インフィニット・ストラトス Apocrypha (茜。)
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変わりと換わりと始まりの終わり
プロローグ


 あの日、あの時、俺は自分の身に何が起こったのか、全く理解出来なかった。

 

 姉に無理矢理連れて行かれたモンドグロッソ第二回大会。その決勝戦が行われる日。会場に向かう途中の道で俺は誘拐された。

 気が付いた時目に映ったのは、がらんとした倉庫の様な場所。見上げれば、自分が縛り付けられてる鉄の柱。そして巨大な液晶テレビの前でなにか会話をする男達。

 その大きな液晶テレビに映ってたのは、暮桜(くれざくら)だと教えられた、専用のインフィニット・ストラトスを身に付けた千冬姉と、その対戦相手。

 男達はその放送を見て、何かを叫んでる。どう聞いても日本語じゃないからわからなかったけど、多分こんな感じなんだと思う。 "なんで織斑千冬が試合に出てるんだ"、って。

 それは雰囲気だけで大体わかった。いくら頭が良くないって言われてる俺でもわかる。俺は人質なんだって事が。千冬姉がモンドグロッソに、決勝戦の試合に出られないようにするための。でも試合は始まって、千冬姉とその対戦相手が物凄い速さで空を飛び回りはじめる。

 出来る事も無いからボケッとその様子を見てると、一人の男が近付いて来て、俺に日本語で話しかけてきた。

「よお、坊主。お前さ、姉ちゃんに見捨てられちまったな。まあなんだ。俺達にゃお前さんへの恨みなんてないんだが、織斑千冬が決勝戦に出ちまった以上、お前さんにゃ死んで貰う。それが契約だからな」

「……」

 多分ガムテープか何かを貼られた口では何も言えないし、それがなくても考える事だって出来なかった。当たり前だ。まだ小学六年になったばかりの俺が、そんな裏社会の当たり前を説かれたって理解できるわけが無い。

 わかるのはただ単に、自分が何か悪い事をしたわけでも無いのに、これから他人の都合で殺されるって事。ただ、俺が千冬姉の弟だからってだけで。

 もちろん死にたくなんてない。けど、手と身体を柱に縛り付けられて、脚も頑丈に縛られてた俺が逃げる事なんて出来ない。ただ、泣いていたんだと思う。死にたくない、死にたくないって。

「悪ぃな坊主。お前さんにゃ罪なんてねえ。織斑千冬の弟なんかじゃ無きゃ、こんな風に死ぬ事も無かったはずだ。けど現実はこれだ。俺達だって死にたくないしな。悪いがこれ……」

 そんな風に俺に言ってきたけど、目を瞑ってた俺には、頭に何か硬いモノ……今ならあれが拳銃の銃口だったとわかる……が押し付けられてることしかわからなかった。

 けど、いきなり男の声が聞こえなくなって、硬い感触もなくなる。そしてタンタンという何かが地面を蹴る軽い音に合わせて聞こえる、何かが砕けたりひしゃげる音と、男達の悲鳴。それが聞こえなくなった時、口を塞いでいたテープが剥がされる痛みに、怖くて強く瞑っていた目を開けると、俺の顔を覗き込んでくる、安心しきった表情の束さんの顔だけが見えた。

 そのまま束さんと見つめ合ってると、束さんは涙を流し始めた。涙を流しながら、俺を拘束してたロープや鎖を全部切って、そのまま抱き締められて、謝られた。

「助けるのが遅くなってごめんね。こんな事に巻き込んじゃってごめんね。いっくんにばっかり、嫌な思いをさせちゃってごめんね」

 俺を抱きしめて、俺の肩に顔を埋めたまま、ネジが壊れた人形みたいにただずっと、自分が悪いと謝り続ける束さんに、助けてくれてありがとうと言って抱き返してあげると、一度だけ頷いて、また抱き締めてくれた。

 

 その後、俺は束さんの移動ラボで一緒に暮らす事になった。

 あの日俺が誘拐された事は、日本政府が握り潰していて、千冬姉は表彰式が終わるまで知らなかったらしい。でも、なぜかドイツ軍が俺が捕まってた工場跡を見付け、決勝戦が終わって直ぐに、日本政府よりも先に千冬姉に場所を伝え、その見返りとして一年間のドイツ軍IS部隊での教官指導を要求したって聞いた。当然その時、ドイツ軍の部隊と一緒に工場跡に向かった千冬姉が俺を見つけることはなかったけど、捕縛された誘拐犯達の供述や調査でいろいろな痕跡が見つかったから、交渉条件は変わらなかったとか。

 その事を知った束さんは、ドイツ軍のマッチポンプだろうねって言ってた。当時の俺ですらそう思った。けど、知らぬフリをした日本だって同罪。それに千冬姉は周りの思惑に振り回されただけで悪くはないけど、やっぱり助けに来てくれなかったのは、少し嫌だった。

 ただでも双子の兄の千夏の方が優先されて、俺はいつも割を食う側。今日だって誘拐されて死にかけたのに、千冬姉も政府も知らぬ振り。その事が凄く嫌だったから、家には帰らないで束さんと暮らす事にしたんだ。

 まあ、今でも後悔していることが一つだけあるのは、せっかく親友って言える位に仲が良くなった隣のクラスの凰鈴音に、無事で居ることと、お別れの挨拶を伝えられなかったことかな。

 

 そうして束さんのラボで暮らし始めて半年位経った頃、束さんが量子技術を使った新しい機械を作って、その実験を手伝う事になった。

 詳しくはわからなかったけど、平行世界を探すための機械らしい事はわかった。わかったんだけど、動かした途端に機械が制御不能になって、実験室が白い靄に包まれた。

 機械の側で隣同士に立ってた俺と束さんは、流石にヤバイと思ってお互いを抱き締めながら床に座り込んだ、筈だった……。



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異世界(遠きホシ)での出会いと出来事

 座り込んだ感触はあった。束さんと抱き合ってるのもわかる。でも、座り込んだ地面は、実験室の硬い床じゃなくて柔らかい草の上だった。

 瞑ってた目を開ければ目の前には束さんがいる……んだけど、髪の色が見慣れた赤味がかった淡い茶色じゃなく、少しだけ青っぽい感じがする、濃い茶色だった。

 ちなみに瞳の色も変わってるみたいで、赤味がかった茶色から、金色に見える淡い琥珀色になってた。

 

 実は、この時にはもう、俺の身体は女になってたし、俺も束さんも若返ってたらしい。けど、俺も束さんも気付いて直ぐにトラブルが起こったって理解して混乱した上、間髪を入れずに銃や剣で武装した男達に襲われたから、そんな事に気付ける状況じゃなかった。

 俺はこの時、突然銃を突きつけられ、服を破られて更に混乱してしまったけど、束さんは俺と同じ状態になりながらも、俺を庇いながら素手で男達を倒し始め、そして銃と剣で武装した二人の女性が束さんに加勢して、あっと言う間に男達を撃退。

 これが、俺の一人目の母であるサラ・バレスタインとの出会いだった。

 

 そんな衝撃的な出来事と出会いから六年。

 

 あの出会いの日以降、サラ・バレスタインの娘、ステラ・バレスタインとして、地球ではない星にあるゼムリア大陸の一国、エレボニア帝国の帝都ヘイムダルの西地区で生活することになった。

 その暮らしの中で、外見年齢に合わせて日曜学校に通いながら、束姉からは篠ノ乃流を習い、遊撃士の協力者としてサラ姉の遊撃士の仕事を手伝って過ごした僕は、十三歳の春、七曜歴1204年の4月にトールズ士官学院に入学。その中でも、特別なカリキュラムと課外講習を課された特科クラスⅦ組に、サラ姉が保護したフィー・クラウゼルという元傭兵の女の子と共に入り、クラスメート達といろんな冒険をした。

 

 そんな学校生活も、僅か半年後の七燿歴1204年10月30日に転機を迎える。

 帝都ドライケルス広場で演説中の宰相、ギリアス・オズボーンが狙撃され、帝国開放戦線が帝国皇帝家及び帝国軍正規軍に対して宣戦を布告。

 それに同調した四大貴族及び領邦軍が大型飛空戦艦により二足歩行型大型兵器を帝都に降下投入。帝都は瞬く間に占領されて皇族が捕縛され、内戦が始まってしまう。

 トールズ士官学院も帝都占領と同時に襲撃され、Ⅶ組の実質的リーダー、リィン・シュバルツァーが古の巨神、灰の騎神ヴァリマールを起動。同時に、僕がこの世界に来た瞬間から持ってた黒い宝石のネックレス、漆の騎神ラインヴァールが反応。リィンと一緒に騎神の中に乗り込んでしまう。

 しかし青の騎神オルディーネを駆るクラスメートの一人であり、帝国開放戦線のリーダー《C》こと、クロウ・アームブラストに破れ、Ⅶ組メンバーは逃げおおせるも、国内各地に散り散りに散ってしまう。僕も、ヴァリマールに乗ったままリィンと一緒に彼の故郷であるユミルへと逃げることになった。

 

 やがて屈辱の敗北の日から二ヶ月後の1204年12月31日。

 エレボニア帝国の内戦が激化する中、各地に散った仲間を集め、皇家専用飛空艦カレイジャスを拠点とした僕らは、皇族やリィンの妹のエリゼ、そして帝都の要人達が隔離されていた帝都カレル離宮を解放。更に現れた異界、煌魔宮の最深部で緋の騎神テスタ=ロッサ……その真の姿、エンド・オブ・ヴァーミリオンを撃破し、内戦を終結させる事が出来た。

 

 そして……



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異世界(遠いホシから)での別れ(また会う日まで)

 時は少し流れて、七燿歴1205年3月末。

 Ⅶ組メンバーの全員とサラ姉の士官学院卒業を目前に控えて、トールズ学院旧校舎で三度起こった異変解決のため、Ⅶ組と協力者達が集結した。

「いっくん! この歪みで帰れるよ! 束さんのラボの波長がこの先にある!」

 旧校舎最下層から入った異界、夢幻回廊の最深部。更にその奥、白い闇を超え、ロア・ルシファリアと自ら名乗ったモノを打ち倒して最深部に戻って来たところで、白い闇への入り口があった場所に、今度は青黒い靄が生まれ、渦巻き始める。

 その光景を見てリィン達は動揺するが、一人の女性、束……こちらではタリサ・バレスタインと名乗っている……が唐突に一人の少女にいっくんと、大きな声で呼びかけた。

 呼び掛けられたいっくんたる少女、一夏……ここではステラ・バレスタインと名乗っている……は、束の言葉に興奮を抑えられない様子で返し、側に居た女性、サラ・バレスタイン……一夏の母親代わり……と、青年、リィン・シュバルツァーに呼び掛ける。

「ホントですか! サラ姉! リィン達も! 僕とタリサ姉、帰れるかも知れないんだ!」

 数年前のある日、実験中の機械の暴走によりこの世界に来てしまった一夏と束は、今この時、発生した渦を通れば元の世界に戻れる、という事である

 しかし、そんな二人の突然の呼び掛けに、サラと金色の髪の少女、アリサ・ラインフォルトは、今まで絆を深めた一夏=ステラと束=タリサとの突然の別れに対して困惑の叫びを上げる。

「こんな急に!?」

「うそでしょう!」

 叫び、絶句するサラとアリサに、束と一夏は自分達も別れがたいという感情を大きく表し出しながら、それでも自分達は元の世界に帰る必要があると、伝える。

「サラ。アリサちゃんも。私達は自分の、元の世界に帰れる可能性がある今を逃す事が出来ないの。だから、これでさよならに、なっちゃうかな」

「本当に急でゴメン。サラ姉に助けられて、一緒に暮らせて嬉しかった。アリサ達との冒険、凄く楽しかった。でも、本当にゴメン! 僕、やっぱり元の世界に帰りたいんだ」

「……そうよね。でも!」

 一夏と束の思いは覆らないとわかるアリサは、それでも希望に縋ろうと、一行の頭脳であった束に問いかける。

「タリサさんならまた、来られる様に出来るのよね!」

 しかし当の束はその返答には、若干言葉を濁してしまう。世界の壁を任意に超えて移動する。その方法を実現する理論は作っている。可能性もある。しかし、確実性がないからだ。

「……うん。て言いたいけど、断言は出来ないかな。一応いろいろ調べてたから、不可能じゃないとは思うけど。うん。アリサちゃん、サラ。また来られるように、がんばるよ」

 そんな束の心中をわかっているのか、サラとアリサは揃って怨念を送り始める。

「あんた達がいつまでも来なかったら、呪ってやるわよ!」

「ええ。ずっとずっと、怨念送ってやるんだから!」

 そんな、来なかったらではなくもう既に怨念を送り初めている二人に苦笑いを浮かべつつ。しかし、二人のその想いが、また引き合わせてくれると確信できてしまった。

「うん。呪って。私といっくんをたくさん呪って。そうしたら、また来られそうだから」

 だからどちらも、笑顔で伝えられる。

「また会いに来なさいよ。絶対に。あなた達の事は忘れない。お姉ちゃんって言ってくれた事も、妹だって言ってくれた事も、絶対に忘れないから!」

「そうよ。あんた達はずっと、あたしの娘で、妹なんだから! その事を忘れるんじゃないわよ! だから、いつでも帰ってきなさい」

「うん。サラ姉にも、アリサや、リィン達とも、また会いたいから!」

 アリサも一夏も、もう会えなくなるサヨナラではなく、再会を誓う、またね、という挨拶を交わせる。

 そしてそれは、この場にいる他の仲間達にとっても同じ事である。

「サヨナラは言わない! ステラ、タリサさん、またな!」

「絶対にまた会おうね、ステラ、タリサさん!」

「良き風が共にあるように」

「息災で。また会おう」

「ふん、また見えよう。それまでは、無事でいろ」

「へ、助けられた礼がまだちゃんと出来てねえからな、絶対にまた来いよな」

 まずはリィンが。優しげな印象の少年エリオット・クレイグが、長身の槍使いの青年ガイウス・ウォーゼルが。

 銃使いの青年マキアス・レーグニッツと、ブロンドの貴公子ユーシス・アルバレアに、リィンの宿敵であった青年クロウ・アームブラストも。

「絶対に会いに来なさいよ! じゃないと、呪い続けてやるんだから!」

「ふふ。ああ、そうだな。私は忘れない。必ず会いに来てくれ」

「ええ。お二人ともお元気で。また、お会いしましょう」

「もう一度会いに来てくれると、嬉しいね」

「そうだね。また、こうやって会えるのを楽しみにしてるね!」

「またお会いできることを、ずっと待っていますよ、ステラ」

「そうね。これで最後だなんて面白くないもの。必ず帰って来なさい、ステラ」

 アリサと、騎士然とした女性ラウラ・S・アルゼイド、リィンの導き手である魔女の末裔エマ・ミルスティンが。

 鋼都の放蕩姫アンゼリカ・ログナーに、生徒会長のトワ・ハーシェルと、リィンの妹エリゼ・シュバルツァー、エレボニア帝国皇女アルフィン・ライゼ・アルノールが。

「また、ゆっくりとお茶を頂けるように、準備してお待ちしておきますね」

「二人とも無理や無茶が多いですから、身体を壊すような無理をしてはいけませんよ」

「君達に教えて貰った理論、いつか実現してみせるから、見に来てくれよ」

「だな。また無事な姿を見せてくれよ!」

 完全無欠なメイド、シャロン・クルーガーが、鉄道憲兵隊の才女クレア・リーヴェルトが、束姉が世紀の技術者の卵と呼んだジョルジュ・ノームが、帝国遊撃士の雄トヴァル・ランドナーが。

「……礼は言わないわ。絶対に。でも、あなた達にはまた会える気がする。魔女の感は、割と当たるのよ」

「そっか。魔女さんがそこまで言うなら、束さんもがんばらなくちゃだね」

 そして、なぜかクロウに引っ付いてきた元結社の使徒(ウロボロスのアンギス)であり、クロウの導き手たる魔女ヴィータ・クロチルダまでもが、一夏と束に再会の言葉を告げれば、束が軽口で返す。

 最後に一夏と束は全員の顔を見回してから、どちらともなく手を繋ぎ、渦へと向かって歩き始めた。

 そんな二人の背中に、今まで黙っていた二人の少女が声を掛ける。

「ステラ! わたし、負けないから! 次は絶対に、負けないから!」

「ボクもだよ! また今度、ちゃんと決着、つけようね!」

「ああ。また勝負しような、フィー、ミリィ!」

 サラが保護している元傭兵の少女フィー・クラウゼルと、情報局のエージェントにしてⅦ組最年少の少女ミリアム・オライオンの二人が勝負を宣言すれば、一夏もそれに応える。

「みんな、またね!」

「絶対に来られるように、がんばるからね!」

 そして渦に足を踏み入れる直前で振り返り、空いている手を振りながら最後の挨拶をして直ぐ、二人の姿が渦の中に消えていった後、何事も無かったかのように青黒い靄の渦も消えた。



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新しい生活と厄介な世界
新しい家族との出会い


 渦に踏み込んだ瞬間、意識が遠のき、繋いでるはずの束姉の手の感触まで無くなったように感じてしまったけど、それもほんの一瞬で、ほんの少しの落下感と、柔らかい土の感触と少しの痛みをほぼ全身に感じて、意識がハッキリとする。

「……帰って、来れました?」

「うん。たぶ、ん……?」

 繋いだ手はそのままに、やや頭を下にする感じで地面に倒れ込んでる僕達は、ここがどこかを確認する前に僕達以外の人に声を掛けられた。

「あのぉ、どちらさま、ですか?」

「て言うかお姉ちゃん! この人達、今、急にそこに出てきたんだよ!? 黒い渦だってあったし、なんでそんなのんびりしてられるのよ!」

 声がする方に顔を向けると、二人の女の子と一人の女性がいて、声を掛けてきた女の子にもう一人の子が怒鳴りつけてるという、ちょっとおかしな感じになってた。

 それを見かねたのか、女性が僕達に話しかけてきてくれる。

「……お二人とも、大丈夫ですか? 見えちゃってますから、二人とも起きるか、座り直した方が良いですよ」

 その女性に掛けられた言葉に、改めて自分達の姿に注視すると……うん。これ、あかんヤツだ……じゃないよ!

「あわわわっ!」

「……へ? わひゃっ!」

 慌てた僕と束姉は揃って奇声を上げながら飛び起きて、地面に正座する感じで座り直た後、改めて自分達の姿を見直した。

「……戻らなかったみたいだね、いっくん」

「ですねー。でも、今さら変に戻されるより、このままで良かったです」

「ふふ。それもそうだねー」

 衣服や装備は向こうで身に付けていたもののまま。束姉と視界の端に見える僕自身の髪色も向こうに居たときのまま。見下ろした自分の身体のラインも同じく。

 こうして地球と思われる場所に戻ってきても、僕の身体は女のままだった。まあ、女の身体にも生活にも慣れきって、意識も随分と女寄りになってるから問題は無いというか、好きになって身体を許した相手が居る以上、男の身体に戻される方がよっぽど大問題かも、と思う。

 

 その後、女性達……母親の緒方涼夏さんと娘の優衣と優亜……に僕達の身分を明かすと、ほぼ丸二日間は続いた迷宮探索と幾度もの激戦で僕達の姿が満身創痍のボロボロ状態だったからか、身体の心配をされ、更に入浴する事を勧められたので束姉と二人でお風呂に入る。

 着替えには、僕は優衣の、束姉は涼夏さんの服を貸して貰い、リビングでいろいろな事を話す事になった。

 

 そしてその日の夜。

 一家の大黒柱である樹さんと、優衣達のお兄さんの蒼弥さんが帰宅し、今までの事を全て話す事になった。

「……未だに、にわかには信じられないんだけどね」

「でもこんな武器とか道具、誰も作ってないよね。……ていうかARCUSって、なんでゼムリア大陸まで実在しちゃうかなぁ。しかもこのARCUSに付いてるエンブレムって、トールズのっぽいんだよねぇ。まさかⅦ組だったって事? ていうかこの子が織斑一夏とか、意味わかんない。しかも可愛いし、オドアイ綺麗だし、髪もサラサラだったし」

 そう、僕の大型導力銃剣《ディオーネ》を見ながら溜め息と共に溢す涼夏さんと、強化ブレード《テティス》と戦術オーブメント《ARCUS》を触りながら呟く優衣。途中からの囁きも全部聞こえたけど、なんでまだ教えてないオーブメントの名称とかトールズやⅦ組の事を知ってるんだよ。ついでになんで僕が織斑一夏だって事に反応出来るの、この子?

 ちなみに優衣の妹、優亜はすでに話しに加わるつもりがないようで、渡したセピス片でおはじきをして遊んでる。まあ、まだ小学生の女の子に僕達の事情やらなんやらは、ただ面倒なだけなんだろうと思う。とはいっても話し自体は聞いてて、内容を理解してないワケじゃないらしい。

「これもただの戦輪じゃない。暗器と言うよりは特殊な円剣と言っていいし、この杖だって妙に機械的というか。それに……」

「ああ。そもそもの設計理論や動作原理が地球の技術と違う、というのが見ただけでもわかる。それにしても……」

 まあ、その辺は後で問いただすとして、強化戦輪《ティエラリンク》を持って呟く蒼弥さんと、束姉のARCUSを手の中で転がしながらテーブルの上に置いた魔導杖《ミスティルティン》と大型複合導力銃剣《ベルゼルガー改》を眺めてそう考察する樹さんが、不意に束姉の方に顔を向けながら嘆息する。

「篠ノ乃束、ね」

 多分だけど、目の前に居る束姉と、世間一般に広まってる《篠ノ乃束》が結びつかないんだと思う。

 世間に知られる篠ノ乃束の異常な性格と人間性が束姉の演技だと知ってた僕以外には、この大人しく理知的な女性が篠ノ乃束だとは、直ぐに信じられなかったんじゃないかな。

「あはは。えっと……」

 だから、当の束姉も苦笑いしか出来ないでいる。とは言え、樹さん達もその辺りは気付いてるし、演技をしているという事も伝えてある。

「いや、すまない。篠ノ乃束と言えば、ISの発明者ではあるが、人を人と認識しない異常者。傍若無人、自己中心的且つ享楽的な非人間性の持ち主とされている。そして今も、世界中から逃げ回ってる指名手配者。という事になっているからな」

「世間の評価とは真逆、と言う感じだもの」

「で、ですよねー。すみません」

 それでも、頭に一度入って住み着いた認識や感覚は、直ぐに切り替わるようなものじゃない。明かされた事実と認識を並べて述べる事で事実を認める作業をする樹さんと涼夏さんに、束姉ももはや頭を下げるしかない。

「まあ、大丈夫さ。そしてこっちの子が、あのブリュンヒルデの愚弟、な」

 そう言って僕の方に顔を向けた樹さんの口から放たれた言葉は、実は既にあまり実感していない、数ある蔑称の内の一つ。

 確かに昔、体感時間で約七年。この世界の時間の流れで約一年半前まで言われていた僕の蔑称は、千冬姉の弟の、出来の悪い方という意味だったはずだ。

 実際、僕の双子の兄、千夏は天才肌で、小学六年になった時点ですでに大学生レベルの勉強をしたり、剣道や柔道の大会では中学生に混じっても優勝出来るほどに優秀だった。

 対して僕は、それなりにがんばれば、同じ歳の連中よりも頭一つ二つ上回れるかどうか。そんな程度でしかなかったから落ちこぼれとして扱われてた。

「いっくんの事を愚弟だなんて言わないで下さい!」

 でも正直、僕自身はその蔑称をなんとも思ってない。鈴や束姉にサラお母さん、それにリィン達が、僕が生きる事を、僕の努力を認めてくれた。それだけで救われたから、他の誰かが何を言おうと、気にならない。

 向こうでもこの蒼銀色の髪や、緑と紫と左右色違いの目、それに普通よりちょっと……いや、大分力が強いのが原因で、近所の子達から鬼の子やら化け物だって言われてたしね。

 けど束姉は違う。僕の思いを知ったはずの今でも、こうして僕への誹謗中傷に心を痛めて、怒ってくれる。本当にありがたい。

「怒こらないでくれ束さん。それからすまない。これもただ、世間の評価なだけだ。俺自身は一夏君のことを愚鈍、凡才だなんて欠片も思っちゃいないよ」

 けどさ、その、樹さんが今言ったように本気で言ったワケじゃないんだからそんな、立ち上がって机に手を叩き付けたりして怒らなくても……。

 だから、僕は大丈夫だって。それを、束姉の握りしめられた手を包むように触る事で伝えれば、姉さんも落ち着いたのか、椅子に座り直してくれた。

「……私も、ごめんなさい。樹さんがそういう風に考えてない事なんて、わかってたのに」

「それだけ君が一夏君の事を大事にしている、ということだろう。一夏君もすまなかったな。人の蔑称なんざ、軽々しく言っていいモノではないよな」

 一瞬静まった部屋に、姉さんと樹さんの声が通り、僕にも謝罪してくれる。

「いえ、僕は大丈夫ですよ。その辺のことは、もう気にしてませんから」

 これは事実。姉さんやサラ姉、リィン達のお陰。みんなが居たから、自分が無能じゃないってわかったから。自分が生きて、みんなと一緒に居ていいってわかったからもう、大丈夫。

「それにしても、異世界への転位と容姿の変化もそうだが、性別までもが変わってしまったとはね」

 そう呟きながら、改めて僕を見つめてきた樹さんに、ちょっと恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。

 向こうに行く前までは確かに男だった。姉さんにも千冬姉にもよくからかわれてた。年齢的にまあ、あんなもんなんだと思うけど、それでも男だったし、その象徴だってちゃんとあった。

 でも向こうに行って、サラ姉達と出会って落ち着いた後、自分が女の子になってるのに気付いた時は、転位した直後に猟兵崩れに襲われた事よりもずっと混乱したと思う。

 逆に姉さんの方は猟兵崩れに襲われた時には気付いてたらしく、戦闘が終わった時にはもう、状況を整理しながら考察してたらしいけど。

「まあ、慣れちゃいましたからね。流石に自分の身体ですし、もう少しで七年位になりますから」

「慣れる物なのか、それ? 俺には少々、判り辛いな」

 僕の答えに蒼弥さんが悩み始めるけど、それでも、慣れたの一言に尽きる。

 だって、身体に違和感や嫌悪感が在ったわけじゃないし、少しずつ大きくなる胸とか初めて生理になったときとか、もうね。驚いたけど、そうなるのが当たり前って気付いてもいたから、混乱はなかったんだ。

「それについて、これは私の推測なんですけど。転位したときのいっっくんの年齢も、いっくんが女の子になった時の年齢も、どっちも第二次性徴が始まる前だったからじゃないかって思うんです」

「なるほど。まあ、本人が気にしてないなら、問題もないしな」

 プラスで姉さんの考察も入るけど、まあ、間違ってないのかもね。もしあの時、年齢が変わらずに変化してたら多分、その変化自体に耐えられなかったかも、とは自分でも思える。

 それになにより、今はこの身体が。女の子の自分が当たり前で、男だった事に現実感がないから、それでいいんだよね、きっと。

 ついでに言うと、僕と姉さんのこの身体は、ゼムリアでの僕達の可能性の姿と思われ、向こうで生まれてからの記憶や経験、知識。それに僕の騎神ラインヴァールや姉さんの魔女の術式なんていう特異能力まで受け継いでる。記憶なんかは夢の形で徐々に同化していった感じだけど。あの実験失敗で、地球の織斑一夏と篠ノ乃束と、ゼムリアのステラルーシェ・アルート・テネブラエーラとタリサ・エリシエラと、同じ可能性を持つ二つの存在が量子的に融合しちゃったんじゃないかってってのが姉さんが出した仮説。尤も、元々のステラルーシェとタリサの意識が欠片も残ってなかったことの説明は未だ思いつかないらしいけど。まあ、それは余談だよね。

「それより束さんに一夏君。俺に協力してくれないかな」

 再度話題が終わって、リビングが静かになると、樹さんが真剣な面持ちで僕達の方を向いて、問いかけて来た。

「ISの……。IS本来の存在意義としての開発に、協力して欲しい」

 問いかけられた言葉。樹さんの言葉の内容、その意味、その意義に、姉さんは満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

 僕も。姉さんの望みを知ってるから。二年前も、そして多分今も、現状に嘆いて、哀しんでるのを知ってるから。だから協力するために頷く。

 

 それから直ぐ、僕に二人目のお母さんと、初めてのお父さんが出来た。二人の妹とお兄ちゃんも一緒に。

 

 ちなみに優衣を問い詰めたら、彼女が平行世界の地球からの転生者という、小説やマンガの主人公のような子だって言うのが判明した。

 ……ていうかですね。僕達のこの世界は文字通り《インフィニット・ストラトス》って小説で、サラ姉やリィン達と命懸けの旅をしたあの世界が《軌跡シリーズ》っていうゲームの中の《閃の軌跡》ってタイトルのお話しだって……。

 ISは小説の中の架空の兵器の話しで、エレボニアでのあの命がけの戦いがゲームだったとか。しかもどちらも大筋でその通りとか、マジ世の中ってわかんねー。

 違う点て言うのが、向こうならARCUSやクオーツの形。この世界では本来は主人公だという僕、一夏に双子の兄が居たり、束姉さんの性格が正反対だって事以外の、ISの現状や女尊男卑な世情とか、小説やゲームの設定とあんまりかわんないそうで。ああ後、樹お父さんの会社、月岡重工も名前は欠片も出なかったらしいね。原作と現実の違いだろうって言ってたけど。まあなんていうのか……。

「これって一体どうなってるんだろうね。創作に出てくるような、いわゆるカミサマって存在も、もしかしたら本当に居るのかもしれないねー。女神(エイドス)も含めて、私自身は信じてないけどね」

 と姉さんに言わしめる程でした。まる。

 

 尚、リィンとアルティと一緒に任務で赴いたクロスベルのジオフロント内で遭遇した、あの超絶強かった少女。アル・カンシェルのリーシャ・マオと、彼の伝説の凶手《(イン)》が同一人物だって聞いたときはぶっちゃけ絶望した。

 リィンと殆ど変わらないあの歳であんなに強いとか、マジなんなの!? こっちは魔眼や鬼の血なんて人外の力まで使ってたのに、なんかバグってるって見ただけでわかるマクバーンならともかく、彼女には素で凌駕されたんですけど……。

 

 優衣は優衣で、まだ十四歳の僕がリーシャと戦って引き分けたって事にドン引きしてたけどね。




最後に出てきたリィンとアルティナと行った任務は、閃の軌跡Ⅱでの外伝に当たるストーリーです。
作者の私や読者様はリーシャと銀が同一人物だと知ってますが、当事者であった一夏にとっては、リーシャはアル・カンシェルの女優であり、銀は実在すら疑わしい暗殺者と、同一人物とは思ってません。またこの作品では、リーシャの強さを某劫炎達バグキャラ並みに設定しています。
最後に転生者である優衣という存在は、いわゆるチート持ちな神様転生的存在では無く、アドバイザー的な感じです。前世で蓄えた知識(主にオタク方面的なものが中心)を父樹のIS開発等に大いに活用している一方、身体能力的には常人よりも強い程度。ステラとしての一夏のような人外的なものではありません。


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一輪の黒百合と二輪の小さな花

 一夏と束が2月にゼムリアから帰って来て、樹の話しに応じてISの開発を手伝うようになってもうすぐ半年になる7月の中頃。

 一夏は優衣と共に専従テストパイロットとして、翌々年の末までに発表を予定してる第三世代兵装、思考制御型独立浮遊機動端末《凍牙(とうが)》その制御補助システム《ブラスターシステム》。そして本体である第三世代IS《黒翼(くろはね)》の調整中。

 その日も普段通りの業務として、授業を終えた一夏達はISや兵装の稼動試験をし、調整、デバッグ、試験を繰り返しながら試験予定を終わらせて帰宅。

 しかし夜も更けきったころ、束が一夏の私室を訪れ、彼女を普段使っているIS開発部では無い、全く違う施設へと連れていく。

 

 その施設は港のようになっている地下空間で、その一角にある格納庫に入ると、その中央には1機の真っ黒なISが置かれていた。

 駐機状態のその黒いISは、誰にも見えず、誰も見付けられない。そんな、ひっそりと咲くのを待つ黒い花の蕾の様。

 

 吸い込まれるようにその黒を見つめる一夏は、これは目の前に居てさえ、誰にも見つからないISなんじゃないかと考える。そんな一夏に、束は振り返って話しかけた。

「その子の名前は黒百合(ブラックサレナ)。多分いっくんが考えてる通りの、電子電磁光学併用ステルス型のISだよ。それでいっくんに頼みたい事があるの。まずはこの子を最適化(フィッティング)するから、乗り込んで」

 誰にも見えざる、まだ花開かない黒百合の花。一夏はその姿を見つめ、束の言葉を聞きながら思い、呟く。厄介事か、と。

「……僕に頼みで、こんなそれっぽいISをパーソナライズするって事は、もしかして潜入系?」

 そんな一夏の呟きに、束は視線を逸らしながらも謝り、そして目線を合わせ直して懇願する。

「うん。フィーちゃんと同じ様に、こういうの得意だったでしょ。それでね、一人、助けて欲しい子が居るの」

「了解。姉さんの頼みは、殺しと盗み以外なら断らないよ。その子、何かの被害者なんでしょ?」

 一夏としても、束がそうまでして助けたい少女の事は気になる。救出のためであるなら手助けする。意味の無い殺しはしない。盗みもしない。人の道を外れる事もしない。しかしそれ以外なら、と。

「科学の、そしてISの被害者でもある女の子なんだ。ドイツ軍が作った戦闘用クローンの一人で、擬似ハイパーセンサーを目に植え付けられちゃった子。戦闘用なのに戦闘能力がないから、失敗作と言われて今は隔離されてる上に虐待まで受けてるの」

「なら、行くよ。教団じゃないけど、やっぱり似た様なのは地球にも居るんだね。姉さんの気持ちだけじゃない。僕もその子を助けたい」

 黒百合に身を預けた一夏と、その調整をする束の間に僅かな会話が続く。自分が原因となって直接被害を被っている少女を助けたいのだと嘆く束。

 対して一夏は、過去、帝都の中で攫われかけたあの日。D∴G教団の巫女にされかけた日のことが思い起こされ、完全に決着を付けたその因縁の相手も思い出しながら、似て非なる行いを許したくないと考える。

 故に、元より禁忌に手を掛けて生み出された存在であり、さらにISがあるからこそ、重なる不幸をその身に受けている少女を、偽善だと判りながらも助けたいと願う束と、受け入れる一夏。

「ありがとう。黒百合は完全に近いステルス性を持たせた全身装甲(フルスキン)型内部装甲に外部増加装甲、ハイパーセンサージャミングシステムと電磁、光学ステルスを搭載してる以外は低認識塗装版の疾風(はやかぜ)そのまま。兵装も近接ブレードとライフルに爆装類、それと対人用のスモークグレネードとテイザーガンだけ」

「ん、それだけあれば大丈夫」

 軍の基地に潜入するということで万全を期して組まれた黒百合は、基本性能はラファール・リヴァイブをベースとした月岡製の稼働試験機、疾風と同じだが、搭載されたステルス機能を全て起動した際には、目視で直接見ても認識しきれない程の隠蔽性を持つ。

 信頼する姉が手掛けた機体を預けられて、失敗は許されない。そして、その気の欠片もない一夏は力強く頷く。

「ただ……。コアは新しく作った未登録ので、リミッターも掛けてないから、それだけ気を付けて。往復は黒百合からの遠隔操縦が出来る大気圏再突入艇(SSTO)を用意したから」

「うん、大丈夫。研究所自体は?」

 それでも心配の尽きない束は、改めて黒百合のコアについて注意を促すが、それでも一夏の束に対する信頼も自信も、そしてこの救出任務を成功させるという気概も揺るがない。

 束と会話をしながらも、纏った黒百合の調子を確かめつつ、束が導くまま文字通りの港、地中港であるこの場所の桟橋の一つに横付けされた巨大な水上航空機、再突入艇の側へと歩く。

「……消してきて。許せないから。もしその子以外にも似た様な目に遭ってる子がいたら、何人居ても連れてきちゃって。でもそれ以外の研究員や施設関係者は全部……消して」

「任務受諾。行けるよ、姉さん」

 最後に。他にも助けを必要とする者が居れば助け、しかし研究所は文字通り世界から消し去る事を望む束に、再度頷く一夏。人の命は、決して軽くはないが、安易に命を弄ぶ者を生かしておく通りもない。

「……ごめんね、いっくんにこんな事を押し付けちゃって。行ってらっしゃい。気を付けて、そして無事に帰ってきて。お願い」

「大丈夫。人道に悖るヤツ達なんかに容赦しないし、慈悲もない。行ってくるね、姉さん」

 自分の大切な人に、大事な妹に人の命を左右させる事の罪悪感を抱き、それでも一夏の無事を祈る束を、一夏は黒百合の展開を一度解除してから、そっと抱き締め、許しの言葉を告げる。

 しばらく抱きしめ合った二人はどちらからともなく離れると、一夏は黒百合を再展開してSSTOに乗り込み、日も昇りきらない海へと艇を進め、やがて宇宙(ソラ)に向けて飛び立つ。

 

 そうして日本を発った一夏は、一度大気圏を抜けて亜宇宙へと飛び、再び大気圏に突入して深夜のドイツの、とある深い森の中にある研究所へとSSTOごと突入。

 纏った黒百合と共に内部を突き進み、自動警備システムや警備兵を無力化しつつ、配備されたISによる妨害も排除。撃破したISのコアも回収しつつ、施設最深部に囚われていた二人の小さな女の子を助けると、再びSSTOに乗り込み、飛び去る寸前に搭載された量子弾を撃ち出し、研究所を量子の海へと"沈めて消して"から日本へ帰った。

 

 助けた少女達にはコードナンバーだけが付けられていたため、一夏と束は樹達と話し合った後、二人はクロエとレイアと名付けられ、緒方家の養女(五女と六女)となった。涼夏や優衣達の反対もなかった。

 この二人の少女、クロエとレイアは、ドイツ軍の一部研究者により遺伝子強化試験体(戦闘用クローン)として創り出されるも、他のクローン達と違い戦う力を全く持たずに生まれてしまった、小さなか弱い少女達だ。

 しかしドイツ軍は、生み出すのに莫大な費用がかかった彼女達をただ処分するのではなく、より有効利用しようと考えたらしい。それが、軍に制式採用されたISに対して、より高度に適応するための強化措置の研究……の為の実験体。ナノマシンによる擬似ハイパーセンサーの人体移植実験。

 二人に移植されたこの人造の魔眼は《越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)》と呼ばれ、一夏が持つ真性の魔眼と似て非なるモノであり、この人造魔眼の移植試験母体となった彼女達は、移植試験には成功。だが、魔眼を得て尚、クロエはISを有効(効率的に人を殺す為)運用(操縦)する事が出来ず、レイアに至っては操縦する事すら出来なかった。

 そのため彼女達は研究所に閉じ込められ、虐待され、そして処分が決定された。執行まで間もない、間一髪の救出だった。

 

 そんな二人は、虐待により受けた酷い肉体ダメージと心理的ダメージを癒すために、深い眠りに就いている。治療自体は順調に進んでいるため、緒方家は揃って、二人が普通に生活できるようになったら、楽しい事を沢山したい。クロエにもクレアにも、二人を大切にしてくれる人が居るのを知って貰いたい。そう、心に誓った。

 クロエとレイアが目覚めたのは、それから約半年後。肉体年齢的には十二歳になるはずの二人は、虐待の影響か、その見た目年齢に満たない幼い心しか持たなかった。しかし、やや時間はかかったものの、一年と経たずに一夏達の末の妹として馴染み、徐々に心身共に成長することになる。

 

 またこの日、クロエとレイアを助ける最中、二人が受けていた仕打ちに激昂した一夏に対して、黒百合が落ち着くように諭したという。束もログを確認し、ISに意思があることを実証した初めての例となった。




ここでクロエを出したのは、原作でクロエが束の元に来た時期が明言されていないためと、一夏の専用機を早期に造ること、そしてISコアに意思があることを示すためです。
またクロエと、同時に救助されたオリキャラ、レイアの年齢がラウラよりも下なのは、この世界があくまでも優衣が知るインフィニット・ストラトスという小説に限りなく似た世界だと言うことの証明です。

……クロエとレイアをマスコットキャラにしたかったってのもありますけど(^^


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面倒くさい政府(ヤツラ)

 時はまた流れて、一夏達が中学三年になってすぐ。後に日本のIS業界地図を完全に塗り替える大騒動の最初の一手となる事件が起こった。

 発端は、月岡重工のIS開発部に唐突に送りつけられてきた、国際IS委員会の日本支部である日本IS協会、通称ISAJからの二通の重要通知書類だった。

「……は? 代表候補生選出通知? 代表候補生育成施設への出頭命令? なにそれ? そんなの何もしてないし、聞いてないよ?」

「僕も同じく。ていうか、代表候補生の選抜試験に申し込んだ覚えも試験を受けた覚えもないっていうか、代表候補生になる気自体ないんだけど」

 曰く。月岡重工に所属するテストパイロット。緒方ステラ・バレスタインと緒方優衣の二人が代表候補生選抜試験に合格。指定の期日までに育成施設に入れという、実質的な政府公認の命令書が届いたのだ。

 ただし、一夏も優衣も選抜試験など受けてなどおらず、受験申請すらもしていない。そもそも一夏が言った通り、二人には代表候補生になるという思いも考えもない。にもかかわらず、二人共に同じ書類が届くという、不可解な事態となっていた。

「だよなぁ。なんだこれ。というか出頭命令って何様のつもりなんだISAJは。しかもこの様子じゃ、B判定以下のテストパイロット達は視野に入ってないみたいだな」

 当然、あまりの内容に一夏達の上司であり、IS開発の総責任者たる樹も頭を抱えて唸る。

 稼働試験を担う試験運用部には、一夏のクラスメートの神塚沙耶香や先輩に当たる女性、五島涼香、後輩の神谷亜子など、三十人以上のテストパイロットが在籍している。そんな中、書類は公式にA判定で登録されている一夏と優衣だけに送られてきたのだ。

 ニアA判定と高い練度を持つ沙耶香や、同じくB判定だが一夏達に匹敵する技量を持つ涼香や亜子達など、代表候補生の候補として見るならば十二分以上の実力を持つ者が多数居るにもかかわらず、この事態である。

「いつにい。それ、日本政府の一部の暴走で、ISAJは漁夫の利狙い以外は噛んでないっぽい。これ見て」

 と、そこに束が現れてネタバラし。関係各所から情報を盗り、辿り着いた真相説明をする。

 それは、つい先日まで日本代表候補生主席だった更識家当主、更識楯無が自由国籍権を行使してロシア代表に選出されてしまい、二期連続の日本国家代表不在が解消されなかったこと。

 また質実共に不足し、定数割れが続いている代表候補生枠を補う必要があるため、国家プロジェクトとして、登録されている有力なAランク登録者を候補生として強引にスカウトする、とのことだった。

「で、こんなアホな事、誰が言ったんだよ。Aランクったって、簡易検査だけでISに触ったことすらないやつも居れば、搭乗時間の長いCランクと同程度の技量しか持たないやつだって多いはずだぞ」

「そうなんだけど、防衛省IS管理部と文部科学省IS推進課の幹部連中、相当焦ってるみたい。ただでさえ定数切ってる候補生なのに、質の方も相当悪いみたいだから、形振り構っていられなくなってとにかく高ランク保持者を集めようとしてるっぽいね」

 束の情報から読み取れるのは、国家の面子を保つため、登録されてるAランク判定を持つ者を手当たり次第に施設に入れて無理矢理代表候補生を増やし、量で質を向上。

 その候補生達の中から国家代表を選出するという意図であり、通知を送ってきたISAJはただ、その尻馬に乗っただけであった。

「……よし束。まずは優衣と一夏の専用機を作るとするか。というかそれで黙らせよう。俺の大事な娘達をこんな面倒な事に巻き込んで堪るかってんだ」

「同感だよお父さん。私の大切な妹達に手を出すヤツは、この束さんが黙ってないよー。てことで、まずはいっくん達と、ついでにさやちゃん達にも正規社員証を発行して、後は専属操縦者登録と専従操縦者登録も必要だね」

 もっとも、そんな甘い算段を許す樹と束ではない。一夏を初めとするテストパイロット全員の尽力で完成間近となった第三世代試験機を流用し、二人の専用機とした上で企業専属とすることで、国や行政、ISAJが手出し出来なくする。

 同時にテストパイロット全員を企業専従操縦者として正式に登録することで、沙耶香を初めとする全員を政府の魔の手から守ると言うこと。

「あのぉ、お父様にお姉様? 当事者の私達に話しが全然見えてないんですけど!?」

 だが、樹と束が二人だけで話を進めるあまり、優衣も一夏も、話を読み切れないまま放置される事となってしまった。

「なんだ優衣。お前にしちゃ察しが悪いな。お前と一夏をウチの専属操縦者にしてしまえば、こんな選出と出頭命令なんざ紙切れに出来るって話しだよ」

「そういう事ー。ついでに日付を遡って書類提出すれば無問題だしねー」

 その事に呆れ半分、申し訳なさ半分の樹と束が説明すれば、優衣も一夏も納得したのか、やや自信なさげにしつつも、順に礼を言うのであった。

「……ありがとうございます、でいいの?」

「だと思うよ、きっと。えっと、ありがとう、姉さん、お父さん」

 こうして、後に世界初の量産型第三世代ISとなる黒翼(くろはね)とその専用仕様機、黒鋼(くろはがね)シリーズの完成と発表が、予定よりも一年近く早まることとなった。

 またこの会話の最中に、酷く慌てた様子の優亜が専用回線を使い緒方の家にも通知が来てる事が報告され、一夏達が予算は大丈夫なのか、専用機を二機も組んじゃって、と心配した事は完全に余談であった。

 

 なお、一夏の専用機となった緋鋼(あかはがね)については、黒百合に用いられた新型コアが一夏に完全最適化していたため、黒百合を黒鋼と同等の仕様に改装し、装備の追加等を行った上でコアの番号を正規保有コアの番号に擬装する形で登録されることとなった。

 

 更に余談ではあるが、後年、受領が決まっていた代表候補生の専用機建造を倉持技研が途中放棄した事件と共に、この政府も関与した非常識な施策が、日本国内はおろか世界中に知れ渡ることとなり、倉持技研と日本政府、省庁中枢にいたIS推進派。さらには日本IS協会と、それらを黙認した国際IS委員会や各国政府の権威を地に落とす遠因となる。




裏話として、この時にはまだ簪は代表候補生になっていません。この後に行われた代表候補生試験を受けて主席になり、打鉄弐式に開発計画が開始されます。
尤も、ご承知の通り後に打鉄弐式開発計画自体が破棄されてしまう事になるのですが……。

尚、一夏と黒百合のコアが完全最適化しているのには理由があります。もっと先の話で理由が判明することになりますが。


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遠い世界(ホシ)から来た英雄達(カレラ)

 広大な楕円形のアリーナ、月岡重工が持つ専用IS試験場。

 その中心近く、二機と三機のISが対峙し、今にも模擬戦闘試験が始まるという時、それは起こった。

 

 始まりは、何も無い空間に黒い霧のようなモノが発生。徐々に濃く、深くなるそれは黒い靄になり、やがて渦巻き始めた。

 そして渦巻く靄の中心から、何かが飛び出し、アリーナの地面へと落下した。

「……うわぁっ!」

「きゃあぁっ!」

「ぅぎゅっ!」

「みきゃあっ! いたい……」

 おのおの悲鳴や呻き声を上げる、黒い靄を纏った三人の人影と一匹の猫。

 上空にいたIS達も地面へを降り立ち、一機のパイロットが声をかけた。

「……あの、えっと、大丈夫ですか?」

 そこへ彼女の僚機二機のパイロットが慌てたように彼女に注意を促しに降りてくる。

「いやいやいや、そうじゃないでしょ亜子ちゃん! ていうかこいつ達なんなわけ!?」

「そうよ! いきなり現れたのよこいつら、もっと注意しないと危ないわよ亜子!」

 しかし亜子と呼ばれた少女は、別段慌てることも、また怖がることも無く問題ないと断言し、一夏も亜子の横に降りたち、苦笑いを浮かべて彼女に同意する。

「別にさや姉やすず姉が心配するようなことは無いと思うけど」

「そうだね」

 だが一夏の後ろに降りた優衣は、苦笑いでは無く、本当に苦いモノ噛んだような顔で愚痴をこぼす。

「なんてーの。ISに軌跡シリーズまで混ざってんのはいいよ。けど、こっちの世界に主人公来ちゃったりしてさ、ホントにもうどうなってんだって。てかマジなんなの? カオスすぎて笑えねーし!」

 その声に一夏は振り返って宥めようとするが、しかし優衣は納得せず、現状の混沌さから声を荒げた後、若干落ち込むのであった。

「まあまあ、落ち着いて優衣。なんか、僕と姉さんで今更な気がしてるから、それ」

「……。おーらいまいしすたー。もちついた……なんて言えるかーっ! あうぅ、マジどうなってんだよ、これ」

 そんな優衣に、一夏はかける言葉を見つけられず、 

「だよねー」

 と、一言だけ呟くのだった。

 そこへ管制室にいた束と樹が駆け寄り、全員の安否を確認する。

「……いっくん! ゆいちゃん! さやちゃんとあこちゃんとすずちゃんも、大丈夫!?」

「お前達、大丈夫か!」

 不安の表情を見せる束と樹に対して、亜子も、さや姉こと沙耶香も、すず姉こと涼香も無事と答え。

「あたしは、なんともないわ」

「私も大丈夫ですよー」

「あたしもー」

 一夏と優衣も同じく答えつつ、優衣は一夏に若干のからかいを含めた声音で問いかける。

「僕も大丈夫だよ」

「私も平気ー! それで一夏。この子達って、知り合い?」

 優衣の問いかけに、からかわれているとわかりつつ素直に答えれば、優衣から更なるからかいの言葉が出てくる。

「うん。向こうの世界のクラスメートと、ライバル?」

「あー。ああ、この人が一夏の王子君かぁ」

 優衣の発した王子君という一言に過剰に反応する一夏だったが、優衣は別の知識として彼のことを知ってることを思い出し、やや拗ねた口調で切り返す。

「王子、違う。……強ち違わないとも言い切れないけど。ていうか、経緯知ってるくせによく言うよ」

 優衣も、一夏の言う通り、落ちてきた彼らの正体を知識として知っている。知っているが、会ったことも見たことも無いのだ。一夏もそのことはわかっている。

「いやだって、一応、彼とは初対面だしさ」

「……そうだよね」

 そんな中、漸く周囲に気を配り始めた彼らの内、赤い髪に眼鏡をかけた女性が最初に声を上げ、一夏と束を見て、彼女が知る二人の名前を口にした。

「……ここは、どこでなのでしょうか。ステラちゃんとタリサさんが居るようにも見えるんですが」

 しかし彼女は彼らの中で一番上に居たため、彼女の下に居た灰色の髪の少女が呻き、女性……エマに退くように促せば、エマは直ぐに退くが、今度は猫の尻尾を踏みつけてしまい、悲鳴が上がる。

「痛た……。エマ、退いて。重い」

「ひゃぁっ! ご、ごめんなさいフィーちゃん」

「みぎゃぁっ!」

 その悲鳴にまた一度飛び退き、猫……セリーヌに謝るエマだが、猫は言葉を発してしまい、慌てて猫の振りをする。

 この場に居る者全員、それを温かい眼で見ている。すでにこの猫、セリーヌが人の言葉を話せるのはわかっているからだ。

「せせ、セリーヌ! ごめんなさいセリーヌ」

「べつ……みゃあぁ」

 フィーもそれには気付いていて、一度一夏と束に目を向けた後、唯一の青年に問いかける。

「……今更、もうばれてるっぽいけどね。ステラとタリサも居るし。ま、わたしは平気だよ。それよりリィン」

「ああ。なあステラ。ここがどこなのかわからない。教えて貰えないか?」

 すると青年、リィンは、フィーの問いかけをそのままにステラ……一夏の方へと問いかけてくる。

 それに、ごまかしも無く素直に答える一夏。

「ここは僕が元居た世界だよ、リィン」

 そんな一夏の答えに黙ってしまうリィンと、無表情に問いかけるフィー。そして悲鳴を上げておろおろするエマ。三者三様であった。

「……任務、失敗?」

「ぇええっ! そそ、それじゃあ、ど、どうしましょう、リィンさん……」

 そしてリィン自身、既に状況だけを把握しつつ、理解が及んでいないため、エマの狼狽えた様をなだめることしか出来ずにいる。

「あー、そうだろうな。うーん、どうするかなあ。ステラが居るとしても、ここがどこかすらもわからないんだよな」

 と、当事者達が混乱してる中、樹は束に対してデータの有無を問いかけ、束は当然の様に、あらゆるデータを取ってると答える。

「束。こいつ達が現れた瞬間の観測データは残ってるか?」

「空間、波動、粒子、量子、重力、その他諸々。全部、試験開始二時間前から今も記録中だよ」

 そのことを確認した樹は、リィンに対して素性を示すように促す

「そいつは重畳。それで、君達はどこの誰で、直前まで何をしていたんだい?」

 樹の問いには、まずフィーが、作戦概要を示すように詳細を説明し、任務の失敗を確認する。

「状況確認。オルディス南部の古代遺跡を調査中。遺跡最深部にあった端末室と思われる部屋から不明の場所へ転位したと推測。オルディス管区司令部との通信途絶。導力波通信も全回線で反応無し。リィン。作戦失敗。帰還も不可能、かな」

 エマがその内容に付け足すように、黒い渦という言葉を発すると、リィンは現状を受け入れるように呟いた。

「あの黒い渦に飲み込まれたのが原因でしょうか? ステラちゃんとタリサさんが帰還した時の渦にそっくりでしたし」

「まあ、だよな。ステラがそこに居るわけだし。というか、俺達がステラのところに来た、の方が正しいんだよな、きっと」

 リィンの呟きに答えるように一夏が歓迎の言葉をリィン達へとかける。

「まあ、そうだね。ようこそ地球へ、異世界の英雄達」

 その一言に、リィンは僅かに笑い、軍籍と所属を明かし、エマ、フィーもそれに続けて明かす。そして。

「くく……。ああ、そういうことか。ありがたい。俺はリィン・シュバルツァー中尉。エレボニア帝国軍第一師団麾下特務隊に所属している」

「エマ・ミルスティンと申します。特務隊の隊員ではありませんが、今回の任務にはオブザーバーとして同行していました」

「フィー・クラウゼル。わたしも特務隊所属じゃないけど、リィンとエマの護衛。で、セリーヌ」

 しゃべる猫、セリーヌも人の言葉で自己紹介をし、なぜわかったのかと呟けば、亜子がそれに答える。

「……セリーヌよ。なんで気付いたのかしら」

「最初に悲鳴が四人分聞こえたからだね。落ちたのは三人と一匹だったのに」

 聞いた彼らの身分に、樹はため息を漏らしつつ呻き、一夏がそれに要らぬ付け足しをした後に、今後をどうするのか訪ねる。

「しかし、軍人とそれに近い者達か」

「プラス不可思議生物ネコ擬き一匹だよ、お父さん。で、どうする?」

 既に正体を把握した樹は一夏に問いかければ、直ぐに答えが帰ってくる。

「どうもなにも、こいつ達は別の世界出身者なんだろう? お前の知り合いみたいだしな」

「うん。僕の元クラスメート達だよ。それに優衣も知識で知ってる」

 そこで今後の展開を固めると、樹はリィン達に対して自己紹介を始め、束達もそれに続く。

「そうかそうか。そんじゃまあ、なら暫くはウチで匿うしかないな。それよりも俺達の事だ。俺は緒方樹。この施設の責任者で、この機械、ISの開発主任だ」

「リィン君達は知ってると思うけど、私は緒方タリサ・バレスタインだよ。今はいつにいの義理の娘で、この施設の管理責任者兼、ISの設計主任だよ」

「改めて、緒方ステラ・バレスタイン。今まで通りステラでいいよ。今はここの専属操縦者やってる」

「私はステラの妹の優衣。同じく専属操縦者です」

 緒方家四人が終わると、居合わせた専従パイロットの三人も自己紹介をする。

「私の名前は神谷亜子です。気軽に亜子ってよんでください。ステラ姉達と違って、専従のテストパイロットをしてます」

「あたしは五島涼香です。すずかか、すずって呼んでね。亜子と同じく専従テストパイロットよ」

「神塚沙耶香。沙耶香でもさやでもサーヤでもいいわ。あたしも専従テストパイロットで、ステラ達とは同い年で親友よ」

 そしてリィン達も改めて、ただのリィンとして自己紹介し、立場を固めていく。

「改めて。リィン・シュバルツァーだ。リィンでいい。身分や立場も、ここでは意味が無いだろうしな」

「エマ・ミルスティンです。エマと呼んでください」

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ。で、駄ネコ」

「駄ネコいうな……。まあ、改めてセリーヌよ。その、エマのペットって事でいいわ」

 全員の紹介が終わったところで、今後の為に急遽の予定変更を宣言し、実行する樹と束。

「……わかった。ありがとう。とりあえず今日の稼働試験は中止だ。束、会議室を押さえておいてくれ」

「うん。もう第二を押さえといたよ。リィン君、エマちゃん、フィーちゃんにセリーヌちゃんは私に付いてきて。いっくん達は着替えてから第二会議室に。さやちゃんたちには後で報告するから、今日の分のレポート書いたら上がっちゃっていいよ」

 束の命令に合わせて涼香と沙耶香、亜子の三人は直ぐにアリーナを出て行く。

「りょうかーい」

「わかったわ」

 アリーナの中に残った一夏は、早速リィンに任務内容を問いただす。

「で、オルディスで任務って?」

 すると、やや言い辛そうにしつつ、リィンとエマが状況を説明する。

「ちょっと厄介事をな。ルーファスさんからの勅命で、未踏破の暗黒時代の遺跡を調査する任務を受けてたんだよ」

「でも、深部の端末室に着いたら、急に真っ黒な渦が目の前に出来て、逃げる間もなく飲み込まれちゃったんです」

 それでおおよその事情を把握した一夏は、他のことは後回しにして、樹に今後のことを聞くことにした。

「あー、うん。大体わかった。まあまあ、僕が居なくなってからの事は後で聞くとして。ねえ父さん、どうする?」

「彼らは一夏の元クラスメートなんだろ? なら、さっきも言ったとおり、心配するな」

 そんな一夏の頭を、樹は荒く撫でる。その手を取り、一夏は樹に向けて微笑めば、樹もそれに軽く返す。

「うん。わかったよ、父さん」

「気にするな」

 

 そうして、普段ではあり得ないほど早い時間に、アリーナから人が居なくなった。




ここで一夏の初めてを奪った人とライバル達の登場になります。ライバルといってもまあ、当人達は当事者のリィンも含めて随分平和な感じで和気藹々といった感じになりますが。
元々このISApocryphaは、優衣がメインヒロインの一夏x優衣+ヒロインズ+αなハーレムモノ二次創作を下敷きにして設定を変えて書き始めたものです。思い付いた当時閃の軌跡をプレイしていて、あれ? 一夏とリィンって、中の人同じだよなぁ、という所に元々書いていたISx艦これ二次のSSを改変して、現在のAporyphaの大本になりました。
なお、リィン達が地球に来る際の現象は、一夏と束がエレボニアから帰ってきたのと同じモノです。が、四人以外のキャラがレギュラーキャラとしてゼムリア側から地球に来ることはありません。

そういえば、プレスリリースではありますが閃の軌跡Ⅲの開発が発表されました。が、この小説においてその設定は余り反映されないと思います。あくまでIS十巻までと閃の軌跡Ⅱのクロスオーバーですので。すでにラストまで、原作ISを意図的に無視した形で作ってしまってますから。


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波乱(ハプニング)は続く

 格納庫へ向かった涼香達とは別に、アリーナから直接更衣室へ移動して着替えた一夏と優衣は、リィン達が通された整備室へと入っていくと、そこで二人の目に思わぬ光景が入って来た。

 その光景とは、ISの見学をしているはずのリィンがそのIS、疾風をその身に纏って座り込んでいた、というものだ。

 それには優衣が唖然とし、一夏も思わず呻いてしまいう。

「ISが起動してる。男の子なのに」

「……なにしてんのさ、リィン」

 そして当のリィンは、自身の状態に混乱しているのものの、経緯だけは説明した。

「俺が聞きたい。見た事も無い甲冑だから、タリサさんに聞いたら良いっていうから触ってたみらこれだよ。ていうか、なにか問題があるのか?」

 しかし、問題だ。何せ、男のリィンがインフィニット・ストラトスを起動してしまったのだから。

 これにはエレボニアでの事情に詳しい一夏でさえ、あれを超える厄介事ってあるんだな、と思いながら愚痴をこぼしてしまう。

「うん。問題も問題。大問題」

 そう、ある程度厳密に起動者が決まっている騎神はともかく、インフィニット・ストラトを男が起動したのは、彼の魔神(エンド・オブ・ヴァーミリオン)が起動したことよりも厄介事である。

「だね。ていうか、すっごい面倒事? リィンがヴァリマールを起動した事以上の大問題且つ厄介事。テスタ=ロッサが起動した事でもまだ些細な事態かな。あれは暴走してるだけの騎神でしかないから」

 その証拠に、当時現場にいたタリサ=束は、リィンがISを起動した瞬間、四人を待たせて大慌てで樹の元へと走って行ったのだ。

 尤も四人は事の重大さを全く理解出来ていないので、訳がわからないといった表情を見せ、フィーが一夏へと問いかける。

「ヴァリマールやテスタ=ロッサ以上って、そんなに面倒なこと? タリサも、リィンがこれを動かした瞬間に慌てて出て行ったし」

 機械仕掛けの甲冑、インフィニット・ストラトス。

 世界の軍事バランスを一瞬にして塗り替えた超兵器。それは、かつてエレボニア帝国帝都ヘイムダルを一瞬にして制圧した機甲兵と、似て非なるモノ。

 制約に縛られた不完全品。危ういバランスの上に成り立った欠陥品。それがインフィニット・ストラトスである。そのことにセリーヌが噛みつくが、一夏が直ぐに返答する。

「四人は知らないから説明するね。この甲冑っぽいものはインフィニット・ストラトスっていう。向こうで言う機甲兵みたいな感じの装備なんだけど、実は物凄い欠陥品なんだよ」

「欠陥品? これが? 見ただけでも騎神並。半端な戦車や機甲兵じゃ足下にも及べないように感じるわよ」

「確かに性能的に言えば、半端な戦車じゃ束になっても敵わない。騎神とは相性悪いけど、機甲兵となら互角に戦えるね。まあ戦車に関しては、僕とセリーヌが言うモノには天と地程の性能差があるけど」

 それに続き優衣が欠陥品の訳を話せば、フィーがなんとなく理解したように言う。

「ただね。これ、女にしか起動できないんだ。それも、女でありさえすれば、ほぼ誰であっても起動する事が出来る。ま、使い熟せるかは別だけどね」

「使い熟すのは、なんでも訓練次第。けど、それって、道具としては失敗作?」

 そんなフィーの失敗作という言葉に、姿を見せた束が自嘲を込めて語っていく。自らの汚点、と。

「そうだよ。フィーちゃんの言うとおり、それは純然にして完膚なき失敗作。本当は世に出してはいけなかった恥ずべきモノ。私が、束さんが宇宙に行きたいっていう希望を叶えるために作ってしまった、欠陥品にして失敗作なの」

 しかし束の自嘲に対して一夏と優衣は怒りを顕わにし、人差し指を突きつけながら自分の頑張りを否定するなと諭す。

「もう束姉! それは言っちゃダメっていつも言ってるよね! 姉さん、がんばってるじゃん。女も男も関係なく、誰が使っても起動できて、ちゃんと動かせる様にするって。ずっとがんばってるじゃん」

「そうですよ! 束さん、すごく努力して、壁にぶつかっても乗り越えようとがんばってるじゃないですか。じゃなかったらここのスタッフ、誰一人として動いてませんよ。もっと自信を持ってくださいよ!」

 束も二人の気持ちを汲んで誤り、礼を言う。

「……いっくん、ゆいちゃん。その、ごめんね。ありがとう」

 そしてリィンに対して事実を告げながら協力を要請する。モルモットになってほしいと。

「それでねリィン君。君がISを起動できたからには、いろいろ調べたりするのに協力して欲しいなって思うんだけど、いいかな? その、実験動物みたいな扱いになっちゃうんだけど……」

 それに対してリィンは構わないと返し、フィーとエマにも確認を取る。ネコの文句をスルーしながら。

「そういう事なら別に、俺なら構わないですけど……。フィーとエマは、どうだ?」

「ちょ、ちょっと灰の!? あたしには聞かないの!?」

 問われたフィーとエマもネコの叫びをスルーしつつリィンに同意し、束に協力することを申し出る。

「わたしはべつにいーよ。どうせ戻れなそうだし。リィンとエマ、それにステラとタリサも居る。それに、ここに居るのも楽しそう。駄ネコは……エマのペット?」

「ふふ。確かにそれが面倒なさそうですよね。それで、私も構わないですよ。この様になったのも、なにかの導きかも知れませんし。リィンさんとフィーちゃんさえよければ」

「ちょっと、あたしの意見も聞きなさいよねー!」

 

 こうして異世界の英雄達三人と騒がしいペットが一匹、緒方家に加わることになった。

 ……戸籍は束が一晩でなんとかした。さすが束!

 

 尚、ISと騎神で勝負した場合、小柄さと敏捷性ではISに分があるが、防御性能では恐らく、ヴァリマールどころかシュピーゲルの一撃にも耐えられないだろうことから、攻撃力と耐久力に機動性を総合的に見て、操縦者次第で機甲兵には勝てても、騎神には勝ち目がないと思われる。

 ついでに戦車について。現在、陸自で最新鋭になる10式改や90式改に、開発中の自走速射高射砲の走行、射砲撃の映像をリィン達四人に見せたところ、自分達が知るそれとのあまりの性能差に、セリーヌだけでなく、リィン達三人までも完全に固まってしまった。

 リィン達曰くアハツェン以降の新型はまだ無く、また改良などによる性能向上もないとのことで、ゼムリアの戦車はすでに全車退役済みの74式の更に先代の61式で漸く比べられる範囲に入る程度である。恐らくこの性能差は、多少の誤差を含めても戦闘車両全般に適応されるだろう。

 エレボニア帝国を含むゼムリア大陸には滞空可能な飛行艇があり、導力器を計算機にするパソコン擬き、導力波を通信に応用したインターネット擬きは存在するが、テレビは無い。リィン曰く、トリスタで聞いていたラジオが、漸く他の大都市周辺で普及し始めたとのこと。

 このように、刀剣類を装備することや、導力器を使った道具や魔法が一般的且つ、一部とはいえ人間自体の戦闘能力が異常に高いゼムリア世界では、技術レベルが非常にちぐはぐとなっている。




文章を書くのって本当に難しいですね……

所で、文中のISと騎神、機甲兵のパワーバランスは独自の解釈です。
作者的には大凡、騎神>軍用IS(銀の福音など)>IS(専用機全般)>機甲兵>IS(訓練機)というイメージで書いています。
また、この世界の日本はISを用いた戦争を想定し、IS以外でも軍事的防衛を重視しているという感じで書いているので、陸海空全般で現実世界よりも強武装化しているという感じです。10式を更に改良とか、どんなバケモノ戦車になるんでしょうか、作者にも想像が付きません(..;)

あ、ぶっちゃけセリーヌの出番、ここ以外に殆ど無い予定です。
マスコットにしたくても、喋るネコとか日本どころかエレボニアでも珍獣なのに、レギュラー化出来ませんし。


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厄介な男性操縦者(オリムラチナツ)

 と、そんなこんながあった7月末。それから随分時間が流れ、11月には無事に黒翼と凍牙の公式発表も終えることが出来、今は高校受験シーズン真っ只中の2月の中頃。

 そんな時に更に厄介な事が起こる事になる。僕にとって、厄介な事。……てかホント、アイツってば碌な事しないって言うか、俺にとって厄介者か疫病神か……。

 

《臨時ニュースです。本日午後、世界で初めてISを動かせる男性が現れました!》

《動かしたのは彼のブリュンヒルデ織斑千冬さんの弟、織斑千夏さんだということですが》

《なにか因果関係があるのか、それとも偶然か。そして今後の、男性によるIS起動の可能性についても……》

 いつもの様に稼動試験の合間、優衣と二人で待機室での休憩中に流してたテレビから、急にこんな言葉が聞こえ、目を向ければつまらないバラエティ番組はニューススタジオの映像に変わった。

 そして映し出される、成長した、でも別れた頃と印象が殆ど変わらない厭味な目付きの少年の画像。認めたく無いけど僕の双子の兄、織斑千夏の顔写真。

「……なにこれコワイ。優衣の言うとおりになったし」

「……いやぁ。ホントになるなんて僕も思ってなかったんだけどねー。ほら、あっちは創作物で、ここは現実。一夏に千冬さん以外の兄弟がいて、束さんがあんなにキレイな人って時点で原作崩壊してる事になるし。だいたい、別の世界に一夏が行き来して性転換して、更にそこの英雄達がこっちに転移してきちゃってる時点でもうカオスすぎだって、この世界」

 ただ、今優衣が言ったように、ここは優衣が知る物語に似た世界でしか無いこの世界だけど、似ているって事は有り得るって事でもあるんだよね。

「まあ、創作的に考えればそうなんだけどね。ぶっちゃけさ、優衣がそれを束姉に話した時の落ち込み方、凄かったもんなあ」

「正真正銘の人でなしって感じの書かれ方だもんね。まあ、僕も前世の記憶は曖昧になってきてて全部を細部まで覚えてるわけじゃないし、そもそも僕が向こうで死んだ時、インフィニット・ストラトスはまだ完結してなかったから、最終的な束さんの人物像を知らないんだ」

「そこは束姉も理解してるって。ほら、"だ、だいじょーぶ。さ、さいごまでかかれてないから、たばねさんきっとほんとはすっごいとってもいいひとなんだよ。きっと、たぶん……めいびー?"、とか言って超動揺してたじゃん」

 描かれた物語の世界の束姉と、現実の束姉。その差は歴然としていて、別人としか思えない。

「ていうか、その話をした時の姉さん、泣きそうな顔をしてて。思わず頭を撫でちゃったしね」

「うん、思い出した。あの時の束さん、凄く可愛かったし。でもさ。実際、世間の評価としての"演られた(つくられた)篠ノ乃束"の人物像と、作品の中の"篠ノ乃束"の印象って、大体同じ様な感じなんだよね」

 そしてその時の、あまりに狼狽えて手をわたわたと振り回しておろおろ涙目になった束姉の可愛さは犯罪的だったと思う。優衣がやんちゃな子犬なら、その時の束姉は怯えたチワワだった。

「確かに。てことは、これってリィンはどうするのかな。年齢的にはかなり上だけど、個人的には来て欲しいなーって、思うんだよ」

 とは言え、千夏がISを動かしたこと自体には特に思うことも無く、でもIS学園入学が決まってる身として厄介だなと考える。

「てのも。千夏って頭と見栄えは良いけど、アホでバカで自己中で傲慢で外道な最低人間なんだよね。正直、僕自身はアイツに負ける気もその要素もない。けど、下手すると同じくクラスとかあり得るし、ちょっと嫌だなって思ってさ」

「……そうだね。それは私も同意するよ。私と一夏に、それにフィーとエマも入るのが決まってるから、リィンも入ってくれた方が面倒なさそうだよね」

 自分の安全はいい。この身は守れる。ただ、精神的な不安が消えない。そう考えるところに優衣も同意したところで、束姉が入ってきてリィンも学院に行くことを教えてくれる。

「大丈夫だよいっくん、ゆいちゃん。それならもう話しは着けて来て、リィン君も同意してくれた。束さんとしても、あんな屑が世界初じゃないって証明したいし、いっくん達をあいつの魔の手から守れる人が居て欲しいしね」

 とそこに、まだ続いていたニュースのキャスターが焦った口調で話し始めた。

《りり、臨時ニュースのぞ、続報です! たった今、世界各国の報道機関および国際IS委員会に対して、指名手配中の篠ノ乃束本人による映像メッセージが届けられました!》

《準備も整っているようですので、届けられた映像を早速再生したいと思います。それでは、どうぞ》

 どうやら束姉がなにかやらかしてくれたらしい。良くも悪くも世界を振り回すのは今も昔も変わらず、か。

《……はろはろ、世界のみんな。みんなのアイドル、束さんだよー。なにやら織斑千冬の弟がISを動かしたらしいね。でも残念。実は世界初の男性操縦者は織斑千夏なんかじゃ無いのだよ。月岡重工に所属してるテストパイロット、リィン・シュバルツァーこそが、世界初の男性操縦者なのだー! 資料として起動ログと稼動試験の映像も付けたし、その正当性とデータ、記録日時が改竄されていないのは束さんと月岡重工の名の下に保証するよ》

 アナウンサーの言葉通り、かつて使っていたラボっぽい雰囲気の部屋をバックに、無表情に焦点の合わない瞳で笑顔を浮かべる篠ノ乃束の姿。演技だって知ってるけど、この微笑みがホントに恐いんだけど、なんていうか、ノリノリで演技してるよね、姉さん。

「ノリノリだなぁ、姉さん」

「だねー。束さんのこの、本気で人を人と見てないって印象に見えるの、本当に演技が上手ですよね。普段の束さんを見てるから逆に楽しくていいんですけど」

「やはは。白騎士事件の後、各国からの脅しが凄くってさ。なるべく見下すようにしてたら、それが割と効果あってねー。いや、束さんも自分がここまで出来るなんて、今以てビックリだよ」

 てか思わず優衣と一緒に言っちゃったけど、姉さんはやっぱりノリノリだし。ま、確かに面白いからいいけど。本心だって知ってるから実際に恐いなんて事もないし。

《あー、そうそう追伸だけど、この事でリィン・シュバルツァーや月岡重工に詰めかけたりするなよ。したら……何が起こっちゃうかわからないからー。それじゃーねー!》

 そんでもって、この"篠ノ乃束"が織斑千夏以外に現れた男性操縦者に対して理不尽な態度を示さない時点で、本来はいろいろ疑わしい点が見える筈なんだけど、あの篠ノ乃束の印象で全部持ってかれるから、リィンも月岡もベールにくるまれちゃうんだよね。

《……いやはや、とんでもない事になりましたね。まさかこの様な事が。しかも篠ノ乃束博士直々に保証するなど、このシュバルツァー青年や月岡重工に興味は尽きませんね。先に釘は刺されてしまいましたが》

《そ、そうですね。しかし月岡重工と言えば、昨年の11月に世界初の量産型第三世代機と第三世代装備の発売を公表した企業でしたね。この映像の日付によると、織斑君より半年以上も前に起動している事になりますが、何故月岡はこのことを隠していたのでしょうか》

 アナウンサーやコメンテーター達が憶測を適当に話し続けるのを横目に、束姉にこれで大丈夫なのかを聞いてみる。

「いいの、束姉? これじゃ姉さんと月岡が繋がってるって、知られちゃうんじゃない?」

「そこは大丈夫だよ。だって、ここに居るのは一IS技師の緒方タリサ・バレスタインであって、IS発明者の篠ノ乃束じゃないし、その姿はここに無い。篠ノ乃束は単に事実を知って、興味を持って調べあげたデータの裏付けを取って世界に通知しただけ、てところかな」

「うわぁ……」

 その答えにはまあ、確かに篠ノ乃束の姿をした人物はこの世界のどこにも居ないんだよなと、改めて思い出す。僕も束姉も、容姿が完全に変わってるから。

「あははっ。束さん、カッコイイ!」

「えへへ。褒めて褒めてー」

 ともかく、リィンの存在が世界に知らされて、やるべき事が増えた。書類仕事万歳って感じだけどまあ、その辺は僕達のやることじゃないし、せいぜいリィン達に地球の学校生活上の常識を教える程度かな。

「やる事沢山出来たね。リィンの専用機登録に専属操縦者登録とか、社員登録も正式なものにしないとだし」

「その辺はもう、いつにい達が手続き始めてるから心配無用だよ」

 と、そこで束姉が真剣な表情になって、僕達を見つめてくる。そして放たれた言葉は、ある意味想定内のことではあったのだけれど……。

「ねえ、いっくん。ゆいちゃんも。もしかしたらね、篠ノ乃束は、近い内に起こるかもしれない戦争に荷担する。いつにい達や月岡の上層部もそれは承知して、その為の準備も既にしているの。二人にも教えてない兵器群(モノ)も沢山、開発してる」

 エレボニア帝国の内戦とクロスベルとの国際紛争。両方の表裏にどっぷり関わった身としてはこれ以上、戦争には関わりたくない。でも、僕は関わらざるを得なくなるんだろうね、きっと。

「……戦争、か。内戦と国家間戦争に身を投じた経験を持つ者としては、なるべく避けて欲しい、なんて思うけど」

「私も、自分が戦争に巻き込まれたこと無いけど、戦争自体は嫌いだな。でも、私達が戦わないと、不幸になる人が沢山出ちゃう。戦えない人が不幸になるのは、みたくないよ」

「うん。ごめんね、いっくん、ゆいちゃん。でも、今のISのあり方は篠ノ乃束が考えた物じゃない。私自身としても、タリサとしても、本音では兵器としての開発は、これ以上は進めたくないの」

 女権団体やテロリストがISを使って起こす事件が増えているのは事実。更に、国家間での紛争にISが使われているのは最早公然の秘密でもある。

「非公式とは言え、ISが戦争や政治の道具にされている。内戦や国際紛争に使われてるのも知ってる。各国から盗まれたコアのリストがあるから、それは、強奪されてテロリストに使われているISが相当数あるって言うことを意味してる。そんな現状が、私には我慢が出来ない」

 そして暗躍する亡国機業(ファントム・タスク)と呼ばれる大規模テロ組織とその支援組織。束姉がいう戦争とは多分、この亡国機業を中心としたテロリスト達との戦争の事だろう。

 黒翼や黒鋼、それに凍牙や各種装備は、基本的に戦争下における対IS戦闘と全領域での対軍戦闘を念頭に置いて設計された、競技用装備とは全く異なる、あくまでも純粋な戦闘用の兵器群。IS学園に通う時には、競技用ISと同等になるよう、機体と装備の両方に厳重なリミッターをかける事になってる。ついでに言えば、通常部隊用の対IS用兵装も開発されてるのは分かってる。恐らくは各国でも開発されてるだろう事も。

「だね。それに、父さんやここのスタッフみんなが思ってる事ですし。それは束さんもわかってますよね。二歩先に進むために、その前にある壁を壊すための準備をしているって」

「もちろん。じゃなかったら、ここまで協力しない。ここの人達やりょうねえやゆあちゃん、そうくん。みんなの思いはちゃんと受け取ってる」

 宇宙へ行くための専用装備や機材ももちろん開発されているし、テストも頻繁に行っている。宇宙にだって、低軌道までではあるけど、大気圏再突入艇や増加スラスターを使ってもう何回も上がってる。IS単独での大気圏再突入は、専用装備を付けてても未だに怖くて慣れないけど……。それでも、その前に、人類の敵を叩きつぶさなきゃならない。

「……でも、ね。束さんとしてはさ、そろそろ、堪忍袋の緒が切れた、て言いたくなってるんだよね」

 束姉の悲しげな呟きに、覚悟を改めて決める。姉さんの刃になることを。

「一昨年、いっくんに協力してもらって助け出したくーちゃんとれーちゃんだって、成功体の一人でしかないラウラ・ボーデヴィヒの予備として生かされてただけだった。くーちゃんとれーちゃん達本人に発現した能力が、想定を下回ってたっていうだけで」

「今は二人とも元気に生活してるけど、同じ生み出された命なのに酷い差があった。レイアはともかく、クロエをやや上回る程度のボーデヴィヒは成果を出せたから代表候補生にまで上り詰めて、ドイツ軍IS部隊の隊長にまでなってる。でも二人は……」

「もう少し遅かったら。そう思うと私は……。二人を助けられて、本当に良かった。もう少し体力が付けばもっと遊びに行ったり、学校に行ったりも出来るようになる。でも……」

 クロエとレイア、束姉やお父さん達、月岡のみんな。守りたい人達の為に剣を執る覚悟を決める。

「ねえ、束姉。俺は、姉さんの味方だよ。姉さんの考えの賛同者で、協力者。もし戦争を起こすなら協力する。最前線に出る覚悟も、殺し合う覚悟もある。そして、束姉の考えに賛同してくれる人は世界中に沢山居ると思う」

「僕もですよ束さん! IS学園に行ったら、僕達でそういう人を探そうと思ってます。僕と一夏だけじゃない、リィンも、フィーもエマも!」

 そんな俺と優衣の言葉に、姉さんは涙を零しながら、それでも笑顔を浮かべてくれた。

「うん! いっくん、ゆいちゃん。あと、ここには居ないけどリィン君達にも。お願いします!」

 そして願いを受け入れ、はっきりと宣言する。

「任されました!」

「任せて下さい!」




亡国機業という存在は、その筋の人間にとっては周知の組織です。
また元女性軍人を中心とした一部の女権団体は亡国機業の実行部隊として傘下に入っています。
この戦争への荷担は、月岡重工のみならず日本国内の一部の企業と、更に政府も関与しています。
日本政府及び各省庁内の女性利権派閥は、現時点では割と勢力を削がれているため、女尊男卑の風潮は、日本に限っては原作よりは酷くはありません。……という設定です。

で、ISを紛争や内戦に使わない国は無いでしょうね。当事者達には死活問題ですから(・・


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小話 子犬な彼女

思いつきで作った設定を元に書いてしまった。
もしかしたら優衣が属性過多になるかもしれないけど反省も後悔もしない。
あくまで小話なので短いです。

あと、この小話はネタ話になっていて、後のネタ的伏線になっています。


 リィン達がこちらの世界に来てから暫く。三人にはこっちの世界での一般常識やマナー、そして基本科目を教えることになった。

 そして専用機の建造が既に決まってるフィーとエマには、僕と優衣と一緒にIS学園に入ってもらうことにもなる。リィンに関しては最初に起動した疾風が実質的にリィン専用機になって、各種の調査機器なんかが搭載された状態になってる。

 閑話休題。一般的な常識や生活様式等々は実際に外を出歩いて、実生活の中で実感してもらった。フィーやリィンは車や電車なんかの乗り物に凄く驚いていた。システム的にも性能的にも、どちらもゼムリア大陸のそれとは比べものにならない差があるから。まあ、エマが、下着の質が高くて向こうに戻った時に満足出来ないかも、と言ったのは余談だと思う。気持ち的には同意出来るけどね。

 ともかく三人がこちらでの生活に慣れて、教えることが実地的な事から一般的な勉強方面にシフトしていった時にそれは起こった。

 

 授業としては教師には事欠かないのが幸いで、僕達自身だけじゃなく、基本科目の文系では涼夏お母さんに蒼弥兄。理系科目とIS理論は姉さんと樹お父さんに教えて貰えている。

 そんな中、ふとした拍子に、優衣の面白いクセがわかってしまった。

 

 事の発端は、ただの偶然。僕と優衣とで、リィン達に日本史と世界史を平行して教えていた時のこと。優衣がフィーに教えている最中、その教え方、要点の纏め方の上手さに思わず頭を撫でてしまった時。優衣が突然、鳴き出したのだ。

「くぅん。わうぅっ……はっ!」

 ……と。

 唖然として言葉を出せなくなった僕達四人と、恥ずかしそうに耳まで赤くして顔を俯けてしまった優衣とで静まりかえった室内。

 数秒か数分か、時間の感覚まで消えた室内で一人恥ずかしがってる優衣の様子に思わず、普段は表に出ない嗜虐心が湧き起こり、思わず犬の喉を擽るように撫でてしまった。すると。

「ぐるるるぅ」

 と、まるで本物の犬のように鳴き始めた。ここまで来ると僕の好奇心も止まらず、同じく何かが刺激されたフィーと一緒に只管に、優衣を撫でて擽って遊んでしまったのだ。仔犬を愛でるように。

 優衣も満更じゃないのか擦り寄って甘えてくるに至って、僕達は調子に乗って弄るのをやめず……。

 

「一夏っ!? フィーも! 僕は犬じゃないんだよ!」

 結果、さんざん優衣を弄りまくった僕達は、正気に戻った優衣によって即座に組み伏せられたのでした。まあ、楽しかった。そして後悔も反省もしていないけどな。

 

 なお、この事は後に中学、そしてIS学園で仲のいい仲間達にも知れ渡ることになり、何かあれば弄ったり、またある時は興奮した優衣を宥めるのに使われることになった。

 

「だから僕は犬じゃ無いって言ってるだろー!」

 それもあってか、以来、そんな優衣の叫び声が空しく響く日が度々あったとかなかったとか。まる。

 



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いざ、IS学園へ
学園初日(サイショノイッポ)


漸く本編に辿り着きました。



「そんなこんなでIS学園入学日と相成って、か。大丈夫、リィン?」

 あの衝撃の発表があった日から一ヶ月と少しを慌ただしく過ごして今日、IS学園に入学って事で隣の、数十と言える視線に曝されて超緊張しまっくってる憐れな男の子(ヒロイン)に声を掛けてあげようかね。

「はっ!? あー、え、お、おう。というか、いきなりどうしたんだよステラ」

 物凄く狼狽えてるリィンかわいいよリィン。地方男爵とはいえ貴族の子だから見世物には慣れてるけど、世界でたった二人のISを操縦出来る男の子で、IS学園でたった二人の男子生徒の内の一人。注目されないわけがない。

「平気っぽく振る舞ってるけど、物凄い緊張してるんじゃない? 顔、凄い事になってるよ?」

 同じクラスという事で、織斑千夏と交互とはいえ、僕とフィー以外のクラスの女子達の、殺気の欠片もない好奇の視線に曝されてる彼は、自覚無しに緊張して表情が引き攣ってる。

「マジか……。でも悪い。なんとなくここ、居心地悪くてさ。敵意とかならまだマシなんだけどな」

 言ってる事はすごくよくわかる。多分これが殺気や敵意なら、もっと平然としてるんだと思う。けど、基準がずれすぎてるね、僕達。まあ、どっちにしても助けられないけどさ。

「だろうね。もうすぐ先生も来るだろうし、あとちょっとだって。自己紹介でも考えてみたらどう? 気が逸れるだろうし、自己紹介失敗したらもっと居心地悪くなるだろうし」

 ちなみに視線の内の大半は、時々僕と、あとフィーにも突き刺さってくる。敵意のそれで。なにせ彼女達にしてみれば、誰もがリィンと千夏に興味を持ちながらも、話しかけるのをためらい牽制し合ってるなか、僕一人だけ抜け駆けしてるのと同じ様な感じなわけで。しかも僕とリィンにフィーは、お揃いのデザインの改造制服を身につけてるから。ぶっちゃけトールズの制服風に改造しただけなんだけどね。

 まあ、負け犬の視線と思えば痛くも痒くもないし、そもそもマクバーンやクロウ達のそれに比べればそよ風にすらならない。フィーも同様で、サッとリィンの様子を見たあと、周囲の気配を探っては呆れを込めた溜め息を吐いてる。

「……ああ、そうだな。そうするよ」

 そんな感じでノホホンとリィンと声を交わしつつ、クラスの様子を窺っても千夏がやや緊張してる以外は然程変化はない。あの傍若無人な千夏も、流石にこの中じゃ緊張するのか。在る意味、衝撃の事実だな、コレは。

「おはようございます!」

 そうこうしてる内に、私服を着た小柄な、だけど胸部装甲が物凄く厚い女の子……にしか見えない女性が一人、大きな声で挨拶をしながら教室に入ってきた。

 優衣情報曰く、我等が副担任殿のお着きですね。……てか、凄いなアレ。一種の兵器じゃん、あの胸部装甲。と、自分の胸を見ながらそんな事を考え、羨望の溜め息を吐きつつリィンの表情と視線を探った僕は完全に女なんだな、と。改めて思ってしまう。今更だけどね。

「みなさん初めまして。わたしはこのクラスの副担任を務める山田真耶といいます。今日から一年間、よろしくお願いしますね。それでは早速、席の順番で自己紹介をしてください」

 一瞬で静かに、そして視線の集中が止んだ教室を歩き、教卓の横に立った山田先生は、無駄なことなど一切話さず、一気に自己紹介まで進めてしまった。優依から聞いてるのとはちょっと違うけどまあ、現実と創作の誤差範囲だね、これは。

 とりあえず席順で廊下側最前列の相川清香から始まった自己紹介は、数人で廊下から二列目最前列の僕の番になってしまった。まあ、言う事なんてそんなに多くないんだけどね。

「緒方ステラ・バレスタインといいます。こんな髪色と名前ですが、一応純粋な日本人です。それから、代表候補生ではありませんが月岡重工の企業専属操縦者をしてます。趣味は料理と音楽鑑賞にカラオケ。あと最近、スノーボードとサイクリングを始めました。それから、三組に妹がいますので、妹共々、よろしくお願いします」

 とこんな感じで軽く自己紹介。以前の僕なら、こんな女の子だらけの中で自己紹介とか、絶対出来なかっただろうな。

 ちなみに、身長は女としては若干高めの165センチ。体重とスリーサイズは内緒。優衣や優亜、中学の友人達曰く、大きくないけど美。体型は羨ましい、だそうですよ。

 毎日の基礎トレーニングと修行の賜だね。元々、姉さんを師に篠ノ乃流を修めていたのに加えて、向こうでは遊撃士を目指してた上にトールズでの訓練。さらに涼夏お母さんの実家が古武術の流派っていうのも、思った以上に自分のタメになりました。

 なお、僕の次は後ろの席に座るこの子。

「フィー・クラウゼル。ステラと同じ企業の専属操縦者。フィーでいいよ。よろしく」

 と、酷く簡潔なフィーの自己紹介だけど、口数の少ない彼女にしてはがんばった。事前に言わなかったら名前だけで終わってたはずだ。ある意味わらえない……。

 そして夜竹さゆか、鷹月静寐、四十院神楽、布仏本音と続いてリィンの番。

「リィン・シュバルツァーです。男ではありますがISを動かしてしまい、今はステラとフィーの同僚として月岡重工の企業専属操縦者をしています。趣味は釣りと剣術。あと料理も得意です。以後、よろしくお願いします。あー、それから、俺はみんなより年上の十九歳ですが、気にせず、気軽に声を掛けて下さい」

 場馴れ、という物でも無いけど、無難な挨拶。多分、悪い感じじゃない筈だ。……フラグ建てなきゃ尚良しなんだけどね。まあ無理だろうな。無自覚人誑しのリィンだし。

「えっと、お、織斑千夏です。えっと、シュバルツァーさんと同じく、男だけどISを動かしてここに来ました。特技とかは特にないですが、趣味でゲームをよくやってます」

 さらに少し飛ばしてクラス唯一の代表候補生セシリア・オルコットの次がリィンの隣に座る元兄、織斑千夏。アイツ、要領だけは良いから、緊張で少し噛んではいるけど、割とまともに自己紹介してる。……目の表情さえ見なければね。

「あー、その、これから一年間よろしく」

 ついでに言うと、今みたいに間をおいて付け足すのがあざとい。それに目が得物を探す肉食獣のそれになってるから。ぶっちゃけ、欲望と情欲を隠さない猟兵崩れや邪教徒よりもずっと質が悪い。

「貴様は自己紹介もまともに出来んのか」

 そんな風に思ってると、後のドアから入って来た誰かが千夏の頭に出席簿が振り下ろしたっ!?

 ていうか隠した感情云々はともかく、内容はあれで良いんじゃないの? ちゃんとした自己紹介ってどんなの? まさか、もっと固くて重い感じのじゃなきゃダメだったのか? てかよく見ればこの人は千冬姉じゃん……って、今のはよくわからねー。千冬姉、ここまで厳しかったっけ?

「ぐぅぇっ! ぃ、いてぇ……ち、ちふゆ、ねぇぐゃっ?」

「ここでは織斑先生だ」

 千夏は千夏で頭を抱えて蹲って、思わず呟いた名前でまた叩かれて……て、それはまあいいか。千夏だし。寧ろいいザマだ。

「諸君。私が今日から一年間、このクラスの担任を務める織斑千冬だ。私の仕事は、次の三月までに貴様らヒヨッコを半人前の半人前程度まで育て上げる事だ。尚、返事はハイかイエスのみ。それ以外はない。いいな。返事は!」

 そうこうしてる内に織斑先生の挨拶をするけど、なんだこれ。本職の軍人で、相当に厳しめだったナイトハルト教官でもここまでじゃなかったよ? リィンもフィーも驚いて口半開きだし。

 しかも二度ブリュンヒルデの栄冠を受けている千冬姉は同性に人気がある故か、まるでアイドル扱いの様な歓声……てか、マジうるさい。耳塞いでるのに耳痛くなってきたし、リィンもフィーも顔を顰めてるし。

 とりあえず、現状ではISには兵器としての側面が多分にある。むしろ地球最強の兵器と言える。それでもここIS学園は士官学校じゃない、IS競技者や技術者を育てる学校。織斑先生のあれはやり過ぎな面もあるように感じる。

「黙れ! 騒ぐな、喚くな。お前らのような面倒くさいヤツらを必要以上に構うつもりはない。憧れや尊敬があれば甘えて良いなどと思うなよ、ガキ共。全く、なぜこうも毎年、バカ共が私のクラスに割り振られるのか」

 そんなことを思いながら耳を塞いでいると、それでも聞こえる程の織斑先生の怒声と、それに続けて、ゴミでも見るかのような目で騒いだ女子生徒を見渡し、吐き捨てるように口から放たれる拒絶の言葉。……どれが本当の千冬姉なんだろう。事実を伝えるかは別にしても、ここに居る間に、千冬姉の真意を見極められるのかな。

「えーっと、それでは自己紹介の続きをお願いしますね」

 一瞬で静まりかえった教室に響く、山田先生の優しく問いかけるような声に、千夏で止まってた自己紹介も再開。

 まあ、知らない人ばっかりだからね。確り聞いておかないと。

 

 自己紹介も全員が終わって、ホームルームも終了。

 授業までの短い休みの間にリィンとフィーと少しだけお話し。

「リィン、お疲れ様」

「おつかれ、リィン」

 視線の嵐と周りの子達の歓声で疲れたのか、やや憔悴気味のリィンが、思わずと言った風に千冬姉の事を話題に出す。

「……ああ、おつかれだステラ、フィー。それにしても織斑教諭って一体どんな人物なんだろうな。さっきの自己紹介も、あのナイトハルト教官の言葉が子守歌かの様に聞こえたんだが」

「同感。ちょっと恐かった」

 フィーのリィンへの同意に、僕も頷きながら、確かに千冬姉は自分にも他人にも厳しかったけど、なにがどうして映画の鬼軍曹みたいになったのか、身内のはずの僕も理解に困った。

「実の姉だけど、あれはぶっちゃけわかんないな。ここは割と特殊な学校とは言え、軍学校じゃない。少し専門的なだけの普通の高等学校。違う言い方をしてもIS専門の養成所のはずなんだけどね。ほら、山田先生はあんなだったし」

 事実、山田先生は優しすぎる感じはあるモノの、普通の学校の先生といった印象だったが、実際には国家代表目前まで至った猛者である。だからこそ、どうして千冬姉があれだけ恫喝まがいの事を言うのかがわからない。

「だよな。意味わかんないな」

 そんなことを話しているとそこに、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットが来て、唐突に話を遮ってきた。

「ちょっと、よろしくて?」

「……あなたはたしか、セシリア・オルコットさんでしたね。なにかご用ですか?」

 やや見下した視線で僕達……というよりリィンをみた彼女は、すぐに落胆したような表情を作って話し始める。

「いいえ。世界に二人だけの男性操縦者と言う事でしたので、声を掛けてみましたが、特筆する事はなさそうですわね」

「それはすまない。生憎、俺は出来る事を出来る限りやっているだけに過ぎないからな。どうやら俺では、あなたの期待に応える事は出来なそうだ」

 彼女がリィンの中に何を見たのかはわからない。侮蔑のような感情は見られないものの、何かを探るような視線を向けている。

「……あなた、一体何者ですの?」

「俺はリィン・シュバルツァー。それだけだよ」

 そして放たれた言葉は、リィンも、そしてセシリア本人も恐らくわかっていない事だろう。

「失礼しますわ」

 何とも言えない表情を浮かべて自分の席へと戻っていったセシリアをみて、フィーが呟く。

「なにをしに来たのか理解不能」

 それに、優依から聞いた話を思い浮かべて何となく予想が付く言葉を並べてみると、フィーに似てるなんて言われてしまう。

「大方リィンに、"無知なあなたに、わたくしがISを教えて差し上げてもよろしくてよ"、とか言いに来たんじゃない?」

「……ステラすごい。似てた」

「やだなあ。あんなのに似ててもうれしくねーって」

 ぶっちゃけ、今の彼女に似てると言われてもね……。




原作を読んで、そして自分で書いてても思うのは、一組専用機持ち多いなぁ、ですね。
この世界では、入学初日時点で一組に一夏、リィン、フィー、セシリアの四人。エマと優衣を含めて一年全体で六人も専用機持ちが居ることになります。
ここにオリ兄の千夏やヒロインズに、味方側オリキャラや昇格キャラを含めると、一年生だけで専用機持ち十五人にもなります(予定)。自分で書いてて、これ多くね? とか思いましたが、反省も後悔もしてません。
最終的に全学年で合計十八人にもなる(こっちも予定)の専用機持ちが居て、書き分けと活躍させられるかの方がずっと問題ですしね。
尤も、亡国さん側のパワーアップ具合をインフレ気味に設定してるのでどうなることやら……(^^


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自惚れ(セシリア・オルコット)と考え無し(チナツ・オリムラ)

 最初の授業、IS理論の基礎授業が終わり二時限目。千冬姉……織斑先生によるISの装備に関する授業が始まる直前、彼女が唐突にクラス代表を決めると言い出した。

「諸君。早速授業を開始したいところだが、その前にクラス代表を決めたい。クラス代表は年間行事への出席や、各種トーナメントなどへの参加が義務付けられている。自薦他薦は問わないが、他薦の場合の辞退は認められない。それでは、誰か居るか」

 クラス代表はまあ、一般校の学級委員長と似た様なものだけど、権限や義務的には生徒会役員に近い部分もあるみたいだ。

 そしてこんなタイミングで他薦まで認められると言うことは当然……。

「はい! 織斑君がいいと思いまーす!」

「私も賛成!」

 このクラスにしか居ない、珍獣の如き男性操縦者が推薦されるに決まっている。

 真っ先に推薦された世界最強(ブリュンヒルデ)の弟である千夏は、なぜか推薦されるなんて思ってなかったようで狼狽えてるけど。

「は!? 俺? なんでだよ! 俺はそんなものやる気無いぞ!」

 それは織斑先生によって黙殺される。

「他者による推薦だ。貴様に反対する権利も反論する権利も無い。他に居るか」

 で、千夏が推薦されると言うことは当然、リィンも推薦されるわけで。

「シュバルツァーさんを推薦します!」

「あ、私も!」

「やっぱりか……」

 こちらは諦めが入ったリィン。けど、ついでとばかりになぜか推薦されるフィーと僕。

「カワイイは正義! 寡黙可愛いフィーちゃんに一票!」

「ならあたし、ステラちゃんに一票入れまーす!」

 確かに僕とフィーも企業専属で専用機も持ってる。けどさ、いくら何でも僕達までっておかしくない!? しかもフィーの推薦理由がまた意味不明なんだけど! いや、確かにフィーってクールカワイイ系だけどさ。クーデレちゃんだけどさ。僕を推薦したやつ、ならってどういうことさ、ならって! 次いでって事かい、コラ!

 そんな風に思ってると教室の後方から机を叩く音と共に金切り声が聞こえてくる。振り向かなくても分かる。セシリア・オルコットだ。

「待って下さい! そのような選出は納得がいきませんわ! 緒方さんとクラウゼルさんならばまだしも、織斑さんの様な低能で躾もなっていない極東の男や、シュバルツァーさんの様な無教養な男ではなく、代表候補生であるわたくしにこそ相応しいのです」

 彼女にしてみれば、男と言うだけでリィンと千夏が推薦され、代表候補生である自分が推薦されないのが気にくわなかったみたいだ。たかが代表候補生が自意識過剰にも程がある。この学園には世界最強と現役国家代表が在籍してるのを忘れてるんじゃないか。彼女達に比べたら代表候補生なんて十把一絡げだろうに。

「は、別にいいぜー。俺はクラス代表なんてのに興味ないし、辞退したいんだ。ちょうどいいからオルコット。やる気満々なあんたに譲ってやるよ」

「まあ、なんという言い種! これだから極東の猿などと呼ばれるのですわ」

 尤も、当の千夏はやりたくないオーラ全開で挑発して、オルコットを更に煽る。やっぱバカだ、こいつ。頭いいけどやっぱりバカだ。代表候補生に適当な挑発するな。国にケンカ売るのと同義だって分かってんのか、コイツ。

「なあオルコットさんよ。俺に何か言うのは別にいいだけどさ、お前のさっきの一言で、このクラスのほぼ全員を敵に回す事になるぜ? ここに居るのは殆ど日本人なんだからさ?」

「……本当に、しつけがなっていないようですわね。それにあなた、シュバルツァーさん。あなたは何も言い返さないのですか?」

 そして売り言葉に買い言葉。お互いに罵り合う状態が醜い。しかも事実上英国から日本への宣戦布告と取られてもおかしくない事をオルコットは言っている。更にオルコットはリィンにまで難癖を付けた。なんなの、この女。千夏も酷いけど、この女も、国を代表して来てるって自覚あんの?

 なおリィンはどちらも気にかけてない様子で、ただ静かに二人を諭す感じで話す。

「別に言い返すほどのことでもない。俺の持っている礼儀作法も、人によっては無礼と取られる可能性は十分承知している。ISに関しても、知識も経験もまだ十分とは言えないから、無教養と言われても否定は出来ないしな。尤も、あなたの言い分も織斑の言い分も、正しいなどと思っていないが」

「な……。ぶ、侮辱ですわ!」

 しかしそんなリィンの言葉もオルコットには煽り文句に聞こえたのか、リィンを強く睨み付けた。意味わからんし。

 とまあそんなことを続けてる内に織斑先生が止めてくれたけど……僕達まで巻き込まれた。てか総当たり戦って、面倒いなぁ、もう。五人の総当たりって十試合にもなるじゃん。一日で終わらないし、どうするつもりさ千冬姉。

「貴様達いい加減にしろ。私から見ればオルコットも織斑もシュバルツァーも大差ない。緒方とクラウゼルを含めた五人の総当たり戦でクラス代表を決める。いいな、異論は無いな?」

「わかりましたわ!」

 まあ、同意する以外に選択は無いから同意だけしておく。オルコットが妙にやる気なのはまあ、エリート様だから、ということにしておこう。面倒だから。

 とりあえずこれで授業開始かな、と思ったところで千夏がアホなことを言い始める。

「……。あの、織斑先生」

「なんだ、織斑」

「俺はまだ、試験の時の一度しかISに乗ってません。流石に代表候補生達相手では勝負にならない気がします。正直、勝ち負け以前の問題だと」

 千夏がISを動かしたのは2月に入ってから。実際の搭乗も、試験を含めても最大で二回から三回程度か。確かに勝ち負け以前の問題ではあるけど、ここで言うことだろうか?

「逃げるのですか? やはり所詮は」

「だまれオルコット。それ以上言うなら、それ相応の処置が下されることになるぞ。自分の立場をわきまえて発言しろ」

 それを逃げととって罵ろうとするオルコットも何というか、本当に勘違いエリート様々って感じだけど、さすがにそれは織斑先生に咎められる。

「……納得いきませんが、わかりました」

 なぜ納得いかないのか理解不能だけど、とりあえず座れ、金髪縦ロール。と思ってると思わぬ矛先が僕に向かってくることになった。 

「それから、そうだな。緒方。お前が織斑のコーチをしてやってくれ。現状、お前が適任だ」

 なんで僕が千夏なんかの面倒見ないといけないわけさ! 絶対にやらないからね、そんなの。

「……織斑先生。申し訳ありませんが、コーチの件はお断りさせて頂きます。そもそもなぜ、私なんですか?」

 てわけで当然断らせていただきますよ。敵に塩を送るつもりもないし、千夏が僕に気付いてなかろうと、昔、僕に危害加えてきてたバカ共の主犯相手に手心加えるつもりも無い。

「たかが試験とは言え、筆記試験で上位十人以内に入り、実技試験では私の攻撃を三十分以上避け続けた上に直撃を与えてくれた程の相手が適任でないわけがなかろう。それとも、教えるのは自信が無いのか?」

 それを試験結果で説得しようとする織斑先生だけど、それと教えることは違う。僕は戦うことに関しては何処までも実践派だから、教官に向かないのは自覚してる。だから断ろうとすれば、口答えするなと言う。ホント千冬姉、あんたどこの鬼教官なわけ!? 大体、生徒の訓練位教員の方でしろよな!

「ええ、教えるのは苦手です。それに私自身に、彼に教えるメリットがありません。そもそも、ここはISの事を教える学校ですよね。でしたら、必要のある生徒の訓練は先生方でするのが正しいのでは?」

「……口答えする気か? 私は言ったぞ。返事はハイかイエスのみだと」

 内心怒りつつ、口調は努めて穏やかにを心がけて押し問答してるところに、今度は千夏が口を挟んでくる。でも正直、この問題に強いとか弱いとかは関係ない。絶対何か勘違いしてる。ISのことも、力のことも。

「あの、ちふ……織斑先生。その緒方さんというのは、そんなに強いのですか?」

 しかし千冬姉は千夏の疑問に素直に答えてしまう。ていうか、試験結果って機密じゃ無かったの!? なんか山田先生オロオロしてんだけど、千冬姉、ちょっと先生としてまずい発言してるんじゃない?

「コイツは強いぞ。装備の選択や扱い。遠近問わない交戦距離の切り替え。それに守りから攻めへの流れを作るのも上手い。実技試験では私もそれにやられてしまった。そして筆記においても学年トップクラスだ。このクラスの生徒で、ド素人以下のお前に教えるならば緒方以上の人選は居ない」

「そうですか。それじゃ緒方さん。俺に教えてくれないかな。何もわからないのは、流石に困るんだ」

 まあ、そんな山田先生を気にもかけてないようで、織斑先生は話を続ける。確かに千冬姉は強かった。IS競技の頂点に二度も立っただけのことはある。でも、生身でのそれ程じゃない。生身なら数居るバグキャラ達に並ぶ千冬姉だけど、並み程度の量産型ISじゃ枷にしかならないから、必殺の一になる斬撃にさえ気をつければ射撃はいまいち。僕にとっては躱しきれない程速い斬撃って訳でも無かった。僕自身も訓練機のリヴァイブと他社製装備に慣れてなかった分、攻撃する隙を作れなかったけどね。でもそれだけ。なんでそれで、僕が千夏に教えなきゃいけないんだっつの。

「お断りします。理由は前程述べた通り。それに何故、対戦相手を鍛えるなどという真似をしないといけないのですか? 私は他薦されました。ですが推薦された以上、負けるつもりも、敵に利するつもりもない。それはリィンやフィー相手でも同じです」

「貴様、まだ言う気か。私は織斑に教えろと、お前に命令している」

 それでも断ろうとする僕に、半ば脅しかけてくる千冬姉。ホント何考えてるんだよ! と思ってるとさすがに見かねたのか山田先生が仲裁に入ってくれた。

「お、織斑先生! それ以上は緒方さんへの無理強いになってしまいます。教師による強制は流石に問題になってしまいますし、緒方さんは間違った事は言ってません!」

 やっぱ千冬姉の、織斑先生としての指導方法が標準では無いようでよかった。山田先生、助けてくれてありがとうございます!

「山田先生……。仕方無い、織斑の訓練と補習の件は別に考えるとします。お前達の対戦を来週月曜日と火曜日の放課後とし、十戦中勝率が最も高い者を代表とする。以上だ。ああ、それから山田先生。オルコットの特別補講準備をお願いします。流石に見過ごせないからな、あれは」

「え? ああ、はい、わかりました。オルコットさんは今日からしばらくの間、放課後に一時間、特別補講を行いますので予定を入れないで下さいね」

 そして織斑先生も山田先生の説得に応じてくれたのか、僕に千夏の訓練させるのは諦めてくれた。但しオルコットは別。

 彼女は代表候補生としてやっちゃいけないことをしてる。国際問題になりかねないことをしてるのだ。

「どういうことですか?」

「まだわかっていない。それ自体が補講の対象だ小娘。逃げるなよ」

 しかしそれを理解していないのか、山田先生に食ってかかるが、そこを織斑先生に一喝されて怯えて同意する。

「……ひっ! わ、わかり、ました」

 ま、オルコットは自業自得って事で、潔く成仏しろよー。



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学生食堂の一時

 一悶着二悶着と続いた入学初日の昼休み。

 リィンと千夏見たさに休憩時間毎に教室周辺に群がる他クラスの生徒達をかいくぐり、優衣とエマと合流してやって来ましたIS学園の食堂!

「おっひる、おっひるー」

「ごっはんーごっはんー」

 僕は燃費の悪いこの身体に正直に。優衣は、単に美味しいと評判のご飯を食べたいが為にアホな感じになってる。

「ふふ。賑やかです」

「いいと思うぜ。ステラと優衣らしいしさ」

「そだね」

 リィン達がなんか言ってるけど、本気でご飯が楽しみだから仕方ない。

 そして辿り着いた食堂を見れば、学生食堂とは名ばかりの室内と調度に、リィン達が唖然としてる。

「しかし、これが学生用の食堂なのか」

「トールズとも全然違う。まるでアンネローゼみたい」

「そ、そうですね。流石は国営、と言ってしまっていいのでしょうか」

 アンネローゼ。エレボニア帝国クロイツェン州の州都で、翡翠の公都とも呼ばれるバリアハート市にある、貴族御用達のレストランにも引けを取らないほど豪華で綺麗なのだ。

 これは噂以上に整った食堂らしい。まあ、セルフサービスなのと、券売機があるのがこう、いかにもな学生食堂ぽいところだけどね。

「日本人だけじゃなくて、各国のエリート層や上流階級出身の生徒も居るからね。それに応えたらこんな感じになったらしいよ」

 各国の代表候補生や企業専属に上流家庭の子達も多く通う上、各国上層部の意見を取り入れたらこうなったらしい。但し費用は日本持ちで、だけどね……。

「ついでに言うと、ここって軍隊育成用の施設じゃなくて、上等過ぎるくらいのお嬢様学校って事になってるからだね」

「なるほどな。お嬢様、か」

 そんなことを話してる内に適当にランチメニューを頼んで受け取り、幸運にも広めの円テーブルコーナーが開いてたので占拠させてもらった。

 すると横合いからちょっとのんびりした声がかかった。 

「ねーねー。一緒にご飯、いーい?」

 ダボダボで長い裾に完全に隠れてる手でトレーを持った女の子に、活発そうな子と優しげな表情の子の三人が立ってた。

 たしかこのダボダボ制服の子は……。

「うん? ああ、いいよ。えっと、布仏本音、だったよね?」

「うん。本音でいーよ。えっと、すーちゃんとりーんとふぃーちゃん以外は、他のクラスの子?」

「……は、ぇ? すーちゃんって、僕の事?」

 いきなりあだ名を付けられました。初めてのタイプの。すーちゃんって……。いいけどさ、いいけど。

「そうそう。ステラだからすーちゃん。で、りーんとふぃーちゃん」

「あー、納得。こっちは僕の妹の優衣。それと親友のエマ」

 ステラの最初の一文字だけ取ったのね。リィンとフィーの呼び方もこう、ちょっと舌足らずな感じで。まあ、そういう子なんだろうな、この本音って子は。

「三組の緒方優衣です。ステラの、義理のだけど妹です。優衣でいいよ」

「三組のエマ・ミルスティンと申します。エマとお呼び下さい。リィンさんと同じ十九歳ですが、あまり気にせず、よろしくおねがいいたしますね」

 ともかく三人に座ってもらいながら優衣とエマが自己紹介して、本音と、鷹月さんに相川さんの自己紹介。

「わたし、布仏本音だよ。本音って呼んでー」

「鷹月静寐です。静寐でいいですよ」

「相川清香でーす。清香でいいよ。宜しくね、みんな」

 自己紹介も終わって、全員座ってこれから食事というところで、どうしてここに来たのかを聞いてみる。興味本位だけなら、少し嫌な気分がするから。

「で、どうしてこっちに来たんだよ。他も空いてるだろ?」

「……あのね。最初はおりむーのところに行ったんだけど」

「なんていうか、篠ノ乃さんがすっごく恐くてね」

 でも三人の話しぶりと目の色から、興味を含みつつも、仲良くなりたいといった気持ちが流れてきた。けど、同時に怯えも見えた。原因は多分、あいつらだ。

「あー。まあいっか。あいつ達は兎も角、本音達に悪意はなさそうだし。ここもリィンが居たから来たのか」

「単純に仲良く出来たらなー、位な感じだけど」

「篠ノ乃さんの視線がホントに、殺される、とか思っちゃったもんね」

 実際、この本来共学、でも事実上女子校状態のIS学園でたった二人の男子生徒。お近づきになりたいと思う生徒が殆どだろう。

 言葉通り、最初はもう一人の男子生徒で、世界最強の弟でもある織斑千夏の側に行こうとしたのだろう。けど、その隣に居る篠ノ乃箒の視線と気配。これが三人が怯える原因だ。

 未だにこちらを睨み付けている箒。ただでも鋭い目付きに乗ってるのは、拙いとは言えども殺気と呼べるモノ。

「……今もそうっぽいな。ずっとこっちを睨んでる。睨まれる覚えはないんだけどな」

 脚裁きと身のこなしから恐らくそれなりに武術の心得があると見える本音でも軽く怯えてるその目線は、清香と静寐には相当に応えるモノだろう。

 そんな三人を僕との間に座らせるリィンはやっぱり真摯だ。僕とリィンで壁になれば視線は届かなくなる。

「とりあえず、あんな子供だまし同然の殺気は無視して食べよう。本音達は俺とステラの間に来るといい。そこよりは、あの視線から隠れられるはずだ」

 リィンの誘いに本音達はおずおずと席を移動して、落ち着いたところで笑顔を見せてくれた。

「……りーん、すーちゃん。ありがとー!」

「ありがとうございます。リィンさん、ステラさん」

「サンキューです、リィン君、ステラちゃん。……て、ステラちゃん、そんなに食べられるの?」

 そうして漸く食事を始めることが出来た。今日は日替わり和定食の大盛りにラーメン大盛り。お味の方は、食堂としてはなかなかな感じでした。

 ちなみに三人には僕の食事量に驚かれました。ぶっちゃけ、リィンの倍以上は食べるからねぇ……。

「うん。僕って燃費悪くてさ。これくらい食べないと夕食前に力尽きちゃうんだよねー」

 てわけで、ごちそうさまでしたー!

 



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一夏と真耶せんせーとラッキースケベなバカ

 午後の授業は午前と正反対に何事も無く過ぎていき、あっと言う間に終了。

 放課後になったので早速鍛錬をと思って山田先生に聞いてみる。学園のことはまだ殆ど把握できてないんだし。

「てわけで山田せんせー! ちょっと質問いいですか?」

「はい、なんでしょうか緒方さん」

 僕達五人全員、ゼムリアで使っていた武器やこっちで新調した道具なんかを個人装備として持ち込み申請して携帯許可をもらってる。当然、持っているだけじゃ意味は無いから訓練出来る場所がほしい。ということで、危険物でも大っぴらに出来そうな場所を手っ取り早く教えてもらおうと山田先生に聞いてみることにした。

「えっとですね。戦闘訓練をしたいんですけど、どこか良い場所はありませんか? 携帯許可を取っている銃器や刀剣類を使うので、あまり大っぴらには出来ないと思って」

「そうですね……。この持ち込み許可の類いなら、設備棟の裏側に結構広めの広場があるので、そちらではどうでしょうか。もしくはシュバルツァー君や妹さん達とクラブを設立して練武場を部活として使うか。どちらかでしょうか」

「わかりました。それなら、暫くはその広場の方で様子を見ながらやってみようと思います」

 山田先生も名簿から僕らが持ち込んでるモノを把握しているようで、学園内にあるだだっ広いだけの広場を教えてくれた。無理そうならクラブ活動にすることも提案してくれる。まあ、顧問さえいれば予算も要らない部活になりそうだから、その提案は割と願ったり叶ったり、かもしれない。

「はい。お役に立てましたか?」

 やっぱ織斑先生じゃなくて山田……真耶せんせーに相談して良かったかもしれない。織斑先生は良くも悪くもIS至上主義的な面が見えるから……。

 てわけで親しみを込めて真耶せんせーと呼んでみたらびっくりされてしまった。あれ?

「勿論です。ありがとうございます、真耶せんせー」

「ま、まや?」

 えと、流石に馴れ馴れし過ぎたかな……。

「あ……。ダメでした?」

 と思ったけど、驚かれただけでよかった。ていうかいくらなんでも先生を渾名呼びしたりしませんて。

「いえ。いきなりで驚いただけですから。別に真耶で良いですよ。呼び捨てや渾名呼びだったり、ちゃん付けだったりしたら怒りますけどね」

「よかった。それじゃ真耶せんせー。ありがとうございました!」

 とにかくこれで、訓練というか鍛錬というか、腕を錆び付かせなくて済むようになったかな。

 閉門時間もそんなに早くはないし、十分鍛錬出来るよね。

「はい。それじゃ、ケガをしないようにと、寮の閉門時間には気を付けて下さいね」

「はい、わかりました!」

 そこで別れようとしたところで、真耶せんせーが僕を名前で呼んでいいか聞いてきた。優衣が居るからとのことだけど、僕的にはそのほうが嬉しかったりする。先生と生徒だけど、名前で呼んで貰えるのは仲良くなった気がするからだ。

「……あ。そう言えば。緒方さんには妹さんも居ましたよね。不便なので名前で呼んでも大丈夫ですか?」

「全然問題ないですよ。呼ばれ慣れてますし、その方が仲良くなれそうで、好きですね」

「ふふ。授業時間以外では、そうしましょうね、ステラさん」

 そうして、お互いに笑顔を交わしてこの場はお開きにした。真耶せんせー、なんか書類沢山持って大変そうだったしね。

 

 こうして今日のところは教えて貰った広場で訓練をしたけど、人も寄り付かなかったし、暫くはあそこでよさそうかな。

「訓練できる場所があって良かったな」

「だねー。でも、リィンもフィーもエマも、やっぱり強いわー。一緒に訓練するようになって大分経つけど、やっぱゲームの印象まんまだよ」

 ひとまず訓練自体は十分に出来た。それぞれの得物を振り回しても全く問題ない位広い場所だったから。別の問題があるとすれば、導力魔法(アーツ)が使えないことと、僕とフィーが使う銃弾、かな。導力銃としてなら導力の回復速度が向こうに比べて遅い事以外に問題ないけど、実弾銃としては弾の口径も構造も地球のそれと全然違うから、供給にちょっと難ありって感じで。まあ、開発部の方で特別に少量生産してもらってるから、どうとでもなるんだけどね。束姉が独自に導力機関の開発や修理も出来るようにしてくれてるし。

 そして唐突に始まる優衣の過去……前世の話。小説《インフィニット・ストラトス》とRPG《英雄伝説 閃の軌跡》のお話し。

「そういえば、優衣の前の場所じゃISも俺達の世界の出来事も、両方とも物語の中の事だって言ってたからな」

「うん。だから、現実と物語で全く同じかはわからないけど、アリサ達の事も知らないわけじゃないよ。あ、でもクロウって、内戦終わっても生きてるんだよね?」

 話しには聞いてるけど、未だに実感は出来ない。僕が男のままで、世界で唯一の男性IS操縦者で、しかもオルコットや鈴達に振り回されて、世界を股にかけるテロリストに命を狙われるとか、想像も付かない。今の僕が、僕の全部だし。それにクロウが実は死ぬはずだったとか、今更言われてもなぁ。あいつ、殺しても死ななそうな位しぶといのにね。

「ああ。ステラの魔眼と、タリサさんの力で助けてくれたんだ。今もヴィータとスカーレット引き連れて、最前線の特殊任務に就いてるんじゃないかな」

「あの時はね。タイミングギリギリだったし、テスタ=ロッサというかエンド・オブ・ヴァーミリオンに魔眼が効いたからなんとかなっただけだよ」

 尤もあの最終決戦。僕の魔眼で一瞬だけどエンド・オブ・ヴァーミリオンの動きをを止められたから助けられたってのはあるんだけど、実はそれ以上に、束姉のオーバースペックな人力でオルディーネを引き摺り倒せたっていう、今思い返してもビックリな事実があるんだ。ホント、姉さんのオーバースペックってヤバイくらいにスゴイ。まあ、束姉もどっかの劫炎さんやら子爵さんやらと同じでバグってる方の人種だからね。

「そっか。私が知ってるゲームの結末だとさ。囮として攻撃を受けて、最終的に死んじゃうんだよね。ぶっちゃけ、クロウって好みのタイプだったから、最初はショックだったよ。でも結末が決まってる物語だから、生き残るって話しもないし」

「そうか。そういえば、ステラは居ないんだよな、その話しの中には」

 ともかく、本来閃の軌跡の登場人物に僕と束姉はいない。当然だよね。別の物語(インフィニット・ストラトス)の登場人物なわけだし。

「うん。そして、私が知るインフィニット・ストラトスに、織斑千夏なんていう一夏の兄も居ないし、私やリィン、ステラにフィー、エマもいない」

 そしてこのISの世界にリィン達が来ることもない。なぜか二つの世界(地球とゼムリア)が混ざりあってる今が本当はおかしいのかもしれない。

 でも、今はこれでいい。例えおかしかろうがなんだろうが、ここが唯一の現実だし。

「もっと言うと、月岡重工なんて言う会社も、黒翼なんて量産型第三世代機も出てこないね」

 そもそも月岡重工という、倉持技研以外の大手IS開発企業が日本にあって且つ、既に第三世代機と第三世代兵装の量産化が可能になってる時点で、小説インフィニット・ストラトスという物語からは外れてるわけで。現状、優衣が知る原作なる物語(小説インフィニット・ストラトス)はあくまで参考にしかならない。まあまあ今の展開的に、似たような歴史自体は辿ってるけど。

「ま、最初から優衣の"お話し"に頼る積もりなんてないし。気にしないで、僕達は僕達で適当に過ごそうよ」

「……ふふ。そうだね」

 僕達は僕達でしかない。そんな風に笑い話にしたところであまり聞きたくない悲鳴が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっと待て箒! 落ち着け!」

 声の元を辿ると、寮の壁に背を預けてへたり込んでる我が愚兄がそこに居た。初日から何してんの、このバカ?

「織斑千夏。廊下に座り込んでなにしてんだ?」

「あ、緒方! 助けてくれ!」

 そう思いつつ、見てしまった以上はと声をかければ、なぜか助けを求められました。Why?

「へ?」

「うん?」

 それに優衣と顔を見合わせたところで今度は篠ノ乃箒の叫び声が聞こえ、思わずそちらを向けば……。

「ちなつぅっ!」

 木刀を構えて今にも突きを繰り出そうとする箒の姿が……てぇっ!?

「うわ! リィン、受け取って!」

「とと、任されたよ」

 あまりの危なさに千夏の襟を引っ掴んでリィンに投げ渡せば、危なげなくキャッチしてくれる。

「それとあなた、落ち着きなさい!」

 箒の方も、優衣が壁に食い込んだ木刀を圧し折ることで箒の手を封じてくれた。

 それでも箒は、その一連の動きが気に入らないのか、僕の方を睨み付けて文句を言ってくる。

「……緒方。なぜ千夏を庇う」

 でもそれは完全に的外れだ。庇わないわけが無い、生死がかかってたんだから。

「なぜ、だって? 庇うのは当たり前だと思うよ? この寮のそこそこ頑丈なドアを突き破ったり、壁に突き刺さる様な一撃を受けたりしたら、普通の人は防具を着けてたって大ケガするか、最悪死ぬ。それを庇わない、なんて出来ないな」

「千夏は大丈夫だ」

 しかし箒は千夏なら大丈夫などと抜かし始める。昔からそういった部分はあった。何々なら何、と、自分基準でしかない何かを人に押し付けるクセが。

 もっとも千夏自身は天才だなんだと持て囃されようと、その肉体の強度自体は千冬姉や束姉、そして今の僕の様な人外的なものじゃない、普通より多少力が強く、丈夫な程度。つまり、あんな攻撃された時点で恐怖しか無いわけだ。

「な、だ、大丈夫なわけないだろ箒! あんな攻撃、普通に恐いし、受けたら死ねる!」

「まあ、僕的には織斑がどうなろうと別に構わないんだけど、ここは織斑の言うとおりだね。さっきも言ったけど、この一撃じゃコイツは死ぬか、良くても骨折くらいはする。コイツなら大丈夫とか、そんなファンタジーな事はない」

 ということで千夏の抗議も尤もなもので、僕がコイツを気にくわないとは言え、その考えを否定することは出来ない。そもそもあんな一撃に平然と耐えられる人間は劫炎並みのバグキャラ達だけで十分。僕やリィンでもそれなりに痛いと思うし。

 優衣もそれに同意してくれる訳で、僕の横、千夏を庇う位置に並び立ってくれてる。

「そうだね。それで、なにがあったかは知らないけど、この木刀を折ったことは謝らないからね。そもそもキミ、なんのために剣を振るっているの? こんな風に暴力を振るうため?」

 とはいえ箒にとって優衣の存在は僕と同様に邪魔なモノで、しかも知らない人間でもあるって事で、とても攻撃的に優衣に問いかける。

「違う! というか貴様は誰だ!」

 まあ、優衣の方はその程度の威嚇でビビる程柔な鍛え方をしてないからさらっと流して自己紹介して、箒の責任を追及し始めるけど、流れ作るのうまいなぁ。

「私も緒方。こっちの緒方の妹だよ。で、違うって言うなら、このザマはなに? キミが振り下ろした木刀の切先が突き刺さってるこの壁や、穴が空いたあのドアは? これが暴力以外のなんだって言うの? 教えて?」

 当の箒はそれら優依の問いかけを全部無視して、きびすを返して部屋に戻ろうとする。けど、当然それは呼び止める。

 破られたドアに木刀が突き刺さってる壁。こうなった理由が千夏にあるのは明白。でも、この状況自体は、どう考えても箒が悪いとしか言えない。

「……部屋に戻る」

「待ちなさい。あなたは戻る前に、まず彼に謝りなさい。こうなった理由はわからないし、実際に彼が悪いのかも知れない。だけど、こんな事態になって誰が一番悪いかは、一方的な暴力を振るったあなただよ」

 しかし箒は悪びれること無く、そして折れた木刀の欠片を拾うこともなく、自らが突き破ったドアを開けて、中に入ってしまった。

「……私は、悪くない。それではな」

 正直、身勝手な部分は昔からあった。でも、ここまでは酷くなかったような気がする。

 リィン達が持った箒の印象も、やっぱりいい物では無いみたいだし。

「やってられんな」

「意味不明」

「まるで子どもの様ですね」

 そこは初めて実物を見る優衣も同じみたいだけど、そこはそれ。気を取り直して千夏に向かって何があったかを聞き出す。

「同意……。それで、キミは彼女に何をしたわけ?」

 すると言いよどみながら見たと一言だけいう。てか、あー。そういうこと?

「え? あー、その、えっと、見ちまったんだ」

「見たって、なにを?」

 教えられた通りの部屋に入ったところ、シャワーから出た箒とばったり。つまり……。

「山田先生に教えられた通りに部屋に入ったら、その、箒が、シャワーを浴びてたみたいで、その、アイツが出てきたところで、ばったりと」

 千夏が、本来は僕が通るはずだった原作通り且つ、典型的ラブコメ展開を繰り広げたあげくのあのバカ騒ぎって事ですか。

「なるほど。キミはラッキースケベをしちゃったわけか」

「まるでラブコメマンガみたいだな。くすっ」

「わ、笑うことないだろっ」

 ひとまず笑った事に抗議を向けてくるけど、この騒ぎ自体、発端が千夏自身のせいなわけで、助けたからにはこれ以上関わる意味なし。

「ごめんごめん。取り敢えず僕達は部屋に戻るから、後は適当に。これ以上は何も出来ないからね」

「あ、えと、ちょっと!」

 てわけで僕らはお部屋に戻ることにして。

「一先ずは助けたから、それじゃねー」

 後は自分でなんとかしろよ、テンサイ、織斑千夏君。



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朝の出会い

 2日目の朝を迎えて、食材の用意がまだ無いのでいつものメンバーで朝食を食堂で摂っていると、淡い栗色の髪をサイドテールで左肩に流してる長身の女性が近付いてきて、リィンに声をかけた。

「おはよう。突然で悪いんだけど、君が噂のシュバルツァー君、だよね?」

「え、あ、はい。そうですけど。あなたは?」

 突然の他人からの声かけに僅かに反応が遅れたリィンが、相手に名前を問いかける。

「あー、ごめんね。あたしは二年のテレーザ・ランプレディ。テンペスタⅡを開発してるフィアットの専属操縦者よ。テンペスタは、知ってるよね?」

「ええ、まあ……」

 それに対して女性は二年生であることと名前を言い、所属まで明かした。一度は大事故で開発が頓挫しかけたテンペスタⅡの開発元、フィアットアルマートの専属だという。

 曖昧に頷きながら記憶を掘り返す。確かテンペスタⅡは現状、不具合も大凡解消されて開発が継続し、イグニッション・プランでの審査も、ドイツのシュバルツェア型にやや遅れ気味ながらも順調だと聞いている。でも、そんなフィアット所属の彼女がここに来る意味がわからない。リィンに対してハニートラップでも仕掛けに来たのかと、全員で警戒心全開の目で彼女、テレーザを見る。

「あ、わ、ちょ、ちょっと待って! みんなしてそんなに警戒しないで。疑われるのも仕方ないけど、勘違いされる前に言っておくね。あたしは別に君達に取り入ろうとか、彼にハニトラ仕掛けようとかって積もりはないから。その意味では、国からも会社からも、何も言われてないし」

 すると随分慌てながらも、彼女はフェアな状況で、お互いの情報や技術が交換できれば問題ないでしょ? なんてしれっと曰った。まあ、彼女の言うとおり、確かにそれは問題ない。問題は無いが、だからこそ疑問に思う。ホントになんなんだ、と。

 そして聞かれたのは代表選出戦のこと。もう全学年に行き渡ってるんだろうな、と、相変わらずの女子の情報伝達の速さに呆れてると、リィンは面識のなさと、僕と優衣が教えてることを引き合いに出して断ろうとした

「君、週明けにクラス代表を決めるためにイギリスの代表候補生や織斑先生の弟君。それに君達同士でも戦うんでしょ? で、あたし個人として君の事が凄く気になったから、よかったら手伝いたいなって思って来たのよ」

「そうですか? でも、俺はあなたとは面識がないし、もうステラと優衣にも見て貰ってるし」

 すると彼女は、まるで友達からよろしく、といった感じで気さくに話を続ける。そして問いかけられたのは僕と優衣のこと。僕達を見渡すその目を見る限り、興味はあれど、本当に裏が無い様に感じる。

「だったら、面識は、今から知り合っていくって事でどう? さっきも言ったとおり、あたし自身が手伝いたいって思ってるから。それで、すてらとゆいって子は、えっと……どの子?」

「こっちが優衣で、反対側がステラですよ」

 そしてリィンの両隣に座ってた僕と優衣の肩に手を置いて彼女に紹介してくれる。

「緒方優衣です。優衣と呼んでください。リィンの事は、同僚として教える事になってますから」

「緒方ステラ・バレスタインです。ステラでいいですよ」

 そこで僕達はそれぞれフロートディスプレイに自分達の生徒情報を表示して挨拶をする。

 しかし悲しいかな、僕達は新入生ということで、教えることについては若干信頼されていない。まあ、普通ならご尤もって感じだけどね。

「ふうん。でもさあ、君達も一年生でしょ? 教えられるの?」

 でも僕達は違う。エマとフィーはともかく、優衣は黒翼の前身になる蒼風(あおかぜ)と疾風の開発初期からで四年以上。僕も地球に帰還した翌週からで二年以上のIS操縦経験がある。

「僕も先輩と同じ企業専属で、月岡重工所属。それぞれ専用機を保有して、僕の搭乗歴は二年程、優衣の方は四年以上になります。でも、本格的なISでの訓練をする時には、僕達以外の操縦者もいた方がいいかも知れませんね」

「たしかに。私達やフィーとエマじゃ、対応距離や戦術は違うけど、もう根本的なクセを掴んじゃってるからね。手札はまだあるけど、そういう意味では先輩の協力は渡りに船、なのかな」

「私達もそう思います。リィンさんやステラちゃん達がいいなら、それでいいかと」

 しかし全員の戦闘パターンはここ半年でほぼ出尽くして、他にもいるテスパイ達を含めてもクセを掴みきった感じがある。個々人が持ってる裏技以外は。ということで訓練の時には協力してもらうことにする。僕達の機体データは全員分が公開されているし、データ収集なんかは、どんなにがんばっても公式戦でかなり取られてしまうから。

「うんうん。話しわかってるじゃん。あたしもそれでいいよ。君達がテスパイなら、シュバルツァー君を教えるのに知識も経験も問題ないだろうし。ていうか、所属が同じなんだよね、君達」

 このテーブルに居る全員が同じ月岡所属。そしてテレーザさんも企業所属。訓練時に新しい風を入れるにはちょうどいいのは確か。

「そうですよ。それではその、訓練する時はよろしくお願いします」

「いいよ、お姉さんに任せなさい、て事で、連絡先交換しよっか」

「あ、はい。えっと」

 そうしてマルチモバイルで各自の連絡先を登録してると、テレーザさんが愛称で呼ぶようにと言ってくる。

「テレサとかテッサって呼ばれてるよ」

 テレサにテッサ。どちらもなじみは薄いけど、どちらかと言えばテレサかな。テッサはこう、相手がいいと言ってくれてても馴れ馴れしすぎる感じがするから。

「では、テレサ先輩で」

「ノンノンノン。テレサでいいよ。先輩とか付けられても嬉しくないんだ。年上とか思わなくていいしさ」

 すると先輩扱いが嫌なのか、呼び捨てを要求される。まあ、呼び捨て自体は気にならないからテレサと呼ばせてもらう。

「じゃ、テレサ。よろしくね」

「こちらもよろしく、テレサ」

「ピアチェーレ、優衣、ステラ。それで、君達は?」

 ピアチェーレは確か、よろしくって意味だったっけ? ともかくIS学園に来て初めての上級生の友達が出来ることになった。

 で、まだ紹介してなかったエマとフィーが自己紹介すれば、テレサもそれに応える。

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

「エマ・ミルスティンと申します。エマと、お呼び下さい」

「シィ、カピーレ、フィー、エマ。ピアチェーレ。それでシュバルツァー君……て、そういえばあたしより年上なんだっけ?」

 そして今更ながら、実は学園で一番年上になるリィンとエマ。何も言わないだけで地味にテレサより年上、十七歳のフィー。ついでに僕も、こっちに戻ってきた時、戸籍を日本で生まれた年を基準に再登録したから十五歳なんだけど、実年齢はテレサと同じ十六歳なのだ。七歳から十四歳までゼムリアで過ごしていたからね。

「ええ。俺とエマは十九になりますから。でも、俺もエマもそういうの気にするの嫌だから、俺の事は気軽にリィンでいいぞ、テレサ」

 とはいえ、ここに居る全員、年齢の差を気にするタイプでは無いから気が楽でいい。

「さすが、こんなに女の子達に囲まれてると、そういうの強くなるのかな。それじゃ訓練するって連絡待ってるから、決まったら教えてね。チャオ!」

 そんなリィンに微笑みながら、テレサは彼が女の子に囲まれ慣れてることを揶揄する様に言いながら、訓練の日が決まったら教えてね、と手を振りながら食堂を出て行った。

「パワフルな人だね、テレサって」

「ああ。でも、俺はあの人、嫌いじゃないな」

「同じく。僕も好きだよ、ああいう人」

 明るい人という印象が強いけど、芯が確りしてる感じも見える強い女性。それがテレーザ・ランプレディなんだろう。

「ていうか、あの人、サラにそっくりかも」

「確かにそうですね。声は織斑教諭とサラ教官がそっくりです。けど、性格の方はテレサさんの方が教官に似てる気がします」

 フィーが言ったサラ姉に似ているってのは確かかもしれない。基本的に影を見せず、明るく振る舞う。そんなところはサラ姉そっくりだと僕も思う。

 因みに千冬姉とサラ姉。声の質が少し違うだけで、声音はほぼ一緒なんだよね。IS学園の実技試験で久しぶりに千冬姉の声を聞いた時、ふと二年以上会ってないサラ姉のことを思い出しちゃった位だし。エマの言うように、性格は全然違ってるけどね。うーん。本当、千冬姉の考えてることをもう少し詳しく知りたいな……。

「そうだな。それよりそろそろ時間だし、早く教室に行こう」

「そうだね。ごちそうさまでした」

 こうして朝一に起きたテレサとの出会いが、テレサがIS学園を卒業する二年後、そしてその後も長く続き、IS学園や国内外の様々な場所で起きるトラブルや戦いに一緒に立ち向かっていくことになる長い長い付き合いになるなんてのは、今の僕達にはまだわかっていないことだった。




テレーザは声ネタと性格ネタの一環として思いついてしまったキャラですが、プロットと設定上で超強化しすぎてしまった感がある亡国機業に対しての、こちら側の戦力強化キャラの一人です。なお、テレーザの性格はやや真面目なサラといった感じで設定してます。声ネタ面は当然、豊口めぐみさん演じる千冬とサラですが、実は千夏は内山昂輝さんでは無く、内山さんとはガンダム繋がりな神谷浩史さんで設定してます。ついでに言うと、千夏まで内山さんで設定すると、似た声が教室に二人も居るとか何それ怖いって感じだったので。


テレーザ・ランプレディ
イタリアのIS開発企業フィアットアルマート社専属テストパイロット
イタリア第三世代機の主任設計士であるエリオ・ランプレディの娘で、その縁と高いIS適性から専属のテストパイロットをしている。
テンペスタⅡの完全カスタム機を専用機として保有し、その専用機はテンペスタⅡの中でも特に特殊な仕様で構成されている。
登場する女性キャラクター中、最も長身且つグラマラスだったりするが、それが本編で描写されるかは作者次第。書くのか、それとも書かれないのか。

……て感じで、人物紹介って必要ですかね?

なお、フィアットアルマートと実在のFIAT社及びその関連会社とは全く関係ありません。作者設定として、フィアットがIS開発部門を創設したらという妄想から名付けた架空企業です。他の企業も似たような感じで設定しています。
ついでにランプレディの由来も、わかる人には直ぐにわかると思います。


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戦闘訓練

 テレサと出会ったその日の放課後。授業は滞りなく、リィンとフィーが他の留学生同様に国語系授業で多少躓く程度のトラブルで終了。

 昨日と同じく、真耶せんせーに教えて貰った広場でいつもの五人で訓練をしてた時、ふと二人分の気配が近付いてくるのを感じ取った。

 調度僕の真後ろだったから振り向けば、そこにはブンブンとダボダボの裾を振り回して僕の名前を呼ぶ本音と、その隣で苦笑いしてる静寐がこちらに歩いてきていた。

「あー、すーちゃん達はっけーん! とう!」

「うおぁっ!? 本音危ない! これ刃物だから! 冗談抜きで切れるヤツだから!」

 で、突然走り出して、こっちが武器を持ってるのにもお構いなしに飛びついてきた本音にはさすがに怒鳴ってしまう。刃物持ってる人に突然抱きついて、身体のどこかが切れても知らねーからな!

「にゃはは、ごめんごめん。りーんにふぃーちゃん、ゆいにゃんにえまえまも、おっすー!」

 ともかく本音は直ぐに退いてくれて、集まってきた四人にも挨拶する、て、軽いなぁ、その挨拶の仕方。本音らしくていいけど。

 された側はやや微妙な反応をするも、嫌という感じじゃなく、単に慣れないって感じっぽいだけだし。

 けど、ゆいにゃんとえまえまって……なんか新鮮でいいな、それ。僕もたまにそれで呼んでみようかな。

「ゆいにゃんって、始めて呼ばれたかも、そんなあだ名」

「お、俺もだ。なんかこう、慣れない呼ばれ方だ」

「えまえまって……。いえ、いいんですけど」

 とりあえずの挨拶も終わって、二人に何しに来たのか聞いてみる。昨日は一緒に居た清香も居ないし、こんな先生に聞いてやっと知った様な辺鄙なところに来るなんて、なんかあったのかな。

「で、本音も静寐もどうしたの? 清香も居ないみたいだし」

 すると本音から意外……という程でも無いけど現代の日本では意外に聞こえる返答が帰ってきた。

 多分、優衣とリィンの斬り合いの音かな。僕とフィーにエマの場合、剣がぶつかる音よりも、金属が弾き合う鈍い音になるから。

「あのね、剣で斬り合う音がしたから、気になって来てみたのー」

「清香は部活の方に行ってるよ。それで、ごめんね。邪魔、しちゃったかな?」

 清香は部活中。で、別に見学って意味なら本音と静寐が居ても全く問題ない。ていうか、確か部活参加必須だったよねこの学校。真耶せんせーに言われた通り、この訓練も部活にしちゃった方がいいのかな? 一応、部活設立条件の最低人数五人は僕達だけでもクリア出来るし、ついでに、うまくいけば本音と静寐にも入って貰えるかもだし。後は顧問の先生次第だよなぁ。真耶せんせー、顧問になってくれないかなぁ。

「いんや。大丈夫だよ、静寐」

 そう伝えれば、静寐が指さしながら僕に聞いてきたのは、僕が左手に持ってるブレードライフル、ベルゼルガー改。なお、ゼムリア大陸の猟兵御用達武器筆頭格なこのブレードライフルみたいな変則武器は、地球ではIS用を含めてほぼ存在しない。僕達の手持ちと月岡重工製IS武装以外には、ね。

「よかった。ちょっと見てたけど、凄いね、その武器。剣と、機関銃が一つになってるのかな? 見た事無いけど、使えるの?」

「使えるよ。僕の得意な武器の一つだからね」

「一つってことは、他にもあるんだ」

 静寐がまじまじと見つめるベルゼルガー改を軽く振り回して右腰に吊した後、左腰と後ろ腰を見せる

「あとはこの子達。メインはこの二つだね」

 そのまま指さしながら、左腰の特注ホルダーに挿してある大型導力銃剣ディオーネと強化ブレードテティス。そして腰の専用フックに吊してる強化戦輪のティエラリンクを見せてから、ディオーネとテティスを手に取り、ディオーネを静寐に渡してみる。

「大きな拳銃に大きな剣……て、重ぉっ!? この銃、重すぎてわたしじゃ両手でも無理っぽいなぁ。あと、その輪っか型のって、なに?」

「それって、戦輪だよね。こんなに大きな戦輪、初めて見たかもー。普通、指先でくるくるーって回す位の大きさなのに」

 ディオーネの物理的なサイズは、地球にあるPDWの平均より少し大きい位。でも実体刀に実弾機関と導力機関と三種も積んでる上に、本体で殴り合いが出来るくらいに頑丈なこの子の重量は見た目以上、地球にある対物ライフル系の重機関銃並みの重さがある。ティエラリンクに関しても、普通に投げて使う以外に、円形ブレードとして斬り合いにも使えるサイズと形状になってるから、いわゆる地球の戦輪とは少し違うものだからね。

 というか、さすがに両手で持ってもディオーネを支えきれなくてふらふらしてる静寐には、危ないからと直ぐに返してもらう。そして戦輪を普通に知ってる本音は多分、それなりに武術を修めてるんだろう。暗器の類いに近い戦輪を知ってることから恐らく、忍び的な感じなんだろうけど。実はあのダボ袖には暗器でも詰まってるんだろうか? ちょっと聞いてみたいかも。

「かもね。でも、なんていうか、ちょっと前まで僕が居た環境が割と特殊だったからね。で、静寐。無理すると危ないから、ほら」

「うん、ごめんね。ていうかステラって、細いのに力持ちなんだね」

 なんにせよ、地球では珍しいティエラリンクは、実のところゼムリアでも珍しい感じだった。けど、とにかく生き残るための装備として訓練して、慣れて、そして殺し合った僕の大切な相棒の一つだ。

 それに静寐の言う僕の力についてだって、僕が普通の人間と違うからとしか言えない。魔眼だなんてファンタジーノベル的なモノを左目に持ってるが故の珍しい生き物だからこそ持ち合わせてるモノだし。寧ろ人外と言ってもいい。まあ、某劫炎や某領主、某劇場女優に束姉に千冬姉やらと、並み居るバグキャラ達程までは行かないけどさ。

「ちょっと、ね」

 だから少しだけ済まなそうにはぐらかそうとしたら、逆に静寐の方に沈んだ顔をさせてしてしまった。

「あ……。ごめんね、詮索するみたいに言っちゃって」

 ともかくこのチカラは僕の特異能力ってだけなんだから、静寐に気にさせちゃダメなんだ。そもそも詮索されたと思ってないし。だからことさら明るく大丈夫と声をかければ、静寐も笑ってくれた。IS学園に来て初めて出来た友達だから、笑顔で居てくれるだけで嬉しい。

「気にしなくていいよ、静寐。僕達友達じゃん?」

「えへへ。ありがと」

 そして話題は僕から外れてリィンと優衣の方へ。刀。リィンの緋皇は、実際には構造的に日本刀に似た曲剣だけど。

「それでリィンさんと優衣さんは刀なんだね」

「ああ。流派は全く違うけどな。さっき本音が言ってた斬り合う音ってのも多分、俺と優衣の斬り合いの音だろうな」

 リィンは八葉一刀流。優衣は籐韻流(とういんりゅう)っていう、涼夏お母さんの実家が本家になってる古流の流派。因みに僕も束姉に篠ノ乃流を習うと同時に、涼夏お母さんと蒼弥兄に籐韻流を教えて貰ってる。

「そうなんだ。それでフィーちゃんとエマさんは?」

 そしてフィーとエマは元々の双銃剣と魔導杖を見せる。因みにフィーは例の如くこちらでも多少の爆薬類と暗器類を。エマも篠ノ乃流を習って暗器として鋼糸と苦無を袖に仕込んでたりする。いや、エマってば最初に会った頃に比べて近接戦闘に慣れた、というか前衛戦闘力上がりまくりだよね。

「わたしのはコレ。二丁一対の双銃剣。拳銃とナイフの複合武器で、ステラの武器の小型版みたいの、かな」

「私はこれですね。普段は杖術として使ってます」

 因みにエマが習ってるのは篠ノ乃流の薙刀術と籐韻流の棒術に、双方の徒手系武術全般で、たった半年ちょっとで自分なりのモノにしてたりする。天然秀才な才女ってマジ怖いわー。吸収力高すぎて笑えない。

「みんな意外と武闘派って事なんだね」

「ていうかていうか、見ただけで手練れだってわかるもん」

 そんな僕らを見ての静寐の意外そうな感想に、本音は逆に見ただけでそれなりに力量を見られた感じがする。本音はマジで侮れないかもね、これは。さすがは更識家の側付きの家系って事だろうか。入学前に更識家の娘が居るって調べてなかったら、あののほほんをした態度に完全に騙されてたかもなぁ。

「今度一緒に訓練してみるか? ついでで良ければ、基礎から教えられるぞ」

「はい! お願いします!」

 ともかく、今日はもうこれ以上の訓練を終わりにして、静寐に基礎練習の仕方を教えながらみんなで柔軟したり走ったり跳んだりと、割と平和な感じで訓練時間は終了した。

 

 翌日に真耶せんせーに聞いたところ、部活の顧問はしてないということなので、早速顧問のお願いと部活設立の申請をすることにした。まずは僕達五人に静寐を加えた六人で、総合武術部という名前で使われてない第三練武場を部室として使う許可が下りた。

 なお、活動を続ける内に掛け持ちも含めて一組からは十人以上、二、三、四組からも数名ずつに、更にテレサまでが入部することになって、最終的にはかなりの人数の部活になってしまった。

 まあ、みんなちゃんとやる気を出して本気で取り組んでくれるから、教える僕達も結構楽しんでやっていくことになる。

 

 因みにこの部活を初めて暫くして、僕と優衣がそれぞれ篠ノ乃流と籐韻流の師範代に昇格しました。束姉に柳韻さん、それに涼夏お母さんからは特例とか言われたけど、人に教えるのに師範代の位がないと体裁が取れないからと言われた。てわけで、より一層修行に励まないとだね、と優衣と二人して今まで以上にがんばることになりました。まる。




ここまで来てあまりIS自体が登場していませんが、次回、ISを本格的に出す予定です。
今回の話しは、個人的な考えの下、ISを本気で扱うには生身で十二分に戦闘を行える身体と技術を養わなければいけないのではないかという理屈から書かれています。
一夏やリィン達エレボニア組はあの内戦をくぐり抜け、また一夏は篠ノ乃流を、優衣は実家の流派籐韻流を修めていますが、そうじゃなくとも、身体を動かす技術がISの操縦には必要なんじゃないかと考えています。
この辺りの考えは独自設定ではありますが、実際、原作作中でもシャルとラウラの二人が、某メイド喫茶を襲撃した強盗達をあっさり鎮圧する程の生身での戦闘能力を持っていますから、的外れでもないのかな、と思います。

原作ではサブキャラ未満的な静寐も、後々活躍する予定です。ほぼオリキャラ化してしまう感じなので、好みが人によって分かれてしまうでしょうが……(・・;)
そして本音ですが、十巻でのあまりのヒロイン力にやられました。暴力振るわないし、超癒やし系だし、なんだか他のヒロインズよりもずっとヒロインしてた気がする。……まあ、それ以前に本音は好きなキャラだったので贔屓入ってますが(^^


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アリーナでのIS訓練

 放課後に部活として訓練するようになって3日目。2日目にテレサが今まで入っていた部活を辞めてまで入ってきたのはビックリしたけど、それとは別の問題が急浮上。なぜかISの実機訓練が全く出来ない状態になってしまったのだ。土日も全く空いてないとか、それってどうなんだろうか。

 まずアリーナが上級生優先といわれて予約が取れず、同じく本音と静寐が一緒に訓練したいというのに、訓練機の貸し出し申請を何度しても全く通らない。申請をお願いした真耶せんせーも困り顔で、空きが無いわけでもないのになぜか許可が下りないとぼやいていた。

 そこで早速知己であり且つ、上級生であるテレサの力を借りることにした。すると不思議、一発で両方申請が通ったのだ。

「チャオ、みんな。とりあえず訓練機は打鉄とラファール・リヴァイブを一機ずつ借りて、ここの利用許可、二時間だけもらったよ」

 そして割り当てられた第三アリーナの一角で、打鉄とリヴァイブが乗ったISカートを背にしたテレサが、お気楽な挨拶で僕達を出迎えてくれる。

「ありがとう、テレサ。私達だと、なんでか申請しても通らなかったらどうしようかと思って。ホント、相談してよかった!」

「ホントにそうだね。ありがとう、テレサ!」

 一年だから申請が通らなかったのか、単純に慣例としてこの時期は一年には許可を出さないないのか。どっちかはわからないけど、前者の可能性が高そう。真耶せんせーが困り顔してたくらいだから。

 何はともあれ、訓練機を借りてアリーナの利用申請も通してくれたテレサにお礼を伝える。ホント、テレサが居てくれなかったら本音と静寐の訓練はともかく、僕達の訓練が全く出来なかったから。

「ノンノン。気にしない気にしない。手伝うって言ったのあたしだし、流石に実機を使わないでのIS訓練なんて無理だもの」

「そうですね。何となくは伝わるけど、実際動かした時とイメージずれる事ありますから。でも、よく二機も借りられましたね」

 でもテレサは何でもないように手を振って、なぜか僕の頭を撫でながら実機訓練の大切さを語り始める。

 それなりの搭乗時間を費やしてきたけど、IS操縦でのイメージの精度は、テクニックの訓練と同じくらいに重要。そしてイメージは実機操縦じゃないと確りとは掴めない。でもテレサ、専用機持ちなのにどうやって二機も訓練機を借りてこられたんだ? 申請の仕方の問題、なのかな?

「コネは使えるときに使う物。生徒会だって知り合いなら使いようってさ」

 という疑問にははっきりとコネと言われたっす。あー、生徒会関連って、確か生徒会長は二年生で、専用機持ちのテレサが、同じく二年で専用機持ち且つロシア国家代表でもある更識楯無と知り合いじゃない、とは思えないから。

 そして、テレサは僕の右腕の側とリィンの背中に視線を向けてから、訓練機を使う二人を確認する。

「……で、そのリィンの背中にくっついてる子と、ステラに抱き付いてる子が?」

「あわわ。すみません。一年の鷹月静寐といいます! その、よろしくお願いします!」

「わたし、は布仏本音と、いいます。えっと、りー、リィ……」

 それに対して静寐は慌てて僕の右腕を離してお辞儀をしながら自己紹介。本音もリィンの背中から降りて横に立つと自己紹介するけど……おい、舌足らずな口調は演技じゃなくてマジなのかこの子。まさかリィンの発音に躓くとは思わなかったわ。

「あー、普段通りでいいよ? あたしはテレーザ・ランプレディ。二年整備科に所属する企業専属で、今回はちょっとワケアリで……て、本音。あんた知ってて来てるよね。虚に聞いてるんじゃないの?」

 とは言え、やっぱり生徒会とそれなりの繋がりがあるらしいテレサは、本音に普段通りでいいと断言する。生徒会には本音のお姉さんが居るのか……。てか、今の口ぶりだと本音も生徒会に入ってるっぽいんですけど、仕事は? ここで訓練なんてしてていいの?

「おねーちゃんには聞いたけど、りーん達の訓練に来たのはわたしが来たかったからだよ」

「なるほど」

 という僕の疑問も、本人達には特に問題ないみたいで、まあ、本人達が納得済みならいいか。

 本音がISの操縦訓練を受けたいって言うのは本気だってのはわかってた事だし。

「とりあえず静寐と本音は交代で打鉄とリヴァイブを着けて、感覚の違いを見てみた方が良いかも」

「はーい」

「わかりました」

 ひとまずは静寐が打鉄を、本音がリヴァイブを身につけて立ち上がる。うん、二人とも随分と早く立ち上がれる方じゃないかな。

 てことで、二人がISを装着し終わったのを確認してから僕達は自分の愛機達を展開していく。

「それじゃ、おいで、黒鋼」

「踊るよ、緋鋼」

「Su ballare. Stagioni, primavera」

 まずは黒い装甲色で要所要所が防具的な構造になってる優衣の黒鋼。分類的には汎用的な近中距離メインの機動戦型IS。

 そして緋色の装甲に、左腕に巨大な特殊変形武装を装備してる僕の緋鋼。分類は、実は全距離対応型という名の器用貧乏機だったりする。元々の僕の戦い方になる、多種多様な武器を使って戦う器用貧乏な部分がそのままISにも反映されました。

 そして僕と同じ踊ろうという意味のイタリア語のかけ声と共に展開された白い装甲色に青いラインが入った、高い機動性を感じさせるISを纏うのはテレサ。固有機体名をテンペスタ・スタジオーニというテンペスタⅡのフルカスタム機は、プリマヴェーラ、春というの名を持つ装備を纏って現れた。……フィアットの第三世代システムである瞬時換装システム、スタジオーニの名を機体名に冠して、今の装備が春って事は、残りの四季の(エスターテ)(アウトゥンノ)(インヴェルノ)と三種の装備もあるんだろうなぁ。どんな装備なのか、装備の詳細は殆ど公開されてないし、公開されてるテレサの戦闘映像も殆どがこのプリマヴェーラでのだったから、ちょっと楽しみだったりする。

「来い、ヴァール!」

「行くよ、シルフィード!」

「参りましょう、ゾディアック」

 ま、そのことはテレサに聞いても詳しく教えて貰えないだろうけど、これから模擬戦する中でわかるようになるだろうね。で、続けてリィン達三人もISを展開する。

 まずリィンのヴァール。北欧神話に出てくる誓いの女神の名を冠した騎士甲冑を思わせる見た目の、装甲部分が多い機体はリィンが最初に起動した月岡製の試験機、疾風をリィンの戦い方である近接格闘戦に合わせて改装と調整したもの。凍牙の補助システム《ブラスターシステム》も搭載しているけど、現状ではヴァールは凍牙を搭載してないので実質的には二.五世代機。但し男性操縦者試験機としての検査機材を多分に搭載してるため、ここにある月岡製IS五機の中では最も特異な機体かもしれない。

 次にフィーのシルフィード。優衣の黒鋼を筆頭にする黒鋼シリーズの四号機で、大本のフィーの戦い方に合わせた近中距離機動格闘戦型ISになってる。メイン装備はもちろん双銃剣を模したIS用双銃剣に爆装系とトラップ系武装のオンパレード。1人ゲリラ戦オッケーの機体だ……て、僕の緋鋼も同じ様な装備構成だったわ。

 最後にエマのゾディアック。黒鋼シリーズ三号機にして、後衛主体だったエマの戦い方を参考にした結果、超重防御な遠距離攻撃型のISとして建造されている。機体装甲自体も厚いけど、搭載装備が大型複合可変防盾1枚と浮遊可変盾6枚に超射程荷電粒子砲2門という、防御を固めて砲撃する固定砲台的な、意味不明な防御特化型ISに仕上がってる。

 因みに、極端にスマートなシルフィードと真逆に重装甲なゾディアック、その間に騎士の如きヴァールが並ぶと、割と絵になる。まるで中世の戦争に赴く戦士と騎士の様に見えるからだ。

 こうして僕達六人の専用機の展開が終わると、静寐が感嘆の声を上げる。

「それがみんなの専用機」

 キラキラと興味津々の目で僕達を見る静寐に、それぞれの機体を軽く紹介する。

「この子は黒鋼。月岡重工製第三世代IS、黒翼のカスタム機だよ」

「同じく黒翼のカスタム機で緋鋼。優衣の黒鋼のバージョン違いって所かな。フィーのシルフィードとエマのゾディアックも黒鋼のバージョン違い機だよ」

「俺のはヴァール。俺が最初に起動したリヴァイブ系の試験機を、黒鋼に近い仕様でカスタム化した特別仕様機だな」

 月岡の専用機型ISには黒翼の専用機仕様の黒鋼シリーズと、男性操縦者試験機のヴァールシリーズの二種類がある。緋鋼とゾディアック、シルフィードは黒鋼の二から四号機。ヴァールシリーズには、ヴァールの他に黒翼をベースに開発された黒翼改弐型と呼ばれる男性操縦者試験機が二機存在している。まだ動かせた人は居ないけど。

「あたしのは開発中のフィアット第三世代機、テンペスタⅡのパーソナルカスタム機、テンペスタ・スタジオーニよ。まあ、機体性能はともかく、外装デザイン的には原型留めてないんだけどね」

 そしてテレサも愛機であるテンペスタ・スタジオーニの説明をするけど、確かに公開されてるテンペスタⅡの面影全然無いよな、この機体。むしろ装甲を減らした高機動戦仕様のリヴァイブですって言われた方が納得出来るかも。

 それにしてもこう、なんだ、静寐と本音の目の色が、キラキラしててまぶしいわ。

「綺麗……」

「うんうん、みんなキレイでカッコイイよー」

 呟かれた二人の言葉にこう、微妙に恥ずかしくなる、なんてーの、僕達が纏ってるISは兵器だし、僕自身も綺麗とか可愛いって言われるの、少し恥ずかしいからなぁ。

「グラッツェ、静寐、本音」

「あ、ありがと」

「あぅ、うん」

 で、二人の褒め言葉にテレサは素直に礼を言って、その場で360度ターンしてから、戯けたように執事の様な右手を身体の前に回す礼をとる。

 けど僕と優衣はといえば、そんなテレサの後ろに隠れて小さくお礼の言葉を言うので一杯一杯だった。

「にひひ、ゆいにゃんとすーちゃんが照れててかわいー」

「うん。フィーちゃん達も、格好良くて可愛くて。羨ましいな」

 その姿を見られて本音にからかわれ、静寐は僕達だけじゃなくて全員にもう一度声をかけて、羨望の眼差しを送った。

「もう! とりあえず二人とも、装着出来たんならまずは歩く! 今週は、今日のこれから二時間しかチャンスが無いんだからさっさと動けー!」

 このままだと恥ずかしさから逃げられないから、思わず逆ギレみたいに訓練するよと怒鳴ってしまう。あうぅ、どっちにしても恥ずかしいなぁ、もう……。

「照れ隠し乙、って感じね」

「ステラも優衣も、こういう褒め言葉に耐性無いからな」

 最後に、とどめはテレサとリィンに刺されました。もう、八つ当たりしてもいいよね。いいよね。大事なことだから二回言ったからね!

 

 とまあ、バタバタな感じで始まったたった二時間の訓練で、本音と静寐はテレサと優衣の指導でサークルロンド擬きを出来るように。残る僕達はゾディアックの防御力を最大限に活用した近接戦訓練と対遠距離射撃防御訓練をした。結果はまあ、たった二時間にしては上々って感じだったかな。




漸くIS学園で初めてISが出てきました。
なお、アリーナや訓練機を借りられなかったのは、織斑千冬を信奉するIS主義者の陰謀です。彼女達は織斑千夏を何よりも優先したいが為、一夏達一年の専用機持ちや他の代表候補生へのアリーナ及び訓練機の利用許可申請を妨害していました。
同時期セシリアは、真耶せんせーによる代表候補生としての心構えを補講を受けた後に、一学年上で直接の先輩でもあるサラ・ウェルキンを頼って少しずつ訓練を重ねていました。意外と努力家なんです、彼女。
そして千夏がどのような訓練をしていたのかは作者にも分かりませんが、まあほら、テンサイですからね、彼(^^


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クラス代表決定戦という名の茶番 第一幕・リィン・シュバルツァー vs セシリア・オルコット

やっと一巻の折り返し地点手前、クラス代表を決める戦いまで来ました。


 今回行われる事になったクラス代表決定戦にエントリーされてるのは、リィン・シュバルツァーを始め全五名。しかしアリーナは一つしか使えないため、リィンと織斑千夏、セシリア・オルコットは個人で一ピットを占有。翻って緒方一夏とフィー・クラウゼルの二名が一ピットを共用する形で待機することになった。

 試合はまず、第一試合として織斑千夏とセシリア・オルコットの試合が組まれ、続けてリィンと一夏の試合と続く全十戦、2日間分の放課後を丸々かける総当たり戦を行い、最も勝率が高い者を代表とする、と言うことなった。そのため、試合形式は一試合辺りを十五分程で終了させるために、被弾SE量を基準とするポイントマッチとなった。

 そしてここ、リィンが待機するCピットに、管制室の織斑千冬からリィン宛ての通信が入ってくる。

《Cピット、シュバルツァー。出撃準備は出来ているか?》

「はい。出来ていますが」

 浮き上がるフロートウィンドウを通して伝えられた内容は、単純に準備は整っているかと言うこと。これに対してリィンは問題ないと答える。

 それを聞いた千冬はCピット内を見回して再度リィンに声をかけようとしたところで、リィン以外の人影が目に入り、それに対して注意を促した。

 公式のIS戦において、関係者と許可をもらっている者以外がピットに入ることは禁じられている。しかしリィンのピットにはリィン以外に四人も、しかも内二人は他クラスの人間が居たため、千冬はそれを注意することとした。

《シュバルツ……。なあ。なぜ布仏や鷹月に、三組の緒方とミルスティンが居るのだ? 関係者以外立ち入り禁止だぞ》

 リィンの側には本音と静寐、エマがおり、優衣はハンガーに掛けられたヴァールにコードを繋いで機体の微調整をしていた。

 もちろん全員、山田麻耶から立ち入り許可を受けた上で、優衣はエンジニアとして、他三人は見学者としてピット内に入っている。

「本音と静寐はクラスメートとして。エマと優衣は俺と同じ企業の所属で、機体も世代差はありますが同系統の設計機です。それに全員、山田先生に届けを出して許可を受けてますよ」

 その事を千冬に告げれば、画面外へ顔を向けて何かを確認したあと、やや苦々しい表情を作りつつ、リィンの言葉に嘘が無い事を確認する。そして織斑千夏の専用機の到着の遅れと、それに伴う対戦順の変更を告げる。

《む……。そのようだな。まあいい。織斑の専用機がたった今到着して調整を始めたばかりのため、対戦順を変更してお前とオルコットの対戦を先に行って欲しい。以後の対戦順も組み直している》

 その千冬の言葉を、戦場において万全な状態で始める戦いなどあり得ないと考えるリィンは拒否したかったが、この一連の試合はあくまでもフェア……に近い対抗戦。自身の機体も調整自体は終わって、再々の確認をしていただけの状態だったため、リィンは僅かな間を取りつつ千冬の提案に是を示し、端末を外したヴァールに身を預ける。

「……わかりました。それじゃ行くぞ、ヴァール」

 機体に身を預けて数瞬、僅かな時間で完全起動したヴァールを纏うリィンがカタパルトに足を乗せれば、優衣達四人からの声援がかかる。

「負けるなー、リィン!」

「……がんばってね、リィンさん」

「うん、がんばってりーん!」

「無理はしないで。でも、勝って下さいね、リィンさん」

 それに片手を上げ、自分の試合をしっかりと見ていてほしいと告げたリィンは、管制室から渡されたカタパルトの射出権を行使して、アリーナへと飛び立っていく。

「ああ。勿論勝ってくるさ。だから見ててくれ優衣、静寐、本音、エマ」

 

 ピットを飛び出してアリーナの中央付近、指定された位置と高度へと移動したリィンは、機体の慣性移動を静止させて、先に着いていたセシリアと向かい合う。すると途端にセシリアが口を開き、前口上という名の皮肉を述べ始める。

「レディを待たせたことについてはまあ、急な変更があったと言うことなので問わないことにいたしますわ。それで、対戦順が変更になったという事ですが、よく逃げずにいらっしゃいました。ラファール・リヴァイブ系のISで、実質的な公開情報は少ない。ですがまあ、所詮は第二世代型の改良機でしかありません。そこでシュバルツァーさん。あなた、今ここでその頭を下げて、先日の侮辱の言葉を取り下げて謝罪するのでしたら、今までの事を全て水に流して差し上げますわよ」

 そのような彼女の口上には、流石のリィンも苛つきを覚えたようで、口の端が僅かに引き攣り、思考する言葉も普段より悪くなってしまう。

「……なあ、オルコットさん。社会的な身分は兎も角、今は同じ生徒の立場に居るはずだ。なのに、いつからお前の方が俺よりも上、という事になった?」

「まあ! なんて下品な言葉遣いを……。いいですわ。その様な態度をなさるなら、わたくしのブルー・ティアーズが奏でる舞曲(ワルツ)で踊らせて差し上げますわ!」

 それでも乱暴な言葉遣いにはならないようにとしたリィンの言葉にも下品だと言い切るセシリアは、自らのISの固有機体名と同じ名称の独立浮遊機動兵装、ブルー・ティアーズを機体から切り離して自身の周囲を旋回させ、大型レーザーライフルのスターライトMk-3を構えて攻撃準備を始める。

「そうか。なら、覚悟するといい。ヴァールの担い手として、起動者(ライザー)として、恥じる戦いをするわけにはいかないからな!」

 同じくリィンもまた、既に量子展開して左腰装甲部に佩かれた、自身の愛刀《緋皇》を模して打たれ、同じ銘を名付けられたIS用実体刀《緋皇》の柄に手を添える。

《試合開始》

 そして試合開始のアナウンスが鳴り響くと同時に、セシリアはスターライトをリィンの頭部へ、ブルー・ティアーズ四基をそれぞれ別々に四肢へ向けてロックオンし、即座に射撃する。放たれた五条のレーザーは文字通り光速でリィンで迫るが、視線とビット、銃口の向きで射線を予測済みのリィンは半身をずらして四肢へ向けられたそれを全て避けながら、神速で抜刀した緋皇を切り上げて頭部に向けられたスターライトからの射線を切り払う。

「くっ……。初見でわたくしの射撃から逃げ切るなんて。……というかレーザーを切るだなんて、あなた一体何者ですの!?」

「さて、何者だろうな。それよりオルコットも、大見得を切った割には大した事が無いんだな」

 その事実に唖然とし、レーザーを切り払うような人間の存在に驚きと疑問の声を上げるセシリアに対し、リィンは静かに、しかし皮肉を込めて挑発する。

「い、言いましたわね……。いいですわ。狩りの時間ですわよ、行きなさい、ブルー・ティアーズ!」

 開始直後に起きた自身の理解を超える事態にやや思考が乱れているセシリアはそんな簡単なリィンの挑発に乗り、ブルー・ティアーズを散会させて包囲射撃の構えを取る。

「ちぃっ! やはり光学兵装の攻撃は見切りが難しいな」

「さあシュバルツァーさん。蒼き雫の舞、逃げ切れるものなら、逃げてみなさい!」

 自身を中心として飛び回るブルー・ティアーズによる絶え間ない包囲射撃と、その間を縫うように放たれるスターライトによる狙撃に、リィンは避けることに専念する。そんなリィンに対して攻撃の手を緩めぬまま、先のお返しとばかりにセシリアが挑発の言葉を投げかける。

「それじゃお言葉に甘えて、まずは一度距離をとらせてもらうとしよう」

 しかしリィンはその挑発に乗ること無く、ブルー・ティアーズからの射撃を避けた勢いのままに一度地上に向けて降下し、アリーナの内壁部に沿ってセシリアの正面から抜け出す。

「……ふぇ? で、ですが、逃げるだけではブルー・ティアーズの檻からは逃げられませんわ!」

 そんなリィンの突飛な逃走劇に一瞬思考が空白になるセシリアだが、直ぐに我に返って、内壁に沿って旋回飛行を続けるリィンをブルー・ティアーズで追尾し、自身は上空から射撃を加える。しかし……。

「当然わかってるさ。独立浮遊型兵装の弱点は諸般、把握済みだからな!」

「なんですって! きゃぁあっ!」

 リィン自身、ブルー・ティアーズとは別種の独立浮遊型兵装である凍牙を開発している企業に所属する身であるため、ブルー・ティアーズに凍牙と似た特性を見いだし、即座に反転。自身を追尾してくる四基のブルー・ティアーズの中に逆に飛び込んで行き、すれ違いざまにその内の一基を捕まえると、上空に居るセシリアに向けて飛び上がり、鈍器の様にセシリアを殴りつける。

「くくっ……。自分の武装で殴りつけられるっていうのは、なかなかない体験だろう?」

 装甲部位とは言え、真正面から勢いよく殴られた事で完全に動きが止まってしまったセシリアに対して、またも皮肉気な口調で挑発をかけるリィン。

「こ、この、よくも……。ブルー・ティアーズ! 終曲(フィナーレ)の時間ですわ! さあ踊りなさい、蒼の輪舞(ロンド)を!」

「はいそうですかと、君の踊りに付き合うつもりはない!」

 対して自分の分身とも言えるビットに殴られたことで完全に激昂したセシリアは、再度ブルー・ティアーズによる包囲射撃体勢を作り、猛烈な射撃を再開する。しかしリィンにとって二度目となる包囲射撃の網は、ブルー・ティアーズとセシリア自身の行動パターンのおおよその把握もあり、細かな機動を繰り返して危なげなく抜け出し、セシリアの正面へと躍り出る。

「ふふっ。かかりましたわね。ブルー・ティアーズは四機だけではなくってよ!」

 そのように包囲を抜け出してきたリィンに対し、しかしセシリアも抜けられることを想定した上で、五基目と六基目である弾頭型ブルー・ティアーズを機体から切り離し、リィンに向けて射出する。

「……見え見えだな」

 しかしブルー・ティアーズ本体の形状から大凡の装備を測っていたリィンにとって、弾頭タイプのビットが飛んでくる程度は予想の範囲でしかなく、二基の弾頭型はすれ違いざまに緋皇によって切り裂かれ、リィンの後方で爆発して消える。

「くっ! な、なかなかやりますわね」

 切り札とも言える弾頭型ブルー・ティアーズの存在を読まれていた上に、完璧に対応されてしまったセシリアはもう、リィンの戦闘能力に対して唸るしかなく、四基のブルー・ティアーズを自身の周囲に戻しつつ、完全に悔し紛れの台詞を言うのであった。

「それなりの実戦経験があるからな。君も、もっと戦いを経験すれば今よりも更に伸びる。この対戦が終わったら俺達と一緒に訓練をしないか? きっと、良い経験になるぞ」

 そんな動きを止めたセシリアに対して、自分は戦うことに対する経験が多だけと返すリィン。そしてセシリア自身の実力がこんな程度では止まらないとも彼女に告げ、自分達と一緒に訓練を、ひいては実戦に近い戦いを重ねようと提案する。

「……そう、ですわね。こうして戦ってみて、漸く実感出来ました、あなたや緒方さん、クラウゼルさんから感じる空気は、確かに一般の方のそれとは全く違う。ですが、実戦……。つまりは、あなた方は軍人か、それに近しい立場に居た、と言う事なのですね」

「まあ、そうだな。その解釈で間違ってはいないな」

 セシリア自身、ここに至って自分とリィンの間にある経験の差を実感し、そして一夏とフィーもまた、リィンと同種の経験を積んできているのだと悟る。また彼ら三人はただの企業専属操縦者などではなく、実際に戦場に身を置いた事がある者達なのだと理解し、その事をリィン自身も肯定する。

「そうですか。ふふ。わたくし、人を見る目はそれなりだと自負していましたが、まだまだ、でしたのね」

 両親が他界して以来、幼くして魑魅魍魎蔓延る政治と経済の世界に身を投じたセシリアは、自身が人を見る目を養えていると思っていた。事実、周囲に居る同じ十五歳の少女達の殆どとは比べ物にならない程の観察眼を彼女は身に付けている。しかし内戦という本物の戦場を駆け抜け、帝国の要とも言われる鉄血宰相や、彼の教え子たる英傑達、そして結社の蛇達が張り巡らせた策略に絡め取られ、揉まれた経験があり、更に軍属として国境紛争の最前線の裏側で動いていた時期もあるリィンにはまだ及んでいなかった。ただそれだけのことである。

「それも経験がなせることだろ? 俺はまだ、ISについては知識も技術も経験も浅い。ただ、今までの経験と感で戦えているだけだ。だが逃げるつもりはない。覚悟しろよ、オルコット!」

 それでも、リィンは自身が経験してきたことを思い返して返答しつつ、ISという兵器を扱うことに関してはセシリアに劣っていると認める。だがそれは逃げを認める理由にはならないと、改めて緋皇を構え直し、セシリアに向けて加速する。

「ひぃっ! いぃ、インタァ、セプタ……」

「もう遅いっ!」

 尋常ではない気迫を纏い、実体刀を構えて迫り来るリィンに対して、セシリアは自分の死を幻視してしまい生気を失いかける程に怯えながらも、それでも意識を強く持ち、自身が持つ唯一の近接武器であるショートブレード、インターセプターを量子展開しようとするも間に合わず、リィンの緋皇により一刀のもとに斬り伏せられてしまう。

《ブルー・ティアーズ、シールドエネルギー、エンプティ。勝者、リィン・シュバルツァー》

 同時に試合の決着を告げるアナウンスが鳴り響き、フロートディスプレイでの結果表示も行われた。

 セシリアは墜落自体は免れたものの、緋皇の一太刀によりブルー・ティアーズはシールドエネルギーを完全に削り取られ、勝敗は決する。試合時間は十二分を超えた所であった。

「大丈夫か?」

「……は、はぃ。そ、その……、ここ、恐かった、ですわ。あれ、は、殺気、というもの、でしょうか」

 しかし試合は終了したが、酷く怯えた様子で身動ぎもせずにただ浮遊するセシリアに対し、それまでとは一転してリィンは優しく声をかける。すると我に返った様にリィンに視線を合わせたセシリアは、恐怖からどもりながらも、最後にリィンが纏っていた気配が、戦う者が発するという殺気なのかと問いかける。

「そんなに強く出してはいないけどな」

「……やはり、わたくしはまだまだ、ですわね」

 その問いに対して、ほんの僅かだが、殺気を出していたというリィンに、酷く安堵した表情を作ったセシリアが、自分は全くの未熟者なのだと悟り、その事をリィンに告げる。

「これから経験を積んでいけば良い。俺達で良ければ、手伝うよ」

「ええ、ぜひ、お願い致しますわ。ですがその前に……」

 そんなセシリアに対してリィンは、経験を積んでいけば同じとは言わずとも、近付くことは出来ると返し、その手助けも出来ると答える。そしてセシリアもリィンの提案を受け入れ、しかし表情を改めてリィンと視線を合わせる。

「先日の。そして先程の無礼、謝罪致します」

「謝罪を受け入れよう、オルコット。ステラ達にも謝っておけよ」

「はい。緒方さんとクラウゼルさんとの試合の前に、必ず。クラスの皆さんにも、ですわね。それから、その、リィンさんと、お呼びしてもよろしいですか? それとその、あの、わ、わたくしの事はセ、セシリアと、呼んでいただけますか?」

 そして頭を下げながら初日の、そして試合開始前にリィンに対して取った無礼を謝罪する。それを受けてリィンは謝罪を受け入れると共に、一夏達にも謝るようにと告げれば、当然謝罪すると言い、その後、彼女は頬を少し赤らめ、やや言いよどみながらリィンを名前で呼んでいいかと問いかけ、また同時に自分のことも名前で呼んでほしいと告げる。

「もちろんだよ、セシリア。これからよろしくな」

「はい! ありがとうございます、リィンさん」

 リィンはそれに快諾し、そして友好の証しとして握手を求める。セシリアはそのリィンの手を取り笑顔で返事をした後、浮かれた様子で自身の待機場所であるAピットへと戻っていったのだった。




流石に五人総当たり十戦もの試合とか狂気の沙汰でしかありませんがまあ、創作と言うことでお許しください。
なお、実際に十戦全部を書いたりはしません。一応勝者と敗者、試合推移と結果自体は設定してありますが……。その描写も作中ではしない予定です。蛇足にしかならないので。
次回は一夏と千夏、因縁の兄妹対決になります。


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茶番の二幕目 兄妹対決、織斑千夏 vs 緒方ステラ・バレスタイン

 自身の緋鋼とフィーのシルフィードを調整しながらリィンとセシリアの試合を見ていた一夏は、最後に見たセシリアのあの笑顔と浮かれ方に、またか、と思い溜め息をつく。

「……はぁ。リィンのヤツ、やっぱりまた堕としてるし」

「あっははー。リィンってば凄いなぁ。あっさり代表候補を下すまでは想定通りだけど、まさか本人まで堕とすなんてねえ」

 その事にテレサは、倒すと共に本人まで陥落させられるとは思ってなかった様で、素直に驚いている。しかしそんな彼女に一夏とフィーは声を揃えて違うという。あれがリィンのいつも通りなのだ、と。

「テレサ違う。それも含めて、想定通りだから」

「問題は、周りが認めちゃってる事の方だもんね。僕やフィーもそうだしさ」

 リィンが女性と戦ったり、助けたりするたび、全員では無いがかなりの確率で相手は彼に惚れてしまうか、少なくとも小さくない好意を抱くようになる。そんなところがリィンにはあるのだ。そして彼の周りに居る女性達の殆どが、その事を受け入れ、許容してしまっている。一夏とフィーもそんな許容出来てしまった者の一人である。

「マジかー。ていっても、確かにあたしもあのイギリス代表の事を笑えないからなあ」

 二人から明かされた事実にテレサは感嘆の声を上げると共に、言われてみれば自分自身もセシリアと変わらないなと思い返して苦笑いを浮かべる。まだ僅か数日、一週間にも満たない付き合いなのに、既に彼が自分の真横に居ることを許し、居てほしいと考え、そして一夏達がその近くに居ても許せてしまっているからだ。

 そんな中、管制室からの通信が繋がり、織斑千冬を映したフロートウィンドウが展開すると共に、彼女は用件を言い始めるが、ピット内にテレサが居ることに気付き、その事を問い詰めてくる。

《Dピット。織斑の準備が出来たので再度対戦順を変更する。緒方、準備は良い……。なぜ二年のお前が居る、ランプレディ。関係者以外立ち入り禁止の筈だぞ》

 千冬からそう問われたことに、テレサは思わず返答に詰まってしまう。だが実際に山田麻耶から見学のための立ち入り許可を得ている。また一夏達が設立した総合武術部の他、アリーナでの実機訓練の先導もしているため、立ち入りの為に必要な要件は揃っているため、その事をそのまま千冬に告げる。

「は……い? あの、あたし、ステラ達と一緒に訓練してたので関係者っていうか、寧ろ訓練の引率者ですし、クラブの部員でもあります。それに、この事は全て山田先生に申請しておいたはずですよ。織斑先生はいつ行っても不在だったので」

 なお、入学初日から昨日までの間、千冬は織斑千夏の訓練に付き添っており、常に千夏と篠ノ乃箒、そして指導教員一名か二名と行動していたという。……という事を、テレサが立ち入り許可申請を出した際に、千冬が処理するべき書類や仕事を全て代行していた真耶が愚痴っていたのだ。

《……確かに受理されているな。まあいい。次は織斑対緒方の試合とする。緒方、準備は出来ているか?》

 当の千冬は、真耶がそのような要らぬ苦労を強いられていたことに気付かぬ様子で、しかし画面の表示範囲外を向いて申請受理の確認を取った後、あくまでも教師としての顔で一夏に対して準備が整っているのか確認してくる。

「出来ています」

《では緒方対シュバルツァー戦を変更し、織斑対緒方の対戦を開始する。問題は無いな》

 この時点で緋鋼もシルフィードも設定値の確認を終えた後なので、どちらが先に出ることになっても問題ない。ということで、準備完了と即答する。

「わかりました。さあ緋鋼。楽しく踊ろうね」

 何の因果か、相手が気付いていない事とは言え、因縁の兄との直接対決となった事に、一夏は若干嗜虐的な笑みを浮かべて緋鋼を纏い、カタパルトでアリーナへと飛び出していった。

 

 ピットから飛び立った一夏は指定された高度と座標で静止し、先に位置に着いていた千夏と向き合う。その際、一夏のハイパーセンサーに表示された千夏が纏う機体の固有名は《白式》。その名前に、思考の片隅で原作の僕が使ってるのと同じだね、と考える。そして一夏と千夏の視線が交わった瞬間、不満を隠そうともしない千夏が、一夏に向かって文句を付けてくる。

「……遅い。俺を待たせるなんて不遜じゃないか、緒方。最初の日、俺と千冬姉はお前に教えてくれって頼んだ。なのに拒否した。許せないんだよ!」

「ごめん、意味がわからないから、それ」

 そんな千夏が紡ぐ意味不明な文句を聞きながら、一夏はかつてトールズでの訓練中に言葉で叩きつぶしたとある貴族の息子を思い出した。そして、千夏は彼の様に改心することが出来るのだろうかと、本来する必要も無い心配を胸の内に沈め込み、一言だけ告げて精神を安定させる。だが千夏の方は何かあるのか、一夏やその周囲の者に向けて、更に不満の声を叩き付けてくる。

「俺は織斑千夏だ。なんでお前は俺に従わないんだ。お前だけじゃない。シュバルツァーやクラウゼル、オルコットもそうだ」

 意味の無い言葉を紡ぎ続ける千夏に、どこか焦りのようなものを見た一夏は少々鎌をかけてみることにした。優衣に聞いた原作の話しと、そして千夏が纏うISの形状に見える工業的に過ぎる意匠が重なって見えたからだ。恐らく彼の白式もまた、初期化及び最適化の最中で、初期状態で出てきているのだろうと。

「あの、さ。もういい? グダグダ喋ってないでもう試合始めようよ。それとも、時間稼ぎでもしたいわけ?」

「っな! て、てめえ、いい加減なこと言うんじゃねえよ!」

 すると効果は覿面。千夏は不満げだった表情を焦りのそれへと変じさせ、苛立ち紛れに怒鳴り始める。つまり一夏の想像と言ったことは当たりだったと言うことだ。

「うわ、図星かよ」

《試合開始》

 そんな風に、思った通りの反応を返した千夏に対して、図星を指摘する一夏。そして千夏の焦りの表情が怒りの表情へと変わった瞬間、試合開始のアナウンスが鳴り響く。

「黙れよ、この!」

 そのアナウンスが聞こえると共に、千夏は右手に持っていた実体刀を正眼に構え、それを振りかぶりながら一夏に向かって加速し、そして袈裟懸けに斬り付けた。

「振りが遅い、剣筋も甘い。構えが乱れてるし、振り抜いた後も流されすぎて次に繋げられてない。結論、弱い。以上」

 だがその剣筋は、一夏にとっては止まっているに等しい程の速度にしか感じられず、千夏に向けて様々なアドバイスをかけながら、避けられたまま体勢がふらつく千夏の腰部装甲を軽く蹴りつける。

「……な、何様のつもりだよ! 大体武器も持たないで、舐めてんのか!」

 押される程度の蹴りで体勢を更に大きく崩した千夏は、どうにか体勢を取り戻し、武器も持たずに自分と相対している一夏に対して不満を怒鳴りつける。

「武器、出して欲しい? だったら出させてみなよ。ぶっちゃけ、僕は無手でも君と対等以上に戦えるから必要ないんだけど」

「うぜえ……。なんだよそれ。お前、うざいんだよ!」

 しかし一夏にとって、今の千夏程度の初心者に対して、武器を持って相手をする必要など全くない。それを素直に告げれば、千夏は更に怒りを顕わにし、罵りの言葉を口にし始める。そして殆ど動いていない一夏に対して、幾度も薙ぎ払いと袈裟斬りによる攻撃を繰り返す。

「剣はその種類に関係なく、回数を多く振るえば良いってものじゃない。確実に中てられれば一撃で十分。連続で斬り付けるにしても、外す事を計算に入れてる時点で間違えてる」

 だが一夏は、それら斬撃を全て身をずらすだけで避け続け、当たらない攻撃を繰り返す意味は無いと、千夏にアドバイスを与える。入学初日に断ったISの講義である。今更だが。

「お前、人に教えるの断ったくせに、こんな時に講釈垂れてんじゃねえよ!」

「いやぁ、こんな時だから解説してあげてるんだけど、わかんないかな? 実戦に勝る訓練はないんだよ?」

 その事に千夏は激昂し、一夏が訓練要請を断ったことが悪いかのように抗議するが、一夏は実戦の中で指摘する方が効率的であると考えているため、今が講義をする絶好の機会なんだと諭す。これで、千夏の訓練を断った一夏への怒りと、一夏の訓練方針の違いから双方の見解は食い違い、堂々巡りとなる。

「講釈はいいから、さっさと武器を出せ! 堂々と勝負しろよ!」

「どーどーと、ねえ。だったらこれでいっかな」

 幾ら斬り付けても当たらず、そして避け続けながら講釈するだけで攻撃も防御もしない一夏に対して、千夏は一度攻撃をやめ、武器を出せと啖呵を切る。堂々と、と少々意味を履き違えた言葉を用いて勝負しろと叫ぶ。一夏は脳裏で正々堂々と堂々は意味が違うぞと突っ込みを入れつつ、千夏に冷めた視線を向けながらベルゼルガー改を模して造られた大型複合銃剣である《透徹(とうてつ)》を左手に量子展開し、肩に担ぐように構える。

「……お前、剣と剣の勝負に銃なんて持ち出すな!」

 こうして、要望通り武器を装備した一夏に対して、しかし銃器を持ち出してきたことを千夏は強く抗議する。だがそれは非常に的外れな抗議。なぜならば、この試合は一部を除きクラス限定の非公開とは言え、公式に組まれたIS戦だからだ。

「剣と剣って……。あのさあ。これはISの対戦だろ? いつから剣道の試合にでもなったんだ? ていうか、もし僕が遠距離型だったらどうするつもり? 近接装備がない純遠距離型にまで剣を使った近接戦を求めるっての?」

「それは……」

 一夏が見て考える。あの千夏の纏う白式が実体刀一本だけを装備している事と、優衣から聞いた原作情報を合わせて恐らく、白式には一次移行後に雪片弐型へと変化するだろうその実体刀しか武装が無いのだろう。しかし一夏の緋鋼には全距離での交戦を可能とする銃器や刀剣、爆装類等、多種多様な武装が格納されている。そして何より、これは刀剣のみの決闘などでは無い、純粋なIS戦である。例えば、緋鋼の仕様がエマのゾディアックと同じような純遠距離型だった場合、近接格闘戦用の武器を搭載していないことも多い。そうなれば、剣と剣の試合など不可能になるのだ。尤も、ゾディアックには緋鋼が持つ最も強力な近接装備の攻撃力を遥かに上回る凶悪な近接武器が搭載されているのだが……。

「兎も角、この対戦は装備に縛りのない試合だ。僕は自分の使いやすい得物を使う。ただそれだけだっつーの!」

 閑話休題。何にせよ、一夏にとっての戦いとは、自分が扱える得物ならば敵が使っていた武器を使ってでも戦うという、良く言えば柔軟な、悪く言えば常道から外れたものなのだ。今も、千夏の希望通りに透徹という少々変わった武器を取り出し、それで戦うというだけのこと。そう言いながら千夏に向けて加速し、透徹の強化ブレード部分で千夏の腰部装甲付近を薙ぎ払うように斬り付ける。

「くぁっ! ぐっ……ぅえっ! うげっ、おぇぇっ!」

 ただ斬り付けただけであるが、その衝撃で千夏はアリーナのシールドまで吹き飛び、地面へと落下。薙ぎ払われた衝撃が腹へ浸透したのか、少々吐き戻している。

「その程度で吐くなよな。粋がってるクセに弱すぎだ、君。ただ振り抜いただけの薙ぎ払い位、見切れないと試合にもならないよ?」

 だが一夏にとって、ただ薙ぎ払っただけで吐くなどひ弱にも程があると呆れるばかり。しかも先の一撃で、一夏が動いたことに千夏は反応出来ていなかったのだ。

「ちょ、調子に乗るなぁ!」

「だから遅いし、動き丸見え。次、右逆袈裟、その後左薙ぎから右薙ぎへの三連撃コンビネーション、かな?」

 ひとしきり吐き戻し、立ち上がった千夏は、激昂して叫びながら一夏に向かって飛び上がり、それなりの速度で斬りかかっていく。しかし一夏にはその挙動が全て手に取るように分かってしまう。まず動作自体が遅い。そして千夏の構えが、篠ノ乃流の()()で教えられる小手と胴への三連続と同じ挙動だったからだ。

「……」

 故に袈裟斬りと左薙ぎは避けられた上、右薙ぎに至っては透徹を持ったままで白刃取りされてしまい、千夏の思考に一瞬の空白が生まれる。

「ほいさ、しんけんしらはどりー! かーらーのー、回転キーック!」

「げぁっ! て、め……フザケてんじゃねえ! なんだよ、バカにしてんのか!」

 そしてあろう事か、千夏の剣をその両手で不安定に保持した一夏は、抜群の柔軟性と振り抜かれた千夏の剣の勢いをも乗せた身体の捻りによって、右脚による後ろ回し蹴りを千夏の頭部へクリーンヒットさせた。

 そんなふざけた攻撃も千夏には十二分のダメージを与え、白式のシールドエネルギーは大きく削り取られる。しかしその攻撃方法が気に入らない千夏は、再々一夏に向けて怒鳴りつける。

「そんなことないよ。出来たからやっただけ」

「じゃあなんでそっちの武器は使わねえんだよ。もしかして使えねえんじゃないのか」

 尤も、その攻撃は一夏がふざけて行ったものなどではなく、あの場面で最適に出来る攻撃を行っただけなのだ。しかし千夏は透徹をろくに使っていない一夏が気に入らず、使えないからふざけてるなどと、意味の無い挑発を行う。

「あー、ないない。僕、自分が使えない装備を自分の機体に積むようなアホじゃないし」

 なお、その程度の挑発は一夏にとって全く意味が無い戯れ言でしかなく、またも講義をしながら左肩に担ぐように透徹を構えた後、使い方を実戦するため、一気に千夏へ向けて加速しながら袈裟に斬り、反動を殺した後腹部に突きを入れ、そのまま実体弾をバースト射撃する。

「ちなみにこの武器は大型複合銃剣。別名ブレードライフルって言う武器で、名前の通り強化ブレードとマルチバレットライフルの複合武器。僕的に凄く馴染んだ装備だよ。で、これは、こうやって使うんだ!」

「ちぃっ! よけ……ぐぶっ! あがっ、がぁっ!」

 この攻撃には千夏もどうにか反応し、袈裟斬りを避けようとするも間に合わず左肩装甲を抉り取られ、反動を強引に止めて繰り出された突きでがら空きの腹部に強化ブレードの切っ先が刺さった後、そのすぐ真上の銃口から放たれた大口径実体弾によるに五回もの連続した衝撃を受けて吹き飛び、またもアリーナのシールドへと激突する。

「だから、剣と銃だって言ったでしょ。斬って突いての後に銃弾が飛んでくるって、予想するまでもないはずだけど」

「……卑怯じゃねえか、そんなの」

 一夏が行った三連撃は、ベルゼルガー型のブレードライフルとしては至極真っ当な使い方であり、使える機能を使っての攻撃だと指摘する。しかし剣と銃が一体化している時点で千夏にとっては卑怯な武器としか見えないらしい。

「戦いに勝つためには卑怯も何もないだろうさ。それに、君が狙ってたのとは違うだろうけど、そろそろ時間なんじゃない? 時間が欲しかったんでしょ。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)の時間がさ」

 とは言え、試合といえど戦場において卑怯も何もあったモノではない。戦う以上、その戦いに勝つことが優先であり、その為の手段など過程でしかなく結果が全てだ。そう告げた時、白式が淡い光を放ち始める。恐らく一次移行が始まったのだろう。

「……マジ、ウゼェ。なんでも知ってる風なその話し方、気に喰わねえ」

 何度目か分からない図星を指された千夏は吐き捨てるように愚痴り、一夏の態度に悪態をつく。

「くく……はははっ! やっぱ俺は恵まれてるよ。お前なんて、姉さんの思いを継いだこの剣で切り裂いてやる。雪片弐型。千冬姉の雪片と同じ剣だ」

 しかし一次移行が終わった瞬間、千夏が笑みを浮かべて笑い始める。白式は白い騎士のような雰囲気の機体へと変貌し、傷ついた装甲も、何事も無かったかのように無傷となった。そして、右手に持った雪片弐型の切っ先を一夏に向けながら要らぬ口上を述べる。

「ふうん。それで? 君は今手に入れたばかりのその武器(オモチャ)、使い熟せるんだ。武器ってさ、訓練と修練の積み重ねの末に使い熟して、初めて意味をなすモノだよね。でも君、持ったばかりでそれが出来るって、凄いねー」

 だが、それがどうした、と一夏は思う。どんな武器であろうとも使いこなすまでには時間がかかるモノである。同種の武器でも持ち替えれば慣れるために訓練するのは当然。それが、千夏は既に使いこなせると宣言したのだ。それはもう凄いとしか言えないだろう。普通じゃないのだから。

「バカにしてるのか。俺と、千冬姉を」

「織斑先生にはそんな事思わないよ。けど、君はねえ。うん、マジテンサイ、みたいな?」

 そんな一夏の態度と言葉に、千夏は自身と姉が侮辱されたと感じる。しかし一夏に千冬を侮辱する気持ちなど無い。一緒に暮らしていた頃の思い出にいい物が少ないとは言え、千冬の事は寧ろ尊敬すらしている部分が大きい。だが千夏は違う。今は何もかもを勘違いし、他人の威を自分の物と声高に叫んでいるのだ。バカにされても仕方ない事である。

「……黙れよ、この阿婆擦れがぁっ!」

「無理無駄無意味。当たりに行かないと当たらないレベルで剣線見え見え。ついでに、その剣の使い方を根本的に間違えてる。その剣も、そのISも、君は使い熟す気があるの?」

 それでも千夏は馬鹿にされていること自体が気に入らない。罵りの言葉と共に我武者羅に雪片弐型で一夏に斬り付けるが、今度は全て紙一重で避けられ続ける。雪片弐型と対になる機能(零落白夜)すら把握せず、ただただ振り回すだけの剣など、子供のチャンバラ遊びと同じ。そんな千夏を、一夏は戦いに赴く者としての資格が無いと断ずる。彼にはIS(白式)も、その装備(雪片弐型と零落白夜)も、真剣に扱う気がないのだと分かってしまったから。

「うるせえ、黙れよ、クソが!」

 だが千夏はその正論すら気に入らないと、ただただ振り下ろすだけの唐竹に一閃する。

「ホント、未熟だね……。真、雷光……一閃」

 そのような一撃、仮に零落白夜が発動していたとしても一夏が受けるはずもなく、呆れを隠さない表情のままに本気の殺意を放ち、自身がブレードライフルで扱う大技であるクラフト、雷光一閃をその最大威力で放つ。

「っひ! ぎっ……ぎゃがあぁっ!」

 雷光一閃はその名の通り、ブレードライフルの強化ブレードによる直進しながらの強力な一閃である。千夏の斜め上から地表に向けて放たれた雷光一閃は千夏の胸部から腹部にかけて直撃し、振り抜いかれた勢いで彼は地面に叩き付けられた。

《白式、シールドエネルギーエンプティ。勝者、緒方ステラ・バレスタイン》

 そしてアナウンスとフロートディスプレイで勝敗が通知され一夏の勝利が確定したが、彼女は最後に静止した場所に浮遊したまま、地面で蹲る千夏をただ見下ろし続ける。

「い、いてぇ……。な、なんで、だよ。なんで、こんなに、イテエんだよ。絶対防御があるのに、なんでイタイんだよ」

 千夏は気絶していないが、痛みに蹲り、呻き続ける。一夏の放った雷光一閃は白式のシールドエネルギーを削りきりながらも絶対防御は発動させず、その衝撃を直に千夏自身へと浸透させた。()()()()()()()()()()()。ISに関わる者にとっての常識も、彼にはまだ埒外の事のようだ。これを一つの経験として学んでくれればいいのだが、と一夏は考える。あんなのでも自分の双子の兄なのだから、いい方向へと変わって欲しいとも思っているから。

「その子達の特性も理解しないで、ただ手に入れたオモチャを振り回す子どもには、多分わからないだろうね。本当、その子達、可哀想だよ。もっと覚悟を持って、真剣に向き合いなよ」

 尤も、それ以前にIS自体の知識、白式と雪片弐型、零落白夜の特性。これを考えることも無く、今のようにただ与えられたから使おうとするだけならば、彼に先はないだろう。それを、千夏の傍らに降り立ち、彼を睥睨したまま口頭で伝える。今言ったことは聞こえているのだろうが、果たして伝わったのか。その判断は今暫く待つべきだろうなと、頭の片隅で思考する。

「ああ、そうだ織斑千夏。僕もね、バレスタインと緒方の名に泥を塗るわけにはいかないんだ。血の繋がらない養い親だけど、育ててくれた母と、今の両親の家名に誇りを持とうとする以上、努力を怠る事は出来ない。例え勝負に負けるとしても、名を汚す不様を曝すつもりはないんだ」

 そして自分の誇りと想いを口にする。血の繋がりもない、ただ猟兵崩れに強姦されかけていた所を助けただけの一夏を七年近くもの間育ててくれた母、サラ・バレスタイン。そして、ただその家の庭に転移したと言うだけで縁を結び、実の子である優衣や優亜、蒼弥と変わらず愛し、そして今なお養ってくれている父と母、樹と涼夏を初めとした緒方の家。この二つの家の名に感謝の念だけではなく、その名に不名誉を付けてはいけないと一夏は常に自制している。しかし……。

「でも君からは、その心構えすら感じられない。無自覚で君のお姉さんの名前を汚してる事にも気付いてない。ホント、不様だね。天才、織斑千夏君」

 一夏からみた千夏からは、その気持ちが一切感じられない。実の姉すら、自身の後ろ盾のように見ているのではないかとも思ってしまうほど、織斑の名に傷を、不名誉を与えているのに気付いてない兄を、一夏は心の底から軽蔑し、そして哀れに思いながら、せめてどこかで気付いて欲しいとも願いながら待機場所であるDピットへ向けて飛び立った。

 

 試合時間十四分半。兄妹による因縁の対決は、妹による一方的な蹂躙と言える試合であった。

 

「たっだいまー!」

 そしてピットに飛び込んで来た一夏は、先程、千夏に掛けた冷めきった声とは正反対の、明るく暖かみのある声でフィーとテレサに声をかける。

「ステラ。奥義(クラフト)で決めるなんて、大盤振る舞いしすぎ」

 ピットのフロアに着地すると同時にISの展開を解き、駆け寄ったフィーを抱き留める一夏。

「別にそんな事無いよ。アレしか見せてないんだし、問題ないって」

「でもさ、ホントに君達って強いよね。実戦経験者は違うって実感するわ」

 そのままギュッと互いを抱きしめ合いながら、先程の戦技、真・雷光一閃について返すと、テレサはただただ感心した声音で、一夏達の強さの一端を見た感想を紡ぐ。

「僕達がしてきたことは、最後の方はただの殺し合いだったんだ。全然、誇れる様な事じゃないよ」

 だがそんなテレサの言葉に、しかし一夏達はあまり頷く事は出来ないと異口同音に口にする。それでも、経験があるとないとじゃ全然違うわよ、とテレサは囁き、二人を纏めて抱きしめる。その時囁かれたテレサの言葉に、千夏との対戦でささくれていた一夏の心は僅かながらも慰められた気がした。

「……うん、ありがと」

 だから、一夏は溜め息を僅かに溢すと共にテレサに微笑みかければ、テレサも顔を綻ばせて一夏の頭をやや乱暴に撫でる。

 そんな、戦いの後とは思えない穏やかな空気が流れるDピットに、空気を読まない千冬からの通信が入る。

《……。次の対戦、クラウゼル対シュバルツァーだ。クラウゼル、行けるな》

 フロートウィンドウの中には、抱き合う三人を呆れた目で見つめる千冬が居たが、当の三人は気にせず、一際強く抱き合った後に離れ、そしてカタパルト近くまで歩いて行ったフィーがシルフィードを展開し、カタパルトに乗る。

「もちろん行ける。シルフィ、行くよ!」

 一夏がフィーに向けて右拳を突き出せば、彼女は静かに頷き、アリーナへと飛び立っていった。

「がんばれ、フィー!」

「……ん」

 

 尚、この時のフィー対リィンの試合は、オープンスペースなのにトラップ満載のゲリラ戦を展開したフィーが、僅か十五という残りSE量の差での判定勝利となった。

 ここまでで全試合が終了するまであと七試合。そして翌日の夕方にその全試合が終了した時、全勝者は居ないものの、全敗した者が居たことだけをここに記しておこう。誰がとは、その者の名誉のために名を伏せることにするが。




漸く書けた兄妹対決。
この時点では当然、IS戦でも生身でも、圧倒的な経験の差で(千夏)(一夏)に勝てる要素なんて何処にも有りはしません。
この後千夏が、某貴族の子息君の様に更生するのか。それはまだまだ先の話です。
ぶっちゃけ彼はある意味正反対になった感じで、ゲームやってて少し笑っちゃいましたが。

しかしアリーナでトラップ使ったゲリラ戦って、どうやったら出来るんだろう、とか書きながら自己ツッコミしてました。まあ、フィーだから仕方ない。
縦横無尽にトラップ張って跳び回るフィーと、そのトラップを破りながら攻撃するリィン。だけど回避カウンター貰ってダメージが蓄積するリィンに、リィンの攻撃を回避しきれなくてやっぱりダメージ蓄積してくフィー。書いてみたいような気もするけど、ちゃんと描写出来る自信がないし冗長になるので、次はアリーナでの訓練シーンに飛びます。試合結果は書いてある通りなので。基本、全員一試合は負けています。


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IS訓練初日

 2日もかけて十戦もさせられたクラス代表を決める戦いが終わった翌々日。当事者五名と織斑先生、真耶せんせーの七人で話し合った結果、千夏がクラス代表に決定した事が発表された。当事者の千夏は不満を持ち、またその戦績上、若干残念がる生徒が居つつも決まったこと自体は歓迎された。なお、セシリアは2日目の朝、ホームルームの時間でクラス全員に行きすぎた発言を謝罪した。こちらは初日の試合で僕とリィンとフィーに謝ってお互いに許し合った事も分かっているため、素直に受け入れられた。ただし千夏はまだ認められないとのこと。初日に千夏にも謝罪してるけど、千夏がそれを受け入れなかった上に、考え方の面で根本的に反りが合わないらしい。まあ、これはセシリアと千夏の問題だからいずれ当人同士で解決して貰うほかない。少なくとも僕達と一緒に千夏を訓練すると決めたセシリアはそのつもりだとか。千夏のヤツ、意固地になってる感じだし。

 そして今日、IS学園に来て初めてアリーナでの実機訓練が行われる日になった。

 この実機訓練は一組と二組のニクラス合同のため、人数がとにかく多い。しかもその中で僕達一組に専用機持ちが五人も居るので、何がどうなることやら。

 ともかくどんな授業になるのかはこれから分かることだから、と思っていると千冬姉……織斑先生が真耶せんせーを伴ってアリーナに入場。整列してる僕達の前に立って授業の開始を伝えるけど、最初が僕達のデモンストレーションとは思わなかった。

「さて諸君。初めての訓練になるわけだが、今はまだISその物を使わせることは出来ない。まずは専用機を持っているオルコット、緒方、クラウゼル、シュバルツァー、織斑の五人にデモンストレーションを行って貰う。五人とも、前へ出ろ」

「はい!」

 なんにせよ織斑先生の指命通りに列を抜け出して先生達の側へ行き、呼ばれた順に並ぶと、他の生徒達の方を向く。すると間髪入れずISを展開するように言われた。

「では順次機体を展開。まずはオルコット」

 一番先生寄りにいたセシリアがブルー・ティアーズを展開。月曜日に自分の非を認めてから随分と態度が和らいだ彼女は、気負い過ぎた部分の緊張も抜けたのか、悠々と、でも素早く展開する。

「はい。行きますわよ、ブルー・ティアーズ!」

「うむ。機体の展開速度はまずまずだが、もっと早く出来るだろう。次、緒方」

 僕の目からは、セシリアの展開は無駄が無いように見えたけど、元国家代表で世界最強の目からはまだまだ甘いらしい。ちょっと涙目になってるけど、がんばれ、セシリア。

 そして次は僕の番。緋鋼を展開する。

「はい。踊るよ、緋鋼!」

 コアと機体との適応も高くなって随分と早くなったつもりだけど、どうなんだろう、と思ってると、やっぱりまだまだらしい。もっとがんばらないとだね。で、次はフィー。

「無駄が少ないが、お前ならもう少し早く出来るはずだ。次、クラウゼル」

「うん。行くよ、シルフィード」

 まだ半年少しと慣れてないからか、展開自体は早いんだけど、展開を始めるのに一拍置いてしまう感じらしい。フィー曰く、呼び出すのに慣れないとか。そしてそこは織斑先生にも見抜かれて指摘される。フィーも、僕達と一緒にがんばろう。

「起動から展開を始めるまでにまだ若干のラグがある。全体的に展開時間をもっと短くするよう励む事だ」

「わかった」

 当のフィーも織斑先生の言葉には素直に頷いて、リラックスした姿勢を取る。そしてリィンの番が来た。リィンはなぁ……。

「次、シュバルツァー」

「はい。行くぞ、ヴァール!」

 右手を挙げてヴァールを展開する。実はずっと直すように言ってたのに未だに直らない。ヴァリマールを呼んでた時のが完全に癖になってて、全く同じポージングでヴァールを展開しようとするんだ。

 だから織斑先生にも怒られる。当たり前だよね。ISの試合は見世物だけど、子供向けのパフォーマンスじゃ無いから。

「展開速度はまずまずだが、ロボットヒーローモノのアニメじゃないんだ。無駄なポージングは控えろ」

「あ……。はい、わかりました」

 でもってリィンも僕達に言われてたことを更に織斑先生にも言われて、ちょっとヘコみ気味。ま、リィンも要努力って事で。で、最後は千夏。こいつは、なぁ。

「よし。では最後、織斑」

「はい。白式、来い!」

 まだまだ全然遅い。機体各部が実体化するのが目で追える位遅い。慣れてない上にイメージ力もまだ追いついてないんだろうな。まあ、搭乗時間十時間未満のド素人以下にしては十分だけど。

「まだ展開に時間がかかりすぎている。最低、後半秒は短縮しろ」

「わ、わかりました」

 流石に織斑先生は厳しいから、半秒短縮だって。まあ、要領はいいから直ぐに出来るようになるでしょ、この愚兄さんなら。

「よし。織斑の白式は登録されたばかりでまだだが、オルコットのブルー・ティアーズに、緒方姉やクラウゼル、三組の緒方妹とミルスティンの緋鋼と黒鋼、シルフィード、ゾディアック。それからシュバルツァーのヴァールは概略が公開情報に載っているから、各自で確認するように」

 因みに黒翼型の公開されてる情報は、製品として販売可能となってる分、リヴァイブ並みに情報量が多い。流石に凍牙とブラスターシステムの詳細は乗ってないけど、それでも理論解説は公開されてるし、それ以外の汎用武装も含めて大半が公開されてる。で、そのカスタム機の一例として僕達の機体も公開されてる。世間的にはヴァールも一応、黒翼型のカスタム機扱いだから。実のところは、ブラスターシステムを搭載してる以外に黒鋼型との共通点は全くないんだけどね。

 そして機体の次は武装に移る。これも、基本的にISは武装を量子格納してるから、どれだけ早く展開して構えられるかが勝敗を決める鍵になるって所からだろうね。てことでまたもセシリアの番なんだけど……。

「次に主力装備と搭載装備を展開しろ。まずはオルコット」

「はい!」

 て、おま! ちょっと待てーっ! スターライトこっち向けんな! 思わず粒子加速銃を出して構えちゃったじゃないか!

「……オルコット。展開時間はまあ、及第点だが、お前はどこに向けてそれを撃つつもりなんだ?」

「そ、それは」

 当然その事には織斑先生も注意するわけで、聞かれた事に言い淀むセシリアに右を、スターライトを向けている方を向けと言う。

 セシリアも言われた通りにこっちを向いて……。

「右を向いて見ろ。これが実戦なら、お前がそれを撃つ前に、緒方とクラウゼルに頭を撃ち抜かれているぞ」

「へ? ひぃっ!」

 目線が合った瞬間に悲鳴を上げられた。まあ当然だよね。僕の粒子加速銃、鮮華(あざか)にフィーのIS用双銃剣、疾風(はやて)の銃口、合計三つが目の前に並んでるんだから。

「あはは、ごめんねーセシリア。条件反射でついなー」

「味方が狙われたら当然の反応。もしわたしが狙われたとしてもステラは同じ事をする。気を付けた方がいい」

 ぶっちゃけ、僕とフィーのこの行動は条件反射、殆ど無意識のレベル。銃口向けられたら撃たれる前に撃つしか無いじゃない。トリガー引く前に止まれてホント良かった。セーフティは解除しちゃってたから。

「と言う事だ。身を以て危険性を経験した通り、味方に撃たれたくなかったら意味の無いポージングは禁止。次回までには直せ」

「で、ですがこれはモチベーション維持のた……」

「な、お、せ。いいな」

 因みに止まってなかったらセシリアの綺麗な顔が無くなってた所だった。でもまさかリィンと同じようなことするなんて、以外とお茶目さんだよね、セシリア。あと織斑先生の脅しは間違ってないからー。ついでにリィンが怒られるのも確定だね。

「……ひっ! は、はいっ!」

 当人は織斑先生に睨まれて悲鳴を上げながら縮こまってるけど。

「よし。それでは次、近接武器を出せ」

 で、次は近接武器って事はインターセプターだけど、多分……。

「……」

「うぅ……」

 出せないんだな、これが。昨日はアリーナを借りられたから一緒にがんばってたけど、出来てなかったし。

「……くぅ、い、インターセプター!」

 やっぱりまだ、コールしないと出せないみたいだ。一応組み手の形で近接戦の練習したけど、まだ無理っぽいね。コールしてからの展開速度は随分速くなってるけど。

「近接武器位、コール無しで呼び出せ。でないと、次もまた懐に潜り込まれて、撃墜の憂き目を見ることになるぞ」

「は、はい」

 それはそれ、これはこれ。セシリアにとって一番の弱点である懐に潜り込まれることは、早めに対処しないとだね。まあ、本人も相当気にして、ウチの部に掛け持ちで入って訓練するって言ってたし、近い内になんとかなるっしょ。

 そんでまた僕の番。今は凍牙のリグを展開してないからまずは凍牙の展開から、と。

「では次、緒方」

「はい!」

 背面装甲の両側に凍牙のハンガーリグを展開して、両翼に四基ずつ吊ってる凍牙を切り離して周囲を旋回させる。

 するとセシリアが素っ頓狂な声を上げてこっちを指さしてきた。人を指さしちゃいけませんよー、セシィ。

「なっ! すす、す、ステラさん! それはブルー・ティアーズではありませんか!」

 まあ、この凍牙については織斑先生が説明してくれたからいいけど、理論解説までは公開してるんだからチェックしておこうよ、セシリア。

「はぁ……。おいオルコット。同じ独立浮遊機動兵装ではあるが、それは月岡独自の第三世代兵装、凍牙だ。公開情報位ちゃんと目を通しておけ。それで緒方。武装はそれが全部ではないだろう?」

 それでまあ、遠近問わず多種多様に限界まで積み込んでますからね、この子(緋鋼)。ぶっちゃけ歩く武器庫だし。

「はい。後は先程のライフル以外にも銃砲火器と近接武器があります」

「では順次呼び出せ」

 てわけでさっきの鮮華と対になる振動剣の烈空(れっくう)、そして入れ替えで透徹と投擲円剣の瞬閃(しゅんせん)。更に軽機関銃に重機関銃、グレネード、可変攻盾などなど、多種多様に入れ替えて格納と展開を繰り返す。

「うむ。クイックシフトもそれなりに使えるみたいだな。精進しろ」

「わかりました」

 にひひ、一応褒めて貰えたって事でいいのかな。ホント、初めて乗った時は時は展開にも一苦労したのはいい思い出だよ。展開遅いのに扱いだけは上手でアンバランスだって、お父さんにもさや達にも笑われたからなぁ。それからはイメージングに必死になったもんだよ。

「では次、クラウゼル。先程の拳銃以外も全て展開出来るな」

「はい。行きます」

 そんなことを思い出してる内にフィーの番。フィーは元より戦いのプロフェッショナル。僕と同じく最初は展開に手間取ってたものの、クイックシフトが出来るようになるまでの時間は僕よりずっと早かった。うらやましい。そして器用貧乏な自分が恨めしい。

 凍牙の展開から初めて、爆装類が若干多い以外は緋鋼と似たような構成の装備を次々と展開しては収納していく。

「うむ。武装の呼び出し、クイックシフト、共に十分だ。機体の展開速度向上に重点を置くといい。次シュバルツァー」

 後は機体の展開速度だけど、もう少し慣れればラグも短くなるでしょ。

 そして問題のリィンの番。またあれやっちゃうんだろうな、きっと。

「来い、緋皇」

 左手を前に突き出して緋皇を量子展開。そのまま左腰装甲のハードポイントにマウントして右手を柄に添える。格好はいいんだよ、格好は。並んでる子達の方からもキャーキャー歓声が聞こえてるし。でもね。

「……シュバルツァー。貴様は一々ロボットヒーローごっこをせんといかんのか? オルコット同様、次までには直せ。あと、残りの武装も全て出してみろ」

「……了解です」

 ほら、やっぱり怒られた。素直にハードポイントに直接展開しろってみんなして言ってるのに、クセって直らないからクセなんだろうなぁ。

 だって、その他の銃火器やら別の刀剣類なら普通にクイックシフト出来るんだから、やれば出来るはずなのに。

「……お前、本体とその剣だけがアレで、他はクイックシフトまで出来るのか」

「なんとういか、ちょっと不思議ですね」

「すみません。以後、気を付けます」

 緋皇だけは思い入れが強すぎて難しいみたいなんだよね。だから流石の織斑先生に真耶せんせーもこのリィンの状態にはあきれ顔。まあ、本人も言われ続けて自覚が出てきてるから、もうちょっとでなくせるだろうけどね。

「当然だ、バカ者。最後、織斑」

「はい!」

 それで最後の千夏はまあ、こっちも慣れてないから展開出来てもまだまだ全然遅い。コール無しで展開出来る分、素人としては凄いと思うけど。

 その辺については織斑先生がちゃんとアドバイスしてる。でもさ。ブレードオンリーとか、ISの対戦格闘ゲームIS/VS(アイエス・ヴァーサス)のプレイ動画でよくある装備縛りプレイみたいな機体だからなぁ。冗談抜きで素人に与えていい機体じゃないよ、この白式って機体。

「まあまあだがまだ呼び出しに時間がかかりすぎいる。織斑には今のところそれしかないのだから、もっと展開時間を短くし、瞬時に左右を入れ替えるなどのテクニックも身に付けておけ」

「わかりました」

 どっちにしても千夏は機体制御と剣の腕を上げていく方向でいかないとだよね。それしか無いとも言えるけど……。

「それでは最後に、飛行と着陸までを一通り行ってもらう。今転送したコースを飛行して、指定座標にて滞空。その後、こちらの指示に従って降下するように。では行け」

 で、全員の武装展開も終わって、今度は飛行デモらしい。オープンチャンネル経由でアリーナ上空を周回する割と複雑なコースが送られてきた。ゴール地点はアリーナ上空150メートル。その後は多分、一定の地上高での降下停止だろうね。

「ではみなさん。お先に行きますわね」

「それじゃ俺も行く」

「先に行く」

 全員同じコースなんだろうか、セシリアが最初に浮かび上がって飛び立つと、殆ど間を置かないでリィンとフィーが飛び立っていく。

「えっと、行きます」

「そんじゃ殿はお任せ、てね」

 千夏も少し戸惑いながら飛び立ち、最後尾を追うように僕も飛び立つ。レースじゃないし、追いついて編隊飛行でもすればいいかな。

 と思ってると、一番最後に飛んだ僕にも追い越された千夏に、織斑先生から激が飛んでくる。オープンチャンネルで。僕達にも丸聞こえのそれに、若干悔しそうな表情を浮かべてる。

「なにをしている織斑。白式のスペックならば、他のどの機体よりも速く飛べるはずだぞ」

「……すみません」

 とりあえず全員で千夏の飛行速度に合わせて、コースに乗せての編隊飛行に入る。そして思うように飛べないことを気にしてる千夏に、まあまあがんばってるんだと、セシリアと二人で声をかける。正直な話し、千夏の基本的な才能というか適性自体はかなり高い。ゲームに例えれば、僕達はレベル数十まで行ってるけど、千夏は経験値が低くてまだレベル一桁台のニュービーってだけ。それだけ。十時間も乗ってないド素人以下の千夏がここまで飛べてる時点で本来は十分なんだ。

「まあ、気にすることはないと思いますわよ、織斑さん。あなたはまだ数時間しかISに乗っていないんですから。あなたなりのイメージを確立するといいですわ」

「そだね。焦らないでじっくり慣れて行けばいいと思うよ」

「あ、ああ。ありがとう」

 すると意外にも反発も無く、お礼まで言われた。ちょっとビックリ。

 そしてセシリアはフィーの飛び方を見てちょっと微笑んで話しかける。時折脚を前後にスライドさせて、走るように飛ぶんだよね、フィーって。

「それにしてもフィーさんは、面白い飛び方をしますのね」

「うん。走る方がなれてるから」

「ふふ。人それぞれ、ですわ。ちょっと珍しい飛び方でしたので」

 小さい頃に猟兵団《西風の旅団》に拾われた孤児のフィーは、十歳で猟兵として戦場に立って、《西風の妖精(シルフィード)》の通り名まで持つベテランの戦士。そして西風の旅団解散後、サラ姉に引き取られて直ぐにトールズ士官学院に入学。そして内戦と、戦場暮らしが長いフィーにとって、飛ぶより走る方が馴染むらしい。まあ、イメージの問題だから仕方ないね。

「気にしてないから、いいよ」

 フィー本人も、飛びやすいイメージしたらこれだったってのを理解してるから問題ないし。

 なんて和やかに飛んでるところにオープンチャンネルから怒声が響く。……て、箒、何してんの?

「……千夏、何をのんびりしている! 早く降りてこい!」

 まだ行程の半分位の場所を飛んでるのに、降りて来いなんて勝手に言い出す箒。てかお前何様や、真耶せんせーからインカム引っぺがしてまで何してんの!

「何をやっている、篠ノ乃箒。山田先生のインカムを使う事など許可していないし、お前に命令権もない。大人しく後で見ていろ」

 案の定織斑先生の出席簿アタック食らって怒られてるけど、当たり前だよね。なに考えてんだかあいつ。ていうかここまで酷かったっけなぁ。僕にとって多少面倒な子とは思ってたけど、十年前……離ればなれになった小学四年の頃はこんなに酷くなかった気もするんだけどな……。

「あれ、何やってるんだ。先生に迷惑掛けてまですることなのか?」

「ないない。頭沸いてんじゃないの、あの子」

「やっぱり意味不明だね」

「篠ノ乃さん、お労しや」

 リィン達の会話もご尤もで、ホント頭沸いてるとしか思えない。入学初日からいろいろと意味不明だし。

「……流石に、すまん」

 でもって千夏が珍しく頭下げてる。これは、千夏も箒と何かあったんだろうな。同室だし。

 そんな風に話してる内に飛行コースを飛び終えて、指定ポイントに到着。静止すると直ぐに織斑先生からの指示が飛んでくる。

「よし。では全員、急降下からの完全停止を行え。目標は地表十センチ」

 十センチか。まあ、難しくは無いね。千夏が若干不安だけど。

 そして今回もセシリアが一番手で降下。

「了解しました。それではお先ですわ」

 急加速で降下して、逆噴射と慣性制御を合わせてピッタリ十センチで地表降下。ま、なんだかんだ言っても代表候補生だね。

 そんでもって次は僕とフィーが順番で降りさせてもらう。

「それじゃ。今度は僕が先に行くね」

「ん。わたし、次」

 地表に向けてダイブ、スラスターカットして軽い逆噴射と慣性制御で止まってみせる。

 直ぐ隣には数秒の間を開けてフィーが同じ位置に降りてきた。僕ら二人も十センチクリア。

「織斑、先に行け。俺が最後に行く」

 そしてリィンの呼びかけで千夏が降りてくる。ちょっと不安があるからセシリアとフィーと三人で少し離れる。万が一に巻き込まれたくないからねー。

「……わかったよ」

 当の千夏は、白式に加速力に若干遊ばれながらも、なんとか地表十センチ、よりちょっと上で停止。

 続けて降りてきたリィンは危なげなく規定の十センチで完全停止する。まあ、半年以上乗ってれば、これくらいはね。

「よし、五人ともよくやった。本当は経験の一番浅い織斑が失敗して墜落してくれれば悪い手本に出来たのだがな」

「はぁっ!? ちふ……お、織斑先生なに言ってんですか!」

 そうして五人、集まったところで織斑先生の爆弾発言! 確かに千夏が一番事故る確率高いよ? 原作だと僕が地面に突っ込んでここに大穴開けてたはずだし。でも、それ生徒に言っちゃいます?

 まあ、目が笑ってるし、口角も少し上がってたから冗談だってのは直ぐに分かるんだけどさ。

「あはは、それ酷いなあ。生徒が危険な目に遭うのを期待するなんてさ」

「ええ。酷い先生ですわ」

「同意。先生は酷い人だね」

 だから、セシリアとフィーと目を合わせて、敢えてこっちも乗ってみることに。

「ふっ」

 すると、こちらの意図を察してくれたのか、授業中は基本表情を崩さない織斑先生が僕達を見てドヤ顔。あー、意外とカワイイかも?

「何が危険だというのだ? ISを装備していれば怪我などするわけがないだろう」

 なんて思ってたら箒がまた意味不明なことを言い始めた。

 確かに千夏のことは好きじゃ無い。むしろ嫌いな部類だし、いろんな意味で認められない相手。それでも、ケガしてざまぁ、とか思うほどじゃない。というかケガしたら一応心配くらいはする。

「……は? それ、マジで言ってる? ていうか、人の心配をするのって、当たり前の事じゃないの?」

「そうですわ篠ノ乃さん。他人を気遣うのは当然のことですし、ISを装備していても負傷することはありましてよ?」

「装備は、飽くまでも装備でしかないよ。負傷や死亡の危険性が低くはなっても、無くなりはしない」

 そんな箒の問題発言に、流石に僕達も抗議する。箒が言ったことは、ISの事をある程度理解してたら出来ない発言なんだから。

「猫かぶりどもが言うのか」

 すると僕達三人を睨み付けてきた上で、猫被りだって。そんなモノ被ったつもりなんてないし、そもそも箒の方が……猫どころか鬼だよな。

「鬼の皮をかぶってるよりは、ねえ?」

「ええ、そうですわね」

「うん。本物の鬼より恐い。ていうか、本物の鬼は優しい、かもね」

 なお、僕とフィーに関しては冗談でもなんでもない。混血ではあるけど、正真正銘の鬼であるリィンが居るから、僕達にとって鬼という存在は非常に身近な存在だったりするし、鬼ではないけど僕も純粋な人間とは言い切れないから、鬼って形容しても間違ってない。……まあ、僕もリィンも、いろいろ複雑で、嬉しくもなんともないし、全く笑えないけどね。

「篠ノ乃箒。貴様は何度授業を妨害すれば気が済む。言っていることはその三人が正しい。シュバルツァーもその認識はきちんと出来ているし、驚いた織斑も、それに答えた緒方達も私の冗談に乗っただけだ」

「ですが、ISには絶対防御があるではないですか」

 とりあえず、今のこの短い間だけでも箒は二度も授業の邪魔をしている。普段の授業でも、授業態度がいい方ではない。

 ISに関心が無いのか、それとも何か理由があって嫌々受けているのか、表面的なことしか見ていないような気がするし。

 ……そういえば、箒って日本政府の要人保護プログラムを受けてたんだよね、確か。その関係、なのかな。

「絶対防御など万全では無い。それはある程度ISに関わる者の間では常識だ。それ故ISにはシールドエネルギーを用いたシールドバリアーと強固な物理装甲や盾などの能動的な防御装備。更に機種や用途によっては全身装甲や増加装甲まで用いた多重防御が成されている」

 まあ、だからってそれは理由にならない。授業を受けてれば分かる範囲のことしかしていないし、言ってないから。

 因みに絶対防御は最終防壁というだけで、絶対の名が付きつつも絶対じゃ無い。絶対防御を抜く攻撃手法や兵装も相当にある。その辺はちょっと勉強するだけで分かること。

 クラス代表決定戦で僕が千夏にやったことだってそれだし。致命傷にならないように威力は抑えたけど。千夏も身をもって知って、そして放課後に訓練する時にも教えて理解してくれた。でも箒はそうじゃないらしい。

「今後、私の前で自らの不勉強を曝すなよ、篠ノ乃」

 結果、織斑先生の反省を促す言葉と共に、出席簿アタックが箒に炸裂した。

 ……箒、会えなかった間にものすごい変わっちゃったんだね。元々あんまり印象良くなかったけど、もっと、良くない方に。




箒さんがモップ状態ですが、今作では当面こんな扱いです。
でもいつかは箒さんになってくれるはずです。いつかは明言しませんが。


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出会いと再会の絆
二人の代表候補生


 授業が終わった放課後。

 設立して一週間も経たずに十人を超えた部員達の基礎訓練をリィンとテレサに任せて、優衣のクラスメートだという三組のクラス代表兼、カナダの代表候補生と一緒に訓練することになった。なお、別のアリーナでフィーとセシリアが千夏を徹底的に扱いてくれてる最中。……箒? あれは剣道部からクレームが来てこれ以上幽霊部員するなら退部にするって言われて現在練武棟にある剣道場で先輩達に扱かれてるらしい。入部だけして一回も出てない上に、どうも、去年の全中での試合結果を知ってる先輩がそれを矯正するんだそうだ。僕が行ってた中学も出てたけど、あいつの試合内容は相当酷かったらしい。というか、箒の学校と当たる前に敗退出来て良かったとか友達含めて部員全員が言ってた。剣道部員が試合出来なくて良かったって、一体どんな試合をしたんだか……。

 閑話休題(それはそれ)。ということでやって来たのは第五アリーナ。優衣とエマに件の候補生とはここで現地集合。

「こんにちは、レナ」

「……あ、Bon jour, ユイ、エマ。今日は二人のお友達と一緒に訓練なんだよね?」

 まずは優衣が、イギリスの第二世代ISメイルシュトロームを装着した淡い金色の髪の少女、カナダ代表候補生に挨拶。そして彼女に僕を紹介してくれる。

「そだよ。友達って言うか、私のお姉ちゃんのステラ」

「一組の緒方ステラ・バレスタイン。優衣の義理の姉だよ。ステラって呼んで。よろしくね。あと、聞かれる前に言っておくけど、この髪と目の色でも日本人だから」

 まあ、簡単に挨拶。でもって髪と目の色がな。日本人には見えないから先に言っておく。……実際、遺伝子的には日本人じゃなくてエレボニア人だけど。でもまあ、心が日本人だからね、日本人と自称するのは許して欲しい。

「え、そうなんだ。でも、ホントに日本人に見えないね、ステラ。えと、私は三組代表でユイとエマと友達になったイレーナ・シャンティです。カナダの代表候補生です。レナかイリィって呼んでください」

 そして代表候補生も自己紹介してくれる。イレーナか。優しげな雰囲気に合ってていい名前だね。名前的にカナダでも東部のフランス語圏出身なのかな。最初の挨拶もフランス語だったし。

「じゃあ優衣と同じで、レナでいいかな。代表候補生なんだよね。訓練機のメイルシュトロームを使ってるってことは、専用機は無い感じ?」

「そうなんですよ。まだ出来てないみたいで。まあウチの国って独自開発じゃ無いから、国家代表さんもリヴァイブの改造機だし、私のもメイルシュトロームの改造機って言われたので、なるべくこの子を使うようにしてるんです」

 とりあえず彼女のことはレナと呼ぼう。なんかそっちの方が似合ってる。さっきも思ったけど、優しい印象があるから。

 でもって彼女、専用機がないタイプの候補生だったらしい。というか開発が遅れてるだけらしいけど、メイルシュトロームベースの改造機か。珍しい機体をプラットフォームにするんだなぁ。

「私達って割と好条件でワンオフ機に近い仕様の専用機持ちになってるけど、普通、ワンオフ機なんて国家代表でもそう簡単に持てるもんじゃないからね」

「……それもそうですね」

 僕達の機体は黒翼をベースにしてはいるけど、それぞれの機体は黒翼自体の基本仕様から根本的に変更されてて、実質的にはワンオフ機に近い。

 多分、僕の緋鋼が一番、黒翼自体の基本仕様に近くて、エマのゾディアックはほぼ真逆の、全面再設計レベルに近い仕様で仕上がってる感じかな。

「で、レナは僕達と一緒に訓練しても平気なの?」

「問題ないですよ。特に秘匿する技能とか持ってるわけじゃないですし。ステラ達の方こそいいの? ワンオフ機持ちの企業専属なんでしょ?」

 それで訓練についてだけど、まあ、問題ないでしょ。僕達の機体は月岡重工のホームページにカタログデータが乗ってるくらいだからね。

「僕達の機体は公開情報に乗ってるから問題ないよ。後は個人技能で、その辺は盗ませる気ないからさ」

「Merci, ステラ。ユイ達もmerci, です。じゃあ、よろしくお願いします!」

 こうしてカナダ代表候補生イレーナ・シャンティとの訓練は、僕達と僅か程の差も無い彼女の技量もあり、新たな出会いと相まって、有意義なものになった。うん。強い人と戦うのって、楽しい。ていうか訓練機であそこまで着いてこられて、ちょっとビックリだったな。IS自体の練度は、最低でも僕以上かも知れない。

 二週間後のクラス対抗戦。四組の代表も代表候補生だから、千夏の勝ち目は一般生徒が代表の二組くらいだね、これは。

 

 そんなこんなで二時間の訓練は楽しく終わって、訓練機の返却があるレナとは更衣室前で別れた。

 そしてアリーナに囲まれるようになってる広場まで来たところで、優衣に整備棟に行きたいと提案。透徹の調子がおかしかったから。

「優衣。さっきの訓練で透徹の照準がずれたっぱだったんだ。ちょっと整備室に付き合ってくれないかな」

「いいよ。ていうかみんなで行かない? さっきの訓練中、エマが凍牙の動作がおかしいって言ってたから。ね、エマ」

「はい。凍牙のエネルギー変換系が少しぎこちないので、ちょっと調整したい感じなんです」

 僕と優衣は自分達で機体の殆どを整備調整出来るけど、エマ達はまだ無理っぽい。特に細かいプログラム関連が難しいらしい。

 でも、凍牙もまだアルゴリズムが安定しないのかな。緋鋼の凍牙も使う度に調整してるし。束姉に言っておいた方がいいかも。

 とそこに、第三アリーナに行ってたフィーがセシリアを伴って合流。千夏は置いてきた模様。

「それならわたしもいっしょでいい? わたしの凍牙も、ちょっと挙動がおかしかったから」

「なら一緒に行こっか」

 そして会話を聞かれてたのか、フィーの凍牙も一緒に調節することに。さらにセシリアが見学したいって聞いてきたけど……

「あの、ステラさん。もし問題がありませんのでしたら、わたくしもご一緒しても構いませんか?」

 特に含むところはない。ただ、仲直りしてからの会話で整備が苦手だって聞いたから、僕達の整備の様子を見学したいだけなんだろう、きっと。

「いいんじゃない? ちょろっと装備の調整するだけだし。その辺はどう?」

「大丈夫だよ。今回は武器だけだし、見られて困るものはここの整備室じゃやらないから」

 優衣にも聞いてみたけど、ブラスターシステムと凍牙本体の分解整備や精密調整をするわけじゃないし、大丈夫だろうって。

 優衣曰く、凍牙とブラスターシステムは彼女が前世で見てたロボットアニメ(ガンダムシリーズ)に出てくるファンネルやファングと呼ばれる脳波制御型の自立機動浮遊兵器のパクりだって言うし。……ていうか束姉も樹お父さんもよく再現出来たよね、これ。まあ、その為にブラスターシステム(制御補助システム)を造ったらしいけど。なお、他の兵装群や機体本体にもそれら(ガンダムや他のアニメ)のエッセンスが入ってるらしい。

「ありがとうございます、優衣さん。……わたくしも簡単な整備位は覚えるべきですよね」

「一概には言えないが、自分の機体や装備くらいは、自分で面倒を見られる様になった方がいいだろうな」

「そうそう。自分で出来るか出来ないかだけで、一つ一つの試合の有利不利が随分変わるからね」

「やはり、そうですよね」

 ともかくセシリアに見学許可を出した所で、練武場がある練武棟の方から歩いてきたリィンとテレサがいつの間にか会話に入ってきた。

 二人は極々自然と会話に入ってきたからかセシリアも特に気にするでも無く、二人の言葉を素直に受け止めてる。誰と話してるのか気付いてないけど。

「ま、その辺も経験だ。今日はあいつ達の様子を見学してみればいい。正直、俺も武器の手入れは得意だが、ISの整備は苦手ななんだ」

「はい……て、り、リィンさん!? テレサさんまで! び、ビックリしました。しかしリィンさん。あなたが整備が苦手というのはその、ご自分の身体と刀で戦われるから、ですか?」

「まあ、そういうことだよ。一応挑戦はしてるんだけどな、なかなか慣れないんだ」

 だから俺も見学、というリィンに返したところで漸く自分が誰と会話してたのか理解して驚いてるセシリア。やっぱお茶目さんだ、この子。

 そんでもってリィンもエマもフィーも、ISの整備はまだ苦手だ。こっちの機械に慣れきってないのと、プログラム言語を覚え切れてないから。

 ていっても、整備ではエマがソフト系に関してはもう少しで僕レベルってとこまで追いついてきてる。天然才女の性能の高さはこっちでも変わらない。逆にIS戦への順応の高さはフィーが一番。別々の分野って言っても、どちらももう追いつかれてる僕の二年ってなんだったんだろうかと、ちょっと悔しい。ま、どうせオイラは凡人だしぃ。

 

 なんてダラダラとお喋りしながらやって来ました整備棟。

 テレサは用事があるって事で整備棟手前で別れて校舎の方に向かっていった。

「よっし、整備室空いてるな。さて、と。何から手を付けるかな」

「ではステラさん。申し訳ないですが、私達の凍牙をお願いしてもよろしいですか?」

 第一整備室に入って誰も居ないことを確認。やるのはエマとフィーの凍牙の調整と、透徹の解体整備。さてさて。

「それじゃ、二人とも機体を整備台に乗せて固定して。凍牙本体と、あとサブシステム系も一緒に見ておくから。それとエマ、ごめん。これバラしておいて」

「わかりました。フィーちゃんもお願いします。凍牙をお任せする代わりに、この子(透徹)のお掃除をしてあげましょう」

「ん、そだね。まかせて」

 まずはフィーとエマの機体を展開させて、ハンガーに掛けさせる。調整自体は僕と優衣でやれば直ぐ終わるでしょ。で、僕の透徹は整備代の上に展開。それをフィーとエマが丁寧に分解していく。それを見て僕と優衣はゾディアックとシルフィードに端末を繋いで調整準備を始める……所で珍しいモノを見つけてしまった。

「それじゃ始め……んぅ? これ、造りかけのIS、かな」

「そうみたい」

「フレームに、脚部の装甲基部を着けてるだけみたいだね」

 ほぼフレームだけのIS。最低限の装甲すら付いてないそれは、骨格的には打鉄に似てる。けど、なんだろ、これ。

 そう思ってフレームを見つめていると、整備室の外から声がかけられた。

「……そこに、誰か居るの?」

 物静かで優しげな声。聞き覚えは無いけど、その声にエマが反応し、整備室の入り口の方へ声をかける。

「あ。簪さん?」

「エマ? それに優衣も。……最初の男性操縦者。それにイギリス代表候補生までいる」

 すると、少し内跳ねした水色のショートカットに眼鏡をかけた紅い目の女の子が一人、整備室に入ってきた。

 三組と四組で合同訓練するからだろうか、優衣とエマとは知り合い、というかこの子、もしかして原作に出てきた更識簪、なのかな。容姿的に優衣から聞いてたのに合致するし。

 そして彼女は、リィンとセシリアを見て少し驚いた風に表情を変える。

「リィン・シュバルツァーだ」

「セシリア・オルコットですわ」

「……更識簪。日本代表候補生で、四組の代表も務めてる。あと、名字は嫌いだから、名前で呼んで」

「わかった。よろしくな、簪。俺の事も名前で、リィンで良いよ」

「わたくしもセシリアでいいですわ。よろしくお願いしますわ、簪さん」

 流れでそれぞれが自己紹介してるけど、この子が更識簪であってるって事は、生徒会長の更識楯無の妹でもあるって事か。更識の名字が嫌って言うのはまあ、何となくわからなくもないかな。多分、昔の俺と似てる感じだ。同じ、ではないけど。

「うん。よろしく、リィン、セシリア」

「ああ。それからこっちはステラとフィー。俺と同じ一組だ」

 それでまあ、側に居た僕とフィーも紹介される訳で、優衣の姉だって事を伝える。名前はまあ、義理ってとこから察してくれるでしょ。

「緒方ステラ・バレスタイン。義理だけど、優衣のお姉ちゃんだよ」

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

 簪の方も特に何か聞いてくるでも無く、普通に名前で呼んでくれた。でも、僕の方を見て少し不思議そうな表情を作った。首を傾げながら困った風に紅い瞳を揺らしてるのがなんかこう、凄くカワイイ。

「ステラとフィー、でいいの?」

「もちろん。簪、これからよろしくね」

「よろしく、簪」

 で、やっぱり聞かれた人種の件について。簪も結構日本人離れした髪と目の色なんだけどなぁ。やっぱ蒼銀色にオドアイだからかなあ。

「髪と眼の色が……。ステラは、日本人? それとも外国人?」

「こんなでも純粋な日本人だよ。名前の方は、一度外国に養子に行ってるから」

「そう」

 とりあえずはレナの時にも使った、これでも日本人です説明。説得力無いのは重々承知なんだけどさ。実際、この身体はエレボニア人だし。

 とりあえず日本で生まれて捨てられて、海外に引き取られて戻ってきた、てことにしてる。大体似たような状況だったからね。行った先が異世界だって事以外は。

 で、一通りお互いの紹介が終わったところで本命のあの機体のこと。状況的にあのISフレームは簪のモノだろう。確か、倉持が代表候補生用の新型IS開発計画を全面凍結したらしいって噂が流れてきたし。多分、その凍結されたって機体がこの子なんだろうと思う。

 ということで聞いてみる。今の日本代表候補生で、恐らく専用機を持つに値するだけ能力を持ち合わせてるだろう簪の機体がこの子がなのかって事を。さすがにここまで原作通りとか、冗談であって欲しい。

「……で、気になってたんだけど、あれって簪の?」

 けど、現実は残酷だ。僕の問いに簪は、瞳を大きく揺らして、小さく頷く。今にも泣きそうな表情になってる。

 やっぱり、この子が噂にあった計画破棄された機体。簪の専用機になるはずだった子だ。

「……うん」

「まさか、お一人で?」

 流石に現状を聞いてある程度察したセシリアも、心配そうな瞳を簪に向けて、それでも問いかけた。

 ここで、一人で造る気なのか、と。

「……うん」

「一人でって、それ無理じゃね?」

 それにも小さく頷いた簪に、流石に無理だと言ってしまった。言ってからまずいと思ったけど、ごめん、言わずには居られなかった。

「そう、かも。わかってるの。でも、お姉ちゃんに負けたくない、から」

「なるほどね」

 けど簪は、さっきまで泣きそうだった目に強い力を込めて言ってくれた。お姉さんに、ロシア国家代表の更識楯無に負けたくない、と。

 そんな簪に、リィンが一つだけと問いかける。多分、ここに居る全員が思ってることだと思うけど。なんで……。

「一つ、いいか」

「なに?」

 一人で造ることに拘ってるのか。どうして、身近な人を頼らないのか。 

「なんで一人きりで造ってるんだ? IS自体、多数の技術者が集まって造るものだろ? それをなぜ、簪は一人で組もうとしてるんだ?」

 すると答えは直ぐに返ってきた。更識楯無が一人で専用機を組んだから、だから、自分も、と

「お姉ちゃんが、自分の機体を一人で組んだから」

 その答えにセシリアは少し思案顔をして、簪の姉のプロフィールを思い出そうとしてるのかな? 彼女は有名ではあるけど、そういう有名人に限って馴染みが無いと出てきにくいよね、と思って助け船を出す。というか答えまんまだけど。

「簪さんのお姉さんは確か、ロシア代表でしたわね。えっと、確か……」

「更識楯無とミステリアス・レイディ」

「ああ、そうでした。しかし、更識楯無さんは本当にミテリアス・レイディをお一人で組み上げたのですか?」

 でもセシリアが言うように疑問がある。更識楯無の専用機ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)は、ロシアが開発したグストーイ・トゥマン・モスクヴェ(モスクワの深い霧)のデータを元に造ったモノだと言われている。ロシア代表になった際に、彼女はモスクワの深い霧の機体データを元にして、思うままの仕様で建造したとは思うけど、それでも……。

「いや、流石にたった一人で組んではいないと思うけど」

 フルスクラッチに近い機体であっても、いや、だからこそ、たった一人でというのは些か強引だ。多分、彼女が一人でやったのは基礎設計の改変と組み上げに、一部のプログラミング位だろうと思ってる。

「……うん。それも、わかってる。見てたから。お姉ちゃんは一人で機体を組んだけど、ちゃんと技術系の人も居たから」

 すると簪自身もそれを認めた。多分、ロシア国内で製造したフレームや部材を日本に運んで組み上げて、様々な設定と試験運用をしたんだろう。それでも一人で造り上げたいって気持ちはどこから来るのか。悲しみに揺れる瞳でフレームだけのISを見る簪が、小さく、本当に小さく、呟くように教えてくれた。

「この子の名前は打鉄弐式(うちがねにしき)。倉持技研で開発されてた第三世代機で、わたしの専用機になる筈だった子。……でも、棄てられたの。リィンと織斑千夏がISを動かしたから。織斑の専用機とその研究のためにって、資材も、機材も、人員も。全部そっちにもっていかれたの」

「なんだよ、それ……」

 打鉄弐式。現行量産型第二世代IS打鉄をベースに、第三世代兵装である多連装独立稼働型ミサイル誘導システム(マルチロックオン・ミサイルシステム)を搭載した打鉄直系の後継機、だったはず。

 だけど、リィンと千夏という男性操縦者が現れ、そして既に月岡重工に所属してたリィンと違って、所属がフリーの千夏をいち早く確保したい日本政府が倉持技研に話を持ちかけて打鉄弐式の計画を凍結。そこで"意図的に"余った資材と人材などのリソースを全て、白式へと移行したって所か。

「政府も倉持も、織斑を最優先にして、何もかも中途半端のままこの子とわたしを棄てたの。今ここにあるのは、この子のコアと組み上がってたフレームに、少しの装甲材だけ」

 白式がどんな経緯で建造されたかはわからない。でも、一つ分かることは、あの愚兄がISなんて動かしたが故に、なんの罪も咎も無い簪がこうして泣いてるって事。本気で、許せない。

「……俺、今から織斑潰してくるわ。ディオーネで頭を潰れたトマト的にしてくればそれで良いよな」

「それじゃあ僕は倉持に殴り込んでくる。持ってる銃火器全部使って建物半壊にしとけばいいでしょ」

 大凡優衣から聞いた原作通りに進んでるこの世界。ここもそう。だからこそ、思わず左腰のホルスターに入れてるディオーネを手にとって、セーフティに指をかける。隣では優衣が今にも黒鋼を展開して飛び出していきそうになってる。止めないし、僕も止まりたくない。

 けど僕と優衣、二人纏めてリィンに抱きしめられて止められた。止められて、耳元で囁くように諭された。……もう、なんで止めるんだよ。そんな風に優しく諭されたら何も出来なくなっちゃうじゃんか、ばかぁ……。

「こらこら、ちょっと待てステラ、優衣。気持ちはわかるけど、今は少し落ち着け」

 確かに落ち着いてないよ。リィンの言葉でもう身動き取れなくなったけど、それでも凄く怒ってる、キレてるって自覚ある。だってさ。

「……だって、あのバカ千夏のせいで。千夏が原因なのに、アイツはだらだらグダグダとやってて、でも簪はこんなにも苦しんでるんだよ。そんなの許せない!」

「倉持だってそうだよ。作ってる物を途中で放り出すなんて最低! 父さん達が一番大事にしてる事の正反対。責任も信頼も放り投げてるのに大きな顔してる。許せないよ!」

 本当に許せないんだ。千夏のヤツ、自分に専用機を与えられてる意味をちゃんと理解してないんだよ。自衛のためでもあるけど、調査のためってのが大きいって、全然気付いてない。暮桜に似た機体に、雪片弐型と零落白夜。ほぼ暮桜の後継機って言っていい白式を与えられて、それで自分は千冬姉と同じで、特別だって思ってるんだよ。そんなの許せない。あれは千冬姉の思いとかじゃない。だいたい可笑しいと思ってたんだ。発覚してからたった二ヶ月と少しで専用機が出来上がるなんて、元々あった何かを使う意外にあり得ない。雪片弐型に関しては姉さんに聞いて確かめたら、昔、雪片を元にして展開装甲の検証用に造った試作武器をそのまま倉持に置いてきたって教えてくれた。多分、倉持はその試作武器(雪片弐型)を急遽、その白式とやらに搭載したんだろうね、とも。けど、まさか白式本体には建造中の機体(打鉄弐式)を流用してたなんて、ホントに信じられない!

「しかし、織斑は本当に他の方に迷惑をかけるのがお好きなようですわね」

「うん。本当に迷惑。あれ、なにさまなの、一体」

「そうだな」

 僕達ほどじゃないけど、セシリアとフィーも何かしら思うところはあるみたいで、やや憤慨気味。あのセシリアが呼び捨てになる位には怒ってるみたいだ。

 けど、最年長二人組は冷静で、抱きしめられたまま耳元で囁かれたリィンの言葉に、少し照れた。照れて、頭が冷えて、そしてアイツのことを恥じた。身内がバカで、ごめん。

「……それにしてもステラと優衣。血は繋がってなくても姉妹だよな。そういうところ、そっくりだよ。逆に、血は繋がってるはずなのにあれがな」

「そうですね。不思議です。家族って、血の繋がりだけじゃないんですね」

 エマも同様で、血の繋がりの有無だけじゃないって、不思議そうにしてた。

 まあ、リィンも実際、血の繋がらない家族(シュバルツァー一家)と仲良しだし、僕とフィーだって全くの他人だけど、サラお母さんの娘で、姉妹みたいな感じ。それに今の緒方家。優衣と優亜に束姉と蒼弥兄。そしてクロエとレイアに、樹お父さんと涼夏お母さんとの関係も。本当の家族だって感じてる。

「血?」

 だけど一人その事を分からない簪は不思議そうな顔をしてリィンとエマを見ていた。まあ、初対面で内情知らなければそんなモノだよね。

 それをリィンは独り言で片付け、エマは思い付いたように、簪に手伝いを申し出す。

「悪い、俺達の独り言だよ、なあ、エマ?」

「ええ。それで簪さん。その機体を組むの、私達が手伝っていいでしょうか? というか、手伝わせてほしいのですが。詳しい事情は分かりませんし、今は聞きません。ですが、手伝うことだけは、許してくれませんか?」

 そんなエマに乗って、優衣が一際明るい声で開発部を巻き込もうとか言い出す。因みにフィーが端末(マルチモバイル)片手にどこかに通信してる。姉さんかお父さんにでも電話してるんだろうか……。

「ていうかウチ巻き込んじゃおうよ! その子もコアも、今は簪が所有権持ってるんでしょ。だったらウチに手伝って貰お!」

 でもそのこと自体には僕も賛成。ミステリアス・レイディの建造には多分、というか確実に原型機設計元のスホイ社が噛んでると思う。だったらこっちも企業を巻き込んで、自分で組み立てればいいんじゃん!

「それがいいね。僕は賛成だよ」

「今、開発室長と設計室長に話しを通した。簪が良ければ、いいって。所属と機体の名前は変わるけど、それでもよければ、だって」

 そうして賛成票を出したところで、フィーが確認取れたことを教えてくれる。懐深すぎでしょ、ウチの会社(月岡重工)。でも、わりと妥当な判断だと思う。ウチはコア一個と代表候補生を所属することが出来て、簪は機体を自分の手で造り上げられる。大団円までは行かないと思うけど、割と最適解だと思う。

「……えっと、どういうこと?」

 まあ、当の本人()が状況に付いてこられなくなってちょっと混乱気味だけど、簡単に説明しちゃいましょう。

「僕達、セシリア以外は全員、月岡重工所属なのは知ってるでしょ? で、月岡重工IS開発部がその子(簪の専用機)の組み上げを全面バックアップしてくれるって事。簪がいいって言えば、だけど。どうする?」

 月岡重工で造るんじゃない。あくまでも、月岡重工は簪が造るのを手助けするだけ。これは、簪にとって大分いい条件だと思うんだ。実際、簪は判断に少し迷ってる。こっちの提案に揺れてる感じだ。

「……あの、本当にいいの? ここで、わたしが組んでもいいの?」

 そして出てきたのは、ここで組んでいいかどうかと言う問い。それにはもちろんと答える。月岡重工はあくまでバックアップだけ。まあ、所属は月岡重工所属になるし、機体名だって打鉄弐式って銘は使えなくなる。でも、簪にとってのデメリットなんて、機体名が変わるくらいだと思うんだよね。

「もちろん。必要な資材や機材も回してくれるって。機体と簪の所属が月岡重工になって、機体の名前も打鉄弐式から変わっちゃうけど、それでもいいなら。代表候補生の方は、そのままで居られるから安心して。必要な手続きや交渉も会社の方でやってくれると思うし」

「ついでに言うと、機体本体や兵装の設計チェックとか改良も、超一流の人と相談しながら出来るようになるよ」

 そんな僕達の説明に、揺れてた針が傾いた。簪は僕達の提案に乗ってくれた。まさか本音を呼んでいいかって聞かれるとは思わなかったけど。

「あ、あの、ちょっとだけ待って。本音を呼んでもいい? 一組にいる、布仏本音」

「いいよ」

 でもって少し待って本音が到着。珍しく息を切らす位に急いで来たらしい。

「はふ……えぅ、えと、かん、ちゃん? 来たよ? あ、すーちゃん達も、いたんだぁ」

「本音聞いて。あのね、弐式を組むのに、優衣達と、月岡重工がバックアップしてくれるって。それに、所属しても良いんだって」

 そして本音が整備室に入ってくると同時に、簪は彼女の肩に手を置いて現状を説明。

「ほんとに! やったね、かんちゃん!」

 本音はそれだけで大凡を把握したのか、簪の手を取って、自分のことのように喜びの声を上げた。

 そうやって喜んでる二人に、水を差すような感じで気は引けるけど優衣と僕でちょっとだけ提案。

「とりあえずさ、簪と本音に僕達だけじゃ無くて、詳しい先輩とかに頼んで手伝って貰わない?」

「簪のお姉ちゃんも、最初から最後まで一人だけで組んだわけじゃない。更識先輩が中心になって作った。だからこの子も、簪が中心になって組み立てるのが重要。そういう事だと思うよ」

 更識楯無も多分、本音みたいなお付きの人や技術系、整備系の人達と組んでるはずなんだ。

 問題は、あくまで誰が中心になったかってことと、企業じゃなくて個人で組み上げること。

「……うん」

 そこは流石に理解してるのか、簪も素直に頷いてくれた。さっきより緊張が取れてる、自然な笑顔で。

「それじゃ、クラス対抗戦までにこの子を動けるようにして、目指せ打倒織斑!」

「いいですわね。わたくしも応援致しますわ。打倒、織斑!」

「打倒おりむーなのだー!」

「おー!」

 てわけで、期間は短いけど目標はクラス対抗戦に専用機でエントリーすることだね。黒翼や兵装類の予備パーツを使ってこの子用のパーツを組んで貰えば時間は短くて済むし、姉さんとお父さんを筆頭にした開発部員(変態技術者)達ならあっと言う間にパーツを組んでくれるはずだと信じてる。

「……おー。て、いいの? 一組の代表でしょ、織斑って」

 とここで、僕達の方を見て疑問を挟んできた。けどさ。

「私と優衣さんは三組ですから、レナさんの応援でしょうか。でも、簪さんの事も応援しますよ」

「僕は別に織斑とかどうでもいいし。あんな奴の事より、簪の方がずっとずっと大切で、最優先だよ」

「そうですわね。織斑の事など二の次三の次で構いませんわ」

「……あ、ありがとう、エマ、ステラ、セシリア」

 レナが代表の三組所属な優衣とエマはちょっと違うけど、僕やセシリアにとっては千夏とかどうでもいいんだ。今ここに居る、更識簪っていう新しく友達になった女の子の方がずっと大切。そう伝えれば、顔を赤くして、でもちゃんと僕達をみてお礼を言ってくれた。それだけで僕達も嬉しい。

 

 こうして、カナダ代表候補生のレナに続いて、日本代表候補生の簪とも友達になれた。

 で、いろいろ話してて少し遅くなったけど整備の方もなんとか終わらせて、みんなの機体は非常に良好な状態になった。

 後は簪の専用機が完成するのが楽しみ。どんな機体になるんだろう。




これで二人目のオリキャラが漸く登場。
ぶっちゃければクラス対抗戦で千夏以外の代表全員を代表候補生にしたいが為に設定したキャラですが、イレーナの実力は、現時点ではセシリア以上です。千夏に勝ち目は全くありません(^^

また整備について。原作では余り描写がありませんが、ISってぶっちゃければ現代の戦車や戦闘機以上の精密機器なはずなんですよね。自己修復機能が搭載されてますが、それでも整備や調整って必要だと思うんですよ。なのに整備してる様子は殆ど描写されてませんので、ここで簪とのフラグ立てと専用機(今作では打鉄弐式ではありません)の早期登場のためにも、訓練後の機体整備という形で整備室を利用する、という形でレナと簪の二人との出会いを詰め込みました。

それから簪の容姿ですが、ロングではなくショートカットなのは旧版準拠です。単に作者の趣味ってだけですが。


イレーナ・シャンティ
カナダ代表候補生
カナダ東部モントリオール出身で母語はフランス語。
淡い金色の髪に水色の瞳の優しげな印象の少女。
ISの練度と実力は一夏以上にあり、セシリア同様に実戦経験が足りていない状態。
専用機はイギリス製第二世代機メイルシュトロームをベースとした改造機のため、学園での訓練にはメイルシュトロームを借りて行っている。


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代表就任パーティ

 その日の夜。整備室で作業しながら、マルチモードにした端末で開発部に繋いで簡単な顔見せと打ち合わせをした後、簪と本音に静寐、レナ、テレサも交えてちょっと賑やかに夕食を取って、いざ部屋に戻ろうとしたところで清香と夜竹さゆかに呼び止められた。

 なんでも千夏がクラス代表になったからパーティをしようって事になったそうだ。お祭り好きなのか、ウチのクラス。

 ということで優衣達と別れて連れて行かれた談話室は一年一組の貸し切りで即席のパーティ会場になってて、テーブルには大量のお菓子とジュースが並んでた。

「それでは、千夏君のクラス代表就任を祝して、かんぱーい!」

 僕達が最後だったみたいで、全員が揃ったてことでジュース片手に乾杯!

 そして主賓こと千夏が挨拶をすると、あちこちから拍手が鳴り響く。

「えっと、俺なんかのためにパーティを開いてくれてありがとう。その、みんなの期待にどこまで応えられるかわからないけど、がんばります!」

 でも拍手を受ける中で急に自信なさげな表情を作って僕達に問いかけてきた。てか、話し合いで決着は付いてるはずなのにまだ不満なのかい、お前は。

「というか。俺、結局全戦全敗なのに代表って、なんでだ?」

「勝者の権利として、代表を辞退したんだよ。一番弱い織斑に、より多くの経験を積ませるためにね」

 ともかく、一度以上は勝利してる僕とリィンにフィーとセシリアは、勝利者として辞退を申し出て、更に候補者の内でただ一人、誰にも勝てなかった千夏を訓練する意味も込みでクラス代表にすることになったのだ。

 なお、織斑先生と真耶せんせーもその辺りは承知してくれた。

 まあ、実のところは他にも沢山の理由があるんだけど。

「上から目線ウゼエし」

 そんな僕の一言に、千夏は心底嫌そうな目を向けてくる。でもなぁ。 

「悔しいなら同じ目線までさっさと這い上がってこいよ、駄犬」

「そうですわね。その威勢の良い態度も、実力が伴っていないとわかった今では、子犬の威嚇にしか聞こえませんわ」

 実際に千夏は弱いし、技術も知識も経験も足りなすぎて、このままじゃ専用機(白式)を持っていても自衛すら出来ない。だからこそこちらが嫌みや皮肉をわざと言ってでも、やる気と覚悟を引き出さないと危険なんだ。世界でたった二人の男性操縦者。実戦経験豊富なリィンならば放っておいても撃破するなり、逃げ隠れするなりの判断も出来る。でも千夏はそれ以前の問題。最後に会った頃からあまり伸びてない剣道の腕は、ここ一週間で少し向上はした。けどそれだけだから、狙われたら抵抗する間もなく白式を奪われて、捕獲された上で人体実験、なんて最悪な末路になる可能性が大きい。それだけは避けたいからね。

「くそ、イヤミかよ、テメエら」

「落ち着け千夏。お前なら出来るのだから」

 最初はウチの部に入れて徹底的に扱こうって案もあったんだけど、それは先生二人に止められた。クラブ入部の強制はダメだ、と。だから手加減無用の実戦形式でのIS戦闘訓練を繰り返そうという形で落ち着いた。当面は基礎機動や素振りを力尽きるまでやらせる感じだけど。後は僕達の早朝ランニングに参加させて基礎体力作りか。

 そんなこんなで若干やさぐれてる千夏。箒が慰めてるけど、少し論点がずれてるせいかあんまり意味が無いみたいだ。まあ、箒だし。で、お構いなしに騒ぎたいお年頃名クラスメート達が盛り上がってきた頃に、乱入者が一人。 

「はいはーい。クラス代表アーンド、専用機持ち四名さん。私は二年新聞部部長の黛薫子です。まずは織斑君。クラス代表就任おめでとう。早速だけど、クラス代表に就任した意気込みをどうぞ」

 突然入ってきて千夏と僕達四人を指さす乱入者。黛薫子と名乗ったこの上級生は、いきなり流れを全部持って行って、自分のペースに巻き込んだ。ぶっちゃけ空気白けたんだけど、とは思ったけど、当の本人は脇目も振らず千夏にインタビュー始めてる。ちょっとヤな感じの人だな。

「え? えっと、まあ、任された以上は責を全うできるようにがんばります」

「……うーん。つまんない。もっと無いのかな。こう、全部俺に任せろ、とか。IS学園は俺が革命する、とかさ」

 でもって唐突に指名された千夏はといえば、いきなりすぎて逆に割と真っ当な事を言い出した。

 まあ、この前の試合で四人がかりで鼻っ柱たたき折った感があるから威勢が悪いからだろうけど。

 でもこの黛女史、なかなかに無茶振りな事を言うように仕向ける。なんだろうこの、自分の欲しい記事が書きたい、ゴシップ記者のような感じは。IS学園の新聞とか読んだことないから何とも言えないけど、やっぱり嫌な感じがする。

「な、いや。そう、いわれてもな……」

 当の千夏も言われたことに困惑気味。だけど、黛女史はそんな千夏の様子に首を傾げるも勝手に自己完結して今度はセシリアに千夏の事について質問を投げかける。

 問われたセシリアはまあ、訓練や今日の授業の様子を見て、感じ取った事をそのまま話す。

「どうしたの? まあいいや。それじゃ次、オルコットさんだっけ。イギリス代表候補生の。織斑君の事で、何か一言貰えるかな」

「織斑のことですか? そうですわね……。まあ、搭乗時間が十数時間程度の素人としては十分ではないでしょうか。これからに期待、ですわね」

 実際、千夏自身の潜在能力は大きい。天才だって言われるのも自称なんかじゃない。認めたくないけど、コイツは正真正銘天才といわれる人種なんだ。勿体ない事に努力と積み重ねが無いけど。

 けど、それを表面的にしか受け取ってないらしい黛女史は、セシリアのコメントに対して堂々と捏造宣言する。

「なるほどね。在り来たりだから、適当に書くことにするわ。次は緒方さん。織斑君のコーチを断ったって噂だけど、真意はどうなのかな?」

 セシリアもこの捏造発言には唖然として、恨みを込めて黛女史を睨み付けながら、小さく愚痴を呟いた。

 そんなセシリアを宥めつつ、千夏のコーチの件を僕に聞いてきた事についてコメントする。

「な、納得がいきませんわ」

「まあまあ抑えて。それで、噂が何かは知りませんけど、対戦相手に利するような行為をする者が居ると思いますか? それだけですよ」

 断ったのは噂じゃ無く事実だし、する意味が分からない。理由も無く敵に塩を送るつもりなんてなかったし。

「ふうん。割と普通の答えで、いまいちインパクトがないんだよなあ。なんていうか、千夏が強くなっても、私は負けない。とかないのかな。面白味がないのよね」

 だけど、インパクトに面白味、ね。なんだそれ。コメント求めてきた側のセリフかよ、それ。こっちはちゃんとコメントしてるってのに、それでも記者かっての。

「ないですよ、そんなもの。そういったことはおもしろ可笑しく書く様な事柄じゃない筈です。仮にも新聞を名乗ってるんですから、ゴシップ誌の様な記事じゃなく、ちゃんとした記事を書いて下さい」

「ねえリィン。この人はふざけてるの? それとも、本気?」

「本気なんだろう。意味がわからないが」

「本当に意味が分かりませんわ。新聞部と名乗っている割に、随分と程度が低いのですね」

 だから素直にその事を告げる。リィンとフィーも呆れ気味だし、セシリアもやっぱりご立腹の様子。

 黛女史は僕ら四人の言葉と目線に少し狼狽えてるみたいだけど、そこに最近聞き慣れたテレサの声が彼女に追撃をかけた。

「……な、なんでかしら。この子達に勝てる気がしない。私が目指した報道は、多くの人に見てもらえる楽しい記事を書くことだったのに」

「そりゃ、今のあんたがステラ達に勝てるわけないわよ。あんたのいう楽しい記事って、事実を捻曲げて伝える、大衆に迎合したゴシップ誌のそれなんだから」

 今度は完全に怯んで、テレサから大きく距離を取る黛女史。

「げ、テレーザかよ」

 けどテレサは彼女との距離を詰めながら、このインタビューの無意味さを指摘する。

「あたし個人として織斑はどうでもいいんだけど、セシリアとステラの発言を意図しない形で曲げるとか、それならインタビューする意味が無いでしょ。違う、とは言わせないわよ? それともあんたはパパラッチかジャパニーズワイドショーかっての。他のクラスは見向きもしてないのに」

 実際、黛女史が僕らに求めたのはゴシップ誌的コメントであって、真面目な答えは要らないと言ったんだ。テレサの指摘は間違ってない。

 リィンとセシリアもテレサに同意して、実際に言葉にする。……ていうか一組だけなの、インタビューしたの。

「そうだな、テレサの言うとおりだ。三人ともせっかく答えたのに、適当に書くって言われれば納得は出来ないだろう」

「ええ、リィンさんの言うとおりですわ。あなたは、適当に書く、という言葉の意味をはき違えていませんか?」

 僕も当然文句を言わせて貰う。ついでに思ったことを聞いてみる。テレサが言う通りなら、この人は他はレナや簪、二組の代表にはインタビューしてないし、するはずもない。だって……。

「黛先輩。今僕達が答えたような、真面目で代わり映えのしない決意表明やコメントなんて、書くのも読むのも面白くないのでしょうね。それに、なんでウチのクラスだけ取材してるんですか? まさかリィンと織斑が居るから、とか言わないですよね?」

 他のクラスは訪れず、一組にだけ来るなんて、理由は一個しか無い。専用機持ちが五人もいることじゃない。もっと希少な存在(たった二人の男性操縦者)がいるからだ。

「……。その、まさか、です。世界でたった二人、ISを動かせるシュバルツァー青年と織斑少年が居る一年一組は格好の取材対象だ、か、ら……」

 そしてその予想は寸分違わず大当たり。溜め息しか出ない。というかそろそろウザったくなってきたんだよね。手始めにこの人からでいいかな、いいよね。

「ねえみんな。僕さ。そろそろリィンと、ついでに織斑の扱いについてマジギレしてもいい頃合いだと思うんだけど、どうかなあ?」

 リィンと千夏に纏わり付く有象無象な面倒事。未だ追いかけ回してくる生徒達に、それを止めもしない教師達。

 束姉が釘を刺したはずなのに未だ取材申し込みが殺到してる月岡重工では、電話応対に支障がでたから、一時はメディアの取材を完全シャットアウトにしたほど。因みにリィンの名前が出た瞬間に通話を切り、黒翼型の取材と称してリィンの事を聞き出そうとした記者を叩き出した事もあるらしい。報道の自由となんでもやっていいはイコールじゃ無いってのにね。

 それにリィンも随分参ってるから、そろそろ爆発しそうなんだよね。外出もままならなくなって、随分苛立ってたし。

「あー、まあ、いいんじゃないか? 俺もいい加減辟易してるところだ。やるなら、俺にも声を掛けてくれ」

「障害は排除するのみ。慈悲はない。不埒者には当然の末路だね」

「リィンさんと、ついでに織斑君。入学してから、訓練以外のプライベートな時間、あんまりゆっくり出来てないみたいだしね」

「うん。ほんとは、安易に力に訴えるのも良くないよ、て言いたいけどー、そうだねー。いい加減、叩き潰せるところは叩き潰しちゃっていいんじゃないかなあ?」

「ソイツに関してはあたしが許す。存分にやっておしまい」

 というか爆発したわ。後、リィンの心理状態に気付いてるフィーは当然として、割と温厚な静寐に本音まで賛成するなんてね。でもってテレサは最初っから制裁するつもりで来たっぽい。多分、談話室に向かう黛女史を見かけて、追いかけてきたんだろう。僕達がパーティに参加することを知ってて、そして黛女史とは同級生で、この人が何かやらかすって気付いて。

「あ、えと、ね、ねえ」

 で、僕ら五人に囲まれて怯える黛女史。でもそこにセシリアから静止の声がかかる。

「まあまあみなさん大人気ないですわよ? そういったことは、子犬にじゃれつかれたと思って流して差し上げるのが、一番よろしいのではなくて?」

 僕達が興奮してた間に、一人冷静になってたみたいだ。セシリアに言われて僕も頭冷めた。確かに、言われてみれば仔犬だわ、この人。

「ふふ。流石は現役代表候補生。一皮むけたらいきなり大人だね」

 入学初日の彼女が嘘みたいに見える。ホント、こんな短い間にここまで変われるなんて、やっぱり凄い。

「ふふ。それも、あなた達やテレサさんのおかげですわ。まあその、山田先生からの補習も、ですが……」

「うんうん。そう言えるってことは、ちゃんと勉強し直せたってこと。いい感じだよ、セシリア」

「ありがとうございます」

 そしてセシリアが口にしたお礼にはテレサが彼女の頭を撫でながら褒めることで全員が頷く。見違えたってのはこういうこと言うんだよね。千夏もちゃんと人の言うこと聞いて、変わってくれるといいんだけどな。憎いとは言え元弟、現妹として実の兄が今のまま腐って行くのを見るのは忍びない。でもって黛女史。若干泣きそうになりながら、それでも部屋全体に聞こえる位の声で謝ってくれた。さすがに周りを見渡して反省してくれたらしい。

「……あ、あの、ごめんなさい。出直します。えっと、パーティを邪魔しちゃって本当にごめんなさい。その、お詫びに集合写真を撮らせて下さい。これは絶対に記事に使ったりしませんから」

 そして集合写真を撮ることになったから、リィンを中心にして全員を集める。他のクラスの子もしれっと混ざってるみたいだけどまあ、いいか。

「全員にプリントして下さいね。取り敢えずリィンが真ん中で、織斑、その前に座って。で、僕とセシリアでリィンの両脇について……。あとみんな適当に入っちゃえ!」

 とりあえず千夏を適当な椅子に座らせたあと、その後ろに立ったリィンの右腕に抱きつくと、左腕にはセシリアが抱きついた。当たり前のように。ていうか懐くの早すぎだよ、セシリア。まあ問題はないんだけどさ。

「わたしはリィンの背中」

「あ、ふぃーちゃんズルイ! わたしもりーんの背中げっとー!」

 ついで、フィーと本音がリィンの背中、というか両肩に張り付くと、いつの間にか来てた簪が僕の目の前、リィンの右腕の中に滑り込んできた。

 ……あれ? なんで簪ここにいるし?

「みんな騒がしいね。ここに居ていいのか微妙だけど、その、わたしはここで」

「とか言って簪。ちゃっかりリィンの腕の中に入るんだね」

「それじゃその、私はカンザシの反対側で」

 ていうか全員集合かい。レナもちゃっかりリィンの左腕の中にいるし、エマと優依までいる。

「あたしは本音の隣かしらね。……て、簪にレナに、優衣まで来たの?」

「呼ばれてないけど、来ちゃった」

「あの、優衣に引っ張られて、気付いたらここに」

 どうやら独断で優衣が三人を連れて乱入してきたらしい。簪とレナは少し戸惑ってるけど、エマは意外と楽しげにしてる。真面目な委員長タイプに見えるけど、割とノリがいいしね。

「いいんじゃないですか、簪さん。こういうのもありだと思いますよ。私はセシリアさんの後に入りますね」

「うん。てわけで私はステラの前に!」

 そうして優衣とエマ、テレサと静寐もそれぞれリィンの側に立ってこっちは準備完了。

 千夏が自棄になってクラス全員に集合をかけようとして……。

「……意味わからねえ。あー、クラス代表命令! 緒方が言った通り全員……」

「適当に周りに集まれ、ですわ!」

 セシリアにセリフ取られてやんの。でも本当に変わったわ。高飛車なお嬢様だったのがまあ、なんというかノリが良くなっちゃって。

 そんな千夏とセシリアの呼びかけに、僕達の周囲にクラスのみんなプラスアルファがわちゃわちゃ集まってくる。

「て、俺のセリフとんじゃねえよオルコット!」

「ふふ。言った者勝ちですわよ、織斑。楽しんだ者が勝つのです」

 その中でちょこっと微笑ましく口で千夏を言い負かしてるセシリアのドヤ顔がカワイイ。

「うわぁ、シュバルツァーさんが全身に花束だわ。それじゃ撮るわよ! 二十二足す十四引く三十二のルートは?」

「えっと……2(ニィッ)!」

 で、全員集合したところでシャッターが切られるけど、なんでルート使って2を出させるんだか。わかるけど意味不明だろ!

「よくできました!」

 まあ、それはそれってことで、ひとまず撮影された写真を見せて貰うと千夏が呻く。漸く他のクラスの子達が混ざってるのに気付いたらしい。

「なんだよこれ。なんか他のクラスのヤツまでいるみたいなんだけど……。まあ、いっか」

 ま、千夏だし。それに楽しかったんだからいいじゃんね。

 

 こうして消灯時間ギリギリまでみんなで騒ぎまくった代表就任パーティなのでした。

 やっぱり無邪気にわいわいがやがやと騒ぐのも悪くないね。




ある意味原作通りに千夏がクラス代表です。ここに織斑一夏はいないので。
そして千夏と箒の扱いはやっぱ適当です。

後はなんだ、こう、レナと簪がリィンに懐くのがセシリア以上に早いのはどう説明しよう?←


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中国の猛虎、襲来

 最終的に単なる大騒ぎになった代表就任パーティから3日。今日もまた平常運転の授業日和。

 二年生の格闘訓練と爆発物解体実習の見学もあるらしいけどまあ、それはそれ。リィン達だけじゃなく、セシリアと一緒に行動するのも大分日常になった感じだなぁ。まだ何日も経ってないのに。

「あー。りーんにすーちゃん。ふぃーちゃんとせっしーも。おはよー」

 そうして教室に入ったところで本音と静寐とエンカウント。苦笑いしてる静寐を引き連れた本音がぱたぱたとこっちへ駆け寄ってくる。

「おはよう、本音、静寐」

「おはよ本音、静寐」

「ああ、おはようだ本音、静寐」

「おはようございます。本音さん。静寐さんもおはようございます」

 集まって全員でおはようと挨拶をすれば、なんか日常の優しさを感じる。贅沢、なのかな。こんな日常が続いて欲しいって思うのは。

「おはよう、みんな」

「えへへー。あ、そうだー。今日ね、二組に転入生が来るんだってー」

 そう思ってた所に、本音が転入生が来るって言い出す。生徒会情報だな、これ。いいのかな、言っちゃっても。いや、いいから言ってるのか、多分。

 というか中途半端な時期の転入って言うと思い出すよなぁ、とフィーとちょっと思い出話をする。

「随分と中途半端な時期に来るんだね。まるでクロウやミリィみたいだ」

「うん、そだね」

 クロウこと帝国解放戦線の元リーダー、クロウ・アームブラストと、ミリィこと帝国軍情報部エージェントのミリアム・オライオン。

 二人は恣意的且つ意図的な転入だったけど、今度の転入生もそんな感じなのかな。リィンと千夏がいるし。

「うん? えっと、それでね。なんか、二組の代表さんがその人に変わっちゃったんだってー」

 ともかく、僕達の話にちょこんと首を傾げた本音は、二組代表がその転入生に変わったことまで教えてくれた。

「それって、代表候補生とかって事?」

「そうだって聞いたよー」

 昨日の今日で代表交代って早いな、おい。まあ、二組は一般生徒しか居なかったから、代表候補生の転入は渡りに船だったんだろうけど。

 千夏は訓練の延長で考えてるのか、若干過小評価に見てるけど、まあ痛い目見ればいい。それを糧にしてくれれば。

「いい事聞いたぜ。そりゃ、気になるな」

 ていうかその代表候補生ってもしてかして……鈴、なのかな。代表候補生で多分、専用機持ち。もし原作に近い流れなら、鈴が来るはず、なんだよね。

 と、そんな風に考えてるところで箒が千夏に対して割と真面目に突っ込みを入れる。珍しく正論だよ、それ。

「お前にそんな事を気にする余裕があるのか?」

 とはいえ千夏自身、自己を過大評価してる面はあるけど、入学当初に比べれば若干自己評価を下げてる。代表候補生のセシリアと簪、レナを乗り越えるべき仮想敵にしてるからか、確かに技術面での技量の向上が見えてるし。

 因みに機体が完成してないのに専用機持ちと認識されてる簪は、本当は訓練機を借りられないんだけど、裏技使って訓練機を借りて訓練しはじめました。テレサ様々だね。

「別に余裕があるワケじゃねえよ。やればやる程アイツ達との差がわかっちまうし。でもよ、相手が代表候補生なら、戦う相手としては丁度いいだろ?」

 実際、たった二、三回程度の僕達や簪達との訓練でさえ、目に見えて千夏のIS戦技能は向上してる。それでも実戦では誰にも届かないから評価はまだまだ、だけどね。

「何が丁度だ、身の程知らず。お得意の近接戦でさえ、僕達の中で一番不得手のセシリアにも届いてないくせに。戦い方のパターンがまだ限られ過ぎてるんだよ、織斑はさ」

「そうですわね。織斑は近接戦に特化していますのに、中距離射撃戦が主体のわたくしやテレサさんにさえ、ナイフ一本で迎撃されているのは大問題でしてよ」

「うん。近接装備が殆ど無い遠距離型のエマにもぶっ飛ばされてるし。まだまだ、だね」

 だからお約束の皮肉タイム。こうやって焚き付けて煽って少しでもやる気を引き出す。飴と鞭の鞭は厳しめで。飴は箒が勝手に与えてくれるから、僕達は何もしなくても問題なし。

 当面はやっぱり近接戦と各種の機動パターンを身体に覚え込ませるのが先決かな、と考えてるところに箒が割り込み。確かに箒は近接戦の相手としてレベル的に適性なんだろうけど……。

「ならば私が!」

「専用機を持っていませんのに? 篠ノ乃さんは剣を使った近接戦が得意ということは存じています。織斑のお相手にも丁度良いかも知れません。ですが未だ、一度も訓練機を借りられていないのでは?」

「それは……」

 セシリアが言う通り、箒は未だ訓練機の申請が通ったことがない。因みに僕達や生徒会は妨害してない。本当に空きが少ないから通ってないだけ。実際、本音や静寐達も借りられなくてIS訓練には参加出来ないでいる。代表選出戦から今日までの間に借りられたのは、簪とレナのも合わせてたった二回だけで、本音達は一機を交替で使ってもらってた。まあ、借りる時に一回で三機も借りられてる時点で割とくじ運に恵まれてる。けど、箒が訓練に参加するのには訓練機云々以前の、もっと重大な懸念事項がある。

「それにさ。織斑の訓練するって言ったって、多分君のやり方じゃかえって混乱するんじゃない? 剣道場での様子見てて思ったけど、擬音ばっかりで意味がわからないし、直す気もないでしょ」

「うんうん。しののんの教え方じゃわかんないよー。てっさも言ってたしねー。しののんのは擬音語だけで理解が出来ない。教える気があるのかーって」

 何かと言えば箒の指導の仕方だ。模擬戦形式で打ち合うだけなら問題ないけど、何かを教える段になると途端に擬音だけになって意味不明なことになる。箒が剣道に関しては天才肌且つ感覚派だからこその弊害だね。ここをこうして、ばんっと行く、とか言われても意味分かんないよね。

「いや、千夏はそれが解りやすいと言ってくれる」

 当の箒自身は、その事について必死になって千夏の同意を得ようとしてるけど。

「ふうん。で、当の織斑はどうなのさ?」

 千夏本人に聞いてみれば瞭然。コイツは箒の指導では何一つ吸収出来ないでいる。

「……いや、流石の俺でも、あれじゃわかんねえし」

「ばかな!」

 千夏が口にした否定の言葉に愕然とした様子の箒だけど、実際問題、箒との訓練で役立ってるのは試合形式での剣道の打ち合いだけ。中学では竹刀を握ってなかったらしいから、その間に錆び付いて鈍った剣を振るう感覚を取り戻させることに留まってる。まあ、白式のコンセプト上、それはそれで十二分に役立ってるんだけどね。今は。

「ま、とにかくさ。二組に代表候補生が来るっていうなら、俺も代表としてもっと鍛えて迎え撃つまでだぜ!」

 ともかく、今の箒を無視して、新しく代表候補生が来ることに威勢を良くする千夏だけど、その声に被せるように、最後に会った頃と余り変わらない、でもどこか獰猛さを滲ませた懐かしい声が教室内に響き渡った。

「ふん、甘いわよアホ千夏! このあたしが二組の代表になったからには、あんたなんかには絶対に勝たせないし、大きな顔させないんだから!」

 声の元。教室の後ろ、ドアを背に猛々しく仁王立ちして千夏を指さす、小柄な女の子がそこに居た。

 小柄とは言っても、あの時よりも背が伸びてるし、ずっと女の子らしくなってる。けど印象も面影も余り変わらない、一目見て分かった僕の親友、凰鈴音。やっぱり転入生は鈴だったんだね。

「……転入生って凰、鈴音、なのか?」

「そうよ。凰鈴音よ。転入生があたしでなんか文句あるか、アホ千夏!」

 千夏の方は鈴が苦手なのか、若干引き気味になって鈴に確認する。僕と違って同じクラスに居たから確認するまでも無いと思うけど。でも鈴の返しもまたなんというか、変わらないな、あの頃と。僕を庇ってくれてたあの時と。

「いや、けどお前が代表候補生、なのか?」

「そうだって言ってるじゃない! あんたの耳は風穴でも開いてんの? あたしが中国の代表候補生、凰鈴音よ! しっかり覚えておきなさい!」

 中国国家代表候補生で、恐らく専用機持ち。代表交代が早かったのも多分、一般生徒より専用機持ちの代表候補生でってことだろう。ていうか、鈴、いつの間にか中国に帰ってたのか。お店があった場所に行っても建物毎無くなってたから気にはなってたけど、鈴の家族にも何かあったんだろうな。

 優衣曰く、原作では中2の頃に両親が離婚して母親に連れられて中国に帰った、て聞いたし。こっちではどうか分からないけど。今までの大筋に変わりがところから、こっちの鈴もそうなんだと思う。だとすると、たった一年で代表候補生になるって、凄い。というかなんで僕の周りってこんなに天才肌の人間が多いんだろう?

「そ、そうか」

 なんて考えるけど、そんなことよりもいつまでもそこに居ると危険なんだよね、と思って彼女()に声をかける。あくまでも初対面を装って、後ろに注意(チェックシックス)と。そろそろ千冬姉達が来る頃だからね。

「あー、その、凰さん。お話中ごめんね。後ろ、見た方が良いよ。そろそろ鬼が来るから」

「え……。ううん、えっと、鬼って……あー、うん。なんかわかった。ありがとう。また昼休みに来るわね。あなたも、その時に一緒に」

 すると鈴は僕の顔を見て目を見開いて、でも直ぐに首を振って、続けて首をやや後ろに向けて誰が来るのか理解した所で納得してくれたのか、過ぐに踵を返して教室を出ようとしながら、お昼のお誘いをしてくれた。

「うん、わかったよ」

 そのお誘いにはもちろん肯定を返す。でもさっき目を見開いたのって、どうしたんだろう。なにか信じられない物を見たような目だったけど、もしかして……。

 そう思ってると、横に居たセシリアが鈴と千夏の関係を呟いた。それには幼馴染みなんじゃ、とだけ答えておく。鈴は千夏を嫌ってたから、どちらかというと腐れ縁だと思うけど、説明出来ないし。

「……先程の凰さん。織斑とお知り合いなのでしょうか?」

「多分、そっちで言うChildhood friendってヤツじゃない?」

 ともかくセシリアはそれで納得したからよしとするか。

「ああ。なるほどですわ」

 でもってついでにお昼の席取りを千夏に頼むと、千夏は悪態ついた返事を寄こした。

「てわけで織斑。昼、席取っておいてねー」

「テメエはいちいち俺に命令すんな! クソが!」

 でも威勢はいいんだけど、なんていうか、悪ガキって感じだよな、これ。  

「悪ぶってるだけなのか、単にバカなのか……」

「どちらでも同じではないでしょうか。わたくしには関係がありませんし」

「あはは。それどーかん」

 思わず口にした僕の言葉にもセシリアは律儀に、でも呆れを隠さずに答えてくれた。確かに同意だわ。

 

 そして午前の授業と見学が終わってお昼休み。宣言通り教室まで来た鈴と一緒に食堂に行くけど、いつものメンバーも当然集まるわけで。

 今回だけは席数の関係で静寐と本音には遠慮して貰って、だけど代表候補生と専用機持ちの企業専属だらけなこの空間。食堂の中でも群を抜いて目立ってる。一般生徒扱いは千夏と箒のみ。それでも千夏が世界最強の弟で、天災の妹の箒と共にやっぱり視線を集める。未だに。

「け、結構な人数が集まったわね……。でもま、軽く自己紹介と行きましょうか。まずはあたし。二組代表で中国国家代表候補生の凰鈴音よ。認めたくないけど、そこのアホな二人目の男性操縦者様とは、小学4年の後半から中学2年の始め頃までの腐れ縁て所ね」

「……相変わらず口悪いよな、凰は」

 初日から使ってる食堂で一番大きい円卓に集まって、まずは鈴の自己紹介……て、ホントに千夏の事が嫌いなんだよね。腐れ縁って言いきったし。しかも吐き捨てるような言い方してたから、悪い意味での腐れ縁って事だし。

「あんたがやってきた事に比べれば大したことじゃないわ。それで、あなたの名前、教えてほしい」

 次は僕がご指名みたいだ。どこか探るような視線を受け止めながら、僕も自己紹介する。

「緒方ステラ・バレスタイン。ステラでいいよ。こんな名前と、髪と眼の色だけど一応、純日本人。こっちの優衣は義理の妹で、揃って月岡重工の専属操縦者をしてるよ」

「……そっか、ステラっていうのね。あたしも鈴でいいわ。よろしく、ステラ。妹さんも、よろしくね」

 すると何かを見透かされた気がする視線を感じた。何かを確認してる。そんな感じかな。まあ、それもほんの一瞬で、優衣に声をかけた時にはそんな雰囲気は一切なかったし。やっぱり僕の事に気付いてるのかな……。

「うん。ステラの妹で緒方優衣。優衣って呼んでね、鈴」

「了解よ、優衣。で、一人目の男性操縦者よね。確か、リィン・シュバルツァー」

 こちらも無難な感じで終わった優衣の自己紹介。まあ、名前だけだしね。それで次がリィン。

「ああ。リィン・シュバルツァーだ。ステラと同じ月岡重工の専属操縦者で、男性操縦者の状況調査と稼働試験を受け持っている。歳は十九になるが、呼び捨てで構わない。よろしくな、凰」

「よろしく、リィン。あたしの事も鈴でいいわよ。他の人もね。硬っ苦しいのは好きじゃないから」

 年齢的にはリィンとエマが最年長だけどまあ、学年一緒だし、鈴が言う通り堅苦しいのは微妙だしね。

「で、順番に聞いてもいいかしら?」

 そうして、鈴がリィンの隣に座るエマ達に声をかけて、みんなが一遍に自己紹介。

「ええ。エマ・ミルスティンといいます。エマと呼んでください。ステラちゃんと同じ月岡重工の専属操縦者です。歳はリィンさんと同じ十九ですが、よろしくお願いします」

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ。月岡重工の専属操縦者で、歳は十七。けど気にしなくていいよ。よろしく、鈴」

「セシリア・オルコットと申します。セシリアとお呼びください。イギリス国家代表候補生で専用機、ブルー・ティアーズを預かっています。よろしくお願いいたしますわね、鈴さん」

「イレーナ・シャンティです。レナかイリィって呼んでください。カナダ代表候補生です。よろしくね、リン」

「更識簪。簪でいい。日本の代表候補生で、専用機は今、月岡重工の手助けで作ってるところ。あの、よろしく、鈴」

 そしてエマ達の自己紹介が終わると最後に箒の方を向いて、促す。

「エマとフィーにセシリア。それにレナと簪、でいいかしら。みんなありがとう。これからよろしくね! それで、あんたは?」

「……篠ノ乃箒」

 それにはやや苦虫を潰したような顔で名前だけを告げた箒。

「あー、あたしの前の居た千夏の幼馴染みちゃんか。よろしくね、箒」

 対する鈴は、箒が自分と入れ替わりで出て行った千夏の幼馴染みだと把握し、気楽に呼びかけた。

 しかし箒の方は、嫌そうな顔を隠さず、名前で呼ぶことを拒否。けど鈴がそんな程度でめげるはずもなく。

「……気安く、呼ぶな」

「あ、そ。ま、いいわ。早く食べちゃいましょう。食事は、みんなで楽しく、てね」

 しれっと箒をスルーして、お昼ご飯を確り食べようと、みんなに促すのだった。

 本当に、裏ではいろいろ考えてる癖に表に見せないで、安心させてくれる。変わらないな。

 

 それより、未だに僕の食事量にビックリされるのは仕様ですか、そうですか。でもね、食べても食べても足りないんだよーっ!




二十話を超えて漸く鈴が登場!
サブタイトルに猛虎と入ってますが、そこまでな感じじゃない気もしてます。……が、猛虎な鈴はまだ牙を隠してるだけです。猛虎は猛虎。その予定です←

しかし難産でした。イメージは出来るのに、そのイメージをなかなか文章に出来なくて時間がかかりました。
仕方なくと言うか、文章が湧いて来た先の方の話しを書いたり、プロットから下書きを書いたり、突発的な閑話を書く計画したりしてたのも時間がかかった理由ですが……。

そして、いちかわいいが最近の個人的トレンドというか、あの作品凄いですよね。
この作品では甘い表現がないというか、敢えて出さないようにしてるのですが、あの作品を読んでるとこう、自分も書きたくなってきます。
……どこかで閑話としてデート話でも書こうかな、と。


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絆の再会と……

「ねえステラ。ちょっと話したい事があるんだけど、時間ある?」

 鈴と再会した翌日、放課後の訓練前に鈴に呼び止められ、言われたままに屋上へと向かう。

「大丈夫だよ。えっと、みんな先にアリーナ行ってて。後で合流か連絡するから。行けるよ、鈴」

「じゃあ屋上に行きましょう。あそこなら、人があんまり来ないから」

 放課後の、人気の無い屋上に来て、海風に吹かれながら本土側に面したフェンスの側に隣り合って並ぶと、鈴はフェンスに手をかけて、目を細めて遠くに薄らと見える本土を見つめながら、感慨深気にそう呟く。中国生まれの彼女で、昨日の話から日本に住んでたのは四年ちょっと位。だけど小学5年の夏休み。日本に来て1年も経たない頃に、鈴自身が中国より日本の方が肌に合うって教えてくれた。それは今でも変わらないことらしい。

「ここ、人工島のはずなのに結構高い場所になるのよね。うっすらとだけど、対岸の本土までちゃんと見えるの。日本に帰って来てまだ三日目だけど、戻って来て良かったって思ってるわ。……アホ千夏が居るのだけはむかつくけどね」

「ふふ。鈴は織斑のことを随分と嫌ってるんだね」

 そんな鈴だけど、千夏もここに居ることを本当に忌々し気に愚痴を吐く。その事に苦笑いしながら返すと、鈴は僕の方に顔を向けて、憎悪を滲ませた声音で話し始めた。僕と目線を合わせながら、千夏への憎しみと恨みを。そして僕を一夏だと断言した。

「当たり前よ。だってアイツ……。アイツは一夏を、あんたを殺そうとしてた! 一夏が千冬さんの応援でドイツに行って、誘拐されちゃって、そのまま行方不明になって。でもアイツ、帰ってきてすぐに、あたしに自慢げに言ったのよ。邪魔な弟が消えて清々したって。どれだけ虐めても死んでくれなくて困ってただなんて、本気で言ってた! あたしと一夏の関係を知ってて、そんなことを言ってきたの!」

 はっきりと僕が一夏だって断言する鈴。正直、有り得ないと思ってる。けど反面、有り得る気もした。鈴なら、僕の事に気付いてくるって。

「……まさか鈴、気付いたの、僕の事?」

「昨日、最初に声をかけられた時は凄くビックリした。なんで一夏が居るのって。でも、他人のそら似なんだって思った。ステラは女の子で、一夏は男の子。それに雰囲気も随分変わってたし。それから、なんて言うか、自然体なのに全然隙がなくて。でもね……」

 一度言葉を区切った鈴は、僕に向き合うように立って、僕の頬に手を添えて、軽く撫でてくる。その優しく触れてくる鈴の手が、触れあいが少しくすぐったい。けど、込められた優しさが気持ちいい。

「よく見なくてもステラの面影って、居なくなった頃の一夏と殆どそのまま。一目見て一夏だって思ったのは、間違いなんかじゃなかった。ていうか、あたしから見れば性別と髪と瞳の色以外に、違いが無いのよ。女の子だからか、少し輪郭が丸くなった位かしらね。後は、昨日と今日話してて、他人のそら似なんかじゃ無くて、一夏なんだってわかっちゃった。その、自分でも変なこと言ってるって自覚はある。けど、やっぱりあたしにとってステラは一夏なんだなって。違ってたらごめんなさい」

 そして区切った先の言葉を、僕の目を見ながら続けた。変わってない面影。これは束姉とも話してたことなんだけど、僕達二人、顔の作り自体はそんなに元と違いが無いみたい。僕の顔付きも、小6の頃から少しだけ女の子寄りになった程度だって。それでも髪や瞳、肌の色が違うから、よっぽど良く見てる人じゃないと別人にしか見えないとも言ってたけど。

 だからこそ、鈴みたいに気付く人は簡単に気付いてくれる。こっちに戻ってきて直ぐに会いに行った柳韻さん達も、僕と束姉の事を直ぐにわかってくれたし。

 でも本当に、鈴は僕の事をよく見てくれてたんだね。今も、昔も。本当に嬉しい。油断すると泣きそうになるくらいに。だから頬に添えられた鈴の手に僕の手を重ねて、ちゃんと言う。僕が一夏だって。

「……ううん。鈴の言う通り、僕は一夏だよ。本当に、よく見てくれてたよね、鈴。はち……じゃなくてきゅぅ、でもなくてえっと、四年位振り、だね。ただいま、鈴」

「あははっ。やっぱり一夏だったのね。ていうかなに改まってるのよ。ま、おかえりなさい、一夏。会いたかったわ。性別が変わってたり、髪や瞳の色が違う位なんでもない。ずっと……。ずっとずっと、待ってたんだから!」

 また、鈴が僕を見つけてくれた。ただいまって。ずっと言いたかった。帰ってきたよって、鈴に伝えたかった。それを今、やっと伝えられた。

 鈴も少し可笑しそうに笑って、でも目からは涙を流しながらお帰りって言ってくれた。そのまま抱きついて来て、ただ待ってたって、繰り返して。

「うん。長い間、待たせちゃってごめんね。待っててくれて、ありがとう、鈴」

「いいの。一夏が元気で居て、また会えたから、もういいの」

 お別れの言葉も残さないで世界から消えた僕。そのせいで鈴をずっと待たせた。あの時の後悔は、今もまだある。後悔してたから、鈴を泣かせた理由を全部分かってるから、鈴を抱きしめて、ありがとうって伝える。

 そのまま抱き合って暫く、鈴が顔を上げて、また僕の目を見つめてきた。その目には涙の跡は合っても、もう流れていない。そしていつも僕に見せてくれた屈託ない笑顔を見せてくれる。

「……さて、と。しんみりはここまでにしましょ! ここからまた思い出を作っていけばいいんだもの。女の子な一夏と、あたしと、リィン達とでさ」

「ホント、前向きだよね、鈴。一緒に居るだけで凄く助けられてる。前も、今も。あのね、鈴。大好きだよ。ずっと、大好きだった。いつも一緒に居てくれた鈴の事、忘れた事、なかったから」

 今までの、男の一夏と女の鈴との思い出。二年に満たない、でも、大切な思い出。

 そして今日、ここから始まる女同士の友達……親友として作っていく思い出。リィン達も含めて作れる沢山の思い出。

 この鈴の前向きさに、いつも助けられた。最初は日本語がうまく話せなくて虐められてた鈴を助けたことから始まって、僕も鈴も虐めのターゲットだったから互いに支え合ってる内に、とても大切な存在になって、気付いたら性別とか関係ない、とても大好きになった親友。

「ふふ。あたしもよ一夏。あたしも、大好き。いつも一生懸命だった一夏の事、好きだった。一夏が居なくなったあの日から、今日までずっと、忘れなかった」

「うん。ありがとう、鈴」

 それからは、虐められても挫けることがなくなって、どちらかが虐められたらどちらかが助ける。復讐とかは考えない。でも負けっ放しにはしなかった、そんな二年位の時間。

 あの時は言葉にしなかったけど、僕は鈴を好きだった。そして鈴も僕を好きだったって、両思いだったんだ。凄く嬉しい。だって、その気持ちは今でも変わらないから。

「まあ、あれよ。こっから先は女同士の友情って事で、また仲良くしましょ」

「そうだね。改めて、これからもよろしくね、鈴」

「任せなさい、一夏」

 だからまた始められる、これからの時間。考え方とか身体とかいろいろ変わったけど、気持ちは、心までは変わってない。

 今は素直に、この再会が嬉しい。また友達に、親友になれる。そう思って、今度は僕から鈴を抱きしめてみると、鈴もそれを受け入れてくれた。でもそこで、鈴が思わずといった感じで疑問を挟んできた。

「あー……。ところで、さ。さっき言い掛けたはちとかきゅうってどういう事? はちときゅうって、数字の8と9で、八年か九年って事よね、多分。言い直した感じに聞こえたの」

 思わず僕の主観的な時間で言おうとしてしまった八年半ちょっと。慌てて言い直したけど、やっぱり鈴には聞こえてて、誤魔化したこともお見通し。

 時間のズレがこんな風に現れるのも、ここ最近は無かったから油断した。でも、鈴になら話しちゃっていいかな。

「本当に鈴、僕の事よく見てるよね。……あのね。今から荒唐無稽な話しをする。で、リィン達の事もその話に絡んでるんだけど」

「うん、話して。一夏があたしに意味のない嘘をつくなんて思ってないから。ちゃんと聞いてあげる」

 鈴も、僕の言葉を、話しをちゃんと聞いてくれる。無闇に疑ったりしない。そう思えること、その信用も信頼も、小学校の頃から変わってない。僕が体験してきたのは、まるで出来の悪いライトノベルのような、荒唐無稽な出来事。こんなことを話せる相手は、そんなにいない。

「ありがとう。まずさ、これを持ってみてよ」

 そうして確認を取ったあと、普段から身に付けてるディオーネをホルスターから抜いて鈴に手渡す。ブレードで鈴を傷付けないように、慎重に。

 ディオーネの存在自体は、昨日会った時に気付かれて、どんな物かは簡単に説明済み。他にも数種類携帯許可を取ってることも説明してある。

 そのディオーネを興味深げに、でも刃に触れないように慎重に受け取り、いろんな角度から見る鈴。

「これって、あんたが携帯許可とってる武器の一つよね? なんていうか随分と変わった形してるわよね、これ。全長的には大きめのPDW位だけど、重さはサイズ感以上。何回か持った事がある対物ライフルに近い重さがあるわ。こんなに小さいのに、片手じゃ持ちきれないもの」

 ディオーネ自体の大きさは銃身長が約28cm、グリップから刃先までの全長では60cm。PDWの代名詞ともいえるFN P90やH&K MP7辺りより大きくて、より大型の部類になるFN SCAR-L PDWと同じくらい。でも重量は倍どころじゃない10kgにもなる。これは対物ライフルとして有名なPGMヘカートⅡやバレットM82より少し軽い程度の重量。僕の様な異常体質でもない限り、普通は片手で持つのも難しい重さ。

「それに銃本体の筐体サイズも大きくて、殴り合い出来そうな程に強度も高そうだし、なにより銃身自体より長い剣が付いてる。……ねえ。これは一体なんで、どこ製のものよ」

「ブレードライフルっていう種類の銃剣で、正式な製品名は複合導力銃剣。この子の個体名はディオーネ。主要部品はラインフォルト製なんだけど、ディオーネ自体は知り合いの武器職人が部品を合わせて作ってくれた手作り品を、別の導力技士に改造して貰った完全なワンオフモデルだよ」

 こんなにも重い理由は、ブレードライフルとして剣やブレードライフルと打ち合うことまで想定したゼムリアストーン製の強化筐体。その筐体に組み付けられた殺傷性の高い実体剣。さらに導力機関と実弾の複合発射機構まで備えた構成だから。ホント、これを組んでくれたライオさんと改造してくれたジョルジュさんには感謝だね。まあ副作用で、こんな物を片手で取り回してなんともない僕の異常性が目に見えることにもなるんだけどね。

「……ねえ一夏。あたしはこれでも代表候補生だから、世界中の主要な兵器メーカーやその主要製品位は頭の中に入ってる。でも、ラインフォルトなんて銃器メーカーはない。同じ銃剣でも、バヨネットはあるけど、このブレードライフルみたいな銃器は存在しないわ」

「うん、ないね。この世界には。便宜的に僕と束姉がゼムリアって呼んでた世界の、エレボニア帝国にある総合導力機器メーカーがラインフォルト。そして、向こうの傭兵達によく使われてる複合武器の一つがこの、ブレードライフルだよ」

 けど、それはそれ。問題なのは、この()()()()、この種の銃火器(複合導力銃剣)製造メーカー(ラインフォルト社)()()()()()()だから。鈴にしてもそこが気になったからこその問いかけ。それにはまあ、正直に答えるしかない。繰り返しになるけど、ラインフォルトも導力機器も複合銃剣も、この世界には本来()()()()()んだから。

「なんか、ライトノベルっぽいわよ、それ。荒唐無稽って、比喩じゃなかったのね」

「振り返ってみればそう思えるよ。ありがちっていうか。でも、僕と束姉にとっては命を賭ける事もあった、現実だった」

 とりあえず鈴の言う通り、ありがちなライトノベルのような存在と経験。世界を超えるなんて、普通はメディアの中での話しだけ。現実として受け止められるのは、実際の当事者である僕やリィン達と、そんな与太話でも理解を示してくれる柳韻さんやお父さんのような人達だけ。

 そして鈴も、そんな理解してくれる。理解しようとしてくれる人の一人。だからこんな荒唐無稽な話しも、躊躇しないで話すことが出来る。

「始まりは、モンドグロッソの第二回大会で僕が誘拐された時。あの時、誰も助けが来ないまま千冬姉が決勝に出て、僕は犯人達に殺されるはずだった。でも、ギリギリで束姉が助けに来てくれた。助けられてからは姉さんのラボで二人で暮らしてた」

「……いっこ良い? さっきからよく聞く束姉って、もしかして篠ノ乃束の事?」

 まあ、そんな鈴も束姉。篠ノ乃束の名前がこんな所で出てくるとは思ってなかったのか、随分懐疑的な表情してるけど。

「うん。元々、千冬姉の友達で、鈴と入れ違いだった箒のお姉さん。そして僕の剣術、というか武術全般の師匠の一人でもあるから」

「そっか。それで、どうなったの?」

 ともかく、束姉とのことは別段隠すことでも無いから、鈴には正直に話す。実際、姉さんに匿って貰って、さらに篠ノ乃流を教えて貰ってたからこそ、僕は生きてここにいられるんだから。

「助けられてから半年くらい経った頃、姉さんが発明したとある機械の試験中に、その機械が暴走。いきなり出てきた靄に包み込まれたと思ったら、森の中に居たんだ。そこが、ゼムリア大陸西部、エレボニア帝国ノルティア州シュバルツァー男爵領にある、バールフェリン大森林て言う場所」

「シュバルツァー男爵って……。もしかしてリィンって、貴族なの?」

 あとはゼムリアに渡った経緯を話すと、世界を超えた事よりもリィンが貴族だって事の方が興味を引いたらしい。

 けどシュバルツァー一家はなぁ、ホントに貴族らしくないんだよね。出る所に出れば、ちゃんと貴族してるんだけど、普段は普通の家族だもんな。

「うん。まあ、家族揃って貴族っぽくないんだけど、それは後でね。その森の中で意識が戻ったとき、僕と姉さん、破落戸に襲われる寸前でさ。そこを助けてくれたのが、僕の向こうでのお母さん、サラ・バレスタインだった」

 と、そこまで話してから、転移してから直ぐに襲ってきた破落戸……猟兵崩れやサラ姉との出会いと、その職業である遊撃士。オーブメントやオーバルアーツなど、ゼムリア特有の職業やキーワードを交えつつ、性別が変わってたことや年齢が若返ってたことや、今のこの身体が平行世界での僕の同位体の物だと思われること。それから魔眼とそれに付随する特異体質に僕の騎士、ラインヴァールのことなどなど、いろいろな説明を経て、向こうの世界で過ごした時間が七年近くあった事を伝える。

「……つまりよ。まだ整理しきれなくて何がなんだかわからないとこもあるけど、地球から異世界に行ったら一夏は七歳位の女の子になって、束さんも十五歳位になってて、更に二人とも髪と瞳の色が変わってた。それは今の二人の身体が向こうの世界での一夏達で、その中にこっちの一夏達が入っちゃったから、と。要約はこんな感じでいいのね?」

「うん。大体はね。その後いろいろな事があって、サラ姉の勧めで入った士官学校でリィン達と出会って、その年の10月に起きた内戦に巻き込まれて。内戦自体は僕達が終結させたんだけど、その後に学院で異変が起きて、これも解決したと思ったらその場に靄の渦が現れてね。その渦を通り抜けたら、今度は緒方の家の庭に出た。それが今から二年位前」

 話し終わった時、鈴は少し頭から煙を出してる感じになったけどまあ、こんなに一遍に話したらそうなるよね。概要分かってくれてるだけで十分。あとは追々、少しずつ摺り合わせてけばいいことだし、時間も十分取れる。

 それにこの世界の経過時間と僕の主観時間がずれてることもちゃんと理解してくれた。僕の事をちゃんと見て、知ろうとしてくれる鈴の気持ちが嬉しい。荒唐無稽だって罵らないで聞いてくれるのが、本当に嬉しい。

「それで向こうで過ごした時間が六年半ちょっとと、こっちに帰って来てからの二年ちょっと。都合で約八年半位。別れてからは九年位振り、て事か。まだ少し混乱してるけど、一夏が相当濃い経験をして来たのはわかったし、女として違和感がない位に馴染んでるのも納得した。その異常に隙のない佇まいや、静かだけど、下手に触れたら切られそうな気配も理解出来たわ。後はまあ、こんな化け物銃を片手で振り回せる理由もね。ていうか魔眼とか何処の中二病だっての。実際見せられたっていうか、かけられたから否定はしないけど」

 まあなんだろ。とりあえず魔眼やら体質のことは納得してくれた。あの暴食振りもそのせいだって説明したし。ミスったのは、軽い魅了をかけたつもりが鈴には思った以上に深くかかっちゃって、危うく意に沿わないキスをさせるところだった。まあ、魅了を解いた後に改めてキスしてって言われた時にはまあ、希望道りキスしたけど。鈴の唇、柔らかくて心地よかったです。

 ……閑話休題(それはおいといて)、それと身のこなしなんかについてはこう、僕自身は割と無意識なんだけど、実戦と実践を繰り返してる内に意識しないでも周囲を軽く警戒して、敵意を向けられたら直ぐに返せるようにって、身体が覚え込んじゃったからかな。鈴達も訓練積み重ねたら出来ると思うんだけどね。

 そう思って少し苦笑いしてると、鈴が唐突に戦闘映像を見たって言ってきた。

「実を言うとね。昨日の夜、あたしの前に二組の代表だったティナ・ハミルトンっていうルームメイトに、公開されてるクラス代表選出戦の映像を見せて貰ったのよ。話を聞いた今考え直せば、あの千夏相手の容赦ない戦い方も当たり前なのよね。一夏は命がけの戦いを経てここに居るんだもの」

 ここで話題に出た選出戦。五人の総当たり十戦なんていうアホみたいな事したクラス代表を決める戦い。この試合、最低各人一戦ずつが公開されてるらしくて、僕のは対千夏戦。セシリアは僕とフィー、千夏との三戦分が公開されてる。千夏はどれ出しても負け戦ばかりだけど、それはそれで参考になるからと、違う意味で閲覧申請数がそれなりにあるらしい。基準は、教本に使えるかどうかだって真耶せんせーに聞いたけど。

「あれはちょっとね。私怨以前に、あいつには戦うという事への覚悟が欠片もないし、その後も変わらなかった。セシリアは、リィンと戦った後には油断も慢心もなくなってて、物凄く手強くなってたのに」

「そうね。セシリアの戦闘記録も見たけど、あれは凄かったわ。結果的には負けてるとは言え、あんたやフィーにもきっちりダメージ与えてたし、ビットの操作も試合中なのに目に見えて向上してた。特に最後の千夏相手の一方的な封殺戦法を見て、コイツは油断出来ないって、心底思ったもの」

 僕との至極真っ当な中距離射撃戦での攻防に千夏相手に使った全方位包囲射撃(オールレンジアタック)なんかは、今後のビット兵器の有用性を測る指針になるんじゃないかってことらしい。因みに僕と千夏の試合は、絶対防御の絶対性へのアンチテーゼとして使われてるらしい。教科書読むだけじゃ分かりづらいしね。

「うん。セシリアはもっと伸びるよ。今は出来ない、自分とビットの高度な同時運用もそのうち出来るようになると思うし。まあ、それはそれってことで。僕達についてはそんなこんながあって、で、昨日、鈴が転入してきて今に至る、て感じだね」

 因みにセシリア、鈴が言うように、試合を重ねる内にビット操作中に自分が動けないって弱点を自力で克服して、高機動まで行かないけど、動きながらのビット操作に一歩踏み出したんだよね。流石努力の人。

 と、そこまで話してて、鈴が唐突に僕の頭を撫でてきた。優しい手付きで、軽く髪を梳くように。少しくすぐったい、でも、鈴の暖かい気持ちを感じられて心地がいい。

「……がんばったわね、一夏。一夏はきっと、あたしなんかじゃ考えも及ばないような旅をしてきた。今もまだ、いろいろあると思う。けど、そうね。のんびり行きましょうよ。中学の時の同級生っていうか、元カレの家が美味しい定食屋なんだけど、今度連れてってあげる」

「ん。ありがと、鈴。ホントに鈴には助けられてるよ。昔も、今も、ね」

 ゼムリアに渡ってからは束姉との修行と、サラ姉に付いて協力者として遊撃士の仕事の手伝い。時に自分の何倍もある大型魔獣とだって戦ったし、盗賊や猟兵と事を構えたこともある。その中では当然、何度も命のやりとりがあった。

 トールズに入ってからも、内戦に入るまででさえ対人戦が何度も有ったし、内戦中は言わずもがな。カレル離宮や煌魔宮での戦いは文字道理の血戦で、死闘だった。結社(ウロボロス)使徒(アンギス)の一柱である《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダに結社の執行者(レギオン)達。帝国解放戦線リーダー、クロウ・アームブラスト。そして貴族派(ルーファスさん)の私兵として対立したアルティことアルティナ・オライオン。そして最終決戦となった緋の騎神テスタ=ロッサの暴走態、魔王エンド・オブ・ヴァーミリオン。

 たった一ヶ月で何回死を覚悟したか。何回死に瀕したか。何回、誰かが死にそうになるのを見たか。全部が終わった時、誰も死ななかった奇跡をどれだけ喜んだか。

 そんな風に過去を止めどなく思い出して、でも僕の髪を撫でてくれる鈴の手と、僕を見つめてくる瞳が、現実に引き戻してくれた。

 鈴の一言に救われる。鈴の暖かさに救われる。そのことを今、また思い出す。……ていうか元カレって、鈴、誰かとそういう意味でお付き合いしてたんだ。別れても仲が切れてないんだ。どんな人なんだろ、その人。

「あたしを助けてくれたあんたを、一夏を助けるんだって決めた。それは今でも同じ。その事を変えるつもりはない。またあの時みたいに、助け合いましょ。で、一緒にいろんな事して、楽しみましょ?」

「ふふ、そうだね。楽しいこと、いっぱいしよう」

 虐めに対してだけじゃない。勉強でも、運動でも、遊びでも、家やお店の手伝いでも。ずっと、お互いに手を取り合って来た。僕も、この事を変える気は無いし、一方的に無かったことにするつもりもない。そういって悪戯めいた笑顔の鈴と笑い合えば、気持ちはどこか、小学生の頃に戻ったように感じる。……でも、鈴の笑顔がなんかちょっと怖い?

「にしても、なんか負けた気分ね。なにそんなスタイルいいのよ。あたしこんなちんちくりんなのに」

「えっと……。なんかごめん」

 僕の全身を舐めるように見つめる鈴の瞳がどこか平坦な感じになって、僕の胸と腰辺りを交互に見るようになった。そしてやや低めの声音ですこし悲しげに呟く鈴に、少しだけ引きそうになり、思わず胸を庇いながらも謝ってしまう。多分体型の事だろうか。こう、僕の体型はバランスがいいらしいから。で、そんな僕を見てか、鈴は瞳に光を戻して、顔の前で手をヒラヒラと振りながら冗談と嘯く。嘯いたあと、おもむろに僕の胸に手を伸ばして、強めに揉んできたっ!?

「冗談よ。まあ、今の一夏のスタイルの良さはちょっと羨ましいって思うけど、ね!」

「ふにゃっ! んぅ……ちょ、ちょっと鈴、いきなりはやめてよ!」

 流石にいきなりすぎてビックリして思わず変な声出ちゃったし! でも、なにげに揉むの上手いのなんで? 強いのに、痛くなくて寧ろ心地いいとか。鈴はテクニシャンだったのか。でもホント、いきなりはやめてほしい!

「……いきなりじゃなかったら、いいの?」

「まあ、考えなくも無いよ。そういうスキンシップだって、女同士でなら別に嫌いじゃないし」

 そして突っ込むところはそこなの? といった風の鈴。事実、突っ込むのはそこなんだけどね。別に女同士なら触られるのが嫌ってわけじゃないし。男はリィン以外お断りだけど。

 ただ、僕のその反応を見てか、少し考えるような素振りを見せてから唐突に聞かれた。

「そう。で、さ。ちょっと気になったからぶっちゃけて聞くけど、あんた、もう女になってるわよね? なんか雰囲気がそんな感じなんだけど」

 この場合の女って、そういうことだよ、ね。当たりではあるんだけど、間違ってないんだけど……。

「……のーこめんとで」

 一応、回答を控えさせて貰おうかなぁ。肯定してるも同然で、誤魔化しにすらならないだろうけどさ。

「……はぁ、マジかあ。一夏ももう、心身共に女になってたのか。ちょっと複雑だわー。まあ、こんなに可愛いんだから、男共が放っておくわけないわよね。一夏はリィン以外の男に見向きもしないだろうけど」

「ほっといて。実際その通りだから何も言えないけどさ。ていうかそれブーメランでしょ」

 今はもう、男だったって記憶はあってもその頃の身体の感覚なんて微塵も残ってない。心、というか心理的にも多分、元のステラの記憶と経験もある分、普通に女として確立してる。後は、実際の始まりは若干の共依存からだけど、それでもリィンを好きになって、抱かれて、愛して、愛された。今でも機会を見てそういう事してるし。そこは否定出来ないし、したくもない。

 でも、僕もってことは、元カレがいるって言ってたし、鈴もその人とそういうことしてたって事だよね。

「ブーメランって、まあ、うん、そうね。あたしも、後にも先にもアイツだけだけどね。てゆーかさ。今の一夏を見てると、あたしもまた相手見付けたいなって思うのよ。でもリィンみたいないい男なんて、早々転がってないのが欠点よねー」

「そうだね。僕は出会いと運が良かったから。そういう関係になったのが共依存からだから、あんまり褒められた始まり方じゃないんだけどね」

 そして何気にリィンを基準に持ってきた鈴。えっと、また増えるのかな、これ。特にそうなる雰囲気もなかったはずだけど、なんで鈴のリィンへの好感度こんなに高いの!?

 でも、リィンだしな。ちょっとした一言でも惹き付けちゃうとこあるし、有り得ないわけじゃないんだよね。千夏と比較すれば余計にだし。

「なによ、そんな風に言ってる割に幸せそうな顔しちゃってさ。本気でまた、恋したくなっちゃうじゃない」

「ぶぅ……。それだってそっくりそのまま鈴にも返してやるもん、そのセリフ。満たされてて、恋に飢えてるって顔じゃないよ?」

 それにしても鈴、セリフだけは不満たらたらなのに、凄く優しい表情してる。相手見つけないととか言いながら、全然そんな感じじゃない。

「まあ、そうかもしれないわね。一夏にまた会えたし、リィン達とも知り合えたから、それで割と満足してるからかしら。まあそれはいいわ。それより一夏。あんた、みんなと訓練するんでしょ? そろそろ行ってきなさいよ」

「うん。ありがと。それじゃ鈴。また明日」

 やっぱり不満とか無かったんだ。僕も、また鈴と会えて嬉しかったけど、鈴も同じみたいで、その事も嬉しい。リィン達の事を受け入れてるのも。

「ええ。また明日、一夏」

 そして促された通りに訓練に行こうとしたんだけど、その前に聞いておこう。

「……あ、そうだ。僕達、企業所属だから、織斑以外にもレナや簪とも訓練してるんだけど、鈴もする?」

「そうねえ。ま、考えておくわ。明日にでも返事する」

「わかった。それじゃまた明日ね、鈴」

 まだクラス対抗戦前だから、クラス代表同士で訓練するのは良くないけど、僕達でばらけて簪達と訓練してる。そこに鈴が入ってもいいのかなって提案してみると、割といい返事が返ってきた。考えると言いつつ、凄く好戦的な目付きに不敵な笑みで返してきたから多分、確実にやる気でいるんだろうな。即決を控えただけで。

「また明日、一夏。あたしはもう少しここに居るからさ、あんたはさっさと行きなさいな」

 ともかく、鈴の返事を聞きながら手を振って、アリーナに向かうために校舎内に戻る。

 

 ……屋上で話してる間中ずっと捉えてた、少し前にも()()()()()がある、()()()()()()を引き連れて。

 

 特に気にする素振りを見せないで校舎に入って、二階分の階段を降りきる前、踊り場の手前で真上に向かって左袖に仕込んだ鋼糸を投げ放って、付いて来てる気配の主をたぐり寄せる。音を立てないで一階分の階段を飛び降りる技術は流石に凄いと思うけど、気配の消し方が完璧すぎるんだよね。

「……人の会話盗み聞きした上に、いつまで後ろ付けてくる気ですかね、ストーカーさん!」

「きゃぁっ! ちょ、こんな風に鋼糸が使えるなんて聞いてないわよ!」

 てことで姉さん&シャロンさん直伝の拘束技で身動き取れないようにしたその気配の主(ストーカー)を、床に叩き付けられないように抱き留めて、縛ったまま床に下ろす。一応、ケガさせちゃまずいからね。

 当の本人は僕が鋼糸を使ったことに驚いてるけど、まあそれはいいでしょ。暗器は知られないから暗器なわけで。でもってこの人、紅い瞳に水色の髪……て、これ簪のお姉さんじゃないですかー。通りで整備室で感じた気配と同じなわけだ。

「そりゃ暗器の技ですから、そうそう大っぴらに使わないですよ、生徒会長。……いえ、日本政府直属対暗部用暗部組織、更識家当主の更識楯無さん。一体何が目的ですか?」

 屋上で聞き耳立ててたストーカーさんは、生徒会長で簪のお姉ちゃんで日本の対暗部用暗部、更識家の当代当主様でしたとさ。なんでやねん。まあ、なんとなくだけど、理由は分からないでもないけどね。簪関連からいろいろ探りたかったんだろうな、きっと。それで、知ってて結構重要なことをこの人の前で話してたんだし。

「そこまでばれてるか。なら回りくどいのはやめて単刀直入に聞くわ。あなたが織斑一夏君って、本当なの?」

 当の本人も悪びれることも遠慮の欠片もなく、僕の事を聞いてきた。でも、今更それ聞く? 全部聞いてた癖にさ。

「僕と鈴の話しを聞いてたんですよね。なら確認する必要ないでしょう。それとも、僕が一番大切に思ってる親友に嘘をつくとでも? そんな人間に見えるとでも?」

 全部聞き取れたかは分からない。聞こえたとして、理解出来たとも思えない。そもそも信じられるとも思ってない。でも僕が鈴に嘘を吐くとだけは思われたくない。そこだけ釘を刺す。

「……第二回モンドグロッソ大会で行方不明になった織斑一夏君は男の子よ。でもあなたは、緒方ステラ・バレスタインは女の子。聞いただけでハイそうですかなんて、凰鈴音みたいに直ぐに信じることなんて出来ないわ」

 とは言え、今は女の僕と、誘拐された男の俺が同じモノだなんて、普通の人は思わない。あの話自体、与太話だと思うのが普通。その部分については彼女の言い分が正しい。でも、直ぐに信じて貰おうなんて思ってない。信じて貰う必要もない。

「別に信じなくてもいいです。事実がそこにある、それだけですから。ただ、言いふらしたりしなければそれでいいですよ」

「ふうん。脅してるつもりかしら」

 ただ、聞いたことを()()()()()ようにするだけだから。

「そんなことしませんよ。ただ"僕の瞳"を見て、誰にも言わないと約束してくれればいいだけですから」

 それには脅す必要なんてない。もっと()()ことはするけど、ね。

「……っ! ま、待って、その瞳は、なにか違う! ああ、あ、あなた、本当に人間なの!?」

「さすがは日本の対暗部用暗部。裏の裏を仕切る人ですね。それで、"一応"、僕はまだ人間ですよ。ただ、この(魔眼)がちょっと特別なだけで」

 僕の魔眼が持つ効果の一つ。幻惑でこの人の意識を一時的に錯乱させるだけ。それだけ。

 でも流石に暗部の当主を務めるだけあって完全に効きはしなかった。しかもこの瞳の危険性を直ぐに見抜いてきた。でも、人外の域には半歩も踏み込んでないから、まだ人の範疇にいるのに酷いなあ。ていうか千冬姉や束姉達のレベルには()()及ばないんだから、まだ人間だよ、これでも。

「とりあえず、この瞳を見て約束してください。屋上での僕と鈴の会話は、誰にも話さないって」

「う、ぅあ、う……。わ、わかったから! こ、これ以上は保たないから、これ以上その瞳で私の中に入ってくるのはやめて、お願い! 更識家当主の名の下に、聞いたことは絶対に誰にも話さないと誓うわ!」

 ともかく、もう少しだけ瞳に力を込めて彼女の目を覗き込みながら、もう一度だけ問いかける。

 そうすれば彼女は目を強く瞑って僕の視線を全力で遮り、吃りながら話さないことを誓約してくれた。家の名をかけて。ていうか本当に耐性強いね、この人。並みの暗部程度なら錯乱しきって廃人一歩手前になる位の力を使ったのに、錯乱するどころか思考が乱れる寸前で耐えたんだもん。流石暗部の一大勢力を束ねるだけのことはあるか。

「ありがとうございます。ああ、それと、僕が織斑一夏だったモノです。証拠なんて、僕の証言以外にありませんけどね」

「一応、話しは全部聞いてたから、そうなった理由は把握してるわ。凰さんと同じで、理解しきれてはいないけど、それでもあなたが嘘を言ってないのは、今の瞳をみてわかったから。まさかそんな魔法みたいな目、神話や物語の中だけの話しだと思ってたのに」

 彼女からの確約も得て、瞳から力を抜きながら礼と、質問の答えを話す。まあ、直ぐに理解出来る事じゃないだろうけど。嘘を言ってないことだけは信じて貰えた。

「そうですか。よかったです」

 ちょっと余計な一言も付いて来たけど、まあ、結構聞かれてるから向こうでの出来事を話すこと自体は吝かじゃない。

「今度、冒険譚を詳しく聞いてみたいわね。……それはそうと、これを言わないとね」

 それとは別に言われたのが、簪にしたことへのお礼だった。

「簪ちゃんのこと、助けてくれて、ありがとう」

「偶然です。巡り合わせが良かっただけですから。あとは、あなた達二人がちゃんと話し合って、擦れ違いを正せば全部終わりですよ。隠れて見守るくらいなら、ちゃんと話して、手を差し伸べれば良かったのに」

 打鉄弐式……今は月岡重工で黒翼改・弐式改と正式に命名、登録された簪の専用機建造を手助けしてることについてだろう。でも、これは単に巡り合わせ。僕達が整備をするために寄った整備室で偶然出会って、会社の方で承認されたから手助けした。ただそれだけだから。企業としての打算が多分に含まれてるしね。それよりも、彼女が自分自身で手を貸さなかった方が問題な気がするんだよね。

「まさか、気付いてた?」

「ええ。あの時はセシリア以外、全員気付いてましたよ。簪も気配だけは気付いてたっぽいですし。ただ、あなたの視線から害意を感じないから放っておいたんです。ていうか不器用ですね、姉妹揃って。そっくりですよ。あなたも、簪も」

 こそこそ見守ってます、心配してますオーラ全開で、でも気配だけは消して見守る。なんて隠密技術の無駄遣い。ぶっちゃけ、そういうことに疎いセシリアと、気配には気付いてるけど真意に気付けてなかった簪本人以外は全員気付いてたんだよね。気付いて、不器用な二人を生暖かく見守ろうって感じで。

「……そう、か」

 簪も楯無さんも、二人ともお互いに遠慮し合ってしまって、すれ違ってるだけ。どちらも嫌ってないなら、後は歩み寄れば少しずつ溝は埋められる。僕と千夏みたいに、もう修復不能レベルになってるわけじゃないんだから、まだ間に合う。でもこのままの状態が続いたら、遠からず簪と楯無さんの仲も修復不能レベルになる。だから、その前に楯無さんの背中を押す。

「二人ともまだやり直せるんですから。詳しい事情は聞いてませんし、こっちから聞くつもりもないから何とも言えませんけど、お互いが思い合ってるなら、話してみてください。簪はあなたのことで非常に強いコンプレックスを持ってはいます。けど、あなたの事を嫌ってるわけじゃありませんから」

「少し、時間をちょうだい。直ぐには整理が付かないの」

 流石に今すぐは無理だろう。僕だって同じ立場で言われたら、やっぱり考える時間を貰いたいと思うし。でも、あんまり時間がかかるようなら強制しよう。そうしよう。

「手遅れになりそうなら、無理矢理でも簪の前に連れて行きますから。あと、相談だけならいつでも乗りますよ」

「そうね。それがいい、のかもね。それから、なにかあったら、お願いするわ。……ていうわけで、あの、この鋼糸を解いてくれないかなぁ。動けないんだけどなぁ、なんて」

 同意と言質を取れたところで、楯無さんがもぞもぞと身体を揺すり始めて、上目遣いで僕を見上げてくる。……なんかカワイイぞこの生き物。このままにしたいとか、ちょっと嗜虐的な感情に捕らわれそう。Sっ気はないつもりだったけど、雰囲気でそういう風にも感じるんだなぁ。

「……。まあ、それもそうですよね」

 けどそれはやっちゃいかんのです。一時の誘惑に流されるのダメ、いけない。楯無さんの拘束を解いて、鋼糸を巻き取って袖の中に仕舞いなおす。

「その、ありがとう、ステラちゃん。簪ちゃんのこと、お願いします」

「どういたしまして、楯無さん。それと、簪は友達だから、心配しなくても大丈夫ですよ」

 拘束が外れて立ち上がった楯無さんが、軽く頭を下げてのお礼と、簪のことを頼まれた。

 でも、もう友達になった簪のことを放っておくなんて出来ない。簪の方から離れない限り、出来る限り力になるつもりだから。そう言えば、楯無さんも安心したように笑顔を浮かべてくれた。

 

 暗部を纏める当主。現ロシア国家代表。そしてIS学園生徒会長。三つもの重責に曝される彼女は、安易に人に気を許すなんて出来ないんだろう。そんな彼女が僕を頼ってくれた。なら、その気持ちに応える。僕の出来る全力で。

 今楯無さんが浮かべた笑顔は、そう思えるような暖かで、とても自然な笑顔だった。




今回のお話しはエピソード上切り分けがしにくかったため、随分と長くなってしまいました(..;

基本的にエピソードやシーンに合わせて書いているため、何文字で一話、という書き方ではないので、今後も各話毎の文字数のばらつきが出ると思いますが、ご容赦ください。
続きはがんばって書いてますので、出来る限り早く次話を投降出来ればと考えてます。

それでは、今後も宜しくお願いします。


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箒 vs 一夏

今話はちょっと原作になかった展開と、箒に対する過度に感じるアンチ表現があります。
その当たりが気に入らない方は今話は読まず、次話をお待ちください。


 屋上での一夏と鈴の、本当の意味での再会。そして予想外であった更識楯無との出会い。

 鈴との軽い話しだけだと考えていた一夏にとって、再会時の話しや楯無との一連の会話で思った以上に時間がかかるものとなった。それでも予定していた訓練には間に合い、申請していた第六アリーナに時間内に到着。

 今日は優衣とフィー、セシリアと共に千夏の教導を行う予定で、残りのメンバーは訓練機が借りられなかったため、リィンとエマを指導員として練武場にて格闘訓練か基礎訓練中。簪とレナもアリーナと訓練機の利用申請が通らなかったためにそちらに行ってる。

 しかし間に合ったとはいえ、アリーナの残り利用時間は後一時間ほどしかないので、急いで更衣室で制服を脱いでアリーナに入った一夏。だが、アリーナに入った彼女を出迎えたのは優衣やフィーではなく、なぜか居る予定外の人員。()()()()()()篠ノ乃箒だった。

「遅かったな、緒方」

「……うぇ? な、なんで篠ノ乃が居るの?」

 あまりに突然の出来事に思わず変な声を出してから箒に問いかける一夏。

 問いかけながら内心、幻惑の魔眼で自爆したかと思うほど混乱する一夏だが、それでもなんとか表情には出さないように堪えるも、勝手に入り込んで来た事には不快感を覚える。

「私が居ては悪いと言うのか? 漸く訓練機を借りられた。千夏の訓練のために。だがその前に緒方。千夏の訓練の主導権を握っているお前に尋常の勝負を申し込む。私が勝ったら今後、千夏の訓練は全て私が見る!」

 当の箒は悪びれもせずに訓練機を借りられたから来たと。しかし一組所属の専用機持ちとその担当教師である千冬と真耶、全員の合意で千夏の訓練の主導は一夏がすることとなっている。だがそのことを知らない箒は、一夏が勝手に主導していると考え、そのこと自体が気に入らないと訓練の主導権を賭けた勝負を一方的に一夏に突きつける。

 当然一夏はその是非と今日の様子を優衣達に問いかける。なぜなら、白式を纏った千夏がずっと、一心不乱に面の素振りだけを繰り返しているからだ。

「あー、えっと、これは、本気? 織斑ずっとあれだけ?」

 その一夏の問いに、それぞれに凍牙とブルー・ティアーズを周囲に旋回させ続けてる優衣達三人が、各々のビット制御を外さないままに、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた後、異口同音に答える。

 あれ()のせいで訓練にならない、と。

「そだよー。何かしようとする度に文句を言ってくるから正直、今日は訓練出来てないんだよね。何を教えようとしても邪魔されちゃってさ」

「仕方ないから今日の予定は全部キャンセルして、織斑には素振りだけやらせてる。で、わたしと優衣でセシリアのビット操作訓練してた」

「その件についてはわたくし的にはとてもありがたいのですが。ですが篠ノ乃さん、織斑の側でああでもないこうでもないと、ずっと口出しするばかりな上、それらは全く見当外れな物ばかりでして……」

 三人のその答えに対して、箒は真っ向から反論。しかし本来、今日の訓練予定は完全マニュアル操作でのサークルロンドによる機動制御訓練と、雪片弐型と零落白夜のための居合いの教授であった。それが全て、箒の不必要且つ無意味な介入でどちらも出来なくなった、と言うことだ。

「何を言う! お前達がろくに教えていない代わりに、私が千夏の為にアドバイスをしていたのだ」

 だが箒は優衣達の言葉に反抗。しかし意味のない言い訳、理屈の通らない言葉。一夏達もそんな箒の反論を真に受けたりするはずはなく、身勝手な言い分を振りかざす箒を無視して、千夏に素振りをやめさせて冗談めかした口調で質問を投げかける。

「……えっと、織斑。一回素振りやめてこっちに注目。被疑者がこのように供述していますが、被害者の織斑千夏さん。あなたはどうお考えで?」

「は? あー、その、まあ……」

 当の千夏はいきなりの質問内容に答え辛そうにし、それを見たセシリアが一夏に勝負を受けるのかについて問いかける。

「その前にステラさん。先程申し込まれた篠ノ乃さんとの勝負。お受けになるおつもりなのですか?」

「まあ、それで篠ノ乃が納得するなら、だけどね。それで、さっきの言い回しは冗談としてさ、織斑はどうなんよ。アレの教えを受けるのは」

 この質問に関して、元より一夏は受ける一択である。意味のない言い合いを続けるくらいならば、力で叩き潰して片付けられる面倒事を即時に片付けるとすでに決めている。至極乱暴な方法ではあるが、遊撃士(サラ達)の協力者をしていた頃に身についた考え方の一つであり、安易に力に訴えたいわけではないが、今回の箒に関しては、直ぐに片付けなければ時間の無駄と判断している。更に言えば、今の箒に負けるという形が見えないからでもある。

「……ないな。いくら俺でも無理だ。さっきから聞いてて意味が分かんねえ。正直嫌だけど、お前らの方がまだわかりやすいんだ」

 そして改めて真面目に問いかけ直された千夏は、一夏の問いに箒に教えを請うつもりはないと答える。彼自身、箒の指導方法がわかりやすい物ではないと実感しているからだ。

 この千夏の答えに一夏は、箒がどう考えているかを聞こうとするが、彼女は千夏の言い分すら無視して自分こそが相応しいと曰う。いっそ憐れみすら誘う必死さであるが、それは一夏が箒を見逃す理由にはならない。寧ろ嫌がる者に無理強いをする愚者として"処理"することが先決だと判断する。

「だって。織斑こう言ってるけど、その辺どうなのさ?」

「それでも。私の教え方の方が、お前達よりも千夏の為になるはずだ」

「ふうん。本人が嫌がってるのは無視ですか。でもま、そこまで言うなら一本勝負でいいね」

 一本勝負。ただ一度だけの、生死を賭けた決闘。だが一夏は、箒にはその考え方はないのだろうと考える。一夏が知る箒は、良くも悪くも生粋の剣道家だからだ。嗜み程度の体術を習っていたのは篠ノ乃道場に通っていた頃に知っていたが、それは本当に護身術程度のレベル。剣道のついでだった。翻って一夏が修めたのは、生死を賭ける事を前提とした剣術を初めとする武術であり、それは箒や千夏には向いてないと、当時師範と師範代だった柳韻と束も断言していた。その事から一夏は、この勝負は箒にとってただの試合であり、決して生死を賭けるようなモノではない、その程度の理解しかないだろうと考える。

「当たり前だ!」

「……二言は、ないね」

 更に箒は、この一夏との勝負を剣道に準じた試合として考えているのであろう。それは彼女が日本刀によく似た設えの倉持技研製のIS用実体刀、《(あおい)》だけを構えていることから判断出来る。

「それじゃ、行くよ」

「待て緒方! 私は剣のみだ。お前は尋常の勝負というものがわからないのか!」

 しかし一夏はバカ正直に剣と剣の勝負を行うつもりなどないため、大型複合銃剣の《透徹》を呼び出し(コール)し、いつも通り左肩に担ぐように構える。だが予想通り箒はその事について文句を付けてくる。自らが使う得物に合わせろと。剣には剣で戦えと。とは言えそれは一夏達にとって尤も意味のない言い分である。

「はあ? そんな物あると思ってんの? ていうか君さ、尋常の意味を間違えてるよそれ。……でもま、それなら今回だけはこれでやってあげる。悪いけど、純粋な刀剣に近いモノはこれしかないから」

「なんだ、それは……。途中で折れているではないか! そんな壊れたモノを剣などとは言わんぞ!」

 納得はしないが、言い分自体はわからないでもない。そこで一夏は箒の言い分と言葉の使い方を真っ向から否定しつつ、唯一のまともな実体刀とも言える大型可変振動剣。蛇腹状に剣が分割する変型武器である《烈空(れっくう)》を呼び出して構える。この烈空。一夏達Ⅶ組が帝国解放戦線及び内戦中に相対した元帝国解放戦線メンバー《S》ことスカーレットが使っていた武器であり、本来とある組織(聖杯騎士団)において門外不出の武器である、テンプルソードと呼ばれる特殊な実体剣を元に作られている。なお、一夏がテンプルソードは七曜協会の暗部である聖杯騎士団において門外不出の武器とされている、と知ったのは優衣の知識からであり、そのような武器をなぜスカーレットが使っていたのかは聞いていないので一夏は知らない。また一夏にスカーレットの過去を暴くつもりもないので、彼女自身が話さない限り、真相を聞くこともないだろうが。

「これは大型可変振動剣の《烈空》。通称テンプルソードって言って、こう、手首の返しや振るい方でこんな感じの、ちょっとした手品っぽい攻撃が出来る変型武器だよ。完全結合すれば普通の実体剣とほぼ同じだし。それに、これ(烈空)以外は凍牙と複合銃剣に旋剣、円剣や銃火器しか搭載してないんだ。極めつけはこれだしねー」

 閑話休題。装備に文句を付けられた一夏は、箒に見せつけるように烈空を振るい、その不規則な剣筋を披露すると共に、リグから切り離した凍牙を周囲に旋回させつつ右手に幾つもの装備を順次展開。更に烈空を一度量子化した後、徐に左腕を顔の前まで上げ、そこに装備された可変式武装である複合武装装甲腕、《緋鋼(あかはがね)》を起動。尤も特徴的な攻撃モードへ移行させる。緋鋼はその身を四本の支持腕へと分離し、大きく開くと先端に装備された高周波振動爪を起動。支持腕先端の爪が高周波で振動する耳障りな音を響かせながら、手を握り込み、また開く動作に合わせて支持腕を大きく開閉させる。その姿は人に、物語に出てくる死神が魂を抉り取るような、非常に強い嫌悪感を持たせる。箒もまた、その緋鋼の動作に不気味な物を感じたのか、一歩後ずさりながら声を荒げる。

「な、なんだ、その禍々しいものは!」

「機体固有名と同じ名前だけど、緋鋼の固有武装。複合武装装甲腕《緋鋼》の一形態、高周波振動爪形態。こう、パクって、喰い千切っちゃうぞ?」

 怯える箒を見て、しかし一夏は、彼女の胸元に振動爪の先を突き付けつつ、わざと戯けたような口調で明るく喰い千切ると言い返す。

「……ぐっ。き、貴様は、常道の剣は出来ないのか」

 爪が自らを抉ることはない。それは緋鋼の位置と自分の位置がまだ離れてることで明白。だが箒はその(緋鋼)の不気味な見た目と動き、そして爪が奏でる不快な音に本能からの恐怖を覚える。それでも剣道で鍛えてきた彼女の精神は紙一重でその恐怖を押さえ込み、一夏に対して常道の剣を求めた。様々な武器やそれらを操る技を見せられて尚、一夏に剣道を求める。

 その箒の必死さを見た優衣とフィーが失笑をもらす。

「ぷふっ……だ、だめ……」

「笑っちゃ可哀想だよ、フィー。くすっ……」

「優衣だって、笑ってる」

「……く。だ、ダメですわ。お二人に吊られてはダメですわよ、セシリア。がま、ん。するの、です」

 優衣とフィーは我慢しているつもりである。堪え切れている様子はないので直ぐにでも決壊するだろう。そして年齢の割にポーカーフェイスの心得があるセシリアでさえ、この様子には笑いを堪えている。まあ、優衣達同様に時間の問題かも知れないが。

「あははっ、バッカみたい。言っておくけどさ。僕の戦法や戦術って、常道なんてモノからは一番縁遠いモノだよ。てか、誰も彼もが常道だけで戦ってるわけ無いじゃん。それぞれにあったそれぞれの戦い方を持ってる。ていうかそんなのもわかんないで戦う戦う言ってんの、篠ノ乃って」

 そして一夏に至っては、三人とは異なり悪びれることもなく笑い声を上げる。常道。それは一夏が、束と柳韻に師事して篠ノ乃流武術を修め始めた時点で既に"捨てた"もの。剣術、槍術、薙刀術、棒術、体術、暗器術などなど。健全なスポーツの一種へと変じた剣道を初めとする武道が指す常道からはかけ離れた武術の技の数々と、それらを扱う心構え。そしてエレボニア(異世界)での生活と冒険で培った生き残るための術の数々。時に味方や敵が取り落とした武器すら使ってでも勝機を掴む、いっそ邪道、いっそ意地汚いまでの生と勝ちへの執着。それが今の一夏を作り上げている。そんな一夏にとって、箒が口にする常道など、綺麗事とすら言えない、ただのわがまま。

「IS戦で同じ武器使って戦うの強要するとか、基本あり得ないもんねー。部門別競技試合位だって、それ」

「む、ムリ……。こんなの、戦いって言わない。試合、でもちょっと甘い、かも」

「今回は、あくまでもISを用いた非正規な決闘ですものね。不意打ちをしないだけ、ステラさんはお優しいですわ」

 そして試合、模擬戦。どちらにしても、この様な非正規戦においてスタートの合図があるというのは優しい事だとも考える。実戦の場に居た一夏とフィー。限りなく実戦に近い訓練を行っている優衣。三人やリィンに教えを請うセシリア。その誰もが、箒があくまでもスポーツとしての剣道を、ISを用いた決闘に持ち込もうとすることに、憐れみを感じている。

「貴様等、よくもヌケヌケと言う……」

 だが彼女達の言葉を侮蔑ととった箒は、吐き捨てるように三人に向けて悪態を吐くが、それは最早戯れ言でしかない。

「戯れ言を言ってるのはそっちだよ、篠ノ乃。三人は間違ってない。そんでさ、こんなことでグダグダ言ってないで、そろそろ殺ろうよ。篠ノ乃箒。やること沢山残ってるんだから、時間の無駄だよ」

 よって、箒が口にしたことは一夏によって反論される。そして一夏はその左手に、全ての節を結合し固定させた烈空を構え、その切っ先を箒に突き付ける。

 そして合図もなく葵を上段に構えた箒が動き出すと同時に、一夏も踏切り、一歩で最高速へと加速。烈空を引き絞り、最初で最後の一手を放つ。

「くっ! その様な邪剣になど、負けるもぬっ……」

 対する箒はスラスターを使って加速し、叫びながら一夏に葵を唐竹に振り落とそうとするも、その寸前、彼女が何かを言い切る前に轟音と共に文字通り吹き飛んでいき、その場には烈空を身体の前にかざした一夏が静止してるのみ。戦闘データを見ていたフィーが打鉄の稼働停止と箒のバイタルデータを確認して一夏の勝利を告げる。

「……絶対防御の発動を確認。搭乗者の篠ノ乃は気絶。勝者、緒方ステラ・バレスタイン」

「試合終了確認! 邪魔だからあれ、アリーナの端に置いてくるねー」

 フィーの宣言を聞いて直ぐ、烈空を格納した一夏は箒の下へ飛び、打鉄を纏ったまま気絶する彼女をアリーナの壁際へと引き摺っていく。

 その様子を見ていた千夏が呆然としながらも一夏の声に反応し、しかし状況が把握しきれなかったためかセシリアに聞いてみることにした。

 しかしセシリア自身、千夏ほどではないが、状況を把握出来たわけではない。

「……あー、おう。なあ、オルコット。今、何が起こったんだ?」

「さあ? わたくしもはっきりは見えませんでしたが、篠ノ乃さんが振りかぶった時にはもう、ステラさんが懐に潜り込む寸前でした。ですが、その次の瞬間には轟音と共に篠ノ乃さんが宙を飛んでいましたわ。あれ程綺麗な放物線は、なかなか見られませんわね」

 轟音と共に吹き飛ぶ箒という、結果しか見えていなかった二人に、優衣とフィーが詳しい説明をする。ソニックブームで弾き飛ばしただけだと。

「だよねー。でね、それの答えは簡単だよ。ステラのブレードを振るう速度が音速超えたから。ただそれだけ。零距離からの衝撃波で篠ノ乃を吹き飛ばしたんだ」

「轟音はその時に音の壁を破った証拠」

 俄に信じられる現象ではない。しかし現実に一夏は烈空を振りかぶる速度に自身の加速を加えることで剣速の超音速化を行っている。

「は? 音速だと? あの一瞬でか?」

「そう。インパクトの直前に、超音速から零停止しただけ。肘から先。肘と手首だけで振るったから、何もしてない様に見える。ちなみに、IS装備してなかったら篠ノ乃は粉々だね、粉々」

 千夏が驚くのも無理はないが、実際に行われている事に、セシリアが自身の知る知識を当てはめ、かつて超音速飛行訓練時に、僚機及び観測機として共に飛んだタイフーンが音速を超えた際に発した音に酷似していると判断する。

「確かに、あの時聞こえた破裂音のような轟音は戦闘機が発したソニックブームが出す音に似ていましたが……。そもそも人間業ですの、それ?」

 しかし、やはり簡単に納得出来るモノではない。少なくともISを纏っているとはいえ、人が作り出せる現象なのかと疑うのは仕方のないことだろう。だがそんなセシリアの疑問にも、優衣とフィー、そしてリィンもが出来ると言われれば、ある程度受け入れることが出来る。

「斬撃を飛ばすのなら私でも出来るし、リィンとフィーも出来るよ。それだけの経験と訓練はしてきてるからね」

「簡単じゃないけど、出来るね」

「そうですか」

 だが千夏は未だに納得しない。彼の常識の中で、この現象は現実離れしているからだ。

「お前ら、やっぱどっかおかしいだろ」

 それでも、これが事実だと戻ってきた一夏が千夏に指摘する。仕組みとしては単純で有り、繰り返す事で出来るようになる技術だと。

 手品と行ってしまえば手品だと言い張れる、小手先の技術。ただしそこに至るまでの積み重ねは相当な数になる。尤も千夏としては手品で済まされたくないのだろうが。

「失礼だなあ、織斑。こんな小手先の技術、地道に訓練続けてれば出来るようになるっての。ぶっちゃけ手品レベルの技能だよ」

「手品で出来るか、そんなの!」

 とはいえ一夏と優衣、フィーと、この場に居る三人がこの手品を出来る以上、不可能な事ではない。

「いや、ここに三人出来るのいるんだけど? 実際僕使ったじゃん」

「念のために撮っておいた映像のスロー再生がこれね。一応勝敗判定の証拠ってことで」

 更に証拠の映像まで見せられては千夏も納得するしかない。例え自分の常識と食い違っていようとも。

「……マジで衝撃波出てるし。箒に剣自体が当たってねえのに吹き飛んでるし。けどよ、ゲームの世界とかじゃねえんだぞ、ここ」

「そんなの知ってるよ。でも出来る人は出来る。それだけだっての。自分の目を疑うな。見たままを一度受け入れてみろ」

 現実(リアル)幻想(ゲーム)。自分の中の区分点と一夏達の中にあるそれとが一致しない千夏には、映像を見ても尚、やはり納得し切れていない。

「わかったよ、たく。現実離れすんにも程があるだろ、クソが」

 しかし折り目自体は付けたようで、悪態を吐くことで自分を納得させることにしたようだ。

 翻ってセシリアは積極的にこの手品……小手先の技を手に入れようとし、優衣に自分もと問いかける。

「……優衣さん。この技、わたくしにも出来るのでしょうか? もし出来たら、数少ない近接戦の一手にする事が可能なのですが」

「やり方とコツは教えられるからね。あとはセシリアの努力次第でしょ」

「だといいのですが」

 尚、この日の呟きと優衣達の教えにより、後日セシリアの努力は実り、ナイフ戦技を極めてソニックブームを撃ち出す様になるのは別の話。その様子が映された複数の公開戦闘記録に残された様子から切り裂きセシィ(セシィ・ザ・リッパー)なる異名を付けられることになるのもまた、別の話。

 ついでに翌日、箒が勝負の無効と再戦を持ち出して千夏以外に総スカンを喰らったのは完全に別の話である。

 

 閑話休題。

 多大な私情を挟んで訓練の邪魔をしていた箒は、気絶したまま壁際に放置。

 誰もが彼女の存在を頭から除外した現在、一夏達による、千夏への初歩的機動のマニュアル操作での操縦訓練中。今はまずサークルロンドを習得させ、各種立体機動特殊戦闘機動への足掛かりにする形を取っている。

 ここで素人の千夏に対してオートではなくいきなりマニュアルでやらせているのは、ISでの戦闘機動はマニュアルでのPIC駆動でしか真価を発揮出来ないからだ。ならば今は何も知らない、技術面が真っ新な千夏にはいっそ、スパルタ的にマニュアル駆動を仕込んでしまおうと言う方針でこの訓練が行われている。

「そこでまた集中切れてるぞ織斑! 回り始めたら逆に集中しないと、直ぐにバランス崩して円形軌道が崩れるから、まずは真円を描いて回れるように。セシリア、もう一回お願い」

 しかしいきなり上手く出来るはずもなく、真円を描くはずの周回軌道は大きく歪な楕円軌道となった。自身の機体速度と高度、姿勢。相手機との相対位置と速度など、それぞれのベクトルをハイパーセンサーから正確に読み取り、把握出来るようになるにはまだ時間がかかりそうだ。

「はい。織斑。もう一度行きますわよ。まずはわたくしと正対して、付かず離れずの位置をキープ出来るようにいたしましょう」

「織斑はまだ搭乗時間が二十時間に届いてないんだから、それだけ出来てるので十分。焦らないで少しずつ慣れていくように」

 とは言え、一度で楕円軌道を描くことが出来たこともまた驚きである。普通はフルマニュアルで中に浮かぶことすら難しい。まだ地上で走ったり跳ねたりする程度の時間で、既に空へ浮かび、飛行している事を考えれば十分出来ている部類である。あとは理解し、無意識に刷り込むまで繰り返す。

「あ、おう。行くぞ!」

 地上に降りて簡易補給基で僅かにエネルギーを回復させた白式を再び中に浮かせた千夏は、高度十五メートルで滞空。二十メートルの位置で正対するセシリアと共に再び右回りの水平周回機動を開始。

 一夏や優衣の想像通り、飲み込み自体は早い千夏は、三度目の挑戦でそれなりに安定した周回軌道を描くようになった。まだ速度も遅く、度々軌道や高度の維持が乱れるがまあ、操縦時間に比較すれば十分出来ている方だろう。

「少しずつ形になってきたようですわね。ではそろそろ少しずつ速度を上げましょう。まずは現在の速度にプラス五パーセントからです。準備はよろしくて?」

「おう、やってみるさ、これくらいな。オルコット含めた代表候補生達相手にするのに、これはスタート地点にも着いてないんだろ?」

「ええ。ですので慣れたら直ぐに次の段階へ移りますわ。覚悟なさいましね」

「了解だ」

 こうして三十分程のサークルロンドの訓練を終え、次はアリーナの内周全体を使った全速力での飛行。もちろんマニュアルで。一歩間違えば内壁やバリアに激突、または地面に墜落して大惨事となりかねない訓練だが、高機動格闘戦特化型ISである白式の特性上、高速度での飛行とその際の細かな機体制御になれることも重要、と言うことである。一夏達の考える訓練内容としては瞬時加速(イグニッション・ブースト)の習得も視野に入れているが、まだ早い。通常飛行での高速度飛行状態に慣れさせる方が先決。なぜなら白式の最高速力は、IS最速とも言われるテンペスタⅡに匹敵、または上回ると言われる程に速いのだ。下手に瞬時加速など使うよりも、最高速度を維持しつつ立体機動による回り込みや攪乱戦に持ち込む方が有利。更に言うと、一度で通じなくなる直線軌道の瞬時加速を使う位なら、更に上位の技術である多段階瞬時加速(マルチプル・イグニッション・ブースト)後退瞬時加速(リバース・イグニッション・ブースト)などの、よりトリッキーな瞬時加速のバリエーション技術を覚えさせたいと考えているからだ。

「それじゃ締めの高速飛行行こうか。僕達四人で射撃しながら追いかけるから、今日こそ逃げ切れよー。よーい、どん!」

 こうした理由から行われるこのカーレースやエアレースなどの高速度レース競技を軽々と超えた速度で行われる超高速鬼ごっこは、単純に千夏を速度に慣れさせるためだけに行われる。スペック上、白式に追い着ける速度を出せる機体は、IS学園に存在しない。それでもこの鬼ごっこ。行われてから一度足りと千夏が逃げ切ったことは無い

「な、ちょ、撃ち始めんの早えだろ、ちくしょうがっ!」

 まず、鬼は必ず射撃武器で邪魔をする。二機以上からの断続的な射撃が行われるため、一種の弾幕ゲー状態となり、千夏はその射線の回避をも計算に入れつつ、オーバル状のアリーナ内壁を出せる限りの高速で飛び続ける。当然、内壁やバリア、地面に激突しないよう、随時PICを調整しながらである。そのため、白式より速度で大分劣る緋鋼やブルー・ティアーズからすら逃げ切れないで居る。尤も……。

「ん、タッチ。後百五十二メートル。前回より二百五十メートル以上縮めて、残り二百メートルを切ったね」

「今日はクラウゼルかよ……。お前等速すぎだろ」

 僅か数日の訓練でゴール地点までの残り距離は短くなっている。前回は残り四百メートル以上だったことから、今日の訓練では一気に半分以上、距離を縮めた計算になる。

「まだ織斑が遅いだけ。でも、慣れれば回避機動時の無駄を少なくしてもっと速く出来る。そうすれば、逃げ切れるようになるはず」

「実際、始めた頃は一キロ単位の地点で捕まえられましたから、この短期間で十分、速くなってると思いますわ」

「こっちの射線の外し方もまあ、上手くなってるよね。今日は被弾十二発って出てるし、成果は出てきてる」

 完走出来なかったなりに、出来た点を評価する一夏達。出来なかったことよりも、出来たことの方が重要である。()()()()()でならば、あと数日内にゴールへ辿り着けるだろう。

「そう、か。けどよ、まだ先は長えってことだろ?」

「何事も積み重ね。織斑と私達は年期が違うから」

 それでもまだまだ不十分なのは本人も承知している。千夏の訓練はまだ始まったばかりなのだから。

「そーかよ」

 最後に千夏の拗ねた声が締めの言葉となり、全員がアリーナから退出する。

 壁際に放置された箒を除いて。

 

 この後、箒が目を覚ましたのは閉館時間を目前にして見回りに来た担当管制官が彼女を起こした時であり、利用時間を大幅に過ぎて訓練機の返却及びアリーナからの退出をしていなかった箒は反省文二枚提出を罰則として受けることとなった。

 なお箒を放置した一夏達が咎められることはない。これは書類上の箒のアリーナ利用と訓練機貸し出しの申請書類が一夏達のものとは別であり、箒が単独で訓練し、単独で事故を起こして気絶したと処理されたからだ。

 このことについても翌日、一夏達に文句を言うのだが、再勝負の件と同様、誰もまともに受けることはなかった。あの千夏でさえも。




箒さんのモップ状態はまだまだ続きますが、アンチタグを入れてるのでご了承を。

そして今話の千夏への訓練はこのISApocryphaオリジナルの設定であり、私が勝手に考えるISの操縦・運用方法に基づいたモノで、一応、原作一夏ポジである千夏ですが育成方法は原作と全く違う方法をと考えた上でこの形になりました。
尤も、これで彼が強くなるのか、この先訓練について行けるのか、どちらも不明ですが(^^

なお、この訓練方法は、短期間でスノーボード初心者の相方を中級に踏み込めるくらいまで教えた経験を元にしてます。要は単純なスパルタです。とにかく転ぼうが何しようが滑って慣れろという形で……。因みに相方は、ある程度滑れるようになった段階でスクールに入ったところ、初級で応募したのに中級のレッスンを受けてた、と言ってました。

また作中での"尋常"や"常道"、"武道・武術との向き合い方"などは、いくつかの武道と武術を少しだけ習った私自身の認識に基づいたモノで、一般的な認識とはずれていると思います。異論や反論もあると思いますが、この件について議論するつもりはありませんので。あくまでそのような設定と認識の世界観だということでご了承ください。

現状、下書きとストックが尽きかけているので、次回更新に時間がかかる可能性もあります。なるべく早く次話以降を投降出来るようにしますので、お待ちください。


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弐式改

 月岡重工開発部の資材課から、簪が借りてるIS学園の整備室に大量のパーツが搬入され始めたのは、マルチモバイルで打ち合わせを行ってから僅か三日後。

 元の打鉄弐式の仕様書と設計図を元に、月岡重工で黒鋼型と同等仕様に変更された新たな設計図が届いたのは打ち合わせ翌日。

 更にその二日後には主要なフレームの交換用パーツと強化用パーツにメインデバイス系が届き、続けて装甲材や駆動系、各種武装及び追加装備類などが順次搬入。全ての構成部材が揃ったのは、打ち合わせからたったの六日後だった。これは弐式改……正式登録名称《黒翼改(くろはねかい)弐式改(にしきかい)》となるこの機体が、原設計である打鉄の発展機仕様から黒鋼型仕様に変更されたことで、黒翼や黒鋼型各機用の余剰パーツや予備パーツなどを弐式改に合わせて成形したものが使えるようになったからだ。要は、元からあるモノを手直しするだけなので準備も搬入も早かった、と言う形である。

 また同時に、弐式改のコアは黒鋼型と同等の仕様に変更され、そのために一夏と優衣の姉である束=緒方タリサ・バレスタインが技術者として来校してのコアのアップデートも行われた。

 そして既存フレームの全面的な交換を皮切りに開始された機体組み立ては、開始から十日程経った今、無事最後の外部装甲板を組み付けて終了することになった。

 

 この日作業していたのは簪と一夏と本音。そして所用で一時退室しているエマの四人。月岡重工組は持ち回りで訓練の合間に組み立てを手伝い、それが今日、完成するに至った。尤も、構成パーツの八十パーセントほどが既存パーツを再成形したモノで、装備類も大半は既存装備の組み直し品が殆ど。制御用の基本システムも月岡製IS共通OSをカスタム化したもののため、その調整を含めても工期をここまで短縮出来たのだ。一部まだ書き上がっていない制御系として、凍牙とは仕様が異なる自立誘導兵装で、元の打鉄弐式から引き継がれた弐式改専用第三世代装備《山嵐(やまあらし)》のプログラムがまだ完成していないのだが……。ここはまだ急ぐところでもないと、簪本人も含めて納得済みである。

「これが最後の腕部装甲だから、ここを固定すれば機体自体は完成だね」

「うん。えっと、ハードポイントのコネクタ、接続。プラグの通電、位相、確認。データフロー、正常。やっと出来た。まだ完全じゃないけど、やっと、組み上がった」

 ともあれ、腕部装甲の最後の一枚が取り付けられた。弐式改は高機動型らしく装甲面積が非常に少ない軽量型とは言え、ISである以上、装甲重量と構成部材自体はそれなりにある。

 この最後に組み付けた腕部装甲には、フィーのシルフィードに搭載されているものと同じ腕部固定型可変攻盾《レギルス》が接続されるため、ハードポイントへのコネクタや各種接続プラグなどがあり、複雑な形状と接続形態を持っているため、慎重に取り付ける必要があった。

「そうだね。最後の固定作業、自分で回す?」

「うん。……トルク確認。固定、確認。これで出来た」

 それでも操縦者としてだけではなく、整備士としての知識や技量を持つ簪と一夏の作業なので、組み付け後のチェックも問題なく終了。

「かんせーだー!」

「やったね、簪!」

「うん!」

 システム周りの再点検と機体各所のフローやエラー検出を担当していた本音がチェックを終えて、右手を高々と掲げて完成を宣言。

 一夏が隣で作業してた簪に右拳を突き出すと、彼女もそれに応えて右拳を一夏のそれに軽く当てる。

「でも、まだ動かしてないし、調整も、出来てないから」

 だが簪の言う通り、まだ機体が組み上がっただけ。試運転と検査に調整、そこから再度の試運転に再調整と、やることはまだまだ山積みになっている。それでも。

「それはこれから。まずは初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)をして、試運転からだね」

 先が見えてきた今、出来る目先のことをどんどん片付けていくだけで弐式改の完成に近付く。まずは動かしてみる。最初のハードルは目の前にある。

「試験用アリーナの使用許可を貰っておきましたから。今日はいつでも使えますよ」

「稼働データ自体は他の黒鋼型のを流用してるし、パーツも形状以外は同じ規格。装備の方も大半は共通規格品だからね。まずは動かしてみよう」

 それでも同型機故の強みを活かした試験が出来るとあって、四人ともが初飛行の成功を確信してる。

 幸い、使う者が比較的少ない整備棟併設の試験用アリーナは、競技用アリーナとは違い空きが多い。今日も利用予定が簪達だけのため、閉館時間まで自由に使えるらしい。

「うん。ステラ、エマ。一次移行(ファーストシフト)が終わったら、試験飛行の随伴、お願い、出来る?」

 そこで早速、弐式改を初稼働させる簪。現在は初期化も終わり、最適化の真っ最中。一夏と本音も各種パラメータのチェックと更新を手伝っている。

「もちろん。随伴は任せて。エマも準備出来てるでしょ?」

「ええ。本音さんは管制とデータチェックをお願いしますね」

「ほーい、任されたのだー!」

 初飛行時のトラブル回避のために随伴機を付けるのは珍しくない。目に見えなかった機体の不調が原因で制御不能になって墜落、などという事故も稀にある。当然一夏とエマもそれを知っているため、随伴を快く引き受ける。本音も整備や調整など裏方が本領のため、管制と稼働データ収集は真骨頂とも言える。

 こうして話している間に弐式改の一次移行は完了し、機体の装甲色が水色を基調として、随所に赤と黒のラインが入ったシャープな外見の機体に変貌。弐式改は黒鋼型の中ではシルフィードに次ぐ高機動型。だが性質は真逆の超攻撃型機。柔らかな印象に見える水色の装甲に入る挑発的なパターンの赤と黒のラインに、外装されてる多連装ミサイルポッド《山嵐》や荷電粒子砲《春雷(しゅんらい)》、腕部攻盾《レギルス》に腰部コネクタに吊された凍牙などの各種装備が、この機体が見た目に反して純粋な攻撃機(アタッカー)だというのをまざまざと知らせる。

 この日、弐式改は名実ともに簪の専用機となった。

 そのまま初飛行と兵装試験が行われ、基本性能の確認や動作不良箇所を確認。最初は訓練で使っていた打鉄と比べての余りの出力差から簪の反応が遅れ、危険な程の速度で飛び出したりしてしまったが、それも直ぐに慣れ、開発課から依頼されたチェックリストを全てクリア。スラスターや反重力翼の調整ミスなど割とありがちなミスを起こしながらも、飛行試験と調整は、初日としては十二分の成果を持って終了することになった。

「後は、たしか装備の一つが出来てなかったんだよね」

 そうして、場所はアリーナを離れて再び整備室へ。ハンガーにかけられた弐式改を前に、コンソールを睨み付けて唸る簪。本音とエマは試験飛行の終了とアリーナの利用終了を伝えに外に出ている。

「うん。山嵐のマルチロックオンシステムの構築がうまく出来なくて。とりあえず今度の代表戦は多連装ミサイルとして使うつもりなんだけど」

 簪が睨み付けている数枚のフロートディスプレイには、ブラスターシステムの調整用コンソールと山嵐のプログラムソース。そして山嵐の稼働シミュレーション結果が表示されている。しかし、シミュレーションの結果が芳しくない。本来別々の標的に向けて目標設定するはずのシステムが、なぜか同一標的に向かって多重に照準をかけてしまっている。

 そこで一夏はソースを少し見直して見ると、ある数行のコードの並びに違和感を覚える。読み取ったコードでは目標設定後、次の標的をサーチするコードへ移行していないのだ。

「……こことここの記述を入れ替えてみたらどうかな。多分、処理順が逆になってるから、目標設定の順番が上手く回らなくなってるんじゃないかな」

 一夏が見つけたコードは、目標サーチに使う一連の記述と標的ロック後に次の目標サーチへ移行する記述が混ざってしまってた部分だ。

 そのなかで二つ、隣り合う命令子を入れ替えさせてみる。すると。

「……あ。今度は通った。よく気付いたね、ステラ」

「なんとなく。僕の姉さんにさ、複雑なプログラムだと構文自体はあってても、隣あった命令子の順番が入れ変わるだけで致命的なエラーになる事が多いって聞いたから」

「そうなんだ」

 IS用プログラムのコーディングを束に教わりそれなりに自分の物にしている一夏だが、その原点は束の独創的な発想と実績による部分が大きい。

「うん。今回はうまくいってよかった」

「ありがとう、ステラ」

 今回のコーディングミスはその範囲の事であり、未だに一夏や優衣どころか、束自身でさえ稀にやらかすような些細なミス。

 思考制御を併用した多数の目標設定から標的の選別、ロック。そして次の標的選別。これを繰り返す事で山嵐が内蔵する四十八発のミサイル全てに、個別に標的を設定し、同時に打ち放ちながらも完全な個別誘導することが最終目標となる。

「どういたしまして。でも、今回はマルチロックオンを使わないなら、これはゆっくりやって、じっくりデバッグしていこ。安全第一、てね」

「ふふ。そうだね」

 しかし、現時点ではそこまで高度なプログラムは完成の目処が立っていないため、暫定的に凍牙のファジー制御プログラムを流用した半自動多標的照準システムを構築してる。それを踏まえ、また完全個別誘導機能の必要性の問題もあり、今日中に完成させる必要がないプログラムでもある。そのため、簪が言う通り、クラス対抗戦に間に合わなくとも問題はない。今すぐフルスペックを発揮させることよりも、暫定的に稼働状態に出来ているため、何度もコーディングとシミュレーションを繰り返して完成させることが重要なのだ。

「対抗戦まで後四日。弐式改。一緒にがんばろうね」

 こうしてクラス対抗戦を僅か四日後に控え、弐式改は山嵐の暫定稼働以外は全て完成。いつか整備室で約束した通り、専用機での対抗戦参加の準備が整った。

 

 この日から対抗戦前日まで、どうにか期間中のアリーナ利用権を勝ち得た簪は、優衣とエマの手伝いの下、集中的な弐式改の習熟訓練を行うことになった。

 特に、大本の打鉄弐式にはなかった装備である腕部可変攻盾《レギルス》や複合可変防盾《蒼鋼》、可変攻盾《群雲》。二連装四銃身回転機関砲《五月雨》や散弾砲《夕立》などの追加銃火器類に凍牙一式他、追加で装備された装備類の扱いまで必要になったから大変だったらしい。

 それでも四日である程度身に付けた簪はやはり日本代表候補生なのだろう。対抗戦前日には、似たような戦闘スタイルの一夏を相手に、全ての兵装を扱い、対等以上の戦闘を繰り広げるまでになった。




と言うわけで簪の専用機《弐式改》がクラス対抗戦を前にして完成するに至りました!
作中でも言及されていますが、今作の簪の専用機は倉持技研製の《打鉄弐式》ではなく、月岡重工製の《黒翼改・弐式改》となります。この弐式改は一夏達が使う黒鋼型の姉妹機という扱いですでの、打鉄弐式にはなかったブラスターシステムや凍牙など、黒翼型の基本装備が搭載されているため、原作の打鉄弐式に比べてスペックアップしています。

なお、一部の武器の名前に関して突っ込まれる前に言っておきますが、艦これは"余り"関係ないです。一部を除いて気象に関する名前を付けたらあら不思議、どこかの駆逐艦達と同じ名前になってしまいました、と言う感じです。半ば確信犯でもありますが。←
他にも時雨や春雨などありますが、鬼灯や石榴などといった、兵装の効果から連想した名付けになってますでの、全部が艦これ的なネーミングじゃありませんので悪しからず。

なお、装備類のモチーフはまあ、気付く人は気付く感じでしょうか。
これ以外にも、どこかのアニメやゲームで見たことあるぞこれ、的なのはそれなりに出てくる予定です。

というか増加装甲無しで装備を沢山乗せたってだけなのを《フルアーマー》っていっちゃうのって面白いですよね(UC並感)
久しぶりにガンダムUCを全話通して見てて、ユニコーンやセンチネル、AoZ系の化け物さ加減を再認識した感じですね。ユニコーン&バンシィ(+フェネクス)にEx-SやTR-6系は好きな機体(機体群?)の一つですから。ヅダとかもいいと思うけどね(^_^
次のGジェネ発売が決まってますが、ちょっと楽しみだったりします。

次回はクラス対抗戦です。
束がこっち側に居るのに、乱入事件は起こるのか?(ネタバレ感満載)


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クラス対抗戦第一回戦、一年一組織斑千夏 vs 一年二組凰鈴音

 IS学園一年生が入学してから早一月近くになる四月末。学年最初の行事となるクラス対抗戦の開催日となった。

 天気予報では終日快晴。気温も四月にしてはやや涼しい試合日和。二組のクラス代表、凰鈴音が詰めるBピットには、試合に臨む鈴本人の他、関係者として緒方ステラ・バレスタイン=一夏とセシリア・オルコット、テレーザ・ランプレディの三人の姿もあった。他、三組代表のイレーナ・シャンティには緒方優衣とエマ・ミルスティンに鷹月静寐が。四組代表の更識簪の下には従者兼整備士の布仏本音と、リィン・シュバルツァーとフィー・クラウゼルの三人が付き添っている。当然、全員が関係者として登録済みであり、一夏と優衣、本音はそれぞれ鈴とレナ、簪の整備士を担当している。

 そして第一回戦を目前にし、一夏は鈴が展開、装着している専用機、中国製第三世代機《甲龍(シェンロン)》の整備ポートからコンソールのケーブルを外しながら声をかける。甲龍自体は一夏の手により、所属上、手を出すことが出来ない中国製第三世代兵装である《龍咆(りゅうほう)》を除いて万全な整備状態にあり、鈴自身も、ある意味の()()に向けて良い意味で緊張状態を保ち、気合い十分、勢いに乗っている。

「そろそろだね。いける?」

「もちろんよ。簪にもレナにも負けたくないけど、何よりも、あんな奴にはだけは絶対、負けない。最初っから全力全開でぶっ壊しに行く!」

 因縁の相手である織斑千夏。簪やレナとは違いライバルなどではない、鈴にとっては文字通りの敵。殺すか、殺されるか。大袈裟でも誇張でもなく、鈴はそのつもりでこの試合に臨もうとしている。

「雪片と零落白夜だけ注意して。まだまだ使い熟せてないけど、あれはまともに貰ったら一撃で墜とされるから」

「わかってるわ。たった一回、試合の記録を見ただけで身に沁みた。千冬さんの試合も見たことあるし。だからわかる。油断も慢心もしない、出来ないって」

 反面千夏はと言えば、応用的な戦闘機動とそれに伴う機体制御を身に付け、更に僅かとは言え抜刀術の基礎を修めたことで零落白夜の使用効率が若干向上。総合的な戦闘能力も、代表候補生達にはまだ及ばないものの、油断できない程度には上達している。

 そして鈴にとって千夏は敵対者とは言え、この対抗戦は公式試合であるため、直接目視しての偵察などは行っていない。それでも公開情報や試合記録には目を通し、また特性上の白式の先代機である織斑千冬の暮桜。そして暮桜で運用された雪片と零落白夜によるモンドグロッソでの蹂躙劇も知っているため、それらの特性と危険性を十分に理解している。

「あたし達もここで見てるから、がつんとやってきちゃいなさい!」

「同じ代表候補生として、応援いたします。鈴さん。あなたに、勝利を」

 どこか殺気を滲ませた凄味のある声で一夏に答えた鈴に、テレサとセシリアが声をかける。共に強くなろうとする妹分に、ライバルにと、それぞれの好意をその手に乗せ、鈴の両肩に手を当てる。

「わかってるわよ、テレサ、セシリア! 凰鈴音、目標を叩き潰しに行ってくるわ!」

 ある種、殺意すら感じる声で発進を宣言した鈴と甲龍は、カタパルトによって勢いよくアリーナの中央へ向けて射出され、規定座標まで駆け上がり静止。やや遅れてAピットから出てきた千夏の白式と相対。合図を待たずそれぞれの得物、双天牙月(そうてんがげつ)と雪片弐型を構える鈴と千夏。

 放送部員による二人の紹介が行われた後、徐に始まったカウントがゼロを示して試合の開始が告げられた瞬間、二人は躊躇なく加速し、連結式大型青竜刀である鈴の双天牙月と千夏の雪片弐型が正面からぶつかる。超重量級の双天牙月と軽量な刀である雪片弐型の重量差から大きく弾かれる千夏の雪片だが、弾かれきる前に姿勢制御と共に勢いを流し、鈴に空振りをさせる。だが鈴も流された勢いと双天牙月の重量に、残った遠心力も利用して更に一回転することでもう一撃、体勢を戻しきれていない白式の背中に向けて薙ぎ払いを仕掛ける。千夏も当然、その大ぶりな一撃を素直に受けるはずはなく、崩れたままの体勢から下方に向けて加速して躱し、地面に一度着地する。

 双方の初撃は共に空振りに終了。試合は仕切り直し上空の鈴と地面の千夏という位置取りから第二ラウンドへと入る。

「おお、中国の第三世代兵装避けきるなんて、織斑も随分出来るようになったわよねー。あれ見えないのにさ」

「そりゃまあ、僕らが訓練してやってんだし? あれで成長しなかったらもっと前に放り出してるって。あんなのでも一応クラスメートで、一応教え子扱いだからね」

「そうですわね。最近は、模擬戦で近接戦に入られるのが少々嫌になってきましたわ。まあ、それでもまだ、勝ちを譲るつもりはありませんが」

 仕切り直した第二ラウンド。初手は鈴による地上へ向けての龍吼の乱射。不意に放たれた圧縮空気による()()()()()()の弾幕に、千夏は数発の直撃を受ける。しかし千夏の対応力もなかなかで、僅かな時間で弾幕のパターンと鈴の癖を読み取ったのか、ほぼ紙一重で砲弾を躱しながら鈴に肉薄する。しかし、千夏が近接戦のレンジに入った瞬間、再び双天牙月と打ち合いとなり、弾かれて間合いを取ることが出来ないまま、再度龍砲の制圧射撃を受ける。

「だねえ。でもセシリア。それって油断に繋がるから、気を付けないとダメよ?」

 近距離と中距離で目まぐるしく交わされる戦闘は、双方一歩も引かず、しかし両距離に対応可能な近中距離型の甲龍を駆る鈴がやや優勢で試合は推移。

 方や一年そこそこで代表候補生にまで上り詰めた鈴、方やISの訓練を始めて一月未満の千夏。そんな二人が繰り広げる戦いは意外にも接戦となっている。そして観戦する一夏達も二人の戦闘の推移を注視し、各々の視点から戦闘データを収集していく。その上でテレサからの忠告を受けるセシリアもまた、己自身と二人との戦闘を脳内でシミュレートする。未だ自由自在とはいかないブルー・ティアーズの本体とビットの同時操作だが、それでも現状立てられる戦術を組み立て、脳裏に浮かぶ鈴と千夏と相対させる。当然、同じ事はテレサや一夏を始め、ピットで観戦している全員が行っていることでもある。

「わ、わかっていますわ」

 そしてテレサの忠告を受けたセシリア自身、自分の発言がやや油断を乗せた物であったことを自覚しているため、素直に認める。このように激しい攻防を観戦しながら表向きの会話をしつつも行っているイメージトレーニングを、ただのイメージと馬鹿にする事なかれ。この瞬間にもセシリアの操縦は、ビット操作は、攻撃精度は、物凄い勢いで向上している。

 そんなBピット内で、やはり脳裏での激しい戦闘を繰り広げている一夏が、不意に何かの気配を感じ取り天井……その更に上、アリーナの上空を見上げ、目を細めて小さく呟く。

「……何か来る。なんだこれ、このどす黒い感覚。黒い、意思……? 泥のような深い、淀んだ波動。ダメだ! 鈴、織斑! すぐにピットに戻って! 管制室!」

「ダメよ、間に合わないわ!」

 そして気配の正体を、感じ取ったソレが悪意であると確信した瞬間、鈴と千夏を待避させるよう鈴と千夏、そして管制室へ同時に通信を繋げて叫ぶ。

 しかし刹那の差で通信は届ききらず、またテレサも一夏と同じ何かを感じ取ると同時に声を張り上げ、セシリアを抱き込むように床に伏せた瞬間、上空から三条の閃光がアリーナ内に降り注ぎ、着弾と同時に爆音が響き渡り、衝撃がピットを、アリーナ全体を揺らす。鈴と千夏は間一髪、閃光から逃げおおせたが、遮蔽シールドが展開してしまったためピットに待避出来ずアリーナの内部に取り残されてしまう。

「きゃぁっ! い、一体なにが、起こりましたの……」

 そして閃光により引き起こされた轟音と揺れに悲鳴を上げたセシリアは、テレサに抱き込まれたままアリーナを見つめ、その惨状を目の当たりにする。

「……なんだ、あの三機のISは。いや、違う。緊急事態。真耶先生!」

 バリアを破りながらも、アリーナのフィールドに大きなクレーターを生み出す程の威力を持った三条の閃光。レーザー砲、荷電粒子砲、圧縮粒子砲。どれによる攻撃かの判断はまだ付かない。だが閃光が降りた場所に出来たクレーターの底に、三機の所属不明、形式不明の全身装甲型ISの姿を認めた瞬間、一夏は繋げたままの管制室へ向けて緊急事態を宣言する。

《はい。こちらでも確認しました。正体不明のIS三機を確認。同時に現在、アリーナは発信源不明のクラッキングを受け、システムが完全に奪取されました。これによりレベル4の警戒態勢に移行し、全ゲートがロック。遮蔽シールドレベルが最大になっています。緒方さん達も早目に避難を》

 一夏の宣言を受けて全体管制を行っていた山田真耶も状況を確認。一夏達に待避を促す。しかし。

「いいえ。迎撃します。緊急時条項を適応し、ピットに居る僕達でピット通用口を破壊後、ISで出撃します。真耶先生、許可をお願いします」

 アリーナでは現在、待避出来なかった鈴と千夏が襲撃者である三機の敵性ISと交戦し、その敵意を自分達に集中させる事でアリーナへの被害拡大を防いでいる。だが、それまで二十分以上に渡って戦闘していた二人が、防戦とは言え三機を相手にどこまで保つかわからない。そこで一夏は、緊急時の交戦状況が適応されるとしてピットに居る自分達全員で参戦し、早急な敵性ISの無力化又は排除を提案する。

《……許可は出せん。現在二年と三年の生徒が中心となって正常化を試みている。遮蔽シールド解除後、教員部隊が対応に出る。お前達は待避しろ》

 しかし提案は織斑千冬により却下され、緊急時のマニュアル対応を行っているとし、一夏達に再度の待避を勧告。だが、クーデターや内戦を潜り抜けてきた中で、幾度も敵対勢力から強襲された経験を持つ一夏がそのような悠長な勧告を聞き入れるはずはない。

「……状況を見て言えよ! あいつらのあの攻撃の威力、このままじゃ直ぐにシールドを破られる! そうなったら避難できてない人に犠牲が出る可能性があるんだぞ! 逆ハック中の上級生や待機中の教員部隊は観客席の避難活動に回して、あいつらは僕達に対応させろ! その方が早い!」

 この時一夏の脳裏に思い出されていたのは、ガレリア要塞で起きた帝国解放戦線による強襲や、ユミルの街で起きた二度に渡る貴族軍による襲撃。ケルディックで起きた大市への放火に、辺境の街での貴族軍私兵の独断による強襲と強奪など窮地の数々。そして目の前で幾条も放たれる閃光を見て取れる、一撃でアリーナを守るバリアを貫通しえるだろう威力を持つその砲撃と、そのような砲撃を連射可能な敵性ISに対して、鈴と千夏が、そしてアリーナ自体がいつまで保つのかわからない状況。故に、直ぐに結果が出ない悠長な逆ハックなど待っていられない。逆ハックが成功しなければいつ突入できるかもわからない教員部隊を待機させたままでいるなど無意味極まる。一夏は経験上、直ぐに動かなければ最悪の結果になり得る状況と判断しているため、生徒(一兵士)の身でありながら教師(指揮官)である千冬達に口悪く怒鳴りつけてしまう。それも、意見具申などではない、ただの暴言。

《織斑先生……》

《……いいだろう。緊急時条項の適応を認める。だがそれだけの啖呵を切った以上、失敗は許されないぞ。分かっているな》

 だがそんな暴言でも、真耶は一夏の状況判断に異論を挟めず、緊急時の最高指揮官である千冬に対して小さく呼びかける。その呼びかけに千冬は、一夏に対して条件を呑み、そして失敗するなと、自分達に向かって啖呵を切った以上、失敗は許されないと告げる。

「はい、ありがとうございます。先程の暴言、失礼致しました。これより敵性ISの排除活動に入ります」

《わかった。……全員、生きて戻れ。いいな》

 千冬の許しを受けた瞬間、自分の取った態度を詫び、作戦行動に入ると宣言する一夏と、彼女達の生還を祈る千冬。

「はい! ……みんな聞いてた? 行ける?」

「もち!」

「リィンさん達も各ピットで準備完了してると」

 千冬の祈りを受けて大きく頷いた後、状況と会話をプライベートチャンネルで流してた全員に是非を問えば、直ぐ横に居るテレサは即答し、セシリアも全員からの準備完了の報の返す。

「よし。そんじゃま、派手に行きますか! 穿ち抉れ、烈空!」

 それを聞いた一夏は、緋鋼の左腕と烈空だけ部分展開し、ピット脇の通用口へ向けて勢いよく振り下ろし、そして突きを放ちドアを抉り飛ばすと、突きを放った勢いのまま破壊したドアを巻き込みながら通用口から飛び出し、瞬間、緋鋼を完全展開。続けて飛び出してきたスタジオーニを纏ったテレサとブルー・ティアーズを纏うセシリアや、他のピットから飛び出してくるリィンや優衣達に次々に指示を出す。最前線に立ちながら、交戦を言い出した一夏は自身が前線指揮も担当する。

「セシリアは優衣と簪とチームを組んで! レナは上空から動きを止めずに支援射撃! フィーは僕の所に。リィンとエマは鈴と織斑と一緒に一機お願い!」

 今までの訓練で見られた全員の癖や連携などを考慮しながら、敢えて本来のポジションとは違う配置を含めて指示すると、全員が一斉に散会し、指定されたメンバーでの連携を開始。セシリアが一夏の側を離れて優衣達の方へ向かうと、入れ替わりにフィーが一夏の前に出てくる。それと同時に、一人上空へ駆け上ったレナがL115AWIS《サイレント・ピアサー》狙撃銃による支援射撃が始まる。

「こちらもお任せくださいませ」

「わかった。無理はしないで、距離を取って撃つね」

 上空からのレナの支援射撃が降り注ぐ中、一夏の指示通りに三つの交戦グループが完成。

「テレサとフィーは僕と。まずはアイツの腕、砲門を潰す。行くよ!」

「任せて」

Si, capire(了解よ). Cambiare, Autunno(換装、アウトゥンノ)

 一夏達はテレサを先頭に、標的にした敵性ISに正対する楔形フォーメーションを組むと、まずは敵攻撃力の無力化を図るために敵機右腕に装備されたエネルギー砲の破壊を優先。すると敵機はこちらの動きを察知したのか、三人に対して機関砲の如くエネルギー弾をばらまいてくる。

「させない!」

「支援形態の防御力、舐めるんじゃないわよ! ステラ!」

 だが単発ではなく連射することで収束が甘くなり、一発当たりの破壊力が落ちた敵弾は、外れた物はアリーナのバリアが、直撃弾はそれぞれが装備する盾、フィーのレギルス、テレサのパレーテM7、一夏の緋鋼に弾かれ全てが無効化される。

「へーき。まずは武器を封じる。それ鉄則。……て、うぇえっ!?」

 そしてテレサの号令一下、右翼から飛び出した一夏が単独で敵機に迫り、エネルギー砲の付け根、右腕間接部に向けて透徹を振り下ろした。

「うひゃぁ、派手ねえ。……てか、腕切れたのにアイツ、まだ動けんの!?」

 ISの装備としては最重量級の実体剣型装備である透徹だが、それでもISには常時張られているシールドがあり、またIS用装備そのものがレギュレーション上、そのシールドごと装甲を断ち切ることなど出来ないようになっているはず、なのだが、なぜか透徹の刀身は敵機の右腕関節部を完全に破断し、エネルギー砲を斬り飛ばしてしまった。

 武装の無力化を狙っていたとは言え、流石の事態に一夏は相手を傷付けたかと思考が一瞬停止。テレサも余りの状況に歓声を上げつつ、しかし右腕は斬り飛ばされたにもかかわらず、依然変わらず動き続ける相手の様子に異常性を見つけ、素っ頓狂な声を上げる。

「ち、違う! これオイルだ。こいつ血が出てない! フィー、あの前腕部潰して! テレサ、あれ人が乗ってないから手加減いらない! みんなも、それ無人機だ! 弱点は間接部。うまく狙って!」

 そして擦れ違いざま、間近で千切れた箇所を見た一夏は、その腕から溢れるのが血液や肉片などではなく、漏れたオイルと千切れたケーブルであることに気付くと同時、敵機に動揺がないこと見つけ、かつて各地で戦った結社(ウロボロス)人形兵器(オーバーマペット)の挙動が被って見えた。そこで一夏はこれら三機が無人で動く自動兵器だと確信し、全員に向けて敵性ISが無人機であると通達。フィーに対して、末端だけになりながら未だ蠢いているエネルギー砲部分を破壊するように指示する。

「ん。確かにおかしい。レギルスで叩き潰す!」

「なるほど、りょーかい! それじゃ頭と首、狙い撃つわよ!」

 フィーは一夏の指示を受けると直ぐ、レギルスを腕甲(シールド)モードから鉄甲(ハンマー)モードに変型させ、文字通りエネルギー砲を叩き潰し、テレサは急遽炸裂弾に入れ替えたAR-M120/I《カリーカM12》アサルトライフルを構えると敵機の頭部と頸部へ向けて断続的に発砲し、数発を直撃させて敵の頭と首を文字通り破裂させた。

「続けて足を潰す。疾風、ソニックブレード起動!」

「これで最後、双輪舞踏!」

 テレサの銃撃によって頭部が破壊された事で動きが鈍った敵機に対して、双銃剣の疾風を構えたフィーと、同じく両手に円剣の瞬閃(しゅんせん)を構えた一夏が前後から挟撃し、フィーが高周波振動させた双銃剣の実体刀で敵両膝関節部を的確に切り裂くと、一夏が間髪を入れず、回転運動も交えた瞬閃での舞うような連続斬撃を胴体部に与え、残った敵機体をバラバラに切り裂き、完全にとどめを刺した。

「リィン! 優衣!」

 バラバラになり動かなくなった敵機から視線を外した一夏は、残る二機を相手にしているリィンと優衣に声をかけると直ぐに二人から返答が来る。

「こっちは大丈夫! 砲門潰したからあとちょっと!」

 優衣の方はレナからの支援射撃とセシリアの全方位射撃で的確に足止めしながら、振動剣《氷砕(ひょうさい)》を装備した優衣と振動薙刀《夢現(ゆめうつつ)》を装備した簪による断続的な斬撃で敵機を切り刻み、完全に沈黙するまで時間はかからないだろう事が見えた。

 対してリィンの方はと言えば、臨時とは言えチームを組んでいるはずが、千夏が一人、無意味な突撃を繰り返す。そんな中、レナの射撃と共に、エマが凍牙を連結させた蒼鋼で的確に敵の攻撃を防ぎ動きをコントロール。鈴とリィンが交互に敵機を斬り付けることで、こちらも終わりが見え始めていた……。

「こちらももうす……」

 はずだった。しかし、もう少しで終わりを迎えると思った瞬間、誰しもが予想だにしていない事態が発生。

「千夏ぅ! 何をぼさぼさしている! そんな程度のモノに手こずるなど、弛んでいるぞ!」

「……あの、バカ女!」

 リィンの声を遮るように、アリーナの上層階に設置された放送室のスピーカーから、篠ノ乃箒の叫び声がアリーナ中に響き渡った。響き渡ってしまった。

 箒としては千夏への激励のつもりだったのだろう。だが、今その放送が流されるのは危険以外の何物でもない。リィンが珍しく口悪く叫ぶのも致し方なし。そんな状況だ。なぜなら倒し切れていない最後の無人機が、奇跡的にまだ稼働状態を保っているその右腕のエネルギー砲を放送室へと向け、チャージを始めてしまう。狙いは一目瞭然、放送室の窓越しに見える箒である。危機感を覚えたリィン達が無人機のAIを自分達へ誘導しようとするが効果はなく、無人機の敵対心は完全に箒に向いてしまっている。更に一夏が凍牙を使って観測したところ、最悪なことに窓際に居る箒の他、四名の生徒達が不自然な姿勢で床に倒れているのを確認してしまった。

「放送室にけが人居る! エマはこっちに来て僕と放送室のガード! フィー、それに優衣と簪はリィンの方に行って、リィン達をあいつにとどめを! セシリアとテレサはレナと一緒に支援に回って! 緋鋼、盾形態に可変。凍牙全基を緋鋼に連結、防御範囲最大へ!」

「直ぐに行きます。ゾディアック、重防御形態へ移行。蒼鋼最大展開。凍牙、防御モードで蒼鋼と連結。間に合ってください!」

 仕方ないとばかりに配置を再転換。一夏は自身の専用防御装備でもある緋鋼を最大展開し、更に凍牙を接続して強度を確保。同時にリィンのチームからエマを引き抜き、彼女にも盾役を頼む。さらにフィーと優衣、簪をリィンに合流させ、レナの他セシリアとテレサにも支援に回って貰う。

「Ja. こっちは任せて」

「ああ、任せろ。鈴、フィー、優衣、簪。速攻で潰すぞ」

「オッケー!」

 全員が指示通りに配置を変えて間もなく、既に発射態勢に入った無人機がエネルギー砲を放送室へ向けて撃ち出してしまったが間一髪、一夏とエマがその射線へと割り込み防御に成功。

 しかしどれだけのエネルギーが込められているのか、砲撃は直径二メートル近くに達し、しかも照射が止まる様子も全く見えず、受け止めている緋鋼と蒼鋼と、それらに接続された凍牙を徐々に融解させ始める。

「くぅっ……保ってくれよ、緋鋼」

「……ステラちゃん。砲撃の威力が強すぎて、蒼鋼の強度が急速に劣化してます。このままだと二十秒以内に突破されちゃいます」

 条約違反の戦術兵器級と言われても全く違和感のない砲撃に、凍牙は既に蒸発。緋鋼と蒼鋼もほぼ盾の体を成していない状態になり、一夏とエマはそれぞれに複合攻盾《群雲(むらくも)》を取り出して構え、更にエマは数枚の群雲を凍牙と接続し、隙間を埋めるように浮遊展開させる。

「こっちは後一枚、群雲追加で出す……」

「私もあと五枚の群雲が残ってますので、今出します」

 合計八枚展開された群雲だが、同じ盾であってもその用途と構造上、強度は緋鋼や蒼鋼に比べて気休め程度。これらも直ぐに破られるだろう。

 そんないつ終わるとも見えない砲撃に曝され、群雲だけではなく緋鋼とゾディアック本体の装甲まで僅かに融解し始めたところで聞き慣れた二人分の声が頭上から聞こえ、同時に複数の発砲音が一夏達の耳に届いた。

「だったら攻撃あるのみね! Colpire e scopiare!(狙い撃つわ!)

「二人とも頭越しにごめんね。Attauqe!(当たってぇっ!)

 テレサとレナが一夏達の上空から狙撃を行い、僅かな間を置いて砲撃が止む。エネルギー砲の破壊に成功したようだ。

「攪乱する。山嵐全弾、ランダムターゲットに設定。行って、クラスターショット!」

「足止め行くよ! 五月雨展開。バラージっ! セシリア!」

 エネルギー砲の破壊と砲撃終了を契機に、簪の山嵐と優衣の連装ガトリング、五月雨(さみだれ)による牽制射撃を開始。続けてセシリアが頭部への全砲同期収束射撃でノックバックさせる事に成功。

「お任せください! 同期射撃。スターバースト……シュート! 鈴さんは早く織斑を下げてくださいまし!」

 体勢を崩した無人機に対して、なおも意味のない突撃を繰り返す千夏を下げるために鈴が注意を促すも、千夏は再度の突撃を行った。

「わかってるわ! アホ千夏、下がれ! てか、これ以上邪魔すんなら潰してでも下げる!」

 一人戦力となっていなかった事への執着心か、ただの見栄か、今はわからないが現状では千夏は戦力外であり邪魔者でしかない。

「う、うるさい!」

「のはあんたの方よ! 邪魔したら潰すって言ったでしょ!」

 そのため、セシリアに言われた千夏を下げる、を実行するために鈴は双天牙月を峰打ちで千夏に打ち込み、彼をアリーナの壁際まで強制的に下げる(弾き飛ばす)ことになった。

「ぐげっ! あ、が……」

 振り抜かれた全力の双天牙月は、峰打ちでも大きなダメージを与えたのか千夏の白式は壁にぶつかった後、展開が解除され、彼は無防備な形でアリーナの地面に横たわることとなった。しかし他のメンバーは一切彼を顧みることなく、無人機の破壊を再開。

「全く、余計な手間かけさせてんじゃないわよ。リィン、フィー、優衣、簪!」

「うん。次弾装填完了。山嵐、ランダムショット!」

 鈴の叫びに合わせて呼ばれた全員が即時に行動に移る。

「こちらも援護しますわ。行きましょうテレサさん、レナさん」

「任せなさい!」

「弾が切れるまで撃ちまくります!」

 再装填した山嵐を足止めに撃ち放った簪に続き、セシリア達からの断続的な支援射撃が降り注ぎ、無人機は完全に足を止める。

「足止めありがと! 行くよ。氷砕、乱れ斬り!」

「崩れたわ! 龍砲乱射よ!」

「まだ行く。夢現乱舞!」

「続ける! リミットサイクロン!」

「止めだ! ……紅葉斬り!」

 完全に行き足が鈍った無人機に対して、優衣が先陣を切って飛び出し、氷砕で四肢を切り裂き体勢を崩すと、続けて鈴が龍咆を乱射してさらにノックバックさせる。そこへ簪が夢現で残る胴体部を斬り付けると、追撃にフィーが斬撃と銃撃を加え、最後の一手としてリィンが胴体を横一文字に両断したことで、無人機は完全に沈黙した。

「みんな、おつかれさま。無傷ってわけにもいかなかったけど、無事でよかった」

「そうね……って、一番重傷なのあんたとエマじゃないのよ! 機体までダメージ行ってるし。でも、二人とも無事でよかったわ」

「とりあえずステラとエマは機体を解除しなよ。変に修復始めちゃってもまずそうだし。二人の護衛は私達がするからさ」

 三機の無人機が沈黙して暫く、アリーナのシステムは未だ正常化しておらず、一夏達は仕方なくも警戒しつつも全員で集まり、僅かに休みを取っていた。鈴の言うように、一夏の緋鋼とエマのゾディアックだけは全くの無傷ではなく、寧ろ大破に近い状態のため、優衣に言われるまま展開を解除し、残る全員が二人を囲むように円陣を組んだ。

 それから数十分後。アリーナのシステムが漸く正常化され、教員部隊によって無人機の残骸が回収される同時に、一夏達も各ピットへ戻り、千冬に指定された会議室へと移動することになった。

 

 こうして入学最初のイベントであるクラス対抗戦は、突如現れた三機もの乱入者により第一回戦中止という形で終了。代表候補生や専用機持ちによって乱入者は鎮圧されたものの、状況を鑑みて二回戦以降も全試合中止となり、注目の優勝賞品であった《スイーツフリーパス》は夢の彼方へと消え去り、僅かに、一年生全てのクラスから小さくない悲鳴が響いたという。

 このように、実際は相当に深刻な状況ではあるものの、この無人機襲撃事件は、当事者達意外にはその程度の認識を残すだけに留まった事件となるのであった。




一巻の目玉イベント、クラス対抗戦が終了して一巻分が終わるまであとちょっと。
束が一夏側に居るのに出てきた無人機三機。一体ドコ機業製なんだろうか(-_-)?
因みに一夏が参戦する際に使った緊急時条項や通用口の存在などは独自解釈及び設定ですので悪しからず。この無人機事件についてはもうちょっとだけ続くんじゃよ。


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後始末。そして疑念と真実

作中ではほぼ描かれてなかったデブリーフィング回。
誰がどうなるのかは、お楽しみに。


 クラス対抗戦で起こった無人機乱入事件の終息から約五時間。

 校舎棟にある会議室の一室に、担当教員である千冬と真耶。戦闘に参加した当事者である一夏達。そして問題行動を起こした箒が集まっていた。

 なお、箒にケガを負わされた放送部員四名は、医務室に運び込まれた後にナノマシン治療を施され、二時間前には全員の意識が戻った。だが、ケガの内容が骨折などのため、真耶が簡単な事情聴取と説明を行った後はそのまま医務室で安静にしている。

 また一夏達と放送部員達の保護者や関係者には一年担当の各教員が手分けして連絡し、事件の概要説明と現状を報告済みである。当然、内容は口外無用であるが。

 そして会議室に関係者全員が集まり着席したところで、千冬が一言、僅かな苦言を最後に加えながらも戦闘に参加した一夏達に労いの言葉をかけた。

「……諸君、よくやってくれた。おかげでアリーナから負傷者も犠牲者も出ていない。……とある生徒の暴行で負傷した四名の放送部員を除いて、だがな」

 四名の放送部員を負傷させたとある生徒(篠ノ乃箒)を僅かに睨み付けながら。

 こうして始まったのは事件の反省会という名の後始末である。

「まず織斑」

「はい」

 最初に千夏が指名され、戦いの場に居ることの覚悟のなさ、その為に必要な知識と経験のなさを指摘され、落ち込み、項垂れることになる。

「戦況の推移、即席とは言えチームとの連携無視、そして自身の機体状況及び経戦能力を顧みない攻撃行動。いずれも危険な行為だ。今回は生きていたから良かったが、ISによる戦闘には生死が関わっている事を忘れるな。状況判断能力を身に付けろ。彼我の戦力差を測る事を身に付けろ。以上だ」

「……わかり、ました」

 実際、意味のない突撃を繰り返す事は、意味のない死にも繋がりかねない危険な行為。更にチームを組んでの戦闘を行っている中での単独行動。

 ただ不慣れだけでは言い訳にならない失点の数々があった。その為の千冬による叱責である。

 続けて、千冬は一夏に視線を向ける。

「緒方姉」

「はい」

 ピットから飛び出す前、状況を把握した際の会話で緊急時の現場指揮官でもある千冬や真耶に対しての暴言について。だが、これは千冬と真耶の側にも状況を詳細に把握しようとしなかったという責任もあり、一夏の暴言は不問にするという、僅かに甘い裁定となった。

「教員に向かっての暴言……ではあったがまあ、私も山田先生も動揺していたのは事実。また状況を把握したのも緒方の方が早かったと言う事。これは現場指揮官である私達の状況把握が遅かったということに他ならず、よって今回の暴言自体は不問とする」

「ありがとうございます」

「うむ」

 尤も一夏も、許されたわけではないと理解しているので、千冬と真耶に向かって深く頭を下げて礼を述べる。

 次には一夏も含めた戦闘に参加したメンバー全員へ。

「そして待機中のピットより出撃した緒方姉妹、クラウゼル、ミルスティン、更識妹、オルコット、ランプレディ、シャンティ、シュバルツァーの九名と、試合中だった織斑、凰の二名。ISの起動及び、敵性ISとの戦闘行動は緊急時条項の適用により不問となる。また、敵性機体の全機撃破も確認された。よくやってくれた」

 三機もの重武装ISによる襲撃を、被害を殆ど出さずに終息させた十一名……実質的に十名だが、彼らには緊急時のIS展開と戦闘行動を許容する事項を適用することで、平時におけるISの展開及び戦闘行動に関する問題を不問とし、全員を労う。

「はい!」

 これには一夏達全員が一斉に返事を返し、小さく頭を下げた。

 そして最後に、この場で唯一労われることなどない、一種の罪人である箒の番となる。

「最後、篠ノ乃箒。本日より60日間、停学と反省室での謹慎。期間中の1日8時間の労働奉仕。更に期間中1日50枚の反省文提出。また期間中に受けられない中間及び期末の試験と就業日数の不足を補う補講、補習が夏期及び冬期休暇中に課せられる」

 彼女に告げられたのは、普通の学生に与えられるにはそれなりに重い罰則の数々であった。尤も、暴行事件を起こし、四人もの生徒に重傷を負わせながらこの程度なのだから、重すぎると言うことはないだろう。

「何故ですか! 私はただ、不甲斐ない千夏に活を入れただけです!」

 しかし告げられた本人は相当に不服そうにしているが、その理由が理由だけに、僅かな情状酌量の余地もない。

「何が活を入れるだ。お前の行動には、罪に問えない危険行動を除いても待機指示命令違反、放送室への不正侵入と不当占拠、放送機材の無許可私的使用、放送部員四名への暴行傷害。少なくとも5件の重大な罪状と、それに付随する10件以上の違反行為が確認されている」

 箒に課せられる罪状としては、まずは管制室で待機を命じられていたはずがいつの間にか放送室へと向かった事。関係者と認可された者以外の立ち入りが制限されている放送室への侵入と、その際に入り口の鍵を破壊している事。箒が無断で放送機材を利用するのを止めようとした放送部員四名に対し、木刀で殴打して負傷、気絶させた事。当然、放送機材の無断使用自体も問題となる。更には、途中途中で待避を促す教員や上級生に対して威嚇行動を行っていた事も確認されている。その為、箒の罪状は想像以上に積み重なることになった。

「それとですね。あの時放送室に向けて放たれた敵性ISからのエネルギー砲を防いだステラさんとエマさんの防御装備全てが完全に損壊。装備損壊後もエネルギー砲が破壊されるまでの間、補助盾と機体本体での防御を続けた緋鋼及びゾディアックはダメージレベルB-に及ぶ実体ダメージを受けています」

 また箒が放送室から余計な放送を流したことで、緋鋼とゾディアックが持つ盾である緋鋼、蒼鋼、群雲の全てが全壊。凍牙もほぼ全てが損壊した上、両機ともに機体の前面装甲が一部融解し、機体自体も辛うじて稼働が可能な程度と、決して少なくないダメージを負っていた。

「よって先の処分に加え、緒方姉とミルスティンのISの修理並びに破損した装備の補充交換等に対する全費用の負担が課せられる……と、本来であれば言いたいのだが」

 そのため、緋鋼及びゾディアックの修理並びに損壊した各種装備類の補填にかかる費用、金額にして数十億となる費用が箒一人にかけられる事となる……。

「非常に不本意ながら、国際IS委員会と日本IS協会並びに日本国政府の要請により全て不問となってしまった」

 はずだった。本来なら個人にかける負担としては法外にも等しいが、それだけの事をしているため、通常であればどこからも苦情など来るはずなく、箒個人に課せられることになる負債である。しかしISを管理する組織の総本部である国際IS委員会と麾下日本支部である日本IS協会。さらには日本国政府からの要請という形をとった命令により、それら箒に課せられるはずの負債が全て不問とされてしまった。これには千冬や真耶のみならず、学園長の轡木十蔵や生徒会長の更識楯無をも含めたIS学園全体として抗議をした。しかし、強権により話し合いにすらならなかったのである。

「そうですか」

 そのような理不尽な裁定だが、箒はそれが当然だと言わんばかりに頷き、あからさまに安堵の表情を浮かべている。千夏を除いた周りにいる全員が冷たい目で彼女を見ているのも気にせずに。

「しかし。それではお前と負傷した四名の放送部員を命がけで守った緒方姉とミルスティン。戦闘に出ていた織斑以外の八名。負傷した四名の放送部員全員、合わせて十四名の生徒とその家族、保護者及び関係者が納得しなかったのでな。今回課すことが出来る最大限の裁量権限である私の学年主任権限により、今日より6日間の反省室での謹慎。後に1日4時間の放課後労働奉仕を15日間。それから、謹慎及び奉仕期間となる計21日間、毎日50枚の反省文提出を課す事にした」

 当然、千冬達がその理不尽な要求をただで呑むはずもなく、また事前にその裁定を告げられていた一夏達や放送部員とその保護者達、一年生教員全員での話し合いの下、学園ではなく千冬の学年主任権限内で課せられる最大限の罰則を与えることになった。

「なぜですか。不問とされたのでしょう!」

 千冬が箒に課した罰則は、罪状に比して非常に軽い内容だと思われる。しかし、一学年の主任教員が課すことが出来る中では十分に重い物だろう。

 当然、箒は不問にされたはずの罰則が千冬によって課せられたことに文句を言うが、千冬も言うことはまだある。

「されたさ。国際機関と国家機関の強権によってな。だが、それは許されたと言う事ではない。緋鋼とゾディアックの修理及び装備補充。さらに、貴様のせいで余計な攻撃の必要が増えた参加各機の整備補修及び弾薬補充等にかかる費用は全てIS学園が負担する事となってしまった」

 国家機関と国際機関が相手では、国際的にも独立性の高いIS学園と言えど、逆らうことは出来ない。しかしなかったことにするほど、箒の罪は軽くない。だがそれを不問にした上、彼女が負担するべき緋鋼とゾディアックの修理費用や破損装備の新規購入費用。箒の介入により参加各機が余分に使うことになった武器弾薬の整備補充と機体自体の整備にかかる費用。実に三桁の億単位に登る費用をIS学園単体で賄う事となったのだ。

「それは当然なのでは」

「当然なわけがあるか! 本来ならば、余分な負担と損傷を負う原因となったお前が負担するべき負債を他人に背負わせているのだと自覚しろ! こんな判断は、お前があの篠ノ乃束の妹だからと下された理不尽な特例に決まっているだろうが! 貴様の罪は、その、自らを律していないところだ。以上。解散」

 そんな千冬の言い分に対してさも当然だと返す箒に、流石に千冬も感情的になり、怒鳴り声と共に彼女の言を一蹴する。

 当然などではない。ただ篠ノ乃箒という少女が、篠ノ乃束の妹であると言うだけで決められた特例に、当の箒本人が反省するどころか甘受するなど、あってはいけない。IS学園に入学して以来、箒の言動を常に気にかけていた千冬はついにその我慢の限界を超えた。彼女の置かれた状況に同情の余地があるのは確かだ。しかし同情することは出来ない。彼女はまるで、悲劇のヒロインのように振る舞っているのだから。

「全員、今日はゆっくり休む事。明日からも普通に授業及び訓練があるからな。では篠ノ乃、行くぞ」

「ぃた……ひ、引っ張らないで下さい」

 これ以上の問答は無意味と判断した千冬は、一夏達全員によく休むように伝えると、箒の腕を強く握り、彼女を引き摺るように会議室から足早に出て行く。

「織斑君は補習です。明日から5日間、放課後に夕食を挟んで4時間の戦術理論講習を受けてもらいますので、放課後に予定を入れないようにしたください。5日間は訓練などが出来ませんが、流石に、今回のような無謀な戦闘行動は看過出来ませんので」

「……はい」

 残された中で今度は真耶が、千夏に対して現状直ぐに必要な講習を受けるように促す。この講習は当然強制であり、千夏に拒否権はないため、項垂れながらも小さく頷き、指示に従うのであった。

「それではみなさん解散です。長い時間おつかれさまでした。今日はゆっくり休んでくださいね」

 そして最後に一夏達を労い、休むように伝えると彼女は一夏達全員に退室を促し、全員が出たところで会議室に鍵をかけ、彼女も職員室へと戻っていった。

 

 事件の後始末は終わった……訳ではないが、一夏達生徒が関われる部分はここまでとなる。

 

 

 その日の夜、両方の針がほぼ真上を向いた深夜に、千冬と真耶の姿は学園の中でも限られた者しか立ち入れない区画にあった。

 IS学園の施設内において、あらゆる意味で最も深い階層の一つ。地下十二階に位置する高セキュリティ区画。千冬や学園長を始め、IS学園関係者でも僅か数名しか立ち入る事が許されていない最高機密区画である。

「これは……」

 そんな秘匿された場所にある二人の目の前には、今日の事件で一夏達によって徹底的に破壊された三機分の無人機の残骸が広がっている。そして……。

「撃墜した敵性機体から回収されたISコアです。運もあるのでしょうが、皆さんがコアを破壊せずに撃破してくれたので詳細を調べることが出来ました。まずこれらのコアは全て、各国から盗まれたはずの物で、公開されているリスト一覧にあったコアナンバーとも一致しました。そして……」

 真耶の両手に乗せられた三つの幾何学的な形状の物体に注目する千冬に、真耶は明確な答えを返す。

 各国がひた隠しにしつつも、しかし報告せざるを得ずにリスト化されている盗難コア。真耶の手にある三つのコアのナンバーは、厄介な事にこのリストに載せられたコアナンバーと全て一致してしまった。そして更に厄介な事が……。

「無人で稼動するISか」

 無残に切り刻まれている三機分の残骸。これらは確かにISのはずなのに、人が乗っていた形跡は全くない。

「はい。中央の物は比較的残骸が綺麗だったステラさん達が撃破した機体です。潰された右腕部と内部から破裂した頭部以外はほぼ全て残っています」

「空洞がないな。しかし、そもそも何故、あいつ達はこれが無人機だと気付けたのだ?」

 一夏によって綺麗に輪切りにされた胴体が残った一機分の残骸に目を向ければ、その胴体部に人が乗れるような隙間などなく、様々な機械や導管、ケーブルなどがぎっしりと詰まっている。

 だが千冬が最も疑問に思うのは、なぜ一夏達はこれが無人機だと気付けたのか、と言うことだ。常識的に考えればこれらは有人の全身装甲(フルスキン)型ISとして対処するはずで、実際、戦闘開始直後は全員がそのように動いていた。しかしある時点を境に、一夏達は完全に人を考慮しない攻撃をこれらに加え始めたのだ。

「一つは、全身装甲のISなのに、本来十二分に施されていなければならない筈の肘関節部の装甲がほぼ皆無だった事と、当時ステラさんが装備していた武器ではISの装甲材をシールドごと断ち切るのは不可能との事です」

 その理由として真耶は、一夏が報告した装備のシールドと装甲材に対する攻撃力及び切断力を千冬に告げる。IS用装備はシールドごと装甲材を切断出来るように作られることはない。競技用レギュレーションとして、厳然と規定に定められているからである。なのに、一夏が振るった透徹の刃は、無人機の肘関節を見事に切断してしまったのだ。

 なお一夏が使っていた透徹は実体剣を搭載してはいるが、実際には銃火器と鈍器を組み合わせた様な装備であり、実体剣部分も大型剣の例に漏れず、叩き潰すタイプの物である。よって、透徹で関節を()()()()などと言う芸当は不可能、ということになる。

「二つ目に、腕部を切断したにも関わらず、血液や損壊した肉片などが流れ出る様子がなかったうえ、漏れたオイルと千切れたケーブルを確認。更に敵性機体の活動パターンに動揺が一切なかった。というのがステラさんとテレーザさんの見解です」

「なるほど」

 更に付け加えられた理由を聞けば、これが有人機では有り得ない証拠ばかりが出てくる。腕を斬り飛ばされて動揺しない人間など、普通の人間ではない。切っても血と肉と骨が出ないモノもまた、人間とは言えない。人間はオイルとケーブルなどでは動かないのだから。

「それから、参加各機から抽出された戦闘データを解析した所、この三機は人体の可動範囲と許容負荷を大きく超える回避機動及び運動を行っています。それも、人間が操縦した場合は確実に人体破壊が起こるレベルで、です」

 また十枚を超えるフロートディスプレイに同時に表示された、各機が記録した戦闘映像と稼働ログ。そして、それらデータを解析した結果を表示した報告書代わりのタブレットを見せられれば、千冬とてこの三機のISが、無人でなければ動くことすら儘ならない運動性と機動力を有していることが如実にわかってしまった。

「わかりました。それからコアのことは……」

 納得したくはないが、納得せざるを得ない証拠の数々。痛む頭に右手を当てた千冬は内心、早く部屋に戻って眠りたい、出来るなら酔い潰れて寝てしまいたい。そうまで思っていることはおくびにも出さず、真耶に確認を取ると、コアの処理を指示する。

「コアはデータの収集後に封印処理を施し、残骸も凍結処理は終わっています」

「ありがとうございます。コアは破壊。機体の解析は不可能でした、と」

 尤も、三つのコアは既に真耶によって動態状態の確認と内部データをアーカイブした後、初期化した上で稼働停止処置、即ち封印を行った後であり、目の前に広がる残骸達も特殊な封印処理が施された後であった。後はコアは専用の格納容器に。残骸も適当な格納容器に入れて保存するのみである。

 見た目と性格でそうは見えないが、真耶もこの秘匿区画への立ち入りを許可される程に優秀な人材である。そんな真耶に礼を言い、コアと機体に関しては状況を隠蔽するように告げる。

「はい。学園本部及び国際IS委員会にはその様に報告します。それでは織斑先生、おつかれさまでした」

「はい。おつかれさまでした」

 真耶も問題が多いこれらに対して隠蔽することは賛成であり、千冬と轡木に渡す本物の二部を除いた、()()()の報告書はすでにその形で整えられ、翌日には関連部署全てに提出される形になっている。真耶はその手に持った()()の報告書二部の内の一部を千冬に渡すと、先に部屋から退出していった。

 

 見たくもないが見なければいけない報告書を手に、一人きりになった広大な部屋の中で千冬は自らのマルチモバイルを取り出すと、特定の操作をした後にとある端末番号に通信を繋げる。

 数年ぶりにかける通話相手だが、どうやら今現在その端末は生きているらしく呼び出し音が聞こえる。そして数回の呼び出しの後、相手の端末と通信が繋がった。

「……やっと、繋がったか」

「やあやあ、ちーちゃん、ひさしぶりだねえ。何年ぶりだっけ? まいっか。とりあえず、聞かれる前に言っておくけど、今日のIS学園襲撃の件、束さんは何も知らないよ。むしろ驚いてるくらいだね。まさか無人ISを作れる技術者がいるなんて。ほんと、びっくりだよ」

 四年程前を境に、一切繋がる様子がなくなった相手との、文字通り数年ぶりの通話に、一言目がやっと繋がったになってしまった千冬。

 だが通話相手は余り気にしていないのか、それとも久し振りすぎてなにか思うことがあるのか。しかし最後に会話を交わした時と殆ど変わらぬ声音と口調で、聞いてもいない事を勝手に話し出す相手に僅かな呆れを覚える。

 千冬の通話相手は篠ノ乃束。なぜか四年程前から端末自体が応答しなくなった相手。しかし今は再び繋がった昔染みで、ISの()()()。そんな彼女は今日学園で起こった事件を既に把握し、事件を起こしたモノが無人機であったことに素直に驚いているようだ。

 そんな束の言いように千冬は思う。束が作ることは出来ないのか。無人機制作はそんなに難しい事なのか、と。

「なんだ。お前では作れないのか?」

「そうだねえ。意味ないからやらないだけで、作れるかどうかなら、作れるとしか言えないし、あんな適当なのじゃなくてもっと高機能なの物を作れるよ。でも、面白味も何も無い。ていうか、どれだけ高性能だろうとあんな不様なガラクタ以下な、ゴミ同然のモノなんて作りたくないよ」

 それには束自身が持論を含めて説明してくれた。無人機を作ること自体は難しくない。自分(篠ノ乃束)ならばもっと出来のいい物を作ることも可能。しかし彼女は無人機という、そもそもにゴミにもならない作品(モノ)を作る気などないと断言する。

「そう、か。ありがとう」

「どーいたしましてー。それじゃー、またね、ちーちゃん」

 そんな束の心と気持ちを聞いて、僅かに生まれていた疑念を完全に捨て、親友を疑った自分を恥じながらも、それらの感情は隠して素直に礼を言えば、束も気軽に答えてくれた後、またねと別れの挨拶をしてから束が通話を切った。

 

 紐解けば束が犯人ではない。それだけで別の疑念も生まれるが、今は事件が無事に終わったことを受け入れ、ゆっくり休むことにしようと、手順に従って物理電子双方の施錠とセキュリティを厳重に施し、秘匿区画を出て自室に戻る千冬。

 自室に戻った後彼女が、思わずいつも以上に飲酒してしまい、翌朝寝坊寸前の所を真耶に起こされるのは別の話である。

 時間になっても職員室に現れない千冬を迎えに行った真耶が、そんな千冬の痴態に彼女も人間なんだなと変なところで安堵し、千冬によってヘッドロックされたのもまた、別の話である。




一巻もここで漸く終了となりました。
原作沿いでありながら、原作とは違う設定、状況、展開を考える内に書くのに時間がかかってしまいました。
プロットや下書きをしてても、ちゃんと文章としてアップしようとするとなかなか難しいのですね。ずっと書き続けている方や完結させた方のこと、本当に尊敬します。
私もエタらないようにがんばらないと、と思ってます。

次に二巻序盤を兼ねた閑話を一話入れて、金銀コンビの転入から始まる二巻分の開始となります。
今作の一夏は鈴と一緒に中学に通っていない=ある人物と会ってない。そして鈴には恋人がいた。それは一体誰反田君なんだろうか(ネタバレ)

それでは、以後もよろしくお願いします。


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閑話01 一時の休息と親友の親友(元カレ)

遅くなりました……。
閑話なのに本編並みですが、あくまで閑話です。


 クラス対抗戦で起こった無人機乱入事件。IS学園として生徒や観覧者達には箝口令を敷き、対外的には機材異常によるトーナメント中止という形を落としどころにしたようだけど、当然そんなちゃちな対応でどうにかならない部分も多々あるわけで。

 例えば箒がケガをさせた放送部員。一番症状が軽い人でも腕の骨折。酷い人は肩と上腕を複雑骨折したそうで、特例で行われたナノマシン治療で身体的に完治することは確定してても、精神的な方で復帰出来るか予断を許さない状況らしい。当の箒はその事態の重大さを未だに理解していないらしいけど。

 そしてあの日戦闘に出た僕達の中で、僕の緋鋼とエマのゾディアックは、あの極太エネルギー砲で受けたダメージが緊急な機体修復が必要、というか寧ろオーバーホールレベルでの復元に近いかも知れない程だった。と言うことで週末の土曜日、外泊届けを出した上でエマと二人で一時帰宅。

「じゃあ姉さん。緋鋼とゾディアックをおねがいします」

「よろしくお願いします、束さん」

 帰宅先はIS学園入学直後くらいに完成した真新しい一戸建て。籐韻流の道場も併設してる広い敷地に建っていた元の緒方家の家を本宅として、渡り廊下で繋がれた、束姉と僕やリィン達が住めるように建てられた別宅。そのリビングで姉さんに待機形態の緋鋼とゾディアックを預ける。

 正直、大破に近い中破まで行くとは思わなかった。幸か不幸か、交換部材は潤沢にあるそうだし、修復ついでにちょっとした試験的改装や改良型装備への更新。それに付随する細々としたOSのアップデートもするとかで、戻ってくるまで半月位かかるらしいって聞いてる。まあ、次の公式試合は六月予定の学年別トーナメントだから、試運転や更新装備の慣らしにかかる時間を含めても十分、問題なく間に合うんだけどね。

「うん、任されたよ。それにしても、ほーきちゃんもなー。もう少し自分の行動を顧みて、ちゃんと反省してくれると良いんだけどねえ……」

「あれは無理、だと私は思います。ちょっと、拗くれ過ぎちゃってますし」

 腕輪型の緋鋼とチョーカー型のゾディアック。それを両手に乗せた姉さんが、丁寧にテーブルの上に置かれた輸送用ケースに入れて、蓋を閉じて厳重なロックをかける。

 そんな作業中に話題に上ったのは箒の事。当然、表裏ともに事情を把握しつつ、箒本人の動向や言動も注視してる姉さんが、溜め息と共に心底呆れた声を出すと、エマは思わずと言った感じで、苦笑いと共に呟く。あれは歪みすぎ、と。箒は小学四年の夏頃に政府による保護……と要人保護プログラムを受けて以来、尋問擬きの事が行われたらしいのは判明してる。束姉の行方や連絡先を知っているのではないか、と。でも最初の一年こそ柳韻さんや雪菜さんと一緒に居たらしくて、そこまで問題にならなかったみたい。だけど、二年目からは二人とも離され、ほぼ三ヶ月毎、早い時は一月にならない期間で転校を繰り返して、日本各地を転々とさせられていたとか。中学の時の剣道部の友達が言ってた、危険な剣道って、その辺が理由なのかな。こう、荒れちゃった心理が全部竹刀に乗っちゃったって所かな、と。

「まあ、事情はある程度わかってても、ね。あそこまで我が儘になる理由にはちょっと遠いかなぁ」

「だよね。ていうか箒であれなら、僕は何だってのさ」

 でも正直な話し、尋問されたことには同情するし、味方になる人が一人も居ない状況すらあったのかもしれない。でも、それでもさ。理由としては弱い気がするんだ。

「虐めとはまた、違いますからね。一夏ちゃんの場合、双子の兄が主導しての学校中、街中からの、でしたよね」

「そうだね。私と、お父さん(篠ノ乃柳韻)お母さん(篠ノ乃雪菜)。あとは、鈴ちゃんとそのご両親だけ、だったっけ? 他は、ぶっちゃけ世界中が敵状態だったね」

「うん。味方って言うか、商店街のおじちゃんおばちゃんの一部が中立的だった位かな。逆に虐める側には箒も入ってたし。そういう意味でも僕的に同情の余地無しって感じなんだけどさ」

 今でこそまったく気にしてない《織斑の出来損ない》って別称は、当時は割とシャレにならない称号でもあったわけだ。

 よく買い物に行ってた商店街だって、敵味方の割合的には八対二位で、買い物できるお店も凄く選んでたからね。生き辛かったったらありゃしない。ぶっちゃけエレボニアでの生死を賭けた闘争劇のがよっぽど楽に生き抜けた気がするとか、マジ本末転倒。街道歩くだけでも命懸けでの戦いが必要って方が、相対的に身の危険を感じなかったとか、ホントにどうなのさ。でもまあ。

「正直に言うとさ。千夏も箒も、どこかで更生して欲しいとも思うわけですよ。ハイアームズのお坊ちゃまみたいにさ」

 実質的にはもう繋がってないけど、一応血を分けた兄と、初めて出来た幼馴染み。今や腐れ縁と言った方がいいとは言っても、見捨てるには縁が大きすぎる。でも、同じように才能と生まれと、そこから来るプライドとトラウマに凝り固まってたパトリックが更生できたんだから、あの二人だって無理じゃないと思うんだ。

「ハイアームズってことは、カレイジャスで会った白亜の都の王子君だよね。正統な騎士剣術の扱い方は綺麗だったよ。あの時はね」

「最初に会った頃は、ただ型通りだけって感じだったから。彼も凄く努力して、いろいろ経験して、考えて、壁を乗り越えたんだろうね」

「何があったかは、詳しくは聞いてませんけどね。最後のリィンさんやユーシスさんとの真剣勝負は、本当に見事でしたから」

 決戦直前、カレル離宮に乗り込む前夜に行われたリィンとユーシスとの一騎打ちは、本当に見応えのある勝負だった。結果的に二人に負けたパトリックだけど、その時の彼の剣には、ちゃんとした想いと、真っ当な貴族としての誇りと、そして万が一には自らの父(皇帝に弓引く逆賊)を討つ覚悟まで乗っていたから。

 けど今の千夏や箒の剣からは、そんなモノは全く感じられない。自らの想い、覚悟、考え、誇り、その他諸々。パトリックみたいに自戒すれば幾らでも後から付いてくるはずなんだけど、ね。

「また難しいお話ですか?」

 そんな事を話してると、キッチンの方からカートを押したクロエとレイアが入ってきた。

 一言目が難しい話しって言っても、まあ、まだ学校に行けるほどの状態じゃないから僕達や優衣達位しか人間関係がない、世界が狭いクロエ達には難しい話しになっちゃうのかな。

「違うよクロエ。クラスメートのちょっと困ったお話しをしてただけだよ。……うん、美味しいよ、この紅茶。上手になったね」

「あ、ありがとうございます、一夏姉様」

 それでも、そんなことはないよとソファから立って、軽く頭を撫でてあげながらクロエが入れてくれた紅茶を取って一口啜る。

 ……いつの間にか味も香りもしっかりした紅茶が入れられるようになってたんだね。最初は、茶葉の種類も、ティーポットや薬缶の使い方もわからなかったのに。なのでもう一度、今度はしっかりと髪を梳くように頭を撫でて褒めてあげれば、クロエは俯いて、小さくお礼を言ってくれる。耳まで赤くなってるから、相当照れてるっぽいね、これ。

「クロエちゃん、レイアちゃん。二人とも座ってお茶を飲みましょう。一夏ちゃんも。家族でゆっくり、ですよ」

「はい、エマ姉様」

「リーがエマお姉ちゃんのお隣に座ります。クッキーを焼いたから、食べて!」

 立ったままでそんなやりとりしてた僕とクロエと、直ぐそばにいたレイアにエマが声をかけてくる。せっかくの紅茶とクッキー。

 座ってゆっくり味わうと、始めてまだ数ヶ月、しかも最初はまるでダークマターの如き物体を作ってた二人とは思えないくらい、紅茶の淹れ方も、クッキーの出来映えも、もの凄く上達してた。少なくとも趣味の範疇より少し上。教えた甲斐があったね、これは。

「ふふ。見た目は十分中学生なのに、まるで小さい子を見てるみたいで……。それにクロエちゃんやレイアちゃんに姉様やお姉ちゃんと呼んで貰った時のこの胸の高鳴りは、なぜか抗えません」

 そしてソファに座ると同時に、僕とエマに寄りかかって甘えてくるクロエとレイアに、エマが思わずと言った感じで、うっとりとした声で呟く。

「エマってこっちに来てから随分変わったよね。ていうか、確実に斜め上な感情表現するようになったよね」

「そうだね。でも可愛いから良いと思うんだ。それに、変な方には行ってないんだから問題ないでしょ」

 以前は、真面目な委員長の皮を被ったノリのいい文学系少女的な感じだけだった。でも今のエマを見てるとこう、どこかサブカル界隈にいそうな、妹系少女キャラを愛でて萌えてるお姉さんって感じになってて、ちょっと面白い。日本に来た影響なんだろうとは思うけどさ。

 まあ実害ないし、何か問題起こすでもないから、こういう一面も見られていいね、って感じなんだけど。

 

 

 そして翌日の日曜日。約束した通りに鈴が知り合いの定食屋に連れて行ってくれることになった。

 普段着でも少しだけ気合い入れた感じにしたけど、鈴も似たような感じで。違いはアシメのスカートにダメージシャツとジャケットの僕と、ショートデニムパンツにブラウスとベストをラフに着こなした鈴。髪型は緩くウェーブをかけて下ろしてる僕と、いつもと違ってツーサイドアップにした鈴。そして足下は共にロングブーツ……で、お互いどこに行くつもりよ、と待ち合わせた駅で会った瞬間に言い合ったのは苦笑いしか出ない。いつものツーテールじゃない鈴はいつもより大人びてて、服装も相まって可愛い中に格好良さが増して、なんとなく小柄で茶色い髪のアリサって印象。今日の鈴を見てると、今まで見えなかった新しい一面発見て感じで、ちょっと嬉しい。でも、それよりも少し心配なことがあって。

「ね、ねえ鈴。いきなり行っちゃっても大丈夫なの?」

 行き先、飲食店らしいし、土日でも結構お客さん居るって言ってたし。……でも。

「平気平気。一応アイツに連絡してあるし、アイツ相手に遠慮なんて要らないから大丈夫よ。ご両親とおじ様に妹ちゃんは別だけどね」

 鈴は平常運転というか、例の元カレさん以外のお店や家族に迷惑かけなきゃいいって言い切って。一応親友で元カレ、何だよね? その扱いでいいのかな。でも、鈴の表情を見てるとそんな杞憂は吹き飛んだ。

「特別なんだね、その友達」

 凄く優しい表情で、そういう風にしていいんだって。遠慮なんか要らない相手だって伝わってきた。

「そうねー。なんていうの、目指すのはおじいちゃんおばあちゃんになっても、よっ、とかいって挨拶出来る間柄。結婚してもお互いの相手が嫉妬するくらいの仲良し目指そうって感じかしらね」

「それって、在る意味、愛より深い仲だよね」

 幾つになっても、男女の仲を超えて親友のままで居続ける、その時のパートナー以上に近しい間柄。

「うーん。うん、そうかもしれないわね。実際、中1の頃に一回付き合って、半年保たずに別れてからずっと今の形だからさ。恋人らしいことは随分したけど、多分あたしとアイツの間にあったのって、恋愛より親愛だったのかしらね」

 鈴が言うのはそんな関係。一度は恋愛関係になって、でもそれでは収まらなくて逆に続かなかった。それって、本当に恋愛を超えた親愛だよね。鈴にとっての彼はきっと、特別すぎる人なんだろな。

「そっか」

 そんな鈴のお相手はどんな人なんだろうか。なんて頭の中で考えながら、笑みを絶やしてない鈴の横顔を見ながら歩くこと暫く。鈴が着いたわ、と言って指さした方に見えたのは、一階が店舗になってる一軒家。庇に吊された暖簾には五反田食堂と書かれてる。

「この、五反田食堂ってところ?」

「そ。あたしの第二の親友、五反田弾の実家よ。こんにちはー。おひさしぶりです、蓮さん!」

 ちょっと年季が入った一階が店舗になってる一軒家だけど、手入れは行き届いてるのか古びた印象はない。食堂の入り口になる綺麗に磨かれたガラス戸を引いて勢いよく中に入っていき、中に居た女性に声をかける鈴。女性の年齢は……見た目では不詳。鈴曰く、自称永遠の看板娘だとかで、パッと見は三十歳前にしか見えないというか、束姉や千冬姉、サラ姉達と同年代にも見える。でも雰囲気はもっとずっと上。束姉のお母さんの雪菜さんや、鈴のお母さんの雪蘭(シェイラン)さん位。多分、この人が例の元カレくんのお母さんか。

「……あら、鈴ちゃん。と、お友達かしら。日本に帰ってきてたの?」

「はい。蓮さんは弾から聞いてませんか? あたし中国の代表候補生になって、今はIS学園にいるんです。で、この子は新しく出来た友達で、蓮さん達に紹介しようと思って」

 そんな風に考えてる内に鈴と女性が会話を続けて、僕が女性、蓮さんの前に押し出される。

「あの、緒方ステラ・バレスタインといいます。えと、鈴の友達で、その、おじゃまします」

 慌てて自己紹介するけど、特に気分を害した感じはない。よかった。

「はい。いらっしゃい、ステラちゃん。鈴ちゃん。弾ならまだ上に居るから、勝手に入っちゃっていいわよ。寝てたら叩き起こしちゃって」

「はーい。行こ、ステラ」

 そして蓮さんは鈴の元カレ、弾君がまだ自室に居ることを教えてくれたので鈴の先導で内玄関から二階へと上がり、件の弾君の部屋へ向かって、まずは鈴が扉越しに弾君を呼ぶけど、返事がない。

「だーんー」

「……返事がない、ただのお寝坊さんのようだ?」

 思わず、優衣が前世で遊んでだゲームの一つにあったっていう、死体や骸骨に話しかけると「へんじがない、ただのしかばねのようだ」なんて冗談のようなセリフを捩ってみた。

「なにそれ。まあでも、それで正解ね。寝てるから勝手に入るわよ。そんで、起っきろー、ばーか弾!」

 それはまあ、鈴にウケたりはしなかったけどニュアンスは伝わったようで、遠慮も何もなく扉を開け放つとそのままベッドの上でまだ寝ている弾君に向かってジャンプ、彼の上に跨がるように飛び乗った!?

「うぎゃぁっ! ちょ、おま! り、りん、ぎぶ、ぎぶっ!」

 どんなに鈴が小柄で体重も少ないと言っても、流石に飛び乗られたらそれなりに痛いだろう。一気に目が覚めたのか悲鳴を上げて上半身を起こそうとして失敗、男の割に長い真っ赤な髪が広がった枕元を叩いてギブアップ宣言。鈴もそれで弾君から降りる……けどベッドに座ったまま。

「……てか、鈴? お前、鈴なのか? 本当に日本に帰ってきてたんだな」

「なによ。ちゃんと電話したっていうのに信じてなかったっての? 凰鈴音、IS学園入学のために日本に帰国したわ。またよろしくね、弾」

 彼も鈴が退いたことでベッドの上で胡座をかいて、鈴と隣り合わせに座る。殆ど肩が触れる程の近さで座る彼と鈴。もう付き合っていない二人の距離じゃない。知らない人が見たら付き合ってるようにしか見えない。でも、これがさっき鈴が言ってた二人の心の距離感なんだろうな。

「おう。で、そっちのカワイ子ちゃんは誰だ? てか、固まってるみたいだけど、いいのか?」

「あちゃぁ。おーいステラー?」

 僕もリィンと二人きりだとこの位な距離感だけどさ、なんていうか、他の人の同じようなシチュエーションを間近で見るのってこう、なんだか見せつけられてるみたいで、身体が緊張で固まっちゃったかも。思考も、なんだか微妙に鈍ってるのか鈴が呼びかけてくれてることしかわからなくて……。

「ふぇぅ? あ、あの、鈴。その、いきなりでビックリしたから」

 意識の外からかけられた鈴の呼びかけに反応が遅れて変な声が出ちゃったし。でもホントビックリだよ。これで付き合ってないとか、ねえ。

「こんな格好で悪いな。オレは五反田弾。弾でいいぜ。鈴とは中学入ってから意気投合しちまった親友だ。ちなみにもう恋愛感情は互いにない。もう一人の妹みたいなもんだ」

 そんな風に考えてた所で弾君……弾が自己紹介。今の短い紹介と、好感が持てる目の色を見ただけで、何となく、鈴と波長が合うんだなってわかった気がする。変なフィルターをかけて人を見ないで、その人自身を見ようとする瞳。そんな目を持つ彼と鈴は性質が似てる。そしてそれは逆に、二人が恋人としては続かないって事にも通じる。だからか、会ってまだ十分も経ってない僕も、リィンとは全く違う意味で彼に好感を持った。愛や恋ではなく、人間として好きなタイプに感じたから。

「そねー。そんなあんたと、数馬に海月の三バカアンド苦労人の透に付き合って同類に見られてるのは癪だったけど、まあ、居心地よかったかんね、あんた達と居るの。あたしや蘭達にアホが寄りつかなくてさ」

 それから彼が言う兄妹っていう間柄も、なんとなく納得。最初こそ恋人っぽく見えてたけど、今は仲のいい兄妹が寄り添って座ってるって感じに見えてきたし。そして彼と同類が後三人いるらしい。どんな人達なんだか。鈴が信頼してるっぽいから、やっぱり悪い人間じゃないんだろうな。そして千夏避けでもあったっぽい。確かに弾なら、千夏避けになるかも。こう、いい意味で人間らしいタイプは千夏と相性最悪だったし。数少ない、アイツの口車に乗って僕や鈴を虐めてこなかった子達も、大体はこの弾みたいなタイプの子達だったし。

「そ、そうなんだ。えと、僕は緒方ステラ・バレスタイン。ステラでいいですよ。あの、学園で鈴と気が合って友達になってくれて、その、連れてきてもらいました」

 なんにしても、この弾達四人が鈴や、蘭って子も含めた周辺の女の子達に千夏達を寄り付けなくさせるだけの何かを持ってる。

 その意外性にちょっとビックリしながらも、よく見ると黙ってればイケメン、そして内面も辛うじてその部類になるだろう弾に、僕から自己紹介する。さすがに鈴との仲が小学校からの幼馴染みだなんてのはまだ言えないけど、今は友達って言えば大丈夫だよね。

「そっか。よろしくな、ステラ」

「はい」

 そうすると弾は、ニカって擬音が似合いそうな笑顔で名前を呼んでくれた。なんか、ガイウスに通じるお兄ちゃん気質と、いい意味での悪達気質があるクロウの印象が同時に感じられた。これは、鈴が気に入るわけだよ。でも当の鈴はどこか悪戯な笑みを浮かべてて……。

「ちなみにその子、もう彼氏居てすっごいラブラブだから、手出しちゃダメよー」

「……り、りん!?」

 名前は言わずともリィンの事をばらしてくれやがりましたよ、この子!?

 確かにこう、二人きりの時はベッタリだし、ラブラブと言われればラブラブだよ。そういう関係なんだし? でもそれ、ここで言うことないじゃんか!

「オレがいつ、そんなほいほい手を出したよ」

 実際、弾は鈴の事をどこか呆れた目付きで睨み付けて文句言ってるし。それって特定のパートナーが居ない人がよく冗談で口走る定番みたいな愚痴風のセリフじゃんさ。大体ちょっと見てれば、弾が見境なく女の子に手を出すようなタイプじゃないって直ぐにわかるし。

「だってあんた、あたしと別れてから、いつもいつも彼女欲しー、とか愚痴ってたじゃない」

「愚痴るのと誰彼構わず手を出すのは違えだろうがよ、たく」

 それでも鈴は追及の手を緩めないでキャンキャン吠えて、弾も呆れた口調で返してるけど……でも、あれ? これって、弾の悪口じゃなくて、単なるじゃれ合い? 

「くすっ……あはは! 本当に仲がいいんだね。兄妹ゲンカしてるみたいにしかみえないよ」

 そう思ったら吹き出した。本当に兄妹ゲンカにしか見えないんだよこれ。人差し指で鈴のおでこを強めに突いたり、お返しとばかりに鈴が弾に肩ぶつけたりって、まさに兄妹ゲンカだ。

「でしょ?」

「実際、もう一人の妹だし、な、鈴?」

「うっさいよバカ兄貴!」

 当の二人は、僕の反応をわかってやってたのか、本当の兄妹みたいなやりとり始めてる。似てる所なんてどこにもない。でも、この感じは僕と蒼弥兄との関係に近いかも。素直に甘えた時の蒼弥兄や樹お父さんの反応と弾の反応がそっくりというか、まんまというか。

「あれ、おにぃ? 話し声聞こえてるんだけど、誰か来てるのー?」

「……あ」

 そんな風に穏やかに、でも賑やかにしてるとドアがノックされて、女の子の声が聞こえてきた。多分、弾の本当の妹の方が弾を呼びに来たのかな? 弾がどこか、何かを忘れてたって表情になってるし。

「起きてるなら入るよ……て、あー、鈴さん! 本当に日本に帰って来てたんですね!」

「そうよ。ただいま、蘭」

 そうこうしてる内にドアが開いて、弾にそっくりな真っ赤な髪をバンダナで纏めたキレイ系の女の子が一人入ってくると、弾の隣に座る鈴を見て歓声を上げ、鈴に抱きついた。ここにも疑似姉妹が一組、かな。

「はい! 鈴さん、おかえりなさい!」

 床に膝を付けて鈴に抱きついてる蘭ちゃんが鈴の顔を見上げて、そしてまた強く抱きつく。また鈴に会えて本当に嬉しいんだね、きっと。

 そんな蘭に、徐に僕を紹介する鈴。鈴から離れて、僕の方を向いた蘭は綺麗と可愛いが同居した整った顔立ちに、でも真っ赤な髪が情熱的な印象を持たせる美人。うん、将来絶対美人になるタイプの子だね。

「そうだ蘭。紹介するわ。IS学園で出来たあたしの新しい親友、ステラよ」

 日本人で真っ赤な髪ってのも珍しいけど、似合ってる蘭に、いつも通りの自己紹介。

「緒方ステラ・バレスタインです。ステラって呼んで。よろしくお願いしますね」

 当の蘭の方は、僕を見て挨拶をしてくれるけど、途中でぴたりと止まった。なんで?

「えっと、五反田蘭です。蘭でいいです。その、よろしく、お願いしま……」

 ずっと僕の顔を見上げてくる蘭に、思わず目を覗き返して問いかけると、蘭はまるでバネ仕掛けみたいに飛び跳ねて一歩下がってから、綺麗だって一言。……どゆこと?

「どうしたの?」

「わひゃっ! あ、ああの、その、キレイ、だったから」

 綺麗って、僕は身長の割には可愛い系に分けられることが多いんだけど、どういうことだろ?

「キレイ?」

「髪の色と、瞳の色が」

 不思議そうに蘭と見つめ合ってると、蘭が徐に髪と目の色の事だって、教えてくれた。あー、蒼銀色(ブルーブロンド)の髪に(エスメラス)(ヴィオラ)光彩異色(ヘテロクロミア)。確かに珍しいし、色合い的にも綺麗な部類なのかな。僕自身、慣れたのも含めて気に入ってる色だし。鈴や優衣、リィン達も綺麗だって言ってくれてるし。今は自慢の一つ且つ、自信の元の一つにもなってるから。

「でしょ? キレイよね、その瞳と髪の色。これで純粋な日本人だって言うんだから、ホントに遺伝子って意味わかんないわよねー」

「日本人なんですか!?」

「マジかよ……」

 でも僕は純粋な日本人だって鈴が蘭にばらすと、蘭だけじゃなく弾まで驚いた様に僕の顔をまじまじと見つめてきた。

 本当のところ、この身体は遺伝子的にエレボニア人だってことは鈴には言ってあるけど、あくまでも日本人扱いしてくれる。けど、そうじゃない人にとって、僕の髪色や目の色に名前のせいもあって、日本人には見えないらしい。正直、弾と蘭も真っ赤な髪で、水色の髪に深紅の瞳の簪と楯無さん姉妹同様、結構日本人離れしてると思うんだけどなぁ。

「そうだよ。名前の方は、ちょっとワケがあって一回外国に養子に行ってるから、ステラって名前なんだけどね」

「そうだったんですか」

 どちらにしても誤魔化し……きれてない養子に行ったで言い訳しつつ、容姿の方も遺伝子の気まぐれで誤魔化させて貰いました。鈴、フォローサンクス。

「あ、そうだ! おにぃ。それと鈴さんとステラさんも。ご飯、食べに下りて来いって、お母さんとお爺ちゃんが」

 この後、蘭の案内で食堂に向かって、弾と蘭のお爺さんで食堂の主、巌さんに紹介されて、お昼ご飯にはおすすめの業火野菜炒め定食を頂いて、思わず二セットもお代わり。ついでに超甘いって言われて興味を引いたカボチャ煮定食にいくつかの単品おかずまで食べてお腹が満足したところで、漸く僕の食べる量に慣れてきたらしい鈴以外の全員に、定食四セットプラスおかず数品全部完食した事を驚かれましたよ、いつも通りに。

 頑丈な身体と超筋力に超反射能力。その元凶の魔眼自体は役に立つけど、やっぱ副作用の食事量がね。専用機持ちの企業専属もいいけど、最近流行のフードファイターになるのもいいのかなぁ? そういう番組見てると、いろんな所に行って、いろいろな物を食べてって、なんだか楽しそうだし。まあ、あの人達ほど食べられないんだけどね。特に女の人達のあれ、一体あの小柄な身体のどこに入ってんだろ、とか凄い不思議なんだけどさ。

 

 閑話休題(それはおいといて)

 この日の弾と蘭との出会いをきっかけにして後日、数馬と海月、透の三人を紹介して貰って、彼ら三バカプラス苦労人の四人組と蘭には、様々な面で月岡に協力して貰えることになりました。主に男性操縦者試験者とその試験補佐として。そして夏休みのバイト代わりににと開発課に入り浸ってた弾達は、見事に男性操縦者実験用に建造された改黒翼型を起動、操縦することになり、秋口には極秘裏に建造した改黒翼の専用機仕様でヴァールの直系後継機になる改黒翼改弐・金剛型の専属操縦者にまでなった。なお、彼らは開発課所属なら誰でも受けられる籐韻流と篠ノ乃流の修練会に通ってるのもあってか、多少の差はあれど、専用機受領時点での操縦技術と力量が並の代表候補生を超える程にまで成長したらしい。具体的には七月時点の千夏なんかよりもずっと上で、12月の時点では静寐や本音達とタメ張れていい勝負が出来る程だったとか。

 なんにしても、最初は鈴の親友(元カレ)紹介なんていう、ちょっとした出会いだったはずの弾と蘭達だけど、きっかけの軽さからは想像できない位に深い間柄になるなんて、この時は思いもしなかったな。




とまあ、鈴の元カレ、五反田弾登場回。
次の彼の出番は……原作通り文化祭の予定。かなり先になります。
そして名前だけ出た三バカと苦労人も出番的にはそんなにありません(ないとも言わない)

ちょっと賛否両論になりそうな設定ですがまあ、このお話ではこんな人間関係だったという感じです。
次回は本編に戻って二巻分の本格開始です。


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金の憂鬱と銀の涙
金と銀の転校生


二巻目本格開始です。
まあ、この時点での彼女達は変えられる点が少ないのがちょっと悩みどころですが……。
今回は少し短めです。


 波乱のクラス対抗戦があった日から早くも週が明け、世間はゴールデンウィーク? で、何それ美味しいの? なIS学園は今日も元気に授業日和な五月の第一週。箒の謹慎も解けて、一応授業には出てくるらしい。反省した様子は見られないって、真耶せんせーがぼやいてたけど……。

 何はともあれ、土日で随分羽を伸ばして気分一新。今は緋鋼が手元にないけど、授業は平常運転がんばりましょうって感じで教室に入ると、清香達が集まってなにやらきゃいきゃい言ってる。なんだろ?

 因みに今日は珍しく全員別行動。僕が教室に一番乗りで、セシリアまで居ない。

「おはよ清香、海波。なんか賑やかだったけど、どしたの?」

 とりあえず一番近くに居た清香と因幡海波(みな)に挨拶ついでに声をかけてみると、二人はこっちを見て挨拶してくれると同時に、なにやらカタログみたいなのを大量に僕に渡してきた。なにこれ?

「おはよー、ステラちゃん」

「あ、おはようステラ。あのね、みんなでISスーツ選んでたんだよ」

 でもまあ、それは清香の一言で解決。学年別リーグが近付いて、そろそろ一般生徒も学園指定じゃない、自前のスーツを作らなくちゃいけない時期だっけ。

「あー、そっか。みんなは選ばなきゃいけないんだもんね。ごめんね、自分が要らないからって、すっかり忘れてた」

 ぶっちゃけ言うと、僕自身のスーツは緋鋼の前身の黒百合より前、黒翼の試作機に乗り始めた時にもう専用で作ってたから、マジで忘れてた。

「だいじょぶだよ。それより参考までに、ステラちゃんのスーツって、何処製なの?」

 因みに海波が渡してきたのはミューレイとハヅキ、デュノア。それに月岡のカタログだった。他にもイングリッドやらアルマート、トロイメライ等など、有名どころは国を問わず置いてある。なお、アルマートはテレサの所属会社フィアットのIS部門の名前。トロイメライはドイツBMWのIS部門で、シュバルツェア型を開発して欧州イグニッションプランでセシリアの愛機であるイギリスBAEのティアーズ型やテレサの愛機の原型機テンペスタⅡ型と争ってる最(コンペティション)中。月岡(ウチ)やデュノアを含めて、機体からスーツまで引っくるめて開発してる総合メーカーも多いけど、スーツだけや装備、機体だけってメーカーもかなりある。トロイメライやアルマートは基本的に機体のみで、第三世代装備とスーツ以外の装備は関連会社や専業メーカー任せらしい。で、アーマライトやベレッタ、ミツルギなんかは装備専門。逆にミューレイやハヅキがスーツと量子接続装置専門メーカーになる。

「月岡製だけど、完全オーダーメイドだからカタログには載ってないよ。強いて言うと、弦月型のフルカスタムが一番近いかな」

「弦月型のフルカスタム……て、これ最上級モデルじゃん! めちゃくちゃ高いし! でも、これっってやっぱり専用機持ちだから?」

 閑話休題(まあそこはおいといて)。海波の問いには月岡製のオーダーメイドと答える。月岡では専属も専従も全員、個人毎に生地から設計してるから。既製品としてなら、生地の性能を置けば最高級モデルの弦月という型が一番近い。弦月型もフルカスタムする場合は生体精密測定と生地の選定から始めるから。因みに価格は……適当な国産中級車を新車で買う位かな、と。

 ついでに、千夏のは本人曰く、イングリッドのストレートアームモデルをどっかの研究所がフルカスタムしたモノらしい。尚、白式を建造した倉持自体は機体と装備専業で、千夏のモノも含めてスーツ自体作ってない模様。

「専用機だから、かな。実際、機体との量子転送帯域や伝達率を細かく調整しながらスーツを作ってるんだ。そうじゃないとオーバーフローやアンダーランを起こして機能停止しちゃうからさ。これが黒翼用の方なら、そこまでシビアじゃないんだけどね」

「そうなんだ。おんなじISスーツに見えても、汎用型と専用機用ってやっぱり違うんだね」

「うん。不思議だね、同じに見えるのに」

 実際はブラスターシステムとの親和性のための専用スーツなんだけどね。なお一番シビアに作ってるのはブラスターシステムの適正値が()()()()優衣。逆にほぼ汎用品(弦月型)に近いのはフィーだったりする。ぶっちゃけると専用機(シルフィード)持ちのフィーよりも、試験専従操縦者(テストパイロット)の沙耶香や亜子の方が調整値高く作ってたりもするし。けど、他の会社はよくわかんないんだよね。ウチはその辺も公開してるからここで言っても問題ないけど、セシリアやテレサ達は機密情報に触れる部分もあるのか、特に教えてくれないしさ。

「ま、他の会社は知らないけどね。ウチはその辺まで公開して作ってるから」

「へえ。それじゃ、リィンさんのは?」

 そんな説明で大体納得してくれたのか、清香の質問はリィンの方に流れてく……ってリィン、いつの間に来てたし。

「俺は別の理由で完全オーダーメイド且つ、常に試作品だよ。設計主任曰く、通常モデルを無理矢理俺の体型に合わせるんじゃなくて、試験と観察も交えて一から作ってしまえ。一つで足りないなら沢山作ってしまえってな」

 ともかく、来て早々に話を振られたリィンだけど、清香の質問に何の躊躇もなく答える。現状、世界でたった二人しかいない男性操縦者としての自分の立場を理解して、さらに束姉や樹お父さん達の実験や研究、開発に対する姿勢を見てるからこそ、そこに忌避感を抱いてないらしい。

「……それって、実験ってこと?」

「まあ、海波の言う通りだな。良くいえば試験協力だろうけど、モルモットという言い分は、否定できないからな」

 だから海波が言うように実験、もっと言うとモルモット扱いではあっても、特に気にしてなかったりする。

「酷くない?」

「それでも、別に身体を切り刻まれてるわけじゃないから平気だ。定期的な検診と、頻繁にスーツが替わる位しか負担はないから問題ないさ。次に繋がる可能性があるからな」

 尤も、外から見たら海波が言うように酷い扱い、という風にしか見えないだろう。それでも、実のところ専用試験機での男性によるIS起動実験が成功しつつあるという、まだ世間に公表されてない事実もあって、なおのこと気にならないそうだ。リィンが自身のIS(ヴァール)を動かすことで取ったデータが、確実に後続の成果に結びついてるから。

「うー。でもでもぉ」

「心配してくれてありがとう、海波。それに清香達もそんな泣きそうな顔をするな。俺は全部納得して協力してるから大丈夫だよ」

 それでも、そんな内情を知らない海波からすれば酷い扱いにしか感じないだろう。泣きそうな表情でリィンの制服の裾を掴む海波達に、頭を撫でながら慰めるリィン。

「うん」

 それで少し落ち着いたのか、海波達が涙を拭きながらリィンから離れ始めた頃、千冬姉……織斑先生と真耶せんせーが教室に入ってきた。

「お前達、時間だ。着席しろ」

 主に僕達の周りと、千夏の周りに集まってた全員が一斉に席に戻って、一応クラス長である千夏の号令一下、朝の礼をする。そして全員が着席した所で真耶せんせーが唐突に転入生がいるとか……あれ? もしかしてシャルロットとラウラの事? なんて思ってる所で小柄な金色の貴公子(男装少女)と、更に小さな銀色の軍人(眼帯チビっ子)が教室に入ってきた。

「今日は転校生を紹介します。それでは、自己紹介をお願いします。まずはデュノア君から」

 話しに聞いてはいたけど、どう見ても小柄かつ華奢過ぎる体格で、姿勢や体型的に男には見えないシャルル(シャルロット)・デュノアが偽りの名前で自己紹介をする。

「はい。えっと、フランスから来ました代表候補生のシャルル・デュノアです。こちらに、僕と同じ境遇の人が二人もいると聞きまして、急遽編入することになりました」

 少し低めに作り出されたメゾアルトの声は、確かに声が高めの少年の声にも聞こえる。そして彼女の仕草や笑顔には清香達でも黄色い声で歓声を上げてる。けど、怪しすぎでしょ。わかる人なら一目で女だってわかる体型と体格なのに、なんで誰も疑わないかな。……ていうか清香達、観察力不足。今日からじゃ不自然だから、シャルルが正体をバラした後で部活の訓練倍増決定。なお本音は気付いて首傾げてるけど、きっと流す。知ってて流す。あの子の家柄(暗部の家系)は伊達じゃないから。

「ありがとうございます。それでは、ボーデヴィヒさん。お願いします」

「……」

 まあ後はなんだ、ラウラはこう、寡黙というより、周囲は眼中にないって感じなのかな。真耶せんせーの催促も無視してある一点(千夏)を見つめたままだし。

「えっと、ボーデヴィヒさん?」

 これには流石に真耶せんせーも訝しがってもう一度声をかけるけど、またも無視。

「ラウラ・ボーデヴィヒ。挨拶をしろ。それがここでの習わしだ」

「……はい、教官。ラウラ・ボーデヴィヒだ。貴様達と馴れ合う気はない。以上」

 しゃーなしとばかりに動き出した千冬姉が呆れを隠さない声音で声をかけるとやっと反応。でも身も蓋もない挨拶が飛び出す。なおこちらも低く作った声だけど、シャルルのそれとは違って拒絶の色が凄い。周囲に壁と言うより、寧ろ周囲に装甲板レベル。今は簡単に近付ける気がしない。今後の展開を考えると、少しでも距離を縮めたい気はするけど、まあ時間はあるからゆっくりいこうか。ぶっちゃけ、彼女の専用機に例のシステム(VTシステム)が乗ってないってのが一番いいんだけど。でも、ないよね、そんな都合いい展開。優衣曰く、世界線が大筋では変わってないとか、世界の修正力が働いてる影響じゃないか、とか言ってたけど、ようは、現状では僕の変化や優衣、リィン達居る程度の差異はあっても、大筋では原作(小説)に似た経緯を辿るんじゃないかって。実際、事件の起こり方や原因が違うだけで大差ない方向で動いてるしね。問題は優衣が読んでたのは十巻まで。時期的には十二月にある修学旅行に関しての事件までしか知らないこと。まあ、頼らないって決めたのも僕達だけどね。一応、ちょっとした予備知識程度には役に立つかも、てことで。

「……あの、えっとぉ」

「まともに言う気はないか。まあいい。二人とも、山田教諭に席を聞き、着席しろ」

「はい」

 とにかくこんなラウラの挨拶には真耶せんせーが絶句して、千冬姉も完全に呆れ顔。話が進まないから無理矢理進めるつもりらしい。シャルルの方は素直に席に向かったけど……。

「……貴様が織斑千夏か」

「……ああ、そうだが?」

 ラウラは千夏の前に立つと名前を問いかけて。

「貴様の様なヤツが居たから、教官は!」

「がっ! ってぇな! いきなりなにすんだよ!」

 確認が取れると同時に原作通り、千夏の左頬に平手打ち。スナップ効いたそれは綺麗なパシンという乾いた良い音がした。軍で鍛えた力に技も加わって、千夏の頬はさぞ痛いだろうなあ。小さくても真っ赤な紅葉模様がくっきりはっきり付いてるし。因みにほーきさんがラウラをガン睨みしてます。先生ズを含めて誰も気にしてないけど。

「認めん。お前も、すでに居ない織斑一夏も。どちらも織斑教官には釣り合わん。わたしは、お前達を認めない」

 それでもって理由もまあ、原作とほぼ同じ。しっかしなぁ。僕も千夏も、一体ドコでどうして、ここまで恨まれてんのか。いやまあ、僕が第二回モンド・グロッソの時に誘拐されたのが一端だとは思うよ? でも一応あの大会は千冬姉が優勝してるし、そもそも僕はいなくなったことになってるのに、それでも未だに恨まれてるってのはいい気分しないな。

「そこまでだボーデヴィヒ。さっさと着席しろ」

「はい」

 それと、さすがにあんな暴挙を千冬姉が許すはずもなく、命令口調でラウラに告げれば、それには素直に応じる。

「ああ、ボーデヴィヒ。今回の事はなかったことにしてやる。だが、次はない。いいな」

「……肯定であります」

 まあ、許したわけでもないからお小言付きだけど。……ドイツ軍で教官してた頃の千冬姉の印象を引き摺ってるんだろうな、ラウラのヤツ。

「そ、それではホームルームを終わりにします」

「シュバルツァー、織斑。デュノアの世話をしてやれ。では、遅れるなよ」

 しかし真耶せんせー、動揺しすぎ。だからみんなに友達感覚で接されちゃうんだよ。僕もそうしちゃってるけど。年齢が近い、可愛い先生(マスコット)だもんね。

「えっと……」

「リィン・シュバルツァーだ。だが、挨拶は後回し。織斑、急ぐぞ。デュノアも付いて来い。急ぎでな」

 でまあ、一応紹介も終わったってことで、これからIS実習のためにアリーナに移動。僕らはここで着替えてから行くことになるけど、流石にリィン達は、ねえ?

「あいよ」

「うぇ? あ、うん」

 てことで挨拶もそこそこにリィンはシャルルの手を取り、千夏を引き連れて教室を出て行った。

 はてさて。今日はリィン達、時間内に辿り着けるかな。新入り(シャルル)もいることだし、今日は五分五分って感じかねえ。




予定調和的な転入シーンになってしまいましたがまあ、ここは変える部分も少ないですし、その分短くなった感じですね。
次回はIS実機実習です。さてさて、どうなることやら。


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波乱含みの実機実習

随分遅くなってしまいましたが、なんとか納得いく感じで書くことが出来ました。


 場面は変わり、一夏達が着替えを終えて教室を出る頃。彼女達とは違い、アリーナにある更衣室を目指して廊下を()()()で進むリィン達。だが、不意に空気が変わり、多数の女生徒が近付いているのをリィンが察知。千夏とシャルルに注意を促す。

「まずい。もう囲まれてるな」

 そんなリィンの異変に、ある意味慣れた千夏はその超常さに呆れ、シャルルは意味がわからず首を傾げる。

「ホント、お前らのその感覚って意味わかんねえよ」

「……え? あの、どういう事?」

 そんな彼ら二人を見たリィンが、しかし周囲の気配の異常な多さと、それらが纏う雰囲気がいつも以上に剣呑としているのを感じ取り、若干慌てる。恐らくその原因は、リィンが手を引いてる転入生たる男子生徒(男装女子)のせいだろう。この騒ぎに加わる女子生徒達は、男性同士の絡み合いが甚くお気に入りなのだと、これまでの経験でリィンも千夏も気付いている。彼女達にとってこの守ってあげたくなるような中性的、寧ろ女性的とも言える容姿をもった新入りは格好のネタ(エサ)だと。

「いいから……。ちっ、遅かったか!」

「……どういう、こと?」

 そして、階段を昇ってきた女子生徒の大群が彼らの視界に入った瞬間、三人の顔が引き攣る。三人の後ろからも人の気配が生まれたからだ。挟み撃ちである。

「リィンさんと千夏君に転校生君を発見!」

「者共、出合え出合え! 出合え!」

 それを裏付けるように、先頭に立つ二年生らしき女子生徒がリィン達の名を呼んだ瞬間、その隣の三年生がどこの武士だと叫びたくなる様な呼びかけをすると途端、女子生徒達はあっと言う間に増えた。挟撃からの追い込み、そして拘束される未来。三人の脳裏に同時に幻視された楽しくない未来予想図。

「リィンさんが転校生君の手を引いてるよ!」

「夏の薄い本は一際厚く出来るわね!」

 恐るべきは女子生徒達の気迫と、なぜか視覚にまで訴えてくる腐臭を漂わす思考。そして、それらがもたらす異質で異様で異常な雰囲気。

 一部の女性と極少数の男性にとって歓喜され、歓迎されるであろう彼女達の脳裏に描かれたリィン達の姿は、しかし本人達にとっては面白いモノではないと断言することが可能なモノ。そんな幻想(イメージ)がダダ漏れなためのこの場の雰囲気。

 内容はわからないでも、気分の良くない三人がこの現状を打破するために取る行動はただ一つ。その為にリィンは千夏に声をかける。

「……くそ。織斑! それでデュノア悪い、飛び降りるから少し我慢してくれ。織斑は遅れるなよ!」

「はいっ? ちょっと、あの、シュバルツァーくんっ!? ひっ、きゃっ……うわぁあっ!」

 都合良く常人より()()は身体能力が高い千夏と、常人を()()()()()()身体能力を持つリィン。リィンの呼びかけを寸分違わず理解した千夏が手近な窓を開け放った瞬間、リィンがシャルルを抱きかかえると、助走もなく跳躍して窓枠を飛び越え、三階に位置する廊下から躊躇なく校庭へと飛び降りる。シャルルが発した短く、そして男とは思えない甲高い悲鳴と共に。

「なんでこんなスパイ映画みたいなコト毎回しなきゃいけねーんだよ、ちくしょうが! てか、ここはどこの武家屋敷だっつーの!」

 続けて千夏も、理不尽を嘆き、叫びながらも同じく躊躇なく飛び降りることで今回の窮地を脱した。

 IS学園に入学して以来、早くも慣れて数える事を諦めたこの脱出劇に千夏は毒を吐きながら、先を走るリィンとシャルルを追ってアリーナへ向かうのであった。

 

 結局、校舎内の移動ではなく校庭を横断することで第二アリーナへと辿り着いたリィンとシャルルは、今日の指定更衣室である第二アリーナ併設の第三更衣室へと入る。

「なんとか間に合うな……」

「あ、あの、シュバルツァー君。そろそろ下ろしてくれないかな、なんて」

 息を切らすこともなく更衣室内に入り込んだリィンに、彼に抱きかかえられたままのシャルルは小さく、やや恥ずかしさを滲ませた声で下ろしてと訴える。

「……悪い。直ぐに下ろす」

 当のリィンは、シャルルの体重の()()故に抱えていたことすら忘れてしまい、シャルルの声を聞いて直ぐ、側にあったベンチに座らせる。

「ありがと。でも、さっきのはなんだったの、一体」

 ベンチに座って人心地付いたのか、シャルルは溜め息と共に先程の騒ぎを思い出し、顔を少しだけ青くする。

「それは、俺達が世界で三人しか居ないISを動かせる男だから、だろ」

 それにはリィンが当然だろうと答える。理論上、世界の総人口の約半数を締める遺伝子上女性のほぼ全てが起動させられるISだが、残る半分となる遺伝子上男性については、今現在リィンと千夏。そして便宜上、この男装した少女シャルル・デュノアの、たった三人しか発見されていないことになっている。

「……あ。あー、うん、なるほど。でも、そんなに、なのかな」

 だが当のシャルル本人は男性として学園に入学してきていることの覚悟が薄いのか、()()()()なりきれておらず、リィンに言われて漸く気付く。

「そんなだろうな。単純計算で、三十五億分の三人、だからさ。ともかく、さっさと着替えて出るぞ、デュノア」

「え? うわぁ! あぁ、うん。わ、わかったから! こ、こっち見ないでね!」

 程なく千夏が入ってきた頃、二人はロッカーの方へと向かい着替えを始めるが、上着を勢いよく脱いだリィンに対してシャルルは見かけ通りの、()()()()()そのものの反応を見せる。

 千夏はそんなシャルルの様子にやや怪訝な表情を見せるが、リィンの方は何か合点がいったという感じで目を細めてロッカーの隅で着替えを始めたシャルルを視界から外し、着替えを終わらせてアリーナへと出て行くのであった。

 

 リィンと、慌てて付いて来たシャルルと千夏がアリーナに出ると、そこには一組と二組の面々がほぼ揃い、更衣室の出入り口近くに待機してた一夏達が三人を見つけると同時に声をかける。

「お。今日もなんとか間に合ったね、リィン。デュノアと織斑も」

「りーん、おつー」

「リィンさん。今日もおつかれさま、ですわ」

「おつかれ、リィン。貴公子とダメ斑も」

 一夏と本音、セシリアとフィーがリィン達を労うが、フィーの彼らの扱いが一目瞭然。特に千夏に対しては、クラス対抗戦以来、より辛辣になっている。この程度で疲れていることも、フィーの千夏に対する評価が下がる要因になっていることには、当の千夏自身は気付いていないようだが……。

「ああ、ありがとな、みんな。でもな、アレはなんだろうな、本当に。いつまでも飽きずによくやるよ」

 ともあれ、リィンは一夏達の労いに答えつつ、しかし未だに湧いて出てくるあの女子生徒軍団(変質者達)に対して疑問を捨てきれない様子で、今も眉間に皺を寄せている。

「ここって娯楽が少ないから、あんなもんなんじゃないの?」

「多分ですが、そうなのだと。まあ、少ないなりに、楽しめる事はあると思うのですけどね」

 そんなリィンの疑問には、やはり近くに居た鈴のルームメイトであるティナ・ハミルトンとそのクラスメートの如月(きさらぎ)夏菜(なつな)が答える。二人とも兼部ではあるが、武術部の部員で、IS訓練参加組でもある。

「でも夏菜。そうは言っても、事実上女子校の女の子なんて、いろんな意味で飢えた猛獣と一緒なんじゃない?」

「確かに。わたし達は普段からリィンさんと一緒に居るからそんな風に感じないけど、他の人はねー」

 そしてティナと夏菜に続けて清香とさゆかが身も蓋もないことを口にするが、事実、清香の言う通り入試条件にIS適性の有無がある関係上、本来は共学であるはずが事実上の女子校と化しているIS学園において、僅か三人しかいない男子など猛獣の檻に放り込まれたエサと同義であろう。

 更に言えば、クラスや部活でリィン達との接触が多い清香やティナ達にとってリィン達は身近な存在だが、そうではない他クラスや上級生達にとっては未だに珍獣(ネタ)でしかない。

「ふふ。案外と、そうなのかもしれませんわね」

「にゃははー。がおー!」

 そんな清香達の会話を聞いていたセシリアも呆れて苦笑いしつつ、しかし意見自体には賛同してるのか割と楽しそうな声音で同意を唱え、本音に至っては笑いを交えて可愛い声音で吠えるマネまでしている。

「ぷっ! なに、それ」

「でゅっちーが笑ったー!」

 そんな本音の様子に思わずと吹き出したシャルルに、本音が少し目を細めて笑ったと呼びかける。緊張か、他の何かか、シャルルは教室に入って以来ずっと、どこか引き攣った表情をしていたからだ。教室からアリーナへの移動時に関しては、リィンに抱えられて三階から飛び降りたことも含まれているのだろうが。ともかく、本音はシャルルがずっと作った笑顔でいたことに、余りいい印象を持っていなかった。故に、素の笑顔を浮かべた今の表情を見られたことが嬉しかったらしい。

 尤も言われたシャルルは、本音に呼ばれた名前の方が気になったようだが、それには鈴が適当に説明しながら整列することを促す。誰も好き好んで必殺の伝家の宝刀(出席簿アタック)など受けたくないのだから。

「で、でゅっちー? それに、笑ったって……」

「あんたの表情がずっと引き攣ってたからじゃない? それと、でゅっちーは本音が付けるあだ名よ、あだ名。あの子、そういう子なの。それで、織斑先生が来たから並ぶわよ。必殺の一撃なんて受けたくないしね」

「必殺の一撃? まあ、いいか。痛そうなのは嫌だし。列は、適当で大丈夫そうだね」

 鈴が言った必殺の一撃をまだ知らないシャルルだが、余り良くないだろうことは直ぐに理解したのか、ひとまず一夏とリィンと共に列の後方に並ぶことにした。

「よーし、授業を始めるぞ! まずは緒方姉! お前の専用機はまだ修理中だったな」

「はい」

 一組と二組に別れつつも特に序列が決まってない並びは、それでも整然としていて、それを束ねる織斑千冬もまた、今日から本格的に始まるISの実機訓練に気を引き締めている。そんな中、千冬は一夏に呼びかけ、緋鋼がまだ修理から戻ってないことを確認すると、しばし生徒達を見回した後、一組と二組、双方から専用機を持った代表候補生一人ずつを指名する。

「ならば……。凰とオルコット、前に出ろ」

 中国代表候補生の鈴と、イギリス代表候補生のセシリア。中近距離格闘型と中遠距離射撃型。お互いの戦闘距離と戦闘スタイル双方において相性が悪い二人だが……。

「わかりました」

 指名されたからには是非など関係なく、ただ肯定を示して千冬の前に歩み出る。

「お前達には模擬戦をして貰おうと思う。ISを展開して待っていろ」

「はい。それで、セシリアと対戦すれば良いんですか?」

 そこで二人は愛機たるIS、甲龍とブルー・ティアーズを展開して向き合うが、それは千冬に止められる。目的が違うようだ。

「いや。お前達の対戦相手は別に居る。二対一での模擬戦だが、もうすぐ来るはずなんだがな」

 対戦相手は別、と二人が交戦するのを止めて思案顔の千冬。彼女を見る鈴とセシリアも、釣られて何かを考える節をみせたその時、遥か上空から悲鳴が聞こえてきた。

「どどど、どいてくださーい!」

 どこか聞き覚えのある声。焦りはあるもののどこか間が抜ける口調に、全員が上空を向いた瞬間目に入ったのは、ダークグリーン塗装のラファール・リヴァイブを纏った山田真耶が、遥か上空から()()()()()ところだった。

「……え? はい!? ちょっとなんであんな操縦不能になってんのよ! みんな早く逃げて!」

 この突拍子もない状況に、鈴は悲鳴を上げるように周囲のクラスメート達に逃げるように伝えると、自身はセシリアと共にISを纏ったまま、他の生徒達を守るように後退しつつその場から待避。しかし。

「……は? 僕かよ!」

 他の生徒と同じように逃げている一夏に対して、なぜか照準固定(ロックオン)した自立誘導ミサイルのように軌道をずらしながら落ち続ける真耶がいた。

「……ちょ、ちょっとまやせんせー! まじしょうきにもどってー! てゆーか、なんでぼくのことおいかけてくんのーっ!?」

 これには一夏も落ち着いてなどいられず、しかし防御しようにも受け止めようにも肝心の愛機(緋鋼)は修理中で手元に不在。とにかく壁に、どこかアリーナから屋内へと入れる場所を探して走り続けるも、現状間に合いそうにない。

「ステラーっ!」

 自身の身体能力や身体の耐久力には自信がある一夏だが、さすがに生身のままで落下してくるISに激突されてはひとたまりもない。目の前に迫る破滅に、徐々に狭くなる視界と早くなる思考で、逃げ切るのは無理だと悟ると無意識に目を瞑りその場に座り込もうとする。鈴とセシリアも気付いていたが、距離の関係で間に合わない。誰もがダメだと思ったその瞬間、突風と共に真耶と一夏がギャラリーの視界から消え、風が止まった先に、ヴァールを纏い、一夏と真耶を抱き込んだリィンが居た。

「……大丈夫か、ステラ」

「うぅ……て、え? あ、りぃん? えと、その……うん。だいじょーぶ」

 リィンが巻き起こした突風が吹いたその瞬間、一夏は僅かな衝撃と浮遊感に襲われたが、しかし痛みはなく、かけられた声に一夏が目を開けると、目の前には愛機(ヴァール)を纏った最愛の人(リィン)の、焦りを滲ませた顔。それが、一夏と目が合った瞬間、安堵の表情へと変わる。一夏は逆に、ヴァール越しとは言えリィンに抱きしめられたことと、助かったという二重の安心感で、やや惚けた答えを返すのみ。

「真耶先生も、大丈夫ですか?」

「は、はいー。すみません、シュバルツァー君」

 そしてリィンは一夏を抱きしめる右腕とは逆の、左腕に抱え込んだ真耶の顔を覗き込みながら無事を確認すると、真耶は目に涙を溜めながらも、いつも通りの少しノンビリとした口調のままリィンに礼を伝える。

 突風の正体は限界速度を超えて飛んだリィンとヴァールであり、真耶のリヴァイブが一夏に激突する寸前、リィンが二人に急速に接近。地面とほぼ垂直に落ちていた真耶を左腕に抱え込むと同時に、彼女のリヴァイブの慣性移動を強引に押さえ込みながら大きくロール。その後、連続したクイックターンで減速し、生身の一夏を右腕で包むように抱いた後、殺しきれなかった後退する慣性をPICで押さえ込んで静止。この一連の動作が余りにも速く、周囲にはただ突風が発生したとしか見えず、いつの間にかリィンが真耶を抱え、一夏を抱き込んだまま浮遊していたように見えた。

「おいシュバルツァー! お前はいつまでその二人を抱え込んでるつもりだ。もう無駄な慣性移動も止まっているだろう」

「……っ! す、すみません! えっと、ステラ。真耶先生も。降ろしますよ」

 そんな三人だが、落ち着きを取り戻した真耶はリヴァイブの駆動系を既に停止。リィンのヴァールも完全に静止状態になり、ただ浮いているだけ。それを見抜いた千冬はリィンに対して一夏と真耶を下ろすように促す。

「あ……」

「ふぁ……」

 流石のリィンも安堵から思考が若干鈍っていたとは言え、千冬の言葉に従い着地してから一夏と真耶の二人を優しく地面に下ろし、ヴァールを解除する。リィンが手を離した瞬間、一夏と真耶両名から、どこか寂しげな声が漏れたが、リィンはそれを、二人がどこかケガでもしていたのかと勘違いする。

「……あ。えっと、二人とも、どこかケガとかしてたのか?」

 一方の真耶は、流石に生徒に抱えられて安心した上、相手がリィンだったことに歓喜していたなどと言えず、若干言葉を詰まらせながらも大丈夫だと言いながら、リヴァイブのスラスターを吹かしてアリーナの中央へ向かう。

「え? あ、あの。わたしは大丈夫ですから、その、わたし、行きますね!」

「あ、はい」

 そして一夏も、未だにどこかぼんやりとしていたためリィンが声をかければ、顔を赤く染め上げ、酷く慌てた様子で大丈夫と言う。

「ステラ。大丈夫か?」

「ふぇぅっ? え、えっと、その、大丈夫。少し、ぼーっとしただけ、だから」

 リィンも、こんなに顔を真っ赤にして慌てる一夏を見たのは始めてのことで、どうにも心配になっているらしく、顔を近付けて額に手を当てて一夏の様子を見た。

「そうなのか? 顔が赤いが」

 当然、唐突に近くなったリィンの顔に一夏の混乱は更に大きくなり、わたわたと手を振り回してリィンから遠ざって無事をアピールする。

「ぴぁっ! り、リィン!? あの、ぼ、ぼくもうへーきだから!」

「そうか、よかった」

 実際は照れていただけなのだが、そこはリィンには伝わっておらず、一夏が無事だったことに安堵するだけ。だが、周囲から見ればどこか甘酸っぱい雰囲気をまき散らしている。そんな二人に一つの人影が近付き……。

「……貴様ら、いい加減にそのラブコメ擬きを終わらせんか!」

「ぃっつぅ!」

「へぷっ!」

 怒声と共に二人の頭に手刀を叩き込んだ。その人影は当然、千冬である。彼女も二人の雰囲気に当てられながらも、しかし教員として二人を止めて授業を優先する。ただそれだけである。散り散りに逃げていた生徒達は既に戻って列を作っているのだから。

「いい加減授業が進められんからさっさと列に戻れ、バカ者」

 そして千冬に怒られた二人も、周囲を見てただ謝るのみである。

「す、すみません……」

「い、いえす、まむ」

 だが去り際、千冬が二人に爆弾を落としてから、足早に真耶の元へと去って行くのであった。

「まったく。イチャイチャしたいなら放課後、自室に戻ってからにしろ……」

 これにはリィンは黙り込み、一夏もただただ唖然としながら一言呟くので精一杯である。

「……しても、いいんだ」

 普通は止めるだろう、と思いながらも、なぜか得られた教師の公認。困惑気味の一夏の呟きは、突如上がった真耶と千夏の悲鳴に掻き消される。

「っきゃあ!」

「おわぁっ!」

 真耶が上げた悲鳴を聞き、目を向ける一夏とリィン。その視界に、なぜかリヴァイブを纏った真耶に押し倒される白式を纏った千夏の姿が。

 そして故意か偶然か、真耶を支える千夏の手は真耶の胸に。

「おお、織斑君! 女性の胸をそんな風に触っちゃ駄目なんですからね!」

「のあっ!」

 これに真耶は大きな声で抗議しつつ千夏を蹴り上げ、起き上がると同時に背負い投げの要領で遠くへ放り投げた上で追撃とばかりにアサルトライフルで精密に弾を撃ち込んでいく。

「あんたぁ、真耶先生になんてことしてんのよ!」

「お戯れも大概になさって下さいな!」

 更に、目の前で事態を見た鈴とセシリアがそれぞれの得物、龍咆とスターライト、ブルー・ティアーズを構え、即座に狙いを付けると千夏に向けて連射。それらは吸い込まれるように彼に、白式に命中していく。

「ま、ちょ、俺がなにをしたって言うんだーっ!」

 一瞬で行われた一方的な集中砲火。やや離れた場所で起こるそんな惨劇。真耶に投げ飛ばされて狙撃され、さらに鈴の龍咆とセシリアのブルー・ティアーズ集中射撃が全弾命中した千夏は悲鳴を上げながら、装甲が程よく焦げた白式を纏ったまま墜落し、ぴくりとも動かなくなった。

「……列、もどろ?」

「そうだな」

 そんな惨劇を見た一夏とリィンは、どちらともなく手を繋ぎ、列へと戻る。

 ちなみにこの短い間に起きたアクシデントで、真耶はリィンと千夏の両名に胸を触られていた。いたのだが、リィンはなにも言われず、千夏は真耶本人の他、鈴とセリシアにも撃たれている。

 この差が、普段の行いから来る人望……というより、単なる好感度の差である。

 

 その後、千夏は白式を解除した後、這いずって列に戻り、鈴とセシリアのコンビ対真耶という模擬戦が行われた。絶妙とは言い切れないが、しかしそれなりの連携で真耶と接戦を繰り広げる鈴とセシリア。その傍らでは千冬の側に呼ばれたシャルル・()()()()が、真耶の纏うリヴァイブ……()()()()()製量産型第二世代IS《ラファール・リヴァイブ》についての解説を行う。

「ふむ、なるほど。山田先生がここまで追い詰められるとは、なかなかの連携と練度だな。まあ、あと一歩及ばなかったのは残念だったな」

 そして決着が付く。鈴の攪乱とセシリアの狙撃と包囲射撃によるコンビネーションは真耶を追い詰めていた。しかし真耶は巧妙な射撃で二人の位置を誘導し、無自覚に接近し激突してしまった二人に対しグレネードを投擲。それを狙撃して爆発させることで鈴とセシリアはシールドエネルギーを削り取られてリタイア。

「あー。悔しいです! セシリアの隙をカバーしきれなかったのが本当に悔しい! 無意識での誘導とか、全然わからなかったし!」

「ええ。がんばったと思いましたのに、不甲斐ないですわ。鈴さんのバックアップがわたくしの役目でしたのに。誘導されてるのに気付けなくて、本当に悔しいですわね」

 連携していたつもりが無意識下で誘導されてしまったことに二人とも悔いる。だがふて腐れている様子はない。悔しいが、実力と練度の不足を見せつけられたからである。

「いえいえ。そんなことありませんよ。鈴さんもセシリアさんも、どちらも手加減が出来ない位でしたから。お二人とも、ナイスファイトでしたよ」

 そして真耶もまた、実はギリギリの状況であったことはおくびにも出さず、しかし鈴とセシリアの二人には確実に追い詰められていたことを認める発言を交えて褒める。実のところ、この近接格闘と中距離射撃の鈴と、中遠距離射撃のセシリアのコンビ。セシリアがブルー・ティアーズの特異機能である偏向射撃(フレキシブル)を習得していた場合、真耶に勝ち目がなかった組み合わせなのだ。

「山田先生は、元とは言え国家代表目前まで上り詰めた代表候補生だ。みなも、甘く見ていると痛い目に遭うからな。それから、凰とオルコットも十分過ぎる程に健闘した。学年末までにお前達に目指してもらいたいのはこのレベルだ。成れずとも、凰やオルコット、代表候補生達を目標にしてほしい。いいな!」

「はい!」

 それでも真耶の実力は、IS競技者としてはかなり上位。こと射撃と攪乱に関して言えば並の国家代表を超える腕を持っている。織斑千冬がいなければ、国家代表は山田麻耶だったと言われる程、彼女のIS操縦技術は高い。そして鈴とセシリアも、僅か一ヶ月ほどとは言え実戦さながらの訓練を繰り返し、ランダムなチーム分けでの連携訓練を経験したため、入学当初に比べ格段にIS、生身双方の戦闘能力が向上している。

「では、シュバルツァー、織斑、デュノア、オルコット、ボーデヴィヒ、凰、クラウゼル、緒方の専用機持ちを中心に8班に班分けし、訓練機への搭乗と歩行訓練を行う!」

 閑話休題。代表候補生ペア対教員の模擬戦で、ISによる戦闘を間近で見せた後は、専用機持ちを教官役にしての実機稼働訓練の開始である。

 殆どの生徒は入学一ヶ月を超えた今日、初めて授業でISに搭乗しての訓練を行うことになる。そして歩行訓練が行われるのは、実はISでは飛ぶよりも歩く方が難しかったりするからだ。飛ぶ=飛行する場合、フルオートでの制御も可能なため、ただ飛行するだけなら誰でも出来るとまで言われる。しかし歩く、走るなどの地上での活動に関してはアシストはあってもオート設定はない。その為のこの訓練。

「打鉄とラファールを四機ずつ用意してあります。各班で選んで行って下さいね」

 そう声を上げる真耶の脇には、あらかじめ用意していた八台のカートに乗った駐機状態の訓練機、打鉄とラファールが乗っている。

 なお、IS学園には打鉄とラファールの他、メイルシュトロームとテンペスタも訓練機として存在するが、両機は打鉄やラファールと違い汎用型ISではないため、個人訓練での貸し出しに限られ、教科としての訓練に利用されることはない。

「……そこの男三人に集まってるバカ者ども! 出席番号順にシュバルツァーから並び、残った者は空いてる班に入れ! ほら、さっさと動け動け!」

 そして現在、一組二組共に一部を除いた大半の生徒がリィンと千夏、シャルルの三人に群がるという状態になっていた。当然、指導して貰うなら同性の専用機持ちではなく希少な男子(レアキャラ)に、という心理によるものだ。だがそんな状態を千冬が放置するわけなどなく、伝家の宝刀(出席簿)が出ることはなくとも、聞けば竦むような怒声で彼女達を一喝し、整然と並ばせた後に余った生徒達を順に鈴やセシリア達の方へと振り分けていく。

「そんじゃ、僕のところはこれで良いね。……でさ。みんなにちょっと相談なんだけど、あれ、手伝いながらでもいいかな? 流石に見てられないんだ」

 そのような状況の中、一夏の所には武術部所属の清香や夏菜などを中心に比較的仲がいい者達が率先して集まったため、滞りなく訓練を始められる状態になった。しかし、直ぐ隣に集まってるラウラの班は見ただけで問題が見て取れた。ラウラの所にはリィン達の所からあぶれた生徒達だけが集まり、またラウラ自身、彼女達に指導するという意識が全くないのだ。そこで清香達に確認を取る。あっちと一緒でいいか、と。

「あー……。うん、わたしはいいよ。ね、みんな」

「うん。ボーデヴィヒは確かに恐いけど、受け持ちの子達には関係ないことだもんね」

 いくらあぶれたとは言え、彼女達に訓練する気が全くないということではない。しかしラウラは彼女達を一顧だにせず、指示も出さないため誰も動けないでいるのだ。

「ボーデヴィヒ。ちょっといいかな」

「なんだ、緒方ステラ」

 ひとまずは一夏がラウラに声をかけ、現時点での問題を告げると、しかしラウラはそれがどうしたと切り捨てる。

「あのね。君のやり方だと、まだ素人の子達がなにも出来なくて困るんだ。君は軍人だろ? だったら、彼女達が出来るように監督するのが正しいんじゃないかな」

「ふん。ISをファッションと勘違いしている者に教える義理などないな」

 ラウラの言う通り、近年はISをファッション的に論評する風潮が一般的になっている。国家代表やその候補生のグラビアやインタビュー記事は、並のアイドルのグラビアや特集記事を遥かに超える人気を持つ。だがIS学園に入れる程の者達は、そのような雑誌や書籍を読んで満足する程度の意識を持たない。

「そう言うなら、周りをもう少し見ろよ。確かに軍とは空気が違うだろうけど、ファッションだけでやってる子はそもそもIS学園(ここ)に入れないよ。でもまあ、それじゃこうしよう。僕の専用機は今修理中なんだ。そこでなんだけど、僕が二班分全員見るから、ボーデヴィヒには気になることがあったらアドバイスしたり、ISを使ったサポートをしてあげて欲しい。ここにいるみんな、それなりに真剣にやってるんだから、せめてその辺りのことは汲んであげてほしい」

 なぜなら、その程度の意識ではIS学園に入学するための知識を得ることすら難しい。倍率一万倍以上などと言われるIS学園の入学審査は伊達ではない。多岐に渡る知識、ISへの適性、ISを扱うための才能と最低限の身体的訓練。入学するために最低限なレベルでさえ、一般からすれば異常と言える程の努力の下に培われるが、あくまでも必要最低限でしかない。そこまでして漸く、一万倍の競争に加わる資格を得る。それをファッションの一言で切るラウラの弁は、余りにも現状にそぐわない。一軍の一部隊を率いている彼女の立場もあるだろうが、それでも、である。

「……わかった、いいだろう。さっさとしろ」

 そしてラウラも決してバカではない。一夏の言葉には耳を傾け、納得はしなくとも妥協はしたようだ。

 こうして一夏が二班分の生徒達を指導しながら、その脇から随時、ラウラが細かい指摘をする。その様子を見て一夏は思う。ラウラは人に教えることが出来ないわけではない。むしろ指導者としては上手な方で、微かに人見知りの気配が見える彼女がただ対応に困り、また男性操縦者(レアキャラ)達に群がった生徒達に僅かな嫌悪を抱いただけの事ではないかと。

 どちらにしても今日の実習に関しては一夏とラウラの連携により時間内に終えることが出来、また一夏が意図したラウラとの接点を持ち、距離を僅かでも縮めていく、という目的も達成された。

 尤も、授業が終わった後、一夏は千冬に呼び出され実習中の状況説明を求められる事になったが。

「緒方。なにを考えて勝手にあの様なことをした」

「ボーデヴィヒ班の子達が困惑していたので手助けしました。彼女達に責任はありませんから、課された課題を遂行出来るように動いただけです。ボーデヴィヒも班を問わず様々なアドバイスをしてくれたので、滞りなく課題が終わりましたし」

 これには素直に状況を伝えれば、千冬はやや苦い表情を見せながらも納得してくれたようで。

「……そうか。わかった」

 ただそれだけを一夏に伝えるにとどまった。




ISの機動に関して、上手く表現することが難しいです。
姿勢と推進方向、ロールとヨーの違い、ピッチ角に対する上下関係などなど、空中浮遊するパワードスーツ=人型と言うことで、戦闘機の機動を参考にするのも違いますし、いろいろと迷ってしまいます。
もう少し他のロボット物のアニメや小説などで勉強し直して、改めて修正、と言う感じでしょうか……。
あとは、言葉の言い回しや表現などにもまだ違和感を感じるところもあるので、各話をまた見直した後、再々で修正をするかも知れません。


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一夏達の食事事情

お昼休みです。一日分のお話しに何話使うことやら……。
短いですが、一夏達のお昼休みの一時を。


 実習も終わって午前の授業は終了。

 いやまあ、その、リィンとのことは一旦封印しよう。リィンに後でって言われたし、今夜甘えに行けばいいって事で今は終わり。

 なんにしても今日のお昼はお弁当の日だし、新入りさん達(ラウラとシャルル)も誘ってみるかな。みんなも反対はしないでしょ。

 てことでまずはダメ元でラウラに声をかけてみたんだけど……。

 

「ねえボーデヴィヒ。お昼、僕達と一緒に食べない?」

「……いや。誘ってくれたことには感謝するが、わたしはやることがある。それから、済まないのだが、出来れば放っておいてほしい」

 一瞬、声をかけた僕を、眼帯に包まれていない深紅の右瞳でジッと見つめて来た後、軽く目を瞑ってから断られました。

 何かを考えてたみたいだけど、それがなにかはわからない。目を逸らしたり、嫌悪の感情を瞳に表していないから悪い印象はないみたいだけど、意味なく連むつもりはないってところかな。この子、人付き合いが少し苦手そうだし。

「そか。悪かったね。あ、それと、さっきの実習中、アドバイスありがとね。助かったよ」

「……そうか。いや、わたしの方こそ助かった。礼をいう。ありがとう、緒方ステラ」

 そうして、足早に教室から出て行ったボーデヴィヒはまあ、彼女の言う通り今は放っておくとして。今後に期待ってとこで。

 次はある意味本命のシャルルの席に近付いて、ボーデヴィヒとは逆にゆるーい感じで声をかけてみる。 

「シャールル! お昼ご飯、僕達と一緒に食べない? えっと、鈴の他に、妹とフィーの姉貴分。それと三組と四組の代表に二年の人も来るけど」

 何人かの女の子達に声をかけられつつも、どこか手持ち無沙汰な感じで机を見てたシャルルは、僕の声に反応して顔を上げて、なぜか助かった言わんばかりに安心したような表情をした。一部以外の女の子に声をかけられるのは、お困りの様子?

「いいの? それじゃ、お邪魔してもいいかな?」

「当然。じゃあシャルル。屋上に行こう。リィン、セシリア。行くって!」

 まあ、なんでもいいけどさ。貰ったからには有無言わせないで強制連行決定! シャルルの手を取って、リィンとセシリアと一緒に屋上に。もちろん、各自のお弁当も忘れずに、と。

 

 屋上に着くと、庭園状になってる一画にシートを敷いて寛いでる一団が、こっちに向かって手を振ってくる。中心は鈴。

「遅いわよ、ステラ。待ちくたびれたわ」

「もう、鈴ちゃんてば」

 さほど遅れてはいないけど、間に合ってもないから仕方なし。とりあえず隣に座ったエマがフォローしてくれてるけど、まあなんていうか、予定調和だよね、このやりとり。

 ともかくシャルルを引っ張ってみんなの側に行って鈴の隣に座って、その隣にシャルルを座らせる。

 その時に形だけ謝っておくのもいつも通りな感じで。シャルルは本当に謝ってるけど、その内、僕達の内輪な雰囲気に馴染んでくれると信じたい。

「ごめんね。シャルルとお話ししてたらちょっと遅れちゃった」

「ごめんなさい」

 まあ、鈴も本気じゃないってすぐに言ってくれてるし、大丈夫かな。

 ちょっと落ち着いたから、まずは持ってきたお弁当というか、おかずを入れたお重をみんなのそれの近くに置く。持ち寄りだから今日もメニューは多種多様、沢山あるから楽しめそうだね。

 そして食べる前に始める自己紹介はシャルル向け。特に優衣達やテレサはまだ面識自体がないしさ。

 なお一組からの参加者は僕とリィンにフィー、セシリアと静寐に本音の六人。後は鈴達にテレサ。そしてシャルルの合計十四人。屋上だから出来るちっちゃな昼食会って感じかな。

「ふふ、冗談よ。一応さっきの授業ぶりね。二組代表で中国代表候補生の凰鈴音よ。鈴で良いわ。よろしく、シャルル」

「鈴と同じくさっきの授業振りの、二組で鈴のルームメイトのティナ・ハミルトンよ。そのままティナって呼んでくれればいいわ。よろしくね、シャルル君」

「三組代表でカナダ代表候補生のイレーナ・シャンティです。よろしく、シャルル君。私のことはレナかイリィって呼んでね」

「四組の代表で、日本代表候補生の更識簪。簪で、いい。よろしく、フランス代表候補生君」

「三組。ステラの妹で緒方優衣です。優衣でいいよ。よろしくね」

「おなじく三組のエマ・ミルスティンです。エマとお呼びください」

「二年整備科のテレーザ・ランプレディよ。テレサかテッサでいいわ。よろしくね、シャルル君?」

 僕達一組は実習終わった後に個別で自己紹介してるから、中途半端になってる鈴達の自己紹介。まあ、軽くって感じで。シャルルも同じく。なお鈴と簪にテレサがシャルルの正体に気付き始めてるっぽいかな。目線がちょっと探る感じになってるし。まあ、バレた時には本音共々、こっちに協力をお願いする方向でいいでしょ。

「えっと、鈴とティナにレナと簪と、優衣とエマ。それからテレサさんだね。僕はシャルル・デュノア。フランス代表候補生で、同じ男性操縦者がいる一組に入る事になりました。よろしくお願いします。えっと、もう呼ばれてるけどシャルルって呼んでください」

 そうして挨拶も終わって和気藹々、多国籍なお昼ご飯にみんなの目線が集中。優衣とレナにエマの三人が冷やした紅茶や麦茶をみんなに回してくれる。再利用前提のステンレスマグカップって便利だよなぁ。軽くて壊れにくくていいし。向こうで旅する時に使ってた陶器製のカップは壊れないかひやひやしながら使ってたしね。

「じゃ、挨拶終わったから食べよう! 自信作の持ち寄りだよー!」

「お茶を汲んでおきましたので、配りますね」

 因みにメニューはローストビーフやパストラミとレタスやトマトを挟んだティナのアメリカンクラブハウスサンド。セシリアもハムやチーズがメインのサンドイッチを三種類ほど。鈴は冷めても美味しい酢豚にエビチリ。エマとフィーが最近覚えた日本食から出汁巻き玉子に和風唐揚げを。レナはなんと野菜のポタージュスープを作ってきてる。野菜不足対応、だってさ。そして僕は汁気の少ない肉じゃがに鰺の竜田揚げ。で、最後にご飯物として優衣と簪に本音と静寐の四人で大量のおにぎりを作ってくれてます。うん、見事にバラバラ。けど、みんなそれなりに工夫して作ってきてるからか、なぜか合わない物は少ない。なお、リィンとテレサは作ってきてません。リィンにはみんなのを食べて貰うためで、テレサは……料理が出来ないから。本人すっごく悔しがってるけど。最近少しずつ出来るようになってきたセシリアと一緒にがんばってお勉強中でも、合格にはちょっと届かないからね。

 そしてテレサと違って一応合格したはずのセシリアが作ってきたハムサンド……なんだけど、食べたら久し振りの大外れだわ、これ。

 やりたいことは何となくわかってるんだけど、これはないわー。てことでちょっとお説教だね。

「……おーいセシリアー? これ、ハムサンドのソースに何を入れたのかなぁ?」

「……ま、マスタードにその、隠し味、を」

 そしてセシリアも何となく自分がしでかしたことに気付いてるのか、引き攣った笑顔を向けてくる。顔色は、当然青。うん、でも許さないし。

「よーし。わかってるけど一応聞く。隠し味って、何を入れた?」

 マスタードソースを作る時に少しハチミツを入れると酸味が和らいで風味が引き立つ。いわゆるハニーマスタードなんだけど、ね。こんな風に入れすぎってのはねーでしょ!

「それはその、あの、ハチミツを、少々」

「……またやらかしたのか、お前はっ! これ少々じゃなくて沢山だ! マスタードの味がほとんど消えてるでしょ! 隠し味じゃなくて別物になってるよ!」

 そう。ただハニーマスタードソースならよかった。なのに入れ過ぎちゃったから酸味が和らぐどころか……。

「あ、甘すぎ……」

「ごめ、これは、ちょっと」

「コンフィテュールのソースとも違って、ちょっと、キツイです」

「……だね。ごめん。残すのは悪いと思うけど、僕も、ちょっと」

 ピリッとくる辛味に酸味と、微かな甘味が入るんじゃなくて、だだ甘いのになぜか辛味が残る後味の悪いソースになっちゃうんだ。レナが言うコンフィテュール、いわゆるジャム系ソースならまだしも、甘すぎて風味が壊れたマスタードソースならぬハニーソースなんて美味しくない。だからレナもそうだし、今日初めて会ったシャルルでさえも残す選択をすることに。

「ごご、ごめんなさいー!」

 こんな状況に、さすがにセシリアも泣きが入って平謝り。

「まったく。前に言ったとおり、僕達で料理教室強制開催決定だね。がんばってるのはわかってるけど、これ以上は大目に見れないよ」

「……はい」

 まあ、悪気はないのも、わざとじゃなくて間違っただけってのもわかってるからこれ以上は責めたりしないけどね。

 でもホントに不思議な子だよなぁ、セシィって。味見したりしなかったり、余計なことしたりしなかったりと、なぜか料理でギャンブルするんだから。

「セシリアってば家事苦手なクセに、変なアレンジしたがるから」

「だねー。ほんねさんはせっしーのご飯食べる時、いつもどきどきだよー。楽しいからいいけどねー」

「うん。たまに大当たりがあるから、こう、逆に油断出来ない。たまに、凄く美味しいから、ね」

 まあ、本音の言うように、そんなギャンブルなセシリアメニューを楽しみにしてる部分も無きにしも非ず。どんなヘタウマアレンジしてくるのか。それともレシピ通りなのか。はたまた大当たりアレンジで出てくるのか。簪が言うように、その辺をいつもどきどきしながら見守ってる感じかな。

「あはは。みんな仲が良いんだね」

「そりゃそうよ。仲間で、友達なんだから。ね?」

「そうですね」

 そんなちょっとしたトラブルがありながら、そしてそのトラブルを起こした若干一名(セシリア)が少し落ち込みつつも、和気藹々と進むお昼ご飯に、シャルルがどこか懐かしむような目をして、感慨深げに呟いた。

 まあ、期間はたったの一ヶ月前後ってとこだけど、ケンカしたり組み手したり戦ったりと、いろいろあって仲良くなったからね。意外と壊れないんだよ、こういう感じの仲って。

 仲間で、友達はとても大切なんだからさ。




と言うことでセシリアさんの失敗談でした。
原作より人数大幅増の上、出てくる料理も大幅増ですが、実は単にセシリアさんのメシマズ脱却話が書きたかっただけという。
とりあえずレシピの写真通りに作る、なんていうお粗末はこのお話ではやらかしませんし、やらせません。原作ブレイク上等ですので。
ただし一癖も二癖もあるのは変わらない感じですが。

それでは今回はここまで。次回は砲火後もとい放課後訓練タイムです。
次回更新時にタグが追加されます。確定で。


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技能と経験と

今回の話で、史実と違う戦争の状況などが出てきますが、タグとして「仮想戦記要素有」を追加してありますのでご了承ください。
あくまで現実によく似た地球での出来事という事で。

……ただ趣味だから、というのは一切否定しませんが。


 砲火後……もとい放課後は恒例の訓練タイム。放課後を砲火後だなんて、最近ちょっと嵌まった艦隊擬人化ゲーム(艦隊これくしょん)の影響っぽい。てかゲームだけじゃなくて同人音楽や静止画投稿サイトにまで手を出すんじゃなかったわ。いや、BGMのジャズアレンジや和楽器アレンジとか聞いてるの楽しくてつい買っちゃうし、いろんな人が描く史実虚構想像妄想いろいろ込められた絵を見てるのも楽しいからさ。それで、砲火後ティータイムって静止画投稿サイトのタグをつい……。このネタ自体の大本は別のアニメ(魔法少女アニメ)キャラ(魔砲少女)が由来らしいけど。因みにこのネットゲームもネタも元ネタのアニメも、優衣の前世にもほぼ同じモノがあって、タグの由来になる魔砲少女(巴マミ)英国生まれの帰国子女(高速戦艦金剛)も同じだったとか。でも、ゲームに出てくる艦は艦種やキャラのデザインが随分違うらしい。横浜で記念艦になってる加賀が、向こうでは戦艦じゃなくて戦艦から改装された空母だったとかで、聞いた時は違和感しかなかった事かな。逆に優衣は加賀が空母じゃなくてそのまま戦艦として就役してたり、日本が連合軍からの停戦を受け入れて優位的停戦した(敗戦してない)って事に違和感だったらしいけど。同じ地球でも、世界が違えば似てるようで違う歴史になるって事らしい。

 

 ……なんてボケとどうでもいい話しは横に置いて。今日の武術部講師は優衣とフィーに、エマと鈴の補佐で進めてもらって、僕とリィンにシャルルとセシリアで千夏のIS訓練。専用機持ちだけだとアリーナの許可だけでIS訓練が出来るから楽でいいね。訓練機の申請は、やっぱり上級生優先にされがちだし。僕は今日は生身だけど……。

 ともかくまずは準備運動代わりの各種機動訓練を終えて、僕はシャルルを相手にしたリィンと千夏の模擬戦を見ながらセシリアにビット操作のアドバイス中。凍牙とブルー・ティアーズでは補助システム(ブラスターシステム)の有無以外にも大きな違いが沢山あるけど、究極的には思考操作する浮遊起動兵装であるという共通点がある。だから感覚的な部分だけでも十分セシリアへのアドバイスに繋がるし、なにより操作能力の向上率が高すぎて逆に楽しい。もう自分とビット全基の完全個別機動が出来るようになったし。この分ならきっとBT兵装の神髄とも言える特殊能力、偏向射撃(フレキシブル)が使えるようになるのももう直ぐじゃないかな。避けても曲がって追いかけてくるレーザーとか、冗談抜きで怖すぎるけどね。

「二連戦はやっぱりキツいかな。それに、リィンって本当に強いんだね」

「そこでへばってる誰かさんと違って、経験値が段違いに高いからね。ISの搭乗期間も、もう少しで一年になるし」

 そうこうしてる内に接戦してたリィンとシャルルの戦闘はリィンの勝ちで、千夏とシャルルの戦闘は……千夏が一方的に蜂の巣にされて終了。ショットガン、マシンガン、グレネード、バズーカの弾幕雨霰を全然避けられないで開始一分と持たずに完封されて撃墜。

「そっか。それに引き換え、織斑君はちょっとぎこちないかな。特に銃火器に対して無防備すぎるかも」

「白式に載せられねえからな」

 リィンの方は緋皇の他にアサルトカービン《時雨》とハンドグレネード《石榴》を使った攪乱戦に持ち込んで、ほぼ一方的にシャルルを押し込んでの勝利。まあ、シャルルの反撃も相当だったから、カウンターでそれなりにダメージ貰ってたみたいだけど。

 でもって千夏は、ね……。こう、ダメダメなんだよ。完全に。射撃武器の特性を未だに把握しきれてないから。例の鬼ごっこも、こっちのレベルを一段上げただけであっと言う間に前に出られなくなった位。というか偏差射撃をちょこっと取り入れただけで面白いように当たる当たる。旧大戦時、ソロモン海域戦及びハワイ諸島奪還作戦と共に行われた連合軍太平洋戦線における一大反攻作戦の一つであり、同時に連合軍太平洋戦力衰退の決定打にもなったミッドウェイ諸島沖大海戦で、日米双方がやった艦載機の撃ち落としあいを揶揄したっていうミッドウェイの(Midway's)七面鳥(Turkey)撃ち(Shoot)状態。なお、このたった一度の海戦で、両軍合計二十隻以上の空母から出撃した艦載機千数百機が空戦ではなく艦対空射撃で撃墜されたとか。因みにこの一連の戦闘で、ハワイは基地を放棄して撤退し、途上でハワイ艦隊がミッドウェイ戦に乱入して日本軍が勝利。ソロモン海域戦では、以後二ヶ月間で五回の大きな海戦が発生して、両軍の戦艦五隻と空母四隻を含む総計二百隻以上の艦船がソロモン海峡に沈んだため、こちらは鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)とも呼ばれてる。

 閑話休題(余談はまた今度)。ここ最近の鬼ごっこでの千夏はこのミッドウェイの七面鳥撃ちの如く撃ち落とされて、最高飛行距離は全行程二十五キロメートル中の僅か六百メートル程度だったりする。やっぱ剣を振って動き回る以外のあらゆる経験が足りなすぎるね、これは。

「あの、こんなに沢山、銃火器を搭載してる機体があるのに、誰も織斑君に貸した事ないの?」

 因みにシャルルが思ったこの疑問は、箒以外のみんながとっくに通り過ぎたところ。千夏の言い訳として白式に載せられないから必要ない、避けるからいいって言うんだけど。……箒? あれは剣道一筋と言えば聞こえはいいけど、ぶっちゃけ完全ブレオン脳筋タイプな上、経験不足訓練不足知識不足で千夏より酷いから論外ですぜ?

「逆だよ。いくら搭載出来なくても、経験の為に使ってみなってみんなして勧めてるんだけどいつも拒否られるんだ。避けられるから当たらなきゃいいって聞かなくてさ」

「……でも、さっきの僕との戦闘じゃ、一回も避けられてないよね」

 さっきも言った通り偏差射撃が入った程度で避けられなくなるような千夏に、射撃武器を試してみろって言うのは当たり前なはず。なのにどれだけ言ってもやらないから、余計に射撃武器の特性が理解できなくて避けられなくなる。一種の悪循環だね。なおシャルルとの模擬戦で、千夏の被弾率はほぼ百パーセント。グレネードの爆発から上手く逃れられたのと、広がりすぎて外れた散弾弾体の一部が抜けってたの以外は全弾命中も等しい、まさに七面鳥撃ち状態だったり。

「ええ。偏差射撃も取り入れたここ数週間の訓練では全く避けられていませんわね。回避も含めて全体的に、クラス対抗戦前までの訓練から殆ど伸びていませんし、ミッドウェイの七面鳥とはまさにこの事かと」

「うっせーよ」

 ともかく、クラス対抗戦が終わって訓練のレベルを一つあげただけでこのザマだし、セシリアが呆れるのも当然だよね。ていうか千夏に悪態付く権利はない。

「ねえ織斑君。みんなが言うとおり、銃器を撃つことも経験した方がいいよ。みんな、慣れること前提でパターンを変えてるはずだし。君の言い分は、今の状況じゃ言い訳にしかなってないからね」

「ま、そりゃね。ワンパターンと無知から来る無茶がいつまでも通じるほど実戦甘くないっての」

 なんにしても千夏は経験不足と知識不足を補えないでいる現状、無理矢理にでも経験させて覚え込ませるしかない。

「ということで織斑君。はい、これ」

「なんだよ」

 てわけでシャルルが装備されてるアサルトライフル《ヴェント》を出したので、僕もリィンに粒子加速銃(ビームガン)《村雨》と特殊散弾砲(ショットバズーカ)《夕立》を取り出してもらって、順に撃たせてみることにする。

「今の君に拒否権はないよ。まず試してみて。これは一般的なアサルトライフルタイプだから、素人でもすぐに撃てるようになる。使用権も一時的に白式に貸与してあるから。多分リィンのも同じだと思うし。文句は終わってからいくらでも聞いてあげるから、まずはやってみようよ」

「……わかった」

 そうして、ひとまずヴェントを受け取って構える千夏だけど、構えが全然なってない。モデルガンも持ったことないな、これは。ただ脇に抱えてトリガーに手を当ててるだけだし。

「脇をもう少し締めて、ストックをもっと肩に押しつけて。そうそう、そんな感じ。じゃ、ターゲット出すよ。ステラ、お願い」

 そこはシャルルが千夏の腕や肩を取って矯正してってくれる。一番ベーシックな撃ち方だけど、まずは基本から、だしね。

「りょーかいー! ターゲットレベル、ナイトメアモード起動。ターゲット数十五。モーションエミュレート、テンペスタ高機動仕様型。パイロットエミュレート、前イタリア国家代表!」

 でもってシャルルにターゲットドローンを頼まれたからちょっと悪ふざけ。元イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフとその専用機(アーリィ・テンペスト)をエミュレートした難易度はまさに悪夢レベル(ナイトメア)。ぶっちゃけ一番機動射撃が上手いフィーでも撃墜率五割切るレベルを宣言だけしてみる。引退した前イタリア代表(アリーシャ)をエミュレートして動き回る十五のターゲット。視認するだけでも困難。因みに僕は三割弱って所。速さは見切れるんだけど、動きに対応出来なくて当てられないんだよね。

「ふぇ!? ちょちょちょ、ステラ! そんな設定じゃ無理だよ! いきなり織斑君に出来るレベルじゃないっていうか、僕らでも難しいレベルでしょ!」

 でまあ、この冗談にはシャルルも大慌て。流石に無茶なのは承知してるから、ちゃんと設定してる初心者レベルのターゲットドローンを浮かび上がらせる。

「もう、冗談だってばさ。初心者(初挑戦)モード起動。モーションは完全固定。距離100、300、500に二枚ずつ。配置ランダム」

 初めての射撃訓練用の固定ターゲットを六枚。最低限の射撃用アシストだけでも、こっちも動かないでちゃんと狙えば()()()()外せない設定。

 ところが千夏はいつまで経っても撃とうとしないで、最後にはこう言った。

「なあ。これって完全に目だけで狙わないといけないのか?」

「……はい? ターゲットアシストは付いてないの? 普通はあるはずなんだけど」

 通常ISにはターゲットアシスト。メーカーによって多少仕様は違うものの、射撃武器に対する何らかの射撃補助システムが搭載されている。けど、千夏はスコープを必死になって覗き込んでるだけで撃とうとしない。アシスト下でなら網膜投射やハイパーセンサー投影で照準補正されるからスコープを覗かなくても撃てるハズなのに。そう思ってると千夏からは思わぬ返事が。

「……ない。本当に、雪片弐型と零落白夜以外、なにも付いてない」

「悪いけど、ちょこっとフラグメントマップを見せてもらうよ。流石に嘘言ってると思わないけど、調べてみないと」

 どうやらこの白式という機体、僕達が思ってる以上に欠陥機としか言えない仕様らしい。まあ、流石に嘘はついてないにしても、何もなしに信じることも出来ないから、他社製ISの内部詳細を見るという、ちょっと失礼に値する事をさせて貰うため千夏本人の同意を取ってから、愛用のメンテナンス用端末を白式に繋いで内部を閲覧した。……したんだけどさ、なんなんだよ、これぇ!

「ねえ。コイツの言う通り、マジで空きがないんだけど……」

 細かなコードの羅列部分は今回は基本無視して、問題はグラフ化した機体の構成比率や稼働率の部分。機体(白式)武器(雪片弐型)単一機能(零落白夜)()()だけで殆ど占有されて全く空きがない。

「全容量の三十五パーセントが本体。雪片弐型が十五パーセント。残り半分もほぼ全体が零落白夜だけに占領されて、システム系はほぼゼロに近いな」

 リィンが覗き込んできて構成比率を口にすると、流石の状態にシャルルとセシリアも絶句。ここまで酷いとは思ってなかったからなぁ。

「……え、と、はい? それって、普通は欠陥機って言うんじゃないかな?」

「え、ええ。随分とピーキーな機体だとは思っていましたが、百歩……いえ、一万歩程譲って、あくまでも欠陥機ではないとして、それでも搭乗時間百時間未満の、しかも技能特化訓練などもしていない素人に与えるような機体ではありませんわ」

 二人の素直な感想に同意しつつ、本当に意味がわからない構成比率と、そしてざっと斜め読みしたコードから、本体の高容量状態はISの稼働に全く関係がない詳細不明なパーツの組み込みが多数行われた形跡があったことと、僕との試合でそれらが破損して、一次移行した時に装甲材の一部に同質化したって事が読み取れた。まあ、その辺は今は別にいいとして。

「うん。ホントにあり得ない、けど、目の前にあるしなぁ。しかもターゲットアシストなんかの射撃系どころか、制御系や駆動系まで含めたサポートシステムすら殆ど何も入ってないって……」

 正直、必要最低限どころか必要なモノ(制御システム)すら碌に付いてないという大問題。これだけ高出力高速機動型且つ近接格闘戦特化型の機体でありながら、機体制御系や機動制御系の補助システムさえ最小限以下で、ぶっちゃけ動かすギリギリ。基礎セッティング的にもスピードとパワーにほぼ全振り状態で、ハイパーセンサーの感度設定も極端な高速機動戦闘向け。言うなれば脳筋スピード狂(スピードホリック)専用機って……確か千冬姉の戦い方だわ、これ。雪片と零落白夜の特性も込みではあるけど、篠ノ乃流抜刀術をメインにしてる千冬姉と暮桜のコンビの戦い方は、突き詰めれば回避攪乱その他諸々、どんなにトリッキーな動きをしてようが、最後は必ず最高速度で真っ直ぐ突っ込んで一閃必断。

 それは置いといて。どうするかね、これ。飛行アシストも最低限だし。最初の最初でコイツが飛べたのって、実は割と奇跡の範囲じゃないかな? ガチで最初からマニュアル操縦で教えるのが正解とか、一体どんな無茶振り仕様な機体なんだよ。この事は千冬姉や真耶せんせーも知ってる……とは思えないな。一応、レポートと簡易グラフ付けて報告しよう。いくら何でも無茶過ぎだし。

「そう、だよね。でもありえないけど、仕方ないよ。ねえ織斑君。まずは一発、自分なりに一番近いターゲット狙ってみて。射撃管制(ファイアリングアシスタント)系システムも射撃反動制御(リコイルサプレション)系システムも入ってないみたいだから、撃った時の反動に気を付けて」

「そんなのもあるのか。とりあえずやってみるか」

 とにかく、こうなったら千夏には完全マニュアルで撃たせるしかないからと、シャルルが上手いこと射撃体勢を取らせて撃ってみるように促すけど。

「……ちょっと失礼するよ。ライフル系の構えはこう。シングルでもバーストでもフルオートでも基本は同じ。で、もっと脇をきっちり締めて、肩にしっかり銃床を押しつけて。そうそう。で、スコープ覗く時に両目とも開けて、片目を瞑らないようにね」

「慣れないと難しいかも知れませんが、スコープを覗かない方の目を瞑ってしまいますと照準がずれやすくなってしまいますから、まずは両目を開けてスコープを覗くようにしてくださいね」

 教えて貰っても未経験者に銃の射撃は難しいだろうね。特に()()()()()って、慣れないと違和感しかないだろうから。それでも基本は基本だし、習うより慣れろのある意味典型例。そこで僕もちょっとだけアドバイスをかけて、とりあえず一発だけでも撃たせる。

「うん。それでスコープを覗き込むと、中心にレティクル……スコープの中に十字のマークがあるから、そのレティクルがターゲットの中心より少し上に来るように狙ってみて。銃弾は真っ直ぐ飛べない。重力に従って徐々に落ちていくから、ちょっと上目に狙うと当たる確率が高くなるよ。距離と誤差は何回も撃って自分で把握して修正するように。あと、今後覚えていって貰う細かい事なんだけど、例え的が止まっていても、的までの距離が遠ければ遠いほど重力や風、湿度や気温、大気密度の影響で銃弾の弾道が大きくずれるから。まあ、その辺は軽く教えた後にトライ&エラーで慣れるしかないから、今は四の五の言ってないでまずは一発、撃ってみ」

 そうして、しっかりと肩に銃床を押しつけてどっしりと構えた千夏が一番近くの的に一発だけ発砲。構えがやや甘かったのか、トリガーを強く引きすぎたのか、銃身が少しだけ遊んで僅かに右にずれ、弾は的の右端を僅かに砕くだけで実質外れ。だけど、初めてで的に当てられたのは確か。

「……速い、な」

 そしてスコープから目を離した千夏が呟いたのは唯一言。そう、銃弾は速い。それを実感してほしかった。

「そう。速いんだよ。小さくて、速い。それが射撃武器の特徴」

「いくら織斑君の機体が速くても、銃弾の速さには及ばない。見てから避けるなんて無理。避けられない理由はわかった?」

 銃弾の形、大きさ、速度。全てでISと比較できない。軍用を超えて、宇宙活動用までリミッターを完全解除してれば多少は別枠に置けるけど、競技仕様の上では、ISより遥かに小さい銃弾は、例えISと同じ速度域であっても見辛く、避け辛い。ただただ小さく、鋭く、速いから。

「……今わかった。避けられるつもりだったってのも、言われるだけじゃ気付けなかった」

 それをたった一射で実感してくれたのか、千夏も納得顔。やっぱコイツはバカなだけで、天才なんだよね。こういう飲み込みがよすぎる所、本当にむかつく。

「そう。なら良かったよ。それじゃ次はこれね。この銃は粒子銃。圧縮加速した粒子の塊を撃ち出すビームガンで、同じ質量型の銃弾だけど、実体弾の銃と特性が違うんだ」

 そんな嫉妬心を表情に出さないように、ただ一言だけ声をかけ、シャルのヴェントをリィンの村雨に持ち替えさせて撃たせる。同じ質量弾だけど、実体弾と粒子弾は特性が全く違う。初速が実弾銃より速く直進性が高くて弾道にズレが殆ど無い代わりに、大気や湿度との干渉で起きる威力と速度の大きな漸減があるから、遠距離射撃には致命的に向かない。まあ、撃たせれば直ぐにわかるだろうけどさ。

 ともかく粒子銃の村雨を撃たせた後、対IS用のベアリング散弾型シェルを撃ち出すショットバズーカ夕立を撃たせると、今度はセシリアがスターライト(レーザーライフル)を貸し出してくれたので、二種類の実体弾と粒子弾にレーザーの主要三弾種を実感して貰ったことになる。後は数多ある弾体形状や弾種、発射機構、射撃方式位しか違いがないから、試し撃ちって意味ならこれでいいでしょ、と今日はお開きな雰囲気になってきたところで乱入者が。

「……織斑千夏。わたしと戦え」

 その乱入者。黒い鎧(ドイツの第三世代機)を纏った銀髪の子兎隊長殿(眼帯ちびっ子)が、来るや否や千夏にケンカを売りつけてきました。うん、なんかこの子が乱入してきた時点で予想できてたよ、この展開。

「なんだよ。出会い頭に引っ叩かれて、挙げ句に戦えってか。ドイツの代表候補生とか言うけど、何なんだよ、お前さ」

「そんなものはどうでいい。わたしと戦え」

 さすがのこの状況に、千夏が悪態を吐くけど、今回は許されるでしょ。だってこのちびっ子、本気で回りを考えないで千夏と戦おうとしてるんだから。……でも、朝と違って私怨だけって感じがしないんだよね。小さくてバグってない某領主様(ヴィクターおじさま)って雰囲気で。まさかコイツ、本当に千夏の事を試しに来ただけ?

「やる理由がねえ。模擬戦なら受けてやるから、また今度にしろよな」

 でも千夏にはそんなちびっ子の思惑なんか関係ないし、僕達にも当然関係ない。何かを試すなら、模擬戦を正式に組めばいい。なんだろう、この違和感は。なんて思ってるところでちびっ子のIS、シュバルツェア・レーゲンの右アンロックユニットに接続されてる大口径砲……確か電磁加速砲(レールカノン)の《ブリッツ》だったか、の砲口が僅かに放電し始める。……て、ちびっ子、こんな至近距離で戦車砲を超える大威力大口径砲をぶっ放すつもりかよ!?

「なら、戦うようにしてやる!」

「なっ、てめ!」

「ステラさん!」

 そして放たれた砲弾は表面を融解させながらこっちに、僕とシャル、セシリアが立ってる位置に向かって飛んでくる!

 つべこべ言わず防御防御と思って緋鋼を展開……と思った所で愛機(緋鋼)が無い事に気付いた瞬間、焦りを滲ませた声音で僕の名前を叫んだセシリアに抱き込まれ、僕の前にスターライトが翳されると、更にその前に盾を構えたシャルが躍り出るが、そのシャルの更に前にヴァールが飛び込むと同時にキィンと言う澄んだ音が響き、僕達三人の左右を真っ二つに切り裂かれた砲弾が猛烈な風斬り音とともに通り抜け、遥か後方で爆発。砲弾を斬った緋皇を鞘に収めながらリィンは、落ち着いた雰囲気を纏ったままちびっ子に声をかける。

「その程度の弾、斬り捨てるのは難しくない。もし織斑や俺と戦いたいならば、正式に模擬戦を組めばいいと思うんだが、違うか、ラウラ・ボーデヴィヒ? そもそも、今手元に専用機を持たない、生身のステラまで居るのにそこまでする必要はあったのか?」

「ふん、どうせそこの代表候補生達やお前か、あの織斑千夏が守ると思っていたさ。だが、たかが男の操縦者と思えば、やはり貴様は織斑千夏と違って随分と出来るようだな、リィン・シュバルツァー。さすがは最初の一人、と言ったところか」

 表面上は挑発してるちびっ子だけど、やっぱり少し違和感がある。僕達を狙ったのも、そうすればリィンか千夏が必ず動くってわかってたからだろうけど、データ取り、にしてもちょっと強引すぎる。なにか別の目的を隠してるのか、それとも……。

「どうかな」

「まあいい。まずは貴様から」

 セシリアに抱えられたままあれこれ考えてる僕を余所に、リィンとちびっ子が向き合い、今度はちびっ子がリィンに砲口を向けた瞬間、管制室からの場内アナウンスが鳴り響いた。

『そこの生徒、一年の専用機持ち達、何をしているの! あなた達の模擬戦許可は先程の二件以外に下りていないわよ!』

「……ち、興が削がれた。今日は帰る」

 さすがに見過ごせなくなったのか、専用機持ち達、と僕達を名指しして注意勧告。

 それを聞いてちびっ子は躊躇も見せずに踵を返してアリーナを出て行く。

「何がなにやら」

「ただ挑発に来た、と言うわけじゃなさそうだけど」

 そんな彼女(ちびっ子)をみて、シャルルが微妙な顔で呟く。まあ、ただケンカを売りに来ただけにしては派手すぎるし、代表候補生の品性を犠牲にしてするような形まで取ってる。勝てば問題ないレベルの事ではあるけどホント、何を考えてるんだろ、あの眼帯ちびっ子。

 まあ、何にせよこちらも訓練終了ってところだったから、予定通りこれで解散。リィンと千夏と別れて、セシリアと更衣室へ。シャルルはリヴァイブの整備があるからと別行動に。まあ、言い訳がちょっと不自然だけど、(彼女)は僕達ともリィン達とも着替えられないだろうしね。

 

 あと、みんなが気付いてるかはわからないけど、さっき千夏やリィンと会話してた時の彼女からは、今朝教室で発した千夏への憎悪を全く感じなったのも疑問なんだよね。

 

 追記。

 例の白式の内部構成について千冬姉と真耶せんせーに問い合わせた結果、彼女達は何も知らなかったらしい。というか逆に、開発元の倉持技研が機体に付随して寄こした仕様書を特別に見せて貰ったところ……型式番号と機体名しか書いていないというお粗末以下、落書きにすらならない仕様書で僕がビックリする事に。そうして驚かされた後に僕が記録しておいた簡易解析データとグラフを見せたところで二人揃って悲鳴を上げる事態に。……真耶せんせーはともかく、千冬姉が悲鳴って、ちょっとビックリ。職員室に居た先生達もほぼ全員がぎょっとした目で千冬姉を見てたし。でも悲鳴を上げたい気持ちはわかる。で、白式に関しては出力調整と手順を千夏に教える事も頼まれたので一応受け入れることにした。機体の調整ぐらいは出来る様になってもらわないと、ということと、現状のリソース配分ではただ燃費が悪いだけの高速型近接戦用ISでしかないから。

 更に僕が調べた事に関しては、訓練の過程で織斑千冬(担当教諭)の要請によって調べたもの、ということになった。で、その結果を持って改めて倉持技研にクレームを入れる事にするらしい。

 元々、白式の開発経緯や仕様、その他について相当問題になってたらしく、日本代表候補生である簪の専用機であり、後の量産予定次世代機のテストベッド機(最初期試験機)でもあった打鉄弐式……現在は機体・コア共に月岡重工に管理移管され弐式改となっている……の開発を凍結放棄した問題も含め、倉持技研は日本政府及び日本IS協会とIS学園、その他の関連IS用装備開発企業などを始めとする日本国内外の関係各所から突かれているとか。それで、この白式の調査結果と弐式改の現状報告を使って追い打ちをかける、と二人揃って言ってた。

 まあ、千冬姉の暮桜や打鉄の成功と政府との太いパイプを持って調子に乗っちゃった企業には当然の末路、なのかな。




作中に出している用語は割と自作用語な部分が大きいです。
ISの稼働を補助する各種制御システム=アビオニクス・ベトロニクスの一種と意識していますが、あくまでも機動兵器の一種であるISに関しては参考元がないので、勝手に作ってます。又原作に出ていても意図的に無視したり変えてたりする部分も無きにしも非ずですが……そこは二次創作って事と、タグに「独自設定」を入れてるので悪しからず、と思って書いてます。

次回分も一応書き上がってますが、ここから先は基本原作の流れに沿いつつも、細かい部分では更に原作離れしていきます。
次回更新分もそんな感じですし、ラウラの扱いに関しても同様です。
因みに、ISApocryphaの世界は基本的に原作ヒロインには優しい世界です。現状のモッピー除く、ですが。彼女に救いは……あるの?


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暴露

二巻のある意味見所だった場面ですが、原作の面影ゼロです。許せ。


 シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィヒが一年一組に転入して早三日。

 初日にラウラが教室とアリーナで起こした騒動以外、特に異変も起こらず、ラウラ自身もその後は特に問題を起こさず、授業態度も真面目で至って静かなもの。寧ろ事ある毎にIS関連の授業を妨害する篠ノ乃箒の方が煩わしいとさえ言える状況。

 そして一人部屋だったリィンの部屋にシャルルが入る事になったのもさほど驚く事じゃない。むしろ未だに同室のままになってる千夏と箒の方が問題だと思われるが、千夏とセットにしておけば箒が幾分大人しいとわかった今、寮長である織斑千冬も苦情処理の観点から被害が千夏だけに収まる現状を維持する方がいいと判断した模様。その結果、転入してきた三人目の男子生徒であるシャルルは必然的にリィンと同室となった。

 初日こそシャルル自身の荷物整理や、同じ部屋で生活をすると言う意味でシャワーの順番やベッドの位置、ミニキッチンの使い方などで幾つかの決まり事を決めるなどが合ったが、翌日には特に問題なく生活する様になった。

 そんなある意味平穏な三日の間を、シャルルに関する観察と(彼女)に纏わる少々裏側での調査に費やしていたリィンや一夏達だったが、ある程度の情報と確証を得たため、ついに行動に出ることにした。

 具体的には、同室になっているリィンがシャルルを暴く事から。ここは確定事項なため、シャルル……シャルロット・デュノアの正体暴露以外のなにものでもない。

「……シャルル。一つ聞いておきたいんだが」

「うん? 僕になにか?」

 いつも通りに訓練が終わり、夕食と入浴も終えた自由時間。リィンは寝間着代わりのシャツとパンツを、シャルルは学園指定のジャージを着込み、リラックスした様子でそれぞれのデスクに座り、リィンは苦手科目を開き、シャルルは何かをノートPCに書きこみ続けていた。そんななか、リィンは不意にシャルルへと話しかける。

「初日、そして昨日今日と様子を見ていて確信は出来たが、まだ確証がない事なんだ。だから間違えていたら済まないが……君は、女だよな」

「……何で、僕が女だって?」

 そして徐に切り出したリィンは、状況証拠以外はないと自白しながらも、シャルルが女だと断言する。

 当然シャルルははぐらかすために質問に質問の形で返すが、リィンにとってその反応は予想通りのもの。特に反証などすることなく、集まっている疑惑を次々とシャルルに伝えていく。

「最初から疑わしいところは多々あった。突然の新たな男性操縦者発覚と転入。そして彼はISに慣れすぎ、想定される搭乗時間に比例し得ない程高い技量を持っていること。それとは別に、彼の……君の体型と姿勢に、仕草や反応だな。特に更衣室で俺達が上着を脱いだ時の反応や、説得力を欠く、更衣室を使うタイミングをずらそうとする言動」

 元々、見つかったばかりの男性操縦者が国の看板の一つとも言える代表候補生である。それだけで十分に疑う部分だ。それに加え、初日の千夏への指導や模擬戦での完封劇を含め、最低でも半年以上はISに触れていなければ出来ないような機動や挙動を行うなど、ただセンスがいい、才能がある、といった程度で収まらない程の実力を持っている。それは今日、試しにと参加させた武術部での動きを見ても明らかなほどで、生身での戦闘技能も、軍所属経験があるリィンや一夏に準ずる程高い水準にあった。それ以外にも、裏を漁らずとも疑わしい部分を上げれば数限りなく出てくる。

「それから、窓から飛び降りるのに抱き上げた時の感触と、上げかけた悲鳴だな」

「感触って、悲鳴って……」

 そもそも毎回整備を理由に更衣室ではなく整備室に直行することも疑問だが、何よりも、リィンが触ったシャルルの身体。居ないとはいわない。リィンの故郷エレボニアに一人、そのタイプの極めて少女めいた容姿と体質を持った少年がいる。しかし、どれだけ少女めいた容姿と言えど、女性とほぼ同じほどに柔らかな脂肪としなやか筋肉を持つ男性というのは極めて希有な存在であり、件の少年もまた、実生活上はともかく、その肉体そのものは遊撃士協会に所属していることも相まって、やはり男性のそれに近い。またことある毎にシャルルが上げる悲鳴は、声の質と高さ、その響き方と、女性が上げるものとほぼ同じと言ってよく、それはエレボニアの件の少年はおろか、声変わり前の少年達ですら上げられない類いの声だ。そんな悲鳴を、年齢的には一応第二次性徴を迎えているはずの男性が上げられるとは思えない。

「まあ聞いてくれ。まずISの技量については、ほんの二月前に見つかったはずのシャルルが、たった二日間見ただけでもわかる程の操縦技術を持っていることと、既に代表候補生であることだ。代表候補生については、男性操縦者を国家が保護する名目と考えることも可能ではあるが、いくら何でも年単位でISに搭乗しているステラや優衣達と同等かそれ以上の技量を持っている事に関しては、才能や素養だけでは説明が付けられない」

 こうしてリィンはシャルルの反証を潰すために一つずつ説明していくが、それを聞く度にシャルルは徐々に顔を青くしていく。

 特に代表候補生の下りについて。保護の名目と、一夏達のような並の代表候補生よりも優れた技量と経験を持つ操縦者達と同等、若しくはそれ以上の技量を持っていることは、完全に相反するものになる。たった二日とはいえ、見ている限りシャルルが持つ技能や技量は年単位の時間をかけて養われたもので、代表候補生の地位も正式な手続きを経て至ったものであるとしか言えないのだ。

「次に体型については、歩き方や座り方などの、服の上からでも見える君の骨格の位置や形状が女性のそれとほぼ同じ。姿勢についても、恐らく胸部と腰部を補正しているだろう部分を除いても、やはり女性の姿勢に近い」

 更に体型については語るまでもない。筋肉、骨格、体型体格の男女差というのは意外と大きく、そして細かい。男性が意識して女性の様にしても女性そのものの動きにはならない。その逆もまた同じく。特にシャルルは、劇の男役などをしていたわけでもなく、まして諜報の専門教育を受けたわけでもない。ただ男装しているだけのため、多少ソレっぽく見える言動こそあるものの、根本的なその仕草や動き自体は女性そのものでしかない。

「それから、少々下世話な事を言うが許してくれ。さっきも言った君を抱き上げた時の感触なんだが、男とは思えない程柔らかでしなやかなものだった。それに胸部と腰部に人工的な硬さを感じた。補正下着などを使っているだろう?」

 なによりリィンは、一夏を始めとする複数の女性。現時点でのIS学園内だけでも一夏の他にフィーとエマ、優衣、鈴と関係を持ち、学園外においても神塚沙耶香を始め少なからず。そして祖国エレボニアにも数人、関係を持った女性がいる。リィン自身が言うように少々下世話ではあるが、そんな彼が服越しとはいえ、一度ならず触ったことがある者が男装した女性か女装した男性か、それとも普通の女性や男性なのかの区別を付けられないわけがない。

「……なんで、わかっちゃうかな。そんな事まで」

「いろいろな事情があってのことだが、俺は複数の女性達との経験がそれなり以上にある。良くも悪くも経験の差。それで、君を抱き上げた時の感触が、その女性達の内の一部が男装した時の感触に良く似ていたんだ」

 シャルルはそんなリィンの説明に納得がいかない様子だが、しかしリィンは経験の差だと、ただ言い切るのみ。特に男装に関しては一夏と、同じテストパイロット仲間で一夏と優衣の親友でもある沙耶香がたまに男装して遊びに行くこともあり、その辺りも何となくではあるが差異を把握しているのだ。

 そこまで話したところでシャルルは一度席を立ち、小さなポーチを個人用のクローゼットから取り出してからシャワールームへと向かう。

「そう。ちょっと、待ってて」

 そして暫く、衣擦れの音が止まるとシャルルが、彼女の肌の色に合わせただろう色合いの布の塊を持ってシャワールームから出てきた。

 その姿は先程と変わらぬ学園指定のジャージ姿ではあるが、その胸部には隠しようのない膨らみがあり、そこから見事な腰のくびれと形のよい臀部へと続く、綺麗なラインが浮かび上がっていた。有り体に言えば、やや小柄ではあるが、とてもバランスが取れたスタイルの良い女性らしい体型をしているのだ。

「これで、いいかな?」

「よくその体型を隠せていたな。ステラや沙耶香もそうだが、逆に感心するよ」

 そんな自分の姿に、本来の姿には特になにか感情を見せることもなく、しかしつい先程まで着ていた下着を恥ずかしげもなくリィンに見せつけつつ、リィンを睨み付けるシャルル。

 そんな彼女にリィンはやや的外れな、しかし見た目だけなら男性的に見せられるその布の塊、補整下着を見て呆れる様に一言呟やいた。

「……ステラや、そのサヤカって子がどうしてるかはわからないけど、僕のこれは完全オーダーメイドだから。無理矢理付けさせられてるものだけど、ね」

 逆にシャルルは、いっそ素っ気ないと思える程の呆れを見せるリィンの態度に、怒気を滲ませた声音で吐き捨てるように罵りの声を上げながら、手に持った補整下着をベッドに投げ捨てると、ベッドに叩き付けられたソレは投げられた勢いのままシーツから床へと滑り落ちた。その一部始終を、シャルルは汚物を見るような目で追い、床に落ちた音と共に瞼を閉じ、再度、やや冷めた目でリィンを見つめる。

「やはりそうか。理由は、そうだな。起死回生の一打として、俺か織斑に接触。可能ならば本人と機体をフランスまたはデュノア社へ引き込む。無理でも俺達の生体データと機体データ、若しくは純粋に()()()でも取ってこい。そんなところか」

 シャルルに冷たい目で睨み付けられるリィンだが、その程度の視線には動揺も見せず、敢えて聞かなかった優衣の情報とは関係なく、自身が見立てた予測を述べる。表で流れる情報だけを見ても、存続の瀬戸際に立っているデュノア社が取れる策はそう多くない。その中で、社長が自身の娘を()()()()に仕立て上げ、デュノア社の看板にすると共に三例目のイレギュラーとして世界でたった二例のイレギュラー(本物)に近付かせる。誰にでも思い付きそうな見え見えの罠。しかし肝心の(シャルル)は諜報になど全く関わりのない、代表候補生としてISを高度に扱える以外はどこにでも居るただの少女でしかない。そこに裏付けが取れた裏の情報を重ねてみれば、捨て駒とまでは言わずとも、シャルルがただ、デュノア社とフランス政府にいいように使われているだけとわかる。

「正解。リィン。君は、一体なに者なの?」

 そこまでの情報を持ち、確信を持ってフランス政府とデュノア社の共謀まで言い当てたリィンを、シャルルはまるで人ではないモノでも見るような目で見ながら、僅かな疑問を小さく呟く。

「さて、何者なんだろうな、俺は。悪いがステラと優衣を呼ぶ。俺と彼女達は決して君の不利になることをしないと、誓約の女神の名を冠する我が愛機、ヴァールの名にかけて、今ここで、リィン・シュバルツァーはシャルル・デュノアに誓約する」

「……っ! わ、わかった」

 そんなシャルルにリィンは、鬼の血を持つ騎神()の担い手などという人外としての一面を持ち、且つ、遠い故郷(エレボニア)こちらの世界(地球)、どちらでも数多くの人外や天災(バグキャラ)達との交友関係がある自身の事を脳裏に浮かべて苦笑いを返しながら、一夏と優衣を呼び出し、自分と彼女達はシャルルを害する気がないことを自身の愛機に、ひいてはその名が冠する誓約の女神の名(北欧の女神ヴァール)とその威光の下に誓いながら、シャルルの前に跪く。姫に忠誠を誓う騎士が如く。

 突然のリィンの行動に目を丸くしながらも、シャルルは彼の意思と覚悟を感じたのか、小さくわかったとだけ呟いた。

「ステラ、優衣。ちょっと相談がある。直ぐに来てくれ」

 そして顔をリィンから逸らし、赤くなった頬を隠すように何事かを小さく呟くシャルルを余所に、リィンはマルチデバイスで一夏と優衣に呼びかけると、さほど間を置かずにドアがノックされ、二人が入ってくる。

「お待たせ、リィン」

「ああ。優衣もありがとう」

「うんにゃ。ていうか、もう言っちゃったの?」

 夜も浅いとは言え、男の部屋に来るには無防備とも言える薄手で露出度の高い私服を纏って現れた二人は、しかしリィンの目など気にしないかの様に持ち込んだマルチデバイスや数台のノートPCを、部屋に入ると同時に立ち上げながらリィンに話しかける。その様子にシャルルは内心、やっぱりかな、と納得する。元々、その様な専門の(ハニートラップ)訓練など受けていない自分では、どんな無理をしても付け入る余地なんてないんだと。少なくともステラと優衣の二人は既にリィンとそういう関係にあるんだと、見ただけで理解していたから。そして、三人の様子を見ながら、まるでこの事態が確定事項かのように話す優衣に対して僅かに警戒するシャルルだが、そこで先程の騎士の礼を思い出し、少なくともこの二人とリィンの間で、事前に自身の情報が共有されていたのだと考え直し、改めて三人の様子を伺う。

「ああ。早い方がいいと思ってな」

「ま、それはそうだね。えっと、シャルル、ちゃん」

「さっきまでと同じで、呼び捨てでいいよ優衣」

 そう色々と考え込んでいるシャルルだが、実のところシャルルを取り巻く状況はまだ焦る様な時期ではない。だが、早くなればなるほど対処が楽になると考えたリィンが今、この状況を作ったと白状すると、優衣もそれに同意し、頬を少し赤く染めたシャルルに、呼び方を変えつつ呼びかけるが、シャルル自身、自身の国にない接語である"ちゃん"に違和感があるため、そのまま呼び捨てで呼んで欲しいという。

 そしてデバイスのリンクやノートPCの準備を終え、一夏が淹れたお茶を配り終えたところでシャルルがなぜ、この様なことをしているのか独白を始める。

 まずはシャルルの本名がシャルロット・ロジエであること。彼女の母であるヴァネッサ・ロジエが二年前に亡くなり、あまり頼る人の居ないシャルロットが身近な人の助力を得てどうにか母親の葬儀を終わらせた所で突如、シャルロットの実の父親と名乗る人物、ポール・デュノアが多数のSPを伴ってロジエの家へ押しかけて来て、ヴァネッサは自分の愛人であり、その娘であるシャルロットの親権は自分にあると一方的に言い放ち、彼女をデュノア邸へと無理矢理に連れ去ったという。そしてデュノア邸へ着くや否や、ポールの妻デボラからは出会い頭に「泥棒猫の娘が」との言葉と共に平手打ちをされたと。その後は、デュノア家が持つ別邸へと移され、IS適性A判定を受けてデュノア社のテストパイロットを務めると同時に代表候補生となるべくフランス空軍での訓練も行い、昨年末の選抜で候補生になった。しかし肝心のデュノア社は主力商品であり、世界一の販売数を誇る第二世代機(ラファール・リヴァイブ)がもたらす売り上げはあれど、しかしIS開発企業としては最後発となるデュノア社にとってリヴァイブの後継機となる第三世代機開発が経験、知識、技術蓄積全てにおいて不足しているために難航し、欧州連合が進める第三世代ISを主軸とする統合防衛計画(イグニッション・プラン)への参加も頓挫。イグニッション・プランへの参加を見送らざるを得ない状況に、フランス政府もデュノア社に対する支援の打ち切りと同時にIS開発資格剥奪すら検討し始めた。その様なデュノア社自体の存続が危ぶまれる中のある日、千夏とリィンという二人の男性操縦者(イレギュラー)が現れた。これを好機と取ったポールは、フランス政府及びフランスIS委員会(AISF)の一部を抱き込み自身の娘であるシャルロットを()()()の男性操縦者としてIS学園に送り込むことを計画。ポールとフランス政府のエージェントはシャルロットに対してシャルル・デュノアという偽りの名と身分を与えると共に、彼女自身の身体(ハニートラップ)までも含めたあらゆる手段を使い、千夏とリィンの両名、若しくはどちらか一名をフランスへ取り込むか、最悪でもリィン達どちらかの生体データとISの稼働データを入手して来いと命令。そして送り込まれて僅か三日目の今日、三人に事情を話す事になった、と。

「あはは。三人にここまで言っちゃたら、もう逃げ場はないよね。どうしようかな。帰ったって犯罪者扱いされるだけだろうし。僕、何のために生きてきたんだろう。お母さんが死んじゃってからこんなのばっかり。ほんと、嫌になるなぁ」

 ここまでの経緯を曖昧な笑みと共に事細かくリィン達に話したシャルル……シャルロット・ロジエは、冷めてきたお茶を一口だけ飲んだあと、寂しげに呟く。犯罪者で、任務に失敗した役立たずな自分には、もう先がない。居場所もない。そんな自分が生きている意味を見られなくなってしまったと。

 だがリィンも、一夏と優衣もそんなシャルロットを哀れむことはなく、また断罪する気すら欠片もない。

「……そう悲観することはないだろう。まずは学園特記二十一項を適用すればいい。名目上ではあるが、学園生は在学中、どこの国や組織にも帰属しない。それは卒業までの三年間、例え実の親や親類、母国、所属組織、企業であっても、本人の同意無しに生徒に干渉することは出来ない。それを利用するんだ。制度自体は事実上形骸化しているとは言え、これをフランス政府やデュノア社は勿論、現在の法的な両親であるデュノア夫妻でさえ公に破ることは出来ないからな」

「うん。そうすればあと二年半以上の時間が出来るよ。それに、僕達はシャルロットを追及するためじゃなくて、助けるためにこの話しをして、君の事情を聞き出したんだから」

 少々特殊とは言え、たかが日本の一国立教育機関でありながら世界中から生徒達を集め受け入れ、そして世界的に中立を謳うIS学園をIS学園たらしめる所以。数ある校則とは別に設けられた、学生本人の保護者や関係者のみならず、国家や国際機関にすら影響力を持つIS学園特記事項。その中には当然、生徒への干渉を禁止する項目も複数存在する。二十一項はその最たるものであり、これを破れば国際的な非難の的となることは避けられない。半ば形骸化しながらも、それだけの効力と影響力を持っているこの特記事項には多大な利点がある。使えるモノは使えばいい。最後に勝てれば、それでいいのだ。そう言い切るリィンと一夏。

「……それって。僕は、助かるの?」

「少なくとも普通に生活するようには出来るかもね。代表候補生を下りる事と、実家や祖国との縁を切る必要はあるけど」

 だから一夏達は誰も悲観していない。現時点でも、少なくともデュノア家での家庭内暴力(DV)養育放棄(ネグレクト)を始め、デュノア社とAISFが行っているアラスカ条約を初めとする複数のIS及び軍関連条約違反と非人道的活動の証拠は揃い始め、フランス政府内の証拠にも手が届き始めている。あとはシャルロットの決断次第だ。実の父親と、祖国、そして友人達を捨てると言う決断を。

「実家なんて、別にどうでもいい。僕を見てくれない父親も、殺しにかかってくる義母もいらない。代表候補生だって、別になりたくてなったわけじゃない。フランス政府もAISFも、デュノア社にこんな工作を許可した時点で同罪。友人や先生達に近所のおばさん達は、少し惜しい気もするけど、それでも、ここで出来た新しい友達が。リィンが、ステラ達が、いるから」

 そんな覚悟を問いてみれば、彼女はあっさりとそれらを捨てるという。僅かな寂しさと別離の悲しさを含んだ、大きな恨みで綴られる言葉には、逆に嘘は見受けられなかった。だからこそ……。

「そこまで聞いて改めて聞くよ。シャルル……シャルロットは、どうしたい?」

 一夏がシャルロットと目線を合わせて、よく通る声音で問いかければ、彼女はやや動揺を見せ、瞳に涙を溜めて一夏に縋り付きながら叫んだ。

「た、す……。たす、けて。おね、がい、助けて! リィン、ステラ、優衣。お願い、僕を助けて。僕は、自由になりたい。お母さんが死んでから何も無くなった私に、自由を、下さい……」

 三人が聞きたかったたった一つの言葉。助けて。それを、一夏の胸の中で悲しげに、涙混じりの声で思いを綴るシャルロットに、リィンと優衣は優しい笑みを向けるも、優衣が辛辣とも取れる言葉をかける。

「多分楽じゃないよ? どこの国に行っても制約は付き纏う。もしかしたら、今のままの方が良いと思えることもあるかも知れない」

「……うん。でも、今のままじゃ先延ばし出来て三年に満たない時間しか残ってない。だったら、生き続けられる可能性がある地獄に、敢えて行っちゃうのもありかなって」

 代表候補生を降りると言うこと。まだ見ぬ国への亡命。親を捨て、(故郷)を捨てること。友人達を捨てること。そして亡命先での生活など。決して楽ではない道。それでも、シャルロットはその道を選ぶ。三年はあるが、三年しかないとも言える。その道程を敢えて地獄と称するシャルロットは今、一夏の胸の中で泣いている少女が見せる儚い印象とは裏腹に、もの凄い胆力を見せている。その姿に、一夏とリィンはやや呆れた感情を吐露した。

「うわぁ……。凄いなシャルルは。僕も小さい頃は割と悲惨だったけど、それでも、そこまで考えたことなかったよ」

「俺も絶望で死にたくなったことはあるが、流石にそこまでは考えなかったな。シャルルとは逆に、家族に恵まれていたからでもあるけど」

 地方男爵家に拾われた誰とも知れない下賎の子……実際はギリアス・オズボーン帝国宰相の実子なので決して下賎などとは言えないが……だったため、一部貴族達から後ろ指を指され貶され続けたリィン。ゼムリアに渡って真っ先に出会ったのは、自分を強姦しようとする猟兵崩れであり、また魔眼や異常体質と異質な色彩を持ったために日曜学校では陰に日向に虐められた上、とある狂信者達(D∴G教団)に目を付けられ誘拐未遂まで続発。それ以前にも千冬とIS、そして千夏の影響で虐められ続けた小学校時代があった一夏。

 ここ一年ほどは随分と落ち着いた生活を送っている二人だが、それ以前は十数年もの長い間、今とは比較にならない程の生き辛さを感じ続けた生を持つ。だが、そんな二人をしてなお、シャルロットの覚悟は凄いと感嘆するしかないらしい。

「……お姉ちゃんがオッケーだって。今のシャルルの告白と覚悟を聞いて、いつでも実行可能にしておく、だってさ。あ、行き先は天国とは言えないだろうけど、少なくとも地獄行きだけは回避だよ」

「そ、そうなんだ。一体何を?」

 そんな、悲しさと嬉しさが混ざった涙を流すシャルロットと、彼女を抱きしめながらどこかずれた感想を抱いてる一夏と、シャルロットの頭を撫でているリィン。その三人を生暖かい目で見つつ、マルチデバイスの接続先、自身の義理の姉である束とあれこれ話し合っていた優衣が、届いたデータを確認しつつ現状打破、そして好転させられるかも知れないことをシャルロットに告げる。

「それは後のお楽しみ。少なくとも、影と呪縛からはいつでも逃げられるよ」

 当然、その内容は優衣しか知らず、シャルロットは若干不安げにするが、満面の笑みで大丈夫と言う優衣を信じたのか、涙を拭くと柔らかい笑顔を見せた。

 

「変わる時は来た。あの日から、僕の新しい自分が始まったんだよ」

 後にシャルロットは、この時に感じた事を思い返してこう述べた。そしてリィンと一夏、優衣の三人との話しがなければ、今の自分はないと語ることになる。




そんなこんなでシャル救済の第一歩。うん、第一歩です。展開的にこの後更にオリジナルエピソード挟みます。
シャルの旧姓……というか母親の氏名や父親の名前ですが、適当に典型的なフランス人名から付けていますが、地域性に合うかどうかなど、ローカルな部分には余り拘っていません。シャルの元の家やデュノア社の所在地も明かされてないですし。……明かされてなかった、よね(--;

まあそんな感じですが、シャルパパをシャルの味方にするかどうか迷いましたが、実のところどちらになってもプロット上問題ないので、妻とデュノア社と一緒にアボンして貰う事にしました。

こんな感じで、プロットに沿えば割と適当な感じで進むISApocryphaですが、今後もよろしくお願いします。
次話もなるべく早く投稿出来る様に準備しています。


早くタッグマッチ部分を書かなきゃ。二巻分で書けてないのがそこだけとか、私なにやってんだろ(;´Д`)


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執事ごっこ

閑話のような本編のような内容です。
ぶっちゃけ趣味だけで書いた様なお話しですが、シャルはやっぱり執事服が似合う(断言)


 衝撃の告白? から僅か二日後の土曜日。僕とリィン、優衣、シャルロットの四人は外出届けを出して一路実家へ。

 そして今、別邸のリビングに置かれたソファにはゴシックな服を身に纏った中学生位の白髪の少女、クロエとレイア。そして二人の母親にしてISの発明者であり、僕の姉でもある束姉と、ついでに優衣が座ってる。で、僕は執事服に身を包んでワゴンを押しながら、同じく執事服を身に纏って不安顔のシャルルと、そんな彼女の表情に苦笑いしてるリィンを引き連れて四人の側に行く。

「えっと、これはどういう事?」

「当面はシャルルも男の振りをして学園に居るだろ? だから、僕も付き合うから男としての振る舞いや仕草を少しでも身に付けて不自然さを無くそうって作戦。……多分」

 当然、今の状況にシャルルが素直に納得してるわけでもなく、僕でさえも疑問に思ってることを口にする。というか、ちょっと怒ってる? でも知らない。僕もこの考えは悪くないと思ってるから。

「ステラ今、多分って言ったよね。ねえ、言ったよね!」

 確証はないけど。だからシャルルもさっきより怒ってる感じになるけど……。

「いいからやるよ。ほら、リィンも同じ格好だから、僕達三人で優衣とタリサ姉とクロエにレイアの相手をして、楽しませる。まずはそこから。でいいんだよね?」

「そうそう。接客業の役割上の性差って割と大きく出るから、結構使えると思うんだ。……多分?」

 なにをするかって言うと、僕達三人で束姉達四人をおもてなし。執事喫茶かホストクラブか。一応前者だけど。そんな感じ。

 接客業と言えば、僕も鈴の両親がやってた《鈴音亭》と、帝都で住んでたアパートのオーナー、アーヴィンさんがやってた喫茶店《子猫の憩い場》位だけどまあ、優衣が言うようにウェイトレスとウェイターって、全く同じに見えて、微妙に違うんだよ。基本的には同じで、本当に微妙な差なんだけどね。

 それでまあ、優衣もその辺を前世で経験してるらしくて、八割本気。でも二割位は半ば冗談での発想だからか、最後に濁しちゃったから余計にシャルルがおこです。怖くないけど。

「今度は優衣が言ったよね。しかも今のは疑問系だったよね!?」

「ほらほら、いいからいいから」

 執事服を身に纏い、あの話し合いの夜からは三つ編みにしてる金髪を、今日は首筋で一纏めにして先端に紅いリボンを小さく結んでる。その姿は、小柄だけど十分貴公子というに相応しい姿。そしてもともと素養があったのか、ヴァネッサさん(お母さん)の教育の賜物なのか。なんだかんだ言いながらもクロエとレイアに給仕する姿はなかなか様になってる。所作の一つ一つが丁寧で、クロエもレイアもそんなシャルルを見て顔を紅くして、目を潤ませてる。……ていうか、女の子にもてる女の子の一種だよね、これ。王子様役って言うか。束姉と優衣も感心しきりだし。

「……なんで。なんで、これで上手く行く、わけ? なんで僕、自信付いたとか思っちゃってるの!? 正直、全然納得出来ないんだけど!」

 そして二時間のティータイムが終わって最初のシャルルの一言がこれだよ。言いたいことわからなくもないけど、そんな不満気な顔して怒鳴らなくてもいいじゃんさー。クロエとレイアもご満悦ですっかり懐いちゃって。うん、有能な執事ってよりホストな感じではあるけど、二人とも悪い風には感じてないんだから。

「いやぁ、一日で形になるなんて思わなかったよ。シャルルって、ホストになってもやってけるんじゃない?」

 でもって優衣は優衣で、思い付きが図に当たってこちらもご満悦。最後の一言は要らなかったけど、言いたいことはよくわかる。

「ないから! それ言われても全然嬉しくないから! そのホストって、日本のホストクラブのホストって意味でしょ!?」

 当然言われたシャルルは優衣に怒鳴るけどまあ、それは当たり前のこと。特に日本で言うホストって、元来の主催者(主人役)って意味から外れて、あまりいい意味ではない水商売の一種になっちゃってるからね。

「……そうなのですか?」

「そうなの?」

 けどその辺りの違いをわかってないのか、クロエとレイアが首を傾げながらシャルルに問いかけるもんだから……。

「うぇ? ク、クロエちゃん? レイアちゃんも、なんで?」

 思わぬ追い打ちにシャルルも慌てるというか、微妙に引き気味というか、狼狽えながら二人に問い返す。

 でも一応、テレビとかで覚えたのか二人ともホスト(主人役)ホスト(水商売)執事(Butler)の差位はわかってたみたいで。

「ホストでは印象が悪いでしょうが、その、執事の様なシャルル兄様にお世話して貰えて、私はとても楽しかったですよ。本当は女性だとわかっているのに、男性のように感じて、胸が少しドキドキしました。一夏姉様やリィン兄様の時には、その様に感じなかったのですが」

「わたしもー! シャルお兄ちゃん、格好よかったよ。一夏お姉ちゃんも格好いいけど、なんか違うの。シャルお兄ちゃんはなんかドキッとして、ポーってなっちゃたから。ねね、シャルお兄ちゃん。またぎゅーってして!」

 さっき見惚れてたのは見間違いとか勘違いじゃなくて、二人とも本当に見惚れてたらしく、クロエはニコニコと、普段は余り動かない表情が緩んでるし、レイアの方は幼い子供が専属執事さんに甘える様にシャルに抱きついて、抱きしめて貰ってたり。うん。これは本当に有能な執事候補なのか。

「え? うん、はい、レイアちゃん」

「ぎゅー!」

 そんなシャルに抱き上げられてご満悦のレイアに、それを見る優衣と束姉の目が優しい。

「ほら、やっぱり。ホストは冗談だけど、執事みたいな職に向いてるのかも。世話好きっぽいしさ」

「そうだね。それは私もそう思ってたよ、シャル君。君、元の素養が良いからか、ちょっとした表情とか仕草にドキッとするんだよ」

 執事や家政なんかはこっちの世界でも今もちゃんとした職として存在して、それなりに残ってる貴族階級や資産家を初めとした上流階級なら彼等を雇っている事は少なくない。イギリスの一貴族であるオルコット家の当主であるセシリアにも執事や家政達がちゃんといて、彼女が不在の家を守ってる上、幼馴染みが専属の付き人(メイド)をしてるらしいし。エレボニア……というかゼムリア大陸ではシュバルツァー家みたいに執事も家政も持たない貴族の方が珍しい。まあ、あの家は専属が居ない代わりにお手伝いに来る近所の人達が沢山いたけどさ。

「それは……。それより、僕としてはあの篠ノ乃束さんと織斑一夏君がこんなところにいた事の方がビックリなんですけどね。まさか女の子になってたり、ここまで容姿が変わってたら、誰もわからないだろうけど」

 そしてレイアを横抱き(お姫様抱っこ)にして甘えさせたままソファに座ったシャルが、今度は矛先を僕と束姉に向けてきた。一応、ここに来る途中、僕と束姉、リィン達三人の正体をバラしておいたんだ。写真見せてやっと納得して貰えたけど。やっぱ髪と目の色って人の識別に大きく影響するんだね。

 容姿を含めた印象自体は、束姉は向こうに行く直前と。僕も、女として生まれて育ったらって方向性だけど、ゼムリアに跳ぶ前からは余り変わってない。でも纏う色彩のせいで印象が違って同じ人には見えないって、何回もシャルに言われた。

「あはは……。まあ、僕達にもいろいろあったんだよ。ね、束姉」

「そうだね。とりあえずシャルちゃん。私といっくんのことは他言無用だよ?」

「わかってます束さん。決して誰にも言いませんから」

 ともかく、エレボニアでの出来事をざっと説明して、リィン達との出会いやら、なんでリィン達がこっちにいるかなんてのも話してある。当然、僕が女になった理由もね。ここはステラルーシェとタリサの事に関する憶測が多分に含まれてるけど。

 どちらにしても、ある意味最重要機密事項にもなりかねない僕と姉さんの秘密。当然口をつぐんで貰います。その分の対価は、それなりに出すつもりだけど。

「まあ、いっくんやゆいちゃん、リィン君に聞いてる感じだと、セシリアちゃん達には言っても良いんじゃないかなって感じなんだけどね」

 そして姉さんが思わぬ事を口にしてくれる。鈴はともかく、セシリア達は、大丈夫かな。心配はしてないけど、不安がないと言えば嘘になる。でも友達として、みんなを信じたい気持ちもあるし、どこか騙してるって意識もないわけじゃないから、話しちゃっても、いいのかな……。

 なんて考えてるところでシャルが至極真っ当な、でも普通は聞かないだろうって事を聞いてくる。

 性別が変わった感想に、エレボニアでの生活って、その辺はねぇ。

「ねえ一夏。君は一体、どんな暮らしをしてきたの? その、性別が変わっちゃって、苦しかったりした事は、ないの?」

「最初の内にちょっとだけ。でも、中身が十二歳って言っても、身体年齢七歳の身体が感じる感覚って割と曖昧だったみたいで、気付いたら慣れた。僕自身、元々成長が少し遅かったし。それに、この身体になってもう八年超えてるからね。寧ろ男だった頃がわからないよ」

 千夏とは一卵性の双子だけど、それまで受けてた虐めやら差別やらの精神的ストレスで、アイツと比べて少し幼かった。で、向こうに行ったら行ったで、気付いた瞬間にレイプされかけてそれどころじゃなかったし、その後も猟兵崩れに対するトラウマやら魔獣や猟兵、狂信者達(D∴G教団)相手にして生き残るのに必死で、しかもステラルーシェ(この身体の本来の持ち主)の記憶まで混ざり込んできた上に魔眼と特異体質に騎神適合因子による騎神(ラインヴァール)との同調まであって。ぶっちゃけ苦しむとかそういうレベルは超えてたからなぁ。それでも、身体自体が七歳の子供に戻ったからか、異世界での同位体だったからか。変わった身体そのものは割とすんなり受け入れられたんだよね。そういう病気だったとかでもないけど、僕自身が違和感を感じなかったから。

「そういうもの、なのかな」

「そういうもんじゃね? 他に似た経験してる人なんて居ないだろうからわかんないけど。僕はそうだからね」

 だから、疑問一杯の顔でこっちを見るシャルに、目を見て頷き返すしかなかったりするわけですよ。

「そっか。一夏がいいなら、そうなんだね、きっと」

「そうだよ」

 と言うわけで納得してもらえた様なそうでもないような。でも納得顔のシャルに、改めてそうだよとだけ伝える。実は直ぐ真横に一人、似た例がもう一人(優衣)居るんだけど、そこは別の話だし、優衣の前世では肉体的にはともかく、心理的には女性だった上にこっちには完全に生まれ直しだから全く問題なかったらしいから。

 なんてことしてたら、唐突に優衣とリィンがとち狂ったこと言い出してくれやがりましたよ? 僕はまあ、殆ど無くなったとは言っても、男だった頃の記憶がないわけじゃないから。シャルは知らないけど、僕に関しては見かけと所作はそういう雰囲気を作ってるからかな。

「ねえ。一夏とシャルルって、ホントに男の子の格好似合ってるよね。こう、貴公子然とした雰囲気があるって言うか、そんな感じ。女の子なのに、どこか男の子っぽさがあるの」

「そうだな。俺からすると、雰囲気の柔らかくなったユーシスやセドリック皇子と良い勝負になるんじゃないかと思うぞ、あれは」

 でもって比べる先がユーシス兄とセディ様ですか、そうですか。うん、シャルとセディ様はなんか納得出来るけど……。

「言われてみるとそんな感じだねー。特にシャルちゃんはセド君にそっくりかも」

「……うわ、なんか想像出来た」

 僕とユーシス兄? 似てないって。ていうか優衣、そこ想像すんなよ!

「そこ、うっさいよ」

「済まない、我が君よ」

 と思わず怒鳴ったら、リィンに頭撫でられつつ、宥められました。うぅ、チョロくないもん。チョロくなんか、ないんだ、から。

「……っう。ばか、リィン」

 けど悔しいから罵ってやる。恥ずかしいから俯いてたけど。目を見てなんて言えなかったけど。

 それからシャルうっさい。見てればわかるでしょうに。

「やっぱりそうなんだよね、リィンと一夏って」

「ていうかハーレムだから。リィンてほら、次期男爵様だし、私もだし?」

 IS学園組だと僕と優衣、エマとフィーに、なぜか鈴がいつの間にやら入ってきてます。ナゾだし。嫌じゃないけど、どこでそうなったんだろう……。でもってセシリアやレナ、テレサ達は今もってわかんない。リィンとの距離感が殆どなくなってるし、好感度も凄く高くなってるのにそういう雰囲気にならないのは、まだどこか一線引いてるのか、代表候補生や企業専属の立場故か、はたまた別のことか。真耶せんせーも似た様な感じだけど、こっちは生徒と教師って線引きがあるからわかるんだけどさ。まあ、どっちも、どうなってもいいんだけどね。今更一人二人増えた位、リィンと僕達の許容の問題だけで大した差じゃないし。

「そう、なんだよね」

 なお一番リィンに懐いてるのは簪と本音、そして何気にアプローチしてくる楯無さんだったりする。主従と当主が揃ってそれでいいのか暗部の家、とか思ってたりするけどまあ、いっか。本人達楽しんでるし。でも簪と楯無さんの仲はまだもうちょっと間が空いてる模様。楯無さんが簪の事になるとヘタレすぎで。なんで本音のお姉さんで楯無さんの従者をしてる虚さんとはよく相談してて、そろそろ無理矢理進めちゃいますかと検討中。虚さんがとびっきりの笑顔で話し合いにのってくれてるのが逆に怖いけどね。

 

 そんなこんなで実家で過ごした半日を終えて寮に戻って、直ぐにリィンとシャルの部屋に。

「この部屋に居る間は、好きな格好をしてるといい。必要なモノがあれば、一夏達に言えば用意してもらえる。だろ?」

「当然。必要な物、沢山あるからね」

「ていうかさ。シャル、その辺はどうやって手に入れる算段してたの?」

 そしてシャルが、シャルロットとして必要な物で、シャルルとしては買えない、買い辛い物はごまんとある。下着しかり、生理用品しかり。その辺は僕と優衣がついでで仕入れてくれば問題なし。……というか、最初からこの計画(シャルの擬装)って破綻してるんだよね。女の子の必須品を男が手に入れるのって、今や運が悪け(女尊主義者と鉢合わせ)れば犯罪者扱いされかねないことだから。それがなくても、態度や仕草、そして行動の不審さから、シャルロットがシャルルとして誤魔化せるのは、長くて一月。フランスもデュノアも、一体何を考えてこんな無謀な賭けに出たんだか。追い詰められると意味のないことを良案とか思い込んじゃうっていうアレ。窮鼠猫を噛もうとして、結局猫に喰われた感じで。

「あー……。えっと、その、ね。全然考えてなかったって言うか、命令ばっかり気にしてて頭から抜けてたんだよ。だけど、うん。ありがとう、いち……ステラ。リィンと優衣も、本当にありがとう」

 こんな感じでシャル自身、与えられた命令に一杯一杯になって他に考えが回らなかったって白状した以上、本気で計画破綻する前に手が打てて良かったわ。とにかく、当座シャルが必要な物は、物のついでで僕か優衣が適当に仕入れる事に変わりはなくて、でもきっと、それは今後一ヶ月かそこら。少なくとも学年別トーナメントが終わった頃には解決出来る見通し。もうね、笑えない証拠が笑える位にザクザク集まってるのよ。だからこそ、万全に甘えさせて、シャルにはきっちり男を演じて貰うことにするって方向で。

「まあ、依存されるのは困るが、適度に甘えるのは悪いことじゃないからな。それよりも夕食に行こう」

「そうだね」

 そんなわけで、本人も何もかも僕達に委ねるつもりはないみたいだから。ある意味今まで通り、甘えて騒ぎながら過ごしましょうって事で。

 因みにエマやフィーは勿論、鈴や簪達にもこの事は伝えてある。夕食はその報告会がわりでもあるし。とりあえず、対フランス情報戦は、もうこっちがアドバンテージ取ってるから、後は推して知るべし、てね。




本文中の「接客業の男女差」についてはまあ、これも私の体験談から抽象的に表現した物です。

最近は本作の書き溜めの他に、構想したまま止めてた別作品(二次一本とオリジナル一本)も平行して少し書いていたためちょっと遅れてしまいました。
一応本作をメインに書いていますが、執筆量的に相変わらず不定期な更新になると思います。
それでは、次回はなるべく早めに、年内に一話と年明け直ぐに一話の更新を目指そうと思っています。


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黒い兎の心

今年最後の投稿になります。
ラウラご乱心(色んな意味で)です。


 シャルが装い新たな男装生活を初めて早一週間と少し。最初は突然変えた髪型や、リィンとの距離感と接し方にみんな不思議がってたけど、慣れるのも早いから今では特に気にされることもなく。そして世間はだんだんと夏に近付いて、でももう暫くは穏やかな陽気が続く見込みな今日この頃。

 この一週間で変わったことはシャルの事だけじゃない。シャルの男装修行の翌週末、つまりほんの数日前に、鈴だけじゃなくセシリアや簪達を家に招いて僕やリィン達と束姉の事を話した。後、知らせてなかったメンバーにもシャルの事を。当然口止めしたけど、した後にする必要がなかったと聞かされたのにはちょっと苦笑い。テレサなんて大笑いした後にぎゅうぎゅうと抱きしめてきて、唯々只管に慰めてくれたのが印象的だった。何気に《織斑の愚弟(Idiot of Brunnhilde)》という蔑称は、第二回モンド・グロッソの後、僕が誘拐されて行方不明になった件と合わせて欧州を中心とした海外の一部でも少しだけ広がってたらしく、テレサもそれを知ってたとか。それで、行方不明から異世界への転移と性別が変わったことに大笑いして、それまでと、今までの事で、心苦しくなって慰めてくれた。それだけで嬉しかったから抱きしめ返したら、テレサがもの凄く慌てたのはちょっと面白かったけど。でもってシャルの事は、最初から気付いてた本音と簪や、疑ってた鈴とテレサも、そして気付いてなかったセシリアに静寐も含めて随分と好意的に受け入れてくれた。ただしセシリアと静寐に観察力不足と追加特訓を告げたら顔を真っ青にして、同じ事は後々清香やさゆか達にもするよと言ったら今度は喜色満面の笑顔に。生け贄仲間が出来ると知って喜んだらしい。まあ、武術部強化月間とかいって猛訓練して、僕達ももうちょっと鍛え直そうかなってとこを話したらなんか安堵してたから、単に自分達だけ罰ゲーム受けると勘違いしてたっぽい。まあ、半分当たりなんだけどね、罰ゲーム。

 それで後は対フランスとの戦い。こっちはもう佳境に入って、言い逃れ不可能な情報を多数取得した上で更に、本当に偶然だけど、シャルがリヴァイブの内部データを整理してたら、シャル自身も忘れてた、リヴァイブで録画してたとある会議の会話データを見つけて、本気のダメ押しの一手まで手に入ってしまったのは幸運なのか。というか政府やデュノア社の連中、専用機(RRCⅡ)を持ってる代表候補生(シャルロット)の前で真っ黒な会話を垂れ流してくれた物で。ぶっちゃけ他の証拠が全くなくても、この会話ログだけでシャルの擬装入学に関係する社長夫妻やデュノア社関係者、AISF、フランス政府の一部を完全に破滅させられるネタだったりするんだよね……。というか、整理データを確認しててこのデータに気付いたシャルなんて、見終わった瞬間に苦笑いから始まって、酸欠するまで大笑いして、最後はひきつけ起こして失神する寸前まで笑い続けてたし。まあ、自分を苦しめた相手が自爆であっさり自滅するってことだからなぁ。ホントに、やり場のなくなった怒りが全部笑いに変わって、てとこかな。

 でまあ、ラウラに関してはちょくちょくお話しさせて貰ってます。当たり障りのない授業のことやISのこと、ラウラが苦手な科目(日本語系)を少し教えることも含めて。あとはISに関わる関わらない実戦での戦術や戦略についてとか。うん。現役軍人はやっぱり凄いし、地球の現代戦の、その最前線について生の声を聞けたのはとても貴重。そんなこんなでラウラとの仲も随分縮んで、僕限定で且つ、仲良しとは言わなくても名前で呼び合う知人以上友人未満くらいまでは行けた感じで、お昼を一緒に食べる位に。まあ、僕とラウラの二人きりでだけど。お弁当と黒鋼型の情報をエサに餌付けさせて貰ったぜ。くふふ。同じ遺伝子の姉妹(クロエとレイア)がこっちに居ることのアドバンテージ、恐れ入ったか。……共通点が味の好み(甘い物好き)だけってのは、言っててちょっと空しくなるけどな。

 まあ、そんな感じでトーナメントを目標にした日常を過ごしてる中で今日、ちょっと無視出来ない事件が勃発。お昼を一緒に食べる様になってから、ラウラが何かしら事を起こすってのは少し聞いてたから驚きはしなかった。けど、結果に関してはちょっと笑えなかった。弁護は出来なくても擁護位はするけど、さ。ケガ人四人は流石にまずいって……。

 

 それが起きたのは、ラウラと昼食を食べる様になって数日後の事。その日の放課後訓練は、訓練機やアリーナの貸し出しの都合でみんなが完全にバラバラに。それでも専用機がある鈴とセシリアと簪に、訓練機(メイルシュトローム)を借りられたレナの四人がアリーナで訓練してる所に、シュバルツェア・レーゲンを纏ったラウラが乱入して、鈴達を挑発しまくった挙げ句、一対四の戦闘を強行したらしく。特に自国と愛機の両方に、リィンの事をネタに挑発された鈴とセシリアがキレちゃって一触即発な状態に。流石にまずいと思った簪がレナを二人の援護に残し、慌ててアリーナから離脱して僕達に知らせに来てくれた事で事態が発覚。

 事が事だけにプチパニック起こしてた簪を弱めにかけた魅了の魔眼で落ち着かせた後、今日の練武場での訓練は中止にして、専用機を持ってる全員で鈴達が借りた第五アリーナにひとっ走り。……あ、僕の緋鋼とエマのゾディアックも改良と改修に装備強化込みで修理から戻ってきてるよ。まだ全体バランスの最終調整中だけど。余談はそれくらいにして、普段は出さない全力で走ってアリーナに駆け込むと、そこにはボロボロの機体を纏い、あちらこちらに裂傷を作って血塗れになって倒れてる鈴とセシリアに、同じような状態でワイヤーブレードに締め上げられながら空中に磔にされたレナの姿が。更に別ルートで救援に来てたらしいテレサも、ひび割れて崩壊寸前の(パレーテM7)を翳して鈴とセシリアの前に仁王立ちして、時折飛んでくるレールカノンの砲弾を逸らし、執拗に二人を狙うワイヤーブレードをライフル(カリーカM12)で随時撃ち落として続けてる。でも、攻撃の余波でテレサのスタジオーニも傷付いてる上、彼女自身も何カ所も裂傷を作って血を流してるから、これ以上は長くは保たない。だから……。

「みんな、行くよ。エマは直ぐにテレサと交代してテレサを退かせて。フィーと織斑はエマが盾になってる間に鈴とセシリアを回収して医務室に。優衣とシャル、簪は別方向に展開して十字砲火でラウラのAICを妨害。リィンは優衣達に合わせてレナを縛り上げてるワイヤーブレードを斬って回収、医務室に。ラウラ本人は僕が当たる」

「了解だ、ステラ。みんな、タイミングを優衣に合わせる。行くぞ」

 全員の同意と準備完了を受け、優衣が飛び出すと同時に一斉に飛び立つ。

 最高速度でゾディアックを重防御形態で展開し、蒼鋼改と群雲改を並列展開したエマがテレサの前に立つと同時に、テレサはこちらの意図を読んでくれたのか何も言わずに鈴達の位置まで下がった上で、鈴とセシリアを担いだフィーと千夏と一緒にアリーナの通路まで後退。そのままスタジオーニを解除して医務室に直行してくれた。そしてエマは、テレサの後退とフィー達の撤退を確認しながら、優衣達の射撃が始まるまでの囮役となるためにラウラからの砲撃を全部受け止めつつ、イセリアルバスターと五月雨改で牽制。そうしてる内に優衣達が配置についてラウラのレーゲンに対して十字砲火を開始。上空からは簪による集中爆撃、左右やや後方からは優衣とシャルが濃密な弾幕を張り、ラウラは防御に専念するためか一歩も動けず、集中も切れたのかレナを空中に磔にしていたAICが途切れ、レナの背後から接近したリィンが彼女を抱きかかえると同時に緋皇を一振るいしてレナを拘束してたワイヤーブレードを切断し、直ぐに後退。リィンと入れ替わりに、エマ達が張る弾幕の隙間を縫って僕がラウラに強襲。展開した緋鋼で、シュバルツェア・レーゲン最大威力の装備になるレールカノンを切り裂いて、彼女の首元に結合状態の烈空を添えてチェックメイト。

「まだ、続ける? 今なら僕をAICで釘付けに出来るでしょ?」

 そのままラウラに問いかけると、彼女はいっそ清々しい程の笑みを浮かべて、降参すると言った。

「……いや、降参だ。ここまで素早く展開されては、わたし一人で切り抜けることは不可能だからな。そもそもステラが率いる五機のIS部隊を相手にして、わたし一人で勝てるなどと思わんよ」

「そういう割に、鈴達を一人でボコボコにしてるじゃないのさ」

 ラウラ対僕と優衣、簪、エマ、シャル。そしてラウラ対鈴、セシリア、レナ、テレサ。同じ一対複数でも結果は逆になるというラウラに思わず苦笑い。

「こう言っては何だが、彼女達……特に中国の凰とイギリスのオルコットは少し煽りに弱いのではないだろうか。もしあの二人がお前達やカナダのシャンティ、二年のランプレディの半分でも挑発を受け流せていれば、わたしはこうまで都合良く勝てなかったのだがな」

「なるほどね。道理であの三人とテレサが勝てなかったわけだ。けど、流石にアレはやり過ぎだよ」

 真剣勝負と殺し合いは少し違う。紙一重だけど。でも、今のラウラの指摘はどうしても反論出来ない。鈴は思慮深い部分を持つけど、基本的に熱しやすいタイプだから煽ると割と乗せられる。セシリアに至っては高慢な部分は形を潜めて来てはいるけど、プライドの高さ自体は出会った頃のまま。尤もただ捨て去ってはいけないプライドと、そこを刺激された時に過剰に反応する所はそのうち直さないととは思ってた。そんな二人の欠点がこの結果を引き出したって所か。レナとテレサも、仲間に対する思いが無理や無茶に繋がりやすい性質だし。まあそれでも、今回のラウラがした事は擁護してもやり過ぎとしか言えない。その理由はラウラ自身の独白でわかったけど、うん。この子も大概、激情家な部分が大きいというか、タイプ的に鈴と同じ方向性か。だったら。

「……実はわたし自身、彼女達が煽り返して来た言葉に乗ってしまってな。正直、凰やオルコットの事を責める事は出来んのだ。思わず感情のままに力を振るってしまったのだからな」

「なるほどね。じゃあ僕と一対一でちょこっと鬱憤晴らしでもしよっか。ぶっちゃけ、大切な人達を傷付けられて何も思わないほど、僕も大人じゃないんだ」

 ガス抜きだよね、と。そう言いながら、突き付けたままの烈空を僅かに引き、ラウラのIS、シュバルツェア・レーゲンのシールドを素通りさせ、絶対防御も発動させずに彼女の首に僅かな切り傷を入れる。ほんの僅か、ISスーツ毎斬った皮膚から流れた血が烈空の刃を伝い、アリーナの地面に零れ落ちる。

「それだけのことをした自覚はある。反省も後悔もないが、いいだろう。レーゲンの装備は大半が潰されて満身創痍に近いが、それでも足掻かせてもらう。まだ、全ての装備が潰えたワケではないのだからな!」

 瞬間、ラウラはスラスターを全開にして僕を押し倒す様に加速。予測しててもスラスター出力上でレーゲンに完全に負けてる緋鋼は踏ん張る間もなく後ろに弾かれ、蹈鞴を踏んで体勢を立て直す間に、ラウラも後退して距離を置き、体勢を立て直して両腕のプラズマブレードと残ってるワイヤーブレードを展開。その間に優衣達は全員アリーナの壁際まで待避して観戦モードに。ま、これなら遠慮は要らないよね、と烈空を左腰の脇に置いて抜刀擬きの構えを。ラウラもワイヤーブレードを真っ直ぐこちらに向けながら、プラズマブレードをクロスして構えた。多分、カウンター狙いかな。まあ、それでも防御と反撃両方ぶち抜いて叩き潰してやるし。

「……いいね?」

「ああ。いつでも来い」

 決闘でもなんでもない、ただのケンカ。ただの意地の張り合い。だから小細工無しで、せーのでスラスターを吹かして間合いを詰める。直剣型な上鞘もない烈空は、型だけ抜刀術な擬き技だから、パワーアシストを最大限に上乗せして唯々力任せに振り抜く。ただ力任せに振り抜いて防御の上から無理矢理ラウラを打っ潰す!

「そんじゃぁ、打っ潰れろ!」

「ただで潰されてなどやるものか!」

 小細工無し、只管真っ直ぐ突っ込んで叩き潰す。後コンマ数秒。ラウラもプラズマブレードをこちらに向けていよいよぶつかる、そんな時……。

「……はぁ。これだからガキ共は面倒臭い。まったく、何年も問題児ばかりを私のクラスに集めて、本当に、学園は何を考えているのだろうな。ああ、やはり学園長に文句を言いに行こう、そうしよう」

「いつの、間に……。視界にもハイパーセンサーにも、反応はなかったのに……」

「マジ、ですか……」

 受け止められた。僕の烈空も、ラウラのプラズマブレードも。気配の欠片も見せずに僕達の間に割り込んで、平然と、学園長に対して愚痴る千冬姉が両手に一本ずつ持つIS用ブレード《葵》によって……。

「事情はあそこに居る緒方妹たちに聞いている。だがこんな形の私闘は今後認めん。来月行われる学年別トーナメントで決着を付けろ。それまでの私闘は一切禁止する。尤も、トーナメントで当たれなくともそれはそれという事になるが。二人ともそれでいいな?」

「うわぁっ! ……あー、はい」

「ふにゃ! ……あうぅ、わ、わかり、ました」

 僕達のIS用装備を、生身で持つ葵で平然と受け止め、機体毎弾き飛ばしながらそんなことを言う千冬姉に、僕もラウラそれしか言えなかった。

 やっぱバグってるよ。なんで葵を片手で持って、パワーアシスト全開で振るったIS用装備を受け止めた上で機体毎弾き飛ばせるのさ。いや、僕だって素手でIS用装備持つのは出来るよ? けど、ここまでの事は出来ないし。

 ていうかラウラ、すっごく可愛い声で悲鳴上げなかった? なんか滅茶苦茶可愛い反応してなかった? もしかしてこの子って、そういうこと?

「よろしい。そこの緒方妹達もいいな。今日ここで起こった事は私の権限で全てなかった事にしてやる。では解散しろ」

 それだけ言って千冬姉は、僕達はおろか優衣達の返事も聞かずに葵()()()()()で肩に担いで、悠然とアリーナから出て行った。……まじバグりすぎだよ、千冬姉。

「……あー、ラウラ。とりあえず医務室行こうか。立ってるのもやっとなの、わかってるからね」

「むぅ。大丈夫だ、問題無い……とは、これでは言えないな」

 とりあえず沈黙。千冬姉のあの行動でこの広いアリーナが純粋に静寂に包まれた。そんな中で、機体にそれなりのダメージが入ってたシュバルツェア・レーゲンが強制解除された途端に、ラウラが頽れた。

 鈴達との戦闘で四人をボコボコにしては居たけど、完全な一方的ではなく、カウンターでそれ相応のダメージを受けてたみたいで、改めて見ればISスーツも所々裂けてるし、腕や脚にそれなりの裂傷や痣が見て取れた。だから優衣達に医務室に先に行く様に指示しながら、僕は座り込んでるラウラを横抱きに抱える。途端にラウラが顔を真っ赤にしてわたわたと手足をばたつかせて慌て始めるけど無視。……というかやっぱこの子はクロエ達の姉妹(同じ遺伝子の持ち主)だわ。反応が殆ど一緒だもん。

「無理に立つなって。優衣達は鈴達の方に行ってて。僕はラウラ連れて別口から入るからさ」

「にゃっ! す、ステラ! これはどういうことだ! じ、自分で歩けるから下ろせ!」

「やーです。今のラウラほど負傷してる人を一人で歩かせる様な温い状況は経験してないんだ。そういうのはダメージを今の半分以下に抑えてから言いなよね」

 とにかく力の入らない抵抗なんて無意味。それに酷いとまで言えなくても、ISを解除した途端に座り込む様なダメージと負荷を負った人間を歩かせるなんて無理。場所が場所(戦場の真っ只中)なら引き摺って後方移送する様な状態を態々抱き上げて運んでるんだから寧ろ感謝しろっつーの。なお優衣達はとっくに退出済み。ほぼ駆け足で医務室に向かってったからね。

「何か勘違いしてるかもしれないけど、こんな程度の事(ケンカの延長)で僕はラウラを拒否したりしないし、ケガしたら面倒見る位には君に好感を持ってる。だから、負傷兵なラウラさんは、今は素直に衛生兵なステラさんに甘えてろっての。医務室まで丁寧にエスコート(後送)してあげるからさ」

「……うぐ。わかった」

 注目されている様だけど視線を全部無視して、大人しくなったラウラを抱えて走らない様に、でも全速で医務室に向かう。

「海咲せんせー! 負傷兵一人追加です。あっちの四人とは別にお願いします」

「……もう、本当に面倒なんだから。まあ、優衣ちゃんから聞いてるし、ベッドは余ってるからいいけどね。こっちよ」

 本校舎一階の一角、かなり広い区画に設けられてる医務室の、二つある入り口の開けてある方から入ると、直ぐ目の前に学園専属医の飯山(いいやま)海咲(みさき)先生がいて、医務室の端、カーテンで一人用に仕切られたベッドに案内された。そこにラウラを寝かせると、直ぐに治療を開始してくれる。と言ってもぼろぼろになってるISスーツを脱がしてから全身を水と薄めた消毒液で拭いた後、裂傷部分に再生促進剤が塗られた湿布と、打撲部分に普通の湿布を次々貼っていくだけ。僕もそれを適当に手伝いながら、剥がれやすい再生促進剤を包帯で巻いて固定していく。

「向こうの四人も相当だけど、君もこっぴどくやれてるねー。まあ骨折や罅がない分、軽傷よりちょっと上って程度だけど。打撲してる所は二、三日痛むから、適当に湿布を張り直しなさい。それと、それなりに疲弊してるからこの栄養剤をちゃんと飲んで、一時間位はここで寝て休むこと。それ、美味しくないけど我慢して全部飲みなさいね」

「は、ふぁい」

 ミイラ女……程じゃないけどそれなりに包帯だらけになったラウラに、医務室に常備の予備制服を着せてから、美味しくないと言うより寧ろ某国のMRE以上に不味いらしい即効性の栄養補給ドリンクを飲ませる。当然ラウラは咽せるけど今は無視して、飲み終わったのを確認して改めてベッドに寝かせる。予備だから当然無改造のワンピ型制標準制服しかなく、それを身に付けたラウラは、その小柄な体躯を更に幼く見せる。けど、それが却って、普段のパンツ型の軍服風改造制服姿と違ってラウラを年相応の女の子に見せる。少し顔色を悪くしてベッドに横になってるのもそれを助長させてる。でも、うん。さっきの口調といい、今の素直さといい、この子は普段のあのキャラを作ってるのがわかる。まあ、軍の一部隊の隊長さんだし、仕方ないのかな。

「口の中がまだ生臭い……」

「世界一不味い某国のアレ(MRE)よりも不味いって噂だし、ね、せんせ?」

「まあ、某Cレーションと同じで即効性と機能性だけ追求した結果の製品だからね。あーそれとね。アレとの比較って展示会で公認されものだから、噂じゃないわよー」

 そして栄養剤の不味さに加えて、なぜか口の中に残る生臭さに顔を顰めるラウラ。そして海咲せんせーから聞かされた驚愕の事実。

 あの栄養剤。全世界公認のゲキマズドリンクだったのか……。てかラウラがぽかーんと口開けてんだけど、なんで現役部隊長様が驚いてんのさ!?

「あ、いや、そんな不思議そうな顔で見ないでくれ。わたしの部隊を含め、ドイツ軍ではこれを常備してる部隊などなくてだな。その、実物も今初めて見たのだ。少なくとも選定する部署が試飲して購入しなかったのだろうと思うが……その、あの、水が飲みたい。口を濯がせてくださいお願いします」

 そうして慌てて弁解するラウラに、やっぱりクロエ達に似て可愛いなとか思いながら、ドイツ軍はそもそも購入してないという事実に、海咲せんせーの話は嘘じゃないんだねと頭の片隅にちょこっとメモしつつ、備え付けのウォーターサーバーから水を汲んでラウラに渡そうとすると、廊下が俄に騒がしくなり、パーテーションで区切られた向こう側、リィン達が居る側の入り口のドアがなぜか轟音と共に天井に向かって跳ね飛び、派手な音を立てて天井に当たり、轟音を響かせながら床に落ちた。そして甲高い声が幾重にも重なって一層騒がしくなる向こう側からは、リィン達の声を掻き消すほどの女子生徒達の声。ガラスが微妙に共振してるのはその人数故か声量故か……。バッカじゃネーの、アイツ等。

「……何が、起こった、の?」

「えっと、ドアが、飛んでたよね」

「あー。向こうってリィン君とシャルル君がまだ居たわよね。だとすると、もしかしなくてもこれのせいね」

 そんなザワザワと大声が響き渡る中、セシリアや優衣達以外の女子生徒達が一斉に口にしたのは、まるでプロポーズの如きセリフでリィンかシャルにタッグを組んで欲しいという事。

 それを証明する様に海咲せんせーが僕達に見せてくれたのは二枚の紙。一枚は学園から生徒への緊急通知。もう一枚は通知書に書かれた学年別()()()()()()トーナメントへの参加申請書。

 曰く、今年度は三名もの男性操縦者が居り、且つ一年生のクラス対抗戦で所属不明機乱入事件が起こった事で、突発的な連携による戦闘を視野に入れての実戦を想定した試合を執り行う事とした、と。

「……アレが原因で、また事件が起こるんじゃないかって警戒してこれ、てことですか?」

「ステラちゃんは当事者だから気付くわよね。まあ、そういうことよ。で、あっちはあれで大丈夫そうね」

「妥当な判断だろうな。織斑千夏は苦労しそうだがまあ、わたしが知った事ではないしな」

 当然、女子生徒達はリィンやシャルに群がってタッグパートナーの座を争うわけだけど、咄嗟とは言え解決策なんか一つしか無い。

『みんなの申し出は嬉しいが、済まない。今回は、俺はシャルと組ませて貰うことにする。シャルも、それでいいか?』

『うん。もちろんだよ、リィン。みんな、ごめんね』

 ということで、千夏を生け贄にリィンとシャルでタッグを。当然、シャルの性別隠蔽のためもあるけど、千夏を犠牲にするだけで混乱が収まるなら安いもの。そしてリィンとシャルの宣言には口々に「男の子同士なら」とか「夏にまだ間に合う」とか聞こえたけど、その辺の意味は……わかるけど、わかりたくないから、わからない事にして静かになったから良しとする。鈴とセシリアにテレサも、トーナメントまでには機体の修復が間に合うらしいからか、鈴とセシリアがその場でタッグを組んでリベンジだと息巻いてたし。なお、二人の勢いに、横で聞いてるラウラは苦笑い。

「……えっと、向こうはとりあえず男二人が組んで静かになった、でいいんだよね」

 とりあえずその他大勢が出ていって暫く経ってから、リィン達も医務室を出たらしく、鈴達四人も今は大人しく眠ってるみたいでさっきまでの喧噪が嘘の様に静かになった。そんな時……。

「そうだな。……だが、困ったな。タッグマッチでは、わたしが組める相手が居ない」

 そう、小さく呟かれたラウラの声を、聞かない振りは出来なかった。授業なんかで必要な時以外は基本的に排他的に動いてるラウラには、僕以外にもそれなりに話をする相手は居るけど、タッグマッチとなると話は変わってくる。技量の問題で。一部隊とはいえ、一国の、特殊部隊の隊長職を務めてる上に代表候補生の肩書きを持って専用機まで受領しているラウラの技量が、入学してたった二ヶ月の、漸く訓練機で戦闘機動が出来る様になった程度の操縦者をタッグパートナーに選べるわけがない。ついでに言うと、普段の態度と多分、今日のあれこれで更にラウラとパートナーになろうとする子は減る。実のところ、それは僕にも当て嵌まるけど、僕自身にはそう言った風聞を関係無しに出来る候補が居るから問題ない。で、その中には当然彼女自身も入ってるわけで。

「ねえラウラ。嫌じゃなかったら、僕と組まない?」

「……いいのか、わたしなんかで? あの様な事を起こしたわたしで」

 今日の凶行について一応気にしている様で、でもそれが、て感じだね。

「そんなの別に問題ないでしょ。ていうか、ラウラのアレで凶行だなんて言ったら、ぶっちゃけ僕やリィンにフィーの方が何倍もエグい事やらかしてきてるから」

「そう、なのか?」

 けど僕達がやってきた事を知らないラウラは呆然とした表情。でも、僕が言うエグい事に対する実感がないから仕方ない。内戦中にクロスベルとの国境紛争中は潜入やら破壊工作やら、こっちのスパイやら破壊工作員やら顔負けな事を僕達でやってたからね。

「形だけだけど、一応僕達三人は元軍属なんだ。それも、ラウラみたいな表側の部隊なんかじゃない、裏の、その更に末端の汚れ役担当のね」

「それなら、何となくは。だが、本当にいいのか?」

「勿論。ここで袖触れ合うも多生の縁。ご飯を一緒に食べて名前で呼び合う仲なんだし、ここはいっちょ、僕とラウラでリィン達も優衣達もその他大勢纏めて全員打っ潰して優勝掻っ攫ってやろうじゃん!」

 なんて教師の前で過激発言。海咲せんせーは苦笑いだけど、まあまあ半分冗談なのは気付いてるだろうし。

 それでラウラの方は、僕が差し出してる右手を見つめ、袖から少しだけ出てる自分の手を見て、普段の無表情さの欠片もない、真逆の怖ず怖ずとした様子で、でもしっかりと僕の手を取ってくれた。

「その、よろしく、頼む。ステラ。優勝、するぞ」

「任せてラウラ。そして、任せた」

「ああ!」

 こうして、このトーナメントで一年最強タッグと呼ばれたタッグチームが結成された。




最初の投稿から一年が経って、漸くここまで来ました。
改めて文章を書く、小説を書くというのが如何に難しいか日々痛感してます。

この話でわかる通り、性格改編タグで原作から一番性格が変わってるのは束で、次いで一夏(ステラ)だけど、その次はラウラと決めて書いてます。だって妹二人(クロエとレイア)があれで、遺伝子同じ(三つ子同然)なんだから、根が一緒でも可笑しくないでしょ、と。まあ、他にも性格大幅改変してるキャラ(出番待ちキャラ多数含む)がいるんですけどね。リィンとか、ヴィータちゃんとか(^^

次回、波乱のタッグマッチトーナメント……ではなく、間に一話、全く別のお話を入れる予定です。
年明け早めの投稿を予定してます。


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姉妹の再会

少し不調が続いていましたが書き上がりました。
内容自体はサブタイトル通りなのですが……私の趣味というか蛇足というか色々なものを詰め込んでしまったため、少々、山無し意味無し落ち無し的なお話しになってしまってるかもです(;´Д`)
しかし、この姉妹の再会は今後のストーリー展開上で必須な要素ですので、「茜。の小説はこんなもんだよな」な感じで読んでいただけると幸いです。


 ラウラが鈴達をフルボッコにして、時同じくして学年別トーナメントがタッグ制になった事と、それを知ったリィンとシャルがチームを組んだ事で引き起こされた千夏を巡るパートナー争奪戦で一年生全体が混乱の坩堝となって早三日。大体の生徒はチームを組んで申請を行ったとかで、千夏も押し寄せる女子生徒達から逃れてルームメイトである箒とチームを組んだらしい。ある意味妥当、ある意味大穴な組み合わせに学年どころか学園全体でやっぱりね、という空気に。

 仲間内だと鈴とセシリアの全距離安定コンビと、レナとエマの攻撃型要塞コンビに簪と本音の主従近距離無双コンビ、優衣と静寐の全距離万能コンビ、フィーとティナのトリックプレイコンビ。そしてリィンとシャルの鉄板安定コンビと、僕とラウラの粉砕系武装コンビ。更に武術部関係者同士の、相対的に経験値が高いペアが幾つも出来た事で食券を賭けて行われる学園公認賭け試合のオッズは、一年に関しては割とカオスな事になってるらしい。因みに千夏と箒の完全近接格闘特化コンビの倍率はさほど低くない、寧ろ一般生徒ペアより酷い倍率の超大穴枠。「期待したいけど二人とも技量と戦術が知れ渡っちゃってるから出来ないらしいのよねー」と、トーナメントの管理者で賭けの胴元でもある楯無さんが苦笑いとともに教えてくれた。千夏と箒に関しては全然間違ってないから笑えねえです、それ。

 そんなこんなでIS学園に来てもうすぐ二ヶ月。そして千冬姉を見続けてやっぱりもうすぐ二ヶ月。トーナメントに備える中でも、凄く気になってる事だからリィンの部屋で、リィンとシャルに優衣を交えて束姉と相談。

「ねえ、束姉。千冬姉にさ、僕達の事話したら、駄目かな」

『……様子を見る限りは大丈夫だと思うんだけどね。やっぱり不安はあるかな』

「そうなんだけど」

 携帯電話(マルチモバイル)のウィンドウに写る姉さんの表情は思案顔。それでも、その目は言葉と裏腹に大丈夫っていう確信に満ちてる。

『でも、わたしは大丈夫。確かに不安はある。けど、それ以上に、今のわたし達を見て、知って欲しい。ちゃんとここに居るよって、ちーちゃんに伝えたいんだ』

 僕達の事を話すっていう事は、僕と姉さんが世界を超えてゼムリアに、エレボニアに渡って、僕が女になって、束姉も姿が変わって、そして遊撃士の協力者として命懸けの戦いの場に身を置いて、リィン達と出会って最後には戦争に身を投じた上に殺し合いまでした事までを伝えるって事。勿論導力技術やアーツ(導力魔法)に、本物であり且つ地球にはない武器である僕達の得物(ディオーネ達)の事も明かすって言う事。正直、こんなラノベのような荒唐無稽な出来事……実は信じてくれる人は意外と多いのかも知れない。鈴がそうだし、お父さん達に柳韻さん達やセシリア達も信じてくれた事だから。だから……。

「俺が見てる感じだけど、大丈夫だと思うぞ。セシリア達だって平気だっただろ。それにステラ……いや、一夏も束さんも、彼女の不安を取り除いて、安心させたいんだろ?」

「僕も、見てて少し気になってたけど、一夏は織斑先生……お姉さんに隠し事してる事に不安を感じてるんじゃないかな? 僕の時みたいに」

「うん。千冬姉を安心させたい。それで、僕自身、隠し事してるってのを意識しすぎてて、ちょっと辛くなってきたから。だから言おう」

 不安はやっぱり拭いきれない。でも、リィンとシャルに言われて腹を括る。ていうか、千冬姉に知って欲しい、伝えたいって思ったのは僕自身なのに、勝手に悪い方に想像して不安がってたのがバカみたい。

「だったら話は決まりだね。束さんも、それでいいんでしょ?」

『そうだね。なら、週末にでも』

 そうして、勝手ではあるけどスケジュールをひとまずこちらで決めて、翌日、千冬姉と真耶せんせーに週末を僕達のために空けて欲しいと伝えると、保護者に会うという名目でスケジュールを空けてくれた。一種の保護者面談という形かな。

 

 そして土曜日。

 僕や優衣、それにリィンや僕達の事を知ってる鈴達は全員、前日夜から外泊届けを出した上で自宅ではなく、開発部の保養施設である第三分室に泊まって。今朝は僕だけが最寄り駅まで千冬姉と真耶せんせーを迎えに行った。海岸沿いとはいえ小高い丘の上に建ってる分室には歩きじゃ時間かかるから、すず姉に車出して貰ったけど。

「緒方姉。呼ばれて来たはいいが、ここはなんだ? この様な山奥にこんなに大きな施設。月岡重工の関連施設と言う事でいいのか?」

「はい。ここは月岡重工IS開発部の設計室第三分室です。といってもここ、実は社員用の保養施設なんですけどね。表向きは宿泊設備付きの大規模設計室と会議室って事にしてるので、他言無用でお願いします」

 時間は午前九時ちょっと前。流石に呼び出すだけ呼び出して、こんな山奥まで連れてきてるからか、流石に千冬姉が少しだけおこです。

 だから素直に施設の概要を伝えてしまうと、今度はその事で怒られました。解せぬ。

「……は? ちょっと待て緒方! 貴様はなにを考えて部外者の私達にそんな重要な事を話したりした。私と山田先生を呼び出して、貴様は一体なにを考えている」

 でもここで言える事は何もない。だから、送ってくれたすず姉にお礼を言ってから二人を分室の一部屋。会議室という名の娯楽室に案内する。

「今はまだ、何も言えません。みんな待ってるので行きましょう」

 そこは会議室とは名ばかりな、ビリヤードにダーツとバーカウンターと、欧米辺りによくありそうな場末なバー的印象の部屋に二人は唖然として、そしてその中で待ってた(遊んでた)みんなを見て何か重い物を吐き出す様に、千冬姉が深い深いため息を吐いた。

 そのみんなは……。流石にアルコールは出てないけど、ドリンク片手にスナックをつまみながらビリヤードをしてる優衣とフィーに静寐。その側で、こっちで再現して作ったブレードに興じてるリィンとエマに簪と本音。当然ドリンクとフード完備。そして壁際では右腕を吊った鈴が、利き手じゃない左手でありながら器用にもBULLにダーツを突き刺した。刺さってる本数から多分桁数を多く取ったゼロワンだろうか。スコア票に書き込んでる鈴と交替した包帯だらけのレナもBULLに命中させ、勝負はまだつかなそう。そしてカウンターに目を向けると、鈴とレナ同様に包帯だらけでスツールに座って会話してるセシリアとテレサに、僕達に気付いて三人分のドリンクを持ってカウンターから出てこっちに近付いてくるシャル。学園どころか世界でも有数の戦力が、国や企業を無視してここに集結してる状態に、千冬姉も真耶せんせーも呆れるばかり。

「……これはまた見事と言うべきか、過剰戦力とみるべきか、はたまた子供が呑気に遊びほうけているだけと言うべきか。だが緒方妹にクラウゼルとミルスティン、シュバルツァー。それに更識簪まではわかる。布仏妹と鷹月もまあ、許容範囲ではある。だが他国代表候補生のオルコットに凰とシャンティ。更には他社所属のランプレディまで居るとは。一名を除いて見知った顔……いや、違う。お前は、デュノアか」

 千冬姉の小言も、わからないではない。ぶっちゃけそれなりの大国にケンカ売って負けない戦力保有者達が、組織の垣根を越えてここに集まって遊びほうけてるんだから。

「やっぱり、デュノア君はデュノアさん、だったんですね」

 でもってシャルはまあ、夏物のマキシワンピにカーディガンを羽織ってるだけで、髪型はいつもと同じだから直ぐにバレた。この二人に隠す気ももうないけどね。

「あはは……。その、すみません」

「まあ、流石にわかりますよね、これじゃ」

 当のシャルは勿論、真耶せんせーまで苦笑い。ま、当然だよねー。

「かまわん。元より疑っては居た。それにデュノア社やフランスと欧州各国の現状を含めて相当な事情があるだろうとも思っていたからな。各国も当然動いているが、学園には特記二十一項がある。例え形骸化していると言われていようとも、デュノアが生徒として学園にいる限り三年間は間違いなく保護する。その間に片を付けろ。難しいとは思うが、それが出来れば問題ないからな」

 とはいえ、シャルの入学に関しては学園側もフランスとデュノア社を調査してたんだろう。各国政府とその情報機関に日本政府は当然、楯無さん直々に更識本体も動かしたって聞いたし。そんな中で、贔屓はしないけど生徒として受け入れると宣言する千冬姉に、シャルも素直に頭を下げた。

「わかりました。ありがとうございます」

 ともあれシャルの事は主題じゃないというのは直ぐにわかる事なので、本題に入れと千冬姉に促されるけど、まだ残り二人が来てない。

「それで緒方姉。問題はデュノアのことなんかじゃないだろ?」

「もう少し待ってて下さい。優衣、時間は?」

 なので優衣に聞けば、今移動中というか、リアルタイムで着く直前だったらしく、優衣が話し始めた瞬間にカウンター裏の通用口から残る二人、束姉と樹お父さんが入ってきた。仕事片付けて、本棟から直接来たみたいだわ。

「もうすぐ、ていうか着いたみたい」

 一般的なドアよりも小さい通用口から身を屈めて入って来たあと、お父さんが室内を見回して軽口を言いつつ全員を呼び寄せると、各自スツールを持って集まってくる。

「盛り上がってるな。まあ、待たせてしまってすまない。悪いが一度遊戯の手を止めて集まってくれ」

 適当に移動してくるみんなを尻目に、お父さんが立ち尽くしてる千冬姉と真耶せんせーを視界に入れると、束姉を控えさせて前に出て、保護者として二人に挨拶を告げる。僕の本名を入れて。

「さて。こうして直接顔を合わせるのは初めてになりますね。初めまして織斑千冬教諭、山田真耶教諭。私は月岡重工IS開発部開発室室長の緒方樹。優衣とステラ……いや、一夏の父親です」

「一夏、だと……」

 その名前を聞いて、千冬姉が目を見開いたあと、僕の方を見つめてくる。見つめられて、少しだけ頷いてから、僕が一夏だって、はっきりと言う、伝える。そうすれば千冬姉はまたも目を見開いて、でも何かを確信したみたいに目を瞑って、黙ってしまった。でも、僕だけじゃ、ないから。

「あの、今まで黙っててごめん、千冬姉。その、いろいろあってこんな姿になってるけど、その、僕が、一夏なんだ」

 そう、僕だけじゃない。僕は男から女になって、それでも今もここにいる。それに束姉もここに居るから、姉さんの背中を押して千冬姉の目の前に出す様にすれば、姉さんは少しだけむくれた顔を僕に向けて文句を言ってくる。でも待ってるって言っても数分にもならないのに。

「それとね。もう一人、紹介しないといけない人が居るんだ。タリサ姉」

「もう、待ちくたびれちゃったよ、いっくん」

 そしてお父さんが姉さんの肩に手を置きながら姉さんの今の名前を告げ、かつての名前を呼ぼうとしたところで。

「千冬さん。コイツは俺のもう一人の娘、緒方タリサ・バレスタインだ。だがもう一つの名が……」

「お前は、たばね、なんだろ」

 気付いた千冬姉は、少し惚けた表情をしつつ、それでもしっかりと、お父さんの口からその名前が出る前に、束姉を名前を呼んだ。

「せいかーい! 流石ちーちゃんだね。この間の電話は声だけだったからいいけど、ほら、束さんもこんな姿になっちゃったからね。見てもわかってもらえるかドキドキだったんだ。……ほんとに、心配かけてゴメンね、ちーちゃん」

「ああ。……いや、その、すまない。もう少しだけ待ってくれ。その、二人とも見た目は変わっていても、面影自体に変わりないとわかってる。わかってるんだが、その、突然すぎてまだ混乱しているんだ」

 千冬姉に名前を呼ばれて大喜びの束姉は、感極まった気持ちのまま、立ち尽くす千冬姉に抱きついて、嬉しそうに、でも、最後は涙声で謝った。いきなり居なくなった事、心配させてただろう事を。千冬姉の方も、僕達二人の突然のカミングアウトでかなり混乱してるみたいで、家でだらけてる時とは違う感じで、心ここにあらずな状態。

「あのぉ、なんだか物凄い事を聞いてしまった気がするんですが、いいんでしょうか」

「山田教諭。いや、あえて真耶さんと呼ばせて貰おう。入学から今日までの間に、あなたの事は一夏や優衣からよく聞いています。二人やリィン、フィー、エマが信頼している人ならば、聞いて頂いた方が問題が少ない。そう判断した上で、今回の件に巻き込ませていただいたのです」

 それは真耶せんせーも同じで、副担任というだけの、千冬姉と比べるべくもないほどに薄い関係性で聞いて良かったのかと混乱中。それにはお父さんが色々説明して、一応納得して貰った感じだけど。ぶっちゃけると、みんなと相談した時、真耶せんせーにも知っておいて貰った方がいいってなって、一緒に来て貰ったから。巻き込んだだけとも言えるけど。

 それからは色々と詳しく説明タイム。小学校に入る前からあった千夏と、その周囲からの虐め。商店街での様子。千冬姉にも内緒で柳韻さんと束姉に習ってた篠ノ乃流の武術。第二回モンドグロッソで起きた誘拐とその顛末と、その後の束姉との生活。束姉が開発した平行世界を探す機械。それの暴走で僕と束姉が跳ばされた先、エレボニア帝国。そこであった様々な事件や出会い。エレボニア帝国、延いてはゼムリア大陸にある特異技術体系である導力技術、導力機関と導力魔法。魔物や猟兵(イェーガー)狂信者(D∴G教団)との因縁と戦い。士官学院でのリィン達との出会いと、テロリスト(帝国解放戦線)と対決に貴族軍相手の内戦。隣国クロスベルとの国境紛争に、学院での怪現象の解決と、そこから地球への帰還。リィン達が地球に来た経緯。本当に様々な事を明かしていく。セシリア達に説明する時に作ったプレゼン資料をタブレットに映しつつ、ARCUSでのアーツや導力式武器での実演を交えながら。

 結果はまあ、鈴やセシリア達同様、最初は小説かアニメかと呆れを込めて突っ込まれたのは最早お約束かな、と。

導力機関(オーブメント)導力魔法(オーバルアーツ)を始めとした導力技術(オーバルシステム)に、騎神と魔導人形(オーバーマペット)。更には鬼の血脈と魔眼に騎神の因子、か。確かに緒方姉の……。いや、一夏やリィン達の力や技術はどこか異質だと思っていたが、起源となる文明や人類種としての在り方自体。そして命が賭かった実戦経験の有無という大きな違いがあったからか」

 地球の科学では再現出来ない技術の数々に、物語の中にしかないような(魔眼持ち)リィン()の存在。それに命懸けの実戦経験なんて、僕達みたいに内戦や国境紛争の真っ只中を突き抜けて来た経験でもなきゃ、地球で普通に生活してたら遭遇するわけないしね。地球にも内戦地帯や紛争地帯は多々あるけど、さ。

「物理現象としてはそんなに違いは無いんだけど、その過程に関しては全く違う。私も向こうの文化と技術に触れて、ISの別の発展方向に目処を付けられたんだよ」

 それからオーブメント関係で起きる現象自体に関しては、地球の物理現象と違うのに似てる、似てるのに違う似て非なるモノなのに同じモノって、ちょっと矛盾した感じなんだよね。物が燃える過程、水が凍る過程は同じ。木を燃やすのに使う種火が火のオーブメントか、摩擦で生まれる火花か。水を凍らせのが水のオーブメントでの冷却か、触媒で冷却するかの違い。突き詰めるとたったそれだけの違い。地球とゼムリアでの基本的な物理法則に大きな違いは無い。そしてオーバルシステムの()()は、物理的量子的な理屈に置き換えた上で月岡製のISや船舶、自動車や、冷蔵庫やら洗濯機やらに載せられてる動力部や制御系に応用されてたりする。

「現在の月岡は、その束や一夏の着想を元に商品開発を進め、一部を実際の商品として販売しているんだ」

 と言っても、導力技術の応用に関しては低燃費省電力化位らしいし、その辺は今は関係ない。それよりも束姉を左腕に抱きつかせたままの千冬姉だ。

 束姉を懐かせたまま、僕の顔をずっと見つめてくる千冬姉が、改めて確認してくる。まあ、当然だよね。性別が変わっちゃってるんだから。でも……。

「そうですか。しかし……一夏。本当に一夏なんだな」

「うん。えっと、その、もう九年も女として過ごして、意識や考え方も前と違っちゃってるから昔みたいには喋れないんだけど、えっと、あの、ただいま、千冬姉」

 そう。もう()()経った。二回の転移で大きく出来た時差は、こちらでは四年半程だけど、僕と姉さんにとっては九年になる。僕が俺だった頃の記憶はまだ残ってる。それでも、女の子として七歳からやり直しになった九年間もの時間は、色々な物を変えた。姿だけじゃなく、価値観も含めて。そうじゃなきゃ、共依存が発端とは言えリィンに身体を許すなんてしない。価値観も意識も考え方も変わってなかったらきっと、リィン()の恋人になって、抱かれようだなんて思いもしてない。だから僕は一夏だけど、千冬姉が知ってる以前の(一夏)とは少し違う。それでも僕が一夏である事に変わりはない。だから、ただいまって伝える。

「ああ。おかえり、一夏。言い訳は言わない。あの時、助けに行けなくて済まなかった。お前のSOSに気付いてやれなくて、本当に……ごめん。私が、悪かった」

「うん、わかった」

 そういって抱きつく。いまでは身長差も殆ど無いけど、それでも僕より少しだけ背が高い千冬姉の肩に頭を乗せて、抱きつく。千冬姉も、空いてる右手で、頭を緩く撫でてくれる。そして謝ってくれた。千冬姉は別に悪くないんだけどね。僕と千夏を育てるのに必死だっただけだから。でも、千冬姉のその気持ちを簡単に否定してもダメだから、ただ、わかったって、一言だけ。

「世話が焼けるんだからさ、一夏は。男でも女でも、ホント変わりないんだもの」

「鈴音は……」

 そこに鈴がやって来て一言。まあ、否定は出来ない。鈴とはお互い様だけど、世話が焼けるんだろうね、僕達の事情って。そして鈴の様子に千冬姉が疑問を持ったように名前を呼べば、鈴は全部聞き終わる前に僕に気付いてた事を話し出す。この辺は、鈴は柳韻さん達と同じだからね。

「転入したその日、教室で一目見た瞬間に直ぐ気付きましたよ。当然疑問に思ったし、間違ってたらとも思いました。でもコイツ、髪と瞳の色が違うのと、後は、女の子になってるからちょっとだけ輪郭が丸くなったなって程度で、それ以外の面影や印象に、話す時の癖とか気の使い方とか、殆ど全部行方不明になった頃と変わってないですもん。寧ろ、なんで千冬さんとアホ千夏が気付かないのか、家族なのにって、そっちの方がワケわかんないくらいでした。千夏はあんなだからってのもあるとは思いますけど」

 初日に気付かれて、話しただけで癖とか残ってるの指摘されて笑ったもんね。まあ、家族って言っても千夏に気付かれなかったのはどうでもいいんだけど。でも鈴の話を聞いて、千冬姉が苦笑いして、少し自嘲するように話し始めた。本当は気付いてたんだって。

「……ふふ。確かに、その通りだ。本当に、私は愚かだよ。正直に言うと、実技試験の時には気付いていたんだ。面影も、印象も。そして斬り結んだ剣筋も。一刀一銃のスタイルの為か、片手持ち用のアレンジが入っていたが、一夏の剣筋は確かに篠ノ乃流剣術のそれだった。あの時、私は戸惑いで上手く動けなかった。試験だと割り切ってどうにかしたが。だが、その後一夏が入学してきて、私はその担任で。心の中では気には止めても、確信が無いからと敢えて私からは触れずにいた。いや、触れられなかったんだ。怖かったんだな、違っていたらなどと余計な事ばかり考えて。本当に……。これでは三人だけの姉弟で、一夏も千夏も平等に見ますなどと大見得を切ったくせに、殆ど見ていなかったという事になってしまう。無様なものだよ」

 試験の日、試験官は千冬姉だった。どんな縁と偶然なんだって思った。でも戦ってわかったんだ。千冬姉は確かにIS競技会で二度も最強(ブリュンヒルデ)になったけど、きっと、凄く悩んでたんだろうって。まさか気付かれてたとは今聞くまで思いもしなかったけど、あの時動きが鈍いと感じたのは、使ってたのが打鉄ってだけじゃなく、戸惑いもあってなのか。

「先輩。後悔しても、もう遅いです。全部終わった事ですから。それに、わたしはまだ、今聞いた話を全部理解出来たわけじゃありません。ですが、不思議な話ではありますけど、ステラさんは先輩の弟さんである一夏君だった、というのは事実としてここにあるんです。ですから、今はあれこれ考えたり、すぐ結論を出すのではなく、今日からは姉妹としてやり直す、ということで良いんじゃないですか?」

 そんな落ち込んだ様子の千冬姉に真耶せんせーが声をかける。あくまでも第三者として、結論を出すとかじゃなく、ただ事実だけ受け止めてしまえと。なんか、いつもふわふわした真耶せんせーだけど、やっぱり大人なんだよね。ごちゃごちゃ考えてないで動け、か。ある意味暴論だけど、正論だよね。

「ああ、その、一夏。ごめんなさい。こんな駄目な姉だがその、許して、くれるか?」

 千冬姉もそれに頷いて、僕に目を合わせてまた謝ってくれた。でもね……。

「勿論っていうか、最初から怒ったり嫌ったりなんてしてないよ、千冬姉。それに、自分のこと駄目とか言っちゃ駄目。僕は姉さんのいいところいっぱい知って、尊敬してるんだから。まあでも、その、僕は女になっちゃったから、なんだろう、前よりももっと、仲良くなれるんじゃないかな。姉妹の方が、そういうの強いって言うでしょ?」

 謝ってもらうことなんてなにも無い。謝る必要なんて無い。それよりも、姉弟じゃなくて姉妹になるけど、ちゃんと、家族として居たいと。尊敬するお姉ちゃんのままでいて欲しいって。ただそれだけを伝えると、ただ強く抱きしめてくれた。

「ああ……。ああ、そうだな!」

 但し、アイツ(千夏)だけは許さない事は伝える。更生はさせたい。でも、今までの行い、やられた事を許すつもりはないから。織斑千夏という個人には人として少しでも成長して欲しい。けど、(一夏)の双子の兄としての千夏を、僕は認めたくない。許さない。絶対に。

「あー。でも、今の千夏は許すつもりも認めるつもりもないからね。今のアイツが僕の兄だなんて、思いたくないから」

「……それを否定できないのがまた、辛いな。私もここ最近のあれこれで、あれが弟だというのを拒否したくなるときがあるからな。出来た事を褒めすぎて、甘やかしすぎてしまったのだろうか」

 それに千冬姉が同意してくれた事は意外だけど、まさか姉と妹の両方に見捨てられる事になるとは、アイツは思ってないんだろうな。鈴の追撃も含めてまあ、今のままだと人間関係どんどん微妙になるね。箒も含めて。

「そこは否定したくても出来ませんよ、千冬さん。一昨年までアイツを側で見てたあたしが言うんだから、外れてはいないと思いますよ」

「その通りだな、鈴。お前にも迷惑をかけたと思う。すまない」

 尚、中二の一学期までずっと千夏と同じクラスだったらしい鈴曰く、千夏の言動は僕が居なくなる前も、後も、今もまるで変わっていないとか。でもね。

「大丈夫ですよ。あたしも一夏も、これから本人に直接返してやる積もりですから」

「容赦なし、慈悲もない、だね」

 鈴と決めてたんだ。かけられた迷惑は、慈悲も容赦もなく丸々全部返してやるって。因果応報。こっから先は千夏じゃなくて僕達のターンなんだから。

「そ、そうか。まあ、色々壊さない程度に、程々にな」

「「はーい」」

 そんな僕と鈴に、呆れたような目を向けながら、やり過ぎだけ注意されたから指を絡めて手を繋ぎながら声を揃えて返したら。

「前よりも更に仲が良くなってるな、お前達」

 また呆れられました。さーせん。でも僕と鈴は、今は同じ人を愛する恋人仲間として。

「当たり前ですよ千冬さん。あたし達」

「親友だもん。ね?」

「ねー」

 そして昔からの親友なんだから。そう、千冬姉から離れてハグしながら改めての親友宣言。千冬姉と真耶せんせー以外は慣れてるけど、二人は揃って呆れ顔。でも仕方ないじゃん。これが今の僕達のデフォなんだもん。

 けど、そんな風に抱き合ったままの鈴が意味わかんない事言い出したんですけど、それはどういう意味かな、かな?

「それにしてもさ。ちょっと思ったんだけど、今ここに居る女性陣の中で一番女子力が高いのって、一夏なんじゃない? あたしはほら、自分で言うのもなんだけど短気だし、わりとがさつだし。千冬さんと束さんはまあ、言わずもがなですよね」

「突然なに意味不明な事を言い出すかと思えば……。でも、確かに家事無能だもんね、千冬姉。束姉もがんばってはいるけど、まだまだだし」

 女子力って言っても、なにを持ってって部分はあるけど、家事能力は一つの判断基準ではあるよね。世の中女子力(物理)女子力(権力)なんて人が沢山いるけど。なお、千冬姉の女子力はかっこ身体能力チートかっことじな感じです。ブリュンヒルデ二冠は伊達じゃないのよ、みたいな。なんであんなに家事がダメなのか、ホントにわからないけど。もしかしてステータスが身体能力と戦闘力に全振りなのかな。

「……放っておけ」

「ぶー。いっくん、いじわるだよ。がんばってるのに」

 そんな当人はいじけてるけど、料理したら小火だして、掃除したら余計に汚れて、洗濯機使うだけで壊されたら、ぶっちゃけ妹の僕でも弁護は出来ない。で、束姉はね。クロエとレイアのためにもとがんばってるよ。けど、やっぱり元が大の苦手分野。姉さんの女子力はかっこチートボディ&科学力チートかっことじで出来てるから。それでも、ちょっとずつ家事が出来るようになってきてるから、がんばりも無駄じゃないけど。

「でも、クーとレーの為には、新米お母さんはもうちょっとがんばらないとじゃないですか?」

「まーねー。ホント、がんばらなくちゃ、だよねー」

 それでも鈴の評価は厳しい。姉さん自身も、ちゃんと母親になりたいから諦める気は全くないみたいで、その酷評にも全く堪えた様子はないけど。まあ、鈴も厳しく評価しながら、姉さんがやってる事自体には全然否定してない。というか僕達みんな、姉さんが不器用にでもお母さんとしてがんばってるのを見てるから、どっちかっていうと温かい目で見守ってる感じかな。でもってセシリアとテレサだけど……。

「ふふ。束さんがちゃんとがんばってお母さんしてるの、みんな知ってますから。そんで、セシリアはお嬢様育ちってのを別にしても、努力はしてても根本的に家事が苦手みたいだし、テレサさんもセシリアと同じで家事苦手って言ってましたもんね」

 一応、掃除洗濯料理と自分で出来るようになったセシリアだけど、料理に関してだけ、相変わらずよくわからないアレンジをねじ込んで来るんだよね。それが一種の楽しみになってるから悪い事じゃないけど、大外れの時は食材が勿体ないなーとか思わなくもない。注意して料理教室開いて改善しつつあるけど。

「言い返せないのが悔しいですわ……」

「事実だからねー。ていうかホントに誰かあたしに教えてよー!」

 で、同じように改善しつつあっても、セシリアと違ってまだ及第点に届かないテレサは本当に悔しそな表情を浮かべて、遂にはうがーっと吠えた。立ち上がって吠えた。吠えてるけど、教えてるじゃんさー。だんだん良くなってきてるじゃん。もう少しだから耐えてと宥めれば、涙目になりつつ頷いてスツールに座り直してくれた。なんか、手間のかかるお姉ちゃんみたい、かな。サラ姉も、一通り出来るけど上手い方じゃなかったし。最初に食堂で出会った時にサラ姉に似てるって思ったのはそんなに的外れじゃなかったかも。

「そんで簪は出来るけど、放っておくと目の前の作業にのめり込んじゃうし、本音は逆に出来ても集中が続かなくて放り出しちゃう。フィーは、出来る事がかなり偏ってる感じよね」

 次いで簪と本音にフィーは、ね。全員一応出来るんだよ。出来るには出来るんだけど……。一点集中型の簪は作業が目の前にあると他を忘れる。逆に視野が広いと言えば聞こえがいい本音は、広すぎて移りすぎてほったらかして別の作業始めたりする。本当に真逆な主従だことで。そんでもってフィーはまあ、生活環境的に仕方ないとは言え、戦場で必要なサバイバル的な家事……兵站的作業が主体だからだね。最近は洗濯と掃除だけは普通に出来るようになってきたけど。料理はエマや優衣と一緒にやらないと未だに携帯食系に偏りがち。

「わ、わたしだってちゃんと家事できるもん。……確かに色々と忘れちゃう事が多いけど」

「うにー。当たってるからなにもいえないよー」

「傭兵時代の癖がまだ残ってるからね。でも、前よりは出来るようになってるし」

 当人達もわかってるからか不満顔。それでシャル達は性格と家事能力が直結してる分、その、確かに微妙なんだ。

「シャルと静寐にエマ、真耶せんせーが家事得意なんだけど、それぞれ微妙に欠点があるのよね。シャルとエマは細かすぎて、静寐は逆に大雑把。真耶せんせーはまあ、なんていうの、自分の魅力に対する自覚が薄すぎだから」

 鈴が言う通り、シャルとエマはホントに細かくて、そこまでしなくてもって所まできっちりやろうとするんだよね。その性格故にお菓子作りは凄く上手いんだけどね。レシピに慣れるとあっと言う間にパティシエか、とか言うくらい上手になるし、お店レベルで美味しいのが出てくるし。逆に静寐は手の抜き方が上手いんだけど、どれも普通にこなしつつ、明らかに手抜きがわかるから大雑把に見える。ちょっと損な感じかな。多分、普通に主婦って言われる女性には静寐が近いと思うんだ。

「細かくて悪かったね。気になっちゃうんだよ、いろいろと」

「ですが、細かいい所まで気になるのは……いけないのでしょうか?」

「わたしも。だってそれで大丈夫なんだからいいじゃない。出来ないわけじゃないんだし」

 そして真耶せんせーはねー。うん。自分の魅力と色気に無頓着すぎ。その凶器(胸部兵装)雰囲気(癒やしオーラ)は男女関係なく落とせるはずなのに、そこに自覚がないからただの誘蛾灯状態。まあ、色気成分より癒やし成分の方が大きいからクラスの癒やし(みんなのマスコット)で済んでるけど、ね。

「魅力って、自覚って……。十歳近く年下の女の子にまで言われちゃいました……。ていうか鈴さん! それ、家事に関係ない事ですよね!?」

 ぶっちゃけ、真耶せんせーは自分の魅力と気持ちを自覚したらあっと言う間にリィンを落とせるのに、勿体ない。なお本当に本人無自覚。でも、ね。周りはそんな気持ちにだって気付けちゃうからね。見守ってます。

「聞こえませーん。そんでレナがただ一人そつなくこなすけど、それ以上に一夏って凄いのよね。昔から割と炊事洗濯家事万能だったんだけど、今や裁縫や編み物までこなすし、みんなと違って、周りに適度に合わせてくれる。そんでもってまあ、彼氏持ちだしね」

「そうなんだよね。ステラって本当にスゴイよね」

 因みにそんな真耶せんせーの抗議に鈴はわざとスルー。最後のレナは、とっても家庭的といっていいほど。夢は国家代表よりお嫁さんとか言われた方が納得出来るくらいに。多分、生まれてから丁度十五年くらいになる五年前の僕よりも出来てると思う。本当に小さい時から当たり前みたいに家事を手伝ったりしてきたんだろうな。……たださ、鈴。僕の事持ち上げすぎじゃない? 僕はほら、戸籍年齢十五歳で肉体年齢十六歳、外見年齢と精神年齢も大体同じくらいだけど、生まれてからの実年齢なら二十歳超えてるから、単純に経験してる年数の差だよ、それ。あと彼氏がいるのは絶対に関係ない。それだと鈴も同じになるし。

「……裁縫と編み物。それに彼氏、だと? まさかリィンのことか、それは!」

 千冬姉も千冬姉で、以前の僕との違いと、彼氏って言葉に過剰反応しすぎ。ていうか、この前イチャつくなら放課後にとか言ってた癖に、ここで過剰に反応しちゃうんだ。

「いや、見ればわかるじゃないですか。あれで付き合ってないとかないですよ。まあ、諸事情あって一夏だけじゃなくてあたし達の半分位は、ですけど」

「そうだよね。一夏や優衣との関係を一目見ただけでわかっちゃったもん。もとからする気なんてなかったけど、これは同室になったからってだけじゃ付け入るとか絶対無理だなって」

「残る半分だって、それぞれの事情で様子見中ってだけで、好意自体は相当だしねー」

 シャルはもう、実家と会社にフランス政府の問題が片付いたらすぐにでもって感じの距離感だし、セシリア達も国や会社の方を様子見って感じで、お互い同意したらすぐにでもって感じだからね。

「あぁ、いや、そう、薄々気付いては居たんだ。シュバルツァーは自由国籍の上に日本は複婚制度の導入を考えているようだから、各国の思惑が絡まなければ何の問題も無いしな……。だが一夏、その、裁縫とは?」

 そんな僕達の仲に千冬姉はなぜか狼狽えてる。というか、あまり現実感がないような感じというか。まあ、付き合い始めたばっかのバカップルみたいにベッタリくっつくような感じではないから、そう見なければ、僕達が付き合ってる様には見えないかもだけど。それに裁縫に関しては、ボタンの付け直しとか位は家に居た時からやってるじゃないのさ。でも、あの頃は服を作っちゃうまでは行かなかったし、疑問に思うのも仕方ないのかな。

「僕のこの服と、リィンと優衣と鈴が着てる服、僕が作ったのなんだ」

 今日僕達四人が着てる服、ガイウスの故郷、ノルド地方の伝統衣装をベースにしてます。僕もファトマさんが小さい頃に着てたのを着させて貰ってからお気に入りなんだよねー。

「……今朝から四人が着てる服見てて、見た事無いデザインだなって思ったけど、まさか手作りだったの!?」

「さっき触らせて貰ったけどその、既製品よりずっと綺麗に出来てるんだよね。縫い目とか確りしてるし。このまま商品だっていっても、誰も疑わないと思う」

 興味津々に僕とリィンの服を触りながらそう言ってくれるのはテレサと静寐。流石に全部手縫いじゃなくてミシン使ってるよ? 型紙から作ったり、簡易防具になる程度には補強したり細工して縫ったりと手はかけてるけど。

「これね。向こうでの仲間の一人の、故郷の民族衣装をモチーフにしてるんだ。ね、リィン?」

「ああ。そこで一夏が着せてもらってたその衣装が印象に強く残っててさ。俺達も別口で着て気に入ったのもあって、その話をしたら再現してみるって言いだして、ちょっとした行事で着てもあまり違和感がないデザインで作ってくれたんだ」

 違和感ないとはいってもやっぱり民族衣装だから、こっち(地球)で言うとモンゴルのデールと中国の近代型漢服の中間みたいな印象かな。生地も、ノルドのそれっぽい感じのパターンで染めて貰ったんだよね。結構お金飛んだし。

「私は一夏とお揃いって頼んだから、上着とブラウスは同じで、スカートのプリーツかあるかないかだね」

「あたしも同じくね。生地に余裕があるって言うから、甘えさせて貰ったの」

 リィンと対になる僕と優衣に鈴のは、僕がファトマさんに着せて貰ったのとほぼ同じ型で作りました。ナショナルドレスに指定されない型の民族衣装だし、普段着には出来ないけど、今日みたいな仲間内の集まりとか、ちょっとしたパーティ向けに作ったのだ。……って、出来たてほやほやで今日下ろし立てだけどな。

「驚いたな。昔から簡単な解れ直しやボタン付けなんかはして貰っていたが、今の一夏はここまでの服を作る技術を持っていたのか」

「まあほら、これはあれ。束姉のところにいってたのと、向こうでは自分の装備は自分で修繕してたからだね」

「うんうん。わたしの服も殆どいっくんに直して貰ってんだけど、いつの間にか作ってくれるようになったんだよー」

 でもって僕達を見て関心しきりの千冬姉に、慣れと習熟だよと伝える。僕達の戦い方のせいだけど、総金属製防具なんて使えないから、必然的に厚手の生地と皮に金属補強したソフトタイプの防具が主体で、生地部分や接合部の解れは自分達……というか主に僕とエマが直してたし。そもそも実家に居た時も束姉の所に転がり込んでからも、基本的に全員分僕が面倒見てたわけで。ついでに、なんで服を作るようになったかって言うと、姉さん用のロリータ風ドレスを何度も直してる内に、これ、姉さんのあのワガママボディに合わせて作った方が壊れにくいんじゃね? て所から作るようになったしね。

「そ、そうか」

 そんな裏話に千冬姉は関心顔からちょっと引き攣った顔に。呆れるとこ、だもんね、今の。真耶せんせーなんかずっと呆れっぱなしだし。

 で、鈴がなぜかまたも僕を持ち上げるけど、やっぱ女子力って言葉の意味が迷走してる気がするのは僕だけなんだろうか? というかなんで僕の事で鈴が自慢顔すんのさ。リィンなんて呆れてる……癖になんか補足入れやがった。しかも優衣を引き合いに出して。……て、あれ? その優衣の引き合いの出し方、今はマズくない?

「てわけで、炊事洗濯裁縫その他家事万能。容姿端麗、学業優秀、文武両道、気配り上手な上に彼氏持ち。これ以上の女子力持ち、あたし達の周りにどの位居ると思う?」

「……正直な話し、俺からすれば得手不得手があるという程度で、みんなにそんなに差があると思ってないんだが、敢えて言うなら優衣が近いと思うぞ。それに、そう言えば優衣も……」

 流石に気付いた優衣も慌ててリィンに飛びついて口を塞ぐけど、出ちゃった言葉はもうみんなに聞こえてるわけで。

「リィンストーップ! それ言っちゃヤダー!」

「……ちょっと優衣。どういう事よ?」

 鈴が当然の様に優衣になにがダメなのか問いかけてるけど、これ、もうバラしちゃった方が丸く収まるんじゃないかな。

「言っちゃえば? ここに居るみんななら平気だと思うよ?」

「うー……。えっとですね。僕、実は前世の記憶を持ってるんです。その、転生ってやつかな。それでその、前世の僕、男だったんです。男と言い切れるかは微妙ですけど」

 優衣がなにを心配してるのかはわかるんだけどさ。僕やリィン達みたいな例があるんだから、優衣みたいな例も受け入れてくれるんじゃないかって思うんだよね。そもそも僕が元男で現女なワケだし。元々心理的に女性だった男性が生まれ変わったら女性でしたって優衣の方が、受け側のハードル低い気がするんだよね。元男って部分は変わんないけど。

「……なな、な。え、優衣、そうなの? ていうかあたし、一夏だけじゃなくてもう一人元男に負けてるってこと!?」

 この辺の事は、転生だなんて世界転移以上に物語的な事だから、お父さん達や僕と束姉にリィン達以外は誰も知らない事。だから、鈴は引き攣った顔で優衣を指さしながらこんなことを言うわけで。優衣も小さくごめんと鈴に呟いてる。ついでに驚きすぎてもう感情が消えかかってる真耶せんせーを余所に、どうにか呆れを保ってる千冬姉が惚けたように優衣をそう表する。僕やリィン達に起こった事と比べれば、五十歩百歩とは言え多分、一番突拍子のない事例だから。

「……」

「前世、とはな。一夏の性別変化に束の容姿の変化や、一夏と束、リィン達が異世界を渡ってきている事。どれにも驚かされたが、まさか転生などと、小説のような事例がまだ一人、近くに居たとは」

 けど、そんな二人に追い打ちをかけるようにお父さんが月岡IS開発部の内情を暴露。黒翼と黒鋼型に、各種兵装に凍牙とブラスターシステムの正体が、全くのオリジナルじゃない事。

「先程、我が社の製品や黒翼に導力技術を応用しているとお伝えした。それも間違いではないのだが、実はこちらの方が重要でな。黒翼と黒鋼シリーズの機体コンセプトや、凍牙、圧縮粒子砲などの関連技術は、優衣の記憶に残っていたSFアニメに出てくる機動兵器やその武装をモチーフにしているんだ」

 これには千冬姉達だけじゃなく、凍牙と同種の独立浮遊起動兵装(ブルー・ティアーズ)を扱うセシリアも唖然として、優衣を睨み付けながら愚痴る。そりゃそうだよね。ネタが創作物だなんて、ちょっと信じられないよね。ISが台頭したせいもあってか、僕達も優衣の話でしか知らないけど、彼女が前世で見てたって言う、黒翼達のネタ元になるアニメ(ガンダムやマクロス等々)に似た物も、元々少なかったのが今や作られなくなったし。なまじ現実にISなんて機動兵器が存在するせいか、ロボット物は評判が悪いんだって。動きがどうちゃらとか、武器や弾薬がどうやらとか。正直な話、機動性やら量子化での武器弾薬周りの理不尽さならISもどっこいのはずなんだけどなぁ。所詮はフィクションでファンタジーなんだから。女権団体め……。

「そんな……。まさかの妄想兵器でしたの、あれ。凍牙はブルー・ティアーズよりも遥かに優秀で。なのに、まさか、アニメーションが元でしたとは」

「あー、うん。なんかごめん、セシリア」

 閑話休題(まあ、それはそれ)

 優衣もそんなセシリアの目線に耐えきれず視線を逸らして謝るのみ。まあ、でもね、優衣が持ってた知識だけじゃどうにもならなかったんだよね、実際は。

「そう優衣を責めないでくれセシリア君。優衣が教えてくれたとは言っても、それはアイディアだけだ。それも創作物に登場する架空の物が元であるから、確立された技術理論があるわけじゃない。教えて貰った作品上の設定としての技術概念や表現上の効果を元に、どうにか実現出来ないかと研究したものだからな、作るのは相当苦労したよ」

「だよねー。粒子の圧縮とか、浮遊機動兵装のファジー制御とか。空想上の概念から実際の稼働品として完成させられたのは本当に最近で、凍牙や村雨辺りは黒翼の発表直前にやっと……て言いたいところだけど、実際は間に合ってなくて、今も随時改良と改修をかけてるくらいだしね」

 と、ぶっちゃければ黒翼自体と専用装備の半数くらいは未完成品だったりするんだよね。例えば凍牙のファジー制御部分やエネルギー変換系、ブラスターシステムの稼働と制御全般のプログラムにアルゴリズムはまだ調整中。粒子銃(ビームガン)荷電投射銃(レールガン)系の粒子コンバータや圧縮機、供給部に加速器はほぼ使う度に要点検で、月一オーバーホール必須とかいう状態だったり。そろそろ安定の目処が立ってきたらしいけど。

「そ、そうか」

 それなりに革新的な部分が多い量産型ISである黒翼だけど、裏を明かせば実はオーソドックス且つ枯れた技術の発展系以外はまだまだ試作機、試験装備の域を出てなかったりする。他よりも安定して動かせるから量産化を発表したけど、一部装備の不安定さは各国の第三世代装備全般と共通する不安事項なんだよね。

「そうだったんだ。それで、さ、優衣。その、あんたが男だったか微妙って、どういう事?」

 と、そこで鈴が発した尤もらしい優衣への疑問。これはまあ、転生なんて現象が絡んでるから複雑に感じるけど実際は……。

「僕の前世の世界も地球で、日本に住んでたんだ。多分、平行世界ってのが近いと思うんだけど、その、こっちにもあるからその症例で説明すると、性別同一性乖離障害だったんだ。だから前世の僕は、身体は男だけど、女として生活してたの」

「なるほど。ということは、お前の場合、前世からの持ち越しがあるという事か?」

 優衣が生前住んでいた世界は、別の星と言えるゼムリアとは違って、近しくも異なる可能性の道(歴史)を進んだ同じ地球。その中の同じ日本。ただ、向こうでは男性として生まれて死んで、こっちで女性に生まれた。ただそれだけ。それで優衣本人は、向こうに居た時から心理的に女性だったから、今の方が自然、てこと。一つあるとすれば、生まれ持った身体の性能は、努力や訓練だけじゃ覆せない部分が多いってわかって、前世での身体の性能の低さを嘆いてた事かな。

「それ、言われるとは思いました。けど、それはないです。前世の僕って、今の僕と違って凄く不器用で、要領も悪くて、社会人としては底辺這いずってました。身体能力も、この身体の方がずっと高いんです。それと家事能力も、どっちかって言えば家事無能の方でしたね。女としての生活歴だって十年と少ししかなかったですから。そうだなぁ、大目に見ても、家の家事をよく手伝ってる小中学生女子と同レベルってところじゃないかな。それに女性として生きるための常識を身に付けるのも大変だったし。ね、一夏?」

「まあ、僕は優衣と少し違うとこあるけど、共通する部分で、後追いで女になってるって所で、割と苦労したかな。こう、みんなが生まれてから育つ過程で自然と身に付ける仕草とか慣習とかクセとか、後は生理的な部分とかか。意図的に変えたり身に付けたりするのって割と無茶だったもん。正直、束姉とサラ姉が居なかったら折れてたね」

 因みに身体性能にはさっき話題に出た女子力的部分も多分に含まれてるみたいで、余計に嘆いてたのを覚えてる。それよりも……。

「……ていうかさ、不毛じゃね、この話し」

「……うん。みんな、僕らの黒歴史掘り返して、楽しい?」

 なんか僕と束姉と千冬姉の再会のハズが、僕と優衣の過去暴露になってね、これ?

「ま、そうよね。ごめん一夏、優衣」

 そんな感じで、この日の集まりは、当初の予定を全部クリアして円満に終わるはずが、鈴の一言でどこか締まらない終わり方になったとさ。

 ま、僕達らしいっちゃらしいのかな?




以上、一夏と千冬(と束)の再会と、リィン達との関係、エレボニア帝国とゼムリア大陸の技術、月岡製ISの(アイディア元の)秘密の一部。そして優衣の正体(バレバレ)と、詰め込みすぎな暴露回でした。
前書き通り、決定的な事が多少書かれつつ、その場のノリで話す女子高生をエミュレートして書いたら鈴が暴走してこうなったよ、と言う感じです。鈴ェ……。
これで千冬と真耶が完全に一夏側になります。例えば福音事件とかでも……。

なお、優衣の前世はMtFの性同一性障害(GID)です。そしてIS世界でのGIDにはそれっぽい感じで架空の病名をつけてますが、そんな病名はありませんので悪しからず。あくまで世界が違えば病名も似て非なるモノになるかも、位な感じです。
……タグつけ忘れてたので、小説更新後に「TS転生」タグを付けておきます。致命的なのって多分これくらいかな?

次話で漸くタッグマッチトーナメント開催です!
一夏とラウラはどこまで蹂躙するのか。決勝戦は誰と。そしてあのシステムの行方は……。

次回投稿はなるべく早めにと考えてます。
それでは、次回もよろしくお願いします。


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開幕、タッグマッチトーナメント!

大変遅くなりました。
体調不良もありましたが、それは言い訳にしかならないでしょうね。
原作と全く違うタッグマッチトーナメントに仕上げております。そして長いです。前中後編三部作です。
一夏とラウラが組むという、多分二次創作でも数少ないだろう組み合わせですが、どうなる事やら(@_@)

中編と後編は……今がんばって仕上げてますー(--;


 一夏と千冬の本当の意味での再会の日から時は流れ、学年別タッグマッチトーナメントの開催日となった。一年生は全員参加なので、四ブロックに分けた上で第五と第六アリーナを使って行われる事に。

 二年生と三年生は履修課程が競技科と整備科に別れるため、全員参加の一年生と違い出場選手自体は減るが、その分、選手自身の技量が高くなる事や、正確に分業となる選手と整備の連携を含めた本格的なIS競技試合形式を取るため、一試合辺りの試合時間は一年生のそれに比べて遥かに長くなる。そのため、それぞれ二つずつアリーナを使う事になる。

 そのアリーナには、広大な規模に相応しく複数の控え室と更衣室が用意されている。その内の一つ、一年生の第一、第二ブロックのトーナメントが行われる第五アリーナの一角にある控え室に、緒方ステラ=一夏とラウラ・ボーデヴィヒの姿があった。

 殆どの生徒が試合前の緊張で固くなっている中、堂々としながらも非常にリラックスした佇まいで長いすに座る淡い蒼銀と白銀の少女達。共に背を覆うほどの長さのストレートロングの髪をそのまま下ろし、ISスーツを身に纏った白人種らしい透き通った白い肌の二人は、身長差もあって後ろ姿だけならばまるで姉妹のよう。そんな二人は、いつでも出られる様に他の生徒達と共にトーナメント表の発表を待っている。

「初戦から専用機持ち相手でないといいのだがな」

「そこはランダムだからねー。いきなりリィンや鈴達と当たったら初戦敗退も覚悟しないとだしにゃぁ」

 そんな軽口を叩き合う、今年度最初の学年別トーナメント一年生の部で最も注目されるペアの一角が見つめる、未だ沈黙したまま光を灯さないディスプレイに、ラウラと一夏を含めた全員が注目している。どうか専用機持ちと当たりませんように、と。誰も初戦敗退などしたくない、せめて一回は勝ち上がりたいのだ。

 そしてディスプレイに光が灯り、ブロック分けとトーナメントの対戦順が表示される。専用機持ち同士のマッチは、最速で第二回戦。その試合は……。

「わたし達が一戦勝ち上がれば織斑千夏と、だな」

「アイツ等が勝てればだけどね」

 一回戦での一夏とラウラの対戦相手は武術部所属の夜竹さゆかと如月夏菜ペア。二人共が中距離メインの射撃型だが、近接戦闘まで含めたそれなりの連携訓練を行ってる二人がしっかりと作戦を作り、装備を調えた上で互いをカバーリングしあえれば、状況次第では一夏達も苦戦は免れない。とは言え、別の控え室で待機しているさゆかと夏菜は、初戦の対戦相手が一夏達とわかった瞬間に悲鳴を上げたのだが、それは別の話。そして千夏と箒はその次、第二試合で、対戦相手は面識のない四組の一般生徒ペア。よって一夏達の第二回戦は余程の事が無ければ千夏と箒ペアで確定だろう。その他の専用機持ちや代表候補生を含む有力な生徒達とはトーナメント表上では()()分散され、専用機持ちや代表候補生のペアとの試合は殆どが準決勝直前までない。しかし、本当に偶然の積み重なった上での結果ではあろうが、ランダムなのに作為を感じる組み合わせとなっているトーナメント表に、一夏は僅かに顔を顰める。第一ブロックの一夏達と第四ブロックのリィン達が戦えるのは決勝戦のみな上、その為に一夏達は専用機持ちが居るペアとの()()()を勝ち抜かなければならないというところに。

「まあ、そこは重要ではない。わたしは織斑千夏と戦いたいと思っていない。寧ろ、織斑千夏を含めた有象無象全てを下し決勝まで勝ち登り、その相手も下す。彼奴が一般生徒に負けるようであればそれまでの事。わたし達の目標はあくまでも……」

「リィン達との決戦、だね?」

「ああ。容易ではないだろうがな。順当に行って三回戦でクラウゼルとハミルトンのペア。ブロック決勝の四回戦でシャンティとミルスティンのペア。そして準決勝で第二ブロックを勝ち抜いてくるであろう凰とオルコットのペアとぶつかる事になる。組み合わせを鑑みるに、確実に専用機持ちとの三連戦を勝ち抜かねばならんとは、本当に気が抜けんな、これは」

「だねー。日程は二日間あるけど、決勝込みで実質専用機持ちとの四連戦とか、本当にランダムなのかな。作為しか感じられないよ、これ」

 本当に誰かが仕組んだ組み合わせだと言われた方が納得出来る試合順。そんな一夏に一言だけ、そうだなと苦笑いを浮かべて頷くラウラ。そして一夏から見て、ラウラの言う通り千夏と箒は敵ではなく、ただ通りすがりに踏みつぶす有象無象の一つ。寧ろ第一回戦の相手になるさゆか・夏菜ペアが訓練機組とは言え、千夏達相手よりも余程手強いのは明白。理由としては、例えISの搭乗時間が短くとも、今日までの二ヶ月弱、一夏達は彼女達部員をその得手不得手まで考慮しながらそれなりに戦える様に鍛えてるからである。千夏の様に惰性と義務感で訓練してるわけでもなければ、箒の様に剣道の才だけに頼って戦っているわけではないのだから。

 翻って専用機持ちの居るペアとしては、一夏達の第一ブロックだけでもフィーとティナのペアとエマとレナのペアと二組も居る。この二組を破って漸く、準決勝で鈴とセシリアのペアと当たる事になる。鈴達の第二ブロックにはなぜか専用機持ちが一組も居ないから準決勝の相手は確定。なおリィン達の第四ブロックには優衣と静寐のペアが、リィン達と準決勝で当たる第三ブロックには簪と本音のペアも居るが、相性と戦闘経験的にリィンとシャルのペアが上がってくるだろう。つまり、一夏とラウラだけが、決勝まで残る為に専用機を擁するペアを三組も撃破しなければならないという、些か不公平にも見える組み合わせになっているのだ。

「あれ? ねえ、緒方さん達って、順当に勝てれば専用機持ちとは五連戦ってことだよね。なのに四連戦って、もしかして緒方さん達にとって織斑君は専用機持ちには入らないってこと?」

「当然だよ。織斑なんて実力もない、ただ専用機という名目のデータ収集用機を預けられただけの一般生徒と変わんない。相手としてはウチの部員の方がよっぽど怖いね」

「初戦からステラ達が鍛えている武術部所属生徒のようだからな。例え訓練機装備とは言え、織斑千夏と篠ノ乃箒などより、その二人の方が手強いと感じるだろう」

 と、そんな一夏達の会話の中で「千夏が専用機を持つのに専用機持ちに数えられていないのでは?」と疑問に思った生徒の疑問に一夏達が正直に答えれば、彼女は「そっかぁ、織斑君って専用機持ち扱いじゃないんだぁ」と関心半分呆れ半分で呟くのであった。なお、彼女は大島(おおしま)樹里(じゅり)という、四組所属の極普通の一般生徒である。トーナメント終了後に武術部に入る事になるが、今は関係の無い話だ。

「僕達は絶対に決勝戦まで勝ち登らないと、だもんね」

「当然だ。そして、わたしとステラならば不可能ではない。そうだろ?」

「そりゃ勿論。誰が来ようと、それがフィーや鈴達であろうと、全力全開で全部踏み潰して行くだけだね」

 そんな、樹里との短い会話を終えると同時に、至極物騒な物言いをする二人に樹里を含めた周囲の生徒達が若干表情を青くするが、それもまた仕方が無い。ここに居る全員が、過日に起きたラウラのアリーナでの所行と、それに真正面から相対した一夏の事を知っているから。今トーナメントにおいて一年の二強と呼ばれている一夏とラウラペアにリィンとシャルルペア。その片割れである銀の少女二人の怖い会話に、周囲は半ば恐慌状態であったりするが、当の二人はどこ吹く風。周囲の喧噪や悲鳴を全て無視し、来る戦いに備え意識を集中する。そしてトーナメント開始の宣言と共に第一回戦、第一試合の一夏達が呼ばれ、待機室からピットへ上がりアリーナへと飛び立つ。今回のトーナメントでは地上に降り立った状態から試合開始となるので、規定の位置に着地。既に到着していたリヴァイブを纏うさゆかと夏菜と向かい合う。試合開始までまだ少しの猶予。刻一刻と迫る合図に一夏達は挑発的な笑顔を浮かべるが、さゆか達の表情には怯えこそないものの余裕はない。そして一夏が二人に暴虐的な勝利宣言をする。

「……てわけで、僕達は決勝まで行かなきゃいけないから、遠慮無く僕達に踏み潰されてね、さゆか、夏菜」

「は? ちょ、ちょっとステラ! なにがてわけで、なの!? ていうか踏み潰すとか普通に怖いわよ!」

 一方的すぎる圧勝ならぬ圧倒宣言に、余裕のなさすら吹き飛ばして噛みつくさゆか。夏菜も恐怖など通り越して苦笑いを浮かべるのみ。

「確かにステラさん達と実力差があるのは認めますけど、そこまで言われると酷いを通り越して、いっそ清々しいですね」

「済まんな。だが、わたし達も目的のために手加減など出来んのだ。悪く思うな」

 そして試合開始の合図。一夏が瞬間的に五月雨を両手に展開し、踏み込みだけで加速すると同時、展開した五月雨を二基とも捨て去り、さゆかの右肩に手を乗せて宙返りしながら飛び越える。不意に肩にかかった重さに気を取られつつも殆ど条件反射的に、後ろを取られまいと夏菜と背中合わせになる様に位置を変え、デザート・フォックス(重機関銃)で牽制射撃をするさゆかに対し、一夏は群雲一基を囮に放り出し、緋鋼と烈空を展開して防御。一歩下がった後に烈空を振りかぶる。反対側の夏菜は、ラウラと向き合ったままヴェント(アサルトライフル)ガルム(アサルトカービン)レイン・オブ・サタディ(ショットガン)を次々と取り出しては連続で撃ち放ってラウラと一夏を完全に切り離そうとするも、ラウラに拾われた二基の五月雨、その二連装四基の四銃身ガトリング、その四基が吐き出す毎分五千発を超える猛烈な銃弾の壁を前に、ヴェントやガルムが作り出せる弾幕など有って無きに等しく足止めされ、夏菜とさゆかは背中合わせのままその場に釘付けにされる。そして、一夏の構える烈空がさゆかと夏菜に向けて振り抜かれた。

「二人ともごめんね?」

「全然謝る気ないですよね、それ!」

 その烈空が振り抜かれる瞬間、ぼそりと呟かれた一夏の一言が聞こえてしまった夏菜が思わず叫び返すも、振り抜かれた烈空は分割されたその刀身を次々と量子展開しながら伸びていき、獲物を捕らえる蛇の様にさゆかと夏菜に巻き付き、纏めて縛り上げ、振り抜かれた勢いを止めないまま二人をアリーナの壁へと投げ付ける。締め上げられたさゆか達もただ黙って投げられるのではなく、PICの制御とスラスター全てを駆使して脱出を試みてはいたが、しかし烈空による拘束と加速の方が強く、努力空しく壁に激突。激突した瞬間に烈空が量子格納された事で束の間の自由を取り戻すも、既に二人の目の前には不快な音を立てて回る四基の四銃身ガトリングと放電するブリッツ(レールカノン)の砲口が並んでいた。二人が纏うリヴァイブのシールドエネルギーは両機ともに半分も消費していないが、目の前には右手に五月雨を構えさゆかを狙う一夏の緋鋼と、左手の五月雨と右肩のブリッツを夏菜に向けるラウラのシュバルツェア・レーゲンという緋と黒の壁が並び立つ。それぞれの手にはまだ出したままの銃火器が握られているが、さゆか達に反撃の隙は既になく……。

「にゃー! ステラとボーデヴィヒさん相手じゃ最初からわかってたけど、こんなの無理ゲーすぎー! 降参しますー!」

「あはは……。これは、確かに無理ですよね。悔しいですが降参です」

 痛い目を見る前に、恥も外聞も捨て手に持った火器を地面に放り出して両手を上に掲げ、白旗を振ったさゆかと夏菜。それに合わせて試合終了が宣言される。

 見た目にもわかりやすい武威や暴威という物は、例えその力を振るう事がなくとも、相手の戦意を削ぐという形で戦いに大く作用する。この場合、企業専属と代表候補生の肩書き(武威)を持つ一夏とラウラに、その愛機である緋鋼とシュバルツェア・レーゲンという、訓練機とは比べものにならない圧倒的なポテンシャルを持つ専用機(暴威)部活動の関係(武術部所属)で、一年生の一般生徒としては比較的鍛えられている方であるさゆかと夏菜にとっても、一夏とラウラの二人はまだ、頂の見えない壁であり、圧倒的な暴力であった。

 その後、装備を出し惜しみしてなお、圧倒的な力を見せつけた一夏とラウラと、そして僅かとは言えそんな二人に抗ったさゆかと夏菜に対して会場中から歓声と拍手が鳴り響いた。

 

 続けて行われた第二試合。織斑千夏と篠ノ乃箒ペアと、四組の一般生徒ペアの戦いは、打鉄に物理盾を追加装備した四組ペアが始終防戦に回り、零落白夜を警戒しつつ距離を取りながら打鉄の純正オプションであるアサルトライフル焔備(ほむらび)や、社外オプションとなる月岡製の夕立(散弾砲)時雨(重機関砲)、ベレッタのカリーカM12(アサルトライフル)など高火力且つ面制圧型の中遠距離射撃装備で細かく千夏達のシールドエネルギーを削っていくという、近接格闘特化型の千夏と箒に対して至極正攻法な作戦で一歩も引かない接戦を繰り広げるも、互いに決定打が無く長引いた戦いに、一瞬だけ意識を逸らしてしまった一人に箒が強引な接近と強撃を加え、エネルギーを全損してリタイア。残る一人も相方が落とされた隙を突かれ、瞬時加速と三次元機動を組み合わせた千夏の強襲により後ろを取られて零落白夜の一撃で沈んでしまった。とは言え、一般生徒が戦い方だけで専用機である白式のエネルギーを半分以上も削った事は、試合には負けても、作戦的には彼女達の勝ちであろう。千夏と箒は単純に勝利を喜んでいたが、見ていた観客達は四組ペアの作戦を評価する者が多かった。また期待の男性操縦者の一人である千夏に対して厳しい評価を与える者も居たが、そちらは現時点では全く関係が無い事である。

 

 その後も第三試合以降、順調に試合が重ねられ、専用機を擁するペアが順当に勝ち上がって来た。大方の予想通りの結果ではあるが、第二回戦の第一試合は緒方ステラとラウラ・ボーデヴィヒペア対織斑千夏と篠ノ乃箒ペアとなった。

 双方が指定された位置へと着き、試合開始を待つ間、千夏と箒はそれぞれラウラと一夏に対して睨み付けながら、第一回戦の試合内容を酷評する。恐らく挑発のつもりなのだろう。だが、それは一夏にもラウラにも通じない。二人の戦いに対するスタンスは非常に似通っているからだ。千夏達の語る正々堂々や真剣勝負などが言葉だけの物だとわかっている上、勝つためにはどんな物(敵が落とした武器)でも使う、どこまでも現場主義的な戦い方。だからこそ一夏とラウラは一瞬だけ顔を見合わせて苦笑いを浮かべた後、千夏と箒に向き直った瞬間に嘲る様な笑顔を二人に向けた。

「で、話は終わった? 別に君達の主義や主張に戦い方を否定するつもりはないけど、僕達のやり方を否定される筋合いもないからね」

「うむ。下らん戯れ言はもう終わりにして貰おう。わたし達も貴様等も、己の主義主張は、己の力と技で語るのが筋という物ではないか? ここは、そういう場なのだからな」

 添えられた言葉の刃は、さほど鋭いモノではない。だが、その刃は容易く彼等を激昂させ、その意図通りに二人は憤り、再び罵りの言葉を一夏達に投げかけ始めた。

「卑怯者が言うな! お前達みたいな卑怯者は、この俺が裁いてやる!」

「先日の卑劣な剣、ここで返させて貰う!」

 そして試合開始。

 白式の機体特性だけではなく本人の性質上、基本的に近付いて斬る事しか出来ない千夏と、良くも悪くも()()()である箒は当然のように一夏達へ向かってただ加速し、ただ斬り付ける。だが、そんな温い戦い方が通じる一夏(戦争経験者)ラウラ(現役軍人)ではない。

「甘過ぎ。降り下ろしが遅い。見え透いた剣筋じゃどれだけ気合い入れたって当たるわけ無いし、意識も視野も狭いからこんな単純で見え透いた迎撃も避けられない」

「ぐぅっ! きゃぁあ!」

 一夏は高伸縮性ワイヤーを用いた鋼糸術で葵を持つ箒の腕を絡め取り引き寄せて体勢を崩すと、がら空きになった背中に回し蹴りを加え壁に向けて蹴り飛ばす。

「剣道が強くても、剣術や戦う事に対する知識や経験、それに何より覚悟が全くないから弱い。強くなれない。君は、何のために、何をしにIS学園に来てるのかな」

 蹴り飛ばされた箒は、スラスターを吹かす事で辛うじて壁にぶつかる寸前で姿勢を制御し、蹴られた以上のダメージを負わずに済んだ。しかしそんな箒を評する一夏に対して、ただ只管睨み付けるのみ。そしてアリーナのほぼ反対側で剣を交えるラウラ達は……。

「ふん、口だけの様だな二人目。同じ男でも一人目(リィン・シュバルツァー)三人目(シャルル・デュノア)は油断の一つも出来そうにないが、貴様はこの程度か。貴様の専用機はお前の姉、わたしが尊敬する織斑教官のかつての愛機、暮桜に似た機体(白式)武器(雪片弐型)単一能力(零落白夜)を持っているが、期待外れもいいところだ。これは機体や武器の差などではなく、単に技量と経験の差……いや、違うな。もっと根本的な、意思と覚悟の差か」

 こちらもまた一方的な戦闘となっていた。しかもラウラは、一夏同様に自身の愛機であるシュバルツェア・レーゲンの第三世代装備である慣性停止結界(Active Inertial Canceller)を含む装備の殆どを使っていない。彼女は副兵装であるワイヤーブレードを三本だけ巧みに操り、一本で零落白夜のレーザー刃には触れぬ様に雪片弐型の刀身をいなしながら、残る二本を千夏の腕と胴に絡めて地面に締め落とすと同時、彼の背に脚を乗せて動きを封じ、溜め息と共に落胆を隠さない本音を呟いた。

「どういう、事だよ」

「そのままの意味だよ、自称天才。シュバルツァーやデュノアならば無意味な突撃などせず、こうも一方的な結果にはならなかっただろう。一対一の真剣勝負。うむ、確かに聞こえはいい。騎士道や武士道に通じるその考えは嫌いではない。だが、例えその武士道精神が有れど、貴様程度の技量で近付いて斬るだけなど素人の所行。正直、貴様を沈めるのにワイヤーブレードすら要らなかった。わたし達が初戦で戦った武術部所属の二人や、貴様の初戦の相手の方が、技量や経験を作戦や装備で補おうとする意思が見え、わたし達に及ばずとも迫ろうと、抗おうとする覚悟と気迫があった。そんな彼女達と比べて貴様は期待外れだと、そう言ったのだよ」

 念のためとワイヤーブレードでの牽制と捕縛を行ったが、実際には体術の延長のみでも対処可能だった千夏の攻撃とそこから見える技量や経験に落胆を覚えるしかなかった。敬愛する教官の弟の一人は、天才を自称しておきながらこの程度なのかと。

「これ以上時間かけるのは勿体ない」

「だねー。なら、こっから先は一方通行だよ、ラウラ」

「当然だ。反撃どころか、体勢を立て直す暇すらくれてやるつもりはない。行くぞ、ステラ」

 互いに相手を蹴り飛ばして無理矢理に距離を作り、一旦身を寄せた後、改めて一夏は箒に、ラウラは千夏へと向かう。その為に備えるのはそれぞれ刀剣型の近接装備である烈空とプラズマブレードのみ。一夏とラウラはプライベートチャンネルで短く交わした。千夏と箒が求める剣と剣での勝負に乗ってやる。乗った上で圧倒し、蹂躙する。それだけだ、と。

「生憎実体剣ではない上に二刀持ちではあるがまあ、剣と剣の勝負ならば文句はないだろう、織斑千夏!」

「調子に、乗るなぁっ、この眼帯チビが!」

 突撃するラウラに零落白夜を展開した雪片弐型を袈裟に振るう千夏だが、ラウラは的確に雪片の本体をプラズマブレード発生器となっている腕部装甲で受け流し、流れに逆らわず蹴り上げた左足で雪片の柄尻を正確に蹴り抜き、弾き飛ばす。

「……攻撃が素直すぎる。読むに容易い。だがこれも勝負だ。拾いになど行かせん!」

「な、がぁっ! ひ、卑怯だろ!」

「戦いに卑怯もなにもない。勝ちを拾えるか、拾えぬか。例え身一つになろうと、例え泥水を啜る事になろうと、例え空いた手に持つ武器が倒れた味方や敵兵の遺物であろうと、手段を選ばずに前に進もうとする者が勝つ。それだけだ。それではな、織斑千夏」

 剣と剣の勝負。しかしラウラは的確に武器だけを狙い、千夏を強制的に無手の状態に。そして白式から離れた事で展開していた零落白夜のエネルギー刃が消え去った雪片は、蹴り上げられた時の加速と落下の加速により、その刀身をアリーナの地面に深く埋めて止まる。千夏はそれを拾うために後退しようするが、彼の動きに合わせたラウラは付かず離れず彼に追随し、体術にプラズマブレードでの斬撃を織り交ぜて白式を打ち据え、殆ど距離を動かぬうちに防御手段を無くした白式のエネルギーを削りきり、リタイアさせる。

 ほぼ同時に、一夏もラウラとの一騎打ちで使おうとした抜刀術擬きによって、箒が纏う打鉄の絶対防御を発動させて試合終了。

 一夏とラウラの、まさに一方的な蹂躙とも言える勝利に、または男性操縦者の一人である千夏の完全敗北に、会場が響めく。

「ここから専用機持ちとの四連戦。丁度いいウォーミングアップになったぞ、織斑千夏」

「フィーとティナにエマとレナ、鈴とセシリアと三連戦してやっと決勝だからね。やっぱ不公平だと思うんだけどなあ、この組み合わせ」

 暗にお前は専用機持ちではないと千夏に向けられた言葉に、千夏と箒は悔しがるも、結果は覆らず。箒に至っては悔しさに涙を流すが、しかし同情の余地はない。今までの実習や訓練、更には剣道部での練習でも何度も伝えられていたはずの、実力以前に必要な剣を持つ事、戦う事への覚悟も意識も、今に至って持てていないのだから。

「それはもう言うな。諦めて前を見ようではないか。彼女達もまた、わたし達が蹂躙すべき者達なのだと。それよりも休みながら傾向と対策でも立てる方が得策だろう?」

「ま、それもそだねー」

 そうして意識を次の試合に移しながらアリーナから出る一夏達と、反面落ち込んだ様子で去る千夏達。だがピットに戻る途中、落ち込んだ千夏の隣で箒は一人、涙を流しながらも唇の端を歪めさせ、僅かな笑みを浮かべた。何か大事なものを思い付いたとでも言うかの様な、しかし、正気を疑う様な歪な笑みを。尤もその笑みが指し示す彼女の意図は、彼女を思惑を外れた、思考に掠りもしない形で実現する事になるが、それは後日の話しである。

 

 一夏達が勝利した第二回戦も滞りなく試合は重ねられ、勝敗が決して行く。その中で代表候補生や企業専属のペア達は順調に勝利し、第三回戦に勝ち登る。

 この時点で脱落した専用機持ちは織斑千夏のみ。反面、千夏同様に話題に上がっている男性操縦者のペア(リィンとシャルル)は千夏と打って変わって当然のように勝ち進んだ。

 その第三回戦。第一ブロック第一試合は一夏とラウラ対フィー・クラウゼルとティナ・ハミルトン。この中でティナはただ一人専用機を持たないが、しかし武術部に所属している上に、手先が器用な事から一夏とフィーによりトリッキー且つゲリラ的な戦術を指南された経験もあり、二人には及ばなくとも並の候補生程度ならば善戦出来る程度のゲリラ戦を展開出来る。要するに、フィーとティナはISアリーナというオープンフィールドをトラップ地帯へ変貌させるという、IS戦闘においては非常に特異な戦闘スタイルを持つペアであり、実際、第一回戦は仮想的な地雷原を展開しての間接ダメージによるエネルギー枯渇で、第二回戦はワイヤーを使った拘束技で身動きを取れなくしての降参により、直接攻撃をせず、ほぼ無傷で勝利を得ていた。対する一夏とラウラは、この試合に限り対ゲリラ戦に対応可能な装備を搭載したと公表したため、第三回戦は初戦から接戦且つ激戦になると予想されている。そして予想に違わず接戦となった試合は、しかし激戦とはほど遠い様相を呈する事になった。

「つーわけで、今まで同様ここも押し通らせて貰うよフィー、ティナ」

「無理。ここはもうわたしとティナのフィールド。ステラにだって素通りなんてさせない」

「……わ、私だってやれば出来るんだから覚悟してよね、師匠!」

 試合開始。ブザーが鳴ると同時にティナがスモークディスチャージャーを起動し、アリーナ中央部が煙幕に包まれる。しかし双方共に広がったハイパーセンサーへの妨害効果を有する煙幕を気にする素振りも見せず、開始位置より前進し、ハイパーセンサーに頼らない有視界近接戦闘に移行……。

「くあっ! ダメージは殆ど無いがこれは爆弾か。第一回戦でただのアリーナを瞬時に地雷原の様にしたと言うが、これは確かに地雷原そのものだな。だが、ふむ。気合いは十分。戦略も戦術も万全と言ったところか。これは苦戦必至だな、ステラ」

 するかと思われた瞬間、双方の中間点よりやや一夏達側の地面付近で大爆発が起こり、アリーナの地面を構成していた土砂が大量に巻き上がると同時に煙幕の一部も吹き飛ばされ、拡販されたそれはアリーナ全域へと薄く拡がる。アリーナのほぼ全域が低視界且つ探知阻害される知覚低下地帯となった。

 なおこの大爆発。試合開始と同時に焚かれた煙幕を文字通りの目隠しとして大量に散撒かれた感知起爆設定の対IS手榴弾《石榴(ざくろ)》の付近を一夏とラウラが通過したため、その質量による大気の流動とシールドエネルギーに反応した石榴と、その周囲にある別の石榴が連鎖爆発した事で発生したものだ。さらに厄介な事にこの石榴はフィーが用意した特別製のもので、本来ダークグレーが標準色となってる石榴が、アリーナの地面とほぼ同色の砂褐色に塗られ、密度は薄くなったとは言え煙幕による低視界下では一瞬見ただけでは地面と石榴の判別が付きにくくなっている。

「まあ、フィーとティナ相手だからねって、うぉっとぉ! あっぶないなぁ。しかも飛び上がっても即席ワイヤートラップか。でも、ねえ……」

 そのカモフラージュされた石榴がそこかしこに転がる地面は、まさにラウラ曰くの地雷原。意識してハイパーセンサーも使ってサーチすれど、センサー自体も阻害されているため認識率は低く、それなりの密度で撒かれている石榴を全て感知し避ける事は不可能。かといって飛べばいいと思う事無かれ。上空には既にフィーの凍牙やアリーナの側壁と支柱を使ってのワイヤートラップが仕掛けられ、一夏達は頭上を抑えられてしまっている。無理に飛び上がってワイヤーを斬り飛ばす事も可能だが、その場合はワイヤーに括り付けられた石榴や月岡製八連装ミサイルランチャー《鬼灯(ほおずき)》用の小型ミサイルの弾頭部が連鎖爆発し、恐らく一瞬でシールド枯渇を起こすだろう。不用意に地上を進めば撒かれた石榴がドカン。飛び上がれば今度は上空のそれらが反応してドカン、という事だ。だがその程度で何かを諦める一夏達ではなく。

「ああ。当然、トラップだろうがなんだろうが、全部食い破り踏み潰して押し通るのみ!」

 この時、この状況を予測していた一夏とラウラがこの試合のために装備している兵装は全て非爆発性のもののみ。シュバルツェア・レーゲンの特徴の一つであるレールカノンもユニット毎その右肩から取り外され、代わりにリボルヴァーカノンと暴徒鎮圧用のラバーバレットが込められた専用大型弾倉が両肩に装備されている。それは一夏も同じで、両手に構える重機関砲である時雨も通常の徹甲弾ではなくラバーバレットが装填され、殆どの装備を外す代わりに緋鋼の標準装備ではない可変防盾の蒼鋼と、通常より多くの可変攻盾群雲を搭載している。だが、これでは攻撃手段がない様に見えるが……。

「僕達は押し通るって決めた。引くつもりは一切無い、だからフィー、ごめんね」

「……っ! まさか!?」

 ほぼ唯一の安全圏となっていたその場に、一夏とラウラは背中合わせに立つと蒼鋼と群雲を周囲に突き立て、その隙間から全周囲の地面と上空に向けて時雨とリボルヴァーカノンを乱射。ゴム弾とは言え硬質製のそれが直撃または至近を通過すれば石榴も鬼灯も信管が作動して誤爆を起こす。それが乱射により連鎖すれば当然、一夏達の周囲に撒かれトラップとなっていたそれらは逆に、フィーとティナに対するトラップへと変貌する。

「きゃぁあっ! ちょ、なにこれ! まさか自爆覚悟って事!?」

 一夏達がいる中心部分より外側へ向けて連鎖爆発を起こしていく石榴達は、フィーとティナに逃げる間も与えず彼女達へとその猛威を振るう。とは言え、外周に行けば密度が薄くなるため、致命傷とはなり得ず、二人とも被爆こそ免れ無くとも、戦闘続行には十分なエネルギーを残せた。反面、アリーナの地面自体が爆ぜたと思える様な大爆発の爆心地と言える中央に居た一夏とラウラは、蒼鋼と群雲を文字通りの壁として被害を免れるも、それらは全て破損し、使い物にならなくなった。だが、障害はこれでなくなる。地雷原も上空のトラップも、全て文字通りに吹き飛んだからだ。そして……。

「それこそまさかだよティナ。悪いけど僕とラウラはワガママを叶えるために全部踏み潰してくって決めた。当然フィーとティナもね。だから、これで終わり!」

 一夏が今回の試合にのみ使うとした秘匿装備を、自身が引き起こした猛烈な爆発に紛れて起動させていた。

「ちょ、なによ! なんで動けないの!? ……え? きゃあぁあ!」

 それは爆発の影響がなくなった頃、ティナが不自然に身体を捻りながら、何かから抜け出そうとする事で発覚。藻掻き続けるティナだが、しかし彼女が身に纏うリヴァイブは何かに拘束される様に動きが阻害され、そして突如、なんの前触れもなく爆炎に包まれる。その悲痛な悲鳴が爆音に紛れて尚聞こえる程に。だが何が起こったのか、外からはわからない。ただ二人を除いて。

「くっ! ま、まさか爆導索を使ってきた? 確かにアイディアはわたしが出した。でも、何も見えない。ステラは動いてないのにどうやって巻き付けた? これじゃ防御手段がな……っ! そういうことか!」

 一夏が何を使ってティナを爆発で包んだのか、その爆発が起こった一瞬で理解した。理解したがどうなっているのかはわからない。一夏が何を仕掛けたのか、そこに思考が落ち込み、一瞬だけ思考の空白が出来たフィーだが、その時不自然な空間の揺らぎと空気の動きを捉えた。歴戦の戦士であるフィーだからこそ捉えられた気配。それが何かを理解した瞬間、既にワイヤーも無い上空へ飛び上がり、愛銃である疾風を展開し揺らぎに向けて数発の銃弾を撃ち込むと、揺らいでいた空間が一直線に連鎖爆発を起こした。

「凍牙に爆導索を繋げて、全部を不可視化したんだね。ティナ、大丈夫?」

「……うぅ、一応まだ平気! でもシールドが守ってくれたけど、熱いし、痛いし……。てゆーか本体だけじゃなくて繋がってるワイヤーとか爆弾にまでステルス効果発揮するとか、ズルくない!?」

 ティナを爆発で包み、フィーが引き起こした空間の連鎖爆発。その正体は、電子電磁光学、全ての領域で不可視(ステルス)化された凍牙とそれに牽かれた爆導索。一夏が用意した、この試合を勝つ為の秘策。一時的とは言え戦士の感すら欺いたそれは、現状では緋鋼だけが持つ特異機能。

「しゃーなし。公式には初お披露目の、緋鋼だけが持つステルスモードの応用。でもってそのワイヤーも爆装も全部、その()()()()()だからね」

 故にフィーの考察にも、ティナの愚痴にもただ仕方ないと切って捨てる一夏。地雷原もワイヤートラップも既に無く、後はただIS同士の戦いをするのみ。互いにそれなりのダメージを負っている現状、より強力な一撃を与えた者から勝ち残っていくだろう。そしてそれはまず、ラウラからはじまった。

「……すまんな、ハミルトン。また拘束させて貰うぞ」

「ふぇ? うゃぁ、やっぱ二人ともズルいし! あたし拘束プレイとか趣味じゃないのにぃ!」

 フィーとティナが一夏と会話を交わした一瞬は、ラウラにとってはただの隙でしかなく、瞬時加速でティナに接近すると同時にワイヤーブレードを巻き付け、更にAICで動きを封じ、プラズマブレードで唐竹に一閃。それでティナのリヴァイブはエネルギーを全損。絶対防御は発動しなかったが機体は稼働を停止。ティナはここでリタイアとなる。

「あー、負けたー!」

「本当に済まん。だがこれも勝負だ。この様な形で悪いとは思うがまあ、諦めてくれ」

「わかってるよー。フィー、後はお願いね。判定勝ちでも勝ちは勝ちなんだから」

 転入より今日まで様々な悪評が立っていたラウラではあるが、ここまでの二試合において彼女はその悪評に反する試合を行っている。戦い方は尋常とは言い難いが、それはトラップを多用する自分達も同様で、またあくまでもシュバルツェア・レーゲンの装備の特性故でもあるとわかる。更にその立ち居振る舞いや試合に臨む姿自体は正正堂堂としたものと、ティナは今回の戦いでそこを理解したからこそ、評価とは裏腹の表情で勝利を宣言するラウラに、苦笑いで返すのだった。

「一騎打ち。あの時預けてた勝負、今、受けてもらうよ」

「いいよ。装備殆ど外してるから、得物が違うのは許してね」

 勝敗を決したラウラとティナが見守る中、一夏とフィーはそれぞれ武器を構え、ただ互いの隙を見る。双方共に実体剣を有する疾風と烈空を構え、静止する。試合時間は徐々に無くなり、三十秒を切った事を知らせるベルが鳴る。その瞬間、二人はただ一歩、前に踏み出す。一夏は節を伸ばした烈空を突きだし、フィーは左手の疾風で銃弾を連射しながら、右手の疾風で斬りかかる。そして二人の影が交差し、フィーのシルフィードが煙を吹き出す。双方共に攻撃が命中していたが、一夏の緋鋼はギリギリエネルギーが残り、フィーのシルフィードはエネルギーを刈り取られて稼働停止した。

 そして試合の終了が宣言される。勝者は一夏とラウラのペア。専用機持ちが居るペアとの連戦、その一戦目を二人は勝ち抜いた。

 試合が終わり、一夏とラウラ、フィーとティナはそれぞれ握手をして健闘を称え合ってから各々のピットへ戻り、他に類を見ない異質な、しかし確かな見応えとIS戦の新しい形を見せる戦いとなった第三回戦第一試合は終わり、一年の第三回戦が全て終わった時点で一日目の日程は全て、滞りなく終了。二年生と三年生も順調に試合を消化していると言い、テレサもペアを組んだイギリス代表候補生のサラ・ウェルキンと共に勝ち登っているという。

 

 日程終了が宣言され、一夏とラウラは翌日の第四回戦に備えて換装した装備を元に戻すために整備室へ向かい、それぞれ普段の装備へ戻し、翌日に備えて休むことにした。

 

 

 

 翌日に起こる悪夢を知る事も無く……。




と言う事で、蹂躙劇と言う程蹂躙してない様な気もしますし、さゆか達と千夏達を文字通り踏み潰してきた感を出したつもりが、出せてないんですよね……。

本当に、小説は書いてみないと描写が難しいというのは実感出来ません。
一次二次商業同人限らず色々な作品を読んでいますが、やはり実際に書くという行程は難しいの一言です。
今後、描写力や語彙も含めて見直し&強化必須と感じていますが、今はこの位が限界。欲張ると書けなくなる気がするので、徐々に、でしょうか。

次話は中編、本格的に専用機持ちや代表候補生だけのペアとの死闘……に書けるといいなぁ(・・;
がんばりますので見捨てないでくださいませ!


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激突する強者達

大変長らくお待たせして申し訳ありません。
IS-Apocrypha最新話、漸く投稿出来ます。

内容は……あると思いたい。
ブロック決勝と準決勝の二戦です。


 学年別タッグマッチトーナメント二日目。この日行われるのはブロック別最終戦である第四回戦。決勝戦進出を賭けたブロック覇者同士による準決勝。そして、一学期の学年覇者を決める決勝戦。合計七試合のみ。しかしこれら七試合は前日以上の激戦が予想され、進出者も当然の如く猛者のみ。

 本日の第一試合となる第一ブロックの第四回戦は、緒方ステラ=一夏とラウラ・ボーデヴィヒの、今年度一年最強の一角と称されるペア。前日の試合では蹂躙劇を魅せた最凶のペアでもある。そして対戦相手は、鉄壁の防御で一切の攻撃を寄せ付けず、砲撃をもって屠ってきた動く要塞、月岡重工専属操縦者エマ・ミルスティンと、訓練機とは言え大渦巻きを意味するメイルシュトロームの名に負けない高速高機動を持って戦場を攪乱し、一気呵成に対戦相手を切り刻む文字通りの戦闘機、カナダ代表候補生イレーナ・シャンティ。前日の試合で鉄壁の機動要塞と名付けられ最強候補の一角に躍り出たペアである。

 

 緋鋼、シュバルツェア・レーゲン共に標準装備に再換装されているが、その実エマの鉄壁の防御、特に強化された蒼鋼改を破りきる装備を持っていない。また両機共に全距離仕様のため、レナのメイルシュトロームに追随できる速力も持たない。それでも、一夏とラウラには焦りも不安も無い。なぜなら、彼女達はただ、エマとレナを踏み潰して行くだけだからだ。

 

 アリーナの中央で対峙する緋鋼()シュバルツェア・レーゲン()に、ゾディアック()メイルシュトローム()

 双方無言。交わす言葉など無いと、ただ静かに試合開始の合図を待つ。

「負けないから」

「こっちもね」

 カウントが始まると僅かに漏れたレナの呟きに、一夏が返す。浮かぶのは威嚇する様な笑み。

「叩き切る!」

「切り裂きます!」

 試合開始のブザーが鳴ると同時、飛び出したのは緋と青。一夏は右手に透徹、左手に烈空を呼び出し、両手にBAE純正オプションの電磁振動剣(MaserVibrationSword)《カレドヴルフ》を構えるレナを迎え撃つ。透徹と烈空も仕組みは違えど、その刀身部は振動剣を採用している。打ち合うには十全。ほぼ最高速度で交差し、互いの剣を交える。原理は異なれど共に高周波による甲高く耳障りな音を立てる二種の振動剣は、二人が交差した瞬間にその音が止み、やや遅れて大質量の金属が擦れ合う不快な音が二度鳴り響き、盛大に火花が舞い散る。第一打は効果無し。振動剣同士が引き起こした共鳴音は徐々に小さくなり、また高周波音が目立ち始める中、一夏とレナは互いに眼下で砲火を交えるラウラとエマを見下ろしながらカレドヴルフと烈空を向け合ったまま佇む。僅かな停滞。しかし間髪入れず、互いの剣で互いを弾き、持ち替えた実弾銃を撃ち放ちながらアリーナの高空を滑る様に回るサークルロンドから再度交差し、バレルロール、スプリットS、シザーズと、様々な空戦機動をもって互いの優位を巡って飛び回りながら行われる激しい格闘戦。第二ラウンドは、レーダーとミサイル技術の発達によりかつての大戦以降廃れてしまった、高機動下での純然たる機動格闘戦(ドッグファイト)

「やっぱり当たってくれないですね」

「とーぜん! そっちこそよく動くよ、その機体でさ」

 本来高機動型ではないメイルシュトロームで、高機動仕様のラファールをも凌駕する繊細な機動をもって緋鋼の弾幕を避け、剣撃を交えるレナに、流石の一夏も舌を巻く。

「訓練、してまひゅぐっ!」

 そんな一夏とレナが交わす剣林弾雨の如く銃撃と剣撃の応酬。舞い散る火の粉に吹き荒れる銃弾。しかし一夏もレナも笑顔を浮かべたまま。だがこの試合はタッグ戦。一夏との戦いの最中に出来た、レナの一瞬の思考の隙を突いた砲弾が彼女を()()から穿ち、炸裂した砲弾の爆発が彼女をアリーナの上空へと打ち上げる。ラウラが放った炸裂弾による強襲。

「……ふふ、ごめんねレナ。楽しかったけど選手交代、てね」

 同じタイミングで一夏は、瞬時に展開した円剣《瞬閃》を()()に投擲し、ゾディアックの主砲である二基の《イセリアル・バスター》の内一基を三つに切断。そのままレナに向けて急上昇するラウラとすれ違う様に急降下し、砲火を放ってくる残る一基のイセリアル・バスターに振動爪を展開した緋鋼で斬り付け、その砲身を切り裂く。

「っつ……。流石、ですねステラちゃん。ですがエネルギー充填済みです。油断大敵、ですよ?」

「は? あ、やばっ!」

 だが二基の主砲を失ってなお諦めた様子を見せないエマは、反面、相手の武装を奪いながらもなぜか焦る一夏を見つめ、ただにこりと嗤う。そして蒼鋼を手放すとそのまま後退しようと後退りした一夏の左腕を、展開されたままの緋鋼の基部ごと掴み、左のマニピュレータを開いて、装甲に覆われていない一夏の腹部に添える。

「ステラちゃんが宣言した通り、私達はここで敗退します。二人の覚悟も、技量も、どちらも良く知っていますから。ですが、ただでは負けてあげませんから。ね?」

「ね? ってそんな可愛く言ってるけど、だからってそれは無いでしょエマぁ!? ぐぶぅっ!」

 左腕を捕まれた上、装甲の一部を展開したゾディアックの両脚部から伸びる隠し腕で脚部を拘束されて身動きが取れない一夏に、放電を始めたゾディアックの左マニピュレータに内蔵された収束器が、その身に蓄えた圧縮粒子を解き放つ。ゾディアック唯一の近接装備にして、月岡製近接兵装の中で最高の出力を誇る近接用圧縮粒子塊投射器《オルフェン》が、初めて公式の場でその暴威を振るう。

 オルフェンが放たれた瞬間、アリーナに居た生徒や観客、管制官、教員に、上空で火線を交えていたレナとラウラが見たその光景は、一瞬で膨れ上がった赤い光に飲み込まれる一夏とエマ。

 二人を飲み込んだ赤い光は次の一瞬で赤い爆炎へと変わり、緋色の装甲がやや煤けた緋鋼と、左腕部を始め正面装甲ほぼ全てに傷を付けたゾディアックがその爆炎からまろび出て来る。

「……けほっ! たく、叢雲三基生け贄にしてもSE半分以上削られるとかコワイし相変わらずえげつない。ていうかなんでこんな高火力なオルフェンが規制されないのか意味わかんないし!」

「こほっ……。まあ、あれです。粒子の収束と圧縮に時間がかかるのに射程距離がたった四十センチしか有りませんし、こうして一度撃っただけで腕部装甲が収束器ごと壊れちゃう上に、粒子の拡散爆発で機体自身にもかなりのダメージを負ってしまう自爆装備ですから、ねえ?」

 爆炎から逃れ、このオルフェンの一撃でゾディアックはSEがほぼ底を尽き、残された固定型の射撃装備や凍牙もオルフェンの発射と爆発の影響で全て不調となっている。オルフェンを使い一夏を仕留めきれなかった時点ですでにエマに勝機は無い。一夏の戦いに対する感が半歩上回り、咄嗟とは言え叢雲で防御できた事が勝機となり、エマはここでリタイアを宣言する。

「これでゾディアックの固定装備も凍牙も全て不調になってしまいまして、私にはもう攻撃手段が無いのでリザインします。後はがんばってくださいね、レナちゃん」

「えー!? わ、私一人でステラとボーデヴィヒさん相手とか無理だよエマー! ホントむーりー!」

 そんなエマの真っ黒い笑顔を見て表情を引き攣らせるレナは、泣き声を上げならもラウラに向けてマシンガンとショットガンで弾幕を張り、その真横を通り抜けてアリーナのバリアを背にする。

「容赦ないなーエマ。でも手加減出来ないからね。レナ、覚悟だよ!」

「くくっ。これも勝負というものだよシャンティ。運が悪かったと思って諦めてくれ」

 前後からの挟撃は防げる位置取りをしたものの、手元に残るはカレドヴルフ二本とショットガン二丁とライフルに斬弾僅かのマシンガン各一丁のみ。それでも果敢にラウラに飛びかかりながら、一夏に対して牽制で弾幕を張る。

「むっかつく……。確かに無茶だけど、でも、無理じゃないし! どっちか一人でも道連れにしてやるんだからぁ!」

 我武者羅と言うのがピッタリな、バレルロールをかけたレナの突撃にラウラもAICを行使しきれず、擦れ違い様に斬り付けられたレールカノンは半ばで両断され、ラウラは学園入学以来二本目のレールカノンを喪失。更に突撃の勢いを止めないレナがラウラの懐深くへ潜り込み、バレルロールの回転力を乗せたスレッジハンマーの如く強烈な蹴り落としによって地面に叩き付けられレーゲンは大ダメージを負う。しかしレナの奮闘もそこまで。ラウラの即座の戦線復帰は叶わないものの、フリーとなった一夏が横合いから手甲(ハンマー)モードにした緋鋼をレナに振り落とし、先のラウラ同様にレナを地面に叩き付ける。落ちた先は丁度ラウラの真横。そして、ここまでの蓄積と落下によるダメージでメイルシュトロームはSEを使い果たし機能停止して試合は終了。僅差ではあるが一夏とラウラの勝利となった。

「……むぅ、油断した。やはり代表候補生、侮れんな」

「ただじゃ負けないって言ったでしょ。ボーデヴィヒさんを仕留めきれなかったのは悔しいけどね」

「ふん。このザマでは仕留められたも同然だよシャンティ……いや、イレーナ。戦ってくれてありがとう」

「こちらこそありがとね、ラウラ」

 ラウラとレナ双方ISを解除して座り込み悔しげな表情を浮かべながらも、互いの健闘に拳をぶつけ合う。そこに一夏とエマが舞い降りる。

「そんじゃ、二人が仲良くなったところで帰ろっか。エマはレナをお願いねー」

「わかってますよ」

 一夏の緋鋼とエマのゾディアック、それぞれに抱えられてデッキに戻るラウラとレナ。トーナメント二日目の初戦は一夏・ラウラペアの勝利で終了した。

 

 続く第二試合は第二ブロック決勝となる凰鈴音とセシリア・オルコットの代表候補生ペアと、訓練機ながら他を圧倒して勝ち進んできた武術部所属の相川清香と四十院神楽のペア。共に近中距離と中遠距離のバランスが取れた組み合わせ同士とは言え、やはり搭乗時間と経験の差から鈴・セシリアペアの勝利となり、準決勝は予想通りの一夏・ラウラペアVS鈴・セシリアペアとなった。

 続けて第三ブロック、第四ブロックの決勝が行われ、そちらの準決勝はリィン・シャルペアVS簪・本音ペアの戦いと決まった。

 

 そして午後の休憩とアリーナ整備を経て準決勝第一試合。

 一夏の緋鋼とラウラのシュバルツェア・レーゲン、そして鈴の甲龍とセシリアのブルー・ティアーズが並び立つ。過日の因縁の戦い、その再戦とも言えるラウラと鈴、セシリアの三人。だが三人共に、試合に向けてそんな下らない私怨は既に犬に喰わせてある。ここはタッグマッチトーナメント、その準決勝。互いのペア同士、死力を尽くし、頂点を目指す戦いの場。

「ここまで来れば語る事など無い。そうだろう、凰、オルコット?」

「そうですわね。今はただ、白黒付ける、ということになりますわね」

「お互いグダグダといちゃもん付け合う位なら、どっちが勝つか、さっさと決めましょ」

 そうして、四機のISはそれぞれの装備を展開。そしてカウントはゼロへ。試合開始のブザーが鳴ると同時、前衛担当となる一夏と鈴が透徹と双天牙月をぶつけあい、そのまま旋回しながら上昇。後衛となるラウラとセシリアもそれぞれレールカノンとリボルヴァーカノン、そしてブルー・ティアーズとスターライトを用い、高度を上げながらパートナーの支援と攪乱射撃を行う。アリーナ上空で乱れ舞うレーザーと砲弾の雨。その豪雨の中で付かず離れずの剣舞を繰り広げる一夏と鈴の得物は、展開した緋鋼と烈空、そして分離して二刀となった双天牙月。更に剣劇と同時に交わされる龍咆と凍牙による超近接射撃戦。

 一夏とラウラ。やや歪ながら共に全距離対応となる二人は随時ポジションを入れ替え、更にフェイントとして鈴を抜きさり後衛のセシリアまで接近するという荒技も見せるが、当のセシリアもただで懐をがら空きにするわけも無く、ブルー・ティアーズでラウラを狙いながら、インターセプター(ナイフ)スターライト(レーザーライフル)を用いた一刀一銃でのガンカタ擬きで一夏の猛攻を凌ぐという、こちらもまた荒技を見せつけてくる。

「……本当、ステラさんのやり口は捌き辛い、ですわ!」

「そっちこそインターセプターで裁きながら、スターライトを鈍器代わりに殴りつけて来てるくせに何言ってんだか!」

 そして鈴とラウラは、長距離砲を抱えるラウラのレーゲンが鈴の甲龍に翻弄されると思いきや、その長大な砲身が生み出す慣性を活かした繊細な機動で鈴の斬撃を避けつつリボルヴァーカノンとプラズマブレードで反撃。機体重量と機動性能の差を慣性の応用と技量で縮め、見事な近接戦を演じていた。

「あんた、そんな重そうな見かけのくせにそんなに身軽な動きするとかズルいわよね!」

「レーゲンは元々そういう機体だからな。それに、そちらこそAICを使うタイミングをくれないんだ、お相子だろ?」

「あったりまえでしょ! 一番の長所を一番先に潰すに決まってるわ!」

 タッグマッチとは斯くあるべき。ラウラが鈴の斬撃を避けながらセシリアを砲撃すれば、セシリアもそれを避けながら一夏に斬りかかり、ラウラに向けてブルー・ティアーズを掃射。レーザーの雨を予期したラウラが鈴をその射線に誘導するも、鈴は龍咆を使いレーザーの射線をゆがめてラウラに向かわせながら、更に連射する龍咆で一夏に飽和射撃を行うも、それは凍牙によって浮遊盾となった叢雲で防がれ、逸らされ、一部が独自の機動で遊弋しているブルー・ティアーズの一基に直撃し、その機能を奪い去る。

 一進一退。しかし激しい攻防の中で四機のSEは次第に、そして確実に減少している。

「そろそろ決着を付けないと、だね、セシリア。もうそろそろリザインしてもいいんだよー?」

「ええ。ティアーズはミサイルタイプまで含めて()()が撃墜され、残されたのはスターライトとインターセプターに二基のティアーズのみ。入学したての頃でしたらリザインしましたが……今は、お断りですわ!」

 ラウラと鈴は互いを釘付けにし、飽くまでも一夏とセシリアの一対一を作り出してくれる。その確信が二人にはあり、事実その通りにラウラ達が叫ぶ。

「さっさと決着を付けろステラ! このちんちくりんは抑えておいてやる!」

「ちょっと、ちんちくりんってあんたもあたしも大して変わんないでしょうが! ていうかセシリアはさっさとステラぶっ飛ばしちゃいなさいよ! そんであたしを助けろ!」

 双天牙月とプラズマブレードで鍔迫り合いを演じながらの軽口に、セシリアは思わず吹き出す。だが真剣さと集中力はそれまで以上となる。

「ぷっ……。ふふっ、鈴さんは本当にお茶目さんですわ。ですがそれも当然ですわね。ですのでステラさん。尋常の勝負、わたくしとの死合。受けていただけますね」

「勿論。その死合、受けて立つよ。リィン達との決戦の前座。セシリアと鈴如きを超えられなくて、何が全てを踏み潰して行く、だからね。……覚悟はいいよな」

 対する一夏もまた、殺意を漲らせ、次の一撃は必殺の意思を持って相対する。そんな、物理的に見える様にも感じる一夏の殺意に、セシリアは一瞬だけ目を見張るも、普段の対人訓練でも似た様なものだと切り換え、右半身となってただでも長大なスターライトを前に押し出し、左は腰だめに構えたインターセプター。そして二基のティアーズは意思を持っているかの様に一夏を射線に捕らえながら絶えず飛び回っている。対する一夏は緋鋼を振動爪形態(VNモード)にし、右の烈空と共にだらりと下げた無形の構えで迎え撃つ。

「くふふ。ありがとうございますステラさん。しかし本当に心地のよい殺意と殺気ですわね。以前でしたら萎縮しているのでしょうが、今ではこの空気、とても気分が昂揚します」

「……そのセリフ、お前はどこの戦艦加賀(バトルジャンキー)だよ、たく。鎧袖一触。機関全開、全砲放て、てか? 本当に変わったよねセシリア」

「勿論例のゲーム(艦これ)ですわ。我が祖国で生まれたオールド・レディ(ウォースパイト)紅茶好き(金剛)その妹艦(比叡)のお三方も好みですが、今は彼女(加賀さん)がわたくしの一番のお気に入りですのよ」

 戦艦加賀。第一機動艦隊旗艦として参加したミッドウェイの戦いでは、参加艦艇全てを置き去りにして敵主力艦群(米機動艦隊)に単艦突撃し、三連装五基十五門の主砲を初めとする全ての搭載火器を敵艦群内で乱れ撃ち。中破損傷を負いながらも、最終的に戦艦一隻(アラバマ)空母二隻(ワスプとオリスカニー)を含む大小十一隻もの艦船を一度の海戦に於いて単艦で沈めた事から、第二次世界大戦切っての戦闘狂い(命知らず)達が乗り込んでいた艦と言われる。ちなみに戦闘詳報と戦後の検証で、この時の加賀はミッドウェイで沈んだ米艦船の三分の一近くを単艦で沈めた事になるという、まさに戦闘狂。

 なお、セシリアのお気に入りがまさかの戦闘狂艦というのは、実は普段行われている武術部やIS訓練で扱きすぎたが故なのだが、一夏はそこまで考えが及んでいない……。

「前は控えめな航空戦艦(扶桑)空母(蒼鶴)が好きとか言ってたくせに、今じゃ完全真逆な上に性格そのものまで加賀さんそっくりになりやがって。けど、それならこの一撃で終わらせるわよ。ただ目標を沈めなさい! てね」

「そこは自分でも驚いていますわ。ですが、今はそれよりも……伸るか反るか、ですわ。ええ、ええ。例えこの身が穿たれ様とも、生き足掻いてあなたを沈めるわ!」

 一気呵成。スターライトとティアーズで弾幕を張りつつスラスターで一夏に肉薄するセシリアは最後に一振り、間合いから離れているにも関わらずインターセプターを振り切った!

「それはこっちも同じだ! それに振るタイミ……って、ちょぉっ! セシィ、マジかこれ!?」

「くふっ。本邦初公開。あなた方の技、どうにか盗ませていただきましたわ。まだまだ未完成ですが、それでもお覚悟を、ステラさん」

 だが振り切られたインターセプターの刃は、その実体は届かずとも遠く離れ、まだ下げられたままの烈空を弾き飛ばす。いつかの一夏に吹き飛ばされた箒の如く。あの日、一夏と優衣、フィーに教えを請うて以来、セシリアが幾百幾千と素振りと型を繰り返したナイフ戦技、ここに極まれり。まだ拙く、飛距離も長くはない物の、音の速さを超え、斬撃を跳ばすに至ったのである。

「……マジ、驚いたわ。流石努力の人だねセシィ。なら、これで行こうか。さあ、全機、準備完了ね。行きなさい!」

 そんなセシリアに、一夏は弾かれた烈空と展開していた透徹を格納し、全ての凍牙を周囲に浮かせ、待機させた。ブルー・ティアーズとスターライトにインターセプターによる砲撃に対し、反撃はまだかと発艦を待ちわびる艦載機の如く。そして凍牙が一斉に飛び出すと、レーザーの弾幕を避けながらセシリアに飛びかかり、濃密なエネルギー弾の雨を浴びせ始める。

「……ぶっ! あのセリフ。セシリアが加賀ならステラは瑞鶴ってか。ぶっちゃけどっちも戦闘狂じゃないのよ」

「そうなのか? 戦艦と空母にその様な性格が? いや、戦歴などからそう比喩されているやも知れんが……」

 その様子を見ていた事情を知る鈴が思わず吹き出す。セシリアと一夏、二人のセリフと戦闘の様子がそのまま戦艦の艦砲射撃(加賀)艦載機の空襲(瑞鶴)だったからだ。だがラウラにはその内容が伝わらず、真面目に返されてしまう。実際、歴史書などで語られる両艦の戦歴と戦績は、実に好戦的だからである。

「違う違う。戦闘艦を擬人化したゲームに出てくるキャラの性格の話しよ。戦艦加賀と空母瑞鶴の擬人化キャラ、艦娘って言うんだけど、その性格がどっちも戦闘狂だから。まあ、あんたの言う通り、実際の戦歴からの比喩表現込みでの性格設定らしいけどね」

「あー……。そういうことか」

 だがこの時鈴が語ったのはゲームに出てくる加賀と瑞鶴(実在の戦闘艦)をモチーフとする艦娘の性格とそのセリフである。それを説明する鈴に、ラウラもどこか納得する。鈴の双天牙月による斬撃を避けつつ、甲龍をワイヤーブレードで雁字搦めにしながら。

 そしてセシリアと一夏の戦闘も佳境を迎える。凍牙の数は半分に減らしながらも、残った二基のブルー・ティアーズは蜂の巣にされて地に落ち、スターライトも砲身を穿たれただの鈍器に。セシリアに残されたのは接近した凍牙を斬り裂いている無傷のインターセプターのみ。そんな彼女に対して一夏は二基の凍牙を彼女の背中に、眼前には振動爪を起動した緋鋼を突き付ける。

「戦艦と空母。差し違えるまでもなく、私のアウトレンジで決まりね、と僕は瑞鶴ちゃんの決めゼリフをドヤ顔で言ってみようかなー。止めは緋鋼で、だけどさ」

「むぅ……口惜しいですわね。本当、小バエを飛ばす空母は嫌になるわね、ですわ。わたくしを加賀さんと例えましたが、あなたこそ戦闘狂な瑞鶴さんがお似合いです。このティアーズ達やスターライトをスクラップにしてくださった凍牙が、まるで艦載機のようですし」

「そこは艦砲射撃みたいにレーザー撃ちまくって斬撃飛ばしまでしてきたんだからお互い様だっての。……それで、この状況を切り抜けられるのかしら、加賀さん?」

 突き付けるは互いの得物(緋鋼とインターセプター)。交わすは軽口。最後の足掻きと穴だらけのスターライトを放り捨て、インターセプターを突き出すも、柄を掴む右手毎、一夏の眼前で彼女の右手に掴み取られ、セシリアは切れる手札全てを失い、ゲームのセリフではないが、キャラの口調を真似た一夏の煽りをうける。

「……悔しいですが打つ手を失いました。降参です、瑞鶴」

 そんな一夏の煽りに、同じく加賀になりきるセシリアが空いている左手を頭の上でヒラヒラと振り、降参を宣言する。

「なりきってるよあの二人。試合中なのになりきっちゃってるよ。やってる事が装備込みで戦艦(加賀)空母(瑞鶴)っぽいとこまでなりきりとか、あたし達はなんだっつーの」

 ゲームキャラになりきって戦闘し、終わらせた一夏とセシリアの二人に鈴は微妙に苦笑いを見せつつ、自分の状態を棚に上げて悪態を吐く。

「……そうだな。で、そういう凰は続けられるのか?」

「あたし? もちろん降参よ、降参。リザインするわ。牙月をぶった切られて龍咆は吹き飛ばされた上に、ワイヤーブレードで雁字搦めにされてAICで縫い止められたら何も出来ないもの。やっぱりあんた強いわ。決勝。がんばりなさいよ」

 その悪態にラウラも微妙な目を二人に向けつつ、鈴に戦闘続行の可否を問えば、唯一自由に動く両手首だけを器用に振り、セシリア同様に降参を宣言。決勝に進出するラウラに激励の言葉を贈ると、ラウラもそれに応える。

「うむ。だが凰も強かった。今回もレールカノンとリボルヴァーカノンが壊されてしまったからな。辛勝と言うヤツだ。だが、決勝も死力を尽くすと誓おう」

 なおラウラの状態は、機体は無事だが装備は半壊、と言ったところである。特に主砲たるレールカノンとリボルヴァーカノンは共に双天牙月により粉砕されているほど。一時は機動射砲撃戦すら行っていたラウラだが、鈴はその懐に潜り込むと両肩の長大な砲身を同時に切り裂き、基部を砕いた。これにはラウラも舌を巻き、あとはワイヤーブレードとプラズマブレードによる剣劇へと移り、最終的にプラズマブレードで双天牙月を溶断し、龍咆をユニット毎破壊。最後にワイヤーブレードで鈴を縛り上げる形で決着となったのだ。最初こそは侮りもあった。しかし全く油断出来る相手ではないと今は敬意すら見せている。

「当然よ、ラウラ」

「ふ。心得ているよ、鈴音」

 そして鈴に応援されたラウラは、普段と全く違う口調で答える。

 少々皮肉気な口調で返されたその返答に、鈴は今度こそ呆れ返った表情を見せる。毒されてるなぁ、と。

「あんたもアニオタか。どこの自分殺しの英霊(サーヴァント)よ、そのセリフ……」

 過去現在未来の英雄達を配下に、たった一つの聖杯を奪い合う戦争を描いたゲームとアニメにその派生作品群。ラウラが口にしたのはその登場人物の一人のセリフだからだ。

「勿論、贋作者(フェイカー)な赤い弓騎士(アーチャー)だよ。ステラや優衣と見ていて楽しかった物で、つい、な」

「なーんか艦これはまだみたいだけど、それでも着実に染められてってるわね、あんた。まあ、あたしも人の事言えないけどね」

 そしてラウラ自身がその人物だと認めると、溜め息と共に同類ねと呟く。

「それも悪い気がせんのは、わたしも少しは変われていると言う事だろうか」

「そうなんでしょ」

 そんな鈴の様子に、少し笑みを浮かべたラウラの呟き。それに答える鈴も、やはり笑みを浮かべて同意する。

 

 準決勝第一戦。緒方ステラ・バレスタイン&ラウラ・ボーデヴィヒ組の勝利。

 続けて行われた第二戦はリィン・シュバルツァー&シャルル・デュノア組が更識簪&布仏本音組を破り、決勝戦は最も配当が低い緒方・ボーデヴィヒ組対シュバルツァー・デュノア組となった。

 

 

 ……そして。

 

「言う事など何も無い。ただ踏み潰して押し通る!」

「受けて立とう。この緋皇で、斬り進む!」

 

 決勝戦が始まる。




漸く準決勝が終わって次回、決勝戦です。

今回はネタに走りすぎた気もします。特に準決勝。セシリアがキャラ崩壊して戦闘狂(バトルジャンキー)になるわ、艦これやらFateやらのネタが混ざるわ……てのは筆と私の思考が暴走しただけです。決してゲームを(艦これとFGO)してたわけじゃありません。ついでにプロット上では全く問題ない範囲の脱線です。
いや、結構マジで。ここ二ヶ月はゲームにも殆ど手を付けられない感じだったのでお許しを(o_ _)o

しれっとセシリアのブルー・ティアーズ。ビットが三セット九基に増設。そしてレールカノンとリボルヴァーカノンを両肩に載せてるラウラ。どっちもオリジナル設定です。

次話の投稿は一ヶ月以内を目標に仕上げ中です。
先の方も下書き含め書き進めてますので、今後もよろしくお願いします。


以下作中設定

ゲーム「艦隊これくしょん」(IS-Apocrypha世界版)
突如現れて海を荒らし、世界から海を奪い取った謎の生物、深海棲艦。
相対するは、艦娘と呼ばれる、かつての戦争で活躍した戦闘艦の魂を宿す少女達。
君は提督となって艦娘の艦隊を指揮し、世界の海を人類の手に取り戻せ!
※現実の艦これと違いスパロボ的ゲームシステムのコンシューマゲームでレーティングは12歳以上。中破絵もあるが現実の物より露出は控えめ。課金システムは無し。それ以外は大体同じ。優衣曰く、艦種が違ったり中の人の名前が違うだけで、共通する艦名の艦の姿や声は殆ど同じらしい。
 ネットワークアップデートにより艦娘、装備、改装や特殊マップの追加実装も行われる。

ゲーム「Fate/stay night」(IS-Apcrypha世界版)
どんな願いも叶える聖杯を賭けて行われる魔術師達と英霊による戦争「聖杯戦争」に巻き込まれた主人公。
彼は偶然召喚した剣騎士(セイバー)の少女とともに戦い抜けるのか。
※リリース以来十年以上に渡ってゲーム、アニメと展開するシリーズ物。オリジナルは成人向けだが後にゲームはコンシューマやマルチデバイス向け展開し、アニメ化、コミック化もされる。近年はマルチデバイス専用のアプリゲーム「Fate/Grand Order」が年齢問わず大ヒットする。
 基本的にシリーズ展開含め現実とほぼ同じで、優衣曰く中の人の名前が違ったり、史実や伝承上の性別自体が向こうとこっちで違ってたりする程度とのこと。

作中の艦これとFateシリーズの設定はこんなもんです。以後もたまーにネタで挟むと思われます。
なお、Apocrypha世界版艦これは基本的に仮想戦記設定な感じです。
例:現実/加賀型空母「加賀」 → Apocrypha世界/加賀型戦艦一番艦「加賀」

またIS-pocryphaとISカッコカリも世界線が違います。カッコカリの方は2000年前後までは現実世界とほぼ同じ歴史を辿ってる設定で書いてます。


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異変~コアネットワークでの邂逅と黒の希望~

前回の投稿から四ヶ月以上もの時間、大変お待たせいたしました。
タッグマッチトーナメント決勝戦です。


 策を一切弄さない、純粋なぶつかり合い。

「やはり剣の腕ではお前に勝てそうにないな、リィン・シュバルツァー」

 緋皇とプラズマブレードによる斬り合いはラウラの剣が全て受け流され続ける事で全く勝負にならない。

「AICを使えば、俺の動きを止める事は出来ると思うんだがな」

「いや、それはつまらん。純粋にこの力と力で勝負を付けたいのだ。だが、そうだな。これなら!」

 剣と剣。それは勝負にならない。そこで近接射撃に移行するラウラは、右肩のリボルヴァーカノンで弾幕を張りつつ後退し、有効射程まで下がったところで左肩のレールカノンを撃ち放つと同時、四本のワイヤーブレードをリィンの左右やや後方に向けて突撃させた。

 猛烈な弾幕と音速の砲弾、そして避け辛いワイヤーブレード。しかしリィンは事も無げに弾幕を下がって避けながら音速の砲弾を斬り割き、その余波でワイヤーブレードの軌道を変える事で後方へ更に下がり、追撃に備える。

「……呆れた物だ。まさか音速の砲弾を二度も斬り割かれるとはな。本当に人間か、お前?」

「レーザーでも切り払えるんだ。レールカノンも不可能じゃないだろう?」

 そんなリィンのなんでもないといった言い様に、ラウラは思わず吹き出してしまう。確かに()を切れるなら()など容易い、と。

「……くくっ! 確かに光速すら切り払えるなら、音速程度は遅く感じるのだろうな」

 その間も剣閃と砲弾の応酬は続く。そして一夏とシャルもまた、銃撃の応酬を行っていた。こちらは機動射撃戦だ。

「相変わらずどんな距離でも対応してくるんだね、ステラ」

「全距離対応って謳ってますからー。まあ、凍牙無かったらちょっと詰んでるかな。やっぱシャルの射撃、小狡いわ」

「僕も全距離で、射撃戦なら得意だからね。そこ!」

 マシンガン、ショットガン、バズーカ、ミサイル、エネルギー弾。次々と入れ替わり放たれ、吹き荒れる銃砲弾の嵐は、地味にリィンやラウラの元まで届いている。互いのパートナーへの牽制と狙撃までも入り交じる射撃戦。

「ステラ! 先程からこちらにまで銃弾が飛んでくるんだが!」

「シャル。そろそろステラの手癖の悪さをなんとかしてくれ」

 当然、そちら側からの苦情も入るわけで、一夏もシャルもその苦情に苦笑いしつつ銃撃を続けながら、一歩一歩位置を変えていく。一夏はリィンを、シャルがラウラを攻撃出来る位置へ。そして……。

「ならこうすればいいよね!」

「がぁっ!」

 唐突なイグニッションブーストによってラウラに急接近したシャルは、愛機リヴァイブ・カスタムの左腕に取り付けられた盾を外し、最高の武器、灰龍の鱗殻(グレースケイル)を繰り出し、ラウラを弾き飛ばす!

 その横では、一夏とリィンによる見事な剣劇が繰り広げられているが、シャルは一顧だにせず、飛んでいったラウラを追いかけて追撃をかける。グレースケイルによる連続攻撃だ。

「これで、止め!」

「むぅ……っぐ! なんだ、これは……! ああぁぁぁっ! やめ、や、やだ、こんなのわたしは望んでない、やめろぉおおっ!」

 この様に熾烈で苛烈な接戦が繰り広げられていた決勝戦は、しかし唐突に終焉を迎えた。

 否、無理矢理にも終わらせる必要に迫られた。なぜなら、固定形IS装備としては最大クラスの瞬間火力を持つ多連装式パイルバンカーであるグレースケイルによるシャルの猛攻にどうにか耐えていたラウラのシュバルツェア・レーゲンに異変が起きたからだ。断続的にパイルを撃ち込まれ機体が破損し、シールドエネルギーが枯渇しかけたレーゲンが、不意にその重厚な黒い鎧を思わせる姿を崩し、パイルの連打、その最初の一撃以降は表情を顰めて呻く程度で悲鳴一つ上げなかったラウラが苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げる。それと同時にレーゲンは残った機体を融解させ、泥の様に蠢きながらラウラをその身の内に取り込み、元の面影を一切残さない、全く異形の物体へと変貌していった。

 やがて粘土の様に形を変え続けたレーゲンの変化が終わるとその姿は、かつてIS競技の世界大会(モンド・グロッソ)で二度の世界覇者となった織斑千冬の愛機であった第一世代IS《暮桜(くれざくら)》。そう、黒いナニかはその世界で最も有名な桜の名を冠する(IS)と全く同じ姿、そして装備を持っていた。

「誰か、たすけ……!」

 一夏とリィン、シャルの三人がラウラへと手を伸ばすなか、無情にも粘土が完全に閉じる寸前、その胸元近くで悲鳴を上げていたラウラがただ一言だけ、しかし言い切れなかった助けてという言葉。直後、管制室の山田真耶から通信が入り、待避を勧告される。だが……。

「シュバルツァー君、デュノア君、緒方さん! 緊急事態と確認しましました。三人とも早く待避してください」

「えっと、もう無理っぽいです。アイツ、僕達をターゲットにしちゃってますから彼女は僕達が対処します。それよりも観客達のアリーナからの避難を先に!」

 間に合わなかった助け。間に合わないと悟り一度飛び退った三人に対し、静止する黒い暮桜はその輪郭だけを織斑千冬に似せた頭部をぐるりと、人体構造を無視して一週させて周囲を見渡した後、見掛けだけが織斑千冬の容貌に似たその無表情な貌で一夏達三人を睥睨する。それだけで、逃げる機会を失ってると悟り、一夏は真耶に待避は無理だと伝え、安全の確保を頼む。

「……はい、わかりました。三人とも、お気を付けて」

「先生ごめんなさい。……それよりも、あれって雪片、だよね」

「うん。暮桜、だよね。黒い暮桜。でもラウラがどうして……まさか!」

「優衣の前情報通り、なんだろ。原因がなんであれ、何らかの要因で発動したVTシステム。そのトレース元はブリュンヒルデ……織斑千冬と暮桜だ。来るぞ!」

 そして一拍。油断なく様子を伺っていた一夏達に向け、無音且つ拍子を見せない挙動で動き出した黒い暮桜はまずシャルに対してその手に持った雪片を振り下ろす。が、その雪片は空を切る。一夏が咄嗟に、シャルのリヴァイブを突き飛ばしたのだ。しかし黒い暮桜は空を切った雪片を強引に一夏に向けて斬り上げると、その斬撃を展開された盾形態の緋鋼で受け止め……きれず、その膂力と加速された斬撃の重さで緋鋼毎一夏が吹き飛ばされた。一瞬の滞空と思考の停滞に、一夏は黒い暮桜の追撃を認識するも防御に移れない。辛うじて二枚の叢雲をアリーナの地面に突き刺す形で展開するも、二枚では足止めにもならず。しかしそこで出来た一瞬の隙にリィンが緋皇を振り下ろし雪片を地面に叩き付ける事で勢いを殺す。黒い暮桜も大きな隙を見せた事で一度後退し、再度静止し、次の攻撃を待つ。

「……全部の動きが繋がってる。流石千冬姉のコピーだわ。荒が目立っても機械だから隙が見つけにくい」

「むかつくな。それに、あの動きでは閉じ込められてるラウラの負担も大きい。どうにか一撃だけでも叩き込んで、あの装甲を斬り割ければいいんだが……」

「隙が無ければ、作ればいい。違う、リィン? シャル、行くよ。合わせて」

 その間に一夏は右腕に五月雨改を接合する形で展開し、更に叢雲を被せる様に展開。左手には烈空を持ち、前に飛び出して機動戦に持ち込む。その僅か後方にはシャルが続き、数多の銃火器を使った中距離での射撃支援を始める。

「任せて!」

 五月雨改で黒い暮桜の足下に撃ち牽制しながら、烈空で雪片と打ち合う一夏。大きく移動しようとする黒い暮桜に、シャルがアサルトカノン(ガルム)ショットガン(レイン・オブ・サタディ)を撃ち込み、動きを制限する。正面と右を一夏が、左から後方をシャルが押さえ込みつつ、リィンが必殺の一撃を入れるタイミングを作るため、付かず離れず、そして黒い暮桜を動かさぬよう立ち回る二人。やがて被弾を顧みず一夏に対して突撃の構えを見せた黒い暮桜に、リィンが一瞬で距離を詰める。

「一対多は苦手みたいだな。……通ってくれよ、疾風!」

 そして一撃。斬り上げる形で繰り出された疾風の一撃に、縦一文字に斬り割かれた黒い暮桜の前面装甲の裂け目から、ラウラがリィンに向けて倒れ込む様に零れ落ちてくる。開かれ、リィンを見つめるラウラの目は虹彩異色(ヘテロクロミア)。生来の紅い瞳と、普段は眼帯に隠されている、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)により後天的に変化した金の瞳。

 リィンとラウラの目線が絡み合い、ラウラがリィンの腕の中に潜り込んだ瞬間、二人の意識は急速に現実世界から引き離され、光が溢れる世界へと移された。

 

「待たせたな、ラウラ」

「リィン、シュバルツァー」

 互いに隠す物など何も無い世界。ぼやけてはいるがISもISスーツも、ましてや制服などの衣類も着ていない二人は、しかし特に気にした様子も無く、ただお互いに目線を合わせ、ただ名前を呼び合う。

「お前の声が聞こえたから助けに来たぞ、ラウラ。お前を閉じ込めた黒いモノ、暮桜擬きも切り崩した。もう、自由になれるはずだ」

 そして事も無げに助けに来たというリィンに、ラウラは単純に疑問を口にするが、リィンはそれを出来るからと、気負いも無く答える。

「なぜ、わたしを?」

「なぜって、俺達はクラスメートだろ? クラスメートが助けを求めるなら、それが多少の無理と無茶で助けられるなら、助ける。それだけだよ」

 しかしラウラにはわからない。これまでに様々な騒動を起こした自分を、危険を冒してまで態々助けるのかが。

「だがわたしはお前達に」

「それがどうした。俺はラウラを助けたいと思った。お前が悪いやつだなんて最初から思ってない。それに助けられる方法があって、可能性も見えた。だから助けに来た。なにか問題があるか?」

 それもリィンに一言で切って捨てられる。ただ、悪くないと。そして助けられるなら、無茶の一つでもすると。それが当たり前だと。

「……。リィン・シュバルツァー。あなたは、バカなの?」

 そんなリィンに、ラウラは素直に思った事を口にする。本当に、バカだな、と。尤も、それはリィンも多少は自覚している事である。今までに色々な仲間達に言われた事も少なくない。

「さあ、どうだろうな。確かにバカかも知れない。ステラ達にもたまに言われる。それでも、たとえバカだとしても、助けたいと思った相手を見捨てるなんて事はしたくないな」

「……強いんだね、リィンは」

 だが、バカで悪いのかと。頭のいい、お利口さんだけで世界が回るはずが無いのは士官学院、そして内戦を通じて痛い程理解している。その中で自分の正義と想いを貫く意味も理解している。

「俺が強い? それはないな。確かに多くの戦場を歩いてきた。数多くの戦いに身を投じた。殺し合いすらして来た。それでも、未だ届かない背中を幾つも見る。未だに自分の弱さに絶望する事もある。強い弱いだなんてのは一つの尺度で、人の一面でしかない。俺もまだ、弱いところが多いよ」

 リィン自身は誰かに負けない様鍛えているが、強いなどとは思っていない。ラウラが言うそれは、ただ経験の差だと思っている。

「ううん。強いよ。心が。わたしは、こんなにも弱いのに」

「それをいうなら、ラウラも強いと思うぞ。こんなモノに飲まれてなお、弱い自分に気付いて、自分を保っている。今、こうして俺と会話している。十分に強いだろう」

 それでもラウラは、リィンは強いと感じている。技量、力量のみならず、その精神面も。ただリィンから見ればラウラも同じだ。自分の弱さを認められるのもまた、強さの一つだからだ。

「そんなこと、ないよ。虚勢を張らないと、恐い。いつでも、足が震えてる。部隊の皆に迷惑をかけない様に。わたしは、強くなんかない」

「そうか。それなら、俺が、俺達が支えてやる。お前が一人で立てるように。一人で立って、前に向かって歩けるように」

 ラウラは、今でこそ代表候補生としてドイツのIS競技組織に出向しているが、その所属は今もドイツ軍であり、少佐の官位を持つ司令部直属のIS特殊部隊の部隊長。そんな彼女の素の性格は、その身分に反して気弱な少女のそれと変わらない。だからこそリィンは、それを知ってなお、彼女と共にあると誓う。

「わたしを?」

 リィンは一夏がラウラの素に気付いている事を知っている。優衣も気付いている。気付いていない他のメンバーも、その程度の事は問題にならない。だから支えると、不安気な表情をするラウラに伝える。

「俺だけじゃない。ステラも優衣も鈴も。エマとフィーも、簪やシャル、セシリア、レナ。本音や静寐にテレサ。それに清香達だって、きっと支えてくれる」

「でもわたし、みんなに怪我させてる。オルコットと凰にシャンティ、それに二年のランプレディの四人に至っては殺そうとまでした。なのに!」

 だがラウラはIS学園に編入して以来してきた好意を気にしている。特に、ケガを負わせた四人に。あの戦闘の時に持った殺意は、偽物では無いから。

「死んでなければ、生きてれば大丈夫だ。大体、殺されそうになった程度で折れるような可愛い気のあるヤツらじゃない。そんな半端な鍛え方もしていないしな。だから、謝ろう。俺も一緒に謝ってやるから。な?」

 それもただ、謝れば良いというリィン。実際、あの四人や武術部所属の者は実戦さながらの訓練をしているため、実のところケガは日常茶飯事だったりする上、代表候補生など一部の上位者は戦争を意識した訓練をしている。これは、戦争を戦い抜いたリィンや一夏達が居て、ISが現状ではただの兵器だという認識があるからこそ、その様に行われているのだ。ケガをしたさせた程度、謝って治療して終わりである。

「謝る?」

「ああ。悪いことをしたら、謝る。個人同士の諍い程度ならば、それでも許されないなんてことは、あまりないだろ」

 その上でラウラが悪いと感じているならば、鈴やセシリア達に本音を話して謝れば全て収まると、そう告げる。

「許して、くれるかな」

「許してくれるさ。言い訳する必要もない。みんな、何かを抱えてる。俺も、そしてお前もその一人だ。どうしてあんな事をしたのか説明して、真剣に謝れば、ちゃんと受け止めて、許してくれるよ」

「……うん!」

 事実、鈴達はあの戦闘で負ったケガ自体はさして気にしていない。気にしているのはなぜあの様な事をしたのか、それだけ。そう告げればラウラは花が開く様な笑みを浮かべて頷く。その笑顔を見たリィンは思わず息を呑む。

「ラウラ、笑うと可愛いな。俺はラウラの笑顔、好きだぞ。今の、笑ってるラウラは凄く可愛い」

「……か、かわいい!?」

 ラウラの笑顔は、例えるなら向日葵。普段見せる無表情から一点して、大輪の花を思わせる温かい笑顔。

「ああ。ここから出たら、みんなで笑い合えるようにしよう。ラウラの可愛い笑顔を、みんなにも見せてあげよう」

「う、うん!」

 そのラウラの笑顔に意識を持って行かれたリィンだが、直ぐに自身も笑みを浮かべるとラウラに手を差し出す。ここから出よう、と。

「さあ、行こう」

「わかった、リィン!」

 繋がれた手と手。小さなラウラの手を包み込む様に緩く握るリィンに、ラウラも擦り寄る様に近付くと、リィンは彼女を抱きしめる。

 そして白い世界が崩れ始める。

 

「お帰り、ラウラ」

「うん。ただいま、リィン」

 そう、二人が言葉を交わした瞬間、白い空間での意識の共有は切れ、現実世界で抱き合う二人が目線を合わせて言葉を交わす。お帰りとただいま。まるで旧知の仲。そんな微笑みながら挨拶を交わすリィンとラウラを、一夏とシャルが微笑ましく見つめる中、ラウラが目を閉じ、リィンに凭れれかかる様に身体から力を抜き、意識を閉じた。避難が済んだアリーナは静まりかえり、一夏とシャル、リィンの三人が見守る中、ラウラは小さな寝息を立てていた。そんなラウラを抱えたリィンは彼女を救護室へ連れて行くためにアリーナを去り、一夏とシャルもそれに続く。

 

 こうして、学年別タッグマッチトーナメント一年生の部決勝は波乱の内に試合中止として終了し、同時に、後にVT事件と呼ばれる騒動の表だった部分が終結した。

 

 そして……。

 

 決勝戦の終了から数時間。夜も更け始めた頃、アリーナ棟の救護室内に二人の人影があった。

 一人はベッドに横たわり寝息を立てるラウラ・ボーデヴィヒ。そしてもう一人は、ベッドの脇で椅子に座りラウラを見つめる織斑千冬。

「ぅう、ん……」

「起きたか、ラウラ・ボーデヴィヒ」

 日はとうに沈み、試合も中止となり、事件が終了してから既に数時間。その間、一向に目覚めなかったラウラが僅かな呻き声と共に目を開き、まだ周囲の状況を見えていないラウラに千冬が声をかける。

「教か……織斑、先生」

「なんだ?」

 その千冬の終えに反応したラウラは、声が聞こえた方に顔を傾ける。

「わたしを、責めないのですか?」

「お前は何か、責められるようなことをしたのか?」

 そして何も言わない千冬にただ一つだけ聞く。何も聞かないのかと。だが千冬は本当に何も気にしていないかの様に、ラウラの質問に質問で返すと、ラウラは狼狽えながらリィンの名を出す。しかし……。

「その、リィン達のことを……」

「ふん。あいつ達を見くびるな、小娘。あの連中は、お前が仕掛けたあんな程度のことをいちいち気にするような可愛げのある連中じゃないさ」

 千冬は知っている。リィンや一夏、鈴音達がその程度の事を気にする物では無いと。多少負傷する可能性がある程度の戦いなど、普段から行っているのを承知している。それを伝えればラウラは目を見開き僅かに呟く。

「リィンと同じ事を……」

 あの白い空間でリィンが言った事だと。それを千冬も知っている事に僅かな驚きを覚える。そんなラウラを見て千冬は苦笑いと共に僅かな愚痴を零す。

「山田先生曰く、私は随分とシュバルツァーや緒方姉妹達一行に感化されているらしいからな。山田先生こそ人のことは言えない癖に……と、まあ、それはいい」

 一夏や束と本当の意味で再会したあの日以来、千冬は意図せず一夏に、リィンに、その周囲に感化され、以前と比べて穏やかになっている。また真耶の場合はリィンに対する好意も含むので千冬以上に影響を受けているのだが。

 閑話休題。

 千冬は伝えるべき事を伝えるために苦笑いを収め、目付きを改めてラウラを見つめる。合わせる様にラウラの表情も改まる。

「ここからが本題だ。これは本来、機密事項なんだが、当事者であるお前に伝えておくべきことと判断している。口外はしないように」

 そして伝えられる事情。自身と、自分のISに起こった事。その重大性。更に関係各所に対する処置。それを聞いたラウラは息を呑む。

「まずお前の専用機。シュヴァルツェア・レーゲンにはヴァルキリー・トレースシステムが搭載されていた。シュバルツァーとデュノア、緒方姉が協同して破壊した機体から回収され、現在、IS学園技術部で詳細を解析中だ。また、この件についてはドイツ政府及びドイツ軍と関連研究施設、そしてシュバルツェア・レーゲンの開発元であるBMWトロイメライ社に対しての緊急査察が検討されている」

「査察……。それにヴァルキリートレースシステム、ですか」

 ヴァルキリートレースシステム。

 最初期の発想自体は単純に、モンド・グロッソに参加した優秀な選手達の操縦技術を反映した操縦補助システムとして考案されながら、最終的には操縦者の技術レベルに関係なく、特定選手の技術と動きそのものをそのままトレースしてISを自動操縦するシステムとなり、その負荷に耐えられずテストパイロット達が次々と再起不能に陥ったため、開発を凍結、アラスカ条約その他で研究及び開発を全面的に禁止された禁断の技術。

 そんな禁断のシステムがシュバルツェア・レーゲンに極秘裏に搭載されていた。

「ああ。その様子では知らなかったようだな」

「はい。まさか、禁止されたシステムがわたしのレーゲンになんて」

 しかしラウラはその様な事実は知らず、当然、VTシステムのコアはレーゲンのシステム最奥部に隠されていたため、ラウラでは整備に於いてその断片すら見つける事が出来なかった。

「恐らく、黒兎部隊(シュバルツェア・ハーゼ)以外の何者かの手によって、極秘裏にシュバルツェア・レーゲンに搭載されたと考えられる。それが、あの試合の中で追い詰められたお前の精神状態と、その時の蓄積された機体ダメージをトリガーにして起動したのだろうと推測されている」

 勿論ラウラが部隊長を務めるシュバルツェア・ハーゼにVTシステムを仕掛ける理由など無いため、システムに細工をしたのはそれ以外の組織となる。メーカー、軍の研究所、軍そのもの、そして政府。いずれにせよ、ドイツの関係各所に対する査察は避けられない。

「それは、わたしが弱かったから、ですね」

 そしてVTシステムが起動する条件。ただし推測でしか無いそれを千冬が述べた瞬間、ラウラは顔を伏せ、小さく自分のせいだと呟くが、千冬はそんなラウラの顔を上げさせ、目を見つめながらも、ラウラの呟きには肯定も否定もしない。

「さて、それはどうかな」

「わたし、は……」

 そして千冬がラウラの名をフルネームで呼ぶと、一瞬呆けながらもラウラが返答する。

「ラウラ・ボーデヴィヒ!」

「……っ! は、はい!」

 何を思ったか敬礼までしているラウラに、またも苦笑いを浮かべながらただ一言だけ問いかける千冬。

「一度だけ聞こう。お前は、誰だ?」

 その問いに僅かに逡巡し、それでも自分は自分であると、自身の名を言うラウラ。

 そんなラウラに、満足げな笑みを浮かべてそれで良いと告げる千冬。

「わたしは……。わたしは、ラウラ、ボーデヴィヒです」

「そうだ。お前はラウラ・ボーデヴィヒだ。お前はお前にしかなれん。お前は私にはなれん。そして私も、私以外になることなど出来ない」

 そうして、自分の胸に手を当て、自身に言い聞かせる様に「わたし」と繰り返すラウラに、千冬は時間はかかるが自分を見つけろと言い聞かせれば、ラウラも笑顔で答えた。

「わたしは、わたし。うん、わたしは、わたしです」

「そうだ。時間はたっぷりあるんだ。お前になれよ。ラウラ・ボーデヴィヒ」

「……はい!」

 その笑顔を見て千冬は更に笑みを深め、その笑顔が可愛いと言えば、明らかに慌て、狼狽えるラウラは噛みながらも何かを弁明し、その姿が余程可愛かったのか千冬が吹き出しつつもリィンには不思議と女を惹き付ける何かがあると言い、自分も等と爆弾発言までする。

「うむ、笑えば可愛いではないか」

「はひゅ!? きょ、きょうかんまで、リィンとおにゃじことをいわないでくだしゃい!」

「ふふっ。なんだ。お前までリィンのヤツにやられたのか。アレには気を付けろ。アレの一挙一動、全てが女にとって抗いにくい猛毒だからな。かく言う私自身、妹がアレの女でなければ危うかったからな」

 そう言った千冬の発言にふとラウラは、千冬には織斑千夏と、行方不明になった織斑一夏という双子の男の子、つまり弟が二人だけだったはずと疑問に思い口に出す。

「はい。……ん? 妹? 教官に? 教官には弟が二人、だったはずでは?」

 それに関して、千冬は笑みを浮かべたまま、ステラの正体が行方不明になった一夏だと暴露する。詳しくは本人に聞けと言いながら、嘘は言っていないと断言。ラウラも不思議そうにしつつ、千冬がそんな事で自分を騙す意味もないと思い至り、ステラ達と話そうと決心する。

「人払いしてあるから言えるが、実は緒方ステラ・バレスタインは私の弟、織斑一夏がとある事情で女になった姿だ。お前にこのことを伝えるのも、一夏自身に許可を得ている。これ以上の詳しい事は一夏本人から聞くといい。千夏はこのことを一切知らないがな」

「そ、そうなんですか。そんなことも、あるのですね。わかりました。ステラ達と、また話す事にします」

「ああ、そうするといい」

 その後、千冬と共に医務室を後にしたラウラは、そのまま一夏の元へ趣き、一夏やリィン達と様々な事を話し合い、これまで以上に親睦を深める事になった。

 

 

 そしてその日の夜。男子用に開放された大浴場にて面倒な事態が発生するのだが、余りに馬鹿馬鹿しい事柄のため、翌日の後始末だけを記す。

 それは一夜明けての教室。

 

 シャルがシャルロットとして教室に現れた事で一時騒然とするも、それ以上に前日の夜、千夏がシャルロットを襲い、リィンがそれを鎮圧した事件が取り沙汰された事が騒動の元となった。

「……千夏。お前はまだ懲りないようだな」

「うふふふふ。さあ織斑。昨晩の件、なぜあの様な事をなさったのか、詳しく教えて頂けますわね?」

 その様な事態、事件に、セシリアと箒は怒りを隠さず千夏に詰め寄る。特に満面の笑みを浮かべるセシリアが放つ怒気は表情に反して凄まじく、千夏も完全に及び腰に。

「ほ、箒。それにオルコットも待て。意味がわかんねえよ! な、なあ緒方、助けてくれ!」

 セシリアと箒、二人の怒気に曝され、混乱の中で偶然目に入った一夏に助けを求めるも、一夏は当然の如く取り合わず、目線すら合わせない。

「いやだね。お前の事情なんざ知らねーし。つか、人の声に耳傾けないヤツなんざ勝手に自爆してろってんだ」

 一夏のみならずクラスの大半に見捨てられ冷たい視線を浴びる千夏はクラスの後ろへ逃げて行くも、教室後ろのドアがバタンと轟音を上げて開き、そこから優衣と簪、エマとレナを引き摺ったままの鈴が、怒気と殺意を隠さず踏み込んでくる。

「こんのアホ千夏ぅっ! 優衣達から聞いたわ! なに好感度ゼロの癖にそんな意味のないお約束踏んでるわけよ、あんたはぁっ! 挽肉にするわよ!」

「ちょっと鈴、ストップストップ。流石にここでIS起動したらまずいからマジ落ち着けーっ!」

「ていうかなんでISを展開してないのにこんな力強いんです!? 私達四人で引っ張ってるのに止まらないなんて、リン、力強すぎです!」

 さすがにそんな鈴をそのままに出来ない優衣達は、引き摺られながらも止めようと奮戦するが、ついに鈴の右腕に量子展開の様子が見られると優衣が慌てて腕に抱きついてISの展開を止めさせ、レナも反対側の腕を抱きしめる。

「と、とりあえず鈴。あれになにかするなら、ステラから武器(おもちゃ)借りてやろうよ。ね?」

「鈴さん本当に落ち着いてください。ISなんかで殴ったらあの人死んじゃいますし、そんな事に使ったら甲龍が可哀想ですから、せめてステラさんの持ってる遊具(武器)で我慢してください!」

 そして簪とエマが鈴の前に回り込んで、静かな口調でに鈴を宥めると、少しだけ落ち着いたのか、鈴は大きく息を吐いて歩みを止める……が。

「いいのよ。てか、アホ千夏なんてこの世から消えればいいんだ!」

 吠えた。千夏に向かって、教室中が震える程の大声で吠える。

「ちょ、お前らなに物騒な事口走ってんだよ! てかマジ待って、考え直せ!」

「うっさい黙れアホ千夏!」

 前門の鈴達に後門のセシリア達。千夏に逃げ場は無い。そんな中、所用で遅れて来たラウラが、教室の異様な雰囲気に気付きリィンへと問いかける。

「あの、これはなにごとですか、リィン」

「ラウラか」

「はい。ラウラです。それでその、この状態は一体? 山田先生もいらっしゃるのに、止めていませんし」

 心底不思議そうな顔付きで問いかけるラウラに、リィンは苦笑いで返し、ラウラの疑問を聞き、それに答える。

「昨日の夜、織斑がシャルに少々やらかしてくれてな。現場は俺が押さえたんだが、今、その件について改めて織斑が個人裁判にかけられてるってとこだ。真耶先生も事情を知ってるから、認められてる、というか先生が裁判長役だ」

「はあ。何があったんでしょうか」

 前日に起こった余りにもアホらしい事件。完全な被害者であったシャルにとっては災難だったが、加害者である千夏を鎮圧したリィンにとってはため息すら出ない事件。

「当事者以外には本当に下らない事だけど、まあ、すぐにわかるよ」

「そうですか」

 そして当の千夏は、ついには自身が危害を加えたシャルにまで助けを求めた。鈴では無いが、本当にアホである。そんな千夏に対してシャルは冷めた目を向け扱き下ろす。何を被害者ぶっているのかこの犯罪者は、と。

「な、なあ、シャルル!」

「なあに、織斑? 君さ、昨日の夜、僕にあんなことしたくせに助け求めてくるんだ。ふうん。すごいね、君って。本当、最っ低」

 しかし千夏は自身には罪が無いと信じている。私的に早めた事で入浴時間が偶然一緒になり、偶然彼女の正体を知り、男子の入浴時間にそんな姿でいるのは自分を誘っているのだと感じた。最後は完全に勘違いであり、シャルが千夏を誘うなど有り得ないのだが……。

「……ホントに俺の何が悪いんだよ! 偶然風呂が一緒になっちまっただけだろ! 大体、俺はお前が女だったなんて知らなかったんだぞ! そもそも女だってんならなんであの時間に風呂に入ってたんだよ」

 自身の告白が罪の自供となっているなど思っていない千夏に、判断を付けた真耶が一夏とフィーに対して彼の捕縛を命令する。この命令に二人は袖裏に仕込んでいる鋼糸を放ち千夏を雁字搦めにした。

「織斑君の自供を確認、と。入浴順を決めた上で、勝手に早くに入って起こした事件ですから、今回の件は偶然では言い訳に出来ません。判決は有罪とします。ステラさん、フィーさん。織斑君を拘束してください」

Jawohl(了解), せんせー。織斑千夏の捕縛行動を開始します」

「Aye ma'am, 真耶せんせー。てわけでまあ、神妙にお縄についてね、ダメ斑」

 柔軟性の高い、しかし金属製故に重量が見た目以上にある鋼糸を二重に巻かれた千夏はその重さに倒れるなどはしないものの、呻き声を上げ、そして鋼糸をIS用装備と勘違いして文句を言う。

「な、何だよこれ! 糸、なのに重ぃ……。くそ、外せよ、この! 許可がないISの展開は認められてないだろうが!」

 だが鋼糸は個人用の携帯装備であり、的外れな文句は真耶によって即座に否定され、一夏とフィーもそれに追随する。犯罪者は拘束するのみと。

「織斑君。それはISの装備ではなく、持ち込み申請済みの個人装備ですので、二人にはなんの罰則もありませんよ?」

「せんせーの言う通り、これは僕とフィーの個人装備だよ。ま、細く見えても金属製だからね。重いのも当たり前だよ」

「ダメ斑の目って犯罪者のそれに近いし、せんせーが許可してくれたから、自衛のために拘束させてもらったよ」

 見たまま。しかし一応と真耶に報告したフィーに、真耶は丁寧に礼を言い、労う。

「とりあえず拘束完了したよ、せんせー」

「はい。お疲れ様です、フィーさん」

 その真耶の言葉に頷いたフィーは、そのまま一夏に顔を向け、鋼糸を替えたいという。織斑千夏を拘束した鋼糸なんて二度と使いたくないと目で訴えて。そこは一夏も同意で、IS用と同時に人間用の各種装備も作っている開発部装備課に鋼糸の発注を決める一夏。そしてフィーに話しかけながら同時進行で緋鋼の拡張領域に格納しているスポーツチャンバラ用の様々な刀剣類を幾つも取り出し、シャルと鈴や、その周りに居るさゆか達へ次々と渡していく。

「ん。……ねえステラ。あんなの縛ったからこの鋼糸、取り替えたいんだけど」

「それは装備課に言っておくよ。勿体ないけど僕も換えたいしさ。それと、はい、シャル。これ使って。それなら絶対に死なないから。他にも沢山あるからさ、他のみんなも適当なの使っていいよー! 鈴も叩きのめすならこれ使って。これなら死にたくても死ねないから」

 長剣型を受け取ったシャルがその刀を構えながら礼を言い、薙刀型を受け取った鈴は目を瞑って溜め息を吐きながら構え、目を開くと千夏目がけて一閃。軟質性素材とは思えない音と共に千夏を宙に浮かせる。そこからはシャルやさゆか達も混ぜた滅多打ちが始まった。

「うん。ありがとう、ステラ」

「……しょうがないからこれで我慢するわ。それで、このアホを地獄へ叩き込むわ!」

「ま、まて鈴音! ぐげぇっ!」

 鋼糸に巻かれて身動きが取れない千夏が長剣で、小太刀で、短刀で、薙刀で、棒で、杖でと……。様々な得物が当たる度に千夏が呻き声を上げるが誰もが無視を決め込んでいる。その様をみて騒ぎに加わっていない静寐と本音が一夏の横で見たままの感想を言えば、一夏が冷たい目線で当の千夏を見ながら、彼を見捨てる言葉を、忘れきれない過去の恨みも込めて言い放つ。

「なんか、修羅場よね」

「ねー。おりむーってば違う意味でモテモテさんだからねー」

「頭良いくせに優柔不断。情欲丸出しのくせに純情ぶってさ。ふざけんなっての。今までだって傍若無人に振る舞ってたんだから、勝手に何かしでかして、勝手に潰れてればいいんだ」

 そんな一夏の言葉を本音が汲み取り、恨み? と問えば静寐がそれに同調し、一夏も否定しない。

「……うわぁ。すーちゃんすごい事言ってるよー。てゆーかそれって、恨みから来てるっぽい?」

「そうだと思うよ。一夏の話は、正直聞くに堪えなかったもの」

「まあね。本音も静寐も、僕の事はもうわかってるだろ? あれが元兄だってのは認めたくない。千冬姉すら見捨てかけてるのに、僕が助ける義理なんてあると思う?」

 一夏の過去。それを知る本音と静寐も、しかし今の惨状をを見ると多少は目を背けたくはなる。だが……。

「うん」

「でも、ね……」

 一夏自身はアレでも大したことでは無いと思っている。かつて自分が、そして千夏が気に入らないと思った者達にしてきたことからすれば、軟質性の棒きれで殴られるだけの状況は罰にすらならないと。

「アイツは昔からそう。善人ぶって、いい顔みせて、弱み握っていたぶって。なのに不利になると開き直って有耶無耶にする。今までやってきた事のツケが返ってるだけだよ。そんなヤツ、ただ血が繋がってるってだけで助けなきゃなんて、思わない」

 過去より千夏は人の顔色を見て強者に取り入る事が大変上手く、また逆に弱者を見つれば隙を見つけて虐めや脅しを行っていた。それに比べてリィンは真逆で、最初はお互いに問題がある相手とも、最悪でも不干渉へと持って行くのだ。そんな彼が、彼の矜持を持って関係を持つ女性を囲う事に、一夏やフィーなど当事者達は問題ないと思い、今もって彼に侍っているのだから。

「リィンはその点凄いよ。例え敵対する相手とだって最低限わかり合おうとする。僕達との事だって、その職務や職責もあるけど、それを抜いても互いに好意を抱いてる人、関係を持った人、全員にきちんと責任を持とうとして、その為の努力をしてる。それも、貴族の務めっていうだけじゃない。リィン自身の務めとして。だから、リィンがハーレムを持っても気にしない」

「まあ、確かに一夏の言う通りよね。私も受け入れてくれて、優しくしてくれてるし、厳しく接してもくれる」

「だよねー。それにおりむーのことは、いっちゃんがそれでいいって思ったなら、それでいいんじゃないかなぁ」

 そんな一夏の考えに、ステラだけでなく一夏としての過去も知る本音と静寐が、その考えで間違ってはいないという。自分達も同じなのだからと。それにたいして僅かな疑問を持った一夏の問いかけにも肯定で返す。

「そうかな?」

「うん。そうだよー」

「そうね」

 そこへ遅れてきた千冬が教室の惨状を見て直ぐ近くに居た真耶と一夏に状況を問いかける。しかし……。 

「……山田先生、緒方姉。一体何があった。一年の代表候補生に企業専属全員がここに居るのもそうだが、あの騒ぎは一体何事なんだ」

 二人は顔を見合わせると説明したくないな、と意見を共にし、いくつかの動画再生ウィンドウを立ち上げながら察して欲しいと懇願する。

「えっと、そのぉ……」

「昨日今日で起こった、関係する記録映像を提出しますので、それで判断して下さい。正直、言葉で説明するのはいやです。ていうか、察して、千冬姉?」

 当然、千冬はいきなり立ち上がった幾つもの動画ウィンドウと未だ続く千夏への暴行に若干困惑しながらも、もう一度真耶に問いかける。

「いや、この状況でいきなり察しろと言われても困るぞ一夏。あー、それでは山田先生?」

 しかし問われた真耶と一夏も、今回の事は何度も言葉にしたくないと言えば、千冬も諦め、ため息を吐きながらも動画を全部見る事にする。

「わたしもその、言葉で説明するのは難しいというかなんというか。ねえ、一夏君」

「ですね。あれは言葉で説明するのはためらわれるというか、感情に流されて暴走しそうになるから。内容的に」

「はあ……。わかった。いいだろう。このウィンドウの動画を全部見せろ。それで判断する」

 

 そして十数分。動画を見た千冬が出した判決も真耶同様に有罪であり、織斑千夏は教師公認の下、クラスのほぼ全員プラス、事情を知る一年生代表候補生及び企業専属全員からスポーツチャンバラ用武器での滅多打ちとなった。なぜその様な物が緋鋼の拡張領域に入っているかは謎だが……。

 ともかく、スポーツチャンバラ用武器は軟質素材製の武器であるため、教室に居たほぼ全員に滅多打ちにされ、そのあまりの打撃数に痛みで呻いてはいるが、打撲痕すらないため授業を休む事も出来ない。誰一人として哀れむ者は居ないが。

 

 

 

 その日の深夜。ドイツの山深い森の中にあった、査察対象となっていなかったとあるIS関連研究所が一つ、この世界から跡形も無く消え去った。

 ひっそりと、世間には知られる事も無く。




VTシステムが起動した時の観客席の一角で起きた馬鹿騒ぎ。

 シャルのリヴァイブによる猛攻から始まったシュバルツェア・レーゲンの異変。
 それが変化を終えた時、千夏は即座に自身の姉の愛機であった暮桜とその唯一の武器、雪片だと見抜き、席を立って白式を起動し、アリーナ内へ飛び立とうとする。箒もそんな千夏にエールを送るが……。
「……な、何だよアレ。あれは千冬姉の。暮桜に雪片じゃねえかよ。あのドイツ野郎、許せねえ!」
「面妖な。千夏。あの偽物を成敗するなら容赦はするな」
「おう!」
 箒のエールに答えた瞬間、白式を起動する直前にセシリアの手刀と鈴の拳骨が千夏の頭に叩き込まれる。
「おう、じゃありませんわ、このおバカ様! 織斑のすることは他にありますでしょう」
「ねえバカ千夏。あんた何考えてんの? どう見ても緊急事態。あたし達専用機持ちや代表候補生は観客の避難誘導するに決まってるでしょ!」
 想像以上に痛い二人の攻撃に、しかし千夏的には一方的に暴力を振るわれたと感じ、姉の偽物の対処をするのは弟の自分だと言い切る。しかし鈴が言う様に、専用機持ちや代表候補生、企業専属操縦者達には一般生徒以上の義務がついて回っている。
「ちょっと待て。だってアレは千冬姉の偽物なんだぞ! 俺以外の誰がやるって言うんだよ!」
 今回の場合は当然、危険回避のためのアリーナからの避難、その誘導義務である。
 更に言えば現場にステラとリィンとシャルの三名が既に居る以上、下手な増援は混乱を招くだけであると簪に諭される。
「織斑五月蠅い。グダグダ言ってないであの場はステラ達に任せるのが一番。あなたの出番じゃ無い。混乱するだけ」
「管制室から通達来ました。各員ブロック毎に分かれて誘導に当たれ、だそうです」
「なら、とりあえず織斑はこの後ろのドアに行って、Aブロックの生徒達をシェルターに誘導。後のみんなも別れるよ」
「そうですね。篠ノ乃さんは早くシェルターに向かってください。さあみなさん、行きますよ!」
 こうしてエマの号令で各ブロックの生徒をシェルターへ誘導することになり、およそ十分後、Aブロックで多少の混乱が有ったものの避難は完了。
 VIP達も教員の手で避難がなされ、更に十数分の後、暮桜の偽物が泥の様に崩れたことでラウラが救出され、危機的状況は解除となった。

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本編内に入れるとテンポ悪くなるのでここに。
テンプレだと千夏が無理矢理突っ込んで、黒暮桜の雪片一閃食らって即退場になるのでしょうが、ウチの子達がそれを許すわけないので出番無しになりました。

私の構成力の問題ですが、今話でシャルの再転入まで一気に進めてしまいました。
次回は閑話で横浜デート(但し一夏xラウラ+シャル+α)話になります。
前半に仮想戦記要素がそこそこ入りますがまあ、余り突っ込まないでくださいね。


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閑話02 子猫たちの横浜デート変

お待たせいたしました。
書いては消して書いては消してを繰り返して漸く書き上げる事が出来ました。


 波乱のタッグマッチが終わって早くも週末。

 目覚めたラウラと僕達全員が和解。ついでに僕やリィン達の出自の説明も終わって、素直に理解してくれてからは随分と素の状態で僕達に甘えてくるようになったラウラだけど、ちょっとしたというか、結構な欠点を発見。

 それはラウラと同室になったシャルから、ラウラが寝る時に裸なのだとに聞かされてまあ、寝る時裸族もいるよねぇ、と思ったまではよかった。けどシャル曰く、自宅ならともかく人気が多い寮内では何か着せたいと言うことと、同室故にラウラが制服とISスーツに学園指定の水着、それから所属部隊の軍服以外は数着のシンプルな下着しか持っていないことも知ってしまって、さすがに年頃の女の子がそれでどうなのよと言うことになった。

 そこで外出許可を取って、顔合わせついでに家に寄ってラウラに体格が近い……というか同じ遺伝子配列系統で体型体格がほぼ一緒だとわかってる遺伝子上の姉妹であるクロエとレイアの服を着せてからレゾナンス辺りで買い物を、と言うことになった。まあ、姉妹の対面やら束姉への紹介とかも込みだけどさ。

 で、家に入って迎えに出てきてくれた束姉を見たラウラの一言目がこれ。

「あ、あの、まさか、その、篠ノ乃束博士、ですか?」

 うん。一目で姉さんを篠ノ乃束と看破してくれましたこの子。ちょっとビックリ。

「あやや? この姿でわかっちゃうんだ。いっくん達が見込んだだけのことはあるね。どこで気付いたの?」

 それは姉さんも同じくで、驚きに目を見開いてたりする。でも当のラウラ自身は、見ただけでわかったと一言。軍人だから、なのかな? 視野も広いし、洞察力もあるだろうしさ。

「この前、説明のためにと一夏の昔の写真を見せて貰ったのですが、その横に写っていた博士の姿と、今の姿が重なって見えました。というか、一夏同様、髪と目の色意外は殆ど変わってないのでは?」

「あはは、そう来たかー。一般的には髪と目の色が違うだけで、よっぽど親しい人じゃない限り大抵は別人って判断するんだけどね。君の洞察力は凄いね、ラーちゃん。で、私は別に博士号とか持ってないから、単に束さんって呼んでくれればいいよ」

 でもホント。雪子さんに会いに行くために篠ノ乃神社がある町や小学校周辺を歩いた時、小学校で見知った顔やら意地悪してくれた商店のおじさんおばさん達と沢山すれ違ったけど、結局その日は雪子さんと旦那さん以外には誰一人として気付かれなかったのに。

「はい束さん。……ん? ら、ラーちゃん、ですか?」

「そ。君のことを気に入ったって事だよ。それに可愛いし、なにより私の娘達、クロエとレイアと同じ遺伝子をもった強化計画の生き残りの一人。もう大丈夫だから。ちょっと、こっちにおいで」

 そんなラウラを抱き寄せて、頭を撫でながら今までの事、生まれや事件の事を気にしないようにと、言い聞かせる束姉。

「今までよくがんばったね。経緯は全部、いっくんやシャルちゃん達から聞いてる。君を生み出した強化兵士製造計画を遂行してた研究所はもう、量子の海に沈めてある。VTシステムを開発して君のシュバルツェア・レーゲンに組み込んだ研究所も同じく、この世界には存在してない。正直、君とドイツ軍とのしがらみが消えることはまだないだろうけど、少なくとも、君がクローンであることにはもうコンプレックスを持ったりしなくていい。君は、ラウラ・ボーデヴィヒは、確かにここにいるんだから。ね?」

「……はい」

 ラウラも束姉の手を素直に受け入れながら、小さく頷いた。

 その後、いつまでも玄関先にいても仕方が無いのでリビングに移動。先にソファに座って待ってたクロエとレイアをラウラに紹介。

「それで紹介するね。ラーちゃんの遺伝子上の妹で、私の娘。クーちゃんことクロエと、レーちゃんことレイアだよ。言い方は悪いけど、製造順ではラーちゃんが一番お姉ちゃんで、次いでクーちゃん、レーちゃんの順だね」

 その紹介に、二人の顔をみて小さく呟くラウラだけど、三人とも銀髪で、本当に三つ子状態。うん、かわいい。

「わたしの、妹……」

「はい。はじめてお目にかかります。緒方クロエと申します。よろしくお願いいたします、ラウラ姉様」

「初めましてラウラお姉ちゃん! リーは緒方レイアだよ。よろしくなの!」

 そのラウラの呟きに閉じていた目を開いて丁寧に挨拶をするのはクロエ。銀髪に金の瞳、そしてヴォーダン・ウォージェの過剰適合で黒く染まってしまった白目が特徴。通常の視力は完全に喪失してるので普段は目を閉じている。

 続けて元気よく挨拶するのは末っ子のレイア。銀髪に、両目とも金の瞳。ラウラやクロエと違い適度にヴォーダン・ウォージェに適応してるらしいけど、遺伝子強化されたはずが身体能力は一般的な同じ年頃の少女以下しかない。身体能力が低いだけで病弱ってわけじゃないし、それ以上に元気だからどうでも良いことなんけどね。

 余談だけど、クロエもレイアもISを持ってる。クロエは失った視力補助用に黒鍵を、レイアは低過ぎる身体能力を補う為に白鍵という生体同期型の特殊なISをそれぞれ体内に埋め込んでいる。

 これでクロエは目を閉じてても周囲を把握出来るし、レイアも普通の女の子程度の筋力と、短時間で切れないスタミナを持てる事になった。宇宙用とも兵器用とも違う、ISの第三の活用法になる医療用IS。束姉やお父さん達は宇宙開発だけじゃなく、こういう障害補助の為のISも研究してるらしい。クロエとレイアはそのテストケースでもある。

「あー、私はラウラ・ボーデヴィヒだ。ドイツ軍少佐で、軍司令直轄特務IS部隊《黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)》の部隊長を務めている」

 閑話休題(余談は置いといて)

 クロエとレイアを前に、お堅い挨拶を始めたラウラに少し溜め息。いくら何でも緊張しすぎだって。

「まったく。それじゃ堅すぎだよラウラ。妹相手なんだから、素でいいんだってば」

「いやだが、その、一夏。わたしはクロエ達にどう接していいのかわからないんだよ。上官や部下はいたけど、妹なんていたことなかったんだから。そもそも隊長等と言われていても、実際はわたしが部隊で一番年下だったし」

 て言っても、弱冠十五歳でドイツ軍IS特殊部隊の部隊長。しかも自分より年下との接触経験も無し。まあ、緊張するなってのが無理な話だけど……。

「あー。なら、こうだ!」

「ふにゃぁっ! ちょ、やめぇ! いひ、か、やめひぇっ!」

 どうせ僕達相手には甘え癖が出てきてる上に、素の性格自体は素直で無垢なんだから、肩肘張らないで良いようにと普段じゃれ合ってる時の様に脇を擽ってやる。うん。ビックリした時の鳴き声もいつも通り。口調も素になった。

「にゃあうぅ……。わら、ひは、りゃう……、ラウラ、ボーデヴィヒ。その、クロエ、レイア。頼りない姉だけど、その、仲良くして、ほしい」

「はーい、ラウラお姉ちゃん!」

「はい。そちらの方がお話ししやすいです、ラウラ姉様。改めて、よろしくお願いします」

 まだ少し固いけど、まあまあ普通の挨拶になったラウラに、クロエとレイアも笑顔を浮かべた。

 その様子を側で見てたシャルが、楽しそうに三人を見る。

「……目の色以外殆ど同じ顔が三つ。背丈も殆ど同じ。でも性格はそれぞれ。それがわちゃわちゃしてて可愛いし、ちょっと面白いね、この光景」

「僕は妹分がまた増えて嬉しいけど、確かにあの感じは微笑ましいってのが似合う様子だよね」

 金と紅の虹彩異色(ヘテロクロミア)なラウラ。金の瞳に黒目のクロエ。普通に金の瞳のレイア。

 真面目で、少し固いラウラ。寡黙で物静かなクロエ。元気いっぱいで明るいレイア。

「……さすがに恥ずかしいのだけど、これで、本当に大丈夫なの?」

「その為に連れてきたんだ。ラウラにも、普通とは少し意味合いが違うけど、ちゃんとした家族がいるんだよって知って欲しかったから。それに、可愛いでしょ、クロエもレイアも」

「うん。初めて会うけど、わたしの、妹達」

 三者三様。今は不安がって両手を組んで握りしめてるラウラも、クロエとレイアの顔を見つめると、二人はラウラを安心させる様に微笑む。

「そうだよ、ラウラお姉ちゃん」

「はい。ラウラ姉様は私達の姉様です」

 そして組まれているラウラの手を片方ずつ取って、包む様に握る。右手をクロエに、左手はレイアに。三姉妹がここで、一つになれた。

「ふふ。じゃあ、そろそろお楽しみの着せ替えタイム、だね」

「お姉ちゃんはリー達のお洋服で大丈夫かな。大丈夫大だよね? 背もリーとクーと同じくらいだし」

「はい。姉様に合うといいのですが」

 そうして家族の顔合わせが終わると、シャルとレイアが顔を合わせて笑顔で頷きあい、クロエも普段の表情に、少しだけ喜色を混ぜた弾んだ声で二人に合わせる。

「……お、お手柔らかに、お願いします」

 そんな三人に対して不安げに懇願するラウラだけど、まあ、当然の様に誰もお手柔らかになんてしないわけで……。

「ふにゃぁあぁぁあっ! まだつづくのぉーっ!? もうゆるしてよーっ!」

 という悲鳴と共に、ラウラはほぼ一時間にわたってシャルとレイアの着せ替え人形にされたのでした。まる。

 ついでに僕はボディガードのつもりで男装して、銃刀法にかからない範囲で武装してます。だって、僕も入れて女五人なんてナンパしてくださいって言ってるようなもんだし? まあ、いいとこ中学校入りたてな見た目のラウラ達三姉妹をナンパする様なアホはいないと思いたいけど、明らかに日本人じゃないってことを入れても三人とも比喩無しで可愛いからね。シャルと僕を入れると未成年の外国人観光客五人組にしか見えないだろうし。暗器も含めて自衛の為にって事で。

 

 そして、いざ買い物に、と家を出ようとしたところでラウラが唐突に戦艦を見たいと言い始めた。

 横浜港に隣接する記念公園に停泊、動態展示されてる太平洋戦争を生き残り、停戦協定の調印式を行った戦艦《加賀》と、数ある主力空母の一隻で、ソ連との停戦協定調印式を行った空母《瑞鶴》を見たいと。

 ドイツは休戦する以前に降伏してしまったため、稼働可能な艦艇は連合軍各国への賠償艦として散り散りになって、巡洋艦以上の大型艦で戦後に残ったのはゴーテンハーフェン軍港……現在はグディニャと呼ばれる港で、空襲によって大破着底状態となっていた戦艦ティルピッツただ一隻だけだったとか。で、現在はそれを浮揚して修理復元したものがハンブルグ港に博物艦として展示されてるらしい。だからこそ、同時期アメリカとイギリスと停戦し、不可侵条約を破って侵攻してきたソビエト連邦をも退けた旧日本海軍の主力艦をぜひ見たいって事で。なので行き先をレゾナンスから横浜に代えて。

「やって来ました横浜港! ここなら加賀と瑞鶴を見た後、ピアマーケットとかドックヤードガーデンで買い物できるし、学園まではモノレール一本で帰れるからね」

「ここが日本の港町。見た目だと細かいところが違うけど、全体の雰囲気はドイツとも変わらないんだね。それで……」

「あれが第二次世界大戦の日本の主力艦。その内の二隻。加賀と瑞鶴か。本当に大きいね」

 六万トン近い排水量を持ち、四一センチ三連装砲を前甲板に二基と後甲板に三基背負い、更に四基の十五センチ三連装副砲を初めとする小口径砲や高角砲、機関砲などを全身針鼠の如く身に纏った、世界でも一、二位を争う重火力艦、加賀型戦艦一番艦の加賀。そして、その直ぐ横には世界で初めて設計段階から斜め甲板を搭載する装甲飛行甲板式空母として建造され、現代主流の艦隊指揮型空母の先駆けともなった七万トン級超大型空母。翔鶴型空母二番艦の瑞鶴。

「うん。戦艦加賀と空母瑞鶴。加賀は1926年、瑞鶴は1936年に就役。1938年にイギリス海軍が主権奪還を掲げて日本の同盟国シンガポールに攻撃を仕掛けてきたのに対して、シンガポール駐留艦隊が反撃に出る形で第二次世界大戦に参戦。連合各国とソビエト連邦との完全停戦が済む1946年まで沈むことなく最前線で戦い続けた英雄」

「いつ見ても、大きいです。これが、世界の海を駆けて、戦い、今ここで休んでいるのですね」

「そうだね」

 加賀は日本と米英蘭豪始め連合諸国家との間で交わされた停戦協定の調印を行った、日本海軍の象徴とも言える戦艦でもあり、その歴史的経緯から当時、連合側代表を乗せて加賀の隣に停泊、接舷したアメリカのアイオワ級戦艦八番艦メインと共に世界の二大記念艦とも言われ、メインの方はハワイ州オアフ島パールハーバーの一角に、加賀と同じく動態状態で展示停泊されている。そして加賀の隣に停泊する瑞鶴は、小樽港沖で行われたソ連との停戦協定調印式に使われた艦でもある。

 何気に、加賀も瑞鶴もメインも、有事の際には現役復帰出来る状態に整備されてるのはビックリだけどね。なお、この種の動態展示されてる旧日本海軍艦はほぼ全艦が艦籍を除籍しないで、そのまま自衛隊所属艦としての艦籍を持ってるらしい。理由は、一番若くても艦齢八十年前後になるのに、その実、近代化改装を施され最新鋭艦にも劣らない火力と装甲に速力(総合戦闘能力)を持ち合わせてるからとか。燃料と弾薬や再整備のコストを度外視すれば、だけどね。

「当時のまま残ってる艦内施設や機関。どれも勉強になるよ」

「一応、あちらこちら近代化改装されてるみたいだから、完全に当時のままってワケじゃないよ。自衛隊の予備役艦籍で砲弾とかも常時準備されて、有事には最前線に出られるらしいしね」

「そうなんだ。でも本当に、日本の技術力って凄いよね。当時の日本の技術力は欧米諸国に劣るとか言われてるけど、この艦を見てそんなことないような気がする。じゃないと、平等条件での停戦なんて、無理だと思うし」

 ラウラとシャルが感心する日本の戦闘艦。第二次世界大戦前後の時期に、既に主機関を化石燃料系から水素燃料系に移行して、駆動系もタービン駆動を全廃してモーター駆動に統一してたらしい。世界的にはアメリカのレキシントン級巡洋戦艦を始め多数の艦がディーゼル機関を使ったターボ・エレクトリック駆動だったらしいけど、実際には日本はその一歩先を進んでたという。裏付けとして、この場にある加賀と瑞鶴の他、病院船として使われた貨客船氷川丸や、重巡洋艦伊吹なんかも化石燃料機関特有の大きな煙突が無い。これは当時、連合軍側が謎の船体形状と言って騒いでたらしいけど、戦後に日本が情報を開示した途端に水素燃料機関の設計図を寄こせと言ってきて蹴っ飛ばしたって経緯がある。流石に八十年以上経った今では珍しくもなんとも無いありふれた艦船用機関になってるけどね。

「まあ、歴史はその時の事実じゃなくて、後の歴史家が決める、なんて言うしね。基本的に当時の欧米諸国の考え方としては、それで間違いじゃないと思うよ。事実が実際とは違っても、ね」

 当時としては、アメリカを初めとする欧米各国は日本が自分達より優れた技術を持っているなんて思いたくなかった……。いや、今でもそうか。束姉が発明、開発したISも、その管理機関の中枢になる国際IS委員会はスイスに本部を置いて、教育機関になるIS学園は日本に負担を押し付けて運営させてるわけで。僕が誘拐されたのだって、日本(千冬姉)が大会二連覇するのを防ぎたかったどこかの国(ドイツ)の一部派閥が実行した事だろうしね。

 どの道、権力を持つ白人種(欧米人)の一部は、日本人を初めとする有色人種を下に置きたいという意識を持ってるらしいのは有名。それに。

「ふふ、確かにそうだよね。英語としてのHistory(歴史)は、His story(誰かの意図した物語り)である、なんて解釈もあるしね。ねえラウラ。来て良かった?」

「うん。さっきも言った通り、勉強になった。暴力を振るう事への覚悟と、国を守ろうとする意思が、今も残ってる。外観で見せる力の象徴と武威。そして、艦内に分祀された神社。あの時のわたしの愚かさを、改めて見直せた気がする」

 歴史……ヒストリーという言葉の意味、そしてその内容は、得てして誰かの為に曲解、強調されやすい。それでも、ラウラの様にそう言った変な思想や思惑に捕らわれないで、素直に見た事を受け止めてくれる人も居る。

「反省して、自制してるラウラを、愚かだなんて思わないよ。僕達はね」

 だから自虐的になってるラウラの頭に手を置いて、軽く撫でて宥めると、僕の目を見てゆっくりと頷いてくれた。

「……うん」

 

 そして場所を乾ドック跡をそのまま改装して作られた商店街ドックヤードガーデンと、併設する複合ビル、ピアマーケット。無数のショップが乱立するショッピングセンターを形成してるこの二つの施設に移して、ラウラの服を選ぶ。初めは少し落ち着いた感じの洋服を中心に選んでたんだけど、ラウラ自身が言いづらそうにしながらも希望を言ってくれたから方針転換。 

「……えっと、もう少し、可愛いのが、いい、かも」

「わかった、任せてよ!」

 それにはシャルが本当に楽しそうに返事をして、レイアとショップの店員を巻き込んでラウラのファッションショーが行われる事になった。ラウラの懇願も無視されて……。

「あの、本当にお手柔らかに、お願い、します……」

 

 そうしてラウラのワードローブが膨大に増え、買った物は学園まで配送を頼んだ時にはもう、ラウラ自身はくたくたになってましたとさ。

 で、買い物の後は……。

「ラウラもお疲れ気味だし、ちょっと遅くなったけど、お昼ご飯にしようか」

「だね。ここ、どうかな。なんだか雰囲気もいいし」

 ピアマーケットのレストランフロアにあったカフェ風のレストランに入ってお昼ご飯。

「流石に疲れたよ……」

「シャルもレイアもラウラで遊びすぎ。次は無いよ」

 案内された六人テーブルに座った途端、ラウラがテーブルに突っ伏しちゃったのを見て、流石に見かねて二人を窘める。大人しく着せ替えられてるラウラは、ある意味着せ替え人形なんだけど、当の本人が疲れるまでやるのはノーだよね。家とこことで二回、回ったお店も数店だけだし本人も嫌がってはいなかったからいいけど、そうじゃなきゃイジメだしね。

「……ごめんなさい」

 シャルとレイアの二人も反省してるようで、素直に謝ってくれたからこれで終わりだけど。

 とりあえずお店おすすめのメニューを中心に頼んで食べてた所で不意に、直ぐ隣のテーブルから大きな溜め息が聞こえてきた。 

「はぁ……。どうしよう」

 触らぬ愚痴に祟り無し、と無視を決め込んでたつもりが目が合ってしまった。女神(エイドス)め、気まぐれが過ぎるよあんた……。

「あの、ちょっといいでしょうか」

 向こうの女性は僕達を見て頷いてから声を掛けてきた。流石にこれは無視は出来ないかな。

「はい?」

「私こういう者です。それでその……」

 そうして名刺を渡してきた女性は、有名なメイド喫茶の店長さんで、相当お困りの様子。

 急病に子供の行事は仕方ないとして……駆け落ちって何なのさ!?

 そんな店長さんのお願いは、僕達に臨時でアルバイトをして欲しいって事らしいけど。

「今日一日、お店で働いていただけないでしょうか」

「……どうする?」

「僕達はいいけど、クロエちゃん達は」

 僕とシャルにラウラはいいけど、クロエとレイアはなぁ、とは思いつつ。

「そっちの子達もぜひ!」

「……中学生なんですけど、この子達」

 対外的に優亜と同じ中学生って事になってる二人にバイトさせるのは、と思っても見た目がラウラと三つ子だから断れないし。

「……バレなきゃ大丈夫、ていうことで。それに、こっちのお姉さんと見た目変わらないし。寧ろ三つ子にしか見えないから平気よ」

 そんなこんなで店長さんのお店、@クルーズに。そして着替えたところでシャルルンがプチギれ。まあしゃーなし。

「僕が執事服なのはまあいいとして……」

「なんで僕までこっちなの!? メイド服の方がいいんだけど!」

「だって二人とも凜々しいし、それに」

 執事服を着こなしつつ、それでもメイド服の方が良かったと憤ってるシャル。けど……。

「は、恥ずかしい……」

「でも姉様、似合ってますよ」

「うんうん。お姉ちゃん、可愛いよー」

 恥ずかしがりながらスカートの裾を握りしめてるラウラと、励ますクロエとレイア。三人同じメイド服で、三つ子メイド状態。そしてかわいい。

「あっちの三人がメイド服じゃない? ならあなた達二人は執事服の方がバランスが良くて」

「……はぁ。わかりました。いいですよ。やりますよ、ええ」

 そんな三人を見て、店長さんの言うことに不承不承ながら納得したシャルを含めて軽く接客の仕方を教わって直ぐに準備完了。

 さて、戦闘開始(給仕開始)だ!

「お待たせいたしましたお嬢様。お砂糖とミルクはお入れになりますか?」

「は、はい! あの、少しずつ、入れてください」

「かしこまりました」

 シャルの微笑みに見惚れてる大学生くらいの女性グループがいると思えば。

「……コーヒーだ。注文はこれでいいな」

「えと、あの、メイドさん」

「なんだ?」

「いえ、何でもないです。コーヒーおかわりください」

「承った」

 ラウラの冷たい接客に、でもなぜか嬉しそうにコーヒーを追加注文する男性客が居たり。

「こっち、蒼い髪の執事さんお願いします!」

「こっちは銀髪メイドちゃんに来てもらっていいですかー?」

「金髪執事様、ぜひ私達のテーブルに!」

 僕も含めてあっちにこっちに呼ばれて大忙し。まあ、僕達の容姿のせいもあると思うけど。

「これは、大盛況?」

「だよねー。お姉ちゃん達、モテモテさんだよねー」

 カウンターに出来上がった料理を取りに行くとレイアとちょっとお喋り。

「そっちの双子メイドちゃん。注文いいかな?」

「はい、かしこまりました」

「ただ今お伺いいたします」

 そして厨房スタッフに混ざって接客よりもオーダーの準備の方をメインにしてるクロエとレイアも双子セットで呼ばれる感じで、本当に大盛況。そんな時間が続くのも束の間、お呼びでない乱入者が……。

「全員動くなっ!」

 低く耳障りな怒鳴り声と乾いた発砲音に振り返れば、あからさまに俺達強盗だと言った容貌と服装の男が七人、堂々と押し入ってくる。

 当然お客様達は悲鳴を上げたり騒ぎ始めるけど、リーダーらしき男が再度天井に向けて拳銃を発砲した事でそれもピタリと収まる。でもなぁ……。

「……なんか、テンプレ強盗って感じ。銀行襲った後の行きずりでここって事かな」

「……その様です。入ってきたのは七人で、外には警察がいる。それに、ピストルは持ってるけど、手付きを見るにほぼ素人ですね」

「……うん。手付きがちぐはぐ。使えるだけ、程度じゃないかな。あれなら、僕達三人なら片手間にもならない」

 持ってる拳銃は古いロシア製の、更にその複製品。拳銃以外は多分、持っててもナイフ位だと思う。天井に向けて撃った時も片手な上に反動に負けてたし、どっかから流れてきたのを偶然手に入れた素人集団。思い付きで犯行して、警察に追われる内に、手近で広いこの店を見つけて入ってきたんだろう。

「一夏姉様」

「ん、シャルの言う通りあれ位なら大丈夫だよクロエ。隙が出来たら一気に潰す。で、そのまま逃げるから。レイアもシャルもラウラも、それでいいね」

 突然の荒事にクロエが少し怯えてるけど、背中を撫でて落ち着かせる。そして速攻で片を付ける様にシャルとラウラに目配せして動く準備を始める。

「わたしなら大丈夫です。いつでも行けますよ」

「こっちも。タイミングは全部合わせるから」

 現役軍人と軍の訓練を受けてるラウラとシャルは怯えも見せずに頷いてくれる。目付きが既に戦闘態勢になってるし。

「わたしもへーきだよ。ここでくーと待ってるから」

「はい。私達では逃げる以外は足手まといですから、レイアと大人しくしています」

 そしてクロエとレイアも、僕達三人の余裕の表情を見てか、静かに、でもいつでも動ける様に床に手と膝を付けて座る。恐怖心は抜け切れてないのか手を繋いでるけど、荒事の経験が無い二人には上出来。

「僕はいつでも行けるよ、一夏、ラウラ」

「うん。……では先陣は私が行こう。一夏、シャル。合わせてくれ」

 シャルとラウラは準備万端。強盗達とのお話し合いは軍人モードになったラウラに任せて、僕とシャルが後に続く。

「了解、隊長」

 徐に立ち上がり、手近のテーブルからメニューを掴み取ってリーダーらしき男の前に躊躇なく歩いて行くラウラ。

「注文を取りに来た」

「……なんだメイド。動くなって言っただろうが」

「注文は? メニューはこれだ」

 メニューを男に突き付ける様に差し出すと、男は訝しげな表情でラウラに銃口を向けるが、ラウラは一顧だにせず。メニューを差し出したまま注文を聞く。

「テメ、舐めてんのか!」

「生憎、お前達の様な輩を愛でる趣味は持ち合わせていないし、こうまで思い通りに動いてくれる様な輩では、舐める暇すらないな!」

 そんなラウラに男が癇癪を起こすが、ラウラは更に挑発の言葉を口にしながら、片手で拳銃を上から掴み、乱暴に男の手から奪い取ると手早くスライドを取り外した。

「……な、バラされた」

「こんな物、慣れれば片手間で分解出来る。お前達程度なら、相手するに一分もかからんよ」

 スライドだけとは言え、目の前で拳銃を解体されて驚き絶句するリーダーの男に、バラした銃を放り捨てながら腕を取り、合気の要領で男を床に叩き付ける。

「てわけで早速一匹げーきは! そんで二ぃ、三!」

「こっちも一人! そして分解も片手間なら、組み立ても片手間で出来るしねー。チェックメイト。動いたら、風穴開けるよ?」

 その様子を遠巻きに見てた他の強盗達の中に僕は走り込んで、首筋に手刀を叩き込んで一人を昏倒させ、続けて膝裏を蹴り胸を殴りつけて背中から叩き落として一人をノックアウト。更に身体の捻りをそのまま使って三人目の顎に回し蹴りを入れてこちらもノックアウト。そうしてる内にラウラがもう一人をノックアウトしてる横で、ラウラが投げ捨てた拳銃を拾ったシャルはそのスライドを器用に填め込み、銃底で一人を殴って床に倒れさせると、最後の一人の喉元に銃を突き付ける。その間にラウラが最初に倒したリーダーの、腰の辺りが不自然に膨らんだジャケットを捲り上げると、その腹に巻き付けられてる簡素な作りの爆弾を一瞥して線を切り、左腕を掴み上げて背中に膝を乗せて抑え込む。

「なんなんだよ、オマエら……」

「僕達はただの通りすがりの執事とメイドだよ」

 その状況でシャルに銃を突き付けられてる男が呻くのに簡潔に答えると、リーダーは自由に動く右腕を動かしてジャケットから簡素なプラスチックの箱に赤いボタンの起爆装置らしき物を取り出して誇らしげに見せつけながら脅しかけてくるけど……。

「こ、コイツが見えねえのか。いいのか、ここで俺がスイッチを押せば、こんな店位は吹き飛ぶぞ!」

「……押してみれば? もうバラしてあるから意味ないけど」

 もう役に立たないソレを指さしながら押したければ押せば良いと言えば、その通りにボタンを押した。

「は……? な、なんでだ!」

 何も起こらないけど。癇癪を起こした様に何度もボタンを押しながらリーダーがなんか叫んでるけど。

「そんな素人の手製爆弾なんて、取り押さえるついでで解体出来るっての」

「見ていたが、まさか起爆線が一対だけとはな。訓練中の新兵でさえ作らない代物。解体などというのも烏滸がましい」

 肝心の起爆線を切ってあるから起爆信号が通らないし、当然、爆発するわけもない。

「そういうわけだから……これ以上動くな」

「がぁっ!」

 いつまでも叫んで五月蠅いリーダーを殴りつけて気絶させると、あちらこちらで上がってた悲鳴も静まった。

 そこで警察に捕まえさせるためにもと、手持ちの結束バンドで男達の手を拘束しながらクロエとレイアを呼び寄せると、店長さんも一緒に来て、僕に五通の封筒と名刺を渡して来た。

「シャル、ラウラ。拘束よろしく。クロエ、レイア。行くよ」

「店長さんも、そういうことで。済みませんが僕達はここまでです」

「え、ええ。大丈夫よ。それから、それは今日の五人分のお給料。それと、一応私の名刺を渡しておくわね」

 その封筒と名刺を受け取りながら、店長さんに頭を下げる。

「お店を守ってくれてありがとう、ヒーローさん達。後は任せて、早く行きなさい」

 そんな店長さんの声に押されて更衣室へ下がって、手早く着替えて、クロエとレイアを抱えながら近くの公園まで走る。

 

 辿り着いた公園でベンチに腰掛けながら一息吐くと、シャルとラウラが寄り添いながらさっきの事で苦笑いを浮かべる。

「楽しかったけど、最後でなんかオチが付いちゃったね」

「うん。良い経験だったとは思うけど」

 クロエとレイアも寄り添って手を繋いでベンチの背もたれに身を預けながら、思い出した様にレイアが面白い事を言いだした。

「……あ。ここのクレープ屋さん。ミックスベリーを注文すると恋人になれたり、仲良くなれるって優亜が言ってた」

「ミックスベリーか。メニューには、ないね。ちょっと注文してくるね。みんなもそれで良い?」

「うん」

 全員、異口同音に答えてくれたから早速クレープ屋さんの車に。そして注文するけど。

「ミックスベリーかい? うちには無いぜ」

 強面なお兄さんにそう言われて仕方なしにメニューを見る。で、気付いた。恋人や仲良し。つまりは……。

「じゃぁ、ストロベリーとブルーベリーを三つずつお願いします」

「ストロベリーとブルーベリーを三つずつだな、直ぐ作ってやるよ」

 そしてあっという間に出来た六つのクレープを持って、クロエとラウラにストロベリーを。レイアとシャルにブルーベリーを渡して、お互いに食べ合ったらと言えば、みんな気付いてくれた。

「あー。そういうことなんだね。ふふ。確かに恋人とか仲いい人じゃないとできないね、これ」

「うん。でも、美味しい」

 ストロベリーとブルーベリー、二つの味のクレープを食べさせ合える仲の二人が居ないと成立しない、二つで一つのミックスベリー味。

「美味しいねクー」

「ええ。そうですね、レイア」

 

 こうして、みんなで仲良くクレープを食べて、残りの小物や日用品を買い歩いた後、クロエとレイアを家に送り届けてから寮に帰りました。

 帰りのモノレールでラウラが眠っちゃったのはご愛敬ってコトで。

 

 そして夜、シャルとラウラの部屋で、シャルと悪巧みしたとあるブツをラウラに着せて、自分達もソレを着た後にリィンを呼んでみると、どこかのお店のショッパーバッグ片手に微妙に苦笑いした後でポンポンポン、と僕達三人の頭を撫でながらかわいい子猫達だなって言ってくれた。

「えへへ。いいでしょ、これ。黒猫ラウラと白猫シャルに、青猫一夏ちゃんだよー」

「ああ。たまにはこういうのも良いな」

 なんて言いながら、キッチンへ向かったリィンは、マグカップとお皿が乗ったトレーを持って戻ってきた。中身はホットミルクとクッキーにビスケット。

「そのクッキーとビスケット、優衣と鈴に誘われて買い物に出たからお土産代わりに買ってきたんだ。食べてくれ。ホットミルクなのはまあ、子猫ちゃん達が居るからだな」

 こんな感じでお土産をつまみながら温かいミルクを飲む三匹の子猫と王子様の不思議な夜のお茶会は、就寝時間ギリギリまで続くのでした。

 ていうかラウラ。リィンの膝の上で丸くなるとか、猫になりきってない?




個人的な事情とは言え、前回からまた月単位で時間が経ってしまいました。
今回のお話しは本来四巻分のエピソードにあたるのですが、プロット上の事情で二巻分のエピローグ的扱いでここに持ってきました。
本音を言えば夏休み編前ならどこに入れても問題ないのですが、時系列的にここが一番という事になりました。

白猫シャルと黒猫ラウラは正義だと思うのです。で、うちの一夏は髪色的にも青猫なんですが、絵心が無い私ではイメージは出来ても絵にしてお見せ出来ないのが残念です(´・ω・`)

余談ですが、当作品に出てくる瑞鶴は、加賀と同じく仮想戦記的設定の同名別艦です。というか日本製フォレスタル級とでも言える艦です。船体サイズや排水量もミッドウェイ級とフォレスタル級の間位なサイズ感で設定してます。名前だけ出てきた伊吹や氷川丸、名前が出てないその他艦艇も同名の別艦です。ついでにメインがモンタナ級では無くアイオワ級の八番艦というのも、レキシントン級が巡洋戦艦のままなのも間違いじゃ有りませんので。だってこの世界、海軍休日が成立しなかった世界なので態々巡洋戦艦を空母に設計変更したり、敵に追い着けない低速大火力艦を建造する必要がないですし。

余談はここまでとして、次回も少し間が空いてしまうと思いますが、本編臨海学校編……の前にもう一話閑話を挟む事になります。内容はまあ、お察しでしょうが。リィンに誰かとラブコメって貰おうかと急遽閑話として書く事にいたしました。零からの追加分なのでまた時間がかかってしまうかと思いますが、どうか気長にお待ちいただけると幸いです。


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閑話03 そうだ水着を買いに行こう

こんにちは、お久しぶりです。
約二年振りの投稿になりますIS-Apcrypha。
リハビリも兼ねた感じで上手く書けているか自信がありませんが、ご査収くださいませ。


 六月も終わりに差し掛かった土曜日の夜。突然部屋を訪れたシャルによってもたらされたのは外出のお誘い。

「ねえリィン。明日、さ。用事がなかったら僕とお出かけしてくれませんか?」

 もとい、デートのお誘いか。まあ、今では俺の彼女の一人となったシャルの小さなお願いに付き合うのは吝かではないのだが。

「今度ある臨海学校で必要だからさ、水着を買いに行きたいなって思って。ダメ、かな?」

「水着か。いいぞ」

「ホント。ありがとう、リィン!」

 水着を買いに行きたいというシャルに、一日付き合う積もりで行けると伝えれば、シャルがふわりと抱きついて来た。

 タッグマッチトーナメントが終わり、自身の身の振り方に方向性を見つけて直ぐに告白され、俺がそれを受け入れて以来、シャルのスキンシップが増えた。とは言え、手を繋いだり、今の様に抱きつく程度だが。

「それでさ。その、レゾナンスの前で待ち合わせでも、いいかな?」

「いいぞ」

 閑話休題。(まあ、そこはいい)

 スキンシップ自体は程度の差はあれ、普段一夏達と行うそれとさほど変わらない。夜に関して言えばもう少々ハードだが……。そちらは余談か。

 ともかく、今回シャルが望んだ寮から一緒に行くのではなく待ち合わせて買い物に、と言う事は、シャルもデート気分を味わいたいのだろう。

「うん、ありがとう! わがまま言ってごめんね」

「この位はわがままの内にも入らないさ。それじゃ、明日だな」

 待ち合わせする程度はわがままとは言えないだろう。一日買い物に付き合って、お互いに溜まってる最近のストレスを解消するにも丁度いいしな。

「あのねリィン。大好き、だよ」

 部屋のドアを開けた所でシャルが振り向きざまにそんな事を言いながら、背伸びをして俺の頬にキスをしてきた。

「……俺もだよ、シャル」

 シャルが廊下に出る前に、お返しでシャルの唇に軽くキスを送る。

「ん……。えへへ。お休み、リィン」

「ああ、お休み、シャル」

 ふわりと柔らかい笑顔を見せたシャルを見送り、今日やるべき事を済ませて早々に寝る事にした。

 

 翌朝。普段より少しだけ早めに起きて朝の鍛錬を一通り。ついでに一夏と共に千夏や箒、他の任意参加者達への基礎訓練も行う。しかしほんの一時間程の訓練で息が上がるとはみんな体力が無いな。まだまだ甘い、か。任意で参加してる静寐達も含めて、もう少しスタミナを付けられるメニューに変えるべきだろうと一夏と話し合ってから鍛錬を終わらせる。一夏曰く、食事も変えさせた方がいいかもとの事だが、その辺は好みの問題もあるから強制出来ないし、提案程度だよねとも。

 鍛錬を終わらせて軽く汗を流した後に朝食を摂り、外出用の服に着替える。学園の制服は面倒事を回避しやすくする最も簡単な示威行為だが、流石に今日は私服だ。……こちらの流行り廃りには疎いので、一夏と優衣、そして鈴の三人に見繕って貰った物だが。まあ良いだろう。今後の為にも、今日の買い物ついでに書店でその手の雑誌でも買ってみるとしよう。デートだし、シャルに相談するのも良いかもしれないな。しかし……。

「一人で乗るモノレールも、たまには良いな」

 待ち合わせの時間も近くなり、普段は最低でも二、三人で乗るモノレールに一人乗り込む。マルチデバイスに繋いだヘッドホンで取り込んであるこちらに来て買い集めた音楽を聞きながら、ふと顔を上げて車窓に見えた海とその先の陸地という景色に思わずそんな呟きを漏らしてしまう。そしてマルチデバイスで読んでいた電子書籍に目を戻す。束さんに読んでおけと言われた技術書だが、こちらの科学技術やISとその関連技術全般についてまだ疎い俺には難しくも為になり、またISの操縦の糧となる貴重な情報源ともなっている。

 そうしている内にレゾナンスのある駅までもう数駅。IS学園がある人工島と本土を結ぶ橋を渡り、陸地に差し掛かって景色が変わる。導力鉄道の車窓も良かったが、こちらの世界の、人工物の中を走り抜ける車窓もまた、見ていて飽きない物がある。

 

 そんな事を考えていたらいつの間にか目的の駅に着いた。さて、時間より早く着いたけど、シャルは先に来ているのか、俺の方が先なのか。

「……」

 などと気楽に考えていた数分前の俺、反省しろ。なぜ急がなかった。なんて言っても詮無い事は思わないが、一夏や優衣達でもそうなのに、シャルみたいに綺麗な子がナンパに合わないわけは無いだろう……。

「あの、待ち合わせてるから」

「良いから行こうぜ。君みたいな子を待たせるヤツなんて放っておいてさ」

 身長はそこそこ、見栄えもそこそこ。日本人の平均的なややイケメンなどと呼ばれる人種。だが明らかに染めているとわかる生え際が黒髪のくすんだ金髪とその後先を考えない言動が、この男が所謂チャラい男に分類されるだろうと思わせる。

「待たせて済まないシャル。申し訳ないが彼女を待たせていたのが俺なんだ。悪いがそこまでにして貰おう」

「んだよ、テメエ」

 シャルに待たせた事を詫びながら、シャルの手を掴んでる男に声を掛けると、彼は俺を睨み付けながら恫喝する様な声音で返してくる。

「その子の恋人だよ。悪いがその手を離して貰おうか。シャル、遅れて悪かった。行こうか」

「リィン遅いよー。あの、本当に離してください」

「うるせえな! 後から来て調子乗ってんじゃねぇよ!」

 しかも、恋人関係だとあからさまにわかる言葉を交わしても男は諦めず、シャルの腕を掴んだまま俺に向かって蹴りを入れてきた。仕方なしにその素人丸出しの蹴りを片手で掴み、シャルの腕を掴んでいる手を軽く掴んで離させる。俺としては軽く掴んだ程度だが、男は蹲り、痛そうに腕を擦っているがまあ、自業自得と納得して貰おう。

「いで、いでで!」

「決まった相手が居る女性に無理を聞かせようとしたんだ。痛み程度は甘んじて受けるといい。さて。行こうか、シャル」

「うん!」

 未だに蹲っている男に一言だけ告げ、シャルに声を掛ければ嬉しそうに左腕に抱きついてくる。

「ま、待てよ! 先に声かけたの俺だぞ、ふざけんな!」

「ふざけているのはそちらだろう」

 が、一度その手を離してもらい、シャルを庇いながら男に向き合うと、立ち上がった男は小さな折りたたみナイフを手に距離を詰めてくる。

「テメエ!」

 ただ真っ直ぐ、どこを狙うでも無く飛び掛かってくる男の、ナイフを持つ右の腕を取り、脚を払いつつ大けがをしない程度に地面に叩き付ける。

「アグッ……」

「痛いだろう。これに懲りたら相手が居る女性に声を掛けるような真似はやめるんだな。それにこのご時世、運が悪ければ警察沙汰にもなるぞ」

 うつ伏せで呻き身動ぎする男にそう声だけ掛け、シャルの腰を抱いて離れる。これ以上は相手にするのも面倒だ。

「助けてくれてありがとう。やっぱりリィンは僕の王子様だよ」

「王子なんて柄じゃないんだけどな。でも、シャルがそう言うなら、そうなんだろうな」

 俺の肩近くに頭を預けながら呟くシャルに、王子はどちらかと言えば一夏やユーシスの役回りの様な気がすると思いつつも、シャルがコロコロと笑っている事を否定する必要も無いので思うままにさせる。

「蹴られてたけど痛くない?」

「あの程度はな。それより、シャルの方こそ大丈夫か?」

 そんな甘えるままのシャルに痛みは無いと答えながら、ナンパなどに遇ったことは大丈夫かと問いかける。人によってはそれで気分を悪くする事もあるらしいと聞いているから心配になる。だが。

「うん。僕は平気だよ。……確かにね、ちょっと気味悪い人だったよ。だけど、リィンがちゃんと僕を助けてくれたから」

「そうか」 

 そうだよ、と言いながら抱きついてくるシャルを、それまでより少しだけ強く抱き寄せる。

 

 そしてレゾナンスへ辿り着いた瞬間、気が滅入った。

「やっぱり、混んでるな」

 俺の呟きに、苦笑い気味にシャルが返事を返してくれるが、IS学園入学までの間、休日の商業施設を使ったことがなかったのだ。平日は訓練、座学、休暇の繰り返しで、特に織斑の操縦適性発覚以後は、迂闊に商業施設などには行けなかったからな。スパイ行脚でな……。

「まあ、休日のここはね。一夏達が言うには、平日なら空いてるんじゃないかってことだけど……」

「平日に来るのはまあ、無理か」

「でしょ?」

 とは言え、今日はシャルのお願いを聞く日だ。買い物に行かないという選択肢もなければ、それ以後一日二人で過ごすことも当たり前の事。覚悟を決めて行こう。

「まずは、先に買う物を買うか?」

「そうしよっか。あとはお昼とかも含めてのんびりしよ? ダメかな?」

「いや、それでいいぞ」

 水着は女性にとっての夏の必須装備、らしいしな。一夏達(地球人)の言い分だから、冗談半分でいいと思うが。いいはずだよな、エレボニアでは違うはず、だよな?

「水着。すごいなぁ。ねえリィン。選んでって言ったら、イヤ?」

「あまりセンスがないんだが、それでも良いか? まずはシャルがいくつか候補を選んでくれ。その中から似合いそうなのを選ぶ、でどうだ?」

「うん。それでいいよ。じゃ、一緒に行こ?」

 二人で何気ない話をしながら着いた水着売り場は……女性用99パーセント、男性用1パーセントと見えるほど、売り場面積が圧倒的だった。男性用はバリエーションさえ少ないのが見ただけでわかる。まあ俺の物は別にいい、まずはシャルの水着だ。水着の海、と言える売り場に二人で分け入り、シャルはあれかなこれかな、と色とりどり形さまざまな水着を手に取っては戻していき、やがて三着の水着を俺に見せてきた。

 一着は首で交差し上下がリングで留まった変わった形のオレンジ色の水着、もう一着はごく普通のビキニと呼ばれる形の黄色い水着、最後はビキニにショートパンツやシャツを合わせた、確かタンキニと呼ばれるタイプの青色基調の水着だった。これなら……。

「そのオレンジの方がシャルに似合ってる。黄色では淡すぎて、青はタイプ自体がイメージと違うな」

「そっか。じゃあ、これにするね」

 オレンジが良いと伝えれば嬉しげに試着室に入っていき、衣擦れの音が聞こえてきた。そんな瞬間、右脇を肘で打たれる。

 気配を消した一夏と優衣、鈴の三人が真横にいた。

「いいの選べた?」

「……い!? 一夏。それに優衣に鈴達も。お前達もここで買い物か」

 一夏に耳打ちされたのはシャルの水着のこと。そして今になって彼女達も水着を買いに来ていたことを悟り、自身の迂闊さを少し呪う。まあ、一夏達がこのまま着いてくるようなことはしないとわかっているから少しだが。

「うん。まあ僕達はデートの邪魔しちゃ悪いからすぐに消えるけどね」

「センス鍛えたいなら、シャルと相談するのも良いけど、メッセで送ったお店のスタッフさんと相談したり、雑誌を参考にするといいと思うよ」

「リィン、元々のセンスだってそんなに悪くないんだから、こっちに合わせればなんとかなると思うわよ」

 センス。服に関しては、鈴の言うとおり、こちらのスタイルや流行廃りがまだはっきりとしていないだけとは言える。

「……そうか。ありがとう」

「どういたしましてー。じゃあね」

 彼女達のアドバイスに素直に礼を言えば、順に右頬にキスを送られた。

 そして一夏達が通路に身を隠すと同時、オレンジの水着を身に纏ったシャルがカーテンを開けて出てくる。少しだけ膨らんだ頬が、彼女が少し不機嫌なのがわかる。

「……リーイーン? どうしてそんなキスマークが付いてるのかなぁ?」

「……一夏達とすれ違った。拭う前にシャルが着替え終わってしまった。済まない」

「まあ、声聞こえてたし怒ってないけど。もう、一夏達のバカァ!」

 一夏達が居たのも、何をしていたのかも、今どの辺りに居るのかも、彼女はわかってるからマナー違反とわかりつつ、彼女は声を荒げた。

 

 その後、会計時に見知らぬ女性が未会計の水着をねじ込んでくると言うトラブルがあったものの、常駐する警備員によって取り押さえられて何事も無く水着購入は終了。

「日本にもまだああいう人居るんだねぇ」

「日本では薄れてきていると言われてるが、まだその風潮自体がなくなったわけじゃない。女性権利団体もそれなりに幅をきかせているしな」

「……そっか」

 女権団体は政治団体が多くまだ相当数あり、また状況的に排除が出来ないでいるらしい。水際対策として、女性用品売り場や飲食店などに警備員を常駐して、女性が男性に対して支払を強要したり、冤罪を押し付けないようにしているが、根本解決には至っていない。

 当の女性達にすら嫌悪されている女権団体がなくならないのは何故か。設立以前より強い権利を持っていた者が中心となって設立されたからと言われている。特に女性が中心となり、女性の権利を掲げた政治家やNPOなどが女権団体へと発展していることが多いらしい。

 

 閑話休題(くだらない話しは終わりに)して。

 シャルとショップ巡りをし、何着か購入。シャルにもプレゼントするために女性向けのショップにも入り、少し遅めの昼食。

「一杯買っちゃったね。でもいいの? あんなに沢山、買ってくれて」

「給料は貰っているからな。貯めてばかりで使わないのは勿体ない……とよく言われる」

「あー。なんか納得」

 など喋りながらのんびりしていると、またも請求書が手元に一枚置かれる。厄日か。まあ、本人はレジで呼び止められて、文句を言いながらも自分で払って行ったのだが……歪だな。まるでエレボニアとクロスベルのようだ。あちらは今、どうなっているんだろうか。

 俺達はどうするべきなんだろう。このまま地球に居るだけでいいのだろうか。それとも……

「……リィン?」

 考え込んでいた。心配そうな顔をしたシャルに覗き込まれて我に返る。

「済まない。ちょっと考え事をしてしまった。次、どこか行きたいところはあるか?」

「二階にあったジュエリーショップ。今放って置かれた分だよ」

「わかった。本当に済まなかった」

 そうして購入したブレスレットを愛おしそうに触るシャルを横目に、あちらこちらへ寄り道しつつ、夕方にはIS学園へと帰り、シャルとの休日は終わった。




約一年ほど全く書けない時期がありまして。
最近どうにかポチポチと思い出したかのようにチョコチョコとあれこれ書いております。
主治医曰く、気が乗ったなら書いた方が良いけど無理はするなとのことで、次話、またお時間空いてしまうと思いますが、気長にお待ちくださいますよう、お願いします。


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