“夜叉姫”斑鳩 (マルル)
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修行編(オリジナル)
第一話 剣に魅せられた少女


 鳳仙花村。

 

 

 ここは東洋建築の立ち並ぶ、フィオーレ王国の観光名所のひとつである。数多くの旅館が立ち並び、辺りには活気が満ちている。

 この村にある時、一人の女の子が生まれた。

 彼女は特別だった。赤子にしてすでに自我を持っていたのだ。何故なら、彼女には前世の記憶があった。それも別の世界の記憶である。彼女は前世では漫画として読まれていた作品の世界に転生したのだ。

 だが、記憶は薄れるもの。記憶は時が経つにつれて消えていく。事実、転生して八年が経つ今、彼女に前世の記憶はほとんどないと言っていい。今の自分を自分として受け入れた。精神も大人びているとは言われるものの、年齢相応になっていると言っていいだろう。

 あるのはこの世界で自分に関係するかも知れない原作知識の一部だけ。それも自分から関わらない限り関係のない話だと思っていた。自らを特別なんて思ったことはない。生まれた村で育ち、働き、死んでいくだけだと思っていた。

 

 

 

 そう──。

 

 

 

 目の前に広がる光景を見るまでは──。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「野郎共、ありったけの金を盗め。目撃者は生かすんじゃねーぞ!」

 

 深夜の旅館に、似つかわしくない下品な賊の怒声が響く。普段ならば観光名所として栄える旅館が今ではまるで地獄のような様相を呈していた。障子戸が血に染まり、畳は剥がれて散乱している。荒れ果てた庭には、逃げようとしたのであろう宿泊客や従業員の亡骸が転がっていた。

 

「評議院に睨まれちまったオレたちには後がねえ!  どんなことをしてでも金を集めろ!」

 

 賊の声からは焦りの感情が読み取れる。これほど大胆な犯行に及んだのは、それほどに追い詰められていたからに他ならない。

 そんな賊の声を、押し入れの中から聞いている一人の少女がいた。この旅館の女将の娘で、幼いながらも住み込みで簡単な手伝いをしていた少女であった。

 

「────っ」

 

 体を震わせ、涙を流しながらも必死に叫びそうになる気持ちを押し止める。

 助けは期待できない。山中の露天風呂が売りのこの旅館は村の外れに存在している。きっと朝になるまでこの異常に気づかれまい。賊もそれを見越していたのだろう。

 

「お父さん、お母さん……」

 

 見つかってしまえば命はない。極限の状況の中、重圧に精神が悲鳴を上げる。

 我慢しきれずに口から漏れ出たのは今生での両親を呼ぶ声であった。両親は混乱する状況の中、娘を押し入れに隠して部屋から去った。きっと、娘が助かる可能性が少しでも高くなるように、賊の注意を引きつけに行ったのだろう。生存は絶望的だった。

 

「なんだあ、声がしたなぁ」

 

 瞬間、彼女は背筋を凍らせる。息を殺すのに必死で気づかなかったが、いつの間にかこの部屋にも賊が到達したようである。

 

「こっちのほうから聞こえたなぁ」

 

 獲物を見つけた喜びか、賊の声は幾分か喜悦を含んでいるように感じられた。足音が近づいてくる。とっさに押し入れの中にしまってあった布団の中に潜り込む。

 

「ここかぁ!」

 

 同時に、押し入れの戸が乱雑に開かれた。

 緊張は極限まで高まり、もはや息をすることもままならない。少女に許されたのは、ただ身を縮めて祈ることだけ。

 故に、

 

「なんだ、気のせいかよ」

 

 賊の呟きを聞いたとき、心の底から安堵して息をついた。

 

 

 ──その瞬間。

 

 

「なぁんてなあ!!」

 

 潜り込んでいた布団ごと、少女は押し入れの外へと投げ出される。

 一息ついた瞬間の出来事だったために、思考が真っ白になり呆然としてしまった。賊が少女を捕まえるのには十分な隙である。

 

「へえ、こりゃ将来有望そうなガキだな。だが残念なことに全員殺せって言われてるんだわ。もったいねーよなぁ……」

 

 賊は少女を床に押さえつけると、その容姿を見て残念そうに呟いた。その姿を見上げながら少女は自分の死を悟る。体中の力が抜け、抵抗することすらできなかった。

 脳内を走馬灯が駆けめぐる。走馬灯はどんどん過去へと遡っていった。

 

 

 ──旅館の手伝いを始めたとき。

 

 

 ──始めて立ち上がることができたとき。

 

 

 ──ようやく言葉を発することができたとき。

 

 

 ──始めて両親に誉めてもらったとき。

 

 

 そして、

 

 

 

 ──前世で自分が死んだとき。

 

 

 

「──ッ!」

 

 

 ──こんな終わりは嫌だ! 

 

 

 先ほどまでとは比べ物にならない恐怖が押し寄せる。気づけば少女は身をよじり、賊の手から逃げ出していた。

 一度大人しくなった少女がまさか抵抗してくるとは思わず、賊は重心を狂わせてよろめいた。

 その隙に少女は逃げ去っていく。

 

「待てコラ!」

 

 年端もいかぬ少女に逃げられたことでプライドを傷つけられたのか、男は先ほどまでの余裕を投げ捨て、鬼の形相で追いかける。

 少女は必死で駆けるが、所詮は八歳児の体力。逃げ切ることなど始めから不可能だった。

 少女は賊に後ろから蹴飛ばされ、廊下を無様に転がった。痛みに喘いでいると、賊に首根っこを捕まれて猫のように持ち上げられた。

 

「たく、要らねえ手間かけさせや、がっ、て……?」

 

 ここで男は異変に気づく。

 いつの間にか、辺りが静寂に包まれている。つい先程まで怒声と悲鳴がひしめき合っていたというのに。加えて、少女を追いかけている間、誰ともすれ違っていない。

 

「まだ仲間がいたのか」

 

 突如、背後から低い男の声がした。彼の仲間ではない、知らない声だ。

 

「誰だ!」

 

 賊は掴んでいた少女を放り投げ、声の主から距離をとるように飛び退いた。

 そうした賊の目に映り込んだのは旅館の浴衣を身に纏う、厳つい壮年の男であった。右手に握られた血の滴る刀を見て、賊の額から冷や汗が流れ落ちる。

 

「てめえ、まさか……」

「ああ、残っているのはお前だけだ。運がなかったな」

 

 言外に賊を全滅させたと、男は事も無げに告げた。睨むだけで人を殺せそうな鋭い目には何の感情ものせていない。

 賊は恐怖した。勝てるはずがない。どうすれば生き残れるか、かつてないほどに回転する思考と裏腹に、選んだ答えはただ単純なもの。

 

「空間魔法、空間隔離!」

 

 己の武器、魔法による足止めだった。

 賊が魔法を唱えると、男の周囲に透明な膜が出現する。いや、実際はそう見えるだけで膜は断絶した空間の境目だ。勝てないならと、ありったけの魔力を足止めに使ったのである。

 

「てめえはしばらくそこから出られねえ。その間に逃げさせてもらうぜ。おっと、お嬢ちゃんだけでも始末しなきゃな」

 

 急変した事態に頭が追い付かず、その光景をぼうっと眺めていた少女に再度矛先が向いた。

 男を殺せない以上遅いかもしれないが、極力目撃者は減らしたい。賊の魔の手が迫り、小さな命を散らそうとしたその瞬間。

 

「──無月流、夜叉閃空」

 

 男の剣が煌めいた。斬撃は空間の膜を切り裂くに留まらず、そのまま両者の間にある距離を飛び越えて賊を切り裂いた。

 

「馬鹿な!? 断絶した空間に閉じ込めたはず! 何故出てこられる!??」

「無論、空間ごと切り裂いただけのこと。無月流に斬れないものなど存在しない」

「く、そ……」

「…………」

 

 その言葉を最後に、賊は廊下の床に倒れ伏す。それを無感動に見送ると、男は少女に歩み寄る。

 

「憐れな子だ。両親も死に、これからは生きづらかろう。死にたいのなら介錯ぐらいはしてやるぞ」

 

 可哀想だから殺してやると、男は真っ当に生きるものであればかけないであろう言葉を平然と放つ。

 男もまた善人ではない。むしろ今殺した賊よりも質の悪い殺人鬼、それが彼だった。今回もたまたま襲われたから反撃しただけにすぎない。

 男が言っていたように賊たちは運がなかった。少女を助けてしまったのもただの気紛れ。

 だから、刀を少女に向け、望む結末を与えようと言葉を待つ。そして、返ってきたことばは予想だにしないものだった。

 

「……きれい」

「なんだと?」

 

 男は目を見開いた。いったい何が心に響いたのか、無感情だった瞳が嘘のように揺れている。

 そんな男に少女はさらに言葉をかける。

 

「とてもきれい。今までに見てきた何よりも……」

「……気が変わった。名前はなんという」

 

 まるで奇妙なものでも見るように少女を見下ろす男は、刀の血を拭い取り、腰に差した鞘へと刃を納めた。薄い桃色の髪に、両目についた泣きボクロ。八歳にしてほんの少しの色気を感じさせる少女の名前は──、

 

「斑鳩。うちの名前は斑鳩です」

 

 この出会いこそ少女の、──斑鳩の物語の始まり。

 何の変哲もない人生は急変し、物語の渦へと取り込まれていくこととなるのだった。

 

 




斑鳩の原作スペック
・エルザも見切れない剣閃
・空間を越える斬撃
・耐火のはずの炎帝の鎧を迦桜羅炎で粉砕
・エルザの切り札の一つの煉獄の鎧を切り刻む
普通にバラム同盟の奴らクラスじゃないだろうか


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第二話 無月流

しばらく独自の過去話が続きます。
原作突入はまだ先かな?


 旅館での騒動から一ヶ月の時間が経過した。

 

「はぁ……、私は一体何をやっているのだ」

 

 黒を基調とした和服に身を包み、腰に刀を差した壮年の男、──修羅は重いため息をつく。

 今までの人生は決して薄いものではなく、多くの経験をしてきたと自負している。それなのに、

 

「師匠! うちにどうか無月流をお教えください! どす!」

 

 修羅は目を輝かせて訴えかけてくる少女、斑鳩を前に痛む頭を抱え込んだ。

 斑鳩は先月滞在した旅館の女将の娘だ。賊に襲われたところを助けた形となり、ある一言をきっかけに興味を持って引き取ったのである。

 

「……何度も言っている。無月流はお前のような小娘に教えるようなものではない」

「あぁ、いけまへん。そんな差別をしては。女の子でも剣は振れます、どす」

 

 斑鳩は不自然な語尾をつけて喋りながら、およよと着物の袖で目元をぬぐう。

 修羅のもとへ連れてこられた当初こそ大人しいものだったが、一週間ほどで吹っ切ったのか剣の教えを請いに来るようになった。

 斑鳩を引き取りはしたものの修羅に剣を教えるつもりはなく、断り続けているのだが一向に諦める様子がない。手を替え品を替えて教えを請いに来る斑鳩は次第に暴走しだし、寝床に入って「こういうのがお望みなら早く言えばよろしかったのに」などと言い出したときはついゲンコツを落としてしまった。

 それでもめげずに教えを請いに来るのはたいしたものだ。

 

「何がお前をそこまで剣の道に駆り立てるのだ。親の仇なら私が全て討ってしまった。お前の敵などどこにもいまい」

「それは師匠の剣がとてもきれいだったから。あの剣に心を奪われました。だから師匠に教えを請いたい、どす」

「……私の剣が綺麗であるものか。状況が状況だ。気のせいだろう」

「そんなことはありません!」

「もうよい!!」

 

 突如叫んだ修羅に斑鳩は身を竦ませるが、その程度で引き下がる斑鳩ではない。

 このようなやり取りは何度も繰り返してきた。決まって剣を褒めると怒り出すのである。

 

「なんで師匠は剣をほめられたくない、どすか?」

「お前には関係のないことだ……」

「師匠!」

 

 修羅は斑鳩の呼びかけを無視し、ばつが悪そうな顔で部屋から出ていこうとする。二人がいたのは修羅の部屋なので出ていくのはおかしいのだが、少しでも早く斑鳩から離れたかったのだ。

 修羅は扉に手をかけたところで、ふと、かねてより気になっていたことを指摘してやることにした。

 

「斑鳩よ、馴れていないのなら訛りなど使うな。滑稽なだけで聞いていて痛々しい」

 

 斑鳩が生まれ育った宿で使われていた訛り。前世で言えば京言葉のようなものは色気を感じさせると評判だったが、斑鳩は前世が邪魔をして中々身につかなかった。

 

「な、ななな──っ」

 

 斑鳩は修羅の指摘に顔を赤くする。少しでも修羅に気に入ってもらおうという涙ぐましい努力を痛々しいなどと言われたのだ。しかも、三週間ほど経って何も指摘されないので、「意外と上手く使えているのでは?」と自信がついてきたタイミングで。

 扉が音を立てて閉められると同時、斑鳩は胸中の怒りと羞恥を吐き出すように絶叫した。

 

「し、師匠のバカァ! もっと早く言えェェェ!」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「あぁもう! 信じられない。三週間一緒にいてようやく指摘ってどういうこと!?」

 

 斑鳩は真っ赤な顔で悶えていた。これまでの修羅との会話を思い出し、今まで内心で痛々しい奴と思われていたと考えると羞恥で死にたくなる。

 しばらくして感情が落ち着いてくると、溜息をひとつついて気持ちを切り替えた。

 

「しかし揺るがないなぁ。どうしたら剣を教えてくれるんでしょう……」

 

 修羅に剣を習おうと決意し、教えを請うこと三週間。全く教えてくれる気配がない。試行錯誤を重ね、趣向を変えては頼みに行くが教えないの一点張り。唯一違った反応を見せたのは色仕掛けだが、二度とやるつもりはない。流石にあのゲンコツは二度とくらいたくない。

 

「よし! なら次は才能を示すしかないですねぇ」

 

 斑鳩はいい考えが浮かんだとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 修羅の家は人里離れた山奥に存在する。家というよりは小屋と言った方が正しいようなその建物の周囲は草木が切り払われ、ちょっとしたスペースが出来ていた。

 

「ふん! ふん! ふん!」

 

 そこで斑鳩は拾ってきた木の枝を剣のようにして振っていた。しばらく木の枝を振っていると、呆れた顔の修羅がやって来た。

 

「あらぁ、お師匠はんやないどすか。どうしはったん?」

「お前、その訛りは……」

「うちの訛りがどうかなさりました? 元々こういう言葉遣いなんどすが」

「いや、お前が良いのなら良いんだが……」

 

 斑鳩はどうやらむきになり、この訛りを貫き通すことにしたらしい。とはいえ修羅に一切の不利益はないので、無理に止めさせることもないかと口を閉じた。

 

「それで、お前は一体何をしている」

「いやぁ、お師匠はんが剣を教えたくてうずうずしてしまうほどの才能を見せつけようかと思いまして」

「一度も剣を振ったこともないくせに、私にどう判断しろというのだ」

「それはほら、なんかこう、センスみたいなのを感じたりしませんか?」

「子供のチャンバラから感じるものなどあるものか」

「あはははは……」

 

 修羅の言葉に、今さら無理があったと悟ったのか斑鳩はとたんに目を泳がせる。薄々思っていたのだが、この娘は少々頭が弱いようだ。一瞬遠い目になる修羅だったが、すぐさま気を取り直して斑鳩を見つめた。

 斑鳩に話しかけたのはバカな真似をやめさせるためではない。本題に入ろうと修羅が気を引き締める。斑鳩も雰囲気の変化を感じ取って不思議そうに首を傾げた。

 

「斑鳩、改めて聞くがお前はなぜ剣を求める」

「とてもきれいだったからどす」

「……まあいい。それでお前は剣をもって何を為す」

「お師匠はんがうちにしてくれたように、悪を倒して多くの人の希望になりたいからです」

「ふん、希望か。それで、なぜこうも私に、無月流にこだわるのだ。三週間も断られたならば、ここを出て行き他の師にならおうと思わんのか」

「うちに希望をくれた剣は師匠の振るう無月流どす。うちは無月流で人を救いたいんどす!」

「ククク、アッハッハッハ!」

 

 斑鳩の返答に嘲りを含んだ哄笑を放つ修羅。その反応はさすがに腹に据えかねた斑鳩であったが、彼女が声を上げるよりも早く修羅が言葉を続けた。

 

「希望だと? 救うだと? やはりお前は何もわかっていない。いいだろう、これから無月流がどういう流派か教えてやろう。それでも尚、習う気があるのなら教えてやる」

「望むところどす」

 

 斑鳩の返答に満足したのか、修羅は一つ頷くと無月流について語り始めた。

 

「無月流とは──」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 その昔、遥か東方の島国に一人の剣士がいた。男は才能に溢れ、傲ることなく鍛練を続けた。男は最強の称号が欲しかった。特に理由などはない。ただ欲しい。男に生まれたからには最強を目指さなくてなんとする、と。

 男は善も悪も関係なく、強さを求めて剣を振るう。気づけば周囲に敵はなく、さらなる強さを求め、故郷を捨てて大陸へ渡った。そこは未知でいっぱいだった。あらゆる魔法、あらゆる武術、十人十色の戦闘法。多くと戦い、多くを殺し、多くを学んだ。

 だが、そんな暮らしをして恨みを買わないはずがない。いつしか追われ、裏の社会からも追放されてしまった。善も悪も関係なく剣を振るう男はいつ誰に牙を剥くのかわからない。周囲の人間は天災のように思っていたことだろう。

 やがて老いた男は弟子をとり、自らの学んだ技、戦闘法の全てを教えた。

 これこそが始まり。圧倒的力の前に太陽の下どころか闇を照らす月の光すら浴びることを許されなかった開祖が、その境遇から無月流と名乗ったのだ。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 修羅は一通り話終えると深いため息をつく。

 

「これでわかったか、無月流は綺麗なものではない。身勝手に力を求め、誰からも拒絶された憐れな剣だ。故に、お前が人のために剣を振るいたいのであれば無月流は習うべきではない。剣を教わりたければ別の師に教わることだ」

「……」

 

 斑鳩は俯いている。きっと、自分を助けた剣が録でもないものだと知って気落ちしているのであろう。子供の憧れなどその程度。これで分かってくれるはずだと、その場を立ち去ろうとしたところに、小さく斑鳩から声をかけられた。

 

「師匠……」

「まだ何かあるのか」

 

 知りたくもなかった現実を認めたくないあまりに、癇癪でも起こすのかと思って振り返れば、斑鳩は不思議そうに眉間に皺を寄せていた。

 

「それがどうかしたんどすか?」

「なに?」

 

 修羅は斑鳩の言った言葉が一瞬理解できなかった。だが、今の話は八歳児には難しすぎて分からなかったのかと一人で納得し言葉をかける。

 

「何かわからないところがあるのならもう一度説明くらいしてやるぞ」

「いえ、何で師匠はそのお話でうちが剣を習うのをやめると思ったんどすか?」

「……そんなもの、お前の理念と反するからだ」

 

 その言葉を聞いて頭を傾け唸る斑鳩。どうやらなにかを思い悩んでいるらしい。やがて、考えがまとまったのか再び口を開いた。

 

「確かに、無月流の成り立ちが人助けからほど遠いものだとは分かりました。でも、うちが人のために無月流を振るってはならないなんて掟はないのでしょう?」

「それはそうだが……」

「なら、いいじゃないですか。教えて下さい」

 

 斑鳩の言うことはもっともである。何か流派が目標としているものがあり、剣を振るう条件として約束するものがあるのならばともかく、話を聞く限り無月流にそういうものはないようだ。故に、修羅がなぜこの話で斑鳩を諦めさせることが出来ると思ったのか分からなかった。

 

「ダメだ、無月流は身勝手な力の塊だ。振るえば振るうほど周囲を不幸にして、手元には何も残らない。お前もそんな道は進みたくなかろう」

 

 そう呟く修羅の姿には悲しみの念が見てとれる。その姿を見て、斑鳩はようやく理解する。

 

「師匠は後悔しとるのどすか? 無月流を習ったことを」

「……」

 

 修羅は答えない。沈黙を続ける修羅を前に斑鳩は一つの決意をする。

 

「師匠!」

「……なんだ」

 

 沈黙は斑鳩の叫びによって破られる。修羅は訝りながら斑鳩をみやる。

 

「もしも、師匠が後悔しはってるのなら、うちが証明して見せます。無月流は誇れるものだということを。だからうちに剣を教えて下さい。絶対に師匠を後悔なんかさせません!」

「────」

 

 修羅は目を見開いた。そしてしばらく見とれてしまった。少女の真っ直ぐな瞳がとてもきれいだったから。本気で今の言葉を実現させようとしているのが伝わってくる。

 

「師匠」

 

 斑鳩の呼び声で正気に戻る。そして、修羅もまた一つの決意をした。

 

「……ならばもう、何も言うまい。どんな修行でも文句や不満は聞かないぞ」

「望むところどす」

 

 こうして一つの師弟が誕生する。

 修羅は思う。この娘が無月流を振るってどのような人生を過ごすのか楽しみだと。もしかしたら、自分とは違う道を歩んでくれるかもしれないと。

 ──だが、修行の前に一つ言わなければならないことがある。

 

「斑鳩よ。別に私は後悔してるなどと一言も言ってないのだがな」

 

 十にも満たない娘に心を見透かされた男の些細な抵抗。

 そんなどこか子供っぽさをを感じさせる一言に、斑鳩は数度目を瞬かせると、

 

「ふふっ。もしもと言ったじゃないどすか」

 

 そう言って柔らかく微笑んだ。

 



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第三話 修業

 斑鳩が修羅に弟子入りを認めてもらってすぐに修行は始まった。

 修行は想像を絶するほどに厳しいわけではない。いずれは厳しい修行が始まるとしても、まだ八歳と幼い斑鳩に無理をさせ、体を壊してしまうわけにはいかなかった。

 そのため、筋力などの身体能力の上昇は体ができてくるまでは最低限に留めて後回し。今は体力と魔力制御の向上に重点を置かれた修行内容となっている。特に魔力制御は無月流の技を習得する上で非常に重要な要素であった。

 修行の難易度自体はそれほど苦でもないが、継続することが大切な地味な基礎練習である。

 

「これ程成長するとはな……」

 

 修行を始めて一年ほど経過した頃、目の前の弟子の姿に修羅は驚きを隠せないでいた。

 始めこそ体を本格的に動かしたこともなければ、魔法にもあまり触れてこなかった斑鳩であるから、少しのことで四苦八苦していた。その様子を見ていた修羅は正直なところあまり期待はしていなかった。

 だが、斑鳩には才能があった。それに、少々頭が緩いところはあるが基本的には真面目であり努力家である。一月程で見違えるほどの成長を見せ、その後も通常よりも早いペースで修行をこなしていったのだ。

 

「むふ、どうやらうちの凄さに気づいてしまったみたいどすなあ」

 

 修羅の呟きを拾ったのか、先ほどまで魔力制御の修行──自らの周りに魔力の流れを作り出し、そこに木葉を流し続けるもの──をしていた斑鳩がニヤニヤとした顔つきで修羅をみている。

 その様子を見て修羅は僅かに顔をしかめた。斑鳩の悪癖の一つに、すぐに調子に乗るところがある。そのため、修羅は滅多に斑鳩を誉めたことはない。調子に乗ったところで怠けるわけではないのだが、思わぬ失敗をしやすくなるのだ。調子に乗った斑鳩が少しうざいから、という理由もなくはないが。

 

「……喋っている暇があるなら修行に集中しろ」

「またまた師匠ったら照れちゃって。うちには普段隠していても分かるんどす。師匠が優秀すぎるうちを心のなかでは大絶賛していることくらい」

 

 ニヤニヤニヤニヤと笑みを深めていく斑鳩。

 はた目から見ても調子に乗り出しているのは一目瞭然であり、それに比例して修羅もイライラしてくる。

 

「ああ、うちったら容姿もいい上に能力も優秀だなんて。でも師匠、うちが魅力的だからってまだ手を出しちゃダメどすよ。成長するまで我慢し──」

 

 言い切る前に斑鳩の頭に拳骨が落ちた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「いつつ。あれ、うちは修行をしていたはずじゃ……」

 

 修羅の拳骨が炸裂してから一時間ほど経過した頃、気絶していた斑鳩が目を覚ます。

 

「……目が覚めたか。全く、修行中に眠るとは何を考えている」

「え!? うち、修行中に寝てたんどすか!?」

 

 どうやら記憶がとんでいるようで、修羅はまた調子に乗られるのも抗議を受けるのもめんどくさいために適当なことを言って誤魔化した。

 正直、修行中に眠る暇などなく、あり得ないのだが頭の緩い斑鳩である。

 

「す、すみません師匠。次はちゃんとやります……」

「ああ、精進せよ」

 

 修羅が思った通り、斑鳩は簡単に騙された。

 本気で落ち込んでいる斑鳩に若干申し訳ない気持ちが沸いたとはいえ、平然としている辺り修羅の性根はひねくれている。

 

「それで斑鳩よ、眠るなどとは言語道断ではあるが、基礎自体は形になっている。そこで、次の段階に入ろうと思うのだ」

「次どすか!?」

 

 聞き返す斑鳩の目には新たな修行への期待が溢れている。

 先ほどまでの落ち込んでいた様子などどこかへ消えてしまい、修羅のほんの少しの罪悪感も吹き飛んだ。

 修羅は一つ頷くと、二人の近くにある大きめの池を指さした。

 

「これを歩いて渡れ」

「わかりました。見ててください師匠! すぐにクリアして見せ──うぷっ」

 

 斑鳩は修羅の言葉を聞いてそのまま池に突撃すると、ぶくぶくと沈んでいった。

 

「い、斑鳩ァ!」

 

 修羅は慌てて池へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「なぜそのまま突っ込むのだ! バカなのかお前は!? いや、お前はバカだったな!」

「バカバカうるさいどす! 片足が沈む前にもう片方の足を踏み出す的なやつかと思ったんどす!」

「なぜそういう発想になる。普通に考えて魔力を使うだろうが!」

「そんなこと言って、師匠だって言葉が足りなすぎます! いつもいつも一言二言しか喋らないで伝わるわけないどす。もっとコミュニケーション能力を磨いてください!」

「うぐぐ……」

「ぬぬぬ……」

 

 互いににらみ合い火花を散らす師弟。片や言葉が足らず、片や勝手に曲解する。

 修行に限らず、このことが原因で喧嘩になることはしょっちゅうであった。

 

「はぁ……、続きするか」

「そうどすね……」

 

 二人も馴れたものである。

 早々に喧嘩を終わらせると修行へと戻ることにした。

 

「それで、歩くってどうやるんどす? 足の裏に魔力を集めてどうこうみたいな?」

「違う。先程やっていたことを使うのだ」

「むむ」

 

 斑鳩は首を傾ける。先程やっていたことといえば周囲に魔力の流れを作り出す修行だ。

 それをどう応用すればいいのか思いつかない。

 

「う~ん。すみません師匠。全然分からないどす」

「……まあ、いい。そうだな、実際に見た方が早かろう」

 

 修羅は手招きをすると斑鳩を呼び寄せ抱き上げた。

 

「ちょちょっ! し、師匠何してるんどす!?」

「……静かにしてろ」

 

 突然の行動に斑鳩は顔を朱に染めてじたばたともがくが、修羅は目もくれずに池の方へと踏み出した。

 池が近づくにつれて斑鳩の期待は高まっていく。

 水面の上を歩くのはどんな感覚なのだろうか。どんな方法を取ればそんなことができるのだろうか。と、色々と想像を膨らます斑鳩だが、修羅が池へと足を踏み出した瞬間感じたものは浮遊感だった。

 

「へっ? ──きゃあ!」

 

 修羅の体が池に落ちて沈む。てっきり水面の上を歩くものだと思っていた斑鳩は、想定外の感覚に目をつむり、柄にもなく可愛らしい悲鳴をあげてしまう。

 その様子に、ククッ、と修羅が笑い声を漏らした。

 

「師匠! 何しとるんどすか。全然歩けてないじゃないどすか」

 

 期待を裏切られた思いで抗議をすると、修羅は下をみるように促した。

 そこには、修羅の体と水の間に不自然な空間が存在した。

 

「これって──」

「ああ、先程のように魔力の流れを作り出し、水を押しのけている」

 

 木葉と違い水ははるかに重い。その難易度は確かに高いだろう。だが、それだけだ。

 水面を歩くことを期待していた斑鳩は少なからず落胆した。

 

「そう、不服そうな顔をするな。これならばどうだ」

 

 修羅は斑鳩の表情に気がつくと、さらに歩を進めていく。

 池とは言ってもかなり大きめなため、歩みを進めるにつれて水深が深くなっていき、最終的には完全に水の中へと入ってしまった。

 

「うわあ……」

 

 斑鳩が感嘆の声をあげる。

 修羅を中心に、池の中にドーム状の空間ができあがる。そこから濡れることなく池の中の様子が伺えた。斑鳩は普通に生きていればまず体験することはないだろう状況に、先ほどまでの落胆など忘れて楽しんでいた。

 目を輝かす斑鳩を見て修羅も悪い気はしない。

 

「楽しんでいるところ悪いが斑鳩よ。この修行は何のためにあると思う?」

「何って……魔力制御のためって師匠が言いなはったんやないどすか」

 

 今さら何を言い出すのかと、斑鳩は怪訝に眉をしかめる。

 

「……まあ、その通りではあるのだがな。それと同時に無月流の技の一つを習得するための前段階でもあるのだ」

「本当どすか!?」

 

 いままで基礎ばかりで技のわの字も聞かずに修行を続けていたため、斑鳩にとってその言葉は驚きだった。

 

「ああ、そうだ」

 

 一つ頷くと、修羅はおもむろに手を動かし始める。

 

「周囲に漂う魔力に流れを与え」

 

 操る領域を水中まで伸ばす。今度は水を押しのけるのではなく、水自体を操り、手の動きにあわせて水の流れを変化させる。

 

「その領域の存在する全てを感知し」

 

 修羅はそっと周囲へと気を巡らせる。魔力を流し、その流れを阻害するものを感じ取る。

 

「あらゆる障害を受け流す」

 

 そして、近くにいた体長二メートルほどの怪魚に向けて流れをぶつけ、触れることすらなく水底へと叩きつけた。

 そして、修羅は濁った水の中へと手を入れると、意識を失った怪魚を取り出した。

 

「──無月流、天之水分(あめのみくまり)。極めれば死角からの攻撃にも対応し、物理、魔法を問わずに受け流す無月流における防御の技だ」

「すごいすごい! 師匠、これが無月流の技なんどすね!」

 

 修羅が予想していた通りに斑鳩がはしゃぎだす。無月流の技を自分が使いこなす姿を想像して興奮しているのだ。

 

「ああ。だが、これも無月流の技の一つにすぎない。そして技のどれもが習得するには並大抵ではない努力が必要で、使いこなすにはさらなる修練が必要だ」

 

 そう言う修羅も、天之水分に関して使えることには使えるが、使いこなしているとは言いがたい。今みたいにゆっくりと気を集中させなければ使えず、実戦では使い物にならないだろう。

 最強となるべく初代が世界中の技術を取り込んだ無月流の技は難易度が高く、全ての技を極めた者は歴代の担い手を見ても初代のみである。修羅と言えども実戦レベルで使えるのは二つか三つほどだ。だが、斑鳩にはそのようなことは教えない。

 才能に溢れ、必死に努力する斑鳩ならばあるいはと期待をかけずにはいられなかった。

 

「ええ! もちろん承知しとります。見ていてください。見事に無月流を使いこなして見せましょう!」

 

 どこから来るのか分からない自信をもって、断言する斑鳩についつい笑みがこぼれてしまった。

 

 ──だが、同時に斑鳩へと無月流を教えてしまった後悔もまた、修羅の心を覆っていたのである。

 



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第四話 証明のため

 師匠と過ごした日々はとても楽しかった。

 修業はだんだん辛くなっていったけど、師匠と一緒ならいくらでも頑張れると思った。

 堅物で、誘惑しても拳骨を落として何もしないのはちょっと不満だったけど、そんなところも含めて大好きだった。

 いつからだろうか。

 師匠がいつも悲しそうにしているのに気が付いたのは。

 いつからだろうか。

 師匠が私を見る目に後悔の念が浮かんでいることに気が付いたのは。

 いつからだろうか。

 そんな師匠を救ってあげたいと思うようになったのは――

 

 

 

 

 

「師匠! うちは家を出ます」

 

 斑鳩が修羅に弟子入りしてからおよそ十年後のある日の朝、突然修羅に言い出した。

 

「……いきなりどうしたのだ。また、突飛な思い付きか?」

 

 この十年間で斑鳩の奇怪な思考や行動に悩まされていた修羅はまた始まったかと、内心うんざりとしつつも話を聞く体制をとった。

 

「いいえ、これはずっと考えてきたことどす。たとえ師匠が反対してもうちは旅に出させてもらいます」

 

 斑鳩のまっすぐな瞳からいつもと違い、意志が固いことを感じ取った修羅は心を入れ替え問い返す。

 

「……なぜだ」

 

 だが、突然旅に出るという内容に動揺があるのか口から出た言葉はこれだけだった。

 

「師匠はうちが弟子入りを志願したとき、うちは師匠に後悔をさせないと誓いました。だけど、今の師匠からは後悔の念が感じられます」

「む……」

 

 斑鳩の指摘に修羅は小さく唸る。

 自分としてはそんな素振りを見せたつもりはないのだが、修羅は斑鳩の言葉を否定することができなかった。

 

「気のせいではないのか……」

 

 だから、苦し紛れの一言を引き出すことで精一杯だった。

 斑鳩はばつの悪そうにしている修羅に対して苦笑しながらも言葉を続ける。

 

「それはあり得ませんよ。一体どれだけ一緒に暮らしていると思うんどすか」

 

 修羅も無理があったのを分かってはいたので今度こそなにも言い返さずに黙りこむ。

 会話が途切れたところで斑鳩は脱線しかけていた話題を元にもどす。

 

「師匠、うちは師匠に証明したいんどす。師匠は人を不幸にするだけじゃないんだって」

「……俺がいつそんな話をしたか」

「話をしなくとも察しはつきます。師匠はろくでもない人生を送ってきて、それをすごく後悔してることを。だから、うちがより多くの人を助けて、師匠は胸を張っていいんだって証明したいんどす」

「勝手なことを言いおって……」

 

 修羅は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 斑鳩の隠すことなく打ち明けた本心は修羅の怒りを買った。

 

「確かに、俺はお前の言うとおりろくでもない人生を送ってきたし、後悔もしておる。だが、何故それをお前に尻拭いしてもらわなければならんのだ。お節介にも程がある。自惚れるな。たとえ衰えたとしてもまだまだそこらの者には負けないほどの元気はある。本当に後悔しているのなら自分でやる。お前に憐れみなんて覚え――」

「憐れみなんかじゃありません」

 

 捲し立てる修羅の言葉に割り込みはっきりと口にする。

 だが、斑鳩の目には涙が浮かんでいた。

 

「うちは、師匠が大好きなんどす」

「何だと……」

「ですから、うちは師匠が大好きなんどす。どうしようもなく、だから、師匠が悲しそうにしてるのは、見て、られない……」

「……」

 

 二人の間を沈黙が支配する。

 ただ、斑鳩のすすり泣く声だけがそこにはあった。

 いったい、どれだけの時間がたっただろうか。

 修羅はおもむろに立ち上がるとそのまま部屋の外へと出ようとする。

 

「師匠、どこへ?」

 

 赤く目を腫らした斑鳩は突然の行動に困惑しつつも問いかける。

 修羅は戸に手をかけたまま立ち止まる。

 

「……しばらく出てくる。出ていくなら早くしろ。俺が帰ってくる前には出てけ」

「――っ! はい! 絶対に証明したら帰ってきます。それまでまっていてください!」

「……ふん」

 

 修羅が立ち去ると斑鳩も涙をぬぐい立ち上がる。

 ――うちが絶対に師匠を救ってみせる。

 固い決意と共に斑鳩は証明の旅へと出たのであった。

 

 

 

 

 

 とっくに日は沈み闇が辺りを支配する。

 鬱蒼とした木々に囲まれた山の中、切り株に腰かける男の姿があった。

 

「……馬鹿者めが。心配ばかりかけおって、愛情はお前だけが持つ感情ではないのだぞ」

 

 辺りは静寂に包まれ、冷たい風が吹いている。

 

「……斑鳩」

 

 男の呟きは星々が明るく輝く夜空の中へと消えていった。



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第五話 少女剣士

「お、お腹減った……」

 

 修羅のもとを離れてからおよそ一日がたった頃、斑鳩は命の危機に瀕していた。

 なぜなら――

 

「うぐぁ、ご飯がほしいぃぃ……」

 

 そう、武器である刀を除き、何も持たないで出て来てしまったのである。

 その事に気付いたのは修羅の家を出て少ししてからであった。

 そうなってしまえばもう遅い。

 あんな別れ方をしてしまった手前、食料を手に入れるために戻るのは恥ずかしいし、絶対にまた修羅に呆れられることになるのは嫌だった。

 町にさえたどり着けば何とかなると気持ちを持たせ歩き続けて一日たった今、重大なことに気付いてしまった。

 

「お、お金もない……」

 

 家にいた頃は修羅が斑鳩が修業しているうちにどこからか買ってきていた。

 斑鳩も一緒に買い出しに行きたいとは言ったのだが、修羅にお前と行くと余計に疲れそうで嫌だと割と本気で拒否されて以来、地味に傷ついた斑鳩はもう行きたいとは言わず、修羅が出掛ける際にチラチラと視線を送ってアピールするにとどまった。

 結局、それすらうざがられて修羅が絶対に連れていかないと変な意地を張ってしまったがために、十年間の山籠り生活になったのである。

 そのため、斑鳩は町の位置さえ知らない。

 道なりに進めばつくだろうという安易な気持ちで出て来てしまったのである。

 そのため今度は――

 

「道に迷った……」

 

 飯なし、金なし、道もわからないの三重苦。

 ついに斑鳩の心は折れ、道端へと倒れこんでしまった。

 斑鳩は町の幼い頃から山籠りをしていたが、基本的に修羅に養われ続けていた。

 そのため急に出てきた斑鳩にはただでさえ頭が緩いのに一人で生活するための能力が欠如していた。

 無月流が、師匠が人を不幸にするだけじゃないと証明したいのに、こんなところで死ぬわけにはいかない。さらに言えば飢え死にとか笑い話にもならない。

 何とか気力を振り絞り立ち上がろうとした時、遠くから聞こえる音に気が付いた。

 

「これは、獣の鳴き声!」

 

 瞬間、今までの衰弱ぶりが嘘のように素早く立ち上がると斑鳩は不気味に笑う。

 

「ふひひ、獣を狩れば良かったんどす。火は迦楼羅炎の応用で起こせば……。師匠、早速無月流はうちの命を救ってくれます!」

 

 状況こそ間抜けだが、斑鳩は心の底から感謝し、やはり無月流は人を幸せにできると改めて思ったのだった。

 そして、鳴き声の聞こえた方へと目にも止まらぬ速度で駆けていった。

 

 

 *

 

 

 少女は一人放浪する。

 十年前に故郷を“子供狩り”によって失って以来、行方不明となった兄を探し出すために。

 当時六歳ほどであった少女が一人生きていくのは過酷の一言につきる。

 その過程で剣を執り、魔導へ踏み込むのは必然といえた。

 現在ではとある魔導士ギルドに所属し、依頼を受けて仕事をしながら各地を巡り、情報を集め続けていた。

 今回もまた、その一環としてギルドの依頼を受けてきたのだが――、

 

「くっ、なんという失態……」

 

 巨大な怪物を前に満身創痍に陥っていた。

 怪物はエイリナスといい、巨大なハリネズミのような姿をしていた。

 今回の依頼は本来の生息地である森の奥深くから人里近くまで降りてきた一匹の個体の討伐であった。

 この怪物は当然普通のハリネズミとは比べるべくもなく、針には毒があり、さらにはそれを射出することで攻撃をしてくる厄介な生物といえる。

 だが、本来であれば問題なく勝てる相手であった。

 事実、途中までは針の射出を重力魔法で叩き落とし、隙を見ては切り込むことで戦いを有利に進めていた。

 ではなぜ現在、少女は満身創痍に陥っているのか?

 油断か、否、それはありえない。

 子供狩りにおいて、少女が逃げ延びたのは名も知らぬ赤毛の少女が自らを犠牲にして隠してくれたおかげである。

 故に、自分の命を油断などで粗末にするようなことはなかった。

 ではなぜ、このような事態に陥ったのか?

 それは、もう戦いに決着がつこうとしたときであった。

 突然、エイリナスが大きく鳴いた。

 

 ――まさか!?

 

 最悪の事態が脳裏に浮かび、早急に決着をつけるべくさらに剣撃を激しくする。

 突如、横合いにもう一匹のエイリナスが現れる。

 

 ――やはり、仲間がいたのか!

 

 事前に受けた情報では一匹のみであったからこそ、いまだ未熟な自分でも達成可能であるとふんできたのだ。

 二匹を同時に相手をするにはいささか実力不足と言わざるを得ない。

 だからこそ、一匹目との決着を急いだのだが、それがいけなかった。

 新たに現れたエイリナスの射出する針を重力魔法で叩き落とす。

 しかし、意識をそちらに割いた一瞬の隙を突き、一匹目が体当たりを仕掛けてきた。

 

 ――しまった!

 

 思ったところでもう遅い。

 勝負を急ぎ、深く切り込みすぎていた少女に避けるすべなど存在しない。

 直撃を受けて吹き飛ばされる。

 体当たりのダメージ事態は大したことはない。

 この程度のダメージならば過去に受けたことは何度でもある。

 しかし、前述したようにエイリナスの針には毒があった。

 致死性では無いものの効果が表れるのは早く、手足の痺れを引き起こす。

 それを体当たりによって大量の針の毒をくらったのだ。

 まともに動けるはずもない。

 眼前には迫り来る二匹のエイリナス。

 絶望とも言える状況のなか、少女の脳裏には貧しくも兄と過ごした幸せな日々が甦る。

 

 ――まだ、死ねない!

 

 心の奥底から気力を振り、常人ならば意識を飛ばしかねない量の毒をくらいながらも立ち上がる。

 生まれてより少女は運など信じない。

 今もまた、全身全霊をもってこの苦難を乗り越えるのみ!

 

「ああぁあぁぁああ!」

 

 少女は知らず、咆哮する。

 そして、迎え撃とうと足を一歩踏み出そうとした瞬間、

 

 ――二匹のエイリナスが切り刻まれた。

 

「は?」

 

 常時であれば決して出さないであろう間抜けな声が洩れてしまう。

 何が起きたのか理解できず剣を構えたまま固まっていると横の茂みから一人の女性が表れた。

 

「うふふ、二匹もいるとは今晩は豪華になりそうどすなぁ」

 

 少女には意味のわからない言葉を発する女性はとても特徴的であった。

 以前、ギルドの仲間に勧められて行った鳳仙花村という東洋建築の並ぶ観光地でみたことのある白を基調とした着物に身を包み、不気味に笑うその姿はまるで幽鬼のようで、伝え聞く東方の神である“夜叉”を想起させる。

 その女性はゆらゆらと歩きながら倒れた二匹に近づいていく。

 すると、片方が突然起き上がった。

 後になって出てきた二匹目の個体だ。

 元々無傷であったために、死には至らなかったのであろう。

 だが、今はそんな分析をしている暇はない。

 少女には覚束ない足取りで歩く女性が隙だらけに見えた。

 

「――危ない!」

 

 咄嗟に叫ぶがもう遅い。

 エイリナスは体に生える大量の針を射出する。

 近づいていた女性が成す術もなく串刺しにされるのは想像に固くない。

 しかし、

 

「――無月流、天之水分」

 

 針は女性を刺すことなく、まるで避けるように軌道を変えて女性の周囲に突きたった。

 

「―――っ」

 

 息を飲んだのは少女か、怪物か。

 少女には周囲の時が止まったように感じられた。

 その中で女性だけがゆらりと腰の剣に手をかける。

 ようやく、エイリナスが意識を取り戻したように慌てて女性に飛びかかるが、

 

「――無月流、夜叉閃空」

 

 居合いによる一閃。

 それだけでエイリナスは真っ二つに切り裂かれて絶命した。

 

 ――美しい。

 

 少女は目の前の光景に場違いな感動を覚えていた。

 それほどまでに女性の洗練された剣の一太刀は芸術と呼べるまでの輝きを放っていた。

 しかし、感傷に浸るのも束の間。

 突如、女性が倒れこむ。

 

「なっ」

 

 まさか、全て避けたように見えた針だったが、もしかしたらどこかしらに当たってしまい毒でも回ったのか。

 心配になった少女は反応の鈍い手足を無理矢理に動かし、地面に突き立つ針を避けながら女性に駆け寄り抱き起こす。

 

「どうなさったんですか!?」

 

 命の危機にあった自分を救ってくれた人を死なせるわけにはいかないと、懸命に声をかける。

 

「……お」

「お?」

「お腹が、減っ、た……」

 

 ぐるる、と大きな音だけが響く。

 二人をしばしの沈黙が包み込み、そして――

 

「えっと、あの、私の携帯食料でよければ召し上がりますか?」

 

 腕の中の女性は大きく頷いた。

 

 

 *

 

 

「いやぁ、おかげで助かりました。お腹が空きすぎて死にそうだったんどす」

 

 空になった大量の皿を前に斑鳩は安堵とともに礼を述べる。

 二匹の怪物を倒した斑鳩は空腹が限界を向かえ倒れてしまった。

 そこを居合わせた少女から携帯食料を分けてもらい、空腹を誤魔化すとぜひ命を救っていただいたお礼がしたいというのでこうして町まで連れてきてもらい、食事をご馳走になったのである。

 

「いえ、命を救っていただいたことに比べればこれしきのことは当然です」

 

 正直、空腹で周りが見えていなかった斑鳩としては礼と言われてもなんのことかわからず携帯食料を分けてもらっただけで十分だと言ったのだが、少女が頑なにお礼をさせてくれるよう頼むので折れたのであった。

 

「しかし、どうして空腹であのような森のなかにおられたのですか?」

 

 その質問に斑鳩は動揺し、冷や汗を流し始める。

 

 ――お金も食料も持たずに家を飛び出したあげくに道に迷って死にかけていました。

 

 なんて恥ずかしくて言えない。

 いかにも馬鹿丸出しで、自覚がないとはいえ、命の恩人となっているのにこんなことをいったらカッコ悪い。

 

「えっと、その、旅をしていたのですけど、お金を落としてしまって、食料も尽きてしまいまして、何とか財布を探そうとしていたら獣の声が聞こえたんどす」

 

 嘘をついて誤魔化そうとするがそれでも十分カッコ悪い。

 それでもありのまま話すよりはましであろう。

 

「なるほど。しかし、そのおかげで私は助かったということ。縁というのはどこでもつながっているのかわかりませんな」

 

 どうやら少女も納得したようである。

 それからしばらく談笑をした。

 少女は外見から年下で十四、五歳といったところだろう。

 しかし、口調は固く、もっと砕けてもいいと斑鳩に言われるが、これが素なのだ、といい直ることはなかった。

 どうやら、大分大人びているようである。

 

「しかし、お金がないとなればこれからの旅はどうされるおつもりですか?」

 

 そろそろお開きかといったところで少女が疑問に思っていたことを問う。

 旅をしているともなればこの町で職についているわけでもないだろう、すると、当然この先のことも考えねばなるまい。

 この疑問を突きつけられた斑鳩は目に見えて分かる程に動揺し、先程とは比べ物にならない程に大量の冷や汗を流す。

 今が何とかなったことで安堵し、何も考えていなかった。

 現実を突きつけられ、お先真っ暗な状況に絶望する。

 

「まさか、何もあてがないのですか?」

「いやぁ、元々どこかしらの魔導士ギルドへ加入しようと田舎から出てきたので、加入さえすれば結構腕も立つし、稼げるとは思うんどすが……」

 

 これは嘘というわけでもない。

 魔導士ギルドへ加入し、依頼をこなしていけば、有名になって無月流の名を広めることになり、同時にその名声こそ、人を幸せにできるという証明になるだろうとの考えあってのことだ。

 しかし、どうやら話に聞くとこの町には魔導士ギルドはないという。

 

「でしたら、私の所属しているギルドはどうでしょうか?」

「え、いいんどすか?」

「はい、“人魚の踵(マーメイドヒール)”と言って、女性の魔導士だけで構成されたギルドで、あなたのほどの実力者であれば歓迎されると思いますが」

「ぜひお願いします!」

 

 降って湧いた提案に全力で頭を下げる斑鳩。

 少女は命を救っていただいた礼だからとあわてて頭をあげさせようとする。

 その中で斑鳩は一つのことに気が付いた。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。うちは斑鳩と申します。あなたは?」

「こ、これは、命の恩人に名乗らないとはとんだ無礼を申し訳無い」

 

 頭を下げると、恐縮しながら少女はみずからの名を告げる。

 

「私の名前はカグラ・ミカヅチと申します。どうかこれからもよろしくお願いいたします」

 

 こうして、斑鳩の新生活が始まったのであった。




今作における無月流の技の解説をのせます。
原作に登場してる技も少し改変が入ってると思います。
というより原作を読んでも夜叉閃空がどういう技かいまいちわからなかった。

〇夜叉閃空(やしゃせんくう)
斬撃の衝撃波を飛ばす。衝撃波を飛ばすのは魔力を使ってるけど、空間を越えて切り裂くのは単純に修羅や斑鳩の技量。

〇天之水分(あめのみくまり)
自らの周囲の魔力の流れを操作し、さらに質量を持たせる。これにより、威力が弱ければ魔法、物理ともに流され、斑鳩には届かない。威力が高い攻撃は防げない。また、効果範囲内は全て斑鳩に知覚されているため、死角からの奇襲にも対応できる。習得難度が高く、修羅には戦いながらの展開は不可能。斑鳩は夜叉閃空を使わない状態の間合いよりも一回り大きいくらいが効果範囲。ただし、効果を探知のみに使用するならばさらに広げることができる。


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ガルナ島編
第六話 S級クエスト


 斑鳩が“人魚の踵(マーメイドヒール)”に所属してから1年ほどが経過した。

 師匠以外の人と約十年間、会話がなかったために、他のギルドメンバーとのコミュニケーションが心配だったが、みんな同性で話しやすく、気のいい人達だったのですぐに馴染むことができた。

 カグラは空腹時のどさくさでいつの間にか仲良くなってたので別である。

 

「はああああ!」

 

 とある日の朝、普段ならば静けさに包まれているだろう町外れの森の中で怒声が響き渡る。

 その声は高く、幼い。聞けば誰もが年端もいかない少女のものだと分かるであろう。

 されど、声に乗った猛々しい闘志は年齢不相応であった。

 

「気合いはよろしい。でも、力みすぎどす」

 

 烈火の如く襲いかかる少女の剣を事も無げにひょいと相対する女性は手に持つ刀で受け流す。

 それも、受け流した際にさらなる力を乗せられたために少女は剣に引っ張られて前方へとつんのめる。

 対して女性は受け流した後、くるりと刀を逆手に持ち変えると倒れ込もうとする少女の前に柄を出す。

 

「ぐがっ!」

 

 そのまま少女は体勢を制御すること叶わず、刀の柄へと吸い込まれるように突っ込み、鳩尾を突かれて倒れこんだ。

 

「なかなか太刀筋が良くなってきました。今のカグラはんの切り込みはとても鋭く、そうそう防げる相手はいないでしょう。でも、終盤は少し焦りすぎどす。強い感情は力になりますが、制御できずに振り回されればマイナスになりますなぁ」

「はあ、はあっ――。あり、がとう、ござ、い、ます、斑鳩殿」

 

 斑鳩は“人魚の踵”に所属して以来、こうしてカグラと手合わせしていた。

 というのも、カグラが斑鳩に助けられた件で自らの力不足を痛感し、稽古をつけてくれるように頼んだのである。

 

『私は幼い頃連れ去られた兄を探しています。そのため、各地を巡ることが多く鍛練が疎かになっていました。どうか私を鍛え直してくれないだろうか』

 

 この頼みを斑鳩は快諾した。

 人を幸せにすると言って出てきた以上、断ることなんてあり得ないし、力を求める理由も正当なものであると判断したためである。

 されど、斑鳩としては師匠への証明が終わってない以上、無月流を教えるつもりはないため、手合わせをして気になる点を指導するという形に落ち着いた。

 二人ともギルドでの仕事があり、それほど多くの修行のための時間外とれないのも理由のひとつである。

 

「後は重力魔法を使いながら剣を使うのが安定しませんなぁ。折角の武器なんどすから併用して使うのを鍛えるのもいいと思いますよ」

「うっ。そう、ですね……」

 

 斑鳩の指摘に過去のエイリナスとの戦いを思い出す。

 あのときは針を防ぐために重力魔法を使いながらの戦いだった。

 重力魔法だけではエイリナスをつぶせず、されど剣を振るいながらは難しいため、針を落とす程度でしか魔法を展開できていなかった。

 それでも、剣に影響が出たために一匹目を仕止めきれずに危機に陥ったのである。

 

「まあ、細かいところは後にして、一旦家に帰ってシャワーでも浴びましょう。そろそろギルドに行って手伝いもしなければいけませんし」

「はい。ありがとうございました」

 

 ダメージから回復した様子のカグラが頭を下げ、今日の二人の手合わせは終了したのであった。

 

 

 *

 

 

 “人魚の踵(マーメイドヒール)”では、魔導士ギルドであるかたわら、カフェテリアとしても機能している。

 中には小さな魚が泳ぐ水槽が置かれ、心地よい音楽が鳴り響き、甘い臭いが漂っている。

 普段は所属している魔導士で仕事の決まっていないものたちで給仕の仕事をしており、そこに依頼者が直接来る場合もあるのだ。

 当然、普通に依頼を受けることもできる。

 

「ご注文はどうされますか?」

 

 接客のときばかりは斑鳩もうろ覚えの故郷の言葉をやめ、標準語でペラペラ話す。

 さすがに、十年以上に渡り使っていた言葉であるので、標準語に戻すのは疲れるのだが仕事である以上仕方がない。

 とはいえ、仕事が終わった後にこっそりとため息を吐くくらいは許してほしい。

 

「はぁ――」

「どうしたんだい? 元気がないねぇ」

「あら、リズリーはんやないどすか」

 

 疲れきった斑鳩に話しかけ、そのまま隣に並んだのはリズリー・ローという女性で、ギルドの仲間の一人である。

 確か年齢はカグラのひとつ上で十七歳であり、最近二十歳になったばかりの斑鳩よりも年下ではあるのだが、そのふくよかな体型と癖のある長髪からいかにもママといった感じでとても年下には思えない。

 当然、口には出さないが。

 

「いやぁ、やっぱりうちにはあまり向いてないみたいで、もう一年も経つのに全くなれないと思いましてなぁ」

「そうかい? なかなか似合ってると思うよ。人気もあるじゃないか」

「まあ、そうかもしれませんが、疲れるのは疲れるんどす。リズリーはんはよく疲れませんなぁ」

「あっはっは、ポッチャリなめちゃいけないよ」

「いや、体型を見て言ったわけじゃないんどすが……」

 

 どうやら曲解されたようで斑鳩は苦笑いを浮かべる。

 でも、体型に関してはリズリーは気にしているわけでもなくむしろ気に入っている。

 今も楽しそうに笑っているので強くは訂正しなかった。

 

「でも、カグラとの朝に手合わせもしてるんだろう? それも原因じゃないのかい?」

「いえ、手合わせの疲れとは違うんどす。なんというか……、こう、倦怠感、みたいな……」

「あはは、なんとなくわかったよ。それにしても、カグラが誰かからものを教わるなんてねぇ」

「何か不思議なことでも?」

 

 不意に遠い目をするリズリーに斑鳩は首をかしげる。

 

「いやいや、なんてことはないんだ。カグラはまだ十六歳だけどあの若さでギルド内でまともに闘えるやつは少ないからねえ。“人魚の踵”自体、回ってくる仕事は魔法教室、魔法解除、護衛系に旅行の同行といった依頼が多くてね。高額な討伐依頼は他のギルドに行きがちなんだ。数少ない討伐依頼を受けるのはカグラくらいでさ。うちらにとっちゃカグラはあの若さでこのギルドの自慢で誇りだったのさ」

「へぇ」

 

 思いもしていなかった事実に斑鳩は息とともに相槌の声を洩らすのみであった。

 

「そのカグラが助けられて、今ではしごかれる側に回るなんて想像もしていなかったのさ。アタシもカグラから重力魔法を教わった身だしね」

 

 懐かしそうに語るリズリーは今度はこちらをからかうような口調にまた話し出す。

 

「ま、そんなわけで今度は斑鳩がうちらのリーダーみたいな感じになってんだ。気づいてなかったろう?」

「ええ! 本当どすか!? 全然そんな感じしませんよ」

「まあ、斑鳩はちょっと抜けてるところもあるし仕方ないかもねぇ」

 

 抜けてるってなんどすか、と不機嫌そうに斑鳩が口を尖らせるとそれを見たリズリーはまた呵呵と笑う。

 

「あっ、そうだった」

「どうかなさったん?」

 

 ひとしきり笑うと何かを思い出したように手を叩くとリズリーは斑鳩の方へと向き直る。

 

「マスターに斑鳩を呼んでくるようにたのまれてたんだった!」

「マスターが直接? なんのようでしょうか」

「さあ、アタシも頼まれただけだからねぇ。詳しいことは分かんないよ」

「まぁ、行ってみれば分かることでしょう。ありがとうございます、リズリーはん」

「たいしたことじゃないさ。なんか困ったことがあったら言いなよ。アタシでよけりゃ力になるさ」

 

 二人は別れを告げると、リズリーはそのまま帰っていき、

 

 ――厄介事じゃなきゃいいんどすが。

 

 斑鳩は一抹の不安を胸にマスターの元へと赴いた。

 

 

 *

 

 

「S級クエスト、ねぇ」

 

 斑鳩がマスターから告げられたのはS級昇格についてであった。

 元々斑鳩はギルドの中では群を抜いて強かった。

 そのため、一年が経ち信頼がおけると判断された斑鳩に話が来たのだった。

 正式に認められるためにはまずは一つでもS級クエストを達成しろとのことなので、現状S級クエストの中では最も安い依頼だからと無理矢理に受けさせられたのである。

 

「でも、なんでこんなややこしそうなものなんでしょう。もう少し高くても単純な討伐系の方が得意なんどすが」

「S級ともなれば単純な力だけで解決できないこともあるでしょう。それ故に、マスターは斑鳩殿にこのような依頼を受けさせたのではないのですか? 斑鳩殿は思慮が足りないところもありますから」

「あれ? 最後のはバカにしてません?」

「いえ、そのようなことはありませんよ」

 

 カグラは否定しているがどう見ても楽しんでいるような雰囲気がある。

 先日リズリーも同じようなことを言われたがアホの子扱いは斑鳩としては不服であった。

 ただ、最初は固かったカグラがこのような軽口を言えるほど親密になったのは喜ばしいことではあるので特に反応はせず、少し唸って不機嫌さをアピールするにとどまった。

 それを微笑ましくカグラが見ていることに斑鳩は気づかない。

 ちなみに今、カグラが一緒にいるのはマスターの要望である。

 斑鳩は頭が緩いところがあるのでその補助といずれはS級に上がれる実力があると踏んでカグラに経験を積ませるためという二つの目的から同行させたのだ。

 

「しかし――」

 

 呟くと斑鳩はマスターから渡された依頼書を覗きこむ。

 

「何か、聞き覚えがあるんどすよなぁ」

 

 ――呪われた島、ガルナ島。

 

 それが此度の依頼の舞台となる場所であった。




ちなみにカグラは七年前ということに加えて、ジェラールへの憎しみがまだないので本編程には強くありません。
そして、マーメイドヒールに関しては独自設定、解釈した部分もあるので話し半分で読んでください。


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第七話 早とちり

「いきなりつまづくとは、これがS級クエスト……」

「いえ、斑鳩殿、まだ始まってすらいません」

 

 感心したとばかりに頷く斑鳩に対してため息を吐きながらもこれからどうしようかとカグラは思考を巡らせる。

 一体、二人に何があったというのだろうか。

 時は少しばかり巻き戻る――。

 

 

 *

 

 

 マスターからの提案を受けてガルナ島へと向かった二人はまずはそこへ向かう船を見つけ出すために港町“ハルジオン”へと向かった。

 

「へぇ、これが港町」

 

 そう言って辺りを眺める斑鳩は分かりやすいほどに上機嫌だった。

 

「港町は初めてですか?」

「ええ、うちは十年近く山奥で修行してましたし、ギルドの近くの海は砂浜ですからなぁ」

「なるほど」

 

 確かもう、ほとんど残っていない前世の記憶の中でも砂浜以外の記憶はなかったはずである。

 故に、港というのは斑鳩にとっては新鮮だった。

 

「しかし、今は仕事です。ガルナ島へゆく船を見つけなければ」

「それもそうどすなぁ……。そうだ、早く終わったら帰りに少し見て回りません?」

「……斑鳩殿、これから向かうのはS級クエストです。もっと気を引き締めなければ」

「うぅ、確かにそうなんどすが……」

 

 真面目なカグラの正論に打ちのめされ斑鳩はばつが悪そうに縮こまる。

 目に見えて気分を落ち込ませた斑鳩を見やると、カグラは仕方がないとばかりにため息を吐き出し、

 

「しかし、この港町はよいところです。きちんとクエストを達成すれば、この町に一泊して体を休めるのも仕方ないことでしょう。初めてのS級クエストですし、多少帰るのが遅れたところでマスターも文句は言わないでしょう」

 

 慰めの言葉をかける。

 浮かれるのもいけないが気分を落ち込ませたままクエストに行くのも好ましくはない。

 すると、斑鳩はコロッと表情を喜色に染めるとカグラに抱きついた。

 

「さすが、カグラはんは話の分かるお人やすぅ」

「ちょっ、斑鳩殿、放してください! それと、クエストをしっかりこなしたらですよ! 早く終わらせようとか考えてはいけませんよ!」

「わかっとります!」

 

 恥ずかしさと照れから顔を真っ赤に染めて抵抗するカグラ。

 心なしか周囲の人の目線も温かい。

 

「こうとなったら、早速船探しどす!」

「斑鳩殿、待ってください! 私も行きます!」

 

 カグラを放してさっさと駆けていく斑鳩をカグラが追いかけていく。

 ヤル気満々で船を探しにいく斑鳩たちだったが……。

 

「ガルナ島? そんなところいきたくねえな」

「あんなとこ、呪いがどうとかって縁起が悪い。近寄りたくもねえ」

「ふざけんな、昨日の奴らといい、なんだってあんな島へ行きたがるかねえ」

 

 全滅であった。こうして冒頭の状況となるのである。

 

 

 *

 

 

「しかし、何人かの船乗りが気になることを言っていましたね。昨日にも私たちのようにガルナ島へ連れていってくれるように頼んできた人達がいたとか」

「ええ、この依頼はうちのギルドで受理したはずだから、他のギルドは――あっ!」

「どうされました? 何か心当たりでも?」

「い、いえ。何でもありませんよ」

 

 斑鳩の態度にカグラは不振そうに眉を潜めるが深くは追求しなかった。

 一方、斑鳩の頭は現在、フル回転中である。

 

 ――ガルナ島。確か原作にあった気が……。

 

 思い出そうと努力するも転生してから二十年、それも前世を合わせればそれからさらに時間が経過しているのだ。

 さらには幼い頃、原作知識なんて自分には関係ないと全く記憶しておく気にもならなかった。

 

 ――月とか悪魔に何かあって、それと何か氷の魔法を使う人が活躍してたような……

 

 故にこの程度のことを思い出すことが斑鳩には限界だった。

 

「どうかされましたか?」

 

 カグラが不安げに訪ねる。

 どうやら記憶を掘り起こしている間にさんざん唸っていたようで心配をかけたようだ。

 

「何でもありませんよ。それともう、打つ手がありませんし最終手段でいきましょう」

「最終、手段?」

 

 

 *

 

 

「それで、これですか……」

 

 二人は今小舟の上にいた。

 斑鳩がポンとお金を出してレンタルしてきたのである。

 それも、魔導エンジン搭載でなかなか値段がはるものだ。

 

「ええ、これでも討伐依頼をこなしてますから。お金はあるんどす。普段は使いませんしここで使ってしまいましょう。報酬の七百万Jがあればプラスになりますし」

 

 そう、実は斑鳩は小金持ちなっていた。

 討伐依頼は百万Jを越えるものなどざらで、さらには斑鳩は物欲に乏しく、大量に飲んだりもしないためにお金はたまる一方であった。

 某ギルドの魔導士たちは高額な依頼をクリアしても損害を出しすぎて結果、貰える報酬が少なくなってしまうようだが、斑鳩は周りを必要以上に気遣い、人助けを第一義に活動しているため、そのようなことない。

 

「という訳で、カグラはんが気にする必要はありません。さっさと行ってしまいましょう」

「……分かりました。では、SEプラグを貸してください。いざというときは斑鳩殿の力が必要でしょうし」

「? 半分ずつ交代でいいどすよ」

「いえ、せめてこれだけでもさせてください。それに、魔力を温存しながらゆっくり行くので心配ありません」

 

 カグラも斑鳩ほどではないが討伐クエストをしたお金があるので後で半額払おうと決めて、海へと出るのであった。

 

 

 *

 

 

「あれが、ガルナ島……」

 

 遠くに島が見えた頃、もう日が沈んでいた。

 

「――っ! 斑鳩殿、あれを」

 

 カグラに呼ばれ、指をさす方向に目を向ければ帆船にしては早いスピードで海賊船が島に近づいていく様子が見える。

 見つかると面倒になりそうなため迂回して島に近づいていった。

 

 ――あれ? 海賊船なんて出てはりましたっけ? ダメだ全然覚えていません……。

 

 海賊船を見ているうちに先に斑鳩たちは島についた。

 ゆっくり運転したとはいえ、魔導エンジンの搭載してあるこの船と所詮は帆船である海賊船ではスピードが違う。

 

「カグラはん、うちはあの海賊船が気になるので先に――」

「斑鳩殿! 斑鳩殿!」

 

 行きなさい、と言おうとしたらカグラが慌てたようすで空中を指差す。

 するとそこには、

 

「え? 何あれ?」

 

 巨大なネズミが海賊船の辺りへと墜落していく光景があった。

 

 

 *

 

 

 ――ネズミ? そんなのいましたっけ?

 

 やはり思い出せないので現状を冷静に分析することにした。

 やはり、海賊船に謎の巨大ネズミの落下。

 何か異常事態が起こっているのは明白である。

 ならば――、

 

「あのネズミと海賊船はうちに任せてください」

「はい、私は依頼人の村を確認してきます。何かあったら交戦になるでしょう」

「ええ、あまり無理をなさらず」

「斑鳩殿も」

 

 頷きあうと二人は別行動を開始する。

 

 

 *

 

 

 カグラは森の中を駆け抜ける。

 村の位置は事前の情報で確認済みだし、自分達がどの辺に上陸したかは島の外見から検討をつけた。

 故に、迷うことなく一直線に村へと到着した――、

 

 ――はずであった。

 

 本来村があったであろう場所は大きく窪み、地面は何かで溶けたように液状になっている部分もあった。

 

「なんだこれは……」

 

 あまりの光景に思考が停止し、立ちすくむ。

 されどすぐにそんなことをしている場合ではないと気合いを入れた。

 すると、窪みの中心辺りで交戦しているものたちがいるのが見える。

 すぐにそこへ駆け寄ると声をかける。

 

「貴様ら! 戦闘をやめよ! これをやったのは何者か!」

 

 突然の登場に誰もが困惑しているようである。

 

 ――ふむ。三人とも魔導士。一対二、といったところか。

 

 その間にカグラは状況を整理する。

 桜色の髪をした少年と太い眉の男が戦い、犬耳の男が観戦している。

 立ち位置的には犬のような男は太い眉の男の仲間であろう。

 

「あぁん? 誰だお前」

 

 桜色の髪の少年が少女の正体を問う。

 

「私はここにあったはずの村人から頼まれたクエストを受けてきた魔導士ギルド“人魚の踵(マーメイドヒール)”の者だ。それと、先に尋ねたのは私だ。この村をこのような姿にしたのは貴様らのうちどちらか。それとも両方か」

「げっ」

 

 少女の名乗りに桜色の髪をした少年がばつの悪そうな顔をする。

 他の二人はいまだに困惑しているようで、こちらと少年を交互に見ている。

 

「ほう? その反応、これをやったのはそなたか?」

「ちげーよ。この村をやったのはこいつらだ」

「ふむ、それは真か」

 

 少年の証言にカグラは太い眉の男の方を見やった。

 

「ああ、確かにやったのはオレたちだ。トビー」

「なんだよ!!!」

「キレんなよ。お前はあの女をやれ。こっちもさっさと片付ける」

 

 すると、トビーと呼ばれた犬耳の男がカグラへと襲いかかった。

 

「敵ははっきりしたか。それと、貴様には後で話を聞かせてもらおう」

「めんどくせぇ」

 

 少年に釘を指し、カグラは目の前の敵へと向かっていった。

 

 

 *

 

 

 カグラが村へと向かうと同時に斑鳩も海賊船の方へとかけていった。

 しかし、海賊などこの話に関わっていた記憶は欠片もない。

 物陰に隠れて様子を見ていると人影が一つ島に降り立ち、ネズミが墜落した方へと駆けてゆく。

 その速度は並みではなくかなりの手練れであることが予測された。

 月明かりがあるとはいえ、あの影に気付かれない程度の距離からでは誰かは分からない。ただ、あの長髪は女性のものだろう。

 しかし、斑鳩をして容易に近づけない程の実力者。

 すこし、様子を見ることにした。

 そしてすぐに巨大なネズミが少女らしき人影にのしかかろうとしている場面に出くわした。

 

 ――まずいっ!

 

 この距離からでは間に合わない。

 様子を見ていたのが災いしたかと思ったが、海賊船から降りてきた人影がそのままネズミを切り捨てた。

 

 ――おおっ!

 

 鋭い剣閃。思わず斑鳩も感心してしまう。

 それに少女を助けたことからして悪い人ではなさそうだ。

 と、思うや否や、女性が少女に剣を突きつけた。

 

 ――いい人じゃなかった!

 

 すぐに物陰から夜叉閃空で、剣を突きつけている女性に切りかかる。

 

「何者だ」

 

 女性は気配に気付き、寸前で斬撃をかわした。

 

「うちの斬撃をかわすとはなかなかやりますなぁ」

「貴様……」

 

 やはり、かなりできる。

 斑鳩は心のなかで警戒度をあげると女性の顔を見据える。

 顔立ちは整っており、気の強そうなつり上がった目に、綺麗な緋色の長髪をもち、かなり美人である。

 そして斑鳩は気づいてしまった。

 

 ――あれぇ? 何か見たことある気が……。

 

「エ、エルザ! きっと敵の新手よ、気をつけて!!」

 

 金髪の少女が緋色の長髪の女性に声をかける。

 助けに入ったはずなのに敵扱いされているがそれよりも衝撃的な事実を前に冷や汗が吹き出る。

 ほとんど消えた前世の記憶の中でもしっかりと覚えている。

 

 ――エルザって、まさかあのエルザ・スカーレット?

 

 原作において自分を倒した相手が鎧を換装して襲いかかってくる。

 

 ――これは、やってしまいましたなぁ……。

 

 少し泣きそうになりながらも迎撃のために斑鳩は刀を構えるのであった。




この段階でエルザが海賊船から乗っ取ってきたとか覚えてる方がおかしいからしょうがないよね。

時系列的にはナツたちが無断でクエストに行った翌日に斑鳩たちが正式に受理した感じ。
村に連絡は行ったけどナツたちは遺跡にいて帰ってきてからは村が消滅したりと暇がなかったので知らない。


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第八話 表出する性質

 カグラのもとへトビーと呼ばれた男がやってくる。

 

「残念だったな。オレはユウカより強いんだぞ」

「あっちの太い眉の男はユウカというのか」

「聞けよ! そっちを伝えたいんじゃねーんだよ!!」

「怒るな。そんなことでは器も知れよう」

 

 カグラはトビーの怒りをどこ吹く風とばかりに受け流す。

 出来れば、さっさと片付けて早くこの状況を把握したい。

 

「麻痺爪メガクラゲ! この爪にはある秘密が隠されている」

「麻痺ではないのか」

「なぜわかった!!?」

「なるほど、そなたの性格は把握した」

 

 カグラは流石に斑鳩殿でもここまでではあるまい、と場違いな考えを抱く。

 

「いくぜ!」

 

 トビーはカグラへと飛びかかるとそのまま縦横無尽に振り回す。

 

「この爪に触れたら最後、ビリビリに痺れて死を待つだけだっ!」

 

 なるほど、一度でも触れてはいけないというのはなかなかに難しいだろう。

 しかし、

 

「そのような隙だらけの振りで私は捕らえられん」

「おおーん!」

 

 斑鳩の刀を一年間受け続けてきたカグラからすればただ振り回すだけの攻撃など驚異にもならない。

 すぐに切り捨てると、少年の方はどうなったかと目をやるが、

 

「……逃げられたか」

 

 地に倒れ伏すユウカという男のみが残され、少年の姿は見当たらなかった。

 

「無駄口を叩きすぎたな。さて、どうしようか」

 

 村が消滅しているのは想定外であり、一刻も早く村人がどうなったのかの確認をしたいが、当事者である二人ともが気絶しているため情報も聞き出せない。

 こんなことなら、峰打ちにしておくべきだったかと後悔するももう遅い。

 斑鳩殿と合流するまではここで待とうという決断をしようとするが、

 

「……まさか迷子になったりはしまい」

 

 初めて出会った時のことが思い出される。

 なぜ森の中にいたのか聞いたとき、本人は誤魔化したつもりだろうが明らかに動揺していた。

 おそらく、本当は森で迷子になって飢え死にしそうだったのではないかと踏んでいる。

 

「念のため、迎えに行くか」

 

 呟き、二人の男を森まで連れていき、その辺に生えていた蔦で頑丈に縛ると斑鳩の居るであろう場所へと向かっていく。

 

 ――しかし、あの少年の肩にあったのはフェアリーテイルの紋章のはずだが…。

 

 一つ、気になることを抱えたまま。

 

 

 *

 

 

 最初に動いたのはエルザであった。

 彼我の距離はそれなりに離れており、このままでは先程の飛ぶ斬撃により一方的に切られてしまう。

 故にエルザが選んだのは黒羽(くれは)の鎧。

 蝙蝠のような外見をしたこの鎧は装着した者の跳躍力と攻撃力を上昇させる。

 エルザは一跳びで間合いをつめ、斬りかかる。

 それを見て斑鳩の頭は戦闘用へと切り替わる。

 瞬間、エルザの全身を悪寒が走った。

 斑鳩から突如発せられた研ぎ澄まされた剣気にあてられたのだ。

 しかし、そのときにはすでにエルザは斑鳩へと斬りかかっていた。

 それを斑鳩は手に持つ刀で受け流す。

 黒羽の鎧の跳躍力をそのままに、いや、更なる力を加えられたエルザは斑鳩のはるか後方へと吹き飛ばされた。

 

「何っ!」

 

 エルザの口から驚愕の声が漏れる。

 一太刀の交錯であるが、敵の力量を推し量るには十分であった。

 今まで出会った敵の中でも最上位に入るだろう。

 

「そんな……、エルザが吹き飛ばされた!?」

「オイラ、あんなに簡単に吹き飛ばされたエルザは初めて見たよ」

 

 二人の攻撃を目撃した金髪の少女、ルーシィ・ハートフィリアと青い猫、ハッピーもまた驚愕する。

 二人にとってエルザ・スカーレットはギルド内最強の女魔導士であり、絶対の存在。

 常に圧倒的な強さを見せつけていたのだ。

 

「貴様、何者だ」

 

 相手の尋常ではない実力を前に、エルザは誰何の言葉をかけた。

 ここで斑鳩が“人魚の踵(マーメイドヒール)”の者だと名乗っていれば勘違いはすぐに解け、戦いは終わっていただろう。

 しかし――、

 

「聞きたければ実力で聞いてみたらどうでしょう」

 

 名乗ることをせず、むしろ挑発の言葉を投げる。

 戦いが始まる瞬間こそ憂鬱な気分になった斑鳩であったが、戦闘用へと切り替わった思考の中で、もっと戦いたいという欲望が表れた。

 簡単に受け流したように見えて実はそうではない。

 剣と刀が触れたその瞬間、エルザの圧倒的な力に危うく押し込まれるところであった。

 力では完全にエルザが上。まともに剣を受けるようなことがあればそのまま斬られかねない。

 これほどの実力、師匠以来かもしれない。

 

「ならば、そうさせてもらおう!

 

 ――天輪(てんりん)循環の剣(サークルソード)!!」

 

 次に装着したのは天輪の鎧。

 同時にいくつもの武具を操る能力をもつこの鎧でもって、十六の剣を独楽のように回して飛ばす。

 一刀のみをもつ相手にとって手数の量で攻めるのは有効であろう。

 だが、

 

無月流(むげつりゅう)夜叉閃空(やしゃせんくう)

 

 小さな呟きとともに繰り出された剣閃にすべての剣が切り落とされる。

 だが、エルザに分かったのは切り落とされたという事実のみ。

 まるで斑鳩の剣閃が見えなかったのだ。

 だが、その程度で怯みはしない。

 十六の剣を落とした斑鳩には流石に隙がみえる。

 

天輪(てんりん)繚乱の(ブルーメン)――」

 

 剣を放つと同時に駆け込んでいたエルザはそのまますれ違いざまに無数の剣でもって切り裂こうとし、

 

「あら、そんな状態で戦えますの?」

「な、がっ!」

 

 声をかけられて初めて気づく。

 すでにエルザは無数の剣閃によって切り裂かれ、鎧も体もボロボロだった。

 エルザですら見えなかった剣閃は十六の剣にとどまらず、エルザ本人をも攻撃していたのだ。

 

「くっ、ならば!」

 

 己の最速でもって打ち破る。

 その思いとともに飛翔の鎧を装着した。

 自らの速度を上昇させる鎧に双剣を持ち、全身全霊で斬りかかる。

 

飛翔(ひしょう)音速の爪(ソニッククロウ)!」

 

 技名の通り音速の域に達する剣撃の嵐が斑鳩を襲う。

 それも一刀の斑鳩と双剣のエルザ。

 どちらが上を行くのかなど、自明の理。

 されど、斑鳩はその理を上回った。

 

「ぐうっ」

 

 またも切り裂かれたのはエルザの方だ。

 

「早さじゃうちには勝てませんよ」

「――っ、明星(みょうじょう)光粒子の剣(フォトンスライサー)!」

 

 すれ違い、即座に反転。

 斬り合いではとてもかなわないと悟ったエルザは明星の鎧と合わせてまた別の双剣を装備すると、その切っ先を向け、光線を飛ばす。

 刀しか持たない斑鳩には防御手段などなく、この距離からかわすことなど不可能である。

 と、思われたが、

 

「――無月流(むげつりゅう)天之水分(あめのみくまり)激浪(げきろう)

 

 光線に向かって魔力を纏わせた刀を振るう。

 

「バカな、掻き消しただと!」

 

 斑鳩の神速で振るわれた刀によって作り出された魔力の激流は本来、微弱な攻撃しか防げない“天之水分”の効果を押し上げたのだ。

 掻き消すだけにはとどまらず、そのまま追撃をする。

 

「夜叉閃空」

 

 だが、今度は斑鳩が驚愕する番だった。

 

「金剛の鎧!」

「――へぇ」

 

 かわしきれないとエルザは自らのもつ最高硬度を誇る鎧を纏った。

 これには流石に斑鳩の夜叉閃空では突破は不可能であった。

 エルザは一端距離をとって構え直す。

 斑鳩もまた、刀を構える。

 仕切り直しの形であるが、現状どちらが優勢であるかは一目瞭然。

 ボロボロのエルザに対して、斑鳩は無傷であった。

 

 ――強い。

 

 エルザは敵を睨み付けたまま歯噛みする。

 これほど一方的にやられるのは記憶を掘り返しても数える程しかない。

 金剛の鎧は最高の防御力を誇るがそれ以外の性能はあまり高いとは言えない。

 このまま戦っても勝ちは見えないし、もしこの鎧を破る手段が存在するとすれば勝ち目はない。

 ならば、

 

 ――切り札を切るのみ!

 

 エルザを黒く禍々しい鎧が包み込み、右手には巨大な剣が握られている。

 

 

「――それは?」

「煉獄の鎧。この姿を見て立っていたものはいない」

「なるほど。奥の手、と言ったところどすか」

 

 確かに煉獄の鎧とやらは見ているだけでも肌がひりつくような威圧感を発し、尋常でないほどの力を感じる。

 この鎧を纏って手に持つ巨大な剣を振るえばあらゆるものを粉砕するであろう。

 この姿を見て立っていたものはいない、というのは誇張でも何でもない。

 

「おおおおぉおぉおおお!」

 

 ――ただし、それはまともに剣を受けたらの話である。

 

 エルザが溢れだす力を注ぎ、巨大な剣を斑鳩へと振り下ろす。

 圧倒的な暴威を前に、されど、斑鳩には焦りはない。

 

無月流(むげつりゅう)天之水分(あめのみくまり)――」

 

 斑鳩は巨大な剣の側面を受け流すように、しかし、余力を残したまま刀を振る。

 本来ならこの力をそらすことなど全力をもってしても不可能だったろう。

 だが、刀は魔力を纏っていた。

 刀が剣に触れた瞬間、魔力の流れが後押しし、巨大な剣が右へとそれる。

 

 ――この鎧をもってしても届かないというのか……。

 

 エルザの鎧の中に隠された弱い心が絶望の声を上げる。

 だが、まだ斑鳩の剣技は終わっていない。

 余力を残していた斑鳩はそのまま刃をとって帰す。

 流されそのまま地面を砕こうとする剣の上、すでに過ぎ去った軌道を越え――、

 

「――川登(かわのぼり)

 

 エルザの体を切り裂いた。

 

 

 *

 

 

 ――やってしまった……。

 

 最後、エルザを斬り伏せると、冷静になり普段の調子を戻した斑鳩は焦りだす。

 誤解を解く機会があったというのに高位の実力者であるエルザを前に剣士としての血がたぎり、つい戦闘を続行してしまった。

 エルザは地に足をつきながらもこちらを睨み、金髪の少女と青い猫――確か名前はルーシィとハッピーだったか――が覚悟を決めた表情をして今にもこちらに飛びかかりそうである。

 これだけ暴れて今更、私は敵じゃありません、なんて言ったところで信じてくれないのは明白だ。

 どう収集をつければいいのか分からず、混乱する頭でこのまま逃げてしまおうかと思ったところで救世主が現れた。

 

「斑鳩殿、これは何事ですか?」

 

 駆けつけたカグラが状況を見て、剣を構え、警戒しながら斑鳩の側へと駆け寄った。

 カグラとしてはおそらく先程倒した男たちの仲間であろうと判断してのことなのだが、斑鳩に目線を向けると助けを求める子犬のような表情で首をふるふると振っている。さらに、心なしか泣きそうだ。

 

「は? え、えっと、斑鳩殿?」

 

 涙目でじっと見つめられてもなにがなんだか分からない。

 斑鳩に続いてカグラもまた混乱し始める。

 だが、逃げるようなことはせず、目まぐるしく巡る思考の中で出した答えはとりあえず名乗ってみようということだった。

 

「わ、私たちはこの島からの依頼を受けてきた魔導士ギルド“人魚の踵”の者だ。そなたらは何者か」

「「「は?」」」

「え?」

 

 名乗ると同時に相手から上がる困惑の声とそれにつられて発してしまったカグラの困惑の声があがる。

 混乱がこの場にいる全員へと伝染し、再起動するまで数分がかかるのだった。

 

 

 *

 

 

 場所は変わって村人たちの避難場所。

 あの後、とりあえず場所を変えよう、ということで一先ずここまで移動してきたのだ。

 聞いた話によると、今回の依頼は月を壊してくれというもの。

 紫色の月が出るようになって以来、村人たちの体の一部が悪魔のものになってしまったのだ。

 さらには、月が昇っている間は完全に悪魔になってしい、中には心まで失い皆に被害がいかないうちに殺されたものもいるらしい。

 流石に月を壊すのは不可能だとナツたちは近くにある怪しい遺跡を調査すると、地下にデリオラという悪魔が氷付けにされて封印されていた。

 グレイ曰く、グレイの師匠が“絶対氷結(アイスドシェル)”という魔法で封印したもので絶対に解けない氷らしい。

 それを零帝という人物が“月のし(ムーンドリップ)”という儀式によって結集させた月の光を氷に注ぐことで封印を解こうとしていたのだ。

 一つに集束させた月の光はいかなる魔法をも解除する力を持っているということらしい。

 それをナツたちが妨害し、村を消してくるように零帝に命じられた部下たちと交戦していたところに斑鳩たちが到着したということらしい。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 説明を行っていたテントの中で斑鳩が頭を下げる。

 互いに事情を説明し、現状を把握したところで斑鳩が途中から気付いていたにも関わらず、戦闘を続行し、あまつさえ怪我をさせてしまったことを謝っているのだ。

 

「頭をあげてくれないか。今回については完全にこちらの過失だ。勘違いされるようなことをしたのはこちらなのだ。善意からの行動に文句をいうほど私は狭量な人間ではないさ」

 

 そう言ってエルザは許してくれたのだが、目の前のエルザは全身を包帯で包んでいる。

 それを見ると申し訳ない気持ちいっぱいになる。

 

「彼女の言うとおりです。斑鳩殿が謝ることなどありません」

 

 そう言って斑鳩を擁護しているのはカグラである。

 エルザについては斑鳩にも悪いところはあるので、後で治療費を出そうか、とまで考えてはいるのだが、

 

「そもそもこの事態を引き起こした原因はそなたらであろう。何か言葉はないのか」

「うぅ、ごめんなさい……」

「あい……」

 

 縛り上げられ、テントのすみにはルーシィとハッピーが座らせられていた。

 カグラの言葉の通り、今回の発端はフェアリーテイルのナツとハッピー、ルーシィがギルドに無断でS級クエストを受けに来てしまったのが原因だ。

 そこに、なんやかんやでグレイが加わり、現状のように斑鳩たちが到着する前には物事が動き出していたのである。

 

「そこの者たちについては後でこちらのギルドから処置を行うので、許してはくれないか」

「まあ、それでよい」

 

 エルザとカグラの間でとりあえずの合意がなされる。

 ただ、グレイはいまだに目を覚まさず、ナツの行方もしれないため、詳しいことは日が明けてからということになる。

 

「改めまして、うちは斑鳩どす。斑鳩で構いませんよ」

「私はカグラ・ミカヅチだ。カグラでよい」

「私はエルザ・スカーレットだ。好きに呼んでくれて構わない」

 

 こうして、三人は名を交わし握手をもって友好を深める。

 ちなみにルーシィとハッピーも小さく名前を名乗った。

 斑鳩たちはエルザのいたテントを後にし、自分たちように用意されたテントへと向かう。

 その途中で斑鳩はカグラの様子がおかしいことに気がついた。

 

「どうかされたのどすか?」

「いえ、あのエルザという者にどこかで見覚えがある気がしたのですが」

「ふむ」

 

 斑鳩は前世の記憶を思い出そうと努力するが、カグラという人物が登場していた記憶はない。

 それともまた忘れているのだろうかと頭を悩ませていると、それに気がついたカグラが苦笑ぎみに声をかける。

 

「斑鳩殿、たぶん気のせいでしょうし、斑鳩殿が頭をなやませる必要はありません」

 

 斑鳩もまたこれ以上考えても仕方がないと、頭を振ると改めてテントへと向かっていった。

 

 

 *

 

 

 翌日、再びエルザのテント。

 

「エルザ!?」

 

 グレイは村人の案内でテントの中に入ると目の前の居るはずのない人物の登場に驚いた。

 

「って、その傷はどうしたんだよ」

「今はその事はどうでもいい。だいたいの事情は聞いた。お前はナツたちを止める側ではなかったのか? グレイ。あきれて物も言えんぞ」

「……ナツは?」

「それはこちらが聞きたい」

 

 エルザは隅っこに縛られているルーシィたちを見やると、現状について説明させた。

 

「ナツは村で戦っているところまでは目撃されてるんだけど、それっきりどこへ行ったのかわからないの。それでグレイのところに連れてけって言われて……」

「よくこの場所がわかったな……。村の資材置き場だと聞いたぞ」

「オイラが空から探したんだよ」

「これで、現状を理解したか?」

 

 そう言ってエルザは立ち上がる。

 傷は痛むが動けないほどではない。

 

「グレイ、ナツを探しにいくぞ。見つけ次第ギルドに戻る」

 

 その言葉にグレイは驚いた。

 まるで信じられない物を見るような目でエルザの方を向く。

 

「な、なに言ってんだエルザ……。事情を聞いたなら今、この島で何が起こってるか知ってんだろ」

「昨晩、正規に手続きをしたギルドの者が到着した。そちらに任せるのが筋だろう」

「他のギルドのやつらが?」

 

 なるほど、それなら確かにそちらに任せるのが筋というもの。

 しかし、それでもグレイは引き下がらなかった。

 

「オレはまだ帰らねえ。最後までやらせてもらう」

「何だと?」

 

 エルザは鋭い眼光で睨み付ける。

 普段はエルザを恐れていたグレイの言葉にルーシィとハッピーも驚いた。

 

「お前までギルドの掟を破るつもりか」

 

 エルザは手に剣を出現させ、グレイの喉元に突きつける。

 

「ただでは済まさんぞ」

 

 だが、それでもグレイは引き下がらない。

 ここまでやっておいて途中で投げ出すなどあり得ない。

 それ以上にこの一件はグレイの過去に大きく関わっている。

 この件の首謀者である愚かな兄弟子を救ってやりたいのだ。

 

「勝手にしやがれ。これはオレが選んだ道だ。やらなきゃならねえ事があるんだ」

 

 突きつけられた剣を素手で握り、切れた手のひらからは血が滴り落ちる。

 目をそらさず前を向くその瞳には並々ならぬ覚悟が宿っている。

 エルザですら息をのむほどの――。

 エルザが剣を下ろすと同時にグレイも手を離す。

 

「最後までやらせてもらう。斬りたきゃ斬れよ」

「……すまん。想定外の事態になった」

「あ? どういう――」

「まあ、これはしょうがないでしょう。グレイはんの師匠が関わっていることについてはすでに聞いていましたし」

 

 突然のエルザの謝辞の意味が分からず、どういうことかと聞こうとすると、テントに見慣れない者たちが入ってくる。

 

「誰だ?」

「先程言った、正規の手続きで依頼を受けにきた者たちだ。このまま続けたければ納得のできる理由を説明することだ」

「……わかったよ」

 

 グレイの説明によると、零帝の名はリオンといい、グレイの兄弟子にあたるらしい。

 師匠であるウルを越えることを目標にしており、ウルですら勝てなかったデリオラを倒すことでうるを超えたことを証明しようとしているのだ。

 

「そういうことなら、零帝とやらはグレイはんに任せましょう」

 

 師匠という言葉に斑鳩も思うところがあった。

 師匠を大切に思う気持ちは痛いほどにわかる。

 これは弟子どうしで決着をつけさせた方が良いだろう。

 

「カグラはんもよろしいどすか?」

 

 自分だけで決めるわけにもいかないので斑鳩はカグラにも確認をとる。

 

「……いいでしょう。私たちが到着したタイミングでは村は救えなかった。協力してくれるのなら断る理由はない」

「でも、零帝たちが村を攻撃してきたのはオイラたちが来たからなんだよね」

「このバカ猫! 余計なことを言うんじゃない!!」

「……そなたらが妨害していなかったら、今ごろすでにデリオラとやらが復活していたかもしれぬ。協力してくれるのなら断る理由はない」

「……すまん。本当に」

「気にするな。このような経験は初めてではない……」

 

 色々とフォローを入れてくれたカグラに申し訳なさそうにエルザが謝る。

 斑鳩が“人魚の踵”に入った当初は生活能力が皆無で色々と起こした問題をフォローしていたものだ。

 共に行動することが決まり、いざ、零帝のもとへ行こうとしたとき、斑鳩が声をあげた。

 

「そういえばうち、簡単な解呪ならできますよ」

「本当か!?」

「ええ、本当に簡単なやつだけなんどすが」

 

 嘘ではない。天之水分を使いこなせることから分かるように、斑鳩は魔力制御は大陸中を探してもトップクラスであろう。

 触れてさえいれば相手の体の魔力の流れを天之水分と同じ要領で把握し、違和感のある場所に魔力をぶつけて無理やり解除する方法である。

 “絶対氷結”は無理でも村人の呪いくらいは解けるかもしれない。

 

「それではいきますよ」

 

 という訳でそこら辺を歩いていた村人の一人をテントの中へと連れてきた。

 そして、体に触れると魔力の流れを読み取る。

 

 ――あった。

 

 へばりつく異質な魔力を見つけると魔力を流し込んで押し流す。

 すると、村人の体を光が包み込み――、

 

 ――そこには元のままの村人の姿があった。

 

「て、あれ、えぇぇ?」

 

 確かに解呪したはずなのに。

 手応えはあったのに失敗したと思った斑鳩は落胆する。

 

「ダメじゃねーか」

「まあ、こんなこともあるさ」

「斑鳩殿、気にする必要はありませんよ」

 

 みんなの言葉が心に痛い。特に慰めの言葉が。

 確かに成功したはずなのに……、とぶつぶつ呟く斑鳩を尻目にグレイはおいてけぼりの村人に話しかける。

 

「あんたも悪かったな、変な期待を持たせちまって」

「い、いや違う! これでいいんだ、俺たちは元々悪魔だったんだ!」

「は?」

 

 突然、理解不能なことを言い出すとテントから飛び出していく村人。

 

「みんな、俺たちは人間じゃねえ! 悪魔だったんだよ!」

 

 外に出ると周囲の人々へと叫びだす。

 しかし、そんな事を信じるのは誰もいない。

 

「おお、何ということだ。べべ、お前まで心も悪魔になってしまったのか……」

「違う! おかしくなってんのはみんなの方なんだ! 信じてくれ!!」

 

 テントの外ではベベと呼ばれた斑鳩が解呪したはずの村人が他の村人たちに囲まれ始めた。

 

「おい! どうすんだよ!! 解呪どころか悪化してんじゃねーか!」

「え、えぇ?!」

「ちょっ、これこのままじゃあの人殺されちゃうんじゃない!?」

「これはまずいな……」

 

 混乱ここに極まった。

 解呪したはずが悪化し、殺されそうになっている。

 もう、意味が分からない。

 

「カグラはん、後は任せました!」

「斑鳩殿、何を!?」

 

 思考が停止した斑鳩は村人に囲まれたべべを捕まえると包囲を突破して走り去ってしまった。

 

「逃げたぞ! 追え、皆に害が及ぶ前に殺さなければ!!」

 

 それを追って村人たちも走り去っていく。

 後に残された者たちは

 

「……何だこれは」

 

 と、呟くのが精一杯だった。




今回の斑鳩対エルザは後々補足を入れるかもしれません。
天輪の鎧壊しちゃったけどアリアくらいならなくても、倒せるだろう、うん。
金剛の鎧は壊さなかったから、ジュピターも問題ないしね。
そして、また無月流の解説入れます。

〇天之水分・激浪(あめのみくまり・げきろう)
天之水分の発展技その一。
刀に魔力を纏わせたまま斑鳩の神速の剣でもって振ることで激しい流れを作り出し、魔法攻撃を阻む。
物理攻撃にも意味があるっちゃあるが、とにかく勢い重視で振ってるので刀が折れかねない。
ちなみに修羅は天之水分止まりなのでこれは斑鳩が自分で覚えたオリジナルの技とも言える。

〇天之水分・川登(あめのみくまり・かわのぼり)
天之水分の発展技その二。
敵の攻撃を受け流すさいに魔力流を発生させることで受け流しの補助をさせる。
ただし、この魔力流もただ力を込めればいいのではなく、緻密な調整を必要としている。
受け流すさいに魔力の流れによる補助を最大限に活かして腕に余力を残しておくことで即座に刃を返してカウンターを入れることを可能とする。
ただでさえ、受け流しは多大な技術を必要とするのに魔力も併用して行うのは剣技と魔力制御が頭がおかしいレベルにうまい斑鳩くらいにしかできない。同じく斑鳩のオリジナル。

〇解呪
特にこれといった名前はないがこれも天之水分の発展技その三。
相手の魔力を読み取ったり魔力流したりはユニゾンレイド一歩手前の神業。
それを心の繋がっている相手でもなく赤の他人にやっちゃう斑鳩の魔力制御はやっぱり異常。


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第九話 月を斬れ

「すまねえ、オレのせいでこんなことに……。記憶が急に戻って錯乱しちまったんだ」

「いえ、いいんどす。もう過ぎ去ったことですから……」

 

 村から大分離れた森のなか、体育座りでいじける女とそれを慰める悪魔という奇妙な構図ができていた。

 

「それにしても呪いが姿を変えるものではなく記憶を変えるものだったなんて……」

 

 村人たちをまいて、ベベから詳しい話を聞いた斑鳩はようやく思い出したのだ。

 この呪いの原因は“月の雫”によって発生した排気ガスのようなものが結晶化して空に膜をはってしまったことにある。

 月が紫色に見えていたのもこのためだ。

 もっと早く思い出していればもっと穏便に済むように気を付けたのに……、と後悔するがもう遅い。

 このまま膜を夜叉閃空でもって斬ってしまってもいいのだが、なにも言わずにそんな事をしたら混乱を引き起こしかねない。

 カグラたちが戻ってきたら村人をまとめて間を取り持ってもらった上で斬った方が簡単に済むだろう。

 

「カグラはんたちは大丈夫でしょうか」

 

 待つしかない斑鳩は零帝の元へ向かったカグラたちのことを案じる。

 幹部と思われる連中は全員縄で縛って捕まえてあるので戦力はもうほとんどのこっていないとは思うし、あのメンバーなら大丈夫だろうとの信頼もある。

 しかし、おそらくそこに加わっているだろうエルザは少し心配だった。

 手加減なんてしている余裕はなかったので大分痛め付けてしまった。

 動く分には問題ないかもしれないが戦いとなると別であろう。

 一見、あの戦いは斑鳩が一方的に勝っていたように見えるがそうではない。

 エルザの多彩な攻撃を刀一本でもって超スピードでさばいていたのだ。

 その運動量はエルザの数倍にものぼる。

 加えてあの攻撃力。一撃でもくらえば形成を逆転されかねなかった。

 まともに受けることもできずに流し続けるのはさしもの斑鳩にも多大な負担を与えた。

 決着がついた時点で斑鳩は身体的にも精神的にも疲労していた。

 もっと長く戦闘が続いていれば負けたのは斑鳩かもしれない。

 ここまで考え、再び戦いたいという欲求が現れるが振り払う。

 今度なにかあったらお詫びにいくらでも力になろう、そのことだけを考えた。

 それに、カグラたちの心配をしたところでどうにもならないと思い直すと、

 

「べべはん、しりとりでもしません?」

「え、しりとりですか?」

「ええ、しりとりどす」

 

 暇潰しに走るのだった。

 

 

 *

 

 

 グレイからリオンについての話を聞きながら遺跡へと向かうエルザ、グレイ、ルーシィ、ハッピー、そしてカグラ。

 その道中、

 

「見つけたぞ妖精の尻尾!」

「うわあっ!」

「変なのがいっぱい!」

 

 月のマークの入った覆面にローブ姿のいかにも怪しい男たちが、茂みを掻き分けて現れる。

 

「行け、ここは私たちに任せろ」

 

 エルザはその前に立ちふさがるとグレイに先に行くように促した。

 

「エルザ……」

「リオンとの決着をつけてこい」

 

 グレイは一つうなずくと先を急いで駆けて行く。

 

「すまんがルーシィ、カグラ手伝ってもらいたい」

「もちろん、任せて」

「当然だ」

 

 エルザの声に答えて呼ばれた二人も前に出る。

 元々カグラは斑鳩が怪我をさせてしまったエルザをアシストするつもりであったので断ることはない。

 ルーシィは仲間だから当然として、エルザの機嫌をとる目的もちょっとあったりする。

 

「行くぞ!」

 

 エルザの掛け声に会わせて女剣士二人が前へ出る。

 

「開け! 金牛宮の扉……タウロス!」

 

 遅れてルーシィが金色に輝く鍵をかざすと、筋骨隆々で二足歩行の牛男が現れる。

 

「MOーーー!」

「あいつらを倒しちゃって!」

「ルーシィさんのおっぱい最高!」

「ルーシィ、空気読みなよ」

「あたしに言わないでよ!」

 

 主であるルーシィの命令を受けて奇妙な掛け声を発しながら怪力でもって敵を凪ぎ払う。

 そんなようすを、

 

「なんだあれは……」

「ルーシィの星霊だろう」

「いや、そうではなく」

「それ以外は私も知らん」

「……そうか」

 

 二人の女剣士が冷ややかに見ていた。

 言葉を交わしている間にも動きを止めることはなく、次々と敵を切り裂いていく。

 そしてものの数分で敵を全滅させた。

 

「MOーーー! こっちにもいいおっぱいが!!」

「こいつ、斬ってもよいか?」

「やめといてやれ」

「ごめんなさい……。すぐ帰します」

 

 敵がいなくなって暴走しだしたタウロスをルーシィが早速修得した強制閉門で星霊界へと帰す。

 ルーシィ、エルザはいうまでもなくカグラの胸もまたなかなかのものだ。

 タウロスを選んだのは間違いだったかもしれないと少しルーシィは反省する。

 

「さあ、私たちも遺跡へ行こう」

「そうだな」

 

 エルザは気丈に振る舞っているが剣を振るようすに違和感がある。しかし、本人が大丈夫といっている以上カグラには言うことはない。

 それに、この程度の敵ならば心配はいらないだろう。念のために重力魔法は使わずに魔力を温存しているのだが。

 こうして三人と一匹は遺跡へと向かっていくのであった。

 

「オオオオオオオオオオオ!!!」

 

 エルザたちが遺跡へと到着したとたん辺りに大きな声が鳴り響く。

 

「な、なに!? 今の声! てか本当に声だった!?」

 

 そのあまりの声量を前にルーシィが驚きの声をあげた。

 

「ルーシィのお腹の音かも!?」

「本気で言ってるとは思えないけどムカツク……」

「例のデリオラとかいう悪魔か?」

 

 ふざけたようすの二人を尻目にエルザが冷静に状況を分析する。

 

「そんな、まさか復活しちゃった訳!?」

「ならば、相当まずいのではないか」

 

 頬に手を当て驚くルーシィに対してカグラはいくらか冷静に見えるが内心では相当焦っていた。

 声を聞いただけでもこの悪魔がどれ程のものかは容易に想像できる。

 一度復活してしまえば、現在の戦力では倒せそうにもない。

 

「待って! あの光見覚えあるよ!」

 

 すると、ハッピーが一条の光が床にあいた小さな穴を通じて下へと行っているところを発見した。

 

月の雫(ムーンドリップ)

 

 それは、規模こそ小さいがルーシィたちが昨晩目撃した儀式における集束された月の光と同一のものであった。

 

「オオオオオオオオオオオ!!!」

 

 再び咆哮が響く。

 

「また……」

「ルーシィ何か食べたら」

「あんたこそネズミに食べられちゃえば」

「デリオラの声はするが“月の雫(ムーンドリップ)”の儀式は続行されている……」

 

 またエルザがルーシィとハッピーのことを尻目に思考を巡らせる。

 

「つまり、デリオラの復活は完全ではないということ」

「ならば、儀式をつぶすか」

「ああ、それならばまだ復活を阻止できる。急げ!」

 

 エルザはカグラの案にうなずくと、二人揃って上へと向かった。

 

「あ、ちょっと待ってよ!」

 

 遅れてルーシィとハッピーもついていく。

 頂上につくとそこには先程倒した者たちと同じ格好をしたものが儀式を行っていた。

 

「行くぞ――くっ!」

「無理をするな。私に任せろ」

 

 駆け出そうとして痛みから顔をしかめるエルザに代わってカグラが重力魔法で加速をかけて近づき、切り捨てる。

 

「やった! 月の雫(ムーンドリップ)が止まった!!」

「てか、コイツ一人でやってたんだ……」

 

 遅れてきたルーシィとハッピーが安堵の声をあげると、カグラもまた胸を撫で下ろす。

 しかし、

 

「もう遅い! 儀式はもう終わったんだ!!」

 

 倒れた男が叫ぶと同時、

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

「何っ!」

 

 先程までとは比べ物にならないほどの咆哮があがった。

 おそらくデリオラが復活したのだろう。

 

「くそっ、貴様っ! なんの目的があってデリオラを復活させようなどと思ったのだ!!」

「ひぃっ」

 

 カグラが怒りのあまり先程まで儀式を行っていた者へとつかみかかる。

 

「よせ、その男に怒りをぶつけたところでどうにもならん」

「くっ――」

 

 エルザがカグラの肩へと手を置いて宥めると、カグラもそんなことは分かっていたので手を離す。

 ぐっ、と呻き声をあげて倒れる男をそのままにして地下へと駆けつけようとするが、

 

「俺たちはっ、みんな、デリオラに家族を殺されたり、故郷を滅ぼされたりしたもの同士なんだ! だから、俺たちは零帝様なら恨みをはらしてくれるって、信じてついてきたんだ!!」

 

 どうやら相手にも事情はあったらしい。

 

「やつらにはやつらなりの正義があったのだ。行こう」

 

 エルザはカグラに声をかけ、デリオラのもとへ行こうとするが――、

 

「うっ、うぶっ」

 

 当然、カグラがくちもとを抑えてうずくまる。

 

「おいっ! カグラ! どうしたんだ!」

 

 エルザが必死に声をかけるがカグラの耳には入らない。

 今、カグラの頭の中にはありし日の生活が思い起こされていた。

 貧しくも幸せだった、最愛の兄との生活。

 そして、故郷を、兄を失った日のこと。

 男の話した目的にカグラのトラウマが呼び起こされ強烈な吐き気に襲われる。

 苦しみの中、涙を流しつつ口から漏れでた言葉は――、

 

「シ、モン、お兄、様――」

 

「――今、なんと言った」

 

 遠くでルーシィの呼ぶ声がする。

 だが、二人には届くことはない。

 この場所だけ、今は時が止まったように静かだった。

 

 

 *

 

 

「ありがとうございます……。師匠……」

 

 グレイは手で顔を覆って涙を流す。

 デリオラは確かに復活した。

 しかし、雄叫びをあげ動き出そうとしたその時、全身が粉々にくだけ散る。

 ウルの氷の中で十年間、デリオラは徐々にその命を奪われ、この瞬間に絶命したのだ。

 

「かなわん……、オレにはウルを超えられない」

 

 グレイの兄弟子であるリオンもまた涙を流す。

 そんな様子をナツは笑顔で見ていた。

 ウルの氷は溶けて水となり、海へと流れていく。

 

「おーい! ナツ! グレーイ!」

 

 すると、ルーシィの声が聞こえてきた。

 

「ナツーーー!」

「ハッピー!」

 

 ルーシィと一緒に来たハッピーがナツのもとに飛び込んだ。

 なんだかんだで一晩会っていなかったのだ。

 さすがに寂しかったのだろう。

 

「いあーーー! 終わった、終わったーっ!」

「あいさー!」

 

 ナツが歓喜の雄叫びをあげるとハッピーもそれに応じて叫びをあげる。

 

「本当、一時はどうなることかと思ったよ。すごいよね、ウルさんって」

 

 ことの顛末を聞いたのであろう、ルーシィが感慨深く呟くのをグレイが誇らしげに見ていた。

 一方でナツは相変わらず騒いでいる。

 

「これでオレたちもS級クエスト達成だ!」

「やったー!」

「もしかしてあたしたち“二階”へ行けるのかなっ!」

「はは……」

 

 はしゃぐ三人に対してグレイは力なく笑うのみ。

 どうやら、相当なダメージを負っているようだ。

 兄弟子との戦いはやはり激しいもの立ったらしい。

 すると、そこに遅れてエルザがやってくる。

 

「エ、エルザ! なんでここに!?」

 

 一人だけ知らなかったナツが驚いて固まってしまう。

 

「……その前にやることがあるだろう」

「あれ?」

 

 なにやら、エルザの様子がおかしい。

 いつものような覇気がない。

 

「お、おいグレイ。エルザのやつどうしたんだよ。何か元気ねーぞ。しかも傷だらけだし」

「傷についちゃオレも知らねーよ。だけど、たしかに変だな。さっきまでは普段通りだったと思うんだが……」

 

 二人は一斉にさっきまでエルザと一緒だったはずのルーシィの方を向く。

 

「私にもわかんないわよ。屋上で月の雫の儀式を止めてから変なのよあの二人」

「二人?」

 

 ナツがエルザの方をもう一度よくみるとその斜め後ろに見覚えの人影があった。

 

「あ! お前昨日の――」

「いい加減、私の話を聞く気にはならんのか」

「はい!!」

 

 さすがに放置しすぎたらしい。

 心なしか普段通りの威圧感が発せられている。

 

「今回の依頼の本当の目的は悪魔にされた村人を救うことではないのか」

「え!!?」

 

 受かれた気分の三人と一匹に水がさされる。

 

「S級クエストはまだ終わっていない」

「だ、だってデリオラは死んじゃったし、村の呪いもこれで」

「いや、あの呪いとかいう現象はデリオラの影響ではない。“月の雫(ムーンドリップ)”の膨大な魔力が人々に害を及ぼしたのだ。デリオラが崩壊したからといって事態が改善するわけがないだろう」

「そんなぁ」

 

 ルーシィは意気消沈。

 やっとのことで事件を解決したと思ったのにまだ終わっていないと言うのだ、仕方のないことであろう。

 

「んじゃ、とっとと治してやっかーっ!」

「あいさー!」

「どうやってだよ」

 

 相変わらず能天気に騒ぐナツたちに対してグレイは冷静に指摘する。

 そこに、今まで黙っていたカグラが口を開く。

 

「そこに首謀者がいるんだ。聞き出せばよかろう」

 

 その言葉にナツたちはリオンの方を向く。

 

「カグラ、もういいのか」

「ああ、心配をかけたな」

 

 そんな中、エルザだけはカグラのことを気づかっていた。

 エルザのなかには複雑な感情が絡み合いエルザ自身ですら、どう思っているのかが分からない。

 

「おい、リオン」

「オレは知らんぞ」

「なんだとぉ!」

 

 リオン曰く、三年前に島について以来村の人々には干渉したこともなく、向こうから接触してきたことはないらしい。

 しかし、この遺跡には毎晩のように月の雫の光が降りていた。

 それなのにここを調査しなかったのには疑問が残る。

 

「三年間、オレたちも同じ光を浴びていたんだぞ」

 

 あの村には何かある。

 リオンの言葉はそう感じとるには十分だった。

 

 

 *

 

 

 その後、村の資材置き場に戻ったが誰も居なかい。

 まさか、まだ斑鳩のことを探しているのかと思ったとき、村人の一人が走りよってくる。

 

「皆さん、戻りましたか! た、大変なんです!! と、とにかく村まで急いでください」

 

 案内されるがままについていくとそこには、

 

「な、なにこれ」

「昨日、村はボロボロになっちゃったはずなのに……」

 

 元通りになった村の姿。

 まるで時間が巻き戻ったかの光景にナツの頭には遺跡で戦った相手の名前が浮かぶが、まぁいいか、とすぐに忘れてしまう。

 

「魔導士どの! いったいいつになったら月を壊してくれるんですかな!」

 

 すると、依頼達成を願う村長の声が聞こえてくる。

 いまだに呪いをとく手掛かりがつかめずにどうしようかと誰もが悩むなかエルザが一歩前に出た。

 

「月を壊す前に確認したいことがある。皆を集めてくれないか」

 

 その後、集めた村人からの話によると、遺跡は何度も調査しようとしたらしい。

 しかし、遺跡には近づけず、いつのまにか村に戻ってきている言うのだ。

 

「やはり、か」

 

 それを聞いてエルザは答えにたどり着く。

 遺跡には月の聖なる光が蓄えられているため、闇のものは近づけない。

 加えて、斑鳩の解呪の結果を考えれば簡単なことだ。

 

「斑鳩! 近くにいるのだろう!」

「あら、気づいてらしたん?」

「斑鳩殿!」

 

 するとひょっこりとべべを伴い、現れる斑鳩。

 べべを見て警戒する村人たちをエルザが止める。

 

「悪いが、見ての通り私の体は本調子ではない。代わりに月を切ってくれないか?」

「何を言っている。流石に斑鳩殿でもそれは――」

「いいどすよ」

「斑鳩殿!?」

 

 エルザの無茶な要求にカグラは止めようとするが、即座に承諾した斑鳩に驚きを隠せない。

 答えをすでに知っている斑鳩だからこそエルザの意図に気が付いたのだが、カグラはそうではない。

 

「お気を確かに! 月はとても遠く、まともに届く距離ではありません。どのくらい遠いのかというと――」

「ちょ、カグラはんストップ、ストップ。かなり遠いことくらいうちにもわかりますから」

 

 普段の斑鳩を知っているカグラは本気で月に剣閃が届くと思っているんじゃないかと疑い詰め寄るカグラに島を覆うようにできた膜によるものだということを説明した。

 

「しかし、それでも難しいのでは……」

 

 説明を受けてなお、カグラは遥か上空にある膜を切断するのは夜叉閃空でも流石に無理ではないかと思ったのだが、

 

「そこで、カグラはんの力を借りるんどす」

「そういうことだ」

「――っ、なるほど」

 

 斑鳩とエルザの言葉にハッとする。

 そう、カグラには剣の他に重力魔法があるのだ。

 調整なんてお構い無しに斑鳩にかかる重力を軽減すれば、ギリギリ夜叉閃空が届く距離まで行くだろう。

 そうと決まれば実行である。

 皆が息をのんで見守るなか、カグラの力を借りて斑鳩は遥か上空へと飛び上がり、

 

「――無月流、夜叉閃空」

 

 見事に紫色の月を斬ってみせるのだった。

 

 

 

 

「みんないい人でしたなぁ。まあ、悪魔なんどすが」

 

 斑鳩が紫色の月を斬ったその翌日、太陽の下、魔導船の上に斑鳩とカグラはいた。

 あの後、記憶を取り戻した悪魔たちは大いに喜び、宴を開いて夜通し騒いだ。

 そこには当然、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”と“人魚の踵(マーメイドヒール)”の面々も参加し、悪魔たちとともに楽しんだのであった。

 

「でも正直、報酬は受け取らなくてよかったんどすが」

 

 出発の時となり、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”と“人魚の踵”の間では受けとる報酬についてひと悶着起きたのである。

 エルザ曰く、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”は正式に依頼を受理したわけではないので報酬を受けとる訳にはいかないうえ、さらにいえば、本来の目的である村にかかった呪いは“人魚の踵(マーメイドヒール)”が解いたのだから報酬はそのまま全て“人魚の踵(マーメイドヒール)”側で受けとるべきであるということだ。

 正直、正論すぎてぐうの音も出ないのだが、斑鳩としてはエルザを戦闘不能にしたうえに、不用意な解呪で村の人たちを混乱させてしまった。それに、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”も村を守るために尽力したのである。

 そのことをふまえて、せめて報酬を半分にする方向に持っていこうとしたのだがエルザは拒否。

 話し合いの結果、七百万Jは“人魚の踵(マーメイドヒール)”、追加報酬の鍵は“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”が受けとることで決着したのであった。

 

「……………」

 

 斑鳩が出発時のあれこれについて思い出している間、カグラはどこか遠くをみながら昨夜の宴の時のことについて思いに耽っていた。

 

『カグラ、少し話がある』

 

 エルザに呼ばれて人の輪の中から離れた森の中まで来ると、思いもよらない言葉を聞いたのである。

 

『もしかしたら、おまえはローズマリー村の出身ではないか?』

 

 なぜ、といいかけて口を紡ぐ。いや、正確には声に出そうとしても出なかった。

 カグラの脳内では、十年前のあの日、村が“子供狩り”にあった日の映像が駆け巡る。カグラだけが助かったのは偶然でも何でもない。

 一人の年上の少女があいた木箱のなかにカグラを押し込んで隠し、自分はそのまま捕まってしまったのだ。

 その少女は確か、

 

 ――綺麗な緋色の髪をもっていた。

 

『あの時の……』

 

 カグラの両目を涙が伝う。

 ずっと心残りだった。自分のせいで、とも思った。

 兄を探す、との決意の中、いつもあの少女の無事も気がかりだった。

 

『おまえの無事を祈っていた』

 

 エルザは止めどなく泣き続けるカグラを抱き寄せると、泣き止むまでの間、慰め続けた。

 腕の中でカグラは安堵感に包まれる。

 あの日からいつも一人だった。仲間はいた。孤独ではない。されど、家族の繋がりを突然断たれたカグラの奥底に、一抹の孤独感は存在していたのだ。

 それが、エルザの腕に抱かれて消えていく様な感覚があった。

 やがて、カグラも泣き止み心を落ち着けると、一番気になった質問をする。

 

『兄は、シモンは無事なのでしょうか……』

『それは……』

 

 エルザが生きていた以上、シモンもまた無事てあるはずだ、いや、そうあってほしいと思っての質問だったのだが、エルザは悩ましげにいいよどむ、

 

『まさか、兄は――』

『いや、生きてはいるだろう。だが、……』

 

 エルザの口からはもっとも確認したかった兄の無事を確認することはできた。

 しかし、それでも悩ましげにエルザは悩む。

 それでも、カグラは兄の現状を知りたかった。

 

『兄に何が起こっているのですか。私も覚悟はあります。どうか、――』

『違う。覚悟がないのは私のほうだ。全く情けないな』

 

 エルザはそう自嘲ぎみにこぼすと、“子供狩り”にあった自分たちがどのような目にあっていたのかをかたって聞かせた。

 まず、“子供狩り”をおこなったのは黒魔術を信仰する魔法教団であり、さらってきた者たちは死者をよみがえらせる魔法の塔である“Rシステム”――通称、楽園の塔――建造のための労働力とされていたのだ。その後、エルザたちは反旗をひるがえして立ち向かい、見事に教団の連中を倒すことに成功する。しかし、エルザたちの仲間であり、リーダー格であったジェラールが乱心し、エルザを放逐し再び捕まっていた者たちを使って楽園の塔の建造に着手したのである。

 

『もはや私にも楽園の塔がどこにあったのかは分からないんだ』

『そんな……』

 

 エルザの語った凄絶な過去に思わず絶句する。

 さらわれた兄がひどい目にあっていることくらいは容易に想像できていた。

 しかし、想像と実際に聞くのとでは衝撃が違う。

 

『おのれ……』

『カグラ、どうかジェラールを恨まないでやってくれ。あいつはいつも私たちの先頭に立って導いてくれた。みんなのことを思って勇敢に行動できるやつだったんだ。ただ、今はゼレフの亡霊に憑かれているんだ』

『しかし……』

 

 エルザの言葉に素直に頷けなかった。

 エルザの話からジェラールがどんな人物だったのかは伝わってくる。地獄のような環境の中でみんなを支え続けたのは素晴らしいことだと思うし、尊敬もできる。

 ただ、実際に体験していないカグラにとってはそれだけのことでしかない。今は兄を利用しているのだ。恨まずにはいられない。

 

『……わかりました。完全に、とはいきませんがジェラールのことは恨まないようにします』

『……ありがとう』

 

 それでも、なんとか恨みを押さえ込む。エルザの話によれば今は衣食を与えられ無理な労働もさせられていない。それならば、兄さえ帰ってくればなにも言うことはない。

 

『ただし、もし楽園の塔がどこにあるのか分かったら教えてほしい。私も力になります』

『もちろんだ。そっちも何か分かれば教えてほしい』

『当然だ』

 

 二人の間で情報交換が終わり、微妙な雰囲気が漂い始める。

 十年ぶりの再会である。事務的な話が終わってしまい、何を話せばいいのか分からない。

 すると、エルザが手を差し出してきた。

 

『同郷のよしみだ。友人になってくれないか。敬語も今までのようにつけなくていい』

『断る』

『な!』

 

 まさか断るとは思っていなかったエルザはカグラの拒否の言葉に驚いて声をつまらせた。

 

『敬語については了解した。だが……』

 

 カグラはエルザから目を背けながら、言葉を続ける。

 その顔はなぜか赤かった。

 

『姉さん、の方が、好ましい……』

 

 エルザはカグラの言葉を理解するのが一瞬遅れ、きょとんとした表情を見せるが、すぐに理解したのか微笑むと、

 

『やれやれ、可愛いやつだ』

『や、やめろ! 冗談に決まってるだろう!』

 

 胸の中にカグラを抱き寄せた。

 きっと、カグラは家族の繋がりに飢えていたのだろう。

 つい、口に出してしまったが、すぐに恥ずかしくなって否定の言葉を並べるも、顔は真っ赤になって、説得力もなにもなかった。

 

「ふふ」

 

 昨夜のことを思い出してついつい口を緩めてしまう。

 兄についてはまだまだ見つけ出すのに時間はかかりそうだが、それでも一歩近づいたし、同郷の友人もできた。

 昨日よりも間違いなく心はいくらか晴々しい。

 

「あれ、思い出し笑いどすか? めずらしいどすなぁ」

「いえ、笑ってなどいません。気のせいです」

「え? でも――」

「気のせいです」

「あ、はい」

 

 どうやら気を緩めすぎたようだ。

 斑鳩の追求をごまかすと、こんどはS級昇格はこんな内容で認められるのだろうかと考え出すのだった。




説明し忘れてた斑鳩の転生関連の捕捉。
前世の斑鳩が死んだのは子供の頃。精神が成熟しきる前に死んだから自我をもって生まれたけど精神は徐々に同化したので年相応になった。しかし、修羅につれられて世間から離れて育ったので今では年齢よりも子供っぽくなっている。


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魔獣編(オリジナル)
第十話 不穏な影


 ガルナ島から帰還すると斑鳩とカグラはマスターへと報告した。

 カグラの危ぶんでいた通り斑鳩のS級昇格は認められることはなかったが、”妖精の尻尾”の介入は不慮の事故であったためにもう一度S級クエストを受けて達成することでS級に昇格できることとなった。

 ちなみに、”妖精の尻尾”については斑鳩とカグラがマスターを説得したことで、評議員に抗議が出されることは免れた。

 

「それにしてもアネモネ村どすかぁ」

 

 暖かな日が差し込む列車の中で次の仕事場となる村の名前を感慨深げにつぶやいた。

 アネモネ村とは、一年前にカグラと出会った際に空腹に倒れた斑鳩がご飯を奢ってもらった場所であり、”人魚の踵”に入ることを決めた場所である。

 仕事とはいえ、懐かしい場所へ足を踏み込むとなれば到着が待ち遠しくなり、列車の動きも心なしか遅いように感じられる。

 しかし、気がはやっても到着が早まるわけもなく時間を持て余した斑鳩は此度の依頼内容を確認する。

 

 ――謎の魔獣出現。生態系が崩され、森は混乱中。早急に対処願う。

 

「せっかくだから、カグラはんと来たかったどすなぁ」

 

 ため息混じりに呟く斑鳩の周囲に人影は見られない。

 元々カグラは将来的にS級クエストを受けることを見越して経験を積ませるための付き添いであった。

 そのため、2回目である今回は付き添いは許されなかった。

 加えてガルナ島の時と違い、純粋に力が必要となるクエストであるため、斑鳩の得意分野であり、また、いまだ発展途上のカグラでは足手まといになりかねない。

 とはいえ、一抹の寂しさを感じながら列車に揺られて行くのであった。

 

 

 *

 

 

 アネモネ村には直接線路は通っていない。

 よって、隣町で下車した後は徒歩で向かった。

 アネモネ村に到着した斑鳩はその足で村長宅へと向かっていた。

 

 ――懐かしい。

 

 遠方には斑鳩の育った山が見える。

 そこにいるであろう師を思うと胸が締め付けられる。

 今すぐに駆けつけたい衝動に駆られるがいまだ約束を果たせない未熟の身で会ってはならないと戒める。

 どうやら、早急に仕事を片づけた方が良さそうだ。来る前には浮かれていた気分もすぐに下がってしまった。

 ふと、斑鳩の視界に見覚えのある建物が映る。

 

「……あれは」

 

 脳裏に甦るのはいまだ新しい思い出。

 カグラのごちそうになった場所であり、“人魚の踵”の一員としての出発点だ。

 看板には“食事処イチリン”と書かれてあった。

 

「そういえば、名前も知らなかったんどすなあ」

 

 入るときは空腹のあまり、出るときは就職先が決まっていたことで浮かれていたため、それ以外のことは頭になかった。

 我ながらアホであるが、今はましになったと思いたい。いや、ましになっているに違いない。

 今は丁度お昼時。食事がてら、死を覚悟するほどの空腹を満たしてもらったお礼にでも言ってこようかと思い、店に立ち寄ることにした。

 もっとも、そんなこと店主は覚えてもいないだろうが――、

 

「ああ、一年前の食い倒れ!」

「ぶっ!!」

 

 思いがけない言葉につい吹き出してしまった。食事前で本当によかったと思う。

 声のする方向を見れば、日に焼けた肌をした四十代ほどの女性がいた。

 彼女は戸惑う斑鳩のそばによると、快活な笑顔で出迎える。

 

「これはうれしい再会だね。ただでいいからちょっと話につきあっておくれよ」

 

 

 *

 

 

「はあ、とてもおいしかったどす」

「そりゃ、よかった」

 

 かかと笑う女店主の名前はライラというらしい。

 彼女の作る料理はお世辞抜きで美味しかった。

 

「それにしてもよく覚えてますなあ。以前来たときは一言もお話しませんでしたのに」

「確かにねえ、あのときのあんたは食事に夢中だったかと思ったら大喜びで飛び出してったからねえ。でも、」

 

 そこでいったん言葉が途切れる。

 表情をうかがえば、その瞳はこちらを見ているようで、その実、どこか遠くを見ているようであった。

 

「仇を討ってくれたんだ。忘れるもんかい」

「仇……」

「ああ、あんたがエイリナスを討伐してくれる前に何人か行方不明になっちまったやつがいてね」

 

 それは、横入りして結果的に討伐しただけの斑鳩には知り得ない情報だった。

 斑鳩はなんと返せばいいのか分からず言葉に詰まる。

 すると、ライラは重くなった空気を感じ取ると再び笑顔を作る。

 

「いや、すまんねえ。こんな辛気くさい話するつもりはなかったんだ。とにかく、あんたにお礼をしたかった。それだけだよ」

 

 そう言うライラの笑顔は無理に作り出したものだとすぐに分かった。

 

「もしかして、今回もすでに被害が?」

「……ああ、五人ほど森に入ったっきり帰ってこねえやつらがいるな」

「そう、どすか……」

 

 想定していなかった訳じゃない。

 S級にまわってくるほどのクエストだ、楽なモノではない。

 しかし、実際に村の人の思いに触れて、まだまだ認識が甘いことを思い知らされた気分だった。

 こんなことでは師匠に笑われてしまう。

 だから――、

 

「もう、安心どす。うちが来たからには魔獣、絶対に倒してみせます」

 

 なんの根拠もない宣言をする。

 これでもう、失敗なんてできない。

 もし、失敗しても周囲は許してくれるかもしれない。でも、自分を許せなくなるに違いない。

 ライラは斑鳩の瞳に強い意志が宿るのを見ると、ほう、と息を吐いた。

 

「――ああ、ありがとう」

 

 そう言って彼女は柔らかく微笑んだ。

 

 

 *

 

 

「ごめんくださーい。魔導士ギルド“人魚の踵”の者どす」

 

 決意を固め、ライラのもとを後にすると、今度は依頼の代表者である村長のもとへと向かった。

 村長の邸宅は村の中心部に位置し、豪華とはいえないまでも周囲の家々と比べれば一回りほど大きく、厳かな雰囲気を醸し出していた。

 

「はいはい、ちょっと待っててくださいね~」

 

 玄関の前で来訪を告げれば、どこか気の抜けたような女性の声が聞こえてきた。

 しばらくすると、扉が開かれ柔和な笑みを携えた老婆が出迎えてくれた。

 

「あなたが依頼を受けてくれた魔導士さんね。夫が待っておりますので奥に案内させていただきますね」

「よろしくお願いします」

 

 案内されるまま、応接間へと通された。

 装飾品のたぐいは少ないものの、よく手入れがされており客への気遣いは万全だ。

 

「あなた、お連れしましたよ」

「ああ、ありがとう」

 

 老婆に声をかけられ、部屋の中心にある机を挟んで反対側に腰掛けていた老人が立ち上がり一礼する。

 

「このような村までようこそおいでくださいました。列車も通っている分けでもなく、たいそう不便だったでしょう」

「いえいえ、そんなことありません。このくらいの距離どうってことはありませんよ。それに、自然豊かで歩きながら景色も楽しめましたから」

「ははは……。そう言っていただけるとうれしいものです」

 

 互いに挨拶を交わしているうちに、老婆が老父の隣に並ぶ。

 互いに目を合わせて合図をとると、老父がゆっくりと口を開いた。

 

「それでは自己紹介を。私はこのアネモネ村の村長をやっておりますヴィンスと申します」

「妻のパメルです」

「わざわざどうも、うちは“人魚の踵”所属の斑鳩いいます」

 

 互いに自己紹介を済ませ、それぞれ部屋の中央にある机を囲んで座すと、村長であるヴィンスが疲労を感じさせる表情で本題を切り出した。

 

「それでは今回の依頼について話させていただきます。今回、斑鳩殿にお願いしたいのは森の生態系を荒らす魔獣の捜査、発見、討伐です」

「ええ」

「簡単な依頼に聞こえるかもしれませんが、ですが、調査に赴いた魔導士の方々は一人たりとも無事で済んだ者はいません。亡くなった方がいないのが不幸中の幸いというべきか……」

 

 やはり、相当に強力な魔獣であるらしい。寂しくはあるが、確かにカグラは置いてきて正解だったようだ。

 前任の魔導士たちがいささか心配であるものの、さすがにプロというべきか。強力な魔獣と相対して一人も命を落とさないとは。

 あまり、前任者たちを心配するそぶりを見せるのは無粋であろうと、斑鳩は質問を続けることにした。

 

「その魔導士の方々は魔獣のことをなんとおっしゃっておりました?」

「刃のような触手だったということです。本体を見せず、四方八方を木々の隙間から狙われたと」

「なるほど、その触手の生える本体を目撃した方は?」

「残念ながら。触手は斬ろうが焼こうが次から次へと生えてくるらしく、いずれの方々も襲われた場所から一歩も動くことが叶わなかったと」

 

 なるほど、どうやら魔獣は物量で攻めてくるらしい。それも、再生もしてくるとなれば終わりの見えない戦いに精神まで疲弊してしまいそうだ。

 さすが、S級というべきか。

 

「他には何かありますか?」

「いえ、これが私たちの持つ情報は全てです」

「なるほど、では早速今日中にでも見てこようと思います」

「は、はあ。いやしかしもう少し準備されてからでもよろしいのでは? 相手は量で攻めてくると聞いて他の魔導士の方は応援を呼ぶなど対策しておりましたが」

 

 村長夫妻はこともなげに森に向かおうとする斑鳩に助言をする。

 今度の魔導士はいままでよりもずっと実力が高いと聞いているが、これまで何度も失敗している以上不安はつきない。

 村人たちも魔導士が敗れる度に不安を募らせている。

 村長自身も自らの不安を隠しながら村人たちをなだめるのにも相当の労力を必要とし、最近では常に疲労を抱えている。

 妻が慰めてくれなければとっくに倒れていたかもしれない。

 そんな胸中の不安を隠しきれない村長を前に斑鳩は苦笑する。

 

「確かに強力な魔獣のようですが、幸いうちとの相性はいいようどすから。心配はいりませんよ」

「は、はあ」

 

 自信満々に言う斑鳩に村長もこれ以上いうことはないようだ。

 会話が途切れたところで斑鳩は席を立ち、退室しようと声をかける。

 

「では、うちはこれで」

「どうか、よろしくお願いします」

 

 互いに礼を交わし、退室する。

 玄関を出ようとしたところで、一枚の写真が目についた。

 一人の娘とその両親が笑い合う微笑ましい写真だ。

 

「これは……」

「その写真がどうかされましたか?」

 

 写真に見入っていると見送りに来ていた夫妻がどうしたのかと尋ねてきた。

 

「いや、この娘さん、どこかで」

「ああ、もしかして“イチリン”という店にいったのかね」

「そこの店主は私たちの娘がやってるの」

「ああ!」

 

 なるほど、確かにどこか面影がある。

 

「ここに来る前に呼び止められて、ご飯をごちそうしてもらったんどす。そのときに今回の件もすぐに解決してくるって誓いましたから、いっそうがんばらないと」

「……そう」

 

 娘の話をすると夫妻は沈鬱な表情をみせる。

 気まずい沈黙があたりを包んだ7日。

 

「え、えと、その………え?」

 

 どうしたのか、何かまずいことでも言ったのかと斑鳩があたふたしていると、パメラが陰りを帯びた顔に無理に笑みを浮かべた。

 

「気を遣わせてごめんなさいね」

「いえ、それはいいんどすが、何か? ……あ、いえ、話したくなかったらいいんどす」

 

 気になってしまったがためについ口から疑問を投げてしまったが、すぐに失言だったと撤回する。

 そんな様子の斑鳩を前に夫妻はうなずきあうとゆっくりと話し出した。

 

 

 *

 

 

 森の中は静寂に包まれていた。

 人の気配どころか動物の気配が全くしない。

 おそらく例の魔獣の影響だろう。

 辺りを警戒しつつ、斑鳩は足をすすめながら先ほど夫妻に聞いた話を思い出していた。

 

『あの娘の息子、つまり私たちの孫でもあるんだけど、行方不明になっているのよ』

 

 ライラの言っていた五人の行方不明者、最初の被害者が彼女の息子なのだという。名をメルトというらしい。

 ライラの夫は病気で出産後すぐに死んでしまったという。

 故に、ライラの愛情を一心に注がれ、元気な好青年に育ったらしい。

 それが二ヶ月前ほどに行方不明となり、探しにいった村人のうちさらに四人が行方不明となった。

 それからも捜索が続けられたが、ある日異常に気づく。

 

 ――魔獣の姿が少なくなっている。

 

 最初は気のせいだとも思われたが、目に見えて魔獣の姿は減っていき、最後には一匹たりとも見ることは叶わなくなった。

 そして、人間のものとは思えない破壊跡を見つけたときようやく自分たちの手には負えないとギルドに依頼が発注されたのだという。

 思い浮かぶのは倒すと誓ったときのライラの安堵した顔。

 

「――――ふう」

 

 そこまで思い返したところで息を一つついた。

 斑鳩はギルドに入ってからは比較的安穏な日々を過ごしていた。

 忘れたわけではないが、世界の残酷さを久しぶりに味わった。

 斑鳩自身、終わりであり始まりである生家の闇ギルドの襲撃を経験している。

 どうしようもない理不尽というものは世界に確かに存在する。

 だからこそ、

 

「……うちが無月流の力で救ってみせる」

 

 師が教えてくれた力でもって世界を照らす。

 そして、無月流を、なによりその使い手たる自身を嫌悪している師に、あなたの教えた力で人を救ったのだと、嫌悪する必要はないのだと証明したい。

 遠くに二人で過ごした山が見える。

 

「今はまだ戻れません。けれど、いずれかならず。ですから師匠、お元気で」

 

 巣立ちの始まりであった決意を再確認する。

 すると、ざわり、と周囲の木々が騒ぎ出した。

 そして、数秒もしないうち四方から大量の触手が押し寄せる。

 しかし、斑鳩は群れを前に微塵も焦る様子を見せず、腰に差してある刀に手をかけた。

 迫り来る触手が斑鳩をとらえる、その瞬間――、

 

「無月流、夜叉閃空」

 

 斑鳩が刀を抜けば、瞬きほど後には全ての触手がばらばらに切り裂かれていた。

 なんということはない、触手の手数を斑鳩の剣速が圧倒的に上だっただけのこと。

 

「――――うちの誓いのためにも村を脅かす魔獣には退場してもらいましょうか」

 

 触手が再生を始めるのを尻目に、斑鳩は触手を操る本体を探しにかけだした。

 

 

 

 

 

 

 ――数時間後、

 

「あれえ?」

 

 本体を見つけられず、大量の触手の残骸の上で途方に暮れる斑鳩の姿があった。

 

 

 *

 

 

 窓一つない石造りの部屋の中を多数の魔導灯の光が昼間のように照らしている。

 あまり掃除はされていないのか、本などが乱雑に散らかり、生活感に満ちていた。

 

「くそがっ!」

 

 髪や髭を長く伸ばし、襤褸のような服に身を包んだ男は苛立たしげに机に拳を叩きつける。

 

「いやあ、危うくやられちまうところだった。今回の魔導士は格が違うな」

 

 男の正面に立つ人影が軽い調子で話しかける。

 黒い外套に身を包み、その姿を見ることは叶わない。

 しかし、その声から男性であるとは判断できる。

 

「それはそれとして……、落ち着きなよノルシェ様」

 

 ノルシェと呼ばれた汚ならしい格好の男はその態度が気にくわなかったのか、外套の男を睨み付けた。

 

「他人事のように言いおって! やつは一年前にも私の研究を切り捨てた女なんだぞ。これが落ち着いていられるか……」

 

 苦々しげに呟くノルシェの表情からは憎悪と憤怒の心が見て取れる。

 

「どうされるので?」

「決まっている、これ以上はなにもしない。そうすればいずれ恐れをなして逃げ出したとでも思ってどこかへ行くだろう」

「ええ……」

 

 残念そうに呟く外套の男に呆れたようにノルシェはため息をつく。

 

「貴様、さんざんにやられた後だろうに」

「でも、ピンピンしてるよ。あのまま戦ってても向こうの方が先に疲れて勝ってたさ」

 

 あっけらかんとのたまう男にノルシェは再び深くため息をついた。

 

「確かに、俺の最高傑作(・・・・)たるおまえが負けるなど考えたくもないが、まだ研究は途上なのだ。万一があっては困る」

「ちぇっ」

「くれぐれも軽率な真似はするなよ」

 

 不満げな男をにらみつけると同時に釘をさす。

 

「わかったよ。もう、僕からは何もしないさ」

「ふん」

 

 肩をすくめてやれやれと首を振る姿に鼻を鳴らすと、それを最後に身を翻してノルシェは部屋を出て行った。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、外套の男は小さく呟く。

 

「おっと、今日は廃棄場の蓋を閉めるのを忘れちゃった」

 

 くつくつと、不気味な笑いだけが石室に響いていた。

 

 



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第十一話 魔獣の正体

「はあ、疲れたあ……」

 

 翌日、斑鳩は“食事処イチリン”にて昼食をとっていた。

 その表情には少しばかり疲労の色が浮かんでいた。

 

「確かに、あんな騒ぎになるとはねえ」

「ほんとどす」

 

 苦笑するライラに斑鳩は深いため息を返した。

 そう、斑鳩の疲れは昨夜の魔獣との戦いによるものではなかった。

 

「残骸を持ち帰ったくらいで騒ぎすぎどす。何も倒せていませんのに……」

 

 

 *

 

 

 昨日、日が暮れる頃になって斑鳩は帰還した。

 警戒のために村の門番をしていた青年は驚いたような顔をしつつ通してくれたが、その時に触手の残骸を求められ、なぜかは分からなかったが困ることもないので渡してあげた。

 不思議に思いつつ村長への報告を終わらせ、ライラにも報告しておこうかと村長宅を出た瞬間のことである。

 

「おおっ! 出てこられたぞぉ!!」

「………………………へ?」

 

 大量の村人たちに囲まれた。

 

「魔導士様! どうかこの村をお救いください!」

「やっと、憎き魔獣の姿を見ることができました!」

「あの残骸を見て胸がすかっとしましたよ!」

「ぜひとも俺たちに飯をおごらせてくれえ!!」

「え、ええっと……。な、なにこれ」

 

 騒ぎ立てる民衆を前にどうしたらいいのか分からなくなった斑鳩がフリーズしていると、後ろから出てきた村長夫妻が説明してくれた。

 

「みんな喜んでるんですよ。あなたが魔獣をこらしめたから」

「でも、まだ倒せていませんよ?」

 

 首を傾ける斑鳩にパメラは首を横に振る。

 

「それでも、ですよ。村の仲間が五人も行方不明になって平気なはずがない。でも、倒してくれるために駆けつけてくれた魔導士の方々も勝てなかった。不安だったんですよ。いつ魔獣が村を襲うか、いつ村が滅ぼされるのか。みんな生きた心地がしないまま数ヶ月過ごしてきたのです」

 

 パメラは斑鳩に微笑む。そこからは、負の感情は読み取れず、ひたすらに斑鳩の活躍を喜んでいた。

 その横にたたずむヴィンスも同様の表情をしている。

 

「そこに、あなたが魔獣の残骸を持って帰ってきた。それも五体満足で。これまで圧迫されていた感情が爆発しても仕方のないことでしょう。ご迷惑でなければ、彼らに付き合ってあげてはくれないでしょうか」

「いや、はは。そうどすなあ」

 

 なんだか斑鳩は気恥ずかしかったが、目の前の村人たちを笑顔にすることができたと思うと誇らしかった。

 

「そう言うことなら、おつきあいしましょう」

「ありがとうございます」

 

 再び、騒ぎ立てる村人たちの前に立つ。

 

「今日は魔獣討伐の前夜祭どす! 思う存分に騒ぎましょう!!」

「おおおおおおおお!」

 

 その日、調子に乗った斑鳩は日が明けるまで騒ぎ続けた。

 

 

 *

 

 

「まあ、自業自得な気もするけどねえ」

「それはまあ、否定はできませんけど……」

 

 なんやかんやで一番楽しんでいたのは斑鳩だろう。

 大食い対決に腕相撲、全ての騒ぎに参加し、さんざん暴れて最後には陽気に歌い出す。

 結局、最後まで立っていたのは斑鳩と、その騒ぎの裏方をしていたイチリンの従業員くらいのものだ。

 

「でも、楽しかったろう?」

「そりゃあ、まあ」

 

 斑鳩は照れたように目をそらし頬をかく。

 斑鳩の歯切れが悪いのはただ単に昨日騒ぎすぎたのが今になって恥ずかしくなっただけである。

 

「それで、昨日、魔獣を倒す前夜祭だー、なんて言ってた気がするんだけどどうするんだい?」

「う……、痛いところを」

 

 もう日は高く昇り、真っ昼間である。

 

「まあ、今から行って狩ってくるしかないでしょうなあ」

「大丈夫なのかい? あんな遅くまで騒いでたのに」

 

 ライラの心配はもっともであるが、修羅との修行は生半可なものではなかったし、魔導士としての仕事も甘いものではない。

 このくらいは、戦闘に影響しても微々たるものであろう。

 

「心配してくれるのはありがたいんどすが、この程度でへばっちゃ魔導士なんてやっていられませんよ。それにさっきまで寝てましたし……」

 

 斑鳩は照れたように店の床を見つめる。

 明朝、最後まで立っていた斑鳩はつぶれた人たちを家に運ぶ手伝いと、店の片付けの手伝いを終わらせた後、糸の切れた人形のようにつぶれてしまった。

 幸い、昨夜の騒ぎで体力を使い果たしたのか斑鳩が床に倒れ込んでいるあいだに来た客は一人くらいのものであったが。

 

「作戦もありますし、今度はなんとかなるでしょう」

「へえ、面白そうだね。聞いてもいいかい」

「…………ふう、聞きたいのならしょうがないどすなあ」

 

 斑鳩は口元を緩ませながら言った。

 ライラは聞いて欲しかったんだろうなあ、と思ったが無粋なので指摘はしない。

 

「相手は触手で相手を囲んだ後に一斉攻撃をしかけてきます。さらに時間をおけば再生もしてしまう」

「ああ、それでいままでの魔導士は何本か触手を落としても他の触手に手こずっている間に再生されてじり貧で負けちまったんだろう」

「ええ、ですがそれについてはうちの作戦が当たりました」

「それは?」

「一斉に全ての触手を切り落としてしまえば再生している間に時間ができます!」

 

 さも名案だろうと満面のどや顔をかます斑鳩にライラは顔を引きつらせる。

 その理屈はどう考えてもおかしい。そんな作戦ができるならみんなやっている。

 斑鳩はどうだと言わんばかりにライラの方をチラチラとうかがっており、さすがに変に突っ込んで落ち込ませてもかわいそうなので、笑顔を作って賞賛し先をうながす。

 笑顔が引きつっていなければいいのだが。

 

「そして、そのあいた時間で触手をたどりました」

「へえ、でも昨日は敵の本体を見つけられなかったんだろう?」

「ええ、昨日触手の出所をたどろうと思ったんどすが、どれも地下から続いていたんどす」

 

 加えて、途中からは足下からも触手が襲いかかってきた。

 精度が低くなるとはいえ、地中まで天之水分による感知を行っていたおかげで不意打ちを食らうことはなかったが。

 

「それで、どうしようかと考えつつ襲いくる触手を切り落としながら移動していたんどすが、だんだんとある一方向からの触手の量が多くなっていったんどす。微々たるものではありますが」

「…………なるほど。魔獣は一体、多くとも三体もいない、か」

 

 斑鳩は触手を切り刻んでは移動していた。

 魔獣が一体のみと仮定すれば、斑鳩を仕留めきれないことにじれて無意識的に自分側の触手を多くしてしまっても仕方のないことであろう。

 

「実際にその仮定が正しいかどうか確認するために、そちらの方に探りを入れる意味でも適当に攻撃を放ってみたんどすが、見つかったと思われたのか逃げられてしまいました……」

 

 そう言って斑鳩は肩を落とす。

 たどり着ける糸口が見えたとたんに逃げられたのだから無理もない。

 

「だとすると、魔獣は知能が高い上に逃げ足も速いってかい。難儀だねえ」

 

 一連の魔獣の行動からは知性が感じられる。

 だとすれば、それなりの作戦をたてなければ捕まえられそうにないが。

 

「それで、ここからが本題の作戦なんどすが」

 

 斑鳩は人差し指をたて、ライラの目を見つめると、自信満々に言い放つ。

 

「相手の場所をつかんだ瞬間、周囲の触手を無視し、敵のいるであろう方面を全力で吹き飛ばします」

「…………ああ、うん」

 

 触手の攻略法を聞いていた時点で嫌な予感はしていたが、相変わらず力技な作戦である。

 でも、触手についてはうまくいったということだし、斑鳩には可能なのだろうと深く考えるのをやめた。

 だが、一点だけどうしても気になることがあった。

 

「でも、周囲の触手を無視するってのは大丈夫なのかい? 相打ち狙いは危険じゃないかい?」

「ああ、それならご心配なさらず、攻撃はくらうつもりはありませんよ」

 

 無視という表現には少し語弊があった。

 ライラへの説明は無月流に触れないものだったのでざっくりとしてしまったが正しくはこうだ。

 相手の位置をつかんだのならば、即座に攻撃を放つことが重要だ。

 しかし、大規模に夜叉閃空を放つのにための時間が必要となる。

 かといって、触手を全て切り落とした後に準備をしていると簡単に魔獣に感づかれて逃げられてしまうだろう。

 だからこそ、斑鳩に攻撃をしかけてきた瞬間が狙い目なのだ。

 おそいくる触手については、これまで相対した感じから触れなくとも天之水分を使えばくらわないように流すのは容易なはず。

 そして、流しつつため、虚をつき一気に夜叉閃空を放つのだ。

 本来は迦楼羅炎のほうが適しているのだが、戦いの場が森である以上うかつに使用はできないのでそこはあきらめるほかない。

 

「任してください」

「……はあ、まあ、あんたが大丈夫だって言うんならいいけどね。ちゃんと無事に帰ってくるんだよ」

「ええ、もちろんどす」

 

 昼食もとりおわり、腹も少し休めることができたので、森へ行くために斑鳩は立ち上がろうとする。が、その寸前でカウンターに飾られていた一枚の写真が目に入った。

 

「あ……」

「どうかしたのか、って。――ああ、この写真か」

 

 その写真は夫婦が一人の息子と写った家族写真。

 おそらく、現在よりも多少若くはあるが、夫婦の妻がライラであろう。

 三人ともが純粋な笑顔を浮かべている。

 

「もしかして、息子のことを聞いたのかい?」

「ええ、村長さんたちからすこし……」

「まったく、親父もお袋も……」

 

 気まずげに斑鳩は目を伏せる。

 

「隠してて悪いね。余計な気を遣わせたくなかったんだ」

「悪いだなんてそんなことは……」

「……あたしにはできた息子だったよ」

「……へ?」

「ま、せっかくだ。聞いて行きなよ」

 

 そう言ってライラは苦笑する。

 斑鳩は断ることもできなかったので、そのまま聞くことにした。

 

「あたしの息子はね、メルトって言うんだけどさ」

「メルト……」

 

 息子の名を呼ぶライラからはその愛情が深く感じられた。

 

「幼い頃に父親――あたしの旦那が病気でおっ死んじまってね。それからは大きくなったら誰にも負けないくらい強くなってあたしのことを守るんだ、ってのが口癖でねえ、微笑ましくってそれだけで救われたような気分になった」

 

 そう語るライラの瞳はとても穏やかなものだった。

 斑鳩もまた、微笑ましいエピソードに胸が温まる思いだ。

 師匠も自分のことを思っていてくれるとよいのだが。

 

「そんで、町に出かけた時に立てこもった強盗相手に魔導士が大立ち回りしてんの見てからは魔導士にあこがれてねえ。すごく強い魔導士になるんだってさ。あんたに会ったらきっとなついたと思うよ」

「そうどすかねえ」

 

 なんだか気恥ずかしくて斑鳩は言葉を濁す。

 その様子を見て、かかとライラが笑った。

 その笑いは心の底から出た本物の笑いだとなんとなく分かった。

 

「……確かに、息子がいなくなったのは悲しいさ。でもね、こうやって昔を懐かしんで笑うこともできるんだ。あんたが気負うことじゃない。思う存分魔獣ぶっ倒してきな!」

「――ええ、もちろん!」

 

 息子の話をしたのはライラなりの気遣いだったのだろう。

 その気遣いに感謝しつつ斑鳩はライラの笑顔に送り出され、魔獣との決着をつけるため、森へと向かった。

 

 

 *

 

 

「で、出てこない……」

 

 探索を開始して数時間、森の中はいたって平穏だった。

 触手など一つも目につかない。

 

「昨日ので警戒してしまいましたか。知能が高いと行っても所詮は魔獣と侮りすぎましたなあ」

 

 昨日さんざん痛めつけたのだ。

 隠れることも想定してしかるべきであったが、どうやって倒すかばかり考えて見つけることに関しては何も考えていなかった。

 すぐに襲いかかってくるだろうと思っていたのだが、あてが外れたらしい。

 仕方がないので天之水分による感知範囲を広げる。

 魔力消費が大きくなる上に、影響力が薄れ、相手の攻撃を流すほどの力を発揮することは難しくなるが、見つけられなければ始まらないので仕方がない。

 森の奥から風が吹く。

 

 ――ふと、斑鳩の鼻が異臭をかぎとった。

 

「――――っ!」

 

 反射的に臭いのするほうへと一気に駆けだす。

 奥へ奥へと進むうちにどんどんと異臭が強まっていく。

 斑鳩の人生でもこのにおいをそれほど多くはかいだことはない。

 だが、確実に言えるのはこのにおいが良いことを運んでくるわけがないということ。

 なぜならこれは――。

 

「なんて、こと…………」

 

 肉の腐ったにおいなのだから――。

 

 

 *

 

 

 斑鳩は目の前の光景に広がる光景に呆然とした。

 広く、深く掘られた穴。

 そこに積み重なる魔獣の死体、死体、死体。

 人間の姿が見えないことだけが救いか。

 

「あーあ、廃棄場が見つかっちゃった。急いで閉めに来たのに間に合わなかったなー」

 

 斑鳩の背後から抑揚のない男の声がする。

 下手な芝居でもしているようにわざとらしい。

 

「こうなったら仕方がないなー。これを見られて生かして返せるわけないもんなー。うんうん、戦うしかない。そう、臨機応変、臨機応変」

「――――あなたは、なに」

 

 一人うなずく男の宣戦布告ともとれる言葉に、いつでも斬りかかれるように身構える。

 警戒しつつ、斑鳩は相手の様子をうかがう。

 男は全身を外套で包み、顔もフードに覆われていて見ることは叶わない。

 

「なにって言われてもね。まあ、その穴――廃棄場に関係ある立場って感じ?」

「廃棄場……」

 

 斑鳩は男の軽薄な態度に苛立ちつつも、気になる言葉について尋ねた。

 廃棄場、この言葉が正しくこの穴のことを指しているのなら、魔獣の群れは何かに利用したと言うことだろう。

 これだけの死体を作り出すことがなんなのかはわからない。

 しかし、まともなことであるはずがないだろう。

 少しでも情報が欲しい。

 

「うん? 気になる? まあ、そりゃ気になるよねえ。そっかそっか、知りたいかー」

「…………ええ、できれば教えてほしいものどすなあ」

 

 今すぐに斬りかかりたい衝動に駆られるも、感情を押さえ込んで様子をうかがう。

 ひとしきり、男は考えるそぶりを見せると、

 

「じゃあ、僕に勝ったら教えてあげる!」

「な――!」

 

 その言葉と同時に男が襲いかかる。

 だが、男が襲いかかってきたことについて驚いたわけではない。

 驚いた理由、それは――、

 

「――触手!?」

 

 地面、そして男の外套の裾から大量の触手が現れる。

 驚きはしたが、警戒して天之水分による感知を行っていたおかげでくらうことはない。

 

「無月流、夜叉閃空!」

 

 斑鳩は刀を抜き放ち、即座に全ての触手を切り刻む。

 すると、ぱちぱちと男が手をたたきながら言った。

 

「さすがだね。僕を追い詰めただけはある」

「――その口ぶり、森に現れた魔獣の正体は」

「そう、僕だよ」

 

 斑鳩の問いになんともなしに男はうなずいてみせた。

 同時に斑鳩の中でふつふつと怒りがわいてくる。

 五人もの村人が行方不明になっている。

 獣に襲われたのであれば、悲しくはあるものの災害のようなものだと、無理矢理納得させることもできよう。

 しかし、襲ったのが同じ人間だったのであれば――、

 

「――許せない」

 

 恐怖に圧迫され続けた村人たち、そんな彼らを案じ続けた村長夫妻、息子が消え悲しんだであろうライラの姿が脳裏に浮かぶ。

 

「許せないからどうだって言うんだい!」

 

 言うやいなや、再生した触手が再び斑鳩に襲いかからせる。

 だが、簡単にやられるほど斑鳩は甘くはない。

 

「何度やっても同じどす」

 

 斑鳩も再び夜叉閃空によって全ての触手を切り刻む。

 それは、先ほどまでの焼き回し――ここまでは。

 

「それはどうかな」

 

 斑鳩の目前に男が迫る。

 昨日までと違い本体である男は自在に動けるのだ。

 触手に隠れて斑鳩の刃をかわしつつ接近。

 手に持ったナイフを斑鳩の脳天めがけて振り下ろし――、

 

「――――え?」

 

 ――ナイフは斑鳩の体の横を振り抜けた。

 

「無月流、天之水分。昨日は見せておりませんでしたなあ」

 

 生半可な攻撃では斑鳩に触れることすらかなわずそらされる。

 次の瞬間、斑鳩の剣が男の全身を斬りつけた。

 必殺と思った一撃を触れることなくそらされ、なにが起こったのかもわからず、男が呆けてしまった一瞬の空白。

 そこをついた斑鳩の剣は一つ余さず男の体をとらえた。

 なすすべもなく、男の体は地に沈む。

 それを見届けた斑鳩は刀を鞘に納めるが、

 

「――――へへ、なかなか効いたよ」

 

 男は相変わらずの軽薄な口調で斑鳩に声をかけ、立ち上がろうと体を起こす。

 

「……驚いた。殺しはしないまでもしばらく立ち上がれないと思ったんどすが、再生能力はあなた本体にもあるんどすか」

 

 こちらに背を向けつつ立ち上がる男の体はとても人とは思えぬ異形であった。

 触手をつかっていた時点で想定はしていたが、おそらく相手の魔法は《接収(テイクオーバー)》だろう。

 ならば、他の魔獣に変身する可能性もあろうと斑鳩は警戒を続けるが、

 

「――――え?」

 

 ――振り返った男の顔を見た瞬間、斑鳩の思考は白く塗りつぶされる。

 

「あ、あなたは――」

 

 男の顔の半分は異形化し、不気味さが際だっていた。

 だがそんなことはどうでもいい。

 問題はその顔が斑鳩にとって見覚えのある顔(・・・・・・・)であったこと。

 そう、それはほんの数時間前に見た――。

 

 

 *

 

 

「いない、いない、どこにもいない!」

 

 魔導灯の照らす石室の中、汚らしい格好をした男――ノルシェは苛立っていた。

 

「やつめ、あの女と戦いに行きおったな……」

 

 ようやく今おこなっていた研究が一段落つきそうだと徹夜で作業していたことがあだとなった。

 昨日、動かないように命令していたはずの男がどこにもいないのだ。

 

「くっ、見張りをつけるか、勝手に出て行ったら俺に伝わるよう仕掛けをしておくべきだったか」

 

 ノルシェは近くにあった椅子にふかく腰掛けると、ため息まじりに呟いた。

 

「――どうかやられてくれるなよ、メルト(・・・)

 



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第十二話 本質

「――メルト」

 

 予期せぬ魔獣の正体に、斑鳩の喉から驚愕とともに呟きが漏れて出る。

 ありえない。目の前の現実を受け入れられず、敵を前にして動くことすら忘れてしまう。

 頬を冷や汗が伝って落ちた。

 

「あれ、僕の名前をしってるの?」

 

 隙だらけの斑鳩を前に、異形の男――メルトは攻撃を仕掛けることもせずに自らの名前が呼ばれたことにこてん、と首を傾けて不思議そうにしている。

 だが、斑鳩からすれば問答無用で襲いかかられた方がよかったのかもしれない。

 その反応こそが目の前の男こそがメルトであると確定づけたのだから。

 

「ああ、そうか。村の人たちに雇われたんだから知っててもおかしくないか」

「…………………なぜ」

「ん?」

 

 メルトは一人納得したようにうなずいている。

 だが、斑鳩にはそんなことは気にもならない。

 ようやく混乱の渦中から抜け出した斑鳩は声を喉の奥からしぼりだして問う。

 

「なぜ、こんなことを……」

「こんなこと?」

 

 要領を得ない斑鳩の問いにメルトはしばし、うーん、と頭を悩ませ、

 

「魔獣をたくさん殺したこと? 魔導士の人たちを追い払ったこと? それとも他に何かあったっけ?」

 

 そう言うメルトからは邪気が一切感じられない。

 それが斑鳩には不気味だった。

 

「あなたがその姿で暴れ回ったおかげで村の人たちは迷惑してます」

「うん、そうだね」

「そうだね、って――っ!」

 

 メルトの淡泊な反応に斑鳩の頭は混乱とは打って変わって怒りが押し寄せた。

 

「みんないつ襲われるのか怖がってます! 行方不明になったあなたを心配してます! あの村にはあなたの家族がいるでしょう! なにも思うところはないんどすか!」

「…………うるさいな」

 

 メルトは苛立ったように呟くとすでに再生させていた触手で攻撃をしかける。

 それは無造作に横になぎ払われただけのものだったが、

 

「しまっ――!」

 

 怒りにとらわれた斑鳩は反応が遅れる。

 かろうじて触手と体の間に刀を入れ防ぐのには成功したものの、そのままの勢いで木に叩きつけられてしまった。

 

「がッ!!!」

 

 衝撃で肺の中の空気が全て叩き出される。

 体は痛むが、泣き言は言ってられない。

 即座に体勢を整え、追撃に迫る触手を切り落とし、ゆっくりと呼吸を整える。

 メルトは不快げに顔をゆがませていた。

 

「やっと、感情らしい感情を見せてくれましたね」

 

 斑鳩は少し希望を見いだしていた。

 メルトは先ほどの言葉に反応した。きっとまだ良心は残っているはず。

 

「こんなことは早くやめて母親のところに戻りなさい。ライラはんからは聞いてます。強くなって母を守りたかったんでしょう?」

「――――くだらない」

 

 斑鳩の説得の言葉をメルトは吐き捨てるように拒絶する。

 半分が異形と化した顔を先ほど以上に歪ませながら、

 

「暴力は暴力だよ。他人を傷つけることにしか役立たない」

 

 ――それは、聞き覚えのある言葉だった。

 今でも思い出すことがある。

 自身の強さをくだらないものであるかのように自嘲する師の姿を。

 斑鳩はたまらなく悲しくなった。

 ライラからメルトの話を聞いたとき、なんとなく自分と重なる部分があるように思った。

 守るために、大切な人のために、力を求めた。

 なにがあったのかは分からない。しかし、彼は師と同じ結論にたどり着いてしまった。

 それがとても、悲しい。

 

「そんなことはありません。力は力、手段の一つに過ぎません。その手段を使って善を為すか、悪を為すかは使い手次第どす」

 

 

「は、はは、はははは!」

 

 

 悲しみに暮れながらも、なんとか説得を試みようとした斑鳩に対して嘲笑うかのようにメルトは笑いだす。

 

「なにが、おかしいんどす?」

「これが、笑わずに、いられるかい? だって――」

 

 訝しむ斑鳩に、メルトはこれ以上におかしいものがあろうかと言わんほどに笑った後、思いもよらない言葉を投げかけた。

 

 

「――あんたは昨日、戦ってるとき笑っていたんだ」

 

 

 ぞわり、と斑鳩は悪寒に襲われた。

 腹の底から覆い隠していた何かを引きずり出されたような気味の悪い感覚。

 なぜだろうか。それ以上は聞いてはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。

 

「…………それが、」

 

 どうした、と言おうとするが声が出ない。

 喉がふさがってしまったような錯覚に陥る。

 その様子を見たメルトはさらに愉快げに笑って言う。

 

「だって、あれはどう見ても戦いを楽しんでいた! 手段? とんでもない! あんたは戦いそのものが大好きなんだ!」

「…………や、やめ」

「人を傷つけて! 自分の方が上だと証明して! 愉悦に浸る! そのくせ、戦いは手段と言う! これが笑わずにいられるかい!?」

 

 視界が歪む。頭が痛い。

 四肢の感覚はすでになく、自分が今立っているのかどうかすらも分からない。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、もうやめて!

 斑鳩の意識は混沌の中に沈んでいく。

 助けを求める思いは声にならず、メルトは斑鳩にとって致命となる言葉を告げた。

 

 

 

 

「――あんたはただ、適当に理由つけて戦いたかっただけだろう?」

 

 

 

 

「――――――!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に斑鳩はメルトへと躍りかかった。

 

「あははははははは! 図星をつかれて怒ったかい!? でも、気にする必要なんてない、僕も戦いは大好きなんだ! 自分の方が強いと証明する! ああ、なんて血が踊る! これ以上の娯楽はこの世にない!」

「違う、違う、違う、違う! あなたとは違う! うちは本当にただ――っ!!」

 

 否定したい、否定したいのに言葉が出ない。

 

「その様子じゃ、心当たりがあるんじゃない?」

「うちは――――」

 

 斑鳩の脳裏にはガルナ島のことが思い浮かぶ。

 

 ――やめろ。

 

 勘違いでエルザと戦った。

 

 ――やめてくれ。

 

 すでに戦いが始まってしまったのだから仕方がなく戦った。

 否――、

 

 ――それ以上考えたくない。

 

 仕方がないと理由をつけて戦い、結果、エルザを傷つけたのだ。

 

「ちがああああああう!」

 

 メルトの触手が斑鳩の体を幾度も斬りつける。

 もはや、斑鳩は正気になく、無月流を使うことすらままならない。

 涙すら流しながらただただメルトへの突進を繰り返す。

 

 

「予定とは違ったけど、楽しかったからもういいや。ばいばい」

 

 

 ただ真っ直ぐと突っ込んでくる斑鳩へ、メルトは全ての触手を殺到させる。

 もはや、斑鳩にはその攻撃に対処しようとする気すらなく、

 

「―――――――師匠」

 

 その呟きを最後に、斑鳩は全身を触手に貫かれた。

 大量の触手に包まれた斑鳩の体は見ることすら叶わない。

 

「あーあ、ノルシェ様が怒ってなきゃ良いんだけどなー」

 

 もう、斑鳩のことはどうでもいいとばかりにこれから待ち受ける難事の心配をするメルトは無造作に廃棄場と呼ばれた穴へと斑鳩を投げ入れ、その場を立ち去ろうと身を翻し、

 

「あれ、思ったより傷が少なくなかった気がするけど……、ま、いっか」

 

 

 

 

 

 

 

 +++++++

 

 

 

 

 

 

 

「でりゃああ!」

 

 緑茂る山奥、素朴な、一見小屋のようにも見える家の前、一人の少女が手に持つ木刀を振り上げて壮年の男へと躍りかかった。

 

「隙が多すぎだ、ばか者」

「ぶべえ!」

 

 男はため息交じりに足を引っかけると、少女は不細工な悲鳴を上げ、ものすごい勢いで転がっていった。

 

 ――それはかけがえのない記憶。師匠と過ごした十年間。

 

「足を引っかけるのはひきょうどす! 木刀でてあわせって言ったのに!」

「……別に足を使うななどと言っとらんだろうに。それに正しくは木刀もって手合わせするぞ、だ」

 

 修行を初めて数年が経つも、修行は序盤も序盤。

 無月流の技はいまだ習得できておらず、今は刀を使った戦い方を学び始めたところだった。

 

「あーあ、そんなへりくついってー。大人のくせに恥ずかしくないんどすか」

「……負け犬の遠吠えなど見るに堪えんな」

「もうっ!」

 

 斑鳩は修羅への嫌みを嫌みで返され、顔を真っ赤にして手足をばたつかせて自分がどれほど不機嫌であるかアピールする。

 そんな様子を前にして修羅はため息をつきたくなるが、それを斑鳩に見とがめられればめんどくさいことになるのはわかりきっていたのでぐっとこらえる。

 斑鳩は勘違いしているが、無月流は剣と魔法を併用した戦闘法の流派であって剣術を極めた流派ではないので、別に足を使おうが問題ない。

 

「……元気が有り余っているならもう一回だ。文句があるならやり返してみろ」

「ええ、いいでしょう。目にもの見せてあげます!」

 

 言うや否や、修羅へと飛びかかる。

 どんな汚い手を使ってでも一矢報いてやろうと意気込み、

 

「ぶべえ!」

 

 その後、斑鳩は何度となく地面に転がることとなった。

 

 

 *

 

 

 一ヶ月の手合わせで、斑鳩の動きに隙はだいぶ無くなっていた。

 師匠に勝ちたいが一心で相手を観察し、その動きを自分に取り入れ、さらに自分に適するように改良した。

 才能以上に斑鳩の執念がなした成果と言えるだろう。

 だからといって、まだまだ修羅にかなうわけではない。

 今日も今日とて不細工な悲鳴とともに斑鳩は地面に転がせられていた。

 

「くそう、ぜんぜんかなわない」

 

 地面に仰向けで転がりながら、荒くなった息を整えつつ、どうやったら一泡吹かせることができるのか考えを巡らせていると、息一つ乱していない修羅が近づいてきた。

 

「どうしたんどす? 負け犬を笑いにきたんどすか」

「…………そうではない。そうではないのだが……」

 

 口をとがらせて拗ねる斑鳩に、修羅はいつになく憂い顔で何かを言い淀む。

 斑鳩は普段とは違う修羅の様子に気づき、黙ってその言葉を待つ。

 

「……斑鳩よ、お前は戦いが楽しいか?」

「……どうしてまたそんなことを」

 

 斑鳩は突然の質問の意図が分からず、体を起こすと首を傾ける。

 

「……お前がバカ元気なのは今に始まったことではないが、手合わせの時はいつになく元気なのでな」

「今、さらっとうちのことバカにしたでしょう……」

 

 いささか修羅の台詞に気になったものの、質問自体は割と真剣なようなので、斑鳩もまじめに考える。

 戦いが楽しい、そうなのだろうか。

 確かにいつになく力一杯取り組んでいるのは自覚しているが、それは修羅に一泡吹かせたいからである。

 楽しいかどうかででいえば確かに楽しい。

 でも、それはこの修行ばかりではないし、恥ずかしいので口に出さないが師匠と過ごす時間の全てが楽しい。……絶対に口には出さないが。

 

「楽しいことは楽しいどすが、別に戦いだけじゃなく、修行はなんでも楽しいどす」

「…………そうか、ならいい。ならいいんだ。――休憩は終わりだ。もう一本行くぞ」

「ち、ちょっと! 結局何だったんどす!?」

 

 独りでに納得してすぐに修行に移ろうとする修羅にあわてて斑鳩は声をかける。

 

「……いいんだ。お前ならきっと、大丈夫だろう」

 

 最後まで要領を得ない修羅に斑鳩は首を傾けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 +++++++

 

 

 

 

 

 

 

「…………ひどい臭い」

 

 辺りに漂う腐臭に斑鳩は目を覚ました。

 仰向けになる斑鳩の背には柔らかな感触。おそらく魔獣の死骸だろう。

 上部にある死骸だからか比較的新しいようで腐ってはいないようだ。

 穴の中なら見上げる空の景色は変わっていない。

 おそらく気を失ったのは一瞬、そう時間は経っていないだろう。

 

「……今のは夢か」

 

 師匠と山の中で過ごした日々の一部。

 斑鳩にとってかけがえのない時間。

 思い返すだけで心が温まる。だが、今回はあまりいい夢とは言えなかった。

 

「――ああ、師匠はすでに片鱗を感じ取ってたんどすなあ」

 

 ――まるで道化だ。

 

 師匠のことをなんだかんだと言ってた癖に、自分のことはなにも見えちゃいなかった。

 師匠を救いたい? 証明する?

 どの口が言うのだろうか。戦いに心を奪われて、言い訳しながら人を斬る醜い人間。

 ああ、師匠の目にはあの日、出て行った自分はどのように映っていたのだろう――。

 

「……う、うぐっ」

 

 涙が溢れる。嗚咽が漏れる。

 なんて未熟。どれだけ腕を磨いても中身がない。

 ずっと山にこもって、世界を知らず、自分を知らず。

 情けない、不甲斐ない、自分に呆れる。

 終わりの見えない自己嫌悪。

 いっそ死んでしまった方がいいのではないかとすら思う。

 それなのに――、

 

「――――し、しょお」

 

 斑鳩の心にあの、無愛想な顔が浮かぶ。

 その度に、死にたくない、死んでたまるかと心が奮い立つ。

 ――ああ、そうだ。確かに自分は戦いを楽しむどうしようもないやつだろう。

 

「でも、それでも――」

 

 一緒に暮らした十年間。

 時折見せた師の憂いの表情。

 なんとかしたい、救いたいと思った。――いや、これもきっと本心ではない。

 

 ――斑鳩はずっと心の底から笑う師の顔を見たかったのだ。

 

 斑鳩の体の奥に熱いものがこみ上げる。

 

 ――師匠に後悔させないと誓った。

 

 四肢の感覚がよみがえる。

 

 ――ここで倒れればさらに後悔させてしまう。

 

 麻痺していた痛覚が甦る。全身を切り傷が覆うものの、致命傷は一つも無い。

 ああ、そうだ。触手が体を貫くその瞬間、斑鳩の脳裏に甦ったのは師の姿。

 その姿を見た瞬間、斑鳩は無意識に天之水分を展開し、致命傷を避けていた。

 

 ――絶対に、お前が弟子でよかったと言わせてやる!

 

 それはこれまで掲げていたご大層な理由に比べればひどく個人的なものだった。

 でも、今は自覚している。

 目の前のことしか見えない単純で利己的な大馬鹿者、それが自分。

 なんて浅ましいのだろう。とても褒められた人間ではない。

 でも、やりたいことがある。死にたくない。

 なら、怪我をしたままメルトと戦うまねなどしないでこのままやり過ごして逃げてしまおうか?

 あり得ない。できるわけがない。

 あの村を救いたい。いや、そんな大層なものじゃない。――あの村の人たちの笑顔が見ていたい。

 それもまた、紛れもない斑鳩の真実で、

 

 ――なんだ、中身、ちゃんとあるじゃないか。

 

 メッキは剥がれ落ち、自分の中身がよく分かる。

 笑顔が好きだ。笑顔が見たい。

 

「……そのために、なんとかしなきゃ」

 

 戦いを好むという本質に立ち向かうのは後回し。

 今はただ、笑顔が見たいというもう一つの本質だけを支えに立ち上がろう――。

 

 

 *

 

 

 メルトはノルシェの隠れ家に向かって森の中を歩き進む。

 ノルシェの怒りを買うだろうと思っているからか、その足取りは心なしか遅い。

 ふいに、後方からごう、と音がした。

 一体何事かと振り返るとそこには――、

 

「な――ッ!」

 

 巨大な火柱が立っていた。

 なにが起きたのか分からず、一瞬思考が停止し、――そして気づく。

 

 ――火柱の根元。そこは確かに廃棄場のある場所だと。

 

「まさか、まさか、まさか――!」

 

 胸中を嫌な予感が埋め尽くす。

 そうして立ち止まっている間にも何かが迫ってくる感覚。

 事実、風に揺すられる木々の音とともに血濡れの夜叉が現れた。

 

 

 *

 

 

「なんでだよ! お前は確かに僕が――!」

「あれじゃあ、うちの命を取るには足りません」

 

 斑鳩の声色からは先ほどまでの激情は感じられない。

 

「なにが……」

 

 斑鳩の内心の葛藤など知らぬメルトはあまりに早い立ち直りに面食らう。

 あれは確かに、深く心が折れたはずだと思ったのだが。

 

「もう一度言います。こんなことはやめて村に戻りなさい」

「くどいッ!」

 

 触手を展開し、斑鳩に攻撃をしようとし――、

 

「――は?」

 

 襲いかかる暇無く全ての触手が切り落とされた。

 

「もう一度言います。こんなことはやめて村に戻りなさい」

 

 斑鳩は先ほどと一言一句変わらぬ言葉を投げかける。

 その言葉を耳にしながら、メルトは本能的に察していた。

 

 ――――戦いにならない。

 

 いくら触手を出そうが、一瞬にして根元から斬り落とされる。

 メルトの為すことは全て封じられた。

 

「もう一度言います。こんなことはやめて村に戻りなさい」

 

 三度、同じ問い。

 圧倒的実力差を前に初めてメルトに恐怖と言う感情が表れた。

 勝てる気も、逃げられる気もしない。

 彼に残されたのは、

 

「……戻れるわけ、ないだろ」

 

 斑鳩と対話することのみであった。

 

「こんな姿で、戻ったところで、何にもなんないよ」

「……その姿を一度も変えないからまさかとは思いましたが、それは《接収(テイクオーバー)》ではなく」

「ああ、そうだ――」

 

 そうして、メルトはおぞましき真実を口にする。

 

「――今の僕は、魔獣の肉体を移植したキメラみたいなもんだ」

 

 それは、斑鳩がなかば予感し、信じたくないと目をそらしていたことだった。

 

「……なぜ、そんなことを」

「力を求めた。その結果さ」

「……愚かな」

 

 斑鳩は悲痛に顔を歪ませる。

 

「それでも、戻りなさい。あなたを必要とする人が居るんだから」

「おいおい、僕は魔獣騒ぎを起こした犯罪者だよ」

 

 確かにその通りだ。だが、

 

「あなたを討伐しにいった魔導士は一人たりとも死んでない。まだ、取り返しのつかないことはしてはいません。まだ、つぐなえば――」

「く、くく、はは」

 

 斑鳩の言葉にメルトは笑う。

 斑鳩の中にあったわずかな希望。

 笑い声を聞いた瞬間、それがもろくも崩されるのが直感的に分かった。

 

「村の行方不明者は僕だけじゃなかったはずだ。もう四人、どこへ行ったと思う?」

「まさか――」

 

 

「――そうさ、僕が殺した」

 

 

「あなたは――ッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、斑鳩はメルトに跳びかかると、そのまま地面に押し倒し、馬乗りになった。

 

「どうして、そこまで墜ちた! 始まりは、母親を守りたいからだったはず! それなのに、どうして、どこで道を誤った――!!」

「――うる、さい」

「――――」

 

 思いの丈をぶつける斑鳩。しかし、メルトの反応に面食らう。

 

「あ、あれ、なんだ、これ?」

 

 斑鳩に下敷きにされながら、メルトは異形化せず、人の形のままを保つ右目から涙を流す。

 だが、その理由は本人すら分からないようだった。

 

「ふざけんな、なんだよ。何で涙が出るんだよ。なんでこんな、悲しい気分になるんだよ。ふざけんな、ふざけんな……」

 

 ――ああ、そうか。

 

 斑鳩はなんとなく理解した。

 この少年は力を求めて、魔獣の力を手にし、そして、心を魔獣に喰われてしまったのだ。

 

 ――ああ、なんて、哀れな怪物だろうか。

 

 それは、メルトだけに向けた思いか、それとも――、

 

「はぁ……」

 

 なんだかやるせなくなった斑鳩はメルトを離すと、立ち上がる。

 斑鳩は訳も分からず泣き続けるメルトを見下ろし続けた。

 その時、斑鳩はなにを思っていたのだろうか。

 それは本人にも分からない。

 メルトが泣き止んだころ、日はすでに沈み、辺りは暗くなっていた。

 されど、夜空に浮かぶ満月が闇をかすかながら照らしだしていた。

 

「案内しなさい。あなたをそんな体にした人がいるはずでしょう」

 

 

 *

 

 

 メルトに案内されて暗い森の中を進む。

 泣き止んだ後のメルトは嘘のように大人しくなっていた。

 

「ここだ」

 

 やがて、二人は一つの洞窟にたどり着いた。

 

「ここの中で、ノルシェ様は隠れて研究を続けている」

「ノルシェ……」

 

 その名の男こそがメルトの体を異形のものへと変えたという。

 どういう男かは分からない。

 だが、一方的に悪と決めつけず、話をしたいと思った。もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。

 メルトは確かに悪虐をなしたろう。だが、その正体は力を求め、心を失った哀れな怪物。

 そして、直接聞いたわけではないが、師匠もまた――、

 

「本当に、この世界はどうかしている……」

「何か言った?」

「何でも無いどす」

 

 斑鳩の呟きに反応するメルトを言葉を濁してごまかした。

 しばらく歩くと洞窟の中には不釣り合いな扉があった。

 そこを潜れば、居住スペースであろう空間が現れる。

 

「なにしてんだ、こっちだ」

 

 かすかながら驚いて立ち止まっている斑鳩にメルトはお構いなしに進んでいく。

 あわててメルトについて行き、そして、

 

「この先だ」

 

 これまた、居住スペースには不釣り合いな重厚な扉。

 その異様な雰囲気にごくり、とつばを飲み込んだ。

 

「行きましょう」

「ああ」

 

 ゆっくりと、鈍い音を立てて扉が開かれていく。

 そして、その先には――、

 

「――ようやく来たか」

 

 小汚い格好をした男――ノルシェが待ち構えていた。

 



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第十三話 夜叉姫

「――ようやく来たか」

 

 扉の先は暗く、部屋の中の様子を伺うことは困難だった。部屋の奥に立つノルシェの手に持つランプと斑鳩たちの背後から差し込む通路の光だけが光源だった。

 彼我の距離は十メートル程。斑鳩は周囲を警戒しつつノルシェへと歩み寄る。

 

「無事だったか……」

 

 ノルシェは斑鳩の横に立つメルトに目をやると、心底安堵したように呟いた。斑鳩はその呟きを意外そうに聞いていた。

 人の体を魔獣と合成させるなどという所行を行った割に、人情というものは持っているようだ。

 

「廃棄場の方から火柱が見えたときは心臓が止まるかと思ったぞ」

「……ごめんなさい。僕が勝手な行動をしたばかりに」

「よい、過ぎたことだ。それに今は気分がいい、特に咎めはせん。さて――」

 

 ノルシェは一通りメルトへと声をかけると、斑鳩の方へと目をやった。

 

「久しぶり、と言っても貴様はわからんのだろうな」

「……久しぶり?」

 

 ノルシェの言葉に斑鳩は首を傾ける。これまでの人生を振り返るが、思い当たる節はない。頭に疑問符を浮かべる斑鳩をみやり、ノルシェはくつくつと笑った。

 

「一年前、この森で俺たちは出会ったのだ」

「一年前……。この辺ではエイリナスを討伐したくらいどすが――」

「そう、そのエイリナスこそ俺とメルトだ」

「は?」

 

 ノルシェの言葉は唐突すぎて、斑鳩には何のことだかわからない。ノルシェはにたり、と笑って言葉を続ける。

 

「正確には、エイリナスの中に入っていた、といったところだ」

「――中に」

「あの時、僕たちは憑依魔法の実験中だったんだ」

「憑依、魔法」

 

 メルトの説明にノルシェは自慢げな、誇らしげ表情だ。そんなノルシェの様子にお構いなしに、この男と相対してから抱いていた疑問をぶつける。

 

「えらく、饒舌どすな。こんなところで隠れて研究しはってるくらいなら、そう他人に話してもよろしいんどすか?」

「それはもっともだな。実際、公に私の研究が認められないために隠れたのだから。しかしな、先ほども言ったが今、私は気分がいい」

 

 加えて、先々日までは実験体であるエイリナスを討伐した斑鳩が憎くて仕方なかった。勝手に戦いに赴いたメルトに苛立った。それでも、多少のことには目をつむろう。

 

 

「なぜなら、ついに私の研究はひとまずの終わりを迎えたのだから」

 

 

 静かに、されど絶対の自信を持ってノルシェは告げる。

 

「終わり?」

「ああ、終わりだよ。憑依魔法と魔獣化実験。その行き着く先だ」

「それは――」

 

 なんだ、と続けようとしたところでノルシェからの制止が入る。

 

「まあ、そう慌てるな。せっかくの記念すべき日なのだ。もう少し話をさせてくれ」

「――――」

 

 斑鳩は無言をもって返答する。

 それを肯定と受け取り、ノルシェは語り出す。

 

「この世界に、魔力を持たない人間はどれほどいるか知っているか?」

「ええ、たしか魔力を持つ人間は全人類の一割ほどだと」

「ああ、その通りだ。――そして、私もメルトも魔力を持って生まれなかった」

 

 その言葉に斑鳩は無言で隣に立っていたメルトを見やる。その視線に気づくと、メルトは顔を悔しげに歪ませつつ頷いた。

 

「それで、魔力を持つ魔獣の体を移植することで魔力を――」

「…………」

 

 斑鳩の言葉に返答する者はいなかった。メルトはうつむき、ノルシェは不適に口元を釣り上げている。

 

「魔力が無くても、魔法は使えるでしょうに……」

「確かに、その通りだ。実際、私の実験に魔法は不可欠だった。全く、魔水晶(ラクリマ)とは便利なものだ」

 

 実際に、魔力を持たずに魔導士となっている者もいる。

 

「だがな、それでも魔力持ちより不利なのは変わりない。実際、魔水晶(ラクリマ)もしくは魔力を独自に持つ魔導具を使って大成した人間はどれほどいる?」

「それは――」

 

 斑鳩はノルシェの問いに言葉を詰まらせた。

 斑鳩の知る限り、強い魔導士は能力(アビリティ)系も所有(ホルダー)系も自前の魔力を持っているものばかりだ。

 

「否定、できんだろう?」

「――――」

「そう、この世界は不平等だ。――だからこそ、私は魔力を求めた」

「……確かに、その思想は理解できます。けど、こんな異形の体にする必要はなかったでしょうに」

 

 痛ましげに、メルトを横目に見る。

 魔力を使えるようにするだけならもっと目立たないようにすることもできたのではないのかとそう思う。魔獣の力が使いたいのなら《接収(テイクオーバー)》を使えるようになればいいだけの話ではないのか。

 

「確かに、お前の言うことも一理ある。――そうすることも可能だった」

「なっ――!!」

 

 ノルシェの言葉に反応したのは斑鳩ではなくメルトであった。それまで、苦々しげな表情をしつつも、沈黙をしていたメルトが急に声を荒げたことで斑鳩は虚をつかれる。

 

「あんたは、僕に言ったじゃないか! 魔力を得る代わりに人の姿を――」

「――黙れ」

「――――っ!」

 

 しかし、メルトの勢いもノルシェの一言ですぐに沈められる。ノルシェは一息つき、剣呑な雰囲気を払うと斑鳩に言った。

 

「なあ、お前は強い魔導士だ。その強さに至るまで、どれほどの努力があったのか、俺には想像もできん」

 

 十年、人生の半分は修行とともにあった。

 当然、斑鳩の強さはこれに裏打ちされた者である。

 

「お前ならおそらく強い魔獣と戦ったこともあるだろう。やつらの力は圧倒的だ。だが、やつらはお前ほどの努力をしてそこに至ったと思うか?」

「それは……」

「そんなことはない。やつらは生まれながらに強いんだ」

 

 ノルシェは先ほどまでとは打って変わって、無表情で言葉を続ける。

 

「それは絶対なる種族の差。埋めることのかなわない初めから存在する壁。魔力を持つか持たないか以上に大きな、な」

「それでも、倒すことはできる」

「ああ、そうだ。完全に劣っていたら人間は今頃滅亡している。人間には知能がある。努力しようと思えるのもまた、知能があるからこそだ。しかしな、――竜はどうだろうか? 知能を持ちながら、人を超える力を持ったやつらは?」

 

 伝説にうたわれる竜。

 この時代にはすでに滅んだと言われる存在。

 しかし、記録に残るその力は、

 

 

「竜は人間では及ばぬ程の力を持っている」

 

 

 その通り。人間が竜に勝利したなどと言う話は聞いたことすらない。それほどに絶対的な存在だった。そして、斑鳩は気づく。ノルシェの真意。

 

「――あなたの目的は」

 

 

「――ああ、俺は人間を超えるのだ(・・・・・・・・)

 

 

「そのための魔獣化実験……」

「その通り!!!!!」

 

 斑鳩の言葉にノルシェは我が意を得たりとばかりに拍手を送る。

 

「魔力を得るなど目的達成のための一つに過ぎん! 魔力を持たない一般人でしか無い俺は、超人へと生まれ変わるのだ!!」

 

 魔力なき者に魔力を。その話を聞いたとき、斑鳩はわずかながら感心していた。メルトを改造するなど、やり方は褒められたものではないが、ノルシェの研究は多くの魔力無き人々にとって希望となっただろう。

 

「そんなことのために、僕を利用したのか……」

「利用? ああ、確かにしたさ。だが、お前の願いどおりに魔力を与えてやった。文句を言われる筋合いは無いと思うが?」

「ぐ……」

 

 メルトは言葉を返すこともできない。ノルシェの言うことは正しく、望んだのはメルトなのだから。

 

「――その夢はもう終わりどす。大人しく捕まってもらいましょう。倫理を外れた研究に、アネモネ村に被害を出したこと。評議員に突き出すには十分どす」

 

 斑鳩はメルトへとさらに歩み寄る。見たところ、ノルシェは自らを改造した痕跡はない。正真正銘、なんの魔力も持たない人間だ。しかし、これから捕まり、夢が潰えようとしているのにノルシェには動揺した様子が全くない。その様子に斑鳩は訝しむと、ノルシェはにたりと笑って言った。

 

 

「――ところで、憑依魔法はなぜ、研究していたと思う?」

 

 

 同時にノルシェは懐に手を入れる。

 それを見た斑鳩が即座に接近し、取り押さえるが、

 

「――もう、遅い」

 

 声は後方から聞こえてきた。

 

「うぐっ――!」

 

 背後から蹴りをくらった斑鳩は痛みにうめきをあげつつ、メルトから距離をとる。

 いや、正確には――、

 

「あ、あれ? 僕は、なんで? さっきまで立っていたはずなのに」

 

 メルトの体に乗り移ったノルシェから。反対に先ほどまでノルシェだった男がメルトであろう。その困惑の声が証明していた。

 

「それが憑依魔法の目的とその研究成果――!!」

「ああ、そうだ。人間を別生物に改造しようというのだ。失敗の可能性もあるのに、初めから自分の体で実験するはず無かろう。そして、完全な憑依のためには、もとの体の持ち主に残っていられると困るのでな!」

 

 言って、ノルシェは触手を伸ばす。しかし、それは斑鳩ではなく、メルトを狙ったものだった。

 

「――――っ!」

「ふむ」

 

 即座に助けに入り、触手を切り払うとメルトを抱えて飛びずさる。

 

「あれ? 僕がひとに……」

「今は大人しくしなさい!!」

 

 追撃にせまる触手を避け、さらに後退。

 最奥の壁まで追い詰められる。

 

「やはり、もとの体よりは力は出るがどうしても馴れんな。特に触手がうまく動かせん」

「なぜ、メルトはんを」

「用済みなのだ、処分しても問題なかろう?」

「……あなたが初め、メルトはんを心配したのは」

「俺の体になるのだ。破壊されてたら嫌だろう?」

「――――そう」

 

 その一言で斑鳩は完全に同情の余地なしと判断する。

 即座に、ノルシェを仕留めようとし、

 

「なっ!!」

 

 頭上から降り注ぐ魔力光線に気づき足を止める。

 とっさによけるものの、それだけでは終わらない。

 斑鳩は頭上を見上げると暗い闇の中、数多の光が灯っていた。それは、明かりのためのものでなく、魔力光線が発射される直前の予兆。

 

「メルトが敗れたのに、今の俺がまともに戦って勝てるわけがないだろ」

 

 瞬間、斑鳩の頭上に何条もの光が降り注ぐ。

 どれも、生半可な威力ではない。

 

「無月流、天之水分(あめのみくまり)!」

 

 斑鳩は周囲に魔力流を展開。

 しかし、ノルシェの特性の魔導具か、一撃一撃がかなりの威力を持っている。魔力流だけでは流しきることは不可能。だが、それしきのこと、問題にならない。刀に魔力を纏わせ振う。完全に弾く必要は無い。天之水分のみでは流せないのならば、刀を使い流れに乗せる。

 

「――――!!」

「おわわ!!」

 

 降り注ぐ光を流す、流す、流す。着弾した衝撃音が部屋中に響く。足下から何か悲鳴のようなものが聞こえるがそんなことを気にしている暇はない。

 

「ようやく、打ち止めどすか」

「こ、怖かった……」

 

 見渡せば部屋の床はぼこぼこに破壊されており、辺りには煙が立ちこめている。

 

「逃げられたか……」

 

 天之水分で感知を行うが、部屋内にノルシェのいる気配はない。光弾を防いでいる間に逃げられたのだろう。だが、それも数秒のこと。すぐに走れば追いつくだろう。

 

「メルトはん、うちは村に向かいます。あなたは――」

「――まさかとは思ったが、生き残ったか」

「どこ!?」

「あ、あそこに何か置いてある」

 

 メルトの指す方向に顔を向ける。

 すると、先ほどまでノルシェが立っていた場所にスピーカーが置かれていた。

 

「今、どこにいはるんどす?」

「くく、アネモネ村に向かう途中だ。――この体をならすのに最適だと思わんか?」

「――――!」

「ノルシェ様」

 

 ノルシェの言葉にすぐさま斑鳩は扉へと駆けだした。

 それに対し、メルトはノルシェへと問いを続ける。

 

「なんでそんなことを教えてくれるの?」

 

「――そんなもの、お前らがこれから死ぬからに決まっているだろう?」

 

「扉が開かない!?」

 

 斑鳩の声と同時に、頭上で爆音が鳴り響く。

 今居るノルシェの隠れ家は洞窟内。

 斑鳩たちの頭上から今度は多くの岩盤が降り注ぐ。

 

「メルトはん、近くに!!」

「くそ!!」

「無月流、迦楼羅炎(かるらえん)!」

 

 圧倒的質量の前に、天之水分では無力。故に、斑鳩の修める無月流のうち、単純な破壊力ならばトップに立つ技を使う。斑鳩の振う刀からほとばしる火炎が降り注ぐ岩石を打ち砕く。

 しかし、

 

「あいたっ」

「――斑鳩!!」

 

 砕かれた岩石、その中でこぶし大ほどの破片が斑鳩の額に直撃。

 

(……あ、これはやばい)

 

 額に痛みを感じながら、斑鳩は意識が遠のいていくのを実感した。メルトとの戦いで斑鳩はすでに大量の傷を負っている。どれも、深い傷ではないが数が多すぎる。すでに斑鳩は多くの血を失い、平時にくらべて大幅に調子を落としている。額への衝撃をとどめに斑鳩の意識は限界を迎えた。

 視界には崩落する天井。迫る大岩。それは、斑鳩の迦楼羅炎では天井を貫けなかったことを意味していた。

 

(まだ、終わりたくない。誰か――)

 

 意識が落ちる寸前、斑鳩が感じたのは、とん、と誰かが自分の体を押す感覚だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「うちは、死んだの?」

 

 斑鳩は目を覚ますと同時に周囲を見渡すが真っ暗でなにも見えない。

 

「つ――」

 

 だが、体中に痛みを感じる。目で見て確認したわけではないが、おそらくメルトとの戦いで負った傷そのままだろう。まさか、生きているのか。あの時、確かに自分の真上から大きな岩が降ってきたと思ったのだが。

 不思議に思い、迦楼羅炎の応用で手に持つ刀に炎を灯し松明代わりに利用する。そして、頭上を見上げると、

 

「なるほど、不幸中の幸いと言うべきか」

 

 斑鳩の周囲に立ち並ぶ大岩。その上に大きな岩盤が被さり人が動けるだけのスペースを作り出していた。おそらく、迦楼羅炎によって斑鳩の頭上の岩が砕けて散らばり、斑鳩の居る場所より、周囲の方が岩が高く積み重なっていた。

 そこに大きな岩盤が落ちて、蓋のようになったことで助かったのであろう。

 

「あれ?」

 

 そこで、斑鳩はある違和感を感じた。

 あの時見た岩はこんなに大きな岩盤ではなかった。その上から岩盤が降ってきたとして、あの大岩はどうなったのだろう?

 そう、思いずっと見上げていた視線を下に戻す。

 そこには、

 

「メルトはん!?」

 

 岩に下半身をつぶされたメルトの姿があった。

 

「し、しっかり! しっかりしてください!!」

 

 慌てて体を揺する。すると、ゆっくりとメルトが目を開く。

 

「いか、る、が」

「ええ、そうどす」

「よかっ、た」

 

 メルトは斑鳩を見て安堵する。思い返すのは意識を失う直前、誰かが自分の体を押す感覚。

 そう、それはメルトが斑鳩を岩の落下点から突き飛ばす感覚。

 

「どうして……」

 

 それが斑鳩にはわからない。メルトとは敵対していた。殺さなかったが、メルトからいい感情が向けられた覚えがない。理由がない。

 故に問う。その答えは――、

 

 

 

「さい、ごに、ひとに、もど、れ、た。――あり、がとう」

 

 

 

 そう言って薄く微笑むとメルトの体から、かくり、と力が抜けた。

 ――人に戻れた。それはどういう意味なのだろうか。

 涙の後、人の心が戻っていたのか、ノルシェの体にいれられたことでまごう事なき人間の肉体に戻れたことを指しているのか、それはもうわからない。

 涙は出ない。そのためには、触れ合った時間が、言葉を交わした時間が短すぎる。

 だが、一つだけ思うことがあるとすれば――、

 

 

「――うちは、こんな笑顔を見たかった訳じゃない」

 

 

 斑鳩を無力感が苛んだ。

 ようやく本質を理解したのに、理解しただけでなにもできちゃ居ない。

 刀を手に、ゆっくりと、立ち上がる。

 

「無月流――」

 

 先ほどは急な崩落により、十分な魔力を注ぐことができなかった。今度こそ、ゆっくりと、されど確実に刀へと魔力を注ぎ込む。

 それは、斑鳩に残るほぼ全ての魔力であり、

 

「――迦楼羅炎(かるらえん)

 

 豪火は頭上の岩盤を貫き、立ち上る。

 そこから斑鳩が這い出ると辺りはまだ暗かった。下半身をつぶされたメルトが生きていたことから考えても気を失っていたのは一瞬だろう。

 まだ、間に合うかもしれない。

 

「人に戻れたのならば、今までの罪を悔いなさい。それが、あなたにとっての罰になるでしょう。だから、

 

 

 ――――人として、殺してあげます」

 

 洞窟跡へと振り返り、そう呟く。

 そして、アネモネ村へと駆けていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ノルシェは浮かれていた。長年の研究が完成を見たのだ。この肉体は魔法を習得しておらず、数ヶ月前まではただの村人だったメルトでさえ、並の魔導士に勝利することが可能な程だ。

 とはいえ、いまだに脆弱。斑鳩のような一流の魔導士には勝てないだろう。だが、それでも、まだこの肉体は上を目指せるだけの余地はある。

 いずれ、竜をも超えてみせよう。

 

「くくく、強い体はいいなあ」

 

 ノルシェは浮かれていた。念願の人を超える力を手に入れたのだ。触手一本動かすだけで、雄叫びを上げたいほどの歓喜につつまれる。

 

「ああ、楽しいィィィ!!!」

 

 ノルシェは浮かれていた。邪魔者の斑鳩ももう居ない。アネモネ村まで我慢できず、進みつつ、周囲の木々をなぎ倒し道草を食っていた。

 この瞬間こそ、ノルシェの人生の中で絶頂の時であった。――背後で破壊音が鳴り響く。

 

「なんだ!?」

 

 振り向いたノルシェが見たのは巨大な火柱。そう、それは日が暮れる前、廃棄場から上がったものと同じで、

 

「――ま、まさか」

 

 先ほどまでの興奮もどこへやら、一気にノルシェは恐怖の底へと突き落とされる。あの崩落が最後の切り札。もはやノルシェに策はない。

 

「――そうだ、先に村につければ!」

 

 村人を人質になんとか交渉ができるかもしれない。

 先ほどまでの興奮して無駄に時間を浪費した自分を殺してやりたい衝動にかられながら走り続ける。そして、村の明かりが目に入るところまで到達し、

 

「や、やっ――」

「そこまでどす」

 

 ――ついに、血濡れの夜叉に追いつかれた。

 

「く、くそがァァ!!」

 

 がむしゃらに伸ばした触手で薙ぎ払い、気づく。

 

「はあ、はあ――」

「――お前」

 

 斑鳩は触手をかわしたものの、息を切らしている。

 さらに、斑鳩からはほとんど魔力を感じない。

 

「すでに限界か」

「――――」

 

 ノルシェの言葉に斑鳩はなにも答えない。

 ただ、その瞳を向けるだけ。

 

「ばかめ、大人しく逃げていれば助かったものを」

 

 ノルシェに先ほどまでの恐怖はない。

 あるのは、自分が目の前の女の命を握っているのだという優越感ただ一つ。

 

「いいだろう! 最初に殺すのは貴様だァ!!!」

 

 そして、襲いかかるノルシェを斑鳩は見つめ続ける。

 ひたすら静かに、そして冷たく――。

 

 

 

 

 

 

 

 +++++++

 

 

 

 

 

 

 

 ノルシェは幼い頃から天才と呼ばれ育った。事実、彼は優秀だった。頭脳も運動も誰にも負けたことがない。周囲の人間皆を見下していた。本当に同じ人間かと思うことさえあるほどに。

 しかし、彼にも持ち得ないものがある。それが魔力だった。魔法はとても素晴らしい。あらゆる可能性を秘めている。それを自分に劣る愚図が使え、自分に使えないのが我慢ならなかった。魔水晶を使った魔法行使は、ごっこ遊びのように感じられて虚しさが増すばかりだ。

 

「魔法は心より生ずるもの。信頼する仲間をつくり、思いやりをもちなさい。そうすればきっと君にも魔法が目覚める」

 

 名も知らない魔導士が言った。心底くだらない、そう思った。魔法は魔力と理論で行使するものだ。心が魔法に重要だなどと根拠のない言葉に相手の正気を疑った。そして、ノルシェは魔力を手に入れるための研究を開始したのだ。よりよい研究設備を使うために国立の研究機関にも所属した。

 

「愚図どもが、俺が魔力を使ってやった方が何倍もよかろうに」

 

 初めにしたのは他人の魔力を奪い取るものだった。当然、そんなことをしていることがばれれば追い出されるのは目に見えている。故に、表向きには世間体のいい研究目標をかかげていた。

 加えて、辺境のアネモネ村近くの森の洞窟に隠れ家をつくり、設備を整え、もしもの時に備えた。

 ある日、ノルシェは研究に必要な植物を採取するため、魔導士を護衛に森へ入る。そこで初めて、魔獣を目にすることになる。魔獣に苦戦する魔導士、その光景から目を離すことができなかった。

 それは、天恵のように閃いたのだ。

 

「俺は、人間を超える」

 

 その目標を実現したときのことを思うと心が躍った。しかし、あまりに浮かれたノルシェはミスを犯してしまう。ある日、魔獣化実験の様子を見られてしまった。なにより、見られたタイミングが悪かった。拾ってきた浮浪児に無理矢理魔獣の一部を移植して死なせてしまったのだ。

 その後、王国の警備隊に追われ、命からがら逃げ延びた。飲まず食わずで逃げ続け、隠れ家のある森にたどり着いた。

 しかし、そこが限界だった。ついに、隠れ家を前にして倒れてしまった。こんなところで終わっていいはずがない、そう思ったとき出会ったのだ。

 

「おわっ、おじさん大丈夫か?」

 

 その声を聞いたとき、神が研究を完成させろと言っているように感じられた。

 

「僕、メルトっていうんだ」

 

 死にかけのノルシェを救ってくれた少年はそう名乗った。このとき、死の淵から這い上がり、神を味方につけた気分だったノルシェはうっかり口を滑らせる。

 その研究内容を話してしまったのだ。

 

「すごい、すごいよ! 僕も魔法を使えるようになるかな!?」

 

 話を聞けば、母を守るために強くなりたい、そのために魔法を使いたいのだという。

 そして、ノルシェは思ったのだ。

 

 ――ああ、いい実験台が手に入った。

 

 メルトは村から度々、ノルシェのもとを訪れた。ノルシェのところへ通っていることは言わないように徹底させた。メルトが正義感を持った少年だということはわかっていた。だから、あまり倫理に触れない部分だけを見せていた。

 

「次はなにをするの、ノルシェ様」

 

 次第にメルトはノルシェを様付けで呼ぶようになった。敬われるのは悪い気はしない。憑依魔法の実験もだいぶ進み、メルトにエイリナスに憑依させ、森を徘徊させた。

 不完全であり、時間制限付きだったので、その時間いっぱい徘徊させる。そして、徘徊する魔獣の調査に赴いた村人を罠で捕らえ実験台とした。

 もちろん、メルトにばれないように。

 

「貴様が依頼にあった魔獣だな」

 

 そして、エイリナスに憑依したメルトの前に依頼を受けた魔導士が現れた。憑依魔法には憑依する側、される側の双方に手を加える必要がある。故に、エイリナス一体失うだけでも大きな損失だ。そこで、もう一匹手を加えていたエイリナスにノルシェは憑依し、メルトと協力して魔導士を追い払おうとした。

 メルトも憑依している状態とはいえ、死ぬのが怖いのか一心不乱に暴れている。そして、勝利を目前としたとき、あの女、斑鳩が現れた。突然現れ、二人、――正確には二匹のエイリナスを切り刻んだのだ。

 

「くそっ、あの女! もう少しで勝てたのに」

「まあまあ、ノルシェ様」

 

 なだめようと声をかけてくるメルトに腹が立つ。負けたというのに、あの女の強さに惚れ込んだらしい。だが、いつまでも悔しがってはいられないので研究を再開する。

 

「ああ、僕もあんな強い魔導士になりたいなあ」

 

 メルトはことあるごとにあの女の話をする。態度には出さないが、ノルシェのストレスは次第にたまっていく。

 そして、

 

「人をやめる代わりに魔力を得られるとしたらどうする?」

 

 ノルシェは悪意をもってささやいた。

 当然、メルトは躊躇する。

 

「この実験に成功すれば、お前は絶大な力を手に入れられるだろう。それこそ、あの時の女のように」

 

 ノルシェはメルトが揺れているのに気づき、さらに言葉を続ける。

 

「母を守るために強くなりたいのだろう? 姿形にこだわって目的を見失うつもりか?」

 

 そして、メルトは頷いた。頷いてしまった。長期にわたる信頼の積み重ね、そして、憑依魔法を応用したわずかながらのマインドコントロールを使ってメルトを頷かせたのだ。

 さも、自分の意思であるかのように。

 

「あ、ああ。ぼ、ぼく、は――――」

 

 そして、メルトは人間をやめた。だが、ここでノルシェに誤算が生じる。あまりにも人の形を外れた自分の姿にメルトの精神は耐えられなかったのだ。

 

「うわ、う、うわあああ!」

「ま、まて!」

 

 メルトは隠れ家から飛び出し森へと入る。ノルシェはあわてて追いかけ、森の中を探し回った。

 そして、見つけた――、

 

「は、はは、ははははは」

 

 倒れ伏す四人の村人を前に涙を流しながら笑い続けるメルトの姿を。状況から見て、村人たちが怪物と化したメルトに襲いかかり、返り討ちに遭ったのだろう。そして、メルトは新しい体を制御できずに殺してしまった。

 

「ころした。ぼくがころした。は、はは、ははは――!!」

 

 ――そして、メルトは心すら怪物と化したのだった。

 

 

 時は流れ、斑鳩がこの村を訪れ、物語は終わりへと収束していく。

 

 

 

 

 

 

 

 +++++++

 

 

 

 

 

 

 

 なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ――――――――!

 

「ふざけるなァ――!!」

 

 ノルシェは目の前の理不尽な存在に吠えたてる。今の自分は人を超えた存在だ。いまだ竜に及ばずとも、かなりの力を持っているはずだ。並の魔導士すら肉体のスペックのみで勝利ができる。だというのに、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ――――、

 

「俺は貴様に勝てんのだァ――!」

 

 ――闇の中、夜叉は舞う。

 触手に囲まれた檻の中、体を捻り、伏せ、跳び、襲いかかってきた触手すら足場に、三次元に動き回る。

 

「こんなことが、あってたまるか!」

 

 斑鳩は一度たりとも魔法は使っていない。

 それどころか、刀を鞘に収めて抜いていない。斑鳩は居合いの構えをとり、じわり、じわりと距離を詰めていく。

 

「――――」

「認めん、認めん、断じて認めん! 魔力の尽きた貴様なんぞにィィィ――!」

 

 ノルシェは人間をやめた。人間を超えた。

 だというのに、目の前の女、魔力の尽きた魔導士、ただの人間に等しい存在、それも手負いに手も足も出ない。

 

「消えろォ!!!」

「――――」

 

 目の前の現実が受け入れられず、ノルシェは醜態をさらし続ける。

 それを、斑鳩は見つめ続ける。

 これが、他人を食い物にして手に入れた力。

 そこには、なんの信念も感じられず――、

 

 

「――なんて、無様」

 

 

 そして、ついに斑鳩はノルシェを間合いに入れ、

 

「ば、ばけ、もの」

「――終わりどす」

 

 一閃、ノルシェの首が落ちる。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「音ってこっちの方からしたよな?」

 

 森の中、七人の青年が茂みをかき分けつつ歩いていた。

 

「おいおい、本当にいくのかよ。戻ろうぜ……」

「ここまで来てなに言ってんだ。村に魔導士様が居ない今、魔獣が来たら俺らでなんとかしねーと」

 

 青年たちは森の奥手に火柱を見てから、もしもの可能性に備えて、魔導士様がかえって来るまで、自分たちで警備をしようと名乗り出た。夜になっても魔導士様は帰ってこず、二本目の火柱が上がった後、破壊音が近づいてくるのに気づき、様子を見に来たのだ。

 

「――音、やんだな」

 

 音の発信源にもう着こうというところで急に途絶える。

 

「一応、確認には行こうぜ」

 

 そして、茂みを抜けた先、そこにあったものは、

 

「魔導士、さま?」

 

 人型の魔獣と思しきものの首から吹き出る血を浴びながら、空に浮いた頭部を元の形が分からなくなるほどに切り刻んだ瞬間だった。

 

「――――」

「ひぃ!」

 

 魔導士様がこちらを振り向く。明るい満月と暗い森の木々を背景に、白い着物を赤く染め、血濡れの刀を片手に持つ。そして、首のない死体の前で立つ姿はどこか儚く、幽鬼のよう。

 その姿を見て青年たちは恐ろしく思うと同時にどこか美しいと思った。

 その姿はまるで――、

 

「あっ――」

 

 突然、斑鳩が糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

「魔導士様!!」

 

 意識を現実に引き戻された青年たちは急いで魔導士様を抱えると村へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「やっぱり、ここのご飯はおいしいどすなぁ」

「なんど褒められてもうれしいもんだね」

 

 魔獣討伐から三日、斑鳩はイチリンでライラとともに食事をしていた。倒れた斑鳩はあの後、丸二日間も眠っていたのだ。目覚めた後、すぐに出て行こうとした斑鳩だったが、ライラに引き留められ、一日は安静にすることにしたのだ。

 そして、今日が出発の時である。

 

「服までいただいてすみませんなぁ」

「いいさ、あんな血濡れの格好で帰るわけにはいかないだろう?」

 

 今の斑鳩は和服を脱いでいる。

 あちこちが破れ、血で染まった和服はもう着れない。新しく買うしかないだろう。

 

「――――」

 

 ふと、メルトのことを思い出す。怪物になった少年。最後に人に戻れた少年。ライラには生きていたことは伝えていない。人として死なせると約束した。頭部を消したことで魔獣がメルトだということもばれていない。これでいいのだと、そう思う。

 

「どうしたんだい?」

 

 ライラの言葉に斑鳩の意識は現実に引き戻された。

 

「いえ、なんでもないどす。……さて、うちはそろそろ出発しましょう」

「そうかい、寂しくなるね」

 

 その言葉に胸の奥が締め付けられるような思いがする。今回の仕事では自分の未熟を思い知らされた。魔獣事件を解決した今もどこかしこりが残っている。それでも、進んでいくしかない。

 ライラに曖昧に微笑み返事とすると、食堂の扉を開けて外へ出る。

 そこには、

 

「え?」

 

「魔導士様が来たぞー!」「ありがとう!」「そんなぼろぼろになってまでありがとう……」「おいおい泣くなよ」「そうだよ、笑顔で送ろうぜ!」「うちの息子を婿にどうだい?」「母ちゃん、やめてくれよ恥ずかしい!」「結婚してくれええ!」「誰かそのバカを黙らせろ!」「また来てくれよ!」

 

 大勢の村人が見送りに来ていた。

 その先頭には村長夫妻が立っていた。

 

「ありがとうございます。あなたのおかげで救われました」

「また来てね。歓迎するわ」

 

 みんながみんなまばゆい笑顔だった。

 

「いい村だろう?」

「――ええ、本当に」

 

 後ろから来たライラが声をかける。

 

「そして、この村を守ってくれたのはあんただ。だから、」

 

 ――そんなに気負うことなんて無いんだよ。

 

 そう言って、ライラは華やかに微笑んだ。

 

「ライラはん、あなたは――」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」

「そうかい。じゃ、私は息子の墓参りにでも行こうかね」

 

 そういって、ライラは去って行く。

 途中、彼女は振り返り、

 

「また、ご飯食べにおいで」

「――ええ、是非とも」

 

 笑顔の村人たちに囲まれながら思う。

 自分の弱さを知った。

 だけど、ふさぎ込んではいられない。

 守れたものは確かにここにある。

 前を向き、進んでいこう。

 そうすれば、きっと強くなれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 斑鳩が村を出てからしばらく、村は日常の活動に戻っていた。ライラは墓参りの帰り道、そんな光景を見ながら嬉しく思う。数日前までの葬式のような雰囲気は欠片もない。家であるイチリンにたどり着き、中へ入る。

 そこには見知った人影ががあった。

 

「はあ、休業日なんだけどねえ」

「……斑鳩は、帰ったか」

「そんなに心配なら合えばいいのに。めんどくさいねえ、あんたは」

 

 そこには、黒い着物を纏った老境の男がいた。

 

「……誰も心配しているなどと言っとらんだろう」

「はいはい、あの子が来てから頻繁に訪れてたくせによく言うよ」

「……むう」

 

 ライラは呆れて肩をすくめる。

 それに男――修羅は不本意そうに顔をしかめた。

 

「それで、あの子はあんたの弟子なんだろう? なんか悩んでるみたいだけど、会っとかなくてよかったのかい?」

「……奴は私の元から去ったのだ。会いに行くわけにもいくまい」

「ああ、やだやだ。相変わらず頭の固いことで。――そんなんだと、もう、会えなくなるよ」

「…………」

 

 ライラの言葉に修羅は黙り込む。

 ライラはやれやれと首を振ると、話題を変えることにする。

 

「それで、なんの用で来たんだい?」

「……酒でも酌み交わそうかと思ってな」

 

 そう言って、机の下から酒瓶を引っ張り出す。

 

「はあ、あんたはまったく……」

 

 修羅の不器用な気遣いに苦笑しつつ、修羅と同じ席に着く。互いに杯を交わして飲み始めた。

 

「お前の息子の冥福と」

「あんたの弟子の将来を祝福して」

 

「乾杯」

 

 その日、二人は夜が明けるまで飲み明かした。

 互いに子供の話をしながら。

 正確には斑鳩は修羅の娘でないが似たようなものだ。

 

「あの娘はどうなるのかねえ」

「……神のみぞ知る、と言ったところか」

「この村の男たちの中で、実際にあの娘の戦ってるとこ見たやつらがいるんだけどさ、そいつら、あの娘のことなんて呼んでるか知ってるかい?」

 

 そう言われ、修羅は考えてみるが特に思いつくことはない。そんな修羅に、ライラは愉快そうに教えてあげた。

 

 

「――夜叉姫さま、だってさ」

 

 

 修羅は、それはまた因果な名前だと思った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 いつからか、ある噂がされるようになる。

 誰が言い始めたかは定かでないが、フィオーレ中に広がる噂。

 

 ――“人魚の踵”には夜叉がいる、と。

 

 

 

 

 



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楽園の塔編
第十四話 楽園の塔


「ん~、潮風が気持ちいいどすなぁ」

 

 空には太陽が輝き、目の前には透きとおった海が広がっている。斑鳩は白い砂浜を踏みしめて、存分に風を感じていた。

 

「たまにはこういうのも悪くないな」

 

 斑鳩の横には黒く、つややかな長髪に勝ち気な強い意志を感じさせる瞳を持つ少女――カグラが立っていた。二人はいつもの装いとは異なり、水着を着ている。

 

「ここがアカネビーチ。すごい活気どす」

「さすがはフィオーレ随一のリゾートと言ったところですね」

 

 砂浜を見渡せば大勢の人々がひしめいている。砂山を作る子供たち、ビーチバレーに興じる青年ら、寝そべり肌を焼く若い女性。皆が思い思いに過ごしていた。

 

「しかしまたどうして、リズリーはんはうちらにリゾートのチケットをゆずってくれたんでしょう」

 

 そう、斑鳩たちがアカネビーチに遊びに来ているのはリズリーが福引きで当てたというチケットをくれたからである。本人が行けばいいと言っても取り合ってもらえず、半ば強引に送り出されたのだ。

 

「ああ、それなら――」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「斑鳩殿の元気がない?」

「なんかそんな感じがするんだよねえ」

 

 カグラがリズリーからその話を持ちかけてきたのは前日のことだった。

 

「ふむ……、思い返せば確かに……」

 

 カフェテリアとしての機能を持つギルドの特性上、ギルドメンバーは給仕をする。その中で斑鳩はいつも元気いっぱいで働いていたはずなのだが、今は落ち着いて業務をこなしていた。

 

「……違和感がすごいな」

「だろう? 斑鳩はもっと、こう、脳天気な感じだったしねえ」

「その通りだな」

 

 カグラのイメージとしては、斑鳩は勢いで行動する。間違っても、斑鳩に対して落ち着いているなどと思ったことはない。

 

「そこで、カグラに頼みたいんだけど――」

 

 そう言ってリズリーは懐から一枚のチケットを取り出した。

 

「これは、リゾートホテルのペア券か。どうしたんだ、一体」

「福引きで当てたのさ。くじ運なめちゃいけないよ!」

「いや、別になめてないのだが……」

 

 リズリーはカグラの反応を笑って流すと、チケットをカグラの手へと押し込んだ。

 

「これで斑鳩と一緒に遊んできな。いっぱい遊べば斑鳩も元気になるだろうさ」

「なぜだ、そなたが行けばよかろう」

 

 当てたのがリズリーならなにもカグラに頼まなくても斑鳩とリズリーの二人で行けばいい。そう思っての質問だったのだが、それを聞いてリズリーは愉快そうに笑う。

 

「私はリゾートなんてがらじゃないしねえ。それに、カグラは斑鳩のことだいすきだろう?」

「む……、そんなことはないと思うが」

「はは、顔を赤らめていっても説得力が無いねえ」

 

 斑鳩はその人柄とギルド一の強さからギルドメンバーたちからは好かれている。その中でも顕著なのがカグラであった。元々、斑鳩をギルドに連れてきたのはカグラであり、“人魚の踵”における仕事の仕方などを教えていたため、一番初めに仲良くなったと言うこともあったが、教育が終わった後もよく斑鳩につきまとう姿が目撃されていた。

 

「いいから、私にかまわず行ってきな! おーい、斑鳩、渡したいものがあるんだけど――」

「お、おい!」

 

 こうして、二人そろって強引に送り出されたのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「――と、いうわけです」

「……なんだか、うちへの評価に気になるとこがあったんどすが」

「気のせいでしょう」

 

 脳天気だとかなんだとか言われた気がするのだが、カグラはすまし顔で取り合ってくれる気はないようだ。ちなみにカグラが斑鳩のことが大好きだという台詞は一番仲がいいとか当たり障りのないように改変されていたりする。

 

「とはいえ、なんか心配かけたみたいで申し訳ありませんなぁ」

「そのことなのですが、なにか心配事があるのなら力になりますが」

「いや、別になにかあるわけではないんどすが……」

 

 アネモネ村の一件では斑鳩自身、いろいろと考えさせられた。今なお決着のついていない部分はある。しかし、別に斑鳩としては区切りをつけているし、普段通りにしていたつもりだ。それでも周囲から変わったように見えるのならそれは、

 

「まあ、うちもS級になって一つ成長したということでしょう」

「ならいいのですが」

 

 なおもカグラは心配げに斑鳩を伺っている。心配性なカグラを微笑ましく思うと同時に、あまりの信用のされなさに複雑な思いを抱く。まあ、ガルナ島でも無駄に引っかき回したりしているので自業自得ではあるのだが。それはともかく、折角のリゾートなのにこんな話ばかりでは台無しだ。そう思い、カグラに声をかけ、泳ぎに行こうとしたところ。

 

「ああ!」

 

 突然、背後から聞こえてきた声に足を止める。何事かと思い、背後を振り返るとそこには――、

 

「なんでここに?」

 

 こちらを指さし固まっている金髪の少女を先頭に、四人と一匹の集団がいた。そこから綺麗な緋色の長髪を持つ女性が歩み寄る。

 

「また会うとは奇遇だな」

「ええ、本当にそうどすなあ」

 

 ガルナ島で知り合った面々、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”のメンバー、――エルザ、ナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピー――との再会であった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その後、再会を喜んだ面々はともに遊び、交流し、仲を深めた。中でもビーチバレーは大いに盛り上がった。主に、斑鳩とエルザが張り切ったことにより、ビーチバレーとは思えないレベルの攻防が繰り広げられ、最終的にボールが耐えきれずに破裂して終了した。

 

「それにしても楽しい一日だった」

「私も、これほど心躍ったのは久しぶりだ」

 

 時刻は夜。日も沈み、昼間は美しく輝いていた海も空も黒く塗りつぶされいる。場所はホテルの一室、エルザの部屋。現在は部屋の主であるエルザと訪ねてきたカグラの二人だけである。

 

「しかし、こんなときでも部屋に戻れば鎧なのだな」

 

 エルザは昼間の水着姿とはうって変わり、ガルナ島で会ったときのように衣服の上に鎧を着用している。カグラの言葉にエルザは視線を落として言った。

 

「この姿が一番落ち着く。……私という女はつくづく仕方が無い。それに、お前だって腰に刀を差しているじゃないか」

「違いない」

 

 二人そろって自嘲げに笑う。どれだけ楽しく日々を過ごそうと、心の奥が痛み続ける。辿ってきた道筋は違えども、二人を苛むのは十年前の子供狩りから始まるもの。

 

「エルザ、そちらの方で情報は……」

 

 つい、耐えきれずといったふうにカグラの口から言葉が漏れる。エルザは唇をかみ、拳を握りしめる。しかし、それも一瞬のこと。ため息をつくと同時に力を抜くと、カグラの方に視線を向けないままに口を開いた。

 

「そのことなのだが、実は――」

 

「エルザー!!」

 

 重苦しい雰囲気を引き裂くように、部屋に明るくはつらつとした声が響く。突然のことに目を丸くして部屋の入り口の方を見れば、ルーシィの姿があった。

 

「地下にカジノがあるんだって! 行ってみない……って、お邪魔だったかな?」

 

 元気に乗り込んできたルーシィは二人の間に漂う雰囲気を感じ取ったのか、だんだんと語調が弱くなっていく。その様子にエルザとカグラは視線を合わせ、一つ息を吐くと微笑み会う。

 

「そんなことはない。ナツやグレイは?」

「もう遊んでるよ」

「やれやれ」

 

 言うと同時、エルザは鎧姿からドレス姿へと換装する。

 

「カグラ、お前はどうする?」

「折角だ、私も行こう。ただ、斑鳩殿にも声をかけてくるから先に行っていてくれ」

「よし、じゃあ行くよー」

 

 ルーシィの号令でエルザとルーシィは地下のカジノへ、カグラは斑鳩を呼びに行く。そこに、先ほどまでの重苦しい雰囲気はない。

 

 ――たまには、自分に優しい日があってもいいじゃないか。

 

 言葉を交わさずとも心は通う。今日だけは全てを忘れて楽しもう。そう、思ったのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「へえ、そんな面白そうなのがあったんどすか」

 

 カグラが部屋を訪れたとき、斑鳩は眠っていた。起こされたときはまだ眠たげな様子ではあったが、地下のカジノの話を聞くなり目を輝かせる。予想通りの反応にカグラは苦笑し、和服に着替える斑鳩を待っていた。

 

「さあ、行きましょうか!」

「ええ」

 

 頷き、二人で地下へと向かう。斑鳩はカジノという初めての娯楽を前に心が弾み、軽やかに歩く。地下へ行くのに少し迷ってしまい、思いの外時間がかかった。着替えにも手間取り、時間をくってしまったため、その分も思いっきり楽しもうと足を踏み入れ、

 

「こ、これは――」

 

 その異様な光景に絶句する。人っ子一人見当たらず、所々に破壊の跡が見られる。

 

「う、うう、こ、こっち! 助けて!」

 

 声のする方を向けばルーシィがしばられ、苦しそうにうめいていた。

 

「カグラはん! こっちは任せて、周りをしらべて!」

「了解した!」

 

 カグラに指示を出すと、すぐにルーシィの元へと向かう。ルーシィを縛っているロープはきつくルーシィに食い込み、今なお縛りつける力は増し続けている。斑鳩は腰に差していた刀を抜くと、ロープを切ってルーシィを解放した。

 

「一体なにがあったんどす? 他の人たちは」

「エルザの昔の仲間とかいう奴らが襲ってきて、エルザが連れ去られちゃって、他の人たちはカードに魔法で閉じ込められたの!」

「これは――」

 

 ルーシィが床に落ちていたトランプのようなカードのうち一枚を拾い上げ、斑鳩に見せる。カードには人がうつりこみ、壁をたたくように動いてこちらに出してくれと助けを求めている。

 

「聞きたいことはいくつかありますが、まずはこの人たちを助けるのが先でしょう」

「ちょっ!?」

 

 斑鳩は手に持つ刀で辺りに散らばるカードを斬りつける。突然の斑鳩の凶行にルーシィは止めようとするが、斑鳩の超速の剣は一瞬で全てのカードを斬り終えた。なにをするのかとルーシィは斑鳩に詰め寄ろうとし、

 

「え?」

 

 周りに現れたカードに閉じ込められたはずの人たちの姿を見て動きを止めた。

 

「ひとまずはみなさんお部屋にお戻りなさい。あとはうちらでなんとかしますから」

「ありがとうございます!」

 

 助け出された人たちは口々に斑鳩に礼を言うと指示に従い、部屋に戻っていく。斑鳩は呆然としているルーシィに振り返ると、安心させるように微笑んだ。

 

「あの魔法は空間魔法のたぐい、なので人を閉じ込めていた空間だけを斬りました。心配はありまへん。――どうやら向こうも無事のようなので、詳しい話を聞かせてもらいましょうか」

 

 ルーシィは背後を振り返り、どうやら無事のようであるグレイに、なぜかいる“幽鬼の支配者”のジュビア、そして襲撃犯を今すぐ追いかけていこうとするナツとそれを押さえ込もうとするカグラの姿に、とりあえず無事を確認できて一安心するのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 カードにされていたホテル側の従業員に後始末を頼み、斑鳩たちは獣以上にきくというナツの鼻を頼りに襲撃犯たちを追いかけた。においは海の先まで続いており、船を調達して全員で乗り込んだ。

 

「楽園の塔、だと……」

 

 船上、ルーシィから襲撃時の状況を聞いていた斑鳩たちであったが、“楽園の塔”という単語を聞いたとたん、カグラの顔色が変わった。

 

「まさか、そんな……」

「なにか知ってるの!?」

 

 心当たりのある様子のカグラにルーシィが詰め寄るが、カグラは悩ましげ顔を歪ませる。

 

「おい、なんか知ってんなら言えよ。こっちは仲間が連れ去られてんだよ」

 

 船をこぎつつ、グレイは苛立たしげにカグラに問い詰めるがなおも口を開かない。その様子に舌打ちをし、いっそうグレイは機嫌をいっそう悪くする。

 

「くそっ! オレたちがのされてる間にエルザとハッピーを連れてかれたなんてよ。まったく、情けねえ話だ」

「本当ですね……。エルザさんほどの魔導士がやられてしまうなんて」

「――やられてねえよ。エルザの事知りもしねえくせに」

 

 グレイはジュビアの不用意な一言に反応してにらみつける。ジュビアが怖がって謝ると、ルーシィが仲裁に入り、落ち着くように言い聞かせる。グレイはまた舌打ちをすると、船酔いでぐったりとしているナツの横にどかりと腰を下ろした。

 

「あいつら、エルザの昔の仲間って言ってた。あたしたちだってエルザのこと、全然分かってないよ……」

 

 船上に重苦しい沈黙が続く。その様子を見かねた斑鳩はカグラへと声をかけた。

 

「みんなエルザはんを心配してます。これから助け出しに行くのに少しでも情報が欲しい。どうしても言えまへんか?」

「――そうですね。ここまで来て、私とエルザだけの問題だと言ってはいられませんか」

 

 覚悟を決めたようにカグラは頷くと船の進む先に視線をやり、口を開く。

 

「私とエルザは同じローズマリー村で生まれ育った」

 

 カグラとエルザが同郷という事実に船上の一同は目を丸くする。たった今、エルザのことをなにも知らないことを自覚した一同だったが、こんな身近にエルザをよく知る人物が居るとは思ってもみなかった。

 

「そして、全ては十年前の子供狩りから始まった――」

 

 エルザから聞いたことであるとことわりつつも、楽園の塔にまつわる話は続いていく。そして、過去話が終わる頃。

 

「あ、塔だ」

 

 進む先に、小さな小島の上に建つ塔が目に入った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「Rシステムがまだ残っているだと!」

 

 魔法評議会会場ERAでは評議員が集結し、会議が開かれていた。八年前に黒魔術を信仰する魔法教団が建てるはずだった七つの塔。それは全て評議員で押え、跡形もなくなったはずだったのだが。

 

「八つ目の塔があったんだよ。カ=エルムの近海にのう」

 

 現地調査団の話によればすでにRシステム――通称“楽園の塔”、はすでに完成しているという。軍を送り、一刻も早く制圧するべきと意見が出るが、そこに待ったがかけられる。なぜなら、塔を占拠しているのは魔法教団ではなく、

 

「ジェラールと名乗る謎の男……」

 

 正体が分からない相手にむやみに軍を送るべきではないということである。そして、軍を送るべきか送らないべきかで意見は対立し、言い争いに発展。進行が止まってしまった。

 

「――鳩どもめ」

 

 評議員の一人、ジークレインの侮蔑の言葉に一瞬喧噪は収まるが、今度はどういうつもりかとジークレインに食ってかかる。ジークレインは机をたたいて立ち上がると、体を震わせながら自らの考えを力説する。軍の派遣程度ではハト派と呼ばざるを得ず、楽園の塔を消すならば手段は一つ。

 

衛星魔法陣(サテライトスクエア)からのエーテリオンだ!」

「な! 正気か!?」

 

 エーテリオン、それは超絶時空魔法。力加減で一国を滅ぼすことすら可能なそれは、評議員の最終兵器。Rシステムよりも危険な魔法である。だが、衛星魔法陣(サテライトスクエア)ならば地上全てのものを標的にでき、また巨大な建造物である楽園の塔を消すにはこれしかない。

 

「賛成、ですわ」

「ウルティア! 貴様まで――」

 

 評議員の一人ウルティアが手を上げる。評議員は全部で九名。過半数である五名が賛成すればエーテリオンは落とされる。そろり、とさらに一人の手が上がる。これで三名。

 

「あと二人だ! 時間がないぞ!!」

 

 会議室にジークレインの怒声が響き渡る。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ちゃぽん、と斑鳩たちは水面から顔を出す。場所は塔の地下。見張りの多い地上を避けて水中を進み、塔の地下へと侵入したのである。

 

「何だ貴様らは!」

 

 しかし、地下にも兵がいた。潜入してすぐに発見されてしまう。

 

「何だ貴様らは、だと? 上等くれた相手も知らねえのかよ!

 

 ――妖精の尻尾(フェアリーテイル)だバカヤロウ!!」

 

 ナツの攻撃を皮切りに戦闘が始まった。見つからないのが最善ではあったが、すでに地上の見張りを抜けて塔内部に侵入することには成功している。ここまできたらやるしかない、と他の面々も戦闘を開始する。

 

「――一応、人魚の踵(マーメイドヒール)もいるんどすが」

 

 斑鳩は迫る大勢の兵を前に悠然と歩みを進める。そして、交錯するやぱたり、と兵たちは崩れ落ちた。

 

「安心しなさい。峰打ちどす」

 

 斑鳩の超速の剣を見ることのかなわない敵兵にはただ歩いてるようにしか見えず、自分が気絶したことにすら気付いていないだろう。

 

「そっか、この人たちもジェラールに騙されて働かされている人たちなんだよね」

 

 同じく、敵を制圧したルーシィが近づいてきた。見渡せば早くも全員が敵兵を制圧し地下にはもう戦える敵兵はいないようだ。すると、ギギギ、と鈍い音をたてて上階への扉が開く。

 

「上へ来いってか?」

 

 怪しく思いつつも進まなければ始まらない。一行は扉を潜っていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ジェラール様、一体何を。侵入者を引き入れるなんて!?」

 

 塔の頂上、玉座がごとき場所に座るジェラールと呼ばれた男に床につくほどの長髪の男が疑問の声を上げる。

 

「これはゲームだ。奴等はステージをクリアした、それだけのこと」

 

 しかし、ジェラールはそれに取り合わず、むしろ面白くなってきたと笑っている。

 

「しかし、儀式を早めなくてはいずれ評議員に感づかれますぞ」

「ヴィダルダス、まだそんなことを心配しているのか?」

 

 なおも忠告するが、長髪の男――ヴィダルダスにジェラールは不敵に笑い、自信を持って宣言する。

 

 

 

「――止められやしない。評議員のカスどもにはな」

 

 

 



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第十五話 楽園ゲーム

 ナツたちが楽園の塔に潜入する少し前、エルザはかつての仲間の一人であり、エルザをさらったメンバーの一人でもあるショウを気絶させて拘束を解くと、ジェラールを探して塔内部を駆け回っていた。塔の各所に配置された兵士たちはエルザに襲われ、悲鳴をあげることしかできずに倒されていく。倒した兵士に詰め寄り、ジェラールの居場所を聞き出そうとするも、思うような成果はあがらなかった。元々、黒魔術教団に捕まっていた同士である可能性もあったために、あまり無理はできなかった。

 

「エルザ!」

「良かった、無事だったんだね!」

 

 多くの兵士たちが集まり走って行くのを見つけたエルザはこれを追いかけ、斬り伏せる。その先で聞いた声は聞き覚えのあるものだった。声の方向に目をやると、ともにアカネビーチでひとときを過ごした面々と加えてジュビアが居た。

 

「お、お前たちがなぜここに?」

 

 思いがけない再会に疑問の声が口をつく。

 

「なぜもくそもねえんだよ! なめられたまま引っ込んでたら“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”の名折れだろ!」

 

 憤慨した様子のナツがずかずかとエルザに近づいた。それに対するエルザの返答は淡泊なものであった。帰れ、ここはおまえたちの来る場所ではない、と視線を下へと落としつつ塔に潜入してきた面々へと告げる。その様子は拒絶しているようだった。でも、とエルザに話しかけようとしたルーシィだが、横から入ってきたナツの声に遮られる。

 

「ハッピーまで捕まってんだ! このまま帰る訳にはいかねえ!」

「ハッピーが? まさかミリアーナ……」

 

 心当たりのある様子のエルザにナツが詰め寄りどこにいるのか聞くが、先ほどまで捕まっていたエルザにも場所まではわからない。さあな、とだけ答えるとそれ以上は聞き出そうとはせず、周りが止める間もなくハッピーを探しに塔の奥へと走って行った。ルーシィやグレイがそれを追いかけていこうとするが、エルザは押しとどめ、再び帰れと口にする。

 

「ミリアーナは無類の愛猫家だ。ハッピーに危害を加えるとは思えん。ナツとハッピーは私が責任を持って連れ帰る。おまえたちはすぐにここを離れろ」

「そんなのできるわけない! エルザも一緒じゃなきゃ嫌だよ!」

「これは私の問題だ。お前たちを巻き込みたくない」

「――それは聞き捨てならんな」

 

 カグラがエルザの正面へと歩み出る。

 

「そなたをさらった連中の一人が楽園の塔と口にしたのをルーシィが聞いている。それが本当ならば、ここには兄がいるはずだ。私はここで帰る訳にはいかない」

「それは……」

「私たちもカグラちゃんから大まかな事情を聞いたよ」

「なっ! カグラ……」

 

 隠そうとしていた過去がすでに知られていることに驚き、カグラの方へと視線を向けた。しかし、カグラは気後れすること無くじっと瞳を見返した。

 

「勝手に話した罰は後で受けよう。しかし、その後を作り出すのにも、兄を助け出すためにも戦力は必要だ。それに――」

 

 カグラは後方を振り返り、ルーシィへと視線を向ける。それにルーシィは頷くとその思いをエルザに伝えるべく口を開いた。

 

「あいつらはエルザの昔の仲間かもしれない。けど、あたしたちは今の仲間。――どんな時でもエルザの味方なんだよ」

「――――」

「エルザ、もう、関係ないとは言ってられないんじゃないか」

「――――」

 

 エルザはなにも答えられずに背を向けて体を震わせている。そんな姿を見かねてグレイが頭をかきながら声をかける。

 

「らしくねえなエルザさんよ。いつもみてえに四の五の言わずについて来いって言えばいいじゃねえか。オレたちは力を貸す。おまえにだってたまには怖いと思うときがあってもいいだろうが」

 

 その言葉にエルザはゆっくりと振り返り、一同と向き合った。その瞳に涙をためて。普段は見せることのないその弱気な姿に言葉を失う。

 

「……カグラから話はどこまで聞いた」

「――! 楽園の塔が死者を甦らせる魔法の塔ってこと、エルザやカグラちゃんのお兄ちゃんが捕まってそこで働かされていたこと、仲間だったジェラールって人が裏切ってエルザを追い出して楽園の塔を完成させようとしてるってことかな」

「そうか、そこまで聞いたのか」

「それで、一つ疑問なんだけど――」

 

 ルーシィがカグラから聞いた話と実際にエルザの昔の仲間と会ってみての違和感。なぜ、あいつらはエルザのことを裏切り者と呼んでいるのか。実際に裏切ったのはジェラールの方であるはずだ。それをエルザへと尋ねる。

 

「私が追い出された後、ジェラールに何かを吹き込まれたのだろう。とはいえ、私は八年間も彼らを放置した。裏切ったのと変わらないだろう」

「でも、エルザは楽園の塔の場所が分からなかったんでしょ。しょうがないよ」

 

 ルーシィがエルザをかばうが、当の本人はきょとん、と首をかしげる。一瞬の後に、納得したように頷くとカグラの方へと向き直る。

 

「そうか、カグラにはそのように話していたのだな。だが、実際には違う」

「なっ、どういうことだエルザ!」

 

 思いもしない言葉にカグラは驚き言葉を荒げる。それにエルザは自嘲げな笑みを浮かべて答える。

 

「実際にはジェラールに政府にばれたら全員を消す、塔において私の目撃情報が一つあった時点で一人を消すと言われていた。にもかかわらず、お前にこの話をしてしまったのは私の弱さだろう。中途半端なことを教えてすまなかった」

「そういう事情であれば、別によい……。それに、結局仲間を救いに行けなかったのには事情があるではないか」

「そのことはもういいさ。今日、ジェラールを倒せば全てが終わる。それだけだ」

「――さて、話もまとまった様ですし、先の話をしまへんか?」

 

 ここまでずっと沈黙を守っていた斑鳩が手を叩いて注目を集める。意思の疎通はうまくいった。ならば、一人で先を行ったナツやハッピー、そしてジェラールを倒すために作戦を立てなければならない。

 

「斑鳩、お前もすまんな」

「うちは“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”でも楽園の塔の関係者でもありまへん。それでもエルザはんの仲間どす。気にしちゃいけまへんよ」

「ああ、ありがとう」

 

 斑鳩の気遣いにエルザは感謝し礼を言う。今度こそ作戦会議を開こうかというところでつかつかとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「その話、ど、どういうことだよ」

「ショウ……」

 

 エルザは近づいてきた色黒の男、かつて仲間だった男の名を悲しげに呟いた。

 

「そんな与太話で仲間の同情を引くつもりなのか! 八年前、姉さんはオレたちの船に爆弾を仕掛けて一人で逃げたんじゃないか! ジェラールが姉さんの裏切りに気づかなかったら全員爆発で死んでいたんだぞ!」

 

 まくしたてるショウの体は震え、冷や汗が流れ出し、動揺を隠しきれずにいた。

 

「ジェラールは言った! これが正しく魔法を習得できなかった者の末路だと! 姉さんは魔法の力に酔ってしまってオレたちのような過去を捨て去ってしまおうとしているのだと!」

「ジェラールが、言った?」

「――――!」

 

 グレイの言葉にショウが絶句する。そう、ショウの知っている全てのことはジェラールから教えられたもの。それが嘘だったとしたら?

 

「あなたの知っているエルザはそんなことする人だったのかな?」

「――お、お前たちに何が分かる! オレたちのことを何も知らないくせに! オレにはジェラールの言葉だけが救いだったんだ! だから八年間かけてこの塔を完成させた! それなのに……」

 

 ショウの独白。八年間の思い、その全てがそこには詰まっていた。同時にその思いが崩れ去ろうとする恐怖をも。

 

「その全てが嘘だって? 正しいのは姉さんで、間違っているのはジェラールだって言うのか!」

「――そうだ」

 

 それに答えたのはエルザでも、その場にいた誰でもない。また、誰かが近づいてきた。カグラがその人物の姿を見た瞬間、言い表すことのできないほどの激情にかられ、両の瞳から涙が溢れてくる。成長し、幼い頃とは似つかない。それでも直感的に分かった。この人こそが――。

 

「シモン!?」

 

 思いもしないところからショウは疑問に答えを返されたことで驚き、ショウがその男の名を呼んだ。

 

「てめッ!」

「待ってくださいグレイ様!」

 

 飛び出そうとするグレイをジュビアが押しとどめた。シモンはカジノにおいてグレイとジュビアを襲った。そのときは暗闇を作り出す魔法を作り出すこの男に身代わりとして氷の人形を用意することで魔の手を逃れたのだが、

 

「あの方はグレイ様が身代わりと知っていてグレイ様を攻撃したんですよ。暗闇の術者に辺りが見えていないはずはない。ジュビアがここに来たのはその真意を探るためでもあったんです」

「さすがは噂に名高いファントムのエレメント4」

 

 素直にジュビアを賞賛するシモンからは敵意は感じられない。

 

「誰も殺す気はなかった。ショウたちの目を欺くために気絶させる予定だったのだが、氷ならもっと派手に死体を演出できると思ったんだ」

「オレたちの目を欺くだと!?」

「お前もウォーリーもミリアーナも、みんなジェラールに騙されているんだ。機が熟すまで、オレも騙されているふりをしていた」

「シモン、お前……」

 

 エルザは今まで真実を知っているのは一人だと、一人で立ち向かわなければならないのだと思っていた。だが、そうではなかった。

 シモンは恥ずかしそうに頬をかく。

 

「オレは初めからエルザを信じている。八年間、ずっとな」

 

 エルザを信じてくれるものもいたのだ。二人は抱きしめ合って再会を喜んだ。

 

「会えて嬉しいよ、エルザ。心から」

「シモン」

 

 そんな二人を周囲は暖かく見守っていた。その中、ショウは一人、地に膝をついていた。

 

「なんで、みんなそこまで姉さんを信じられる。何で、何で――オレは姉さんを信じられなかったんだァ!」

 

 悔しさに雄叫びとともに両の拳を地面に叩きつけた。何が真実なのか、何を信じればいいのかと自問する。そんなショウの元にエルザはすっと近づき、地面に蹲るショウにしゃがみ込んで声をかける。

 

「今すぐに全てを受け入れるのは不可能だろう。だが、これだけは言わせてくれ。――私は八年間、お前たちを忘れたことは一度も無い」

 

 エルザはショウを抱きしめる。エルザの腕の中、ショウは思いの限り泣き続ける。

 

「何もできなかった。私は弱くて、すまなかった」

「だが、今ならできる。そうだろう?」

 

 不敵にそう言い放つシモン。それに答えてエルザも強く頷いた。

 

「ずっとこの時を待っていた。強大な魔導士がここに集うこの時を。ジェラールと戦うんだ。オレたちの力を合わせて。――まずは火竜(サラマンダー)とウォーリー達が激突するのを防がなければ」

 

 やるべき事は定まった。各々、覚悟も決まりいざ、戦いへ。

 

「ええっと、盛り上がっているところ申し訳ないんどすが、一つよろしいでしょうか……?」

 

 しかし、そこに斑鳩がおずおずと手を挙げて水を差す。何かあったのかと一同は斑鳩の方を向き、次に、気まずげに顔を歪める斑鳩の視線の先へと目をやった。あ、とエルザだけが斑鳩が水を差した意味に気がつき、しまったと言わんばかりの表情をする。

 

「…………」

「カグラはんをどうにかしてくれはります?」

 

 斑鳩の視線の先にはむすっと頬を膨らませていじけるカグラがいた。

 

「カグラ? ま、まさか――!」

 

 シモンが信じられないものをみたとばかりに驚愕し、吸い寄せられるようにそろり、そろりとカグラへと近づいていく。

 

「カグラ……、カグラなのか?」

「……………………うん」

 

 シモンの問いかけに長い沈黙の後、カグラは頷く。そう、シモンこそが十年間カグラが探し続けた兄なのだ。

 

「そうか、塔には連れてこられてなかったみたいだから、ずっと気にはなっていたんだ。大きく、なったな」

「…………お兄ちゃんこそ、すごく、大きくなったね」

 

 カグラの返答はどこかそっけないものだった。

 

「すぐに気づいてやれなくてすまなかった。許してくれ」

「別に、私は一目で分かったのに気づいてもらえなかったり、私のことそっちのけで話し込んでいたからって怒ってなんていない」

「はは、ごめんな。でも、本当に、会えて、良かった……!」

 

 そっとシモンはカグラを抱きしめる。カグラの頭に温かい雫がぽたぽたと落ちる。

 

「……私も、会えて嬉しい。お兄ちゃん」

 

 カグラもまた、手を伸ばして抱きしめ返す。離ればなれになっていた十年間を埋めるように、長く、長く、抱きしめ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽園の塔の頂上、塔の中を監視していたジェラールは不敵に笑う。

 

「ショウとシモンは裏切った。ウォーリーとミリアーナは“火竜(サラマンダー)”が撃墜、と。やはりゲームはこうでないとな。一方的な展開ほど退屈なことはない」

「ジェラール様、早くエルザを捕らえ、儀を執り行いましょう。もう遊んでいる場合ではありませんぞ」

「なら、お前が行くか、ヴィダルダス?」

「……よろしいので?」

「次は、こちらのターンだろう?」

 

 ジェラールの言葉にヴィダルダスはにかりと笑みを浮かべて体の前で両腕を交差させる。すると、ビキビキと音を立ててヴィダルダスの体が三つに分裂する。

 

「暗殺ギルド髑髏会特別遊撃部隊、三羽鴉(トリニティレイヴン)。お前たちの出番だ」

「ゴートゥヘール! 地獄だ、最高で最低な地獄を見せてやるぜェ!」

「ホーホホウ」

「……わたしはただ、殺すだけ」

 

 現れたのは長髪のパンクファッションの男、ヴィダルダス。背中に二頭のロケットを背負い、梟のような頭部をした男、(フクロウ)。忍装束のようなものに身を包んだ小柄な少女、青鷺(アオサギ)。三羽鴉と呼ばれた三人は戦闘態勢を整える。戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそみなさん、楽園の塔へ」

「なんだこの口は!?」

 

 シモンとカグラが満足のいくまで抱きしめ合った後、斑鳩たちは予定通りにナツを探して塔の中を回っていた。その途中、床に、壁に、天井に、びっしりと現れた口がしゃべり始めたのである。

 

「オレはジェラール、この塔の支配者だ。互いの駒はそろった。そろそろ始めようじゃないか――楽園ゲームを」

 

 そして、ジェラールはゲームの説明を続ける。

 ジェラールがエルザを生け贄にゼレフ復活の儀を行いたい、すなわち楽園への扉が開けばジェラールの勝ち。それを阻止できればエルザたちの勝ち。ルールとしてはそれだけの単純なもの。だが、それでは面白くないと続ける。ジェラールは三人の戦士を配置した。これを突破できなければジェラールの元にはたどり着けない。すなわち三対七のバトルロワイヤルである。

 

「最後に一つ、特別ルールの説明をしておこう。評議員が衛星魔法陣(サテライトスクエア)でここを攻撃してくる可能性がある。全てを消滅させる究極の破壊魔法エーテリオンだ」

 

 付け加えられた特別ルールに塔に居た全員に動揺が走る。そして、自分まで死ぬかもしれない中でゲームを行うジェラールの正気を疑った。

 

「残り時間は不明。しかし、エーテリオンが落ちるとき、それは全員の死。勝者のいないゲームオーバーを意味する。さあ、楽しもう」

 

 口は全て消えて通信が途絶える。全員が少なからず動揺していたが、特にそれがひどかったのがエルザであった。

 

「エーテリオンだと? 評議員が? あ、ありえん! だって――」

 

 なにかを言おうとしたエルザだがそれを最後まで口にすることはなかった。なぜなら、ショウがエルザをカードの中に閉じ込めてしまったのだ。

 

「ショウ、お前何を!」

「姉さんは誰にも指一本触れさせない。ジェラールはこのオレが倒す」

 

 ショウはカード化されたエルザをもって一人で走り出した。制止の声に耳を傾けることもない。

 

「くそ! オレはショウを追う。お前たちはナツを探してくれ!」

「私も行く!」

 

 シモンはショウを追いかけ、さらにカグラがそれを追いかける。勝手な行動にグレイは腹を立てるがもうどうにもできない。

 

「仕方ありまへん。うちらはナツはんを探しましょう。敵が配置されているとのことどすが、制限時間がある以上全員で行動するのは効率が悪い。なので、うちは一人で行かせてもらいましょう」

「おまえもか!」

 

 走る斑鳩の後方からグレイの声が聞こえるが仕方が無い。実際に戦力を二分するならば驕りでもなんでもなく『斑鳩』と『グレイ、ジュビア、ルーシィ』となるだろう。ショウの方も気にはなるがカグラがいれば大丈夫だろうとの判断である。

 

「ああ、くそ! オレはやっぱりエルザが気になる。オレもあのショウって奴を追うからナツ探しは二人に任せるわ」

「ち、ちょっと!」

 

 結局、グレイも自分のやりたいことをすることにした。これにより、さらに『グレイ』と『ルーシィ、ジュビア』に分かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにがなんだかわかんねーが、ジェラールってやつ倒せばこのけんかは終わりか。おし、燃えてきたぞ!」

 

 楽園の塔の一角、猫のグッズで彩られた部屋で放送を聞いていたナツは闘志を燃やしていた。床にはミリアーナが気を失って倒れており、ウォーリーも意識はあるものの、立ち上がれずに居た。

 

「な、何なんだよジェラール。エーテリオンってよう……。そんなのくらったらみんな死んじまうんだぜ。オレたちは真の自由が欲しいだけなのに……」

 

 同じく放送を聞いていたウォーリーがショックをうけて呟いた。

 

「どんな自由が欲しいのか知らねーけど、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”も自由で面白ぇぞ」

 

 それは、ウォーリーの呟きを聞いていたナツがなにも考えずに言った一言にすぎない。けれど、そういうナツの顔は屈託のない笑顔で、それこそがウォーリーの求めていたもののように思えて見入ってしまう。

 

「ハッピー、ゲームには裏技ってのがあるよな!」

「あい!」

「一気に最上階まで行くぞ!」

「あいさー!」

 

 ナツはそんなウォーリーにかまわず、ハッピーを背に窓から飛び立ち、最上階へと向かっていった。それを見届けてウォーリーは晴れやかな思いで気を失った。

 

「ん?」

 

 ハッピーの“翼”で空を飛び、ナツの炎の噴射を推進力に塔の頂上に向かっているとき、遠くで何か音がする。何か来る、そう思った瞬間、ものすごい速度で何かが突っ込んできた。

 

「ごはっ!」

 

 はじき飛ばされたナツたちは塔の中へと転がり込み、壁にぶつかって止まった。

 

火竜(サラマンダー)!?」

「ナツ・ドラグニル!?」

 

 ナツがはじき飛ばされたのはショウを追いかけていたシモンとカグラの前方だった。

 

「大丈夫か!?」

「誰だお前、あっちも」

 

 心配してナツに駆け寄るシモンだが事情を知らないナツは困惑する。そうしているうちに、ナツが飛び込んできたから梟頭の大男が入ってきた。

 

「ルール違反は許さない。正義(ジャスティス)戦士、梟参上! ホホ」

「こ、こいつは!」

 

 一風変わった男の風貌に興奮を隠せないナツとハッピー。その一方、シモンは見覚えがあるのか焦りだす。

 

「まずい、こっちに来い!」

「ナツ! こいつ、あの四角の仲間だよ」

「この人は私の兄だ! 敵ではない!」

「へ?」

 

 カグラの言葉に驚いている暇も無く、ナツはシモンに引っ張られて走って行く。途中、シモンは振り返り、

 

「あいつには関わっちゃいけねえ、闇刹那!」

 

 シモンの魔法によって暗闇が作り出される。真っ暗な闇の中、まともに視界を確保できるのは術者であるシモンのみ、のはずだった。今のうちだと右手にナツの、左手にカグラの腕をつかんで逃げ出した。

 

「ホホウ」

「――――!」

 

 しかし、眼前に首を傾けた梟が現れた。シモンはとっさのことに身動きがとれず、梟の左手に頭を捕まれる。

 

「正義の梟は闇をも見破る。――ジャスティスホーホホウ!」

「が、がは……」

 

 梟の右腕から繰り出される強烈なパンチが完全にシモンの腹を捉え、シモンは血を吐きながら吹き飛んだ。その威力に、ナツでさえ、わずかながら戦慄を覚える。

 

「こ、これほどとは。暗殺ギルド髑髏会……」

「暗殺ギルド!?」

「闇ギルドの一つだ。まともな仕事がなく、行き着いた先が暗殺に特化した最悪のギルド……」

 

 聞き慣れないギルドの存在に驚くハッピーにシモンがその恐ろしさを語る。中でも、三羽鴉(トリニティレイヴン)と呼ばれる三人組はカブリア戦争で西側の将校全員を殺した最悪の部隊。その一人が梟である。

 

「ホホウ、悪を滅ぼしたのみよ」

「奴等は殺しのプロだ! 戦っちゃいけねえ!」

「火竜、貴様の悪名は我がギルドにも届いているぞ。正義(ジャスティス)戦士が今日も悪を葬る」

 

 このとき、ナツは怒りに燃えていた。先ほどの戦慄すら彼方に追いやるほどの強い怒りだ。暗殺なんて仕事があることが気にくわない。依頼者が居ることも気にくわない。ナツにとってギルドとは夢や信念の集まる場所。くだらない仕事している連中がギルドを名乗っていることがどうしようもなく気にくわない。だから、ぶっつぶす。そう思いを口にしようとしたところで、人影が一つ梟の前へと躍り出る。

 

「ホウ!?」

 

 その人影はカグラだった。腰に差してある刀に手をかけて梟へと突進していく。そして、そのまま抜刀しての居合い切り。梟はとっさに後退してそれを躱す。

 

「ホホウ、いきなり不意打ちとは許せん。貴様もこの梟が――」

「――黙れ」

「ホホウ!?」

 

 梟の胸に赤い線が入り、わずかに血がにじみ出る。浅く、ダメージにはなるほどではないが、カグラの攻撃は確かに梟へと届いていた。

 

「ナツ・ドラグニル。こいつは私の獲物だ。そなたは先に行け」

「おい、こいつはオレが――――なんでもないです。は、ハッピー行こうぜ!」

「あ、あい!」

 

 カグラの提案をはねのけようとしたナツだったが、カグラにすごまれてその恐ろしさに諾々と従うことにした。

 

「させん!」

 

 再び窓から出て飛んで最上階へと向かおうとするナツとハッピーを撃墜しようとする梟だが、再び斬り込んできたカグラに阻まれ取り逃がす。

 

「この正義(ジャスティス)戦士の邪魔をするとは、ますます許せん!」

「許せないのはこちらの方だ」

 

 十年間、兄を求めてさまよい続けた。そしてようやく巡り会えた。だというのに、この梟男はカグラの眼前でその兄を吹き飛ばしたのだ。許せるはずもない。先ほどのナツの怒りがかわいく思える程の激情がカグラを包んでいた。

 

「やめろカグラ! 暗殺ギルドなんかに関わっちゃいけねえ!」

 

 背後で止める兄の声がする。しかし、それを受け入れるわけにはいかない。

 

「お兄ちゃん、私がどれだけ強くなったのか、そこで見てて」

「カグラ!」

 

 言いたいことは言った。後は目の前の敵を斬るのみだ。

 

 

「ホホウ、それが兄との今生の別れの言葉でいいのかね」

「ふざけるな。貴様こそ、ここが終焉の地だと知れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナツー!」

「ナツさーん!」

 

 ルーシィとジュビアはナツを探して塔の中をさまよっていた。ナツは耳がいいため、呼べば聞きつけてやってくると思ったのだがあてが外れた。いっこうにナツの気配はない。

 

「グレイ様の頼みだから仕方ないけど、恋敵と二人っきりにするなんてグレイ様はどんな修羅場を期待してるの……?」

「あたし、全力で無関係なんだけど……」

 

 とんちんかんなことを言うジュビアにルーシィは苦笑い。すると、ギターをでたらめに弾いたような騒音が聞こえてきた。

 

「なに? てか、うるさっ!」

「そう? ジュビアは上手だと思うわ」

「本当、ずれてるわねアンタ……」

 

 そんなやりとりをしているうちに通路の奥からギターを肩に提げ、パンクファッションに身を包んだ男が床に届くほど長髪を振り回しながらやってくる。

 

「ヘイ、ヤー! ファッキンガール!! 地獄のライブだ、デストロイアーウッ!」

「なにあれ……」

「ジェラールの言ってた三人の戦士?」

 

 異様な風貌の男にドン引いてるルーシィの横でジュビアが冷静に男の正体を考える。

 

「暗殺ギルド髑髏会、おいスカルだぜ! イカした名前だろ。三羽鴉(トリニティレイヴン)の一羽、ヴィダルダス・タカとはオレの事よ! ロックユー!!」

 

 ヴィダルダスの長髪がさらに長く伸び、自在に動いて周囲の壁を破壊しながらルーシィたちに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショウはひたすら真っ直ぐにジェラールの元へと向かっていた。

 

「おい、ショウ! 落ち着くんだ、私をここから出せ!」

「大丈夫だよ、姉さんはオレが絶対に守るから」

「ショウ!」

 

 エルザの声も今のショウには届かない。自分を支えていたジェラールの言葉、八年間の生活、それら全てが崩れ去り、もはやショウは正気にない。今はただ、ジェラールへの怒りだけが彼を動かしていた。

 

「ショウ、上だッ!」

「――――ッ!」

 

 エルザの言葉に上を向けば忍び装束に身を包んだ少女が短刀を抜き放ち、ショウを斬り捨てようとしているところだった。

 

「……避けられた。思ってたよりやるね」

 

 ぶつぶつと呟いて、少女はジェラールのところへ向かうための通路の先に立ちふさがる。

 

「どけよ、オレはその先に用があるんだ」

「……ジェラールは言っていた。三人の戦士を倒さなければジェラールの元へはたどり着けないと」

「そうかよ!」

 

 ショウは鋭利になったトランプを投げつける。しかし、少女、――青鷺はトランプが到達する前に消え去った。

 

「どこに――!」

 

 行ったのか、とくちにしようしてとまる。気配を、すぐ背後に感じたのだ。ショウはとっさに体を捻るがどすり、と短刀が左の肩に刺さる。

 

「ぐっ」

「……またしても外した。やっぱり、わたしもまだまだだな」

「ショウ! 私を出すんだ!」

 

 エルザがショウに出すように言う。しかし、ショウはそれは聞き入れない。

 

「安心して、そのカードはプロテクトしてある。絶対に外からは傷つけることはできないんだ」

「そう言う問題じゃない! お前では奴には――」

「……へえ、こんなところにいたんだ」

「――――!」

 

 再び、少女がショウの眼前に突如として現れた。ショウはトランプを取り出そうとするが、その腕をつかんでとめられ、逆の手でエルザのカードを奪い取られる。

 

「返せ!」

「……っと」

 

ショウが取り返そうと手を伸ばすが、青鷺はまた消えて少し離れたところに移動する。

 

「……なるほど、たしかに私じゃ壊せない」

 

 青鷺が短刀でカードを斬りつけてみるが傷をつけることはかなわなかった。

 

「……困ったな。エルザをこのままジェラール様に届けたいけど、あなたをどうにかしないとできないし、かといってあなたを気絶させても殺してもエルザが出てきちゃうし。……ねえ、着いてきてくれない? そうすれば命は助けてあげる」

「ふざけやがって……!」

 

 青鷺の眼中にもないと言わんばかりの態度にショウは頭に血を上らせる。それでもショウにはエルザを解放するという選択肢はない。ショウはトランプをかまえて抗戦の意思を見せる。

 

「……しょうがない、あなたを私に従う気にさせてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法評議会本部、ERA。

 

「目標捕捉、空間座標補正」

「山岳地帯の影響で空間座標の補正は困難です」

「もう少し高度を上げるんだ」

「魔力装填率六十%」

「エーテリオンのの属性融合完了。エーテリオンの射出まで残り二十七分」

 

 そこでは着々とエーテリオン発射の準備が行われていた。エーテリオンの使用には思うように賛同を得られず、一度は難航したが、ジークレインがジェラールが自分の弟だと言うこと、そしてジェラールが甦らせようとしているのが伝説の黒魔導士ゼレフであることを話すと一転して多くの賛同を得るに至った。

 

「議長が体調を崩しているこの時にこのような決断を迫られるとは」

「仕方あるまい。議長欠席中は魔法界の秩序保全の全権限は我ら九人のものじゃ」

 

 エーテリオン射出の準備が行われていくのを少し離れたところで評議員たちは見守っていた。その中で不安を隠せないオーグ老師をミケロ老師がなだめる。他国への手続きなしの魔法攻撃といえど国家安全保障令第二十七条四節が適応されている、と。しかし、オーグ老師は首を横に振る。

 

「法律の話をしているのではない。我々が投下しようとしているのは悪魔なのだぞ」

「悪魔とはゼレフのことじゃよ。悪魔を討つための天使となることを祈るしかあるまい」

 

 また、別の場所ではジークレインとウルティアが話をしていた。

 

「いよいよですね、ジーク様。あなたの八年の思いが実現するのです」

「怖くないのか、ウルティア」

「ええ、少しも。私はいつでもジーク様を信じていますから」

「そりゃあ、そうか。お前には命の危険が無い」

 

 そうね、とウルティアはクスクスと笑う。

 

「オレは少し震えているよ。だが、命を賭ける価値は十分にある。――これが、オレの理想だからだ」

 

 そんな二人の会話を柱の陰からヤジマ老師が聞いていた。

 

(死ぬ? 理想? 一体どういうことだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ともお別れだな、ジークレイン」

 

 一人になった塔の頂上でジェラールは腰をかけて塔の中を観察していた。

 

「梟にはシモンの妹、ヴィダルダスには水女と星霊使い、青鷺にはショウ、か。面白くなってきた。そして――」

 

 部屋の窓の方へと視線を向ける。そこに、一つの人影が降り立った。

 

「お前がジェラールって奴か?」

「なら、どうする?」

「お前を倒せばこの喧嘩は終わんだろ? なら、ぶっつぶす!」

 

 堂々と啖呵をきるナツに心の底からジェラールは笑う。

 

「来い、ナツ・ドラグニル。滅竜魔導士の力、一度味わってみたかったんだ」

 

 そして、第四の戦いが始まった。

 

 

 




い、斑鳩の影が薄い……。今んところ彼女はまだナツを探しています。
そして、ナツVSウォーリー&ミリアーナは原作と全く同じなのでばっさりカット。つまり、三羽鴉も原作と変わんないヴィダルダスの戦いはばっさりカットの予定。ファンの人が居たらごめんなさい……。


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第十六話 夜叉到来

「クソッ、どこ行きやがった!」

 

 グレイはショウを追いかけに行ったものの、出発が遅れてしまったためにシモンとカグラさえ見失って迷っていた。途中、どごん、と鈍い音が聞こえてくる。その音は断続的に聞こえてきており、グレイはそれが誰かが戦っている音だと理解する。

 

「――ちいっ!!」

「なあっ」

 

 音のする方へと走っていると、目の前にカグラが転がり込んできた。

 

「グレイ・フルバスターか」

「てめえ、ショウって奴を追ってたんじゃねえのかよ!」

「怒りはもっともだがこちらは取り込み中だ。詳しい話は兄から聞け」

 

 それだけを言うとカグラはこちらに突っ込んできていた梟に正面から踏み込んだ。梟は背負っている二頭のロケットの力による高速飛行を行い、鍛え抜かれた体から格闘攻撃を繰り出してくる。繰り出される格闘攻撃は速度が加えられていることもあり、凶悪な威力を誇っていた。逃げに回ったところでとらえられて終わりであろうことは明白である。

 

「――だが、斑鳩殿の剣閃に比べれば、止まって見えるぞ!」

 

 迫り来る梟に合わせてカグラは剣を振う。完全にとらえた、カグラはそう確信した。しかし、三羽鴉の異名は伊達ではない。その一羽たる梟は、カグラが剣を振う瞬間の起こりを見極め、その剣閃を見切って躱す。

 

「ホーホホウ! 正義の梟を斬ろうなどと百年早い!」

「クソッ」

 

 梟は斑鳩の剣速ほど速くはない。十分に見切ることは可能。しかし、カグラの剣速もまた斑鳩の剣速ほど速くはない。あと一歩のところで梟を捉えきれずにいた。また、カグラの剣閃を避けている梟は完全に攻撃を直撃させたことはまだないが、それでもすれ違いざま、かする程度ではあるが少しずつ攻撃を当てている。それが積み重なり、だんだんとカグラの体に傷が刻まれていく。

 

「ホーウ、さすがにそろそろダメージが溜まってきているのではないかね」

「ほざけ!」

 

 カグラと梟の戦いは互いに決定打を与えられずにほぼ互角。しかし、じわじわとダメージを負うカグラ。時間が経てば経つほど、戦況は梟の有利に傾いていく。一方、グレイはカグラの言うとおり現状を聞くために、地面に膝をついて蹲るシモンのもとへと向かった。

 

「おい、ショウって奴はどうなった。で、アンタの妹と戦っているアイツは何だ」

「アイツはジェラールの言っていた三人の戦士の一人だ。アイツに邪魔されてショウを逃がしてしまった」

「なんだと!? エルザは今、カードにされて無防備な状態なんだぞ! 早く見つけねえとヤベーだろ!」

「ああ、その通りだ。だが、悪いがカグラを助けてやってくれないか」

 

 シモンはグレイにカグラへの助けを求める。確かにカグラは強い。昔、シモンについて回っていたのが信じられないほどに。そんな妹が伝説の部隊、三羽鴉(トリニティレイヴン)の一人と五分に戦いだしたときは目を疑い、正気を疑い、唖然とした。だが、冷静に戦いを観察していれば分かる。戦況は少しずつカグラの分が悪くなっていることを。しかし、ほぼ互角のこの状況、グレイが加われば勝てる見込みがあるとふむ。しかし、その援助を求める声が聞こえたのかカグラの叫ぶような声が聞こえてきた。

 

「助けは無用だ! エルザが気になるのならば先に行け! こいつは私が仕留める」

「だとよ」

 

 梟の攻撃をあと一歩で避けながら言葉を飛ばす。その体に刻まれた傷は明らかについ先ほどより多くなっていた。

 

「強がりはよせ! お前だけじゃそいつに勝てない! 頼むから言うことを聞いてくれ!」

「グレイ! 助けに入れば私は貴様を一生恨む!」

 

 兄妹の意見は平行線。ならば、判断の全てはグレイにゆだねられた。シモンは傍らに立つグレイをすがるように見つめるが、

 

「……じゃ、わりーけどオレは先に行かせてもらう」

「グレイ!」

 

 梟を無視して先へ行こうとするグレイを呼び止める。その声に、グレイは足を止めて半身振り返った。

 

「ここで奴を倒すのも大事かも知んねーが、エルザだって急がねーとだろうが」

「それはそうだが、カグラを見捨てるというのか!」

 

 怒りをにじませてシモンはグレイへと吠える。しかし、対するグレイは呆れたようにため息をつく。

 

「あんたさ、心配なのは分かるけど、もう少し妹を信じてやったらどうなんだよ」

「信じるも何も、今、カグラは――」

「互角に戦ってんじゃねーか」

 

 事実、わずかにカグラに不利な状況とはいえほぼ互角の戦いを繰り広げている。そんなわずかな差など、少しのきっかけでひっくり返るような微々たるものに過ぎないのだ。

 

「しかし……」

「まあ、見てろよ。オレもつきあいは長くねーが、あいつがこの戦いに強い意味を見いだしてるってのは伝わってくる。実力が互角なら、意思の差ってやつは結構大きいぜ」

「――――」

 

 グレイの言葉にシモンは何も返すことはできなかった。今度こそ、こちらに背を向けて走り去っていくグレイをシモンは呼び止めることができずに見送った。

 

「ふん、なかなか良いことを言うものだ」

「ジェットホーホホウ!」

「くどい!」

 

 梟の突進をカグラが迎え撃つ。梟が躱してわずかながらカグラにダメージを与えて再び距離をとる。戦いが始まってから幾度となく繰り返された光景。しかし、カグラはその突進に有効な手を打てないでいた。また、梟も格闘戦は最高速度による突進、ジェットホーホホウを見切るほどの目を持ち、かつ刀を扱うカグラに対して行うのは危険。また、背中のロケットだけを射出して相手を掴ませ、振り回して酔わせることで戦闘能力を奪う、ミサイルホーホホウも捕まえる段階でロケットを斬られてしまう可能性が大きい。かといって梟自らが掴むことを許してくれるほどの隙はカグラに無い。故に梟もまたジェットホーホホウを繰り返すにとどまった。

 

「ホホウ、確かにワンパターンではあるが、貴様は確実に削られている。そうして弱った相手を仕留めるのもハンティング!」

「……ほざくな」

 

 梟に返したカグラの言葉には覇気がない。体中、傷のないところはないというほどに傷だらけである。どれもが浅い傷でしかないが確実にカグラの体力、集中力をそいでいた。

 

「ホホウ、まだ虚勢が張れるほどの元気があるとは。ならば、さらに痛めつけてやろう! ジャスティスホーホホウ!!」

「ちいっ!」

 

 再度、梟にとる突進。また、これまでの焼き回しが行われ、また一つカグラが傷つくのだと、傍目から見ていたシモンはそう思った。

 

 

 ――しかし、この交錯こそが戦いの最後を飾ることになる。

 

 

 迎撃のためにカグラが剣を抜こうとしたその瞬間。

 

「ジャスティスパワー全開!! ホホウ!」

「なにっ!!!」

 

 確かに、ジェットホーホホウは有効打である。しかし、何も考えずに繰り返すほど梟はバカではない。そう、繰り返すごとにカグラに気づかれないほど、ほんのわずかに速度を落としていたのだ。それを毎回、ルーチンのように迎撃していたカグラは錯覚によって無意識のうちに梟の速度に合わせて剣速を落としていったのだ。

 

「ホホウ、油断しきった獲物を狩る。これもまたハンティング!」

 

 梟の急加速に遅い速度になれきったカグラはその剣を合わせることは叶わない。剣を振るよりも早く、梟の突進は直撃する――はずだった。

 

「ホウ?」

 

 加速を行った瞬間、ずしり、と梟の体に何かがのしかかる。否、梟の体が重くなっている。

 

「――あまり、なめてくれるな」

 

 カグラもまた、ただ黙ってやられているわけではなかった。この戦いにおいて、カグラはこれまで一度も重力魔法を使用してはいなかったのだ。むろん、いまだカグラは重力魔法を思うように扱えない、と言うこともある。剣を扱いながらでは高い効果を発揮できず、重力魔法だけに集中すればそれなりに戦力にはなるが、だったら剣のみで戦った方が強い。斑鳩に言われて併用して高い効果を得られるように努力しているが、いまだ道のりは遠い。

 

 しかし、隠し玉があるというのは強みである。梟との戦いが始まってすぐに、自分ではあと一歩のところでこの大男には及ばない、とカグラは悟った。そして、ここぞという場面でその一歩を埋めるため、重力魔法を隠匿した。カグラは兄を吹き飛ばされたことによる激情に駆られながら、その思考は淀むことはなく、むしろただひたすらに目の前の男をどうしたら地に叩き落とせるかに割かれていたのだ。

 

 梟が確実にカグラを仕留めたという確信、それが彼に油断を呼んだ。通常であれば重力魔法の発動を感知した瞬間、体勢を立て直し離脱するだけの余裕はあったはずである。現在のカグラが使える重力魔法の威力はその程度のものでしかない。しかし、勝利を確信していた梟は虚をつかれたがために対処ができなかった。

 

 地に落とされるほどの威力は無い。しかし、体勢を崩すほどの効果で十分だった。梟が体勢を崩したことで背に負う二頭のロケットの噴射口がわずかに上を向き、カグラに向かっていた軌道をずれて固い地面に激突した。

 

「ホオオオオオオオオオウ!!」

 

 カグラへのとどめの一撃になるはずだったその攻撃の威力が全て梟に返ってくる。突進の勢いそのままに、地面に叩きつけられた梟は転がっていく。ようやく、勢いが収まったところで梟は激しい怒りに襲われた。空を駆け、悪を葬る正義(ジャスティス)戦士たる己が地に落とされたことは何にも変えがたい屈辱であった。

 

「――覚悟はできたか?」

 

 しかし、その怒りは頭上から聞こえてきた恐ろしく冷えた声に急激に冷まされて、代わりに恐怖が梟の前身を苛んだ。

 

「地に落ちた鳥の末路など、たやすく想像できよう?」

「ま、まっ――!」

「聞く耳持たん!!」

 

 カグラの剣がきらめき、梟に多くの傷を作り出す。完全に入った攻撃に、梟の意識は闇に沈んでいく。

 

「狩人を気取るならば、獲物を捕らえる瞬間にも気を抜くべきではなかったな」

 

 眼前に倒れ伏した梟を見下ろして、カグラはため息交じりに呟いた。ぎりぎりの戦いであった。現にカグラの体は傷だらけである。

 

「あ――」

 

 気が抜けたのかカグラの足に力が入らなくなり、ふらりと倒れそうになる。しかし、その体をぽすりと太い腕が支えて倒れ込むのを防ぐ。

 

「――お兄ちゃん。私、強くなったでしょ」

「――ああ、オレじゃあ想像もできないほどにな」

 

 楽園ゲーム、梟対カグラ。

 

 

 ――――勝者、カグラ。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「はあっ!」

「……しつこい」

 

 ショウは青鷺に向かってトランプを飛ばす。それに青鷺は眉一つ変えることはない。再び姿を消すとショウの眼前に現れる。短刀での突きの構え。ショウはそれを体を捻ってかわし、転がりながら青鷺から距離をると、再びトランプを投げつけた。

 

「やっぱりな」

 

 ショウは青鷺がそのトランプを姿を消すことなく躱したのを見て笑みを浮かべる。

 

「お前の魔法は瞬間移動。だけど、連続して使用することはできないんだ」

「……だから、どうしたの」

「勝ち目が見えたってことだ!」

 

 青鷺が避けられないようにショウは広い範囲に渡ってトランプを投げる。青鷺に避け場はなく、瞬間移動を使うしかないだろう。青鷺は一つ舌打ちをすると姿を消した。ショウの目に見える範囲に青鷺の姿はない。

 

「なら、後ろだろ!」

「……また避ける」

 

 前回りをするように転がってその場を離れ、かろうじて青鷺の凶刃から逃れ出た。同時にトランプを広範囲に広げて再び投げる。

 

「……調子に乗るな」

 

 今度は青鷺は短刀を振って自分に当たるトランプだけを弾く。だが、ショウの攻撃はそれだけで終わりではない。トランプを投げると同時にショウは青鷺めがけて走っていた。これまで戦ってきた感覚からして青鷺はまだ瞬間移動を使えない。さらにトランプを弾いたことで青鷺には隙が生じている。

 

「おおお――――!」

「くっ」

 

 無事な右腕を青鷺の顔面めがけて振り抜いた。その拳は寸分違わずその頬を捉え、青鷺は思わずのけぞった。ショウが追撃を仕掛けようとしたところで青鷺の姿が再び消える。

 

「ちっ、もう少しだったのに」

「…………」

 

 出会い頭に刺されたショウの左腕は動かない。故に、追撃が遅れてしまい青鷺を取り逃すこととなる。

 

「姉さん、待ってて。すぐに助け出してあげるから」

 

 ショウはすでに確信を得ていた。目の前の少女より自分が強い、と。最初こそ不覚をとってしまったものの、これまで戦いの主導権はショウが握っている。

 

「エルザ姉さんのカードを早く返せ。そうしたらお前の命は助けてやる」

「……意趣返しのつもり?」

 

 ショウは初めに青鷺に言われた言葉を返してやる。青鷺はわずかに眉をつり上げたものの、相変わらず平静を保っている。

 

「なら、そろそろ決着をつけさせてもろうぞ!」

 

 ショウは青鷺に向かって走り出し、同時にトランプを広範囲に向かって投げつける。

 

「……同じ手が通じるとでも」

 

 青鷺は姿を消す。ショウはまた視界にいないことから青鷺がすぐ後ろに転移したのだと思って前に転がる。しかし、青鷺の凶刃は襲ってこない。ショウの目が青鷺をとらえる。今度は先ほどよりもさらに後方、青鷺の短刀の間合いの外。そこに青鷺は現れていた。別に、何もショウのすぐそばに現れる必要は無いのだ。

 

「……もらった」

 

 青鷺は手裏剣をその手に持ち、転がったことで大きな隙を見せていたショウに向かって投げようと構える。ショウはその絶望的な状況に、――口を歪めて笑ったのだ。

 

「……何を――」

 

 瞬間、青鷺はショウがほくそ笑んだ理由を理解する。足下からトランプが飛び上がったのだ。

 

「地面に落ちたからって、操れなくなる訳じゃない」

 

 ショウは青鷺が躱せないように広範囲にトランプを投げていた。必然、床の至る所にトランプは落ちている。青鷺が転移した瞬間、それを使って攻撃すれば青鷺に逃げ場はない。勝った、そうショウが確信したとき、確かに彼はその呟きを耳にした。

 

 

「――もう、いいや」

 

 

 どういう意味か、それをショウが考えるよりも前に驚愕の光景を目にする。足下から飛び上がったトランプが青鷺を切り裂くその瞬間、青鷺の姿が消える。

 

「な、なんで……?」

 

 再度転移を使用するにはまだ時間がかかるはずなのに。その言葉を口にする前に、ショウは後ろ髪をつかまれて、その痛みを訴える暇も無く顔面を床へとたたきつけられた。

 

「があああっっ―――」

「……いい夢見れた?」

 

 青鷺は右手でショウの頭を掴みながら、その背中に腰掛けた。ショウは切れて血が流れる唇を震わせて、なぜ、とだけ口にする。

 

「……そもそも、連続して使えないなんて言ってないし」

 

 その言葉に愕然とする。ならば、連続してなぜ転移を使わなかったのか。それは手加減していたからに他ならない。

 

「遊んでいたのか、オレで……」

 

 悔しさと情けなさで声が震える。しかし、対する少女は一貫して冷めたような態度を崩さない。

 

「……別に、遊んでたわけじゃない。あなたを倒すとエルザが出てきちゃうし、本気で戦ってあなたが自分じゃ勝てないって気づいてエルザをカードから戻されても面倒だから、いい考えが浮かぶまであなたに合わせてあげてただけ」

 

 ショウはその言葉を聞いて、怒るでも、悔しがるでもなく一つの疑問が頭に浮かぶ。――姉さんはどうしたんだろう。嫌な予感にショウの心臓の鼓動が早くなる。青鷺はいい考えが浮かぶまで、そう口にした。ならば、今のこの状況、青鷺の言う、いい考えが浮かんだのではなかろうか。

 

「……これ、なんだと思う?」

 

 不安に苛まれるショウに青鷺が取り出したのは小袋だった。

 

「なにって……」

 

 青鷺が何を言いたいのか分からず口ごもる。それに、青鷺は淡々と話し始めた。

 

「……これはあるトレジャーハンターを殺した時に手に入れた小袋。絶対に壊れないって話。仕事で何か大事なものを持ち運ばなきゃいけないとき、ここに入れとけば落とすことはないからとても便利」

「何が言いたい」

 

 冷や汗を流しながら、ショウは青鷺に問いかける。嫌な予感しかしない。青鷺は相変わらず無表情のまま話し続ける。

 

「……この中に、エルザのカードを入れたの。――今、あなたを殺してエルザがもとの大きさに戻ったら、どうなるんだろうね?」

「てめ――っっっ!」

「……うるさい」

 

 再び青鷺がショウの頭を床にたたきつける。そして、青鷺は口や鼻から血をだらだらと流すショウの顔を引き上げて、左手で短刀を背中に突きつけた。

 

「……エルザが死ぬのが嫌だったら、大人しく私に着いてきて。ジェラール様にエルザのカードが渡ったら、後は好きにしていいから」

 

 短刀の刃がショウの背中にわずかに刺さり、小さな痛みとともに血が流れる。ショウは悔しさに泣き始めた。ああ、なんて惨めなんだろうか。ジェラールに騙され、八年間にわたって楽園の塔を作り続けた。真実を知り、ジェラールを倒すんだと意気込んでおきながら、たどり着くこともできない。姉さんを守るといいながら、むしろ危険に追いやった。

 

「……返答は?」

 

 さらに短刀が背に食い込む。ショウが死ねばエルザも死ぬ。返せる返事など一つしか無い。

 

「わ、わかっ―――」

 

 心を粉々に砕かれて、青鷺の提案を受け入れようとしたその時だった。

 

 

 

 

「――アイスメイク“槍騎兵(ランス)”!」

 

 

 

 

 八本の氷の槍が、青鷺めがけて飛んでくる。

 

「くっ――」

 

 不意を打たれた青鷺は思わず、瞬間移動でそれを避けた。ショウは青鷺の手から解放されて、そのまま床に倒れ込む。

 

「たく、心配で追いかけてみりゃ、案の定ピンチじゃねえか」

 

 倒れ伏すショウと青鷺の間に一つの人影が入る。ショウは顔だけを持ち上げて、その人物の背中を見た。後ろ姿だが、見間違えるはずもない。エルザの仲間、“妖精の尻尾”のメンバーの一人。グレイ・フルバスターがそこに立っていた。

 

「おい、てめえ。エルザはどこいった」

「あ、アイツに奪われて――」

「ああん!? ざけんじゃねえ! つか、奪われたんならカード化解除するくらいしろよ」

「……それはできない」

 

 青鷺は先ほどショウにしたようにグレイに小袋を見せる。

 

「……エルザはこの中。今、カード化を解除したらどうなるかわかるよね?」

 

 その言葉にグレイはため息をつき、頭を抱える。そして、改めて青鷺をにらみ据えると、言った。

 

 

「ああ、そういうことかよ。――なら、てめえをぶっとばしゃあいいんだな」

「……やれるものなら、やってみるといい」

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「く……」

「どうされました? ジークレイン様」

 

 エーテリオンの発射も間もなくに迫った頃、ジークレインは眉根を寄せて歯がみした。それを訝しんでウルティアがのぞき込む。

 

「どうやら、思ったよりも苦戦しているらしい」

「――! 計画に支障は?」

「すこしまずいかもな」

 

 ジークレインの返答にウルティアは顔を苦々しく歪ませた。だが、ジークレインは歯がみしていた表情を一変させ、笑みを浮かべる。

 

「そんな顔をするな。――少し早いが、オレは戻らせてもらう」

「なるほど、では」

「ああ、後処理は任せたぞ」

 

 そう言ってジークレインは姿を消す。

 

(今の会話、明らかにおかスい。皆に知らせなければ)

 

 その様子を見ていたヤジマ老師は異常事態であることを理解して、今すぐに他の議員に知らせようと動きだし、

 

「――ヤジマさん。悪いですけど、もう少し眠っててくださいね」

 

 目の前に現れたウルティアに阻まれる。ウルティアがなにか呪文を唱えると、急激に意識が遠のいていくのを感じた。

 

「ウルティア、どういう――」

 

 言葉を最後まで発することはなく、ヤジマ老師は床に倒れ込む。

 

「ふふ、計画を邪魔されるわけにはいかないのよ」

 

 それを見下ろして、ウルティアは不気味に笑った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「火竜のォ、鉄拳!」

「ぐほお!!」

 

 ナツの拳がジェラールの体に突き刺さる。たまらず、ジェラールはうめき声を上げながら吹き飛ばされるが、体勢を立て直して着地するとその腕から、黒い怨霊めいた影をナツに伸ばす。

 

「邪魔だ!」

 

 それをナツは全身から炎を出して焼き払うと、さらにジェラールに向かって前進し、

 

「火竜の鉤爪!」

 

 炎を足に纏わせ、けりを放った。しかし、ジェラールはかろうじて躱して距離をとると、薄く笑って口を開く。

 

「なるほど、さすがドラゴンの魔導士。なかなかだな」

「はっ、何がなかなかだよ。手も足も出ねえじゃねえか」

 

 事実、無傷のナツに対して、ジェラールは多くの傷を負っている。ナツの優位は明らかだった。にも関わらず、ジェラールの目には余裕があった。

 

「確かに強力だが、思っていた程ではないな」

「なんだと?」

 

 ジェラールの言葉にナツは眉をつり上げ、見るからに怒りをあらわにした。イグニールから教わった滅竜魔法を侮られて、面白いはずもない。

 

「だったら、オレに勝って見ろよ」

「もちろんそのつもりだ。だが――」

「ジェラールは今まで本気を出せなかったんだ」

 

 すると、後方から、ジェラールと全く同じ声が聞こえてきた。振り向けばやはり、姿形も瓜二つの男が立っている。

 

「なんだ、てめえ」

「オレはジークレイン。評議員の一人だ」

「評議員? なんでそんな奴がここにいんだよ」

 

 当然の疑問に首を傾けるナツにジークレインとジェラールはくつくつと同じように笑った。そして、ジークレインはジェラールに歩み寄り、横に並ぶと、

 

「それはな、もともとオレたちは一人の人間だからだ」

 

 ジークレインは吸い込まれるようにジェラールと重なり、一つになった。

 

「合体したあ!?」

「もともと一人だと言ってるだろ」

 

 ナツの間違いを訂正すると、ジェラールは全身に魔力をみなぎらせる。それは、先ほどまでとは比べものにならないほどの魔力量だった。

 

「それがてめえの本気か」

「ああ、その通りだ。かかってこいよ」

「面白え!!」

 

 言うやいなや、ナツはジェラールに飛び込み、炎を纏わせたその拳をたたき込む。しかし、ジェラールは顔色一つ変えずに腕一本で受け止める。しかし、ナツの攻撃は終わりではない。殴りかかった勢いのまま、体を回転させてジェラールの顔面に蹴りを入れる。完璧に蹴りが入り、ジェラールは思わずのけぞってしまう。そこをさらに追撃が入る。腹部を、顔面を、次々に繰り出される拳が殴りつける。

 

「火竜の翼撃! 鉤爪! 火竜の咆哮!!」

 

 そして、とどめとばかりに滅竜魔法の連撃がたたき込まれ、あたりにナツの魔法の影響による煙が立ちこめた。

 

「――それで終わりか?」

「くそが……」

 

 煙が晴れるとそこには何事もなかったかのようにたたずむジェラールの姿。ナツの攻撃は全て完璧に入ったはず。にも関わらず、ジェラールにダメージは見られない。嫌でも実力差が分かってしまう。

 

「くく、お返しにオレの天体魔法を見せてやろう。――“流星(ミーティア)”」

「――――!」

 

 ジェラールの体を光が包み込んだと思った瞬間、その名の通り、流星がごとき速さでナツの背に回り込むと、肘を入れて弾き飛ばす。振り返って、反撃しようと思ったときにはもう遅い。振り返ったナツの顔面に横に回り込んでいたジェラールの膝蹴りがたたき込まれる。その勢いのまま、何発も拳をたたき込まれ、ようやくのことでナツが殴り返すが、空振りし、上に現れたジェラールの踵落しでもって地面に叩きつけられた。

 

「くそ、早すぎる!」

 

 空すら駆けて縦横無尽に目にもとまらぬ速さで飛び回るジェラール。これにナツは目で追ってはだめだと目を閉じると、その他の五感を集中させ、その動きを予測しようと試みる。

 

「ここだ!」

 

 そうして繰り出されたナツの拳は間違いなく、ジェラールの動きをとらえるはずだった。

 

「まだ早くなるのか!?」

「お前の攻撃など二度とあたらんよ」

 

 さらに加速したジェラールの動きにナツの拳は空を切る。その後も流星がごとく飛び回るジェラールの動きをとらえることは叶わず、何度も何度もその攻撃を受け続けた。滅竜魔導士は本来、その特性上その他の魔導士よりも頑丈だ。だが、それでも、ジェラールの怒濤の攻撃にナツの意識は薄れていく。

 

「とどめだ。お前に本当の破壊魔法を見せてやろう」

 

 ナツはジェラールの蹴りを腹にうけ、血を吐いて床に転がった。それを見届けたジェラールは天井近くまで舞い上がる。

 

「七つの星に裁かれよ――七星剣(グランシャリオ)

 

 天井を突き破り、七つの光がナツへと降り注ぐ。その光は圧倒的な破壊をもたらして、ナツは崩落した床とともに下の階へと落ちていった。ジェラールは大きくあいた穴の縁に降りるとのぞき込んで様子をうかがった。

 

「驚いた。まだ息があるとはな。さすがは滅竜魔導士といったところか」

 

 瓦礫の上に横たわるナツは起き上がる様子はない。だが、胸が上下している様子から生きていることはうかがい知れた。

 

「だが、一瞬だけ生き延びただけのこと。すぐにあの世へ送ってやろう」

 

 再び、ジェラールの腕に怨霊めいた影がうごめき始めた。それをナツへと放ち、命を奪い取ろうとした瞬間、――ジェラールに悪寒が走る。

 

「――――!!」

 

 本能に従い急いで後退してその場を離れる。次の瞬間、先ほどまでジェラールの立っていた場所が細切れになり、下の階へと落ちていく。

 

「あら、ずいぶんと勘がよろしいんどすなあ」

「誰だ!」

 

 声をする方を振り向けば、窓辺に一人の女が立っていた。女は白い着物に身を包み、その手には一振りの刀を握っている。

 

 

 

「うちは斑鳩と申します。どうぞよしなに」

「どいつもこいつも、階段を上ると言うことを知らないのか」

 

 

 楽園の塔頂上の戦いは、さらなる局面へと向かう。

 



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第十七話 笑顔でいてほしいから

 ナツを探し続けていた斑鳩が見つけたのは、傷ついたカグラとそれを抱えるシモンだった。聞けば、ナツはハッピーを背に飛んで頂上へ向かったのだという。

 

「なら、うちも早く先に進ませてもらいます。あなたたちは早く脱出を」

「ま、待ってくれ」

 

 急ぐ斑鳩をシモンが呼び止める。苦痛を噛みしめ、真剣な表情で見つめている。

 

「妖精の尻尾については事前にいろいろと調べていたが、あんたについては情報がない。単刀直入に聞くようで悪いが、強いのか?」

 

 斑鳩が師のもとを離れたのは一年前。順調に仕事をこなし、噂をされる程度には有名になってはいるが、塔の中にいたシモンに知られる程ではない。

 

「エルザはんとおんなじくらいと思っていただいてかまいまへんよ」

「そんなになのか……」

 

 真実かどうか確認するかのようにカグラを見れば、しっかりと頷いた。

 

「なら、オレはエーテリオンが落ちる前に塔の中にいる奴等を脱出させる。エルザとジェラールを頼めるか?」

「ええ、もちろんどす」

 

 淀むことなく誓えば、シモンは安堵の息をつく。

 

「エルザではジェラールには勝てない。実力がどうこう以前に、あいつはまだジェラールを救おうとしているんだ」

 

 カグラにも気になっていたことだ。“今日、ジェラールを倒せば全てが終わる”とエルザは言った。言っていることは事実でしかなく、異論は無い。

 ――どうかジェラールを恨まないでやってくれ。

 ガルナ島でエルザの話を聞いたとき、怒りを見せるカグラにかけた言葉。彼女はきっと今でもジェラールを救いたいのだ。奴隷のような生活の中で培った思いは、彼を憎むことを許してはくれなかった。

 

「だから、どうか――」

「シモンはんは気にせず、カグラはんに着いていてあげなさい。折角会えたんどすから、離れてはいけまへんよ」

「ああ、ありがとう」

 

 では、と背を向けて歩き出す斑鳩にまた、制止の声がかかる。今度はカグラからのものだ。

 

「ひとつ、一刻もはやくジェラールのもとへ行くための策があるのですが――」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 紫の月を斬ったときのように、重力魔法による飛翔。迦楼羅炎を利用すれば、ナツのようにショートカットして頂上へ着けるはず。カグラの策はうまくいき、あっという間に頂上にたどり着く。

 

「斑鳩、とかいったか。最近台頭してきた人魚の踵(マーメイドヒール)のエース」

「あら、知ってらしたんどす?」

「これでも、評議員のひとりだったからな。それなりに噂は聞いている。――だが、今回は貴様ごとき、呼んじゃいない」

 

 殺気が斑鳩に向けられる。完全にジェラールの注意は斑鳩に向いた。それに、ひとまず安堵する。ナツが再び狙われることはないだろう。

 

「――“流星(ミーティア)”」

 

 ジェラールが光を纏う。斑鳩が構える瞬間、彼は飛翔した。斑鳩はその速度に驚嘆する。縦横無尽に飛び回り、残光が通り過ぎた軌道を照す。

 

「貴様にはオレをとらえられまい。そのまま無力に沈むがいい!」

 

 前から、後ろから、右から、左から、上から間断なく攻撃を加え続けていく。斑鳩の足では避けることはかなわない。全てをその身にくらい続けるしかない。――そう、ジェラールは思っていた。

 

「……貴様」

 

 彼は飛翔をやめて地に降り立つ。呟く姿に余裕はもはや消えていた。

 

「なんて魔力、まともにうちの刀が通らないなんて」

 

 ジェラールの体には多くの切り傷。薄く血がにじんでいる。斑鳩は楽園の塔に入って以来、見張りの兵士を気絶させた他は戦闘らしい戦闘をしていない。それがジェラールに斑鳩の実力を見誤らせた。なるほど、確かに斑鳩ではジェラールの速度には追いつけない。だが、それは移動速度に関する話。

 

「まさか、オレの速度をとらえることのできる奴がいるとはな」

 

 斑鳩の剣速は、ジェラールをとらえるには十分だった。加えて、いつも手合わせしていた師もかなりの剣速の持ち主。十年間の師との修行は流星がごとき速さを持ってして、斑鳩の目から逃れることは不可能とした。

 

「くく、貴様もまた、聖十クラスの魔導士か。――おもしろい」

 

 愉悦にジェラールは口を吊り上げる。戦闘を楽しもうとする姿に、斑鳩は胸の中で疼きを感じて眉をしかめる。首を振ってその思いをかき消すと、改めて刀を構え直した。

 

「生憎、うちは面白いなんて思いまへん。早く終わらせていただきます」

「できるものならなあ!」

 

 再び、光を纏って飛翔する。今度は斑鳩に近づくことなく、周囲をぐるぐると回り続けていた。残光が斑鳩を取り囲む。何を仕掛けてこようが対応してみせる、とじっと斑鳩はジェラールの動きを観察し続ける。

 

「我が星々の光によって押しつぶれよ」

 

 残光の中、ひときわ輝く無数の光。全てが魔法陣に変わり、発射された光が隙間無く斑鳩を襲った。

 

「くっ――」

 

 見えていたにもかかわらず、発動を見逃した。一年前まで無月流以外の魔法を知らなかった斑鳩の魔法知識が乏しいこともあるが、賞賛すべきはジェラールの卓越した魔法技術だろう。

 

「無月流、天之水分(あめのみくまり)

 

 不可避を悟った斑鳩は即座に魔力流を展開。神速の剣を持って全てを捌き、光を魔力流の中にのせる。光は流れの中で互いにぶつかり、相殺しあい、瞬く間に消滅した。

 

「――七つの星に裁かれよ」

 

 頭上、恐ろしい程の魔力の高まりを感じて顔を上げる。強大な破壊魔法の準備を終えて、したり顔で見下ろすジェラール。

 

七星剣(グランシャリオ)!」

 

 先ほどの弾幕は目くらましに過ぎなかったのだ。はめられた、そのことに気がついた斑鳩は小さく汗をかく。圧倒的な破壊を伴って、七つの光が降り注ぐ。もはや天之水分で防御可能な威力を超えている。避けることも叶わず、絶体絶命のこの状況。しかし、諦めることだけは絶対に、ない。

 

「無月流、迦楼羅炎(かるらえん)!」

 

 回避は不能、防御は不能。ならば、攻撃あるのみ。

 

「――――!」

 

 七つの光が落ちると同時、豪火の柱が立ち上る。七星剣の発動により生じた隙を斑鳩は見逃さなかった。

 

「おおおお!」

「ぐううう!」

 

 互いに互いの大技を無防備なその身に受けた。破壊によって生じた砂塵が辺りを包みこみ、しばし静寂が支配する。

 

「はあ、はあ――」

 

 砂塵が晴れればそこには息を切らし、体中に傷を負う斑鳩。彼女は全身を襲う焼け付くような痛みに顔を歪ませながらも、油断無く天を見上げていた。

 

「――さすがに、肝を冷やしたぞ」

 

 ジェラールもまた斑鳩の炎にその身を焼かれ、至る所を焦げ付かせている。それでも、斑鳩とジェラール、どちらが優勢かと聞かれれば誰もがジェラールと答えるだろう。恐るべきは天体魔法、その威力。

 

「くく、もう終わりなどとは言うなよ?」

「ふふ、それは自分に言い聞かせてるんどす?」

「口が減らんな!」

 

 ジェラールの挑発に軽口で返す斑鳩。剣を振り、感触を確かめる。痛みは走る、だが十全に剣を振うことは可能。

 

「まだ戦いは始まったばかりどす。――さあ、第二幕といきましょうか」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「気をつけろ! そいつは瞬間移動を使うぞ!」

 

 青鷺に向かい合うグレイに忠告するショウ。忠告にグレイは首を傾ける。

 

「瞬間移動だあ? だったら――、んな!」

 

 ほんのわずかにグレイの気がショウへとずれたその瞬間、青鷺が瞬間移動によってグレイの前に現れる。体を捻るも間に合わず、脇腹に短刀が突き刺さる。

 

「……油断、大敵」

 

 グレイに手加減する理由はない。短刀を引き抜くと、うめくグレイの倒れ込む方向に再転移。短刀を一振り。グレイは歯を食いしばり、倒れ込むのを踏みとどまる。次いで、短刀をもつ手を掴んで止める。

 

「あっぶねえ」

 

 短刀はわずかに体に食い込み血を滴らせているが、薄皮一枚切り裂くにとどまっている。まさか止められるとは思っていなかったのか、青鷺は驚きに目を見開いた。

 

「……ふん」

「おう?!」

 

 掴んでいた腕が不意に消える。転移によって距離をとる。青鷺はグレイの十メートル程前方に現れた。

 

「……そこのよりはやるね」

「つつ……、てめえ、やっかいな魔法を使いやがるな」

 

 グレイは脇腹の傷を凍らせることで止血する。瞬間移動魔法、一気に間合いを詰めらあれる上に攻撃は簡単に避けられる。それを使いこなしているのならかなり凶悪だ。

 

「……でも、私に負けはない」

「は、断言するには早ええんじゃねえか?」

「……なら、試してみる」

 

 青鷺が姿を消す。だが、二回目の今度はグレイに驚きはない。冷静に、身動き一つせず、立ったまま。

 

「……なに、諦めた?」

「後ろだ! 避けろ!」

 

 なにもしないグレイにショウだけでなく、青鷺ですら困惑に呟いた。だが、何を思っていようが関係ないと青鷺は短刀を突き立て、

 

「……そんな」

 

 短刀が弾かれ、驚きの声を上げる。方法は簡単だった。突き立てたところをみれば、グレイの肌を氷が覆っていた。

 

「アイスメイク“針山(ニードル)”」

「くうううう!!」

 

 短刀を防がれた事実に驚き、青鷺が思考を空白にした一瞬をついて氷の造形魔法を発動。グレイの体から生えるように無数の針が突き出る。青鷺は瞬間移動を発動するも間に合わず、多くをその身に受けた。

 

「悪いな。瞬間移動の魔法の使い手は妖精の尻尾にも…………いたっけか?」

「……知るわけないでしょ」

 

 自分で自分の言ったことに首を捻ってるグレイを前に、青鷺は全身の傷の痛みを感じながら答える。

 

「まあ、なんにせよてめえの魔法は攻略した。痛い目にあいたくなけりゃエルザを返せ」

「……これぐらいで攻略? 笑わせないで」

 

 心外だとばかりに眉をしかめる青鷺。短刀を構えなおすと再転移。グレイの数メートルほど後方に転移し、腰から取り出した手裏剣を投擲する。グレイが避けると同時、避けた方向に青鷺が現れる。

 

「ちっ!」

 

 舌打ち混じりに魔法を発動。青鷺の短刀を氷の鎧で阻む。

 

「……まだ、終わりじゃない」

 

 青鷺はそのまま足払い。致命傷を防ぐため、短刀の動向を気にしてばかりいたグレイは見事にかかり、床にその身を打ち付ける。

 

「まず――!」

 

 青鷺は跳び、短刀に全体重をのせて鉛直に突き降ろす。ここまでされれば氷で肌を覆ったぐらいでは防げない。

 

「アイスメイク“(シールド)”!」

 

 ぎりぎりでグレイと青鷺の間に花弁を思わせる氷塊が出現。短刀は氷に突き刺さるが、破壊するには至らない。すると、青鷺は短刀を残したまま姿を消す。

 

「どこに――」

 

 行ったのかと呟きかけたところで右腕に違和感。寝たまま顔を横に向ければ、同じく青鷺が横に寝そべり、腕に体を絡ませている。

 

「……この腕、もらうよ」

「――ぐがあ!」

 

 そのまま青鷺はグレイの肘を反対方向へと折り曲げた。激痛にグレイは叫び声を上げる。

 

「っしま――!」

 

 痛みに集中をきらし、二人の上に浮遊していた氷の花弁が消滅する。同時に花弁に刺さっていた短刀が刃を下に落ちてきた。本来なら何の魔力もこめられておらず、自由落下してきただけの短刀など氷の鎧をまとわずともグレイの命を奪うには足りない。だが、青鷺はグレイの右腕を抑えたまま、するりと流れるように馬乗りになった。

 

「……降参する?」

 

 短刀を喉に突きつける。そのまま短刀を押し込めば、グレイの命はそれで終わり。だが、その終わりが訪れることはなかった。

 

「――――!」

 

 突如、青鷺を横合いから衝撃が襲う。グレイの上から弾き飛ばされた青鷺は脇腹を押えながら着地。

 

「オレだって、ここにいるんだ――!」

「お前……」

 

 青鷺がグレイの馬乗りになったとき、ショウが後ろから蹴りをいれたのだ。

 

「……まだ、戦えたんだ」

 

 青鷺が驚いたように呟く。青鷺はショウの怪我のことを言っているのではない。グレイが来る前にその心はへし折った。事実、今までショウは戦いに加わってくることはなかった。

 

「まだ戦えるのか?」

「あ? 当たり前だろうがよ」

 

 ショウの問いにグレイが右腕を押えて立ち上がる。

 

「なんで、そんなに頑張れる。そもそも、姉さんのためにここに来たのだってそうだ」

 

 油断無く青鷺を見据えながらも、ショウはグレイに質問を続ける。

 

「ああ? んなもん仲間だからに決まってんじゃねーか」

「そう、だよね」

 

 そんな答え、ショウ自身聞かなくても分かっていた。でも、改めて聞くことに意味がある。自分はどうだろうか。仲間、なのだろうか。信じることもできず、裏切り者と罵って、自分の感情を抑えられずに危険にさらして、グレイが来なければむざむざジェラールに姉さんを差し出す事になっていた。こんなの、仲間だなんて呼べない。

 

 ――なら、オレも今から姉さんの仲間になる。

 

 不思議なほどにショウの頭はすっきりとしていた。状況に似つかわしくない爽やかな気持ちがするほどに。グレイが戦っているのを端から見ていた。彼は姉さんのために戦っているのだと、当たり前なことに気づいたとき、床に這いつくばって見てるだけの自分に腹が立った。グレイが危機に陥ったとき、自然に体が動いた。死なせてはならないと、そう思った。

 

「手伝うよ。仲間が死んだら姉さんが悲しむからね」

 

 その手に、トランプを構える。力強く、足を踏みしめ体を支える。もう、くじけない。

 

「――エルザは、いつも孤独で泣いていた」

「――?」

 

 グレイが左手だけを構えながら、呟いた。視線はショウに向けてはいない。けれど、ショウに向けた言葉だと分かった。

 

「あいつはいつも、心に鎧を纏って泣いていたんだ。――だから、エルザを一人にするわけにはいかねえんだよ。お前も、心がけとけ」

「――そうか、そうだね」

 

 ――エルザ姉さんでも泣くことがあるんだな。少しずれた感慨を感じてショウはわずかに苦笑した。絶対の存在のように思っていた姉さんにも弱い部分はあるのだと、支えられる場所があるのだと理解して嬉しくなった。今度は独りよがりでなく、真に支えられるようになりたいとそう思った。

 

「……知らない」

 

 グレイとショウが話している間、青鷺は黙って聞いていた。

 

「……仲間だ、なんだって。そんなの知らない」

 

 何を言っているのか理解できない。少女は目の前の二人の会話に自分でも理由もわからずに苛立った。小さい頃に拾われて、ギルドの雑用にこき使われた。そんな状況から脱出したくて、必死に腕を磨いた。孤独の日々だった。ひたすらに感情を押し殺し、安息の時など一度たりともなかった。

 

「……そんなの、まやかしだ!」

 

 戦いが始まって以来、常に無感情だった青鷺が初めて感情をあらわにした。

 

「悲しいな、闇ギルド。だから、てめえらは日陰者なんだ」

「……好きで、やっていると思うのか!」

 

 青鷺は怒鳴ると同時に転移した。狙うは、防御手段を持たないショウ。背後に現れ、短刀を振う。

 

「―――!」

「無駄だよ。オレも、対策はとったんだ」

 

 短刀は浮遊するトランプに阻まれ、ショウには届かない。あらかじめトランプを待機させておいた。そうすれば、転移されても即座に対応できる。

 

「もう、君の魔法は通じない」

「……だから、このくらいで攻略したと思うな」

「いいや、もう終わりだ」

 

 転移しようとした瞬間、気づく。周囲半径十メートルほどには無数のトランプが浮かび上がっていた。人の入り込める隙間がないほどに。

 

「転移する場所がなければ、転移できないだろ」

「……これが、どうしたの? 遠くまで転移すれば――」

「できるもんなら、やってみろよ」

「…………」

 

 グレイの挑発に青鷺は黙り込む。瞬間移動する様子はない。

 

「まあ、できねえだろうな。遠くまで転移できんなら、とっととジェラールとか言う奴のとこまで行けばいい話だ」

 

 瞬間移動の魔法を使うと聞いてからグレイが思っていた疑問。ショウも、戦いから離れて冷静になったことで気づいた。青鷺の瞬間移動はごく短距離に限られるのだと。ショウとグレイを目前に黙り込んで睨み付けるだけの青鷺にグレイは氷の剣を突きつける。

 

「終わりだ。無理矢理転移して全身を切り刻まれるか、このままオレにやられるか、降参するか、選びな」

「―――っ!」

「――そうか」

 

 短刀を振り上げて斬りかかる青鷺に氷剣を一閃。それを受けて青鷺は崩れ落ちた。

 

「――ふう、終わったか」

「息ついてねえで、早くエルザを元に戻すぞ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 グレイが青鷺から小袋をぶんどり、中からエルザのカードを取り出す。ショウは周囲に散らばったトランプを回収すると、エルザのカード化を解除した。

 

「――よくやった、お前たち」

 

 もとに戻ったエルザはショウとグレイの二人を抱きしめる。突然抱きしめられたために、照れて二人はわずかに顔を赤くする。そこで、エルザの頬を雫が伝っているのに気づく。

 

「姉さん、泣いてるの?」

「――お前たちの声は私にも聞こえていた」

 

 視界は閉ざされ、ずっと耳をたてながら気をもんでいた。

 

 ――あいつはいつも、心に鎧を纏って泣いていたんだ。

 

 声が聞こえた。その通りだ。私はいつも泣いていた。本当の私は強くなんて無い。目の前で大勢の仲間を失って、大切な人たちをまもれずに、そして、――彼を救えなかった。全ては強がりだ。より強く自分を見せようと、心を鎧で閉じ込め泣いていた。

 

「私は、弱い。弱いからいつも鎧を纏っていたんだ」

「エルザ……」

 

 エルザは二人を離し、一歩下がると換装する。上半身はサラシを巻いただけ、ズボンもただの布きれだ。

 

「鎧は私を守ってくれると信じていた。だが、違ったんだな」

 

 ――人と人との心が届く隙間を私は鎧でせき止めていたんだ。

 

「妖精の尻尾が教えてくれた。人と人との距離はこんなにも近く、温かいものなのだと」

 

 そう言って、エルザは綺麗に笑った。

 

「は、もう大丈夫かよ」

「ああ、後は任せておけ。お前たちは先に脱出しろ」

 

 グレイもショウも、傷は重い。もう一戦、まともに戦える状態じゃない。

 

「ふん、悪いがそうさせてもらうぜ。絶対、戻ってこいよ」

「もちろんだ」

 

 そう言って、グレイはエルザを送り出す。エルザがもう見えなくなった頃、ショウとグレイも脱出するために動き出した。

 

「……なんの、つもり」

 

 青鷺は、グレイの左腕で引っ張り起こされショウに背負われた。何でそんなことをするのか。本気で分からず青鷺は困惑する。

 

「脱出すんだよ。大人しくついてこい」

「……理解できない。敵にこんなことをするなんて」

「うるせえな、オレだっててめえが本気でクソ野郎なら置いてったわ!」

「……なら、なおさら。私は暗殺ギルドの――」

「暗殺ギルド、ねえ」

 

 青鷺を背負うショウが呟く。暗殺ギルドという言葉に違和感しか感じられない。

 

「お前、人を殺したことなんて無いだろ」

「――――」

 

 青鷺はうつむいて黙り込んだ。そう、彼女にとってクエストはこれが初めてだった。彼女は真の三羽鴉(トリニティレイヴン)ではない。本来のメンバーはヴィダルダス、梟とカブリア戦争から帰還した後に、その時受けた傷のせいで息を引き取った。その後も三羽鴉の最後の一羽は何度も入れ替わったが、ヴィダルダスと梟について行ける者がおらず不定だったのだ。今回、雑用係でしかなかった青鷺の実力を他の二人が見いだしたことで連れてこられた。二人は最悪殺せなくとも今回はジェラールという人物の護衛のようなもの。実力はお墨付きなので問題ないと判断した。

 

 だが、青鷺からすれば地獄の中から脱出する絶好の機会。逃すわけにはいかない。自分は人を殺せるとひたすらに言い聞かせた。でも、結局彼女は殺す覚悟なんてできなかった。殺せる機会はいくらでもあったはずなのに、彼女はそうしなかった。ショウの時はエルザを連れて行くためということもあったかもしれない。それでも、言うことを聞いてくれれば助けてくれるなど随分暗殺ギルドという物騒な肩書きにしては甘いことを言ったものだ。なにより決定的だったのはグレイとの戦いだった。ショウ違ってグレイを生かしておく理由はない。だというのに、千載一遇のチャンスで降参を迫った。

 

「だいたい、むかつくんだよ。お前」

 

 先を急ぐために走りながら、グレイは思ったことそのままに話す。

 

「お前、見たところ十三とかそこらのガキだろ。そんな奴が仲間なんて知らないだの言いやがって。それも、あんな悲しそうに怒鳴られちゃ、ほっとけるかよ」

 

 青鷺は信じられないものを見たとでも言うように口を開けて呆然とした。グレイは鼻を鳴らして目を合わせず、ただ前だけを見ていた。

 

「……腕、折られたのに随分と甘いこと言うね」

「ああ、本当に綺麗に折ってくれたもんだ。だけど、オレもお前のこと斬ったからおあいこな」

 

 胸の奥から何か温かい物がこみ上げてくる。初めての感情に困惑する。流れる涙を顔をショウの背中に埋めて隠す。ショウだけが背中にあたる温かいものを感じ取って笑みを漏らした。

 

「……私は十四だ。ガキじゃない」

「は、十四でもガキだろうが」

「……ガキに腕折られてかわいそう」

「んだとお!? やっぱ置いてってやろうか!」

「……もう、遅い。意地でも着いてく」

「痛い痛い! 力込めすぎ! 首絞まってる!!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「――はあ、はあ。これで、終幕だ」

 

 塔の頂上。天井は所々に穴が開き、床は完全に崩れ去って一階分だけ下がっている。辺りに瓦礫が積み重なるその中心に二つの影があった。

 

「――ああ、うちの負けどすか」

 

 ぴしり、と握る刀の刀身にひびが入っていき、最後には粉々に崩れ去る。同時に、斑鳩は床に倒れ込んだ。対面するジェラールもまた息を切らし、全身に切り傷を負って無事とは言いがたい。

 

「当然の結果だ。何のつもりかしらないが、実力も出し切れずに勝てると思っているのか」

 

 実力を出し切ったところでオレの方が強いがな、と鼻を鳴らす。斑鳩は戦闘中、いまいち集中できていないようだった。例え、実力的に近しいものを持っていたとしても、これでは勝てるものも勝てない。

 

「ジェラール!」

「は、千客万来だな」

 

 乱れた息を整えていれば、名を呼ぶ声が聞こえる。声のした方向に顔を向ければ想像していた通りの人物がそこにいた。

 

「久しぶりだな、エルザ。大分遅かったじゃないか」

「ジェラール、貴様の本当の目的は何だ」

「くく、なんだよエルザ。久しぶりに会ったのに挨拶もしてくれないのか?」

「心にもないことはいい。私も八年間、何もしてこなかったわけじゃない。Rシステムについて調べていた」

 

 そこにエルザはとある記述を見つけた。それが確かなら、Rシステムの発動は不可能に近い。

 

「魔力が、圧倒的に足りない」

「――――」

 

 エルザの言葉をジェラールは静かに聞いている。Rシステムという大がかりな魔法を発動させるには二十七億イデアという魔力が必要になる。これは大陸中の魔導士を集めてもやっと足りるかどうかという程の魔力。

 

「人間個人でも、この塔にも、それほどの魔力を蓄積することなどできない」

「――なるほど、確かに実現は困難だ。だから、オレには別の目的があるんじゃないかと、そういうことか?」

「その通りだ。お前は一体何を考えている」

「そうだな、答えを教えてやりたいのは山々だが――時間だ」

「――――!」

 

 塔のはるか上空に莫大な魔力の高まりを感じる。ついに、エーテリオンが落とされようとしていた。

 

「ジェラール!」

「黙ってみていろ。貴様の疑問の答えもすぐにわかる」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「オイオイ、評議員は本気でエーテリオンを落とす気なのかよ!」

 

 海上、船の上でウォーリーが叫ぶ。船の上にはシモン、カグラ、ウォーリー、ミリアーナ、ルーシィ、ジュビア、グレイ、ショウ、青鷺の九人が乗っていた。シモンがカグラとともに塔内に残っていた人たちを脱出した後、念話でウォーリー、ミリアーナ、ショウに呼びかけた。ウォーリーとミリアーナがヴィダルダスとルーシィ、ジュビアの三人が倒れているところに通りがかったこともあり、無事に合流して脱出できた。当然、まだ残っている者たちのためにももう一隻、船をすぐに出航できる状態にして。

 

「早く脱出して……」

 

 塔の上空に光り輝く魔法陣を前にハッピーは祈るように呟いた。だが、その祈りが届くことはない。

 

「――――」

 

 極光が、落ちた。衝撃に海が弾け、十メートルを超えるほどの大波が立ち、シモンたちの乗っていた船をひっくり返す。即座にジュビアが水の膜を張って包んだことで事で全員を守る。波が穏やかに戻った頃、楽園の塔を包んでいた煙も晴れてその容貌が明らかになる。

 

「なに、あれ……」

「外壁が崩れて、中から水晶?」

 

 それは夕焼けの中、青々と輝く巨大な水晶の塔だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「楽園の塔に二十七億イデアの魔力蓄積!」

「そんな魔力、一カ所に留めておいたら暴発するぞ!!」

「どうなっているんだこれは!」

 

 魔法評議院ERAは騒然としていた。想像だにしない結果に評議員ですら困惑する。だが、さらに混乱に陥れる事態が起こる。

 

「建物が急速に老朽化している!?」

「失われた魔法、時のアークじゃと!」

 

 建物の至る所がひび割れる。しだいに床も、柱も、天井も全てが崩れだす。我先にと大勢が逃げ出す中、騒々しさにヤジマ老師は目を覚ます。

 

「これは――」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図に言葉を失う。そして、ある一点、全てが崩れ落ちる中悠然と立ち続ける女を見つけた。

 

「ウルティア」

 

 ウルティアはヤジマ老師の言葉に気づいて顔を向ける。そして、彼女は薄く笑った。

 

「――全てはジーク様、いいえ、ジェラール様のため。あの方の理想は今ここに叶えられるのです」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ふはははは! 二十七億イデアもの魔力を吸収することに成功し、ここにRシステムは完成した!!」

 

 塔の中にジェラールの哄笑が響き渡る。エーテリオンの魔力を吸収し、足りない魔力を補ったのだ。

 

「――まさか、ジークレインとも結託していたのか!」

「――? ああ、そうか。お前はまだ知らなかったな。ジークレインはオレの思念体だ。オレたちは元々一人の人間なのだよ」

「なんだと……」

 

 その事実にエルザは唖然とする。ならば、エーテリオンを落としたのも自分自身。そのために評議員に潜り込んでいたというのか。だとしたら、ショウたちを騙し、評議員をだまし、

 

「仮初めの自由は楽しかったか、エルザ。全てはゼレフを復活させるためのシナリオだ」

「貴様は一体、どれだけのものを欺いて生きているんだ!」

 

 エルザの怒声が響く。受けるジェラールは変わらず涼しい表情を崩さない。エルザは両手に剣を持ち、ジェラールのもとへと踏み込んだ。

 

「ち、生贄は別に、そこに転がっている女でもいいんだがな」

「させると思うか!」

 

 エルザの放つ怒濤の剣撃。それを避け、受け流し、ジェラールは歯がみする。斑鳩との戦いで魔力を使いすぎた。多くの傷も負っている。

 

「それでも、オレは負けん!」

「ぐうッ!」

 

 光がエルザを包んで拘束する。理想の実現を目前にして、負けることなどあり得ない。全身全霊をもって勝利する。

 

「――はあっ!」

「――――ッ!」

 

 エルザを包む光を爆発させようとする寸前、エルザが光の魔力を切り裂いて拘束から抜け出す。そのままジェラールに踏み込んで一太刀を入れる。

 

「くそがッッ!」

 

 ジェラールは斬られた後、前に踏み込み、エルザの懐に潜り込んで拳を振り抜く。下がれば追撃にさらに斬られていただろう。エルザは腹部の衝撃に呻きながら後退して距離をとる。

 

「やるじゃないか、エルザ。だが、勝つのはオレだ」

「ぼろぼろの体でよく言う!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「つつ、オレは――」

 

 ジェラールとエルザの戦いから少し離れたところ。そこでナツは目を覚ました。

 

「あれ、どこだここ?」

「目を覚ましたみたいどすな」

「お前は――」

 

 見覚えのない水晶に囲まれて寝ていたことに気づいて、困惑するナツに近づいてきた斑鳩が声をかける。

 

「そうだ、オレはジェラールとか言う奴と戦って――、アイツはどこだ! まだ決着ついてねえぞお!」

「まあまあ、うちの話聞いてくれまへんか?」

 

 火を噴きながら雄叫びを上げるナツに苦笑しつつ、斑鳩はそれをなだめる。

 

「ジェラールはんなら、あそこでエルザはんと戦ってますよ」

「ああ? エルザだぁ? 横取りしやがって!」

「だから落ち着きなさいって」

 

 今にも乱入していきそうなナツを斑鳩が押える。その猪突猛進さにいつも手綱を握っているであろう人の苦労を思って苦笑する。ともあれ、このままでは本題に入れないので無理矢理にでも話を切り出す。

 

「――あのままだと、エルザはんは勝てないでしょうなあ」

「……なんだと?」

 

 思った通り、食いついた。

 

「エルザをなめるんじゃねえよ」

「ふふ、実力のことを言ってるんじゃありまへんよ」

「ああ? どういうことだよ」

「あの戦いをご覧なさい」

 

 斑鳩の言われた通り、エルザとジェラールを見れば一進一退の攻防を続けている。

 

「普通に戦ってるだけじゃねえか」

 

 斑鳩の言いたいことを理解できずにナツは首を傾ける。斑鳩は、本当にそうでしょうか、と話し始める。

 

「その互角というのがおかしいとは思いまへん? ジェラールはんはあんなにぼろぼろで、エルザはんは万全の状態だというのに」

「――? エルザが手を抜いてるってことか?」

「まあ、厳密には違うと思いますが、だいたいそんなものどす。――あの二人には、八年にわたる因縁がある」

 

 そう言ってナツに事情を話し始める。ナツは船の上では乗り物酔いで、塔の中ではハッピーを探すために別行動していたために、カグラの話もエルザの話も聞いていない。

 

「なるほどな。じゃあ、オレはいいや。エルザの問題はエルザが決着をつければいいしな」

「まあ、そう言う考えもあります。そこでさっきの話に戻るんどすが、エルザはんにはジェラールはんを倒そうなんて思えないから、きっと全力を出せないんどすよ」

「ふーん、でも結局手を出さねえ方がいいって結論は変わらねえ」

 

 ナツの律儀さに斑鳩は笑みを浮かべる。この性格なら多くの人に親しまれることだろう。

 

「普通ならそうでしょう。でも、これが仕組まれたものだとしたらどうでしょう」

「どういうことだよ」

「うちもナツはんが気を失った後、ジェラールはんと戦いました。――その時、ジェラールはんの魔力に違和感を感じたんどす」

「違和感?」

 

 無月流の一つに天之水分というものがある。周囲の魔力の流れを操るこの技は同時に流れの様子を読み取る。何度もジェラールと接触する中で感じた、ジェラールにへばりつくような魔力。

 

「ええ、それは、――洗脳魔法の痕跡どす」

「洗脳魔法!? それじゃあ、あの戦いは」

「ええ、第三者の介入がある。これでもエルザはんの問題と言えますか?」

 

 ぎり、と歯を食いしばる音がする。ナツが怒りに燃えているのが容易に分かった。

 

「じゃあ、その訳もわかんねえヤツのせいで、エルザは八年間も苦しみ続けたってのか!」

 

 ナツは床に拳をたたきつける。誰に向けていいのか分からない怒りを完全に持て余していた。

 

「そこで、うちから提案があるんどすが」

「ジェラールを洗脳したヤツを知ってんのか?」

「いいえ、残念ながら。ですが、――洗脳魔法を解除することならできます」

「――本当か!」

 

 ナツの言葉に斑鳩はしっかりと頷いた。

 

「ですが、うちにはほとんど魔力が残っていまへん。チャンスは一回。それもうちには戦う力が無い上に直接触れなければいけない」

「そういうことならオレに任せろ」

 

 そう言ってナツは顔面を床に叩きつける。否、床になっている魔水晶をむさぼり食う。ナツは炎を食べることで力を増す。しかし、ナツの今食っている魔水晶に含まれるエーテルナノは炎以外の魔力も融合されている。

 

「ごはァ!」

「ナツはん?! なんて無茶を――」

「おおおお!」

「――――」

 

 ナツの体から膨大な魔力がわき上がる。肌には鱗のようなものが浮き上がり、歯も鋭く尖っている。エーテリオンを取り込んで、ナツは滅竜魔法の最終形態、ドラゴンフォースを発動させたのだ。

 

「これで、まだ戦える」

「――――すごい」

 

 その異様にしばし圧倒されていた斑鳩だったが気を取り直して笑みを浮かべる。斑鳩が倒れる寸前、ジェラールは言った。“何のつもりかしらないが、実力も出し切れずに勝てると思っているのか”と。斑鳩は戦いを楽しんでしまうのが怖くて集中しきれていなかったこともある。だが、それ以上にシモンの話を聞いてジェラールを救えないものかと、斑鳩もまた思っていたのだ。ジェラールの不自然な豹変。そこになんらかの手が加わっているのではないかと思えば大当たり。

 

「一対一の戦いでは負けてしまいましたけど、勝つのはうちどす」

 

 実力を出し切らず、様子を探ったからこそたどり着いた答え。なぜ、直接関係の無い問題にここまで手を尽くすのか。そう聞かれたなら、斑鳩はきっとこう答えるだろう。――せめて周囲の人々だけでも、笑顔でいてほしいから、と。

 

 

「――さあ、いい加減ジェラールはんには目を覚ましてもらいましょうか」

 

 



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第十八話 ともに未来を歩むため

「――――なんだ」

 

 ジェラールとエルザは突如として立ち上った火炎と膨大な魔力に驚き、戦いの手を止める。

 

「ナツ?」

「ジェラアアアアルウウ!!!」

 

 エルザが呟くと同時、ナツが雄叫びを上げながらジェラールめがけて跳ぶ。蹴った床を砕きながら一足でジェラールに接近し、勢いそのままに殴りつけた。

 

「――――!」

 

 ジェラールは驚異的な速さに対応できず、防御もできずに床へと叩きつけられる。ナツの急変にジェラールはなぜと思考した。だが、思考の隙にもナツの攻撃が止まることなどあり得ない。

 

「しまっ――!」

 

 ナツはジェラールの頭を掴むと自らの炎を推進力に、何層もの魔水晶の床を砕きながら落ちてゆく。魔水晶の層を越え、大地に叩きつけられるよりも前にジェラールはなけなしの魔力を振り絞って“流星(ミーティア)”を発動。ナツの手を逃れて一気に天高く飛び上がる。

 

「この速度にはついてこれまい!」

「大人しく――」

 

 ナツは体を半回転させて大地を踏む。そのまま足を折り曲げて、足からの炎の大噴射とともに跳躍。“流星(ミーティア)”による残光を追い抜いて、ナツの拳は光纏うジェラールの体に突きたった。

 

「しやがれええええ!」

「バカな――――!!」

 

 落ちてきた穴を今度は殴られた勢いのままに吹き飛び、昇っていく。やがて頂上すら越えて天高く舞い上がる。日は沈み、空は暗い。天に浮かぶ月が、星々が、忌まわしいほどに闇を照らしている。

 

「オレは、負けられない!」

 

 ジェラールは吠える。しかし、体はぴくりとも動いてくれない。魔法を使えるほどの魔力も残っていない。上昇しきったジェラールの体は、ゆっくりと、下降を始める。

 

「自由の国を、造るんだ――」

 

 落ちてゆく。身動き一つできず、抗うこともできないままに。

 

「――それは、他人の自由を奪ってまでやるものなのか」

「エルザ、か……」

 

 落ちるジェラールをエルザが優しく受け止めた。ジェラールはエルザの顔を視界に入れると、不快げに眉間にしわを寄せた。ジェラールを腕に抱くエルザの顔は悲しみと、ほんのわずかに心配しているようだった。

 

「……甘いな、お前は。だから、選ばれなかったのだ」

「ゼレフに、か?」

「そうだ。痛みと恐怖の中でゼレフはオレに呟いた。真の自由が欲しいかと」

 

 唇の端を精一杯に吊り上げる。視線はエルザを見据えたまま、不適な笑顔を作り出す。心は負けてなるものかと、屈するものかと。だというのに、目の前の女は哀れむような顔をし続ける。

 

「そうさ、ゼレフの声はオレにしか感じることができない! オレがゼレフとともに、真の自由国家を――――」

「――もう、いいんだ。ジェラール」

「なに、を…………」

 

 言葉をまくし立てるジェラールをエルザは優しく抱きすくめる。そこには慈愛が満ちていた。憎しみに満ちていたジェラールすら、言葉を止めるほどに。

 

「亡霊に縛られたままでは自由になれるはずもない。目を覚ますときが来たんだ」

「どういう――――」

 

 そっと、背に手が置かれた。エルザのものではない。ならば一体誰だと思ったとき、魔力が流れ込んで来た。自分のものではない、異質な魔力が体内を流れる気味の悪い感覚。それを歯を食いしばって耐える。

 

「や、やめ――――」

 

 不意に、何か大切なものが剥がされようとする感覚に、声が漏れ出る。少しずつ、自分が自分で無くなるようで、恐い。ジェラールを抱くエルザの腕の力が強くなる。一人じゃないと励ましてくれてるようで少し安心した。

 

 ――オレはこんなに臆病だったか?

 

 抱いた安心感にジェラールが疑念を抱くと同時、意識が闇の中へと落ちていくのが分かった。だんだんと視界が暗くなり、完全に意識を閉ざすその前に。

 

「私ではお前を救えなかった。だから、私もお前の罪を背負おう」

 

 そんなお人好しな言葉に、相変わらずだとおかしくなって、一片の恐怖すらなくジェラールは意識を手放した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 水の膜に包まれながら、カグラたちは真の姿を現した楽園の塔を眺めていた。

 

「みんな、無事かなぁ」

 

 ルーシィの呟いた言葉はエーテリオンが落ちてから何度も呟かれたものだった。心配するのは誰もが同じ。呟きに答えるでもなく、全員が固唾を呑んで見守っている。

 

「――塔が!?」

「何あれ!?」

 

 塔が突如として発光し、その姿を歪め始めた。叫び声に反応するまでもなく、全員が驚愕に目を見開く。

 

「まさか、エーテリオンが暴走しているのか」

「暴走!?」

 

 グレイの推測にルーシィが悲鳴じみた叫びを上げる。元々、エーテリオンなどという大魔力を一カ所に留め続けるなど不可能だったのだ。

 

「――行き場を無くした魔力の渦が、弾けて大爆発を起こす」

 

 ジュビアが震えるように呟いた。決して大きな声ではなかったが、不思議と全員の耳に届いた。

 

「ちょ、こんな所にいたらオレたちまで!」

「中にいる姉さんたちは!?」

 

 パニックに包まれて、思ったことを次々に叫びだす。

 

「誰が助かるとか、助からねえとか以前の話だ。オレたちを含めて、――全滅だ」

 

 会話にもならない騒々しさの中、悔しそうに顔を歪めて放ったグレイの言葉に全員が絶望を理解して口を閉ざした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「もう! やっと終わったと思いましたのに!」

 

 塔の中は歪み、崩れ、同じ場所に立ち続けるのが難しい程に荒れていた。そこかしこから魔力が溢れ出し、光の柱となって天へと消えていく。捕まってしまえば、跡形もなくこの世から消え去るだろう。

 

「泣き言を言ってる場合でもないだろう。一刻も早く脱出しなければ」

「それは分かってますけど……。ああ、もう、すやすや眠る二人が羨ましい!」

 

 エルザはジェラールを、斑鳩はナツをそれぞれ背負って走っている。ジェラールはともかくナツまでもダウンするとは思わなかった。頂上まで登ってきたナツは勝利宣言とともに雄叫びをあげてそのまま倒れ込んだのだ。

 

「本当はうちだって運んでもらいたいのに……」

「それだけ不満を口に出せるならまだまだ大丈夫だな」

「一応、魔力は空っぽどすよ!?」

 

 軽口をたたきつつも歩みは止めない。斑鳩だってどうしようもないことは分かっている。それでも、不満を言わなければやっていけない。

 

「――――!!」

 

 ぐわん、とひときわ大きく塔が歪んだ。波打つ床に、莫大な振動で二人は地面に倒れ込む。

 

「これは、まずいな……」

「これ以上は……」

 

 どんどんと激しさを増す塔の暴走に最早時間が残されていないこと悟る。例え外に出ることができたとしても、爆発に巻き込まれて命はないだろう。防ぐことも、脱出することも不可能。なにか手はないかと二人が思考を巡らせようとするその時だった。

 

「う、ん――。オレ、は……」

「ジェラール!!」

 

 床に投げ出されたジェラールが目を開いた。ジェラールはゆっくりと身を起こし、寝ぼけているかのように緩慢に首を巡らせる。そして、エルザを視界に入れた瞬間、ジェラールは口元を押えてえずきだす。

 

「大丈夫か!? ジェラール!!」

「ちょっと! どうしなはったん!?」

 

 胃の中のものを戻すジェラールの背をエルザがさする。次第に落ち着きを取り戻したジェラールはゆっくりと呼吸を整える。

 

「ふう……。すまない、頭の中の整理がつかないんだ」

 

 息を整えた後も、頭を押えて苦痛に顔を歪ませる。洗脳が急に解かれたことで、元の人格が今まで抱き続けていた感情や思考を処理しきれずに混乱を起こしていた。

 

「落ち着くまで休んで、といいたいところどすが、そんなこと言ってられる状況ではありまへん」

「……そのようだな」

 

 斑鳩の言葉に辺りを見渡し頷いた。

 

「もし、なにかこの状況から助かる方法があるとしたら教えて欲しいんどすが」

 

 どうでしょう、と促されジェラールは目をつむって考え始める。

 

「――ある。ひとつだけ」

「本当か!?」

 

 ああ、と頷き気まずげにエルザの方に視線をやり、再び目をそらして話し出した。

 

「元々、楽園の塔は聖十大魔導並の素質を持った魔導士の体を融合させて分解し、そしてゼレフの体に再構築する。その予定だった」

「そのための生け贄がエルザはんだったと」

 

 ジェラールは俯きつつ、黙って頷いた。エルザは得心したように頷いた後、少し息をついて顔をあげる。

 

「ならば、融合すれば塔の魔力を制御し、暴発を止められるかもしれないと」

「そのとおりだ。――だが、その役目は、オレがしよう」

「――――!? なにを!?」

 

 ジェラールの言葉にエルザと斑鳩の二人は目を見開く。それを横目にジェラールは拳を握りしめて体を震わす。

 

「これぐらいしか、償う方法がないんだ。オレは今まで多くを騙して人生を縛り付けてきた。エルザ、君も被害者の一人だろう。だから、オレの命をもって解放する」

 

 ジェラールは近くに落ちていたひときわ大きな魔水晶に向かって歩き出す。

 

「この、大バカが!」

 

 エルザはジェラールの背から左肩を掴んで無理矢理振り向かせると、頬に思いっきり張り手を食らわした。あまりの剣幕に無関係の斑鳩が小さく悲鳴をあげる。

 

「そんなことで、償えると思っているのか!? 死に逃げるな! 生きてあがけ! 苦しくても歩き続けるんだ!」

「――エルザ」

 

 呆然としていたジェラールだったが、涙を流すエルザを見て正気に戻る。そして、彼は僅かに微笑んだ。

 

「優しいな、本当に。だが、助かるには誰かが犠牲にならなければならない。なら、適任はオレしかいないだろう」

「だが――」

「――こほん。少し、よろしいどすか?」

「斑鳩?」

 

 咳払いする斑鳩に白熱していたエルザとジェラールが目をやった。

 

「エルザはんもジェラールはんも落ち着いて。口論してる場合ではありまへん。そこで、うちから案がひとつあります」

 

 斑鳩は人差し指をひとつぴんと立てる。

 

「再構築してゼレフを甦らせるのではなく、制御した後、同じ人物を再構築すればいいのでは?」

「なるほど」

 

 エルザは妙案だと頷くが、ジェラールはあまり乗り気ではないようだ。

 

「危険だ。再構築したところで人格も記憶もリセットされて赤子のようになる可能性だってある。オレはゼレフが亡霊として存在しているから肉体を用意するだけのつもりだったんだ」

 

 ジェラールは不可能だと断じる。とっておきの案を否定されて斑鳩はうろたえる。なら、他に方法は――。

 

「ならば、私と斑鳩の二人で分担すればどうだ?」

「エルザ?」

「頭さえ残っていれば、腕でも足でも再構築したって変わらないだろう。だから、二人だ」

 

 なるほど、確かにその通りだと斑鳩は納得するが、ジェラールは相変わらず渋面をつくっている。

 

「確かに、可能性はある。しかし、危険があることには変わらない。それも、二人に危険を……」

 

 ジェラールしか再構築のノウハウがないのだから自然、体の一部を生け贄に捧げるのはエルザと斑鳩の二人になる。それが、ジェラールには許容できない。その意を感じ取ってエルザはため息をはくと、しっかりとジェラールの瞳を見つめて言った。

 

「私たちの命をお前に預ける。お前を信じる。だから、お前も自分を信じろ。これが、償いの道の第一歩だ」

 

 ジェラールはしばし、力強く輝く瞳に魅入る。なんと美しいのだろうか。優しく、気高く、厳しいその心根は。暖かい光に包み込まれるような心地良い錯覚を覚える。ここまで来たらもう――、

 

「――ああ、分かった」

 

 ――やるしかない。

 ジェラールの瞳から迷いが消え、エルザの瞳を強く見返した。その様子にエルザは表情を崩して微笑むと、ジェラールを通り過ぎ、巨大な魔水晶の前に立つ。斑鳩もまた、エルザの横に並び立つ。

 

「まったく、エルザはんはうちの命まで勝手に預けてしまいはるんどすから」

「なんだ、不服だったか?」

「――いいえ、上等どす」

 

 斑鳩はエルザに向かって不敵に笑みを浮かべる。それを受けてエルザもまた笑みを浮かべた。

 

「さあ、やるぞ!」

 

 かけ声とともにエルザと斑鳩は魔水晶にその体を埋め、ジェラールは床に手をついて呪文を唱え始める。エルザと斑鳩は体が溶かされるような気色の悪い感覚に耐え、自我を保ち続ける。ジェラールもまた額に玉のような汗を浮かべて集中し続ける。誰もが極限の中で戦っていた。しかし、諦めるものは一人もいない。各々が全力を尽くしていると、諦めていないと信じているから、己が諦めてたまるかと奮起し希望の火を燃やし続ける。

 

 

 ――全ては、ともに未来を歩むため。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 楽園の塔が閃光とともに弾けた。

 万物を破壊する力の塊は渦を巻き、青白い光の柱が天高く昇る。

 やがて柱は消え去り、跡には何も残されない。

 夜空には月が真円を描き、星々が瞬いていた。

 

 

 

 

 




次回、楽園の塔編エピローグ



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第十九話 それぞれの道

楽園の塔編エピローグです。



「わぁ、かわいい」

 

 町中ではあまり見かけない衣装に身を包み、ルーシィは喜んで顔を綻ばせた。

 

「確かに、なかなか良い服だぜ」

「あんたは着てから言いなさいよ……」

 

 いつのまに、と驚いて上裸になった自分を見下ろしてグレイは驚いた。ルーシィは呆れたように息をつき、ジュビアは顔を赤らめ手で覆う。ただし、指の間から瞳が興味深げに輝いているのは御愛嬌。

 

「ここは集落が全部ギルドになっていて織物の生産も盛んなんですよ」

 

 騒ぐ三人に苦笑しながら少女がギルドの解説をしてくれた。少女の背丈はルーシィよりも随分と低く、歳は十二か十三といった頃合いに見える。藍色の髪を背の中程まで伸ばし、体は華奢だ。少女は名をウェンディといった。

 

「へぇ、そうなんだ。“化猫の宿(ケットシェルター)”か。聞いたことなかったけど、いいとこだね」

「うちのギルド、無名ですからね……」

「あ、そういうつもりで言ったんじゃないの!」

 

 落ち込んだ様子を見せるウェンディに慌ててルーシィが弁明する。

 楽園の塔消滅から明け、二日が経っていた。人里離れた場所に位置するギルド――“化猫の宿”――に関係者の面々が滞在していた。事情は、塔の消滅直後に遡る。

 

 

 

 

 

 ++++++++

 

 

 

 

 

 エーテリオンは渦を巻き、星々が輝く夜空へと吸い込まれるように流れていった。それを、海上のグレイたちはただ呆然と見送った。正気に返ったのはその後、楽園の塔の跡地から近づいてくる人影をとらえての事だった。

 

「おい、あれ!」

 

 最初に声をあげたのは誰だったのか、声をあげた本人すら覚えていない。それほど、全員の意識が人影へと向いていた。影は微かに発光し、ふらふらと飛んで近づいてくる。

 

「な、なんで――」

 

 影が近づき、視認できるほどになると、楽園の塔側の勢力だった面々は目を見開いた。影の正体はジェラール。ジェラールはナツを背負い、両手にぐったりとした斑鳩とエルザを抱え込んでいた。

 

「てめえ、何しやがった。ジェラール!」

 

 ショウが怒りをあらわに叫ぶと何事かとうろたえていた者たちも状況を理解し、全員が身構える。悲しそうに顔を伏せたジェラールに代わって答えたのは、右手に抱えられたエルザだった。

 

「……やめろ、ジェラールはもう敵じゃない」

「でも、姉さん!」

「事情は後で説明する。今は少し、話す余力も無い」

 

 誰もが納得しきれず、不審そうにジェラールをねめつける。その中で、シモンはため息をひとつ吐いてジェラールに歩み寄った。ショウやウォーリーから制止の声がかかるがかまわず、ジェラールの前に立ち、じっとその瞳を覗き込んだ。ジェラールの瞳が不安にゆれる。シモンはもう一度ため息をついてかぶりを振ると、ジェラールの右手に抱えられていたエルザをおぶろうとしゃがみ込む。

 

「一人で三人抱えるのは重いだろ」

「シモン、お前」

「なにも言うな。オレはエルザを信じるだけだ。今までみたいにな」

 

 話は事情を聞いてからだと、シモンはジェラールからエルザを受け取って立ち上がる。シモンは背で小さく呟かれたありがとう、という言葉に鼻をならしただけだった。次いで、カグラがジェラールに歩み寄って斑鳩を背負う。

 

「君は、シモンの……」

「ああ、私はシモンの妹だ」

「君にも、迷惑をかけた」

「……八年間、兄を塔に拘束していたことは思うところがないではないが、そも兄を攫ったのはそなたではない。後は兄やエルザ、仲間たちの問題だ。だから、私に関しては気にするな。斑鳩殿を運んで頂き感謝する」

 

 カグラもまた、斑鳩を背負って立ち上がる。斑鳩はカグラの背でくすりと笑った。

 ジェラールがなにか声をかけようとして言葉に迷っていると、ふいに背が軽くなった。

 

「このバカを運んでもらって悪かったな」

 

 振り返れば、グレイがナツを肩に担いだところだった。

 

「……巻き込んで悪かった」

「ほんとだぜ。いらねえ面倒かけやがって」

 

 吐き捨てるように言うグレイにもう一度ジェラールはすまないと謝った。謝罪をうけてグレイは頭をかいてジェラールから顔をそむけて呟いた。

 

「すまねえと思うならよ、もう、エルザ泣かすんじゃねーぞ」

 

 それで許してやる、と言ってグレイはジェラールから離れていく。進んだ先で、意地悪げに口を歪めたルーシィと青鷺に何かを言われて、顔を赤らめてグレイが怒鳴っている。そばではジュビアがとろけたような瞳でグレイに見とれていた。

 

「――いい、仲間たちだろう」

「ああ、本当にな……」

 

 感慨深げに呟くエルザの言葉が淀むことなくジェラールの胸に落ちた。胸の中のしこりがひとつ消えたような気がする。

 

「……それで、これからどうするんだよ」

 

 アカネビーチに向かい、海上をジュビアの魔法によって移動する中、呟いたのはショウだった。

 

「とりあえず、病院だろ。エルザも斑鳩も怪我が酷い」

 

 グレイが言って、二人に視線をやる。二人ともエーテルナノの浸食によって半身がひび割れたように亀裂が入っていた。意識こそあるものの、大陸有数の屈強な魔導士である二人がまともに身動きできないことからどれほどの痛みが伴うのか想像に難くない。

 

「…………でも、それじゃあジェラールの手当、できないだろ」

「――――」

 

 ジェラールが驚いたようにショウに目をやるが、顔をしかめたまま背けている。言外に話す気はないという意思を表していた。

 

「つってもなあ、しょうがねえから自力で手当てしてもらうしかねえだろ。エルザや斑鳩ほどでもねえんだし」

「ああ、オレもそうするつもりだ。心配はいらない」

「本当にそうか?」

 

 疑問を差し挟んだのはエルザだった。

 

「袖の下を見せてみろ」

「何を――」

「制御のために塔に干渉した際、少しとはいえお前も浸食を受けたはずだ。私たちを抱えたときも脂汗を流していたろう?」

 

 ジェラールは眉をしかめて口ごもる。じっとエルザに見つめられて観念したように袖を引きちぎった。

 

「やはりな」

 

 出てきたのはエルザや斑鳩ほどではないが、エーテルナノの浸食によってひび割れた肌だった。

 

「確かにオレも浸食を受けてはいるが本当に心配はいらない。現にエルザも斑鳩も抱えてきた」

 

 あくまで、ジェラールは自分のことなど構うなと主張する。それに、斑鳩が口を挟んできた。

 

「エーテルナノの浸食なんて普通に生活してたらありえまへん。そこらで売ってるもので手当てできる範囲、超えてると思うんどすが」

 

 なおも納得いかなげにしているジェラールにエルザが窘めるように言った。

 

「いい加減にしろ。ここまで来て自分だけ罰を受けようなど許さんぞ」

「……わかった」

 

 観念したようにジェラールは頷いた。しかし、まだ問題は解決したわけではない。病院に行かずにエーテルナノ浸食の治療を施さなければ無い。話し合うも、なかなか意見は出ない。

 

「実は、ひとつ方法がないわけではないんだ」

 

 言ったのはジェラールだった。

 

「あまり知られてはいないが、“化猫の宿”には天空の滅竜魔導士、天竜のウェンディという者がいると聞く。失われた魔法、治癒魔法が使えるらしい」

「よく知っているな、そんなこと」

「……個人的に滅竜魔導士に興味があってな。評議員で噂を聞けば調べるようにしていた」

 

 なるほど、と全員が頷いた。

 

「直接会ったことは無いが、優しい少女だという。無下に扱われることは無いだろう」

「よし、それしかねえか。それしかねえが」

 

 言って、グレイは胡乱げにジェラールを見やった。

 

「もっと早く言えや」

 

 ジェラール以外の全員が深く頷いた。

 

「…………すまん」

 

 

 

 

 

 ++++++++

 

 

 

 

 

「でも、ウェンディとジェラールが知り合いだなんて驚いちゃった」

「……ジェラールは私のこと、覚えてませんでしたけどね」

 

 言って、ルーシィにウェンディは力なく笑った。

 

「なんでさっきからおめえはそういうことばっか言ってんだよ」

「うう、悪気はないんだ。ごめんね……」

「いいんですよ。もう気にしてませんから」

 

 グレイに注意されてルーシィが謝る。ウェンディは笑顔で答えるが、それが無理矢理作ったものだとは誰の目にも明らかだった。

 

「それにしても、ジェラールって最低ね。こんな小さい娘まで泣かせるなんて」

 

 ルーシィは憤慨したように頬を膨らませた。“化猫の宿”に到着し、なんとかエルザ、斑鳩、ジェラールだけでも治してもらえるように説得しに言ったのだが、当のウェンディがジェラールを見たとたんに泣き出してしまったのだ。

 

 何事かと思って事情を聞けば、以前、天竜グランディーネが姿を消して途方にくれていたウェンディはジェラールに出会い、ともに旅をしたのだという。それがある日、ジェラールはウェンディを“化猫の宿”に置いて行ってしまったのだという。

 

 また会えて嬉しいと言われたジェラールはしかし、困惑したように記憶にないと言う。それによってウェンディはショックを受けてさらに泣いてしまったのだ。

 

「さすがに、あそこまで白い目で見られちゃ可哀想になったけどな」

 

 言って、グレイは思い出したように見振いする。ウェンディを泣かせたうえに、ジェラールは人違いじゃないか、とのたまった。これに特に女性陣からは非難を浴びた。萎れたように身を縮めた姿は、本当にエーテリオン投下などという大事件を起こした人物とは、とてもではないが結びつかなかった。

 

「ナツさん、起きてきませんね」

 

 ふいに呟かれたジュビアの言葉に、皆が視線を開かれた扉の奥、寝ているナツに目をやった。

 

「エーテリオン食べちゃったらしいからね。エルザは毒を食べたに等しいって言ってたし」

「最も、その毒に半身侵されたヤツらは、一日寝ただけでもうピンピンしてるけどな」

 

 呆れたように首をすくめるグレイに、他の面々は苦笑した。グレイの言葉通り、ぐったりしていたはずの二人はウェンディに治癒魔法をかけてもらうと、一晩寝た翌日には元気になっていた。

 

「みんな外に出かけちゃって、ギルドの中は私たちだけだしね」

 

 ギルドの中には寝ているナツとルーシィたちの他に人影はない。ジェラールは早朝から姿が見えず、エルザはかつての仲間たちとどこかへ出かけていった。斑鳩とカグラは青鷺をなかば拉致するようにどこかへ連れて行った。

 

「もう二人。いや、もう二匹いんだろ」

 

 グレイが顎で指した方を見れば、ハッピーがシャルル――ウェンディの相棒の喋る猫――に話しかけてアピールをかけていた。その様子にグレイたちは目を合わせて苦笑した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 “化猫の宿”を形成する集落。背後は切り立った山々に塞がれ、前方は崖によって断絶している。崖下に広がる湖をジェラールは崖の縁に立って眺めていた。

 

「こんなところにいたのか。探したぞ」

 

 背後から聞き覚えのある、凜とした声が聞こえて振り返る。そこにはエルザを先頭に、かつての仲間たちが立ち並んでいた。ジェラールは体が強ばるのを自覚する。

 

「そう緊張するな。落ち着いて話がしたい」

 

 エルザは薄く微笑む。その言葉にジェラールは大きく息をして心を落ち着ける。

 

「事情はもう聞いた。洗脳を受けていたらしいな」

 

 最初に口を開いたのはシモンだった。ジェラールはああ、と小さく頷いた。

 

「だが、洗脳されていたからオレは悪くないなどというつもりはない。オレがお前たちを縛り付けていたのは事実だからな」

 

 ジェラールは自嘲するように笑うと言葉を継ぐ。

 

「今さら、仲間面するつもりはないさ」

「……昔、オレが脱走計画を立案したときのこと、覚えてる?」

「ショウ?」

 

 唐突にショウが話を切り出し、ジェラールは怪訝にショウを見やる。

 

「脱走が失敗して、立案者は誰かと問い詰められたとき、真っ先に名乗り出たのはジェラールだった」

「……もっとも、結局、連れて行かれたのはエルザだがな」

「それでも、オレをかばってくれたのはジェラールだ。オレはジェラールが名乗り出たとき、少し安心したんだ。最低だろ」

 

 ショウは苦笑してジェラールに歩み寄る。

 

「オレはガキだった。いや、今もそうだ。洗脳されたジェラールの言うことを疑いもせずに信じ込んで、騙されてたと分かればジェラールを恨む。主体性なんてひとつもない。そのくせ人のせいにするのは一人前だ。――オレの方がよっぽど、罪深いと思わないか?」

「そんなこと」

「あるんだよ、ジェラール。だから、自分だけが悪いみたいに言うのはやめろよ」

「ショウ」

「オレこそ悪かったんだ。今までごめん」

 

 ショウは頭を下げる。意外だった。ショウは一番、ジェラールに対して憎しみを向けていた。憎まれるのは当然だと思っていたのに、それを謝られるとは思ってもみなかった。

 

「ごめんなさい、ジェラール」

「本当にすまねえ」

 

 ミリアーナとウォーリーも駆け寄ってきて頭を下げた。

 

「ジェラールが洗脳されてたなんて思ってもみなかった」

「仲間の異変に気づけねえなんて、ダンディじゃねえよな」

「お前ら」

 

 両頬を暖かいものが伝う。――まだ、仲間と呼んでくれるのか。

 

「ジェラール、お前がエルザを追い出したことを知って、オレはお前を恨んだ。だけど、本当はお前がそんなことするはずないんだと、信じるべきだったんだ。……すまなかった」

「シモン……」

 

 シモンもジェラールに近づいて頭を下げる。頭を下げた四人に囲まれて、困ったようにエルザを見た。エルザは苦笑して口を開く。

 

「私も、八年間塔に近寄らなかった」

「それは、オレが脅したからで……」

「確かにそうかもしれない。でも、塔に近づくのが恐かったのも否定できない事実だ。どうだ?  お前が一人で背負う必要なんてないだろう。誰か一人が悪いなんてことはない。誰もに落ち度があった。その結果だ」

「…………」

「みんな、頭をあげろ」

 

 エルザの言葉に、四人は頭をあげてジェラールを真っ直ぐに見つめる。

 

「ここから、やり直そう。心から、私たちは仲間なんだと言えるように」

「ああ」

 

 涙が止まらない。足に力が入らず崩れ落ちる。

 

 

 ――全て、失ったと思っていた。

 

 

 みんなが心配したように囲んでくれたのが分かった。まだ、なにも終わってはいないのだ。

 

 

 ――未来がある。それだけのことが、こんなにも嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 集落には点々と木々が生えている。その中に、他の木々の数倍もの大樹があった。崖近くにあるこの樹には梯子がかけられ、上れるようになっている。足場にするには十分すぎる太さを持つ枝は、表面が削られ、展望台のようになっていた。

 

「カグラはんは混ざらなくてよかったんどすか?」

「さすがに、妹というだけであの輪に入ろうとは思いません」

 

 木製の手すりにもたれかかって、斑鳩とカグラは眼下を眺める。エルザたちがなにやら話し込んでいるのが小さく見えた。

 

「……それで、こんなところに連れてきて何の用?」

 

 背後から声を駆けられ二人は振り返る。反対側の縁で、青鷺が手すりに背を預けて訝しげに斑鳩たちを見やっている。やや警戒めに声を固くする青鷺に斑鳩は苦笑した。

 

「青鷺はんとは塔の中であまり接点がありまへんでしたから」

「……ふうん。グレイやショウから話は聞いたはずだけど」

 

 青鷺たち三羽鴉はジェラール側の仲間であったが、ショウたちですら存在を隠されていた。そのため、戦いの場にいたエルザ、グレイ、ショウしか存在を知らなかった。故に“化猫の宿”に向かう道中、説明が為されたのである。

 

「なにか、すごい警戒してはりますなぁ」

「だから言ったじゃないですか……」

 

 青鷺の言葉に距離を感じて斑鳩は肩を落とす。カグラは呆れたように呟くと青鷺に向き直った。

 

「突然、連れ出して悪かったな。つい数日前までは敵同士だった故に警戒するのは分かるが、本当に悪意はないんだ。少し、話を聞いてくれないか?」

「…………」

 

 しばし、青鷺とカグラは見つめ合う。

 

 ――こんな澄んだ目、ギルドじゃ見なかったな。

 

 髑髏会の雑用。それが十数年の生涯のほとんど全てを占めている。青鷺は使用人どころか、奴隷のように扱われた。ギルドのメンバーが青鷺に向ける目は、嘲笑、侮蔑といったものが七割。後の三割は無関心。

 

「……分かった。話を聞こう」

 

 青鷺は顔を背ける。純粋に人を信じられない自分に僅かながら嫌悪を覚えた。

 

「礼を言う。斑鳩殿」

 

 カグラは微笑むと斑鳩に視線をやる。斑鳩は一つ咳払いをすると、話し出す。

 

「青鷺はん、これからどうするか決めてはります?」

「…………」

 

 斑鳩の質問に青鷺は黙り込む。実のところ、先のことは何も考えてはいなかった。髑髏会から解放された喜びに浸り、悩ましいことに関しては後回しにしていたのだ。斑鳩に突きつけられた問題は青鷺の頭を悩ませる。

 

「なにもないということでよろしいどす?」

「……ああ」

 

 青鷺はなんだか恥ずかしくなって俯いた。

 

「なら、うちのギルドに来まへんか?」

「……え?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できずに呆けてしまう。そんな変なことは言ってないはずなんどすが、と斑鳩は頬をかいた。

 

「……いいの?」

 

 青鷺はおずおずと小さく尋ねる。

 

「いいもなにも、青鷺はんほどの魔導士なら是が非でも欲しいもんどす。それに、きっと楽しいどすよ」

 

 斑鳩は優しく微笑んだ。そうか、と青鷺は口の中で呟く。頭の中でたわいもない想像が膨らんで、それだけで幸福を感じた。青鷺が力を求められるのは初めてではない。

 

 ――イカす腕前してんじゃねーか! どうだい、オレたちとロックに殺しをしようぜ!

 

 もっとも、以前は全くときめかなかったが。

 

「……私でよければ、よろしく頼む」

 

 やった、と斑鳩は手を合わせて喜んだ。カグラが歩み寄って手を差し出す。

 

「これからよろしく頼む」

「……うん」

 

 控えめに差し出された青鷺の手をカグラがしっかりと握る。掌から伝わる暖かみが体中に浸透するように感じた。

 

「……そういえば、勧誘ならこんなところに来なくても良かったんじゃ?」

 

 ギルドの建物から大樹までの距離は歩いて数分といったところだ。遠くもないが、わざわざ勧誘するためだけに移動するものかと青鷺は首を傾ける。

 

「“妖精の尻尾”や“化猫の宿”と取り合いになる前に話をつけたかったんどすよ」

「……そう」

 

 “人魚の踵”に来てくれて良かった、と斑鳩は笑う。青鷺はなんだか照れくさくて顔を背ける。誰かに自分という存在が求められるのが、こんなにも嬉しい。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ギルドを形成する集落の中央に位置する広場。そこにエルザたちは帰り支度を済ませて集まっていた。

 

「突然の訪問にも関わらず、受け入れて頂きありがとうございます」

「気にせんでええんじゃよ」

 

 頭を下げるエルザにローバウル――“化猫の宿”のギルドマスター――は笑って答えた。楽園の塔消滅から三日が経ち、ウェンディの治癒の甲斐もあって万全とは言えないものの大分回復していた。

 

「ふん、ウェンディに無茶させて」

「シャルル、失礼だよ」

 

 口を尖らせるシャルルをウェンディが窘める。治癒魔法は魔力を多く消費する。シャルルはウェンディに無茶をさせたのが気に入らないのだ。

 

「だいたい、折角ウェンディががんばったのに知らないってどういうことよ」

「すまない。本当に分からないんだ」

 

 シャルルに睨まれたジェラールは帰還するエルザたちの対面、見送る“化猫の宿”の面々に混じって立っている。

 

「エーテルナノの浸食による記憶障害かもしれん。しばらくはここで療養しろ」

 

 ジェラールは“化猫の宿”に残留することになった。ジェラールとてウェンディを泣かせるのは本意ではない。記憶にないのは本当なのだが、洗脳の影響で八年間の記憶が他人事のように思えることもあって、ジェラールも本当に忘れているのかもしれないと自信がなかった。それに、ジェラールが評議院からどういう扱いを受けているのかも定かではない。“化猫の宿”は森の奥にあり、交通の便も悪い。人目につかないことから様子見のためにかくまってもらう意味もある。

 

「ご迷惑をおかけします」

「いいんじゃよ。その方がウェンディも喜ぶ」

 

 ジェラールは神妙に頭を下げる。

 

「さて、私たちはもう行こう」

 

 名残惜しくも、エルザの一言を皮切りに“化猫の宿”に背を向けて帰途につく。

 

「元気でな」

「また会いましょう!」

 

 互いに再会を祈って言葉をかける。姿が見えなくなるまで声をかけ続けた。

 

「さて、オレたちはここで別れるよ」

 

 森を抜けて町に到着したとき、切り出したのはショウだった。

 

「ここから、オレたちは自由に生きるんだ」

 

 崖の上で語り合い決めたことだ。ジェラールは“化猫の宿”に残って療養し、エルザは“妖精の尻尾”に戻り、ショウたちは自由に旅をする。

 

「折角会えたのにごめんな、カグラ」

 

 そのメンバーの中にはシモンもいる。シモン自身、折角会えたのだから一緒にいるべきだと思ったのだが当のカグラが反対した。

 

「いい、もう生きてるって分かったのだから。私に気にせず好きなようにしてほしい。折角解放されたのに、また縛りつけるつもりなんてない」

 

 そう言って笑うカグラの顔に悲しみはない。幼い頃に生き別れた兄の無事を確認できた。それだけでも奇跡に近い。死に別れるわけではないのだ。また会える。

 

「本当に強くなった」

 

 シモンは寂しそうにしながらも口元を綻ばせた。手を振って笑顔で別れる。

 

「私たちもここでお別れだな」

 

 駅舎で斑鳩たちもエルザたちと別れることとなった。それぞれのギルドは別方向。当然、乗る列車も違う。

 

「二度あることは三度ある。また、仕事が一緒になるかもしれんな」

「ええ、本当に」

 

 エルザが冗談めかして言ったのを斑鳩はなんだか本当にそうなりそうな気がして頷いた。

 

「ナツはんにもよろしく」

 

 そう言って、グレイにおぶられながらいびきをかいて眠っているナツを見る。

 

「結局、目覚まさなかったな。こいつ」

「食事の時は起きるから大丈夫だとは思うんだけどね」

 

 うんざりしたようにグレイとルーシィがため息混じりに呟く。ハッピーも首をすくめて呆れたようだ。くすくすと笑って斑鳩たちは先に到着した“人魚の踵”に向かう列車に乗り込んだ。

 

「……あれだけいたのにもう三人か」

「なんだ、寂しいのか?」

「……別に」

 

 強がる青鷺だったが、声には元気がない。本心は透けるように見えた。

 

「寂しがる必要はありまへん。同じ時、同じ大地に生きてます。それぞれ別の道に進もうと、きっとまた巡り会えますよ」

「……違うって言ってるのに。でも、まあ、うん」

 

 青鷺が俯いて、隠すようにして口元を小さく釣り上げる。それが見えていた斑鳩は苦笑して窓の外に視線を向ける。流れていく景色を眺めながら斑鳩も薄く微笑んだ。

 

 

 

 







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幕間(オリジナル)
第二十話 青鷺怪談


 人魚の踵(マーメイドヒール)のギルドはカフェテリアの形になっている。あちらこちらに小さな魚が泳ぐ水槽が置かれ、心地よい音楽が流れている。訪れた客が直接依頼を持ち込む場合もあるのだ。給仕は特定の誰かがやるという訳ではなく、持ち回りで行っている。斑鳩、カグラ、青鷺は食事の乗ったトレイを持って一つのラウンドテーブルを囲んで座った。

 

「どうだ、ギルドには馴れたか?」

「……そこそこ。けど、私はあれ、しなくていいの?」

 

 青鷺はカウンターの向こう、食事をよそってくれる人の方を見る。

 

「サギはんは今までカフェテリアに来たことなんてないんどすから、もっと世間になれてから、ああいう仕事を手伝ってもらえばいいんどすよ」

 

 笑いかける斑鳩に、青鷺は「でも」とだけ呟いて俯いた。

 

「そんなことをしなくても、お前はもうギルドの一員だ。そんな不安そうにするな」

「……別に、不安そうになんてしてないし」

 

 カグラの言葉に青鷺は口を尖らせて目線をそらす。素直じゃない青鷺に、斑鳩とカグラは苦笑する。

 それからしばらく談笑し、食事が終わる頃、カグラの懐から一枚の紙が取り出された。

 

「それは依頼書どす?」

「ええ」

 

 頷いて広げた依頼書はとある劇団を山奥の村まで護衛する、というものだった。

 

「へえ、うちのお得意様の依頼どすか」

「……お得意様?」

「ああ、この劇団は町に拠点を置いているが、慈善活動で出張してひとけの少ない村で簡単な劇をするんだ。女子だけの劇団ということもあってよくうちのギルドを利用してくれている」

「……ふうん」

 

 それで、と一息ついてカグラは言葉を継いだ。

 

「これをお前の最初の仕事にしようと思ってな」

「…………」

「不服か?」

「……別に。けど、ついに来たかと思って」

 

 青鷺の手が無意識に強く握られる。その様子を見て、カグラが青鷺の頭にぽん、と手を乗せた。

 

「私たちもついている。お前は気負わず好きなように動いてくれればいい」

「……そ」

 

 青鷺は拳に込められていた力を抜いた。様子を見守っていた斑鳩は、なんだか仲の良い姉妹のようだと微笑んだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 町外れで斑鳩たちは劇団と合流した。馬車が何台か並び、いつでも出発できる準備ができている。

 

「本日もよろしくお願いしますね」

 

 そう言って斑鳩たちに頭をさげたのは劇団の長をつとめる妙齢の女性だ。ローナというらしい。どこか、色気の漂う雰囲気を醸し出している。斑鳩とカグラが対応して挨拶を交わすと、「あら」とローナは青鷺の方に目をやった。

 

「初めて会う娘ね」

「……よ、よろしく、お願いします。青鷺です」

「新人なんどす。今日が初仕事なんどすよ」

「まあ、そうなの。よろしくね、青鷺ちゃん」

 

 言って、ローナは柔和な笑みを向ける。青鷺はローナの笑顔に気後れしたように口ごもる。ローナは小さく笑うと斑鳩たちに向き直る。

 

「頼んでおいて言うのもなんですけど、何事もないと良いですね」

「ふふ、危険はない方がいいどすからなあ。護衛に来ておいてなんどすが」

 

 ローナと斑鳩が笑い合う。しばし談笑した後、一行は目的地へ向けて出発した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「……なにも、起こらないね」

 

 出発してしばらく。列の最後尾でカグラと馬を並べていた青鷺はどこか拍子抜けしたように呟いた。

 

「ローナ殿や斑鳩殿も言っていただろう。何事もない方がいい。そもそも、頻繁に襲撃に遭うほど物騒ではない」

 

 隊列は淀みなく進んでいく。先頭を斑鳩、後方をカグラと青鷺が行き、劇団の馬車を挟む形だ。左右の警戒は斑鳩が天之水分の探知範囲を広げることでカバーしている。

 

「……でも、最近は闇ギルドの動きが活発化してるって聞いてるけど」

「ふむ、確かにな」

 

 眉を寄せてカグラが思案げに俯いた。例年、闇ギルドの活動による犯罪行為は少なくないが、それにしても近頃は被害件数が多くなっている。評議院が楽園の塔の一件でほぼ壊滅状態に陥っており、いまだ復興に至っていないのも大きな要因の一つだろう。

 

「髑髏会では何か言ってなかったのか?」

 

 あまりおおっぴらに話して良い内容ではないので、カグラは青鷺に馬を近づけて囁くように尋ねる。

 

「……うんと、あまり詳しくは分からないけど、六魔将軍(オラシオンセイス)傘下のギルドが主に活動しているって話してた気がする」

「六魔将軍か。バラム同盟の一角、何を企んでいるのか」

 

 闇ギルドの最大勢力、バラム同盟。六魔将軍、悪魔の心臓、冥府の門からなり、それぞれが幾つかの直属のギルドを持ち、闇の世界を動かしている。六魔将軍は噂ではたった六人で構成されている。裏を返せばたった六人で闇の最大勢力の一角を担う精鋭集団だ。

 

「なんにせよ、油断は禁物というわけだ」

「……うん」

 

 話し込むうちに、なんだか嫌な予感がしてくる。しかし、嫌な予感とは裏腹に道中は何事もなく進んでいった。あまり気持ちのいい話ではなかったから、単純に気分が沈んでそんな気がしてきているだけかもしれない。村に到着し、そう思っていたとき、それは起こった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「村に入れない!?」

「ええ、本当に申し訳ないんですが……」

 

 言って目を伏せる老人、村長は心苦しそうに謝った。

 

「お手紙には快い返事を頂いたはずですが……。なぜか、お伺いしても?」

「いいえ、それもできません……」

 

 ローナと村長のやりとりを、斑鳩たちは少し離れて聞いていた。ローナはなんとか説得しようと食い下がっているが、村長は頑なに首を横に振り続ける。その様子が本当に申し訳なさそうでローナも強く言えないでいた。やがて、心苦しそうにする村長をいじめているようでローナが耐えられなくなり、諦めて引き返してきた。

 

「ごめんね、みんな。今日は野宿ね」

 

 日は沈み始め、空は赤く染まっている。これから引き返しても、闇の中の行進となり、非常に危険だ。元々、村側から空き家を貸し出してくれると言われていたこともあって、団員は少し残念そうだ。女性しかいないのだから尚更である。とはいえ、いつも空き家を提供してくれる村ばかりではないし、一日では辿りつけない程度の場所まで遠出するのもしばしばであるから、キャンプの道具はそろっているし馴れたものだ。

 

「斑鳩さんたちには夜の見張り、お願いします」

「ええ、もちろん。仕事どすからなあ」

 

 当初の予定になかった夜番をたのむにあたってローナがすまなそうに頭をさげるのに笑って応じる。夜番だって護衛の範疇だ。それこそ、自分たちで夜番をやると言われてしまっては斑鳩たちの立場がない。

 

 斑鳩たちも寝床の準備を済ませ、夜番に臨む。二人が見張り、一人が休む。ローテーションで三時間、一人あたり六時間を担当することになった。

 

「……こういうとき、人数が少ないと不便だね」

「確かに、人がいっぱいいれば休めますからなあ」

 

 最初の担当になった青鷺と斑鳩は火を囲んで座っていた。カグラはテントで休んでいるはずだ。辺りは静まりかえって、生き物の気配一つしない。

 

「……ねえ、斑鳩はどう思う?」

「どうって、村のことどす?」

「……うん」

 

 少し、考えるそぶりを見せ、たいして間を空けずに答えた。

 

「まあ、村長はんの様子からして良くないことが起きているのは確かでしょうなあ」

 

 青鷺も同感だった。村長の様子はおかしい。言葉では拒絶しているのに、声色や仕草は助けを求めるように揺れていた。

 

「……なにが、起こってるんだろ」

「さあ、どうでしょうなあ。何が起きているのか分からない以上、うかつに動くに動けまへんし、劇団の皆さんを守るのが最優先どすからなあ」

「……そうだね」

 

 二人の間に沈黙が落ちる。火がぱちぱちと弾ける音だけが聞こえる。

 

「ちょっと、見回りしてくる」

「いってらっしゃい」

 

 青鷺は一人粛々と歩き回る。斑鳩が起きている間は天之水分を薄く広げて探知だけは行っているようなので、本来見回りは必要ではない。それでも、青鷺が歩くのは頭の中の考えが纏まらないからだ。

 

「……私の魔法、それだけじゃない。暗殺ギルドで磨いた技術を使えば……」

 

 一人、口の中で小さく呟く。忍び込み、何が起きているのか探ってくることはできるだろう。そうするべきだ。そうするべきなのに、勇気が出ない。暗殺者としての技能。それは、青鷺が助かるために誰かを殺すつもりで磨いたものだ。そんな力を使っても、罰が当たって誰も守れずに終わるのではないか。そうなってしまったら、自分は立ち直れるのだろうか。不安ばかりが募る。

 

「……あれ?」

「あら?」

 

 見回っていると、外にたたずむローナを見かけた。

 

「……眠らないの?」

「ちょっと、村がどうなっているのか気になってね。どうしても眠れないのよ」

 

 起きてたところで何ができるわけじゃないけどね、と彼女は笑う。

 

「……ローナ、さんって、いい人だよね」

「青鷺ちゃん?」

 

 不思議そうにローナは首をかしげる。

 

「……わざわざ、お金をもらえる訳でもないのにボランティアで各地を回って、村に入るのを断られて野宿することになったのに、村の方を心配してさ」

「ああ、なるほどね」

 

 ううん、と少しうなってローナは言葉を継ぐ。

 

「私は特別いい人だとは思わないけどなあ」

「……そんなことない」

 

 少なくとも、自分よりは。

 

「いいや、そんなことあるんだよ。私だって聖人じゃないからね。極限に迫られたら自分を優先すると思うよ。余裕があるからできるんだ」

「……余裕があっても、助けることができるのに、やらない人はたくさんいる」

「あはは、確かにね」

 

 ローナは笑って、懐かしそうに目を細める。

 

「私もそうだったからねえ」

「……そうなの?」

 

 少し、意外だった。

 

「私だって、最初からこういうこと、できてたわけじゃないんだ。でも、私はなれたから」

「……なれた?」

「そう、人に手を貸すのにね」

 

 青鷺にはよく、理解できなかった。頭を悩ませていると、ローナが苦笑して座る。彼女は青鷺にも座るように促した。勧められるままにローナの隣に座り込むと彼女は話し出す。

 

「昔ね、町の通りで気分が悪そうに蹲っている人がいたの。どうしたんだろう、って心配になったけど、私は動くことができなかった。固まっちゃったのよ。周りにも人はいたけど、私と同じで動くことができなかった。助けを呼んだ方が良いんじゃないかとかひそひそ話す人はいたけれど、そうこうしているうちにどんどん時間が過ぎていった。そこに、一人出てきてね、蹲る人を介抱して、私はほっとしたんだけど、その人は周りで固まる私たちに言ったの。お前たちには人を助けようと思うこともできないのか、ってさ」

 

 ローナは照れたように頬をかく。

 

「そのときはむっとしちゃってさ。私だって助けようと思ったんだ、って。それで、次に町で重そうな荷物を持っているおばあちゃんがいたから、持ってあげようと思ったんだけど、いざ声をかけようとすると怖じ気ついちゃって声かけられなかったんだ。情けないけどね。何回もそんなことを繰り返して、一月したころ、ようやく道に迷ったようにしている人に声をかけることができたの。それから――」

「……それから?」

 

 言葉をきって、ローナは青鷺の瞳をみつめて笑った。

 

「私は迷わずに困っている人に声をかけられるようになったんだ」

「……それが、なれたってこと?」

 

 そう、とローナは頷いた。

 

「人ってさ、新しいこと、未知のことをするのに拒否反応を起こしちゃうのよ。困っている人が目の前にいてもね。かわいそうだと思っても未知に踏み出す勇気が出ない」

「……勇気」

「そうよ。話で蹲っている人を誰も助けてくれなかったんだって聞いて、誰もが酷いことだと思うでしょう。誰にも善意はあるからね。でも、実際にその場に居合わせたら行動できる人って少ないと思うんだ。それを偽善だとかいう人はいるけど、私はそういう問題じゃないと思うんだ」

「……その善意を行動に移せる勇気があるかどうか」

「そういうこと。そして、一歩目を踏み出すとね、二歩目を踏み出すのはもっと簡単なの。三歩四歩と踏み出していけば、すぐになれて自然に歩けるようになってるの。私はそうして、困っている人に声をかけるのになれて、自分からボランティアをするようになったんだ」

 

 青鷺は空を仰ぐ。星が綺麗に瞬いていた。

 

「……私にも、踏み出せるかな」

「もちろんよ」

 

 笑顔のローナにつられて、青鷺の口元も自然と綻んだ。青鷺はすくりと立ち上がる。

 

「行くの?」

 

 ローナが尋ねる。どこに、とは聞かない。

 

「……うん。話、聞かせてくれてありがとう」

「気をつけてね」

「……大丈夫」

 

 それから青鷺は斑鳩の所へと戻る。心がはやってかけだした。斑鳩は変わらず火に当たっている。

 

「……その、話があるんだけど」

「そうどすか、好きにするといいと思いますよ」

「……え?」

 

 息をきらせてつめよる青鷺に、斑鳩はなにかを聞くことなく答えた。それが予想外だったのか、目を白黒させる青鷺に笑いかける。

 

「最初に言ったでしょう。うちらがついているから、サギはんは好きなように動くと良いって。護衛はうちに任せなさい」

「……ありがとう!」

 

 青鷺は礼を言うと、背を向けて村の方に走っていった。やがて、闇の中に姿を見ることができなくなると、斑鳩は小さく呟く。

 

「さすがどす。うちはまだ、乗り越えられそうにありまへんなあ」

 

 その呟きを拾った者は誰もいない。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 青鷺は気配を殺して村に近づく。村に入る道には柄の悪い男が立っている。そのため、迂回して藪の中、道なき道を進む。風に鳴る木々の音に紛れ、時には短距離転移を使いながら誰にも気づかれずに村に入る。村の中にも見回りはいて、五人を確認した。多くはない家屋のほとんどが真っ暗に沈黙している中、一軒だけ明かりが灯り、賑やいでいた。

 

「……村長宅か?」

 

 その家は村の中でも一際大きい。自然、誰の家かは特定できる。家の周囲にも柄の悪い男が二人たむろしている。音もなく近づき耳を立てる。

 

「くそっ! 羨ましいぜ。みんなして騒ぎやがって!」

「ほんとだよなあ。こんな村で見張りなんて意味ないっつーの」

「あーあ、オレも女の子にちょっかいかけてえぜ。こんな村でも可愛い娘の二、三人はいるもんなんだなあ」

「匿われてたっていう新しい娘も可愛かったな」

「くう、あの尻をなでてえぜ」

「バカか、お前。あの胸だろ」

 

 会話からおそらく村人ではない。間違いなく今回の入村拒否に関わるだろう。男たちは娘の話から猥談に移行したので、ゴミを見る目で一瞥した後は屋敷の中に潜入した。転移で屋根裏に潜り込んで耳を澄ます。

 

「おいおい、嬢ちゃん。こっちにもついでくれよ」

「ちょ、や、やめてください!」

「ああん、口答えすんじゃねえよ!」

 

 小さな悲鳴と誰かが倒れ込む音が聞こえる。青鷺の頭の中に髑髏会で下働きしていたころの記憶が思い起こされて暗い感情が浮かぶがすぐに振り切って他にも情報が手に入らないか耳を澄ます。

 

「まったくよお、やってられっかってんだ!」

 

 すると、野太い声とともに食器が台に叩きつけた音がする。

 

「急に上納金増やしやがってよお。払えるかってんだ。何様だよ、全く」

「何様って、六魔将軍だからなあ」

「ああん!?」

 

 六魔将軍、確かにそう聞こえた。昼間、カグラと話していたが、本当に闇ギルドに出くわすとは。話を聞く限り、六魔将軍への上納金が払えず、報復を恐れて逃げてきたらしい。なるほど、こんな辺境にいるのにも頷ける。

 

 声の聞こえる場所からだいたいの位置関係を把握し、見つかり難いだろう天井の一カ所に短刀で小さく穴を空けて覗き込む。下には飲んだくれる男が十二人、若い娘が三人。屋敷の中には他にも気配がある。屋敷の奥の小さな一室、一人の見張りが立つその部屋に老夫妻が震えながら縮こまっている。男の方は村長のようだ。さらに、家の庭では八人ほどが騒いでいる。

 

 これで、全ての情報が出そろった。村に入る道に二人、村内の見回りに五人、村長宅前の見張りに三人、宅内で飲んでいるのが十二人、村長たちの見張りが一人、庭で騒ぐのが八人の計三十一人を倒し、村長夫妻と若い娘のうち二人の計四人を助ければ良いのだ。客観的に見れば青鷺一人で挑むのは無謀に見える。しかし、忘れてはならない。青鷺は若干十四歳で三羽鴉に抜擢された天才である。これが無謀な行為だなどと、青鷺の頭の中には微塵もない。

 

 

 

 男たちは道をふさぐように座り込んでいた。貧乏くじを引いて見張りをさせられている二人は眠たげにあくびをする。どっかの劇団が来たとかで警戒するように言われている。なんでも護衛に魔導士が三人ほどついているとか。しかし、たった三人で何ができるというのか。この村にギルドメンバー全員が集まっている以上、気にする必要もないことだろう。実際、命令したギルドマスターもそこまで重要視しているようではなかった。

 

「おい、誰か来たぞ」

 

 見張りの相方の声に道の先に目をやると、誰かが近づいてくる。月明かりに照らされるその姿は小さな少女のようだ。みすぼらしい服装からして村人のようだ。一瞬、欲望が覗くがすぐに引っ込む。近づいてくるほどに違和感が増す。村の道路は舗装されておらず、荒れているというほどではないが、良い状態とは言えない。辺りには虫の鳴き声が響くものの、静かと言って良い。だというのに、足音一つ聞こえない。

 

「ひっ」

 

 隣に立つ相方の息を呑む声が聞こえる。同じ考えに至ったのだろう。

 

「落ち着け、お化けなんてもんがでるわけないだろ」

 

 と言おうとして、喉が張り付いて声にならないのに気づく。冷や汗が頬を伝って落ちる。隣に目配せをする。幽霊じゃない可能性だってあるのだから、見張りである以上、通すわけにはいかない。合図とともに、勢いで恐怖を隠して跳びかかろうとしたその瞬間、少女の姿が忽然と消える。

 

「――――」

 

 体全体が金縛りに遭ったように動かない。瞬きすら忘れておぼつかない呼吸をしていると、首に冷たい手が触れる。心臓が破裂せんばかりに跳ね上がった。

 

「……おやすみ」

 

 その声を最後に、二人の意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 男は悄然と道を歩いていた。村人が抜け出して助けを呼びに行かないように、とのことだがそんな必要があるのか男には理解できない。占拠した当日に見せしめもかねて突っかかってきた若い男衆をえげつないほどに痛めつけてやって村人には反抗する気はないように見える。見せしめはギルドメンバーの男でも吐き気を催したほどだ。それも仕方のないことだろう。

 

「なんだ?」

 

 ふと、道ばたに蹲る少女を見つける。子供、というにはやや育っている。蹲って顔は見えないが、月明かりに照らされた綺麗な髪に、白い肌。さも美しそうな少女だ。だとしたら、村長宅に呼ばれそうな者だが。そもそも、こんな夜に子供ひとりで道ばたに蹲っているなんて普通じゃない。侵入者なら道を見張っているヤツらが報告をよこさないのもおかしいし、脇から侵入してきたにしても、みすぼらしい格好で道ばたに蹲る理由がない。

 

「お、おい」

 

 合点がいかなすぎて、僅かに恐怖を抱きながら少女に声をかける。少女はひたすらに「痛いよう痛いよう」と訴え続ける。

 

「何が痛いんだ」

 

 尋ねても「痛いよう痛いよう」と少女は唱え続ける。いよいよ不気味になって、いけないとは思いつつもこんな奴が脅威になるはずがないと言い訳じみたことを思って少女を放って先に進むことにした。しかし、前の方十メートルほどにまた少女の姿が見える。驚いて後ろを振り返ればそこに少女の姿はなかった。おそるおそる再び振り返る。しかし、恐怖とは裏腹に前方に見えていた少女は消えていた。きっと見間違いだ、さっきの少女も自分の家に帰っただけなんだとほっとする。安心してため息とともに視線を下に落とせば、そこには少女が蹲っていた。

 

「ひい――」

 

 驚きのあまり腰が抜けてへたり込む。立つこともできずに男は少女から逃げるように必死に這う。すると、背後からざっざっ、という足音とともに「痛いよう痛いよう」と声が追ってくる。後ろを振り返らずに必死に這う。しかし、しだいに足音は近づき、ずしりと何かが這いつくばる男の背に乗った。

 

「――――!」

 

 声にならない悲鳴をあげてあがく男の首筋に冷たい手が触れ、心臓が破裂しそうなほどに跳ね上がる。

 

「……これで五人」

 

 少女が何かを呟くと同時に男の意識は暗闇へと落ちていく。少女の呟きは半狂乱の男には聞き取れなかった。

 

 

 

 村長宅前、二人の見張りは猥談に興じていた。やれ、尻がいいだの、足がいいだの。茶髪でショートの娘がいいだの、黒髪のロングの娘がいいだの。そんな話をして時間を潰していた。バカ騒ぎに混じれないのがバカ話をするのも悪くない。

 

「おててつなご」

 

 突然、一人の男の袖が引っ張られる。そこに立つ少女を見て唖然とする。たった今まで男たちは二人しかいなかった。誰かが近づいてきた気配もない。唐突に、少女は現れた。少女は可憐な顔ににこにこと笑みを浮かべている。平時なら見とれていたであろうそれは、あまりに状況にそぐわなくて、男たちの思考を停止させるのに十分だった。村人が好意的に接してくれるはずがないし、何よりこんな少女、男たちは村の中で一度たりとも見たことがない。

 

「おててつなご」

 

 相変わらず、にこにこと不気味な笑みを浮かべて少女が男の袖を引く。袖を引かれる男が涙を浮かべて仲間を見るが、仲間は顔を引きつらせるばかりで役に立たない。

 

「おててつなご」

 

 あいかわらず、にこにこと笑顔で袖を引っ張っていた手を男の手に絡めた。男が心臓が破裂しそうなほど驚いたが息が詰まって声が出ない。少女の手を振り払うのも恐くてできない。

 

「おててつなご」

 

 少女は反対の手をもう一方の男に差し出した。反射的に男は一歩後ずさるが手を握られている男に捕まれて踏みとどまる。一人だけ逃げることは許さないとばかりに睨まれ、しかたなく、にこにこと笑顔を浮かべる少女の手を恐る恐る握った。瞬間、男たちは宙に浮いていた。突如として浮遊感に包まれ、叫ぶより早く男たちは地面に頭を打って気絶した。

 

 

 

 男たちは庭に机と椅子を出し、家からの明かりと月や星々の明かりを頼りに酒を酌み交わして大いに賑わっていた。すると、庭奥の藪から、家の中に戻るのは面倒くさいと用をたしに行った男がおぼつかない足取りで戻ってきた。誰かが飲み過ぎだと冷やかすが、その男は「違う」と首を横に振る。聞けば、幽霊が出たという。話を聞いていた男たちはなんだと呆れたが、肝試しもおもしろいと盛り上がる。戻ってきた男だけは止めたがそんなことは気にせず、ずかずかと男たちは藪の中に入っていった。

 

 その中、一人の男は入ってすぐに後悔していた。藪の中には虫もいるし、草葉がちくちくと刺さってかゆい。俺は先に帰るぞ、と叫んで引き返そうとして違和感に足を止める。周囲に人の気配がしない。冗談はよしてくれ、と内心つぶやくと、どこからか歌声がしてくるのが聞こえる。歌詞は聴き取れないし、聞き覚えもない。童謡の様な不気味な歌。背後、目に見えない場所が恐くて首を必死にふって周囲を見渡す。急に、男の背に何かが負ぶさった。童謡が耳元で聞こえる。冷たい手が首に触れ、そのまま男は意識を失った。

 

 仲間が帰ってこない。一人庭に残った男は震えていた。それなりの時間が経つのにいっこうに戻らない。かといって、中で飲んでいるギルドマスターたちに幽霊にやられたなんて言ったところで呆れられて殴られるのは目に見えている。しかたなく、再び藪の中に入っていく。おおい、と気弱に呼びかけるが反応はない。いいや、反応はあった。童謡が聞こえてきた。元々、気弱な男はそれだけで地面にへたり込む。這って逃げようとしたら、背に何かがのしかかった。童謡が頭上から聞こえる。恐怖のあまり、男は意識を手放した。

 

 

 

 男は部屋の中でびくびくと震える村長夫妻を監視していた。早く眠ってしまえば良いものを恐怖からかいっこうに眠ろうとしない。おかげで男もまた監視に気を張っていなければならない。ふと、部屋の隅に蹲る少女を見つけた。唖然としていると、村長夫妻もそれを見つけたのか小さく悲鳴をあげて後ずさった。その様子から夫妻も知らないようだ。当然、男も知らない。まさか、幽霊かと思うがそんなものいるわけないと頭を振ると恐る恐る少女に近づく。おい、声をかけても反応しない。しかたなしに、つついてみるが反応しない。なんどつついても反応しないので、今度は肩を揺すってみる。しかし、それでも反応しない。だんだんと恐怖はいらだちに変わり、「おい!」と力強く肩を引いたその瞬間、少女が男に跳びかかった。男は絶叫を上げて気絶した。

 

 

 

「何事だ!」

 

 突如響き渡った悲鳴に宅内で飲んでいたギルドマスターは杯を机に叩きつけて立ち上がる。まさか、侵入者か。見張りは何をしていたんだと苛立ちながら、三人ほどを残して声のした方向、村長夫妻の部屋に駆けつける。戸を蹴り破るようにして中に入れば、村長夫妻の姿は見当たらない。見張りに置いていた一人が泡を吹いて倒れていた。

 

「マスター、こいつ起きませんぜ」

 

 一人の男が揺すったりといろいろしてみるが、男は何一つ反応を起こさない。そこで一つ違和感を覚える。悲鳴はかなりの大きさだったのに、庭から誰も駆けつけてこない。

 

「まさか」

 

 嫌な予感を覚えて庭に出るとそこは閑散としていた。その光景を前に戦慄を隠せない。八人もいた仲間を交戦した痕跡すら残さずに消すなど、一体どうしたらそんな所行ができるのか。

 

「お、お頭……」

「なんだ」

 

 震えた声音で話しかける男に訝しげに目をやると、顔を真っ青にして庭に出てきた戸を見つめている。

 

「フランクとジョンが、オレの後ろを走っていたはずの二人がいません!」

「なんだと!」

 

 言われて人数を数える。十二人で飲んでいて三人を置いてきた。部屋を出てきたのは九人のはずなのに七人しかいない。

 

「どこだ! どこにいる!」

 

 間違いなく刺客がいる。それも、かなりの凄腕だ。

 

「背を預けろ! 死角をつくるな!」

 

 七人は背を向けて円を作る。全員に緊張が走る。どこからくるのか、息を呑んで待っていると、ギルドマスターは背後でどさどさと人が倒れる音を聞いた。驚いて振り返り、さらに驚きに口を開く。七人のうち四人を一斉に倒し、少女が立っている。驚いたのは刺客が少女だからではなく、少女が立っていたのが円の内側だったからだ。

 

「オレを守れえ!」

 

 まだ残っていた二人に命じてギルドマスターは屋敷の中に駆け込んでいく。後ろで刃を交わす音を聞きながら転がり込んで元の部屋へとたどり着く。そこにはまだ三人仲間がいる。それに、人質になりそうな小娘が三人。まだ、助かる道はあるはずだと部屋の扉を開いたその先に信じられない光景が広がっていた。

 

「なにが、起こって……」

 

 三人の仲間が倒れ込み、その中央に小娘が一人立っている。まるで、その娘が倒したとでも言うかのように。

 

「……ほんと、なにやってんだか。見つけたときは驚いた」

 

 背後から少女の声が聞こえる。振り向くと同時に腹部に強い衝撃を感じて倒れ込んだ。

 

「出発前に言っただろう。私たちがついていると」

「……二人して性格悪い」

 

 不満げに口をとがらす青鷺にカグラは悪戯が成功したとでも言わんばかりに口元を釣り上げる。二人がのんきに話していると蹲るギルドマスターが憎悪を込めて叫びだす。

 

「てめえら、調子に乗ってられんのも今のうちだぞ! 昼間のうちにオレたちの別働隊が迂回しててめえらの背後をとってたんだよ! 今頃劇団のヤツらは皆殺しだろうぜ!」

 

 ありったけの負け惜しみを込めて哄笑する男にカグラと青鷺の反応は淡泊だった。

 

「……ふうん」

「それがどうかしたか」

「それがどうしたって、強がんじゃねえ。てめえらが三人しかいねえのは知ってんだ。戦力をこっちに集中させて、向こうが無事に済むとでも思ってんのか」

 

 ああ、と二人は得心したように頷いた。

 

「……少し、勘違いしてる」

「私たちはこちらに戦力を集中させた覚えはない。余剰な戦力を割いただけだ」

 

 ギルドマスターが二人の言葉を理解するのには少し、時間がかかった。

 

 

 

「うう、寂しい。カグラはんもサギはんも、早く戻ってこないかなあ」

 

 斑鳩は焚き火に当たりながら呟いた。劇団員のテントは静まりかえり、起きているのは斑鳩だけだ。青鷺が出発前、最後に見た光景と変わらない。ただ一点、斑鳩のそばに縛り上げられた男たちが積み上げられているのを除けば。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 明けて翌日、闇ギルドの連中は全員縛り上げられて、町から呼ばれた兵士に連れて行かれた。村では開放を大いに喜び、祝宴が開かれている。演劇も行われ、宴をさらに盛り上げている。

 

「……正直、昨日より疲れた」

「しかたありまへんよ」

 

 演劇を遠目に見ながら、うんざりしたように呟く青鷺に斑鳩は苦笑する。青鷺は闇ギルドを退治してくれた英雄として歓待を受けた。ひっきりなしにやってきてはお礼を言ったり、礼の品をくれたりと休む暇がないほどだった。ようやく一段落し、人混みを外れて休んでいるのだ。

 

「そんなことを言って、まんざらでもなさそうだったではないか」

「……そんなことはない。だいたい、カグラだって戦ったのになんで全部私に押しつけるの」

「押しつけるも何も、ほとんど私は何もしてないだろう」

 

 そういえば、と斑鳩がなにかを思い出したように声をあげる。

 

「捕まった連中の大半が、幽霊がどうとか言ってましたけど、何かあったんどす?」

 

 闇ギルドの連中は兵士に連れられていくとき、驚くほどに従順だった。むしろ自分から進んで捕えられていくほどだ。兵士は不思議なこともあるものだ、と首を捻っていた。

 

「……ああ、それは私が襲撃するときに幽霊のふりをしたから」

「幽霊のふり? どうしてまた」

 

 なんでそんなことをするのかよく分からなくて斑鳩は首を捻る。

 

「……そんなにバカにしたものじゃない。この村みたいに遮蔽物が全然ないと転移して不意打ちをかけられる距離に入るまでに見つかる可能性が高い。幽霊だって思わせれば、戦闘せずに近づける。そうでなくても、勝手に緊張したり、戦う意欲をなくしてくれるから無駄な労力を使わずに制圧できる」

「でも、驚いて声をあげられたらばれまへんか?」

「……そこは調整できる。突発的に驚かせれば悲鳴をあげるけど、じわじわと恐怖心を抱かせれば緊張して息が詰まる。失敗したとしても、刺客が来たって確定するより、幽霊騒ぎでもしかしたら刺客かもって思われる方がまだ警戒は少ない」

「お前、髑髏会では仕事をしてないんじゃなかったのか?」

「……うん。これはギルドの嫌なヤツを驚かして、うさばらしして磨いた。さすがに直接危害を加えるとばれるかもしれないから、驚かせただけだけど」

「……恐ろしいヤツだな」

 

 得意げに語る青鷺に、カグラは呆れたように呟いた。斑鳩もまた、苦笑いを浮かべている。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さらに翌日、斑鳩たちはギルドへと帰還した。帰り道はこれといって問題はなく、進むことができた。劇団と別れる際には、いつの間にか仲良くなっていたのか、ローナが青鷺を家に招待しているようだった。

 

「ふう、帰ってきたぁ」

 

 ギルドを目前に、ようやくといった風に斑鳩は言葉を漏らす。ギルドの入り口をくぐり、依頼達成の報告を行い、帰ろうとしたところで三人はリズリーに呼び止められた。

 

「お客さんが来てるよ。あんたらに用があるんだってさ」

「うちらに?」

 

 斑鳩たちは顔を見合わせて首をかしげる。斑鳩とカグラならともかく、ギルドに入ったばかりの青鷺を含めた三人となると心当たりはない。青鷺とカグラも同様のようだ。不思議に思いながら客の待っているという席に向かうと、覆面で顔を隠した男が一人。いよいよ怪しいと思いながら席に着く。

 

「うちが斑鳩ど――」

「いい、知っている」

 

 自己紹介を始めようとしたその声を男が遮る。その声を聞いて、全員が驚きに目を見開く。

 

「少し、頼みたいことがあるんだ」

 

 言って、斑鳩たちだけに見えるようにさらした顔は忘れるはずもない、つい最近、知り合った男のものだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 斑鳩たちが帰還するより少し前。

 地方ギルド定例会において、妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケットシェルター)の四ギルド選抜メンバーによる連合が、“六魔将軍”を討伐することが決定された。

 

 



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六魔将軍編
第二十一話 黒光の柱


「その六魔将軍(オラシオンセイス)じゃがな、ワシらが討つことになった」

 

 ギルドマスター、マカロフから妖精の尻尾の面々に、その事実が伝えられたのはつい先日のことだ。

 地方ギルド定例会において、六魔将軍がなんらかの動きを見せており、無視はできないということになった。しかし、敵は強大。妖精の尻尾だけで戦ってはいずれ、バラム同盟から妖精の尻尾だけが狙われることになる。

 故に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケットシェルター)、四ギルド選抜メンバーによる連合が組まれることになったのである。

 

「なんでこんな作戦にあたしが参加することになったの……」

 

 馬車に揺られながら、ルーシィが頭を抱えて呟いた。血の気が引いたように顔を青くしている。

 馬車は現在、連合の集合地となる場所へと向かっていた。集合場所はワース樹海近辺に建つ、青い天馬のマスターボブが所有する別荘だと聞いている。

 

「オレだってめんどくせーんだ。ぶーぶー言うな」

「マスターの人選だ。私たちはその期待に応えるべきではないのか」

 

 グレイとエルザが宥めるが、ルーシィは不満そうに口を尖らせる。ナツは相変わらず乗り物酔いに悩まされていた。

 

「バトルならジュビアやガジルがいるじゃない」

「二人とも別の仕事が入っちゃったからね」

「結局、いつものメンバーなのよね……」

 

 疑問をハッピーに解決され、これ以上不満を言うこともなくなったルーシィはため息をつく。そんな様子を見て、エルザが苦笑する。

 

「その方がいいだろう? 今日は他のギルドとの合同作戦。まずはギルド内の連携がとれていることが大切だ」

「連携ねえ。人魚の踵がいれば、まだ少しは勝手が分かったんだけどね」

「そういえば、今回はあいつら一緒じゃねーのか。最近よく一緒だったから今回も一緒だと思ったんだがな」

 

 グレイが思い出したように言った。

 

「今回は相手が相手だからな。ギルドマスターが後々狙われるのを恐れたのか、大切なギルドメンバーを失うことを恐れたのか、他の理由があるのかは知らんが望まないのらば、強制するわけにもいかなかったのだろう。それに、カグラはともかく、斑鳩はようやく最近噂されるようになった程度な上、青鷺はギルドに入ったばかりだ。強く勧める者もいなかったのかもしれないな」

「でも、もったいないよね。斑鳩はエルザと互角だし、カグラちゃんも一人で三羽鴉の一人を倒しちゃったんでしょ。青鷺って娘に至っては元三羽鴉でグレイに勝ったらしいじゃない」

「負けてねーよ!」

「でも、ショウって人と二対一だったんでしょ? そのくせ腕折られてたじゃない」

「ぐ……、次は絶対勝つ」

 

 これが終わったらリベンジに行くか、とグレイがなにやら物騒なことを呟き始める。呆れたようにルーシィがグレイを見ていると、ハッピーが馬車の窓から顔を出しながら声をあげた。

 

「見えてきたよ。集合場所だ」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ワース樹海を一望できる小高い岩山の上。そこに、六つの人影があった。

 

「聴こえるぞ。光の崩れる音が」

 

 その中の一人、赤褐色の髪を逆立たせ、紫色の大蛇を体に纏わり付かせた男が言う。

 

「気が早えな、コブラ。まあ、速え事はいいことだ」

「ここに例の魔法が隠されているんだぜ、レーサー」

 

 サングラスをかけた男、レーサーがコブラに話しかける。

 

「暗黒をもたらし、全ての光を崩す魔法デスネ」

「ニルヴァーナ」

 

 追従するように角張った大柄な男、ホットアイと白い羽のついた衣装に身を包む女、エンジェルが口に出す。

 

「伝説の魔法がついに我々たちの手に」

 

 髑髏の杖を手にする褐色の男、ブレインが前方のワース樹海を眺めやる。会話に加わらず、宙に浮かぶ絨毯の上で眠っている男、ミッドナイトを加えたこの者たちこそが六魔将軍(オラシオンセイス)。闇の最大勢力その一角。

 

「そんなに期待していいもんなのかい? ニルヴァーナって魔法は」

「見よ」

 

 疑うようなレーサーにブレインが杖で樹海の奥を指し示す。

 

「大地が死に始めている。ニルヴァーナが近くにあるというだけでな」

 

 示された方向、その奥では暗黒の瘴気が立ち上っていた。

 

「はっ、これは期待できんじゃねーか。探すのがちとめんどうだがよ」

 

 コブラはおもしろそうだと口を釣り上げる。

 

「そればかりは仕方がない。ジェラールが生きていれば楽だったのだがな」

「元評議院なら封印場所を知っているに違いないデスネ」

「とっとと連れてくればよかったのに。探すのめんどくさいゾ」

 

 不満げに口をとがらしてエンジェルは不平を呟く。

 

「楽園の塔には悪魔の心臓(グリモアハート)の女が関わっていたからな。面倒な諍いはおこすわけにはいかぬ。そんなことより」

 

 ブレインはエンジェルの方を向いて邪悪に微笑む。

 

「正規ギルドのやつらになにやらかぎつけられたようだ。蛆虫どもに身の程を教えてやらねばならんと思わんか」

「――わかったゾ」

 

 エンジェルもまた、意を得たと邪悪に笑った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「妖精の尻尾のみなさん、お待ちしておりました」

 

 集合地に到着した妖精の尻尾の面々を出迎えたのは、青い天馬のトライメンズと名乗る三人の魔導士だった。スーツを着込み、ホストのような雰囲気だ。三人はそれぞれ、毛色は違えど、かなりの美形だ。

 

「こっちはだめだぁ……」

 

 三人を前に、ルーシィはグレイとナツを見て苦笑する。ナツはいまだに乗り物酔いでぐったりとしているし、グレイはまた服を脱いでいる。

 

「さあ、こちらへ」

 

 勧められ、エルザとルーシィは用意されていたソファに腰を下ろす。放置されてグレイはいらついたように眉をしかめた。

 

「今回はよろしく頼む。皆で力を合わせて――」

「かわいいっ!」

 

 エルザの声を遮り、トライメンズの中でも最も若く、少年といった風貌のイヴが声をあげる。

 

「その表情がすてきだよ。僕、ずっと憧れてたんだ」

 

 甘えるように言うイヴにエルザはあっけにとられている。隣ではルーシィに褐色肌の青年がルーシィにドリンクを差し出した。

 

「べ、別にお前のために作ったんじゃないからな」

「ツンデレ!?」

「さあ、長旅でお疲れでしょう。今夜は僕たちと」

「「「フォーエバー」」」

 

 リーダー格であろうヒビキに合わせて声をそろえる三人に、エルザとルーシィが対応に困っていると、階段の上から甘い声が降りてくる。

 

「一夜様」

「一夜?」

 

 トライメンズの口に出したその名にエルザが反応する。

 

「久しぶりだね、エルザさん」

「ま、まさかおまえが参加しているとは……」

「会いたかったよ、マイハニー。あなたの為の一夜でぇす」

 

 現したその姿は、小太りで身長が低い割には頭が大きく、顎先は二つに割れている。トライメンズに比べて、容姿はずいぶんと劣っている。

 

 エルザは冷や汗を流して引いていた。トライメンズに一夜の彼女と勘違いされかけて全力で否定している。

 

「君たちのことは聞いているよ。エルザさんにルーシィさん、その他……」

「おい」

「むっ!」

 

 一夜の言い方にグレイが口を挟むが、一夜はそれをスルーし、ルーシィに近づいてくんくんとにおいを嗅いだ。

 

「いい香り(パルファム)だ」

「キモいんですけど……」

「スマン、私もこいつは苦手なんだ。すごい魔導士ではあるんだが」

 

 鳥肌をたてながら自分を抱くようにして怯えるルーシィにエルザが困り顔でフォローする。

 

「青い天馬のクソイケメンども、あまりうちの姫様方いちょっかい出さねーでくれねーか」

「あ、帰っていいよ、男は」

「お疲れ様っしたー」

「おいおい」

 

 これ以上はがまんできないとグレイは苛立ちをあらわにする。

 

「こんな色モンよこしやがって、やる気あんのかよ」

「試してみるか?」

「僕たちは強いよ?」

 

 対する青い天馬も好戦的だ。乗り物酔いに悩まされていたナツは戦いの臭いをかぎつけて復活する。

 

「やめないか、おまえたち!」

「エルザさん、相変わらず素敵なパルファムですね」

「――! 近寄るな!」

 

 止めに入ったエルザだが、一夜に首筋をかがれ殴ってしまう。殴られた一夜は別荘の玄関口にまで吹き飛ばされる。

 

「こりゃあ、随分なご挨拶だな。貴様らは蛇姫の鱗上等か?」

 

 そこに、入ってきた人影が一夜を受け止め、そのまま氷づけにしてしまう。

 

「リオン!?」

「グレイ!?」

 

 その姿を見てグレイは驚き、相手、リオンも驚いたようにグレイの名を呼んだ。

 

「フン」

「――! 何しやがる!」

「先にやったのはそっちだろ?」

 

 ガルナ島以来の兄弟弟子の再会だというのに、相変わらず好戦的だ。リオンはグレイに凍らせた一夜を投げつけて挑発する。

 

「うちの大将になにしやがる!」

「ひどいや!」

「男は全員帰ってくれないかな」

 

 一夜が害され、トライメンズも声を荒げる。

 

「あら、女性もいますのよ」

 

 声がすると同時、絨毯がひとりでに浮き上がった。

 

「人形撃、絨毯人形!」

「あたしぃ!?」

 

 絨毯は踊るようにルーシィみ襲いかかり、その影から一人の少女が姿を現した。

 

「てか、この魔法……」

「ふふ、私を忘れたとは言わせませんわ」

 

 姿を現したのは、リオンと同じくガルナ島で事件を起こした者の一人、シェリーだった。

 妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、三ギルドのメンバーそれぞれが戦闘態勢に入り、一触即発の空気の中、玄関口の方からまた一つ人影が現れる。

 

「やめい!!」

 

 その男の発する怒声に誰もが動きを止める。

 

「ワシらは連合を組み六魔将軍を倒すのだ。仲間内で争っている場合か」

「ジュラさん」

「ジュラ!?」

 

 リオンが呟いたその男の名にエルザが反応する。否、エルザだけではなくその場のほとんどの者がジュラという名に反応を示している。

 

「誰?」

「聖十大魔導の一人だよ!」

 

 一人だけ知らないナツにハッピーは興奮半ばに教える。ハッピーの言う通り、ジュラはマカロフやジェラールと同じく大陸で特に優れた魔導士十人に贈られる聖十の称号を持っている。もっとも、ジェラールは楽園の塔の事件によってその称号を剝奪されている。

 

「これで三つのギルドがそろった。残るは化猫の宿の連中のみだ」

「連中というか、一人だけだと聞いていまぁす」

「一人?」

 

 一夜が口に出した情報にグレイが怪訝に思う。他の妖精の尻尾のメンバーも同じようで眉を寄せている。

 

「あ、あの……、遅れてごめんなさい。よろしくお願いします!」

 

 噂をすれば、玄関口からウェンディが姿を現した。青い天馬や蛇姫の鱗は小さな少女が現れたことに戸惑っているようだが、妖精の尻尾は少し違う。

 

「やっぱり、ウェンディかよ。闘えんのか?」

「一応、ナツと同じ滅竜魔導士だから、大丈夫じゃない? それに、治癒魔法だけでも力になるし」

「私はてっきり、ヤツが匿ってくれた礼とかで、顔を隠して出てくるのかと思ったぞ」

「ああ、ありえそう……」

 

 見知っているだけに、闘いとは無縁そうな少女に少し不安がある。それに、エルザが言ったようにジェラールが今どうしているのかも気になるところだ。

 

「お前がウェンディか!」

 

 すると、ナツが目を輝かせてウェンディに話しかける。

 

「お前が怪我治してくれたんだろ? ありがとな。あの時は眠りっぱなしだったから、会えるのを楽しみにしてたんだ!」

「あ、あのう、わ、私も会いたかったです!」

 

 ナツの元気に押されながらも、ウェンディもしっかりと受け答える。

 

「あ、あの、聞きたいことがあるんですけど……」

「聞きたいこと? なんだ?」

「七年前、私の滅竜魔法を教えてくれたドラゴン、グランディーネが姿を消してしまったんです」

「オイ、いなくなったのって七月七日か!?」

「は、はい。そうですけど……。まさか」

「ああ、そうだ。オレを育ててくれたイグニールも同じ時に姿を消したんだ」

 

 ガジルを育ててくれたメタリカーナもまた、同時に姿を消したという。ナツもウェンディも不可解な共通点に頭をひねる。

 

「ちょっと、ウェンディ。おどおどしてないでしゃきっとしなさいよ」

 

 すると、ウェンディより後ろからもう一つ声が聞こえてきた。

 

「あ、シャルル!」

 

 その姿を見て嬉しそうにハッピーが声をあげるがシャルルはそっぽを向いて相手にしない。

 

「ウェンディ、少しいいか?」

「あ、エルザさん」

 

 ハッピーがシャルルにアプローチをかけている間に、エルザがウェンディに近づいた。そして、顔を近づけ、声を潜めて尋ねる。

 

「ジェラールはどうしているか、よければ教えてくれないか?」

「ジェラールさんは、私がここに行くために出発すると同時にギルドを出ましたよ」

「てっきり、ヤツなら顔を隠して参加しそうだと思ったのだがな」

「さすがに、それはまずいですよ。でも、私にお守りを渡してくれたんです」

「お守り?」

 

 怪訝そうにするエルザに、ウェンディは嬉しそうに首にさげたお守りを見せた。簡素だが、かわいらしいつくりをしている。

 

「さて、全員そろったようなので、私の方から作戦説明をしよう」

 

 一同の注目を一夜が集める。いよいよかと気を引き締めたのだが。

 

「その前にトイレの香りを……」

 

 もじもじしながらトイレに向かう一夜。場はなかなか締まらなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一夜がトイレから戻ってくると、こんどこそ青い天馬によって作戦の説明が行われる。

 

「ここから北に行くとワース樹海が広がっている。古代人たちはその樹海に、ある強力な魔法を封印した。その名は、ニルヴァーナ」

「ニルヴァーナ?」

 

 そこにいる誰もがニルヴァーナという魔法に聞き覚えがないようで首を傾げた。

 

「古代人たちが封印するほどの魔法ということはわかっているが、どんな魔法かはわかっていないんだ。六魔将軍が樹海に集結したのはきっと、ニルヴァーナを手に入れるためなんだ」

「我々はそれを阻止するため、六魔将軍を討つ」

 

 目的の再確認。全員の戦意が高まる。

 

「相手は六人、こっちは十二人。だけど、侮ってはいけない。この六人がまたとんでもなく強いんだ」

 

 ヒビキが魔法で六人分の顔写真を空に映し出し、説明を加えていく。

 毒蛇を使う魔導士、コブラ。

 その名からしてスピード系の魔法を使うと思われる、レーサー。

 天眼のホットアイ。

 心を覗けるという女、エンジェル。

 詳細のわからない謎の男、ミッドナイト。

 六魔将軍の司令塔、ブレイン。

 ヒビキはさらに、ひとりひとりがギルドの一つくらいは潰せるほどの魔力を持つことを説明し、数的有利を利用するように注意する。

 

「あ、あの、私は頭数に入れないで欲しいんだけど……」

「私も闘うことは苦手です……」

「ウェンディ、弱音吐かないの!」

 

 ヒビキの説明を受けて、ルーシィとウェンディが気後れしたように手を上げる。それに、一夜が安心して欲しい、と付け加える。

 

「我々の戦闘は闘うだけに非ず。ヤツらの拠点を見つけてくれればいい」

「拠点?」

「今はまだ補足していないが、樹海にはヤツらの仮説拠点があると推測される。もし可能ならヤツら全員をその拠点に集めて欲しい」

「集めてどうするのだ?」

 

 エルザの問いに、ヒビキが天を指さす。

 

「我がギルドが大陸に誇る天馬、魔導爆撃艇クリスティーナで拠点もろとも葬り去る」

 

 青い天馬の示した切り札。その存在を聞いて、にわかに興奮が走る。一方、そこまでしなければならない相手という事実に、ルーシィは戦慄した。

 

「おし、燃えてきたぞ! いくぞウェンディ!」

「ええ!?」

「おい! ナツ!」

「ちょっと! ウェンディに何すんのよ!」

 

 近くにいたウェンディを捕まえて、勢いで飛び出したナツに仕方がないとばかりに妖精の尻尾のメンバーが続く。最終的に、ジュラと一夜を残して全員が飛び出していった。

 

「やれやれ、なにはともあれ作戦開始だ。われわれも続くとしよう」

「その前にジュラさん」

 

 続こうとするジュラを一夜が呼び止めた。どうかしたのか、とジュラは振り向いた。

 

「かの聖十大魔導のひとりと聞いていますが、その実力はマスターマカロフに匹敵するので?」

「滅相もない。聖十の称号は評議会が決めるもの。ワシなどは末席。同じ称号を持っていてもマスターマカロフと比べられたら天と地ほどの差があるよ」

 

 慌てて否定し、照れたように説明するジュラに、一夜はほう、と息を漏らす。

 

「それを聞いて安心しましたよ」

 

 一夜の不可解な言葉。それにどういうことかと尋ねる前に、突如臭ってきた異臭に鼻を押える。

 

「な、なんだこの臭いは……」

「相手の戦意を消失させる魔法の香り……だってさ」

「一夜殿、これは一体――」

 

 一夜は、ジュラの問いに答えることなく、ジュラの腹部にナイフを突き刺す。

 

「ぐほっ!」

 

 呻くジュラ。その目前で、一夜の体がぽこぽこと泡立ち、突然ほとんど同じ姿の小さな生物に変身した。

 

「ふう」

「戻ったー」

 

 その生物は人のすねほどの高さしかない。

 

「一夜ってやつ、エロいことしか考えてないよ」

「考えてないね。だめな大人だね」

「はいはい、文句言わない」

 

 場違いにのんきな会話をする謎の生物二匹。驚きと痛みでジュラがなにも話せないでいると、一人の女が建物の奥からやってきた。その女は先ほど確認した六魔将軍の一人、エンジェルだった。

 

「こ、これは、一体……」

「あー、あの男ねえ」

 

 ジュラがやっとのことで呻くように言葉を発する。エンジェルは余裕の態度で相対している。

 

「コピーさせてもらったゾ。おかげであなたたちの作戦は全部わかったゾ」

「僕たちコピーした人の」

「考えまでわかるんだ」

 

 まずい。このままではなにも知らずに飛び出した全員が危険だ。しかし、ジュラにはもうそれを伝える手段がない。

 

「無念……」

 

 口惜しさだけを残して、ジュラは地に沈む。倒れたジュラを見下ろして、エンジェルは邪悪な笑みをその顔に浮かべた。

 

「邪魔はさせないゾ、光の子たち。邪魔する子はエンジェルが裁くゾ」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「見えてきた、樹海だ!」

 

 ナツを先頭に走っていた連合は遂に、前方に樹海を捉えた。そこに、駆動音とともに、大きな影が差す。魔導爆撃艇クリスティーナである。

 

「え?」

 

 天を仰ぎ、その威容に感嘆の声をあげていた面々は次の瞬間、その表情を唖然としたものに変化させた。クリスティーナが轟音とともに墜落したのである。

 

「どうなっている!」

 

 クリスティーナは連合と樹海の間に落ち、大量の砂塵を巻き上げた。墜落の衝撃と巻き起こされた突風に耐えていると、墜落したクリスティーナから六つの影が出てきた。

 

「六魔将軍!」

「蛆どもが群がりおって」

 

 なぜ、と驚きに固まる連合に答えるようにエンジェルが口を開く。

 

「君たちの考えはお見通しだゾ」

「ジュラと一夜もやっつけたぞ」

「どーだ」

「バカな!」

 

 ジュラと一夜の離脱。連合の中でも上位の実力を持つものがやられたという話は、事実にしろ嘘にしろ、動揺させるには十分だった。

 

「まさか、そっちからあらわれるとはな」

「探す手間がはぶけたぜ」

 

 しかし、元々闘うつもりだったのだ。ジュラと一夜の離脱は痛いが、結局の所、倒す以外に道はない。

 

「行こうぜ、ウェンディ!」

「ご、ごめんなさい。私、攻撃の魔法は使えないんです……」

「え、そうなの?」

 

 一緒に連れてきていたウェンディに声をかけて跳びだそうとするナツだが、思いもよらぬ断りに動きを止める。

 

「なにしてやがる、クソ炎!」

「ああ、ずるいぞグレイ!」

 

 その横を抜けていち早くグレイが飛びだし、ナツがそれに続いた。

 

「やれ」

 

 ブレインの命令にレーサーが動く。

 

「モォタァ」

「ぐあっっ!」

 

 目にも止まらぬ速さで一瞬にしてナツとグレイの間に入ると、二人が反応する暇もなく回転とともに弾き飛ばす。

 

「「ナツ! グレイ! ……ん?」」

 

 ルーシィが心配のあまり二人の名を呼ぶが、すぐ隣から同じ声が聞こえてくる。不思議に思って隣を向けば、そこにはルーシィとまったく同じ姿があった。

 

「ばーか」

「な、何これぇ! あたしが、ええ!?」

 

 同じ姿をしたものに鞭で追い立てられて、逃げ惑いながら混乱する。その様子を見てエンジェルがくすりと笑った。

 

「ちっ」

 

 舌打ちとともに、リオンとシェリーが前に出る。それをホットアイが見つめていた。

 

「愛などなくとも金さえあればデスネ!」

「な、なんだ。地面が!」

 

 リオンとシェリーの踏みしめていた地面が突如として柔らかくなって波打ち、二人を弾き飛ばした。

 

「がっ!」

 

 ナツとグレイを弾き飛ばしたレーサーはそのままトライメンズを同様に吹き飛ばす。

 一方、エルザはコブラと相対している。

 

「舞え、剣たちよ!」

 

 天輪の鎧を纏ったエルザの号令によって剣群がコブラめがけて飛んでいく。コブラはそれを眉一つ動かさず、それどころか余裕の笑みすら浮かべて避けていく。そこに、レーサーが加わった。レーサーの速さにすぐさま飛翔の鎧に換装。レーサーの動きに対応し、それに合わせたコブラの攻撃もかわしきる。

 

「見えたデスネ」

 

 ホットアイが地面を柔らかくし、エルザの足下を崩す。すかさず、レーサーが攻撃をたたき込む。レーサーの拳を腕でガードしたものの、エルザは吹き飛ばされた。

 

「くっそぉ!」

「ちっ」

 

 そこに追撃を仕掛けようとしたコブラだったが、ナツに阻まれチャンスを逃がした。

 

「聴こえてるぜ」

 

「あたらねえ!?」

 

 ナツの拳や蹴りを苦もなく躱し、隙ができるとすかさず殴りつける。たまらずナツは飛ばされ地面に倒れる。

 

「強え……」

 

 闘いが始まってからいくらもしないうちに、連合側はエルザ以外の全員が倒れ込む。対する六魔は一人も傷すら負っていない。エルザもまた、多勢に無勢。勝ち目があるとは思えない。

 

「ゴミどもめ、まとめて消えるがいい」

 

 ブレインが杖に魔力を集中させる。怨霊のよなものが杖に渦巻き、強大な魔力が大地を振わす。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)

 

 ブレインが魔法名を口に出した瞬間。連合の多くがもうだめだと思ったその瞬間。それは起こった。

 

「な、なんだ!?」

 

 

 樹海の遙か奥から、黒い光が立ち上る。

 

 

 

『久しぶりだな、六魔将軍』

 

 

 

 連合も六魔も困惑するその場に、その場の誰のものでもない声が響く。しかし、知らない声ではない。六魔将軍、妖精の尻尾、化猫の宿には聞きなじみの声。

 

「貴様! ジェラールか!」

『その通りだ』

 

 ブレインの怒声にジェラールが淡々と答える。ブレインがジェラールの姿を探すがどこにもいない。すると、慌てたように首からさげていたお守りを見つめているウェンディを見つけた。

 

「なんのつもりだ。ジェラール」

『ニルヴァーナの封印を解かせてもらった』

「なんだと!?」

 

 ジェラールの答えは、ニルヴァーナの封印を守らんとする連合も、ニルヴァーナを手に入れんとする六魔も驚かせるには十分だった。「そんな」と信じられないとでも言うようにウェンディが小さく呟いた。妖精の尻尾の面々も同様に信じられないという顔をしている。

 

「ジェラール、ニルヴァーナの封印を解いたのは褒めてやろう。しかし、どういうつもりだ。まさかうぬが独り占めしようとでも言うまいな」

 

 ブレインの声には疑念が乗っている。なぜ、ジェラールが封印を解いたのか。それは、その場にいる全員の疑問だった。そして、ジェラールがその目的を口に出す。

 

 

 

『もちろんだ。独り占めなどするつもりはない。オレは、ニルヴァーナを破壊するために封印を解いたのだから』

 

 

 

 再び、ジェラールの声はその場の全員を驚愕させた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「本当に良かったのですか」

「あら、この場に及んでまだそれどすか?」

「……マスターも最終的に説得できたんだから問題ない」

 

 黒い光のふもと。通信を行うジェラールの周囲に三つの影。

 

「これも仕事。ニルヴァーナ崩壊までのジェラールはんの護衛依頼。しっかりこなしましょうか」

 

 斑鳩、カグラ、青鷺。人魚の踵(マーメイドヒール)の三人の姿がそこにはあった。

 

 



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第二十二話 ジェラール防衛戦

「貴様、どうやってそんなことを……」

 

 ブレインが震える声を発する。いち早く意識が現実に戻ってきたのはブレインだった。

 

『自律崩壊魔法陣を使わせてもらった。かつて貴様がオレに教えたものだ』

 

 自律崩壊魔法陣。組み込まれたものを自壊させる魔法。しかし、自壊させるまでに時間がかかる上、解除コードというものを設定しなければならない。もし、解除コードがばれてしまった場合には誰にでも解除できてしまう。

 

「自律崩壊魔法陣だと? ハハ、バカめ。それの開発者は私だ。私ならその魔法陣を無効化できることを忘れたのか?」

 

 ジェラールが話すニルヴァーナの破壊方法。それを聞いたブレインが笑う。ブレインはかつて魔法開発局に在籍していた。ブレインのコードネームが示す通り、その時に作り出した魔法の数は数百にも及ぶ。その一つが自律崩壊魔法陣なのだ。

 

『忘れてないさ。無論、少し手を加えてある』

「なに?」

 

 ジェラールに動揺はない。無論、ブレインが解除できることなど想定済みだ。

 

『自律崩壊魔法陣と生体リンクした。オレが死なない限り、自律崩壊魔法陣が無効化されることはない』

「てめえ、正気か!?」

 

 コブラが叫びはその場にいる全員が抱いた気持ちだ。そんなことをすれば、六魔将軍全員から命を狙われることになるのだから。

 

『当然だ。早く樹海の中からオレを探し出すことだな』

 

 その通信を最後に、ジェラールの言葉は途切れた。

 

「おのれ、ジェラァアアアァアルゥゥゥ!!」

 

 ブレインが叫ぶ。目をむき、強大な怒りに体を震わせる。

 

「コブラ! やつの居場所はわからんのか!」

「だめだな、聴こえねえ。遠すぎる」

「くそ、探しに行くぞ!」

 

 ブレインの号令に、六魔は連合に背を向けて樹海に向かおうとする。その寸前、ブレインが振り返った。

 

「うぬらにもう用はない。消えよ」

 

 ジェラールの介入により、撃たずにいた常闇回旋曲(ダークロンド)を放つ。

 

「伏せろォ!!」

 

 怨霊じみた膨大なエネルギーの塊は空へと昇り、次いで雨のように連合へと降り注ぐ。

 

「岩鉄壁」

 

 しかし怨霊の雨は、連合を覆うように盛り上がった岩の壁に阻まれた。

 

「ジュラ様!」

 

 シェリーが感激に叫ぶ。魔法で皆を守ったジュラが別荘の方角から歩いてきた。横には一夜もいる。リオンがジュラのもとへと歩み寄った。

 

「ジュラさん、無事で良かったよ」

「いや、無事ではない」

 

 言ったジュラの腹に巻かれた包帯からは、血がにじみ出す。横に立つ一夜はさらにぼろぼろだ。

 

「今は一夜殿の痛み止めの香り(パルファム)で一時的に押えられている」

「皆さんにも私の痛み止めの香りを」

「いい匂い」

 

 一夜が取り出した試験管から流れ出す匂いが辺りに漂い、皆の体を楽にしていく。

 

「くそ、逃げられちまった!」

 

 常闇回旋曲(ダークロンド)を放つと同時に、六魔将軍(オラシオンセイス)は結果を見届けることなく姿を消した。すでに樹海でジェラールを探していることだろう。

 

「早く行かねえと!」

「待て、闇雲に闘ってどうにかなる相手ではない。それに、これからどうするか決めなければならんだろう」

 

 すぐに駈け出そうとしたナツをリオンが制する。それをナツが睨み付けた。

 

「どうするかって、あいつらと闘ってジェラールを守るんだよ!」

「そのジェラールというのは最近、エーテリオンを投下したという犯罪者ではないのか。そんなやつが言ったことを本当に信じられるのか?」

 

 リオンの言葉にエルザが息を呑む。ジェラールは犯罪者だ。その事実がエルザには心に痛い。蛇姫の鱗(ラミアスケイル)青い天馬(ブルーペガサス)はジェラールの素性を知らない。疑うのも仕方のないことである。

 

「ジェラールは仲間だ!」

「なに?」

「その通りだ、リオン」

 

 迷いの一切なく、ナツが断言する。眉を寄せるリオンの肩にグレイが手を置いた。

 

「ジェラールが信じられることはオレたち、妖精の尻尾が保証する。いいだろ、エルザ」

「あ、ああ」

「あの、化猫の宿も保証します!」

 

 グレイの言葉にエルザが頷き、ウェンディも意を決して声をあげる。まだ迷った風にいる皆の中、ジュラが「よかろう」と頷いた。

 

「ジュラさん!?」

「これほど保証してくれるのだ。信じて良かろう。青い天馬もよいか?」

「ええ、いいですよ」

 

 ジュラの言葉に一夜が頷く。両ギルドとも、リーダーが頷いたのならばこれ以上に異論はない。意思が纏まったのを感じ取り、エルザが口を開く。

 

「さっきの会話を聞く限り、ジェラールが生きていればニルヴァーナはおのずと破壊されるという解釈でいいだろう」

 

 エルザが皆を見渡す。エルザの推論に異議があるものはいないようだ。

 

「故に、これより我々連合は樹海へ入り、ジェラールを六魔の手から守る! 行くぞォ!」

「おおおお!!」

 

 エルザの号令に雄叫びをもって答え、連合は樹海へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 六魔将軍はジェラールの居場所をコブラの耳を頼りに探していた。

 

「聴こえたぜ」

 

 樹海の中、ついにコブラはジェラールの足音を聴く。しかし、同時に三つ、ジェラールと行動をともにする足音を聴いた。

 

「ヤツは仲間を連れてるみてえだぜ」

「何人だ?」

「三人だ」

 

 ブレインはふむ、と考え込む。

 

「生き残った連合の方はどうだ?」

 

 言われて、コブラは後方の方に耳を澄ます。

 

「だめだな、傘下のヤツらじゃ足止めもまともにできちゃいねえ」

 

 六魔将軍は樹海に入ってすぐ、コブラの耳によって連合が生きていることを知る。しかし、ジェラールを探すことを優先するため、傘下のギルドを向かわせていたのだ。

 

「ならば、コブラとレーサーはジェラールのところへ行け。自律崩壊魔法陣に生体リンク。もはやヤツには戦う力は残っていまい」

「わかった。――乗りな、コブラ」

「おう」

 

 レーサーはブレインに頷き、二つの魔導二輪を召喚した。レーサーとコブラはそれぞれ二輪にまたがり、あっという間に姿を消した。

 

「起きろ、ミッドナイト」

 

 ブレインの言葉に、今まで眠っていた青年が目を開ける。

 

「正規ギルドの蛆虫どもを一人残さず殺してこい」

「はい、父上」

「ホットアイ、エンジェル。お前たちも行け。私はニルヴァーナのもとまで行き、封印が解けないか試してみよう」

「わかりましたデスネ」

「しょうがないなあ」

 

 ホットアイは諾々と、エンジェルは少々不満げに頷いた。三人を見送って、ブレインはニルヴァーナのもとへと進んでいく。

 

「蛆虫どもが。どれほど邪魔をしようとも、ニルヴァーナは私が頂く」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 闇ギルド“黒い一角獣(ブラックユニコーン)”を殲滅し、ヒビキ、イヴ、レンは若干の疲労に息をつく。

 

「無駄な時間をくっちまったぜ」

「一夜さんともはぐれちゃったし……」

 

 イヴが少し心配したように表情を曇らせる。その様子を見て、ヒビキは笑ってイヴの背をたたいた。

 

「一夜さんなら大丈夫さ、僕たちが心配することじゃない」

「そうか、そうだよね!」

 

 イヴは元気を出して笑顔を見せる。一夜は強力な魔導士だ。心配する必要なんてないと思い直したイヴは、ヒビキ、レンとともに、ジェラール及び六魔探索を再開する。

 

 

 

 一方、その頃。

 

「ちょ、わ、私みんなとはぐれて一人に……。いや、だから決して怪しいものじゃ……。メェーン」

 

 一夜は別の闇ギルドに一人で囲まれ、大ピンチだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「もう、時間がかかってしまいましたわ」

 

 闇ギルドの男たちが倒れ伏す中央で、シェリーが不満そうにぼやいた。場に立っているのはジュラ、リオン、シェリー。蛇姫の鱗の三人であった。

 

「ジュラさん行きましょう。急がなければ」

「いや、お前たちは先に行け」

「ジュラさん?」

 

 怪訝そうにリオンが見れば、ジュラは森奥を睨むように見つめている。何事かと思ってそちらを見ても特に何かがある様子はない。

 

「大きな魔力が近づいてくる」

「六魔将軍ですの!?」

 

 シェリーが驚きと恐れから声を荒げる。ジュラはそれに落ち着き払った様子で頷いた。

 

「ワシがここで迎え撃つ」

 

 ざわり、と空気が揺れる。ジュラが臨戦態勢に入ったのだ。それを二人は肌で感じ取る。

 

「わかりました。ご武運を」

「お前たちもな」

 

 ジュラの実力を知る二人は、一人で迎え撃とうとするジュラに異論を挟むこともなく、ただ頷いてその場を後にする。

 しばらくして、ジュラは大地のざわめきを感じ取った。

 

「そこにいるのはわかっている。出てこい」

「さすが聖十の魔導士」

 

 ジュラに答えるように大地が歪む。ジュラはそれをすぐさま固め、勢い盛んに、石柱を現れたホットアイめがけて伸ばした。ホットアイは避けるそぶりひとつ見せず、手を伸びてくる石柱にかざすと、ぐにゃりと石柱が融けたように崩れ去った。

 

「私は土を柔らかくする魔法。あなたは土を硬くする魔法。さて、強いのはどっちデスカ?」

 

 悠々と、ジュラを前にしてホットアイは構えるそぶりすらない。余裕をあらわにするホットアイに、ジュラは怒るでも呆れるでもなく、ただ静かに相対している。

 

「無論、魔法の優劣に非ず。強い理念を持つものが勝つ」

「違いますネ。勝つのはいつの時代も、金持ちデス」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「先に行け、グレイ」

「ああ? どうしたんだよ、エルザ」

 

 エルザとグレイは闇ギルド“裸の包帯男(ネイキッドマミー)”を殲滅した。先に進もうとしたところで、エルザは険しい顔をしてグレイに告げのだった。

 

「逃がさないよ。父上には君たちを一人残らず殺すように命令されているんだ」

 

 しかし、グレイにエルザが答えるよりも早く、草陰からミッドナイトが姿を現す。

 

「こいつ、眠ってたヤツか?」

 

 呟くグレイに、ミッドナイトが無表情に手をかざす。すると、グレイの衣服が締め付けるように巻き付いた。ぎちぎちと嫌な音をたてている。

 

「ぐう!!」

「グレイ! くそッ!!」

 

 エルザは天輪の鎧にすぐさま換装。大量の剣をミッドナイトめがけて飛ばす。しかし、剣群はミッドナイトに当たる前に全て軌道を変えて地面に落ちた。ミッドナイトに傷は一つもない。だが、グレイにかかっていた魔法は解けたようで地に膝をついて咳き込んでいた。

 

「無事かグレイ!」

「ああ、無事だ! こんなことなら服脱いどくんだったぜ……」

 

 軽口をたたく程度の余裕はあるようだ。その様子に少し安心すると、エルザは視線はミッドナイトに向けたまま、グレイに叫ぶ。

 

「ここは私が受け持つ。お前は先に行け、命令だ!」

 

 反論は聞かないというように、命令という部分を強調する。そこに、グレイはエルザにもあまり余裕がないのを感じ取る。

 

「ちっ、わかったよ」

 

 不服に思いながらも、グレイは命令に従う。ミッドナイトから離れるように森の中へと姿を消した。

 

「本当は、メインディッシュは後に残しておきたかったんだけどね」

「ほざけ、貴様はここで倒す」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ナツとウェンディはそれぞれ、ハッピーとシャルルを背に空を飛んで六魔とジェラールを探していた。

 

「ウェンディ、お前、戦えねえのについてくる必要あったのか?」

「そ、それはそうなんですけど……」

 

 ウェンディは沈痛に顔を伏せる。ナツはシャルルに責めるように睨まれて、慌てて弁明する。

 

「いや、別に責めてるわけじゃねえぞ」

「す、すいません。でも、ジェラールが狙われてるって聞いて、じっとしてられなかったんです」

 

 そう言って顔を上げるウェンディの瞳には強い意志が宿っていた。それを見てナツはにかりと笑う。

 

「へ、あんなヤツら、オレが一人で片付けてやらあ!」

「無理に決まってるじゃない……」

「わ、私も支援します!」

 

 盛り上がる滅竜魔導士二人に、シャルルが呆れたようにため息をつく。すると、ハッピーが突然声をあげた。

 

「見て! 前に誰かいるよ!」

「あ? 誰だ?」

 

 ナツが前方に浮かぶ人影を捉える。瞬間、突風がナツたちの上空から吹き下ろす。

 

「何だ!?」

「きゃあ!」

 

 ハッピーとシャルルの翼では耐えきれず、そのまま墜落して地面に叩きつけられてしまった。ナツが体を起こして辺りを見回すと、よろよろと体を起こすウェンディを見つける。

 

「おい大丈夫か!」

「わ、私は大丈夫ですけど。シャルルとハッピーさんが」

 

 見れば、ハッピーとシャルルは目を回して気を失っている。命に別状は無さそうではあるが、しばらく目を覚ましそうにない。

 

「くそっ! 誰だ!」

「くく、オレを忘れちまったのか? ずいぶん冷てえじゃねえか」

 

 ナツの叫びに答え、頭上から声が返ってくる。男は風を纏い、ゆっくりと下降してきた。ナツの顔を知っている風なその男の名は。

 

「誰だっけ、お前」

「エリゴールだ!」

 

 死神エリゴール。闇ギルド“鉄の森”のリーダーにして、かつて呪歌によるギルドマスターの一斉殺戮を目論んだ男だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「まだかよ」

「焦んなよ、レーサー。もうすぐだ」

 

 コブラとレーサーは魔導二輪にまたがり、樹海内を疾走していた。改造を施された二輪は悪路、否、道とも言えない木々の間を走り抜ける。声はもうすぐそこだ。

 

「気づかれた。ジェラールの仲間が三人、近づいてくるぞ」

「は、誰が来ようがオレの走りは止められねえ!」

 

 コブラの忠告に、むしろ加速するレーサー。仕方がないと、コブラもついていく。

 

「来るぜ」

「上等だ」

 

 三人の一人が構えたのを聴く。思考さえ聴くことのできるコブラには、相手がなにをしてくるのか、手に取るようにわかる。無論、この時にもわかっていた。

 

(居合い切り。射程を伸ばす魔法による遠距離攻撃)

 

 声を聴き、にやりと口元を釣り上げる。コブラはレーサーに伝え、いつもがごとく、余裕の表情で躱そうとする。

 

「跳べ! レ――」

 

 言葉は、強制的に止めさせられる。コブラは空に舞いながら、驚愕とともに、同じく投げ出されたレーサーとばらばらに解体された二輪を見つめていた。攻撃を読んでいながら、なぜ攻撃を受けてしまったのか。その理由は単純にして明解だった。

 

(こいつ、速すぎる!)

 

 想定外の剣速に、コブラがタイミングを誤ったのだ。

 二人が身を翻して着地すると、森の奥から一人の女が姿を現した。

 

「ふむ、乗っている二人を狙ったんどすが、躱されるとは。心の声を聴くというやつどすか?」

 

 斑鳩が剣を振った瞬間に、二輪を跳躍させていた。故に、避けきれずに二輪を失ったものの、コブラとレーサーは無事だったのだ。

 そして、斑鳩の言葉からジェラールが六魔の魔法を漏らしたのだと悟る。

 

「てめえ、オレの走りを邪魔しやがったな」

「待て、まだ――」

 

 レーサーは走りを止められることを嫌う。故に、斑鳩に対して怒りを向けたレーサーは、コブラの制止も聞かずに、超スピードで襲いかかろうとした。しかし、突如体が重くなったことで、レーサーはバランスを崩してよろめいた。そこへ、小柄な少女が前方に突如として現れる。

 

「なにい!」

「……外した」

 

 レーサーは横っ飛びで回避すると、一回転して立ち上がる。おそらく転移系の魔法を使ったであろう少女の横に、また一人、刀を携えた黒い長髪の少女が並んだ。

 

「お前の相手は」

「……私たち」

「上等だ。オレの走りを邪魔するヤツは生かしておけねえ」

 

 レーサーが駆ける。青鷺がカグラをつかみ、転移で避ける。そうしながら森の奥へと離れていった。

 

「は、分断とは、やってくれるじゃねえか」

「……心を聴くとは聞いていましたが、実際にやられると少し不気味どすなあ」

 

 ほざけ、とコブラは笑う。斑鳩の心の声が聴こえる。心の聴こえるコブラを相手に、連携させるわけにはいかないという声。そしてもう一つ。

 

「面白え! 聴かれても避けられる前に斬れば問題ねえってか! やれるもんならやってみやがれ!」

「言われずとも」

 

 斑鳩は剣を構え、コブラは両腕を人ならざるものへと変化させる。

 

 

 そして、強大な魔力がぶつかり合った。

 

 

 




ルーシィは置いていかれて一人で迷子。


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第二十三話 天を喰え

「リオン様、今、声が」

「したな。隠れるぞ」

 

 樹海探索中、リオンとシェリーは声を聞きつけて木陰に身を隠した。物音をたてないように慎重に声がする方へと近づいていくと、人だかりができていた。

 

(また闇ギルドの連中か?)

 

 群がる人々を観察してみれば、全員が同じ紋様を体のどこかしらにつけている。間違いなく、六魔将軍(オラシオンセイス)傘下の闇ギルドだろう。群がって何をしているのかは人の壁でみることはできない。

 

「今日の所はこれで許してやろう」

「ぼろぼろで何言ってんだ、おっさん」

「め、メェーン!」

 

 耳を澄ませると、すごく聞き覚えのある声がする。間違いなく青い天馬(ブルーペガサス)の一夜だろう。しかも、一人で囲まれているらしい。

 

「どうしますの?」

「……見捨てる。と言いたいところだが、一応仲間ということになっているしな。助けるしかないだろう」

「……そうですわね」

 

 あまり気乗りはしなかったが、一夜救出のために二人は木陰から身を表した。

 

 

 

「はあはあ、手間をかけさせやがって」

「メェーンぼくない」

「ふざけてるのか貴様は……」

 

 やっとのことで殲滅し、一夜を助け出したリオンとシェリー。疲労した体に一夜という存在は目に入るだけで苛立つ。悪意がないのはわかっていても、言動と格好からふざけているのかと言いたくなった。

 

「ちっ、シェリーはここでこいつを見ていろ。オレはいく」

「ど、どうしてですの!?」

 

 リオンの舌打ち混じりの命令にシェリーは抗議する。しかし、リオンは表情一つ変えずにシェリーに告げた。

 

「ギルドを二つも相手にして、お前は魔力も体力も底をつきかけている。このふざけた男も限界だ。しごくまっとうな意見だと思うが」

「それは、リオン様もでは」

「なめるな。オレは魔力も体力もまだ余裕がある」

「ぐ、ですが……。いえ、わかりました」

 

 シェリーは渋ったものの、反論の言葉がなくリオンの言葉に頷いた。リオンは戦いの中でいつの間にか脱いでいた上着を拾って再び着込む。「任せたぞ」とだけ言うと、リオンは森の中へと消えていく。それを見送ってシェリーは深いため息をこぼす。

 

「メェーンぼくない……」

「あなた、そればっかりですわね」

 

 シェリーのこぼすため息を聞きつけて一夜がすまなそうに声をかけるが、慰めるにはたりない。仕方なく、シェリーは一夜を肩に担ぐと別荘の方向に引き返していった。

 途中、がさりと前方から草をかきわける音がしてシェリーは身をすくめる。

 

「誰!? て、シェリーじゃない」

「……驚かさないで欲しいですわ」

 

 草陰から現れたのがルーシィなのを確認し、シェリーは安堵の息をつく。それから、傷一つないルーシィの体を胡乱げな目つきで見回した。

 

「こっちはぼろぼろだというのに随分と綺麗な体ですこと」

「う……」

 

 恨みのこもったシェリーの言葉にルーシィが怯んだように一歩後ずさる。

 

「し、仕方ないでしょ! 大体あんたたちが置いて行くから、あたし一人でうろつくはめになったんだから!」

「その歳で迷子なんて恥ずかしいですわね」

「ふ、二人とも落ち着いて」

「「ちょっと黙ってて!」」

「め、メェーン……」

 

 相変わらずの仲の悪さを発揮するルーシィとシェリー。仲裁に入った一夜も二人の迫力に押し黙る。

 

「まあいいですわ。私たちはこれから別荘に戻ります。どうせ役に立たないのなら、一緒に別荘に帰ったらどう?」

「……言い方が気に入らないけど、言葉に甘えさせてもうわ」

 

 ルーシィの返答にわずかにシェリーは眉をひそめる。ルーシィは反抗して行ってしまうと思ったのだが、素直に従ってしまった。

 

「まあ、いいですわ」

 

 皆が戦っている中、無傷のルーシィが帰ろうとするのは気にくわないが、これ以上口論する気も起きなかったので歩みを再開した。ルーシィを抜いて背を向けたとき、突然一夜に体を突き飛ばされる。

 

「危ない!」

「きゃあ! ちょっと何して――」

 

 シェリーが地面に倒された体を起こして振り返る。そこには、脇腹を刺された一夜とそれを前に笑うルーシィの姿。驚きにシェリーは声を詰まらせる。

 

「あれ、失敗しちゃったゾ」

 

 場にそぐわないのんきな声をあげながら、一つの影が木陰から姿を現す。

 

「……エンジェル」

「はぁーい、エンジェルちゃんだゾ」

 

 呻くように女の名を呟いた一夜に手をひらひらと振ってエンジェルが応じる。エンジェルが姿を表すと同時、ルーシィの体が二体の小さな生き物に変じた。

 

「気づかれちゃった」

「一夜のくせにー」

「これは、星霊?」

 

 その生き物を見て、シェリーは小さく呟いた。過去戦ったルーシィの星霊と同じような気配がする。

 

「正解だゾ。その子たちはジェミーとミニー。双子宮のジェミニだゾ」

「じゃあ、あなたは星霊魔導士!」

「そうだゾ」

 

 言ってエンジェルは再びジェミニにルーシィの姿をとらせた。それを見て、シェリーは笑う。

 

「あれ、体が動かない」

「ふふ、残念ながら星霊魔導士は私とは相性が悪いですわ」

 

 シェリーの魔法、人形撃は人間以外を操る魔法。星霊もまた例外ではない。ルーシィの姿をしたジェミニは立ったまま動けない。

 

「さあ、そのままエンジェルを攻撃しなさい!」

「開け、天蠍宮の扉」

「え?」

 

 取り出したのはもう一本の金の鍵。まさか、と思ったその通りにエンジェルはジェミニを帰すこともなく二つ目の扉を開く。

 

「スコーピオン!」

「ウィーアー!」

 

 現れたのは赤と白、二色の頭髪を生やし、巨大なサソリの尾を持っているチャラついた男。

 

「二体同時開門!?」

 

 驚きに染まるシェリーの表情にエンジェルは腹を抱えて笑い出す。

 

「キャハハ! 私があんな小娘と同じレベルなわけないでしょ! それに、ジェミニは変身した人間の思考も読み取ることができる。あんたの手の内なんてバレバレなのよ!」

「ぐ……」

「やっちゃいなさい、スコーピオン!」

「オーケイ! サンドバスター!」

 

 スコーピオンはサソリの尾の先端についている銃口をシェリーに向け、そこから砂嵐を発射した。

 

「木人形!」

 

 とっさに人形撃で近くにあった木を操って壁にする。しかし、砂嵐は木の壁などものともせずにシェリーを吹き飛ばした。シェリーは地面に転がって体を横たえた。立ち上がろうとするが、力が入らない。

 

「終わりだゾ」

 

 かろうじて上体を起こしたところで頭上からエンジェルの声が聞こえる。傍らにはスコーピオン。もはや打つ手はない。

 

(申し訳ありません、リオン様)

 

 目をつぶって終わりを待つ。しかし、訪れたのは軽い浮遊感と誰かに抱き上げられる感覚。

 

「一人でがんばりすぎだよ、お前」

 

 ゆっくりと目を開けた先に見えたのは心配そうに覗き込む浅黒い顔。トライメンズの一人、空夜のレンがそこにいた。

 

「あなた、天馬の……」

「もう、休んでろ」

「……ありがとう」

 

 シェリーはそのまま、レンの腕の中で意識を失った。レンはそっとシェリーを木にもたらせかけると、エンジェルの方に向き直る。そこではすでに、ヒビキとイヴがにらみ合いをしている。

 

「天馬のホストか。邪魔はいけないゾ」

「よくもやってくれたね」

 

 ヒビキはエンジェルの背後に倒れる一夜を見やって顔を顰める。怒りをこめてエンジェルを睨み付けるが、不敵に笑うばかりで意に介さない。

 

白い牙(ホワイトファング)!」

 

 イヴの魔法が発動する。巻き起こる吹雪がエンジェルを包む。

 

「スコーピオン」

「ウィーアー!」

 

 しかし、スコーピオンのサンドバスターによって引き起こされた砂嵐によって打ち消された。それだけでなく、押し返されてイヴが吹き飛ばされる。

 

「強いね……」

「お前たちが弱すぎるんだゾ」

「でも、目的は達成したよ」

 

 二人の魔法によって舞い上がった雪と砂が地に落ちて視界が開ける。ヒビキの腕の中には気を失った一夜が抱えられている。それを見てエンジェルは口元を釣り上げる。

 

「アハハ! お前たち面白すぎるゾ!」

「何がおか――」

 

 三人の鼻に異臭が漂う。それは、嗅ぎ覚えのあるもの。ヒビキの腕の中の一夜から漂う“戦意喪失の香り(パルファム)“だった。

 

「そいつをまず助けようとするなんて、簡単に予想できるのに何もしないわけないゾ」

「これは、まさか!」

 

 ヒビキが急いで腕の中の一夜を投げる。地面に落ちるより前に、ぽこぽこと体が泡立ちジェミニが現れる。鼻を押えながらエンジェルの後方を見ればまだ一夜はそこに倒れていた。エンジェルは三人を見下して笑っている。

 

「エアリアルフォーゼ!」

「――! スコーピオン!」

「ぐっ!」

 

 笑うエンジェルの不意をついて、レンが空気の渦を発生させた。油断していたエンジェルは咄嗟にスコーピオンを身代わりに逃れる。代わりに吹き飛ばされたスコーピオンはダメージを負ってしまった。

 レンは空気魔法によって、香りを遠ざけたことで少量を嗅ぐだけで助かったのだ。

 

「生意気だゾ」

 

 舌打ちしてエンジェルはスコーピオンを消す。次いで、別の黄金の鍵を取り出した。

 

「開け、白羊宮の扉。アリエス」

「……すみません」

 

 桃色の髪にもこもことした服を身に纏う、気弱げな少女が現れる。アリエスは魔法で桃色の羊毛を作り出し、レンを包み込む。

 

「動けない!」

「ジェミニ戻っていいぞ。開け、彫刻具座の扉。カエルム」

 

 ジェミニを消して、機械のような星霊を呼び出した。カエルムは砲台に変形し、レーザーを打ち出した。

 

「があああ!」

 

 レンはかろうじて空気を歪めて壁を作り出すが、防ぐこと叶わずくらってしまう。羊毛の中から吹き飛ばされて、レンは気を失い倒れ込んだ。

 

「カレンの、星霊?」

「ん?」

 

 呟きが聞こえた方にエンジェルが目をやれば、そこには呆然としたようにアリエスを見ているヒビキの姿があった。

 

「そういえば、カレンは青い天馬か……」

 

 エンジェルは思い出したように口に出すと面白いといわんばかりに口元を歪める。

 

「なんで、お前が……」

「なんでって、私がカレンを殺したんだもの。これはその時の戦利品だゾ」

「お前が、僕の恋人を……」

 

 ヒビキの瞳に暗い感情が灯る。それを見てエンジェルは内心で笑う。現在、ニルヴァーナの封印は解けている。完全開放はされていないが、善悪反転魔法、その一端がすでに発動しているのだ。現段階では善と悪の間で心が揺れている者の性質を反転させるのだ。心の揺れている善の者であるヒビキならば闇に落ちる。

 

「アハハ! お前があの女の恋人か! 星霊一匹出せずに惨めに死んだあの女の!」

「黙れええええ!」

 

 ヒビキが怒りを爆発させて立ち上がる。狂気的な怒りに包まれて、戦意喪失の香りの効果を上回った。次いで、魔法でパネルのようなものを飛ばしてくる。

 

「ぐああああ!」

 

 魔法に切り刻まれて、悲鳴を上げたのはエンジェルでも星霊でもない。エンジェルはいつのまにかアリエスに連れてこさせたイヴを盾にしたのだ。だが、ヒビキはイヴを自分の魔法で傷つけたのにも関わらず、眉一つ動かさない。エンジェルは確信した。ヒビキは闇に落ちたのだと。

 

「これ、帰すゾ」

 

 ぼろぼろに傷ついたイヴをヒビキの足下に投げ捨てた。相変わらず、気にした様子はない。かろうじて意識があったのか、イヴが呻くようにヒビキの名を呼んで足にすがる。しかし、ヒビキは「邪魔だな」と呟くとイヴを蹴り飛ばした。

 

「ク、クハハ! これがニルヴァーナの力! 完全開放されるのが楽しみだゾ!」

 

 その様子を見てエンジェルが腹を抱えて笑い出す。蹴り飛ばされたイヴはもう動く様子がない。

 ニルヴァーナが完全開放されれば、心の揺れている者の限らずに自由に善悪を反転させられる。そうなれば、光の者を闇に落し、殺し合わせることも可能なのだ。こんな魔法、ジェラールに破壊させる訳にはいかない。

 

「殺す」

 

 ヒビキがエンジェルを睨み付けている。ヒビキは闇に墜ちたものの、その暗い感情はエンジェルに向けられている。折角、闇に墜ちたのにもったいない気もするが、敵対されたのなら仕方がない。ヒビキを消そう、と思ったところで不意に茂みの奥から声がしてきた。

 

「ああ、もう! あたしだけ置いて行くとか、みんな酷すぎ! あたし一人でどうしろって言うのよ! もし六魔将軍に――」

 

 がさがさと草をかき分ける音が近づいてくる。不満を垂れ流しながら、金髪の少女、ルーシィが姿を現す。エンジェルとヒビキを見つけてルーシィは固まった。

 

「……星霊、魔導士」

 

 エンジェルはヒビキがルーシィに対して憎悪に満ちた声を出したのを確かに聴く。

 

「……へえ、私だけじゃなくて星霊魔導士自体に恨みが広がっているのか」

 

 エンジェルはいいことを思いついたと顔を愉悦に歪めた。

 ルーシィは対面するエンジェルとヒビキ、倒れ伏すレン、イヴ、ヒビキ、シェリー、一夜に視線を巡らせて、さあっと顔を青ざめさせる。

 

「ち、ちょっと。これ、もしかしなくても、あたし大ピンチなんじゃ……」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「決着はついた」

 

 ジュラは厳かに宣言する。目前には、傷だらけで地に膝をつくホットアイの姿があった。

 

「バカな……」

 

 息を荒げながら、ホットアイは信じられないと目を見開く。

 結論から言えば、ジュラとホットアイの戦いは一方的なものだった。ジュラの魔法によって硬質化した岩石は、柔らかくするのに手一杯。すぐに防戦一方となった。それだけでなく、柔らかくした岩石もすぐに再硬質化されてまた攻撃に加わってくる。しだいに、ホットアイは押し込まれていく。そして、一度でも攻撃が届いてしまえばあっと言う間だった。

 

「これが、聖十の魔導士」

「諦めよ。力の差は分かっただろう」

 

 諭すようにジュラが告げる。確かに、ジュラの力は凄まじい。正面から戦えば、六魔の中にジュラに勝てる魔導士はいないかもしれない。しかし、ホットアイはその言葉を受け入れるわけにはいかない。

 

「諦めるわけにはいかないのデス。金がいる。もっとお金が、金、金、金金金金金――!」

「な、何だ!?」

 

 突然、ホットアイが頭を抱えて叫びだす。その急変にジュラは困惑するばかりだった。

 

「金金金金――など、いりませんデス」

「……は?」

「ああ、世の中は愛に満ちている、の……デスネ」

 

 苦しんでいるのかと思ったホットアイが晴れやかな笑顔で愛を口にする。すでに限界だったのか、そのままホットアイは倒れ込んで気を失った。

 

「何だったのだ、一体……」

 

 一人残されたジュラは、釈然としないまま立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「火竜の鉄拳!」

「きかねえよ!」

 

 エリゴールの魔法、暴風衣(ストームメイル)。外に向かって吹き続ける風の鎧によって、ナツの炎の威力は減衰される。炎を剥がされたナツの拳はたやすくエリゴールに受け止めれた。

 

暴風波(ストームブリンガー)!」

「おああああ!」

 

 エリゴールから放たれる暴風の渦にのまれて吹き飛ぶナツ。地面に叩きつけられて転がった。

 

「くそ! 魔法が届かねえ!」

「……ふん、むかつくぜ。以前はどうやって勝ったのか分かってねえみてえだな。もっとも、前と同じようには負けねえが」

 

 ナツを見下ろしながらエリゴールは呟いた。以前、ナツと戦った際には暴風衣によって圧倒していたものの、攻撃が届かないことにフラストレーションをためたナツががむしゃらに高温を纏った。その結果、攻撃の意図をもたずにひたすら熱をもった炎によって急激な上昇気流が発生し、暴風衣を剥ぎ取られたことで敗北した。

 

「あの時、作戦を思いついた猫は気絶している。後はねえぜ、火竜」

 

 勝利を確信して、エリゴールは笑みを浮かべる。しかし、彼は失念している。この場にまだ戦士がいることを。

 

「ナツさん……」

 

 気を失っているハッピーとシャルルの横で、ウェンディは吹き飛ばされたナツを見て不安げに呟く。首に結び直したジェラールのお守りをぎゅっと握りしめた。

 

「ジェラール、私……」

 

 お守りはジェラールの声を届けるための魔導具でしかなかった。それでも、握っていればジェラールの温かさを感じる。化猫の宿で過ごした期間は長くはない。かつて旅したジェラールとはどこか変わったようではあったが、それでも共に過ごせて安らいだ。

『空気、いや天を喰え。君にもドラゴンの力が眠っている』

 戦う力がないことをジェラールに相談したとき、彼はそう言って優しく微笑んだ。

 

「私は、ジェラールを守るんだ」

 

 拳を握りしめる。弱気な気持ちが吹き飛んで、胸の奥から勇気が湧いてくる。

 

「お願い、グランディーネ。力を貸して!」

 

 そうして、ウェンディは天を食い始めた。

 

「なんだ? 風が……」

 

 先に異変に気づいたのは風の魔法使いたるエリゴールであった。風の流れが急変した。少し、気になって風の吹く方向に視線を向ける。

 

「空気を吸い込んでいる?」

 

 そこに居たのは小さな少女。戦う力など無さそうで、事実、戦いに介入してこないことから興味をなくして放っておいたのだ。懸命に空気を吸い込む姿は脅威になりそうにもない。だというのに、エリゴールには悪寒が走る。

 

「ウェンディ? なんだ、戦えんじゃねえか」

 

 エリゴールの視線に気づき、ウェンディを目に入れたナツはすぐに理解した。天竜というのだから天を喰っているのだろう。であれば、ウェンディの滅竜魔法が発動する。

 

「まさか!? このガキも滅竜魔導士か!」

 

 遅れて、エリゴールも気がついた。あれは吸い込んでいるのではない、喰っているのだ。

 

「このガキ! 暴風波!」

 

 咄嗟に魔法を発動する。しかし、すでに遅い。

 

「天竜の咆哮!」

 

 放たれた魔法の性質はほとんど同じ。竜巻がごとき魔法。しかし、竜迎撃用の滅竜魔法に対して、エリゴールの魔法は脆弱でそよ風にも等しい。暴風波はあっというまに咆哮に飲み込まれる。

 

「バ、バカなああああああ!」

 

 暴風衣も吹き飛ばされ、むき出しになったエリゴールの体は荒れ狂う暴風に切り刻まれながら、遙か彼方へととんでいった。

 

「…………や、やったの?」

 

 全てを吐き出したウェンディはぺたりと膝をついた。初めての攻撃魔法。目をつぶってしまってどうなったのかわからない。ぼうっとしていると、ナツが歩み寄ってきた。

 

「やったな、ウェンディ」

 

 そういってナツはにかりと笑う。つられて、ウェンディも笑みがこぼれた。

 

「――はい!」

 

 すがすがしい達成感がウェンディの胸を吹き抜ける。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ちっ、やはり奴を殺すしかないのか」

 

 黒光の柱のふもとでジェラールが仕掛けた自律崩壊魔法陣をいじっていたブレインは吐き捨てるように言った。

 生体リンクによる魔法陣の保護はかなり強力に作ってある。ただし、無理矢理組み込んだだけのようで魔力効率の面からとても実用できるようなものではない。元聖十のジェラールでさえ維持するので精一杯だろう。

 

「だというのに、一体何をやっているのだ。使えんやつらめ」

 

 戦う力の残っていないはずのジェラールが倒される気配がしない。苛立ちに杖を握りつぶさんばかりに力がこもる。

 突然、ブレインの頭がずきりと痛んだ。

 

「まさか、ホットアイがやられたというのか……」

 

 ホットアイがやられたことに反応して、ブレインの顔に刻まれた印がひとつ消えていく。

 

「やっぱり、一人はいると思ったぜ」

「直接封印を解除しようという腹だろう」

 

 六魔の一角が崩れたことに驚いているところに、背後から声が二つ聞こえてきた。振り向けば、そこには半裸の男が二人。

 

「てめえと同じ考えだったのは気にくわねえが、やるぞリオン」

「こちらの台詞だ、グレイ」

 

 二人は両手を重ね、魔力を高める。

 

「蛆虫どもが、すぐに消してやる」

 

 ブレインもまた、杖に禍々しい魔力を込める。放たれた氷と影がぶつかりあった。

 



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第二十四話 闇を払う絆

 斑鳩が剣を振う。幾筋もの剣閃の網目を事前に察知していたコブラはくぐり抜ける。避けきれなかった剣閃がコブラの体に傷を作った。巻き込まれた木々が斬り倒され、葉が舞い上がる。視界は不良。斑鳩は天之水分を広げてコブラの居場所を探知する。

 

(かかったな)

 

 その瞬間、コブラは斑鳩めがけて毒を飛ばした。隙をつくらないよう、瞬時に飛ばしたために威力は非常に弱い。しかし、探知のために広げた天之水分にその攻撃を流すほどの効果はない。

 

「ちっ!」

 

 斑鳩は舌打ちとともに退いて毒を躱す。

 

「毒竜の――」

「しまっ!」

「咆哮!」

 

 退いて斑鳩の剣嵐がやんだ隙に、滅竜魔法を発動させる。吐き出された竜の息吹はウィルスを含む。体に染みこめば徐々に体の自由を奪われ命を落とすことになるだろう。

 

「無月流、迦楼羅炎!」

 

 斑鳩はその剣に炎を灯して振う。放たれた豪炎は毒の息吹を焼いていく。炎と毒は拮抗し、やがて互いに消滅した。

 視界の開けた先、コブラが真っ直ぐ斑鳩に走り込んでいた。拮抗する毒と火炎の中を無理に進んだコブラには傷が増えている。彼我の差はすでに埋まり、コブラが斑鳩の目前にまで来ている。

 

「毒竜双牙!」

 

 両腕を交差させるように振う。腕の動きとともに、毒が斑鳩に射出される。

 

「無月流、天之水分・激浪」

 

 即座に広域探知を解除し、操る魔力流を間合いに限定する。超速で振われる剣に掻き回されて、コブラと斑鳩のあいだには激しい魔力乱流が発生した。毒は乱流に阻まれ、斑鳩に届かずに霧散した。霧散した毒も斑鳩に届かないように流された。

 

「とらえましたよ」

 

 コブラの攻撃は失敗に終わり、無防備に斑鳩の眼前に立つ。この距離では剣閃がコブラに届くまでのタイムラグがない。距離をとってなお、避けきれないコブラではもはや躱すことは不可能。

 

「甘えよ」

 

 斑鳩が剣を振ろうとしたところに、コブラはさらに踏み込んだ。本来ならば、そのまま斬り捨てられるだけの愚行。しかし、この状況に完全には当てはまらない。滅竜魔導士は他の魔導士と比べて非常にタフだ。前に踏み込めば、一刀を耐えしのぎ、追撃が来る前に一撃を入れられる。骨を切らせて肉を断つといわんばかりの所行。しかし、毒は肉から骨を腐らせる。

 前に踏み込んだコブラを見た瞬間、それを悟った斑鳩は攻撃をやめて後退した。コブラも斑鳩が後退を決めたのを聴き、同時に後退。斑鳩の剣を避けられる安全圏まで距離をとった。

 

「毒の滅竜魔法に聴く魔法。ほんと、厄介どすなぁ」

「てめえの魔剣もな」

 

 互いの距離が離れたことで戦闘が中断され、それぞれ悪態をつく。

 無傷の斑鳩に対して、コブラは幾筋かの切傷と軽度の火傷を負っている。斑鳩の方が有利に戦いを進めているが、コブラの毒という特殊性は一度でも攻撃を食らえば逆転されかねない危険性をはらんでいる。

 斑鳩が戦況を分析する中で、コブラが口元を釣り上げた。その様子を視界に捉えた斑鳩は怪訝に眉を顰めた。

 

「……何か?」

「お前の魔剣。夜叉閃空、天之水分、迦楼羅炎。多彩で厄介なことこの上ねえ。だがよ――」

「――?」

「もう一個の技は出さなくていいのかよ?」

 

 コブラは卑しく口元を歪めていった。その言葉に斑鳩はぴくりと反応を示す。

 

「それを使えば、すぐに決着つくかもしれねえぜ?」

「……ほんと、心を読むなんて卑しいお人どす」

 

 波打つ心を押し隠して平静を保つ。しかし、心の声を聴くコブラを相手に内心を隠すことなど不可能。コブラはさらに煽り立てるように笑みを深めた。

 

「それとも、自分自身から目を逸らすヘタレには無理か?」

「いい加減に――」

 

 苛立ちは思考を狭め、頭を固くする。なぜ、唐突にコブラは斑鳩を煽り始めたのか。斑鳩はそれに思い至ることができなかった。戦いの始まりから姿を隠していたために、この戦場にいるもう一匹を失念していた。コブラと行動をともにしていた毒蛇を。

 斑鳩が苛立ちと共に、剣を振ったその瞬間。

 

「――蛇!?」

 

 背後の藪からキュベリオスが飛び出した。

 コブラを視界に入れていたために、毒を流せるように天之水分を間合いの広さに限定していたこと。煽り立てられ、意識がコブラに集中しきっていたこと。剣を既に振ってしまったことが合わさり、キュベリオスの奇襲は完全に成功した。

 

「しまっ――」

 

 斑鳩が対応するよりも早く、キュベリオスの毒牙が突きたった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 青鷺はカグラの手をとって転移を繰り返す。もはや、レーサーの方は目にも入れず、ひたすらに斑鳩とコブラから離れていった。

 

「無駄だ。オレからは逃れられねえ」

 

 どれほどの転移を繰り返してもレーサーを引き離すことができない。転移と転移の狭間の時間で追いついてくる。レーサーの魔法は相手の体感速度を下げる魔法。だが、追いすがって来る様子から本来の速さも相当なものだと思われる。

 

「そろそろいいだろう」

「……わかった」

 

 カグラの合図で転移後、再転移をせずに二手に分かれた。

 

「追いかけっこは終わりか?」

 

 二手に別れたの見て、迷うことなくレーサーは青鷺に狙いを定めた。走りを止めた転移の術者を倒すことがレーサーにとっては重要なのだ。即座に進路を青鷺に変えて走る。

 

「……ぐ」

 

 すぐに追いついたレーサーの拳が青鷺の腹に突きたった。体感速度を下げられ、青鷺は転移のタイミングをつかめなかった。青鷺は呻きをあげて吹き飛ぶ。

 レーサーは反転、青鷺に向かったレーサーに追いすがろうと接近していたカグラに正面から突進した。カグラは重力魔法を展開。レーサーはのしかかるような重みに速度を鈍らせる。カグラは剣を振る。しかし、レーサーを斬ることなく空振りした。がら空きの銅にレーサーの蹴りが入る。

 

「がっ……!」

「こっちだ」

「――!」

 

 痛みに意識をそらした瞬間に背後に回ったレーサーが追撃に拳を振う。カグラの顔面をとらえ、衝撃にカグラはよろめいた。その隙に、レーサーは刀を持つ右手を蹴り上げる。そのまま刀はカグラの手を離れて飛んでいく。

 

「……よくも!」

 

 レーサーとカグラの間に青鷺が転移で割り込んだ。抜いた短刀で斬りつける。それをレーサーはたやすくくぐり抜ける。

 

「遅えなあ!」

 

 レーサーの次々と繰り出される両拳が青鷺の体を打ち据えていく。その中で短刀も吹き飛ばされた。痛みをこらえて青鷺が拳を突き出す。それを躱して青鷺の背後に移動して蹴り飛ばした。頭の揺れがおさまったカグラは青鷺の背後に回ったことでさらした背に拳を突き出す。

 

「甘えよ」

「くそ!」

 

 体を捻ってレーサーは拳を躱すと、そのまま回し蹴りを放ってカグラを蹴り飛ばす。

 

「身の程も知らずにオレたちに喧嘩を売るからこうなる。オレたちは六魔将軍だぜ? 少し調子に乗りすぎたな」

 

 地に這いつくばるカグラと青鷺に冷徹に言い放つ。その言葉に青鷺がそろそろと立ち上がった。

 

「……闇ギルドのくせに偉そうに」

「なんだと?」

「……そうでしょ。いつも隠れてこそこそなにかを企む日陰者。あまり、調子に乗らないでほしいな」

 

 青鷺は挑発するように不敵に口元を釣り上げた。レーサーは表情を変えないものの、額に青筋をたてる。

 

「……速さにこだわっておいて、使う魔法は速いように見せるだけの狡い魔法。六魔将軍が聞いて呆れる」

「――死にたいのならそう言え、小娘ェ!」

 

 レーサーは力強く大地を蹴る。ただ真っ直ぐに、怒りのままに青鷺に突進する。

 同時、青鷺は前進する。さらに、転移を使用した。それは、レーサーを避けるためのものではない。むしろ逆。青鷺が現れたのはレーサーの眼前だった。

 

「ぐおお!」

「うぐ……!」

 

 レーサーの速さは本来よりも速く感じる。故に、レーサーの進む座標と同じ場所に転移しようとすれば、青鷺が現れるのはレーサーの目の前だ。

 正面から勢いよくぶつかった二人は衝撃にのけぞった。脳も揺れ、まともに状況が見えない中で、青鷺は歯を食いしばって手を前に伸ばす。意地で伸ばされた指先に何かが触れた感触がしたその瞬間。青鷺は転移を発動。転移先は可能な限りの上空。

 

「な、何が……。空?」

 

 青鷺に指先で触れられたレーサーは一緒に上空へと飛ばされた。突然変わった視界に困惑するのも束の間。青鷺の転移によるものだと理解する。だが、理解したところでどうしようもない。推進力なくして進むことはない。青鷺共々ただ、落下を待つだけだ。

 そう、戦っている相手が青鷺一人だけだったなら。

 

「こ、これは……! 体が引き寄せられて……!」

 

 共に空に投げ出されたはずの青鷺を置き去りに、レーサーだけが異常に加速しながら地面に落ちていく。視線を落とす。落下点にはカグラが立っている。

 

「これで、終わりだ」

 

 弾き飛ばされた剣の代わりに腰に差してあった鞘を、レーサーを指すように真っ直ぐに構える。どれだけ体感速度を狂わせられようと、落ちてくる相手を突くのならば外しようもない。

 

「ば、ばかなああああ――――!」

 

 絶叫するレーサーの腹部に吸い込まれるように、カグラの手に持つ鞘が撃つ。レーサーは血反吐を吐いて白目をむいた。体を痙攣させながら、掲げられた鞘に覆い被さるようにのしかかるレーサーを鞘を一振りして投げ飛ばすと、遅れて落ちてきた青鷺を受け止める。

 

「……ナイス」

「お前こそ、よくやった」

 

 青鷺はカグラの腕から飛び降りてレーサーを見る。地面に体を横たえて完全に気を失っている。二人は顔を見合わせて拳を合わせた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ!」

「星霊魔導士ィ!」

 

 鬼の形相で襲いかかってくるヒビキから困惑しながら逃げ惑う。エンジェルはルーシィが姿を現してすぐにどこかへ消えた。ヒビキの飛ばしてくる光のパネルから避けるように身を隠すと、腰のホルダーから鍵を一つ取り出す。

 

「悪いけど、正気じゃないみたいだし。怪我しても怒んないでよね。開け人馬宮の扉、サジタリウス!」

 

 現れた馬の着ぐるみを着たような男は草陰から手に持つ弓でヒビキを狙撃した。矢はヒビキの足に刺さり、ヒビキは僅かに呻いて膝をつく。

 

「よし!」

「ルーシィさん、あれを」

 

 ひとまず、ヒビキをたいしたダメージを与えることなく無力化したことに喜ぶルーシィ。そこに、サジタリウスが木々の奥を指し示した。

 

「あれは……、エンジェル!」

「見つかっちゃったゾ」

 

 高い枝に腰をかけ、こちらを見下ろすエンジェル。ルーシィは即座にサジタリウスに弓で射るように命令する。エンジェルは矢を躱して枝から降りながら金の鍵をとりだした。

 

「星霊魔導士!?」

「開け双子宮の扉、ジェミニ」

「「ピーリピーリ」」

 

 現れた星霊はすぐにルーシィに変身した。

 

「あ、あたし!?」

「ふふん」

 

 驚いているルーシィをよそに、ルーシィに変身したジェミニはルーシィに向けて指をさす。

 

「サジタリウス、やっちゃって」

「……え?」

 

 命令に従うように、サジタリウスはルーシィに向かって弓を向ける。呆然とするルーシィにそのまま矢を番えて射る。

 

「そ、それがしは……」

 

 矢を射たサジタリウス本人も驚いたように顔を青ざめさせている。至近距離でありながら、急所を避けて肩に射られた矢はせめてもの抵抗の証か。

 

「サジタリウスを操った?」

 

 ルーシィの姿をとった相手の星霊に、不本意ながらも命令に従ってしまったサジタリウス。ルーシィは操っているのだと結論した。

 

「サジタリウス強制閉門!」

「申し訳ないですからしてもしもし……」

「あれ、帰しちゃっていいの?」

「どういう――!?」

 

 くすりと笑うエンジェルに眉を寄せるルーシィ。そこに、さきほど足を射られたはずのヒビキが襲いかかってきた。

 

「あ、あぐ……」

「星霊魔導士ィ……!」

 

 馬乗りに首を絞められて息ができない。

 

「アハハ! 君の星霊は私がもらってあげるゾ。だから、安心して――!?」

 

 哄笑するエンジェルの声が唐突に途切れる。同時に、ヒビキが吹き飛ばされてルーシィが開放された。

 

「ご無事ですか、ルーシィさん」

 

 呼吸にあえぐルーシィを背にヒビキからかばうように一人の男が立ちはだかった。

 

「い、一夜、さん?」

「イエス、あなたのための一夜でぇす」

「あ、そうですか……」

 

 筋骨隆々になったその姿から一瞬誰かと思ったが、こんなことを言う奴は一人しか居ない。

 

「あとは私に任せてと言いたいところですが、生憎私も限界が……」

 

 言い淀む一夜の体はぼろぼろだ。痛み止めの香りで誤魔化して、力の香りで無理矢理ドーピングしているだけだ。そんな姿になりながらも立ち上がる一夜の姿を見て、ルーシィも覚悟を決めた。

 

「よし! あたしがエンジェルを倒す。だからその間、ヒビキをおさえておいて!」

「よろしいので?」

「星霊魔導士どうし、決着付けてくる!」

 

 意気高々に吠えるルーシィ。それに、一夜は「ご武運を」と伝えるとヒビキにのしかかって押さえつけた。

 

「離せ、僕は星霊魔導士を……」

「星霊魔導士への恨みから闇に堕ちたのか……。ならば」

 

 一夜の体の下で必死に抵抗していたヒビキの力が弱まる。一夜が痛み止めの香りを嗅がせたのだ。

 

「あの戦いをよく、見ておきなさい」

「う、うあ……」

 

 地に這う二人の視線の先、エンジェルとルーシィが相対している。

 

「一夜があそこまでしぶといなんて想定外だゾ。それにしても、一人で私を倒そうだなんてなめすぎだゾ」

「あたしはあたしの星霊たちを信じてる。開け獅子宮の扉、ロキ!」

「王子様参上」

 

 現れたのはスーツ姿の金髪の男。腕を組み、真っ直ぐにエンジェルを見据える。

 

「へえ、獅子宮のレオか」

「ロキは強いんだから! それに、いつもあたしの言うことなんて聞かずに出てきたり帰ったり。操ることなんてできないわよ!」

「ふふ、照れるな」

「ホントは言うこと聞いて欲しいんだけどね……」

 

 顔を赤らめるロキをルーシィが半目で見る。ルーシィの声が聞こえなかったのか、ロキは相変わらず得意げだ。

 

「ふうん、自分の実力不足を逆手にとるんだ。見直したゾ」

「なんか、そう言われると複雑……」

「でも、大切なのは星霊同士の相関図。開け白羊宮の扉、アリエス」

 

 現れた星霊にルーシィは目を丸くする。

 

「な、なんでアンタがカレンの星霊を……」

「私が殺したんだもの。これはその時の戦利品だゾ」

 

 そう言ってエンジェルはぞんざいにアリエスの頭をぽんぽんと叩く。アリエスは縮こまり、ロキは複雑そうに顔を歪める。

 

「折角会えたのにこんなのって……」

「見くびらないでくれ、ルーシィ。例えかつての友だとしても、所有者が違えば敵同士。主の為に戦うのが星霊」

 

 言って、ロキは一歩前に出る。アリエスもまた、覚悟を決めてロキを見据える。

 

「それが僕たちの誇りだ!」

 

 アリエスとロキがぶつかり合う。アリエスが羊毛で妨害し、ロキがくぐり抜けて光の拳をたたき込む。そんな戦いを見ていてルーシィは心が痛んだ。

 

「あっれぇ? やるんだ。ま、これはこれで面白いからよしとするゾ」

 

 エンジェルは少し意外そうにしたものの、何事でもないかのように見ている。やがて、戦況がロキに傾くのを見て、エンジェルはジェミニを消して銀の鍵を取り出した。

 

「さすがに戦闘用星霊のレオ相手じゃ分が悪いか。開け彫刻具座の扉、カエルム」

 

 機械型の球形の星霊は砲台の形をとる。ロキとアリエスがともに射線に入ったその瞬間、アリエスもろとも魔力砲が貫いた。

 

「がっ」「いぎっ」

「アハハ! うまくいったゾ」

「味方の星霊ごと……」

 

 ロキとアリエスは負傷が酷く、強制的に星霊界へと引き戻される。

 

「信じらんない……」

「何が? どうせ星霊なんて死なないんだしいいじゃない」

「でも痛みだってあるんだ。感情だってあるんだ。あんたそれでも星霊魔導士なの!? 開け金牛宮の扉、タウロス!」

 

 悲しみと怒りに体を震わせながらルーシィは叫んだ。エンジェルは心一つ動かされた風もなく、ジェミニを呼び出す。ルーシィに再び変身したジェミニは剣に変形したカエルムを手に取る。

 

「MO――!」

「えい!」

「タウロス!」

 

 ジェミニの前に、タウロスは為す術もなくカエルムに切り裂かれた。すると、ルーシィの足が突然力を失って倒れ込む。

 

「あれ? あたし……」

「たいして魔力もないくせに、星霊をばんばん使うからだゾ。ジェミニ」

 

 エンジェルに命令されて、タウロスを斬ったジェミニはそのままルーシィを蹴り飛ばす。魔力がなくて抵抗もできないルーシィは蹴る蹴る蹴る。

 

「あはははは! いい気味!」

 

 一方的になぶられ続けるルーシィの姿に大笑いするエンジェル。それをなぶられながらも、ルーシィは睨み付けた。

 

「なに、その目? むかつくゾ」

「アリエスを開放して。あの子、前の所有者にいじめられてて――きゃああああ!」

 

 ジェミニに肩を斬られて痛みに絶叫を上げる。

 

「人にものを頼むときはなんて言うのかな?」

 

 肩をすくめるエンジェル。ルーシィは傷口をおさえ、痛みに苦しみながらも絞り出すように声を出す。

 

「お願い、します……。ロキと一緒にいさせてあげたいの。それができるのはあたしたち

 星霊魔導士だけなんだ……」

「ただで?」

「なんでもあげる……。鍵以外ならあたしの何でも……」

「じゃあ、命ね」

 

 エンジェルの冷酷な宣告にただルーシィは俯いて涙を流した。死ぬのは恐い。だけどもう、それ以外に道がない。ジェミニがルーシィの前に立ち、カエルムの剣を振り上げた。そのまま振り下ろしてしまえばルーシィの命は終わる。

 

「ジェミニ?」

 

 ジェミニは剣を振り上げたまま、動きを止めた。

 

「きれいな声が、頭の中に響くんだ……」

 

 ジェミニの能力は、人間の容姿、思考、能力を完璧にコピーすること。ルーシィに変身している今、ジェミニの頭の中にルーシィの思いが流れ込んでくる。幼い頃から星霊とともに過ごし、誰よりも星霊を愛する少女の思いが。

 

「できないよ。ルーシィは心から愛しているんだ、僕たちを……」

 

 ジェミニは歯を食いしばって涙を流した。もう、ルーシィに剣を向けることはできない。心が屈した。

 

「消えろォ! この役立たずが!」

 

 エンジェルは怒りのままにジェミニを強制的に帰らせた。そこに、ゆらゆらとヒビキが近づいてくる。

 

「ヒビキ……」

 

 ルーシィは悲しそうにその名を呟いた。ヒビキの後ろに目を向ければ、一夜が力尽きたのか伏せっている。体も力の香りの効果が切れてもとの体型に戻っていた。

 

「アハハ! やっと一夜は力尽きたか! そのまま殺されてしまえ! アハ、アハハハ――!」

 

 ジェミニに裏切られたことへの鬱憤を晴らすかのようにエンジェルは大きく笑った。味方だった男の手で殺されるのを見るのはさぞ愉快だろうと期待するのとは裏腹に、ヒビキは優しくルーシィの頭に触れる。

 

「じっとして。――“古文書”が、一度だけ超魔法の知識を与える」

「なっ!」

 

 ルーシィに知らない知識が、魔力が、力が流れ込んでくる。その力を送り込んでいるヒビキの姿にもはや闇は残っていなかった。

 

(ありがとう。一夜さんの言葉と、君と星霊との絆が僕から闇を取り払った。君なら、この魔法が……)

「頼んだ、ルーシィ」

「――――、――。――――――」

 

 己の全てをルーシィに託したヒビキはそのまま倒れ込んだ。ルーシィは聞いたこともない呪文を唱え出す。

 

「おのれェ! カエルムやるよ!」

 

 自らカエルムを手にとってルーシィへの攻撃を試みるエンジェル。それを囲むように数多の光球が現れた。

 

「な、なによこれ! ちょっ――」

「全天八十八星、光る」

 

 ルーシィの紡ぐ呪文が完成する。そして、本来なら知る由もなかった超魔法の名を唱える。

 

 

「――ウラノ・メトリア」

 

 

「きゃああああああ!」

 

 エンジェルを囲む光球が、温かな光とともに弾けた。夜空に浮かぶ星々がごとき光景を描き、エンジェルは光の奔流の中に沈んだ。

 

「あれ?」

 

 後にはきょとんとするルーシィと、倒れながら笑みを浮かべるヒビキだけが残った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 カグラと青鷺は草木をかき分けて進む。レーサーを撃破した二人は斑鳩と合流するために動いていた。

 斑鳩の実力は二人のよく知るところだ。その信頼は厚い。だというのに、この時は理由もなく不安がよぎっていた。

 

「斑鳩ど――」

 

 そして、辿り着いた先に見た光景は、苦しげに地に膝をつけて呻く斑鳩とそれを見下ろすコブラの姿だった。

 



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第二十五話 菊理姫

 それは、青鷺の初依頼を受けたときのこと。村での事件を解決し、劇団を護衛して帰るときだった。斑鳩を先頭に、劇団、青鷺・カグラと続いていく。

 

「……相変わらず、斑鳩って強いね」

 

 青鷺が何気なく呟いた。思い返すのは村の中を制圧してテントに帰った時のことだ。

 うずたかく積まれた人間の山。その前で何事もなかったかのように焚火にあたる斑鳩。キャンプを襲った人間は青鷺が制圧した人数より多いようだった。その上、劇団員が気づいた様子もない。

 

「そうだな……」

 

 カグラがどこか言い淀むのに青鷺が首を傾げる。カグラと斑鳩の付き合いは長いと言えずとも、二人の間には強い信頼があることを知っている青鷺としては意外だった。

 

「……どうかしたの?」

「いやな……」

 

 少し考え込むそぶりを見せてから、カグラは重く口を開く。

 

「斑鳩殿は、前はもっと強かった気がするんだ」

 

 カグラは何かを懐かしむように遠い目をした。

 

「……弱くなったってこと?」

「確証はない。そんな気がするというだけだ」

 

 手合わせをしていて感じる違和感。どこか剣が鈍い気がする。カグラと斑鳩の間にはいまだ大きな実力差がある。故に、全力の斑鳩と戦ったことのないカグラには確証が持てずにいるのだが、そんな気がするのだ。

 

「……怪我でもしたの?」

「そうだな。一度仕事でたいそうな怪我を負ったようだ。しかし、後遺症が残っているとは思えん」

 

 思い返すのは斑鳩がガルナ島から帰ってきた後。S級クエストに再チャレンジしたときのことだ。不覚をとって中々の怪我を負ったと聞く。斑鳩の剣が鈍ったように感じられるのはその頃からではあるが、不思議と斑鳩が一人で稽古をしている様子を見てもそれは感じられない。決まって誰かと戦っているときに感じられるのだ。

 

「……それじゃあ」

「おそらく、精神的な問題だろう」

 

 言って、カグラは重々しく息をつく。何があったのか、斑鳩は何も語らない。力になれればと思うが何もできないでいる。

 

「尋ねて見てもはぐらかされるばかり。頼りない自分を恥ずばかりだ」

「……いつか、話してくれるといいね」

「そうだな……」

 

 青鷺の呟きに答えてカグラはじっと前方の斑鳩を見つめた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「――貴様!」

 

 烈声とともにカグラはコブラに躍りかかった。対してコブラは難なく身を躱して後退する。カグラは追わず、コブラと斑鳩の間に入って剣を構える。

 

「そっちを聴いてる余裕はなかったが。そうか、レーサーの奴やられやがったか」

 

 コブラの両手から毒気が立ち上る。舌打ちとともにカグラを睨み付けた。

 

「なら、仲間をやってくれた礼はしねえとなあ!」

「ほざけ! それはこちらの台詞だ!」

 

 カグラは重力場を発生させ、斬りかかっていく。

 その隙に斑鳩に駆け寄った青鷺が肩に担ぎ、近くの木陰に転移した。

 

「サギはん……」

「……安静にしてて」

 

 そこに斑鳩を寝かし、すぐにカグラと戦うコブラを睨み付ける。選択肢はない。心の声を聴けるコブラ相手に逃げ切ることも隠れてやり過ごすことも不可能だ。

 

「やめ、なさい……」

「……斑鳩?」

 

 戦いに赴こうとしたところで、青鷺が斑鳩に裾を引かれて立ち止まる。振り返る青鷺に斑鳩が静かに首を振る。

 

「サギはん。カグラはんを連れて逃げなはい。勝てる相手じゃありまへん」

「……え?」

 

 驚きに思わず青鷺は動きを止めた。それを斑鳩は違う意味で受け取ったのか付け加えて言う。

 

「心配せずとも、うちが時間を稼ぐことはできます。その間にサギはんたちは――」

 

「冗談じゃない!」

「さ、サギはん?」

 

 青鷺の怒声に思わず斑鳩は目を丸くする。これまで、青鷺が感情をあらわにして叫んだことなど聞いたこともない。そんな斑鳩に青鷺は怒声をあげて荒れた息を整え、平時のように落ち着いた声で告げる。

 

「……なんで、そんなことを言うの? 私たちは斑鳩を助けたくて出てきたのに、見捨てて逃げるなんてできるわけないよ」

 

 言った青鷺は、落ち着いた声とは裏腹に悔しそうに拳を握りこんでいる。

 

「……少しくらい、信じてみてよ」

「ち、違います。うちは冷静に場を判断しただけで、信じてないわけじゃ……」

「……人と戦うときに剣が鈍い気がするってカグラが言ってた」

「――」

 

 言われたことに、斑鳩はわけも分からず、頭が真っ白になっていくのを感じた。

 

「……悩みがあるんじゃないかって、心配してた。私はともかく、カグラとは一年一緒にいるんでしょ。信じてるなら話してあげなよ」

「そ、それは……」

 

 斑鳩は何も言い返せなかった。自分は二人を信じている。言い返したい。言い返したいのに言葉が出ない。本当に、自分は信じていなかったのか。そんな疑念が恐怖となって斑鳩の心を蝕んだ。

 

「……変なこと言ってごめん」

 

 そう言って、青鷺はばつが悪そうに顔を背けた。

 

「……私は、私たちは信じてるから。それだけは覚えておいて」

「――あ」

 

 去り際に一言を残し、斑鳩に背を向けてコブラのもとへ走り行く。

 呆然とする視線の先で二人はコブラと戦う。それを見ることしかできない斑鳩の戦闘者としての頭が、冷酷な事実を突きつける。

 ――二人では絶対に、コブラに勝てない。

 

「てめえらの動きなんてなあ! 全部全部全部! 聴こえてんだよォ!」

 

 コブラの毒の爪牙が二人を傷つけ、蝕んでいく。

 

「ああああ!」

 

 カグラの剣撃は全てひらりひらりと躱される。重力魔法で押さえつけていても、動きが読めるコブラを捉えるには足りない。ことごとく空を斬る己の剣。その度に殴り、蹴られ、吹き飛ばされる。一方的な戦いの中、己の体のみが毒によって鈍っていく。カグラの屈強な心にさえ、恐怖が入り込んでいった。

 

「……く、そ」

 

 青鷺の転移はコブラの前に、弱点にまで成り下がる。虚をつき、相手の先を制すことができるはずの転移はむしろ、出現座標を読めるコブラにとっては絶好の攻撃のチャンスだった。現れた瞬間に青鷺は殴り飛ばされる。転移を使わなかったところで、正面からの戦いではカグラに圧倒的に劣る青鷺には為す術などなかった。

 

「うちは、どうしたら……」

 

 斑鳩は悔しさに歯がみする。言うことを聞かない肉体が恨めしい。

 なにもできないのか。否、一つだけ方法はあった。さらなる無月流の技が。

 

「どうして、できないの……」

 

 その技は心に密接に関係する。焦れば焦るほどに発動からは遠ざかっていった。しかし、焦っておらずとも発動できたかは怪しい。

 

 ――信じてるなら話してあげなよ。

 

 青鷺の言葉が頭の中で反響する。

 二人を信じていなかったのか。そうなのかもしれない。二人を信じていない以前に斑鳩は己自身を信じ切れていないのだ。だから、そんな自分のことを知られたら嫌われてしまうのではないか。そんな自意識過剰なまでの防衛心が、二人への信頼に罅を入れていたのだろう。

 

 ――なにか心配事があるのなら力になりますが。

 

 アカネビーチでそう心配そうに尋ねてくるカグラの顔が思い浮かぶ。リズリーに気を使われて行った先で彼女はそう切り出した。戦闘欲求へ向き合うことを後回しにしておいて、自分の中で区切りがついているだなんて自分に言い聞かせてはぐらかした。その時、カグラはなおも案じるように顔を伺ってくれていた気がする。

 

 ――私たちは信じてるから。それだけは覚えておいて。

 

 いいのだろうか。こんな自分が信じても。信頼に応えられるだろうか。師匠の信頼を裏切るような行いをしておいて。

 斑鳩は自己嫌悪の渦に飲み込まれ、身動きができなくなっていた。考えれば考えるほどに深みにはまっていく。光が見えても、そこに踏み出すことができない。

 そんな時、斑鳩のお腹が空腹に、場違いな間の抜けた音を鳴らした。

 

「こんな時に――なん、で……」

 

 そこで、斑鳩は口をつぐむ。

 

 ――また、ご飯を食べにおいで。

 

 懐かしい声が聞こえた気がした。斑鳩が己への不信を確固たるものにしたアネモネ村での事件、その終わり。事件解決を喜び、村長夫妻を先頭に賛辞を送って見送りに来てくれた村人たち。驚き固まる斑鳩の背を押すように、村で一つの食堂の女店主、ライラは言った。

 

 ――そんなに気負うことなんてないんだよ。

 

 瞬間、斑鳩は清涼な風が吹いた気がした。村人たちの賛辞が、ライラの思いやりが、カグラと青鷺、二人の信頼が胸の中の暗雲を晴らしてゆく。

 自然と、涙が流れていく。

 

「――終わったら、仲間を連れてご飯を食べに行きます」

 

 瞳を閉じる。斑鳩は自己の中へと埋没していった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「――ッ! あの野郎」

 

 最初に異変に気づいたのはコブラだった。地に膝をつく青鷺とカグラの二人には目もくれず、樹海の一点を睨み付けるように見た。

 

「……あっちは、斑鳩の」

 

 どこを見ているのか瞬時に悟った青鷺と、それに続くようにカグラがコブラの視線の先に目をやると、木陰から立ち上がり、ゆらりと脱力したように佇む斑鳩の姿があった。

 

「――我、無月流の継承者。故、無敵なり」

「――てめえ」

 

 知らず、コブラは一歩後退した。聴こえてくるのだ。ただただ研ぎ澄まされていく斑鳩の戦意が。心を聴いて恐怖を抱くことなど初めての経験だった。

 

「それは使えねえんじゃなかったのかよ!」

 

 コブラは目の前の不条理に叫ばずにはいられない。カグラ、青鷺と戦いながらも斑鳩の心を聴いていた。自己嫌悪の渦にはまっていくその心を。だからこそ、油断していたのだ。まさかこんなにも突然、立ち直ることができるなどとは思わなかった。

 

「――無月流、菊理姫(くくりひめ)

 

 瞬間、コブラは、青鷺は、カグラは、確かに見たのだ。斑鳩に覆い被さるように現れた夜叉の姿を。

 そして、斑鳩はゆらりと刀を持ち上げ、ただ、振り下ろした。

 

「ガァァァ!」

 

 体を毒に侵されながら、繰り出した一閃は今までのどれよりも速く、美しい。当たり前だ。斑鳩は己の力以上の実力を出しているのだから。心や筋肉の動きを聴き取れるコブラだからこそ理解できる。斑鳩は余分な思考の全てを放棄して、自己をただ戦闘のためだけに作り上げている。痛覚は遮断され、体を魔力が覆い、強制的に体を動かしている。それにより、斑鳩は己の体のことなど顧みずに思い描くままの動きを実現させていた。

 

「こんの、化け物がァァァ!」

 

 縦に鮮やかな一文字の傷を負いながら、コブラは踏みとどまって咆哮した。ただの咆哮ではない。毒竜の咆哮。

 

「――無月流、天之水分」

 

 それを斑鳩は表情一つ変えずにかき消した。

 

「……嘘、だろ」

 

 目の前の光景に、コブラは一瞬我を忘れて呟いた。迦楼羅炎で拮抗するならば分かる。斑鳩の持つ技の中で最高威力を持っているのだから。だというのに、なんの発展もさせていない天之水分で滅竜魔法をかき消して見せた。魔法には魔力だけでなく、精神も大きく左右する。自己暗示によって研ぎ澄まされた精神は通常では考えられないほどに魔法の威力を高めていた。

 

「ぐっ、……まだだ、まだ勝ち目はある!」

 

 咆哮をかき消されると同時に刻まれた傷に呻きながら、斑鳩の様子を観察する。無理に酷使した体は皮膚が割け、傍目に見てもボロボロだ。筋肉も骨も悲鳴を上げているのが聴き取れる。滅竜魔導師は非常にタフ。故に、相手の自滅まで耐えることができれば勝ち目はある。

 

「――無月流」

 

 その僅かな希望を打ち砕くように斑鳩が構える。同時に、コブラは肌が泡立っていくのを感じた。天之水分が、斑鳩の操る魔力がコブラを包む。

 

「まず――」

 

 斑鳩が何を放とうとしているのか、聴こえたところで既に遅い。

 それは、不可避の剣閃。

 

「夜叉閃空・狂咲(くるいざき)

 

 筋肉が裂け、骨が歪む。限界を超えて振われる連撃は、距離だけでなく、方向さえも歪めてしまった。

 

「――――――!」

 

 上下左右前後、全方位から包むように襲いかかる剣撃。斑鳩の神速の剣によって振われたことでほぼ同時に襲い来るそれは、さながら剣撃の檻とでも言うべきものか。声にもならぬ絶叫を上げ、コブラの全身が切り刻まれていく。

 緑深い樹海の中、場違いな鮮血の花が咲いて散る。

 

 

 

 

「――斑鳩殿!」

 

 呆然と斑鳩とコブラの戦いを見ていたカグラと青鷺は、糸が切れたように倒れ込む斑鳩を前に自我を取り戻した。

 青鷺は即座に転移すると、斑鳩を優しく抱きとめる。

 

「大丈夫!?」

 

 腕の中の斑鳩の状態は酷い有様だった。抱き留める腕が血に濡れる。まぶたは閉じられ、意識は無いように思われる。

 

「……ごめん。信頼してって言いながら、結局無理させちゃって」

「青鷺……」

 

 自責の念に、青鷺は唇を噛む。自分を不甲斐なく思うのはカグラも同じだ。なにか声をかけることなどできはしない。

 

「それは、ちがいますよ」

「斑鳩殿! 気づかれたのですか!?」

 

 弱々しい声に驚いて斑鳩の顔を覗き込めば、うっすらと笑みを浮かべている。

 

「あなたたちがうちを信じてくれたから、うちがあなたたちを信じることができたから、うちは勝つことができたんどす」

 

 菊理姫発動には深く自己暗示をかける必要がある。その過程で、術者は自己を失う根源的な恐怖に襲われることとなるのだ。並大抵の精神ではそこでブレーキをかけてしまい、菊理姫発動に必要な深さにまで自己暗示をかけることができない。過去、無月流の継承者たちは強さへの信仰じみた思いで暗示をかけてきた。だからこそ、戦いを楽しむ本能を恐れる斑鳩には使うことができないでいたのだ。

 だが斑鳩はそれを、強さへの信仰ではなく仲間への信頼で成功させた。例え道を見失っても、仲間が導いてくれると信じたから、戦いのために自己を喪失する恐怖を感じながらも深く意識の底に沈んでいくことができたのだ。

 

「それは、どういう……?」

 

 だが、そんなことなど二人には知る由もないことだ。斑鳩の言葉の意味を推し量ることができずにきょとんとしている。だから。

 

「そうどすなぁ。帰ったら、ご飯でも食べながらゆっくりお話ししましょうか。今まで言えなかったこともいろいろと」

「――はい!」

 

 斑鳩の言葉に、嬉しそうに二人が頷いた。それを見て、斑鳩も嬉しいような気分になりながら、空を見上げる。

 

「ああ、綺麗どすなぁ」

「……綺麗? ――ああ、本当だ」

 

 斑鳩の言葉に、カグラと青鷺の二人も空を見上げた。

 光の柱が砕け散り、雨のように光の欠片が樹海に降り注いでいく。

 

 

 ニルヴァーナがついに、破壊されたのだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「……おおおお。なんと言うことだ。ニルヴァーナは破壊され、私以外の六魔は全滅した。こんな、こんなことが」

 

 ニルヴァーナの破壊という事実に、ブレインは呆然と空を見上げていた。

 

「ニルヴァーナは破壊された。これ以上の抵抗は無駄だ」

「それに、てめえの言うことが正しいんなら、お仲間は全滅しちまったんだろ。ならてめえも大人しくやられちまいな」

「ガキどもが、調子にのりおって……!」

 

 リオンとグレイの言葉にブレインは怒りに声を震わせた。そして、認めることは業腹だが、二人の息の合ったコンビネーションに苦戦している。それが、より一層腹立たしかった。そして、ブレインは一つの決断を下す。

 

「貴様らだ。貴様らが調子に乗るから、私にこの決断をさせたのだ」

「決断? 何の話だ」

 

 脈絡も無いブレインの言葉に内心で首を傾げるリオンとグレイ。そんな二人に、ブレインは酷薄な笑みを浮かべる。

 

「直に分かる。後悔と絶望の中で死ぬがいい。――生体リンク、解除」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ブレインにはもう一つの人格が存在する。知識を好み、“(ブレイン)”のコードネームを持つ表の顔に対し、破壊を好み、“(ゼロ)”のコードネームを持つ裏の顔が。あまりに凶悪で膨大な魔力を持つその人格をブレインは生体リンク魔法で封印した。その鍵こそが六魔将軍。六つの魔が崩れる時、“無”の人格が甦る。

 今、五つの魔が崩れ落ち、ブレインもまた自ら生体リンク魔法を解除した。その結果などことさら言うべきでもない。

 

『よお、小僧ども』

 

 光の柱が崩れ落ちて間もなく、樹海に散らばる全ての魔導士に念話がつながった。

 

『オレは六魔将軍のマスター、ゼロだ。随分とうちのギルドを食い散らかしてくれたな』

 

 言葉とは裏腹に、そこに悔しさのような負の感情は一切無く、むしろ喜悦が浮かんでいた。

 

『ケジメとしてまず、氷の造形魔導士を破壊した』

 

 そう言うゼロの足下には血まみれのグレイとリオンが転がっていた。二人とも意識は無く、ぴくりと動くことも無い。

 

『だが、安心しろ。まだ完全に壊しちゃいねえ。取り返したかったらすぐに来い。場所は光の柱がたっていたところだ。早くしねえと、暇つぶしに二人を完全に壊しちまうかもなあ』

 

 そこまで言って、ゼロは念話を切る。ゼロは見る者全てを戦慄させるほどの凶悪な笑みを浮かべていた。

 足下に転がる二人の造形魔導士は餌だ。直に多くの魔導士が集ってくることだろう。

 

「さあ、早く来い。オレに破壊されるために」

 

 

 戦いはまだ、終わらない。

 

 

 

 

 




次回、ニルヴァーナ編最終回。


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第二十六話 マスター・ゼロ

前回までのあらすじ

 不穏な動きをみせる六魔将軍に地方ギルド連盟は妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、化猫の宿の四ギルド連合軍による討伐を決定する。集結する連合軍であったが、六魔将軍を前に作戦は失敗、そのまま敗北するかに思えた。しかし、斑鳩ら“人魚の踵”の三人を引き連れたジェラールは六魔将軍の目的である善悪反転魔法ニルヴァーナに自律崩壊魔法陣を組み込むと、六魔将軍を挑発。結果ジェラールは、六魔将軍をジェラール討伐と連合軍討伐のために分断させることに成功。激闘の末、六魔将軍の内五人を各個撃破し、ニルヴァーナを破壊。残されたブレインは怒りに震え、封印していた第二の人格にして六魔将軍のマスターであるゼロを解き放つ。ゼロは破壊欲のままにグレイとリオンを瀕死に追い込むと、二人を人質にさらなる破壊を求め、樹海に散らばる魔導士たちを呼び寄せるのであった。



「――さて」

 

 連絡は済んだ。これから来るであろう正規ギルドの魔導士たちを待つだけだが、待つだけというのは退屈なものだ。

 

「クク、暇つぶしに破壊しておくか」

 

 ゼロは地面に転がる二人の造形魔導士、グレイとリオンに近づいていく。

 そこへ、行く手を阻むように空から剣が舞い降りた。

 

「待ちくたびれたぞ。危うくこの二人を破壊するところだった」

「まだ、一分と経っていないはずだが。随分と気が早い男だ」

 

 グレイたちを背に、エルザが立つ。エルザはミッドナイトを撃破した後、グレイを追ってニルヴァーナに向かっていたのだ。

 天輪の鎧に身を包み、油断なくゼロを見据えながら、エルザはその途轍もなく強大で禍々しい魔力に肌が泡立つのを抑えられないでいた。

 

(まさかこれほどとは。マスター・ジョゼをはるかに凌ぐぞ)

 

 かつて相対した”幽鬼の支配者(ファントムロード)”のマスター・ジョゼ。聖十大魔導(せいてんだいまどう)に名を連ねていた彼を上回るほどの魔力。六魔将軍(オラシオンセイス)のマスターは伊達では無い。

 

「どうした? 来ねえならこっちからいくぞ」

「――――! 換装、飛翔の鎧!」

 

 ゼロがすっと手を差し伸べれば、エルザの足下から黒い魔力が間欠泉のように溢れ出る。それを察知したエルザは即座に飛翔の鎧に換装して離脱した。離脱するとエルザは即座に方向転換。飛翔の鎧による速度向上を活かして接近する。両手に持った双剣でエルザが斬るよりも速く、ゼロの拳が迫る。

 咄嗟に身を捻って躱し、そのままゼロの脇を抜けて離脱する。

 

(この男、簡単に飛翔の鎧の速度に対応した!?)

 

 驚くのも束の間、身を翻してゼロのほうへ身をむければ、ゼロから黒い魔力波が放たれる。広範囲に渡るそれは、躱すことのできる領域を既に超えていた。

 

「はァ――!!」

 

 天輪の鎧に換装。多数の剣を自在に操り、魔力波を切り払おうと試みる。

 

(なんという威力!)

 

 エルザの剣嵐は闇に飲み込まれて砕けていく。闇はその勢いのままエルザを呑み込み、鎧ごとエルザを痛め付ける。

 

「ハハハ! 鎧は破壊のしがいがあっていい! 早く違う鎧に換装しろ。でなければお前が先に壊れるぞ!」

「好き勝手に言ってくれる!」

 

 例え格上の相手であっても勝ち目は必ずどこかにあるはずだ。なにより、諦めることなどありえない。

 毅然と立ち、強い眼光を瞳に宿す。両手に剣を強く握りしめ、いくつもの剣が周囲を舞う。

 

「それでこそ壊し甲斐が――、――!?」

 

 突然、ゼロが横からの衝撃に吹き飛ばされる。

 

「ナツ!?」

 

 エルザはナツが身に纏う炎に目を見張る。普段のナツよりも、魔力が大幅に向上していた。

 

(いったい、何が)

 

 

 

 時は、ニルヴァーナ破壊直後に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 斑鳩たちが、砕け散った光の欠片が降り注ぐ光景に見とれていると、近くの草むらから人影が現われた。

 

「大丈夫――では、ないみたいだな」

「あら、ジェラールはん」

 

 ニルヴァーナ破壊に成功したことで、隠れる必要がなくなったジェラールが斑鳩たちに合流しに来たのである。

 

「すまなかった。こんな危険なことに巻き込んでしまって」

「気にする必要はありまへん。仕事を受けたのはうちらなんどす」

 

 肯定するように、カグラと青鷺も頷いた。

 

「ありがとう。だが、その状態では危険だ。すぐにウェンディに来てもらおう」

 

 斑鳩たちが毒に侵されている様子を見て、すぐにジェラールはウェンディに持たせたお守りに通信を入れる。すると、すぐに反応が返ってくる。

 

「ウェンディ、聞こえるか?」

『ジェラール!? 良かった、無事だったんだね!』

 

 ウェンディの嬉しそうな声が聞こえてきた。通信は斑鳩たちにも聞こえるようだ。

 

「ああ、なんとかな。それで、こっちに怪我人がいるんだ。すぐに来てもらえないか?」

『うん、わかった』

「よかった、目印に光をあげよう」

 

 言って、ジェラールが目印をあげるとすぐにウェンディがやってくる。ナツとハッピーも一緒だった。

 

「随分と早いな」

「それが、ナツさんが戦い足りないって、近くで六魔将軍の匂いがするところに向かってたんですけど……」

 

 困ったように笑うウェンディの視線の先に、気を失って縛られているレーサーとコブラの前で頭を抱えるナツの姿があった。

 

「だあ!? 今回、オレなんも出来てねえ!」

 

 それを見て、ジェラールも苦笑いをする。

 

「なるほどな。――それで、斑鳩たちはどうだ?」

 

 言って、ジェラールはウェンディの手当を受けている斑鳩に目線を移した。ウェンディの手当を受け始めてすぐ、余程の疲労だったのか眠ってしまった。カグラと青鷺も同様に横になっている。

 

「はい。特に斑鳩さんは重傷ですけど、なんとかなると思います」

 

 ウェンディの言葉にジェラールは安心する。

 そこに、ゼロからの通信が入った。

 

『よお、小僧ども』

「――――!? この声、ブレイン、いや、ゼロか!?」

 

 驚愕に、ジェラールは声を震わせた。そして、ゼロの短い通信が終わるとすぐに、どごんと大きな音が響く。ジェラールが音のする方を向けば、先ほどまでとはうって変わり、怒りに震えるナツが地面を殴り砕いている。

 

「ゼロ!」

「待て、ナツ!」

 

 すぐに駆け出そうとするナツをジェラールが引き留める。

 

「邪魔すんな!」

「行ってどうなる。オレも話でしか聞いたことはないが、やつは六魔全員が束になっても勝てないほどの強さだという。勝目なんてないぞ」

「じゃあ、グレイたちを見捨てろって言うのか!」

 

 ともすれば、ジェラールさえ殴りたおしてしまいかねないほど、ナツは怒りに身を燃やしていた。

 

「違う。連合にはエルザや聖十のジュラがいる。任せれば良い」

「そんなことはごめんだ!」

「――なら、うちのお願い聞いてくだはる?」

 

 ジェラールを力ずくで振り払い、ゼロのところに向かおうとするナツに声がかかった。ゼロの通信で目を覚ました斑鳩が上体を起こしてナツを見る。

 

「斑鳩さん、まだ身体を起こしちゃダメですよ」

 

 慌てるウェンディをそっと手で遮ると、傍らの剣を手に取った。

 

「なんだよ、急いでるんだけど」

「まあ、そう邪険にせず。うちも戦いたいのはやまやまなんどすが、見ての通り、不甲斐ない状態どす。ですから」

 

 言って、斑鳩は剣に炎を灯した。

 

「お前……」

「うちに残る魔力、全てを込めた迦楼羅炎。食べてくださいません?」

 

 じっと、斑鳩はナツの瞳を覗き込む。その視線に答えるように、ナツはしっかりと頷いた。

 

「そういうことなら、オレの分まで持って行け、残りは少ないがな」

「ジェラール」

 

 ジェラールもまた、手のひらに炎を灯して差し出す。

 

「行ってこい、ナツ」

「うちらの分まで、暴れてくるんどすよ」

「ああ、任せとけ!」

 

 ナツは斑鳩とジェラールの魔力の全てを喰らう。喰らった炎はさらなる豪火となってナツの体を包んだ。

 

「おし、行ってくる!」

 

 雄叫びとともに走り去るナツの背中に斑鳩が小さく呟いた。

 

「消耗したうちとジェラールはんの魔力だけでは、楽園の塔での力は引き出せまへんか。でも、あと少しナツはんの魔力が強化されれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪火を纏うナツを見て、エルザが呟く。

 

「これは、楽園の塔での――、いや、あの時ほどの力には至っていないか」

 

 思い起こすのは、楽園の塔での戦い。聖十の称号を持つジェラールさえ圧倒した力。

 

「やってくれるじゃねえか。だが、その程度じゃオレは倒せねえぞ」

 

 ナツに殴り飛ばされたゼロが、ゆったりと姿を表す。その身体には、傷の一つたりともついてはいない。

 

「……こんな気持ち悪い魔力は初めてだ」

 

 ナツはゼロを見て僅かに身を震わせた。どす黒い闇の魔力、質も量も、かつて相対した敵と比べれば桁違いだった。

 

常闇奇想曲(ダークカプリチオ)

「くっ」

 

 ゼロの指先から、漆黒の魔力が高速回転し、レーザーのように放たれる。ナツはすんでのところで躱すが、ゼロは常闇奇想曲を自在に操り、次々と攻撃をくらわせていく。

 その隙に、エルザがゼロに斬りかかった。しかし、ゼロはその場から動くこともなく、エルザの剣を受け止めてしまう。

 

「……躱すことも、しないのか」

「その程度か?」

 

 受け止めた剣を砕くと、そのままエルザを殴り飛ばした。拳の一撃で簡単に鎧は砕け跳ぶ。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 一方、ナツは火竜の鉄拳で常闇奇想曲を正面から受け止める。だが、代償に拳の皮が剥がれ、血が滴る。

 

「ほう、貫通性の魔法で貫かれないばかりか、止めてみせるとは。おもしろい」

 

 言って、余裕で微笑むゼロにエルザは力の差を悟らざるを得ない。諦めるつもりは毛頭ないが、このまま戦うよりも上等な手段があることを知っている。

 

(なんとか、私の魔力をナツにやることができれば)

 

 炎帝の剣。炎の刀身を持つこの剣に全魔力を込めてナツに渡す。そして、ナツに眠る竜の力を解放させる。

 しかし、圧倒的な力を持つゼロ相手にそんな隙を作ることが出来るのか。難しいと言わざるを得ない。

 

「はっ!」

 

 ゼロの両手から、幾筋もの黒い魔力がほとばしる。怨念にも似たその魔力は、拡散した後、まとわりつくようにナツとエルザに向かっていった。それを二人はなんとかよけるが、ゼロはナツに接近して掴むと、攻撃を仕掛けようと構えるエルザに投げつけた。

 

「ナツ!」

「くそ!」

 

 エルザは飛んできたナツに衝突し、そのまま二人そろって転がる。

 

「これで終わりだ。常闇回旋曲(ダークロンド)!」

 

 今度は躱す隙もなく、空間を埋め尽くすほどの魔力が二人を襲う。

 

「おいエルザ、何すんだよ!」

「下がっていろ!」

 

 ナツを後ろに追いやると、かばうように前に立った。覚悟を決め、その身をさらす。しかし、ゼロの魔法がエルザには届くことはなかった。

 

「岩鉄壁!」

 

 地面が盛り上がり、エルザの前に巨大な壁を作り出す。壁は見事にゼロの魔法を防ぎきる。

 

「ジュラか!」

「助太刀する」

 

 ジュラは岩鉄壁を砕いてゼロに浴びせかける。

 

「これは、壊し甲斐がありそうだ」

 

 ゼロは笑うと再び魔力を放って硬化した岩のつぶてを砕いていった。

 

「ジュラ、時間稼ぎを頼めるか」

 

 エルザがジュラに問いかける。

 

「策があるのか」

「ああ」

「承知した。はっ!」

 

 ジュラは再びエルザの前に壁を築くと、ゼロの立つ地面を吹き飛ばして後退させる。ジュラはそれに追撃をかけた。これで、ゼロとエルザたちを引き離すことに成功する。

 

「よし、これで――」

「おい、エルザ! さっきのはどういうつもりだったんだ!」

 

 ナツがエルザに吠えかかる。ナツをかばおうとしたことが気に入らなかったらしい。

 

「すまなかった。だが、お前が倒されるのは避けたかったんだ」

 

 エルザは炎帝の剣をその手に取り、炎に自身の全魔力を込めるとナツに差し出した。

 

「私の全魔力だ。喰え」

「エルザ……」

「その身に纏う炎、私以外からも魔力を貰ったのだろう?」

「ああ、ここに来る前に斑鳩とジェラールから貰った」

「やはりか」

 

 斑鳩とジェラールはともに楽園の塔で竜の力を解放したナツを目にしている。だからこそ、ナツに眠る力を解き放たんとしたのだろう。

 

「ゼロの力は想像以上だ。それはお前も分かっていよう。奴を倒せるのはお前しかいない。炎を喰え、そして、全ての力を解放するんだ」

「わかった」

 

 ナツが剣の炎を喰らう。身に纏う炎はより猛っていく。

 

「ふふ、期待して待っているぞ」

 

 そして、竜の力が解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハ! どうした、まだまだ壊したりねえぞ!」

 

 ゼロの周囲には多くの岩石が転がっている。どれも、ジュラの岩を砕いたものだ。

 

「ワシがここまで遊ばれるとは。恐ろしい男だ」

 

 短時間の攻防であったが、ジュラの魔法で操る岩石はいずれも砕かれ、ゼロに届くことはなかった。それでいて、ジュラはかすり傷程度ではあるが、傷を負っている。これで、全力を出している様子ではないのだ。実力の優劣を悟るのには十分。

 

「だが、勝負は実力の優劣のみでつくものではない!」

「来い! 貴様の全てを破壊してやろう!」

 

 再び、ジュラとゼロの攻防が始まろうとしたとき、莫大な魔力の発生を感じ取り、二人は動きを止めた。そして、エルザとナツを守る壁が砕け、魔力の正体があらわになった。

 

「あれは、妖精の尻尾の……」

 

 舞い散った砂塵のなかから、莫大な魔力を内包する炎を身に纏い、ナツが姿を表す。肌にはわずかに鱗が浮き上がっている。

 

「こ、この光、ドラゴンフォース!?」

 

 ゼロが驚いたように声をあげた。

 

「この力、エーテリオンを喰った時と似てる。すげえ、自分の力が二倍にも三倍にもなったみてえだ」

 

(滅竜魔法の最終形態。その魔力はドラゴンにも等しいと言われる全てを破壊する力)

 

 ブレインの知識が、ゼロに目前の光景の正体を教える。

 

「破壊、面白い」

 

 しかし、その正体を知ってなお、ゼロは笑う。そして、己の全魔力を開放した。

 

「来い、ドラゴンの力よ」

「これなら勝てる!」

 

 そして、人智を越える強大な魔力が衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むう、すさまじい魔力のぶつかり合いだ!」

 

 ジュラは衝突の余波に耐えていると、後方から声がかかった。

 

「ジュラ、下がれ! あれはもう、私たちの力が及ぶところではない」

「エルザ殿」

 

 エルザはナツが吹き飛ばした壁の残骸に身を隠すように、戦いの余波から身を守っていた。ジュラはエルザの魔力がもうほとんど残っていないことに気付くと、エルザの場所まで下がり、壁を作ってエルザを守る。

 

「ありがとう、助かった」

「エルザ殿、あれは一体?」

「ドラゴンフォース、滅竜魔導士が竜の力を解放した姿らしい」

「あれが、竜の力……」

 

 壁の向こうで今もなおぶつかっている魔力を感じ、その力に畏敬さえ感じてしまう。

 

「しかし、その竜の力を持ってしてゼロを討てなかったときは……」

 

 同時に、ジュラはドラゴンフォースを開放したナツにすら匹敵する魔力を放つゼロを思い起こして戦慄する。そんなジュラにエルザは笑いかける。

 

「安心しろ、ナツは負けない。たとえ何があろうとも」

 

 そう語るエルザの瞳には少しの揺らぎもない。

 

「ナツ殿を信頼しているのだな」

「ああ、あいつはどんな相手も越えていく」

「ならば、ワシもナツ殿を信じて待つとしよう」

 

 ジュラはその場にどかりと腰をおろした。エルザも同様に腰をおろす。そうして座る二人に恐怖は微塵もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおお!」

 

 雄叫びとともに、突進するナツ。それをゼロは左腕で受け止める。そして、右腕を振りかぶり、

 

「ダークグラビティ!」

「ぐああああ!」

 

 ゼロの手から放たれた重力波がナツを地面に叩きつけた。衝撃に地面は崩壊する。

 ナツは炎を噴射する力で重力に逆らい、ゼロに体当たりを試みる。それをゼロはひらりと躱すとナツを蹴り飛ばした。

 

「常闇奇想曲!」

 

 両手から、黒い魔力光線が放たれる。貫通性の二本の光線は大地の中すら移動し、上下左右全方向からナツを攻め立てる。

 

「火竜の咆哮!」

 

 それらを躱しながら、接近するゼロに対して魔法を放つ。ゼロは咆哮を正面から突破し、魔力波をナツに直撃させた。吹き飛ばされたナツにゼロは追い打ちをかける。今度は光線ではなく、いくつもの魔力弾を叩き込んだ。魔力弾によって舞い上がった砂塵の中から飛び出したナツは、ゼロを渾身の力で殴りかかる。ゼロもそれを迎え撃ち、拳と拳がぶつかり合った。二人の力は拮抗し、とてつもない衝撃が周囲の木々を襲う。

 

「どうやらその力、まだ完全には引き出せてはいないようだなァ!」

 

 すかさず、繰り出されたゼロの拳にナツは吹き飛ばされる。

 

「こんなものか、ドラゴンの力は! 太古の世界を支配していたドラゴンの力はこの程度か!」

「がはっ、ごあっ……」

 

 地に伏すナツをゼロが何度も蹴りつける。そして、蹴り飛ばされたナツが地面を転がっていく。

 

「オレは六魔将軍のマスター、ゼロ。どこか一ギルドのたかが兵隊とは格が違う。てめえごときゴミが一人で相手できるわけねーだろうが」

「…………一人じゃねえ」

「ん?」

 

 息を荒げながら、傷だらけの身体を持ち上げる。

 

「この魔力は、オレのものだけじゃねえ」

 

 斑鳩、ジェラール、エルザ。ナツを信じ、暴れてこいと、期待していると、そう言って己の魔力を託した三人の顔が思い浮かぶ。それだけではない。六魔将軍と死闘を繰り広げた妖精の尻尾(フェアリーテイル)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)青い天馬(ブルーペガサス)化猫の宿(ケットシェルター)人魚の踵(マーメイドヒール)。彼らが死力を尽くしたからこそ、六魔は堕ち、ゼロは現われた。現われるまでに追い詰めた。

 

「みんなの想いが、オレとお前をここに連れてきた。みんなの思いがあったから、オレは今、ここに立っている!」

 

 立ち上がる。両足でしっかりと大地を踏みしめる。

 

「仲間の想いが! 力が! オレの体中を巡っているんだ!!」

 

 ナツの身体から更なる豪火が溢れ出す。その身体はボロボロなれど、魔力に衰えは一切ない。いまだに笑みを浮かべ続けるゼロを鋭い眼光で睨み付ける。

 

「粉々にするには惜しい男だが、もうよい。楽しかったよ」

 

 円を描くように、ゼロは右腕を掲げ、左腕を下げた。

 

「――貴様に最高の“無”をくれてやろう。我が最大魔法をな」

 

 さらに魔力を高めるゼロに、ナツも全力を持って向かっていく。

 

「滅竜奥義、紅蓮爆炎刃!!」

 

 

 ――その魔法、竜の鱗を砕き、竜の胆を潰し、竜の魂を狩りとる。

 

 

 そう言われるほどの力を持った、破壊の力。滅竜魔法、その奥義。両手に豪火をまとい、回転をしながらナツはゼロに向かっていく。

 

「――我が前にて歴史は終わり、無の創世記が幕を開ける」

 

 しかし、滅竜奥義を前にして、ゼロに怯む様子は微塵もない。悠然と、己が最大魔法の詠唱を終える。

 

「ジェネシス・ゼロ! 開け、鬼哭の門!!」

 

 ゼロの両手の間、その空間から、どす黒い怨念を持った亡霊が無数に召喚される。

 

「無の旅人よ! その者の魂を、記憶を、存在を喰いつくせ!!」

「ぐ、あっ、ああああああ!」

 

 無の旅人、ゼロにそう呼ばれた亡霊がナツに食らいつく。数えることもバカらしくなる、圧倒的な数量をもって滅竜奥義すら呑み込んだ。

 

「消えよ! 無の彼方へ、ゼロの名の下に!」

 

 ゼロの号令で、世界は闇に包まれる――その寸前、闇の中で金色の炎が灯る。

 

「何!? 金色の炎が、オレの魔法を燃やしているだと!!」

 

 ついに、ゼロの表情から笑みが消える。

 

「おおおお! らああああああ! 全魔力開放! 滅竜奥義“不知火型”――」

 

 ドラゴンにも等しいと言われるドラゴンフォース。そのあまりある魔力全てを一撃にかけることで、ついに、ナツはゼロの力を越えてみせる。

 

「――紅蓮鳳凰劍!!!」

 

 金色の炎は無の旅人を燃やし尽くし、驚異的な突進がゼロを完璧に捉えた。

 

「ぐあああああああ!」

 

 木々をなぎ倒し、大地を剥ぎ取りながら、飛んでいく。やがて勢いを失って二人が地面に転がる頃、ゼロは気を失っていた。

 

「う、おおおお――――――!」

 

 ナツが勝利の雄叫びをあげる。

 

 ここに、戦いは終結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “化猫の宿”のギルドマスターから、連合軍に伝えたいことがあるらしい。ウェンディからそう伝えられ、連合軍の四ギルドに“人魚の踵”を加えた五ギルドのメンバーが“化猫の宿”のギルドに訪れていた。

 

「私たちは一度訪れたことがあるけど、他のみんなには新鮮みたいね」

 

 シェリーが鏡の前に立ち、“化猫の宿“で生産された衣服を見に包んだ姿を確認する様子を見て、ルーシィは隣に立つウェンディに話しかける。

 

「よろこんでもらえてるようで、私も嬉しいです」

「それにしても、捕まえた六魔将軍の処遇、あれで良かったのかしら」

 

 そういって、ルーシィは戦い終結直後のことを思い返す。

 

『六魔将軍の処遇はオレに任せてくれないか』

 

 そう言い出したのは、楽園の塔で出会ったジェラールだった。反対意見も当然出たが、最終的にはニルヴァーナ破壊の功績を連合軍が、六魔将軍討伐の功績をジェラールが果たしたという名目にすること、つまり功績を交換することで取引が成立した。その後、評議院が近づいてきていることに気がついたジェラールはニルヴァーナの影響で善に目覚めたホットアイ改めリチャードとともに、拘束された六魔将軍を担いでどこかへ消えた。

 

「きっと、大丈夫です。少しの間、一緒に暮らしてましたけどジェラールは信用できます」

「ジェラールはあたしも信用してないわけじゃないけど、六魔将軍と戦ったあたしとしてはあんな怪物を抑えておけるのかが心配なのよね」

「それなら大丈夫だろう」

「あ、エルザ!」

 

 シェリー同様、ギルド特産の衣装に身を包んだエルザがやってくる。

 

「六魔も強いが、それ以上にジェラールも強い。戦いになったとして、ホットアイも味方につくだろう。ゼロを再封印した今、安心して良いだろう」

「エルザがそう言うなら信用するけど」

「さあ、広場でもうみんなが待っている。そろそろ行こうか」

「うん」

 

 エルザに促されて、ルーシィたちは広場に向かった。

 

 

 ジェラールと六魔将軍の間でどんなやりとりがあったのかはルーシィたちには知り得ない。後日、ルーシィにエンジェルが契約していたはずの星霊の鍵が送られてきたこと、ブレインだけが評議院に捕まったということ。この二つの事実を知るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “化猫の宿”のマスターであるローバウルの話は六魔将軍討伐、ニルヴァーナ破壊に関する感謝の言葉から始まった。浮かれる連合軍の面々であったが、続く話に言葉を失う。

 ニルヴァーナの真実、そして、“化猫の宿”はローバウルが作り出した、ウェンディたった一人のためのギルドであったこと。

 

「ウェンディ、シャルル、もうおまえたちに偽りの仲間はいらない。本当の仲間が居るではないか。おまえたちの未来は始まったばかりだ」

 

 そういって笑いかけると、四百年間ニルヴァーナを見守り続けた亡霊、ローバウルは役目を終えて消え去った。同時に、ウェンディの肩に刻まれたギルドの紋章が消滅した。

 突然の別れに涙するウェンディの肩に、エルザがそっと手を置いた。

 

「愛する者との別れのつらさは仲間が埋めてくれる。――――来い、妖精の尻尾へ」

 

 

 

 こうして、六魔将軍討伐は終結した。連合軍は再会を誓い、各々のギルドへ帰って行く。しかし、斑鳩たちが妖精の尻尾と再会の誓いを果たすには、長い時間を要するなど、この時予想していた者は誰一人として居なかったのだった。

 




ようやく六魔編が完結。
エドラス、天狼島には参戦しようがないのでスルー。ということで七年後に行く前にいくつかオリジナルの話を挟むことになります。
これからも更新頻度は遅いかもしれませんが、さすがに二年後に更新とかはない、はず……。


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神刀編(オリジナル)
第二十七話 ミルマーヤの神刀


 フィオーレ王国東部の町、ツユクサ。

 ここは隣国ボスコとの玄関口でもあり、交易によって栄えている。

 そこで、斑鳩、カグラ、青鷺の三人は夕食として、異国の料理に舌鼓を打っていた。

 

「ううん、ボスコの料理もおいしいどすなぁ」

「そうですね。フィオーレの料理とは違って辛めの味付けですが、たまにはこういった料理もいいものです」

「……私にはちょっと辛すぎ。カグラにあげる」

「まったく、仕方がない。食ってやるから、辛くない料理を注文し直せ」

「……ありがと。じゃあ、遠慮なく」

「ふふ、サギはんには少し早かったみたいどすなぁ」

 

 三人がこうしてツユクサにまでやってきたのは、当然、六魔将軍討伐の折に約束したからである。こうして、食事をしながら斑鳩たちはいろいろな話をした。斑鳩の生い立ち、悩み、それだけではない。カグラと青鷺も同様に腹を割って話し、いっそう三人は絆を深めたのであった。

 

「しかし、こうして個室でゆっくり話すのもいいどすなぁ。昨日の宴会も楽しかったどすが、さすがに疲れてしまいましたから」

「まさか、観光に来てトラブルに見舞われるとは。アカネビーチといい、今年はどうもついてませんね」

 

 斑鳩は窓の外に視線を移す。その窓からは町の観光名所でもある大きな中央広場を眺めることが出来る。そこには今、大きな魔獣の首が飾られ、ライトアップされていた。

 実はツユクサでは、一週間ほど前から強力な魔獣が大量発生したことによって交易が停滞した。町に詰めている軍兵では太刀打ちできず、緊急のS級クエストとして魔導士ギルドに依頼が出されることになった。それでも失敗が続き、中々解決の糸口が見えないなか斑鳩たちが町を訪れたのである。

 最初、カグラは正式にギルドで受理していない仕事をすることに難色を示したが、結局は良心にしたがうことにした。こうして、三人の同意のもと魔獣退治に乗り出したのだ。魔獣退治開始からさらに一週間、ようやく群れのボスを見つけ出すことに成功。斑鳩が首を落とすことで事態は決着したのであった。

 斑鳩が言っている宴会とはこの記念として開かれたもので、立役者である斑鳩たちは不参加というわけにもいかず、休む暇もなく話しかけてくる町人たちに対応していた。

 

「……私はああいうノリ苦手」

「まあ、そう言うな。仕事をしていけばこういった機会は少なからずある。斑鳩殿みたいに楽しめるようになれとは言わないが、それなりに対応できるようになった方がいいだろう」

 

 カグラの言葉に青鷺は渋い顔をする。その表情を見て斑鳩はクスクスと笑った。

 こうしてしばらくの間、三人の談笑は和やかに続いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ツユクサの中央広場。

 フードを深く被った小柄な影が、飾られている魔獣の首を眺めている。魔獣の首はかなり大きく、広場を通る人々は見上げるように眺めては感嘆の声をあげていた。

 影もまた感嘆の声をあげるが、視線は頭上ではなく下。首の切り口に向いている。

 

「お前さん、分かる口かい?」

 

 影は急に声をかけられたせいかビクリと体を震わせて、恐る恐る声がした方を見た。そこには赤ら顔をした老人が立っている。それを見て、影は安堵したように息を吐く。ただの酔っ払いが絡んできただけのようだ。

 

「分かる口って、なんのことですか?」

 

 影から、高い声が聞こえてくる。どうやら影は少女のようだ。

 

「とぼけんじゃねえやい。この魔獣、カンジカはバカみてえに硬い体毛を持っていることで有名だ。実際、軍兵どもの武器じゃ下っ端のカンジカにも文字通り刃がたたなかったってのに、こうしてすっぱり綺麗に首を落としていやがる。おれも若い頃、魔剣士として魔導士ギルドに所属してたもんだが、こんなすげえ腕をもったやつにはほとんど会ったことがねえよ」

 

 その後も、酔っ払った老人は少女に自らの武勇伝を交えつつ、いかに目の前のカンジカの首を斬った魔剣士が凄いのかを聞かせ続けた。それを、少女は嫌な顔をせずにじっと聞いていた。

 

「その人たちって、今どこにいるのかわかりますか?」

「んん? それなら、そこの通りを真っ直ぐ行ったところの“オリヅル”って宿に泊まってるはずだが――ははぁ、お前さん会いたいのかい?」

 

 老人の言葉にコクリと頷いた。

 

「残念だが、あまりに町人が押し寄せるもんで、今では軍兵が出張って町人を追い払ってんだ。一目見るくらいなら明日の朝に出立するみたいだから、見送りに出れば見れると思うぞ」

 

 少女は静かに首を横に振る。

 

「会って話しがしたいです」

「ううん、それはなあ……。確か“人魚の踵”ってギルドに所属してたはずだから、どうしてもってんなら後日訪れれば会えるんじゃないかい?」

「…………それじゃあ、遅いんです」

「ん。なにか言ったかい?」

「いえ。お話、たいへん参考になりました。では、これで」

 

 そう言って、少女は老人に頭をさげ、背を向けるとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「随分と話し込んでしまいましたなぁ」

 

 斑鳩たちが宿の部屋にもどる頃には、すっかり夜も更けていた。

 

「……ん」

 

 部屋に戻ったところで、青鷺が眉を顰めて頭上を仰ぎ見る。

 

「サギはん?」

「……誰かいる」

「誰か?」

 

 斑鳩たちが泊まっている宿は三階建ての建物で、宿泊している部屋も三階にある。当然、斑鳩たちの部屋の上にあるのは屋根だけである。斑鳩が天之水分で確認するよりも早く、青鷺が瞬間移動で姿を消した。そして、瞬きするほどの間で見慣れない人影を連れてくる。

 

「きゃっ!」

 

 青鷺が人影を床に押さえつける。人影は小さく悲鳴をあげた。

 

「……私たちに何か用?」

「あ、あの! 私、怪しくは…………あると思うんですけど、別に害意とかはなくて! ただ、お話しがしたくて! あ、あの、その――――」

 

 青鷺がどうするのかと視線を投げる。

 

「まあ、手を離しても問題なかろう。斑鳩殿もそれでいいですか」

「ええ、それに見たところまだ幼い少女みたいどすし」

 

 深くフードを被っていて顔はよく見えないが、体格と声からは十四歳ほど、青鷺と同年代くらい程度の様子である。

 

「……わかった」

 

 青鷺も特に危険は感じなかったのだろう。特に異論をはさむことなく手を離した。

 

「あ、ありがとうございます」

「それで、話しがしたいことってなんどす? ただの町人には見えまへんけど」

「あ、はい。そ、その、まずは自己紹介をしますね」

 

 言って、少女は被っていたフードをとった。

 

「私は、ジーニャ・アラプトといいます。きっと知らないと思いますけど、ミルマーヤ族っていう、部族の末裔です」

 

 フードの下から現われたのは、斑鳩たちの想像通りまだ幼さを感じさせる少女であった。白髪、褐色肌、蒼い瞳。珍しい身体的特徴をしている。

 

「ミルマーヤ族。ふむ、知らないな」

「あはは……、そうですよね。百年前には滅んでしまってるみたいなので仕方がないんですけど」

 

 カグラの言葉に少女、ジーニャは苦笑した。

 

「では、こちらも自己紹介を。うちは斑鳩といいます」

「カグラだ」

「……青鷺」

「うちらは“人魚の踵”というギルドに所属している魔導士どす」

「それで、早速だが話したいこととはなんなのだ? わざわざ名乗ったと言うことは、ミルマーヤ族に何か関係が?」

 

 カグラの問いに、ジーニャは頷く。

 

「は、はい。お察しの通りです」

 

 言って、少女は肩にかついでいた長袋をおろすと、中から一振りの刀を取りだした。

 

「これは……」

 

 取り出した刀を見て、斑鳩たち三人は息をのむ。美しい白塗りの鞘に収められた刀。それは、どこか古びては居るが神聖な気配を放っていた。

 

「これは、ミルマーヤ族が代々崇めてきた守護神エトゥナ。月の欠片を混ぜこみ、エトゥナ様の魂を宿したと言われる神刀、三日月です。私は今、この神刀の担い手を探しているのです」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ミルマーヤ族はボスコ西部、フィオーレ王国との国境近くの森に集落をかまえる一族であった。たびたび戦渦に巻き込まれることはあったが、ミルマーヤ族の戦士は精強を誇り連戦連勝。かつてはボスコにその名を知らぬ者がいないほどであった。

 そんなミルマーヤ族は一柱の神を崇めていた。守護神エトゥナ、月と戦を司る女神である。エトゥナはただ飾られていることをよしとせず、時折、気に入った戦士を見つけると担い手として選び、その力を戦場で存分にふるった。その女神に従事する巫女を代々輩出し、ミルマーヤ族の族長としての立場を築いていたのがアラプト家である。

 ミルマーヤ族は一時期隆盛を誇ったが、不敗を誇ったことが逆にあだとなったのか、次第に部族外の者を軽視するようになっていった。ある時、ミルマーヤ族は流行病によって急激に人口を減少させた。それでも、部族外との交流を嫌った結果、緩やかに人口は減少し、百年ほど前に集落を維持できなくなったミルマーヤ族はついに集落を放棄し、ここにミルマーヤ族は滅びたのである。

 その時、神刀三日月を持ち出したのがアラプト家の巫女であった。

 

「なるほど、アラプトの姓を持つそなたは巫女の血を継ぐということか。しかし、わからんな。神刀の担い手を探すと言うことは、大事な神刀を手放すことではないのか?」

「はい、その通りです」

 

 カグラの問いにジーニャはしっかりと頷いた。

 

「でも、それでいいんですよ」

「それでいい?」

「はい、実はこの神刀、うちの物置に転がってたんです」

「――――は!?」

 

 ジーニャのあんまりな発言に、三人は唖然とする。

 

「アラプトの家系とはいえ、多くの者と交じり血を薄めました。かつてミルマーヤ族はエトゥナ様の声を聞くことが出来たようですが今はそれも叶いません。声を聞くことが出来るのは、先祖返りなのか血を色濃くついだ私だけなのです」

 

 ミルマーヤ族の特徴に白髪、褐色肌、赤い瞳がある。ジーニャの瞳は蒼いが、血を色濃く受け継いでいるのは確かである。

 

「違う文化の中で暮らすようになり、声も聞くことが出来なくなれば信仰が無くなってしまうのも仕方が無いことだと思います」

 

 そう言うジーニャの表情は少し寂しそうだった。

 

「私は幼い頃にこの神刀を見つけ、エトゥナ様とたくさんお話をしました。ミルマーヤ族に関する知識もエトゥナ様に教えていただいたものです。そのエトゥナ様が物置で転がっているよりも、新たな担い手のもとに渡りたいとおっしゃいました。ですから、私はなんとしてもエトゥナ様の担い手を見つけ出して差し上げたいのです」

 

 そう宣言するジーニャの瞳には強い輝きが灯っている。

 

「なるほど、事情はわかりました。それで、うちらに会いに来たのは広場のカンジカの首を見てどすか?」

「はい、その通りです」

「それで、その判断はどうするんどす。実際に剣を振ってみればいいどすか?」

 

 斑鳩の問いにジーニャは静かに首を振り、そっと神刀を差し出した。

 

「この神刀は担い手として選ばれた者にしか抜けません。また、ミルマーヤの血を引いていなくとも、担い手には声が聞こえるようになるそうです。ですから、手にとって抜いてみてください。それでわかります」

「なるほど、では……」

 

 斑鳩はそっと差し出された刀を手に取った。そして、柄に手をかけてぐっと力を入れる。しかし、

 

「…………残念どすが、うちにはぬけまへん」

「そう、ですか」

 

 いくら力を込めても刀は抜ける様子はない。諦めてジーニャに神刀を返そうとする、その時であった。

 

『――――惜しい』

 

 聞いたことがない、美しく清らかな声が聞こえた気がした。

 

「……ん? 今、声がしたような」

「――――!? 聞こえたのですか!」

 

 斑鳩の言葉に、ジーニャは飛びつくように迫りよった。

 

「ちょ、近いどす」

「あ、す、すみません。つい興奮してしまって……」

 

 ジーニャは顔を赤らめて距離を取る。

 

「しかし、本当に聞こえたのであれば、エトゥナ様には気に入られたはずです。それでも抜けないのであれば、まだ何か不満があるということでしょう」

「不満、どすか。それが何かは、わかります?」

 

 斑鳩の問いに、しかしジーニャは首を横に振る。

 

「エトゥナ様は教えてはくれないようです。己で気付けと言っています」

「さすがに、そう甘くはありまへんか」

 

 斑鳩は小さく溜息をついた。その斑鳩に、ジーニャは笑いかける。

 

「きっと、エトゥナ様に気に入られるのも時間の問題ですよ。――――ああ、これで私の役目も終わります。やっと母の元へ帰れる」

「帰る? 神刀はどうするんどすか」

「当然、斑鳩さんにお渡しします。大切にしてあげてください」

「ですが、まだうちは神刀を抜けたわけじゃ――――」

「……待って欲しい」

 

 ジーニャと斑鳩の会話に、窓際で黙って話を聞いていた青鷺が割って入る。その表情は分かりにくいが、わずかに険を感じさせるものだった。

 

「サギはん?」

「……何か、隠していることはない?」

「…………何のことでしょう」

 

 青鷺の追求をジーニャをはぐらかした。そのジーニャの表情にバツの悪さを感じ取ったカグラは青鷺に訪ねる。

 

「どうしてそう思ったのだ」

「……その娘の話の途中から、この宿を伺う気配がいくつか現われた」

「なんだと!?」

 

 青鷺の言葉に、カグラも驚きの声をあげた。青鷺は顔を伏せるジーニャをじっと見据えると、言った。

 

「……これは勘だけど、その刀、狙われてるんじゃないの」

「………………そ、それは」

 

 部屋の中を沈黙が支配する。重い空気が四人にのしかかった。そこで、再び斑鳩の頭に声が響く。

 

『どうか、この娘の話に耳を――――』

 

 その声には、どこか悲痛さがあった。斑鳩はジーニャの顔をのぞき見る。斑鳩が声をかけようとするが、それよりも前にジーニャが口を開いた。

 

「そう、あなたの言うとおりです。この神刀は狙われています」

「……だったら」

「しかし、安心してください」

 

 ジーニャは神刀を取り出した長袋を再び手にすると、もう一振り神刀と瓜二つの刀を取り出した。

 

「それは?」

「これは神刀三日月の姉妹刀。神刀が打たれたとき、刀は二本つくられたといいます。違いといえば、エトゥナ様が宿っているかいないかだけ。エトゥナ様のお声を聞けぬ輩には、この刀を渡せば引き下がるでしょう」

 

 そう言って、ジーニャは顔に笑みを浮かべた。しかし、その笑みはぎこちなく、無理矢理つくった表情であることはその場の三人にはすぐに分かった。

 

「それが本当なら、さっさとその姉妹刀を渡してしまえば良かったのではありまへんか」

「そ、それは……」

「それでも、神刀の担い手に足る人物を捜し当てるまでしなかったのは、引き渡したところで無事で済むようなぬるい相手ではなかったのではありまへんか」

 

 斑鳩の問いに、ジーニャは俯いて押し黙る。

 

「事情を、話してはくれまへんか」

「…………ダメです。神刀を受け取って貰う上に、危険に巻き込むなんてできません」

 

 斑鳩はそっと近寄ってジーニャの手を取った。ジーニャはぱっと斑鳩の顔を見上げる。その両目には薄く涙が溜まっている。

 

「巻き込まれたくて、話して欲しいんどすよ。だからどうか、うちをたよってはくれまへん?」

 

 そう言って斑鳩は優しく笑いかける。

 ジーニャは再び俯いて顔を隠すと、ぽつぽつと一体その身に何が起きているのかを話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジーニャはボスコのとある町で母と二人で暮らしていた。

 まだ少女の域を出ないジーニャが神刀の担い手を探したいと思ったとき、まず相談したのは母親であった。ジーニャの母、ベアリア・アラプトは商人であり、悪人ではないが金に対する執着心がいささか強かった。神刀の話をジーニャから聞いたとき、まずベアリアが考えたことは金儲けになりそうだ、ということである。

 ベアリアはまず、商人ギルドを通じてボスコ国内に広告を出す。

 

 ――神刀の担い手求む。

 

 内容は、まず挑戦料を払って神刀を抜くことが出来るかどうか挑戦する。もし抜くことが出来たならば、その者に神刀を贈呈するというものだった。

 広告の効果は絶大で、ボスコ各地から剣士が集まり挑戦した。商売は大成功を収め、多くの利益を生み出したが、次第に客足は遠のいていった。あまりに神刀を抜ける者が現われないため、詐欺を疑われ出したのである。噂が出始めた段階、国中に広まる前にベアリアはここが商売のやめどきであると見切りをつけた。そして、最後にベアリアは神刀を好事家に売り渡してしまおうと思ったのである。

 ジーニャもさすがにこれを黙ってみているわけにはいかなかった。エトゥナ様を商売にされることにも正直納得はしていなかったが、実際に大勢の人が集まり挑戦し、担い手を見つけ出すのには適していたからこそ我慢していたのだ。しかし、担い手でもない好事家に売り渡すことには我慢することは出来なかった。

 思い直すように母を説得するジーニャだったが、母ベアリアに一蹴される。

 

「そんなぼろっちい刀のために、なんで私が骨を折んなきゃいけないんだい。神様だってんなら、せめてうちの家計にお金を恵んで欲しいもんだね」

 

 どれだけ説得を試みても意見を曲げないベアリアに、ジーニャはついに諦める。そこで、ジーニャは姉妹刀のことを思い出した。

 

「そうだ、今のうちにすり替えよう!」

 

 挑戦は明日で締め切る予定だ。明日で担い手が見つからなければ神刀は好事家に売り払われてしまう。そこで、誰にでも抜くことが出来る姉妹刀に今のうちにすり替え、明日の挑戦者に渡すことで事態を収束させる。そして、神刀は再び物置に隠して数年後、ジーニャが独り立ちしたときに担い手を探す旅に出ることにしようと考えた。エトゥナにも承諾を貰い、ジーニャはその計画を実行に移す。

 母が寝たことを確認して、客間に置かれた神刀を手にすると物置に向かった。多くの物が転がる物置から姉妹刀を探すことには苦労したが、なんとか見つけ出すことに成功する。そして、いざ交換しようと思ったところで、神刀をこのまま物置に置いていたら母に見つかる可能性があることに気付く。隠し場所を自分の部屋に変えようと計画を変更し、探している途中で見つけた長袋に神刀を入れて肩に担ぎ、姉妹刀を手に客間に向かおうとした。

 そのとき、家に悲鳴が轟いた。ジーニャはその悲鳴の主にすぐに気がついた。

 

「お、お母さん!?」

 

 悲鳴は客間の方からした。急いで物置を飛び出すと、客間へと駆け出す。

 そこでジーニャが目にしたものは、血だまりに沈む母と、血濡れの剣を手にした男であった。

 

「え、なに、これ…………」

 

 呆然と立ち尽くすジーニャに気付いて男はゆっくりと振り向いた。

 

「む、ガキがいたのか」

 

 男は若く、二十代の半ばほどに感じられる。その男は、金の髪に蒼い瞳、そして褐色の肌を持っていた。

 

「あ、あなた誰。お、お母さんに何したの」

 

 ジーニャは恐怖で声を震わせながら、必死に言葉を吐き出した。消え入りそうなその声は、しっかりと男の耳に届いたようだった。

 

「ワシか? ワシはパンシュラっていってのう、神刀を貰いにやってきたのよ」

 

 そして、視線を足下に倒れるベアリアに移すと言った。

 

「この女はの、一度はワシに神刀を譲る、神刀がある場所に案内してくれる、と言ったくせに、騙してこんな何もない部屋に連れてきたんじゃ。で、むかついたから斬ってやったというわけじゃ」

 

 パンシュラは悪びれもせずに言い放つ。ジーニャには、パンシュラが本気で悪いのはベアリアで己は何も悪くないのだと、そう思っていることが分かった。

 

「しかし、これから探そうと思っていた神刀を持ってきてくれるとはラッキーじゃのう。どれ、その刀をワシによこさんかい」

 

 ジーニャに近づこうとするパンシュラに、ジーニャは足が竦んで動けない。

 

「――む?」

 

 パンシュラの動きが止まる。パンシュラが足下に目を向ければ、ベアリアが倒れながらもパンシュラの足を掴んでいた。

 

「に、逃げなさい……、ジー、ニャ…………」

「お、お母さん!?」

 

 息も絶え絶えに、言葉を発するベアリア。

 

「早く、殺、される、前に……」

「で、でも…………」

 

 逃げるしかない。そんなことは分かっていたが、母を置いて逃げるなんてジーニャには出来そうに無かった。すると、

 

「――――く、カッカッカ!」

 

 その母娘のやりとりを見ていたパンシュラが突然笑い出す。

 

「いや、ワシとしたがことが見誤ったわい。神刀を商売に利用するなんぞ、ろくな女ではないと思っておったが、なかなか良いものを目にしたわ。よし、娘、逃げてよいぞ」

「――――え?」

 

 パンシュラの突然の言葉に、再び呆然とするジーニャ。

 

「む、分からんか? ワシの所属しておるギルドの方針でのう、人殺しの目撃者は生かしておいてはならんから、見逃してはやれんが逃げる時間くらいは与えてやろうと言っておるのじゃ。だいたい二日くらいはくれてやろう。それ、早よう逃げんか」

「で、でも…………」

 

 ジーニャはなおもパンシュラとベアリアの間で視線を彷徨わせる。すると、笑顔だったパンシュラの顔が少しずつ曇ってくる。

 

「ワシはくどいのは好きではないんじゃが……」

 

 その呟きに、ベアリアは危険なものを感じ取る。間違いない、このままジーニャが逡巡を続ければ、この男は意見を翻してこの場でジーニャを斬り殺すだろう。

 体に残った力を振り絞り、息を大きく吸い込んだ。そして、のどが張り裂けんばかりに声をあげる。

 

「――――早く行かんかい! この大馬鹿娘がァ!!」

 

 体をびくりと跳ねさせたジーニャとベアリアの視線が合った。ベアリアは渾身の力でジーニャを睨み続け、そして。

 

「――――!」

 

 涙を流し、ジーニャはその場を後にする。

「カッカッカ――――!」

 背後で再びあがるパンシュラの笑い声が、いつまでもジーニャの記憶に残った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「母は決して悪い人じゃありません。お金への執着だって、早くに父を亡くした母が私を育てるために必要だったからなんです。それなのに、私のわがままで、母を…………」

 

 泣いて震えるジーニャを斑鳩はそっと抱きしめる。母を殺され、まだ幼い少女が国をまたいでまで逃げてくる。その苦労は想像を絶することだろう。

 

「ごめんなさい。本当は巻き込んじゃダメなのに、こんなこと話してしまって。本当は恐くて、ずっと誰かに助けて欲しくて…………」

「言ったでしょう。うちは巻き込んで欲しかったんどす」

 

 斑鳩は泣き続けるジーニャの背中をなで続ける。そして、カグラと青鷺に視線をやると、二人はしっかりと頷いた。

 

「サギはん、敵の様子は?」

「……動く気配はない。恐らく、建物内での戦闘を嫌ってこっちが外に出てくるのを待ってるんだと思う」

「そう、では――」

 

 作戦をたてようと斑鳩が言おうとしたところで、青鷺が割って入ってくる。

 

「……待って欲しい。私はパンシュラという名前に聞き覚えがある」

「本当か」

「……うん。髑髏会にいた頃、一度話題になっていたのを聞いたことがある。ボスコで昨年くらいから有名になりだした闇ギルド、“血濡れの狼(ブラッディウルフ)”。そこのエースが確か“ノルディーン姉弟”と“六手のパンシュラ”。実際にそいつらに会ったギルドの魔導士が言うには、三羽鴉より余程恐ろしかったと」

「三羽鴉を凌ぐか……。その言葉が本当だとすれば、やさしい相手ではなさそうだ」

 

 カグラは口にはしなかったが、ジーニャを守るという条件も加わる。そうなれば、自然と条件は厳しくなっていくだろう。

 

「サギはん、この宿を伺う気配は一つではなく、複数なんどすな」

「……うん」

「なら、一番やっかいなパンシュラはうちが相手をしましょう。二人はジーニャはんを連れて逃げてください」

「わかりました」

「……わかった」

 

 頷くと、青鷺は座り込むジーニャを抱き上げる。

 

「ひゃあっ!」

 

 突然抱き上げられたジーニャはびっくりして声をあげる。

 

「……さっきはごめん。私たちに厄介ごとを押しつけようとしているのかと思って」

「い、いいんですよ! そう思われても仕方が無い状況でしたから」

「……代わりにしっかり逃がすから」

「なら、青鷺はしっかりとジーニャを連れて逃げることに専念しろ。つゆ払いは私がしよう。――――では、斑鳩殿」

「ええ」

 

 作戦は決まった。ならば後は、

 

「狼退治といきましょうか」

 




というわけで始まりました、神刀編(仮題)。
正直、オリキャラばっかなんですぐに終わらせたかったのですが、なんだかんだで長くなってしまいそう。
なんとか今月には終わらせたいと考えておりますので、どうかお付き合いください。


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第二十八話 血濡れの狼

 それは、斑鳩たちのもとへジーニャが訪れるよりも少し前のことである。

 パンシュラはすっかり暗くなったツユクサの町を歩いていた。夜も更け、外を出歩く人影はほとんどない。

 

「ほう、なかなか強そうな魔獣の首じゃのう。切り口も随分綺麗ではないか」

 

 広場の中心に飾られているカンジカの首を見て、パンシュラは素直に感心していた。

 

「いや見事。こんなもんを見れるとは、はるばるここまで来たかいがあったわい。――――む?」

 

 そこで、パンシュラはこんな時間に広場の首を見上げる人間が、己の他にも二人ほどいることに気がついた。興味が湧いたパンシュラが近づいてよく見てみれば、それはよく見知った人間だった。

 

「おお、リタラ、リタラではないか! 相変わらずヴァイトのやつにべったりじゃのう!」

「――――げ、パンシュラ。お前、なんでこんなとこにいるし」

 

 そこに居たのは小柄な女と大柄な男の二人組だった。そのうちの女の方、大きな杖を携えた彼女は名をリタラ・ノルディーン。男の方、刀を腰に差した彼は名をヴァイト・ノルディーンという。二人は闇ギルド“血濡れの狼”において“ノルディーン姉弟”として、パンシュラと双璧を為す魔導士たちであった。

 そのリタラはパンシュラに話しかけられて露骨に嫌な顔をしている。

 

「まあ、ワシにもいろいろあっての。簡潔に言えば、欲しい刀を追ってここまで来たというわけじゃ」

「けっ、じゃあさっさとその刀を持って出ていくし。アタシたちはこれから仕事だからお前は邪魔だし」

「カカ、相変わらずつれないやつじゃのう。さしずめ、ヴァイトと深夜のデートか?」

「わかってんなら、空気を読めし。早くあっち行け!」

「カッカッカ、なんでワシがお前のために空気を読まねばならんのじゃ」

「相変わらず自分勝手! だからお前は嫌いだし!」

 

 唯我独尊なパンシュラに顔を真っ赤にして怒るリタラ。ヴァイトはその間、無言でリタラの横に立っていた。

 パンシュラはひとしきり笑うと、視線をヴァイトに移して言った。

 

「相変わらずなのはお互い様じゃろうて。愛しい弟を操り、己が思うがまま愛す。いやはや、お前さんの愛は気持ち悪くてワシは大好きじゃぞ。カカ、見ていて面白いわい」

「…………あ?」

 

 パンシュラのその言葉に二人の間の空気が冷えていく。杖を握る手にぐっと力が入るリタラ。パンシュラはそれを気にもせずに笑っている。

 まさに一触即発。そんな二人の間に、手をパンパンと打ち合わせながら入ってくる人物がいた。その人物は若いパンシュラやリタラとは違い、中年期に差し掛かった頃合いの男で、どことなく柔らかい雰囲気を纏っている。

 

「まあまあ、お二人さん。こんなところで争っても損しかありませんよ」

「なんじゃ、アキュー。お前さんもいたんかい」

 

 アキュー・ゲッタ。同じく“血濡れの狼”に所属する魔導士であった。

 リタラはアキューが間に入ったことで冷静さを取り戻し、高めていた魔力を沈めて引き下がった。

 

「もしかして、お前さんらは同じ仕事か?」

「ええ、今回はなかなか厳しそうでして。リタラさんたちに助力をお願いしたんですよ」

「ほう、お前さんらが手を組むほどの仕事か。ワシも興味が出てきたのう」

「…………出なくていいし。早く帰れし」

「まあ、リタラさんはこう言っていますが、僕としては戦力はあるだけこしたことはありません。どうです、協力しませんか? 強い魔導士と戦えますよ」

 

 アキューの言葉に、パンシュラは目を輝かせる。

 

「ほう、面白い。詳細を教えい」

「ええ、もちろんです。それと、パンシュラさんが追っている刀についても教えてください。協力できるかもしれません」

「ええじゃろう。情報交換じゃ」

 

 そうして交渉を終え、パンシュラがアキューたちに協力するのが決定したのだった。

 

 

「ああん、ヴァイトぉ~~。バカと一緒に仕事することになったよぉ。辛いよぉ。よしよししてぇん」

「カカカカ! その気持ち悪さ、何度見ても笑えるのう!」

(実力は確かなんですけどねぇ。この人たちは……)

 しばしの話し合いののち、アキューが頭を痛ませる一幕があったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、斑鳩は神刀を一旦ジーニャへと返却した。抜けない刀を腰に差していても戦いの邪魔になるだけだからだ。

 斑鳩が宿の正面玄関から悠然と出て行くと、暗闇から男が一人現われる。

 

(こいつが、パンシュラどすか)

 

 褐色の肌に金色の髪。ジーニャが言っていた特徴と一致する。

 パンシュラは両手にそれぞれ剣を持っていた。加えて、パンシュラの周囲には二本の剣と二枚の盾が浮かんでいる。

 

(四本の剣と二枚の盾。なるほど、それで“六手のパンシュラ”)

 

 斑鳩がパンシュラを観察していると、パンシュラの方から声をかけてきた。

 

「うむ、なんとも美しいたたずまいよ。お主が広場の魔獣の首を斬った斑鳩とかいう魔導士じゃな」

「…………ええ、そうどすが。そういうあなたはジーニャはんのもつ神刀を狙っているパンシュラどすな」

「おう、その通りじゃ」

 

 一瞬、パンシュラが斑鳩の名前を知っていることに眉をひそめたが、大方町人に聞いたのだろうと思い、特に気にはとめなかった。

 

「一応聞きますが、退く気はありまへん?」

「残念ながらそれはないのう。神刀もそうじゃが、早くお主と殺り合いとうてうずうずしとるわ!!」

「まあ、それは一目見て分かってたことどすが!!」

 

 斑鳩が刀を抜くと同時、パンシュラの脇に浮いていた剣の一本が高速で迫ってきた。

 

(竜巻の剣!!)

 

 飛んだ剣の後を、強烈な風が渦を巻く。風が、剣を避けた斑鳩を押しのけた。

 

「ほれほれ、追加じゃ!」

 

 続いて浮いていた剣のもう一本が、風で体勢を崩した斑鳩めがけて飛んでくる。今度は、風で無く電撃を纏った剣だった。

 

「くっ」

 

 紙一重で剣を躱す斑鳩。しかし、剣から延びてきた電流を躱すことは出来なかった。

 

「か、体が痺れて――――!」

 

 電流が流れたことで斑鳩の筋肉は硬直し、一時的に身動きがとれなくなる。

 

「どうしたんじゃ、もう終わりか!」

 

 硬直する斑鳩に、旋回してきた竜巻の剣が再び迫る。その勢いは凄まじく、ただの天之水分では流せそうに無い。

 

「ぐ、なら――――!」

「む!」

 

 斑鳩は硬直する体を天之水分で無理矢理に倒すことで剣を躱す。痺れがとれると、再び迫る雷撃の剣を大きく躱して距離をとった。

 

「ほう、ワシの竜巻剣と麻痺剣をしのいだか。大抵はこれで終わるんじゃが、しかし、そうでなければ面白くないわい」

「紙一重で躱しても意味が無い。大きく躱さなければならない以上、それはそれで動きを大きく制限される。覚悟はしてたんどすが。やはり相当にやりますなぁ」

「カカ、まだ二手。勝負はこれからじゃ」

「いいえ、これで最終手どす。――――無月流、夜叉閃空!」

 

 剣を武器として用いながら遠距離ができるのは、なにもパンシュラだけではない。神速ともいえる剣閃がパンシュラに迫り、――――直前で軌道を変えた。

 

「そんな……」

「カカ、こりゃ驚いた。剣閃が全く見えなんだ。悔しいが剣士としては、ワシはお主に大きく劣っておるようじゃ」

 

 間違いなく、夜叉閃空はパンシュラめがけて飛んでいた。それが、パンシュラの脇に浮かぶ盾に吸い込まれるように軌道を変えたのだ。

 誘引の盾。あらゆる攻撃はその盾に吸い寄せられる。

 まだ使われていない、パンシュラの両手の剣ともう一枚の盾。その全てが魔剣であり、魔盾であるとするならば、

 

「これは、かなり厳しい戦いになりそうどすなぁ」

 

 言葉とは裏腹に、斑鳩の口が弧を描く。

 そして、ここまで立ったまま動かなかったパンシュラが剣を構えた。

 

「カカ、これで三手。小手調べはここまでじゃ。ここからは本気でいこうぞ!」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 斑鳩が宿の正面から出ていくと同時、裏口からジーニャを抱えた青鷺とカグラが脱出した。

 

「早速来たぞ!」

「……分かってる」

 

 カグラと青鷺の頭上から、幾筋もの魔力光が降り注いだ。魔力光は広範囲に、一人分の隙間もない。したがって、青鷺の瞬間移動では躱すことは不可能だった。

 

「伏せろ!」

 

 青鷺はジーニャを抱え込むように伏せ、カグラが剣でその頭上の魔力光をはじき返す。幸い大した威力も無く、簡単に弾くことに成功する。魔力光の止んだ先、そこには大きな杖を手に、空中に浮かぶ女がいた。

 

「先に行け、青鷺! やつは私が相手をする!」

「……気をつけて」

「ああ!」

 

 カグラが女魔導士、リタラの前に立ちふさがり青鷺を逃がす。そうしたのは当然、周囲にリタラ以外の敵の気配が無かったからであった。しかし、

 

「シシシ、まんまと引っかかったし」

 

 リタラの持つ杖が赤く光る。すると突然、青鷺が向かった先に莫大な魔力と強烈な殺気が現われた。

 

「オオオオオオオオオ!!」

「なんだ!?」

 

 咆哮とともに暗闇から現われたヴァイトが青鷺に斬りかかる。

 

「……くっ」

途轍もない早さの剣を青鷺は瞬間移動でかろうじて躱した。

「――――!」

 

 しかし、即座にヴァイトの首が青鷺の方を向き、地面を蹴って飛びかかる。ぎりぎりで瞬間移動のインターバルを抜け、再び瞬間移動で躱してみせる。しかしみたび、ヴァイトは青鷺を補足して斬りかかった。

 

(まずい! 今度は間に合わない)

 

 せめてジーニャに被害が及ばぬよう、青鷺はかばうようにヴァイトの剣に身をさらす。ジーニャは戦いについていけず、必死に青鷺にしがみついていた。

 

「まずい!」

「逃がすかし!」

 

 ヴァイトの存在に気付いた段階で、カグラは青鷺のもとへ向かおうとした。それを邪魔するようにリタラが魔力光を放とうとする。

 

「落ちていろ!」

「な、ぐっ――!」

 

 それに気がついたカグラは重力魔法を発動。リタラを地面に張り付けにしておくほどの威力は無いが、空中から落とすには十分な威力はあった。

 リタラは魔力光を見当外れの場所へ撃ちながら落ちていく。

 カグラはそれに見向きもせずに走り去る。そして、間一髪のところで青鷺とヴァイトの間に入ることに成功した。そして、ヴァイトの剣を防ぎ――、

 

(なんだ、この尋常では無い力は!!)

 

 ヴァイトの剣を受けたカグラは力負けし、押し込まれた自らの刀の峰が体に食い込む。そして、ヴァイトが剣を振り抜くと、カグラの体はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。そのまま、カグラは近くの家に、壁を突き破って飛び込んだ。

 それを見た青鷺は即座に悟る。

 

(……私たちじゃ、ジーニャを守り切れない)

 

 それは青鷺にとって途轍もない屈辱であった。ほんの数分前に逃がすと約束したことを、もうひるがえさなければならないのだから。

 

「……ごめん、自分で逃げて」

「え?」

 

 青鷺はしがみつくジーニャを引きはがして地面に投げる。その時、普段表情が薄い青鷺からは考えられないほど、悔しさに顔を歪ませていた。青鷺はジーニャから離れるように瞬間移動をする。

 敵の目的はジーニャが持つ神刀である。その神刀を持つジーニャを一人にすることは危険な行為である。しかし、青鷺には確信があった。

 

「……やっぱりこいつ、私を狙ってる」

 

 ヴァイトはジーニャに見向きもせずに、青鷺に向かって来た。理性を感じさせない咆哮と言い、間違いなくこの男は正気じゃ無い。

 二度避けたところで、再び瞬間移動が間に合わなくなる。避けようと後退するが、避けきれない。腰に差した小刀で受けるも、カグラに受けきれなかった剣を青鷺が受けられる訳も無かく、小刀は折れ、そのまま青鷺は斬られてしまった。

 

「……ぐ、くぅ」

 

 そのまま崩れおちる青鷺。幸い、後退したおかげか傷は浅い。しかし、その頭上でヴァイトは剣を振りかぶる。

 青鷺は死を覚悟した。その視線は先ほどジーニャを投げ飛ばした場所へ向かう。そこにジーニャの姿は無い。

 

(……よかった。逃げてくれた)

 

 安心する青鷺に、ヴァイトが剣を振り下ろそうとする、寸前。

 

「青鷺!!」

 

 ヴァイトの後方からカグラが斬りかかる。それに気付いたヴァイトは剣をおろしてカグラの剣を防ぐ。

 

「――そのまま吹き飛べ」

 

 つい先ほどとは全くの逆。カグラの剣を受けたヴァイトの体が浮き上がり、そのままカグラに吹き飛ばされる。

 当然、力で吹き飛ばしたのでは無い。重力魔法を反転、ヴァイトを軽くすることで吹き飛ばしたのである。ダメージはないだろうが、時間は稼ぐことが出来る。

 

「大丈夫か、青鷺」

「……なんとか。ジーニャには一人で逃げて貰った」

「それが懸命だろう。正直、これほどとは……。とりあえず一旦退いて――」

「おい、てめえ」

 

 一時離脱をしようとしたカグラと青鷺の頭上から声がする。見上げれば、リタラは冷たい表情で二人を、否、カグラを見下ろしていた。

 

「ちっ、もう起き上がったか!」

 

 カグラの声に反応せず。リタラは体を小刻みに震わせ、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「てめえ、よくも、よくもよくもよくも! アタシのヴァイトに酷いことを!!!」

「オオオオオオオオオオオオ!」

 

 ヴァイトが跳躍してきたのか、空から二人の前に降ってきた。

 

「憎め、憎め! そのちっちゃい方だけじゃねえ。黒髪ロングの方はもっと憎め!! そうすればヴァイトは負けない、誰にも負けない!! アタシのヴァイトが最強なんだし!!!」

「ギ、グ、ガアアアアアア!」

 

 リタラの持つ杖が赤く光り、ヴァイトが応じるように雄叫びをあげる。

 

「なるほど、そういうことか。あの男の異常な様子、尋常ならざる力!」

「……カグラ?」

 

 魔力探知に特別秀でているわけでは無いカグラでも分かるほど、刀からヴァイトに莫大な魔力が流れ込んでいく。ヴァイトの力のからくりは、手に持つ刀にあるに違いない。そして、リタラの『憎め』という言葉。カグラには一つだけ心当たりがあった。

 それはかつて、兄を求める旅の途中に聞いた噂。黒魔術教団への憎しみを燃やすカグラが心から欲した、復讐者の剣。

 

「――怨刀・不倶戴天か!!」

 

 カグラが叫ぶと同時、ヴァイトの雄叫びがやむ。そして、ゆっくりとヴァイトは不倶戴天を構えた。

 それらを見下ろしてリタラが言う。

 

「ヴァイトと怨刀の力、存分に味わうがいいし!」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「はあはあ」

 

 ジーニャはツユクサの町をひた走る。町人も戦いに気がついたのか、ちらほらと家の明かりがつきだしている。

 宿を出てから、青鷺に担がれている間のことは、何が起こっていたのか全く分からなかった。しかし、ジーニャを投げとばした青鷺の表情。そして、目前にいた恐ろしい大男。とにかくその場にいるのは危険だということだけがわかった。

 

「怖い、怖い。誰か、誰か助けて――――!」

 

 ジーニャの体は恐怖に震え、涙も流れている。

 

「ォォォォォォォォォォォォォ!」

「ひいっ!!」

 

 はるか後方で、あの大男の咆哮が聞こえる。本当に同じ人間なのか疑いたくなるほど、人間離れした声だ。

 咆哮を背に、走る。

 

 ――ふと、思い出した。

 

 脳裏に焼き付いて離れない、あの笑い声を。

 

「――――」

 

 ジーニャの足が止まる。相変わらず恐怖で体は震えているし、涙も止まらない。なのに、前に進もうとしても足が動かない。

 同じだ。あの時も、泣きながら無様に逃げ出した。己のせいで斬られた母を置いて。今も助けてくれると言ってくれた人たちを、己のせいで巻き込んでしまった人たちを置いて逃げている。

 母を置いて逃げたことを死ぬほど後悔していたのでは無かったのか。

 だから、神刀を担い手に渡し、己はダミーの姉妹刀を渡して死ぬ覚悟を決めたのでは無かったのか。手を差し伸べられて、生への執着でも湧いたのか。

 

「に、逃げちゃだめ。だめなんだ。わ、私のせいなんだから……」

 

 ジーニャは振り返って再び走り出す。一歩一歩、死地に向かう実感が恐怖をかきたてる。だというのに、今度は自然と足が前に出た。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 吹き荒れる竜巻と電撃、その間を縫って斑鳩はパンシュラに肉薄する。近づけば竜巻剣と麻痺剣はパンシュラ自身に被害が出かねないため使えない。

 

「それ、四手目じゃ!」

 

 パンシュラが左に持つ剣がしなって伸びる。

持ち主の思うがままに動く自在剣。これが、中距離射程をカバーする。

 

「それは既に経験済みどす!」

 

 うねりながら迫る剣を躱すのは非常に困難を極める。しかし、アネモネ村の一件で刃の触手を経験している斑鳩にとっては、避けることなど非常に容易であった。

 

「なんじゃと!」

 

 体を捻り、自在剣を潜ってパンシュラの目前まで辿り着く。剣速において斑鳩にかなう者はいない。パンシュラが右手の剣を振る前に確実に斑鳩の剣が届くはず。しかし、

 

「――、これでもだめどすか」

 

 パンシュラを斬るために剣を振ったはずなのに、斑鳩の腕は想定していた軌道とは全く別の場所を通り、誘引の盾を斬りつけていた。

 

「カカ、魔法を吸い込むので無く、攻撃行為を吸い込むのじゃ。優秀な盾じゃろう」

「ほんと、忌々しいほどに!」

 

 斑鳩はパンシュラの懐で無防備となる。そこにパンシュラの右手の剣が振り下ろされた。タイミングとしては、回避はぎりぎりで間に合うタイミングではあった。しかし、一度離れてしまえば再び竜巻剣と麻痺剣をかいくぐるところから始めなければならない。

 そのため、斑鳩は剣を受けようとした。幸い、誘引の盾が吸い込むのは攻撃行為。防御のために引き戻す分には思う通りに動くことが出来た。

 しかし、斑鳩はすぐに思い直すとパンシュラの剣の間合いから離脱した。

 

「ほう、気付いたか」

「その剣、見た目通りの重さじゃありまへんな」

「その通り。五手目、超重剣じゃ!」

 

 斑鳩が剣を流そうと天之水分で触れたものの、びくともしなかったために気がつくことが出来た。

 一見、ただの剣に見えるが実際は膨大な質量を持っているのだろう。かつ、パンシュラが片手で振っているところをみると、持ち主だけには重さが感じられないようになっているのであろう。なんにせよ、まともに打ち合えばいとも簡単に刀をへし折られるに違いない。

 

「やはり、あの盾をどうにかしないといけまへんか。なら、正面から突き破らせて貰いましょうか!」

 

 神経をすり減らしつつ、再び竜巻剣と麻痺剣をくぐりぬけた斑鳩は、今度はパンシュラに近づかなかった。

 

「無月流、迦楼羅炎!」

 

 斑鳩のもつ無月流剣術の中で最高威力を誇る技。これならば、誘引の盾を突き破れるはず。

 

「こりゃまた、とんでもない技をもっとるのう」

 

 迦楼羅炎と誘引の盾の間にもう一枚の盾が割って入る。その盾に迦楼羅炎がぶつかり、爆炎をあげた。そして、煙が晴れた後、傷一つ無い盾の姿があった。

 

「これで六手目。あらゆる攻撃を防ぐ金剛の盾じゃ」

「まったく、冗談はよしてほしいどすなぁ」

「カカ、誇ってよいぞ。ワシが六手全てを使って五体満足でいる者なんぞお主が初めてじゃ」

「それはどうも」

 

 斑鳩はパンシュラの六手を全てしのいだ。しかし、斑鳩の無月流もまたすべて封殺された。

 否、無月流にはひとつ、奥の手がある。

 

(もう、菊理姫をつかうしか――)

 

 その時、竜巻剣と麻痺剣を躱すため、感知用に広げていた天之水分に、二本の剣以外の反応があった。それを斑鳩はとっさに避ける。

 

「む」

「これは、毒?」

「いやはや、躱されてしまいましたか」

 

 声をする方向を向けば、中年ぐらいの男が歩いてくるところだった。

 

「その剣、無月流の――――、おっと」

「おい、アキュー。なんのつもりじゃ」

 

 中年の男、アキューが口を開こうとしたところ、竜巻剣が襲いかかる。

 

「パンシュラさん、殺す気ですか」

「おうよ、ワシの邪魔をしたらただじゃすまんと知っとるはずじゃが」

「ええ、ですがどうやら時間切れのようですよ」

「なんじゃと?」

 

 そこで再び、斑鳩の天之水分による感知に引っかかるものがあった。何かがとんでくる。振り向きざま、その正体を目にして斑鳩は驚きの声をあげた。

 

「サギはん!?」

 

 慌てて斑鳩は青鷺を抱き留める。青鷺はぐったりと弱って気を失っていた。

 

「シシ、なんだし。手こずってんじゃん、パンシュラ。やっぱ、ヴァイトが一番だし」

「なんじゃ、つまらん。そっちはもう終わっちまったんか」

 

 現われたのは空に浮かぶ女と、剣を携えた大柄な男。

 

「ち、事前の約束なら仕方が無いのう」

 

 パンシュラは戦いが始まる前、ヴァイトとリタラの戦いが終わった段階で手を引くように約束させられていた。

 

「本当にまた戦う機会は来るんじゃろうな」

「それは保証しますとも」

「ち、興ざめじゃ。ワシは先に帰るぞ」

 

 アキューの答えにパンシュラは、不満をあらわにしながらも引き下がる。

 

「カグラはん……」

 

 カグラは大柄な男、ヴァイトに頭をわしづかみにされて引きずられていた。カグラもまた、意識があるようには見えない。

 

(これでは、菊理姫はつかえまへんな……)

 

 無月流の奥の手、菊理姫は自己暗示による精神強化と己の肉体を傀儡のように無理矢理動かすことによる諸刃の剣。使えば最後、身動き一つとれなくなるだろう。四人に囲まれてしまえば、一人くらいは倒せるだろうがそこで力尽きて終わりである。

 

(この状況、どうすれば……)

 

 カグラと青鷺を連れて脱出する。姿が見えないジーニャは逃げることができたと信じるしかない。そう思ったときだった。

 

「――待って!」

「ジ、ジーニャはん!?」

 

 ジーニャが走ってやってきた。

 

「あなたたちの目的はわたしと神刀でしょう! 神刀はここにあります」

言って、ジーニャは担いでいる長袋から神刀を取り出す。

「この人たちは関係ありません! わたしを殺すというのなら、どうぞお好きになさってください!」

「ジーニャはん、何を!」

 

 斑鳩が声をかけるが、ジーニャはじっとパンシュラを睨み付けている。

 

「は? おい、パンシュラ。神刀を奪えばいいんじゃなかったのか? 殺すってなんだし」

「うむ、神刀を奪う過程でこやつの母を斬ったときに見られての。ギルドの決まりで殺人の目撃者は消せというておったろう? じゃから、こやつは殺さねばなるまい」

「いやいやいや、待つし。説明が足りないし、突っ込みどころも多いんだけど。まず、なんでその場で殺してないんだし。そうすればその場で目撃者も殺せるし、神刀も手に入ったし」

「うむ、簡単に言えば気が向いたからじゃな!」

「…………お前は、本当に」

 

 リタラは頭を抱えた。そもそも、殺人の犯人がばれないように目撃者を殺すのに、一度逃がしてなんの意味があるというのだろうか。また、いくら闇ギルドと言っても、殺人は目をつけられやすいから控えろと言われていることは忘れているのだろうか。まあ、パンシュラはなにも考えてはいないだけだろう。

 

「ヴァイト~~。バカのせいで頭が痛いよ。なでなでして~~」

 

 リタラは考えることを放棄してヴァイトにすり寄った。ヴァイトは左腕でリタラを抱きしめると、右手で撫でるために、掴んでいたカグラを放り投げる。

 

「カグラはん!」

 

 斑鳩は青鷺を抱えたままカグラも受け止める。二人とも、気を失ってはいるが息はしている。

 それを見て、アキューは苦笑いしながら言った。

 

「こほん、僕の仲間が失礼しました。ジーニャさんといいましたね。パンシュラさんがあなたに用があるのはその通りなのですが、僕とリタラさんは違うのです。用があるのはそこの方なのですよ」

「…………え?」

 

 言って、アキューは斑鳩を指さした。

 

「…………うちどすか?」

 

 斑鳩は怪訝そうに顔をしかめる。

 

「――正確には、あなたの師匠に用があるのですよ」

「――――ッ! 貴様、師匠になんのようどす!?」

 

 アキューの一言で、一瞬で斑鳩の怒気が頂点に達する。刀を握りしめた斑鳩を見て、アキューは鼻で笑う。

 

「かかってくるならご勝手に。その時は、腕の中のお二人の命はないものと思ってください」

「ぐ……」

 

 押し黙った斑鳩を見てアキューは再びジーニャに視線を向ける。その怜悧な視線に、ジーニャは無意識に一歩後退した。

 

「というわけで、僕としてはあなたのことなどどうでもよいのですが」

「そ、そんな……」

「しかし、人質には使えそうですね。リタラさん」

「はいよ」

 

 リタラがジーニャに近寄ったところで、斑鳩が一歩前に出る。

 

「何を――」

「お前は引っ込んでろし。ヴァイト」

「ぐうううう」

 

 ヴァイトはうなりながら斑鳩の前に立ちふさがる。

 

「くっ……」

 

 さすがに手負いのカグラと青鷺を放って戦うわけには行かない。これで、斑鳩の動きが封じられた。

 

「そうすごまなくても大丈夫ですよ。人質と言ったでしょう。命は取りませんし、手荒な真似もしません」

 

 リタラはジーニャに近づき、取り出した宝石を押しつけると呪文を唱えだす。

 

「ひっ。な、なに……?」

「はい、終わったし。これやるよ」

 

 リタラは宝石を斑鳩に投げ渡した。

 

「これは?」

 

 斑鳩は投げ渡された宝石を覗き込む。宝石の中が炎のように光っている。

 

「宝石を光らせるだけの魔法だし。この小娘と生体リンクしたから、人質の無事が確認できるし」

「というわけです。ジーニャさんを解放したければあなたの師匠を連れてきてください。期限は一ヶ月。場所は、あなたの師匠に、デヴァン様がお待ちだ、と言えば分かるはずです」

 

 斑鳩はアキューの言葉に眉根を寄せた。

 

「なぜ、詳細を教えないんどす」

「だって、場所を教えてあなたたちだけで来られても困ってしまいますからね」

「ですが!」

「これ以上、話すつもりはありません。続きはあなたがお師匠さんを連れてきてからといたしましょう」

 

 なおも言いつのらんとする斑鳩を遮って、アキューは無理矢理会話を打ち切った。そして、アキューはリタラに目で合図を送る。

 リタラはそれに頷くと、命令を出す。

 

「ヴァイト」

「オオオオオオオオオオオオ!」

「きゃああ!」

 

 ヴァイトが左腕でジーニャを掴み、右腕で剣を地面に叩きつけるように振り下ろす。

 砂塵が舞い、それが止む頃には“血濡れの狼”面々の姿はどこかへ消えていた。

 

 

「負けた、完全に…………!」

 

 斑鳩をかつてないほどの敗北感が襲う。

 斑鳩個人として、ジェラールには敗北しているし、コブラにもあまり勝てたと胸をはっていえる結果では無かった。それでも、最後には彼らの野望を阻止することに成功している。しかし、今回は違う。やつらの目的を阻止することができなかった。何より、ジーニャを守れず、むざむざと人質に取られてしまった。

 

「なんて、無力…………!」

 

 アキューという男は、師匠に知らせろと言っていた。

 

『絶対に証明したら帰ってきます。それまでまっていてください!』

 

 かつての誓いを思い出す。誓いはいまだ果たせず、それどころか至らないことばかり。本来ならば、とても帰れたものではない。

 しかしもはや、そんなことを言っていられる状況ではなかった。

 一度、帰らなければならない。

 

 ――師匠のもとへと。

 




○怨刀・不倶戴天
 持ち主が憎しみなどの怨念を燃やせば燃やすほど、持ち主に莫大な力を与える呪いの剣。

 怨刀についてはオリジナル設定です。正直、どんな能力なのか原作を読んでもよくわかりませんでした。


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第二十九話 懐かしき山小屋

 “血濡れの狼(ブラッディウルフ)”との戦いから明けて翌日。

 斑鳩たちはツユクサの病院の一室にいた。カグラたちは幸い、打撲や切傷は多くあったものの、どれも後に響くほど深いものはなかった。

 

「申し訳ありません。私たちが不甲斐ないばかりに――!」

 

 カグラはベッドの上で上体を起こし、悔しさに毛布を握りしめる。青鷺は隣のベッドで寝転びながら、顔を手で覆って隠していた。

 

「二人のせいではありまへん。うちらの力が及ばなかったんどす」

 

 斑鳩はベッドの横の椅子に腰をかけながら、失意に沈む二人を宥める。しかし、斑鳩の言葉だけでは気を晴らすことはできなかった。

 

「斑鳩殿、今後のことなのですが……」

 

 カグラたちは斑鳩から既に昨夜の顛末を聞いている。ジーニャが人質として攫われたことも、敵の狙いが斑鳩の師匠にあることもである。

 

「うちは一度、師匠のところへ帰ろうと思います」

「しかし……」

 

 つい先日の食事会で、カグラたちは斑鳩の過去についてもよく聞いている。斑鳩が師匠のために努力していることは知るところであった。

 気遣わしげな視線をよこすカグラに斑鳩はやんわりと微笑んだ。

 

「いいんどすよ」

 

 ただ、それだけを口にする。

 

「斑鳩殿…………」

「そんなことより、カグラはんとサギはんはどうします? どのみち、ボスコへ行くにはツユクサを通らなければなりまへん。このままツユクサで療養していてもいいんどすが」

「そのことなのですが斑鳩殿、私は一度ギルドに戻ろうと思います」

「ギルドに? まさか、あれをとってくるつもりどすか?」

「はい」

 

 カグラは頷く。しかし、斑鳩は不安を覚えた。

 

「あれはまだ未完成のはず。それに、まだ戦闘になるとは決まったわけでは……」

「ご冗談を。ジーニャも斑鳩殿の師も、むざむざヤツらに引き渡す気などないでしょう。ならば当然、戦闘になることは想定して準備をしなければなりません」

「かといって、まだ習得に至っていない剣術でいきなり格上に挑むのは無理があります」

「私だけならばそうでしょう。青鷺、お前もついてこい。お前とて、このまま終わるつもりはないだろう」

「……当然」

 

 青鷺は顔を覆っていた手をどけると、カグラと同様に体を起こす。

 

「……あいつらを倒す策があるなら、私も全力で協力する」

「カグラはん、サギはん……」

「斑鳩殿、あの大男と小柄な女の二人組は私たちに任せてください。斑鳩殿はパンシュラだけに集中して貰ってかまいません」

 

 斑鳩とカグラの視線がぶつかる。斑鳩は強い意思を宿したカグラの瞳に、どんな言葉も無駄であることを悟った。青鷺の方を見てみれば、こちらも決意は固いようである。

 

「わかりました。パンシュラは生半可な敵ではありまへん。そちらに集中できるというのであれば、願っても無いことどす」

「感謝します」

「……ありがとう」

「ふふ、礼はいりまへんよ。仲間を信用するのは当然どす。――では、うちは師匠のところへ。二人はギルドに一度帰還。用事が済み次第再びツユクサで合流し、ボスコへ向かう。これでいいどすな」

「はい。では――――」

 

 早速行動に移ろうとしたところで、部屋のドアがノックされた。

 

「はい、どうぞ」

「すみません、失礼します」

 

 部屋に入ってきたのは、見慣れない男性であった。かすかに、カンジカ討伐を記念して開かれた宴会で見た記憶がある。

 何の用であろうかと首を捻った三人は、男が手に持っていたものを見て驚いた。

 

「あの、これが外に落ちてたんですけど……」

 

 そう言って男が取り出したものは一振りの刀。見間違いようも無い。それはジーニャが持ってきた神刀三日月であった。

 

「あ、ありがとうございます。ですが、どうしてこれをうちらに?」

「この刀と一緒に落ちていた手紙にあなたたちの名前が書いてあったんです。すみません、誰のものか確認するために少し読んでしまいました」

「いえ、かまいまへんよ。届けてくださってありがとうございます」

「あの、これどうぞ。では、私はこれで」

 

 男は刀と手紙を渡すと、そそくさと部屋を後にした。

 刀を受け取った斑鳩は驚きも覚めやらぬままに手紙に目を通す。

 

 

 

『斑鳩さん、カグラさん、青鷺さん。

 見ず知らずの私を助けていただき、ありがとうございました。

 時間がないため、手短に決意を伝えさせて頂きます。

 私は姉妹刀をもって投降します。

 みなさんがこの手紙を読んでいるとき、私は死んでいるのか、捕まっているのかはわかりません。

 しかし、敵討ちも救出も必要はありません。

 神刀は担い手のもとに、私は姉妹刀と共に命を落とす。

 当初の決意となにも変わりは無いのです。

 ですから、神刀とともに逃げ、評議院に通報してください。

 たとえ、私が人質に取られていたとしても気にする必要は無いのです。

 どうかお元気で』

 

 

 

 手紙は走り書きで乱雑に書かれていた。その手紙を読んで斑鳩は理解する。

 

(ジーニャはんは、ヤツらに勝ったんどすな……)

 

 手紙に書かれている通り、ジーニャは斑鳩たちを救い、神刀を担い手に渡すという目的も達成して見せた。その結果、殺されようと人質にとられようとかまわないのだ。たとえすり替えがばれて神刀を再び奪いに来ても、評議院に保護して貰えば対抗できるだろう。

 “血濡れの狼”が斑鳩の師匠に用があったことまでは読めなかっただろうが、それでもあまり変わりは無い。むしろ、斑鳩が修羅に“血濡れの狼”が待ち構えているであろう場所を聞き出し、評議院に通報すれば捕縛できる可能性は高い。

 まさに、ジーニャは“血濡れの狼”に勝利したと言える。

 しかし、それはジーニャの命を度外視すればの話である。それがわかっているから、ジーニャも手紙に気にする必要は無いと書き残したのだろう。

 

(ジーニャはん、すみまへん。それが出来たなら、うちらは最初から手を差し伸べたりはしまへんよ)

 

 手紙を読み終えた斑鳩はカグラに手紙を渡す。青鷺も我慢できずに、ベットから立ち上がって手紙を覗き込んだ。

 三人とも、手紙を読んだところで決意は揺らがない。

 

 

――絶対に助け出す。

 

 

むしろ、その思いはより強い念となったのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

「カカ、こりゃあ一本とられたわい」

 

 パンシュラはジーニャから奪った刀を抜き放ち、その美しい白い刀身を眺めながら笑った。

 

「おい、小娘。この刀、神刀じゃないじゃろ」

「…………」

 

 パンシュラの問いかけにジーニャは黙して応じない。

 場所はとある屋敷の一室。部屋は高価な装飾に彩られている。ジーニャの手と足は縛られて拘束されていた。

 

「だんまりかい。無駄じゃぞ。かまをかけているわけでなく、ワシには分かるんじゃ」

「……なんで分かるんですか」

「なんじゃ、気付いとらんかったんか。ワシもミルマーヤの末裔じゃ」

 

 パンシュラはミルマーヤ族の特徴の一つ、褐色の肌を持っている。

 

「ワシの姓はオーデバリと言ってのう。ミルマーヤでも名高い戦士の家系じゃと爺さんが言っとったんじゃが知らんか?」

「聞いたこともありません」

「なんじゃ、爺さんの話は法螺じゃったか? まあ、よい。ともかく、貴様ほど血は濃くないが、神刀に宿る神の気配ぐらいは読み取れるわい」

「……だとしたら、どうするんですか。私を斬りますか」

「なんでそうなるんじゃ」

「騙されたと、そう言って母を斬ったではないですか! 人質だからと、我慢するような性格でもないでしょう」

 

 そう言葉を発するジーニャの表情は険しい。

 パンシュラはジーニャの怨念を意にも介さず笑った。

 

「うむ、今回はええわい」

「――――! じゃあ、なんで母は――」

「その辺にしとけし」

 

 今までソファでヴァイトにもたれかかりながら、パンシュラとジーニャの話を黙って聞いていたリタラが割って入る。

 

「そこの男は気分で生きてるし。行動がその時々で矛盾しまくり。頭がおかしいんだから考えるだけ無駄だし」

「言ってくれるのう。ワシが怒るとしたら、むざむざ神刀をすり替える隙を与えたお前さんなんじゃが」

「あ? やんのかし」

「カカカ、冗談じゃ。それも悪くはないが、先客が控えているんでのう」

「ふん、ヴァイト行くよ」

 

 リタラとヴァイトは連れだってソファから立ち上がる。

 

「じゃ、アタシとヴァイトは愛し合ってくるから。絶対に邪魔すんなし」

「カカ、貴様らの交尾は特殊すぎて二度と見たくはないわい」

「あっそ。ならいい…………ちょっと待つし」

 

 リタラは部屋を出ようとドアノブに手をかけたところで動きを止める。

 

「お前、今なんて言った?」

「む、じゃから貴様らの交尾なんぞ二度と見たくないと」

「いやいやいや。二度とってなんだし。お前、まさか…………」

「おうよ。一回、気になって覗いてみたんじゃが後悔したわい。ワシがどん引きするなんぞ中々ないぞ。カッカッカ!」

「死ね! まじで死ねし! このゴミクズカス野郎! まじでありえんし!! 次に覗いたら絶対に殺すし!!!」

「じゃから、二度と見たくないと言っとろうが」

「うるせえバーカバーカバーカ!!」

 

 リタラは顔を真っ赤にしてヴァイトとともに部屋を出て行った。

 パンシュラはひとしきり笑うとジーニャに話しかける。

 

「どうじゃ? リタラは面白いじゃろう」

「…………」

「あやつは弟愛しのあまり、ヴァイトに恋人が出来た途端に邪法に手を出したのじゃ。そしてヴァイトを操ってその恋人を殺させると、そのまま闇の世界に落ちてきた。まったく笑える話じゃわい」

「……なんであなたがそんなことを知っているんですか?」

「いやあ、あやつらの過去が気になってのう。高位の解除魔導士(ディスペラ―)を連れてきてリタラの魔法を解除したんじゃ。それでヴァイトから直接話を聞いたんじゃが、それがばれたときのリタラのキレっぷりといったら過去最高じゃったのう」

「…………」

「あの時はヴァイトと殺し合いになったんじゃが、決着がつく前にアキューに止められてしまったわい。…………そういえば、いつもアキューのやつに止められとるな。これは忠告しとかねばならんかのう…………」

 

 ぶつぶつ呟き始めたパンシュラにジーニャはしらけた視線を送る。

 リタラがひたすらパンシュラを嫌っている理由が分かる気がした。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 アキューは広い廊下を進み、ある扉の前に立つとノックをした。

 

「入れ」

「失礼いたします」

 

 アキューが部屋の中に入る。部屋は豪華な屋敷の中でも比較的質素なものだった。

 部屋の奥で五十歳ほどの男が机に座ってペンを走らせている。この部屋は執務室であるようだ。

 

「報告いたします」

 

 そうして、アキューはツユクサでの顛末を報告した。

 

「そうか。あの男は来ると思うか?」

「ええ、ほぼ確実に。例え来なかったとしても、やつの弟子を捕まえて呼び出せば良いだけですので」

「クク、そうか」

 

 男の名はデヴァン・ルウォッカ。ルウォッカ商会の会長であり、ボスコのとある町の有力者である。

 

「ようやく、あの男に復讐が出来るのか。ワシからエドラを奪ったあの男を――!」

 

 暗い笑みを浮かべるデヴァンの前で、アキューは笑みを張り付けたまま立っている。

 

「問題は来たとしてヤツが暴れた場合、ちゃんと対応できるのであろうな」

「もちろんです。パンシュラは一人でギルドひとつに匹敵する腕前。ノルディーン姉弟もそれに並びます」

「そうか。さすがにワシの私兵だけでは心許ないからな。頼りにしているぞ」

「ええ、お任せください。では私はこれで…………」

 

 アキューは執務室を後にする。デヴァンもすぐに執務を再開した。

 

(ふふ、あの方がここまで執念深いとは。それに、あの女への執着がここまであることも予想外でした。なんにせよ、修羅さんは災難ですね)

 

 薄ら笑いを浮かべながら廊下を歩くアキューを屋敷の使用人は気味悪そうに見送った。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 斑鳩は重い足取りで上り坂の山道を歩いていた。

 進むにつれ、気の重さがそのまま足の重さに繋がっていく。

 やがて、見覚えのある山小屋が見えてきた。

 

「よし、よし。大丈夫、勇気を出して――」

「何をしとるんだお前は」

「ひゃあ!」

 

 立ち止まって再度勇気を振り絞っていると、背後から声がかけられた。驚いて振り向けば、そこには修羅が立っている。手に持つ魚が入った桶を見るに、釣りから帰ったところだろうか。

 

「し、ししし師匠! あ、あのこれは、そのぉ…………。恥ずかしながら帰ってきてしまったというか……」

 

 もじもじと中身のない言い訳を並べ立てる斑鳩。

 修羅は溜息をひとつ吐くと、斑鳩の肩をポンと叩いた。

 

「とにかく上がっていけ。何か用事があるのだろう」

「は、はい…………」

 

 修羅と斑鳩は連れだって小屋の中へと入っていった。

 

 

 

「デヴァンか。懐かしい名だ……」

 

 斑鳩の話を聞いて、修羅は沈痛に顔を伏せた。そして、心配そうに顔を伺う斑鳩に気付くと笑みを浮かべる。

 

「昔のことだ。お前が気にする必要はない」

「でも…………」

「大丈夫だと言っておろう。とにかく話はわかった。私も行こう」

「一応、場所だけ教えて頂ければうちらだけで行ってこれますけど」

 

 修羅は首を振る。

 

「それではジーニャという娘の安全は保証されまい。私が行った方がよかろう」

「師匠、無理はしてはいけまへんよ」

「誰にものを言っておるのだ、お前は。とにかく、準備もある。出発は明日だ。お前も今日は泊まっていけ」

「いいんどすか?」

「いいもなにも、ここはお前の家でもあるだろうが」

「……ふふ、師匠はまた嬉しいことを言ってくだはる」

「何がだ?」

 

 首を捻る修羅を見て斑鳩は笑みを浮かべる。そして、表情を真剣なものに戻すと話を切り出した。

 

「師匠には謝らなければなりまへん。大層なことを言って家を飛び出しておいてうちは……」

「なんだ。言ってみよ」

 

 修羅に促されて斑鳩はぽつぽつと修羅のもとを離れてから何があったのかを話し始める。特に戦いを楽しむ性質とそれに思い悩んでいることを。

 

「申し訳ありまへん。結局うちは師匠の期待に応えられず……。これでは弟子失格どす」

「――大馬鹿者め」

 

 

 俯く斑鳩の頭を修羅が小突いた。

 

「し、師匠?」

「私は最初から、お前の思う通りになんでもかんでも物事が進むなどと思ってはいない。そもそもだな、斑鳩よ。十九になるまで山に篭もりきりだった世間知らずが、社会に出て順風満帆に生きていけるなどと思う方がおかしいとは思わんか?」

「ぐ……」

「失敗など誰でもする。大事なのは失敗してからではないか?」

「うぐ……」

「それをお前はくよくよと悩みおって。お前の持ち味は脳天気さではなかったのか」

「うぐぐ、そこまで言わなくても……」

 

 修羅が言葉を重ねる度、斑鳩はどんどんと身を縮めていった。

 

「それにな、戦いを楽しむことはそこまで悪いことなのだろうか」

「師匠?」

「少なくとも、私にはそこまで悪しきものには感じられなかった。だからこそ、何も言わなかったということもある」

「でも、うちは実際にエルザはんを」

「お前はそのエルザという娘を傷つけたことに楽しみを覚えたのか。それとも、楽しみに我を忘れて傷つけたのか。その差は大きい」

「それは後者どすが……」

「であれば、お前がまだまだ子供だと言うだけだ。まあ、私の育て方も悪かったのであろうが」

「……師匠の言っていることは難しくてよくわかりまへん」

 

 顔を顰める斑鳩を見て修羅はかすかに笑う。思い返してみれば、斑鳩は口で言うよりも実際にやってみて覚えていくことが得意な子であった。

 

(だからこそ、口がたいして上手くない私のもとでも育ったのであろうがな)

「お前ならば、すぐに答えを見つけられよう。己の本質を抑え込んで実力が出せようはずもないしな。よく向き合うことだ」

「……はい。がんばります」

「とりあえず、難しい話はこれで終わりだ。日も暮れたし、飯にしようではないか」

「あ、うちもお手伝いします」

 

 師弟がともに過ごす夜は和やかに過ぎていく。斑鳩は家を飛び出して二年とたっていないのに、酷く懐かしく感じた。

 

 

 

「大事なのは失敗してから、か。私がよくもそんなことを口に出来たものだ」

 

 深夜、修羅はひとり呟いた。斑鳩は既に寝入っている。

 

「いや、立ち止まった私だからこそ言わねばなるまい」

 

 修羅は刀を腰に差し、荷物を入れた袋を担いだ。

 

「アキューの要求は私がデヴァンのもとに赴くこと。お前たちは関係ない。さらばだ斑鳩。私のしがらみにお前を付き合わせるわけには行くまいよ」

 

 そう言い残すと、修羅は音をたてないように静かに小屋を出た。

 

 

 翌日。

「…………あれ、師匠?」

 斑鳩が目を覚ましたとき、小屋には静寂だけが広がっていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 “人魚の踵”のギルドからカグラと青鷺が出てくる。

 

「少し時間がかかってしまったな。ギルドは斑鳩殿の師の家よりも遠いという。急いで戻らねば」

 

 そう言うカグラは腰に新しい刀を差していた。これまで使っていたものよりも随分と長い。通常とは違って柄を下に、鞘を上にしている。

 

「……それが、新しい武器なんだ」

「ああ、斑鳩殿とたびたび修練していた。お前は付き合ってはいなかったから知らないだろうがな。とはいえ、これを使った剣術はまだ未完成。ヤツらとの勝負にはお前の力が必要不可欠だ」

「……分かってる。作戦通りに」

「――待ちな、てめえら」

 

 カグラと青鷺が列車に乗るため、駅に向かっていると不意に声をかけられた。

 振り向けば、フードで顔を隠した人影が二つ。時刻は早朝。人並みが少ないことも相まって怪しいことこの上ない。

 

「そなたらは何者だ?」

「おいおい、もう忘れちまったのかよ」

「速ェことはいいことだが、すぐに忘れちまうのは良くねえぜ」

 

 フードをとり、隠れていた顔があらわになる。その顔を見て、カグラと青鷺は驚きに目を見開いた。

 

「……六魔将軍」

 

 忘れもしない。ワース樹海においてニルヴァーナを巡って繰り広げられた戦い。その時、“人魚の踵”と死闘を繰り広げた二人。コブラとレーサーの姿がそこにはあった。

 

「貴様ら、何をしに来た!」

 

 カグラは警戒を強めて刀に手をかける。

 

「そう邪険にすんじゃねえ。今回は仕事のついでに、てめえらの大将に忠告しに来てやったんだが――――どうやら一歩遅かったみてえだな」

 

 そう言って、コブラはにやりと笑ったのだった。

 



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第三十話 後悔ばかりの人生

今回は修羅の過去編です。
胸糞展開を含みますので苦手な方は読み飛ばしていただいてかまいません。


 修羅とは無月流の継承者が代々襲名する名前である。

 当然、斑鳩の師である修羅も若き頃は違う名前を名乗っていた。

 その名をアンヘルという。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ねえねえ、アンヘル兄。トレーニング終わった?」

「む、ライラか」

 

 場所はアネモネ村。アンヘルは村の外れに座り、流れる汗をタオルで拭っていた。その体はまだ小さく幼い。アンヘルはこの時、十歳であった。

 

「まだ終わってない。休憩しているだけだ。もう少し待て」

 

 アンヘルに話しかけている少女はさらに小さい。ライラはこの時七歳であった。

 

「ええ、まだなの? もう待ち飽きちゃったよ。トレーニングなんていいから遊んでよ~」

「もう少しだけだから」

「やだ。今遊んで」

 

 その後もごね続けるライラに根負けし、仕方なくアンヘルは折れることにした。

 

「わかったわかった。ほら遊んでやる。何がしたいんだ」

「やった! 肩車して走り回るヤツがいい!」

「まあ、それならトレーニングにもなるか……。ほら乗れ」

 

 ライラを肩車すると走りだす。その光景を村人たちは微笑ましく見守っている。

 

「アンヘル、ライラ。ご飯にしよう!」

 

 しばらくすると、二人に遠くから声がかかった。

 アンヘルと同年代ぐらいの少女がかごを持って走り寄ってくる。

 

「あ、お姉ちゃん!」

「おお、エドラ。もうそんな時間か」

 

 少女の名はエドラ。ライラの姉であり、ゆくゆくは村一番の器量よしになるだろうと目される可憐な少女であった。

 エドラがかごに入れて持ってきた弁当を三人で囲む。

 談笑しているとライラはうとうととしたかと思うと寝入ってしまった。

 

「それにしても、トレーニングなんてすぐやめると思ってたのに、以外と続けてるのね」

「当たり前だ。オレは強い魔導士になって悪いやつをばったばったと倒してやるんだ」

「一丁前に言ってるけどそれ、一週間前に打ち立てた目標でしょう」

「…………別にいつからとか関係ないだろ」

 

 エドラはじと目でアンヘルを見つめる。

 一週間前、凶悪な山賊が近くの山に住み着いた。村におりてきては略奪を行い、被害を出していった。ほんの短い期間ではあるが、幼い三人にとってはトラウマになりかねないほどの恐怖体験であった。

 その山賊から村を守ったのがとある魔導士である。

 丁度、村に降りてきた山賊を魔導士が返り討ちにしたのだ。それをアンヘルは目にして大きな憧れを持ったのである。

 

「とにかく、オレは強くなるんだ。あの魔導士みたいに」

「ふーん、それで? 強くなってどうするのよ」

「……そんなの知らん。強いのはかっこいいだろ」

「それだけ?」

「それだけだよ」

 

 それを聞いたエドラは呆れたように溜息をつく。

 

「ほんとバカね」

「バカとは――っておい!」

 

 エドラはアンヘルに寄りかかる。

 

「じゃあさ。強くなったら、どんなことがあっても私を守ってよ」

「お、おおお前。何を言って」

「ふふ、アンヘルってば顔が真っ赤よ」

 

 エドラはアンヘルの顔を覗き込んで笑った。間近で見るエドラの笑顔に、アンヘルはさらに顔を赤くする。

 

「ふ、ふざけるな。オレで遊びやがって……」

「だって、アンヘルってば反応がかわいいんだもん」

「む」

 

 かわいいと言われて、アンヘルは顔を赤くしながらも口をへの字に曲げる。なんとかやりかえせないものか。そう考えて、今がポケットの中の物を渡すチャンスだと思いついた。

 

「おい、エドラ。手を出せ」

「え、な、何よ。まさか虫でも握らせるつもり?」

「いいから」

「ちょっと!」

 

 アンヘルは無理矢理手をとると、その手にポケットの中に入っていたものを握らせた。

 

「やるよ、それ」

「これ、もしかして」

 

 エドラが手を開いたとき、そこにあったのは飾り気のないシンプルな造りの髪留めだった。

 エドラを恥ずかしがらせてやろうと思ったのに、いざ渡してみるとアンヘルはかえって恥ずかしくなった。エドラの顔を見れずにそっぽを向く。

 

「こ、この前町に連れて行ってもらったときに買ったんだ。ただ、どんなデザインがいいのか分かんなかったから、オレのセンスで買ったらそんなつまらないものになって――――って、聞いてるの、か…………」

 

 エドラからの反応がないため、不安になって恐る恐る顔を向ける。そこには、顔を先ほどのアンヘルのように真っ赤にしたエドラがいた。

「お、おい……」

「……ふふ、こんなことしてくれるなんて思ってもなかった。ありがとう、アンヘル。私はこのデザイン好きよ。だって、あなたらしいもの」

 

 顔を赤くしながらもはにかむエドラ。アンヘルはその笑顔を前に、二の句をつぐことができなかった。

 

 

 

 これは、何気ない日常の一コマ。かけがえなく、そして、一つの悪意で崩れ去るとても脆いものでもあったのだ。

 

 

 

 翌日、アンヘルは両親とエドラの四人で町に遊びに行くことになった。ライラも着いてくる予定だったのだが、当日の朝にあいにく体調を崩して留守番になっていた。

 アンヘルの家にある魔導四輪を使って町に向かう途中のことである。

 

「な、なんだ!」

 

 突然飛んできた火球がタイヤの一つに命中し、四輪は制御がきかずにスリップした。

 それを三人ほどの男が囲む。

 

「あ、アンヘル。怖いよ……」

 

 震えるエドラの手を力強く握る。

 

「あいつら、山賊だ。逃げ延びたヤツがいたんだ……」

「おい、てめえら降りてこい。その四輪はオレたちがもらう」

「わ、わかった。言うとおりにするから手を出さないでくれ」

 

 アンヘルの父はすぐに言うとおり車を降りた。母とアンヘル、エドラもそれに続く。

 

「よしよし、話がわかるじゃねえか。それでいいんだ」

 

 山賊たちの一人が運転席に乗り込んだ。そして、

 

「よし、問題なく動くな。それじゃあ、てめえら。そいつらを殺しちまえ」

 

 山賊の慈悲のない命令が下される。

 

「待ってくれ! 言うとおりに渡したじゃないか!」

「ああ? 誰も渡したら助けるなんて言ってねえだろうが」

「そ、そんな……」

 

 山賊の二人が近づいてくる。それに、父が飛びついた。

 

「逃げろお前たち! ここは私がっ――ああああああああ!」

 

 山賊に飛びついた父は一瞬にして火だるまにされる。襲撃時に飛んできた火球から分かる通り、山賊たちの中には魔導士がいたのだ。

 アンヘルにも火球が飛んでくる。その前に立ちふさがったのは母だった。

 

「あっ、ああああ!」

 

 目の前で悲鳴を上げる母。その光景をアンヘルは呆然として見ていた。

 

「に、逃げてアンヘル。エドラちゃんを守るの…………!」

「――――!」

 

 その言葉に、右手に感じる温もりを思い出す。

 

「あ、アンヘル……」

 

 泣いているエドラを見て、今やらなければならないことがようやく分かった。すぐに、両親に背を向けると走り出す。

 

「おじさんとおばさんが――――」

「うるさい! 今は逃げることだけ考えろ。お前は必ずオレが――」

 

 しかし、子供が逃げられるほど甘くはない。逃げ出してすぐ、アンヘルは後頭部に衝撃を感じてそのまま倒れ込む。なにか、硬い鈍器で殴られたのだ。

 

「アンヘル!」

 

 暗くなる視界。エドラの悲痛な叫びだけが聞こえてくる。

 

「いや、離して! アンヘル、アンヘルゥゥウ!」

 

 今すぐに立ち上がり、山賊たちをぶちのめしてやりたい。だが意に反して体は言うことを聞いてはくれない。

 

(エドラ、オレはお前を――――)

 

 そして、アンヘルの意識は暗闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「うわああああ!」

 

 悲鳴と共にアンヘルは起き上がる。

 

「ハア、ハア。ゆ、夢……?」

 

 一瞬、甘い考えが脳裏をよぎる。しかし、次の瞬間に響いてくる頭の激痛が、先ほどの一幕が現実だったことを思い知らせてくる。しばらくもだえ苦しんだ後、少し痛みが薄らぎ周囲の状況が見えてくる。

 襲撃にあったのは昼間だったはずだが、日は暮れてあたりは薄暗い。

体中に纏わり付いている土。そして、自分のいる場所だけが窪んでいることに気がついた。そういえば起き上がった拍子に何かを払いのけた。あの感覚は確か土のようだった。

 

(オレは埋められていた……? 死んだと思われたのか。いや、オレが息を吹き返したのか)

 

 そこまで考えて気付く。薄暗くて見にくいが、アンヘルの埋まっていたであろう穴から布きれがのぞいていた。すすけているが、衣服の一部のようだ。

 

(まさか…………)

 

 アンヘルは血の気が引いていくのを感じた。そして、布きれを掘り起こしていくとそこに埋まっていたものが見えてくる。

 

「あ、ああ…………」

 

 そこには焼け焦げ、かすかに面影を残すだけとなった両親の遺体があった。

 

「――、――――!」

 

 泣き、叫び、嘔吐する。

 やがて嘆き疲れたアンヘルの体は独りでにに眠りに落ちていった。

 

「これは、丁度良い拾いものをしたものだ」

 

 薄れ行く意識の中で、聞き慣れない男の声がした気がした。

 

 

 

 アンヘルが目覚めるとそこはベッドの上だった。

 辺りを見渡しても見覚えはない。少なくともアネモネ村の家ではない。

 部屋の扉が開き、初老の男が入ってくる。

 

「目覚めたようだな」

「……誰だ」

「ふん、命の恩人に随分な物言いだ」

 

 男は部屋にあった椅子を引いてベッドの脇に腰掛ける。

 

「……なんで、オレを助けた」

「なに、丁度よかっただけだ」

「丁度良かった?」

 

 怪訝そうに眉を寄せるアンヘルに、男は腰に差した刀を引き抜いた。

 

「我が名は修羅。最強の魔法剣術、無月流の継承者である。この使い方を貴様に教えてやろう」

 

 そういって、修羅と名乗る男は笑う。その男の言葉に、アンヘルは聞き捨てならない言葉を見つける。

 

「最強、剣術?」

「ああ」

 

 アンヘルは、山賊に襲撃された折のことを思い出す。悲しみも、己の無力さへの怒りを前にかすんでいった。

 

「強く、なれるのか」

「なれなければ死ぬだけだ。また、新しい継承者候補を拾ってくるまで」

 

 男の物言いはアンヘルを突き放すようであった。これで怖じ気づくようであれば大して期待はできないだろう。事実、アンヘルの前に攫ってきた子供は修行中に死んだり、苦しさのあまり自殺する者もいた。

 しかし、アンヘルは違った。男の言葉に怯むことなく、その瞳に強い意志を湛えて見返した。

 

「上等だ。必ずその力、オレの物にしてやろう」

 

 これは期待できそうだ。男はにやりと笑うと刀を鞘に戻す。

 

「よかろう。だが覚悟せよ。無月流を習うが最後、太陽の下どころか闇夜を照らす月の光も浴びられぬ。甘い考えを持ったままでは地獄をみるぞ」

 

 その言葉の意味をアンヘルは理解することができなかった。

 翌日から修行が始まる。修行は苛烈を極め、血反吐に塗れたことは一度や二度ではすまない。それでも、あの日の無力さへの怒りがアンヘルを奮い立たせた。

 

 

 

 

 そして、修行を開始してから十年余りが過ぎる。

 

「ここまでか……」

 

 男は力なくベッドに伏せっていた。アンヘルはその横に佇んでいる。

 

「無月流の技は全て教えた。これからは貴様が修羅を名乗れ」

「はい」

 

 ベッドに伏せながら、男は息も絶え絶えに言葉を発する。アンヘルは無感情に頷いた。十年余りをともに過ごしながら二人に親愛の情というものは微塵もない。男にとってアンヘルはただ無月流を継承するという義務を果たすための道具であった。最初は近づこうとしてみたアンヘルも、そういうそぶりを見せる度に痛めつけられれば、男との間に絆をつくろうなどという考えを諦める。

 

「甘い考えなど捨ててしまえ」

 

 これが男の口癖であった。

 ただ、それでも無月流を教えて貰った恩がある。それなりに手をかけて見晴らしの良い場所に綺麗な墓をたてて供養した。

 そして、アンヘルは男を供養したその日から、修羅を名乗ることになる。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「今回も大層な活躍だったみたいじゃねえか! 先代の修羅はもう越えちまったんじゃねえのか」

「やっぱり無月流の使い手は違うねえ。今度オレにも教えてくれよ」

 

 修羅に野卑な声が次々とかかる。それを修羅は相手にした様子もなく静かに椅子に腰をかける。

 場所はボスコのとある闇ギルド“巨象の牙(エレファントファング)”。その根城であった。

 なぜ修羅が闇ギルド“巨象の牙”に所属しているのか。それは簡単なことであった。

 師である先代修羅がこの闇ギルドに所属していたのだ。拾って連れてこられた場所が既にボスコであったらしい。

 修羅も修行の一環として仕事に連れて行かれることになる。わずか十二で犯罪に手を染め、人も殺した。嫌がればまた先代修羅に痛めつけられる。

 

『甘い考えなど捨ててしまえ』

 

 その度に、また男の口癖を聞いたものだ。

 もはや悪事に手を染めることについて修羅は何の疑問も覚えない。ただ仕事でしているだけのことであり、またその生き方以外は知らなかった。

 

「またそうやって無視をして。ちょっとぐらい答えてあげたらどうです?」

 

 机を挟んで修羅の向かいに、同年代くらいの男が腰をかける。男の名はアキュー・ゲッタ。修羅とコンビを組んでいる男だ。

 

「嫉妬交じりのからかいなど、相手にしてなんになる」

「そういう態度をとるから、ギルドでハブられていくんですよ」

「私にはどうでもいいことだ」

 

 やれやれとアキューは肩をすくめた。修羅にとって、アキューと言葉を交わすことも億劫だったが、それでも腕っ節しか取り柄のない修羅にとって万事をそつなくこなすアキューはなにかと便利であるために手を組んでいるのだった。

 

「そうだ、実はデヴァン様からあなたに依頼があるらしいですよ」

「デヴァン……、確かお前のお得意様か」

 

 アキューは修羅と仕事に出るかたわら、ルウォッカ商会の若き跡取りであるデヴァンの屋敷に足を運んでいた。修羅は興味がなかったため、一体アキューが何をしているのか聞いたことはなかった。

 

「急だな。私との間に接点などないだろうに」

「接点なら私がいるじゃないですか。修羅さんのことを話したらぜひとも暗殺を依頼したい人がいると」

「暗殺か……」

「お嫌ですか?」

「何を今更。人なら既に何人も殺してきた」

「そうですよね。特に修羅さんは実力があるだけに、血なまぐさい仕事が多いですもんね」

 

 アキューは何が面白いのか、にまにまと笑っている。その顔を見ているのが不快で顔をそらした。

 

「詳しい話は直接会って話がしたいそうです。ということで明後日にデヴァン様に会う予定になっていますからよろしくお願いしますね」

「分かった」

 

 修羅は頷くと席を立ち、そのままギルドを後にする。その後ろ姿をなおもアキューはにまにまとして見送っていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 約束の日、修羅はアキューに連れられてデヴァン邸に赴いた。

 

「やあ、君が修羅くんか。話はかねがね聞いているよ」

「よろしくお願いいたします」

「はは、闇の連中は野蛮な輩が多いイメージだが、君は随分と礼儀正しいね。アキューくんのお友達というだけある」

 

 内心、お友達という言葉には首を横に振りたかったがぐっとこらえる。

 多少の雑談の後、仕事の話に移る。その間、修羅は適当に相づちを打つだけで雑談も仕事の話もアキューが主に煮詰めていった。

 そして、ようやく話が一段落した頃だった。

 

「そうだ修羅くん。君、僕のコレクションを見てみないかい」

「コレクション、ですか……」

「ああ、長年。それこそ十代のころからアキューくんと集めてきたんだ」

 

 修羅はデヴァン邸に赴く前、アキューとの会話を思い出す。

 

 

『おそらく、デヴァン様はあなたに自慢のコレクションを見せたがるでしょう』

『興味が無いな』

『まあ、そう言わずに。デヴァン様の趣味はとても公に出来る物ではありません。しかし、せっかくのコレクションは自慢したい。なので、闇の者と関わればまず間違いなく自慢してきます』

『だから、興味が無いと言っている』

『それが、デヴァン様はコレクションにかける情熱が大きいだけに、今の修羅さんのような態度をすれば機嫌を損ねてしまいます。今後の仕事のためにもどうか話を合わせて頂けませんか』

 

 

 アキューに視線をむければ小さく頷く。仕方ないと内心で溜息を一つ吐き出した。

 

「分かりました。ぜひとも拝見させて頂きたい」

「はは、そうこなくてはね。では早速案内しよう」

 

 道すがら、デヴァンはコレクションについて語り出す。

 

「僕はね、特殊性癖なんだ」

「はあ」

「人間の女性よりも人形の女性に興奮する。でもね、それでも何か物足りなさを覚えていたんだ。そして、ある日気付いた」

 

 デヴァンの足が、とある一室の扉の前で止まる。

 

「僕はね、人形のようになった人間が好きなんだよ」

「これは……」

 

 デヴァンが開け放った扉の先。その光景を見て修羅の表情が嫌悪に染まる。

 そこにあった、否。いたのは着飾られた幾人もの女性。長身の女性、ふくよかな女性、スレンダーな女性、グラマラスな女性。様々な女性がうつろな表情で飾られている。

 

「ああ、なんて素晴らしいんだ! ここにいる女性たちは今もなお生きているんだ。だというのに、人形と変わらない価値しかない。なんと惨めで美しいことか!!!」

 

 デヴァンの頬は興奮で赤らみ、目は燦然と輝いている。コレクションに気を取られて修羅の表情が見られなかったことが幸いか。

 

「ここにいる女性たちは……」

「みんなアキューくんの毒で意識を奪っているのさ。アキューくんは毒のスペシャリストだからね。肉体の成長を止めてしまう副作用もむしろ好ましい――て、君には説明しなくても分かることだったね」

「…………」

「尋ねていたのはどこから調達したのかってことかい? それなら奴隷を買っただけだよ。さすがに、攫ってくるのはリスクがでかすぎる」

 

 デヴァンは修羅の反応などお構いなしにコレクションの自慢をし続けた。修羅は既に後悔していた。多少関係を悪化させてでも来るべきではなかった。

 

「さて、君には特に僕が気に入っている人形を見せてあげよう」

「……はい」

 

 はやく終わってしまえ。そう念じながらデヴァンに着いていく。部屋の先にあるもう一つの扉の前に立つ。

 

「ここは僕の寝室さ」

(もったいぶらずにさっさと開けろ……)

 

 冷めた表情で、焦らすようにゆっくりと扉を開くデヴァンを眺めていた。そして、ついに扉が開き――――。

 

「これが、僕のお気に入りさ」

「――――あ」

 

 そこにいた少女を見て、修羅の脳内は白く染まっていく。そこには、

 

「ふふ。今のままでも可憐だが、将来美しくなっただろうと想像させる少女。そんな彼女が成長を止められ人形のように生き続ける。なんとも興奮するだろう?」

「あ、あ――――」

 

 見間違えようもない。それは、十年以上前に山賊に攫われたはずのエドラその人であった。

 修羅の記憶にあるよりもいくらか成長している。当時、十歳であったはずだが見る限り十四か十五といったところか。それでも修羅同様、本来ならば二十を越えていなければならないはずだ。

 そんな彼女が虚ろな目をして、大きなベッドに腰掛けていた。しばし、呆然とした後に気付く。エドラが頭に身につけているものに。

 

「あ、の、髪留め、は…………」

「おお、やはり君も気になるかね」

 

 思わず修羅の口から漏れ出た言葉に、何を勘違いしたのかデヴァンはペラペラと喋りだした。

 

「あんな面白みのない髪留めなんか取り上げてしまいたいんだけどね。心は奪っているはずなのに、あの髪留めを取り上げようとすると途端に暴れ出すんだ。仕方ないから放置しているのさ」

 

 やれやれとデヴァンは肩をすくめてみせる。

 

「おそらく、男からの贈り物だろう。まだ多少なりとも意識が残っていた頃は、しきりにその男の名前を呼んでいたっけ」

「……その」

「まあ、想い人がいるはずの少女が壊され僕に抱かれる。そんな趣向も悪くないかと今では思えるようになったけどね」

「その、男の名前は……なんと」

 

 震える喉から、修羅は言葉を絞り出す。

 

「ああ、確か――――アンヘルとかいったような」

 

 

 

 自分で自分が分からない。

 溢れ出る感情に、我を失うことは初めての経験だった。

 修羅が正気を取り戻したとき目にしたものは、床に倒れ伏せたデヴァンとアキュー。血に染まった己の両拳。そして、虚ろな目で修羅を見つめる少女であった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 修羅はあの日、エドラを抱えて逃げ出した。

 デヴァンからも、ギルドからも見つからないように遙か遠くへと逃げた。

 道中、どれだけ話しかけてもエドラが反応してくれることはなかった。

 

「なぜ、私はもっと早くに……」

 

 どれだけ悔いても、悔やみきれない。

 確かに十歳のころに袂を別ったエドラを、手がかりもなしに探すことなど不可能に近かった。それでも、探そうともしなかったのはとっくに諦めていたから以外のなにものでもない。

 

「私は何をしていたんだ! 何のために力を求めたんだ! 力を得て何になったというのだ!」

 

 慟哭する修羅。それを見つめるエドラの虚ろな瞳がさらに心をかき乱す。

 そして旅の途中、修羅の心をさらに乱すことが起きる。

 

「う、うぅ……」

「エドラ!」

 

 無感情だったエドラ突然呻きだす。慌てて連れて行った病院で思いがけない事実を突きつけられた。

 

「どうやら妊娠しているようです」

「…………は?」

 

 逃避行で修羅はエドラと交わったことなど一度も無い。間違いなくデヴァンの子であった。

 

「エドラさんはまだ歳も若いですし、体力もかなり低下しています。産めば命の保証はできません」

 

 そう修羅に告げる医師の視線は冷たい。医師からすれば、修羅は怪しいことこの上なかった。

 しかし、今の修羅にそんなことを気にしている余裕はない。

 

「エドラ、話がある」

「あ、あぁ…………」

 

 エドラは微笑んで自らのお腹をさすっていた。エドラが感情を見せるのは再会して以来初めてのことであった。それだけに、これから告げる言葉を想うと心が苦しい。

 

「その子供は、おろしてもらう」

「あ、あ……?」

 

 修羅の言葉に反応を示したのも初めてのことである。その反応が、泣きそうな揺れる瞳で見返すものだったことに泣きたくなる。

 

「仕方ないんだ。その子を産めばお前がもたない」

「い、いや、いや」

「分かってくれ。お前のためなんだ!」

「いや、いや!」

 

 お腹の子供をかばうように、エドラは修羅に背を向ける。明確な拒絶の意思。

 

「エドラ…………」

 

 その背中を見て、修羅は何も言えなくなった。

 それから何日も説得を試みたが、一向にエドラの態度は変わらない。だんだんと修羅はやつれていった。

 ある日、耐えかねた修羅は思わず怒鳴ってしまう。

 

「なぜだ! なぜそんなに産みたがる! 死んでしまうかもしれないんだぞ! そんなに、そんなにあの男の子が産みたいのか!!」

 

 そこには、嫉妬も含まれていたのだろう。怒鳴って冷静になると、己がしでかしてしまったことに青ざめる。

 

「あ、す、すまない。私はなんということを……」

 

 思わず修羅は一歩後ずさる。そんな修羅をエドラはきょとんとした表情で見つめると、かつてを思わせる微笑みを浮かべた。己に向けられた笑顔など、それこそアネモネ村以来である。

 一瞬、見とれてしまう修羅。しかしエドラが発した次の一言で、頭を殴られたかのような衝撃にみまわれる。

 

「こ、ども、うむ。わたし、あんへる、こども」

「――お、お前」

 

 修羅はその場に崩れ落ちる。顔を伏せて泣く修羅に、エドラがそっと寄り添った。

 エドラはいまだ正気でない。お腹の子供をアンヘルの子供だと思っている時点でそれは確かだ。そんな状態で、子を産むことだけに己の意思を見せるのだ。

 悩みに悩んだ末、修羅はエドラが望んでいるとおりにすることにした。

 出産には修羅も立ち会った。痛みと必死に戦い、お腹の子をこの世界に産みださんとするエドラ。その様子を見て直感的に分かってしまう。

 ――エドラの命は失われてしまう。

 それが分かっていても修羅にはなにもできない。手のひらに食い込んだ爪が肉を破り、血を流す。

 やがて、赤子の泣き声が響き渡る。

 エドラは子と修羅に暖かな微笑みをそそぐと、静かに永き眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 エドラの死から八年が経つ。

 今、修羅は辺境の村で農作業に従事してひっそりと暮らしていた。

 

「おとーさん、仕事終わった?」

「ああ、丁度一区切りできたところだ」

 

 子供はアミナと名付けられ、修羅のもとですくすくと育った。その容貌はかつてのエドラを思い出させる。

 

「じゃあ、あれ見せて!」

「あれか、全く。アミナは変わり者だな」

「そんなことないもん!」

 

 修羅は家からかつて使っていた刀を持ちだした。そして、家の裏に回るとそれを構える。アミナは地面に座り、期待を込めたキラキラとした瞳で見つめている。

 

「――はっ!」

 

 修羅は剣を抜き放ち、華麗に舞った。アミナはそれを笑顔で食い入るように見ている。

 しばらくして、一通り舞を踊ると修羅は刀を鞘に戻す。

 

「すごい、すごーい!」

 

 アミナは手を叩いて喜んだ。その様子を見て、修羅は柔らかく微笑む。

 修羅は荒事から離れてなお、十のころから半生をともにした刀を手放すことはできなかった。農作業をするかたわら、時折家の裏で剣を振っていた。

 それがアミナに見つかったのが三年前。一通り剣を振り、鞘に戻したところでアミナが見ていることに気がついた。

 

『アミナ。そこで何を――」

『――きれい』

『む』

『すっごーい! おとーさん、なにそれ。とってもきれいだったよ!』

 

 思いがけない言葉に驚いたことを覚えている。それ以来、アミナにせがまれては剣を振った。時が経るにつれて、だんだんと舞のように、魅せる動きになっていく。アミナは三年間、飽きることなく修羅の剣をねだり続けた。

 アミナの為に剣を振る。それは、修羅にかつてない充実感をもたらした。それこそ、修行をしていたころや、闇ギルドに所属していたころとは比べものにならないほどに。

 

「おとーさんもういっかい!」

「だめだ、今日はもうおしまい。夕飯をつくらなくては」

「えー」

「わがままを言うな。また明日見せてやる」

「ぜったいだよ! やくそくだよ!」

「分かっている」

 

 修羅は微笑んでアミナの頭を撫でた。

 それは穏やかな日常の風景。二十余年を経て再び手に入れた平穏だった。修羅の心に刻まれた深い傷も、時間と共に癒やされていく。

 

 

 

 ――しかしまた、そんな日々も長く続くことはなかった。

 

 

 

「ううむ、心配だ」

「もう、お父さんってば! 私ももう十歳なのよ。お留守番くらいできるよ!」

 

 さらに二年が経過した。家の玄関で修羅はうなる。

 近頃、近くの山に外から来た魔獣が住み着いた。追い出された獣が畑の作物を食いあさり、多大な被害をだしている。そこで、村人たちは修羅にどうにかできないものか相談したのだ。修羅がアミナに剣を見せているのは有名になっており、近頃ではアミナ以外の見物人も増えたほどだ。

 修羅として、村に迎え入れてもらった恩がある。協力に否やはないのだが、アミナを一人残していくことが不安であった。

 

「早く行った行った!」

「分かった。分かったから押すな。いいか、何か困ったことがあればすぐにお隣さんに言うんだぞ。それから――」

「もう何回も聞いたよ! いいから行ってってば!」

 

 修羅を外に押し出すと、玄関がぴしゃりと閉められる。

 

(仕方ない、すぐに片付けて帰ろう)

 

 溜息を一つつくと、足早に山へと向かっていく。

 そんな修羅の背中を、昏い笑みで見送る男たちがいた。

 

 

 

 修羅はさして苦労することなく魔獣の首を落としてみせる。

 しかし、修羅の表情は暗く、怪訝そうに眉が寄せられている。

 

「なんだ、この獣は……」

 

 野生動物特有の気配が感じられない。人間になれている様子さえあった。

 

(何か嫌な予感がする)

 

 魔獣の死体をそのままに、急いで村に戻ろうとしたときだった。

 

「煙だと……?」

 

 村の方角から煙が立ち上る。修羅はすぐさま駆け出した。そして、視界が開けた見晴らしの良い場所に出たとき、絶句することになる。

 

「村が燃えている!?」

 

 山を必死に駆け下りる。村に辿り着いたとき、そこで見たのは地獄のような光景だった。

 燃える家々。

 鳴り響く悲鳴。

 転がる死体。

 下卑た多くの笑い声。

 

「貴様らァァァァア!」

 

 下郎どもを斬るために、刀を引き抜かんとしたその時である。

 

「待ってください」

 

 聞き覚えのある声がそれを遮った。

 

「貴様、アキュー!」

「十年ぶりですね、修羅さん」

 

 ニタニタと笑みを浮かべるアキュー。十年を経てなお、その笑みの嫌らしさは変わらない。

 

「復讐に来たか。ならば私を直接襲えばいいであろうが!」

「そんなことをしても返り討ちにあうだけでしょう。あなたの実力はよく知っていますから。ですので、人質をとらせて頂きました」

「まさか、貴様――!」

「ええ、あなたの娘さんは預かっていますよ。分かったならば、大人しくすることです」

「ぐ――!」

 

 アミナの姿は修羅の目が届くところにはいなかった。いれば夜叉閃空で賊を斬り殺して救出したものを。さすがにアキューはよくわきまえている。

 

「後、一つ補足です。復讐したいのは私ではありません。私としてはさほど気にはしていません」

「なんだと。ならば、まさか……」

「そう、ワシだ」

 

 一人の男が、燃えさかる家の間を悠然と歩いてくる。

 

「貴様、デヴァン……」

「十年、随分と探したぞ」

 

 デヴァンの雰囲気はがらりと変わっている。十年前よりも威厳というものが備わったようだった。

 

「執念深いことだ」

「当然であろう。十代半ばに奴隷市場でエドラを見たとき運命を感じた。当時のワシでは手が届かぬ高額を必死に捻出して買い付けた。意識を奪ってなお手放さない髪留めも、エドラを尊重してそのままにしてやった。私がどれだけエドラに尽くしてきたと思っている!!」

「人形にしておいて尽くす、か。随分と歪んだ愛もあったものだ」

「黙れェ!」

 

 デヴァンが修羅の顔面を殴りつける。アミナを人質にとられた修羅は甘んじてそれを受け入れた。

 

「十年。再びエドラをこの手にせんと探し、ようやく見つけたと思えば、とうの昔に死んでいるだと!? ふざけるな! ふざけるなァ!」

 

 何度も何度も、デヴァンは修羅の顔を殴りつける。唇は裂け、顔全体が腫れ上がっていく。やがて疲れたのかその手を止めた。

 

「はあ、はあ。おい、お前ら」

「へい」

 

 デヴァンに促され、村を襲っていた賊が修羅を囲んだ。賊は修羅を見て酷薄な笑みを浮かべる。

 

「私はどうなってもいい。だから、アミナは助けてやってくれ」

「それはこの男たちに聞くんだな」

「へへ、ようやくこの時が来たぜ」

「なんだ、貴様ら。私を知っているのか?」

「ああ、ようく知ってるぜ!」

「がっ!」

 

 賊の一人が修羅を殴る。デヴァンの拳とは比べものにならない威力であった。

 

「オレはてめえに兄貴を殺されたんだ!」

「――――!」

 

 その言葉に、息が詰まる。

 

「オレは息子を殺された!」

 

 さらに別の男の拳が修羅の腹部を撃ち抜いた。

 “巨象の牙”に所属していたとき、血なまぐさい仕事ばかりをしていた。殺した数だけ恨まれる。当然のことであった。何人もの男たちが怨みを口にし、修羅を痛めつけていく。

 

「くく、随分と怨みを買っているようだな。お前に復讐ができると呼びかけたら、こんなにも人が集まったぞ」

「…………私はどうなってもいい。報いはうける。だが、アミナは関係ない。解放してやってくれ」

「うるせえ! 兄貴を殺しておいて――へぶ!」

 

 賊の一人を頭突きで黙らせる。

 

「もう一度言う。アミナは関係ない。村人もだ。これ以上の蹂躙はやめてくれ」

「…………」

 

 いたるところを晴れ上がらせ、血に濡れながら周囲を睨み付ける。その鬼気迫る様子に囲んでいた男たちは押し黙った。

 

「……わかった。貴様の娘の無事は保証する」

「そうか、なら、いい」

「やれ、貴様ら」

 

 デヴァンに促されて再び暴行が再開された。やがて、修羅は力尽きて地面に倒れ込む。

 

(すまない、アミナ。私はここまでのようだ……)

 

 息も絶え絶えで視界もかすむ。死の足音が聞こえてくる。しかし、突然暴行はやみ、修羅の命を奪うことはなかった。

 

「よし、そろそろいいだろう。おい、連れてこい」

「へい」

「…………?」

 

 デヴァンの命令で男の一人が離れていく。

 

「ただ殺すだけでは生ぬるい。貴様には生き地獄を味あわせてやろう」

「な、なにを――」

 

 そこに、遠くから子供の泣き声が聞こえてくる。

 

「おどうさん、だずげてええ!」

 

 引きずられるように少女が一人連れてこられた。既にその姿には暴行の跡が刻まれていた。

 

「貴様らァァァァア!」

 

 それを見た瞬間、修羅の頭が沸騰する。体の痛みも忘れて飛びかかろうとするも、簡単に男たちに取り押さえられてしまう。満身創痍で刀もすでにその手にない。

 

「アミナの無事は約束するのではなかったのか!」

「なんでワシが貴様のような下郎との約束を果たす必要があるのだ?」

 

 怒りに染まる修羅を見下ろし、デヴァンは嘲笑う。抵抗する力を奪ってから娘を連れてきて、目前でいたぶってやろうというのである。なんたる外道であることか。今すぐ細切れにしてやりたいが、そんな力は残っていない。唇を噛み切り、無理矢理冷静さを取り戻そうと努力する。今の修羅がアミナを助けようとすればデヴァンを説得する以外に道はない。そして、交渉のためのカードは一つ存在している。

 

「待て! アミナは私の子ではない! 私がエドラを連れ出したとき、既に妊娠していたんだ。アミナは間違いなくお前の子だ!」

「……それがどうした?」

「――は?」

 

 しかし、説得はあっけなく失敗した。

 

「貴様の手で育てられた娘なんぞいらんわ。大体な、ワシが何年エドラと一緒にいたと思っている。エドラが妊娠する度、ワシはおろさせてきたのだ」

「なん、だと……」

「エドラが欲しいのであって子が欲しいのではない。むしろ子供など邪魔なだけだ」

「貴様は! 貴様はァア!」

「クハハハハ! せいぜい、娘が死んでいく様を無様に見ているがいい」

「いやあああ! やめてえええ!」

「アミナ! アミナァァア!」

 

 それから始まったのは地獄すら生ぬるい魔の狂宴。

男たちは笑いながらアミナをいたぶる。かん高い少女の悲鳴が響いた。修羅は喉が張り裂けても、血反吐を吐きながら叫び、血涙を流しながら、どうすることもできずに地に押さえつけられる。

やがて、アミナの声は途切れ、ぴくりとも動かなくなった。同時に、修羅も身動き一つしなくなる。

 

「娘は死んだか。だが修羅の方は生きているな。おい、拘束して適当な建物に閉じ込めておけ」

「殺さないんですかい」

「ふん、この程度で満足できるものか。連れて帰り、さらなる生き地獄を味合わせてやる」

「へへ、そりゃあいい。オレたちも楽しみにしてますぜ!」

 

 そういって、修羅とアミナに暴力の限りを尽くした男たちはその場を後にする。

 

「――おい、アキュー。分かっているな」

「はい。この村は賊によって襲われた。そこにたまたま通りがかかったデヴァン様が私兵を用いて討伐した。このシナリオでよろしいですね」

「ああ、それでいい」

「では」

 

 翌日、築き上げられた死体の山には村人だけでなく賊の姿もあったと、ボスコ警備隊の記録には残されている。

 

 

 

 すっかり日が暮れた中、アキューはひとけのなくなった村を歩く。そして、修羅が閉じ込められているであろう家屋に視線をやった。

 

(修羅さん、あなたは良い金づるであると同時に行き先が楽しみな人でした。根は善良なくせに闇で生きることしかしらない男。まあ、想像通りろくなことにはなりませんでしたね。此度の狂宴、実に楽しませて貰いましたよ)

 

 アキューは気味の悪い笑みを浮かべると、デヴァンの命令をするべく足を進めた。

 

 

 

 深夜、修羅はふらりと起き上がる。立ち上がるだけで、全身が悲鳴をあげる。だがそんなもの、今の修羅には気にもならない。

 天之水分を索敵用に展開。見張りはどうやら扉の外に二人だけ。部屋にあった椅子を壊し、足になっていた棒を手にする。

 見張りは椅子を壊したときの音に気付いて部屋をノックしようとした。

 

「無月流、夜叉閃空」

 

 満身創痍。得物もただの棒切れ。それでも、壁ごと雑兵を斬るくらいわけは無い。ゆっくりと部屋を出る。廃墟と化した村の様子を伺うがデヴァンもアキューも、抵抗する気力などないものと甘く見ていたのか見張りは少なかった。

 目的の場所はすぐにわかった。後でまとめて処理するつもりなのか、死体が一箇所にまとめられている。積み重なる村人たち。

 

「すまない。私のせいで……」

 

 彼らは不審な男だったであろう修羅を迎え入れてくれた。農作業を一から教わった。剣舞に拍手を送ってくれた。なんの罪もなかったというのに、今は物言わぬ骸と化している。

 

「怨みはあの世に行ったとき、いくらでも聞こう。だから今は……」

 

 死体の山をかきわける。そして、すぐに見つけ出した。

 

「…………アミナ」

 

 全身痣がない所はなく、四肢も歪に折れ曲がっている。なんとも痛ましい姿であった。

 

「――――!」

 

 叫びそうになるところを必死に堪える。しばらくして息を整えると、修羅はアミナの遺体を抱き、村人たちの遺体に一礼すると山の中へと消えていく。

 翌日、修羅の脱走を知ったデヴァンが怒り狂ったことは言うまでもない。

 

 

 

 どれだけの時間歩いただろうか。生い茂る木々に、衣服や皮膚を切られた回数ははかりしれない。靴もすりきれ、足はボロボロになっている。

 

「元々、傷だらけの身だ。いまさらどんな傷も関係あるまい」

 

 歩く。歩く。綺麗に整えられて立っている石が見えてくる。石には、エドラの名前が刻まれていた。

 

「すまない、エドラ。お前が命を賭して産んでくれた子を、私は守ることができなかった」

 

 そこは、エドラの墓だった。修羅自身で立てた墓。故に場所を知っているのは修羅ただ一人。デヴァンたちも、この墓の情報を得ることは出来ないだろう。

 

「せめて、アミナはお前と一緒に眠らせてあげようと思う」

 

 疲労しきった体をさらに酷使してアミナの遺体を埋葬し、石に新たにアミナの名を刻んだ。修羅は完成した墓の前で立ち尽くす。

 

「何が力だ! 何が無月流だ! 何一つ守れたためしがない……。いや、一つだけ守れているものがあるか」

 

 修羅は自嘲の笑みを浮かべた。

 

「これだけの目にあって。私は生きのさばっている。己の命だけは守れるらしいぞ。ハハ、大切な人は守れないくせに! 不幸を呼び込むくせに! 私の命だけは守ってしまう! ああ、なんと身勝手な力であろうか!!」

 

 そして、崩れ落ちるように膝をついてうなだれた。

 

「すまない。すまない。本当に、すまない――――」

 

 そうして、いつまでも修羅は謝り続けたのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 数ヶ月後、アネモネ村。

 村唯一の食堂“イチリン”を経営しているライラは、入り口の扉が叩かれて怪訝に思いながらも扉を開いた。

 

「誰だい。今は営業時間外だよ」

 

 そこに立っていたのは見覚えのない男であった。見るからに怪しい。不審に思っていると男が懐に手を入れる。警戒して身をすくめるが、男が差し出したのは飾り気のない古びた髪留めだった。

 

「なんだい、これ。……昔どっかで見たような、ないような」

「受け取れ」

「あ、ちょっと!」

 

 その髪留めをライラに無理矢理握らせると、背中を向けて去って行こうとする。

 

「いったいこれはなんなのさ!」

「エドラの形見だ」

「――――え?」

 

 思いもよらない言葉にライラは絶句する。そして、もう一度手のひらにある髪留めを見た。確かエドラ姉が行方不明になる前日、アンヘルから貰ったプレゼントを自慢していた。それは確か、飾り気のない髪留めで――。

 そこまで考えて、先ほど見た男の顔にかつての幼なじみの面影を思い出す。

 

「あんた、まさかアンヘル兄か」

「そんなもの、とうの昔に捨てた名だ」

「ちょっと待ちなよ! 三十年以上音信不通で一体何をやってたんだい! あの時、あんたらの身に何が起こったというんだ!」

「どうでもいいことだ。みんな死んだ。私だけが生き残った。それだけだ」

「ちょっと、いい加減に――――」

 

 ライラは修羅を追いかけて捕まえる。なにがなんでも問いただしてやろうと、そう思ってのことだったが。

 

「あ…………」

 

 その表情を見て何も言えなくなる。先ほどは気づかなかったが、目は虚ろで表情もまるでない。死人が歩いているようにさえ思えた。

 

「……もういいか?」

 

 掴んでいたライラの手をやんわりどけると、再び背を向けて歩き出す。

 何か言わなければ、もう二度と会えなくなる。ライラは直感的にそう思った。そして、思っていることをそのままぶつけてやることにした。

 

「――何があったか知らないけど、困ったことがあればいつでも帰ってくるんだよ! あたしはあんたの幼なじみで、ここはあんたの故郷なんだから!」

 

 一度、修羅の足が止まる。そして、少しの後再び歩き出した。今度は後ろ手に手を振りながら。

 

 

 数年後、修羅とライラは再会することになる。

 ある日、修羅は突然訪ねてきて言った。

 

「今度から、近くの山小屋に住むことにした。金は払うから食料や日用品を買い付けておいてくれないか。定期的に取りにこよう」

「それはいいけど、なんでまた」

 

 ライラの問いに、修羅は少し照れくさそうに顔をそむける。

 

「なに、少し子供を育てることになっただけだ」

「…………は?」

 

 その言葉はあまりに予期しないものでしばし呆けてしまったのを、ライラは十年経っても忘れることはなかったという。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 修羅が何気なく立ち寄った旅館が炎に包まれる。修羅が気付いて起床したときには、とっくに手遅れだった。

 

(随分と鈍ったものだ……)

 

 かつてであれば、襲撃があった段階で起き出していただろうに。

 

(それにしても、我が身は不幸を呼び寄せる。これも、背負った深き業のせいであろうか)

 

 修羅は襲撃した闇ギルドの構成員を、旅館を徘徊しながら斬って捨てた。多少は生き残っている人間がいたことは幸いか。

 そして、修羅は最後の生き残りを見つけ出す。

 それは十にも満たない少女であった。どうやら両親を殺されてしまったらしい。その姿になんとなく、かつての自分を思い出す。

 

「憐れな子だ。両親も死に、これからは生きずらかろう。死にたいのなら介錯ぐらいはしてやろう」

 

 それは突き放すようで、修羅の優しさだったのかもしれない。

 修羅は刀の柄に手をかける。娘が望むのであれば苦しくないよう、本当に介錯するつもりであった。しかし、

 

「――きれい」

「なんだと?」

 

 修羅は驚きに目を見開いた。修羅の瞳が揺れる。

 

「とてもきれい。今までに見てきた何よりも……」

 

 修羅の手が震える。もはや、修羅に目の前の少女を斬ることなど不可能であった。

 

「……気が変わった。名前はなんという」

 

 修羅の問いかけにゆっくりと、少女は己の名前を口にした。

 

「斑鳩。うちの名前は斑鳩です」

 



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第三十一話 独立ギルド

 ツユクサの広場にて、斑鳩は逸る気持ちを抑えながらカグラと青鷺を待っていた。師が姿を消したのは昨日のことである。

 今すぐにも追いかけたいが行き先は結局聞けずじまいであった。斑鳩が単独でボスコに入り見つけ出すことなどほぼ不可能。であれば、カグラと青鷺の協力は必要不可欠である。基本的に戦闘以外に能がない斑鳩に対し、カグラはギルドに所属し仕事をこなすことにおいてははるかに先輩であり、情報収集能力も高い。青鷺もまた新人ではあるが斑鳩よりも諸事を器用にこなすことができた。

 “人魚の踵”のギルドはフィオーレ南部に位置する。東部にあるツユクサからは遠く、下手をすればカグラたちの到着は翌日以降になる可能性もあった。それでも、もしかしたらと待たずにはいられなかったのである。

 

「……あれは?」

 

 そんな折、遠方で目に見て分かるほどの砂塵が舞う。何かがツユクサに近づいていた。

 僅かな警戒とともに刀の柄に手をかける。しばし後、ツユクサの街道を走り抜けてくる影が二つ。どこか見覚えのある魔導二輪。その上に乗る人物を見て斑鳩は驚いた。

 

「コブラにレーサー! …………と、カグラはんにサギはん? なんで?」

 

 コブラとレーサーはフード付きのマントで身を隠していたが、今は風に煽られ素顔があらわになっている。二台の魔導二輪は急減速すると斑鳩の目前で停止した。

 

「おら、到着だ!」

「おい! 急に止まるな! 危ないだろう!」

「ちっ、送ってやったんだから文句言うな」

 

 あわや振り落とされるところだったカグラがコブラに食ってかかる。コブラはめんどくさそうに顔をそむけた。

 

「どうだったよ、オレの二輪は。すげえスピードだろ」

「……ほんとに驚いた。こすい魔法を使う誰かと違って凄く早い」

「喧嘩売ってんのかクソガキ!」

 

 もう一台にはレーサーと青鷺が乗っている。

 

「カグラはん、サギはん。これはいったい?」

「む、斑鳩殿お待たせしました。実は私も詳しいことは知らないのです。ただ斑鳩殿、ひいてはお師匠殿が“血濡れの狼”に狙われていることを知らせにきたようですが」

「……めんどくさいから斑鳩と合流してからまとめて説明するって」

「ああ…………、やっぱり説明しないとだめか?」

「当たり前どす!」

「しゃあねえな……」

 

 コブラは溜息をひとつ吐く。

 

「頼んだぜエリック。じゃんけんで負けたお前が悪いんだ」

「エリック?」

 

 レーサーの言葉に斑鳩は首を傾ける。

 

「ああ、まずはそっからか。エリックってのはオレの本名だ。コブラは六魔将軍でのコードネームだからな」

「ちなみにオレはソーヤーだ。ミッドナイトがマクベスでエンジェルがソラノ、ホットアイはリチャードっていうんだぜ。ブレインは知らねえ」

「それはともかくだ、あの戦いの後ジェラールとブレインを除いた残りの六魔残党五人、合わせて六人で新ギルドを結成したんだ。正規でも闇でもない独立ギルド。名前はまだねえがよ」

「独立ギルド? なんだそれは」

 

 聞き覚えのない言葉にカグラが尋ねる。

 

「ジェラールが罪滅ぼしをしてえんだってよ。そのためにゼレフや闇ギルド、この世の暗黒を払うために結成した。――ってことらしいぜ」

「他人事だな」

「オレたちにアイツほどの理念はねえ。協力してるだけさ。ともかく、正規ギルドじゃたとえ相手が闇ギルドでもギルド間抗争禁止条約が適用されちまう。そもそも、メンバー全員が指名手配犯な時点で認められるわけねえだろ?」

「……それはそうだね」

「認められてねえ時点で闇ギルドに近いんだが、ギルドの目的からして闇を名乗るわけにはいかねえからな。それで独立ギルドってわけさ」

 

 カグラが得心したと頷いた。

 

「なるほど、話が見えてきたぞ。それで闇ギルドである“血濡れの狼”が敵であるということか。だが、なぜわざわざボスコの闇ギルドを?」

「フィオーレではまだオレたちは動きにくい。ほとぼりが冷めるまではボスコに潜伏して活動すんだよ。ボスコはフィオーレよりも治安が悪い。潜みやすけりゃ闇ギルドもたくさん。オレたちにはうってつけだろ?」

「確かにもっとも」

「それで、今度は“血濡れの狼”を狙ってると?」

「ああ、それだがよ。“血濡れの狼”の本部自体はもう潰しちまったんだ」

「なんだと!?」

 

 斑鳩たちは驚きの声をあげる。次いで、斑鳩は呆れたような表情をした。

 

「さすがと言うべきか。まったく恐ろしい六人どす……」

 

 ワース樹海での戦いを思い出す。斑鳩はコブラとの戦いに勝利したものの、菊理姫の副作用で全身はずたぼろ。さらに毒にも侵されかなりの重傷を負った。レーサーにしてもそうだ。カグラと青鷺のコンビに敗れたものの、それは事前にジェラールから、どんな魔法を使うのか情報を得ていたことが大きい。だからこそ、作戦を立てて戦いに臨み、有利に進めることが出来たのだ。それがなければ勝利の見込みは著しく低くなっていただろう。

 

「正確にはオレとソーヤー、マクベス、ジェラールの四人だぜ。リチャードはジェラールから弟が生きていることを聞かされて探しに行ったし、ソラノは星霊の鍵を手放したからな。新魔法を習得中だ」

「へへ、どうだ。すげえだろ」

「……自慢はどうでもいい」

「てめえ、オレにだけ噛みつくなクソガキ!」

「……ふん」

 

 青鷺はレーサーからぷいと顔を背ける。

 それを見てカグラはやれやれと肩を竦める。青鷺も元闇ギルド、どこかシンパシーを感じているのだろう。あの態度はおそらく気安さの現れだ。しっかりしているようで、いまだ十四歳の青鷺は心を許した者には甘えたがる気質があった。まあ多少、甘え方は捻くれてはいるのだが。

 

「その辺にしておけ、青鷺。それで、どうしてお前たちはここにいるんだ?」

「本部を潰したのはいいが肝心のエース、パンシュラとノルディーン姉弟は不在だった。てことでジェラールとマクベスはパンシュラを、オレとソーヤーはノルディーン姉弟を探すことになったのさ」

「それでノルディーン姉弟が無月流の使い手を探してるって情報を掴んだ訳よ」

「……ノルディーン姉弟が? なら私たちが――」

「ああ、お前らが戦ったのがそうだろう」

「……もしかして、心を読んだ?」

 

 睨むように青鷺が視線を向ければ、エリックはにやりと笑った。

 

「ああ、さっきから聞こえてるぜ。お前のツンデレっぷりもな」

「…………殺す」

「待て青鷺。小刀を抜くんじゃない!」

 

 顔をほのかに赤くして躍りかかろうとする青鷺をカグラが羽交い締めにして止める。

 

「おいおい、どういうことだよ。オレにも教えろよな」

「ああ、あのガキはよ――――」

 

 カグラの腕の中でもがく青鷺を尻目に、エリックはソーヤーに耳打ちで伝える。

 

「――ぷぷ、なんだよ。かわいいとこあんじゃねえかクソガキ。ほれ、もっと甘えていいんだぜ」

「……離してカグラ。あいつらやっぱり評議院につきだすべき。このデリカシーのなさ、更正の余地がない悪人だよ。間違いない」

「だから、落ち着けと言っているだろ。デリカシーがないからといって悪人とは――――」

「あれも照れ隠しなんだぜ」

「ぷはは、もっと素直になったらどうだい青鷺ちゃんよぉ」

「……絶対に斬る。意地でも斬る」

「――――限らないとも言い切れない気がしてきたがともかく落ち着け」

「はいはい、四人ともじゃれ合うのはその辺にしておきましょうか」

 

 笑うエリック、煽るソーヤー、暴れる青鷺に抑えるカグラ。場が混沌としてきたのに見かねて斑鳩が止めに入った。

 

「ところで、お二人はデヴァンの屋敷の場所はわかってはるんどすか?」

「ああ、分かるぜ。悪い噂の絶えない男だし、“血濡れの狼”との繋がりも疑われてる。パンシュラとノルディーンが片付けば調査する予定だったはずだが…………てめえ、本気か?」

「ええ、もちろんどす」

 

 二人だけで進む会話に、他の三人は頭を捻るばかり。

 

「斑鳩殿、どうされたんですか?」

「実は、師匠がうちの話を聞いて一人でデヴァンの元へ向かってしまいました。行き先も聞けずじまいで困ってたんどす」

「そんな! それでは一刻も早く追わなくては」

「ええ、それなんどすが。エリックはん、ソーヤーはん。うちらをこの魔導二輪で送ってくださいまへん?」

 

 先ほど目にしたスピード。加えて二人の案内があれば真っ直ぐにデヴァンの屋敷に向かうことが出来るだろう。

 

「確かにオレの二輪を使えばどんな移動手段よりも速ェに違いねえ。だがよ、てめえらのギルドからここに送るまでで大分魔力を使ってるんだぜ。その上、国境を越えてボスコのデヴァン邸まで行った日にゃ戦えるだけの魔力は残らねえぞ」

 

 ソーヤーの言い分は正しい。群を抜いて膨大な魔力を持つ六魔将軍といえど、長距離を超スピードで走行すればそれなりに魔力を消費する。

 

「でも、辿り着くことはできるんどすな?」

「そりゃあ、できるがよ……」

「なら、お願いします。戦いならご心配なく、うちらが戦えばいいだけどす」

「おいおい、本気か? てめえら一回負けてんだろうが」

 

 エリックが呆れたように言った。

 

「斑鳩殿は負けたわけではない。それに、私たちも二度負ける気はないさ」

「……作戦もある。心を読んで分かってるはずでしょ」

「だが、その作戦が上手くいくとは限らねえ」

「最初から成功が約束されている作戦などない。上手くいかせるだけだ」

「……それに私たちが負けたままじゃ、私たちに負けてるそっちとしても名折れじゃない?」

 

 青鷺の言葉に少し考えるようにするエリック。そして答えはすぐに出た。

 

「――おい、ソーヤー」

「分かってるよ。仕方ねえ、乗りな。最速で送ってやるぜ!」

「その代わり、てめえら絶対負けんじゃねえぞ!」

「もちろんどす!」

 

 斑鳩がエリックの後ろに、カグラと青鷺はソーヤーの後ろに乗り込んだ。二台の魔導二輪は一瞬にしてツユクサの町を置き去りに、ボスコのデヴァン邸へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 修羅は広い廊下の中、歩みを進める。

 やがて、一つの扉の前で歩みを止めた。扉の両脇には金髪褐色の男と、大柄な男に小柄な女のコンビがそれぞれたっている。

 

(こやつらが斑鳩の言っていた者たちか)

 

 三人はさして反応も示さず、部屋に入っていく修羅を見送った。

 

「久しいな」

 

 部屋に入った修羅の正面に、机の前で大きな椅子に腰をかけたデヴァンが待っていた。その後ろにはアキューが控えている。

 

「どうした。座らんのか? お前の席もあるんだぞ」

 

 デヴァンと机を挟んで対面の位置。そこには椅子がひとつ置かれていた。

 

「ふざけるな。貴様と歓談などする気はない。それよりも人質の娘は無事か」

「どうだ、アキュー」

「ええ、もちろん無事ですとも。この後、ちゃんと返してあげますよ」

「どうだかな。かつてのこと、忘れたとは言わせんぞ」

 

 怨念と共に、デヴァンを睨み付ける修羅。その視線を受けてもデヴァンになんら動じるそぶりはない。

 

「覚えているさ。暴漢に痛めつけられ泣きわめく姿、いつ思い返しても愉快なことだ」

「――貴様」

 

 夜叉閃空。シュラの剣撃が空を走る。

 この時、修羅は激情にかられただけではない。斑鳩の話から厄介だと思われていた魔導士たちは扉の外。であれば、デヴァンの首を狙わぬ道理はない。

 

(人質がいると油断したか)

 

 しかし、修羅の思惑は外れることとなる。

 

「――なに?」

 

 修羅の剣閃はデヴァンをはずれ、その右下方向へずれていく。切断される机、その影から出てきたのは一枚の盾であった。

 

「まさか」

「――カカ、そのまさかじゃ。これが誘引の盾。やはり斑鳩から情報を得ておったな」

 

 デヴァンが腰をかけていた大きな椅子。その影から、金髪褐色の青年が姿を現す。それを見て修羅は悟った。

 

「外の三人は影武者か」

「おうよ。実際にワシらを見たことがないお前さんには、あれぐらいで十分じゃろ?」

 

 パンシュラが言うとおり、修羅は斑鳩からその身体的特徴を聞いただけ。見分けることは不可能だった。

 

(油断した。せめて天之水分で確認するべきだった。少し平和ボケしすぎたか――!)

 

 今の修羅では戦闘をしながら天之水分を維持することは不可能。それでもデヴァンに斬りかかる前、会話をしている間に室内を調べることくらいは出来たはずなのだ。

 

「くく、残念だったな。ワシを殺せるチャンスだと思ったか? 甘いんだよ」

 

 デヴァンは余裕の笑みを浮かべて椅子にふんぞり返っている。既にこの場の勝者は決まったと言わんばかりの態度である。しかし。

 

「勝利を確信するにはまだ早かろう」

「――む」

 

 修羅は左斜め前方に踏み込んだ。

 デヴァンは修羅から見て正面、アキューはデヴァンの左斜め後ろに、パンシュラは右斜め後ろに位置している。修羅がアキューのいる方向へと踏み込んだならどうなるか。

 

「しまった、こやつ延長線上に!」

 

 パンシュラと己の間にデヴァンを入れる。そうすれば、盾に剣撃が吸い込まれようと途中にいるデヴァンを切り裂くことが出来る。

 

「くっ」

 

 アキューがとっさにデヴァンを抱えて倒れ込んだ。剣閃はデヴァンを斬ることはかなわず、アキューを浅く斬ったに過ぎない。

 

「やってくれるのう!」

「貴様と戦うつもりはない」

 

 パンシュラが接近を試みるも、修羅はひらりと距離をとる。

 

「まずいのう。アキュー、さっさとデヴァンを連れて逃げい。この男、ワシに勝つ気が微塵もない。デヴァンしか狙っとらんぞ」

 

 パンシュラは不利を悟る。ここは大して広くもない室内。加えて誰もいないならいざしらず、今は近くにデヴァンとアキューがいる。竜巻剣と麻痺剣は使えそうにない。一対一の戦いであればそれでも勝つ自信はあるが、デヴァンを守るとなると自信はない。

 

「お、おい! 貴様がいれば安全だというからワシは出てきたんだ! だというのに――」

「デヴァン様! とりあえず今は逃げましょう!」

「ふん、早くも化けの皮が剥がれてきたか」

 

 デヴァンは顔を蒼白にして声を荒げた。どれだけ尊大な態度を取っていようが、戦いに身を置く者ではない以上、死の気配が近寄れば簡単に取り乱す。それを鼻で笑うと同時に修羅は刀に火を灯す。

 

「む。迦楼羅炎とかいうやつか」

 

 パンシュラは誘引の盾に金剛の盾を重ねて防御の構えをとる。

 

(残念だが、それは悪手だ)

 

 しかし、修羅に動揺はない。もとより一筋縄ではいかない魔導士の存在は知っている。それでも、デヴァンを殺せる自身があったから修羅は一人で来たのだ。

修羅が放たんとするは迦楼羅炎の発展技、“迦楼羅炎・散華”。剣閃とともに放たれる炎は着弾と共に爆散、炎のつぶてとなって降り注ぐ。炎のつぶて一つ一つの威力は低い。同格以上の相手には大したダメージになることはない。使用するとすれば、大勢の格下をまとめて始末するときである。

 それをこの場で使えばどうなるか。最初に放った火炎は誘引の盾に吸い込まれるだろう。しかし、その後はどうか。爆散後の炎のつぶてに関して、修羅の意思は一切介在しない。炎は拡散し、パンシュラにダメージが与えられずとも、デヴァンを死に至らしめることができるだろう。

 修羅がまさに迦楼羅炎・散華を放たんとしたその時である。

 

「ま、待て! 貴様、墓がどうなってもいいのか!!」

「――な」

 

 デヴァンの言葉に動揺し、一瞬その手が止まってしまう。苦し紛れの台詞でしかなかったが、その台詞が作り出した一瞬が命運を分けた。

 

「オオオオオオオ!」

 

 雄叫びとともに、修羅の後方にあった扉が勢いよく破砕し飛んでくる。修羅は自分のいる位置に飛んできたそれをとっさに回避した。同時に、大男が修羅に躍りかかる。

 

「しまった!」

 

 修羅が扉を避けた隙をつき、ヴァイトは拳で殴りつけた。とっさに左腕で防ぐが、その左腕が嫌な音を立てて折れてしまう。痛みにうめく修羅をヴァイトは床に引き倒すと押さえつける。

 

「ぐう……」

 

 壊れた入り口を小柄な女が潜ってくる。

 

「いやあ、助かったぞリタラ」

「全く、結局ヴァイトがいないとどうにもなんないな。ほんと、バカな上に役立たずとか死んだ方がマシだし」

「カカカ、今回に関しては言い返す言葉がないわい」

 

 修羅は扉の前にいた三人全員が影武者だと思ったが、リタラとヴァイトに関しては本物だった。二人は中の様子がおかしいことを感じると即座に突入したのである。

 

「はあはあ、このクソやろうが!」

「がっ!」

 

 デヴァンが床に押さえつけられた修羅を蹴りつける。

 

「貴様のせいで! このワシが! 死ぬところだったろうが!」

 

 何度も何度も蹴りつけ、ようやく怒りがおさまってきたのか蹴りが止む。そこで、修羅が口を開いた。

 

「……貴様、さっき墓と言ったな」

「ん? ああ、それか」

 

 デヴァンの顔が愉悦に笑む。その表情を見て、修羅は嫌な予感しかしなかった。

 

「貴様の愛しいエドラとアミナの墓ならつい最近発見したよ。だが、安心しろ。まだ手を出しちゃいない。貴様の目の前で壊してやらなきゃならんものな。あの時、貴様の娘にやったように!」

「貴様というヤツは――――!」

「ハッハッハ! いいぞいいぞ、昔を思い出す。今度こそ逃がさずに生き地獄を味合わせてやるからなァ!」

 

 デヴァンの高笑いを床に押さえつけられたまま聞いている。その状況は、嫌でもアミナが殺されたときのことを思い出させた。

 

(結局、私は何も変わらないのか。あの時から何も…………)

 

 修羅が失意に沈んでいく中、急に屋敷の外で轟音が響く。

 

「な、なんだ?」

 

 困惑に呟くデヴァン。しかしパンシュラは、直感的に何が起きたのか悟っていた。

 

「――来たかい。斑鳩」

「なに!」

 

 パンシュラの言葉に、修羅は驚きに目を丸くする。

 

(バカな、ありえん。どう考えても早すぎる)

 

 修羅は思う限り最短のルートでデヴァン邸にやってきた。デヴァン邸の場所も知らず、ましてや修羅が出立したときに寝こけていた斑鳩が、これほど早く追いつけるはずがない。

 

「仕方ない。ヴァイト、行くよ」

「待てリタラ。斑鳩はワシのところへ寄こせ、そうじゃな、三階の広間で待つとしよう」

「はいはい、わかったし」

 

 ヴァイトとリタラは部屋を後にする。

 

「さてと、ではこやつはいったん預かるぞ」

 

 言って、パンシュラは先ほどまでヴァイトに押さえつけられていた修羅を抱え上げる。修羅は既にぐったりとしている。デヴァンに蹴られた続けた上に、ヴァイトに殴られバカ力で押さえつけられたのだ。既に五十を越える修羅の肉体には大いにこたえる。

 

「私を、人質にする気か……?」

「あほう。そんなつまらんことするわけないじゃろ。お前さんはワシに勝ったときの景品じゃ。その方が向こうも燃えるじゃろ」

「おい、待て! 貴様、そんな勝手なことを――」

「――待ってください。デヴァン様」

 

 パンシュラに食ってかかろうとしたデヴァンをアキューが止める。アキューはデヴァンに小さく耳打ちした。

 

「パンシュラは危険です。あまり、食いつかない方がよろしいかと。それにどのみち、パンシュラさんが負ければ私たちでは対処できません。どちらにしろ変わりませんよ」

「しかし……」

「心配せずとも、私が見張りとしてつきます。今度こそ修羅を逃がしたりなどしませんから」

「むう…………」

 

 アキューの説得にデヴァンはしぶしぶ頷いた。再度、絶対に逃がさないようにと言い残し、執務室へと帰っていく。

 

「カカ、それでよい。だが、あまり調子に乗らんことじゃぞ。アキュー」

「ええ、分かっていますとも」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「これは地震?」

 

 ジーニャは拘束されたまま、地下の一室に移されている。轟音とともに揺れる屋敷に眉をひそめた。

 

「まさか、来てしまったんですか?」

 

 神刀、そこに宿るエトゥナ様の気配を感じる。その気配はどこかいきいきとしていた。

 

「一体、何が起こっているんだろう」

 

 ジーニャにそれを知る術はなく、ただ睨み付けるように天井を見上げるのみであった。

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

 超高速で走行する二台の魔導二輪。街道を縫うように走り、事故のひとつも起こさなかったのはさすがの腕前というべきか。やがて、五人の前方に大きな屋敷が見えてくる。

 

「着いたぜ! このまま突っ込むぞ! 着地は各自でやれ!!」

「本気どすか!?」

「行くぜ!!」

 

 門前でさらに急加速。二台の魔導二輪が轟音をたてて門に激突。

 

「何事だ!?」

 

 デヴァンが雇っている私兵がその音を聞きつけ、わらわらと集まってくる。デヴァンから近々襲撃があると聞かされていたため、屋敷内にはそれなりの数がつめていた。

 そこに、五つの影がひらりと着地する。

 

「到着! やっぱり速ェことはいいことだ」

「全く、無茶をするものだ」

「……せめて事前に知らせて欲しかった」

「ちゃんと言っただろうが」

「あれは事前じゃなくて直前どす……」

 

 五人に特に傷はなく、無事に突入は成功した。その五人を私兵が囲む。

 

「さて、オレたちが雑魚どもを相手にしてやる」

「お前らはさっさと行きな!」

「大丈夫どすか?」

「そんぐらいの魔力は残ってらあ! いいから行ってこい!」

「では、お言葉に甘えて!」

 

 エリックとソーヤーが屋敷に続く道に立つ兵を蹴散らし道を作る。斑鳩たちはその道を通って屋敷に向かった。

玄関を潜れば、広いエントランスホールに出る。正面には奥へと続く大きな扉があり、部屋の両脇には二階へ続く階段が一つずつ存在している。

 

「さて、早速探しに――」

「……待って、誰か来た」

 

 青鷺の言葉と同時に、階段の上から大男とそれに付き従うように小柄な女が降りてきた。

 

「――ノルディーン」

 

 カグラと青鷺の眉間に皺が寄る。思い出すのはツユクサの夜。ジーニャを攫われた屈辱的な敗北である。

 

「あれ、アタシたちの名前知ってたんだ。ふふん、フィオーレでも知られてるなんてアタシたちも有名になったもんだし」

「斑鳩殿、どうかお先に行ってください」

 

 カグラは右手を刀の柄にかける。腰に刺さっている刀は以前使っていたものよりも長い。加えて、異様なことに柄が下を向き鞘が天を向いていた。天を向く鞘の先、そこにもカグラは左手を添える。

 

 ――そして、カグラは鞘の両側から刀を引き抜いた。

 

 

「――ここは、私と青鷺で片付けますので」

 

 引き抜いた二本の刀はどちらも短い。

 

 

 ――小太刀二刀流。それこそがカグラの新剣術、その一端であった。

 




カグラ魔改造計画始動。
ちなみに御庭番式小太刀二刀流は使いません。


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第三十二話 二人の作戦

 カグラは二本の小太刀を両手に構え、ノルディーン姉弟と相対する。

 リタラは天井付近でふわふわと浮かび、ヴァイトはその下で不気味に佇んでいる。

 

「得物を変えたくらいでなんだし。それでヴァイトに勝てるとでも?」

「試してみたらどうだ?」

「はっ、血気盛んなのはいいけどその前に――」

 

 リタラは斑鳩に視線を移して言った。

 

「お前は先に行っていいし。邪魔はしないから」

「うちどすか? それはまたどうして……」

 

 怪訝な表情を見せる斑鳩に、リタラは肩をすくめてみせる。

 

「パンシュラのアホがアンタと戦いたいんだってさ。三階の広間で待ってるって言ってたから、早くそこの階段で向かうといいし」

 

 そう言って、リタラは部屋の両脇にそれぞれ設置されている階段を指さした。

 斑鳩たちは顔を見合わせると頷きあう。

 

「カグラはん、サギはん。ご武運を」

「はい、斑鳩殿も」

「……気をつけて」

 

 斑鳩はノルディーン姉弟を警戒しつつ階段を登り、上階へと消えていく。リタラは宣言通り、上階へ向かう斑鳩を見送った。

 

「罠ではなかったようだな」

「てめえらごときに罠を仕掛ける必要なんてねえし」

「……待って、ジーニャは無事?」

 

 青鷺がにらみ合いを続けるカグラとリタラの間に割って入る。

 

「ああ? 無事なのはてめえらにくれてやった宝石で分かるだろ」

「……なら、早く解放してあげて。条件は満たしたはず」

「残念だけどそれはできないし。アタシら的にはどうでもいいんだけど、デヴァンが困るでしょ。アタシらとのつながり知られちゃったし」

「……お前、嘘をついたのか」

 

 青鷺が小刀を構える。

 

「悪かったし。代わりに居場所ぐらいは教えてやるよ。ただし――」

「――! 青鷺、下がれ!!」

 

 ヴァイトが怨刀・不倶戴天を構える。

 

「――ヴァイトの攻撃を防げたらな!!」

 

 リタラの声と同時、ヴァイトが青鷺に斬りかかる。

 それを見て青鷺は即座に瞬間移動で後退、カグラの後ろに隠れた。

 結果、当然カグラがヴァイトの前にさらされる。この時、カグラの脳内に浮かんだのはツユクサでの戦い。カグラは怨刀を防ぐもその怪力で吹き飛ばされた。

 

「二度、同じ無様をさらしはせん」

 

 二本の小太刀を構え、そして――――。

 

 

 

 

 カグラは強くなるため斑鳩を参考にし、日々修練に励んでいる。斑鳩自身から助言を貰うこともままあった。その中でカグラは己と斑鳩の大きな違いに気付くこととなる。

 斑鳩は魔導士であり、剣士であり、魔剣士である。

 一方、カグラは魔導士であり、剣士であるが魔剣士ではなかった。

 その差は何か。

 斑鳩の無月流は流派として確立されている。夜叉閃空のように剣技と魔法が一体となっているものもあれば、天之水分のように魔法が剣技を大きく補助するものもある。

 対してカグラの重力魔法は己の剣とあまりに噛み合っていなかったのだ。

 斑鳩と出会ってからは、重力魔法と剣技を併用して戦えるように訓練を続けた。すぐにある程度は併用して使えるようになったが、カグラとしては満足できなかった。

 そして、カグラはもう一段階先へと行くために天之水分に目をつけることとなる。斑鳩は天之水分を緻密な魔力コントロールで多彩に応用してみせる。

 ならば己も重力魔法をコントロールし多彩に応用できないか。その結果、いかなる剣技を用いるのが効果的か。

 悩み考え抜いた先、カグラは辿り着いたものは――――。

 

 

 

 

「そんな! ありえないし!!」

 

 怨刀・不倶戴天によって強化された身体能力から繰り出される必殺の一刀。たとえ防いだとしてもただではすまない。そう信じていたリタラの思いは目の前の光景に打ち砕かれた。

 

「――――止めたぞ、貴様の一刀!!」

 

 カグラはその場から一歩も動くことなく、ヴァイトの怨刀を小太刀でもって受け止めたのだ。

 

「さあ、約束通りジーニャの居場所を吐いて貰おうか!」

「…………ふん、地下室に拘束して閉じ込めてあるし。階段は前の扉の奥」

 

 リタラは苦虫を食いつぶしたような表情をした。

 

「なんだ素直に吐いたな」

「うるさい。二度はないし。――ヴァイト!!」

「オオオオオオオオオ!」

「来るか!!」

 

 雄叫びと共に、ヴァイトが何度も打ち込んだ。それをカグラは二本の小太刀でさばいていく。それを見てリタラはヴァイトの異変に気付いた。

 

(動きが鈍い?)

 

 それだけではない。ヴァイトはどこか戦いずらそうで、苛立ちがリタラに伝わってくる。

 

(なんとか、上手くいったか――)

 

 カグラは己の重力魔法を改造した。大雑把ではあるが、力の向きも変えられるようにしたのである。

 

(おかげで斑鳩殿と出会ってから一年。重力魔法の威力そのものは大して向上させられなかったがな)

 

 カグラは今、ヴァイトにかかる重力を小さくし、自分から反発するように力を加えている。上手く踏ん張れず、常に抵抗感がつきまとう。ヴァイトはまるで水の中、それも向かい流れる水流に逆らうが如き感覚を味わっていた。

 それを、普通の刀と比べて軽量で小回りがきく小太刀二本でもって防ぎきる。それが現在のカグラの剣術であった。とはいえ完成に至っていない剣術であり大きな弱点を抱えていた。反撃の型が完成していないのである。

 

「頼んだぞ青鷺!」

「……分かってる」

 

 カグラが盾の役割ならば青鷺は矛。矛にしては火力に不安はあるが関係ない。なぜなら、ヴァイトを倒す必要はないのだから。

 

「アタシを狙う気か!」

 

 怨刀は使用者の怨念が強ければ強いほど使用者を強化する。尋常でないヴァイトの力と様子を見れば一目瞭然。リタラがヴァイトの感情を操り、強制的に敵対者へ強い怨念を抱かせているのである。

 リタラはヴァイトの怨刀が止められたことで己の危険性に気がつき、周囲に魔力弾を浮遊させる。

 

「てめえの魔法は調査済みだし」

 

 リタラはアキューとともに斑鳩に接触をしようと試みていた。その過程で斑鳩及びチームを組んでいるカグラと青鷺の魔法も調べている。

青鷺の転移は短距離に限るが、いかに広いとはいえ室内である以上範囲外に居続けることは難しい。天井付近に浮かんでいる今でも範囲外には出られていない。そのため、リタラは周囲に魔力弾を配置することで近くに転移できないようにしたのである。

 

「……別にそんなことをしても転移ができないわけじゃない」

「てめえ!」

 

 青鷺は無理矢理リタラの近くに転移した。転移場所に浮遊していた魔力弾が青鷺を傷つける。

 

「……くっ、この程度、どうってこと!」

 

 痛みに怯むことなく、リタラを逃がさないように左腕で掴み、右腕で小刀を振りかぶる。

 

「離しやがれ!」

「……それは無理」

 

 後は振り下ろしてリタラを気絶させればヴァイトを無力化し勝利することが出来る。そう思ったときであった。

 

「避けろ青鷺!」

 

 カグラの怒声が響く。そして、青鷺めがけて跳躍してくるヴァイトの姿が目に入った。とっさに瞬間移動で避けて床に着地する。ヴァイトは一回転して天井に着地すると、再び青鷺に飛びかかった。

 

(……インターバルが)

 

 たまらず青鷺は捕まえていたリタラを投げ飛ばし、後退してヴァイトの攻撃を避ける。ヴァイトは投げ飛ばされたリタラを回収し距離をとったため、さらなる追撃はなかった。

 

「すまん、止めきれなかった」

 

 青鷺にカグラが合流する。

 

「……どうしたの?」

「万事上手くはいかないらしい。ヴァイトの剣は防げたが、リタラの救援に向かうのを阻止できるよう立ち回るほどの余裕がない」

 

 そう言うカグラは戦闘開始からほとんど時間が経っていないのにも関わらず、大量の汗を浮かばせ、かなりの疲労を感じさせていた。

 限りなく威力を低減してなお、ヴァイトの一刀は防いだカグラの腕に響くほどの衝撃を与えた。加えて新魔法の制御もある。発動をヴァイトが攻撃する瞬間に限定し魔力を大量に注ぎ込むことで効果を高めている。剣撃を交わしながらタイミングをはかり、この処理をするのはカグラの精神に多大な負荷をかけていた。

 

「……長くは持ちそうにないね」

「ああ、だが位置が良い」

 

 現在立ち位置が入れ替わり、リタラたちが玄関を背に、カグラたちが奥へと続く扉を背にしている。

 

「てめえら、よくもやってくれたし」

 

 ヴァイトに抱えられたリタラが表情を怒りに染めていた。

 

「ふん、ツユクサのようにはいかんだろう?」

「ああ、むかつくけど認めてやるし。だけど結局、てめえらにアタシのヴァイトは倒せねえし。――ホント、ヴァイトは最高だよ」

 

 言ってリタラはヴァイトの頬にキスをした。

 

「ふん。姉弟関係自体にとやかく言う気はないが、人形にしておいてそれとは。本当に気持ちが悪い女だな」

「――あ?」

「怒るな。自覚でもあったか?」

 

 カグラが煽る。怒りが頂点を越え、リタラの表情が抜け落ちていった。

 

「……お前は絶対、ただじゃ殺さねえし。ヴァイト!!」

「ちっ、行け青鷺!」

 

 カグラがヴァイトの剣を受け止める。

 

「……カグラ、どういうこと!?」

「私ではヴァイトを足止めできない以上勝目は無い! ジーニャをすぐに連れてこい! 逃げるぞ!」

 

 ヴァイトの剣撃を受けながら叫ぶ。

 

「……じゃあ、二人で――」

「甘ったれるな! こいつと戦いながら探せるとでも!?」

「……でも」

「いいから行け! 長くはもたんぞ!」

「……わかった」

 

 青鷺が通路の奥へと消えていく。多少溜飲が下がったのか、必死の形相でヴァイトの剣を捌くカグラを見てリタラは笑った。

 

「美しい友情ってヤツ? はは、バカらしいし。ヴァイト相手に、そんなに長くもつと思ってんの?」

「貴様に、何が、分かる!」

「分かるよ。アンタの心理ぐらい。伊達に感情を操る魔導士じゃないし。ヴァイト退きな」

「どういうつもりだ……」

 

 リタラの命令通り、ヴァイトがカグラから距離をとった。

 

「お前、本当は今すぐ逃げ出したいんだろ」

「…………何を言っているのか分からんな」

「でも、尻尾を巻いて逃げ出すなんて良心が咎めるからせめてジーニャだけでも救わせに行かせたんだし」

「仮にそうだとして何の問題がある」

「偽善だなって思っただけだし」

「何?」

 

 怪訝に眉を寄せるカグラにリタラは笑う。

 

「お前らが逃げたら、斑鳩とかいうてめえらの仲間がどうなるか分からない訳じゃねえだろ」

「――――!」

 

 カグラたちが逃げれば当然、斑鳩はヴァイトの相手をしなければならない。しかし、斑鳩はすでにパンシュラを相手に戦っているのだ。ツユクサにて、斑鳩とパンシュラはほぼ互角であったと聞いている。斑鳩がパンシュラに勝ったとして、ヴァイトと戦えるだけの力が残るか怪しい。

 

「それが分かってたから。任せろって言って斑鳩を向かわせたんだし。なのに突然役目を放棄。怖くなった以外の何だって言うんだし」

 

 リタラの言葉に何も言い返せず俯くカグラ。それを見てリタラが愉悦に浸っていると、突然カグラが笑い出した。

 

「ハハハ、確かにそうかもしれんな」

「なんだこいつ。開き直ったし……」

 

 リタラはどこかつまらなそうに呟いた。

 

「お礼に私も心理分析してやろう」

「あ?」

「貴様、さっきからずいぶんと私から距離を取っているな。そんなにさっきやられかけたのが怖かったのか? か弱いことだ。いや、その通りか。お前は弱い。弟にひっつくだけの金魚の糞め。弟から離れられないから、そうして縛っておくんだろう?」

「――てめえ」

「もう一度言ってやる。貴様は本当に気持ち悪い女だ!」

「ヴァイトォォオ! こいつを殺せェェェ!」

 

 リタラの怒声が響く。応じてヴァイトが斬りかかった。

 

「しまった!」

 

 カグラが受けきれずに体勢を崩した。そこにすかさずヴァイトの蹴りが入る。吹き飛ばされ、青鷺が通っていった通路を転がっていった。

 

「かはっ!」

 

 カグラは床に蹲る。ヴァイトがゆっくりと通路を歩き近づいてくるのが見えた。

 

「ヴァイト、殺して良いし。こいつの顔、一刻も早く忘れたいから」

 

 蹲るカグラの目前でヴァイトは怨刀を振りかぶる。もはや絶体絶命だと、この場に他の誰かがいれば思ったことであろう。

ヴァイトが怨刀を振り下ろす。そうして、カグラの命はここで尽きる――などということは起きなかった。

 

「――かかったな!」

「何!?」

 

 リタラが驚きに声をあげる。

 もう動けないと思っていたカグラがヴァイトの下を潜って振り下ろされる怨刀から逃れたのである。カグラは再び二刀の小太刀を構えてヴァイトの前に立ちはだかる。自然、リタラとヴァイトを分断する形になった。

 

「今だ青鷺!」

「……分かってる!」

「――なんで後ろから来るし!?」

 

 ジーニャを救いに向かったはずの青鷺がなぜかリタラの背後、玄関口の方から姿を現した。

 迫る青鷺。しかし、ヴァイトは救援には来られない。通路でカグラと剣を交わしている以上、先ほどのようにカグラを無視してリタラの救援に行くことなど不可能であった。

 

「ちっ!」

 

 リタラが苦し紛れに魔力弾を放つが青鷺はそれを苦もなく避ける。

 

「……今度はもう、逃がさない」

 

 転移し、青鷺は再びリタラを捕まえた。

 リタラの顔が屈辱に歪む。

 

「てめえら! さっきのやりとりは全部演技か!?」

 

 その問いかけに、青鷺は口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「……正解。演技相手の心理分析ご苦労様。聞いてて恥ずかしくなっちゃったよ」

「このクソがァァァァァア!!!!」

 

 青鷺の小刀が一閃。リタラはその場に崩れ落ちた。

 

「……何が感情を操る魔導士だ。感情を操ろうなんてする人間こそ、感情なんてわかるはずがない」

 

 青鷺のその言葉を最後に、リタラの意識は暗闇へと落ちていく。

 一方、カグラは、

 

「――洗脳が解けたか」

 

 ヴァイトの剣撃が止み、瞳に理性の色が灯る。

 

「貴様が操られていただけで戦意がないのなら何もしない。なおも向かってくるのなら相手をしよう」

 

 カグラの言葉にヴァイトは、

 

「ね、姉ちゃんの仇……」

 

 カタカタと震えながらカグラに剣を向けた。

 

「そうか」

 

 カグラが駆ける。ヴァイトが迎え撃つが先ほどまでの怖さはない。怨刀の力を抜きにしても体格自体はよかった。しかし、へっぴり腰では剣に力などこもらない。生来、戦えるような性格ではなかったのかもしれない。

 

「眠っていろ」

 

 ヴァイトの剣を受け、小太刀の柄で喉を打つ。その一撃でヴァイトは気絶して崩れ落ちた。

 

「……お疲れ、カグラ」

「お前もな」

 

 青鷺が気絶したリタラを抱えてやってくる。そして、ヴァイトのそばに下ろした。

 

「それにしても青鷺。最後の煽りは余計じゃないのか? 少し哀れになったぞ」

「……散々カグラも煽っていたくせに」

「私の煽りは作戦の一環だ。一緒にするな」

 

 今回、カグラと青鷺の立てた作戦は次の通りである。

 まず、カグラがヴァイトを足止めし、その間に青鷺がリタラを討つというもの。これはカグラが足止めしきれなかったために失敗する。

 次にそれが失敗した場合、『ジーニャの救出』や『斑鳩の救援』など適当な理由で青鷺が離脱するもの。カグラがヴァイトを足止めできないとはいえ、ヴァイトはリタラを守るためにそばから離れるわけにはいかない以上、カグラがその場に残ればまず青鷺が追われることはない。そう見込み、実際にその通りになった。

 三つ目に、戦闘から離脱したと思わせた青鷺による不意打ちで一気に決着をつけることである。青鷺は通路の奥に消えた後、一旦二階に転移で移動。その後、玄関まで二階から回り込んだのである。この作戦がはまり、リタラを討つに至ったのだ。

 この作戦において重要なのは、いかにリタラの注意を青鷺に向けさせないかである。そのため、カグラは芝居をうち、煽り、注意を己に向けさせたのである。

 

「……別に煽るくらいいいでしょ。散々痛い目にあわされたんだし。仕返しだよ」

(そういえば、髑髏会で嫌なヤツに幽霊騒ぎを起こして復讐するようなヤツだったな……)

 

 やれやれとカグラは肩をすくめた。

 ジーニャを迎えに行く前に、ノルディーン姉弟が逃げられないよう縛り上げて拘束する。その途中、床に転がる怨刀・不倶戴天が目に入った。

 

(――怨刀か。今の私には不要な力だ)

 

 カグラは怨刀を鞘にしまって床に置く。カグラが今後、この刀を手にすることはなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 三階。斑鳩は大きな扉を開けた。

 

「来たかい」

 

 正面にはパンシュラが戦闘態勢を整えて待っていた。その奥にはアキューが立っており、足下に縛られて転がされている修羅を見つける。即座に斑鳩はアキューに向けて夜叉閃空を放った。

 

「――やはり、その盾をどうにかしまへんといけませんか」

 

 斑鳩の放った夜叉閃空は誘引の盾へと吸い込まれる。

 

「カカ、いきなり景品をとろうなんざ甘いんじゃ」

「……景品?」

 

 師匠を景品呼ばわりされたことで、斑鳩の声のトーンが一段下がる。パンシュラはそれに気付かず言葉を続けた。

 

「お前さんがやる気になってくれればと思っての。ワシに勝てば解放しよう」

「それは願ってもない話どすな」

「カカ、それにどうやらお前さんも景品を持ってきてくれたらしい」

 

 パンシュラは斑鳩の腰にささる刀を見た。そこには普段使っている刀ともう一本、一際存在感を放つ刀が差されている。

 

「ああ、これどすか?」

「二本差しとるのを見る限り、神刀を抜けるわけではあるまい。なぜ持ってきたんじゃ」

「どうせうちが勝つのに、持ってきても置いてきても変わりまへんでしょ?」

 

 斑鳩の返答に、パンシュラはさらに大きく笑った。

 

「なるほどのう! 覚悟の現れと言うことかい! ならば早速始めるとするかの!」

「あの夜の決着、つけてあげます!」

 

 こうして、斑鳩とパンシュラによるデヴァン邸最後の戦いが幕を開く。

 




 実は前回エリックがバイクで特攻したのは二人の作戦を聴いたからというのもあります。青鷺の不意打ちを決めるためには屋内のほうが可能性が高いですからね。ノルディーン姉弟が外に出てくる前に屋敷に突撃できるようにというはからいです。まあ、肝心の二人はソーヤーの方に乗ってたんですが。きっと便乗してくれると確信があったんでしょう……。


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第三十三話 怨念晴らさず

ぎりぎり五月中に間に合った……。


 デヴァン邸三階広間において繰り広げられる、斑鳩とパンシュラの戦い。

 それを修羅は心配そうに見つめていた。

 

「おっと、動かないでくださいよ。助けに入ろうなんて考えても無駄ですから」

 

 身じろぎをした修羅をアキューが見とがめる。

 

「ふん、したくても今の状態ではできはしない」

 

 修羅の左腕はヴァイトに折られている。痺れたのか痛みを感じないのが幸いだった。

 

(結局、私はお前を巻き込んでしまった。斑鳩よ、お前さえ無事なら私は……)

 

 祈るような思いで、修羅は目の前の戦いを見つめるのであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「行くぞ!」

 

 パンシュラが斑鳩に接近。自在剣が貫かんとうねり、迫ってくる。

 

(戦法が変わった!?)

 

 ツユクサの町では麻痺剣と竜巻剣で翻弄し、それらを抜けてきたところを自在剣で迎撃。それをさらに越えれば超重剣で叩きつぶすといった戦法を取っていた。しかしパンシュラは既に、斑鳩がその全てを乗り越えられることを分かっている。

 

「ツユクサのワシとはひと味違うぞ!」

「厄介な!」

 

 パンシュラが自在剣で斑鳩を牽制。前へ踏み込めば超重剣が待ち構え、後退すれば竜巻剣と麻痺剣に狙われる。以前とられた戦法よりも、息をつく暇がなく、斑鳩の精神力を大きく削っていく。

 そして、斑鳩の攻撃は依然として誘引の盾に引き込まれてパンシュラには届いていない。修羅のようにパンシュラを誘引の盾との間に入れるよう立ち回ろうとしたが、パンシュラもそれをさせないように警戒している。

 

(このままじゃじり貧どすな)

 

 パンシュラのペースのままではいけない。ツユクサでも、決着こそつかなかったがパンシュラのペースで戦わされていた印象が斑鳩にはあった。その最たる要因としては誘引の盾があげられるだろう。

 そして、ペースを崩すために斑鳩は自在剣を躱すと前へと踏み込んだ。

 パンシュラが超重剣を斑鳩に振りおろす。それを辛うじて避ける斑鳩。そこを後方から反転してきた自在剣の切っ先が狙う。それを斑鳩は一切気にすることもなく誘引の盾を斬りつけた。そしてまた、斑鳩の剣は誘引の盾へと誘い込まれ――――、

 

「抜かったわ!」

 

 パンシュラが左手に持つ自在剣の刀身が、比較的根元近くで切断されていた。

 超重剣を躱した斑鳩は地に這うように低く構えると、伸びる自在剣の刀身を誘引の盾との間に入れたのだ。

 パンシュラは自分自身を間に入れまいと動いていたためにこれを防げなかった。

 

「ツユクサでは誘引の盾にこだわるあまり、返って術中にはまっていましたから。今度は周りの邪魔者を一つずつ潰させてもらいましょうか」

「ワシの六手を剥がそうというのか。カカ、本当にお前さんとの戦いは楽しいのう!!」

 

 パンシュラは無邪気な笑みを浮かべた。。

 

(どこか子供っぽい人どすな……)

 

 その笑顔を見て斑鳩は、もう少しで歯車が噛み合いそうな、なんともいえぬもどかしさを感じるのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 それは移動中、魔導二輪の上でのことである。

 

「……意外どすな」

「なにがだよ」

「ジェラールはんに素直に協力していることどす。聴こえてるくせに」

 

 運転しているエリックは小さく肩をすくめる。

 

「ジェラールはんが戦いの後、六魔の方たちを連れて行くなんて言ったときは正気を疑いましたけど。何かジェラールはんと縁があったんどすか?」

「ああ。オレたちも元々は楽園の塔に捕まってた子供だったってだけだ。魔力の高さを見込まれた五人がブレインに連れ出された。それがオレたちだ」

「へえ、そうだったんどすか」

 

 斑鳩は目を丸くして驚いた。

 

「じゃあ、闇の仕事に罪悪感でも抱いてたんどすか?」

「バカ言え。小さい頃に連れ出され、それからずっと闇で生きてきたんだぞ。今更罪悪感なんて抱くかよ。そんなのはリチャードくらいのもんだ」

「じゃあ、なんで協力してるんどす?」

「あいつはオレたちに自由を与えると言った」

「自由?」

 

 斑鳩が首を傾ける。

 

「捕われていたオレたちは自由が欲しかった。ブレインに連れ出されて自由になったと思ったが、結局いいように利用されていただけさ。だから、オレたちは自由が欲しい」

「それをジェラールはんが与えると?」

「ああ、オレたちの自由は闇に捕われてる限り永遠に来ないんだとよ。まあ、ブレインと違って本心で言ってるのだけは聴こえたからな。ちょっとぐらい協力してやろうと思っただけさ」

「それで、闇と戦う立場になった感想は?」

「………………まあ、今になって初めて見えたものもあった。それだけだ」

 

 バツが悪そうに言うエリック。それを見て斑鳩はくすりと笑った。

 

「ふん。てめえらからは何か文句でも言われると思ってたがな」

「あら、善人のふりするな、とか罵って欲しかったんどすか?」

「そうじゃねえけどよ」

「うちもグレーゾーンで生きてますからなぁ。あまり他人のことは言えまへんよ」

 

 斑鳩の師である修羅は昔、闇にいたことがあると何かの拍子に聞いたことがある。それに、ジェラールだって見逃しているのだから今更だ。

 その心の声を聴いてエリックは鼻で笑った。

 

「ハッ、そんな清濁併せのんでるくせに、戦いが好きなだけで自分は悪人だ何だのとくだらねえことで悩んでんのな」

「…………また心を覗いて。嫌らしいお人どす」

 

 むっと顔を顰める斑鳩。エリックはさらに言葉を続けた。

 

「戦いを好むヤツなんて、表の世界にだって山ほどいるぜ。それこそ、“妖精の尻尾”の火竜(サラマンダー)もそうだったはずだ。最初に遭遇したときに嬉々としてかかってきたからな」

「まあ、ナツはんはそうでしょうなぁ」

「じゃあ、アイツは悪人だと思うか?」

「うちはそうは思いまへんけど……」

 

 ナツは問題も多く起こす。人によっては悪人と判断する者もいるだろう。だが、斑鳩の悪人かどうかの尺度はそこにはない。

 

「サラマンダーもてめえも、好きなのはあくまで競い合いだろ。殺し合いじゃねえ。磨き上げた自分の腕を試したい。より強いヤツを越えたい。そういうもんだ」

「確かにそう言われれば……」

「それに何か問題があんのかよ」

 

 エリックの言葉に斑鳩は押し黙った。何も返答することが出来ないでいると、エリックが溜息をつく。

 

「てめえは人に言われて理解できても、自分の心で納得しないとダメなタイプだな」

(…………師匠からも、お前は口で言うよりやった方が早いと言われてましたなぁ)

 

 エリックの言葉に、少し昔を思い出す。

 

「なら、パンシュラとよく向き合うことだな」

「パンシュラと?」

 

 不思議そうに首を傾ける斑鳩。

 

「実際に会ったわけじゃねえが、“血濡れの狼”の本部にいたやつらとお前の印象からだいたいの人物像はわかる。向き合って、自分と重ねて見やがれ。それでいて、闇に身を置くパンシュラとの違いは何か見極めてみろ」

「向き合う、どすか……」

 

 斑鳩の呟きに、それ以上の返答はなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 幾重にもわたる攻防の末、斑鳩の刀がぱきりと折れる。

 

「カカ、勝負あったかのう。まあ、紙一重じゃったが」

 

 そういうパンシュラに残っているのは超重剣と誘引の盾のみだった。中でも金剛の盾が限界を迎えて壊れたのが、誘引の盾では迦楼羅炎を防ぎきれないだけに痛い。だが、同時に斑鳩の刀を折ることにも成功した。無手では無月流は使えない。

 

「これほど楽しい戦いは久しぶりじゃ。それこそ、ワシが六手を扱うようになってからは初めてじゃわい」

 

 パンシュラは機嫌良く無邪気な笑みを浮かべている。――それこそ、まるで子供のような。

 

 

――であれば、お前がまだまだ子供だと言うだけだ。

 

 

 つい最近、師に言われた言葉を思い出す。

 

「少し、聞いてみたことがあるんどすが。よろしいどすか?」

「なんじゃ? なんでも言ってみい」

 

 どうやら、問答に付き合ってくれるようだ。

 

「どうして、闇にいるんどすか?」

 

 戦ってみて、パンシュラから邪悪さは感じない。この男はただ無邪気なのだ。以前の六魔のように、闇での生き方しか知らないのだろうか。斑鳩はそう思った。

 

「そんなもん、こっちの方が楽しいからに決まっておろう」

 

 また、パンシュラは無邪気に笑う。

 

「楽しい?」

「おうよ。ワシはな、戦いが大好きなんじゃ。正規に属しておった頃もあったが、しがらみが多すぎる。じゃから闇ギルドに身を置いたんじゃ」

「…………そうどすか」

 

 斑鳩は理解する。パンシュラは子供そのものだ。虫を潰して笑う子供のように道徳心が欠け、自身の楽しみだけを優先する。肉体だけが大人の子供だ。

 その姿は、かつてエルザと斬り合った斑鳩自身の姿と重なった。

 

 

 ――闇に身を置くパンシュラとの違いは何か見極めてみろ。

 

 

 パンシュラは何も反省していない。今の状況を良しとしている。

 斑鳩は深く反省している。成長しようとしている。

 これが、闇に身を置くパンシュラと正規に属する斑鳩の違い。

 

 

 ――戦いを楽しむことはそこまで悪いことなのだろうか。

 ――戦いが好きなだけで自分は悪人だ何だのとくだらねえ。

 

 

 分かった気がする。勘違いしていたのだ。戦いを好むのは趣味嗜好でしかない。悪かったのは、己の楽しみを優先させる浅ましさ。

 アネモネ村で自覚した、ただ周囲の人々に笑っていて欲しいという願い。それと戦いを好む性質は必ずしも反しない。

 

(――大人になろう。ただ、それだけで良かった)

 

 楽しみは時と場合を弁える。良識ある大人ならば誰しもが分かっていることをすればいいだけだ。

 斑鳩の中で、歯車が噛み合う。自身の内を覆っていたもやもやが晴れていくのを感じる。

 同時に、声がした。

 

 

『――それでよい』

 

 

 頭の中に直接響く清らかな声。それが神刀に宿りしエトゥナのものだとすぐに理解する。

 

 

『我は月と戦を司る守護神。戦いを愛し、守るべき仲間を持つ、心清き者にのみ我を抜く資格がある』

 

 

(そうか、だから惜しいと)

 

 斑鳩は既に周囲の笑顔を守りたいという願いを持っていた。しかし、同時に戦いを好む己に疑問を持っていた。だから神刀を抜けなかったのだ。

 

 

『さあ、今こそ我を――』

 

 

 ならば今こそ――。

 

 

「なんじゃ」

 

 パンシュラの返答を聞いた斑鳩が、数秒瞑目したかと思うと神刀の柄に手をかけた。腰を落とし、構えを見せる。

 

「礼をいいます。おかげで、心の整理がつきました」

「まさか、抜けるのか? ――カカ、おもしろい! 神刀の力、楽しませて貰おうか!!」

 

 パンシュラが超重剣と誘引の盾を構えた。

 

「すみまへんが、今は楽しんでいられる状況ではありまへんから」

 

 すべらかに、鞘から神刀が抜き放たれた。

 

「なん、じゃと……」

 

 空を走る剣閃が、一刀で誘引の盾を真っ二つにしてみせる。

 斑鳩の攻撃はそれだけでは終わらない。

 

「――無月流、夜叉閃空・乱咲」

 

 白銀の輝きが走る。一瞬でどれだけの剣閃を放ったのか。パンシュラは迫る避け場もないほどの剣撃を見て笑った。

 

「カカ、――こりゃあかなわんわい」

 

 パンシュラは一瞬にして、その体に幾筋もの赤い線を刻んで倒れ伏す。

 繰り出された斑鳩の剣。それは神刀の神聖なる力だけではない。迷いのない剣技はどこまでも流麗であった。この二つが合わさった剣撃。

 それを目にして、

 

「――きれいだ」

 

 戦いを見守っていた修羅は無意識に呟いた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ちょっと、何をするんですか!?」

「ああ、はいはい。どうせ助からないんだから大人しく着いてこいや」

 

 デヴァン邸の地下。そこではジーニャが数人の男につかまれ、無理矢理どこかへ連れて行かれようとしていた。

 

「下衆どもが。恥を知れ!」

 

 声がしたかと思うと、男たちは急に崩れ落ちる。何が起こったのかと目を瞬かせていると、男たちの影からカグラと青鷺が姿を現した。

 

「……大丈夫?」

「カグラさんに青鷺さん!? どうしてここに……」

「……そんなの助けに来たに決まってるでしょ」

 

 青鷺はジーニャの手を縛っていた縄を小刀で斬る。

 

「やっぱり、さっきの振動はそういうことだったんですね。でも、勝手に人質になった身で私はどんな顔を――」

「細かいことは気にするな。まったく」

 

 カグラがうつむくジーニャの頭に、ぽんと手をおいた。

 

「お前にも考えがあったことは手紙で分かっている。それに、私たちもお前も無事だ。ただ喜べばいいんだ」

「カグラさん……」

「おーい、邪魔するぜー」

 

 カグラたちが再会を喜び合っているところに、無粋な声が割って入った。

 

「……もう少し空気を読めないの?」

「いいじゃねえか、そんくらいよ」

 

 声の主はエリックとソーヤーだ。どうやら、外の私兵はもう片づけたらしい。

 

「あ、あのこちらの方たちは?」

 

 初対面のジーニャは困惑している。それに気がついた青鷺が二人を紹介した。

 

「……ああ、こちらは指名手配犯の二人」

「し、指名手配!?」

「おい、クソガキ! もっと説明の仕方があるだろうが!」

 

 青鷺にソーヤーが食ってかかる。

 

「だいたいてめえも今は不法入国者なんだぜ。そこんとこ分かってんのかよ」

「……むう」

 

 ソーヤーの言葉に青鷺が押し黙る。その言葉に驚いたのはジーニャだ。

 

「ふ、不法入国ってどういうことですか!?」

「まあ、こっちの話だ。気にするな……」

 

 カグラが苦笑を浮かべて答える。

 デヴァン邸に向かう際、関門を通っていない。入国手続きをする時間が惜しいということもあったが、何よりエリックとソーヤーは正規のルートで出入国などできるわけがない。そこで、仕方なく裏のルートを通ってきたのだ。

 

「……それで、こんなところで何をしてるの」

「デヴァンは元々調査する予定だったって言っただろ。だから、ついでに今調べてやろうってな。だろ、エリック」

「そういうこった。ガキどもはさっさと帰んな」

 

 エリックが手を振って追い払うような仕草をする。

 

「そういうことなら私も手伝おう」

「いらねえ。それに、楽しいもんじゃねえぞ」

「ここまで送ってくれた礼だ。青鷺はジーニャのそばにいてやれ」

「……わかった」

「チッ、仕方ねえな」

 

 結局、エリックが折れる形になった。ジーニャを青鷺に任せ、エリック、ソーヤー、カグラの三人で地下の奥に向かう。

 

「聴いた情報によるとおそらくここだな」

 

 地下の奥にある扉、それを開いて中へと入っていく。

 

「これは……」

 

 その部屋の中の光景を見て、カグラは嫌悪感に眉を顰めた。

 中には大勢の女性たちが虚ろな目をしていた。様々な衣服を着せられ、台に乗せられている様子はまさに飾られているといったところだろう。

 

「この女たちは生きてんのかよ」

「ああ、たぶんな。そのくせ心の声が聴こえねえ。全く、胸糞悪いぜ」

 

 吐き捨てるように言うエリック。すぐに女たちを調べだす。

 

「こりゃあ、毒だな。毒で意識が奪われている」

「助けられないのか?」

 

 カグラが尋ねる。エリックは首を横に振った。

 

「普通は無理だな。これはおそらく、毒の魔導士が独自に開発したもんだ。解毒薬なんざ出回ってるはずがねえ。毒の投与をやめたところで、奇跡でも起きなきゃ意識は回復しないだろうな」

「毒の滅竜魔導士なのだろう? 彼女たちを侵す毒を食ってやることはできないのか?」

「バカ言うんじゃねえ。全身に回ってる毒をどうやって食うんだよ。肺や胃の中の毒くらいなら吸い出してやれるけどな」

「そうか……。くそ、何もできないのか」

 

 カグラは悔しさに拳を握りしめる。すると、ソーヤーが突然笑いだした。

 

「なぜ笑う」

「助けられねえ。それは普通なら、だろ。エリック」

「なに、助けられるのか!?」

 

 ソーヤーの言葉にエリックはにやりと笑うと、部屋の隅にある棚へと向かっていった。すると、棚の中にある瓶をとりだした。

 

「これが使ってる毒だな。――ふん、まあまあってとこか」

「…………実際に毒を食っているのを見ると、少し不安になるものだな」

 

 カグラはちらりと女たちを見る。こんな風に人の尊厳を奪ってしまう毒。例え大丈夫だと分かっていても、食べろと言われたら躊躇してしまいそうだと思った。

 毒を食ったエリックは棚の中から空の容器を取り出す。

 

「それで、どうやって助けるのだ」

「こうすんのさ」

 

 言って、エリックは爪で腕を傷つけ血を容器に流し込む。カグラは驚いて目を丸くしている。その様子にソーヤーはまたひとつ笑うと説明した。

 

「毒竜はたとえどんな毒を食おうと瞬時に抗体を作り出す。つまり、毒竜の血は万能の解毒薬にだってなんのさ」

 

 炎を吸い込む火竜の肺。鉄さえ溶かす鉄竜の胃。そして、あらゆる毒を駆逐する毒竜の血。

 

「――まったく。そなたらがつい先日まで闇の最大勢力、その一角を担っていたとは。実際に戦った私も信じられない思いだ」

「うるせえ、ほっとけ」

 

 女たちを解毒するため、エリックは作業を進めていく。

 

(わかるぜエリック。オレたちはずっと捕われていた。だから自由を奪うような行為は許せねえ。結局、六魔だったときも奴隷に関する仕事だけはやらなかったもんな)

 

 ソーヤーはエリックの後ろ姿を見て、にやりと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「さあ、師匠を離してもらいましょうか」

 

 パンシュラを倒した斑鳩はアキューに刀を向けた。

 

「残念ですが、それはできませんね」

 

 言って、アキューは右手を修羅に向ける。それを見て斑鳩は剣を握る手に力を込めた。

 

「おやめなさい。変なそぶりを見せれば毒を撃ち込みます」

「その前に斬るだけどす」

「やってみてもいいでしょう。ですが、確実に私が毒を撃つ前に仕留められる保証はありますか? 斬られながらでも撃ち込めるかもしれません。それでも大切な師の命を天秤に賭けに出ますか?」

「くっ……」

 

 斑鳩は歯がみする。アキューの魔法は全く見ていない。毒を使うというのはわかっているが、どの程度の能力があるのかまるでわからないのだ。そんな状態で修羅の命を賭けられるはずもない。

 

「アキュー、貴様なにが目的だ。パンシュラが倒れた今、どうあがこうと勝目は無い。いかに付き合いが長いとは言え、デヴァンに忠義を尽くすような男でもなかろう」

「ええ、もちろん。ここにいても先はなさそうですし」

 

 修羅の問いに笑顔で頷く。

 

「私の要求はここから無事に逃げ出すこと。心配せずとも、逃げた後で解放しましょう」

「ダメどす。要求は飲みますが師匠は置いて行ってもらいます」

 

 アキューは首を横に振る。

 

「あなたが逃がしてくれてもお仲間がそうとは限らない。もし、リタラさんたちがま――」

 

 アキューがそこまで口にした時である。

 

「――おい、アキュー。調子に乗るなと言ったはずじゃが?」

「がっ、ああああああああ!」

 

 死角から飛来した超重剣が、アキューの右腕を斬り飛ばす。

 

「ワシは負けたらこいつを返すと言ったぞ。約束を破る気か?」

「パンシュラさん、生きて……」

 

 アキューは右腕の切断面をおさえ、脂汗を流しながら蹲った。

 

「カカ、こやつが手加減してくれたおかげでのう」

「それでも、しばらくは起き上がれないぐらいには斬ったはずなんどすが」

「おうよ、おかげで立ち上がることもできんわい」

 

 斑鳩が振り返れば、上体だけを起こしたパンシュラがいた。

 

「そんな、私が……、こ、こんなところで……」

「ふん、媚びへつらって利益を確保するだけの小物にはおあつらえ向けの最期じゃろうが。ほれ、楽にしてやろう」

「ま、待て! 死にたくな――」

 

 パンシュラの操る超重剣がアキューの心臓を穿つ。

こうして、アキューの命はあっけなく絶たれてしまった。

 斑鳩はその様子を顔をしかめて見届けると、やや警戒しつつパンシュラに相対する。

 

「なんじゃその顔は。折角助けてやったと言うに」

「助けて貰ったことには感謝しますが、仲間だったんではありまへんか?」

「仲間じゃったぞ。だからどうしたんじゃ」

 

 パンシュラは心底不思議そうに首を傾けた。すると、何かを思いだしたのかポンと手を打つ。

 

「そうじゃ。ジーニャのヤツに伝言じゃ」

「ジーニャはんに?」

「おうよ。もしかしたらヤツの母親は生きているかもしれんぞ」

「――は!?」

 

 斑鳩は驚いて絶句する。それを見てパンシュラはからからと笑った。

 

「とどめを刺さずに立ち去ったからのう。隣の家のもんがなにやら通報しとったようだし、一命はとりとめてるかもしれんな」

「……なぜ、とどめを刺さなかったんどす」

「最後の啖呵が気に入っての。アキューやリタラにばれるとうるさいから殺したふりをしとったが、もうええじゃろ」

 

 パンシュラの言葉を聞いてうんざりしたように溜息をつく。

 味方であろうと気に入らなければ殺し、敵であろうと気に入れば殺さない。なんという傍若無人ぶりだろうか。

 ふと、斑鳩は修羅から聞いた初代の話を思い出した。

 

 

 

『その昔、遥か東方の島国に一人の剣士がいた。男は才能に溢れ、傲ることなく鍛練を続けた。男は最強の称号が欲しかった。特に理由などはない。ただ欲しい。男に生まれたからには最強を目指さなくてなんとする、と。

 男は善も悪も関係なく、強さを求めて剣を振るう。気づけば周囲に敵はなく、さらなる強さを求め故郷を捨てて大陸を渡った。そこは未知でいっぱいだった。あらゆる魔法、あらゆる武術、十人十色の戦闘法。多くと戦い、多くを殺し、多くを学んだ。

 だが、そんな暮らしをして恨みを買わないはずがない。いつしか追われ、裏の社会からも追放されてしまった。善も悪も関係なく剣を振るう男はいつ誰に牙を剥くのかわからない。周囲の人間は天災のように思っていたことだろう。

 やがて老いた男は弟子をとり、自らの学んだ技、戦闘法の全てを教えた。

 これこそが始まり。圧倒的力の前に太陽の下どころか闇を照らす月の光すら浴びることを許されなかった開祖がその境遇から無月流と名乗ったのだ』

 

 

 

 パンシュラが初代とまったく同じだとは言わない。それでも、周囲に与える印象は似たようなものだったのではないか。なんとなくそう思ったのだ。

 斑鳩が小さな感慨にひたっていると、ところで、とパンシュラが口を開いた。

 

「お前さんの師匠。とっくに出て行ったんじゃが追わなくてもええのか?」

「え? あ、ああ! いない!!」

 

 パンシュラに言われて振り返ると、言うとおり修羅の姿が見えなかった。すぐに追おうとして立ち止まり、ちらりとパンシュラを見る。

 

「カカ、心配せんでも逃げはせんわい。もう動けんといったじゃろ」

「ほんとどすな?」

「しつこいわい。さっさと行けい」

 

 最後の念押しをすると、斑鳩は大急ぎで広間を後にした。それを見届けて、パンシュラは大の字で床に寝そべった。

 

「ワシとしては力の全てを出し尽くして大満足じゃ。後は牢獄で休みつつ、脱獄に挑戦してみようかの。カカ、楽しみになってきたわい」

 

 そして、パンシュラはまた無邪気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 執務室の扉がノックされる。

 

「アキューか? 入れ」

「さっきぶりだな。デヴァン」

「なに!」

 

 入ってきたのは修羅だった。デヴァンは驚き、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 

「な、なぜ貴様がここに!?」

「パンシュラは敗北した。アキューは死んだ。もう、貴様は終わりだ」

「ま、待て――」

「待たん」

 

 修羅の剣がデヴァンの足を裂く。死ぬような傷ではないが、しばらくは立ち上がれないだろう。

 

「ひいっ、嫌だ。死にたく――」

「……何か勘違いしているな」

 

 デヴァンは床に這いつくばり、もがくように修羅から遠ざかろうとする。それを冷たい瞳で見下ろしながら修羅は言った。

 

「私はもう貴様を殺す気はない」

「へ?」

 

 デヴァンは救いを求めるような眼差しで修羅を見上げた。

 

「う、恨んでないのか?」

「恨んでいるに決まっておろうが!!!!」

「ひいぃ!」

 

 修羅の怒声に怯えて縮こまる。その様子を見て修羅は嘆息した。

 

「ここに来たのは貴様を逃げられぬようにしにきただけだ。貴様の罪は正当に裁いて貰うことだな」

 

 デヴァンは絶望の表情を浮かべる。

 修羅は背を向けるとそのまま部屋を後にした。部屋を出て、手に持つ刀に視線を落とす。

 修羅はこの屋敷に訪れたとき、間違いなくデヴァンを斬り殺し全てに決着をつけるつもりだった。だが、その理由に仇討ちなどは掲げていない。

 エドラもアミナも苦しい生を終え、ようやくイシュガルの地で安らかな眠りにつくことが出来たのだ。それを今更、デヴァン如きを殺す理由に持ち出し眠りを妨げるのははばかられた。

 

(だから私がヤツを斬るとすれば、斑鳩を因縁に巻き込まぬため。そして、我が怨念を晴らすためであった。しかし……)

 

 斑鳩は来た。そして、修羅を助け因縁をも断ち切らせてしまった。残るは修羅の怨念ただ一つ。

 

「――――」

 

 修羅は瞑目する。まぶたの裏に移るのは斑鳩の剣閃。一瞬、その美しさに間違いなく修羅の心は奪われていた。そして、思ったのだ。

 

「――この怨念、別のもので塗り潰してやりたくなった」

 

 だから、あえて斬らない。この怨念は晴らさずもっていよう。そう決めたのだ。いつか、怨念など気にならなくなるほどの光がもたらされることを信じて――。

 

 

 

「師匠!」

 

 声のした方に視線を向ける。斑鳩が慌てて走ってくる。

 

「もう! なんでいなくなるんどすか!!」

「すまんな。少しやらなければいけないことがあっただけだ。それももう終わった」

「やらなければいけないこと?」

「こっちの話だ。気にするな」

 

 修羅は話をはぐらかす。不服そうにする斑鳩の頭をぽんぽんと叩く。

 

「そうだ。もう、意地など張らずいつでも帰ってこい。お前の覚悟はもうよく分かった」

「本当どすか!? じゃあ、早速帰ります! アネモネ村のライラはんとの約束もありますし、今度イチリンでご飯を食べましょうよ!」

 

 修羅の言葉に斑鳩は目を輝かせる。やれやれと修羅は肩をすくめた。

 その口元が僅かにほころんでいることに、修羅も斑鳩も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 その後の顛末をここに記す。

 

 

 デヴァン、パンシュラ、リタラ、ヴァイトの四人は騒ぎを聞きつけてやってきた軍に拘束。そのまま牢獄へと入ることになった。デヴァンに人形にされていた女たちも無事に助け出され保護された。同時にその非人道的な行いが明るみとなることになり、デヴァンにはかなり重い罰がくだされるだろうということだ。

 

 

 

 ジーニャとは惜しみつつボスコで別れた。とある病院で一命を取り留めていた母の看病をしながら、母の仕事を手伝えるように勉強をしていくらしい。

 

「エトゥナ様をよろしくお願いします」

「ええ、もちろんどす」

 

 ジーニャはミルマーヤ族の巫女として、最後のつとめを果たしきった。斑鳩は腰に差す神刀から、少し寂しそうな気配を感じて苦笑したのだった。

 

 

 

「ほらよ、ここでお別れだ」

「また会うこともあるかもな。そん時はよろしく頼むぜ」

 

 修羅の左腕の治療をひとまず終えた後、またエリックとソーヤーにツユクサの町まで送ってもらう。そこで二人とも別れることになった。

 お互いに最後まで憎まれ口をたたき合う。しかし最初と比べれば、彼らとの間に不信などといった負の感情は一切感じられなくなっていた。

 

 

 

 

 

 カグラと青鷺はギルドの入り口を潜る。“人魚の踵”のギルドはカフェテリアになっている。空いている席を見つけると、ふらふらと席に腰をおろした。

 

「今回はさすがにこたえたな」

「……もうくたくた」

 

 二人はぐったりと椅子に体重を預ける。そこに、リズリーがやってきた。

 

「どうしたんだい二人とも。ちょっと帰ってきたと思ったらすぐに出て行って」

「まあ色々あったんだ。最初は六魔討伐の慰労もかねて、ツユクサに遊びに行っただけのはずなのにな……」

 

 どこか遠い目をするカグラにリズリーは苦笑いを浮かべる。そして、斑鳩の姿が見えないことに気がついた。

 

「そういえば、前に帰ってきたときも思ったけど斑鳩はどうしたんだい? 一緒だったはずだろう?」

「心配せずとも斑鳩殿なら大丈夫だ。今は別行動をしているだけだ。私たちは家族の団らんに入るほど無粋ではないのでな」

「?」

 

 首を傾げるリズリー。青鷺は隣でコクコクと頷いていた。

 

 

 

 

 アネモネ村唯一の食堂“イチリン”。『本日休業』の看板がかけられた店内で、席に着く人影が三つある。決して賑やかではないが、安らぐような穏やかさが店内を満たしていた。

 あらゆるしがらみを解きほぐすかのように、和やかな時間がゆるりと流れる。

 イシュガルの大地、そのどこか。深い森を抜けた先にある、暖かい日が降り注ぐ丘の上に綺麗な墓石が一つ立っている。

 墓前には、まだ新しい花が添えられていた。

 




 神刀編終了とともに第一部完といったところでしょうか。
 個人的には反省点も多かったのですが書き切れて良かったです。
 さて、次回からは七年後に行きたいと思います! ここまで長かったなぁ。


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大魔闘演武編
第三十四話 七年後の人魚たち


 X784年12月16日。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地、天狼島はアクノロギアにより消滅した。

 当時、天狼島では妖精の尻尾の主力メンバーがS級昇格試験を行っていた。そのため、天狼島の消滅に伴い彼らは行方不明となり、妖精の尻尾は弱体化の一途を辿ることとなる。

 それから七年の月日が流れたある日。生存が絶望視されていた妖精の尻尾の主力メンバー、俗に言う天狼組が奇跡の帰還を果たす。

 この一大ニュースは即座にフィオーレ中を駆け回り、この時国外にいた彼女たちのもとにすら届いたのだった。

 

 

 

「斑鳩殿! 大変です!! 妖精の尻尾の主力メンバーが帰還を果たしたそうです!!!」

 

 カグラの叫びとともに、宿で借りている部屋の扉が音をたてて開いた。

 そのカグラの慌てようともたらされた一大ニュースに、部屋で朝食を食べていた斑鳩と青鷺は口にものを含んだまま停止した。

 やがて、我を取り戻した二人は急いで口の中のものを飲み込んで口を開く。

 

「本当どすか!? 全員無事に?」

「はい。無事どころか七年前から成長していないようです」

「いやぁ、それはめでたいどすな。早速お祝いに駆けつけたいところなんどすが」

「……タイミングが悪かったね」

「そうどすなぁ」

 

 現在、斑鳩たちはクエストを受注し丁度昨夜、仕事場所に到着したところである。今回のクエストはフィオーレ国外への遠征である上、そう簡単に片づくようなものでもなかった。

 

「さすがに、SS級クエストはすぐに片付けられそうにありまへんし」

「ええ、一月以上は確実にかかるでしょうね」

 

 同意するようにカグラと青鷺も頷いた。SS級クエストはS級クエストのさらに上を行く高難度クエストである。

 

「あの子を早くエルザはんたちに会わせてあげたいどすな」

「……私たちを待たずに会いに行くんじゃない?」

「いや、あいつは以外と律儀なところがあるからな。おそらく待っているはずだ」

 

 三人はこの七年で新たに人魚の踵に加入したメンバーのことを思い出す。三人とも仲がいいが、さすがにSS級クエストに連れてこられるレベルではないのでギルドに居残りしている。

 

「……なら、少しでも早く帰らないとだね」

「そうどすな。それに、うちらの成長も見て欲しいものどす」

 

 そう言って、斑鳩は懐にしまっていたペンダントを取り出す。そこには、十字の入った紋章が刻まれていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 大魔闘演武。X785年から開催されているフィオーレ1のギルドを決める祭である。

 現在、フィオーレ最下位である妖精の尻尾であるが、この祭りで優勝さえすれば即座にフィオーレ1のギルドに返り咲くことが可能であった。

 天狼組は乗り気なのだが、居残り組が反対する。

 

「無理だよ!! 天馬やラミア……」

剣咬の虎(セイバートゥース)だって出るんだぞ!!」

「ちなみに過去の祭じゃオレたちずっと最下位だぜ」

「そんなの全部蹴散らしてくれるわい」

 

 しかし、弱気な発言を聞いても天狼組はひるまない。むしろさらに闘志を燃やしていた。

 ちなみに、剣咬の虎は近年台頭してきた現フィオーレ一のギルドである。

 

「その大会いつやるんだよ」

「三ヶ月後だよ」

「十分だ! それまでに鍛え直して妖精の尻尾をもう一度フィオーレ1のギルドにしてやる!!」

 

 ナツは拳に火を灯して手を打った。なおも弱気な居残り組をよそに、天狼組の熱気は高まっていく。七年のブランクを三ヶ月で埋めなければならない。しかし、悲観する様子は微塵もなかった。

 

「目指せフィオーレ1! チームフェアリーテイル!! 大魔闘演武に参戦じゃあ!!」

 

 マスターマカロフの言葉に呼応して、ギルド内で雄叫びが大きく響く。

 その雄叫びが収まった直後、エルザが口を開いた。

 

「ところで、人魚の踵(マーメイドヒール)というギルドを知っているか?」

「知ってるけど、何かあるの? ギルド間での付き合いは特になかったと思うけど」

 

 ビスカが首を捻って問い返す。

 

「ああ、私たちのチームは何かと縁があってな。三人ほど知り合いがいるんだ。斑鳩、カグラ、青鷺というんだが知らないか?」

「確かにラミアや天馬の話は聞いても人魚の話は聞かないな」

 

 グレイも怪訝そうに呟く。七年前の時点で斑鳩はエルザと互角だったし、カグラと青鷺もナツやグレイと並ぶほどの実力を持っていた。その三人がいればフィオーレトップクラスのギルドに名を連ねていてもいいはずなのだが、人魚の踵の話はさっぱり聞かない。

 

「そりゃまた凄いメンバーと知り合いだな」

 

 マックスが苦笑いしながら呟いた。

 

「凄いメンバー?」

 

 ルーシィが首を捻る。

 

「ああ、近年の人魚の踵の大魔闘演武における成績は十位前後ってところだ。だけど、X785年に行われた第一回だけは違った」

「いったい何位だったんだ」

「剣咬の虎はX786年から昨年まで大魔闘演武で連覇している。だけど、第一回の優勝ギルドは人魚の踵。その立役者と言われているのが斑鳩、カグラ、青鷺という三人の魔導士なんだ」

「ほう。ジュラが参戦していないとはいえ、一位をとるとはやるな」

 

 エルザが感心して頷いた。聖十大魔導の一人であり、蛇姫の鱗に所属しているジュラは自重して一度も大魔闘演武に出場していない。

 

「でもよ、今は十位くらいなんだろ? もう参加してないのか?」

 

 ナツが疑問をはさむ。その疑問にマックスは頷いた。

 

「その通り。第二回以降、主力の三人は不参加だ。ちなみに、当時の剣咬の虎はマスターこそ既に変わっていたが、現在の主力である五人は加入していなかった。だから一昔前は今戦えばどっちが勝つか、っていうのは話の種としては定番だったんだ。人気も相まってだいたいは剣咬の虎が勝つだろうって結論で終わるけどな」

「しかし、なぜ自重するようになったのだ」

 

 マックスはにやりと笑い、ここが話の胆だと少しためてから口を開く。

 

「実はな、第一回大魔闘演武の直後。人魚の踵のリーダーである斑鳩に聖十大魔導の称号が贈られたのさ」

「なんと……」

 

 エルザたちは驚いて目を丸くする。そのリアクションを見てマックスは満足そうに頷くとさらに話しを続けた。

 

「聖十の称号を贈られて以来、斑鳩たちは高難易度クエストを受注して遠征を繰り返している。それにカグラと青鷺も着いていくもんだから基本的に大魔闘演武には出てこない。例えれば半ギルダーツ化してるんだ」

「そうか……」

 

 マックスの話を聞いて、エルザは遠く空を見て思いをはせる。

 

(これは、気合いを入れて鍛え直さねば。随分と実力を離されてしまったかもしれんな)

 

 こうして、エルザはさらに気合いを入れるのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 天狼組帰還からおよそ三ヶ月後のとある浜辺。

 

「終わった……」

「ヒゲー!!! 時間返せー!!!」

 

 エルザたちは力なく砂浜に倒れ込む。ルーシィの叫びがむなしく響いた。

 大魔闘演武にむけて海合宿に来たナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、ウェンディ、ジュビア、レビィ、ジェット、ドロイ。しかし、合宿二日目に彼らは星霊界の危機を知らされる。星霊界を救うため、ジェットとドロイを除く七人は処女宮の星霊バルゴに連れられて星霊界へ赴いた。

 実際は星霊界の危機というのは嘘であり、ルーシィたちの帰還を祝して宴が開かれた。一日かけて宴を楽しみ、元の世界に帰還したのだがそこで問題が発生する。なんと星霊界で一日を過ごすと現実では三ヶ月が経過するというのだ。

 

「なんということだ……」

「大事な修行期間が」

「三ヶ月があっという間に過ぎた……」

「どうしよう……」

 

 大魔闘演武は既に五日後に迫っている。だというのに、まったく魔力が上がっていない。

 

「今回は他のみんなに期待するしかなさそうだね」

 

 レビィが諦めたように溜息をつく。そこに、ジェットとドロイがやってきた。

 

「おーい、客が来てるぞ」

「客?」

 

 エルザたちがジェットとドロイの方に顔を向ける。二人の影から、見覚えのある顔ぶれが現われた。

 

「みなさん、久しぶりどすな」

「斑鳩にカグラ、青鷺も。元気だったか!」

「ええ、もちろん。挨拶に来るのが遅くなってすみまへん。なにせ、皆さんの帰還を知ったときは仕事中だったもので」

「構うものか。こうして再会できただけでもよろこばしい」

 

 斑鳩とエルザが再会を祝う。初対面のレビィにはルーシィが説明をしている。

 

「しかし、カグラは随分と成長したな。だいぶ大人びた感じがするぞ」

「私ももう二十三だ。いつまでも少女ではいられないさ」

 

 エルザとカグラが会話をする横で、グレイが青鷺に話しかける。

 

「しかし、七年も経ってんのにお前はチビのま、ぐはっ!!」

「グレイ様!!」

 

 青鷺に腹パンをくらうグレイ。それを見たジュビアが驚いて叫ぶ。

 

「……身長は小さい方が身軽に動けるからいいんだ」

「じゃあ殴んなよ……」

「……デリカシーのないお前が悪い」

 

 そんなやりとりを横で見て、エルザとカグラがやれやれと肩をすくめる。

 

「ところで、実はエルザはんに会わせたい人がいるんどすよ」

「会わせたい人?」

「ええ。もう出てきていいどすよ」

 

 斑鳩が呼びかけると、近くのヤシの木の影からひょこりと顔を出す人物がいた。

 

「元気最強?」

「ミリアーナか!」

「久しぶり! 会いたかったよー」

 

 ミリアーナがエルザに飛びついた。それをエルザが優しく受け止める。楽園の塔以来の再会である。

 

「人魚の踵に入ったのか!」

「うん! 知り合いがいるギルドは妖精の尻尾と人魚の踵しかなかったしね」

 

 人魚の踵とは楽園の塔での縁もあるし、なによりシモンの妹であるカグラがいる。エルザは行方不明になっていたこともあり、ミリアーナは人魚の踵に入ったのだ。

 

「シモンやショウ、ウォーリーはどうしている?」

「あの三人はまだ旅をしてるよ。カグラちゃんと私で定期的に連絡をとって会ってるけどね」

「そうか。本当に会えて嬉しいぞミリアーナ」

「私もだよ。エルちゃん」

 

 二人は涙ながらに抱き合う。そうしてしばし二人は旧交を温め合った。

 それも落ち着いた頃、エルザがそういえばと斑鳩に声をかける。

 

「聞いたぞ斑鳩、聖十大魔導になったんだってな。遅れたが祝わせてくれ、おめでとう」

「ふふ、ありがとうございます」

「だが、それが原因で大魔闘演武への出場を自重しているらしいな。戦い好きなお前としては残念なんじゃないか?」

「それなんどすが、うちらも今回は出させて貰おうと思ってるんどすよ」

「そうなのか?」

「ええ、今回はどうやらジュラはんも出るようどすし、うちも自重する必要はないでしょう。その上、妖精の尻尾も参加するとくれば出ないわけにはいきまへんよ」

「そうか。だが、残念だな……」

 

 エルザが少し悲しそうに俯く。

 

「私たちは今回参加を見送ることになりそうだ。私も成長したお前たちと是非剣を交えてみたくはあるのだが……」

「事情はジェットはんとドロイはんから聞いてます。でもそれ、なんとかなるかもしれまへんよ?」

「何だと!?」

 

 斑鳩の言葉に、その場にいた妖精の尻尾の面々が反応する。

 

「たった五日で魔力を増強する方法があるというのか!?」

 

 斑鳩は頷いて西の丘を指さした。

 

「今、あの丘である方たちが待機してます。その方たちならなんとかしてくれるでしょう」

「ある方たち? 誰だそれは」

 

 そのエルザの問いに答えたのは斑鳩ではなくミリアーナだった。

 

「それは実際に会ってみてからのお楽しみだよ! きっと驚くと思うな!」

 

 ミリアーナがにやにやと笑う。

 

「では、ミリアーナはん」

「うん! じゃあ、私が案内するからみんな着いてきてね! 斑鳩たちはちょっと待ってて!」

 

 ミリアーナを先頭に、妖精の尻尾の面々が西の丘に向かっていく。やがて姿が見えなくなり、浜辺には斑鳩たち三人だけが残された。

 斑鳩は溜息をひとつ吐くと、どこへともなく声をかける。

 

「そろそろ出てきたらどうどすか?」

 

 斑鳩の声に呼応するかのように、周囲に五つの影が現われた。

 

「まったく。人を伝書鳩のように使って……」

「いいじゃねえか。ついでなんだから」

 

 答えたのはエリックだ。他の面々はそれぞれマクベス、ソーヤー、リチャード、ソラノ。元六魔将軍にして現独立ギルド魔女の罪のメンバーたちであった。

 

「それにしても、相変わらずお前は声が聞こえねえな」

「ふん、それはもう対策済みどす」

 

 天之水分・羽衣。この七年で新たに開発した斑鳩の新技だ。ガルナ島でおこなった解呪の応用である。斑鳩に干渉しようとする魔力があれば即座に反応して押し流す。これにより、干渉系の魔法のほぼ全てを無効化できるようになった。

 

「しかしそなたらは堂々と会いに来るな。もう少しジェラールたちを見習ったらどうなのだ」

「ジェラールたちが気にしすぎなのさ。僕の反射(リフレクター)なら光を屈折させて姿を隠すなんて造作もないのに」

 

 カグラにマクベスが答える。今も元六魔の五人の姿は斑鳩たち以外からは見えないようになっている。

 

「だいたい、ばれてもお前たちの場合はヒスイ姫がかばってくれるから大丈夫だゾ」

「尊きは人の縁デスネ」

「……ヒスイ姫。エクリプス計画の実権を握っている人か」

 

 ソラノとリチャードの言葉に青鷺が小さく呟いた。

 

 

 それは六年前、第一回大魔闘演武でのことである。出場中の斑鳩たちにエリックとマクベスが接触する。反射で姿を誤魔化しつつ、エリックの耳で危険を避けての接触であった。

 なんでも会場からゼレフの魔力を感じるというのだ。斑鳩たちの手引きのもと会場を調べるが怪しいところはない。そして、主催者であるフィオーレ王室を怪しんだ。結果、エリックがヒスイ姫の心の声を聴くことでエクリプス計画が発覚したのである。

 その後、ジェラールがエリックとマクベスの支援を受けてヒスイ姫と密かに接触。話し合いにこぎつけることに成功する。話し合いは結果だけを言えば、エクリプス計画は継続されることになった。

 エクリプス計画とは、まず大魔闘演武を利用して大勢の魔導士から、時間を越える扉エクリプスに魔力を集める。そして、十分な魔力が貯まれば扉を開き、四百年前の不死になる前の黒魔導士ゼレフを討つというものであった。

 しかし、過去を改変した結果現在がどうなるかはわからない。大きなタイムパラドックスを起こす可能性があった。したがって、エクリプスを最終手段として残しておくのは構わないが、あくまで最終手段。決して、魔力が貯まったからと言って安易に開いてはならないと約束が交わされたのであった。

 同時に、この時エリックの発案でもう一つの交渉が行われた。ヒスイ姫に後ろ盾になってもらえないかということである。しかし、まだ実権を握っている訳ではないヒスイにそこまでの権力はない。エクリプス計画とて独断で秘密裏に行っている計画だ。

 妥協案として、やむを得ず正規ギルドの協力を得て活動した後、協力した正規ギルドがジェラールたちとの繋がりを疑われた場合はヒスイ姫にかばってもらうという案が採用された。ヒスイ姫も魔女の罪の活動理念に理解を示し、快く承諾してくれたのである。

 

 

「……それで、今年も大魔闘演武の監視に来るんだ」

「一応な」

 

 青鷺の言葉にソーヤーが頷く。

 エクリプスはゼレフが作ったものだ。だからこそ、エクリプスからはゼレフの魔力が感じられる。何か気付いていない仕掛けがあるかもしれない。そこで、魔女の罪は問題が発生した際に対処するため、毎年数人を大魔闘演武の監視に割いているのである。

 

「今年はジェラール、ウルティア、メルディ、ソラノの四人だな」

「……エリックはいなくて大丈夫なの?」

「これまで異常は特にねえし大丈夫だろ。それに今は冥府の門(タルタロス)の方が重要だ」

「……そっか、そっちもあったね」

 

 

 数年前、魔女の罪と冥府の門は小競り合いを起こしている。エリックの耳で九鬼門の一人を見つけ出したのだ。しかし、たいした交戦もなく逃亡されてしまう。

 心の声を聴いて分かったことはマスターENDの復活を狙っていること。拠点である冥界島はイシュガルの空を飛び、常に移動し続けていることくらいである。

 いつENDを復活させる算段を立て、実行に移るか分からない。一刻も早く見つけ出したいところではあるが、冥府の門も警戒しているのか一向に足取りをつかめないでいた。

 

 

「しかし、これはあくまで私たちの仕事。あなたがたが心配する必要はありませんデスネ」

「そういうこった。必要なときは手伝ってもらうがよ。とりあえずてめえらは大魔闘演武を楽しんできな」

 

 リチャードとエリックの言葉にカグラが微かに笑みを浮かべる。

 

「それもそうだな。だが、困ったときは頼ってもらって構わない。協力自体は私たちとてやぶさかではないのだ」

「そうどすな」

 

 青鷺もコクコクと頷く。

 そこでエリックがそうだ、と口を開く。

 

「今回はソラノの妹が大魔闘演武に初出場する。確かユキノっていったか。戦うことになったらよろしく頼むぜ」

「む」

「妹どすか?」

 

 エリックの言葉にソラノが口を尖らせる。

 

「私に妹なんていないゾ」

「本人はこう言ってますけど」

「妹が出るから監視役に名乗り出たんだろうが。全く、素直に会いに行けばいいのによ。めんどくせーやつだ」

「ストーカーに言われたくないゾ」

「ぶっ!!」

 

 ソラノのあんまりな言葉に思わずエリックは噴き出した。

 

「知ってるゾ。妖精の尻尾のギルドにキナナって子の声を聴きに行ってること。前から思ってたけど正直キモいゾ」

「なんだとてめえ……」

 

 もの凄い剣幕で睨み合う二人の間に斑鳩が割って入る。

 

「まあまあ。お二人ともひとまず落ち着いて」

「ファザコンアラサーは黙ってろ」

「そんなんだから、その歳で男の一人もいないんだゾ」

「んなっ!!」

 

 怒りの矛先が斑鳩にも向いてくる。あまりの暴言に斑鳩の顔が引きつった。

 

「ふ、ふふ……、上等どす!!」

「落ち着いてください斑鳩殿!!」

 

 暴れ出しそうになる斑鳩を慌ててカグラが羽交い締めにして抑えこむ。そのままカグラはエリックとソラノを見やる。

 

「そなたらもいい加減にしろ。くだらないことで争うな」

 

 今度はカグラが二人を窘めようとするが、それが裏目に出た。

 

「うるせえブラコン。てめえもほとんど斑鳩と同類だろうが」

「知ってるゾ。兄の前だと口調が砕けて甘え出すって。お前も二十三でそれはキモいゾ」

 

 斑鳩に続いてカグラの顔も引きつる。

 

「…………斑鳩殿、すみません。私が間違っていたようです」

「分かってくれればいいんどす」

 

 カグラが斑鳩を離す。二人はゆらりとエリックとソラノに詰め寄った。対する二人も好戦的に睨みを効かせる。

 

「その暴言、力ずくでも撤回させてもらおう!」

「やってみろオラァ!」

「望むところどす!」

「後悔しても知らないゾ!!」

 

 完全にキレた四人によってつかみ合いの喧嘩が始まった。魔法や武器を使わないだけまだ理性があるというべきか。

 

「仲がいいのはよろしいことデスネ」

「リチャード、僕は寝るから終わったら起こしてくれ」

「分かりましたデスネ」

 

 どこかずれているリチャード。マクベスは興味なさげに寝てしまう。

 そんな光景を少し離れたところでソーヤーと青鷺が見ていた。

 

「それで、お前はどうなんだ? 男とかいねーのか?」

「……私はまだ二十一だし大丈夫。そのうちできるよ」

(この根拠のない自信。こいつもダメそうだな……)

 

 ソーヤーは一人、やれやれと肩をすくめるのだった。

 

 

 一方、妖精の尻尾の面々はジェラール、ウルティア、メルディと再会を果たしていた。

 ジェラールたちはエクリプス計画のことについて教え、何か不穏なことがあればすぐに報告するように願い出た。その報酬として、ウルティアの進化した時のアークによって第二魔法源を解放。無事パワーアップに成功するのであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 大魔闘演武をいよいよ翌日に控え、フィオーレ王国の首都クロッカスは賑わいを見せている。

 人々が口々に話すのは優勝予想。

 絶対王者剣咬の虎(セイバートゥース)

 天狼組が帰還した妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 聖十のジュラとリオンがついに参戦する蛇姫の鱗(ラミアスケイル)

 第一回優勝メンバーの主力三人が再参戦する人魚の踵(マーメイドヒール)

 他にも青い天馬(ブルーペガサス)四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)など、今年は有力なギルドが力を入れている。

 剣咬の虎一強の時代は既に終わった。かつてない激戦が予想される大魔闘演武を前に、国中の人間が胸を高鳴らせるのであった。



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第三十五話 空中迷宮

 大魔闘演武は各ギルドが五人の代表を選出して競い合うものである。

 人魚の踵(マーメイドヒール)でも当然、代表メンバーの選考が行われた。結果、斑鳩、カグラ、青鷺、ミリアーナ、アラーニャの五人が選出されたのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 大魔闘演武前日、斑鳩は一人でクロッカスの町を散策していた。

 しばらく当てもなく歩いていると、ふいに声をかけられた。

 

「これは斑鳩殿、奇遇ですな」

「あら、ジュラはん」

 

 同じ聖十大魔導(せいてんだいまどう)の称号を持つ、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の魔導士ジュラであった。

 七年前の六魔将軍(オラシオンセイス)討伐の折りに知り合うことを初めとし、現在では聖十の会合でたびたび会う機会があるため斑鳩とジュラはそれなりに交流があった。

 ジュラは辺りを見渡し、ふむ、と呟いて言った。

 

「いつもの二人は一緒ではないのですかな」

「ああ、カグラはんとサギはんどすか。それなら、カグラはんはミリアーナはんと、サギはんはアラーニャはんとそれぞれ遊びに出かけてます。たまには同年代同士で交流するのもいいでしょう」

 

 斑鳩、カグラ、青鷺の三人でいる時間は非常に多い。遠征では長期に渡って一つ屋根の下で暮らしたりもしているのだ。たまには他のメンバーと交流の時間をとることも大事だろうという斑鳩の計らいであった。

 

「そういうジュラはんは?」

「ワシも同じようなもの。若い者の遊びについていくわけにもいきますまい。尊敬はされども、気を遣わせたくはないですからな。お互い、年配故の悩みといったところですか」

 

 そう言って笑うジュラをじと目で見る斑鳩。

 

「うち、まだ二十七なんどすが……」

「おっと、これは失礼をした」

 

 斑鳩の言葉にジュラが慌てて頭を下げる。それを見て斑鳩は溜息をついた。

 

「まあ、いいどす。それより、なぜ今になって大魔闘演武に参加を? やはり妖精の尻尾(フェアリーテイル)どすか?」

「いや、おばばが万年二位の状況に痺れを切らしたのだ。だが、確かに斑鳩殿の言う通り妖精の尻尾に触発されたこともいなめはせんな」

「やっぱり」

「だが――」

 

 ジュラは一度言葉をきるとにやりと笑う。

 

「お主と魔を競い合えるのが、一番の楽しみだ」

 

 ジュラからみなぎる戦意が溢れ出す。その尋常ならざる気迫に周囲の人々が何事かとざわめいた。

 対して、その戦意を直接向けられている斑鳩は何食わぬ顔で返答した。

 

「うちはジュラはんが自重してなければ毎年出てましたよ」

「はっは、それは損なことをしたものだ」

「それにいいんどすか?」

 

 我慢しきれず、斑鳩の口の端がつり上がる。ジュラ同様、戦意が気迫となって溢れ出す。

 

「うちに負けて、序列が入れ替わるかも知れまへんよ」

 

 現在、聖十大魔導の序列はジュラが五位、斑鳩が六位である。

 

「ふふ、それは恐ろしい」

 

 口にした言葉とは裏腹に、ジュラの表情に恐怖の色など欠片もない。

 お互いに好戦的な笑みを浮かべて見つめ合い、しばらくして示し合わせたようにその気迫を引っ込めた。

 

「少し興がのりすぎたか。人も集まってきたことだ。ワシはそろそろ退散するとしよう」

 

 周囲には人だかりが出来ていた。大魔闘演武前夜にして、聖十大魔導同士のにらみ合いが始まったのだ。大魔闘演武のファンとして見逃すまいと、大勢の人間が集まっていた。

 

「では、うちもこれで。当日は楽しみにしてますよ」

「うむ」

 

 そして、二人は互いに背を向け合ってその場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 その後、特にやることもなかった斑鳩は宿に帰ることにした。

 まだ日が落ちるには早い時間。部屋に戻ると、他の四人はまだ戻ってきてはいなかった。

 しばらく部屋で漫然と過ごす。日が落ち、辺りが暗くなってきた頃、ふいに部屋の扉がノックされた。

 斑鳩が扉を開けると、そこには見慣れた二人がいた。

 

「あれ、斑鳩だけかい?」

「おや、リズリーはんにベスはん。どうしたんどすか?」

「ちょっと様子を見に来たんだよ」

 

 リズリーとベスは同じ人魚の踵の魔導士だ。二人ともギルドではトップクラスの魔導士ではあるのだが、今回は惜しくも選考からは外れてしまったのである。

 斑鳩は二人が持っている大きな箱が気になった。

 

「それは?」

「これはアチキが育てたスイカだよ。みんなに食べてもらおうと思って持ってきたんだ」

「差し入れさ」

 

 そう言って蓋を開けるベスとリズリー。それを二人の後ろから覗き込む人影がいた。

 

「ほう、うまそうなスイカだな」

「しかもすごく大きい!!」

「あら、カグラはんにミリアーナはん。帰ってきたんどすか」

「ええ、青鷺にアラーニャもいますよ。丁度宿の前で合流したところです」

 

 カグラとミリアーナがどくと、後ろから青鷺とアラーニャが出てきた。もっとも、背の低い青鷺はベスの影に隠れて見えなかったが。

 

「大丈夫なの? ベスのつくる野菜は味がないじゃない」

「……とてもまずい」

「二人ともひどい! それはアチキが魔法で作った野菜の話しでしょ! これはちゃんと丹精込めて育てたんだから!!」

「ハハハ、アタシも一つもらって食べたから心配しなくて良いさ。スイカなめちゃいけないよ!」

「なめられてるのはスイカじゃなくてアチキだよう……」

 

 そう言って肩を落とすベスの姿にみんなで笑いあった。

 その後、全員で部屋にあがり夕食をとると、食後に七人でスイカを分け合う。ベスが言った通り、とても美味しいスイカだった。

 

「しかし、アタシたちまで夕食をもらって悪かったね」

「じゃあアチキたちは戻るけど。大魔闘演武中は応援に行くから頑張ってねー」

 

 そう言って、リズリーとベスは部屋を後にした。

 夕食の後片付けも終え、やることも特になくなる。そこで、カグラが首を捻りながら言った。

 

「しかし、参加者は指定された宿に十二時までに帰ることか……。一体どういうことなのだろうな」

 

 それは今回の大魔闘演武のルールブックに不自然に追加されている一文であった。

 

「……この部屋を調べてみたけど、特に不自然なことはなかったね」

「なんにせよ、十二時まで待つしかないんじゃないかしら?」

 

 アラーニャの言葉に、それもそうかとカグラが頷く。

 その後は思い思いに時間を過ごした。そうして、時計が深夜十二時を指したとき、大きな鐘の音が鳴り響く。どうやら町中に鳴り響いているようだ。

 

『大魔闘演武にお集まりのギルドの皆さん、おはようございます』

「この声は外か!?」

 

 斑鳩たちは即座に窓を開いてベランダに出た。

 クロッカスの町の上空に、かぼちゃ頭のマスコットキャラクターが大きく映し出されている。

 

『これより、参加チーム百十三を八つにしぼる為の予選を開始します!』

 

 カグラはその言葉を聞いて、眉間に皺を寄せて不可解だと口を開く。

 

「予選なんて私たちが参加した第一回にはなかったぞ」

「昨年までもそうさ。これまで予選なんて開かれたためしがない」

 

 カグラに視線を向けられてアラーニャが答える。

 その会話を聞いていたかのように、マスコットが道化のように踊りながら説明を始める。

 

『毎年参加ギルドが増えて内容が薄くなってるとの指摘をいただき、今年は八チームのみで行う事になりました。予選のルールは簡単!!』

「な。なんだ!?」

 

 そこで突然、宿が大きな音をたてて変形を始める。町を見れば、他の宿も同様に変形していっている。

 

『これから皆さんには競争をしてもらいます。ゴールは本戦会場ドムス・フラウ。先着八チームの本戦出場となります』

 

 斑鳩たちがいるベランダから空中に向かって道がのびていく。

 

『魔法の使用は自由。制限はありません。早くゴールした上位八チームのみ予選突破となります。ただし五人全員そろってゴールしないと失格。そ・れ・と、迷宮で命を落としても責任はとりませんので』

「命を落とすとは物騒な話しどすなぁ」

「……空中に何かできていく。あれが迷宮?」

 

 組み上がった道の先、夜空に大きな球体ができあがる。完成と同時、マスコットから号令がかけられる。

 

『大魔闘演武予選! 空中迷宮(スカイラビリンス)開始!!』

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 号令の後、斑鳩たちは即座に迷宮に突入した。本戦出場が百十三チーム中、たったの八チームだけなのだから急がなくてはならない。

 

「これは、まともに攻略しようとしたらかなり苦戦しそうどすなぁ」

 

 外から球状の迷宮を見た時点で分かっていたことではあるが、中は立体的で非常に複雑な形をしている。

 

「斑鳩殿の天之水分(あめのみくまり)で解けませんか」

「無理どすなぁ。迷宮全てを覆いきれまへんし、なにより覆えたところでどこがゴールなのかを見つけることも難しい」

「……それじゃ日が昇りそう」

「ならば、ここは私が」

 

 言って、カグラは五人にかかる重力を軽減した。

 

「すごい! 体がかるーい!」

「これなら、どんどん跳んでいけそうね」

 

 斑鳩と青鷺は割と馴れているが、ミリアーナとアラーニャは珍しいのか楽しげだった。

 

「とりあえずゴールである会場の方向に向かいましょうか」

 

 ぴょんぴょんと跳躍しながら、道なりを無視して会場がある方角へ向かっていく。

 途中、迷宮が回転したが重力変化を行えるカグラがいる以上、特に問題にはならなかった。他のギルドの襲撃を受けてもすぐに撃退していく。そして、当初の目的通り会場近くの迷宮の端まで到達した。

 

「とはいえ、この程度でクリアできるほど簡単ではありませんか」

 

 見渡してみるが、ゴールらしきものは見当たらなかった。

 

「うちの天之水分では、やはりどこがゴールなのかわかりまへん」

 

 天之水分で近くの迷宮の構造を把握するが、結局斑鳩の脳内で迷路を解くことはできなかった。

 

「……じゃあ、今度は私の番」

 

 青鷺が呟くと同時、周囲に何匹もの真っ黒な狼が出現する。

 

「……行け、影狼」

 

 青鷺の号令で狼たちは影となり地面に潜り込んで散開し、迷宮の各所へ進んでいった。

 影狼はこの七年で青鷺が身につけた新魔法である。

 影の狼が各所を移動し、近くの魔力の位置などを高精度で特定する。影狼自体が転移点となるため、影狼を使えば長距離を転移することも可能である。また、影狼自体も転移能力を持っているため、影狼が触れているものごと手元に転移させてくることも可能だった。燃費も良いが、戦闘能力がほぼゼロであることが弱点としてはあげられる。

 

「どうだ青鷺」

「……少し時間がかかりそう。集中するからしばらく待って」

 

 そう言って、青鷺は目をつむって座り込む。

 

「じゃあ、私たちが護衛だね!」

「これまで役にたってない分頑張らなくちゃね」

 

 そう言って張り切るミリアーナとアラーニャ。しかし、あまり力が入り過ぎてもいけないと思い、斑鳩は肩の力が抜けるように声をかけた。

 

「そこまで気負わなくても大丈夫どすよ。うちも全然役にたってまへんし」

「それは堂々と言うことじゃないんじゃない?」

 

 アラーニャが苦笑して答える。多少は肩の力が抜けたようだ。

 

「……ん」

 

 しばらくして青鷺が声を漏らした。すかさずカグラが声をかける。

 

「どうした、ゴールを見つけたか」

「……かもしれない」

「どういうことだ」

「……不自然な魔力反応がある」

「不自然?」

 

 青鷺の言葉に他の四人は首を捻る。

 

「……迷宮内の魔力反応はどれも五人一組になっていて、常に迷宮の中を動き続けている」

「だろうな。参加ギルドのチームが五人一組で行動しているのだろう」

「……けど、魔力反応がひとつだけしか感じない場所がある。しかもずっとその場から動かない」

「なるほど。そういうことか」

 

 そこまで聞いて、カグラは納得がいったと頷いた。他の三人は置いてきぼりだ。

 

「ゴールで役員ないし、誰かが待っているのかもしれないということだな」

「……その通り。しかも魔力は魔力持ちの一般人程度の大きさ。間違いないと思うよ」

「ああ、そういうことどすか」

 

 そこまで聞いて斑鳩、ミリアーナ、アラーニャの三人もようやく理解する。

 

「ならば早くそこに向かってくれ」

「……大丈夫、もう向かわせてる。――よし、着いた。跳ぶよ」

「へ?」

 

 青鷺以外の四人の足下を影が掴む。先ほどと同様、馴れていないミリアーナとアラーニャは驚くが、青鷺は構うことなく転移する。

 急に現われた斑鳩たちにカボチャ頭のマスコット、マトーくんが驚く一幕もあったが見事にゴール。

 人魚の踵は予選を二位で無事通過したのであった。




青鷺の新魔法〈影狼〉
・影でできた狼を作り出す。
・実体化、影化をそれぞれ行える。
・影狼自体が転移点になるため、利用することで長距離転移が可能。
・影狼自体も転移が出来る。触れているものごと転移することが可能。
・近くにある魔力を詳細に探知できる。
・消費魔力は少ないが、戦闘能力はほぼゼロ。


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第三十六話 隠密

記憶造形に関する独自解釈を多分に含みます。


 大魔闘演武当日、会場は大歓声に包まれていた。

 

『今年もやってきました! 年に一度の魔法の祭典、大魔闘演武!!』

 

 やがて開幕の時間が迫り、実況の声が会場に拡声される。

 実況はチャパティ・ローラ、解説は元評議員であるヤジマによって行われる。

 日替わりで呼ばれるゲスト席には青い天馬(ブルーペガサス)のジェニー・リアライトが腰をかけていた。

 

『さあ、いよいよ選手入場です』

 

 チャパティの口上とともに続々と選手が入場してくる。

 

 

 予選八位通過。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチーム。メンバーはナツ、グレイ、ルーシィ、エルザ、エルフマン。

 

 予選七位通過。

 四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)。メンバーはロッカー、ウォークライ、イェーガー、ノバーリ、セムス。

 

 予選六位通過。

 青い天馬(ブルーペガサス)。メンバーは一夜、ヒビキ、イヴ、レン、謎のうさぎの着ぐるみ。

 

 予選五位通過。

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)。メンバーはジュラ、リオン、シェリア、トビー、ユウカ。

 

 予選四位通過。

 大鴉の尻尾(レイヴンテイル)。メンバーはアレクセイ、オーブラ、フレア、クロヘビ、ナルプディング。

 

 予選三位通過。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチーム。メンバーはラクサス、ミラジェーン、ガジル、ジュビア、フリード。

 

 予選二位通過。

 人魚の踵(マーメイドヒール)。メンバーは斑鳩、カグラ、青鷺、ミリアーナ、アラーニャ。

 

 予選一位通過。

 剣咬の虎(セイバートゥース)。メンバーはスティング、ローグ、オルガ、ルーファス、ユキノ。

 

 

 以上で出場ギルドが出揃った。中でも、剣咬の虎が入場したときには一際大きい歓声があがり、その人気の程が見て取れる。

 斑鳩、カグラ、青鷺、ミリアーナの四人はその剣咬の虎のメンバーを見て、ひそひそと小声で言葉を交わす。

 

「あれが、ソラノはんの妹どすか?」

「……あんまり似てないね」

「姉妹と言っても双子ではないのだ。そんなものだろう」

「みゃあ。でも、あの綺麗な白い髪は一緒だよ」

 

 アラーニャは何の話しかわからず首を傾げている。

 

「なんでしょう、あの方たち……」

 

 ユキノもまた斑鳩たちの視線に気が付いて、怪訝そうに眉間に皺を寄せた。いずれともどこかで知り合った覚えはなかった。

 

『では、皆さんお待ちかね。大魔闘演武のプログラム発表です!』

 

 闘技場の中心に巨大な石版が出現する。そこには次のように記されている。

 

 

 DAY1 hidden+battle

 DAY2 ???+battle

 DAY3 ???+battle

 DAY4 ???+TAG battle

 DAY5 ?????? 

 

 

 一日に競技とバトルをそれぞれ行う形である。

 競技では一位から八位まで順位がつき、順位に応じて次のようにポイントが振り分けられる。

 

 

 一位 10ポイント

 二位 8ポイント

 三位 6ポイント

 四位 4ポイント

 五位 3ポイント

 六位 2ポイント

 七位 1ポイント

 八位 0ポイント

 

 

 また、競技パートでは自由にメンバーを選出することができる。

 続いて、バトルパートではファン投票の結果などを考慮して主催者側でカードを組むらしい。

 

 

 Aチーム vs Bチーム

 Cチーム vs Dチーム

 Eチーム vs Fチーム

 Gチーム vs Hチーム

 

 

 このように一日四試合が行われ、勝利チームに10ポイント、敗北チームに0ポイント、引き分けの場合は両者5ポイントが入るようになっている。

 

『では、これより大魔闘演武オープニングゲーム”隠密(ヒドゥン)”を開始します。参加人数は各チーム一名。ゲームのルールは全選手出揃った後に説明します』

 

 一通りのルール説明が終わり、いよいよ競技を行う段となる。

 

「ふむ、競技に出るメンバーはこちらで決めて良いと言うことどすがどうします? ルールは直前までは分からないみたいどすが」

「……私が行くよ。字面的に私が適任そうだから」

 

 青鷺が一歩前に出た。他の面々からも反対はない。

 

「青鷺、思う存分やってこい」

 

 カグラが激励の言葉を送る。それに続くように他の三人からも応援の言葉をかけられ、青鷺はしっかりと頷いた。

 他のチームも選出が終わり、参加者は闘技場の中心で一堂に会する。

 

 

 剣咬の虎、ルーファス。

 人魚の踵、青鷺。

 妖精の尻尾B、ジュビア。

 大鴉の尻尾、ナルプディング。

 蛇姫の鱗、リオン。

 青い天馬、イヴ。

 四つ首の猟犬、イェーガー。

 妖精の尻尾A、グレイ。

 

 

 以上の八人が参加者である。

 青鷺が立っていると、リオンとジュビアと三人でなにやらもめていたグレイが、逃げるように青鷺の近くに寄って来た。

 

「よう、お前にはまだ楽園の塔での借りが返せてなかったな」

「……借り? 私が負けてたと思うけど」

「あんなのは勝ちに入るかよ。ショウと二対一だったんだ。今回は覚悟しておけよ」

「……そっちこそ、七年での私の成長にビビるといい」

「そりゃ楽しみだ」

 

 ところで、と青鷺はグレイの隣に目を向ける。そこには先ほどからジュビアが頬を膨らませて嫉妬の視線を送ってきていた。ジュビアから逃げるように青鷺に寄っていったのだ。当然のリアクションであった。

 

「……私をいざこざに巻き込まないで欲しいんだけど」

「ああ……悪い」

 

 グレイがさっと目をそらす。

 その後、ナルプディングから二人いる妖精の尻尾が有利ではないかと抗議があがるが、特にとりあってはもらえなかった。

 運営側としては、百チーム以上の中から二チーム残ることは非常に困難であり、それを果たしたことによって与えられる当然のアドバンテージであるとの見解である。ナルプディング以外の参加メンバーからも別にかまわないと言われ、ナルプディングは舌打ちを一つして引き下がった。

 

『フィールドオープン!! カ、カボ』

 

 マトーくんの号令とともに、闘技場に町並みが具現されていく。

 同時に参加者は別々の場所に転送された。

 

『会場の皆さんは街の中の様子を魔水晶(ラクリマ)ビジョンにてお楽しみください』

 

 観客たちに様子が伝わるよう、空中に画面が映し出され、各魔導士の様子が中継される。参加している八名は互いの様子を知ることはできない。

 

『隠密のルールは簡単。互いが鬼であり追われる側なのです』

 

 実況のチャパティによって競技のルールが説明されていく。

 具現化された街の中で互いを見つけ、一撃を与える。ダメージの有無を問わず、攻撃を与えた側が一ポイントを獲得する。また、他の魔導士にやられてしまった場合は一ポイント減点されてしまう。

 ここまで説明されたところで、街中に参加者八人のコピーが大量に出現した。

 間違えてコピーを攻撃してしまった場合も一ポイントの減点となるらしい。

 

『さあ消えよ、静寂の中に! 闇夜に潜む黒猫が如く!! 隠密開始!!!』

 

 チャパティの声とともに、競技開始の銅鑼が大きく鳴らされた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「グ、グレイ様がいっぱい! これだけいるんだから一人くらいジュビアがもらっても……」

 

 ジュビアは本物そっくりのグレイのコピーを前に目をハートにしていた。

 

「グレイ様~ん。──きゃうん!!」

 

 ジュビアがグレイのコピーに抱きつくと、ブザーとともに得点をマイナス一ポイントされてしまう。

 

『この場合、10秒後に別エリアからリスタートになります。他の魔導士にやられてしまった場合も同様です』

 

 実況からルールの補足が入った。

 

「この競技、隠れるより見つける方が難しいだろ」

 

 グレイは街を走り回り、他の魔導士たちを捜索していた。

 

「いやいやいや、ルールは早めに理解しておいた方がいいでサー」

「誰だ!?」

「大鴉の尻尾、ナルプディング」

「てめえの方からやってくるとはな。見つける手間がはぶけたぜ! 氷鎚(アイスハンマー)!!」

 

 グレイが現われたナルプディングに攻撃を加える。しかし、ブザーとともにグレイの得点がマイナスされ、別エリアからリスタートされる。

 ナルプディングは自分のコピーの後ろに隠れ、コピーが本物であるかのように見せかけたのである。つまり、グレイが攻撃したのはコピーだったのだ。

 

(くそ、やっちまった! 自分のコピーをうまく利用して敵に近づく。奴のような作戦も有効だが、もし敵を特定できたら不意打ちも可能。そして、こちらがコピーのふりをしていれば特定されることもない。これが隠密……)

 

 グレイ同様、多くの魔導士がコピーの中に紛れ込む。

 観戦者たちが膠着状態に陥ったかと思ったとき、一人が動く。

 青鷺であった。

 

(……うん。この競技、だいたい把握した)

 

 コピーたちの間を縫い、影がうごめく。探知能力を持つ影狼はコピーに惑わされることなく、本物に向かっていく。

 

「な、なんだ!?」

 

 参加者たちが足下にちくりとした痛みを感じたときにはもう遅い。一ポイントの減点とともに別エリアからリスタートされる。

 

(……ダメージの有無を問わないのがいい。ただ、一人逃したか)

 

 これで青鷺に追加されたポイントは六ポイント。仕留め損ねたのは誰なのか、影狼が取得している情報を共有できる青鷺は理解している。剣咬の虎のルーファスである。

 

「影狼、記憶。そして忘却」

 

 その言葉を紡ぐと同時、影狼は消滅してしまった。

 

(……魔法を消された。けど、他の影狼は消えていない。忘却と言っていたけれど、私が影狼自体を使えなくなるわけではないらしい。でも、消すなんて造形魔法の範疇を超えているように思えるけど)

 

 ルーファスの記憶造形(メモリーメイク)は謎が多い。考察を進めている間に、街でまた動きがあった。

 

「この競技、私の一人勝ちだと思ったのだが、もう一人厄介なのがいるようだ」

 

 そのルーファスが街でも一際高い建物の上に姿を現す。

 これでは参加者全員から狙われてしまう。突然の暴挙に唖然とする観衆の中、ルーファスは悠然と構えている。

 

「私は憶えているのだ。一人一人の鼓動、足音、魔力の質」

 

 ルーファスは両手の人差し指と中指を立ててこめかみに当てる。

 

「記憶造形、星降ル夜ニ」

 

 雷光が空を走り、たがうことなく魔導士たちに降りかかる。

 それを避けたのはナルプディング。

 

「ヒヒヒ、あんたは目立ちすぎでサァ」

 

 即座にルーファスを狙い殴りつける。しかし、ルーファスは霞のように消えてしまい、ナルプディングの拳は空をきった。

 

「しまった! コピーか!!」

「安心したまえ、それは私がそこにいた記憶。私に模型(デコイ)は必要ない」

 

 ナルプディングの後ろに出現したルーファスが攻撃を加え、ポイントをゲットする。これで、ルーファスの獲得ポイントは六ポイント。全員倒したとしたら一ポイント少ない。

 そう、ナルプディングの他にもう一人星降ル夜ニを躱した魔導士がいた。

 

「本当に厄介だね。剣咬の虎に敗北は許されないというのに」

 

 ルーファスの涼やかな顔がほんの僅かに歪んだ。

 躱したのは青鷺である。光を目視すると同時、近くにいた影狼のところへ瞬時に転移。なんなく躱してみせたのだ。

 そのルーファスを囲むように、今度は五匹ほどの影狼が迫る。だが、ルーファスは詳細に探知している。

 その場で空中に飛び上がる。目下には空中のルーファスを追うために実体化した影狼たち。

 

「記憶造形、荒ブル風牙ノ社」

 

 ルーファスの巻き起こした竜巻が影狼たちを蹴散らした。

 

(……今度は影狼を消さなかった。一匹ずつじゃないと消せない?)

 

 ルーファスは着地と同時、青鷺がいる方向に視線を向けた。そして再び魔法を発動する。

 

「記憶造形、輝ケル閃光ノ矢」

 

 今度は真っ直ぐに、青鷺めがけて閃光が走る。しかし、それも別の影狼の場所へ転移することで躱してしまう。

 

「──これも躱すか。今のは私の記憶する中で最速の魔法だったんだけどね」

 

 ルーファスの頬を汗が伝う。少し焦りが出てきていた。

 ルーファスの魔法を避けた青鷺は記憶造形について考察を進め、既に仮説を立てていた。

 

(……恐らく、自分の記憶の中から目にした魔法を消去。その記憶を現実に形にすることで魔法を消している。ただし、制限もある。一回につき消せる魔法は一つだけ。そして、瞬間移動のような魔法は消しようがない。使っている記憶造形という名称から恐らく記憶にある魔法を使っている。迷うことなく私だけを狙ってきたことから、同じ魔力を持つはずの影狼と私とは区別できているはず)

「記憶造形、星降ル夜ニ」

「……またか」

 

 再び雷光が降り注ぐ。しかし、今度は青鷺個人を狙ったもの。青鷺、そして街にいる全ての影狼に向けられていた。

 

「これまで、君は影狼のいる場所にしか転移していないと記憶している」

 

 青鷺は影狼の探知で、全ての影狼に雷光が迫っていることを即座に把握。ルーファスの狙いも見抜く。だが、そこに慌てる様子はない。

 

「……読み違えたね」

「何!?」

 

 青鷺は短距離転移(ショートワープ)で簡単に躱してしまった。青鷺が今まで影狼に転移していたのはその方が魔力消費が抑えられるからにすぎない。

 青鷺はすぐにやられた分の影狼を出現させて補充すると、再び街中に散開させた。そして、青鷺は転移使う。

 

「消えただと?」

 

 ルーファスが青鷺の反応を見失う。転移を発動したところまでは補足していた。だが、転移発動後、街に青鷺の反応が現われなかったのだ。

 動揺しているルーファスのもとに、今度は十匹もの影狼が襲ってきた。考える暇を与えまいという青鷺の意図である。

 

「くっ、記憶造形、荒ブル風牙ノ社」

 

 先ほど同様に竜巻が影狼を蹴散らした。だが、数が多かったせいか一匹だけ討ち漏らした。

 

「影狼、記憶。そして忘却」

 

 一匹だけなら消した方が早い。そのルーファスの判断は結果を見れば安易であったと言える。影狼は消滅、その中から青鷺が現われた。

 影狼の内部に転移することでルーファスの探知をかいくぐったのだ。

 

「くっ、記憶造──」

「……遅い」

 

 青鷺の一撃をもらい、ルーファスは一ポイントの減点とともに別エリアからのリスタート。

 記憶造形は思考で魔法をくみ上げる性質上、発動までの時間が多少かかる。その上、冷静な思考が求められるため少しの動揺が命取りになるのだ。それを読んでの奇襲であった。実際、ナルプディングのときのように幻影を作ることもできなかった。

 これで青鷺が七ポイント、ルーファスが四ポイントで越されてしまう。

 

「まずい、このままではマスターになんと言われるか……」

 

 最低限、一位だけはとらなければならない。その焦りの中でルーファスが選択する。

 

「記憶造形、星降ル夜ニ!」

 

 他の魔導士から六ポイントをとり、順位だけでも青鷺を越えようとしたのである。

 

「……それは、悪手だよ」

 

 青鷺は雷光を見て呟いた。

 

「同じ手を二度もくらうかよ!」

「バカな! 避けただと!?」

 

 星降ル夜ニは上空に光を目視してから二秒以内に緊急回避でかわすことが可能。しかし、それを知らずとも一度やられているのだ。歴戦の魔導士であれば目視して即座に回避行動に移ることなど当然であった。加えて、青鷺の影狼を潰すために発動した際に観察されたことも大きい。

 結果、直撃を受けたのは四つ首の猟犬のイェーガー一人だけ。

 

「……おこぼれはもらうよ」

 

 そして、緊急回避をしてできた隙を青鷺は見逃さない。各魔導士をつけさせていた影狼の攻撃で五ポイントを獲得する。これで青鷺は十二ポイント、ルーファスは六ポイントである。

 その後、二人のポイントは硬直。他六人の間でポイントが変動していった。

 そして、そのまま制限時間を迎え、実況の興奮したような声が響いてくる。

 

『ここで終了! これが初代王者の実力か! 予想を覆し、人魚の踵が首位に立った!!!』

 

 波乱の幕開けに、場内に大歓声が轟く。最終順位は次のようになった。

 

 

 一位 “人魚の踵”青鷺

 二位 “剣咬の虎”ルーファス

 三位 “大鴉の尻尾”ナルプディング

 四位 “蛇姫の鱗”リオン

 五位 “青い天馬”イヴ

 六位 “四つ首の猟犬”イェーガー

 七位 “妖精の尻尾B”ジュビア

 八位 “妖精の尻尾A”グレイ

 

 

 剣咬の虎が敗北した衝撃からか、最下位の妖精の尻尾に対する嘲笑はほとんどなかった。だからといって、グレイの悔しさはなにも変わらない。

 拳を壁に叩きつける。それは、不甲斐ない己への怒りの発露であった。

 

「大鴉の尻尾、造形魔導士、青鷺……。この借りは必ず返す」

 

 一方、青鷺は大歓声に迎えられていた。

 

「さすがはサギはんどすな」

「みゃあ! 一位なんてすごい!」

「まさか、あのルーファスを手玉にとるなんてねえ」

 

 斑鳩、ミリアーナ、アラーニャが大喜びで迎えいれる。

 

「ふふ、青鷺ならば当然の結果だな」

 

 カグラも腕を組んで、誇らしげに頷いている。

 それらを見て、青鷺は口元を綻ばせた。だが、同時に疲労の色も濃かった。

 

『いやあ、ヤジマさん。剣咬の虎がまさかの二位という結果でしたが、この戦いをどう見ますか』

『魔導士としての力量でいえば、ルーファスくんも青鷺くんに負けていなかった。むしろ勝っていると言ってもいいんだけどね。それを補って余りあるほど、青鷺くんが上手く戦ったという印象だね』

 

 解説の言葉が聞こえてくる。

 

「実際はどうだったんだ?」

「……かなり強かった。バトルパートじゃなくて良かったよ。競技中も結構綱渡りだったしね」

 

 青鷺はカグラの問いに頷いた。そして競技を振り返る。

 青鷺はルーファスと六ポイントで並んだ後、ルーファスが青鷺にこだわらずに他の参加者を狙い、ポイントを稼がれていたら不利だったとみている。

 影狼ではリスタートした魔導士を再捜索しなければいけないのに対し、ルーファスは常に魔導士の位置を補足している。また、影狼一辺倒の青鷺に対して、ルーファスの記憶造形は多彩である。実際、後半では影狼は警戒されてポイントが取れていない。

 これらの理由から、ポイントの取り合いになったときに青鷺の方が不利なのだ。なので、勝つためにはルーファスの意識を青鷺に向けさせる必要があった。それで煽りでもいれようとかと思ったのだが、幸運なことに何をするでもなくルーファスは青鷺にこだわった。

 

(……王者のプライドか、それとも負けられないプレッシャーか)

 

 青鷺は観客席の一角に目を向ける。先ほどから感じる威圧感のもとを辿ると、剣咬の虎のマスター・ジエンマが射殺さんばかりに睨んできている。

 

(……なんにせよ、一番大きな勝因はルーファスに心の隙があったことかな)

 

 青鷺は心の中で一つ呟くと、興味なさげにジエンマから視線をきった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 競技パート終了後、すみやかにバトルパートが始まった。

 

 

 第一試合は“妖精の尻尾A”ルーシィvs“大鴉の尻尾”フレアである。

 ここで一つの事件が起こる。戦いの最後、大魔法を放たんとしたルーシィの魔力がかき消されたのである。

 

「斑鳩殿」

「ええ」

 

 斑鳩は不快そうに呟くカグラに頷いた。あまりに不自然であり、外からの介入があったとしか考えられない。

 

「この試合、どうにか出来ないのでしょうか」

「難しいどすな。一応運営側に抗議は出しますが、魔法を使った痕跡を一切感じさせまへんでした。証拠不十分ではねのけられるだけでしょうな」

 

 そう言って、斑鳩は観戦する大鴉の尻尾のメンバーたちを見る。状況から、介入したのが大鴉の尻尾の誰かなのは間違いない。だが観衆の中、痕跡を見せずに魔力を消してしまう所行ははっきり言って異常である。

 

(いったい何者?)

 

 結局、抗議を出したものの、斑鳩の予想通り証拠なしとしてはねつけられた。こうして第一試合は後味悪く終わってしまうのであった。

 

 

 続く第二試合、“青い天馬”レンvs“人魚の踵”アラーニャ。

 

「去年より腕を上げたようだなアラーニャ」

「あの天馬が女を攻撃してもいいのかしら? レンちゃん」

 

 アラーニャが糸魔法で蜘蛛の糸のような粘着性の糸を出し攻撃するが、それをレンは巧みに躱す。

 

「エアリアルフォーゼ!!」

「うああああ!」

 

 アラーニャが捕えられずにいる間にレンの大魔法が炸裂。アラーニャの敗北となった。

 

「ごめんよ青鷺。せっかく競技で一位をとってくれたのに」

「……まだ一日目だし。切り替えていこう」

 

 結果、人魚の踵は一日目10ポイントで終了する。

 

 

 第三試合、“四つ首の猟犬”ウォークライvs“剣咬の虎”オルガ

 この勝負はウォークライをオルガが一撃で倒してしまう。これで剣咬の虎のポイントは18ポイント。首位を確定させ、王者としての面目を立たせることに成功した。これには剣咬の虎のファンも大歓喜であった。

 

 

 そして、第四試合。“蛇姫の鱗”ジュラと“妖精の尻尾B”フリードの名前がコールされた。

 

「こいつァついてねえな」

「あのジュラとぶつかっちゃうなんて」

「そんなに強ェのか、あの坊主」

「私とエルザの二人がかりでも勝てるかどうか」

 

 いまいちジュラの実力を知らないガジルに反し、ラクサスとミラはよく知っている。

 

「相手は強大。だが、雷神衆隊長として、妖精の尻尾の名を背負うものとして、無様な戦いだけはしないと誓おう」

「おう、全力で戦ってこい」

「ああ」

 

 ラクサスに頷いて闘技場に向かうフリード。そこでは既にジュラが待ち構えていた。

 

「個人的には妖精の尻尾にはがんばってほしいが、うちのマスターがうるさくてのう。すまぬが手加減はせぬぞ」

「望むところだ」

 

 会話を交わすと同時、試合開始の銅鑼が鳴る。

 

闇の文字(やみのエクリテュール)──」

 

 瞬間、フリードが見たのは高速でせまるジュラの掌底。それを最後にフリードの意識は暗転した。

 

「──悪いな」

 

 そして、会場にジュラの勝利が宣言される。

 

「マジかよ……」

 

 誰よりもフリードの実力を知っているラクサスが思わず呟いた。確かに、フリードは使う魔法、術式や闇の文字の性質上よーいどんで始まるバトルパートは得意とは言えない。それでも、まさか一撃で倒されるなど予想も出来ない。

 観衆から妖精の尻尾への嘲笑が響く。だが、この試合の意味を理解しているものがどれだけいるのだろうか。

 

「これは、想像以上どすな……」

 

 斑鳩もその一人である。己の中に、僅かながら戦慄の念が浮かんだのを認めないわけにはいかなかった。

 

 

 こうして、大魔闘演武一日目が終了する。総合順位は次のようになった。

 

 

 一位 剣咬の虎 18P

 二位 大鴉の尻尾 16P

 三位 蛇姫の鱗 14P

 四位 青い天馬 13P

 五位 人魚の踵 10P

 六位 四つ首の猟犬 2P

 七位 妖精の尻尾B 1P

 八位 妖精の尻尾A 0P

 

 

 人魚の踵は総合順位五位で一日目を終了するのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ王の居城、華灯宮メルクリアス。

 その一室で、ヒスイ姫は遠く歓声が届いてくるドムス・フラウを眺めていた。

 

「大魔闘演武、もしあの方の言うことが本当ならば……」

 

 ふと、六年ほど前のことを思い出す。

 王城の警備をかいくぐってきた者たち。世間に大犯罪者として知られる彼らはしかし、誰よりも世界の安穏を求めて動いていると印象を持った。

 

『最終手段としてエクリプスを残しておくのは構いません。しかし、安易に扉を開くことだけは絶対にないようにお願いいたします』

 

 あの時、真摯な青年の言葉にヒスイは頷いた。しかし、

 

「今こそ、開かねばならない時かもしれません」

 

 その呟きは、誰にも拾われることはなかった。

 




三十二巻巻末風ステータス表。
※あくまでジェイソン記者が取材結果から独断で評価したものであり、実際とは異なる場合があります。

○斑鳩
攻撃力:COOL 防御力:5 スピード:COOL 知性:3 無月流:COOL

○カグラ
攻撃力:5 防御力:COOL スピード:COOL 知性:5 COOL:COOL

○青鷺
攻撃力:3 防御力:3 スピード:4 知性:COOL 身長:2

○ミリアーナ
攻撃力:2 防御力:3 スピード:4 知性:2 ネコネコ:5

○アラーニャ
攻撃力:3 防御力:3 スピード:4 知性:3 ピッタリスーツ:5

原作をお持ちの方は三十二巻巻末と見比べてみてもおもしろいかも。


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第三十七話 戦車

 大魔闘演武二日目。

 実況と解説は前日と変わらず、ゲストには週刊ソーサラーの記者であるジェイソンが迎えられていた。

 二日目の競技パートは戦車(チャリオット)

 この競技は連結された戦車の上から落ちないようにゴールを目指すというもの。足下の戦車は常に動いており、一瞬の気の緩みがミスへと繋がる。もし落ちてしまったらその時点で失格である。

 

 

 剣咬の虎(セイバートゥース) スティング

 大鴉の尻尾(レイヴンテイル) クロヘビ

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル) ユウカ

 青い天馬(ブルーペガサス) 一夜

 人魚の踵(マーメイドヒール) ミリアーナ

 四つ首の猟犬(クワトロケルベロス) バッカス

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)B ガジル

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)A ナツ

 

 

 以上がこの競技の参加者たちである。

 

『クロッカスの観光名所を巡り、ゴールであるここ、ドムス・フラウに一番に到着するのはどのチームか!? 会場のみなさんには魔水晶映像(ラクリマビジョン)にてレースの様子をお届けします』

『COOL!!』

 

 盛り上げようと声を張り上げる実況のチャパティと雄叫びをあげるジェイソンをよそに、映像を見ている会場の観客たちは総じてぽかんとした表情をしていた。

 先頭からはるかに離れ、最後尾ではナツ、ガジル、スティングの三人がグロッキーになりながら走っていた。

 

『これは一体どういうことでしょう、ヤジマさん』

『三人に共通する何かがあるのかねえ』

『COOL!!』

『あの、ジェイソンさんうるさいです……』

 

 実況の三人も困惑しているようだった。

 それを聞いてカグラが口を開く。

 

「共通点といえば、全員滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)ということでしょうか」

「そういえば、エリックはんも随分と前に乗り物に乗れなくなってましたな」

「……滅竜魔導士も大変だね」

 

 魔女の罪(クリムソルシエール)に所属する毒の滅竜魔導士であるエリック。彼は七年前まで平気で魔導二輪を乗りこなしていたが、今ではそんなことはとてもできない。移動の際は他のメンバーに無理矢理連れて行かれる形である。

 

「それはさておき、ミリアーナはんはどうでしょうか」

 

 そう言って、斑鳩たちは先頭集団を映している映像に目をやった。

 現在、先頭を走っているのはクロヘビ。その後ろでユウカ、一夜、ミリアーナが熾烈に争っている。そこからさらに少し遅れてバッカスが走っていた。

 

「波動ブースト! この衝撃波の中で魔法は使えんぞ!!」

 

 ユウカの魔法である波動。手から放つそれはあらゆる魔法を中和・無効化する。

 しかし、ミリアーナの魔法、縛った者の魔法を封じる力を持つネ拘束チューブは道具として存在しているため使用自体は問題なくできる。

 

「でも、この衝撃波のせいで届かないよ……」

 

 波動は物理的な威力も持つ。どうあがいてもユウカには届かなかった。

 

「なら、隣を狙うまで!!」

「メェーン!」

「ごめんね、お先に!」

 

 ミリアーナはユウカを越すのを諦め、併走していた一夜を脱落させることにした。拘束を受けた一夜は転がり、ミリアーナに置いて行かれる。

 しかし、ミリアーナも衝撃波の中での拘束だったため、縛りが甘くなってしまった。一夜はもぞもぞと動き、なんとか懐から二本の円筒状の容器を取り出した。

 

「力の香り(パルファム)、そして俊足の香り零距離吸引!」

 

 一夜の魔法、香り魔法(パルファムマジック)は事前に用意してある様々な特殊効果を持つ香りを駆使するもの。したがって、一夜が魔法を封印されたところで問題はなかった。

 筋骨隆々となった一夜は拘束を破るともの凄いスピードで走り出す。

 

「とぉーう!!」

「みゃあ!」

「何ィ!」

 

 一夜はなんと、波動の衝撃波すら乗り越え三人の中では一番前に出た。

 

「ほぉう、がんばってるなぁ。魂が震えてくらァ。オレも少しだけがんばっちゃおうかなァ」

 

 三人の攻防を見ていたバッカスが立ち止まると、大きく足を振り上げた。

 

「よいしょォォォォォ!」

 

 バッカスが足を振り下ろすと、乗っていた戦車が勢いよくつぶれてしまう。そして、連結されていた影響で隣接していた戦車が跳ね上がり、どんどんとその波が伝播していく。

 

『こ、これは! バッカスのパワーで戦車が崩壊!!』

 

 バッカスのすぐ近くで争っていた三人は跳ね上がる戦車のために転倒。

 

「おっ先ィ!!」

 

 それを先ほどまでとは比べものにならないスピードでバッカスが追い抜き、さらには先頭にいたクロヘビをも抜いて一位でゴールする。

 クロヘビはその後を二着でゴール。

 ユウカ、一夜、ミリアーナもすぐにレースを再開する。しかし、結局ミリアーナはユウカの波動に阻まれ抜けずじまい。一夜はスタミナ切れのため最後の最後でユウカに抜かれてしまうが、それでもミリアーナに抜かれることは避けることが出来た。

 最後尾の滅竜魔導士三人はというと、スティングが棄権をして脱落。ナツとガジルは仲間の為と執念でゴール。その執念に、観客の反妖精の尻尾の雰囲気が変わり始める。

 

 

 一位 “四つ首の猟犬”バッカス

 二位 “大鴉の尻尾”クロヘビ

 三位 “蛇姫の鱗”ユウカ

 四位 “青い天馬”一夜

 五位 “人魚の踵”ミリアーナ

 六位 “妖精の尻尾A”ナツ

 七位 “妖精の尻尾B”ガジル

 八位 “剣咬の虎”スティング

 

 

 以上が二日目の競技、戦車の結果である。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 続いて、バトルパートである。

 第一試合は“大鴉の尻尾”クロヘビ vs “蛇姫の鱗”トビーの戦い。

 クロヘビは超麻痺爪メガメガクラゲで攻勢をかけるも、クロヘビはゆうゆうと躱し、擬態(ミミック)で闘技場の砂に擬態して翻弄。さらに擬態した砂の魔法を駆使して圧倒した。

 試合後、クロヘビはトビーが大切にしていた靴下を破り裂く。その非道な所行に静まりかえる場内に、大鴉の尻尾の笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 第二試合は“妖精の尻尾A”エルフマン vs “四つ首の猟犬”バッカス

 バッカスが使う魔法は手のひらに魔力を収束するオーソドックスなものである。それを身につけた武術でもって最大限活用するのがバッカスの戦闘スタイルである。

 バッカスとエルフマンの力の差は歴然。一方的に殴られ続けるエルフマンであったが、鱗に無数の棘を持つリザードマンを接収(テイクオーバー)する。バッカスの腕が壊れるのが先か、エルフマンの鱗が壊れるのが先か、我慢勝負に持ち込んだのである。

 結果はエルフマンの辛勝。見事大金星をあげたのであった。

 なお、試合中に行われた賭けにより、“四つ首の猟犬”のギルド名は大会中“四つ首の仔犬(クワトロパピー)”と変わることになったのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 妖精の尻尾に与えられた医務室。

 そこでは、重傷を負ったエルフマンが包帯だらけになりながらベッドで横になっていた。

 

「私はエルフマンという(おとこ)を少々みくびっていたようだな。その打たれ強さと強靱な精神力は我がギルド一かもしれん。エルフマンのつかみとった勝利は必ず私たちが次に繋ごう」

「エルザにそこまで認めてもらえるなんてね」

「それだけのことをしたってことだ」

「いや、マジで震えたぞエルフマン!!」

 

 エルザ、ルーシィ、グレイ、ナツ。Aチームのメンバーがエルフマンの戦いぶりを称えていく。それほど、エルフマンの戦いぶりは素晴らしいものだったのだ。

 

「よせよ、死者を惜しむようなセリフ並べんのは。痛てて……」

 

 ベッドのエルフマンをリサーナが看病する。

 ウェンディがエルフマンを覗き込むようにして言った。

 

「本当にすごかったですよ」

「情けねえがオレはこの様だ。後は任せたウェンディ」

「はい!」

 

 ここからはリザーブ枠を使い、重傷のエルフマンに変わってウェンディが出場することになる。大金星をあげたエルフマンに変わるとあって、ウェンディのやる気も一際大きくなっている。

 ポーリュシカがナツたちの退室を促す。

 

「さ、次の試合が始まってる。さっさと行きな。敵の視察も勝利への鍵だよ」

「ばっちゃん、気をつけてな」

 

 ナツがポーリュシカを気遣う言葉をかける。

 実は第二試合の最中、医務室にいたウェンディ、シャルル、ポーリュシカが山賊ギルドにさらわれかける事件が発生した。幸い、戦車で乗り物酔いをしたナツが休息をとっていたおかげで、すぐに奪還することはできたのだ。

 

「安心しな。ここはオレたち雷神衆が守る」

「術式にて部外者の出入りを禁じよう」

「もう二度とここは襲わせないわ」

 

 それを受けて雷神衆が医務室の警護に就くこととなった。雷神衆の実力は妖精の尻尾のメンバーであればよく知るところであり、信用がおける。

 しかし、そこでルーシィがあれ、と首を捻る。

 

「なんでフリードがここにいるのよ。Bチームは?」

「あ」

 

 ルーシィの問いかけにエバとビックスローがやっちまったと顔をしかめた。

 フリードが肩を震わせ、悔しそうに拳を握りしめる。

 

「ぐぬぬ……、オレは妖精の尻尾の名を背負いながらあのような無様をさらしてしまった。しかもラクサスと同じチームで! もう、オレにはラクサスと肩を並べる資格など……」

「だからあれは仕方ねえって! ラクサスも言ってただろ!!」

「いや、やはりここは責任をとらねば。かくなる上は頭を丸めて」

「やめなさいってば! ちょっと、折角慰めたのに掘り返さないでくれる!?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 その後、荒れるフリードをなんとか静め、ポーリュシカとエルフマン、雷神衆以外は医務室を後にした。

 観覧席に向かう通路を歩きながらルーシィが口を開いた。

 

「でも、フリードがもう出ないなんて少しもったいないんじゃない? いや、警護に回ってくれるのは頼もしいんだけどさ」

「そうだな。だが、フリードは人一倍責任感が強い男だ。このまま出続けても気負い過ぎて実力が発揮できんかも知れん。無理にBチームに引き留めなかったのは、そうしてさらに落ち込むよりは、医務室の警護で活躍してもらった方がフリードの精神的にもいいだろうというラクサスの気遣いかも知れんな」

「ラクサスが気遣い?」

 

 あまりラクサスが気を遣うイメージが湧かないのか、ルーシィがむむむと唸り、少し考え込む。それを見てエルザがくすりと笑った。

 

「確かに不器用だが、ラクサスはあれで仲間思いのやつだぞ」

「それはもう分かってるんだけど、どうしても前のイメージが邪魔してくるのよね」

「ふふ、それはラクサスの自業自得だな」

 

 そこで、後ろの方を歩いていたグレイとナツが口を開いた。

 

「それにしても大鴉の尻尾のやつら、やる事が露骨に汚えな。一人一人戦力を潰していくつもりか」

「気にくわねえ……」

 

 ウェンディたちが攫われかけた一件で、捕まえた山賊ギルドに問い詰めたところ大鴉の尻尾に依頼されたと白状したのだ。さらに、本来狙っていたのはルーシィであり、間違えてウェンディたちを攫おうとしたことも確認が取れた。

 妖精の尻尾と大鴉の尻尾の確執は大きい。大魔闘演武前にも、本来Aチームとして出場予定だったウェンディが襲われる事件が発生する。ウェンディは魔力をゼロにされ、魔力欠乏症に陥った。エルフマンはそれでウェンディに代わって出場したのである。

 だからこそ、大鴉の尻尾が戦力を潰すためにルーシィを狙ったという話しは信憑性が高く思えるのだが、シャルルはそこに違和感を持った。

 

「その件なんだけど、ちょっと疑問が残るわね」

「どうしたのシャルル」

 

 ウェンディに尋ねられ、シャルルは疑念を明かしていく。

 

「大鴉の尻尾が山賊ギルドを使って、おそらくルーシィの捕獲を試みた。だけど、それは目標の誤認とナツの追撃により二重の意味で失敗に終わった」

「筋は通ってるんじゃない?」

「その捕獲方法よ。大鴉の尻尾には私たちを襲った奴、相手の魔力を一瞬にしてゼロにする魔導士がいる」

「確かにな。マスターの推測では一日目、ルーシィの魔法がかき消されたのもそいつの仕業とみている」

 

 エルザが同意するように頷いた。

 シャルルがさらに続けて言う。

 

「そんなに捕獲に適している魔導士がいながら、なぜそいつが実行犯に加わらなかったのかしら」

「それはバトルパートのルール上、参加者は闘技場の近くにいる必要があるからだろ」

「誰がバトルに選出されるのか直前まで分からないってルールね」

「考えすぎだよシャルル」

 

 シャルルの疑念を払拭するように、他の面々が言葉を重ねていく。その中でエルザだけが何かを考え込んでいた。

 

「どうしたのエルザ?」

 

 ルーシィの問いかけに少し迷ったそぶりを見せた後、エルザはゆっくりと口を開いた。

 

「少し、ジェラールの話を思い出していた」

「ジェラール。ああ、あのエクリプスってやつ?」

「そうだ。時を越える扉エクリプス。華灯宮にあるというそれは、開くために星霊魔導士の力が必要だと言っていたはずだ」

 

 その言葉に、リサーナ以外のメンバーがはっとする。

 

「ち、ちょっとエルザ。それじゃあ、今回の犯人は王国だっていいたいの?」

 

 ルーシィは少し顔を青ざめさせた。

 

「いや、エクリプス計画自体は続行しているものの、ヒスイ姫との間に扉を開かないように約束が交わされている。それに、王国に狙われたというより、大鴉の尻尾に狙われたと考えた方がよほど現実的だろう」

「そ、そうよね……」

 

 ルーシィは安心して胸をなで下ろす。しかし、エルザの表情はなおも晴れない。

 

(何か嫌な予感がする。一応、ジェラールたちに報告しておくか)

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 第三試合は“妖精の尻尾B”ミラジェーン vs “青い天馬”ジェニー。

 ジェニーは戦車で体力を使い果たした一夜に、リザーブ枠を使い交代しての出場だ。

 今までのバトルとはうって変わり、闘技場の二人は戦うことなく、様々なコスチュームに着替えてポーズをとっていく。ジェニーの提案で、元グラビアモデル同士の戦いということもあり変則ルール、グラビア対決をすることになったのだ。

 ジャッジは実況席の三人によって行われる。両者一歩も退かずポイントはいつまでも並んだまま。

 そして、最後のお題は戦闘形態。そこで、ミラジェーンがまさかのジェニー殴り倒すという行動に出た。本来のルール的にはそれが正しいので何の問題もなくミラの勝利となる。

 

「いやァ!」

 

 グラビア対決なら勝機ありと、負けた方は週刊ソーサラーでヌード掲載という賭けをしていたジェニー。審査委員がより若いミラをわざと負けさせると予想してのものだが、見事に思惑は打ち砕かれ、自分がヌードを掲載することになってしまったのであった。

 

 

 

 第四試合の参加者の名前がコールされる。“人魚の踵”カグラ、そして“剣咬の虎”ユキノ。またしても美女対決になったと会場の男たちは大盛り上がりである。

 

 

 剣咬の虎が待機している観覧席。

 

「誰かさんのおかげで競技パートの点数とれなかったからなあ」

 

 オルガが戦車で棄権したスティングを揶揄するように言った。くすりと笑ったルーファスにスティングが噛みつく。

 

「おい、何笑ってんだよ。お前だって昨日二位だっただろうが」

「だな。オレがバトルパートで勝って総合一位にならなかったら、マスターの怒りはあんなものじゃなかったぜ。これで貸し一つな。こんど何か奢ってくれよ」

「……記憶しておこう。やれやれ、厄介な男に借りを作ってしまったものだ」

 

 そう言ってルーファスは肩をすくめた。

 その会話を聞いてユキノがフォローするように口を開く。

 

「スティング様は不運だっただけ。ルーファス様も魔導士としての力量ならば参加者の中で一番でした」

「んな事はいいよ。おまえがこのチームにいるって意味、分かってるよな」

 

 スティングの言葉にユキノが頷く。

 

「剣咬の虎の名に恥じぬ戦いをし、必ずや勝利するということです」

 

 そう言葉を残し、ユキノは闘技場へと向かっていった。

 

 

 一方、人魚の踵が待機している場所。

 

「みゃあ、私の分までがんばってカグラちゃん! 相手はユキノちゃんだけど……」

「なら、私の分も頼むよカグラ」

「ああ、任せておけ」

 

 ミリアーナとアラーニャの言葉にカグラが力強く頷いた。

 青鷺が小声でカグラに問いかける。

 

「……相手はユキノだけどどうするの」

「どうもこうもない。戦って勝ってくる。それだけだ」

 

 そう答え、カグラは闘技場へと向かっていった。それを見送り、今度は斑鳩に問いかける。

 

「……本人はああ言ってるけどどう思う?」

「そうどすなぁ」

 

 ううん、と少し考え込んだ後、斑鳩が再び言葉を重ねた。

 

「戦い自体は何の問題もなくカグラはんが勝つでしょうけど。ただ――」

 

 

 

 闘技場の中心で、カグラとユキノが相対する。

 

『ユキノは今回初参戦。しかし、最強ギルド剣咬の虎に所属しているというだけでその強さに期待がかかります! しかし、対するカグラは昨日隠密(ヒドゥン)でその最強ギルドの一角、ルーファスを下した青鷺と同様初代優勝メンバーの一人であります! 一体どのようなバトルが繰り広げられるのでしょうか!』

 

 熱の入った実況が響く。

 カグラと面識のある妖精の尻尾の面々もこの戦いに注目していた。

 

「剣咬の虎にカグラか。どっちが勝つと思う?」

「さあな、どちらも一筋縄ではいかないのは確かだろう」

 

 グレイの問いにエルザが返す。そのエルザの表情には笑みが浮かんでいた。

 

(この七年でどれだけ成長したのか。見せてくれ、カグラ)

 

 そして、試合開始の宣言と共に銅鑼が大きく鳴らされる。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 戦いの前に丁寧に頭をさげたユキノに対し、カグラも丁寧に返礼する。

 

「あの、始める前に私たちも賭けというものをしませんか」

「申し訳ないが興味がない」

 

 第二試合、第三試合を受けてユキノが賭けを提案するがカグラがすげなく断る。

 

「敗北が恐ろしいからですか?」

 

 カグラを挑発するユキノ。しかし、その程度で揺らぐ精神性などカグラは持ち合わせてなどいなかった。

 そして、カグラは鋭い瞳でユキノを射抜く。

 

「それは驕りか、それとも気負いか。あまり身の丈に合わぬ事はしないことだ。いずれにせよ、軽はずみな余興は遠慮しよう」

「では重たくいたしましょう。――命を、賭けましょう」

 

 その発言に会場中がどよめいた。

 

『こ、これはちょっと大変なことに……』

『ううむ』

『COOL、じゃないよコレ!!』

 

 実況席の三人も動揺している。

 

「――そうか」

 

 その中で、相対するカグラが静かに二刀の小太刀を抜き放つ。

 

「よかろう、参られよ」

「剣咬の虎の前に立ったことがあなたの不運。開け双魚宮の扉、ピスケス!!」

 

 ユキノは懐から金色の鍵を取り出し、星霊を召喚した。召喚されたのは二頭の巨大魚。

 

「開け天秤宮の扉、ライブラ!!」

 

 続けてもう一体星霊を召喚した。現われたのは褐色肌の女性の姿をした星霊である。

 

「ライブラ、標的の重力を変化」

 

 ライブラの力は重力変化。カグラにかかる重力を増加させる。

 

「ピスケス!!」

 

 そして、足止めをしたカグラに二頭の巨大魚が突進した。この連携は生半可な魔導士では突破は不可能。そのままピスケスの突進を受けてやられるだけだ。しかし、カグラは生半可な魔導士どころの話しではない。

 

「――え?」

「どうした、これで終わりか?」

 

 突進したピスケスが切り刻まれ、実体を保てずに星霊界へと帰っていった。

 

「ど、どうして?」

「簡単なこと。私も重力変化を使える。相殺さえすれば、魚二頭を捌くのに一秒とかからん。ついでにそこの女も斬ってしまった」

「な!?」

 

 ユキノの隣にいたライブラが崩れ落ちた。

 

「す、すみません……」

 

 そう言い残し、ライブラも星霊界へと帰ってしまう。

 

「くっ、私に開かせますか。十三番目の門を……」

 

 黄道十二門の鍵はその名の通り十二個の鍵が存在する。しかし、黄道十二門をしのぐ未知の星霊が存在した。

 ユキノは黒い鍵を取り出した。

 

「それはとても不運なことです。開け蛇遣座の扉、オフィウクス!!!」

 

 現われたのは巨大な蛇。カグラを喰らわんとその顎を大きく開いて突進をしかる。

 

「奥の手か。ならばこちらも、我が剣の一端を見せよう」

 

 それをカグラは涼やかに眺め立っている。

 

「――斥力圏(せきりょくけん)星ノ座(ほしのざ)

 

 オフィウクスがカグラに食らいつかんとした寸前、その動きが止まった。いや、オフィウクスは進もうとしているのだが、カグラから引き離されるように力が働き進めないのだ。

 

「天の星々に手が届かぬが如しと、青鷺が付けてくれた名だが、星霊相手に名乗るのは些か気が引けるな」

 

 そして、カグラが二刀の小太刀を構える。

 

「――鎌鼬」

 

 小太刀から、飛ぶ斬撃が放たれる。先ほど、ライブラとピスケスを斬ったのもこの鎌鼬によるものだ。これで、小太刀であろうともはや間合いの小ささは問題にならず、斥力圏で近づけない敵を一方的に斬ることも可能である。

 

「うそ……」

 

 オフィウクスが斬られ、星霊界へと帰っていく。それを見て、ユキノは信じられないと思わず呟いた。

 

「安い賭けをしたな。――引力圏(いんりょくけん)魔王座(まおうざ)

「な、なに?!」

 

 魔王からは何人(なんびと)も逃げること能わず。

 ユキノの体が浮き上がり、カグラに向かって吸い寄せられる。そして、カグラはユキノを捕まえると、優しく地面に組み伏せた。

 

「私の勝ちだな」

 

 カグラが勝利を宣言した。場内は奇妙に静まりかえっている。

 

『し、しし、試合終了。勝ったのは人魚の踵カグラ・ミカヅチ。剣咬の虎、まさかの二日目ゼロポイント!!!』

 

 実況の叫びに呼応して、ようやく場内に雄叫びが鳴り響いた。

 

「私が敗北……。剣咬の虎が……」

 

 ユキノはカグラに組み伏せられて涙している。

 

「そなたの命は私が預かった。よいな」

「はい。仰せの通りに……」

 

 この戦いの結果に、妖精の尻尾の面々も目を見開いて驚いている。

 

「おいおい、アイツ強くなりすぎだろ。勝負になってなかったぞ」

「結局、相手に傷一つつけませんでしたね……」

 

 グレイとウェンディが思わず呟いた。

 隣のエルザは嬉しそうに顔を綻ばせている。

 

「周囲の力を自在にあやつる魔法。飛ぶ斬撃、鎌鼬。二刀の小太刀から繰り出されるその連撃はもはや斑鳩にも並ぶだろう。まだ実力のほとんどを見せてはいないが、七年前の私は確実に越えられているな。本当に強くなったものだ」

「なんで嬉しそうなのよ……」

 

 我がことのように表情を緩め頷くエルザにルーシィは苦笑いする。

 一方、闘技場。ユキノはカグラに放された後も力なく横たわっていた。

 それをカグラは見下ろして、口を何度も開閉して逡巡した後、覚悟を決めて口を開いた。

 

「……私の兄は十五年前、ゼレフを妄信する集団に攫われた」

「――え?」

 

 その唐突な言葉を聞いて、ユキノは顔を覆っていた手をどけてカグラを見上げた。その表情は呆然としている。

 

「一人助かった私は兄を探し続け、七年前に再会を果たした。だからそなたも、姉のことを諦めずにいることだ」

 

 そう言って、カグラはユキノに背を向けて歩き出す。

 ユキノはカグラの背中を見てようやく我を取り戻した。

 

「ま、待ってください! どうしてそれを……い、いえ、なぜお姉様のことを知っているのですか!?」

 

 ユキノが追いすがるように手を伸ばすが、カグラは振り返りも、立ち止まりもしなかった。

 その様子を斑鳩と青鷺は観覧席から見下ろしていた。

 

「……斑鳩の言うとおり、言っちゃったね。いいの、あれ?」

「まあ、ソラノはん的には言って欲しくはないでしょうけど、仕方ないんじゃありまへん? カグラはんとユキノはんの境遇はとても似かよってます。ソラノはんの気持ちを考えれば言わない方がいいとは思っていても、どうしてもユキノはんの方に肩入れしてしてしまうのでしょう」

 

 カグラもユキノも、十五年前に兄姉を攫われ、再び会おうと追い求め続けていたのだ。その悲しみ、不安、怒りはよく知るところであった。

 それに、いずれはどうにかしなければならない問題である。斑鳩はカグラにとやかく言うつもりはとくになかった。

 

 

 こうして、大魔闘演武二日目は終了する。総合順位は次のように変動した。

 

 

 一位 大鴉の尻尾 34P

 二位 人魚の踵 23P

 三位 蛇姫の鱗 20P

 四位 剣咬の虎 18P

 五位 青い天馬 17P

 六位 四つ首の仔犬 12P

 六位 妖精の尻尾A 12P

 六位 妖精の尻尾B 12P

 

 

 人魚の踵は二位に浮上。剣咬の虎は四位に転落する結果となった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 首都クロッカスから少し離れた荒野。

 そこではジェラール、ウルティア、メルディ、ソラノの四人が魔水晶(ラクリマ)を囲み、大魔闘演武の様子を映し出して観戦していたのだが。

 

「うう……」

 

 ソラノが蹲り、指で土をほじくりかえす。完全にいじけていた。

 

「げ、元気出してよ! 相手が悪かっただけだって! 切り替えよう、ね?」

「そうそう。――ちょっとジェラール! アンタも何か言いなさいよ!!」

「お、オレがか!?」

 

 ウルティアに言われ、ジェラールは困ったようにうなった。

 

「そ、その、なんだ。まだ二日目だし、これから活躍する機会はまだあるんじゃないか?」

「……本当に?」

「ああ、もちろんだ!」

 

 その後も三人の励ましで、なんとかソラノを立ち直らせることに成功するのであった。




虎を喰い荒らす人魚たち。


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第三十八話 伏魔殿

 大魔闘演武三日目。

 ゲスト席には魔法評議院強行検束部隊大隊長のラハールが招かれている。

 

「あれ、ユキノはんがいまへんな」

 

 斑鳩が剣咬の虎(セイバートゥース)のメンバーを見て首を傾げた。

 五人のメンバーの中にユキノの姿は無く、代わりに別の女性魔導士が入っている。

 

「……カグラが昨日圧勝しちゃうから」

「わ、私のせいか!?」

 

 カグラが珍しく声を裏返して狼狽する。

 

「……冗談は置いといて、新しく入った魔導士はミネルバだね」

 

 青鷺の言葉に斑鳩が頷く。

 

「剣咬の虎、最強の五人の一人どすな」

 

 ミネルバは剣咬の虎が躍進するきっかけとなった、五人の魔導士のうちの一人。これで剣咬の虎には最強の五人がそろったことになる。

 

「……ユキノには悪いけど、これでさらに手強くなったね」

「まあ、そうだな……」

 

 カグラも控えめに同意する。

 

『三日目の競技は伏魔殿(パンデモニウム)。参加人数は各ギルド一名です』

 

 実況席からアナウンスが入る。いよいよ三日目の競技も始まるようだ。

 

「さて、今回のメンバーはどうしましょうか。……あら?」

 

 誰を選出するか相談しようとしたところ、妖精の尻尾Aチームからエルザが迷いなく歩き出していくのが見えた。

 

「エルザはんが行くならうちが行ってもいいどすか?」

「みゃあ、私も行きたい!」

 

 斑鳩とミリアーナが名乗り出る。

 カグラがミリアーナの肩に手を置いた。

 

「お前は昨日出ただろう。ここは斑鳩殿に譲っておけ」

「むう、しょうがないなぁ。でもカグラちゃんはいいの?」

「私も昨日バトルパートで出たからな。お前たちもいいか?」

 

 カグラが青鷺とアラーニャに問いかける。

 

「……別にいいよ」

「私も異論はないね」

 

 青鷺とアラーニャが頷いた。

 

「皆さんありがとうございます。では、行ってきます」

「がんばってねー!」

 

 仲間たちの応援を受け、斑鳩は闘技場の中心へと向かっていく。

 そして、先に待機していたエルザに声をかけた。

 

「ほう、お前が出るのか」

「ええ、うちもそろそろ活躍しまへんと」

「そうか。だが、私とてむざむざ負けるつもりはないぞ」

「それでこそどす」

 

 斑鳩とエルザが話をしていると、また声がかけられた。

 

「これはこれは。見知った顔ぶれがそろっておる」

「む」

「あら」

 

 斑鳩とエルザが声に振り向けば、ジュラが歩み寄ってきていた。

 

「ジュラはんもどすか。これはおもしろくなりそうどすな」

「これで聖十大魔導がそろい踏みか」

「はっはっは。お互い、全力を尽くしましょうぞ」

 

 そして、他のギルドからも続々と参加者が集合し、三日目競技パートの参加者がそろった。

 参加者はそれぞれ次のメンバーである。

 

 

 大鴉の尻尾(レイヴンテイル) オーブラ

 人魚の踵(マーメイドヒール) 斑鳩

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル) ジュラ

 剣咬の虎(セイバートゥース) オルガ

 青い天馬(ブルーペガサス) ヒビキ

 四つ首の仔犬(クワトロパピー) ノバーリ

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)A エルザ

 妖精の尻尾B カナ

 

 

 全員がそろったところでマトー君が登場。

 同時に、闘技場中央に邪悪な装飾がされた神殿が現われた。

 邪悪なるモンスターが巣くう神殿、伏魔殿。その巨大さに誰もが驚いて見上げている。

 続けて、マトー君によって競技説明がされていく。

 

「この神殿の中には百体のモンスターがいます。といっても我々が作り出した魔法具現体。観客の皆さんを襲うような事は無いのでご安心を。

 モンスターはD・C・B・A・Sの五段階の戦闘力が設定されています。内訳はSが一体、Aが四体、Bが十五体、Cが三十体、Dが五十体となっています。

 ちなみにDクラスのモンスターがどのくらいの強さを持っているかといいますと……」

 

 マトー君が空中を指さすと、そこに魔水晶映像(ラクリマビジョン)で神殿内の様子が映し出される。そこには一体のモンスターがいた。

 モンスターは石像に体当たりすると、いともたやすく石像を破壊してしまう。

 

「ランクが上がるごとに倍々に戦闘力が上がると思ってください。Sランクのモンスターは聖十大魔導といえど倒せる保証はない強さですカボ」

「む」

「へえ」

 

 その発言に聖十の称号を持つ、ジュラと斑鳩の二人が反応した。

 

「皆さんには順番に戦うモンスターの数を選択してもらいます。これを挑戦権と言います。たとえば三体を選択すると神殿内に三体のモンスターが出現します。

 三体の撃破に成功した場合、その選手のポイントに三点が入り、次の選手は残り九十七体の中から挑戦権を選ぶことになります。これを繰り返し、モンスターの数がゼロ又は皆さんの魔力がゼロとなった時点で競技終了です。

 数取りゲームのようなものですね。一巡したときの状況判断も大切になってきます。

 しかし先ほど申し上げた通りモンスターにはランクがあります。これは挑戦権で一体を選んでも五体を選んでもランダムで出現する仕様になっています」

 

 例えば、五体を選んでもDランクのモンスターが五体出現する場合もあれば、Sランク一体とAランク四体が出現する場合もあるということである。

 そして、モンスターのランクに関係なく撃破したモンスターの数でポイントが入る。

 

「一度、神殿に入ると挑戦を成功させるまで退出はできません」

「神殿内でダウンしたらどうなるんだい?」

「今までの自分の番で獲得した点数はそのままに、その順番での撃破数はゼロとしてリタイアとなります」

 

 以上で伏魔殿の説明が終了する。

 そして、くじ引きで挑戦する順番が決められる。

 

 

 一番、妖精の尻尾A エルザ。

 二番、四つ首の仔犬 ノバーリ

 三番、青い天馬 ヒビキ

 四番、大鴉の尻尾 オーブラ

 五番、剣咬の虎 オルガ

 六番、人魚の踵 斑鳩

 七番、蛇姫の鱗 ジュラ

 八番、妖精の尻尾B カナ

 

 

 エルザは自分が引いたくじを眺めながら呟く。

 

「この競技、くじ運で全ての勝敗がつくと思っていたが」

 

 その呟きを聞いて、マトー君が不思議そうにエルザに話しかける。

 

「くじ運で? い、いや……どうでしょう? 戦う順番よりペース配分と状況判断力の方が大切なゲームですよ」

「いや、これはもはやゲームにならんな」

 

 そして、エルザは堂々と宣言した。

 

「百体全て私が相手する。挑戦権は百だ」

 

 その宣言に会場中が唖然とする。そんな中、妖精の尻尾のメンバーだけが大笑いしていた。

 無理だと引き留めるマトー君の言葉にも構わず、エルザは伏魔殿の中へと入っていく。

 そして、エルザの激闘が始まった。

 強敵に囲まれ、傷つきながらも舞うように多彩な鎧や武具を使いこなして戦い続ける。

 その姿はエルザの異名、妖精女王(ティターニア)をまさしく体現するものだ。

 それを見て斑鳩は称賛と少しの呆れを抱きながら、隣のジュラに話しかけた。

 

「ジュラはんも一番ならこうしてました?」

「いや、ワシは五十一体で止めていただろうな。その時点で優勝は確定する」

「普通はそうどすな」

 

 言って、斑鳩はカナの方をちらりと見た。

 妖精の尻尾Bチームのカナの順番は最後である八番。仮にエルザが五十一体で止めたとすれば、前にジュラと斑鳩がいる以上モンスターはまず残らない。

 であれば、百体全てを倒してしまった方がカナに可能性を残せるのだ。

 

「そのために迷い無くこんな無茶を。本当、エルザはんらしいどす」

 

 そう言う斑鳩の視線の先で、エルザが最後の一体を倒した場面が映し出される。

 エルザが剣を掲げると同時、会場は大歓声で包まれた。

 

「し、信じられません! なんとたった一人で百体のモンスターを全滅させてしまった!! これが七年前、最強と言われていたギルドの真の力なのか!? 妖精の尻尾Aエルザ・スカーレット圧勝! 文句なしの大勝利!!!!」

 

 いつまでも会場の大歓声は鳴り止まない。

 そんな中、妖精の尻尾Aの10P獲得が告げられるのであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

『えー、協議の結果、残り七チームにも順位をつけないとならないという事になりましたので、いささか味気ないのですが簡単なゲームを用意しました』

 

 闘技場の中心に、とある装置が用意される。

 魔力測定器(マジックパワーファインダー)MPF。この装置に魔力をぶつけると魔力が数値として表示される。その数値が高い順に順位をつけるということになったのだ。

 

「うちはこういう単純なものの方が好きどすな」

 

 挑戦する順番は先ほど引いたくじで決められた順番が引継がれる。

 そして、挑戦が始まる。

 

 

 二番、ノバーリ 124

 三番、ヒビキ 95

 四番、オーブラ 4

 

 

 三人の挑戦を終えたが、数値的には低めである。

 ゲストのラハールによれば数値が350程度あれば強行検束部隊で部隊長を任せることができるとのことである。

 続いて五番手のオルガが登場する。会場は大歓声で包まれ、相変わらず剣咬の虎の人気ぶりが感じられる。

 

「120mm黒雷砲!!」

 

 MPFに表示された数値は3825。暫定一位だったノバーリの三十倍にもおよぶ。

 会場から登場したとき以上の大歓声があがった。

 

「……へえ、やるね」

「ああ。だが、斑鳩殿の方が上だ」

 

 青鷺とカグラの視線の先、斑鳩がMPFに向かっていく。

 

『さあ、それに対する聖十の斑鳩はこの数値を越せるかどうか注目されます!』

 

 斑鳩が腰に差す刀の柄に手をかけた。

 

「無月流・迦楼羅炎!!」

 

 斑鳩が刀を抜き放ち、同時に豪火が立ちのぼる。

 そして、表示された数値は実に8426。オルガのさらに倍以上である。

 

『こ、これはMPF最高記録更新!! やはり聖十の称号は伊達じゃなーい!!』

 

 斑鳩がジュラの方を見やった。

 

「ふふん、どうどす?」

「これは驚いた。ワシも負けてはいられんな」

『続くは同じ聖十の称号を持つジュラ! 斑鳩の記録を超えることはできるのでしょうか!?』

 

 ジュラがMPFに静かに歩み寄る。

 合掌してしばしの瞑想。そして、一気に魔力を解放した。

 

「鳴動富嶽!!」

 

 MPF直下の大地が爆発。MPFはその爆発に飲み込まれ、数値は8544を記録、斑鳩を僅かに上回った。

 

「この勝負はワシの勝ちのようだな」

「むむう……」

 

 斑鳩が唸る。本気で悔しかった。

 

『ジュラが斑鳩の記録をさらに更新!! これが聖十大魔導の実力か!? 格の違いを見せつける!!!』

 

 聖十大魔導二人の実力にさらに沸き立つ会場。盛り上がりはどんどんと高まっていく。

 だが、競技はまだ終わっていない。最後の一人が残っている。

 

『最後の挑戦者は妖精の尻尾Bカナ・アルベローナ。聖十の二人の後ではなんともやりづらいでしょうが、がんばってもらいましょう』

 

 カナは酒瓶を片手に持ち、顔を赤くしている。明らかに酔っ払っていた。

 

「やっと私の出番かい」

 

 カナが上着を脱ぐ。あらわになった右腕にはなんらかの紋章が浮かんでいる。

 

「集え! 妖精に導かれし光の川よ!! 照らせ! 邪なる牙を滅するために!! 妖精の輝き(フェアリーグリッター)!!!!」

 

 極光がMPFを飲み込む。

 光がおさまった後、そこにはMPFの影も残っていない。そして、9999という数字だけが浮かび上がっている。

 会場はそのあまりの衝撃に沈黙に包まれる。

 

『MPFが破壊……。カンストしています。な、なんなんだこのギルドは。競技パート1・2フィニッシュ!! もう誰も妖精の尻尾は止められないのか!!』

「止められないよ! なんたって私たちは妖精の尻尾だからね!!」

 

 カナが高らかに声をあげる。その言葉で会場の沈黙は今日一番の大歓声へと変じた。

 こうして、大きな盛り上がりを見せて三日目の競技パートは終了するのであった。

 そして、観客と同じく唖然としていた斑鳩は何かに気付いてはっとする。

 

「あれ、ということはうちが四位?」

 

 三日目競技パートの最終結果は次の通りである。

 

 

 一位 “妖精の尻尾A”エルザ

 二位 “妖精の尻尾B”カナ

 三位 “蛇姫の鱗” ジュラ

 四位 “人魚の踵” 斑鳩

 五位 “剣咬の虎” オルガ

 六位 “四つ首の仔犬” ノバーリ

 七位 “青い天馬” ヒビキ

 八位 “大鴉の尻尾” オーブラ

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「うう、すみまへん……。不甲斐ない結果で」

 

 競技終了後、席に戻った斑鳩は落ち込んでいた。

 

「斑鳩殿の強さは魔力量だけで測れるようなものではありませんから」

「そうそう。それに数値はオルガと倍以上違ったんだから凄いよー」

「そうだね。斑鳩で四位なら誰が出てもダメだったさ」

 

 ギルドのメンバーたちが口々に慰める。

 

「……でも、神刀の力を解放すればカンストはいけたんじゃない?」

 

 青鷺はそう言って、斑鳩の腰にある刀に目をやった。

 その言葉に斑鳩はふるふると首を横に振った。

 

「あくまで大魔闘演武はお祭り。制御しきれていない力を使って良いような場所ではありまへんから」

「……まあ、そうだけど」

 

 青鷺は斑鳩の言葉を聞いても少し不満そうだった。

 

「まったく、お前という奴は」

 

 カグラが笑みを浮かべて青鷺の頭をがしがしと撫でる。

 

「……やめてよ。私もう子供じゃないんだけど」

 

 そうこうしているうちに、バトルパート開始のアナウンスがなる。

 

「あ、第一試合は私だ。それじゃあ行ってくるね!」

 

 そう言ってミリアーナは闘技場に向かっていく。それを見て斑鳩もいつまでも落ち込んではいられないと応援の言葉をかけるのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 第一試合は“人魚の踵”ミリアーナ vs “四つ首の仔犬”セムス。

 この試合は危なげなくミリアーナが勝利。あっさりと10Pを獲得するのだった。

 

「元気最強?」

 

 ミリアーナは縛り上げたセムスの上で、不敵に笑みを浮かべる。

 

 

 第二試合は“剣咬の虎”ルーファス vs “青い天馬”イヴ。

 イヴの雪の魔法に、ルーファスは記憶造形(メモリーメイク)で炎の魔法を造形して対抗する。イヴも健闘したが、イヴの魔法がルーファスに届くことはなく、ルーファスの勝利で幕を閉じた。

 

 

 第三試合は“妖精の尻尾B”ラクサス vs “大鴉の尻尾”アレクセイ。

 この試合は一日目に行われたルーシィとフレアの戦いの件もあるため、不正が無いか斑鳩たちも警戒していた。

 そして、心配していた通りのことが起きる。

 

「カグラはんたちは今、試合がどうなっているように見えますか?」

「ラクサスがアレクセイに一方的にやられているように見えますが……。まさか、やつらまた何かを?」

 

 カグラの問いに斑鳩は頷く。

 

「うちには今、闘技場の中心で相対している二人の姿が見えます。まだ、戦いは始まってもいまへん」

 

 おそらく大鴉の尻尾は会場全体に幻覚魔法をかけているのだ。

 斑鳩は天之水分(あめのみくまり)羽衣(はごろも)の力で干渉系魔法が一切効かないため、真実の姿を見ることが出来ている。

 

「そうですか。ならば、止めますか?」

「いえ、幻覚魔法が禁止されているわけではありまへん。実際、ラクサスはんがアレクセイはんを倒してしまえば幻覚は解けて勝敗は明らかになりますから、なんの問題はないでしょう。しかし……」

 

 斑鳩がその視線を険しくする。

 視線の先、アレクセイの後方から大鴉の尻尾の他のメンバーが姿を現した。さらに、アレクセイが仮面を取ると、ギルドマスターであるイワンの顔があらわになる。

 五対一での戦闘、ギルドマスターの参戦は立派なルール違反である。

 流石にこれは見過ごせないと斑鳩は刀を抜いた。

 斑鳩の剣気に、闘技場の中心にいたラクサスや大鴉の尻尾のメンバーたちも気がついた。これは、引き下がって正々堂々と戦うのならば一度だけは見逃すという警告であったのだが、これに反応したのは大鴉の尻尾ではなくラクサスであった。

 

「手出しはいらねえ! 部外者は引っ込んでろ!!」

「んな!?」

 

 思わぬ言葉に斑鳩の気勢がそがれる。

 大鴉の尻尾がそんなラクサスを嘲笑うが、当の本人はどこふく風だ。

 その後も少し会話がなされた後、ラクサスと大鴉の尻尾で戦いが始まる。

 

「これは……」

 

 その戦いを見て斑鳩は驚いた。

 五対一にもかかわらず、大鴉の尻尾はラクサスに手も足も出ない。あっと言う間に五人を片付けると、幻覚が崩れ去り、真実の姿があらわになる。

 これにより、大鴉の尻尾の不正が発覚。失格となると同時に、今後三年間の大会出場権を剥奪されたのだった。

 

「この強さ、エルザはん以上。聖十大魔導級かもしれまへんな」

「それほどですか……」

 

 斑鳩の呟きを聞いて、カグラを始めとする他のメンバーも驚きに目を見はる。

 なにはともあれ、第三試合はラクサスの勝利で幕を閉じるのだった。

 

 

 第四試合は“妖精の尻尾A”ウェンディ vs “蛇姫の鱗”シェリア。

 天空の滅竜魔導士と滅神魔導士の戦いは熾烈を極めた。

 その可愛らしい見た目に反するように、意地と意地がぶつかり合う。結局、制限時間を迎えても決着はつかず、この試合は引き分けとなる。

 

 

 これで、大魔闘演武三日目が終了。

 

 

 一位 人魚の踵 37P

 二位 剣咬の虎 31P

 二位 蛇姫の鱗 31P

 四位 妖精の尻尾B 30P

 五位 妖精の尻尾A 27P

 六位 青い天馬 18P

 七位 四つ首の仔犬 14P

 失格 大鴉の尻尾

 

 

 ついに人魚の踵が一位に躍り出る。その下で剣咬の虎と蛇姫の鱗が並び、妖精の尻尾が猛追する。青い天馬と四つ首の仔犬は少し差をつけられてしまう形となった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「カグラ、お客さん」

「私にか?」

 

 夜、カグラは宿で体を休めていると、来客だとアラーニャに呼ばれた。

 宿の玄関に行ってみると、そこにはユキノがいた。

 

「こんばんは」

 

 ユキノがぺこりと頭を下げる。カグラもそれに返礼した。

 

「そなたであったか。てっきり来るとすれば昨日のうちかと思っていたが」

「すみません。昨日の夜はいろいろとあったもので……」

 

 ユキノが苦笑する。

 

「とりあえず上がっていけ。宿の談話室にでも行こう」

 

 カグラに促され、二人は宿の中へと入っていく。そして、談話室に誰もいないことを確認して席に腰をおろした。

 

「それで、話があるのだろう。何が聞きたいのだ」

「えっと、そうですね……」

 

 ユキノは考え込むが、何から聞けばいいのか考えが纏まらないのであろう。なかなか口を開けないでいた。

 見かねてカグラが先に口を開く。

 

「分かった。そなたが聞きたいであろうことを一から説明していこう」

「も、申し訳ありません……」

 

 ユキノが恐縮して身を縮める。

 

「そうかしこまらなくてよい。ただ、そなたが期待しているような回答はできないとあらかじめ伝えておこう」

「そう、ですか……」

 

 ユキノが沈鬱に顔を伏せた。

 カグラは胸が痛むのを感じたが、つとめて表情には出さなかった。そして、あらかじめ用意していた言い訳を並べ始める。

 

「闘技場でも言ったが私は七年前、八年の時を経て兄と再会した。その兄の話によれば、攫われた後は楽園の塔建設のための奴隷として強制労働させられていたという」

「楽園の塔ですか。聞き覚えがあります」

「ああ、七年前のエーテリオン投下は評議院の再編を引き起こしたりと大ニュースになっていたからな。だが、今回は楽園の塔に関しては一旦置いておこう。その時、兄たちのような奴隷は複数人ごとに牢に入れられて共同で生活していた。その時、兄と同じ牢にいた少女がソラノ・アグリアという少女だったという」

「本当ですか!?」

 

 もちろん嘘である。カグラの兄であるシモンとユキノの姉であるソラノに接点などない。

 騙していることに心を痛めつつ、カグラは本当だと頷いた。

 

「随分と世話になったようだ。そしてある日、奴隷による反乱が起きた。その反乱は見事に成功し妄信者たちの集団を駆逐することに成功した。その後、ジェラールによって楽園の塔は再び支配されるのだが、それも一旦置いておこう。兄とそなたの姉はこの時点で楽園の塔からの脱出に成功したのだ」

「脱出……」

「ああ。だが、脱出した後で兄とそなたの姉ははぐれてしまったらしく、それからの足取りはつかめていないらしい」

「そうだったのですか……。それで、私を知って」

「ああ、その綺麗な白い髪とアグリアという姓。名前もユキノとソラノで似通っている。偶然と考えにくい。おそらく血縁者、姉妹といったところだと思ってな」

「なるほど、そうだったのですか」

 

 納得したと、ユキノは頷いた。

 

「久しぶりにお姉様の話を聞けて嬉しかったです。ありがとうございました」

「いや、大した情報も無くすまない。ただ、そなたの姉も生きている可能性は高い。諦めずにいて欲しい」

 

 そのカグラの言葉にユキノは笑みを浮かべる。無理矢理浮かべた、ぎこちのない笑顔だった。

 

「もう、いなくなって十五年以上経つんですよ。私もこれまで必死に探してきたのに、楽園の塔を脱出したうえで見つからないのであればそれは……」

「…………そんなことはない。信じ続ければ必ず見つかるはずだ」

 

 ユキノはゆっくりと、悲しそうに首を横に振った。

 カグラはもう全て喋ってしまいたい衝動に駆られる。言うべきか言わないべきか迷って口ごもっていると、ユキノがカグラに気を遣わせていると思ったのか慌てて口を開いた。

 

「そこまで心配して頂かなくても大丈夫ですよ。それに、お話を聞いて決心もつきましたし」

「決心?」

 

 カグラが訝しげに問い返すと、ユキノは少し躊躇した後で話し始める。

 

「実は、私は王国軍に入ろうと思っているのです」

「なんだと?」

 

 思いがけない言葉にカグラは目を丸くする。

 

「ギルドはどうしたのだ。まさか、辞めるのか?」

「はい」

 

 ユキノは頷いた。流石に、辞めさせられたなどとはカグラには言えなかった。

 

「なぜ突然……」

「詳しくは言えないのですが、王国軍の偉い方が私の力が必要だと言ってくださったもので」

「王国軍がそなたを必要としている?」

 

 ユキノの言葉が、カグラには妙に引っかかる。

 

「失礼なことを言うようで悪いが、そなたの力とは星霊魔導士としての力のことか?」

 

 その問いにユキノは目をまたたかせた。

 

「な、なぜそれをご存じなのですか」

 

 カグラの頬を冷や汗が伝う。

 

(なぜこの時期に星霊魔導師を。まさか、王国はエクリプスの扉を開こうとしているのか!?)

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 ジェラールは手紙に目を通している。

 手紙はつい先ほど、影狼によって運ばれてきたカグラからの手紙である。

 

「ウルティア、メルディ。これを読んでみてくれ」

「なになに……? って、これは!」

 

 ウルティアがジェラールの方を見やる。

 その問いかけるような視線にジェラールは頷いた。

 

「昨日のエルザからの報告もある。エルザはおそらく思い過ごしだろうといっていたが、間違いないだろう。王国は、姫は、エクリプスを開こうとしている」

 

 その言葉に、ウルティアとメルディが息をのむ。

 そして、ジェラールはひとつ決断した。

 

「一旦、冥府の門(タルタロス)の捜索は中止。エリックたちを呼び寄せよう。こちらの方が先決だ」

「わかったわ」

 

 ジェラールの言葉に二人は頷いた。早速、ウルティアがエリックたちに連絡をとろうと試みる。

 ジェラールは遠くに佇む華灯宮を眺めやった。

 

(ヒスイ姫はむやみに約束を反故にするような方ではないと思えた。一体、何が起こっているというのだ)

 

 考えを巡らせていると、ジェラールの肩が叩かれる。

 振り返るとメルディがいた。メルディはおずおずと小さな声で話しかける。

 

「ねえ、ソラノはどうするの?」

「ああ……」

 

 メルディの視線を追うと、そこには大魔闘演武にもうユキノが出ないことを知ってそうそうに不貞寝したソラノの姿があった。

 

「どうもなにも言わないわけにはいかないだろう。ただ、ユキノのことは気をつけて伝えないと暴走しかねんな……」

「だよね」

 

 そう言って、二人は深々と溜息をつくのであった。



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第三十九話 海戦

「エリックたちが到着できるのは最終日か。少し遅いな」

「そうね。エクリプスがそれまで開かれずにいる保証はないんだし」

 

 ジェラールとウルティアが言葉を交わす。

 七月四日、早朝。ジェラールたちは今後の方針について話し合っていた。

 

「ここはやはり、少し様子を探るべきか」

「でも危険だよ。大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の騒動もあって、ドムス・フラウには評議院が詰めてるんだから」

 

 メルディの言葉にジェラールが首を横に振った。

 

「むしろ評議院がドムス・フラウに詰めている今がチャンスだ。かえって華灯宮の様子は探りやすい」

「だとしても王の居城よ。警備は十分に厚いはずだわ」

「そうそう。ウルの言うとおりだよ」

 

 そこで、むっすりとした様子のソラノが口を開いた。

 

「みんな回りくどいゾ。さっさと乗り込んで破壊してくればいいんだゾ」

 

 ウルティアが溜息とともに頭を抱えた。

 

「…………メルディ」

「はいはーい。私たちはあっちに行ってようねー」

「むう、不満だゾ」

 

 メルディがソラノを引きずって離れていく。

 

「まったく、あの子は……」

「大切な妹がエクリプスなどという危険な代物に関わっているんだ。許してやれ」

「分かってるわよそれくらい」

 

 ウルティアも、ソラノが不満を口にはしても行動には移さず我慢してくれているだけありがたいとは思っている。

 

「まあいいわ。それで話は戻るけど、様子を探ることには賛成よ。ただ、その人員は……」

「オレが行こう」

「やっぱり、そのつもりだったのね」

 

 やれやれとウルティアが肩を竦める。

 

「一人で行く気?」

「ああ、逃げ足はオレが一番速い。それに、姫がエクリプスを開く決断をした理由も気になる。ウルティアたちには引き続き何か異常が無いか、様子を伺っていて欲しい」

「それもそうね。わかったわ、それでいきましょう。ただ、さっきも言ったけれど警備は十分に厚いはずよ。見つからないように気をつけなさい」

「分かっている。へまはしないさ」

 

 こうして、ジェラールはクロッカスの街へと向かった。

 ウルティアたちは、エリックたちにも道すがら何か異常が無いか観察してほしいと連絡を入れ、自分たちもクロッカス及び大魔闘演武の監視を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 大魔闘演武四日目。

 ゲストにはシェラザード劇団座長、ラビアンを迎えて行われていた。

 四日目の競技パートは海戦(ナバルバトル)

 闘技場中央には、球状の水中闘技場が浮かんでいる。この水中闘技場から外に出てしまったら負け。最後まで残った者が勝者である。

 ただし、最後に二人残った時に特殊ルールが追加される。最後の二人になってから、五分の間に場外に出てしまうと最下位となってしまうのだ。

 出場選手は各チーム一名。

 

 

 人魚の踵(マーメイドヒール) カグラ

 剣咬の虎(セイバートゥース) ミネルバ

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル) シェリア

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)B ジュビア

 妖精の尻尾A ルーシィ

 青い天馬(ブルーペガサス) ジェニー

 四つ首の仔犬(クワトロパピー) ロッカー

 

 

 先日、大鴉の尻尾が失格となったため競技は七チームで行われる。

 

『さあ、始まりました四日目競技パート』

『水中相撲っていったトコかね』

『楽しみですね。ありがとうございます』

 

 続々と水中闘技場に選手が入場。

 カグラも中へと入る。

 

「水中はあまり得意ではないが。重力魔法を駆使すればなんとかなるか」

 

 そこで、大歓声が上がった。見れば、剣咬の虎のミネルバが登場したところだった。

 

「剣咬の虎、ミネルバ。参るぞ」

 

 一瞬、カグラとミネルバの視線が合う。しかし、すぐにミネルバの視線は逸らされた。

 

(なんだったのだ?)

 

 カグラは少し首を捻るが、どうでも良いことかとすぐに頭の中から追いやった。

 

『これはまた華やかな絵になった! 各チーム女性陣が水着で登場!!』

『ありがとうございます!!』

 

 興奮する実況席。四つ首の仔犬のロッカーは目に入っていないらしい。

 

『ルールは簡単、水中から出たら負け!! 海戦開始です!!』

 

 試合開始の銅鑼が鳴らされる。

 同時にルーシィが黄金の鍵を取り出した。

 

「早速だけどみんなごめんね! 開け宝瓶宮の扉、アクエリアス!!」

 

 召喚された星霊はアクエリアス。人魚の姿をした、水を自在に操る星霊である。

 

「水中は私の庭よ!」

 

 アクエリアスは、その力をもって激しい水流を引き起こした。

 だが、ジュビアがそれに対抗する。

 

「させない、水流台風(ウォーターサイクロン)!」

 

 アクエリアスとジュビアの間で激しい渦がぶつかりあって相殺した。

 

「これは助かったと言うべきか」

 

 そう言うカグラの視界の端で青い天馬のジェニーが動く。

 

「だったら今のうちにまず一人!」

「ワイルドォ!!」

 

 ジェニーが勢いよくロッカーを蹴り飛ばした。

 そのままロッカーは闘技場の外に出る、かと思われた。

 

「なんで!?」

「わ、ワイルドぉ?」

 

 ロッカーの体が闘技場の端でぴたりと止まったのだ。ロッカー自信も不思議そうにしている。

 

「それでは困る。最下位は人魚と決めておるのでな」

 

 ミネルバはそう言うと視線をカグラに移し、魔法を発動した。

 

『お、おや? これは一体どういうことでしょうか……』

 

 実況の困惑した声が響く。それにつられ、ジュビアとアクエリアスの攻防に目を向けていた観客たちもそれに気付いた。

 

「これは、やられたな……」

 

 いつの間にか、カグラが闘技場の外に出ているのだ。

 

『一体、何が起こったのでしょうか!? カグラが場外にいます!!』

 

 カグラが水中闘技場を見上げる。

 再びミネルバと視線が合った。ミネルバは不敵な笑みを浮かべている。

 

(この感覚はおそらく空間魔法。他の魔導士が使う魔法は分かっている。消去法でおそらくヤツの仕業だろう)

 

 その後も、カグラとミネルバを抜いて戦いが繰り広げられた。

 まず、動きがあったのはルーシィとアクエリアスだった。

 

「このままじゃラチがあかない! 一旦戻るよ」

「え、何でよ!? 水中じゃ一番アンタが頼りになるんだから」

「デートだ」

「ちょっと!!」

 

 アクエリアスが星霊界へと帰ってしまう。その隙をついてジュビアの水流がルーシィを押し流すが、召喚したバルゴとアクエリアスに受け止めてもらい場外に出るのは避けられた。

 しかし、これでジュビアが自由となる。

 

「全員まとめて倒します! 水中でジュビアに勝てる者などいない!!」

 

 闘技場の水をジュビアが支配していく。

 

第二魔法源(セカンドオリジン)の解放により身につけた新必殺技。届け愛の翼、グレイ様ラブ!!」

「やめろおお!!」

 

 大量のハートマークとともに激しい水流が巻き起こる。たまらずロッカー、ジェニー、シェリアが順番に場外となってしまう。同時に、グレイの悲鳴も会場に響き渡った。

 

『なんとジュビアがまとめて三人も倒してしまった! 水中では無敵の強さだ!!』

(ジュビアを見て萌えてくれましたかグレイ様!)

 

 ジュビアが期待をこめて観客席を見る。そこにはどん引きしているグレイがいた。

 

「引いてる!! ──って、え?」

 

 ジュビアがグレイのリアクションを見てショックを受けていると、いつの間にか闘技場の外に出ていた。カグラの時とまったく同じだ。

 

『残るはミネルバとルーシィの二人のみ! さあ、勝つのはどっちだ!!』

 

 ここから、五分間ルールが適用される。今から五分の間に場外となった方は最下位となってしまうのだ。

 

「妾の魔法なら一瞬で場外にすることも出来るが、それでは興がそがれるというもの。五分間堪えるのだぞ、妖精の尻尾」

 

 ルーシィの隣に、大きな気泡が出現する。

 

「何これ。──きゃあ!!」

 

 気泡はルーシィに接触すると同時に爆発。水中にも関わらず、かなりの熱をもっている。

 続いて、ルーシィの頭に殴られたような衝撃が走った。

 

「うあっ! 今度は重い、鉛のような……」

 

 やられたばかりではいられないと、腰につけていた鍵の入ったホルダーに手を伸ばす。しかし、そこには何もついてはいなかった。

 

「いつの間に!?」

 

 鍵はミネルバの手のうちに握られている。これでは、ルーシィは魔法を使うことが出来ない。

 強い衝撃でルーシィが吹き飛ばされる。

 

『このまま場外に出ると最下位だ!!』

 

 実況のチャパティが叫ぶ。

 しかし、ルーシィの体は場外となる寸前で停止した。

 今度はミネルバの目前に転移する。がしりと、ミネルバがルーシィの首を掴んだ。

 

「安心せよ。そなたを最下位にはしない。最下位は人魚と決めておるのでな」

「うう……」

 

 苦しそうにルーシィが呻く。ミネルバは首を掴んでいた手を放すとルーシィを思い切り蹴り飛ばした。

 

「ただし五分間、妾に付き合ってもらうがな!」

「きゃああああ!!」

 

 ルーシィが場外になりかけるが、また途中でぴたりと停止する。

 そこからは、ミネルバの一方的な蹂躙だった。

 爆発が、鉛で殴られたような衝撃が、電撃が、様々な苦痛が何度もルーシィを襲う。また、ミネルバの目前に連れてこられては殴られ、蹴られる。それを繰り返し、やがて気を失ったのか、ルーシィは悲鳴すらあげなくなった。

 

『ここで時計は五分が経過! 同時にレフェリーストップで競技終了!! 勝者ミネルバ、剣咬の虎、やはり強し!! ルーシィ、さっきから動いてませんが大丈夫でしょうか!?』

 

 ようやくミネルバの手を離れ、ルーシィの体が水中闘技場から落下。急いでかけつけたナツとグレイに抱きとめられる。

 競技に参加していたシェリアが天空魔法ですぐに応急処置を行った。遅れて駆けつけたウェンディからも処置を受けた後、ルーシィは衛生兵に連れられて医務室へと運ばれていく。

 同じく、闘技場に駆けつけたエルザがミネルバを睨む。ミネルバはゆっくりと水中から出てくるとエルザを見下ろした。

 

「その目は何か? 妾はルールにのっとり競技を行ったまでよ。むしろ二位にしてやったのだから感謝してほしいものだ。そんな使えぬクズの娘を」

 

 その言葉に、ナツが殴りかかろうとするがエルザが遮って止めた。スティング、オルガ、ルーファスもミネルバを庇うように間に入り、雰囲気はまさに一触即発。会場も不穏な空気にざわめいた。

 

「最強だかフィオーレ1だか知らんが、一つだけ言っておくぞ。おまえたちは一番怒らせてはいけないギルドを敵に回した」

 

 エルザはそれだけを言い残し、ルーシィの見舞いが先だと、ナツを言い聞かせて引き下がっていく。

 

「フフ、生意気な者どもだ。しかし、もう一人妾に文句を言いたい者がいるようだ」

 

 ミネルバが視線を移せば、仁王立ちでミネルバを真っ直ぐに見据えるカグラの姿があった。

 

「妖精の尻尾以外は興味がねえ。お嬢、先に戻るぜ」

 

 そう言ってスティングが去って行く。構わないと、ミネルバもそれを見送った。

 

「ルーファスとオルガも戻っておれ。戦いにはならん」

「では、私も失礼させてもらうとしよう」

「じゃあ、オレも戻るか」

 

 二人もスティング同様に去って行く。後にはミネルバとカグラが残された。

 

「さて、なにやら言いたいことがあるようだが?」

「聞こえたぞ。どうやら私を最下位にしたかったようだが、最後に私を残し五分以内に場外にさせればよいだけのこと。そなたの魔法ならばそれも可能だったはずだ。何故わざわざあのような非道を為した」

「フフ、そんなことか」

 

 簡単なことだとミネルバが笑う。

 

「気にくわなかったのだ。七年前最強だったか知らぬが、今更現れおって目立ちよる。今では剣咬の虎で無く妖精の尻尾を応援する者とて現れ始めた」

「そんなことのために、貴様はあのような非道を」

「そんなことだと?」

 

 突然、ミネルバの表情から笑みが消える。そして、ミネルバはカグラを睨み付けた。

 

「弱者に価値などない。剣咬の虎は頂点でなければならないのだ。それを脅かす者は誰であろうと許しはせん」

「お前……」

 

 カグラは少し意外に思った。ミネルバの行いは非道の一言に尽きるが、その根底には己のギルドへの愛情が確かに存在している。

 

「そして、妖精の尻尾以上に妾たちを脅かしているのはそなたらだ、人魚の踵。六年前の大魔闘演武で優勝し、その後は表舞台から姿を消した。そのせいで妾たちが優勝しても、もし戦えばどちらが強いかなどと人々は口にする」

「その話は、そなたらが優勢だという見解が主流だと聞いたが?」

「それでも、そなたらの存在が妾たちの最強という称号に影を差していることになんら違いはあるまい。その上、今大会では随分と恥をかかせてくれたものよ。許すことなどできはしない」

 

 そういってミネルバは歩き出し、すれ違いざま再び足を止めた。

 

「今回はこの程度で済ますが、最終日は覚悟しておくがよい」

「こちらの台詞だ。せいぜい、水底に引きずり下ろされないよう気をつけることだな」

「水中戦で最下位をとった人魚がほざきおる」

 

 ミネルバが去って行く。それをカグラは黙って見送った。

 そのやりとりを斑鳩は観客席から見守っていた。

 

「最強どすか。目指すのはいい。けれど、執着のあまり周りが見えなくなれば、後に待つのは孤独だけだというのに……」

 

 そう呟き、斑鳩は腰の剣へと視線を落とした。

 

 

 一位 “剣咬の虎”ミネルバ

 二位 “妖精の尻尾A”ルーシィ

 三位 “妖精の尻尾B”ジュビア

 四位 “蛇姫の尻尾”シェリア

 五位 “青い天馬”ジェニー

 六位 “四つ首の仔犬”ロッカー

 七位 “人魚の踵”カグラ

 

 

 以上の結果をもって四日目競技パート、海戦が終了したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 四日目のバトルパートはこれまでと違い、タッグバトルとなっている。

 また、バトルパートの組み合わせの都合上、チームの数が偶数でなければならないため、妖精の尻尾にチームを統合するように通達がされた。ポイントは低い方に順じ、海戦の結果もふまえてAチームの35Pとなった。

 妖精の尻尾がチームの再編を終え、闘技場に姿を現すと一日目のブーイングが嘘のような大歓声で迎えられた。たった四日でかつての人気を取り戻したのだ。

 

 

 第一試合は“青い天馬”一夜・謎のうさぎの着ぐるみ vs “四つ首の仔犬”バッカス・ロッカー。

 この試合で、ついにうさぎの着ぐるみに入っている人物の正体が判明する。それはエクシードのニチヤだった。一夜と全く同じ顔をしている。

 だが、ニチヤに戦闘能力は全くなく、あっと言う間にバッカスにやられてしまった。しかし、それがかえって一夜に火をつけることとなる。ニチヤに勝利を捧げるため、力の香り(パルファム)で肉体を強化した一夜は、二対一にも関わらずバッカスとロッカーに勝利したのだった。

 

 

 第二試合は“人魚の踵”斑鳩・青鷺 vs “蛇姫の鱗”リオン・ユウカ。

 

「なんで向こうに斑鳩がいるのにジュラさんが出ねえんだ」

 

 組み合わせを見て思わずユウカがぼやいた。

 

「聖十大魔導同士の戦いは天変地異が起きるとも言われている。闘技場でぶつけるには危険という運営の判断かもしれん。それに、一日目でジュラさんはバトルパートに出ているのだから仕方ない。ぼやいてないで全力でぶつかるぞ」

「分かったよ……」

 

 そして四人は闘技場の中央で相対し、試合開始の銅鑼が鳴らされた。

 

「アイスメイク“白龍(スノードラゴン)”!」

 

 開始と同時、リオンが仕掛けた。氷の龍が斑鳩を襲う。

 

「はっ!」

 

 しかし、斑鳩はそれをたやすく切り刻んだ。龍は氷の破片となって宙を飛び散った。

 

「ユウカ!」

「ああ!」

 

 すぐにユウカがリオンの前に波動を展開。波動はあらゆる魔法を中和して無効化する。ユウカによって守られている間に、リオンが次のアイスメイクの準備を始めた。時間をかけ、ありったけの魔力を込めて造形魔法を行使しようとしたのだ。

 

「良い連携どす。ですが、相手はうち一人じゃないんどすよ。──サギはん」

「……ん」

 

 影化した影狼が地面を縫って回り込み、ユウカの足下に絡みつく。斑鳩を警戒していたことに加え、氷の破片によって視界が悪くなったことも合わさり二人は影狼に気がつくことができなかった。

 

「……跳べ」

「なに!?」

 

 リオンの前からユウカの姿が消える。残されたのは無防備なリオンのみ。

 一方のユウカは青鷺のもとに跳ばされていた。突然視界が切り替わり、波動が展開していない後方を青鷺にとられた。

 

「無月流、夜叉閃空」

「……眠れ」

 

 斑鳩の斬撃がリオンを襲い、慌てて振り返ったユウカの鳩尾に青鷺の拳が打ち込まれる。

 たまらず二人は倒れて試合終了。人魚の踵が苦もなく勝利したのだった。

 

 

 第三試合は“妖精の尻尾”ナツ・ガジル vs “剣咬の虎”スティング・ローグ。

 現最強ギルドと七年前の最強ギルドの戦い。加えて四人全員が滅竜魔導士とあって期待も大きい。

 しかし、闘技場を破壊するほどの戦いとはなったものの、最終的にはナツが一人でスティングとローグの二人を圧倒した。

 期待とは異なったものの、ナツはその圧倒的な実力で会場を沸かせるのだった。

 

 

 これで、大魔闘演武四日目が終了。

 

 

 一位 人魚の踵 48P

 二位 妖精の尻尾 45P

 三位 剣咬の虎 41P

 四位 蛇姫の鱗 35P

 五位 青い天馬 31P

 六位 四つ首の仔犬 16P

 

 

 六年前の最強ギルド、七年前の最強ギルド、現最強ギルドの点数がどれも40台となり、評判通りの実力を示した。蛇姫の鱗と青い天馬は少し離されてしまったが、十分最終日で逆転が期待できる範囲でとどまっている。四つ首の仔犬は他五チームに少し離されてしまう形となった。

 一体どこのギルドが優勝するのか。

 残すは、一日の休憩を挟んだ後に行われる最終日のみとなったのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 その夜、剣咬の虎が宿泊する宿、クロッカスガーデンではマスターであるジエンマが荒れ狂っていた。所属するメンバーが一堂に会し、その中でスティングとローグがジエンマの前に立たされている。

 

「最強ギルドの名を汚しおってからに! 貴様らに剣咬の虎を名乗る資格はないわっ!!」

 

 ジエンマがスティングとローグを殴り倒す。

 

「消せ、ギルドの紋章を消せ! 我がギルドに弱者はいらぬ! 負け犬はいらぬ!!」

「まあまあ、マスター。スティング君とローグ君もがんばりましたよ」

 

 見かねて、レクターが震えながらも止めに入った。スティングを庇うために言葉を重ねるが、ジエンマの注目は既に別のところへと移っていた。

 

「誰だうぬは」

「いやだなマスター。僕だってここにセイバーの紋章を入れたれっきとした……」

 

 レクターがジエンマに背中の紋章を見せる。

 それを見て、ジエンマが再び怒りに身を燃やした。

 

「なぜに犬猫風情が我が誇り高き剣咬の虎の紋章を入れておるか。消えい!!!」

「レクター!!」

 

 スティングが慌てて叫ぶがもう遅い。レクターはジエンマの起こした爆発に飲まれて消え去った。

 ローグが即座にフロッシュを抱え込む。

 

「めざわりめざわり。猫が我がギルドの紋章など入れてからに」

「あああああああ!!!」

 

 スティングが涙を流し叫び出す。そして、怒りのままにスティングの拳から放たれた光がジエンマの胸を貫いた。

 

「ぐはっ!」

 

 ジエンマが床に倒れ込む。

 そこでミネルバが口を開いた。

 

「それでよい。父上の恐怖統制は今ここで終わりを告げよう。父上の力をも越えるスティングこそマスターにふさわしい」

「ミネルバ、貴様何を言って……」

「黙るがよい。負け犬などいらんのだろう。自論に従うなれば」

「むぐ……」

 

 ジエンマはミネルバの言葉に押し黙る。

 そして、ミネルバはスティングに、そなたは想いの力を手に入れたのだと語りかけた。知らないうちにジエンマに感化されていたが、スティングの本質は違うのだと。

 また、レクターはミネルバの魔法で別の場所にとばしただけであり、生きていることを伝えた。泣いて感謝するスティングだったが、ミネルバは厳しく言い放つ。

 

「甘えるな。大魔闘演武で優勝するまでレクターは渡さん」

「何言ってんだよお嬢! 頼むよ、今すぐレクターを返して……」

「妾は父上とは違う。しかし、剣咬の虎のあるべき姿が天下一のギルドであることに変わりはない。そなたは手に入れた力を誇示せねばならん。愚かな考えはおこすではないぞ。レクターの命は妾が握っていると知れ」

 

 こうして、スティングは覚悟を決め、剣咬の虎は新しい歩みを始める。

 そしてミネルバは、倒れ伏して屈辱に身を震わせるジエンマを見下ろした。思い起こすのはこの男に育てられた忌まわしき幼少時代。

 

(妾は父上の手から離れる。妾のやり方で優勝することで、父上よりも上だということを証明して見せよう)

 

 しかし、ミネルバは気が付かない。その考え方こそ、ジエンマに教え込まれた『力こそ全て』という考え方であるということを。ジエンマの手から離れる方法として、ジエンマの上を行くという考えしか浮かばないことを。

 カグラが見出した通り、ミネルバの中にギルドへの愛情は確かに存在する。ジエンマからの解放は己のためであると同時にギルドのためであるのだ。

 しかし、斑鳩が危惧した通り、優勝しなければならないという想いがミネルバの視野を狭めていた。

 ギルドのために優勝しなければならない。そのために、スティングがレクターを想うことで引き出される力こそが必要だ。だからこそ、今はレクターを返さずスティングに力を引き出してもらおう。

 この考えに生じている矛盾に、今のミネルバは気がつけない。まさに暴走しているともいえる状態であった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 華灯宮メルクリアスの様子を探っていたジェラールだったが、結局手がかりは掴めなかった。

 時間はすでに深夜零時を回っていた。それでも、警備が弱まる様子はない。

 

(侵入は不可能。強行突破ならばできないこともないが、まだそれをするには早い。ひとまず今日の所は引き上げよう)

 

 その帰り道の途中である。

 ふと、クロッカスの街中でゼレフのような魔力を感じたのだ。

 

「今の魔力はゼレフ? いや、少し違う。何者だ……?」

 

 エクリプスの影響でドムス・フラウとメルクリアスからゼレフのような魔力を感じるのは分かる。しかし、クロッカスの街中で感じるのは異常であった。

 

(姫が扉を開く決断をしたことと何か関係が?)

 

 ジェラールはすぐに魔力を辿る。辿ると言っても大まかな方向くらいしか分からないが、時刻は深夜。人が出歩かない今、方向だけ分かれば十分だった。

 そして、ジェラールは目当ての人物の後ろ姿を捉える。ジェラールと同じく、フード付きのマントで身を隠しているようだ。小柄な体格と裾からのぞく細い足から女のようだと推察する。

 

「止まれ。オレも正体を明かす。お前も正体を明かせ」

 

 そう言って、ジェラールは顔を晒した。

 マントの人物は応じ、振り返って顔を見せた。そして、ジェラールはその正体に驚愕する。

 

「そんな……。なぜ、ルーシィが!?」

 

 見間違えようはずもない。目の前の少女は間違いなく妖精の尻尾のルーシィだ。

 ルーシィはジェラールの姿を目にして涙を流す。

 

「助けて……」

 

 それだけを口にして、ルーシィの体がぐらりと傾いた。慌ててジェラールがルーシィを抱きとめる。確認すると、ルーシィはどうやら眠っているだけのようだ。

 そして、抱き留めたルーシィの感触に違和感を憶える。何かに気付き、慌ててマントをはぐる。そこにはルーシィの右腕が存在していなかった。

 

「一体、何が起こっているというのだ…………」

 

 驚愕と混乱の余り、ジェラールはしばしその場を動くことができなかった。

 




○こぼれ話
今作において、メルディは21歳という設定(公式で年齢って出てないはず)。
同い年ということもあり、青鷺とは仲がいい。しかし、一人だけ色々と成長したメルディに青鷺は少し嫉妬している。


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第四十話 大魔闘演武其ノ一

定期更新にしようと思ったんですが不定期更新に戻します。
書けたら即投稿スタイルが私には合っているようです。


 それは大魔闘演武四日目の夜のことであった。

 ガジルが闘技場の地下にあるドラゴンの墓場を偶然発見。ナツ、ハッピー、ウェンディ、シャルル、グレイ、ルーシィはガジルに連れられてその場所を訪れていた。

 そこへ、フィオーレ王国軍クロッカス駐屯部隊桜花聖騎士団団長アルカディオスと臨時軍曹のユキノがやってきた。

 なぜユキノが軍に入っているのか疑問に思う一同に、アルカディオスがある作戦のために星霊魔導士の力が必要であるため、協力してもらっているのだと説明する。

 その言葉にルーシィはあることに思い至る。

 

「星霊魔導士の力って……。まさか、エクリプスのこと?」

「なんと、それをどこで耳にしたのだ!?」

 

 軍の機密であるはずの情報をルーシィが知っていたことに、驚きを隠せないアルカディオス。

 ルーシィは魔女の罪(クリムソルシエール)から聞いたことを明かした。

 

「魔女の罪。なるほど、姫がおっしゃっていた者たちか。世界の闇を狩る者たち」

「彼らの言葉が本当なら、扉は開かないと約束されているはずよ。なぜ開こうとしているのかしら」

「そ、そうなのですか!?」

 

 疑い深くアルカディオスを見つめるルーシィ。ユキノも初耳だったのか目を丸くしている。

 

「それは安易に開いてはならないという約束だ。今回はそれに当てはまらない」

「すぐに開かないといけない理由があるっていうの?」

「ここで話せるようなことでもない。ついてきたまえ。説明しよう」

 

 アルカディオスは身を翻すと歩き出した。疑いつつもアルカディオスに付いていくルーシィたち。エクリプスについて知らなかったガジルとリリィにはウェンディとシャルルが道中で説明した。もちろん、周りに人がいないことを見計らってである。また、アルカディオスは大魔闘演武二日目にルーシィを狙ったのは自分であることを明かして謝罪した。

 そうして案内されたのは華灯宮メルクリアス。中へと入り、地下へと下っていくと巨大な扉が現われた。

 

「これが、エクリプス……」

「でっけえな」

 

 見上げんばかりの巨大な扉が広い空間の中心にそびえ立っている。

 

「太陽と月が交差するとき、十二の鍵を用いてその扉を開け。扉を開けば時の中、四百年の時を渡り不死となる前のゼレフを討つ。ここまではいいかね」

「おおむね聞いた話と一致するわ。太陽と月が交差するときっていうのは初耳だけど」

「エクリプスの研究は進んでいる。七年前よりも分かっていることは多いのだ」

 

 そして、三日後の七月七日。日食が起こるその日に扉を開くことを告げ、その上でルーシィに協力して欲しいと頼んだ。

 そこでグレイが口を開く。

 

「おい待てよ。まだ扉をその日に開かなきゃなんねえ理由を聞いてねえ」

「そうだったな。……これはまだ、私と姫しか知らないことなのだが」

 

 その時である。

 

「そこまでだ!!」

 

 突然地下に王国兵がなだれ込んできた。王国兵はアルカディオスも含め、たちまち全員を取り囲む。兵たちの間から国防大臣のダートンが姿を現す。

 エクリプス反対派のダートンが強硬手段に出たのである。ダートンは有無を言わさずにアルカディオス、ユキノ、ルーシィの三人を拘束させた。

 

「ルーシィを巻き込むんじゃねえ!」

 

 ナツが抵抗しようとするが、魔法を使った途端にナツの魔力が全てエクリプスに吸い込まれた。大魔闘演武はエクリプスに魔力を供給するためのシステム。今、エクリプスの近くで魔法を使えば全魔力を吸い込まれてしまうのだ。

 ナツは気を失って倒れてしまう。グレイたちも魔法を使えなければ為す術はない。そのままルーシィたちは連れて行かれてしまった。

 

「私とて本意ではないことを理解して頂きたい。全ては国家のため。だが、一つだけ助言することもできよう。陛下が妖精の尻尾(フェアリーテイル)をたいそう気に入っておられる。大魔闘演武で優勝できたなら陛下に謁見する機会を与えよう。心優しき陛下ならば仲間の処遇についても配慮してくれるやもしれん」

 

 そう言い残してダートンが立ち去る。

 結局、グレイたちは扉を開かねばならない理由を聞くことは出来なかった。

 明けて翌日。妖精の尻尾はこれを受けて大魔闘演武の最終日当日、大魔闘演武出場班とルーシィ救出班に分かれて二正面作戦を行う事に決めたのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 ルーシィとユキノは同じ牢に入れられた。アルカディオスがどこに連れて行かれたのかは不明である。

 牢の中でユキノは膝を抱えてふさぎ込んでいた。

 

「まさかこんなことになってしまうなんて。私は本当に不運を呼ぶ」

「何言ってんの。落ち込む暇があったら脱出方法考えよっ」

 

 ユキノに対してルーシィは前向きだ。牢に捕まってなお笑みを浮かべ、謝るユキノにユキノのせいではないとはげました。

 そうこう話しているうちに、エクリプスを実行するべきかどうかという話に及ぶ。

 どちらが正しいか分からないというルーシィに対してユキノは実行するべきだと断言した。

 

「私には姉がいたんです。ソラノと言う名前でした。私は何をやってもドジばっかりしていつも両親に怒られてました。でも、姉はそんな私をいつでもかばってくれた」

 

 両親の怒りに晒され、泣いて蹲るユキノ。そんなユキノを両親から遮るように立ちはだかる姉の後ろ姿を今でも鮮明に覚えている。

 

『ユキノは悪くないゾ』

 

 いつも姉はそう言ってユキノをかばってくれたのだ。

 

「優しくて、綺麗で、私は姉が大好きでした。だけど、ある日ゼレフを妄信する集団に両親は殺され、姉は連れて行かれてしまいました。私は命からがら逃げ出す事しかできませんでした。その後の姉の生死は不明です」

 

 ぎゅっと膝を抱える腕に力が入り、目元には涙が浮かぶ。

 

「エクリプスを使えばゼレフを倒せます。この世界にゼレフがいなければ姉は……」

 

 ユキノの言葉はそこで途切れた。エクリプスを開くべきだというユキノの気持ちは分かった。しかし、ルーシィはでも、と思う。

 

(世界が自分の思い通りに変わるとは限らない。それが歴史を変える危険性……)

 

 しばらくの間、牢には沈黙だけが広がった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 ジェラールたちは大魔闘演武前日の七月五日、目を覚ましたルーシィから全てを聞いた。

 ルーシィはエクリプスを通って数日後の未来から来たこと。そして、七月七日に一万を超えるドラゴンの群れが襲来してフィオーレ王国が滅ぶことを告げたのだった。

 

「一万を超えるドラゴンの群れ……。ヒスイ姫は何らかの理由でこれを知り、エクリプスを開こうとしていると考えるのが妥当か?」

「でも、エクリプスはあくまでゼレフを討つための計画。一万のドラゴンとは繋がらないゾ」

「いや、一万のドラゴンなんて現実的に考えてあり得ないわ。ゼレフがなんらかの手段で呼び出したとも考えられるんじゃない?」

「少なくともこの七年。イシュガル中を回ってもドラゴンの一匹とも遭遇しなかったしね」

 

 考え込むジェラールにソラノ、ウルティア、メルディも各々の考えを述べていく。

 

「ゼレフだからって一万のドラゴンを使役できるものなのか? 私はちょっと疑問だゾ」

「確かにそうね。ドラゴンは人間よりもはるかに高位の生物だと言うわ。だけど、土塊から悪魔をも作り出してしまうゼレフなら、と思えてしまう。多くのことが出来てしまうだけに、私たちでは限界を想像できないのが痛いわね。やっぱり、手がかりは何も思い出せないかしら、ルーシィ」

 

 そう言って、ウルティアは隣に腰をおろしていたルーシィに問いかけた。

 

「ごめんなさい。その時、あたしは牢の中にいたから何もわからないの。本当にごめんなさい……」

 

 申し訳なさそうにルーシィは俯いた。すかさずウルティアがフォローする。

 

「責めるつもりはないのよ。この情報を持ってきてくれただけで助かってるんだから」

 

 そこで、メルディが何かに思い至ったように口を開いた。

 

「エクリプスって過去に繋げるんだよね。誤作動して扉からドラゴンが来たって線はないのかな?」

 

 ジェラールが頷き、だがと続ける。

 

「そうすると扉を開く理由がなくなるんだ。ドラゴンが扉を潜ってやってくるなら、扉を開くためにドラゴンが襲来する以外の理由が別にあることになる」

「確かに」

 

 ヒスイ姫との約束がある以上、開くだけの脅威が存在しなければ扉は開かないはずだ。

 

「姫が単純に約束を破った結果ということもありえるゾ」

「そのような人だとは思えんが、その可能性も大いにある。なんにせよ現状では答えを出せそうにない。幸い襲来は日付が七日に変わった直後という。ならエリックが真実を聞き取るには十分な時間があるということだ。今はただ待つとしよう」

「そうね」

 

 そこで、ルーシィがおずおずと口を開く。

 

「あの、あたしは城に捕まるみんなを助けに行かないといけないから、そろそろ失礼してもいいかしら……」

「ああ、そのことか」

 

 ルーシィの話によれば、一度はナツたちの手で救出されるルーシィとユキノだったが、迷ったあげくにエクリプスに辿り着いてしまったせいで魔法が使えなくなり、再度ナツたちを含めて全員が拘束されるのだという。そうならないため、ナツたちを脱出させる手引きをしなければならないというのがルーシィの話だ。

 

「しばらく待ってもらえないか? オレたちにも人員はいる。姫の調査だけでなく、君の手伝いにも人員を割けるだろう」

「それに、ナツたちとの合流は地下でする予定なんでしょ? リチャードがいれば地面の中を潜って移動もできるし助けになるわよ」

「救出には私も力を貸すゾ」

「ソラノはユキノちゃんが心配だもんね」

「みんな……」

 

 四人の言葉に、ルーシィの目元に涙が浮かんだ。絶望の中、無我夢中でエクリプスを開いて過去へと戻った。だが、ルーシィは解決策を持っていたわけでもない。過去に渡ってなおルーシィは絶望の中にいた。

 だが、ジェラールたちは疑いもせずにルーシィの言葉を信じて対策を講じてくれている。なんと頼もしいのだろうか。もしかしたら、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 七月六日、大魔闘演武最終日。

 花火がいくつも打ち上げられ、まだ始まる前だというのに闘技場は大いに賑わっていた。

 

『いよいよやって参りました! 魔導士たちの熱き祭典、大魔闘演武最終日!! 泣いても笑っても、今日優勝するギルドが決まります!!』

 

 最終日は実況チャパティ、解説ヤジマ、そしてゲストには大会マスコットのマトー君が迎えられて行われる。

 

『今日は審判のお仕事はよろしいのですか?』

『今日は大丈夫カボ。みんながんばるカボー』

 

 そして、選手入場の時間を迎えた。選手たちは下位から順番に入場することになっている。

 四つ首の仔犬(クワトロパピー)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)と闘技場に姿を現し、続いて現在三位の剣咬の虎(セイバートゥース)が登場する。

 

『おや? 何か雰囲気が変わりましたね』

『気合いを入れ直スたのかね?』

『かっこいいカボー!』

 

 確かに身に纏う衣装が変わっているが、雰囲気の変化はそれだけではないように感じられた。観客も多少ざわめいたが、次のチームが登場する段になって再び活気を取り戻す。

 

『そして現在二位! 一位となり、七年前最強と言われていたギルドの完全復活の日とできるか!? 妖精の尻尾入場!!』

 

 初日では考えられなかった歓声とともに入場する妖精の尻尾。しかし、その姿を見て再び観客たちがどよめいた。

 

『おや!? こちらは何とメンバーを入れ替えてきた!!』

 

 先日大活躍したナツが抜け、代わりにジュビアが入っている。ナツを楽しみにしてきた観客も多く、惜しむ声が上がった。

 だが、まだチームは出揃っていない。

 

『そして現在一位! 再びフィオーレ1の座を手に入れるのか!? 初代優勝メンバーの三人が率いる人魚の踵(マーメイドヒール)の登場だ!!!』

『オオオオオ!!!』

 

 斑鳩たちは闘技場へと足を踏み出す。迎えいれるのは大歓声。

 

「……凄いね。六年前に優勝を決めたとき以上じゃない?」

「うちらが出ない間にも、大魔闘演武はどんどんと人気をあげていきましたからなぁ」

 

 五人は大歓声の中、堂々と歩みを進めた。

 

「みゃあ、こんな大歓声初めてだよ」

「私もさ。気持ちの良いものだね。ちょっと緊張はしちゃうけど」

「ふふ、気負う必要はない。祭なのだから楽しめばよいのだ」

 

 態度はともかく、内心少し緊張していたミリアーナとアラーニャに、カグラがリラックスできるようにと微笑みかけた。

 こうして参加する全選手が闘技場に集結する。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 丁度その頃、ジェラールたちとエリックたちが合流。魔女の罪が集結した。

 

「はあ、はあ……。死ぬ、まじで死ぬ……」

 

 グロッキーなのは長距離を乗り物で移動したエリック、――ではなくソーヤーだった。

 

「助かったぜ。おかげで気分がいいや」

「お、覚えてろよてめえ……。貸しだからな……」

 

 エリックが到着しても乗り物酔いで動けなくなっていては困る。ということで、ソーヤーがエリックを担いで走ったのだ。全てではないが、クロッカスに向かうラストスパートでは半日以上走りっぱなしだった。

 

「長旅で疲れているところ悪いが、早速仕事に取りかかりたい。こちらで掴んでいる事態を説明させてくれ」

「分かりましたデスネ」

 

 ジェラールから現状を聞かされる四人。エリックたちもこちらに向かう途中、特に異常はなかったことを伝える。

 情報共有をした後、華灯宮調査班と救出班の二手にメンバーを分けることになった。

 

 

 華灯宮調査班。

 ジェラール、エリック、マクベス、ソーヤー。

 

 

 救出班。

 ウルティア、メルディ、リチャード、ソラノ、ルーシィ。

 

 

 いざクロッカスへという段になって、ソーヤーがマクベスに声をかける。

 

「おいマクベス。お前の空飛ぶ絨毯貸してくれ。魔導二輪に乗る元気もねえんだ」

「嫌だよ。君の汗で汚れるだろう」

「いいじゃねーか! 洗濯はしてやるから!!」

 

 マクベスは聞く耳持たずについと顔を逸らした。

 

「ウルティア。ソーヤーの第三魔法源(サードオリジン)を解放してあげたらどうだい。そしたらまだ走れるはずさ」

「しょうがないわね。さあ、心の準備はいいかしら」

「いいわけねーだろ! オレを再起不能にする気か!!」

 

 がやがやと騒ぎ立てるソーヤーたちに頭を抱えるジェラール。

 

「ウルティアまでのるんじゃない」

「ふふ、ごめんなさいね」

「まったく、早く行くぞ。ソーヤーはオレが担いで行ってやる」

「さすがリーダー、話が分かるぜ!」

「頼むからもう少し緊張感を持ってくれ……」

 

 疲れたように溜息をつくジェラール。そこにリーダーとしての苦悩が少し見て取れる。

 

「だ、大丈夫なのかしら……」

 

 つい先日までの評価から一変。ルーシィは少し不安になった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

『己が分を、魔を、そして仲間との絆を示せ! 最終日、全員参加のサバイバルゲーム“大魔闘演武”を開始します!!』

 

 実況の声が響く。だが、闘技場に参加する魔導士たちの姿はない。全員が集結してすぐに闘技場を後にしたのだ。

 

『バトルフィールドとなるのは何とクロッカスの街全域。各ギルドのメンバーはすでに分散して待機しています。街中を駆け巡り、敵ギルドのメンバーと出会ったら戦闘となります。

 相手を気絶、戦闘不能にするとそのギルドに直接1Pが加算されます。

 また、各ギルドには一人だけリーダーを設定してもらいます。これは他ギルドには誰がリーダーかは分かりません。リーダーを倒せば5P加算されます。

 これで最多ポイントの理論値は45。どのギルドにも優勝の可能性はあります。チーム一丸となって動くか分散するか、戦略がわかれるところです』

 

 実況の説明が流れている間、斑鳩たちは街の一角で円陣を組み、中心で手を重ねる。

 代表してリーダーの斑鳩が言葉をかける。

 

「うちらは現在一位。ですが油断してはいけまへん。全力を持って臨み、魔闘を楽しみ、ギルドへフィオーレ1の称号を持ち帰りましょう」

 

 そして、試合開始の銅鑼が鳴る。

 

「絶対勝つぞ!」

「オオォ!」

 

 かけ声とともに重ねていた手を跳ね上げて散開した。

 斑鳩、カグラ、青鷺は単独行動。ミリアーナとアラーニャは二人一組で行動する作戦だ。

 

『始まりましたね、最終戦』

『やはり分散スて各個撃破の作戦をとるチームが多いね』

『みんな頑張るカボー!』

 

 各チームの動きを観察する実況席と観客たち。彼らは開始直後、すぐにその異常に気がついた。

 

『あーっと、これはどうしたのでしょうか!? 妖精の尻尾、全員目を閉じたまま動いてないぞ!!』

 

 その奇妙な行動に、他の妖精の尻尾のメンバーたちでさえ慌てている。

 実際に競技をしている魔導士の中ではルーファスと、少し遅れて青鷺が妖精の尻尾の奇妙な行動に気がついた。

 

「……いったい何を考えているのか」

 

 青鷺はその行動が気になり、影狼を使って妖精の尻尾を見渡せる小高い建物に転移した。影狼を使って各地の状況を確かめつつ、妖精の尻尾がどんな動きを見せてもいいように準備をする。

 そうしている間に街では最初の接敵があった。

 

「オレが魔法を封じてる間に」

「おおーん!!」

「二人かよ。――ぐはっ!」

 

 二人組で行動していた蛇姫の鱗のユウカとトビーが四つ首の仔犬のノバーリを撃破。

 蛇姫の鱗は四つ首の仔犬を狙っていたのか、さらにリオンがセムスを、ジュラがイェーガーを撃破し、一気に3Pを獲得する。

 

 

 四位 蛇姫の鱗38P

 

 

 勢いに乗る蛇姫の鱗。だが、ユウカとトビーの前にやられてばかりはいられないとバッカスが姿を現す。

 

「あんまり甘く見てんじゃねーぜ」

「バッカス!」

 

 戦闘の構えをとる三人。

 

「――あ?」

 

 しかし戦闘が始まる直前、バッカスが頭上に気配を感じて顔を上げる。だが、気づくのが少し遅かった。スティングの奇襲を受けてバッカスは地面に叩きつけられて気絶。四つ首の仔犬のリーダーを倒したことで剣咬の虎に5Pが加算され、妖精の尻尾を超えて二位に浮上する。

 

 

 二位 剣咬の虎46P

 三位 妖精の尻尾45P

 

 

「やられたちくしょう!」

「二人でこいつやっつけんぞ!」

 

 標的をバッカスからスティングへと変更し、倒そうと意気込むユウカとトビー。

 スティングはそんな二人の後方を見て驚いた表情を浮かべた。

 

「割り込み御免」

「なっ!」「おがっ!」

 

 後方より現われたのはカグラ。ユウカとトビーを斬って捨て2Pを獲得。スティングはカグラに気がついた瞬間に逃亡を始めていたので取り逃してしまった。

 剣咬の虎ではジュラ、斑鳩、カグラとの戦いは消耗するだけなので後回しにしようと作戦を立てていたのだ。

 

「逃げ足の速いことだ」

 

 一方、ミリアーナとアラーニャも四つ首の仔犬のロッカーを撃破。

 カグラと合わせて人魚の踵は3Pを獲得する。ちなみに、これで四つ首の仔犬は全滅である。

 

 

 一位 人魚の踵51P

 

 

「いえーい! やったねアラーニャちゃん!」

「なにげに私は今大会初ポイントなのよね」

 

 手を叩いて喜びを分かち合うミリアーナとアラーニャ。引き続き敵の捜索に行こうとしたときである。

 

「小魚風情が浮かれるでない」

「――っ! 誰!?」

 

 二人が声のする方向に視線を向ければ、いつの間にかミネルバが姿を見せていた。

 

「ミネルバ……」

「さて、蜘蛛女はどうでもよいが、猫女は何かと利用できそうだ」

「くっ! やるよアラーニャちゃん!!」

「ああ!」

 

 直後、闘技場ではアラーニャの脱落がコールされ、剣咬の虎に1Pが加算される。

 

 

 二位 剣咬の虎47P

 

 

 その頃、いまだ動かない妖精の尻尾に応援席のメンバーたちは焦っていた。

 

「何のマネじゃ! ルーシィを助けるために勝たなきゃならんのだぞ!」

 

 怒鳴ったのはマカロフであるが、他のメンバーたちも気持ちは同じである。

 

「だからこそ。だからこそ冷静にならねばなりません」

「――!?」

 

 マカロフの言葉に応じたのは、妖精の尻尾初代マスターのメイビスである。

 

「私は今までの四日間で敵の戦闘力、魔法、心理、行動パターン、全てを頭に入れました。それを計算し、何億通りもの戦術をシミュレーションしました。敵の動き、予測と結果、位置情報、ここまで全て私の計算通りです」

 

 そこで突然、メイビスの雰囲気が変わる。普段の癒やされるような雰囲気から、隣にいたマカロフをぞわりとさせるほどの冷たい雰囲気へと。

 

「後は機を待つだけです」

「機、ですかな?」

「ええ」

 

 そう言うメイビスは闘技場の空中に浮かび上がる、大魔闘演武の様子を映し出した魔水晶映像(ラクリマビジョン)の一つを食い入るように見つめていた。

 

 

 斑鳩は敵を探して街を彷徨い歩いている。索敵の天之水分は最低限の範囲でしか使っていない。天之水分は範囲内の形を把握し、人間がどこにいるのか判別できるがそれが誰でどの程度の魔力を持っているのかまでは判断できない。

 元々索敵用の魔法ではないこともあり、範囲を広げればそれだけ爆発的に魔力の消耗も増える。だから、不意打ちを防げる程度にとどめることが最良の使い方なのだ。

 だからこそ、意図してその人物と遭遇したわけではない。

 

「これはこれは、縁があると言うべきどすか」

「全くですな。こうも早く決着をつけることになろうとは」

 

 巡り会ったのは聖十のジュラ。バトルパートで戦うことかなわず、決着をつけられるのは今日しか存在しない。そう思っていた矢先のことである。

 

「ふふ、いいんどすか? 聖十同士の戦いは天変地異すら引き起こすと言います。あまり望まれているものではありまへんよ」

「ご冗談を。今更刀を納める気などないでしょうに」

 

 互いににやりと笑う。

 斑鳩は腰の刀に手をかける。ジュラは合掌して魔力を高めた。

 

「しっ!!」

「はあっ!!」

 

 そしてクロッカスの街の中、莫大な魔力がぶつかり合った。

 

 

 その魔力の激突はクロッカスに散らばる魔導士の誰もが感知した。

 

「今です! 妖精の星作戦発動!!」

 

 メイビスが観客席で叫びを上げる。

 同時、妖精の尻尾の五人が目を開いて散開した。

 

『妖精の尻尾が動いた!!』

 

 実況と観客もどう動くのかと注目する。

 ルーファスはその動きを把握していたが、星降ル夜ニは一日目の競技で既に攻略されているため手を出さなかった。

 メイビスが言う。

 

「まず、真っ先に倒しておかねばならない魔導士がいます」

「倒さねばならない魔導士ですか……。それは一体……」

「市街戦においては最も厄介な相手、――人魚の踵の青鷺です」

 

 青鷺は散開した妖精の尻尾のメンバーのうち、ラクサスを直接追っていた。

 斑鳩は三日目にラクサスの戦いを見て聖十大魔導級と評した。しかし、斑鳩とジュラがぶつかった以上ラクサスを止められる戦力がいないことになる。

 そこで青鷺はラクサスの戦いを影ながら妨害して消耗させようと動いたのである。事実、影狼と転移を駆使すれば討てないまでも十分に可能な作戦である。それに仮にラクサスが青鷺を標的にしたとして、逃げに徹されたら青鷺を捕まえるのは困難だ。

 しかし、その考えも、青鷺が潜んでいる位置も、メイビスを通じてラクサスには筒抜けだった。

 

「――!」

 

 青鷺に気付いたそぶりも見せなかったラクサスが、青鷺の方を見ることなく的確に雷を放ってきた。

 完全に虚をつかれた形になったが、さすがの反応と言うべきか。高速で迫る雷が到達するよりも早く、反射的に近くの影狼の場所に転移した。

 

「……今の反応、完全に私の居場所に気付いていた。まさか探知系の魔法を隠して――!」

 

 その時である、後方より飛来するものに気がついた。

 

(……だめだ! インターバルが)

 

 なんとか躱そうとするも努力むなしく青鷺に直撃。

 

(……これは氷!?)

 

 青鷺に直撃したのは氷の矢。見れば、まだ次々に氷の矢が飛んできている。

 その延長線上、遠くに見える高い建物の屋上に人影が見えた。

 

「……グレイ」

 

 氷で作った弓を手にしたグレイ。

 この遠距離で直撃させる技量もとんでもないが、問題はそこではない。矢の速度とグレイの位置からして、明らかに青鷺が転移してくる前に矢を打ち込んできている。

 

(……ラクサスは探知できていたわけじゃない。妖精の尻尾は私の動きを全て読んでいたんだ)

「……く、無念」

 

 氷の矢の雨を浴びて青鷺は地に伏した。そして、妖精の尻尾に1Pが加算される。

 

「満足とは言えねえが。ひとまずこれで借りを一つ返したって事にしとくぜ」

 

 グレイはそう呟くと、次の目標位置へと移動を始める。

 

 

 三位 妖精の尻尾46P

 

 

 その後、妖精の尻尾の怒濤の追い上げが始まる。

 エルザが青い天馬のジェニーを撃破。

 ガジルが同じくレンとイヴを撃破し、一人逃げたヒビキを先回りしていたグレイが倒す。

 これで、合計四人を倒してさらに4Pを獲得し、一気に二位へと躍り出たのだ。

 

 

 二位 妖精の尻尾50P

 三位 剣咬の虎47P

 

 

 その後も、的確に状況を言い当てていくメイビスにマカロフはさらに畏敬の念を強める。

 

「お、思い出したぞ。初代の異名。その天才的な戦略眼をもって数々の戦に勝利をもたらした。――妖精軍師メイビス」

 

 可愛らしい見た目と性格から忘れがちだが、妖精の尻尾の創始者であり偉大な人物であるということを改めて認識させられる妖精の尻尾の面々だった。

 

 

 一夜が氷付けにされたヒビキのもとへと駆けつける。既に妖精の尻尾の面々の姿は無い。

 

「一夜さん、申し訳ありません……」

 

 ヒビキの呟きに、一夜はしっかりと頷いた。

 

「うむ、後は私にまかせ――ぽぎゅ!」

 

 しかし、突然降り注いできた岩石群が一夜を押しつぶす。斑鳩とジュラの戦いの余波である。

 一夜も魔法の香り(パルファム)さえ使っていれば相当の実力者なのだが、逆に香りを嗅いでいないと並の魔導士以下である。香りを嗅いでいなかった一夜はそのまま気絶。意図せず蛇姫の鱗に5Pが加算される。

 

 

 四位 蛇姫の鱗 43P

 

 

 また、これにより青い天馬も全滅したのだった。

 

 

 途中経過。

 

 

 一位 人魚の踵51P

 残りメンバーは斑鳩、カグラ、ミリアーナ。

 

 

 二位 妖精の尻尾50P

 残りメンバーはエルザ、ラクサス、ガジル、グレイ、ジュビア。

 

 

 三位 剣咬の虎47P

 残りメンバーはミネルバ、スティング、ローグ、オルガ、ルーファス。

 

 

 四位 蛇姫の鱗43P

 残りメンバーはジュラ、リオン、シェリア。

 

 

 五位 青い天馬31P

 全滅により順位確定。

 

 

 六位 四つ首の仔犬16P

 全滅により順位確定。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 魔女の罪はクロッカスに入る直前で二班に分かれる。

 救出班はリチャードのリキッドグラウンドで地面に潜りながら移動、調査班はマクベスの反射(リフレクター)で光を屈折させて姿を隠しながら移動する。

 ジェラールたちは華灯宮の一角、人気がない場所に潜伏した。

 

「すげえ魔力。こりゃあ、斑鳩が全力出してるみてえだな」

「彼女が全力を出すほどの相手というとジュラかな」

 

 ソーヤーとマクベスがまさに大魔闘演武が行われているクロッカスの街並を眺めながら話している。街の一角では岩石と、時折炎が舞っていた。

 一方、エリックは耳を澄まして情報収集を行っている。

 エリックが一つ息をついたのを見計らってジェラールが声をかけた。

 

「どうだ、何かわかったか」

「ああ、いろいろとな。まず、姫が扉を開く理由は一万のドラゴンに対抗するためで間違いねえ」

「やはりか。ならば、ドラゴンの出現にはゼレフが関わっているのか?」

「いや、それは分からねえ。だが、扉を開くのは時間を渡るためじゃねえんだと」

「なんだと? ならば何故開く」

 

 ジェラールが怪訝そうに眉を寄せた。時を超える扉を、時間を渡る以外の理由で開くなど考えられない。

 

「エクリプス2計画。これまで溜め込んだ魔力はエーテリオンにすら匹敵する。それをエーテリオンさながらにドラゴンの大群に撃ち込むらしい」

「エクリプスにそんな使い道があるのか? エーテリオンに匹敵する魔力を溜め込んでいたとして、それを撃ち出す機構が扉にあるとは思えない」

「姫自身、この使い方を知ったのは最近みてえだ。未来から来た男によって教えられた」

「未来から来た男だと? ルーシィ以外にも時を渡ってきた人間がいたのか」

「最も、時を渡ってきたなんて姫は半信半疑みてえだがよ」

 

 それもそうだ、とジェラールが頷く。

 

「普通はとても信じられるような話ではないからな」

「だが、エクリプスなんて代物に関わってんだ。男の言うことを嘘だとは斬り捨てず、男が言う大魔闘演武の決着の仕方が当たっていたなら、未来から来たことを素直に信じて扉を開くらしい。……ちっ、ネタバレくらったぜ」

「どうせ大魔闘演武なんて見ていられる状況じゃないんだからいいだろう。しかし、なるほどな……」

 

 これで、ここ最近起こっていた事態を大まかに把握することが出来た。だが、そうすると問題が一つ残る。

 

「エリック、その未来から来た男が何者なのかは分からないのか? そいつが信用に足る人物とは限らないだろう」

 

 エリックは首を横に振った。

 

「ダメだな。姫の心の声を聞くだけじゃ分からねえ。さっきから本人を探してんだが中々見つけられねえんだ」

 

 エリックはどれだけ声が多くとも、知り合いの心の声ならばすぐに聞き分けて見つけることが出来る。だが、今回は未来から来た男という情報しかない。

 一人一人心の声を聞いて精査して判別しなければならないのだ。難易度は格段に高かった。

 

「まだ時間はある。なんとか探し出してくれ」

「分かってる。もうちょっと待ってな」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 ルーシィ救出のために華灯宮に向かったナツたちは、ミラジェーンの変身魔法を駆使して潜入を果たす。しかし、その動きは華灯宮側に把握されていた。

 罠にかかって地下の奈落宮へと落とされたナツたち。周囲に出口は見当たらず、天井も塞がれている。

 それでも出口を探して彷徨い歩いていると、ボロボロになって倒れているアルカディオスを発見した。

 助けおこしたナツたちに、アルカディオスは痛む体を震わせながら呟きを発した。

 

「逃、げろ……」

 

 直後、襲撃を受けるナツたち。

 アルカディオスによれば襲撃者たちの名は餓狼騎士団。影から王国を支える独立部隊であり、王国最強の処刑人集団。

 戦いの最中、ナツの咆哮で天井の一部が崩落。分断されることになる。

 

「うう……」

 

 ルーシィが呻きつつ体を起こす。周りにはユキノ、ハッピー、シャルル、アルカディオスしかいなかった。

 

「もしかしてみんなとはぐれちゃった?」

 

 もう一度辺りを見回すが、やはり他の人影は見つからない。

 

「よりによって戦力の無い者同士が一緒になっちゃうとか……」

「鍵もないですしね」

 

 心配になるシャルルにユキノが同意する。

 そして不安は的中。餓狼騎士団の一人が姿を現す。

 

「処刑人ウオスケ」

 

 そう名乗った男はどことなく抜けた顔つきをしている。正直、とても強そうには見えない。

 

「こんなの魔法なくても勝てるんじゃないの」

 

 ハッピーの言葉に、シャルルも確かにと同意する。

 

「そんな事言ったら怒っちゃうぞー」

 

 ウオスケが反論するが、その言葉には抑揚がなく力もこもっていない。

 

「勝てるかも! ザコっぽい」

「はい!」

 

 希望が見えて浮かれるルーシィとユキノだったが、アルカディオスの表情はなおも暗い。

 

「いかん、ぞ……。奴は処刑した者の骨すら残さぬと言う……」

「え?」

 

 その言葉が誇張でないことを、直後に身をもって知ることになる。

 

「地形効果・溶岩帯!」

「崩れ……!」

「きゃあ!」

 

 ルーシィとユキノの足下が崩落する。その下には煮えたぎる溶岩が待ち構えていた。

 

「くっ」

 

 なんとか崩落していない地面に捕まり、溶岩への落下は免れる。だが、熱によって体力を奪われ、汗で滑って中々地面の上に這い上がれない。

 

「今行くよ!」

 

 ハッピーとシャルルが背中に翼を生やし、二人の救出に向かおうとする。しかし、ウオスケが手をひょいと返すと、ハッピーとシャルルの体は制御を失って浮かび上がった。

 

「地形効果・重力帯!」

「ぐぎゃっ」

 

 続いておこなったのは重力変化。ハッピーとシャルルは地面に叩きつけられてそのまま動けなくなる。

 ルーシィとユキノも長くは持ちそうにない。まさに、絶体絶命。

 

(二人を失うわけにはいかない。私が助けなければ……!)

 

 アルカディオスが覚悟を決める。溶岩の中に飛び込み、二人を地面の上に押し上げる。

 そう覚悟を決めたときだった。

 

 

 ――アルカディオスの横を純白の翼が横切った。

 

 

「なん、だ……?」

 

 翼は真っ直ぐとルーシィとユキノのところへと向かい、ひょいと二人を持ち上げると安全な地面へとゆっくり下ろす。

 

「タ、タイ?」

 

 ウオスケが想定外の乱入者に驚き、その乱入者を観察する。

 マントを羽織り、フードを深く被っている。純白の翼はマントを押し上げるように生えており、フードの中からは翼と同じ純白の髪が伸びていた。そして、その素顔は仮面によって覆われている。

 ユキノはその人物を見上げて思わず呟く。

 

「あ、あなた様はいったい……」

「私の名前はエンジェル仮面。覚える必要はないんだゾ」

 

 それだけを言うと、翼をばさりとはためかせてウオスケに向き直る。

 

「さあ、かよわい女の子を襲う悪い子には、この私がお仕置きしちゃうゾ!!」

 

 エンジェル仮面はそう言って、びしりとウオスケに指を差したのだった。

 




○こぼれ話
元六魔勢は原作のように捕まっていた事によるブランクがなく、七年間闇の勢力と戦い通しだったこともありかなり強化されている。また、魔法習得の時間もあったと言うことでソラノとソーヤーの魔法は原作から変更しています。


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第四十一話 大魔闘演武其ノ二

「まずはこの不快な暑さをなんとかさせてもらうゾ」

 

 エンジェルの翼から羽が舞い散る。羽は溶岩に落ちると、その溶岩を吸収してしまった。

 

「タ、タイ!?」

「地形が元に戻った!?」

 

 ウオスケが魔法で変えた地形が元通りになる。

 

「やれやれ。折角駆けつけたのに出番は無さそうだね」

「ロキ!」

「遅くなってごめんね」

 

 いつの間にか、ルーシィのそばにロキが立っていた。

 ロキは星霊であるが、自由に(ゲート)を通ることができる。ロキは自分で扉を通って現れ、兵士に取り上げられていたルーシィとユキノの星霊の鍵を持ってきてくれたのだ。

 

「それにしても、彼女が味方をしてくれるとは。かつては思いもしなかったね」

「あ。やっぱりエンジェル仮面の正体ってあいつよね」

 

 顔が見えないこと、髪型が変わっていること、使う魔法が違うことからルーシィは少し迷ったが、あの声としゃべり方はかつて戦った元六魔将軍(オラシオンセイス)のエンジェルを思い出させる。

 

「だとしたら、ロキ……」

 

 ルーシィが心配そうにロキを見る。エンジェルはロキの元オーナーであるカレンを直接殺している。

 ロキはルーシィの視線を受けて首を横に振った。

 

「前から言っているだろう。カレンが死んだのは僕のせいだ。それに今の彼女からはかつての邪悪さは感じない。まあ、今すぐ仲良くしろと言われたら流石に困っちゃうけどね」

「もう。言わないわよ、そんなこと」

 

 ロキが冗談めかしてウィンクした。思うところはあるだろうに、そうやって主に心配をかけないようにする気遣いには救われる。

 

「てか、エンジェル仮面ってそのままじゃない。隠す気あるのかしら……」

 

 正体がエンジェルだということを隠したいのならば、変装はなんの意味も為していない。ならば何故正体を隠すのだろうかとルーシィは首を捻った。

 ユキノがルーシィに尋ねかける。

 

「あの、あの方はルーシィ様のお知り合いですか?」

「うーん、まあ知り合いかな。エンジェルって言って前に戦ったことがあるのよね」

「そう、エンジェル様ですか……」

 

 そう呟くとユキノが俯く。

 その様子に心配になってルーシィが声をかけた。

 

「どうかしたの?」

「いえ、あの方から少し懐かしい感覚がしたもので……。でも、気のせいだったようです」

(そう、私にそんな都合のいいことが起きるはずが……)

 

 ルーシィたちが話している裏で、エンジェル仮面とウオスケの戦いも進んでいた。

 

「タイ……」

「何度やっても無駄だゾ」

 

 戦況はエンジェル仮面の一方的なものになっていた。

 ウオスケが渦潮帯、重力帯と環境を変化させても無効化されてすぐに元の地形に戻される。エンジェル仮面の翼と羽は魔法を吸収してしまうのだ。

 

「今までお前が使った魔力。まとめて返すゾ」

 

 エンジェル仮面が両手を前にかざす。背中の翼と地に落ちている羽から、魔力が白い光となってエンジェル仮面に集まっていく。

 

「くらえ、裁きの光! 因果応報、エンジェルビーム!!」

「ターイ!!」

 

 白い魔力光がウオスケを直撃。そのまま吹き飛ばされたウオスケは壁を突き破って見えなくなった。

 エンジェル仮面はへたり込むユキノに歩み寄ると手を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

「気にしなくていいゾ」

 

 エンジェル仮面がユキノを引張り起こす。

 

(やはり、どことなく懐かしい感じが……)

 

 その横では、ロキがルーシィを抱え上げていた。

 

「僕たちも負けてはいられないね」

「何によ!?」

 

 ルーシィはすぐに暴れてロキから降りる。

 そこに、アルカディオスが杖をつきながらやってきた。気付いたロキがすかさず肩を貸す。アルカディオスはロキに礼を言うとエンジェル仮面に話しかけた。

 

「どなたかは存じぬが助太刀感謝する」

「礼はいらないゾ。こっちにも目的があっただけだゾ」

「目的?」

 

 アルカディオスが首を傾げたところで、エンジェル仮面が破壊した壁の向こうから声がしてきた。

 

「おーい。ルーシィ、ハッピー、シャルル、ユキノ、騎士のおっちゃん、みんな無事か」

「あ、ナツ!」

 

 壊れた壁を潜ってナツが姿を見せる。その後ろにはミラジェーン、ウェンディ、リリーの姿もあった。どうやら全員無事のようだ。

 

「どうやら、これで全員片付いたようね」

 

 ナツたちのさらに後ろからウルティアが姿を見せる。メルディ、リチャードもそれに続いた。

 

「なんで魔女の罪(クリムソルシエール)がここにいるのよ」

「私たちも気になってたんです。全員が集まったら事情を説明するって話なんですけど」

 

 ルーシィの疑問にウェンディが頷く。

 それを受けてウルティアが口を開いた。

 

「ある人物からの依頼よ。あなたたちを助けて欲しいってね」

「ある人物?」

 

 ルーシィたちは顔を見合わせるが心当たりは特にない。強いて言えば、エルザがジェラールに協力を頼んだくらいか。

 

「ほら、そろそろ出てきなさい」

 

 ウルティアに促されて、新たにマントとフードで姿を隠した人物が現われた。

 

「誰だお前?」

 

 ナツの問いかけにその人物がフードを外す。中から現われたのはもう一人のルーシィだった。

 

「ええええええ!」

 

 驚愕するナツたち。ジェミニでもエドラスのルーシィでもない。

 

「時空を超える扉エクリプス。私はそれを通ってきたの」

「エクリプス!? てことは……」

「そう、私は未来から来たの」

「な!!!」

 

 絶句するナツたち。沈黙が広がると、ウルティアがぱんぱんと手を叩いて注目を集めた。

 

「聞きたいことは山ほどあると思うわ。けど、今は脱出を優先しましょう。ここから出たら全部説明してあげるから」

 

 その言葉にミラジェーンが真っ先に頷いた。

 

「ここは言うとおりにしましょう。城を出て信号弾を上げなければいけないし」

「そうですね。みなさんにルーシィさんの救出に成功したことを知らせなければなりませんから」

「しょうがねえ。そうすっか」

 

 ウェンディとナツも同意する。他のメンバーも異論はないようだ。

 

「話が早くて助かるわ。リチャード、後は頼んだわよ」

「分かりましたデスネ」

 

 リチャードは天眼の力で位置関係を把握しながら、地下の岩壁、土壁もお構いなしに進んでいく。

 こうして、一同は何の問題も無く脱出に成功。クロッカスの外まで移動したのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 一方、大魔闘演武。

 

『あのルーファスが倒れた!? 勝ったのはグレイ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のグレイだ!!』

 

 グレイは激戦の末、少なからずダメージを負いながらも剣咬の虎(セイバートゥース)のルーファスを撃破した。

 

 一位 人魚の踵(マーメイドヒール)51P

 一位 妖精の尻尾51P

 

 これで、妖精の尻尾のポイントは人魚の踵に並んで同率一位となった。

 これには観客だけでなく、観戦する妖精の尻尾の他のメンバーたちも大いに沸き立つ。

 ウォーレンがメイビスに話しかけた。

 

「初代、次はどうなるんだ!?」

「私の計算が正しければ、ジュビアとシェリアがぶつかります」

 

 メイビスが言ったとおり、魔水晶映像(ラクリマビジョン)の一つに二人が遭遇した場面が映し出される。

 

「あのシェリアってのは自分の傷を回復しちまうんだろ?」

「どうやって倒せばいいんだ」

「足止めでいいのです。その間に――」

 

 

 

 エルザはメイビスが指示した場所へと足を運ぶ。

 そこには、想定通りの人物がいた。

 

「思えば、お前と剣を合わせたことはなかったな。カグラ」

 

 人魚の踵のカグラ。エルザにとっては友であるシモンの妹であると同時に、気の置けない友人でもある。

 

「仕方のないことだ。七年前の私では斑鳩殿やそなたと剣を競うには余りに未熟すぎた」

 

 カグラは小太刀の切っ先をエルザへと向ける。

 

「だが、今は違う。超えさせてもらうぞ、エルザ」

「ああ。だが、一対一とはいかないがな。出てこいミネルバ! 見ているのだろう」

「なに?」

 

 エルザの言葉に応えるように近くの空間が歪み、そこからミネルバが姿を現した。

 

「気づいておったのか、つまらん。そなたらの戦いに介入して驚かしてくれようと思っておったのに」

「初代にかかれば貴様の考えなどお見通しなのだ」

『こ、これは三つ巴か! 今大会屈指の女魔導士対決!! 生き残るのは誰だ!?』

 

 実況の興奮した声が響く。観客たちも注目していた。

 

「屈指の女魔導士か。最強と言ってもらえんのが些か気に障るが」

「当然だ。今大会最強は斑鳩殿だ」

「それについては認めてやろう。だが、そなたらごときはまとめて始末してみせようぞ」

「たいした大口だな」

「やってみろ」

 

 三人が同時に地面を蹴る。

 中心でエルザの刃とミネルバの手がぶつかり合う。ミネルバは手の周囲の空間を鉛のような性質にして刃とぶつけていた。

 対して、カグラは前進ではなく後退していた。

 

鎌鼬(かまいたち)

 

 飛ぶ斬撃が二人を襲う。二刀の小太刀から繰り出される連撃は驚異的だ。

 エルザもまた二刀でもってその斬撃を打ち落とし、ミネルバは空間の壁を作り出して防ごうとした。

 だが、鎌鼬はミネルバの作り出した空間を無視するかのように通過してその体を斬りつける。

 

「ばかな!?」

 

 それは斑鳩から習った剣である。空間の境界を透過する剣に、空間魔法の類いは非常に相性が悪い。

 なおも続くカグラの鎌鼬。このままではたまらないとミネルバは転移、カグラの背後へと回ると右手でその頭蓋を掴む。

 

「調子にのるでない!」

 

 ミネルバは左手の周りの空間を変化。爆発の性質を持たせてカグラへと叩き込まんとした。

 しかし、受けるカグラは冷静だった。

 

「王の前では(こうべ)を垂れよ。――重力圏(じゅうりょくけん)玉ノ座(ぎょくのざ)!!」

「があっ!」

 

 カグラの周囲における重力が増加。ミネルバは地面に叩きつけられた。左手も地面に接触、爆発は地面を破壊するのみだった。

 エルザがカグラめがけて駆ける。

 カグラはそれを目にして眉を顰めた。

 

「そなたがそのつもりなら……」

 

 カグラが重力圏を解く。

 エルザは一瞬、どういうつもりかと悩むが、すぐに悩みは捨てた。

 身に纏うは飛翔の鎧。速度を上げる鎧である。

 

「飛翔・音速の爪(ソニッククロウ)

 

 手にする双剣をもって、超速でカグラに斬りかかった。

 カグラは涼しい顔をしてその攻撃を捌く。そして、エルザの剣を受けながらも余裕があったカグラは、エルザを傷つけずに飛翔の鎧だけを破壊した。

 

「なんと……」

「これでも不服か、エルザ」

 

 その時、カグラとエルザを包むように空間の性質が変化。空気が重くのしかかり、二人の動きを拘束する。

 

「ネェル・ウィルグ・ミオン・デルス・アルカンディアス」

 

 カグラの足下でミネルバが呪文を紡ぐ。

 

「ャグド・リゴォラ!!」

 

 闘神の像が出現。同時に大地から光の柱が立ち上り、辺り一帯を破壊する。

 だが、巻き上がる粉塵が収まり、姿を現したカグラとエルザは大した傷も負っていない。

 

『無事だァ! なんという三人でしょうか! ヤジマさん、これまでの攻防をどうみますか!?』

『三人ともとんでもない魔導士だけどね。今のところ、カグラくんが頭一つ抜けている印象かね』

 

 空間を超えるカグラの剣はミネルバには防ぎようもなく、エルザ相手でも単純な斬り合いで上を行く。確かに、ヤジマの言うとおりカグラが優勢だ。

 

「くっ、よもやここまでやるとは計算外だ」

 

 ミネルバが忌々しげに歯がみした。

 

「少し趣向を変えよう」

 

 ミネルバの隣で空間が歪んだかと思うと、そこから人が現われた。

 

「先ほど捕らえた子猫だ」

「ミリアーナ!!」

 

 カグラとエルザの声が重なる。

 

「見えるか? この娘の苦しむ姿が。この空間の中で常に魔力を奪い続けておる。だが、安心するがよい。人質をダシに屈服させるつもりはない」

「ミリアーナを放せ」

「そなたらに王者の戦い方というものを見せてやろう」

 

 ミネルバはカグラの言葉を無視して喋る。

 カグラは更なる威圧を込めて睨み付けると小太刀を構えた。

 

「二度は言わぬ。私の仲間を解放しろ」

「奪って見せよ」

「ならば、望み通りに!」

 

 カグラが右の小太刀で鎌鼬を放つ。

 瞬間、ミネルバがいたはずの場所にエルザがいた。

 

「――!?」

 

 咄嗟にエルザが鎌鼬を防ぐ。

 

「入れ替わった!? ならばそこだ!」

「ぐっ! 貴様……!」

 

 すかさずカグラが左の小太刀で、エルザが先ほどまで立っていた場所に鎌鼬を放つ。予想通り、そこにいたミネルバはカグラの剣を受けた。

 その隙を逃すカグラではない。ミリアーナを拘束していた空間を切り裂くと救出してみせる。

 

「望み通り奪って見せたが。さて、王者の戦いというものをみせてもらおうか」

「お、おのれ。貴様、空間そのものさえ斬れるのか……!」

「その程度、やってみせなければ斑鳩殿には追いつけないのでな」

 

 これではミネルバがいかに空間の性質を変えて攻撃しても、その空間を切り裂いて魔法を無効化されてしまう。絶望的な相性の悪さであった。

 

「覚えておれ……」

 

 ミネルバは屈辱に顔を歪ませると、空間の歪みの中に姿を消した。

 

「ふん、さすがに追うのは骨が折れそうだ」

 

 迎え撃つならともかく、転移を使いこなす魔導士を捕まえるのは至難の業だ。青鷺をいつも見ているカグラとしてはそれが身にしみている。

 そんなことよりもと、カグラは助け出したミリアーナに声をかける。

 

「ミリアーナ、無事か?」

「う、ううん……」

 

 ミリアーナはゆっくりと目を開いた。

 

「ごめん、傷はないんだけど。もう魔力がほとんど吸われちゃってて……」

「気にするな。後は私に任せて休んでいろ」

「ありがとう、カグラちゃん」

 

 そう言うと、再びミリアーナは目を閉じた。

 直後、カグラは大声を張り上げると、こちらの様子を魔水晶映像で見ているであろう運営側にミリアーナの戦闘不能を伝えた。これにより、剣咬の虎に1Pが加算される。

 

 三位 剣咬の虎48P

 

「ありがとう、カグラ。ミリアーナを助けてくれて」

 

 エルザがカグラに声をかけた。

 

「気にするな。ミリアーナはギルドの仲間だ。当然のことをしたにすぎない。それよりも」

 

 カグラがエルザに小太刀の切っ先を向ける。

 

「そなた、第二魔法源(セカンドオリジン)を隠しているな」

「……気付いていたのか」

「当然だ。第二魔法源を解放しておいて、そなたがその程度なわけがなかろう」

 

 カグラの指摘を受けて参ったと肩をすくめた。

 

「確かにその通りだ。だが、決してお前を侮っていたわけではない。切り札としてとっておきたかったのだ」

「それを侮っていると言うのだ。私は出し惜しみをして勝てるほど甘くはない。それは思い知ったはずだが?」

「そうか。わざわざ重力圏を解いて私と正面から斬り合ったのはそのためか」

 

 カグラがそうだと頷く。

 そして、エルザは確かにカグラを侮っていたのかも知れないと思い直した。エルザはカグラのことを実の妹のように可愛がっているが、それ故に対等に見ていなかったのかも知れない。

 

「仕切り直しといこう。今度は出し惜しみなしだ」

「それでいい。とはいえ、ここにはミリアーナがいる。場所を変えるぞ」

「分かった」

 

 そうして、カグラはミリアーナをそっと寝かせると、エルザと連れだって戦うに適した場所を探して歩き去る。ミリアーナのマントの中でもぞもぞと動くものに気付かぬままに。

 

 

 

 踏みしめる大地、全てが敵か。

 それが、ジュラと戦う斑鳩が抱いた印象だった。

 ジュラの魔法は土魔法。土を岩石のように硬化させてそれを自在に操るものだ。

 一箇所に留まっていれば即座にやられてしまうだろう。

 

崖錐(がいすい)!」

 

 地面が柱のように隆起する。

 斑鳩はそれを避け続けるが、次々と地面が隆起して斑鳩を追う。その速度は斑鳩の上を行った。

 限界を感じた斑鳩は高く跳躍。空中に飛べばもはや避けることは不可能、故に斑鳩は迎え撃つ。

 

「無月流、迦楼羅炎(かるらえん)

 

 巻き起こる炎が迫る柱を粉砕する。

 夜叉閃空ではだめだ。斬ったところで、その破片を操って攻撃してくるのだから完全に破砕しなければならない。

 焼き尽くした大地に斑鳩が着地。再び突き上げられる前に即座に移動を開始する。

 

「はっ!」

 

 ジュラの前方の地面、その表面がこそぎとられたように剥げる。そして剥ぎ取られた表面の土は硬い岩石のつぶてとなって斑鳩を襲った。

 

「無月流、天之水分(あめのみくまり)

 

 斑鳩は周囲に力の流れをつくる。迫る土のつぶてを流して避けた。

 これで手が空いた斑鳩は反撃の手を打った。

 

「無月流、夜叉閃空!」

「岩鉄壁!」

 

 しかし、斑鳩の剣はジュラに防がれる。二人の距離が少し遠かった。

 ジュラの魔法構築速度、反応速度は驚異的だ。防がれるより速く斑鳩の剣を届かせるには限りなく近づかなければならない。

 一体、どれほどの攻防が繰り広げられたのであろうか。

 とっくに並んでいた家々は瓦礫と化している。周囲の地形はジュラの魔法で変わり果て、斑鳩に焼かれて荒野と化している。

 まさに天変地異が通った後とでも言うべきか。

 だが、戦いは終わりへと確実に近づいていた。

 いかにジュラといえど、斑鳩の神速の剣を全て防ぎきるのは不可能。体には幾太刀もの傷が刻まれていた。

 対して、斑鳩の息は非常に荒い。ジュラの魔法に捕まらないように、常に動き続けながらの戦闘である。消耗の度合いはジュラの比ではない。

 故に、二人は互角の攻防を続けながら勝利に繋がる一手を探し続けていた。

 そして、その一手が訪れる。

 

「ぷはぁっ!」

 

 斑鳩の息が限界を迎えた。呼吸がつまり、体がふらつく。

 その隙を見逃すジュラではない。

 

「は!」

「ぐう!」

 

 飛来した岩石のつぶてが斑鳩の体を直撃する。それも、一つに留まらない。どんどんと集まるつぶてが斑鳩を包み込み、岩山の中に閉じ込めた。

 

「覇王岩砕!!」

 

 そして、斑鳩を包み込む岩山が爆発した。

 捕まったが最後、不可避の一撃。だが、ジュラはその魔法が失敗したことを即座に理解する。

 ジュラが岩山を爆発させる寸前、内から溢れ出す炎が岩山を爆発させていたのだ。

 

「はあ、はあ……」

 

 その炎は斑鳩が発した迦楼羅炎。

 だが、斑鳩自身がその魔法で火傷を負っている。さらには刀を握る右腕が力なく垂れ下がっていた。斑鳩を岩山に閉じ込める際、つぶての一つが右腕を直撃していたのだ。

 魔水晶映像で見ていた観客たちはついに決着かと思ったが、相対するジュラはまだ終わっていないと直感する。いまだ斑鳩の目は戦意に溢れている。

 

「――無月流、菊理姫(くくりひめ)

 

 斑鳩の体に覆い被さるように、夜叉の幻影が出現する。

 

「鳴動富嶽!」

 

 危険だ、そう思ったジュラは即座に斑鳩を攻撃した。

 それを斑鳩はすぐに回避する。体はボロボロのはずなのに、移動速度は戦闘開始時より余程速い。

 そして、斑鳩はダメージを負っているはずの右腕を振り上げた。

 

「無月流、夜叉閃空」

「岩鉄へ――くっ!」

 

 ジュラが防御するより速く、斑鳩の剣が届く。その剣速もこれまでで最速だ。

 

(ここに来てこれほどの力を隠していたとは……! だがその力、長くは続くまい)

 

 どう見ても斑鳩は無理をして限界以上の力を引き出している。リスク無くこの力を使えるのならば最初から使っていたはずだ。

 このジュラの読みは正鵠を射ていた。

 菊理姫は夜叉の幻影が肉体を操り、限界を超えて動かしてくれる。まあ、その菊理姫にもまた限界はあるのだが。ここまで使わなかったのは万全の状態からだろうが、満身創痍の状態からだろうが菊理姫を使った斑鳩の実力は変わらないからだ。そして、無理をした分のダメージはそのまま斑鳩に返っていく。

 また、菊理姫の発動条件には自己暗示にかけて精神力を強化するものがあり、その自己暗示が解けてしまえば菊理姫の効果は自動的に消える。自己暗示にかかっていられる時間は、七年前は数秒だったが、今は一分近く菊理姫を維持できる。

 

(その間にジュラはんを倒す!)

 

 夜叉閃空・狂咲(くるいざき)が使えればいいのだが、これを使えばジュラを倒しても確実に戦闘不能になる。相手に対して必殺であるのだが、同時に己に対しても必殺の技だ。言うなれば、強制的に勝負を引き分けにする技と言ってもいい。

 戦況を整理しよう。

 制限時間は菊理姫解除までの一分間。その間に斑鳩がジュラを倒せば斑鳩の勝ち。ジュラがその時間を耐えきればジュラの勝ちだ。

 

「巌山!」

「夜叉閃空!」

 

 土の像がジュラを覆い、斬撃からその身を守る。ジュラが使う魔法の中でも最高硬度の防御魔法だ。斑鳩の攻撃を見てからの発動では間に合わないと先に防御を固めたのが功を奏し、斑鳩の攻撃を防ぐことに成功した。

 だが、菊理姫によって斑鳩の攻撃の威力もまた跳ね上がっている。巌山といえど、何度も耐えられるものではない。迦楼羅炎ならばなおさらだ。

 斑鳩が刀に炎を灯す。それを放つよりも速く、斑鳩の四方を岩壁で覆って閉じ込めた。

 

「迦楼羅炎!」

 

 だが、そんなことお構いなしに斑鳩は剣を振う。炎は壁を突き破り、その先にそびえ立つ巌山をも破壊した。しかし、

 

「いない!?」

 

 破壊された巌山の中にジュラの姿はない。元々、迦楼羅炎を防ぎきれるとは思っていないジュラは巌山を捨てて移動していた。

 

「お主の限界を迎えるまで耐え抜く。しかし、ワシから攻撃しないなどとは言っていない」

 

 ジュラが合掌すると同時、斑鳩を囲む四方の壁にひびが入り崩れ去る。それによって造られたつぶてが斑鳩を襲った。壁は防御ではなく斑鳩を倒すための布石であった。

 四方を囲まれ回避は不能。

 

「天之水分!」

 

 すぐに壁の外を探知する。しかし、ジュラはこれにも対策済み。

 壁の外にはこんもりとした小山がいくつも出来ていた。その小山のどこかにジュラは潜んでいるのだろうが、天之水分ではそこまでは判断できない。

 制限時間も残り僅か。小山の一つに一か八かで攻撃を仕掛けるか。否、そんな運任せなどしていられない。ならば、全てまとめて破壊する。

 斑鳩は迫るつぶてに目もくれず、刀を地面に突き立てた。

 

「無月流、迦楼羅炎・憤激!」

 

 刀から迸る炎が大地の中を伝わる。

 

「こ、これは――!」

 

 ジュラが気づくがもう遅い。

 

 

――大地から噴き出す炎が、辺り一帯を吹き飛ばした。

 

 

『こ、これは一体!? 二人はどうなってしまったのでしょうか!!』

 

 実況がみつめる魔水晶映像には、積み重なる瓦礫と幾筋もの黒い煙が立ち上る光景だけが映っていた。さながら戦争の後のような有様だ。

 

『おや、瓦礫が盛り上がっていく場所があります! それも二箇所!!』

 

 瓦礫が押しのけられ、中から斑鳩とジュラが姿を現す。両者とも、誰が見ても満身創痍だと理解できる。

 二人は視線を合わせる。そして、ジュラがにやりと笑い、

 

「お見事……」

 

 そう言ってぐらりと体を傾けると、そのまま地面に倒れ込んだ。

 そして、斑鳩は左手で刀を天高く掲げた。

 

『ジュラ倒れる! 聖十(せいてん)同士の戦い、勝者は斑鳩だァァ!!!!』

『オオオオオオ』

 

 闘技場に割れんばかりの歓声が轟いた。

 

「よき、魔闘でした……」

 

 斑鳩はただそれだけを呟いた。渦巻く感慨はとても言葉には出来そうにない。

 

「さて、少し休んだらまた行きまへんと」

 

 負った傷はどうにもできないが、体力さえ戻ればまだ戦える。右腕は無理そうだが、左腕はまだ動く。菊理姫の反動で全身が痛むが戦闘不能になるほどではない。

 そんな斑鳩を少し離れた場所で観察する人影があった。

 

「王者は美味いものしか食わぬのだ。人魚の頭はいただくぞ」

 

 ミネルバはそう言って、空間のひずみの中へと姿を消した。

 

 一位 人魚の踵56P

 二位 妖精の尻尾51P

 

 人魚の踵に5Pが加算され、再び単独一位に立つ。

 

 

 

 その頃、ラクサスとオルガが戦いを繰り広げていた。

 ラクサスの雷とオルガの黒雷がぶつかり合う。

 

「まじかよ、こっちは神の雷だぜ」

 

 戦況はラクサスが優勢。ラクサスがオルガの黒雷を食っていた。

 ナツから神の炎は食うために大きな器が必要だと聞いている。ナツは神の炎を食うために自分の魔力を空にして器を作り出したと言っていたが、ラクサスは問題なく食っていた。

 そもそもの魔導士としての力量が、ラクサスの方が圧倒的に上だったのだ。

 

「なるほど、これが神の雷。ずいぶんと濃い味だ」

「はっ、思った以上にアツイやつだぜ」

 

 オルガは臆すことなく好戦的な笑みを浮かべている。オルガは相手が強力であるほど熱くなる性格だった。

 ラクサスはそういった手合いは嫌いではないが、だからといって手加減をすることなどあり得ない。ラクサスの雷と黒雷が融合する。

 

「竜神方天戟!!」

 

 黒い雷で形作られた方天戟がオルガに迫る。それが直撃する寸前、横から飛んできた白い光にオルガが吹き飛ばされた。

 方天戟は大地を、空気を、えぐり取りながらクロッカスの街を横断するがオルガに直撃することはなかった。

 

「誰だ」

 

 ラクサスが白い光が飛んできた方向に視線を向けると、そこにはスティングが立っている。

 

「おい、スティング! なんのつもりだ、作戦はどうしたんだよ!!」

 

 オルガもスティングに気がついて叫びをあげた。

 作戦とは、スティングは終盤まで戦わないというものだ。戦いによって傷ついた強力な魔導士たちを万全のスティングがまとめて倒す。そうすることで一気にポイントを獲得して首位に立つという話だったのだが。

 

「ラクサスさんを倒さなきゃ勝ちはない。オレは負けられないんだ。協力してくれ、オルガ」

 

 スティングは姿を隠し、各地の様子を探ったがラクサスを倒せる戦力が残っていない。一対一で対抗できそうなのはジュラ、斑鳩、カグラ、ミネルバくらいだとみていた。

 しかしジュラは倒れ、斑鳩はジュラとの戦いで消耗し、カグラもエルザとの戦いでどうなるか分からない。ミネルバも、弱っているとはいえこれから斑鳩と戦い、その後はエルザとカグラ、どちらか生き残った方とも戦いに行くことになるだろう。ラクサスと戦えるほどの力が残せるかと言われればあまり期待はできない。

 そして、最後に万全のラクサスとスティングが残ったなら、どちらが優勢か分からないスティングではなかった。

 

「しょうがねえ。協力してやる」

「ありがとう」

 

 オルガもスティングがレクターのために負けられないことを知っている。わがままを通さず、ラクサスを倒すために協力することに頷いた。

 

「おもしろくなってきやがった」

 

 ラクサスは笑うと、再び雷をその身に纏う。

 

 

 

「鉄影竜の咆哮!!」

「ああああ!」

 

 ローグの影を取り込み、二つの属性を得たガジルの咆哮。その直撃を受けてローグはもう体を動かせない。

 ローグ戦闘不能により、妖精の尻尾に1Pが加算される。

 

 二位 妖精の尻尾52P

 

「クク、所詮今のローグにはこの程度か」

「ア?」

 

 ローグの体から影の一部が離れてどこかへと消えた。

 戦いが始まった当初、ローグはガジルに手も足も出なかった。しかし、様子が変わったと思ったら急激にパワーアップしたのだ。

 目覚めたローグはその間のことを何も覚えてはいないようだった。

 丁度その時、クロッカスの外で信号弾が上がるのが見えた。あれはルーシィ救出成功の合図だったはずだ。

 

「お、火竜(サラマンダー)たちの方は成功したみてえだな」

 

 ローグに起きた変化に疑問を抱きつつ、ガジルはその場を後にした。

 

 

 途中経過。

 

 一位 人魚の踵56P

 残りメンバーは斑鳩、カグラ。

 

 二位 妖精の尻尾52P

 残りメンバーはエルザ、ラクサス、ガジル、グレイ、ジュビア。

 

 三位 剣咬の虎48P

 残りメンバーはミネルバ、スティング、オルガ。

 

 四位 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)43P

 残りメンバーはリオン、シェリア。

 

 五位 青い天馬(ブルーペガサス)31P

 全滅により順位確定。

 

 六位 四つ首の仔犬(クワトロパピー)16P

 全滅により順位確定。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 影は真っ直ぐに、信号弾が上がった場所へと向かっていた。

 

(なぜそうなったかは知らんが、ルーシィとユキノの匂いをあそこから感じる)

 

 影の正体は未来から来たローグであった。

 

(エクリプスからドラゴンを呼び出し、オレが編み出した操竜魔法で支配する。そうしてオレがこの世界の支配者となるのだ。既にエクリプスの鍵は開いた。後は、扉を閉じることができる星霊魔導士に死んでもらうのみ)

 

 周りにはナツたち妖精の尻尾の面々や、知らない匂いも感じるがそんなものはどうでもいい。ルーシィとユキノを殺す程度はどうにでもできる。

 

 

 

 その未来ローグの心の声をエリックが逃さず拾った。

 

「見つけたぞ。野郎、城じゃなくて街の方にいやがった」

 

 エリックが街を振り返って言う。未来ローグの心の声を聴いて、エリックは全てを理解した。

 

「未来から来た男の目的はエクリプスからドラゴンを呼び出し、そいつらを操ることで世界を支配することだ。ドラゴンは扉から来る。姫は騙されてんだ」

「何!? ドラゴンを操るなんてことができるというのか!」

 

 ジェラールが思わず叫んだ。

 

「できる。少なくともヤツはそのつもりだ。ジェラール、マクベス! てめえらは姫の所に行って止めてこい。扉さえ開かなきゃドラゴンは来ねえ。何の問題は無いんだ」

「わかった。だが、お前はどうする」

「オレはヤツを止めに行く。ルーシィとユキノが狙われてんだ。近づかれると面倒だ。その前に叩く。ソーヤー、十分休んだだろ。オレを運んでくれ」

「オーケー、わかったよ」

 

 四人は顔を合わせてうなずき合う。

 

「次に会うときは全てが終わってからだ」

「おう!」 

 

 ジェラールの言葉に応じると、四人は為すべき事を為すために互いに背を向けて進んでいった。

 




エンジェルの新魔法
○天使の翼
・背中に大きな純白の翼が生える。
・翼、および羽は魔法を吸収して魔力に変える。
・その魔力を自分のものとして使える。
・羽に込められた魔力は他人に受け渡しが出来る。
・人間などから直接魔力を吸収することはできない。そのため、物理攻撃には弱い。

・スティングとは相性最悪なもよう。


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第四十二話 大魔闘演武其ノ三

 それはミネルバにとって、恐怖と屈辱の記憶である。

 

『なぜに貴様はそれほど弱いか』

 

 深い森の中、父であるジエンマは泣いて蹲るミネルバにそう問いかけた。

 

『お許しください、父上……』

『許しを請うのかこのバカ娘が!!』

『ひいっ』

 

 涙など弱さの象徴だ。そう考えるジエンマはミネルバが泣くたびに暴力をふるった。

 

『このワシの娘に生まれたからには強くあれ。弱者は消す。たとえ我が娘であってもだ』

『ひっ、ひっ、ひぃん、ひん』

『いつまで泣いておるか! 涙など弱者の極み、何度言えば分かるのか!!』

『許してください許してください許してください……』

 

 ジエンマが怒鳴れば怒鳴るほど、ミネルバは逆に泣きわめいた。それを見下ろすジエンマの瞳はどんどんと冷たくなっていく。

 

『服を脱げ』

 

 それは命令だ。ミネルバに拒否権など存在しない。

 

『涙が涸れたら帰ってきてよし』

 

 そう言って、ジエンマは裸のミネルバを森の中に一人残して帰っていく。羞恥など以前に、子供を一人残していくなど危険でしかない。

 例えミネルバが死んだとしても、ジエンマは悲しみなどしないだろう。なぜなら、ジエンマにとってミネルバは己の最強の血を後世に残すための道具だとしか思っていない。死ねば出来損ないだったと思うだけで、次の子供でも作っていたかも知れないくらいだ。

 ジエンマに子に対する愛情などなかったし、ミネルバも愛情などというものを知らずに育った。母がいればまた違ったのかも知れないが、いなかったのだから仕方が無い。愛想をつかされたのか、最初から愛無くつくらされたのか。そんなことはミネルバにとってはどうでもよかった。

 

 いつしかミネルバが涙を流さず、ジエンマの言うことを満足にこなせるようになった頃、経緯は知らないがジエンマが剣咬の虎(セイバートゥース)のマスターに就任した。

 相変わらず父の意を満たすだけの日々だが変わったことが一つある。孤独ではなくなったということだ。周りに人がいるというだけで心地よい。ミネルバは初めて居場所だと思える場所ができたのである。

 そんな剣咬の虎にしてやれることは何か。それは最強という称号を与えること以外にありはしない。それ以外に愛情を表現する方法をミネルバは知らなかった。

 

 だからこそ、最強の称号を脅かす輩には凶暴性を発揮する。妖精の尻尾(フェアリーテイル)人魚の踵(マーメイドヒール)。忌々しい。憎くて憎くてたまらない。だが、その実力は認めよう。我々には無い絆の力、それを手にするためには父の存在が邪魔だ。そうだ、この際父を排除しよう。そして、父から離れられるのならば一石二鳥ではないか。

 

 こうして、事態は四日目の夜へと繋がっていく。ミネルバは居場所への固執のあまり、そこに集まる家族ともいえる仲間たちを軽視する形で暴走した。

 だが、そんな状態でも負ければ後が無いことは理解できる。強くあらねば居場所が無くなることこそ、幼い頃から教え込まれてきたことなのだから。だから、負けは許されない。どんなことをしても勝たねばならないというのに──。

 

「おのれえええ!」

 

 なぜ、満身創痍で利き腕も使えない剣士一人に押されているのだ。

 ミネルバの魔法、絶対領域(テリトリー)は空間を入れ替え、また空間の属性を変化させる。攻撃範囲は視界全て。まさに王者に相応しい最強の魔法。

 

「…………」

 

 しかし、斑鳩が刀を一閃すれば、ミネルバが属性変化させた空間は斬られてしまう。干渉系の魔法が効かない斑鳩では無理矢理転移させることもできない。ならば、周囲の空間ごと転移させようとすればそれも斬られる。

 相性の悪さはカグラとの戦いからして想像できたことではあるが、満身創痍、それも左腕一本の相手に押されるなどとは思いもよらなかった。

 

「ふざけるな! 妾は負けられぬ! 負けられぬのだ!!」

 

 叫ぶミネルバの声はどこか悲痛さを帯びている。斑鳩には、その姿が今にも泣き出しそうな子供に見えた。

 見ながら、斑鳩は先日カグラから聞いたミネルバの印象を思い出す。

 

『その行いは非道なれど、行いの源泉にはギルドへの愛がある。生来の性根か育ちのせいか、なぜかは分かりませんが、どこか歪んだ奴といった印象です』

 

 愛がある。カグラは確かにそう言った。

 斑鳩はなぜかミネルバが気になっていた。それは最強に執着するあまり敵をつくるミネルバの姿が、どこか無月流開祖と重なるからだと思ったがそれは違った。少なくとも、己のためでなくギルドのために戦っているミネルバには重ならない。

 

 ならばなぜか。青鷺にも協力を頼み、大魔闘演武前日の休養日に簡易ではあったがミネルバのことを調べてみた。そして、経歴だけは知ることが出来た。七年前、ジエンマがギルドマスターに就任するまで父と二人で修行の日々を過ごしていたのだ。

 

 要はミネルバの育ちが似通っていたから、斑鳩は過去の自分と似たような匂いを感じていたのだ。師匠と山で二人住み続けた斑鳩と、父と二人で厳しく育てられたミネルバ。親の愛の有無という違いはあれど、狭い世界しか知らなかったが故に精神が未成熟なまま体だけが大きくなった。ミネルバはそれが歪な愛情表現として問題が表面化したというだけのこと。

 

 ならば、まずは問題を本人に認識させるため、過去の己のように一度心を折らねばならない。ガルナ島での出来事も、今となっては成長するために必要だったと思っている。

 

 斬る、斬る、斬る。ミネルバが何をしようとも斑鳩には届かない。

 そして、斑鳩は反撃もしない。どれだけやっても届かないことを思い知らされ、やがてミネルバは顔面を蒼白にしながらその場に崩れ落ちた。

 

「妾は、妾は……」

 

 斑鳩が膝をつくミネルバに問いかける。

 

「なぜ、そうまで勝利に執着するんどす」

「勝たねばならぬ……。勝たなければ……、妾に、価値など……」

 

 あえぐように、どこか虚ろに声を発する。

 

「勝利による価値はあるでしょう。うちとてそれは認めます。ならば敗北に価値はないと言うんどすか」

「そうだ……。敗者に価値はない。勝利が全て……」

「ならば、あなたの仲間に価値はないと?」

「…………」

 

 ミネルバは押し黙る。そして、しばし後にゆっくりと首を横に振ったのを見て、斑鳩は微かに笑みを浮かべると刀をしまった。

 

「それだけ分かれば十分。勝利以外にも価値あるものはたくさんあります」

 

 考えをまとめる時間も必要だろう。それだけを告げると斑鳩はその場を立ち去った。

 しばらく後、動かないミネルバを運営が戦意喪失による戦闘不能と判断。人魚の踵に5Pが加算された。

 

 一位 人魚の踵61P

 

 歩いていると、目眩とともに斑鳩の体がふらついた。慌てて斑鳩は壁に寄りかかる。

 

「これは、魔力もほとんど底をついてしまいましたか……」

 

 ミネルバの魔法を無効化し続けるのも楽では無い。つとめて平気なように振る舞っていたが正直かなり無理をしていた。もう、無月流の技ひとつとして使えはしない。

 

「でも、まだ左腕は動く。剣も振れる。退場するにはまだ早い……」

 

 呼吸を整え、目眩がおさまると斑鳩は再び歩き出した。

 

 

 

 

第二魔法源(セカンドオリジン)解放、天一神(なかがみ)の鎧!!」

 

 天一神の鎧。装着時の魔力消耗が激しいために装備できる者十年現れず。しかし、その鎧を纏いし者、魔の法を破りし天地無双の剣となる。

 そう言い伝えられる伝説の鎧。第二魔法源の解放によってエルザは装備することを可能にした。

 

「行くぞカグラ!!」

 

 エルザが大地を蹴った。魔力の上昇に伴う身体能力の上昇、天一神の鎧を装備したことによる身体能力の強化が重なり、そのスピードは先ほどまでの比ではない。

 

「斥力圏・星ノ座!」

 

 エルザの体をカグラから遠ざけるような力がかかる。エルザは大地を砕かんばかりに踏みしめ、その場に留まると鎧と対になっている薙刀を一閃した。すると、星ノ座が消失する。

 空間や魔法そのものさえも切り裂いてしまう薙刀。カグラがミネルバの魔法を無効化できるように、エルザもカグラの魔法を無効化できる。

 されど、カグラに動揺はなかった。エルザならばその程度はやってのけると、他ならぬカグラ自身が信じていたから。

 

「さすがだエルザ。だが、それで私の圏座(けんざ)を破ったなどと思うな!」

 

 星ノ座を斬ったエルザはもう一度前進。カグラを間合いに捉えて薙刀を横に薙ぐ。

 これをカグラは跳躍して回避。空中で無防備になったカグラを追おうと、エルザも跳躍しようとした。しかし、

 

「重力圏・玉ノ座!」

「く!」

 

 押しかかる重圧のせいでジャンプすることに失敗する。今のエルザならば常時展開していた玉ノ座の中で跳躍することは可能だろうが、跳躍しようと膝を曲げた瞬間を狙われた。

 体勢を崩しながらも玉ノ座を斬るエルザだったが、その隙に飛んできた鎌鼬をくらう。

 

「たいしたダメージにはならんか」

 

 エルザは鎧の効果で防御力も向上している。カグラは鎧に覆われていない部分を狙ってみたがそこは魔法の鎧、当然のように守られている。

 鎌鼬をくらったエルザは平然として再びカグラとの間合いを詰める。

 そして始まるエルザの猛攻。一振りする度に空間が弾け、余波で周囲の地形が削られていく。だというのに、直接猛威にさらされているはずのカグラだけが肌に傷一つ負っていない。それどころか、攻めているはずのエルザの傷が増えていく。

 一般の観客からすれば摩訶不思議極まりなく、カグラが奇術でも使っているように思えたことだろう。

 感嘆交じりにエルザが叫ぶ。

 

「器用に戦うものだ!」

 

 カグラの圏座。その実体は精緻極まる魔法と剣の融合だ。星ノ座にしろ、玉ノ座にしろ、圏座を常時維持しながらの戦いはカグラ本来の戦い方ではない。格下を相手にするときぐらいのものだ。

 カグラはエルザが攻撃を仕掛ける際、星ノ座、魔王座、玉ノ座を使い分けて体裁きを狂わせている。一瞬であれば、エルザが圏座を斬れようと関係が無い。

 エルザとしては純粋に一撃の威力を下げられるのもあるが、それ以上に技と技の連絡を断たれるのが厄介だった。身の丈以上の薙刀であっても、エルザの技量ならば流麗に一撃と一撃の間を繋いで隙など見せなかっただろう。しかし、圏座のせいでその連絡が上手くいかずに僅かながら隙を見せる。そこを斬られているのだ。

 片方の小太刀が攻撃を流し、片方の小太刀から伸びる鎌鼬が隙をついてエルザを斬る。鉄壁、それでいて反撃の手が休むことなく飛んでくる。さながら要塞のようだとエルザは思った。

 

「格上を相手にすることも多くてな。技量の向上は必要不可欠だったのだ」

 

 日常的に格上である斑鳩と剣を合わせてきた。高難易度クエストも多くこなし、様々な強敵との経験も積んでいる。力をつけた今となっては、本来の圏座の使い方をする機会も少なくなったが、身にしみた技術はその程度で失うものでは無い。

 押されているエルザの姿に妖精の尻尾の観覧席でも動揺が走る。

 

「おいおい、エルザが押されてんじゃねーか!」

「大丈夫なのかよ初代! エルザとカグラをぶつけたのは計算通りなんだろ!?」

 

 問われたメイビスの頬を冷や汗が流れる。

 

「はっきり言って想定外です。カグラの実力は高めに見積もっていましたが、そのさらに上をいかれました」

「これほどの魔導士がまだいたとは……」

 

 メイビスの横ではマカロフも驚きに目を丸くしている。

 メイビスが想定外と発言したことで、妖精の尻尾の動揺はさらに大きくなった。そんなメンバーたちを見て、メイビスはですが、と続けた。

 

「見た目ほどカグラが優勢というわけでもないようです。まだ諦めるのは早いでしょう」

「初代、それはどういう……?」

 

 メイビスがみつめる視線の先で、わずかにカグラの表情が歪んでいる。

 

「この馬鹿力め……!」

「おおおおおお!」

 

 カグラの圏座に対してエルザがとった戦法はとにかく押して、押して、押しまくること。何度も鎌鼬を受けて、さすがの天一神の鎧も悲鳴を上げているが気にしている余裕はない。

 天一神の鎧は魔力消耗が大きい。今も栓の抜けた風呂のようにエルザの魔力が消費されていく。小細工を弄する時間すら惜しく、ならば鎧の圧倒的な力で押し切ることが最良だと判断したのだ。この判断は功を奏した。

 次第にカグラの両腕の疲労は蓄積し、僅かながら痺れも感じ始めている。しだいに反撃の手はなりを潜め、防御一辺倒となっていった。

 

「くっ──!」

 

 そして遂に、カグラの二刀の小太刀。その一本が弾き飛ばされた。これでは魔力切れまで耐え抜くことも難しい。

 これには、不安を感じていた観覧席の妖精の尻尾も大いに沸き立つ。

 

「さすがエルザだ!」

「そのまま決めちまえ!!」

 

 浮き足立つメンバーたち。それも仕方の無いことだろう。メイビスやマカロフですら、この時勝負が付いたと思ったのだから。

 だが、カグラは吠える。

 

「もう一度言う。それで私の圏座を破ったなどと思うな!!」

 

 カグラは星ノ座を己とエルザに同時行使。エルザの動きを一瞬止めると、自らは力を利用して大きく後退した。

 

「無駄だ! 時間稼ぎにしかならんぞ!!」

 

 即座にエルザは星ノ座を斬って無効化すると、追撃をしかけようとする。

 しかし、カグラが欲しかったのはまさにその時間であった。

 

「全魔力解放!!」

 

 そして、カグラが己の奥義を開陳した。

 

「──無圏(むけん)神座(かむくら)!!!」

 

 神の手には抗えない。

 カグラが叫ぶと同時、エルザの体が静止する。

 

「なんだ、これは……!?」

 

 体のどこをどう動かそうとしても、その動きに反するように抵抗がかかって全く動かない。

 これこそがカグラの奥義、無圏・神座。作り出すは、あらゆる力が釣り合う静止空間。

 

「終わりだエルザ!!!!」

 

 残る魔力を振り絞って放たれる全力の鎌鼬。静止空間は術者のカグラとて入り込めるものでは無いが、鎌鼬なら話は別だ。

 迫る鎌鼬。しかし、エルザとて簡単には諦めない。

 

「まだだァァ!」

 

 ここでエルザがとる戦法はさらなる力押し。

 神座が押さえつけられる力にも許容量があり、それを超えれば動けるのは道理である。たとえ許容量を超えたとしても、まともな動きなどできずにやられてしまうのが神座の恐ろしさなのだが。

 

 空間を斬ることが出来る斑鳩が菊理姫で無理矢理体を動かすことでようやく神座を攻略することができるのだ。斑鳩の陰に隠れているが、今のカグラは聖十大魔導の末席に名を連ねていてもおかしくない実力を持っていた。

 

 そして、エルザの手には魔法を切り裂く薙刀がある。後は僅かでも体を動かせれば、斑鳩同様に神座だろうが切り裂けるだろう。

 カグラもそれは百も承知だ。だからこそ、エルザから神座内で動けるほどの体力を削ぐまでは使いたくはなかったのだ。そして、追い込まれるまで使わなかったと言うことは、カグラ自身が神座で押えきれるほど、エルザの体力を削れていないと思っていることに他ならない。

 

「おおおおおおお!」

 

 咆哮とともに、神座が薙刀によって切り払われた。

 だが、その直後に鎌鼬が天一神の鎧を破壊した。

 

「かはっ!」

 

 鎧を失った体に、鎌鼬がさらに一太刀。傷はかなり深い。

 しかし、エルザは倒れない。凄まじい気力でもって踏みとどまった。

 追撃の鎌鼬はない。カグラの魔力も限界だ。

 

「エルザァ!!」

 

 カグラが小太刀を手に斬りかかる。

 対して、エルザは換装で一振りの刀を手にした。妖刀紅桜ではない、ただの刀だ。エルザの魔力もまた限界に近い。天一神の鎧が魔力を吸い尽くす前に破壊されたが、魔法の武具を使うほどの魔力は残っていない。出来ることといえば、後何回か換装するくらいのものだ。

 

「カグラァ!!」

 

 エルザも吠える。そして、咆哮とともに二人が交錯。

 この時、二人の力も速さもほぼ同じ。限りなく互角の勝負。

 

 

 ──その勝敗を分けたのは、手にする得物の差であった。

 

 

「──いまだ未熟ということか」

 

 地に伏したのはカグラ。カグラの小太刀とエルザの打刀。間合いを見れば、正面から斬り合ったときにどのような結果をもたらすかなど火を見るよりも明らかだった。

 

『倒れたのはカグラ! 勝者は妖精の尻尾のエルザだあああ!!』

 

 実力伯仲。互いに一歩も譲らない攻防に、ジュラと斑鳩の戦いが決着したときとなんら遜色のない歓声と拍手が送られる。

 

「二人ともお見事でした」

 

 メイビスもまた心の底から二人を称賛した。メイビスの予想の何枚も上をいったカグラ、それを意地でもって下してみせたエルザ。どちらも素晴らしい魔導士だ。そして、魔導士としての実力だけではなく、戦いの中で見せた強い精神力をこそ称えたい。

 エルザが倒れるカグラに歩み寄る。

 

「まだ、超えることは叶わなかったか」

 

 力なく体を横たえて、カグラが言った。それを聞いてエルザは苦笑する。

 

「そう言うな。次に戦えばどちらが勝つかなど分からんだろう」

 

 それほどぎりぎりの戦いであり、限りなく五分だった。

 最後の斬り合いもカグラが小太刀の特性を活かして守りに徹し、カウンターを狙っていればカグラが勝つ可能性の方が高かっただろう。

 カグラとて、今はあのときそうすべきだったと分かっている。しかしカグラからすれば、後一太刀で倒せるという誘惑に負けてその判断ができなかったことこそが未熟なのだと思っている。

 

「結果として負けたのは私だ。また鍛え直し、さらなる実力をつけたならその時は……」

「ああ、また剣を合わせよう。その時は私も強くなっているがな」

「ふっ、望むところだ」

 

 そう言って、倒れるカグラとエルザは握手を交わした。

 

 二位 妖精の尻尾53P

 

 残る人魚の踵のメンバーは斑鳩一人のみ。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 華灯宮メルクリアス。その一室でヒスイとダートンは並び、大魔闘演武の推移を見守っていた。

 

「あの方は私に告げました。この先に待つのは絶望。一万を超えるドラゴンの群れがこの国を襲ってくる。街は焼かれ、城は崩壊し、多くの命が失われる」

 

 この話はダートンも既に聞かされている。エクリプス反対派のダートンだったが、このような国の危機が迫っているのならば否やはない。そもそも、ダートンは過去を変える危険性を考えて反対していたのだ。エクリプスキャノンという使い方であれば反対する必要は無いだろう。

 

「その言葉は真か虚偽か」

「あの方はその答えを私に委ねました。大魔闘演武の結果が私を導くのです」

 

 ヒスイ姫とて素直に信じたわけではない。しかし、未来から来たという男が大魔闘演武の結末を言い当てたのならば、信じることも出来よう。その時は扉を開いて襲来に備えなければならない。

 

「お言葉ですが姫、もうその必要はありません」

「誰だ!?」

 

 ヒスイとダートンしかいないはずの部屋に二人以外の声が響く。

 ダートンの誰何する声の直後、二人の目の前にジェラールとマクベスが姿を現した。

 

「あ、あなたがたは……」

「お久しぶりです。六年ぶりでしょうか」

 

 ジェラールとマクベスがヒスイの前で跪く。

 

「必要はない、とはどういうことでしょうか」

「そのままの意味です。エクリプスを開く必要などないと言っているのです」

「なぜそれを……いえ、あなた方には心の声を聴く者がいたのでしたね」

「はい、その通りです」

 

 ヒスイの言葉にジェラールは頷く。六年前の時点でエリックたちの魔法は姫にばれている。

 もし、彼らがヒスイたちですら知り得ない情報を持っているのならば問題である。ぜひとも聞かねばなるまい。そう思うヒスイの横で、ダートンが難しい顔をしていた。

 

「……姫、この者らとは知り合いですかな」

「ええ、以前少しだけ」

「だとしたら大問題ですぞ。この者らは大犯罪者で今も指名手配中なのですから」

「それは……」

 

 まずい、とジェラールの顔が歪む。

 ダートンは国防大臣だ。国に害を及ぼしかねない悪党の顔と名ぐらいは把握している。

 

「評議院への潜入、そして破壊。さらにはエーテリオンの投下をもなした大悪党。これから何を言うつもりだったかは知らんが、この国に害を為そうとしていたに違いない!」

「いえ、この方たちは国の安寧を憂う……」

「こやつは評議院に潜り込んだ男。こんどは姫の懐に潜ろうとしているだけです。騙されているのです! だいたい、横の男も元バラム同盟の一角を担う六魔将軍のメンバーではないか」

「しかし……」

「そもそもです。心の声を聴く者がいるですと? ならばそれこそ大問題。いくらでも機密を聴き出して悪用できるのですから。姫は危機意識が足りなすぎる!!」

「それは、そうですが……」

 

 ダートンの言い分はジェラールからしても至極まっとうだ。それだけに言い返す言葉が無い。

 ヒスイの瞳が揺れる。ダートンの言葉によって迷いが生じ始めている。

 

(まずい。このままでは説得できない。なんと言えばいい。なんと言えばダートンを説得できる。なんと言えば……)

 

 本来ならばダートンがいない場所で接触したかったのだが、恐らく大魔闘演武の結果を見たならばそのままエクリプスを開きに行くことになるだろう。そうなればダートンだけでなく兵も多くなる。接触するには今しか無かった。

 ジェラールの頭の中をいくつもの言葉が流れるが、どうすれば話を聞いてもらえるのか、全く考えが纏まらない。言い訳をしても聞く耳は持たないだろうし、迂闊なことを言えばさらに疑念を深めるだろう。

 そんなジェラールの視界の端で、マクベスが動いた。

 

「お願いいたします。どうか、我々の言葉をお聞きください」

「マクベス……」

 

 ジェラールが驚き、内心目を丸くする。

 マクベスが、跪いた姿勢から床に頭をこすりつけんばかりに下げたのだ。

 それを目にして、ジェラールがはっとした。

 

(そうだ。言葉を弄し、言い訳を並べる必要など無い。ダートンを納得させる必要もありはしない。ただ、誠意を示せば良い)

 

 さすれば、必ず姫は話を聞いてくださる。そういうお方であると、六年前にわかっていたはずなのだ。まだ為政者として未熟なれど、誰よりも国とそこに住まう者たちのことを思い、真摯な者の言葉には耳を傾けてくださる方であると。

 

「どうか、お願いいたします」

 

 ジェラールも、マクベスにならって額を床にこすりつけんばかりに下げた。

 かくしてヒスイは頷いた。

 

「──分かりました。話を聞かせてください」

「姫!!」

「ダートン、あなたがこの方たちを疑う気持ちは分かります。しかし、判断は話を聞いてからでも遅くはありません」

 

 なおも不服そうにするダートンに、ヒスイは微笑みながら首を振った。

 

「六年前、私はこの方たちを信じました。その結果、今なおこの王国には害が及ぶことはありません。ならば、今度も私はこの方たちを信じたい。そう思うのです」

「……分かりました。話だけは聞きましょう」

 

 ヒスイの言葉に、ダートンもぶすぶすながら頷いた。

 

「だそうですよ?」

「はっ、感謝いたします。それでは──」

 

 ヒスイに促され、ジェラールは男の正体、企み、目的について語っていくのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 未来ローグは影と化して地を駆けていた。もうすぐでクロッカスを抜ける。そうすればルーシィとユキノは目前だ。

 

「待ちな」

 

 その時、目前に現れる人影があった。人影は二つ。

 

「何者だ」

「敵だよ。てめえのな」

 

 エリックが笑う。未来ローグはその言葉を聞いて眉を顰めた。

 

「オレが何者か知っているのか」

「ああ、もちろんな。未来から来た男だろ?」

「姫の関係者か? ならば、オレが未来を──」

「支配しに来たんだろ。その操竜魔法でドラゴンを操ることで」

「貴様……」

 

 それはこの時間に来てから誰にも言っていないはずの目的だ。それを何故知っているのか。未来ローグの警戒度が跳ね上がる。

 

「ソーヤー、てめえは先に行ってこっちの状況を伝えてこい」

「いいのかよ、一人で」

 

 ソーヤーの言葉に、全く気負うこと無く十分だと頷いた。ソーヤーもそれを聞いてわかったと頷き、街の外へと姿を消す。

 それを目にして未来ローグが笑う。

 

「クク、一人で十分だと? オレもなめられたものだ。そもそも、オレが──」

「──わざわざ相手をする必要なんてない、だろ?」

「…………まさか、オレの心を読んでいるのか」

 

 言おうとしていた言葉を先に言われて未来ローグもエリックの魔法に察しをつけた。そして、この予想が当たっているとすれば非常に厄介なことになる。

 

「察しが良いな。想像の通りだぜ。てめえの目的も企みもこっちは全部あばいてんだ。そして、姫にもオレの仲間が伝えに行っている。もうてめえの企みは潰えてんだよ」

「…………そうらしいな。だが、エクリプスはまだ健在だ。まだどうにでも手は打てる」

「だろうな。だとしたら、ルーシィやユキノに関わってる場合じゃねえだろ。てめえの一番の脅威が、こうして目の前に立っているんだからよ」

 

 そう言って、来いよとエリックが挑発するように手招きした。

 ここに来て、未来ローグもエリックの考えを読み取った。影化したローグは周りになんの影響も与えられないが、代わりに何からも影響を与えられない。エリックを無視してルーシィたちのところへ行こうと思えば行けるのだ。

 だが、エリックの言うとおり、こいつは今殺しておかなければならない。

 

「良いだろう。望み通り殺してくれる! 今、ここで!!」

「やれるもんならなあ!!」

 

 こうして、大魔闘演武の裏、クロッカスの街の端で二人の滅竜魔導士がぶつかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ラクサスとオルガの拳がぶつかり合う。互いに互いの雷を食うことが出来る以上、迂闊に雷を放出することはできない。自然、雷を身に纏っての殴り合いだ。

 

「ぐはっ!」

 

 オルガが押し負けて殴り飛ばされる。追撃に行こうとしたラクサスをスティングが阻んだ。体には白い紋様が浮かび上がり、既にドラゴンフォースを使っていることが見て分かる。

 

「白竜のホーリーブレス!」

「雷竜方天戟!」

 

 白く輝くスティングの咆哮を、ラクサスが放った方天戟が切り裂く。そのまま方天戟は勢いを保ってスティングに直撃した。スティングには雷を食われる心配は無いので、問題なく雷の滅竜魔法を使うことが出来る。

 

「く、くそっ」

 

 倒れるスティングの体から白い紋様が引いていく。

 オルガもなんとか体を起こそうとするが、中々力が入らないようだ。

 戦闘開始からしばらく、なんとか食らいついていたスティングとオルガだったが、総じて見れば手も足も出ていないという有様だった。

 それも当然のことである。四日目にナツ一人に双竜で挑んで負けているのだ。二人がかりとは言え、連携に馴れていないオルガとスティングでナツより強いラクサスに勝とうとするのは無理がある。

 

「まだだ、まだ終わっちゃいない。オレはレクターのために負けられないんだ!」

 

 スティングが力を振り絞って立ち上がる。残り魔力を振り絞って再びドラゴンフォースを発動した。ラクサスが圧倒的な力を持っていることは分かった。ならば、己の全てを一撃にかけよう。それ以外に逆転の方法などありはしない。

 

「おおおおおお!」

 

 そして、同様に立ち上がったオルガもラクサスに向かっていく。だが、無理をしているのは丸わかりだ。ラクサスからしてみればオルガの体は隙だらけだった。

 その腹部にラクサスが拳を叩き込む。

 

「──てめえ」

「へへ、捕まえてやったぜ」

 

 オルガはラクサスの拳を防御もせずにそのまま受けると、痛みと吐き気をかみ殺し、飛びそうになる意識をつなぎ止め、ラクサスの体を両腕で拘束する。

 

「スティングゥ! 遠慮はいらねえ、オレごとやれえ!!」

「滅竜奥義!!」

 

 スティングの拳に白い光が集まる。

 それをラクサスに叩き込むために向かっていく。しかし、その時ラクサスを拘束していたオルガが力なく崩れ落ちた。

 

「────!」

「心配すんな。来いよ、正面から受けて立つ」

 

 ラクサスは避けるそぶりを見せない。ならば、オルガを巻き込む心配が無いだけ好都合だ。

 

「ホーリーノヴァ!!!」

 

 迫るスティングの拳。それを見ながらラクサスは思う。

 事情はよく分からないが、スティングに負けられない理由があるのは分かる。だが、ラクサスとてそれは同じ。七年間待ち続けた仲間たちのために負けられない。過去に妖精の尻尾に波紋を呼んだラクサスだけに、その思いは人一倍だった。

 

「滅竜奥義、鳴御雷(なるみかづち)!!!!」

 

 白光の拳と雷光の拳がぶつかり合う。

 一瞬の拮抗。その後、弾き飛ばされたのはスティングだった。

 

(強すぎるよ……。ごめん、レクター……)

 

 スティングの意識が闇へと落ちていく。オルガももう起き上がる気配が無い。

 その二人を見下ろしてラクサスが言う。

 

「強かったぜ。お前ら」

 

 なにより、決して諦めないその心が強かった。

 それはラクサスにとっての最大級の賛辞であった。ルーシィの件もあり、剣咬の虎にあまり良い印象はなかったが、それは既に払拭された。

 なんにせよ、この戦いはラクサスが勝利。妖精の尻尾に2Pが加算される。

 

 二位 妖精の尻尾55P

 

 

 

 

 一方、ジュビアとシェリアの戦いにはグレイとリオンが参戦し、タッグバトルの様相を為していた。

 グレイはルーファスとの戦いの後ということもあったが、それを差し引いてもリオンとシェリアは強かった。押されるグレイたちはなんとかリオンたち以上の連携でもって対抗する。

 そして、

 

水流昇霞(ウォーターネブラ)!!」

氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

 

 二人の力を合わせることでリオンとシェリアを倒すことに成功するのであった。

 

 二位 妖精の尻尾57P

 

 

 

 

 そして、大魔闘演武は最終局面へと向かっていく。

 

「お、おい見ろよ。得点表を」

 

 観客の誰かがそう言った。だが、そんな言葉はなくとも誰もがそこに目をやっていた。

 

 

 途中経過。

 

 一位 人魚の踵61P

 残りメンバーは斑鳩。

 

 二位 妖精の尻尾57P

 残りメンバーはエルザ、ラクサス、ガジル、グレイ、ジュビア。

 

 三位 剣咬の虎48P

 全滅により順位確定。

 

 四位 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)43P

 全滅により順位確定。

 

 五位 青い天馬(ブルーペガサス)31P

 全滅により順位確定。

 

 六位 四つ首の仔犬(クワトロパピー)16P

 全滅により順位確定。

 

 

 残っているのは人魚の踵の斑鳩と妖精の尻尾の五人だけ。そして、その差は4P。

 

「いける! いけるよ! 斑鳩を倒せば5Pだから逆転優勝だ!!」

 

 叫んだのは妖精の尻尾のロメオだ。その声は勝利を確信して喜色を帯びている。

 他の妖精の尻尾のメンバーどころか、会場中の観客たちも妖精の尻尾の勝利を確信している。

 その空気に水を差したのはナブだった。

 

「で、でもよ。もう残ってるのは斑鳩だけなんだぜ。斑鳩が他の誰かを倒しちまったらそれで62P。もう単独優勝はなくなっちまうぞ」

「お前は心配しすぎだぜ。いくら斑鳩でもああまでボロボロじゃあ、勝目はないって。もう優勝は決まったようなもんなんだろ、初代」

 

 マカオがナブを励まし、そうメイビスに話しかける。しかし、マカオの想像と違ってメイビスの表情は硬い。

 

「初代……?」

「……私の作戦は誤差を多く含みながらも大方は私の予想通りに進みました」

「な、なら! なんでそんな浮かない顔をしてるんだ!?」

「その誤差が問題なのです。中でも一番大きな誤差。──それはカグラが想像以上に強すぎたことです」

「それはどういう……」

 

 困惑するマカオ。その疑問はすぐに解けることになる。

 メイビスが見つめる魔水晶映像。そこで、斑鳩が妖精の尻尾の一人と接触した。

 

「ふふ、カグラはんは強かったでしょう?」

「ああ、正直驚いた」

 

 斑鳩と遭遇したのはエルザ。エルザはカグラとの激戦で、今の斑鳩と並ぶほどにダメージを負っていた。

 斑鳩は無月流を使えないほど弱っているが、エルザもまた魔法の武具を扱えないほどに弱っている。

 これでは、確実に勝てるなどと言えはしない。

 

「で、でも、もしエルザが負けても他の誰かが斑鳩を倒せば62Pで並ぶんだ。それで優勝できることには変わりないよな!?」

「バカ! エルザが負けるわけないでしょ!!」

「も、もしもの話だよ……」

 

 臆病風に吹かれるウォーレンをビスカが怒鳴りつけた。

 そのウォーレンの希望的観測を否定するように、エルザが口を開く。

 

「始めに言っておこう。妖精の尻尾のリーダーは私だ」

 

 その宣言に闘技場中にざわめきが広がる。

 もしエルザが負ければ人魚の踵は66P。斑鳩を倒して妖精の尻尾が62Pとなったとしても、それ以上はポイントをゲットすることができないのだからその時点で詰みなのだ。

 

「いいんどすか? そんなことを言ってしまって」

「ここまで来て隠す必要はないさ。それに、その方がお前としても、全力でこの一戦に臨めるというものだろう?」

「ふふ、そうどすな」

 

 斑鳩とエルザが相対し、ともに刀を構える。

 既に闘技場には妖精の尻尾の勝利を確信するような浮かれた空気は存在しない。

 

 ただじっと、大魔闘演武の決着を見守っていた。

 




○原作と本作における世界線の差異
・原作

ゼレフを倒すために扉を開く。
現れた一万頭のドラゴンによって世界は滅亡。
ルーシィが過去へ。

扉はルーシィによって閉じられる。
しかし、世界はアクノロギアによって支配される。
一万頭のドラゴンを己のものにするためにローグが過去へ。

未来ルーシィと未来ローグが存在する原作本編。

・本作

魔女の罪とヒスイ姫の約束により扉は開かれない。
しかし、世界はアクノロギアによって支配される。
アクノロギアに対抗するにはドラゴンを己のものにするしかないと思いローグが過去へ。

ローグによって一万頭のドラゴンが呼び出される。
ローグはドラゴンの数が多すぎて支配に失敗、世界は滅亡。
ルーシィが過去へ。

未来ルーシィと未来ローグが存在する本作本編。

という風に想定しています。でも、基本的にどっちにしろ変わんないのであまり気にする必要は無いです。
本作でも原作同様、未来から来たローグとルーシィはお互いの存在を知りません。


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第四十三話 大魔闘演舞其ノ四

「――と、いうことなのです」

 

 ジェラールの口から未来ローグの企み全てが語られる。

 ヒスイとダートンはそれを神妙な表情で聞いていた。

 

「なるほど、話は分かりました。だとすれば扉を開くわけにはいきませんね」

「ご理解いただきありがとうございます」

 

 ヒスイの言葉に、ジェラールが恭しく頭を垂れた。

 そこにダートンが口を挟む。

 

「私としてはまだ全てを信じるには足りないと思いますな」

「ダートン……」

「根拠が一魔導士の魔法に頼ったものでしかなく、その魔導士の意思が事実に介入できる余地がいくらでもある。情報の信憑性としては下の下と言わざるを得ません」

 

 ダートンの言っていることは至極尤もであり、反論の余地は無い。

 だが、ジェラールとしてはだからといって引き下がるわけにはいかない。

 

「しかし、どこからともなくドラゴンが襲来するなどと言うよりは、扉を通って過去からやってくるといった方が余程信憑性があるのではないでしょうか。ドラゴンの目撃情報などそれこそアクノロギア以外に聞いたことなど――」

「そのくらいは分かっておる」

「ならば!」

「そう慌てるな。全く考慮しないとは言っていない」

 

 意気込むジェラールを制し、ひとつ咳払いをするとダートンは続ける。

 

「お主たちの意見を信用し、扉の準備をしなかったがためにドラゴンの襲来に対処できなかった、などという事態は避けたい。これは分かるであろう」

「ええ、尤もな意見かと」

「ならば、扉は地下から運び出す。しかし、当初の予定のように扉を開いておき、いつでもエクリプスキャノンを撃てるように準備をしておく、という部分は変更。扉を開くのはドラゴンを確認してからとする。これでよいか」

「はい。先ほどはよく話を聞きもせず失礼しました」

 

 ジェラールが再び頭を下げる。それを見下ろしてダートンは顔を歪めた。

 

「礼などいらん。まだお主らを信用したわけではないと言っておろう」

「すみません」

「ただ……」

 

 そこでダートンは再び咳払いをした。

 

「もし本当にドラゴンの襲来がなければ、お主たちはこの国を救ったことになるであろう。そのときは改めて謝罪と感謝をさせてもらう」

「…………え? あ、いえ、ありがとうございます」

 

 ジェラールは思わぬ言葉に目を丸くした。これまでのダートンの態度から、こんな友好的ともとれる言葉が聞けるとは思わなかった。

 ヒスイがそのやりとりを見てクスクスと笑う。

 

「ダートンは素直ではないだけなのです。どうやら既に、未来から来たあの方よりはあなた方を信用しているようです」

 

 でなければ、ドラゴンを確認してから扉を開くなんて発言は出てこない。未来ローグの言葉を信じるならば、エクリプスキャノンを撃つまでに時間がかかるというのだから。ドラゴンを確認してから開くのでは効果が薄くなる可能性が高い。

 ダートンはふん、と鼻をならした。

 

「もう用事が済んだのならば行くがよい。先ほども言ったがお主たちはあくまで指名手配犯なのだ。姫や私との繋がりを疑われたら国政にも影響しよう」

「仰るとおりです。では、我々はこれで失礼します。話を聞いていただきありがとうございました」

 

 ジェラールがそう言うと、マクベスの反射(リフレクター)で二人は姿を隠してその場を後にした。

 なんとか話は聞き入れてもらえた。これで扉が開かれることはないだろう。

 

(こちらはなんとかした。後は頼むぞ、エリック、ソーヤー)

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 エリックとローグは互いに地面を蹴って前進する。

 正面から衝突する寸前、ローグが影に潜ってそのままエリックの背後に回り込んだ。

 

「影竜の斬撃」

 

 それをエリックは一切目にすることなく躱してみせる。

 

「聞こえるって言ってんだろ! 毒竜螺旋撃!!」

「くっ」

 

 躱した勢いのまま、エリックは毒を纏った回転蹴りを繰り出した。

 ローグは影化が間に合わずに腕でガード。その後すぐに影化すると距離をとった。

 ローグはエリックの両腕に浮かぶ鱗と赤く腫れた己の腕を見て口を開く。

 

「貴様も滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)か。知らなかったぞ、七人目がいたとはな。しかも属性は毒。なかなか厄介なやつだ」

「だからどうだってんだ」

 

 エリックたち元六魔将軍は評議院に捕まっていない。必然、一般にエリックが滅竜魔導士であることは知られていないのだ。

 

「少しなめていたよ。――モード白影竜」

「ちっ、出しやがったか」

 

 ローグの右半身が黒く染まり、雰囲気が変わった。

 モード白影竜。ローグがスティングを殺して奪った力、光と闇の二属性を持っている。

 

「すぐに終わらせてやる!」

 

 ローグが地を蹴る。その移動速度は先程までの比ではない。閃光が如きスピードでエリックに接近、すれ違うようにその腹をえぐり取ろうとした。

 思考を読めていようと反応できなければ意味はない。

 しかし、

 

「反応した!?」

 

 エリックはそれを回避。ローグは攻撃を外してそのまますれ違う。

 エリックはすぐに振り返ると攻撃を仕掛けた。

 

「毒竜突牙!」

 

 毒で作り出した巨大な腕でローグに掴みかかる。

 ローグは影に潜って避けると、そのままエリックの足下に移動する。そして、影から白い魔力をレーザーのように撃ち上げる。

 エリックは後退してそれを回避するが、その背後にローグが実体化して拳を叩き込んだ。

 しかし、その動きもエリックは把握している。振り返りざまに拳を突き出す。

 

「くっ!」

「ぐうぅ……」

 

 二人の拳がぶつかりあった。

 パワー負けしたエリックの拳は弾かれて血が噴き出した。しかし、ローグの拳も毒のせいで焼けたように爛れている。

 スピードとパワー、身体能力ではあらゆる面において白影竜となったローグが圧倒していた。

 しかし、スピードは心の声を聞くことによる先読みで、パワーは毒の効果による付加ダメージで、ともにエリックが互角に持って行っている。

 

「まさかナツ・ドラグニル以上とは!!」

 

 ローグが再び距離をとる。その右手に魔力が渦巻くと同時、無数の白と黒の魔力弾が放たれる。

 

「毒竜鱗牙!!」

 

 それに相対するように、エリックも毒の魔力弾を撃ち出した。

 

「バカが! 魔法の威力ではオレの方が上だぞ!!」

「うるせえ! んなこた分かってんだよ!!」

 

 毒の魔力が白と黒の魔力とぶつかり合う。結果はローグが言うとおり、白と黒の魔力が打ち勝った。

 しかし、弾けた毒の魔力が飛沫となってローグを襲う。

 

「そういうことか! 白影竜の連雀閃!!」

 

 魔力弾を撃ち込んでいる今は影化できない。迫る飛沫を左腕から出した白黒の翼が打ち払う。

 対して、エリックはなんなく白と黒の魔力弾を無傷でくぐり抜けていた。

 

「白影竜の絁!!」

 

 白と黒の線が走った。四方八方あらゆる方向から魔力の糸が相手を貫く、ローグの奥の手ともいえる魔法。回避は困難、故に必殺になり得る魔法なのだが。

 

「ちっ、やはりだめか」

 

 エリックの耳はその線の軌道を暴き出す。さすがに無傷とは言えなかったが、どれもかすり傷程度で回避しきった。深手と呼べるものは一つも無い。

 

「毒竜の咆哮!!」

 

 滅竜魔導士の咆哮はどれも高威力を誇るブレスであるが、エリックのものは少し特殊だ。直接的な威力はほとんど無いが、くらった者の体にウィルスを染みこませる。そして、体の自由を徐々に奪い、最終的には命すら奪ってしまうのだ。

 ローグは危険を感じ、すぐに影化して回避した。

 

「このままでは埒があかない……!!」

 

 ローグが吐き捨てるように言う。

 先読みと影化。この二つの魔法によって互いに致命打を回避し続けている。このまま続けても長期戦になることは必至。

 しかし、この呟きを聞いたエリックがにやりと笑った。

 

「そうとは限んねえぜ」

「どういうい……?!」

 

 どういう意味か。そう尋ねようとしたとき、ローグの足の力が抜けて地面に転ぶ。足だけでは無い。次第に、四肢の力が抜けていった。

 

「こ、これはまさか……!?」

「そう、毒だ」

 

 いつの間にか、ローグの体は毒に侵されていた。くらった攻撃は腕で防いだ回し蹴りと、重なり合った拳の二発だけ。まさかこれだけで体が毒に侵されたというのか。

 ローグのその考えは不正解だ。先も言った通り、毒竜の咆哮はウィルスをまき散らす。エリックは戦いを始めてからずっと、ローグに気づかれないように小さくウィルスを吐き出し続けていたのだ。その結果、今二人がいる空間には多くのウィルスが漂っている。

 

「室内なら、もうちっと早かったんだがな」

 

 エリックが小さく呟く。

 格下は論外、互角以上でも勝てず、格上だろうと足下をすくわれかねない。これこそが毒竜の恐ろしさ。

 戦いなど、始まる前から決着が付いていたのだ。

 

「さて、これでてめえの負けだ。諦めはついたかよ」

「くっ、お、おのれぇ……」

 

 地に伏しながら、ローグは悔しさに歯がみする。

 それでも諦めきれないのか、ローグは震える両腕で無理矢理上体を起こしてエリックを睨み付ける。

 

「オレの心の声が聞こえるならば分かっているはずだ! 未来はアクノロギアに支配される。対抗するには竜の力しかない! オレの操竜魔法しかないんだ!!」

「ああ、聞こえてるぜ。そして、てめえがただアクノロギアの代わりになりたいだけだってこともな」

「ぐ……」

 

 エリックの言葉にローグが押し黙る。

 支配される側からすれば、アクノロギアに支配されることになろうと、多くのドラゴンを操るローグに支配されることになろうと同じ事。

 

「てめえもアクノロギアも、自由を邪魔するならぶっ潰す。それだけだ」

 

 そう言い放ち、エリックはローグの脳天に拳を振り下ろした。

 

「――ったく。純粋に世界を救おうってんなら、オレたちだって手を貸したかもしれねえのによ」

 

 地面に叩きつけられたローグを見下ろして、エリックは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 静寂の中、斑鳩とエルザが刀を構えて睨み合っている。

 どちらも刀を右に構え、斑鳩は左薙ぎ、エルザは袈裟斬りを狙っているのが一目に分かる。

 永遠にも思える静寂の中、魔導士たちの戦いの余波による影響か、近くの建物の外壁が剥がれ落ちた。

 瓦礫が音を立てて地面に落ちると同時、斑鳩とエルザが駆けだした。

 

 ――相手よりも先に、この剣を叩き込む。

 

 二人の狙いはその一点。

 傷と体力を考えれば、お互い長期戦などできはしない。

 二人の感覚はかつてなく研ぎ澄まされ、時間がとまったような錯覚さえ覚えていた。

 その中で、エルザは斑鳩の剣を見て即座に悟る。

 

 ――斑鳩の剣がわずかに速い。

 

 エルザも弱っているとはいえ、左手一本で上回るとはなんたる怪物であろうか。

 その悟りは負けを悟るに等しいものだった。

 

 ――だが、私は負けるわけにはいかないのだ!

 

 勝利への執念が、エルザの体をひとりでに突き動かしていた。

 エルザは袈裟斬りを止め、刀を体に巻き付けるようにして体を回転させたのだ。

 結果、最短距離でエルザの体を回った刀の刃が斑鳩の剣を受け止めた。

 

「――――」

 

 斑鳩が驚きに目を見開く。

 間違いなく、寸前までエルザは斑鳩を斬るために動いていた。でなければ、気がついて対処も出来ただろう。寸前までエルザが本気で斬るつもりだったから、寸前で無理矢理刀を守りに回したから、エルザは斑鳩の刀を防げたのだ。まさに、執念が引き寄せた結果である。

 だが、斑鳩とてこれしきのこと終わりはしない。

 斑鳩の剣を受けたエルザの刀が音を立てて砕け散る。

 

「――――」

 

 斑鳩が振うは神刀である。エルザの刀も魔法の効果が無いとは言え、名刀に数えられる部類の得物ではあった。それでも、神刀と打ち合うには足りないのだ。

 しかし、同時に斑鳩の剣はそこで止まる。

 斑鳩といえども左腕一本では刀ごとエルザを斬ることまでは出来なかったのだ。

 勢いが止まった剣を無理矢理押しつけたところで切れはしない。必然、斑鳩はもう一度剣を振うために剣を引き寄せなければならない。

 エルザが狙うとすればその一瞬であった。

 だが、依然として剣速は斑鳩が上。エルザがもう一度剣を振りかぶったとしても、結局斑鳩の剣が先に届く。

 だとすれば、このまま攻撃するより他に無い。

 

「――――」

 

 エルザは体を捻った勢いそのままに、体を回転させて回し蹴りの要領で足を振り上げた。

 しかし、それを見る斑鳩に焦りは無かった。苦し紛れの攻撃にしか思えない。

 一歩下がって間合いを外し、しかる後に構え直した剣で隙だらけになったエルザに斬り込めば良い。それで勝ちだ。

 そう思った通りに斑鳩は一歩下がり――――それを目にする。

 

 

 斑鳩とエルザはともに卓越した技量を持つ剣士である。

 しかして、剣士としてのタイプは全く違う。

 斑鳩が一刀を極めんとする剣士ならば、エルザは万の武具を操らんとする剣士である。

 故に、エルザの武器の使い方もまた多様である。

 それこそ、足で剣を持つことすらするほどに。

 

 

 下がる斑鳩を、足で掴んだ剣が追う。

 これでは間合いを外しきれない。

 圧縮された感覚の中、迫る剣をゆっくりととらえて斑鳩が微笑する。

 

「――参りました」

 

 エルザの剣が、斑鳩の体を一閃した。

 

 

 

 

 

 闘技場の観衆もまた、時が止まったような静寂の中に居た。

 魔水晶映像(ラクリマビジョン)の先で、ゆっくりと倒れていく斑鳩を見届けて――。

 

『――け、決着!! 大魔闘演舞優勝は妖精の尻尾(フェアリーテイル)だァァァァ!!!!』

 

『ウオオオオオオオオオ!!!!!!!』

 

 実況の宣言とともに、割れんばかりの大歓声を上げたのだった。

 

大魔闘演舞最終結果。

 

一位 妖精の尻尾 62P

二位 人魚の踵 61P

三位 剣咬の虎 48P

四位 蛇姫の鱗 43P

五位 青い天馬 31P

六位 四つ首の仔犬 16P

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「そうか。斑鳩殿が、我々が負けたのか」

 

 遠く、闘技場から届いてくる大音声を聞いてカグラが体を起こした。

 まだ体は痛むが動けないほどではない。

 

「む」

 

 すると、カグラに近寄ってくる影が見えた。

 影はカグラの隣に来ると、その上に像を造り出す。

 

「青鷺か」

「……うん。負けちゃったね」

 

 青鷺が影狼を使って転移してきたのだ。二人は隣り合って座り込む。

 

「まさか、お前が一番に脱落するなんて思わなかったぞ」

「……言わないでよ。あそこまで綺麗に罠にはまったのは久しぶり、もしかしたら初めてかもしれないくらいなんだから」

 

 そう言って、青鷺は悔しそうに口を尖らせた。

 それを見てカグラが大きく笑う。

 

「良いではないか。競技で一位、バトルも勝利。大活躍だったろう」

「……終わりよければ、の反対だね。そっちは満足そうだけど」

「ああ、負けはしたが出し尽くした。晴れやかな気分さえ感じるよ。悔しいのは悔しいがな」

 

 言葉通り、晴れ晴れとした表情で語るカグラを見て青鷺はうらやましいと溜息をつく。

 とはいえ撃破直後はかなり悔しい思いをしていた青鷺だったが、こうして競技が終わり、遠く聞こえてくる妖精の尻尾コールを聞いていると素直に称賛できる気持ちになった。

 

「それで、ミリアーナやアラーニャはどうしている。お前のことだ、既に探しているんだろう」

「……うん、見つけたけど二人ともすぐに来るよ。ほら」

 

 青鷺が指をさした方向を見れば、建物の影からミリアーナとアラーニャが姿を現した。どうやら、一足早く合流していたらしい。

 向こうもカグラたちに気がついて手を振ってきている。

 

「おーい、カグラちゃん、サギちゃん!」

「ああ、元気そうで何より……って」

 

 元気そうでよかったと胸を撫で下ろすカグラだったが、ミリアーナが抱えているものに気がついて目を丸くする。

 見れば、隣のアラーニャも肩をすくめていた。

 

「その猫はたしかセイバーの……」

「……なんでミリアーナが?」

「マントの中にくっついて来たみたい。というわけで、はい!」

 

 そう言って、ミリアーナが青鷺に抱えているものを差し出した。

 

「もふもふしたいのはやまやまだけど。ネコネコは飼い主さんにちゃんと返してあげないとだからね!」

 

 

 

 

 ラクサスは響いてくる妖精の尻尾を称える歓声を聞いて笑みを浮かべた。

 実を言うと、メイビスが最初にリーダーにしようとしたのはラクサスだった。メイビスからすれば、その方が確実だった。

 しかし、ラクサスはそれを断りエルザをリーダーにするように言ったのだ。

 

「次代の妖精の尻尾を引っ張っていくのはお前だ。このくらいはやってもらわねえとな」

 

 ラクサスは誰にいうでもなく呟いた。

 それは以前のラクサスからは考えられない言葉であっただろう。しかし、今のラクサスにはもうギルドマスターへの執着はない。その言葉を自然に口にすることが出来る。

 そこで、ラクサスは近づいてくる黒い狼に気がついた。

 

「ん? こいつは確か人魚の……って、おい!」

 

 狼はラクサスを見上げると飛び込んできた。敵意はなかったのでラクサスは狼を両手で抱える。すると次の瞬間、狼が消えてラクサスの腕の中にはあるものが残された。

 

「こいつは確か……」

「ん、んん……、オレは、負けたのか……」

 

 その時、ちょうどスティングが目を覚ます。

 

「目が覚めたか」

「あ、ラクサスさん。大魔闘演舞は……って、この歓声を聞けば分かるか。優勝おめでとうございます」

「おう」

 

 影を感じさせる微笑みを浮かべてスティングが言った。

 ラクサスは腕の中のものと俯いて視線を落とすスティングを見比べて口を開く。

 

「なあ、お前が負けられない理由ってのはなんだったんだ」

「ああ、それですか。……ちょっと、相棒のレクターと離ればなれになっちゃったんですよ。それで、勝たなきゃ再会できないって言われて、オレは……」

「そのレクターってのはこいつのことか?」

「そうです。そいつ…………って、ええええええええええええ!?」

 

 ラクサスが抱えているものを目にしてスティングは驚きの余り絶叫した。見間違うはずもない。ラクサスが抱えているのはスティングの相棒であるレクターだ。

 どうやら今は眠っているようで、レクターは目を閉じて動かない。

 

「なんでラクサスさんが!?」

「知らねえよ。運んできたのは人魚のチビだ。事情ならそいつに聞きな」

「う、ううん……」

 

 その時、スティングの絶叫がうるさかったせいかレクターがゆっくりと目を開く。

 ラクサスはそれに気がついてレクターを地面に下ろしてやった。

 

「スティング君!」

「レクター!」

 

 二人は喜んで駆け出し、涙を流して抱き合った。こうして、スティングとレクターは再会を果たしたのだった。

 

 

 

 

 エルザが倒れる斑鳩の傍らに腰をおろす。

 

「優勝おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 

 祝う斑鳩の言葉にエルザも微笑んで頷いた。

 二人の間にはわだかまりはない。ただ、全てを出し尽くした清々しさがあった。

 会話もせず、しばし、二人は止まない歓声を聞きながら溢れ出す感慨を噛みしめていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた! 体が!?」

 

 未来ルーシィが未来に起きたことや過去に来た目的を全て語り終わったときだった。

 突然、未来ルーシィの体が光り出したのだ。

 

「これは……そう、きっとジェラールたちがやってくれたんだ」

「どういうことだよ!?」

「きっと扉を開く要素の全てをジェラールたちが潰してくれたんだ。もう、この世界に私という存在が生まれる余地がなくなった。だから、この世界に私が留まることはもうできないんだ」

 

 本当に良かったと、心の底から安堵して未来ルーシィは胸を撫で下ろした。

 しかし、ナツたちはそれで納得できない。

 

「ちょっと待て! この世界に留まれないって、じゃあお前はどうなっちまうんだよ!?」

「私のいた未来に戻るのか、私のいた未来は消えてなくなり私も消えるのか、それは私にも分からない」

 

 叫ぶナツにルーシィは穏やかな顔で微笑んだ。

 

「そんなのって……」

 

 ルーシィ以外の面々は一様に絶句した。それではあまりにも救いがなさ過ぎる。

 そんな皆の表情を見て未来ルーシィが苦笑する。

 

「いいの。もう二度と会えないと思っていたみんなにもう一度会えた。未来が守られた世界があるということも知ることが出来た。あたしはそれだけで幸せなんだ」

「でも、それでも……!」

「もう、みんな優しいんだから。ねえ、この世界のあたし。ギルドマークを見せて」

「え? それはいいけど……」

 

 未来ルーシィはルーシィの右手を左手でとり、ギルドマークを涙を浮かべながら大切に撫でた。

 

「あんた、まさか右手が……!?」

 

 ルーシィの言葉に曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すと、今度はウルティアたちに向き直る。

 

「ありがとう。あなたたちのおかげでこの世界の未来は守られた」

「全部あなたが未来から危機を教えに来てくれたおかげよ。でなければ私たちも対応しきれなかったわ。間違いなく、この世界を救ったのはあなただわ」

「そんなこと言われると照れちゃうな。ジェラールたちにもよろしくね」

 

 そう言って未来ルーシィがはにかんだ。

 

「いよいよ限界みたい……」

「ありがとうルーシィ! お前のおかげで助かった!! オレ、忘れないからな!!」

 

 ナツが叫ぶ。他の面々もそれに続く。時間がない中で少しでも思いを伝えたい。そう思って、みんなが口々に感謝の言葉を叫んだのだ。

 その言葉を聞きながら未来ルーシィは

 

「えへへ――バイバイみんな」

 

 綺麗な笑顔とともに姿を消した。

 

 

 

 

 未来ルーシィの消失をエリックもその耳で聞き取っていた。

 

「てめえは消えねえのか。おい、まだ意識はあんだろ」

 

 そう言ってうつぶせの未来ローグを蹴って仰向けにする。

 

「消えるとはなんのことだ」

「もう扉は開かねえ。タイムパラドックスで消えねえのかって聞いてんだ」

「ああ、そういうことか」

 

 ローグが体を横たえながらくつくつと笑う。

 

「今扉を開くことを阻止したところで、未来でオレが扉を開かないとは限らない。扉を破壊すれば別だがな」

 

 ローグは今より七年後の未来から来た。数日後の未来から来たルーシィとは違い、今扉を閉じたところで消えはしないのだ。それこそ、元凶の扉さえ壊せばどうあがこうと過去に渡れなくなるので消えるしかないのだが。

 

「他の方法はねえのかよ」

「くく、そうだな。扉を破壊しないのならオレという存在が生まれる余地を消すことだ。今のオレを殺すとかな」

「するかよ、そんなこと。なら一旦拘束して扉をぶっ壊すしかねえか……」

 

 意地悪く言うローグの言葉を無視して面倒だと頭をかくエリック。

 存在が生まれる余地を消す。そんなことを口にしてしまったせいか、ローグの脳裏にふとフロッシュの姿が浮かんだ。六年前、今からで言えば一年後に死んだフロッシュのことを。

 そこまで思ってローグが内心で頭を振った。

 

(もうオレは猫一匹と戯れていた頃のオレじゃない。何を甘いことを……)

 

 そう思った時である。

 

 ――突然、ローグの体が光り出した。

 

「こ、これは――!!」

 

 ローグが驚いて目を見開く。辛うじて動く首を起こしてエリックを見たら、ついと視線をそらされた。

 

「ク、ハハ。ハハハハハハハハハ!!!!」

「……笑いすぎだろてめえ」

「いや、すまん。こんなに可笑しいのは久しぶりなんだ」

 

 そう言って、ローグはしばらく笑い転げていた。

 悪人面をしているくせに存外律儀な奴だ。ローグの一瞬の迷いを聞いただけで、己という存在が生まれない未来を確定させてしまった。

 そして、それはある事実を示している。

 この未来ではフロッシュが死なないこと。

 そして、

 

「そうか、オレはフロッシュがいれば闇に堕ちることはなかったのか。たとえ、アクノロギアという絶望が立ちはだかろうと……」

 

 不思議と、ローグは自分の中の狂気が消えていくことを感じた。

 ついさっきまで確かにどうでもいいと思っていたはずの、今という時間を生きているだろうフロッシュのことが気になり出す。だが、流石に会っている時間は無さそうだ。

 再び首を持ち上げてエリックを見た。

 

「ありがとう、フロッシュを助けてくれて」

「うるせえ、まだ何もしてねーよ」

「それでも感謝ぐらいさせてくれ」

 

 ローグは邪気の消えた笑みを浮かべ、再び表情を引き締めるとエリックに忠告をした。

 

「だが、オレという存在が生まれなくなっても、アクノロギアという絶望に支配される未来が消えたわけではない。準備は怠らないことだ」

 

 そう言い残し、ローグも光とともに消失した。

 

「当たり前だ。ゼレフにもアクノロギアにも、世界を好き勝手させるもんかよ」

 

 一人残されたエリックは、誰にでもなく誓ったのだった。

 




大魔闘演舞全日程終了&魔女の罪が竜王祭阻止!
というわけで大魔闘演武編もエピローグを一話残すのみとなりました。
そこで、折角なのでちょっとした企画を用意してみたのでお気軽にご参加ください。ちなみに、企画の結果が今後のストーリーに影響することはありません。

○人魚の踵、主観によるみんなのMVP投票!!
 大魔闘演舞を終え、人魚の踵のメンバー五人のうちあなたがMVPをあげたいと思ったメンバーに下のアンケートから投票してください。選考基準はなんでもいいです。単純に成績で選ぶも良し、印象深い活躍から選ぶも良し、単純に好きなキャラでも良しです。
 参考に各メンバーの成績も記しておきます。

・斑鳩
三日目競技伏魔殿(MPF)四位:4P
四日目タッグバトル勝利:10P※
五日目大魔闘演舞ジュラとミネルバ撃破:10P
合計:24P

・カグラ
四日目競技海戦七位:1P
二日目バトル勝利:10P
五日目大魔闘演舞トビーとユウカ撃破:2P
合計:13P

・青鷺
一日目競技隠密一位:10P
四日目タッグバトル勝利:10P※
五日目大魔闘演舞:0P
合計:20P

・ミリアーナ
二日目競技戦車五位:3P
三日目バトル勝利:10P
五日目大魔闘演舞ロッカー撃破:1P※
合計:14P

・アラーニャ
競技出場なし:0P
一日目バトル敗北:0P
五日目大魔闘演舞ロッカー撃破:1P※
合計:1P

※二人でとった点数はわけずにそのまま両方に記載しています。そのため、合計は61Pにはなりません。


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第四十四話 大舞踊演舞

 クロッカスの街の一角で、ミネルバは一人たそがれていた。

 周囲に人影は見当たらない。

 

(これで居場所を失った。妾は結局なにがしたかったのであろうな)

 

 一体これからどうしたらいいのかも分からない。心にはぽっかりとした空洞が広がっていた。

 背後で足音がする。誰か来たのかと振り返り、直後にミネルバは殴り倒された。

 

「見つけたぞ」

「ち、父上……」

 

 見上げるとそこには憤怒に顔色を染めたジエンマが立っていた。

 ジエンマは足を振り上げ、倒れるミネルバをさらに蹴飛ばす。

 

「よくもこの父に牙をむいてくれた! その結果があのていたらくか! 我が最強のギルドを台無しにしおってからに! つくづく使えぬ愚図の娘よ!!」

 

 何度も何度も、ジエンマはミネルバを蹴飛ばし踏みつける。

 それにミネルバはなんの抵抗もしなかった。心の折れたミネルバにはそんな気力も残っていない。もうどうにでもなれと自棄になっていた。

 黙って蹴られていると、やがてジエンマの暴行もおさまった。

 

「やはり正規ギルドなどぬるい。これでは最強のギルドは作り出せぬ。行くぞミネルバ」

「行くとは、どこへ……?」

「闇へ行くのだ。闇こそ我が真の実力を発揮するに相応しい」

 

 それを聞いてミネルバは自嘲の笑みを浮かべる。

 

(ついに妾も落ちるところまで落ちるということか)

 

 ミネルバがこれからの運命を諦めとともに受け入れたときである。

 再びその場に足音が二人分聞こえてくる。

 

「それは困りますなぁ。ミネルバはんを闇に引きずり込むだなんて」

「斑鳩……」

 

 やってきたのは斑鳩。その隣には青鷺も黙って佇んでいる。

 

「貴様は人魚の。なんの用だ」

「あなたに用なんてありまへん。うちはミネルバはんに用があって来たんどすから」

「この愚図にか。何用だ」

 

 そのジエンマの口ぶりに斑鳩が眉を顰める。

 

「実の娘を愚図呼ばわりとは。あなたに娘への愛情はないんどすか?」

「笑止! これは我が最強の血を後世に残すための道具にすぎんわ!!」

 

 本気で言っている。斑鳩はそう思った。

 言葉、語気、表情、雰囲気どれを見てもミネルバへの愛情を感じることができない。

 

「……サギはん」

「……ん」

 

 もうこれ以上語る気も起きない。ひとまずこの男のことは後回しにしようと、斑鳩は隣の青鷺に目配せをする。

 

「む!」

 

 ジエンマの足下に影が纏わり付くと同時、次の瞬間にはジエンマの姿が影も形も無くなった。

 青鷺の影狼でとりあえずクロッカスの外まで飛んでいってもらったのだ。

 斑鳩は両親に命をかけて守られ、育ての親である修羅に大切に育てられた。親子の愛は無上のものと信じているが、その愛を持ち得ない者もいるのかと悲しくなった。

 斑鳩と青鷺は倒れるミネルバを抱え起こす。

 どうやら大した傷はないようで斑鳩たちはひとつ安心する。

 

「なぜそなたらがここにいる……」

「ミネルバはんの様子が気になったもので、いざセイバーの宿を訪ねてみれば行方不明というではありまへんか。だからサギはんに頼んで探してもらったんどす」

 

 斑鳩の言葉に隣の青鷺もこくりと頷く。

 

「妾を探し出してどうするつもりだ」

「もちろん、連れて帰るに決まってます」

 

 そこで再びミネルバは自嘲する笑みを浮かべた。

 

「今更どんな面をして帰れようか」

 

 一度心が折れたことでミネルバは冷静に、半ば他人事のように過去の所行を思い返して分析することが出来ていた。

 

「そなたは勝利以外にも価値あるものはたくさんあると言っていたな。だが、妾には何も無い。強さ以外には何も……。あいつらとは違うのだ……」

 

 あいつらとはギルドメンバーのことだろう。それぞれによきところはある。スティングとローグでいえば、レクターとフロッシュへの愛情などだ。

 しかし、それをミネルバは己の中に見いだせない。

 

「妾があのギルドにいられたのは強かったからだ。ひどいこともした。負けた以上、もう妾のことなど……」

 

 その言葉に斑鳩はゆっくりと首を横に振った。

 

「少なくとも、うちはあなたのギルドへの愛情は素晴らしいと思います。やり方はともかくどすが。それはカグラはんも言っていたことどす」

「カグラが……?」

「ええ。他ギルドのうちらがわかるんどす。きっとギルドのメンバーならばうちら以上に理解してくれているでしょう。──ほら」

 

 斑鳩がどこか遠くを指さした。

 ミネルバがそちらの方向に視線をやると、すぐに多くの影が現れる。

 

「お嬢!」

 

 ミネルバを呼ぶ声がする。それも一つや二つではない。

 目を丸くして斑鳩を見上げれば、斑鳩が悪戯っぽく笑っていた。

 

「さあ、立って。お仲間が迎えに来てますよ」

 

 斑鳩の手を借りてミネルバが立ち上がる。

 その前に、スティングを先頭に剣咬の虎のメンバーたちが集結した。

 

「な、なぜ……」

「なぜって、お嬢を迎えに来たんだよ」

 

 ミネルバはスティングたちの方を向けずに視線を落とした。

 

「妾はレクターを使ってそなたを脅したんだぞ」

「お嬢がギルドのためを思っていたことは分かってる。それに、お嬢がマスターからレクターを救ってくれたことに変わりはない。感謝はしても、恨んだりなんかはしないさ」

 

 ミネルバに攫われていたレクターもただ眠っていただけだった。最初から害するつもりがなかったことくらいは分かっている。

 

「お嬢がこれまでの行動を後悔しているのは分かる。けど、それはオレたちだって同じなんだ。だからやり直そう。オレたちと一緒に」

 

 剣咬の虎のメンバーたちを背に、スティングがすっと手を差し出した。

 差し出された手に視線を落とした途端、ミネルバの目から涙がひとりでに流れてきた。

 

「よ、よろしく頼む……」

 

 そうして、ミネルバはスティングの手をとった。

 その瞬間、剣咬の虎のメンバーたちから歓声があがる。

 

「お嬢が泣いた!」

「こりゃ槍でも降るぞ」

 

 剣咬の虎の面々はミネルバを囲んで和気藹々と大盛り上がり。大きな笑い声が街に響く。

 そんな中からローグが斑鳩たちの所に進み出てきた。

 

「お嬢の居場所を教えてくれてありがとう。おかげで連れ戻すことが出来た」

「いいんどすよ。うちも気になっていたことどすから。それと、ミネルバはんとの再会に喜んでいるところ悪いんどすが、もう少しここで待っていてくれまへんか?」

 

 その斑鳩の言葉にローグが首を傾げる。

 

「それは別にいいが。何かあるのか」

「ふふん」

 

 斑鳩は指をひとつ立てると、得意げな表情で口を開く。

 

「みなさんがお探しの、虎の新生に必要なメンバーがもう一人いるでしょう。そちらも既に捕捉済みどす」

 

 そんな斑鳩を横目で見て、

 

「……見つけてるのは私なんだけどな」

 

 青鷺が誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラは影狼に先導されてユキノを探していた。

 

「そろそろか」

 

 カグラは木々に囲まれた緑豊かな公園へと入っていく。

 そして、遠くにひとりでベンチに腰を掛け、視線を下に落としているユキノを見つけた。

 

「お──」

 

 ユキノに呼びかけようとしたときだった。

 突然、カグラは背後から口を塞がれる。

 その謎の人物に対してすぐに反撃しようと試みたとき、その人物はそれを読んだかのようにひらりと離れた。

 カグラは振り返ってその人物を睨み付け、次にその目を丸くした。

 

「お前、エリックか」

「シー」

 

 エリックは口元に人差し指を当てて静かにするように促すと、手招きしてカグラを近くの茂みに呼び込む。

 不信に思いながら付いていくと、そこには木陰や茂みに身を隠し、遠巻きにユキノを見つめる魔女の罪のメンバーたち。

 

「…………そなたらは何をしているんだ」

 

 カグラは思わずじと目で睨んでしまう。

 こんなアホみたいな光景を作り出している集団が、どいつも聖十級かそれに準じるレベルの実力を持つ魔導士たちだというのだから頭が痛い。だが、別に斑鳩殿も似たようなものだなと思い直して頭痛をおさめた。

 カグラも彼らにならって身を隠す。

 

「で、もう一度聞くが何をしているんだ」

「てめえみたいな邪魔が入んないように見張ってんのさ。まあ、見てろ」

 

 エリックに言われてユキノの方を見る。

 すると一人、ユキノの前に立つ人影が現れた。顔には仮面をはめている。

 

「あれはソラノか?」

「そうだ」

 

 カグラの言葉に隣のエリックが頷いた。

 

「元気がないな! 可憐な少女よ!!」

 

 ソラノはなぜか芝居はがかった口調でユキノに言い放つ。

 そこで、ユキノはようやく目の前の人物に気がついて視線を上げた。

 

「え、エンジェル仮面様!?」

「うむ。その通りだ」

 

 エンジェル仮面のキャラがおかしな事になっている。ソラノも緊張していた。

 

「悩みがあるなら私が聞くゾ」

 

 その言葉に、ユキノは少し迷った後、素直に悩みを打ち明け始めた。エンジェル仮面から感じる懐かしい空気がユキノの口を軽くしていたのかもしれない。

 

「私といると周りの人が不幸になるんです。今回も、私が関わったとたんにアルカディオス様はあのようなひどい目に会いました。私のせいで妖精の尻尾の皆様を危険に巻き込んでしまいました。餓狼騎士団との戦いでも。エンジェル仮面様が駆けつけてくださらねばどうなっていたことか……」

 

 ユキノは涙を浮かべ、再び視線を下に落とした。

 その姿にソラノの緊張はどこかへと吹き飛んでしまう。そして、自然な態度でユキノに歩み寄るとその頭を優しく撫でた。

 そして、告げる。

 

「大丈夫──ユキノは悪くないゾ」

「──え?」

 

 その言葉が、告げるエンジェル仮面の姿が、かつての姉と重なった。

 

「ユキノは優しいから全部背負い込んじゃうだけなんだゾ。だから、仲間と一緒に苦しみを分かち合えば、きっと前を向いて歩いて行ける」

 

 ソラノがゆっくりと撫でていた手を離す。

 

「ユキノを待っている仲間が必ずいる。それは私が保証する。だからちゃんと、その子たちのところへ帰るんだゾ」

 

 そう言って、ソラノはユキノに背を向けてその場を後にしようとした。

 

「待ってください!!」

 

 それをユキノが、声を張り上げて呼び止める。

 

「お姉様、あなたはソラノお姉様なんですね!」

「……私に妹なんていないゾ」

「そんなはずはありません! あなたはソラノお姉様です! 私にはわかります! ずっと、もしかしたらそうなんじゃないかと思ってたんです!!」

 

 押し黙るソラノに、ユキノはさらに言葉を続けた。

 

「私、ずっと探してたんですよ! 幼い頃、悪い人たちに連れて行かれてしまったお姉様を! 今回だって、私はお姉様を取り戻したくてエクリプス計画に手を貸したんです!!」

 

 ユキノの両目から涙が溢れ出す。

 

「いつも、いつも私をかばってくれたお姉様が大好きで……」

「人違いだゾ」

「どうして、そんな意地悪を……」

 

 沈痛な声色で話すユキノの声に、ソラノは肩を震わせた。

 

「お前には罪人の姉なんかいないゾ。私の妹は正しい世界で生きているんだゾ。罪人の姉なんかいちゃいけないんだゾ!」

「お姉様……」

「だから、だからいつか、私の罪が許される事があったら、妹を抱きしめてあげるんだゾ」

 

 ソラノの足下に、ぽたぽたと雫が落ちる。

 それを見て、ユキノは小さく笑みを浮かべた。

 

「その日はいつか来ますよね」

「その為に戦っているんだゾ。だから、今は私を許さないで……」

「生きていてくれるだけで十分です」

 

 ユキノが笑顔を浮かべて涙を拭う。

 ソラノは歩み去り、やがてその姿が見えなくなる。

 

「いい姉を持ったな、ユキノ」

「カグラ様!?」

 

 突然声をかけられて振り返ると、そこにはカグラがいた。

 

「すまん。なりゆきで会話を聞いてしまった」

「それは構いませんが、なぜここに……」

「そなたの姉が言った通りさ。ちゃんと仲間のもとに帰るんだ」

 

 そう言って、カグラがユキノの肩に手を置いた。影がカグラの手を伝ってユキノに触れたと思った時には、公園から二人の姿は消えていた。

 後には見守っていた魔女の罪のメンバーたちが残される。

 

「なあ、ジェラール」

 

 一同がジェラールの方に視線をやる。その視線にジェラールは頷いた。

 

「分かっている。折角のめでたい日だ。少し羽目を外すぐらい構わないだろう」

「よっしゃ! さすがリーダー、話が分かるぜ!!」

「全く、お前たちが騒ぎたいだけじゃないだろうな」

 

 ジェラールははしゃぐ一同、主に元六魔勢の姿を見て苦笑した。

 この夜、人気のない荒野の真ん中で、ソラノを主役に一晩中騒ぎ明かしたという。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラに肩を叩かれたと思ったら、視界が一瞬で切り替わった。

 

「さあ、振り返ってみろ」

 

 カグラに言われてユキノが背後を振り返る。

 そこには、剣咬の虎の面々が集結していた。

 

「スティング様、ミネルバ様……皆様、どうしてここに…………」

 

 ユキノは思わず目を丸くする。

 そんなユキノに先頭のスティングが口を開いた。

 

「お前には、その……、いろいろ冷たく当たっちまって悪かった。これからオレたちは剣咬の虎を仲間を大切にするギルドにしたいと思っている」

 

 そして、スティングがミネルバにしたのと同じようにユキノに手を差し、今度は頭も下げる。

 

「調子がいい話だとは思う。けど、戻ってきて欲しい」

「私なんかでいいのですか……」

「誰でもない、ユキノに戻ってきて欲しいんだ」

 

 ユキノが他のメンバーたちを見渡せば、彼らも真剣な表情で頷いていた。

 ついさっき、最愛の姉に言われた言葉を思い出す。

 

『ユキノを待っている仲間が必ずいる。それは私が保証する』

 

 また、ユキノの頬を涙が伝った。

 

「なんて日なのでしょう。今日は涙が涸れてしまいそうですね」

 

 だが、それは決して悲しみの涙ではない。

 ユキノは屈託のない笑みとともにスティングの手を取った。

 

 

 

 

 虎の新生を、斑鳩たちも傍らで見守っていた。

 これからは仲間を大切にする、優しいギルドへと変わっていくはずだ。

 それに手を貸すことができたと、誇らしく思うのは思い上がりすぎだろうか。

 輪の中で憑きものが落ちたような笑みを浮かべているミネルバを見てふと思う。

 

(こうして、誰かを導ける立場になれるのなら、年を重ねることも悪い言葉ばかりではありまへんな)

 

 かつての未熟な己を思い返しつつ、剣咬の虎の笑顔の輪を見て思いをはせるのだった。

 

 

 

 ジエンマは青鷺に飛ばされた後、影狼を潰すとそのままどこかへ姿を消した。周辺を捜索してみたが見つからず、そのまま消息を絶ってしまう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 数日後、大魔闘演舞打ち上げパーティーが華灯宮メルクリアスで開かれた。

 参戦ギルドのメンバーは全員集合している。

 

「調子はどうだ、斑鳩」

「あら、エルザはん。万全とはいえないまでも、もう大分回復しました。右腕もほらこの通り」

 

 そう言って、斑鳩は怪我をしていた右腕をぶんぶんと振り回す。その様子を見てエルザが苦笑した。

 

「さっきまで剣咬の虎のみなさんと話をされていたみたいどすが、どうなりました?」

「無事に和解が出来たよ。ルーシィも引きずる性格ではないからな。謝罪を素直に受け入れてそれで終わりさ」

「それはよかった」

 

 妖精の尻尾と剣咬の虎による確執は四日目の海戦によるものだ。それさえ解消されたのなら問題は特になくなるだろう。

 まあ、斑鳩としてはあそこまでされて素直に許せるルーシィの器量に驚くばかりではあるのだが。

 

「それにしても、お前はいつも通りの服装なのだな」

 

 エルザが斑鳩の全身を見渡して言った。

 王城のパーティーともあって、会場中を見渡せば誰もがきらびやかな服装をしている。エルザもまた同様だ。だが、斑鳩の服装はいつもと変わらない白い和服。

 

「いつも通りではありまへんよ。ほら」

 

 斑鳩が手を広げてエルザに和服の模様を見せた。そこには十字の紋章があしらわれている。

 

「これは聖十の紋章か?」

「ええ、この服さえあればどんな場にでも出れるんどすよ」

 

 斑鳩は正直、あまりきらびやかな格好は落ち着かない。

 十九まで山に篭もって修行の日々。ギルドに入ってからはクエスト、クエスト、そしてクエスト。着飾るなどということとは無縁の日々だった。

 

「もったいないな。折角だしどうだ。今度一緒に服でも買いに行かないか?」

「ううん……遠慮しときます。そういうのはほら、カグラはんの方が似合いますよ」

 

 斑鳩が会場の一角を示し、エルザもそちらに視線を向けた。

 そしてエルザはほう、と感嘆の声を上げる。

 

「だから、似合わんと言っただろ……」

 

 そこには綺麗なドレスで着飾ったカグラの姿があった。

 

「ううん、超似合ってるよ」

「綺麗だよカグラ」

「カグラなめちゃいけないねえ」

「カグラちゃんかわいい!」

 

 ベス、アラーニャ、リズリー、ミリアーナがそろって褒め称えるが、当のカグラは顔を赤らめるばかりである。そして、カグラは視界の端に青鷺を見つけると思い切り睨み付けた。

 

「裏切り者め……」

 

 着飾ることが性に合わないのは斑鳩だけでなくカグラと青鷺も同じであった。

 人魚の踵のメンバーは総出で斑鳩たち三人を着飾らせようとしたのだが、斑鳩は聖十の紋章入りの服があるからと固辞。青鷺は普通に逃走した。全力で逃げた青鷺を捕まえられるはずもなく、結局カグラだけが捕まって今に至るのだ。

 青鷺は会場の端っこで目立たないように気配を消しながら、黙々とごちそうを食べている。着ているドレスは青いシンプルなデザインのものだ。一瞬カグラの視線に気がついてそちらを向くが、睨むカグラを見つけるとすぐに視線を逸らし、見なかったことにして食事を再開するのだった。

 

「まったく、なぜ私だけ……」

「ちょっとカグラ、飲み過ぎだよ」

 

 カグラは恥ずかしさを紛らわすように、ボトルを開けてどんどんと酒を飲み下していく。

 そんなカグラの様子を見てエルザが口を開く。

 

「あれでは長く持ちそうにないな」

「そうどすなぁ。理性が残っているうちに話しておいたほうがいいんじゃありまへんか?」

「そうしたほうが良さそうだ。では、私はこれで失礼しよう」

 

 エルザが席を外し、既に酔い始めているカグラのもとに向かった。

 

「ではうちも」

 

 そう言って、斑鳩もグラスを片手に移動する。

 

「…………もう既に随分と飲んどるんどすな」

「お? あんたは人魚の」

 

 まだパーティーは始まったばかりだというのに大量の空き瓶を転がすカナの姿に、斑鳩は引きつった笑みを浮かべる。

 

「私になんか用かい」

「ふふ、カナはんには三日目の競技でしてやられましたからなぁ。ぜひ、お話をと」

「ありゃ、これは大変なのに目をつけられちまったか」

 

 そう言ってカナが呵々と笑った。

 

「悪いけど、あんたの期待には応えられないと思うよ。あれは借り物の魔法で期間限定だったんだ」

「あら、そうなんどすか。でも、魔法が借り物とはいえ、扱う魔導士に力がなければあんな威力は出せまへんよ。それこそ、潜在魔力はうちを上回るかもしれないと思うんどすが」

 

 カナが複雑な表情で頭を掻いた。

 

「ああ……、まあ、それはあのクソ親父のおかげかな」

「クソ親父?」

 

 カナの言葉に斑鳩が首を傾げていると、酔っ払ったマカオとワカバが入り込んできた。

 

「カナの親父はなんたってあのギルダーツだ!」

「そうだぜ、妖精の尻尾の最強魔導士さ!」

「おい! 余計なこと言うんじゃないよ!」

 

 怒鳴りつけるカナだったが、既に斑鳩はその話に興味しんしんだ。

 斑鳩の表情を見てカナが苦笑いを浮かべる。

 

「……その目、どうしても話を聞いてみたいって感じだね」

「ええ、ぜひとも」

 

 しょうがないとカナは深く溜息をつくと、新たにボトルを一本開けて斑鳩のグラスになみなみと注ぐ。

 

「分かった分かった、話してやるよ。けど、代わりにとことん私の飲みに付き合ってもらうからね!」

「ええ、望む所どす!」

 

 その後も、ナツが王様の格好をして登場したりと事件を含みつつ、パーティーは騒がしく進んでいった。和気藹々と、時に喧嘩をしながら大魔闘演舞で争った六ギルドの者たちは交流を深めていったのだ。

 そして──、

 

 

 

 

 

「うう、き、気持ち悪い……」

「どうしたー。だれもいないのかー。わたしはまだのめるぞー」

 

 会場にはカナに酔いつぶされた斑鳩と勝手に自滅したカグラが転がっていた。

 二人を見下ろしながら、青鷺は深々と溜息をつく。

 

「……この二人はまったく」

 

 宿まで運ぶのは影狼があるのでともかく、二人を介抱するために青鷺たちがさんざん苦労したことは語るまでもないことであった。

 



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冥府の門編
第四十五話 妖精と悪魔の前哨戦


 

 闇の最大勢力、バラム同盟。

 それは三つのギルドから構成されており、それぞれが多数の傘下ギルドを抱えて闇の世界を動かしていた。

 そのバラム同盟を構成していたのが六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)冥府の門(タルタロス)の三ギルドである。

 そのうち六魔将軍は地方ギルド連合軍に、悪魔の心臓は妖精の尻尾に、それぞれ七年前に敗れて崩壊している。

 そのため、現在残されているのは冥府の門だけである。

 その冥府の門は六魔将軍、悪魔の心臓の崩壊にも特に反応を示さず、魔女の罪(クリムソルシエール)の追跡をかいくぐって七年間沈黙を保ち続けていた。

 しかし今、ついにその沈黙が破られようとしていた。

 

「もう少し。もう少しで魔が滅ぶ」

 

 ほの暗い一室。禍々しい玉座に腰をかけ、古びた一冊の本を大事そうに抱えながら、男が一人微笑する。

 

「のうマスター、あなたが復活する時も近い。その時こそ、ゼレフの下へと還ろうではないか」

 

 この男こそ冥王マルド・ギール。

 冥府の門がマスターとして崇めているENDが封印中の今、マスター代行として実質的に冥府の門を率いている者であった。

 

「しかし、この七年随分と面倒をかけてくれたものだ。魔女の罪」

 

 表情は変えず、微少を浮かべたまま冥王が小さく呟いた。

 

「ジェラールをリーダーに、六魔将軍と悪魔の心臓の残党で結成された独立ギルド。かつては我らが父ゼレフを崇めながら、今度は牙を剥くか。いや、六魔はそうでもなかったな。なんにせよ愚かしいことだ」

 

 この七年、魔女の罪に見つからないように姿を隠して逃げ続けてきた。

 正面からの戦争となれば負ける気などしないが、読心される以上対策を講じられることは確実。そうなれば後手に回らざるを得ない。

 しかしEND復活の目処がたったことで雌伏の時は終わりを告げる。冥府の門が動く以上は魔女の罪とぶつかることは必至。

 

「策は打った。どうしても立ちはだかるというのなら、滅びてもらわねばなるまい」

 

 冥王に焦りはない。策略と闘争の果て、思い描く未来絵図に冥府の門の敗北など存在してはいなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 魔法評議院ERA。

 ここでは現在、九人の議員が集まり魔法界における様々な問題について議論していた。

 会議室の前で見張りをしていたドランバルトは、漏れ出てくる声から中々議論が進まない様子を感じ取って溜息をつく。隣でともに見張りをしているラハールも苦笑していた。

 すると、遠くから喚くようにしてカエル姿の職員が駆けてきた。

 

「そこを開けてください! 緊急事態です!!」

「何事ですか!」

 

 ラハールが警戒を強めながら問いかける。

 

「侵入者です! 早く知らせなければ!」

「なに!?」

 

 ここはイシュガルにおける魔法界の中心とも言える場所。当然、相応の警備が配されている。

 そこに侵入を許したとなればただ事ではない。

 ドランバルトとラハールは顔を見合わせて頷くと、扉を開いて職員を奥へと通した。

 

「大変です皆さん!」

 

 職員が声を張り上げ、机を囲んでいた議員たちに呼びかける。

 

「何だ!?」

「バカ者! 議会中だぞ!!」

「そ、それどころじゃ……! 侵入──」

 

 瞬間、評議院は轟音とともに爆発した。

 

 

 

 

 

「う、うう……。く……」

 

 ドランバルトは呻きとともに目を覚ます。

 上体を起こし、ひどく痛む頭に手をやると、その手が生暖かい血で濡れた。どうやら出血しているようだ。

 

「な、何が起きたんだ……」

 

 気を失ったのは一瞬なのか、辺りにはまだ土煙が舞っており周囲の状況が確認できない。

 そして、ドランバルトはすぐ隣で倒れていたラハールに気がついて抱き起こす。

 

「ラハールしっかりしろ! ラハール!! オイ!!」

 

 必至に呼びかけるが目を覚ます気配がない。それどころか、息すらしていないことに気がついた。

 

「うそ、だろ……」

 

 あまりにも唐突な親友の死。

 しかし、それに打ちひしがれる暇もなく、ドランバルトは土煙が晴れてあらわになった光景に息をのむ。

 

「そんな……」

 

 評議院の天井はぽっかりと開き、青空が覗き込むように広がっていた。

 太陽が会議場だった場所を照らし、その惨状をドランバルトに見せつける。

 瓦礫の山と、それらに埋もれてぴくりとも動かない議員たち。

 

「誰か……無事な者は……。ぐっ!」

 

 立ち上がって安否を確認しようとするが、足にうまく力が入らずすぐに転んでしまう。

 

「ドランバルト……」

「オーグ老師!」

 

 か細い声を聞きつけてそちらを見れば、議員の一人であるオーグが目を覚ましていた。

 ドランバルトは個人的に慕うオーグの姿を見つけて、喜びに表情を緩ませる。

 だが、その喜びも一瞬で消え失せた。

 

「あかんあかん。あんたは生きてたらあかんわ。狙いは九人の議員全員やからな」

「ぐふっ!!」

 

 突然現れた異形の男が、オーグの頭を右手で押さえつけた。

 

「爆」

「よ、よせ!」

 

 男の言葉とともにオーグの体が輝きだした。

 今すぐ助け出したいのに、ドランバルトの体は動かない。

 

「ドランバルト、逃げろ……」

「できません!」

「お前まで死んでどうする」

 

 オーグは己の死を悟り、ドランバルトだけでも逃げろと説得するが、ドランバルトはそれを受け入れられない。

 

「逃げられへんわ。オレの爆発からはな」

 

 ジャッカルはそんな二人の会話を聞きながらも、特に気にした様子はない。

 

「オレの名はジャッカル。冥府の門九鬼門の一人。地獄で思い出せや。評議員を皆殺しにした男の名をな」

「己の正義を貫くために生きろ! ドランバルト!!」

「オーグ老師ィ!!」

 

 再び巻き起こった大爆発が、辺り一帯を吹き飛ばした。

 

「なんや。瞬間移動使いだったんか。ホンマに逃がしてしもうた」

 

 爆炎がおさまった後、ジャッカルが周囲を見渡して呟いた。

 爆発が起こる寸前、ドランバルトの体が消えるのを目にしたのだ。

 

「まあええわ。目的は達したし、後はキョウカを待つだけやな」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジャッカルと同じく九鬼門の一人である“隷星天”キョウカは、崩壊した評議院の地下へと足を運んでいた。

 地下は重要な囚人を捕らえておく牢になっている。

 頑丈な造りになっているのか、地上の爆発による被害は見られない。

 牢の中を覗き込みながら歩みを進めていたキョウカだったが、やがて目当ての人物を見つけて歩みを止めた。

 

「見つけたぞ」

「……なるほど。上から聞こえてきた爆発音はうぬらの仕業か」

 

 キョウカの視線の先、牢の中には白髪に褐色肌をした男が床に腰を下ろしている。

 

「久しいなブレイン」

 

 ブレイン。元六魔将軍の一人にして、楽園の塔からエリックたちを連れてきて六魔を結成した張本人でもある。

 ワース樹海での戦いの後、ジェラールによって長年隠し通してきた本心を暴かれ、一人だけ評議院に突き出されていた。

 

「そなたには一緒に来てもらおう」

「それは冥王の命令か? 人間嫌いのヤツが私の手を借りようとは、よほど切羽詰まっているとみえる」

「手を借りるのではない。我々はそなたを利用しに来たのだ」

「悪魔のプライドか。まあ、言い方などなんでもよい」

 

 悪魔。

 ブレインの言葉通り、キョウカやジャッカルを始めとして冥府の門のメンバーは全員人間ではない。全員がゼレフ書の悪魔であり、ゼレフ書史上最強の悪魔であるENDをマスターとして崇めている。

 それこそが、長年謎とされてきた冥府の門の正体であった。

 

「それより要件を言うがよい。私が付いていくかどうかはうぬらの条件次第だ」

「なに、そう悪い話ではない。ただ、我々はそなたの子らに少々迷惑をしておってな」

「……ほう。それで」

「元六魔である五人とジェラールに魔法を教えたのはそなたであろう。この牢から出してやる代わりに情報と対策を教えよ。その後は好きにするがよい」

 

 キョウカの話を聞いて、ブレインがくつくつと笑った。

 

「よかろう。だが、好きにして良いということは、そのままうぬらの居城に居座り、戦いに参加してもよいということかな」

「ああ、もちろんだ」

「ならばよい。──契約は成立だ」

 

 

 

 

 

 魔法評議院崩壊。

 この一大ニュースは即座にイシュガル中に広がった。建物の倒壊自体は七年前のジェラール、ウルティアの反乱から二回目なれど、議員全員の殺害ともなれば歴史上類を見ない。

 そして同時に、地下牢から元六魔であるブレインが姿を消したことも並べて報道されたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥府の門は冥界島と呼ばれる、空を飛びながら移動を続ける四角い島を拠点としている。

 魔女の罪の追跡を逃れていたのもこの浮島の性質によるところが大きい。

 

「いつ見ても気持ちの悪い建物だぜ。こんなのがオレの家っていうんだからねえ」

 

 九鬼門の一人、“絶対零度”のシルバーは冥界島にそびえ立つ城のような建造物を見て溜息をつく。

 城の中へと足を踏み入れれば、九鬼門のうち五体の悪魔がそろっていた。

 

 “堅甲”のフランマルス。

 “晦冥”のトラフザー。

 “童子切”のエゼル。

 “涼月天”セイラ。

 “漆黒僧正”キース。

 

 これで、シルバーを入れて九鬼門のうち六体の悪魔が集結したことになる。

 どれも異形の悪魔であり、セイラの外見は限りなく人に近いが、それでも完全な人型をとっているのはシルバーだけであった。

 

「ジャッカルにテンペスター、それからキョウカの姉ちゃんはいないのかい」

「ジャッカルさんとテンペスターさんは別任務にございます。キョウカさんは間もなくブレインさんを連れて到着されることかと」

 

 シルバーの問いに答えたのはフランマルスだ。

 

「ジャッカルは評議院を襲撃したばかりだろうに。働き者だな」

「ゲヘヘ、そうですね。しかし、さすがはジャッカルさん。派手にやりましたな。評議院九人の命の値段はおいくらか、おいくらか」

 

 そう言って笑うフランマルスに、トラフザーは僅かに顔を顰めた。

 

「フランマルス。汚え笑い方はよせ。我々の品格を疑われる」

「悪魔に品格もクソもあるかよ! 次はオレに行かせろ! 早く人間どもを皆殺しにしてえ」

「エゼルさん。物語には順序がありますわ。これはまだ序章。いいえ、前書きといったところ」

 

 トラフザーの言葉に食ってかかるように叫び、荒れるエゼルをセイラが窘めた。

 その横ではキースがぶつぶつと何か独り言を話している。

 そんな悪魔たちをシルバーはどこか冷めたような表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「ポーリュシカ! ラクサスたちはどうなんだ!? 無事なのか!!? おい!」

 

 マカロフが取り乱し、ポーリュシカに声を荒げた。

 現在、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドではベッドに体を横たえる五人の姿があった。ラクサス、フリード、ビックスロー、エバーグリーン、そして元評議員であり大魔闘演舞では解説もつとめたヤジマである。

 ラクサスと雷神衆はヤジマが経営するレストラン“8アイランド”で仕事をしていたのだが、そこを九鬼門の一人である“不死”のテンペスターが襲撃したのだ。

 冥府の門の標的には現評議員だけでなく元評議員も含まれていた。

 テンペスター自体はラクサスが苦もなく倒したものの、テンペスターは自爆して魔障粒子をまき散らした。

 魔障粒子とは空気中のエーテルナノを破壊し汚染していく毒。魔導士にとって死に至る病である魔力欠乏症や魔障病を引き起こすものだ。

 

「生きてはいる。が、かなり魔障粒子に侵されている」

 

 取り乱すマカロフに、ポーリュシカが冷静に診断結果を伝える。

 

「元々少量の摂取でも命が危険な毒物だ。完全に回復するかどうかは……。とくにラクサスは体内汚染がひどい。生きてるのが不思議なくらいだよ」

 

 その言葉に、話を聞いていた妖精の尻尾の面々は言葉を失う。

 ラクサスは魔障粒子による汚染の拡大を防ぐため、滅竜魔導士の肺でもって大量の魔障粒子を吸い込んだ。故に汚染が人一倍ひどい。

 

「ラクサスは……町を……救った…………ん……だ…………。ラクサスが……いなければ…………あの……町は……」

「わかっておる。おまえもよく皆を連れて帰ってきてくれた」

 

 息も絶え絶えに話すフリードにマカロフが優しく声をかける。

 

「町……は…………無事……ですか……?」

「ああ」

「よかった……」

 

 フリードは涙を浮かべて微笑むと、ゆっくりと目を閉じて眠りに落ちた。

 そのやりとりを妖精の尻尾の面々はなんとも言えない表情で見守っていた。

 町は魔障粒子に汚染され、死者だけでも百名を超える大被害だ。ラクサスの抵抗も、どれだけの効果があったのかは分からない。

 ナツが怒りに拳を握りこむ。

 

「じっちゃん……。戦争だ!」

 

 そう言って今にも飛び出そうとするナツをマックスたちが数人がかりで押さえつける。

 

「落ち着けよナツ! みんな同じ気持ちだ」

「話せこの野郎、ぶん殴るぞ! 仲間がやられたんだ! 黙ってらんねえ!! 今すぐ突撃だろじっちゃん!!」

「それに異論はない。だが情報が少なすぎる」

 

 荒れるナツにマカロフが落ち着いた声色で応じる。

 孫であるラクサスがやられ、内心はナツと同じ気持ちだが冷静さを失ってはいなかった。

 エルザがマカロフの言葉に続ける。

 

「冥府の門の目的もわからんが、本部の場所は評議院ですらわからない」

「一つ分かってるのは狙いは評議員ってことね。現評議員でなく元評議員まで狙ってる」

「だったら元評議員の家に行けば向こうから来るって事じゃねーか」

 

 ルーシィとグレイが言うが、事はそれほど簡単ではない。

 元評議員の住所は報復を防ぐために秘匿情報とされ、知るものはいない。

 手詰まりか、そう思われた時ロキが声をあげた。

 

「そうでもないよ。元評議員の住所は僕が知ってる。全員ではないけどね」

「なんでロキさんが知ってるんですか?」

 

 首を傾げるウェンディにロキが耳元で何かを囁くと、ウェンディの顔が赤らんだ。

 

「女ね」

 

 ルーシィが呆れたように肩を竦める。

 しかし、ロキの情報によって四名の元評議員の情報が判明。チームを組んで各々の住所に行き、冥府の門から元評議員を守るように作戦が決定される。

 ナツ、ルーシィ、ウェンディ、ハッピー、シャルルはミケロ老師。

 グレイ、ジュビアはホッグ老師。

 ガジル、レビィ、ジェット、ドロイはベルノ老師。

 エルフマンとリサーナはユーリ老師の所へ向かうこととなった。

 そして、他の元評議員の住所、冥府の門、そして狙われる理由をなんとかして聞き出さなければならない。

 そこでポーリュシカが口を開く。

 

「もしもラクサスたちを襲った者、魔障粒子を持つ者に会ったら警戒しつつ血液を採取してきな。ラクサスたちを治すワクチンを作れるかもしれない」

 

 為すべき事は定まった。

 妖精の尻尾は戦闘準備を整えて、マカロフによる激励が送られる。

 

「我らが絆と誇りにかけて、家族の敵を駆逐する!」

「オオオオ!」

 

 マカロフの言葉に妖精の尻尾は士気を上げ、それぞれ目的の場所へと散っていった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 しばらくして、妖精の尻尾のギルドに元評議員の家へと向かったメンバーたちから通信用魔水晶(ラクリマ)で情報が送られてきた。

 グレイとジュビアからホッグ老師の死が、ガジルとシャドウギアの三人からベルノ老師の死がそれぞれ伝えられる。この二人は駆けつけたときには既に息を引き取っていた。

 それから遅れてミケロ老師の元へと向かったルーシィ、ナツ、ウェンディのチームから通信が入る。

 

『よかった、やっとつながった! 持ってきたヤツ壊れちゃってこれ、町にあるヤツなの』

「ルーシィか!? そっちの様子は!!?」

『ミケロさんは無事よ』

 

 ルーシィの報告に僅かに妖精の尻尾が沸いた。

 さらにはナツがかなり苦戦したものの、冥府の門の一人ジャッカルを倒した事が伝えられる。

 

「ミケロから何か情報を聞き出せたのか!?」

『それが……』

 

 マカロフの言葉に少し言い淀むようにして、ルーシィがミケロを魔水晶に映し出した。

 

『白き遺産……、フェイス……』

 

 ミケロは腰を抜かして地面に座り込み、顔面を蒼白にしていた何事か呟いている。

 

『ワシは何も知らん。本当に何も知らん……』

「フェイス?」

 

 聞き慣れない単語にマカロフが訝しむ。

 

『フェイスは評議院が保有する兵器の一つ……』

 

 ミケロの言葉にマカロフたちは驚きに目を見開いた。

 評議院は魔法界の秩序を守るためにいくつか兵器を保有している。エーテリオンもその一つだ。

 ミケロによれば、兵器はその危険度、重要度などによって管理方法が違ってくるという。

 エーテリオンであれば七年前の楽園の塔における事件以降、現評議員九名の承認と上級職員十名の解除コードによって発射されるように管理方法が変更されている。

 

「つまり評議員がみんな殺された今は……」

「評議院はエーテリオンを使えないってことか」

「エーテリオンを無力化するのもヤツらの狙いの一つか」

 

 ジェットとドロイの言葉にリリーも頷く。

 

「それでフェイスとは一体どんな兵器なんじゃ!」

 

 マカロフがミケロを問い詰めるが、フェイスのこととなると途端に口をつぐんでしまう。

 

「秘匿義務があるのはわかる! しかし今はそれどころじゃないんじゃぞ!!」

 

 マカロフの怒声に、ミケロはようやく堅い口を開いた。

 

『……魔導パルス爆弾。大陸中全ての魔力を消滅させる兵器』

「なっ!」

 

 もしそれが本当ならば、フェイスが発動した暁には全魔導士が魔力欠乏症になる。

 さらには、倒したジャッカルによれば冥府の門が使う力は魔法でなく呪法という力であるということだ。それが本当ならば、全魔導士が魔法を使えずに苦しむ中で冥府の門だけが力を使える世界が完成してしまう。

 

『それはどこにあるんだ! ヤツらより先にオレたちがぶっ壊してやる!!』

 

 問い詰めるナツにミケロは力なく首を横に振った。

 

『し、知らんのじゃ。本当に……。封印方法は三人の元評議員の生体リンク魔法だと聞いたことはあるが、その三人が誰なのかは元議長しか知らない情報じゃ』

 

 三人の命が封印を解く鍵。だから冥府の門は情報を聞き出さずに評議院を殺しているのだ。

 そしてそれは、元議員から情報を聞き出す必要がないことも意味している。つまり、冥府の門はフェイスの隠し場所までは掴んでいると言うことだろうか。

 

「急いでその三人を見つけ出し守らねば! その三人のことは元議長が知っているんだな!!」

『お、おそらく……』

「元議長の住所の割り出しはまだか!? 元議長も敵に狙われているはずじゃ! 急げ!!」

 

 現在、ギルド内では様々な資料が持ち出され、元議員たちの住所の割り出しが行われていた。

 マカロフの言葉にウォーレンが頷く。

 

「大丈夫! 追加で十六人の元評議員の住所を見つけた。他のギルドにも頼んで護衛に回ってもらってる」

「その中に元議長の住所もありました!」

 

 ウォーレンの言葉にラキが続ける。

 

「急いで誰かを向かわせろ!」

「安心してください。すでに向かってます。最も頼れる二人が!」

 

 その頃、森の中を大きな騎乗用の鹿に乗って、エルザとミラが元議長の家へと駆けていた。

 ならば安心だと胸を撫で下ろすマカロフたちを横目に見て、カナは一向に連絡を寄こさない、ユーリ老師のところへ向かったエルフマンたちを心配していた。

 

(一体、何が起こってるっていうんだい……!)

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 エルフマンとリサーナはユーリ老師が息を引き取っていることを確認した。

 

「ダメだ。もう息がねえ」

「そんな……」

「通信用魔水晶を用意してくれ」

 

 リサーナは頷いて鞄から魔水晶を取り出そうとする。

 

「しかし、どうやって殺したんだ。外傷が見当たらねえ」

 

 エルフマンが首を捻っていると、突然ユーリ老師の目が開き、上体をむくりと起こした。

 

「うおっ、ユーリ老師生きて──」

 

 エルフマンが驚いて目を丸くした瞬間、ユーリ老師が魔力弾を発して魔水晶を破壊した。

 

「きゃっ!」

「何すんだよ! 通信用魔水晶が……」

 

 そこで、再び力を失ったようにユーリ老師の体が崩れ落ちた。

 

「ど、どうなってんだ……」

「なんなの……」

 

 奇怪な現象に困惑していると、奥の書斎から女の声が聞こえてきた。

 

「やはり死者のマクロではうまく機能しませんわ」

 

 そこでは九鬼門の一人であるセイラが椅子に腰をかけて本を開いて読んでいた。

 

「誰だお前は!」

「ユーリ老師に何をしたの!?」

「冥府へ向かうお手伝いをしてさしあげました」

「冥府の門か……」

 

 セイラは手にしていた本を机に置くとゆっくりと立ち上がる。

 

「人間の書く物語など退屈ですわね。私が物語を紡ぎましょう。悪魔の物語を」

「くるぞリサーナ!」

「うん!」

 

 エルフマンとリサーナは警戒してセイラの前に並び立つ。

 そして、エルフマンの大きな右手が隣のリサーナの首を掴んで締め上げた。

 

「え!?」

「エルフ兄ちゃん!?」

 

 エルフマンの右手にだんだんと力が入り、リサーナの首を絞めていく。

 

「違うんだ! 体が勝手に! リサーナ! リサーナ!!」

「く、苦しい……」

「何をした! やめろ! 今すぐやめるんだ!!」

「悪魔の物語に慈悲という言葉はありません」

 

 エルフマンの言葉をセイラは冷酷に斬って捨てる。

 

「くそおお! よせええ! オレの体を勝手に!!」

 

 エルフマンがどれほど吠えようと、一向に体は言うことを聞かない。

 セイラもエルフマンの言葉に全く聞く耳を持たなかった。

 そして、ついにリサーナは気を失う。

 

「リサーナ! しっかりしろリサーナ!! 頼む! もうやめてくれえ!!」

 

 なおもリサーナの首を絞めていくうちに、エルフマンの怒声は懇願するような響きに変じていった。

 その言葉を聞いて、ようやくセイラは口を開いた。

 

「頼む? 人間が悪魔にものを頼むとき。それは悪魔に魂を売るときですわ。あなたは私に魂を売りますの?」

 

 セイラはそう言って、エルフマンを冷たい瞳で覗き込む。

 そして、エルフマンは涙を流しながら、セイラの言葉に頷いた。

 

「いいでしょう」

 

 エルフマンの手がリサーナを放した。気絶したリサーナはそのまま床に倒れ込む。

 セイラはリサーナを抱え上げるとエルフマンに一つの魔水晶を渡した。

 

「あなたの仕事は簡単ですわ。ギルドにこの魔水晶を設置してください」

「こ、これは?」

「超濃縮エーテル発光体。威力は魔導収束法(ジュピター)の約五百倍。一瞬でギルドを消し去ります」

「そんなこと、できるわけ……」

「あなたはやりますわ」

「…………ああ」

 

 エルフマンはセイラの言葉にどこか茫洋とした様子で頷くと、魔水晶を持って家を出る。そしてそのままギルドへと向かっていった。

 その様子は正気ではない。すでに、エルフマンの精神はセイラの支配下に入ってしまっていた。

 

「これで妖精はおしまい。魔女の相手を控える今、あなたがたの相手などしてはいられないのです」

 

 セイラはそう呟くと、気を失ったリサーナを抱えて冥界島へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 元議長クロフォードの家に辿り着いたエルザとミラは、フェイスについての情報を聞き出そうとしていた。

 クロフォードは二人に茶を出して快く質問に答えてくれたが、しかしその内容はクロフォードすらフェイスの保管場所を知らないというものだった。それどころか、生体リンクでフェイスを守る三人の元評議員すら知らないのだという。

 

「フェイスはね、破棄された兵器なんだよ。存在すら公にできない禁断の兵器。ゆえに封印の鍵となる評議員も自分が鍵であることを知らない。究極の隠匿方法によって守られている」

「本人も知らない?」

「では、冥府の門は本当に元評議員を皆殺しに──!」

 

 その時、エルザとミラが外に気配を感じて立ち上がった。

 

「議長、奥の部屋に!」

「た、冥府の門か!?」

「来るぞミラ!」

 

 エルザが言うと同時、大勢の兵隊が壁や窓を突き破って襲撃してきた。

 それをエルザとミラが一蹴して家の外へと吹き飛ばす。

 ただの兵隊ではまるで二人の相手にならず、苦もなく撃退したのだが二人の表情は晴れない。

 

「それにしても妙だ」

「エルザもそう思った?」

 

 元議長という最重要人物を狙ってきたにしてはあまりにも歯ごたえがなさすぎるのだ。幹部ではなくただの兵隊を送ってくるというのは腑に落ちない。

 

「エルザ……私……」

「どうしたミラ」

 

 突然、ミラが地面に倒れ込む。

 

「ミラ!?」

 

 駆け寄ろうとしたところでエルザを急激な眠気が襲い、ミラ同様に地面に倒れた。

 クロフォードは二人が深い眠りに落ちていることを確認すると、二人を抱え上げて通信用魔水晶を繋いだ。

 

「こちらクロフォード。素体を二体手に入れた。予定変更だ」

『さすがです元議長。一度ギルドにご帰還ください』

 

 魔水晶に映っているのはキョウカである。

 なぜ冥府の門がフェイスの情報を手に入れたのか、なぜ元評議員の住所を知っていたのか。全ては元議長の裏切りによるものだったのだ。

 

 

 

 

 

 それから少し経った後、ナツとハッピーが元議長の家に辿り着いた。

 ナツは元議長が怪しいと感づいてハッピーとともに急いで駆けつけたのだ。

 

「エルザ! ミラ!」

 

 ナツが叫ぶが反応は何もない。

 家の中を調べると、ナツは倒れたティーカップから睡眠薬の匂いを嗅ぎ取った。

 

「くっそお!」

 

 ナツが拳を地面に叩きつける。

 

「エルザとミラは捕まっちゃったのかな?」

「必ず見つけ出す! ドラゴンの鼻をなめるなよ!!」

 

 ナツは地面に顔をこすりつけるように伏せると、エルザたちの匂いを辿り始めた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 エルザが目を覚ましたとき、一糸まとわぬ姿で拘束されていた。

 両手は頭上で拘束され、釣り上げられるようにして無理矢理立たされている。両足も床から伸びる鎖に拘束されて身動きがとれない。

 

「これは……」

「ようこそ冥府の門へ」

「!!」

 

 拘束されたエルザの前にはキョウカが立っている。

 

「冥府の門だと!? ミラは!? 元議長は!!?」

「元議長は我々の同志だ。計画成功後に再び評議院の議長となるだろう。そなた等は元議長の罠にかかり我々に捕獲されたというわけだ」

「バカな! 元議長が裏切るはずなど!!」

 

 エルザが拘束されている鎖を壊そうと力を込めるがびくともしない。

 

「無駄な抵抗はよせ。その拘束具は魔封鉱石でできている。繋がれている間はいかなる魔法も使えん」

 

 魔法を使えないと言うことは身体能力も一般人の域を出ないということだ。

 

「ミラは、私の仲間はどこだ!」

「殺してはいない。此方の下僕にするためにこれから肉体を改造する」

「やめろ!!」

 

 叫ぶエルザの顎をキョウカが掴み、くいと上げた。

 

「そうわめくな。そなたには聞きたいことがある。ジェラールの居場所だ。そなた等が親密な関係なのは知っている」

「な、なぜジェラールを……」

「どこにいるか言え」

「あああああああああ!」

 

 エルザは突然襲って来た激痛に思わず叫び声をあげた。

 

「此方の魔は人の感覚を変化させる。そなたの痛覚は今極限まで敏感になっている」

「ふぐ……」

「言え」

「知ら、ない……」

 

 キョウカの人差し指が伸び、鞭のようにしなってエルザを叩いた。

 

「あああああああああ!」

 

 増幅された痛覚がエルザに想像を絶する痛みを与える。精神的に非常に強いはずのエルザがこの一発で涙を浮かべ、滝のような汗を流し出したことからもそれが見て取れる。

 

「やつら魔女の罪は変に邪魔をされる前に壊滅させておかなければならない」

「知らん……。本当にジェラールの居場所は……」

「ならばこうしよう。ジェラールの居場所を言えばミラジェーンを返そう。言わねばそなたもミラジェーンも死ぬ」

 

 そう言って、キョウカは再びエルザを鞭のようにしならせた指で叩く。

 

「本当に……知らない…………んだ。頼む、ミラを助けてくれ」

「そうか。もう少し此方を楽しませてくれるのか」

 

 もう一度、エルザを痛めつけようとしたとき、拷問室の扉が叩かれた。

 

「誰だ」

「私だ。お楽しみの邪魔をしたかな」

 

 扉が開き、白髪に褐色肌の男が姿を現した。

 

「ブレインか……。なんの用だ」

「ジェラールを含め、魔女の罪の居場所を特定した。冥界島は進路を変更してそちらへ向かっている」

「なんだと? どうやって」

「私は古文書(アーカイブ)が使える。そこに元六魔であるヤツらとジェラールの生体反応も記録されているのだ。それを元議長の超古文書とリンクさせれば位置の割り出しなど簡単だ」

 

 ブレインの言葉に動揺したのはエルザである。

 

「ブレイン、貴様……。悪魔に魂を売ったか」

「人聞きが悪いな。我らは目的を達するために互いを利用しているにすぎない」

「目的? 元の仲間への復讐でもするつもりか。そんなことをしてなんになるというのだ!」

「何とでも言うがよい」

 

 エルザの言葉を鼻で笑い、ブレインはキョウカの方に視線をやった。

 

「これでエルザを拷問する必要もなくなったわけだが。どうするのだ?」

「情報を聞き出せなくなっても、ジェラール相手の人質は使えよう。死なぬ程度に痛めつけておくさ」

「なっ、貴様っ! ぐ、あああああああああ!」

「そうか」

 

 拷問を再開したキョウカを見て、ブレインが退出しようとしたときである。

 轟音とともに城が揺れた。何者かの怒声も聞こえた気がする。

 

「騒がしいな。何事だ」

「ふむ」

 

 ブレインが古文書を開き、空中に城内の図を映し出す。

 

「どうやら、こやつらを追って妖精の尻尾の火竜(サラマンダー)が乗り込んできたようだ」

「な、なん……だと…………」

「フランマルスが苦戦しているようだが、シルバーが向かっている」

「そうか。ならば此方が出る必要はなさそうだな」

 

 キョウカが再びエルザを叩く。

 

「く、あああああ!」

「では私はこれで失礼しよう」

 

 今度こそ、ブレインは拷問室を後にする。

 

「人質か。理由をつけて遊んでいるようにしか見えんな」

 

 そう呟き、ブレインは背中に悲痛な絶叫を浴びながら歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「ナツ!!」

 

 一瞬で凍らされたナツを前にハッピーが叫ぶ。

 そして、ナツを凍らせた張本人であるシルバーはハッピーに視線をやって口を開いた。

 

「さっさとどこかへ行きな。こっちは魔女の罪との戦いが控えてんだ。無駄な力は使わせないでほしいね」

「ク、魔女の罪だって!?」

「それで、行くのか行かねーのか。どっちなんだ」

 

 シルバーがハッピーに手をかざすと、ハッピーは悔しそうに歯を食いしばると城の外へと逃げ、どこかへ飛んでいった。

 

「……行ったか」

 

 それを見届けるとシルバーは兵隊を呼び出してナツを牢へと連れて行かせる。

 

「これで妖精はどう動くか。まあ、その前に魔女との戦いをしなけりゃだがね」

 

 呟き、シルバーもその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 深い森に囲まれた小高い丘の上で、魔女の罪の面々は近づいてくる冥界島を視界に捕らえていた。

 

「向こうから来るとは、探す手間が省けたな」

 

 ジェラールは冥界島を鋭い眼光で睨み付けながら呟いた。

 メルディがエリックに声をかける。

 

「大分近づいてきたけど。やっぱり聞こえない?」

「全然だな。聞こえるのは相変わらず捕まってるヤツらの声だけだ」

「あ」

 

 その言葉にメルディがジェラールの顔を伺うと、眉間にさらなる皺が寄っていた。

 エルザが捕まっていることも、拷問を受けていることもすでにジェラールには伝えてある。

 ウルティアがエリックの耳を引っ張った。

 

「ちょっと、あんまり刺激しないでくれない? 冷静な判断が出来なくなったらどうするのよ」

「どうせエルザを目の前にしたら冷静な判断なんてできねえだろ。事前に多少は覚悟させといた方がいい。どんくらい効果があんのかはしらねえけどよ」

「まあ、それもそうね……」

 

 エリックの言葉にしぶしぶ頷いてウルティアが引き下がった。

 

「しかし、エリックの魔法が通じないとみると僕たちの魔法の対策はされていると見た方がいい。間違いなく父上、いや、ブレインが向こうについている」

 

 マクベスの言葉にジェラールが頷いた。

 ジェラールもまた、ブレインから魔法を教わった身だ。

 

「それでも、逃げるという選択肢はない。厳しい戦いになると思うが、ここで必ずヤツらを討つ!」

「ああ」

 

 今まさに、悪魔と魔女がぶつかり合おうとしていた。



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第四十六話 魔女と悪魔の激突

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドには元議員護衛任務に出ていたメンバーたちが合流し、ほぼ全員がそろっていた。

 そして情報交換を行うが、冥府の門(タルタロス)の本拠地を割り出すには至らず手詰まりとなっている。

 ナツに遅れてウェンディも元議長の家に向かったが、その頃には匂いは消えており追跡はできなかった。

 その時、ハッピーがふらふらと飛びながらギルドの中に入ってくる。

 

「見つけた! オイラ本拠地見つけたよ!!」

「ハッピー!」

 

 疲労の限界に達したのか、ハッピーは床に墜落した。

 だが、すぐに体を起こすと慌てて何事かをしゃべり出す。シャルルに落ち着くように言われ、一息つくと知り得た情報を整理して話し出した。

 元議長が冥府の門と組んでおり、エルザとミラが捕まったこと。そして助けに行ったナツまでもが捕まってしまったことを伝える。

 

「助けたかったけどオイラ一人じゃって思って……。オイラ……ゴメン…………」

「ハッピー、今は自分を責めるな。アジトの情報を教えてくれ」

「あい」

 

 涙を滲ませるハッピーだったが、リリーに促されて説明を続ける。

 

「あいつらのアジトは移動してるんだ。変な四角い島みたいな」

「移動じゃと!?」

「それじゃあ正確な位置は分からないの?」

 

 再び暗礁に乗り上げそうな追跡だったが、そこでレビィが声をあげた。

 

「ハッピー、だいたいの場所と向かってる方向分かる?」

「オイラ向こうから来て、あっちに動いてて……。そうだ! 確か冥府の門のヤツがこれから魔女の罪(クリムソルシエール)と戦うって言ってた! だからあんまり動いてないかも!!」

「魔女の罪じゃと!?」

 

 マカロフが驚いて叫ぶ。

 同様に少なからず驚いている妖精の尻尾の面々だったが、特に魔女の罪との交流があるグレイ、ルーシィ、ウェンディ、シャルルが顕著な反応を示す。

 

「それなら、ナツやエルザ、ミラさんの事も少し安心できるかも」

「それはどうかな」

 

 楽観的なことを言うルーシィにグレイが首を横に振った。

 

「あのウルティアたちが簡単にやられるとは思えねえが、少数精鋭の魔女の罪とは違って冥府の門には兵隊も多くいるはずだ。そうなれば消耗を強いられて不利な戦況に陥ることだってあり得る」

「それに、新聞には元六魔将軍(オラシオンセイス)のブレインさんが脱獄したって書いてありました。もし、冥府の門と行動を共にしていたら……」

「対策をとられてる可能性もあるわね」

 

 グレイの言葉にウェンディとシャルルも同意するように頷き、表情を険しくした。

 

「とにかく、冥府の門は足止めをくらっている可能性があるのね。まかせて! 私が敵の進行経路を計算する! そしたらハッピーが来た場所から経路を辿ればヤツらのアジトを見つけられるはず!!」

 

 レビィの力強い言葉にマカロフが頷いた。レビィが居場所の割り出しに成功したらすぐに出撃できるように指示を出す。

 

「オイラ、ナツを置いてきちゃった……」

「違うよ。みんなを助けるために最善を尽くした、でしょ」

「あい」

 

 涙を浮かべて落ち込むハッピーをルーシィが優しく抱きしめた。

 その時、ギルドの入り口からエルフマンが重い足取りで中に入ってきた。

 入り口近くに居たメンバーたちがすぐに駆け寄る。

 

「エルフマン! リサーナはどうした!?」

「何で連絡してこなかった!!」

 

 勢いよく問いかけてくる面々に、エルフマンは俯きがちに口を開く。

 

「……リサーナは捕まった。ユーリ老師も手遅れだった」

「そんな……」

「オレが、オレがついていながら……」

「お前のせいじゃねえ」

 

 かなり気落ちしているようで、普段の快活さを微塵も見せないエルフマンに、皆が励ましの声をかけていく。

 そんな中、カナだけが厳しい目を向けていた。

 

「情けないね。妹とられて敵も追わず帰ってくるのかい」

「み、見失っちまって……」

「見失う? リサーナをつれた敵に獣になれるアンタが追いつけなかったっての!?」

「いい加減にしろカナ!」

 

 覇気のないエルフマンをさらに責め立てるカナの姿に、周囲も止めに入る。

 

「すまねえ、少し休ませてくれ……」

 

 エルフマンは肩を落としてギルドの奥へと入っていった。

 カナはあんな言い方をすることはないと叱られる中、それを聞いている様子もなくその後ろ姿をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 ギルドの奥。エルフマンの入った部屋に人影は一つもない。

 エルフマンは懐からセイラに渡された魔水晶(ラクリマ)を取り出した。

 

「リサーナを返してもらうために、オレはこのギルドを破壊する」

 

 魔水晶を起動させると床に置く。魔水晶は光を放ちだし、爆発の準備を始めた。

 そこにカナが部屋に入ってきた。

 

「エルフマン、あんたやっぱり様子がおかしいよ。──って、何だいその魔水晶?」

「──! 来るなァ!!」

「ちょっ! エルフマン!?」

 

 エルフマンがカナを押し倒し、その上にのしかかった。

 油断していたカナはそのまま床に押し付けられ、身動きがとれなくなる。

 そして、しだいに光を強めていく魔水晶を見てそれが爆弾だとカナも気付いた。

 

「誰か、むぐっ……」

 

 助けを呼ぼうとしたら口を押さえつけられ声が出せなくなる。

 尋常ではない様子にエルフマンが操られていることに気がつくが、気がついたところでどうしようもない。

 

(ちくしょう! 悪く思うなよ!!)

 

 カナは魔法を使ってエルフマンをカード化した。

 エルフマンはカードの中で、破壊、破壊と壊れた玩具のように繰り返し口にしている。

 

「この前会った色黒のイケメンに教えてもらったんだ」

 

 そして、魔水晶に目をやれば震えだして今にも爆発しそうであった。

 

「もう爆発寸前かよ! くそ!!」

 

 カナはエルフマンのカードを手に、急いでギルドのメンバーたちが集まっている酒場へと戻った。

 酒場ではレビィが冥府の門の拠点を突き止め、これから出陣しようとするところだった。

 カナはエルフマンと同じように、ギルドにいた全員をカード化する。

 

「怪我人もノロマもいるからこうするしかないんだ」

 

 突然カードにされたことで皆が少なからず困惑している様子を見せるが説明をしている暇はない。

 全カードを魔法で手元に集めると、カード化させなかったハッピー、シャルル、リリーにカードを渡す。

 

「ギルドが爆発する! 急いで脱出だ!!」

「あい!」

 

 カナ自身もカード化してハッピーの手におさまる。

 三匹のエクシードが脱出すると、直後にギルドが大爆発して吹き飛んだ。

 

「オレは、なんてことを……」

 

 セイラの命令を果たしたことでエルフマンに正気が戻る。

 その言葉を耳にしてカナが口を開いた。

 

「正気に戻ったかよ。ミラとリサーナを助けんだろ。しっかりしな」

 

 こうして、妖精の尻尾はレビィの先導により冥界島へと出発したのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 魔女の罪は冥界島に突入する。

 しかし、島の重力に捕まって四角い島の下面に着地した。頭上に大地が見える。

 そして、一様な装備をした兵隊たちが次々に沸きだした。

 

「ちっ! まずは雑魚で消耗させようってか!」

 

 ソーヤーが忌々しげに舌打ちした。いちいち兵隊全てを相手にしていられない。

 遠くから観察したとき、拠点であろう城は島の上面にあったはずだ。まずはそこまで辿り着かなければ話にならない。

 

「リチャード、何してやがる! 早く穴を開けろ」

 

 そのため、土魔法を使うリチャードに上面までの穴を開けてもらおうという作戦だったのだが、一向にそれが為される様子がない。

 

「だめデス。私の魔法が効きませんデスネ! この島おかしいデスヨ!!」

「なんだと!?」

「…………うん。僕の魔法も効かないみたいだね」

 

 続けてマクベスも口にする。

 マクベスの魔法はあらゆるものをねじ曲げ歪ませる魔法。だが、島の大地を歪ませることができない。

 マクベスがウルティアに視線をやるが、ウルティアも首を横に振った。時のアークも島の大地には使えないらしい。

 

「やっぱり、ブレインのやつが何かしやがったのか……!」

 

 ソーヤーがそう言って歯がみするが、マクベスはその言葉に素直に頷けなかった。

 

(僕やリチャードの魔法が効かないだけならそうかもしれない。けれど、ウルティアの時のアークはブレインに教えられたものではない。これは本当にブレインの仕業なのか?)

 

 マクベスは疑問に思うが答えは出ない。

 

「どいてくれ! オレがやる!!」

 

 ジェラールが跳躍し、島に向かって魔法陣を描き出した。

 

煉獄砕破(アビスブレイク)!!」

 

 魔法陣から強大な魔力が放たれる。そして、その魔力は轟音とともに島を貫通した。

 

「さすが!」

「オレとエリックで人質を助け出す。ウルティアとマクベスは九鬼門の相手をしてくれ。メルディ、リチャード、ソラノはここで兵隊の相手をして退路を守れ。ソーヤーもここに残って九鬼門が襲ってきたときの対処をするんだ」

「了解!」

 

 ジェラールの命令に全員が頷いた。

 四人で城に潜入するのは正直に言って分が悪い。しかし、島の大地を操れない以上リチャードの戦力は大幅にダウン。ソラノの翼も呪法相手にはあまり効果を発揮しない。メルディは単純に九鬼門を相手にするにはまだ実力不足だ。

 結果、どうしてもこのような配置になってしまった。

 

「行くぞ!」

 

 ジェラールは号令をして、エリック、ウルティアと三人で穴を潜っていく。

 そんな中、マクベスだけは突入せずにその場に残っていた。

 

「ソラノ、ちょっといいかい」

「ん?」

 

 すでにソーヤー、リチャード、メルディは兵隊たちの相手を始めている。

 ソラノもそれに加わろうとしたとき、マクベスに呼び止められた。

 

「マクベスは行かないのか? ジェラールたちはもう行ったゾ」

「僕も要件を済ませたらすぐに行くよ」

「要件?」

 

 首を傾げるソラノにマクベスが頷く。

 

「君に頼みたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「なんだこの揺れは?」

 

 城どころか島全体を揺らすような振動にキョウカが顔を顰めた。

 魔女の罪が上面まで来るとしてもまだ先のはず。そう思っていたが、案外時間はないのかもしれない。

 

「頃合いか。では、人質として役にたってもらうぞ」

 

 キョウカの目の前にはぐったりとして鎖に繋がれているエルザの姿があった。体にはいくつもの裂傷が刻まれている。

 魔封鉱石の錠はそのままに、鎖を外そうとキョウカが手を伸ばしたときだった。

 

「なっ!」

 

 頭上から落ちてきた光によって、キョウカはそのまま下の層へと転落していった。

 

「エルザ!」

 

 壊れた天井からジェラールが降りてくる。

 ジェラールはエリックの案内で拷問室の真上に移動し、奇襲をしかけたのだ。

 エリックは人質であるエルザたちの声は聞こえるし、心の声を聞けなくても細かな音からエルザの近くに居る何者かの位置も把握できる。

 

「こっちは頼んだぜ」

「ああ。ありがとう」

 

 ジェラールをエルザの所へ案内したところで、エリックは他の捕まっている人間を助けるためにその場を後にした。

 

「大丈夫かエルザ!」

「ジェラール……」

「しっかりしろ。今助ける」

 

 ジェラールはエルザの両腕を拘束している鎖を壊し、足の鎖も壊そうとしたところでその動きを止めた。

 

「体が……」

「よくもキョウカ様を……!」

 

 辛うじて動く頭で後ろを振り返ると、拷問室の入り口が開き、そこにセイラが立っている。

 

「そのまま、助けに来た人の首を絞め殺すといいですわ」

 

 ジェラールの手が勝手にエルザの首へと伸びていく。

 しかし、直後ジェラールの体の周囲から迸る光がセイラを吹き飛ばす。同時に、セイラの呪法、命令(マクロ)が解ける。

 

「くっ!」

流星(ミーティア)!」

 

 ジェラールの体を光が包み、怯んだセイラに高速接近。頭を掴むとそのまま床に叩きつけた。

 さらにジェラールが右腕を掲げると、そこに漆黒の球体が現れる。

 

暗黒の(アルテ)──」

 

 魔法を発動しようとしたとき、ジェラールは横合いから殴り飛ばされた。

 体勢を立て直し、介入してきた者を睨み付ける。

 

「助かりましたわ。トラフザーさん」

「気にする必要はない。それよりも早くヤツを殺すぞ。それでフェイスの封印は解ける」

 

 セイラのそばには大柄な魚人のような男、トラフザーが立っていた。

 そして、トラフザーはジェラールにとって聞き捨てならないことを口にした。

 

「オレを殺してフェイスの封印が解ける?」

「その通り。そなたはフェイスの封印解除のための最後の鍵なのだ」

「────!」

 

 ジェラールは下から気配を感じて即座に後退。直後、伸びたキョウカの爪が床から突き出てきた。そのまま床は崩落。キョウカが下から登ってくる。

 これで、ジェラールは三対一となった。

 

「逃げろ、ジェラール……。いくらお前でも三体同時には厳しい」

 

 ジェラールの後方からエルザの声がかけられる。

 現在、ジェラールは三体の悪魔からエルザをかばうようにして立っている。

 

「心配するな。すぐに終わらせる」

「ジェラール!」

「ダメだ。オレはもう、絶対にお前を見捨てたりなんてしない」

 

 そのやりとりを見てキョウカが笑う。

 

「我らを相手にエルザをかばいながら戦うつもりか。一体、どれほどもつのであろうな」

 

 その言葉を聞いてトラフザーが口を出す。

 

「キョウカ、加虐趣味もいい加減にしておけ。今は全力で一刻も早くジェラールを殺さなければならない場面だ」

「トラフザーさん。キョウカ様に意見をするつもりですか」

「よい、セイラ。今のはトラフザーの言うとおりだ。エーテリアスフォームを使うぞ」

 

 キョウカ、セイラ、トラフザー。三体の悪魔がさらなる異形へと姿を変貌させる。

 エーテリアスフォーム。ゼレフ書の悪魔である九鬼門の真の姿であり、この姿の時こそ真の力を発揮する。

 

「来るか」

 

 こうして、ジェラールの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥界島内部のとある場所。

 広い部屋の中にいくつもの円筒状の水槽が立ち並び、そこに悪魔の触手が繋がっている。

 この場所の名はヘルズ・コア。冥府の門の再生地点。

 冥王との契約により、冥府の門の悪魔たちは肉体を失ってもこの場所で復活することが可能なのだ。

 そこで今、ラクサスに倒されたテンペスターと、ナツに倒されたジャッカルが復活していた。

 

「なにやら騒がしいようだが」

「確かにそうやな。この音は戦闘でもしとるんか?」

 

 復活したばかりで事態を把握していないジャッカルとテンペスターに、うさぎ耳のような髪をした悪魔、ラミーが状況を説明する。

 

「ファファファファ、冥府の門は魔女の罪と絶賛交戦中。二人にもすぐに戦いに出るよう言われているの。復活したばかりなのに可哀想。くすん」

「うざ……」

 

 ラミーの調子にジャッカルはげんなりしていた。

 テンペスターは特に興味がないのか反応を示さず、この部屋の入り口の方を見据えていた。

 

「どうやら、戦いに出るまでもないようだ」

「あ?」

 

 テンペスターに言われてジャッカルが入り口の方に視線をやれば、そこから女が一人入ってきた。

 

「この部屋の感じ。どう見てもなにかしら重要な拠点のようね」

 

 ヘルズ・コアに足を踏み入れたのはウルティアだ。

 中に三体の悪魔を確認し、それでも悠然と足を進める。

 ジャッカルがすぐにウルティアに飛びかかった。

 

「オレはあの火の玉と青猫に用があるんや。さっさと死んどけ!」

「野蛮ね」

 

 ウルティアは右手で拳をつくり、左の掌に押し当てて氷の造形魔法を使う。

 次いで、ウルティアとジャッカルの間に氷の壁が出現。ジャッカルを阻んだ。

 

「こんなもんオレの呪法で壊したるわ!」

 

 ジャッカルの呪法は触れたものを爆弾に変える力。氷に触れて爆発させようとした。

 しかし、氷の壁はなんの反応も起こさない。

 

「な、なんでや!」

「さあ、なんででしょうね」

 

 ウルティアの魔法、時のアークは生命以外の時を操る。氷の時を停止させることで爆発を防いだのだ。

 そして、氷の時を爆弾に変えられる前に戻し、再度時を進めることで蒸発させる。

 そうして、ジャッカルの開けた視界に飛び込んできたのは飛んでくる無数の水晶であった。

 ウルティアは手に持つ水晶を操って攻撃する。その水晶が未来にどういう動きをするのか。それには様々な可能性がある。ウルティアは水晶の時を同時にあらゆる未来に進めることで分裂させたのだ。

 そして、全ての水晶がジャッカルに直撃するという未来に向かって収束する。

 

「フラッシュフォワード!」

「がああああ!」

 

 高速で飛んできたいくつもの水晶に体を打たれてジャッカルは悲鳴をあげた。

 

「ヒュル」

 

 テンペスターが竜巻をウルティアに向けて放つ。しかし、竜巻はそよ風と化してウルティアには届かない。

 

「ボッ」

 

 続いて火を放つがすぐに燃え尽きて空気中に消えていった。

 

「なるほど、無機物の時を操るか。だが、生命は操れないと見た」

「ご名答」

 

 テンペスターは次に風を纏い、高速でウルティアに接近した。

 テンペスター自身に時のアークは通用しない。ならば、近接戦で直接攻撃するまで。

 

「いいのかしら。そこはさっきまで氷があった場所よ」

「む!」

 

 ジャッカルの突進を阻んだ壁、ウルティアが先程蒸発させたそれが、時の巻き戻しを受けて元に戻った。同時に、テンペスターは巻き込まれて氷に体を挟まれる。

 そのテンペスターを囲むように再び無数の水晶が展開された。

 

「あなたもお仲間と同じ目に合うといいわ」

「ぐうううう!」

 

 水晶が氷とともにテンペスターを打ち据えた。

 氷が砕けたことで自由になったテンペスターは後退する。ジャッカルもその隣に来た。

 

「くそが! おいテンペスター! この女かなりやばいで!!」

「分かっている」

 

 ウルティアは再び水晶を手にし、余裕の笑みを浮かべた。

 

「誇ることではないけれど、これでもかつては最強の闇ギルドと呼ばれた悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部、煉獄の七眷属を束ねた身。あまりなめないことね、九鬼門」

 

 ジャッカルは舌打ちをひとつすると振り返り、ラミーを怒鳴りつけた。

 

「おいラミー! 早くそいつを起こせや!! そんなんでも今は必要なんや!!」

「そいつ?」

 

 ウルティアはジャッカルの言葉に疑問を覚え、部屋の奥の方を凝視した。

 そこには、水槽に入れられた一人の女性が居た。

 

「あれは確か、妖精の尻尾のミラジェーン?」

 

 ミラはクロフォードに捕まった後、ヘルズ・コアに入れられて悪魔化の改造を受けさせられる予定であった。ジャッカルとテンペスターの再生を優先させたためまだ手つかずであったが、今はラミーが急ピッチで作業をしていた。

 

「くそう、可愛い顔がむかつくから醜い芋虫にでも改造してやろうと思ってたのに……」

 

 不満を言いながらも、ラミーはミラに悪魔因子を送り込んでいく。敵が間近まで迫っている今、一刻も早く戦力にする必要があった。

 だが、ミラは突然目を開くと水槽を破壊して出てきた。

 

「ひいいいいい! な、何よこれぇ!!」

「ごめんね。悪魔因子は元々持ってるの、サタンソウルを使うために。おかげで復活しちゃった」

 

 ミラの復活をテンペスターとジャッカル、ウルティアが唖然として目撃していた。

 ウルティアが気を取り直して口を開く。

 

「よく分からないけど、これで二対二ということかしら」

 

 その言葉に、ジャッカルが表情を歪め、テンペスターは僅かに冷や汗を流したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 捕まったナツとリサーナは同じ牢に入れられていた。

 二人とも服を奪われ全裸である。両足は自由に動かせるが、魔封鉱石で両腕を背で拘束されている。

 

「があっ! だめだ、外せねえ!!」

「やっぱり、人間の力じゃ壊せないよ」

 

 ナツがリサーナの背後に回り、足でリサーナの手錠を壊せないか試みていたところであった。

 その時、牢の外から声がかけられた。

 

「なに遊んでんだお前ら」

「だ、誰!?」

 

 見覚えがない男の登場にリサーナが身構える。

 ナツは食ってかかるように牢に頭突きをした。

 

「てめえここから出しやがれ!」

「言われなくてもそうしてやるよ」

「え?」

 

 エリックは両腕に鱗を纏い、牢の錠を掴むとそのまま引きちぎって牢を開いた。

 

「ありがとう! でもお前誰だ? てか滅竜魔導士なのか!?」

「質問が多いな。一応、ちょっと会ったことはあるんだがな」

「お前とか?」

 

 ナツが首を傾げる。ワース樹海の戦いでは直接戦ったわけではないので覚えていないのも仕方が無いかもしれない。

 

「元六魔将軍(オラシオンセイス)で毒の滅竜魔導士のエリックだ。今は魔女の罪でお前もよくご存じのジェラールとともに活動している。ちなみに雷竜と同じく第二世代の滅竜魔導士だから親のドラゴンはいない。これでいいか」

「ああ、確かに見たことある気がする」

 

 ナツが納得したと頷いた。

 リサーナがなぜ魔女の罪がこんなところにいて助けに来てくれたのか疑問に思うと、質問する前にエリックが先んじて答えてくれた。

 

「今は冥府の門と魔女の罪で交戦中だ。ただ、戦力が足りねえからお前等にも戦ってもらう。ミラジェーンはもうウルティアと戦ってる。エルフマンとかいうのはこの島にはいねえ。エルザはジェラールが助けに向かったが今はちょっとピンチだ。なんでそんなことが分かるかというとオレは聞く魔法で音を聞いて多少は戦況を理解できるし、お前の疑問も心の声を聞くことで答えている」

「あ、は、はい」

 

 疑問に全て答えられて、リサーナは目をぱちくりとさせながら頷いた。

 エリックはひとまずリサーナを納得させると手に持っていた服を二着投げ渡した。

 

「兵隊から奪ってきた服だ。とりあえずはこれを着ていろ」

「おお! 助かった!!」

 

 エリックが二人の手錠を外してやると、すぐに服を着替え始める。

 すると、そんな三人のもとへ足音が一つ聞こえてきた。

 警戒するナツとリサーナを手で制すると、エリックはその近づいてきた人物に声をかけた。

 

「よお、久しぶりだな。ブレイン」

「ああ、うぬらの裏切りから実に七年ぶりか」

 

 ブレインはエリックを見て薄く笑う。

 

「この七年、ジェラールとともに下らぬ事をして過ごしていたらしいな。親としては悲しいぞ」

「ほざけ。オレたちを駒としてしか思ってなかったやつが何を言いやがる」

「クク、違いないな」

 

 そう言ってブレインはくつくつと笑った。

 その様子を見てエリックはさらに表情を険しくし、かねてからの疑問を口にした。

 

「なぜ、捕まっているヤツらの精神をプロテクトしなかった」

「ふむ」

 

 ブレインが九鬼門を含め、重要な情報を握っている連中の心を魔法でプロテクトしたのは間違いない。だというのに、捕虜にはそれが為されていなかった。

 捕虜から情報が漏れたり、こうして居場所を見つけて戦力にされる可能性があるのにも関わらずだ。

 

「てめえ、一体なにを考えていやがる」

 

 エリックの問いに、ブレインはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 地表面ではソーヤー、リチャード、メルディが三人で押し寄せる兵隊たちを相手に戦っていた。

 

「もう! ソラノってばどこに行っちゃったのよ!!」

 

 メルディが兵隊たちを魔法でなぎ倒しながら叫ぶ。

 本来、ここにはソラノも居るはずなのだが全く姿が見えない。

 

「私、マクベスさんとなにやら話していたのを見ましたデスネ」

「え、じゃあもしかして一緒に潜入しちゃったの! ただでさえソラノの翼は呪法を吸収してくれないのに、室内じゃ空を飛べる利点まで無くなっちゃうじゃない! それじゃあ、魔力タンクにしかならないよ!!」

「お前、結構ひどいこと言うのな……。まあ事実だけど」

 

 メルディのあんまりな言いようにソーヤーが苦笑する。

 ソラノが空をとびながらビームを撃ってくれるだけで大分楽になるのだが、いない以上は仕方が無い。それ以上に、メルディが言うようにソラノが心配だ。

 

「さて、どうしたもんか──と、危ねえメルディ!!」

「え?」

 

 ソーヤーが急いでメルディの元へ駆けつけて抱え込むと、その場を離れた。

 直後、メルディが立っていた場所が削り取られた。

 

「これは斬撃!?」

「来るぞ!!」

 

 ジェラールが開けた穴から四本の腕と六本の足を持つ悪魔が姿を現した。

 九鬼門のエゼルである。

 

「避けやがったか! いいね! いいなァ! これは全力を出してもいいのかよ!!」

 

 興奮したように叫ぶエゼルの前にソーヤーが立つ。

 

「メルディとリチャードは兵隊の相手をしてろ! こいつはオレがやる!!」

「ハハ! 行くぜぇ!!」

 

 こうして、ソーヤーとエゼルの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 マクベスは一人で城の中をゆったりとした足取りで歩いていた。

 周囲には多数の兵隊の屍が転がっている。

 

「やっぱり、この城も曲げられないな」

 

 城の壁や床に魔法を試してみるが、島の地面と同様に反応がない。

 周囲の屍は大気をねじ曲げ、元に戻るときの衝撃波で殺した兵隊だ。故に、魔法自体が使えなくなった訳ではないのは確かである。

 そこに、マントで身を包み髑髏面をした悪魔、九鬼門のキースが姿を現した。

 歩くたびに、手に持つ錫杖からしゃんしゃんと音が鳴っている。

 

「冥府に刃向かうかつての魔よ。後悔ととも骸となれ」

 

 マクベスはキースの言葉を無視し、無言で大気をねじ曲げてキースを攻撃した。

 

「へえ」

 

 キースの体は霧散して、再び元の体に戻る。魔法が効いている様子はない。

 そして、キースが錫杖で地面を叩くと周りの死体が動き出す。

 

「ここに転がる屍はうぬの業。尽きぬ兵に押しつぶされて息絶えよ」

死人使い(ネクロマンサー)か」

 

 一斉に襲いかかってくる屍たち。

 それらに囲まれて、マクベスは眉一つ動かさずに死体をねじ曲げた。

 

「バカな……」

「僕の魔法は人間、生物は曲げられないけど死体なら曲げられるんだ」

「しかし、うぬが曲げられる空間は一つのはず。このように一斉に……」

「ブレインから聞いたのかい。それは正しいよ。曲げられる空間は一つ。でもその範囲の広さは七年前の比ではない。僕も君も、同時に範囲内に捉えられる」

 

 キースは慌てて後退するがもう遅い。

 キースを中心に空間がねじ曲がり、死体が渦を巻きながら集まっていく。

 

「君は弱いね。九鬼門の中では最弱かい?」

 

 そうして、出来上がったのはねじ曲がった肉の山。キースはその中に閉じ込められた。

 これでは体を霧状化させても出られない。

 

「君を倒す方法が思いつかないから、ひとまずはその中で大人しくしておいてくれ」

 

 そう言い残してマクベスはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジェラールたちが戦っている場所は崩壊して瓦礫の山となっている。

 エルザが捕まっていた拷問室も崩れて見る影もないが、拘束している鎖は壁であった大きな瓦礫と変わらず繋がっており、魔封鉱石のせいで魔力が使えないエルザでは身動きがとれない。

 ジェラールが光を纏い、流星のように高速で縦横無尽に駆け回る。

 

「止まれ!!」

 

 セイラが叫ぶと命令の力でジェラールの動きが止まった。

 その隙をついてキョウカが迫る。

 

七星剣(グランシャリオ)!!」

 

 空中でジェラールが仕掛けていた七つの魔法陣が輝きだし、隕石にも相当する威力の光が落ちた。

 キョウカは光の一つを喰らって墜落する。

 そして、残りの六つがセイラに向かって落ちていく。

 

「セイラを守れトラフザー!!」

「おう!」

 

 九鬼門一の防御力を誇るトラフザーがセイラをかばう。

 しかし、七星剣の威力の前にセイラもろとも吹き飛ばされる。そこで再びジェラールの体が自由になった。

 セイラを追撃したかったジェラールだが、キョウカがエルザのもとに向かっているのを目撃してそちらに向かう。

 それを確認してキョウカがジェラールに爪を伸ばすが、光を纏ったジェラールは悠々と躱して殴りつける。そして、腕を掴むと遠くへ投げ飛ばした。

 近くまで来たジェラールにエルザが叫ぶ。

 

「私に構うな! そうすればまだ勝目があるだろう!!」

「それじゃあ意味がないんだ!」

「なら逃げろ!! このままじゃ本当に死んでしまうぞ!!!」

「死ぬつもりはない!!」

 

 ジェラールは再びセイラを片付けようと接近するが、再びその動きを止められる。

 同時に、セイラが突進をしかけてきた。

 

「我は我に命令する! 目の前の敵を八つ裂きにせよ!!」

「がはっ!!」

 

 自己命令によって身体能力を底上げしたセイラがジェラールを殴りつける。

 キョウカの呪法によって痛覚を増強されていたジェラールは激痛とともに吹き飛ばされた。

 

「とった!!」

 

 倒れたジェラールをキョウカが踏みつける。

 

「ぐ、ああああああ!!」

 

 直接触れられたことでキョウカからさらなる呪力が流し込まれ、痛覚がどんどんと倍増していく。それどころか視覚も奪われてしまう。

 

「まだ、だ! 暗黒の楽園(アルテアリス)!!」

「なに!」

 

 ジェラールとキョウカの間に漆黒の球体が現れる。その球体はすぐに膨張し、キョウカを呑み込もうとした。

 

「我は我に命令する! キョウカ様をお助けせよ!!」

 

 しかし、自己命令によってスピードを格段にあげたセイラが寸前でキョウカを助け出した。

 ジェラールの魔法は不発。そして、セイラの命令で動けないままのジェラールに影がさす。

 トラフザーが硬化させた拳を落下する勢いをつけて叩き込んだ。

 

「ご、があっ!!」

「ハア、ハア。さすがにもう戦う力は残っていまい」

 

 倒れ伏すジェラールにトラフザーが再度拳を振りかぶる。

 キョウカとセイラもそれを遠巻きに見ていた。

 

「エーテリアスフォームを見せた我らを相手にここまで戦うとは見事。せめて一撃で殺してやる」

「やめろおおおおお!」

 

 エルザの悲痛な叫びが響く。

 トラフザーがジェラールの命を絶つべく拳を振り下ろそうとした瞬間、その巨体が何者かに蹴り飛ばされた。

 

「なんだ!?」

 

 見ていたキョウカとセイラも同じく攻撃を受けて退く。

 

「よう、生きてるかよ。リーダー」

「エリックか……。すまない、助かった」

 

 エリックが倒れるジェラールをひっぱり起こす。

 そして、キョウカとセイラも襲撃者を視界に入れた。

 

「そなた、脱走したのか」

「ああ、助けてもらってな」

 

 キョウカとセイラの前にはナツが炎を纏って立っている。

 

「もう少しでしたのに! 邪魔をして!!」

「──! 体が!!」

 

 セイラの命令でナツの体の動きが拘束される。

 キョウカがナツに向かって歩み出た。

 

「そなたのおかげで無駄な時間をくった。すぐにそなたも殺してくれよう」

「いいのかよ」

「──? 何がだ?」

 

 ナツの言葉に意味が分からないと首を傾げるキョウカ。

 そんなキョウカにナツはにやりと笑って告げた。

 

「オレよりおっかないやつが自由になってるぜ」

「なに?」

 

 瞬間、背後でセイラの悲鳴があがった。

 驚いて振り返ると同時、きらめく刃がキョウカを襲う。

 

「くっ!」

 

 辛うじて避けるキョウカだったが、そこをナツの鉄拳が殴り飛ばす。

 たまらずキョウカは一旦距離をとった。その隣にトラフザーと、新しく切傷をその身に刻んだセイラも並んだ。

 そこに相対するようにジェラール、エリック、ナツ、そしてエルザと、外した錠を手にしたリサーナも並んだ。

 エリックとナツが戦いに介入した隙にリサーナがエルザを拘束していた錠を外したのだ。

 

「……ジェラール。お前には言いたいことがたくさんあるがひとまず置いておこう。後で覚えておけよ」

「それは怖いな……」

「だが、無事で良かった」

 

 エルザは一瞬表情をやわらげると、再び表情を引き締めて眼前の悪魔たちを睨む。

 拘束されて拷問された怨み、ジェラールの足枷となって戦いを見守るしかなかった屈辱。それらが怒りへと変わり、一周回ってエルザの口元に笑みが浮かんだ。

 

「これまでの借り、返させてもらうぞ……!!」

 

 怒りに燃えるエルザ。

 その隣で、エリックは先程会ったブレインのことを考えていた。

 

(向こうもそろそろ始まる頃か)

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ブレインは人気がない通路を歩きながら、先程エリックに言ったことを思い出していた。

 

『てめえ、一体なにを考えていやがる』

 

 愚問である。

 そんなもの、まがい物の悪魔ごとき虫けらにこの世界を渡さないこと。それに尽きる。元六魔とジェラールへの怨みを晴らすことなど、それに比べれば二の次だ。

 ブレインが脱獄するために元六魔の情報と対策を施したところまではどうしようもない。そこからフェイス計画を知り、復讐どころではないと計画を変更した。魔力を消されるなど冗談ではない。

 人質に精神プロテクトをしなかったのは助け出させて戦力にさせるためである。情報を流して不利にさせた分を補わせようとしたのだ。

 大きな扉を開き、中へと入る。

 

「そのために愚物を演じて見せたが、まんまと引っかかったな冥王よ」

「認めよう。元議長と同じく、大局が見えぬ愚物と断じて深く考えなかったこと、それはこのマルド・ギールのミスである」

 

 ブレインの視線の先、冥王が玉座に腰をかけていた。

 

「だが、貴様らごとき虫けら以下の人間が、多少予想外の動きをして見せたところで何も変わりはしない。行き着く先は同じだよ」

「まがい物の悪魔ごときがほざきおる」

「まがい物ではない。我らはゼレフに造られし高次元の存在だ。だからこそ、マルド・ギールはこの場に姿を現したお前に呆れている。よもや、この冥王を倒そうなどと思ってはいるまいな?」

 

 冥王の問いに、ブレインは不敵に笑んだ。

 

「その通りだと言ったら?」

「貴様は身の程を知ることになるだろう」

 

 冥王はゆっくりと玉座から立ち上がった。

 

「さあ、噂に聞くゼロとやらの力を見せてみるといい」

 

 ブレインが笑みを深めると同時、顔に刻まれていた一筋の黒い線が消えてゆく。

 ブレインの褐色の肌は色素を薄めて白くなり、呪力にも似た禍々しい魔力が目覚める。

 

 

 まさに、闇の頂点同士の食い合いが始まろうとしていた。




○セイラの命令(マクロ)
・人間の肉体を強制的に操る。ただし大雑把。
・精神を操るには一度屈服させなければならない。
・一度精神を操った者は遠隔で操れる。
・肉体を操られても精神を操られていなければ魔法は使える。
・攻撃を受けたりして集中が少しでもとぎれると効果が解除される。
・悪魔因子を持っていると効かない。


本作における命令の制限はこんな感じ。さすがに無制限だと強すぎる……。
一応、原作を読んで無理のない範囲で制限をかけたつもりです。


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第四十七話 一部となる喜び

「ブレインめ。このオレを利用しようとはいい度胸じゃねえか」

 

 冥王の眼前で、絶対の破壊者たる人格、ゼロが目を覚ます。

 七年ぶりの目覚めであるが、その禍々しく強大な魔力には一片の衰えも感じさせない。

 

「マスターEND。しばしお待ちを」

 

 ゼロを目にして、冥王は手にしていたENDの書を玉座に優しく置いた。

 ゼロはブレインのマントを脱ぎ捨てて、換装で軍服のような服に着替える。

 

「本当ならドラゴンの小僧を壊しに行きてえところだが、てめえを壊してみるのも楽しそうだ。なあ、冥王」

「楽しそうか。生憎、マルド・ギールに人間と遊ぶ趣味はない」

 

 冥王の呪法によって、床下から巨大な荊が姿を現す。

 刺し貫かんと迫る荊を軽く避けると、ゼロは右腕を冥王に向けた。右腕から放たれた闇の魔力は回転をしながら、二人の間に入った荊を貫いて冥王に迫る。

 冥王は右手で受け止めるが勢いは止まらず、体は玉座を砕き、さらに後方の壁に叩きつけられた。

 

「どうした? その程度じゃねえだろう」

「なるほど、想像以上だ。しかし、あまり調子に乗られるのは気にくわんな。人間よ」

 

 冥王が瓦礫を払って立ち上がる。

 そして、人間と変わらなかった冥王の姿が変じていった。

 

「その力、マルド・ギールの真の姿の前にも通用すると思っているのかね。我が名はマルド・ギール・タルタロス。冥府の王にして絶対の悪魔」

 

 冥王がエーテリアスフォームを解放した。

 通常の姿のときでさえ、エーテリアスフォームを解放した九鬼門すら上回る冥王の呪力がさらに跳ね上がった。

 だが、その冥王を前にしてゼロは浮かべていた笑みをさらに深める。

 

「面白い。それでこそ壊し甲斐がある」

 

 ゼロの魔力もさらに高まる。それこそ、冥王の呪力と並ぶほどに。

 小手調べを終え、ゼロと冥王、強大な魔と呪を持つ二つの存在が全力でぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フランマルスと元議長クロフォードは、ジェラールが死んで封印が解けしだいフェイスを起動できるように制御室で待機していた。しかし、開戦からしばらく経つにも関わらず、一向に解ける気配がない封印に二人はやきもきしていた。

 フランマルスが自分もジェラール討伐に向かうべきかと考え始めたとき、超古文書(スーパーアーカイブ)でなにかをしていたクロフォードが慌てた様子で動かしている手を早めた。

 

「元議長様どうしたんです!?」

「黙れ黙れ黙れ!!」

「ジェラールが死んだんですか!?」

「いいから黙っておれ!!」

 

 興奮しながら作業を進めていたクロフォードは、やがて手を止めると笑い出した。

 もう一度ジェラールが死んだのかと問いかけるフランマルスに、笑ったまま首を横に振るとクロフォードは得意げに口を開く。

 

「もっとすごい事が起きた。鍵の譲渡に成功したんじゃ。我が超古文書の力によって」

「────」

 

 言葉を失うフランマルスに、クロフォードがその詳細を説明する。

 クロフォードは超古文書を使って、ジェラールが持っている鍵の権利を自分のものに変更した。そして、同じ原理を利用して適当なヤツに鍵を譲渡すれば、そいつを殺して封印が解けるのだと言う。

 

「こんな方法があったとは、我ながら超古文書の力は凄まじい! これでフェイスの封印が解けるぞ! 世界は我々のものだ!!」

 

 両手を挙げて喜ぶクロフォードに、フランマルスはどこか取って付けたような笑顔で話しかけた。まるで、内心を悟られないようにしようとでもいうように。

 

「あれほど厳重に隠蔽されていた鍵がこうもあっさり譲渡できるなんて信じがたいですな」

「それが元議長の力と権限じゃ」

「本当かなぁ……」

 

 フランマルスの笑顔が邪悪に歪む。

 そして、フランマルスは手にしていた杖でクロフォードの心臓を貫いた。

 

「ば、はば……」

 

 クロフォードは信じられないという顔をして倒れこむ。そのまま起き上がることは二度となかった。

 所詮、冥府の門にとってクロフォードは仲間などではなく、利用できる駒でしかなかったのだ。

 同時に冥界島が大きく揺れる。

 

「本当に封印が解けたようですな。冥界島も反応している」

 

 フランマルスがクロフォードに代わり、フェイスを起動するために超古文書を操作していく。

 しかし、操作をしていくうちにフランマルスが一筋の汗を流す。

 

「少し早まりましたね」

 

 フランマルスではフェイスを遠隔操作で起動させることができなかった。その操作は元議長でなければできないようだ。したがって、直接フェイスの出現場所に行って手動で起動させるしかない。

 

「誰かを向かわせなければなりませんね。今地表面にいるのは……」

 

 そう言って、フランマルスは冥界島内の九鬼門の位置を調べだした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「くそがあああああ! うざってえぞおおおおおおおお!!」

 

 冥界島下面、エゼルが苛立ちを込めて絶叫する。そこに、戦いの当初に見せていた興奮や喜悦といったものは感じられない。

 エゼルの呪法は全てのものを切り裂く妖刀。腕の一振り、足の一振りが鋭い斬撃と化す。

 

「ハッハァ! 当たんねえよ!!」

 

 しかし、ソーヤーはその全ての攻撃を避けていく。

 ソーヤーがこの七年で習得した魔法は相手よりも速く動く魔法。したがって、エゼルがどれほど斬ろうとしても、考えなしでは絶対にソーヤーを捉えることは出来ない。そしてエゼルに策を巡らせるような知性は備わってはいない。

 

「つまんねえ! つまんねえぞおお!!」

 

 エゼルは苛立ちに任せてエーテリアスフォームを解放する。しかし、それでも攻撃が当たらないことには変わらない。

 どれだけ本気を出しても一向に感じない手応え、そしてソーヤーから繰り出されるちまちまとした攻撃がエゼルの苛立ちを増長させていた。

 

「へへ、助かるぜ。勝手に兵隊を減らしてくれるんだからよ」

 

 エゼルの攻撃は見境がなくなっている。それを利用してソーヤーは兵隊にエゼルの攻撃を誘導して数を減らさせていた。

 

『エゼルさん、エゼルさん。少しよろしいですか?』

 

 そこに、フランマルスからの念話が入る。

 

「うるせえ! こっちは戦闘中だぞ!!」

『実はフェイスの封印が解けたのですが、手動で起動させなければならないのです。なので、エゼルさんに行っていただけませんか?』

「なんでオレがそんなつまんねえことをしなきゃなんねえんだ!」

『なら、今は楽しいとでも?』

「…………」

 

 フランマルスの言葉にエゼルは黙り込む。

 フランマルスは決してエゼルの戦いがどういったものになっているのか分かっていた訳ではないが、声色から決して楽しいものでは無いと当たりをつけ、見事に的中した。

 エゼルは少し考え込むと、すぐに答えを出した。

 

「わかったよ!」

『ありがとうございます』

 

 エゼルはエーテリアスフォームを解いて大きく跳躍すると、冥界島の重力場から抜け出し落下を始める。

 

「逃げる気か!!」

 

 ソーヤーはエゼルを追おうと一歩足を踏み出し、そこで足を止めた。

 ソーヤーならば間違いなく追いつける。しかし、追いついたところで攻撃力が不足しているソーヤーでは、エゼルを倒すのにかなりの時間を要することになってしまう。そうなればほぼ徒手空拳で戦っているリチャードと、まだ未熟なメルディの二人を残していかなければならない。

 追うべきか追うまいか。迷っているうちにエゼルは冥界島直下の深い森に姿を消してしまう。見失ってしまってはどれほど速くても追いつけはしない。

 その時、ソーヤーは遠くの空に冥界島へと向かってくる三匹の翼を生やした猫を視認する。

 

「こりゃあ、追っとくべきだったな。もう遅えけど……」

 

 三匹のエクシード、ハッピー、シャルル、リリーは島の重力に引っ張られてソーヤーたちと同じ場所に墜落した。そして、三匹が手に持つカードが人の姿へと変わっていく。

 

「全員カードから解凍! 行くよ!!」

「おお!」

 

 魔女と悪魔の戦いに、さらに妖精たちが介入した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「まさか妖精の尻尾(フェアリーテイル)が来るとは……。セイラさんの策は失敗しましたね。それにあの青い猫、取り逃がしましたかシルバーさん」

 

 フランマルスは制御室で妖精の尻尾の到来を確認して呟いた。

 しかし今、フランマルスには妖精の尻尾以上に気になることがあった。

 

「うーむ、やっぱりおかしいですな。フェイス出現予想地点とは別の場所に現れるなんて。小さなずれは予測していましたがこれほどとは。むむむ……」

 

 フランマルスがフェイス発生地点が示されている地図を見ながら唸っていると、後方で物音がして慌てて隠れる。物陰からその人物を伺った。

 

「何、この部屋?」

「たくさん文字が浮いてる」

「あの大きな球体、地図みたいですよ」

「制御室かしら」

 

 ルーシィ、ハッピー、ウェンディ、シャルルが制御室に足を踏み入れた。つい先程島に到着したばかりの妖精の尻尾のメンバーたちだ。

 

(もうこんな所まで……。守備兵のショボさはおいくらか、おいくらか)

 

 フランマルスが兵隊たちのふがいなさを嘆いているうちにも、ルーシィたちは超古文書を調べていく。そして、すぐにフェイスの封印が解けていることに気がついた。

 

「あれ? ここには現地での手動操作じゃないと起動できないって書いてあるのに起動してる!?」

(仕事が早いですね、エゼルさん)

 

 どうやらエゼルはきちんと仕事を果たしてくれたようだ。

 フェイス起動に驚いているルーシィたちの横で、ウェンディが別のモニターを見つける。そこにはさらに絶望的なことが表示されていた。

 

「フェイス発動まであと四十一分……」

「四十一分!? たった四十一分で大陸中の魔力が!?」

 

 軽いパニック状態に陥る四人だったが、すぐに我を取り戻して今やるべき事を考える。

 調べて分かっていることは起動も解除も現地のみ、みんなに知らせている時間もない。ならば自分たちで向かう以外に道はない。

 そう結論づけたルーシィたちの後方に、出入り口を塞ぐ形でフランマルスが姿を現わした。

 

「行かせませんよ、お嬢さん方」

「冥府の門……」

 

 ルーシィがちらりとモニターに目を向ける。表示されている残り時間は四十分に変わっている。戦っている時間はない。

 

「あたしに任せて! 開け金牛宮の扉、白羊宮の扉。タウロス! アリエス!」

「MOォ出番ですかな!」

「がんばります。すみません……」

 

 ルーシィが二体の星霊を召喚した。

 

「モコモコウール100%!」

「MOOOOO!! ウールタイフーン!!」

 

 アリエスが動きを阻害する綿を発生させ、タウロスが斧を振り回すことで巻き上げた。

 

「ぶほお!」

 

 フランマルスは綿に押しやられて大きな隙を晒してしまう。

 その隙をついてウェンディをシャルルが、ルーシィをハッピーがそれぞれ抱えてその場を飛び去った。アリエスとタウロスには足止めのためにその場に残ってもらう。

 二人と二匹は通路を飛び進み、あとは通路を右に曲がれば窓にたどり着けるという所まで到達した。しかし、その角からモコモコと綿が溢れ出す。

 

「逃がしませんぞぉ」

「え!? きゃあ!!」

 

 なぜかアリエスの綿を纏うフランマルスは羊のような角も生やしている。ルーシィとハッピーはその綿にぶつかり進みを止められてしまう。

 

「ルーシィさん!」

「ハッピー!」

「ウェンディ、時間がない! 行って!!」

「シャルル気をつけて!」

「はい!!」

 

 思わず振り返ってしまうウェンディとシャルルだったが、ルーシィとハッピーに言われて窓から外に飛び出した。

 

「逃がさんと言ってますぞ!!」

 

 そのウェンディとシャルルに、フランマルスがモコモコとした綿を飛ばしてその進みを阻もうとした。あともう少しで届くという寸前で、綿が根元から捻りとられた。

 結果、フランマルスはウェンディたちを逃してしまう。

 

「お前は……」

「あんたは六魔将軍(オラシオンセイス)の!?」

 

 フランマルスの前に、通路の先からマクベスが歩いてくる。

 マクベスはルーシィの方に目をやった。

 

「妖精の尻尾も来たんだね。それで、今はどういう状況なんだい」

「フェイスが起動してるの! それも直接止めるしか手段がない」

「なるほど。それでさっきの娘は止めに行ったんだね」

 

 マクベスはルーシィの話に頷き、次いでフランマルスを見据える。

 

「じゃあ、この悪魔はさっさと倒してしまおうか」

「だあああああ!」

「ん?」

「レボリューション!!」

 

 フランマルスは叫ぶと、姿を牛のようなものに変えた。

 その姿を見てルーシィとハッピーが何かに気がついたように声をあげた。

 

「まさかこいつ……」

「タウロスとアリエスを吸収したの!?」

「ゲヘヘ、私は吸収した魂を養分として進化(レボリューション)することができるのです」

 

 フランマルスが得意げに己の呪法の力を話す。

 それを聞きながら、確かタウロスとアリエスは星霊の名だとマクベスは思い出した。

 

「君はソラノみたいに強制閉門できないのかい?」

「あ、そっか! タウロス強制閉門!!」

 

 ルーシィはマクベスに言われて強制閉門を試みる。

 すると、フランマルスの体が光り出した。

 

「どうなっておるのです!? 体が! 体がァ!!」

「え? まさか、あいつもタウロスと一緒に星霊界に!?」

 

 タウロスの魂を吸収したことで、フランマルスは星霊界に引っ張られる。

 星霊界に星霊以外は存在できない。例外は星霊界の衣服を着込んでいるときである。このまま星霊界に引き込まれてはフランマルスもただで済む保証はない。

 

「これはたまらん! タウロス、アリエス排出!!」

 

 フランマルスは吸収していたタウロスとアリエスを排出。二体の星霊は星霊界へと帰っていった。

 

「スパイラルペイン」

「ぬおおおお!」

 

 その隙をついてマクベスがねじ曲げた大気で攻撃する。

 たまらず倒れた後、フランマルスは腹を立てながら立ち上がった。

 

「こんの野郎が!! 私の魂の中でも最高級の姿を見せてやるァァ!!」

 

 再び姿を変えるフランマルス。

 その姿を見てルーシィとハッピーが恐怖に震え、その魂の名を口にする。

 

「マスターハデス!?」

「なるほどあれが……」

 

 かつて最強の闇ギルドと言われた悪魔の心臓(グリモアハート)のマスターにして、闇へと深く潜りすぎた天才魔導士。

 ただ、フランマルスの成分が入っているせいで見た目は少し変になっている。

 

「七年前、ゼレフ様を追っていた私が偶然この体を見つけたのです。人間でありながら最も悪魔に近い場所にいたこの男の魔力はおいくらか、おいくらか!!」

 

 フランマルスがマクベスに突進。

 マクベスは両腕で防ぐも、後方に勢いよく弾き飛ばされた。

 

「見てくれはさておき、この魔力は本物! 魔導の深淵に近づいた者の魔力ですぞ!!」

 

 フランマルスが一瞬にして幾重にも重なる魔法陣を描き出す。

 

「天照二十八式!!」

 

 天照二十八式魔法陣。

 それによって引き起こされる爆発はあたり一体を破壊し尽くして余りある。

 フランマルスは勝利を確信して下卑た笑いを浮かべるが、すぐにその笑みが凍り付いた。

 

「な、なんですかこれは!?」

 

 魔法が歪み、フランマルスへと返ってくる。

 爆発に呑み込まれたのはフランマルスの方だった。

 

「残念だけど、どんな魔法だろうと僕には効かない」

「おのれえええ! 吸収!!」

 

 爆発がフランマルスの両腕に吸い込まれていく。

 

「魔法が効かないのは私も同じですぞ!!」

「魔法に魂ってあるんだね。精神から生じるものだから、術者の魂の欠片でもこもっているのかな」

「そんなこと言ってる場合か!」

 

 のんきに考察するマクベスに遠くからルーシィの突っ込みが入った。

 ハデスの力に、魔法すら吸収する力。フランマルスの呪法にルーシィは焦りを見せているようだが、マクベスはそこまで脅威を感じていなかった。

 

「これなら効くだろう?」

「ぬおおおお!」

 

 マクベスが再び大気を歪めて攻撃する。

 マクベスの魔法は周囲の大気を曲げるだけ。実際にフランマルスを攻撃しているのが魂を持たない大気である以上、無効化は出来ない。

 

「ば、バカな……。ハデスです! あのハデスの力なんですぞ!!」

 

 マクベスは、地に伏して歯がみするフランマルスを冷たく見下ろした。

 

「ウルティアとメルディから聞いたことがある。ハデスは確かに最強だったが、その力の源泉はギルド名にもなっている巨大な心臓によるもの。今の君にその力は含まれているのかい?」

「────」

「この程度なら、僕にも対抗できそうだ」

 

 マクベスの手が、フランマルスに伸ばされた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フェイスに辿り着いたウェンディはその場に居たエゼルと戦闘。

 その力の前に一度は倒れるウェンディだったが、フェイスの周囲に漂う高濃度エーテルナノが混ざった空気を食べることで竜の力(ドラゴンフォース)を解放した。その圧倒的な力によって、エゼルを倒し、フェイスを破壊することにも成功する。

 

「フェイスを壊したのにカウントダウンが止まらない!?」

 

 しかし、完全にはフェイスを破壊しきれなかった。

 再度止めようとするが、初めてドラゴンフォースを発動した影響もあるのか、ウェンディは倒れ込んで身動き一つ出来なくなる。

 そんなウェンディに代わり、シャルルがフェイスに仕掛けられた自律崩壊魔法陣を起動する。

 これでフェイスは爆発を起こし、完全に破壊されるであろう。

 だが、二人にはもう爆発から逃げるだけの力は残っていない。

 

「また友達になってね」

「当たり前じゃない」

 

 そうして二人は死を覚悟してフェイスを起爆させる。

 次の瞬間、引き起こる大爆発。巻き込まれたが最後、確実に命はないだろう。

 

「間に合った!!」

 

 爆発から遠く離れた岩山の頂上にドランバルトが姿を現わした。

 その両腕にはウェンディとシャルルが抱えられている。爆発の瞬間、瞬間移動の使い手であるドランバルトが救出に成功していたのだ。

 

「無茶しやがって。まさか、フェイスを破壊してくれるとはな。こんな小さな勇者たちが」

 

 ウェンディとシャルルは力を使い果たして眠っていた。

 これで、ひとまずの危機は去ったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「そんな……バカな……」

 

 フランマルスは力なく瓦礫の山に体を横たえながら、呆然と呟いた。

 フェイス発動の時間を迎えたのにも関わらず、魔力がなくならない。計画が失敗したことの証左である。

 

「おおお……、この計画失敗の代償はおいくらか、おいくらか…………」

「君が抱え込む魂全てでどうかな」

 

 マクベスによって、周囲の瓦礫が歪んでフランマルスを包み込む。

 そして、キースのように霧状化できないフランマルスはそのまま圧し殺された。

 

「さすがの強さね……」

「あい」

 

 マクベスとフランマルスの戦いを見ていたルーシィたちは、感嘆と畏怖が混じったような調子で呟いた。

 マクベスも直接攻撃を受ければダメージを受けざるを得ないので無傷とはいかなかったが、終始フランマルスを圧倒してみせた。

 そんなマクベスはフランマルスを圧し殺した瓦礫の山を見つめて、何事か考えにふけっている。

 

(城は曲げられないのに瓦礫は曲げられる。人を曲げられなくとも、死体や切り離された腕なんかが曲げられる原理と一緒なんだろうか)

 

 そうすると、今立っている城及び島全体が何かしらの生物ということになる。ばかげたことのようにも思えるが、それならばリチャードやウルティアの魔法が使えなかった理由にもなるのではなかろうか。

 だとしたら、今自分たちは得体の知れない何かの中に足を踏み入れているということ。

 

(もしもの時は、ソラノに頼んだ保険が効いてくれるといいんだけど)

 

 一抹の不安を抱えながら、マクベスはそこで思考を中断するのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ヘルズ・コアではエーテリアスフォームを解放したテンペスターとジャッカルに、ウルティアとミラジェーンが相対していた。

 

「人間ごときが上等くれてんじゃねえぞォォ!!」

 

 名前の通り、姿を獣に変えたジャッカルがウルティアに襲いかかった。

 あらゆる身体能力が以前よりも跳ね上がっている。

 

「アイスメイク・薔薇の王冠(ローゼンクローネ)!」

 

 巨大な氷の薔薇が作り出される。荊がジャッカルを絡め取り、その棘で傷をつける。

 

「爆発しろやああああ!」

 

 ジャッカルが叫ぶが、時を止められた氷はびくともしない。

 動きを止められている間に無数の水晶が囲み、ジャッカルめがけて殺到する。

 

「くそがあああ!!」

 

 エーテリアスフォームを解放しても、以前変わらずウルティアが優勢なままであった。

 一方、テンペスターとミラジェーンの戦いでは、テンペスターが有利に戦いを進めていた。

 

「こいつ!」

 

 サタンソウル状態のミラジェーンの拳や蹴りをこともなげに受け止めるテンペスター。

 

「どどん」

「ぐっ!」

 

 そして、ミラをテンペスターの呪法によって、炎、雷、風を始めとしたあらゆる攻撃が襲う。

 しかし、それらはミラに到達する前に時が遡ったかのように、または時が進んだかのように消え失せる。

 テンペスターが視線をずらせば、ジャッカルの相手をしながらウルティアがこちらの状況も観察している。

 

「やはりあの女が厄介──くっ!」

「よそ見とは余裕ね」

 

 気がそれたテンペスターにミラの蹴りが入った。

 ウルティアの助けもあり、ミラはなんとかテンペスターに食らいついている。

 総合的に見れば、ウルティアたちの方が押していた。

 その時、二つの水槽が音を立て始めた。

 

「なに?!」

 

 ウルティアとミラは驚きの声をあげる。

 

「あのガキあのガキあのガキ! おい、ラミー! 急いでオレを復活させろォォォ!!」

「さてさて再生お願いしますぅ」

 

 水槽の中に現れたのは、ウェンディに敗北したエゼルと、マクベスに敗北したフランマルスである。

 

「復活? 再生?」

 

 エゼルとフランマルスが叫ぶ言葉に疑問を覚えて呟くミラ。

 その呟きに、物陰から出てきたラミーが答えた。

 

「そーう。この場所は我々冥府の門の再生地点ヘルズ・コア。冥王との契約により、私たちは肉体を失おうとこの場にて再生する。私たちは不死のギルドなのよ!!」

 

 得意げに、勝ち誇るように声をあげるラミー。

 それを聞いてミラは一筋の汗を流す。

 

(まずい。あの二体の悪魔が復活するよりも早く破壊して再生を止めないと)

 

 そのためにはジャッカルとテンペスターの隙をついて破壊する必要があるが、あの二体の悪魔も水槽を守るように戦い方を変えるだろう。

 なんとかあの触手のような悪魔たちを接収(テイクオーバー)できれば一気に破壊できるのだろうが、そんな暇はありそうにない。

 焦るミラに対してウルティアが笑う。

 

「じゃあ、ひとまずここを壊しておいたほうがいいかしら」

「させるかいな!」

「無駄よ」

 

 ウルティアがそう言うと、一瞬で全ての水槽が割れてしまう。

 

「なんやと!?」

「ぐあああああ!」

「なにこれえええ!」

 

 再生中だったエゼルとフランマルスは外気に晒され、そのまま息絶えた。

 それを見届けてウルティアが安心したように息を吐く。

 

「良かった。その水槽には私の魔法は効くみたいね」

 

 ただ、水槽を壊しただけで、水槽に繋がっていた触手のような悪魔を倒せていない。おそらく水槽さえ直されれば再び復活されることになるだろう。

 

「でも、そんなのはあなたたちを倒してからゆっくりとやれば良いことだわ。ひとまず、この戦いの間に復活されることはないでしょう」

 

 ならば何も問題はない。

 依然としてウルティアたちが戦いを有利に進めているのだから。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥王とゼロ。

 二体の怪物が戦う場所として、玉座の間はあまりに小さい。

 すでに自然と舞台は移り、城すら離れて冥界島上面での戦いに発展していた。

 

「マルド・ギールの呪法の前に滅ぶがよい!」

 

 冥王の呪法によって、荊を始めとした植物たちが無限に増殖していく。冥王の呪力の影響か、現れる植物たちはどれも禍々しい。

 

「壊れろォォォ!!」

 

 その植物たちをゼロの暗黒の魔力が呑み込んでいく。

 ゼロの魔法は単純明快。暗黒の魔力がありとあらゆるものを破壊し尽くす。

 冥王によって禍々しき植物たちが大地を覆う。そこにゼロの暗黒の魔力が降り注ぎ、または大地から噴き出して破壊していく。

 見る者の精神を侵しかねないその光景は、まさに冥府と呼ぶに相応しい。

 

「ぐっ!」

「ハッハァ!!」

 

 ゼロが手から放つ、高速回転する魔力が冥王の翼に直撃する。

 空中でバランスを崩した冥王にゼロが跳躍し、右の拳を顔面に叩き込んだ。

 

「ごあっ!」

「まだまだァ!!」

 

 続けて左の拳が冥王の腹を捉える。

 ゼロはさらに頭上で両手を組むと、冥王の脳天に叩きつけた。

 

「ダークグラビティ!!」

 

 同時に発生した重力が冥王の体を高速で地面に叩きつけた。

 ゼロもその重力に乗って冥王めがけて落下する。

 

冥界樹(デア・ユグドラシル)!!」

 

 真っ直ぐに落ちてくるゼロに対し、巨大な木が勢いよく立ち上る。

 それにゼロは両腕を向けると、再び高速回転する貫通性の魔力を撃ち込んだ。

 ゼロの魔力は冥界樹を掘削しながら貫通し、冥王の腹を削る。ゼロはただの破片となった冥界樹の中を加速しながら落下して、冥王の腹部にさらに拳を撃ち込んだ。

 

「ごほっ!!」

 

 恐るべきはゼロの戦闘能力。ドラゴンフォースを解放したナツを正面から上回り、竜の力全てを一撃にかけ、外せば終わりという博打じみた奥義である紅蓮鳳凰剣を決めることでようやく倒せた正真正銘の怪物である。

 ゼロのパワー、スピードはともに冥王を上回っていた。

 しかし、冥王もゼロに劣らぬ化け物であることに変わりはない。

 

「人間風情が調子に乗るなよ」

 

 冥王は素早く上体を起こし、ゼロに頭突きをして仰け反らせると、跳ね起きてゼロを蹴り飛ばした。

 あれほどゼロの攻撃を受けながら、冥王に致命的な傷はない。元々の種族差もあるのか、冥王はゼロを遙かに上回る防御力を持っていた。仮に冥王が紅蓮鳳凰剣をくらったとしても、大きくダメージはくらうが一撃は耐え抜くだろう。

 冥王が翼を持ち、空を自在に駆けられることも考慮すれば、総合的な実力はほぼ互角と言っていい。

 

「やるじゃねえか」

 

 蹴り飛ばされたゼロが立ち上がる。ゼロもまだまだけろっとしている。

 

「マルド・ギールは素直に驚いている。人間でありながら、ここまで互角に戦うとは」

「そうかい」

「だが、マルド・ギールの勝利は揺らがない」

 

 黒い霧が、ゼロと冥王の間に立ちこめた。

 

「なんだぁ、これは」

「この霧の中で動けるか。流石だな」

 

 強まっていく冥王の呪力。

 冥王が奥の手を使おうとしているのをゼロも感じ取った。

 

「堕ちよ煉獄へ。これぞゼレフを滅するために編み出した究極の呪法」

「面白え。ならばオレも我が最大魔法をくれてやろう」

 

 ゼロが円を描くように右腕を掲げ、左腕を下げた。

 冥王同様、ゼロの魔力が強まっていく。

 

「我が前にて歴史は終わり、無の創世記が幕をあげる」

 

 そして、冥王とゼロは同時に究極呪法と最大魔法を発動させた。

 

「死の記憶、メメント・モリ!!」

「ジェネシス・ゼロ! 開け鬼哭の門!!」

 

 生と死という概念を無視し、ただ消滅させるメメント・モリ。

 召喚されし無の旅人が、魂、記憶、存在、あらゆるものを食らいつくして消滅させるジェネシス・ゼロ。

 呪法と魔法という違いはあれど、どちらも相手を無へと導く法である。

 無の属性を持つエネルギー同士がぶつかり合い、互いに喰らいあって消滅した。

 

「バカな……」

「ふん」

 

 メメント・モリとジェネシス・ゼロのぶつかり合いは、対消滅したことで互いにダメージは与えられなかった。

 目を見開いて驚く冥王に対し、一度破られた経験があるゼロの方は些か冷静である。

 冥王は己の感情に気がついて頭を振った。

 

「感情が高ぶっているな。これは良くない」

 

 冥王は感情を嫌う。感情は思考を鈍らせ、時に自分を自分ではなくすからだ。

 冥王は冷静さを取り戻し、ゼロとの戦いにかまけて放っておく形になった冥界島の様子を感じ取る。

 

「これはいけないな」

 

 エゼル、フランマルスがやられ、キースも身動きがとれない。テンペスターとジャッカルは追い込まれ、キョウカ、セイラ、トラフザーは互角の戦いを繰り広げている。総合的にみれば冥府の門が押されていた。

 

「人間で遊ぶ趣味はないと言いながら随分と楽しんでしまったよ。だが、それも終わりだ」

「なんだぁ? まだ何か隠してんのかよ」

「その通りだよ。──アレグリア」

「────!!」

 

 瞬間、冥界島が揺れ、変形を始めた。

 大地や壁が、冥界島に居る悪魔以外の全ての者に絡みついて引きずり込む。

 それはゼロすらも例外ではなかった。

 

「侵食、生贄、死と再生、絶望と希望。ブレインには言ったはずだ、どれほどあがこうと行き着く先は同じだと。この冥界島は冥王獣(プルトグリム)の体内という名の巨大な監獄なのだよ」

「逃げるのか冥王ォォォ!!!!」

「逃げではない。これはマルド・ギールの勝利だ」

 

 冥王獣が真の姿を現わしたとき、冥王獣の体内、もしくは体表にいる悪魔以外の存在は全て取り込まれる。

 これこそが一部となる喜び(アレグリア)。究極の呪法の一つである。

 ゼロが完全に取り込まれたことを確認して、冥王は踵を返して城へと戻っていく。

 途中で冥王獣の中から魔力を感じて足を止めた。

 

「アレグリアを逃れた者が一人だけいるだと? 確率にして約十億分の一。なんたる強運。いや、冥府に一人残された凶運か」

 

 一人取り残されたのはルーシィ。

 冥王は冥王獣の体内全体に念話を響きならした。

 

「冥府の門の諸君。アレグリアにより侵入者どもは一掃した。フェイス計画は予定通り進行している。だが、どういう訳かアレグリアを逃れた人間が一人だけ残っているようだ。その人間を殺した兵に欠番の九鬼門の称号を与えよう。九鬼門が殺した場合はマルド・ギールが褒美を与える。以上」

 

 これで全てが片づくまでは時間の問題だろう。フェイスが一機壊されたようだが問題はない。フェイス計画は依然として進行している。

 

「END復活の時は近い」

 

 冥王は再び城へと戻る歩みを再開した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 それより数分後。

 冥王獣よりもさらに上空、羽ばたく純白の翼から一つの影が飛び降りた。




強さに関する考察は各々あると思いますが、個人的にバラム同盟のマスター三人の力関係はこんな感じ。(正確にはマルド・ギールはマスターじゃないけど)

心臓ハデス>マルド・ギール(エーテリアスフォーム)、ゼロ>マルド・ギール(通常)>>>通常ハデス

本作でもこれを反映してます。


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第四十八話 闇祓いの守護神

 ウェンディは目を覚まし、勢いよく上体を起き上がらせる。

 

「ここは!?」

「ウェンディ!」

 

 傍らには、先に目を覚ましていたシャルルが寄り添うように立っていた。

 シャルルはウェンディが目を覚ましたことで安心したように顔を綻ばせる。

 

「あれ、私たち爆発して…………フェイスは!? フェイスはどうなったの!?」

「君たちのおかげで起動は停止した」

「ドランバルトさん!」

 

 ウェンディは声をかけられて、ようやく近くの岩場に背を預けて腰を下ろしているドランバルトに気がついた。

 

「爆発の瞬間に私たちを助けてくれたらしいの」

「ぎりぎりだったけどな」

 

 状況を飲み込めていないウェンディにシャルルが経緯を説明する。

 そして、シャルルの話を聞いてようやく状況を理解したウェンディが目の端に涙を浮かべた。

 

「じゃあ、シャルル。……私たち、生きてるんだね!!」

「ええ、そうよ!!」

 

 死を覚悟していたウェンディとシャルルは、こうして無事に再会を果たすことが出来たことに喜び、抱き合って涙を流した。

 その光景を微笑ましげに見つめていたドランバルトだが、その表情にはどこか陰がある。

 

「ありがとうございます、ドランバルトさん!!」

「いや……」

 

 その陰は、ウェンディから感謝の言葉をかけられたことで一層深くなった。

 ドランバルトはがしがしと後頭部をかきながら、言いづらそうにゆっくりと口を開く。

 

「その、君たちには伝えにくいんだけど……。まだ、何も終わってはいないんだ」

「え?」

 

 ウェンディとシャルルはドランバルトに言われて空を飛び、遙か上空から辺り一帯を見渡した。

 

「そんな、こんなのって……」

 

 そこから目にしたのは、ウェンディが破壊したはずのフェイスが見渡す限りの大地に塔のようにそびえ立っている光景であった。

 フェイスは一つではなかったのだ。

 ドランバルトによれば現在確認されているだけでフェイスは約二千機。

 冥王の計画はまだ、何一つ終わってはいなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アレグリアの発動により、冥界島もとい冥王獣内部は平時の静けさを取り戻した。

 しかし、それも束の間のこと。冥王からの通信によって一部が再び騒ぎ出す。

 

「では、オレも生き残りを狩りに行こう。褒美などはどうでもいいが、放っておく訳にもいくまい」

 

 トラフザーはエーテリアスフォームを解いてそう言った。

 キョウカとセイラも同様に常時の姿に戻っている。彼らが争っていたジェラールたちもアレグリアによって冥王獣の一部となったため、これ以上エーテリアスフォームを維持する必要もない。

 

「お前たちはどうするのだ」

 

 暗に付いてくるのかという問いに、キョウカは首を横に振る。

 

「此方にはマルド・ギール様より個別の念話が入った。身動きがとれないキースを助け、元議長の死体を操りフェイス起動の手続きをせよとのこと。そちらはそなたに任せる」

「セイラは」

「私はキョウカ様に付いてお手伝いをいたします。そちらはトラフザーさん一人でも十分でしょう」

「……まあ、勝手にせい」

 

 トラフザーも、セイラが九鬼門の中で特にキョウカに心酔していることは知っている。

 何を言っても無駄であろうし、生き残りの討伐も命令をという訳ではないので黙認した。

 こうして、三体の悪魔はやるべきことのためにその場を解散するのだった。

 

 

 

「クソがクソがクソが!!」

 

 半壊したヘルズ・コアでジャッカルは苛立ちに声を荒げて地団駄を踏んでいた。

 ナツに敗北し、その憤りを晴らせないままウルティアにいいようにあしらわれた。そうしてためた鬱憤も晴らされること無く、アレグリアによってぶつける相手も失われてしまった。

 行き場を失った苛立ちがジャッカルの中で渦巻いている。

 そこに、冥王からの通信が入った。

 それを聞いたジャッカルの顔に残忍な笑みが浮かぶ。

 

「なんや、まだ生き残りがいるんかいな。なら、このいらつきはそいつでおさめてやるわ」

 

 そう言って、ジャッカルは全速力でその場を後にする。

 

「ファファファファ、私も九鬼門になれる!!」

 

 ジャッカルの後ろには、九鬼門の称号につられたラミーも続いた。

 それらの背を見送って、テンペスターは一息つくと、他にやることも無いのでゆっくりとした足取りで二人の後を追うのだった。

 

 

 

「これでいいだろう」

「ご苦労」

 

 制御室でキースが元議長の死体に呪法をかけて動かした。

 元議長の死体は超古文書(スーパーアーカイブ)を操作してフェイス起動の手続きを進めていく。

 それを確認したキースは背を向けてその場を立ち去ろうとした。

 

「待て。どこへ行く気だ」

 

 慌ててキョウカがキースに声をかける。

 キースは顔だけで振り返ると口を開いた。

 

「冥王の言うとおり、生き残りを狩りに」

「そなたが行かずとも、すでにトラフザーが向かっている。万が一にもそなたがやられては困るのだ」

 

 キースがやられれば、元議長にかけた呪法が解ける。そうなればフェイスは起動できなくなり、キョウカが言うとおり冥府の門(タルタロス)としては非常に困る。

 

「折角の戦いだというのに、実験道具が何一つ手に入ってはおらぬ。生き残った一人ぐらいは貰わねば。心配せずとも油断しなければ我が人間の魔になど敗れるはずが無い」

「その油断をした結果、そなたは閉じ込められたのであろう」

「…………」

 

 キョウカとキースの視線がぶつかる。お互いに譲るような気配は無い。

 見かねてセイラが間に入った。

 

「キョウカ様、行かせてあげればどうでしょう。いざとなれば、私の死者の命令(マクロ)で動かすことも出来ます。キース様ほど器用には操れませんが」

「…………そうだな。それに、トラフザーがついていれば問題もあるまい」

 

 セイラの言葉にキョウカがしぶしぶ頷いた。

 

「では、我は行かせてもらう」

 

 キースはキョウカの了解が得られたことを確認すると、歩みを再開して制御室を退出する。

 遠ざかっていくキースの背を見送って、キョウカが溜息をついた直後である。

 

「──なんだ!?」

 

 冥王獣が激しく揺れた。次いで、浮遊感が襲ってくる。

 制御室で激しく鳴り響いた警報に、キョウカとセイラは超古文書によって浮かび上がっている冥王獣の地図に視線をやって、驚愕に目を見開いた。

 

「バカな! 冥王獣が斬られたとでも言うのか!?」

 

 時は、数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥王獣よりさらに上空、ソラノは純白の翼を羽ばたかせて飛んでいた。

 その手には縄が握られ、縄には大きな樽がくくりつけられてぶら下がっている。そして、樽の中には三つの人影があった。

 斑鳩、カグラ、青鷺。人魚の踵(マーメイドヒール)の三人である。

 なぜソラノが三人を連れて飛んでいるのか。

 それは魔女の罪(クリムソルシエール)が冥界島内部に突入する直前のことであった。

 

『斑鳩を連れてきてくれないか?』

 

 ソラノを呼び止めたマクベスはそう言った。

 

『僕たちは極めて不利だ。戦況を傾けるためには切り札がいる。君も分かっているだろう。彼女の力は悪魔にとっての天敵だ』

 

 その言葉にソラノは頷き、こうして人魚の踵の三人を連れてきたのだ。

 

「……なんか、すごいのがいるんだけど」

「ふむ、聞いていた話と違うようだが?」

 

 青鷺とカグラが頭上のソラノを仰ぎ見て口を開く。

 

「私もあんなの知らないゾ。私がいたときは確かに真四角の島だったゾ」

 

 ソラノは口を尖らせて反論した。

 

「というか、別に私はお前たちは呼んでないゾ」

「いいではないか。こうして重力魔法でお前にかかる負担も減らしてやっているのだから」

 

 カグラと青鷺は話を聞いて勝手に付いてきたのだ。三人も運べないと渋るソラノに、青鷺がどこからか樽を取り寄せてきて工作すると、カグラの重力魔法で負担を軽減させることで同行を可能にしていた。

 斑鳩も冥王獣を見下ろして観察した後、ソラノを仰ぐ。

 

「どうやらあれも悪魔らしいどすな。ソラノはん、確かにあれで間違いないんどすか?」

「島だったときの面影はあるゾ」

「なら、あの悪魔に皆さん飲み込まれている可能性もあるんどすな」

 

 斑鳩の言葉にソラノが頷いた。

 それを見て斑鳩は樽のふちに足をかける。

 

「では、まずはあの獣を墜としましょう」

 

 言って、斑鳩はそのまま飛び降りた。

 斑鳩は冥王獣に向かって垂直に落下していく。その途中、腰に差す神刀に手をかけた。

 

『──我の出番か』

 

 滅多に聞くことのない、神刀に宿りし神であるエトゥナの声が斑鳩の脳内に響く。

 凄まじい魔力が神刀から溢れ出し、斑鳩へと流れ込んでいった。同時に、エトゥナの意識までもが流れ込んで混じり合う。

 

「──神刀解放。接収(テイクオーバー)、ゴッドソウル」

 

 ここに、極大の神威が顕現した。

 冥界島で、まずそれに気がついたのは冥王だった。

 突如上空に莫大な力を感じて空を仰ぐ。空は紅に染まり、日没が間近であることを知らせている。

 

「肌が粟立つ……。まさか、マルド・ギールが恐怖していると言うのか」

 

 その力の大きさではない。力の質が、冥王の深奥から不快な感情を掘り起こすのだ。

 上空では、ゴッドソウルの発動とともに斑鳩の姿が変じていった。

 元々白かった肌は生気を感じさせないほどさらに白くなり、瞳は金に、髪は紫に輝いた。額からは二本の角が生えてくる。

 変じた姿は、ゼレフ書の悪魔がみせるエーテリアスフォームとは違い、侵しがたい神聖な雰囲気を醸し出す。

 これこそ神刀の力を解放し、斑鳩とエトゥナが一つとなった姿である。

 

「まず解放するは戦の権能」

 

 エトゥナが司るのは月と戦。そのうち、戦の権能を解放する。

 戦の権能は単純である。それは圧倒的な力をもたらすもの。

 斑鳩にさらに桁違いの力が流れ込んでいく。それこそ、今の斑鳩では扱えきれないほどに。

 しかし、それは守護神であるエトゥナの力。他の誰かのために使うのであれば、過ぎた力でも素直に従ってくれるだろう。

 

「無月流、夜叉閃空・乱咲」

 

 放たれた剣撃は冥王獣を一瞬にして切り刻む。

 これほどの威力の剣撃を放ちながら、冥王獣だけを対象にしたため中にいる者どもは全員無事だ。斬りたいものだけを斬る。これもまた守護神であるが故の性質だろう。

 切り刻まれた冥王獣の破片はばらばらになって地に落ちてゆく。

 その様を斑鳩は強化された視力で観察する。そして、取り込まれて一体となった魔女の罪と妖精の尻尾の面々を見つけ出した。

 冥王獣が死しても、一体化が解ける様子は無い。

 

「次いで解放するは月の権能」

 

 時刻は夕方。

 まだ薄くではあるが、空では月が光を放っている。その光が突如、強く紫色に輝きだした。

 これこそが、マクベスが悪魔の天敵と評し、冥王が恐怖した力。

 

「闇を照らす真円。呪を払え、月の雫(ムーンドリップ)!!」

 

 紫色の輝きが落ちてくる。その質も規模も、ガルナ島で行われていた儀式によるものとは桁が違う。

 光は冥王獣の残骸をあまねく包み、アレグリアを解いていく。彫像のように動かなくなっていた者たちは生気を取り戻し、目を覚ましていった。

 斑鳩が地面に着地すると同時に光もおさまった。

 

『ここが限界だな』

 

 斑鳩の姿が元へと戻る。エトゥナの力と意識も、神刀へと戻っていた。

 今の斑鳩では長時間ゴッドソウルを維持することは出来ない。しばらく時間をおかなければ再使用は不可能だ。

 

「ふう、ありがとうございました」

『よい』

 

 斑鳩が一息ついていると、頭上から悲鳴が近づいてきた。

 

「うわああああああああああああ!!!!」

「あ、やば」

 

 斑鳩が見上げると、空からソラノ、カグラ、青鷺の三人が絶叫しながら墜落してきていた。

 月の雫の中ではあらゆる魔法が解除される。特に一番高い場所にいた三人はその影響を強く受け、翼も重力操作も使えなくなって落ちてきたのだ。

 三人は地面と追突する寸前でぴたりと止まった。カグラの重力操作が間に合ったのだ。

 

「斑鳩殿、月の権能まで使うのならば言っておいてください……」

「す、すみまへん」

「……死ぬかと思った。冗談抜きで」

「こいつ、絶対私たちのこと忘れてたゾ……」

 

 三人に恨めしげに睨まれて斑鳩は体を縮めた。ソラノの言うとおり、月の権能を使う時に何も考えていなかったのだ。

 

『…………』

 

 同罪のはずのエトゥナは知らんぷりを決め込んでいる。思わず斑鳩は腰の神刀をじと目で睨む。

 

「それで、月の権能まで使ってどうなった? 悪魔を全滅させたのか?」

 

 ソラノが斑鳩に尋ねる。

 ガルナ島の悪魔たちが月の雫の副効果によって記憶障害を起こしたり、月の神殿に近づけなかったことからも分かるように、悪魔にとって凝縮された月の光は毒である。

 加えてゼレフ書の悪魔たちはゼレフの魔法とも言える。

 そんな彼らにとって月の雫は二重に毒なのだ。

 しかし、斑鳩はソラノの問いに首を横に振った。目にした一体化の呪いを説明した上で、さらに説明を続ける。

 

「うちの落とした月の雫の力はほとんどを一体化の呪いを解除するために使われ、ゼレフ書の悪魔たちを滅するほどの力は残っていまへんでした」

 

 月の雫といえど万能では無い。絶対氷結(アイスドシェル)を解除するためにリオンたちが三年間を費やしたように、強力な魔法や呪法を解除するためには相応の質や量が必要なのだ。

 

「では、冥府の門自体は正面から倒さねばなりませんか」

「そういうことになりますな。ですが、エトゥナ様の置き土産もあります。うちなら有利に戦えるでしょう」

「……置き土産?」

 

 首を傾ける青鷺たちに、斑鳩は刀身が紫色に輝いている神刀を見せた。

 

「この神刀は月の欠片を混ぜ込んで造られたもの。しばらくの間は月の光を留めておけるでしょう」

 

 月の光を放つ神刀は、滅悪魔法でなくとも悪魔に対して多大なダメージを与えることだろう。

 そう話していた斑鳩たちを冥府の門の兵隊たちが取り囲んだ。冥王獣が斬られたこと、月の光が落ちてきたことが重なり、彼らはどこか及び腰だ。

 そんな彼らに、斑鳩たち四人は背を合わせて戦闘態勢をとる。

 

「さて、うちらも本格的に参戦といきましょうか」

 

 紅に染まる空の下、紫の剣閃がきらめいた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「なんやったんや、今の光は……」

 

 ジャッカルは気分が悪そうに膝をつく。

 その前方ではボロボロになったルーシィが目を丸くして横たわっている。

 

「何が起きたの……?」

 

 ジャッカルからルーシィを守っていたアクエリアスも、光を受けて星霊界へと帰ってしまった。

 そこに、トラフザーが遠くから駆けてくる。

 

「無事かジャッカル。ラミーはどうした」

「あー……。アイツはやられよった」

 

 実際は、ラミーをうざったく思ったジャッカルが殺したのだが、生真面目なトラフザーにばれると面倒そうなので嘘をつく。

 

「────!」

 

 その時、駆けるトラフザーをガジルが襲撃した。肘打ちを受けたトラフザーは突き飛ばされたがすぐに立ち上がって体勢を立て直す。

 

「バカな、残ってる人間は娘一人のはず」

「あ?」

 

 そのガジルに、死角から黒い霧と化したキースが接近する。

 

水流昇霞(ウォーターネブラ)!」

 

 しかし、キースは現れたジュビアの水に阻まれる。

 そのジュビアをシルバーが狙う。

 

「凍りつけ」

「させるかよ!」

 

 しかし、今度はグレイがシルバーの氷を相殺した。その折にシルバーの顔を目にしたグレイが目を丸くして、どこか呆然とした様子を見せる。

 そのグレイをテンペスターが狙った。

 

「ボッ」

「炎!?」

 

 グレイを包み込むように炎が広がる。しかし炎はグレイを焼くことなく、一点に収束して吸い込まれていった。

 炎が吸い込まれていった場所、そこにはナツが立っている。

 

「聞こえるぜ。てめえの声」

「────!?」

 

 さらにテンペスターをエリックが蹴り飛ばす。

 続々とこの場に集ってきた悪魔と魔導士たち。

 ジャッカル、トラフザー、キース、シルバー、テンペスター。

 ナツ、ガジル、ジュビア、グレイ、エリック。

 ルーシィにもはや戦う力は残っていないため、五対五の形となる。

 ナツは相対する悪魔たちを見て好戦的な笑みを浮かべる。

 

「おうおう、なんか強そうな奴等が並んでるじゃねえか。燃えてきたぞ」

 

 ナツは炎を纏った両の拳を打ち付けた。

 こうして、冥府の門との戦いは第二幕へと移っていく。



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第四十九話 二属性

「こいつはオレがもらう」

「なに!?」

 

 シルバーがグレイに体当たりをすると、そのまま一緒にどこかへと転移していった。

 二人が消えたことに気をとられた隙をついてテンペスターが竜巻を起こす。

 

「鉄にんなもん効くかよ」

 

 ナツ、ジュビア、ルーシィが竜巻に巻き上げられたが、ガジルは全身を鉄と化し、竜巻をものともせずに突っ切った。そのまま鉄竜棍をテンペスターに叩き込むが、かばうように前に出たトラフザーに阻まれる。

 そして、動きを止めたガジルを狙って動くキース。ナツが蹴りを叩き込むが霧状化して逃れてしまう。

 

「おまえの相手はオレや火の玉ァ!!」

「またお前か!」

 

 そのナツにジャッカルが襲いかかった。ナツはジャッカルの拳を左腕で受け止めると、逆に右の拳で殴り飛ばした。

 その間にキースはガジルに再接近するが、ここはジュビアの水に阻まれ後退する。

 

「聞こえてたぜ。てめえの声」

「む」

 

 そして、いつの間にか回り込んでいたエリックがテンペスターに蹴りを見舞う。

 月の雫(ムーンドリップ)によってブレインのかけた精神プロテクトが解除されたようで、アレグリア解除後からは問題なく心の声を聞けるようになっていた。したがって、テンペスターの攻撃を察知していたエリックは竜巻を逆に利用し、視界から消えると回り込んだのだ。

 しかし、テンペスターはエリックの蹴りを素手で受け止めた。

 

「毒竜か。残念だが、悪魔に毒は通じない」

「──チッ、知ってるぜ。そんなこたぁ」

 

 テンペスターの言うとおり、悪魔にとって毒物はむしろ好物であるから意味はない。

 だが、エリックには毒の属性が通じなくともまだ滅竜魔導士としての高い身体能力と聞く魔法による先読みがある。

 エリックはテンペスターが伸ばしてきた手を躱して距離をとる。

 

(とはいえ、少し厳しいか。まだ向こうはエーテリアスフォームも出しちゃいねえ)

 

 ジュビアはともかく、ナツには雷炎竜が、ガジルには鉄影竜が奥の手として隠されていることは聞こえている。

 

(オレも何か考えなくちゃいけねえな)

 

 エリックはそう心の中で呟いて、にやりと笑った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 “絶対零度”のシルバー。

 本名をシルバー・フルバスターといい、グレイの実の父親である。

 今、彼はグレイとの戦いを終えて地面に横たわっていた。自らをデリオラと名乗り、グレイと戦ったのだ。

 

「気付かねえとでも思ってたのかよ! アンタ、オレの親父なんだろ! こんな所で何してんだよ!!」

「……お前に殺されるのを待っていた。オレはお前の父、だった。だがもう人間じゃねえ。悪魔でもねえ。死人だ。十七年前にとっくに死んでいるんだ」

 

 グレイの記憶にあるとおり、シルバーは十七年前にゼレフ書の悪魔であるデリオラの襲撃を受けて死んでいる。そこを九鬼門の一人であるキースに拾われたのだ。

 キースは何百もの死体を使って、死人をどこまで本物の生きた人間に近づかせるかの実験を行っていた。シルバーもそのうちの一人に過ぎなかったが、ある一念をもってここまで生き続けた。

 

「全ては、オレの家族を奪った悪魔どもに復讐するために……」

 

 復讐心。その一念でもって十七年間、死体でありながら現世にしがみ続けた。

 だが、とシルバーは続ける。あるとき、フィオーレ中に放送されていた大魔闘演舞の映像を見てグレイの生存を知ったのだと。

 

「その時、気付いちまったんだ。オレの手は汚れすぎている。お前のために、(ミカ)の為に戦う資格なんかなかったんだと……」

 

 そういって、シルバーは震える両手に視線を落とした。

 シルバーにあったのは復讐という一念のみ。冥府の門に従っているふりをするために、活動に組して多くの人間を傷つけた。評議院の壊滅をさせる作戦も黙って見送った。ああ、なんとも罪深いのであろうか。

 

「だから死ぬつもりだったと……?」

「もう死人だ。終わるつもりだった。お前に全てを託して」

「勝手なことを! オレはなにも託されちゃ……!」

 

 そこで、グレイは先程までの戦いを振り返った。納得のいくような設定を作ってまで己をデリオラと称し、グレイの前に立ちはだかったシルバーの姿を。

 

「ひどいことを言ったな。痛めつけもした。すまなかった……」

 

 全ては、グレイに悪夢を乗り越えさせるため。

 

「オレのことは忘れていい。もう、とっくに死んだ人間だ」

「それでも、オレの親父だ」

「違う。息子を殴る父親などいるものか……」

 

 シルバーの目から、堪えていた涙が溢れ出す。体を震わせて立ちすくむグレイに、とどめを刺せと語りかけた。

 グレイは氷の剣を作り出すが、それを握りしめたまま動けない。

 

「迷うな! オレはフェイス計画にも手を貸した! 元評議員も殺した! お前たちの敵だ!!」

「……ああ」

 

 グレイはシルバーに歩み寄ると、氷の剣を振り上げる。

 

「たとえ血の繋がった父親でも、ギルドの敵なら関係ねえんだ! そうやってオレたちは家族(ギルド)を守ってきた!!」

「それが人間だ」

「オレは────それでもアンタを殺せねえ!!」

 

 グレイは泣き崩れ、手に持つ剣を取り落とした。

 そんなグレイをシルバーが優しく抱きしめる。

 

「それも人間だ。どのみちオレの体はそう長くはもたない」

「親父……」

「いい男になったな、グレイ。おまえはオレたちの誇りだ」

 

 そう言って、シルバーはグレイを優しく抱きしめ続ける。終わりを迎えるその時まで。

 

 

 

 

「あなたに人間同士の絆を切ることなんて出来ない!」

 

 ジュビアはキースからシルバーの真実を聞かされた。シルバーから念話でキースを倒してくれと頼まれた。

 所詮キースに動かされているだけのシルバーは、キースが倒されれば死んでしまう。

 それを理解していながら、苦しみながらもジュビアは決断した。

 

「油断した! 我が人間の魔にやられるなど!!」

「グレイ様の想いも、お父様の想いもきっと届く!!」

 

 ジュビアはやられたふりをしてキースの中に潜り込み、水と化して体内で暴れ回る。

 

「たとえ形が消えようと、想いはずっと心に残る! それが人間の愛の力だって信じているから!!」

 

 そして、キースの体は耐えきれずに破裂した。残骸がぱらぱらと地面に落ちる。

 ジュビアは罪悪感に苛まれて涙を流す。そこに、シルバーから再び念話で語りかけられた。

 

『それでいい、ありがとう。嬢ちゃんのおかげでやっと成仏できる。フェイスの起動も阻止できた』

「ジュビアは……」

『何も言うな。グレイを頼むぞ』

「はい……」

 

 ジュビアは両目を覆い、震えながらもシルバーの言葉に頷いた。

 

 

 

 

「親父……。もうゆっくり休んでくれ」

 

 シルバーはキースの呪法から解放され、その肉体を崩していく。やがて、光の粒子となって天へと昇っていった。

 シルバーの最後の念がグレイへと伝わってくる。

 

『あとはお前に託す。オレがなぜ氷の滅悪魔法を習得したのか。それはENDが炎の悪魔だからだ。この力、(オレ)から(おまえ)へ──』

 

 グレイの右腕に黒い紋様が浮かび上がった。これこそ、滅悪魔法の力の源。

 それを目にして、グレイはぐっと右の拳を握りしめた。

 

「──氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)として、オレがENDを倒す」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 キースを倒した直後、ジュビアは倒れた。キースの体内に入ったことで魔障粒子に侵されたのだ。

 しかし、キースとシルバーが倒れたことで残る悪魔は三体となった。

 悪魔たちはエーテリアスフォームを解放し、ナツとガジルも雷炎竜に鉄影竜と二属性を解放した。しかし、その中で一人取り残された者がいる。

 

「ゴロロン」

「ぐっ、くそ!」

 

 エリックはテンペスターの雷撃を喰らって膝をつく。体が痺れ、動きを止めた隙をついてテンペスターが接近した。

 

「どどん」

「がっ!」

 

 テンペスターが触れると、とてつもない衝撃がエリックを襲って吹き飛ばされた。そのままエリックは地に転がった。視界の端にはエーテリアスフォームとなった悪魔たちと互角に戦うナツとガジルが映る。今、この場で一番足を引っ張っているのはエリックだろう。

 二属性を解放したナツたちで互角なのだ。先読みをしても身体能力が違いすぎる。

 未来ローグの時のように、その実力差を埋めることができるのが毒竜の強みでもあるが、悪魔が相手ではそれもできない。できて、やられるまでの時間を引き延ばすぐらいだろう。

 

「相性が悪かったな」

 

 テンペスターが歩み寄りながら口を開いた。

 

「あの二人のような力はないのか。ならばここで諦めろ」

「──く、くく」

「なんだ?」

 

 とどめを刺そうとしたとき、唐突にエリックが笑い出す。テンペスターは警戒して足を止めた。

 

「ああ、認めるぜ。オレにはヤツらのような力はねえ。オレじゃお前には勝てねえ。──今はな」

「何が言いたい」

「全て、オレの掌のうちってことさ」

 

 そう言って、エリックは空気を吸い込みだした。

 テンペスターははっとして周囲を見渡す。そこは、つい先程ひとつの戦いを終えた場所。

 

「水の魔導士、キースの死骸! ならば、空気中に漂うのは──!! 貴様、我を誘導していたのか!!」

「思考を聞けるってのは、何も先読みだけじゃねえんだぜ」

 

 キースの体内には魔障粒子が満たされていた。それが、ジュビアによって破裂させられたことで今は空気中に飛び散っている。

 エリックはそれを吸い込み、二つ目の属性を得ようとしているのだ。だが、エリックは吸い込んでいる途中に血を吐きだす。

 テンペスターはそれを目にして落ち着きを取り戻した。

 

「我としたことが取り乱してしまった。無茶だったな。魔障粒子はエーテルナノを破壊するもの。同化など出来るはずがない。もはやとどめを刺すまでもないな」

「本当にそうかい?」

 

 エリックは血を吐いたことにも構わず吸い込み続ける。

 呆れたようにテンペスターはエリックから視線を外した。いつまでも愚か者の相手などしていられない。トラフザーはともかくジャッカルはピンチだ。すぐにでも手を貸しにいかなければならない。

 テンペスターは身を翻し、その場を後にしようとした瞬間、後方でエリックの魔力が変質した。

 

「バカな。本当に……」

 

 テンペスターが驚きとともに振り返る。

 そこでは毒と瘴気が立ち上っていた。その光景は悪魔のテンペスターをして、禍々しいと評しざるを得ないものだった。

 

「──オレにとっちゃ、始めから勝ちの決まった賭けだった。あいつらが雷竜のためにてめえの血を欲しがっていたことは聞こえていた。人間にワクチンがつくれんなら毒竜(オレ)の血が適応できないはずがねえ」

 

 エリックは立ち上がり、笑みを浮かべながらテンペスターを見る。

 

「モード毒障竜、ってとこか」

 

 瞬間、テンペスターが地を蹴った。

 

「だが、瘴気も元は我らの属性。毒同様我らには──きクァ!!」

 

 エリックの拳が、テンペスターの顎を打ち抜く。

 

「分かってるさ。瘴気も効かねえ。相性は変わらず悪いまま。だがよ」

 

 エリックの拳が次々にテンペスターの顔面に叩き込まれていく。逃げようと動いても、反撃しようと動いても、全て封じられ一方的に殴られる。その様はさながらサンドバックのようだ。

 二属性を得た事による魔力増加。それに伴い、エリックの身体能力も増加している。

 

「オレが欲しかったのはてめえを上回る身体能力だ。先読みできる相手に、身体能力で上回られたら終わりだぜ」

「ぐぃ、ぐぃばばあああ!!」

「何言ってるかわかんねえよ」

 

 エリックが左手でテンペスターの頭をつかみ、地面に叩きつけた。

 顔面を重点的に狙ったことで歯や顎は割れ、テンペスターはもはやまともに言葉を発することも出来ない。

 

「相性の悪さは力で埋める。あばよ悪魔」

 

 エリックがテンペスターを押さえつけたまま右の拳を振り上げた。魔力が拳に集まっていく。

 そして、エリックは思いきり振り下ろした。

 

「毒障竜の砕牙!!」

 

 拳はテンペスターを打ち、衝撃で大地が割れる。その圧倒的な威力を前に、テンペスターは息絶えた。

 

「もう、力でねえな……」

 

 エリックは力なく背中から地面に倒れ込む。初めてのモード変化ということもありエリックの体が馴れていない。しばらくは体を動かせそうになかった。

 

「まあ、向こうはあのガキどもに任せときゃ良いだろ」

 

 その直後、ナツが雷炎竜の力でジャッカルを撃破。

 ガジルも毒の海である天地晦冥を前にトラフザーに苦戦するが、レビィの参戦もあってなんとか倒すことに成功した。

 これで、この場にいた五体の悪魔は全て倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 元議長の死体が超古文書を操作し、フェイス発動の手続きを進めていく。

 

「結局、私の死者の命令(マクロ)を使うことになりましたわね」

 

 セイラが元議長を見ながら呟いた。キースの死体操術はアレグリア解除によって力を弱めた月の雫(ムーンドリップ)には耐え抜いたが、結局本人が倒されたことで解除された。

 そのため、今はセイラが死者の命令で元議長の死体を操っているのだ。

 そして今、フェイスを起動させる直前まで迫っていた。

 

「よくやってくれたセイラ」

「いいえ、私の力など微々たるものです。ですがこれで──」

 

 瞬間、暗黒の魔力がセイラの胸を撃ち抜いた。

 

「──え?」

 

 セイラの体が崩れ落ちる。セイラは血を吐きながら体を小刻みに震わせた。死の淵にいながら、意識だけは保っている。

 

「セイラ!? 何者だ!!」

 

 倒れたセイラに気をとられるのも束の間、キョウカは襲撃者に視線を向ける。

 そこには、白髪に軍服のような服を纏った大男がいた。

 

「ブレイン? いや、違う……貴様まさか!?」

「雑兵に用はねえ」

 

 ゼロは笑うとキョウカの足下から暗黒の魔力を噴出させる。

 キョウカはその魔力にのまれるが、呻きつつもその攻撃に耐え抜いた。しかし、耐え抜いたキョウカの目前にゼロが来ている。

 

「思ったより頑丈じゃねえか」

「が、あああああああああああ!!」

 

 ゼロに地面に叩きつけられ、さらに暗黒の魔力がぶつけられた。

 全身がばらばらになったかのような激痛を意識を飛ばすことも出来ずに味わい続ける。

 いつまでも続く、聞く者の精神を蝕むかのようなキョウカの絶叫。セイラはそれを胸に風穴を開けたまま、体を動かすことも出来ずに聞き続けていた。

 

 

 

 

 

「僕の悪夢も効くようになったみたいだね」

 

 マクベスはうつろな表情で悪夢に捕われている二体の悪魔を見下ろして呟いた。

 キョウカとセイラがゼロに襲われているのは現実のことではない。あくまでマクベスが見せている幻影だ。

 悪夢はブレインが仕掛けた精神プロテクトの影響で、エリックの聞く魔法同様に封じられていたが、月の雫のおかげで使えるようになっていた。

 

「危ないな。フェイスが起動される寸前だった」

 

 マクベスは超古文書のモニターを調べ、フェイス一斉起動の手続きが終わる寸前だったことに気がついて冷や汗を流す。だが、ぎりぎりだが間に合った。後は冥府の門を倒すだけである。

 そう思い、悪夢に捕われている二体の悪魔を始末しようとして、そこで手を止めた。

 マクベスの脳裏に浮かぶのはアレグリア。まだ何か奥の手を残しているかもしれない。そう思い、念のために片方は捕らえてエリックに心の声を聞いてもらおうと考えた。

 

「そうだな、こっちの方が偉そうだったか」

 

 マクベスはキョウカを連れて行くことに決めると、セイラの衣服をねじ曲げて締め上げる。悪夢に捕われて無防備なセイラはなすがままだ。締め上げられて少しの間はピクピクと動いていたが、やがてゴキゴキと骨が砕ける音がすると微動だにしなくなった。その様はまるでミイラかさなぎのようだった。

 

「じゃあ、こっちも四肢だけは拘束して──ッツ!!」

 

 続いてキョウカの処理をしようとしたとき、背後に気配を感じて振り返る。

 そして目にしたのはマクベスを貫かんと目前まで迫っていた荊であった。とっさに反射で曲げるが、曲げきれずに脇腹をえぐるように切り裂かれた。

 

「困るな、人間。計画の邪魔をされては」

「ぐっ……」

 

 マクベスの前に冥王マルド・ギールが姿を現す。

 マクベスは脇腹をおさえて蹲った。傷は深く、血がどくどくと湧き出てくる。

 冥王は倒れているキョウカに目をやった。

 

「こんなでも九鬼門はキョウカしか残っていないのだよ。虫けらを殲滅するためにも、殺されては困る」

 

 地面から突き出てきた荊が蹲るマクベスを襲う。

 なんとか歪めて凌ぐが時間の問題だろう。どんどんと荊は増殖し、空間を埋め尽くさんばかりであった。いずれは押しつぶされて終わりだろう。

 

(いや、それまで僕の意識が持つか……)

 

 時間とともに血が抜ける。同時に意識が薄れていく。このままでは魔法を維持できなくなってしまう。

 圧倒的窮地に陥ったとき、冥王の荊が切り払われた。

 

「マクベス、逃げるゾ!!」

「ソラノ……」

 

 そこに空から下降してきたソラノが突入し、マクベスを抱えると遠くへ離脱した。

 冥王はそれに目もくれず、斬撃が飛んできた方向に視線を向ける。

 

「この力、月の力か……」

 

 斬撃はいともたやすく冥王の荊を切り裂いた。加えて荊を斬られたときに感じた、心奥から恐怖を掘り起こされるような感覚。それは冥王獣を墜とされた直前にも感じたもの。

 

「貴様か?」

 

 斬撃が飛んできた方向から、二刀を手にした少女剣士が駆けてくる。その後方には小柄な少女が控えていた。

 少女剣士は向かってくる荊を避け、その二刀から斬撃を飛ばしてきた。

 冥王はそれを避けるが、斬撃から月の力は感じなかった。

 

「違う。ならばどこに──」

 

 瞬間、冥王は後方に気配を感じた。この恐怖感、間違いなく月の力だ。

 

「しまった、転移か……!」

 

 首だけで振り返った視界の端に、紫色の輝きを放つ剣の切っ先を向ける女剣士を捉えた。

 完全に虚をつかれた。冥王といえどこれでは躱せない。

 

「もらった!」

 

 斑鳩はカグラと青鷺と連携し、完全に冥王の虚をついた。間違いなく討ち取れるはずだった。

 しかし、斑鳩は横合いから襲撃を受けて殴り飛ばされる。かろうじて防いだが、おかげで好機を逃してしまった。

 体勢を整えるためにも一度斑鳩たちは集合して冥王から距離をとる。

 そして、斑鳩たちは突然現れた襲撃者の姿をその目にした。

 

「……お前は」

「間に合ったか」

 

 それは、斑鳩たちにもよく見覚えがある者だった。

 

「人間どものギルドの頂点にいた者。さすがに良き悪魔へと転生した、ジエンマ」

 

 冥王はその男をジエンマと呼んだ。

 かつて剣咬の虎のマスターであり、大魔闘演舞後にミネルバを暴行した際に逃亡して以来行方不明となっていた者の名である。

 

「捕まって悪魔にされていたのか」

「されていた? 違うぞ、自ら望んでこの力を手に入れたのだ。全ては最強へと至るため」

 

 カグラの呟きに、ジエンマは否と答えた。

 ジエンマにとって強さこそが最上位。そこに根底から存在を変えられた事への忌避感はない。

 

「九鬼門を遙かに凌ぐ力を持つ悪魔。我が新しき下僕だ」

「下僕? この天下に轟く我が力を下僕と申すか」

 

 冥王の発言にジエンマは不服を唱える。そして、ジエンマは青鷺に視線を向けると地を蹴った。

 

「冥王、小娘どもを片付けたら次はうぬの番ぞ!!」

 

 ジエンマは青鷺を最初の標的に定めて急速接近。

 青鷺はそれを迎え撃つように二人の前に出た。

 

「あの時、我の邪魔をしたのは貴様だな!!」

「サギはん!!」

「……こいつは任せて。二人はあいつに集中」

 

 青鷺がそう言うと、影狼が地面から飛び出てジエンマに体当たりをした。同時に、青鷺とジエンマはどこかへと消えてしまう。

 

「引き離されたか。──丁度良い」

 

 冥王は足で蹴ってキョウカを起こす。

 キョウカはマクベスがこの場を離れたことですでに悪夢から解放されている。よって、蹴られたことで眠りから目を覚ました。

 

「此方は、一体……」

「いつまで寝ぼけている。戦いだ」

「マルド・ギール様!!」

 

 目前の冥王に気がついてキョウカは慌てて立ち上がった。

 キョウカの意識は混乱の極地にあった。なぜ眠っていたのかも分からないし眠る前後の記憶もない。さらに悪夢で見せられた光景も混ざり合って頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 しかし、向かい合う二人の女剣士を目にして気を入れた。混乱は全てどこかへやって、目の前の敵だけに集中する。そのため、一緒にいたセイラについても気にすることが出来なかった。

 

「マルド・ギールは一刀のほうを相手しよう。貴様は二刀の方の相手をせよ」

「はっ!」

 

 冥王の指示に頷き、キョウカはカグラを睨んだ。

 その会話は二人にも聞こえている。

 

「カグラはん」

「お任せを、すぐに片付けて助太刀に参ります」

 

 カグラは斑鳩にしっかりと頷いた。

 正直、冥王の力は格が違う。目の前にしてそれがよく痛感できる。

 戦う相手は定まり、いざ戦いを始めようとしたときであった。

 

「────! なんどすかこの声は!!」

 

 遙か遠くから雄叫びが聞こえてくる。

 斑鳩だけでなく、カグラ、キョウカ、冥王までも、目の前の相手から意識を逸らしてしまった。逸らさざるを得ないほどの圧倒的な魔力が近づいてきたのだ。

 

「さすがに想定外だ。ヤツが来るとは……」

 

 冥王の頬を汗が一滴伝う。

 

「強大な魔につられてきたか、それともゼレフを追ってきたのか。──アクノロギア」

 

 最強の黒竜が、決戦の地へと飛来した。




 毒障竜かドラゴンフォースかで迷った。

○こぼれ話
 ジェラールは三対一の影響で、エルザは拷問の影響でそれぞれダメージが大きかったのでアレグリア解除後はナツとエリックに無理矢理置いて行かれた。


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第五十話 向かうべき戦場

 アクノロギアの襲来により、全ては灰燼と帰すかに思われた。

 しかし、突如として現れた炎竜王イグニールがアクノロギアと相対したことで、滅びは寸前の所で食い止められた。

 人間と悪魔の決戦地。その上空では現在、強大な二頭のドラゴンが戦っている。

 ガジルが吠えるようにナツに問いかけた。

 

「オイ、火竜(サラマンダー)! あれがイグニールなのか!? お前の体の中にいたってどういうことだ!?」

「知るかよ。ずっと、ずっと探してたのに……」

 

 ナツは体を震わせて、こぼれ出た涙をぬぐい取る。

 アクノロギアの襲来に際し、第二世代を除く滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちの体が反応した。心臓が高鳴り、立っていることすらままならなくなったのだ。そして鼓動がおさまると同時、ナツの体からイグニールが現れ出でた。

 

「ふざけんなぁ──!!」

 

 ナツは両足に炎を纏うと、アクノロギアと交戦中のイグニールめがけて跳躍した。そのまま噴炎により推力を得ると、イグニールの体に飛びついた。

 その自殺行為ともとれる行動に慌てたのはイグニールだ。

 

「バカが! 話は後と言ったろうに!」

「今言え! 何で急にいなくなった!? しかもオレの体の中にいただと!! ガジルやウェンディのドラゴンはどこだ!? 七百七十七年七月七日に何があったんだ!!?」

「ぬぐ……。やかましい!!」

 

 イグニールはアクノロギアの頭部に尾を叩きつけると、ナツを左手に掴んで、アクノロギアへ火炎のブレスを浴びせかける。

 その威力は小さな山程度ならば一撃で吹き飛ばしてしまう程のものだった。

 

「す、すげえ……」

「いや、少しのダメージも与えておらん」

 

 イグニールの言葉の通り、舞い上がっている粉塵を翼で払い飛ばし、傷一つないアクノロギアが姿を現わした。

 その姿に、イグニールはにやりと笑う。

 

「燃えてきたわい」

 

 その表情はナツのものを彷彿とさせる。否、ドラゴンたちからすれば、ナツこそが養父であるイグニールに似ているのだろう。

 

「ナツ、邪魔だ」

「邪魔って何だよ! 久しぶりに会ったのに言う台詞か!?」

「言ったろう。つもる話は後だ。お前はお前の仕事をしろ」

「仕事だぁ?」

「ギルドとかいうのに入っているのだろ。オレが正式に依頼する」

 

 イグニールは地上をちらりと見た。視線の先に捉えるは冥王。しかし、その腕の中に目当ての本は見当たらない。

 続けて冥界島上面に建っていた、冥府の門(タルタロス)のギルドに視線を移す。半壊状態だがまだ形は残っている。本があるとしたらあの中だろうとイグニールはあたりをつけた。

 

「ナツ、あの建物の中からENDの書という本を探して持ってこい。表紙にENDと記された古びた本だ。見れば分かるだろう」

「END……。なんでオレがそんなことを」

「お前にしかできないことだからだ。いいか、決して本を開くな。破壊することも許さん。持ってくるのだ」

 

 念を押すように言い聞かせるイグニール。

 ナツはそれに憮然としたような表情で答えた。

 

「報酬は?」

「何!?」

「当たり前だろ。ギルドで働いてんだぞ」

「…………お前の知りたいこと全てだ」

「引き受けた!」

 

 そこで、ようやくナツがにかりと笑う。

 イグニールもそれを見て口の端を釣り上げると、ナツを地上の建物目がけて放り投げた。

 

「行ってこいナツ!」

「おう! 絶対約束守れよ!! もうどこにも行くなよ!!」

「……ああ」

「約束だからな!!」

 

 声を張り上げて地上へ落ちていくナツ。

 イグニールはそれをどこか哀愁を感じさせるような表情で見送ると、再び向かって来たアクノロギアと戦いを再開した。

 

 

 

 ナツはイグニールに飛びついたときと同様、足からの噴炎で勢いをつけて下降していく。

 本を探すだけの仕事なれど、養父直々の依頼である。ナツのやる気は過去最高潮だった。

 そして気付く。

 向かう先に待ち受ける、冥王と並ぶ闇の頂点に。

 

「久しいなぁ。クソガキ」

「お前は!?」

 

 忘れるはずもない。過去に類を見ないほどに気味が悪く、強大な魔力。

 邪悪なうすら笑みを浮かべて佇むその立ち姿。

 元六魔将軍(オラシオンセイス)マスター、ゼロ。

 ナツとゼロは七年の時を経て再会した。

 

「お前の相手をしてる場合じゃねえ!!」

 

 ナツは落下と噴炎による勢いを全て乗せ、全霊で拳を叩き込む。

 しかし、ゼロはその拳を左腕一本で正面から受け止めた。衝撃で地面に大きな亀裂が入るが、その亀裂の中央でゼロは堂々と立っている。

 

「七年前よりは腕を上げたか? だが、そんなもんじゃ届かねえぞ!!」

「があ!!」

 

 ゼロの右の掌底がナツの顔面を打ち据える。ナツは地面を削りながら転がった。

 

「出せよ! あの時の力を!!」

「く、ぐ……。モード、雷炎竜!!」

 

 ナツは体を起こし、雷が混じった炎をその身に纏った。地を駆け、炎と雷の二属性魔力をつぎ込んだ渾身の一撃をゼロ目がけて繰り出した。

 

「雷炎竜の撃鉄!!」

「──なんだそりゃぁ」

 

 ゼロはそれをどこか白けた表情で眺めると、暗黒の魔力を込めた拳を正面から打ち合わせる。

 ぶつかり合いの結果、弾かれたのはナツだった。

 

「違えだろォ!!! てめえがどんだけ強くなろうが、このオレには届かねえんだよ!!! さっさと出せよ! ドラゴンの力をよォォォ!!!!」

「ぐ、う、ああ!!」

 

 倒れたナツを踏みつける、踏みつける、踏みつける。

 ナツはかつてゼロと戦ったときよりは確実に強くなっている。多くの強敵たちと戦った。ラクサスから雷の属性を受け取った。ウルティアに第二魔法源(セカンドオリジン)を解放してもらった。

 だがしかし、それでもなお、ゼロとの実力差は覆ってはいなかった。

 ゼロは一つ舌打ちをするとナツを大きく蹴り飛ばした。

 

「どうした! 魔力が足りねえか!? なら五分待ってやるからさっさとドラゴンの力を解放してきやがれ!!」

 

 ナツは痛む体を両腕で持ち上げる。顔を上げれば、ナツを見下ろすゼロが視界に入った。

 養父から受けた大事な依頼なのだ。こんな所で足踏みをしている場合ではない。

 

「クソがああああ!!!」

 

 ナツが咆哮する。同時に、その体に竜の鱗が浮かび上がる。

 

「────!」

 

 ゼロが目を見開いた。間違いない。この姿こそ、かつてゼロを打ち破ったドラゴンの力に他ならない。

 七年前は身に余るほどの魔力を摂取する必要があった。しかし今、ナツは誰の補助も無しにドラゴンフォースを発動してみせる。

 

「オオオオオオ!!」

 

 ナツが炎を噴射して、高速でゼロに突進した。

 ゼロは直撃をくらって体をくの字に折る。そのゼロの顔面を、ナツは右の拳で殴り抜いた。

 

「そうだ、それでいい」

「なっ!!」

 

 圧倒的な破壊力をもった一撃だった。九鬼門ですら、一撃で沈みかねないほどの威力だった。

 だが、ゼロは殴り飛ばされることなくその場に踏みとどまると、仰け反った体を無理矢理起こしてナツに向き直る。その表情には気味の悪い薄ら笑いが戻っていた。

 

「それでこそ、壊し甲斐があるってもんだろォ!!」

 

 ゼロは振り抜かれたナツの右腕を右手で掴むと、勢いよく振り上げて体を持ち上げ、勢いよく地面に叩きつけた。次いでナツを軽く放ると、空に浮いたその体を回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「く、そ……」

 

 七年前と変わらない。ドラゴンフォースを発動してなお、ゼロはナツの上を行く。

 ゼロは口の中に溜まった血を吐き捨てた。

 

「もうあんな博打技はくらわねえ。今度こそ壊してやるぞ、ドラゴンの小僧」

 

 ゼロを倒すにはドラゴンフォースによって爆発的に高まった魔力を一撃に込める、紅蓮鳳凰剣以外にない。だが、それも一度見られている。考え無しに放っても、ゼロほどの魔導士がむざむざくらってくれるはずもないだろう。そして、ゼロが博打技と称したように全魔力を込めるという性質上、放ったが最後、外せばナツに勝目は残らない。

 

「──燃えてきたぞ」

 

 圧倒的に不利な状況でナツは笑う。

 最強の竜、アクノロギアに相対するイグニールがそうしたように。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「闇の翼アクノロギア、炎竜王イグニール。このマルド・ギールの計画を邪魔させる訳にはいかんぞ」

 

 冥王は上空で戦う二頭のドラゴンを眺め、次いで視線を斑鳩たちに戻した。

 

「貴様にもだ。月の神を降ろす者。策は加筆修正された。皆、等しく滅びるがよい」

「──来る!」

 

 地面から巨大な荊が伸びる。荊は冥王と斑鳩、キョウカとカグラを分断するように壁を作り出した。

 

『邪魔だ。離れて戦え』

「はっ!」

 

 荊によって分断された直後、キョウカに冥王からの念話が入る。

 キョウカは念話に従い、カグラを誘うように荊の壁から距離をとった。

 

「仕方が無い。冥王を気にするよりは、専念した方がよいか」

 

 カグラも誘いには気付いていたが、無理にこの場に残れば巻き込まれる可能性もある。月の力を持たぬカグラでは、荊を切り払うことも一苦労だ。故に、素直に誘いに乗ってその場を離れることにした。

 一方、斑鳩はその壁を切り払おうとしたが、巨大な植物のツタに襲われて阻まれた。

 

「く、うっとうしい!」

「マルド・ギールを目の前に、他に気を回す余裕があるのかね」

 

 冥王の呪法によって、間断なく禍々しい植物が襲いかかった。

 斑鳩はそれらを月の力を宿す神刀で切り払う。次いで放った斬撃が冥王の頬を浅く切り裂いた。

 

「やはり忌々しいな。月の力というものは」

「傷が……」

 

 冥王が呟くと、頬の傷が消えていく。そして、その姿を異形のものへと変じていった。

 ゼレフ書の悪魔としての真の姿、エーテリアスフォームを解放したのだ。

 

「全力で潰してやるぞ。人間」

 

 迸る強大な呪力が斑鳩を威圧する。

 斑鳩は体が震えるのを自覚した。

 

「これほどの格上と戦うのは久々どすな……」

 

 多くの魔導士が集う大魔闘演舞でさえ、同格までしかいなかった。そも、聖十大魔導(せいてんだいまどう)に登りつめてからは、明確に己より強い者と戦う機会など数えるほどしかなくなった。

 

「全く。いくつになっても、この性だけはどうにもなりまへんなぁ」

 

 震えには、確かに恐怖から来るものもあるだろう。しかしそれ以上に、かつてない難敵に対する武者震いという側面が強かった。

 だが、かつてのように、この性を抑え込むようなことはしない。

 

「全霊を持って、討たせてもらいます」

 

 斑鳩は神刀の柄を強く握り、冥王へと立ち向かう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 キョウカの指が長く伸び、鞭のようにしなってカグラを狙う。しかし、キョウカの指はどれもカグラに辿り着く前に勢いを失って届かない。

 

「斥力圏・星ノ座」

 

 カグラを中心に、あらゆるものを遠ざけようとする力場が発生している。

 鞭では届かず、足を踏みしめて近づいても、カグラの二刀の小太刀の前に切り刻まれるのみである。

 

「強い……」

 

 キョウカが思わず呟いた。力量差は歴然。勝つだけならば圏座を使う必要すらないほどに。

 キョウカの口元に笑みが浮かぶ。

 

「ふふ、このような状況でなければ此方のものにしたいところなのだがな」

「生憎、私にそのような趣味はない。しかし余裕だな。追い込まれているのはそちらのはずだが?」

「そなたはまだ知るまい。九鬼隷星天キョウカ。真の姿、エーテリアスフォームを」

 

 キョウカがエーテリアスフォームを解放する。それに伴い、キョウカの呪力が跳ね上がった。

 その姿を目にして、カグラはどこか鳥のようだと思った。

 キョウカが爪を振りかざしてカグラに接近。二人が交錯する。

 

「──速い!」

 

 驚きの声はカグラではなく、キョウカであった。

 キョウカがエーテリアスフォームを解放してなお、カグラはそれを上回る。

 

「少し驚いた。だが、それでは届かん」

 

 キョウカの鞭のような指は星ノ座を超えてカグラに届く。だが、それでも威力は減衰しているのだ。さばくことくらいは余裕であった。

 

「流石だな。だが、此方とてこれでは終わらん!」

 

 キョウカの指と、カグラの小太刀が幾度となく交錯する。その度にキョウカの体には傷が刻まれていく。有利なのは変わらずカグラだ。

 しかし、交錯を繰り返すうちにカグラの眉が顰められていった。

 

「だんだんと強くなっている?」

「気付いたか。此方の呪力は強化。一秒ごとに此方の力は増していく、無限に力を増す悪魔」

 

 キョウカは己の力を誇って笑う。事実として、キョウカとカグラの実力差は埋まりつつあった。

 だが、カグラに焦りは微塵もない。

 

「このペースならば押し切れる!!」

 

 キョウカに刻まれている傷は決して浅くはない。剣を直接合わせている実感として、キョウカに超えられるよりも前に決着をつけることができると確信する。

 しかし、キョウカもそれは分かっていること。

 

「アアアアアアア!!」

「なんだ!?」

 

 キョウカが吠える。同時に、呪力がキョウカを中心に全方位へと放たれた。

 カグラはその呪力を避けることができずにくらってしまう。

 

「ぐ、体が……!」

 

 全身を襲う激しい痛みに、カグラは思わず膝をつく。

 まるで全身の皮膚を剥がされたようだ。

 

「そなたの痛覚をむき出しにした。それは風が吹くだけで激痛が走る」

「ぐ、あ、く、うぅ……」

 

 着ている服、握る剣の柄、それらが肌と擦れるだけで、やすりで体を削り取られているようだ。カグラの目の端に思わず涙が浮かんでしまう。

 カグラが痛みに呻いている間に、近づいていたキョウカがカグラを踏みつけた。

 キョウカの顔に嗜虐の笑みが浮かび上がる。

 

「ああああああああ!!」

「痛むか? 怖いか? 苦しいか? 絶望せよ。そして此方を楽しませてくれ!」

 

 キョウカが踏みつける足から、カグラの五感を奪うためにさらなる呪力を送っていく。

 瞬間、カグラの悲鳴が、雄叫びへと変化した。

 

「私から、離れろォォォォォ!!」

「────!!」

 

 カグラが咄嗟に発動したのは斥力圏・星ノ座。

 油断していたキョウカは力に押しのけられ、カグラから遠ざけられる。

 キョウカが足を踏みしめて立ち止まる。そして前方に視線をやれば、そこには歯を食いしばって立ち上がっているカグラの姿があった。

 

「なんという精神力。五感は奪えきれなかったが、視覚と聴覚を奪ったというのに」

「くう、はあ……」

 

 必死に立っているカグラだが、あらぬ方向を向いている。キョウカがどこにいるのか分かっていないのは明白だった。

 

「ますます気に入った! 命は奪わず、此方の人形として飼ってやろう!! 嬉しいか? 嬉しいだろう!! なあ、おい!」

 

 そう言って、キョウカは口を大にして笑いながらカグラ目がけて地を蹴った。

 殺さず、ひとまず戦闘不能にしてやろう。そう思い、カグラに爪を伸ばしたその瞬間。

 

「な、なんだ……?」

 

 カグラの目前でキョウカは静止した。押しても引いても動かない。これは斥力圏でも引力圏でもない。

 

「──無圏・神座」

 

 カグラは思う。

 目が見えない、何も聞こえない。それがどうした。村を焼かれ、唯一の家族である兄を攫われ、十にも満たない時分で一人残された時の恐怖を知るまい。

 ただの娘でしかなかった己が、ここまでの力をつけるためにどれだけの修練を積んだと思っている。黒魔術教団への復讐心を糧に無茶ばかりした。死にかけたことも一度や二度ではない。

 

「これしきで絶望しろとは笑わせる! 調子に乗るなよ、引きこもりの悪魔風情が!!」

 

 カグラが吠えた。

 キョウカは思わず気圧されるが、神座に捕われたキョウカには逃げることも許されない。

 

「これで、終わらせる!」

 

 そろそろキョウカが神座に引っかかった頃だろう。

 神座はカグラをドーム状に覆うように発動させていた。キョウカがどこから襲ってこようと捕まえてくれているはずだ。

 キョウカの目前でカグラは小太刀を強く握り、体を捻った。後は周囲一帯を切り刻んでおしまいだ。

 

「おのれェ! ゼレフ書の悪魔が人間如きにィィィィィィィ!!」

 

 キョウカは無限に力を増す悪魔。次第に、神座の中でも亀のように緩慢にではあるが動けてきた。いずれは神座の拘束力すら振り切れるだろう。しかしそれは、カグラが技を繰り出すよりも遅いことは明白だった。

 

乱旋風(らんせんぷう)鎌鼬(かまいたち)!!」

 

 カグラは体を捻って回転しながら、全方位へと向けて鎌鼬を放つ。

 発生するは斬撃の竜巻。避けることも防ぐことも出来ず、キョウカはただ切り刻まれた。

 

 

 

(此方は、死ぬのか……)

 

 意識が薄れていく中で、キョウカは己の死を悟る。

 その中で最後に浮かんだのは、己を愛し、付き従い、尽くしてくれるセイラの姿。

 

(ああ、そうだ。眠る前、此方はセイラとともにいた。ゼロに襲われたのは幻術か? ならば、今セイラはどうして──)

 

 命の灯火が尽きるその瞬間、キョウカは最後の力を振り絞って制御室の方を向く。

 

(ああ、セイラ。そなたは──)

 

 

 

 カグラの目に光が戻ってくる。地面を蹴ってみれば音も聞こえた。

 キョウカが死んだことで視覚と聴覚が復活したらしい。痛覚も戻ったようだ。

 

「結局、神座を使ってしまったか……」

 

 カグラは悔しそうに歯がみする。

 冥王は斑鳩をしても勝てるか分からない難敵だ。できれば手助けに行くためにも魔力を残しておきたかった。しかし、魔力消費の激しい神座を使ったせいでカグラの魔力は枯渇寸前だ。

 

「このままでは助太刀に行けんな」

 

 そう言って、カグラはふとキョウカの死体に目をやった。

 

「…………笑っている?」

 

 カグラは首を傾け、キョウカの顔が向いている方向を見る。

 そこにはすでに冥王の荊が立ちふさがり、カグラには見ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジエンマが青鷺目がけて拳を繰り出す。しかし、青鷺の姿が消えたことで拳は空をきった。

 後方に気配を感じ、ジエンマは振り返り様に裏拳を打ち込んだ。転移のインターバル内に繰り出されたはずのその拳は、またしても空をきる。

 己が転移出来ないのならば、相手を転移させればいいだけのこと。

 そうして、二度にわたって攻撃を躱した青鷺は手に持つ短刀をジエンマに突き出した。

 しかし、刃はジエンマの体には通らない。

 

「効かぬわ!!」

「……くっ」

 

 ジエンマの拳が青鷺の脇腹をかすめる。

 青鷺は転移で大きく距離をとり、痛む脇腹をおさえた。かすめただけだというのにとんでもない威力である。直撃をくらえば一撃でやられてしまうだろう。

 

「のらりくらりと、羽虫のようにうざったい小娘だ。だが、我が最強の力の前にはいずれ潰される運命よ」

「……ふふ」

 

 その言葉に、青鷺は嘲るように鼻で笑ってみせる。

 

「何が可笑しい、小娘」

 

 ジエンマは鼻で笑った青鷺に、不快そうに眉を顰めながら問いかけた。

 青鷺は嘲る調子を含んだまま、ジエンマの問いに返答する。

 

「……いや、逃げた男がよくもほざくと思ってさ」

「逃げただと?」

「……違うの? 最強のギルドを誇っていたくせに、今度は己の力を最強だと誇張する。負けたのを兵隊のせいにして逃げたようにしか見えないけど」

「貴様……!!」

 

 ジエンマが激高して殴りかかる。

 青鷺はそれを転移をつかってひらりと躱した。

 

「我は悟ったのだ! 真に強いギルドなど存在せぬ! 最強とは個! 我が意思のみ!!」

 

 ジエンマは怒りにまかせて何度も拳を突き出した。感情のままに振う拳は単調で、ことごとく空をきった。

 

「……最強の個っていうのも疑問だけどね」

「なんだと!」

 

 青鷺は転移して、左足をジエンマの肩に乗せ、右足で頭部をぐりぐりと踏みにじった。

 

「……力に反して精神力が貧弱すぎる。だからこうして、私なんかに手玉にとられるんだ」

「お、おお、おのぉぉぉれえぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ジエンマが頭上の青鷺を潰そうと、両手で叩く。

 それも青鷺は転移を使ってひらりと躱した。

 

「……その自慢の力も、悪魔に恵んでもらったものでしょ。親に買ってもらった玩具を自慢する子供みたいだね」

「ほざくな! 我に手も足も出ない分際で!! 雑魚が粋がるでないわ!!!」

 

 ジエンマはあまりの屈辱に、血管を浮かび上がらせ、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 しかし、青鷺はそれを涼しい顔で聞き流す。

 

「……そうだね。私は雑魚だ。そんなの、私が誰よりも理解している。けど生憎、私は個ではなく、群で戦う魔導士だから」

「なにを────ぐおっ!!」

 

 ジエンマは突然、横合いから殴られて思わず呻く。

 次いで、降り注ぐ魔力の刃がジエンマを貫いた。

 

「ぬおおおお!!」

 

 その剣には実体がなく、ジエンマの痛覚を直接刺激する。

 最後に、地面が波打ち、ジエンマを押しつぶすように挟み込んだ。

 

「こざかしいわ! 何者だ!!」

 

 ジエンマは挟み込んできた地面を破壊して出てくると、突然の乱入者たちを視界に入れた。

 そこにいたのは三人。二人の男と一人の少女。

 

「何者ねえ。ここは、そこのクソガキの仲間って名乗っておこうか」

「友の危機に駆けつけた愛の戦士デスネ!」

「やっほー。サギちゃん久しぶり!」

 

 そこにいたのは、ソーヤー、リチャード、メルディの三人。メルディは嬉しそうに青鷺に手を振っている。

 

「仲間だと。貴様……」

「……汚いとは言わせない。ギルドを捨てて個を最強だと言ったんだ。このくらいの数的不利、覆してみなよ」

 

 青鷺はメルディに適当に手を振り返しつつ、ジエンマに怜悧な視線で答えた。

 青鷺はジエンマと戦いながら、影狼を何匹か放って近くの戦況を確認していた。その中で、暇そうかつ怪我の少ない三人を見つけて来てもらったのだ。

 これこそが青鷺の真骨頂。戦況を確認して適する場所に人材を配することができる能力。大魔闘演舞において、メイビスが真っ先に青鷺を狙った理由である。それは本人が言うように、個の力にこだわらない群の力と言えた。

 

「なめるな! 小娘どもがぁぁぁ!!」

「まずはオレが行くぜ!」

 

 叫ぶジエンマにソーヤーが接近し、正面からの殴り合いに発展した。いや、殴り合いというのは正しくない。ソーヤーが一方的にジエンマを殴り続けている。ジエンマではソーヤーのスピードを捉えることが出来なかった。

 しかし、ソーヤーの拳はあまりダメージを与えられていない。破壊力不足という点ではソーヤーも青鷺と似たようなものだった。

 

「メルディ!!」

「了解! マギルティ=センス! 感覚連結!!」

 

 ソーヤーの合図で、メルディが魔力を放つ。その魔力はソーヤー、リチャード、青鷺にあたり、手首にハートの紋様を浮かび上がらせた。

 その魔法は複数人の感覚を繋いで共有するもの。痛みや死すらも共有してしまうが、その真価は信頼し合う者同士の力を何倍にも高めることにある。

 

「リチャード! 最後はお願い!!」

「分かりましたデスネ!!」

 

 リチャードの魔法、リキッドグラウンドの力がマギルティ=センスの力によって高められる。

 

「なんだこれは!!」

 

 ジエンマを中心に地面が大きく沈んだ。同時に、沈んだ分の土がジエンマを囲むよう高くそびえ、波のようにジエンマ目がけて迫ってくる。

 いつの間にかジエンマを殴っていたソーヤーの姿が消えている。リチャードの魔法が発動した段階で、青鷺が転移で救出していたのだ。

 

「バカなバカなバカな! この我が、こんな所でェェエェ!!!」

 

 ジエンマは絶叫とともに、土の大波にのまれて沈む。そして二度と、地上に姿を現わすことはなかった。

 

「…………」

 

 青鷺はジエンマが沈んだ場所をじっと見つめ、数年前までの苦悩を思い出す。

 青鷺は早熟タイプの天才だった。十四にしてそこらの魔導士では相手にならないほどの力を持っていたが、そこから伸び悩んだのだ。

 体格にも、身体能力にも、魔力にも恵まれず、止まることなく力をつけていく斑鳩とカグラにどれほど焦ったことか。それでも二人に置いて行かれたくないと、戦い方や魔法の使い方を考え、どうやれば二人と並び続けられるのか悩み続けた。

 あの時の苦しみがあるからこそ、青鷺は今の自分がいると思っている。

 

「……自分の至らなさから逃げたお前に、意地でも負けてなんかやるものか」

 

 もう姿の見えないジエンマに向かって、青鷺は吐き捨てるように呟いた。

 

「サギちゃん、なに暗い顔してるの?」

「……む。苦しい」

 

 横合いから青鷺はメルディに抱きつかれる。むにむにと柔らかい感触がする。数年前までほぼ同じ体型をしていたのに、一体いつからこんなに差がついたのか。世の中は理不尽だと悲しくなる。

 メルディに続いてソーヤーとリチャードも近づいてくる。

 

「相変わらず口が汚えこった」

「……何、文句あるの」

「ねえさ。ただ、お前だけは敵に回したくないね。発狂しちまう」

「……そこまでひどくないでしょ。ひどくないよね?」

 

 青鷺の問いにソーヤーは黙って肩を竦め、メルディもニコニコしたまま何も言わずに青鷺の頭を撫でた。

 釈然としなくて青鷺は小さく口を尖らせる。

 

「……別に好きで煽ってるわけじゃないし。相手が感情的になってくれた方が動きを読みやすいから仕方なくやってるだけだし」

「大丈夫。口が悪いのも一つの個性デスネ!」

「……分かってないじゃん。もういいよ……」

「いじけない、いじけない」

 

 メルディがさらによしよしと頭を撫でた。

 

「……それと、気を抜いてるみたいだけどまだ終わってないからね」

 

 青鷺がメルディを引きはがし、三人に向かって真面目な口調で告げた。

 

「……私にも、そっちにも、向かうべき戦場は残ってる」

「向かうべき戦場?」

 

 首を傾ける三人に、青鷺は強く頷いた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「はあ、はあ……」

「外したな。ドラゴンの小僧」

 

 ナツは四肢を投げ出し、力なく地面に横たわっていた。

 紅蓮鳳凰剣なしにはゼロを倒せない。だが、紅蓮鳳凰剣を放つだけの隙をゼロは見せてはくれなかった。

 追い込まれ、一か八かで放った紅蓮鳳凰剣はやはりゼロに躱された。

 

「く、そ……」

「楽しかったよ。だが、これでリベンジも果たした。もう消えよ」

 

 ゼロがナツにとどめを刺すために手を伸ばす。

 その時だった。

 

「まだやられるには速えぜ。火竜」

「──!」

 

 ゼロとナツ、二人が立つ地面が流動した。

 バランスを崩した隙をついて、何者かが超スピードでナツを抱えて攫っていく。

 

「てめえらは……」

 

 ゼロがナツを攫っていった人物の方に視線を向ける。

 そこにはぐったりとしたナツを抱えるソーヤーとリチャード、メルディがいた。

 

「マスターの時も恐ろしかったが、敵に回すととんでもねえな」

「相変わらずの邪悪さデスネ」

「あれがマスターゼロ。初めて見た……」

 

 三人はゼロを目前に冷や汗を流す。さっきまで対峙していたジエンマとは格が違う。

 そんな三人を見てゼロが笑う。

 

「懐かしいなガキども。だが、てめえらだけでオレを倒せるとでも?」

「そいつらだけじゃねえよ」

 

 ゼロの後方から声がかけられる。振り返れば、そこにはエリックが立っていた。

 エリックは毒障竜の発動で魔力が尽きかけていたが、トラフザーの呪法、天地晦冥により召喚された毒の水を飲むことで魔力を回復させていた。

 ソーヤーがエリックを見て声をかける。

 

「よお、エリック。お前なら聞きつけてくると思ってたぜ!」

「当たり前だろ。それに、あいつらも来てんぜ」

「あいつら?」

 

 ソーヤーが首を傾げた瞬間、ゼロを中心に空間が歪んだ。大地が纏わり付くように集まってくる。

 さらにその頭上から純白のビームが降り注いだ。

 ソーヤーたちが上空を見れば、翼をはためかせて空を飛ぶソラノと、そのソラノに背負われているマクベスの姿があった。

 ソラノが少し心配そうに背中のマクベスに声をかけた。

 

「いくらなんでも無茶だゾ。その傷で戦うのは」

「応急処置はした。後は君が僕の足となって、やられないようにしてくれれば問題ない」

「もう! サギちゃんは羽をむしっていくし、みんな私をこき使いすぎだゾ!!」

「愚痴はその辺にしときなよ。そろそろ本番だ」

 

 マクベスに言われて下を見る。エンジェルのビームによって舞っていた土煙が晴れ、ゼロの姿があらわになった。まるで攻撃がきいた様子がない。

 

「ク、クク、クハハハハハハ!!」

 

 ゼロは囲まれているというのに、腹を抱えて笑い出す。

 

「随分会わねえうちに、どうやらオレの恐ろしさを忘れたようだな。なら、思い出させてやるよガキどもォ!!」

「来るぞ!」

 

 悪魔の地にて、かつての六魔がぶつかりあう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥王の力は強力無比。

 月の力を宿す神刀を用いても、菊理姫による限界突破を行っても、斑鳩の剣が冥王に届くことはなかった。

 であれば、最後の手段に出ることは当然のこと。

 

「無月流、夜叉閃空・狂咲!!」

 

 すでに限界を超えている斑鳩の肉体が、限界をさらにもう一段階超えて駆動する。

 そうして繰り出された斑鳩の連撃は空間を歪め、冥王を囲むように四方八方から襲いかかる。

 それは逃げることが出来ない剣の檻。冥王もまた例外ではない。

 

「があああああああ!!!!」

 

 冥王は月の力を宿した剣閃に切り刻まれ、痛みに初めて絶叫をあげる。

 冥王は遂に倒れこみ、斑鳩も崩れるように倒れ込んだ。

 夜叉閃空・狂咲は強制的に引き分けに持ち込む技。この勝負もまた引き分けに終わる──ことはなかった。

 

「そん、な……」

 

 横たわる斑鳩が冥王を見て驚愕する。

 

「ぐ、く、おお……」

 

 冥王は呻きつつも、傷だらけの体を持ち上げて立ち上がろうとしていた。全身に刻まれた切傷はどれも深く、びっしりと並ぶ様子は痛ましささえ感じるほどだ。そんな状態で立ち上がるなど普通ならばありえない。

 

「マルド・ギールには使命がある! ゼレフを倒さなければ、ゼレフの望みを叶えなければならないのだ!!」

 

 ゼレフが自分を殺すために生みだした者。それこそがゼレフ書の悪魔。

 フェイス計画もENDの復活も、無の呪法メメント・モリの開発も、全てはゼレフの望みを叶えんが為。そのために長きにわたって生き続けたのだ。こんな所では終われない。

 

「このマルド・ギールは貴様なんぞには倒されん!!」

 

 遂にマルド・ギールは立ち上がり、傷だらけの翼を大きく広げた。

 

「なんて執念……」

 

 狂気にすら近いその執念に、斑鳩は感心さえ覚えてしまう。

 だが、だからといってこのまま殺されてやるわけにはいかない。

 

「く、う、ああああ!!」

 

 斑鳩も必死に、なんとか上体だけは起き上がらせた。立ち上がることはできない。右腕も完全に逝ってしまった。左腕はまだなんとか動く。

 座ったまま斑鳩は左手に剣を握り、頭上に掲げた。

 

「夜叉閃空を一撃。それだけなら、まだ……」

 

 冥王の傷も深い。この一撃さえあてれば倒せるかもしれない。

 だが、冥王に剣を当てられる可能性は限りなく低い。斑鳩は座ったまま動けず、正面にしか剣撃を放てはしない。対して冥王は立ち上がって自由に動ける。

 当然、冥王もそれを分かっている。

 

「消えろ!」

 

 斑鳩の四方から荊が伸び、斑鳩を刺し貫こうと迫ってきた。

 避けられない。死は確実。

 

「刺し違えてでも!」

 

 荊を無視し、斑鳩は冥王に向かって剣を振り下ろそうとした。当然、冥王は回避行動に移っている。それでも、成し遂げるしかない。

 そう思ったとき、斑鳩は掲げる左腕に登る影を見た。

 

「──消えた!?」

 

 冥王が驚愕の声をあげる。

 斑鳩を貫くはずの荊は空をきった。斑鳩の斬撃も飛んでこない。

 どこに言ったのか混乱するのも束の間、月の気配を感じて右方に視線を向けた。

 

「遅くなりました」

「……これからは私たちも戦うよ」

 

 座り込む斑鳩を守るように、カグラと青鷺が立ちふさがる。

 斑鳩はそんな二人の背を見て口元を緩めた。

 

「──ふふ。これはもう、負ける気がしまへんな」

 

 冥王はそんな三人を忌々しげに睨み付け、苛立ちと怒りを募らせる。

 

「どこまでも抵抗するか。人間め……」

 

 ここに三匹の人魚は揃い、冥王と雌雄を決する時を迎えたのだ。



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第五十一話 勝利への道

遅くなってすみません……。


 ヘルズ・コアが音を立てて崩壊した。

 触手の悪魔が千切れ落ち、その中心でミラが額の汗をぬぐい取る。

 

「ふう、これでよし。そっちは任せちゃってごめんね」

「いいわよ。これくらい」

 

 ウルティアが軽い調子でミラに答えた。足下には兎のような髪型をした悪魔、ラミーが転がっている。それも一体だけではなく、何体も積み重なっていた。

 アレグリアが斑鳩の月の雫(ムーンドリップ)で解除された後、ミラとウルティアがいたヘルズ・コアにラミーの群れが押し寄せたのだ。

 

「まさか、あの悪魔が量産型だったなんてね。凄い数だったけど、あなたの弟妹のおかげでそんなに手間じゃなかったわ」

「あの満身創痍の二人もね」

 

 そう言って二人が視線を向けた先で、最後のラミーが地に伏した。

 その周囲には四つの影。

 ヘルズ・コアにはエルフマンにリサーナ、そしてジェラールとエルザが合流していた。

 

「漢ォ!!」

「ふう、やっと終わった」

 

 エルフマンが吠え、その横ではリサーナが一息ついている。

 エルザが僅かに不満を滲ませながら口を開いた。

 

「まったく、私はまだ戦えると言うのに……」

「無理をするな。拷問に加えて九鬼門との戦闘。いくらお前でも限界に近いだろう」

「私よりも重傷の男に言われたくはないな」

「む」

 

 エルザとジェラールの会話を聞いて、その場の誰もがどっちもどっちだと心の中で呟いた。どちらも、普通ならば立っていることも苦痛なほどに傷を負っている。

 ミラは苦笑し、ウルティアは頭を抱える。

 なんにせよ、ヘルズ・コアの戦いも終結し、九鬼門も全てが倒れた今、残すは闇の頂点たるゼロと冥王を残すのみであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ゼロが地面を蹴り砕くように前進した。

 向かう先にはソーヤー、リチャード、メルディの姿がある。三人を初めに狙ったのは特に理由があったわけではない。単純にゼロの正面にいたというだけだ。

 

「元六魔じゃないけど、私だって今は仲間なんだから! マギルティ=センス!!」

 

 メルディの魔力がその場に居るゼロ以外の魔導士たちを繋いだ。

 マギルティ=センスは感覚と感情を繋げ、信じ合う者同士の力を高める魔法。感覚を繋ぐ以上、傷の痛みも共有してしまう。故に激しい痛みが皆を襲うが、今更それしきのことで足を止める者はいない。足を止めているようではゼロになど永遠に届かない。

 

「ありがとよ、メルディ!!」

 

 ソーヤーは向かってくるゼロに対し、正面から突っ込んだ。ゼロが繰り出した掌底をくぐり抜け、腹に肘鉄をお見舞いする。

 しかし、ゼロの肉体は微塵も揺らがない。

 ゼロは両腕を頭上で組み、懐のソーヤーに振り下ろす。

 ソーヤーは体を捻り、ゼロの右脇に転がり込んで避けた。

 

「てめえ、ブレインが教えた魔法じゃねえな」

「七年あれば、成長すんだぜ」

「だが、速えだけだ」

「くっ!!」

 

 ゼロから発された暗黒の魔力が大きく広がり、ソーヤーを囲むようにして迫ってきた。いくら速くとも逃げ場がなければ無意味。最早ソーヤーには死あるのみ。

 だが、ソーヤーは一人で戦っているわけではない。

 迫る暗黒の魔力の一部が捻れるようにして開き、魔力の及ばないトンネルができあがる。

 

「助かったぜ!!」

「ミッドナイトか」

 

 ゼロが上空を睨んだ。そこには白い翼を生やして飛行するソラノと、背負われているマクベスがいる。

 

「エンジェルのあれも、ブレインが教えた魔法じゃねえな」

 

 ゼロが右腕でソラノを指し示すと、ソーヤーを襲うはずだった魔力は上空へと立ち上っていく。

 ソラノは翼を大きく広げて体を包むようにすると、そのまま魔力の直撃を受けた。

 ゼロの魔力はソラノたちを破壊することなく、翼に吸い込まれるようにして消えた。これにはゼロも僅かに驚きを見せる。

 

「ほう」

「そのまま返すゾ!」

 

 ソラノが再び翼を広げ、腕を突き出すと純白のビームが撃ち出される。

 ゼロは暗黒の魔力を纏い、跳躍してビームに正面から突っ込んだ。ゼロはビームを切り裂くようにして、勢いを緩めずにソラノに突進する。

 だが、ゼロの突進は、ビームが途切れた瞬間に下方からせり上がってきた土壁に阻まれる。

 

「邪魔くせえ!!」

 

 ゼロが拳を叩き込むと、土の壁は弾け飛んだ。

 しかし、弾け飛んだ土壁の先に、すでにソラノの姿は無い。

 ゼロがソラノを探す暇もなく、下方から気配を感じて視線を落とす。下方から、エリックが土壁の残骸を駆け上ってきていた。

 

「おおおおお!!」

 

 エリックが雄叫びとともに、毒を纏った右拳を突き出した。

 ゼロはエリックの拳を片手で止める。

 

「毒は効かねえよ」

「知ってるよ。あの野郎がオレたちに教えた魔法に対し、対策をしていないはずがねえ」

 

 エリックの体から、毒ではない別の属性が発生する。

 

「だが、これならどうだ! 毒障竜の砕牙!!」

 

 毒と瘴気を纏った一撃。九鬼門のテンペスターさえ沈めたその拳は、またしてもゼロに片手で止められた。

 

「…………まじかよ」

「魔障粒子は少し厄介だな。だが!!」

 

 ゼロの拳がエリックの腹部に叩き込まれる。

 そのままエリックは勢いよく地面に墜落して叩きつけられた。

 

「かはっ」

 

 エリックから瘴気が引いていく。

 

「魔障粒子がオレを汚染するより、オレがてめえを破壊する方が万倍速えんだよ」

 

 ゼロが空中からゆっくりと落下していく。

 魔障粒子はゼロであれ、汚染からは逃れられない。真っ先に破壊する対象として、エリックのもとへと落ちていく。

 エリックはそんなゼロを視界に入れて、残る魔力の全てを肺に注ぎ込んでいた。

 

「毒竜の咆哮!!」

「毒は効かねえっつってんだろうが」

 

 毒竜の咆哮に直接的な威力は無い。毒も効かない。ゼロにとって、その咆哮はそよ風にも等しかった。

 ゼロがエリックの上に、落下する勢いのまま着地する。

 

「ぐ、か、がぁ──」

「ほう、さすが滅竜魔導士。頑丈だな」

 

 骨は折れ、内臓の損傷も軽くはない。それでも、ゼロの足の下でエリックは意識を保ち続ける。エリックは口からごぼごぼと血を吐き出しながら、何事かを呟いた。

 

「──、び、────た」

「あ? なんだ」

「じ、準備は整ったっつったんだよ! クソ野郎!!」

「なに? ────!!」

 

 直後、ゼロは頭上で大きな魔力の高まりを感じて空を仰ぐ。

 

「エンジェル…………」

 

 ソラノが翼を広げ、そこから溢れ出す魔力が、かざす両の掌の内で球体となって凝縮されていく。

 

「なんだ、あの魔力は……」

 

 ソラノ一人ではありえない程の魔力量。

 ゼロが周囲を観察すれば、疲弊したように膝をついているソーヤー、リチャード、マクベスの姿があった。

 

(ヤツらの魔力を一つに集めたのか。さっきのコブラの咆哮も、オレを倒すためではなくエンジェルに魔力を受け渡すため!! 凄まじい魔力だ。──だが)

 

 ゼロがソラノを見上げながら哄笑をあげた。

 

「感覚を共有し、魔力を一つに集め、結局はその程度か! 撃ってこいよ! それじゃあ、オレを倒すには足りねえなァ!!」

 

 ゼロは堂々と両手を広げ、ソラノを挑発する。事実、ゼロはソラノの手にある魔力を微塵も脅威とは思っていなかった。

 ソラノの表情が悔しそうに歪む。

 

「本当は、元六魔として私たちの手で決着をつけたかった。この手で六魔を完全に終わらせたかった。けど、お前は強すぎる」

「当たり前だ。兵隊とマスターじゃあ、格が違え」

「だから、私たちの力はお前に託すゾ!!」

 

 ソラノはゼロとはあらぬ方向に魔力球を発射した。

 

「──なんだ?」

 

 ゼロは意図が分からずに一瞬混乱する。

 ソラノたちの意図はなんなのか。それはすぐに明らかとなった。

 魔力球は地面に着弾し、衝撃で砂煙が舞い上がる。

 だが、それはおかしい。聖十級魔導士五人分の魔力が着弾し、たかが砂煙を舞い上がらせるだけのはずがない。あの砂煙は余波で舞っただけ。ならば、球そのものはどうなった。

 

「後は、頼んだゾ……」

 

 役目を終えて力を使い果たしたソラノが力なく墜落していく。

 だが、ゼロの目はソラノよりも、着弾点から立ち上った黄金の炎に釘付けだった。

 

「ごちそうさま。確かに受け取ったぞ。お前らの想い」

 

 竜鱗を浮かべ、黄金の炎を纏ったナツが立っている。

 その隣には、白い羽を手にしたメルディがいた。

 ソラノが放った魔力はメルディが持つソラノの羽に再吸収され、魔力切れだったナツに受け渡されたのだ。そして、ナツはドラゴンフォースを取り戻した。

 

「私の分も少し追加しといたわ。みんなの分もお願いね」

「ああ、任せろ」

 

 ナツが地を蹴り、爆炎で加速しながらゼロに向かう。

 

「クハハハハ! 最後の頼みがこいつか! 同じ事を繰り返すつもりか!!」

 

 かつてゼロはドラゴンフォースを解放したナツに敗れた。しかし、それは紅蓮鳳凰劍あってのもの。見切られた今、勝目は薄い。

 ゼロの拳とナツの拳が重なりあう。そして、──ゼロの拳が弾かれた。

 

「何!?」

「ウオオオオオ!!」

 

 ゼロの体勢が崩れ、生まれた隙をついて拳をさらに叩き込んだ。骨が軋み、肉体が悲鳴をあげる。冥王との戦い以降、これほどのダメージを受けたのは初めてだった。

 

「なめんじゃねえぞ!!」

 

 ゼロはその場に踏みとどまり、ナツに頭突きをくらわせた。

 弾かれたようによろめいたナツの体を掴み、遠くへと投げ飛ばす。

 

「さっきよりパワーもスピードも上がっている……。てめえ…………」

「──あの時と一緒だ。今のオレの中には、みんなの想いが巡ってる!!」

 

 ナツが右腕を掲げる。その手首には、桃色に発光する紋様が浮かび上がっている。

 

「マギルティ=センスか!!」

 

 メルディの想いを繋ぐ魔法。

 ゼロとの戦いを見守る元六魔の五人とメルディの手首にも、同じ紋様が浮かんでいる。そして、想いよ届けと言わんばかりに、紋様の浮かぶ腕をナツに向かって差し伸ばしていた。

 再び、ナツとゼロが地を蹴った。

 いくつもの拳が打ち合わされ、暗黒の魔力と黄金の炎がぶつかりあう。

 

「なぜだ! てめえは信頼できるほど、あいつらと関わり合いがあんのかよ!?」

 

 ナツの拳をゼロが手刀で弾く。そして、空いた腹にゼロの掌底がめり込んだ。さらに掌から貫通性の常闇奇想曲(ダークカプリチオ)を放たれる。

 螺旋回転する魔力はナツの腹部を削りながら後退させる。しかし、ナツはその魔力を受けきり、貫通することはなかった。

 

「正直、あいつらのことはそんなに知らねえ。けど──」

 

 爆炎を吹かせ、ナツはゼロに突進する。

 

「オレの中で流れる魔力が! 炎が! あいつらの想いに共鳴して、オレの心に響くんだ!!」

 

 ナツは振り上げるように、下から拳を繰り出した。

 

「ぐっ!!」

 

 ゼロは両腕を交差して防ぐ。だが、勢いには抗えず、ゼロの肉体は天高く浮かび上がる。

 

「行け! 火竜(サラマンダー)!!」

「チャンスは今しかねえ!!」

「ここで決めるんだ!!」

 

 どこからか、声援がナツの耳に入ってくる。

 ゼロの肉体は空中に投げ出された。ゼロは空中を自由に動き回る手段を持っていない。

 

「滅竜奥義、不知火型・改!!」

 

 黄金の炎と、右腕から発されている桃色の光が混ざり合う。

 かつてゼロを打ち倒した一撃が、さらなる力を持って放たれようとしていた。

 

「おのれえええええ! 我が前にて歴史は終わり! 無の創世記が幕を開ける!!」

 

 最後のあがきに、ゼロの最大魔法が紡がれる。

 しかし、所詮は悪あがき。結果はすでに、七年前に証明されているのだから。

 

「ジェネシス・ゼロ! 開け鬼哭の門!!」

紅蓮祈想劍(ぐれんきそうけん)!!!」

 

 ゼロによって召喚された無の旅人を、黄金と桃色の炎が焼いていく。

 ナツの全魔力、そして元六魔とメルディの想いを重ねた一撃がゼロに突き刺さった。二人は勢いのままに天高く投げ出され、やがて地面に落下する。

 落下地点に、元六魔たちが集まってきた。

 そこには、気を失ったゼロと、

 

「オレの、勝ちだ──」

 

 体を横たえたまま、拳を突き上げるナツの姿があった。

 ゼロは再び、ドラゴンの力の前に敗北した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラが咥えていた白い羽を吐き捨てた。

 白い羽は青鷺が合流前にソラノからむしってきたもので、これによってカグラの魔力は少しながら回復している。

 

「目障りだ。消えろ、人間!」

 

 冥王の呪法で、荊が三人に襲いかかる。

 

「青鷺、任せた」

「……うん」

 

 みじかくやりとりを済ませると、青鷺は斑鳩とともに転移で消えた。

 カグラは荊をくぐり抜けて冥王に斬りかかる。

 

「邪魔だ。貴様は障害ではない」

 

 冥王は傷が少ない掌でカグラの小太刀を受け止めると、植物を伸ばしてカグラの体を絡め取ろうとした。

 

「本当にそうか?」

 

 カグラは重力圏で植物たちを地面に押さえつけ、もう一方の小太刀で冥王の腕の傷をなぞるように切った。

 

「ぐっ、貴様……」

「随分と弱っているな。これならば、私でも相手はつとまりそうだ」

「調子にのられるのは気にくわんな」

 

 冥王はカグラを直接蹴り飛ばして距離をとり、全方位から荊を差し向けた。

 対してカグラは斥力圏で植物たちの勢いを弱めると、くぐり抜けて再び冥王に接近する。

 

「植物の勢いが弱い。回避行動が鈍い。空を飛ぶ様子もない。まさに瀕死と言ったところか」

「だからとて、貴様ごときに負けるほど、マルド・ギールは落ちぶれていない」

 

 冥王は二本の小太刀を両の掌でそれぞれ受け止め、頭突きをくらわせた。

 よろめくカグラの左右、頭上、後方から植物が伸びてくる。前には冥王が構えており、囲まれた形になる。

 

「勝てずとも、勝利への道ぐらいは切り開かせてもらおうか!!」

 

 斥力圏と乱旋風・鎌鼬を同時発動。植物たちを切り刻み、冥王を弾き飛ばした。

 月の力を宿さずとも、弱った冥王の呪法による植物ならば切れるようだ。冥王自身も、傷口に鎌鼬がいくらか直撃したのか僅かに呻いている。

 

(このような者に手こずっている場合ではないというのに……。月の力を宿す者はどこへ消えた)

 

 カグラの相手をしながらも、冥王は斑鳩の所在が気になって仕方が無い。

 持ち主の斑鳩は瀕死とは言え、月の力を宿す刀は健在だ。刀の存在は冥王にとって、相対するカグラよりも余程重要だった。

 

 

 

 一方、斑鳩と青鷺は転移によって少し離れた場所に飛んでいた。

 情報の確認と作戦の立案をするためであるが、 カグラが単身で冥王の相手をしている以上、簡潔に行わなければならない。

 

「……まとめると、斑鳩は左腕以外はまともに動かなくて移動も出来ない。夜叉閃空は一撃なら使えそう。けど、冥王を確実に倒すには直接神刀を突き立てたい、と」

「そうどす」

 

 青鷺の言葉に斑鳩が頷いた。

 青鷺は少し考えるそぶりを見せた後、すぐに斑鳩に頷き返す。

 

「……わかった。斑鳩は冥王に刀を突き立てることだけを考えて。道は私が開く」

 

 

 

 冥王との戦いを経て、カグラの肉体にはいくつもの裂傷が刻まれている。

 いかに冥王が弱っているとは言え、それだけで優位に戦えるようになるほど優しい相手ではなかった。カグラもまた万全とは言えない状態。致命傷を避けているだけよくやっていると言えるだろう。

 

(そろそろ、限界が近いな……)

 

 カグラは内心汗をかく。ソラノから魔力を分けてもらったとはいえ、ソラノもまた戦いを控えていたため大した量は貰っていない。斑鳩と青鷺を今か今かと待ちわびていた。

 その時、相対する冥王のさらに後方に青鷺が現れたのを見た。距離はかなり離れている。影狼は脆く、冥王の呪法は広範囲に及ぶため、直接冥王の近くまで転移することは不可能に近いためである。

 

「────! 転移の小娘か!!」

 

 冥王も背後に現れた青鷺の気配を察知し、意識の一端がそちらへ向く。その一瞬の隙をカグラは見逃さなかった。

 渾身の力で地を蹴ると引力圏の応用で加速し、冥王の足下に低く潜り込む。そして、小太刀を膝付近の傷に深く突き立てた。

 

「があっ!!」

 

 冥王が激痛に呻いて思わず膝をついてしまう。目を血走らせて足下のカグラを睨んだ。

 カグラの攻撃は後を考えていない。後は斑鳩と青鷺に任せれば良いと、ただ冥王の機動力を奪うことだけを最優先させたものだった。故に、カグラは大きな隙をさらす。

 

「寝ていろ!」

 

 冥王がカグラの頭部を掴み、思い切り地面に叩きつけた。小太刀を掴んでいたカグラの腕が力なく落ちる。それを見て冥王は青鷺に視線を戻した。

 青鷺は影狼を前後左右に広く展開しながら駆けてくる。斑鳩の姿は見えない。

 

「近づけさせん!」

 

 冥王は膝を突いたまま、植物たちを青鷺に殺到させた。間違いなく近づければ斑鳩を転移させてくる。

 青鷺はその植物たちに周囲を囲っていた影狼を突進させた。植物の威力に耐えきれず、影狼たちは消失する。

 

「……飛べ」

 

 しかし、その消失までの一瞬。接触した瞬間に植物ごと後方に転移させる。逃げ道を塞ぐことにも繋がるが、青鷺に後退するつもりなど微塵もない。

 青鷺の作戦は至極単純。影狼で植物たちを後ろに追いやり、とにかく冥王に接近すること。緊急時に即座に立てる作戦ならば、このくらい単純な方がむしろよいと青鷺は経験で知っている。

 冥王はそれが分かっていても、膝につき立つ小太刀のせいで動くことが出来ない。故に植物と影狼、正面からの物量勝負となる。

 

「貴様如きにたどりつけるものか」

 

 青鷺は緩めることなく足を進めるが、影狼ももの凄い速度で減少していっている。

 そして、冥王を目前に、ついに影狼が底をついた。

 

「……まだ、終わってない!」

 

 影狼の盾がなくなっても、青鷺は足を止めはしない。さらに冥王へと踏み込んだ。殺到する荊を、身体を捻って躱すが避けきれずに足の肉が削られた。それでも冥王に腕を伸ばし、最後の魔力で影狼を作り出す。そして、斑鳩をそこに転移させてきた。

 

「──だが、それでも届きはしない」

 

 斑鳩は冥王に向かって神刀を握る左腕を突き出した。しかし、神刀は紙一重で届かない。後はそのまま重力にしたがって斑鳩の身体は落下していくだけだ。斑鳩にはもう、この紙一重の距離でさえ埋める手段を残していない。

 

「終わりだ! 貴様らまとめて、我が荊で貫いてくれる!!」

 

 三人にとどめを刺すべく、呪法を発動しようとしたその瞬間、冥王は違和感に気付く。

 

(身体が落ちない?)

 

 斑鳩の身体が沈んでいかない。神刀の切っ先が、僅かに冥王の胸に触れている。

 冥王が視線だけを下に落とす。不敵に笑みを浮かべ、見上げるカグラと目が合った。

 

 ──勝利への道ぐらいは切り開かせて貰おうか。

 

「き、さま──」

 

 引力圏・魔王座によって、斑鳩の身体が冥王へと引き寄せられる。

 事前に作戦を立てていた訳ではない。それでも、斑鳩はただ冥王へと諦めることなく切っ先を向けていた。道は開けると、ただカグラと青鷺を信じて身を任せた。

 

「────!!」

 

 そして今、声にならぬ咆哮とともに神刀が冥王の心臓を貫いた。

 斑鳩と冥王はもつれあい、互いに地面に倒れ込む。立ち上がる者は一人もいない。誰もが最後の一滴に至るまで、全ての力を出し切っていた。

 冥王のエーテリアスフォームが解け、人間のような姿に戻っていく。

 

「ついに、冥王を倒した……」

 

 斑鳩たち三人は倒れながらも顔を見合わせて微笑みあう。疲労や痛みを吹き飛ばすかのような達成感が身を包む。

 しかし直後、地響きを立てて大地が揺れた。

 

「なんだ!?」

 

 不吉な予感を孕む揺れに困惑していると、冥王が小さく笑い出す。

 

「ふ、ふふ……。マルド・ギールを倒したとて終わりではない。マルド・ギールは完全なる策略家。そしてそれは、全てを作戦通りに動かすことではなく、たとえどのようなイレギュラーが発生しようと、目的を必ず遂げるということだ」

 

 冥王の呪法によってそびえ立っていた植物たちが力を失って崩れていく。そうして露わになったのは制御室。そこにはFACE “ON”の文字が浮かび上がっていた。

 

「バカな、フェイスが発動している!?」

 

 フェイスの発動カウントは斑鳩たちが到着したときには停止していたはずである。果たして何が起こったのか。時は少し遡る。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 クロフォードの死体が再び動き出し、フェイス発動の手続きを再開した。

 

「我は、我に命令する……」

 

 セイラは自己命令で無理矢理身体を動かし、床を芋虫のように這っていた。

 マクベスに全身の骨を押しつぶされて砕かれたセイラだったが、悪魔である彼女はかろうじて命を繋ぎ止めていた。そして、それに気がついていた冥王の念話であることを命じられていた。

 

「メイン魔水晶(ラクリマ)……。あそこにさえたどり着ければ…………」

 

 制御室の中央にあるメイン魔水晶。それにセイラが生体リンクをしてフェイス発動キーとなることで、フェイス発動を早めること。それこそが冥王の命令だった。

 代償にセイラの命はフェイスの発動とともに尽きるだろう。だが、もはや長くはない命。捨てることに惜しむ気持ちは全くない。

 クロフォードが役目を終え、再び物言わぬ死体に戻る。フェイス発動までのカウントダウンが始まった。

 同時にセイラはメイン魔水晶に辿り着く。生体リンクを果たすと、カウントダウンがもの凄い速さで減り始めた。同時に、自身の命が削れていくことがセイラには実感できた。

 

「キョウカ様……。どうか、我らの悲願を……。ゼレフ卿の下への帰還を果たしてくださいませ…………」

 

 キョウカがすでに敗れ去っていることを知らぬセイラは、希望を抱いたままカウントダウンがゼロになると同時に命を落とした。

 直後、制御室を隠していた冥王の荊が崩れ、その事実が明らかとなる。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フェイス発動の影響はすぐに現れた。

 魔導士たちは力が抜けていくような感覚を感じると魔法が使えなくなった。魔水晶も使えなくなり、町からは明かりが消え、魔導列車が制御を失って脱線する事故も起きた。

 

「これはまだ始まりに過ぎん。魔法の消滅はやがて無のエネルギーとなりENDが復活する。最強のゼレフ書の悪魔が復活する時、人間どもには魔法という抗う術はなくなっている」

 

 冥王の言葉を、斑鳩たちは黙って聞いているしか出来ない。

 空気中のエーテルナノが刻一刻と薄まっていく。フェイスの発動にもまた、人間に抗う術はない。

 冥府の門と戦う者たちも諦めかけていたその時である。

 

「あきらめるな、人間たちよ」

 

 墜落してきたアクノロギアを踏み押えながら、イグニールが声をあげる。

 同時に、制御室のメイン魔水晶に示されているフェイスの反応が次々に消失を始めた。

 異変に気がついたのは第一、第三世代の滅竜魔導士たち。

 

「グランディーネ?」

「メタリカ―ナ…………」

 

 ウェンディとガジルが親のドラゴンの気配を感じてその名を呟いた。

 イグニールが人間たちを安心させるように優しく告げる。

 

「解放されしドラゴンが、イシュガルの空を舞っておる」

 

 天竜グランディーネ。

 鉄竜メタリカ―ナ。

 白竜バイスロギア。

 影竜スキアドラム。

 四頭のドラゴンによって、大陸中のフェイスが破壊し尽くされた。

 薄れていたエーテルナノは元に戻り、魔法が甦る。

 

「バカな……」

 

 冥王が呆然として目を見開いた。

 魔女の罪との戦い、ゼロの乱入、妖精の尻尾襲来、冥王獣墜落、人魚の踵参戦。どれほどの邪魔が入ろうと、冥王と九鬼門が敗れようと、成されようとしていた冥王の策は遂に、ドラゴンたちの力によって阻止されたのだった。




冥府の門編は次回で終わります。


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第五十二話 変化を告げる手紙

 打倒、冥府の門(タルタロス)のために集った魔導士たちは勝利に沸いた。

 

「イグニール!」

「こいつを片付けてからだ! 本を手に入れろ!!」

 

 一方、イグニールはアクノロギアとの決着をつけるため、再び空へと舞い戻る。あっと言う間に天高く昇り、ナツの言葉はすぐに届かなくなってしまった。

 メルディがイグニールの言葉に首を傾げる。

 

「本?」

「イグニールの依頼でENDの書ってやつを探してんだ。お前ら知らねえか?」

 

 ナツがエリックたちに尋ねると、すかさずリチャードが返答した。

 

「ENDの書といえば、冥王マルド・ギールが常に肌身離さず持っていることで、バラム同盟の間では有名デスネ」

「でも、僕がここに来る前に見たときは持っていないみたいだったよ」

 

 制御室で冥王と遭遇しているマクベスが首を横に振った。ソーヤーがその言葉を聞いて口を開く。

 

「だとすりゃ、あの冥王が書を手放さなきゃいけないほどの事態に遭遇したってことだろ。考えられんのは冥王獣(プルトグリム)が墜とされたことだが、落下する時にはむしろ本を落とさないようにするだろうし、冥王獣を斬った斑鳩との戦いに備えてどこかへ置いてきたってのはどうだ?」

「たぶん違うと思うゾ」

 

 ソーヤーの推論をソラノが否定する。

 冥王獣を墜とした斑鳩を倒すために本を手放したのなら、冥王が真っ先に制御室に向かっていることはおかしい。ソラノは斑鳩たちを連れてきて、制御室でマクベスを助け出すまでは一緒だったのだ。そこまでの間に冥王からの妨害はなかったし、制御室で初めて対面したときも冥王が備えていた様子は見受けられなかった。

 

「しょうがねえ。やっぱりしらみつぶしに探すしかねえか」

「いや待て。オレに心当たりがある」

「本当か!?」

 

 エリックがナツに頷いた。

 

「冥王はおそらく、墜落前にゼロとぶつかっている。少なくともブレインがそうするつもりだったのは確かだ。オレがこのことを聞いたとき、確かブレインは玉座の間に向かうと言っていたはず」

「じゃあ、そこにあんのか?」

「そこで戦いが始まっていたとすればの話だけどな。可能性はあると思うぜ」

「十分だ! 案内してくれよ!」

「──ちょっと待ちな。そういうことならオレも連れて行ってくれ」

 

 ナツとエリックの会話に誰かが割って入ってくる。声はその場にいた誰のものでもなかったが、ナツには聞き馴染みのある声だった。

 

「グレイ」

「オレもENDの書には用がある。破壊しなくちゃいけねえんだ」

「それはだめだ! 本はイグニールに届ける!!」

 

 ナツはグレイを睨み付け、グレイもまたナツに向かってにらみ返した。

 

「ふざけんじゃねえぞ。ENDはゼレフ書の悪魔の頂点にいるやつだ。破壊できるうちに破壊しておくべきだろう」

「イグニールと約束したんだ」

「オレだって約束がある」

 

 二人はお互いに一歩も譲らず、ともすれば戦いに発展しそうな雰囲気を出し始めた。周りの元六魔たちは呆れたように二人を見やり、代表してエリックが二人の仲裁に入った。

 

「今は喧嘩してる場合じゃねえだろ。とりあえず本を探してからにしようぜ」

 

 そう言った瞬間、エリックは周囲の気温が下がったような錯覚を覚えた。エリックだけではない。その場に居る全員に、気味の悪い悪寒が走る。

 

「探す必要はないよ。君たちには渡さない。この本は僕の物。大切な物なんだ」

 

 ゆっくりと、足音もたてずに男が一人歩いてくる。黒い髪、黒い瞳、漆黒の衣装。どこまでも暗く、虚ろな雰囲気を漂わせている。

 

「ゼレフ」

「こいつが……」

 

 ナツの呟きでエリックたち元六魔の五人はその正体を知る。その姿を脳裏に焼き付けるようにじっと見つめるが、ゼレフには視線を気にするようなそぶりもない。ゼレフはただ、ナツだけを優しく見つめていた。

 

「僕は今日、君と決着をつけるつもりでいたんだ」

「あ?」

「だが、アクノロギアという邪魔が入った。彼がもう一度歴史を終わらすのか、奇跡が起こるのか、僕には分からない」

「何言ってやがる」

 

 ゼレフは空で戦う二頭のドラゴンを見上げ、再び視線をナツに戻すと淡い笑みを浮かべた。

 

「もしもこの絶望的な状況を生き残れたら、その時は僕が更なる絶望を与えよう」

 

 一瞬、ゼレフは瞳に冷酷さを浮かび上がらせる。そして身を翻して背を向けると、どこかへと消えてしまった。

 

「あの野郎、本を持って行きやがった……」

 

 グレイは悔しそうに呟いた。

 ナツたちは言葉も発さず、しばらくの間ゼレフが消えた場所をみつめていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「敗北……」

 

 冥王は呆然と、制御室に浮かぶ“FACE SIGNAL LOST”の文字列を見つめていた。

 斑鳩たちは今度こそ終わったのだと安心して息をつく。そこに、急な悪寒が三人を襲った。

 

「マルド・ギール、君はよくやったよ。ENDが甦るまで後一歩だった。もう眠るといい」

 

 ゼレフが冥王と斑鳩たちの前に姿を現わした。ゼレフは冥王を見下ろしている。

 その存在感、冥王に対する態度から、斑鳩たちも目の前の男がゼレフなのだと理解した。

 冥王はどこか泣きそうな表情を浮かべて身体を振わせると、弱々しく右手を天へと差し伸ばした。

 

「マルド・ギールは……あなたの、望みを叶えることは…………」

「君には無理だ」

 

 ゼレフが指をひとつ鳴らすと冥王の姿は本へと戻り、煙をあげて燃えると灰になった。

 その様子を唖然と見つめ、斑鳩は眉間に皺を寄せてゼレフを睨む。

 

「そんな……。あなたが作った悪魔でしょう」

「もういらないからね」

 

 夜叉閃空・狂咲をくらいながらも立ち上がった冥王の執念。ゼレフにかける凄まじいほどの想いは敵ながら斑鳩を感嘆せしめる程のものだった。だというのに、目の前の男は冷たくあっさりと捨ててしまった。憤りを感じずにはいられない。

 ゼレフは冥王に突き立っていた神刀を見つめると目を細める。

 

「月の神刀か。懐かしい」

「知ってはるんどすか……?」

「アンクセラム神の呪いを解けはしないかと、昔頼ったことがある。いつごろだったかも詳しくは思い出せないけれど、結局解けなかったことだけは確かだよ」

 

 斑鳩が神刀とゼレフの意外な接点に少し驚いていると、エトゥナの意思が語りかけてきた。

 

『あの男には生と死を司る最高位の神、アンクセラムの呪いがかけられている。矛盾の呪いによって死をまき散らし、奴自身は不老不死になっている』

『本当に解けないんどすか?』

『呪いはかなり強固だ。今のお前が引き出せる月の雫(ムーンドリップ)の威力では百年浴びせ続けたところで解けはしない。可能ではあるが実質不可能といったところだ』

 

 エトゥナが言う百年は二十四時間三百六十五日百年間浴びせ続けても、という話である。そんなに長時間維持は出来ないし、担い手の斑鳩も寿命で死ぬ。かといって、斑鳩が死んですぐに次の担い手にたる人物が出てくるとは限らない。次の担い手が斑鳩ほどの力を引き出せるか、そもそもゴッドソウルに至れるかすらも分からない。それを考えれば百年どころか千年経っても呪いを解けはしないだろう。

 ゼレフはもう用事は済んだと、背を向けてその場を去ろうとする。その背中に斑鳩が声をかけた。

 

「うちらにとどめはささないんどすね」

「君たちの命に興味はない。この状況で生き残れたとしても同じ事だ。近いうちに君たちは滅ぶことになる」

 

 ゼレフは斑鳩たちに振り返ることもなくそう答えると姿を消した。後には斑鳩たち三人だけが残される。

 

「滅び……。一体何を企んでいるのでしょうか」

 

 その問いに答えられる者は誰もいない。呟きは拾われることなく空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 空で繰り広げられる二頭のドラゴンによる決戦は、イグニールの敗北という形で幕を閉じた。イグニールは胴体を半分以上えぐり取られ、アクノロギアの咆哮を受けて絶命した。

 アクノロギアもまた無傷とはいえず、左腕を食いちぎられて撤退した。炎竜王の最期の執念といえるだろう。

 

「人間たちよ。争い、憎しみあっていた記憶は遠い過去のもの。今、我々はこうして手を取り合うことができた」

 

 グランディーネ、メタリカーナ、バイスロギア、スキアドラム。四頭のドラゴンもまた消えゆこうとしていた。ドラゴンたちはすでに四百年前、アクノロギアによって魂を抜かれている。子である滅竜魔導士の体内に宿って竜化を防ぐための抗体を作り、アクノロギアを倒すための機を伺っていたが、姿を現わしたことでもう戻ることは出来ない。そのことを伝え、子に別れを告げると飛び立った。

 

「我々ドラゴンの時代はひとつの終焉を迎えた。これからの未来をつくるのは人間の力。四百年前、人間とドラゴンの間で交わされた盟約、大憲章(マグナカルタ)にのっとり、我々ドラゴンは人間を見守り続けよう。永遠に」

 

 そう言い残し、ドラゴンたちは光となって消えていく。イグニールの亡骸もまた、同じように消えだした。

 

「オレはもっと生きていく! オレはもっと強くなる!! オレがアクノロギアを倒してやるんだ!!!」

 

 ナツはイグニールの前で涙を流しながらも力強く立ち上がり、そう宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 戦いが終結し、身動きがとれなかった斑鳩たちは妖精の尻尾によってマグノリアまで運ばれ、病院に入院することとなった。

 それから八日、斑鳩はいまだにベッドに伏せっていた。

 

「すみまへんなぁ。カグラはんにサギはんまで付き合わせる形になってしまって」

「いえ、お気になさらず」

 

 ベッド脇の椅子にはカグラと青鷺が腰掛けている。二人は入院後一日で退院したのだ。もっとも、青鷺はまだ松葉杖をついている状態であるが。二人は今、マグノリアで宿をとって滞在している。斑鳩が退院できるまでは待つつもりなのだ。

 

「肩を並べておきながら、いつも斑鳩殿に無茶をさせてしまう己の未熟を恥じるばかりです」

「そんなことはありまへんけど」

「……せめて入院中の世話ぐらいはさせてもらうよ」

 

 二人に斑鳩の意見を聞き入れるつもりはないようだった。斑鳩も二人の好意に甘え、それ以上は何も言わなかった。

 ふと、斑鳩は先程窓から見えたものについて二人に尋ねた。

 

「そういえば、エリックはんとソーヤーはんが病院を出て行くのが見えましたけど」

「ああ。昨日ラクサスが無事目覚めましたので、もう用はないと先程帰ったのですよ」

「なるほど」

 

 魔障病のワクチンを作るため、魔障粒子を体内に含む悪魔の血が必要だった。しかし、エリックが瘴気の性質を手に入れたので直接血を提供していたのだ。一番重病だったラクサスが目を覚ましてワクチンの効果も実証出来た。故に、役目を終えて今日帰っていったのだという。

 

「わざわざ一週間も協力してくれるとはありがたいことどすな」

「むしろ妖精の尻尾に思い人がいる奴には渡りに船だったでしょう」

「ふふ、確かにそうかもしれまへん」

「……また色々聞いて満足してるんじゃない?」

 

 青鷺がやれやれと肩をすくめる。

 そこに、病室の扉をノックしてエルザが入ってきた。

 

「具合はどうだ」

「会話をするくらいは苦じゃありまへんよ。身体も少しずつ動かせるようになってきてますし」

「順調に回復しているようで喜ばしいな」

 

 エルザはカグラに促され、二人と同様にベッド脇の椅子に腰をかけた。

 

「そちらもラクサスはんが目を覚ましたようで」

「聞いていたか。しかし、目を覚ましはしたが、あまり手放しに喜べる状況じゃなくてな」

「というと?」

「実は、ラクサスは魔障粒子の汚染が強すぎて、内臓の多くは未だに蝕まれているのだ」

 

 エルザの話はカグラと青鷺も初耳のようで驚いていた。

 

「とはいえラクサス以外の患者はワクチンで完治可能だ。ラクサスも今日から普段通りの生活を始めている。そこまで心配する必要はない」

 

 エルザは斑鳩たちを安心させるように迷いのない口調ではっきりと話す。斑鳩は少し考え込むと口を開いた。

 

「魔障粒子による汚染ならうちがなんとかできるかもしれまへん」

「本当か!?」

「ええ。魔障粒子も月の権能で浄化できると思いますよ。よければ力を貸しますけど」

 

 エルザもやはり心配だったのか、その話を聞いて胸を撫で下ろした。

 

「ありがとう。その話は私から伝えておこう。雷神衆は飛び跳ねて喜ぶだろうな」

「うちが完治するまではゴッドソウルもできまへんから、待ってもらうことにはなりますけど」

「そんな贅沢は言わないさ。治る見込みがあるというだけで感謝が尽きん」

 

 斑鳩は少し気恥ずかしくなって曖昧な笑みを浮かべると、話題を変えて気になっていることについて尋ねた。

 

「そちらのギルドの様子はどうどすか?」

「いつも通り、とはいかないな。皆それぞれに思うところがあるようだ」

 

 親のドラゴンと別れることになった滅竜魔導士たち。ナツにいたっては先日旅に出てしまったという。グレイは故郷に戻り、ジュビアも暗い顔をして着いていった。他の面々もどこか浮かない顔をしている。

 

「だが、いつまでもこのままというわけではないだろう。皆、立ち直れるだけの心の強さは持っている。一人では難しくとも支え合える仲間がいる。何も心配はいらないさ」

 

 エルザは誇らしげにそう語った。その言葉に斑鳩たちも笑みを浮かべる。

 

「そう言うエルザはんはもう大丈夫そうどすな」

「まあな」

 

 斑鳩の言葉にエルザが頷く。

 すると、隣に座っていたカグラが悪戯っぽく口の端を釣り上げた。

 

「ふっ、斑鳩殿、エルザに心配は無用ですよ。なにせジェラールに励ましてもらったらしいですから」

「んなっ……!?」

「あらあら」

 

 突然のカグラの言葉にエルザは言葉を失い、頬を赤らめる。

 

「ななななにを言っているんだ!」

「川の土手で会ったんだろう?」

「お、お前がなぜそれを……」

「……さっき、エリックとソーヤーが楽しそうに話してたよ。ジェラールがかっこつけた事を言ってたとかなんとか」

「あいつら聞いていたのか。く、次に会ったときはただではおかん!!」

 

 エルザが身体をわなわなと震わせて拳を握りこむ。その様子をみて斑鳩たちはくすくすと笑った。その後もエルザをからかいつつ、四人で談笑をして過ごす。

 

「長居してしまったな。私はそろそろ戻ろう」

 

 しばらくしてエルザが席を立った。

 

「ラクサスはんによろしくお願いします」

「ああ、伝えておく。雷神衆にもな」

 

 そう言って、エルザは病室から退出していった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 斑鳩の見舞いを済ませたエルザは、爆発によって倒壊したギルドの様子を見に行こうと歩を進めていた。ギルドを視界にとらえたところでエルザは眉をひそめた。

 

「ギルドメンバーが集まっている?」

 

 見覚えのある面々が集まってざわめいている。あまり良い雰囲気とはいえない。不吉な予感を胸にエルザは走り出した。

 

「おい、何を騒いでいる! 一体どうしたんだ!!」

 

 エルザが声をあげて近づいていくと、何人かが気がついて走り寄ってくる。その一人、マックスが息を切らせながら叫んだ。

 

「大変だエルザ! マスターが妖精の尻尾を解散させるって!!」

「──な、なんだと!?」

 

 エルザは人だかりの先に立つマカロフを見つめる。その時、マカロフは丁度騒ぎ立てるメンバーたちを黙らせ、解散を宣言したところであった。

 

「本気なのですか、マスター…………」

 

 エルザは想像だにしていなかった事態に、一瞬言葉を失った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 エルザが退出してから間もなくして、再び病室のドアがノックされた。

 

「もう雷神衆でも来たか?」

 

 そう思うカグラだったが予想は外れ、扉を開けて入ってきたのは担当の看護師だった。

 

「斑鳩さんにお手紙です」

「手紙どすか?」

 

 ベッドに伏せる斑鳩に代わってカグラが手紙を受け取る。看護師は手紙だけ渡すと退出した。

 

「……ギルドに何かあったのかな」

「だとしたら宛先がうちだけとはならないでしょうけど」

「ふむ」

 

 差出人の心当たりがなく、斑鳩と青鷺が首を捻る。カグラが封筒を裏返して差出人を確認した。

 

「こ、これは──!!」

「ど、どうしたんどすか!?」

 

 カグラが差出人の名を見ると、驚いたように声をあげて固まった。斑鳩と青鷺が何事かと声をかける。そんな二人に、カグラは僅かに緊張を滲ませつつ、差出人の名を告げた。

 

「これは聖十大魔導序列二位、ハイベリオン卿からの手紙です」

 

 思いもよらない名を耳にして、斑鳩たちは無言で視線を交わし合う。

 

「カグラはん、手紙を読んでもらえまへんか」

「では、失礼して……」

 

 斑鳩に促され、カグラは手紙に目を通していく。読み進めるにつれて、カグラがその身を震わせていった。

 

「か、カグラはん。その手紙には一体何が書かれてはるんどすか」

「す、すみません。では要件の部分を簡潔に読ませて頂きます」

 

 カグラはごくりと唾を飲み込み、ハイベリオンの手紙を読み始める。

 

「評議院なくして魔法界の秩序は保てず、魔導士ギルドの運営もままならない。そこで我々聖十大魔導が集結し、再建をはかろうと思う次第。ひいては聖十大魔導序列六位、斑鳩殿にも新たな評議員として名を連ね、協力して頂きたい所存である、と」

「────は?」

 

 妖精の尻尾解散。評議院再建。

 時代はひとつの終わりへ向けて、大きくうねりだそうとしていた。




スティングとローグはセイバーのギルドで親のドラゴンと別れを済ませました。

さて、これにて冥府の門編完結!
残すは黒魔術教団編とアルバレス帝国編だけとなり、終わりが少しずつ見えてきました。よければこれからも本作にお付き合いください。


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黒魔術教団編
第五十三話 恩赦


 斑鳩がハイベリオンからの手紙を受け取ってから一ヶ月。ようやく怪我から回復し、再建された評議院の建物の前に立っていた。

 出立前にカグラと青鷺からかけられた言葉を思い出す。

 

『斑鳩殿、ギルドのことはお任せください。代わって、我々がしっかりと支えていきます』

『……まあ、クビになったらいつでも帰ってくるといいよ』

『おい!』

 

 そう言って、じゃれつくように取っ組み合いを始めた二人の姿を思い出し、斑鳩はクスクスと笑った。評議院への参加は元より断れるようなものではなかったが、斑鳩自身、断りたいとは思わなかった。そのことを二人に告げたとき、悲しみつつも応援してくれたことに感謝をせずにはいられない。

 応援といえばもう一人、師匠である修羅も応援してくれている。評議員になることを伝えたときは口をあんぐりと開いて固まっていたものだが、咳払いをして気を取り直すと、短く言葉をかけてくれた。

 

『思うがまま、好きなようにするがよい。その道に光が照ると私は信じる』

 

 その言葉を思い出すと、ついつい口がにやけてしまう。三十という歳が見えてきても父離れができない斑鳩であった。評議員入りに前向きだったことも、『師の剣が不幸を産むだけではないことを証明する』というかつての誓いに沿うためという部分が大きい。師の笑顔が見たいという利己的な理由であるが、斑鳩の根幹を占める大事な想いである。

 斑鳩は評議院の門を潜ると、職員に案内されて会議室へと向かった。会議室に入ると、大きな長机に序列二位ハイベリオン、序列三位ウルフヘイム、序列四位ウォーロッド、序列五位ジュラの四人がすでに腰をかけていた。

 

「合流が遅くなってしまい、申し訳ありまへん」

「気にすることはない。冥府の門(タルタロス)との戦いで重傷を負ったと聞いている」

 

 斑鳩の声には議長席に腰をかけるハイベリオンが答えた。斑鳩が自分の席についたところで、会議の開始が告げられる。それを斑鳩は眉をひそめて遮った。

 

「ちょっと待ってください。ゴッドセレナはんとマカロフはんはどうされたんどす?」

 

 序列一位ゴッドセレナ、序列七位マカロフ。八から十位は現在欠番だとしても、後二人、評議院に参加しているべき人物の姿が見当たらない。

 斑鳩の疑問にはジュラが答えた。

 

「マカロフ殿は妖精の尻尾(フェアリーテイル)解散以降行方不明となっていてな、我々の間でも問題となっている。ゴッドセレナ様についてはワシも気にはなっているのだが…………」

 

 ジュラが視線を他の三人に向けると、全員言いづらそうに口をつぐんでいた。

 

「一体、どうされたんどすか?」

「まさか、ゴッドセレナ様のお体に何か……?」

 

 二人に問い詰められ、隠しきれないと思ったのか、諦めたようにハイベリオンが口を開いた。

 

西の大陸(アラキタシア)にある大国アルバレスのことは知っているね」

「ええ。イシュガル侵攻を企み、今ではかなり緊張感が高まっているとか」

 

 超軍事魔法帝国アルバレス。西の大陸にあった正規と闇、合わせて730あった魔導士ギルドを統一して作られた巨大な帝国。イシュガルにあるギルドが約500であることからも、その規模の大きさは推して知るべしである。

 

「奴はこの地を捨てて西の大陸に渡り、帝国の一員となったのだよ」

「バカな!?」

 

 驚きの声をあげるジュラ。声こそあげなかったが、斑鳩の内心もジュラと同じようなものである。そこに、ハイベリオンはさらに絶望的な事実を告げた。

 

「皇帝スプリガンを守る12の盾、スプリガン12(トゥエルブ)。ゴッドセレナはその一人となった」

「それはまさか……」

「そう。イシュガル最強の魔導士と肩を並べる者が他に11人もいる。それがアルバレス帝国」

 

 それはあまりに絶望的な戦力差。会議室を沈黙が包み、重い空気が立ちこめる。

 

「とはいえ早急に防衛戦を布いたため、すぐに攻めてくる気配はない。戦争になれば我々に勝目は無いが、だからこそ、平和的解決のために尽力せねばならないのだ」

 

 ハイベリオンの言葉に頷き、ウルフヘイムとウォーロッドも口を開く。

 

「まあ、その辺りは貴様ら若造には荷が重かろう。ハイベリオンとワシ、ウォーロッドじいさんでなんとかするわい」

「そうじゃな。君たちにはその分、イシュガルにおける魔法界の秩序を保ってもらいたい。仕事に関しては以前からの職員たちが補佐をしてくれるから大丈夫じゃろう」

 

 そういうことであれば、と斑鳩とジュラは三人に力強く頷いた。

 期せずして、ゴッドセレナの話題から当初会議で話す予定だった、それぞれの役割について共有することができた。その後も細かなことについて話し合いを進めていく。

 

「さて、これで一通り話し合っておくべき事は済んだが、最後に追加で斑鳩殿に任せたい案件があるのだ」

「うちにどすか? 一体どんな」

「──魔女の罪(クリムソルシエール)、というギルドについて知っているね」

 

 瞬間、斑鳩は全身から冷や汗が吹き出すのを実感した。

 

(な、なぜうちに? まさかうちとの繋がりがばれて…………)

 

 ジェラールたちは皆、闇の世界に身を置いていた。ジェラールとウルティアに至っては先々代の評議院を壊滅させている。

 斑鳩を射抜くハイベリオンの視線が疑念をかき立て、流れ出る汗が止まらない。

 

(サギはん、さっそくクビになって帰るかもしれまへん…………)

 

 斑鳩は就任一日目にして、いきなり解任の危機に陥っていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 それからさらに一週間後。

 王城、華灯宮メリクリアスの玉座の間にて、ジェラールたち魔女の罪は王の前に跪いていた。

 

(なぜ、こんなことに……)

 

 ジェラールはここに至るまでの過程を回想する。

 魔女の罪はつい先日、ヒスイからの呼び出しを受けた。エクリプスの事件以降、緊急時の連絡用魔水晶(ラクリマ)を渡していたのだ。もちろん、もしもの時は罪を被るためにアルカディオスが全面的に管理している。

 その呼び出しに応じたジェラールたちはヒスイに思わぬ歓迎を受け、正装に着替えさせられると、玉座の間に連れてこられたのだ。

 王城に近づくにつれ、エリックがなんともいえない表情になっていったのには気がついていた。

 

(だが、止めないということは何かしら理由があるのだろう)

 

 そう思い、ジェラールたちは大人しく玉座の間についていったのだ。

 玉座には王が座り、右隣にはヒスイ姫が立っている。そのやや後ろにアルカディオスが、反対に右隣には国防大臣であるダートンがそれぞれ控えていた。

 何事かと待ち構えるジェラールたちに、ついに国王から言葉をかけられる。

 

「突然の呼び出しですまない。実は今日、君たちには恩赦を与えたいと思っている」

「恩赦、ですか……」

 

 ジェラールは予期せぬ言葉に、つい問いを返してしまう。他の面々も、露骨に動揺が表に出ていた。

 

「うむ、君たちのことはよく聞いている。事情も、その功績も」

 

 ジェラールがその言葉を聞いてヒスイに視線を移すと、ヒスイは視線に気がついてにこりと笑みを返した。

 

「で、でも……私たち闇ギルドだったんだゾ…………」

「分かっている。だが君たちは私たち、ひいてはこの国にとっての恩人だ」

 

 国王はその恩がなんなのか、明確に口にはしなかった。ゼレフの魔法であるエクリプスの存在は公に口にしていいものではない。

 

「だというのに、完全無罪とは出来ないことは心苦しい」

 

 王は申し訳なさそうに顔を伏せた。表向きには、今回の恩赦は七年以上に渡る闇ギルドの殲滅活動と冥府の門壊滅およびフェイス発動阻止への貢献によるものとなっている。しかし、これらはいかに独立ギルドを名乗っているとしても、ギルド間抗争禁止条約に抵触する恐れのあるグレーゾーンな行いだ。故に、国王が言うように完全に無罪とすることができなかった。

 

「そういうわけでな。評議院の下で魔法界の秩序安寧のために働いてもらいたい」

「評議院、ですか……」

 

 魔女の罪はこの世の暗黒を払おうと結成したギルド。評議院の下につくことは結成理由に反するものではない。逃げ回らなくていい分、活動の自由度も上がることからも断る理由はない。とはいえ、野放しとは行かず何者かの指揮下に入ることになるだろう。それが、評議院からあまりよく思われていないであろうジェラールたちと衝突しないような人物であることを願うばかりなのだが。

 

「うむ。向こうとは既に話がついている。ひとまずは斑鳩殿の指揮下に入ってもらうとのことだ」

「────!!」

 

 上官となる人物の名は、あまりにも馴染みあるものだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 斑鳩はお茶で喉を潤し、湯飲みから口を離して机に置いた。仕事も一段落し、現在は休憩中である。四人掛けの席のうち隣の席にはエルザが腰をかけている。

 

「どうだ。議員の仕事も少しは馴れたか?」

「全然。もう毎日大変どす……」

 

 斑鳩が溜息交じりにそう答える。

 それを聞いて、対面に座るドランバルトもといメストがエルザに視線を向け、呆れたように肩を竦める。

 

「その斑鳩を手伝いに来たはずの誰かさんは、全く役にたたねえしな」

「うっ……」

「書類はどれも怪文書と化しておったな……」

 

 メストの言葉に、その隣に座っていたウォーロッドも思わず苦笑を浮かべた。

 エルザは妖精の尻尾解散からしばらくして、考えた末に斑鳩を訪ねてきたのだ。カグラを頼って人魚の踵に身を寄せようかとも思ったのだが、妖精の尻尾以外のギルドに所属することになんとなく抵抗を感じ、斑鳩の議員就任を聞いてなにかと大変だろうと手伝いに来たのだ。結果は今、メストとウォーロッドが言った通りではあったのだが。

 

「私にも不得手はある。書類仕事は出来ずとも、実戦で剣を振うことぐらいはできよう。それで、私が配属される部隊はどうなったのだ」

「もうそろそろどすよ」

 

 エルザの言葉をはぐらかし、斑鳩は再び湯飲みに口をつけた。エルザは眉根を寄せて言葉を続ける。

 

「一体なにに時間がかかっているのだ。ガジルたちはとっくに強行検束部隊として働いているぞ」

「い、斑鳩君。そのことなのじゃが、ガジル君たちを君の指揮下に……」

「おっと、誰か来たみたいどすな」

 

 斑鳩はウォーロッドの言葉を聞かなかったことにして、部屋をノックした人物に入ってくるよう促した。ガジルはなにかとやりすぎて問題を起こしているようだが、評議院に誘ったのはウォーロッド自身なのだから最後まで責任を持ってもらいたいものである。

 エルザは肩を落とすウォーロッドを尻目に来客へと目を向けた。そして、その人物を目にして驚愕する。

 

「ジェラール!? なぜお前が評議院にいるんだ!!?」

「エルザ、おまえもいたのか……」

 

 唖然としているエルザにジェラールは事情を説明した。今日、フィオーレ国王より直々に恩赦を与えられたこと、そして完全無罪とは行かず、斑鳩の下で働くことになったということを。

 しばし呆然としていたエルザだったが、他の三人が全く動じていないことに気がついた。

 

「まさか、お前たちは全員知っていたのか……?」

「ええ、もちろん」

 

 斑鳩だけでなく、他の二人も頷いている。

 エルザが内に渦巻く様々な感情を整理できずに唸っていると、変わってジェラールが斑鳩に問いかける。

 

「この恩赦は君のはからいか?」

「そんな訳ないじゃありまへんか」

「違ったのか?」

「うちが怪我から回復して評議院に参加してから一週間どすよ。こんな短い間にそんな手回しはできまへん。ただでさえ馴れない仕事に手を焼いていたんどすから」

 

 斑鳩が肩を竦めてみせると、ジェラールは意外そうに目を見開いた。てっきり全て斑鳩の仕業だと思っていたのだ。上官が斑鳩になった時点でほぼ確実にそうだと確信していたのだが。

 斑鳩は一週間前の会議で言い渡されたことを思い出す。

 

『魔女の罪に恩赦が言い渡され、以後は我々の下で働いてもらうことになる。そこで斑鳩殿には彼らを監督してもらいたい』

 

 最初は繋がりがばれたが故かと焦ったが、何のことはない。五人の中で一番事務能力が低い斑鳩に任せるのが、魔法界の運営に一番支障が出ないと判断されただけであった。

 

(まあ、その判断に思うところがないわけではないんどすが……)

 

 事実だけに何も言い返せない。

 その話を聞くと、ジェラールは眉間に皺を寄せた。

 

「だとしたら、なぜオレたちに恩赦なんて……」

 

 斑鳩は呆れたように溜息をつくと経緯を話し始める。

 

「この件に関しては、国防大臣のダートンはんが言い出したことみたいどすよ」

「ダートン殿が!?」

 

 ジェラールの脳裏に、エクリプスを開かないよう説得した時のことが思い浮かぶ。

 

『もし本当にドラゴンの襲来がなければ、お主たちはこの国を救ったことになるであろう。そのときは改めて謝罪と感謝をさせてもらう』

 

(ダートン殿……)

 

 信用していなかった訳ではないが、まさかこのような形で礼をされるとは思っても見なかった。呆然とするジェラールに斑鳩が加えて説明する。

 

「エクリプス計画の顛末については聞いています。アルバレス間との緊張感が高まっている今、もしものときにあなたたちのような精鋭集団を自由に動かせるようにしておきたい、という大臣としての判断もあるでしょうけれど、間違いなく決断をさせたのはあなたたちへの感謝どす。もっと素直に受け止めたらいかがどすか?」

「…………そうか。確かに、そうかもしれないな」

 

 斑鳩としてはエクリプス計画を阻止し、フェイス計画阻止にも大きく貢献したのだ。世界を二度も救ったようなものであるのだから、もっと堂々としてもいいと思うのだが、本人たちの罪の意識というのはそう簡単に消えないらしい。

 

「ところで他の方々はどうしたんどす?」

「離れたところに待機させている。過去を思えば、オレたちが評議院に入ることはあまりよく思われないだろう。特に機密情報を聞き出してしまいかねないエリックなどなおさらな」

「真面目どすなぁ。まあ、無理に入れとはいいまへんけど」

 

 そこで、ようやく感情に整理がついたのか、エルザが何かに気付いて口を挟んできた。

 

「おい待て。まさか、私が配属される部隊というのは……」

「そう、魔女の罪どす。正確にはうちの代行として、彼らを監督してもらう立場になってもらうわけどすが。その方がお互いに動きやすいでしょう」

「何から何まで、世話になってすまないな」

「いいんどすよ。それに、貴方たちは下手に縛るよりも自由に動いてもらった方が活躍してくれるでしょう。まあ、責任は全部うちにくるので多少は自重して欲しいんどすが」

 

 そう言って、斑鳩は悪戯っぽく微笑んだ。思わずジェラールもつられて笑みを浮かべてしまう。

 

「では、早速。貴方たちにして欲しい仕事が二つあります」

「ああ。どんな仕事でも、しっかりと果たさせてもらう」

 

 ジェラールは姿勢を正し、しっかりと斑鳩たちに向き合った。

 斑鳩はウォーロッドとメストに目配せをすると、お互いにその内容を口にした。

 

「一つはアルバレス帝国への潜入、そして」

「もう一つは黒魔術教団(アヴァタール)の壊滅どす」




多分、黒魔術教団編はすぐに終わると思います。


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第五十四話 黒魔術教団

 枯れた木々が立ち並ぶ、薄暗い森の奥。不気味に佇む建物の中で円卓を囲み、七人の男女が一堂に会していた。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)、そして冥府の門(タルタロス)。バラム同盟の崩壊により、闇ギルドの時代は終わりを告げた。これより始まるは黒魔術教団(アヴァタール)の時代」

 

 背丈を超える杖を携え、仮面をつけた男が告げた。彼の名はアーロック。黒魔術教団の神官であり、実質的なリーダーである。

 

「我らが信条。それは黒魔導士ゼレフの世界。時は来た。ゼレフに反する魔導士どもを浄化させるのだ」

 

 アーロックの言葉に応えるように、皆、口々に同じ言葉を紡いでいく。

 

「全てはゼレフの為に」

 

 

 

 その会話を、一キロ程離れた場所から聞き耳を立てている男がいた。

 

「ようやくか。時間かけさせやがって」

 

 エリックは呟くと、懐から小型通信魔水晶(ラクリマ)を取り出した。

 

「こちらエリック。ヤツら、ようやく動き出しそうだぜ」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 魔法評議院。その一室で、ウルティアが書類にペンを走らせていく。しばらくして、ウルティアは深い溜息をつきながらペンを置いた。

 

「お疲れ様」

「ありがとう、メルディ」

 

 ウルティアはそばに置かれたカップを持つと、中のお茶を一気に飲み干す。

 お茶を差し入れたメルディが、苦笑いを浮かべながら話しかけた。

 

「最近は書類仕事ばかりで大変だね」

 

 評議員としての経験があるウルティアは、事務仕事に馴れない斑鳩に代わり多くの雑務を引き受けている。もちろん、重要な案件に関しては斑鳩に最終確認を貰わなければならないが。

 

「大変なことには違いないけれど、それ以上に昔のことを思い出して胃が痛いのよね。ふふ…………」

(しまった……)

 

 そう言いながら、ウルティアは遠い目をして乾いた笑みを浮かべる。

 地雷を踏んでしまったメルディは、話題を変えようと慌てて辺りを見渡した。その時、部屋に置かれていた通信用魔水晶が光り出す。

 

「ウル!」

「分かってるわ」

 

 ウルティアとメルディは魔水晶の前に立つと通信を繋げた。水晶にはジェラールの姿が映し出される。

 

「何か進展があったの?」

『浄化の日の正確な日時が分かった。準備はできているな』

 

 浄化の日。それはゼレフを呼ぶため、黒魔術教団が街を一つ殲滅させようとしている日のことである。黒魔術教団は死の集まる所にゼレフが集まると、本気で思い込んでいるのだ。

 

「もちろんよ」

 

 ジェラールの言葉にウルティアが頷く。

 黒魔術教団の調査を開始してから十ヶ月。黒魔術教団は当初の予想を大きく上回る組織であり、本部と他の支部がどこにあるのかも互いに知らないほど徹底して秘密が守られていた。そのために、エリックの聴く魔法を用いても早期の解決が難しかったのだ。

 だが、浄化の日には全ての支部が集結する。

 

「マルバの街にはガジルたちが率いる強行検束部隊が町民に扮して潜んでいるわ。近隣の街にも同様に部隊を送り込んでいるから、ヤツらがマルバの街に進軍したところで囲んでたたけるはずよ」

 

 だからこそ、浄化の日に一網打尽にする。それがジェラールたちの作戦である。

 ジェラールはウルティアの話を聞き、安心したように少し息をつくと口を開いた。

 

『ところで、斑鳩はどうした。当日には彼女の手も借りることになるんだが』

「ああ、それなら……」

 

 ウルティアとメルディは示し合わせたように視線を交わすと苦笑した。

 

「今は休憩がてら、瞑想中よ」

 

 

 

 評議院の中を、肌をひりつかせるような魔力が満たしている。

 

「始まったか……」

「相変わらず、とんでもない魔力だぜ。斑鳩様は」

 

 ここ一年ほどは恒例となった状況に、評議院の職員たちは落ちつかなさを覚えながらも、つとめて気にしないよう職務に戻る。

 

「ふむ、神の魔力か」

 

 ハイベリオンもその魔力を感じ、執務室で一人呟いた。

 

「彼女ならば、背負うに値するかも知れない」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 マルバの街を見下ろせる丘の上で、総勢二千を超える黒魔術教団の信者たちが集結している。

 その威容を眺め、ブライヤは隣に立つジェロームに話しかけた。

 

「凄い数。見てごらんよ下まつげ」

「下まつげ?」

「浄化作戦のために、互いに知らない支部の者まで集まったんだ。今さら評議院が来たとしても、私たちの信仰の前に勝目はないよ」

「うむ、確かにな。…………下まつげはありか」

 

 どこか間の抜けた会話を進める二人を尻目にアベルが口を開いた。

 

「いよいよ始まるんだね、浄化作戦」

「ゼレフに会える……」

 

 メアリーが手を組んで目を輝かせる。その後ろで、D-6と豪門が興奮に僅かに体を震わせた。

 ブライヤ、ジェローム、アベル、メアリー、D-6、豪門。この六人は黒魔術に長けた、黒魔術教団の中でも屈指の実力者たちである。

 

「これよりマルバの街浄化作戦を決行する」

 

 神官であるアーロックの宣言に、信者たちは大いに沸いた。

 

「この街に罪はない。三万の命が運命を知らずに動いておる。その穢れなき魂は彼をこの地に導くであろう。──黒魔導士ゼレフ」

 

 ゼレフの名を口にした途端、つい先程とは比べものにならないほどの熱狂が信者たちを包んだ。

 

「我々は彼とともに歩くために、三万の命を供物として捧げよう。街にある命は全て浄化せよ!」

「進めェ────!!!!」

 

 アーロックの号令で、高い壁に囲まれているアルバの街、その入り口部分へと信者たちが殺到していく。すると、街の中からぞろぞろと人が現れ出てくる。

 

「街から誰か出てくるぞ!」

「構わねえ! まずはあいつらからだ!!」

「浄化を!!」

「ゼレフの為に!!!!」

 

 しかし、信仰に狂った信者たちは、『ゼレフの為に』を合い言葉に躊躇うことなく突き進む。

 その信者たちを巨大な鉄の棍が薙ぎ払った。

 

「ギヒ。ようやく来やがったな。全員逮捕だ! 一人も逃がすんじゃねえぞコラァ!!!」

「オオオ!!!」

 

 ガジルの号令で、強行検束部隊の面々が出鼻をくじかれた黒魔術教団に躍りかかった。

 

「評議院だと!? バカな、作戦が漏れていたのか!!!」

「ジェローム様! 我々の左右後方からも評議院が!! 完全に囲まれています!!!」

「軍隊がもう……。この速さ、あらかじめ潜んでいたな…………!!」

 

 信徒の報告を受け、ジェロームが歯がみする。見渡せばもう迫る評議院の軍隊が見えていた。数は倍の四千はいそうである。

 同様に、事態を確認したブライヤが信者たちに向かって叫んだ。

 

「まだ終わってはいない! 我々の目的はマルバの街を浄化すること。囲む評議院など無視して前進せよ!!」

「……ならば私は後方に向かおう。後方の軍の足が速い。部隊の一部を連れて足止めする」

 

 ブライヤの指示を聞いて、気を持ち直したジェロームが宣言通り後方に向かった。左右の軍はまだ距離が離れているが、後方の軍は既に接敵している。

 ブライヤはそれを見送ると、すぐ後ろに控えていたメアリー、アベル、D-6、豪門の四人を引き連れて前進した。

 

「こちらもそろそろ見せてやろう。ドブネズミどもに黒魔術の恐怖を」

「そりゃあ結構だ。なら今すぐ、ここで見せてもらおうか」

「────ッ! 誰だ!!」

 

 マルバの街への道を切り開こうと進む五人の前に、空から一人の男が降ってきた。その男、エリックは堂々と彼女らの前に立ちはだかる。

 メアリーはそんなエリックを見て、口元に手をあてると嘲笑した。

 

「何コイツ。こんなところに一人で来て頭おかしいの? 受け狙い? 戦場のエンターテイナーか何かなの?」

 

 エリックはメアリーの棘ある言葉に肩を竦めてみせると、嘲笑を返した。

 

「てめえらが何人いたところで、オレの首には届かねえぜ」

「たいそうな自信だ!!」

 

 エリックが自分の首を叩いて挑発してみせると、D-6が躍りかかった。

 

「それに、付け加えるとな。一人で来たのは仲間を気にせず戦えるからだ!!」

「ぐはぁ!!」

 

 エリックはD-6をひらりと躱し、殴りつけて一撃で昏倒させると、ブライヤたちに向けてブレスを放った。四人は即座に地を蹴って避けるが、近くの信者たちは直に浴びて呻きながら昏倒する。

 

「おちゃー! これは毒!!」

「ご名答」

 

 エリックは残された四人のうち、まず豪門を狙った。豪門の魔法は拷問器具を召喚し、自在に操るというもの。

 

「おちゃー! めくるめくお仕置きの数々、くらうがよい!!」

 

 次々と繰り出される拷問器具。しかし、エリックにはその拷問器具がどういうものかも、どういう仕組みなのかも聞こえている。全て避け、豪門を殴り倒す。

 

「メアリー! 動きを止めな!!」

「ブライヤうるさい! 命令するな!!」

 

 メアリーはブライヤに口で反抗しながらも、エリックに黒魔術をかけた。メアリーの黒魔術はウイルス。ウイルスを操って相手の体を蝕むもの。メアリーが黒魔術をかけた直後、ブライヤが四人に分身し、一斉にエリックへと襲いかかった。

 だが、エリックにウイルスのような、毒の類いは通用しない。

 

「悪いな嬢ちゃん。それはむしろ好物だ」

「そんな!」

「メアリーの黒魔術がきいていない!?」

「毒竜の咆哮!!」

 

 エリックが再び、ブレスで周囲にウイルスをまき散らす。ブライヤたちも今度は避けられずにくらってしまう。

 

「分身したところで意味はなかったな」

「くそ……」

 

 四人のブライヤはいずれも毒をくらって地に伏している。視線を移せば、メアリー、アベルも体の自由を失って倒れていた。

 

「私がウイルスでやられるなんて……」

「ノーロさんさえ使えればこんな奴……」

 

 メアリーはウイルスを操るといっても、スレイヤー系魔導士ほど同属性の魔法に対して耐性を持っている訳ではない。

 アベルが手に持つノーロさんという人形は、髪の毛をくっつければその髪の毛の持ち主を自在に操れるという恐るべき代物だが、エリックは近づいてさえくれず、髪の毛を手に入れる機会がなかったので為す術もなく倒れている。

 

「これで、それなりにやりそうなヤツらは倒したか。なら」

 

 エリックは周囲を囲む信者を見渡した。信者たちはエリックの視線に晒され、気圧されたように後ずさる。

 

「次はてめえらの番だな」

「ひいっ……!」

 

 信者たちから小さく悲鳴が上がる。教団の実力者たちを一蹴した毒を操る恐ろしい男を前にして、信者たちを包んでいた狂気が薄れ始めていた。

 

 

 

「なんだあれは」

 

 後方に向かったジェロームは、目にした光景にしばし呆けてしまう。

 評議院の軍の先頭を、馬にまたがって赤髪の女が走っている。異様なのはその女一人に後方の部隊が致命的なまでに乱されているということだ。そこに駆けつけた軍が次々に信者たちを拘束していっている。

 

「単騎で隊を乱すとはかなりの手練れ。だが、我が暗黒剣は禁断の黒魔術。その身に刻み、浄化してやろう」

 

 ジェロームは暗黒剣を携えて、赤髪の女、エルザに向けて歩みを進める。

 一方、エルザは魔法部隊の法撃にさらされ、馬から飛び降りると、換装で幽絶の鎧を身に纏う。背に左右四枚ずつ、計八枚の剣が翼のように並んでいる。

 

「舞え」

 

 エルザが口にしたとおり、八枚の刃は自在に舞い、囲む信者たちを斬り捨てる。再び剣を背に仕舞うと、エルザは信者たちを睨み回した。

 

「まだやるつもりか」

 

 信者たちはエルザの威を前にして、完全に身を縮めて萎縮している。

 そこに、エルザの右方からジェロームが斬りかかった。ジェロームの剣を右に背負う四本の剣で防ぐ。

 

「────!」

「美しい騎士だ」

 

 暗黒剣の刀身に触れた部分が腐り出し、四本の剣が破壊される。

 

「ジェロームさんだ!」

「暗黒剣のジェロームが来たぞ!!」

 

 萎えかけていた信者たちに、再び戦意が戻る。

 その声援を受けてジェロームが再びエルザに斬りかかる。咄嗟に左に背負う剣で防ぐが、その際三本の剣を失った。返す剣を避けると、エルザは大きく後退する。

 

「我が剣は、振れたもの全てを腐食させる暗黒剣」

 

 ジェロームは交代するエルザに追撃をしかける。

 エルザは後退しながら、残った最後の一振りを手に取った。そして、剣の切っ先をジェロームに向け、上段霞の構えをとる。

 

「我が剣は──」

 

 瞬間、ジェロームをぞわりと悪寒が襲い、

 

「──触れたことに気付かせない」

「あがああああ!!」

 

 気づけばエルザに斬られていた。全てを腐らせる暗黒剣も、触れなければ意味はない。

 ジェロームは地面に倒れ込む。

 

「まだやるつもりか?」

「…………」

 

 今度こそ、信者たちの戦意は完全に折られたのであった。

 

 

 

「アーロック様、後方は壊滅状態。前方も街への侵入は不可能。これはもう、負け戦です……」

 

 黒魔術教団の中心部で、アーロックに側近の信者が報告する。アーロックはその報告を黙って聞いていた。そこに、上空から光が落ち、周囲の信者たちを吹き飛ばした。

 

「ひいい!!」

「ここまで来たぁ!!」

 

 攻撃を受けた信者たちは既に弱気になっていたこともあり、恐慌状態に陥りかけたが、悠然と立ち続けるアーロックの姿に希望を見出し、なんとかその場に踏みとどまった。

 そのアーロックの前方に、粉塵を巻き上げながらジェラールが降り立つ。

 

「貴様が神官アーロックだな。もはや勝敗は決した。大人しく投降してもらおうか」

「ここまでは予想の範疇。イクサツナギが大地を揺らすとき、浄化は始まる」

 

 アーロックは杖から魔力弾を放つ。

 ジェラールはアーロックの言葉に眉を潜めつつ、魔力弾を躱して流星(ミーティア)を発動する。

 アーロックは素早く杖で魔法陣を描き出すが、その魔法が発動するよりも速く、光を纏ったジェラールが殴り倒した。

 

「ごはっ!!」

「もう一度言う。大人しく投降しろ」

 

 淡々と告げるジェラールと、足下に倒れる神官。その光景に最早勝敗は決したと、信者たちが投降しようとした時である。不意にアーロックが笑い出した。

 

「くくく、負けるのはそなた等の方だ」

「…………」

「我はこの日のために自らの顔を焼いた。それが代償だった! 我は喜んで顔を焼いたぞ!!」

 

 ジェラールに殴られた衝撃で割れた仮面の奥から、皮のない顔が現われる。

 ジェラールは僅かに顔を顰めながら、狂気に憑かれた笑みを浮かべるアーロックを見下ろしていた。

 

「さあ、契約の闘神よ! 代償の対価を払え!! その力を我が為にふるえ!! イクサツナギ召喚!!!」

 

 アーロックが天に向かって高らかに叫ぶと、晴れ渡っていた空に黒い雲が突如現われ渦を巻く。同時に、戦場全体を肌を刺すような空気が覆った。

 続いて、渦の中心から現われた巨大な足が、足下の信者たちもお構いなしに踏みつけながら大地に降りる。

 

「これが真の浄化作戦。捧げる魂は黒魔術教団の信者の信仰する心。街の人間などどうでもよい。ゼレフを信じ、死んでいく者の魂こそ究極の供物。それでこそ、ゼレフは姿を現わし我々を導いてくださる」

 

 もう片方の足も地に降り立ち、ついにイクサツナギがその全貌を現した。天を衝く山のような巨体に、獅子が如き顔を乗せ、その巨体に見合った大剣を携えている。一目見ただけでかなわぬと思わせる、まさに人智及ばぬ神の姿がそこにはあった。

 

「ふはははは! 闘神イクサツナギは誰にも止められん!! この場全ての命を奪い尽くすまでなァ!!!」

 

 イクサツナギを仰ぎ見て、勝利を確信して高らかに笑うアーロック。

 その姿を見て、ジェラールは深く溜息をついた。

 

「貴様を見ていると、昔を思い出して自己嫌悪で死にたくなるな」

 

 かつてゼレフを甦らせようと楽園の塔を建設し、エルザを生贄に捧げようとしたときのことが思い浮かぶ。それより以前、子供のころにジェラールたちをさらった教団の男たちの顔も、足下の男と重なった。

 同時に思う。それら悪の思惑が成就したためしがないことを。そして此度もまた過去に習い、野望が為されることなどないだろうということを。

 

「何を余裕ぶっておる。貴様もまた、闘神の前には無力な人間にすぎんのだぞ!」

「そうかも知れん。だが生憎、オレたちにも女神がついている。文字通りな」

「なに?」

 

 なおも恐怖を感じさせないジェラールの姿に、アーロックは困惑した。

 その時、同時にもう一つ、戦場に遙かなる神威が現われた。

 

 

 

 イクサツナギは眼下に群がる人間たちを見下ろした。イクサツナギにとって、それらの人間は蟻となんら変わらない。興味はない。ただ、召喚者の望み通り殺し尽くすのみである。

 

『ふむ。かのヤクマ十八闘神が一柱とはいえ、召喚者があれではその程度か』

 

 イクサツナギの耳は、憐憫と僅かの嘲笑を含んだその声を逃さなかった。同時に足下の群れから神威が沸き立つ。イクサツナギは初めて興味をひかれ、群れの中からその神威を放つ存在を見つけ出す。

 それはほとんど人と変わらぬ姿をしていた。ただ、額から二本の角を生やし、瞳を黄金に、髪を紫に輝かせている。神を降ろした斑鳩の姿がそこにはあった。

 

『さて闘神よ。現界して早々で悪いが、今すぐに帰ってもらおう』

 

 斑鳩は腰の神刀に手をかけると腰を深く落とした。抜刀の構えである。

 イクサツナギは初めて表情を歪めて笑みをつくると、大剣を大きく振りかぶった。

 

「逃げろ!」

「攻撃が来るぞ!!」

 

 恐慌状態の信者たちは斑鳩の姿に気付くことなく、イクサツナギを見上げながら逃げ惑う。

 その中、ついにその大剣が振り下ろされた。圧倒的重量と人外の怪力によって繰り出される、大地をも裂く一撃。

 斑鳩はその剣を迎え撃つように神刀を水平に抜き放ち、

 

 

 ──大剣ごと、イクサツナギの巨体を両断した。

 

 

 

 

 

「ありえん、こんなことが…………」

 

 アーロックは瞳から光を失い、消えていくイクサツナギの姿を半ば虚ろに見つめていた。

 他の信者たちも同様の面持ちである。完全に心を折られ、囲まれて逃げることも出来ない状況に次々と膝をついていく。

 そこを評議院の軍隊が拘束していき、ここに黒魔術教団は壊滅したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 斑鳩は元の姿に戻り、評議院の軍隊が教団の信者たちを連行していく様子を眺めていた。

 そこにジェラールとエリックの二人が合流してきた。

 

「凄まじい力だ。それもよく制御されている」

「ふふ。評議院の皆さんに迷惑をかけてまで慣らしてきたかいがありました」

 

 ゴッドソウルを維持したまま限界まで瞑想する。膨大な魔力にさらされ続けた職員たちは気が気ではなかったが、一年間欠かさず行い、そのかいあってかほぼ完全にゴッドソウルを制御できるようになっていた。

 

「それにしても結局、ゼレフは何も関わっちゃいなかったな」

「ああ。ただ勝手に信仰しているだけの集団だった」

 

 エリックの言葉にジェラールが頷く。斑鳩もその言葉に同意した。

 

「ええ、これならエリックはんにはアルバレスへ向かってもらった方が良かったかもしれまへんね」

 

 黒魔術教団とアルバレス帝国。諜報能力に優れたエリックをどちらの任務につかせるかが問題になった。最終的には本人の希望と、冥府の門との戦いの後、ゼレフが残した言葉が気がかりだったこともあり、より関係がありそうな黒魔術教団の任務につかせたのである。

 したがって、マクベス、ソラノ、リチャード、ソーヤーの四人は現在、移動神殿オリンピアとともにアルバレス潜入の任についていた。エリックがいないとはいえ、マクベスは光を屈折させて姿を消したり幻影をつくったりできるし、リチャードの魔法で地中に身を隠すことも出来る。飛行能力のあるソラノと最速のソーヤーがいれば、万が一の時に逃げることも容易であろう。

 

「ここにいたか」

「あら、エルザはん」

 

 三人の元にエルザも合流してきた。

 エルザは斑鳩の活躍を労うと、かねてより話をつけていたことについて口にする。

 

「では、悪いが私はここで抜けさせてもらう」

 

 王城に炎で落書きをされた、という報道がされたのはつい一週間ほど前のことである。炎で書かれた文字は『FAIRY TAIL』。ナツから送られた、妖精の尻尾復活のメッセージであった。ルーシィからもつい先日、妖精の尻尾を復活させるためにマグノリアに集まろうという手紙を受け取っている。

 

「分かってますよ。もう手続きは済んでます」

「色々と世話になったな」

「いえいえ、エルザはんには助けられました。一年間ありがとうございます。マカロフはんのことも何か分かり次第連絡しますね」

「本当に世話になる。何か困ったことがあったら頼ってくれ。評議院を抜けるとはいえ、力を貸すことに惜しみはしない」

 

 そう言って、斑鳩とエルザは固く握手をして笑みを交わした。

 次いで、エルザはジェラールに視線を移した。

 

「というわけだ。私はいなくなるが、斑鳩に迷惑をかけないようにな」

「分かっているさ。恩をあだで返すような真似はしない」

「ならいい。いずれお前が…………」

 

 エルザは何かを言いかけ、そこで言葉を詰まらせた。

 どうしたのかと、ジェラールは首を傾けつつ問いかける。

 

「どうした?」

「……いや、何でもない。おい、エリック。余計なことは言うんじゃないぞ」

「へいへい」

 

 エルザに睨まれたエリックはニヤついた笑みを浮かべつつ肩を竦めて見せた。その様子に、エルザは少し頬を赤くして鼻を鳴らすと、改めて別れの言葉を述べて妖精の尻尾へと帰っていくのであった。

 エリックはその背を見送り、半年前のことを思い出す。エルザが偶然再会したグレイに手伝ってもらおうと言い出したのだ。

 

『フロッシュは黒魔術教団との戦いの最中、グレイによって殺された』

 

 これが未来ローグの心を聞いて、エリックが知り得たことである。心の声が聞こえても記憶が読める訳ではないエリックでは、その当時の詳細な情報は分からない。したがって、最良の対策は当事者たちをこの件に関わらせないことである。それらを説明し、グレイに協力してもらうという話を白紙にさせたのだ。

 

(結果、何も起こらなかった。義理は果たしたぜ)

 

 そう思い、エリックは小さく息をついた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 黒魔術教団との戦いを終え、評議院に戻ってきた斑鳩はハイベリオンから呼び出しを受けて会議室へと向かっていく。何事かと首を傾げつつ会議室に入れば、ハイベリオンだけでなく、ウルフヘイム、ウォーロッド、ジュラの姿もあった。

 

「斑鳩君、なぜゴッドセレナがいまだに聖十大魔導に名を残しているか知っているかね」

「え、ええ……」

 

 唐突に話し始めたハイベリオンに、斑鳩は困惑しつつも頷いた。

 

「序列一位であるということは、いわばイシュガル最強という証。そんな方が大陸を渡り、イシュガル侵攻を企む帝国の一員になったなどと知られれば、民衆を不安にさせてしまうから。そう聞いてますけど」

「その通りだ。だが、それが全てではない」

「他にもあるんどすか?」

 

 斑鳩の問いに、ハイベリオンは深く頷いた。

 

「君が言うとおり、序列一位はイシュガル最強の証。その背にはイシュガルの威信を背負うことになる。同じイシュガルの魔導士に敗北するのは良い。序列が入れ替わるだけだ。だが、他大陸の魔導士への敗北は、イシュガルの威信を失墜させ、士気を著しく損なうことになる。故に、ゴッドセレナよりも弱い我々では、その称号を背負う資格がなかったのだ」

 

 だからこそ、繰り上げでハイベリオンを序列一位に据える、などという軽挙はとらなかったのだと語る。

 そして、ここまで聞かされた斑鳩の中に一つの予感が生まれた。まさかと思いつつ、緊張で喉が渇いていくのが止まらない。

 

「君は遂に、神の力を御した。その君に問いたい」

 

 ハイベリオン、並びにウルフヘイムたちの真剣な瞳が斑鳩を射抜く。

 

「──君に、イシュガル最強の称号を背負う覚悟はあるだろうか」




というわけで黒魔術教団編は終了。
少しあっさりしすぎてましたかね……?


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アルバレス帝国編
第五十五話 国崩しのブランディッシュ


 斑鳩は執務室でひとり黄昏れていた。窓を大きく開け放し、街の光景をじっと見つめる。

 昨日、斑鳩の聖十大魔導序列一位就任の報道は大陸中に行き渡り、誰もが知るところとなった。ご丁寧に新聞や雑誌には両断されたイクサツナギの写真までついている。どうやら事前に手回しをして、マルバの街にカメラマンを潜ませていたらしい。用意周到なことである。

 

「師匠やカグラはん、サギはんはきっと驚いてるでしょうなぁ」

 

 そして、驚きと同じだけ喜んでくれているだろう。今の忙しい身では中々叶わないが、近いうちに顔を合わせたいものである。

 斑鳩は腰の神刀を抜き放ち、街の光景と重ねてみた。この一刀にイシュガルの威信がかかっていると思えば、自然と身が引き締まる。同時に、自らの剣、無月流に思いが巡った。

 

「イシュガルの、という条件はつきますが、初代の求めた最強の称号を手に入れたことになるんでしょうか。もっとも、エトゥナ様の力を含んだ評価である以上、邪道なのかもしれまへんが」

 

 最強を求めた初代が周囲に敵を作りながら戦い続け磨きあげた剣術。歩む道に光は差さず、闇を照らす月の光すら浴びることは許されない。故に無月。

 しかし、と斑鳩は思う。それではあまりにも、大陸の威信を背負うに相応しくないのではなかろうか。だからこそ、己が剣の意をここに新たにしよう。

 

「我が剣は月無き闇を歩む剣に非ず。無明の闇を照らす月とならん。──うん、これがいいどすな」

 

 斑鳩は誓いを新たに、神刀を腰の鞘へと戻す。そして、ぐっと背伸びをすると、仕事に戻るために窓に背を向けた。序列一位に就任したからといって、仕事が無くなるわけではないのだ。

 

「……ん?」

 

 さて、もうひとがんばりだと気合いを入れ直したとき、部屋に置かれている通信用魔水晶が光り出した。ジェラールからの連絡である。

 

「どうされました?」

『アルバレス組と連絡がついた』

「────!」

 

 斑鳩はジェラールからの報告を受けた後、すぐにメストを呼び出した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アルバレス帝国、首都ヴィスタリオン。

 皇帝を守る十二の盾、スプリガン12(トゥエルブ)の一人、“国崩し”のブランディッシュは自室にてくつろいでいた。ソファーにゆっくり腰をかけ、雑誌をペラペラとめくっている。

 

「ブランディッシュ様、スパイ追跡の準備が整いました」

 

 そのブランディッシュの部屋を訪れ、部下であるマリンが報告する。マリンはにへらと笑みを浮かべ、「いつ見ても合格です」と鼻の下を伸ばして呟いた。

 当のブランディッシュはマリンの報告を聞いても雑誌をめくる手を止めず、億劫そうに返答した。

 

「私、めんどくさいから行きたくない」

「えぇ……。ブランディッシュ様、それはまずいですよ。不合格ですよ…………」

「放っておいてもイシュガルから手を出してくることなんてないでしょ。躍起になってるのはこっち側だけ。そもそも私、戦争なんて反対なのよね。いや、しようとしているのは戦争ですらない大量虐殺。一方的な征服じゃない」

 

 ブランディッシュの言葉に、マリンは困ったように笑顔を引きつらせた。

 

「そんなことあっしに言われましても……。オーガスト様からの命令ですし」

「その通りだ」

 

 そこに、第三者の声が入ってくる。部屋の入り口に立つマリンの後ろに、いつの間にか老人が一人立っていた。

 

「お、オーガスト様!?」

 

 “魔導王”オーガスト。スプリガン12の総長であり、アルバレス最強を謳われる男である。そのあまりの強さに厄災と呼ばれ、西の大陸(アラキタシア)では名を冠する八月(オーガスト)は厄災が集まる恐怖の月とされているほどだった。

 マリンはオーガストの存在に気がつくと、冷や汗を浮かべてすぐにオーガストの前から身をひいて道を開ける。

 ブランディッシュはオーガストの声を聞いてようやく雑誌を手元に置くと、オーガストの方に向き直った。

 

「ブランディッシュ、我々は陛下に命を捧げた身。そして陛下がイシュガル侵攻を望んでいる以上、我ら12は全力を持ってその意を叶えなければならない。…………今の発言は聞かなかったことにしておく。だから早く追跡に向かうが良い。これは命令だ」

 

 念を押し、強く言い聞かせるようにそう話したオーガスト。そこからは、盲目的ともいえるほどの皇帝に対する想いが伺えた。その想いがなんなのか、忠義か、信仰か、はたまた別の何かなのか。そこまではブランディッシュには分からなかった。

 ブランディッシュは何かを口にしようとし、思い留めるとオーガストに頷いた。

 

「分かった。おじいちゃんがそう言うなら行くわ」

 

 ブランディッシュは初めて気だるげな表情を崩し、笑顔を浮かべる。

 その笑みに、オーガストは少し困ったように溜息をつく。

 

「…………お主を孫にした覚えはないぞ」

「でも、私にとってはおじいちゃんだもん」

 

 ブランディッシュにとってオーガストは、小さい頃に唯一の家族であった母を亡くしてからの仲である。ブランディッシュが並外れた魔力を持っていたという理由があったのかもしれないが、事実として身寄りのなくなったブランディッシュの面倒をオーガストが見てくれたのだ。

 厄災と呼ばれ恐れられるオーガストは、ブランディッシュから向けられる好意に内心戸惑う。そして、胸の奥に宿るよく分からない感情から逃げるように背を向けた。

 

「相手は我々から逃げおおせた手練れ。いくらお主とて油断はするな」

 

 そう言い残し、オーガストはどこかへと去って行く。

 マリンはその背を見送って、安心したように大きく息を吐いた。

 

「それじゃあマリン。お願い」

「は、はい!」

 

 マリンがブランディッシュの言葉に頷くと、二人の姿が部屋から消えた。二人はマリンの空間魔法で移動すると、追跡部隊と合流してすぐに任務へと出発した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ルーシィの手紙によって、再びマグノリアに集結した元妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーたち。とはいえギルド復活のためにはもろもろの手続きが必要で、その過程でマスターを決めなければならなかった。そして、マカロフ不在の現状で問題児たちをまとめられる人物として、エルザが七代目ギルドマスターに就任したのだった。

 

「ギルドの地下にこんなところがあったとは」

「普段は入り口さえ封じられているからな」

 

 そのエルザはメストに連れられて、薄暗い階段を下っていた。

 冥府の門との戦いにおいて、セイラの策略によって爆破されたギルドを再建している途中、現われたメストはマカロフの居場所が分かったと伝え、詰め寄るナツたちを躱すとエルザをここに案内してきたのだ。

 

「なぜここには私しか入れんのだ。ナツがぶーぶー言っていたぞ」

「お前が七代目ギルドマスターだからだよ。これから向かう場所はそういう場所なんだ。本来ならオレにも入る権限はない」

「まさか、評議院でアルバレス潜入の話の折に言っていた……」

「ああ」

 

 やがて二人は階段を下りきり、セイラの爆弾の影響か、ところどころひび割れた広間に出た。その先に、魔法によって封印された大きな扉が構えている。

 メストがその封印を解くと、扉はゆっくりと音をたてながら開き、その奥に座すものの姿を二人にさらした。

 

「これが妖精の尻尾最高機密。ルーメン・イストワールだ」

「…………初代?」

 

 エルザが困惑を露わに呟いた。そこにあったのは、大きな魔水晶の中で眠る初代マスター、メイビス・ヴァーミリオンの肉体だった。

 エルザが呆然としていると、後方からどたどたと騒がしい音がして、扉の影からルーシィ、ナツ、ウェンディ、グレイ、ハッピー、シャルルが倒れ込んできた。どうやらこっそりついてきたらしい。メストは仕方が無いと肩を竦めた。

 ルーシィたちも初代の肉体を前に困惑を隠せない。

 

「なんなのよ、これ…………」

「オレにもこいつの正体は分からねえ。だが、とてつもなく重要な何かであることは確かなんだ」

 

 ルーシィの疑問にメストは首を横に振って答えた。

 そのルーシィを押しやって、ナツがメストに詰め寄った。

 

「それよりじっちゃんはどこだ!? 知ってんだろ!!」

「それよりって……」

 

 ナツの言いように苦笑するルーシィ。

 その時、その場に居た全員の頭の中に、見覚えのない光景が浮かんでくる。それは事情を説明するためにメストが送った、己の記憶であった。

 

 

 

 妖精の尻尾のメンバーであるメストは十年前、マカロフから評議院に潜入せよという任務を受けた。その目的は西の大陸の情報をマカロフに流すこと。理由までは教えてくれなかったが、それでもメストは己の記憶を魔法でいじり、名をドランバルトと偽ってまでその任を果たし続けたのだ。

 そして冥府の門戦終結後、マカロフは唐突にギルド解散を宣言した。そのギルド解散宣言の前日に、メストだけには事前にそのことが告げられていた。

 困惑するメストにマカロフが言う。

 

「お主の今までの情報とワシの独自調査で確信したわい。これしか家族(ギルド)を守る道はない」

 

 マカロフはそう言って、メストに理由を説明し始めた。

 十年前、アルバレス帝国はイシュガル侵攻を試みて失敗している。そのアルバレスが侵攻を試みた理由はルーメン・イストワールを手に入れるためであった。そして侵攻は失敗したのではなく、評議院が保有するエーテリオンやフェイスといった兵器をちらつかせることで中止にさせたからだという。

 しかし評議院が冥府の門によって壊滅させられた今、イシュガルはアルバレスに対して抑止力を失ったのだ。アルバレスは戦って勝てるような相手ではない。

 

「そんな、じゃあどうすれば……」

「ワシがアルバレス帝国に交渉に行く。この大陸に侵攻するならばルーメン・イストワールを発動させるというカードを見せ、できるだけ時間を稼ぎに行く。これは一つの賭けとなる。その間に評議院を立て直せれば……」

 

 だが、万が一マカロフに何かがあった場合、ギルドが残っていたら標的にされてしまう。それだけはあってはならないと、マカロフは力強く叫ぶ。

 

「マスター、無茶ですよ……。一人の人間が国を抑止するなんて死にに行くようなものです…………」

「家族の命を背負ってんだ。それが親ってもんだろう」

 

 泣いて止めるメストに、マカロフは力強くそう言い切った。

 

 

 

「オレは六代目(マカロフ)の計画通り、評議院を復活させるために動いた。ウォーロッド様を頼り、聖十大魔導を中心とした新評議会を立ち上げた」

 

 メストから話を聞いたウォーロッドはまず、同じ四天王と呼ばれるハイベリオン、ウルフヘイムに話を通した。協議をしてハイベリオンを議長に聖十大魔導で新評議会を立ち上げることを即座に決定すると、その日のうちにハイベリオンからジュラ、斑鳩、マカロフに招集の手紙が出されたのだ。斑鳩が病院で受け取ったのはこの手紙である。そして、マカロフとゴッドセレナ以外の聖十大魔導が集まった。

 その話を聞いて、ルーシィが口を開く。

 

「そういえば評議会でもマスターの行方については問題になってるって」

「ウォーロッド様と斑鳩様は事情を知っているが、他の方はおそらく知らないはずだ」

「ちょっと待て」

 

 メストの言葉にグレイが食いつく。

 

「ウォーロッドのじいさんが知ってるのはわかる。だけど、なんでそれを斑鳩が知ってんだ?」

 

 グレイの疑問はもっともだった。

 ウォーロッドは評議院立ち上げに際してメストから話は聞いているだろうし、そもそも妖精の尻尾創始者のひとりである。だが、対して斑鳩は何人か妖精の尻尾に知り合いがいる程度で、深い関わりは無いはずであった。

 

 メストはグレイの疑問に頷くと説明を続けた。

 

「オレはマスターに言われたとおり評議院を復活させた。そこからオレは妖精の尻尾の魔導士として動こうと思ったんだ」

「妖精の尻尾の魔導士として?」

「ああ。具体的にはマスターの消息を辿ろうとした。だが、オレにはそれを実行するだけの力も、あてがない。評議院立ち上げの時と同じようにウォーロッド様を頼ったが、こればかりはウォーロッド様にもあてがなかった。そんな時、エルザが斑鳩の元に身を寄せていることを知ったんだ」

 

 そこまで話を聞いたルーシィが何かに気がついて手を打った。

 

「そうか! 魔女の罪(クリムソルシエール)!! 今は斑鳩の下では魔女の罪が働いてる。実力的にもアルバレス潜入にはもってこいだわ!!」

「確か、恩赦を受けたんですよね」

 

 ルーシィとウェンディの言葉を肯定して頷くメスト。

 

「そうだ。オレはエルザを頼って斑鳩様にある程度事情を話した。そして、アルバレスの事情を探ることも必要と頷き、情勢を探るついでならば、とマスターの居場所を探すことに賛成してくださったんだ。そしてつい先日、マスターの居場所を突き止めたと斑鳩様から報告を受けた」

 

 メストの説明を聞き終えて、グレイたちは表情に理解の色を浮かべた。

 その中で、ナツが両の拳を打ち合わせて口を開く。

 

「なら話は速え。さっさとじっちゃんを連れ戻そうぜ」

「だな。もうじいさんの時間稼ぎは成功してる。もうアルバレスに留まる必要は無いはずだ」

「待て」

 

 ナツの言葉に賛同し、意気込む面々だったが、それをエルザが押しとどめる。

 

「マスターが役目を果たしたにも関わらず、帰ってこないからには相応の理由があるはずだ。最悪、戦いになる可能性もある」

「ギルドのメンバーがそろえばどんな敵だって怖くないよ!」

「みんなで行きましょ!」

 

 ハッピーとシャルルの言葉に、エルザは頑として首を横に振った。

 

「マスターほどの人が勝てないと見込んだ相手だ。無策で突入するわけにはいかん」

「オレたちは一年で強くなった! どんな敵だろうが負けたりしねえ!!」

「マスターが身を挺して作った時間。私たちへの想い。無駄にするつもりか。ギルドを建て直し、仕事を再開し、妖精の尻尾を復活させる。再び集まったみんながいつも通りに笑っていてほしい。これが私の、七代目マスターとしての考えだ」

「エルザさん……」

「オイ、そりゃあ──」

「だが」

 

 何か言いかけたグレイの言葉に被せるように、エルザは言葉を続けた。

 

「一人のギルドメンバーとしての考えは違う。必ずマスターを救出しなければならない。だからここにいるメンバーのみで行動する。少人数がいい。アルバレスに潜入してマスターを救出、そして脱出する。これは戦いではない。潜入、救出作戦。無駄な戦いも騒ぎも一切起こさない──いいか、ナツ」

「お、おう……」

 

 エルザに真っ直ぐに見据えられ、ナツは視線を逸らし、歯切れ悪く頷いた。若干信用できないが、何はともあれ作戦は決まった。

 ナツが笑みを浮かべて決意を口にする。

 

「必ずじっちゃんを助け出す!」

 

 

 

「ふん、抜け駆けか」

 その会話を、ガジルの耳が拾っていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 翌日、エルザたちは海上で船に揺られ、アラキタシアとイシュガルの間にある観光地、カラコール島を目指していた。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとウェンディは完全に船酔いでダウン。グレイに寝室に放り込まれていた。

 アルバレスまでは船で十日、アラキタシアについてからも首都までは数日かかる。したがって、カラコール島で物資を補給するとともに、諜報員と合流して潜入経路を聞く手はずとなっている。

 ようやくカラコール島の姿が視認できるほどに近づいた頃、エルザが島の様子を伺って声をあげた。

 

「あの船はなんだ?」

 

 カラコール島に二隻、巨大な漆黒の船が停泊していた。

 その船の正体を知るメストが驚きに声を荒げる。

 

「アルバレス帝国軍の船だと!?」

 

 メストが望遠鏡で様子を探ると、どうやら港で何かしらの検閲を行っているらしい。寝室から這い出てきたナツとウェンディが耳を立てると、スパイの仲間を探しているらしいことが分かった。同時に、スパイがまだ見つかっていないことも。

 

「どうする」

「ヤツらに諜報員が捕まる前に接触せねばな」

 

 メストの問いにエルザが答える。

 依然、予定通りカラコール島を目指す一行だったが、メストは嫌な予感を拭えなかった。

 

 

 

 結論として、メストの嫌な予感は的中した。

 

「やっちまった!」

 

 そう言って冷や汗を流すメストの視線の先では、兵士を殴り倒すエルザたちの姿があった。

 ギルドの紋章を偽装し、色仕掛けで検閲を押し通るまでは良かったのだが、横暴なアルバレス兵の手で子供が殺されそうになる光景を見て、見過ごせる者などいなかった。

 慌てるメストに、グレイとルーシィが声をかけた。

 

「メスト、行け!」

「諜報員と合流して!」

「そうか、ここで騒ぎを起こしているうちに!」

 

 別行動にエルザとナツも賛成する。

 メストはみんなの武運を祈ると、瞬間移動で姿を消した。

 ウェンディ、シャルル、ハッピーはも子供を連れて避難する。

 続々と現われるアルバレス兵たちをなぎ倒していくエルザたち。一通り片付けると、周囲にもう兵士はいないのか襲撃が止んだ。

 

「あっけねえな。本当にじいさんがビビるほどのヤツらか?」

「おそらく船から増援が来るぞ」

 

 ナツが倒れた兵士の横にしゃがみ込み、思いついたことを口に出す。

 

「なあ、こいつらからじっちゃんのこと聞けばいいんじゃねえのか?」

「それはやめておいた方がいいわ。知ってる可能性は低いし、あたしたちの目的を知られるのは得策じゃない」

 

 ナツの提案にルーシィが首を横に振る。

 それを尻目に、エルザとナツは近くにあった屋台の席に腰をかけ、スターマンゴーのジェラートを味わい出した。

 

「とにかく油断はするな」

「うめえ!」

「言ってることとやってることのギャップに気付いてないのかしら……」

 

 ルーシィはその様子に、思わず呆れたように呟いた。

 グレイも屋台に寄っていき、その店主に話しかける。この騒動の中で商売を続ける商魂の逞しさを称えるグレイに、店主はこのくらいの喧嘩はよくあることだと笑って流した。そして、店主の夢について話を聞いていたときである。

 突如、屋台が爆発した。

 

「何者だ! よくも……」

「あ、いいねその顔。合格合格~」

 

 怒りを見せるエルザに、拍手をしながら男が一人近づいてくる。

 男は姿を現すと、エルザたちに向けて名乗りをあげた。

 

「あっしの名はマリン・ホーロウ。アルバレス帝国軍ブランディッシュ隊所属でーす」

 

 にやけ面を浮かべ、軽い調子で名乗ったマリンに警戒を注ぎながら、グレイは店主に持っている金を全て渡して逃げるように促した。

 そして、まず最初に戦意を露わにしたのはエルザであった。

 

「合格合格~。いつでも合格~」

「訳が分からんことを。スイーツの恨みは恐ろしいぞ。換装!」

 

 そう言って、魔法の鎧を呼び出すべく魔法を発動したエルザであったが、意に反して鎧を呼び出すことが出来なかった。

 

「ダメダメ。空間は全部あっしのもの」

「空間?」

騎士(ザ・ナイト)。別空間の武具を瞬時に装備する魔法だね。ダメなんだよ。空間系の魔法はあっしの前では使えない」

 

 エルザの魔法発動を阻害したばかりが、看破して解説までしてみせるマリン。これでエルザは無力化されたに等しい。

 それを見て、ルーシィが腰に下がる鍵を取り出した。

 

「だったら、開け人馬宮の扉──」

「星霊魔法。それも空間系だよ」

 

 マリンはそう言って肩を竦める。実際、エルザと同様にルーシィの魔法も発動しなかった。

 魔法を封じられて焦るエルザとルーシィに、マリンは人差し指を立てて口を開く。

 

「あ、一つ言い忘れてましたわ。あっしの前で空間の掟を破った者は、あっしのくつろぎ空間へご招待でーす」

「なんだこれは!?」

「体が!」

「ルーシィ、エルザ!」

 

 突然、エルザとルーシィの体が泡とともに消えだした。ナツが慌てて手を差し出すが、その手は空をきり、二人の姿は消失した。

 

「おい! エルザとルーシィはどこ行った!」

「言ったでしょ。あっしのくつろぎ空間へご招待って。あの二人は合格だからあっしのものですわ。だが、てめえらは不合格だ」

 

 そう言うと、マリンの表情から常に浮かべていた、にやついた笑みが消え失せる。

 

「不合格じゃボケェェェ!!!」

「キャラが変わった!?」

 

 マリンが青筋を浮かべながら怒号する。その豹変ぶりにグレイが面食らっていると、マリンが指を一つならした。

 

「てめえらの仲間だろ!」

「メスト!!」

 

 マリンが指を鳴らすと傷だらけのメストが現われ、砂の上に投げ出される。その全身は傷に塗れ、既にマリンと戦った後であることが見て取れる。

 

「こいつもオレ様の前で空間の魔法を使った。不合格! 汚え! 野郎が空間の魔法を使うんじゃねえぞコラ!!」

 

 怒るマリンに躊躇無くナツが殴りかかった。炎を纏った拳がマリンを捉える寸前、ナツの前からマリンの姿が消える。瞬間、背後に現われたマリンの気配を感じ取り、振り向きざま手刀を叩き込むが、これもマリンが消えたことで躱された。

 

「オレ様は空間魔法のスペシャリスト。オレ様が掟なんだ!」

「がはっ!」

「ナツ!!」

 

 さらに背後へ移動したマリンがナツの背中を拳で打ち抜いた。

 グレイがマリンをキッと睨むと、マリンは再び姿を消した。それを見た瞬間、グレイは反射的に自分の拳と掌を合わせていた。

 

「アイスメイク針山(ニードル)!!」

「何!?」

 

 グレイは己の背後に氷の棘山を作り出していた。油断していたマリンはそこに飛び込み、いくつもの裂傷をその身に刻んでしまう。

 

「何さらしてくれてんじゃコラ!!」

「ハッ、てめえみたいなのはあのチビ相手でこりてるっての」

 

 青鷺との戦闘経験がグレイを助けた。空間魔法を使わないグレイにとって、ただ転移しながら攻撃してくるだけなら、青鷺やミネルバよりもよっぽど与しやすい敵に思えた。

 

「空間を制する者が戦いに勝つ! てめえごときが調子乗ってんじゃねえぞ!!」

「試してみろよ。変態野郎」

「──やれやれ、こんなところで何をしているんだ。君たちは」

「誰だ!!?」

 

 グレイの背後から、その場の誰のものでも無い男の声がかけられた。振り返ったグレイには、その姿に覚えがあった。

 

「お前、確か魔女の罪の……」

 

 その男は魔女の罪のメンバーの一人、マクベスだった。

 マクベスはグレイ、ナツ、そしてメストを見渡すと、やれやれと溜息をつく。

 

「潜入するという話だったのに、随分な騒ぎじゃないか。まあ、下手をうってこいつらを招き寄せた僕たちにも責任があるから、強くは言えないけどね」

「おい、呑気なこと言ってる場合かよ。まだ敵が目の前に──」

「ああ、彼ならもう心配いらないよ」

「は?」

 

 マクベスの言葉に、再度グレイがマリンに視線を移せば、虚ろな目で虚空を見つめるマリンの姿があった。

 

「彼はもう夢の中。しばらく目を覚ますことはない」

「ちょっと待て。それじゃ困る。アイツにエルザとルーシィが捕まってんだ。助け出さねえと」

「そうか。なら……」

 

 マクベスが視線を移してマリンを見る。そして何やらマリンが呻きだしたかと思ったら、空中からエルザとルーシィが現われ、メスト同様に砂の上に投げ出された。

 

「あいたた……」

「ルーシィ! エルザ! 無事か!?」

「何だったんだ。あの悪趣味な空間は…………」

 

 ナツが二人に駆け寄り、無事を確かめるが、メストと違ってこれといった傷は見当たらない。

 一方、エルザとルーシィを解放したマリンは泡を吹いて気絶した。それを見たグレイがマクベスに声をかける。

 

「何したんだ?」

「二人を自発的に返したくなるような夢を見せた。強めに悪夢をかけたから、数日は目覚めないはずさ」

 

 グレイは、顔面を蒼白にしながら泡を吹いているマリンを見下ろして、うへぇ、と思わず呻いてしまう。

 その様子に気がつきながら、マクベスは涼しい顔をして口を開いた。

 

「さて、合流できたことだし早く移動を──」

 

 そこまで言ったところで、突然、グレイの隣にいたマクベスの姿が消える。

 

「何だ!?」

 

 グレイは咄嗟に足下のマリンを見るが、相変わらず泡を吹いて気絶している。

 ならば一体誰が。グレイが疑問に思うのも束の間、マクベスを消した人物はすぐにその正体を現した。

 

「何を遊んでいるの、マリン」

 

 それはビキニ姿にコートを羽織った女であった。

 グレイはその姿を視界に捉えた瞬間、肌が粟立つのを止められなかった。グレイだけではない。エルザもルーシィもメストもナツも、誰もが目の前の人物に戦慄せずにはいられなかった。

 

(なんだ、このとてつもない魔力は……。今まで感じたことがねえくらいだ。じいさん以上か?)

 

 その女、ブランディッシュは気にもとめていないかのようにグレイの脇を通りすぎる。そして、気絶するマリンの前に立つと大きく溜息をついた。

 

「はあ、めんどくさい。マリンがいないと移動も楽できないじゃない。なぜかスターマンゴーのジェラート屋さんも潰れてるし……」

「おいてめえ! アイツをどこにやりやがった!!」

「よせナツ!」

「こっちは仲間がやられてんだ! このまま黙ってる訳にはいかねえ!!」

 

 グレイの静止も聞かず、ナツはブランディッシュを戦意を込めて睨み付ける。

 ブランディッシュはそのナツの姿を一目見ると、視線をきってマリンの側にしゃがみ込む。そして、気絶したマリンに手を翳し、

 

「じゃあ、これでこっちも仲間を失ったからおあいこね」

「なっ!」

 

 ブランディッシュはマクベスと同じようにマリンを消し去ってしまう。そしてマリンに翳していた手を握りこみ、そのままコートのポケットにつっこんだ。

 

「自分の仲間を…………」

「私、めんどくさいのは大嫌いなのよね」

 

 そう言って、ブランディッシュは唖然とするナツたちの顔をまじまじと見渡した。それはマリンが気絶しているために軍船まで戻るのが面倒で、動く気がせずになんとなくした行動だった。普段のブランディッシュならば他人の顔を覚えることなんて面倒で、ぼんやりと目に映すだけだっただろう。

 だからこそ、ブランディッシュはそれに気がついた。

 

「アンタ、どっかで見たことある気がする」

「あ、あたし!?」

 

 そう言って、目を向けられたのはルーシィだった。ブランディッシュはルーシィの顔をじっと見ながら首を傾げて考え込む。

 

「知り合いか?」

「うーん、あたしには覚えがないんだけど……」

 

 エルザの問いにルーシィは首を横に振った。ブランディッシュ同様に記憶を探るが、会った覚えは全くなかった。

 やがてブランディッシュは溜息をついて口を開く。

 

「……思い出せない。もうめんどくさいから、アンタちょっとついてきてよ」

「は!?」

 

 ブランディッシュがそう言うと、ルーシィの姿が消失した。

 それを見た瞬間、ナツの感情が怒りによって爆発する。

 

「てめえ!! ルーシィをどこにやった!!!!」

「はあ。だから、めんどくさいのは嫌いだって言ってるでしょ」

 

 ナツが怒りのまま、ブランディッシュに渾身の力で殴りかかろうと地面を蹴ろうとしたその時、ナツたちが踏みしめる大地が消失した。ナツたちだけではなく、島民や観光客たちも海に投げ出されている。残された大地はブランディッシュの足下にある、人一人が立つのがやっとという大きさのものだけだった。

 ブランディッシュは足下から何かを拾うような仕草をすると、海に浮かぶナツたちを見下ろして口を開く。

 

「これは忠告。私たちに近づくな。アルバレスにはこの程度の魔導士が十二人いる。敵わぬ戦はしないことね、妖精の尻尾」

 

 ブランディッシュはそう言うと、近づいてきた軍船に飛び乗った。そして軍船はナツたちを置いてアルバレスへと帰っていく。

 

「待ちやがれ! ルーシィを返せ!!!」

 

 その軍船の背に向かってナツが吠える。右腕に込められた力を使ってでも、船ごとブランディッシュを焼き尽くそうかと本気で考えたその時である。

 

「やめておいた方がいい。ルーシィはおそらくあの船に乗っている」

「この声、マクベスか!?」

 

 聞こえてきた声にエルザが周囲を見回すが、どこにもそれらしき姿が見当たらない。

 

「ここだよ」

「痛てて!」

 

 グレイが髪の毛を引っ張られた痛みに小さく呻いた。だが、周りにグレイの髪を引っ張っている人間は一人もいない。

 エルザはグレイの方を見て、それに気がついた。

 

「お前、その姿……」

 

 そこには、グレイの髪にしがみつく小指ほどの大きさになったマクベスの姿があった。

 

「油断した。だけど小さくされただけ。ルーシィも同じだろう。だからブランディッシュを追いかけるためにも、ひとまず僕らの拠点に行こうじゃないか」




物語が進むごとに斑鳩の出番が少なくなっていく……。
キャラクターも増えるし、話の規模も大きくなるから仕方ないことではあるんですけどね……。


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第五十六話 星の記憶

 ゴッドソウルによってエトゥナと一体化していた斑鳩の姿が、するすると元に戻っていく。その斑鳩の眼前には、カグラと青鷺が大の字となって荒野に身を投げ出していた。

 

「はあ、はあ……。参りました。流石のお手並み。改めて序列一位就任、お祝い申し上げます」

「……さすがだね」

 

 息を絶え絶えにしながらの二人の言葉を、斑鳩は微笑みながら受け取った。

 

「ありがとうございます。こうしてわざわざ祝いに来てくれて嬉しいどす。師匠なんて、手紙を一通寄こしてきただけなんどすから」

 

 そう言って、懐から取り出した手紙をぴらぴらと揺らしながら口を尖らせる斑鳩に、思わず二人は苦笑した。拗ねて見せてはいるが、懐に入れて持ち歩いている時点で、手紙を喜んでいることはまるわかりだった。

 

「それにしても、二人とも随分と強くなりましたなぁ」

 

 斑鳩は嬉しそうに感慨深く頷いた。

 状況から分かるとおり、つい先刻まで斑鳩は二人と手合わせをしていたのだ。それは祝いに訪れた二人を見て、段違いに腕をあげたことを見抜いた斑鳩の提案によるものであった。

 仕事はウルティアに一部代わってもらっている。とはいえ、ウルティアはともかく、過去の罪を思い出しながら書類仕事をするウルティアを心配しているメルディには怒られそうなので、手合わせが終わった以上すぐに帰るつもりである。

 

「斑鳩殿は議員としての職務、ゴッドソウルの制御に忙しかったのです。その間に差を埋められないようでは、ギルドを託された面目がありません」

「差を埋めるどころかカグラはんに至っては、ゴッドソウル抜きならもう超えられてしまったかもしれまへんな」

「それはまたご謙遜を」

「いや、結構本気何どすが……」

 

 首を横に振るカグラに斑鳩は苦笑した。二人との手合わせでは月の権能は使っていないものの、戦の権能に関しては惜しみなく使用した。その斑鳩に対して、カグラは圏座を駆使して食らいついてきていたのだ。

 斑鳩は青鷺に視線を移して再び口を開く。

 

「サギはんも転移のインターバルがほとんど無くなっていますし。反応速度、判断速度が格段に上がっている。これでは、逃げるサギはんを捕まえることが出来る人なんて、もうほとんど存在しないでしょう」

「……相変わらず、一人で勝つことを諦めた戦い方だけどね」

「そう卑下するものではないでしょうに。ある意味、サギはんは一番戦いたくない魔導士どすな」

 

 肩を竦めてみせる青鷺に、斑鳩はまたもや苦笑する。斑鳩に対して正面から相対するカグラを、転移を駆使して補佐し、斑鳩を翻弄して見せた青鷺。一人で勝つことを諦めたと言うが、逃げに徹しながら戦いを妨害してくる青鷺は厄介という他ない。

 

「なんにせよ安心しました。これなら、もしもの時でも安心できます」

「斑鳩殿?」

 

 胸を撫で下ろして嘆息する斑鳩に、カグラと青鷺は怪訝そうに眉を寄せて顔を見合わせた。

 

「そういえば私たちが評議院に訪れたとき、何やら慌ただしい雰囲気でしたが。何かあったのですか?」

 

 カグラの問いに、斑鳩は少し考えるように俯くと、やがて決心したのか口を開いた。

 

「ここだけの話なんどすが、先日、アルバレスに潜入していたマクベスはんたちから報告がありました。もし、その報告と推測が正しいなら、戦いは不可避かも知れまへん」

 

 その言葉を聞く二人の表情に驚きはない。アルバレス帝国との緊張感が高まっているのは周知の事実であり、覚悟を決めていたことである。

 そんな二人の姿を内心頼もしく思いながら、斑鳩は真剣な表情で言葉を続ける。

 

「敵は強大。もし、貴方たちが戦いに巻き込まれたとしても、どうか…………」

 

 斑鳩はそこで言葉をきった。できれば、二人には己の身を案じて欲しいが、二人は敵がどれだけ強大であろうと、大切なものを守るためならば立ち向かう強さを持っていることを知っている。だからこそ、逃げろなどと二人の誇りを軽んじるようなことは言えなかった。

 そんな斑鳩の内心を察知して、カグラと青鷺は微かに笑みを浮かべた。察しても、逃げようなどと言う結論に至ることはない。何より、斑鳩自信に逃げるつもりがないのに、逃げて欲しいなどと言う願いをどうして聞けようか。

 

「斑鳩殿、私たちはイシュガルの威信を背負って立つ貴方を誇りに思っています」

「……その助けになるなら、力を貸すことを惜しむつもりも、それを悔いることも微塵もない」

「これはギルドの総意でもあります。ですからどうか、我らのことはお気になさらず、ただご自身の責務をまっとうしてください」

 

 そう言って、真剣な眼差しで見つめてくる二人に斑鳩は深く感謝し、複雑な心境ながら嬉しさに笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

「ぷぷ、かわいい。もうその姿のままでいいと思うゾ」

「いいから早く僕の姿を戻してくれ」

「ちぇ、つまんないゾ」

 

 ソラノは口を尖らせつつ、翼の力でマクベスにかかっていた魔法を吸収した。ブランディッシュの魔法で小さくされていたマクベスは、それでようやく元の姿に戻ることが出来た。

 場所は移動神殿オリンピア。ルーシィを連れ去られたエルザたちは、メストの瞬間移動で海底に潜伏していたオリンピアに案内された。現在、神殿にいるのはエルザたちとソラノ、マクベスだけ。同じくアルバレス潜入の任についていたソーヤーとリチャードは海に投げ出された島民たちの救助活動に出ており今はいない。

 

「おい、こっちは仲間を攫われてんだ。早く追いかけさせろ」

 

 ナツが気を荒くしてマクベスに詰め寄った。すぐにでも追いかけようとしたナツは半ば無理矢理、瞬間移動によって連れてこられたのだ。本来なら海底神殿の珍しさに目を輝かせていただろうが、そんな余裕は今のナツには無かった。

 マクベスはめんどうくさそうに溜息をつくとソラノに合図を送る。ソラノが頷くと神殿は変形を初め、海底を二本足で走り出した。建物に揺られ、ナツは吐き気を催して床に倒れる。ついでにウェンディも倒れた。

 

「うぷ。乗り物だったのか、これ……」

「オリンピアの速度はアルバレスの軍船といえど比じゃない。すぐに追いつくだろう」

「話には聞いていたが、素晴らしいな」

 

 エルザが神殿を見渡し、感心したように息を吐いた。

 それを横目にグレイが口を開く。

 

「すぐに追いつけんのはわかったがよ、どうやってルーシィを救出すんだ? 正直、人間の大きさすら変えちまうような奴に正面から挑んでもしょうがねえ。対策を考えねえと」

「それについては心配ない。メストと僕で十分だ」

「でも、アンタやられてたじゃない」

 

 心配ないというマクベスにシャルルが疑い深い視線を向けた。その視線を受け、マクベスは小さく肩を竦めてみせる。

 

「さっきは不意をうたれたけど、今度はそうはいかない」

「自信はあんのか?」

「自信もなにも、本来干渉系魔法を使う彼女との相性は悪くない」

「干渉系? そういや、カラコール島でも空間系がどうたらとか言ってたな」

 

 首をひねるグレイにマクベスは頷いてみせる。

 

「まだ魔法の研究が遅れているイシュガルでは魔法を感覚的に使う人が多いが、アルバレスでは体系化されている」

 

 マクベス曰く、ブランディッシュの魔法は干渉系。物の大小を自由に変化させるものであるが、その操作を行うために自分の魔力を対象物、もしくは対象人物に干渉させる必要がある。つまり、干渉する際に術者と対象者の間に魔力のラインができるのだ。

 ちなみに、空間系は干渉系と似ているが、ラインを通さず別空間に直接魔力を送ることが出来るらしい。ただし、干渉力という点では低くなるため、空間系で人間のような魔力を持つ生命に直接魔法をかけることはほぼ不可能であるという。

 マクベスの説明にエルザが感心して何度も頷く。

 

「なるほど。そういった知識がアルバレスの精強さの所以でもあるわけか」

「でも別に、そういう情報はイシュガルで全く知られていないわけじゃないゾ」

「というと?」

「今言ったことでいえば、感知に長けた魔導士なら当たり前のように知ってると思うゾ。例えば人魚の踵の青鷺とか」

「そうか。ただ、全てのギルドが統合されたアルバレスと違って、イシュガルでは知識の集約がなされていないということだな」

 

 エルザがソラノの話に納得したと頷いた。

 ソラノの説明が一段落したところで、マクベスが話を戻し、ブランディッシュの魔法の対策について述べていく。

 

「干渉系魔法の対策は大きく三つ。一つは相手の魔力を大きく上回ること」

 

 術者に対してあまりにも魔力量の隔たりがあれば、相手に干渉しきることができない。しかし、ブランディッシュは並外れた魔力を持っているため、この対策はほぼ不可能に近い。

 

「もう一つは相手が干渉してくる魔力を遮断すること」

 

 これは斑鳩が天之水分・羽衣で行っていることだ。薄い魔力の鎧を纏い、干渉をはねのける。当然、防御力以上の干渉力をもってすれば突破はされるが。しかし、これもマクベスたちに出来ることではない。

 

「最後に、干渉してくる魔力を避けること。そして、僕に実行可能なのはこれだ」

「避けるっつったって、干渉してくる魔力なんざ見えやしねえだろ」

「確かにそうだ。けど、矛先をずらすことはできる」

 

 つまり、マクベスの反射(リフレクター)で光を屈折させ、別の場所に囮として像をつくる。そこに魔力を飛ばしたところで干渉できるはずもなく、その隙に悪夢をかければ勝利できると言っているのだ。

 説明を聞いたグレイが頭をかきながら口を開いた。

 

「そんなことができるなら最初からやれよな」

「あの時は対策をとる前に小さくされていたからね」

 

 グレイの言葉に溜息をつくマクベス。ブランディッシュの魔法で小さくされたところで、魔力量が減る訳でもないので悪夢をかけることは確かに不可能ではない。しかし、魔力量が変わらずとも体が縮小したことで魔法の効果範囲も小さくなってしまったのだ。だから、カラコール島ではブランディッシュに悪夢をかけることができなかった。

 一通りの説明を終えたところでソラノが口を開いた。

 

「そろそろ軍船が近づいてきたゾ」

「そうか。メスト、移動は頼んだよ」

「ああ、分かった」

 

 マクベスの言葉にメストが頷き、潜入の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アルバレスの軍船には、12であるブランディッシュの私室が用意されている。

 

「ちょっ、やめなさいよ!」

 

 ブランディッシュは私室の中で、親指ほどの大きさになったルーシィを机の上でつつきながら首を捻っていた。ルーシィはブランディッシュの指を避けたり、転ばされたりしながら机の上を踊るように動き回っていた。鍵は取り上げられてはいるが、たいして警戒されていないようで、机の引き出しに入れられている。

 

「てか、小さいと見にくい」

「きゃあ!」

 

 ブランディッシュは突然ルーシィを鷲づかみにして、ベッドの方に放り投げると魔法を解く。ルーシィは突然の浮遊感に悲鳴をあげながら、元の大きさに戻ってベッドの上に着地した。

 

「し、死ぬかと思った……」

「これで見やすい」

「────っ」

 

 ルーシィは近寄ってくるブランディッシュを見て、咄嗟にベッドを降りると逃げるように壁に張り付いた。その際、近くの台に飾られていた花瓶を倒し、中に入っていた水をこぼしてしまう。

 

「あ……」

「そんなの気にしなくて良いから」

「ふぎゅっ」

 

 ルーシィが花瓶に気をとられた一瞬でブランディッシュは距離を詰めると、ルーシィの頬に両手を当てて、無理矢理顔を自分の方に向かせた。そして、じっとその顔を観察する。

 

「やっぱり、どこかで見たことある。……思い出せない」

「まさか、そのためだけにあたしを攫ってきたんじゃないでしょうね……」

 

 若干呆れつつルーシィは呟いた。

 ブランディッシュはカラコール島での件から分かるように規格外の魔導士だ。攫われたときには恐怖したものだが、実際に連れられてきてみれば危害を加えられる訳でも無い。何かを思い出そうと呑気に首を捻る姿を見ていると、悪いやつじゃないのかもしれないとさえ思えてくる。

 そう思い、おずおずとであるがルーシィは口を開いた。

 

「週ソラかな……。あたし一年ほど記者とかモデルとかやってたから」

「東の雑誌なんて入ってこないわ」

「一年前の大魔闘演舞とか?」

「何それ」

 

 ルーシィ個人としてブランディッシュに会った記憶は無い。であれば、何らかの形で大衆の目に触れた際に、ブランディッシュが目にしたのだろうと考えたが、これもぴんと来なかったらしい。

 

「アンタ、名前は?」

「ルーシィ」

「ふうん」

 

 ルーシィの名前に何か引っかかるものがあったのか、ブランディッシュは目を伏せて無言になる。その間、ルーシィは気まずい思いをしながら待っていた。

 ふいに、ブランディッシュがぽつりと呟く。

 

「レイラの娘?」

「え、ママを知ってるの?」

「そうか。やっぱりアンタ、レイラの娘か」

 

 そう言って顔を上げたブランディッシュの瞳には、殺意が強く漲っていた。そこに、先程までの呑気な様子はどこにもない。

 突如向けられた殺気に怯むルーシィだが、母の名前がブランディッシュから出たことに対する疑問がその口を開かせた。

 

「あんた、ママと何の関係があるの!?」

「めんどくさいから教えない」

「そんな殺気を向けておいてふざけないでよ! 一体なんでそんな──」

「うるさい」

「ぐっ!」

 

 ブランディッシュは頬に当てていた両手を首まで下げると、その首を掴んで締め上げる。ルーシィは必死にもがき、ブランディッシュの腕を掴むが、その腕はびくともせず、全く引きはがすことが出来そうにない。

 

(涙……?)

 

 暗くなっていく視界の中で、ブランディッシュの目からこぼれ落ちる雫を捉えた。

 やがてルーシィの意識が薄れかけたとき、こぼしていた花瓶の水がうねり、ブランディッシュを弾き飛ばす。

 

「ぐっ!」

「けほっ、けほっ……」

 

 ルーシィは解放されると、咳き込みながら床に蹲る。それを後ろから、誰かが優しく抱きしめてくれた。

 

「あ、アクエリアス……。ありがとう」

 

 それは、自らの魔力で勝手に門を潜ってきたアクエリアスであった。アクエリアスはルーシィの感謝の言葉に微笑みで返すと、呆然とした顔つきでアクエリアスを見つめるブランディッシュに視線を移す。

 

「久しぶりだな、ブランディッシュ」

「え、知り合い?」

 

 アクエリアスがブランディッシュの名前を呼んだことに驚くルーシィだったが、まだこれは序の口だった。黙り込んだままのブランディッシュに対し、アクエリアスが怒鳴りあげる。

 

「オイコラァ! 反応ねえのかよクソガキ!!」

「ご、ごめんなさいご主人様……」

「ごしゅ、ええ!?」

 

 あんまりなアクエリアスに対するブランディッシュの呼び方に、ルーシィは呆然自失としてしまう。その間にも、目の前ではブランディッシュが怒鳴るアクエリアスの言いなりになっている。それをつい先程まで死にかけていたことも忘れ、ぽかんとした表情で見つめていた。

 少しして、我を取り戻したルーシィが慌ててアクエリアスに問いかけた。

 

「ち、ちょっと! あんたたち知り合いなの!? てか、どういう関係!?」

「私の前のオーナーがこいつの母親だったんだ。それで昔はよく一緒に遊んだもんだ」

 

 こともなげに言ってのけるアクエリアスだが、その言はルーシィの認識とは些かの差異があった。

 

「前のオーナーって……。それっておかしくない? あたし、ママからアクエリアスの鍵をもらったのよ」

「──そう。それこそがレイラの罪」

「え?」

 

 ルーシィの疑問に答えたのはアクエリアスではなくブランディッシュであった。

 

「私の母の名はグラミー。あんたの母、レイラの使用人の一人だった」

「それで……」

「レイラは星霊魔導士を引退するとき、自分が所持していた三つの鍵を三人の使用人に託した。カプリコーンの鍵はゾルディオに。キャンサーの鍵はスペットに。そして、私の母グラミーはアクエリアスの鍵を託された。私の母はレイラのことをとても尊敬していた。アクエリアスの鍵もね、それはそれは大事に毎日磨いていたのよ。なのに……」

 

 ブランディッシュはそこで言葉を区切り、ぎゅっと拳を握りこむと再び口を開いた。

 

「なのに裏切られたの。レイラに……」

「ママが何を……」

「レイラはね、鍵を取り返すために私の母を殺したのよ」

 

 ブランディッシュの言葉にルーシィは絶句した。ルーシィは誰よりも優しかった母を知っている。信じられるはずもないが、ブランディッシュに嘘を言っている様子はなく、本気でそう思っているようだった。

 

「そんな事あるわけ……」

「ご主人様!」

 

 ブランディッシュは否定の言葉を口にしようとしたルーシィを無視して、アクエリアスに向き直ると頭をさげた。

 

「どうか止めないでください。私は、母を殺したレイラを許すことはできません」

「ルーシィはレイラじゃないだろ」

「ですが!」

「それに、レイラはグラミーを殺したりなんかしていないよ」

「え?」

 

 ブランディッシュは下げていた頭を上げ、アクエリアスの顔を見上げた。アクエリアスは真剣な表情でブランディッシュを見下ろしている。

 

「こっちに来たのはその真実を語るため。いや、見せるためだな」

 

 アクエリアスがそう言うと、部屋に光が満ちていく。気がついたとき、三人は星々に囲まれた宇宙のような場所にいた。

 

「何これ!? てか、ここどこ!!?」

「人魚?」

 

 場所が変わっただけではない。ルーシィとブランディッシュの姿はアクエリアスと同様、下半身が魚に変わり、人魚のようになっていた。

 

「ここは星の記憶。星霊たちの紡ぐ記憶のアーカイブ。夢の中とでも思ってもらえばいいが、ここで映し出されるものは全て真実。ついてこい」

 

 そう言って、宙空をどこかへと泳いでいくアクエリアス。ルーシィとブランディッシュは一度顔を見合わせると、並んで後に続いていった。

 そして、星々は像を映し出し、三人の前に過去を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 四百年前、黒魔導士ゼレフとドラゴン、そしてルーシィの先祖であり偉大な星霊魔導士であるアンナ・ハートフィリアによりある計画が実行された。それはアクノロギアを倒すための戦士を未来に送る計画である。その戦士を未来に送るために使われた魔法こそがエクリプス。今ではフィオーレ王家に伝えられている魔法である。

 

 エクリプスは本来、入り口と出口に二人の星霊魔法が必要であり、それを怠ると事故が起こる。そのため、アンナはその扉を開き、来たるべき時に再びエクリプスの扉を開くように言い伝えを残したのだ。その言い伝えに従い、ハートフィリア家は扉を開く時を何百年も待ち続けた。そして、レイラの代にその扉が開かれた。

 

 扉を繋げるためには全ての黄道十二門の鍵が必要。レイラは自分が預けた鍵も含め、全ての星霊魔導士に集まるよう呼びかけたが、西の大陸(アラキタシア)に渡ったグラミーにだけは連絡がつかず、アクエリアスの鍵だけはそろわなかった。

 

 そして、レイラは足りない分の魔力を自信の生命力で補った。結果、扉を繋げることには成功したものの、レイラは元々体が弱かったことも重なり重度の魔力欠乏症に陥ることになる。

 

 その話がグラミーに届いたのは七日後だった。

 

「レイラ様、本当に申し訳ありませんでした」

 

 ハートフィリアの屋敷に辿り着いたグラミーは、病床に伏せるレイラに涙ながらに謝罪した。気にする必要はないと宥めるレイラにグラミーは首を横に振る。

 

「この鍵は私が持つのにふさわしくありません。どうかレイラ様の手に」

「私にはもう星霊魔法は使えません」

「でしたらルーシィ様に。レイラ様に似て、きっと立派な星霊魔導士になるでしょう」

 

 グラミーの言葉に娘であるルーシィを思い浮かべたレイラは、安心したように息をつく。古くから伝わるエクリプスの解放はレイラの手で成し遂げられた。ルーシィには自由に生きて欲しいと強く願うのだ。

 

「そういえば、ブランディッシュは元気かしら」

「ええ、それはもう。アクエリアスがいなくなったら寂しがるでしょうがね」

「ルーシィと同じくらいの歳でしたね」

「はい。今度お連れします」

「友達になれるといいですね」

「なれますとも」

 

 子供の話になり、沈痛な表情を浮かべていたグラミーにようやく笑みが浮かんだ。それを見てレイラは嬉しそうに言葉を続けた。

 

「私たちみたいにですか?」

「そんなレイラ様、滅相もない」

「いいえ、貴方は私の友達ですよ。グラミー」

「レイラ様……」

 

 レイラの言葉に、グラミーは照れたようにはにかんだ。そうして楽しそうに話す二人には、待ち受ける残酷な運命を知る由もなかったのである。

 グラミーは屋敷から退出すると、弱ったレイラの姿を思いだし、涙を流しながら帰路へとついた。レイラの病状は深刻であり、もう長くないことは明らかだったのだ。

 そのグラミーの背後をつける男がいた。使用人の一人であるゾルディオは、背後からグラミーに近づくと、手に持つナイフで心臓をひと突きにした。

 

「お前のせいで……。レイラ様が、お前の……」

「ゾルディオさん……」

 

 振り返ったグラミーの目に、涙を流し、憎悪に顔を歪めたゾルディオの姿が映し出される。それを見て、グラミーは諦観した自嘲の笑みを浮かべた。

 

「ええ、私のせいですとも。当然の、報いよね……」

「よくも、レイラ様を……」

「お願いします、ゾルディオさん。娘には、ブランディッシュには手を出さないで……。私の命と引き替えにお願いしてるの。分かってくれる……?」

 

 尽き行く命の中で、弱々しくもグラミーは懇願する。その言葉を最後にグラミーは命を落とした。

 

「あ、ああ、ああああ…………」

 

 レイラを失った悲しみと、グラミーを殺した罪の意識。二つに悩まされたゾルディオは精神を壊し、禁忌をおかして闇へと落ちた。

 グラミーの死の真実は謎に包まれ、アラキタシアのブランディッシュにはその死だけが伝えられる。レイラの屋敷に向かい、謎の死を遂げた母。まだ幼かったブランディッシュが、母がレイラに殺されたと思い込んだのは仕方の無いことだった。その思い込みは誰にも正されることなく年月とともに固まっていく。

 レイラもまた、それからすぐに命を落とした。それは夫と娘の間に不和を呼び、レイラの願いとは裏腹に、ルーシィは十七で家を飛び出すまでの間、不自由な生活を強いられることになったのである。

 こうしてルーシィとブランディッシュは互いに母を失い、今に至るまで巡り会うことはついぞなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「お母さん!!」

 

 ブランディッシュは母の死を映像として見たことで、かつて母の死を伝えられたときの悲しみを思い出す。そうして、幼い頃に戻ったかのように声をあげて泣き崩れた。

 そうして泣くブランディッシュを、ルーシィが優しく抱きしめる。その両頬を涙が伝った。

 

「あたしたち、今からでも友達になれないかな。ママたちみたいに……」

 

 ブランディッシュは何も答えなかった。ただ、どこか懐かしい温もりを感じながら、ルーシィの腕の中で泣き続けた。

 やがて泣き止んだブランディッシュは、そっとルーシィを突き放す。

 

「ブランディッシュ……」

「私はあんたにとって敵国の将よ。そんなのと友達になろうなんてバカみたい」

 

 そう言って、ブランディッシュはルーシィに対して背中を向けた。

 

「でも、まだ戦争になるって決まったわけじゃ……」

「一つだけ忠告してあげる。戦争を回避することなんて無理。私に何か期待しているのだとしても無駄。そして貴方たちに勝目は無い。死にたくなかったらこのままアラキタシアに向かってのうのうとしてることね」

 

 ルーシィにはそれが、ブランディッシュなりの優しさであることがよく分かった。しかし、その言葉に頷くことは出来ない。

 

「忠告ありがとう。でも逃げることは出来ない。妖精の尻尾はあたしの家で、みんなはあたしの家族だから。あなたたちが牙を剥くというなら、あたしは立ち向かう」

「そう……。ならさっさと帰れば。アクエリアスがいれば、カラコール島まで戻ることもできるでしょ」

 

 ルーシィに背を向けたまま話し続けるブランディッシュに、ルーシィが悲しげに瞳を潤ませる。そのルーシィの肩にそっとアクエリアスが手を置いた。

 

「時間が必要だ。また会おうブランディッシュ」

「…………」

「返事ィ!!」

「……はい」

 

 ブランディッシュの返答を聞いて、アクエリアスは満足そうに頷いた。ルーシィもそんな二人のやりとりを見て僅かに頬を緩めると、机の引き出しから鍵を取り出し、そのままブランディッシュの部屋を後にした。

 ルーシィが退出し、扉が閉まる音を聞いてブランディッシュが小さく呟く。

 

「お母さん、私、どうしたらいいのかな……」

 

 その言葉は誰に届くこともなく、ただ空へと消えていく。

 

 

 

「終わったかい?」

「わぁ!」

 

 ブランディッシュの部屋を後にしたルーシィの目の前に、壁に背をもたれかけたマクベスとメストが現われた。

 

「あ、あんたたちなんでここにいるのよ」

「なんでって、君を助けるために決まっているだろう。なにやら、取り込み中だったようだから、こうして待たせてもらったけどね」

 

 こともなげに言いのけるマクベスに、ルーシィは僅かに表情を引きつらせた。

 

「も、もしかして全部聞いてたの?」

「全部じゃねえが大体。悪いな……」

 

 ルーシィに答えたのはメストであった。メストの方は、デリケートな過去を聞いてしまっただけに少しすまなそうな顔をしている。

 

「あ、いいよ気にしなくて。むしろ助けに来てもらっておいて気を使わせちゃってごめんね」

 

 突然現われたマクベスとメストに驚いてしまい思わず動揺してしまったが、こうして話が終わるまで待っていてくれたことからも、二人が気を使ってくれていたのは確かである。感謝こそすれ、話を聞かれていたことに対する怒りはない。

 

「さあ、そろそろ帰ろうか」

「そうだな。特にナツとハッピーは今か今かと待ってると思うぜ」

「うん。心配かけちゃったし、早く戻らないと。それに兵士に見つかっちゃうかも知れないし──」

 

 そこまで言って、ルーシィははたと気付く。そういえば、将であるブランディッシュが声をあげて泣いていたのに、兵士が誰も駆けつけてこなかった。

 

「どうした、何か忘れ物か?」

「ううん、なんでもない。二人ともありがとう」

 

 ルーシィの言葉にマクベスとメストが肩を竦めてみせると、次の瞬間、軍船からルーシィたちの姿は消え失せた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 オリンピアに帰還したルーシィに駆け寄っていくナツたち妖精の尻尾の面々。エルザはそれを微笑ましそうに見つめながら、マクベスとソラノと言葉を交わす。

 

「おかげで無事、再会することが出来た。ギルドマスターとして礼を言う」

「気にしなくて良いよ。それに僕らは運んだだけ。ほとんどルーシィが一人でなんとかしたようなものだからね」

「そもそも、私たちが見つかって追われてきたせいもあるし。だいたい、本番はここからだゾ」

 

 ソラノの言い含めるような言葉に、エルザは真剣な表情で頷いた。ブランディッシュとのいざこざは想定外。本来の目的はマカロフの救出である。そして、マカロフの居場所は待機している間に聞かされていた。

 

「首都ヴィスタリオン。おそらく12が何人も詰めているのだろうな。油断はできん」

「その通りだ!」

 

 その会話を耳にしたナツが大きく叫ぶ。

 

「なんとしてでもじっちゃんを助けねえとな。邪魔する奴はぶっとばす」

「おいおい、潜入作戦だっての」

「といいつつ、カラコール島ではあばれ回っちゃいましたけどね……」

 

 グレイの言葉にウェンディが苦笑した。子供の命がかかっていたため仕方が無かったが、今度はそんな勝手は許されない。12の一人であるブランディッシュを目にしただけに、ナツ以外の面々の中ではその観が強くなっている。島民の救出に出ているソーヤーとリチャードが戻り次第、すぐに出発することになるだろう。いよいよとあって、皆が気を引き締めた。

 すると、マクベスがそんな面々に口を挟む。

 

「確かに12には気をつけないといけないけれど、実は一つ気になる情報があるんだ」

「気になる情報?」

 

 首を傾げるエルザにマクベスは頷いて言葉を続けた。

 

「アルバレスの皇帝スプリガンは放浪癖があってめったに城に帰らないという。それだけに謎が多く、放浪中も何をしているのか知れたものじゃない」

「確かに、それは異様だな」

「そんな皇帝の特徴を僕たちは調べた。その結果、皇帝は黒髪黒目の青年であり、何百年も姿が変わらないといわれている。加えて、最後に姿を現したのは一年前。イシュガル侵攻の準備を進めるように言い残して再び姿を消した。それが丁度、冥府の門との戦いの直後」

「おい、そりゃあ……」

 

 マクベスの言葉に、妖精の尻尾の面々は息をのむ。口にせずとも、全員がまったく同じことを想像した。それがマクベスたちの推測と一致しているだろうことを確信し、マクベスはゆっくりとその事実を告げる。

 

「アルバレスの皇帝、スプリガンの正体はおそらく──」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「マカロフ殿、もう妖精の尻尾復活の噂は耳に入っておるかね」

「…………。正直、驚きました」

 

 アルバレス帝国、首都ヴィスタリオン。

 マカロフは皇帝の居城にて、大臣であるヤジールと卓を囲んでレジェンカというカードゲームに興じていた。

 

「予想はできたでしょう?」

「あ、ええ、ギルドのことではありません。驚いたのは皇帝陛下のお人柄です。もっと、その、なんと言いますか……」

「独裁的?」

「せっかく言葉を選んでおったのに」

「ははははは」

 

 マカロフの困ったような反応に、ヤジールは楽しそうに笑った。

 

「私を客人として迎えいれ交渉に応じてくれるとは、一年前は思ってもいなかった。まあ、交渉はあなたとですが」

「陛下は放浪癖があってね。なかなか城には戻ってこられません」

「本来、政治的な地位のない一人の老人と交渉など……」

「それだけあなたの持つカードが魅力的なのだよ」

 

 話ながらも、卓上には二人の手札から次々にカードが置かれていく。

 

「血気盛んな盾の連中をなだめ、武力による解決を回避なさろうとしておると言ってましたな」

「我が王は優しすぎる」

「イシュガルではアラキタシア中のギルドを武力で制した武人として、陛下の名が伝わっておった」

「もちろんそういう一面もおありだ。王なのだから」

 

 そう言って、ヤジールは手札から王のカードを卓上に出した。それを見て、マカロフは投げるように手札を手放す。

 

「ヤジール殿はレジェンカがお強い。また負けたわい」

「攻略の鍵は女神を手放さないことですぞ」

 

 ヤジールは手に持つ札をひっくり返し、そのカードをマカロフに見せる。そこには女神の絵が描かれていた。

 その時、城下から民衆の歓声が響いてくる。耳を立てれば、それが皇帝の一年ぶりの帰還を祝うものであることはすぐに分かった。

 

「おお、噂をすれば」

「待ちわびてましたぞ」

 

 それらの声を聞いて、ヤジールとマカロフはそろって席を立つ。そして城の上から城下の様子を覗き込んだ。

 

「安心なされ。イシュガル不可侵の件は陛下のお耳にも届いておる。あとは陛下の印さえあれば盾も納得されようぞ。全てが終わったらギルドに帰りなされ」

「ええ、家族が待って……」

 

 ヤジールがかけた言葉にマカロフは瞳を潤ませる。一年の時を経て、目的を果たしてようやく帰れると思えば感慨もひとしおであった。

 しかし、マカロフの感慨は皇帝の姿を目にした途端、綺麗さっぱり消え失せた。

 

「いつみても若々しい。うらやましい限りですな」

「……え?」

 

 黒髪黒目の青年が、群衆の歓声を浴びながら悠然と歩いてくる。その姿を、マカロフが見間違えるはずもない。

 

(…………ゼレフ)

 

 マカロフはその光景を呆然と見つめながら、体が芯から冷えていくのを感じていた。




空間系や干渉系については独自設定です。


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第五十七話 妖精の心臓

「お主は皇帝スプリガンなのか? それともゼレフなのか?」

 

 マカロフは背を向けてヴィスタリオンの街を見下ろしているゼレフに問いかけた。

 今、二人の周囲に人はいない。帰還したゼレフは12(トゥエルブ)や大臣に迎えられた後、人払いをしてマカロフと二人で対面したのだ。

 

「両方だよ。君たちにとってはゼレフ。西の大陸(アラキタシア)ではスプリガン。まあ、どちらかと言われればゼレフなんだろうね」

 

 ゼレフは目を細め、遠い昔を懐かしむ。

 

「僕はこの世界での生きる意味を探していた。もう四百年にもなるよ。でもね、竜王祭の準備だけはしていたんだ。何百年くらい前かな。この西の大陸で国をつくることにした。初めは小さな国だった。やがて数々のギルドを吸収し、気がつけば帝国という名の巨大な組織ができあがった」

「ルーメン・イストワールを手に入れるためか?」

「隠す必要はないよ。正式名称は知っている。妖精三大魔法のさらに上位、秘匿大魔法妖精の心臓(フェアリーハート)

 

 マカロフの脳裏に浮かぶのはギルド地下に封印されている、水晶に閉じ込められたメイビスの肉体。

 

「これで全てに合点がいった。お主がゼレフだから妖精の心臓を狙っているということか」

 

 ゼレフはマカロフに背を向けたまま小さく頷く。

 

「そうだね。だけど、そう決めたのは最近の話だよ。元々はアクノロギアに対抗するために集め出した力なんだ、帝国は。十年前に進軍しようとしたのも僕の意思ではない。12にも歯止めのきかない子がいてね。その時は僕が止めたんだ。まだその時ではなかったから」

「評議院の保有していたエーテリオンやフェイスを恐れてではなかったのか?」

「もちろんそれもあった。こちら側にも甚大な被害が出ただろうね。だが、今のアルバレスならイシュガルにもアクノロギアにも負ける気はしない」

「交渉の余地は無しか……」

「残念だけど」

 

 落胆するマカロフだったが、驚きは少なかった。民衆に囲まれるゼレフを見たときから半ば覚悟していた事だったからだ。

 

「本当の竜王祭が始まる。黒魔導士、竜の王、そして君たち人間。生き残るのは誰なのか決めるときが来たんだよ」

「戦争を始めるつもりか」

 

 ゼレフは振り向き、表情に薄い笑みを張り付けたまま告げる。

 

「殲滅だよ」

「貴様に初代は渡さんぞ!」

 

 吠えるマカロフにゼレフが手を翳す。すると、マカロフは魔力の渦に捕われて、身動き一つできなくなった。体が砕けそうなほどの重圧にマカロフは呻きをあげる。

 

「むぐぅっ!!」

「君には少しだけ感謝をしているんだ。ナツを育ててくれてありがとう」

「…………!」

「すぐに楽にしてやろう。そして体をナツに届けよう。怒るだろうな、僕を壊すほどに」

 

 マカロフにはゼレフが言っている言葉の意味は分からなかった。

 

「最後に言い残す言葉はあるかい?」

「むぐ、ぐぐ……」

 

 ゼレフの言葉にマカロフは苦痛に呻きながらも、小さく言葉を絞り出す。

 

「醜い、悪魔め……」

「おしいね。スプリガンというのは醜い妖精の名さ」

 

 ゼレフは笑みを嘲笑に歪め、とどめをさそうと魔力を込める。

 その瞬間、マカロフの背後に突如現われた第三者がマカロフを抱え込んむ。その第三者、メストは冷や汗を流しながらゼレフを視界に捉え、即座に瞬間移動で離脱した。

 ゼレフは僅かに驚いて目を見張ると、街の外部に広がる山林に視線を移した。

 

「この地に来ているのか。ナツ……」

 

 

 

 マカロフをゼレフの魔の手から救い出したエルザたち妖精の尻尾(フェアリーテイル)の救出班。しかし、まだ難を逃れられてはいなかった。脱出を果たすためには海中に待機している魔女の罪(クリムソルシエール)と合流を果たす必要がある。

 追撃に出た12の一人、“砂漠王”アジィールの前に窮地に陥るエルザたちだったが、そこにエルザたちの作戦を耳にしていたガジルが大魔闘演舞におけるBチームを再結成し、青い天馬(ブルーペガサス)の魔導爆撃艇クリスティーナを駆って駆けつけたのだ。運転手として一夜もついてきていた。

 メストの瞬間移動で船上に移動すると、ラクサスの雷によってアジィールを足止め。一気に逃げ去った。ちなみに、クリスティーナは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)搭乗用の魔水晶(ラクリマ)を搭載しているため酔うことはない。

 かくして、妖精の尻尾はマカロフの救出を果たしてギルドに帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 帰還した後、エルザはギルドマスターを辞退。再びマカロフがマスターの座につき、ギルドは完全復活を果たすのだった。

 しかし、ギルド復活を喜ぶのも束の間。確定的となったアルバレスの侵攻を前に、ギルドのメンバーたちは覚悟を決め、士気を高らかに叫びを上げた。

 マカロフはその中、杖で床をつき、音をたてて面々の注目を集める。

 

「戦いの前に皆に話しておかねばならない事がある。ルーメン・イストワール。正式名称妖精の心臓のことじゃ」

「それについては私から話しましょう。六代目、いえ八代目」

 

 そう言って、マカロフの背後から現われた初代マスター、メイビスがマカロフの横に並び立つ。

 

「みなさん、妖精の心臓は我がギルドの最高機密として扱ってきました。それは世界に知られてはいけない秘密が隠されているからです。ですが、ゼレフがこれを狙う理由をみなさんは知っておかねばなりません。そして、私の罪も……」

「初代……」

 

 気遣わしげに視線を送るマカロフに、メイビスはゆるゆると首を横に振った。

 

「よいのです。全てを語るときが来たということです。これは呪われた少年と呪われた少女の物語。二人が求めた一なる魔法の物語──」

 

 そうして、メイビスは己の過去を語り始める。

 

 

 

 百年以上の昔、メイビスとゼレフはマグノリアの西の森で偶然出会う。

 ゼレフは意図せずに人の命を奪う“アンクセラムの呪い”に苦しんでいた。

 メイビスはゼレフに惹かれ、多くの魔法を彼から学んだ。そして、当時闇ギルドに支配されていたマグノリアを解放するため、メイビスは未完成の黒魔法を使い勝利したのだ。

 その代償として、メイビスもまたアンクセラムの呪いを受けてしまう。それは人を愛するほど周りの命を奪い、人を愛さなければ命を奪わない矛盾の呪い。メイビスはギルドから姿を消した。

 そして、不死故の苦しみの末、ゼレフと再会する。その頃にはメイビスは何をしても死ねない体に精神を病み、ゼレフもまた、表面的にはまともでも呪いの影響で思考すらも矛盾し狂っていた。世界に二人だけの不死者たち。彼らは互いに愛し合うことになる。

 しかし、悲劇は再び二人を襲う。魔導の深淵。全ての始まり。それは一なる魔法、愛。愛すれば愛するほどに命を奪うその呪いは、口づけの瞬間、不老不死であるはずのメイビスの命を奪っていった。

 ゼレフはメイビスの亡骸を後のマスターハデス、プレヒトに渡し、どこかへと去って行く。

 

「そうだなぁ……。メイビスが妖精なら、僕は醜い妖精(スプリガン)とでも言おうかな。僕はもう疲れたよ。誰にも会いたくない。そうだ、またシミュレーションゲームで遊ぼう。西の大陸なら人に会う心配もない。……僕は誰も愛してはいけなかった。いけなかったんだ…………」

 

 プレヒトはメイビスの肉体が停止していても、魔力を感じさせていたことに気がつき蘇生を試みた。それから約三十年後、プレヒトの類い希な知識と才能、そして、メイビスのもたらす半永久的な生命の維持。それらが融合し、説明のつかない魔法が生まれた。

 

 それこそが、──永久魔法、妖精の心臓。

 

 絶対に枯渇することがない魔力源。アルバレス、ひいてはゼレフが欲する力である。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ブランディッシュはヴィスタリオンに帰還し、自室でソファーに腰をかけながら雑誌をぱらぱらとめくっていた。しかし、視線が文字や写真を追うだけで、内容は全く頭に入らない。

 ブランディッシュの頭では、ずっとカラコール島での出来事が巡っていた。

 そんな時、部屋のドアがノックも無しに不躾に開かれる。

 

「ランディー」

「……マリー」

「賊を逃した話、噂になっておるぞ」

 

 ドアを開いてやってきたのは12の一人、戦乙女とよばれるディマリアだった。

 

「逃がしたんじゃないの。めんどくさいから放っておいたの」

 

 内心の動揺を悟られないよう、ブランディッシュは手元の雑誌に視線を落としたままそっけなく答えた。

 ディマリアも特に興味があったわけでもないのか、くすりと笑ってすぐに話を変えた。

 

「スプリガン12に召集命令だ。アイツが倒れているんだから、早めに準備をせねば遅れるぞ」

 

 ディマリアが言うアイツとはマリンのことだ。マクベスの悪夢を受けてまだ治療中である。

 

「……めんどくさい」

「なら、一緒に行ってやろうか。たまには連れだって仲良く歩くのも悪くはなかろう」

「絶対に嫌」

「奇遇だな。私もだ」

 

 ディマリアは肩を竦め、ブランディッシュの部屋を後にした。

 ブランディッシュは閉じられた扉を見ながら眉を顰める。

 

「アイツ嫌い……」

 

 

 

 ブランディッシュが会議場に到着したとき、そこにはブランディッシュを含めて七人の12がそろっていた。

 “冬将軍”インベル。

 “砂漠王”アジィール。

 “戦乙女”ディマリア。

 “八竜”ゴッドセレナ。

 “審判者”ワール。

 “魔導王”オーガスト。

 “国崩し”ブランディッシュ。

 七人が卓に着くと、ゼレフがヤジールと連れだって現われた。ゼレフも卓に着き、そろっている12の面々を眺めやる。

 

「七人か。急な召集にしてはよく集まってくれたね」

 

 ゼレフの言葉に、背後に控えるヤジールが恐縮しながら口を開いた。

 

「実はナインハルト様も宮殿にはお越しなのですが……、その……」

「いいよ」

 

 ゼレフは構わないと笑って告げるが、インベルがそこに口を挟んだ。

 

「よくはありません。陛下の命令に逆らうなど12の名折れ」

「かてえ事言うなよインベル。集まった奴だけで始めりゃいい。少数精鋭の方がいいだろ」

 

 そう言うアジィールは手を頭の後ろで組んで足を机の上に乗せている。その態度の悪さにインベルが冷たい目で睨むが、彼が口を開くよりも早くゼレフが口を開いた。

 

「もう察しているだろうけど、僕たちはいよいよイシュガル侵攻を開始する」

「めんどくさい……」

 

 ゼレフの言葉にブランディッシュが呟いた。消極的な反対だったが、ゼレフはブランディッシュに視線を移して笑いかける。

 

「そう言わないでくれブランディッシュ。僕の命令は聞く約束だろう?」

「……分かってるわ」

 

 ゼレフに言われ、ブランディッシュは大人しく引き下がった。

 それを見てディマリアがブランディッシュに絡んでいく。

 

「ランディは思ったことをすぐに口に出すから嫌われるのだ」

「あっれー、嫌ってるのは私の方なんだけどなー」

「そうか、やはり私たちは気が合うじゃないか」

 

 そう言ってくすりと笑みを浮かべるディマリア。やはりコイツは嫌いだと内心呟くブランディッシュ。

 そんな二人を尻目に、ゼレフがゴッドセレナに声をかける。

 

「ゴッドセレナ、故郷を焼くのは辛いかい?」

「辛くは、ない!!」

 

 ゴッドセレナは席を立ち、大仰な仕草とともにそう答えた。

 ブランディッシュとディマリアはそれを冷めた目で見つめる。ブランディッシュにいたっては思わず「キモ……」と呟いてしまう。

 呟きを聞いてゴッドセレナはまた、大仰な仕草でブランディッシュをびしりと指差すと口を開く。

 

「ありがとう」

 

 会議場に微妙な空気が流れたところですかさずオーガストが口を開いた。

 

「陛下、我々は全員最終戦争の覚悟はできております」

 

 一瞬、オーガストはブランディッシュに視線を移すが、すぐにゼレフを向いて頭を僅かに下げた。その視線に気がついたブランディッシュは気鬱に視線を落とす。

 ワールがオーガストの言葉を受けて、にやついた笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「つまり目的はかつての恋人の体。これは罪深きことなれば」

「いいや、妖精の心臓は魔法だ。人ではないよ」

 

 ワールの言葉にゼレフは気にしたそぶりもなくそう答えると、すぐに言葉を続けた。

 

「それに目的は妖精の心臓だけではない。イシュガルの殲滅だ。人類は一度滅びなければならない」

「人類、ね……」

 

 ゼレフの言葉にディマリアは小さく呟く。

 ゼレフにとって西の大陸の人間は、人間ではなく駒である。アンクセラムの呪いが発動していない以上、それが方便ではなく本気でそう思っていることがうかがい知れた。四百年、矛盾の呪いに侵され続けた故の狂気。それは12ならば誰もが知る事実であり、それを知ってなお従っているのだ。事実、12は対して気にしたそぶりを見せない。

 アジィールが嬉々として声をあげた。

 

「その任、オレに任せてくれねえかなァ!!」

「いいや、君一人には任せないよ。総攻撃だ」

「バカな! おれ一人で十分だ。ゴッドセレナが一番強えって大陸だぞ! つまりオレ一人でも殲滅できる」

「それならそれでいいんだよ」

 

 言いつのるアジィールにゼレフは首を横に振り、ゼレフにしては珍しい好戦的な笑みを浮かべた。

 

「全軍、全員での総攻撃。そこに意味があるんだよ。竜王祭が始まる。進軍開始だ」

 

 このゼレフの言葉を受け、アルバレスでは総攻撃の準備が始まった。

 決戦の時はすぐそこまで近づいていた。

 

 

 

 世界のどこか。薄暗い洞窟の奥で、浅黒い肌の男が襤褸のマントに身を包んで腰を降ろしていた。

 

「傷がうずく。炎竜に喰われた左腕が……」

 

 男はマントをはためかせながら立ち上がり、その姿をみるみる異形のものへと変貌させる。

 

「竜王祭。我が全てを喰らってやろう。我こそが竜の王にして絶対の存在。アクノロギアなり」

 

 洞窟をその巨体で破壊しながら、最強のドラゴン、アクノロギアが叫びを上げたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アルバレス軍の出撃準備は整いつつあり、出撃を目前に控えていた。

 第一陣として出立するのはアジィール、ブランディッシュ、ワールの人形体の三人。空駆ける大型巡洋艦五十隻を率い、イシュガルに西からそのまま進軍する。

 着々と部下が準備を進めていく様子を、ブランディッシュは物憂げに眺めていた。

 

「ブランディッシュ、お主の部下の治療は終わったぞ」

「おじいちゃん」

 

 そこに、オーガストから声をかけられた。カラコール島で魔法をかけられてから目を覚まさなかったマリンをオーガストが見てくれていたのだ。

 オーガストは憂いを湛えたブランディッシュの表情を見て口を開く。

 

「相変わらず、戦争に反対のようじゃな」

「……うん」

 

 ブランディッシュは小さく頷いた。

 

「私はどうしても、この戦争の意義がわからない」

「アクノロギアに対抗できるとしたら妖精の心臓を手に入れた陛下のみ。そのための戦いじゃ」

「その根拠は何? アクノロギアの強さも、妖精の心臓を手に入れないと対抗できないというのも、全部陛下の受け売りでしょう。実のところ、私たちは何も知らない」

「誰よりも強い陛下が恐れておる。それだけでアクノロギアの脅威を測るには十分。お主のそれは、戦いたくないがための現実逃避にしかすぎぬであろう」

 

 オーガストの言葉にブランディッシュは僅かに押し黙る。そして、再び口を開いた。

 

「アクノロギアに関してはそうかもしれない。なら、交渉して妖精の心臓を手に入れれば良い。アクノロギアを倒すためだと言えば奪い取るような真似をしなくても……」

「それは無理だ。イシュガルでは陛下の悪名が広く知れ渡っている。そのような人物に無限の魔力を渡すなど許可されようはずがない。例えアクノロギアがなんとかなろうと、新たな脅威が生まれるだけだと判断されるのが関の山じゃろうて」

「でも、メイビスは陛下の元恋人なんでしょ。陛下が誠心誠意話せばきっと──」

「ブランディッシュ!」

「────!」

 

 突然の怒声にブランディッシュは身を強ばらせる。怒声を発したオーガストは一転して、感情が抜け落ちたような表情をすると静かに口を開いた。

 

「メイビスはあくまで陛下の元恋人。今は敵でしかない。敵でしかないんじゃ……」

(な、何……?)

 

 ブランディッシュは初めて見るオーガストの様子に困惑を隠せない。だが、無表情のオーガストが発する、これ以上踏み込んでくれるなと言う拒絶の意思を前に黙るしかなかった。

 故に、ブランディッシュはさらなる疑問に話を変えた。

 

「なら、全軍で侵攻する意味は? イシュガルの殲滅なんて、それこそ何の意味があるか分からない」

「陛下が必要だと言ったのだ」

 

 オーガストの言葉に、ブランディッシュは悲しそうに視線を落とした。

 

「おじいちゃんはそればっかり……。どうして自分で考えないの。全てを陛下に委ねるの。盲目的なまでに信じることができるの!」

「…………」

「一体、陛下はおじいちゃんとって何──」

「もうよい」

「あっ……」

 

 オーガストの呟きとともに、ブランディッシュを急激な眠気が襲った。抗いようのない眠気を前に、ブランディッシュの意識は暗く沈んでいく。

 

(まだ、おじいちゃんの本音を聞けてないのに……)

 

 いつも気になっていた。あれだけ忠義を尽くしているのに、ずっと満たされていないような浮かない顔をしていたオーガスト。その本心を聞くことが叶わないまま、ブランディッシュは深い眠りに落ちていく。

 倒れ込むブランディッシュの体をオーガストが抱き留める。

 

「聞こえているな、マリン」

「はい。も、もちろんですぅ」

 

 オーガストの声に答え、どこからともなくマリンが姿を現した。

 

「お主がブランディッシュの代わりに指揮を執れ。普段からめんどくさがりでお主に仕事を丸投げしているブランディッシュのことだ。怪しまれることはなかろう。ただし、ブランディッシュの状況は隠しておけ」

「は、はい!」

「それと、ブランディッシュは戦争が終わるまで目を覚まさぬであろうが、その間にもしブランディッシュの身に何かあればどうなるか……分かっているであろうな?」

「それはもう勿論でございます!!」

 

 マリンはオーガストに睨まれ、冷や汗を滝のように流しながら頭を下げた。

 

「ならばすぐにブランディッシュを船の自室に運んで寝かせてやれ。お主の魔法ならば誰にも見つからないよう運べるであろう」

「はい!」

「では任せたぞ」

 

 オーガストは恐縮するマリンにブランディッシュを預け、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「一年近くにわたるアルバレス潜入、及び妖精の尻尾の潜入手引き。お疲れ様どす」

 

 評議院の一室で、斑鳩は帰還したマクベス、ソラノ、リチャード、ソーヤーを迎えいれていた。斑鳩の他にもジェラール、ウルティア、メルディ、エリックがその場におり、これで魔女の罪が久しぶりに全員集合した形となる。

 ソラノが口を尖らせてぼやいた。

 

「あいつらが別ルートで帰ったせいで待ちぼうけだったゾ」

「まさか空中艇で帰っちまうとはね」

 

 ソーヤーもやれやれと肩を竦める。

 ジェラールが苦笑いしつつ声をかけた。

 

「何にせよ、無事で何よりだ。アルバレスに見つかったと聞いたときは胆が冷えたぞ」

「らしくねえヘマしたじゃねえか。それとも、オレがいねえと潜入は難しいか?」

「おい、エリック」

 

 ニヤニヤとしながらからかうエリックをジェラールが静止する。

 マクベスはエリックの言葉を聞いて、疲れたように口を開いた。

 

「途中までは順調だったんだけどね。流石に城へ踏み込みすぎた。オーガスト、向こうの最強の魔導士に見つかってしまったんだ」

「正直、逃げ切れただけでも奇跡的デスネ」

 

 リチャードもマクベスの言葉に頷いた。

 

「オーガストは古今東西、あらゆる種類の魔法が使えるという。君が着いてきても厳しかったんじゃないかな」

「へえ……」

 

 マクベスの言葉にエリックは目を細める。マクベスが心底うんざりしている様子がつぶさに聞こえる。それだけでオーガストの脅威度は分かるというものだ。

 メルディがそこに口を挟んだ。

 

「皆から見てオーガストはどうだった? その、えっと……」

「そいつは斑鳩より強かったのかしら」

「あ、はっきり言うんだ」

 

 言いづらそうにするメルディに変わってウルティアが口にする。

 皆の視線が斑鳩に集まる中、マクベスが口を開いた。

 

「どうかな。実際、オーガストの力を見たわけではないからね」

「それはそうでしょう。勝敗なんて、戦わないと分からないものどす」

「ただ、その身に宿す魔力量は他の12とも比較にならない。ゴッドソウルをした斑鳩にも勝るとも劣らないだろう。それを考えれば、単独で対抗できそうなのはやはり斑鳩だけかな」

「そうどすか……」

 

 あくまで魔力量だけの話とは言え、只人の身で神を降ろした斑鳩に並ぶなど尋常ではない。アルバレスの精強さは聞いていたが、改めて化け物ぞろいだと思わされる。

 その中、ソーヤーが口を開いた。

 

「ところで、こっちの準備はどうなってんだ。事前に提出した資料の通り、戦争回避はたぶん無理だぜ」

「そうどすな。防衛線にできる限り軍隊をつぎ込んではいますが、正直もらった資料を見る限り勝目は薄いと言わざるをえまへん。七百を超える魔導士ギルドを接収したアルバレスの軍隊に対抗するためには魔導士ギルドの力を借りるしかないんどすが……」

「難航してるのよね……」

 

 斑鳩とともにウルティアが頭を抱えた。

 百年ほど昔に起こった第二次通商戦争。魔導士ギルドが介入したことでこの戦争の死傷者は第一次通商戦争の数十倍に及んだ。これを受けて魔法界はギルド間抗争禁止条約を締結したのだ。また、魔導士ギルドはイシュガルにおいて戦争への参加も禁止されている。あくまで軍隊所属の魔導士でなければ戦争に参加してはならないのだ。

 

「これが厄介なんどす。評議員では限定的な撤廃もやむなしという話にはなっているんどすが、撤廃するにあたってイシュガル各国との交渉が滞っているんどす」

「嬉々として限定的な撤廃どころか完全撤廃を要求する国もあれば、限定的な撤廃にも大反対する国がある。イシュガルで戦争中の国は多くあるから、下手にこの条約に触れれば戦火を拡大することになりかねないの」

「つってもよ、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」

 

 ソーヤーが呆れたように呟いた。

 ウルティアが続ける。

 

「イシュガルでも東の方、アラキタシアから遠い国では危機意識が薄いのよ。それに、魔導士ギルドも戦争に加わるのはごめんだと言っているところがほとんど」

「嫌がる人を無理矢理戦争に参加させることはいけないデスネ!」

「そういう事情もあって無理矢理な徴兵は不可能なのよ」

「魔導士ギルドが自衛のため、自発的な参加をする場合に限り参戦を認める。さらに対象はアルバレスの侵攻に限る。といったところまで辿り着いたのがついさっきなんどす」

「それでお前らそんなに疲れてんのか……」

 

 そう言って、ソーヤーが斑鳩とウルティアに視線をやった。評議員の斑鳩は勿論、元評議員として斑鳩の執務の大部分を手伝っているウルティアも相当な心労が溜まっているようだ。

 その時、部屋の外から慌ただしく近づいてくる足音が聞こえてきた。間もなくして、評議院の職員が斑鳩たちのいる部屋に駆け込んできた。

 

「何事どすか!」

 

 時刻は既に日が落ち、夜になっている。こんな時に運ばれてくる急な連絡などろくなものであるはずがない。嫌な予感を感じる一同の前で、駆け込んできた職員が大きく叫んだ。

 

「大変です! アルバレスが宣戦布告もなく急襲してきました!」

「────!!」

 

 報告を受けて斑鳩たちは職員を置いて走り出した。向かったのは管制室。新たに超古文書(スーパーアーカイブ)を設置した部屋である。そこでは複数の職員が常に張り付き、大陸の情勢を監視していた。

 

「これは……」

 

 管制室に到着した斑鳩たちが見たのは、大陸地図に映し出される、アルバレス軍を示す大量のマーカーと、瞬く間に破られた防衛線を示すマーカーだった。




たぶん、第一陣はさらっと流します。


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第五十八話 開戦

 宣戦布告なしにフィオーレ領土に攻め込んできたアルバレス軍。

 アルバレス軍は評議院によって布かれていた防衛線を空中艇からの砲撃で瞬く間に崩壊させると、第一陣であるアジィール、ブランディッシュ、ワール隊はフィオーレ上空をマグノリアに向かって進軍した。

 マグノリアの妖精の尻尾(フェアリーテイル)は町民の避難や術式など、来たる戦争に対し事前に備えていたおかげでアルバレスの急襲に即座に対応することに成功する。

 そして、二つの勢力はマグノリアにおいて激戦を繰り広げる。

 

 実質ブランディッシュ隊を率いていたマリンは、グレイとカラコール島での決着をつけにいった結果敗北。

 アジィールもエルザと戦い、後一歩のところまで追い詰めるが、ビスカの魔導集束砲ジュピターによる援護射撃もあって敗れることになる。

 そしてワール人形体は、クリスティーナでマカロフたちを送り届けた後、そのままマグノリアに滞在していた一夜と雷神衆の手で撃破された。だが、人形体は四人を道連れにしようと自爆を試み、結果、雷神衆は一夜をかばい倒れてしまった。

 

「君たち、君たちィ……!!」

 

 ワールとの激戦地となったカルディア大聖堂に、一夜の慟哭が響き渡る。

 

 

 

 マグノリアの西で空中艦隊を多数撃墜し、さらに着陸した敵の掃討を行っていたナツとハッピー、ウェンディとシャルル、ガジルとリリー。掃討を終えた三人と三匹であったが、すぐにはギルドに帰還せず、着陸した空中艇のうちの一隻を探索していた。

 

「おい火竜(サラマンダー)! いい加減に説明しやがれ! この船がなんだってんだ!!」

 

 船に残っていた残党を殴り倒しながら、ガジルがナツに怒鳴りつける。

 ナツは鼻をすんすんと鳴らしながら答えた。

 

「匂いがすんだ。カラコール島で会ったアイツの」

「カラコール島ってまさか、島を小さくしちゃったって言う12(トゥエルブ)の一人ですか!?」

 

 ウェンディが驚きの声をあげる。ウェンディはカラコール島で迷子の世話をしていたため、直接ブランディッシュとは会っていない。故にその匂いが分からなかったのだ。

 それを聞いてシャルルとリリーが首を捻る。

 

「それが本当ならまずいわね。マグノリアの街も一瞬で圧縮されたりするんじゃないかしら」

「確かにな。だが、そうするとこの船にいるのはおかしいだろう。マグノリアに乗り込んだ方が効果的だ」

「あい、オイラもそう思う。ナツの気のせいじゃない?」

「いや、間違いねえ。この部屋だ。──オラァ! 出てこいや!!」

「ナ、ナツさん!?」

 

 ナツはハッピーの言葉を否定して、船の一室の扉を蹴破った。目を丸くしているウェンディに構わず、ナツはずけずけと部屋の中に入っていく。他の二人と三匹も仕方が無いと即座に後に続いた。しかし、部屋に入ると、そこで目にした思いもしない光景に足を止めた。

 

「ね、寝てる?」

「こんな時に悠長な……」

 

 シャルルとリリーが思わず呟く。

 ナツはさらに近寄ってブランディッシュの体を大きく揺すった。

 

「なに寝てんだ。起きろ」

「バカ! 罠だったらどうすんだ!!」

 

 ナツはガジルの静止を無視してブランディッシュを揺すり続けるが、一向に目を覚ます気配がない。さすがに不自然な状況に、ガジルとウェンディも顔を見合わせる。

 やがて、ナツは揺するのをやめて振り返った。

 

「ダメだ。起きねえ」

「どうなってんだこりゃ……」

「多分、魔法で眠らされてますね。どうしますか? 私の魔法なら解除できますけど」

 

 ウェンディの提案に、リリーが首を横に振った。

 

「いや、ここで目を覚まさせるのは危険だ。せめてギルドに連れ帰ってからにするべきだろう」

「そうね。ギルドには魔封石の手錠も準備してある。拘束してから目を覚まさせて、情報を聞き出すのが最良じゃないかしら」

 

 リリーの提案にシャルルも頷く。

 

「決まりだな。じゃあ、連れてくか! 詳しくは知らねえけど、ルーシィが知り合いだとか言ってたし!」

「あい!」

 

 そう言って、ナツが眠るブランディッシュを抱えると、三人と三匹はギルドに帰還するのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ南方、ハルジオン近海。その海上を軍艦三百隻からなる大艦隊が進んでいた。

 

「アヒャヒャ、アヒャヒャヒャヒャ」

「気持ち悪い笑い方、やめてもらえるか? さざ波の音色が台無しだ」

 

 とある船上で甲板に突っ伏し、笑い声をあげるワールにディマリアが冷たく言い放つ。それでもワールの笑い声が収まる様子はない。

 

「アヒャヒャ。いやぁ、予想以上に面白い事になってますれば。おっと、この口調もうヤメヨウ。……やっぱ、人形じゃ無理だったかぁ」

「あら、あなたのお人形さんやられちゃったの?」

「まあ、それくらいは予想の範疇」

 

 ワールはそう言うと、ぬらりと立ち上がる。

 

「面白えのはアジィールもやられて、ブランディッシュは敵に捕まったって事よ」

 

 機械族(マキアス)であるワールは送り込んだ自分の人形体や兵隊から送られてくる情報によって、第一陣と妖精の尻尾の戦いの結果を入手していた。

 その報告を聞いたディマリアは一瞬呆けると、次いで思わず吹き出した。

 

「ぷ、何それ。ランディが敵の捕虜に? なんて惨めなのかしら」

 

 ディマリアは嗜虐の笑みを浮かべ、頬を僅かに紅潮させる。

 ワールはひとしきり笑うと言葉を続ける。

 

「笑った笑った。なかなかやるようだぜ。妖精の尻尾ってのは」

「皇帝が全軍を出撃させるほどだからな」

「だが、なめられたままってのは面白くねえ。面白くねえよ、ディマリア」

「焦るな。直に港に着く。まずはその港を制圧して──」

 

 窘めるディマリアだったが、ワールは構わずに体の前方で手を組むと、巨大な砲台を召喚した。ディマリアも強く咎めたりせずに言葉を続ける。

 

「港を粉々にするつもりか? まだ三十キロはある」

「いいや。狙いは妖精の尻尾だ」

「四百キロ以上はあるぞ。当たるものか」

「機械族のエリート。ワール様をなめるなよ」

 

 そう言って、ワールは砲台に魔力を充填する。常識外れの魔力が注ぎ込まれ、すぐに圧倒的な破壊の光が発射された。

 

「超長距離対物魔導砲!!」

 

 放たれた砲撃は一直線にマグノリアの妖精の尻尾ギルドに向かっていく。間に阻むものは何も無い。

 妖精の尻尾でもウォーレンのレーダーによって砲撃を確認できたが、雷神衆が倒れて防御術式も解除され、防御手段が何もない今、対処する術がない。

 

「全員退避!」

「またギルドが壊されるのかよ!!」

 

 嘆きつつもギルドから離れようとする一同に、どこからか声が聞こえてくる。

 

「そうはさせんぞ!!」

「その声は!」

「一夜さん!?」

 

 拡声され、マグノリア中に響く声。同時に、魔導爆撃艇クリスティーナが砲撃とギルドの間にその身を入れ込んだ。

 

「メェーン!!」

 

 艇体は砲撃の直撃を受けてバラバラに砕け落ちる。だが、ギルドを砲撃から守ることに成功した。その中、まだ生きている制御室で、一夜は一つのスイッチの前に立つ。

 

「これは戦いだ。しかし、君たちだけの戦いじゃない。──フィオーレ通信網オォォン!!」

 

 一夜はスイッチを強く叩くように押し込むと、マイクに向かって叫びをあげた。

 

「聞こえるか諸君! これは私たちの戦いだ!!」

 

 その一夜の声はフィオーレ中のギルドに響き渡り、その声に応えて勇士たちが立ち上がることとなる。

 日が落ちてから始まった戦争はこうして一日目を終え、二日目へと突入する。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 明けて翌日。フィオーレ北部、霊峰ゾニア。

 

「凄い数だ。流石に、これだけの数の魔力を記憶はしきれないね」

「無駄口叩いてねえで戦えルーファス!」

 

 ルーファスとオルガは肩を並べ、いくらでも沸いてくるアルバレス兵をなぎ倒していく。

 北部から上陸したアルバレス軍の三百隻以上からなる大艦隊。対するは剣咬の虎(セイバートゥース)青い天馬(ブルーペガサス)の連合軍。彼らは霊峰ゾニア麓の山林でぶつかりあった。

 

「くそっ、きりがねえぜ」

「下がってレン! 白い牙(ホワイトファング)!!」

「すまねえイヴ、助かった!」

「ここは雪が降り積もっている。イヴをメインにレンと僕でサポートしていこう」

「了解!」

 

 青い天馬のトライメンズも見事な連携でアルバレス兵を押し返す。

 他の魔導士たちも、圧倒的な兵力差をくつがえさんと奮戦していた。

 

「流石です皆様。私も見習わなければ、ライブラ!!」

 

 ユキノは星霊ライブラの重力変化でアルバレス兵を一気に押しつぶす。制圧力でいえば中々のものであった。そうして一息ついていると、一足先に前線まで行っていた仲間たちが悲鳴をあげながら戻ってきた。

 

「何事ですか!?」

「逃げろユキノ! 人が、人が次々に──かはっ!!」

「なっ!!」

 

 逃げてきた人々が突然血を吐いて倒れる。その光景にユキノは思わず口元を手で覆ってしまう。

 

「死神だ! 逃げろォォォ!!」

「死神……」

 

 仲間が逃げてきた方角に、鬼面の巨躯が遠目に見えた。人型だがとても人間とは思えない。まだ距離はあるというのに、それほどに禍々しい気配を発していた。

 

「くっ……」

 

 明らかに普通の兵士ではない。ならばコイツが噂に聞く12だろうか。しかし、大した魔力は感じない。だというのに不吉な予感がユキノの胸をざわめかせる。

 覚悟を決める意味でもユキノは声を発した。

 

「いえ、なんであろうと戦うのみです!」

「いや、やめといた方がいいと思うよ」

「──! 誰ですか!?」

 

 ユキノが突如聞こえてきた聞き慣れない声に振り向くと、巨大な何かが目の前に落ち、積もった雪を巻き上げた。

 

「移動神殿オリンピア到着~」

「あ……」

 

 ユキノの周りの仲間たちは事態を飲み込めずに困惑している。しかし、ユキノは今し方聞こえてきた女性の声には聞き覚えがあった。それこそ聞き違えるはずがないほど強く覚えている。

 すぐにオリンピアの入り口から、四人の男女が姿を現す。

 その中の一人、ユキノと同じ綺麗な白髪の女性が優しく微笑んだ。

 

「久しぶり。お姉ちゃんが来たからにはもう──」

「お姉様ぁぁぁ!!」

「ぶほっ!」

 

 ユキノは脇目もふらず、思いっきりソラノに飛びついた。ソラノは受け止めきれず、そのまま二人で雪の上に倒れこむ。

 

「ちょっ、ユキノ。落ち着くんだゾ」

「お姉様……、恩赦を受けたと聞いていたのに会いに来てくださらないから。私は嫌われてしまったかと……」

「ああ。それは……」

 

 ソラノは、体の上に馬乗りになり涙を浮かべるユキノの表情を見上げながら、気まずげに口元を尖らせた。本当はすぐにでも会いに行きたかったのだ。なのに、恩赦を受けてすぐアルバレス送りにされた。なんという人使いの荒さだろうか。

 ソラノはそっと、ユキノの頬に手を添えた。

 

「そんなことないゾ。ユキノは私の大事な妹。約束、遅くなってごめんね」

「いえ、私こそこんなときに……」

「気にしなくて良いんだゾ」

 

 ソラノはそう言って、ユキノを引き寄せ体を寝かせたまま優しく抱きしめた。

 その様子を見て、リチャードは涙を流して感極まったように叫ぶ。

 

「美しき姉妹愛デスネ!」

「こんな時にってのは野暮か。それに、おかげでオレたちが味方だって認識してもらえたみてえだしな」

 

 ソーヤーが周りを見渡せば、最初は不審な目を向けていた魔導士たちの視線がいくらかやわらいでいる。ソラノがユキノの姉だとわかったおかげだろう。

 その中、エリックが遅れてオリンピアの中から姿を現した。

 

「ようやく着いた。ああ、気持ち悪い……」

「不便な体になったね、エリック」

「うるせえ……」

 

 口元を押えるエリックにマクベスは声をかけると、視線を先にいる鬼面の男に向けて口を開いた。

 

「早速おでましみたいだけど行けそうかい?」

「はっ、当たり前だろ。死神だかなんだか知らねえが、折角カモが自分からやってきてんだ。狩らねえ手はねえだろ?」

「ふっ、そうだね。じゃあ、ここは任せた。僕たちは兵隊の殲滅に向かうよ」

 

 不敵な笑みを見せるエリックに、マクベスも同様の笑みを返す。

 

「さあ、魔女の罪(クリムソルシエール)の力を見せてやろう」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ南部、ハルジオン港。ここにも北部と同様に三百隻以上の大艦隊が上陸し、瞬く間に港を制圧してしまった。

 ディマリアは占拠したハルジオンの街並を眺めながら歩いて行く。

 

「なかなか良い街だ。消さなくて正解だったな、ワール」

「アヒャヒャ、狙ったのはマグノリアの方なんだけどな」

 

 ディマリアに答えたワールは建物の屋根に乗り、より広く景色を眺めていた。

 

「それもやはり消さなくて正解だ。ランディが捕まっているんだぞ。その無様な姿を想像するだけで食が進みそうだ」

「人間ってのはよくわかんねーな」

 

 ワールが率直な感想を口にする。

 そうして話す二人の足下には抗戦したハルジオンの魔導士が倒れて野ざらしにされていた。

 ディマリアは周囲を固める兵士に問いを向ける。

 

「ナインハルトはどうした?」

「まだ船の上に」

「やれやれ。協調性なしと機械のおもりか。早く会いたいものだ、ランディ」

 

 ぼやきつつ、ディマリアはワールとともに、街の外に展開する軍隊に合流するため移動する。整列する軍のさらに向こう。ハルジオンを見下ろせる小高い丘の上にはフィオーレの魔導士たちの姿が見えた。

 その姿を視界に捉え、ディマリアは笑みを浮かべる。

 

「身の程を知らぬバカどもに教えてやらねばならんな。12の真の強さを」

 

 

 

 丘の上に立ち並んでいるのは人魚の踵(マーメイドヒール)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の連合軍。その先頭にはカグラとリオンが並び立っていた。

 二人の後ろからは不安そうな声が漏れ聞こえてくる。無理もないだろう。ハルジオンの街の前に二千人ほどの兵士。街の中にもさらにおり、海にも上陸していない兵士がいる。対してこちらの数は合わせて二百人程度しかいない。

 不安そうそれらの言葉を口にする面々に、リオンは静かに告げた。

 

「敵がどれだけ強大でも戦わねばならん」

 

 その言葉にカグラも頷く。そして、今やイシュガルの威信を背負う尊敬すべき人物、斑鳩の姿を思い浮かべ、小太刀を抜き放ってハルジオンを指し示すと、大きく息を吸って口を開いた。

 

「ここは我らの地イシュガル! アルバレスの侵略を許しはしない!! ──これよりハルジオン解放戦を始める!! 進めェ!!!」

「オオオオオオ!!!!」

 

 カグラの号令のもと、南部の戦いが始まった。

 

 

 

 そのハルジオンに向け、フィオーレ国土を南下していく魔導四輪の姿があった。

 

「くっ、そろそろ始まったころか……。やはり、オリンピアのような移動手段をもう一台準備しておくべきだった」

「落ち着きなさい。今更後悔しても何も変わりはしないわ」

 

 車上にはジェラール、ウルティア、メルディが乗り込んでいる。

 そわそわとしているジェラールをウルティアが宥める。そこに、運転手を務めているメルディが声をかけた。

 

「そうそう、二人は到着してからのことを考えて。何のために私が運転してると思ってるの」

「メルディ。そうか、そうだな……。すまん」

 

 メルディの言葉にジェラールは天を仰ぐ。

 その様子を見てウルティアが肩を竦めた。

 

「どうせカグラのことを心配してんでしょ。大事な友達の妹だものね」

「……そんなことはない。戦っている人々の全てが心配なんだ。あまりにも兵力差が大きすぎる。少しでも力にならねば」

「はいはい。それも嘘じゃないでしょうけど、特にカグラが心配なのは変わんないでしょうに。聖人でもなし、そのくらいの贔屓は人として当たり前だと思うけどね」

「それは……」

 

 そんな二人の会話を聞いて、メルディが小さく笑った。

 

「ジェラールが心配するほどカグラは弱くないでしょ。それに、サギちゃんもついてるし大丈夫だよ」

「…………だと、いいのだがな」

 

 ジェラールの胸奥には不吉な予感がくすぶっていた。ウルティアとメルディの励ましを聞いてもそれが晴れることはない。

 

(杞憂であればいいのだが……)

 

 不安に思いながら、ジェラールは魔導四輪にその身を預けるのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ東部、名もなき荒野。北部、南部と違ってそこにある影はごく少数だった。

 アルバレスはフィオーレの東国、ボスコに百万の軍勢を差し向けて制圧に動いた。その後、アルバレス軍はボスコに留まり動きを見せないが、制圧が済めば大軍でもってフィオーレに攻め込んでくる可能性がある。

 だというのに、東部の防備の薄さは何なのだろうか。それはその場に立つ人物たちにある。

 そこに立ち並ぶは聖十大魔導序列一位から五位まで、現評議員の五人であった。いずれも軍隊の一つや二つは蹴散らして余りある戦力だ。むしろ、五人でも戦力は南北に勝るといって過言ではない。

 

「結局、戦争回避もできず、防衛線も機能しなかった」

「とんだ無能をさらしたものだわい」

(ワッシ)らはここで踏ん張らねばな」

 

 戦争回避に動いていたハイベリオン、ウルフヘイム、ウォーロッドは強く責任を感じていた。

 その三人の言葉にジュラも大きく頷く。

 

「議員として、たいした働きも出来なかった。ならば聖十の魔導士として、攻め入る敵を打ち砕かなければなるまい」

「ええ。イシュガルの威信、今度こそ示して見せましょう」

 

 斑鳩は腰の神刀に手を添えて、静かにそう呟いた。その内心は序列一位としての使命感に熱く燃えている。

 その五人の前にゆっくりと、ボスコの方角から人影が三つ近づいてくる。その人物たちは斑鳩たちの眼前まで来ると、そのうちの一人が歩み出てきた。

 

「よお」

「ボスコ国を襲ったのは貴様だったのか、この裏切り者め」

「オレ一人の力じゃねえ。オーガスト、それにジェイコブ。みんなの力さ」

 

 怒りを隠しもしないウルフヘイムの言葉に、こともなげに返すゴッドセレナ。

 ボスコからやってきたのは12のうちの三人。ゴッドセレナ、オーガスト、ジェイコブだった。

 ウルフヘイムに続き、ハイベリオンもまた冷たい瞳でゴッドセレナに問いかける。

 

「なぜ母なる大地を汚すのかね。ゴッドセレナ」

「いい顔だ。ドラキュロス・ハイベリオン」

 

 ゴッドセレナはそう言うだけで、ハイベリオンの問いには答えない。

 そして、ゴッドセレナは五人のうち、唯一の女性である斑鳩へと視線を移す。視線に気がついた斑鳩は薄い笑みを浮かべると口を開いた。しかし、その瞳はまったく笑ってはいなかった。

 

「初めまして。うちは斑鳩と申します」

「アンタがオレの後任か。噂には聞いていたが」

「うちも前任に会えて光栄どす。聖十最強の称号を持つ責任も果たさず、故郷を捨て、攻め入ることも躊躇わない性根はとても真似できまへんね」

「おいおい、言ってくれるじゃねえか」

 

 ゴッドセレナは笑みを深めて魔力を急激に高めると、後方のオーガストとジェイコブに呼びかけた。

 

「気が変わった。下がってろよオーガスト、ジェイコブ。最初はハイベリオンたちと旧交を温めようと思ったが、まずはアンタの実力を見てやるよ。後任」

 

 対する斑鳩も刀に手をかけ、腰を落とした。

 

「あら、一人でよろしいので?」

「そっちこそ、全員でかかってきていいんだぜ」

 

 二人の視線が交錯し、一瞬の膠着。

 そして、図らずも同時に飛びだし、新旧の聖十大魔導序列一位がぶつかり合った。




というわけで始まりましたアルバレス戦。
戦力配置は原作とほぼ同じ。ただ、魔女の罪が恩赦によって自由に動ける身となっているため、到着が非常に早くなっています。
まとめるとこんな感じ。

○北部
剣咬の虎、青い天馬、魔女の罪(元六魔)

○南部
人魚の踵、蛇姫の鱗、魔女の罪(ジェラール、ウルティア、メルディ:移動中)

○東部
評議員五人


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第五十九話 最強の魔導士

 二日目の朝。

 ナツは独断でハッピーと共に、ゼレフとインベルが率いる西軍百万の中へ飛び込んだ。兵士たちをものともせずに蹴散らすと、ナツはゼレフに相対する。

 ナツはイグニールが残した最後の力を解放してゼレフを圧倒するが、そこで思わぬ真実を告げられることとなる。

 

「僕の名はゼレフ・ドラグニル。君の兄だ」

 

 困惑するナツに、ゼレフは淡々と過去を語っていく。

 今から四百年ほど昔、ゼレフの両親と弟であるナツはドラゴンの炎に焼かれて死んだ。

 ゼレフはナツを蘇らせる研究の末、ゼレフ書の悪魔(エーテリアス)という生命体の構築に成功する。それこそがエーテリアス・ナツ・ドラグニル。ENDの正体だった。

 その後、ゼレフはナツをイグニールに預けることになる。イグニールは仲間のドラゴンたちとともに滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を育て、アクノロギアを倒すために自らを魂竜の術で魔導士の体内封じ、未来に行く計画を練っていた。ゼレフもアクノロギアを倒すことに賛同する。また、ナツが強くなることでゼレフを殺してくれるかも知れないという期待をこめての選択だった。

 そして、アンナという星霊魔導士がエクリプスの扉を開き、ドラゴンが育てた五人の滅竜魔導士、ナツ、ガジル、ウェンディ、スティング、ローグが未来に送られる。そしてレイラが扉を開き、ナツたちはこの時代で目を覚ました。

 

「僕はね、ずっと君を待っていたんだ。だけど四百年は長すぎた。いろいろあったんだよ。いくつもの時代の終わりを見てきた。人の生死の重さが分からなくなってきた。メイビスに出会った。そして別れた。僕は……」

「黙れ……。そんな話信じられるかよ!!!」

 

 ナツはイグニールの力の全てを右腕に込め、全力でゼレフに殴りかかる。

 

「君はゼレフ書の悪魔だ。僕を殺せば君も死ぬ」

「それがどうした! オレは迷わねえ! そう決めた! おまえを倒すためにオレはここにいるんだ!!」

「これが僕を止める最後のチャンスだ」

 

 ゼレフは嬉しそうに涙を浮かべ、ナツの拳を受け入れようとした。

 

「ナツ──!!」

 

 しかし、ハッピーが後ろからナツを引き留める。

 

「ハッピー、何してんだ降ろせ!!」

「オイラはやだよ。ナツぅ……」

「降ろせ! イグニールの力が消えちまう! 今を逃したら二度とゼレフは倒せねえ!!」

「ナツはオイラの友達なんだ! ナツは違うの!!?」

「────」

 

 涙を流して叫ぶハッピーに、ナツはそれ以上何も言うことは出来なかった。ナツの右腕に宿った力が消失していく。

 

「絶対に連れて帰るから! ギルドに!!」

 

 ハッピーはナツの服を力一杯握りしめ、空を飛んでギルドへと引き返す。

 ゼレフはそれを黙って見送った。ナツにより刻まれた傷が消えていく。

 そのゼレフに、命令によって手を出さずに後ろで控えていたインベルが声をかける。

 

「陛下……」

「僕を止められる者は誰もいなくなった。もうなんの迷いもないよ。兵を進軍させよう。標的は妖精の尻尾(フェアリーテイル)妖精の心臓(フェアリーハート)という絶対的な力を手に入れる」

「はっ!」

「それと新しい服を頼めるかい?」

 

 ゼレフは凄惨な笑みを浮かべると、後ろのインベルに振り返る。

 

「皇帝にふさわしい服を」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ北部。

 鬼面の巨躯が歩む先、魔導士たちは次々に倒れていく。この者の名はブラッドマン。死神の名を冠する12の一人であった。歩くだけで死をまき散らすその様は、まさに死神の名に相応しい。この猛威に抗える者は一人として存在しない。そのはずだった。

 目の前に、ある男が現われるまでは。

 

「我が体から出る魔障粒子をものともせんとは。何者だ」

魔女の罪(クリムソルシエール)。それだけ覚えておきな」

 

 言って、エリックはブラッドマンに飛びかかる。

 ブラッドマンはそれを避けようともせずに見つめている。

 

「生憎、我が体は魔障粒子そのもの。故に死神。貴様に触れることなど──がっ!!」

「あ? なんか言ったか」

 

 エリックはブラッドマンの言葉も聞かず、次々に拳を繰り出した。

 

「バカな! 我が攻撃を受けることなど──!!」

 

 ブラッドマンはその連撃にさらされて、困惑もあらわに声を荒げる。それもそのはず。ブラッドマンは先程自身で口にしたように、体が魔障粒子で出来ている。故に、あらゆる攻撃は粒子の集合体でしかないブラッドマンを捉えることができないはずだった。

 

「貴様、その身に纏う力は!!」

「聞こえてんだぜ。てめえのその体も、同じ属性なら殴れるってなあ!!」

 

 同じ瘴気を纏っていれば、ブラッドマンの体を実体として捉えることが出来る。その弱点を当然、心が読めるエリックは知っている。

 

「侮るな! 我は死神! 命の審判者なり!! 骸に魂を喰われるがいい!!」

 

 ブラッドマンが無数の骸を召喚する。骸は周囲一帯を埋め尽くし、エリックの魂を喰らわんと襲いかかる。すぐにエリックの肉体は骸の中に埋もれた。

 

「うぜえ!!」

「バカな!」

 

 しかし、エリックはすぐに骸の中から姿を現した。エリックを包んだ骸は、ぐずぐずに溶けて地に転がる。

 

「死をもたらす骸が逆にやられた? いや、そもそも骸に囲われて傷一つないとは……。貴様、何者なのだ!!?」

「だから魔女の罪だって言ってんだろ。つっても、てめえが聞きてえのはそうじゃねえか」

 

 エリックはにやりと笑い、その身に宿す力をあらわにする。右半身からは毒がしたたり、足下の骸を溶かしていく。左半身からは瘴気が立ち上り、ブラッドマンが発する瘴気と混ざり合う。その両腕には鱗が浮かび、異形の腕へと変貌した。

 

「貴様、まさか毒と瘴気の滅竜魔導士……」

「正解だ。そして、スレイヤー系の魔導士は同じ属性に強い耐性を持つ。この意味、分かるだろ」

 

 ブラッドマンは瘴気の固まり。故に瘴気による以外の攻撃は持ち得ない。本来、あらゆる攻撃を無効化し、あらゆる魔導士を死に至らしめるブラッドマンは無敵に近い。しかし、エリックを前にしたとき、その力はあまりに無力なものへと成り下がる。

 

「まだだ! その身に受けよ、冥界より噴き出る九鬼の呪法。天下五剣・鬼丸!!」

 

 瘴気による攻撃も、物理的な力を高めた上で放つものであれば通じるはず。そう考えて放たれた斬撃はしかし、いともたやすく避けられた。

 

「聞こえてんだよ」

「────!!」

 

 ブラッドマンが攻撃を受けた衝撃のあまり、気がつくことができなかったエリックのもう一つの力。心の声を聞く魔法。思考を読まれたブラッドマンに攻撃をあてることなど不可能だった。

 

「あばよ。相手が悪かったな」

「認めぬ! 認めぬぞ! こんな人間!!」

「毒障竜の砕牙!!」

 

 エリックの拳がブラッドマンを打ち砕く。ブラッドマンの体を構成していた粒子は霧散し、空気中に溶けていく。周囲を覆っていた骸も消え失せた。

 戦いは終わり、今度はアルバレス兵を押し返すため、エリックはそのまま歩みを進めようとした。そのとき、後方から気味の悪い力がエリックを絡め取ろうと伸びてくる。

 

「ただでは死なぬ! 道連れじゃあああ!!」

 

 ブラッドマンは最期の力で黄泉への扉を開いた。エリックの肉体をその中へと引き込んで命を奪わんと欲しているのだ。しかし、

 

「だから、全部聞こえてんだよ。その気色の悪い怨嗟の声も」

 

 エリックは振り返りもせずに背後から伸びてくる力を躱し、森の奥へと進んでいく。

 

「おのれ! おのれええええええええ!!」

 

 ブラッドマンはその手の届かぬ背中を目にしながら、森の中ひとりで消滅した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ南部、ハルジオン港。

 

「アイスメイク・タイタンフィート!」

「天神の北風(ボレアス)!」

「こいつら以外とやるぞ!」

 

 リオンの造形魔法が、シェリアの滅神魔法が、次々にアルバレス兵を倒していく。

 現在、ハルジオンの街の前では、街を占拠したアルバレス軍とそれを解放するために集まった人魚の踵(マーメイドヒール)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の連合軍が戦っていた。

 連合軍の魔導士たちが兵力差を覆さんと奮戦する中で、一際異彩を放っているのはカグラであった。

 

「止めろ! 止めろおお!!」

 

 アルバレス兵の絶叫が轟く中、カグラの二刀の小太刀が煌めいた。その小太刀を一振りするごとに、鎌鼬が幾人ものアルバレス兵を地に沈める。その足は止まることなく、アルバレス軍の陣を斬り破り、奥へ奥へと入っていく。当然、そうなればカグラの周りは敵で囲まれる。

 

「囲め! 囲んで数で圧殺しろ!!」

「おお!!」

「すさまじい練度だ。先頭は斬られる恐怖を抱えていように」

 

 アルバレス兵の練度に感心しつつ、カグラの口調に焦りは微塵もない。押しつぶさんと迫るアルバレス兵に、カグラは圏座のひとつを展開する。

 

浮力圏(ふりょくけん)高ノ座(こうのざ)

「か、体が!!」

 

 カグラを囲んだ大量のアルバレス兵の体が、近づいた途端に空中へと浮かび上がる。自由を奪われ、どうにか動こうと空中でもがく兵士たちの中心で、カグラは二刀の小太刀を構えて体を捻った。

 

乱旋風(らんせんぷう)鎌鼬(かまいたち)!」

 

 回転しながら全方位へ放たれる剣撃の嵐。兵士たちは切り刻まれると、ようやく浮力圏から解放されて地に落ちる。周囲はまさに死屍累々。戦闘が始まってまだ間もないというのに、カグラが斬り伏せた兵士は数百にのぼる。対してカグラには傷一つなく、息の乱れも一切ない。

 そんな連合軍の奮戦を、ワールは遠く街中から眺めていた。その視界に連合軍の魔導士たちを幾人かとらえてにやりと笑う。

 

「ロックオン。まとめて吹っ飛びな!!」

 

 ワールはミサイルをいくつか生成すると、戦場へ向けて発射した。放たれたミサイルは狙い違わず着弾し、魔導士たちを言葉通りに吹き飛ばず。兵力差を考えれば、この攻撃だけで連合軍が受けた損害は計り知れない。

 

「次々ィィィ!!」

 

 ワールはどんどんとミサイルを生成、発射して飛ばしていく。

 街中からの攻撃を止める術もなく、このままではワールの遠距離攻撃を前に、連合軍は一方的に負けてしまうだろう。

 

「させん!」

 

 だが、そんなことはカグラが許さない。初撃こそ通してしまったが、二撃目からはワールのミサイルを漏らすことなく、鎌鼬をもって空中で切り落とした。当然、変わらず兵士を斬りながらである。

 

「このまま街中の砲撃手を斬りに行くべきか。少し待つべきか」

 

 カグラは小さく呟いた。

 ジェラールたちがハルジオンに向かっていることは事前の連絡で知っていた。勢力差を考えれば、制圧力の高いカグラが街中に行くと、その分残った魔導士たちに負担が行く。であれば、ジェラールたちが戦線に参加してから砲撃手を斬りに行くという選択も有りだろう。

 

(いや、私がいなくともリオンが纏めてくれる。ジェラールたちの到着がいつ頃になるのかも分からん。ここは仲間を信頼して行くべきだ)

 

 カグラはそう方針を固めると、アルバレス軍の陣を突破するべく足を速める。

 ワールはその姿を視界に捉えながら、特徴的な笑い声をあげた。

 

「アヒャヒャ、ありゃ兵隊じゃ止めらんねえなぁ。だが、ディマリアが興味を持っちまったみてえだから、心配ねえか」

 

 そう言うワールの視線の先で、猛威を奮うカグラに近づく影がある。

 カグラも接近するその気配に気がつき小太刀を出した。ディマリアの剣とカグラの小太刀が音を立ててぶつかった。

 

「おおっ、いい反応速度だ」

 

 ディマリアは剣を防いだカグラを見て、その表情に笑みを浮かべる。

 対して、防いだカグラは表情ひとつ変えずに口を開いた。

 

「そういう貴様は些か鈍いな」

「────がっ!」

 

 カグラがそう口にしたとき、ディマリアの胴体に赤い筋が入り、そこから血が滴り落ちる。カグラはディマリアの剣を防いだその瞬間、すでにもう片方の小太刀で反撃していたのだ。そのカウンターにディマリアは全く反応できなかった。

 一方、ディマリアに対して先手をとった形となるカグラだったが、その表情は晴れない。

 

(完全にとったと思ったが、傷が思ったよりも浅い。内包する魔力量は私の遙か上か)

 

 がら空きの胴体を斬ったのだ。本来なら、その一撃で倒れてしかるべしだろう。その防御力の高さから、相手の保有する魔力量を推し量る。

 とはいえ浅いという言葉の前に、思ったよりも、という言葉がつく。この一撃で倒せはしなかったがあと何撃か。十も斬れば倒せるだろう。

 そうふむカグラの前で、ディマリアは傷を見つめて体を小刻みに震わせていた。

 

「私を、斬った……?」

 

 その姿はあまりにも隙だらけ。それを見逃すカグラではない。

 

(なんだか知らんが、これで決める)

 

 カグラがディマリアに小太刀を繰り出し、その身を切り裂くその寸前。ディマリアがカチカチと歯を鳴らす。

 その瞬間、カグラの眼前からディマリアの姿がかき消える。

 

「何!?」

 

 すぐに空間系の魔法を使われたのでは、という考えに至ったカグラは咄嗟に斥力圏を発動し、前方にディマリアが見当たらないことを確認してすぐさま振り返る。思った通り、ディマリアはカグラの後方に移動していた。

 

(やはり空間系か?)

 

 カグラがそう考えて警戒していると、ディマリアが薄い笑みを浮かべて口を開く。

 

「ちょっと遊ぶだけにしようと思ったが、やめだ。とことんいじめてあげる」

 

 瞬間、カグラを悪寒が襲う。否、戦場全体で連合軍の魔導士たちは皆、這い寄る悪寒に身を縮る。ディマリアがその身に宿る魔力を剥き出しにしたのだ。

 

(戦場が凍り付く圧倒的な魔力。こいつが噂のスプリガン12……)

 

 カグラが知らず息を呑む。この時、決してカグラは油断などしていなかった。むしろ、ディマリアの一挙手一投足を注視していた。だというのに、気がついたときにはカグラの衣服は破かれて、はらはらと地面に落ちていく。

 

「いつの間に!?」

「前髪がランディと同じだ。いじめがいがありそ」

 

 ディマリアがその表情に、僅かに嗜虐心を浮かび上がらせる。

 

(何をされたか全くわからん。空間系か? それとも別の何かなのか?)

 

 ディマリアの圧倒的な魔力。得体の知れない魔法。

 それらを前にして、カグラはかつてない焦燥を感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ東部。

 斑鳩とゴッドセレナが対峙する。

 最初に仕掛けたのはゴッドセレナだった。

 

「冥土の土産に見せてやるよ。オレの力を! ──煉獄竜の炎熱地獄!!」

 

 ゴッドセレナは左腕に炎を纏い、それを斑鳩めがけて解き放つ。攻撃の規模で言えば、斑鳩どころか周囲のハイベリオンたちを焼き尽くして余りある。

 八竜のゴッドセレナ。その正体は体内に八つの竜の魔水晶(ラクリマ)を宿した滅竜魔導士。当然、炎だけではなく、水や大地などの属性を持った滅竜魔法を同時に使うことができる。

 

「どうした! このまま焼かれるつもりかよ!!」

 

 ゴッドセレナは迫る炎を前にしても、動きを見せない斑鳩に叫びをあげる。

 では、なぜ斑鳩は動かなかったのか。簡単に言えば、斑鳩にまともに戦う気などは全くなかったのだ。これは戦争であり、勝たなければならない戦いだ。後ろには最強の魔導士と名高いオーガストも控えている。

 

(予想通り、うちを侮っての大技。その場に足を止めてはる)

 

 斑鳩はその炎を目前にして、ようやく神刀の力を解放した。

 

接収(テイクオーバー)・ゴッドソウル」

 

 斑鳩の姿が神の力を宿して変容していく。

 神刀に月の魔力が流れ込み、紫色に輝いた。斑鳩はゴッドソウルの制御を磨いたことで、月がなくとも己の魔力で月の雫(ムーンドリップ)を生成出来るようになっていた。とはいえ、月の力を借りた方が質も量も圧倒的に上ではあるのだが。

 

「無月流、夜叉閃空」

 

 紫光の斬撃が放たれる。その力に触れた炎はただの魔力となって消失した。

 

「──は?」

 

 ゴッドセレナの呆けた表情。

 油断していたゴッドセレナにその神速の魔剣を避けることは叶わない。戦の権能によって必殺の威力を持ったその斬撃が、ゴッドセレナを切り裂いた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ブランディッシュは目が覚めた瞬間、がばりと勢いよく体を起こす。

 

「ここは!?」

 

 見知らぬ部屋の光景に慌てて周囲を確認していると、すぐ隣から声をかけられた。

 

「良かった。目が覚めたんだね」

「ルーシィ……。なんで……?」

 

 ブランディッシュが眠っていたベッドの隣では、ルーシィが椅子に腰を降ろしている。その後ろには見知らぬ老婆が壁にもたれかかっていた。

 ブランディッシュがオーガストと話していたときはまだ出撃準備をしていた頃だ。それから眠りによって意識が断たたれているため、予想だにしていない状況に困惑せずにはいられない。そして、腕の違和感に視線を落とせば、ブランディッシュの両腕は拘束されていた。

 

「手錠?」

「そう、魔封石のね。簡潔に言うと、今アンタは捕虜になってるのよ」

「捕虜……」

「といっても、分からないだろうから一通り経緯を説明するね」

 

 そうして、ルーシィの口から、第一陣からブランディッシュが運び込まれるまでの経緯。そして現在、東、北、南で戦いが起こっていることを聞かされた。

 

「アジィールが負けた……。皇帝が敵を侮るなって言ってた意味、少し分かったわ」

 

 ブランディッシュは驚き、僅かに感心したように呟いた。

 そうしていると、ルーシィが再び口を開く。

 

「一応、アンタがなんで眠らされていたのかは合格の人から聞き出して知ってる。戦争に反対してくれたんだってね」

「マリンが……」

「うん。ちなみに、彼は拘束して牢に入れてるわ。捕まえてからは危害を加えたりしていないから安心して」

「そう……。後、言っておくと私は別に戦争に反対した訳じゃないわ。オーガストにこの戦争の意味を聞いただけ」

「それでも、私たちの側に立って考えてくれたんでしょ? 私はそれだけで嬉しいよ」

 

 そう言って綺麗な笑顔を浮かべるルーシィに、ブランディッシュは一瞬見とれてしまう。それから気恥ずかしさに顔を逸らすと、視線を拘束されている手元に落とす。

 

「ほんとお人好しね。バカみたい」

「あはは……」

 

 ブランディッシュの言葉に苦笑を浮かべるルーシィ。

 ブランディッシュはそのまましばし瞑目して考えにふける。そして、再びまぶたを開くとルーシィに言った。

 

「ねえ、あんたたちのマスターと話をさせて。提案があるの」

「提案?」

 

 そう言って首を傾げるルーシィを、ブランディッシュが真剣な瞳で真っ直ぐ見つめた。

 

 

 

 妖精の尻尾のギルドではウォーレンが作り出したレーダーによってフィオーレ領の地図がモニターに映し出され、その地図上に12と思われる魔力反応が示されている。

 

「北部の12の反応がひとつ消えた! さっそく誰かがやってくれたみてえだ!!」

「すげえ! まだ正午にもなってねえぜ!」

「この調子なら勝てるんじゃねえか!!」

 

 北部の反応、ブラッドマンの敗北を観測した妖精の尻尾のメンバーたちは歓声をあげて喜んだ。主力は南北の援軍に向かってギルドには残っていないが、メンバーの多くはギルドで戦況を観測し、来たるべき決戦に備えている。

 そこへやってきたブランディッシュがレーダーを見上げて口を開いた。

 

「驚いた。また一人12がやられたのね」

「どわ! 12!!」

「目が覚めたのか!?」

 

 いつの間にかいたブランディッシュに、ギルドのメンバーたちは驚いて後ずさる。それとは対照的に、マカロフがブランディッシュに歩み寄った。

 

「どうやら目が覚めたようじゃの」

「ええ、おかげさまで」

「それはよかった。それで、できればアルバレスの情報を何か教えてくれれば助かるのじゃが」

「それはできない。私はアルバレスの人間。簡単に祖国を裏切ることはできない。だから貴方たちの味方にはならない」

 

 マカロフの言葉にブランディッシュは首を横に振った。マカロフも分かっていたのか、特に動揺もなく溜息をひとつ吐く。しかし、ブランディッシュはそこに「ただ……」と付け加えて言葉を続ける。

 

「貴方たちに助けられたのは事実だし、ルーシィには借りがある」

「え?」

 

 ブランディッシュに視線を向けられて、ルーシィがなんのことかと首を捻る。ブランディッシュはマカロフに視線を戻すと言葉を続けた。

 

「だから一つだけ提案。私がオーガストと交渉をしてあげる」

「────!」

 

 マカロフが驚いて目を見開く。そのやりとりを聞いていたメンバーたちもその言葉にざわついた。

 その中、ブランディッシュはさらに言葉を続けていく。

 

「オーガストは私が小さい頃から知ってる仲。交渉次第では退いてくれるかもしれない」

「それはありがたい申し出じゃが……。聞いた話では、お主はオーガストに眠らされたのでは?」

「ええ、そうね。でもオーガストは無理矢理話を打ち切った。何か聞かれるとまずいことがあったはずなのよ。それを知るためにも私自身、オーガストと話はしたいし、それ次第では交渉の余地もあると思うの」

 

 そう言って、ブランディッシュは眠らされる寸前に見たオーガストの表情を思い出す。最初は怒っているのかと思ったが、あれは悲しみの表情だったと今は思う。

 なぜオーガストは盲目的に陛下を信奉するのか。この戦争の意義は何なのか。改めて問い質さなければならなければならないと直感している。

 

「なるほどの……じゃが……」

 

 マカロフは言葉に迷いを滲ませる。どの程度信じて良いのかわからないのだ。最悪、12を一人解き放つことにもなり得る。

 ルーシィはその迷いを読み取って口を開いた。

 

「マスター、あたしは信じる」

「ルーシィ……」

 

 その言葉に続いてもう一人、賛同の声をあげた男がいた。

 

「オレもいいと思うぜ、マスター」

「メストもか……」

 

 ルーシィに続いて賛同を示したのはメストであった。メストは嬉しそうに見てくるルーシィに肩を竦めてみせる。

 

(まあ、カラコールではあんな話を聞いちまったらな)

 

 そう思い、メストが内心苦笑していると、少し考え込むように黙っていたマカロフが口を開いた。

 

「分かった。どうかよろしく頼む」

 

 こうしてブランディッシュは東へ交渉に赴くことになり、同行者にはルーシィとメストがつくこととなった。

 

 

 

 いざ出発する段になったとき。ブランディッシュの耳にふと、ギルド内の会話が聞こえてきた。

 

「交渉って言ってもよ。オーガストってのがいるのは東部なんだろ?」

「四天王が守ってるとこだし、案外負けてたりしてな」

 

 ブランディッシュは呆れたように溜息をつくと、その会話をしているところに振り返って声をかけた。

 

「オーガストは12の中でも別格。勝てるとすれば同じく最強の魔導士として12で双璧を為すアイリーンだけ。何人か12を倒したからって、思い上がらないことね」

「そ、そんなになのか……」

 

 ブランディッシュにそう言われた魔導士たちは、その真剣な口調から薄ら寒いものを感じて身を震わせる。そして、そう口にしたブランディッシュ自身、その力を思い出して身震いせずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「がっ、か、はあっ……」

 

 血濡れのゴッドセレナが膝を地に着けた。左肩から右の腰にかけて、大きな傷を負っている。

 しかし、斑鳩はその光景を驚きとともに見つめていた。

 

(傷が、浅い……)

 

 斑鳩は戦争においてまで、相手の命を気遣うような優しさは持ち得ていない。相手が一方的な侵略者で、かつ強大な魔導士であればなおさら手加減などあり得ない。だというのに、必殺を確信した剣を受けておいて意識すら保っているのはどういうことだ。

 斑鳩は夜叉閃空がゴッドセレナを切り裂かんとしたその寸前のことを思い出す。あれは一瞬のことであったが、障壁のようなものが確かにゴッドセレナを守ったのだ。

 

「はあ、はあ……、あんたの仕業か。オーガスト」

「左様」

 

 ゴッドセレナの言葉に後ろに控えていた老人が頷き、ゴッドセレナの横まで歩み出てくる。

 オーガストは身の丈を超えるほどの杖をつくと、真っ直ぐに斑鳩へと視線を据えた。

 

「この女は私がやろう」

「待て、オーガスト。オレはまだ──」

「これは命令だ。お主では勝目は無い」

「……くそっ」

 

 オーガストの容赦ない言葉に、ゴッドセレナは地面に拳を打ち付けた。

 その光景を目にしながら、油断なく斑鳩は剣を構えていた。オーガストはゴッドセレナと言葉を交している間も、斑鳩から目を離すことはなかった。その視線から送られる威圧感たるや、三十年近い人生の中でも最大だ。

 

「お主はこの女以外の相手をせよ。必要ならばジェイコブにも手伝ってもらえ」

「いらねえよ」

 

 ゴッドセレナはよろよろと立ち上がり、視線をハイベリオンたちに移す。

 

「させまへん」

 

 そのゴッドセレナを斑鳩が狙った。ゴッドセレナの傷は深い。例えオーガストの邪魔が入っても、もう一撃入れば倒せるはずだ。

 そうして斑鳩が刀を振おうとしたその瞬間、オーガストがもう一度杖で地面をつく。

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 その瞬間、斑鳩の姿がただの人間へと戻ってしまう。

 

「そんな!?」

 

 斑鳩の瞳が驚愕に見開かれた。斑鳩はゴッドソウルを解いていない。勝手に解かれたのだ。

 オーガストは古今東西、あらゆる魔法を修めたといわれている。まさか、封印の類の魔法でも使ったのだろうか。斑鳩が再びゴッドソウルをしようとしても、できる気配が全くない。

 

「ゴッドソウルを封じれば、手負いのゴッドセレナでも十分であろうが。念のためだ」

 

 人に戻された斑鳩とは対照的に、オーガストの姿が変じていく。髪は逆立ち、肌は赤く染まり、その上に黄色い紋様が浮かび上がる。

 

「私手ずから、殺してくれよう」

 

 オーガストの規格外な魔力が露になる。

 その力に正面から晒されて、斑鳩はその重圧に冷や汗が止まらない。それでも無理矢理に口の端を釣り上げて、己の心を叱咤する。

 

「望むところどす」

 

 斑鳩に、かつてない壁が立ちはだかる。



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第六十話 ディマリアの魔法

遅くなってすみません!
リハビリがてらなので少し短めです。


 フィオーレ北部、霊峰ゾニア。

 スプリガン12(トゥエルブ)の一人にしてオーガストと双璧を為す最強の女魔導士、アイリーンは戦火から離れ、降りしきる雪の中を佇んでいた。その傍らにはアイリーン隊のジュリエットとハイネが付き従っている。

 

「ジュリエット、ハイネ。あなたたちも前線へ行きなさい」

「は!」

「えー、なんでぇ~!?」

 

 アイリーンの命令にハイネは頷くが、ジュリエットは不服そうに口を尖らせる。

 

「ブラッドマンとラーケイドがいれば大丈夫でしょぉ?」

「様をつけんか! 直属でなくとも上官だぞ、バカ!」

「そのブラッドマンがやられたのよ」

「────!!」

 

 息を呑むハイネ。ジュリエットも僅かに目を見開いた。

 

「どうやら、天馬と虎の他に厄介な客が紛れ込んだようね。二人とも無理に攻める必要はないわ。戦線を建て直し、無理なようなら一度退いても構わない」

「は!」

「はーい」

 

 今度こそ二人は命令に頷いてその場を後にした。

 

「アジィールにブランディッシュ、そしてブラッドマン。イシュガルも存外やるものね」

 

 残されたアイリーンはひとり呟く。

 

「東部にオーガスト様、南部にはディマリア、そして北部に私がいる以上、私たちの勝利は揺るがないでしょう。けれど、思った以上に時間がかかってしまうかもしれないわね。そして、陛下が妖精に心臓(フェアリーハート)を手に入れる前にアクノロギアが襲来すれば、それでゲームオーバー。全ては終わる」

 

 アイリーンは地に着く杖から、大地へとその膨大な魔力を流していく。

 

「念のため各地に目を飛ばしましょう。場合によっては予定を早めなければならないわね」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラが着込んでいた着物が切り裂かれ、布きれとなって地面に落ちていく。裸に剥かれ、カグラは思わず身を縮めた。

 

「初心ね」

「────!?」

 

 いつの間にか、ディマリアはカグラの背後から抱きつくようにして、裸体に腕を這わせていた。斬られたときと同様、全く反応できなかった。

 

「あれだけ強いのに裸に剥かれたくらいで戦場で隙を見せるなんて。もしかして未通?」

「黙れ!!」

 

 カグラはディマリアを振り払おうと思い切り身をよじる。再びディマリアは姿を消し、気付けば隣に立っていた。

 

「クス。むきになっちゃって。図星かしら」

 

 カグラは射殺すようにディマリアを睨むがどこ吹く風。むしろ、表情に浮かべた嗜虐の笑みをさらに深める結果となる。

 

「かわいい。やっぱりいじめがいがあるわ」

 

 

 

 その二人の様子を青鷺が影から見つめていた。

 カグラが斬り捨てたアルバレス兵に紛れるようにして身を隠していた。

 

(……あいつの魔法、空間魔法じゃない)

 

 転移を繰り返すディマリアを見て、青鷺はそう判断した。

 青鷺の影狼は長距離転移を可能とするマーカーであると同時に、詳細な魔力感知を可能とする。その感知結果とこれまでの経験から、空間魔法とは違う異質さを感じ取ったのだ。

 

 空間魔法では対象空間にほんの僅かだが干渉してくる魔力が存在する。故に、一流の魔導士は警戒してさえいれば、その微細な変化を感じとって反応することができる。事実、斑鳩やカグラは大魔闘演舞において、ミネルバの絶対領土による空間の性質変化の予兆を感じ取り、発動と同時に空間ごと切り裂くことでほぼ無効化して見せた。だが、ディマリアにはその予兆が全くない。

 

 加えて空間転移の場合、転移先の座標に固体があると重なることができずに魔法は失敗する。故に、どれほど対象に接近した状態で転移出来るかは術者の腕による。だが、どれほど腕が良かろうと、転移した瞬間既に抱きついて肌を接触させているなどという現象はありえない。

 

(……こんなの今までの経験にない。だけど)

 

 青鷺は眉を顰める。一つだけ似た現象を引き起こす魔法を知っている。確証はない。故に確かめなければならない。

 影狼を気がつかれないように、倒れるアルバレス兵の影に隠して展開させる。そして、カグラとディマリアを全方位から包囲した。

 

(……最悪の予想が当たっていたとしたら、運が悪ければ私は──)

 

 腰の短刀に手を伸ばす。ぐっと、柄を握る掌に力を込めた。

 

 

 

 ディマリアの背後でゆらりと青鷺が立ち上がる。まるで幽鬼のような気配のなさ。

 ディマリアを睨むカグラがそれに気がついても微塵も表情に表さなかったのは、八年にわたり連携を重ねてきたが故であろう。

 

「次はどうしてあげようかしら」

 

 おかげでディマリアは青鷺に気がついていない。如何にしてカグラで遊ぶかしか考えていなかった。

 

(しかし、どうするつもりだ。青鷺。いくら不意を打とうと、油断していようと、その身に刃が突き立てられるまで気がつかないほど鈍くはあるまい。そして、気がつかれれば不可思議な転移で逃げられるぞ)

 

 カグラがそう考えを巡らせていると、青鷺がこっそりサインを送ってきた。

 青鷺の考えはわからない。それでも、話し合う時間もカグラからサインを送ることもできぬ状況となれば、信じて青鷺に従う他はない。

 

「そうね。折角裸にしても観客がいないんじゃ──」

 

 ディマリアがそういった瞬間、カグラはディマリアに背を向け一目散に逃亡した。まさかカグラが脇目も振らずに逃亡するとは思っておらず、一瞬呆気にとられてしまう。

 同時に、黒い狼が四方八方から飛びかかってきた。前方に現われた狼に至っては、視界を覆うように身体を広げて躍りかかる。それこそカグラの逃亡を助けるように。

 

「バカね。私から逃げられるわけがないのに」

 

 そう言って、ディマリアはカチリと歯を鳴らした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラは青鷺から送られてきたサインに従い、一目散に逃亡した。背後で影狼がディマリアに襲いかかったことにも気がついていた。心配だったが、青鷺に何か考えがあるのだろうと振り返らなかった。しかし、どうしたことだろう。走っていたはずのカグラはいつの間にか地面にうつぶせに倒れていた。

 混乱するカグラの頭上から、ディマリアの声が振ってくる。背に感じる圧から、カグラはディマリアに踏みつけ押さえつけられている状況であることを理解した。

 

「無駄よ。私には勝つことはおろか、逃げることさえ出来はしない。あなたにある選択肢は私の玩具になることだけ。上手く楽しませてくれれば、逃がしてもらえるかもしれないわ。ただし──」

 

 カグラの眼前に何かが落ちる。同時に、背に生暖かい液体が降りかかった。

 

「──手を切り落とされても悲鳴一つあげないつまらない娘だと、すぐに殺してしまうかもしれないがな」

「貴様、まさか──!!」

 

 カグラの思考は一瞬で沸騰する。眼前に落ちてきたのは前腕の半ばほどから断ち切られた左手だった。

 立ち上がろうと力を込めるカグラを、ディマリアはより一層強い力で踏みつけて身動きをさせない。身じろぎさえ出来ず、うつぶせのカグラには頭上の様子を何も確認することが出来なかった。

 悔しさの余り、地面に爪を突き立てた。

 

「クス。やっぱりお前はいいな。琴線に触れるよ。心配しなくてもお前の仲間は殺してない。ちゃんと生きてここにいるさ。まあ、手はひとつ無くなったけど」

 

 這いつくばるカグラを見下ろして、ディマリアは頬を紅潮させる。

 その右腕には剣を携え、左腕で青鷺の首を抱え込むようにして拘束していた。

 青鷺は脂汗を流しながら、右手で左腕の傷口を圧迫して出血を止めている。必死に歯を食いしばって痛みを我慢する青鷺の荒い息がカグラの耳に届く。

 

「おのれ!!」

「ああ、やっぱりひと思いに殺さなくて正解だった」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶカグラ。

 ディマリアは舌なめずりして言葉を続けた。

 

「今から、この娘の左腕を輪切りにしてお前の眼前に投げていってやる。途中で気を失ったり死んだりしたら、首を切り落として目の前に供えてやろう。そら、感動の再会だ」

「下種が!!」

「それが嫌だったら、私の足下からはやく這い出ることだ。そうだ、重力魔法は使うなよ。使った瞬間、この娘の首をはねる」

「この────!!」

 

 悔しさに唇を噛み切りながら、カグラは必死に足下から這い出ようともがき始める。その無様さにどんどんと笑みを深めていった。

 

「ほら、お前も黙ってないで応援してやれよ。それとも私に命乞いしてみるか? 私の命だけはって。あんまりみっともなかったら、興がのって逃がしてやるかもしれんぞ」

 

 興奮したように腕の中の青鷺にまくし立てるディマリア。

 そのディマリアを、ずっと左腕を押えて俯いていた青鷺が首を限界まで捻って横目で見上げた。

 なにを口にするのかと楽しみに笑っているディマリアに、青鷺は静かに言った。

 

「……お前、時間を止めてるな」

 

 その言葉にディマリアはおろか、カグラさえも虚をつかれた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラが逃げ、影狼がディマリアに襲いかかる。

 それらを前にディマリアが歯をカチリと鳴らした瞬間、世界は止まった。物音一つ立たない世界をディマリアの声だけが震わせる。

 

「この魔法、あの剣士のものじゃないな」

 

 ディマリアは静止する影狼を剣で薙ぎ払うと周囲を見渡した。そして背後を振り返って青鷺を見つけると僅かに驚いた。

 

「まさかこの距離で気づかないとは。たいした隠密性だ」

 

 さて、と呟いてディマリアはカグラと青鷺を交互に見た。

 

「二人とも裸に剥いたところで観客がいないのだからやはり面白くない。今のうちに片方を殺して死体を見せつけるか? いや」

 

 ディマリアは首を横に振って周囲を見る。周りにはカグラが斬り倒したアルバレス兵しかいない。であれば、この二人で最大限遊ぶ方法を考えなくては。

 

「そうだな。左腕を少しずつ削っていき、それを見せつけてやろう。それがいい」

 

 良いことを閃いたと胸をときめかせ、準備に向かう。そして、カグラをうつ伏せに踏みつけ、青鷺を左腕に抱え込んで左手を切り落とすと、再び歯をカチリと鳴らして世界を再び動かした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 いつの間にか首に回されているディマリアの腕、切り落とされている自分の左手を見て、青鷺が苦痛に呻きつつ最初に思ったことは、やはり、である。

 ディマリアの転移を見た際、青鷺が似ていると思ったのはウルティアのフラッシュフォワードであった。水晶の未来、別の可能性を持ってくることで水晶を分裂させる魔法。水晶の時に干渉することによって分裂させる故、分裂して現われる水晶から魔法的干渉を感知することが出来ない。その現象が予兆なく瞬間移動するディマリアと重なったのだ。

 空間ではなく、世界への干渉。

 そして、襲わせた影狼の破壊、青鷺の捕獲、左手の切断、カグラの捕獲。これらを時間差なく同時に行ったとなればおおよその推測はつく。

 

「……お前、時間を止めてるな」

 

 そして、推測は。

 

「なぜ、それを──」

 

 ディマリアの反応で確信に変わった。

 魔法を見破られたことによる一瞬の思考の空白。それを見逃す青鷺ではなかった。

 ディマリアの左腕と右足が空をきって思わずよろめく。捕まえていた青鷺とカグラが姿を消したのだ。

 

「転移使いか!!」

 

 慌てて周囲を見渡すが二人の姿は影すら見えない。

 ディマリアは舌打ちをして地面を蹴った。

 

「私が出し抜かれた……? この借り、腹の傷と合わせて必ず返すぞ…………!!」

 

 魔法が見破られたから何だというのか。時を封じる魔法、アージュ・シールは無敵だ。

 

「次は必ず殺してやる……」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 青鷺とカグラが飛んだのは戦場から少し離れた森の中。戦争前に緊急退避用として影狼を待機させていた場所のひとつである。

 カグラは転移した途端にぐらりと身体を傾かせた青鷺の身体を受け止めた。すぐに近くの樹木にもたらせかけると、自分のリボンをほどいて傷口を固く縛った。

 

「しっかりしろ! すぐに陣に連れて行く! そうすれば医療班もいる。シェリアもすぐに呼んでこよう!!」

「……それは、だめ。あいつの魔法の対抗手段を見つける前に戻ったら、今度こそやられる」

 

 青鷺は苦痛に息を荒くしながら首を横に振った。

 

「しかし!」

「……それより、ジェラールと、合流。ウルティアの力、を」

「青鷺!!」

「……後は、まか、せ」

 

 それだけを伝えると、青鷺は意識を失った。

 カグラは青鷺を抱え上げると立ち上がる。

 

「…………ああ、任せろ。お前はもう休め」

 

 カグラは歯を食いしばり、その場を駆け出した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ハルジオンに向けて急ぐジェラールたち。

 

「三十分もすればつきそうね」

「ついにか」

「まだ正午を回ったばかり。思ったよりも早く着いたわね」

「そうだな。メルディ、ありがとう。無理をさせたな」

 

 そう言ってジェラールとウルティアが声をかけたとき、メルディが何かを見つけて叫びをあげた。

 

「待って! 前方に誰か立って、いや、走ってくる!!」

「敵か!?」

 

 メルディの叫びに反応してジェラールとウルティアが身を乗り出す。

 メルディが魔導四輪のブレーキを踏む。急ぐためにスピードを出していたため、車内の三人は大きく投げ出されそうになるが辛うじて堪えた。

 そうして停止させた車の前に、やってきた人物が立つ。

 

「お前──」

 

 それは意識のない青鷺を抱えたカグラであった。

 ジェラールたちが何があったのか尋ねる暇もなく、カグラは毅然と言い放った。

 

「力を貸してくれ。一刻も早く討たねばならぬ敵がいる」




オリキャラにはブレーキ甘くなりがち。
空間魔法については独自設定です。


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第六十一話 夜叉を追う者

 フィオーレ南部、ハルジオンでは人魚の踵(マーメイドヒール)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の連合軍が奮戦していた。街に近づけずにいるものの、十倍以上という兵力差を考えればよく戦っていると言っていいだろう。

 しかし、その戦線は僅かに崩れだしていた。

 原因は先程アルバレス側からもたらされた報せによるものであることは明白だった。

 

『敵将、二刀使いの女剣士を討ち取った』

 

 大音声でその報せが叫ばれ、アルバレス兵たちが歓声の声を轟かせた。

 初めはカグラが敗れるはずがないと信じなかった連合軍だったが、いつまでもカグラが姿を現さないことで次第に動揺が広がっていった。こんなとき、頼りになる青鷺が同時に姿を消したことも大きく影響した。

 

「これは敵の策略だ! 奴の死体を見た者がどこにいる!! 気を抜くな、このような嘘に騙されていてはカグラが戻ってきたときに合わせる顔がないぞ!!」

「──おお!!!」

 

 リオンが魔導士たちをしきりに鼓舞し、なんとか士気を保っていたが所詮は気休めにすぎない。動揺は人魚の踵だけではなく蛇姫の鱗にも伝わり始めている。

 

(一体何をしている!? まさか、本当に討ち取られたというのか!!?)

 

 連合軍が限界を迎えるのも時間の問題。リオンはそれを肌で感じ取っていた。

 

 

 

 連合軍が次第に崩れていく様子をディマリアはアルバレス軍の後方から眺めていた。

 

「早く出てこい。さもなくば兵隊どもは全滅だ」

 

 カグラ死亡の報を流させたのはディマリアの指示によるものだ。あの実力からして連合軍の要であることは明白。もう一人要となる魔導士がいたようで、ディマリアの予想よりも粘ってはいるがそれも時間の問題だ。

 カグラが出てくればディマリアが殺す。出てこなければこのまま兵隊どもをすり潰す。

 どこへとも知れずに姿を消したカグラをおびき出すための、悪辣なるディマリアの作戦であった。

 そうしてディマリアが戦況を見つめていると、唐突に上空から光がアルバレス軍の兵士たちに降り注いだ。

 

「なんだ!?」

 

 光がおさまった後には倒れ伏した大勢のアルバレス兵たちが残されている。

 そして、倒れるアルバレス兵たちの中を誰かが歩いてくる。大きなマントで姿を隠し、フードを深く被っているためその正体はうかがい知れない。

 

(こいつ、かなりやるな)

 

 ディマリアはマントの人物から感じた魔力からその実力を推し量る。下手をすれば12にも迫りかねない。

 

「もう少しだったのに、余計な邪魔を」

 

 ディマリアは舌打ちをすると、苛立ちを込めてマントの人物を睨むように見た。

 その視線に応えるように、マントの人物はその身に光を纏うと超スピードでディマリアに向かってきた。それを見てディマリアは歯をカチリと鳴らす。途端に世界は静寂に包まれ、ディマリア以外の時間は静止した。

 ディマリアは剣を携えて、静止したマントの人物にゆっくりと歩み寄る。

 

「こいつを殺せば出てくるか?」

 

 そう言って、その首を切り落とそうとした時である。

 

「いや、その必要はないな」

「────!」

 

 何もかもが止まってしまったこの世界で聞こえるはずのない声が聞こえる。同時に、ディマリアに重圧がのしかかり、思わずその場に膝をつく。

 

「これは重力魔法!?」

 

 ディマリアが驚きに目を見開く。

 するとマントの人物の背中から、マントを破って何かが飛び上がった。

 ディマリアの視線がその影を追って天を向く。

 

「お前は──!!」

 

 視線の先に映るのは新しい着物に身を包み、二刀の小太刀を構えるカグラの姿。

 

「鎌鼬!!」

 

 降ってくる斬撃を転がるようにして避け、その勢いを利用してすぐに立ち上がる。しかし、その時には着地したカグラが地面を蹴って、左の小太刀をディマリアに向けて突き出していた。

 ディマリアは身を仰け反らしつつ、剣で左の小太刀を弾く。次いでカグラの右の小太刀から袈裟斬りに鎌鼬が放たれる。身を仰け反らしていたディマリアには避ける術はなく、肩から腰にかけて傷を負う。

 傷を負いながらも大きく後退して距離をとり、ディマリアはようやくカグラの白刃から逃れることに成功した。しかし、そんなことなどどうでもいい。それよりも。

 

「な、なぜ、この世界で動いている……?」

 

 ディマリアは傷をつけられた屈辱も忘れ、呆然とした表情でカグラを見つめた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 メルディは車に重傷の青鷺を乗せて、すぐに近隣の街の病院へと運びに行った。

 カグラはメルディから借りたマントを羽織って身体を隠すと、ディマリアと戦った顛末についてジェラールとウルティアに伝える。

 

「なるほど。相手は時を止める魔法を使う。だから、私の力を借りに来たと」

「ああ、なんとかならんか」

 

 ウルティアは手を顎に当てて黙り込み、しばらく考え込むとゆっくりと口を開く。

 

「そうね。時を止めることはできないけど、あなたを時が止まった世界で動けるようにするくらいならできるかもしれない」

「本当か!?」

「ええ。本来、時のアークは生命の時には干渉できないけれど、第二魔法源(セカンドオリジン)を解放するときのように肉体に直接魔法陣を刻めば話は別。あなたの時間を止めれば、おそらく止まった時の中なら動けるようになるはず」

 

 とはいえ、とウルティアは続けた。

 

「理論的にはおそらく可能。でも試した事なんてないから本当にできるか保証はないわ。それに、私の力では止まった時の中に送り込めるのは一人だけ。そこでは誰の助けも入らない。あなたは正面から12を破らなければならなくなる」

「構わん」

 

 ウルティアの言葉にカグラは即座に返答した。

 

「相手がどれほどの力を持っていようと打ち破る。青鷺が繋げてくれたこの機会、我が誇りにかけて逃しはしない」

 

 そう言って、カグラは拳を強く握りしめた。そこには一枚のメモが握られている。

 メモは青鷺が残したもの。もしものときのため、ディマリアに攻撃を仕掛ける前に書き残していたものだ。そこにはディマリアの魔法に関する考察と青鷺が攻撃を仕掛けたときに起こりえる可能性、そして実際に起きた状況から相手の魔法を見極めて対策をとるようにとのメッセージが記されている。

 青鷺はこのメモを影狼の一匹に持たせ、自分が殺された場合は自動発動でカグラだけでもディマリアから逃げられるように手を打っていた。カグラがこれを知ったのは青鷺が気を失った後、現われた影狼からメモを渡されたときである。

 

「愚問だったわね」

 

 ウルティアは薄い笑みを浮かべて頭を振った。

 

「早速準備にとりかかるわ。ジェラールはカグラと作戦を練っていて。きっとあなたの力も必要になるでしょうから」

「わかった」

 

 こうして、三人は打倒ディマリアに向けて動き出したのである。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 時が封じられた世界を動くカグラを呆然と見つめていたディマリアだったが、次第に身体を小刻みに震わせ始める。

 

「私だけの世界を穢すなァ!!」

 

 怒りとも恐怖ともいえない感情と共に、ディマリアはカグラに斬りかかる。それをカグラは冷静に受け止めた。

 

「もはやここはそなただけの世界ではない。私とそなたの決戦場だ」

「黙れ! ここは私だけの世界。誰にも邪魔はさせない。なぜ私が時を操れるのか見せてあげる!!」

「────!!」

 

 急激に高まったディマリアの魔力に悪寒が走る。カグラはディマリアの剣を弾くと大きく距離をとった。

 

「これは……」

 

 今度はカグラが驚く番だった。

 ディマリアの魔力が急激に高まり、そして変質した。それに伴ってディマリアの肉体は黒く染まり、その上を黄金の光が紋様を描く。髪の毛も伸び、炎のように逆立っている。

 その姿を前に、カグラの脳裏には姉のように敬愛し尊敬する斑鳩の姿が重なった。

 

接収(テイクオーバー)、ゴッドソウル」

「神の力……」

 

 ディマリアが咆哮すると共に大地が爆ぜた。

 カグラは腕を交差させて身を守る。

 

「畏み申せ。我が名はクロノス。時の神なり」

「なるほど。時を封じるはその神の権能と言うことか」

「然り」

 

 ディマリアが腕を上げ、カグラを指さした。指が光り、レーザーのように魔力が放たれる。

 

「────!!」

 

 カグラは咄嗟に反応して、ギリギリでレーザーを小太刀で弾いた。そのスピードにカグラの頬を汗が伝う。

 

「速い」

「神の力を前に屈さぬとはなんたる不敬か」

 

 対するディマリアは攻撃を防がれ、不快さを露にして口元を歪めた。そして指先から次々とレーザーを発射していく。

 カグラは一発目こそ間一髪で防いだが、続くレーザーは指から射線を予測して避けていく。だが、避けることに精一杯で中々ディマリアに近づけず、鎌鼬を繰り出す暇もない。

 カグラはディマリアに近づくため、地面につまずいたようにして足を止めた。そこへディマリアがレーザーを撃ち込もうとしたところで、重力魔法でディマリアの腕を逸らす。その隙に地面を蹴ってディマリアとの距離を詰めた。

 ディマリアはゴッドソウルをした際に剣を手放している。よって、カグラの小太刀を右腕で受け止めた。小太刀は肉を裂き、骨に達して動きを止めた。

 

「神の体に傷をつけるか!? 何なのだ貴様は! なぜ神の力を前に微塵も恐れを見せぬ!!」

「生憎、単純な強さならそなた以上の戦神を知っていてな」

 

 カグラはもう片方の小太刀を振り上げる。ディマリアの腕に食い込む小太刀の峰を打ち、その腕を両断しようとした。

 その狙いに気付いたディマリアも、もう片方の手で小太刀を振り下ろすカグラの腕を掴んでくい止めた。

 

「人が神に触れるという愚行の行き先、教えてやろう。アージュ・スクラッチ!」

「があ!」

 

 それは相手の身体に刻まれた痛みを思い出させる魔法。カグラの全身を引き裂くような痛みが走る。

 しかし、カグラがそれで怯んだのは瞬きにも満たない一瞬。すぐにディマリアの腹を蹴り飛ばし、同時に発動した斥力圏で後方へと弾き飛ばす。

 

「これが神の力か。悪魔と対して変わらんな!」

「おのれ、この時の神である我を悪魔と同列に語るなど! 我が世界を犯した罪! 我を侮辱した罪! もはや貴様の命をもってすら償いきれぬ!!」

 

 ディマリアは再びレーザーをカグラに向けて連射した。

 カグラはアージュ・スクラッチによって思い起こされた痛みを堪えることに精神力を割いていたがために、ディマリアの攻撃に対して反応が僅かに遅れる。レーザーのことごとくを弾いたが、一発だけ弾ききれずに脇腹を貫いた。

 

「ぐっ!」

「理解せよ。神に逆らう愚かさを」

 

 ディマリアは痛みに呻いたカグラへさらにレーザーを打ち続けた。このまま押し切れると判断したが故であるが、予想に反してカグラは脇腹を貫かれてなお動きを鈍らせることなく小太刀でもって弾き続ける。

 

(あれほど速く見えた攻撃が遅く見える)

 

 今、カグラの思考はかつてなくクリアになっていた。身体の末端まで神経が行き渡り、今ならば全身をミリ単位で制御することすら可能に思える。そして、一太刀交わすごとにこれまで積み重ねた修練や経験が身体の内から溢れ出し、動きが洗練されていくことを実感していた。

 

「おおおおお!!」

「バカな!?」

 

 そして、カグラは遂にレーザーを弾きながら鎌鼬での反撃を可能とする域にまで達する。

 全く予想していなかった反撃にディマリアの攻撃が緩み、その隙をついてカグラが飛びかかる。ディマリアは思わず後退しようと足を浮かせ、そこをカグラの引力圏が襲う。

 

「しまっ──!」

 

 カグラの小太刀が突き出される。それを受け入れるようにディマリアの身体が前に傾く。

 ディマリアは右腕を咄嗟に前へ差し出した。カグラの小太刀はディマリアの腕を刺し貫くが、おかげで胴体には届かない。そしてカグラは勢いのままディマリアを押し倒すと馬乗りになる。

 

「先程の言葉、私からも返そう。我が祖国を侵した罪、我が友を傷つけた罪、この白刃でもってそなたに償わせてくれる」

「ひっ────」

 

 カグラがディマリアの腕を貫いているのとは逆の小太刀を振り上げた。

 それを見上げるディマリアのゴッドソウルは解けかかり、喉を恐怖に震わせる。時を止めるという規格外の魔法を持つディマリアにとって、命の危機にさらされることなど初めてと言っていい経験だった。ディマリアの両目に涙がにじむ。

 カグラの小太刀が振り下ろされた。迫る刃がゆっくりに見える。かつてない危機を前にディマリアの感覚もまた研ぎ澄まされていく。

 

(嫌だ嫌だ嫌だ! どうする、どうする、どうしたら!!)

 

 必死に思考を加速させるディマリア。

 

「あ──」

 

 そして、ディマリアはカグラの着物の襟、その奥から覗く魔法陣を見つけ出す。

 

 

 

 ディマリアの耳に戦場の喧噪が戻ってくる。

 

「く、くく、ハハハハハハハハハ!!」

 

 カグラの白刃はディマリアの目前で止まっている。ディマリアは腹の底から溢れるおかしさを堪えきれずに、狂ったように哄笑をあげた。

 ディマリアはカグラを突き飛ばして立ち上がると、腕に刺さった小太刀を抜いて投げ捨てた。

 

「そうだ、私の世界にそう簡単に入れるはずがない! 自らの肉体の時間を止めることで入ってきたのか!! だが、そんなことをすれば現実時間で貴様は動けまい!!」

 

 笑いながら、ぴくりとも動かなくなったカグラを見下ろす。

 

「なんて無防備! なんて無様! ただでは殺さない。四肢を砕いた後、再び時を止めてやろう。そして、思う存分なぶってやる! 泣きわめこうがやめてなんてあげな──ごばっ!!」

 

 その時、溜め込まれた鬱憤を晴らすように喚くディマリアに光が直撃する。無防備な状態で攻撃をうけたディマリアはきりもみ回転しながら地面を転がった。

 

「────え?」

 

 ディマリアは回転が止まっても、呆然としてうつぶせに身体を横たえていた。

 

「その様子では、カグラに余程痛い目に合わされたらしいな」

 

 頭上から聞こえてきた声に顔を上げれば、最初にアルバレス兵をなぎ倒したマントの男、ジェラールが立っている。ジェラールの存在などカグラとの戦いですっかりディマリアの頭の中から抜け落ちていた。

 

「悪いが、こちらの世界に来るというならオレが相手をさせてもらう」

「あ、あ……」

六連星(プレアデス)!!」

 

 跳ね起きて逃げ出すディマリアの後を六つの光が追う。転がるようにして這々の体でなんとかよけるが、安心するのも束の間、尻餅をついたように倒れるディマリアの頭上を九つの光の剣を出現させたジェラールが飛んでいた。

 

九雷星(キュウライシン)!!」

「いや!」

 

 迫る九つの剣を前に再びディマリアは歯を鳴らして時を止める。

 

「はあ、はあ……」

「私などより余程、ジェラールの方が手強かったか?」

 

 荒い息をつきながら静止した九雷星を見上げるディマリアに、カグラは小太刀を拾いながら声をかけた。

 

「そろそろ終わりにしよう。今の私は調子がいい。ようやく届きそうなんだ」

「お前さえ、お前さえいなくなれば私は! 私の世界は────!!」

 

 ディマリアは涙を浮かべながら、半ば破れかぶれで残った魔力をぶつけようとする。それでも、その身に宿すは神の力。カグラを一撃で倒して余りある。

 カグラはそれを前に剣を構える。ディマリアとの戦いを通してカグラの剣はかつてなく研ぎ澄まされていた。カグラの目には確かに、追い続けている背中が間近に見えていた。

 カグラの小太刀が風を切る。斑鳩に勝るとも劣らぬ神速で繰り出されたその連撃は距離だけでなく、方向さえも歪めてしまう。

 

「──乱旋風(らんせんぷう)狂鼬(くるいたち)

 

 ディマリアが魔力を解き放つよりも速く、絶対不可避の剣の檻がその身を切り刻む。

 

 

 遂に今、カグラの剣は夜叉へと追いついた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 九雷星が大地を削る。そこにディマリアの姿がないことに気がついたジェラールは首を巡らせて辺りを見る。

 

「そうか、勝ったか」

 

 すぐ近くで全身に切傷を負って倒れるディマリアと小太刀を振り抜いた格好で静止するカグラの姿を見つけた。ジェラールはまだ息があったディマリアに魔封石の手錠をかけて拘束すると、懐から連絡用魔水晶を取り出した。

 

「ウルティアか。決着はついた。もう魔法を解いてやってくれ」

 

 簡単に言わないでとぼやくウルティアにジェラールは苦笑して言葉を続ける。

 

「そう言うな。あと一つ、カグラには大事な仕事が残っているんだから」

 

 

 

 連合軍はアルバレス側に降り注いだ光の魔法によって持ち直しはしたものの、依然としてカグラの安否が知れず士気は低いままだった。

 その時、再び降り注いだ光がアルバレス兵を吹き飛ばして連合軍の前に道を作り出した。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

 誰かが道の奥をさして叫ぶ。

 しかしその声に言われるまでもなく、連合軍とアルバレス兵たちの視線はそこに釘付けになっていた。

 満身創痍ながらしっかりとした足取りで歩いてくる和装の女剣士と、ぐったりとした女を抱えた青髪の男。

 

「あれは、まさか……」

 

 アルバレス兵たちの間から、ありえないと震える声が漏れて出る。

 カグラは剣を掲げると、連合軍に向けて高らかに宣言した。

 

「敵将捕らえたり!!」

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 連合軍から高らかな雄叫びが上がり、空気を大きく震わせた。

 

 

 

 その後、アルバレス帝国において絶対的存在である12の一人が敗北した事実を前に、アルバレス軍の士気は最低レベルに低下。逆に士気を最高潮に高めた連合軍に追いやられて壊滅した。

 同じく12の一人であるワールはディマリア敗北の報を受けて、人格設定を「お調子者」から「冷徹」に変更。戦線を建て直すことが不可能とみるや兵をハルジオンの街に収容する。未だに兵数が十倍ではきかないほどの差があることを考え、軍を再編して戦いを明日以降に持ち越すことを決断する。

 連合軍も圧倒的兵力差の中で戦っていたため追撃する余力はなく、また妖精の尻尾からの援軍が向かっているという連絡も入っていたため無理をして追撃はしなかった。

 こうして、連合軍はハルジオン奪還という当初の目的を果たせてはいないものの、一日目は勝利と言って良い戦果をあげたのだった。

 




ディマリア戦はウルティアがラストエイジスを使って時の狭間の住人になっていないのでこんな感じになりました。


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