの治世を控えて戦闘部隊から早々と性格が変わったにしても、制圧から二時間経たずに撤収しては犠牲者の魂が報われないと火威は考える。

「何だ貴様は。アルヌスから来たジエイタイは何も知らないのか」

電報よりは長めの文を書けるが、鸚鵡鳩通信で事細かい説明をするのは不可能である。

説明されて無い事を知っておけとでも言わんばかりの居丈高(いけいだか)な態度の帝国の士官に対し「そんなこたァ、俺が知ってるわきゃねェーだろ!」とでも言ってやろうとしたが、そこにグランハムが割って入った。

実際に割って入ったのでは無い。彼の持つ雰囲気によって火威を止めたのである。ホモな亜神とは言え神だ。柔らかいながらも凛とした言いように後光でも見えたのかも知れない。

「彼には撤収中に私から説明するよ」

実際に言う前から、火威が持つ雰囲気の変容を見てこれである。流石は亜神と言うべきか。

そして神故か、その言葉には有無を言わせないものがあった。

ジゼルはサリメルが亜神と言っていたが、サリメルが纏う雰囲気は、完全に体当たり系の女芸人のそれである。やはりジゼルの勘違いに違いない。

 

 

*  *                            *  *

 

 

マリエスに帰還する最中、グランハムや亜人から聞いた情報は信じられない内容だった。

アルガナを制圧し続けないのは、人間の勢力がマリエスの外に拠点を設ける、或は行軍中でも呪いによって吹雪が吹き荒れて全滅させられるというもの。

それによって凍死させられた者は、生ける屍となって現れるという。

「と、トンだハードモードだな」

暫し言葉を失った火威は、そんな軽口を叩いたが、その後に聞いた事も衝撃的だった。

「それだけじゃないなぁ~ん。吹雪を凌いでも雪竜とかミティの怪異が襲って来るなぁ~ん」

雪竜というのはサリメルの研究小屋の博物誌で読んだから知っている。

だが「ミティ」なる怪異は聞いた事がない。っていうか特戦群での臨時に付いた俺のコードネームだよ……と、言いたい火威の表情を察してか、グランハムが付け加えた。

「あぁ、大陸の他の場所じゃ出ないし、ここでも滅多に出ないんだけどね」

そう前置きしてからグランハムはこんな事を言う。

「ミティは精霊と人間の間の子にのみ産まれる怪異で、その全てが牝だ。そして全ての個体が自分達以外の生きる者を憎み、害悪を与え続ける」

もし遭遇してしまった場合、すぐに殺されるなら良い方で、多くの場合は地獄の様な責苦を与えられ続けるという。

また、こいつらは自分達を増やそうとか考えてないから、エロい拷問も無い……と、ショタ亜人は付け加えた。

「えらい詳しいな」

「僕達の長老さんの一人が、昔捕まってエムロイの使徒さんに助けてもらったなぁ~ん」

その長老は身体が半分無くなっていたという。

それだけされて生きていられる種族も凄いものだが、長老曰く「死ぬギリギリを図ってやっていた」らしい。

それだけ知能があるのに怪異なのだから、存在自体が呪いである。

マリエスに着くまでの殆どの時間が質問タイムだったのだが、火威は最も気になることがあった。

マリエスの城門を潜る直前、そのことをグランハムに問い掛ける。

「そういえば、なんでマリエスは吹雪に襲われないんですか?」

「あぁ、そのことは私にも理由が良く解らないんだがね、恐らくは……」

その理由が解れば、敵を倒してこの地を混乱から救うことが出来るかも知れないのだ。

火威はグランハムの答えを待つ。

「恐らくは……リーリエ・フレ・シュテルンが居るからだろう」




ドーモ、庵パンです。
前書きが無い上にサブタイもこれまでと勝手が違いますが、単純にネタ切れなのです。
そして、ちょいとここの所遅れ気味です。庵パンが忙しいとかじゃなくて、書くスピードが遅れてるのです。
三部は長くなるよー……と、前々から言っていたのですが、そんな中で嘗て書いてたガンダム系の奴が書きたくなって参りました。

ピクシブで書いてたものですが、書き直す時に18禁にしたものか、18禁テイストにしたものかで迷っているところです。
エロは外せんのです。外せんのですよ。エロい方がテンション上がるだろォ!?



………まぁ、ピクシブで書いてた時はエロ成分の欠片も無かったんですが。


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第九話 戦徒理論

ドーモ、庵パンです。
なにやら今回短いです。戦いません。
グランハム回です。エロくないです。
ホモォでもないです。でも火威がちょっとグランハムを尊敬します。

というか、最近、一種のスランプ(?)気味です。
エロいガンダムを書きたいのですが、栗林のターンも書きたかったところなのでバランスに迷っています。
ついでにエロンダムを18禁にするかちょいエロにするかで悩んでもいます。
そのことで一昨日と昨日は悩んでおりました。
そこで考えたのが、ちょいエロンダムと18禁ダムを亀更新にして二つ書いて行くことッ。
GATEも書籍版とWEB版があったからOKなハズッ!
本当にやる場合は両方とも亀更新になりますが、どっちか集中して書くのもアリな訳です。

そもそもガンダムでエロって有りなのか…ってとこですが、
リン子ママンとフミナ先輩は非常に性的だったらオーライなワケですよきっと!
ついでにSEEDでも何かエロいところあった覚えがあるし!(偏見

まぁそんな感じに長めの前書き書いて、短め本文の足しにしたいと思います。


リーリエ・フレ・シュテルンの高祖父、ロミーナ・フレ・シュテルンがマリエスを築く前にも、氷雪山脈は現在と似たような状況にあった。

帝国貴族の歴史を記した書や、当時を知る長命種の者の証言ではロミーナは高名な魔導士でもあったことが明らかになっている。

それ故に、グランハムを含めて多くの者が百年前の動乱の際、ロミーナが首謀者の魔導士に呪いを掛けてシュテルンの家の者を兇害することがで出来なくなったのだと推察した。

しかし当時を生きていた長命種の戦士の話しでは、ロミーナが敵の魔導士に呪いを掛けたような素振りも気配も見せなかったという。

その戦士はロミーナ程の魔導士ならば遠くの人物に呪いを掛けることも出来る、ということも言っていたが、証拠も無いのでグランハムの推論は仮定の域を出ない。

「って、敵の魔導士ってヒトですよね? この世界でヒトの寿命は百年も無いって聞いたんですけど……」

火威はマリエスにあるシュテルン家の屋敷でグランハムに確認するように問いかけた。

「優れた魔導士なら禁忌に踏み込んで寿命を延ばすことが出来る。勿論、自然とは掛け離れた歪んだ物で世界の均衡を崩す行為だから、私達が断罪するけどね」

使徒からすれば、今回の敵は諸々の法を破って既にアウトの筈の人物なのである。

そして百年前にはロゥリィが断罪していたと、火威はジオやその仲間が、長老から聞いていたと聞いている。

又聞きの上にアルガナに行っている最中に持って来たロクデ梨の半分を食いやがった種族で、その犯行動機が「お腹が空いてたからついつい味見してしまったなぁ~ん」という連中なので信憑性が疑われるが、他の長命種の戦士もロゥリィが断罪していたと証言し裏付けられている。

「そ、それって死んでますよね?まさか子孫が亜神に喧嘩売るとか、敵も亜神とか?」

「詳しいことは私にも解らない。真実を知るには山脈の奥地まで行かなくてはならないね」

神々に喧嘩を売った亜神といえば先日のメイベルが思い出されるが、彼女自身が名乗りを挙げるまでズフムートの使徒が地上に現れたことは他の使徒は知らなかったのである。

仮に敵が亜神だとしても、グランハムは疎かロゥリィやジゼルにも知る方法は無いのだ。

そして敵が亜神ではなくヒトの身のままだとすれば、代を重ねて悪意を撒き散らしているか、何らかの歪な形の方法で命を延ばしている可能性がある。

だが真実を知るには、敵地まで踏み込んで行って叩き斬る他無い。

「しかし参りましたねぇ。そうなると出来る事も限られる」

「君にもかい?」

「えぇ、三日の現地調査任務で初日に早速重要情報を得られましたけど、今の自衛隊はアルヌスから余り動けませんからねぇ。一度帰還した後、特戦……精鋭部隊と再び戻る予定ですが、この圧倒的不利な状況はどうにも……」

それを聞き、この使徒にしてはほぼ無いであろう事だが眉間に皺を寄せて難しい顔を作った。

「いっそ冬が終わるまで皆でマリエスから避難しちゃどうでしょ? それで暖かくなったらマリエスとか他の街も取り戻すのとか」

火威は執れる手段の中で最も簡単な方法を提案した。

彼も特地に来る前から捜し続け、そして特地で逢って交際するまでに到った女と結婚出来そうなのだ。可能な限り不測なリスク要素は取り除きたい。

「いや、それは得策とは言えない。冬の間に相手はマリエスや他の街を占領するだろうことは解っているね? 春が来て私達が今まで以上の力で攻め行って街や拠点を取り返したとしても、どんな罠が仕掛けられているか解らない。それに敵の怪異の量も溢れる程に増えてる筈さ」

グランハムの推論を一々最もと感心する。そもそも内戦の最後にウロ・ビエンコに罠を敷き詰め、ハリョの影戦部隊を粗方排除したのは火威であったのだ。その火威にグランハムは続ける。

「アルヌスの周辺でも怪異が増えたって話しは無いかい?」

それを聞き、火威は驚いた。

グランハムが大祭典が終わってフレアの下に帰還し、テュカが父親捜しの為の移動手段を検討し始めてから、アルヌス周辺の害獣や怪異による救援要請は急増している。

実際には大祭典中にも周辺の村で被害は起きていたが、人的な被害もなく被害の度合いも小さいので特別視することは出来ない“通常”の被害なので重要視されずにいた。

だがグランハムは怪異が増えたこと、そのものを言い当てたのだ。

「そ、その通りです」

「中には巨大化した個体も無かったかい?」

「ちょっ!?その通りですよ!」

まさかこのホモエルフが下手人か!? とか思ってしまった火威は、同性愛者に厳しい。

「さっき、マリエスに転がっていた亜龍の死体を見たよ。どれもが一歳以下の幼体だった」

グランハムが言うには、龍の詳しい年齢はその鱗や牙を観察すると解るのだと言う。

火威が叩き斬った龍の鱗はどれもが軟弱だったが、全て幼体だったなら説明が付く。

生物の成長を促進させたり、形だけでも巨大化させるるのは、氷雪山脈に限って言えば何者かが意図的に魔法を使うしか無い。

グランハムはエルフとしても長年生きたというだけあって、その知識量は賢者でも舌を巻くものだった。

竜や龍という生き物は多くの場合で決して馬鹿じゃない。ヒトが騎乗生物として使う翼竜も馬程度の頭脳があり、ヒトが手懐けることが出来る。

飛龍となるとヒトを始め、人間が手懐けた例は極端に少なくなるが存在する。

亜龍や古代龍の幼体である新生龍を手懐けようという猛者は人間の中では皆無だが、稀に亜神が卵から孵化させて飼うことがあったらしい。

多くの場合で成体の古代龍になる前に殺され、飼い主の亜神も敵対する者から解体されて幽閉されたことが、数万年に渡るファルマートの歴史の中では有ったとグランハムは語る。

卵から孵さず、成長途中から従えるには、力で言う事も聞かせることで可能だと言われているが、この場合は強大な力が必要となるので、実現したという話は聞かない。

そして昨日の亜龍は卵から孵されて間もない個体を、見かけだけでも巨体化させたものであることが解ったのだ。

つまり、マリエスに出現した亜龍は敵魔導士の手に依るものだったということになる。そしてアルヌス周辺で怪異や害獣が増えた原因も、この魔導士の仕業だという。

「えええ、なんでアルヌスまで……。誰か恨まれることでもしたんですかね?」

「それはヒオドシ君、君だよ」

大祭典が行われるより五ヶ月ほど前、グランハムはユエルと共にニャミニア討伐の為に得エルベ藩国に向かっていた。

だが話を得るのが遅かったせいで、ニャミニア討伐に立ち寄ったエルフの魔導士の元で彼の竜が自衛隊に討伐されたことを知ったのである。

「あり? サリメルさんと会ったんですか?」

「彼女とは前にも会っているからね。きっと大祭典に呼ばれなかった事を知ったら怒るか泣くと思うよ」

そんな感じで話が脱線しつつも、グランハムは大祭典が開かれる半年近く前にユエルと共にニャミニアを討伐しようとエルベ藩国に向かっていた事を聞く。

ニャミニアという巨大無肢竜は、それより先に火威達自衛隊によって退治されているので、シュワルツの森の端……ロマの森に到着したユエルは臍を噛んで悔しがったという。

なので炎龍やニャミニアを斃した人物が居るアルヌスに、大祭典でロゥリィから呼ばれた時、ユエルは行く気満々だったのだ。

 

閑和休題。

 

グランハムはニァミニアを倒した人物を、魔導士が己の障害と捉えたのだと推測し、その自論を説明した。

現実に、アルヌス周辺には自衛隊でなければ対処が難しいほどの怪異や害獣の大群が押し寄せて来ていたのだ。

一度は火威が寝る間を惜しんで数を減らしたが、何時また溢れだすかも解らない。

「……魔導士って繁殖業者か何かっすか?」

「いや、協力者か何かが居ると思うんだけどね」

世界の神に喧嘩を売るとは、何処のどいつかは知らないが大した気合の入れようである、と、高校時代の火威なら評しよう。だが今はひたすら迷惑連中だと思うだけである。

四柱の亜神が神殿を構え、アルヌスは名実共に聖地となったと火威は考える。

そのアルヌスに向け害獣や怪異を放ち、周辺に住む人々の生活を脅かそうとは、内戦最後にゾルザル派が行った怪異テロ張りに容赦出来ない。

天誅を待つよりも先に人誅を加えるべきと判断した。というか私刑を与えたくて身が疼いた。

だが敵の拠点も解らないのに火威がマリエスから出撃した場合、氷雪山脈と再び墜ちるであろうアルガナから挟撃されてマリエスは陥落してしまうだろう。

龍や怪異を使い、戦力の底が見えない敵はそのままファルマート全土に侵出することになるだろう。そうなれば特地派遣隊が日本に帰還するより早く、特地は再び戦乱の地となってしまうのだ。




次は40KBくらいは欲しい。
それはさて置き、何やら雑に進めている感じです。
粗筋は脳内に出来てますけど、果たして完走できるのか……コレ?

ということで、
質問・疑問、感想など御座いましたら忌憚なくお申し付け下さいませ。


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第十話 明日を知らぬ雪

ドーモ、庵パンです。
なにやら今までで一番サブタイっぽさが出たと自負しますが
それっぽい慣用句があったので改変しました。
意味? 知ったこっちゃぁないんですよ(
最近、この章のメインヒロインである栗が出て来ないので、どうしたもんかと……。
どうしよ……?


陽が落ちてマリエスが闇に包まれると、氷雪山脈には本当に吹雪が吹き始めた。

見ている限り四六時中呑気そうなショタ系亜人のロクデ梨の半分を食った二人からの情報だったために信憑性が疑われ、余り深刻に考えていなかった火威だが、実際に時間になってみるとニセコで猛吹雪が起きた時と同じくらいに激しい吹雪が吹いている。

そして、明日になって城門を開ける前に城内の雪掻きをしなければ、雪中に棲む怪異が城内に侵入してしまうという。

と、言っても、城壁から少し離れた部分の雪を広めに掻くだけでも防止できるので、そこまでの重労働ではない。

それにマリエスには二重の城壁がある。城内に雪が積もっても内側から内堀に雪を捨てていけば、雪に乗じて怪異の侵入を許すことは無いのだ。

だが建造物の上にも雪は当然積もる。山脈内にあるマリエスは雪濠地帯の都市なので、この種の雪掻きをしなければ建物は雪の重さで潰れてしまうのだ。

その対処は後に説明するとして……。

火威は夕飯の時間になってシュテルン家の晩食に呼ばれた。

現在の家長の晩餐に呼ばれたのはグランハムやユエルも同じなのだが、帝都から来た百人隊長は来ていない。百人隊長程度のくらいでは、然程(さほど)重要視されないようだ。

幹部自衛官とは言え火威も、それほど高い位とは言えないのだが、今現在マリエスに居る自衛隊の中では唯一にして最上位の位の持ち主だから呼ばれている。

火威は自分程度がアルヌスの自衛隊を代表するつもりは無い。東京大学の哲学科なんて所を卒業した狭間陸将の思考を真似る事など出来ないし、やれる筈も無いことことは解っている。

だが火威の発言は“自衛隊”の発言として受け止められてしまうのだ。更にはアルヌスの評判にもなりかねない。

帝都から来た部隊も、少なくは無い兵力で来たのだろうが百人隊長程度を寄越してモルトは戦下手なのか? と思う所である。

実際の所、現在は氷雪山脈に向かう兵力が編成されて接近中なのだが。

 

火威を招宴に直接招きに来たのは、亜人のメイドだった。肌の色はピニャやレレイと余り変わらないが、その耳は龍人に近く上に突き出ていて角も生えている、広義で言うところのハリョだ。

メイド服はフォルマル邸の蒼いロングスカートではなく、漆黒に近い黒のロングスカートだった。

太い尻尾がスカートから出ているところを見ると、龍人とヒトの混血らしい。美女と言えるが表情は暗く、ジオらショタ系亜人の能天気さを幾分か分けてあげたいと思うが、現在のマリエスの状況を考えれば彼女の状態は健全だろう。

 

「ヒオドシ殿、態々呼びつけて申し訳無い。そしてアルヌスから救援に来てくれたことを本当に感謝する」

面倒ではあったが、現在の街の代表に晩餐の間、会合も兼ねた相手をする。

これも任務の内と考えれば仕方ない。グランハムやユエルも同席してはいるのだが、今日、リーリエの話しの相手をするのは火威のようだ。

亜神と眷属は今日の戦果や出会った敵の事などを話しながら食事を摂っている。

リーリエから掛けられた言葉の「本当に」のところが強調されていたところを見ると、彼女は本当に苦労していたらしい。火威も知り合い含む死人や訳の解らない怪物に襲われては堪らんので、リーリエには同情する。

それでもリーリエはそれら怪異と闘い続け、今日まで持ちこたえてきたのだ。恐らくSAN値の概念すら無いのか、サリメル並みにごん太の精神が良い方向に働いているのだろう。

「いえ、今ファルマートがまた戦国乱世になっちゃ、自衛隊も困りますからねぇ」

「そう言えば講和はニホンから申し出されたんだったな。何故だ? 戦かえば勝てるのに何故なんだ?」

「へ? あぁ、日本は基本的に平和ならそれで良いんですよ。あとちょっと賠償金とか資源とかで儲けさせてくれれば」

言葉尻は声が小さくなっていったが、リーリエはそれで納得したらしい。

「とまれ、貴殿に来て貰わなければマリエスは危なかった。輝下や眷属殿にも御越しになられているが、何せ手が足りないからな」

火威はマリエスに来てから先程、亜人女性のメイドに呼ばれるまでに、リーリエ以外のシュテルン家の人間は既に死亡、または行方不明になっている事を聞いた。

母は数年前に病没。頭首であった父と兄はこの動乱の最中、生ける屍との戦いで戦没し、弟はその戦闘で行方不明になっている。

現在、シュテルン家で確実に生存しているのはリーリエだけなのだ。

帝国が日本に進攻した当初、僻地故にヒトが少なく、戦闘員の多くを亜人に頼っていたシュテルン領からは、亜人を帝国軍の軍列に列する事を良しとしなかったが故に、小さくない勢力を持っているにも関わらず、銀座事件にも、アルヌス奪還にも駆り出されなかった。

だが、シュテルン家と亜人の仲はフォルマル家ほど良いものでは無い。寧ろロミーナの代にマリエスを拓いた頃は、亜人達の力を利用しながらも、時には虐待するような悪いものであった。

リーリエの父であるパラオの代になってから再び亜人の力が必要となり、帝国全体でも亜人の地位は向上してきたのでシュテルン領の亜人の発言力も増したが、多くの亜人には釈然としない心持ちが残った。

リーリエ自体は亜人に対し、フォルマル家の人々と変わらない程度に接しているのが傍に控える龍人やハリョのメイドへの態度で解る。

昼間の戦闘では鉄の塊であろうロングスピアを振り回し、敵を圧倒していたが今は穏やかな表情の貴婦人だ。

ボーゼスのような豪奢な金髪縦巻てきロールではないが、煌びやかなストレートの金髪を持ち、防衛時に見た緋い戦装束が良く似合う美人である。

それが下仕の亜人に事細かく説明し、ものを頼んでるのだから、悪くは無いのだろう。

「あぁ、そうだリーリエさん」

メイドに用件を伝え終え、居住まいを正した今日以降の事を伝えなければならない。

「今日、私は現在の山脈の状況を確認するのが主な任務内容だったのですが、救援要請通りの状況でしたので、一度アルヌスへの帰還し再度来る事を予定してました」

「そ、それは困るな。輝下とユエル殿が降臨されてはいるが、貴殿に去られては……」

グランハムやユエル、そして矢鱈と頑丈なノヴォールの衆という亜人の集団が居ても敵と拮抗している状況だ。自衛隊無しに今日のような守勢が続けば、何れは押し負けてしまうだろう。

「えぇ、ですからマリエスか、この近くに鸚鵡鳩通信を送れる所はありますかね? それでアルヌスに状況を伝えて任務の継続と応援要請を打診しますから」

「いや、す、すまないヒオドシ殿」

今の状況で山脈から離れられないのは、火威も良く理解していた。だが鸚鵡鳩通信の話しの中で謝れるとなると、僻地故の懸念通りなのかも知れない。

「この地で鸚鵡鳩は生息出来なくてな。帝都や近隣の街や村への知らせは伝令が馬や徒歩で行くしかないんだ」

予想通りではある。火威も高校時代まで、一番近くのコンビニは徒歩で15分は歩かなくてはならない場所に住んでいたのだ。この程度の不便には慣れている。

まぁ、今回はマリエスに居る多くの人間の命が掛かっているから、重大性はコンビニの比では無いのだが。

一月(ひとつき)二月(ふたつき)程度、オレとグランハムで敵を押し留めてやる」

脇から口出ししたのはバトル大好きっ子のユエルだ。飛び道具でもあったら彼の言葉を当てにしたいのだが、生憎ユエルは接近戦専門である。

その力は先の大祭典で味わった火威自身、大いに期待しているが今回は相手が相手である。人間のホモだが英雄視されているユエルに斃れられると士気に関わる。

そんなに長くなくて大丈夫、と火威は掌を柔らかく(かざ)しながら言う。

「吹雪が止んだらアルガナを占拠している連中を倒して、そのまま帝都に行って鸚鵡鳩を使おうと思ってるんですよ。往復で半日程掛かりますが、その許可を頂けないでしょうか?」

火威の言葉を聞き、リーリエのみならずユエルやグランハム。また控えていたメイドも身体の動かし方を忘れたように固まった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「しかしビックらこいたなぁんね。蒼いヨロイさんの中身が見事なまでのハゲさんだったとは」

「いやいや、ハゲさんはアルガナで僕らの隊長さんを見た時、なにやらビックらこいてたなぁん。前に帝国とアルヌスのジエイタイで戦争してた時に見知った仲なんじゃないかなぁん?」

ジオはアルガナの敵勢力を掃討しに行ったロペロと情報交換していた。

と言っても、彼らの種族が戦いに臨んだ時は、その頑丈な身体のお陰で自軍に被害を出すことが無く、最終的には相手方の根負けで和平に持ち込んでいる。

元々戦いを好む種族でもなく、毎日のんべんだらりと食う物に困らない生活が出来ればそれで充分な彼らには向上心も無く、故に他の種族の上に行こうと言う気も皆無に等しい。

そんなんだから、わざわざ互いが持つ「情報交換」なぞする必要も無く、というか必要性を見出せないので、雑談としての流れで話しているのである。

数十年前、山脈に住む他種族の賢者が集落に来て、このまま怠惰に生きていたらジオらの種族が世界から消えてしまうから、せめて子作りくらいは同じ種族で済ませろと言われた彼等だが、同じ種族の女よりも他の種族の女の方が魅力的に見えてしまうのである。

それはノヴォールの衆の女性も同じで、里の男よりも外の世界の男の方が幾段も良く見える。何があっても相手種族の子供しか産まれないという呪いのような生態のせいで、彼等の種族は年々数を減らし、今では五十人程度しかいないのだ。

最も、同族同士で子供を作ろうとすると、どうしても血縁の近い者との間に作るので、健康な子供が産まれ難くなるという事情もある。

ヒトに比べたら寿命が長く、戦いの中で倒れなければジオでもあと300年は生きるという。

山脈の何処かにいる賢者の苦労は、未だ報われずにいた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

リーリエは執務室で、昨日までは減る一方の防衛部隊運用の編成に頭を悩ましていた。だが今夜に限って言えば難しく考えず安眠に就けそうだ。

ヒオドシというアルヌスからの助っ人は、それほど迄の力を持っていた。聞けばアルヌスからも昨日の夕刻から来て、今朝マリエスに着いたという。

しかも、十数オトル分のロクデ梨を積んだ籠まで物体浮遊の魔法で運搬してき事がノヴォールの亜人から明らかになっている。

話しだけ聞けば疑う所であろうが、実際にノウ゛ォールから来た二人の亜人が見て早速その成果を享受していたのだから信じない訳にはかない。

その亜人の一人は防衛戦の最中に兵舎を破壊し、それだけなら良かったのだが二人でロクデ梨を半分も食べていた。

リーリエも貴族としての一般教養の他、賢者としての学問を屋敷内に所蔵されている本から得ているのでヒオドシがどんな意図でロクデ梨を持って来たか解る。

幸いというかご足労ながらというか、この果実が必要になる病気は発生していなかったが、現在は篭城している状況なので貴重な食料資源である。

二人には本来なら重い罰が課せられるところだ。だが只でさえ少ない人員を拘束して減らす訳にも行かないので夜中中雪掻きの罰を申し付けてきた。

 

さておき……。

 

魔導士としての向き不向きは家系等に依る血筋や努力の程度にも左右され、リーリエ自身も一応は魔法を使えるのだが、一番大きい要素は個人の才能である。

アルヌスから来た魔導士は、帝国は勿論、ファルマートで名高いカトー老師と、今のファルマートでは知らない者が居ないレレイ・ラ・レレーナ導士の二人から師事を受け、尚且つ自身もロンデルで博士号を持つという男だ。

以前ならリーリエもロンデルで学問を学びたいと考えていたが、シュテルン家の頭首となった今では、夫となった人物に政務を押し付けなければ無理だろう。

仮に結婚して夫に政務を任せる事が出来ても、貴族という身分からロンデルで他の学士と同じように下宿先に泊まり、学問を研鑽していくのは無理かも知れない。

少し前まで同じような事を弟や兄にも話していて、貴族という身分ながらも理解のある家ではあったが、今は状況が状況だ。

屋敷にある本で学問を続ける為にも、そして領民を守る為にも今は戦わなければならない。

リーリエが戦い続け、そして勝ち生き残ることの出来る希望がアルヌスから来たのだから。

 




何やら新キャラのリーリエがヒロインっぽくなっています。
これは……予想外。でも栗林がヒロインですのでッ!
で、作中に出てきた「オトル」は特地の重さの単位です。
原作に出ている公式単位です。マジです。

さて、今回エロンダムの話しをしてませんでした。(今思い出した)
ある程度出来たら投稿しますね。まぁ本編は書き直しなんですが。
取り敢えず全年齢向けで投稿します。17.5歳くらい向けで。
ビルドファイターズなんで、どう頑張ってもグロとかのGは出せないです。
まぁガンダムだからどうしてもGなんですが。


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第十一話 腐怪魔

ドーモ、庵パンです。
日本シリーズに夢中で暫く低速でした。
来年こそ絶対に日本一に…………。

ちなみにサブタイは「新たしい怪異」的なことをググったら
何故か腐界的なものがヒットしたので腐らせておきました。特に意味は無いデス。
芸術怖ぇー……。

*前書きで誤字るミスをやらかしてました。


一晩吹雪が吹き続いた次の日、マリエスの各所での雪掻きを終えた火威はノヴォールの亜人達と昨日の内に敵性勢力を掃討しながらも、奪取出来なかったアルガナに潜む怪異等の敵性生物を再び掃討するために来ていた。

ノヴォールの亜人達が高い場所に腰を下ろし、重りを付けた釣竿を雪の上に垂らして時折雪を叩くように竿を振って地面を叩くのは遊んでいるのではない。

突如、雪を突き破って重りに食らい付くモノがあった。

硬い殻を身に纏った特地の氷雪山脈に棲む言われている雪竜という怪異だ。西方砂漠にも同種の生き物である「砂竜」が存在し、サリメルの元で見たその巨大さは、雪竜よりも更に大きいらしい。

竜とはいうが、これら雪竜や砂竜は蠕虫(せんちゅう)の一種で、太古にこの世界に来てそれぞれが独自に進化したと賢者達は推定し、その遺骸を発掘した年代から確信している。

そしてこの雪竜の肝は“雪肝”と呼ばれ、帝都でも珍味として知られている。

昨夜も火威もグランハム、そしてユエルやリーリエと共に晩餐の席で食べているが、まさかこんなキモい生物の内臓とは予想もしていなかった。だがムカデの揚げ物よりは心情的に軽いし、味も以前に食べた中華街土産のカラスミに似ているので、火威の精神衛生が減退する幅は皆無に等しい。

原材料の見た目を知れば帝都への輸入は激減するのだろうが、帝国全土へ運ばれるのは加工された雪肝だけだ。

平地の人間がわざわざ寒さと危険な思いをしてまで、雪肝を加工する前の場面に立ち会うことなど無いと言ってよい。

ノウ゛ォールの亜人達とアルガナに行くことをリーリエやグランハム、ユエルには知らせているが、百人隊長を始め帝都から来た兵士には知らせていない。

雪竜を釣り上げる人員に帝都から派兵された兵士が一人も居ないのは、帝都の百人隊長にアルガナの再掃討することを伝えなかったからである。

聞けば、派兵当初に部隊を率いていた貴族出身の将軍はマリエスより山脈の奥地に入った所にある“ケネジュ”という町の奪還の最中に、空飛ぶ怪異に襲撃されて戦死している。

龍か龍種かと思われるが、名高い武門出身で前評判の高かった士官の死に、帝都からの先発隊の士気は一気に低下した。

戦場に身を置く者としては解らないでもないが、兵士一人一人、それぞれが確りとモチベーションを持って貰いたい。

そんな士気の低い連中を連れ回しても犠牲者を増やすだけなので、出撃することを知らせず複数人のノヴォールの亜人を選定し、石床で作った動く台で早々にアルガナに到着したのである。

雪原の50cm上を浮いて走る石の床に乗ったノヴォールは最初のみ驚いていたが、意外と早く慣れて寝る者まで出る有様である。種族的に適応力の高いのか、細かい事は気にしないらしい。

そしてこの時、火威は思わぬ事に気付いた。火威本人を含めても八人しか乗せてないのに意外と重い。少し気を緩めても石床が雪面に付きそうである。ノヴォールの亜人は背丈こそ低いが、その身体は意外と筋肉の塊なのかも知れないこという事に気付いたのである。

そうしてアルガナに着いた火威と亜人は雪竜釣りという氷雪山脈限定の遊戯に見える漁の真っ最中なのである。

たった今、雪竜を釣り上げたノヴぉ―ルの連中の中で、火威には時に目立っているジオとかいう者だ。

もう一人のショタ亜人とロクデ梨の半分を食った仕方ない奴である。

「ハ、ハゲさんっ。出たなぁ~ん!」

酷い呼び方だが、ジオらノウ゛ォールの連中は仲間の皆で相談して火威をこう呼ぶことにしたらしい。

色々と明け透けなのは種族的特徴のようだ。

ハゲ呼ばわりされてムカっ腹も立てた火威だが、他の種族から反感を買いまくる種族に少しだけ同情もする。

寒い地域でしか生きれない種族と聞いたが、この難儀な種族的性格も関係しているのでは無いかと思ってしまう。

ジオの叫ぶような知らせを聞き、64式小銃のスリングを引き寄せて声のした場所に向かう。

「ア、アレなん!ミティ来た!」

別のショタ亜人が指さす方向を見ると、初めて見る巨躯の怪異が複数体見えた。

「あ~ぁ、こりゃ酷ぇな」

精霊と人間の合いの子と言うから、もっと雪女っぽい見た目を想像していたが、ミティと呼ばれる怪異は正に怪異と呼ぶに相応しい外見である。

この世界に存在する呪いを疑いたくなるが、見た目から危険性を主張しているので親切設計とも言える。

「…………顔がケツの生き物って初めて見たよ」

「アレは顔なぁ~ん」

肛門に見えるのは口らしい。確かに生物の肛門にしては大き過ぎる。あの肛門みたいな口を開いて物を食べる様は、きっとグロテスクだろう。

東京のオークが普通の人間に見えるレベルなのは、異世界広しと言えど、ここだけだろう。

まぁ、下手に美女のような外見だと撃ち難くなるから助かるのだが。

「よし、攻撃を開始するから他のケツ顔が出ないか周囲を警戒しつつ雪竜釣り続行」

「ふぇ?ここから50レンは離れてるなぁ~ん」

「いや届く」

小銃の安全装置を『レ』に合わせ、短連射。雌の怪異は血飛沫を撒き散らすが、倒すには至らない。

「硬ぇなあ。あの化け物」

一筋縄では行かぬと呻く火威を見てジオは驚いた。

魔杖らしき物の先をミティに向けたかと思うと、その先端から炎と破裂音を発して敵を攻撃したのだ。

続けざまに魔杖の炎を放って一体を倒し、すぐさま二体目のミティを攻撃している。

「す、すっご!あんな離れたミティを倒せる魔法があったなぁ~ん!?」

「いや、自衛隊の装備だから」

ジオらノウ゛ォールの衆は、火威ら自衛隊が異世界の日本から来た事を知らないらしい。

隊の車両やヘリコプターを見た時の反応が少しだけ楽しみではある。

と言っても、彼等に車両を見る事が有ってもヘリを見る機会は無いのだが。

「げぇ!別口の奴がこっち来た!しかも近いなぁん!」

左方真横、目測8メートル先の角から、銃声を聞き付けたと思われるミティが姿を現した。

顔前に両腕で盾を作り、そこに銃弾を受けつつも走って火威まで接近して来る。

「っ!女ならもっと可愛らしく振る舞えよ」

舌打ちする火威が弾が尽きる前に小銃をスリングで吊し、右腕をミティに向けた。

展開される円錐光輪。放つと同時に火威は背に装着した大剣の柄を掴み、走り出していた。

爆轟の魔法は着弾して炎と煙を上げる。三重までしか作れなかった円錐光輪に攻撃力を持たせる事は出来ないが目暗ましにはなる。

煙が晴れた時、姿を現したのは両断されたミティの遺骸。火威は既に元居た位置に戻っていた。

「よし、雪竜釣り続行。見張り要員はミティを見たら真っ先に言えよ」

言ってから火威は、確実に正確に小銃の弾を補給する。

 

 

*  *                             *  *

 

 

帝都から派遣された百人隊長、ハトイ・エム・パースはアルヌスから来た唯一のジエイタイ、ヒオドシという男の顔を見てから、時間が経つに連れて震えが止まらなくなった。

アルヌスから来た男は、大きく見た目こそ変わっているものの、明らかにギンザ戦役で戦場を跳梁し、帝国に多量の出血を強いたニホン人。

その戦い方、そして見せつけられた暴力の渦はトラウマとしてハトイの心に突き刺さり、炎の中に斃れていった仲間の断末魔は彼の耳から中々離れてくれなかった。

ギンザ戦役の際、奴はゴブリンの剣やオーガの戦斧を奪い、近付く者は皆、力任せに叩き殺すという使徒か怪異の様な所業をしている。

のみならず、燃える水を満載した容器を鹵獲された馬に括り付け、火を放たれた暴れ馬が帝国の陣営に突っ込んで大きな被害を出していた。

夜間、門に戻れずギンザの街中に潜んでいた多くの僚友は、その化け物の如き身体能力で数の優位性を生かせず、奸智を用いられて同士討ちしてしまったとも聞いている。

だが物は考えようだ。

内戦では正統政府にとってもニホンにとっても敵となったゾルザル殿下派の帝国軍は、最終決戦の場となったイタリカで強大な力を持った魔導士の力で大いに力を削られた。

その正統政府の勝利に大いに貢献したのは間違い無く帝都からの要請で来たジエイタイだ。

そう考えれば、今自分たちが相対している敵に対して大きな対抗手段が出来たと考えられるのだ。帝都から自分達を率いてきたトラペン将軍が戦死して、士気が低くなって戦力として使い物にならない自分達を置いてアルガナ掃討に向かった異世界の奴は、指揮官としての素養はあるらしい。

ハトイの震えは、何時の間にか止まっていた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

火威からアルガナ掃討と雪肝の大量入手の報告を受けたリーリエは、山脈の異常事態が始まってから点けてきた日誌にメモした。

書いてしまわないのは、今日が始まって未だ時間が経ってないからだし、あのアルヌスからの助っ人はこれからも何かやってくれそうな気がするからだ。

「それで、ミュー。ヒオドシ殿は?」

「ヒオドシ様はアルガナ掃討後、マリエスとアルガナ周辺に潜む敵性生物を掃討する為に、御一人で向かわれました」

先代が罪深い事をして、今回の動乱でタトーウ゛ィレから避難してきた亜人のメイドは、このところ柔和な表情を見せるようになった。

親を亡くしたノーマエルフの身柄を引き受けているのが精神的安定を齎すのだ。そしてヒオドシが現れた事で敵を倒せるという希望が生まれたのだろう。

ミューというヒトと龍人のハリョの娘は、夫をこの戦いで亡くし、幼い一人息子を病で失っている。

息子を失う遠因を作ったのも、今戦っている敵だ。

可憐な娘ではあるが、誰かの手で敵討ちが達せられなければ収まりがつかないのだろう。

彼女の姉のハリマなら龍騎兵の戦斗メイドとして部隊を率いることも出来ようが、ミューには翼が無い。

自身の力で敵に一矢報いるのは難しいのだ。

「……そうか。ニホンという国……というより彼には頭が下がるな。これならロゼナ・クランツの連中もきっと……」

これで倒せなければ終わってしまう。

シュテルン家も帝国も。ファルマート大陸の未来もどうなるか解らない。何せ反魂呪文を試みる連中で、実際に死体を使役しているのだ。

この事が大陸中に知られれば、世界の何処かに座す神々は動く。

実際にグランハムという神が来ているのだ。持ち堪え続ければ有利になる。

少しずつ兵力が少なくなって行くのが最大の問題だったが、異世界の戦士という最強の盾が来たのだ。

「陽が中天に差し掛かる頃には戻るとヒオドシ様が」

「うむ、解った」

心の憂いの過半が晴れたリーリエは、漸く自身の事を考える事が出来る。

その中で真っ先に考えたのが、弟・アロンの行方だった。

 

*  *                             *  *

 

 

時系列はこの日の朝まで遡る。

重要な任務でアルヌスから遠く離れた氷雪山脈に来ているというのに、緊張感が無さ過ぎた。

或はノウ゛ォールの衆の緊張感の無さが伝染した……と、言ってしまえば、責任転嫁になるだろう。

火威は今アルヌスに居る栗林を想うが余り、その姿を夢現の区別が付かない状況で朝方の布団の中に見たり見なかったり……。

結婚を前提に交際を申し込み、お突き合いで奇跡的な勝利を収めた彼女は今頃、駐屯地の女性自衛官の曹官用官舎にいる。

白兵やお突き合いの時の彼女はゴリラの如き威圧感と膂力だが、普段の彼女はとても可愛い。

瞬間的にゴリラな時もあるが、その物理的な強さも含めて彼女の魅力である。

しかも、あの背丈にして驚くべき巨乳。否、爆乳である。

お突き合いの決まり手のバックドロップが酷い事になったが、ボディーアーマーを取っていた栗林の胸の感触は、一週間以上経つというのに忘れられない。

あれはFとかGとか、そんな生ちょろいもんじゃァ無い。

Hだ。正にThe・爆乳。俺の女神様。

実際にアルヌスには三柱の女神が住んでいるが、火威にとっては将来を共に生きてくれる栗林こそが女神だ。

お突き合いに勝つ為に稽古を付けてくれたロィリィや、栗林と共に生きるように言ってくれたジゼルも美麗で素敵な女神だ。故に多くの者に心の安寧を齎している。

その分野ではロゥリィの方が遥か上を行っているが、まぁこれは神様歴の長さでもあるから仕方ない。

本当の神では無いが亜神クリバヤシも火威には心の安寧を齎してくれる。いずれ産まれて来るであろう火威の子の心の安寧を齎してくれる女神だ。

そしてその子供を産んでくれるであろう女は、ほぼ間違い無く栗林志乃という女なのだ。

早く彼女の身に触れたい。抱き締めたい。

要するに夫婦になってエロいことしたいのである。今は付き合い初めて間もない慎重にいるべき時期であるが、日本に帰還して第一空挺団、そして特選群の選定試験をパスしたら絶対に栗林と夫婦になるのだと、記憶の向うに見える愛しい女性(ひと)に誓う。

そんな事を考えているから、どんなに想いあぐねても実現出来ないままに獣欲が積み重なっていったのだ。

そして脳だけは結構覚醒しているので、再び寝ることも出来ない。おまけに身体の一部分が生理現象によって中学生のように元気になるから油断も出来ない。

「………………ヒャア!もう寝れねェ! 起床!」

寝起きからテンションが高くてご苦労な事だが、撥ね起きて外の様子を見に行く。

マリエスの各所には、睡眠の質を高めることを狙い温風を滞留させたが、食料が限られるので何処からか入手しなければいけない。

精霊魔法様様と心の内で合掌し、兜跋を装着していく火威は雪掻きから帰ってきたジオとナサギという名のショタ亜人と会った。

「さ、寒過ぎるなぁ~ん。今年は異常なぁ~ん」

今年に限って言えばアルヌスの門をずっと開けていたせいなのだが、門を開けたのはハーディという神様か、この神様に「穿門法」という魔法を授けられた帝国の魔導士なので、苦情はそっちにお願いしたい。

休憩に向かう最中にも(かじか)む手を擦り合わせるジオに聞くと、雪掻きの道具は玄関に置いてあるという。紅い長マフラーと兜跋の兜を着込んでから、火威は外に出た。

エルベ藩国でニャミニアを倒して以来、兜跋は大幅に性能が向上している。

蛇を退治してリミッターが解除されたとか、そんな訳の解らない理由では無くニャミニアの皮膜で兜跋の内革を強化したのである。

多少、重量は増えたが問題では無い。その手を加えた事で、今まで鞣したマ・ヌガ革と翼甲程度の断熱性しかなかった兜跋が、ニャミニア口内の皮膜を使う事で、日本にある最新鋭の木の家の如き断熱性を持ったのである。

これは、火を吐く龍種共通して言える身体の構造をサリメルから聞いた火威が、日本に帰ってからも極力、冷暖房を節約しようと考えてニャミニアから素材を()()()った()成果である。

これまでにも何度か説明したが、モ○ハンよろしく怪物(モンスター)の素材を剥ぎ取るネタなぞを知っている火威が果たして貧乏だったのかと疑問に思うところだろうが、火威の赤貧生活は中学三年までである。

それはそうと、こうして性能を格段に向上させた兜跋は氷雪山脈で大いに力を発揮した。

外を見ると、昨夜程ではないがチラチラと雪が降り続けている。

昨夜は吹雪だったにも関わらず、街にはそれほど雪が積もっていない所を見ると、ショタ系亜人の二人がロクデ梨を喰った罰として先程まで雪掻きしていたのだろう。

勿論、二人だけで街中を雪掻きするのは不可能だから、住民やマリエスに逗留する帝国兵が、時折雪を掻き出して水路に捨てているのだろうことが想像された。

屋敷の玄関を見ると、円匙に似た道具がある。

火威も早速これを使ってマリエスに降り積もる雪を掃除し始めたのだ。

 

その後の事は先に記載した通りである。

アルガナ周辺から敵性生物の捜索と撃滅を済ませた火威は、今度はマリエス周辺の捜索に入っていた。

氷雪山脈に来た当初は気付かなかったが、山脈の至る所にはクレバスや洞窟が存在している。

クレバスという氷の山脈にある危険な割れ目には十分に注意しなくてはならないし、洞窟は街の外で吹雪に見舞われた時に逃げ込む安全地帯になる。

クレバスや洞窟の発見は意図してのことでは無かったが、直ちに注意すべき地点を地図にでも描き印す事が出来たのも早く起きて活動を始めた結果と言える。

クレバスの中には雪に隠れて落とし穴のようになっている物もあるから、そればかりは火威が実際に雪原に降りて確かめる必要がある。

「と…………うげっ!?」

実際に降りてみたら半身が雪に埋まった。

否、雪の下に地面が無いのだ。魔導で雪を吹き飛ばしてみると、火威が降りた地点が丁度クレバスになっていた。

周辺の雪も吹き飛ばしたり火の精霊(サラマンダー)を使役して溶かしてみたが、隠れたクレバスは火威が掛かった部分だけらしい。

ピンポイントでクレバスが早々見つかるとは、運が良いのか悪いのか……木目細かい山脈の雪の粒子が鎧の隙間から少しだけ入り、若干程度だが身体を冷やす。

この後、現在は氷雪山脈から離れられないことをアルヌスに知らせる為、鸚鵡鳩通信を帝都から送らなければならない。

その前に、太陽が中天に差し掛かる辺りにマリエスに帰還してリーリエに諸々の事情を報告する必要がある。

火威は急ぎ、マリエスへと帰還する。極寒の地で下着だの靴下だのが濡れていたら不味いので、落ち着ける場所で取り換えなくてはいけない……という事情もある。

 

少し高度を高く取っていると、雪原の向うから接近してくる集団があることに気付いた。

敵かも知れない……と考えながらも、光の精霊を使役して簡易レンズを作る。そして見えたのは、防寒着を纏った集団だった。

防寒着を使用しているとなると、敵である可能性は低くなる。少なくとも死人や怪異の類では無い。

「ん……あれェ?」

見えて来た集団の中に、火威の知る顔があるような気がした。それが更に近付いて来ると、次第に明らかとなってくる。

「アルドンじゃねェーか!?」

火威が集団の中に見つけたその人物は、帝国の薔薇騎士団の侍従武官・騎士補。元主席筆頭百人隊長で火威に異世界で最初に出来た親友(マブダチ)のグレイ・コ・アルド騎士補だったのだ。




今回は原作でもあったような、倒置する手法を取ってみました。
うん、慣れないことはするもんじゃァないですね。普通に進めても変わらない。

そんなワケで質問・疑問・感想等御座いましたら、忌憚なく申し付け下さいませ。


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第十二話 秋霜烈日

ドーモ、庵パンです。
日本シリーズとその後の精神的ショックで投稿が遅れてました。
でもまぁ、札幌の隣が北広島だから、実質広島が日本一で良いんですよね?

そして結構時間が空いたのに、書いた文字数少ないです。
30年振りを逃したのはデカかった……。


「まさか帝国からの追加支援が薔薇騎士団が中核の部隊とは思いませんでしたよ」

火威はグレイ・コ・アルドを呼ぶ際、普通に「グレイさん」と言ったり親しみを込めて「アルドン」と呼んだりと一定しない。

初対面で直ぐに親友になったせいで、どう呼んだら良いのか思いあぐねているのだ。

親しき中にも礼儀ありというのが火威の方針だが、親しみを込めた付き合い方をしたいというのもある。

陸上自衛隊では、判断は遅疑逡巡すべからずという事を口を酸っぱくして言われているが、火威はこの分野に於いては劣等生と言える。

「しかし考えましたね。馬では無く犬橇(いぬぞり)とは」

「雪上での移動には犬が良いと、土地の者が言ってましてな。それで少々時間を取られてしまいました」

今回、帝都から追加で送られてきた兵力は薔薇騎士団の白薔薇隊を含めて総勢で六百名居るという。

マリエスを守る兵員が少なくなっている中で援軍が来たのは喜ばしいことだが、その一部が薔薇騎士団というのは火威には厄介なことだった。

彼女等(一応男性団員も居るが)は貴族出身ながらピニャ・コ・ラーダ指揮の元、優れた剣技や野営、そしてそれに伴う“根性”を持っている。

そして、何と言っても美しい。その美しい女性達が傷付くのを見るのは忍びないのである。

翡翠宮の防衛戦でも、それを極力避けるべく戦いに(喜々として)参加した火威には余り嬉しくない二つ名が付いている。

今はノウ゛ォールの連中と火威が居るとは言え、被害を減らす戦い方を考えなければならない。

グレイを帯同して新たに来た士官とは、後で話し合う必要があると火威は考えた。

 

 

*  *                            *  *

 

今から二百年程前、ファルマート大陸が東方の騎馬民族の大帝国から侵略を受けたことがあった。

ファルマート大陸の国々は不倶戴天の国同士でも協力して外から来る敵に対して対抗する必要が出来たのである。

しかしそれでファルマートの国々が、未来永劫兄弟のような同盟国になれるほど単純なものでは無い。

ファルマート外の敵を撃退し、騎馬民族の一部を懐柔・吸収、そして騎馬の運用方法を取り入れ改良する事で、今まで以上に強大化した帝国に対抗するため、周辺各国は同盟を結ぶ動きが活発化した。

その同盟の中心的存在となったのが、魔導国家のロゼナクランツであった。

帝国の歴史書の中では、ロゼナクランツの王族以下、国民は全て帝国によって虐殺されているとグレイは語る。

「ロゼナクランツの武門の一部が生き延びたり、帝国に下ったなどと言う話しも耳にします。噂の域を出ないのですが……」 火威は、グレイの説明を聞き、朧げながらも敵の姿を掴む事が出来た。

昨夜、グランハムと共にリーリエから聞いた敵勢力の正体も同じような名称の連中だったからだ。

「しかし帝国も陰湿だよなぁ。自分に不利な同盟だからって小国をボコボコにするなんて」

そう言ったのは、犬が引く橇の上のヴィフィータ・エ・カティだ。

薔薇騎士団の黄・白薔薇隊の隊長は二人ともアルヌスに居るので、現在は実質的に彼女が薔薇騎士団の団長ということになる。

「まぁ、そういうことは何処の世界でもあるからなぁ」

「そうなのか?」

「そうだと思うんだけど」

高速でマリエスに向かって走っている最中に、例をかい摘まんで出せと言われても困る。火威はそこまで歴史には詳しく無い。

だがウ゛ィヒィータもそこまで興味は無かったようで助かった。

「それにしてもよ、こんなに走る必要あるのか?」

「ヴィフィータ殿、先程の宿の亭主やヒオドシ殿が申されてましたように、雪中の怪異が存在するのは事実のようです」

そのグレイの意見に、ホバーするように雪上を滑る火威も顔を寄せた。

「そうそう。貴女に何か遭ったら健軍一佐に合わせる顔無いし、雪中の怪異は後で見せるからさ」

精神衛生的にアウトでろう雪竜のヴィジュアルに、果してこの女騎士は堪えれるだろうか、なぞと思いつつも、翡翠宮や決戦時の薔薇騎士団の強さを思い返し、まぁ大丈夫そうだな、という結論に落ち着く。

「そういやシュンヤは?」

ヴィフィータが知っている日本人男性名は健軍しか知らないことは火威にも解っている。それでも念のために聞いておくのは、火威という男の用心深さを顕していた。

「健軍一佐はエルベ藩国から運んで来た原油を使えるようにする施設の責任者だから、こっちまで来てないよ」

「“へりこぷたあ”ってヤツで来れないのか?」

駐屯地に残っている燃料で来ようと思えば来れそうだが、片道切符になる可能性が高い。

「や、スマン。言葉足らずだった。チヌークってヘリの燃料を作るためにも施設が要るんだわ」

「お前が来たじゃないか」

「俺、独り飛んで来たんだよ」

火威は氷雪山脈に来てから何度か繰り返した説明を、ここでもう一度しなければならなかった。

「そりゃモルトの親父さんが欲しがる訳だ」

「あぁ、やっぱしそうッスか?」

マリエスに来る時、帝都を経由して情報を集める事も考えた火威だが直接来て正解だったようだ。

下手してカトリやモルトの意向を承けた者に会っても面倒だし、マリエスでは亜龍らの跳梁を許すところだったのだから。

「話しは変わるけど、氷雪山脈にある街の人口を把握してたりするかねぇ?」

「そりゃぁ解らないな」

「ですが全ての街を併せてもイタリカを多少上回る程度でしょう」

火威とて、明確な人口を把握しているのは期待していない。

アルヌスですら、閉門前後に漸く世帯調査をしたところだ。大凡の数が把握出来れば良いのである。そういう意味ではグレイの回答で火威は十分だった。

残りの生ける屍の数を知る為の質問なのだが、山脈内で生き残った人間は、現在、残らずマリエスに籠城している。

火威が氷雪山脈に来た時、ノヴォールの亜人達が交戦していた生ける屍は武装していた。ならば帝国から来た兵が山脈で死亡し、生ける屍となったと考えるべきである。

そんな思考が頭に浮かぶと、グレイやヴィフィータに氷雪山脈の人口を聞いた意味も殆ど無いことが解る。

火威自身、頭の巡りが良い方では無いことは解っているのだが、「勢いで考え」てしまう癖があるのが我ながら憎たらしい。先にハトリが率いて来た部隊の総数と、生き残りが解れば残りの生ける屍の数が大体解るのだ。

もっとも、ロゼナクランツという敵の魔導士は龍や怪異を使役してくるから、気休め程度の参考にしかならないのだが。

話している内に、マリエスの城門が見えて来た。その時、火威の脳理に対処のしようが無い事が思い浮かんだ。

「ん~……まさかと思うんですが」

「なんでしょう?」

律儀に答えるグレイに、火威は可能性の話と前置きして言う。

「外から死体を持ってくることなんて、ないスかね?」

 

 

 

*  *                            *  *

 

 

長剣が甲高(かんだか)い音を発して石畳に落ちる。

その長剣に続くように、四肢と首を切断された男が自らの作った血溜りに崩れ落ちた。

魔法を放った女は深く息を吐くと、自身で作った死体を一瞥して呟く。

「その身をつまらんことに使いおって」

傍には魔導士らしきローブを纏った様々な種族の男女が姿勢を屈めたり蹲って襲って来るかも知れなかった出来事に備えていた。

「な、何が起こってるんですか?」

手探りで辺りの状況を確かめようとする若い獣人の男。

「ロゼナクランツの連中が本に仕込みよった呪いじゃ。ヌシはその本を開いて、周りの者までも巻き込んでしまったのじゃよ」

直に視力は戻ると、その女……サリメルはベルナーゴ近くまで遊びに来ていたロンデルの学生達に伝える。

誰でも良かったのか、魔導士だから狙われたのかは解らないが、噂に聞いた生前の能力を持ったままの生ける屍が本当の事だと厄介な事になる。

「ロゼナ……クランツですか?」

「さよう、ロンデルの学生なら基礎の史学で耳にするであろう?」

最近の学生を試すように、サリメルは必要最小限の情報で問う。

「二百年程前に滅んだ魔導国家……ですね」

学生の解答は一応、及第点である。

「それがまた頑張り始めたようじゃな」

ミューの家族は大丈夫か……そんなふうに娘の養子一家を心配していると、武装した衛士に取り囲まれてしまった。今し方、現場を見た者が呼んだらしい。見ただけなら女のエルフによる殺人現場である。

素直に捕まったサリメルだが、彼女はその日の内に釈放された。

男が凶器を持っていたこともあるが、事件現場に居た証人達は殺害された男が売り物として差し出した本の呪いで目を眩まされたことや、男の所有物から滅びた国の末裔であることや、何者からの指示書が発見されたからだ。

これを知ったサリメルは、この男が自身がロゼナクランツの生き残りの子孫であることを知ったのは、つい最近なのではないのかと考えた。

少なくとも、指示書を残して事を始めるなど、玄人のすることでは無い。

「ハァ……疲れた。もう帰ろ」

サリメルが再び旅に出た理由となった敬称に関する用件は、もう済んだ。これからは大手を振るって使徒として名乗りを上げることが出来るが、今は疲れた。精神的に。

今となっては先の男が、どの程度ロゼナクランツと繋がりが有ったのか知る事は出来ないが、必要以上の警戒心で不必要に命を奪った気がするのだ。

サリメルは、かつてハーディから貰った道具である特別な力を持った自身の髪の束を使い、ニンジャオンセン郷があるロマの森までの道を開く。

 

 

*  *                             *  *

 

 

帝都で鸚鵡鳩通信を利用した火威は、すぐさまマリエスに引き返す。この通信方法では長文を伝えられない上に安くない。その上、鳩が猛禽類に襲われて届かないこともあるので、複数羽飛ばすしかなかった。

カードより現金派の火威ではあるが、現在給料となっている賠償金の一部前借りから支払われる給料はは小遣い程度の額しかない。内戦最後の報奨金やレシピを売って儲けた火威だが、今現在は他の自衛官と同じミニマム金持ちである。

早い話が何羽も飛ばせる金が無いのでピニャに借りに行ったのだが、帝国の一大事でもあるので担保無しで借りれた。というか頂戴できた。

この間にカトリなど、モルトの意を受けた者に会わなかったのは幸運だろう。会えばきっと時間が取られる。

帝都からアルヌスまでは600km以上離れてはいるが、火威の知る限り伝書鳩というのは追い風ではあるが、170km以上の速度で飛ぶ。個人の体感では飛龍より速いのだ。

まぁ追い風でなければ70か80km程度だった筈だが。

次期皇帝のピニャは今、忙しい身分なので面会できるにも時間が掛かる。帝都を出たのは陽が暮れ始めた頃だった。

氷雪山脈に入ってからは例によって猛吹雪が吹き荒れていて、強化型の兜跋でも寒いくらいではあった。だが冬季遊撃レンジャーの訓練課程に比べれば幾分か余裕はある。

冬季遊撃レンジャーが人の姿の樋熊というのは、言い得て妙かも知れないと火威は考える。

マリエスの屋敷に着いたのは深夜だった。腕時計を見れば日付を過ぎて数時間経っている。

「よぉヒオドシ」

声質としてはウ゛ィヒィータに似ているが、ウ゛ィヒィータではない女声が装備に付く雪を払い除ける特徴的なハゲ頭の背中に投げ掛けられた。

振り返ると、そこには一時同棲したことのある亜神がいたのである。

「げっ、猊下!?」




次は中ボスっぽいです。
まぁ中間という訳ではないのですが。

それとこの小説、目次の右端に(改)っていう訂正印が付いてからの方が完成度高いです。
きっとそうです。
付いてなお二週間とか間違いに気付かない時とかありますけど、マシになってます。


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第十三話  龍斃

ドーモ、庵パンです。
ここんところ1話に余り内容を詰められないです。
これは低速になりながらも暫し溜めるべきか……。


ジゼルは数日前、伊丹とテュカがバーレントに向けて発った日の夕方にアルヌスを出て、先ずはベルナーゴ神殿でハーディの託宣(ジゼルが直接聞いたので“示現“と言うべきかも知れないが)を聞いたのだという。

それに拠れば、氷雪山脈の山間に世界の理を曲げようとする輩が数人存在するという。

ロゥリィや伊丹から聞いた話しでは、ハーディという神様は禄でもない神様と聞いたが、一応は世界の心配をするらしい。

……と、考える火威が知る由も無いのだが、ジゼルがこの託宣を聞いた時のハーディは、何か面白い事が始まるのを待つかのようにクスクス笑っていたのである。

「で、お前これからどうする?」

「疲れてるんで飯、食って寝ます」

そんな事を話して飯の支度を始める火威。ジゼルも夕飯がまだなのかそれとも二度目の夕飯なのかは不明だが、何時の間にか火威と向かい合ってパエリヤやら雪肝やらを並べる。

その事が、火威の心に引っかかった。

主食のパエリアになる米は、避難民が命辛々持って来たものがあるから余裕はある。だが現在のマリエスは食料全体は豊富とは言えない。

今日……というか昨日、竜肝を大量に確保する事が出来たが、あれでも現在のマリエスでは三日分しか無いらしい。

「あぁ、これ。今日一色目」

どうやら感情が顔に現れていたようで、簡単に釈明された。ジゼルにすら心の内を読まれて、果たして特選群になれるのだろうか、と心配になるところである。(実際の所、隊内では稀少過ぎる魔法という特殊技能を伊丹や狭間に推薦されたのであるが)

亜神は太らないし痩せもしないというが、この時間帯に食べる女性には警告を送りたい火威である。

 

食事の中で火威は心強い話しを聞いた。

閉門時に蟲獣を圧倒した時のように、ジゼルは複数の翼竜や飛龍を従えて来ていて、それらは寒さに弱いことから、現在はマリエス付近の複数の洞窟に隠れているらしい。

これは、現在の氷雪山脈では戦闘地域の最前線の拠点(FEBA)も満足に築けない火威達に取っては非常に有益な知らせである。

また、単純に戦力が増強されたという意味でも非常に大きい出来事だ。

こうなれば、火威は一旦アルヌスに帰還して装備を整えた後、帝都で特戦群と合流して来る事が出来るのだ。

「そういやお前、閉門時に蟲獣ブッ飛ばした時みたいにやらないのか? あれなら一変だろ?」

火威も同じ事をちょっぴり考えた。しかし出来ない理由がある。

「敵に制圧されてる村とか街は取り返したら、また使うんですよ。それに雪とか氷河が溶けて一気にロー川に流れ込んだら、下流の街が大変なことになっちまうでしょ?」

アルヌスに住み、人間の法を尊重するようになった美女の女神だが、今一考えが及ばないところがあるらしい。

 

 

*  *                             *  *

 

 

その日の朝、火威は慌てた様子のミューというメイドでハリョの娘に起こされた。

使用人が直接客間の中にまで入って火威の身体を揺するのだから、余程のことだろう。

それもその筈、ロゼナクランツの龍が再びマリエスを襲撃してきたのだ。

「懲りん奴らめ」と思いながら、兜跋を装着しながらシュテルン邸を出て空を見た火威は、自身の予想が甘かった事に気付く。

現段階では城壁側に見え、我が物顔で空を征く黒い龍の姿は先日の亜龍よりも巨大だったのだ。

それが城内に入らず、城壁外に留まっているのは龍人種の戦斗メイドが彼の龍を引き付けているからに過ぎない。

「出来るだけ剣とか刃物を用意して!表に出しておいて!」

ミュー達メイドにそれだけ言うと、火威は戦域に急いだ。

 

ユエルが剛弓で引いた矢も、龍の鱗には傷を付けるすら叶わない。

ならばと、用意された鉄槍を投擲し、その腹に当たったが、空に在る龍の気を引くものですら無かった。

「クソッ!降りて来い!」

蜥蜴野郎にンなこと言って解るかっ!とは某航空自衛隊の某整備班長の言葉だが、それはこの氷雪山脈でも同じらしい。

大型の鎌を振るって空中戦をしていた黒色主体のシックなメイド服を着ていた龍人女性が、極厚な鉄の扉を思わせる重厚な龍の手によって叩き落とされた。

「おのれ!」

口角泡を飛ばすユエルと、空を駆けて接近中の火威の台詞が被ったとは、よもや思うまい。

グランハムや帝国の兵の多くは、城壁の上からマリエスに押し寄せる生ける屍共を射ているし、ノウ゛ォールの亜人は城門から侵入しようとする敵を押し返している。

ユエルも城門に向かって敵を倒しに行けば良いのだが、真っ先にマリエスに向かって来る龍を発見したのも彼だ。

会敵当初に背中にある剣で龍に傷を負わせた彼が、今更他の目標に向かう事など出来ない。

「オラァ!」

ユエルの見る前で、龍に突撃し城外にまで突き飛ばしたのは蒼い竜甲の鎧・火威だった。

「この餅龍がッ。舐めてンじゃねぇぞッ!」

マリエスを攻めてくる怪異や生ける屍の群れの中に叩き落とされた龍が、咆哮を上げた火威の姿を探す。

成長促進した龍→膨らむイメージ→膨らむ→餅→餅みたいな龍。そんな連想ゲームで勝手に綽名付けた龍は、すぐに火威を見つける事は出来なかった。

「あいつ何やってんだ!?」

ユエルが見たのは、急いだ様子でシュテルン邸に引き返す火威だ。

龍は自身を突き飛ばした敵が見えないとなると、再びマリエスへの侵入を試みる。だがその脳天には両刃の剣が振り下ろされた。

ユエルだ。

「漸く手の届く範囲に来たのだ。こいつ!」

龍の頭部にしがみつき、何度も剣を振り下ろし突き刺す。

懐に入っているも同然なので、極太の尻尾で払われたり、噛まれたり炎を吐きかけられたりしないのだが、この龍の鱗は簡単に刃を通さなかった。

傷は付いているのだが、刃が肉まで届かないのだ。

「くっ、これは……!」

明らかに魔導士が成長促進させた龍などではない。その龍がユエルを振り払おうと右に左に頚を振り回す。

「あぁ、こいつぁホンモンだ!」

振り払われて、城内側の中に投げ出されたユエルを受け止めたのは、先程龍の痛撃を受けた龍人女性・ジゼルだ。

だがそのジゼルが、再び龍を見ると目を見張ってユエルを放り出す。

「や、やべっ!」

次の瞬間、ジゼルは龍が吐いた炎に飲み込まれてしまった。

 

シュテルン邸に戻った火威は、直ちに刀剣類を物体浮遊の魔法で浮かしていく。

「苦戦しているのか?」

「いやちょっと敵が固いだけだよ」

他の事に余り神経を使えないのでリーリエへの回答もおざなりになった。

「連中、今すぐブッ殺してやる!」

生ける屍は既に死んでいるから生ける屍なのだが、火威が「ブチ殺し」たいのは主に龍である。

今は遠くに見える龍は、ミャミニアよろしく炎なぞを吐いている。

その中で、誰かが炎に巻き込まれたようだ。コイツぁマジ許せん。

火威の中では口から何か吐いて良いのは、ゴ○ラとザ○レロと酔っ払いのオッサンだけである。

「何時までもゲロってんじゃねェぞブルァ!」

三十本以上の剣を引き連れ、戦線に戻った火威は未だ炎を吐き続け龍の顎に体当たりを喰らわせて吐瀉物のような炎を中断させた。

速い……と、疾風と冦名されるユエルとて、そう思わずにはいられない速さだった。

「大火傷決定ぃー!」

口の中が、である。そして龍は顎を突き上げられ、再びそのまま上空にいた。

「あぁ、下に見てンじゃねェーぞゴラァ!」

位置的に理不尽な事を言う火威だが、自身も空へ飛び上がる。

龍よりも高度を取った火威は詠唱し、その手の中に複数の光弾を作りだす。

「喰らえよや!」

目標は炎龍と違い、二つとも健在な龍の目であった。

「ANENO・IGEN―――――――ッ!!!」

ロンデル滞在中にレレイの義姉、アルペジオ・エル・レレーナから物体浮遊の魔法と一緒に習った攻撃魔法である。幾つも光の矢が爆発性を伴う矢となって龍の両眼と城門を襲う的集団を吹き飛ばし、排除する。

これ程の凶悪な威力を持った魔法だというのに実戦証明済みというのだから、その時の相手も余程の手誰か龍のような巨大怪異だったのだろう。

当時はそう感じていた火威であるが、今の状況では非常に有効な魔法であった。それに畳みかけるように、シュテルン邸から率いてくるように運んで来た刀剣類の一本に連環円錐を纏わせる。

アルペジオから学んだANENO・IGENという長ったらしい名の魔法は、非常に役立ってくれた。龍の両眼も潰せたし、爆炎によって発生した煙も多量に出してくれている。

大型の龍と戦う時は、炎龍を基準に考えているから極力情報を与えたくないのだ。与えぬまま排除できれば倒せなくても勝利なのである。

そして、両目を潰した今では視覚的情報を与える心配も無くなった。

指を鳴らすと、それが墳進式の弾頭の如く柄から炎を伸ばして龍に突き進み、その鱗を貫いた。

レレイが対炎龍戦でも使った爆轟の応用技である。

その結果を見たり、痛みを感じたりして火威は薄く笑い龍は悲鳴を叫ぶように雄叫びを上げた。

「ふっ……ふふ」

三十を越える刀剣……奇しくも火威の今の年齢と同じだけの数の剣の柄すべてに、連環円錐を纏わせて龍に向けた。

「怯えろぉ! 竦めぇ! 龍の個体性能を生かせぬまま死んでいけッ!」

次々と龍へ撃ち出される剣の数々。その中には火威が今の愛刀としているフルグランもあり、それが龍の鱗を砕いて心臓を抉ると勝負は着いた。

 

 

*  *                             *  *

 

全身に剣を受けて傷付けられ、(あまつさ)えフルグランで断ち斬られた心臓から噴出した血液は空気に触れた途端に炎のように燃えた。

城内に墜ちるとヤバいかな、と考えた火威によってマリエス付近の雪原まで弾き飛ばされた龍の血炎の飛沫(しぶき)は周囲を焼き、龍自身を内部からも焼き、侵食し、包み込み始めた。

「す、凄ぇぞ! ヒオドシ! ヒトが古代龍を斃すなんて!」

背後から投げ掛けられたのは、ジゼルの声だった。

「えー、何言ってんです。 炎龍の同類があんな弱いワケ……」

火威にとって見れば、準備さえすれば屠るのは簡単な龍だった。精々でニャミニアの次くらいの強さだったろうか。もっとも、ニャミニアも今戦えば弱く感じるのだろう、と、火威は思っている。

そんな火威が言いながら振り返ると、そこにはやはりジゼルがいた。産まれたままの姿だが。

「って、なっ……なんて格好してるんですジゼルさん!?」

サリメルが伝染(うつ)った!? なぞと小言を嘯きパニくる火威ではあるが、一応は男の部分が反応していた。まさかこの場で本能に従う訳は無いであるが。

「スマンスマン。今の龍に焼かれちまってな。着るモンが無いんだ。少しの間はコレで勘弁してくれよ」

ベルナーゴ神殿の神官服では寒かったので、マリエスのメイド服を借りていたとジゼルは語る。

「ふゃっ、ジゼル猊下おっぱい大きいなぁ~ん」

「素晴らしい身体なぁ~ん」

「是非とも嫁さんに欲しいなぁ~ん」

そうこうしている間にも、比較的本能に忠実な連中が集まって来た。

「ジゼルさん、こういう連中がいて危険ですから、帰りは空を飛んでシュテルン邸に」

「コレで飛ぶのは寒ぃから勘弁してくれよ」

仕方ないので火威がジゼルのガードになって、徒歩でシュテルン邸まで還ることになる。

「ジゼルさんは今は日本のアルヌスの住民だからなー。お前ら手ぇー出すんじゃないぞ」

そう言ってノヴォールの連中を牽制しながら、ジゼルにも問う。

「あの、翼竜とか……何処スか?」

「あぁ、ちょっと離れた場所だったからなぁ……」

一度はアルヌスに帰還することが出来るようになったのだから、今日か明日中にでも飛龍や翼竜用に雨風と吹雪を凌げるところをマリエスの近くに作る必要がある。

 




数話前にアルヌスに来て、伊丹とテュカに貸し出された飛龍がエフリとイフリしかいなかったのは、
原作の外伝Ⅲを読んだ方なら理由は不要かと思いますが、次回で軽く説明します。


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第十四話 岩豆腐

ドーモ、庵パンです。
サブタイは単なるシュチュエーションです。っていうかなんとなくです。
全く酷いサブタイなんで変えるかも知れません。
要は思いつかなかっただけなんですが。
まぁ岩みたいに堅い雪を作中で成型するんで、勘弁して下さい。


「ジゼル曰く古代龍」を倒した火威には、予想通りのユエルの反応が待っていた。

「貴様! “ぼーたおし”では力を抜いていたのか!?」

「ありゃ単にアンタの力が強かっんだよ」

「飛べれば蒼軍の棒もすぐ倒せただろうが!」

「魔法は禁止だって江田島さん言ったよね!?」

ついつい感情的になり、口論になりかける。

そして面倒だが本任務が終了した直後にでも勝負することを約束させられる火威であった。

しかし今やるべき事は多い。

古代龍ほど大型では無いにせよ、味方の龍が吹雪を凌ぐ為の巨大な「かまくら」を拵えるのは手間だった。

火威が龍のかまくらを拵えようと思ったのは、建設資材も建設要員も居ない中で当然と言える判断である。資材となる雪はマリエス周辺に履いて捨てる程あるし、成型も楽だったからだ。

かまくらは断熱性が高いので、冬が過ぎるまでジゼルの龍は比較的快適に過ごせるだろう。成すべきことが終わればジゼルや火威や龍が氷雪山脈に居る理由も無いのだが。

龍用のかまくらを拵えるのに当たり、苦労するのは出入り口であろう事は解っていた。あのサイズである。出入り口の雪が崩壊するのを止めるには、魔法を使うしかない。

しかし、かまくらを製作する前にやるべきことがある。

雪の中に潜む雪竜を、粗方駆除する必要があるのだ。魔法で空気の弾を作り出して雪上に浮かべると、それが弾けて消魂(けたたま)しい炸裂音を響かせる。参考は、まぁ怪物を狩って素材を剥ぎ取るゲームの音響玉である。

脳味噌があるのか疑問なデカい蠕虫はすぐに飛びついて来た。そこを氷の矢で貫き、一匹一匹懇切丁寧に駆除して行く。

「ハッ! どや!」

ドヤ顔を見せる相手が居ないのが、少しばかり寂しい。そして昼になってマリエスに飯を食いに行った時のジゼルの言葉は、火威を少しばかり凹ませるものだった。

「あぁ、いいよいいよ。そんなん翼竜だって食っちまうからさ、そのまま“かまくら”作ってくれても大丈夫だって」

火威には二の句が出ない。取り敢えず、少しばかり雪肝を確保したから良しとしようと……そう考えることにしたが、雪竜は「釣り」という手段で確保しないと肉の苦みが肝に移って食えたものではないのだ。

それを教えてやるかリーリエやミューは思案した。だが下手な事を言って助っ人の士気を挫いてもいけないので黙っておくことにしたのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

かまくらを本格的に作りだしたのは、午後からだ。

と言っても、アルガナの再掃討があるので昼よりだいぶ後てからになる。

火威とノヴォールの亜人連中は昨夜の様に石造りの板の上に乗り、それを滑らせるように飛ばして目的に着いた。

ちなみに薔薇騎士団や他の帝都の兵力はマリエス防衛の為の任に就いている。

「っつーか昨日捕ったのに、こいつら何処かからリスポーンしてるんじゃないのかァ?」

釣り上げられた雪竜を見て火威が煩わしそうに頭を掻く。

「昨日全部取れなかっただけなぁ~ん。それより“りすぽーん”て何なんだなぁん?」

迂闊にゲーム用語を使ったせいで、ほんの少し面倒な作業が追加される。だがこの日はミティ等の多少大型の怪異は見られなかった。昨日の内に全て駆除したようだ。

しかし雪竜の方は、釣り糸を垂らして竿で雪を叩いて暫くすると何時までも“アタリ”が来る。今日は火威含めて15人で来て、釣竿も15人分あるのだが、数分間を置かずに釣れてしまうからジゼルの龍のかまくらを造る時間を確保出来るか不安が生まれた。

「げっ、これどうなってんだ? 網でも投げるか!?」

「雪の下にいるのに意味無いなぁん」

ノヴォールに駄目押しされると、なんか腹立つ。それはさて置き出来るだけ早くマリエス近くに戻らないと、かまくら造りに使える時間が短くなってしまう。

ノヴォールを置いて火威だけ戻ることも考えたが、怪異にも一応知恵のある者はいるのでミティが隠れているという事も考えられる。10発近い64(ロクヨン)の弾にも耐えたミティだ。ノヴォールも戦向きの特性は持っている亜人だが、弓矢程度では苦戦するだろう。敵の数が多ければ負けることも考えられる。

そこで火威は午前中に使った手を使った。雪上に空気の玉を浮かべて破裂させる。すると複数匹の雪竜が雪の中から飛び出し、その中の一体に火威は物体浮遊の魔法を雪竜に掛けた。

「ハッ! アホめが。人間様に掛かりゃこの程度よ!」

そしてそのまま自分達の居る建物の上に乗せて(しめ)ようとしたが、魔法の加減を少しミスったらしい。向かいの建物に叩き付けて、真っ黒な染み作ってしまった。

「ありゃりゃ~、雪竜をああやって〆ると苦くて食えたもんじゃなるなるなぁんよねぇ」

「なん……だと………」

午前中に取った雪竜は、肥料くらいにしか成らないことが判明したノヴォールの一言だった。しかし雪竜を誘き寄せる方法としては間違っていないので、雪上よりかなり高い場所で空気の玉を破裂させることにしたのである。

釣り続けていると、予想より早く陽が暮れてくる。火威が編み出した効率を高めた手法で釣った雪竜の数は到に300を越え、釣れるペースも鈍ってきた。

冬が近付いているとは言え、陽の陰りが日本の秋に似ているのはファルマートがある星の地軸が去年と違って来ているからとしか思えない。

これもアルヌスの門を長く開けてたことの弊害なのだが「直るのか? コレ」と思わずにはいられない火威である。

レレイ師匠ならきっと何とかしてくれる、と思う事にして、雪竜は元々氷雪山脈に棲んでいる生物だから、余り取りすぎると生態系を崩すかも知れない。

夕方にもなった頃、ジゼルが来て味方の龍が根城の相談に来た。明日の朝にも敵の襲撃がある可能性を考え、少数ながら味方の龍を連れて来ているので彼等が棲むことになる「かまくら」の相談に来たのだ。

正直、そろそろ撤収して良いかも知れない。

今居るノヴォールのリーダー的な存在のガナーにもそのことを話すと、マリエスへの撤収に同意してくれた。ちなみにガナーはショタよりオッサン顔で、他のノヴォールからも一目置かれている存在だ。

「人間は雪肝のみに生きるに非ずだな゛~ん」

妙に濁声のガナーだが、他のノヴォールよりは考えが深い……ようだ。

 

マリエスに戻ると、そこでは遺体を火葬していた。午前の戦いで犠牲者が出たのかと思ったが、荼毘に付してる遺体は襲撃してきた生ける屍達だという話しを聞く。

無論、「荼毘」なんて言葉は特地に無いので火威の観点だが、一昨日来た時には味方の戦死者以外の死体で生ける屍に変貌する可能性が無いもの以外は野晒しというものだった。それに比べれば、随分と心に余裕が出来たものだと思う。

帝都から薔薇騎士団を含む援軍が来て、全体の士気が回復したのだろうが、これは良い傾向だ。

マリエスに戻った火威は直ちにかまくら造りを開始する。魔法を大系的に学ばず才能とカトーやレレイ、そしてアルペジオから講習で伸ばして来た火威だが、それでも雪のように真っ白な物体は魔法の良媒体であることは知っている。

門が閉じた直後に、レレイから「触媒になるもの」と言ったような話しで雪が媒体として非常に優れている事を聞いたのだ。

今回は触媒にするわけでは無く、単に雪でかまくらを造るだけだが、ジゼルの龍達が可能な限りのポテンシャルを発揮出来るように細工するのも良いかも知れない。

そして建築した飛龍用巨大TOHU型かまくらハウスの中央には、温風を滞留させて多少溶けても良いように周囲の雪が自動的に集まる呪いを掛けた。

が、一棟目の高機能TOHUハウスを造って考える。

中を暖めたのでは、かまくらの意味が無いと。そして周りから雪を集めるなら、他のかまくらが崩壊してしまう。

仕方ないので温風の精霊と呪いには退去して貰って、形だけ同じ物を造ることにした。

 

三棟目のかまくらに取り掛かったところで、雪が降って来た。今日の再制圧はそこまで怪異を倒してないのだが、程度の問題では無いのかも知れない。或はロゼナ・クランツの呪いとは別に自然の雪かも知れない。

一頭の翼竜と、黄色の鱗の飛龍がそれぞれが自分の身体に合ったかまくらの中に入って寝ている。この後にでも、雑魚寝で竜の集合住宅が可能かジゼルとも相談しようと火威は考えた。

集まった方が体温で暖まるから良いや……とか、そんなことを考えたのではない。人間並みに賢い飛龍でも臍が無い以上は変温動物である。互いの体温で自らの体温を保持することなど、余り期待していない。(変温動物にも例外がいるので、少しは期待したが)

要は面倒だからである。巨大かまくら造りの全工程に魔法を大いに利用してはいるが、札幌雪祭りにも使わないような量の雪で一軒一軒作って行くのは非常に手が掛かる。そこでの龍の集合住宅である。

そんな事を考えながらも3戸目の仕上げると、残りを明日にしてマリエスに引き返した。早速竜の一頭が雪の中に隠れていた雪竜を見つけて咀嚼している。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「するってーと、大きいヤツを一つ建ててそこに複数の龍を棲まわすワケか」

シュテルン邸に戻った火威は、早速ジゼルに龍の集合住宅を相談した。以前に会ったばかりの頃は「この龍人さん何か怖い」とか思いつつも美人だからと会話を楽しんでいたジゼルだが、今では彼女と交際して一線を越えてナニまでした間柄だ。

突然「別れましょう。貴方にはもっと相応しい(ヒト)がいるわ」的なことを言われて今に至るが、喧嘩別れした訳でもないので極めて良好な仲である。

というか、昨日ジゼルが来て火威の顔を見つけた時、彼女は非常に嬉しそうな表情だった。アルヌスから遠く離れた氷雪山脈の地で元カノと出会ってしまった火威は精神的に身構えてしまったのだが、屈託なく振る舞うジゼルに救われた気がした。流石は神と言ったところか。またはジゼル本人の気質かも知れないが……。

「良いよ。ってか翼竜は元々群れて生活するから、数頭一緒の方が良いかもな」

「おぉ、そんじゃ明日は大型のかまくらを幾つか作って……」

「あ、でも飛龍は違うぞ」

こっちは精々で二頭同居までが通常の生活スタイルらしい。

「っつか猊下、こんなに飛龍が居るなら何人か伊丹二尉とテュカに付いてバーレントに行けたんじゃないッスか?」

それに対し、ジゼルが頭を掻いてから決まりが悪そうに答える。

「主上さんがイタミって奴どれほどの男か試そうとしてんだよ」

「えっ、主上さんてハーディって神様ですよね。それが何故?」

その問いに、ジゼルはいよいよバツが悪そうに口を開く。

「そ、そりゃぁ主上さんがロゥリィお姉様を娶ろうとしてたからだよ。でもお姉様はイタミに御執心だろォ?」

火威が特地で得た知識では、ハーディという正神は女性神である筈だ。その女性神がロゥリィを娶ろうとしていたのだから、神になっても同性愛者はいるらしい、そういえば近くにホモォの亜神と眷属がいたなと、火威は思い出す。

「それよりお前はどうなんだよ! クリバヤシと上手く言っているのか!?」

唐突にジゼルは火威に詰め寄った。「オレが諦めて渡した先の女はどうなんだ!」という事を問われているのだろうが、実際には火威も死ぬ気でロゥリィと剣技の訓練を交えて努力した。

とは言え、ジゼルの指嗾が無ければ一度はオーク以上の兇暴さと諦めた栗林と付き合う事は無かっただろう。お突き合いという試練は有ったが、山脈に来るまでにアルヌス周辺の町や村でも(アポルムとか)御似合いカップルとして認知されるようになった。

「ああ~、良い感じですよ。子作りとか流石に未だですけど……」

「なっ、亜神クリバヤシと付き会っているだと!?」

その時、ジゼルと火威の話しを聞き付けて来たのはヴィフィータだった。後に同じ薔薇騎士団のスィッセスから聞いた話しでは、ヴィフィータは他人の恋バナが大好物らしい。

夕飯の後もこの話題が持ち越したが、ジゼルはと言うと愛人として火威の近くにいれるかという話しを咽喉まで昇らせて言えずにいた。だが聞けば聞くほど、不可能という怪物の気配を感じる。直ぐには無理だろう。ジエイタイの言葉で言えばミリミリと迫るのが賢い方法かも知れない。

 

次の日の昼には、マリエスの先の雪原には十二棟程の竪穴式住居を大型化させたようなかまくらが出来ていた。シュテルン邸で借りたメイド服を焼かれたので、元々着ていた白ゴス神官服を着て寒そうにしているジゼル監修の元、翼竜は四頭で一棟のかまくらを使い、飛龍は二頭で一棟のかまくらに押し込める。

飛龍用のかまくらには一頭分の空きがある。翼竜は全頭で三十八頭。飛龍は五頭。数えてみれば閉門時のアルヌスよりも幾分少ない程度だが、これだけの戦力があればマリエスの守備は暫く問題無いだろう。おみそ状態になってしまった一頭の飛龍は緑色の鱗の飛龍だ。特に身体がデカいので、一頭だけ別のかまくらも仕方ない。非常にどうでも良いのだが、イフリとエフリが揃えばRGB原色が揃うな、と火威は考えた。

次の日の朝早く、火威はアルガナに潜むミティを探索・駆除してからアルヌスに一時帰還する。

山脈の端の空の中で、火威やミューやリーリエが言った言葉を思い出す。

リーリエにはジゼルと味方の龍がマリエスに来た日の夜に、この日の朝早くに一時アルヌスに帰還する事を伝えたのだが、その時に「出来るだけ早く私の元に帰って来て欲しい。ヒオドシ殿には伝えねばならないことがある」という言葉を貰った。

会って数日のハゲに惚れた訳では無いのだろうが、出来るだけ早く……四~五日程度で他の助っ人と武器を引き連れて戻る事を約束してしまった。

実際に帝国からの支援要請が事実だった場合も、再び氷雪山脈に支援として来るのに算定されてる時間だから、これは問題無い。

また、昨夜ミューが伝えて来た知らせは、予想はしていたものの些か逡巡してしまう内容だった。

彼女はタト―ヴィレという集落から避難する際、ロゼナ・クランツに協力している者達であろうヒト種の戦闘員から村を追われたと話していた。しかも、それは生きて居るヒト種だったという。

氷雪山脈に来てグランハムの話しを聞いてから、生きている人間相手の戦闘も想定に入っていたことだ。現時点でやるべき事に変更は無い。しかし敵の素性が問題となる。

ロゼナ・クランツに生き残りが居て、今日まで帝国に対して抵抗を続けているというのならば、それは帝国の戦争である。火威らのように、自衛隊が安易に介入して良い話しでは無い。

民間人保護という意味では大いに介入したいし、ジゼルやグランハムの手前、火威だけが身を退くというのは避けたい。火威はこの件を狭間に報告するか否か、悩みながらアルヌスへと帰還していった。




今回は前回よりもちょいと長めです。
何やらジゼルのターンに戻ってる感じですが、猊下のターンが短かかったからちょくちょく入れて行くんじゃよ。
次回から再び栗林のターンですが。

さて置き、感想や質問・疑問など御座いましたら忌憚なく申し付け下さいませー。


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第十五話 指切り

ドーモ、庵パンです。
減ったりする可能性もあるのですが、一応は突入したので言わせて頂きます。
遂にお気に入り指定が400突入ーッ!!

皆様、ご愛読有難う御座います。
ついで読みでも有難う御座います。
ページを開いてみただけの人は……一応読んでみて下さい。
程々に面白い筈……かなぁ……。



陽の落ちたアルヌス駐屯地。その司令官執務室に火威の姿はあった。既に課業の時間は過ぎているが、喫緊の事柄なので火威が帰還した事を聞いた狭間は報告を求めた。

「事情は理解した。火威三尉は明日、訓練の後にこちらが選定した隊員を帯同して帝都で特殊作戦群と合流したあと、再びマリエスに向かってくれ」

狭間の命令は至極あっさりしたものだった。火威はマリエスで見聞きした事を包み隠さず狭間に報告した。他国の戦争に関わり、加担するかも知れないこともだ。

にも関わらず、狭間はマリエスへの派遣を命じる。

「あ、あの、帝国の戦争に関わる恐れが……」

「ピニャ殿下からは民間人保護の依頼も来ている。先日帝都から帰還した富田二等陸曹が依頼書を持たされてな」

ピニャも抜け目無いというところか……。火威も何時今まで以上の戦力がマリエスを襲うか心配ではあったので、個人的には渡りに船と言える。

「明日からも任務だ。三尉ももう帰って休み給え」

その狭間の言葉を聞き、帽を被っていない火威は斜め10度の礼をして執務室を後にする。

火威が出た後で、狭間は眉間をマッサージするように揉んだ。実際にピニャから民間人保護の依頼が届いたのは事実である。

だがそれよりも前にロゥリィやモーターからの依頼と、それに伴う形で火威を推薦する声が届いているのだ。

モーターに到っては火威というヒト種を戦士として大いに認めているらしく、追加の装備まで造ってしまったという。

伊丹と良い火威と良い、この世界の住民や神々に気に入られ過ぎてる嫌いがあると、彼らの人権やらその他諸々が心配になってしまうのである。

 

 

一夜明けた駐屯地から少し離れた訓練場。これからマリエスに向かう筈の火威はこれから使うであろう装備を武器曹に注文して高機動車と貨物に積んでから、健軍に呼ばれて此処に来たのである。

「遂に来ちまったぜ。地獄の三丁目にッ!!」

火威の目の前にはかつて「ピヨ彦」と名付け、何時まで経ってもトサカが出ないことから「コッ子」に改名した鶏がいる。

彼に課された訓練内容は、自身で育てた鶏を自分で絞めて喰えという内容だった。

狭間からの特選群への推薦は事実なのだろうが、それには習志野の空挺団に入らなければならないらしい。

空挺レンジャー相応の実力は持っていると思われる火威であるが、それでもその訓練過程にあり特地でも実現可能なものは避けられないようだ。

火威の近くで似たような訓練を受けている自衛官が、早々に課題をクリアしても火威は中々手が動かせなかった。

ピヨ彦改めコッ子とは、様々な思い出があるのだ。アルヌスに新しく来た入植者の子供が、恐面から警戒するのを解くためのダシに使った事もある。

大祭典の時には薔薇騎士団の女性達とお喋りするためのダシに使ったこともある。

栗林とのデートでも、実際は犬好きだけど鳥もイケると動物好きをアピールして山車のように肩に乗せた事もある。

出汁の取り過ぎで出がらし感のあるコッ子だが、それほどまで共に思い出を築いてきた相棒なのだ。

「コッ子……」

コッ子は鶏だから返事はしない。あっち見たりこっち見たり、気ままなものである。もし返答でもしようものなら、火威のこの訓練は確実に失敗していただろう。

火威は目を瞑る。目を開けた時にコッ子が正面を向いていた時は、この訓練は不可能だと考えた。

暫し後、目を開けるとそこには……。

「あれ?コッ子どこ行った?」

視界の外に移動していたコッ子を発見するとその頸を風の刃で撥ねた。

「次は食う方に生まれてくれ」

少し前からの友を泣く泣く食べた火威なのである。

 

午前中に訓練を済ませた後、火威は高機動車や貨物に積まれた装備や念のため為に少しだけ積んだ燃料をチェックしていく。

午前の訓練で火威の士気は低下しているが、それで手を止めるようなら自衛官として相応しくないと火威自身が考えている。

今回帯同することになる隊員は、火威同様に自身で育てた鶏を潰して食べるという任務をこなしている。

しかも火威が特殊技能としての魔法をフルに使い、コッ子の頸を撥ねたり、食べる際にも寄生虫が気になって炎の精霊(サラマンダ)使用で食したのよりも遥かに早く課された訓練内容を済ませているのだ。心強く思えたのは当然である。

荷台には火威が帯同していく隊員、そして帝都で合流する特選の隊員分の寒冷地用装備と、同じ分だけの人型寝袋。更に門を開く事を前提にして駐屯地にあるカイロのほぼ全てと、AH-1コブラに付いているM197ガドリング砲と超電磁砲の砲身を積み込まれている。

よく特地に寒冷地用装備なぞを持ってきたなというところだが、そこは「用意周到・頑迷固陋」と評される陸上自衛隊の気質が生きたのだろう。

更に、マリエスには複数の龍が出現したことから十五本のLAMも貨物に積んでいるのだ。守勢一方だった氷雪山脈も、この地球舐めんなファンタジーの群れで一気に優勢に持ち込めるだろう。

狭間に聞いたところ、先日帝都から出した鸚鵡鳩の郵便は未だ届いていない。火威の方が先に来たのだから無駄金を使った事になる。

これも安心の必要経費と思えば仕方ないのだが、火威には未だ用意しなければならない物がある。私物装備の用意の為と、出発前に時間を貰った火威はモーターの神殿「モタ」に赴く。

そこで火威は以前、モーターが約束した通り対騎剣三本と、新たにモーターによって鍛えられたグランスティード一本が放射状に組合わさった武器を受け取った。

「有難う御座います!」

この世界でも頭を垂れるという挨拶や感謝を示す方法が有るらしく、火威はモーターに深々と頭を下げた。

「あとこれもだ」

巨大なドワーフは、火威に三発の神鉄製の砲弾と、同じ材質で出来た大剣を好々爺した顔で差し出す。

それを片手で差し出す辺り、どれほど巨大なドワーフか想像出来るだろう。

「いいんですか?」

「ほーだんの方は以前に君が頼んだ物だろう。それと持ってたダンビラもそろそろ砕ける筈だ。あれは儂が若い頃に鍛えた物じゃからな」

ロゥリィと会う前に造った物だとモーターは語る。

その時点で百歳は余裕で越えてそうだが、ヒトとは感覚が違うのだろうから火威から言う事は無い。

再三礼を述べてから、火威は高機動車に戻った。

もはや士気は戻り、最高潮にある。マリエスに戻ったその日の内にでも、敵の中枢に討ち入りして任務を終わらせれると錯覚する程に有難たかったプレゼントである。

贅沢を言えば恋人であり、一応は将来を約束した栗林とも顔を合わせておきたかっが、こればかりは仕方ないと軽い気持ちで諦念した。だがその背後に、今となっては懐かしいエンジン音が聞こえてきて、一つの声が投げ掛けられた。

「隊長、遅れて申し訳ありません」

聞き覚えのある女声に、火威が振り返る。

振り返ると、そこにはアルヌス周辺の怪異掃討で散々世話になった96式装輪装甲車と、結婚を前提に付き会っている筈の栗林が車両のエンジンを切って出てくるのが見えた。

「あぁ、志…栗林、有難よ。高機の中が満載で特戦が乗れんからな。助かるわ」

プライベートでこそ名前で呼び合っているが、公の場である仕事中は苗字や階級で呼び合っている。

「火威三尉、こんなに装備を持って行く必要あるんですか?」

そんな事を言いながら、栗林がレミントンM870のカスタムモデルらしき散弾銃を携えてる。

「うむ、餅みたいに膨らむ亜龍とか、こっちでは見ない怪異も色々出るからな。こんくらいは有った方が安心」

火威の説明では直ぐに理解できるようなものでは無いし、火威自身マリエスでの深刻さを詳しく説明して栗林を心配させるのを躊躇らったので、極簡潔にしか説明しなかった。

「よく解りませんね。行く時に改めて説明してくださいよ」

言いながら、栗林が貨物に散弾銃を詰め込んでいく。

「え、何言ってんの?」

火威は、そう言わずにはいられない。

 

 

*  *                             *  *

 

 

96式と高機動車、そしてそこに連結された貨物という少し多目の車両を浮かして特戦と合流する帝都を目指す高機動車の運転席で火威は一種の諦念の元車両を飛ばし続ける。

 

先程96式を動かして来た栗林が、火威が帯同する隊員と知った時、勿論驚いた。嘘だと思った。それもその筈、火威が受けていた訓練は第一空挺団の訓練課程で、空挺レンジャーとなる者は男性自衛官に限られるのである。

というか、レンジャーの門戸そのものが男性自衛官にしか開かれていない。身体的に力がどうしても不足するとか、母性保護の観点から入隊出来ないとか色々言われている。

その点で言えば、栗林はダーという巨大怪異にもナイフ一本で挑み、勝利する程の猛者であるから力は問題ないだろう。寧ろ自衛隊で一番白兵戦が強い者を栗林以外で探すのは難しい。

ナイフ一本でダーに挑めと言われたら、魔法の使用を許可されれば火威にも楽勝ではあろう。格闘で挑めと言われたら、長いのを使わせて欲しい。ナイフ一本のみで挑めと言われたら、命令なら従うがそうでないなら盤返しである。

「つーか栗林、空挺に入る気かよ!?」

「入れるんなら入りますよ。特戦に入るには空挺に入らないといけませんからね」

特戦まで狙ってんのかいこの女ッ!? そう火威には思わずにいられない。

まさか男性自衛官を上回る猛者とは言え、先の気質の繰り返しになるが「用意周到・頑迷固陋」と言われる陸上自衛隊が女性である栗林のレンジャー入りを認めるとは思えない。

だが、特地に来る前に米国の女性兵士が苛酷な訓練に耐え抜けてレンジャーになったとも聞く。いつ日本やそれを防衛する自衛隊が心変わりを起こし、女性自衛官のレンジャー入隊を認めるか解らない。

そもそも栗林の帯同を認めた狭間や、訓練自体を受けさせた剣軍の意図が、女性自衛官のレンジャー入りを認めたものとしか思えない。

「っつか何で栗林も来るの!まさかお前も特戦への推薦目当てとか!?」

「私にはその話は出て無いですよ」

やべっ。これオフレコだったか、と思う火威に栗林は続ける。

「マリエスの代表が女性だからですよ。女性を逐一ボディーガードするなら、三尉じゃ駄目でしょ?」

そういう事ならと、気を緩めた火威ではあったが「それで特戦への推薦が貰えるなら、交渉するしかありませんね」と初めて見せる悪戯っぽい顔を見せる栗林である。

失策、完全にヘマをやらかした……考える火威は、出発前にどうにか栗林の考えが変わるように説得を開始した。

「待て!栗林。特戦には「今日の点呼は産まれた時の姿で」というのが有ってな」

「どうして三尉がそんな事を知っているんです?」

オ○ガという小説で読んだからである。火威が本当に知っているのは伊丹の欺瞞情報しかないが、まず栗林の羞恥心を刺激することにしたのだ。

「いや、まずその前にも空挺では対恥辱訓練というのが有ってだな……」

今度火威が口にしたのは、挺進部隊が故に敵地で捕虜になった場合の第一空挺団の訓練内容だった。推論として第一空挺団にこのような訓練内容があるであろうという予想は成り立つが、実際は火威が知り合いから聞いたものである。

そしてその知り合いも、別の知り合いから聞いた又聞きで栗林を止めようとしているのだ。

「絶対にメッチャなんか酷い悪口言われるぞ。お前堪えられるかッ?」

「堪えますよ。訓練なんですから」

「いや、お前訓練だと思ったら駄目たぞ!実際を想定したら胸とか揉まれてしまうぞ!っつか実際捕まったら揉まれるだけじゃなくて子供が出来そうなことされてしまうぞ!」

そこまで言うと、流石に栗林も退いて見せる。オマケとばかりにその胸を揉み始めた火威だったが、これは栗林の自衛によって鼻頭をぶん殴られて中途で阻止された。

「なっ、なにやってんですか!?」

「いや、空挺に入ったらこういう事もされるかもよと……」

大してダメージが無いように見えるが、本当なら鼻骨粉砕の大怪我である。今頃エルベ藩国の森の中で、露出多過のエルフっぽい亜神が突然の鼻血飛沫に右往左往しているだろう。

 

帝都に向かう高機動車の中、火威は前方を見据えて車を操作し、栗林は火威がマリエス周辺で地図に書き印した洞窟やクレバスの位置を説明と共に、特戦群の隊員に配布する分を新しい地図に書き写し終えていた。

「栗林」

切りの良いところと見ると、火威は口を開く。空中機動で障害物の無い空を飛ぶ車である以上、余り前を見ている必要もないので火威は栗林の手伝いをしていることも多い。

なんです? と応える栗林に、火威は雪山で任務をこなす際の心構えや、特戦と行動していれば起こらない事だと前置きした後で、氷雪山脈でビバーク……所謂野営や、不時泊しなければならない時の注意点を伝える。

「硬い殻を持った蛭のデカい版みたいな奴が出るからな、出来るだけ洞窟の中に逃げ込んだ方が良い」

「あぁ、サリメルさんの所で見た奴ですね」

サリメルの元で見た博物誌にも図解で描かれてはいたが、現物は更にグロテスクだった。一応肝が珍味なんだけどな、と付け加えて、火威は一息吐く。

「あとな、志乃」

火威は敢えて栗林を名前で呼ぶ。

「今は任務中ですよ」

「良いから。大事なことだから」

そこまで言われると、栗林も吝かではないが耳を傾ける。

「志乃、この任務が終わったら結婚して欲しい。一緒に暮らそう」

その言葉に、栗林は言葉が無い。というか思考が一時出来なくなった。が、脳が再稼働すると思いっきり照れ隠しに火威の背をブッ叩いた。

「ぐっはァ!? な、な……」

何すんぞ!?と言う前に来たのは栗林からの抗議だ。多分、今頃エルベ藩国内の森の中でエルフっぽい亜神が突然血反吐を吐いて驚いている。

「何を馬鹿なことを言ってるんです!」

「えっ……これを馬鹿とは何だよ」

火威としては一世一代のプロポーズのつもりでもあったので、それを馬鹿呼ばわりされると身の置き所が無い。空飛ぶ車から逃げ出したいところだが、そこに栗林が付け加える。もっとも、車から逃げ出すと兜跋を装備してない火威は落下死してしまうのであるが。

「三偵では任務の前に結婚とか言ってしまうと、死亡フラグが立つとか言われているので、その……」

そう言って口籠る様子は他では見られない程に可愛らしいものだ。「お前、偽物だろう!」と伊丹なら絶対に言う。

「ハッ、二等陸曹ともあろう者がそんなオタッキーな言い伝えを信じてるのかよ」

此れを聞き、栗林は憮然となった。確かにこの三偵の決まりは伊丹が決めたものである。火威もオタクっぽい気配はあるが、伊丹のような明らか様なオタクとは違う。

「そんなフラグ、俺にへし折れないと思う?」

傲慢な言いようだが、その戦歴の最たるものを閉門時に蟲獣を一掃する様を、栗林は近くで見ている。それにオタクの上官が言ったジンクスを律儀に何時までも信じている姿を見られ、気恥ずかしかった。

「良いですよ。ですから絶対に約束は守って下さいね」

オゥ、イェ。と返す火威には、お前何処人なんだと言いたくなるが、単に喜びを表現する方法が限られただけである。

下手に動揺すると高機動車が落下してしまうのである。だから先程栗林にブッ叩かれた時は、実は非常に危なかった。

火威と栗林は、指切り拳万(げんまん)という微笑ましい方法で約束の印を結んだのであった。

 




今回は投稿時の時間が無く、後ほど訂正が入るかも知れないのでご了承下さい。
そして次回はだいぶ遅くなるかも知れません。

そりゃ、まぁ……
Gジェネの新作が発売されましたことですしおすし。


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第十六話 ケモナー達の憂鬱

ドーモ、庵パンです。
ここのところ投稿が鈍り気味です。
まぁその分長めにしてるから、堪忍してくだされ。
っていうか、投稿を始めてもう一年以上になるんですなぁ……。

機会が有ったら銀座事件のことも外伝として描写したいものです。
二日を1話の二行くらいで済ませちゃったので。


カトリ・エル・フォートは苦労している。いや、今は苦労していないから一昨日まで苦労していたと言った方が正しい。

現在はロゥリィ・マーキュリーの信徒であるなんて話を大祭典で聞いたから、ミドルネームにロゥが付くと思われるヒオドシ・ロゥ・ハンゾーが大祭典の準備や、なんやかんやで帝城に出入りしていた時、彼から女好き且つ亜人好き(ケモナー)の気配を十二分に感じたカトリは、彼好みであるという美女亜人を餌に帝国への帰属を促すことを考えたのである。

モルトからの指嗾があっての行動だが、彼がいれば帝国は暫く安泰。他国からの進行や反乱を恐れる必要もなくなるのだ。

そしてヒオドシから反ってきた答えは、乳が牛みたいに大きな亜人美女と月に5万スワニの給金であった。

巨乳牛乳亜人美女は心当たりがあるが、5万スワニはモルトに報告したところで何ら解決する筈も無い。

給金の代わりに領地という方策も考えられたが、ゾルザル派に付いた貴族の領地は既に没収して新たに貴族となった亜人達に当てがった後である。

こうなったら給金の方は交渉次第で負けてもらって、巨乳美女亜人の方で納得してもらうしかない。

カトリは悪所のミノ姉さんを始めとする巨乳女性達に声を掛け、慎重に交渉してきたのである。

貴族なら下の者にやらせりゃぁ良いじゃないか、という声もあろうが、フォートの家の者でヒオドシの嗜好が一番解っているのはカトリ自身だということを自負している。カトリはハーピィ系の次に好きなのが巨乳系亜人なのだ。

巨乳美女が、元から娼婦の場合なら交渉なら楽な方だ。だがそうでない場合も少なからず有る。時には人妻で子持と言うことすら有った。所帯持ちだったりしたら諦める他ない。

そんな失敗や経験を何度も積み重ねなければ、人外の力を持つ男の子作り奴隷になってくれなんて事は言えない。良くて頭がオカシイと思われるか衛兵を呼ばれるかで、悪くすればその場でゴロツキ共が出てきて袋叩きにされる。

肝心のミノ姉さんの場合は、娼婦以外の仕事を持っている堅気だった。常時トップレスで下半身も体毛のみの、言ってみれば常に全裸の彼女ではあるが、ちゃんとした仕事を持っている女性だった。

芯の強そうな瞳のミノ姉さんである。以前から近付き、知り合い程度にはなっていたカトリは怯んだ。下手な事を言えば殴られる。人外(ヒオドシ)の子作り用愛玩奴隷になってくれなんて言ったら、確実にぶっ飛ばされる。

幸いにしてヒオドシという男はカトリ自身と同じように、亜人や女性に対して敬意を持って接する人種であった。だから普通に「とある人物の愛人になって欲しい」と言って必要な契約を結び、支度金を渡せば良いのだ。

何か裏があるのかと勘繰ったミノ姉さんだが、元がサッパリとした気性の持ち主である。これまでカトリと付き会ってきて、彼の底の浅さは知っている。嘘を吐いているならもっと解り易いのだ。

以上の事からミノ姉さんはカトリからの誘いを快諾した。特別な思い入れがあるなら別だが、誰だって何時までも悪所にはいたくない。

良い意味で調子に乗ったカトリは山羊系亜人の娼婦も勧誘した。ミノ姉さんに比べると幾分も小柄で幼く見える彼女だが、その乳房は見るより遥かに大きい。それはカトリ自身が一晩の床で確認済みである。

彼女に、とある武将への愛人契約なんて話をしたら顔を上気させて赤くなりながらも了承してくれた。この初々しさも魅力の一つである。ヒオドシもきっと気に入るだろう。

最後の一人にはカトリの私兵の一人であるノスリという種族の女兵士だ。

以前の帝国なら、女に兵士が務まるのかと言うところであったが、聞く話しによればジエイタイには亜神のような女兵士がいるという。確か名はクリヤバシと言ったか……。

さておき、ノスリという種族は種族全体が頑丈であると女兵士――ナモが言っていたのだ。同族の男には魅力が無いと言っていた彼女は氷雪山脈にある里から出てきたと語っていた。

そして彼女達の種族は暑さが大の苦手らしい。事実、冬が来なかった去年までは彼女も年中軽装で道行く男どもの視線を独り占めにしていた。要は豊満な肢体を持っていたのである。

カトリ自身、一晩お世話になったことが有ったが、中々……否、そこいらの娼婦からすると上位に入る良さである。また、種族的なのかナモ個人だけなのかは不明だが、性行為に関しても非常に明け透けである。兵士から特別な門客として取り上げ、先の二人と共に待機させている最中にも、色々と楽しませてもらった。

そして今日、()る筋から得た情報ではヒオドシは帝都に来て、そして帝城に来るという。カトリは帝城の門の前でその時を待つ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

自衛隊の悪所事務所。

それが面した道は決して狭いとは言えないが、高機動車と貨物、そして96式装輪装甲車等、異世界の車が小さくない道を進む様は異様と言えた。

診療所を併設するこの施設には、余所からも良く人が出入りする。火威は、その自衛隊の敷地内に車を駐めた。

治安の悪い悪所で車を駐めても大丈夫なのは、ここが悪所のなかで最も治安の良い地点だからだ。悪所の顔役であったベッサーラ一家がこの自衛隊の事務所を襲い、返り討ちにされた結果、日頃恨みを買っていた者達から皆殺しにされた記憶は、一年以上経っても周辺の者達の記憶には鮮明に残っている。

とは言え“悪所”である。この話を知らないガキや新顔が居てもおかしくはないので、念の為に敷地内の中庭のような場所に車両を移動させる。

「ご無沙汰しております!」

ベテラン自衛官の新田原は、閉門騒動の時でもアルヌスに戻らず、帝都に残る自衛官らの指揮を執り続けた。ゾルザル派が内戦で勝てば絶体絶命に陥るが、再び門が開いた時の特地の人々の心証を考え、逃げる訳には行かなかったのである。

最も、当時指揮系統を離れていた火威は、イタリカでゾルザル派の帝国軍と接敵しなかった場合、風力車を使って帝都経由でテルタまで襲撃しに行くつもりではあったのだけれど。

新田原は何時ぞやのように、親戚の甥っ子の如き敬礼を取っていたころから見て立派になったように感じる三尉に敬礼を返す。まぁ三十路を越えたオッサンなので、これが普通である。しかもテッパチの下は禿頭だ。

続けて入って来た女性自衛官も、嘗てはこの事務所に出入りしていた者だ。顔見知りながら、何処となく印象が違う。言うなれば、尖っていた先端が丸くなった感じだろうか。

伊丹とピニャがシーミストで一時行方不明になったのを最後に、最近は事件も任務も無かった。だがつい先日起きた氷雪山脈での動乱は()()ものは無い。栗林も、その二つ名の如き亜神のようにとは行かずとも、嘗てのように鋭い刃のような心持ちで事に当たらなければならない筈だ。

「アルヌスからの移動、ご苦労だった。早速で悪いが特戦と合流する前に皇城に行ってもらえないか?」

「こ、皇城ですか?」

嫌な予感がした。絶対にカトリが出てくる。火威の直観が確定的な予想となって全力で叫んでいた。まぁ俺だけの時なら誤魔化すことも……。

「同行する女性自衛官も共に来てくれとのことだ」

「な、なんすかソレ!?」

新田原が言うには、大変な事態に陥ってる氷雪山脈に向かう同性に、ピニャが労いと感謝の声を伝えたいのだという。

ヤッコデカルチャ(なんか恐ろしい)……」

「ん、どうした?」

非常に近い将来に敷かれた茨の道に、思わずゼントラーディっぽい言葉を発してしまった火威だが、一応はこれも命令や任務の内だから仕方ない。

 

内戦の後でも相変わらず治安の悪い悪所は血気盛んな連中とのトラブルを避けるべく武器らしい武器は身に付けずに拳銃だけを携行し、栗林を連れてゼロス門を抜け、皇城があるサデラの丘までの大通りに入った。

「そういや栗林は皇城に入ったことあったっけ?」

「特地に来て半年過ぎくらいの時にありますよ。我々が特地で初めて地震を経験した時の夜です」

「あ、そか。そういやそうだったな」

栗林は、その夜にゾルザルの取り巻きをブチ殺し、更にはゾルザルも半殺しにしている。火威達は知らないのだが、皇帝モルトにはこの世には怒らせてはならない存在が居るということを知らしめた夜だった。

大通りからサデラ丘直前の広場のようになった場所にそれは居た。

「げぇッ!?やっぱり!」

カトリ・エル・フォートは火威を見つけて手を振る。

「あぁ!やはりこの道で良かった!ヒオドシさん。良い知らせです!」

大声で話すものだから、火威にもこれから彼が言おうとする事が解ってしまった。

「子づく……」

そこまでカトリが言ったかと思うと、100メートル程ある距離を一瞬で詰めてしまった。

もし伊丹がこの場にいたら「ヒューッ」とでもネタを振ったかも知れない。

魔法でも使ったのか解らないが、100メートル5秒フラットとか、そんなもんじゃァ無い必死さが有った。

「カトリさん、その話は『考える』と言ったけど、考える前に無かったことにして!」

その言葉はカトリにとって到底受け入れられるものではなかった。

「えぇ!? そんなっ! 亜人の巨乳美女も揃えたのにッ! 皆ヒオドシさんを待っているのにッ!」

まさか複数の巨乳美女を揃えているとは思わなかった火威だが、会ったことも無い巨乳さんより何度もお突き合いとデートを重ねた栗林の方が良い。何せ小柄ながら子供を出産したら多分、絶対Iカップである。

「いや、うん。それはカトリさんの愛人にすると良いんじゃあないかなぁ……。日本に帰還する俺に預けるより、亜人との付き合い方が巧いカトリさんの方が絶対に良いって」

「なん……だと……」

それも良いかも知れない。ミノ姉さんは魅力的なガテン系だし、山羊子さんは妹系甘えん坊だ。ノスリ兵子はバカっぽいところがあるが、馬鹿な子程可愛いというし一番の巨乳で尽くすタイプである。しかし……

「いや駄目だから! それじゃ私が色呆けで巨乳さんを集めてたみたいになるじゃないですか!」

「あ、うん。良いんじゃないかな。それで」

「良くな……!」

良くないと言おうとしたところ、ヒオドシに付いて来た女兵士が(ようや)く二人の所に走って辿り着いた。

「あぁ、紹介します。っていうか大祭典で会ってますかね。近い内に結婚する栗林です。こっちでは亜神クリバヤシって呼び名で知られてますかね」

鉄製の兜(てっぱち)を取って会釈する女兵士の綽名を、知らぬ帝国貴族は居ない。亜神クリバヤシと言えば、右手一本で帝国の完全武装兵を複数人ブチ殺し、巨躯のゾルザルを半殺しにしたと噂のジエイタイの女兵士である。

この人を怒らせる訳には行かないんだよ。解ってくれよ。な? という事を目で語っていた火威の声無き声をカトリは誤解なく受け取った。

「そ、それなら仕方がないですね」

カトリは二人に一礼して、サデラ丘の前から去っていった。

「何の話ししてたんです?」

「あ……あぁ、帝都では料理革命前にミスター・コヅっていう料理は美味いけど無名の料理人が居てな、ちょっとその人の料理レシピを二人で探してたんだよ」

相槌を打つ栗林だが、彼女には疑問が残った。

「カトリさんが最後に言った『仕方ない』って、何ですか」

「あぁ、ミスター・コヅは帝都以外でも活動しててな、ロンデルとか色々行った俺にも協力を求められたんだけど、ミスター・コヅを知る前だったから余り協力っ出来なかったワケ」

我ながら完璧な隠匿能力である、と、火威は自画自賛する。これでもう帝国からの勧誘は無く安泰か。否、モルトの親父さんならまだ諦めないに違いない。

火威は、今後出来るだけ帝都には近付かぬよう心に決めた。

と言っても、これから帝城に行かねばならないのだが。

 

 

「申し訳ない!」

ピニャの執務室に入って早々、ピニャ・コ・ラーダは執務台に額を打ち付けるように頭を下げた。

「ど、どうしたんす?」

突然の事で栗林と付き合い、ニンジャヘッズから足を洗って堅気になりつつあった火威が思わずヤクザスラングっぽい反応を返してしまった。

ピニャの秘書であるハミルトン・ウノ・ローも火威と似たような反応だ。

「今更何を言おうと信ずるに値せぬと思うが……」

曰く、ピニャの署名で特地派遣隊に救援要請をしたのはモルトらしい。

その言葉が真実にせよそうでないにせよ、「なりふり構わねぇな、あのオヤジ」というと言う印象は既に持っているので、どうでも良い。

「まぁ山脈行くのは聖下や鎚下からの要請というか、指名でもありますので何れにせよ行かねばならんのですよ」

「ロゥリィ聖下やモーター鎚下からか!?」

世界の神々からの御指名という、結構誉れ高い仕事なんじゃァないかと思っている火威だが、実際そうらしい。

「何でもロゼナ・クランツとか言う連中の残党が、禁忌を犯しまくってるみたいですね」

「あちらの情報は中々入って来ないからな。やはりそうなのか」

ピニャは先の内戦で敗北したゾルザル派の残党が、魔導士を雇うなり脅すなりして徒党を組み、山脈に篭って帝国の混乱を狙っているのかとも予想していた。

どうやらヴィフィータやグレイら薔薇騎士団も、マリエスに来るまで同じように思っていたらしい。

「昨今じゃ、テルタに続く街道では賊に落ちた兄様の派閥の者が出るとも聞く」

テルタは一時、ゾルザル派の本拠地となった帝都に次ぐ都である。

全く平和が嫌いな連中だと火威は嘆息する。キャラクター的にバ○キン○ンと気が合いそうだ。

「そういえば同行する女性兵士というのは?」

話しも無さそうなので、そろそろ帰ろうと思っていた火威だったがこれが本題であった。「あぁ、こっちの栗林が行きますんで」と言うと、栗林が一歩前に出て敬礼する。

「おぉ、クリバヤシ殿か! これは頼もしいな!」

他人の嫁(暫定)に地獄めいた山脈での活躍を期待し、負担させて欲しくないのだが、栗林はこの任務に対してやる気満々らしい。

「お久しぶりです。ピニャ皇太女様」

「……? クリバヤシ殿、何か雰囲気変わったか?」

ピニャも新田原と同じものを感じていた。言うなれば、絶対的な余裕感である。

「あぁ、一段落着いたら結婚しますので」

「なん……だと……?

同じリアクションを一話で二回使ってホントに申し訳ないが、カトリもピニャも同じくらいの衝撃を受けたのである。

「だ、誰と!?」

まさかイタミじゃねぇーだろォーな!? という言葉は隠して詰め寄る。

「それは、此処に居る火威三尉と……です」

二話続けてというか、一話内に同じ表現もアウトっぽいが、敢えて使わせてもらう。伊丹が見てたら誰だお前的な栗林がそこにはいた。

「そ、そうか、それは……まぁそうだな」

何が言いたいのか解らないが、納得したらしいピニャが落ち着いて椅子に背を預けた。一応、「おめでとう」という言葉は貰ったが、この反応は一体何なのか。

その後続いた長い沈黙も正体不明である。秘書のハミルトンが自分から言葉を発さないのは兎も角として、誰一人何も言わなかった。

「あ、そんじゃお話が終わりでしたら自分らはここらで……」

話しも無いと見ると、敬礼してから気の抜けた様子で帰ろうとする火威。うかうかしているとモルトなんかが来るんじゃァ無いかと言う、有り得ない心配もあった。

「ま、待て。待ってくれ!」

まだ有るんすかいピニャさん。という事は言葉は思考に移すだけに済ませて、一応聞いておく。

「テルタから招集した部隊や帝都からの追加部隊を同行させてくれ!」

「えっ、それって多いんすか?」

また精神力や体力を使いそうな事を、ピニャは言い始めたのである。




ギャグはここいらでちょいとお休み……かなぁ。
庵パンには基本ギャグしか書けないのでうっかり出してしまうかも知れませんが、次からはシリアスに行きたいと思います。
あと飢狼の方も進めたいと思います。狼さんはまだ暫くエロくなりませんけどね。


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第十七話 惨雪

ドーモ、庵パンです。
シリアスが出勤しませんのでシリアス回だというのにシリアス足りない感じです。
そんな感じに予防線を張って小物フィールド展開中です。


帝都を出た高機動車と貨物車。そして96式装輪装甲車は氷雪山脈までの空路を向かう。

昨日の内に南雲には、山脈での敵性生物の種別を伝えてマリエス付近の地図も渡した。

この世界に空路なんて物は無いし、内戦終結前後に第四戦闘団のヘリコプター部隊が飛んだ道でも無いのだが、火威が前に通った道を便宜上、航路と呼んでいる。

しかし、前に数回使った道でも、今は何時も以上に気が抜けない。

ピニャに帯同することを求められた、40騎の騎兵も同じ空をに飛んでいるのだ。

生体に物体浮遊の魔法を使うのは、アルガナで雪竜を叩き殺してしまって以降、身に染みて拙いことだと理解している。

なので、馬ごと入れるダナン製の馬車を一晩の内に作れるだけ作らせて完成した20戸の馬車に入る40騎を魔法で移送し、遥か後方から続く続く150騎でマリエスに向かっているのである。

逐次投入という気がしたが。これら190人の兵達は雪中戦の経験があるのだという。その一部を、火威はロンデルで習得した魔法で運んでいるのだ。

物体浮遊の魔法をアルペジオに習ってから精進して、飛龍並みの速さでは飛べるようになったと自認する火威だが、ここまで重量もあり複数の物体を浮かして運搬したことは過去に無い。

気を張り続けなくてはならないから会話する余裕はないのだ。

従って、進むスピードも後方の騎馬より少し早い程度しかない。出発からそれなりの時間が掛かって今の状態だが、少し止まってしまえばすぐに追いつかれる。

果たして、マリエスまで辿り着けるのか、というのが今の火威の正直な心の内である。

昨日、アルヌスを出てから一日挟み、魔法を使っているとは言えど、この一人の個人を酷使するのは虐待に近いんじゃぁないかと思う。火威は帝都を出てから今に至るまで、拷問にでも耐えてるような気がした。少し気を緩めてしまうと意識を手放しそうだ。

体力の有り過ぎも問題である。火威は昼飯の間にも、何時か考えたことと同じこと考えた。

「火威、停車だ。車を地面に置け!」

近くを飛ぶ96式装輪装甲車から特殊作戦群隊長の二佐、出雲が高機動車に大声を飛ばす。現在は通信機やらインカムの電源が無いので仕方ないのだが、火威は目の前のことに集中して聞こえていない。

「三尉、停車です! 全車着陸させて下さい!」

本来なら有り得ない表現なのだろうが、車を着陸させる意外に言いようもない。

栗林に近くで言われた火威は、隊の車両や40騎の馬車を地面に下ろして(ようや)く神経を緩めることが出来た。だがこのまま、のんべんだらりと休んでることも出来ない。

火威は、残りの気力を振り絞って車外に出て南雲の元に向かった。停車させたからには、何か理由があるのだ。

「あれを見ろ」

南雲が指さす後方、150騎の帝国の兵と40騎の騎馬が南雲ら自衛官との間に、雑多な刀剣類の装備で身を包んだ集団がある。帝国の騎馬の数から目算すると、(およ)そ600人程度であろうか。

それらは射程に入らないどころか150騎の帝国兵の方向へ進軍している。双眼鏡で良く見れば、その中には今は懐かしコボルト似の被り物をした者が何人かいる。

「あれ、まぁ。ゾルザル派じゃないっすか」

内戦後、残党は賊や各地で軍閥化していると聞いていたが、目の前んいるのは賊に墜ちた連中かも知れない。そして、このままでは帝国の正規兵とぶつかってしまう。装備の質は帝国軍の方が良いのだろうが、新品というだけで基本的に変わりはないだろう。

「火威、頼んだぞ」

アナタは行き成り何を仰るのか……という所だが、持ってきた武器弾薬に限りもあるのでこんな場所では使えない。帝国軍に被害を出さず、弾薬も使わず、即座に賊を制圧するには火威が気張るしかないのだ。

「夫婦共に休暇が貰えるよう陸将に頼んでやるよ」

と言ったのは剣崎だが、南雲も同じことを言いたいようだ。

「あぁ、ほんじゃ。ま、頑張りますかねぇ」

そう言って火威は兜跋を装備していく。

 

 

*  *                             *  *

 

 

少し本気を出した火威が、凡そ600人の賊を制圧するのは至極簡単であった。

今では一日に2~3時間の筋トレなり稽古しないと寝れない火威が、エルフの方々に教えてもらった、火威が使える唯一の精神に作用する「眠りの精霊」を使役する精神魔法で、全員寝かし付けたのである。

着弾範囲をミスって自分まで寝てしまった火威ではあるが、そこは直ぐに特戦の隊員に起こされた。

「ちょっぴり寝て二割回復」

なぞとほざく火威の傍ら、新たな問題が発生していた。

帝国兵も南雲も、まさか600人まるごと全員を生け捕りにするとは思っていなかったらしく、捕虜の扱いに困っているのだ。

「仕方ない。俺達は帝国の戦力と共に一度テルタまで被告達を移送する。火威、お前らは先にマリエスまで急げ」

600人の賊は、どうやら捕虜ではなく犯罪者っという扱いらしい。近くまできた山脈の峰には雲が掛かり、暗くなっているのを見て南雲は何らかの予感を感じたようだ。

戦いの中に身を置き、日本にいた時から精神を研ぎ澄まして来た猛者である。火威も山脈を見て南雲の今の言葉を聞けば、納得するしかない。

 

火威と栗林が氷雪山脈に向かう前に、南雲は武装と装甲のある96式装輪装甲車と装備を積載した高機動車(+貨物)の交替を命じた。

この96式装輪装甲車は(かつ)てイラクのサマーワに持ち込まれた改良型で、車体側面に武神沙毘門天の頭文字の「毘」の文字が描かれている。火威の兜跋は兜跋毘沙門天とは何の関わり合いもないが、妙に天部色の濃いものとなってしまった。

高機動車にガソリンを移して南雲にはテルタで犬橇(いぬぞり)を手に入れることを伝え、火威と栗林は雲に包まれつつある氷雪山脈に向かう。

三日ほどしか空けていないが、マリエスにいる使徒ではない者達……即ちミューやハリマやリーリエ、そして山脈に住む人々の無事を祈るのだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

吹雪が吹きすさむ雪道の上、鹿の角を持った獣人と複数の獣が征く。

この世界でディアレグと呼ばれる彼の種族は、ファルマート大陸ではそこまで珍しい種族では無い。悪所やロンデルにもいることは居るが、単に種族的価値観として純血を尊ぶので、広義の意味でのハリョを排斥するために数が少ないだけである。

その一人である彼が山脈の雪の中にいるのは、彼なりの正義感からだ。それは他人から見ればただのエゴでしかないのだが、彼はそれを正義と信じている。

彼の手には一振りの紅い剣が握られていた。見る者が見れば、それが血剣ディーヴァだと気付くだろう。自身の背から分泌される獣の油で程度では、この吹雪に飛ばされてしまうので手で剣を持つことにしたのである。

吹雪の中で安らぎを得ようと、逆の手で鹿に似た生物の顎を撫でる。

「とうとうメロウだけになってしまったか……。くっ、神を恐れぬ不届き者め。 殺してやるッ。殺してやるぞッ!」

パラパンの使徒を騙る者への殺意を露わにした途端、彼の背から光が注したかと思うと、「めぎゃ」っと、何かに雪の中へ押しつぶされて気を失ってしまったのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「あ、危なかった! 危なかった!」

「いえ、なんか当たりましたよ!?」

「え、マジ!?」

突然、目の前に現れた鹿のような生物を避けた96式は真横に回避した。結果、側面を雪の壁に接触してしまう。

この場所で人身事故ということは考え難いが、降りて確認しなければならない。

兜跋を装着していてもこの吹雪は堪える、かと思った火威だが、以前に帝都からマリエスに帰った時は吹雪の上に飛行していた。車外に出てみても大したことは無い。

「って、こんな近くに雪の壁が……」

強い地吹雪や暴風雪でガス状に風雪が立ち込めた、所謂(いわゆる)ホワイトアウトの中に火威達はいた。

これまでに、来る時は高度を高めに取っていて解らなかったが、96式が通るマリエスまでの道の間にある高い壁が、小山のような障害と立ち塞がっているのだである。 

96はこの壁に側面を押し付けたらしい。周りを見ると、先程の鹿に似た生物が寒そうに震えている。精霊の光球を強くしてみれば、それが一体や二体でないことが解る。

怪異でもない普通の生き物が、どうして吹雪が吹き荒れる山脈に来たのか知らないが、わざわざ集めてやる時間も火威には惜しい。

優しい風の精霊を使役して、温風を広めの範囲に滞留させる。そうしてからマリエスへの道を急いだのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

マリエスは喧噪に包まれていた。

ロゼナ・クランツの怪異が街の城壁を取り囲んでいたからだ。

「クソっ、こいつら何処から沸いて来る!」

両刃の剣がミティを両断し

「こいつら、ホントに半分は精霊か!?」

ジゼルの大鎌がその半精霊の首を撥ねた。

400年以上生きる彼女の知識の中でも、物理的に動植物に害を成す精霊というのはいない。お姉様こと、ロゥリィ・マーキュリーほど世界を見続けていたら知っていたかもしれないが、ここまで暴力的で物質的な精霊というのは信じられなかった。

「上だ!」

誰かが叫んだ時、空を飛ぶ生き物が急降下してユエルを掠める。肩の肉を少々抉られ痛みが走るが、すぐに肉が盛り上がって攻撃など受けていないように治ってしまった。亜神の眷属としての加護である。

「げっ。龍のやつらは取り零したかよっ!?」

ジゼルの見るソレは、以前にアルヌスの閉門騒動時に見た飛行型の蟲獣だった。

大周りに空中を迂回すると、再びマリエスに向かって来る。

ソレに、何かが空中でぶつかった。ぶつかった何かは翅を砕き、蟲獣は墜落していく。

「な、なんだぁ!?」

一瞬、新たな脅威を予感したジゼルだが、次に聞こえたのは聞き慣れた男と、そして女の声だ。

「三日空けてるだけでこうも襲撃を受けるとは!」

「救援に来ましたよ!」

火威と栗林だ。アルヌスに一時帰還した時と違って、ジエイタイの“くるま”というヤツに乗っている。それが宙を進んでいるのは、魔導士の火威の業だろう。

「龍の中に敵はいねぇー! 蟲の連中は全部敵だ!」

だから落とせと叫ぶジゼルの声には、マリエスの今の状況が集約されていた。閉門騒動時程ではないが多くの龍が飛び、そして多くの蟲獣を襲っているのだ。

手間取って見えるのは、閉門時と違って蟲獣を抑えるドームが無いから羽蟲型の蟲獣が自由に飛び回れるので、補足するのに時間が掛かる。その間にも蟲は人々への被害を広げているのである。

「っ! こいつらまたぁ!?」

レミントンのハンドグリップを前後に往復させた栗林が、窓の外に自身が撃ち落としたのと同じシルエットを持つ敵が周囲に複数いることを見て、辟易とした声を出す。

「大丈夫。こっちはすぐに掃除するから」

そう言った火威が、ハンドルから手を放して96式のドアを開けて外に出て行く。

「いや、ちょっ。三尉!」

「大丈夫だって! お前も弾忘れンなよ! 武器使用自由! 知ってる人がいるからその人に聞いて敵をば斃せ!」

言う通り、火威が車外に出ても96式は落ちることなくマリエス城壁内に進み、広場に着陸した。「あの三尉(ヒト)どこまで日本人離れするんだか」と思いながらも、言われた通りに弾倉や予備兵装を携行して栗林はマリエスに飛び出す。

すると城壁近くの上空で、龍に指揮しているのか叫んでいるジゼルや、城門で大祭典以来に姿を見るユエルが戦っているのを見つけた。その肩越しに、初めて見る怪異と思われる生物を見つけた。

例えて言うならゾルザルより1mばかり大柄で、顔が尻だ。そうとしか言いようがない造形である。白兵でアレを相手するのは嫌だなぁ……と思いつつも、64式小銃に銃剣をセットした。

 

「フゥーハハー! 逃がさんぞこの蟲ケラども!」

羽蟲の蟲獣を追う火威が、火の精霊を使役して複数頭の蟲獣を炎に舞いた。若干、ポン菓子みたいな匂いがするが、これで食欲が刺激されることはない、と火威は心の底から願う。

全ての羽蟲を焼き払いマリエスに戻ると、そこいは栗林とジゼルとミュー、そしてミューが親代わりとなっているノーマエルフの子供であるリシュという幼い少女が待っていた。

「ミュー、リーリエさんやハリマは?」

そう火威が聞く前に、ミューから発せられた願いは悲痛なものだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

マリエスから6リーグほど山脈側に入ったケネジュは、約100年前のにロミーナ・フレ・シュテルンが築いた砦である。

かつて起きたロゼナ・クランツの動乱で、橋頭保の一つとして建てられたものだ。火威がマリエスに戻る前日、リーリエ・フレ・シュテルンはマリエスの兵やノヴォールの亜人、そして帝都の兵力を引き連れてケネジュの奪還に向かったのである。

この砦からリーリエの弟であるアロン・フレ・シュテルンが救出されたことが、切っ掛けだった。独りで脱出してきた訳では無い。三日前までに火威が周辺の怪異を叩きのめし、排除していったことでマリエスやアルガナ以外を見る余裕が出来たのだ。

そこでノヴォールの亜人が、犬橇を走らせてケネジュの付近まで巡回しに来た時に発見したのである。

リーリエは、そのケネジュを奪還する為に少なくない軍勢を従えて来たのだ。

「全く、早まった真似を!」

ケネジュに急ぐ火威の兜跋は、モーターから賜った風車状に展開する大剣を取り付けた準強化仕様だ。リーリエは、何か焦っていたのかも知れないが、強化された装備を見せて安心してもらいたいという思いもある。

物体浮遊の魔法を兜跋に使う火威には、6リーグという距離は近い。見えてきた来た砦に、炎を吐き続ける白い龍の姿が見える。

この戦場にリーリエや薔薇騎士団の面々、そしてハリマというマリエスの戦斗メイドや、ノヴォールの連中がいるはずだ。

見えて来た龍種は翼竜とも飛龍とも違う。ジゼルが連れて来た味方の中にはいない者だ。したがって敵だろう。火威には、一刻も早く脅威を排除して味方の無事を確かめたいという心理が働いていた。

「マリエスの敵かァ!?」

空中で吠える火威。白龍は砦から顔を動かすと、今度は火威に向けて炎を吐こうと口内に炎を湛えた。確実に、敵である。

展開した大剣が魔導で回転し、神鉄が擦れる轟音と見た目にも凶悪な破壊力を生み出す。死ね! という言葉と共に、4本の大剣を先に集約させて炎を吐き始めた龍を頭部から砕き潰した。

「他ァ!?」

砦の周辺を見ると、生ける屍やらミティ、或は見た事もない二足歩行と思われる生物が群れを成して砦に押しかけ、その正門を破ろうとしている。味方は全員、砦の中にいると考えて良い。

そうと解れば、今見えている敵を全て排除すれば良いのだ。

その後、ケネジュの砦周辺で虐殺が始まったのは、言うまでもないだろう。

 

 

*  *                             *  *

 

 

リーリエが率いた軍勢の被害は、少なくなかった。

全滅こそしなかったものの、マリエス兵の過半以上は戦死し、ノヴォールの亜人の中からも、ナサギという者が半身を龍に食われるという痛手を受けた。

そしてリーリエは、龍の炎を一身に浴びて大火傷を負い、生死の淵を彷徨っている。

「オレを庇って、こんなことに……」

ヴィフィータは言う。味方を指揮していた時、現れた新生龍からの炎を浴びそうになった時にリーリエが彼女を弾いて身代わりになったと。ナサギは龍の口に蓋をするために、自ら龍の口に突っ込んで行ったのだという。

「医術者がいるマリエスにリーリエさんを移送します。車を廻して来るので少し待堪えてて下さい」

リーリエの金糸のような髪は焼け落ち、包帯を体中に巻いている。息も荒く、所々血が浮き出ている姿は見るからに痛々しい。

「大丈夫です。俺は戻ってきました。勝ちますよ」

そう言って安心させようとするが、何せ全身を包帯で巻かれているので表情も解らない。名工が鍛えたような美しい剣のような姿が見られないのは、素直に残念である。

グランハムやヴィフィータ、それに薔薇騎士団員の手伝いで彼女を担架に移して96式装輪装甲車に乗せた時、ジオが「ナサギも連れて行ってやって欲しいな~ん」と抱えるほどの箱を持って来た。ここまで酷い状態のいたいなら、生ける屍になる心配もなかろうと乗車を許可する。

「何故いま、ケネジュの奪還を?」

マリエスに帰還する傍ら、リーリエには眠りの精霊で痛みを忘れてもらって眠ってもらい、ヴィフィータやジオにそんなことを聞いた。

「マリエスにいるアロンって弟がな、ここでロゼナ・クランツの首領がいるって話しをしたそうだ」

「敵の親玉がこんな近場にィ?」

情報が疑わしいと、火威は言葉尻にも主張する。

「いや、有り得ない話しじゃない。君の活躍で暫く彼方は劣勢だったからね」

人間の賽になっているマリエスを攻略するには、怪異を何十頭も使役する必要がある。その場合はゾルザル派の帝国軍の怪異使いと同じように近くにいる必要があるのだ。

そして、呪いをより効果的にするのにも、対象に近付く必要があるとグランハムは言う。

「つまり、今の状態を続けていれば向うから近付いて来るんスね?」

「こちらがそれまで“持てば”の話しだけどね」

それが問題であった。先程、聞いた話しでは火威が新たに見た生物は蟲獣の一種で、その卵を弾丸のように飛ばす能力を持っている。地球にも他の生物の体内に卵を産み付ける蜂や蝿はいるが、弾丸のように飛ばすような凶悪な生物はいない。

ノヴォールの分厚い皮膚で弾かれる程度の威力なのが不幸中の幸いと言える。先程までいたケネジュでも、ノヴォールの連中が盾になることで“この攻撃”による犠牲者は出ていない。

が、他の人間には脅威である。撃ち込まれた卵から孵った幼虫は犠牲者の肉を食い破り、宿主を殺してしまうのだから。

 

 

*  *                             *  *

 

 

夕方から吹雪で閉ざされるであろうケネジュから、ハリマは自前の翼で飛んで来れる。他の者は来る時に使った犬橇が、砦の中に仕舞い込まれていた。

ハリマやミューから聞いた話しだと、アロンというリーリエの弟は捕虜になる前と救出された後とでは人が違ってしまっているらしい。

リーリエがケネジュにいる時に一日経っているからシュテルン家の者で間違いないのだろうが、心穏やかだった以前と比べると明らかに別人なのだと言う。

「きっと心の病気なぁん」

ナサギを地に埋めたジオが、栗林に答える。亜人を見下すばかりか、同族のヒト種に対しても攻撃的な態度を取り、時には武器を持って威嚇する。そう話すジオより離れた広場で、ノヴォールの連中が神を模した雪像を作って願いという名のリーリエの全快祈願をしていた。

「なんかアイツやばいな」

そんなことを呟きながら、シュテルン邸を出てきたのは火威だ。マリエスに戻ってすぐ、リーリエを医術者に診せたのである。

「どうでした?」

「うん、だいぶ危険な状態らしい」

あとアロンとか言う奴がスゲー切れてた。落ち着くまで栗林も屋敷に近付かない方が良い。と、そんなことを栗林に言う。

火威はマリエスを3日空けたことの責任を追及されたという。凶器を持って迫って来るから、眠りの精霊で眠らせて逃げて来たんだとか。

そこまで言って、火威はノヴォールの連中が雪像なぞを作っているのを見た。

「おいちょと! 何やってんだ!!」

白い雪は魔導の良媒体である。そんなことをノスリという種族らしいノヴォールの連中が知る筈は無かった。

神の雪像を手でぺたぺたと成型し終えると、一瞬光った。そして滑るように動き出す雪像。

「な、何なぁん!?

「やぺっ! 冷めたっ!」

雪像は大量の雪を吐き出しながら移動する。正にスノーゴーレムである。

「ばっか! 山脈内は敵魔導士の支配下だろうがって!」

殺傷力は無いが、マリエスには幼い子供や年寄りもいる。武装を解いて兜跋を装着するだけの火威には、選べる手段は限られていた。

爆轟と体当たりで雪像を粉砕する。

「うわチベてっ、服ン中に入った!?」

急いで兜跋と戦闘服を脱いで下着姿になるが、今の氷雪山脈でこの姿は寒い。肘を抱えるようにして荷物を置いてる装輪装甲車を見た時だ。

ズン

という感触だったと思う。痛みを感じる前に、火威は自分の上腹から生える槍を見た。

「なに……」

「3日も空けて姉上を傷付けた罰だ」

火威の背から槍を突き立てていたのは、アロンだった。

栗林も、ジオも、騒いでいたノスリの連中も言葉を失う。それは火威も同じだった。精霊魔法で眠らせた相手のはずなのに、動けるのが解らなかった。

だが、それと同時に言いようの無い怒りが頭を(もた)げ始めた。こっちァ、お前らの為に婚約者連れで苦労してんだよ! とでも言いたかったのかも知れない。

自身の腹の前に突き出る槍を掴み、ボキりとヘシ折る。全ての槍が抜けて血が噴き出たが、気にせず振り向く。

振り向き様に火威は言う。

「こっちゃ野郎が死のうと知ったこっちゃねェんだよッ!!」

言いながら繰り出した鉄拳はアロンの顔面を確実に捕らえ、殴り飛ばす。ふっとんだ白い物は唾か前歯か。意識は完全に一撃で刈り取った。

直後に呻き、膝を崩して火威は地面に斃れる。

「さ、三尉!!」

栗林は駆けだす。そして一昨日の車内でのことを思い、婚約を受けるんじゃなかったと心から悔やんだ。




シリアス、リストラしました。
OWを出してる辺りシリアスから脇道入ってます。
次から本気出します。


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第十八話 種火

な、なんか、めっちゃ誤字報告……というか校正された感じッ?
ということで(ΦωΦ)様。誤字報告有難う御座います。

で、ドーモ、庵パンです。
このところ、新たに自身がお気に入り追加したパワー系魔導士小説の影響で筋肉成分が欲しくなってきました。
まぁ要は筋肉が欲しいです。
火威や栗林も筋肉系キャラですが、ゴリマッチョ系なのが欲しいワケです。
漫画版準拠なので栗林はゴリラみたいな感じですが。



その日、サリメルは住み慣れたロマの森の一角に存在するニンジャオンセン郷と離れのように建てられた研究小屋で寛ぎながら、椅子に腰掛け「恥女でも解るC言語」なる本を読んでいた。

「あの……サリメル様、一体何をお読みに?」

日本語の文字は解らないルフレだが、気にせずにはいられないのは表紙となっている絵のインパクトの強さからだ。

リアル寄りのトップレスに黒ハイソックス恥女が、エロ蹲踞しながら箱のような物に向かっている姿の絵である。

このエロフ、またロクでも無いこと考えてるんじゃねーだろーな、と心配になるのも無理ない。

「アルヌスの門が開いたらニホンで“げいむ”を作ろうと思ってな」

ニホンから輸入された絵草子を読んで思い立ったのだろうが、“げいむ”が何を意味するのか解らないルフレは他人に迷惑が掛かるものなのではないかと気にした。

気にはしたが、サリメルがニホンに行こうものならヒオドシという男が監視なり世話を焼くだろうから、彼に任せることにする。というより、眷属にしたという男に丸投げである。

「しかし売春宿、再び客足が戻ってきて、なによりですね」

思いっきり別の話に話題を変えたのは、単に他に話すことが無いからだ。

なら黙ってりゃ良いじゃないかと言うところだが、この女との間に沈黙の時間を作ることはルフレ、改めテューレには恐ろしいことのように感じられるのだ。

悪意は無いのだろうが、このエロフが唐突にエロい提案をして、それにテューレも巻き込まれ兼ねない気がするのである。

「そうじゃな。カナが教えてくれたコンドーサンのお陰じゃ」

「あの、前々から気になっているのですが、その「カナ」様とは……?」

あれはなぁ……と、一呼吸おいて、サリメルは言う。

「カナミだったか、それともカミナだったか……本当の名前は別にあるんだがな」

あんたが他人の家族内で使うであろう名前の方を気安く呼んでるからですよ、とは言わずにテュ―レはウサ耳を立てる。

「そんな名前の女兵士が四人のダークエルフと肌を合わせていたんだがな、そやつが使かわせていた避妊具をパウルの浮き袋で作ってみたんじゃよ」

パウルとは、特地の海に存在する海藻の一種である。天然ゴムに極めて似ていて、これを使ってサリメルはミリッタの神官用に避妊具を量産していた。

量産して売って儲けないのは、確実に異世界の品が元になっているからであり、これで金を稼ぐことは剽窃行為であるから、一応は賢者のサリメルに心情的にも出来るものでは無い。

それに万が一、エムロイの使徒に知られれば首を取りに来られる可能性がある。だから神殿内(売春宿)で使う以上は作らないのだ。

ともかく、そのお陰で妊娠を心配せず、女性従業員やシュワルツの森から雇ったダークエルフが男女の交わりを楽しむことが出来るようになったのだとサリメルは語る。

「カナ……ロ様とは、どういったお方なのです?」

「あぁ、あれは……歳の頃は妾やミリエルと同じくらいのヒトの女じゃな」

ヒト種が280年や1500年も生きるはずが無いので、外見的な事を言っているのだろう。ならば、それなりに若い年齢とみて良い。ファルマートでは行き遅れだが。

「中々に男好きしそうな身体でな、胸もミリエムほどはあった。今、思えばアレもジエイタイだったのだろうなぁ」

過去を思い、宙を見るサリメル。

そのサリメルが突然、血を吐いて腹部から大量の血を噴き出した。

「ゲッファァア―――!?!?!?」

突然の出来事だが、テューレは動揺しない。少し前にも、サリメルが突然鼻血を出すという似たようなことがあったからだ。

サリメルは椅子から転げ落ちて床に膝を突く。

「な、なんじゃこりゃぁ……」

なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃ……と呻くサリメルを見たら、火威なんかは言うだろう。「Gパン刑事(デカ)すか?」と。

「もしかしたら眷属の方がお怪我したのでは?」

この女が亜神のはずがない。以前は火威や、サリメルの娘であるアリメルと同じように考えていたルフレだが、サリメルが亜神であるという証明をアリメルと共に見ている。

突然、サリメルが血を吹き出したのは、これまでにも何度か有った。

しかし、今日が一番酷く負傷している。

「わ、妾の眷属といえばハンゾウしかおらぬ……」

片っ端から気に入った男(か女)を眷属にしているのかと考えていたテューレだが、意外にも取捨選択するらしい。

「ハンゾウを上回る豪者が敵になっているのか解らんが……」

既にサリメルの傷は治っており、本には血がべっとり着いている。

「そいつに弁償させんとな」

サリメルはアメジストの短刀を宝箱のような行李から取り出し、お色気くノ一のような胸元を露わにした露出度の高いピッタリと肌に着く服に着替えた。

そして、かつてハーディから貰い受けた神秘的な白金に輝く二房の髪の束を持つ。穿門法で火威までの道を開かなければならない。

研究小屋の表でサリメルはハーディから貰った髪を額に念ずる。向かうべき場所は、同じ世界の見えない場所だが、自身の眷属の魂を座標に使って開く、火威に近い場所だ。

やがて、サリメルの眼の前に水溜りを立てたような門が現れた。

「んでは、もう行ってくる」

門の向うに消えたサリメルには、好い加減、自身に掛けた呪いを解きたいという気持ちもあった。ミリッタの神官なので不特定多数の穴兄弟を作るなというのは無理だが、もう今現在は以前のように必要以上に性行為に飢えることも無くなった…と、サリメルは考える。

だが、サリメルはすぐに戻って来た。

「さっ、さんぶぅぅうぃい……」

冬が近い氷雪山脈に、お色気くノ一服は寒過ぎた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「と、いう夢を見たんだが……」

熊耳メイドに話す火威はシュテルン邸の、使用人の寝床で目を覚ました。

「それ、夢じゃなくて本当だから」

視覚外から声を掛けたのは、先程まで苦心惨淡していたサリメルだ。どこで手に入れたんだか、リブが縦に入っているセーター……いわゆる“たてセタ”を着ている。

サリメルの髪の色は、最初に会った時のような碧色ではなく、向日葵の橙を白に近付けた太陽の白金色とも言える温かな金髪だった。

こっちの方が火威好みではあるのだが、それを言うとこのエロフ……間違い無く調子に乗る。婚約者がいる今、本当に困るのだ。

それとは別に火威は思案した。「アレ? 俺、ホントに死んじゃった?」と考えたのは、元カノのジゼルとナニする前の会話が鮮明に蘇ってきたからだ。

サリメルが本当に亜神とは思っていなかった火威だが、ジゼルの他にグランハムとも面識があった。そして彼等は、それなりに印象も持っていた。その他大勢の一般市民でもなければモブでもない。ならば神の1柱という可能性は強い。

まぁ、痴女賢者エロフというだけでもファルマートでは中々無いキャラであるけれど……。

「ハンゾウ、ヌシは死んじゃいないから」

相変わらず他人の思考を読むエロフである。だがエロフが火威の前にいる意味が解らなかった。ロマの森からマリエスまでは600リーグ以上は離れているのだ。

しかし火威の魂がロマの森のエロフの元まで向かったのなら、熊耳メイドがいる意味が解らない。

「あー…それはなハンゾウ、穿も……」

「メタくなるから言わんでっ。結構マジで!」

二度、心の内を先読みするサリメルを火威は止めた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威はサリメルに現在の氷雪山脈の状況、予想される敵の素性、自分達が置かれてる立場を語った。

「まぁハンゾウが普通の人間にやられるワケ無いからのぅ」

「いや、アロンは普通の人間ですけど」

今日は朝から体力と精神力の使い過ぎで、筋トレ数週間分は疲れていたと言える。

だが、殺意丸出しのガキに後ろからとはいえ不覚を取ったのは、火威の中では恥である。

お陰で半日ばかりグッスリと寝てしまった。

「ふむ、ヒトが変わってしまったアロンとか言うヤツ、魔霊ベン・ソジアにやられたな」

火威が数日振りに聞く、意思を持った精神精霊である。

伊丹がテュカとバーレントに旅する際、伊丹の高所恐怖症を抑える為に使役された精霊だ。

「まぁ、そいつはどうでも良いんですが」

火威の中で、アロンは敵魔導士の被害者だというのに「嫌いな奴」に格を上げていた。

「マリエスの代表やってるリーリエ・フレ・シュテルンさんが大変なんですよ」

「シュテルン?」

「えぇ、綺麗な女性なんですが、敵の親玉を捕らえようとして酷い怪我を」

二人はリーリエが運ばれている屋敷内の寝所に向かう。

 

「そういやサリさん、たてセタなんてどうやって手に入れたんです?」

門が閉じられて久しい。ファルマートの住民は冬という存在を知っているから、冬というものが無いのではないのだろうが、日本から特地に輸入された衣料品は基本的に春夏物ばかりであった。サリメルが冬用の服を元々持っていたにしても、特地にリブ生地を仕立てる技術があるとは思えない。

もしサリメル自身がリブ生地を一から拵えて服を一着作ったなら、女子力が高いというレベルではない。

「あぁ、マンガの世界に行って買ってきた」

「……………………はぁ!!!?!?!?」

「まぁ()()つけ」

曰く、マンガで描写されている日本の風景や物を可能な限り正確に思い続け、その情念で門(ゲート)を開いたのだという。

火威が聞いたところ、その世界には未だに“さむらい”や“にんじゃ”がいたということだから、火威が来た日本とは違うようだ。今でこそ公然の秘密となっている忍者という存在らしきものが有ったところを見ると、“にんじゃ”や“さむらい”は芸人か俳優、それに類する存在だったのかも知れない。

このエロフも神出鬼没で油断ならない存在だが。

「俺の故郷とは完全に別世界ですね」

「うぅむ、ハンゾウの世界には銀色の全身タイツを着た連中はおらなんだか」

どういう世界だよそれ……そう思ったが、このエロフに一々突っ込むのも億劫なので、敢えて何も聞かずに進む。

すると、今度はソイツらがいた。

「うわぁ、またオッパイがデカい人なぁ~ん」

「ヒトじゃなくてエルフなぁ~ん」

「猊下よりデカいなんてエロフなぁ~ん」

火威が刺される遠因となった連中がいた。測ってみれば爆乳かも知れない巨乳のサリメルが、身体の線がよく出る衣服を着ているせいか、ノスリの集団がはしゃぎまくっている。

普通の人間なら死の淵にあった火威が歩いているというのに、そのことには疑問も抱かずサリメルの巨乳に全神経を傾けているのだ。自分達の種族基準で他種族を見ているなら、非常に迷惑なことである。

「待て。どけって。リーリエさんを診て貰う医術者の方なんだから」

「僕たちが医術者様を診るのが先なぁ~ん!」

こ い つ ら !!  色々と全然懲りてないノスリ連中に若干、殺意すら沸く。

「ま、待て。ヌシら。事を済ませたら後でゆっくりと……!」

普段は触られるのを好むサリメルも、今回は退き気味だった。

「待てッ! 待てと言うとるに! 全員、妾から離れろーッ!」

サリメルにしては珍しく声を荒木田調に張り上げる。数ヶ月会わない内に「恥じらい」というものを覚えたなら、火威にとって非常に脅威だ。だが 「も、もう爆発しちゃうっ」なぞと婀娜(あだ)っぽい声を出したかと思うと、本当に周囲を巻き添えにして爆発した。

その規模は、ノスリは勿論、離れた場所にいた火威をも吹き飛ばし、壁や天井を焦がすほどであった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「サリさん、爆発する体質なら言っておいてくれないと」

「メンゴメンゴ」

漫画的に言えば、次のコマでは元に戻っていたサリメルだが。たてセタは破けて粉微塵に消えていた。無惨!!!

これだけの爆発で死者がいないのは、ノスリと火威だからである。ノスリの中には中指を吹き飛ばされたリスケという者(一番揉んでたヤツ)がいたが、そのうち生えるという。地面に埋めておけば、一日で生えるとか。

常識外れの連中のことはもう考えないでおいて、医術者だが危険物質であるサリメルをこのままリーリエの元に連れて行く訳には行かない。

服を取りに、一度ロマの森に行って帰ってきたサリメルに聞けば、そこまでリア充ではないサリメルはリア充になるべく自身に掛けた呪いで爆発するようになったんだという。

不老だけでなく不死で、結構な金を稼いでいるサリメルがリア充でないというのが火威には理解できないが、形だけでも愛を得れば呪いが解けて解決できるらしい。

「なんすか、その「本当はゲスいグリム童話」みたなの」

「妾の場合は一晩だけでもハンゾウに抱かれれば呪いが解けるんじゃよ」

「なんでまたそんな呪いをば……」

その質問が、敵陣中に身を曝すようなものだと、すぐに火威は気付く。

「眷主がな、眷属の心を欲しいと思うのは当然であろ?」

「あー……御気持ちは嬉しいんですけどね、無理です。俺、栗林と結婚しますし」

小さな声で「サリさん変態ですし」と付け加えてのが聞こえたか聞こえなかったかは解らない。だがサリメルは「マジで!?」と、火威的には神奈川臭のする日本語で聞いて来た。

ちなみに「マジ」の語源は、少年誌などで「()()」と読ませることもあるが、江戸時代に芸人の楽屋言葉として使われ始めたものである。真面目を略したもので、「真面目」「本気」「真剣」「冗談ではない」という意味で使われる。

特に神奈川県とは関係ない。

「サリさん、ミリッタの神官なんだからそんなことしちゃ商売にならんでしょうが」

「や、ウチの従業員とか、希望者の中から見習いの神官に取り上げてるしダークエルフからも神官になる者がおるから、そこは大丈夫」

ヤオのような褐色巨乳エルフが、エロい仕事をしているところはきっとエロいだろう。エロとしか言ってないが、扇情的なのには間違い無い。

「しかし妾はハンゾウの心を掴むのを優先させたのじゃよ」

「…………一晩、抱かなくてはならないというのは本当に?」

サリメルが嘘を吐いているとは思えないのだが、ロマの森にはルフレたるテュ―レがいる。先の内戦でバカザルに意外に手古摺ったのは、その周りにいた人間が馬鹿では無かったからだと火威は見ている。

その中の一人であるテュ―レが、ロマの森の平穏のため、呪いを解く条件をチョロいサリメルに繰り返し難しく言い聞かせていた可能性を考えたのだ。

「ぅ……うぅむむ、触れるくらい? 接吻くらいで良いかも。いや、せめて揉むくらいは」

呪いを解く方法が、段々サリメルの希望になってきたようだが、さっさと事を進めようと火威はサリメルを物陰に連れて行き、唇が重なるか重ならないかのキスをしてから胸の出っ張りの先を人差し指で突いた。

「どうです。これで呪い解けましたか?」

するとサリメルは青い顔をして、ふるふると震え始めた。

「く、悔しいっ。今ので呪い解けちゃった……!」

サリメルはもっとねっとりしたものを期待していたらしい。実際火威とのキスは、あれがキスというならフレンチキスがディープキスに分類されるようなものだったし、突かれた胸はちょうど胸の突起に変に当たり、痛いくらいだった。

にも関わらず、想い人に唇を奪われ、胸を触られ、それだけで性的興奮を感じてしまったのである。にも関わらず、爆発しないのだから呪いが解けたと考えるしかない。

「あー、そんじゃ行きましょうか。続きは俺が死んだ後にでも、機会があれば」

50倍ほどの歳の差がある二人は、リーリエが身体を横たえる寝所に入っていった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

サリメルは包帯で巻かれたリーリエの口の上に手をかざしたり、脈をとってみたり、軽くお腹に手を当てて触診したりしている。それを部屋の周囲から使用人が不安そうに見つめている。

瞳孔を診てから、サリメルは火威を部屋の外に連れ出してから告げた。

「簡潔に言うが、余り長いことはないな。ヌシが使った回復魔法が気休め程度だと言うが、それは妾にしても同じじゃ。ファルマートの魔法でも医術でもあの娘は助からん」

「そ、そこを何とか……。ロゼナ・クランツがマリエスを越えると、ファルマートが拙いことになるんですよ。サリさんも世界の庭師ならどうにか気張って下さいよ」

火威は、シュテルン家の者がロゼナ・クランツの呪いを防ぐ塞であることをサリメルに伝える。

「ええ~、なんじゃソレ。ワケ解らんわ」

「実際、今、吹雪いてるのにマリエス内には被害は無いでしょ。雪が積もって油断すると雪竜が入ってきますけど、気を付ければ味方の糧になる存在ですし」

マリエスを築いたシュテルン家の始祖、ロミーナがかつての動乱でロゼナ・クランツの呪術師に呪いを掛けたかも知れない、という話をグランハムはしていたが、サリメルの言う通り訳の解らない話しである。

「弟の方を正気に戻せば良いじゃろうが」

「いや、それだけじゃ駄目です。リーリエさんの傷が治ってくれないと」

そう言うと、サリメルは言葉を潜めて言う。

「ヌシ、まさか結婚早々に浮気するつもりか?」

「ちゃいますよ。敵の陣中に攻め入る時、シュテルン家の一人を連れて行かないと野営もできないでしょ。独りしか居ないのを連れて行ったらここが全滅しちゃうでしょ」

「あぁ、そういうことか」

賢者の癖に思考の巡りが悪く見えるのは、サリメルが常に色恋のことを考えているせいであろうかと、火威は考える。

「じゃあハンゾウ、一つ願いを聞いて欲しいことがある」

「……な、なんすか?」

もっと深く胸を揉み続けろとか、ディープなキスをしろとか、或いは一晩抱けとか言われたら、任務の為にも言う通りにするしかないだろう。

しかし、それで果して栗林は許してくれるだろうか? 相手がオークなら自然と無感症になって子種も出なかったのである。

だが今度は見た目だけなら火威の好みの的の真ん中を射抜くサリメルだ。“出して”しまう。ジゼルの話では精霊魔法が使える火威の子種だと亜神も妊娠するらしい。(実際は嘘だが)

女性に「今日は大丈夫な日」と言われて避妊具を使わずに した 結果が火威家の赤貧生活の始まりである。女性に「大丈夫な日」というのは無いのだ。無いのであると火威は信じる。

精霊種のエルフは妊娠し難いと、物の本やアルヌスの人々は言うが、サリメルは精霊種エルフではなくハイエロフという固有種っぽい。しかも子宝を守護するミリッタの神官だ。

日本に戻って籍を入れる前に、特地の神と子供を作って栗林は許してくれるだろうか。

否。坂の上の黄薔薇屋敷に突貫した時のように、火威に殺意を向け実行に移すだろう。

予想を軽々と越えていく彼女のことだ。知った瞬間に()られる可能性もある。

「“しーげんご”って言うヤツ教えて」

「……………………………………………………………………俺が知りたいです」




ノスリ→ノリス→ノリスケ→リスケ。
こんな感じにオリキャラ名は適当に付けてます。
で、今回は3部だと言うのに栗林が出ませんでしたが、次の大部分は栗林の予定です。
栗林で思い出しましたが、飢狼の方も書かないとなぁ……。次の次辺りにはエロい所が出ますので。


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第十九話 追気鬼

ドーモ、庵パンです。
魔導に飽きたら飢狼という感じて、炒飯の食安めにピラフを食ってる感じで進めてますが、場合によってはこれにラーメンが追加されるかも知れません。
まぁ早い話が他の場所でまた別の物を書くということがあり得るのですが、
うっかりミスのパッシヴスキルの他にも色々なバッドステータスが付与されている庵パンでは無い可能性が大いにあります。
そんなワケで魔導の92話です。


時系列は大量の血を吐いたサリメルが火威と会う12時間前、火威がアロンに刺された時に遡る。

「三尉!」

雪の中に倒れた婚約者に、栗林は駆ける。

もし冷静であったら、殴り飛ばされた民間人らしき男に先に走り寄っていたかも知れないが、余り血を流さなかったとは言え明らかに重傷を負った婚約者を優先してしまったのである。

なにせ、付き会う相手とはお突き合いを申し込み、それで初めて自身を上回った男だ。本当のところ、お突き合いでも多少は手を抜いて相手したのだが、それも相手が魔法という特殊技能を封じているからである。

栗林も手を抜いているとは言え、ダーやヒグマが相手であれば斃せるくらいの力は出した。それでも上回ったのだから、火威という男は合格である。

この男は特地に来て甲種害獣の話が隊内に広まって以降、朝早くから何十kgもある土嚢を抱えたり背負ったりして自主トレに励んでいたのを栗林は知っている。

その甲種害獣ことドラゴンは伊丹やテュカが先に討伐してしまったが、それでも火威は訓練を止めることは無かった。

魔法の訓練というのは栗林の理解の範疇を越えるところがあるが、彼は次第に隊の装備より特地で得た装備や特殊技能を使っての作戦行動が、主になってきた。

作戦や自主訓練の度に薄くなっていく彼の頭髪が、実に気になるところではあるのだけれど。

 

驚いたのは閉門の騒動の時だ。

門が存在するドームの中に抑え込んだ蟲獣が、いよいよ抑え切れなくなった時に第四戦闘団のヘリ部隊と共に彼は来た。

決して人が降りてはいけない高さのヘリから飛び降り、黒いG系害蟲獣を踏み潰したかと思うと、これまで見た事も無い火炎旋風の精霊を召喚・使役してドームごと蟲獣の大群を吹き飛ばしたのである。

その際、ジゼルに目配せして誤解なく受け取っていたから、「あ~、この一人と一柱。デキているのね」と、考えてしまったのが、遠回りだったのだろう。

シュワルツの森の端にある温泉施設でサリメルから、「理想を追い求めて生涯独身だった」魔導士の話しを聞き、アルヌス帰還後に逡巡し実行を躊躇っていた黄薔薇屋敷突撃とマイの奪取はロゥリィに止められてしまった。

まぁ最強の亜神を前にしての狼藉であるから、これは仕方ない。だがこれは失敗だった。エルベ藩国で巨大な蛇型龍を掃討し、温泉施設を作るという民事作戦の最中にも、火威はことある(ごと)に栗林への気遣いを見せていた。

大祭典を控えた夜にジゼルから仕事を受けた時、火威との関係を聞いてみると「友人として家にダチ上がらせてもらっただけ」という回答を得る。

恋人では無かったのだ。そうと知らずに富田とボーゼスが住む黄薔薇屋敷に突撃する姿を見せてしまった。

「やめろ! 栗林っ。行くなーッ!」という声は、その後しばらく後悔という記憶の中で何度も反芻(はんすう)することになった。

特地の内戦中の話になるが、彼は黄薔薇屋敷に突撃するような女に苦手意識を持つ傾向にある。実際、栗林自身も女友達にいたら嫌である。

大祭典の最終日に行われた棒倒しで火威がユエルに倒されたのを見て、黒軍が不利になったのを少しばかり喜んだ辺り、自分自身嫌な女だと思う。

直後から真面目に勝負し、蒼軍の攻撃部隊で何人かの意識を刈り取ってきたが、最終的にはロゥリィと相手亜神の一対一の勝負でケリが着いた。

記憶に鮮明なのは、次の日の後夜祭だ。空自や第四戦闘団の佐官の間で発生した仕事を、レクリエーション係り的な役職を任されている火威であったが、ジゼルから「坂の下のニンジャ屋敷で火威から伝えたいことがある」と聞いた栗林は、そこで火威からのお付き合いを申し込まれたのである。

あとの結果は先の通りだ。

栗林 志乃は特地で、特地での戦争と内乱が終わったアルヌスの地で、ようやく念願適う以上に強い男と出会えたのである。

その男が今、屋敷内のメイドの部屋に運ばれて、柔らかいとは言えない床に臥している。

栗林が見たのは、彼の身体を突き抜ける金属製の槍であった。持ち手は木製だったから火威自身が怒りに任せて折ったように見えたが、男が刺した時に血飛沫という形で出血も確認しているし服に血も着いている。

なのに、傷らしい傷もない。傷跡一つ見られない。普通に眠っているだけなんじゃないかと思ってしまう。

見た現実を、栗林は拒否しない。

だが受け入れ難かった。

色々と人間以上になっている火威が、こんな形で命を落とすとは思えなかった。

ふと訪れる静寂な時に、栗林は後悔もする。オタク疑惑有りというだけで、恋人のように甘えたりしなかったこと。

そして時折、拳で答えてしまって来たことをだ。

しかし火威の命は未だ尽きていない。守るべき避難民らしき男から急所を貫かれたとは言え、出血量は少ないし出血そのものも止まっている。諦めるのは未だ早いのだ。

この地は日本ではない。炎を吐くドラゴンが飛び、肉体を持った神々がいる特地である。ならば、瀕死の重傷を負った者をたちどころに回復させるアイテムの存在を期待して良いのではなかろうか。

そう考えた栗林は、矢も盾もたまらずに長命種の年寄りに話を聞きに行った。

その中で、栗林は初めて聞く特地の言葉……というか、固有名詞を聞く。

「【気の身】……ですか?」

今年で三百と数十数歳になるという初めて見る種族……火威がノスリと呼んでいた中で一番の老け顔の男に聞いたソレは「心と身体」「精神と力」「魂と魄」いかようにでも訳せるものだった。

「リシュも探しに行ったし、リシュを追ってミューも探しに行ったな゛ぁ~ん」

ノーマエルフの子供と、その母親代わりをしていた屋敷の竜人系ハリョの女性を思い出す。

「気の実は大きいから皆で分けるとイイな゛ぁ~ん」

気楽に言う老け顔だが、子供や戦闘の心得の無い者が場外に出るのは危険極まりない。

栗林は、すぐに周辺の地図と五本の閃光発音筒を始め、雪上戦で必要な装備を携行してマリエスを出たのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

昼が過ぎて数時間。

C言語のハウツー本はアルヌスの駐屯地施設内で探すか日本帰還後に送るとして、火威はサリメルに遅れること数十分の後にリーリエの寝所に入った。

先日まで使徒か化物の如き苛烈さで、ロゼナ・クランツが使役する怪異や龍種を掃討していた火威が倒れたという話がマリエス中に拡がり、人々の心に絶望が満ちていたいたのだ。

「神様も来てるのに、期待され過ぎはちょっと気拙い」

と思いはすれど、健在ぶりをアピールしなければマリエスの人々の心は絶望に飲み込まれていたかも知れない。

自分の種族基準で考えるノスリの連中はさておき、マリエスや帝国の兵、そして薔薇騎士団やら城内の(規模は小さいながら)有力商人に知らせる必要があったのだ。

そして来たリーリエの寝所。

彼女の火傷はすっかり治って、美しい寝顔を見せていた。これは……

「あかセイ……」

火威のオタク的部分が反応して口走りそうになったが、本当に言ってしまうと恐ろしい事が起こる気がするので黙っておく。

それにリーリエとは知り合って少ししか経っていないが、尊大とは程遠い性格なので大いに違う。特殊な芸術も嗜まない。そういう話は聞いてない。

「ハンゾウ、どうじゃ。治ったじゃろ」

「ホント凄いですサリさん。なんかの魔法っすか?」

「妾にかかればこんなこと」

曰く、ミリッタの魔法なんだとか。

「魔法っていえばエルさんとラーさんでしょ?」

「いや違うのじゃ。まぁ妾でなければ出来ない魔法じゃがな」

サリメルはリーリエに火傷跡一つ残さずに傷を治したという。金糸のような髪は焼けて落ちた部分は直せなかったが、焼けて縮れた部分も金糸のような髪に戻っているという。

機会があれば全身を見せてもらえとか、ふざけたことをほざきもする。

「それに中々胸の大きな娘じゃな」

確かめたらしい。

「何やってんアンタ……」

「シノよりは小さいが、中々あるでな」

相手が眠っているのを良いことに、触って確かめたらしい。日本なら官権が入る。

「っていうか志乃は!?」

エルベの森からエロフが来たことに驚いて、婚約者で現在の部下が近くにいることを忘れていたが、健在を知らせるべくマリエス城内や屋敷内を歩き回っているのに姿を見ない。

「あ~、サリさん。ちょっと俺、志乃を探して来ますね」

「なにっ。シノも来ているのか?」

婚約者同伴で任務とは良い身分じゃなッ! と怒ってるっぽいサリメルの怒りどころが、よく解らない。次に「そのうち揉ませるのじゃ」と、怒りながら半笑いで言うのを聞くと、寧ろ悪化する呪いだったんじゃないかという気がする。

そんなサリメルの殺人的ユルさを越えて、栗林を探す火威には狂暴な自然の驚異とロゼナ・クランツの呪いが待っていた。

ユエルとジゼルは言う。クリバヤシは【気の身】という氷雪山脈に存在するアイテムを捜しに出たリシュを追い、ミューが彼女を連れ戻し出てそれを栗林が探しに出たのだという。

「なんじゃそらァ?」

リーリエや火威が生死の境を彷徨っていたことから、特殊なアイテムを捜しに行ったのだろうが、今の氷雪山脈で夕暮れ近付く時刻に城外に出て良いものではない。危険過ぎる。ミューは一応、戦闘の心得もあるようだが戦斗メイドとは違う。リシュはまだ幼い子供だ。栗林は戦闘経験もあり隊の装備も持っているが、なんと言っても火威の大事な嫁である。

そもそも【気の身】というアイテムからして、訳しようによっては禁忌臭がする代物である。

「3人を探索して来ます!」

火威は言うが、それをサリメルは止めた。そして言う。

「ハンゾウ、これ持ってけ」

言いながら懐から出したのは、以前にロマの森から帰還する直前に渡された仮面である。

「こ、この仮面は」

「メンポじゃよ」

「珍妙な仮面だな」

と、ジゼル。確かに覗き穴もない面なので一般的な仮面とは大きく違う。

「いや、だからメン……」

「この仮面では役に立たないだろう」

言葉を被せて来たのはユエルだ。まぁこの世界でも仮面は仮面いう。メンポと言うのは変な物に感化されたサリメルだけだ。

「この仮面は魔導士にしか使えないものなんですよ」

「メンポって……」

何か言いたげではあるが、サリメルもこの周辺の地形に詳しいらしい。

「ともかく、有難く御借りします」

兜跋と仮面ポを装備した火威は、自らの鎧に魔法を掛けた。

マリエスから出動していく火威を見て、ユエルは思う。

捜索対象になっているミューやリシュはともかく、クリバヤシという女兵士は間違い無く亜神クリバヤシだろう。

この亜神は先程のマリエス防衛で、ユエルが敵を一体葬る間にも剣を付けた魔杖でミティの頭部をアプコの砕けたようなものに変え、剣そのものでも何体ものミティを刺殺していた。

ロゥリィ・マーキュリーに勝負を挑んだことでグランハムはロゥリィに頭が上がらなくなってしまったが、それが無ければ勝負を挑みたい相手である。

そんな猛者がいるのだから、火威がわざわざ探しに行かなくても大丈夫なんじゃぁないかという気がするのだ。

ユエルは踵を返し、眷主がいるシュテルン邸に戻って行く。




リーリエやロゼナ・クランツのネーミングは3部が始まってから適当につけました。
が、何やら赤セイ……とか色々ハマってしまったので、ネタにすることにしました。


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第二十話 サイプレス

ドーモ、庵パンです。
水曜に投稿できるかと思いましたが、今日にずれ込んじゃいました。
ここ最近、またしても話が進まない龍玉Zモードになりつつあります。
ここいらでお休みを頂くかも知れません。


陽が沈んだ氷雪山脈。

その雪原上を一体の雪竜が蠢いていた。

本来なら群れで行動する生物であるが、獲物が発生させた音を感じ取った一体が、群れから離れて行動するということは、それほど珍しいことではない。

それに、同族が一度に大量発生したということが、彼らの食糧事情を極めて悪いものにしていた。

彼らに脳という器官は無いのだが、生命を維持し子孫を殖やしていくために、条件次第では反射的に多少の無理もする。

獲物が出したと思われる音がした位置まで来て、思案するように周辺をグルグルと動き回る。

すると突然、雪の中から()()が雪竜を引きずり込んだ。突然の出来事に離れた他の雪竜は気付きもしない。

その何かは空いてしまった穴を再度、雪で塞ぎ、ときおり内部から叩いて次の犠牲者を待つのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

猛スピードの影が駆け抜け、その後を縫うように氷の刃が突き刺さる。

火威はロゼナ・クランツが放ったと思われる、形の悪いスノーゴーレムとの戦いの中にあった。二次被害にならぬよう、装備を整えて出てマリエスを出たすぐ後のことである。

ノスリが拵えた、神を模した雪像とは違い、距離を空けて様子を見ようとすると巨大な氷の塊を投げたり、先程のように氷柱を飛ばしてくる。体当たりで粉砕しようにも雪の身体の内部には棘を持った鉄の柱が据え付けられていた。

隠れていた雪の丘を破壊された火威は空へ逃げつつも、決して敵の位置は逃さず把握しておく。その敵が、巨大な氷と岩が混じった塊を掴むと火威に投げつけた。

容易く避けるが、宙に放り投げられた塊がマリエスの方向に向かっていく。

「やべ! しまっ……!」

しまったと言い切る前に、岩はマリエス上空で塊が砕けた。小さな砂や雪の粒になって城内に降り注ぐ。スノーゴーレムはロゼナ・クランツの首謀者が自ら作り上げた魔導兵器らしい。

火威は、かつてロミーナが掛けた呪いという物の威力を目にしたのである。

この呪いがあるから、ロゼナ・クランツは怪異や人間の死体で生ける屍を作りだして、使役しなければならなかったのだ。

その役目を担えないであろうが、目の前のスノーゴーレムは山脈で遭遇した敵の中は一番の強敵と言える。

擲弾は既に尽きてしまったし、LAMを持って来るのであったと火威は後悔する。だが後悔したところでどうしようも無い。それに火威は、この程度の障害なら軽く越えられそうな気がしていた。

「火蜥蜴! 君に決めた!」

光の精霊で虚像という名の分身を出して敵を翻弄。呼び出した火の精霊(サラマンダー)は炎の舌をゴーレムに巻き付かせ、じわじわと相手を溶かして行く。

「他愛無いぞォ!! 雑魚がァ!」

特殊剣を展開させて回転させる。突撃と共に炎の精霊を剣にも纏わり付かせ、高熱を持った大剣を叩き込んでスノーゴーレムの芯を砕き壊す。

誰か見てたら崇拝の対象になってしまうかな。志乃を助けに行ったら惚れ直されるかな……なぞと、腑抜けたことを考える火威は、すぐに三人の捜索を再開した。

そしてロゼナ・クランツの呪いで風雪吹き荒れる氷雪山脈を探すこと二時間。遂に火威は洞窟内の栗林達を発見したのである。既にマリエスから随分と離れていた。

三人が一緒にいてくれたのは、幸いだった。リシュやミューは山脈内の別の集落で暮らしていたから、周辺の地形を知らない可能性が大きい。万が一、クレバスに落ちたら怪我で済まない。洞窟の場所が記された地図を持ったいる栗林と一緒にいてくれる方が、断然安心なのだ。

使い勝手は悪いが、サリメルが持って来た仮面の力で壁とか色々透視出来る火威には、洞窟内で一夜をやり過ごそうとする栗林達が()()と見えるのである。

「デカァァァァァァァァいッ!! 説明不要!!」

と、火威は思わずにいられなかった。そしてその後に起きたことも、彼が想像もしなかった出来事であった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

アロンの精神を回復させようと画策するサリメルは、仕事の前にシュテルン邸の内部を歩き回っていた。

ニンジャオンセン郷の二号館を建てる時の参考にしようというのだ。だがそこで彼女は懐かしい顔に出会う。

「お、ジゼル猊下とグランハム輝下にユエルではないか」

グランハムとユエルには最近会ったが、ジゼルと会ったのは竜人神官の彼女が昇神して間もない頃だった。二百年振りくらいだろうか。

「げェ! サリメルっ!?」

「エルベ藩国では世話になったね。君も来たのかい」

勿論、この男の場合の世話とは宿舎や飯のことのみである。

「やー、ちょっと眷属が深手を負ってしまってなぁ」

「彼は君の眷属だったのか」

グランハムは火威が何処かの使徒の眷属であることは判ったのだが、それがまさかミリッタの使徒であるサリメルの眷属とは思わなかったようだ。

「オレぁ解ってたけど」

ジゼルが諦念と言った感じの言葉を口にする。

「ほぉ、猊下は解っていたのか」

「まぁヒオドシとは家が近いからな。よく酒とか呑むし」

「なっ!?」

普通の会話が何時の間にか、ジゼルの強烈な反撃ボディーブローになっていた。

「ま、まさか……同衾とか……」

そんなサリメルの言葉に、ジゼルは意味有り気に薄く笑う。ゲイ術が形になったようなホモさが溢れるとは言え、二人の男性がいる前で性的な話を女神に振る女神に眉をひそめる諸兄もおられようが、グランハムとユエルはこれがサリメルというハイ・エロフの平時の姿だということを知っている。悟っているので特別に思う事はない。

過ぎていくエロワードを右から左へ聞き流すだけだ。

「遠く東方まで赴きファルマートで最も腕のある医術者であろう君だが、リーリエという娘はもう……」

サリメルの意識をマリエスに戻したのはグランハムだった。彼等は亜神であり、何時までもヒトの男の話題を話していていい立場ではない。世界の庭師としての仕事を話さなければならないのだ。

「あぁ、リーリエか。うん、もう治したから大丈夫。妾はロゼナ・クランツの連中との因縁は浅く無いからな。何も聞かずに信じてくれ。絶対に勝()るから」

どうやって治したんだか解らない二柱と一人だが、この女は禁忌にならない方法で色々とルールを逸脱する。今回も自身が亜神であるのを良いことに、道理を無理で抉じ開けたのかも知れない。

「確かに最近まで幽閉されてたのを脱出した事は認めるけどよぉ。それだって人間の御蔭だろ?」

「猊下は知ってて助けてくれんかったか。まぁちょいと三昔前から捕らえられていたが、アレはアレで……。」

ユエルとグランハムが、エルベの森の宿泊施設の亭主だったサリメルが氷雪山脈で30年ばかり幽閉されていたことを知った瞬間だった。獣に腸を食われ続けている亜神がいることを以前に聞いていたが、それがまんざらでも無いように語るサリメルの神経は誰一人理解できなかった。

後にサリメルから聞いた話だと、油ギッシュな獣人連中に助けられたんだとか。

「ロゼナ・クランツの連中は勝機ある今ここで叩き潰す必要があるのじゃよ」

異世界の戦士が協力し、神々が集まって自身も賢者となったうえに神となり、多くの知識を得た今でなければ、ロゼナ・クランツを葬るのは難しいとサリメルは言う。

「その為にも、アロンを正気に戻さんとな」

敵の本拠地を攻める時は協力してくれと頼むサリメルに、ユエルは力強く答える。

その後、サリメルは霊格篭めてた拳で殴られたベン・ソジアを召喚。強めの反動をお願い、もとい力づくで要求してアロンに使い。萎れた草木のようになってしまった彼の精神を高揚させる。

萎れた精神を回復させるのには、快楽という薬が効くのだとサリメルは長年の経験で良く解っている。アロンも貴族なので、それだけの人間になってしまうと困るのだが、快楽を与えた後に彼の仕事を知る臣下に任せれば大丈夫なんじゃぁないかなぁー……という(雑な)計画である。

そのサリメルは次の日の明け方に呻く。

「やっぱ初物は良いのぅ……」

なぞということを。

 

*  *                            *  *

 

 

氷雪山脈の洞窟内で、女が怒っている声が聞こえた。

「二次被害が起こったらどうするんですか! 雪山での注意点を私にしてくれたのは半蔵さんですよ! 何かあったらどうするんですか!」

火威 半蔵。まさか開口一番で怒られるとは夢にも思わない。

「いや、うん。スマン。ミューやリシュが心配だし、実際、志乃も心配だったし……」

だが腹を(さば)かれて内臓を取りだされた複数の雪竜の死体を見ると、心配のし過ぎだったようだ。スノーゴーレムは3人が洞窟に逃げ込んだ後に活動し始めたらしい。

いや、ゴーレムとしては不細工な造りだったから、或は栗林がダメージを与えたのかも知れない。

「今後は善処し志乃さんの能力()を過小評価しないよう注意します。……つかぬ事を伺いますが志乃さん。ここに来る時に動く雪人形に遭遇しました?」 

「なんですソレ?」

考え過ぎだったらしい。確かに栗林が携行する装備だと、あのスノーゴーレムを討伐するのは難しい。その存在すら知らなかったようだ。ならばそれはそれで良い。

気になるのは確実に重傷という傷を負って、いつ死ぬかという床にあった火威が猛吹雪をくぐり抜けて来たというのに、この反応はノスリ並である。

「それはそうと半蔵さん」

「アッハイ」

結婚したら、多分まぁ確実にかかあ天下になるであろう事を予想しながら、栗林に応える。

「本当に無事で良かった……!」

抱擁してくる栗林を抱き留めると、ギリギリと逞しい腕に締め付けられた。背骨と肋骨が悲鳴を上げているのを火威は理解した。デレのように見えて、ほぼアウト。確実に折檻(せっかん)である。

きっと今頃、エロフが正体不明の痛みと息苦しさとに戸惑っているだろう。

しかし負けじと火威も栗林の背に腕を回して抱きしめる。最後の抵抗などではない。豊満な二つの脂肪の塊が火威の腹部に強く押し付けられることを狙ったのだ。

アルヌスの忍者屋敷だったら、このまま事に及びそうだ。同棲の話をするなら今夜中が良いかも知れない。が、近くにミューとリシュがいる。

「あぁ、そういやサリさんが来たよ。あの人、神様だったんだよ」

「サリサン?ヒトじゃなくてエルフじゃないですか?」

「あ、うん。そう。サリメルさん」

その火威の発言を聞いて、強く反応したのはミューだった。

「お婆様が、エルベ藩国からいらしてらっしゃるのですか!?」

予想をしていなかったミューの言葉に、火威も栗林も「世間って狭いな」と思わずにはいられなかった。

猛吹雪が吹き込まない洞窟の中とはいえ相応に寒い。氷雪山脈に来てからは、良く世話になっている穏やかな温風を風の精霊として滞留させ、火威達は一夜を過ごす。

 

同じように温風を滞留させているのは、96式装輪装甲車の人身事故によって雪の柱に埋められた鹿男がいる場所だ。鹿男は目を覚まし、彼に追従してきた鹿を一頭残らず温風の中で見つけ、パラパンの加護と勘違いして感謝していた。

 

次の朝のことである。

火威達には新たな……というか驚きの出会いが待っていた。

「ふぁ~~っ。それじゃ、帰るか」

ちなみに雪肝は生で食べると中毒症状を起こす。それをサリメルから借りた仮面と召喚して使役する火の精霊(サラマンダー)で調理し、食べ放題だった四人は洞窟から出たとき、思いも寄らぬ存在を目にした。

吹雪は収まり、山脈の平原は何処までも銀色に輝いて遠くに城塞や高い山が見える。一見する限りは平和な風景だ。

洞窟を避けて背後を見ると、枝や葉に大量の雪を纏った森がある。そこに見たのは木の蔭からこちらを伺う人影だ。

「む、ジョバンニ?」

サリメルの研究小屋があるロマの森で見た巨躯の亜人が、近くの木陰からこちらを観察するように見ていたのだ。

エティと呼ばれる彼等は、口を持っているのに一言も喋らないことを火威と栗林は知っている。サリメルの元にいたジョバンニは無口ながらも中々ノリの良い男(?)だった。

しかしである……。

「お前ら、なに者だ!?」

無口かと思われた種族が、声を大にして火威達4人に誰何したのである。

火威と栗林が口を開いたのは、答えるためではなかった。

「しゃ……!?」

喋ったアァァァァァ――――――!!!!!?

と、いう率直な感想が、山脈に木魂したのである。




まぁ、要は栗林最強ってことです。
人間の中で魔法を使わなければ確実に栗ボ―最強なのです。
亜神以外で最強なのが栗ボ―なのは、原作通りです。(?)


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第二十一話 賢者のエロフとスカベンジャー

ドーモ、久々の庵パンです。
先ずはgizaia様、誤字報告ありがとう御座います。
最近は誤字が少なめになったと考えていましたが、まだまだ有りますね。

そして最近、栗林より賢者エロフが目立って仕方なくなってきました。
オリキャラなので使いやすいのですが、使いやすいが故に良く使ってしまう……。
これじゃ外伝Ⅰと変わらない感じが……グギギッ……!!
今回はちょっと長めの筈です。


氷雪山脈で初めて会ったエティは、火威と栗林がその存在を知らなかった言葉をきくエティだった。

彼もエティという存在であることを自任しており、しかもロマの森にいるジョバンニとは旧知の知り合いだった。

テクシスと名乗った彼は、マリエスに最も近い森に住んでいる。

否、棲んでいると言った方が正しい。彼らは肉の身を持った人類ではあるが、半分はミティと同じ半人半妖ならぬ半人半精霊なのだと言う。

驚いたことにノスリは彼等の幼体の姿で、テクシスはこの10年内に成体になったノスリらしい。

「全然あいつらと似てないな」

「そういう生き物は少なからず存在する」

(なめ)した木の皮や土壁で出来たエティの家で、論理的に返すテクシスの意見に返す言葉も無い。今ではハゲの火威も、幼い時は姉の友人に可愛いとか言われてたものである。

ノスリは大半が肉の身で出来た生物であるが、300年で雌雄の無い半精霊のエティに生まれ変わり、それから500年で完全な精霊に還るらしい。ジョバンニはノリは良いエティではあったが、半精霊になってから300年は経ち言葉を失い人格を失いつつある壮年だそうだ。

ちなみに、先日、帝都で会ったナモのように女性のノスリもエティになるらしい。

「ミティってどっから来たの?」

「それは解らんが、この7~80年程前に現れたな。最近は特に目にするようになったが」

マリエスへ避難したノスリや他の集落に住んでた者の話でも、襲って来た勢力の中に多数のミティ姿を目にした者は多い。結論として結びつくのは「ロゼナ・クランツの仕業」ということだ。

「もう、アイツら面倒くせェな、ホントに」

「複数の神が来ているなら、これから楽だろ」

「なんで知ってんのさ」

テクシスが言うには、エティやノスリは魂の深層で繋がっているらしい。ジョバンニやジオなど、複数に見えてその根の存在は常に一つなのだという。

「そんじゃちょっと力貸してよ。ノヴォールの集落の連中も頑張ってんだからさ」

「それは出来ないな」

「えー、なんでー」

テクシス曰く、半精霊のエティが戦いで死ぬと禍神(まつがみ)のような存在になるらしい。

昨日のケネジュの戦闘でノスリのナサギが戦死したが、それは大丈夫なのか心配になる。

「我々が手を貸さずとも、じきにお前たちに味方が現れる」

そんな予言らしきことをテクシスは言う。確かに、近い未来に特戦群が来るだろうが、ロゼナ・クランツの物量作戦に対抗するにはそれ以上の戦力が欲しい。

「個々の能力の高さは戦力の絶対的差になる」

宇宙世紀のロリコン佐官に向こう張ったセリフは火威の琴線に触れる……ことはなかった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

禍神(まつがみ)のような存在とは即ち悪霊であり、ヒトを始め人間に対して自死を促したり他者を傷付けようとするような錯乱状態に陥れる精霊……と、火威は聞いた。

また、予測の範囲内だったのがエティが雪の精霊ではなくサイプレスという種類の植物の精霊だったことだ。

ロマの森に住むミリエムは、ジョバンニを雪の精霊と言っていたが違ったようである。まぁ精霊種のエルフより数が少ない上に氷雪山脈でも滅多に見ない種族だから、間違いがあるのは仕方ない。あとで母親のサリメルに(ドヤ顔で)教えてやろうと火威は考える。

「志乃さんー、そろそろ帰るよぉ」

森の中で見つけた有り合わせの材料で筏のような乗り物を拵えた火威は、かつてエルフの賢者の指揮の下でテクシス達エティが掘った温泉で寛ぐ四人の女性陣に声を掛けた。

温泉を掘らせたのは、ほぼ確実にサリメルだろう。彼女は以前にも氷雪山脈にきているようだし、硬水を軟水にする魔法具も存在する。

確実にエロフの仕業だ。

タオルなんて持って来てる訳が無いので、お馴染みの温風の精霊魔法で役得を得ようとした火威だが、当該の精霊を使えるようになってたリシュによって女性陣の身体から水滴は取り払われて、既に服を着ていた。

昨日、避難した洞窟内で生のまま食べると中毒症状を起こす雪肝を焼いて食べれたのも、リシュが炎の精霊を使役したからだ。幼女に見えるリシュもエルフということで火威より年上かと考えたが、実際に5歳だという。

ファルマート最古参の精霊種エルフが15歳くらいまでは他の種族と同じように成長するから、ファルマートの成人年齢は15歳と決まったらしい。出蔵にとっては、まぁ朗報だろう。

ともかく、見た目通りの幼女が今から精霊魔法の使い手とは、将来が末恐ろしくある。

温泉から上がった栗林は、ボディアーマーを昨夜からリシュに貸しているせいで明らさまな爆乳だ。昨夜、サリメルの仮面を使った火威に眼福を提供してくれたのである。

思わず抱きしめたくなる。

「テクシスとどんな話をしたんです?」

(うつつ)を抜かしてた火威を、栗林は先制ライトニングで引き戻す。

栗林やミュー、そしてリシュに温泉があり、浸かれるよう他のエティに紹介してくれたのはテクシスだ。火威も予定外の行動中なので、固いことは言わない。というより、火威も混浴を愉しもうとした。

だがそれは案の定というか、勿論というか実現しなかった。

栗林より先に、テクシスが火威を止めたのである。

ノスリの成体は幼体の性格を裏返したように紳士だった。絶対に変態という名の紳士は、エティの中にはいないだろう。

「エティはノスリが成長した姿だってさ」

栗林は「ノスリ」が何を意味する単語か知らなかったので、マリエスに帰還する筏の上で氷雪山脈の諸事情を聞くことになった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「ではロゼナ・クランツ討伐後はサリメル悦下と行動を共にせよと?」

「やー、ヌシにも成すべき生業というのがあるからな、無理は言わぬ。しかし以前、眷属を放っておいたらエラい目に会ったからな。極力その身を大事にしてくれんと困る」

サリメルが、火傷跡一つ残らずに傷を治したリーリエにそう言うのは、彼女がロゼナ・クランツ討伐後にマリエスの兵の過半を失った責任を取り、自死を選ぶのではないかと考えたからだ。

サリメルが今までに見てきた国々では、真面目な指揮官や国の指導者ほど、そういった傾向が強い。そして若い指導者ほど顕著になる。リーリエはその両方に当てはまっているのだ。

「しかし、アロンがあの状態では……」

「あぁ、弟の方は大丈夫。妾を信じろ。これでも医術もやるからな」

弟を心配していたなら、わざわざ自死対策の予防線を張ることも無かった気もするが、こういうことは心配し過ぎて悪いことは無い。

完全な霊体の正神なら言葉を尽くすまでもなく生物の思考を詠むことが出来るのだが、肉の身がある亜神のサリメルには1500年に渡って解り得た人間が考えそうな思考パターンを訓むことしか出来ない。

「私ばかりか、アロンまで悦下の救いの手を得られるとは……」

すっかりと傷が治り、元に戻ったリーリエは(まぶた)を細めて、世界の神に感謝の思いを心に満たす。

「ちょっと高いよ」

既に、アロンの治療の過程で少なくないモノを貰っているサリメルは、要求されてもない治療を勝手に施しておいて言った。言いやがったのである。

 

 

*  *                               *  *

 

 

マリエスに帰還した火威には、早速サリメルが絡み付いていた。

「ツ、ツスカっすか」

「左様、ハンゾウはツスカを知っておるのか?」

異世界で賢者となった火威は、その呼び名に恥じる事の無いよう、付け焼き刃ながら特地世界のことを更に勉強してきた。

と言っても、大学時代と変わらず興味のある物を中心に、「一部深く他は浅く」勉強してきたのではあるが。

「それ、サリさんがやるんスか?」

「ここでツスカの方法を知っているのは妾だけじゃからな」

「堂々と脱ぎたいだけじゃぁないすか?」

ツスカとは、伊丹やテュカが目的地としているパルミアン・ルルドに伝わる占術の一種である。

水晶玉に掌をかざしてゴニョゴニョと文句を唱えるだけのものなら、火威も何も言わない。

ツスカという占術は、裸に様々な色彩を施して金銀や宝石のアクセサリを衣服代わりに纏って踊り、精霊と交歓し進むべき・取るべき進路を得る方法である。平たく言えばストリップだが、大陸各地を放浪するパルミラの人々は代々この方法で生きてきたのだ。

何故今ツスカなのかと言うと、痴女とかエロフとか口では言いつつも心の底ではド○え○ん並みに頼りにしているサリメルに、ロゼナ・クランツの本陣を知る魔術は無いかと訊ねた火威への答えがツスカだったのだ。

「そろそろ相手のターンエンド。これからずっと俺達のターン」とか思ってかどうかは知らないが、火威は早いところロゼナ・クランツの中枢に殴り込んで事件の首謀者を張り倒したいのである。

しかし反って来た答えは日本人の目で見れば「ストリップ」だった。

この二人、パルミアを揶揄したり馬鹿にするつもりは毛頭ないのだが、二人の頭の中には「ストリップ」のような方法ということが明確に意識されている。術者であるサリメルは此れ幸いと、はしゃぎまくっている。

「解りましたよ。それじゃ男衆はツスカのあいだ、儀式の場所から移ってれば良いですね」

理論的に考え、ツスカ以外で敵の本陣を探すのは不可能と考えた火威が先に折れた。否、不可能ではないが、非常に時間が掛かる。今の火威なら山脈全体を絨毯爆撃できそうではあるが、間違い無く疲れるし効率が悪い。それに山脈から溶け出た雪や氷河で山脈の都市は大打撃を受けるし、ロー川周辺の村や町にも甚大な被害がでてしまう。

「いや、ハンゾウ。ヌシは残って」

「ナゼニ?」

「奏者とか必要じゃろ? 色々他にも人手が要るのじゃよ。それに練習も必要じゃ」

特戦が来たら一発勝負で……とか考えていた火威の心算はあっけなく崩れた。サリメルはツスカ経験者と言っていたから、自分の出る幕は無いかと思っていた火威だが、カトーやレレイに聞いた話しでもツスカは占者一人でやるものではない。精霊種エロフだから精霊とは「通過の仲」すなわち「ツーカーの仲」かと思ったら、違ったようだ。

「ハンゾウが妾をそこまで心強い女と思ってくれるのは、実に嬉しいところ申し訳ないのじゃが……」

なにやら、勘違いさせてしまったらしい。いや、実際に「そんくらい出来るんじゃないかなぁ」ぐらいに思っていたから、勘違いしたのは火威一人であろう。

「はい、コレ」

サリメルは、火威に歌詞カードっぽい羊皮紙を渡した。全編スキャットである。

「サリさん、これやるの俺じゃなきゃ駄目ですか?」

「奏者も精霊の使役が出来た方が良いんじゃァないかと思う。知らんけどな」

どこぞの芸人集団のネタの投げ方ようなことを言うと、サリメルはさっさと「ツスカ」という占術をシュテルン家の使用人達に知らせ、その方法を教えに行くのだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

ロゼナクランツ共和国。

それはかつてファルマート大陸の中心に存在した女王を中心にして成り立っていた国家である。

国民はともかく、王族の全てが持ち得る術の優劣は別として魔導師であり、賢者であった。

国民全体に勉学を奨励し、またそれによって得られる知識が彼の国の産業にもなった。

「文化」という物を他国に輸出していたのである。ロゼナクランツでも生みだされた「芸術」という物を、心の糧道にしていた女性も少なくない。

決して、その国土と比類しない国力と言えた。

 

「……まぁ国の成り立ち方故に、兵の過半が魔導兵だったのは失敗じゃったな」

後はヌシらの知る通り、なぞと言ってロゼナ・クランツという国が有った日のことサリメルは説明し終える。

「なんか……名前からして薔薇的な雰囲気がしてましたけど、やっぱそういう……」

そんな連中の生き残りが起こした動乱に巻き込まれて命を落とすなんて、ミューの夫や息子、それに氷雪山脈に住んでいた多くの魂が報われないと火威は呻く。

「そんな素晴らしい芸術を擁する国を力づくで……」

「腕の良い創造者もいたでしょうに。許せませんね」

シャンディ―とスイッセスの怒りは当時の帝国に向けられていたようだ。

「あぁ、二人とも。アルヌスの門があけば芸術は日本から入って来るからさ、今回はちゃんと……」

サリメルの説明を聞いていた二人の薔薇騎士団員を(たしな)めるのは火威の役割である。ゲイ術の為に剣が鈍ると困る。

栗林救出の為に(必要無かったが)夜の山脈に出てテクシスと邂逅してから、6日の時間が経とうとしていた。サリメルはツスカの練習でも脱ごうとしていたし、ノスリの連中も酔っぱらいのオッサンの如く「脱げ脱げ」とヤジを飛ばすので、エロショタ共は兵舎に監禁してから行なっていた。

と言っても、ツスカは炎や松明を使うので、本番では特別に広場に風除けを作って行い、練習では風が吹き込まない屋敷の中で行っている。勿論、服を着て。

驚いたのは……というか、ちょっぴり嫌な予感はしていたのだが、練習を見守る中で一番サリメルの踊りを熱心に見ているのはリーリエだ。彼女曰く、サリメルもツスカという儀式も「美しい」らしい。

「リーリエさん、以前に我が世界で生まれなかった?」

訊ねずにはいられなかったという。ちなみにリーリエ的には火威、栗林、そしてグランハムの他、ジゼルやユエルも生き様というか強さが美しいらしい。

「良い()だと思ったのに……」

火威は呻く。少し見た感じの彼女の今の容姿や、価値観が伊丹が特殊作戦群で布教した伝奇活劇ビジュアルノベル物の登場人物に似ていて、どうしてもネタにしか思えないのである。

といってもネタ元の女性は髪を後ろで纏めているだけだし、自意識は帝国の貴族としても低く見える。

そしてリーリエの身長は栗林よりもだいぶ高い。火威より10cm低い程度であろうか。ファルマートの女性の中では高い方と言えよう。

決してメタいことは無い。情景を知る上で必要不可欠な情報である。

ちなみに火威の身長は、大祭典が終わった直後に測ってみたら三十路を越えているというのに1cm伸びて178cmになっていた。

無駄に寝るオッサンも良く育つ。

 

その時、屋敷内に激しく鐘を鳴らすような警報が鳴り響いた。

1500年以上を生きる賢者のエルフ……もとい賢者のエロフの知識には誰もが舌を巻くもので、サリメルは火威が破壊したロゼナクランツのスノーゴーレムの残骸を回収させ、体高の高さを活かしたマリエスの自動防御装置と見張りを担うスノーゴーレムを作り上げてしまったのである。

火威や栗林が、サリメルが魔女らしいと思った数少ない瞬間だったといえる。

そのスノーゴーレムが、マリエスに接近する者を見付けると鳴りだす警報であった。

「ハンゾウ。ゴムは西から接近する者を見付けたぞ」

スノーゴーレムを略して「ゴム」である。サリメルにネーミングセンスは無い。

「三尉!」

「西からだと敵の可能性は低くなるが……」

マリエスが既に氷雪山脈の西側に位置する場所にある。それ以上西に行くと直ぐに山脈の終わりとなる。

しかし警戒するに越したことは無い。栗林に西側の城壁上での警戒と臨戦を言い渡すと、火威は兜跋を着込んでマリエスの西方に出た。

雪原場を西に滑空しながら光の精霊を使役すると、火威の目の前の大気が揺れて同じ速度で移動するレンズを作りだす。携行してきた望遠鏡や双眼鏡もあるのだが、最近の火威は専ら光の精霊に頼っていた。なにより、フリーハンドという利点がある。

「あれま?」

遠目鏡で見ると、ゴムとは違う別のスノーゴーレムが、マリエスとは違う方向を攻撃していた。

ゴム以外の奴はスノゴと呼ぶことにして、攻撃している先はスノゴが邪魔で見えないから高度を上げる。すると逆楔形とでも言うべき隊形の4騎の犬橇を見つけた。

今し方の攻撃を回避したので隊形が崩れていたが、その最後尾を走る橇は多くの犬に大きな貨物を引っ張らせている。

すると、その橇の操者が橇綱を片手に筒のような物を掲げる。

それは特地世界で鉄のイチモツと呼ばれているLAM……1100mm 個人携帯対戦車弾だ。

「着いたか特戦ッ!」

身体を捻り、犬橇の隊群を射程内に収めようとするスノゴ用に特殊剣を展開する。サリメルから借りた仮面を被って見ると、案の定スノゴ内部には呪文が刻み込まれた鉄の柱が組みこまれていた。

陽の高い内からご苦労なことだが、このスノゴもロゼナ・クランツが放った戦力らしい。内部の鉄棒だけでも鹵獲すれば、マリエスの守備が増えるのだ。()らない手は無い。

先日の様に火の精霊(サラマンダー)を使役しないのは、何かの事故で特戦に被害が出ることを火威が恐れたからだ。火威が使役する火の精霊が火力発電所のような火力を持っているワケでは無いのだが、これまでにも度々記したように心配性の火威は味方の被害を極力少なく任務を全うさせたいのである。

「火威! 敵の足を止めろ!」

LAMを構える隊員、声色からしてランサーのコードネームを持つ鉾田が火威に指示を出す。

「御意ッ!」

展開させた特殊剣を回転させて、回転する刀身に炎を纏わせる。

「本気でやろうかァ! その方が楽しいしィィィ!」

何処かの企業の主任のようなことを、妙に力みながら言いながらスノゴの脚部を回転剣で砕き、突き抜ける。

「た、体当たりとか辞めろよ……」

鉾田から見れば、それは単純な体当たりに見えたのである。しかしスノゴの脚部を突き抜けた火威が上空に飛び上がるのを見て、鉾田はスノゴに向けてLAMを発射する。

火威の思惑など知る筈もないLAMの弾頭……というか鉾田はスノゴ内部の鉄柱ごと敵を爆発・粉砕してしまったのである。




日本カブレのエロフは火威話す時は日本語です。
従ってスノーゴーレムを短く言うと「ゴム」になるのです。きっと。たぶん。
特戦隊員の名前……これで合ってたっけ?


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第二十二話 鬼の胎動

ドーモ、庵パンです。
栗林のターンなのにエロフがやたら目立ちます。
でもホントに栗ボーのターンです。


現在のマリエスの状況を、順序立てて特選群に説明するのはそこまで難しいことではなかった。

火威自身、何度も頭の中で予行演習をしているし、集結している亜神を紹介するにしてもジゼルはアルヌスに神殿を構えている。

グランハムとユエルは大祭典で面識はあるし、シュテルン邸の者も問題なく紹介できた。また、ノスリの連中も「その他大勢」的な民兵の一部としてサラっと流れ作業で紹介する。

だがサリメルが問題だ。

「この人はですね、内戦終結後にエルベ藩国で任務が有った時に泊まった宿の女将さんで神様です」では意味が良く解らないので、「ハイエロフが出身種族のサリメル悦下です」と紹介せねばならなかった。正しい説明かは不明だが。

「ドーモ、初めましてじゃ~」

なぞと愛想が良いが、続けられた言葉が「中々良い男が揃っておるのぅ」だったのは不安を感じる。呪いを解いてなければ爆発してたかも知れない。

 

「おい、火威」

暫し経ったマリエス東門の城壁上で、特戦群指揮官の二佐、南雲は火威に声を掛ける。

「なんで、あのエロフは日本語が堪能なんだ?」

傍には剣崎や忍野など、他の隊員もいるが彼等の疑問も同じようだ。火威の答えを待っている。

「あぁ、何やら帝都を回ってエルベ藩国に入った日本の漫画を読んだみたいですよ。レレイと同じで研究熱心な人だから憶えるのも早いんです」

実際には火威が少々教えているのだが、それを除いてもレレイもサリメルも驚異的なスピードで日本語を習得した。

「レレイは純粋に天才って気がしますが、サリメルって人は“好きは物の上手なれ”って気がしますね」

現実に、サリメルは日本への再開門を夢見てロマの森でも行動しているし、山脈でも人間好きが高じてマリエスの防衛能力を高めている。平たく言うと、自身の欲望に忠実な亜神であった。

「人っていうか、あれは一応神様なんだろ?」

「あぁ、そうでした。ついつい何時も……」

剣崎の指摘は火威が余り直そうと努力しない部分である。比喩すれば、マッハで火威の懐に潜りこんだサリメルとは、瞬く間に友人関係を結ばされたというところか。そしてその仕方のない性癖の友人に何時も手を焼いている火威、という構図であろう。

「それにしても、今日はまた敵は来ますかね」

特戦群と火威の注意を、エロフから山脈に引き戻したのは栗林だった。本来なら上官同士の会話の腰を折るのは厳禁だが、何時までもエロフの事について喋っていても仕方ない。なので栗林は咎めることは出来ない。

「今日は陽が照っていて暖かいからなぁ……。まぁ用心はせにゃならんだろうが」

答えたのは火威だ。これまでに敵の襲撃が有った日の天気は、決まって曇りで気温も低かった。とは言っても、今現在の気温も0℃以上で10℃は越えていないのではある。

しかも、午前中に特戦が接敵し交戦したスノーゴーレムの造りは不細工だったと火威は思い出す。

「あれには擲弾を4発ばかり当てたからな」

剣崎は言う。その熱で雪が解けたのではないかと。今更ではあるが、ロゼナ・クランツの優位性は気温が関係しているようだ。ならば本格的な冬が来る前に倒さないと、冬が明けるまでマリエスを放棄するしかない。

「っと、これからツスカがあるんで、ちょっと俺は行ってきますね。栗林、襲撃が遭ったら無理ない範囲で頑張れ」

特選群と栗林に周囲の警戒を頼んで、火威は城壁の階段を降りる。

「眼福じゃねぇか火威。頑張れよ」

言うのは同格ながら、先に三尉になった剣崎だ。ツスカに気が進まないと言っていた火威をフランクにからかう。

「剣崎さんにはミザリィさんがいるでしょ。俺には栗林がいるんですよ」

火威と栗林の交際は隊では周知の関係かと思っていた火威だが、富田とボーゼスが新婚旅行と諸々の報告を兼ねて帝都に向かったのに先駆け、特戦は帝都の悪所事務所に詰めている。

マジで? と特戦の視線を集めたのは、残された栗林だった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

広場に設置された風除け用の大型天幕に入ると、サリメルは直ぐに見付かった。

「おぉ、ハンゾウ」

彼女は火威を見付けると、直ぐに駆け寄って来た。

この天幕、ツスカを開くことを火威とサリメルが決めてから、マリエスに住むメイドや女達、或は体力の余る者が大急ぎで拵えた物である。

それと解っているから、サリメルもわざと失敗して何度も脱ぐ、などというバカな真似は出来ない。

また、それと解ってもバカな真似をしそうなノスリ共は、今日も兵舎に監禁して鍵を掛けておいた。

ツスカの最中は踊り子さんへのお触りは厳禁である。

「思うんじゃがな、ヌシが残骸を回収して妾が作ったゴム、いるじゃろ?」

スノーゴーレムがどうしたというのか、火威は「うんうん、そんで?」と頷いて話の続きを促すが、(にわ)かに天幕の外が騒がしくなった。

外に出て見ると大型の龍……いや、姿形としては翼竜に似ている龍種が7頭、ジゼルが連れて来た龍との交戦状態にある。

「なんじゃコリャ? ちょいデカいなァ」

最近は少なくなっていたので油断していたが、ロゼナ・クランツが使役していると思われる龍の襲撃だった。兜跋を装備し直した火威は、ジゼルの龍が迎い出ていながらも最もマリエスに近い龍から排除しに向かった。

 

見た目よりも意外に長い脚で竜の頚を絞めるように体勢を維持し、首の鱗を剥いでいくのは栗林だ。

未だ指揮権を移譲しない状況で、将来の旦那になるであろう上官から命じられたのは、マリエスの防衛と接敵した際には味方に被害が出ないように敵の殲滅だった。栗林はそう判断している。

堪らないのは、生きながら鱗を剥がれている竜である。古代龍のように腕があれば首の後ろの栗林を取り除けるのだろうが、残念ながら彼らには腕が無い。

特地に来た当初、アルヌスに住む事になったコダ村避難民の子供から人気のあった栗林は、コダ村の子供が翼竜の鱗の剥ぎ取り方を自慢げに話すのを聴いている。その方法にパワーという要素を加えて力任せに肉ごと剥ぎ取っていたのだ。

「ギャァァァ!!」

竜の咆哮は威嚇か、はたまた悲鳴か。それは竜かジゼルに訳してもらわないと解らないが、栗林は血の噴き出る肉を露わにした部分に散弾銃レミントンの銃口を突っ込む。

そして発砲。一撃で足りないとみるとポンプアクションで再び発砲。

オートポンプの如き連続発射で二丁目のレミントンの弾が尽きる頃には、竜の首は薄肉一枚で繋がって、プランと空中に垂れていた。

()った」

ドスを背負った男のようなセリフを吐く栗林は、妙な達成感を感じつつも地面に激突する前に翼竜めいた怪異を放棄。雪上なら落下時の衝撃も少ないと判断して空中に身を投げ出すと、そこで火威に掬われた。

「志乃さん、どんな高みまで行ってしまうの……」

火威は確信した。

お突き合いの時は絶対に本気じゃなかったな……と。

 

 

 

*  *                             *  *

 

 

今回、火威の活躍はほぼ無かった。

接敵間もなく特戦群がLAM5本の釣る瓶打ちで3頭纏めて駆除。その後、急降下してきた竜を栗林が()()()()()に持ち込み、少しだけ本気を出したことで駆除し、その間にも剣崎と南雲が単調に接近してきた竜に確実にLAMを命中させて駆除。他の龍種と比べても頭脳は発達していないようだ。

残りの一頭は火威が叩き落とすと、ナサギを埋葬した場所から這い出てきた怪異の如きムキムキマッチョマンにバラバラにされてしまった。

このマッチョ、見るからにエティより筋肉量が多いがエティでナサギであった。ノスリが戦死すると、戦いに適した姿のエティに生まれ変わるらしい。ノスリやエティは、この現象を「エムロイの祝福」と呼んでいる。

「……今のナサギ、街で会ったら道空けちゃうよ」

「エティに街で会うことは皆無だ」

性格も取っ付きにくくなっていた。

「手早いな。流石はハンゾウの言う“せいえい”部隊じゃな」

のっそりとサリメルが天幕から出てくる。そのサリメルがナサギに気付いた。

「はて? こんなんマリエスにいたっけ?」

「サリさん、ナサギです」

「誰それ?」

そもそもサリメルはナサギが一時退場した後に来たのである。ノスリ時代のナサギも知る訳がない。

「しかしエティが加勢してくれるのは心強いな。一体だけでも百人以上の兵の力はある」

サリメルは筋肉モリモリの怪異の如き生物をエティと信じられたようだ。相変わらず適応力が高い。

はへぇ……と、驚くのは栗林だ。ここで早々に他の男に(雌雄は無いが)心を動かされると火威は困る。

「あぁ、サリさん。エティは雌雄が無くて植物との半精霊なんですよ」

火威はテクシスから仕入れた知識をサリメルに、そして栗林にも聞こえるように語った。

栗林が求めるのがイノセントラブだったら火威には拙いことだが。

「な、なんだってェー!それは本当かヒバヤシ!?」

多分にネタ塗れで、サリメルは問い質す。火威は思った、こりゃぁ真面目に聞いてねぇな……と。

 

直後、実際にサリメルは驚いたのだが、それは「エティに雌雄が無い」ということであり「植物の精霊」ということでは無かった。

そして今の龍種が魔導生物という物だとサリメルは話す。

「な、何でもアリっすね。薔薇冠の連中は」

「今のを見て判ったが、ニャミニアも連中の仕業と決まったな」

「容疑者には入ってたンすね」

サリメルには昇神する前に、ロゼナ・クランツとの交戦経験があった。

以前にも、今回と同様の事件から発展した動乱があったのはグランハムから聴いている火威だが、その時は未だギリギリで精霊種エルフだったサリメルが関わっていたのは初耳だった。

「あの時、初めて聖下の御耳目に会ってなぁ」

その時、ロゥリィに指針を示されたからロマリアに逢えたし、エルベ藩国に住むようになったのだという。

「しかし魔導生物というのは只事では無いな」

話を戻したのは南雲だ。聞けば、特戦群と40騎の帝国兵を連れてマリエスに戻る途中に遭遇した。あれは、やはりゾルザル派帝国軍の残党が軍閥化したものだった。

「連中の中の首領が言うには、氷雪山脈から逃げて来たんだとさ」

南雲は続ける。残党の首領が言うには、この動乱を引き起こした首魁の魔導士は人間の姿をしているが人間ではないと。その首魁が作りだした魔導生物が逃亡する騒ぎに巻き込まれ、大勢の仲間が死亡したと。

「はぁ……ロゼナ・クランツの首魁は人間の姿じゃけど人間じゃないし人間を人間と思わないのじゃな」

「大人しく百姓にでもなっておきゃ良かったのに」

フゥー、やれやれだぜェ……と、精神の疲れを感じた火威は、身体だけでも解そうと肩を回す。

「二佐、逮捕者が言っていた“首魁は人間ではない”とは、どういう事なんです?」

火威は氷雪山脈で襲撃してくる敵を多く見ていたから、精神衛生上の安全を考えて聞かなかったことを栗林は聞く。

「それはな、軍閥化して敵魔導士に下った連中の中から時折選ぶんだよ」

勿体付けた言い方をしながら、南雲は言う。

「生きながらに生ける屍にして、忠実な手駒にする人間をな」

 

 

*  *                             *  *

 

 

「ハンゾウ! 先程は話し忘れたが、先の戦いでは凄かったではないか!」

広場に展開されている大天幕に戻った火威に、早速サリメルが話しかける。

「サリさん。さっきの戦闘では全然俺の出番無かったっすよ」

「あぁ、それは見てたから知ってる」

へ? と意表を突かれたかのような顔の火威にサリメルは続ける。

「“とくせんぐん”とシノ。瞬く間に翼竜が基礎の魔導生物を倒しよったじゃないか。彼奴らにもツスカを見てもらおう!」

火威は暫し言葉を失った。この恥女、やっぱり特戦にエロ目を使いやがった……と、思ったのだ。

「サリさん、特戦を呼ぶ意味が解らない。ホントはサリさんの恥女な部分が働いて“観られたい”って思ったンじゃないスか?」

女性を詰問するということは、今までの人生の中では片手の指で数える程しかしたことの無い火威だが、眷主であるサリメルにはそれだけの疑いを持ってしまっている。

今までが今まで過ぎる。

「違ーうよ。ほらナサギとか言う、やたら強いエティがいるじゃろ。エティが半精霊なのは知っおるよな」

「えぇ、そりゃあ。まぁ」

今朝早くにテクシスからも、同じ内容の話を聞いている。

「ツスカは精霊の声を聴く占術じゃ。ナサギという強き精霊がいるなら、奴の周囲に精霊を呼んでも良いが、呼び水にするなら精霊や精霊使いでなくてもナサギと同じように剛者でも良いんじゃよ」

精霊使いではあるが、精霊に頼った占術に詳しくない火威には判断出来ないことだった。

「え~、それホントですかぁ?」

と、怪訝な声で疑問をぶつけることしか出来ない。

「いや、その方法で試した事が無いから解らん。だが不都合な事が起こることは無いじゃろ」

可能性を肯定することも否定する材料も火威は持たない。ならばサリメルの推論通りにするしか無いのである。

「すいません、二佐。特戦の皆さん。それに栗林。後でエロフから説明があると思うけど、ちょっと大天幕に集まってください」

説明はサリメルに丸投げである。火威の口から言うと下手な誤解を生みそうだから……という措置だが、サリメルの口からの説明でもそれは変わらない。幸い、自衛官達は何も誤解をすることは無かったが。

火威はナサギも呼びに行く。特戦を集めるのだから、ナサギがいないと意味が無いのだ。

ナサギはノスリを監禁した兵舎の付近にいた。

「あー、ナサギ。ツスカって占術をやるからナサギも大天幕に来てちょうだい」

「それは解ったが、このままだと拙いぞ」

「どゆこと?」

兵舎の門には閂が通されていたが、この程度ではノスリの突破を容易に許してしまうので鎖を何重にも巻き付けて鉄壁の衛りを持たせていた。鉄の鎖を作る程度の鍛鉄能力は、この特地にもあるのだ。

その筈であったが、その鎖が伸びて今にも引き千切られそうになっている。

ノスリが兵舎の内部から、何度も扉を抉じ開けようと体当たりでもしているようだ。

「アイツらホントに、ホントなンなのッ?」

火威をして、言うべき言葉が見つからない。

「獣欲に関する感だけは鋭いようだ。このままにしておくと、占術の最中に乱入してしまうぞ」

ハイ・エロフが氷雪山脈に来たことで、ノスリのエロい感が冴えわたっているらしい。

兵舎に監禁しているとは言うが、常に監禁しているわけでは無い。

ノスリはその頑丈な肉体と共に、他の種族にはない膂力を持つマリエスの重要な戦力だ。

それに、今のマリエスでは肝心な糧である雪肝を得る時の取手でもある。

ツスカを練習するサリメルに纏わり付くと練習にはならないので、練習時にのみ監禁してた。だが火威が執った方策は短絡的でマズかったようだ。

最初に監禁する時は、不承不承という感じではありながらも特に疑うことも無く兵舎に閉じ込められた。しかし先程は「エロフのマッパを独り占めとはトンだエロハゲなぁん!」なぞと文句を言っていたから、ノスリのスケベレーダーは侮れない。実際には、この時はまだサリメルは一度も脱いだことがなかったのだが。

「よし、じゃあナサギ。協力してくれ!」

こうして、ツスカの時にノスリ連中を解放して大天幕内に入れる代わり、ナサギや特戦、そして栗林がノスリの見張りと強行時の阻止をすることになったのである。




原作から栗林強化していると以前にも書いた気がしますが、
取り敢えず今の段階でティラノサウルスを素手で殴り殺せる程度に強化してます。
ただ、原作でも足場が栗林向きでしたら、ダーを指一本で破裂させていたかも知れません(
なので栗林強化率はまだ0%ということで……。
次回はツスカ後から始めるので、エロいことはないです。多分。


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第二十三話 穿門法

残念な描写、という警告タグが欲しい今日この頃。
ドーモ、庵パンです。なにやら期間が空いてしまった気がしますが、再投稿です。
残念な描写は、まぁ庵パンの書く物は大抵どこかで残念なので、そのつもりで読んで頂けると幸いです。


ツスカの時、サリメルの方はコレっぱかしも見る気は無かったのだが、精霊が見える火威には暫し感動的……というか心揺り動かされる光景が繰り広げられたのである。

風の精霊や光の精霊、或は見た事も無い精霊が天幕の中に舞い降りてサリメルと交歓していたのだ。

あの神秘的な光景の中、ベリーダンスのような踊りを踊るサリメルを火威は美しいと思ってしまった。色気というより、美麗さを感じたものである。

エティ程では無いにせよ、一部が精霊のノスリにも精霊は見えたようで全員が黙って見ていたので、特戦や栗林が手を煩わせることは無かった。

そして、火威は気付いたのだが、サリメルのツスカをリーリエが熱心に見ていたのである。

精霊種エルフやセイレーンのような特定の種族以外で、火威のように精霊が見え、使役できる人間は限られている。

リーリエがその名前の通りの薔薇に対を成す趣味があるとすれば、いよいよ残念な美人である。

さておき、ツスカの結果は

「古き都より北西。竜の足で一跨ぎして凍る貉の巣あり。なれど七つの柱と強固な柱有り」

との事だった。

「暗号にしてもハッキリしてますね」

「地理的なこととは限らない。もう少し視点を広くして見よう」

アルガナ以外でも征圧された都市は複数あるのだろうが、「古き都」が古い都市をそのまま意味するのかも不明だ。

当然ながら、そのままの意味の可能性もあるのでマリエス内の長命種や、多くの年寄りにも聞いてみる前に、疑問は簡単に解決した。

ツスカは占術というが、その有様を見るに完全な精霊魔法だ。

火威が今までに賢者から聞いたり、本などの資料から仕入れた知識では大きく体力を消耗するという。

しかし使徒のサリメルはその限りに無い。ツスカを終えたその足でノスリのエロショタ共と離れた家屋に行ってしまってたのである。

そのサリメルが大天幕に戻ってきたのだ。サリメルは言う。

「“古き都”はそのままの意味で良いと思うぞ。昔は“サガルマタ”というのが山脈では主だった都市じゃった」

サリメルはジオとリスケと手を繋いだ状態で、火威達にアドバイスした。サービス業の真っ最中なので、その点には触れずに助言だけを有り難く頂戴する。

サリメルはミリッタの使徒だが、神官だから娼婦という役割や仕事内容は火威も知っているし、特段意見も無い。

客には愛想良くした方が良いだろう。ただ一つ、客の懐が心配ではある。

「サリさん、仕事したならちゃんと料金貰わないとダメですよ」

「あぁ、大丈夫だそうじゃ。こやつらの懐に心配は無いそうじゃからな」

経済の「ケ」の字も知らなそうなノスリが、意外な話である。

材木や雪肝でも売って金を稼いでいるのか、或はテクシスが棲む森のように温泉が湧き出ているのを観光収入にしているのか……。

そう考える火威の前にジオの片手が差し出された。

「お金貸してくれなぁ~ん」

何を言うかと思えば、借金の申し込みである。

「返す当てがあるのかよ」

「リーリエさんから給金もらったら返せるなぁ~ん」

経済活動が止まってると言ってよい氷雪山脈で、民兵への給料が払えるのか疑問である。

「そういう空手形は通じんぞ」

火威としては当然の反応である。集落に帰っても経済活動をする保証の無い種族に、渡せるような余計な金は持っていないのである。

しかし……。

「にょほほぅ、エロフさんのマッパ踊りを一番間近でガン見できても、僕達にお金は貸せないなぁ~んね?」

「なッ!?」

火威はノスリの知能を完全に侮っていた。まさかこれ程まで、陰に満ちた手段を執って来ようとは、夢にも思わなかったのである。

「ちょっ…ちょと待て!俺が見てたのは精霊だよ!お前らにだって見えただろうが!」

「何のことやら~ん」

こ い つ ら !! 今すぐ戦闘型のエティに変えて即戦力にしてやろうかァァ!!! なぞと考えた火威の肩を、強く叩く人物がいる。

「そうだぞ火威。お前は栗林と交際している癖に“ああいうの”が良いのか」

思いっきり剣崎に諭された。

更には

「ようやく“オツキアイ」で勝ったってのに浮気すんのかよ!?」

ジゼルにまで勘違いされた。どうやら神様でも精霊が見える神と見えない神がいるらしい。

 

 

*  *                            *  *

 

 

天幕内にいたグランハムが執り成したことで、火威への誤解の嵐は止んだが、その時にはジオに金を貸した後であった。

それでも助かるのである。

栗林が沈黙したまま獲物を見る肉食獣の眼で火威を見ていたのだから。

「“七本の柱”ってのは何ですかねぇ」と火威。

「馬鹿デカい建造物でもあるのかも知れんぞ」と推察したのは鉾田だ。

「あぁ、あれはな、敵のスノゴや要塞。或は古代龍程度の魔導生物のことじゃよ」

横から口を出したのはサリメルだ。翼竜ベースの魔導生物が襲撃してくる前に、火威に相談しようとしたことも、敵の拠点や戦略兵器の有無を調べるかということを聞く為だった。

相談無しに調べたのは、二度手間を嫌う火威の性格を考えたからだということは、サリメル以外で知る者はいない。

「ありがとう御座います、サリメルさん。やっぱ精霊種だけあって精霊とはツーカーなんですね」

「妾に掛かればこの程度」

火威がサリメルの名を略さずに呼ぶのは何時以来だろうか。それでいてサリメルも調子に乗ったようなことをしないし、言う事もない。

先程、ジオに貸した金が考えていたより安く済んだのも、サリメルがノスリの懐事情を(おもんばか)ったからである。(一銭も持って無い上に全員が一度に楽しむとは思わなかったそうだが)

未だに言動が変態めいたところが時折あるが、エルベ藩国の時のような全面的な変態ではない……ような気がしている火威である。

まぁ遅延性の毒のように毒されきた可能性も否定出来ないが……。

しかし、ある意味で火威には好ましい事では無い。

グランハムの執り成しがあったとは言え『真っ裸のサリメル凝視騒動』があった直後である。当然栗林の印象は良くないし、サリメルへの警戒心が薄れる火威が目指す『栗林との同棲』に良い影響が出るはずがないのである。

 

その後、サリメルに聞いたところ、火威が初めてみた精霊は「プロトン」と呼ばれる筋肉の精霊だった。サリメルは簡単に「ケツアゴ」と呼んでいるようだが、多分成分は一酸化窒素とか、そういうのだと火威は推測する。

「ナサギは勿論じゃが、プロトンはシノも好いておるな」

ケツアゴではなく正式名称なのは、栗林に「ケツアゴ」という精霊が懸想したようなことを言うのを忌避したのだろうか。その気遣いが火威には何となく悲しい。情けなさを感じる。もっと筋肉を付けなければ。

そんな筋肉バカフラグが立ちつつある火威が、特戦やマリエスを預かるリーリエ、そして神々との相談で最初に打ち出された任務を言い渡された。

「ゴムの鉄柱ってバラバラになってても良いんですか?」

「なにを言う。ヌシが最初に持って来た鉄柱こそ粉微塵になりつつあったぞ」

朝の内に特戦群がマリエスに来る途中、排除したスノーゴーレムの残骸の回収が火威に言い渡された任務だった。破壊しても、魔導兵器に使える材料は加工せずに再利用可能らしい。

火威はすぐに兜跋を装備してマリエスを出た。もう八つ時(15時ごろ)を過ぎている。冬が近い氷雪山脈では、陽が陰って来ているのだ。早く行って帰って来なければ、また戦闘に巻き込まれる。

魔法を使えば消費する弾薬も無いのだが、はっきり言って面倒くさい。ここ数日の間の敵は特に面倒になった。

とか考えていたら、火威の目の前にスノゴが立ちはだかった。

「えぇい、メンドくせぇ! さっさと溶けろや!」

火の精霊(サラマンダー)を最大火力で召喚すると、スノゴは周囲の雪を巻き込んで、あっさりと水に還った。

何という手応えの無さ。もはや素材キャリア―……と、しか思えないような敵である。

 

横スクロールシューティングゲームの敵のような、今し方斃したスノゴの鉄柱を回収しようとすると体内には何も入っていなかった。

周辺の雪を溶かしてみても、落ちてる物は見当たらなかったのである。

スノーゴーレムの強さは素材の鉄柱にしか見えない魔法具に依るらしい。火威は魔導士としての経験を一つ重ねることが出来た。

マリエスに戻ると、その日の内にゴムの二号機は完成したが、火威を驚かせたのは小型のゴムが六体出来ていたことだ。

「サリさん、素材無しだとこいつら目茶苦茶弱いですよ」

サリメルほどもも生きて来て導師号を得た魔導士が知らないとは考えられないのではあるが、火威は念には念を入れて注進する。

だが「地を這う者相手には十分な筈なんじゃがなぁ」と返す使徒の賢者である。

生ける屍や通常の怪異程度なら、一体で十分に押さえることが出来るという。

火威が相手した先のスノゴは、何かする前に火威が倒してしまったので導士号を持つ賢者の意見は火威の意見より重く見られる。

恥女とは言っても1500年以上生きる賢者だし、一応神様だ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

血縁上では他人であったが、龍人と人の間に産まれたハリョであるミューの子はサリメルにとってみれば玄孫であった。

両親を失ったミューを養子にしたのが、現在はロマの森に住むミリエムとジョバンニである。そうなると、ミューの子供はサリメルにとっても身内になるのだ。

ファルマートの亜神としては珍しいが、人間の中に多くの身内がいる神がサリメルである。

そしてサリメルは、唯一の玄孫のフィーがこの動乱の最中に命を落とした事を、栗林や火威と共に帰って来たミューから直接聞いたのである。

サリメルは今までに、人間好きが幸いして百人以上の子供を養子として育て、一人でも生活出来るようになるまで世話してきたが、サリメル自身が腹を痛めて産んできた子供は十人にも満たない。

その内の一人であり、最初で最後の同種族の男の間に出来た子供がミリエルだ。そしてそのミリエルの子供は、サリメルから見れば直系のに当たる。

サリメルは、ツスカや複数のスノーゴーレムの製作を終え、人間ならば疲れで一歩も動けないような作業量を経ているのに、神が故に手を休める必要がなかった。

神が直系の人間の子供の仇を討つということは、ファルマート始まって以来無いことだしサリメル自身そんな気概を意識したことも無い。動乱を起こした首謀者への殺意も無かった。

ミューの一子、フィーの魂はすでに冥府に赴き、一度はハーディの元に行ってはいるが世界に還りつつある。その魂を持った人間には、再び出会える可能性もあるのだ。

だが数々の禁忌を破り、自らの身内を含む多くの人間を死に追いやった不逞な輩を討つことへの士気は、この上なく高まっている。

 

「クリバヤシ」

神でありながら、巨大な鍋で煮込み鍋を茹でるジゼルの横で料理の手を見ているグランハムが栗林に声を掛けた。

本来なら屋敷の料理人なり使用人が作るべき夕食であるが、ツスカで駆り出されたメイドの他にも、使用人の多くは城壁の上から雪竜釣りをしなければならない程に食料が逼迫(ひっぱく)している。

「サリメルは知らないかい?」

「さっき、火威三尉と西側の城壁にいましたよ。三尉が作った武器の使い方の説明を聞いてますよ」

「ふむ、それでは仕方ないね」

グランハムとしては同じ物ばかりを食べると栄養が偏るので、本業並の料理の腕前を持つサリメルの意見を仰ぎたいところだ。

この場に居る三柱の神はともかく、マリエスにいる戦闘員の殆どが人間ないし半人間である。

一部、ジゼルが連れてきた竜や龍は肉食という現在のマリエスでも不自由しない食性の者は居るが、それより遥かに人数が多いのが人間だ。

いざという時、栄養の偏った糧食で栄養失調を起こすと目も当てられない。

地味ではあるが、重大な問題であった。

「急ぎの御用でしたら呼んで来ますよ」

先のツスカで火威がサリメルを凝視してたことは、栗林にとっては裏切りそのものだった。

ジオとか言う亜人が金を借りるついでに追及があった直後は、鉄拳離別を突き付けてやろうかと思ったほどだ。

否、グランハムの説明が無ければ精霊が見えない栗林は、任務の後にでも火威をブン殴って別れていただろう。

「あぁ、それじゃ獣肉以外で摂れる栄養素の摂る方法を聞いて来てくれないか?」

精霊が見える彼氏というのは、考えようによっては物凄くファンシーだしレアどころでは無い人材である。恐らく、日本に帰還したら隊内どころか世界を捜しても見つけられない人材だろう。

ハゲで目の上に傷があり、ヤクザも怯む顔面を持つ火威には全く似合わない特殊技能だが。

そんなレアで近い将来に旦那となる男だ。ただでさえレアなエルフの中で、レアなエロフには余り会わせて良いものではない。

高校時代は男女から人気があり、偶発的にキモオタすら引きよせてしまった栗林だから、自ら男に好かれようと行動しようと思ったことも無いし、そのように行動したことは無い。

一方で、エルベ藩国のシュワルツの森に住んでいたテュカの同族と思われる変わったエルフは、信奉する神からして男扱いが巧いであろう。

悔しいが、男から見るセックスアピールというヤツは向こうが格段に上……と、栗林は考えている。

そう思考しながら火威とサリメルの居るであろう場所に向かうと、耳を(つんざ)く轟音がマリエスに響き渡った。アルヌスとは大気の質が違うが、空気を震わせ皮膚に伝わるこの感覚は以前にもアルヌスでも感じたものと同じだ。

「どうじゃ~。“ろーれんつりょく”なんてものは適当に良い按配を探せば良いんじゃよ」

「それ、俺がさっき言ったことですよね」

どうやらサリメルが火威が造った「超電磁砲」を使えるようになるまで訓練していたらしい。

「じゃあ次は実弾での訓練じゃな」

「三発しかないので空撃ちだけです。そんで必要なローレンツ力を確実に把握してくださいよ」

「えー」

サリメルはブーたれて明からさまに不満な態度を見せるが、他人の(暫定で)旦那に手を出すようなことはしていないようだ。

しかし栗林は直ぐに姿は見せない。品の良いものではないが、暫し二人の会話を盗み聞く為に近くまで向かう。

「それじゃ代わりにハンゾウ。ちょっと揉んでよ」

前言撤回、酷い神だ。

「駄目です。栗林と結婚するって言ったでしょ。他の女は綺麗でも神様でも駄目なもんは駄目です。ジゼル猊下……や、ロゥリィ聖下の御協力あって漸く手に入れた縁です。ホントに絶対駄目です」

「おぉ、それでこそ我が眷属……というかロゥリィ聖下とジゼル猊下がか?」

サリメルが感心する点が今一解らない。さておき、大祭典以前、課業後に火威がロゥリィに猛特訓を受けているという話は噂程度に聞いたことがある。

仲人的な立場になった亜神が二柱もいるのだ。きっと祝福された結婚になるだろう。そして今し方火威が言った言葉も、栗林を十分満足させるものだった。

「それでは妾はシノに懸想することにして……」

なぜそういう結論になるのか。エルフの価値観はホントに日本人には良く解らない。

テュカと同種族らしいが、神であるから価値観は似ているけど違うのであろう。

 

この後、サリメルはエルベ藩国のシュワルツの森の脇のロマの森への「門」を開いた。栄養素不足という話をしたら、サリメル自身の子であるミリエムの魂を目印に近くにゲートを開いたのだ。

シーミストでレレイがシーミストの兵を杖で殴り倒すのに使っていた魔法と同種のものだが、こちらは遠く離れたエルベ藩国内である。相変わらず、この世界の魔法というものには舌を巻く。

 




ジゼル猊下が余り目立ちませんが、当小説のヒロインの中で一番残念じゃないのがジゼル猊下なのです。
相変わらず嫁力の高さはトップクラスなのです。

そんなワケでご質問、ご感想などありましたら忌憚なくどうぞー。


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第二十四話 新築ゴーレム一戸建て

ドーモ、庵パンです。
栗林のターンなのに、栗林が目立ちません。
今回に至ってはレレイの回になりつつあります。
でもまぁ、目立つ時は亜神クリバヤシ本気出すんですよ!

1月19日:誤字とか修正。


サリメルが穿門法を使った御蔭で、その日の内にマリエスに住んでいた非戦闘員の多くはエルベ藩国へ避難してマリエスへの糧食も豊富に蓄えることが出来た。

ロゥリィもサリメルも、人知を超えた能力を持っていると栗林は考える。

しかし、あの少なくない人数をニンジャオンセン郷で面倒見るのだろうか……と、思ってしまうのは火威を始め、氷雪山脈に来ている全ての自衛官だ。

「サリさん、サリさんの所がいくら金持ちでも、あの人数の面倒を見るのはちょっと無理あるんじゃ……」

「帝国に立て替えてもらおうかと思ったんじゃがなぁ」

「それまでに宿の経営が傾くって!」

「じゃあどーするよー」

そんなワケで、一度宿に向かわせたマリエスの非戦闘員を戻して、アルヌスへの門を()()で開くことになった。

「避難民のテントが元だった街ですからね。マリエスからの避難民の受け入れも他より容易でしょう」

ここ1~2年のアルヌスの歴史を紹介するように言うのは的井だ。

「では強い魂魄を持った者は誰かおるじゃろうか?」

離れた場所にいる者の魂魄を探れるのは神様特権であろうか。平時で考えれば少しばかり物騒だが、今は非常に有難い。

「今ならもう伊丹二尉とテュカがバーレントから帰って来てるはずだし、伊丹二尉なんかが強いんじゃないかな?」

伊丹の欺瞞情報を未だに信じる火威が言うと、すかさず南雲が口を開く。

「まぁある意味では強いのだろうがな。それより神様がいるだろ」

「oh、そうでありました」

それを聞きサリメルは髪の束を額に当て、静かに念ずる。探るのはロゥリィ・マーキュリーの魂魄だ。

すると、サリメルの目の前に水溜りを立て掛けたような膜が現れた。栗林は閉門騒動時に見たことのある「ゲート」だ。

「この向うに、レレイ・ラ・レレーナ導師が?」

呟くように言ったのはマリエスの現・代表のリーリエ・フレ・シュテルンである。彼女も魔導士であるから、(火威し曰く)新進気鋭の導師であるレレイには強い興味を持っている。

「火威、偵察に行ってみろ」

南雲が命じたのは、蟲獣のような生物が存在する世界を警戒したからである。この中でも危険生物の群に突っ込んでも生きて帰って来れるのは火威しかいないと判断したのだ。

「ホントにアルヌスだってぅのに」

口をとがらせて不満を露わにしながら、サリメルもゲートの向うに足を進める。

「いや、ちょっ。サリメルさん! 貴女までアルヌスに行ったら帰りはどうすんですか!?」

栗林が慌てて止めようとするが、サリメルは言い放つ。

「詠唱せずともしばらくは閉じんし、仮に閉じても開け直すことは容易じゃ」

そしてサリメルはノスリの集団に言う。

「妾達が戻るまでマリエスを守ってくれたら、今度は一人一人を相手するぞ。どうじゃ?」

ノスリを代表して返されたガナーの答えは、予想通り過ぎて誰も何も言えなかった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

突如、神殿の近くに穿門法によって門が開いた時にも男の娘で男の神官見習いの少女っぽい少年は驚いていたが、そこからハゲが出て来た時は更に驚いていた。

本来なら彼は絶賛氷雪山脈で任務中である。

更に火威に続いて門の向こうから現れたのは、見たことの無い巨乳の精霊種エルフだった。

モーイが見て判った訳では無い。サリメルが自身から精霊種エルフ出身の使徒と説明してたのだ。サリメルは自分で説明しないと種族が解らないくらいに、普通の精霊種エルフと違う体型らしい。

もっとも、アルヌスでは女性の精霊種エルフの基準がテュカ一人しかいないのではあるが……。

特戦ら自衛官が真っ先に報告に向かったのは、特地派遣隊の長である狭間の指揮官執務室だ。

帝国には雪中戦を経験した者は複数いるが、雪中戦を主とする部隊は存在しない。勝利も見えない状況で人員を逐次投入させるのは厳禁である。

特地派遣隊はあらゆる状況を想定して装備を揃えて異世界を越えて来たが、日本帰還を控えてアルヌスの門が存在した場所に再び門を築こうとしている状況だから、人員を割くワケには行かないのだ。

今の段階で氷雪山脈の火種を消せるのは、門を再建するに当たって白い岩に施す呪紋の下絵を知らない火威しかいない。

もし火威が呪紋を知っていたら「帝国のことは帝国で片付けて下さい」とでも言って門の再建に関わらせたろうが、火威は門のことに関しては無能力者と言えた。

従って火威は相変わらず氷雪山脈で面倒事の片付け。戦闘の任務である。

ほぼ帝国の端と言って良い場所で起きた動乱なのだから、もっと帝国に戦力を出してもらいたいところだが、少し前に帝国から出立した騎馬兵40騎はテルタあらマリエスに向かっている最中だと南雲は語る。

マリエスの非戦闘員が雨風凌ぐためのテントを張り、糧食を手配してから後のことは引き次の自衛官に任せる。

そして火威ら山脈に出向していた自衛官は、自身の用事に取り掛かる。

「馬と車じゃ機動力はそんなにも違うのか……」

そんな事を一人ごちながら、改めてロゥリィの神殿に向かうのは今動乱が起きてからは定例行事と言えた。

何といっても特地の肉体のある神の中で、最も先輩格なのがアルヌスに神殿を構えるロゥリィだ。

報告する義務はあるし、何らかの協力を得られるかも知れない。

「また馬鹿な魔導士が現れてたのねぇ」

「今回は以前より相手の戦力が多いようです」

また厄介ねぇ……と、忌まわしそうに呻き呟くロゥリィだが、直ぐに顔色を変えて火威に告げた。

「モーターが渡したい物があると言ってたからぁ、行ってみなさぁい」

「モーター鎚下がですか?」

ニャミニアを爆砕駆除したことを伝えてから、彼の神には何かと目をかけられるようになったと火威は感じる。

フルグランなどの大剣やそれらを組み合わせて作られた特殊大剣、更には神鉄を用いて作られた三発の砲弾などの浪漫装備を賜ったのは、言葉も出ない程にありがたい。

だが氷雪山脈で起きた動乱の平定を神々から引き受けているのだ。これを完全な形で全うしなければならないという気負ってしまいもする。

南雲に断ってからモーターの神殿に向かうと、そこには何時ものように巨大なドワーフが待っていた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

マリエスの城市内でジゼルやグランハム、そしてユエルは自衛官の帰還を待っていた。

ロゥリィや伊丹に顔を見せたいという気もするが、特にそこまで用事がある訳でもないし、薔薇騎士団やノスリの連中だけだと敵の襲撃があった時に心配なので、彼等も留守番である。

「グランハムの兄貴」

唐突に口を開くジゼルは、今更ながらの疑問を口にした。

「エルダー一味…とか一家とか名乗ってたっけ? アイツらはどうしたんだい?」

大祭典でハーディの護符の模造品を売っていたチンピラ連中は、大祭典の最中にユエルに張り倒されて彼等の舎弟に収まってしまった。

「彼等はフレアの神殿に置いてきたよ。とても山脈での戦いでは生き残れそうもないからね」

戦いの中で斃れるにしても、とても意義のある死は迎えられそうもないとグランハムは語る。火威が聞いていたら某餃子のようだと思ったことだろう。まぁ多分、絶対、餃子の方が強いのだろうが。

 

 

*  *                             *  *

 

 

アルヌスの街の中で、リーリエを帯同させたサリメルはロゥリィとレレイの他、バーレントから帰って来たテュカと話す。

「まさかテュカがアルヌスに住んでいるとは思いもよらなんだわ」

「丁度、昨日バーレントから帰って来たんですけど、父さんもヤルン・ヴィエットの城にいるわ」

「今の時期ならバーレントからはルルドが南下するハズ……。風の噂でコアンの森が炎龍に焼かれたと聞いてはおったが、生き延びてても彼奴の好色は治らんようじゃな」

「あんたも他人のこと言えないでしょぉが」

サリメルとテュカとロゥリィが漫談めいたお喋りを楽しんでいると、リーリエは心に沸いた疑問を即座に口にすた。

「悦下はお二人と面識があるのですか?」

「そーじゃよー」

「サリメルの伯母さまとは昔、会ったことがあるんです」

過去に氷雪山脈で動乱が起きた後、サリメルはアリメルとティトを連れてコアンの森に住み、ミリエムの父親でもあるホドリュー・レイ・マルソーの元を訪れたことがある。

エルフとしては幼い時に他種族との混血であるアリメルやティトと会ったことがあるから、テュカはアルヌスに来て以降も他種族の中で独り浮く事なく生活できたのである。それは、父・ホドリューが節操の無く他種族の女性にも手を出す部分の“良い面”を手本にしたのかも知れない。

「って、あなたが昇神したのぉ?」

リーリエがサリメルを亜神のように敬称で呼び示したことを、ロゥリィは聞き逃さなかった。

「はい、弟が再起して私の命があるのも、ひとえに悦下の祝福の賜物です」

そんな言葉を聞いて、ロゥリィは呆れや負の感情を持った目でサリメルを見る。所謂ジト目というヤツだ。

「アンタ、片っ端から良い女と気に入った男を眷属にしてるんじゃないでしょうねぇ」

「まさか。妾が眷属にしているのは、死んだらこの世界に混乱を齎してしまう者だけじゃよ」

火威が背後からアロンにぶっ刺された話は、先程ロゥリイの会った時に既に火威から伝わっている。普通の人間なら肝臓が挫滅して即死してもおかしくない傷であったが、特地に来る前から鍛えていた火威の筋肉が皮膚に触れた槍の穂先を曲げ、肝臓より少し上を貫かせたのである。

「あぁ、サリさん。ここにいたのか。そろそろー……っと、テュカおかえりー」

モーターから新たな浪漫装備を受け取り、追加物資を貨物に積んだ火威達自衛官は氷雪山脈に戻らねばならない。だからサリメルを呼びに来たのだが、アルヌス見物しに来たサリメルがいる場所にはアルヌス共同生活組合の重役である三人娘がいた。

「あ、レレイ師匠。少しばかりご無沙汰しておりました」

レレイを発見して頭を下げる火威。雪や氷が魔導の良導体であることを聞いたのはレレイからだ。今回の任務ではその特性を生かして飛龍や翼竜の巣(というか小屋)である釜倉を何軒も建設してきた。その礼を言わなければならない。

と思った時に、今度は伊丹がペッタリペッタリと歩いて来た。遠くからロゥリィや火威を発見し、挨拶代わりに片腕を軽く上げて来る伊丹は門の再建でレレイと相談があるのだが、まだ何も言ってないのでそんな事情は伊丹しか知らない。

門の再建作業で忙しいんじゃないのかあの人は? と思う火威の前で立ち止まった伊丹は、レレイに用件を伝える前にリーリエの姿を見た。

「えっ!? 赤セイ」

「伊丹ッ!!!」

突然、叫ぶように伊丹を制する。言葉や音声に攻撃力のある世界ではないが、それはまさしく雷のようであった。火威は言葉は続ける。

「二尉!! 氷雪山脈で正体不明の武装集団を抑えておられるリーリエさんです!! 断じてネロとかクラウディウスって真名とかは無い列記とした帝国の御方です! 変った芸術性も持っておられません!」

火威が恐れるのはネタでは無い。そんな狭量な男ではない。恐れるのは伝奇活劇の中で描かれている赤セイバーに付けられた異名と趣味である。その異名を持つキャラと、ほどほどに火威好みのリーリエが似ているのは、これから栗林と結婚する火威にとって、物凄く縁起が良くないのだ。

拵えた城壁周りの堀を、一つ埋められる気分になってしまう。

「あ、うん…そうか、そうだな。まぁそうだよな。解った」

伊丹が何を解ったのか判らないが、どうやら解ったらしい。

「さておき、レレイ師匠。過日は魔導の良導体の種別を教え頂き、ありがとう御座います。山脈では大いに活用して……」

「いえ、礼には及ばない」

レレイが人の言葉を遮るように言葉を重ねるのは、極めて珍しい。火威は憶えにない初めてのことだ。

その時、突如アルヌスの街に鳴り響く警報。

警報? このアルヌスの街で?

火威は思っただろう。少し前にも似たような経験をしたと。

「私は貴方にとても罪深いことをしてしまった」

そう言うレレイの遥か後ろ。アルヌスの街の外で、巨大な影がその身を起こしたのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

ウルドを始めとしたジゼルの神官や神官見習いは、警報を聞きすぐにアルヌスの丘の街に避難した。

無人となったジゼルの神殿……特地では建立した亜神の名を取ってジゼラの神殿の向かいにある忍者屋敷は、白鷺城よろしく白色の建材を用いて建てられたとあって、アルヌスに脅威を及ぼす外敵を排除する要塞としても機能していた。

最近になってロンデルから書会亭がアルヌスに進出してきているが、それまでは宿泊施設としても機能していたのも火威の「自宅」である。

それが、今ではアルヌスの自衛隊のどの施設より背の高い人型のゴーレムに変形している。

「どこの勇者ロボだよ」と、伊丹は思っただろう。丁度その世代だ。

火威はというと、自宅が変形したことにテンションを上げて良いのか単に驚いて良いのか戸惑っている。

「在宅勤務が出来たなぁ」などという思考が頭を過ぎったが、石造りの大きめの家一軒に、数々の装備を載せて氷雪山脈まで行くと、精神から殺されるので現実的とは言えない。

とまれ、家ゴーレムが対面する先……すなわち丘の麓の方にはジャイアント過ぎるオーガがいた。その足元がやけに騒がしいのは、雑多な怪異が随伴しているからだ。

レレイやロゥリィによるとこのジャイアント過ぎるオーガや怪異の群は、火威が前にアルヌスに一時帰還してから度々アルヌスを襲撃しに来ているのだと言う。

特地派遣隊と共にレレイとロゥリィは交戦経験が有り、街に接近する前に爆砕処理しているが伊丹とテュカは火威と同じように初見である。

特地派遣隊の武器弾薬にも限りがあるので、レレイがアルヌス周辺に警報魔導を敷いたのである。そして良い按配に“鈍器の塊”で出来た白い家があったので改造したのだ。

「い、いえ、元々防衛施設として建てた家ですので」

レレイの告解に、家の中にある調度品を心配しつつも火威は答えた。あと、山の様に買ったゴム製避妊具の行方とか。

 

色々心配している火威の傍らで、レレイをは何処からか何かを取りだした。見れば閉門騒動時に日本に帰還した自衛官が持ち込んでいたゲームのコントローラー…しかもアーケード版のコントローラー、所謂アケコンである。

「ヒオドシ、家ゴーレムとジャイアントオーガが見える場所に私を」

「えっ? え゛っ!?」

「早く!」

レレイにしては珍しく声を荒げる。珍しいというより絶対にない。アルヌスの街の存亡が掛かっている状況だと火威に理解させるには、その珍事で充分だった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

思い返してみれば、日本から持ち込んだゲーム類を最初に手に取ってみたのも、実際にプレイしたのもレレイであった。

なんら生産性の無い代物だと解ると多くの避難民は興味をなくしたが、レレイは別の物の見方をしていた。曰く、ジエイタイの乗り物とは違うが、知識の集合体であると。

格ゲーを操作した後、レレイは言っていた。

ゲームに登場する超人的人物は理解出来るが、その中の多くの登場人物が魔法ないし超常的な力を使う。

人物(キャラクター)視点の(FPS)遊戯(ゲーム)ならジエイタイの訓練にもなるから解るが、その他のゲームの存在意義が理解不能と。

しかし火威が某ロボットシミュレーターに登場していたのと似たような装備を付け、戦果を上げていたと聞いたので、レレイも頑張ってみた。

火威が「道端の闘士」で持ちキャラにしている(が弱い)紅いサイクロンを徹底的に鍛えて最強の使用キャラに昇化させたのである。

火威達の目の前で、某ゲリオンの如くクラウチングのポーズを取る家ゴーレム。

家ゴーレムとジャイアント過ぎるオーガが良く見える場所に、物体浮遊の魔法で浮かせた丸太が二本。

その上に座ったレレイはスティックを二回←に連続操作。地響きを轟かせて家ゴーレムは敵群にダッシュしていく。

「すごい! ハンゾウ。妾もあの家、欲しい」

「駄目です。あれ俺んチ」

いつの間にかサリメルやロゥリィ、それに伊丹やテュカとリーリエがギャラリーとして火威達と同じように丸太を浮かせて観戦していた。

家ゴーレムは敵群の前でジャンプしてドロップキック。

多分……というか絶対に調度品は全滅。家具でも生き残っている奴が何体いるか。

薔薇冠、絶対にユルサナイ。

異常に長い滞空時間は、レレイが魔法を使っているからだと思われる。ジャイアント過ぎるオーガがタブルガードでドロップキックを防いだかと思うと、家ゴーレムは空中で体勢を180度も変えてフライングボディプレスで随伴してきた怪異を軒並み押し潰してしまった。

飼っていた鶏を食べた後で良かったと思う。

「ぁ……火威三尉」

白目剥きつつある火威に、伊丹は声をかける。立ったまま気絶されると、レレイが乗っている丸太が落下してしまうのだ。火威はこの高さから落ちても平気そうだが、レレイは自身に防御魔法を使っているか不明である。

「中身が幾ら壊れても、アルヌスの防御施設なんだからさ、門が開いたら防衛省に出費して貰えるよ。修理費とか、建設費の何割かとか」

多分だけど、という小さな後付けが付いたと思うが、それで火威の精神力は全回復した。建設費は防衛省との折半という過去の目論みが、二重橋の英雄の口から出たのは大きい。

「レレイ師匠! あんなんヤッちまって下さいよ。最強の爆轟系魔法を見せて下さいよ~!」

レレイは声で答えなかったが、頷いたことで本気を出したことが判る。そしてジャイアント過ぎるオーガにジャイアントスイングを受けて放りだされた家ゴーレムが、空中で体勢を翻して上手く着地したことでもだ。

ダッシュしてジャイアント過ぎるオーガをぶん殴る家ゴーレムに、火威は飛び道具付ければ良かったなぁと思うが、家主に似てゴーレムはあからさまな肉体派だった。

殴り飛ばされたジャイアント過ぎるオーガが何かに背をぶつけ、そのまま寄り掛かっている。

見れば火威がニァミニア討伐時に多用した魔導障壁だ。ジャイアント過ぎるオーガと家ゴーレムを魔導障壁が六角形に囲んでいる。

何時、魔法陣形を敷いたのか解らないが、アルヌスの峰はリングだ! を地でやっていたのである。

家ゴーレムはジャイアント過ぎるオーガの胸倉……というか胸の肉と皮を掴んで何度も殴り付けると、ピヨったジャイアント過ぎるオーガを抱えて天高く跳び上がった。

まさかの飛行能力!? と、はやとちりしかけた火威の期待は裏切られ、ジャイアント過ぎるオーガの 頭を下にした家ゴーレムは錐揉み状態で落下する。

スクリューパイルドライバーでジャイアント過ぎるオーガの脳天を磨り潰した家ゴーレムと天才少女のレレイ。

彼等、或は彼女らがいれば、アルヌスの平和はこの先ずっと守られるであろう。




ジャイアント過ぎるオーガと家ゴーレムは、一年戦争時のMSよりデカいです。
流石にパーフェクトジオングよりは小さいですが、20mよりも大き目かと思われます。
で、レレイが使ったアケコンは魔法的なナニかでゴーレムと繋がっていると思われます。きっと、たぶん。
次回は飢狼後を予定してますので、来週は無いかも?


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第二十五話 降り積もる雪

ドーモ、庵パンです。
久々の魔導更新です。
昨日投稿予定でしたが、今日にずれ込んでしまいました。
悲しいことに、さお先生が体調不良で今月の漫画版更新はお休みですが、
庵パンは投稿してしまうのですよ。
前回からサブタイに使う作文能力を動員してニリニリ頑張ってしまうのですよ。
でも今回、前回より内容少ないです。


マリエスとアルヌスを繋ぐ門は、案の定というか予想通り閉じていた。

ところがである、サリメルは至極簡単に再開通させてしまったのだ。

一度通った道は忘れないという、タクシー運転手のようなスキルでも持っているのだろうか? それとも目印がマリエスにいるのだろうか? 火威始め、山脈での任務がある自衛官には疑問が浮かぶ。

予想通りの事も起きたが、予想外に嬉しい事も起きた。

レレイが家を改造する前に、レレイの時間が有る時や手の空いた第三・第四戦闘団の自衛官が坂の下の忍者屋敷から、調度品や家具など、家の中にある物すべてを生活協同組合の倉庫に移しておいてくれたことだ。

期せずして……いや、予想通りに恥ることもある。大量のゴム製避妊具が倉庫の中に置かれていたことである。特地に派遣された自衛官は基本的に心根が優しいので、ご丁寧に見えないようシートを被されていたのを見た時、火威は苦笑するしかなかった。

「ハンゾウ、これをどんな時に誰と使うんじゃ?」

とエロフに訊ねられた時は「日本被れも大概にしろ」と不愉快な気分になったりもした。使い方は日本から輸入された青年誌でも読んだか、似非ニホンに行った時に知ったのだろう。

こんな時に便利なのが「用心しよう」というコトダマである。某ヘッズのサリメルに こうかは ばつぐんだ。

使う予定はないが「用心して用意」しているのである。ならば深く聞くこともないのだ。取り敢えず、火威としては栗林と“する時”に使いたいという希望はあるのだけれども。

 

 

*  *                            *  *

 

 

再びマリエスに戻ったサリメルやリーリエ、そして自衛官らはサガルマタを攻略する準備に取り掛かる。

と言ってもサリメルにはノスリ連中との約束もあるし、サガルマタに向かうのは明日からだ。

アルヌスは既に晩秋のような気候だったので早くロゼナ・クランツを制圧したい火威であるが、ノスリ連中の厄介さを知るのも火威である。

サリメルとノスリのスケベ行為はシュテルン邸の一室を借りて、そこで行われるようだがノスリも一応は精霊的な要素を持つ種族である。

大祭典の前、ジゼルは精霊魔法を含む魔導を使える火威と“し過ぎる”と子供が出来る……というようなことを言っていた記憶がある。

「サリさん、エルフとは言えノスリの連中とし過ぎると子供ができちゃうんじゃないっすか? まさかサリさんも避妊具を持っているとか?」

「む、ハンゾウ。知らぬのか? 亜神の魄は常に一定。死なぬし子を宿すこともできぬのじゃよ」

ミリッタの使徒なのだから、子を産むことに関しては例外にしてくれて良いのにとサリメルは笑う。そんな二人が気付かぬところで、近くにいたジゼルはそそくさと退散しようとしていた。

「精霊を使役できるヤツとすると“出来る”って聞いたんすが……」

「使徒の身は何があっても、どんなことでも絶対に常に一定なのじゃけど」

「……えっ?」

「えっ?」

「あっ」

こうしてジゼルの気遣いは脆くも崩れ去った。

だが火威はジゼルに感謝こそすれ、恨むことはない。何せ特地に来て帝都の悪所事務所に出入りするようになって以来、思い続けて来た女と婚約まで出来たのである。

火威に()いた嘘が発覚して、心なしか萎れた感じにうな垂れるジゼル。

そんな女神に火威は言う。

「我が国では嘘も方便と言いますし、猊下には本当に感謝しております」

それが真意である。萎れた姿も可愛らしい400歳を恨む気持ちなど有る訳が無い。

「んじゃハンゾウ、愛人にしてくれ」

「なんでサリさんが言うのさ」

「いや妾は猊下の代弁をな」

「言わねーよ!?」

慌てるジゼルに、ニヤつき顔のサリメル。このエロフ、こんなに意地悪だったっけか? と火威が思案した時だ。

「そ、そりゃ…出来るなら、そういうことも……」

そこまで言ってジゼルは言い淀む。その恥じらいがサリメルに存在したら脅威であるが、今のところ脅威が迫る気配はない。

ともあれ、火威は返す言葉に困るので呻いて目を伏せることしか出来ないのだ。ジゼルには感謝してはいるが、籍を入れる前から不倫などできない。

「そりぁ……ちょっと、いや、だいぶ難しいっすな」

「え~、三人で結婚すれば良いではないかー」

ここでサリメルが頑張る意味が解らない。先々のカカア天下を予想する火威としては「栗林が許可してくれたらですねぇ」と言うしかなかった。

「ところでお前……」

ジゼルが火威に何か言おうとした時だ。急にサリメルが身体をビク付かせて震えだす。

「んや、サリさんどうしました?」

「い、いや、何もない。“妾は”何もないぞ」

ジゼルもサリメルの様子を気にするようではあったが、この神がおかしいのは何時ものことなので余り気にしていない。

「それでよ、ハンゾウ」

ジゼルが口にしたのは火威の名前の方だ。心理的な距離を示すバロメーターとしては実に解りやすい。

「クリバヤシはどうしたよ?」

些か強引に話しを変えるが、今までの話題は火威にとっても易いものではない。火威は進んでジゼルが示した道に乗っかった。

「明日からサガルマタ攻略なんで、それを控えてリーリエさんが身を清めてるので、栗林はその護衛です」

「ピ、ピ…‥ピドやテクシスのところに行っておるンか?」

「ちゃいますよ、そんな遠くまで行きません」

ピドは初めて聞く名だが、恐らくエティなのだろう。それはさて置き、温泉を掘った主犯がサリメルだということが判明したのである。それはそうとこのエロフ、自身に異常事態が発生しているらしいが良く頑張る。

 

 

*  *                            *  *

 

 

氷雪山脈のシュテルン家にとって、遠征前の沐浴、或は湯あみ……入浴そのものだが、リーリエはこの沐浴を殊更(ことさら)好んでいた。

年中寒い山脈で、気を緩める事ができる唯一の瞬間であった。

しかしリーリエがこれから行うのは、一般的な沐浴ではない。それどころか湯あみですらない。

彼女は足を入れる水面からは、大気と温度が異なるせいで霧が発生している。所謂(いわゆる)「毛嵐」というものである。

山脈に住んでいた者達は、今は安全なアルヌスに避難しているが、あの中の者達にはリーリエより苦労し、多くを失った者もいるはずだ。

更には帝都から派遣された兵団や騎士団にも苦労を掛け続けている。そんな中で、温かい湯に着かれるような神経でいられる訳が無い。先の内戦でも行っていたように氷の張る冷水に浸かって成した神事は、明日から行われるロゼナ・クランツの攻略を祈願も兼ねているのである。

日本人が見れば、それを「水垢離」と言えよう。水垢離を取って自ら死に近付き、霊体の神や精霊に祈願するという荒行が、遥か太古に東方の彼方からファルマートに来たエルフを始祖に持つシュテルン家では脈々と伝わっている。

特段、リーリエが(ゲン)を担ぐ性格だという訳ではない。

ないのだが、今は皆が懸命にマリエスを掬い敵を討つ為に動いている。

傍に控え、リーリエを護衛する女のジエイタイには、今現在迷惑を掛けていることを申し訳無く思っているし、更なる迷惑を掛けることにもなるかも知れない。そうならない為にもリーリエは意識を手放さないよう、下腹に力を入れて身を引き締めて精神を扱くが如く統一させた。

水を掬う桶から、リーリエは自身に向けて冷水を打ち付ける。その度に彼女の体温は奪われ、感覚というものは無くすのも直ぐだった。

 

*  *                            *  *

 

 

「サリさん、もう大丈夫スか?」

「いや、ハンゾウが体温で温めてくれなかったから死ぬやも知れぬ」

ほざくサリメルに使い捨てカイロを叩き付け、華麗に聞き流す。

「ノスリの連中に変な病気を移されても、サリさんは亜神だから影響ないでよね」

「昇神してからそう経ってないからなぁ。この百年で解ったことと言えば腹を喰われても大丈夫な事と龍に焼かれたり喰われても大丈夫なことじゃな」

一体いつ昇神したの? と、疑問が湧くところだが、サリメルに個人的な事を聞いても建設的な話はこの女から聞ける気がしないので、これ以上の質問はしなかった。

腸を腹ごと喰われて大丈夫なら、ちょっとした病気なぞ台所の悪魔を見て精神衛生を損なう程度なのだろう。

「火威三尉。サリメルさん」

階下から来たのは栗林だ。

「あ、ご苦労さんー。リーリエさんは?」

「もうこちらに来てますよ。三尉、会わなかったんですか?」

「サリさんが寒がって仕方ないから別の場所で精霊魔法ってた」

精霊を使役するのを無理やり動詞にしている火威とサリメルは、今同時にこの場に来たのである。

その日の夜、火威ら氷雪山脈外から来た者の夕食は、以前にリーリエと初めて会った日のような屋敷内の食堂だった。

簡易ながらも会食という体で開かれたのだが、企画し主催したのはリーリエの弟、アロン・フレ・シュテルンである。

企画し主催……というと豪勢な晩餐をイメージしそうだが、サリメルのニンジャオンセン郷から補給があったとはいえマリエスの糧食が乏しいことには変わらない。

今朝まで雪肝だけだったのが、野菜と汁物が付いた程度である。

 

「精神精霊の影響があったとはいえ、本当に申し訳ない!」

廃人状態の時には多くの者に迷惑を掛け、中でもヒオドシと姉のリーリエとハリマには赦されないことをした…と言うアロンは見るからに健康体と言える。

火威が知る限り、以前は目の下に隈を作って眼光も鋭く目自体の輝きも無かった。

不健康厨二を地で行くアロンだったが、ミリッタの神官であり医術者でもあるサリメルが治療したのである。

ベン・ゾシアを掛けられて人格が変わり、リーリエが瀕死の重傷を負った責任を火威に求めて背後から刺し、過重な精神精霊の反動として精神を踏み荒らされて心の動静を失った。

「全てが終わったら是非ともヒオドシ殿には謝恩と償いの印を受けて貰いたい」

サリメルの治療で再起したアロンが言う言葉に、火威は返事に困る。

度々、火威は言っているのだが、内戦の結果に国力を低下させた帝国が倒れたら戦国乱戦到来である。

そうなると自衛隊も大いに困るのだ。

結果、その事を再度言葉にしなくてはならないのだが、火威は別の事も考える。

「アロンって良い奴だったんだな」

と。

それとは関係は無いが、アロンが迷惑を掛けたという相手に疑問が浮かんでいた。

ハリマはシュテルン邸の使用人であるが、戦斗メイドなので屋敷内のことよりも屋敷外からの敵の侵入、それに対する警備が主な仕事だ。もちろんメイドなので屋敷の使用人としての仕事もあるのだが、シュテルンの姉弟二人の世話掛かりはミューやその他のメイドの方が係わる割合が大きい。

屋敷内全体の使用人に対する謝罪としても、ハリマ名指しで謝罪というのは可笑しいのだ。ならば、ハリマ個人に、何かをしたのだろうか?

 

ロゼナ・クランツ攻略を控えたマリエスは、その夜も深い雪に包まれていった。




栗林のターンですが、猊下のターンで猊下が短かったので猊下に再び頑張って頂きたいところです。
にも関わらずオリ亜神が目立ちやがります。
キャラが濃い上にドラえもん並みの便利キャラにしてしまったのが原因か……。


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第二十六話 雪中行軍

ドーモ、庵パンです。
またしても昨日投稿予定が一日ずれました。
それはそうと、お気に入りに登録数が450人を突破!!
誠にありがとうござぁーっす!!(最上級土下座で感謝)


ジゼルは火威の自宅部屋を、頼まれても無いのに勝手に掃除していた。

同居する家族としては当然の権利であり義務でもある。すると火威の寝床の下から一冊の本が見つかった。

麗しい女性の裸体が描かれた、いわゆる「エロ本」というヤツである。

「あいつ、こんなモン見てやがったのか」

呆れるやら軽く憤懣を募らせるやら。それでも「こんなモン見ないでオレを抱きゃ良いっていうのに」と独りごちるジゼルの言葉が、彼女の心理を一番表している。

“べっどめいきんぐ”が出来てない火威のエロ本を、机の上に解り易く投げ出す小難い演出をしておいてやろうとも考えたジゼルだが、その前に顔を紅潮させながらもペラペラと(ページ)をめくる。

「うわ、すごっ」なぞと言いながらも、熱心にエロ本に目を通す。

火威が好みそうな性癖を知ろうというのだ。

「ヘヘヘ、これでいきなりハンゾウ好みにやりゃ驚くだろな」

ご丁寧にも零しつつ、パラパラと次の頁へ。

「お、これならオレにも出来そう……って、男の方は痛そうだな」

何を見ているのか、そんなことを呟くジゼルだが

「あ、歯は立てないのか。ならオレもハンゾウと出来そうだな。でもアイツのはこの絵の男のよりずっとデカいからなぁ」

火威の股にブラ下がっているモノもデカいが、ジゼルの胸はエロ本で見る女より大きい。頑張れば「挟んで咥える」ことくらい出来るはずだ。

毎度、ジゼルの下腹部から出血させて痛い思いをさせているのを苦に感じていたであろう火威を、龍人出身の亜神は想像した。

思えば文句のつけようが無い愛々しい夫婦関係。

子供は出来ないが子供を作る真似事の遊戯は気持ち良いし心が満たされる。

今日も子供が出来そうなくらいしよう。火威だから一晩の内に二十回くらい出来る。

見たエロ本には、裸に胸当て付きの前掛けをした女の絵もあった。今度の夜伽ではあの格好をやってみよう。

そんなことを考えていたら、火威が帰ってきた。早速、裸前掛けで家主を迎えに行かなければならない。

ジゼルは胸を高鳴らせ、いそいそと服を着替えて火威の元へ行ったのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「ジゼルさん。ジゼルさぁーん?」

栗林は幸せそうな表情で寝入っている龍人の亜神に数度、声を掛ける。

「ジゼルさん!」

「はっ!?」

幸せな夢の世界から、ジゼルは火威の本当の嫁に叩き起こされた。

簡単な言葉にして言うならば「ちくしょう、夢だったのか」というところだが、寝覚一発目に本妻の顔というのは、如何にも気拙い。

「もう出発ですよ。用意して下さい」

栗林ら自衛官やジゼルを始めとする亜神、また、シュテルン家で存命のリーリエ、そして帝国から助力に来た薔薇騎士団の数十名と、筋肉で巨大化したナサギらノスリの集団はサガルマタ攻略の途中にあった。

遂に40人の雪中戦経験者は間に合わなかったのであるが、到着し次第マリエス防衛に当たらすことをアロンに伝えている。

リーリエが言うに、サガルマタはマリエスより大きな都市らしい。

とは言っても、マリエス自体が帝国貴族が治める街としては小ぶりだ。イタリカの六割程度の規模しかない。

そんな規模の都市に、山脈に住んでいた5千人弱の人口を押し込めていたのだ。無理が出ない訳がない。

その一部を移したロマの森のニンジャオンセン郷と、残りの大半を預かるアルヌスにも無理をさせている。一刻も早くロゼナ・クランツを排除して山脈の安全を確保しなければならない。

マリエスからサガルマタへの道筋は、リーリエを始め多くの地元民が知っていた。今はその途中で野営するため雪と魔導で複数のカマクラを拵え、その中で一晩過ごしたのである。

リーリエが言うに、今日の夜方にはサガルマタに到着するらしいが彼の地には敵群が蔓延っているはずだ。

手前でもう一晩、野営するか、夜の内にでも火威や特戦による影戦で主立った敵を排除する必要がある。

 

雪の中を行軍する火威達はペンギンのようにねりねり歩く。

雪中の行軍で体力を消耗しない為の術だが、魔導を使える者が時折遠くの雪上に空気の球を飛ばして破裂させる。それも雪竜の接近を確かめる為だが、そんな苦労をしながら少しずつでしか進めなかった。

その速度を加味して「今夕にはサガルマタに着く」とリーリエが判断なら大したものだが、それは誰にも解らない。

ノスリは違う方向から来たというし、サガルマタから避難してきた者は全てロマの森かアルヌスに避難してしまったのだ。

度々マリエスとサガルマタを行き来することがあったリーリエにしか解らないのである。

 

昼近くになると、早々とノスリの連中が昼飯の催促を始めてきた。

自分勝手に生きてる連中が故に体内時計はしっかりしている。

ただ、帝都で生活していたナモはもうちょっと協調性があったような気がする火威である。

これを見ると女のノスリがノスリのエロショタ連中の中に見られないのが理解出来る。

察するに、同族の男には魅力が無いのだ。

一足先に大人になったナサギに黙らせてもらい、道なき道を進み続けて一時、漸く行軍する隊列は昼飯を取ることにした。

と言っても火威や特戦の忍野、そして薔薇騎士団の二名は、後に味方の交替を待って歩哨しなければならない。

火威は昨日の内に、サリメルから一つ質問を受けていた。

「ハンゾっ、鎚下から“ろうまん”武器を貰ったってどんなん貰ったんじゃ?」

純粋な憧憬心(どうけいしん)からの質問であろうが、火威が匠精マブチスことモーターから受けて右腕を覆うように装備された武器の詳細を、今この場で答えるのは憚れる。

「そりゃ~ねぇサリさん、物凄く浪漫武器だから教えてあげたいんだけど、山の中はロゼナ・クランツの勢力圏だから教えられんのですわ。ロマの森でも言ったでしょ。壁に耳あり……」

「正直メアリーかっ!」

多分に勘違いしているのであろうが、言うと拙いことだけは解った(?)らしい。「ふむむ、なら仕方ないのぅ」との言葉を残して退散した。

スケベで変態だが、素直なところは好感が持てる。そして女子力が突き抜けて高いところもだ。

それよりも火威には気になることがある。

 

 

マリエスを出発する前の夜、マリエスの対空防衛がジゼルの連れて来た二種類の龍種がいるとは言え、より巨大な個体が何体も襲来すると紙装甲を通り越してザルだったことから、味方のスノーゴーレム、通称ゴムの改良をサリメルの指揮の下で行っていたのである。

晩餐やアロンの謝罪の後での話だ。当然寒い。極寒の中での作業に決まっている。その中でゴーレムを改良できるのは、魔導を使える火威とサリメルしか居ないと思われた。

しかしそこにリーリエとアロンが現れたのだ。考えてみれば、火威がグランハムから聞いた話しでもシュテルン家は魔導士を排出する高い霊格を持った家系。サリメルの指揮さえあれば、ゴーレムの改良は可能である。

対空攻撃能力を持つスノーゴーレムは、以前に火威が接敵して撃破している。それに+αした能力を持たせればマリエスの防衛は鉄壁に近付くのだが、敵ゴーレムが投擲した岩の塊が危うくマリエスに落下しかけたのを火威は見ている。

なのば、+αの内容は見えてくる。

大型と中型のゴムは火威が拵えた龍種の巣の外周100レンの地点を警戒。二種類の龍はその内側で雪竜を掃討しながら警戒し、マリエス城市内にも小型のゴムを作って警戒することにした。

「しかし狡ぃーなー、アイツら」

シュテルン邸のメイド服を借りてるジゼルが、何事か文句を垂れ始めた。

味方の飛龍は火威やサリメルでも簡単にやるべき仕事を教えることが出来るが、翼竜はジゼルが言い聞かせないと中々覚えてくれないのだ。

「どしたンす?」

「翼竜だろうと古代龍だろうと、本当ならこんな氷雪山脈みたいに寒い場所にゃ棲まない……棲めないハズなんだよ」

それらが快適に過ごせる小屋を複数建てている火威自身、世界の理を無視している気がしなくもない。

「それを無理矢理だ。龍の躯を造り変えてテメェらの手駒にしようってんだからよ」

「断罪待った無しっすな」

「いや、オレが心配すんのはお前もヤバいんじゃないかってこと」

「ええ~、今回の任務は聖下や鎚下の御指名でもあるんスが」

「まぁ今回は大丈夫だろうけどよ」

それで調子に乗られるとマズイ。ジゼルはそう言いたかったのだが、余計な事を言って火威のやる気というか戦意を奪うのも良くない。

ジゼルの言葉で言わないのなら、それを「モチベーション」というのだが、ジゼルの語彙の中には相応しい言葉が見付からなかった。

二つ目のカイロが冷える頃、漸く火威達の仕事は終わった。

もう数時間すればマリエスを発つ時刻だ。

アロンは屋敷に戻り、ジゼルやサリメルも少しでも休息を取ろうと屋内に入った。

体力のオバケの火威は寒さ嫌いにも関わらず、ロゼナ・クランツへの敵愾心から追加の対地・対空攻撃を持った小型ゴム30体を作っていた。

雪に画く呪紋は、すぐ近くに有るサリメルが作った大型ゴムのものを見本にすれば良い。

「奏者殿、これで30体目です」

リーリエが魔導を通すと、小型のゴーレムが一瞬だけ青く光る。

「ありがとう御座います。この後すぐにサガルマタへの行軍が待っているというのに、手伝わせてしまって申し訳ありません。行軍中は必ずやリーリエさんをお守りしますので」

「いや、本来なら我が私兵だけでやらねばならなかったことです。それなにの輝下や猊下や悦下、そして奏者殿の御助力頂いている。その奏者殿と一晩明かすことは、この地を治める者には誉となりましょう」

言い回しが妙に積極的な上に火威の呼び方が危険水域である。

どう危険かと言うと、マスターとサーヴァント的な意味でだ。

サリメルが行ったツスカでは、確かに火威は音楽の奏者的なポジションだった。

だが全編スキャットである。火威なぞは適当にハンドドラムのような楽器を叩いて「あ~」だの「う~」だの呻いていただけだ。

「奏者殿、以前に貴方に聞いて頂きたいことがあると言いましたが……」

確かに、最初に一時帰還して、二つの車両と栗林を連れて来る為にアルヌスに一時帰還する前の夜、リーリエはそんなことを言っていた。

「貴方に知って欲しいのは……っ」

30体目の仕上げに雪を固める火威の手に、リーリエは手を重ねて言う。

なぜウル目で赤ら顔なのかサッパリ意味が解らないが、彼女の手は温かかった。

意味が解らないよ。

「ロゼナ・クランツ首領の名はラウア・バル・ローゼン。我がシュテルン家と始祖同じくする東方エルフの血筋を持つ者です」

そんな解告をされても困る火威ではある。だがリーリエは火威の力を信用したからこその行動だということも理解できる。

聞けば、ラウアの呪いでマリエスが雪に埋もれないのも、ロゼナ・クランツでは近い血脈にある近親者に危害を加えられない呪いに近い「定め」というものがあるからだとか。

シュテルン家が氷雪山脈などという僻地を任されているのも、過去の戦争時に枝分かれしたロミーナの両親をロゼナ・クランツの塞の目として帝国が貴族として取り上げたからだという。

 

そんなことを言われても、火威が所有する心の辞書には上手い返し方は載っいない。

或は、載ってたとしても咄嗟に使えるような精神的余裕は無かった。

何せ、赤セイバーそっくりの女性が火威を頼っているのである。

もし栗林との「お突き合い」に負けてたり、フラれてたりしたら、富田のように帝国貴族のこのお嬢さんに交際を申し込んでたかも知れない。

何せ「胸のあるイケメン」である。

「胸のあるイケメン」の定義は諸説存在する。「巨乳でカッコイイ女性」「格好良すぎるカリスマ性、風格を備えた女性」など様々言われるが、端的にはイケメンの定義を満たす「カッコ良さ」と女性の象徴である「おっぱい」の両方が際立ってる時に用いられる呼び方である。

そんなお嬢さんと二人きりで、お嬢さんの出生に関わる帝国の歴史の些意を聞いたのだ。

慌てない訳がない。

しかし……、と、火威は心の内で一息ついて、自らを落ち着かせようとする。そしてそれは成功した。

今の火威には栗林がいるし、背が低いとは言え彼女も火威の中では「胸のあるイケメン」である。いや、むしろちっちゃいアマゾネス。胸のあるイケメンの類語である漢女(おとめ)

取り敢えず背が低くて爆乳なのだから、世の中に自慢して恥ずかしくない妻である。取り分け美人という訳ではないが、可愛い系だし若く見られる。

26歳の彼女でもセーラー服を着れば女子高生に見えるんじゃァなかろうか? と、火威は贔屓目で見ている。

しかも、確実に目茶苦茶強い。

そんな妻になる人がいて、浮気や不倫なぞバチが当たる。

そう思ったから火威の復活も速かったのだ。

「大丈夫。ま~かせて」

閉門騒動後、散乱する瓦礫と焼け跡だらけになったアルヌスの街で、火威が尊敬する伊丹がアルヌスの住民と特地に残った自衛官達に言った言葉だ。

能力の問題で自身は伊丹を大きくした回ると考えてる火威だが、この言葉にどれほど多くのアルヌス住民が救われただろうか。

今、リーリエに必要なのは実務的な算段ではなく希望なのだと火威が考えた訳ではない。

他に言うべき言葉が見つからなかったのだ。それでも。

それでもだ。

「ありがとう……!」

その言葉に救われたらしいリーリエは、火威に対して熱い抱擁を敢行する。火威が咄嗟に贈った言葉は、リーリエの心の隅間にスッキリと嵌ったらしい。

志乃にこんなところ見られたらブチ殺されるな……。そんなことを考えながら、嬉しくないモテ期の到来とリーリエの体温を実感するのだった。




後書きで書く事があったんですが、間違えて投稿してしまったので今回は行き成り訂正印付きです。
今回、行軍中の回想で1日から数日遡って終わってますが、次回はまぁたぶん戦闘回です。
んで投稿ペースが狂いつつあるので、暫くお休みを頂くかも知れません。
んではまた!


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第二十七話 トッツキ♂

ドーモ、庵パンです。
予防接種を受けたのにインフルエンザに罹ってしまいました。
大分長い事、放ってた気がするから不思議なものです。

そして、この章もそろそろ終わりが見えてくる頃でしょうか。
中々栗林が目立ってくれないので、ダラダラ続けている感じですが栗林が活躍するのは多分これからです。
敵の本拠地に乗り込んでから鬼神の如き活躍をしてくれるハズです。
というか、下手に続けていると本編より長くなり兼ねない……。

今回、人物紹介を入れれば記念すべき100回目ということで、少し長くなっています。
いや、本編最終話も同じくらいかも……?


サガルマタの城門が見えてきたのは、その日の夕刻だった。

もう数刻もすれば陽射しは完全に山々の間に没する頃合いだ。山脈に住んでいるリーリエの推考は正確と言える。

城門やその周りの城壁、或はその上の城壁上に人影は見えない。

「ハンゾっ、メンポじゃ」

「あれ、サリさんに返したでしょ」

軍列の中衛から前に出て指図するサリメルに火威は返す。

「あぁ、そうじゃった。“こーき”の中にある筈じゃ」

高機動車と96式装輪装甲車、そして貨物には自衛官や帝国騎士団が使用する装備を満載し、火威やサリメル、そしてリーリエが分けて一両ずつ物体浮遊の魔法で運搬してきた。

体力のオバケの火威や亜神のサリメルはともかく、リーリエに運ばせるのは要人に重労働を強いるのと同等なので憚れるところだが、本人の強い希望がある。

こんなことなら以前の解告を受けた時に、もう二~三言付け加えて、行軍中は全面的に任せてもらうのだったと火威は後悔する。

高機動車からメンポを取ってきたサリメルから、魔法具を受け取った火威は濃紺のマスクを顔に当て、光の精霊を使役して望遠レンズを作る。

「ってかコレ、サリさんが使っても良いんじゃ?」

「鎧の色合い的にハンゾウの方が似合うぞ」

せやろか?……と、考える火威に南雲の声が入る。

「お前も大概“空飛ぶ多目的装甲車”だよな」

炎龍に対すの日本でのアダ名のような呼び方に、火威は先日ゴム強化してた時のジゼルの言葉を思い出す。

――アカン、イレギュラー化してたわ俺――

そんなことを考えながら、火威はメンポに魔導を通して稼働させた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

分厚い城壁の内側に見えたのは、焼け野原と閑散とした広場だった。

「なんだこりゃ、人っ子一人いねぇや」

火威は見える内部の情報を呟きながら、サガルマタ市内を見渡す。サリメルが作った魔法具だが透視して見えるのは壁一枚に限られる。

人間を見ると臓器が輪郭を持って複数透視できた。そのことは以前に栗林たちを探索した時に知ったのだが、この事でサリメルという使徒に対して一種の敬意に近い感情を感じつつある。

それはメンポに暗視機能が付いているからだ。

サリメルが壁越しの覗き用に作ったかと思っていた火威だが、医術者でもあるサリメルは医療用にこのメンポを作ったのかも知れない。

患部を直接見れるということは、医療分野では革命的なことだろう。一定以上の霊格を持った者にしか使えないので、量産しても使用者は極少数に限られるのが難点だが。

「建物が邪魔でこれ以上はよく見えんなぁ……」

当然なのだが城壁内部の全体が広場ということはあり得ない。そこらかしこに焼けた建造物が存在している。これ以上は直接入って調べるしかないのだ。

「移動して調べるにしても上空には上がるなよ?」

「御意です」

南雲は某・新怪獣王のような機能を持った敵がいることを警戒した。即ちレーダーとしての感覚器を持った敵性生物である。

火威もそれを警戒して来た道の脇にある丘に走り、そこから再度サガルマタ市内を偵察する。

すると練兵場のような場所に蠢く一団を見つけた。

「ありゃあ、二本足の蟲獣みたいなヤツらですね」

特戦と合流したその日の内に、火威は飛び道具を持った蟲獣の一種の説明を既に終えている。曰く「目標の体内に向けて蛋を産み付け、産み付けられた場合の蛋は間を置かず羽化し、幼虫が犠牲者の肉を食い荒らす」だ。

武器情報を得る為に生かして「遊ばせた」ケネジュの数体は、飛び道具の射程は50mから80m。そして運動性は極めて鈍い。

更に、防御力は無いに等しい貧弱な生き物である。蟲獣の世界でも飛び道具があるから生存競争に勝ち残れて来れたのだろうが、群れを成す生態であるから油断は出来ない。

接敵に防戦一方だった薔薇騎士団にも同じ情報を、特地の単位に直して伝えたが、特戦と共に武器の射程に関しては倍の距離から警戒するように伝えている。

視線を巡らせると、今度は朱い龍が見えた。翼の他に二本の腕が見える。巨大化させた翼竜では無くて龍種の中でも亜龍や飛龍、或は古代龍と呼ばれる種類の生物だ。

「ちょいとデカめのドラゴン発見。腕があって赤い」

それが、幾重にも鎖で拘束されて体格に見合った巨大な厩舎から数人の男によって引き出されてきた。龍を引き出した内の一人は、それだけの力を持ったオーク、ないしオーガ―と思われる怪異だが、その他はヒトと思われる人間だ。

翼竜ならヒトが飼い馴らすことも出来ようが、この大きさは明らかに翼竜ではないし飛龍よりも巨大である。以前に帝都の悪所事務所に出入りしていたことがあったが、その時に見た炎龍の頭部よりも一回り大きい頭を持っている。

「南雲二佐、いつでもLAMを使えるよう戦闘準備を」

「解った。お前はこのまま監視して続報を寄越せ」

火威が見ている前で、龍を拘束していたオーガ―と思われる一人が迂闊にも龍の鼻先を横切ろうとして炎を吐きかけられ、燃えながら転げのたうち回る。

「何やってんだアイツら」

のみならず、龍は拘束を解こうと暴れ出す。

以前に氷雪山脈に来る前に捕らえた賊はゾルザル派帝国軍が軍閥か賊になり果てた者だった。火威が見る人間の素性もゾルザル派帝国軍の兵士崩れで怪異使いという推測も出来るが、巨大な龍は一般的な巨大怪異とは違う飛龍以上の存在だ。

ヒトが簡単に操れるものではない。

やがて束縛から解き放たれた龍は、その対となる翼を広げた。

戦闘準備は未だ出来ていない。LAMを貨物から使用者分取りだしたにしても、龍に攻撃力を作る為のブローブも伸ばせてないし発射時の安全も確保できてないのだ。

無反動砲はこれほどまでに使い難い武器だったかと文句を言いたいところである。LAMは発射時に後方にカウンターマスという金属粉を拡散させる。10mは離れるか脇に避けるかしないと非常に危険な代物だ。

「大型の龍! 来ます!」

特戦や栗林が薔薇騎士団やノスリの連中に注意喚起しているが、ノスリの連中は目の前に脅威が無いのに何が危険なのか解っていないらしい。近くに龍がいるというのに、なぜ退かなければならないのかと騒がしい。

案の定の反応だが、最悪の場合は彼らをカウンターマスに巻き込んでもLAMを撃つことも考えなくてはならない。

頑丈なので死なないハズ。

城壁の遥か上空の高度まで龍は飛び上がったが、夜目の効く種族なら見える範囲だ。

「あれは炎龍では無いか?」

火威から仮面を返されたサリメルが嘯く。

光の精霊を使役して作った望遠でジゼルが見ても、あの龍は雄の炎龍だという。

「ったく、なんで炎龍がこんな寒い場所に……!」

「ロゼナクランツとかいう連中を怨めって」

未だにもたついているノスリの連中に、自衛官の後方ではなく脇に避けるよう言いに行ってから火威は剣崎からLAMを受け取る。それでもノスリの動きは愚鈍なのだから、遠慮なくブっ放ざるを得ない。

ところが龍は、サガルマタ近くにいる自衛官や帝国の戦力には目もくれず、火威し達が来た方向に飛び去って行く。

龍が、火威ら近付いた集団に気付かなかった訳ではない。阿呆のように騒がしいノスリの喧騒は龍の聴覚器にも入っていただろう。

暗雲の中に入った炎龍の姿をメンポを使って見たサリメルは気付く。

「彼奴め! マリエスに行くぞ!」

「二佐! サリさん! と、アルどん! こっち頼みます!」

サリメルが見る龍は天高くまで昇ったかと思うと、そこから滑空という形でマリエスが所在する南西へ向かっている。

火威の動きは速かった。防衛魔法を展開すると即座に飛び上がり、炎龍を追撃する。

火威達は75Km程の距離を三日の日程を掛けて来た。雪中行軍に慣れていない者が多数いたから時間が掛かってしまったが、空を征く龍には一時間足らずの距離だ。

マリエスに着くのは日没後。完全に夜襲となるだろう。

「その前にブッ潰す!!」

飛龍が空を駆けるスピードは時速にして約140km程度。この龍はそれより遅い80~100km程で飛んでいる。それに対して火威は本人の精神状態にもよるが、100kmから200kmほどの速さで飛ぶことが出来る。

右腕に新たに装備したのは、モーターから賜った浪漫武器。それは神鉄製の杭を打ち込み、体内に爆轟を封じた釘を残す射出式ブレード。

俗に言う「パイルバンカー」である。

「死ねよやァ!」

現在火威が出せる最高時速で炎龍の後頭部を凹むほどブン殴り、大穴を作る。直後、爆発。

ぐらりと揺れて、地上に落下するかと思われた炎龍だが突然現れた敵に驚き、動きが鈍っただけだった。

「ぐっ……!」

なんだコイツ、と思わず呟きそうになる火威であるが、その理由は今の一撃で理解した。

1960年代にイギリスで開発された複合装甲、チョバム・アーマーに似た鱗を持っていたのだ。火威が現在携行する携帯対戦車弾に対し、高い防御性能を発揮する装甲である。

本来なら有る筈の無いものである。それで着膨れていたから、この龍は大型に見えたのだろう。

だが、火威は難しく考えない。鱗の断面を見ればダメージが通らない理由が解るし、解ったとしてやるべきことは変わらない。

言うなれば、象と鼠のプロレスはこうして始まったのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

槍田の放ったLAMが城門に大穴を開け、続けて放たれた爆轟が枠になり果てた門を粉微塵に粉砕した。

暗視鏡を付けた南雲、忍野、的射、剣崎が雪崩込むと彼らの頭の上を淡い光球が通り過ぎる。

サリメルが作った眠りの精霊の魔法だ。それがサガルマタで龍を運び出していたヒト種の集団の中で破裂し、一言の声を漏らす隙も許さず全員を眠らせる。

「ナグモ、“あかばえ”の連中は左手の練兵場におる」

サリメルにハンドサインを使えと言っても無理なので、声を静めて喋る。サリメルも某ヘッズなのでハンドサインを憶えることに至極協力的なのだが、変態でも天才と言えるサリメルとはいえ数分で憶えられるものでもない。

M197ガドリングをバックドアから顔出させた高機動車を、物体浮遊の魔法で乗り入れさせる。そしてその車両は練兵場の前に砲身を向けて停車した。

ドライバーは栗林だ。倉田ほど運転技術が長けているわけではないが、この場では彼女は数少なく貴重な遠距離攻撃手段可能な戦力である。

仮に高機動車のエンジン音を聞かれても、“赤蝿”とコードネームを付けられた蟲獣に正体を気取られる危険性は低い。知っている可能性が大きいのは、敵方に組みしていたヒト種。ゾルザル派帝国軍の残党兵である。

「この扉の向う、300レン程の距離に“あかばえ”は屯しておる」

サリメルの知らせを受け、剣崎はLAMを構えた。放たれた砲弾は軽く木製の扉を撃ち破り、爆砕する。

剣崎が場を開けると10m離れた場所から三身のガドリングが火を噴く。繰り広げられるられたのはイタリカ防衛戦の再現だった。

いや、それよりも酷い。人間であるヒト種の盗賊団はキツい打撃でも人体が残る程度ではあったが、今回は生命力の強い蟲獣である。全てミンチにしてペーストになるまで攻撃が加えられた。

更にはサリメルの攻撃魔法が人間ではない生物を襲う。本来、魔法の射程は長いものではないが、サリメルが長年練り上げた精霊魔法は蟲獣の肉を焼き、焦がし尽くした。

 

 

*  *                               *  *

 

 

「ブルァァァ!!」

腐臭を放つ肉に纏わる小蝿のように、龍の周囲を高速で飛び回る火威は確実に、少しずつではあるが炎龍の鱗を砕き、肉を抉って弱らせてきた。

龍も自身の死期を感じ取ったか、思い切った手段に出て来た。どうせ殺られるなら一蓮托生。そんな事を考えたのかは不明だが、空中にいる火威に体当たりを敢行しそのままサマーソルトで自身の尻尾を武器に使う。

炎龍にとって無念なのは、その尻尾に特段攻撃力が無かったことだろう。仮に毒針が仕込まれていたとしても相手は使徒の眷属である。当りはしなかったが、防御魔法に魔導障壁を重ね掛けている火威に“当たったところでどうということはない”のである。

だが目障りではあった。

フルグランの背に爆轟を封じ、それを構える。それとは別の魔法「ANENO・IGEN」の爆発を煙幕代わりに使い、龍の背後を取った。

「眠くなる程にのろいぞッ! このモンキー野郎がァ!!」

爆轟を発動させてロケットの如く勢いで振り下ろされたフルグランは、一撃で龍の尻尾を根元から断ち斬った。部位破壊成功である。

リアルなので追加報酬はないが。

気力の減らないままに光の精霊で大量に虚像を生み出し、自身は龍の脳天に再度フルスイング。一撃で足らないと見るや二発、三発と杭を打ち込んで龍の頭蓋を砕く。

絶対に破られない防御など、この世には無いのだ。

既にこの場に於いての象と鼠の配役は明白である。

息絶えて落下する大きな鼠の脳天に向けて連環円錐を作り、爆轟で吹き飛ばす。敵性生物が地面に落ち、死亡を確認した火威は今来た空を戻って行った。

ちなみに、ファルマートでは「猿」と言える生物も亜人も確認されていない。

 

 

*  *                            *  *

 

 

龍を駆除した火威はサガルマタに戻り、攻城戦に臨む気でいた。

だがサガルマタに存在したロゼナ・クランツ側の主戦力は既に掃討・或は逮捕され、現在は市内の隅まで余すこと無いよう掃討戦に入っている。

隊の装備を特戦が戦えば理解出来るのだが、サガルマタでは予想してなかったことも起きていた。

「ヒオドシ殿、二本足蟲獣の射程、320レン(200m)程ありました」

「なんと……」

他の蟲獣と共に異世界から招いたのだろうが、サガルマタの赤蝿はその中の上位種なのかも知れない。

或はラウアというロゼナ・クランツの魔導士に改造された生物ということも考えられる。

火威はスィッセスからの知らせに、思考を巡らせた。

「狭い空間で連中と相対する時は、防衛魔法か障壁作れる魔導士で行かんとな」

サガルマタ制圧時の様子を聞くと、槍田がLAMで城門を爆破。

一気になだれ込んだ自衛官らに敵方のヒト種は眠りの精霊で眠らされて何ら抵抗出来ずに降伏。

練兵場にいた二本足蟲獣……赤蠅とコードネームを付けられ、火威の報告より戦闘能力が高かった連中は火威がAH-1コブラから拝借したM197ガドリングでミンチとなった。

現在、特戦と神々、そしてノスリの集団は2班に分かれて市内に残存する敵勢力と生存者を捜索している。

ごっそり群がミンチにされてる最中に放たれた数発だから、死にもの狂いの一撃だったのかも知れない。だが、滅多に顕在しない潜在能力だとしても脅威には違いないのだ。

城門前を立哨し、異常事態を警戒する二名の薔薇騎士団員にはノスリ二人を随伴させ、市内中央の広場を歩哨する団員にも一人のノスリを付かせる。

薔薇騎士団は美人揃いだが、一足先にエティになったナサギが見張っているのでセクハラもできない。エロショタノスリと異常事態、二つのことを一度に見張るナサギには頭が上がらない。

 

内戦時に、ゾルザル派帝国軍は味方の遺体から死因である銃弾を取りだしたことで、64式小銃の弾が通らない眼鏡犬(スコープドック)を戦場に立たせた。

自分の方が強いと解れば怪異使いでも制御できない兵器としては失格の生体兵器であったが、自衛隊や正統派帝国軍には()()()()に被害もあったのだ。

今回の炎龍もロゼナ・クランツ側の怪異を焼いたりしてたが、自軍の被害を考えて兵器開発するロゼナ・クランツとも思えない。平気で非戦闘員に被害を(もたら)す連中に人権意識があるとは思えない。

龍の死体を放置してしまったら、調べて更に隙のない生体兵器を作りだすかも知れないのだ。

サリメルに頼んでアルヌスへのゲートを開き、龍の死体を移送する。

夜なのでロゥリァには殆ど人がいなかったが、ロゥリィの魂を座標にしているので当然ロゥリィには見つかった。

「あんた何処まで人間離れする気なのよぉ」という言葉を賜ったが、ロゼナ・クランツの反則が著しいので勘弁してもらいたい。この任務が終わったら大人しくしますから。

 

サガルマタに戻った火威は、サリメルが付いてない方の一班に加わって廃墟となった都市の中に潜む残存勢力を捜索する。

火威はユエルやグランハムと同じ班になったが、接近戦用武器しか持っていない別の神の眷属が今にも諸刃剣突撃しそうな気がして気が気でない。

第二班である火威達は、兵舎の北側の一室まで辿り着いた。元来、陸上自衛隊では構えてすぐに発砲するようなことは無いが、一品物のメンポはサリメルが使用している。

だが既に陽が沈んで久しい。早く仕事を終わらせなければならない。そうでなければ周辺への警戒をすることも出来ないのだ。城門前にいた薔薇騎士団員は城内に退らせ、城門も閉じられている。

味方に出るかも知れない被害を考えれば、怪しければ射殺し、その後に敵味方の識別を調べるしかないのだ。

だが火威は現在のファルマートでも高い力を持った魔導士である。自身に使う防御魔法ではなく魔導障壁を使えば敵の攻撃は抑えられる。

しかし、火威には今一自信が無かった。一般的にヒト種が使う魔法より、特定の種族のみが使える精霊魔法を多用し戦闘にも使ってきた。

ここで火威は考える。使うべきは発動の早い精霊魔法ではないかと……。

剣崎のハンドサインで的井が扉を開け、忍野が音響閃光弾を投げ入れる。ハンドサインが解るメンバーがもう一人欲しいところだ。3体の赤蝿を視認するや突風で壁に叩き付け、火の精霊(サラマンダー)で焼き尽くす。

「クリ……あっ!?」

暗がりに隠れていた一体の赤蝿が、別の赤ばえを潰し駆除するユエルの後ろから現れた。

「ぬぅっ!!」

発射された弾蛋がユエルの背中に突き刺さる直前、蟲獣はグランハムのフレンベルシュに両断されて息絶える。ロクでもない弾丸に被弾したのだがら、すぐに処置が必要だろう。

「サ、サリさん! すぐにアルヌスの診療所まで!」

「慌てる必要はない」

火威と一緒になってサリメルを呼ぼうとする剣崎や忍野を、ユエルとグランハムが止める。

「ふんっ……!」

何言ってんのこのオスプレイリスト……と思う自衛官の前で、ユエルが撃たれた部位に力を入れると、血液と一緒に妙な蟲の幼虫を吐き出させた。

そして眷属故にすぐに塞がる傷口。

こいつも大概人間じゃぁない。火威達自衛官はよく理解した。

「剣崎三尉、負傷者ですか?」

栗林やサリメルの班も兵舎内を最後として、敵の残存勢力と生存者の捜索は終えたようでである。

「いや、結局何もなかった」

人間じゃない芸当の御蔭でなくなりました。

「しかし面倒な真似をしてくれたのぅ……。ロゼナ・クランツの奴らめ」

ユエルの背中から吐き出された幼虫を、サリメルは超局所的サラマンダーの最高火力で焼き払ってから炭にして踏み潰す。

「もうちょっと面倒続きそうですよ」

「うわ~、それもそうじゃなぁ~」

今までに好きな事しかやって来なかったであろうサリメルが、げんなりとした表情を作る。

その時、天井を構成する柱から何かが降ってきた。それが意図してのことでは無いのは、落ちて来た影から哀愁漂う「ニギァ~」という悲鳴が発せられたことで明白である。

「どうした!?」

「敵か! 生存者かっ!?」

白い産毛に包まれたソレは、瞬く間に厳つい体格の男達から囲まれ冷たい銃口を向けられた。「ニャ」という悲鳴から、キャットピープルであることは察することが出来る。成長すれば美しいホワイトタイガーになるであろう猫ちゃんは、柔らかそうな姿態からして雌か? と、誰もが考えた。

キャットピープルに第一声を掛けたのは、げんなりしていたサリメルである。

「サ、サガルマタにオンナノコネコちゃんが……。ネコネコ可愛い生存者が見つかって妾の完全勝利じゃろこれっ!」

勿論、サリメルではなく皆の勝利である。ケモナーの倉田やカトリが知れば、彼等の精神力を試す煉獄が始めるだろう。だが……。

「雌じゃないニャっ! これでも17歳の雄ニャ!」

それを聞いたサリメルの霊格、ここに極まる。

「バ、バカな……! これでオットコノコじゃと……。どうみてもオニャノコにゃて……」

サリメルは呪文のように呟く。

「も、萌える……萌えてしまう…………。この妾が……」

これは 面倒なことになった……。 ……そう呟いてから、サリメルは部屋が崩れる程の爆発を起こした。

巻き込まれた者は誰もいなかったが、皆が異口同音である。

「ホントに面倒臭せェーよ!!」




以前にお伝えしたガンダムの二次小説ですが、18禁一本でやることに決めました。
マリーダさんや猫ガンダムの方のポンコツ姫さまとエロいことしたいのが執筆の理由です。
それを思い出した時に18禁一本に収斂されました。

どや?


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第二十八話 溜め

ドーモ、庵パンです。お久しぶりです。
101話に発狂しつつもダラダラ書いていたら、物凄く長くなってしまいました。
キリの良い所で……と思ってたら、過去一番の長さ疑惑が付いてしまいました。
余り長いと読む方が疲れるというのに……。


毎度の如くロマの森まで着替えを取りに行ったサリメルと自衛官達、そしてリーリエやナサギは、リッテラと名乗った白毛のキャットピープルの扱いを話し合う。

戦闘に巻き込まれた避難民なら、アルヌスかロマの森に避難させる必要があるが、リッテラはロゼナ・クランツの都市や要塞、そして未だ隠された戦力をそしてを知っているという。

これは誰が聞いても警戒する。敵の回し者である可能性しか考えられない。ノスリの連中が警戒するくらいだ。

だがノスリでも警戒する程度の嘘を、わざわざ敵集団の中で吐くだろうか? 虚言を流すにしても、もう少しやりようがあるのではないか?

「怪しさ満点だな゛ぁ~ん。どう考えて罠臭いな゛ぁ~ん。既に性別を偽ったな゛ぁ~ん」

「必要なことはエロ()が占えば良いなぁ~ん。猫野郎に聞くことなんて無いなぁ~ん」

「その通りなぁ~ん。性別詐称とかロゼナ・クランツも進退窮まり過ぎの証拠だぁ~ん」|

リッテラは自身が女だと言ってたことは無いのに、サリメルに()()()()勝手に騙されたノスリは怒り心頭だった。

雄だったということが、余程ショックだったらしい。

「全身海綿体の言うことなんてほっとけニャ。さっさと連中の本拠地を叩き潰しに行くニャ」

コイツらを全身海綿体と評すとは、以前から火威が言いたかったことを物の見事に言いあらわしている。

日本の巨大掲示板風に言えば、「的確過ぎて草生える」といったところか。

「ちょっと待て。なんで海綿体なんてモンを知ってんだ?」

「ウチの二親は両方とも賢者で医術者ニャ。しかも腰周り専門の医術者だから「海綿体」が何処のナニか聞いたあるニャ」

一応、専門は理に適っている……のか? かと言って戦災難民を連れ廻す訳には行かない。未だに知られぬ敵の戦力を知っているというリッテラを、連れ回して良いものか……。

思案し呻く自衛官らヒト種の脇で、サリメルはポンと手を叩く。

「うむ、解ったぞリッテラ。ヌシの言う新勢力とはラウアとか言うヤツが別の世界から召喚した六肢族のような連中じゃろう?」

「ニャッ! どうしてそれを!?」

サガルマタを攻略し、リッテラに悶絶した直後にツスカでプロトンの精霊に聞いたらしい。ついでに火威が始末した一頭の龍も、敵本拠地を守るように囲む7本の柱の一本であることも解っているという。

先日、氷雪山脈の精霊と歓交したサリメルは一度の歓交で精霊と意思の疎通が出来るようになっていた。

頼もしさを通り越して、ネットゲームなら即GMに蹴り出されるようなチート行為である。この女、日本に連れて行ってもネトゲはやらせちゃいけないな……。そう火威は考えたりするのだが、何時までも憶えていられるほど重大な要件でもない。

「つかサリさん、六肢族っすか?」

「いや、ただ単に蟲が二肢か三肢で立ったでけの連中じゃな。“あかばえ”みたいな感じで」

それは随分と気持ち悪いかも知れない。カブトムシっぽい生物がカンガルーのようにして尻尾の力込みで立っているのは見たい気もするるが、ゴキ野郎が直立歩行するのは見たくない。許せない。

そもそもゴキという時点で存在してはならない。

「そういう訳でリッテラ、ヌシはアルヌスに避難しておれ。ここには古代龍を殴り殺せる程の者がおるからな。ほら、ここのハゲがそうじゃよ」

実に解り易く有り体に説得するものだと思う。

「あの程度なら10杯はイケる。リッテラとか言ったな? 君の親兄弟を殺したという仇は必ず葬る。信用してく……」

「待つニャ。ウチは連中のウルプ・グラキス。敵の本拠地までの抜け道を知っているニャ。そこまでに道を知っているのは……」

「いやちょと待て。“うるぷぐらぎす”ってのは何だ?」

知らぬ単語を出して会話を続けようとするリッテラに先んじて火威が止める。そして皆の疑問を代表して聞いた。

ウルプ(凍結)グラキス(帝国)だニャ。サガルマタから何人も建設の為に連れて行かれたニャ」

「ふむン?」

先程捕った捕虜からは、未だに何の情報も得ていない。情報を照らし合わせるにしても、もう少し時間が必要か……。

否、時間は無いのだ。季節が進めば今季中にロゼナ・クランツ討伐は不可能となる。

直ぐに精神魔法で記憶を喋らせるなり、拷問にでも掛けるなりして喋らせなければならない。

皆がそう思った時、捕虜の身柄を抑えていたノスリの一人がサリメルの元に走ってきた。

「捕虜の一人を(エロイ)拷問に掛けてゲロさせたなぁ~ん。オラっ! こっち来いなぁん!」

ノスリが縄を引っ張ると、荒縄で亀甲縛りにされたオッサンが引き摺られて出てきた。この種族、穴さえあれば雌雄は関係ない恐るべき習性を持っていた……と、全ての他種族は理解したことだろう。

「し、知らないっ……!俺は何も言ってな…」

「黙らっしゃいなん~~~ッ! 舌を抜かれたいのかなンッ!?」

ノスリの事だから、捕虜が何か言葉を吐いたのを勝手に自白と解釈した可能性もる。コイツ(ノスリ)らは先程から怒りで正常な判断を欠いているようだし。

「あー、そうじゃな。シノや、ちょっとこのオヤジ寝かせて」

「了解」

栗林の上段蹴りがオッサン兵の頭部に決まり、その意識を容易に刈り取る。サリメルが手早く精神魔法で自白させようというのだ。

この妻と長い人生、連れ合うのか……。栗林の力を見て、火威は畏れるやら惚れ直すやら……自分の神経が一般とズレて来ているのを実感するのであった。

 

 

*  *                            *  *

 

夢魔アルプで自身の意識とは関係なく、ロゼナ・クランツ即戦力だったヒト種の兵は語った。

自身は元はゾルザル派帝国軍で、仰ぎ見る旗を今更変える事を良しとぜず軍閥化した敗残兵である。

その兵の中心となったのは、帝国の内戦でゾルザル派帝国軍の三将軍の一人であったミュドラであった。

フォルマル領イタリカの決戦で、ピニャの軍勢側に付いていた災害のような力を持つ者に吹き飛ばされた彼等は、何者かの意思が働いたのか多くの者が氷雪山脈の麓に叩き付けられた。

その衝撃で命を絶たれた者も多いが、叩き付けられた地面が泥だったので生き残った者も少なくない。

彼等の頭の中に響く女声に導かれて死線の山脈を越えた者が多数いた。

イタリカの決戦でゾルザル派帝国軍が敗退したことを、正体不明の女声は彼等に伝えた。同時に、これ以上生きるつもりであれば、山脈に踏み入りその深部の氷の都を目指せとも言う。

それから暫くして、ウルプ(凍結)グラキス(帝国)は動き始めた。本格的に山脈内の集落に進攻し始めたのは三ヶ月程前、丁度大祭典の準備の真っ最中である。

「仲間…殺した魔導兵器………ナグラヴィ、ここから逃げた………」

「なにっ!? いつ逃げたんじゃっ」

サリメルが珍しく厳しい口調で、寝ているオッサンに問い詰める。

「三日前……誰にも止められない……」

サリメルはオッサンを張り倒すと、穿門法でマリエスへの扉を開いた。

何の知らせも無かったが……と呻きながらも、開いた門に飛び込む。

「ちょっ、何やってンのサリさん!?」

サリメルの無体を見て、火威は栗林に事の事態を南雲に知らせるよう言ってから急いで後を追った。

 

 

「サリさん、急にどうしたんですか?」

緊急の事態かと思ったが、何事もないマリノスの情景を見てサリメルは胸を撫で下ろす。

「すまんスマン、さっき捕虜の言葉の中にな、禁忌の最上位とも言うべきヤツの名が出たからな。それで見に来たのだが……」

どう見てもマリノスは平穏無事。サリメルは自身の早合点に焦っただけのようだ。しかし見た目には無事でもマリノス城内が無事とは限らない。

何れにせよ、防備の点でサガルマタはマリエスを上回る。マリノスにいる人々はサガルマタに移動した方が良い。

多方向から敵に攻められ続け、城門や城壁が何度も破壊されたマリノスより、城壁が高く、高い雪山が自然の城壁となって、地上からの敵勢力が攻め来れる方角も一方向に限られるサガルマタの方が良いに決まっている。

雪の中から敵性生物が沸いて来るなら二方向を守備しなければならないが、その場合でもマリノスよりは遥かに楽である。

早速アロンの無事を確認し、サガルマタ到達を知らせようとしたサリメルは一歩踏み出した。

「あブッ!?」

しかし踏み出した先に地面というか、雪原は無かった。サリメルはマリノスを囲むように出来た湖に落ちてしまったのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

南側は川に面していたマリエスだが、それが今では南側を中心に湖ができて、脆くなった城壁から水が入りマリエス内部も一部水浸していた。

――これ、ちょっとどういうことなの?――

とはサガルマタ制圧に向かった誰もが思うことだが、捕虜から聞いた『ナグラヴィ』という存在が一度はマリノス周辺まで来たことの証左であるという。

「どゆことス?」

マリノスでアロンやハリマやミューの無事を確認した火威ら自衛官は、サガルマタへの引っ越しを手伝っていた。

驚いた……というか予定通りのことでも火威が忘れていたのだが、テルタを経由して40騎の雪中戦経験のある帝国兵がマリノスに到達していたのだ。

どういうワケだか、その帝国兵に途中から付いてきた鹿を意匠したような獣人を遠くから見たサリメルは、早々にサガルマタに隠れてしまったが、彼女が言うには「ナグラヴィ」は高い温度を保つ魔導生物……というより魔導兵器で、それによってマリエス周辺の雪が溶けたのらしい。

「……そいつと俺達、擦れ違ってるんじゃ?」

「空を浮いて行ったんじゃろ。彼奴は水に浸かると止まってしまうからな」

「そんなモンを氷雪山脈で使おうとは、ロゼナ・クランツって驚くほど馬鹿なの?」

「普通は考えんよなぁ」

サリメルの推測では、帝都を直接奇襲しに行こうとしたことも考えられるそうだ。ナクラヴィとは、それ程までに強力な自立型の魔導兵器らしい。或はロゼナ・クランツが焦った結果とも考えられる。

「古代龍が基礎の魔導生物など、元となる龍に限りがあるしな。それをいとも簡単に屠殺されては、連中もなりふり構っておられんかったのじゃろ」

ロゼナ・クランツを討伐する日も近いと、サリメルは言う。

だがロゼナ・クランツを排除してもナクラヴィは活動し続けるのだ、此れの排除を確認するまでマリエスには戻るべきではない。

そのことをアロンやリーリエに伝えると、ロゼナ・クランツ討伐後もマリエス周辺の安全が確認されるまでサガルマタを山脈の都とするようだ。

そもそも、サガルマタは嘗てシュテルン家が山脈内で真っ先に気付いた都市である。今は砦のような様相だが、城内には市場が開けそうな広場や、時刻を告げる大鐘を持つ時計塔が存在する。

「ところでハンゾウ、龍の肉は喰ったか?」

「す、すいません。余りにも手応えがないから炎龍と同種の生き物とは思わず……」

ついさっき屠殺した龍以外、マリエス付近で討伐した古代龍はフルグランで心臓を抉り、魔法で城門の外に叩き出すと自身の血液で燃え上がった。

炎を吐く龍が体内に化学物質を持っている証だが、その時の火威は龍の肉など気にすることなくアルヌスに帰ってしまっている。

再びマリエスに戻った時、龍の肉はジゼルが連れて来た翼竜や飛龍、そしてノスリの連中が食べてしまった後だった。鱗は綺麗に剥ぎ取り、防具を作っていると聞いている。

「ヌシらが戻るまで、アルヌスに置いて来た龍の肉がちゃんと残っているかじゃな。こっちでもあと1~2回はでてくるかも知れんが」

「ここに来るまでに少し弾薬を消費しちゃったんで、ロゼナ・クランツの最終攻略を前に一度アルヌスに戻る……っていうことになると思うんスがね」

「お、そうなのか」

事実、マリノスからの引っ越しを終えた後、サリメルは南雲から明日の朝一番でアルヌスへの門を開いてくれと依頼されることとなった。

武器・弾薬を補給した後日、リッテラが言っていた凍結帝国への道筋を電撃的に進攻する手筈だ。

その為には、明日の補給の数時間後に、体力と魔導が優れた火威が精霊魔法を使って敵地を偵察しなければならない。

「つか人間が古代龍の肉食っても……」

「忘れてたか。妾の眷属なのだから問題ない」

サリメルに対し、個人的な仮りを作ることに火威は消極的である。

だがサリメルは言う。

「だから偵察からもちゃんと戻って来い。シノの夫が出来るのはヌシしかおらぬ」

この女が真剣になった瞬間を、火威は初めて見たのである。

 

 

*  *                            *  *

   

 

次の朝、サガルマタからはアルヌスに門が開かれた。

「つか、リッテラが言ってた抜け道の話、オッサン捕虜はしなかったね」

「当たり前ニャ。捨て駒にされた連中が知っているワケないニャ」

ゾルザル派とは言え、帝国兵を捨て駒にするのは南雲に聞いた話からしても理解できる。だが帝国と神々に喧嘩を売って、その後にロゼナ・クランツが何をしたいのかという展望が丸で見えない。

グランハムやサリメルの言葉から、火威はロゼナ・クランツ内でもイレギュラーな存在らしいことは解る。

それでサリメルでも狼狽る程の魔導兵器を使うまでに至ったのだろうが、帝国を怨み神々に喧嘩を売る彼らが目的を達成した将来に見る展望が、火威には全く解らなかった。

この世界に生きる者全てに憎しみを向けるかのようなラウア・バル・ローゼンの目指すところが、闇に覆われて見えないのだ。

それがまた、火威の背を薄ら寒くする。連中の目指すことが大陸中を巻き込んでの盛大な自滅なら一刻を争う。何よりこの場には、栗林がいるのだ。大事な将来の妻である。

 

補給物資がサリメルが作った門に搬入されていくなか、火威は伊丹の所在を聞いて話を聴きに行く。

特地派遣隊のなかで、伊丹は資源調査の名目で大陸内を最も長く移動し、遭遇した怪異の種類も一番多い。

敵地への侵入と偵察の任務を控えた火威としては、彼が遭遇した怪異の種類と対策を聞いておきたいのだ。

昨日移送したドラゴンの肉を食うのは、それからでも時間があるだろう。

アルヌスの『門』の再建が始まって二週間が経つ。なので氷雪山脈での戦いはそろそろ片を付けたい。

そう考える火威はロゥリアを詣でた後、駐屯地内の作業場に足を向ける。伊丹は運ばれてきた石材に呪紋を施したり、石工作業をする場にいる筈だ。

だが、火威が着いたその場には伊丹はいなかった。頑固そうなドワーフが岩に楔を打ち込み、叩き割るような場所だ。凄まじい騒音で少し声を掛けた程度では会話もできないし、伊丹の行方を聞こうにも聞く相手もいない。

だが、火威も遊びで来た訳じゃない。この中で、今まで集中を必要としなかったであろう仕事をしていた人物を見つけ、伊丹の行方を聞くしかない。

「ちょっと」

折よく、ドワーフの少年を見つけて彼の肩を叩く。恐らくはここで働くことになったドワーフの弟子か何かだろう。

「っ……!」

声を掛けて肩を叩いただけで怯えられた。もう嫌だこの炎龍顔負けのツラとハゲ頭。

「ここに居た伊丹って言う人が何処に行ったか知らない? その人に用事があるんだけど」

服装からして伊丹の同僚、ないしジエイタイの一員であることが解ると、彼は伊丹とレレイ、そして彼女を呼びに来た犬耳娘が麓の街に行ったことを教えてくれた。なんでも行商人との間で緊急事態が起きたらしい。

「ほうぁっ、なんと言うことか」

特に喋ることも無かったのだが、ドワーフ少年の心象を少しでも和らげようと意味不明な受動詞を吐いた火威だが、それはそれでドワーフ少年の警戒心を強める結果となるころは知る由もない。

麓の街まで走っていくと、そこで早速伊丹やレレイを見つけた。広くなった街だが行商人の家畜が荷車を曳いて来れる場所は限られている。

見れば幾つかの荷馬車が停まり、行商人であろう男と、その雇われ人か別の行商人かは不明だが複数の男達がいる。

行商人は大理石なら何でも良いと思っているのか、運んで来た大理石は門の建材に使えるような白い石では無く、模様が入っているもの物が複数ある。

日本との『門《ゲート》』を開くなら、『高貴の白』と呼ばれる濁りのない絹漉し豆腐のような大理石でなければならない。

それでトラブルが起きたらしい。火威が遭遇した商人は職業に誇りを持っている者ばかりでキメ細かい商売をしていたが、特地ではいい加減な業者の方が多いようだ。

先程から、レレイとの商談でやかましい声を上げている男はポンコツ商人と言えよう。

そこで、火威は非常に懐かしい顔を見つけた。以前から会いたくて仕方がなかった顔だ。

「この下賤なルルドの小娘が! 下手に出てればいい気になりやがって! 貴様らは黙って俺達帝国市民様が運んできた石に金を払えば良いんだよ!」

行商人は言うだけで収まらないのか、震わせていた拳を高々と振り上げた。

咄嗟のことで、流石のレレイも魔法の発動も間に合わない、襲って来る激痛に堪えるために目を瞑ったが、そのレレイを伊丹が抱き、その背中でポンコツ商人の拳を受けた。

「いててて」

よっぽど痛かったのか、伊丹はひどく顔を(しか)めている。

「何やってんだテメエはっ!!」

「――――!!!」

魔法の如き高速でポンコツ商人に近付くと、その胸倉を掴んでバットのように素振る。

この瞬間、ポンコツ商人は特地でも稀有な絶叫マシーン体験者になったのである。

声を出す暇もない一瞬の出来事だったが、味わった恐怖と共に確かに得難い経験をしたのである。

「あ、火威。山脈の任務終わったんだ」

「いえ、明日から本気出します」

火威個人に限って言えば、そろそろ本気を出す必要を強いられる。

ポンコツ商人はというと、火威達から別のポンコツ商人の陰で心臓を抑え、肩で息をしている。余程恐かったらしい。

そのポンコツ仲間らが一斉に腰の剣を抜き、いよいよ拳以上の暴力をちらつかせ始めた。

「おい、待て、待って待ってよ! 刃物を抜いたら、それはもう商談とは言わないぞ!」

「はっ、こいつを振りかざすのも俺達にとっては商談の進め方の一つなんだよ」

あぁ、商談してたんだっけ? ……というのが火威の素直な感想である。ならばと臍下(せいか)丹田に力を込めて、法理を開き始める。今の火威が本気を出せば、ポンコツ商人の集団など骨も残らない。

「おぅ、来いや。出血大サービスしてもらおうか」

魔導展開に伴って大気が揺らぎ、風が吹き込む。一部のポンコツ商人は只事ではないと、ポンコツながらに気付いたようだが、多くのポンコツは相変わらずのポンコツである。

「なら此の身が御身に刃を突きつけても文句はないな?」

背後からの女声に驚いて振り返るポンコツ達。

そこで初めてポンコツ商人らは、自分達が完全武装の傭兵に取り囲まれていることに気付いた。

彼等を包囲したのは、抜刀したヤオと組合隊商護衛を任務とする傭兵部隊だった。

「ま、待て! 待ってくれ」

「いや、待たん。特にお前」

火威は一人のポンコツ商人に詰め寄ると、胸倉掴んで吊り上げる。そして傭兵の一人からナイフを借りると、物体浮遊の魔法でその男の毛髪をそぎ落とし始めた。

ついつい眉毛の片方も剃り落としてしまったが、やはりその顔は内戦終結後にロンデルから帰還する途中の宿で、火威が情報を記したノートと十枚以上の金貨を盗んだハゲ野郎である。

「遂に見つけたぞ、この盗人が。俺の顔を忘れたか?」

火威の威圧的で特徴的頭部は、こんな時に便利である。ヘッポコ商人Cは泣きそうな顔になってヒトの背丈より少し高い位置に固定されていた。

「い、いや、初めて会うとおも……」

「あ゛ァ゛!?」

「すいませんつい出来心だったんですぅ―――っ!」

「つい……じゃねーよッ! 日本じゃ金貨十枚盗んだらあの世送りなんだよ! 知りませんでしたじゃ済ませんぞゴラァ!?」

江戸時代くらい昔の法律では……であるが。

そして犯罪行為が行われたのも帝国内で、証拠となるのは今のポンコツ商人の自供だけである。

「頼む。殺さないでっ!」

「国による殺人。イイと思います!」

今更ながら明記する。火威という男、犯罪者に情けというものが無い。誰から見ても罪が確定的な死刑囚は「何時までも生かしてンじゃねェーぞ!」というスタンスである。

別のポンコツの首にレイピアを突きつけるヤオも一歩も退かない。

「ま、待ってくれ!」

「嫌だ。此の身は今、猛烈に機嫌が悪いのだ」

そして剣先を使い、じんわり嬲るように行商人の髭を剃っていく。

何故ヤオの機嫌が猛烈に悪いのか、火威にはサッパリ解らないのだが、伊丹がちゃんと周りに居てくれる女性を可愛がらないのが原因だと推測する。

日本との門が再開通したら三人娘とヤオと、栗林から聞いた元嫁を呼んで5人で……いや、ピニャも懸想しているようだから6人の嫁さんと過ごせば良いのに、と思ったりする。

「動くなよ。動くと皮が切れてしまうかも……あるいは血管までばっさり切れてしまうかも」

「た、頼む。殺さないで!」

壊れたレコーダーよろしく同じ文句で命乞いをするポンコツにも飽きてきた。

「どうしようか?」

「コイツらメンド臭いっすわ」

散々脅されたポンコツ商人らは『高貴の白』三つ分の代金を受け取り、その全てを路銀を火威に没収された。シンク金貨10枚の窃盗というのは、火威にとってそれだけの罪である。

だが帝都に行くまで飲まず食わずのデスマーチを強いるという訳でもない。食料にフラ麦と白細豆を渡して最低限には確保させたのである。

これが嫌なら、道端で蛙でも蛇でも捕まえて喰えば良い。何れにせよ盗んだ金を全部返すまで貴様らに平穏は無いと思え……というのがヘッポコ商人への最後の言葉だった。

以降、ヘッポコ商人はアルヌスに近付くことは、一度として無かったのである。

その後、ヤオ曰く「レレイの求めに応じてない」のが原因でレレイに置いてかれた伊丹から、作用場に戻る道すがら火威が知らない怪異についての情報を得た。

ヤオはあのように伊丹がレレイの機嫌を損ねるような発言をしたと言っていたが、もう一度ポンコツ商人とのやり取りの前後を聞かなければ解らない。何せ伊丹は火威から見ても結構な難物である。師匠の為にも現物の「デレ」というものを確認したい火威であるが、栗林はほんの一瞬だけデレ(?)たのか? という程度しか見れなかった。

「ミノタウロスなんかいるんですね。この世界」

伊丹の話を火威はメモに書き留める。存在を初めて知ったのは、独の息を吐く大型鶏のコカトリスと、悪所にいたミノ姐さんとの関係性を知りたいミノタウロスという怪異だ。

ミノ姉さんが立派に社会生活を送っているのに対し、ミノタウロスは他の生物を生で喰らい女を犯す立派な化物だった。

「あぁ、それとダーにも警戒した方が良いんじゃないか?」

「お、そうっすね」

敵の背後には組織立った存在があるんだから、ゾルザル派帝国軍のように怪異テロを敢行する可能性は大いに有り得る。

サガルマタの住民はロゼナ・クランツに連れ去られたのだから、拉致被害者を偽装したブービートラップは有って当然と考えるべきだろう。

ダーの擬態を解く笛がアルヌスの街に未だ売っているのかという心配はあるが、サガルマタに戻り次第、この危険性を皆に伝えなければならない。

 

さておき、火威自身にのみ課された重大な任務がアルヌスには存在する。

昨晩運んで来た古代龍の肉を食うという、地球人の中では、(たぶん誰も)誰も成しえなかった事柄である。

古代龍の肉は、サリメルの口振りからするととても常人が食べれるようなものでは無いだろう。毒性を持っているかのような口振りだった。

歯応えは翼竜より更に悪く、噛めるものではないのかも知れない。舌触りは刺激的を通り越して針の山を舌に乗せるようなものかも知れないし、喉越しも鉛を呑むようなものかも知れない。

だが、火威は怖れずに古代龍の死体の元に向かう。栗林は強さに惚れてくれたが、火威も30代の前半なんだし、どうせなら髪の毛のある旦那が良いに決まっている。

自らの人妻になった栗林と毛の生えた火威が、衆人観衆の下のデートを夢想する。やっぱり良いものだ。子供が出来て家族団欒というのも、頗る良い。

が、アルヌスにもゲテモノ食いは存在した。

ノスリがいないから大丈夫かと思ったが、エフリ―とイフリ―という夫婦飛龍が古代龍の肉を仲良く喰い尽くしていたのである。




サブタイ修正です。
ちょっとあんまり過ぎるので修正してやる!
歯ぁ食いしばれッ!(ドグシャァ


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第二十九話 潜入

ドーモ、庵パンです。
あからさまなサブタイですみません。
久々の週二投稿です。
でも前回よりだいぶ短いです。

というか、前回うっかりしてそのまま進めてしまったのですが、
 SERIO様! 誤字報告有難う御座います!
最近のは誤字に注意してるんですが、昔のは未だ一杯ありますねぇ……。


光の精霊魔法と物体浮遊の魔法の併用で敵地上空を飛ぶ火威の任務は、アルヌスから持って来たポラロイドカメラで凍結帝国全域を高高度から撮影する事と、都市があったとすればその中に潜入し、防衛施設各所を撮影することだ。

撮影時に光るフラッシュは、精霊魔法を駆使すれば抑えることも出来るとサリメルは言うのだが、流石に火威はそこまで精霊魔法の練達者ではない。

凍結帝国の幾つかの場所で、足跡を残してしまうかも知れないのを前提に任務を進めなければならないのだ。

更に、今回の任務では周辺の村落から拉致された現地住民を発見しても、救出することは出来ない。

その場所と拉致被害者の数、そして敵の守りがあれば、それだけの場所と数を記録し、可能であればカメラで撮影する必要がある。

また、仮に任務中に拉致被害者を発見しても助けることは出来ない。

サリメルが精霊と歓交して氷雪山脈で起きていることを知ることが出来るのだ。ロゼナ・クランツも自身の胸前で起きていることを、逐一知ることが出来る可能性もある。

 

ロゼナ・クランツの本拠地に向かう前、アルヌスにいる間に火威は栗林とサリメルに残念な知らせをしなければならなかった。

「古代龍の肉、全部龍に喰われてました」

そう火威が報告すると

「くっ、それは残念無念。じゃが古代龍はまだおるかも知れぬ」

とサリメル。

「いやぁ、そこまで頑張って生やそとしなくても、今の火威三尉の顔は如何にも強そうで好きですよ」

と栗林。

栗林が好きだと言ってくれるなら、このままでも良いかも知れない。ジゼルも結構好きそうだし。

何より、ダメージをサリメルが肩代わりしてくれるとはいえ、古代龍の肉なんて食べたら精神的ダメージをも受けてしまいそうだ。

胃が溶けたとか、舌が穴だらけになった程度のダメージならまだしも、股間のドラゴン殺しが寸鉄サイズになったなんていう悲劇が起きたら大惨事である。

諸行無常、漢の毛髪はいずれ抜けて消えるものと考え、火威はその最終局面に早々到達したと考えれば良い。

カトー老士は未だ毛髪豊かだが、彼は男の老魔導士であって火威は漢の労魔導士なのである。

さておき、先述の特性を利用しての通信手段を、火威は偵察に向かう前に聞くことになったのである。

「なんスか? サリさん、特別な通信手段ってのは」

サリメルは昨夜から、リーリエや栗林、そして薔薇騎士団の女性達を隠すように本隊から離れるようになったのだが、その理由はまた後述する。

「ほら、ヌシは妾の眷属じゃろ。ヌシが受けた傷は妾に来るるワケじゃが――――」

サリメルが説明する方法というのは、至極簡単だ。

サリメルの眷属である火威の負傷は、ある程度までならサリメルに肩代わりして貰えるようになっている。この能力を利用し、離れた場所にいても火威が自身の身体を傷付け文字を刻み込めば、意思の疎通が可能だというのだ。

また、サリメルが自身の身体に文字を刻み込んでも火威の身体に浮かび上がってくるのだ。

ちなみに、眷主がバラバラに解体されても眷属には影響が無いのだから、神様製ヒューズは良く出来ている。

「んじゃテスト」

ということで、離れた場所から本隊に移動した火威が、借りたナイフで自身の腕に「×」を刻み込み、それを栗林ら自衛官が憶える。

それからサリメルが自身の腕に「セクロス」と刻み込むと、血相を変えて火威は飛び込んできた。

「あんた! 他人(ひと)の身体に何書いてんの!」

自衛官らは眷属の苦労を、よく理解したという。

 

 

*  *                            *  *

 

 

凍結帝国への抜け道を抜けて最初に見えてきたのは広大な氷河と、その上に作れらた氷上迷彩とでも言うべき柄の要塞だ。

要塞といっても、お椀を逆さにしたようなトーチカと言った方が良い。氷河の上にあるから居住性が無さそうだが、ロゼナ・クランツの魔導士のことだ。何らかの特別な方法で戦闘員が氷雪の上にも活動できるようにしている可能性はある……。

と、思いきや、その要塞にいるのはヒト種の生ける屍だった。物理的に考えて、死体がこのような寒い場所で活動(という時点で常識的ですらないが)するのは、枷に繋いだまま働けというようなものだろう。

通常の死体に比べたら死後硬直が弱い生ける屍でも、寒さの中に置かれて筋肉がしっかり働く筈がない。

敵地に侵入したと思われる火威は、それから三つの要塞を見てきた。

そのどれもが雪で出来ているから、仮に放棄してもコスト的な痛みは少ないだろうし、火威ら人間側の勢力が侵入した際には、この世界の一般的建造物の材質である石材と違って軟弱な雪で出来てるから吹き飛ばすことも容易だ。

そんな場所に、敵側戦力の兵として見ることができるのは、六肢族のように腕が四本以上ある蟲人とでも言うべき連中だった。

たまに腕が三対ある者もいる。これはさし当たって八肢族とでも言うのか。

これらの連中が六肢族と決定的に違うのは、その頭部の構造と言えよう。

自衛官(というか火威)が悪所で六肢族の娼婦に女性的魅力を感じることが出来たのは、頭部が人間的、或は動物的であったことだ。

それに対し、この蟲人兵士の頭部は如何にも虫っぽい。戦力評価したいところだが、今の任務は完全に秘匿されるべきものだ。喧嘩を売る訳には行かない。

だが、何かの拍子で仲間同士の喧嘩が起きると、一方がバラバラに解体されるまで喧嘩が続く。

火威らが住んできた世界の虫も、脳という高級な器官は無いに等しく、頭や脚部が反射で動くような生き物だったが、コイツらも同じようだ。

三つの要塞は、上空から見ればそれぞれがアルヌス駐屯地の防御陣形に似ているように見える。向かって来る敵を、広い範囲から迎撃できる陣形だ。

その両脇に、二つの要塞……否、正に塔と言うべき建造物がある。三つの要塞の向うには、光輝いて見える氷の都市……凍結帝国の、言うなれば帝都が存在した。

上空から見れば、綺麗ななシンメトリーになっているだろう。光の精霊で遠くを見て見ると、両方の塔の向うに二頭ずつ龍がいるのが見えた。

まさか7本の塔の内の2本が、そのままの意味の塔だとは思わなかったが、これで敵の全ての賽の目を明らかに出来た。

残りは直に凍結帝国の都に潜入し、脅威となるであろう物をその目で見なければならない。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「なぁ、クリバヤシ。最近はずっとヒオドシのヤツがサリメルに掛かりきりでつまんねぇだろ」

ジゼルは火威が偵察に向かう中で、栗林にそう声をかけた。

本当なら自分の意志を明らかにして、妻公認で火威の愛人になりたいのだが、それには先ず妻と仲良くなるという方向を択んだのだ。

「いえ、そんなことありませんよ」

その答えに、ジゼルの目論みというか考えていた話の内容の筋は脆くも崩れ去る。

同意されたら「そうだよなあ。独りだけで楽しまないでオレたちにも分けてくれると良いんだよ。次からオレたちも交ぜてもらわねえか?」と言って、アルヌスへの帰還後もさり気なく夜伽に参加する予定だったのだ。

流石に栗林もそこまで迂闊ではないのだが、伊丹なんかが栗林を「脳筋爆乳娘」と呼称することが有ったので甘く見ていたと言ってよい。

「作戦の重要事項が続きますからね。先日、アルヌスで同棲する話も切り出されましたし、今は我慢ですよ」

その同棲、オレも交ぜてもらえないだろうか……喉元まで出て声には出せないジゼルである。

その時、議論上に挙がっていたサリメルの声が響く。

「ハンゾウから連絡じゃぞ。ナグモ、見てたもれ」

すると、サリメルの腕に血の筋が刻まれていく。それは日本語の文字として次のようなものになった。

ヨウジ ハッケン ダー ノ オソレ

アルヌスの三人娘がいれば伊丹のことかと疑問にも出ただろうが、ここに居てカタガナが読める全ての者は、それを「幼児」と解釈できた。

カタガナで示すのは、火威自身が自らの身体に傷を刻み込むのに画数が少ないからだ。否応なしに漢字を使うこともあったが、昭和の電報のような形で連絡を入れることが多い。

サリメルはレレイほどではないにせよ、日本語が解るのでカタガナも読める。

「ダーか。それは確かに有り得るな」

「だ、ダーって、どんな姿のヤツなんだろうニャ」

会話に入って来たのはリッテラだ。サガルマタの生き残りとあって、その動向には注意が払われている。ノスリではないが、敵のスパイという可能性を疑っているからだ。

「ん、見てみる?」

「ふァッ?」

「えっ?」

「なにっ?」

サリメルが何気なく言った台詞は、その場を凍らせる。

「いや、火威には手出し無用と。それだけを伝えてくれ」

二年以上前に、異世界の日本との遭遇で戦争の概念がひっくり返った特地だが、このエロフの台詞には、地球での戦争の方法すら変えてしまう可能性がある。

「あ、そうか」

何かに気付いたように声を挙げるサリメル。このあと、南雲はアルヌスへの門を越えて狭間と話すことになったのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

凍結帝国の中には、戦力らしい戦力は存在しなかった。

たまに見かけるヒト種の兵士はゾルザル派帝国軍だったらしいが、「化け物共に嫌々従っている」らしいことが彼等の会話を聞いていると解る。

それでも異世界の軍……とは本来違うのだが自衛隊、そして亜人と組んだ正統派帝国政府の傘下に収まることを良しとしないようだ。

ならば、僻地まで逃げ延びたところ可哀想だが命の保証は無い。運が悪ければ死んでもらうことになる。

 

それにしても……だ。

氷雪山脈に点在した集落から、民間人を拉致したという話は今までに何度も聞いたのに、一人として彼等らしき姿は見ていない。

凍結帝国内で見る建造物は、その多くが魔法を駆使して建設可能と言える。

それどこか氷の城などは魔法でなければ建設不可能だ。強制労働が必要になる場所は無いのである。

「どうなってんだ、コレ」

とは心の内でのみ思えど、最悪の状況を考えずにはいられなかったのである。




サリメルが栗林ら女性陣を隠したのは、次に説明します。

んで、そろそろ三部も終わらせます。
でも栗林のターンなので、絶対に一回か二回は栗林回を捻じ込みます。
四部もある意味では栗林のターンではありますが、
まぁ四部はヒロイン全員か火威のターン……なのかな?

質問や意見、感想、或は疑問などありましたら、忌憚なく申し付け下さいませ。


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第三十話 逆進攻

ドーモ、久々に庵パンです。
久々過ぎてタイトルに大字使おうとしてました。
当方、ちょっと長らく旅行へ……。
そろそろ蝕パンと堝蛎パンも呼んだ方が良いかも知れません。


ハーディという巨大な魂魄を目印にして開いたゲートから、サガルマタに帰って来たのはジゼルだ。

「どうじゃった?」

ジゼルが帰還するなり、真っ先に問うたのはサリメルだ。

「ハンゾウの読み通り。度々大量に来たってよ」

「やはりか……」

呻くようにして顔を下げて思案していたサリメルだが、そこに栗林が加わる。

「この話、南雲二佐に伝えますか?」

「あぁ、いや……しかしアルヌスは如何にも忙しそうだからのぅ。余計なことに力を割く余裕は」

そこまで言って、思い直す。

「ともかく、ナグモと話し合ってみよう。ハンゾウの“てーさつ”の結果も知りたいし」

通常なら考えられないような手法も可能としてしまった火威の事を思い、栗林は考えを巡らす。

中規模程度の国家なら、独りで殲滅できるような力を個人で持っている男が火威だ。そんな隊員を、日本政府が遊ばせておく筈がない。

栗林と火威は日本に帰還後、出来るだけ早く籍を入れることを考えているが、自衛官同士の普通の夫婦生活というのは難しいかも知れない。

「む、クリバヤシ。どうしたよ?」

少しばかり考え事をしていたのを、ジゼルは察知して声を掛けた。」

「いや、特にコレといったことは」

「そうかァ? しっかりしてくれよ」

ジゼルに言われるとは思わなかった栗林である。手袋を取り、自身の顔を両手で張って気合を入れ直す。気弱になる原因は寒さか敵魔導士の業か。

パンパン、という小気味良い音がサガルマタの一角に響くと、栗林はサリメルを追って行った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

凍結帝国の帝都とでも言うべき無人都市の中で、火威は思案する。

氷や雪の下に存在したこの都市は、数時間前に見つけたものだ。

この近くの民家に、ダーと思しき生物は存在する。

都市の未だ探してない場所には、敵勢力や拉致被害者がいるかも知れない。現時点の火威には、可能性があるだけでも探査する価値があるのだ。

そう考え索敵・捜索を始めた矢先、サリメルを通した帰還命令が下った。

勿論、火威も地下帝都の存在を伝達しているのだが、南雲の署名が入れば命令は絶対である。

仕方無し……そのような思考を巡らせ、火威は凍結帝国を後にした。

無論、サガルマタに帰れるからといって、警戒心を忘れて気軽に帰れるものではない。

 

火威がサガルマタに辿り着いたのは30分以上経ってからのことだ。

氷雪山脈に来て以降、身体の調子が良い……というか、魔導の調子が頗る良いので、その気になって物体浮遊の魔法を使えば早く帰還出来そうなものだが、雪面に足跡を残す訳にもいかないし、ましてや飛行中に空を切る音を出す訳にもいかない。

空を切るほど速く飛べるとは思わない火威だが、かなり速さであることは自覚している。念のため自重した形であった。

 

サガルマタに帰還した火威には、サリメルが開いたゲートを使ってそのままアルヌスでの作戦会議が待っていた。

氷雪山脈はロゼナ・クランツの影響下にあるため、相談事は筒抜けの可能性があるからだ。いや、可能性ではなく、その前提で行動しなければならない。

「まだ地下帝都を調べていないんすが……」

「まぁ、聞け。それな」

氷雪山脈は冬が深まりつつある。これ以上、放っておくことは敵に力を与えることになってしまう。

何より、サガルマタにマリエスの勢力や複数の亜神が来ていること、そして火威が凍結帝国内を偵察したことは、既にロゼナ・クランツ側に知られてしまっているらしい。

「えぇーっ!ちょっと待って。隠匿は完璧だった筈なのに」

「いや、まぁ相手がただのヒトなら絶対にバレないんじゃろうがな」

以上のことを踏まえた上で、サリメルや南雲を中心に立案されたロゼナ・クランツの攻略戦の作戦立案と、その実行は火威が考えていた以上に早かった。

 

 

*  *                            *  *    

 

 

「まさか一日に二往復しなけりゃならんとは」

「ボヤくなよ。成功させれば終わりだ」

剣崎の言う通り、この作戦がロゼナ・クランツへのトドメの一撃を秘めている。成功させれば、それで氷雪山脈のような極地に用は無くなるはずだ。

「じゃあちょっとオレは兵のヤツらに気合入れておくように言っとこ」

なぞと言ってアルヌスの傭兵訓練場近くに集う帝国兵と、途中から合流した鹿を意匠としたような亜人へと行こうとするジゼル。

だがそれを止めたのはサリメルだ。

「なんでだよ?」

「中に鹿男がいるじゃろ」

途中から合流した鹿男は、体質なのか角から絶えず獣脂を分泌させているせいで妙に臭い立つ。同族や鹿の雌にはそれがフェロモンとして非常に有効なのだが、他種族にとってはニオイの公害である。

「いや、お前。そういう差別は良くない」

何時の間にやら神としての自覚でも出来たのかジゼルが意見する。

「それだけなら、そうなんじゃがな」

曰く、この鹿男は種族の中では珍しく、他種族の女をエロ目で見るらしい。

「エロ目ってオマっ……!」

サリメルの言っている意味が理解できるのが、ジゼルには少し悲しい。

火威に懸想して思えば遠くへ来たものだ。

主に文化的意味で。

「絶対に猊下にも欲情するぞ。ハンゾウの見てる前でアレやコレやされても良いのか?」

「ノスリよりタチ悪ぃーな!?」

亜神を無理矢理手篭めにしようという者は、有無を言わさず断罪対象だが問題はそれだけに留まらない。

「こいつ、平時からイタいのじゃが自分を使徒だと思ってるらしくて更に痛々しいのじゃよ」

以前から日本の漫画やラノベを読み漁っているサリメルと違い、ジゼルには「イタい」という言葉の意味が解らない。

「どういうことだ?」

「あー……そうじゃな、見ていて“いたたまれない”ということじゃなぁ」

とりあえず、気合いを入れる役割はグレイやユエルに任せた。

なぜサリメルが鹿男の事情に詳しいかだが、それは敢えて聞かない。

ミリッタの神官は娼婦の役割も兼ねているのだ。サリメルもまた、ミリッタの神官である。

 

 

*  *                            *  *

 

再びサガルマタから凍結帝国へ向かう火威の見る山脈の空に、巨大な4つの影が見えた。

「あー、やっぱし来たか」

凍結帝国の城塞、ないし塔のような二つの施設の両脇に侍る龍種の生物だ。小出しに出して来るかと思ったが、空中機動できる最大戦力で一気迎え撃ってきたようだ。

「ぎょえ~~! 古代龍っぽいのが4匹も出て来たなぁん!?」

「ヤバいなぁ~ん。厚待遇で迎え撃たれるハゲさんも凄いけどっ」

「落ち着け。落ち着くんじゃウヌらっ! こっちの“えぇす”は彼奴らより速いぞ!」

火威を目印に、アルヌスから開いた小窓の向うにいるギャラリーがやんやと騒ぐ。実家の様な安心感がある場所から徒歩で30秒以内のところに戦場があるという、本来ならば有ってはおかしい状況がHENTAI魔導士サリメルの業で現実のものとなっていた。

この状況、なんなの?

「サリさん、流れ弾が飛び込むから閉めてて! 鉱物魔法みたいなモンだし無駄使いしないで!」

「いや、この金毛はヌシと違って豊富じゃから大丈夫」

「うっさい! 危ないから閉めれ!」

ぽっかりと空中に空いた穴の中で騒ぐ人間(実際は半精霊と神だが)に気付いたのか、龍の内の一頭がそこに突っ込んでいく。

「ちょっ……あっぶない!」

サっと散ったサリメルとノスリの連中を古代龍はその牙で捉えることは出来なかった、それどころか、小窓程度の大きさのゲートを閉じられて頸を切断されてしまう。

「……オゥケイ、一つ殺った!」

火威が頑張った訳ではないが、障害が一つ減ったことには違いない。だが排除対象は未だ3つもあるのだ。その内の一頭が口内に炎を蓄えるため、龍の喉に炎が湛えられるのが見れる。

攻撃の気配というものでは無い。炎を吐く種類の龍の喉を見れば、その前兆が直前に解る。

「……!」

言うべきセリフも思い付かない程に、火威も必死である。複数の古代龍に囲まれれば、必死になるのも当然ではある。だが火威は龍の顔前に近付き、右腕の射出式ブレードを構えた。

開かれた口からは高熱の炎が吐き出されるが、何重にも重ねた火威だ。直撃したところで

「どうということは無い!」

のである。

「ふんぬりゃア!」

開かれた口の中に全力のアッパーカット。踏ん張る地面はないが、物体浮遊の魔法も駆使して龍の口の中を深く貫く。続いて起きる爆発は口内を引き裂き、頭蓋を吹き飛ばした。

そこにもう一頭の龍が襲い掛かってくる。先程の攻撃で防御魔法も弱まっているであろう火威は大剣を盾にして火威は後退。

だがそこにもう一頭の龍が追撃を仕掛けてきた。火威は立体的機動で降下し、振り切ろうとする。

その時、上空から落ちる一筋の光弾が一頭の龍の胸を貫き脊髄を破壊した。

再び開いた小窓から、超電磁砲を使っての支援射撃である。先程のギャラリーよろしくアルヌスから穿門法で開いた小型のゲートは、本来は火力支援の手段だ。

「みっつぅーッ!!」

声高らかに処理された古代龍の数を言い挙げ、そのまま残りの一頭を排除すべくアトランダムな軌道と精霊魔法で自身の虚像を複数作りだし、接近する。

この分身の術(魔法)を、未だ隊の仲間に見せる機会が無いのが残念だが、今は一刻も早く龍に殺意をぶつけて斃さねばならない。

細かな軌道で龍を翻弄し、その頸にフルグランの刃を押しあてる。

「ふっのおおォオ!!」

断ち斬ると言うより、引き切り千切るようにして龍の首を切断する。古代龍の鱗を二分できたのはフルグランを鍛えたマブチスの業か、火威の筋力か、或は山脈に多く棲むプロトンの精霊の影響か。

「今度ぁテメェらを使わせてもらうぞォ!」

龍の死体を魔法で浮かし、先程偵察した蟲人がいるであろう雪の城塞にぶつけて押し潰す。

先程、サガルマタに集う自衛官に複数枚の凍結帝国上空写真を見せた結果、この要塞が魔法陣の枠割を担っているかも知れないという。

言ったのは栗林だ。魔導の基礎も知らない彼女だが、アルヌスのゲート閉門時に暴走し、蟲獣の世界と繋げてしまったのをカトーから聞いている。

今一度カトーに聞いても魔法陣の可能性は高いというし、サリメルも同じ意見だ。

「滅殺!! SHINI・SARASEェー!!」

潰れた雪の城塞に何本もの閃光が降り注ぎ、着弾し続けて爆発する。レレイ・ラ・レレーナの義姉、アルペシオ・エル・レレーナの必殺技「ANENO・IGEN」を火威なりに改良し、破壊力を高めた魔法である。

爆炎が収まった跡には雪が吹き飛び、要塞のあった場所の地表が抉れ、地中が見えていた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「火威から蟲人要塞兼魔法陣破壊の知らせが入った。お前らも覚悟決めておけ」

南雲が旗下の隊員に伝えてると、栗林からグレイへ、グレイからバラ騎士団と帝国兵、そしてマリエス兵と鹿男に伝わる。

「うぅむ、ちょっと妾も本気出しちゃおうか」

今まで本気じゃなかったらしいサリメルは、何処で手に入れたんだか紙袋を手に提げて物陰に隠れた。

「急いで。これからすぐなんだから」

一瞬、グランハムが呆れたような表情を作ったかと思うとサリメルを急かす。

「なにする気なんだ?」

「戦装束に着替えるんだってさ」

ジゼルの問いに、律儀ながらに応えるグランハムの声は、心なしか疲れているようにも聞こえたという。




今回は3部の中でも前回に続いて短めですね。そろそろ終わりも近いのですが栗林が目立ってないのが悩みどころ。
4部も栗林回にしようかと考えています。
まぁヒロイン全員回という予定なのですが……。

ネット環境が無い場所にいたというのも、竿尾先生とは別口で暫くジャパリパークに行ってました。
ケモノガールのフレンズたちが可愛かったです。
たま~に厳しいことをいうけど、カバさんがキレイなおねえさんでした。
ロッヂではタイリクオオカミとシャレたおはなしをたのしんだり。
やっぱりカバさんがイチバン好きです。(肉欲的意味で)
でもアライさんはもっと好きです(ネタ的意味で)
あぁ、でもハシビロコウちゃんもステキだしライオンさんのゆるゆるな感じも好きだし……。

はて? 当方がケモフレ難民とな?
いやいや、某ランボーや某第三帝国みたいなことにはなっていませんって。


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第三十一話 克神

…………………………………………(返事がない。サ○バン○ンの自爆でヤムチャしたようだ)


第一次攻撃を終えた後、穿門法によってアルヌスから来る全ての味方の到着を火威は待つ。

凍結帝国中枢に殴り込みを掛けた火威を目標軸に、直に凍結帝国内から侵食していく策である。無論、敵方もそれを黙って見ている筈がない。火威がシンメトリーに配置された要塞を吹き飛ばしたのに伴って、敵方にも大きな動きが見られた。

その敵軍を牽制し封殺しなくてはならない火威は、すべての味方勢が凍結帝内に入り、攻撃部隊の大多数を占める帝国正規軍による編成の確認をしている時、火威はサリメルから信じ難い話を聞く。

「いや、サリさん。筋肉ってそこまで便利なモンじゃ……」

「しかし、ヌシの攻撃魔法が岩肌を砕いたのは事実じゃ」

サリメルから聞いたのは「魔導は筋力で強化される」というものだ。

特地に来てから今日まで、体育会系と魔導は対を成す……どころかの話ではなく、別次元の存在と感じていた火威には受け入れ難い内容である。

しかし、魔法を『現理』に作用させるべく『在理』に触れさせる魂魄は大地のように盤石で丈夫な肉体にこそ宿るという。

…………幕末の剣客に強くて病弱なのがいたが、そういうキャラは駄目なんだろうか?

魔導士の肉体が精神に及ぼす影響は、「理屈」としては解らないでもない。だがサリメルの私見のような気がする。

「さりとて、そろそろパラムスの編成も済む頃だしハンゾウ。先鋒は頼んだぞ」

「厨二病の鹿男って中々斬新な………。ホントでっすか?」

パパラチア・パラ・パラムスと名乗る鹿男は、自身を復讐の神・パラパンという剣呑な神の使徒だと名乗った。

火威の主神・ロゥリィ・マーキュリーに喧嘩を売ったメイベルというズフムートの使徒、そして火威が複数の装備を賜ったモーターに、アルヌスなどの大地に根を座すワレハレン以外の現在確認されている特地の神が山脈に集まったことになる。

サリメル曰く、パラムスは「獣脂が臭いし英雄病が拗れて女好きだから女は隠せ」だそうだ。特地の神は相変わらず個性的だと思う。

個性的というか変態的部類に属すのサリメルが言うと言葉の裏に隠された意味を考えてしまうのだが、鹿男が女性騎士達をエロ目で見るので栗林の貞操が心配になってしまう。

贔屓目になってしまうかも知れないが、見た目にも可愛いらしく、童顔で魅力的な女である。

無事にアルヌスに帰り、引っ越しを終えたらその夜にでも子作りをしようと思う。お互いに子供が欲しいから、互いに種と卵を出し合う需要と供給が一致しているのだ。

「どうしてか……。すぐにでも志乃に会いたい」

心のままに行動したいとの火威の想いは、言葉にのみ現れた。

「…………ハンゾウ。惚気んなよ」

ロマの森から持って来た戦装束に身を包んだサリメルが、浮ついた火威の精神に釘を刺した。正直、エロ衣装に着替えたサリメルに注意されるというのは業腹である。

 

 

*  *  *                      *  *  *

 

サガルマタから81㎜迫撃砲で耕された凍結帝国城門前。

ヒト型の敵性戦力の代わりに現れた蟲人に、自衛官らが遠距離から30秒の征圧射撃を加える。

迫撃砲と弾丸で半ば整地された凍土を敵方戦力は進むが、そこに近接戦に秀でた特地側部隊が衝突した。

「雄のコイツらは飛び度具を持たない! 3週間後には帝都かエムロイの極楽だ! 気合入れて行け!」

今や新鋭隊長であるヴィフィータ・エ・カティが、帝都から派遣されてきた部隊に活を入れて指揮する。そんな中、敵軍の中心に降り立ってハルバードや朱刃の短刀で敵部隊内部から崩壊させていく者がいる。

使徒の務めということで、一時的にアルヌスから支援に来たロゥリィ・マーキュリーとサリメルだ。

「やるようになったじゃないぃ?」

とは暗黒色の唇で蟲人を叩きのめすロゥリィだが、ハルバードに巻き込まれないか心配になってサリメルは若干戦い難そうだ。

このサリメル。たまに自分が神だということを忘れてる節がある。仮に巻き込まれても死なないのに。

しかし何時までロゥリィのハルバードを恐れて戦う必要はなかった。接近戦で無双を誇るロゥリィが、そのまま蟲人の集団を貫くように刺さってサリメルから距離を置いてしまったからだ。

戦線の一部が突出しても「余りいいことないんじゃないかなぁ」くらいに考えるサリメルも頑張らなくてはならない。

「こ、これは……!“にんじゃそおる”がたぎるっ!」

言ったかと思うと、サリメルも本気を出すしかなかった。

「イヤー!」

朱刃が蟲人の頚を抉り、飛ばし、爆散させる。

「グワー!」

蟲人(の?)発声気管から出された断末魔めいた悲鳴が上がる。

「イヤー!」

「グワー!」

「イヤー!」

「グワー!」

「イヤー!」「イヤー!」「イヤー!」

「グワー!」「グワー!」「グワー!」

といった感じに、呪いの類いかノリの類いか、サリメルから半径3メートルは○オサアタマと成り果てていた。

帝国への一時支援ということで来た(賠償に含まれる弾薬費や人件費は増す)第一戦闘団の団長、加茂や副官の柘植は遠距離から双眼鏡で見ててたが、戦闘中ということで言葉にはせずとも同じ感想を抱いた。

――本当にあんなのいたんだな――

以前にも説明したが、火威らがシュワルツの森から帰還してからエルベ藩国に住む変態エルフ出身の亜神の噂は、若い隊員を中心にアルヌスで都市伝説化していたしていたのである。

 

*  *                            *  *

 

氷土の下をグランハムや火威を始め、一時協力者のリッテラやとノスリの集団が進む。

地上にいたらロゥリィやサリメルの活躍を見たユエルが焦燥するのだろうが、部隊の先頭でグランハムと戦列を組むヒト種の戦士の一人が彼だ。

眷属と眷主の関係が、特別な事情でもない限り離れないものなら火威の今までの振る舞いは特地の神々の間で「良し」とされていたのか心配になる。

ロゼナ・クランツを倒した後、サリメルがアルヌスに居を設けるかも知れないからだ。

「まぁ、今まで大丈夫だったんだし……」

そんなようなことを考えていると、右方から火威を呼ぶ声が聞こえてくる。

「どうした!」

可能であれば無線機を使いたいのだがノスリが使えない。時間をかけて教えれば使えるようになるかも知れないが、そんな時間はなかった。

火威が直接行くしかないのだ。

「あいーたた。ダーに噛まれたなぁん」

声のした場所に辿り着くと、リスケとか言う奴が頭からダーに噛まれていた。以前にサリメルの爆発に巻き込まれて指を吹き飛されたヤツだ。ショタがゴツイ指を生やして実にシュールだったものである。

ノスリは知能はともかく身体機能は鍛え上げた戦士に匹敵する。ダーなら火威に報告するまでもなく排除できるのだが……。

「リドラ!」

そう言って来たのはリッテラだ。

キャットピーブルと思われたリッテラがダーに近付くと、鼻頭に皺を寄せてリスケを噛んでた凶暴な獣の顔か緩んだ。

「兄ちゃん!」

栗林の報告ではダーというのは短い言葉なら喋る。喋るのだが、兄弟のいるダーというのは初めて見た。そしてリドラと呼ばれたダーはリッテラに向けて喋ったのだ。

 

*  *  *                      *  *  *

 

自衛官と特地戦力の連携を繰り返し、氷の城の目前まで進軍したサリメルとロゥリィである。

氷の都は無人ながら、薔薇騎士団の女性達が心揺さぶられる彫像で固められていた。

「うっわ、そういやロゼナクランツってそういうのだった……」

と、過去の記憶を頼りに思い返すサリメルとロゥリィであるが、薔薇騎士団の女性達も厳しい戦闘訓練を潜り抜けてきた女性達である。心は揺さぶられるものの「アルヌスの門が再び拓けば再び」との希望を頼りに一切手を付けずに進軍しながら、サリメルの魔法や自衛隊の兵器などで爆破してきた。

ここはロゼナ・クランツの本拠地。何処に魔導式の罠が張られているか解らない。進むべき城庭を発破して進軍するが、そこの円状になった閲兵場のようは場所には、氷雪山脈に来る直前までサリメルが読んでいた『恥女でも解るC言語』なる本が置かれていた。

それを見つけ、サリメルは酷く不機嫌そうに端麗な顔を歪める。

「彼奴らめ、どういう魔導か知らぬが妾を愚弄しよって」

本に向けて最大限まで詠唱し、増やした円錐光輪から爆轟を放った。

先程から精神魔法でサリメルやロゥリィ、そして隊の者達が一番目か二番目に欲しいものを見せてくれてる敵だが、その狡さ気に入らない。

万が一、それが所望する当人にとってアレな代物だとしたら精神的な処刑である。

そして実際に貰える訳じゃないから、二重の苦しみなのである。他者の心を弄ぶことを良しとしないサリメルは全力の爆轟を放ったのだ。

ところが、魔法を放ったサリメルの後方から飛んで来た光弾にサリメルは吹き飛ばされてしまったのである。




三十一話が滅茶苦茶遅れました……。
しかも今回、以前よりだいぶ短めです。
そして相変わらず栗林が目立ちません………。

なので、今回は栗林のターン辞めます。4部を栗林のターンにします。
3部は栗林(筋肉)か栗林と筋肉のターンに置き換えます。
デレ感が出るのは……まぁ出るとしたら4部です。


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第三十二話 影縫

ドーモ。
構成力が拙すぎて栗林本気モード回に中々到達しないのです。
そのクセ、サブヒロインばかりが悪目立ちします。
本業作家さんは凄いわぁ……。


地下都市を進む火威らが辿り着いたのは、地下墓地とも言うべき石の棺の山だ。今の氷雪山脈の状況だと、整然と並べられた棺から死者が這い出てくるんじゃないかと心配した火威であるが、棺の中身である死体は既に渇き、山脈の冷気で冷凍されたミイラだ。

「えっと、こういう場合は生ける屍になったりするんですかねぇ……」

生物として最低限の生存条件が整っていないと蘇らない……そう考える火威である。未だに起き上がっていない所を見るとその推論は正しかったようだ。

「エルフの干物なぁ~ん?」

脇から首を突っ込むジオがそんな事を言う。エルフ出身の亜神がいる傍で丁重に埋葬された遺体を乾物みたいに言う辺り、ノスリは相変わらずである。

「これ、ヒトじゃなくてエルフなの?」

「微妙に耳が出っ張ってるじゃないかなぁ~ん」

「あぁ、これはエルフか近い種族の木乃伊だね」

1000年以上を生き、物事の違いを見る目が火威より遥かに鍛えられたグランハムまでもが同じ事を言う。ノスリという種族は意外に観察眼があるようだ。

やがて、一枚の大きな壁が見えてきた。

「丁度この上が大きな氷の建物の下なぁ~ん」

ノスリに「城」という語彙はない。

ノスリという種族は距離の感覚が優れているの知れない。或は口を開いたジオ個人の能力かも知れないが、火威もグランハムも同じ意見だ。

「ハンゾウ、サリメルから連絡はねぇか?」

「さっきまでしつこいくらい来てたんだけどねぇ。さっきからマルで無いです。ここで行き止まりだから、こっちから連絡しますね」

ジゼルの問いに火威は篭手を外し、自身の手の甲に刃を近付ける。眷属と眷主の間にのみ可能な連絡方法だ。

しかしその時、火威やグランハムの隊の後方から血相を変えて来たのはガナーの連絡隊だ。彼等は火威達と行動を共にしているダーに驚き、警戒していたがそれにも構わず火威への伝達を急ぐ。

ちなみにリッテラやリドラの父親はキャットピープルの賢者だが、母親は知能の高いダーのような生き物らしい。

兄弟かと思われたリドラは兄妹で、ダーの状態を解くと幼子とは言え雌の獣人が乳房を丸出しの状態になってしまうので、ノスリ連中がちょっかいを出さない為にも今現在はダーのままでいてもらってる。

「どうした?」

「エロフさんがやられたな゛ぁ~ん!」

「なんとっ……。他の被害、状況は!?」

ガナーは質問の意味を砕いて呑みめず回答をもたつかせていたが、同行するマリエス兵が即座に口を開く。

「悦下を斃したのは我々が使っている“ゴーレム”を小型化した個体。直後に聖下と一時交戦した後に悦下の躯を城内に移送した模様です。現在、城内からの攻撃で近付く事ができません。左右の塔は依然として動きありません」

「サリメルの他に被害は無いんですか?」

「大きく後退することを余儀なくされましたがヒオドシ殿、悦下、リーリエ様が広範囲に掛けて下さった防御魔法の効果で被害はありません」

ガナーが口にした〝エロフ”というのは、今のところサリメルに限定される。というか確実にサリメルだ。サリメルは亜神だから、レールガンの直撃を受けようが核爆発に巻き込まれようが死なない。だが、穿門法を封じられるのは厄介だ。

本作戦で今以上に穿門法で移動する予定はないが、咄嗟に全隊で移動しなければならない時が来るかも知れない。

「他に聖下や加茂一佐とか南雲二佐……アルヌスから来た厳つい感じの緑のヒトや犬橇で来た俺の上官からの指示は?」

「地下の最深部から進攻できない場合は戻れとのことです」

鼻から息を吐いて顎を掻く火威は、少し逡巡する。

「まぁ、取り敢えずサリさんは助けなきゃならんし……。ゴーレムはサリメルを斃した後に城の内部に入ったんですね?」

「その通りです」

火威は加茂からの司令である「最深部」を「道が続く所まで」と解釈した。明らかな拡大解釈で公務員的に「困ったちゃん」なのだが、この場には火威を諫める者はいない。

サリメルから預かったメンポを顔に当て、一枚の壁を見る。

「ヒオドシ殿。一体何を?」

「道というのは自分で切り拓いて作るものです。皆、ちょっと退いて」

ジオの言葉を聞き、この世界の一般的な建築方法である「石積」や「アーチ」でなく、地下に基礎を築いているようにみえる幅広の壁を疑問符を抱いていた火威だった。

しかし彼が見る壁の向こうは空洞だ。城の地下施設でその空間と考えられる。

念のため、正面だけではなくあらゆる方向を見てみが敵影はない。と、いうより、生物や動く物は見られない。一応、「何が出てくるか解らない」から皆に警戒するよう伝えてから爆轟で大穴を開けると、広い空間が出てきた。

そして火威が見る先の壁には、びっしりと龍の鱗を意匠したような彫刻が彫られている。一瞬、本物の龍がいるのかと驚いたノスリだったが、触ってみるとひんやりして生物の温かみはない。

「ここから上に行くと“しろ”とかいう建物なぁ~ん」

「うん、じゃあちょっと地下から攻めていこうか」

「“しろ”ごと全部叩き潰せないのかなぁ~ん?」

「猊下がベルナーゴ神殿で周辺の村の死者を確認したけど、まだ誘拐された人がいるかもしれないから無理」

ジゼルがベルナーゴに向かい、確認したのは氷雪山脈で死亡した者の魂だ。エムロイの元に向かった魂も少なからず存在すると思われるが、元々山脈に住んでいた者の正確な数が解らないので安全策を執るしかないのだ。

「そうだな。じゃあどうしたものかな……」

相変わらず火威は即断即決が苦手である。しかし今回の決断は比較的早かった。メモ用紙を取り出すと何事か書き込んでからそのページを破き取ると、グランハムに手渡す。

「グランハム輝下。加茂一佐にこの手紙を渡して下さい」

「この手紙? を、カモというジエイカンに渡せば良いんだね」

「はい、カモ・ナオキっていう一佐が今作戦の指揮官です。厳つい顔に眉毛が目立たない強面のヒトだからすぐに解ると思います」

余りの言いようだが、簡潔を求む今の状況で火威に言わせたら仕方ない。

「んじゃ行ってくる」

「ハゲさん独りでかなぁん?」

「だって階段ないしさぁ、空飛んでくしかないじゃん。あと敵がここを通って味方を後ろから襲うこともあるからさ、半分はここを防護して欲しいんだわ」

最後の一言を付け加えないとユエル辺りが反発しそうなので言ったが、存外ユエルは大人しいものだった。まぁ良いユエルは大人だしグランハムと同行するから山脈では戦いのチャンスなど幾らでもあるのだ。

「あ、リドラとリッテラも輝下に着いてって。ダーだけど怪異じゃないし民間人なら保護ってことになるし」

 

*  *  *                      *  *  *

 

ロゼナ・クランツの都市から1km離れた雪山山中。第一戦闘団や特戦群、そして特地の部隊は期を待つ。

「迂闊だったわぁ……。あんな伏兵がいたなんて」

サリメルが人間大のゴーレムに倒され連れ去られた時、ロゥリィとの距離は離れていたが、ロゥリィの目の前であったことには変わりない。「アバー!」という彼女の悲鳴が今もなお耳に残っている。

あのゴーレムはサリメルを回収して城に戻ってから出てこない。恐らくは少しのあいだ動くにも、それだけの「キッカケ」が必要なのだろう。そしてそれだけの「切欠」のためにサリメルに、敢えて彼女が不機嫌になるような幻影を見せたのか……。

だとすれば「切欠」は魔導や、それを纏っている霊格かも知れない。

「大丈夫よ。サリメルさんも亜神なんだし」

「それは分かってるわよぉ。でもぉ、サリメルがいないと拙いんじゃなぁい?」

栗林の言葉にロゥリィは返す。

サリメルがいたから緊急時でもすぐにサガルマタや、モーターやワレハレンら神々がいるアルヌスに全隊で避難出来るのだ。今のような状況で猛吹雪が吹いたらサガルマタまで後退するにも途轍もない苦労をすることになるだろう。

全隊を指揮する加茂もそのことを解っている。幸いにして消費したのは弾薬など形のあるものだけだ。なら退ける内に退こうと、転進するまでに時計の秒針が3回転する……もしくは火威を戻るのを待っているのである。

何故ロゼナ・クランツの魔導士が吹雪を起こさないのか不明だし。サリメルを倒したゴーレムが城に戻ったままなのかは不明だが、撤退するなら今しかない。

そこに、ダーや白毛のキャットピーブルを引き連れたグランハムが来た。連れているダーが無害であることを説明しつつ、ロゼナ・クランツへの攻撃隊を預かる加茂を捜していたのだ。

「カモ、ナオキ。カモナオキイッサはいるかい?」

グランハムが探す加茂も姿は、サリメルによって拓かれたゲートを通ってきた74式戦車側の天幕内で見つけることが出来 る。

「貴方はグランハム……輝下でしたか。どうしました? 火威は?」

聞かれたグランハムは加茂に折り畳まれた一枚のメモ用紙を渡す。そして言う。

「彼は道を拓いて進むようだよ」

その時、氷の城の前部から光が放たれた。そして起こった爆発。

加茂は理解した。ロゼナ・クランツの魔導士は吹雪を起こさなかったのではなく、起こせなかったのだと。

 

*  *  *                       *  *  *

 

相手からの攻撃は封じ、潰せる所から潰せる潰す。立場の違う二つの勢力が、目指した方針は同じであった。しかし純粋な戦力の数。人材の多様さ。そして個人の力量は圧倒的に火威ら側が上回っていた。

「話が違うな。ミュドラ」

「言い訳のしようも御座いません」

かつてミュドラが仕えたゾルザル・エル・カエサルなら、その場の造りが帝国の謁見場に似ていることに気付いたかもしれないが、ミュドラが知るのは皇太子府内部だ。

「貴様らゾルザル側に附いた兵を吹き飛ばした異世界のヒト種。どう始末してくれる?」

数段高い場所からミュドラを見下しながら言うのは、腰までの黒い長髪の穂長耳の女だった。

「以前にラウア様が透視され得た情報では、そのヒト種は夫婦でこの戦に加わっているようです。妻の方を人質にすれば……」

「逃げ込んだ洞窟の中から雪竜を捕獲し、単身で龍を殺すような女が貴様らに捕らえることができると思うか?」

「ですから、罠を使います。幸いシュテルンの骸が東のマラク・ロワ塔に放置あります。ニホンは捕虜や非戦闘員に不要とも言える気遣いを見せますので、彼奴の骸を使えば可能です」

「陣の消えた状態での反魂魔法はトーデイン様の負担に……!」

「解った。良かろう」

激高しかけたラウアを、背後の王座に座る女性の声が制した。

「やってみるが良い。貴様には五人付ける。ロゥリィ・マーキュリーまでもが此の地に来ているのだからな。充てがあるなら藁でも縋ろう。しかし失敗したら貴様ら帝国のヒト種の後は無いと思え」

「ハ……! 皇后陛下のご期待に沿えるよう、一命に代えても!」

そう言うミュドラが見せたのは帝国式の敬礼ではない。かつて帝国が滅ぼした国の元で、戦うのであれば敬礼一つにも気をつけなければ、命が幾つ有っても足りない。

その中でも、ゾルザル派の帝国指揮官であったミュドラの立場は非常に神経を擦り減らすものだった。山脈内で死亡した者の骸を生ける屍とし、敵軍を襲わせることを提案し、魔法陣を組んで実行させた元・オプリーチニキの者はラウアという、パラパンの使徒に断罪されて頚を取られた。

だが、ラウアはロゼナ・クランツ王室の顧問賢者に過ぎない。そして王室のトーデインは帝国への復讐になるなら、手段を問わない女だ。

そんな二人の方針に挟まれ、ミュドラ達ゾルザル派の帝国兵は戸惑う。自分達の命が、子供が虫に対して一切の遠慮もなく、弄ばれているように感じるのだ。

回廊に出て行くミュドラの背を見た後、トーデインはラウアに問う。

「城に侵入した異世界の兵はどうした?」

「城内を破壊しながらサリメルを捜索しているようです」

するとトーデインはコロコロと笑いながらラウアに向かい言う。

「ミュドラと鉢合わせするかもな」

「ご冗談を…………」

「しかし異世界の兵、その妻と共にマクワ・ロワ塔に行くか?」

「ご心配には及びません。時折、強引に事を進める男のようですが基本的に異世界の軍隊に依存している男です。サリメルを連れて一度は自分の軍隊に戻るでしょう」

「そのことをミュドラに教えて良かったんじゃないか?」

「それが解らないようなら飼う意味も御座いません。生きながらにして生ける屍に変えるだけです」

「ラウアは相変わらずヒト種に対して厳しいな」

「我が国を滅ぼした帝国のヒト種のみです。しかしミュドラの策だとサリメルを奪還されることが提になってますが、宜しいのですか?」

「この際だ。仕方あるまい。儂としても惜しいがな」

そこまで言うトーデインの身体が、先程から王座に座ったまま身じろぎもしないことにラウアは気付いた。

「トーデイン様、もしやお身体が?」

「気付かれてしまったか。左様、この身体も老いて言うことを聞かぬようなった。そろそろ変える頃か」

若い娘を拐かしてその身体を頂戴する……というのは、先の反魂魔法と共に禁忌の魔導として知られる。

世界の庭師である亜神となったラウアからすれば、主人を討たねばならないことに繋がるから絶対に辞めてほしいことなのだが、そう出来ない事情が彼女にはあった。

「儂の魂魄が尽き、王が組み上げた石人形が砕けると世界が滅ぶからな。仕方あるまい」

それだけは起きて欲しくないのである。だが「異世界から来た兵の女の方、中々良いな。ミュドラの策が上手く行ったら奴の身体を貰うか」と楽しげに期待しながら口走る主人を見ると、自分の力量でどこまで帝城の地下に眠る神龍に対抗できるか考えてしまうのである。

 

*  *                            *  *

 

氷の城内を跳躍し、出くわした蟲人と擦れ違い様に64式を発砲し吹き飛ばす。

サリメルの行方を知りたい火威であるが、出くわすのは言葉を持たない蟲人ばかりでゾルザル派の残党であるヒト種の戦闘員には会うことがない。

地下二階から地上三階まで、全ての階を端から端まで探してきた火威であるが、未だにサリメルを発見出来ていない。

「クッソ! 何処だ!?」

そう思いながらも急ぐ火威は、透明な防御障壁に衝突して弾かれてしまう。通常の人間であれば大怪我しかねない勢いだったが、不意の襲撃に備えて防御魔法を掛けていたことで事なきを得る。

「ぶっへ、なんだ?」

喋りながらも、この障壁が敵の魔導士が敷いた防御障壁であることは疑いようのないことだ。ならば、この先に敵の首領がいるのであろうが、今探しているのはサリメルである。

防御障壁は術者の意識が途切れるか、時間の経過と共に薄らぐ。サガルマタに異常があった場合は、先ずアロンからサリメルに連絡が行くからサリメルの救出が優先される。

「サリさん、何処なんだ……」

探し物は余り上手くない火威だが、サリメルはそこまで小さくない。とは言え、連絡手段を奪われたと思われる状況で人型の神一柱を探すのはそれなりに大仕事だった。

―――かに思われた。

「あぁ、ハンゾウ。こっちこっち」

声のした方向を見てみれば、サリメルの首が浮いている。

首だけの、サリメルが浮いているのである。

「サリさん……なに遊んでんです」

「…………これが遊んでるように見えるならな、ヌシ……そーとー妾に悪意抱いてるな」

「いやいや、そんなこと無いんですがね。流石は使徒だなスタイリッシュ遊戯だなと」

「そうじゃろ。妾に掛かればこの程度」

神々にのみ赦されたスタイリッシュなレクリエーションらしいが、これを遊びと捉えてるのはサリメルや火威程度である。

「こんなことも出来るぞ」

そう言って、サリメルは自身の長い髪を物体浮遊の魔法で蜘蛛かタコの足のように使い、首だけでシャカシャカと移動する。

「どうじゃ、ハンゾウ。妾にかかればこの程度造作もないわ」

サリメルヘッドの奇行を見ていた火威だが、感想を求められたら言う他ない。

「凄く……キモいです」




小説内の質問・疑問、或はご感想など御座いましたら、何卒申し付け下さい。


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第三十三話 窃視

ドーモ、何やら久々庵パンです。
遂にGATEのセカンドシーズンが開始されますね。
そして主人公交替でしょうか? まぁ海自のターンですから江田島二佐とかに交替なんでしょうね。
っつかGATEで海自が主人公になる日が来るとは思わなんですわ。

さりとて、随分期間が空いてしまいましたが3部終盤に本編第一話の誤字訂正が……。
junq様、誤字報告ありがとう御座います。


凍結帝国の氷の城の中。

サリメルの首を抱えた火威は城からの脱出を急ぐ。光の精霊魔法を使用して、オーガニックステルス迷彩の二人であるが、その光景を知らぬ者が見れば猟奇殺人事件に見えるだろう。しかしサリメルはちゃんと元気に生きている。

サリメルを倒し、敵本拠地内にまで連行してきた存在が「小型のゴーレム」であることを火威はサリメル本人から聞いていた。

不意打ちとはいえ、神一柱を易々倒せるような敵がいるなら城の目前まで進攻した味方が危険だ。だが、先程グランハムと共に加茂の元に行ったノスリが隊の無事を確認していているし、火威もその知らせを受けている。

ならば、「切欠」を与えなければ稼働しないゴーレムなのだろうし、稼働時間も長くないと考えられる。一柱の神を捕らえることが出来るから、戦闘力は高いのだろうが。

「つかサリさん。あの障壁の中から何か聞こえましたか?」

エロフの地獄耳なら、ある程度離れた地点から小声で話していても聞こえたんじゃないかと思って聞いた火威であるが

「すまぬ、精霊魔法で音が壁に吸収されるようになっていて何も聞こえなんだわ」

との答えを得た。

「……あ、サリさん。前みたいに離れた所にある身体を爆発させて、首から生やせませんかね?」

「えー。何そのモリオーチョ―の変態爆弾魔みたいなの」

「なんすか。ソレ」

変態のサリメルに変態呼ばわりされるとは、ホントにヒドい変態なのだろう。そして爆弾魔と呼ばれる程なのだからロクでもない人間なのに違いない。モリオーチョーという地名は漫画か何かの世界かも知れないが。

ちなみに火威、某奇妙な冒険の守備範囲は3部までである。

 

そんな感じでサリメルの身体を探している火威とサリメルヘッドであるが、急にサリメルが呻き出した。

「えっ、ちょ…サリさん。一応潜入中なんだから静かにして」

「す、すまぬ。どうも妾の身体で…っ。何者かが遊んでおるようじゃ…っ。あん」

妙にわざとらしい喘ぎ声で、火威が萎えたのは言うまでもない。

「どうも…はんっ。近くにあるようじゃな。あんっ」

非常に業務的な喘ぎ声だが、娼婦としての癖でついつい演技してしまうのだとか。これは客も逃げる。

と、思って上階に向かったら、早速サリメルボディを犯している連中を見つけた。最低限、とりあえずは頭だけでも救出すれば良いかな……くらいに考えた火威だが、ちゃんと身体が付いて自分で歩いて貰った方が面倒ないのである。

まぁ、サリメルは頭だけでも浮遊する。しかし、サリメルヘッドが移動する時は、たいがい飛頭蛮の如く無意味に穂長耳を羽ばたかせて飛ぶから非常に気味悪い。なので助かった。

「ヌシらァ!!」

サリメルが一喝すると、頭のない身体を犯していた者らが挙動を止め、そして一斉にサリメルと火威を見た。

「妾の身体で何をしている! 高いと知っての狼藉か!」

非常に倒錯的だが、サリメルだ。仕方ない。

サリメルの身体を弄んでいた者達は、顔を見合わせると遊びに使っていたモノを仕舞うと剣や槍など武器を取り、多勢で切り掛かって来た。

「こ、こいつらっ。言葉を忘れたか!?」

ヒト種のその者らは、眼光も鋭く肌の色も汚れ、汚く煤けて見える。返り血が乾いたのかも知れないが、とても「人間」とは言えない生き物になっていた。

「このっ、たわばァーー!」

世紀末の断末魔っぽいが、サリメルヘッドはそんな気勢と共に口から怪光弾を放ってヒト種らしき獣達を吹き飛ばす。

何魔法を使ったのか解らないが、この女とは絶対にキスしてはいけないと火威は肝に銘じる。

「サリさん、アナタ魔神か何かでしょ」

「亜神じゃけど、なにか?」

言いながら、サリメルはパイルダー・オン。眼が光ったりしないが、肘を曲げながら両腕を上げて健体ぶりをアピール。

全裸なのも含めて、ノーマルのサリメルである。

 

*  *  *                      *  *  *

 

山脈に棲む多様な精霊との交歓を終え、報告を求められたアウラは、トーデインの前にひざまづき、氷の帝都と帝城内に起きていることを話す。

「他の神と人間の軍勢が抑えられても、城内を異世界の小蝿に飛び回れるのは辛抱出来んな。ラウア、石魔兵でどうにか出来んか?」

常道なら、トーデインの言う通り最も戦闘力が期待できるそれが良いのだろう。だが、それは困る。

「異世界の敵の力は猶未知数です。石魔兵と激突すれば此の地がどうなるやも解りません」

「ほぅ、それ程の者なら捕らえ、手駒に出来れば十二神にも対抗できよう」

異世界の戦士が凍結帝国の目前に配置された蟲人の兵舎と、複数の異龍を倒したことをトーデインは知っている。

その様子を、魔法を使って山脈の氷から映し見ていたのだから。

その戦士を捕らえ、魔導で恭順させようと試みることも不可能に近い。それが分からずに言ってるトーデインではないのだから、本気でこの世界を贄にしようと考えてるのかも知れない。

世界を剪定するには、先ずこの者を倒すべきであった。ラウアは心ならずも悔やむ。

 

 

*  *  *                      *  *  *

 

マッパ!!! だったサリメルに、爆殺された獣化したヒトの敵性団体から衣服や胸甲を剥いで着用させ、火威は兜跋の腰に差すように付けている円柱状のポールを二本取りだした。

「ハンゾっ、何やっとるんじゃ?」

ポールをひっくり返して掌に3度ほど叩き付け、出て来たポールの中身の端を引き抜くと火威は言う。

「障壁を張るのに必要な木材です。サリさんは先に脱出して、1つはリーリエさんに渡してください」

木材であるが、賢者が加工した物質なら魔導士のリーリエに使えるのである。

「俺のは左腰に残ってますんで」

その言葉は、この時点からサリメルと火威が別行動という意味であることを意味している。サリメルには受け入れられない提案だった。

「いやな、ハンゾウ。妾を倒した、なんぞゴツゴツしたヤツが何処にいるか分からんからな。入り組んだマップで別行動は全滅フラグだと思うんよ」

サリメルを倒したのはゴーレムの一種だと言うが、それが魔導を使ったなどということは信じられない。だが特地には未だ不明なことが多数ある。事実の情報として受け取り、イレギュラーに備えるべきだ。

妻になる栗林が魔導を使えるようになった感じ……と、説明すれば簡単だろうが、それがどれ程恐ろしいことかも火威は良く判っている。

そんな感じに脳を使う火威だから、サリメルが某ウィザードリィめいたことを口にしても気にならない。

「うぅむ、考えたくねェ」

「?」

「まぁともかく、上階も見て、リッテラやリドラの両親とか周辺の村から拉致された村人も探さないといけないし、サリさんには早く本隊と合流してもらいたいんですわ」

「じゃあメンポで見たらどうじゃ?」

サリえもんの秘密道具は、今現在火威が持っている。

「透かせるの壁1枚だけじゃないすか?」

「いや、起動式を組めば何枚でもな……」

というので、火威は早速魔導の起動式を建て始めた。

『法理』を開豁して『陣』を敷設。『偽氣』と『法理』の揺らめきによる空気の振動は髪が髪をそよがせる演出を入れたいが、彼にはその演出するのに絶対に必要な演出装置がない。

さっとメンポを被って上階を見ると、天井や幾つもの壁を透かして遥か向うの空まで見える。

「す、すげぇ。何枚でも透けて見える!?」

悪用厳禁である。特地に於いては、そんな法律も条令も無さそうだからサリメルは悪用し放題だっただろうが。

「どうじゃ。居た?」

「…………いや、おらんですわ」

「あー、それじゃ一度……」

ジゼルがベルナーゴに召された魂を見てきたが、魂自体の量は膨大だったにも関わらず亜人の魂は少なかった。エムロイの元に行った可能性もあるが、リッテラとリドラの両親はまで生きている可能性があるのだ。

上階だけではなく、今いる3階や下階もくまなく見回すと、一組の女性エルフとヒトが見えた。

「あれ? エルフとヒトの女性がいる。拉致された人かもし……」

「ハンゾウそこどけ!!」

なぜ怒った!? 瞬き思うほど激しい言葉と共にサリメルは火威を突き飛ばす。

「げっ!何をサリさっ……!?」

思いっ切り叱られたかと思った火威だが、そうでないことがサリメルに飛び込む光弾で解る。

サリメルに命中した殺意の塊は、彼女を貫くと爆発して女の四肢を吹き飛ばす。

「サリさん!」

亜神は死なない。とは言え、知っている女が吹き飛ばされ、凄惨な有様になるのは見ていて気分の良いものではない。火威は直ちに光弾が飛んできた方向……下手人を探す。

すると、そこには人間大のゴーレム……薔薇騎士団の平均身長、165cmほどの石の兵が居た。

小型ではあるが、隊への危険性は今まで遭ったどの敵性個体より高い。

「潰す!」

防御魔法を張る前に、物体移動と光と水の精霊魔法、それに火威本人の運動能力で複数の虚像を作りだし、瞬時にゴーレムに肉薄する。

防御魔法が有効であればサリメルは負けなかっただろうし、反撃することも出来たはずだ。火威は『最初からクライマックス』でゴーレムを潰しにいったのである。

火威を掠める光弾は氷の城壁を爆破し、床を崩す。

高速バックしながら火威に光弾を放つ石の兵に、火威は閉口した。魔法を使う時は、足を止めるなり移動が制限される前提があるからだ。

魔導を習い初めて2ヶ月足らずで簡単な魔法を覚えた火威も、その制限から逃れることはできない。

追撃し、64式小銃を発砲するが、当然のことながら石の兵は左右に軌道をずらして当回避する。そればかりか、少ないながらも命中した弾丸は防御魔法に阻まれて大したダメージを与えれていない。

「癪な」

足を止め、アルペジオが編み出した魔法の強化版を撃ち込むことも考えたが、それでは射程外に逃げられてしまう。ならば自衛隊装備による弾幕で圧倒するしかない。

本来ならば64(ロクヨン)も11mm拳銃も片手撃ちする銃ではないが、反動でブレないよう腰を据えて肘を極め、敵を追いながら発砲する。

気分は某白い閃光よろしく蒼い閃光といったところか。神の眷属でなければ肘を痛めて暫く再起不能にされただろうが、栗林を結婚する為に鍛えてきた筋肉に神の眷属となったことでそれを可能とした。

火威の持論は「完全な防御はない」ことと「殺られる前に殺れ」である。その二つが両立した今、狂暴な殺意が彼を突き動かしていた。

氷の城の裏手に飛び出ると、そこは言わば「氷の庭園」とでも言うべき場所だ。高速で退きながら光弾を火威に向けて発射する敵は強敵である。それでも、早く斃してサリメルの元に戻らねばならない。

64(ロクヨン)は連射すると銃身が過熱するので短連射するしかない。しかし11mm拳銃がその隙を埋め、直に一発の弾丸が石の兵に突き刺さる。

「ッシャ!」

短連射で放たれた弾丸が胴体に突き刺さると、石の兵は空中で激しくバランスを崩す。そのまま氷山に体当たりで押し付けると、右腕を掲げようとしたので此れを抑え、左腕ンはパイルバンカーで粉砕した。

先程、サリメルの魔法を見て逡巡したが、残された手はもはや此れしかない。

「……ッカァーーーーーー!!!」

火威の気声が、氷雪山脈に轟いたのであった。

 

*  *                             *  *

 

敵を破壊し、一時の安堵を得た火威は直ぐに…若干ながら後悔した。

どこぞの禿頭野菜人のように口から怪光線したせいで、少しばかりお気に入りの赤い長マフラーが無惨に破け裂けてしまった。長いから無傷の部分を巻き直せば良いが、明らかに短くなっている。

そして現実的な問題は、舌など口の中がヒリヒリ痛むことだ。眷属だから直ぐに痛みは退くが、普通の人間の時にやっていたら舌が吹き飛んでいたかもしれない。

さておき、敵は倒したが、また何時再起動するか解らないし、破片を粉砕して留めを刺さなければ安心出来ない。火威は背に担いだ大剣で、虱潰しに石の兵の破片を粉砕する。

「おーい、ハンゾウ」

石で出来た敵の欠片を、フルグランで地道に砕いていると遅れて……いや、戦闘中の移動距離を考えれば凄く早いであろうが、サリメルがやてきた。マッパ!!!の小脇に自分の頭を抱えて、明らかに「人間じゃないです」アピールのスタイルだ。

今は火威しかいないが、他の人が居る前ではホント辞めてほしい。まぁ、爆散されても自力で元に戻れるのは非常に心強いのだが。

「ハンゾウ。ヌシは凄いな。あれ程の短時間で防御魔法を完成させるとは」

「いや最初から最後まで攻撃一辺倒でしたが」

「なっ……!?」

なんという勇気……とか抜かすサリメルに詳しい事を聞くと、先程と最初は「うっかり防御魔法を忘れていた」のだという。

「なんとまぁ…………」

サリメルの舐めプに言葉も出ない。格ゲーだったら指二本しか使わないレベルだ。

「ところでハンゾウ」

「なんスよ?」

「襟巻、短くなってね?」

「戦闘で一部、喪失しました」

敵との戦闘中に一部が喪失したのである。まだ普通の人間である火威が口から怪光線など、例え魔導の形が変わったものだとしても出して良いものではない。

このことは、門の日本側であれば特定機密に指定すべき機密事項なのだ。




前書きでセカンドシーズンと伊丹が主人公交替とかかきましたがね、
飢狼の16話で火威出し過ぎて、ちょっと切腹したいくらいのアレです……。
この先、飢狼さんと火威が関わることは無いです。無いと思います。有ってもまぁセクロスとかは無いです。

ところでアニメの3期ってまだですかね?(すっ呆け


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第三十四話 キシン

ドーモ、一ヵ月以上ぶりの庵パンです。
夏の暑さとか手強いまぐまぐした連中に阻まれて魔導の更新が遅れてしまいました。
今回もギャグかと思いきやシリアスめいた雰囲気になったり、節操ないです。
安定して書けんのかワタシハ……。


再びマッパ!!! にされてしまったサリメルを連れ、火威は城からの脱出を急ぐ。

「口の中がヒリヒリするんじゃが、ハンゾーは何ともないか?」

不意に掛けられた言葉を、火威は驚愕と畏怖でもって受け止めた。

失念していたが、そーいやー眷主と眷属の関係だった。

「あー、ちょっぴり腫れ物が出来そうなのかも。すいません、最近生活リズムが乱れていて」

質問を否定ではなく、脇道に逸らすのが火威の逃げ方だ。

そして、それは功を奏した。亜神歴100年程度しかないサリメルは、「そういうこともあるのかも」程度の認識でこの話を切り上げたのだ。

この先、200年、500年して新たな眷属を持つまではセーフである。まぁ火威の魂はサリメルの元に行くから、判明した後でこの時のことを度々話に挙げられそうではある。

 

凍結帝国前、戦術的待機中の隊と速やかに合流した火威は、サリメルが囚われたことで撤退直前であった事を知り冷汗をかいた。

この作戦を完遂する上で、サリメルが大きなファクターだとは知っていたが、そこまでとは考えもしなかった。

開門の魔法は、本作戦の肝であることが改めて知れる。

そのサリメルは、持って来た縦セタが全て破壊されてしまったので、リーリエに預けていた2つ目の髪の束のようなアイテムを使い、ロマの森まで別の衣装を取りに行っている。

伊丹やレレイが言うには、ジゼルの主神であるハーディという神を、信徒以外がその身に降ろしたことの褒美として貰えるアイテムらしい。

エロフが長命だからって、人間の時に何回降ろしているのか気になるところだが、他の所の神様と親し過ぎるんじゃァないかと思う。(ロゥリィ教徒の火威もダンカンの使徒であるモーターから色々貰っているが)

ロゥリィ曰く「男が嫌い」な神らしい。サリメルは両性大好きの両刀使いだから気が合うのかも知れない。

変態に技術をくれたことは、凍結帝国相手に今の状況に持ち込めたので感謝するしかない。

だが、炎龍を起こしたというのはいただけない。

もっとも、炎龍を始め古代龍は今やカマセ犬に凋落してしまったのだけれども。

 

*  *  *                      *  *  *

                              

 

「一階の天井は高くて7から10メートルくらい有りましたね」

氷の城の内部をマッピングしていた火威が柘植の質問に答えた。

現段階で敵が積極的に打って出て来ないのは、今までにそれだけの敵を倒して来たからであろうと指揮官や亜神達は考える。

先程までは城内に戦力を溜め込んで篭城している可能性も考えたが、火威とサリメルが直接見てきたことで否定された。ならば攻撃できる時間は限られているし、早々に攻め落とさなくてはならないとユエルを始め、複数の自衛官の意見が挙がった。

「でも、ちょっと考えて下さい」

栗林は、火威達が「反転攻勢」に出るのを軽挙と批判する。ロゼナクランツが未だに隠し玉を持っている可能性は否定できないのだ。

敵の本拠地を前にして、普段の栗林の言動からすると意外に思った火威とサリメルではあるが、味方の被害を抑える為には今までの事を洗い直して考えるのも必要性はある。

「それもそうじゃな」

薄明の頃合いから、今日の昼間中に陥とすことを目標として戦い挑み続けてきたから見落としていたのだ。敵には散々イレギュラーな方法を用いられて火威自身も痛い目に遭っている。

で、あれば、何をするべきか……。

「もう一度、“てーさつ”してみてはどうじゃ? 先程は邪魔されてしまったし」

以上のことから、柘植に状況を報告して南雲の指揮の下、火威は隊の協力を得て偵察を開始する。

 

本隊から50メートル程離れた白い建物の上、メンポを被った火威が魔導を収斂させると次第に氷の城の内部が見えてきた。

侵入時に人間大ゴーレムとの戦闘で、上階の裏庭らしき場合に出たが氷の城は山と一体になっているようだ。

だとすると、敵城内は火威が廻ったのより実際は広いのだろうし、実際にマッピングした地図と示し合わせてみても火威が今見る城内は巨大だ。

更に魔導を収斂し、光の精霊の望遠レンズを併用してみると、蟲人らしき影とメンポを用いても見れない箇所がいくつかある。

「なんじゃこら?」

言うなれば、テレビの砂嵐のような壁に遮られている。

見られたら拙いものがあるか、そう思わせる策か……。考える火威の耳に重低な発砲音が入る。特地入り武装した中でも特徴的なので聴いただけで解るのだが、やはりそれはイタリカで盗賊団をミンチにした代物、AH-1コブラから頂いてきたM197ガドリング砲だ。

「やはりあのゴーレム、魔導の使用に反応してきたか」

サリメルの言う通り、火威から300メートルほと城に寄った場所には、石で出来たゴーレムの破片が散らばっていた。

山脈周辺の村々から拉致された被害者の有無を調べるのも重要だが、コイツらが格納されている場所も気になる。

城の中で見たヒト種らしき女と黒髪のエルフがメンポで見える。メンポの仕様によってまじまじと直視するのは憚れるが、同じ部屋には交戦したのと仕様が違う人間大ゴーレムがヒト種の女と対となった玉座に座り、さながら謁見の間を思わせる。

あれが一連の事件の首謀者なら100年前に交戦経験があるサリメルやロゥリィに見てもらった方が早いだろう。

「サリさん!」

多少大きめの声で呼んだが彼女は背後にいた。気配を殺して味方に近付くのは勘弁してもらいたい。

サリメルが言うには、100年前に首謀者を断罪したのはロゥリィであり首謀者の死体は谷底に落ちたからサリメルはその姿形見ていない。

なので現在では火威自身の主神であるロゥリィ・マーキュリーに、見たことの仔細を話すことにした。

 

「ロゼナクランツの首領は爺さんのはずよぉ。ヒト種でも女ではないわぁ」

偵察をサリメルに任せ、ロゥリィに敵城内に見た者を報告し説明した火威は、ロゥリィからそのような返事を受けた。

「それでもぉ、馬鹿な魔導士の中には何しでかすか解らない奴もいるからぁ、そいつらが犯人ということも有り得るわねぇ」

この状況で玉座に座っているのだから、一連の事件の重要参考人には違いない。

そのことをロゥリィに確認してから、直接加茂にも報告して二人の確保を意見具申しに行く。

しかし加茂には先客がいた。

「火威、拉致被害者の情報だ」

火威やサリメルが凍結帝国に集中している間に、城の方角から民間人らしき3人の男が避難してきたのだ。

彼らが言うには、東側の塔にマリエスの重要人物が捕らえられているらしい。

「あなた達は何処から連れて来られたのぉ?」

ロゥリィは3人に聞くと、彼らは山脈の西側にあるコルロという村から連れてこられたらしい。

この山脈に住む者は環境に適応した亜人が多いと聞いていた火威は、少しばかり疑問を持つところではあるが、地球の人間だって様々な極地に住んでいる。この男達を怪しむ理由はないのだ。

仮にピニャ・コ・ラーダがこの場に居れば、男達の中の一人がゾルザル派帝国軍についたミュドラ勲爵士だと気付くのだが、薔薇騎士団の中で唯一面識のある彼女は帝都で政務を執っている。

 

*  *  *                      *  *  *

 

氷の城の東側に位置するマクワ・ロワ塔には城内からの襲撃を警戒しながらも簡単に近付くことが出来た。

先程は、一定の距離まで魔導による遠距離攻撃をしていた城も、その前面から炎を噴き出すように破壊されてからは大人しいものである。

脱出してきた男達はアドラ、サルメ、カーバインと名乗ったが、苦労して脱出してきただろうに、塔に幽閉されているマリエスの重要人物がいる最上階まで自衛官達を案内して行くと言う。

「そりゃちょっと困るんだが……。せっかく生還した拉致被害者にもしものことがあるとマズイし」

「しかし我々も以前に捕われているシュテルン卿の下で戦った兵士だ。救出部隊に加わる義務がある」

昔病没した母親以外、リーリエの家族はマリエスにいる弟の他はこの事件で戦死しているはずだ。

氷雪山脈において彼ら以外に『卿』を付けて呼ばれる存在はなく、リーリエにとっては吉報と言える。

だが、生きていたとしてどのような状態で生きているのかも解らない。心身に重大な障害を負ってたりするかもしれないのだ。

現に「医術者がいれば同道を願う」と言われるくらいだ。

しかし彼らからは栗林の同道を願われた。女性特有の気遣いを期待してのことらしいが、栗林という人物を知る者からすれば「ノコギリで外科手術」並の要望である。

一応、外科手術にノコギリを用いることはあるのだが……さておき、シュテルン卿が自身で動けない場合は、移送する力が必要になることもあるので、栗林の同道は認められてしまった。

「ちょ…何故栗林がっ?」

医術の心得があるのはサリメルだが、サリメルは防御魔法で本隊を守らなくてはならない。リーリエもまた、親族がどのような状態になっているか解らないと柘植一佐が慮ったのと、吹雪が起きた時は本隊の命綱なので行かせなかった。

火威が救出に向かうのは、脱出してきた3人の指名でもあるが『手っ取り早く終わらせて作戦を継続させたい』意向が働いたのである。

マクワ・ロワ塔前には敵が居ないので制圧するのは容易だった。問題はそれを維持するのに神経を使うことだ。

第二戦闘団隷下の津金一尉以下、6人の自衛官と薔薇騎士団の団員4名に抑えてもらいつつ火威と栗林、そして敵城内から脱出してきた3人の男が塔を駆け上るべく塔内に侵入した。

「こちらカラミティ。塔への侵入を開始する」

塔の頂上付近に窓、ないし通気口らしき穴を確認した火威が頚を縮めるようにしてインカムに言うと南雲から返答があった。

『カラミティ』というサーヴァントは聞いたことがないので『バーサーカー』のコードネームが欲しい火威だが、そのコードネームは栗林向けだと南雲や剣崎に言われてしまった。

既に日本に『バーサーカー』のコードネームを持つ特戦群隊員がいるのかもしれないが、栗林の特戦群入りを見越しているのではないかとも心配になる。妻となる女性には出来る限り安全なポジションにいてもらいたいと思うのが火威の心境だ。

「三尉、警戒して! 罠があります!」

特に気を抜いたつもりはないのだが、栗林に注意されてしまった。実際に飛んできた仕掛罠の矢を火威が目前で掴み握り潰しているのだが、結婚したら栗林に隠し事は出来なそうである。

制圧した塔の前は第二戦闘団隷下の津金一尉以下、6人の自衛官と薔薇騎士団の団員4名に抑えてもらい、火威と栗林、そして敵城内から脱出してきた3人の男が塔を駆け上るのだがマクワ・ロワという塔は火威がアルヌスに建てた『坂の下の火威城』の3倍程の高さがある。

間違いなく特地では『高層』と言える建造物で、それを駆け登りながら途中途中で会敵する敵勢力を斃すのは生半可な体力では務まらない。

だが、火威も栗林も生半可ではなかった。

魔法が使える上に特地の神の眷属である火威が生半可というか普通でないのは言うまでもないが、その婚約者である栗林すら人間辞めちゃってるレベルである。

火威は見ていた。一撃の掌底で人間一人を斃す業を。

筋肉だけで成せる業ではない。正にWAZAMAE!! アドラら三人の男達は、互いに顔を見合わせた。

「緑の人。敵集団に足止めされた際には貴官隷下の女兵士だけでも上階に行けるのでは?」

そんなことをアドラと名乗った男は言うが

「敵地で個別行動は全滅フラグでしょ。許可できません」

先が急がれるのも解るが、味方の命も大事なのだ。アドラの進言を受け入れる訳がない。

「そりゃ!」

階段を登りきり、最上階の部屋の扉をフルグランで叩き破って部屋を開けると、予想通りに爆発性の罠が仕掛られていた。

事前にメンバー全員に防御魔法を掛けて、なおかつ火威は龍甲の鎧を装備しているから大事はない。

マフラーが少し焦げた程度でしかない。その火威の視線の先に、目隠しに縄で手足を縛られて猿轡を噛まされ、拘束されて呻いている男と彼の喉元にショートナイフを当てる男がいる。そして、それ以外に四人の男が居た。火威に注ぐ敵意に満ちた目付きを見るに、どうも味方とは言えないようだ。

「こいつがどうなっても良いのか!? 武器を捨てろ!」

「……ちゃんと受け取れよ?」

言うが早いが、投げられた大剣がナイフの男の頭蓋を叩き割りって壁に突き刺さる。それに着くようにして飛んで来た火威が四人が抵抗する前に大剣の腹で叩き伏せた。取り敢えずミッションコンプリートである。

「すぐに縄とか取りますから」

火威の後から部屋に入って来た栗林は、斃された男の骸を除けて唸り続ける男の拘束を切り払おうとナイフを出した。

「待て! 栗林。先に目隠しから外せ」

今の部屋は高い塔の最上部にある。そこに窓なり通気口が空いているのだ。囚われていた男が別の場所から連れて来られた話は変わるが、そうでないとしたら……。

唸り続ける拘束された男の目隠しを栗林が解く。

そして露わになったのは、精気を感じさせない男の顔だった。




原作であるGATEも遂に海自が主役のシーズン2ですね。
ですが抜錨編、まだ読んでないです。文庫になったら一気に読みます。登場人物は江田島さん以外は一新されてそうですが、気になります。
そしてロゥリィ・マーキュリーの中の人、種田理紗さんが遂に復帰しましたね!
こりゃもうアニメで総撃編と冥門編やるしかないでしょ!
でしょ!?


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第三十五話 鬼神

新聞読んでたら
モト冬木をモルト冬木と空目した。
二期ィー! 早く来てくれぇー!!


特地の冥府を司る神に祈ると徐に大剣を振り上げる。そして遺体を両断した。袈裟に押し斬り、脊椎を断つ。そうして砕け落ちた生ける屍はもう動くことはない。

「ひ、火威三尉!?」

「貴様!何やってるんだッ!?」

予想通り、栗林の戸惑いと激高するアドラの抗議の声を受ける火威は今の男の状態を彼等に手早く事の詳細を説明する。

「この人は亡くなってから時間が経っている。遺体の一部が蝋化しているでしょ?」

言いながら、遺体の蝋化した部位をアドラら3人の兵士と栗林に見せる。人間の亡骸が蝋化するスピードは遺体周囲の環境にもよるが、1~2時間で変化するとも思えない。火威が学生時代に仕入れた知識では、蝋化が完了するまで3カ月ほどかかった筈だ。

火威が来るだいぶ前から、この遺体は仏様になっていたと考えるのが自然と言える。

拉致された者の救出作戦が失敗したことには変わりないが、この場合は救出部隊から犠牲者を出さなかっただけでも良しとしなければならない。

男の魂魄を半死の練獄から解き放つべく、火の精霊で遺体を焼却した時である。一陣の風が塔の中に吹き込み、遺体を贄に燃え盛る炎をを煽る。

その時、火威と栗林の耳に聞き覚えのない声が入った。

「無様だなミュドラ。やはり貴様ら帝国のただのヒト種には荷が重過ぎたようだな」

見れば、火威しがサリメルから借りたアイテムで見た重要参考人のヒト種の女がいる。火威も栗林も、突如出現した敵か味方か分からない存在に即座に小銃を向ける。

「ト、トーデイン様!?」

「今まで飼ってやったが、使い物にならぬならこれまでだな」

ミュドラという名は火威の記憶の中にもある。内戦中、ゾルザル派帝国軍の3将軍の一人の名だった筈だ。そしてミュドラにトーデインと呼ばれた人物の物の言いようも昨今の記憶に新しい。

一度はロゼナ・クランツに恭順し、そして脱走して盗賊団にまで身を陥とした元ゾルザル派帝国軍の連中をテルタまで移送した南雲が言っていた「ヒトを器物か家畜のように使う」態度である。

そしてそれは火威自身にも心当たりはある。銀座事件では昼から次の日の夕刻近くまで怪異含む多数の敵を殺害し、再起不能にしてきた。それは自分自身を守り、逃げ遅れた民間人の避難を手助けする為ではあったのだが、所属不明勢力に対する自身の意趣返しも多分にあった。

だが、目の前に現われた女はミュドラ……アドラと名乗った男に対して圧倒的な高所からものを言っている。

このやり取りを見て理解できるのは、ミュドラが何らかの意図を持って隊に向かい、この塔の男の保護を求めたということだ。

罠だったのであろうことは、現れた女の言動を聞けば分かる。その女は、先ほど火威がサリメルから借りたアイテムで氷の城の内部で確認した重要参考人だ。

この場で逮捕することも考えたが、相手は実力の知れない魔導士。下手に手出せば味方が危ない。

魔法を禁じられている火威は大腿に携行している11ミリ拳銃にも手を伸ばし、先に安全装置を解除してから構えつつ立ち上がる。

「し、しかしトーデイン様がいらしたのですから、もはや奪ったも同然……!」

そうミュドラが言いかけて、突然胸を抑えた。

そればかりか同道してきたサルメとカーバインまでもがその場で腹を抑え、地に突っ伏して苦悶の声を上げる。

何が起きたのか戸惑う火威と栗林だが、状況からすると「トーデイン」と呼ばれた女が成したことだと考えられる。

これが日本なら「腹が冷えたんだろう」というところだが、今は特地で強大な力を持つ魔導士を相手に戦っているのだ。敵の仕業という考えを持つ。

そしてそれは概ね正解だった。

サルメが苦痛に呻き上げると、それを断末魔として背中を突き破って一本…続いて二本目の腕が生えた。

「げぇっ!?」

常識の通じない特地に慣れた火威も、この場面には焦る。特殊な任務だとは考えていたが、まさか婚約者を連れてサバイバルホラーをすることになるとは思わない。

「ト、トーデイン様…っ」

「が……シ、シュテルンの娘が…」

「この地に……っ」

ミュドラとカーバインが言葉を言い切るまえに火威は拳銃の引き金を引き、二発の乾いた破裂音が塔内に響く。この連中が敵で策を抱いて隊に保護されたのは明らかだ。重要な情報が敵の首領に渡る前に黙らせたかったが、発砲された2発の弾丸は見えない壁に阻まれた。

弾丸は二人の男に突き刺さったが、即死させるには至らない。栗林も同時に短連射で総撃したが、仕留める前にトーデインという女が闇の帳で二人を包んで消えてしまった。

舌打ちする火威だが、その注意は既にサルメを殺した化け物に向いている。

「栗林、退がれ。俺に任せ……」

化物はサルメの死体を食い尽くすと、紅く筋肉が剥き出しになった悪魔の翼のような背中から伸びる第3肢と4肢を広げる。爆轟で吹き飛ばそうかと考えた火威だが、今は魔法は厳禁である。かといって近付きたくないので、隊の装備で対応する。

小銃の短連射をする火威だが、余り効いている感じがしない。肉に引き込まれて、見た目にも手応えがないのだ。

白兵で分かり易くバッサリ斬り捨てるしかないかな…と、背に携行する大剣を抜こうとする火威だが、その手は剣の柄ではなく宙を掴む。

「三尉。発砲を中止して!」

「ぇ‥え!?」

斜め後ろ辺りから栗林の声がするが、発砲を止めると敵が突撃してくるんじゃないかという気配もあるので戸惑う。

「ちょ待っ‥志乃。何するだァー!?」

「良いから! 突貫すんですよ!」

この突貫爆乳娘さん、ホントやめて欲しい。大剣がないのも志乃が「なんやかんや」したのではないかと思うのだが、栗林からの射撃の邪魔にならないように敵を軸に旋回しながら11ミリ拳銃も牽制に使う。

すると、栗林が「でぇい!」と、ザックリと斬り捨てた。

怪物が何かする前に栗林が袈裟に斬って二分したのである。火威の大剣で。

「志乃さん……あっさりし過ぎ」

敢えて火威の心を言うならば「大好きな人が強すぎて心配」である。

アルヌスに帰還したら、もう少し大人しくしてもらいたい栗林を見る前で、火威は彼女に二分された汚物を焼却所毒してから隊への合流を急いだ。

 

 

*  *                            *  *

 

 

津金や薔薇騎士団の分隊と火威たちは本隊に合流。現在、氷雪山脈任務の最上位階級の佐官である加茂にアドラ達が敵方の工作員であったことと、山脈で拉致されてマクワ・ウワ塔の最上階に監禁されていた者が既に死亡していたことを伝える。

「マリエスの重要人物という話もアテになりません」

火威が付け加えたことは、言わずとも全員の認識だ。

リーリエの兄が生きている可能性があるのは彼女には朗報だろう。

そのリーリエの手に、ハーディの神性を得て金色に輝くサリメルの髪の一房を持っているのが気になった。

その時、下位の曹官がサリメルが天幕の裏に火威を呼んたでいると知らせてきた。普段ならセクハラを警戒する火威だが、ロゥリィもいるということでセクハラい心配も減る。

「どしたんス?」

顔を出してみると、身体を血が乾き黒く変色したとおもしき」元・お色気くの一服」の布切れで纏ったサリメルとロゥリィ、そしてグランハムとジゼルがいた。

「山脈中から拐かされた者が見つかったのじゃ」

言葉少なく、一言で伝えるが、その情報は火威ではなく加茂に伝えるべき内容でる。

「あなたが作った通路を使ったのよぉ」

どうやら4柱の神々は火威らが塔に侵入した際に、地下墓地から火威が作った通路を使って城内に侵入したようだ。アドラがロゼナ・クランツの使嗾(しそう)を受けたミュドラとは思わなかったが、彼らの言うことに裏があると感じたロゥリィが昼前に火威が使った通路をグランハムに聞き、亜神でチームを組んで城内に殴り込んだという。

「よく分かりましたね」

「女の感よぉ」

九百年以上殴る蹴る系神様をやっていれば女の感もナイフの用に研ぎ澄まされるということらしい。

「というか、地下墓地を通らせてしまいましたね。申し訳御座いません」

ロゥリィ・マーキュリーが地下を苦手とする逸話は、火威も知っている。

なんでも地面を管轄領域とする正神にストーキングされているとか、されていたとか。

「か、神の務めだから……っ」

どうも、地面の下にいた時の感覚を反芻させてしまい、急に身体を硬直させた。

この可愛いロリ神様では、日本本土に非公認ロゥ・シタンが出来るのも納得できる。

ちなみにロゥ・シタンとは、簡単に説明するとロゥリィ・マーキュリーが好きで堪らないファンクラブ的な者達である。

日本では、火威が世話になっている鉄コアのプラスチックモデルを発売している会社が、精巧なロゥリィ立像を売っていた。

誰の許可取って売ってるんだろ?…と、思う火威だが、日本のロゥ・シタンには必須アイテムだろう。

「ジゼルさん、ベルナーゴで見た山脈の死者の中に……」

「その中に、シュテルンの兄貴は居なかったぜ」

火威が聞き終わる前にジゼルが言う。彼女がリーリエの兄との面識があるとも思えない。だがベルナーゴで山脈の死者の数を確かめたのも彼女だ。以前、アルヌスに住み着いて火威と交際し、世俗の人間というもの理解した彼女だから、わざわざ火威をリーリエから離れた場所に呼び寄せたのだろう。

「ジゼルさんが気を使ったのは分かるけど、リーリエさんは武門な感じの貴族だからなぁ」

とはいえ、帝国の皇室と違って家族や兄妹仲は良さそうである。それに敵の首領がケネジュにいるという情報の確実性と危険性を見ないで被害を産む程、熱し易い性格だ。ジゼルの判断は正解かも知れない。

「あと、多くの石人形が納められている部屋も見つけてね」

火威の意識を氷雪山脈に戻したのはグランハムだ。

「多くって……」

岩を人形に整型しているのだ。魔法でも使っているなら、同じ手法でアルヌスの門の再建に使えるだろう。

「あぁ、加茂一佐には既に報告して、皆さんにも追々伝わると思うですけど、敵の重要人物の名が分かりましたよ」

「トーデインって奴じゃないのぉ?」

ロゥリィに言われて話が早いと火威は眼を輝かせる。

「そう! そうです。そういう名前の女」

その言葉を聞いたロゥリィは、虚を突かれたような反論めいた声を出した。

「あ、あいつは爺さんのはずよぉ!?」

 

*  *                            *  *

 

 

この世界にもLGBTというのが存在したようで、嘗てロゥリィが断罪した男の名がトーデインという、火威的にスクエニ臭のする老人だった。

勿論、この世界では性的マイノリティが神様的に見て! 罪ということでは無く、数々の禁忌を犯したためだ。

「こっちにもそういう人が居るんすね」

「ヒオドシの世界にも居るのぉ?

「身近には居ないですけど、結構あるみたいですね」

ファルマートのような大迷惑な者は居ないですけど……と、関心は持たないものの存在は(消極的に)認めていることを少ない言葉で伝える。

今回の場合、トーデインという男は禁忌の呪文を用いて確実に一人の女性を犠牲にしている。

「女を犠牲にするとは。トーデインとかいうジジイ、許せんな」

比較的近くから、女好きで中二病らしい鹿系亜人が言ってのが聞こえた 本人はパラパンの使徒を主張しているが、他の全亜神が見ると「違うっぽい」らしい。

昇神の基準が正神によってまちまちだから、火威は或いは…とも考えていた。何せ、サリメルが神様だ。

そして、鹿男と同じようだなことを火威も同様に考えていた。

沈黙は金である。

 

ここで話しは戻す。

サリメルやロゥリィやグランハム、そしてジゼルからのアドバイスを元に、加茂はロゼナ・クランツの攻略を此の期に決めた。

則ち、敵城内の造りが明らかになり、味方戦力に神々や現地人協力者の亜人に半精霊が揃う今こそがロゼナ・クランツを撃滅する絶好の好機と判断したのだ。

隊の一佐官である加茂が、過去の亡霊でありながらロゼナ・クランツという国家の成れ果てを「撃滅」という強い表現で排除を決定する決定するのは無理があるが、加茂を含む多くの自衛官はロゼナ・クランツが破壊活動と住民を拉致・監禁し殺害するテロリストと考え、この場においてその凶行を止める力を有しているのは、神々や魔導士の助力を得た混成軍の他にないと考える。

また、敵の城塞は加工が簡単な氷であり、次の機会を待っていたら把握していた造りではない可能性が高い。

更に言えば、ヒト以外の敵戦力は一日で回復する。

そして拉致被害者の所在も変えられているであろうし、次の機会を待っていたら過酷な山脈の環境に生存が危ぶまれる。

戦意も充実している今を置いて他にないのだ。

曖昧な先送りが、更なる苦難を生むのは近代から現代の日本が経験している。たから、今回はキッチリよトドメを刺して、おきたのたい。

そう考える火威は、今回も隊から離れて行動することになった。かと言って再びスタンドアローンという訳ではない。

「まさかここで神様たちと肩を列べて戦うことになるとは」

神々のチーム、地下から潜入し、本隊に先んじて人間大ゴーレムを破壊する班の一員として活動するため、栗林とのバディを解散した。

「いざって時の魔導士はサリさんがいるでしょうに」

「本隊にはリーリエがいるから大丈夫じゃ。ユエルも残るしな」

戦術待機中の隊を見るとホモォな神と眷属の片割れが、今や遅しと息巻いている。

「彼の代わりが君だよ」

そんなことを眷主の方が言うから、火威は尻が心配になった。

「石人形は数階に渡ってあるからぁ、ヒオドシとサリメルの魔法を使って『真っ直ぐ』進んで早く破壊していくのよぉ」

「あ、そうだったんすか」

「細かく動いているといえ、行動の石人形も数体動くやも知れぬがな。だがジエイタイの武器で倒せることは解ったし、多少被害を被っても今日中には倒さねばならぬ」

この際、多少の被害を被ってでも敵勢力を斃すつもりである。火威は栗林と共に行動するリーリエに敵の目論見を伝えると、兜跋に超電磁砲を連結させて次なる行動を待った。




以前は週二投稿でしたが、ここ数ヶ月は月一投稿です。
そして確実に本編より長くなりそうな気配……。
っていうか、確実に本編より長くなりますねコレ。
何話か前にそろそろ終わる宣言をしたのに。

で、今回のサブタイも前回の漢字表記ってだけのタイトルです。
鬼神の本気モードが出るまで鬼神ってタイトルでやります。
サブタイ考えるのがめんどい…ってことじゃなくて、中々凶神クラスにならないのです。

それはそうと、N-N-N様。アカギ様。
誤字報告有難う御座います!


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第三十六話 狂戦士クリボー

ドモ。庵パンです。
ここんところ最近ゲートのエロ成分が足らないのです。
ピクシブを見れば色々あるんですがね、最近どうも中々……。
アルフェ姉ちゃんのエロ絵とか見たいのですよ。
じゃあお前、別の所でアルペジオのエロいヤツ書けよってところですが
どうも鉄のアルペシオのエロは禁忌な気がして……。
なので誰かがピクシブなんかにアルフェエロ絵を投稿してくれるのを待つしかないワケですよ。
そんな感じに小物力+αを発揮したところで36話です。
っていうか好い加減そろそろ3部終わらせないと。


ロゼナ・クランツ地下の墓所から城内に侵入する火威だが、その過程でどうしても垂直の壁を上がる必要があった。

神々と前衛魔導士で構成された特地最強分隊ではあるがこの先に何があるか分からない以上は、石人形を呼び寄せてしまうので可能な限り魔法は使いたくない。

幸い、アルヌスとの連絡が容易になった今だから、冬季遊撃レンジャーを取得した火威が隊で用意した装備なら魔法無しでも上がることができる。

「待て、ハンゾウ。そっちではない」

サリメルが言うに、龍の鱗の装飾がある壁の向こうだという。持って来た荷物がデッドウェイトになりそうな気もしたが、石人形を破壊するのに使えるので続けて携行していく。

「ちょっとコレ壊すのは難儀しそうっすね」

「良いからやってみい。そんな厚みはないだろうから聖下が出るまでもなくヌシの拳で突き破れるぞ」

それが事実ならロゼナ・クランツの安普請ぶりに驚く。考えてみれば相手側は人件費に一銭も使っていない。戦力は生ける屍と怪異に、何処ぞで養殖した龍種だ。ゾルザル派帝国軍の落ち武者に給料を払っているとも思えず、困窮した戦い続けている。サリメルの話では多からずながら市井に協力者の魔導士も存在するようだが、もう戦うのは「やめりゃ良いのに」と火威は考える。

そう考える火威は拳を作ると腰を入れ、鱗の装飾がある壁を撲る。すると存外脆かった壁に穴が空いた。

ロゥリィのとハルバードと大剣で穴を広げていくと、予測を張るかに越えた容易さで道が拓かれたのである。

 

*  *                            *  *

 

三角一曹のハンドサインに、清水陸士長と栗林が氷の城内の通路を進む。

その後ろを津金一尉が進み、彼は後方からバックで前進する高機動車に合図を送り引き入れる。

他の隊員より、多少なりとも敵に詳しい栗林を斥候と敵戦力の排除部隊に配置した加茂であったが、離れた場所から津金らの動きを逐一監視する者がいた。

氷雪山脈に存在する魔導の良導体は、雪だけではない。

氷も同様に魔導の良導体として働き、その塊を触媒としたトーデインは氷城城内を逐一監視し、異世界の兵達の動きを媒体でぼやけた映像の中に見ていた。

トーデインの見る視界がぼやけているのは、侵入した者の何れがトーデインの魔導に干渉しているのだと考えられる。トーデインが見ている事に感づいているのはロゥリィ・マーキュリーだろうが、彼女は魔導に疎い。ならば、以前にロゼナ・クランツから逃亡したサリメル・カルピス以外に考えられない。

当時はサリメルという女が神の一柱であることが信じられなかったトーデインだが、30年前に捕縛し獣にその腸を喰わせても死なないのだから亜神以外に考えられないのだ。

最初は身体を乗っ取る為に捕縛したが、それが出来ないならばトーデインにとってみれば利用価値がない。

しかし異世界から来た魔導戦士の妻の身体を奪う機会が再び巡ってきたのだ。そして敵は自身が罠を張れる範囲の中に来たのである。その姿は明確に写しだせていないが、神であったアウラが見た『魂の色』は紛れもなくその女である。

しかし案ずるべき事も多い。ミュドラやカーバインの傷を見るに、異世界人は魔法以外の何らかの手段によって金属製の弾丸を飛ばしている。石兵が反応を示さなかったのはそのせいだ。

マリエスでも異世界の男達によって翼竜を改良したビスクスアラが爆破され、そのうえ貫く武器によって落とされている。

近頃、最年少で導師号を取得したレレイ・ラ・レレーナが練り上げた爆轟の魔法かと思われたが、魔導の発動に必要な霊格は感じられない。

これが現理を突き詰めた『武器』だとするなら大事である。敵の魔導戦士に対抗するために造り上げた石兵が起動することなく破壊されてしまうのだから。

それ以前に、二度捕らえ、そして逃すこととなったサリメルや異世界の魔導戦士の影が見られない。遠視認法で満足に城内の様子を見る事ができないのも、サリメルや魔導戦士が何かしたのだろう。その恐怖が、トーデインの心を縛りつける。

「アウラ。サリメルの動きは未だ解らんのか!?」

「……こちらが使う不可視の魔法と同じ魔法を使われてます」

「そんなことは解っているいる。奴らの動きを知る当てを聞いているのだ!」

「トーデイン様」

アウラとトーデインの会話に割って入ったのは、重要な情報をトーデインに伝えてる最中に負傷し、その瞬間に穿門法で謁見場まで移送したミュドラだ。

カーバインと共にアウラから手当てを受けていたがカーバインの方は敵武器の当たりどころが悪かったらしく死亡している。

「ジエイタイは『ジンドウテキ』と称し、民を甚く大切にしたがる性質があります。山脈中から連れて来た亜人共の救出に向かったのでは?」

このミュドラという男、帝国のヒト種ということで今まで冷遇してきたが、今の敵の軍との交戦経験があるので存外「使える」のだとトーデインは思い知る。以前にも「あの敵は魔導も弓も使わず石鏃を飛ばして来る」と言っていたが、その時は一笑に()していた。

「よし、なら穿門法で亜人までの道を蟲獣で埋める。城内を廻るミノタウロスも集中させておけ。アウラ、法陣の様子をミュドラと見に行け」

言われたアウラが、ミュドラと共に謁見場の裏手の門から出て行く。魔法陣の状態を固定してはいるが、異世界の魔導士は広範囲を攻撃する魔法を使う。陣の一部か壊れていれば、その部分を作り直さなくてはいけない。

ハーディがアルヌスに穴を開け、帝国が向うの世界の国に手を出さなければ起こらなかったことだ。異世界の軍勢は帝国を滅せる圧倒的な力を持ち、帝国に向けられた攻撃は苛烈を極めるものでトーデインの溜飲を下げるものであった。だが、何故か異世界の者達は「共存」という道を選んだ。

帝国に滅ぼされたロゼナ・クランツは「王族は皆殺し。民は全て奴隷」という道を辿ったのに。

「まぁ良い」

トーデインは独りごちそう言うと、異世界の女を捕らえる策を案じる。自分が使う予定の躰だから、余り傷付いたら困る。だから他の生物の身体を幼虫の苗床にする雌の六肢獣ではなく、力に優れた雄の六肢獣の群を向かわせよう。幸い近くに複数の個体がいるから、気の実を餌に誘導することが出来る。

女兵士以外にも異世界の戦士が複数人いるが、力に優れた六肢獣に ラブリュスを持たせれば容易に叩き殺せるはず……。

トーデインは氷の城の玉座で、独りほくそ笑む。

 

*  *                            *  *

 

拉致被害者の元に行く道すがら何体かの蟲人との遭遇戦を経たが、ロゥリィを始め神々にとっては道ばたの小石ほどの障害に等しい。

「聖下、生き生きしてるというか漲っておられる」

「そりゃまぁ、とんでもなく不遜な輩が出たからな」

不遜な輩が出たから(みなぎ)るのは言葉としては可笑しいのだが、ジゼルが言った事を解読すると「進んで禁忌を破る者が出て、しかも昔を狩り損ねた者だから遠慮なく戦える」と、いうことだ。

「聖下、待たれい。ミノタウルスが群れでおるぞ」

「わかってるわぁ!」

怪異の中に本気を出したロゥリィに勝てる者がいるとは思えないが、ロゼナ・クランツの魔法で城内に収まる最大限まで巨大化された大型怪異が並んでいるのは中々壮観である。

そして案の定、ロゥリィが振るハルバードに次々と頚を落とされていった。

やはり亜神の中で最強なのはロゥリィであろうか。火威がそんなことを考えながら先に進むと、巻き上げられた血風の向こうに扉が見えて来た。

が、それを阻むように他方から湧いてくる黒い影。

「お前ら出てきちゃダメだろ!?」

思わず言ってしまう程、冷所には似つかわしくない害蟲……黒くて巨大なGの奴が出てきたのだ。

「うわキモ」

そんな事を口走ったサリメルが風の精霊を使役し、抱えるようにした腕の中に雷電を溜める。

「ちょっ、サリさん魔法は!?」

「ちょいや」

言いながら放った雷撃が台所の害虫を焦がし、何時ぞやのポン菓子めいた臭いが広がった。サリメルが言うに、法理に霊格を触れさせず“その辺の精霊”を使役しているだけだから石人形は反応しないらしい。実際、ロゼナ・クランツの石人形は現れないことから事実のようだ。

「俺が来る意味は……」

火威がサリメルやロゥリィと行動を共にするのは、山脈各所から拉致された民間人を穿門法を使ってサガルマタに移送する時の護衛である。

ハーディの神性を得たサリメルの髪を使って始めて使える穿門法は、精霊とは一切の関係がない純粋な魔導である。故に確実に霊格を持ちいるのだ。

その際、火威が氷雪山脈に来る前にモーターから賜った突出式ブレードは、有効な武器となる。火威から見れば、ジゼルやグランハム。それにサリメルや何と言ってもロゥリィの本気を見ると、結構楽に勝てる気もするが……。

火威は避難民の中にダーのような巨躯の者や、ヒト種の男を探す。他にも救助すべき部屋は複数あるが、リーリエの兄やリッテラの両親が居るかも知れないことを考えたのだ。

そう火威が考えた時、部屋の扉を吹き飛ばして石人形が姿を見せた。

「聖下!」

「行くわよぉ!」

火威とロゥリィが、機先を制するべく人間大ゴーレムに攻撃を畳み掛けるのである。

 

*  *                            *  *

 

小銃の発砲音が続けざまに響く。

偵察として先行した津金一尉率いる栗林の分隊が、突如出現した蟲人の集団に反転攻勢に出ていた。

リーリエが敷いた魔導障壁は多くの蟲人を遮るが、霊格が高くとも火威やサリメルほど使い慣れていない障壁は一部が空いてしまう。

不幸中の幸いか、敵集団は火威が確認したような蛋を弾丸のように飛ばしてくる個体は無い。

敵集団の知能が余り高くないのか、空いている一ヶ所に集中しようとするのが幸いした。

遠距離の集団には擲弾を撃ち込むか手榴弾を投げ込み、抜け出た敵は銃剣や短銃で仕留める。

しかし問題は敵の多さだった。

「こいつら!!」

三角が狙いも定めず腰だめに64式小銃を放つ。撃てば当たるのだから、味方に当たらなければ細かい狙いを定める必要がなかった。

彼らが接敵した広間は瞬く間に二本足の蟲の死骸に覆われ、蟲獣の体液特有の悪臭に満たされる。

一点に集中し続ける敵を封殺するにも限りがある。一度に全体を掃滅できるであろうM197ガドリングこと無痛ガンを積んだ高機動車は、広いとは言えない城内の通路を、何度も切り返しながらバックで移動しているから来るのに時間が掛かるのだ。

「ぜぇい!!」

剣勢と共に繰り出されたユエルの斬撃が蟲人を切り裂くが、他の蟲人はその死骸をも乗り越えて来る。ユエルに出来た隙をカバーするように津金の小銃が火を噴き牽制するが、蟲人というのは火威が報告したように昆虫的な素早さがある。次の瞬間には一匹の蟲人が津金に接近し、肉体の尖っ腕の甲皮を津金の腹に突き刺した。

「がっ!?」

すぐさまユエルがその蟲人を斬り捨てると後方にいた清水陸士長が津金に代わり、後方の陸曹が津金をナサギに引き渡す。負傷したのはボディーアーマーが護る部分だが、それすら貫いたのか出血が見える。雪像の要領で雪で作ったアルヌスへのゲートを通って、診療所に移送しなくてはならない。

負傷者の護送手段と退路はしてあるのだが、このまま無痛ガンが到着するのを待っていたらジリ貧の末に押し負ける。そう考えた栗林は敵集団の中に諸刃の斧のような武器を持った個体を見た。

あれで肉迫されると拙い。そして栗林と言う女は最善の結論を導き出した。

「三角一曹。突貫します! 援護を!」

「えっ? えぇっ!?」

耳を疑った三角だが、栗林は敵の中に擲弾を打ち込み手榴弾を放り込む。敵集団の中で爆発が起こると目の前の敵が背後から押され地形になった。そこを栗林は銃剣刺突し、蹴り倒す。

のみならず発砲し、新たに来た敵の頭蓋を10ミリ拳銃で砕く。直後には斬撃と64の水平短連射で瞬く間に10体を越える蟲人の死体を製造した。

「な、なんたる膂力」

ユエルも、障壁を張ったあと弓で戦闘していたリーリエも日本の小柄な女兵士が見せたま業には目を剥いた。

だが栗林の目標は斧のような武器を持った蟲人の無力化である。この程度で終わる筈がなかった。

「でやぁあああァ!!」

小銃を発砲しながら、その身を弾頭代わりにタックルと銃剣突撃、そして発砲と共に繰り出される斬撃で瞬く間に目標を仕留め、敵が携行していた大ぶりの斧のような武器を鹵獲。多少重量があるが、火威が愛用するフルグランをも平然と使えるほど鍛え上げた筋肉を持つ栗林だ。複数の目標がいる場合、弾切れの心配がある銃火器よりも旧時代的な武器が有難い……そう思ったかは知らないが、栗林が斧を振るうと一度に数体の蟲人の半身が吹き飛んだ。

「ふふっ……」

手にした武器の威力を目の当たりにした栗林が薄く笑う。もっとも、その武器とは自身の筋肉であるから一度に複数を斃せる道具(ツール)を手に入れただけに過ぎないのである。

一部始終を見ていた三角、清水他、分隊の者達は何と思っただろうか。鬼に金棒、鬼に鉄錫、キ○ガイに刃物。様々な慣用句が思い浮かぶが、津金が退いた後で最もこの場で階級が高いのが三角であるから下位の者が無謀な真似をした際は止めなくてはならない。

しかし、栗林は完全な力の差を見せつけて敵を屠っている。その事が三角の動作を遅らせた。

そして、それは最良の結果を生むこととなる。

続けて一振り二振り。その度に複数の蟲人がバラバラに解体されて吹き飛んでいく。

言うまでもなく彼ら、自衛隊側が蟲人と呼ぶ六肢獣には最悪の結果であって、離れた地点から覗き見るトーデインにもそれは同じだ。

「こ、こんなのを相手にしているなど聞いてないぞ!?」

アウラとミュドラがいなくなった謁見の場で、独り恐怖に打ち震えるトーデインである。この場に居続けても殺されるのを待つだけだ。しかし下手に外に出ては危ない。

100年前にロゥリィ・マーキュリーが殺しに来た時の恐ろしかったが、魔導を知らぬぬ小娘の目を欺くのは至極簡単だった。

今の恐怖は二百年前に帝国がロゼナ・クランツを攻め滅ぼした時以上だ。今回は確実に殺される。消される。存在を滅ぼされる。

トーデインに出来ることは、アウラとミュドラの帰還を待つだけだった。




4部は基本、原作に沿ってレディ策謀+イチャラブと日本に帰還後の日常回+イチャラブだと思います。
従ってR-17.9くらいになるかも知れません。

ゲートが終わったら薔薇騎士団が入手した資料にもあって腐臭を放ちつつあるタイバニの二期をオリジナルで勝手に書くか、
ゲゲゲの鬼太郎的なヤツでも書くかも知れません。

いやね、巨乳雪女とイチャイチャしたいという執筆動機があr(ry1


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第三十七話 鬼神クリバヤシ

前回投稿から3ヶ月以上放置してしまいました、庵パンです。
遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。
そろそろ本編の話数を越えてしまうので、あと少しで三部を終わらせます。
できれば後2話くらいで……。
できるかなー?


「そいや!」

振り下ろされる鉄の塊が、甲冑を模した石の兵を砕き、破片を派手に散らばらせた。

サリメルが使う鉄鎚の出所がロゥリィやジゼル、それにグランハムは気になる。火威が攻撃隊の支援に向かうまではアメジストの彫刻があるナイフしか持ってなかったはずだ。

何故、あんな武器があるのか知れない。

ロゥリィもジゼルも特別図書館に行ったことがあり、伊丹所有以外の日本で著名な漫画である某未来猫型の絡繰り物を火威から見せてもらったがあったことがある。

「貴女ぁ、禁忌を破ってないでしょうねぇ?」

時間を巻き戻ったり4次元的な空間に所有物を入れておくことが禁忌にあたるかが、今一度神々の中で議論する必要があるのだが、火威はサリメルをサリえもんと呼ぶことがある。

「へふっ!?」

この動揺ぶりは明らかに怪しい。まぁサリメルとしては若干苦手意識を持っているロゥリィに聞かれて驚いただけかも知れないが。

「いやいや、MASYAKA。ロマの宿舎を作る時に少しニホンの宿を参考にしただけじゃよ? あとハンゾーの意見聞いたり、聖下に怒られたりしないようにして……」

先に自己弁護を述べている点からして非常に怪しい。サリメルからすれば「だって聖下めっちゃ怖いんだもん!」なのであるが。

しかしロゥリィはサリメルに対する疑念を拭いきることができない。それとなくではあるが、サリメルという女神はハーディに似ている気がするのだ。違う点は他者からの注意に耳を貸す辺りか……。

最も違う点としては「男女の区別なく自身の好みなら抱きたがる」ことが挙げられるが、余り重要な部分ではない。

 

 

*  *  *                      *  *  *

 

 

「サリさん上手くやってっかなぁ」

亜神達から離れた火威は首謀者を討つための攻撃隊への合流を急いでいた。

サリメルの他の神と付き合いは、火威が知る限りニャミニアを斃した後でロマの森を訪れたユエルと行動を共にしていたグランハムが挙げられる。

数百年前になるとジゼルとも知り合いらしいが、現在の火威の主神であるロゥリィとはあまり反りが合わないような気がする。

ニンジャオンセン郷で卓球……もといファル球をした時にサリメルはロゥリィを酷く恐れていた。サリメルは自身の楽しみとか、目的の為に平気で禁忌を破ってそうな亜神である。

だから幽閉されるのを恐れたのかも知れない。

「今、幽閉されるのはちょっと困るな」

何だかんだ言って眷主である女だ。色々世話になっているし、友人としては面白い人物である。サリメルから離れる時はロゥリィに「変態エロフ亜神が不興買うかも知れませんけど、堪忍して下さいね」とは言っている。

言ってはいるのだが、ロゥリィは怒ると怖いらしい。いつ堪忍袋の緒が切れてしまうだろうか。

まぁサリメルはちゃんと我慢できるし……と、火威さ先を急ぐ。

急いでいるとは言え、魔法の使用は厳禁だから移動は徒歩に限られた。氷の回廊を砕き割って近道することも考え、実行したが氷は強化ガラスのように堅い。

爆薬や魔法を使えば破れるかもしれないが、火威は必要な爆薬を持っていないし魔法を使う訳にもいかない。

細心の注意を払いつつ、曲がった先に牛頭の怪異…ミノタウルスを見た。攻撃隊から離れているがコイツがこの後どういった行動するか分からないし、何より相手からも火威を確認して接近してくるので戦闘は避けられない。

隊が入手した情報では、ジャイアントオーガーよりは小さい筈だが、この場の脅威となっている敵性生物はタンスカで排除した個体より大きい。

「喰らえや!」

それに向かって駆け出す火威。今の彼には匠精モーターから賜った本物のドラゴン殺しがあるのだ。

繰り出される巨大な拳を難なく避け、がら空きになっあ喉元から大剣を突き上げる。

返る血飛沫と共に確かに感じたのは、研がれた神鉄の切っ先が骨を砕く手応え。

「ヌぇい!」と気迫と共に脛骨と肉を貫き、そのまま剣を振るとミノタウルスの頚がごとりと音を立てて地に落ちた。

巨大な身体は火威にのしかかることになるが、それを往なして地に叩き伏せる。怪異の死亡を確認した火威は、首と頸を落した牛の怪異の身体を一瞥すると攻撃隊の進行ポイントまで走っていく。

自衛隊に入隊した時は、まさか異世界で大剣を振るってミノタウロスやデカイ蛇と戦う日が来るとは思わない。

攻撃隊の自衛官の皆だってそうだろう。まさか異世界で巨大な蟲からゾンビやら相手にする日が来るとは考えもしなかったに違いない。思えば遠くへ来たものである。

ここで火威は思い直す。

今、自分が戦闘服の上に装着しているのは龍種で最も弱いとされているとはいえ、拳銃程度の銃撃では効果がない翼竜の鱗を使った鎧だ。

その篭手による打撃の威力は、翡翠宮の防衛戦で証明されている。

自衛隊での訓練は、肉体を鍛える以上に困難に耐えうる根性を鍛える。

そしてその困難が正に今この時だ。仲間の為、敵が造った道を進むより壁を崩して近道した方が断然早い。

「俺が進むぞ! その道開けェ!」

サリメルの話では、敵の魔導士は離れた場所から見ている可能性があるのだ。

火威は敢えて宣言すると、味方の攻撃隊が進んでいると思われる方角の氷壁を力一杯、全力で殴った。

一発で割れないと見ると二発三発。硬い龍甲に包まれた拳骨が、もし相手が生物であれば骨格を粉砕し血溜まりに沈め、形も残らぬであろうほどの拳撃を繰り出す。

すると拳撃による摩擦熱でも起きたのか、壁の一部が軟らかくなり溶けだした。それを見た火威はその一点にパンチのラッシュを浴びせかける。

すると、ひと欠片ふた欠片……と、氷の壁が剥がれた。その部分に大剣を突き刺した火威は、梃子の原理で更なる崩壊を狙う。

表面が剥がれ、現れたのは柔らかい雪の層だ。こうなったら後にやることは決まっている。いつぞや巨大無肢龍を追った時のように、大剣を円匙(えんぴ)代わりにして掘り進む。

内戦中の帝国軍が相手なら、絶対的な力の差がある味方を安心して信じることができる。

だが今は、魔法並びに精霊魔法という地球世界には無い方法を戦争に用いる魔導士が相手だ。敵の本拠地を攻めているとは言え、寸分も安心できない。

なにより、攻撃隊の中には火威が努力に努力を重ね、ようやく交際に至り結婚を申し込んだ栗林がいるのだ。可能な限り早く攻撃隊に合流しなければならない。

これまでより一層固い氷を突き崩した時、火威は暗い雲が浮く空の風景を見た。どうやら外まで出てしまったらしい。

地上までは15メートル以上の高さがあるが、一面が真っ白な雪に覆われている。高さはあるが、火威が入隊を希望する特殊作戦群は習志野の第一空挺団に所属する。

火威が知るところでは、かつて第一空挺団員が2000円貸してほしさに3階の建物から飛び降りて無傷だったという話を聞いたことがある。

また、高度340mを飛行するヘリコプターから降下する訓練の際、パラシュートが十分に開かないまま降下したものの、隊員に怪我はなく訓練をそのまま続行したという話も聞いている。

ガ○○ム程度の高さもないのに臆してはいられないのだ。

火威は着地時に十分な姿勢がとれるように雪の壁に空けた穴を大きくしてから、氷雪山脈の空に身を投げ出した。

 

 

*  *  *                      *  *  *

 

 

津金がアルヌスに退いた後、三角ら攻撃隊は引き続きM197ガドリングを積んだ高機動車の到着を待って進撃することになった。

時間が掛かってしまうが、先ほどのような被害を途中で受ける訳にはいかない。圧倒的物量に圧されて全滅なんてことになったらである。

お陰で全く苦戦せずに敵を排除できるのだが、無痛ガンことM197ガドリングの弾が何時までもつか心配すなところではある。

アルヌスから補給できるとはいえ、そのアルヌス駐屯地に残されている弾薬の量が心許ないのだ。

この装備は先の帝国の内戦中、ゾルザル派帝国軍が使役した恐獣や眼鏡犬(スコープドッグ)などの巨大怪異の撃滅に相当使われてきた。そして内戦終結とほぼ同時に日本との連絡が絶たれ、以降、アルヌス駐屯地に保管される弾薬は減る事があっても増えることはない。

だがアルヌスにある弾薬を全て持って来る訳にはいかない。アルヌスはホームベースだし、日本への再開通を果たす最重要ポイントである。大型怪異の襲撃など、イレギュラーな事態が起これば此れを打ち斃しアルヌスを守り切らなくてはならないのだ。

「高機寄越せ。ガドリング用意!」

前方の離れた地点から、蟲人が沸き出すように続々と出現する。もう少し隊が進んでいたら分断されていただろうが、連中は人型になっても条件反射で動く蟲の頭脳らしい。

それに対し、バックドアを前にして隊の先頭に突き出た高機が、ハンドルを切り返すようにしながら広範囲にガドリングの弾丸をバラ撒く。

出現するのが早過ぎた蟲人は手足や胴体を弾けさせて斃れていく。斃れていくのだが、多くの仲間が斃されながらも確実に攻撃隊へと近付いていった。

蛋弾の飛距離には届かないとはいえ、歩兵に当たる普通科の隊員も無論黙って見ている訳がない。三角や栗林らも64式小銃を短連射で数の多い蟲人を遠距離から一方的に屠る。

オークなどの肉厚な怪異と同じで、蟲人も89式小銃より破壊力がある64式小銃で銃撃すれば、ほぼ確実に一撃て斃せる。反射で動く蟲とは言え、頭部を一撃で吹き飛ばせるのは戦術として大きな意味を持つのだ。

接敵した一集団を装備と戦術の差で一方的に殺戮・殲滅した後、高機を先頭に進むと敵は足元から出てきた。

生態が未だ知れぬ蟲人の集団が、床となっている氷を割って地面から湧き出るように這い出てきたのだ。現場指揮官である三角の手落ちだった。

今し方の蟲人が何処から出現したか不明だったにも関わらず、日没までに制圧することを急いてしまったのである。

基本、特地での戦闘は敵が亜人にせよ帝国兵にせよ白兵では相手に分があるので制圧射撃である。にも関わらず今は戦列の味方側に敵が現れたことに隊員は恐慌に陥った。

この時、既に白兵の準備はしていて銃剣による刺突、斬撃で戦闘が始まっているが、仕留めるのに手間が掛かる。

その際に反される蛋弾に、攻撃隊は小さくない被害を被る。

防刃製のあるボディアーマーに受ければダメージはないのだが、皮膚を露出する顔や手足などアーマーの範囲でない箇所に攻撃を受けた隊員は行動不能に陥った。

情報によれば弾丸として撃ち込まれた蛋が孵り、幼虫が犠牲者の肉を食い破る。一刻も早くアルヌスの診療所に移送して除去手術しなければならない。

だが攻撃隊は自衛官だけで構成されているわけではない。半精霊の亜人や白兵を主眼に腕を鍛えてきた薔薇騎士団を始めとする正統政府の帝国軍もいるのだ。

更には白兵においてその身を鍛え上げてきた太陽神フレアの使徒 グランハムの眷属であるユエル・バーバレンや火威が結婚を前提に交際している栗林 志乃がいるのだ。

リーリエが火の精霊で一体の蟲人を炎に包むと、その胴体を突き破りバラバラにしながら栗林が次に見つけた敵の首を銃剣で刎ねる。

ヴィフィータが二体の敵の胴を流し斬るように断ち、ジオが相対した敵に飛び付くように跳ねて頭蓋を叩き崩し、ユエルの斬撃が次々と蟲人を斬り捨てた。

「次で十!」という言葉を含みながら、栗林が銃剣を振るう。その銃底には蟲人の体液が着いていた。

それは彼女が持つありとあらゆる物体が凶器になるということを意味している。

次の犠牲者である一体の蟲人が蛋弾を発射。着弾したのは振り上げられた銃底で、その勢いのままに蟲人の頭部を叩き上げ頚を引き千切る。

嘘か誠か定かではないが、プロボクサーの動体視力は発砲された銃弾を捉えることが出来るという話がある。

実際、自衛隊が特地の戦乱に関わっていた際もゾルザル派の帝国軍が商人などの非戦闘員に扮していた時、非戦闘員か否か判明するまで狙いを付けていたのは頭部ではなく下腹部だ。

帝国兵はプロボクサー程の動体視力を持っていて、実際に弾丸を見て避けているのではないのだが、タイミングや直観に近い能力を以て首の動作だけで躱すのである。

栗林の身体能力はそれら帝国兵を凌駕する。だからこそ彼女は【亜神】を冠する二つ名で呼ばれているのである。

「でやぁぁぁァ!!」

銃剣を翻すのも面倒臭いといわんばかりに彼女の鉄拳が13体目の犠牲者の胴体にめり込み、飛ばされた人型の蟲が別の2体を巻き込んだ。

そこのすかさず別の隊員が手榴弾を投げ込んで纏めて爆殺する間にも、栗林は目に付いた1体の頸を銃剣の錆にするべく間合いを測る。

懐に飛び込んだ時に繰り出された関節部の角を躱してそのまま銃剣で刺傷。発砲しながら引き抜き、銃底で頭部を潰す。

すると、進むべき回廊の奥からミノタウロスが出現した。

隊内で交戦経験があり、記録として残されているのは伊丹耀司だけだ。クレティの遺跡で交戦した情報はアルヌスの自衛隊内に記録され、特地に派遣されている上・下級将校のほぼ全ての隊員が知るところである。

栗林は白兵の距離にまで地を蹴りミノタウロスに肉迫する。一般的なWACではなく、格闘で巨大怪異のダーを斃した戦士がそこにいた。

ミノタウルスが自身の目前にまで飛び込んできた小さな異種族に気付かないはずがない。

彼等は人間を喰い女を犯すと言われている。今の場合も自分の目の前に出てきたのが他種族の雌であることを匂いで解っていた。

だが、それ以上に自身に害意を持つ敵であることは野生動物としての本能で理解する。

有機体のエンジンの様な咆哮と共に剛腕を上げる牛頭の怪異。小さな見た目に騙されず、目の前の他種族の雌が脅威と判断した雄牛は一気に叩き潰すべき上体を反らせ両腕を掴む。

「栗林! 逃げろ!」

三角の警告も聞かず、栗林は巨大な敵が取るであろう動きを瞬時に予測して、その懐に飛び込む。振り下ろされる岩のような拳が栗林を押し潰す。そんな悪夢を予想してしまったリーリエを余所に、巨大怪異の剛腕が床に叩き付けられ氷の破片が飛び散り、氷の礫が巻き上げられる。

栗林の姿を暫し見失うが、次第に晴れ、その場に見えたのは、片方の角が捥げ落ちて息絶えたミノタウルス。そしてその側頭部に拳を突き刺した栗林も現れた。

ハンマーブロウの軌道を見切った栗林が、相手の攻撃を躱して偶蹄目の急所である角の後ろに全力の正拳突きを叩き込んだのである。

攻撃隊の本隊も交戦状態にあった蟲人を掃討し終えたようだ。三角が指示する前から負傷した隊員や帝国兵をアルヌスの診療所へ護送するため、氷の城の前に開いたゲートへと護送している。

そんな中、徒素の栗林に屠られたミノタウロスの死体を見た誰かが言う。

「あ、亜神だ」

ワーウルフ、キャットピープル、ヴォ―リアバニーや六肢族の他ケンタウロスなどファルマートには元々ヒトより武に秀でた種族が多くいる。だが、生身で……しかも己の拳でミノタウロスのような大型怪異を殺した者はこれまでに居たという話はない。

「まさに亜神・クリバヤシだ……」

悪所など、帝都に広まった亜神クリバヤシの伝説は一種の都市伝説として尾ひれ葉ヒレが付いたものである。しかし、多くの帝国兵の目の前で亜神は現実の者となったのだ。

怪異の頭蓋を潰す手応えをその手に感じて「やりきった感」を感じているであろう栗林を見て、三角は独りごちる。

「あぁいうのは“鬼神”って言うんだよ」

三角の言ったことは誰の耳にも入らない。そして栗林が成した偉業に対し、ユエルが確実に対抗心を燃やしていた。




唐突ですが

前々回の漫画版ではノッラフルボッコに参加していた龍人ウィッチ導師がセクシーでしたね。
今後の再登場を期待してしまいますが、以降でロンデルの描写は無いから難しいですかねぇ……。
まぁ、こっちの外伝的なヤツで登場させれば簡単なんですが……。
しかしコミックの外伝4コマという希望がまだある訳ですよ。
飢狼もロンデルには行きませんし、魔導はアルヌスで門を開いてワチャワチャするだけですし、4コマに期待するのが正解なのですよ。

活動報告にメモった内容を使えばやれそうですが、始まるのが来年末より先になりそうです。


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第三十八話 鐡の王

ドーモ、新年明けて最初の魔導です。
そろそろ栗林(筋肉)のターンが終わります。
本編より長い外伝ってどうかと思ってましたが、それも次で終わりです。
でも長くなりそうなので次はちょっと無理……かも。
どうにか春までには4部の栗林(デレ)のターンに突入したいです。


自衛隊が特地で最初に使用することとなった小銃は、現用の89式5,.56mm小銃ではなく使い勝手が悪いと評判の旧式である64式6,72mm小銃であった。

口の悪い人には在庫一掃セールなどと言われたが、銃剣が帝国兵の鎖帷子に引っ掛からないことやオークのような肉厚な怪異を一撃で斃せるなど、ある意味では特地向け装備とも言える。

その64式小銃の弾丸を数発受けているだろうに、そのエルフは未だに攻撃魔法を放ってくる。

防御魔法で守りを強化しているのだろうが、特戦と火威からの弾幕を受けても斃れない辺り、特地特有の絶対生物か神の一種なのだろうという予想は付く。

「火威! 無駄撃ちするな! こいつは普通の生物ではない!」

南雲は部下の名を張り上げて注意するが、弾幕を張ることは無意味ではなかった。

敵のエルフ女はロゼナクランツに降った帝国兵を庇うようにして立ち回り、中々自衛官達への攻撃に集中できないのだ。

今、火威と特戦が相手しているエルフの女はサリメルが「メンポ」と呼ぶ仮面を通して見た敵方の魔導士だ。

今戦っているのがリーリエから聞いた彼女の始祖なのだろう。職務質問したいが斃さなければ味方が死ぬ。

アウラという女が亜神ないしそれに類するものなら、解体して幽閉しなければ進めない。

「アマンダっ、頭下げて!」

火威は特戦が救出した亜人に叫ぶ。白毛で猫系か犬系か判断できない彼女がリドラとリッテラの母親だ。ダーという怪異の変異体である彼女を保護するのも、普通では考えられないことだが、銃器と魔法との戦闘の中ではダーという怪異も実力は発揮できない。

「支援! 頼みます!」

自分自身に掛けた防御魔法は未だ有効のはずだ。魔法が使えないこの状況で火威は風の精霊を使役すべく秘かに詠唱しはじめた。

自然災害の多い日本に産まれ育ったのだ。風の威力、それも暴力の塊となった風の威力はイメージを思い起こし、精霊を使役して再現する力が火威にはある。

「いけェ!」

火威が拳を振るうと強大な旋風と雷撃がアウラとミュドラに向かって行く。ミュドラは捕らえて正統政府に突き出す予定だったが、ここまで苦戦しては生かして捕らえるのは難しい。

だがアウラは火威と同じような竜巻を使役し、火威が生み出した旋風と雷雲をかき消してしまう。

火威や特選群の男達の敵はエルフだ。ならば経験の勝るエルフが火威を上回っても不思議ではない。

しかし、攻撃を止められたかに見えたが続けて放たれた鉄火の弾が彼女を貫いた。

「やれるぞ!」

だが特戦群の一斉射撃がアウラを襲う。空きなく張られる防御魔法で威力は減退したが、全ての弾丸が彼女に突き刺さり、的井が撃ったM2カービン銃の弾丸が頭部を吹き飛ばす。

「やった?」

アマンダが独りごちるが、頭部を失ったアウラの身体はミュドラと共に姿を消した。

「火威、今のは……?」

南雲は魔法使いとしての見知を火威に求める。

「今のは穿門法でしょうか……サリメルが使うのと比べて実に素早いですが」

そして亜神やそれに類する存在であることも付け加える。そでなければ、不死で尚且つ魔導が使える通りが説明できない。それでも何故禁忌加担するのかが不明だ。

もっとも、火威の眷主のような性格にならば色々な条件付きで禁忌に加担してしまう動機は幾らでも考え付くのだが……。

 

火威が特戦群に合流したのは、今では敵であることが確定したエルフと特戦の戦闘中のことだった。火威やサリメルが見た黒髪エルフという情報は特戦の他、攻撃隊の全員が知るところである。

最初の一撃は長距離からの狙撃のはずだったのだが、敵の精霊魔法は距離を延ばす幻影を敷いていたのだ。返される爆轟魔法は剣崎に掛けられていた防御魔法を一撃で引き剥がした。

戦闘中に火威が掛け直すこともできたのだが、法理や霊格に反応したストーンゴーレムが乱入してきたら事であるし、それを警戒して南雲から止められていた。

「まぁ、どうにか撃退することは出来ましたね」

「近くにいる可能性が高いがな」

火威の言葉に南雲がほぼ当然であろう内容のを返す。ロゼナクランツ最後の拠点は彼等がいる場所なのだ。

「二佐、見て下さい」

槍田が何かを発見したらしい。彼は自身の足元を見ている。いや、彼の足元や火威、南雲や剣崎の他、特戦群の男やアマンダの足元など、広い範囲に幾何学的な模様が走っているのを見つけた。

「アルヌスの防御陣形じゃないか? なんでこんな所に」

「魔法陣じゃないですかね。 蟲獣を呼ぶ為の」

閉門間も無い頃、火威は多数の蟲獣の出所を複数の同僚と上官、そして日本へのゲートを開けるレレイから、自衛隊がアルヌスに築いた防御陣形がこれ以上ない程に正確な魔法陣となったことを聞いた。

半壊したゲートが日本がある世界とは違う世界に繋がり、多くの蟲獣を呼びこんだと聞いている。

「なら早く消さんとな」

「爆薬使うことはないですよ。精霊に本気出して貰えれば結構な威力ですんで」

 

*  *                            *  *

 

リッテラとリドラの母親である獣人・アマンダは、二人の子供に似て美しい純白の毛並みを持つ雌の獣人である。

ダーであることも知らず、旦那や子供が居ると知らなくて火威の私生活が報われなかった場合、カトリや倉田ほどケモナーではないにせよ片鱗を持つ彼はアマンダに言い寄り、お茶くらいには誘ったかも知れない。

だが、真実はダーが擬態している姿だ。夫が農業に従事する傍ら、ダーの変異種である彼女は氷雪山脈では狩りを生業としていたといっても切欠さえあれば擬態を解いてダーという怪異に変貌する。

私生活が恵まれなかった火威やカトリなんかは、早々に獣欲を発露させて(かじ)られていたかも知れない。

そんな危うい可能性があるから、閉門騒動時にダーによる流血の惨事を見たアルヌスにアマンダ独りを避難させることは憚れた。

リッテラやリドラは攻撃隊に追従している。それを知った彼女は攻撃隊との合流を急かす。だからではないが、南雲がプレストークスイッチを押して攻撃隊を率いている津金に通信をいれた。

 

*  *                            *  *

 

穿門法によって風雪吹き込まない屋内に移動したアウラとミュドラであったが、今まで彼等がいた中庭に風陣が立ち上っているのを確認したアウラは悔やむ。

トーデインは明らかに相手の力量を見誤っていたのだ。

ミュドラの他、ロゼナクランツに降った帝国兵が何度も異世界からきた魔導士を警告したのにも関わらず世界への復讐を始めた。

「魔法陣が破壊されている」

アウラが呟くように言った出来事にミュドラは愕然とし、同時に恐怖した。

この事実をトーデインに報告すれば激怒するであろうことは分かっている。ゾルザルも大変な気性の持ち主だったが部下の提言には「一応ながら」耳を貸す程度のことはした。

トーデインは異世界から来た軍のことは知ってはいたのだが、その実力を信じようとしない。そしてその中の魔導士の話は一度聞かせたが、まるで信じようとしなかった。

だがファルマートで戦争を起こすならジエイタイという敵も相手しなければならない可能性が高い。それなのにトーデインは嘗ての帝国がそうであったように、敵の力を信じようとしなかった。

その理由はミュドラにも覚えがある。

ゾルザルの帝国がそうであったように、魔導を極めたロゼナクランツに仕えた者の曲がった自尊心が現実を見ようとさせなかったのだ。

だから今の状況はトーデインが招いたことになる。

しかし、この人物の理不尽さは自身の責任を認めないところだ。そしてその怒りは多くの場合で責任のない他者に向かう。

「トーデインには常に自分しかいない。逃げろ」

亜神であった故に人間なら即死の傷を受けても、短時間で治ったアウラが帝国のヒト種に言う。帝国に滅ぼされたロゼナクランツに生きたトーデインは、戯れに帝国のヒト種を殺す。

今では帝国のヒト種だろうが他の種族だろうが、使役出来る者は己の駒としか考えていない。使えなければ今のミュドラのように死という処分が待っている。

「し、しかし……逃げろと言っても私にはもう……」

帝国の内戦で敗者となったゾルザル派の三将軍であるヘルムとカラスタの二人は、既に皇族に刃を向けた罪人として縛り首となっている。ミュドラもジエイタイと同道する正統派帝国軍に投降すれば、帝国に護送された後に縛り首となるだろう。

もはやミュドラが向かう未来には、どの道にも死しかないのだ。

「お前、そんなに生きたいか?」

ことりと、アウラはミュドラに問う。強い魂であれば死後の冥福というのも望めるのだ。ミュドラはトーデインに呼ばれ、寒風吹きすさむ氷雪山脈を越えてきた。

それなのに、トーデインは帝国の人間というだけで虐待するし戯れに殺す。その命を羽毛よりも軽く扱われる彼等に対してアウラも同情しないでもない。

それでいて氷雪山脈周辺の人家から住民を拉致するのも彼等の仕事だった。

「生きたいです! 生きて生き直したいです!」

ミュドラという男は色々な複数の意味で凡人だ。俗人と言い換えても良い。だが俗人であるが故に自身の生に縋るのも、長年生きたエルフとしてお亜神として生きた経験もあるアウラには理解できる。

アウラは一つの掛けに出た。

「では、ロゼナクランツから離れることが出来たら、静かに生きると誓うか?」

 

*  *                            *  *

 

ロゥリィやサリメルら神々と合流を果たした火威ら特戦群は、攻撃隊との合流を目指す。

先程の戦闘で火威の精霊魔法が相殺されたのは、以前にテュカが言ってたように鎧に重量のある武装を付けているせいなのだろうが、そのどちらもが火威にとっては大事な命綱だし任務を遂行するのに必要な機材でもあるので投棄することは出来ない。

一方のロゥリィ達は城内を巡り、山脈の村から拉致された複数人の人々を救出することにも成功している。

その中には、山脈内唯一の公認賢者であり、アマンダの番いでリドラやリッテラの父である雄のキャットピープルもいた。

「アウラというヤツは妾の昔の知り合いなんじゃが……」

「世間って狭いっすね」

アリメルがサリメルの娘であることに関しても、非常に狭い世界の出来事で火威や出蔵の心、そして世界が翻弄されていることに火威やロゥリィは二の句が次げない。

「こんな悪いことする()じゃなかったのに……何があったんじゃろう?」

近所のおばさんのようなことを言う。昔は近所のおばさんと近くの子という関係だったのかも知れない。

「それとぉ、小型のゴーレムも壊せるだけ壊したわよぉ」

ロゥリィのハルバードなら石人形を破壊できるのも納得できるが、それ以外の神の得物だと苦労しそうである。ジゼルの鎌で石を破壊できるとも思えない。

「猊下やグランハムは怪異対策じゃ」

「人の心読むのやめてくださいよ」

「ハンゾウは顔に出やすいんじゃよ」

サリメルに言われたことは、極秘任務に当たるのには不向きということを特戦隊員の前で明らかにされたことだ。

「全部破壊出来てれば魔導も使い放題なんじゃがな」

「待て」

攻撃隊との合流を急ぐ火威達を止めたのは南雲だ。

「サガルマタの特科から伝達があった。山が動いているとのことだ」

「えっ、ソレどういう……」

さっぱり意味の解らないことを言う南雲に戸惑う一同。それは雪崩ということなのか、山体崩壊ということなのか。実に解釈に困ることだ。

「ナグモ、言ってる意味が全然解らないんじゃよ」

「俺のもさっぱり解らん」

通信で聞いた南雲もサリメルも解らないのであればお手上げだ。

「とにかく速攻でトーデインぶっ潰して確認しまっ……!」

火威が言いかけた時、彼等の進行方向から一陣の風の如く明確な声が彼等に投げかけられた。

「その必要はない」

見れば、アウラという名のエルフの女だ。その右手に提げているのは人の首で、彼女の脇には人間大のゴーレムが随いている。

「トーデインは討った」

放られた首を見れば、確かに火威やサリメルが見た女の首であることが解る。

「なっ…! なんで散々っぱら邪魔くらかしてくれたお前が!」

「ヒオドシ・ハンゾー……お前には世界を救ってもらうぞ」

火威の問いに答えようとはせず、アウラは人間大ゴーレムの肩に手を乗せた。その瞬間、ゴーレムの目に光が宿る。

「ここで敵かよッ!」

急ぎ防御魔法を敷いた火威が隊の先頭に立ち塞がると、突進してくるゴーレムと激突した。

 




次は少し時系列が戻ります。
さておき、さを先生が描かれるケモ娘。実に肉感的でそそられます。
流石にさを先生は無理でしょうが、今作で出てきたアマンダも肉感的溢れるケモ人妻という設定です。
なので誰か描いて下さいっ!

はい、ゆうた感あること言いました……。
あとクリちゃんの幸せなエロ絵とかm(ry


で、次は飢狼書きます。


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第三十九話 空神

久々の更新です。
今回のサブタイも電波的なもので思い付いたものです。
天狗のことでも魔神英雄伝ワタルでもありません。

で、明日発売のスパロボXでまさかのワタル参戦なのですが、
色々と執筆が遅れるかも知れません。


 

三角が率い、大型化したミノタウロスを殴り殺した栗林を擁する自衛隊・帝国軍連合の攻撃隊が目指す先。

そこには大理石によってされた王座と玉座があった。

王座には現・ロゼナクランツが持つ兵器の中で最高性能を誇る人型の器物が座り、反対側の玉座にはファルマートの亜神達と異世界から来た敵の恐怖に震えるトーデインがいる。

そのトーデインの前にアウラが姿を現した。

「遅いぞ!」

心から信じられる味方の居ないトーデインにとって、アウラが唯一の有能な駒である。トーデインの生存に欠かす事のできぬ駒だが、それがトーデインとは違う別の人格によって行動しているという当然のことが彼には我慢できなかった。

「申し訳ありません。蟲獣を呼び込む魔法陣は……」

「早く! 早く触媒を寄越せ!」

「先程お渡しした触媒は?」

「異世界の武器を防ぐのにあれで足りるか!? 1枚や2枚、容易に貫いて来るぞ!」

それはアウラにも納得できることだ。先程、異世界の男達との戦闘で受けた傷は通常の人間であれば何十回も死んでいるだろうし、一撃で頭部を吹き飛ばした武装にも目を見張るものがある。

ミュドラが居ないことには一辺の疑問も感じないのか、アウラから神秘的に輝く漆黒の毛髪を引ったくると詠唱を始めた。

触媒を消耗し、練り上げた魔法は防御魔法だ。会話の流れやトーデインの臆病な性格から薄々感づいてはいたが、この期に及んで自分を護る魔法である。

アウラは近付いて来る複数の魂に気付いている。自分が味わった複数の弾幕なら幾重と厚い防御魔法も破れるだろうから、トーデインが恐怖するのが解らないでもない。

だが、山脈各地から種族に構わず拉致して隷属させ、力で脅して時に生きたまま魂を奪い、生ける屍を作ってまで作り上げた氷雪山脈のロゼナクランツの城より、この男は自身の命を優先させている。

この時を境に、アウラはこの男を見限った。トーデインの魂魄に抑えられている巨龍を放たぬ為に従っていたが、今ではそれを屠れるかも知れない男がいるのだ。

そしてアウラが気になるのは、近付いて来る魂の中には自分の末孫がいることだ。

他種族の中で何世代も代替わりを重ね、血縁は薄く、遠くなっているだろうが間違い無く自身の孫娘の魂だ。

 

突然、王座から見える扉が勢い良く開く。

アウラは末孫の魂の訪れを感じ、トーデインの前に姿を見せる危険性を理解しながらも、彼女の姿が見えるのを待ち望んでいた。

トーデインは驚き、恐怖に身を竦めるばかりだ。

「アウラ! やれ! 殺せ!」

帝の広間に雪崩れ込んでくる、ヒトを中心としたトーデインを討伐せしめんとする者達が包囲の輪を広げつつも、反撃の魔法を警戒しているのか中々近付こうとしない。

アウラは、そんな者達の中に末孫である娘の魂と、それを包む美しき肉の身を見た。

トーデインにおびき出され、重傷を受けて死の淵を彷徨っているという話を聞いたが、彼女は壮健である。アウラには、その姿を見ただけで充分だった。

「殺せ! 何をしているアウラ! ロゼナクランツの再興を忘れたのかッ!」

トーデインが喚き散らすが、もはやアウラには従っている理由はなかった。

「顧問賢者の分際でロゼナクランツの意向を語るな!」

そう言い、アウラは初めて今は上役であるはずのトーデインに肉体の力を行使する。その頸を掴み、力任せに脛骨を握り潰さんとしていた。

「ア、アウラ……貴っ…様…………!!」

見た目では判らないが、この男の肉体は老い、朽ち果てる寸前である。他人の肉体を奪い、それで生きる禁忌を犯しても氷雪山脈の最奥に隠れ住み続けていれば他の人間など来ない。

アウラの指は皺だらけの頸にめり込み、その骨を掴む。

「お前が死んでも、世界は喰わせない。手段なら見つけた」

それだけ言うと、頚部全体を掴んで鶏を〆るように脛骨を砕き、その首を引き千切る。

「なっ!?」

三角も栗林も、勿論自衛官だけではなく攻撃隊の全ての者が光景を見紛った。最終目標である敵の首魁が、その部下の手に掛かるとは思わなかったのだ。

一時は人望の無さに内乱でも起きるかと考えたこともあったが、魔導士というのは想像以上に隙がない。だから苦労して、犠牲を払いながらここまで進んできたのが無駄だったとしか思えないのだ。

首を失った女の身体が、意志を失い高所から床に転落する。

「命が惜しければ貴様らも直ぐに山を降りよ。間もなく城も形あるもの全てが正気に覆われるぞ」

アウラはそれだけを言うと、トーデインが座っていたであろう玉座と対になっている王座に腰かけてる、人間の形をした器物を魔法で立たせる。

そして、ハーディから貰った魔法で、器物と共に姿を消したのであった。

 

 

*  *                            *  *

 

数週間前に、アルヌスで開かれた大祭典の後夜祭に火威と倉田が幹事で開いた合コンは結果として失敗と言えた。

合コンの相手である薔薇騎士団の女性達が気高い貴族の子弟であることは認識していたが、男性側参加者で薔薇騎士団の女性達と面識がある火威が、合コンの最中に何処かに行ってしまったからである。

企画し、参加者と開催日を彼女達と擦り合わせてきた火威が居なくなったのは小さいことではなかった。彼女達が興味を持つ話を聞けなかったからである。

航空自衛隊の神子田が突撃隊長宜しく、会話の尖端を切り開くべく語りかけたが、彼は特地語を解さない。倉田が補助のように付き合い、ようやく言葉が通じる程度だ。

しかし、薔薇騎士団の女性達の大半は日本語研修と称してアルヌスで日本語を学んだ女性達が多い。その彼女達に聞けば、彼女達が興味を持つ物は「ゲイ術」なるものであった。

それは、自衛官達が考える美術品とは違うらしく、とても独特のモノであった。

サガルマタに派遣された第一戦闘団の特科中隊に所属する岩城《いわき》数馬《かずま》三等陸曹も、彼女達の趣味には衝撃を受け、暫し閉口した

結果的にその日の合コンは、最近アルヌスの住民になったジぜラの神殿に務める女性に的を絞った三角の一人勝ちである。

坂の上の黄薔薇屋敷に住む富田二曹は、あの趣味を承知してボーゼス・コ・パレスティと結ばれ、そして一子を儲けたのだろう。レンジャー持ちだというから、その精神力の強さには舌を巻く。

岩城は特地残留を希望しているから、今は門の再建で忙しくしていて無理でも日本との連絡再開通後、特地語を習得すればワンチャンあるかも知れない。

今度は騎士団のお嬢様方ではなく、食堂や商店で働く亜人女性が良いかも知れない。倉田のように獣娘を好む性癖ではないが、亜人女性は動物的可愛らしさと女性的美しさを兼ね備えている。

岩城の好みはウサギさんである。

 

そんな岩城が鐘塔近くに配置された155mm榴弾砲の傍らでで立哨していると、彼が見る遠くの雪山で何かが動いた気がした。

ここは敵地だ。何かあれば味方にも報告しなければならない。僚友の陸曹に何かが動いた山の方角を伝え、暫く見ていると彼等は気付いた。

山を転がっている石や雪玉が動いたのではない。山そのものが動いているのだ。

が山の異変を察知して評決帝城前の加茂に伝え、その知らせは即座に三角ら攻撃隊に伝えられる。

 

 

*  *                            *  *

 

 

ファルマート大陸の大魔導士と呼ばれる者は、すべからくその年代の平均的男女より筋肉量が多い。

この世界で年齢別筋肉量を計る術がないから知られていないが、レレイ・ラ・レレーナもその師匠も、広く名が知られた魔導士はその素性や生い立ち、レレイの場合は伊丹や他の仲間達と旅をしたことで、同年齢の女性より多いインナーマッスルを手に入れていたのである。

元々魔導士としての素養が高かったレレイ精神は、筋肉の鎧という絶対的安心を手に入れたことで揺らがなくなった。

筋肉とは、魔導士にとっての精神安定剤だったのだ。

嘗て、日本の(ことわざ)にも「健全な精神は健全な肉体に宿る」とあるように、人間が住む現理の世界において身体を護る為に筋肉を付けることは、様々なイレギュラーから自分を護ることに繋がる。

それが、精神を安定させる理由だ。従ってマッチョの魔導士がいたら、只者ではないと考えるべきだろう。

特地に来て、炎竜の存在を知ってから鍛え始め、今では鋼のような筋肉の鎧の上に竜甲の鎧を着ける火威の場合、霊各の高さより筋肉の安心感の方が遥かに高い。

アウラ・パル・ローゼンから人間大ゴーレムを嗾けられ、激突された火威は帝城の壁を突き破って山脈の空にまで押し続けられた。

兜跋を纏わず、防御魔法も使ってなかったら鍛えていても即死だったろう。

激突されて味方を巻き込むことはなかったが、機先を取られたのは心情的には痛い。

火威はこの人間大ゴーレムが今までの石でできた物と違い、金属で出来てることを理解した。咄嗟の反撃で殴った時の感触で解るのだ。

「遂にラスボスかよ!」

これで中ボスだったら困る。

高速で移動するから空の風景が濁流で流れる水の如く過ぎ去っていく。

そんな中でも火威は敵を倒すべく64色小銃を零距離で幾度となく発砲。穴を穿つことを期待するが、敵の表面には凹みは出来ても穴は空けられなかった。

材質はこの世界の神銀と言う奴か……。

ロゥリィのハルバードやモーターから賜った大剣と同じ材質なのだろう。

それが解っても火威には負けるつもりは無かった。ここでこの敵を倒さないと自衛隊にもファルマートに住み生ける者達にも勝利はない。ロゼナクランツの為政者が勝つと、火威に期待を寄せた者達に未来は無いのだ。

敵の剣撃を往なし、攻撃を掻い潜り火威は尽きた攻撃手段に縋る。

「どっせやァッ!!」

既に爆轟を封じた杭の尽きたパイルバンカーで敵の胸郭に当たる部分を貫く。

爆轟を封じた杭は尽きたが、兜跋の肘の部分に封じた爆轟を爆破させ、加速度を得たパイルで貫いたのだ。

山脈の空に火威の血飛沫が舞うが、彼の腕はまだ切断されてはいない。肉が吹き飛び骨が砕けただろうが、使徒の眷属故にすぐさま傷の再生が始まる。

すぐさま大剣で首を撲るように叩き付けると、ゴーレムの首が砕けるように頭が捥げた。しかし、敵の活動はまだ停止しない。それどころか頭部という人体で最も重い部分が取れたことでゴーレムの動きは俊敏を極める。

火威は守りに徹し、急ぎ戦術を練る。

火威がリーリエやサリメルと共にマリエス防衛用のゴーレムを作った時、ゴーレム各所に呪刻をした。

このゴーレムは表面からは見えない内部に呪刻が施されているのだろう。

そのことが推察できた時、火威は手っ取り早い一つの討伐手段を見つけた。

赤く長かった外套は破れ落ち、胴巻きと右の籠手も剥がれたが左籠手に付けているウインチギミックは健在である。車両の牽引用と高所からの降下ように作らせた装備だが、数々の魔法のお陰で使用する機会がなかった。

手刀による刺突を躱し、その腕にウインチギミックの鋼鉄製ワイヤーを絡めて敵の行動範囲を奪う。続けざまに回転する特殊剣を叩き付けたが、4振繋げた内の2振はヒトが鍛えたものだ。しかも、それを繋げたのは火威という溶接の素人である。バラバラに分解された特殊剣の中の1振で、モーターが鍛えた大剣を中で握るとそのまま叩き付けた。

「……!!」

必死に、反撃を最小限の動きで被るダメージを抑えながら大剣を振るが、今の火威にはそれで十分だった。

「くぉおらっ!」

ワイヤーを搾る窪みさえ出来てくれれば十分なのだ。頭部を捥いだことで絡ませ難くなってしまったが、これで金属のゴーレムから自由を奪うことが出来るのだ。

「ッ最後は!!」

敵の胴体に大剣の切っ先を突きつけ、爆轟で加速度を増して突き込む。鍔の部分が釘の頭の役目を果たし、ロゼナクランツのゴーレムは山脈の山肌に縫い留められた。

だが、起動そのものは停止していない。

火威は風の精霊を使役して、ゴーレムの直上に大きな雷球を召喚する。

気が付けば、火威が着用していた兜跋の脛当てからと甲靴以外の全てを破損し、喪失していた。

 




どうも、筋肉小説です。
…………………
今回、5000字無かったわけですが、もしかしたら後2話くらい必要かも知れません。

…………
……………………

あ、ハイ。スパロボしてないでちゃんと書きます。
ただ飢狼とエロンダムもあるので、優先順位は当方が勝手に決めちゃいます。

あぁ、それとトーデインが云々のところで解り難い表記がありますが、これまでを読んで頂ければご理解頂けると思います。


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第四十話 超常

前回の投稿から5ヵ月近く経ってしまいました。
春中には3部終わらせると言ったのに、もう夏真っただ中ですよ!?
しかもまだ終わりませんよ!

でもあと1話で終了です。


ロゼナクランツの氷の城からアウラに諭され、敵であるジエイタイが開いた同一世界を繋ぐゲートをくぐったミュドラは、多くの種族の男女が忙しなく働き回るアルヌスの丘に逃れていた。

ミュドラが知ってるアルヌスの丘は、聖地と呼ばれてはいるがただの丘だ。それが、今は巨大な街が出来ている。

見回せば町を案内するための立て札がある。見れば、この街には複数の神殿が建立され、その数だけ亜神もいるようだ。

先の戦争中、ロゥリィ・マーキュリーがジエイタイと行動を共にしていたことは知っていたが、今やアルヌスにはロゥリィの他にハーディーに仕えるジゼルや匠精マブチスとして知られるモーター・マブチス。それに樹神ワレハルンが居るのである。

アウラの話では、氷雪山脈にはフレアの使徒であるグランハム・ホーテックも来ているらしい。

トーデインが世界の神々に挑戦しているのは判っていたが、現在地上に降臨している亜神の過半がジエイタイと行動を共にするとは予想外だった。

そのアウラによれば、ファルマート全体で降臨したことが知られてない神まで相手に協力しているのだという。

アルヌスを見れば解るが、ゾルザルもトーデインも数年しない内に巨大な街を創る相手に勝とうという目算が無かったのだと、ミュドラは理解するしかなかった。

本来は炎龍から逃れた難民のうちの、身寄りのない子供や老人(+その他)の作った難民キャンプが始まりで、その後にアルヌスに来た多種多様な種族の者達がそれだけの活力で造っていったのだが、アルヌスの街の成立は物語の最初の方で説明しているので、ここでは割愛させて頂く。

ミュドラはこれから己が生きていく道を考えなければならない。

帝都やテルタに戻るのは拙い。そんな所に行けば、いつミュドラの顔を知っている人間に遭ってしまうかも知れないのだ。

そもそも行くのに路銀が足らない。

ならば、行くのは前の戦争で正統政府の臨時首都となり、ニホンから輸入された品々を大陸の各都市に運び入れる際に関税を取って潤ったイタリカか。

流石に、ついさっきまで敵として戦っていたジエイタイがいるアルヌスで生活していこうとはミュドラは思わなかったが、イタリカに行くにしてもそれまでの食料をどうにかしなければならない。

アウラの精霊魔法によって暫しの不可視化し、既にジエイタイによって制圧されている氷の帝都の前に開かれたゲートをくぐったミュドラだが、今はもう姿は見えている。

アルヌスは巨大な街だから、探せば宿もあるだろうし働き口もあるかも知れない。ミュドラはイタリカに向かう前に、心許ない身銭を稼ぎたかった。

ゾルザル派帝国軍の将だった頃は、兵站幕僚としての才覚を遺憾なく発揮した。

兵站とは後方の軍の諸活動・機関や諸施設を総称したものであるが、部隊の移動と支援を計画し実施し活動を指す用語である。

また、兵員の展開や衛生、施設の構築と維持など多岐にわたる。

その才覚を商売に応用すれば将来への展望は拓けるのではないだろうか? もちろん、目立ってはいけないから稼ぎも程々にしなくてはならない。

「なんだあれは……」

ミュドラが見たのは、長大な長槍を2槍携えた2頭の鉄の怪物がミュドラが通って来たゲートに向かって行く姿だ。

 

 

*  *                             *  *

 

ロゼナクランツの本陣とも言える氷の城の上空を埋め尽くす翼竜の大群に、曳光弾の閃光が吸い込まれる。

74式戦車の車載武器であるM2重機関銃からの攻撃だ。

龍種の中で一番小型の翼竜と言えど、12.7mm弾でなければ傷付けることもできない、当たり処が良く無ければ斃すことが出来ないのだ。

攻撃隊にほとんどの人員を就かせたのは失敗だった――――。

氷雪山脈に派遣された第二戦闘団の長、加茂・直樹は痛恨の思いを噛み締める。

先程、攻撃隊からの通信では今回の事件の首謀者あるトーデインという人物が死亡を確認したことが知らされた。異常が起きたのはそれからだ。

サガルマタに展開する第一戦闘団の特科中隊からも、山の異常を知らせる連絡がきたのも自身の眼前で起きた異常と同じ頃だ。

特地に来てから2年以上経過し、この世界の常識に慣れてきたと思った加茂だが「魔法」というものの神髄を理解するには程遠いことを思い知らされた。

そもそも魔法というイレギュラーなものを簡単に理解しようというのが甘かったのだ。或は、伊丹の奴なら…………。

そんなことを考えた時、加茂の判断は決まった。

いや、決まったというよりも、当初の予定を確たるものとしたのだ。

攻撃隊の全ての人員が帰還するまでゲートを守り抜く。その為にアルヌスに少数の人員を向かわせ、救援要請したのだ。今少し敵性生物を抑えれば、必ず状況は変わる。

「一佐、来ました」

副官である柘植の声に、闇の中に光明を見たかのような錯覚さえ覚えた。

拡大された門の向こうから、2両の87式自走高射機関砲が走ってくる。

日本に通じる門の再建作業中だというのに、レレイ・ラ・レレーナの手を煩わせてしまったようだ。その手数は無駄には出来ない。

対空迎撃能力の高い2両は、計4門の機関砲で次々と小型ドラゴン――翼竜を墜としていく。

翼竜との距離は自衛隊が特地に大部隊で初めて来て、その直後に起きた戦闘時に帝国や連合諸王国軍を相手にした際よりも、遥かに近い。

近付かれる前に倒しきれるか? それが山脈に派遣された第一戦闘団の隊員すべてが懸念していることだ。

また一体の翼竜を撃ち落とした時、南西の空で加茂の目が眩む程の光の玉が花開く。現場の指令である加茂はその異常を留意しつつも、目の前の敵の掃討を急いだ。

2両の高射機関砲とM2重機関銃の弾丸が上空で群れる翼竜に突き刺さり、その身を貫く。

その群れの一部が、不意に降下した。

「機関砲待て。降下したヤツは狙うな!」

機関砲で撃ち抜くことも出来るが、下手すれば味方が侵入している城を崩してしまう。敢えて、近くまで接近させてから撃ち抜くしかない。

今し方南西の空を走った閃光は気になるが、これ以上の敵を相手するのは難しい。

降下した翼竜の頭が加茂ら隊員に向いた時、氷の城前から放たれた曳光弾が竜の翼を貫くのが見えた。攻撃隊の自衛官達だ。

「ナサギ、前には撃つなよ。同士討ちになる!」

三角一曹の叫びを聞きながら、ケネジュの戦闘で傷付いた後に戦闘型エティに生まれ変わったナサギがM197機関砲を上空に向けて撃ちまくる。

2頭、3頭……次々と翼竜を撃ち落とすナサギや残ったLAMを発射する特選群の男達。それとは別にサリメルやリーリエが爆轟を放つが、依然数は多いままだ。

そして、遂にナサギが撃つ機関砲の弾丸が尽きた。

攻撃隊にとって攻撃と牽制を担ってた手段が尽きたことは大きい。

そこに突っ込んでくる翼竜を経口の大きい拳銃で向かえ、地上近くまで来た時にロゥリィがハルバードで叩き潰す。

しかし、それは一頭だけではない。ロゥリィは2頭目を撲るようにして突進を受け止め、隙を見て頸を撥ね飛ばすが3頭、4頭目と続くと対応が遅れる。

3頭目はジゼルが受け止め、支えているが4頭目を諸刃の斧で両断したのは栗林だった。

「でやぁぁあ!」

信じ難いことに空中で両断した翼竜を足場にして、続いて襲来する5頭目の腹を裂く。6頭目の頭蓋を粉砕する斧の重さは如何ばかりか。彼女の腕力を物語る。

正にそれはヒトが神に近付きつつある光景だ。

「なんて女だ!?」

鹿系亜人もユエルも味方の所業に目を剥いた。

ロゥリィが7体目の翼竜を空中から叩き落とし、栗林が8体目の首を足を掛けて絞めてから頭部を潰す。高度はあるが、骸となった竜を蹴って離れると身体を張って落下の衝撃に備える。

「落ちるぞ!」

鹿系亜人は栗林が落下するであろう地点に急ぎ、彼女を受け止めようとした。

栗林という女の戦いぶりを間近で見ていた攻撃隊の他の者達ならば、手助けするまでもなく受け身を取るであろうと感付くのだが、鹿系亜人の男には、「これを切っ掛けにお付き合い」等という下心が多分にあった。

意識しての行動ではないのだが、普段からしてる(そして失敗)行為をしてしまったのである。

過去にサリメルという過去唯一の成功があったから、無駄ではないかも知れないという思いがあった。

だが突然来た火威が鹿男を弾き飛ばして栗林を受け止める。

「すまんな。嫁入り前の妻を他の男に触らせる訳にはいかん」

火威が来た後、轟音が追いついた。魔法と鎧で空を飛べるようになった火威は、遂に音を置き去りにしてしまったらしい。

尾を引くように発生した衝撃波が翼竜の群を引き裂き地に落とす。

「くっそ! おい貴様! 何をする!」

吹っ飛ばされた鹿男は柔らかい雪の中に突っ込んだが、衝撃は吸収しきれなかったようだ。或は地面に叩きつけられたせいか、血だるまになっている。

だが怒りをぶつける元気があるから大丈夫だろう。そう火威は判断する。そして栗林を自分で立たせた。

「火威三尉、やっぱり無事だったんですね」

「ハンゾウ!どうやってあのゴーレムを倒したんじゃ?」

複数のことを一度に多方向から言われた火威の鎧は、脛当てと竜甲で守られた靴以外が全て破損している。

「後で説明する。それより今はこいつらをどうにかしないと」

目の前の翼竜達がジゼルの連れてきた奴らではないことは、彼女が空中で大鎌を振るい竜を狩ってることからも解る。

トーデインは自分の死と同時に飼ってた翼竜が解き放たれるのを連動させていたのであろうことは想像できる。

「ほら! 今の内に」

4つの光輪を列べて空に爆轟を放った火威が近くの陸曹の背を押す。

「南雲二佐、お願いします!」

南雲は火威が言うまでもなく、了解すると加茂達本隊との合流を急いだ。

「サリさんも南雲さんと行って。サガルマタの部隊をアルヌスに退かせて」

「リョーカイじゃ」

サリメルに指示を出してから、火威は大剣を担いで減りつつある翼竜の大群に向かう。

「貴様!どういうつもりだ!?」

鹿男が五月蝿いが、構ってる暇はない。

「後で! 話なら後で聞くから!」

目の前の敵集団を排除するのが先である。衝撃したのは火威が悪いのだが、自分の新妻を触ろうするのは容認できないというのが彼の意見だ。

飛来する翼竜を大剣で叩き斬ろうとするが、刃は既に潰れて生物であれ物が斬れる状態ではない。

64式小銃で竜の顔面を撃って牽制すると、距離を取ってから大剣で殴り撲殺。

ただの鈍器と化した大剣で撲殺し続けていると、効率は良くないが確実に竜は減っていった。

見れば、アウラとかいう黒髪のエルフまでもが空に向けて攻撃魔法を放っている。

トーデインの首を持ち、奴を呼び捨てにしてたから叛意があったのは明白だが、ファルマートの神々の中ではどのような扱いになるのか、自身の主神であるロゥリィの判断を待つしかない。

「これでラストォ!!」

最後の一頭である翼竜の頚骨をへし折ると、それに向けて光が降り注ぐ。

味方で魔導の心得のある者達が過飽和とも言える攻撃魔法を放ったのだ。

火威は危うく爆発に巻き込まれるところだったが、寸でのところで爆風の範囲外だった。

 

*  *                             *  *

 

差し迫った脅威であった翼竜の大群を殺し尽くした火威達攻撃隊は加茂達との合流を果たす。

そこで彼らに聞いた話は、サガルマタに展開している部隊が山が動くのを目撃したという、俄には信じ難いものだった。

しかし、攻撃隊の者達もそれを事実とした上で次の行動を考えなければならない。

ファルマートの魔導士は、これまでも日本人達の常識を越えてきた。山を動かすことくらいはしてくるかも知れない。

「やはりここは」

加茂が誰となし口を開く。

「行ってくれるか。火威」

「や、あの、ここは死なない神様が行った方が……」

何が起きるか。どんな仕掛けがあるか分からないので火威としては遠慮したい。

この後、結婚という人生の一大イベントが控えているのだ。サリメル辺りなら気楽に偵察してきてくれるんじゃないかという気がする。

「妾飛べないから。やはりハンゾーしかおらんじゃろ」

サリメルを指名した訳でもないのに、サガルマタの部隊をアルヌスに撤退させてから来た彼女は火威が適職だと加茂に奨める。

「俺も今は余り飛べないっすよ。鎧が壊れてるから」

物体浮遊の魔法を生体に向けて使うのほ危険なのだ。

「さっき飛んで来たじゃろ」

「味方が敵襲を受けてましたから必死でした。竜甲の靴に掛けましたけど、もう一度やれと言っても出来ません」

危険なことなので、特別手当が出てもやる気は無い。

そう火威が答えた時、リーリエの古い先祖らしい黒髪のエルフ・アウラが言う。

「お前らが山だと思ってるのは東方から持ち込まれたこの世の災厄だ。龍の類いではないが……ハンゾーとか言ったな? お前がどうにかしなければヤツは世界を呑み込むぞ」

サリメルが口にした火威の下の名前しか知らないエルフの女は、そう言って火威に脅しを掛けた。

未だ日本と開通してないのだから、世界を呑み込むということは火威の大事な将来の妻である栗林も危ない。危ないというか、火威本人共々確実に命はないだろう。

「火威、可能なのはお前だけだ」

「そうじゃ、早よ行ってみれ」

加茂の言葉をサリメルが押した時、彼等が居る地点から遠くの地形が動くのが見えた。

サガルマタの特科高射部隊は山が動いているという報告を出していたが、正にその通りだ。遠くの山が雪とは違うグレー一色に覆われている。

光の精霊魔法で拡大して見ると、灰色の大地のように見えるものは絶えず蠢き、胞子のようなものを飛ばしながら拡大しているようだ。

「腐海かよ……!」

これを見て、火威は即座に加茂に次のように伝えた。

「サガルマタから撤収した部隊員を直ぐに診療所に向かわせて下さい。胞子を吸ってないか検査しなくてはなりません」

実際に粘菌かどうかも判らないので「胞子のようなもの」が正しいかも知れないが、診療所で身体検査をしなくてはならないのは確かだろう。

「あと、彼らと接触した者も全員です」

これを聞き、加茂は脅威がどのような存在か理解した。病原体の可能性を疑ったのだ。

「了解した」

「それと、全員アルヌスに撤収して下さい。あとは俺が何とかします」

「おい貴様! オレの話を……!!」

「お前も死にたくないならアルヌスに行っとけ! 後で相手してやる!」

喧しい鹿男には約定を付けて押し返す。あとは空手形にならないように努力するだけだ。

「火威三尉」

見れば将来の妻の栗林だ。手に何か持っている。

「これを……」

そう言って栗林が差し出したのは、先程屠殺した翼竜の甲皮だ。どう見ても転がっている死体から今し方、剥ぎ取ってきたものである。

しかし、身体を覆う物が増えるということは火威が使う魔法には有難いことだ。

そうして氷雪山脈に派遣された自衛隊と薔薇騎士団を始めとする帝国の部隊は、火威を残してアルヌスに撤退したのである




次で3部最終話ですが、短いと思います。
出来るだけすぐに投稿したいのですが、最近ピクシブでゲート小説を書き始めたので少し遅くなるかも知れません。

向うは18禁で、しかも本作ヒロインのクリボーとちょい役の黒川茉莉がヒロインです。
エルフショタ(?)チンポでビッチ(?)堕ちする話です。クリボーの小説はあったのですが、リョナしかないのでWINWINなの書いてます。


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第四十一話 終局

3部の最終話です。
前回を中途半端に終わらせてしまったので、3部で一番短いです。
っていうか魔導で一番短い。

しかも最後の方までシリアスだったのに、なんでこういう終わらせ方になっちゃったんだか……。
まぁ3部終わりです。
次の回から4部ってことになります。


ジゼルが連れてきた龍の大群が氷雪山脈を離れる前から、火威は風の精霊を使役して上空に巨大な雷の玉を作り練り上げてきた。

火威は核技術に関して門外漢ではあるが、原子炉等の核融合の着火には「億」という単位の温度を要するらしいことを以前に見聞きしたことがある。

そしてその温度に届くのがプラズマだ。

先程、金属製のゴーレムを斃せたのも、風の精霊を使役して練り上げた雷玉を叩き付けたである。

目論み通り、神鉄か神銀で象られたゴーレムは固型から液体になった。今頃は冷えて金属製の板になっているだろう。

ゴーレムのゴーレムたる仮初めの命を吹き込んだ呪刻さえ消えてくれればそれで良かったのだが、想像以上の結果に火威は驚き、自分の業の1つとした。

これなら漫画家のT山明氏が作り出した最強敵のM人Bウも倒せるかも知れない。

今の氷雪山脈にいるのは火威だけではない。

今回の事件の片棒とも言えるアウラもいる。

彼女はロゥリィに断罪されず、放逐されたようだ。

主神が放逐したのだから、保護対象であるリーリエの始祖とは言え火威も関わろうとは思わない。

これからやることに巻き込むだろうが、敢えてそれを受け入れるのも彼女が選んだ道なのだろう。

だが、一言くらいは警告してやっても良いかも知れない。

「おい!」

上空に生み出した雷球に神経を注ぎながら、火威はエルフの女に声を掛ける。

「なんだ」

「お前は逃げなくて良いのか?」

すると、アウラは言う。

「お前が気に掛けることではない。トーデインに力を貸した私だ。結果を見届ける責任がある」

少し前からの行動と栗林達攻撃隊の証言を聞けば、トーデインに従っていたのが不本意だったということは解る。

彼女の魔導のレベルを見れば不可抗力だったのだろうが、この責任感の高さは子孫へと受け継がれていると見てよい。

或は、昇神した者の矜持とも考えられる。

「良し。なら解った!」

言う火威が、繰り返し重ね掛けした防御魔法に最後の一枚を掛けてから氷雪山脈全域が見える程の高さまで上昇していく。

空気が薄くなって苦しさを感じるが、こういう時の為にも鍛えて来たのだ。自衛隊の訓練は体力以上に心を鍛える訓練と言ってよい。

前近代的と思われるが、最後にものを言うのは気合と根性である。彼等は限界の先に行く為に日夜努力しているのである。

全ての灰色の災厄が見えた時、火威は召喚した風の精霊に命じる。

「汚物はッ!」

そして最後の呪文を唱え、実行に移した。

「消毒だァ!」

雷玉は蠢き、火威の意志を離れて地上へと向かって行く。

地表に到達した巨大な電離気体は最初に灰色の大地を焦がして焼き払い、そして山脈の大地ごと蒸発させた。

 

*  *                               *  *

 

天から放たれた雷撃の球を見ながら、アウラは嘗ての戦いを思い出す。

身体の一部を失いながら、復讐とその時の仲間達の命を懸けた魔導を練り上げた時のことを。

あれがパラパンに認められ、アウラは亜神に昇神した。そしてそれが煉獄の始まりだったことを思い出す。

神になりながらも、トーデインの暴走する欲望を止める術が自分には無かった。

同志であった男は、神である筈のアウラの魔導を大きく凌駕する力を持っていた。それを用いてあの男は、百年以上ものあいだ、神に断罪されるべき所業を働き続けてきた。

トーデインと自分によって命を絶たれた者達へ瞑目し、アウラはありのままを受け入る。

膨大な熱の塊の端が大地に着くと、周辺の粘菌を焼き払い、次第に周辺の地形を砕いて溶かし、そして蒸発させていく。

勿論、同じことはアウラにも起きた。

特戦群に撃たれ、穴が穿っても再生してたのは攻撃が間隔を置いていたからだ。

毛髪も皮膚も一瞬にして焼かれ、肉は削がれて骨も砕かれると塵々となり、気体となって細胞の一欠片も残さず消え失せる。

 

 

戦略級の破壊魔法は大陸の形を大きく変える。

防御魔法の重ね掛けで自分自身だけは守ることが出来た火威は、今の精霊魔法の用法を今後一切禁じることを自分に課す

先程までは山の中にあり、粘菌のような存在が広がっていた大きな湖を見て、火威はそう心に決めた。

個人が持っていて良い力ではない。他の者に知られたら、不自由なことになるのは予感できる。

そしてやはり、アウラのことは吹き飛ばしてしまったようだ。

もっと違う会い方だったらアルヌスに招待できかも知れない。

真面目なエルフのようだから、廃座されるようなことがなければ多くの信徒にも恵まれていただろう。

これはサリメルに欲しい部分だ。

今は栗林一択だが、彼女のような人間は好ましい。

いや、廃座されたとは言え神だったのだから人間とは呼べない可能性もある。

「終わったか」

火威の他に生きてる者がいるのか……と思ったら、湖の中からアウラが出てきた。

産まれたままの姿で。

「生きとったんかい。ワレェ」

後にアルヌスで知る事になるのだが、亜神は「何が」あっても「どんな」事に遭っても死なない。

切断した部位をくっ付ければ元通りになるし、溶滅しようが挫滅しようが何もない空間から再生する。

それが正神の恩恵であり、また呪いでもあった。

もちろん、焼かれた服まで戻るほど都合の良いものではない。

一糸纏わぬ姿のまま、手か何かで隠すでもなく平然とアウラは言葉を反す。

「一度昇神した者の不死性は失われん。だが、聖下には罰を下して欲しかった」

今はアルヌスにいるロゥリィのことを言われても、火威にはどうしようもない。

「そして凌辱して欲しかった……」

「オイ、お前な……」

ここにきて、火威は理解した。

アウラとかいう目の前のエルフ出身の絶対生物は、決して真面目な生き物ではない。

ポスト・サリメルであり、敢えて関われば精神衛生が悪化するのは間違い無い。

「これ以上、コイツに関わってはいけない」

そう感じた火威は、自衛官になってからこれ以上ない程の疲労感を感じたのであった。




シリアスが終わったので、アウラはこれからポンコツ絶対生物的な奴になります。
でも4部で出てくることはありません。
5部があったらポンコツのまま出てくる……と思います。

で、鬼太郎を5,5期くらいの雰囲気でやろうと画策してましたが
6期が凄く面白くてキャラが良い按配なので6期基準でやりますかも。
いやに攻めてくる6期なので、当方の方でも鬼太郎とうしとらをイメージして書きます。
いや、まぁね、決してニチアサでは放送できないくらいの話を目指しますかも。
要はR-15です。水木先生は「ヒワイこそ最高のミキリ」というお言葉を遺されているので、エロもやります。
エロだけでなくグロもやります。


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外伝Ⅳ 真 邪神サリメルの野望
第一話 ロゼナクランツ戦後処理(上)


今回から第四部です。
でも第一話が長過ぎたので2分割しました。
よって後半もあるのですが、日を置いてから投稿します。


氷雪山脈からアルヌスに帰還した山脈に派遣された自衛官達の任務は、その日の課業終了と共に解除されたのだが、火威に限って言えば追加で1日分の任務が存在した。

山脈から直接アルヌスに来ることになってしまった、薔薇騎士団を始めとする帝国の部隊は帝国に帰還しなくてはならない。

また、リーリエやアロンたちマリエスの住民も山脈まで帰還する必要があるのだ。

帝国経由でマリエスに行くとしても、片道1200kmほどの距離を飛行しなくてはならないのだ。

流石に、凍結帝国を“溶解”した当日に、再び山脈まで行けと言う命令はなかったが、次の日の半日はそれに費やすこととなった。

アルヌスに帰還した当日は、火威の自宅兼自衛官詰め所の“坂の下の忍者屋敷”でぐっすり寝ることが出来たが、次の日は朝早くからマリエス行きである。

「おーはよー」

今はアルヌスにも書海亭というロンデルの老舗宿があるのに、忍者屋敷で寝たいと我儘を言って泊まったサリメルが火威を見つけ、朝の挨拶をする。

「ニンジャ屋敷なのに何もなかったな」

このエロフは夜に刺客でも来ると思ってたんだろうか?

「そりゃまぁ俺の家ですから」

「でも前にユーレイが出たんじゃろ?」

特地でも霊体のことを幽霊と言うことがあるのだろうか? 或はサリメルがニホン風に言った可能性もある。

「まぁそれはロゼナクランツが一枚噛んでたようですからね。もう無いですよ。それじゃ俺は帝国やマリエスまで行ってきますから、着いたら連絡しますね」

これからまた空飛ぶ車……というより魔法で空を飛ばしてる車で帝国とマリエスを巡らなくてはならない。先に帝国に行き、次にマリエスだ。マリエスからはサリメルが穿門法で拓いたゲートで一気に帰って来れるのが救いである。

隊の車両を借りるが、火威の休暇は今日から一週間だ。休みの日に特地側の人間を普段生活していた場所に返すのは、普段なら休みが潰れるので手当の付く仕事にしたい火威だが、門が開通してない以上は暇を持て余すだけなので文句は言えない。

だが、栗林との同棲が控えているから早いところ仕事を終えて引っ越しを手伝わなくてはならない。

 

*  *                             *  *

 

サリメルとリーリエは眷属と眷主の関係である。

ロゼナクランツとの戦いが終わって一晩経ち、同じ関係であるユエルとグランハムは朝の早い時間にアルヌスを発った。

サリメルは、彼らと同じようにこれからはリーリエと行動を共にするようだ。

サリメル曰く「 眷属に何が起きると大変なの妾だし」だそうだ。

もう一方は放っておいて良いのか?という所だが放っておかれた方が有り難いから追及せずにいた火威である。

出発から六時間かけ、まずは帝都に着いた。

ここでヴィフィータやグレイはピニャへの報告があるとかで、暫し時間を取られる。

火威がピニャに顔出す必用は無かったので、報告が終わるまで栗林の引っ越しの手伝いができた。

女性用官舎に男が立ち入る時は許可を貰う必用があり、火威も係りの隊員に許可を貰って官舎から荷物を抱えて忍者屋敷まで往復することになる。

その時に気付いたが、栗林の荷物には私物の格闘戦用装備や不正規戦用装備のカタログが多い。

一般的な女性用品などより、こちらの比率が非常に高い。

「志乃さ」

愛しき妻の、隠された(というより以前から少し思ってたが)趣味を間近で確認して火威は言う。

「何です?」

「前から思ってたけど、これは明かにオタク」

「えぇっ!?」

栗林の驚きようは、明かに自分が非オタだと思っていたという意識の表れ。

「志乃くらいの歳の女は普通持ってないって」

「で、でも、私は自衛官だかこれくらいの話は、出来た方が良いんじゃ……」

栗林の格闘戦知識と実際の戦闘力は、明かに普通科隊員を大きく上回る。

「いや、普通の隊員はミノタウロスを殴り殺せないから」

絶対に栗林にしかできない。火威ですらミノタウロスには大剣という武器を使ったのである。

「そ、そんな……。私が気持ち悪いオタクに……」

愛する妻のモチベーションが大きく下がったのを見て、火威は彼女の両肩を強く抱く。

「いやっ、違うんだ」

恐らく、栗林がイメージするオタクは美少女が描かれた紙を見てニヤニヤしてる典型的なキモオタ。

「オタクは特定のことに精通してる人間を意味してて、プロフェッショナルのことなんだ」

こんな説明で正解なのか知らないが、取り合えずマニア的な人間……なハズ。

オタクとマニア、どちらがより重症かは意見が別れるし議論の余地がおおいにあるだろうが、悪い意味ではないことを火威は説明したかったのである。

「私がオタク……そんな」

ところが栗林は思考停止状態に入っていた。そしてうわ言のように呟く。

「私が…私が伊丹隊長やサリメルと同じ……」

一体どんだけオタク嫌いなんだよ、と、思うところだが、迂闊な発言で栗林を地蔵状態にしてしまった火威は焦る。

「ち、違うんだ志乃! オタク文化とエロは親和性が高いのかも知れないけど、サリメルはオタクと関係なく元々卑猥だったんだ。エロとオタクは別物なんだよっ」

サリメルのオタクっぷりは後天的なものである。それに付けて没頭し易い気質で、それ故にレレイと同じ短い期間で熟練する天才とも言える能力を持ってるから救いようがない。

この説得イベントは、ピニャへの報告が終わった後も暫く続いた。

 

*  *                             *  *

 

氷雪山脈に存在していた人間の町や都市と呼べる建造物は、昨日の火威の精霊魔法で総じて消滅してしまったので、アロンなどマリエスの住人は麓の人間の町で暫く過ごすことになった。

元々今年は冬が来るので、リーリエにもアロンにも寒さが厳しくなるマリエス以外の都市に移動するように進言しようと考えていた自衛隊や火威だったが、こうなってはマリエスの住人に決定権はない。

シュテルンの領地は氷雪山脈全体であり、麓の町は別の貴族の領地だ。

 

「や、やべー。やっちまった」

昨日はそんなに力んでいただろうか? 自分すら危うかったので使役する意志を少し弱めたつもりだったが、これでは世話になったエティも吹き飛んでいる。

彼等は半精霊だから、魂は世界を循環して再びエティの幼体であるノスリになるが、今度時間ができたら謝りに行こうと思う。確か名はテクシスと言ったか?

そう思ったところでアロンとリーリエが来た。サリメルも彼女に着いている。どうやら麓の町の村長との話し合いが終わったようだ。

そういえば、この弟もサリメルのケン属じゃァないのか?通信機も無いこの世界でサリメルはアロンとの連絡を簡単に取っていたし、マリエスやサガルマタとの間に門を開く手段としては「それ」しか考えられない。

ユエルとグランハムを倣ってサリメルとリーリエが行動を共にするならアロンはいいのか?

そういう考えが頭に浮かぶが、色々気にしては収集付かなくなるので気にしないでおこうと思う。

「話し着いた?」

「はい、私とハルマは冬を越すまで此方の村でお世話になれることに

なりました」

ハリマはミューの姉で、龍人とヒトとのハリョである。

彼女はマリエスで戦斗メイドとしてシュテルンの屋敷に仕えていたが、今はもうアロンのパートナーとなる女性と言って良い。

「しかしミューや多くの民は……」

「あぁ、そこは俺からもアルヌスの組み合いに言って、仕事や周辺の入植地に住めるよう頼んでみるよ」

アルヌス周辺に新しく出来た町や村は、元々アルヌス生活共同組み合いが力を入れて作ったものだ。

住む種族の割合を平均的に配分しているが、マリエスの住民は5000人程度なので、いっそのことマリエスの住民で町を築くという手段を取る必用があるかも知れない。

「それなのですが、ヒオドシさんが言うようにアルヌスでご厚意を受けれれば、それぞれが生活しながらマリエス再興の資材も揃えられるのではないかと」

「あぁ、そうか」

その方がずっと効率的かもしれない。

「それと、ヒオドシさんには大変お世話になったので、ミューの身柄を貴方にお渡ししようと」

ハリマとミューの身分はシュテルン家の使用人ということになっているが、それ以前に奴隷だ。

アルヌスは日本なので奴隷はダメである。

「いや駄目だめダメ!日本は奴隷制度無いもん。やったらアウトだもん!」

アウトという外来語はアロンとハリマには理解できなかったとして、必死になって拒否してることだけは分かる。

「いえ、大丈夫です。貴方はミューをヒジンドウテキに扱い、隷属させるつもりはないんでしょう?」

「まぁ、そりゃそうだけどさぁ……」

「それに、今のミューにはリシュという子供も居ます。我々は二度もミューに子供を失われさせたくない」

ミューに子供が居たことは、彼女ではなくフィーという彼女の子供と面識が有った住民から聞いている。

確かに、氷雪山脈など寒い地域に住んでいれば、子供が風邪等の疾患で命を落とす確率は高くなる。

そのことを考えてのアロンの判断なのだろう。

「分かった。ミューとリシュの面倒も此方で見ましょう」

「有難う御座います。後程ミューにも私から伝えますので」

まだ伝えてなかったのか……。

火威は危うく犯罪予備軍になるところだった。

 

*  *                             *  *

 

その後、火威はアルヌスにこの事を伝え、マリエスの住民は彼等だけで生活することになった。アロンとハリマは麓の村で暮らせるということだったが、自分達だけが安定した生活を手に入れては民に顔向けも出来ないというのでマリエス住民達と苦難を共にすることにしたようだ。

必要な資材はアルヌスからも一部は運ばれたが、大半以上は帝国からの支援やシュテルンの金で帝国や周辺こ町から購入してシュテルン領の中で比較的標高の低い場所を選んで運び込むことになったのである。

それらの中で大きい物資を運ぶのは火威の役割だ。任務でも何でもないのだが、民間人が苦心して運んでるのに知らんぷりは出来ない。

雪が降るので、せめて雨風を凌げるような屋根のある簡易ながら建物を作らなくてはならない。

幸い近くに洞窟があるので、いざと言う時はそこに逃げ込むことも出来る。

危険生物が生息している可能性もあるから、この後にでも火威が内部を探索しなければならないが、野生生物が生息してたら他の地点に魔導で穴を開け、マリエスの人々にはそこを使ってもらうしかない。

「へぇ、ちょっと疲れた」

2日続けての重労働だが、運搬にも魔法を使ってるので独りで幾つも出来てしまうのである。

もっとも、穿門法で帝国付近とシュテルン領を結んでいる上にノスリのスケベショタ連中も役に立ったので、本当にちょっとだ。

物資の運搬が終わった後、ノスリは再びサリメルとの性交を求め、その代金を火威に要求してきたので一人残らずシャーマンスープレックスで失神させた。ここは日本領はないから法的には問題ないハズ。

「サリさん。こいつらに経済力がないのは知ってるでしょっ」

「いやスマン。妾はセクロスが出来ればそれで良かったんじゃがな」

そんなワケで、この一件は解決した。

そのサリメルは帝都から徒歩でゆっくりロマの森に帰るという。リーリエも一緒だ。

リーリエはケネジュを攻め入った際に、マリエスの兵の過半を戦死させている。その責任を領外追放という処分で解決を図ったのだ。

処分は現・領主のアロンの裁定である。帝都でも戦争の際に、自分の部隊を全滅させてしまった司令官を職務から解任し、帝都から追放することがあるのだが壊滅の程度によっては極刑とすることもあるという。

リーリエは敵の首魁を斃すべく、急ぎ部隊を率いてケネジュを制圧しようとした。

首魁を斃せばマリエスの住民を苦しめている敵の魔導も止むのだ。それが分かっているからこそ、マリエスの住民は戦闘で犠牲になった夫や息子など家族の死を悲しみつつも、リーリエに責任を問おうという者はひとり一人としていなかった。

「姉にはロンデルやヒオドシ殿の国で勉強して夢を叶えて貰いたいですから」

「夢とな?」

「はい、姉は医術者として大成するのが夢なんです」

そういえば、リーリエやアロンの母親は病没と聞いている。

家族仲の良い彼らのことだから、母親のような病の人間を治療できるようにしたいと考えたのかも知れない。

しかし機会があれば日本に来るつもりなのだろうか?

火威にとっては、それが一抹の不安だった。

彼女が日本に来たら、彼女が不自由しないように色々とお膳立てするのは面識がある火威に任せられる可能性がある。

できるならロンデルで賢者としての見識を拡げながら医術の勉強をしてもらいたい。

言葉の壁という障害もないし。

もっとも、ロンデルで盛んに行われてるのは医術ではなく魔導の研究で、そのことに些か脳筋化している火威が気付くのは次にリーリエと会う時なのだとは、今の火威が知る由もないことだ。

 

 




すいません。昨日は先走って今日の投稿で出てくるヤツらの話してしまいました。


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第二話 ロゼナクランツ戦後処理(下)

昨日に続いて投稿です。


洞窟の外側には何の動物もいなかったのだが、深部には「精霊蟲」という蟲獣の一種が生息していた。

蜘蛛に蠍の上半身をくっ付けたような、見た目グロテスクな生き物のことはサリメルが知っていた。

変わった生態を持っており、人間との共生が可能なのだという。元々東方に生息していた生物で、サリメルとロゼナクランツに加担していたアウラがファルマートに連れて来たらしい。

「サリさん、あんた気軽に自分の住んでる大陸の生態系を変えるね」

「そうか? 精霊蟲は見た目はあんなのじゃが、気性の穏やかな蟲で花や果実しか喰わんぞ」

精霊蟲が生息する上で作られる生産物は人間にとって非常に有益な物で、マリエスの新たな特産になるだろう……そんなことをサリメルは言っている。

あんな明らかに悪魔属性といったかんじの蟲が何を作るのかと思うのだが、サリメルが言うことだからエロい話じァないのかと穿ってしまう火威である。

その後、リーリエとサリメルは穿門法で繋がっていた帝都に移動する。彼女達は暫く帝都を見分していくという。

もう陽も暮れてきたので、火威はアルヌスに帰ることにした。

 

*  *                             *  *

 

火威がアルヌスに帰還すると、課業の時間は既に終了していた。

休暇の筈なのに、まるで休めてない。もっとも、休みを貰っても体力のお化けである火威は暇をもて余すだけなのだが。

しかし見れば課業が終わったというのに未だ働いてる者もいる。

「俺も何かやった方がいいのか……」

そんな風に思った時、姫路という女性自衛官の一尉が火威の元に来た。

「火威三尉、後日帝都に滞在している外務省の菅原さんへ、過日の作戦の報告をお願いします」

「昨日までのヤツですか?」

最近火威が参加した作戦は、大祭典を除けばロゼナクランツ戦しかない。

アルヌスにファックスがあるにはあるが、電気が貴重なこととイタリカにファックスがないことから直接届けに行くしかない。

休暇中なのだが……火威は思うことがあるが、イタリカならすぐなので近所を散歩する感覚で行ける。火威限定の感覚だが。

明日にでも行こうと、火威は今の任務を了承した。

 

火威は愛妻である栗林を誘うと、二人してアルヌスの食堂で一番安いメニューを食ってから、二人はやることもないので大人しく家に帰った。

ちなみに一番安いメニューは日本で言う粟や(ひえ)にあたる植物で、それらを煮炊きしたものだ。

実のところ、粟と稗などの雑穀は優れた栄養素を持ち、天然のプロテインとも言える穀物である。これらを食べていた昔の日本人の身長は低いものの、欧米人に劣らない非常に強靭な肉体を持っていた。

昔、貧乏だった火威家では粟と稗が主食だった。白米など暮れや正月にしか食べれなかったのである。

それを、まさか特地で目にするとは思わなかった火威だ。マヌガ肉を添えたりするが、懐かしく馴染み深い味は中々切り替えることができない。栗林もアルヌスでドワーフが作り始めた酒類を買うということで、同じメニューだ。

食後は街の中にいてもやる事が無いので、火威と栗林は素直に忍者屋敷に帰宅。

水の精霊と火の精霊を使役して湯船を沸かせ、栗林とは別々に風呂に入ったのだが、やはり同棲初日というのは変な気分だ。

氷雪山脈で戦ってる時はあれ程恋い焦がれ、彼女との未来の為を含む様々な理由で戦ったのに、その彼女がいざ隣りに居て手を伸ばせば触れれる近さにいるのに、気恥ずかしさがあるのか手が出ない。

このまま居ても様々な理由で寝れそうもない。体力が余り過ぎるというのもあるが、敢えて言うならば性欲を持て余すのである。

「志乃さん。ちょっと、出掛けてきます」

既に歯も磨き、今は夜半と言える時間帯だ。後は寝るだけなのだが火威は再びアルヌスの街に出て行ったのである。

 

*  *                             *  *

 

アルヌスは特地の中では賑やかな街だが、流石にこの時間ともなると灯りが点いている店は限られる。

火威はその灯りの中に、伊丹の両脇にロゥリィとテュカが座っているテーブルを見つけた。

屋台とも違うが、3人はここで並ぶようにして飲んでいるようだ。

美少女2人(実年齢はかなり年上だが)を両脇に座らせるのは男なら誰しも憧れ妬むシュチュエーションだろう。だが伊丹がそれだけの実績を築いてきたのを知っているし、状況だけなら火威自身も似たようなことがあって困ったことがあったので羨ましがることはない。

何時もならレレイも居る筈の状況なのだが、彼女は連日の疲れが溜まっている可能性が高い。なので、火威はロゥリィに山脈で助勢してもらった礼をするのも兼ねて向かうことにした。

「どうも、今晩は」

火威を最初に見つけた伊丹は「よっ」と何時もの調子で挨拶を返す。

「栗林はどうだ?」

以前は自分の隊に居た部下が気になるのか、伊丹は火威にそんな質問をする。

「中々しおらしくて可愛いですよ。付き合って、実際に結婚してみると良い女ですね」

「そ、そうか」

言葉が微妙に詰まったところから察するに、どうも結婚後の栗林は伊丹の知っている栗林像と違うらしい。大祭典直前の暴走から考えれば火威の想像とも違うのだが、似たような趣味があるから気が合うのかも知れないと考える。

火威が近付く前の彼等の会話は、エロフの地獄耳を持たない火威は風の精霊を使役して集音するこも出来たのだが、任務以外でやると単純な盗み聞きなので素直にどんな話しをしていたのか質問した。

するとテュカが「今はレレイの“たーん”って話をしてたのよ」と教えてくれる。

「あぁ、前はテュカのターンだったね。バーレントに行ったんだっけ?」

すると1ターン目の大祭典は聖下のターンか……。いや、その前にピニャ殿下のターンがあったか……そんな思考を巡らす。

ちなみにダークエルフのヤオのターンは資源調査中に来ているので、気になる人は原作の外伝+を買って読んで頂きたい。図書館で借りるのは本屋と原作者様に利益が出ないので、控えて頂きたく思う。

「でも収穫したのを食べるのがレレイっていうのもねぇ」

ロゥリィはやはり不満らしい。二尉は野菜か何かっすか、と突っ込み入れたい衝動を抑え、火威は言う。

「それじゃ皆さんで味わっては?」

勿論、伊丹をである。サリメルなら絶対にエロい意味と捉えるのだが、ここに居るちゃんとしたエルフと女神はそうでなかった。伊丹は焦るが。

「ちょっ、ちょっと待て! 重婚しろとか言うのかっ!」

「流石二尉。その通りです」

「ニホンでは重婚が認められるの!?」

「いや内地は一夫一妻だけど、アルヌスは州だし」

だから州法という物になるのではないかと火威は想像する。

実際、地権や刑事・民事の法は日本の法律ではなく、元から土地に存在したものを尊重して使っている。

そして婚姻に関する法律はまだアルヌスでは明確に制定されていないのだ。

ならば、法律が決まってない内に既成事実化してしまえば良いのではないか?

火威はそのように考えたのだ。

「ヒ、ヒオドシィ……あなた結構強引なのねぇ」

愛の神に退かれてしまったが、3人娘(場合によってはあと2人)の想いを成就させて丸く収めるにはこの方法しかない。

「あ、門が再開通したら元の奥様も呼び寄せてはどうです?」

伊丹が結婚してたことは栗林から聞いている火威は、善意ではあるが伊丹に容赦なかった。

「待てっ! 待て待て!」

伊丹はこの提案に狼狽える。日本人の口から一夫多妻を推奨するような言葉が出るとは思わなかったからだ。

「良いじゃないっすか。こっちの人間で実際に複数人と同棲してる人、居るじゃないですか」

こっちの人……というのが、テュカには何を意味するのか分からない。そもそも伊丹と火威はファルマートの言葉と日本語を織り交ぜて会話するので、何を言ってるのか分からないことすらあるのだ。

「いや、あれは剛毅過ぎるだろ。というか火威もジゼルとも結婚するのか!?」

思わぬ反撃に、火威はたじろいだ。

「そうねぇ…。サリメルも火威な熱い視線送ってたわよねぇ」

ロゥリィからの支援射撃を喰らって、火威はあっさり白旗を上げた。

「待ってくださいっ。俺は志乃と新婚ですよ。栗林ですよ……。他に女作ったら俺がどんな目に遭うかッ!」

法的にOKでも、火威がいくら彼女を愛そうと、栗林の根っこは予想以上に女である。

異常に筋肉質でも、ゴリラより強くてもこれ以上無い程に性根は少女のように真っ直ぐな女の娘なのだ。

自分以外の女も愛そうという男に対してどんな制裁を加えるか、大祭典直前の彼女の所行を見た者なら分かる。

「あいつ、山脈の戦闘でミノタウロス殴り殺してましたよ!!」

「マジか!?」

既に報告書は隊に提出されてると思うが、戦闘の最中の出来事なので記されてるかは怪しい。

いや、巨大怪異を一撃で沈めるという人間離れしたインパクトのあることだから、書かれるかも知れない。グレイやヴィフィータ、そして薔薇騎士団の女性方や多くの攻撃隊自衛官が見ていたのだ。

栗林はその前後にも敵の怪異を鹵獲した武装で纏めて屠る狂戦士的戦いを見せている。

「だから、ちょっと俺は無理です!」

栗林のマジ殴りを食らったら、ほぼ確実に即死する。首が吹っ飛ぶ。

だから無理なのである。

ロゥリィはニヤニヤしてたが、まぁ火威が選んだ道だから仕方ない。お気の毒様と思いはすれど、掛ける言葉もないのでこの話は沈静化していった。

 

*  *                             *  *

 

下手なことを言ってイレギュラーを経験した火威は、自宅に戻って四階の天守閣を目指す。

そこは以前から寝室として使っていたが、今日から栗林と夫婦の寝室として使うことになる。

「ただいま~。志乃さん寝ちゃったー?」

栗林に対して未だ敬語なのは「親しき仲にも礼儀あり」を地で行ってるからだ。

更には夫婦関とは究極の他人同士であるから、良好な夫婦仲を保つ為には幾ら仲の良い夫婦でも一定の遠慮を持って接することだと考えている。

火威が見た栗林は、まだ起きていた。

そして少し顔が赤い。

照れてるのかな? と、思ったら、彼女の傍には酒瓶が転がってる。

閉門前から保持していた瓶だろうが、そこにドワーフがこの世界で琥珀酒と呼ばれるウィスキーを(蒸留してないから透明なまま)を目指して造ってるものを買って注れてもらったのだろう。

それを彼女は早速開けて呑んでいたのである。

瓶にどの程度入れたのかは不明だが、ボトル一本空にしてるから酒豪と言える。

いや、酒が大好きな彼女だが、酔いが回るのは結構早いような気がする。彼女と付き合ってるうちに酒が呑めるようになった火威の方が、実はザルと言えるくらいの酒豪疑惑が出ている。

「はんぞうさぁ~ん、お帰り~」

彼女の足元が心配なので火威が慌てて抱き止めたが、酒臭い。

聞くところによると男より女の方がアルコール中毒になり易いとも言うから、こういう呑み方は辞めてもらいたいところである。

「あなたぁ~」

栗林が甘ったるい声で甘えてくるが、次の一言が威力を隠していた。

「抱いてぇ」

「いや、待って。何言ってんの!?」

「赤ちゃん作りましょうよぉ……」

或は、これを言う勇気を得る為に呑んだのか?

そして酔って酒臭いとは言え、上目遣いの可愛い妻の要求を躱せようか?

いや、栗林は正気を失ってるから、ここで抱いたら明日の朝が酷いことになる。

「志乃さん、俺……特戦どころか第一空挺団にも入ってないからちょっとそれは……」

「はんぞうさんなら確定ですよぉ」

実際、魔法なんて超特殊技能で山をいくつか生身で吹っ飛ばす隊員というのは、過去に例がある訳ない。そんな人間が居てたまるかと言うくらいレアだ。

敵地潜入から脱出まで完全に個人の力のみで完遂できる隊員など、機密中の機密だろう。

「えぇっと、それじゃ志乃さん。明日、酔いが冷めても大丈夫なように念書書いてくれる? 判子は拇印で」

「ボイン? 良いですよぉ!」

言うと栗林は着ているTシャツを脱ぎ、その大きな中身を火威の前に弾け出させた。

「スイカぁ!?」

一瞬思ったが、迷彩柄のブラだ。ただのブラジャーである。勢いよく張り出した爆乳が、冬という季節が来たファルマート大陸にある筈もない瓜科の食用果実に見えたのである。

「ぁぁ……ボインはボインなんだがね、取り敢えず志乃さんが自分の発言を忘れても良いように一筆書いてもらおうと……」

彼ら新婚夫婦の夜は、これからが長かった。

 

 

*  *                             *  *

 

夜間警戒の兵士以外の多くが寝静まった帝都の少し高級な宿。

そこで苦痛に呻く女の声が聞こえる。

「ぐっ…! ぐぅ!! た、助けてくれェ~!」

「サリメル様!?

同行者の異常に気付いたのは、金糸の髪を持つリーリエだ。

「一体何がっ?」

「解らぬっ! だが、締め付けられるような苦痛がッ!」

サリメルは自身の股間を抑え、脂汗を流していた。見れば、彼女の股間は血塗れになっている。

「これは…!」

「どうやら…リーリエ以外の眷属に何かが……!」

余程の激痛なのか、千年を越える時を生きたサリメルの言葉が続かない。

やがて股間から痛みが消えたサリメルの顔から、血の気が引いた。

「と…取れ……!?」

自分のローブの内側に手を入れ、その手を引っこ抜くと小さな肉片のようなものが摘まれている。

「取れたァー!?」

真夜中に実に喧しいことだが、男のナニに当たるサリメルのナニが捥げてしまったのである。

急ぎ、穿門法でマリエスまで門を開くとアロンは御苦労なことに仄かの灯りで手紙を書いていた。交易相手である都市の責任者に対する、今回の動乱で輸送できなかった雪肝の謝罪文と、今後の予定を相談する手紙を書いていたのだ。

「サリメル様!? こんな真夜中に一体なにが?」

「いや、無事なら良いんじゃけどな」

サリメルのローブの股間付近が血塗れなのを知りたいアロンである。

しかし門は直ぐに閉じられた。

「アロンは平穏無事ッ……となれば異常はアルヌスで起きたのかっ」

ちょっと帝都で物見遊山する気満々だったが、計画が早まってしまった。

「リーリエ、明日になったらアルヌスに出発するぞ」

「サリメル様、明日とは今日ですか?」

サリメルの野心は、先日から静かに蠢き始めている。

 

*  *                             *  *

 

早朝のアルヌス。

東からのご来光のを望む忍者屋敷の地上階で、火威は煎豆茶を淹れていた。

煎豆茶とは最近アルヌスで飲まれるようになった、アルヌスより東の地域から入るお茶だ。

火威はこれを眠気覚ましのコーヒーのような嗜好品として飲んでいる。

昨夜の栗林との初めての夜伽は、それこそ眠気が冷めるような強烈さがあった。

上の方は実に揉み応えのある極上の乳と言ってよい爆乳なのだが、前戯を済ませて子作りとなると話が違った。

まぁ話なんてしてないから違うの何もないのだが、火威を待ってたのは純然たる暴力だった。

いや、栗林にはその気が無いから“純然たる”は取り消そう。

だが、栗林はある意味で名器だった。

拷問器具という意味で名器である。

妻は、正に全身凶器だった。それを知ってた筈なのに「そんな所まで!?」と、気付くのが遅すぎた。

小柄な体格なのに火威のビッグサーベルを根元まで咥え込んだかと思うと、プレス器のような圧力を発揮してくる。

潰されるかと思った。

捥げるかと思った。

白いのではなく、赤いのが出てたんじゃないかと思う。

神の眷属でなければ根元から棒が無くなっていた。まさか巨大剣にこんな弱点があるとは……。

ナニをしなくても今の日本は人口受精というものがあるから、栗林が妊娠することは出来るだろう。

しかし、あそこは子供が産まれる時に通って来る道である。

出産の時に、大事な子供が砕かれてしまうんじゃァないだろうか? 栗林には隊の訓練以外で下半身を鍛えるのを止めて貰わなければならない。

煎豆茶に口を付ける彼の表情は暗かった。

朝焼けの中、火威が飲むアルヌスの煎豆茶は苦い。

 




すいません。昨日の後書きで精霊蟲がまだ出てないのに精霊蟲の話してしまいました。
飢狼の方に出てくる予定なのですが、蟲の活躍は暫しお待ち下さい。


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第三話 時間外業務

時間外業務ってこの回に限ったものじゃないんですが……。
またサブタイ思い付かない症候群が発症しまして、この有様です。


火威の幼少期が赤貧家庭であったことは、以前にも幾度となく述べた。

3人兄弟の末っ子として生を受け、雑草のお浸しに革靴を煮て脂を掬って食べるような家庭に育ったのである。

ここまで赤貧家庭になったのは、新潟県の名士の家庭に生まれ育った父が進学の為に東京に来てから当時16歳だった母を孕ませ、そのまま結婚したからだ。

当時、新潟の父の実家では大学卒業と共に結婚するはずだった許嫁の女性がいたのだが、父はそれを蹴って東京で母と結婚した。

その結果、実家からは勘当されて大学の授業料と母の出産費用、そして産まれてくる子供の養育費から生活費一切を両親が稼がなければならなくなったのだ。

母が働ける時は屋根のあるところで暮らせるが、貧乏人の子沢山を地で行く火威家である。兄が産まれてた3年後、母は火威半蔵の姉を妊娠する。

ヤレば出来ると分かってる筈なのだが、正月の貧乏人はソレくらいしか娯楽が無かったらしい。

しかし家庭の経済状況は当の両親が誰より知っているので、これで打ち止めか?

と思われた。

が、そこは貧乏人故の子沢山。2年後の正月に本作の主人公である火威半蔵を妊娠してしまったのである。

子供が3人で子沢山と言うと首を傾げる諸兄が少なからず居ると思うが。エンゲル係数が95%に迫る彼らは住んでる飛火野市の隣町である立川の防災センターで、年末に年1回、消費期限が迫った乾パンを無料供出する度に兄弟総出で貰いに行くほど逼迫していたのである。

だが貧乏に慣れると何とかなるモノで、本当の意味で最低限の生活が出来ていた火威家だ。

粟の飯を主食としていた当家だが、食料が底を尽きると子供達の間食で近くのパン屋から無料でもらっていたパンの耳で空腹を満たし、父が社会に出て法律の勉強をしながら仕事を始めて経済状況が改善すると、パンの耳は煮干しにレベルアップした。

兄が高校に入る前に父は地方裁判所の裁判官の資格を得たので、火威家の経済状況は一変。大型の犬を飼い、兄弟全員が大学を卒業できるまでになったのである。

しかし、裕福になっても彼等の貧乏性は治らない。取り分け産まれた頃から貧乏で、兄弟の末っ子として育ち、衣服にしろ筆記用具にしろ兄姉のお譲りなり余り物しか使わせて貰えなかった火威半蔵の倹約振りは堂が入っていた。

 

 

*  *                             *  *

 

「……それで母が兄を産んだ時はまだ17だったんですよ。日本に帰還した時は4~5年から10年くらい経ってるかもしれませんし、菅原さんもシェリーちゃんとご結婚する時には世間の目も厳しくない歳になってるんじゃないですかね?」

帝国の内戦が終結するまでイタリカの倉庫を改造して済んでた菅原だが、今は帝都内の自衛隊事務所近くに住んでいた。

イタリカのフォルマル邸はミュイの姉達が連れてきた別の貴族の支配下に置かれていたのだ。

イタリカ市内を通行するにも、つまらん税を取ろうとする役人の目を欺き、精霊魔法で姿を消した火威はフォルマル邸に侵入。

そこでウォーリアバニーのメイドであるマミーナから、イタリカに起こったことを聞かされたのである。

イタリカの状態は酷いことになっていた。

ミュイを後見していたピニャが派遣したガルフ・ス・トリームという代官が追い出され、ミュイの姉達がミュイの婿として連れて来たローバッハ・フレ・ローエンという男がイタリカのを支配したのだという。

このローバッハという男は本当に馬鹿な男で、道路を通っただけでも施設使用料、また猫拝観料と意味不明な税を取り、彼らが来て以降、亜人メイドは過去の考課に関係なく下働きに降格となった。

しかもヒト種メイドには恥ずかしげもなく手を付け、モームという火威と面識のある古参のヒト種メイドに共に枕頭させたのである。

特地に来て、イタリカに出入りするようになった火威が世話になったメイドだ。美人と言える女性で、食事に誘った際にやんわり断られたが義理もある。

火威は、ローバッハのアホを少々制裁してやろうと考えた。

戦時ではないので血祭りに上げるのは駄目だし、他人に累が及ぶといけないので奴が独りの時に空気の玉でぶっとばして帝都にきた。

高々宙を舞ってから地面に叩き付けられて気絶はしたが、死んではないだろう。毛髪という贄がないのに威力の高い魔法が出てしまったものである。

 

 

*  *                             *  *

 

菅原の所在がイタリカから帝都に移っているという情報がアルヌスの自衛隊に届いていなかったようだから、帝都とアルヌスの間のイタリカで情報が止められてたのだろうと考えた火威だが、菅原はイタリカから移動する際に複数羽の鸚鵡鳩通信でアルヌスに情報を送っていた。

一羽もアルヌスに来てないところをみると、途中で鷲か鷹などの猛禽にやられたこのだろう。今後、アルヌスと帝都の連絡をする時は火威が連絡員をやらされそうな話だ。

ともあれ、アルヌスに帰還したら速やかに隊に報告しなければならない。

しかし菅原も中々の切れ者である。官僚になるくらいなら切れ者なのは間違いないが、氷雪山脈で起きたことをそれとなくリークして、自衛隊に継戦能力が残ってることを帝国貴族に匂わせようとは。

銀座世界側の装備もなく、複数の山を吹き飛ばした事実が分かれば、物資が無くなった自衛隊とならまともに戦えると考える者は現れないはず。

火威はそんなことを言ったが、これはピニャから菅原に示されたことらしい。

まさかピニャは個人の力で山を吹き飛ばす自衛官がいるとは思わなかったろうが、氷雪山脈での戦いを帝国貴族にそれとなく広め、賠償金の支払いを停止させようと主張する元老議員を牽制しようというのだ。

あの姫様も中々腹芸が上手くなったものである。

 

 

*  *                               *  *

 

 

その後、火威はまた7~8時間程かけてアルヌスへ帰還した。

時間は既に夕方となって、平時から課業が終わる時間である

食糧も乏しく資金もないから皆が無理をして働いてる。

休暇だと言うのに、こんな事が間々起きては堪らない。

物体浮遊の魔法で車を飛ばすというのは中々の重労働である。酷く体力を消耗するのだ。

体力のオバケだからと言って毎日やらされたら本当にオバケになり兼ねん。

駐屯地に帰還を伝えてから、火威はそそくさと自宅に帰る。

昨夜は妻が余りの名器(拷問的意味で)なので全然寝れなかったから、今日はゆっくり休みたい。

坂の下の忍者屋敷に向かう。

昨日は対ロゼナクランツのジャイアント過ぎるオーガー相手に、レレイに改造されたゴーレムがプロレスを演じた後の片付けをしていた栗林とミューとリシュの様子を見に行かなければならない。

特に、寒冷地の氷雪山脈からアルヌスに来たミューとリシュが不自由をしていないか聞かなければならない。アロンからミューの身柄を任されたのは火威なのだ。彼女は奴隷という身分だったが、日本に編入されたアルヌスでは奴隷制度は御法度である。

昨日1日で4階と3階の半分は片付いていた。3階の残りを後片付けしている栗林に聞くと、2人は2回の後片付けをしているという。

「それはそうと、ただいま志乃さ~ん」

例え愛妻と言っても栗林相手だから、後ろから近付く時は裏拳と肘鉄に警戒しつつ、背中から抱き締める。

「どうしたんですか半蔵さん」

少し照れながら後ろから抱き付く旦那を横目で見やり、回されたその手に触れる栗林。

「いや、まだ籍がは入れられないけどさ、昨日あんなことが有ったとはいえ愛情が薄れてないことを示そうと……」

恐らく、氷雪山脈の筋肉精霊が筋肉の塊とも言える愛妻に取り憑いたのかも知れないが、今度サリメルに“遭った”らそのことも聞かねばならない。そしなければ妻との間に子を儲けることもできなくなる。

2階に降りると、片付いてない奥の部屋から物音がする。

ミューかリシュなのだろうから、片付けが済んでないなら手伝おうと火威は奥の部屋に進んだ。

そこで見たモノは、白いシーツから白い足を生やしたた何か。

「メ、メジェド様!?」

この世界は神が居て自衛官と共に戦闘に臨むことがある世界だ。不可視の神がいても不思議ではないのではないか?

というかこの神の危ないところは、目からか何か(ビーム?)を出してオシリスの敵を殺すらしいことにある。

咄嗟の事で魔法が間に合わず、火威は後ろに仰け反ってひっくり返った。

「駄目でしょ! リシュ!」

火威の悲鳴と倒れた音を聞き、すぐさまミューが飛んで来た。

メジェド様かと思ったのは、シーツを被って遊んでいたリシュだったようだ。メジェド様でなかったことと、魔法が間に合わなかったことに感謝しなければならない。

「い、いや。何でもなかったから」

良い大人がシーツを被った子供に驚かされるとは、これ以上ない赤っ恥である。

考えて見なくても、ここは特地で銀座からエジプトまで1万キロ程度と離れているのだ。

しかし氷雪山脈でロゼナクランツが使役してきた生ける屍や、蟲獣の他新たな虫型の脅威をその手で排除してきた火威が驚き、怯えてひっくり返ったことが余程不思議なことだったらしい。

「しかし、ヒオドシ様に何かあっては親方様に向ける顔も御座いません。一体どうなさったのでしょうか?」

親方様とはリーリエやアロンという2人シュテルン姓の者達のことだろう。いや、冥府に赴いた兄、父、母も含まれると考えた方が良い。

「いや、ちょっとさ、俺の世界の神様におっかないのが居てさ、見られると死ぬっていうのがいるから」

「ニホンにそんな恐ろしい神が!?」

「いや、日本から遠く離れた外国の古い神だけどさ。子供の悪戯描きみたいなデザインだから最近日本で徐々に知られて来てるの」

デザインし難いものならリシュがシーツを被ったところで間違えようがない。古代エジプト人のセンスに文句を言いたいところである。

「後で組合には俺からも言っておくけど、先ずはこっち片付けからにしよう」

そう言いながら、火威は家がプロレスしたこと割れた調度品の欠片を集めていったのだった。

 

*  *                             *  *

 

 

その頃、帝都からイタリカへ向かう道筋に一つの荷馬車がある。

3トリー角ばってるうぃすきぃHIぼおる10リットル缶(というかアルミ製の樽)を2本と、サリメルとリーリエを乗せ、何時ぞやの帝国商人のシロフ・ホ・マクガイヤが操る馬車だ。

内戦の末期にイタリカ近くで恐い思いをした彼だが、その時からサリメルの実力を信じ、彼女が同じ魔導士だという女性を連れてるならイタリカから外れた道を通っても大丈夫だろう。

イタリカを通行するために支払わければならない税の高さは帝都の商人達の間でも頭を悩ますものだった。

しかし、イタリカを通らず別の道を使うと賊が蔓延ってることが多い。

安全代と思ってイタリカの税を甘んじて受け入れるか、傭兵でも雇って道を反れるしかないのだ。

しかし今日は実力の高い魔導士が二人もいる。

ここは彼女達に守ってもらうしかない。

サリメルもシロフからイタリカで政変が起きたことは聞いていた。

折角帝都で発揮した「見えないエロス」の効果を確認したのに、イタリカで同じ事をやったら娼婦として男に抱かれただけでも税をとられそうだ。

まだ内戦中のある時、髪の長い女とずっ友(ずっと友達的意味)になることがあった。

男と閨を共にする時は簡単に肌を魅せてはいけないというのがずっ友の意見だったが、どうせ全てを晒すなら最初から裸でも変わらんだろうというのがサリメルの意見だ。

この意見の対立で衝突することもあった二人だが、昨日から今朝のかけて「見えないエロス」を実践してみたら見事に嵌まったのである。

ずっ友が言ってた「見えないからこそ観たい」という男心を、サリメルは1500歳にしてようやく理解したのだ。

力のある貴族や悪所の顔役から指命が来て、あっという間に今では貴重品である琥珀酒を手にいれることが出来たのである。

商店などで売ってた訳ではない。貴族に強請って高い金で買い取らせてもらったのだ。ミリエムから(勝手に)借りた5粒のフェトランに、更に5粒のフェトランも入手した。ずっ友から教わった方法とフェトランの二本柱で、ハンゾウの奴に迫ってみなくては。

サリメルの口角がニヤリと引かれる。




メジェド様は半ばGATEの公式キャラとなっております。
版権は古代エジプトだから、もうフリーだね!


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第四話 休暇中業務

ドーモ、庵パンです。
相変わらずタイトルのセンスが酷いです。
今回はエロですけど、一線越えないエロです。
しかも長いです。エロは長くないです。


氷雪山脈を解放……というか、文字通りブッ飛ばしたその日、火威はサリメルと共に居るリシュを見た鹿系亜人から挑戦を申し込まれていた。

鹿系亜人はリシュがサリメルと火威の間に出来た子供だと思ったらしい。

リシュには異種族の血を認められるような特徴は無いのだが、栗林という愛妻が居るのにサリメルが必要以上に火威に纏わりつくこと。そしてヤの付く職業も慄く火威の面構えでも、ロゼナクランツを完全討伐してアルヌスに帰還した彼にリシュが喜んで駆け寄っていったことから思い違いしたようであった。

体力徽章を持つ火威も疲れていたので後日別の機会にしたかったが、嫌な事は事前に終わらせておくことを、子供の頃から習慣付けているので400m走で挑戦を受けてやったのである。

結果は、細かいルールを決めてなかった火威が0.6秒で走るように飛んで圧倒的勝利。

それでも難癖付けてくる鹿男は、毛むくじゃらの背中から背油に塗れたディーヴァを持ちだして真剣勝負を挑んできた。

元は大祭典の時にロゥリィに喧嘩を売った新米亜神のメイベルの心臓から創り出された利剣と言われているそれは、王族や国を統べるに相応しい者以外が持つとたちまち朽ちてしまう。

更には血で養わないと朽ちていく曰く付きの神器だ。

大祭典の後にピニャ皇太女が帝都へ持って行ったが、先の作戦の会合の折に既に朽ちていると耳にしたことがある。

実際に朽ちていく様を見た者は居ないから、一夜にして砂となって消えたのだろうと思われていたが、鹿系亜人によって盗まれていたようだ。

実際、400m走ではカモシカのように身体能力が高く跳び跳ね、また牝雲鹿のハーレムを形勢出来るほど鹿にはモテるらしい。

ディーヴァが朽ちなかったのは盗賊のような軍閥になったゾルザル派帝国兵を斬ったり、生ける屍達を斬ってその血で養われていたからだ。

だが火威には速攻でディーヴァを砕かれ、拳骨落とされて大きな瘤を作って伸びていた。

民間人相手ではなく盗人相手なのと、いい加減疲れてたので遠慮なく凹ったのである。

泥棒鹿は伸びたままイタリカに向かう荷馬車で運ばれた。裁判受けるためだが、ローバッハという馬鹿貴族が代官の仕事をしないから判決が出るのは当分先だろう。

 

その日の火威は駐屯地にある特別図書館で某オタク自衛官から提供された○ンダムシリーズの劇場作品、○襲の○ャアのVCDを風の精霊魔法で発電して観賞していた。

自前で発電してはいるが、一度召喚したシルフが風力発電機を回し続けてくれるので楽なものだ。

精霊魔法がこれほど現代人の生活様式にマッチしたものなら、退官後の生活でも多いに役に立ってくれるだろう。

いや、退官後とは言わず日本に帰還したら直ぐにでも役立ってくれるはずだ。

光熱費は最低限で済む。

ちょっぴりドラ○もんになった気分である。まぁ志乃のことで最低でも一度はサリえもんに会う必要があるから安心できないのだが。

氷雪山脈で栗林に憑いた精霊の影響である可能性が強いと考えからなのだが、火威より精霊に詳しいテュカに聞いても筋肉の精霊というのは知らないという。

プロテスという精霊は局地にしか存在しないのが確かなようだ。

確かに、あんなケツ顎がそこら中に居て堪るかという思いはある。

サリメルにさえ会えば人生薔薇色である。

……念のために付け加えるが、ゲイ術的意味で薔薇なのではない。華やいだ意味で薔薇なのだ。いっそ百合か牡丹でも良い。

サリメルは一応神にだから、余り遊んでる暇はないハズ。C言語の専門誌を渡せば満足するハズだ。彼女も暇人じゃァない筈なのだ。

特地で唯一電機が通ってるアルヌスに住もうとするかも知るないが、それ以上は望まない筈だ。サリえもんの事だからシュワルツの森に電気を通し兼ねないが、それならそれでも良い。

それより、火威には懸念すべき事がある。

火威だけではない。現在特地に残された日本人全てにとって、最も求められているのは日本へ門が再開通することだ。

だがその為に雇った石工の一部が罷業を起こしてしまったのである。

彼等が職務を放棄したのは火威ら一部の自衛官が氷雪山脈に派遣されてる最中のことだったが、休暇に入った火威は(休めてないが)つい先日この話しを聞いたのである。

罷業に入ったのはメソンという、石や大理石の建造物にレリーフや亡くなった人の顔を刻む彫刻士の集団が主な面々で、全てがドワーフだ。

ドワーフというと頑固で融通が効かない種族と連想するが、彼等の罷業の理由が謎なのだ。

一時は雇い賃の問題かとも思われたが、最下級帝国兵の1日の給料が7ソルダ。アルヌスの傭兵はそれより高い。

雇い主であるレレイはアルヌスの傭兵の倍の金額に、今後アルヌスで行われる石工の仕事には彼等との専属契約を結ぼうとした。

石工にとって専属契約というのは喉から手が出るほど欲しいものらしい。何より食いっぱぐれ心配が無くなるのだ。

それでも彼等は罷業を止めることはなかった。

明かに金以外の物を要求しているのだろう。しかしそれは今もって分からないままだ。

呪刻自体はレレイを師と仰いで大陸各地から集まった学徒達が、蝋で下絵を描いてくれるから問題はないのだが、それを刻むメソンが動いてくれないとどうすることも出来ない。

本を借りに来る自衛官が居ないホールを見ると、一人のドワーフの少年が薄い本とわら半紙に向かい合って手を動かしてるのが見えた。

レレイが何度も頼み込んでるのに罷業を決め込むメソンの師匠達には厳しい目を向ける街の人達だが、その見習いの少年達にまで同じ態度を取ることはない。

だが一日中宿舎でムッツリしてる師匠と顔を合わせるのも精神的にキツいのだろう。

見習いの彼は、何時もこうしてわら半紙に薄い本のキャラクターを写し見て描いている。

火威も初対面の相手ではない。最初会った時はかなり動揺されたが(顔のせいで)、ツムという少年だ。彼なら罷業の理由を知っている可能性が高いが、それを彼の口から言わせる方法を持っていない。

門を再建することは特地派遣隊の一大任務なので、火威もそれとなく薄い本のキャラ絵を描く彼を誉めて接触しているのだが、先のような理由で雑談から入っているので未だ核心には触れていない。

実際、彼の絵は見習いのメソンということもあって上手い。半日掛けて〇ンダムヘッドしか描けない火威や、歪んだ果実らしきものを描いているピニャより遥かに上だ。

 

特別図書館を出ると、一人の陸曹が火威に声を掛ける。

何かと思えば、帝都から鸚鵡鳩通信が来たという。火威を指名して、再び帝都まで来てくれとのことだ。

「ま、またすか?」

「皇室でも地位の高い女性とのことです。講和は成立しましたが、現在は帝国からの賠償金で隊員の食費を賄っている状況ですので近日中に向かって下さい」

火威は帝国に○玉を握られている錯覚を覚えた。品が無いので皆までは言わないが。

 

 

*  *                             *  *

 

 

次の日、高機動車のハンドルを握る火威は大帝門の前に来ていた。

ここから先は勿論車道も歩道もない。驢馬が牽くような荷車の類いはあるが、歩行者が縦横無尽に動く道を高機で進まねばならないのだ。

驢馬も馬も牽かない車に人々は好奇の目を向けるが、戦争中のことを俯瞰的にしか知らない人々は現在の帝国の同盟国として見るから悪いものではない。

歩行者やそれら荷車に注意して進むと、帝城に向かう高機に二人の人間が近付いてきた。

誰かと思ってよく見りゃ……

「フォートさん!?」

やつれきった顔で、御付きの初老男に支えられたカトリ・エル・フォートが杖を突きながら火威の高機に近付いてきたのである。

「一体どうしたんス!?」

喋り馴れた特地語が微妙におかしくなってしまったが、理由は案の定過ぎるものだった。

「すごく可愛く綺麗で魅力的な女性達なんですが、なにぶん毎日夜が激しくって……」

カトリは3人のケモ愛人達に毎晩精を吸い尽くされていた。酷い時には朝・昼・晩と相手しなければならないと言う。正に魂も精も尽き果てたカトリだったのだ。

「っていうか、それ、私に言われても……」

正式に婚姻した訳ではないのだが、他人のカミさんである。どうしろと言うのか……?

「ヒオドシ卿が度々帝都に出入りしているのは存じてました。次にいらっしゃった時には是非ヒオドシ卿に代わって頂こうと」

「ちょ待ったァー! それはできんッ!」

この亭主公認のNTR願いは願いは、火威に死ねというのと同義語である。

「何故ですっ?」

主の命も掛かってるから、御付きも必死である。

「亜神クリバヤシが激昂するからっ。鬼神レベルの彼女を怒らせたら俺の命が無いからッ! ミノタウロスのように殴り殺されるからッ!」

「ミノタウロスのように…!?」

「殴り殺されるとは!!」

人型古代龍みたいに考えられていた魔導狂戦士ヒオドシだが、彼に恐れられていたのは亜神クリバヤシだった。異世界の女兵士が亜神を冠するのは悪所から出た冗談だろうと思っていたが、ピニャ・コ・ラーダ皇太女周辺から出た噂は今の話で裏付けられた。

彼女は本当に戦神ロゥリィ並みの猛者らしい。

「しかしそれではカトリ様の御命が……!」

「ヒオドシ卿、今回のことは決して外部には漏らしません。情報管理は徹底させます。ですからどうかお願いです」

火威は決して受け入れる態度を見せなかったが、カトリ達もまた譲らない。命が掛かっているのだ。譲れる訳がなかった。

「世界の神が貴方を遣わして下さったのです。これを神の意志と言わずに何と言いましょうか」

「え……鸚鵡鳩通信を飛ばしたの貴方がたではないンすか?」

「違いますよ。どうして今回帝都にいらしたのですか?」

考えてみなくてもカトリは皇室の重要人物ではない。

火威は少しばかり高機を飛ばしてフォート邸に2人を送り、急いで皇城に戻って行った。

 

 

*  *                             *  *

 

 

再びピニャの父ちゃんからの熱いラブコール的勧誘かと思ったが、火威が通された豪奢な部屋で待っていたのは2人の女性だった。

火威が肉眼で確認できるのは2人の女性だけだが、その背後の壁の向うには複数の人間の気配を感じる。恐らく武装した兵士やそれに類する者達だろう。

「初めてお目にかかります」

と、彼女達は言ったが火威には見覚えがある。

「いえ、以前アルヌスにいらっしゃいましたよね?」

大祭典の時にボーゼスの結婚式に(呼ばれたとは思えない態度だったから勝手に)来ていた帝国の般若顔貴族の女性だ。その時とは髪の色が変わっているが、確かにそのヒトである。

「あぁ、でもこうして言葉を交わすのは実際初めましてですね。火威・ロゥ・半蔵です」

特地風に自己紹介をすると、その女性は皇姪のレディ・フレ・カエサルと名乗った。

居住まいを正して礼儀正しそうにしてるが、値踏みするように見ているのは頭を下げて挨拶する火威を蔑むような眼で見ていたことから本心や本性が分かる。

恐らく今でも普段より態度を軟らかく矯正して見せてるのだろう。

「それで、私に何か用件があるとかで?」

大祭典の時は般若面だったが、今ちゃんと見れば美人と言える女性だ。

だが内に秘めた刺々しさが見え隠れしていて、全く居心地が良くない。

用事があるなら早く聞いて帰りたいのだ。

「単刀直入に申します」

「あ、面倒なことなら言わないで下さい」

今までにモルトから再三勧誘されているのだ。似たようなことを言うなら精神が疲労するだけである。

それに損得勘定を+して火威は敢えて言う。

「いえ、これだけは聴いて頂かなければなりません」

「言うのはタダだと勘違いしてる人が多いですけど、タダじゃないですからね?」

「何もしない内から金銭を要求するのですか?」

レディという女性はヒオドシという男を、ことのほか卑しい男だと思っただろう。だがこれは駆け引きである。

「飛行機……こっちじゃ空飛ぶ銀の剣でしたっけ? そういうの使わないで半日足らずでアルヌスから来るのは結構疲れるので、無料で聞いて差し上げることはできません。まぁ自分にとって面白い話しなら別ですが」

最初からレディから滲み出ている刺々しい態度から、火威にとって良い話が出るとは思えないのだ。それに加え、正直言えば賠償金から隊員達に配布される小遣い程度の金では毎日腹一杯食べることも出来ないので、貰えるものなら金も欲しかった。

条件を呑んででも話したいというのは話せば良いし、金を払う程のことではないのなら早く帰りたい。

「いいでしょう。では聞いてもらいましょう。我が皇族直属の近衛兵になりなさい」

「あ、3シンク金貨頂きますね」

面白いものではないので即答である。3シンクという額はこの世界では高額だが、景気の良さそうな皇姪だし無理ではないだろう。

火威は国家公務員という安定職だ。特別が付くので一般公務員より仕事はキツイが、それだけの力があるし最近結婚したばかりである。「何故か?」と聞くレディという貴族にそのことを伝えた。

「でも門は閉まって本国とは連絡が付かないのでしょう?」

「いえ、そのうち開きます」

その内とは明確に特定できないが近々だ。すると帝国の近衛兵になれば貴族の女性を紹介して高い給金を出すと縋るレディ。

「でも大型怪異を絞め殺したり一撃で殴り殺せる貴族女性って居ないでしょ?」

それも怪異のような女ではなく小柄で牛の様な乳を持ち、しっかりと括れもある可愛らしい女性である。それが火威の希望だ。

この最終兵器クリボーに添える応えを、レディは持っていなかった。そもそもそんな女が居るか! ……というのが彼女の本音だ。ピニャが受け取った報告書には虚実が織り交ぜられてるに違いないと思っていた。

だが真実とは彼女が信じられないものであることは、彼女自身が最近経験したこともあって知っている。彼女が帝国の頂点を目指すのもそれが故だ。

世の中の全てをレディは知ってる訳ではない。先頃氷雪山脈から発せられる強烈な光が観測されたのは事実だし、今この無礼な禿頭男が言ったことを否定する材料は何も無いのだ。

彼女には、どんな方法を使ってでもニホン人が門を開くのを妨害しなければならないという理由があった。

そして火威は3シンク頂戴して、そそくさと皇城から逃げるように退散したのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

高機で帝門を潜ると、そこにはフォート家の遣いの者が待っていた。

というか待ち受けていた。

そして絶対に外部に情報が漏れないことを条件に、火威がカトリに代わって愛人達の夜の相手をすることを願ったのだ。

「達って……!」

一人だけかと思ったら違った。元々カトリの亜人女性の愛人は3人居たので、予想よりは少なくなっているのは助かるのだがカトリの亜人愛人は一人増えて四人になっていた。

「好き過ぎるだろフォートさん……」

亜人女性が魅了的なのは火威にも分かる。

分かるが、カトリの亜人(女性限定)好きにも限度というものを知って欲しい。

相手は誰かと思って会って見れば、六肢族で娼婦をやっていた女性だということが分かる。蟻を先祖とする彼等は褐色とも言える黒い肌で、2対の腕を持った“如何にも”異種族という姿をしている。

氷雪山脈でロゼナクランツが異世界から呼び寄せた蟲人と同じ昆虫人間と言えなくもないが、火威が知る娼婦はそれらとは○ブリ作品初劇場映画に出て来た王○とミ○バチハッチくらいの違いがある。

六肢族の娼婦は美人で可愛く色っぽいのだ。

禁令が発布されてなければ是非とも一晩お世話になりたかったくらいである。

カトリが我慢出来ずに愛人にしてしまったのも、まぁ仕方ないんじゃァないかなぁ……くらいに思う。

取りあえずカトリは良い趣味をしている。

 

……と、まぁそんな感じの手のひら返しで評価が一変してしまったので、フォート家子々孫々の為に彼女達を抱くことにした火威である。

それにカトリの容態次第でフォート家の行く末が決まってしまうのだ。知ってる限りの知識で彼には健康を取り戻し、そして(絶倫という名の)力を得てもらわなければならない。

要は彼に必要なのは筋肉である。筋肉を付けるにはアミノ酸が必要だ。

ならば火威が幼少期と現在のアルヌスで常食している雑穀を使った食べ物が良い。

夜までは時間があるのだから、それまでクッキングタイムだ。

筋肉の話は以前にもした憶えがある。心臓は筋肉の塊だから、心肺機能を増強させる為には筋肉を鍛えれば良いのだ。心肺機能が増強すれば取り込む酸素の量が増える。つまり夜の生活が強くなるのだ。

まぁ色々端折ったが、要はカトリは筋肉を鍛えれば良い訳である。その為のアミノ酸が多い食事と、適切なトレーニングをしなければならないのだ。

火威はフォート家の厨房を預かる料理人に、特地でも手に入る粟や稗《ひえ》のような雑穀、それと出汁を取る為の干し魚を用意させた。料理革命が起きた後だから、出汁を取る為に必要な食材を揃えるにも知識は要らないし、手間は掛からなかった。

料理人でも何でも無かった火威だが、貧乏人として安くて美味くて健康にも良い料理を作る方法は知っている。

魚から取られた出汁で雑穀を炊く。そうして作ったお粥に塩、胡椒を眩す。この世界にはリゾットという銀座世界と同じ料理があるのだが、少し味見をしてから火威はこれで良しとした。

栄養士でもないのに下手な味付けをしたせいで、反って健康を害されては困るのだ。

カトリは大事を取って既に就寝しているので、味見はフォート家の料理人や執事、それに今晩相手する愛人達にしてもらうことにした。

「ヒオドシって料理人とかなの?」

愛人との寝所に移動した火威には、2人の亜人女性が待っていた。

六肢族の愛人は以前に悪所で知り合った髪が長く、色気のある彼女だ。既に顔見知りの筈だったが、それから色々あって火威の顔が別人のようになってしまったので改めて自己紹介が必要だった。

その中で、「全く違う顔だから気が付かなかったよぉ」と、面識があった男だと気付いてくれたのだ。

「いや、ただの貧乏人“だった”ワケだけど」

門が開通してたら今は小市民程度の経済持ちだが、今は小遣い程度の給与なので再び貧乏人である。もっとも、今日はレディから3シンクばかりせしめたので超が付く小市民小金持ちだ。

「フォートさんとの約束で夜を共にする訳だけど、今夜は娼婦の時の調子でやってね」

お互い本気になっちゃ困るのである。ましてやミノ姉さんは元が土建屋さんという家業なので、こういうことには慣れてない……と思う。

「それじゃあ、宜しくお願いします」

魅力的な女性達を抱かせて貰うのだから火威はあくまでも遜《へりくだ》る側である。

「良いとも。精々楽しませてくれよ」

ミノ姐さんからは姐御肌な印象が感じられる。正に見た目通りのミノ姐さんだ。

こうして火威は2人の魅力的な女性と閨を共にすることになったのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

イタリカとアルヌスの間に広がる草原に一台の荷車とそれを牽く馬が停まっていた。

アルヌスに向かう途中であり、その中の一晩を此処で過ごそうと身体を休めているのだ。

荷車の中で休む主のシロフは馬車による長旅の経験があり、飼い葉は馬や自分が飲む水の用意は怠ってない。

荷車の傍らには旅用のテントがあり、その中では帝都で乗せたエルフの女とヒト種の女が寝ている。

二人とも魅了的なミリッタの神官とその信徒なので、是非とも一晩閨を共にしたいのだが、ヒト種の方は既にミリッタの信徒としての務めを果たしたのでエルフの方しか抱けなかった。

言うまでもなくサリメルとリーリエなのだが、サリメルの方は男に抱かれる夢を見たせいか起きてしまった。

夢の中で得た感触のはずなのに、未だにその感覚が続いている。

酒精が得意ではないのに寝酒したせいだろうか。或は久方振りに男に抱かれる夢を見たせいだろうか……。

ちなみにシロフに抱かれたのは3日前である。

サリメルが起きたことに気付いたシロフが、彼女に声をかける。

「どうしました?サリメルの姐さん」

「いや、なに……。ただ軆が熱いだけじゃよ」

見れば、サリメルの顔が紅潮している。この女には珍しいことではない。何らかが原因となってまた発情してしまったらしい。

亜神というのは全く難儀な体質である。サリメル限定の体質なのかも知れないが。

「寝れないならお相手しましょうか」

「そうじゃな。シロフに抱いて貰うことにしようか」

そんな気軽に春を売って良いのか、というところだが、サリメルには今更である。

「でも金は取るぞ?」

それがサリメルの仕事にもなっているのだから、彼女は意外にも確りしていた。

「サリメルの姐さん……そこは運賃で相殺できませんかね?」

「えぇ~、どうしようかのぅ」

悪戯っぽく返しながらも、自らの衣を剥いで白い肌を露出させていくサリメルだった。

 

 

*  *                            *  *

 

 

フォート邸にて事を済ませた火威は、自分の前で肌を晒して横になる亜人女性を眺める。

2人とも非常に素晴らしい軆の持ち主だった。先日の妻との夜伽が極めて拷問的だったため、無礼とは知りつつもどうしても妻と比べてしまうのである。

だが、事が済んで冷静になるにつれ、典型的なハニートラップだったのではないかとも思い、禿げ男は嫌な汗を流さずにはいられなくなった。

これはもう、カトリを信じるしかない。信じるというのはアテに出来ないが、最早それしかないのだ。

「ヒオドシ、本当に凄かったよ」

蕩れたような顔をして、六肢族の彼女が言う。非常に性欲をそそられる表情だが、もう何回戦もして彼女の胎内には命の塊を吐き出している。

「これなら絶対に孕んだね。ねぇヒオドシ……この子が産まれたらまた来てくれるかい?」

ミノ姐さんもすっかり雌の顔だ。彼女は体格が大きいので火威も特別念入りにおっさんの経験値フル動員で責め上げた。

それはもう、獣のような喘ぎ声を出させて「もう勘弁してくれ」と懇願されるまでに。

二人分の淫肉に挟まれて、火威は依頼された全てを出し切った。

もう何もやり残したことは無い。彼女らが言う通り、数ヵ月後に2人は子供を産むことになるだろう。

本来の夫ではなく不倫相手の子供をだ。

カトリを暫く休ませる為に種付けするのを依頼されたが、3人でかなり本気になってしまったのではなかろうか?

妊娠したら娼婦なら仕事が出来なくなる上に、中絶はこの世界では命懸けだ。

中絶じゃなくても出産すること自体が命懸けの行為なのだ。それなのに、行為をするのは、相手の男に高い信頼が無ければ身を任せないのではないか?

禿げの半蔵、どうしてそのことに今まで気付かなかった!?

一生の不覚である。

案の定、火威は巨大な罪悪感と対峙することになった。それと同時にやはり栗林を孕ませたいことを再確認する。

あの幼顔の妻に自身の子供を宿らせ、産んでもらうのだ。

それが出来ない苛立ちを罪悪感と共に自分にぶつけ、アルヌスにいる彼女への愛情を再確認する。

この自分勝手な独り相撲は世の女性から非難されるべきことだが、今現在は冴えた思考の火威はそれも認証して自己嫌悪に陥ったりする。

「そ、そうですね。直ぐは無理でしょうが、子供の顔は見たいし母親になったお二人とも会いたいですからね」

後悔を悟られないように応える火威だが、その心は栗林への罪悪感で一杯だった。

二人に口付けを交わしてから高機を飛ばしてアルヌスに帰還した火威は、当直の隊員に帰還を告げてから車輛を清掃して家に帰った。

時刻は既に朝方。

新婚早々に他の女を孕ませた上に午前様である。既婚の男としては非常に拙い。

明日も仕事は休みだから、とにかく寝よう。

精も魂も尽き果てた火威は、これから昼まで寝ることにしたのである。




何だかんだ言って一線越えましたが、
肝心な所は描写してないのでまだ一線越えてません。
ゲゲゲはちょいちょいアダルトな所があると思いますが、18禁じゃないので普通の板に投稿します。
17.9禁くらいで持ち堪えます。
っていうか投稿するする詐欺状態で未だ第一話も出来てません。


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第六話 おっぱいがいっぱい

すまんね。またサブタイのセンスなくて。
まぁ今回はおっぱいの話です。
おっぱいは父ちゃんじゃなくて子供のもんなんやで、っていう内容です。
微妙に違いますが、そんな感じです。
でもおっぱい談義は後半以降です。


サリメルとシロフの夜伽には、物音で起きてしまったリーリエが途中から参加して乱交となった。

と言っても、リーリエは心に決めた男がいるのでサリメルとのみ肌を合わせるだけだ。

実のところ、サリメルとリーリエが肌を合わせるのはアルヌスに向かう旅の最中では毎夜のことで、特に珍しいことではない。

冬が来たファルマートの夜は非常に気温が下がるので、性的な意図を持たずとも肌を合わせて体温を保持しなければならないののだ。

ちなみにシロフは大陸の大きめの町で買った抱き枕で独り寝である。寝る時は酒精を呑んでから抱き枕と粗末な掛け布団に頼って寝てるのだ。

ただ、2人の女性を連れるようになってからはサリメルをサンドイッチするようにして毎夜寝ているが。

寝てる最中に方乳を触られたり揉まれたりすることもあるサリメルだが、普段の夜が寂しい男にはそれくらいさせても良いかな、ぐらいに思っている。

ちなみに、リーリエの乳に触ろうとすると彼女は怒るのでシロフは大人しくしている。彼にとって性欲を発散させる対象はサリメルのみだ。

ともかく、なんやかんやあって乱交に発展してしまった3人だが、目が冴えて寝れなくなったしまった彼等は酒盛りを始めたのである。

日本に棲む神々にも言われているが、特地の神々も酒好きが多い。酒精に強くないサリメルも多分に漏れず酒好きなので、彼女も勿論呑む。

今のリーリエはサリメルの元でミリッタの信徒になったが、信徒としての初仕事は済ませてあるので意中にない男に純潔を奪われることはない。

ミリッタの仕事をして純潔のままというのは可笑しく感じられるが、彼女の初仕事買った相手が男でなくても良いのだ。

男でなければならないという決まりは無いので、初仕事はサリメルが買い取った。

神官が買っちゃダメという決まりも無いのである。

そんなワケで様々な抜け道を使って勧誘に成功した神官と信徒は、今現在彼女達が乗らせてもらってる荷車の主と酒盛り中である。

狭い荷車に長時間座ってるのは中々疲れるので、サリメルとリーリエは御者をしているシロフと坂を越えた先の野原で夜の酒盛りに興じるのだ。

酒は晩酌を嗜む程度のサリメルだが、二人に乗せられて結構呑んでしまった。

リーリエを見ると、この娘も結構呑んでる筈なのに平然としている。

恐らく……というか絶対に山脈で呑み慣れている。

それでも、どうにか意識を保ち続けるサリメルは衣納に穴が空いていていることに気が付いた。

そこに仕舞っていた筈のフェトランが道端をころころと転がっているのだ。

ミリエムに返す分もあるのだ。紛失したら大変である。

何処か仕舞うのに都合の良い入れ物でも無いものかと思ったら、帝都から持ってきた丁度良い入れ物があるではないか。

サリメルは購入した全てのフェトランをそこに入れ、安心してから意識を手放したのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

「はて、どこやったかのぅ」

サリメルが荷車の隙間という隙間を、形のよい大きめな尻を突き出しながら探していた。

「エルフの姉さん、どうしたね?」

御者のシロフとリーリエが蠢く尻を見ながら問う。

「いや、フェトランが何処にも見当たらないんじゃ」

「悪所で購入された丸薬ですか? 何処かで使われたのでは?」

「そんな筈はない。ミリエムに返す分もあったしな」

「まさか、道の何処かで落としたのでは……?」

それもサリメルは否定する。

「何処かに仕舞った筈なんじゃ。妾にとっては大事なものじゃからな」

1粒2デナリなどという、悪所の娼婦にとっては結構お高い商品だがサリメルには2足3文程度の価格である。それでもサリメルがことのほか大事に扱うのは、フェトランの効能が彼女にとって都合の良いものだからだ。

効能を一足早く知りたい方は、外伝の第二部を読んで頂きたい。本屋で売ってるGATEの外伝1でも良い。

 

帝都から火威の魂を目印にして穿門法を使えば早いのだが、そうしないのはサリメルの知識不足が原因していた。

亜神というのは昇神から1000年を経過頃に真の神である正神へと陞神するという。

特地では1000年を経過しても未だに亜神であり続ける神もいるようなのだが、見習い期間がなかったサリメルは亜神各論という教学を経験してないせいでそのことを知らない。

だから肉の身を持ち続けられる期間があと900年程度しかないと思って、穿門法で今すぐに火威の近くに行けるのに帝都からアルヌスへ向かう景色を楽しんで来た。

要は亜神であるサリメルの知識不足から発生した旅なのだが、そのサリメルの視界に停まっている馬車と、そこに群がる男達、そして馬車の中から旅立つ魂を捉えた。

「こらぁ!ヌシらなにをなっておるかァー!」

驚くのは眷主が突然叫びだしたと思ったリーリエ、そして気前の良い乗客という目で見てるシロフだ。

「どうなさったのです?」

「シロフ、急げ! 賊が馬車を襲っておる!」

眷属の問いを無視して御者に叫ぶサリメル。エルフ由来の視力は昇神しても顕在である。

彼等には見えない距離でもサリメルには見えているのだ。これを聞いて事の重大性が(ようや)く判ったシロフが馬に鞭を入れる。

本当は怖くて仕方ないのだが、戦いの経験がある魔導士が2人の居る上に内1人は神だ。

「死ぬが良い! ブルァ!」

魔導の範囲に入るとサリメルが叫び、逃げる賊の1人を爆殺する。

普段と比べれば非常に情け容赦ない。シロフはこのスケベエルフに逆らわないことを心に決めた。

金髪の女は眠りの精霊を使役して残りの賊を眠りに誘い足を止める。

なぜエルフが必(ず)殺(す)魔法でヒト種の女が精霊魔法を使うのか。興味はあるが積み荷にあった縄で賊らを縛るサリメルには妙な恐ろしさを感じて聞けなかった。

「シロフ、この縄買い取るが良いか?」

「……えっ、そりゃもう、どうぞ」

使う前に聞いて欲しかった気もするが、損するものではないからサリメルに購入してもらう。

まれに使うこともあるシロフの私物で、売り物ではないから値段など決めてないのだが、シロフは旅商人であり買う相手がいるのだ。

だから買った値段の2割増しで売ることにした。

斯くして馬車を襲っていた盗賊を一網打尽(1人爆殺したが)にしたサリメルとリーリエは、襲われていた馬車が旅装していた旅馬車であることと、その中に夫婦と見られる男女の遺体を見つけた。

夫の方はヒト種だが、妻はワーウルフの女だ。そしてその遺体が庇うように女の乳児に覆いかぶさっているのを発見した。

リーリエは乗ってる人間がいれば逃げれるように馬車を外して精霊魔法を放っていたが、そのハーフウルフの子供は眠り続けている。

両親が殺害されるという事件が起きてるのに眠っていられるとは、普通の赤ん坊より遥かに神経が太いようだ。

しかし乳児である。既に帝国とアルヌスの国境地帯に入っているが、一刻も早く子供に与える栄養を確保しなければならない。

「すまんなシロフ、ここで別れじゃ」

そう言ってサリメルはハーディの神性を得た自らの髪の束を取りだした。

「えぇっ、ここでお別れって……」

言いかける彼の目の前で、サリメルが虚空にアルヌスへの門を開いた。聞いてはいたが、シロフがその目で穿門法を見るのは初めてである。

しかしイタリカをフォルマル家に代わって何処ぞの貴族が支配しているおかげで、アルヌス・イタリカ間の治安は良くない。現にこの夫婦だって子供を残して賊に殺害されてしまったのだ。

「待ってください。俺もアルヌスまで行きますよ!」

そこで傭兵でも雇わなければ、恐ろしくてとても他の町や村へ行けたものではない。

 

 

*  *                             *  *

 

 

 

その日の火威は日頃の習慣から予定よりもかなり早く起きてしまったが、2度寝したら今度は昼過ぎに起きてしまった。

穴と棒を使わないでも妻である栗林志乃とは夜伽が出来るのだし、昨夜放っておいた詫びに今夜は抱かせてもらおうと考える。

あの爆乳は家宝だ。下の方は困ったことになっているが、上の方は歳を取っても垂れないし弛まないだろう。

小さくて爆乳なんて反則である。チートと言っても良い。

だがそんなチート妻を火威は迎えるのだ。世間は嫉妬するだろう。

いや、世の男共は是非とも嫉妬しておいてくれッ。

そんな性格の悪さを発揮することを考えつつ、火威は街の食堂で遅めの昼飯を食べていた。

「先輩、どしたンす?」

声をかけて来たのは高校の後輩である出倉だ。

火威は起きてから彼と結婚して同居するダークエルフとハイエルフの混血児であるアリメルの元を訪れ、結婚祝いと出産祝いを兼ねた1シンク金貨を渡している。

レディの話聴き代としてせしめた一部だが、特地派遣隊が日本から切り離されてしまい、本来払われるべき出倉の給料が引き出せないので現金という洒落気のない祝儀が一番助かると考えたからだ。

折角なら祝儀袋にでも入れたかったが、富田とボーゼスの結婚式の時にPXのが完売したので剥き身の金貨である。

「まぁ、ちょっとな。日本に帰ってからのことを考えて……」

「あっ!」

突然声をあげる出倉、何かと思ってみれば……

「先程はシンク金貨を有難う御座います! 先輩も御結婚されたのにこちらからは何も贈らずで……」

どうも昼飯を食いにアリメルの元に帰ったらしい。アリメルは出倉と結婚するに当たって自炊で色々な料理を作れるようになったそうだから、火威も羨ましい限りだ。

栗林も自炊は出来るが、料理のバリエーションは限られる。

「ぐぎぎ……」

「どしたンす?」

「いや、なんでもない」

ただの火威の心の声である。

考えてみれば貧乳を気にしていたアリメルもダークエルフの女性の中での話であって、出産した今ではごく一般的概念で言う巨乳だ。

出倉は見事に特地に来た最初期に話していた巨乳ダークエルフと結婚し、子供まで設けたのだ。

これは、世の男共が羨ましがって良い。

火威はまさか自分がその犠牲者第1号になるとは思わなかったが、「まぁ、そういうこともあるよね」と諦感で幕を締めた。

坂の下の忍者屋敷に帰ると栗林は筋トレしていた。暇を持て余して筋トレ以外にすることがないのである。

先日言った通りに下半身を鍛えるようなスクワットは抜かし、ダンベルを小指に吊るしている。どうやらそうして握力を鍛えてるらしい。

以前は妻が強くなることに脅威を感じていたが、もはや一撃で殺られるレベルであって色々手遅れだ。ならば子供達家族を守る為に増々精進してもらいたい。

精進のし過ぎで神になられるのは困るが。

「あ、半蔵さん。おかえりなさい」

志乃が新婚夫婦の妻らしく可愛らしく微笑んで出迎える。この笑顔を見ると、やはり妻選びの選択肢は間違っていなかったと思う。冬場に半袖で首にタオルを巻くのは非常に季節違いな気がするが、今すぐにでもこの可愛らしい妻を抱きたいと思わせてくれる。

「ただいま。志乃さん、今から上に行ってエッチしない?」

この火威半蔵、変化球は苦手である。まだ陽の高い内から妻を閨に誘うのにも一直線であった。火威はそう言いながら、筋トレで暖まっている妻の肩を抱いた。

「えっ、ま、待って。まだ汗臭いから」

栗林も年頃の女性らしく、体臭に関しては敏感である。汗をかいた状態のまま夫に抱かれるとなると恥ずかしいらしい。

「俺は気にしないが……」

「私が気にするんです!」

まぁそうですよね…と、火威は妻が濡れタオルで汗を拭くのを待つことにした。

昼間から夫婦でもって閨に篭ることに反対はないようだ。飛火野の両親はそれで3人の子を作った。

「おぉ、昼間からお熱いのぅ」

その時、嫌でも聞き覚えのある声・喋り方が聞こえる。

もしやと思い、声のした方角を見れば……

「ゲェ! サリメル!?」

案の定と言えば、案の定過ぎた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「昼間からセクロスとは、我が眷属も好き者よのぅ」

妙な怒気を感じた火威は素直に聞く。

「サリさん、なにか怒ったます?」

「そりゃそうじゃ。妾が幾ら迫っても抱こうとしなかったものをシノは自ら抱こうとするのじゃからな」

「夫婦なんですから不思議は何もないんですが……」

火威と栗林が氷雪山脈後の任務後に休暇を取るのはサリメルも知ってるハズ。文句を言われる所以は何もないのだ。

「というかサリメルさん、凄い早く来ましたね。ロマの森で一息付けてから来るかと思いましたが」

栗林もサリメルは何時か来るものと予想していたようだ。火威同様ここまで早く来るとは思わなかったようだが。

「シノ、恐らくヌシのためじゃ。以前にハンゾーと夜伽したろ」

これを聞いて火威は戦慄を覚える。サリメルと火威が一心同体状態なら、ナニをナニに突っ込むナニがこの女に筒抜けである。

帝都でカトリの愛人とナニをしたのもバレてるのだと思ったのだ。

「えぇ、どうやら山脈の精霊が憑りついてるんじゃないかって火威さんは言ってますけど……」

「その通りじゃろう。プロテスは人間や動物の筋肉を好んで憑り付き、強化していくからな」

「どうすれば良いでしょうか?」

「プロテスの棲む場所を離れれば自然と消えていく。完全に消えるまで60日から80日かかるが……シノの場合はそうじゃな。 ………100日以上は覚悟せなばならぬかも知れん」

栗林に種付けするのは3ヶ月以上お預けになるようだ。しかしここで火威が口を開く。

「あー、サリさん。ここに来た用件てそれだけスか?」

「そんなワケないじゃろうー」

怒りは収まったようだが、他にも用事かあるらしいことをサリメルは仄めかす。

「セクロス! ……じゃなくてこのワーウルフの仔を見てみろ」

セクロスが口癖になっているなら難儀なことである。しかしサリメルの他にリーリエが居て、彼女は懐にワーウルフのようなヒトの子のような赤ん坊を抱いている。

恐らくヒトとワーウルフの混血児だが、一目すれば非常に可愛い生き物だ。犬の仔の動物的可愛さとヒトの赤ん坊に対する保護欲が掻き立てられる。

耳はピンと立った犬耳というか狼耳で、産毛に包まれて如何にも柔らかそうだ。

「こ、この生き物は……!」

リーリエと挨拶を交わし、彼女が抱いている子供の頭を撫でて産毛に包まれた狼耳の柔らかを堪能しようと手を回した。

その時、その赤ん坊が目を覚ますなり、この世の終わりが来たような大絶叫で泣き始めたのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

ここ最近の火威は若干であるものの、万能感に溺れていた節がある。

妻には頭は上がらないが、日本に帰還したら南の島県知事のヅラを魔導で以て白日の下に曝すテロすら計画していたのだ。

それどころか、やりようによっては世界征服すら出来るんじゃないかと考えていたほどだ。

だが世界の指導者を目標する前に、一人の幼女によって嫌と言う程の現実を教えられた。

人間(ヒト)は見た目が9割」

この言葉を使い始めたのは銀座世界の誰だったかは判らないが、火威半蔵は余り信じたくなかった。

現に特地で龍人出身の神とエロフ出身の神に見初められ、その想いは感じつつも自分の想い人である同僚で亜神か鬼神疑惑のある女と結婚が前提の同棲を始めたのだ。

だが、考えて見れば彼女達は他の女とは好みが違うし、見た目より実力を重視する合理的なところがある。

目が覚めた乳児は両親とは違う人間しか居ないことに驚いて泣いたのかも知れないが、明らかに火威の893顔を見て泣き始めた。

ヴィジュアルの問題であることを教えられたのだ。

そんなヴィジュアルの人間が世界征服などをして、人々は支持してくれるだろうか?

いや、見た目の話しかしないに違いない。

「もう駄目だぁ…。お終いだぁ……」

「なに今更ショック受けてるんですか」

隅で小さくなる火威を見て栗林が呆れたように言う。実際、旦那が今更過ぎる現実を知ったことに呆れているのだ。

サリメルはこの子供に飲ませる乳を求め、一気にアルヌスに来たのだという。

「シノ、ちょっと母乳を飲ませてやってくれぬか」

「まだ出ませんよ!」

子供を産まないと母乳は出ないのである。

「サリさんは出ないンすか?」

以前、ロマの森のニンジャ温泉郷の宿には温泉上がりの冷たい飲み物のメニューに「直飲み」というのあるのを火威は確認している。あれは変態エロフサリメルが風呂上がりの客に授乳するサービスではないかと思うのだ。

「妾は出せんよ。今は亜神じゃぞ」

するとあれは詐欺? 日本でいう景品表示法違反である。

「直飲みじゃろ? あれは畜乳を直飲みするメニューじゃ」

「無茶苦茶危険なヤツじゃねーか!」

食中毒で温泉郷の評判を落とすこと間違い無い。だが他人の心を読んだっぽいサリメルと火威の会話なので、余人には話が分からなかった。

「ならばミューはどうじゃ? あやつなら子を産んだこともあるし、出るのではないか?」

龍人とヒトのハリョである彼女はロゼナクランツの侵攻で子供と夫を亡くし、現在坂の下の忍者屋敷で同居している。

元はマリエスでメイドをやっていた彼女だが、今は忍者ハウスのお手伝いさん的な立場であり、またアルヌスの保育所の保母さんとして働いているのだ。

「あぁ、なら聞いてきます」

犬系亜人やワーウルフは葱の類を食べても中毒症状を起こさないのだから栄養価の問題はないのだろう。だがミューが子供を亡くした時、子供は児童と呼べる歳だったそうだから未だに母乳が出るのかは疑問だ。

実際、保育所でミューに聞いてみたところ「まだ出るか……」との回答を得た。それでも少しは出るらしく、保育所の屋内で彼女はハーフワーウルフの女児に授乳させることが出来たのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

以前アルヌスにワーウルフの妻がいる商人が出入りしていたことがある。木彫りの聖下像がPXに並んだのはその頃だ。

火威はアルヌスの国境地帯で襲われ殺害されたのはその夫婦かと思ったが、妻の毛の色は黒っぽかった。

だがリーリエが抱いていたハーフウルフの毛の色はハスキー犬のように黒と白が混ざっている。結局買えなかった聖下像だが、特地産の像を日本人に売るのが彼等の教唆あってのことだとすると他人だと思いたい。

やはり何らかの関わりがある人間が犠牲になると寝覚め悪いものである。

サリメルに捕縛された賊共はアルヌスの治安維持と神殿関係の仕事をしてるロゥリィに引き渡してから火威は坂の下に帰る。

先程、火威が抱くと直ぐに泣いてしまう混血ワーウルフの子は、妻である栗林志乃の豊満な胸に抱かれている。

母乳は出ないが、やはりおっぱいがある所が落ち着くらしい。男なら解る。

それはさて置きおっぱいの話だが、やはりミューは懸念通り余り母乳は出せなかった。

「どうします?」

子供は多く相応の経産婦も住んでるアルヌスだが、多くの子供はそれなりに成長しているので母親から母乳を貰うのは難しい。

また、女性も多く住んでいるのだが乳児や幼児が居る女性は多くない。

「乳児を育ててる女子はおらんか?」

サリメルの質問に、同僚の嫁さんが火威と栗林の脳理を過る。ただ火威が思うに、志乃から頭を下げようとは思わないだうなぁ……と、30cmほど下に頭がある妻を見た。

アレは明らかに志乃の横恋慕が原因だ。とはいえ何時かはこの遺恨を清算する必要があると考える。ちなみに火威は、ロゼナクランツの一件を片付けて帰還したその日の内に、同僚である富田から深く感謝されている。

「あぁ、そうだ。今は仕事中だと思うんですけど、ちょっと心当たりがありまして……」

おくるみで巻いた乳児の身体を冷やさないように注意しながら、門を作る為に確保された山頂付近にある自衛隊の作業区画に向かう。

「どこに向かうんですか?」

栗林の質問も最もである。栗林のようなWACもいるが、特地派遣隊…もとより自衛隊は基本的に男所帯だ。

すると火威はこう答えた。

「志乃さんも知ってるヒトの所だよ」

彼らが向かった先に居たのは、黒い長髪のWACだ。彼女は幹部自衛官として下位の者達から報告を受け、指示する立場にいた。

「ズ、ズットモー!!」

火威と栗林が面識のあるWACを見て、発作でも起こしたように叫び声を上げたのはサリメルだった。




893顔の主人公が人妻に母乳を要求したら事案発生ですが、その辺りは上手く書けませなんだ。
ちなみに賊に殺害された人と人狼妻はトラウト・ローレンツさんとは別人です。
生き残った賊が聖下によってハーディの下に送られたかは不明です。
アルヌスの牢屋でストレスで健康を害しましたが


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第7話 火威とサリメルの地球防衛軍

PS4で5がやりたいです。
それ以外は特に言うことねーぜ。
……って言ったけど、そろそろエロンダム進めないと。


その黒髪の長い女性自衛官は火威の知り合いであり、また、偵察隊に在籍していた経緯もあって栗林とも面識があった。

偵察隊の中では下級幹部の最上位だったが、帝国と講話が始まろうと言う時に資源調査隊に編入されるべく、火威と同格の幹部自衛官になったのである。

それが今では、特地の人間と暮らすようになり彼の子供を産んでいる一児の母だ。

「ず、ズットモ! 遂に産みおったんか!?」

その女性自衛官とサリメルは面識があったらしい。

ズットモという日本語(?)は「ずっと友達」を略した造語だろう。それだけに彼女達が浅からぬ仲であることが判る。

彼女がしていた仕事を教えてもらった火威が暫し代わり、彼女とサリメル達には屋内でハーフウルフの乳児に母乳をあげている。

「ハーフウルフの乳児って呼び方は無いよな」

あの娘の名前は何なのか、知る必要があるし、どうしても分からないなら何か名前を着けなければならない。

そう考えながら女性自衛官の仕事を続ける火威である。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「サリさん、どうしてあの人のこと知ってんの?」

ロゼナクランツから逃亡した後、ロゼナ潰しを手伝う人間を探して彷徨ってた時に会ったのかも知れない。

お互い、ちょっと似たようなキャラだ。戦争が終わる随分まえからズットモは落ち着いて別人のようになっている。

「ロゼナの連中から逃げ出してからな、大陸を彷徨って助力してくれる者をを探している時に見つけたんじゃよ」

大体思った通りだった。しかし「魔法が使える者」という制約があったので、ズットモとはそこまで同行していなかったようだ。

火威がサリメルと初めて会った時、彼女が同行してたのは何処ぞで拾ったか知れない馬車の男だ。

「そういやハンゾー」

ここで話題を変えるサリメル。

「どうして雪で門を作らなかったんじゃ?」

「サリさん、それ俺が聴きたい」

何れにせよメタい話になるので話を打ち切る。

「じゃあ妾が拵えてくれよう」

「あー、サリさん。好意は有り難いのですがレレイ師匠が言うに、ハマン効果ってあるでしょ。元々単一の鉱物を分けてそれぞれの門に着けるやつ。実際金剛石の片割れが日本に有るけど、もう1つの方は此方にあるからさ、それが無いと無理でしょ」

「こっちって、何処にあるんじゃ?」

それをこのエロフに話して良いのか? 大いに心配の種である。

「まぁそれは個人の所有物なんで、そのヒトが良いってんなら良いんですけど……」

するとサリメルは言う。

「まぁハマン効果だけではないから良いがな」

「まじスか?」

「妾のニホン愛を今ここに見せてくれようぞ!」

「いやちょっと待って!」

そんなものを今見せられても困る。そもそも部屋の中だし、門を固定する装置は今建設中だ。

「ハンゾー……お主の目は節穴か?」

サリメルに節穴とか言われると酷く侮辱された気分になる。

「見てみろ。あの山々を」

言われて見た先には降雪を確認できる、氷雪山脈とは違った山々があった。

「あの、私用で隊の車は借りれないんですが」

「なん……じゃと」

彼女にはイレギュラーなことだったようだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

仕方無いのでサリメルは自分自身に物体浮遊の魔法をかけ、一人でアルヌスから見える雪山まで行くことにしたのである。

レレイは生体にこの魔法を使うことが危険だと言っていた。

火威自身、氷雪山脈で雪竜にこの魔法を使い、壁に叩き付けて殺してしまっている。

火威が飛べたのは兜跋という鎧兜に魔法を掛けて、それを浮かしていただけである。

しかし流石はサリメル。上空の気温が低くて堪えるようだが、浮かび上がって(さなが)ら天女のようだ。

あんなエロい天女が居たら修行僧に魔物として退治されそうだが、Mっ気もあるサリメルにはご褒美にしかならないかも知れない。

外に居ても寒いだけなので、火威は我が坂の下の火威城に戻る。

ハマン効果なしでサリメルはどうやって日本への門を開こうとしているのか? まさか情念めいたもので開こうとても言うのか。以前にマリエルで倒れた火威の近くまで門を開いたことがあったか、似たようなことでもしようと言うのか。

というか、サリメルが昔行ったというニホンはニホンと言う名の別の場所であって火威達が来た日本ではない。

大丈夫なのか? あの眷主は。

家の中で待ってると、10分後にはサリメルが戻って来た。

「ハンゾー! 建ててきたぞ! これでニホン行けるぞー!」

すると火威は声をくぐもらせて、サリメルにのみ聞こえるように言う。

「サリさん、声がデカいです。あとこの事はくれぐれも外部に漏れないように」

「何故じゃ? 一刻も早くジエイタイに知らせなければならないのではないか?」

サリメルも声をくぐもらせるが、それはこの女が火威を真似たからだ。そういう状況なのだと気付いたからである。

「何者の仕業かは分かりませんが、門の建設を妨害している輩がいる可能性があるからです。イタリカの政変で大理石の運賃が高くなったのも、恐らくその可能性からかと」

「なんと。ケシカランな。妾の日本行きを阻もうとするとは」

そんな輩が居れば、日本と再開通するのを妨害するのが目的であってサリメルの希望は別にどうでも良い。しかしサリメルは道行く障害は排除して生きて来た性格であることが明確に理解できた。

 

 

*  *                             *  *

 

サリメルは火威の手を引き、子供のようにはしゃぎ引っ張る。

「門までの門はこっちにある。その先のニホンは先ずは余人を交えず妾と堪能しようぞ」

同一世界内のゲートは幾つでも作れるのを良い事に、サリメルは遠くの山までの門を雪で拵え、その先でニホンに通じるゲートを作っていた。サリメルは一応神だが、銀座世界や特地世界の人間にも負けない欲望の塊である。

まさか、その境地に至ったことで昇神したのか? 特地の神様はそんな基準で選んで良いのか?

まぁ「ちょっとお前、物事を知らな過ぎるから世間見てこい」って感覚で亜神を選んじゃう正神もいるのだ。サリメルは何人も子供の命を助け、職を持たせるまでに育てている。アリっちゃアリなんじゃなかろうか?

口を開かなければ胸も大きいし芸術品のような美しさだし。(無論ゲイ術に非ず)

さて置き、異世界の境であるゲートを隊には内緒で潜り抜けた火威とサリメルである。ここが火威達が来た日本なら、アルヌスで門の再建に精力を注いでるレレイや皆には悪いが陸将に報告すれば良い。

とはいえ、違う可能性の方が高いので火威はあまり気に負ってなかった。案の定、火威達が潜り抜けて出た先は銀座でもなければ東京ではない。焼け野原だ。

「はて? これはどうしたことじゃ?」

「ってかサリさん逃げれェ!」

何かと思えば2人に何かの飛行物体が急降下し、幾つかの光弾をとして去る。

「なんじゃありゃぁ!?」

驚きつつもサリメルは魔法を用いて2人の身体を大きく飛び退かせた。

「ちょっ。ちょ危ねぇ…! 今の何回もやられると吐くわ」

サリメルの魔法を食らうと腸を締め上げられるような感覚に襲われる。何回もやられたら敵わない。

「っていうかサリさん。今の状況を確認しないと。このまま門を開けてる訳にはいかんし」

特地にはまた自由に門を開けるというので、まず門を閉めてさせてから周囲の様子を見る。銀座世界のような人工物はあるが、生物は見られない。

途方に暮れるしかなかった火威とサリメルだが、その2人に声が掛けられた。しかも日本語だ。

見れば、地下鉄(?)の入り口から男が手招きしている。

「あんたら。今の時間に外に出て殺されたいのか!?」

「おや、オタクは?」

「そんなこと良いからこっちに来い。死にたくなければだがな」

煤けた背中のナイスミドルがそういうので、火威とサリメルは彼に招かれて行った。

 

 

*  *                            *  *

 

ナイスミドルが言うには、はやりここはニホンらしい。

しかし兼六という聞いた事の無い年号である。その前が祇園。その前が川反。その前が歌舞伎。観光名所か歓楽街が年号なのか……。サリメルが開いてしまったのは明らかに別のニホンへのゲートである。

というか歌舞伎町とか筆記用具で書くのが面倒そうである。どういうニホンなのかここは?

とかく、今の世界は宇宙から飛来したUFOめいた存在に侵略されてるらしい。

相手に対話は通じつ、各国の軍隊は一方的に撃滅されたそうだ。今は各国のレジスタンスが抗戦している。

「なんじゃその設定」

「設定とか言うなよ?」

多分、ナイスミドルも同じ事を思っただろう。

なんやかんや有ったが、まぁ同じ日本と言う縁で火威はナイスミドルに加勢することにした。

それから何やかんや魔法を全力で用いてUFOっぽいやつを破壊してたら大型液晶テレビっぽい母船っぽい奴が現れた。角が生えて赤いヤツとか青いヤツを落としまくったから中ボスっぽいのが出て来たのだろう。

液晶テレビっぽい部分からシンゴジっぽい巨大生物を出してきたので、氷雪山脈みたいに一緒に溶けてもらった。

スペゴジだと難しいかも知れないが、在来線爆弾で死ぬようなヤツなら楽勝である。

昔のアメゴジと初代なら素手でも殺れる。新しいヤツは特にデカいという評判を聞いたことがあるが、見た事が無いので分からない。

「うおっ! こいつは……」

突然呻くナイスミドル。彼が装備している武装はUFOっぽいヤツの破片をバラしてサリメルが拵えた武器だ。防具から遠距離武器まで作っている。

「どしたンす?」

「スゲェ放射線量だ!」

「マジで!?」

三人は壊れたUFOっぽいやつの上に(中では無い)乗って、物体浮遊の魔法で放射線が届かない地下鉄構内に逃げたのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

地下鉄構内は色々まぁ政府が生きて来た時に改造され、基地のようになっていた。まあ基地で良い。基地である。

「君の働きで周辺一帯の敵は掃討された」

髭のそれっぽいオッサンが出て来て言う。

「君もニホン人だと言うが、それが魔法を使うのは信じがたい。だがその事実が日本を救いつつあるのは紛れもないことだ」

今日は無茶苦茶働いている火威だが、氷雪山脈の時程ではない。

「あの、それで敵の親玉は?」

「太平洋上空にある球体のUFOがそうだ。君達の御蔭でレーダーや長距離望遠レンズも回復したから、ここからでも見れる」

「すいません。ここニホンの何処ですか?」

「長野県だ」

海無し県から海が見えるとは、どんだけ望遠してるんだよと聞きたい。まぁナガノ県であって火威が知る長野とは違うかも知れないが。それにタイヘイヨウが日本とアメリカを隔てる広大な海とは言い切れない。

火威は電機で画面が映る世界地図のパネルを見る。するとニホンの形は日本と同じで、タイヘイヨウも紛れもなく太平洋であることが解る。

「あの赤く点滅してるのが敵ですか」

「そうだ」

敵の技術を利用しているが、味方の拠点まで表示されるようにすると敵にまでそれを知られてしまうという。

情報ダダ漏れとは厄介な話だ。

「そんじゃ太平洋の真ん中にある一番大きい赤い点が敵の母船ですね」

「そういうことになるな」

「じゃあこれからブッ潰して来ます」

「ま、待て! これから行く気か!?」

火威を止める髭の司令官(であろう)オッサン。

「無断外泊すると拙いんですよ!」

シンゴジよりもスペゴジやアメゴジ、それに死星めいた敵のオカンシップよりも恐ろしいのは栗林だ。いくら休暇中とは言え、午前様が続くと拙い。

まぁ多分、サリメルに装備を作って貰ったが太平洋の真ん中まで行って帰るのだ。今日も午前様である。

しかし異なる世界で進む時間が違うという。「精々2~30分くらいだと良いなぁ」という希望的観測を胸に火威は東の空に出た。

まぁ1日のつもりが3~4日経ってる可能性もあるのだが、これはもう幸運に頼るしかない。

 

 

*  *                            *  *

 

前略

中略

最後の方から行き成り始めるが、デス・スターめいたオカン星からきたオカン船は数発の雷球攻撃で半壊していた。

今更白旗を出して地球(?)式に降伏しているが、今更降参して話し合おうっていう根性が甘いのである。

「やったからにゃ責任は取らんとなァ!?」

ここまでの大暴れは氷雪山脈でもできなかった。自分の精霊魔法に自分や味方を巻き込みそうなことがあったが、敵も存分に策を弄してくれた。

だがこの場に味方は居ない。火威一人が暴れて、目に付く者を斃して良いのだ。

敢えて言おう。ドアノッカー……もといリトルグレイがゴミのようだと。

異界からの訪問者という意味では火威もサリメルもドアノッカーだが、ニホンに十二分に縁のある者達だし火威に至っては産まれも育ちも日本だ。

そんな感じに火威とサリメルは、異世界の日本とは違うのニホンがある世界を1日足らずで救ってしまった。

相手の戦力が纏まり過ぎだったのである。

帰還直前にナイスミドルや司令官めいたオッサン以下、技術者の方々から火威の力の出しようを分析された。

 

話しの時系列は少し前に戻るが、この情報から新たな兵器を作り、残った細い連中の他、後続軍が来た場合はそれで戦うらしい。

「異なる世界から来たお前らに我が国を……いや、それだけでなく世界まで救われるとはな」

まぁサリメルを見れば誰だってそう思う。火威だって最初はただのエロフとしか思わなかった。

「同じニホン人じゃからな。これも何かの縁じゃ」

そう言ってサリメルはナイスミドルとシェイクハンズ。このエロフ、住所はエルベ藩国の人間、というか神のはずだが……。

「あー、すいません。少しおねだりして良いですかね?」

「なんじゃ? シノが居ない所で妾としっぽり濡れ合いたいのか?」

エロフには聞いて無い。

「ひとつ、ガイガーカウンターを頂戴したいんですけど」

氷雪山脈で巨大雷球を地面に叩き付けた。絶対放射線量が高いと思う。

なら、アロンら新マリエスの人間に移住を喚起しなければならない。

「あぁ、そういうことなら何個でも持って行ってくれよ。あんた英雄だし」

そんなに有っても意味ないのだが、念の為2つもらうことにした。アルヌス駐屯地の倉庫を探せば同じものがあると思うが、こっちで貰えるなら有難い。

「それと、その装甲付きスケルトンフレームは君達の物だ」

そりゃまぁサリメルの自作だしそうだろう。聞けばスケルトンフレームという3mの巨人型外骨格は、軍需とは何の関係もないベンチャー会社が開発していたのだという。

 

「じゃあ良い加減終わりだなァ! 死にさらせぇー!」

精霊魔法で大量の海水でデス星めいた母船を包み、そこを更に雷球で包んで水蒸気爆発を起こさせる。

目標を化学的実験の応用で完全粉砕する凶悪な必殺技である。火威の気力が持つ限り何度でも使用可能だ。

バラバラになった……というか影一つ残さずに死滅した敵に背を向け、火威は急いでニホンの基地へと帰還した。

 

 

*  *                               *  *

 

「じゃあ敵の親玉潰したあので帰ります」

帰るなり火威が言ったことはそういうことだ。だが同じような外敵が何時再び地球を襲って来るかも分からない。

サリメルは火威が出ている時に色々生体データを観測され、理論上こちらの人間も道具を使えば精霊魔法のようなものが使えるようになったらしいのだが、火威はと言うと口の中を綿棒で掻き回された。

細胞を取られたようだが、火威家の男は20代の半ばには薄毛になり禿に進化する呪われた血筋なので、クローンとかは作らないで貰いたい。

そしていよいよ特地に戻る時がやってきた。

「サリさん、アロンの所にお願いします」

「何故じゃ?」

「俺やサリさんは大丈夫ですえど、放射線って生物に物凄く悪い影響があるのでマリエスが心配なんです。ちょっと見て来て、もし悪いなら心苦しいけど引っ越してもらわないと」

なので、サリメルはアロンの元までゲートを開くことにしたのである。

サリメルはPONっとスケルトンフレームが通れる大き目の門を開いた。

「って、ヒオドシ殿にサリメル様!?」

3mの巨人に対しては特段感想も意見も無いらしい。また日の本の国で作った凄いモン持ってきやがったくらいに考えているのだろう。

「ちょっとロゼナクランツ討伐した時に悪い影響が出た可能性があるでな」

サリメルが説明する間にも、火威は新たな外骨格に魔法を掛けてそこら中をガイガーカウンターで調べる。

本来なら自然界に存在しない放射線だが、少なからず放射線量は特定された。しかし一番放射線量が高い場所でも人体に影響を与える程ではない。

火威もサリメルも知らぬことだが、筋肉の精霊プロテスは放射能の天敵と言って良い。それは放射能が生物の体に良からぬ影響を及ぼすからであって、精霊事態に意思があるかは分からぬがプロテスが放射能を親の仇の如く見ているからだ。

しかも、隊の中では栗林に次いで筋肉を鍛えた火威が飛び回るのだからプロテスは活性される。1万年以上の半減期が長かった放射線物質も、瞬く間にぶち殺された、というか消された。

「うーし、戻りました」

新マリエスで真っ先に火威を迎えたのはサリメルだった。

「どうじゃった?」

「あるにはあるけど生物に影響がある量ではないですね」

火威としてはハルマや町の女性達に出迎えて欲しかった。彼女達も程々に筋肉があって魅力的である。そんな感じにマリエスの住民も氷雪山脈に住んでたせいで程よい筋肉があるので、町の中の放射線量は限りなく0に近い。

「それとなハンゾー」

「なンす?」

「時の流れが違うのだろうが日本じゃないニホンに行ってからまだ一時も経ってないぞ」

「マジすか!」

ニホンには午後の最初頃に行ったが、急いで帰れば午前様にならずにアルヌスに帰れるかも知れない。

「じゃあちょっと急いでアルヌス帰ります!」

「いやちょ……」

サリメルが何か言いかけたが、それも聞かずに火威はアルヌスへと急ぐ。

再び魔法で空を飛べると思わなかったから、このスケルトンフレームという外骨格を作り上げてくれたサリメルには感謝しよう。

今の火威には妻が居るから彼女の願いを叶えてやることは出来ないが、スキンシップ程度なら志乃も赦してくれるんじゃなかろうか?

彼女の眷属になってなければ死んでた身なのだし、サリメルとお願いしてみようか……

そんなことを考えながら帰った夜の忍者屋敷には既にサリメルの姿があった。

「アイエー! ナンデ!? サリメルナンデ!」

眷属の魂の在り処を感じないと忍者屋敷までは来れない筈である。

「慌てん坊のハンゾーよ。良く聴け」

サリメルはロゥリィやジゼル等、巨大な魂魄の存在を見つけてアルヌスに来たのである。そもそも、アルヌスにはリーリエという眷属も居るのだ。

「プー、クスクスクスクス」

思いっきり笑われた火威は、やっぱり志乃にサリメルの件をお願いするのを止めたのである。




乗り物じゃないですけど、スケルトンフレームって存在自体は実際にあるようですね。
作中に出てるスケルトンフレームっぽいものも高専ロボコンに出てた人が実際に「スケルトニクス」という名前で実際にあります。
今回は魔法とか色々使って思いっきり戦闘用に改造してましたけど。


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