薄命なる少年職人の道 (シュヤリ)
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第一話~出会い~

 千年の歴史を誇る帝国。その都市、帝都は人々が溢れ賑わい、中ほどまで行くと堅固で壮大な城壁が見える。それに囲まれ中心に位置するこの世で最も壮麗な宮殿がある。

 しかしこの宮殿、二年程前に一度だけ一部が大きく破損した事があった。帝国の大将軍ブドーと三人の配下、そして一人の侵入者の引き起こした戦いによって。

 民衆には火事が発生したと事実を隠蔽された大事件が確かにあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都から少し北東に外れた岩山の洞窟で金属の接触に寄って発生する甲高い音が鳴り響く。一人の少年が一心不乱に槌を振るい、真紅に熱された金属の塊が伸ばされ、角度をつけられ、曲げられ、何遍も繰り返されてやがて一つの形を成した。

 

 出来あがった形は長さ30㎝程の黒く細い底に突起物があるだけの円柱の棒だった。少年はそれに黒い布を被せくぐもった声で何かをを唱える。すると布に黄色の文字が浮かび、銀、赤、緑、紫と次々に変わる。

 そして、文字は強い光を放って布は消滅した。布があった場所には先ほどの黒い棒はなにも変わらずそこにあった。少年はそれを拾いあげて呼吸を漏らした。

 

「ふぅ……完成したか!」

 

 少年は黒い円柱を突起の部分が下になる様に持ち、それを押す。

 それは一瞬だった。

先ほどまでなにも無かった円柱に柄と60㎝程の刃が形成された。

 

「試運転も成功か。我ながら良い出来だ!」

 

 少年は洞窟から出て円柱から手を離すと刃は消失し地面に落ちる、それを作製するために着用していた汗が皮製の外蓑とバンダナを脱ぎ捨てて大きく伸びをした。そして洞窟の入口真横の木造の家の中に入り、玄関に飾ってある中心に六芒星が描かれた盾の横を通り浴室で黒ずんだ体を洗い流した。

 

 全身真っ黒だった体はキレイになり、短い金髪の整った顔立ちの少年は浴室から出て体を拭き服を着ると台の上に置いてあった水晶が発光していた事に気づく。覗いて見ると一つの緑の光の点を30程の赤い光の点が囲い追うように移動していた。

 

「この辺で人が襲われるなんて珍しい。旅人が帝都に行く途中に運悪く移動中の賊に見つかったか……行くか!」

 

 少年は外に出て先ほど作った黒い棒を拾いあげると胸に手を当てて目を閉じる。

 

「……来い、キメラティロード」

 

 言葉を発した瞬間、少年の体には真紅鎧によって全身が覆われ、体に体して鎧が大きいため体格が格段に良くなる。兜の顔の部分には鳥を思わせる意匠が施されており、全身の鎧は全体的に尖っていて攻撃的にも思われる。

 すると鎧の背から翼が広がり、射られた矢のようなスピードで空を飛び、南西の方角へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ!全くしつこいなぁ!」

 

 頭の右側に花の髪飾りを着けた額の真ん中で分けられ前髪が胸の辺りまで伸び、長い背中まで届く長い黒髪の少女は弓を片手に平原を盗賊から逃げていた。矢筒は空で打ち尽くしてしまったと思われる。少女の顔と東洋に伝わる和服を模した上下で一つの白い装束は所々汚れが目立ち、下の短めのスカートの部分は幾つか切れ目を入れられていた。

 

「野郎ども、久々の上玉だぁ!気合いを入れろぉ!」

 

 盗賊の頭領格であろう金の胸当てを着けた男の鼓舞に部下達は歓声で応える。その声に少女は萎縮してしまい、僅かにだが足が遅れてしまった。

 

「へっへっへっ!捕まえペグっ⁉」

 

「女だからって舐めないで。私は帝都で名を上げる女よ!あんた達なんかに負けたりしないわ」

 

 盗賊の一人が拘束するために飛び付いたところを少女は咄嗟に持っていた弓を振るい、顔面に当てて一撃で無力化させたが、その隙に周りを円形に囲まれてしまった。

 

 この少女の戦闘力は大したものでこの数の盗賊なら矢が無くても物ともせずに倒せる。弓だけでも敵を倒す術を心得ているからだ。しかし装備の木製の弓では耐久性に欠き先の一撃でヒビが入ってしまった。

 

「強がりはその辺にしとけよ。その弓のヒビがもう限界だって教えてくれたぜぇ!バルよぉやっちまえ!」

 

 おうと呼応する声が聞こえると胸に銀の胸当てを着けた頭領格そっくりの男が姿を見せた。

 

「下っぱ共に任せてもいいが、お前は矢が無くとも戦えるようだな。部下に任せてもいいが、何人かは犠牲になっちまうだろうな……だから俺様が相手をしてやる。安心しな殺しはしねえよっ!」

 

 バルと呼ばれた男はユラユラと揺れる動きをしながら近づくと、瞬時に加速しサーベルを振り下ろす。少女は予想以上の速さのそれにもギリギリだが反応し、半身になって躱した。

 

「くっ……速いっ!」

 

「ホラホラまだ終わらないぜぇ躱してみろぉ!」

 

 決定打となる武器が無い少女の圧倒的不利な中、上下左右様々な方向から繰り出される攻撃を少女は必死に躱し、隙を観て素手での反撃をするが効果なし。攻撃を避ける度に男女の体力の差で時間をかけるほど窮地に立たされる。

 数十にも及ぶサーベルの攻撃の中、少女は斜めに振り下ろされた一太刀を見切って躱し、バルの懐に飛び込み肘による打撃を腹部に食らわせるとバルの動きが止まり大きな隙が出来た。

 

「はぁっ!」

 

 少女は少し後方に下がり、自分が有利な距離を確保して弓を力の限り振り降ろす。しかしその時苦しんでいたように見えたバルの口角が釣り上がり、サーベルを振り上げ弓に振り抜く。すると少女は弓を真っ二つに切られ、落ちた片方を音を立てて踏み潰されてしまった。

 

「へっへっへ……勝負あったな。さーてお楽しみの時間と参ろうか」

 

 ゆっくりと近づくバルに対して少女はまだ諦めてはいなかった。震える手で拳を握り構える。

 玉砕覚悟であと一歩近づいたら思い切り腹部を突いてやろうと思ったその時。視界の端に現れた赤いなにかがバルを蹴り飛ばした。



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第二話~僕は職人~

「一人の女の子相手に男が複数人で襲い掛かるとは何事か!」

 

 バルを蹴り飛ばしたのは空から現れた真紅の鎧だった。

 

「なっなんだてめえは⁉どこから現れやがった⁉」

 

「見てわからない?空からさ、そして君らに語る名前はない通りすがりの職人だ!」

 

 突如現れ真紅の鎧の男に狼狽える頭領格の男とその一味。悪漢達に襲われていた少女も予想外の来訪者に驚きを隠せず力無く地面にへたり込んでしまった。

 それを見た鎧の男は少女に近寄り、頭に手を乗せて口を開いた。

 

「詳細は知らないけど、多勢に無勢故手を出させてもらったよ。多分服装からしてマツラ村あたりからの旅人で帝都への道中に奴らと遭遇、襲われたってことだと思うんだけど君の名前は?」

 

 さらに自分の境遇まで言い当てられた少女は驚愕したが、不思議とこの男に不快や不信といった感情は抱かなかった。

 

「私は……サヨ。状況はあなたの言った通りであっています」

 

 ちょっと怖いくらいだけどと付け足すとサヨは頭に乗せられた手を払いのける。すると男は払いのけられた手を差し伸べたのでそれを握り立ち上がった。

 

「そうか、だが安心して欲しい僕は敵じゃあない。そしてこの状況はすぐに打破できる」

 

 鎧の男は頭領格の男がいる反対側の5人程しかいない手薄な部分に向って拳を向けると鎧の手首部分から小さな光弾が射出され、さらに五つに別れ五人の手下に被弾すると地に伏した。

 それを目にして頭領格の男が動く。

 

 

「わけのわからん格好で急に現れてよくも大事な部下をやってくれたな……野郎共かかれ!」

 

 頭領格の男が命令すると部下の男達は扇状に広がる陣形で鎧の男に襲いかかる。鎧の男は腰に装着した黒い棒を手に持ち、底の突起部を押すと棒の両端が伸び全長一m程の棍になった。

 

「さっき作ったばかりのこいつの出来を試させてもらうよ。君は下がってて!」

 

 鎧の男は軍団に駆け出し、瞬時に距離を詰めると棍を振るう。それに当たった男達は一人、また一人と一撃で気絶し崩れ落ちる。中にはサーベルで受け止めた者もいたがサーベルの刃を砕かれそのまま棍をくらい倒される。十人ほど倒したところで賊は怯むが鎧の男は手を緩めずに攻勢をかけ瞬く間に敵は頭領格の男一人となった。

 

「すごい……っ⁉」

 

 サヨが感嘆の声を漏らすと鎧の男が最初に蹴り飛ばしたバルが気を取り戻し起き上がるのを見た。切られてしまった弓を拾い上げて脳天に叩きつけた。バルが気絶するのと同時に弓のヒビは全体に渡り砕け散ってしまった。

 

「中々良い腕をしている……さて、残るはお前一人だな?」

 

「まっ待て待て、取り引きといこうぜ兄弟!その女はお前にくれてやる。そんでアジトの宝もいくつかお前やろう。だから俺たちのなかーー」

 

 全てを言わせる前に鎧の男は腹部に棍を打ち込み気絶させると、棍を元の黒い円柱の棒に戻し、腰に装着してサヨの方を向き直る。

 

「僕はソロ、この近くで職人をしてる。さっきはありがとう。サヨ、怪我はない?」

 

「お礼を言うのは私の方です。ありがとうございました。おかげさまで私は無傷だったんですが武器が……」

 

 サヨは頭を下げてお礼を言うと、割れてしまった弓の破片に目をやる。

 

「ふーむ、武器は弓か……僕が何とかしよう。

日もくれそうだし、家が近いから良かったら泊まるといいよ。

さっき賊に襲われたばっかりで男の僕が提案するのもなんだけどさ」

 

「本当ですか!でも……何から何までお世話になると言うのも」

 

「気にしない気にしない。困った時はお互い様だよ、荷物は身につけている物以外は特に無いみたいだねだね。それじゃあしっかり捕まってて」

 

「えっ……キャッ⁉」

 

 ソロはサヨを抱え上げると背中の羽を広げ飛翔する。そして矢のようなスピードでこの場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし着いたよ。空の旅はどうだった?」

 

「少しビックリしたけど最高だったわ!空も飛べるなんて貴方なんでも有りなんですね」

 

 自宅の前に着くとソロはサヨを地面に下ろす。すると宙に霧散するように煙と共に鎧が解除されて中にはから小柄な少年が現れる。

 

「えっ、あの……助けてくれた赤い鎧着てたのって君?」

 

「そうだよ……言いたい事は分かるよ、あんなゴツイ鎧から出てきたのがこんなチビな男だなんておかしいよね……これでも10代半ばなのに……」

 

 ソロは力無く乾いた笑いを浮かべるとサヨはクスりと笑い、俯くソロの頭に手をおいて撫で始める。先ほどの立場と逆だと思いサヨはもう一度笑ってしまった。

 

「正直言うとね、話し方であんまり歳上じゃない事は分かってた。ソロの身長が思いの外小さいのもビックリしたけど……私を助けてくれたのは本当でしょ?

ありがとうございました」

 

「撫でながら言われてもなぁ……」

 

 ポツリと愚痴を漏らすソロではあったが、サヨの行為は不快に思わず満更でもなく笑みをこぼした。

 

「立ち話もなんだし家に入りなよ。

そういえば何でサヨは一人で旅してんの?さっきは適当に言った事が合ってたみたいだけど」

 

 

 ソロはサヨの手を払いのけて家に入るように促すと疑問に思っていた事を口にした。

 

「お邪魔します。

私の生まれた村……貴方は知ってるみたいだけどマツラ村がね、重税で苦しいんだ。それで帝都で兵士になって出世しめ村を助けようって村を出たんだ。これでも腕に自信はあるの。

あと二人仲間が居たんだけど道中でさっきの奴らとは別の夜盗に襲われて散り散りになっちゃったんだ。それで一人で帝都目指してたんだけど、さっきの奴等に絡まれてたってわけ……っていいわ私がやる!」

 

 サヨはお茶を入れようとしていたソロと代わり、ソロを椅子に座らせた。

 

「そっか……その二人もどうなったか心配だね」

 

「ああ、別に賊に襲われたくらいじゃ大丈夫なくらい強いからその辺は心配してないんだけど……仲間のイエヤスってやつは方向音痴と寝坊の常習犯で、もう一人のタツミってやつは調子に乗りやすいからちょっとね……どうぞ」

 

 サヨは手際よくお茶を用意して容器をソロの前のテーブルに置き、自分も椅子に座った。

 

「頂くよ。

ふーん……帝都で名を上げるか。あんまりオススメはできないかな、兵士になるにしてもまずは当然一兵卒からのスタートだし、その一兵卒になるにも抽選をくぐり抜け無ければいけない。

腕を活かした仕事が他に無いわけじゃないけどそれなりにリスクを背負わなくちゃいけない。

それに……いや、目的のある人のやる気を削ぐわけにもいかないか、それでも行く?」

 

「もちろんよ、私達がやらなければ村が飢え死んでしまうわ。一兵卒からでも抽選でも、何がなんでもやらなきゃいけないの」

 

 サヨの真っ直ぐ前を見据えた目にソロは何も言えなくなり、軽く溜息を吐くとお茶を一気に飲み干し立ち上がった。

 

「君の覚悟は分かった。だけどその目的を成すにも先ずば武器が必要だね。軽い鉄弓で良ければ明日の朝までには完成させてあげるよ、部屋はそこでトイレはそこでお風呂はそっちだから好きに使って。何か用事があったら隣の洞窟の中にいるから声かけて」

 

「えっちょっと、挨拶したいんだけどソロの家族の人は留守なの?」

 

「両親も死んじゃったし兄弟もいないから気にしないで。そうだ、料理できたらご飯作ってもらえると嬉しいかな」

 

 ソロは好印象な笑顔を崩さずに言ってのけると、外へと出て行ってしまった。



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第三話~完成と出発~

「ふぅ……これでよしっと」

 

 サヨは泊めてもらったお礼にと家の掃除をし、料理を終えたところで先ほどのソロの言葉を考えた。

 

「家族がいない……か」

 

 サヨはふと自分の今までを思い返してみた。自分を愛してくれた両親がいて、祖父のような村長、兄弟姉妹こそいないが深い絆で結ばれたタツミとイエヤスがいる。

 ソロはどうなのだろう?

家族はいないと言っていたが友人は、そもそもこの辺鄙な岩山に一人で住んでいるのだから知り合いも居ないのではないか。思い切って彼の過去を聞いてみようと思ったその時玄関の扉が開いた。

 

「あー、お腹空いた!とりあえず弓は出来上がったよ。後は矢を作らなくちゃだけど、あとで矢筒を貸してもらえるかな?悪いようにはしないからさ」

 

 ソロは真っ黒になってしまった顔で笑いながら言うと浴室へと向かった。その際に腹の虫が鳴いていた年相応の行動にサヨは笑みをこぼした。

 汚れを落としてテーブルに着いたソロを出迎えたのはサヨの作った料理だった。

 

「好き嫌い聞いてなかったからある物で私の故郷の料理作ったんだけど……大丈夫かな?」

 

「すごい美味しそうだ。僕の家なんだから嫌いな物は置いてない全然問題ないよ。

この家で誰かの作った料理を食べるのはすごい久しぶりだ。いただきます!」

 

 テーブルに置かれた白米、サラダ、鍋、焼き魚を見てソロは大喜びだった。二人共食事を始めてからしばらくたったところでサヨは口を開いた。

 

「ねぇ、ソロはどうしてこんなところで一人で暮らしてるの?」

 

「どうしてってここが家だから……なんて巫山戯ていい場面じゃなさそうだね。

サヨは軍人になるんだろ?だったら僕は詳しい身の上話をするわけにはいかない。

まあ、ご飯作ってくれたお礼に、ザックリと話すと僕は二年程前まで母さんと色んなところを旅しててここに腰を落ち着かせた。母さんは住み始めてすぐ亡くなっちゃったけどね」

 

 ソロは料理を平らげ箸をおいてサヨを見つめ真剣な表情で語った。そして口調からこれ以上詮索するなという無言のメッセージも込められていた。

 しばらくの沈黙が流れた後、耐えきれなくなったソロは溜息をついて立ち上がりサヨの矢筒を手にとった。

 

「ご馳走様でした、ご飯美味しかったよ。僕はまだ作業が続けるから洞窟にこもるよ。明日の朝帝都まで送るからサヨはゆっくり寝て疲れを取って明日に備えてね」

 

「待って、その……お母さんのお墓って近くにある?ご挨拶だけさせてもらえないかしら」

 

「家の裏にある大きな石がお墓だよ。ありがとう、母さんも喜ぶよ」

 

 そういうとソロは外に出て行った。その表情は少し笑みをこぼしていて穏やかであった。

 サヨはソロの過去が気になったが、もう聞けなかった。幼く見える少年の剣幕に押されてしまったから。

 その後サヨは食器を片付けた後、ソロの母が眠る墓の前にいた。

 

「ソロのお母さん……私は貴方達家族に何が起こったのか知りませんが、貴方の息子は小さいけど強く育っているみたいですよ。だから安らかにお眠りください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、日が上り起床し、朝食を済ませて身支度を整えた二人は家の外に出ていた。

 

「ようし、それじゃあ帝都に出発するけど、その前にはいコレ」

 

 ソロはサヨに元の木製の弓と同程度の大きさの小振りな鉄弓と、矢の入った少し長くなった矢筒を渡した。

 

「わぁ、ありがとう!ってなにこれ⁉鉄の弓なのに私の弓よりも軽い⁉」

 

「特殊な金属を使ったからね。ちょっとやそっとじゃ壊れないし弓での格闘も全然できるし危険種の体毛を弦にしたから切れる事もない」

 

 得意げにソロが言うとサヨが試し撃ちしても良いか問い、ソロはやってみてと言った。

 サヨはニコリと笑って矢を構えると30m程先の木を目掛けて放つ。見事それに命中し突き刺さったかと思えば直様次の矢を放ち、木に突き刺さった矢に命中させる。いわゆる継矢という奴だ。これを後二度程繰り返す、この一連の動作約三秒程である。

 

「お、お見事……すごい弓の腕前じゃないか!」

 

「まあ、止まってる物相手ならこれ位出来ないとね!作って貰った弓矢もすごく手に馴染んでるし本当にありがとう」

 

「お礼はまだ早いよ、矢筒の方も細工してあるんだ。少し長くなってるでしょ。実は底が外れるようにして少し空洞になっているんだ。そしてそこにガラクタでも石でも何か硬い物を入れたら矢筒に新しい矢が補充されるようにしてみた」

 

 その突拍子もない発言にサヨは目を丸くして、残念な物を見るような目でソロを見た。

 ソロは咳払いをしてサヨから矢筒を受け渡してもらい、中に入っていた矢を捨てて底の部分を回して空けた。

 

「百聞は一見にしかず。よく見てなここに適当に落ちてた石を入れると……」

 

 ソロは落ちていた拳大の石を空洞の中に入れて底を回して閉めた。

 するとポンと音を立てて矢筒にいっぱいの鉄の矢が現れた。普通では考えられない現象にサヨは唖然としていたが、直ぐに正気に戻る。

 

「なっ……えっ⁉

……昨日ソロが着ていた赤い鎧もそうだけど、一体どうなっているの⁉」

 

「……世の中は普通じゃない事が多いって事さ。ここでの事は誰にも言わない方がいいよ。狂人扱いされるのが関の山」

 

 子どもが一人でこんな山に住んでるわけないしと自嘲ぎみに付け足すとソロは腰に付けていた袋から厚手の布を取り出し地面に落として指を鳴らす。すると厚手の布は畳二畳くらいの大きさまで肥大化し、宙に浮いた。

 

「さっ、乗って乗って帝都近くの林道までは行けるけどそこからは歩きだからね」

 

「これも不思議な物の一つってわけね……もう深く考えない事にするわ」

 

 サヨは半ば諦め半ば呆れ気味に言うと布に乗る。すると布は更に高度を上げて帝都方面まで飛行した。



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第四話~帝都到着~

「あー……ひどい目にあったわ……」

 

 一度空飛ぶ布から落ちかけ死人に近い窶れた顔でサヨは言った。自由落下という平時では有り得ない恐怖体験をした結果である。

 

「だからゴメンって……大丈夫だよ、アレで間に合わなかったら僕が飛んで助けたから」

 

「……まあいいわ。結局無事に帝都の近くまで送ってくれたわけだし。

でも、どうしてソロは私にここまでしてくれたの?」

 

「えっ、特に理由は無いよ。最初に会った時に言ったけど困った時はお互い様、それにできるだけ人の助けをしてあげなさいって教わってきたからね。

弓を作ったのはインスピレーションが湧いたから職人として作らなくちゃって思っただけだよ」

 

 ソロはそんな事は当然と言わんばかりのような反応を返すと指を鳴らして地面にある布を元の大きさに戻して腰の袋に入れた。

 

「なーんだ、てっきり私の魅力に惚れ込んでくれたのかと思ったのに!」

 

「あはは、ないない。僕の好みは年上だからね!」

 

 サヨは巫山戯て頭と腰に手を当てて魅了するようなポーズをとる。ソロも巫山戯て両手を上に向けて首を横に振る。それにサヨは怒ったふりをしてソロに殴りかかり、ソロは逃げる。傍からみたらまるで姉弟のように見える光景だ。

 

 

 そんな冗談を重ねているうちに二人は帝都に到着した。

 サヨには帝都の賑わいや人の多さ、目に映る商店の数々、遠くに見える宮殿といった全ての物が輝いて見えた。そんな呆然とするサヨを見て、ソロは一つ咳払いをして正気に戻す。

 

「そんな調子で大丈夫なの、こんな入り口で立ち往生してて?」

 

 ソロは怪しい物を見る目付き、所謂ジト目でサヨを見る。サヨは少し羞恥心を感じたのか顔を赤くしてすぐさま否定した。

 

「だっ大丈夫よ!これからは私がこの街を守るんだから!

ソロ……本当に何から何までしてくれてありがとう。貴方が居なかったら私は帝都まで来れなかった。私が軍で出世したらきっとお礼に行くわ!」

 

「いいよ、来なくて。僕は帝国が好きじゃないんだ……軍人に来られても困る」

 

 ソロの発言に場は凍りついてしまったが、少しの間を空けてサヨはソロの手を両手で握った。

 

「ふふっ、じゃあ友達として会いに行くわ!それならいいでしょ!

ソロが困った時は私が必ず力になるから、その時は軍人だからとか言わないでよ。それじゃあ私は行くわ!

バイバイまたね」

 

 サヨは手を離すとそのまま振り返り、街中へと歩いて行った。ソロは呆然としながら眺めていたがサヨは振り返る事なく見えなくなってしまった。空を見上げて彼女の目的の成就を願うと、ソロも街中へと向かった。

 

 ソロにとっては数ヶ月ぶりの帝都だった。彼は厳密には帝国は嫌いだが、帝都という都市自体は嫌いではない。生活に必要な物資から始め様々な物が揃っているから利用はしている。

 実はある程度の収入はあり金銭にも困ってはいなかった。自分の作った武器や防具、山や森で狩った危険種を店に卸しているからだ。流石に卸す時は人間嫌いの父が作ったり狩った物を売りに来た少年を装っている。それでも作った物は出来が非常に良く、危険種もランクが上の物ばかりでソロ自身もある程度物の価値は分かるため足元を見られる事は無かった。

 

 ソロは帝都のメインストリートのカフェに入り、テラスでアップルパイとミルクティを堪能しながら人間観察をしていた。

 宮殿に近いからかスラムの人間であろう人は少なく、見る限り大半が普通階級よりは上の人ばかりだった。

 

 その中で目を引いた人が何人かいた。金髪で黒の水着のような服と白い一本縦に黒のラインの入ったマフラーと白い腰布と袖布、を見に付けた、男が見たら少なくとも10人中8人は振り返るグラマラスな女性。

 帝都の治安を守る帝都警備隊の制服を着た隻眼で大柄な体系で髪を後ろで四つに結った男に、同じく警備隊の制服を着た長いポニーテールの女性とリールに繋がれた二頭身の犬のような珍獣。

 買い物で目を輝かせて護衛を連れまわす水色の服を着た富裕層であろう少女、その護衛の中に混じる茶髪で剣を装備している少年。

 

「少しの間眺めてただけで帝具を二つ見れるとはね」

 

 ソロはポツリと呟くと、追加でアップルパイをテイクアウトしてカフェを後にした。

 その後は武器屋や防具屋で商品を見て今後の創作の参考にしたり、本屋に入り気になっていた漫画を買ったり、作業時に着る簡素な服、普段の食料を買い込んだりしているうちに日は沈み両手にはいっぱいの荷物を持っていた。

 多くの荷物を持ったまま帝都の中心である宮殿を見上ると、苦虫を噛み潰した顔になり、舌打ちをしてメインストリートを後にした。

 

 しばらく歩いてソロは路地裏に着き、辺りに誰も居ない事を確認すると荷物を一旦地面に起き、胸に手を当てて目を瞑る。するとアップルパイの包み以外の荷物が白く発光して光の粒子になって腰の袋に吸い込まれた。

 再び周囲を確認するとソロは包みを拾い上げて足早にその場を去り、さらに奥にある民家のドアを叩いた。

 

「ふあっ……あーソロかーいらっしゃい……」

 

 ドアが開き家から出て来たのはみ丸い眼鏡を掛けた緑髪の女性だった。顔立ちは美形、体系はスレンダーなのだがボサボサの髪型とシワと毛玉が目立つ服を着ていてだらしなく非常に残念な印象を受ける。

 

「こんばんはラキさん……もしかしてこんな時間まで寝てたの?」

 

「んー……昨日の夜から昼までお仕事してたからね。お昼から今まで寝てたんだー」

 

 ラキと呼ばれた女性は寝ぼけた様子で笑い、手招きしてソロを家の中に迎え入れる。だらしない見た目に反して家の中はさほど汚いくなく、物は整頓されていた。

 ソロは手土産のアップルパイを渡して椅子に座る。少し待つと、ラキは紅茶を持って来てソロに勧めて、反対側の椅子に座る。

 彼女の仕事は情報屋であり、とある縁で知り合ったソロは帝都を訪れる度に彼女の元に情勢を聞きに伺っている。

 ラキはソロに語った。

 帝国の内政は相変わらずオネスト大臣による独裁政治で有能な国を憂う者が次々と処分されている事。

 それでも宮殿の守りはブドー大将軍によって鉄壁である事。

 エスデス将軍が北の異民族の討伐に出ている事。

 エスデス将軍の相手が異民族の王子で槍を持たせば百戦百勝の『北の勇者』と呼ばれている事。

 帝都では暗殺集団『ナイトレイド』が金銭目的で富裕層を襲っていると言う情報が流れているが、それはデマで力無き者の怨みを晴らすために暗殺をしている事。

 帝都を守る筈の帝都警備隊の隊長が商人から賄賂を受け取り無実の人間に罪を着せている事。

 

「ほんと、世の中腐ってるよねー。情報が食い扶持の私でも気が滅入りそうだよ」

 

「そんな調子で言われても説得力無いんですが……でもラキさん、気を付けてくださいよ。ある日訪ねたらヤバイ情報仕入れて処刑されてましたはシャレにならないですからね」

 

 僕の数少ない友達なんだから。と小さい声で呟き下を向くと、ラキは一瞬でソロの後ろに回り込み抱きしめた。

 

「あ私の心配してくれてありがとー。でも大丈夫よー、ソロも知ってるでしょー?

私が皇拳寺で師範代だったことー。それにーソロがくれた道具もあれば絶対捕まったりしないよー」

 

 ラキはソロから離れると宙に向って拳を交互に何度も突き出す。しかし傍から見たら巫山戯ているようにしか見えない。

 

「まったく……それじゃあ僕はそろそろ帰ります。紅茶と情報、ご馳走様でした」

 

「バイバーイ。あっ⁉

この時間に出歩くと泊まる場所ないなら泊めてくれるなんて言ってくる富裕層の女の子がいるんだけど絶対に着いて行っちゃだめよー」

 

 ソロはそんな事言われなくても分かると言わんばかりの苦笑いを返して家を出ようとしたが、ラキの次の言葉で動きが止まった。

 

「その子、親切なんかじゃなくて拷問にかける相手を探してるだけだから。帝都慣れしてない田舎から夢を持って出てくる子とか狙うらしいよー」

 

「……ラキさん、その富裕層の話聞かせてもらっていいですか。情報なら買います」



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第五話~冷たい再会~

※ご指摘を頂きサヨの回想、アリアの台詞を追加しました。


「……ヨ……サ…………サヨ!」

 

 微睡みの中、共に故郷で育った親友の声でサヨの意識が少し戻り、最近の記憶が流れる。

 昨日は夜盗に襲われたところを少年に助けてもらい、色々お世話になって今日帝都に辿り着く。そして兵士の募集をしている役所に向かい手続きを済ませた。

 

 その後は故郷の仲間を自分の足で探していると幸運にもその内の一人、タツミに出会った。役所で剣を抜いて門前払いされ、道中で貯めた資金は騙し取られたと聞いた時は心底呆れてしまったが、世話好きな富裕層の少女に拾われて家族に親切にされて助けて貰ったと聞いて安堵した。

 そして自分も少女の父の口利きで軍に入隊できる事が決まり、その期間お屋敷での滞在を許されて部屋を一室貸してもらった。

 幼い頃から共に育ったとしても年頃の男女だという事でタツミとは別の部屋だが、その気遣いもサヨにとっては嬉しかった。そして話が聞きたいとやって来たお屋敷の少女と紅茶を飲みながら会話をしていて意識が途切れたのだった。

 

 靄が晴れるように思考が鮮明になり、完全に意識が覚醒したところで五感も戻ってきた。薄暗くてよく見えないが、自分は手枷を付けられて拘束され何かに吊るされている事が分かった。そして噎せ返るような血と肉の腐ったような臭い。思わず胃の中の物が口から逆流しそうになるがそれを飲み込み、先ほど自分の意識を覚醒させた行方不明だった仲間(イエヤス)の名を叫ぶ。

 

「うっ……イエヤス……イエヤスなの⁉近くにいるの?」

 

 室内にサヨの声が響き渡ると、何かが揺れる音ど同時に声が返って来た。

 

「目が覚めたのか……ああ、俺だ……イエヤスだよ」

 

 弱々しい声ではあるが、肯定をするその声は確かにイエヤスの声そのものだった。

 それはこの異常な状況、いや異常な状況だからこそ心から安堵し、涙を流した。

 

「良かった……アンタ方向音痴だから帝都まで来れないとも思ったけど……これでまた一緒ね!」

 

 得体の知れない恐怖に駆られていて、半ば現実逃避でもあるがサヨはイエヤスの無事を喜んだ。

 

「バカ……良くなんかねぇよ……その言い方だと……タツミには会えたんだな……俺はもう……ぐっ!」

 

 イエヤスの言葉が途切れ、何度も咳き込み床に何か吐きつけられた音を最後に彼のただ苦しそうな呼吸だけが返ってきた。

 

「イエヤス……イエヤス⁉

誰か、誰か助けて、イエヤスが死んじゃう‼」

 

 サヨは助けを求めて叫び続けた。そして声が枯れようとした所でその想いに呼応するかのように重低音と共に光が部屋に入り、扉が開かれた。

 

「キャンキャン五月蝿いわね。田舎の育ちの悪い家畜だからしかたないか。まあでも、家畜らしいお似合いの格好ね」

 

 薄暗い部屋に差し込んだ光の正体は火の点いた蝋燭が入った手持ちのランプ。そしてその持ち主は昼間にあった恩人の少女、アリアだった。

 しかし、気を失うまで話していたアリアとは違い、濁り切った瞳で歪な笑みを浮かべていた。

 彼女が近付いて来た事で自分の姿が見えて、そこでようやくサヨは何も着ず、自分の素肌を晒されていた事に気がついた。しかしそこでこみ上げてくる羞恥心よりもイエヤスの事が気になり彼女に訪ねた。

 

「アリア、イエヤスは?イエヤスが大変なのさっき咳き込んだかと思ったら喋らなくなって」

 

「当たり前じゃないの、そいつはお母様が薬漬けにして観察してるんだから。今晩には死ぬんじゃない?」

 

 ランプを起き、床に落ちていた棒を広い上げて冷たく言い放つ。それでも、サヨはまだ心のどこかでアリアを信じていた、いや縋る思いがあった。

恐怖で錯乱する中でなんとか自分という自我を繋ぎとめていた。

 

「悪ふざけはやめて……イエヤスを助けて……これを取って……服を返して……」

 

「家畜如きが私に意見するんじゃないわよ!」

 

 涙を流して震える声で懇願するサヨにアリアは手に持った棒を脇腹目掛け振り抜いた。

 殴打された部分を中心に痺れが走り、直様鈍痛に襲われる。少女の力とはいえ、無抵抗の体に全力で棒を振るわれ室内にはサヨの悲痛な叫び声が響き渡る。アリアはまるで優雅な演奏を聞いているかのように恍惚の表情を浮かべサヨの頬に手をやる。

 

「グっ……はぁっ……お願い……止めて……」

 

「アンタ綺麗な髪してるわよねー。私が癖っ毛でこんなに悩んでるっていうのにっ!だからっ!先にっ!アンタだけをっ!連れて来てやったのよ!こうしてやるためにねっ!」

 

 アリアは身勝手で醜悪な、そして理不尽な言葉をサヨに吐き捨て狂気に満ちた何度も頬を叩いた。叩かれた頬は赤みを帯び、やがて青くなるまでアリアの平手打ちは止まる事が無かった。

 

「……痛いよ……止めて……助けて……」

 

 すっかり腫れ上がった痛む頬を抑える事も出来ずにサヨは声を絞り出し、アリアは歪な笑みを浮かべてそれに応えた。

 

「そうそう……そんなしおらしい態度が見たかったの。馴れ馴れしくて気の強そうなアンタがそんな様になるのがね。あっハハハハハハ!

でもね……助けるわけないでしょ、アンタもこいつ等と同じになるのよ!」

 

 アリアは床に置いたランプを拾い、高く掲げると部屋の全体が照らされる。そこでサヨはようやく自分の横にも吊るされている人がいる事に気付いた。しかしその人は絶命し、腹部を切り取られるなどされて各部分が欠損し、焼かれたであろう箇所も有りもはや性別すら分からなくなっていた。

 

 サヨの吊るされている場所は扉付近であったためこの部屋がどれだけ広いのか知る術は無いが、横を向き視界に入るだけでもおびただしい数の拷問器具、同じ数の人だった物が目に入る。目に映る限りの死体、死体、死体、人間の尊厳を奪われた者達の地獄で遂に肉体的精神的なショックが重なり胃の中の物を吐き出してしまった。

 吐瀉物が床で広がり自分の足や体に付着してしまったがそれを拭う事すら許されない。

 

「なにしてくれるのよ家畜如きがぁっ!」

 

 運の悪い事に吐瀉物が一滴アリアの服に飛んでしまっていた。激怒したアリアは近くにあった松明に火をつけてサヨの腹部に当てる。

 

「あっああああっ、熱いいっ熱いっああああっ!」

 

 炎によって腹を炙られて掠れた声で悲鳴をあげるがアリアの怒りは全く収まらずグリグリと押し付ける。松明を動かす度にサヨは体を震わせた。

 

「がっ……サヨ……おい……止めろ……止めろぉ……!」

 

 仲間の悲鳴でイエヤスは目覚めた。しかし息絶え絶えで満足に動かない身体を起こし、入れられている牢屋の鉄格子の隙間から必死に手を伸ばした。

 

「ちっ……死に損ないが五月蝿いなぁ。お母様の家畜じゃなければ痛ぶれるのに……ふんっ!」

 

 アリアはイエヤスに近付いて松明で殴りつける。イエヤスは抵抗する事も出来ずただ殴られ、床に仰向けになってしまった。

 

「くそっ……タツミっ……サヨを……サヨを助けてくれっ」

 

 何も出来ない自分の無力を呪い、イエヤスは親友の名を呼ぶが何も返ってはこない。

 

「来れるわけ無いじゃない、今頃ベッドの上でバカみたいに寝てるわよ。でも安心なさい、私は優しいからこの家畜の躾が終わったらすぐに連れてきてあげるから」

 

 サヨの地獄はまだ終わらない。アリアは短い先が四角くなった鞭を手にし、何度もサヨの体に叩きつけ狂気の笑いを部屋中に響かせた。最初こそサヨは悲鳴を上げていたが、やがて痛みが脳の許容量を越えて意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も無い暗闇の中でサヨの意識は戻ってしまった。あれからどれくらい時間が経過したのかもわからない。そして次に来る恐怖(アリア)が頭を過ぎり、泣き出してしまう。しかし泣き声は掠れそれはもはや呻き声にしか聞こえなかった。

 

「ヒッグ……助け……て……誰か……ソ……ロ……」

 

 不意に口から出た自分を助けた少年の名前。昨日の事なのにもう昔の事のように思えてしまう。

 今までの思いでが走馬灯のように流れ、もう自分には明るい未来が無い事が分かってしまったからだ。一糸纏わぬ姿で宙吊りにされ、体の至る所を傷つけられ、すぐ近くで仲間が仲間が死にそうになっている。

 兵士になると決めた時にどんなに辛く、苦しい事があっても耐え抜くと決めた心は粉々に砕けてしまった。

 涙も止まりこんな所で嬲り殺されるくらいならと目を瞑り、舌を噛み切ろうとした時、背後で何かが倒れる音がした。

 

「うっ……すごい臭いだ……それに惨い。どうか魂は安らかに天に登ってください。

サヨーいるー。居たら声をってうわ、こんな所にむき出しの刃物置いとくなよ……手入れもしてないし……本当に虫唾が走るな……この家の持ち主に対して」

 

 ブツブツと絶えない文句がサヨの耳に入る。幻聴かと思ったが自分を呼ぶその声は確かに聞いた事のある声だった。

 死を決意した意思が鈍り、閉じた目を開くと足元に薄っすらと赤い光が見えた。

 

「サヨー、居ないの?

やっぱり僕の思い過ごしかな……じゃあここの主を成敗して帰るかな」

 

 この声は誰の物だろうか。そんな事を考えたら涙が頬を伝った。

 賊を助けてくれた時に自己紹介した時の声。

 身長の事を言った時に少し落ち込んだ時の声。

 過去を尋ねた時の少し怒った声。

 楽しそうに矢筒の説明をしている時の声。

 全てが重なりサヨの頭の中に一人の人物が思い浮かんだ。

 

「……ソ……ロ……?」

 

「サヨ、そっちにいるんだね⁉」

 

 赤い光が消えたかと思えば自分の体が円の光に照らされて前方のとびらに自分が映し出される。

 

「あっ、ごっゴメン……って……酷い傷じゃないか。直ぐに手当てしないと⁉」

 

 幻聴なんかじゃない。本物のソロがここに来た、それが確信に変わった瞬間だった。

 



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第六話~どうか安らかに~

「ゴメン……僕が君に帝都ではあまり人を信じるなって一言言えばこんな事にはならなかったかもしれないのに……」

 

 何処からともなく、自身にとって大きめのフードの付いたマントをとランプを取り出すと、そのままでは届かないため鎧を召喚し、サヨを吊るしている手枷を外して床に下ろした。

 

「ううん……来てくれてありがとう……でもイエヤスが……イエヤスが……」

 

 ソロは全身に走る痛みで動けないサヨにマントを着せるとランプに火を付けた。

 

「うっ……この倉庫の中良く見えるとこうなってたのか……」

 

 部屋の全容が明らかになり、視覚による情報が入ったためソロは嫌悪感を露わにして中を見回す。そしてもう人間ではない者達を見てそっと手を合わせた。

 サヨは生き絶え絶えで無理をして這うようにイエヤスのいる牢屋に向かおうとするがそれをソロは止める。

 

「動いちゃだめだ。離れ離れになった仲間も居るんだね、僕が連れて来るからコレ持ってて」

 

 ソロはサヨに鉄弓と矢筒を渡す。どうしてこれが、とサヨが言おうとした所で察したソロが説明をする。

 

「僕は自分が作った物ならできてから一日くらいまで声が聞こえるんだ。あの後帝都の知り合いの所に行ったらこの家の事を聞いて、嫌な予感がしたから来て見たらビンゴだったみたいだ。この弓と矢筒はこの倉庫の横に捨てられてた。仲間はあの牢屋に閉じ込められてるんだね?」

 

 イエヤスの囚われている牢屋に向かおうとしたその時、大きな音を立てて部屋の扉が破壊され、二人の居る場所に飛来する。

 ソロは咄嗟に体をサヨに覆わせて扉から守る。扉はソロの背中に当たり、床に落ちてランプを潰した。

 ソロは鎧を装着しているため微動だにせず、それに守られていたサヨ共々無傷ではあった。

 

「見ろよ少年、これが帝都の闇だって……誰だお前?」

 

 外に居たのは四人。

 一人は長めの金髪で露出が高い服装に、髪の毛と同色の猫の様な耳と尻尾の生えた女性。

 一人はワイシャツの上にセーターを着て、背中に剣を装備している茶髪の少年。

 一人は首に刀を当てられている金髪に水色の服を着た少女。

 一人は少女の首に刀を当てている長い黒髪とノースリーブの黒い服とスカートに赤い手甲とネクタイを身につけた瞳の赤い少女。

 この四人の内ソロは三人見た事があり、サヨは二人を知っていた。

 

「なっ……サ……サヨ……どうしてこんな所をに……」

 

 サヨの姿と倉庫の中の地獄絵図を見て大きく動揺する茶髪の少年。ソロは無言で立ち上がり四人と向き合う。

 すると、少年はソロを突き飛ばしてサヨに駆け寄り体を起こした。

 

「タツミ……イエヤスが……イエヤスが……」

 

 サヨは震える手で右手の人差し指を入口近くの牢屋に向ける。中には身体中の黒い斑点が目立つ頭にバンダナを巻いた少年が口から血を流して倒れていた。

 サヨは外を見て狼狽する。自分にの体に傷を心に恐怖を植え付けた張本人、アリアの姿を見たからだ。そして大きく呼吸が乱れて過呼吸に陥ってしまう。

 ソロは牢屋の中の少年がイエヤスで、目の前にいる少年がタツミだと確信した。

 

「イエヤス……お前か……お前かあああああああぁ!」

 

 タツミは憎悪に満ちた眼でソロを睨みつけ、背中の剣を抜きソロの首目掛けて振るうが、その凄まじい剣速を持ってしても真紅の鎧に傷一つ付ける事すら叶わない。それでも何度も剣を鎧に叩きつけ甲高い金属の音が辺りに響き続ける。

 タツミがソロに斬りかかるのも無理はなかった。サヨはタツミと再会した際に鎧の人物に助けられて弓を作ってもらったとは言ったが、どの様な鎧かまでは言ってない。ソロが軍人が嫌いだと聞いて共に入隊するつもりだったタツミにはあえて詳細を言ってなかったことが災いした。

 結果タツミの眼から見たら密室で鎧を着たソロはサヨを傷つけた変質者にしか見えなかったのだ。

 

「落ち着けよ少年、私はその鎧の奴が無関係かは知らない。それでもその部屋の惨状を作り上げたのはこのお嬢ちゃんとその家族さ。

地方から来た身元不明の者たちを甘い言葉で誘い込み、己の趣味である拷問にかける」

 

「アリアさんが……」

 

 金髪の女性の言葉でタツミは剣を止めて視線を金髪の少女、アリアに向ける。

 

「護衛も黙っていたから同罪だ。それにここの婦人は捕らえた者を薬漬けにしてその様を日記を着ける悪い趣味がある。ソイツはもう助からない」

 

 赤い瞳の少女はタツミに言い放つと刀をアリアの首から外し、鞘に収めた。そして長くなりそうだとポケットから携帯食糧を取り出して口にした。

 

「そんな……嘘よ……私はこんな場所があるなんて知らなかった!タツミは助けた私とコイツ等とどっちを信じるのよ⁉」

 

 タツミの耳には誰の言葉も入らなかった。大切な者二人の惨状を見た事と、それを行ったのが自分を助けてくれた筈の一家だという事実のショックが大き過ぎた。しかしその時。

 

「タツミ……サヨは……そいつにやられた……俺も……そいつに騙された……俺は飯食ったら眠くなって……気付いたらココに入れられて……妙な薬打たれてこんなになっちまって……サヨは少し前に連れてこられて……そいつが……そのクソ女が痛めつけやがった!」

 

 命辛々、神が起こした最後の奇跡とでも言うように少ない命を燃やし、イエヤスは目を覚まし一つの真実を親友に伝えた。

 

「……何が悪いって言うのよ」

 

 アリアはタツミの前に踊りでて言葉を紡いだ。

 

「お前達は何の役にも立てない地方の田舎者でしょ‼家畜と同じ‼それをどう扱おうが私の勝手じゃない‼」

 

 その歪んだ悪魔のような表情にタツミが見たアリアの面影は無かった。それでも目の前の悪魔の口は止まらない。

 

「だいたいその女家畜のクセに髪がサラサラで生意気すぎ‼私がこんっなにクセっ毛で悩んでいるのに‼

だからお前よりも先に責めてあげたのよ‼むしろこんなに目をかけて貰って感謝されるべきだわ‼」

 

 アリアが身勝手な持論を述べている時、トラウマに囚われていたサヨの体が動く。思考がまともに働かず、身体中に走る激痛に顔を顰めるが体を起こして矢筒から一本の矢を取り出す。その動きはソロ以外の誰も気がつかない。ソロはサヨのやろうとしている事に気がついて体を支える。

 

「善人の皮を被ったサド家族か……邪魔して悪かったなアカメ……」

 

「葬る……」

 

 金髪の女性が詫びると、アカメと呼ばれた瞳の赤い少女は刀に手をかける。

 

「待て」

 

 それを止めたのは他ならぬタツミだった。下を向いていてその表情は分からない。

 

「まさか……またかばう気か?」

 

「いや……俺が斬る」

 

 タツミは剣に手をかけ、抜刀しアリアの腹部を斬り裂いたのと同時に、アリアの首を一本の鉄の矢が貫く。放ったのは当然サヨだ。しかしサヨはそれと同時に糸が切れた人形のように力が抜け気を失ってしまう。

 

「憎い相手とは言え迷わず殺すか……この二人」

 

 外で見ていた金髪の女性は事を見届けると顎に指を当ててポツリと呟いた。

 

「さすがタツミとサヨだ……スカッとしたぜ……!」

 

 今までとは比較にならないほどの量の血をイエヤスは口から流す。それは先ほどアカメの言ったように、もう助からないという事が見て明らかだった。

 

「イエヤス!サヨ!」

 

 仲間の異変にタツミは大声で二人の名を呼んだ。

 

「彼女は大丈夫、気を失っただけだ。でも彼は……最後の言葉、聞いてあげなよ」

 

 ソロはそう言うと、サヨを床に寝かせてイエヤスの閉じ込められている牢屋に近づいて扉の部分の鉄格子を掴む。すると掴んだ鎧の腕から炎が揺らめいたかと思えば、力任せに扉を引き抜いて壊した。

 タツミはそこから中に入りイエヤスを抱えて起こす。

 

「俺はもうダメだ……故郷の事は……任せたぜ……俺は先に逝って……お前らが来るの待ってるからさ……。

タツミ……サヨは……アイツにやられても……自分でやり返した……心は屈してなかったんだぜ……カッコいいよな……だから……このイエヤス様も……カッコ……よく……」

 

 イエヤスの天に向けた拳が力無く下ろされる。一人の少年の命の火が燃え尽きた瞬間だった。

 

「イエヤス……イエヤスっ!」

 

 タツミは親友の名を呼びかけた後もう目覚める事が無い事を悟り、絶叫に近い声をあげて泣いた。

 

「行こう」

 

「んー……あの少年と少女持って帰らないか。アジトは何時だって人手不足だ。運や度胸、才能もあると思わないか?

そこのお前、こいつ達連れてっていいだろう?」

 

 金髪の女性が踵を返してこの場を去ろうとするアカメを引き止め、ソロに問いかけた。

 

「……サヨの怪我をどうにかする術はあるの?」

 

「近くに知り合いの元医者の爺さんがいる。腕は確かだ」

 

「……百獣王化ライオネル、一斬必殺村雨。アカメって名前で手配書を思い出したけど、君達はナイトレイドだろう?

……顔を見た僕はどうする。口封じのために殺すかい?」

 

 ソロは腰に装備している黒い筒に手を伸ばし、アカメはその言葉に答えた。

 

「帝具について知識があるようだが、お前は標的ではない……斬る必要は無い。レオーネ、時間が掛かり過ぎている。連れて行くなら早く行くぞ」

 

「そういう事だ、お前には何もしない。行くぞ少年、死体は後で私が運んでやるから安心して着いて来い」

 

 レオーネと呼ばれた女性は倉庫の中に入りサヨを抱え上げてタツミに声をかける。

 

「何を……勝手な事を……サヨを下ろせよ!俺は……イエヤスの墓を……」

 

 タツミは未だ涙が止まらず、嗚咽を漏らしながら反論する。レオーネは力づくで連れて行こうとしたがそれを止め、タツミを諭したのはソロだった。

 

 

「ねぇ、君とサヨはやるべき事があるんだろう。死んだ仲間を悲しむなとは言わないけど、それは今の現状を何とかしてからでも出来るんじゃないの。今苦しんでるサヨを手当てしてからでも出来るんじゃないの⁉」

 

「……っ!……本当にサヨは助かるんだな」

 

「ああ、私達の仲間になってはもらうがな」

 

「……わかったよ。あんた達について行く」

 

 タツミは服の袖で涙を拭い、立ち上がって移動するアカメとレオーネの後について行こうとして一つ思い出したように言った。

 

「さっきは悪かった、そんでありがとう」

 

 タツミの言葉にソロは頷いて応じた。四人が去った所でソロは外に出て空を見上げる。すると月に照らされる幾つかの影が夜の帝都の空を駆けていた。

 

「暗殺集団ナイトレイドか……ラキさん情報通りかな。

……どうか魂は安らかに天に昇りお眠りください」

 

 ソロは倉庫を向いて合掌し、頭を下げ黙祷を捧げると鎧の翼を広げ帝都を後にした。



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第七話~決意~

 

「イエヤス……どうしてお前だけ逝っちまったんだよ……俺たち死ぬ時は三人一緒だって決めたじゃないかよ……」

 

「イエヤス……」

 

 仲間の墓に花を添えて二人は祈りを捧げる。タツミの方は少し気持ちの整理がついているようだが、サヨは真っ赤で腫れた目に涙を浮かべている。

 

 アリアの屋敷での出来事から三日が経過した。あの後、タツミはナイトレイドのアジトに連れて来られた。サヨはスラムの医者で治療を受けた後にレオーネに運ばれてアジトに到着し、昨日目覚めたばかりだ。レオーネは約束通りにサヨを連れて来た後帝都に戻り、イエヤスの亡骸を運んだ。タツミは親友の亡骸を見晴らしの良い崖に泣きながら埋葬した。

 

 サヨは我慢してはいたがついに涙を零してしまう。服は自分の物レオーネが回収してくれた。

 サヨの身体中には包帯が巻かれていて服に覆われていない部分からそれが見てとれる。頬にはガーゼが留められていてより痛々しい印象を覚える。

 

「そこの若者二人、いつまでもウジウジしない!私達ナイトレイドの仲間になる決心はついた?

アンタ達殺しの素質あると思うんだけどなー」

 

 二人の背後に急に現れたレオーネは右腕でタツミを、左腕でサヨの首を抱え込んだ。

 

「あっ……レオーネさん……」

 

「わっ!何だよ急に⁉」

 

「いやー三日も経ったのに何時までもメソメソしてるからおねーさんが元気付けてやろうと思ってな。とにかく今日はアジトを案内してやるよ!」

 

「離せって!俺たちは殺し屋になんかーっ!」

 

 レオーネはそのまま首を締めるように二人を抱えてアジトである大きな岩の下にある建物に向かった。タツミは顔が胸に当たるため照れていて、サヨはレオーネが気にしてくれている事を感じて少し嬉しく思い、目元を拭って微笑みを浮かべた。

 

 

 大広間である会議室、その中心にはテーブルと椅子があり、紫色の長髪で上下一体のスカートにはスリットの入った服を着た右の頬に一筋の傷痕がある女性が本を読んでいた。

 名前はシェーレと言い、二人に暖かい言葉をかけてやれとレオーネに言われ、少し考える素振りをした後。

 

「アジトの場所を知ってしまった以上仲間にならないと殺されちゃいますよ?」

 

 非常な、そしてある意味正論である彼女なりの暖かい言葉をかける。

 タツミは頭を悩ませ、サヨが納得した所で、会議室の扉が勢い良く開かれ、ピンク色の髪をツインテールにした少女がズカズカと入り込みレオーネに詰め寄った。

 

「ちょっとレオーネ!何でソイツまでアジトに入れてんのよ!

アタシは治療のためでもそっちの方をアジトに入れるの反対だったのよ!」

 

 少女はサヨを指し言葉を荒げる。

 

「なんだかんだマインも無理やり追い出しはしなかったろ。それに仲間になるんだからいいじゃん」

 

「「仲間じゃない!!」」

 

 タツミとマインと呼ばれた少女の声がシンクロして否定する。二人は驚き顔を合わせるが、マインはすぐに嫌悪感を露わにした。

 

「真似すんじゃないわよ!アンタら不合格よ。プロフェッショナルな私達と仕事出来る感じしないわ……特にこの男は顔立ちからして」

 

「何だと手前ぇ!」

 

 売り言葉に買い言葉。元々の性格の相性が悪いのか、マインとタツミは口げんかを始めてしまう。

 

「ぷっ……良かった。タツミ元気が出てきた」

 

 互いの容姿からくる暴言を吐き合う二人。そんな様を見てサヨは思わず吹き出してしまう。あの日から塞ぎ込んでいたタツミが誰かと言い合うまで気を持ち直してサヨは嬉しく思った。

 

「お前もな、私の見た限りではお前もそんな顔した事無かったよ。

……お前は少年と違って覚悟を決めたみたいだな。

さっ、次だ次。おーいその辺にしといて行くぞ少年」

 

 レオーネはサヨの頭に手を置き微笑みかけると、言い合う二人の元へ行き仲裁と言うには程遠く乱暴にタツミを引き剥がす。不満が晴れないマインをシェーレに任せて三人は会議室を後にした。

 

 次に案内されたのは東洋の和という文化が取り入れられた訓練所だ。砂利の敷き詰められた広場とそれに面した廊下と建物。その広場の中心ではリーゼントの大柄な男が木の槍を振り回している。その上半身は裸で、鍛え上げられた筋肉は容姿の良さと合わさりまるで彫刻のように美しい。

 

「凄え……なんて槍さばきだ!」

 

 タツミは思わず言葉を漏らす。そう思うのも無理は無かった。男の振るう槍は目で追うのがやっとで残像すら見えるほどだからだ。やがて男は槍を地面に突き刺し、来訪者の存在に気が付いた。

 

「おっなんだレオーネじゃん……とそこの二人はこの間のヤツか!

俺はブラートだ、ヨロシクな。そっちの嬢ちゃんは目が覚めたか。傷は大丈夫なのか?」

 

 ブラートと名乗った男はタオルで汗を拭うと三人の方に近づく。

 

「お陰様で、私はサヨです。よろしくお願いします」

 

「俺はタツミ……ってなんで俺らの事を知ってるんだ?」

 

「ん?この姿は始めてだっけ?

初対面の時に鎧に包まれてた奴だよ。改めてヨロシク!」

 

 ブラートはそう言うとタツミとサヨに手を出して握手を求めると、二人はそれに応じた。

 

「気をつけろよ、そいつホモだぞー」

 

 レオーネのその言葉に場が凍る。

 

「オイオイ、誤解されちまうだろう。なあ?」

 

 ブラートは否定はしなかった。その事に二人は、特にタツミは戦慄を覚えて一同は逃げるように次へ向かった。

 

 木々に囲まれた泉の見える高台にうつ伏せで息を荒く気配を消している緑色の髪にゴーグルを着けた少年がいた。

 

「そろそろレオーネ姐さんの水浴びの時間だ。俺はあの胸を見る為なら危険を省みない!」

 

「じゃあ指二本貰おうか」

 

 少年にとっては前方に存在して居たかと思った存在、レオーネが背後に現れ腕を後ろに取られて締め上げられ情けない悶絶の悲鳴をあげた。

 

「懲りないなーラバ」

 

「クソッまだいける!どこまでも!」

 

「じゃあ次は腕一本な」

 

 そう言うとレオーネは少年の腕を人体の構造上曲がらない方向に曲げていく。

 

「……という訳で、このバカはラバックな!」

 

 何とも情けない紹介の仕方にタツミは呆れ、サヨは汚物を見るかのような目線をラバックに向けた。

 当のラバック本人は腕を締め上げられて尚、これはこれでアリだと漏らしていた。

 

 

 三人は河原へ向かう道を歩いて居ると、俯きながら歩くタツミが不意に口を開いた。

 

「なんかもうお腹いっぱいなんだが……」

 

「私もちょっとね。ナイトレイドって変な人しか居ないんですか?」

 

 タツミは気が滅入ってゲンナリとしていたが、それに対してサヨはどこか面白そうにしていた。

 

「アハハ次は美少女だから期待しろって!

ホラ、あそこに居るのがアカメだ。可愛いだろ?」

 

 レオーネの指差す先には河辺で巨大な鳥を焼き、頬張っている女性らしい可愛らしさとは無縁の少女、アカメがいた。

 

「どこがって……あれ特級危険種のエビルバードじゃないか⁉」

 

「ウソっ……あの村一つ食べ尽くすって言われてる。一人で殺ったの⁉」

 

「そっ。彼女がアカメ、可愛い見た目で中々野生児だ」

 

 アカメはエビルバードの体を解体し骨の付いた肉をレオーネに放った。

 

「レオーネも食え」

 

「おっサンキュー」

 

 レオーネは受け取った肉を頬張り、アカメは無言で骨の付いた肉を片手にタツミとサヨを見つめる。

 

「お前達……仲間になったのか?」

 

「いや……」

 

「私は決めたわ。許可さえ貰えれば貴方達の仲間になります」

 

 渋るタツミを他所にサヨは堂々と答え。予想外の言葉にタツミはサヨを見つめた。

 

「そうか……じゃあお前には肉をやる。お前にはやる事は出来ない」

 

 アカメはサヨに肉を放り投げ再びエビルバードへと向き直る。サヨは礼を述べて肉を食べようとした所でタツミに止められる。

 

「何言ってんだよサヨ、ナイトレイドに入るなんて!俺らは村を救うって使命があるだろ!」

 

「私は決めたの。私と……イエヤスみたいな思いをする人たちを減らしたいって……」

 

「なっ……それなら軍に入って出世して取り締まればいいじゃないか!何も殺し屋になんて」

 

「国の兵士が何かしてくれる訳ないじゃない!

……あの家の主人、軍の知り合いに口添えするって言ったわよね。それに聞いたの、ああいう富裕層は軍の上層部に賄賂を送って癒着してるって!

タツミは……タツミはアイツに何もされなかったからそんな事言えるのよ!」

 

 言葉を紡ぐ中でサヨに忌まわしい記憶が蘇りつい言うつもりでは無かった言葉まで出てしまう。タツミは何も言えずに黙り込んでしまい、辺りにはエビルバードを焼く炎の音と河の流れる音、アカメが肉を頬張る音だけが目立つ。

 レオーネが何か言おうとしたその時、アカメの座る反対側からエビルバード越しに声が聞こえた。

 

「フフフ若いな。いやまあ、私もまだ若いんだがな。血気盛んなのは構わないが、それは私がナイトレイド加入を認めた上で任務で発揮してもらいたいものだ」

 

 エビルバードの陰から1人の女性が現れる。少し胸元が開かれた黒いスーツに身を包んだ銀髪、しかしそれよりも右目の眼帯と甲冑を思わせる右腕の義手が目立っている。

 

「あっボスお帰りー。この二人推挙ねー」

 

「だっ……だから勝手に!」

 

「ふむ……アカメ、全員会議室に集めろ。前作戦の結果を詳しく聞きたい、その二人の事を含めてな」

 

 

 ナイトレイドのメンバーが全員集まった会議室。そこで三日前の出来事がまず実行犯であるメンバー達から詳しく語られ、その後タツミとサヨが村から帝都に来た理由を話した。

 

「ふむ……その真紅の鎧の男というイレギュラーが気になるが、おおよそ把握した。それで二人はどうだ、素質はあると聞いたんだがナイトレイドに入る気はあるか?」

 

 眼帯に銀髪の女性、ナジェンダから聞いたの提案にサヨは快諾するが、タツミは迷う。

 ナジェンダは断っても帰す事はできないが殺しはしない事を説明すると、続けてブラートが帝都が腐っているからこそタツミ達の故郷を含む地方が重税で苦しんでいる事、自身がそんな国の軍に嫌気が差して腐敗の根源を取り除くためにナイトレイドに入った事を語る。

 悪人を殺していった所で何も変わらず、辺境にある故郷は何も変わらないとタツミが言った所で、だからこそナイトレイドがピッタリだとナジェンダは言い、続けた。帝都の遥か南に反帝国勢力の革命軍のアジトがある。大規模な組織となるにつれて必然的に情報収集や暗殺などの日の当たらない仕事をこなす部隊が作られる。それがナイトレイドであると。今は帝国に巣食うダニ退治をしているが、軍が決起した時に諸悪の根源である大臣を討つ事を目標にしている事、勝つための策があり時が来れば確実に国が変わる事をクールな彼女が熱を入れて語った。

 

「その新しい国は……ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

 

「私や……イエヤスみたいに田舎から出てきた人や貧困層の人が富裕層に騙せれて殺される事も無いんですね?」

 

「無論だ」

 

 ナジェンダが堂々と何一つ迷う事なく二人に言ってのけるとサヨは再度決意を決めた顔になり、タツミは俯いてプルプルと震えていた。それに気付いたサヨはタツミに声をかけた。

 

「タツミ……どうしたの?」

 

「スゲエ……じゃあ今の殺しも悪い奴を狙ってゴミ掃除してるだけで……いわゆる正義の殺し屋ってヤツじゃねぇか!」

 

 タツミは両手の拳を握り、心を震わせて思わず声を大にして発言した。

 すると少しの間を空けて誰かが噴き出すと、タツミ、アカメ、サヨ、ナジェンダ以外の全員が笑いはじめた。マインに至ってはタツミを指差して大笑いしている。

 

「なっなんだよ!何が可笑しいんだよ!」

 

 うろたえるタツミに対して笑いを止めて一息吐いたレオーネが答えた。

 

「タツミ。どんなお題目を付けようが殺しは殺しなんだよ」

 

「そこには正義なんてあるわけないです」

 

「俺達全員いつ報いを受けて死んでもおかしくないんだぜ」

 

「戦う理由は人それぞれだが皆覚悟はできてる……それでも意見は変わらないか?」

 

 シェーレが続けて諭す様に語り、ブラートは厳しく重く語り、最後にナジェンダが訪ねる。タツミは幾分かショックを受けるが、サヨの方は決意が固く表情を変えない。

 

「私は変わらないけど……報酬はちゃんと出るんですか?」

 

「勿論、働いて行けば故郷の一つは救えるさ」

 

 元よりタツミもサヨも軍に入隊するつもりで故郷を出てきた。人を斬る覚悟ならあった。その対処が変わるだけの話である。気になっていた報酬の件もサヨが解決したためタツミの意思は決まった。

 

「やってやるよ、そんな大願があるならイエヤスだってそうする。俺もナイトレイドに入れてくれ!」

 

 覚悟を決めたタツミの承諾にナジェンダの口角が上がる。しかしマインは幾分か冷めた不満げな様子だった。

 

「アンタ達村には大手を振って帰れなくなるかもよ?」

 

「構わないわよ、それで村の皆が幸せになるならね」

 

「俺も全く同じ意見だ」

 

「決まりだな。修羅の道へようこそ。サヨ、タツミ」

 

 その時、ラバック着用するグローブに取り付けられたリールが勢い良く回転し、その音が室内に響く。

 

「ナジェンダさん、侵入者だ!」

 

「人数と場所は?」

 

「俺の結界の反応からすると恐らく八人、全員アジト付近まで侵入しています!」

 

 ナジェンダは報告を聞いて慌てる様子は無く箱から煙草を一本取り出し咥えた。

 

「緊急出動だ、全員生かして返すな……行け」

 

 煙草に火をつけると同時にメンバーに命令を出す。すると全員の雰囲気が変わり、各々が侵入者の迎撃に向かう。取り残されたタツミとサヨはその体を針で刺されるような殺気に背筋が凍るが、ナジェンダが義手でタツミの頭を叩いた事で硬直が解ける。

 

「何をしている初陣だ、始末して来い」

 

 二人は頷き、タツミが頭部の痛さに少し涙を浮かべて走りさるが、サヨは体の傷が痛み少し出遅れた。それに気がついたナジェンダがすぐにサヨを制する。

 

「サヨ、お前は行かなくていい。まずは怪我を治す事に専念しろ。今は無理をする時じゃない。怪我人が行った所で足でまといだ」

 

「っ……すいません。覚悟を決めたなんて言っておきながら……」

 

「なぁに、今後しっかり働いてくれればいいさ。それよりも思い出したくないかもしれんが、屋敷でお前を助けに来た鎧の男について詳しく知らないか?」

 

 どうにも引っかかると付け足してナジェンダは煙草の吸殻を義手で握りしめた。

 

「……わかりました。実は彼の事はタツミにも詳しく話してはないんです。なんでもあの子、帝国が嫌いだと言ってたんで軍人になる予定だったタツミには黙ってようと」

 

「ちょっと待て……あの子っていうのは?」

 

 サヨの言葉に感じる違和感、鎧の人物の話を聞いていたのに急に出てくる子どもの事に思わずナジェンダは話を遮った。

 

「その、さっきは進行の妨げになるのと信じて貰えないと思って言わなかったんですが……私を助けに来てくれた真紅の鎧の人物は子どもなんです。

本人は十代半ばって言ってましたけどそうは思えないくらい小さいんです……ここまで信じてもらえますか?」

 

「体を改造して若い状態を維持する技術が他国にあるみたいだからな。それに人体実験くらいなら帝国でもしている、見た目で年齢が分からないなんて案外良くある事だ。続けてくれ」

 

 狂人に思われるというソロに受けた忠告でサヨは彼の事を話したくはなかった。しかしナジェンダも組織の長、話を最初から否定するつもりはなくむしろあり得る話だと肯定した事でサヨの気が少し楽になって表情も少し柔らぎ、ソロとの詳細を語る。

 

 野盗に追われていた時に助けられた事、その時に弓が壊れてしまい新しい物を作って貰い家に泊めてもらった事、そして矢筒を改造されて物が矢に変わる機能が付けられた事を話すと、ナジェンダが眼を見開き顎に指を当ててブツブツと何か考え事を始める。

 

「あの……ナジェンダさん?」

 

「サヨ……その少年の名前は分かるか?」

 

「えっと……ソロ……って言ってましたけど」

 

 ナジェンダの剣幕にサヨは少しうろたえて答えた。するとソロの名を聞いたナジェンダは静かに笑い立ち上がる。

 

「サヨ、みんなが戻って来たら出かけるぞ。彼の家まで案内してくれ。恐らくそのソロは私の知人だ」

 



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第八話~永遠の叡智~

 

 メンバーが侵入者を排除した後、ナジェンダはアカメをタツミの当面の上司に任命すると、知り合いに会いに行くとだけ説明してサヨとアジトを出た。その際タツミは不満な顔をしていたが、ナジェンダが一睨みで黙らせた。

 そしてサヨの記憶を頼りにアジトからソロの家に向かった二人だが、道に迷ってしまっていた。

 

「うーん、たぶんこの辺だったと思うんですが……」

 

 地図と方位磁石を見ながら辺りを見渡してサヨが呟く。なにせ空から見たのと地に足をつけて見た景色には大きな差があるため、ソロの家のおおよその位置しか分からなかったのだ。

 

「この辺は何度も見て回ったが家など無かったんだがな……まあまだ日暮れまで時間はある、手がかりでもなんでも良いからゆっくり思い出してくれ」

 

 ナジェンダも辺りを見回すが見れども見れども岩で出来た山道ばかりだった。

 

「そう言えばボス、ソロとどうやって知り合ったんですか?」

 

「おや、さっきまで名で呼ばれていたが急にどうしたんだ」

 

「私なりの……ケジメですね。組織の長に対してはやっぱり名前では少し失礼かなって」

 

 地図に落としていた視線をナジェンダに向けて少し照れた様子でサヨは言った。ナジェンダ自身もそう言われて悪い気はせず、笑って返した。

 

「そうか、まあ好きに呼んでくれていい。

ソロとの出会いだったな。アイツの母が帝具の整備士でな、当時軍人だった私が帝具を授かった時にそのメンテナンスの仕方の手解きを受けたんだ。

彼女は皇拳寺の出身で武術も凄く当時のどの将軍よりも強かった。私も何度も武術の稽古を付けてもらったもんさ。

そんな彼女の後ろを着いて歩いていたのがソロだ。私に懐いてよく遊んでやったさ、当時モテた私を独り占めできたのはアイツだけだろう」

 

 後半自慢が入りキザに笑うナジェンダをみてサヨは苦笑いを浮かべる。するとサヨの耳に何か高い音が聞こえた。最初は気のせいだと思ったが、神経を集中させてみると連続で聞こえる。

サヨはその音に聞き覚えがあった。

数日前に確かに聞いた音、ソロがハンマーを鉄に打ち付ける音とそっくりだった。

 

「あっちです、行ってみましょう!」

 

「なにか思い出したのか?」

 

「いいえ、ソロが何かを作ってる時の音が聞こえます。ボスには聞こえませんか、金属同士が当たるような高い音が?」

 

 ナジェンダが耳を澄ますが、風の流れる音だけが聞こえるだけで、サヨの言う金属の音は聞こえなかった。

 

「……いいや、私には聞こえないな。だが、手がかりと呼べる物もない。案内を頼む」

 

 サヨは頷くと歩き出す。聞こえたのは山の上の方だった。真っ直ぐ登って行くのは不可能だったために回り道になってしまったが、見覚えのある開けた地にまで来る事が出来た。

 そこに有るのは岩山には不釣り合いな一軒の家、その隣に洞窟。確かに数日前サヨが泊まったソロの家だった。

 

「あった、ここです。ここがソロの家です!」

 

「おかしいな……こんな所に家が、そもそもこの山にこんな開けた地があったか?」

 

 喜ぶサヨを他所にナジェンダは深く考え込む。何度かこの山に来た事はあるが、風景に不釣り合いなソロの家を見た記憶が無いからだ。少しでも目に入れば好奇心から近づく事もあっただろうがそれすら無かった。思考の渦から抜け出せないナジェンダは煙草を箱から出して咥え、火を点けた。

 

「サヨ、先に行っててくれないか。どうにもこの家が解せん。お前が来た事有ると言ったのならばそうなのだろうが、私は何度かこの山を訪れたがこの岩肌の山に不釣り合いな家が視界に入った事すら無い。

少し頭が痛いから落ち着いたら行こう。ソロも煙草の煙は嫌いだったしな」

 

 岩に座り込んで義手でこめかみを抑えるナジェンダ。サヨが心配するが、気にするなと言われたため、先に家に行く事にした。

 

「なんか……ここに来たのがもうずっと前みたいに思えるわね」

 

 一瞬脳裏に浮かんだアリアの屋敷での出来事。払拭出来ない記憶だがサヨは強く生きると決めた。背筋に悪寒は走れど、トラウマで身体が動かなくなるという事は無くなった。

 少し嫌悪感の残る胸中ではあったがサヨは家のドアの前に立つ。道を登る時に聞こえていた金属を打つ音はしばらくして消えていたから家の中に居るだろうと判断した。

 田舎にはノックという風習が無い為かサヨはいきなりドアを開けて家に入るが、見渡す範囲に家主の姿は無い。

 

「あれ、居ると思ったんだけど……留守なのかな?」

 

 そのまま奥に進もうと数歩進んだ瞬間、入口のドアが締まり壁に飾ってあった剣が飛来して喉元に突きつけられて浮遊したまま止まる。そして少し遅れてテーブルの中心に穴が空いてそこから銃身が現れ、サヨに向けられた。

 思いも寄らない罠による奇襲にサヨは何も出来ず言葉すら発せず、なんとか理解出来た状況にひたすら焦燥していた。

 

「はあ……はあ……誰……簡単には……この家には……来れないはず……だけど……泥棒さん……かな……?」

 

 ソロの寝室であった部屋のドアが開き、家主である張本人が姿を現した。

 しかしその様子はおかしく、顔は赤く息を切らして足取りもおぼつかない。壁に手を当てて体重を預けてやっと歩いていた。

 

「おい、一体どうした!」

 

 玄関のドアが何度も叩かれる。異変を察知したナジェンダが駆け付けたが中に入れずにいた。

 しかしそれで、喉元に剣を置かれ銃口が向けられていて正気では無かったサヨは少し落ち着きを取り戻した。

 

「ボス、大丈夫です!

ソロ……どうしたの凄い辛そう……っ!」

 

 サヨは意を決して剣を退けようと手を動かそうとした時、突きつけられた刃先が近づき皮膚に完全に触れ、銃もなにやら不穏な音を響かせた。恐らく身体を動かしたら問答無用で自分を攻撃する仕掛けだとサヨは理解した。

 事態は何も変わらないかとサヨは思った。だがその行動と言葉は無駄ではない、ソロは来訪者が自身の知り合いだと気付いたのだ。

 

「あ……もしかして……サヨ……くっ!」

 

 ソロが慌てて指を鳴らすとサヨの喉に突きつけられていた剣は離れて元の壁掛けに収まり、テーブルの銃が穴に戻ると穴は塞がれた。

 それを確認したソロが微かに笑い糸が切れた人形のように床に倒れ込んだのと、ナジェンダが勢い良く扉を開けて家に飛び込んだのはほぼ同時だった。

 

「ソロっ!大丈夫⁉」

 

 直様サヨは床に横たわるソロに駆け寄り身体を起こし、続くようにナジェンダも近づいて額に手を当てた。

 

「凄い熱だ、すぐにベッドに横にさせるぞ」

 

 ナジェンダがソロを抱き上げて運ぼうとするが、それをサヨは止めた。

 

「待ってください。この家には罠が仕掛けられているので私が先導します。さっき私は狙われてソロが解除したみたいですが念のためにも」

 

 サヨは先ほど起きた事を要点をまとめてナジェンダに説明した。

 サヨはソロの性格上自分が来たと分かったなら罠は作動させないと分かってはいたが、最悪の事態(罠の誤作動)に備える。ナジェンダは頷く事で同意した事を伝えるとサヨは警戒しながら先ほどソロが出てきた部屋に向かう。

部屋に入り、ある程度部屋の中を歩くとベッドの布団に手をかけて捲る。そのままベッドに腰をかけるも特に異変は起きなかった為、ナジェンダを呼びソロはベッドに寝かされた。

 

「もう罠とやらは大丈夫だと思うが……警戒はしておくぞ。

しかし、フフッ……大きくなったな」

 

 ナジェンダの表情と言動が和らいでいるが、気を張り詰めていて油断が無い事がサヨには分かった。

 

「これで大きくなったって、ボスはどれくらい前にソロと会っていたんですか?」

 

「確かにソロは年齢に対しては身長は低い方だな。私が最後にソロと母上殿に会ったのは……まだ私は将軍だったから五年程前だ、ソロはまだ歳が二桁になってない頃だろうな。それと、コイツ十代半ばって言ったそうだが、それは嘘だ。今は12か3のはずだ」

 

 やはり嘘の年齢を教えられた事にサヨは苦笑するが、さほど気にはならなかった。ナジェンダはソロの頭を撫でると、一服すると言って外へ出て行った。

 

「ソロ……どうしちゃったの?

来る時に貴方が何か作ってた音が聞こえたけど、気のせいだったのかな?」

 

 サヨはベッドに寝ているソロに言葉をかけるが、返って来るのはソロの苦しそうな荒い息遣いだけだった。

 

 

 三十分程経過してサヨがソロの母の墓に手を合わせていたら、家から一つ悲鳴が聞こえる。その主は気を失っていたソロの物だった。

 急いでソロの寝室までサヨが戻ると布団をひっくり返して壁まで後退る怯えた様子のソロと、顎に指を当てて首を傾げるナジェンダの姿があった。

 

「悲しいなソロ……昔あれだけ遊んでやったと言うのにそんな反応をされるとはな」

 

「ちょっちょっとボス、何があったんですか!」

 

「眼が覚めたようなので手を伸ばしたら急に怯えてしまってな。失礼なヤツに育ったものだ」

 

「いや……目が覚めて急に隻眼隻腕の人に迫られたら誰でもそうなりますって」

 

 ぽかんとしていたナジェンダにサヨは呆れて言った。それを見たソロは幾らか落ち着き、やっと言葉を発した。

 

「はぁ……はぁ……もしかしてナジェ姉?どうしたのその腕と目は⁉」

 

「思い出してくれたかソロ、この五年程の間に色々あったんだ。

……お前も母上殿の……ヒジリさんの事は残念だったな。

聞きたいんだが、先ほどサヨは家で罠に逢い危険な目にあったそうだが、まだ作動するのか?」

 

「あっそうだ、ゴメンサヨ!さっきは体調が優れなくて近くに生体反応が二つあったから家の防衛機能作動させてて……サヨだって気付いたからすぐ解除してもう大丈夫なんだけど……ケガはない?」

 

 申し訳なさそうに俯いて話すソロにサヨは近付いて額に手を当てる。この短時間で熱が下がっていた事に怪訝な表情を浮かべるが、そのままデコピンをする。

 

「ビックリしたけど、罠での怪我はないわ。私もまだまだって事で勉強にはなったからそれで許してあげる」

 

「さて、落ち着いた所で話をしようか。会えて嬉しいぞソロ」

 

 三人はリビングに場所を移してサヨがお茶を入れ、ソロの反対側に二人が座る形で話を始めた。

 

「ようこそ二人とも、最初に聞きたいんだけど二人は帝国の人間じゃないんだよね?」

 

「お前は帝国を嫌っていると聞いている。私を攻撃しなかった事からもう将軍でない事は知っていたみたいだから話しておくが、今は反乱軍の帝都の暗殺チームナイトレイドでリーダーをしている。サヨも我々のメンバーだ」

 

「私はもうあんな家族を庇う帝国に忠を尽くす事は出来ない。だからナイトレイドに入ったわ」

 

「そっか……この間は遅くなって本当にごめん。

ナイトレイドと反乱軍が繋がってる事は知らなかったな」

 

 サヨはどこか遠い目をして答え、ソロは暴行の傷跡が残るサヨに対して申し訳なくなり謝罪をした。

 

「次はこちらの番だな。私達はこの近くを何回も通った事が有るんだが、こんなところに家なんて無かったはずだが?」

 

 ナジェンダは煙草を吸っても良いかも問うと、ソロは苦い顔をしたので箱だけ出してしまった。

 

「僕は近くにナイトレイドのアジトが有る事は知ってたけどね。誰にも言ってないけどあの千変万化クローステールの結界が張ってある所でしょ?

この家は母さんが作ったんだ。ここに家は無いって認識させる波長を出す機能と家の中に侵入して来た人を排除する機能を付けてね。波長の方は完全じゃないから、年に五回くらい迷い込んだ人が来るんだけど、賊が多いから二人にも警戒しちゃった。

たぶんサヨがここに気付いたのは僕があげた武器を持って来てたからだと思う。僕が作った物はその波長を少し弱めるから」

 

「……まさかアジトの場所が知られてるとはな。此方に接触しなかったのは?」

 

「帝具の結界が張って有るんだよ?

気付かれないくらい上空から見た限りで万物両断エクスタス、悪鬼纏身インクルシオも確認出来たから迂闊に近付いたら死ぬだけだって僕でもわかるよ」

 

「あの……気になってたんだけど、帝具って何?」

 

 帝都に出て来てから数日、様々な事があり、節々で帝具という単語をサヨは聞いていたがどんな物かは分かっていなかった。

 

「あれ、教えてなかったんだっけ?

帝具っていうのは、今から千年前かつて帝国を築いた初代皇帝がその栄華を不朽の物にするために当時の叡智を結集させて作られた超強力な48個の兵器の事だよ。全て帝国が持っていたけど500年くらい前の反乱で約半分は所在が不明になってるけどね」

 

「へぇ、でも千年も前の武器なら使い物にならなかったり、もっと強力な物は開発されてないの?」

 

「当時の技術の伝承は一切されてない上、使われた素材も今はとても手に入らない物ばかりだ。とても優れた物だから整備してさえいればガタがきて使えなくなるとは聞いたことはないな。

そこでソロ、サヨの矢筒を矢が無限に精製されるものにしたと聞いたがどうやってそんな物がつくれたんだ?」

 

「ナジェ姉今度の質問は僕の番だ。

……反乱軍の、それも一つの組織を任されてるナジェ姉に聞くけど、もし帝具を作る技術が完全に失われていなかったとしたらどうする?」

 

「っ……もしも本当だとしたら、是非反乱軍の開発部に招きたいものだな。革命が成功する可能性がグンとあがる。

……というのが、立場のある人間の意見だ。一人の少年の姉のような人間の意見としては、そんな危険な知識を一切人に言わず闇に葬り、平穏に暮らして欲しいな」

 

「もしかして……ソロ……?」

 

 ソロの意味深な発言にナジェンダとサヨは息を飲む。しばしの沈黙が流れてソロは口を開いた。

 

「……二人が思っている通り、僕は帝具を作る知識を持ってる。サヨの矢筒もその応用で作った物だよ」

 

 ソロの告白に二人は言葉が出ない中、ソロは続けた。

 

「でも僕は反乱軍に入る気は無いよ。いつ寝首をかかれるか分からないし、そもそも兵器を量産するにしてもさっきナジェ姉が言ったみたいに素材が無いんだ。出来上がった武器の性能は良くて600年程前に作られた臣具程度だよ」

 

「……どうして、ソロはその帝具を作る知識を持っているの。帝具の作り方は伝えられなかったってさっきボスが言ったじゃない」

 

「帝具の技術が伝えられなかったのは、作った人たちみんな殺されちゃったからなんだ。

でも、それを予見してた当時の技術者は、永遠の時を生きる鳥の危険種を素材に一つの本を作ったんだ。

『永遠の叡智』って帝具の技術を収めた名前の本をね。本は帝具とはまた異質の存在でこの世に一つしかない。それを読んだら帝具に関する知識を与えられて特別な力を得られる。

僕はその永遠の叡智の継承者なんだ」

 

「思い当たる節があるんだが……ヒジリさんもその永遠の叡智とやらの継承者だったのか?」

 

 彼女に整備されたパンプキンが大幅に出力があがった事があるとナジェンダは続けて椅子から立ち上がる。

 

「そうだよ、母さんは先代の継承者だった。本の適性は僕なんかと比べ物にならないくらい高くて、それこそ帝具並の兵器も作れたと思う。そんなのを作る事は無かったけどね。

それと、ナジェ姉たちが来た時に僕の具合が悪かったのは永遠の叡智を使って武器を作ろうとして失敗したからその負担が身体にきたからなんだよね。だからもう今は熱も下がってるでしょ?」

 

「……ソロ、お前が兵器を作る理由と、なぜヒジリさんが死んだのかを教えてくれないか?

彼女の死は私は病死だと聞き及んでいるが、あの誰よりも強かった彼女が病気で死ぬとは思えない!」

 

「……教えても良いけど、知っても僕の邪魔はしない?」

 

 ソロの声のトーンが一つ低くなり、ナジェンダとサヨは顔を合わせると、考えは同じ様で頷いた。

 

「わかった、約束は守ってよね。

母さんは二年前殺されたんだ、大臣に毒を盛られてね……僕が兵器を作るのは大臣を殺すためだ!」

 

 そう語るソロの拳は握り締められて震えていた。

 

「二年前……宮殿の大火事と何か関係があるのか?」

 

「宮殿の大火事ってなんですか?」

 

「二年前に大火事で宮殿の一部が大きく欠損する事件があったんだ。

噂ではテロリストの仕業とも言われていたが、盤石の守りの帝都だから所詮噂だと思っていたんだがな」

 

 ソロが思い切りテーブルに拳を叩きつけると、倒れる事はなかったがお茶の入った容器が揺れた。一息ついてソロはお茶を飲んで続けた。

 

「ゴメン、思い出したら頭に血が昇った。その時に何が起きたのか教えてあげるよ」



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第九話~ソロの親と過去~

 

 

 

「その前に聞きたいんだけど、ナジェ姉はどうやって母さんの死を知ったの?

 

「宮殿内に革命軍の間者がいる。ソイツが有能な帝具の整備士が病死した情報を仕入れてな……それがヒジリさんだと聞いたんだ」

 

「そうなんだ……。

まずはそうだね、僕の両親の事から始めるかな。

母さんと僕は絵でしか顔の知らない父さんは皇拳寺の出身で共に腕を競い合っていた仲だった。その中で二人は若くして歴代最強の拳士と言われてそれぞれ拳神、拳聖と呼ばれたらしいよ。悲しい事に僕には何一つ武の才能は受け継がれなかったみたいだけど」

 

 少し場を盛り上げるためにソロは軽く笑うが、話を聞くサヨとナジェンダは真剣そのものだった。気まずいソロは咳払いをして続ける。

 

「やがて二人は互いに惹かれて恋に落ち、色々あって破門に近い形で皇拳寺を出たらしい。二人の存在は無かった事にされて闇に葬られ、今となっては皇拳寺に纏わる噂話って言われてる。

結婚した二人は帝国領の各地を旅した後に軍に入り、ある将軍の配下になった。帝国唯一の称号を持つ、大将軍ブドーのね」

 

「ブドー大将軍!?」

 

 広大な帝国領にいる者は当然、近隣の国々にまで武勇が知れ渡っている帝国が誇る大将軍ブドー。数日前まで軍人を目指し、その人にも憧れていたサヨは思わず大きな声をあげた。

 

「うん、なんでも宮殿の練兵場に忍び込んで自分達を身売りしたらしいけど、無茶するよね。

その腕と度胸を見込まれて少しの間ブドーの元で兵士をやってた二人だけど、父さんは病気で死んじゃったんだ。でもその時には母さんのお腹の中に僕はいた。

母さんは僕を産んで育てるために兵士をやめて、継承者の知識を活かして帝国お抱えの帝具の整備士になったんだ。もちろん永遠の叡智の事は上手く隠してね。

そして僕は産まれて七歳まで帝都で育てられた。そしてこの辺でナジェ姉は母さんと僕に会ったんだよね?」

 

 話続けて疲れたのか、ソロはテーブルに肘をつき、手を組んで頭を乗せた。

 

「そうだな、私が将軍になりたての頃だったからな。しかし、皇拳寺の出身だと知ってはいたがそんな手練れで、ブドーの部下だった事は知らなかったな」

 

「長い事兵士をやっていた訳じゃないからね。それに母さんも父さんの事を思い出すからあんまりその時の事は言いたがらなかったし、ブドーも自分と同等の力の部下を一度に二人居なくなったから少なからず心を痛めてたんじゃない?」

 

「あの……ブドーと……同等だと⁉」

 

 ナジェンダの脳裏にヒジリから武術の手解きを受けた時の事が思い出される。

 当時の自分の武器は銃であったが徒手での戦闘にも自信はあった。しかし自分の攻撃を軽く受け流され、その全てを捌き切った所で体を押さえ込まれて無力化された。何度も何度も挑んだが結果の変わる事は無かった。しかしそれすらも手加減していた事が先ほどのソロの発言で判明し、その事実に固唾を飲み、背筋に寒気が走る。

 

「ソロのお母さん……そんなにすごい人だったのね。あれ、って事はソロはブドー大将軍と面識があったの?」

 

「お互いが認識しての面識は無いよ。僕が赤ちゃんの頃に一度会わされて僕が大泣きしたらしくてそれ以来連れて行かれた事は無いし、後で話すけどもう一度会った時は奴は僕だと思っていないはずだから」

 

 意味深な発言にサヨは顔を顰めるが、ソロは続けた。

 

「そしてある日、母さんは僕を連れて帝都を離れた。そこから十歳になるまでの約三年間はずっと旅をしていた。

帝国領から異民族の土地、西の王国とか色んな所を巡ったよ。サヨの故郷のマツラ村にも行った事がある。

旅の目的は母さんの知り合いに僕を紹介する事と、僕の見聞を広げる為だったみたい」

 

「子連れで異民族の地だと。危険じゃなかったのか?」

 

「ナジェ姉、育ちが違うだけで相手も同じ人間、話し合えば分かってくれたよ。

……なんてカッコつけてみたけど母さんがだいたいなんとかしてくれたんだけどね。

手を出さなきゃいけない事は少なかった。けど慣れない地だから変な病気とかにかかった事もあったけど、それもまた良い経験だったよ」

 

「……その帝具ってやつを作れる技術があって、武術の達人で、帝国の大将軍の部下で、異民族と話し合いで解決できる……ソロのお母さんって一体何者なの、っていうか全部本当?」

 

「いや、彼女は人を安らかにするような雰囲気というか、良い意味で落ち着かせるのが上手い人だった。

それに武術の腕も私が証明する、組手をしても手を抜いた状態で相手にすらならなかったからな。

帝具の技術に関しては息子であるソロにその矢筒を作ってもらったお前自身が良く分かってるんじゃないか、サヨ?」

 

 ここまでのソロの話を聞いてサヨは少し嘘も混じっているのではと疑念を抱き苦笑を浮かべたが、ナジェンダはそれを否定した。

 

「うっ、ごめんなさいソロ」

 

「良いよ、正直僕だってサヨの立場ならこんな話嘘だって思うしさ」

 

 少し罪悪感に近い物を胸中に抱いていたサヨだが、嬉しそうに語り自分を許すソロを見てそれは解消された。

 全員のコップが空になった事に気が付いたサヨはお茶を足し、ソロはお礼を言って口にした。

 

「旅をしながら母さんは僕に色んな事を教えてくれた。一般常識から学校で教える様な知識、鍛治の知識と技術とか戦闘術の基礎をね。どうやら僕は武術の才能はなかったけど、何か造る才能は少し有ったみたい。

それから帝具も貰ったんだ、自分の身を守れるようにって。

そして二年程前、旅を終えた母さんと僕はここに住み始めて……程なくして母さんは……死んだ……僕が居なければ……」

 

「ソロ、辛い事なら無理して話さなくても!」

 

「ありがとサヨ……大丈夫……それに……ナジェ姉は……聞きたいと思うから」

 

 話しているうちに段々と俯き、声が震えるソロをサヨは心配する。

 ソロは立ち上がり、後ろを向いて目元を拭うと二人に向き直り無理に口角を上げて笑顔を作った。

 

「ああ、私はその真相が知りたい。辛いと思うが頼む」

 

「……二年前のある日、母さんに連れられて帝都に行ったんだ、母さんがある人物との約束を果たすためにね」

 

「約束って?」

 

「……帝具を使用しての手合わせさ、相手はブドー。兵士を辞める代わりに十年に一度、戦う事を約束したらしい。

僕は宮殿について行く事は許されなくて宿にいた。夜中になっても母さんは戻って来なかったけど、行く前に母さんは命のやり取りまではしないって言ったし、母さんの強さも分かってたから心配はしてなくって先に寝ていたんだ。すると夜中に気配を感じた。最初は母さんかと思ったけど、気配は一つじゃなかった」

 

「寝てる時に気配を感じるなんて、十歳でそんな事が出来たのか?」

 

 先ほど、自分には武の才能が無いと言っていた言葉を思い出したナジェンダは、そんな手練の暗殺者のような事が出来たソロに疑問を持つ。

 

「旅している時に安全とは言えない野宿も多かったし、何回も盗賊や危険種と戦ったからこういう第六感的なのは鍛えられたんだと思う」

 

「そうか……話の腰を折ってすまなかった、続けてくれ」

 

「僕は怖くなって武器を持って窓から外に出て走った。それでも、気配はずっと消える事なく一定の距離を保ってついて来た。振り返ると二つの影が僕を追っていた、完全に遊ばれていたんだ。

当時完全にコントロール出来てなかった帝具を使って走るスピードをあげたら、相手は僕を完全に上回るスピードで追い抜き立ちはだかった。

恐怖で錯乱した僕は剣を抜いて切りかかるも、返り討ちに遭って一人に捕まって頭を掴まれて持ち上げられて、もう一人にお腹を手刀で貫かれた。

でも、このまま死ぬんだって思ったその時に母さんは駆け付けてくれた。相手も予想外だったみたいで直様逃げたけど、すぐに母さんが奴らが僕にした事と同じように、相手を追い抜いて二人の前に立ち、腹部に手を当てると相手は破裂した。

そして母さんが僕を抱きかかえてくれた所で僕は気を失ってしまったんだ」

 

 ソロは服の裾を捲り上げてその時の傷痕を二人に見せた。

 

「でも、それならソロは助かって、ブドー大将軍と戦ったソロのお母さんも何も無かったはずなんじゃ?」

 

「……それならどれだけ良かった事か!」

 

 サヨは言葉に悪気を含んだつもりは全く無かった。しかしソロの母、ヒジリは死んでいる事は変わる事の無い事実。母が無事だという事は無かった怒りにソロは涙を流し思い切りテーブルに拳を叩きつける。

 

「その時もう……母さんは毒を盛られていた……見た目はなんとも無いけど……ブドーとの戦いのダメージも大きかった……」

 

 嗚咽しながらもなんとか話すソロを見て、ナジェンダは近づき背中を撫でて落ち着かせる。サヨは始めて見る怒ったソロの剣幕にただ呆然としていた。

 会話が中断してしばらくしてソロは泣き止み、タオルで顔を拭った。

 

「ゴメン……サヨは何も悪くないのに」

 

「謝るのは私の方よ……無神経な事を言ってごめんなさい」

 

「落ち着いたみたいだな……ソロ、辛いなら無理をしないでほしい。なんなら私だけまた後で話を聞きに来よう」

 

「ナジェ姉……大丈夫……もう少しで終わるから最後まで話すよ。

気を失って、僕の目が覚めたのはこの家のベッドの上でお腹の傷も塞がってた。母さんが造った道具で家に戻って来たんだってすぐ分かった。

永遠の叡智の継承者は特別な力を得られるって言ったよね。母さんは傷を治す……いや、人の生きる力を強める事が出来たんだ、それで僕の傷は塞げたけど、ボロボロだった母さんの体では二人分は無理だったみたいで僕を優先したんだ……。

そして母さんは最後にもう一度僕を抱き締めて僕に言葉を残して……死んじゃった」

 

「……ヒジリさんは最後まで立派な人だったんだな。ソロ、辛い中よく話してくれたな、礼を言う」

 

 ナジェンダの脳裏にヒジリとの記憶が蘇り、その優しさと強さが反芻し、サヨは一人の優しき母の壮絶な最期を聞いて目から涙を流していた。

 

「ありがと……ナジェ姉、サヨ。

その後は、本当につまらない話。僕は母さんのお墓を作って、永遠の叡智の継承者になった。

その時に母さんの記憶が見れたんだ、ブドーとの激しい手合わせなんて言葉じゃ生ぬるい戦いの後、大臣に誘われてお茶を飲みその時に無味無臭の猛毒が混ぜられていたみたいなんだ。そして大臣が僕の元に刺客を送った事を仄めかした所まで見れた。

僕は永遠の叡智の力で無理やり帝具の力を引き出して宮殿に乗り込んで大臣を殺そうとしたけど、ブドーと三人の配下の帝具使いに邪魔されて失敗しちゃった。インクルシオみたいな完全に身体を覆われる帝具だから僕の顔は割れてないはず。

その時の僕が暴れた跡が宮殿の大火事って事になる。決して表では語られない一人の侵入者の話だよ」

 

「永遠の叡智……か、そいつでお前はどんな力を得たんだ?」

 

「僕は適性があんまり無かったみたいだから、道具に何らかの効果を付加させる事と見る事で帝具の名前と効果がわかる事、あとは僕の帝具を通してだけ炎が出せるくらいかな……結構持ってかれたけどね」

 

 最後にソロがボソッと言った言葉をナジェンダは聞き逃さなかった。

 

「持ってかれただと……何かあったのか?」

 

「……僕の命だよ、僕はあと三年程しか生きられない。適性が無いのに継承者になってすぐに無理して帝具の力を引き出したから、その代償みたい」

 

 ナジェンダは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに頭に熱が登り感情のまま動き、ソロに近づき拳を握り振り上げた所で何かが自分の前に躍り出た。

 何かはナジェンダより先にソロの頬に思い切り平手打ちをしてソロの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

 

「なんでよ……なんでそんな事をしたのよ!

ソロのお母さんはソロを助けるために自分を犠牲にしたんでしょ!それなのになんで自分でそんな真似をしたの!」

 

「サヨに……サヨに何が分かるんだよ!母さんは僕のせいで死んだんだ!だからどんな手を使ってでも僕が母さんの仇を取らないと母さんも浮かばれない!

僕が弱かったから!あの時あいつらを僕が倒してれば母さんは死ななかった!僕は……僕は不幸を振り撒く存在だ、サヨだって僕と関わったから酷い目に遭ったんだ!」

 

 息を切らしながら浮かんだ言葉をそのまま吐き出し、自分の世界そのものだった母を目の前で喪った少年の言葉を聞き終えたサヨはそっと手を上に挙げ、それを見たソロは反射的に目を瞑って身体を強張らせた。

 

「バカじゃないの……お母さんが死んだのは貴方のせいなんかじゃないのに……」

 

 サヨはソロの肩に手を回してそっと抱き寄せた。叩かれると思っていた所に別の衝撃、そして何より母に抱きしめられた時の事を思い出したソロは力なく床に座り込んでしまった。

 

「お母さんは貴方には生きて欲しかったはずよ。

それに私はソロと会った事を不幸だなんて思ってないわよ、貴方は二回も私を助けてくれた……私があの家でされた事を気にしているのかもしれないけど、貴方が気にかける事は何一つない。あの体験も忌まわしいけど悪い事だけじゃないわ、身を持ってこの国の腐敗を知ることができたし、ナイトレイドに入るきっかけにもなったから。

だから、貴方が私に謝らないで」

 

 サヨはソロを抱きしめる腕の力を強めた。

 

「僕は……僕は……」

 

 自分でも考えた事が無い訳ではなかった。母が身を賭して救った命を自ら削り復讐を実行したが失敗し、その後も取り憑かれたように一人で計画を練り兵器を作り続けた事は、母の望む事だったのかと。

 ヒジリが死んでから殆どを一人で過ごし、誰にも叱られず、咎められず、褒められも認めらもしなかったソロにその答えはわからなかった。

 今日までは。

 

(ソロ、私はもう助かりません。

これから先、貴方には辛い事大変な事がいっぱいあります。でも絶対に負けてはいけません。

貴方の正しいと思う事を信じて貫いて。

でも母さんは出来れば優しい貴方のままで人を思いやる事ができて、できれば長生きしてほしいって思ってます)

 

 胸と頭に刻まれた母の最後の言葉が強く思い出される。

 自分の命のなんかどうでも良いと考えていたが、同時にそれは母の死に際の願いの一つを叶える事が出来なかった。

 それを痛感し、ソロは声をあげて泣いた。

 様子を見ていたナジェンダはソロに近づき一度だけ頭を小突き、その後は頭を撫でた。

 

「ソロ、話を聞いていてお前は色々危ういと判断した、必ずお前の寿命が尽きる前に革命を成功させてやる。

我々の目的も大臣の暗殺だ、だからナイトレイドに来い。お前のその知識と力を貸してくれ」

 

 ソロは心のどこかで自分の間違いを指摘したり、評価を認め褒めてくれる理解者を探していたのかもしれない。

 それが今日、現れた。

 



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第十話〜帰る〜

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


 

 激情を流し尽くして落ち着いたソロはナジェンダの勧誘を断った。理由は三年以内に革命が成る保証などどこにも無く、今まで永遠の叡智を使って作ってきた兵器を革命軍に受け渡して、もし革命軍に裏切り物がいてそれを奪われた際に自らが大臣を殺す事が困難になるからだ。

 それに対してナジェンダは。

 

「もし、寿命が尽きるまでに革命が成功しなそうなら好きに行動しろ、私はそれを咎めない。

あくまでお前はナイトレイドに入れるつもりだ。革命軍の組織だが、お前の生い立ちと秘密は上には黙秘しておく。

ただソロ、あまり革命軍をナメるな、お前の作る兵器があれば確立は上がるだろうが、無くても策は幾重にも練られているんだ勝算ならある」

 

 ナジェンダはソロの顔を手で押さえて額と視線を合わせて言い放った。これはかつてソロが幼き頃に聞き分けがない時にヒジリが言い聞かせる手法だった。

 しかしソロも年頃の少年であり相手は美形の女性、ナジェンダであるためみるみるうちに顔が赤くなる。

 

「でっでもボス、ソロに人を殺させるんですか。私を襲った盗賊を倒した時だってソロはあいつらを殺しませんでしたよ?」

 

 サヨの言葉に反応したソロはナジェンダの手を払いのけて離れると顔を何回も横に振った。

 

「人なら殺した事があるよ。始めては宮殿での戦闘でブドーの部下、その後も僕の見てる所で酷い事をして、話し合いで解決できない奴らを何人かね」

 

 口調こそ変わらないが雰囲気は重く語ったのはサヨの知っているソロでは無いようにすら思えた。

 

「危険が伴う任務をこなしてもらう事になるが、サヨとお前の話を聞いた限りだと腕も立つのだろう?

それに先ほども言ったがお前はどこか危うい感じがするんだ。お前の事を知った私の精神衛生上の為もある。ナイトレイドに来てくれないか?」

 

 ナジェンダの二度目の勧誘の後、この部屋で何度目かの沈黙が訪れた。

 少しの間、ソロは考えて口を開いた。

 

「……アジトに鍛治ができるような場所はあるの。無ければ作ってもいい?」

 

「来て……くれるのか?」

 

「うん、その代わりナジェ姉自分の言った事を忘れないでよ。僕が死ぬ前に革命がダメだと思ったら、僕は抜けるからね。

少し待ってて、出発の準備と母さんに挨拶してくるから」

 

 そう言い残すとソロは外に出て行ってしまった。

 

「ボス、もしかしてソロの話を聞いてからコレが狙いだったんですか?

てっきりソロには平穏に生きて欲しいって言うと思いましたけど」

 

「私は別にソロに会えるだけで良かったよ。ただ、あいつの話を聞いてなんだかほっとけなくなってな。無謀に命を散らせるくらいなら、私の目の届く所に居た方が良いと判断した。

まあ、ウチは人材不足だから嬉しい誤算ではあるがな」

 

 サヨとナジェンダは暫し談笑していると、ソロは家の中に戻って来て今度は自室へと入って行った。その際にもうすぐ出発出来ると言っていたのでサヨは台所でコップを洗い、ナジェンダは外へ煙草を吸いに出かける。

 そして十分程経過し、三人が再びリビングに集まった

 

「よし、それじゃあ行こっか!」

 

 と、ソロは拳を挙げて宣言するが、準備をすると言っていたのに手ぶらだったのでナジェンダとサヨは怪訝な表情をする。

 

「あの、ソロ。荷物はどうしたの?」

 

 ソロは思い出した様に手のひらに拳を当てて、棚の上にあった水晶を手に取った。

 

「これで人の反応を感知する事が出来るんだ、アジトに持って行けば役に立つと思う。

サヨ、荷物どうしたって言ったね。見てて」

 

 ソロはそう言って胸に手を当てて目を瞑ると水晶は光の粒子になり、腰に着けていた皮の袋に吸い込まれる。

 

「それも永遠の叡智とやらで作られた道具なのか?」

 

「そうだよ、大きさは限られて帝具みたいな特別な力のある物は無理だけど大概のものなら幾らでもこの袋にしまえるんだ!」

 

「なんだろう……これに驚かなくなった辺り私も慣れてきたのかな……」

 

 そして一同が玄関から外に出ようとした所で最後にドアを出ようしたナジェンダはソロを引き止め、玄関に飾ってある紫色の盾を指差した。

 

「ソロ、この盾はヒジリさんがいつも持っていた物だと思ったが、持って行かなくて良いのか?」

 

「できれば持って行きたいけど僕じゃあ運べないんだ、ナジェ姉持ち上げて見てよ?」

 

 なんだこれくらいと呟いたナジェンダは持ち上げようと義手で盾の端を掴むが、ピクリとも動かなかった。軽く持ち上げるつもりだった腕に力を込め遂には左腕も使いなんとかそれを持ち上げるが、とても持ち運べる様子では無かった。

 

「なんだこの重さの盾は。ヒジリさんはこんな物を軽く扱っていたというのか⁉︎」

 

 そのまま元の位置に戻し、怒号と驚愕が入り混じった言葉をナジェンダは吐き出した。

 

「ははは、実はこの盾も帝具なんだよ。

盾の帝具、不砕変勢(ふさいへんぜい)オールシールド。この帝具は少し変わってて適正がある人が少ない上に、過去に帝具を使用した人は使えなくなるんだけどその代わり拒絶反応で死ぬ事な無いんだ」

 

「なるほどな、以前パンプキンを使っていた私には持ち上げるのがやっとでそれが拒絶反応という事か……私に実演させる意味はあったのか?」

 

 ソロは悪戯の成功した子どものような笑顔を向けるとナジェンダは僅かな憤りを覚えてソロの頭を義手で軽く殴ろうとするが、ソロはそれをかわして咳払いをする。

 

「ってわけで、オールシールドを持っていける人はほとんどいないし、僕が留守にしている時に誰かがここに迷い込んでもこの家の警備は万全だから持って行かなくても大丈夫なんだ。

……それに、この帝具に適合する人が現れたとしても僕が認めた人に使って貰いたい」

 

 ナジェンダはそうか、とだけ言って部屋を出る事を皆に促す。ソロはそれに従い外に出ようとした。

 何かを考えていたわけではない。外にいたサヨはただ吸い寄せられるように玄関を潜り盾へと近付いた。

 

「……サヨ?」

 

 ソロの制止する声も聞かず、ナジェンダに肩を掴まれてもそれをそっと払いのけるとサヨは盾へと手を伸ばし、それを掴んだ。

 そしてナジェンダが渾身の力で持ち上げた帝具の盾を軽々と、まるで重さを感じないかのように持ち上げた。

 

「……私……なんで……?」

 

「お前……まさか適正があったのか?」

 

 サヨとナジェンダは今日で何度目かもわからない驚愕の表情を浮かべ、ソロは何やら複雑な表情を浮かべる。

 

「サヨ……初めてこの帝具を見たときになんて思ったの?

本当の率直に思った事を聞かせて欲しい」

 

 困難して得体の知れない恐怖感に近い物に襲われているサヨの肩にそっとソロは手を置いて諭すように問いかけた。

 

「えっ……その……なんだか優しい感じがするって思ったけど……さっきはなんか自分が自分じゃないして……この盾を持ってかなきゃいけないって思って……」

 

「落ち着けサヨ、帝具には相性があると言ったな。その相性というのは第一印象でほぼ分かる。そう思ったお前と相性が良くて適正もあったんだろう。

ソロこんなにも早く適正者が現れたが、どうする?」

 

「……とりあえず運んでもらえるなら持って行こう。サヨ、大丈夫?」

 

 サヨは未だ心ここにあらずと言った様子だが、コクリと頷いたため、ナジェンダが外へと連れ出した。ソロも続いて出ようとしたところで不意に振り向いて家の中を見回した。

 脳裏に思い出される愛しい母との記憶。

 

(母さん……僕行ってきます。僕の信じた行動が人のためになるような事をしてくるよ。もしその行動が間違っていたら、そっちに行ったときに叱ってね)

 

 少年は数秒だけ浸り、心の中で母との約束を再度結んで外へと出た。そして腰の袋から空を飛ぶ布を取り出して広げ、宙に浮かせる。

 

「さあ2人とも乗って、サヨの怪我治ってないのにナジェ姉無理行って連れて来たんでしょ。帰りくらい楽にしたくない?」

 

「ほう、それが噂の空飛ぶ布か。しかし三人で乗るには面積が少ないんじゃないのか?」

 

 此処に来るまでの道中でナジェンダはサヨから話を聞いていたのか、驚きこそしなかったが興味深くそれを見る。

 

「あれ、なんだサヨ喋っちゃったのか。せっかくナジェ姉を驚かせようと思ったのにさ。2人はそっちに乗ってくれれば良いよ、僕が乗ってなくても操作はできるから。

それに僕は、自分で飛べる。

来い、キメラティロードっ!」

 

 発した言葉に呼応するように発せられる眩い光、ソロの体は輝きに包まれ、姿を表す影は大柄な鎧を形成する。やがて光が収まるとそこには頑強な巨漢の成人男性のような大きさの真紅の鎧が悠然と立っていた。

 

「もうなんだか見慣れたものになったわね」

 

「サヨはこれで3回目……だったっけ?」

 

「これがお前の帝具か、しかしこれがキメラティロード……文献に載っていたが姿形が違うな……?」

 

「細かい話は後にして早く行こうよ。どうせ同じ事をついた先でも話さないといけなさそうだしさ」

 

 ソロに促されて2人は浮遊する布の上に乗って座り込んだ。サヨは前回落とされかけた経験があるからか少し苦い顔をしている反面、ナジェンダは慣れているように顔色一つ変えなかった。

 

「ソロ今回は落とさないでよね!

そういえばこの道具にも名前はあるの?」

 

「任せてよ、この間みたいにふざけたらナジェ姉に凄い怒られそうだし。もちろんあるよ、キントーンって言うんだ!

さぁ、今度こそ本当に出発だよ」

 

 真紅の鎧も宙に浮き、ゆっくりと速度をつけて2人を乗せたキントーンと名の付いていた道具と共にソロの家を背にして空へと飛び立った。木々の生い茂る森を下に見て風と一体になった時ソロが口を開いた。

 

「ナジェ姉、アジトに着いたら試したい事があるんだ」

 

「試したい事だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 侵入者の始末を終え、ボスであるナジェンダがアジトを出てから数時間が経過した。今はメンバーの各々が自由に過ごしていた。

 マインは自室に篭り愛銃である帝具の手入れ、アカメは調理場で適当な物を摘み食い、ラバックとシェーレは会議室で読書、ブラートは新人のタツミを鍛えると行って修練場に行き、レオーネは面白そうだとそれについて行くといった具合に。

 

「はあっ!」

 

 棍を持っているブラートに向かい、タツミが木剣を低く構えて高速で接近し、その勢いを利用して木剣を振り上げ強烈な一撃を見舞う。しかしブラートは涼しい顔で棍でそれを受け止め、タツミの顔面に膝による蹴りを繰り出す。

 すかさず体を反転させて膝から逃れると同時にそのまま木剣を振り抜くが、渾身の力を込めたそれは剣を握る手をブラートに片手で押さえつけられて阻まれた。そのままブラートは棍を手放し、空いている手で拳を作りタツミの頭を殴り振り抜いた。

 

「いっっーー!」

 

 無防備な脳天に硬い拳をぶつけられたタツミは声も出せずにその場でうずくまる。実はしばらく鍛錬をしていてブラートからの反撃は全て脳天への拳であったため蓄積された事もありダメージは甚大である。

 

「はっはっは、どうしたどうした!せめて俺に一太刀くらい入れてみろ!」

 

「おーい、生きてるかー」

 

 ブラートは会心の当たりに手ごたえを感じたのかご満悦で腕組みをして高らかに笑い、レオーネはタツミに近づいて身体を人差し指で突く。レオーネの指が背中から肩、首へと移り脳天を突いた瞬間タツミは飛び上がりレオーネから反射的に離れた。

 

「触んなよっ!痛いっつってんだろ!」

 

「いやーついつい痛がってる所見ると触ってみたくなるだろー」

 

「ならねぇよ!」

 

 涙目で反論するタツミを面白がってからかうレオーネ、それを見て回復するまで待ってやろうとブラートが木に掛けてあるタオルを取りに行こうとした所で、アカメが三人の方に向かって来る。

 

「ボスが帰って来た、客人もいる。帝具を持って集まってくれだそうだ」

 

「客人?」

 

 ブラートが怪訝な表情でアカメに尋ねる。

 

「ブラートは見てないが、この間の任務の時にいた赤い鎧のヤツだ」

 

「あの時の鎧の人か」

 

 それを告げられた三人、それぞれ思う所があるが会議室へと歩を進めた。

 

 

 

「全員、揃ったな」

 

 椅子に座るナジェンダの隣りに来訪者である真紅の鎧に身を包んだソロが立ち、相対するように扇状にメンバーが広がって立っている。

 

「で、ソイツはなんなのボス!わざわざ帝具まで持ってこさせてどうゆうつもり⁉︎」

 

 マインは相手が組織の長であっても物怖じせずに言い放ち、得体の知れない存在であるソロを指差す。

 ソロは逆に人差し指をマインに向けて鎧の中で口を開く。

 

「浪漫砲台パンプキン」

 

「なっ⁉︎」

 

 自分の帝具の名前を言い当てられてたじろぐマインをよそにソロは続けて次々と指を指して行く。

 

「万物両断エクスタス、一斬必殺村雨、千変万化クローステール、百獣王化ライオネル、あとは現物を見てないけど消去法で残るアンタが悪鬼纏身インクルシオ、で合ってるかな。村雨のアカメとライオネルとそっちの彼はこないだ会ったよね?」

 

「あの時は、サヨを助けてくれてありがとう……それと、すまなかった」

 

「お礼はあの時聞いたからもう良いよ。僕に迷わず切り掛かって来たのもサヨを大切に思っていたからこそだろ?」

 

 ソロはもう気にしていないとタツミに向かって手を振って応えた。

 

「へえ、俺達の帝具を看破するか……だが、それだけじゃあどうにもならないと思うぜ?」

 

 各々が自分の帝具を言い当てられてそれぞれの反応をするが、ブラートに大して気にしている様子は無い。

 

「ただの挨拶だよ、僕の特技の一つさ。帝具を見ただけで名前と能力が分かるんだ、奥の手は無理だけど。

僕の名前はソロ、他にも色々と出来るよ。サヨの矢筒を作ったのも僕だ。

ナジェ姉とは昔からの知り合いでその縁と利害の一致で今日からナイトレイドに参加させてもらいます。よろしくお願いします」

 

「と、言う訳だ。コイツは面白い道具を作れる、頼りになる筈だ」

 

「利害の一致ってヤツを聞いてもいいかい?」

 

「僕の目的は大臣を殺す事だ。キミ達の最終目標も同じだってナジェ姉から聞いてるけど」

 

「ふうん……なるほどねぇ」

 

「どうしたレオーネ、やけに突っかかるじゃないか?」

 

 レオーネは両手を広げてやれやれといった様子でナジェンダに反論する。

 

「ボス、私らは殺し屋だろ。私がこの間タツミとサヨを連れて来たのは殺しの素質があるからと踏んだからだ。ソイツ、色々出来るとしても腕は立つのか?」

 

「アタシはまだ認めてないわよ!」

 

「それについては私が証明する。話したと思うけど私が野盗に追われている時に彼はあっと言う間に撃退してくれた。それに人を殺した経験もあるみたい」

 

 悪態をつき続けるマインを無視してサヨは答える。その時ナジェンダの口角が釣り上がる。

 

「2年前の宮殿の大火事、それはコイツが起こした事件だとしても力不足だと思うか?」

 

「宮殿の……⁉︎」

 

「大火事だと⁉︎」

 

「「宮殿の……大火事?」」

 

 宮殿の守りが難攻不落の鉄壁である事はメンバーの全員が知っていた。声をあげたのは従軍経験があり、その堅牢さを知るラバックとアカメ、そもそも宮殿の大火事を知らないタツミと事件そのものを覚えていないシェーレだった。

 

「気にくわねぇなぁ!」

 

 突如沈黙を保っていたブラートが叫ぶ様に言い、全員がそちらに目を向けた。そして険しい表情のブラートはソロを見据えたまま続ける。

 

「俺はソイツがどんなヤツだろうが、何をしたかは大して気にしねぇ。だがよ、仲間になるって志願して来たヤツが端っから帝具をつけたままで顔も晒さねえ事が気にいらねぇ!」

 

「志願っていうか勧誘されたんだけど……言われてみればそうだ。顔も出さないで態度が悪かったよ」

 

 ソロは素直にブラートに向かって頭を下げると真紅の鎧の手先足先から霧散して徐々に解除され、本当の自分の姿である小柄な体格を現した。

 

「職人のソロです、よろしくお願いします」

 

 鎧が完全に解除されたのを確認してソロはナイトレイドのメンバーに向かって頭を下げると、沈黙が会議室内を包んだ。

 

「ぷっ……あはははは!なーにアンタ、自分の身長気にしてその鎧脱がなかったわけ!あはははは!」

 

「おい、やめろって!」

 

 マインの嘲笑をタツミは止めるが、笑い声は伝播しアカメとタツミ以外の全員が笑い始めた。その嘲笑を浴びてもソロは微動だにせず、ひたすら頭を下げ続けていた。

 やがて笑い声が止んでソロは顔を上げると、何も言わずに、真っ直ぐ会議室を出る扉の前に立った。

 

「帰る」

 

 顔を赤くして涙目の少年は足音を鳴らしながら扉を勢い良く開き、外へと出て行った。

 

「言い忘れたが、アイツは歳の割に身長が低いことを気にしているようだ。あまり言ってやるなよ」

 

「いや、ナジェンダさん言うの遅いって!アイツ怒って行っちゃったよ!」

 

「仕方ねえなタツミ、行くぞ!」

 

「おう!」

 

 ブラートは少しバツが悪そうにタツミを連れて会議室を出てソロを追う。追われている張本人はすでに廊下を渡り玄関から外に出ていたところだった。

 

「おい待てよ、確かに笑っちまったのは悪いと思う。ついつられちまってな!悪気は無いんだ!」

 

「……あのピンク色からは悪意しか感じなかったんだけど?」

 

「ああ、アイツは仕方ないんじゃないかな……俺も指差されて笑われた事あるし」

 

 追いつき説得をするブラートに対して毒づくソロ、その毒に身に覚えがあるタツミは今日自分が笑われた事を思い出して乾いた笑いを浮かべる。

 

「男が細かい事を気にすんな。それに、言っちゃ悪いが俺ら(ナイトレイド)のアジトを知っちまったお前を返す訳には行かねえな」

 

「それは困ったな、反乱軍の工房にでも連れて行かれるのかい?

でも僕は誰かの命令で物を作るのは御免だね」

 

 2人の間に殺伐とした空気が流れるのをタツミは肌で感じ取ると同時に自分よりも小さいであろう少年が、暗殺者であるナイトレイドのメンバーと同じ雰囲気を出せる事に固唾を呑み、無意識の内に背に装備した剣の柄に手を掛けいた。

 

「じゃあ、一旦その減らず口を黙らせる必要があるな」

 

 殺気を感じ取ったブラートは膝を曲げて右手を地面に当ててソロに言う。

 

「やってみなよ、僕のお喋りは生まれついての物だから中々止まない。それと、子どもだからって舐めない方が良いよ」

 

 ソロは背を向けたまま胸に手を当ててブラートに返す。

 

「インクルシオォォォ!」

 

 ブラートの叫びと共に背後に背後にコートを羽織った巨大な白銀の鎧が出現する。そして一陣の風が巻き上がり背後にいた鎧がブラートの大きさに縮小され装着された。

 

「キメラティロード!」

 

 ソロも負けじとキメラティロードを召喚し、身に纏い向きなおる。

 悪鬼纏身インクルシオ、高い防御力だけでなく装着した者のあらゆる能力を増幅させる鎧型の帝具。かつてソロは空からこのアジトを覗いた時にブラートの鍛練を見た。生身の状態での凄まじい槍さばきに加えて帝具によるパワーアップ、本人とっては最高の帝具だろうが相対する者には最悪だとソロは推測する。

 

「殺る気かっ!」

 

「君は止めておいた方が良いよ、帝具使い同士の戦いに巻き込まれるって意味分かってる?」

 

 ソロはブラートから目を逸らさず、タツミの方を見向きもしないまま言い放つ。しかしタツミの目は闘争心に燃えて剣を抜いた。

 鎧を装着していて2人は気づかないが、中にいる少年の口角は釣り上がり、不敵な笑みを浮かべていた。



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第十一話〜賑やかなやつ〜

 先に動いたのはソロだ。腰に装備した黒い筒を右手に取り、両刃の刀身を出現させて剣とする。剣を横に構えブラートに向かって尋常ではない速度で接近し、すれ違い様に剣を振るう。

 

「へえ、中々速えじゃないか。だがアカメよりは遅えよ!」

 

 ソロの振るった剣の刃はブラートの鎧に当たる事は無かった。ブラートの手には大きな真紅の刃の槍が握られていてそれによってソロの剣戟は防がれていた。

 ブラートは駆け抜けて隙が出来たソロに槍を振り下ろす。ソロは振り向き剣の刃に手を当て両手で受け止めるが、体勢が不安定である事に加えて単純な力の差で押し負けてしまい片膝をつく。

 

「なんだぁ、大口叩いた割にこの程度かっ!」

 

 明らかに手を抜いた様子のブラート、それでもソロに架かる圧力は危険種が獲物を圧し潰すが如くである。

 

「副武装ノインテーター、それに手を抜かれててこの力……元々のアンタの力も凄いんだろうけど、インクルシオ……やっぱり強いや」

 

「ほう、手加減した事に気が付いたか。それでもその鎧をヘコませてやるくらいには力を込めたんだがな。でもどうすんだ、このままじゃお前の負けだぜ?」

 

「……忘れないでよ、インクルシオに特別な力があるように僕のキメラティロードにも力があるんだ!」

 

 息を大きく吸ったソロが気合いを入れる声を出すとキメラティロードの背の翼から炎が吹き出し、鎧を伝って腕に纏われる。

 

「っ……押す力が強くなりやがった⁉︎」

 

 徐々にソロの力は増し、やがて折らされた片膝を真っ直ぐ伸ばし対等の姿勢まで盛り返す。そしてついに力でノインテーターを弾く事に成功する。

 ブラートもこの変化に鎧の中で僅かな焦燥感が生まれたが、彼も幾多の戦場を潜り抜けた猛者である。感情を押さえ込み、ノインテーターをソロの足元を狙って薙ぐ。それに対してソロは旋回しながら跳び、距離を詰めてブラートの首元を狙った回転を利用した踵での蹴りを放つ。

 

「やるな……でも俺には効かん!」

 

 ブラートは右腕で蹴りを受け止めるが、威力を殺し切る事が出来ずに地面を擦らせた足跡が残る。だが鍛え抜かれた体幹によって姿勢が崩れる事は無く、ノインテーターを手放してソロの足首を掴み、地面に叩きつける。

 衝撃でソロの呼吸は一瞬止まる、しかし追撃を受けないように身体を捻らせてブラートの手から逃れて後退し距離を取る。

 

「はぁっ……はぁっ……こっちも、全く効いてないな」

 

「ふっ、本当にその減らず口を閉ざすのは手がかかるみたいだな……俺の槍を押し返した力と蹴りの重さ、お前の鎧も能力の向上か」

 

「さてどうかなっ‼︎」

 

 息の整ったソロは拳をブラートに向けると手首の辺りから光弾が五つ発射される。それは難なく躱されるが、予定通りである。光弾と共に接近したソロは両手に持った剣を振りかぶったその時、腕に纏われた炎が激しく燃え上がると刀身に伝播した。

 

「ソイツはなんだかヤバそうだっ‼︎」

 

 大きくブラートが後退すると同時にソロの剣は振り下ろされる。

 ブラートの居た地面には大きな亀裂が生まれていた。

 

「なんて剣圧だ……地面を割っちまったよ……しかも固い地面をなんの抵抗も無く……隙があれば俺もやってやるつもりだったけど隙なんて……」

 

 2人の戦いを見ていたタツミは感嘆の言葉を漏らした。口では隙は無いと言いつつも、それでも警戒は怠らずにソロの動きを観察している。

 

「まだまだ行くぞっ!」

 

 続けてソロは接近し剣を振り上げ、振り下ろし、横からの振り抜きを何度も繰り返すがブラートはどれも後退して躱し、風を切る音と足音だけが辺りに響く。

 ブラートが再び大きく後退したところでソロは剣を脇に構えて腰を落とす。そして剣に纏われた炎が激しく燃え上がると同時に剣を振り抜く。

 すると剣の軌道をなぞるような半月形の炎の斬撃が発生し、ブラートへと飛来した。

 

「おいおいなんでも有りかよ!」

 

 ノインテーターでそれを受け止めるが斬撃は消えること無く威力も衰えず、ブラートも力負けする形で後方に押しやられ大岩に激突し砂塵が巻き上がる。

 剣と腕に纏われた炎が消失するとソロは疲労からか剣を杖の様に地面に突き刺して片膝をつく。

 

「あっ……⁉︎」

 

 人類の生み出した鎧と呼ばれる防具、長い人の歴史の中で間違いなく上位に入る道具、体の全面固い金属に覆われていて一見完全無欠の代物である。

 それでも弱点はある。例えば金属の塊故に雷雨に曝されると落雷の可能性が高い、他にも深い川や海に落とされたらその重さ故に上がって来れない。これらはあくまで人的ではない弱点、もちろん人的な弱点も存在する。

 

「……ふっ!」

 

 全体を覆う鎧と言えども中に入る人間は動かなければいけないため関節の部分だけはどうしても隙間が生まれてしまう。そして今タツミはソロの背後に位置しているため絶好の機会だった。かつて屋敷でソロと対峙した時に普通の攻撃では文字通り刃が立たなかったため、タツミにはこれしかない。

 タツミは助走をつけると高く跳びソロに近づき、その勢いと落下の力と自身の体重、考えられる全てを利用し剣をソロのついた片膝の裏の関節を狙い突き立てると、甲高い金属音が辺りに響いた。

 

「隙間が無いだと……しかもこれでもビクともしないなんて……」

 

 タツミの渾身の攻撃でも鎧には傷一つ付かない。ソロはその姿勢のまま拳をタツミに向けると手首に光が収束される。

 

「引っかかったね、僕が君の事を無視してるだけだと思った?

狙いは悪くなかったけどこの鎧だって帝具なんだ、普通の鎧と違って関節にも死角は無いよ!」

 

 収束された光は手のひらサイズの光弾となってタツミに放たれ腹部に直撃した。無防備な状態で被弾したタツミの体は宙を舞うが、落下の最中突如現れたブラートによって抱えられて大事には至らない。

 

「ゲホっ……クソっ……俺は何も出来ないのかよっ……!」

 

 タツミの胸中で先日友を救えなかった事と今の現状での力の無さが合わさり激昂する。それを察知したのかブラートは子供をあやすようにタツミの頭を乱暴に撫で回す。

 

「そんな事ねぇよ、アイツが言ったみたいに狙いは悪くねぇ。普通の鎧相手なら善手だったろうよ、ただアイツの鎧も俺と同じ帝具だ普通じゃない。

アイツはワザとあの体勢をとってお前を誘い込んだんだ、ガキだけど戦い慣れしたした奴だぜ。尤も、お前が成長して力が強くなれば結果は違ったろうけどな!」

 

 ブラートのその言葉を聞いたタツミの表情は晴れこそしないが少しだけ棘が取れる。そしてもっと強く、と呟き気を失ってしまった。

 

「インクルシオの人にはやっぱり全部お見通しか、それに僕の攻撃も防がれて無傷か……ちょっとショックだねっと⁉︎」

 

 ソロは剣を引き抜くと同時に咄嗟に後方へと跳ぶ。その刹那で座り込んでいた場所には一つの弾痕ができる。

 

「そんなガキ相手にいつまでやってんのよブラート!」

 

 離れた木の上から狙撃を行ったピンク色の髪と服装の少女、マインは飛び降りて服についた葉っぱを払い落とす。

 

「おおマインかコイツなかなか面白いヤツでな、ついつい遊んじまった。だがタツミがやられた……これからキツイお灸を据えてやるところだよ」

 

「ああ、ソイツ負けたのね。ほんっとうに不合格!

まあいいわ、ちゃっちゃと終わらせるわよ。ボスの命令よ、ソイツを連れ戻せってさ」

 

 自身の帝具である巨大な銃、浪漫放題パンプキンの先端を交換したマインはそれをソロへと向けた。ブラートはタツミを木の根元に座らせると再びノインテーターを手にしてソロと対峙する。

 

「やれるものならやってみなよピンク色!」

 

 ソロはマインに向かって悪態を吐くと剣を逆手に持ち帰ると刀身を消した。そして再び鎧の背から炎が噴き出される。しかし今度はそれが腕ではなく脚に纏われた。

 マインは発砲する。高速で迫る弾はソロを撃ち抜いたかのように思われたが、弾丸が通過した場所にソロは居ない。

 

「消えたっ!?」

 

 予想外の事にマインはインクルシオの奥の手である透明化を想像するが、すぐに否定の声が上がった。

 

「いやっ違う!」

 

「消えてなんかないよ」

 

 凄まじい速度で弾を躱し、ブラートへと接近したソロは腹部へと蹴りを放つ。だがブラートは軽くノインテーターで受け止めてダメージは入らない。

 

「なるほどな、その炎が腕に点けばパワーが、足に点けばスピードが上がる仕組みか……面白いがそれじゃあまた俺に力負けするぜっ!」

 

 ブラートは直様ノインテーターをソロへと振り下ろすが、またもソロには当たらず地面に突き刺さる。ソロのスピードはブラートの高速の槍捌きにも対応できる程のものだった。

 槍を躱したソロは手にしている柄に新たな形を形成させてブラートの懐に飛び込むとそれを振り上げる。柄の先から垂直に現れた鋼鉄の棍、トンファーは見事に顔面を捉えるとさすがのブラートも体勢が揺らぐ。好機といわんばかりにソロはそのまま足を払って漸くブラートの体は地に着いた。

 

「次は君の番だ!」

 

 ソロはマインに向かって走る。

 無論、マインもただ近づかせる事はしない。先ほど換装したパンプキンのパーツは連射用、数多の弾をソロへと向かって撃ち続ける。だが高速で蛇行しながら接近するソロに雨のような弾丸は擦りすらしない。

 そしてソロは後ろに回り込み蹴りを放つが、マインは振り向き様にパンプキンでガードする。しかしマインの力では完全に勢いを殺せず地を擦りながら後方へと後退る。

 ソロは敢えて距離を詰めての攻撃はせず、空いている手をマインに向けていつでも光弾を発射出来る体勢をとる。

 

「なるほど帝具と射撃の腕だけじゃ無いみたいだね。しっかりと反応されているとは思わなかったよ」

 

「ふんっ……当たり前よ。私を誰だと思ってんのよ!

それよりもアンタなんで追撃しなかったのよ。普通ならチャンスだったと思うけど?」

 

「後ろに飛ばされながらもしっかりと銃口をコッチに向けていた。そこに突っ込む程僕もバカじゃないよ。まあ……もう終わりの時間だね」

 

 ソロは腕を下げるとトンファーを元の柄だけの形態に戻して腰に取り付けると両手を上に挙げた。

 

「どういうつもりだ、まだまだお前もやれるだろうよ。まさか2対1だと不利だから嫌だって言うつもりか?」

 

 体を起こしてノインテーターの石づきを地面に突き刺してソロの方を見やる。

 

「2対1?冗談は止めてよ。増援はパンプキンの彼女だけじゃない。他の人達も来てるんでしょ?

少なくともクローステールの彼は居る筈だよね。僕の目には罠が張ってあるのが見える。もしそれで足を取られてエクスタスのお姉さんにチョンパされたら洒落にならないよ。やりようが無い訳じゃないけど、今はその時じゃない。僕の負け……参りました」

 

 キメラティロードを解除したソロはその場に正座で座り込んで降参の合図をする。するとどこからか手を一度叩き乾いた音が辺りに響く。

 

「そこまで分かっているなら十分戦力にはなるな。ラバック、罠を解除してくれ」

 

「はい、ナジェンダさん!」

 

 アジトの入り口にナジェンダとラバック、その後ろに他のメンバーも勢ぞろいして立っていた。ラバックはグローブのリールを回して帝具の糸を回収し、ナジェンダはソロに歩み寄った。

 

「実は元々ソロが自分を値踏みさせる為にお前達と戦う様に一芝居打たせて貰った。どうだ、素顔を晒して実力を見せたコイツの加入をまだ認めないか?」

 

 ナジェンダは説明を終えるとソロの頭にそっと手を置いて対峙していた2人に問う。アジトの入り口には他のメンバーも勢ぞろいしていて皆ソロの加入に納得した顔をしていた。

 

「フッ、一杯食わされたって訳か。俺は認めるぜ!

コイツの腕もなかなかだったがこの俺を相手に帝具使った腕試しをする度胸、気に入った!」

 

 ブラートはインクルシオを解除してソロに近づき、よろしくと言って握手をする。ソロは少し照れつつも手に力を入れてそれに応えた。

 

「さて、あとはお前だけだがどうするマイン?」

 

「フン……まあ、新入り2人よりはマシみたいね。アタシ達の足だけは引っ張んないでよ!」

 

 態度は変わらないがマインもソロの加入を認めた。自分の実力を認めさせた事にソロも顔を綻ばせてそのまま頭を下げた。

 

「みなさん……これからよろしくお願いします」

 

 ソロの改まった挨拶にメンバーは頷いたり返事を返したりと様々な反応だった。

 そしてそれが止みかけた時、突然ナジェンダが義手でソロの頭を掴んで自分と同じ目線まで持ち上げる。

 

「あれ……ナジェ姉、ちょっと痛いんだけど⁉︎」

 

「アジトに来るまでの道中で私はお前が自身の値踏みのために腕試しをする事は確かに認めた。だが帝具は使うなと言った筈だがこれはどういう事だソロ?」

 

「えっ……えーっとですね……やっぱり僕の素の力と帝具使った力じゃ全然違うから……どうせなら帝具を使った力を見せようかと思って……」

 

 笑顔で問い詰めるナジェンダに対して背筋が凍ったソロはつい敬語になる。尤も笑っていてもナジェンダが怒っている事は誰もが分かっていた。

 

「帝具戦は命のやり取りになる事はお前も知っている

だろ!手を抜いていたとしてもそれは変わらん!もしもお前が死にブラートが大怪我を負ったとしたらどうする、現にタツミは気絶してるだろ!」

 

 ナジェンダは組織の長としてメンバーの状態には気を配らねばならない。ただでさえ人手不足のナイトレイドでブラートのような強大な戦力や素質のあるタツミを失う訳にはいかない。もちろんソロもその一人に入っている。誰よりも人を心配する心を持っている故に憤り、つい義手に込める力も強くなる。

 

「痛だだだ……ご……ごめんなさいーっ!」

 

「ほう、やっと謝罪の言葉が言えたか。礼儀も含めてこれからお前と話がある」

 

 ナジェンダはソロを持ち上げたままアジトの中へと入って行った。その間、他のメンバーは呆気に取られて固まっていたが、扉が閉まった瞬間ブラートが吹き出し、それにつられてアカメとサヨ以外は笑い出した。

 

「なんだか、賑やかな奴が来たな」

 

 アカメは初めて見たナジェンダの一面を思い出す。そして空を見上げて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、それであいつもナイトレイドに入ったのか」

 

「うん。それよりタツミ、身体は大丈夫?」

 

 既に日が暮れて空には星々が浮かんだ頃、崖にある亡き友の墓の前でタツミとサヨは今日の出来事を話していた。

 

「ああ、痛みも感じないし何ともないぜ!なんでか

分からないけどあの時スゥーっとなんか眠くなる感じがしただけだ」

 

 タツミは自身の胸を拳で叩き何ともない事をアピールするもサヨの表情はあまり晴れてはいなかった。サヨもナジェンダと同じくソロの腕試しの事を知っていたが、まさかタツミが相手をするとは思っていなくてその上タツミが気絶する事態になってしまったからだ。

 サヨはあの後なかなか目を覚まさないタツミを見てイエヤスが死んでしまった時の事を思い出し、自分は一人になってしまうのではないかという不安に駆られもした。

 

「……大丈夫だ、俺は死なない。イエヤスの分まで頑張るって決めたからな!

……心配かけて悪かったな、サヨ」

 

 タツミはサヨの両肩に手を乗せた。その瞬間サヨの中の様々な感情が涙となって溢れ出る。

 

「……タツミを診てくれたレオーネさんが命に別状は無いって言ってくれたけど……全然目を覚まさないから……ソロは私の命の恩人だけど……タツミを殺したって思ったら……もう訳わかんなくて……」

 

「……勝手に殺さないでくれ、悔しいけど手も足も出なかったが何ともなかったんだからそれでいい。それに、あいつがそれをするかどうかはお前の方が知ってるだろ?

少なくとも実際に食らった俺が言わせてもらうとあの光の玉はキレイに入ったけど死を感じるような攻撃には思えなかった」

 

 タツミの気遣いに対してサヨは何度も頷き、その涙が止まるまで彼は頭を撫で続けた。タツミは幼い頃に彼女が泣いていた時に同じ事をし、またされた事の記憶が蘇る。尤もそこにいたもう一人の友が今はいない。それを痛感してタツミの涙腺も緩むが、今はサヨの為に涙は流さない。

 やがてサヨが落ち着きを取り戻した頃に、風が落ち葉を踏む来訪者の足音を運んで来た。

 タツミは音のする方を向き目を凝らすと木々の間から闇に紛れた小柄な体躯を見つける。

 

「えっと……お邪魔だったかな……でも、二人に謝りたいんだ。ごめんなさい。タツミ、サヨ」

 

 木の陰から姿を見現し月の光に身を晒したソロは二人に対して頭を下げる。

 

「……友達が亡くなったばっかりのサヨの前でタツミに攻撃なんて絶対にしちゃいけない事だった……ナジェ姉に怒られた後に考えこんでやっと分かった。

謝って許される事じゃないけど……本当にごめんなさい」

 

 タツミにとってはつい先ほど、尊敬する強者であるブラートに対し不遜な態度でいて口数の多かった少年と今目の前にいる萎びた少年が全く別人のような気がしてならなかった。月とスッポン、天と地、泥と花。それ程までに違う印象を持ち、自分で考えながらタツミは思わず苦笑してしまう。

 

「俺は気にしてない。自分の未熟さもよーく分かったしな!

だから気にしてない事に許すも許さないもない。サヨももういいだろ?」

 

「……うん、こんなんじゃ訓練で手合わせも出来ないものね。タツミが良いって言うなら私も気にないわソロ」

 

 振り払うように首を横に振った後、サヨはソロに告げた。

 

「なんだよ急に元気になって」

 

「気持ちの切り替えができなきゃこの稼業は出来ないでしょ?

……なーんて、同じ事をレオーネさんに言われたのよ」

 

 静かに微笑むサヨに、力強く燃える意志をタツミは感じ取る。そして同時に、自分と気持ちは同じだと言う事が改めて分かり嬉しく思えた。

 

「そういう事だ、だからもうお前も気にすんな。まだ俺からは名乗ってなかったよな。タツミだ、新入り同士よろしく」

 

 そう言ってタツミはソロに手を差し出した。目を丸くして二人のやり取りを見ていたソロは微笑を浮かべてその手を握り返した。

 

「ありがとう、二人とも。

……仲直りの印にこれあげるよ。そこに友達が眠っているんでしょ?」

 

 ソロは手を放すと腰の袋の中から一つの物を取り出した。手のひらに光の粒子が集まり、一つの形を成す。

 木の柄の先端に大きな厚い金属の刃。斬る事よりも圧する事を重視した武器、斧がその手に握られていた。

 

「僕の好きな小さい頃に旅をしててとある地方の風習でね、亡くなった戦士のお墓にその人の武器を供えるか墓石の近くに突き刺すんだ。

向こうで身を守れますように、そして見送った人たちが逝ったときに無事に再会できるようにって……こんな供養の方法もあるんだ、気に触ったならすぐにしまうけど」

 

「ありがとうソロ、私もその弔い方気に入ったわ。タツミは?」

 

「……良いと思う。イエヤスとあの世で無事に会えるようにか」

 

 二人は斧を受け取ると、イエヤスの墓石である二つの積み立てられた石の後ろに息を合わせて振り下ろした。

 

「見ててくれよ、必ず村を救ってやるからな。こっちは俺らに任せろ、その代わりそっちはお前に任せる!

……俺たちの場所、そいつで作っておいてくれよ」

 

「イエヤス……私達頑張るからね」

 

 亡き友と約束し、二人の決意はさらに硬くなる。掌を合わせてしばらく黙祷した後、サヨが口を開いた。

 

「でもソロこの供養の方法が好きって言ったのにお母さんのお墓にはなにも無かったわよね?」

 

「え、うん、だって母さん武器は使わないから。どんな人だろうと大きな危険種だろうと素手で倒してたから」

 

 オールシールドは防具だしとソロは付け足した。

 

「おっ……お前の母親何者だよ!それにそういえばなんでイエヤスの武器が斧だって知ってたんだ⁉︎

そもそもお前もどうしてそんなに強いんだ、どんな授業したんだ⁉︎」

 

 思い出したタツミの疑問が荒波の如くソロに押し寄せた。ソロは口角を上げてタツミに返す。

 

「えー、一から説明しないと駄目?えっと、じゃあまずは……」

 

 ソロは饒舌にタツミの質問に答える。その姿は先ほどの萎れた物では無くタツミにとってはどこか不敵な、サヨにとってはいつものソロの姿だった。

 



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第十二話〜優秀なクソガキ〜

 

 

「よし、これで買い物終わったな。それじゃあ飲みに行くかー!」

 

 夕方の帝都の人の居ない路地裏で大量の荷物を光の粒子にしてソロの腰の袋にしまっている最中、突如レオーネが口にした。

 

「そんなお金がどこに……タツミから騙し取ったお金も使い切ったらしいじゃないですか。そもそも買い出しは仕事の内で遊びに来てる訳じゃないでしょ?」

 

 呆れて溜息を吐いたソロが言った。

 今朝ボスであるナジェンダの辞令でタツミはアカメの下で、サヨはブラートの下で、そしてソロはレオーネの下に付いて仕事をする事になった。尤もソロは楽ができるとレオーネ直々の使命であった。

 

「あぁ固い事言うなよ、今からそんな細かい事事気にしてたら将来ハゲるぞー?」

 

「不吉な事言わない!

……それに髪の毛の事気にし始めるずっと前に僕は死んでるよ」

 

 ソロはポツリと呟いた。するとその様子に影を感じたレオーネはしゃがんでソロの後頭部に手を回し、自身の豊満な胸に抱き寄せた。

 

「ちょ、ちょっとレオーネさん!」

 

「よしよし、お前こそつれねー事言うなよ。あと三年しか生きられない事は聞いた……だったら、だからこそ今を楽しく生きようじゃねーか!」

 

 赤面して顔を見上げるソロに対してレオーネは明るく微笑みかけて頭を撫でる。ソロは胸の感触とその笑顔に心を奪われて顔を緩ませてレオーネを突き放して頷いた。

 

「おねーさんのおかげでちょっとは元気でたか?

そんじゃあ飲みに行くぞ、なぁに金ならあるさ」

 

 そういうとレオーネは掌に乗せた皮の袋を弾ませる。それはソロにとっては見覚えのある袋だった。

 普段帝都に来る時のソロの荷物は少ない。嵩張る物や手に余る物は全て腰の袋に入れてしまうからだ。あとはポケットに入れている財布として使っている皮の袋くらいしか持っていない。

 ソロは恐る恐るポケットの中に手を入れて確認するとそれは本来の持ち主から離れた所にあった。

 

「あーっそれ僕のお金!返してよ!」

 

「はっはっはー甘いなソロ。そんなんじゃすぐに色仕掛けにあって死んじゃうぞー」

 

 ほらほら、と言いながらレオーネは頭上にソロの財布を掲げる。ソロは必死に飛んで取り返そうとするも身長差という超えられない壁に阻まれる。

 全財産が入っている訳じゃないが、決して少なくない金額であり、それを無駄に使われる事はソロとしても非常に心外である。

 

「うぐぐ、返せよー!」

 

「そーかそーか届かないかー、それなら届く所まで下げてやるよー!」

 

 そう言うとレオーネは胸の間にソロの財布を押し込んだ。ソロは一瞬だけ止まると何をするでもなくレオーネを睨みつける。手出しが出来ない事を分かってたレオーネは勝ち誇った顔でソロを見下ろす。

 そんな中とある来訪者が訪れた。

 

「あれー?おーい」

 

 大通りの方から自分を呼ぶ声が聞こえてソロはそちらに視線を向けた。そこには先日会った時とは違い、眼鏡を外し髪を整えて顔には化粧をし、胸元の空いたドレスを身に纏ったラキが手を振っていた。

 

「「あっラキ(さん)……はあっ⁉︎」」

 

 レオーネとソロの声が重なり二人は素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「まさかレオーネさんとラキさんが知り合いだったなんて……」

 

 ソロはこめかみに指を当てて呟いた。ラキの家に招かれた二人はテーブルに着いていた。

 

「そりゃこっちの台詞だって。暗殺の依頼と裏取りも私の仕事だからな、それで情報を流してくれるのがラキなんだ」

 

「まー私はなんとなくソロがナイトレイド入るとは思ってたけどねー」

 

 化粧を落として眼鏡を掛け、シワの目立つ部屋着に着替えたラキは紅茶を二人の前に置く。服装と化粧だけの要素でその姿の変貌は同一人物には思えない程だった。

 

「なんで?っていうかこの間帝都の近況聞いた時にナイトレイドの事もっと詳しく教えてくれても良かったんじゃない?」

 

「あのねーソロ、私は情報屋だよー。いくら友人にでもクライアントの個人情報は口が裂けても言う訳ないじゃーん。

根拠は私が斡旋に近い事はしてあげたからだよー。ソロもナイトレイドも最終目的は同じでしょー?

だから私はあの日、ナイトレイドが仕事をする日に悪趣味富裕層の話をしたんだー」

 

 私も大臣には死んでほしいと思う人間だからと付け足して、ラキは椅子に座り紅茶を飲んだ。底の知れない様な不敵な笑みを浮かべるラキを見てレオーネとソロは食えない人間だ、と同じ事を思った。

 

「なんだかんだあってラキの予想通りになったって事か。それで、お前達はどうやって知り合ったんだ?」

 

 レオーネはため息混じりに言った後、興味が出たのか二人の出会いを聞いた。ソロはラキの方に視線を向けると頷いたため、話す事にした。

 

「確か一年前くらい前かな、僕が帝都で買物を済まして帰ろうとしてふと路地を見たらラキさんが倒れてたんだ。倒れてたのは空腹っていう大の大人がなんとも情け無い理由だったわけだけど」

 

 呆れてラキの方を見るが当の本人は暢気な顔で笑っていたため、溜息を一つついてソロは続けた。

 

「それで介抱って言っていいのかわかんないけど食べ物をあげて話をしてみると、ラキさんが皇拳寺出身でそこの噂のファンだった事、その噂の両親が僕だった事、そしてラキさんが情報屋だって事を話してくれたんだ。そこから今まで交友があって友達として、時には商売人と客として付き合いがあるんだ」

 

「ボスからお前の事は詳しく聞いたけど、親で繋がるなんて帝国も土地は広いと言っても案外狭いものなんだなー」

 

 レオーネがそう言って紅茶を口に含んだ瞬間、ラキが大きな声を出した。

 

「あーっ!ゴメンお茶菓子何もないやー……手間になって悪いけど、まだお店開いてると思うからソロ買って来てくれないー?」

 

「えー……そんなお菓子なんか無くても良いじゃないですか」

 

「いーやいるね。上司命令だ、言って来い!ついでにツマミも買って来てくれー先に一杯やってるから速くしてくれよなー」

 

 2人のペースにこれ以上逆らうと疲れる事を悟ったソロなブツブツ文句を言いながら紅茶を飲み干して立ち上がる。

 

「ゴメンねー、この中身使ってなんでもいいからさー」

 

 ラキが差し出した硬貨入りの袋を手に取ったソロは、はいはいと言いながらすっかり日も暮れた外へと出て行った。

 ソロの足音が遠くなり、やがて聞こえなくなったのを確認してレオーネは紅茶を飲み干して立ち上がった。

 

「さーて、それじゃあ私も行くとしますか。ラキ、悪いけどソロの相手をしていてくれ」

 

「ソロは連れて行かなくていいのー?」

 

「ああ、まだ見習いだからな。適当に言い訳しといてくれ」

 

 そう言ってレオーネも外へと出て行った。

 家に残ったラキは1人、表情を崩さずに紅茶の味を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 豪邸とまでは言えないが、少なくとも上流階級の人間が住んでいる事が分かる大きな一階建ての家の裏手にレオーネはいた。

 家の住人は帝都の家の建築を受け持つある工匠組合の長であるデューク。格安で家を建てる工匠として名は知れている。また依頼人や周囲人間への人当たり、手下の組合員の面倒見もとても良い好々爺としての一面がある。

 

「その実態は建てた家に細工して手前らだけが入れる秘密の入り口を作り空き巣や人攫いをするクズ集団。

しかも実行は三ヶ月から半年後に行う事を徹底してるから誰にも怪しまれないし、今の帝都なら民は他人を気にする余裕も無いから気づかない。警備隊が来ても懐柔して事実を闇に葬る……か」

 

 レオーネは悪徳工匠の真実を確認するように口にした。尤も裏は取れていてデューク一味は週に一度家で宴を開くという情報も仕入れている。それが今日なのだ。

 

「お待たせ。あれ、レオーネ姐さん1人じゃん。って事はアイツはお眼鏡に叶わなかったの?」

 

 闇夜にもう一つの影が現れる。リール付きのグローブを着用した手を挙げてラバックがレオーネに合流した。

 

「ああ、ラバ。ボスは標的も多いから私の判断でソロも殺しに連れて行っていいとか言ってたけど……私にすぐ財布を盗られるようじゃまだまだだな」

 

 レオーネは数時間前の出来事を思い出して苦笑を浮かべると、夜風が特徴的な自分の長い横髪を拐うと自分に気合いを入れる。

 

「そっか、そんじゃあ俺らだけでやりますか。家の見取りと人数は分かってるよね?」

 

「当然!標的は15人、他の家とは距離があるし宴がある事は近隣の奴も知ってるから多少の音なら立てても問題無いだろ?」

 

 腰に着けたベルトが光り、燃え盛る炎の形を成してレオーネを包む。すると髪が伸びて全体的に撥ねて鬣を思わせ、さらには頭部には耳が生えて臀部には尾が生え、瞳も危険種特有のそれに近い物に変化する。まさしく獣と呼べる風貌へとレオーネは変化した。

 

「作戦はレオーネ姐さんが裏口から入って暴れる。俺が他の出入りが出来そうな所に罠を張って逃げた奴を仕留める。人数が多いから大変だけど大丈夫?」

 

「イケるイケる!その代わり私が全員始末したらラバは報酬ナシだからなー」

 

「ええっ⁉︎そこは話別でしょ〜っ!

さて、じゃあ俺が入った五分後に中で暴れてよ。先に行くわ」

 

 そう言い残してラバックは塀を飛び越えて進入する。同時にレオーネは懐中時計を取り出して秒針の行方を目で追う。一周、二周、三周、四周、五周。時間の経過を確認したレオーネはラバック同様塀を飛び越えて裏口へと立つ。そして音を立てずに中へと入り灯りのついた賑やかな声の上がる方へと歩を進める。

 しかしその最中、帝具で強化されたレオーネの耳に背後で足音が聞こえたためすぐ様背後に向き直る。

 

「だっ、誰ーー」

 

 偶々用を足しにでも出ていた男がレオーネを発見し、声を発するも全てを言い終える前に彼女の手によって首をへし折られて絶命した。

 

「まず1人……でも感づかれたか?」

 

 喧騒が止んだことでレオーネは音を気にせず走り出す。そして標的が揃っている筈の襖を蹴破ると中には唖然とした顔で杯やツマミの料理を手にした男達だった。そして全員標的であることをレオーネは瞬時に理解した。

 その中の1人が笑い声を上げると周りに伝播して他の男共も笑いだす。

 

「何か音がしたかと思えばなんだ、誰かこの女を買ったのか?」

 

 最初に笑った男は立ち上がり、馴れ馴れしくレオーネの肩に手を回し、その豊満な胸へと手を伸ばす。

 

「お前達は買ったんだよ。死神の怒りをなぁっ!」

 

 男の手が胸に触れるより先にレオーネの拳が男の腹部に入ると同時に、そこには空洞が出来上がる。悲鳴にならない声を上げ、寧ろ何が起きたのかさえ分からないと言った表情の男の腕を掴み、そのまま同じような表情の男共の方へと投げ込む。

 

「うっ、うわあぁぁ!なんなんだぁ!」

 

「にっ、逃げろぉ!」

 

 ようやく何が起こったのか理解した男共は立ち上がりそれぞれ蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す。

 当然レオーネはそれを黙って見逃す事はなく、1人、また1人と笑みを浮かべて殺して行く。

 

「ちっ、仕掛けがしてあったか」

 

 丁度半数は殺害したであろう所でレオーネは呟く。視界の中で壁や床が反転して男達が消えるのが見えていた。先ほどとうって変わって退屈な、そして怪訝な表情に変わると、外から断末魔が聞こえて来てラバックが仕事をした事が分かった。

 しばらく待つとラバックも屋敷の中に入って来た。

 

「ラバ、アンタ何人殺った?」

 

「俺は7人だけど、まだどこかに隠れてる可能性が?

クローステールの罠は張ったままだから逃げられる事は無いと思うけどさ」

 

「私も7人、そんでこの部屋にはデュークは居なかった。私らを察知して隠れたのかもな」

 

 2人は頭の中で家の見取り図を頭の中で広げ、先に考えがまとまり声を出したのはラバックだった。

 

「一つだけある地下の広い部屋か!」

 

「あー、先に言われた!多分そこだろうな」

 

 意見の合致した2人は階段を降りて仮説を立てた場所へと向かう。その間もラバックの帝具に反応は無かったため確信へと近づいた2人を待っていたのは大きな鋼鉄の壁だった。

 

「オイオイ……こんなの予定に無いぜ」

 

「退いてなラバっ!」

 

 数歩後退したレオーネは助走を付けた蹴りを壁に入れると地下室に轟音が響き渡り、ラバックはその音に耳を押さえて顔を顰める。

 レオーネの蹴りが命中した部分を中心に大きなクレーターが出来るが、破るには至っていなかった。

 

「相変わらず凄えなレオーネ姐さん、もう一回もやれば壊せそうだね」

 

 ラバックの言葉に対してレオーネの顔は曇り、足を揺らして首を捻る。

 

「いや……蹴った感覚がなんか妙なんだ。確かに硬いんだけど抵抗が無かったっていうかさ」

 

 それでももう一回やってみると再び退がったその時、壁は甲高い妙な音を立てて元の形に戻ってしまう。それと同時に家の外では笛の音のような音が響き渡っているのが地下室に居る二人の耳にも入る。

 

「マズイな、何かしらの仕掛けが作動しちまったか!

近くに警備隊の奴らが居ないなら人がくるまで五分ってところか」

 

 状況を整理して周囲の人が騒ぎを嗅ぎつけてくるまでの時間を頭の中でラバックは導き出すが、その顔には焦りがあった。

 

「そんなにいらねぇよ、その前に私がブチ破る!」

 

 レオーネは舌打ちをして扉に駆け出そうとするがその時、一つの影が二人の上を通り前に躍り出る。クローステールの反応も無い中で突然の来訪者に二人は身構えるが、その影の持ち主は二人も知る者だった。

 

「僕に任せて!」

 

 突如現れた帝具を纏ったソロは剣に炎を纏わせて壁へと突き刺す。すると壁の中から水が蒸発するような音が発せられ煙が上がる。

 

「お前……一体どこから、糸に反応なんて無かったぞ⁉︎」

 

「僕の目にはクローステールが見えてるって昨日言ったでしょ。だから避けながら堂々と玄関から入って来たんだ」

 

 ソロは剣を握る手に力を込めて円を描く様に壁に切り込みを入れていく。

 

「おいソロ、この気持ち悪い壁どうなってるか分かるのか?」

 

「うん、液状危険種の粘膜を集めて特殊な方法で固めると衝撃を和らげる物体になるんだ。鉄板の間にそれを敷き詰めたのが恐らくこの壁さ。そしてその物体は打撃とかの衝撃には強いけど……熱には非常に弱い!」

 

 一閃、ソロが剣を振り抜くと丸く切られた鉄板が床に落ち向こう側を見る事が出来た。壁自体は厚い物では無く、間にあった物体は跡形も無く蒸発して、煙を巻き上げる。

 驚きを隠せないレオーネとラバックを他所にソロは空けた穴から奥へと入り、少し経つと標的であるデュークの首根っこを掴んで戻って来た。

 

「それで、この人が標的でいいの?

ここの一味がした事は知ってるけど、僕は標的の顔までは知らないからね」

 

 先ほどまでの明るい様子では無く、冷たく刺す様な声でソロは二人に問う。

 

「やっ止めろ、ワシを下ろせっ!

鎧のお前、この壁の仕掛けを看破したなら分かるだろう。いかにこの技術が難儀な事か、いかにワシが優れた職人であるかが!

ワシを殺せばその技術を扱える者が一人居なくなりやがて絶えてしまうのだぞ!だから止めんか!」

 

 ソロを振り払おうとデュークは大きな体躯を振るうもビクともしない。それどころか自分勝手な主張を振りまいたのが逆鱗に触れたのかソロの手の力は強くなる。

 

「ああ、ソイツが最後の標的で合ってるよ。もう時間が無いぞ」

 

 レオーネの言葉にソロは頷き、デュークを床に投げると持っている剣の先を向ける。

 

「やっ……止めろぉ!ワシは優秀な職人なんだぞぉ!」

 

 死への恐怖に体を震わせるその様には工匠組合長としての威厳は無かった。

 そしてソロは見苦しい初老の悪人に剣を突き刺した。

 

「あんたが……あんた達が職人を語るなっ!」

 

 上手く急所を突けたのか、デュークは掠れたうめき声だけをあげてその場に倒れ、ソロは剣を振るいに付着した血を落とした。

 

「……これでお前も修羅の道に入ったな。後戻り出来ないぜ?」

 

「……修羅の道?

そんなものにはとっくに浸かってるよ、母さんの仇を取るって決めた時からね。

時間が無いんでしょ、早くここを出よう。外に出たら僕に捕まってね飛んで逃げるから」

 

 ラバックの言葉を涼しく返したソロは外に出る事を提案した。

 家の扉を空けた3人の耳には塀の外から声が聞こえた。恐らく帝都警備隊の物であろう。直ぐ様ソロは二人を抱えて空を飛び、屋敷を後にした。別段騒がれた様子も無かったため気付かれずに上手く逃げられたのだろう。

 

 屋敷から離れた場所で安全を確認すると、ラバックは隠しアジトの手入れが有ると別れた。帝都の夜道をレオーネと鎧を解除したソロが歩く。月に照らされる身長差のある二人、大きい方のレオーネが口を開く。

 

「なあソロ、お前どうして私が今晩仕事があるって分かったんだ?」

 

「ラキさんの家に行った時、目に入る棚にお酒の瓶があったのにレオーネさん飲もうとしなかったから。タツミから聞いた話だとレオーネさんなら勝手にでも飲むと思ってね、直ぐ前に飲みに行くかーなんて行ってたしさ、それでお菓子買ってきてラキさんに聞いたんだよ。ああそれと、ラキさんにはアジトに帰るって話つけてあるからね」

 

「ラキ……あいつクライアントの情報は言わないなんて言っておいてソロに言いやがったな」

 

 レオーネは頭を押さえて呟くが、ソロはそれに対して首を横に振る。

 

「ううん、レオーネさんの事は聞いてない。僕はラキさんから今夜殺るのにうってつけの悪人達の情報を買っただけ。数件あって片っ端から見て行ってクローステールの罠が見えたから辿り着けたってわけさ」

 

「ふぅん……まあ、タツミとサヨよりは使える事は分かった。ソロ手ぇ出しな」

 

 レオーネの言うとうりに手を差し出すと、ソロの手のひらに5枚の銀貨が置かれる。

 

「今回のお前の仕事料だ、受け取り拒否は許されないぞ」

 

「いいの、僕今回ほとんど何もしてないよ?」

 

「お前がいたから最後の標的を殺れたんだ、十分貰う資格はある」

 

 ソロは頷いて手を握り、腰の袋にしまおうとしたところでレオーネが続けた。

 

「今回の依頼人なんだが……アイツらに食い物にされた被害者だ。本人は仕事の帰りで難を逃れたけど嫁さんが連れ去られるのを見ちまったらしい。家の中には何も残ってなかったそうだ。それから不眠不休で、飯もロクに食わず短期間で金を用意して私の所へ依頼に来たらしい。裏を取り次第仕事をするって言って私が行こうとしたらその男は血を吐いて倒れた。過労みたいだな。

いいか、これは恨みと命が篭ったそういう金なんだ。受け取ったからには必ずやり遂げないといけない、それだけは覚えておくんだぞ」

 

 レオーネは立ち止まり、ソロの頭に手を置いて搔きまわした。ソロは気にする様子も無く、もう一度手の銀貨を見て袋にしまった。

 

「分かったよ……ありがと、レオ姐」

 

「おっ、どうした呼びかた急に変えて?」

 

「いちいちさん付けはちょっと面倒だと思ってさ、それとさん付けするほどの敬意持てないし」

 

 笑いながら言うソロの頭をレオーネは掴むとそのまま思い切り首を回し始める。

 

「な〜ん〜だ〜と〜生意気なクソガキがっ!

まったく……まあ、どんな敬意でも貰った金は金だ、今度こそ飲みに行くぞー!礼儀を教えるためにおねーさんにお酌させてやるからな!」

 

「えっ、ちょっとレオ姐、そんなお金無いでしょ……まさか?」

 

 頭を回されてフラフラのソロだが、ある事を思い出して顔が一気に青ざめる。

 

「フフフッ授業料だ!さぁ行くぞー!」

 

 レオーネの手には昼間にソロから奪った財布の袋が握られていた。そして空いている腕を首に回して体に密着させてソロを持ち上げて歩き出す。

 

「ちょっとレオ姐!僕ラキさんから情報買ってお金あんまり無いんだって!お金返してよ!あと体も離せーっ!」

 

 月夜に照らされた二つの影が動き、ソロの悲痛な叫びが響き渡った。

 



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第十三話〜帝具〜

 ソロが暗殺者として人を殺してから2週間程が経過した。その間にタツミは帝都警備隊の隊長オーガを、サヨもビッグネームでは無いものの標的を仕留めて殺し屋としての一歩を踏み出していた。

 そんなある日、ソロは壁に母の形見でもある帝具の盾が飾られた自室に篭り、新たな道具の作製をしていた。作品に被せていた布が光を放って消滅した事から今しがた完成した事が伺える。

 

「お疲れ様、はいこれどうぞ。

何を作っていたの?」

 

 部屋の扉が開かれてサヨとアカメが入って来る。その手にはトレイがあり、お茶と食べかけのケーキが乗っていた。

 

「ありがと……ってなんで食べかけなの?」

 

「すまない……我慢できなかった」

 

 ソロの問いにアカメが答えて頭を下げる。苦笑を浮かべるも別にいいとソロは言って作っていた紐を通された勾玉の首飾りを身につける。

 

「今日作ってたのは……アナザートーンとでも名付けようかな。コレを使うと」

 

 ソロが首飾りに触れる。見た目は何も変化は無い、しかし口を開くとハッキリとその効果は現れていた。

 

『ハッハッハ、いやー今日もいい日だなっ!そうは思わないかアカメ、サヨ!』

 

 声質が変化し、喋っているのはソロだったが声はブラートという奇妙な現象が起きる。それに対してアカメは表情は変わらないものの、おー。と感嘆の声を漏らし、サヨは対照的に若干引いていた。

 

『いやー初めて会った時に、サヨが声を聞いて、年齢が近いと思ったって言ったから、声を変えられる道具を作ろうと思ってね』

 

 タツミ、ラバック、マイン、シェーレの順番に声を変えて悪戯な笑みを浮かべたソロは再度首飾りに触って効果を解除する。

 

「暗殺者になったからには正体を悟られない事も大事でしょ。僕はただでさえ帝具の使用前後の姿が違うからそれを活かしてスパイとかも出来ると思ってね」

 

「それは良い心がけだし助かる、私のように帝国に顔が割れているメンバーも少なくない。ところでソロ、頼んでいた村雨手入れなんだがどうだ?」

 

「もちろん終わってるよ、そっちの机に置いてある。

今まで良く手入れされていたってのが良くわかった。最後のチェックだけは欠かさないでね、アカメの命を預ける物なんだからさ」

 

 ソロの指差した机には村雨とエクスタス、そしてサヨの弓が置いてあった。

 この2週間で新入り3人は上手くナイトレイドに馴染んでソロはアカメやシェーレの帝具の手入れを頼まれる様になった。マインは全て任せる事はしないが、

悪態をつきながらも細かいやり方を聞くようにはなっている。

 

「あれシェレ姉が居ないけど、取りに来ないのかな?」

 

 ソロは椅子に座って二人が持ってきた紅茶を頂いた。

 シェレ姉と言う呼び方はそれだけ組織に馴染んだ証拠である。

 ソロの中では相手が二十歳を超える程自身と年齢が離れていれば名前に姉(姐)や兄と付けるらしい。

 

「うーん、朝には声を掛けたんだけど……忘れちゃったのかもしれないわね」

 

「シェーレは忘れっぽいからな。

……良い仕事だな。私の手入れよりも良くそして手に馴染むように仕上がっている。かすり傷でも付いたら死んでしまうのに悪かった」

 

 アカメは手にした村雨を鞘から抜いて刀身を眺めてソロへの称賛と謝罪を述べた。

 

「気にしないでよアカメ、僕がやりたいって言ったんだからさ。幸い僕は村雨に嫌われてなかったみたいだし、それにほら!」

 

 ソロが念じると右手首から上だけキメラティロードの鎧が纏われる。そして指を二本立てて二人に向けると机の上に置いてあるサヨの弓を手にする。

 一見どこも変わっていないように見えた鉄弓だが、握りの部分に白い宝玉が埋め込まれていた。

 

「僕のキメラティロードはブラ兄のインクルシオと違って部分的に召喚ができるんだ。全部召喚した時よりは劣るけど手なら力が、足なら素早さが上がるし、生身の手と同じくらい精密な動きも可能なんだ。

サヨの弓の改良も終わってるよ!効果を二つ付けたんだ。放った矢が何かに当たると爆発と矢の貫通力の向上さ、宝玉に触れて念じて矢を射ると出来るはずだよ」

 

 鉄弓をサヨに渡すとソロは右手の鎧を解除する。サヨは受け取った弓を手にして弦を引いて構えて感触を確かめる。

 

「うん、使いやすいわ!

ありがとねソロ今の私じゃ力不足だから助かるわ、忙しいところにごめんね」

 

「仲間のためなんだからどうってこと無いよ。それに手に馴染むのは当たり前だよ、サヨの事だけを考えて作ったんだから、自然とサヨに合った物が出来上がる。

頼まれた事はその人の事を一番に考えて作業する、僕の職人としての信念だよ」

 

 少し恥ずかしそうに頬を指で掻いてソロは言い、その様子を見てサヨとアカメは微笑みを浮かべた。

 

「レオーネから聞いたが悪徳職人の暗殺を行った時に激昂したと聞いていたが納得できた」

 

「……まだあの家に住む前の旅をしていた頃にさ、母さんの知り合いがいるジョヨウの村に少し滞在してね、母さんの知り合いは先生をしていて僕も学校に通わせて貰ってその時に言われたんだ」

 

 ソロは首飾りに触れて自身の声色を変えコホンと咳払いを一つして再び口を開いた。

 

『君は手先がとても器用で物を作るのが好きなんですね。君の取れる未来の選択肢は数多く存在しますが、もし職人の道を選んだとしたら依頼人の事を考えてその人の為に最高の物を作る職人になってくれると私は嬉しいです……ってね』

 

 少しだけ低めの温和な男性の声で話した後に再び首飾りを触って道具の能力を解除する。

 

「ふーん優しい感じの人そうね……その人は今も教師をしているの?」

 

 サヨの問いに対してソロは首を横に振り少し悲しそうな表情を見せた。

 

「母さんが死んじゃってから一度会いに行ったんだけど、今は帝国に仕えてるらしいよ。なんでも先生が留守の時に事故で生徒のみんなが死んじゃったらしくてそのショックで先生を辞めちゃったんだって……案外、僕は関わった人を殺すか不幸にする死神なのかもしれないね」

 

 影を落とした少年は不敵に笑う。本人にしてみればいつも通りの軽口に過ぎなかったのだが、サヨにしてみればそうは思えないように見えた。

 するとアカメはソロに近づい手刀を頭に入れた。ソロは驚き言葉を出そうとするが、その前にアカメの口が早く開いた。

 

「お前が死神だと?

くだらない冗談は言うな。だとしたらなぜお前の母親を謀殺した大臣は生きている?民を苦しめる金持ちや悪徳高官が生きている?

死神だと言うのならそういう奴等に関わってさっさと殺せ、できないのならそんな冗談を言うんじゃない。

極限状態に陥った時に冷静な判断が出来なくてお前が死ぬぞ」

 

 アカメの言い分はもっともだと思うソロは、ゴメン。と一言言って頭を下げる。その様を見たアカメは静かに口元を緩めると、説教代と言わんばかりにソロがまだ手を付けて居なかったケーキを食べた。

 その様子を見たサヨもいつしか口元が緩み、その後遅れてやって来たシェーレも交えて4人で暫く談笑が続けられた。

 余談になるが、会話の終了となるナジェンダの集合命令を告げに来たラバックはこの光景を見て悔しがり、腹いせに何度も壁を殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな集まったな。今回の標的は帝都で噂の連続通り魔だ。深夜無差別に現れ首を切り取っていく、もう何十人被害に遭ったかわからん」

 

 玉座を思わせるボスの席に座ったナジェンダは自身を囲むように立つメンバーに仕事の内容を告げる。

 

「通り魔……それって首切りザンクって奴の事?」

 

「だろうな、三割は警備隊員が殺られてる。帝具持ちのアイツの可能性が高いだろうな」

 

 ソロの質問にラバックが答えるがその中で3人それが誰だかわからない者がいた。その内の1人であるタツミが続けて疑問を口にする。

 

「首切りザンク、誰だそれ?サヨは知ってるか?」

 

「ううん、聞いた事無いわ」

 

「はぁ?帝都で有名な殺人鬼よ。アンタ達本当にド田舎に住んでたのね」

 

 タツミとサヨの故郷は帝国領でも相当の外れであるため帝都の事情には明るくない。そんな2人を呆れ、嘲笑うようないつもの悪態でマインは答える。そんな中、殺人鬼に存在がわからない最後の1人も口を開いた。

 

「すいません、私も分かりません」

 

「シェーレは忘れてるだけだと思うけど……まあ良いわ、アタシが説明してあげる。

首切りザンク、元は帝国最大の監獄で働いていた首切り役人。でも大臣のせいで処刑する人数が多くて来る日も来る日も命乞いをする人間の首を切り落としてたんだって。切り落とし続けている内にいつしか首を切るのがクセになったそうよ。それで監獄で切るだけじゃ物足りなくなって辻斬りになったらしいわ」

 

「討伐隊が組織された直後に姿を消しちまったんだが……まさか帝都に出てくるとはな」

 

「毎日毎日、無実の可能性の高い人の首を切り続けるか……それはおかしくもなるわね」

 

「っていうか一種のホラーだよね……現実に起こってる事なのがまたこの帝都の恐ろしいところだけどさ」

 

 マインの説明をブラートが補足し、サヨとソロは各々の感想を述べる。

 殺人鬼の事を知った少年タツミはその存在に激しい嫌悪感と憤りを覚え、拳を突き出して激情を吐露する。

 

「そんな危険な奴野放しに出来ないなっ!探し出して倒そうぜ!」

 

「まあ待てタツミ。ザンクは獄長の持っていた帝具を持ち出して辻斬りになったんだ」

 

 ブラートは熱くなっているタツミの頭に手を置いて彼を諌める。そしてそのまま流れる様にタツミの顎を指で挟んで持ち上げた。

 

「二人一組で行動しないとお前危ねえぜ?」

 

 その時タツミの背筋に悪寒が走り、人間という動物の本能が働き身の危険を感じる。直ぐさまブラートから離れて別の話題へと移そうと考えた。

 今まで何度か聞いた事はあったが実体を何も知らない存在の話に。

 

「そっ、それよりもその帝具って一体なんなんだ?

ソロがアジトに来た時、みんなの帝具ってやつを言い当ててたみたいだけど」

 

「こういうのだ」

 

 問に答えるようにアカメは村雨を鞘から引き抜き、その刀身をタツミの眼前に晒す。その行動にタツミは驚くも、いやわからないと返した。

 

「そういえばタツミには帝具の説明をしていなかったな。いい機会だ、これから帝具使いと対峙するんだ、教えておこう」

 

 そこからナジェンダは帝具の生まれた歴史を語る。始皇帝が自らの死後も帝国の栄光が続くようにという考えの基当時の最高の職人と素材を集められて作られた合計48個の兵器の事を帝具と呼ぶ事。そしてそれらは500年程前の大規模な内乱で半数近くか、世界各地へ散らばってしまった事。

 そしてソロとサヨの持てた帝具以外のナイトレイドメンバーが所持する帝具の性能の説明をした。

 

「へぇ、そんな物がこの世には存在するんだなー。でもなんで帝国はその大規模な反乱が起きた時にもっと強力な武器を作らなかったんだろうな、帝具が作られて500年も経ってたら技術も進歩すると思うけどな」

 

「フッ同郷のせいか、サヨも同じ疑問を持ったな。その辺の事情はソロ、説明してやってくれ」

 

 ナジェンダの命令に二つ返事で応え、タツミへの説明をソロは受け継いだ。

 まず技術と素材が失われて帝具並に強力な兵器は製造不可能となった事。タツミと同じ考えを持って600年程前の皇帝が兵器を作らせたが、出来上がった物は性能は高いものの帝具には及ばず、副作用は帝具並かそれより重いものになってしまいその様を皮肉られて臣具と呼ばれた事。そして臣具の存在はあまり知られていないという事を説明したところで、タツミはほうと理解した様子を見せる。

 

「まあ何事にも例外が存在するわけで、僕は帝具を作る知識は持っているんだ。でもさっきも言った通り素材が無いから帝具みたいに強力な武器は作れないんだけどね」

 

「それでも充分強力な道具は作れていると思うぞ。ダイニングの棚に置いてある侵入者探知の水晶や空を飛べる布、好きなだけ物を詰め込める袋とかな」

 

 幾らか謙遜して言ったソロに対してナジェンダは素直に賞賛の声を上げる。ソロもまんざらでは無いのか照れたようで頭を掻いてごまかす。

 

「さーて、俺たちの帝具を知ったんだ。もう後戻りは出来ないぜ」

 

 ラバックはグローブの指先から一本糸を出して張り、タツミの首筋に当てた。もっとも冗談でやってる事は口調からタツミにも伝わったため慌てる事はなかった。

 

「誰にも言うつもりはねーよ。そもそも俺に言っても良かったのか?」

 

「それだけボスがタツミの事を信用したって事さ。アタシはもっと前からお前の事は信用してるけどなーっ」

 

 そう言うとレオーネはタツミを抱き締めて自慢の胸を顔に押し当てる。いつもの如くタツミはそれを引き剥がそうとするもレオーネの方が腕力が上であった。

 そんな様子を各々が生暖かく見ていた時に難しい顔をしたソロは呟く。

 

「信用ね……それじゃあ僕の帝具についても話しておこうかな」

 

「そういえばお前の帝具についてまだ聞いてなかったな。文献に載っていた物とは名が同じでも形は全くの別物だったんだが……話すという事はお前も私達を信用したと受け取るぞ?」

 

 以前のソロの勧誘の際にナジェンダは同じ疑問を抱いていたのだが結局今日のところまでその答えが返って来る事はなかった。

 

「うん……まあ、話し忘れてただけなんだけどね。

合獣宿身(ごうじゅうしゅくしん)キメラティロード。

元々は腕輪型の帝具だった。能力は装備した人のパワー、スピード、ジャンプ力のどれかの大幅な強化で同時使用は出来なかった」

 

「ああ、確かに文献にはそう載っていたな」

 

 ソロの説明に文献を読んだ事のあるナジェンダとメンバーの数人は頷く。それを見てソロは胸に手を当てて鎧を召喚する。

 

「僕が『永遠の叡智』の継承者になった時にこの鎧の形に作り変えたんだ。能力は……まあ基本的にブラ兄のインクルシオと同じって考えて貰えれば良いかな、副武装も無いし透明化もできないけどね」

 

「なにそれ、じゃあインクルシオの劣化コピーみたいなもんじゃない?」

 

「ちょっとマインちゃん言い方が……まあ正直俺も似たような事思ったけど」

 

 マインの否定的な意見に消極的ではあるがラバックも共感を覚えた。そんな二人に対してソロは指を立てて横に振る。

 

「チッチッチッ、そこは僕も職人だからそれじゃあ済まさないよ。

防御力こそインクルシオには劣らないけどキメラティロードは真っ直ぐだけど空を飛べるんだ。そして翼から出る炎を纏う事でパワーかスピードを上げる事も出来るしもちろん奥の手もあるよ。

それに副武装が無いなら継ぎ足せば良いって思って色々武器が鎧には仕込んである、ブラ兄と闘った時に使った剣と腕から出た光弾がそのうちの一つさ」

 

 自分の帝具の事を得意げに語るソロと強化された帝具の鎧を見て全員感心するが、その中でタツミは身体を震わせる程の興奮を覚えていた。

 

「うおー!やっぱりソロの帝具もカッコイイなっ!なあボス、俺の帝具は無いのか⁉︎」

 

「フフッ残念だが帝具は貴重な物だから全員に支給出来る程の数は無い。縁があればお前も手にする事もあるだろう。

さて、長くなったが今回の仕事の話に戻る。帝具使いを相手にする危険度は十分理解できたはずだ。先ほどブラートが言った様に二人一組で事に当たってもらう」

 

 その後ナジェンダの口から組み合わせと各々が受け持つ区画などの任務に関しての細い情報を告げられた後一度解散となり、夜になるとメンバーは帝都へと出発した。

 



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