アリシアお姉ちゃん奮闘記 (燐禰)
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拝啓:母さん、私ってゾンビでしょうか?

 

 瞼に微かに差し込む光を受け、ゆっくりと張り付いていた瞼を開く。ぼやける視界の先には、よく見知った顔が見えた。うん、間違いなく私の母親だ……でもなんか、ちょっと私の知ってる姿より高齢じゃない?

 

「……お母さん?」

 

「……良かった。生き返ってくれたのね」

 

 生き返る? 可笑しなことを言う。それではまるで私が今まで死んでたみたいじゃないか……

 

 まだ意識が覚醒しきっていないのか、ぼんやりとした頭で考えていると、母さんは優しく私を抱きしめる。

 

「ここに流れ着き、ようやく貴女を生き返らせることができたけど……ごめんなさい。母さんは一緒に居られない。私の命はもうすぐ尽きてしまうから……」

 

「何を、言ってるの? 母さん」

 

 儚いとすら感じるその微笑みは、まるで今すぐにでも消えて無くなってしまいそうで……慌てて、石みたいに硬い体を動かして母さんに触れる。

 

「大丈夫。貴女は誰よりも強い子だから……私が居なくても、きっと大丈夫」

 

 私を強く抱きしめた後、母さんが優しく告げて手をかざすと、私の体が光に包まれて浮き上がる。

 

 何がどうなっているのか分からなかったけど、その後に聞こえた母さんの言葉だけが鮮明に耳に響いた。

 

「……母さんね。いっぱい悪い事をして、沢山の人を傷つけちゃったの……許されるなんて思っていないし、自分で選んだ道に後悔もしていない……だけど、一つだけ心残りがあるの……」

 

 悲しく懺悔する様な言葉。己の過ちを悔い、何かを私に託すような目……

 

「あの子を……私が弱かったばかりに傷つけてしまった。私のもう一人の娘を……どうか助けてあげて」

 

「……」

 

 母さんの姿が小さくなり、声がどんどん遠くなっていく。母さんとの別れを悲しむ気持ちは勿論あったが、それ以上に母さんが私に託した願い、それを心に刻みつける。

 

「……お願いね『アリシア』」

 

「うん。分かったよ……母さん」

 

 意識が光に溶けていく中、母さんにしっかりと返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が晴れると、私の目には何というか……いまいち雰囲気の出ない光景が飛び込んできた。自然の緑色いっぱいに包まれながら、人工物が立ち並ぶ場所。

 

 何で墓地? これじゃあまるでゾンビじゃん私……いや、まぁ母さんは『生き返った』って言ってたし、その言葉を信じるなら私は一度死んだってことなのかな? って事は二度目の人生ってやつだね。

 

 体は、うん。特に問題は無い様だけど、やっぱりちみっこいなぁ……まぁ、五歳なんだからこんなもんかな? 何か不思議と実感がわかないと言うか、自分の体だってのに変な感じはするけど……

 

 ここはどこだろう? ミッドチルダだとは思うけど、あまり見覚えの無い場所……まぁ、私はアルトセイム地方の一部しか分かんないけどね。

 

 服は、薄い緑のワンピース……てか、私お金持って無くない? 見ず知らずの場所で一文無しとか、何そのハードモード……二度目の人生でいきなりホームレスとか笑えないよ。どうしよ……

 

 そんな事を考えていると、後方で何かが落ちる様な音が聞こえてくる。

 

「……う、うそ……あ、アリ……シア……」

 

「うん?」

 

 驚愕した様な声で自分の名前を呼ばれて振り返ると、そこには……私? 

 

 振り返った先には地面に転がっているバケツと、それを落としたであろう花束を持った十歳くらいの少女が居たけど……驚いたことにその顔は私にそっくりだった。や、まぁ世の中には三人は自分に似た人が居るって言うしね。

 

 そしてその私にそっくりな『プリティーで愛らしい』顔は、何故かお化けでもみたかのように驚愕一色だった。

 

「……そんな……お姉ちゃん……」

 

「ファッ!?」

 

 お姉ちゃん? オネエチャン? ONEETYAN? 何言ってるのこの子?

 

 まてまて……ちょっと状況を整理しよう。

 

 目が覚めたら母さんが居て、私は生き返ったとかそんな事を言ってて、更にいつの間にかミッドチルダに居て、私そっくりな子が現れて、どう見ても私より年上のその子は、私をお姉ちゃんと呼ぶ……うん、さっぱり分かんない。

 

「……えと、君は誰かな?」

 

「ッ!?」

 

 とりあえずその子に聞いてみようと尋ねると、少女はショックを受けた様子で後ずさり、目に薄く涙を浮かべる。その顔やめて、なんか私がいじめてるみたいじゃん。

 

「あ、や、私はなんか……ちょっと自分でも何言ってるか分かんないけど、生き返ったらしくてね。き、君の事覚えてないんだよ」

 

「い、生き返った?」

 

「う、うん……何かそうらしいよ」

 

 私が戸惑いながら告げた言葉を聞き、少女は何かを考える様にうつむく。

 

 少し気まずい沈黙が流れた後、少女は顔を上げ私の目を真っ直ぐに見つめながら口を開く。

 

「……私は、フェイト……フェイト・テスタロッサ……貴女の妹です」

 

「……」

 

 真っ直ぐに告げられた言葉を受けて、少し考える。確かにこれだけ顔が似てるんだし、姉妹って言うのは納得できるし、なんかこの子の泣き顔は無視できないと言うか……

 

「それって、なんか宗教の勧誘とか、壺買ってとかそういうのじゃないよね?」

 

「ち、違うよ!」

 

 まぁ、そうだろうね。この子人を騙したりとか、そう言う事出来そうな感じじゃないし……大体一銭も持ってない私を騙した所で、この子にメリットがあるとは思えない。

 

「……オッケー、分かったよ。じゃあ、えと、フェイト? ひ、久しぶり? お、お姉ちゃんだよ?」

 

「!?!? お、お姉ちゃあぁぁぁぁぁん!?」

 

「うぉっ!? 想像より、グワッと来た!?」

 

 正直私はフェイトの事は知らないので、たぶんこの子は私が死んでから生まれたんだと思う。まぁ、だからと言って私の妹であることには変わりない。

 

 そう思って出来るだけ明るく声をかけてみたけど、まさかタックルしながら抱きついてくるとは思わなかった。てか、体格的に私の方が小柄なんだから……こ、これ、支えるのはかなり辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人目もはばからず……いや墓地だから人目はなかったけど、大泣きするフェイトを何とかなだめた後、流石に墓地のど真ん中で話をするのもあれだったので、霊園の出口まで移動して近くにあったベンチに腰掛ける。

 

 妹の奢りで缶ジュースを飲む情けない姿を晒しながら、フェイトに私について色々と教えてもらった。

 

 何でも私は母さんの研究していた何とかって機械の事故に巻き込まれて死んだらしい……何となくおぼろげに覚えている気がしなくもないけど……自分の死に様を詳しく思い出すとか、ぶっちゃけ生き返ってる今となっては興味もない。

 

 んで、母さんは私を生き返らせる為に常識を越えた技術の眠る遺失世界を目指し、ジュエルシードという宝石を求めて事件を起こした。そして管理局に阻止され虚数空間に、私の死体と共に消えた……母さん無茶するなぁ……

 

「……成程ね。それで母さんは何の偶然か、そこで私を生き返らせる術を見つけて最後の力でそれを行って、私をここに飛ばしたんだね……って、ちょっと待って、フェイトは何処に出てくるの?」

 

「……わ、私は……」

 

 今フェイトから聞いた話の中には、何故かフェイト自身が登場しておらず、母さんを止めたのも管理局と高町なのはという子だと言っていた。

 

 しかしフェイトは私の妹なんだから、母さんと一緒に居た筈じゃないのかと思って尋ねると……フェイトは顔を伏せ、先程話さなかった。いや、意図的に隠していた事を話し始める。

 

 フェイトは私の……アリシア・テスタロッサのクローン。プロジェクトFという物から生まれた人造魔導師で、私の代わりとして生み出された存在だと……

 

 フェイト自身は私の記憶を微かだが継承しており、母さんの愛情を得る為に必死だったが、結局最後の最後まで母さんは自分を見てくれなかった事。大切な親友達と共にあり、自分は本当に救われたが……それでも時々、自分は何なんだろうと考えてしまう事がある事……

 

 時折言葉に詰まりながら、微かに涙を浮かべて話し続け……話し終えた後は俯いてしまう。

 

「……ごめんなさい。本当は私は……お姉ちゃんの妹じゃ……」

 

「しゃらっぷ!」

 

「いたっ!?」

 

 ウジウジとネガティブオーラを垂れ流していたフェイトの頭に、鋭く手刀を叩き込む。なんなのこの子は? ネガティブの精霊? 精霊なの? よくもまぁそんなに自分が悪い自分が悪いと、長々言葉を並べたてられるもんだ。

 

 まったくこの子は……私の妹のくせに、私とは正反対の性格じゃないか、ウジウジと自分が悪いとばかり、まったく、そんなの放っておけないでしょ。

 

「まったく、聞いてれば見当違いなことばっかり……母さんはフェイトの事、愛してたと思うよ」

 

「……え? だ、だって……」

 

「たぶん、認めたく無かったんだと思う。母さんもフェイトと同じで、自分が悪いって考えるタイプだから……私を死なせちゃった自分が、今さら他の子を愛せない愛しちゃいけない。私を生き返らせていないのに、自分が幸せになる訳にはいかない……そんな風に考えてたんじゃないかな?」

 

「……」

 

 母さんは優しい人だけど、だからこそ負わなくてもいい傷を負って傷ついちゃう。私は確かに寂しい思いもしたけど、母さんの事は大好きだったし、私が死んだせいで母さんが責任を感じたって聞いて悲しく思った。当の私の感覚で言えば、死んじゃった私の事なんて忘れて幸せに生きて欲しかった……

 

「母さんはさ、いつだって気付くのが遅すぎるよ……私の事なんて放っておいて、フェイトを大切にしてあげればよかったのに……」

 

「わ、私は……」

 

「私さ、死んじゃう前に母さんにお願いしたんだ……妹が欲しいって」

 

「ッ!?」

 

「だから、母さんが本当に夢見てたのは……必死に私を生き返らせようとしていたのは……母さんにとっての幸せの形が、姉として私が居て、妹としてフェイトが居る光景だったからだと思うよ」

 

 母さんは本当に頭が固いというか、こうと思ってしまうと一直線過ぎる所がある。寄り道や回り道が出来るほど器用じゃなくて、諦めたり捨てたりする事が出来ない。そしてそれはきっとフェイトも一緒なのだろう。どんなに傷つけられても母さんの事を諦めたり捨てたり出来なくて、色んな方法を試せるほど器用じゃなくて……お互いにそう感じながらも、動けないままだったんじゃないかな? だから母さんは……

 

「母さんは、私をここに送る前に言ってたんだ。私が弱かったせいで傷つけてしまった、私の『もう一人の娘』を助けてあげて欲しいって……」

 

「……母さん……が……」

 

「うん。母さんにとってフェイトはちゃんと娘だったんだよ。勿論私だって、フェイトがどんな生まれかなんて関係ない……君は、私の妹なんでしょ?」

 

「~~!? う、うん……うん……」

 

 私にしがみ付く様に涙を流すフェイトを優しく抱きしめる。きっとこの子は、今までずっと一人で頑張って来たんだと思う。涙を押し殺して、自分が偽物じゃないかという恐怖に怯えながら、それでも歯を食いしばって……

 

 分かったよ母さん。貴女が私に何を託したのか……そう、私はこの子のお姉ちゃんなんだ。だから、この子を守ってあげなくちゃいけない。苦しみから、寂しさから……大丈夫。母さんの願いはちゃんと受け取ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトが泣きやんだ後で、フェイトと一緒に彼女が今借りている部屋に移動する。

 

 何でもフェイトは普段は管理外世界の地球ってとこに住んでるらしいってか学校に通ってた? けど、なんか今は難しい試験を受ける為にこっちで勉強をしているとかなんとか。

 

「おぉう……フェイトってば、もしかしてお金持ちさん?」

 

「そ、そんなことないよ。勿論仕事のお給料は貰ってるけど……」

 

「ふえぇ、魔導師ってのは高給なんだねぇ……」

 

 案内された部屋は驚くほどに広く、私とフェイトどころか後三人位住んでも大丈夫な程だった。最低限のものしかないあまりに広いリビング、テーブルの上には母さんとフェイトの映った写真と大事そうに置かれている白いリボン……これが、今この子が生活している環境。

 

 拝啓、母さん。フェイトは中々良い生活をしている様です。でも部屋から感じる寂しさは、きっとこの子の心を映したものなんだと思う。だからその辺は私がめちゃめちゃに変えてやることにします。

 

「でもさ、今さらだけど……私って今のフェイトより年下なんだけど、お姉ちゃんで良いのかね?」

 

「え? でも、お姉ちゃんってたしか……通算すると二十代ぐら……」

 

「おい馬鹿やめろ! うら若き乙女に二十代とか言うんじゃない。てか、死んでた間のはノーカンで良いでしょ!」

 

「う、うん。でも、私はやっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんの方が良いなぁ……」

 

「うん、OK。じゃ、それで行こう」

 

 どうしよ、母さん!? うちの妹めっちゃ可愛いんですけど!! あの庇護欲を貫く様な上目づかい、破壊力が半端じゃない。もう何と言っても顔が可愛いね! 私と同じプリティーでラブリーでキュートな顔だから、そりゃ可愛い筈だよ。今すぐ抱きしめて頭撫でまわしてあげたい!

 

「えと、リンディさんにも紹介しないといけないから……明日なのはのお見舞いに行く時に会えるかな?」

 

「フェイトさんや、私に分かんない内容で話されましてもねぇ」

 

 なのはってのはさっきの話に出て来たし、リンディってのも聞いた覚えはあるけど……なんでそのリンディさんとやらに紹介するのか、なんでなのはに見舞いが必要なのかあたりが分からない。

 

「あ、ごめん。えとねリンディさんってのは私の身元を引き受けてくれている人で、なのははさっき話した親友なんだけど、少し前に事故があって入院しちゃってるの」

 

「成程、分からない!!」

 

「え、え、ええと、リンディさんは提督で……」

 

「成程、分かった!」

 

「なんでっ!?」

 

 本当は初めの説明で分かっていたんだけど、フェイトがあまりに素直なのでちょっとからかってみた。

 

 それを話すとフェイトは頬を膨らませ、怒った様にそっぽを向くが……何と言うか怒る姿まで可愛らしい。

 

「お姉ちゃんの、いじわる!」

 

「あはは、ごめんごめん。謝るから、機嫌直してよ」

 

「あぅ……」

 

 笑いながらフェイトを抱きしめると、フェイトは明らかに嬉しそうな声を上げ、微かに頬を染めながらこちらを向いてくる。

 

 てかマジで可愛い。完全に私の事を信頼しているというか、甘えたがってる感じの様子は、一歩間違うと過ちを起こしてしまいそうなほど可愛い。出会ってすぐこれだど、ちょっとこの子のガードの甘さが心配だけどね。

 

 甘えてくるフェイトを抱きしめながら、明日の事について少し話し……フェイトが泣きついてきたので、一緒のベットで眠る。私よりも少し大きい体を、ピッタリと私にくっつけ幸せそうな顔で眠るフェイトを見て、私の顔にも自然と笑みが浮かんでくる。

 

 なんだかいいなぁ、こう言うの……妹が居るってのは、こんな感じなんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ中央区画にある大きな医療センターの一室。時空管理局の次期トップエースと期待され、少し前に不慮の事故により入院している高町なのはの病室。そこには彼女の多くの友人達が集まっていた。

 

「なのはちゃんも大分元気になってきたなぁ、この分ならもう少しで退院できそうやね」

 

「うん。もうすっかり大丈夫だよ」

 

 ベット脇にある椅子に座り話しかけるのは、なのはの友人である八神はやて。本来なら、この場には彼女の守護騎士達も来ることが多いのだが、今日は保護観察処分中の守護騎士達は管理局へと出向いている。

 

 はやての言葉に笑顔を浮かべた後、なのはは落ち着きない様子で病室を見渡す。

 

 現在この病室に居るのは彼女の友人であるはやて、クロノ、リンディの三人。他にもなのはを見舞いに来る人物は多いが、他は仕事の関係もありこられないという連絡を受けている。しかしなのはが探しているのはその連絡を受けた人物達では無く、この病室に誰よりも多く足を運んでくれ、複数人が来る時は誰よりも早く来てくれる一番の親友……今日は何故かまだ来ていないフェイトだった。

 

「そういえば、今日はフェイトちゃん遅いな~」

 

「そう言えばそうね。いつもは一番早く来ているのに」

 

 なのはの視線にはやてが気付き、リンディもそれに同意する様に周囲を見渡す。なのはも二人の言葉を聞き、不安そうな顔で病室のドアを見つめる。

 

 何かあったのではないか? そんな心配は杞憂に終わり、直後に小さな足音と共にドアが開かれる。

 

「遅くなりました」

 

「フェイトちゃん!」

 

 現れたフェイトを見てなのはが満面の笑みを浮かべ、はやて、リンディ、クロノの三人もどこかほっとしたように微笑む。しかし当のフェイトは何故か普段より明るい表情を浮かべており、四人は不思議そうに首を傾げる。

 

 フェイトは本来どちらかと言えばやや内気な性格をしており、こう言った場合はかなり申し訳なさそうな表情になる筈だが、今日のフェイトは弾けんばかりの笑顔だ。

 

「フェイト、何か良い事でもあったのか?」

 

 クロノが口にした疑問に対し、フェイトはその言葉を待っていたと更に明るい笑顔を浮かべる。

 

「うん! 聞いて! なのは、はやて、クロノ、リンディさん。お姉ちゃんが……アリシアお姉ちゃんが……生き返ったの!!」

 

「「「「は?」」」」

 

 四人共フェイトの事はよく知っており、当然の事ながらアリシアの存在についても知ってはいる。しかし死者が生き返ったと言われて、はいそうですかと納得できる者はおらず、四人の間には高速で念話が飛び交う。

 

(ねぇ、今、私聞き間違えたかな? アリシアお姉ちゃんが生き返ったって聞こえたんだけど……)

 

(私もそう聞こえたわ……どないしたんやろ?)

 

(フェイト……ここの所執務官試験の勉強ばっかりだったから……)

 

(ああ、それになのはの事もあって相当疲れているんだろう。出来るだけ刺激しない方がいいな)

 

 高速の念話の後、フェイトは最近疲れているから幻覚でも見たのだろうと失礼極まりない結論に辿り着き、代表してなのはが言葉を選びながら尋ねる。

 

「えと、フェイトちゃん……アリシアお姉ちゃんって、あのアリシアさんだよね?」

 

「うん!」

 

「そ、そそそ、そうなんだ。良かったねフェイトちゃん」

 

「ありがとうなのは! それでね。皆にも紹介しないといけないと思って……」

 

「っと言う訳でっ! フェイトの姉のアリシア・テスタロッサです! はっじめまして~!」

 

 フェイトの言葉に呼応する様に、フェイトの後ろからアリシアが登場し、大袈裟な動きで敬礼をしながら自己紹介……四人の目は点になった。

 

「「「「……え? えぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

 そして病室にあるまじき絶叫が木霊することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おぉ、期待通りの反応だ。うんうん、やっぱ生き返ったんなら驚いてもらわなくちゃ面白くない。フェイトの知り合いで私の事を知っているのが何人いるか分からないから、何度でも使える手じゃないけど……お土産だなんだって、フェイトをわざと遅れさせたかいもあるってもんだね。

 

 フェイトが皆に事情を説明していくのを見ながら、私はニヤニヤと満足した笑みを浮かべていた。

 

「フェイトの説明は以上! 改めて皆よろしくね!」

 

「え、あ、うん……いや、はい。アリシアさん」

 

「おいおい、他人行儀じゃないか、フェイトの親友なら私にとっても友達だよ。敬語は無しで、フェイトみたいにアリシアちゃんって呼んでよ。私もなのはって呼ぶからさ」

 

「う、うん」

 

 未だ驚きが抜けてない様子のなのはに、遠慮せずタメ口で来てくれと告げる。だってフェイトにとって私は姉だけど、実際私の感覚としては五歳な訳だから、敬語とか使われるのはすっごいむず痒い。けどここで私が遠慮していたら、打ち解けるまで時間がかかっちゃうし少し強引に行くべきだね。

 

「し、しかし、死者が生き返るなんて……本当にどうなってるんだ?」

 

「良い質問だねクロノ。そこの所だけど、私にもよく分かんない!」

 

 実際の所私が生き返った方法や経緯は母さんしか知らない訳だし、私としては自分が死んでたなんて言われても正直ピンとこない。ぶっちゃけ今後どういう扱いになるかも分からない。IDカードに種族・ゾンビなんて文字が刻まれない事を祈るばかりだよ。

 

「成程ね。それで私の所に連れて来たのね……戸籍IDの再登録……流石に生き返ったので更新をなんて難しいし、虚数空間で行方不明だったとでもしておきましょうか……」

 

「むぅ、確かに私も二十代後半なんて登録されると困るし、色々検査されるのも嫌なんで、上手い事誤魔化してくれると助かります」

 

 確かに今の私の状態は自分でもよく分からないけど、異常だって事位は認識できるし、そのまま素直に理由を話したらめっちゃ研究とかされそうなので、フェイトが信頼してる相手以外には話さない方向でお願いしたい。

 

 そんな感じでリンディさんにお願いすると、何とか上手く手を回してくれるらしいのでホッと胸をなで下ろす。

 

「しっかし、フェイトちゃんのお姉さんなのに、性格は全く真逆やね」

 

「そうだよね~フェイトは私とは正反対に大人しいし、頭も良さそうだよね」

 

 まぁでも実際、フェイトが私と同じ性格してたら、本当にどっちがどっちか区別がつかなくなりそうだし、これはこれで丁度良かったのかもしれないね。

 

 そのまま皆としばらく雑談を続け、タイミングを見計らって真面目な顔で話しかける。

 

「皆……フェイトと仲良くしてくれてありがとう」

 

「え? アリシアちゃん?」

 

「フェイトはさ……や、私も昨日会ったばかりだけど、この子が内気で何でも自分で抱えちゃうような真面目すぎる性格だってのは分かってる。だからこそ、今のこの子の笑顔は皆のお陰だって思うから、姉としてお礼を言わせてほしいんだ」

 

「お、お姉ちゃん……恥ずかしいから、やめてよ」

 

 慌てた様子で顔を真っ赤にして、私の手を掴んでくるフェイトに微笑みながら、もう一度皆の顔を順番に見る。今のフェイトはきっとこの人達のお陰で笑っていられるんだと、心からそう思ったから。

 

「ねね、今私お姉ちゃんぽかったでしょ?」

 

「……台無しだよ」

 

 私はフェイトを守っていくって決めたから、今までこの子を守り続けてくれてきた人達にお礼を、同時にこれから先の自分への誓いを……

 

 フェイトの笑顔は誰にも奪わせない。この子がずっと笑顔で居られるように……私は頑張ろう。

 

「ああ、そうだフェイト。私にも魔法ってやつ教えてよ」

 

「え?」

 

「出来ればいつまでも、フェイトの傍に居てあげたいんだ。駄目かな?」

 

「う、ううん! 教える! 何でも教える!」

 

 私のフェイトの姉としてのスタートは少し遅いのかもしれない。でも、それなら他の何倍も頑張ればいいだけだ。私だって母さんの子供、一度こうって決めたら曲げたりなんてしない。いいお姉ちゃんの定義なんて私には分からないけど、私はこの子にとって笑顔で接していられる……心から甘える事の出来る存在でありたいと思う。

 

 接した時間はまだ短いけど、この子を好きになるのに長い時間なんて必要なかった。フェイトを守る。それは母さんが私に託した願いであり、同時に生き返った私の心に初めて生まれた決意でもあった……

 

 

 

 

 

 

 




この作品はStrikerSの世界に蘇ったアリシア・テスタロッサを主人公とした物語です。

オリキャラは出てきませんが、マテリアルズの面々はそこそこ登場します。

ちなみにフェイトは映画版で、アリシアの夢を見た設定で、プレシアも映画版基準です。


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拝啓:母さん、うちの妹は天才でした

 生き返ってから、何と言うか時の流れは早いもので、瞬く間に1週間が経過した。流石に十年以上が経過していると、色々なものが変わっているらしくこの1週間は驚きの連続だった。

 

 変わっている常識と共に、フェイトには彼女の事情もいっぱい教えてもらった。母さんが発生させたPT事件、まさか管理外世界で発生してたとは思わなかったし、母さんが家の庭園を丸ごと動かしてたとか聞いた時は、コイツ、何言ってるんだ? って思ったね。ロストロギアってのは何でもありだ。

 

 そして次に発生したのが闇の書事件……殆どPT事件に連続して発生してたらしい。闇の書、守護騎士、お馬鹿な私の頭はパンクしそう。で、フェイトはその事件の最中に私と会ったことがあるらしい……なにそれ、怖い。

 

 そしてその後発生したのが紫天の書事件……地球って所は呪われてるのかな? こんな立て続けに弩級ロストロギアの事件が発生して、星が原形保ってるなんてのは驚きだったよ。何かタイムスリップとか、そんな事も言ってた気がするけど、聞き流した。

 

 フェイトの親友のなのははそのどの事件でも大活躍したみたい。まぁ、たぶんフェイトも活躍したんだろうけど、性格上それを大きく語らないせいか、私の聞いた話は清々しい程なのは無双だった。

 

 でもやっぱり無敵の超人なんてのは存在しない。そのなのはが前に入院してたのはそれらの事件で戦い続けたツケによるものらしい。長く溜まった疲労によって鈍った体のせいで、未確認機体との遭遇の際にその影響が現れ、あわや撃墜と言う所まで行ったらしい。

 

 でも他の誰も気付かなかったなのはの不調に、ただ一人だけ気付いた人が居て、その人は自分の仕事を投げ出してなのはを助けに向かい、そのおかげで最悪の事態には至らなかったみたい。それでもやっぱり溜まった疲労と戦闘の怪我によって入院と言う事になったみたいだ。

 

 とまぁ、ここまでが私が生き返るまでにフェイトが体験した事。そしてここからは、私が生き返ってからの事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトが手配してくれた訓練場。システムによって表示された広く何もない岩石地帯。訓練用のバリアジャケットに身を包んだ私の目の前には、極大消滅呪文がぶつかったかのような大穴の空いた岩があった。

 

「こんな感じで、魔力を収束させて撃ち出すんだよ」

 

「へ、へぇ……」

 

 拝啓、母さん……私の妹は、どうやら天才みたいです。巨大な岩石に大穴開けるとか……ま、魔法の力ってすげぇ……

 

「収束魔法には二種類の方式があって、一つは空気中の魔力素を自身の魔力を媒体に収束させる。もう一つは自分が放出した魔力を収束させて再利用。この場合の大きな違いは収束効率に違いがあって――つまり、リンカーコアの魔力変換率を1として――要するに収束魔法の根底理論は――例を上げるなら魔力再変換理論の――その場合はこっちの方式を利用して――で特定下での魔力素をαとして――」

 

「……お、おぅ……」

 

 拝啓、母さん……繰り返します。私の妹は色んな意味で天才です。もう何言ってるのか分かんない以前に、この話がいつ終わるのかも分かんないよ。フェイト、お願いだからお姉ちゃんを同じレベルに考えないで、いや本当に私勉強とか大嫌いだから、理論的なのはあんまり……

 

「これで一通りの魔法は使ってみたけど、お姉ちゃんはどんな魔法が使いたい?」

 

「……翻訳魔法かな?」

 

「そんな魔法ないよ?」

 

「い、いやぁ……私にはどれも難しそうで……ね?」

 

「大丈夫、お姉ちゃんならすぐ何でも出来る様になるよ!」

 

 えぇぇぇぇぇ!? なんで、どこ、一体この1週間のどこで私のハードルはそこまで上がったの!? いやいや、無理だって、無理だから! そんな「私よりお姉ちゃんの方が凄い」みたいな目で見られても、無理なものは無理だからね!

 

「と、ととと、とりあえず今日は、この辺にしようか……」

 

「うん。それじゃあ、帰ろうお姉ちゃん」

 

「アッハイ」

 

 さて、どうするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1週間で見慣れた部屋に戻ってきて荷物を置くと、フェイトが黒いエプロンを付けながら話しかけてくる。

 

「晩ご飯作るね」

 

「は~い」

 

 いつもの様に軽く返事をしてソファーに座り、テレビのリモコンを持った所で気が付く。

 

 まてまて、今の私の状況は何だろう? 朝フェイトの作ってくれたご飯を食べて、昼フェイトに魔法を教えてもらいながらフェイトの作ったお弁当食べて、夜テレビを見ながらフェイトの作ってくれる晩ご飯を待つ。フェイトが出かけてる日は、フェイトに貰ったお小遣いで街へ……ニートじゃないか私!?

 

「これじゃ駄目だ!」

 

「へっ? お、お姉ちゃん。どうしたの?」

 

「フェイト、今すぐ交替! 今日の晩ご飯は私が作る!」

 

「え? お姉ちゃんが?」

 

 戸惑うフェイトから、殆ど無理やりエプロンを奪い取ってキッチンに立つ。

 

「お姉ちゃん……料理できるの?」

 

「包丁に触れたこともない!」

 

「えぇぇぇ!?」

 

 そう、ぶっちゃけ私は料理なんてした事が無い。以前は母さんが作ってくれたし、家に帰れない日はちゃんとお弁当を用意してくれてたからね。しかし、出来ないと言う事は、やらないと言う理由になる筈がない。誰だって初めてはあるんだから、必要なのは挑戦する気持ちだよ!

 

 オロオロと心配そうに動くフェイトをリビングに追いやり、私はまな板の上の食材に向かい立つ……そう、料理は、フィーリングだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、お姉ちゃん?」

 

「うん?」

 

「これ、なに?」

 

「30分前までは卵と言う名前だったナニカ」

 

 食卓に並んだ私の料理を見て、フェイトが青ざめた顔で聞いてきたので簡潔に答える。

 

「じゃ、じゃあ、これは?」

 

「サラダと言う夢を見て破れた食材達のなれの果て」

 

「こ、こっちのは?」

 

「溺死した野菜達と泥沼」

 

 まず初めに指差したのは、焦げたと言うより溶けたドロドロの卵焼きで、次に尋ねててきたのはピンポン玉位の大きさの野菜が入ったサラダ。その次は物凄い異臭を放つ味噌汁。

 

「残るアレは?」

 

「炭に転生した肉」

 

「お、お姉ちゃんはこれ食べられるの?」

 

「無理!」

 

「なんで、そんな自信満々なの!?」

 

 い、いや~料理って難しいね。ノリと勢いで何とかなると思ったけど、世の中そんなに甘くないみたいだ。もうこれは、食卓と言うか食材の墓場だね。

 

 それを見て呆れた様子で再びエプロンを取るフェイトに、私はわざとらしく落ち込みながら声をかける。

 

「ごめんね……フェイト……私、フェイトを少しでも楽させてあげたくて……」

 

「お姉ちゃん……ううん! その気持ちがすっごく嬉しいよ! 大丈夫、誰だって失敗するから、すぐ私が美味しいご飯作るから!」

 

「ありがと~フェイト」

 

 うちの妹……チョロいなぁ……いや、ホント。尽くすタイプと言うか、悪い男に引っ掛かりそうな単純さだ。

 

 うん、早く魔法を使いこなせるようにならないと……フェイトにちょっかい出す男は、去勢しなくちゃいけないから……うん。もっと強くなろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まる病室。窓から見える景色を眺めていたなのはは、病室のドアの音を聞いて振り返る。そこには一人の女性が立っていた。

 

「……来て、くれたんだ」

 

「謹慎がとけましたので」

 

 微笑むなのはの言葉に完結に答え、見舞いらしき女性はベットの近くまで歩いてくる。果物の入ったかごをベットの脇に置き、備え付けの椅子に腰かける。

 

「調子はいかがですか?」

 

「うん。もう大分元気になったよ……あ、あと、ごめんなさい」

 

「……何のことですか?」

 

「わ、私のせいで降格と謹慎を……」

 

 なのはは女性に対し深く頭を下げる。それも当然のことだろう。この女性はなのは自身だけでは無く、フェイト、はやて、果ては同じ任務についていたはやての守護騎士ヴィータでさえ気付かなかったなのはの不調。それにただ一人気が付き、己の任務を放り出してなのはを救った人物だった。

 

 彼女のお陰でなのはは最悪の事態にはならなかったが、当然己の任務を放棄して別世界に無許可で向かった女性に罰が無い訳では無く、彼女は1階級の降格と1年間の減給、そして2週間の謹慎と言う罰を受けた。

 

「……本当にごめんなさい。シュテル」

 

「……そう思うのでしたら、二度とあの馬鹿げた行いを繰り返さない事ですね」

 

「……うん」

 

 女性の名前はシュテル・スタークス。かつて猛威をふるった闇の書の欠片から、なのはをモデルにして生まれたマテリアルと言う存在。かつては理のマテリアルとしてなのはと激しい戦闘を繰り広げた敵であったが、紫天の書を巡る戦いの後主と共に管理局に投降し、現在は時空管理局本局に所属する魔導師である。氷の様な冷静さと、烈火の如き向上心を併せ持つ人物。

 

 なのはの事を好敵手と呼び、その実力は次期トップエースと称されるなのはとほぼ互角であり、誰よりもなのはの力を認めている。だからこそ他の誰も気付かなかったなのはの不調を、彼女だけは気付く事が出来た。

 

「私も折角の好敵手を失うのはごめんですからね」

 

「……好敵手……か……」

 

「うん? 何か不満でも?」

 

 穏やかに告げるシュテルの言葉を受け、なのはは残念そうな表情を浮かべる。

 

 なのはにとってもシュテルは好敵手であるが、同時に彼女の憧れでもあった。自分とそっくりの顔、同じ戦闘スタイルでありながら、自分とは違い常に冷静で己に妥協を許さず、煌めく恒星の様に気高い存在。自分もあんな風に戦えたらと考えた事は、一度や二度では無かった。自分と似ていて、それでもやはり自分とは違う強さを持つ存在……だからこそ、より眩しく見えるのかもしれない。

 

 そしてなのははシュテルを好敵手とは思っている。しかし彼女自身の願いとしては、互いに切磋琢磨する『友人』でありたかった。しかしあくまでシュテルの方はなのはを好敵手として扱っており、プライベートでの接点は殆どないと言っていい。

 

「私は……好敵手より、友達がいいな……」

 

「……病人の戯言ですか?」

 

「ッ!? ち、違っ!?」

 

「……」

 

 なのはの溢した願いをあっさりと切り捨てた後、シュテルはなのはを睨む様に見つめる。まるで試す様な、或いは何かを探る様な視線を受け、なのはも己の想いが本気であると示す為目を逸らさす向き合う。

 

 数分の沈黙が流れ、シュテルは溜息を吐き表情を崩す。

 

「……まぁ、いいでしょう」

 

「え?」

 

「私の思考として、貴女と友人になる事を望むか否か問われれば、否であるとは言えません」

 

「そ、それって……」

 

「今日この瞬間から、私と貴女の関係を友人としましょうと言っています。望んだのは貴女です。構いませんね? ナノハ」

 

「う、うん!」

 

 いつものシュテルらしく声に抑揚はなく淡々とした物言いではあったが、彼女は自分で口にした事を違える人物では無い。つまりシュテルは本当になのはと友達になって良いと言っており、どことなく壁を感じていたなのはにとって何より嬉しい言葉だった。

 

 しかし満面の笑みを浮かべるなのはとは裏腹にシュテルの表情は全く変わらず、何事もなかったかのように椅子から立ち上がる。

 

「さて、それでは様子も見ましたし、私はこれで」

 

「え?」

 

 淡々と告げてドアに向かうシュテルを、なのはは慌てた様子で見る。それもそうだろう。なのは的には友達宣言が完了したので、これから仲良くなれると思っていたのだが……シュテルはいつも通りだった。

 

「ま、待って!」

 

「なんでしょうか?」

 

 何とかシュテルが扉に手をかけた所で呼びとめることができたが、その後が続かない。なにか、何かを言わないとシュテルはこのまま帰ってしまう。

 

「……えと、もっとお話しを……」

 

「……」

 

 なのはがようやく絞り出した言葉は、それだけだった。それに対しシュテルは特に何を言うでもなく、静かな沈黙でなのはを見つめる。

 

 しばらくそのまま沈黙した後、シュテルは溜息を吐きベット脇の椅子まで戻って腰掛け、持ってきた見舞いのリンゴを手に取る。

 

「……りんご、食べますか?」

 

「う、うん!」

 

 シュテルは自分が約束した事は破らない。なのはと友達になると言ったからには、今後対応は友人として行う。そしてその友人の願いであるなら、己の時間に余裕がある以上応じない理由は無い。

 

 満面の笑顔を浮かべるなのはに微笑み、手に持ったりんごを無駄の無い手つきで皮をむいていく。

 

「ほら、出来ましたよ」

 

「あ~ん」

 

「……まったく、貴女と言う人は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終えてまったりとしている中、フェイトが思い出した様に何か封筒を持ってくる。

 

「そういえば、お姉ちゃん。適性検査の結果が出たよ」

 

「おぉ、3日前に受けたやつだね……どれどれ」

 

 フェイトが持ってきてくれたのは、私が少し前に受けた魔法の適性検査の結果。簡単に言ってしまえば、自分の魔力量とかどんな魔法に向いているのかが分かる……魔導師にとって一つの指針になる検査。大抵は訓練学校とかで検査するみたい。

 

 ふふふ、楽しみだ。これで私にどんな才能があるか分かる訳だね! さあ、見せてもらおうか、私の性能ってやつを……

 

「……」

 

「お姉ちゃん?」

 

「ねぇ、フェイト……魔力量E+ってどうなの?」

 

「……えと、こ、これから成長していくんだよ!」

 

 私が開いた検査結果の一番上には、魔力量E+と記載されていた。えっと確かフェイトがAAA+だっけ? これ、何段階違うんだ?

 

「ちなみに、フェイトが5歳の頃の魔力量は?」

 

「……A+……」

 

 くっそっ、天才め……いや、まだだ。まだ系統別魔法適性が……

 

「フェイト」

 

「う、うん?」

 

「この検査結果を見てくれ、コイツをどう思う?」

 

「……すごく……Dランクです」

 

 私の系統別魔法適性の項目には、上から下まで綺麗にDランクと言う文字が刻まれていた。えっと、確か適性の項目に+とかAAAとかは無いから……S、A、B、C、D、E、F辺りだった気がする。え? 嘘? 全部平均以下って事? まてまて、まだ希少技能の項目がある。ものすっごいレアスキルとかあるかも……

 

 希少技能:幻術魔法E 収束魔法E 

 

「おうふ……」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「フェイト……ちょっと君の適性検査表持って来なさい」

 

「え、えと……」

 

「はりあっぷ!」

 

「は、はい!」

 

 自分の検査結果にちょっと目眩を覚えながら、フェイトも執務官試験の為に最新のを持ってる筈だから、持ってこさせる。

 

 そしてそれを恐る恐る見てみると……っておい! 一番低いのでもBランクじゃん!? AとかSがずらりと並んでるんだけど!! 更に更に……

 

 希少技能:魔力変換資質S 収束魔法A

 

 拝啓、母さん……三度言います。私の妹は弩級の天才です。てかこれ、私よりフェイトの方がよっぽど母さんの娘っぽくない?

 

「うん。これ、どう見ても私は才能ないよね?」

 

「そんな事無いよ! お姉ちゃんは凄いよ!」

 

「ど、どのあたりが?」

 

「……」

 

「こっち向こうか、フェイト」

 

 流石のフェイトでもこの有様はフォロー不可能なのか、目を逸らしながら「お姉ちゃんは凄い」と繰り返す。しかし、これは……むむむ……このまま普通にやってたんじゃ難しいな。

 

 言っちゃ悪いけど、フェイトは正直あまり教えるのは上手くない。というか、本人が天才肌のせいで、この位は出来るだろうの基準が高すぎる。検査結果とここまでの感じから、私は掛け値なしの凡人だろうし、フェイトと同じやり方ではとても追いつけない。

 

となると……

 

「よし、修行だ!」

 

「え?」

 

「ちょっと、5年位修行の旅に出てくる!」

 

 バトル物漫画とかのお約束、修行パート。これさえ完了すれば、きっと何か出来る様になる筈だ。うん。具体的なプランは何もないけど……

 

「じゃあ、5年後にミッドチルダで!」

 

「だ、だめぇぇぇ!!」

 

「うぉっ!?」

 

 カッコよく片手を上げて修行に出ようとしたら、フェイトに思いっきりしがみ付かれる。

 

「……い、いや、だから修業の……」

 

「居なくなっちゃ……やだぁ……」

 

「ッ!?!?」

 

 な、涙目プラス上目使いだとぉ!? そ、そんな攻撃如きで私の決意は……

 

「……毎日、御夕飯までには帰ります」

 

「うん!」

 

 私よわっ……いや、でもこれはしょうがないよね。可愛い妹を泣かせる訳にもいかないしね。

 

 さて、後は修行って言っても具体的に何をするか……とりあえず、リンディさんに紹介状とか書いてもらって、実戦経験を積みまくろうかな。

 

 うん。私が才能ない凡人だってのはよく分かったし、たぶん私は修行を積んでも弱いままだろう。でもそれを言い訳にするつもりはない。才能が無く弱いのなら、それで才能があって強い相手に勝てる手段を探せばいい。強さは勝敗を手繰り寄せる手段になるけど、それだけが勝敗を決める訳じゃない。

 

 フェイトの語るお姉ちゃんは凄いとの言葉を、現実にする為に……ちょっと本腰入れて頑張るかなぁ……

 

 




まさかのシュテなのである。

シュテルの名前はゲーム版、シュテル・ザ・デストラクターではなく、innocent版のシュテル・スタークスにしました。なんとなく

そしてアリシアは原作基準で、魔法の才能はありませんし、勉強嫌いの実戦派です。

現状妹はチョロくて、お姉ちゃんはポンコツですが、これから自分にしかできない闘い方を模索していく感じです。


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拝啓:母さん、王様はツンデレです

 リンディさんに半ば無理やり紹介状を書いてもらって、あちこちの部隊で武者修行の様なものを続けて半年。最初はあちこちを渡り歩いてたんだけど、二ヶ月ほど前からある部隊に落ち着いて訓練に付き合ってもらってる。局員でも何でもない私がここまで好待遇なのは、一重にリンディさんのおかげ、流石は提督権力が違うよ権力が!

 

 とまぁ、そんな訳で訓練中なんだけど……ビルが再現された訓練場で、私の目の前に黒い球体が現れる。

 

「うえっ!?」

 

 それを見た瞬間即座に反転し、猛ダッシュで逃げる。直後に黒い球体は爆発的に膨れ上がり、周囲のビルを飲み込んでいく。くそっ、全然手加減してくれない。と、とにかく距離を……

 

「滅ぼせ! レギオン・オブ・ドゥームブリンガー!」

 

「ぎにゃあぁぁぁぁ!?」

 

 空から黒い剣がミサイルの様に降り注ぎ、私の周囲に爆撃が始まる。地面を転がる様に逃げ回りながら、これを放った相手に視線を向ける。青い空を切り裂く様な漆黒の翼、灰色と黒のツートンカラーのセミショートヘア。腕を組む堂々たる姿は、正しく支配者と呼ぶに相応しい。

 

 くっそ、広範囲魔法をバンバン撃ちやがって、ふざけた魔力量めっちゃ羨ましい。後、魔力弾撃つぐらいしか出来ないド素人の私に対して、この容赦ない弾幕……手加減って言葉は彼女の辞書には無いらしい。

 

 必死に逃げる私に向かって、女性は大きな杖を構えてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「我が暗黒、ここに極まれり……」

 

「おい、馬鹿やめろ……」

 

「平伏せよ! ジャガーノート!」

 

「ぬわあぁぁぁぁぁ!?」

 

 視界を埋め尽くす極大殲滅砲撃。私は成す術もなく飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……王様さ、手加減って言葉知ってる?」

 

「無論、知っている。貴様に対してする気が無いだけだ」

 

「あっそ……」

 

 私が王様と呼ぶのは、時空管理局本局所属の魔導師ディアーチェ・K・クローディア。なんでもはやてを元に生まれたマテリアルだとかなんとか、説明受けたけど難しい話だったのでもう忘れた。

 

 まぁ口調こそ尊大で偉そうだけど、私の訓練に毎日付き合ってくれてるのでなんだかんだで面倒見が良い。後教えるのがすっごい上手いんだよね。私に分かる様に説明してくれるから、ホント色々ありがたい。私があちこちの部隊を渡り歩かなくなったのは、王様に出会えた部分が大きい。本人には絶対言わないけどそれなりに感謝している。

 

「よし、じゃあ、もう一戦!」

 

「……なに? まだやるのか? 先程ので12戦目だぞ……」

 

「え? 王様、疲れたの? 以外と根性ないね」

 

「……良かろう。さっさと構えろ。また叩き潰してくれる!」

 

 うん。扱いやすい性格だ。こう言う所も好感触だよね。私は今、自分の戦い方……戦闘スタイルを探している。私には魔法の才能は無い。普通のやり方では、上級魔導師どころか中堅魔導師にだって敵わないと思う。ならば探さなければならない。その人には出来なくて、私にだけ出来る戦い方ってやつを……だから私は、まだ訓練用デバイスのままだし、基礎的な魔法以外は習得していない。なにか、掴めないかと模擬戦を繰り返す毎日だけど、当然こんな状態では勝ち星なんて拾えないけど、今はそれでいいと思う。とにかく今は強者との戦いを積み重ねるんだ。

 

 初めて王様と戦った時は、もう瞬殺だった。一発KOだった。でも、戦う回数が伸びるにつれ、戦える時間は増えていった。未だ一発も攻撃は当てれてないけど、10分以上は持つ様になった。

 

 そして少し、本当に少しずつだけど……掴めてきた気がする。まだ、それが何なのか分からないけど、何かが……

 

「何を、よそ見している」

 

「へ? ぎゃあぁぁぁぁ!?」

 

 うん、もうちょっとの気がするんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王様との訓練を終えて、休憩室に入るとウェーブのかかった長い金髪の少女……ユーリ・エーベルヴァインの姿があった。王様からは家族って紹介を受けたけど、ファミリーネームは違う。まぁ、なんか複雑な事情がありそうだし、覚えられる気もしないので聞いていない。

 

「お二人共、お疲れ様です。座ってください。お茶を入れますね」

 

「ありがと~ユーリ」

 

「すまんな」

 

 ユーリは王様みたいな分かりづらい優しさじゃなくて、純粋に優しい。手際良く入れてくれた紅茶が、訓練で疲れた体に染み渡る。

 

 ちなみにユーリはSランク魔導師でありながら、デバイスマイスターの資格も持ってる。前線でもバックスでもこなせる超人だが、まったく偉ぶったとこが無いのもポイント高いね。私が男だったら放っとかないよ。

 

「今日も長く行っていましたね」

 

「ああ、このチビひよこに今日も5時間も付き合わされた。その化け物じみた不屈の精神力は認めてやるが……」

 

 この二ヶ月王様に訓練してもらう時は、仕事の合間に行ってもらっており、任務と任務の間とか休暇の際には思いっきり付き合ってもらっている。まぁ訓練であんなに大魔法ポンポン撃って良いのかと思うけど、王様の魔力はチート級なんで大したことないみたいだ。そして王様はいつもいつも文句言いながら、ちゃんと最後まで付き合ってくれる。このツンデレさんめ……

 

「まぁまぁ、任務の隙間で暇なんだから、構わないでしょ」

 

「それは我が言う台詞であって、貴様が偉そうにのたまう事ではないからな!!」

 

「あ、ごめん。メールだ」

 

「き、さ、まあぁぁぁ!!」

 

 青筋を立てた王様をユーリが止めるのを横目に見ながら、私は端末を開いてメールを見る。やっぱりと言うか何と言うか、フェイトからで……今日は仕事で局に泊まるみたいだった。

 

「そう言えば、貴様。金の入りが無いと言っていたが、その端末はどうしたんだ?」

 

 気を取り直して王様が聞いてくる。まぁ、王様も本気で怒ってた訳じゃないしね。

 

 端末か、流石王様良い所に気が付く……この端末は昨日買ったばかりの新品だ。最新型みたいで、中々のお値段だった。

 

「フェイトに買ってもらった!」

 

「貴様に恥は無いのか!?」

 

「……や、あるけどさ。使えるものは何でも使う主義なの。まぁ出世払いってやつで」

 

 そりゃ私も、何でもかんでも妹に買ってもらうのは申し訳ないと思うよ。いずれちゃんと返さないといけない。でも、今は先立つ物が必要だ。

 

う~ん、私考え方が合理的だなぁ……いや、薄々感じてはいたんだけど、なんか生き返ってから私はやたら落ち着いてる気がする。精神的に成長したとでも言うのか……いや、自分でも疑問に思ってた部分はあるんだけどね。母さんとの別れとかも、騒がず冷静に受け止める事が出来たし、フェイトと出会ってからも私が主導権を握れている。いや、まぁ、母さんの件に関しては……事情が呑み込めてなかった部分が大きいけど……その後はまぁ、フェイトの前でなく訳にはいかないしね。

 

原因は……たぶん毎晩見てた夢だろうなぁ……何年もの経験を得る様な夢を見ていたせいで、精神的に成長しているのかもしれない。

 

「貴様が出世できるのか? チビひよこ」

 

「黙れ、貧乳」

 

「貴様とて、似た様なものであろうが!!」

 

 王様を軽くからかいつつ考える。う~ん、今日はフェイトは帰ってこないのか、どうしようかな? 外食とかでも良いけど、一人で食べるのも退屈だしなぁ……

 

「ねね、王様」

 

「……なんだ?」

 

「今日フェイト帰ってこないみたいなんだけど……ご飯食べさせてくれない?」

 

「貴様は本当に、我を馬鹿にしているであろう……まぁ、よい。ついでに、貴様の兵器の様な料理を矯正してやる」

 

「あ、あはは……」

 

 この二ヶ月間、殆ど毎日訓練に付き合ってもらってたおかげで、王様達とは結構仲良くなれたと思う。今までも何度か、王様にご飯作ってもらったけど……アレはやばいね。趣味ってレベルじゃないよ。

 

「そういえば、アリシアさんは明日も、訓練ですか?」

 

「うん、王様が休暇だからね」

 

「……物言いに悪意を感じるが……しかし、貴様もいい加減専用デバイスを持ったらどうだ? 量産型ストレージでは限界もあろう」

 

 文句言いながらも駄目とは言わない王様マジツンデレ。その内何かお礼しないと駄目だね。

 

 そしてうん……デバイスか……確かに今私が使っているのは、どこにでもある量産型のストレージデバイス。ぶっちゃけ性能は低い。専用デバイスの方が良いんだろうけど……流石にねぇ……

 

「いや、専用デバイスって作るのかなりお金かかるじゃん。流石にフェイトにそこまで迷惑かけられないなぁ~って」

 

「ふむ……ユーリ。材料費は我が出す。作ってやれ」

 

「はい」

 

「……え?」

 

 突然王様が告げた言葉。私のデバイスを作ってくれるって言葉……

 

「今後の訓練にも差し障ろう……まぁ、出世払いにしておいてやる」

 

「お、王様あぁぁぁぁ!?」

 

「た、たわけ!? ひっつくな!!」

 

 くっそ、こんなのずるいよ。思わずうるっと来ちゃったじゃないか、これがツンデレの破壊力ってやつか……しかし、そっか、私のデバイスか……どんなのになるんだろう。それを手にすれば、今よりも強くなれるかな?

 

 ううん……それじゃ駄目だ。デバイスを手に入れただけじゃ、私は強くはなれない。それを生かす術を考えないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王様の家で美味しいご飯を食べた後、なんだかんだで王様の家に泊まることになった。ユーリが提案してくれて……王様の部屋に。王様の家には王様を含めて四人が一緒に暮らしてる。王様ははやてとそっくりで、なのはとそっくりのシュテルに、フェイト……てか私にそっくりのレヴィ。ユーリ以外はそれぞれを元にしたマテリアルってやつらしい……例によって難しい話なので、聞き流しておいた。まぁ、フェイトに近い感じって事だろうね。

 

 勿論私が泊まることに、王様は烈火の如く反対したけど、この家で一番強い決定権を持つのはユーリな為、王様は結局押し切られちゃった感じかな?

 

 王様のベットの横に布団を敷いて、暗い部屋の天井を見ていると声が聞こえた。

 

「……チビひよこ」

 

「うん? な~に」

 

「貴様は、この二ヶ月で我と模擬戦をした回数を覚えてるか?」

 

「え~と、200くらい?」

 

「……387戦だ」

 

「へぇ~」

 

 突然どうしたんだろ? 何か物凄く真剣な声で話をしてきてるって事は、それなりに重要な内容なんだろうけど……

 

「なぜ、貴様はそこまでやる? 我の居ない日は、一人で訓練をしていると聞く」

 

「……普通だと思うけど?」

 

「そう思うならさっさと病院に行け、貴様の努力はどう見ても異常だ……何が貴様をそこまで動かす?」

 

「……」

 

「まぁ、話す気が無いなら無理には聞かぬが……」

 

 私が努力する理由か……そんなのは、フェイトの為に決まってるんだけど……王様が聞きたいのは、それに至る動機かな? う~ん。誰にも話す気は無かったんだけど、王様にはお世話になってるし……いいかな?

 

「……覚えてない訳じゃないんだ」

 

「うん?」

 

「……夢をね。みたんだよ」

 

 そうあれは、初めてフェイトと出会って一緒に眠った日だった。場所は、どこなんだろうね? 木があって、雨が降ってたのは覚えてる。一緒に雨宿りをしてたんだと思う。

 

「……アリシアと私は、同じ時間を生きられない。そう、辛そうに告げるフェイトの夢をね」

 

「……」

 

「その夢の私はさ、涙を流しながら戦いに向かうフェイトの背中を押してあげることしか出来なかった。あの子は凄い子だよ。辛くて、胸が張り裂けそうに苦しくても、涙を飲み込んで戦いの場に向かう……でも、傷つかないほど強い子じゃ、無いんだよ」

 

 あの夢のフェイトの顔は、凄く鮮明に覚えてる。大粒の涙を溢しながら私を抱きしめ、大好きだと告げる言葉……一緒に戦ってあげられない、共に生きてあげられない自分の無力さ。あんな顔、もう二度と見たくなんてないって思った。

 

 そして、それだけじゃない。フェイトには言ってないけど、私はフェイトが今までどんなに辛い思いをしてきたか、どれだけ頑張ってきたかを知っている。それは、フェイトと出会ってから順番に見てきた夢のおかげ。初めは自分の夢だった。でも次はフェイトの夢を見た。

 

 フェイトが経験したこと、フェイトが体験しこと……私はそれを、フェイトとして夢で見る事が出来た。順番にそれは見えていき、フェイトが私と出会った所で見なくなった。フェイトが私のクローンだって事に関係しているのか、或いはフェイトが闇の書の空間でみた夢の残滓なのか……答えは分からないが、私はフェイトが生きてきた12年間を知っている。

 

「あの子は、これからもいっぱいの戦場に立って、沢山の人を守る。でも、ううん。だからこそ……あの子を、私が守ってあげなくちゃいけないんだ。あの子が苦しんで、くじけそうになった時……私はあの子にとって、縋れる、頼れる背中で居てあげたいんだ」

 

「……そうか」

 

「フェイトには黙っておいてね。誰かの為に頑張るなんて、恩着せがましい事を言うつもりもない。私はお気楽で適当で良いんだよ。いっぱい笑って、いっぱい話しかけて……あの子を笑顔にしてあげられたいんだ。私はフェイトのお姉ちゃん。あの子の笑顔を守る為なら、才能が無くたって強くなって見せる」

 

 そう、私が戦う理由なんてたったそれだけだ。いや、シンプルな方が良いのかもしれない。私は頭も良くないし、フェイト程沢山の人を守る事は出来ないと思う。だから、私は多くの命を救える強い人達を守ろう。後ろでそっと刃を構えて、フェイト達が前だけを見ていられるように……

 

「貴様は……強いな」

 

「違うよ。私は強いんじゃない……強くあろうとしてるだけだよ」

 

「そうか……」

 

 王様は私の返答に満足したのか、穏やかな声で告げた後沈黙する。決して居心地が悪い訳ではない沈黙が流れ、静かにその言葉は告げられる。

 

「チビひよこ……貴様に才能は無い。貴様は、まぎれもない弱者だ」

 

「……うん」

 

「だが我は、貴様が持たざる弱者であるからこそ、得られる力があるのではないかと思っている」

 

「弱者だからこその力?」

 

 その言葉は暗雲を切り裂く光の様に感じられた。口振りや、声の感じからして……王様は、私が掴めていない何かを見つけている?

 

「我と貴様では、力も早さも魔力も……我が圧倒的に上回っている」

 

「うん」

 

「しかし、貴様の小賢しい逃走。逃げの力は持ち得る事は出来ぬ」

 

「ううん?」

 

 馬鹿にしている感じじゃない。むしろ褒めている様にさえ聞こえる。王様は、一体何を言おうとしてるんだろう?

 

「分からぬか? それが貴様の他を上回る力……貴様は弱者だ。そして弱者だからこそ、鋭敏に己に迫る危機を感じ取っている……危機察知能力。その力においては、我より貴様の方が圧倒的に上だ」

 

「……危機察知能力」

 

「無論、今のままではそれはただの逃げの力だ……しかし磨けばどうだ? 貴様が弱者だからこそ持ち得る力、それ磨けば……それは貴様だけの刃へと変わるのではないか?」

 

 危機察知能力。私が才能ない弱者だからこそ、持ち得た他を上回る力……それだ! 私が、ここの所ずっと掴めそうで掴めていなかったもの……私にしか出来ない戦い方のヒント。

 

 まだ具体的にどうすればいいか分からない。でも、見つける事は出来た。才能の無い私だからこそ、手に入れられるかもしれない才能。やっと、光明が見えてきたかもしれない。

 

「道は定まったか?」

 

「うん……ありがとう、王様。おかげで少し、ほんの端っこだけ見えてきたよ。私の武器ってやつが……」

 

「そうか、ならば精々励む事だ……等と、貴様に言う意味はないな」

 

 その言葉を最後に、王様はもう言うべき事は言ったと、眠り始める。小さく規則正しい寝息を感じながら、私はぐっと手を握りしめる。

 

 さあ、ここからが大変だ。危機察知能力、それを私の刃へと変える為、まだまだやらなくてはならない事は多い。一先ず、明日は30戦位王様に付き合ってもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




王様登場。

アリシアはフェイトが体験してきた事を、夢として見てきており。精神的には元々しっかりしていた5歳児+フェイトの12年間を追体験したことで、精神的に合理的で冷静な部分が現れています。

まぁ無邪気なとこは変わらないので、ふざけつつどこか真面目な感じですね。


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拝啓:母さん、フェイトが試験に落ちました

 今日も今日とて模擬戦中。私を追いかける大量の魔力弾に対し、私は出来るだけ細い道を通りながら逃げる。

 

 王様は高火力広範囲の魔法を得意とする分、細かな精密誘導はあまり得意ではない。だからこうやって細い道をウネウネと逃げ回れば、自然に壁とかにぶつかって消えてくれる。ふふふ、もう一年近く経つんだ。王様よ、私がいつまでもやられてばかりだと思わない事だね。

 

 そう思っていると、目の前に黒い球体が現れる。やば、座標指定系魔法だ。そう考えた瞬間、私は即座に方向転換する。これも王様の魔法の特徴だけど、規模が大きい分発動までにタイムラグがあるから、素早く判断して逃げれば何とかなる。問題は広域殲滅魔法系……王様が好んで使うレギオン・オブ・ドゥームブリンガーは、詠唱を必要とするけど、緩やかに対象をホーミングするので避けずらい。

 

「我が敵射抜く剣の兵よ。紫天の光りの元、軍勢となり、この空を埋め尽くさん」

 

「ちぃっ!?」

 

 考えてた矢先にきやがった……この詠唱は、間違い無くレギオン・オブ・ドゥームブリンガー。

 

「剣兵召喚、乱数展開」

 

 詠唱も後一文で完成する。けど、大丈夫……私だって伊達に今まで喰らってきたわけじゃない。この魔法は展開時に対象をロックオンし、射出後に機動の調整のみを行う。つまり滅茶苦茶な機動で飛んでくる訳では無く、あくまで直線状にターゲットを狙って迫ってくる。数もそこまで多い訳じゃないから。しっかりと引きつけて……

 

「重ねて汝等の王が命ずる。更なる軍勢を呼べ、刃を連ねて射抜け……剣兵追加、乱数増量」

 

「おい、こら」

 

 何勝手に詠唱追加してんの……それ数めっちゃ増える奴じゃないですか!?

 

「殲滅せよ! レギオン・オブ・ドゥームブリンガー・フィアニッヒトゥング!」

 

 それは文字通り天を埋め尽くすほどの攻撃。豪雨の様に降り注ぐ剣の雨に飲み込まれ、巻き上げられる煙と共に私の意識はとける様に消える……訳が無い!

 

 この魔法はもう何度も見てるし、対処法が無い訳じゃない。この魔法は王様の周囲に大量の剣を生みだして射出し、剣は着弾と同時に爆発する広域殲滅型の魔法。この魔法の特性は対象者を緩やかにホーミングする事だが、全ての剣が同時に着弾する訳ではない。王様の周囲に円状に展開する性質上、着弾には時間差がある。

 

 私はその時間差を利用し、最初の剣を避けると同時にプロテクションを張り爆風で加速。前転の様な形で高速移動する。するとどうだろう。剣の速度が一定であり、私をホーミングする性質上、私が過ぎ去った場所に次々着弾して爆発。私の転がる速度は上がり剣も着弾地点をホーミング性能によって修正。そこで私は足がめっちゃ痛かったけど、さっき転がった方向に跳躍。高度なホーミング性能は無い以上、そうなると残る剣は私が方向転換したことには気付かす着弾する。そして私は巻き起こされた煙に潜んで、こっそりとチャンスをうかがっていた。

 

「ふはは、どうやら終わりの様だな」

 

 王様の笑い声が聞こえる。それもそうだろう、昨日まではこの辺りで私がダウンすることが多かった……が、今回は違う。ゆっくりと降りる影を視界に捕らえ、その足が地面に着いた瞬間全力で王様に向かう。

 

「なにっ!?」

 

 よっし、完全に虚を突いた! 王様は驚きで微かに動きが固まり、私にとって必殺のタイミングとなった。しかし魔力弾を用意する暇はない。煙の中から撃っても王様には避けられただろうし、魔力の流れで気付かれる恐れもあった。だから魔力弾は撃てない。そうなれば……

 

「もらったあぁぁ!」

 

 拳に魔力を集中させ、動きの止まっている王様に打ち込む。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 渾身の……必殺の意思を込めて振るわれた私の拳は、王様のバリアジャケットに当り……あっさりと防がれる。

 

「……」

 

「……」

 

 私弱っ!? こんだけ虚を突いてこの程度なの!? 何か、攻撃された王様の方が気まずそうな表情浮かべてるし!

 

 拳を突き出したままで固まる私と、困った様な表情の王様。少し沈黙が流れ、王様は数歩下がり、私の手前に魔力弾を撃ち込み煙を巻き上げる。

 

「ふはは、どうやら終わりの様だな!」

 

 仕切り直してきた!? しかもさっきと同じ様にゆっくり下りて、その上わざと視線を外して隙だらけになってる。え? なにこれ、もう一回さっきのやれってこと?

 

 とりあえず煙の中から飛び出して、さっきと同じ様にへっぽこのパンチを放つ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 そして私の拳が当った王様は、わざとらしい声を上げ、大袈裟に5メートル位吹っ飛んで地面を転がる。そして、苦悶の表情を浮かべながら起き上る。

 

「……くっ、まさか煙を隠れ蓑にするとは……やるではないか。チビひよこ……」

 

「心が痛いわ!!」

 

 なに、さっきは喰らってやれなくて悪かったみたいに、そんなあからさまにダメージ貰いましたみたいな顔するの!? その優しさが、心に突き刺さる様に痛いよ。むしろ、傷口えぐられてる気分だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練のデータを整理すると言うユーリに断りを入れて、王様と一緒に休憩室で紅茶を飲む。

 

「さて、チビひよこ。記念すべき1000連敗目だが、何か思う所はあるか?」

 

「精々、今の内に仮初の勝利に酔いしれて戦闘記録を付けていればいいさ……その内煌々と輝く黒星を見て、咽び泣く日が来るからね」

 

「ほう、貴様が我に勝つ日が来ると? 面白い。ならば、貴様が我に一度でも土を付けたら、貴様の願いを一つ聞いてやろう」

 

「うん? 今、何でもするって……」

 

「言っておらん」

 

「ちっ」

 

 そんな風に王様と他愛の無い雑談をしていると、扉が開きユーリが入ってくる。長い金髪を後ろでポニーテールにしている姿は殺人的に可愛らしい。私の中でははやてがちょっと前に連れてきたくっそ可愛い大天使リインと同じく、大天使のランクに入っている。ちなみに王様はその二つ下のツンデレ猫。頂点は神で、フェイトだ。うちの妹が一番可愛い!

 

「お疲れ様です。アリシアさん。大分『その戦い方』に慣れてきたんじゃないですか?」

 

「うん。最近は割と、上手く動けてるかな?」

 

「ええ、最近は一戦30分くらい戦えてますし、ディアーチェも戦いにくいんでは無いですか?」

 

「ふん。まぁ、動きは悪くなってはいないな……」

 

 余談ではあるけど、王様の家族は目の前のユーリを除いてまだ二人、シュテルとレヴィってのが居るんだけど、私が訓練をする時に付き合ってくれるのは基本的に王様とユーリだ。理由は単純で、王様とユーリ、シュテルとレヴィが別部隊に所属していると言うだけだ。王様のうちでご飯食べる時は一緒に食べるし、休暇の時は訓練に付き合ってくれたりする。

 

 私が見てきた中、その四人の内で一番強いのはシュテルだと思う。勿論戦局とかで変わるだろうけど、個人の戦闘力と言う意味では私が知る魔導師の中でもトップクラス。フェイトと同格と言って良い天才魔導師。だけど四人の中で一番立場が上なのは王様で、シュテルは王様に忠誠を誓っている感じだ。王様は文字通り王様って感じで、シュテルはそれを守る騎士って表現がピッタリだ。

 

 レヴィ……レヴィ・ラッセルはフェイトにそっくりな戦い方をする子で、顔も私達によく似てる。ただ、性格的には私の方が似ていて、何と言うか私とフェイトを合体させたような印象を受けた。ただ、頭はあんまりよくないと言うか……得意不得意がハッキリしていて、王様からは割とアホの子扱いだった。

 

 っと、そんな事を考えていると、ユーリが手に持っていた何枚かの紙を机に置く。

 

「アリシアさんのデバイスの、簡単な設計図が完成しました」

 

「おぉ! まってまし……あれ? どれが?」

 

 以前作ってくれると言ってから8ヶ月ほど経っての待ち望んだ報告。私が魔導師として初心者でへっぽこだった事もあり、ユーリは私の訓練データをいっぱい集めてデバイスの設計を進めてくれていた。ホントユーリには頭が上がらない……王様? 可愛いよね。

 

 しかし喜びもつかの間、ユーリが机に置いた紙にはいくつものデバイスの設計図があり、どれが私のデバイス候補なのか分からなかった。

 

「全部ですよ」

 

「ファッ!?」

 

「……ほう、マルチデバイスとはまた珍しいものを……それで、時間がかかっていたのだな」

 

 広げられた複数のデバイス設計図が、全て私のデバイスだとの言葉に首を傾げるが、王様は何故か納得した様な表情で頷く。

 

「マルチデバイス?」

 

「……知らぬのも無理はない。ともすれば、ユニゾンデバイスよりも使い手は少ない」

 

「ふむふむ」

 

「簡単に説明するなら、マルチデバイスとはストレージデバイスの集合体だ。通常デバイスの様に形態変化……俗に言うモードチェンジでは無く、デバイスコア自体を複数用意して束ね、形態では無くデバイスその物を戦局に合わせて切り替える万能デバイスと言える」

 

 私が知っているデバイスは一番主流のストレージデバイス。最近研究が進んでる近代ベルカ式に適したアームドデバイス。フェイトやなのは、エース級魔導師が持つ高度AI搭載のインテリジェントデバイス。そして大天使リインこと、リインフォース・ツヴァイの様に人間と変わらない感情を持つユニゾンデバイス。その四種類だ。

 

 王様の説明を要約すると、マルチデバイスってのはストレージデバイスの派系型って感じらしい。デバイスコアがいっぱいあるのが特徴らしく、パッと思い浮かんだのは数珠の様な形だったけど、そのイメージで間違いないらしい。その特徴は非常に万能な事。そりゃそうだ。何本もデバイスを持って戦う様なものなんだから、普通のデバイスより遥かに万能なのは頷ける。しかし、そんな凄そうなデバイスなのに使い手が少ないのはどうしてだろう?

 

「でもさ、話聞く限りじゃ凄そうなのに……何で珍しいの?」

 

「理由は概ね三つ……まず一つ目は、その扱いにくさ故。デバイスコア自体が複数ある形式上、高度AIの連携搭載が難しく、AIによる魔法のサポートが受けられんし、複数のデバイスを持って戦闘すると言う行為自体が難しい。そして二つ目に、執務官等の例外はあるが、部隊所属の魔導師と言うのは基本的に小隊で動く。態々そんなデバイスで戦うより、仲間と連携した方が効率的だからな」

 

「なるほど……三つ目は?」

 

「……デバイス自体の性能だ。万能デバイス等と言えば聞こえはいいが、極端に言えばストレージデバイスの寄せ集め。しかも組み合わせの難しさから、基本的に搭載できるのは下級ストレージばかり。まぁ、技術的な面はユーリが解決するであろうが……インテリジェントデバイス等と比べ、劣っているのは事実と言える」

 

 成程、言われてみれば確かにそうだ。万能と言えば良い様に聞こえるけど、早い話が器用貧乏なデバイスって事だ。確かにそれなら態々扱い辛いデバイスを使うなら、単騎で色んな事が出来るインテリジェントデバイスを選んで当たり前だ。でも、私はこのデバイスちょっと気に入った。

 

「へぇ……私とそっくりじゃん」

 

「……確かに、貴様もレベルは低いが、様々な術式を行使できるな」

 

「それに、アリシアさんの戦い方なら、このデバイスはきっと力になってくれます」

 

「ほえ?」

 

 性能低くても上手く使っていこうと思っていた私に、ユーリが含む様に告げて微笑む。

 

「確かに、通常のマルチデバイスは一つ一つの性能が低いですが……この子は、違います」

 

「なにか、案があるのか? 技術的には、それぞれに並のストレージを越える性能は搭載できぬ様に思うが……」

 

「はい。一点の機能に特化させ、その他の機能を排除します」

 

「ううん?」

 

「……成程、そう言う事か! 確かに、その方法なら……」

 

 おーい。何二人で納得してんの? 私まだ全然意味が分かってないんだけど……そんな私の心境に気が付いたのか、ユーリはこちらを向いて真剣な目で説明してくれる。

 

「私がアリシアさんに作るデバイスは、一つのデバイスコアにつき一つの能力しか与えません」

 

「えっと……」

 

「例えば、剣の形なら魔力刃生成のみ、銃なら魔力弾生成のみのサポート。魔力刃の遠距離射出や、砲撃魔法等の補助機能は全て捨てます。その代りそれぞれに特化させる。一つのデバイスにつき、一つのことしか出来ない代わり、その性能は通常ストレージを遥かに上回る事が期待できます」

 

「元々扱い辛いデバイスを更にピーキーにするという訳だ。だが、まぁ……それでもそれを使いこなせば、貴様でも上級魔導師と刃を交えることが可能かもしれん」

 

 元々器用貧乏なデバイスを、更に極端な形に作る。その代り、その一つ一つの性能をぐっと上げる。なにそれ、すっごく面白そう。物凄く扱い辛いらしいけど、そもそも私の性能自体が扱いにくいからね。

 

「……なんか、光明が見えてきた感じだね。本当にありがとうユーリ」

 

「お礼は、完成してからで……」

 

「うん……じゃ、帰るね!」

 

「貴様は、もう少し空気を読めるようになれ」

 

 ありがたい提案をしてくれたユーリにお礼を言って、そそくさと帰り支度をする。

 

「いや、実は今日フェイトが試験受けててさ……応援に行きたかったんだけど、関係者以外立ち入り禁止でね」

 

「……ああ、執務官試験か」

 

「成程、それは結果が気になりますよね」

 

 そう今日はフェイトの執務官試験の日。本当はもう少し早く変えるつもりだったんだけど、デバイスの話についつい夢中になってしまった。合格だったらお祝いしなくちゃいけないし、不合格だったら慰めないといけないから、速やかに帰宅しなくちゃ。重ねてユーリにお礼の言葉を告げ、早足で部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早足で家に戻り、リビングに向かう。もうこの時間なら、フェイトは結果を聞いて戻って来ていてもおかしくない。や、本当に早く戻ってくるつもりだったんだけど……ユーリの提案が素晴らしくて、ついつい聞き入ってしまった。玄関には予想通り靴があり、フェイトが帰ってきているみたいだ。

 

「たっだいま~!」

 

「……おか……えり……」

 

「……」

 

 明るくリビングの扉を開けて……一回閉める。なんか、燃え尽きたボクサーみたいなのが、椅子に座って項垂れてたんだけど?

 

 もう一回、今度はゆっくりと扉を開くと、俯いているフェイトが居た。

 

「ふぇ、フェイト?」

 

「……何で、あんな問題を……いっぱい勉強したのに……私は駄目な子……」

 

 どうしよう。もう聞かなくても結果分かったよ。そっか、フェイト執務官試験に落ちちゃったんだ。確か、私と会う前に一回落ちてるって聞いたけど、その時は丁度試験の前日になのはが入院したって聞いて、当日は全然集中出来なかったみたいだし、今回だって私に色々教えたり付き合ったりで、勉強の時間が減っちゃったんだろうけど……

 

 フェイトは強い子だけど、若干打たれ弱い所がある。特に失敗とかすると全部自分のせいだって考えるタイプだから、落ち込みようが尋常じゃない。まぁ、それでも何日か経てば気を持ち直すだろうけど……

 

「フェイト、試験落ちちゃったんだね……筆記かな?」

 

「……うん……」

 

「ほ、ほら、難しい試験なんだし、失敗することだってあるよ」

 

「……」

 

 執務官試験は、管理局内の試験でも最難関だって王様に教えてもらった覚えがある。なんでも、年一回しか実施されてないけど希望者は膨大で、合格率は2%以下……合格者ゼロの年だってある位、物凄く難しい試験だって聞く。

 

 落ち込むフェイトを見ながら、机の上に置かれた問題集……恐らく今回の筆記試験で出たであろう問題を見てみる。流石フェイトと言うべきか、綺麗な字で自己採点してあって間違えた所には赤い印が付いていた。点数は947/1000……1000問もあるの!?

 

「フェイト、コレって何点以上で合格?」

 

「……950……」

 

 3点届かなかった訳だ。そ、そりゃキツイ。全然及ばず落ちるよりずっとキツイ。

 

 とりあえずフェイトが間違えた問題の一つを見てみるが……何これ? 問題の答えが分からないと言うか、問題文が何聞いてるか分からないんだけど?

 

「こ、古代語の翻訳かな?」

 

「……法律……」

 

「あ、そう……」

 

 全然元気ないよ。ホントどうしよう……惜しかったって声かける? いや、こんな感じだと逆効果かも……でも、こんなフェイトは見てられないし、まぁ、ちょっとお姉ちゃんが元気出させてあげよう。

 

 そう考えながら椅子に座って項垂れているフェイトに近付き、頭を抱える様に優しく抱きしめる。

 

「……え?」

 

「……頑張ったね。フェイト。凄いよ、こんなにいっぱいの問題を解いてさ、殆ど正解しちゃって……私には真似できないよ」

 

「……お姉ちゃん」

 

「今回は残念だったよね。落ち込んじゃうよね? でもさ、フェイト。今日間違えちゃった問題は、もう次に同じのが出てきたら間違えないよね?」

 

「う、うん」

 

 フェイトの頭を撫でながら、優しく、優しく……子守唄の様に告げていく。この子は今まで褒められたりした経験が少ない。だから何かって言うと自分が悪いって考えてしまう。だからこそ、この子には必要なんだ。この子の事を褒めてあげる……落ち込んだ時に背中を押してあげられる存在が居れば、この子はもっともっと強くなれる……それが私だと、嬉しいな。

 

「だったら大丈夫。フェイトは立ち止まってなんかいない。ちゃんと前に進んでるよ。今回は947点だったかもしれない。でも次は1000点取れるかもしれないよ? フェイトは、駄目な子なんかじゃないよ。私の自慢の妹だから……ね、もう顔を上げて」

 

「お……姉ちゃん……」

 

「……甘えて、良いんだよ? 私はフェイトの味方だから……落ち込んでたら慰めてあげる。間違ってたら叱ってあげる。嬉しい事があったら一緒に笑ってあげる……だからほら、また頑張ろう?」

 

「……うん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

 

「うん、私はちゃんとここに居るよ」

 

 フェイトは私にしがみ付く様に手を回し、何度もお姉ちゃんと呼びながら涙を溢す。でもその涙は、決して辛そうなものじゃなく……泣きつく声は、安心した様なものだった。

 

 いっぱい泣いてから、嬉しそうな笑顔を浮かべるフェイトの頭をもう一度撫でてから立ち上がる。

 

「じゃ、元気になった所でご飯でも食べにいこっか!」

 

「う、うん!」

 

 明るく頷くフェイトの手を取り、それを引く様に玄関に向かう。

 

「あ、そうそう。フェイト、私順調に強くなってるよ。今日だって王様に……えと、に、二発攻撃を入れたからね!」

 

「あの、ディアーチェに? す、凄いよお姉ちゃん! やっぱり、お姉ちゃんは凄い!」

 

「あ、あはは……」

 

 二発……で良いよね? 確かに、私は二発王様に当てた。そのうち一発が哀れみからくる同情の産物で、ぶっちゃけダメージ無かったとしてもね。お姉ちゃんは、ちょとだけ見栄を張りたいんです。ハードルまた上がった気もするけど……

 

 でもさ、今日は改めて実感したよ。この子を、フェイトの事を支えてあげたいって。

 

 フェイトにとって、守らなきゃいけない相手はいっぱいいたんだと思う。でも縋れる様な、泣きつける相手は少なかったんだと確信している。ちょっとずつ、この自分を責める部分を直してあげられたらいいなぁ……

 

 大丈夫。時間はいっぱいある。もう私とフェイトは『同じ時間』を生きていくことができるんだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フェイトのシスコンがマッハ!

そしてアリシアが使うのは、ストレージデバイスを複数組み合わせたマルチデバイスと呼ばれる(オリジナル)デバイスになる予定です。

私が別作で書いたアリシアを知っている方にも、それとはまた違った形になると言っておきます。一部は同じですがね。

そして次回は番外編? ここまでのお話を、フェイト視点で見返すような形になる予定です。

王様の追加詠唱魔法はオリジナルです。


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拝啓:お姉ちゃん、ぬくもりは貴女がくれました

 まどろみの中から目を覚ます。ああ、またあの夢だ……薄暗く寒い公園。震える手に握りしめた小さな宝石……叶わぬ願いを抱えた少女の夢。ああ、まだほんの2~3年前の出来事……なのは達と出会う前の自分の姿。

 

 私はお姉ちゃんの記憶の一部を持って生まれた記憶転写クローン……の失敗作。この頃はまだそれを知らず、記憶に残る優しい母さんを求めて戦いに身を置いていた。でも、本当にそうだったのだろうか? 私は本当に、自分に何も疑問を抱く事は無かったのだろうか? 

 

 そんな事は無い……本当は微かに、いやそれなりに大きく違和感はあった。でも、それを認めたくは無かった。その疑問が杞憂だと言う証明が欲しかった。自分が……母さんに愛されていないんだと……信じたく……無かった。

 

 でも、結局その不安は現実となってしまった。時の庭園で母さんからその事を告げられた時は、心が粉々になってしまいそうなほど辛かった。なのは達が居なければ、私はきっと私で無くなってしまったと思う。なのは達には本当に感謝している。

 

 だけど、少し、本当に少しだけ考えてしまう事がある。もしあの時、最後のその瞬間まで、私が母さんの味方をしていたら……真実を受け止めた上で、母さんを理解しようとしていたら……何かが変わっていたのだろうかと……

 

 私が本当に欲しかったものはなんだったんだろうか? 母さんの愛情? 家族の団欒? 結局今となってはそれも分からなくなってしまった。なのは達と共にある事を幸せに感じる反面、自分自身の気持ちに不安を抱く事もあった。特にお姉ちゃんに関して……私は本当はお姉ちゃんを恨んでいるのではないかと考えたこともあった。

 

 でもそれは結局杞憂だった。闇の書事件の中で、私は幸せな夢を見た。母さんが居て、リニスが居て、アルフが居て、お姉ちゃんが居る。そんな幸せな夢を……でも、私は結局その夢に背を向けて戦場に戻った。優しく私の背中を押してくれたお姉ちゃんに心からの気持ちを告げて……

 

 はやてを救う事が出来て、なのはと楽しく話をして、正式にリンディさんに引き取られて、傍目には何もかもうまくいっていたのかもしれない。でも、一人になった時考える事が増えた。私は今何を欲しいと思っていて、どんな未来に進みたいと思っているのか……答えはいつか出るのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく晴れた空の元、私は片手に水の入った容器と布巾を持って霊園の前に居た。ここには母さんとお姉ちゃんのお墓があり、今日は掃除を行う為にやってきた。とは言っても、ここに母さんとお姉ちゃんが眠っている訳では無く、あくまで私が勝手に作ったお墓があるだけだ。

 

 管理局の魔導師としてなのは、はやてと共に正式に働き始め、給料を貯めて食料等以外で一番初めに買ったのが、母さんとお姉ちゃんのお墓だった。それからは週に一度くらいの頻度で来ており、二人のお墓に色々な事を報告している。今回はなのはが入院したこともあり、二週間ほど間が空いてしまった。報告するのが執務官試験に落ちた事なのは、ちょっと情けないけど……でも、今日は休暇で時間もあるし、二週間空いた分しっかり掃除をしなくちゃ。

 

 そんな事を考えながら、霊園に入ると……お姉ちゃんのお墓の前に誰かが居た。それは後姿だけだったけど、私が動揺して手に持った容器を落とすには十分な光景。その後姿には覚えが……あの夢の中でみたお姉ちゃんの後ろ姿とピッタリ重なった。

 

「……う、うそ……あ、アリ……シア……」

 

「うん?」

 

 震える事で名前を呼ぶ。もしかしたら似ているだけの別人かもしれない。いや、お姉ちゃんは死んでいるんだし、別人であると考えるのが当たり前なのに……答える様に、振り返ったその顔は……間違いなく、寸分の狂いもなく、私の知っているお姉ちゃんだった……

 

「……そんな……お姉ちゃん……」

 

「ファッ!?」

 

 もしかしたらまたこれは夢なのかもしれない。でも、それでも良い! もう一度お姉ちゃんと会えたのなら。でも、私が呼んだ言葉に、お姉ちゃんは驚いた様な表情を浮かべ、少し沈黙が流れる。

 

「……えと、君は誰かな?」

 

「ッ!?」

 

 その言葉は静かに、そして冷徹に告げられた。思わずふらついてしまう様なショックは、あの時母さんに真実を告げられた時以来だった。

 

 別人? こんなに似てるのに? それとも、私の事を知らないだけ……また、拒絶されてしまうのだろうか? 母さんにそうされた様に、お姉ちゃんにもお前なんか偽物だと言われてしまうのだろうか……

 

「あ、や、私はなんか……ちょっと自分でも何言ってるか分かんないけど、生き返ったらしくてね。き、君の事覚えてないんだよ」

 

「い、生き返った?」

 

「う、うん……何かそうらしいよ」

 

 生き返った? じゃ、じゃあ、目の前に居るのは夢とかじゃなくて、本当のお姉ちゃん? どういう事なのかは分からない。

 

 どう、答えたら良いんだろう。初めまして? お久しぶり? 分からない。どう答えたら、お姉ちゃんは私を受け入れてくれるの? どう答えたら拒絶されずにすむの? もし、お姉ちゃんがお前なんて認めないって言ったら、私は今後笑う事は出来なくなってしまうかもしれない。

 

「……私は、フェイト……フェイト・テスタロッサ……貴女の妹です」

 

「……」

 

 自分でも自覚する程震える声で、恐る恐る告げた言葉。お姉ちゃんは私をジッと見つめながら沈黙する。声だけでなく体も震える、握った手に汗が流れる。怖い、怖い。もし、拒絶されたら……

 

「それって、なんか宗教の勧誘とか、壺買ってとかそう言うのじゃないよね?」

 

「ち、違うよ!」

 

 お姉ちゃん。困った顔してる。当り前だ……見ず知らずの相手にいきなり妹だなんて言われても、困るに決まっている。やっぱり、話し方を間違えた。こんなの、受け入れてくれる訳が……

 

「……オッケー、分かったよ。じゃあ、えと、フェイト? ひ、久しぶり? お、お姉ちゃんだよ?」

 

「!?!?」

 

 認めた? 受け入れてくれた? こんなあっさり、いきなりあった相手の言葉を……

 

「お、お姉ちゃあぁぁぁぁぁん!」

 

「うぉっ!? 想像より、グワッと来た!?」

 

 認めてもらえる筈が無いと、そう思っていた。それがあっさり認められ、夢で見たのと同じ明るい笑顔で声を掛けられ、もう私は限界だった。お姉ちゃんに飛び付き、しがみ付きながら涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから霊園の外に出て、お姉ちゃんにこれまであった事……特に母さんが引き起こしたPT事件の事を詳しく説明した。母さんとリニスの事、アルフの事、なのはの事、クロノやユーノの事……そしてその最後の結末。出来る限り詳しく話したが、私自身の事はぼかしたまま話した。

 

 分かっている。今お姉ちゃんが私を受け入れてくれているのは、私がクローン……プロジェクトFによって生まれた人造魔導師だって知らず、本当の妹だと思ってくれているから。私は、ずるい。お姉ちゃんがよく知らないのを良い事に、大事な事を隠している。

 

 でもやっぱり隠し通す事は出来なくて、お姉ちゃんは私の事について聞いてきた。嘘は……つきたくなくて、全部正直に話した。自分がクローンである事も、母さんに愛されて無かったことも、全部懺悔する様にお姉ちゃんに告げた。

 

 これで、拒絶される。気味悪がられる……そうだよね。自分のクローンなんて気持ち悪いよね。カタカタと体は震え、視界は涙で霞む。結局私は偽物なんだ……

 

「……ごめんなさい。本当は私は……お姉ちゃんの妹じゃ……」

 

「しゃらっぷ!」

 

「いたっ!?」

 

 返って来たのは罵声では無く、おでこへのチョップだった。お、怒られる? でもお姉ちゃんの顔は怒っているって言うより、呆れてるみたいな……

 

「まったく、聞いてれば見当違いなことばっかり……母さんはフェイトの事、愛してたと思うよ」

 

「……え? だ、だって……」

 

 告げられた言葉は、信じられない内容……だって、私は一度も母さんに……

 

「たぶん、認めたく無かったんだと思う。母さんもフェイトと同じで、自分が悪いって考えるタイプだから……私を死なせちゃった自分が、今さら他の子を愛せない愛しちゃいけない。私を生き返らせていないのに、自分が幸せになる訳にはいかない……そんな風に考えてたんじゃないかな?」

 

「……」

 

 お姉ちゃんが優しく告げる言葉を聞いて、私の頭には今までとは真逆の考えが映る。そういえば、どこかで愛情の反対は関心が無い事だって聞いた覚えがある。母さんは、どうだろう? 母さんいつも私の事を忌々しげに睨んでいた……そう、私を『見ていた』。

 

 お前なんて居なくなってしまえと言う表情では無く、お前を認めないと言う顔。私が気付かなかった……気付けなかっただけで、あの母さんの苛立ちは私に向けられたものじゃなく、自分に対してのものだったのかもしれない。だって母さんは、あの時……もしかしたら私の勘違いかもしれないけど、虚数空間に消える瞬間、ほんの一瞬だけ……私の目を見て悲しそうに微笑んだ。

 

「母さんはさ、いつだって気付くのが遅すぎるよ……私の事なんて放っておいて、フェイトを大切にしてあげればよかったのに……」

 

「わ、私は……」

 

「私さ、死んじゃう前に母さんにお願いしたんだ……妹が欲しいって」

 

「ッ!?」

 

「だから、母さんが本当に夢見てたのは……必死に私を生き返らせようとしていたのは……母さんにとっての幸せの形が、姉として私が居て、妹としてフェイトが居る光景だったからだと思うよ」

 

 そっか、私は今になってようやく気が付いた。ずっと母さんが私に向けていた目は、苛立つ様な表情は……足りなかったんだ。私と母さんの間にもう一人、お姉ちゃんの存在が……それさえあれば、母さんはあの時闇の書の夢で見た様な、優しい母さんになってくれたんだ。

 

 後悔は、してないつもりだった……PT事件の事も、母さんの事にも自分なりに決心を付けたつもりだった。でも、今お姉ちゃんから母さんの本心を聞いて、少しだけ後悔した。あの時、私が自分自身の存在を知って、母さんの目的知った上で、母さんの手を自分から取ってあげていたら……母さんの事を、救えたかもしれない。

 

「母さんは、私をここに送る前に言ってたんだ。私が弱かったせいで傷つけてしまった、私の『もう一人の娘』を助けてあげて欲しいって……」

 

「……母さん……が……」

 

 私のもう一人の娘……そのたった一言が、どれだけ欲しかっただろうか……たぶんその一言があったら、私はなのは達に刃を向けても、母さんを守ろうとしたと思う。こんな形でそれを聞く事になったのは、少し皮肉なものだと思うけど……良かった。母さんの本心を知ることができて、偽物の私にもちゃんと存在していた意味があるって分かって……

 

「うん。母さんにとってフェイトはちゃんと娘だったんだよ。勿論私だって、フェイトがどんな生まれかなんて関係ない……君は、私の妹なんでしょ?」

 

「~~!? う、うん……うん……」

 

 それは当り前の様に告げられた優しい言葉。どんな生まれかなんて関係ない、私を認め受け入れてくれる言葉。もう、我慢なんて出来なかった。お姉ちゃんにしがみ付いて泣きじゃくる。お姉ちゃんはそんな私を、優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。

 

 お姉ちゃんは、凄い。ずっと私の心にあった不安を、簡単に消し去ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして私は、お姉ちゃんと二人で暮らし始めた。最初はお姉ちゃんに今の常識とか、お姉ちゃんが死んでいた間に変わった事を教えて、それから魔法を教えたりした。

 

 お姉ちゃんは明るくて優しくて、一緒に居ると自然に笑顔になれて、本当に凄いって思った。母さんが私とは全然違うって言った意味が分かる。魔法の才能が無くても全然落ち込む事なんてなくて、物凄く強い魔導師達と模擬戦をしに出かける背中は、凄くカッコ良かった。なのはやはやてともすぐに打ち解け、お姉ちゃんが加わるだけで何倍も話が弾んだ。

 

 でも、やっぱり何もかも上手くいく訳じゃなくて、今少々困った問題に当っている。

 

「ねぇ、アルフ……いい加減お姉ちゃんと……」

 

「……会わない。フェイトが何と言おうと、今は会う気はない」

 

 私の使い魔で、ずっと私と一緒に居た友達……家族の様なアルフが、お姉ちゃんと会おうとしてくれなかった。アルフはお姉ちゃんの話をすると不機嫌になって、どうにも嫌っている様な感じがする。でも、一度話してくれさえすれば、きっとお姉ちゃんを認めてくれるって思うのに……会ってくれないんじゃ難しい。

 

「でも、お姉ちゃんはね……」

 

「……分かってる! アイツがフェイトを傷つけた訳じゃない。でも、あのババアがフェイトに酷い事ばかりしてた原因はアイツだ」

 

「そ、そんな……」

 

「駄目だ。私はフェイトみたいに割り切れない。きっと会えばアイツの事滅茶苦茶に攻めちまう。だから、アイツとは会わない」

 

 こんな感じで、アルフは母さんの目的がお姉ちゃんを生き返らす為で、私を認めようとしていなかったのを凄く怒っている。私の事を心から想っての言葉だからか、あまり強く反論できない。

 

 でも、やっぱり私としてはお姉ちゃんとアルフには仲良くして欲しい。どうすればいいんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転機が訪れたのは、お姉ちゃんと一緒に暮らす様になって7ヶ月くらいたった頃。今まで会わないの一点張りだったアルフが、急にお姉ちゃんと会っても良いと言いだした。正直それを聞いた時は嬉しくて、すぐにアルフを連れていったのだけど……

 

「……」

 

「……」

 

 家がこんな険悪な雰囲気になるなんて予想していなかった。お姉ちゃんもアルフも、顔を合わせた時から無言でジッと互いに見つめ合ったまま、ソファーに向かい合って座り何も言わない。重くのしかかる様な空気の中、私はどうして良いか分からずオロオロと動き回るだけ。

 

「……お前が……アリシアか……」

 

 先に沈黙を破ったのはアルフだった。静かな怒気を含んだ声で、お姉ちゃんを睨みつけながら話す。お姉ちゃんはその言葉を受けて、一度頷いた後で立ち上がる。

 

「そう、私がアリシア・テスタロッサ……じゃあ、自己紹介もすんだ所で……さあ、こいっ!!」

 

「は?」

 

「え?」

 

 親指で自分を指差しながら告げるお姉ちゃんの言葉に、私もアルフも意味が分からず硬直する、いや、まぁ、お姉ちゃんが訳分からない事言うのは大体いつもの事なんだけど……今回は、ふざけている様子もなく目は真剣そのものだった。

 

「えと、お姉ちゃん?」

 

「アルフが何考えているかは分かるよ。母さんの罪は、娘である私の罪でもある……だから、ほら、私を殴っちゃえばいいさ」

 

「お、お前なにを……」

 

「時には、拳じゃなきゃ収まらない激情もあるさ! ささ、遠慮せずにどーんと来い!」

 

 信じられない事に、お姉ちゃんはアルフに自分を殴れと言っているらしい。その言葉を聞いたアルフは、ゆっくりと立ち上がりお姉ちゃんの前に立つ。大人の姿になっているアルフは、お姉ちゃんより頭二つは大きい。

 

「言っとくが、私は手加減なんてしねえぞ……ふざけてるようなら……」

 

「真剣だし、誰が手加減しろなんて言った? 君の怒りって、その程度?」

 

「……あ?」

 

「母さんに対する怒りも、憎しみも、全部私にぶつけて来いって言ってるんだよ!!」

 

「ッ!?」

 

 それは、思わずアルフの方が後ずさる程の凄い気迫だった。覚悟を決めた真っ直ぐな目は、思わず止める事を躊躇う程のもので、私が何も言えずに沈黙していると……アルフの肩が震え、拳を握りしめる。

 

「て、めえぇぇぇぇ!!」

 

「アルフ、駄目!!」

 

 慌てて制止しようとするが時すでに遅く、振り上げたアルフの拳が凄まじい速度でお姉ちゃんに向う。そして目を逸らす事もなく閉じることもなく、真っ直ぐ拳を見つめるお姉ちゃんの顔を捕らえる……直前で止まる。

 

「……うん?」

 

「……殴れるわけ、ねぇだろ……お前を殴ったら、フェイトが、悲しむ」

 

 首を傾げるお姉ちゃんに静かに告げた後、アルフは崩れる様に膝をつき顔を伏せる。

 

「……お前と暮らす様になってから、フェイトは本当に幸せそうに笑う様になったんだ……お前の事ばかり話す様になったんだ」

 

「……」

 

「だから……だからっ!」

 

「あ、アル……ッ!?」

 

 バッと顔を上げたアルフは、そのままお姉ちゃんの胸倉を掴んで、私は慌てて止めようとしたけど……今にも泣き出しそうな、アルフの顔を見て踏みとどまる。駄目だ。私が今割って入っちゃいけない。たぶん二人にとって凄く大事な話なんだ。

 

「……信じて……良いんだな? お前は、フェイトの事を大切に思って、フェイトの事守ってやれるやつなんだって……信じても、良いんだな!」

 

「……うん。そうありたいと、思っているよ」

 

「……分かった。今までごめんな、アリシア」

 

「気にしないでよアルフ。それだけ、フェイトの事大切に思ってくれてるんでしょ? むしろ、ありがとうだよ」

 

 重かった空気は消え去り、どこか吹っ切れた様に笑う二人を見て、私もホッと胸を撫で下ろす。良かったこれでお姉ちゃんとアルフも仲良くなれる。時間はかかるかもしれないけど、少しずつ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ、その時にフェイトがな~」

 

「あはは、それは面白いね。続きはよ!」

 

 ……何かあっという間に仲良くなっちゃった!? いや、まぁ、この二人性格的に仲良くなれそうだなぁとは思ってたけど、さっきまでのはなんだったのってレベルで打ち解けちゃった。

 

「……って感じで……おっと、もうこんな時間か?」

 

「あれ? 帰るの?」

 

「ああ、エイミィが心配するだろうしね」

 

「ああ、確かクロノと婚約したんだっけ?」

 

 アルフが時計を見て立ち上がり、帰り支度を始める。今アルフは地球にあるクロノとエイミィさんが購入した家に住んでいる。と言うのも、私が最近執務官試験で忙しく、アルフは勉強では力になれないから、邪魔しないようにと地球で待ってくれている。

 

 そしてつい先月の事だが、クロノとエイミィさんが婚約をして結婚することが決まり、最近私達の中ではその話で持ちきりと言える。まだ式の日取りは決まっていないけど、結婚式なんて見るのは初めてだしちょっと緊張している。

 

「いいなぁ、私も参列したいなぁ」

 

「勿論、アリシアも来てくれよ。エイミィには私が話しとくよ」

 

「おお、ありがとうアルフ」

 

 お姉ちゃんはクロノとは会ったことがあるけど、エイミィさんとはまだ会っていない。というか、地球にそもそも行ったことが無い。お姉ちゃんの戸籍IDはちゃんと発行されたし、行こうと思えば行けるんだけど……私は執務官試験の勉強。お姉ちゃんは魔法の訓練で忙しくて、今の所行けていない。

 

「でも、結婚っていいよね……よし、フェイト! お姉ちゃんと結婚しよう!」

 

「ふぇっ、えぇぇぇ!?」

 

「フェイトは、そう簡単にはやれんな」

 

「アルフお父さん! フェイトさんを、ボクに下さい!」

 

「君の収入は、安定しているのかな?」

 

「うぐっ、痛い所を突いてきよる」

 

「もうっ!? お姉ちゃん! アルフ!」

 

「「あはは」」

 

 ホントもう、仲良くなりすぎだよ。全く私がお姉ちゃんと結婚とか、結婚とか……いや、まぁ、私としては、お姉ちゃんとはずっと一緒に居たいけど……そ、そう言うのじゃなくてね。そ、そう姉妹として!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーテンを閉めた薄暗い部屋の中、私はガックリと項垂れていた。今日は待ちに待った執務官試験の日で、しっかり勉強はしてきたつもりで、それなりに自信もあったのに……筆記試験を終えて、自己採点してみたら3点足りなかった。

 

 応援してくれたお姉ちゃんやなのは達に会わせる顔が無い。もうこれで落ちたのは二度目……クロノは二回目に合格だったって聞いたのに、私は本当に駄目な子だ。お姉ちゃんと会うのが怖い。私はお姉ちゃんみたいに凄くなくて、取りえなんて魔導師としての力位なのに……こんなんじゃ、お姉ちゃんに嫌われてしまうかもしれない。駄目な子だって思われてしまうかもしれない。それが本当に怖い。

 

「たっだいま~!」

 

 現実は待ってなんかくれなくて、明るいお姉ちゃんの声を聞いて心臓が飛び跳ねる様に驚いた。

 

「……おか……えり……」

 

「……」

 

 お姉ちゃんの顔が見れない。顔を見るのが怖い。お姉ちゃんに嫌われてしまったら、私はもう笑えなくなってしまうかもしれない。

 

「ふぇ、フェイト?」

 

「……何で、あんな問題を……いっぱい勉強したのに……私は駄目な子……」

 

 間違える様な問題じゃなかった。なのに、なんで、私は本当に駄目な子だ。何の役にもたたない置物同然だ。

 

「フェイト、試験落ちちゃったんだね……筆記かな?」

 

「……うん……」

 

「ほ、ほら、難しい試験なんだし、失敗することだってあるよ」

 

「……」

 

 落ち込む私を慰めようとしてくれるなんて、お姉ちゃんはやっぱり優しい。きっとお姉ちゃんが試験を受けたりしてたら、余裕で合格する筈だよ。お姉ちゃんは凄いから……

 

 その後もお姉ちゃんは落ち込む駄目な私に何度か声をかけてくれたが、私は顔を上げる事なんて出来なかった。お姉ちゃんは呆れてしまってるんじゃないだろうか? こんな簡単な問題も解けないのかと、私に失望してるんじゃ……そんな風に考えていると、頭が引き寄せられ暖かな柔らかさと、とても良い香りがした。

 

「……え?」

 

 お姉ちゃんに抱きしめられ、頭を優しく撫でられる。

 

「……頑張ったね。フェイト。凄いよ、こんなにいっぱいの問題を解いてさ、殆ど正解しちゃって……私には真似できないよ」

 

「……お姉ちゃん」

 

 子守唄の様に優しく告げられる言葉、その言葉を聞いた瞬間心が大きく脈打つ音が聞こえた。

 

「今回は残念だったよね。落ち込んじゃうよね? でもさ、フェイト。今日間違えちゃった問題は、もう次に同じのが出てきたら間違えないよね?」

 

「う、うん」

 

 お姉ちゃんはこんな駄目な私を見放さない。優しく暖かく、私の事を見てくれる。

 

「だったら大丈夫。フェイトは立ち止まってなんかいない。ちゃんと前に進んでるよ。今回は947点だったかもしれない。でも次は1000点取れるかもしれないよ? フェイトは、駄目な子なんかじゃないよ。私の自慢の妹だから……ね、もう顔を上げて」

 

「お……姉ちゃん……」

 

 目が熱くなり、自然と涙が零れ落ちる。暖かい……ただ抱きしめられているだけなのに、心がどんどん軽くなる。

 

「……甘えて、良いんだよ? 私はフェイトの味方だから……落ち込んでたら慰めてあげる。間違ってたら叱ってあげる。嬉しい事があったら一緒に笑ってあげる……だからほら、また頑張ろう?」

 

 ……そうだ。そうだったんだ……これだ。私が欲しかったのは、寒空の下で震えながらも、ずっとずっと求め続けていたのは、自分でも気付かないほど遠くにあると思っていたのは……

 

 この、冷たい心を優しく包み込んでくれるぬくもりだったんだ。私が欲しかったものは、手に入らないと思っていたものは……お姉ちゃんが持ってきてくれた。

 

「……うん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

 

「うん、私はちゃんとここに居るよ」

 

 なんて安心できる言葉なんだろう。たった一言、お姉ちゃんに告げられただけで、涙が止まらなくなる。でもそれは嫌な涙なんかじゃなくて、凄く幸せな涙だった。

 

 大丈夫、私はちゃんと前を見て歩ける。お姉ちゃんが居てくれるなら、私はきっと誰にも負けないほど強くなれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗く寒い公園。震える手に握りしめた小さな宝石……叶わぬ願いを抱えた少女の夢。ああ、またこの夢だ。寒くて辛い夢……

 

 しかし、その夢はそこで終わらなかった。突然伸びてきた手が、少女が手に持った宝石をつまみ上げ、放り捨てる。それを追う為立ち上がる少女の前に、真っ直ぐに差し出される手。顔を上げた少女の目に映ったのは、心まで照らす優しい笑顔だった。

 

 そんな心地良い夢を見て、目を覚ます。隣にはお姉ちゃんが穏やかに眠っており、小さな手は私の頭を抱きしめる様に置かれている。

 

 なのはの事を私の暗闇に光を灯してくれた星だと例えるなら、お姉ちゃんは太陽みたいな人だ。明るくて優しくて、心から尊敬できる自慢のお姉ちゃん。

 

 私はそっとお姉ちゃんに近付き、私より小柄な体にくっつく。

 

「……お姉ちゃん。大好き」

 

 この暖かな心地良さ、包みこまれるぬくもり……私の幸せはお姉ちゃんの傍にある。

 

 お姉ちゃん、ありがとう。貴女が私にぬくもりをくれました。幸せを持ってきてくれました。

 

 私ももっともっと、強くなるよ。守られてばかりじゃなくて、お姉ちゃんの事を守ってあげられるように……もっとずっと、私なんかよりずっと強いお姉ちゃんに追いつけるように……

 

 

 




という訳で、弩級のシスコン化が進んでいるフェイトさん視点でした。

フェイトから見たアリシアのハードル。

お姉ちゃんは、執務官試験を一発合格出来る位頭が良い。

お姉ちゃんは、私よりもずっと強い。

鬼である。


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拝啓:母さん、ユーリ超強いです

 窓から差し込む朝の日差しの中、フェイトと一緒に朝ご飯を食べる。まったく本当に時間の流れるのは早いもので、私もいつの間にか7歳になった……精神的にはプラス20くらいかもしれない。と言うのも、最近は頻繁に母さんの夢を見る。私が死んだ後、私を生き返らせようと必死な母さんの夢を……

 

 正直こればっかりは、本人から話を聞いた訳ではないから、本当にただの夢で実際にこんな事は起きてないのかもしれない。だけどただの夢と割り切れない程、夢に見る母さんの姿は痛ましく悲しいものだ。もし私じゃなく母さんが死んでしまっていたら……私も、ああなっていたのかもしれない。

 

「お姉ちゃん? 何か考え事?」

 

「あ、ああ……え~と、戦い方の事でちょっとね」

 

 フェイトに声を掛けられて慌てて誤魔化す。いつか話すかもしれないけど、今はまだこの夢の事はフェイトには言えない。って言うのも、私自身、まだ母さんの死は受け止めきれていない。出来るだけフェイトとの会話の中でも母さんの話題は出さないようにしている。だって、今もし母さんの話をすれば……私は泣いてしまうかもしれないから。私にも姉としての最低限のプライドってのがあって、フェイトの前で泣くってのにはちょっと抵抗がある。弱い所は見せられない。お姉ちゃんってのは大変なものだ。

 

「訓練とかの事?」

 

「うん。そんな感じで……ああ、そうだフェイトに聞くのが良いかな」

 

「え?」

 

 誤魔化しながら話していると、ふと妙案を思い付く。そう言えば、いずれフェイトに聞いてみようと思っていたことがあったので、このタイミングで聞くのがいいかもしれない。

 

「実は高速機動型の魔導師との戦い方を考えててね。ほら、私機動力ないから、そう言う相手にはなにか作戦を考えないと」

 

「お姉ちゃんなら、訓練したら私より速くなれそうだけど……」

 

 いやいや、フェイトさん? 何でまた私のハードル上がってるの? 私の適性検査見せたじゃん。へっぽこだったでしょ? 何でそんなキラキラした目で見てるの!?

 

「と、とにかく! なんか策を考えようと思ってね。フェイトはどんな相手が戦い辛いかな? 参考までに教えて欲しいんだけど」

 

「……う~ん」

 

 実際これは結構重要な課題だ。私はぶっちゃけ全然早くないし、避けられない当てられないはキツイものがある。何かしらの作戦を立てて立ち回る必要があり、折角妹が管理局でもトップクラスの高速機動型魔導師なんだから、聞いてみない手はない。

 

「戦い辛いって言うと……やっぱり設置型の魔法を使う相手かな?」

 

「ふむふむ」

 

「特に設置型バインドとかの使い手だと、迂闊に高速機動魔法は使えないから戦い辛くなると思う」

 

 成程。設置型の魔法か……確かにその手は有効かもしれない。動きが早いって事は、それだけ多く動くって事だし、罠はって待ちかまえるのは一つの最適解とも言える。

 

「じゃあさ、例えば魔力で出来た糸とかを張り巡らせたら?」

 

「動きづらいし、慎重になると思う」

 

「ふむ……魔力を糸みたいに出来たっけ?」

 

「魔力糸の事? できるよ。それほど難しい魔法じゃないし、補助魔法に応用される事もあるからシャマルとかユーノが得意だった筈だよ」

 

「成程……今度聞いてみるね」

 

 こっちが早くなるんじゃなくて、相手の動きを阻害するか……良い方法を聞いた。やっぱり現役に聞くのが一番だね。

 

「後は、狭い通路とか、部屋の中で戦うのは辛いかな」

 

「ああ、そっか、動きが限定されちゃうもんね」

 

「うん。だから、誘いこんだりするもの良いかな?」

 

 フェイトはまるで自分の事の様に真剣に考え答えてくれる。ホントうちの妹は最高に可愛い。とりあえず椅子から立って、フェイトを抱きしめることにする。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「ああ、もう。フェイトは可愛いなぁ~」

 

「……は、恥ずかしいよ……」

 

 顔を真っ赤にしながらも抵抗はしないフェイトは、本当に最高に可愛い。うちの妹の可愛さは国宝みたいなもんだからね。とりあえずフェイトが仕事に出かける時間まで、たっぷり妹分を補充しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中に浮かんだターゲットを次々と軽快に……いや、3発に1発は外しながら、ちょびちょび撃ち抜いていく。今日は王様が午前中仕事で、午後から訓練に付き合ってもらう予定で現在は王様を待ちつつ一人で訓練をしていた。

 

 十数分続けていると、訓練場のドアが開き見知った顔が現れる。

 

「今日も精がでますね、アリシアさん」

 

「あ、ユーリ。おっはよ~」

 

「おはようございます。ディアーチェは会議があって少し遅れるそうです」

 

 穏やかに微笑みながら近づいてくる大天使ユーリ。このマッタリする様な、圧倒的なゆるふわオーラは中々出せるもんじゃない。

 

「そうそう、アリシアさんのデバイス。もうすぐ完成しますよ」

 

「おぉ、それは楽しみだね」

 

「ふふ、週末には仕上げてみせますよ」

 

「本当にありがとうねユーリ」

 

「お礼ならディアーチェに……随分良い材料を集めてきてくれましたし、紫天の書の機能を参考にした凄い技術も提供してくれましたからね」

 

 むぅ、やっぱり王様はツンデレだ。私には安物の材料でどうこうとか言ってたのに、ユーリの話だとかなり良い素材を買ってきてくれたみたいだ。大方私に請求する額は安物の値段で~とか考えてるんだろうな……これは流石に照れくさいとか言ってないでちゃんとお礼しなきゃならない。

 

 私がそんな事を考えていると、ユーリはキョロキョロと周囲を見渡し、私が使っていた訓練用ターゲットスフィアを触りながら口を開く。

 

「今日は、ずっとお一人で訓練を?」

 

「まぁね……王様も仕事で無理とか言えないしね。こうして訓練場手配してくれてるだけでも、ホント頭が上がらないよ」

 

「でも、一人だと行えることも限られますよね……う~ん。ディアーチェが来るまでまだ時間がかかりますし、アリシアさんさえ良ければ私がお相手しましょうか?」

 

「え? ユーリが?」

 

「はい」

 

 私の訓練相手を買って出てくれると言うユーリの言葉を聞き、私は正直驚きながら聞き返す。ユーリが魔導師とバックスを兼任しているってのは聞いたけど、王様達と一緒に居るって事はやっぱ結構強いのかな? 人は見かけによらないものだね……王様とばっかり戦ってちゃ戦術が偏るし、せっかくの申し出だからありがたく受ける事にしよう。

 

「うん……じゃあ、お願いして良いかな」

 

「勿論です……あ、ちょっとだけ待ってくださいね」

 

 癒される笑顔で頷いた後、ユーリは袴に似たズボンとヘソ出しの長袖の上着、白系統の色で統一されたバリアジャケットを身に纏う。くっそ可愛い……そして私から少し離れ、何かを考える様に目を閉じる。

 

「……最近前線に立って無かったので……少しだけ、調整を」

 

 そう呟いた瞬間。ユーリの背から巨大な炎の翼が現れ、空気が震えるほどの魔力が放出される。

 

「え、えぇぇぇ!?」

 

 なにこれ、何このふざけた魔力!? なんか足元にヒビとかはいってるんですけど、正直王様よりでかいんじゃないのこの魔力!? ユーリって実は、滅茶苦茶強い?

 

 しばらくそのまま驚く私を尻目にユーリは魔力を放出し、炎の翼を消して微笑む。

 

「お待たせしました。では、始めましょうか……紫天の盟主、ユーリ・エーベルヴァイン。お相手、務めさせていただきます」

 

「……お、お手柔らかに、お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひたすら連打する私の魔力弾の雨を、素早く最小限の動きで回避しながらユーリが迫り、伸ばした手が私の体に突き刺さる……え? 突き刺さる?

 

 いや、なんか突き刺さると言うより、私の体の目の前にモヤみたいなのが出て、ユーリがそれに手を入れてる感じで全く痛くない。でも全然動けない。動きを止める魔法なの?

 

「……なに、これ?」

 

「必殺技……って、やつでしょうか?」

 

 そう言いながらユーリが私の体から手を引き抜くと、その手には天を突くほど巨大な剣が握られていた。え? 必殺技? 必ず殺されるの、私?

 

「ちょ、まっ……」

 

「エンシェントマトリクス!」

 

「いぃぃぃ!?」

 

 戸惑う私に向かってユーリは巨大な剣を投擲する。いやいや、無理無理! こんなの防げるわけ無いからね!? 串刺しにされる未来しか見えないからね!

 

 飛んでくる剣に向かってシールドを展開して迎え撃つが、勿論! 当然! 当り前の如く、私のへなちょこシールドは貫かれて私の体に剣が突き刺さる。しかしそれで終わりかと思ったら、ユーリは跳躍して剣の柄に飛び乗り強く踏み込む。

 

「てぇ~い」

 

「掛け声ゆるっ!?」

 

 思わず脱力しそうな掛け声と共に、剣は深く私の体を貫通する。

 

「む、無念……ガク」

 

「……何を馬鹿な芝居をしておる」

 

「あ、王様。見て見て、私剣突き刺さってるんだよ。何か、映画のワンシーンっぽくない?」

 

「……ユーリ、次は非殺傷設定を解除して撃て、我が許す」

 

「ちょ、おま!?」

 

 ユーリと訓練をしていると、王様が現れて辛辣な突っ込みをしてくる。流石王様、鋭いナイフみたいな突っ込み、ボケがいがあるね。

 

 突き刺さっていた剣が消え、疲れた体で座りこむ私の前にユーリが降りてくる。

 

「しかし、ユーリ。随分大技を放ったな、チビひよこを消し去る気か?」

 

「あ、あはは……いえ、アリシアさん想像よりずっと強くて、つい本気になっちゃいました」

 

 溜息を吐きながら告げる王様の言葉に、ユーリは苦笑しつつ答える。私はその光景を座ったままぼんやりと眺め、二人の話が一段落した所で声をかける。

 

「ねぇ、王様。ユーリ超強いんだけど……」

 

「ユーリは我より強いぞ?」

 

「マジで!?」

 

「そ、そんなことないですよ! 今の私には『砕け得ぬ闇』と呼ばれていた時程の力はありませんし、戦えばディアーチェが勝つと思いますよ」

 

 照れたように首を振りながら告げるユーリの言葉に、私は大きく首を傾げる。はて、砕け得ぬ闇? 砕け得ぬ闇ねぇ……何かどっかで聞いた覚えがある様な、無い様な……

 

「砕け得ぬ闇?」

 

「……説明したであろうが……」

 

「難しい話は忘れた!!」

 

「威張るな、たわけが!!」

 

 私の答えに呆れつつ、もう一度説明をしてくれる王様はマジツンデレの鑑。

 

 ユーリは闇の書……今は夜天の書だったっけ? ともかくその中に封印されていた永遠結晶エグザミアを核とするシステムU-Dと呼ばれるプログラム体の一種らしい。以前は暴走して王様達と戦ったらしいんだけど、暴走していたプログラムを強制的に停止させ、制御プログラムである王様がシステムのエグザミアのシステムの上書きを行い救い出したらしい。そして現在そのシステムを行使できるのは王様のみであり、ユーリと王様は二人で戦ってこそ最大の力を発揮できると言う事らしい。

 

「……成程」

 

「やっと理解したようだな」

 

「長い、覚えられない、もう忘れた、三行で!」

 

「よし貴様、張り倒してやるから、そこへ立て」

 

 やるじゃないか、王様。きっちり三言で返してくるとは……だが、立たない!

 

 というか話が長いしプログラムがどうだとか、システムが何だとか、そう言う難しい話は私の頭じゃ理解出来る訳が無い。大体私一応7歳だよ? もうちょっと噛み砕いて、八百屋さんのりんごとかに例えてくれないと分かんないよ。

 

「私、興味ない事は覚えられない頭の構造してるんだよ……」

 

「……簡単に言えば、我もユーリも人間では無くプログラム体。魔力の塊の様な存在だと思えば良い。或いはいつか暴走して貴様に襲いかかる存在やもしれぬ、危機感を持って警戒すべき相手とも言える。実際、局からの扱いもそうであるしな」

 

「へ~ふ~ん。やっぱ興味ないや。王様は王様だし、ユーリはユーリでしょ? そう言う難しい話は学者さんとしてくれる? まぁ、要するに王様もユーリも凄い存在だって事でしょ、分かった分かった」

 

「……」

 

「……」

 

 つまりあれでしょ? 要するにフェイトが私のクローンだって言ってたし、王様とはやても似てるしそんな感じのやつでしょ? 本気で興味ないよ。見た目じゃ分からない訳だし、結局人の形して喋って考えてたら、人間って事で良いんじゃないのかな? 細かい線引きだとか、生物学上どうだとかは科学者とか研究者が考える事であって、私が考える様な内容じゃない。

 

 興味ない事はさっさと忘れて、スポーツドリンクを飲む。何か王様とユーリが呆れと驚きの混ざった顔してこっち見てたので、とりあえず尋ねてみる。

 

「どうかした?」

 

「なんというか、アリシアさんのそういうとこ……本当に尊敬します」

 

「……貴様は底抜けの阿呆だな」

 

「え? なんで私王様に即効でディスられたの!?」

 

 何故かユーリには褒められ、王様には呆れられた。本当に話の意味はよく分からなかったけど、私の答えは間違いでは無かったみたいで、少しだけ二人が私を見る目が優しくなった気がした。

 

「で、話は戻るけどさ、ユーリは全盛期だとどの位強かったの?」

 

「……ふむ、ちょっと頭に知る限りの上級魔導師を思い浮かべてみろ」

 

 王様の言葉に頷き頭の中に、私が本当に強いと思っている魔導師を思い浮かべる。なのは、フェイト、はやて、クロノ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザッフィー、王様、シュテル、レヴィ……ユーリを除くとしたら、こんなもんかな?

 

「思い浮かべたよ~」

 

「うむ、その全員が束になっても歯が立たない位だ」

 

「マジでっ!?」

 

「あ、あの……もうその辺で……」

 

 ユーリ半端無いよ。ただのゆるふわ癒し系美少女じゃなかったんだ。

 

「まぁ、先のユーリの言葉通り今はその時程の力はないが、それでも最上級の強者である事は間違いない。特に強力無比な防御魔法に裏付けされた防御力は、管理局内でも最強と言って間違いないだろう」

 

「ユーリマジパネェ」

 

「あ、あの、本当に恥ずかしいので、もうやめて下さい!」

 

 可愛くて優しくて、強くて気が利いて頭が良くて、ゆるふわ金髪ロングの幼女で……最強じゃないか。神が二物も三物も与えた存在。パーフェクトロリじゃないか、世の男性は何してるんだ! こんな超絶スペックの美少女放っておくなんて正気の沙汰じゃないよ! まぁ、ただし、ユーリをゲットするには王様、シュテル、レヴィを倒さないといけない鬼難易度だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りたっぷりと訓練を行い、明るく手を振って去っていくアリシアを見送るディアーチェをユーリ。

 

「……まったく、毎日毎日大した根性だ」

 

「アリシアさん。本当に色々な意味で強い人ですよね」

 

 二人は1年半の付き合いになる……と言うか一年半ほぼ毎日現れているアリシアの事を話し、両者とも苦笑する。彼女達がアリシアにこれほど毎日付き合っているのは、勿論頑張るアリシアを応援したいと言う気持ちもあるが、何より彼女達自身アリシアと一緒にいる事が楽しいからだった。

 

「難しいから、興味ないですか……アリシアさんらしいですね」

 

「……あのお気楽さはどこから来るのやら」

 

 どこか嬉しそうに話すユーリとは対照的に、ディアーチェはやや呆れた顔で言葉を返している。しかしディアーチェは決してアリシアを嫌ったりしていると言う訳ではない。むしろ、彼女が家族以外にあれほど親しく接する事はかなり珍しい。

 

 通路を歩きながら、ふとディアーチェはある事を思い出して口を開く。

 

「しかし、エンシェントマトリクスとは、確かに奴は最近腕を上げてきたが……やりすぎであろう」

 

「……一撃、貰いました」

 

「……なに?」

 

 ユーリが真剣な表情で告げた言葉は、すぐには信じられないものだった。先にディアーチェが語っていた通り、ユーリの実力は管理局内でもトップクラス。確かに本人の弁の通り、以前ほどの力は無くなっているが……それでもディアーチェと戦えば7:3でユーリが勝つ程、彼女の力は大きい。

 

 しかもこの3割負けると言うのは、ディアーチェが高防御力のユーリに対し相性のいい高火力魔導師だからであり、相性が悪い者ならオーバーS魔導師とて、ユーリに歯が立たない。しかし今のユーリの言葉を信じるなら、アリシアはユーリに一発攻撃を当てたと言う事。アリシアの実力はハッキリ言ってDランク魔導師といい勝負程度であり、ユーリの防御を貫く事は不可能な筈だった。

 

「……いくら私でも、ゼロ距離で魔力弾を撃たれたら、障壁展開は間に合いませんよ」

 

「つまり、奴はお前の懐に踏み込むだけの動きをやってのけたと言う事か……」

 

「凄いですよ。アリシアさん……どんどん戦い方が巧くなってます。あの戦い方を、本当に実現できるかもしれません」

 

「……ふむ」

 

 現在アリシアはある戦い方、彼女にしか出来ない戦闘スタイルを磨いている最中だ。そしてその成果はこの半年の間に如実に現れ始めている。一年前までディアーチェは、アリシアに一撃も攻撃を当てられた事は無かった。しかし最近は、明確なダメージにこそならないものの……一戦4発は当てられる。ならばそこに、明確なダメージとなるだけの火力を得る事が出来たなら……

 

「……化けるかも、しれんな」

 

「ディアーチェは、アリシアさんがトップ争いを出来る程の力を、得る事が出来ると思いますか?」

 

「……何故、我に尋ねる」

 

「アリシアさんの力を誰よりも認めているのは、ディアーチェだと思いますから」

 

 ディアーチェはアリシアを認めている。何故なら彼女は、アリシアとの戦いで一度も手を抜いた事は無い。その理由は単純で、アリシアはいつか自分を打ち破ると……そう信じているから。性格上決してそれを本人に告げたりはしないが、妹であるフェイトを除き、彼女は唯一アリシア・テスタロッサがトップ魔導師達の領域に、足を踏み入れる事が出来ると確信している人物だった。

 

「……奴の戦い方は、決して誰にでも確実に勝てると言う訳ではない……だが、完成すれば、或いはそうなるかもしれんな。だがその為には、あの火力不足を解決せねばどうにもなるまい。当てられてもダメージを与えられぬのでは、意味が無い」

 

「……だから、あの技術をデバイスに組み込んだんでしょう? アレを使いこなせば、場面は限られますし一度の戦闘に一度きりでしょうが……貴女に匹敵する火力を得られるかもしれない」

 

「……一発きりのジョーカーなど飾りにすぎん。それを生かす戦術が伴わなければ、ただの紙くずだが……使いこなせば、正しく切り札となるであろうな」

 

 本人はまだ知らない事ではあるが、まもなくそれはアリシアの前に現れる。ディアーチェとユーリが彼女の為に作り上げた……戦局を覆せる切り札が……

 




思いつく限りの上級魔導師。

ユーノ、アルフ「誠に遺憾である」

という訳で、順調に力を伸ばしている? アリシア。次回はいよいよデバイスが登場します。

王様はアリシアの理解者。本人はツンデレなので思いっきり否定しますが、色々気にかけているおかんポジ。






~当作品内での紫天一家の設定~

ディアーチェ
ランク:総合S-(現時点)
階級:准尉(上級キャリア資格習得済み)
時空管理局本局所属。捜査官資格習得済み。性格はGOD版+innocent版。はやてにはライバル心有り。

ユーリ
ランク:総合AAA(支援魔導師として習得)
階級;曹長
ディアーチェが希望指名した副官。GOD版程の力は無く、本人が戦いを好まないので基本的には支援魔導師。デバイスマイスターの資格習得済み

シュテル
ランク:空戦AAA+
階級;ニ士
時空管理局本局所属だが、ディアーチェ、ユーリとは別部隊。最近はなのはに強く誘われて教導官資格を習得中。

レヴィ
ランク;空戦AAA+
階級;二士
シュテルと同じ部隊所属でコンビ。シュテルの階級が低いのは、大体レヴィのせい。


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拝啓:母さん、私のデバイスが出来ました

 私が生き返ってから1年8ヶ月。王様達と訓練すること1年6ヶ月。フェイトを愛でる事610日……ついにこの日がやってきた。私の目の前には待ち望んだ相棒の姿が……

 

「こちらが完成したアリシアさんのデバイスです。デバイスコアは7つ……7種類の姿を持つマルチデバイス、クロスレンジ用形態2、ミドルレンジ用形態2、補助用形態2……そして切り札が、カートリッジシステムに紫天の書の技術を加えたこの形態です」

 

「……これ、本当にこんな事出来るの?」

 

 ユーリが書いてくれた説明書らしき用紙には、お気楽な私でもにわかには信じられない機能が搭載されており、ユーリの技術の凄まじさを感じると共に、こんなトンデモ機能が搭載されている事に驚いた。

 

「当然だ。我が監修をしておるのだ出来ぬ訳が無い」

 

「でも、こんな凄い機能なのに、何で一般に出回ってるデバイスとかには搭載されてないの?」

 

「理由は単純で、この機構を取りつけると他の機能に割く余地が無いので、マルチデバイスで無いと搭載できません。後単純に高価です……この形態だけで、武装隊一個小隊分のデバイスが制作できる程ですね」

 

「おっふ……」

 

 機能もトンデモなら、お値段もトンデモだった。武装隊一個小隊分のデバイスのお値段って半端無いよ。つまりこの一形態だけで、フェイトのバルディッシュとほぼ同程度の金額って事じゃん。私への請求がマッハでヤバい。

 

「その他の形態も、軽くて強固な最新鋭の素材を余すことなく使用しています。中々出回らない物なんですが、ディアーチェがあちこちに頭を下げて手に入れてくれました」

 

「……余計な事は言わんでいい」

 

「……王様」

 

 照れたようにそっぽを向く王様。くっそ、可愛い……もう王様も大天使で良いんじゃなかろうか……本当にマジで感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

「まぁ、素材を節約して大事に至っても意味が無い……まぁ、精々我に感謝する事だな」

 

「サンキューおかん!」

 

「誰が貴様の母親か!? おぞましい事を言うな!!」

 

 いつも通りの冗談を口にした後、少しだけ王様の目を見つめて……私は椅子から立ち上がり、深く本当に深く頭を下げる。

 

「……本当にありがとう。ディアーチェ……貴女に出会えなかったら、私は途中で諦めてていたかもしれない。ありがとう、私に戦場に立つ力をくれて……」

 

「……礼などいい。貴様がもし我に報いる気があるのであれば……見せてくれ、生まれ持った才能など覆し、頂点と渡り合う凡才の姿を……期待しているぞ、アリシア」

 

 何気に互いに名前を呼んだのは初めてかもしれない。いつもは王様にチビひよこだったから……互いに何も飾らない、心からの感謝と激励の言葉。これは本当に頑張らないといけない。王様がここまでしてくれたんだから、キッチリ思わしてあげないと、私の為に頑張ったかいがあったって……

 

「王様あぁぁぁぁ!」

 

「ええい、ひっつくな! 鬱陶しい!!」

 

「ふふふ、ツンデレさんめ、嬉しいくせに~」

 

「何処をどう見たらそうなる! 消し飛ばすぞたわけが!」

 

 とりあえず今は感謝の気持ちとして、王様に飛びついておくことにする。

 

「ふふふ……さて、アリシアさん。この子に名前を付けてあげて下さい。個別の名前では無く、全体を纏める貴女のデバイスの名前を……」

 

「名前か……う~ん」

 

 ユーリの言葉を聞いて、私は腕を組んで真剣に考える。これは重要かつ難問だ。フェイトのバルディッシュ、なのはのレイジングハート、はやての夜天の書とシュベルトクロイツ、王様の紫天の書とエルシニアクロイツ、ユーリの……えと、ユーリの……ユーリのデバイスって何なんだろ? まぁ、ともかくデバイスの名前ってのはある意味魔導師としてのその人を象徴する物でもあるし、かなり重要だと言える。

 

 しばらく真剣に考えた後、私は自分のデバイスを見つめながら呟く。

 

「……フォーチュンドロップ」

 

「……幸福の雫か、悪くないな」

 

「え? あ、ああ、そうだね……雫だよね!?」

 

「……貴様、まさか……飴玉の方で付けたんではなかろうな?」

 

「そそ、そんな訳ないよ! 雫、雫だからね!」

 

 王様くっそ鋭い。確かにぱっと見で瓶の形状をした容器に、デバイスのコアが複数入っている感じだったから、飴玉に見えてそう付けた。でも王様が言った幸福の雫って方がカッコイイからそっちにしよう。

 

 このデバイスコア一つ一つが、幸福な未来を掴む為の一欠片。フェイトと一緒に歩いていこうと思う私にピッタリだ。フェイト……運命を私の力で幸福な物へと導いてあげよう。その為の力だからこそ、幸福の雫が相応しい名前だ。

 

「はい、ではフォーチュンドロップで名前を確定し、アリシアさんのマスター登録も完了しました」

 

「ありがとうユーリ……フォーチュンドロップ、セットアップ」

 

 私の言葉をトリガーに、フォーチュンドロップがバリアジャケットを展開する。どこかチアガールをを想わせるノースリーブの上着に、私の魔力光りに合わせた青緑のプリーツスカートと飾り。そして右手と左手の手首に三つずつ、首元にネックレスとして一つ、計七つのデバイスコアが装着されている。

 

「……どれ、少し試してみたかろう。相手をしてやる」

 

「ありがとう王様。じゃ、よろしく」

 

 さてさて、念願のデバイスを手に入れた訳だけど、これは全然ゴールじゃない。まだまだ、いや、ようやくここからスタートなんだ。まだまだ気は緩められないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終え、お風呂に入ってからのフェイトとの団欒。楽しく雑談を続けていると、ふと私はある事に気が付く。むぅ、普段の制服姿じゃ気付かなかったというか、寝巻だからこそ気が付くと言うか……

 

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 

「う~ん……やっぱり、そうだ。絶対そうだ」

 

「何が?」

 

「フェイト、ちょっと、そこに立って後ろ向いてくれる」

 

「え? うん?」

 

 真剣な表情で告げた私の言葉を聞き、フェイトは微かに首を傾げながらも従い後ろろ向く。さて、私の考えが間違いでなければ……

 

 後ろを向いているフェイトに近付き、脇の下から手を入れて、フェイトの胸を鷲掴みにする。

 

「ふぇっ!? お、おお、お姉ちゃん!? な、なにを……」

 

「むぅ……やっぱり、そうだ。絶対そうだ」

 

「なにが……んぅ……て、手を動かさないで……」

 

「やっぱり、前より大きくなってる」

 

 フェイトの胸はマシュマロみたいな弾力で私の指を押し返し、手に伝わる感触とから以前より胸が大きくなっている事を確信する。最近背も伸びてる気がするし、成長期ってやつなのか? この果実が更に実ってくると言うのか? なんと、けしからん。

 

「ぁぅ……は、んん……お、お姉ちゃん……へ、変なとこ、摘まないで……」

 

「いいなぁ、フェイト。私も後6年位でこうなるのかな? ぶっちゃけ想像できないなぁ……」

 

「そ、それと……ぁん……私の……ぇぅ……胸を揉むのと……ぁっ……なんの……関係が……」

 

「妹の成長を確かめるのも、重要な役割と言うやつで」

 

 てかフェイトって出会った時点で、結構発育は良かったよね。12歳って年齢を考えると、胸のふくらみもハッキリしてたし、しこりなんて全然なかったし……むぅ、柔らかくて心地良い揉みごたえ、美乳ってやつなのかな、形も素晴らしい。

 

「ふやぁっ!? な、なんで、服の中に手を!?」

 

「いや、寝巻越しじゃいまいち分かんないからね!」

 

「わ、分からなくて……いいよぉ……んぅ!?」

 

 色っぽい声を出すようになって、フェイトも成長してるんだね。妹の成長を実感できて、お姉ちゃんは嬉しいよ。てか、ホントに凄く柔らかいな、私の胸は殆どまな板みたいなもんだし、こう言う感触は新鮮と言うかなんというか……

 

「やぁ……ぁ……ぁぁ……ぅぁっ……」

 

「と言うか、フェイト。全然抵抗しないよね?」

 

 さっきから疑問に思っていた事ではあるので、一端手を止めてフェイトに尋ねる。何かさっきから、口では文句いながらも全然抵抗しないと言うか、そんなんだから私もエスカレートしたと言うか……

 

「そ、それは……その……」

 

「うん?」

 

 フェイトは恥ずかしそうに人差し指を突き合わせ、もじもじとしながらうるんだ目をこちらに向ける。滅茶苦茶可愛いんだけど、やばいよこの目は、マジで理性とか焼き切れそうな……

 

「……お姉ちゃんが、したいなら……お姉ちゃんが喜んでくれるな……わ、私は、どんなことされても……」

 

「ごふっ!?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 フェイトの凄まじい爆弾発言に、思わず私は顔を抑えて崩れ落ちる。

 

「は、鼻血でる……」

 

「え? た、大変。ティッシュを」

 

 あ、あぶねぇ!? なんださっきの、頭をハンマーで殴られた様な衝撃は、危うく意識が飛んで気付いたら朝チュンの流れに行く所だった!

 

 フェイト……その滅茶苦茶可愛い顔と仕草で、何されてもいいとか言わないで、お姉ちゃん本気で間違い起こしちゃいそうだから……

 

「だ、大丈夫……私、ちょっと夜風に当たってくるから、先に寝ておいて……」

 

「……え? 一緒に寝て……くれないの?」

 

「がふっ!?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 何でこのタイミングでそんな事言うの!? なんで、捨て犬みたいな、甘えたいオーラに満ちた目で見つめてくるの!? 苦行? 苦行なの!? 私の忍耐力を試す為艱難辛苦を与えてくるの!?

 

 ちょっとうちの妹が可愛すぎて、毎日が辛い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや通い慣れた休憩室。私の前には苦虫を噛み潰したような表情の王様の姿があった。

 

「王様~どうしたのかな? なんか悔しそうに見えるけど~」

 

「くっ、き、貴様……」

 

 そう実は今王様が苦悶の表情を浮かべている原因は私にあり、王様とは対照的に私は喜びの絶頂だった。

 

「私さ、端末手に入れたのしばらく経ってからだし、戦闘記録ちゃんとつけてないんだよね……教えて欲しいなぁ~私の王様の戦績」

 

「……ぐ、ぐぬぬ……2034戦……我の2033勝……い、1敗……だ」

 

「つまり~」

 

「ぐぬぬ」

 

「ア~イム、ウィン!!」

 

 そう、今日ついにこの日が来た。2000を越える黒星を抱えながら、ついに私が掴み取った初白星。今日はお赤飯だね! フェイトに買ってきてもらおう。

 

「く、忌々しい……良いか、貴様は2000敗以上しておるんだぞ!」

 

「私が勝つ未来がどうのって言ってたの、誰だったけ~」

 

「くぅ……上等だ! 貴様、今すぐもう一戦だ! 今度こそ消し飛ばしてくれる!」

 

 まくしたてる様に告げる王様の姿を、私は満面も笑みで見る。まぁ、そもそも私が王様にちゃんとダメージ与えられる様になったのは、王様とユーリの作ってくれたデバイスのお陰だし、その点は本当に感謝している。やっぱり専用デバイスってのは凄いもので、私の為に作られたこの子は、今まで私が抱えていた欠点を見事覆してくれた。

 

 まだまだ、完璧に使いこなすには程遠いけど……そろそろ、良いかもしれない。

 

「王様も、追加の黒星が欲しいなんて、欲しがりさんだね」

 

「だ、黙れ! 良かろう、これで貴様が勝てば……貴様が行きたがっておった、高級ホテルのデザートバイキングに連れて行ってやる!」

 

「マジで!? やった! 王様太っ腹~」

 

「勝ってから言え!!」

 

 そろそろ、フェイトの隣に立つ為に動きだす時が来たのかもしれない。私は訓練を本格的に始める前に、ある一つの誓いを立てた。それを成し遂げた時に局員になろうと、ずっと決めていたことがある。

 

 フェイトが闇の書事件の最中に戦い、好敵手と認めた相手……烈火の将・シグナム。彼女を打ち破ったその時、私はフェイトの隣に立てると胸を張って宣言できる。

 

 まぁ、現状具体的なプランは何もないけどね! だって公開模擬戦の映像みたけど、シグナムマジ強いもん。フェイトに匹敵するんじゃないかと思えるほどの素早い身のこなし、正しく烈火と呼べる猛烈な斬撃。膨大な戦闘経験を感じさせる冷静かつ的確な戦術。正しく管理局最強の一角と呼べる程の実力を持った、最高峰のベルカ騎士。

 

 王様も間違いなく最上級魔導師の一人だけど、ぶっちゃけ王様は単独での戦闘力はそこまで高くない。これは決して王様を馬鹿にしている訳では無い。王様の力は発動まで少し時間がかかるが、広範囲高火力の殲滅系魔法。一対一ではあまり有利に働かない……むしろ不利と言える戦闘スタイルだ。王様の力が最も発揮されるのは、チーム戦。チーム戦での王様は正しく最強と言って良い程の存在で、事実管理局内での複数対複数の公開模擬戦では八神家を除き全戦全勝している。

 

 だから一対一のフィールドにおいては、圧倒的な近接戦闘力をもつベルカ騎士、或いはフェイトの様な万能型が最強と呼べると思う。だからこそ、それを打ち破る。

 

 私も踏み込む、踏み入って見せる……フェイトの居る領域に……

 

 

 

 

 

 

 




アリシアのデバイスの名前はinnocent版と同じくフォーチュンドロップ。

しかし形態はまったくと言っていい程違います。同じなのはハリセンと二丁拳銃くらいですね。

魔力光はレヴィの魔力光が似ているとのことで、レヴィが空色なのでそこに緑を足して青緑としました。

そしてシグナムとの戦いの後に、アリシアは局員になります。


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拝啓:母さん、私は貴女だけの娘です

 風吹く広い荒野。私の目の前には闇の書事件で出会い、何度も刃を交えた正しく好敵手と呼べる存在。古代ベルカの戦場を駆けた烈火の将、シグナムの姿があった。そしてそれを向かい合う様に立つのは、最愛のお姉ちゃん。そして私の前には大きなガラスの壁があり近付けない。

 

 二人は剣を持って睨みあい、お姉ちゃんがこちらを一度振り返り微笑む。

 

――別にアレを倒してしまっても、構わんのだろう?

 

 なんだかもの凄く嫌な予感がして、私は必死にガラスを叩くが、固いガラスは壊れすお姉ちゃんはシグナムに向かっていく。そして、無情な刃が振り下ろされお姉ちゃんの体が真っ二つに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃあぁぁぁぁん!?」

 

 布団を押しのけて飛び起きる……布団? なんだ、夢だったんだ……良かった。

 

 隣を見るとすやすやと眠っているお姉ちゃんの姿があり、私はホッと胸を撫で下ろす。それにしても、あれだけ大声あげても起きないお姉ちゃんって、ある意味凄い。

 

 その後苦労して……本当に苦労してお姉ちゃんを起こし、朝食の用意をして一緒に食卓につく。お姉ちゃんの食べ物の好みは、私にそっくりと言うか全く同じで、性格とかが真逆の私にとってそういう共通点があるのは本当に嬉しい。

 

「でさ、王様との戦いにも慣れてきてね~」

 

「……うん」

 

 でも、本当に夢で良かった。そうだよね、よく考えたらお姉ちゃんとシグナムが戦う事なんてある訳ないよね。お姉ちゃんはディアーチェ達と訓練してるんだから、いつも本局に居るんだし首都航空隊のシグナムと戦う訳が無いよね。私って、心配性だなぁ……

 

「……って、聞いてるのフェイト?」

 

「え、あ、ごめん。お姉ちゃん。聞いてなかった」

 

「もう、しょうがないなぁ~もう一度言うよ。今度シグナムと戦ってくるね」

 

「……え?」

 

 頬を膨らませながら話すお姉ちゃんの言葉を聞き、私は時が止まった様に硬直する。え? お姉ちゃん今なんて言ったの? ちょっと聞き間違えちゃったかもしれない。

 

「え、えと、シグナムってどこのシグナムさんなの? え、えと、訓練校とかの……」

 

「いやいや、何言ってんの。フェイトも良く知ってるシグナムだって、はやてのとこの」

 

「……た、戦うってなんで……」

 

「いや、模擬戦したいな~って言ったら、快く受けてくれたから、一週間後ぐらいに戦ってくるよ」

 

 お姉ちゃんが、シグナムと模擬戦? 無理だ……いくら何でも、今のお姉ちゃんはシグナムとまともに戦えるレベルじゃない。いや、後3年ぐらい経てば、お姉ちゃんならきっとシグナムと互角に渡り合える様になると思うけど、今はまだお姉ちゃんは魔法を覚えて2年足らずしか経ってない。シグナムは膨大な経験値を持つ歴戦の勇士、管理局内でも最強クラスの実力を持つ本物の強者。付け焼刃の戦闘魔法で対峙できる存在では無い。

 

「あ、アレだよねお姉ちゃん。模擬戦って言っても、クリーンヒット制とかダメージ制とか、ポイント制だよね。そうだよね!」

 

「いや、ノックアウト制だけど?」

 

「……」

 

 模擬戦にはいくつかの形式、勝敗を決める方法がある。クリーンヒット制は、言葉通り相手に攻撃を当てた時点で勝利。ダメージ制は予め10%とか20%とかバリアジャケットの損傷率を決めておいて、そこまでダメージを受けたら決着。ポイント制はダメージの有無に関わらず、一定回数バリアジャケットに攻撃を当てたら勝利となる方式。この三つのうちのどれかならダメージも少なく、教導の場でもよく使われる安全な方式だが……ノックダウン制は公開模擬戦等の上級魔導師どうしの戦いで用いられて、相手を魔力ダメージで気絶させるか戦闘続行不可の状態まで追い込めば勝ちと言う、ほぼ実戦と同じ戦い。

 

 最近は安全性も高くなっているけど、怪我をする可能性は十分にある。

 

「お、お姉ちゃん……い、いくら何でもシグナムは……その、もうちょっと経ってからでも……」

 

 例えばこれがなのはとかクロノとかなら私はここまで心配しない。私がこんなに心配しているのは、お姉ちゃんが戦う相手がシグナムだから……だって、絶対、手加減とかする性格じゃないから……

 

 駄目、絶対に駄目! もしお姉ちゃんが怪我とかしたら、かすり傷から細菌とか入って、もっと大変なことになちゃったら……ああ、いや、シグナムの武器は実体剣、デバイスだから刃は魔力で生成するとしても、鈍器みたいなものなんだから、もし当りどころが悪かったら……お姉ちゃんが……私の『世界で一番優しくて素敵な』お姉ちゃんが……

 

 そんな風に血の気が引いていく私を見て、お姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべながら恐ろしい言葉を口にする。

 

「……別に勝ってしまっても、構わんのだろう?」

 

「……」

 

 夢で見た光景と完全に重なり、私は手からフォークを落とす。そして、即座に椅子から立ってお姉ちゃんに飛び付く。

 

「だ、駄目えぇぇぇぇ!?」

 

「え!? 駄目なの!?」

 

「死んじゃやだあぁぁぁ!?」

 

「え!? 私死ぬの!?」

 

 お姉ちゃんにもしもの事があったら……もうそれは大事件だ。もしお姉ちゃんが怪我したり、悲しそうにしてたら絶対に許さない……戦争だ。私と八神家の!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ!?」

 

「ど、どうしたのはやてちゃん?」

 

「わ、分からん。何か今、首筋に死神の鎌あてられた様な悪寒が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりフェイトが飛びついてきて泣きだしたから、何事かと思ったら……私が真っ二つにされる夢を見たらしい。そして私が夢と同じ様な台詞を言ったもんだから、正夢だと思って飛びついて来たらしい。心配性にも程がある。

 

「……っと言う訳で、フェイトなだめてたら遅くなりました」

 

「あの子は本当に貴女に懐いているわね」

 

 あの後私はフェイトを30分位かけてなだめて、今日が午後出勤だからと可愛く甘えてくるフェイトを何とか引き剥がして……2時間位甘やかしてから引き剥がして、会う約束をしていたリンディさんの元に来ていた。

 

 何でも私に大事な話があるとかで、呼び出された形になる。てっか、提督の執務室ってこんな広いの? 流石半端じゃないよ権力者ってのは羨ましいね。

 

「それで、お話って言うのは?」

 

「ええ……その前に聞きたいのだけど、何でお茶をそんな机の端に置くの?」

 

「ああ、もう生涯二度と触れる事は無いと思いますので!」

 

「……最近の子は物事をズバッと言うのね。正直、傷つくわ……」

 

 この部屋に来て初めにリンディさんがお茶を出してくれた。お茶じゃなくて砂糖の塊なんじゃないかって程甘くて、一口飲んだ後「どうかしら?」って聞いてくるリンディさんに「気遣いは嬉しいですけど、死ぬほど不味いです」って言った後で机の端に置いておいた。

 

 ガックリと肩を落とすリンディさんに再び話を促すと、リンディさんはしぶしぶ話し始めてくれた。ハラオウン家の人は皆あんなお茶を飲んでいるんだろうか? フェイトには絶対飲まない様に注意しなくちゃ……

 

 リンディさんはすぐに真面目な表情に変わり、成程確かに大切な話を告げてくれた。

 

「……と言う訳よ」

 

「成程~フェイトと同じ様に、リンディさんが私の保護責任者になって引き取ってくれるって事ですね」

 

 リンディさんの話とは、要約するとそう言う事。フェイトがリンディさんに引き取られハラオウン家に入った様に、私も同じくハラオウン家に入らないかと言う話だった。

 

「ええ、どうかしら?」

 

「いや~ありがたい話ですね。保護責任者が居れば、陸士学校に入る時も面倒な手続きしなくて良いですし、提督の後ろ盾って良いですねぇ……我がまま効くかも」

 

「貴女って、見た目より遥かに打算的ね」

 

「使えるものは、何でも使う主義なんですよ」

 

 リンディさんの提案に笑顔で応える。本当にありがたい話だけど、二年経つまで言い出さなかったのは、私の事を見定めていたのか、それとも私が馴染むまで待っていたのか……どちらにせよ熟考した上での提案だって事は間違いないので、本当にありがたい話だ。

 

「でも、動機はどうあれ、喜んでもらえたのは嬉しいわ。それじゃあ……」

 

「はい。お断りします」

 

「……え?」

 

「ですから、お断りします。これで、話は終わりですかね? ではでは、失礼します」

 

 リンディさんに簡潔に告げ、私はソファーから立ち上がってドアを目指す。いや~ありがたくて、ためになる話だった。いや素晴らしい時間だったね。足を運んだかいがあるってもんだ……受けはしないけどね。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「はい? なんですか?」

 

「……理由を聞いて良いかしら?」

 

「……理由ですか?」

 

 部屋を出ようとした所でリンディさんに呼びとめられ、私は振り返って出来るだけ明るい笑顔で笑う。

 

「フェイトの事は本当に感謝しています。あの子の家族になってくれてありがとうございます。今後もあの子と仲良くしてあげて下さい。願わくば、私とも家族の様に付き合ってくれると嬉しいです」

 

「……」

 

「でも、私は貴女の家族にはなりません。私はプレシア・テスタロッサの娘、アリシア・テスタロッサ。それは未来永劫変えるつもりはありません。私の母親は過去、現在、未来……プレシア・テスタロッサただ一人です」

 

「……そう」

 

 これだけは譲れない。他の何を譲ったとしてもこれだけは変える訳にはいかない。私は母さんの娘。私の家族は母さんとフェイトの二人だけ。それはただの言葉であり文字なのかもしれない。でも私はテスタロッサ以外の名を背負うつもりはない。でもその代り、全霊でこの6字に誇りを持つ。母さんが私の母親で良かったと思える様に、フェイトが妹で良かったと思ってくれる様に……私は、アリシア・テスタロッサとして全力で生きていく。

 

 なんてカッコイイこと考えてるけど……ただ単純に、私にはハラオウンの名前は重すぎる。私は二つの名を背負えるほど器用じゃないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れた訓練スペースの片隅に、私はゆっくりと降下して着地する。ようやく思い通りに飛べるようになってきた。丸一年かかっちゃったな……一発で飛べたって言うなのははとんでもないや。

 

「きゅぅ~」

 

「ゆ、ユーリ。大丈夫?」

 

 着地した私の目の前には、何やら犯罪臭のする色っぽい姿で座りこむユーリの姿があり、遠くからは王様が歩いて近づいてくる。しかしその顔はいつもの澄ました感じじゃなく、信じられない様なものを見る目だった。

 

「よもや、本当にやってのけるとは……確かに本気ではなかったが……ユーリに勝つとは……」

 

「……はい。あたた……まいりました」

 

「ふぅ~何とかなったね」

 

 今日はユーリとの100回目の模擬戦。シグナムと戦う前の最後の一戦。ようやく白星を掴み取る事が出来た。とは言っても、ユーリは全然本気じゃないので手加減状態での勝利ではあるけどね。それでもタイマンが専門じゃない王様より強かった相手を倒したのは事実だ。ちょっとだけ自信付いた。

 

「よし、これで準備はOKかな? まだまだ使いこなせたとは言わないけどさ」

 

「ええ……凄かったです。アリシアさん……私も信じます。貴女はきっと、才能の差を覆す事が出来ると……頑張ってください」

 

「ありがと、ユーリ、王様」

 

「礼なら……勝利の報告と共に告げよ」

 

 私は本当に恵まれてえいる。応援してくれる可愛い妹が居て、いつもいつも任務で疲れた体で訓練に付き合ってくれる……親友が居て。

 

 力は育んでもらい前に進めた。心は紡いで強くなった。勇気は友情を連ね確かなものになった。

 

 後は結果を掴み取り、それを恩返しとする事だ。

 

 勝とう……相手がどんな強者であっても、私は決してあきらめない。力は心に、心は勇気に、そして勇気は力に……挑もう。偉大なる騎士に、己の全てを燃やして……

 

 

 

 

 

 




アリシアはアリシア・テスタロッサ・ハラオウンになる事を拒み、生涯アリシア・テスタロッサである事を誓いました。

そして次回はいよいよシグナムとの……戦い開始直前まで?


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拝啓:母さん、闘う力を掴み取りました

 かなり広い訓練場の中央。広さに対してあまりにも少ない人数が集まり、私はシグナムと向かい合う。ちなみにシグナムと会うのはこれで4回目ぐらい。フェイトに紹介された時と、はやての家でご飯食べた時と、模擬戦を申し込んだ時と今だね。

 

 そうシグナムとは何回かあった事あるんだけど、その後ろに居る男性局員は初めて見た。

 

「今日はありがとうね~模擬戦受けてくれて、あとそれ誰?」

 

「私の部下で、ヴァイスと言う」

 

「ヴァイス・グランセニック一等陸士です……本日は勉強させていただきます」

 

 ……勉強? 何の? チョロチョロ逃げ回る子ネズミみたいな戦法? 私の弩級にピーキーなデバイス?

 

「コイツは狙撃手でな、まだ若輩だが優秀な才を持っている。噂に聞くテスタロッサの姉との模擬戦だ。勉強になるだろうと思ってな」

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ……」

 

 フェイトさんや……何で居ない所でまでハードル上げてくれやがりますかね。確か私をシグナムに紹介したのはフェイトだったと思うんだけど、どんな説明をしたのかな? 仕事でこの場に居ないんじゃ無ければ、小一時間位問い詰めたい。

 

「こうして刃を交えられる日を心待ちにしていた。テスタロッサから『自分よりずっと凄い才能に溢れ、数年の鍛錬でエースに上り詰める力を持った姉』だと聞いている。あまり魔力は大きくないが……まぁ、魔力量が即ち実力では無いし、楽しみだ」

 

「フェイトおぉぉぉぉ!?」

 

 何それ、何なのその凄まじい無茶振り! どうりで……後輩君とやらが期待の眼差しで、局員でも無い私に敬語使って敬礼してたのは、それが原因か!

 

 ハードル高いってレベルじゃねぇ……ちょ、ちょっと、模擬戦の前に誤解を解かなくちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局の廊下を歩くのは、管理局内でも頭角を現し始めた三人の少女。なのは、フェイト、はやての三人はどこかに向かう様に歩を進めていく。中でもフェイトの様子が普段と違っており、オロオロと落ち着きなく視線を動かしていく。

 

「お姉ちゃん、大丈夫かな……シグナムと模擬戦なんて、やっぱりまだ早いんじゃ……」

 

「今日、アリシアちゃんとシグナムさんが模擬戦だっけ? 私、アリシアちゃんの戦いって見た事無いんだけど、シグナムさんに挑むって事は、かなり強いのかな?」

 

「うん……お姉ちゃんは、後5年も経てば世界最強って呼ばれると思うけど……今はまだ、シグナムの相手は厳しいんじゃ……」

 

「……とりあえず、アリシアちゃんが苦労してるって事だけは分かったわ」

 

 フェイトの鬼の様なハードルを目の当たりにしたなのはとはやては、一瞬顔を見合わせ、アリシアの苦労とプレッシャーを察したのか苦笑いを浮かべる。

 

 現在三人は任務の終了報告を行う為に移動している。廊下は走ってはいけないとはいえ、この報告が終われば姉の観戦に行けるフェイトは本当に落ち着きが無い。そんな空気を感じて、はやては場を和ませようと余計な一言を口にする。

 

「しっかし、シグナムは手加減を知らんからなぁ……もしかして、アリシアちゃんの事泣かせて……て……た……ら?」

 

「……」

 

 はやてにとっては、軽い冗談のつもりだった。口調も軽く言ったし、場を和ませようとしただけだ。しかしはやての言葉を聞いたフェイトの目は……完全にすわっていた。

 

「お姉ちゃんを……泣かす? 私の……世界で一番カッコ良くて優しい……大好きなお姉ちゃんを……泣かす?」

 

「ふぇ、フェイトちゃん?」

 

 呟くフェイトの目から光は消えており、明らかに触れてはいけない部分に触れてしまったと読みとれた。流石のなのはも、少し怯えた様子でフェイトから一歩距離を取り、はやては額に滝の様な汗をかく。

 

「い、いや、冗談やからね! そんな事絶無いから……いや、私がさせんから!!」

 

「……そ、そっか、良かった」

 

 慌てて弁解したお陰で、フェイトは落ち着きを取り戻し、はやても一端胸を撫でおろす。先程見たフェイトの殺気は尋常でなく、正直言って命の危険を感じる程のものだった。

 

「……あの、えと……これはあくまで過程の話やけど、もし……本当にもしもやけど……アリシアちゃんが泣く様な事になったらどうなるん? いや、本当に万が一やで?」

 

「……戦争だよ……私と、八神家の!」

 

「……(め、目がマジや)」

 

 本当に戦争が始まりそうな程真剣に告げる言葉に、はやては滝の様な汗を流す。はやては一年ほど前に一度、アリシアの模擬戦を見た事がある。正直言って、並……いや、平均よりやや下と言った程度の実力に見えた。あれからたった一年でシグナムに匹敵する力を得るなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 並以下の才能しか持たぬ魔導師が二年修練を積んだ所で、シグナムと向かい合う事など出来ないだろう。そして、シグナムは絶対手加減をしない。かつて戦場を駆けたシグナムには、戦闘に置いて手を抜くという発想自体が無い。となると、本当に悲惨なワンサイドゲームが予想出来る。

 

「……で、でも、ほら、いくらフェイトちゃんでも……私らと戦争するのは、少し分が悪うない? もしもの時は、私がちゃんとシグナムに謝らせるから……考えなおそ?」

 

 はやてとしては何とか戦争だけでも回避したい。フェイト一人と八神家全員では、流石に修羅とかしたフェイトでも勝つ事は厳しいだろうが、決して楽な相手では無い。と言うかここまで怒りをあらわにしているフェイトは、或いはSランク魔導師を越えた力を発揮する可能性もある。正直そんな事になったら、はやては即効逃げだしたかった。

 

 はやての言葉を聞いたフェイトは、流石に自分一人で倒しきれない事を悟り……涙を浮かべて、予想外の行動に出た。

 

「……なのは……私、お姉ちゃんが泣くとこなんて見たくないよ……お姉ちゃんの事、守ってあげたい……」

 

「……フェイトちゃん」

 

「……でも、私一人じゃ……」

 

「大丈夫! 私はいつだってフェイトちゃんの味方だよ! もしそんな事になったら、私もフェイトちゃんと一緒に戦う!」

 

「ちょっ!?」

 

 まさかのなのは参戦である。なのはは先程のフェイトは正直少し怖かったが、フェイトがかけがえのない親友である事には変わりない。その親友が涙を流して守りたいと言うのなら、手を貸す事に何の躊躇いも無い。

 

 ……はやてにしてたら、たまったものでは無いが……

 

「……あ、あの、なのはちゃん……フェイトちゃん……ちょ、ちょお、落ち着いて……」

 

「あ、でも、私達二人だけでも厳しいかな……ちょっと待ってて!」

 

 はやての訴えは無視して、なのははどこかに通信を開き、何やら事情を説明している様だった。誰に援護を求めているのか、はやては気になり視線を動かしてモニターを見ると……

 

『事情はよく分かりませんし、さして興味も無いですが……友人の頼みを無碍にする事もありませんね。了解しました。その際は私も戦いましょう』

 

「ぶっ!? しゅ、シュテル!?」

 

「ありがとう。シュテル……その時はよろしくね」

 

『承知しました。では、仕事があるのでこれで……』

 

「……(なんで、援軍おかわりしてんねん!? や、やばい……流石にフェイトちゃんになのはちゃんにシュテルは……殺される!?)」

 

 いつの間にか本当にフェイト対八神家の図式が出来上がっている様で、どんどん戦力が整っていくフェイトを見て、はやての顔は青ざめていく。

 

 そして今度はフェイトが端末を開きどこかに通信を初め、はやては胃が痛くなるのを実感しながら近づいていく。

 

「……っと、言う訳なんだ」

 

「……(フェイトちゃんが援軍を求めてるのは誰やろ? まさか、クロノくんとかやないよね? 流石にこのメンツにクロノくんまで加わったら、勝てん……)」

 

『事情はよく分かりませんが、アリシアさんを泣かせるなど許しがたい事ですね。分かりました。その時は、私もアリシアさんの友人として、『本気』で相手を駆逐します』

 

「……(最強に声かけよった!? ユーリはあかん……本気のユーリはマジで駆逐される……)」

 

 フェイトの通信の相手はユーリであり、アリシアと仲の良いユーリは、すぐに参戦することを了承する。はやてから見れば、シグナムが粗相をすれば……フェイト、なのは、シュテル、ユーリが襲いかかってくるという、地獄の様な構成になってしまった。

 

「……なのはちゃん、フェイトちゃん。私ちょお用事思い出したから、先に行っててくれる?」

 

「うん? わかった」

 

「じゃあ、待ってるねはやてちゃん」

 

 どうにも二人ははやての状況を理解していないようで、はやては顔面蒼白になりながら、なのはとフェイトから離れ、通路の角でシグナムに通信を開くが、もう戦っているのか繋がらない。

 

 即座にはやては操作を切り替え、他の家族達に通信を開く。

 

「……全員、緊急任務や。地上本部第4訓練場に行ける人は、即向かって……シグナムが無茶しそうやったら、全力で止めて! 一歩間違えたら金色の修羅と、白い悪魔と、事情まるで理解してへん殲滅者と、本気の盟主が襲いかかってくるから! マジで命が危ないから!!」

 

『ちょ、ちょっとはやてちゃん!? 何で、そんなとんでもない状況に!?』

 

「私が聞きたいわ!!」

 

『……あ、あたしが近い……すぐ向かう』

 

「頼むわ! ヴィータ! 乱入してでも、止めて!!」

 

 はやての言葉で即座に状況のヤバさを理解した家族達内、ヴィータが現場に向かえると言う事だったので、はやては必死の形相そうでお願いする。他の者達も、仕事の調整が出来次第向かうと言う事になり、はやては通信を閉じて地面に手をつく。

 

「……なんで……なんで、こんな事に……」

 

「……何を地面に項垂れておるのだ? 小鴉」

 

「……なんや、王様か……王様? 王様!! お願い助けて!?」

 

「な、なんだ!? 一体、どうした?」

 

 通路の真ん中で絶望しているはやての元に、たまたま通りかかったディアーチェが声をかける。正しくはやてにとっては、地獄に仏の様なもの。はやては先程の出来事を全てディアーチェに説明した。

 

 話を聞き終えたディアーチェは、こめかみを押さえながらはやてに対しては滅多に向けない、申し訳なさそうな表情を作る。

 

「……アヤツ等は、まったく。我が代わりに詫びておく、家族が迷惑をかけたようだな……すまん」

 

「いや、ええよ。王様は何も悪うない……むしろ、ようやく話の通じる相手に出会えた気分やわ」

 

 先程までは全く話の通じない……何を言っても、はやての都合が悪くなる状態だったが、ディアーチェはちゃんと内容を理解して謝罪した。そもそもディアーチェがはやてに謝罪と言うのは、かなり珍しい状態とも言える。ディアーチェははやてを強くライバル視しており、基本的に険悪とまでいかない物の……会話はキャッチーボールではなく、ドッジボールになりやすい友人関係だ。

 ディアーチェは非を認めない人物ではない為、はやてには出来るだけ弱味を見せぬ様立ち振舞っているので、謝罪する時と言うのは今回の様に家族の暴走だった。

 

「……シュテルとユーリには、我の方でしっかり注意しておくが……小鳥と黒ひよこに関しては、貴様が手を打て」

 

「うぅ、人の情けが身にしみる……ありがとう! 姉やん!」

 

「誰が姉か! おぞましい事を言うな!!」

 

 実際見た目はそっくりなので、姉妹ですと言えば信じる者も多いだろうが……ディアーチェは心底嫌そうな表情を浮かべて距離を取る。

 

「うぅ……王様が冷たい。もっと優しくしてくれてもええのに……」

 

「黙れ。豆狸を愛でる趣味など無い」

 

「ひどない!?」

 

「この件、協力する必要はないと?」

 

「ごめんなさい。助けて下さい」

 

 軽い口調で言葉を交わせるのは、互いに認め合っている証拠。はやてとディアーチェの顔には苦笑が浮かんでおり、はやての気力も大分持ち直してきたようだ。

 そこでふとはやては思い出す。目の前に居るディアーチェは、ずっとアリシアの特訓に付き合っていた人物。詳細は分からないが、ディアーチェが鍛えたのであればそれなりのレベルにはなっているのかもしれない。それでもシグナムと戦えるかは疑問だったが……

 

「なぁ、王様……アリシアちゃんの訓練に付き合ってたんやろ? どうなん……シグナムと勝負になるん?」

 

「そうだな、まだまだ課題は多い……まぁ、精々勝率は『三割』程度だろうな」

 

「……それってつまり、王様は魔法を覚えて二年足らずのアリシアちゃんが、シグナムに勝てる可能性があるて思うとるん?」

 

「可能性はあるな」

 

 それは衝撃的な内容だった。はやての見立ては、フェイトと同じく現時点では全く勝負にならないというもので、しかもはやてはアリシアの適性を見て、シグナムと戦えるには10年はかかると思っていた。しかしディアーチェは30%くらいは勝つ可能性があると語っており、正直その手段が思い付かない。アリシアが奇襲や奇策で立ちまわっても、それでもシグナムには届かない筈だが……ディアーチェはそんな冗談を言う人物では無い。ディアーチェは本気でアリシアが勝つ展開があると思っている。

 

「……王様は、アリシアちゃんと訓練してて、どう思うた?」

 

「……我は、あまりこう言う表現は好きではないが……怪物だな」

 

「本人からは、才能は無いって聞いてたけど?」

 

「ああ、無いな。奴は平均以下の凡才だ。実際今の実力も……Dランクがせいぜいだろう」

 

 はやてには分からなかった。ディアーチェが何を持ってアリシアを怪物と称したのかが……そんなはやての疑問を察し、ディアーチェは静かに口を開く。

 

「大抵の人間は生きていく上で壁に当たる。そして力をためて、それを乗り越える……だが時に絶望的に高い壁と言うものも存在しよう。越える事の出来ない壁もあるだろう、そして立ち止まりその壁を越えられぬと悟った場所が、その人物にとっての限界だ。才能の無いチビひよこにとって、目の前に立ち塞がる壁は天を突くほどに巨大であろう。しかし奴はそんな壁を前にして、唇を噛んで挑むのでも無く、諦めて去るのでも無く……おどけて笑う。まるで才能なんてつまらない基準で自分を測るなと言わんばかりに……」

 

「不屈の精神って感じかな?」

 

「いや、その程度であれば……挑むだけなら、気骨のある人間程度で終わる。しかし奴は……登ってくる。小さくゆっくりであろうが、越えられないと思う筈の壁を登ってくる。段々と、一歩ずつ近づいてくる。そして我はこう思った。越えられるかもしれない……ここまで、辿り着くかもしれないと……圧倒的な力で敗北しながら、当り前の様に『次は勝つ』と言える人間が、弱い訳がない」

 

「……」

 

 アリシア・テスタロッサの歩みは止まらない。巨大な壁を前にし、越えられる訳ないよと苦笑しながら……それでも登ってくる。10倍の努力で才能の壁を越えられないなら、100倍1000倍の努力をすればいいと……それがどれ程の苦行かなど考えず、当り前の様にそれを行う。

 諦めを知らないあまりにも強固な心……それこそが、アリシアに与えられた才能なのかもしれない。

 

「……そして奴は手に入れた。自分だけの武器を……才能の差を覆しうる力を……アイツの戦闘スタイルは――だ」

 

「……い、いや、そんなん口で言うのは簡単やけど……出来る訳……」

 

「それが出来るから、出来る場所まで辿り着いたから……挑んだのだろうさ、巨大な壁にな」

 

「こうしちゃおれん! 王様、ありがとう……見に行ってみるわ!」

 

「ああ」

 

 ディアーチェの言葉を聞いたはやては、慌てた様子で立ち上がり、仕事を終わらせる為に早足で移動する。何故なら、はやても思ってしまったから……ディアーチェの語った事が本当に可能なら、アリシアが才能の差を覆してしまうかもしれないと。

 

「……出来るんか? ホンマに『避けられる攻撃は避け、避けられない攻撃は最小限のダメージにする』。弱者だからこそ持ちうる危機察知能力と、止まらず考え続ける強靭な思考力で対処法を導き出す。直感に近い程の圧倒的なあらゆる状況への瞬間対応力……そんなもの、本当に……」

 

 口にするのはあまりにも簡単な内容。避けられる攻撃は避けて、避けられない攻撃は最小限のダメージにとは、戦いにおける一種の理想の形。そう、実現できないから『理想』の筈。当然だそんな事初見の相手に、見たことない攻撃に対して行えるわけがない。

 しかしもしそれが出来るなら……アリシアに致命打は入らない。クリーンヒットの入らない相手……その相手が自分にダメージを与えられる攻撃手段を持っているなら……それはとてつもなく恐ろしい敵と言えるだろう。ディアーチェの言葉が事実なら、アリシアは数多の攻撃を受けて立ち上がる。最小限に留めた攻撃が、限界まで蓄積しない限り何度でも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『次回予告』

やめて! レヴァンティンの第二形態で、フォーチュンドロップを焼き払われたら、デバイスに依存しているアリシアの戦闘力まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないでアリシア! あんたが今ここで倒れたら、フェイトやディアーチェとの約束はどうなっちゃうの? 

バリアジャケットはまだ残ってる。ここを耐えれば、シグナムに勝てるんだから!

次回「アリシア死す」デュエルスタンバイ!







……嘘です。


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拝啓:母さん、これが私の戦いです

 訓練場の中心で対峙するアリシアとシグナム。やる気に満ち溢れたアリシアとは対極に、シグナムの表情は困った様なものだった。

 

 シグナムはアリシアから詳しく説明を受け、フェイトから聞いた内容が誤解だったと言う事を知った。アリシアの適性表を見て、ヴァイスが全力で止める程シグナムとアリシアの力には差があった。だからこそ今彼女は悩んでいる……自分がどう戦うべきかを……

 

 手加減を知らないとは、はやてやフェイトの弁であるが、実際その通りとも言える。そう、数年前まで……はやて達を出会う前のシグナムなら、確かに手加減など一切しなかった。しかしはやてと出会い、管理局に所属し、現在は部下を持つ立場になり、彼女も戦いにも指導と言うものが加わった事により、彼女は確実に変化している。

 

 シグナムはアリシアの説明を受けるまでは、なのはやフェイトに匹敵する強者との戦いだと思っており、当然全力で戦おうと思っていた。魔導師歴2年と言う部分で少し疑問に感じた部分があったが、実際に魔力適性を見せてもらった結果……アリシアの実力はDランク下位程度と推測した。本来なら、加減して指導する相手と言える。

 

「……本当に、本気で戦って構わないのか?」

 

 だからこそ確認する。本当に本気で戦ってもいいのかと……現状の実力差を推測すれば、何か切り札でもない限り、それこそ一瞬で終わってしまうのではないかと思う。

 

 心配そうに話すシグナムに対し、アリシアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「……別に、勝ってしまっても構わんのだろう?」

 

「ッ!?」

 

 その一言、たった一言で、シグナムはアリシアに対する認識を改めた。手加減をするべきだと考えていたのは、無礼な考えだった。目の前の少女は本気で自分に勝つつもりなのだと……

 

「……(この目は、戦士のものだ。手加減を等と考えるのは、無礼極まりない考えだった)」

 

 シグナムは気持ちを切り替え、戦場に向かう時の様に鋭い目つきになる。もはや手加減等と言う言葉は、彼女の頭には無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリシアとシグナム。二人がバリアジャケットを展開し、距離を取って向い合う。訓練場の設定は、オーソドックスなビルの立ち並ぶ廃墟群。それぞれ大通りを挟んだビルの屋上に立つ。

 

「ほぅ……マルチデバイスとは珍しい」

 

「皆知ってるんだね~私は知らなかったのに」

 

 アリシアの持つ瓶の中にデバイスコアが複数内蔵されている待機形態を見て、流石に多くの魔導師を見てきたシグナムはそれがマルチデバイスだとすぐに気が付く。しかし使い手は本当に少なく、当のシグナムも実際に目にするのは初めてだった。

 

「私のデバイスは、七つの形態を持つマルチデバイス……行くよ! フォーチュンドロップ№1!」

 

「むっ!?」

 

 アリシアの声をトリガーに、瓶から一つのデバイスコアが射出され彼女の手に武器が現れる。波打つ様に連なった細長い板に、持ち手をリボンで飾った剣に似た形態。それを見たシグナムは、信じられないと言いたげに目を見開く。

 

「……なんだ、それは?」

 

「あれ? 知らないの? あ、そっか……シグナムって古代ベルカの騎士だったね。古代ベルカには無かったのかな? これは『ハリセン』って言って……」

 

「いや、知っている。知っているからこそ……別の何かだと思いたかった」

 

 そう、アリシアの手に握られているのは……紛う事無きハリセンだった。そんなものを武器にするなど、聞いた事がない。流石のシグナムも戸惑った様に頭を抱える。

 

「これぞ、フォーチュンドロップの№1『スマッシュハリセン!』。ふふふ、驚いて声も出ないみたいだね」

 

「……いや、まぁ……確かに、驚いた……」

 

 正直本当にコイツはやる気があるのかとも思ったシグナムだが、アリシアの目は真剣そのもので、今もギラギラとシグナムを見据えている。

 

 形がどうであれ、アレはデバイス。きっと何か凄まじい機能がある筈だ。そう結論付けたシグナムは、剣を構えて空中にスフィアを浮かべる。戦闘開始用のスフィアは色を赤から黄色に変え、それが緑色になった瞬間、両者同時に戦いに飛び立つ。

 

「……(遅い。飛行速度は並以下、その上隙だらけだ)」

 

 一直線に迫ってくるアリシアの動きは、フェイトと比べれば止まっているかのように遅く、大振りの構えでハリセンを持つ姿は、あまりにも隙だらけだった。

 

 もしや誘っているのかとも一瞬が考えたが、シグナムはアレコレと策を弄するタイプでは無い。戦士と認めた相手が刃を構え向かってくるのなら、全霊で切り返すだけ……手の内の探り合い等しない。一撃必殺の気持ちを持って臨む。

 

 シグナムは一気に加速し、構えたデバイス……レヴァンティンに炎を灯す。

 

「うぇっ!? は、早っ!?」

 

「全力で行くぞ……紫電、一閃!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!?」

 

 常人なら反応はおろか視認すら出来ないであろう高速の斬撃。シグナムの技量に炎の魔力変換資質を乗せた正しく必殺の名に相応しい一撃。その一撃は吸いこまれる様にアリシアの脇腹に迫り、アリシアの体はまるでピンボールの様に吹き飛び、ビルに突っ込む。

 

 観戦していたヴァイスは、その光景を見てやっぱりこうなったかと額に手を当てた。しかし攻撃したシグナムは、自分の剣を見つめ硬直している。

 

「……(なんだ、今のは? この目で見ていなかったら、信じられん。私の剣が届くより早く、脇腹にシールドを集中展開、更に自ら飛ぶ事でダメージを最小限に抑えた?)」

 

「あいたた、すっごい威力だよ。マジ怖い」

 

 シグナムにとっては必殺の一撃だった。そしてそれはシグナムの思い描いた通りの軌道でアリシアに向かい、アリシアはそれを避けられなかった筈だ。一撃で決着、そんな言葉がシグナムの頭にはよぎったが、それはあまりにも完璧に対応されてしまった。事実アリシアに殆どダメージは無く、苦笑しながらビルの中から姿を現していた。

 

「……(偶然か? 確かめてみるか……)」

 

「うぉっ!? めっちゃ向かって来た!?」

 

 今度はアリシアでなくシグナムが一気に攻め込み、アリシアに向かい刃を振るう。初撃はハリセンで受け流されたが、アリシアとシグナムの技量には大きな差があり、シグナムはすぐさま刃を返して無防備なアリシアに刃を振るう。そしてアリシアは、再び吹き飛ばされる……いや、自ら吹き飛び距離を取る。

 

 それは完璧なタイミングだった。素早い連撃で次の動作まで僅かに起こるタイムラグ、その間に剣の射程外に逃げられてしまった。

 

「うへぇ……超強い。やっぱこの形態じゃ厳しいかな?」

 

「次の形態を見せてくれると言う訳か……面白い」

 

「じゃ、行っくよ~。フォーチュンドロップ№3『インパクトフィスト!』」

 

「……手甲か、あくまで近接戦と言う訳か」

 

 ハリセンが消え、次にアリシアが展開したのは、その小さな体にはあまりに大きい手甲型のデバイス。どう見ても近接戦闘型のデバイスであり、剣の達人であるシグナムと交えるには不利なように感じられる。

 

 しかし、アリシアは不敵な笑みを浮かべながら、手甲の付いた両手をくるぐるを回す。子供が喧嘩しているかのような手を回す行動に、シグナムは意図が掴めない。

 

「……うっし! いっくぞ~!」

 

「……(やはり、遅い。しかも軌道がバレバレだ。あの対応力は見事だったが……アレは、反撃の際にも有効なのか? 確かめるには、ここは受けて反撃が最善か……)」

 

 アリシアの動きは遅く、拳も分かりやすい程の大振り。それを見たシグナムは、剣を右手に持ち、左手の手甲を拳の軌道に合わせる。

 

 受けてからの反撃により、アリシアが先程見せた見事な対応力を切り崩そうとし、アリシアの拳が狙い通りシグナムの手甲に当った瞬間……シグナムの体は、対面のビルに叩きつけられる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 それは思いがけない威力。アリシアの拳が触れた瞬間、抗う事が出来ない程の強烈な衝撃がシグナムを襲い、そのままシグナムは吹き飛ばされ、ロクに防御していなかった背中を叩きつけられる。それほど大きくは無いにしても、明確なダメージ……一体何が起こったのかと視線を上げたシグナムの目には、アリシアの手甲の一部が開き煙を出しているのが見えた。

 

「……先程の奇妙な動き。今の凄まじい衝撃……成程、その手甲は空気を取り込み、接触した瞬間に衝撃波としてそれを放出するのか……」

 

「うわ、一発で見破られたよ。その通り、インパクトフィストは貯め込んだ空気に魔力を乗せて、衝撃波を放つデバイスだよ」

 

「成程、よく考えられている。それなら、少ない魔力で大きな火力が出せるな」

 

「ふふふ、まだまだ!」

 

 空気を貯め込み衝撃波として放つデバイス。確かに強力ではあるが、対応策は簡単に思いつく。先程のアリシアの奇妙な動き、空気を貯める動きをさせなければいい上、避けてしまえば問題無い。

 

 すぐに空中に上がったシグナムに対し、アリシアは大きく右手を引いて構え、瞬間複数のカートリッジがロードされる音が響く。

 

「カートリッジ!?」

 

「必殺! エア・ハンマー!!」

 

 突き出したアリシアの右手から、凄まじい衝撃波が放たれビルの一部を破壊する。シグナムは即座に回避行動を取ったため当ってはいないが、今の凄まじい一撃を受ければタダでは済まない。

 

 しかし先程の一撃には、音から推測して三本のカートリッジが使われている。となれば、そう何度も撃てないとは明白。

 

「凄まじい一撃だが……それだけの威力、何度も撃てまい」

 

「何度もってか、もう撃てないけどね!!」

 

「なにっ!?」

 

 胸を張って告げられた言葉に、シグナムは思わず空中で体勢を崩す。

 

「これカートリッジ全部使うから、装填し直さないと使えないけど……これカートリッジ装填口まで開くの時間かかるから、ぶっちゃけもう撃てない。最初の衝撃波はまだ撃てるけどね」

 

「成程、一撃限りの切り札と言う訳か……だが、もう先程の衝撃波も、撃たせん!」

 

「うひゃっ!?」

 

 言葉が終わるや否や、シグナムは高速でアリシアに接近する。アリシアのデバイスは確かに強力な火力を持っているが、張り付いてしまえば空気を貯める隙は与えない上、接触しなければ発動しないのなら、避ける術はいくらでもある。

 

 一直線に迫ってくるシグナムに対し、アリシアは速攻で背を向けて逃げ出すが、シグナムとアリシアの速度ではあまりに差があり、わずか数秒でシグナムはアリシアの背中に追いつく。そしてシグナムが切りかかろうとした時、アリシアの顔に浮かんだのは……笑みだった。

 

 アリシアは即座に体を反転させ、シグナムに向かって『左手』を振りかぶる。

 

「もう撃てないよ……右手はね!」

 

「しまっ!?」

 

「エア・ハンマー!」

 

「紫電一閃!」

 

 アリシアが放った必殺の衝撃波。しかしシグナムとて歴戦の魔導師であり、一度見た攻撃の対処法を考えない程愚かでは無い。迫る衝撃波を魔力を込めた斬撃で迎え撃つ。広範囲に広がる衝撃波と、一点に集中された魔力刃……その軍配はシグナムに上がった。

 

「えぇぇぇ!? 切っちゃった!?」

 

「そう何度も引っかかってやれん……手甲が無い?」

 

 アリシアの衝撃波を見事に切り裂いたシグナムに、アリシアは驚愕した様な声を上げたが……その手には先程まであった手甲では無く、デバイスコアの入った瓶が握られていた。

 

 アリシアはシグナムが斬撃を放った瞬間、それが切られると理解し即座に次のデバイスに切り替える準備を行っていた。

 

「フォーチュンドロップ№2『アリアドネ!』」

 

「……今度は、手袋か……」

 

 次に展開されたデバイスは、手の甲にデバイスコアの付いた黒い手袋。シグナムはそれを見た瞬間一度空中に止まり、油断なくアリシアを見つめる。ここまでの戦局は、アリシアに見事コントロールされてしまっている。ここで迂闊に飛び込めば、先程の二の舞。ならばここは出方を見るのが得策と考えた。

 

 空中で止まるシグナムと同時に、アリシアは周囲を素早く確認する。周囲には建物が複数あり、アリシアが先程地面を走って逃げたお陰で、シグナムはかなり低い位置まで降りてきている。となればこの建物のお陰で、シグナムの高速機動をいくらか制限出来る。本音を言えば、建物の中がベストではあったが……悪くは無い。

 

 アリシアが手を交差させ、それを強く振るうと五本の指の先からアリシアの魔力光に染まった糸が飛び出す。

 

「魔力糸か!?」

 

「その通り、止まったのは失敗だったね」

 

 アリシアが数度手を振るう中、シグナムは己の失敗を自覚した。出方を見ようと立ち止まったのは、この場においては悪手だった。アリシアが展開したアリアドネは明らかに直接攻撃型では無く特殊型。そして魔力糸を飛ばし、ビル群に張り付けている点から考えると……設置型。みすみす準備を整える時間を与えてしまった。その証拠に、動きだそうとしたシグナムの前には、アリシアを守る様に無数の魔力糸が展開されてしまっている。

 

 シグナムは自分の失敗を反省し、すぐさま切り替え、近くに会った糸に剣を当てる。すると糸はまるでゴムの様に少し伸び、離そうとすると微かに剣が引っ張られる様な感覚があった。

 

「……粘着性のある糸か……成程、私の動きを鈍らせる狙いか、だが強度が甘い」

 

「……」

 

 魔力糸の性質を理解し、更にそれに込められている魔力を考え、剣で切る事が出来る事を理解すると、シグナムの行動は早かった。このままの状態にあれば、ふとしたタイミングで魔力糸に触れてしまい、速度を低下させられてしまうかもしれない。ならば魔力刃で切り開いてしまうのが得策。

 

 近場にある魔力糸を真っ二つに切る。すると切られた糸は一瞬で丸まり球体状になる。

 

「弾けろ、クレイジーアップル!」

 

「くっ!?」

 

 球体状になった魔力糸が爆発を引き起こす。どうやらこの魔力糸は切った地点で球体となり爆発する仕組みらしい。しかし爆発の威力は低く、一発程度ではダメージに放ていなかった。

 

 しかし爆発が起きた事でシグナムの動きは一瞬止まり、アリシアはそれを見逃さない。

 

「ハーヴェスト・クレイジーアップル!」

 

「ッ!?」

 

 アリシアの掛け声をトリガーに、周囲の魔力糸が一斉に球体に変わり、連鎖的に爆発を引き起こす。全ての爆発を受ければさすがのシグナムとてダメージになる……そう、防御をしなければ……

 

「……何かしてくるだろうとは思っていた」

 

 そう、シグナムはアリシアの作戦を読んでいた。アリシアが声を上げた瞬間、シグナムは強固な防御……パンツァーガストを張りダメージを防いだ。一つ一つの爆発は大したことがない為、結果としてノーダメージに抑えられてしまった。

 

「……(気持ちを切り替えろ。ハッキリと認めろ、奴は戦局のコントロールに秀でている。戦術では私の方が劣る。実際ここまで、上手く掌の上で転がされている)」

 

 シグナムは上昇し、静かに自身の認識を切り替える。アリシアは単純な能力は低いが、戦い方が非常に巧い。ここまでの展開は、見事にシグナムがアリシアに翻弄されてしまっている。

 

 戦い方も巧く、対応力も見事であると言わざるおえない。しかし、単純な戦闘力……地力では、シグナムの方が遥かに上なのもまた事実。ならば相手の土俵に乗る必要はない。シグナムの方が強者なのだ。思考は冷静で、攻撃は激しく行えば後れを取る事は無い。

 

 地面に立つアリシアを警戒したまま、シグナムは剣を鞘に納める。消耗戦には付き合わない。手札の数ではアリシアが勝るが、手札の強さはシグナムが勝る。ならばシグナムは、ただ強いカードを切ればいいだけ……アリシアの策を粉々にする程強力な一撃を……

 

 レヴァンティンにカートリッジがロードされ、シグナムは静かに必殺の構えを取る。

 

「……飛竜……一閃!」

 

 掛け声と共に放たれる砲撃魔法に匹敵する威力を持つ、シグナムの必殺の一撃。炎を纏った連結刃が渦巻きながらアリシアに向かう。アリシアの速度でその攻撃を避けられる事も無く、ましてやその威力を防御する事も出来ない。

 

 アリシアは飛竜一閃に飲み込まれ……消える。

 

「なっ!?」

 

 そうアリシアの体は、ダメージを受けて吹き飛んだとかではなく文字通り……消えた。

 

 そして直後、シグナムの背中に銃が押し当てられる。

 

「……上級魔導師が油断するタイミングって知ってる? それは……自分が相手より上だって思った瞬間なんだよ」

 

「ぐあっ!?」

 

 アリシアの構えたデバイス……フォーチュンドロップ№4『スターダストシューター』の引き金が引かれる。いかに上級魔導師と言えども、ゼロ距離で魔力弾の直撃を受けてダメージを受けないわけがなく、シグナムは吹き飛び、数度回転した後体勢を立て直す。

 

「……ぐぅ……幻術魔法か……」

 

「そう、私はへっぽこだから一体しか出せないし、精密な動きは出来ないけどね」

 

 今度はアリシアがシグナムを見下ろす形になり、アリシアは双銃型のデバイスを構えながら静かに告げる。

 

「舐めないでよ……貴女が強くて、私が弱いって事は……私が貴女に勝てない事と、イコールじゃないんだよ?」

 

「……成程、強いな。油断したつもりは無かったが……私にも驕りがあった様だ」

 

 心の隙を完璧に突かれ、油断した所に攻撃を当てられた。もはや、疑う余地も無かった。シグナムが今、相対しているのは、才能ない弱者等では無い。相手の心の隙間で狙い澄ましてくる……まぎれも無い強者なのだと……

 

「お前を見くびった無礼を詫びよう……改めて、烈火の将・シグナム! 全身全霊で相手をさせてもらう!」

 

「望む所……負けないよ」

 

 シグナムはアリシアを強者と認め、己の全てを使って戦う事を決意した。

 

 そう、戦いは……ここからが本番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アリシアのデバイス「フォーチュンドロップ」

№1『スマッシュハリセン』
№2『アリアドネ』
№3『インパクトフィスト』
№4『スターダストシューター』
№5『ガンホエール』
№6『ミラードール』
№7『セブンスカード』

フルドライブ(現在は未搭載)

七天連結・ラストナンバー『再臨する雷鳴の大魔導師(コード・プレシア)』


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拝啓:親友、ありがとう

 青空が再現された訓練場で、轟音を響かせながらアリシアとシグナムがぶつかり合う。近距離、中距離、遠距離と多彩な手札を切り替えながら戦うアリシアとは対照的に、シグナムは愚直とすら感じるほど真っ直ぐアリシアに向かい剣を振るう。

 ともすればそれは冷静さを失った力任せの戦法とも見えるが、そんな事は無い。あくまでアリシアに対して、この戦法が最も有効というだけ。シグナムは歴戦の勇士であり、その戦闘経験は並ではない。時に冷静に、時に烈火の如く、時に愚者の様に……莫大な戦闘経験に基づき、シグナムはアリシアに対しての戦術を研ぎ澄ましていく。

 

 アリシア・テスタロッサの戦い方は、桁外れの状況判断能力と奇策を張り巡らせての一撃離脱。強者の心の隙を絡め取る様な戦い方には天賦の才すら感じる。将としては悔しく感じる部分もあるが、シグナムは冷静にその部分に関してはアリシアが上だと分析している。

 裏の読み合いでは敵わない。奇策を張り巡らされれば、どんどん泥沼の中心へと引き込まれていく。ならば、それをさせなければいい。近接戦闘ではシグナムの方が圧倒的強者である以上、ひたすら密着し剣を振るえば、そう易々とアリシアが有利な展開には持ち込まれない。

 

「紫電一閃!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!?」

 

 シグナムの刃がアリシアを捕らえ、何度目か分からない叫び声と共にアリシアは吹き飛ぶ。廃ビルに突っ込み土煙を巻き上げるが、数秒の後当り前の様に煙を押しのけてアリシアが姿を現す。

 

「……(未だあの余裕……また有効打は入っていないか。本当に見事だ……テスタロッサ、貴様の言葉に偽りは無かった。お前の姉は、確かに恐るべき強者だ!)」

 

 アリシアの力を認め、凶暴にすら見える笑みを浮かべる。強者との戦いはシグナムにとって喜ばしいものであり、特にアリシアのようなタイプの強者は珍しく、飽きが来ない。

 身に纏う炎が煌めきを増し、剣を握る手に力が宿る。鋭い眼光で自分を見据えながら、ジッと空中に留まるシグナムを見てアリシアは考える。

 

「……(こっちの罠に突っ込んで来てくれなくなったし、こっちから向かえば即密着される。さて、どうすれば切り崩せるのかな。近接戦闘じゃ私に勝ち筋は無いけど、もうそうそう遠距離攻撃も当ってくれないか……)」

 

 シグナムから見れば、アリシアは余裕の表情を浮かべ、未だ戦局を手の内に納めている様に見える。しかし当のアリシアは、余裕など欠片も無かった。

 アリシアはシグナムの攻撃を今まで最小限のダメージに抑えている。そう、最小限……ゼロでは無い。10のダメージを1に減らしたとしても、10回攻撃されてしまえば明確なダメージになってしまう。

 

「……(くっそぅ……やっぱ、滅茶苦茶強いよ。ちょっとでも気を抜いたら、膝から崩れちゃいそう……駄目だ。気を緩めるな! 笑え、余裕たっぷりに笑うんだ! 弱者の私が、精神的優位まで失ったら本当に詰んじゃう。考えろ、考えろ……一瞬だって気を抜くな! シグナムの次の手、攻撃の種類、交差する場所)」

 

 アリシアは凡才であり、まぎれも無い弱者。デバイスの力でいくらか見栄えをよくしても、そのスペックが上がる訳ではない。もう既に彼女の体力は限界が近くなっており、魔力も半分を切った。シグナムは多少ダメージこそあるが、魔力消費の少ない近接戦闘を主軸に攻めている為、まだまだ魔力にも体力にも余裕がある。

 

 アリシアは考える。才能無き弱者である自分にとって、思考停止は即ち敗北だと理解しているから。シグナムの狙い、場の状況、次の展開。膨大な選択肢を頭の中に広げながら、必死にソレを……アリシアがシグナムに勝てる道を探し続ける。

 

「……(長期戦の目は無い。長期戦に持ち込まれたら、その時点で詰む。ならやっぱり短期決戦……魔力温存とか言ってらんない。次の攻めに全てを賭けるつもりで行かないと……シグナムに見せていない手札は三つ。この流れから切り札で倒せなければ、私の負け……さて、気合い入れていきますか)」

 

 頭の中で考えを固め、アリシアは新たなデバイスコアを取り出す。

 

「フォーチュンドロップ№6『ミラードール』」

 

「むっ……(等身大サイズの人形? なんだ? 今度は、一体どんな機能がある?)」

 

 アリシアが起動させたのは、アリシアと同じサイズの人形。ここまでの戦いから、何らかの能力を備えていると見て間違いない。その考えを肯定する様に人形がブレ、アリシアの姿に変わる。

 

「『踊れ』ミラードール!」

 

「ッ!? 自立戦闘型デバイスか!」

 

 そう、アリシアのマルチデバイス6番目の形態は、自立戦闘型デバイス・ミラードール。アリシアの発する単語のトリガーによって自動で戦闘を行うデバイスであり、アリシアの姿を形取る事で陽動等にも利用できる7つの形態で唯一複数の機能を持つ形態。

 ハリセンを構えて一直線にシグナムへ向かう姿は、正確かつ高性能のデバイスである事を感じさせる。しかし……

 

「……(遅い。それに攻撃が単純だ)」

 

 そう、自立戦闘型デバイスは……所謂自動攻撃スフィアに近い。その戦闘力は決して高くは無く、下級魔導師相手ならともかくシグナムに通じるレベルではない。瞬時に叩き落とせる筈だが、シグナムは強く反撃せずに攻撃を受け流していく。

 シグナムは警戒していた。ここまでの流れから見て、アリシアが何の勝算も無くこのデバイスを向かわせたとはとても思えない。となれば、このデバイスにも何らかの機能がある筈。しかも当然それは、先程までの状況を覆すもの……攻撃、或いは破壊によって発動する能力か、それとも攻撃系の能力か……アリシアがこちらに向かってこないのは、巻き込まれない為か……そうシグナムは考えた。しかし機能の正体は推定できない。

 

 しばらく攻撃を受け流していたシグナムは、ある考えの元アリシアに視線を動かす。いつの間にか手にはインパクトフィストが同時展開されていたが、やはり動く気配は無い。

 

「……(読み合いに付き合う必要はないか……このデバイスは無視して直接仕掛ける!)」

 

 不明な機能を考える必要はない。少なくとも現時点でこの形態は脅威にはなりえない。そう考えたシグナムは、デバイスの振るったハリセンを強く弾きアリシアに向け加速の体勢を取る。ここからアリシアの元まで、シグナムの速度なら1秒以下……体勢を立て直してこちらに向かうデバイスを無視し、シグナムは強く踏み込む。

 

「それ、外れだからね」

 

「なにっ!?」

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

「ぐっ、がはっ!?」

 

 声が聞こえた。そして直後に背後から凄まじい衝撃。地面に向かって吹き飛ばされながら視線を動かすと、ファクトフィストを振り抜いたアリシアと、『先程までアリシアが居た場所に立っている』デバイスが見えた。

 

「……成程、そのデバイスは貴様と位置を入れ替えるのか(駄目だ。まともに入った……ダメージが、くそっ……衝撃による痺れが体から抜けるまで、10秒はかかる。この隙は、まずい)」

 

「そうだよ。このデバイスは転送術式をいじったものを搭載しているから、瞬時に私と位置を入れ替える事が出来る……まぁ、魔力消費は半端じゃないけどね(思ったより、効いてる? 追い打ちをかけるべきか、それとも当初のプラン通りいくべきか……でも、誘いこまれてる可能性もあるし……ああ、くっそう! エア・ハンマーここまでとっとけばよかった)」

 

 №6ミラードール。この形態が有する最大の機能は、デバイスとアリシアの位置を転送魔法で入れ替えると言う強力な能力。しかし、無論強力だからこそリスクも大きい。先ず術式準備に最短で30秒、そしてこの機能による魔力消費は……何とアリシアの最大魔力量の10%である。

 この発動によりアリシアの残り魔力は3割を切り、だからこそここで追撃するべきかをアリシアは数秒迷った。しかし最終的に棚ぼたに頼るのは止め、当初の予定通りシグナムに背を向けて逃げ出す。

 

「ッ!?(距離を取ろうとしている? 身を隠されれば、奇襲を受ける可能性が……ぐぅ、早く動け)」

 

「……№3、№6解除。フォーチュンドロップ№5『ガンホエール』」

 

 体に力を込めて起き上がるシグナムに対し、アリシアは最高速度で逃げながら新たな形態を展開する。黒く大きめな片手銃。

 

「……(シグナム相手だと……3分はいるかな? 逃げ切れるか……)」

 

「逃すか! レヴァンティン!」

 

 再び空中に飛翔したシグナムは、遠ざかるアリシアを見据える。直後にレヴァンティンにカートリッジが二つロードされ、デバイスは弓の形状に変わり、カートリッジが付いた矢が手に現れる。

 ボーゲンフォルム。ベルカ騎士が苦手とする遠距離攻撃を、一撃必殺にまで高めたシグナムの切り札。

 

 矢を弓につがえ、必殺の魔力が練り上がっていく。そしてその異変は、逃げるアリシアも気が付く。

 

「遠距離攻撃ッ!? くぅ、フォーチュンドロップ! №1スマッシュハリセン!」

 

 シグナムの様子を見たアリシアは、それが必殺の一撃だと言う事を瞬時に悟る。そして腰のホルダーにガンホエールを差し込み、スマッシュハリセンを取り出しながら地面に降りる。避けるのは恐らく不可能。防御するのも不可能。ならば彼女が取れる手段は一つだけ。

 

 地面に降りて何度か地面を踏みしめ、アリシアはハリセンを両手で構えて腕を引く。

 

「駆けよ、隼! シュツルムファルケン!」

 

 そしてその直後シグナムの準備が終わり、矢が放たれる。砲撃魔法を越える程の速度、周囲のビルを根こそぎ破壊し尽くす程の魔力を纏った炎の鳥。恐ろしい程の速度で迫る一撃に対し、アリシアは強く片足を踏み込む。

 

「放て、逆転のアーチ!」

 

 炎の鳥に白きハリセンが叩きつけられ、一瞬の硬直。瞬間ハリセンの周りに魔法陣が展開し、同時に衝撃が走る。シグナムの一撃はあまりに重く、アリシアは顔を歪めたが……歯を食いしばり、更に強く足を踏み込みハリセンを振り抜く。

 

「スマッシュ、ホームラアァァァァン!!」

 

「反射術式だと!?」

 

 遠距離の魔力攻撃を反射するハリセンの一撃により、炎の鳥はまるで反旗を翻す様に放った主へと向かう。流石のシグナムもシュツルムファルケンを返された事には理解が追いつかず、迫る炎の鳥を前に硬直。直後に轟音と共に爆発が起こる。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 しかし、強烈な攻撃を撃ち返したアリシアもかなりの消耗をしている。バリアジャケットはあちこち破損し、肩は大きく動いている。

 大きく煙が上がる着弾地点を見ながら、アリシアは悔しそうに呟く。

 

「これで、勝てたら嬉しいけど……その程度なら、もうとっくに決着付いてるよね」

 

「……ああ、その通りだ」

 

「虚を突いた高速の矢を……逆手で掴むって、どんな反射神経……」

 

 煙の中から逆手で矢を掴んだシグナムが現れ、その絶技とも言える反射神経を見てアリシアは顔を歪める。これで決着だとは思っていなかった。しかし、多少はダメージを期待していたのだが……新たなダメージはほぼ無い。つまりそれほど完璧にあの凄まじい速度の矢を掴んだと言う事。

 

「……(まっずい……スマッシュホームラン使ったから、ガンホエールに回せる魔力が……くそぅ、出来れば三本は貯めたかったけど、二本が限界だね)」

 

 アリシアは即座に体を反転させ、再び低い高度で逃げる。あまりに低い高度、地面すれすれをアリシアが飛び、その後ろをシグナムが追う。

 当然アリシアとシグナムの飛行速度には大きな差があり、二人の差はぐんぐんと縮まっていく。アリシアも当然直線では距離を詰められると理解しており、廃ビルの間を器用に抜け、少しでも逃げようとしている。

 

 しかし広い訓練場に再現された街は、当然の如く広く狭い路地ばかりでは無い。ついにアリシアは大通りに追い立てられ、ここからシグナムとの距離が一気に縮まる……筈だった。

 

「ハーヴェスト・クレイジーアップル!」

 

「ッ!?」

 

 アリシアが手を振った瞬間、いつの間にか手には№2アリアドネが装備されており、最初にこれを使った際にこっそりと張り巡らせた魔力糸が一斉に爆発する。

 背の高いビルが崩れ、シグナムの上部に瓦礫の山が壁の様に押し寄せてくる。訓練場に再現された建物は、それなりの強度を持っており、これだけの瓦礫が降り注げばシグナムとてタダでは済まない。訓練場自体の設定が非殺傷である為物理ダメージは受けないが、今の消耗した状態で喰らう訳にはいかなかった。シグナムであればこの程度の瓦礫が降り注ぐ前に抜ける事は可能な筈だが……上空の道は塞がれた。これがアリシアの狙いだとするなら……

 

 シグナムの考えを肯定する様に、アリシアは腰のホルダーからガンホエールを抜く。シグナムの視線の先、構えられるガンホエールの銃身には……赤い二本のラインが走っている。

 

「……(なんだ、あの赤い模様は? 最初奴が展開した際には、無かった筈……あれは、まさか! 魔力か!?)」

 

「撃ち抜け! チャージブレイカー!!」

 

 №5ガンホエールに備わっている能力は、魔力の蓄積と一斉発射。引き金を引くまで注がれる魔力を貯め続け、トリガーを引くと同時に、蓄えた魔力の全てを砲撃魔法として発射する。性質上、連射は不可能だが、その一撃の威力はフォーチュンドロップの七つの形態の中でも、特殊な一つを除いて最高火力。

 正しく渾身の一撃と言える砲撃魔法は、一直線にシグナムに迫る。

 

「引けば、負ける……ならば! 貫く!」

 

 シグナムの行動は早かった。迫る砲撃魔法に対し、突き出す様にレヴァンティンを構え、カートリッジをロードして先端に魔力を集中させ全力で空を駆ける。

 自身が矢になったと言える全力の一撃を持って、アリシアとシグナムの一撃が衝突する。

 

「疾風迅雷!」

 

「うっそっ!?」

 

 死力のぶつかり合いを制したのは……シグナムだった。圧倒的魔力が集中された突きにより、アリシアの砲撃を貫く。

 そしてそのまま速度を維持し、シグナムは一瞬のうちにアリシアの懐に飛び込む。

 

「紫電一閃!」

 

「あぐっ!?」

 

 シグナムの一撃がアリシアの体を捕らえ、アリシアが吹き飛び地面を転がる。それは先程まで幾度となく見てきた光景ではあったが、今回は今までとは違った。

 

「……手ごたえ、ありだ」

 

「ぐぅ……あぅ……」

 

 全力の一撃を破られ、僅かに硬直した体。ほんの数コンマアリシアの思考が固まり、完全にシグナムの一撃がその体を切り裂いた。

 

 地面に倒れたアリシアは、震える手を動かして必死に起き上がろうとしているが……元々ダメージの蓄積していた体にあの一撃。今それは凄まじいダメージとなってアリシアに襲いかかっている。むしろ、これで気を失わなかったのが見事と賞賛すべき程だが、シグナムは冷静に……そして冷徹に剣を構える。

 

「無駄な質問だとは思うが……ギブアップするか?」

 

「……し……なぃ……」

 

「そうか、ならばトドメを刺す事が、強敵への礼儀だろう」

 

 もはやアリシアは起き上がれないだろう。これまで幾度となく敵を打ち破ってきたシグナムにはそれが分かる。更にアリシアの魔力は、先程の砲撃魔法でもう殆ど残っておらず……防御魔法もまともに使えないだろう。

 シグナムは最後まで全力で戦う事が礼儀だと考え、剣を構える。そして数秒の後、高速でアリシアに向かい剣を振るおうと……した。

 

「なっ!?」

 

 シグナムの攻撃は……止まった。いや、止められた。アリシアまで一直線に向かう途中、空中でその動きが完全に固まっていた。

 そして、倒れているアリシアの口元に……深い笑みが浮かぶ。

 

「……右手の緑の糸は、爆発する果実クレイジーアップル……左手の『透明な糸』は、相手を捕らえる粘着性の糸……アラクネ!」

 

「透明な魔力糸だと……いや、だが、そんなものをいつ!?」

 

 勿論魔力糸の色を変える事は出来る。透明にするのは多少難易度が高いが、決して不可能ではない。そしてその糸に相手を捕らえる効果を付与することも可能だ。しかし、いつの間にこれを張られたのか分からなかった。アリシアはシグナムの一撃で大きく吹き飛び、そして今も現在倒れ伏している。

 

「……この場所、見覚えない?」

 

「ッ!?」

 

 アリシアの言葉を受け、慌てて周囲を見渡してシグナムは気が付く。軽く爆発の被害を受けている周囲の建物、見覚えのある構図。そう、ここはアリシアがアリアドネを初めに使用した場所だ。

 そしてシグナムは瞬時に悟る。アリシアが背中を向け、一心不乱に逃げていたのは、先程急に反転して攻撃を仕掛けてきたのは……全て、予め仕掛けておいたこの場所に誘導する為。

 

「……(最初に緑の糸だけを使い、私に奴の魔力糸は緑なのだと錯覚させた? 馬鹿な、いつからこの展開を読んでいた!?)」

 

 周到に計画された罠に驚くシグナムの前で、倒れていたアリシアは震える手を地面に付き力を込める。

 

「ぐぅぁ……あぁぁぁぁ!」

 

「馬鹿な!?(あのダメージで立つだと? どれ程強靭な精神力だと言うのか……)」

 

 大ダメージを受けながら、雄叫びと共に立ち上がったアリシアの姿は……まぎれも無い怪物。そして、この状況はシグナムにとって圧倒的に不利、いやそれどころかこのままではただの的でしかない。

 慌てて糸の拘束を解こうと体と動かすシグナムに、アリシアは素早く手を向ける。するとシグナムの肩、体、足に青緑のバインドが浮かびあがる。

 

「三連バインド!?」

 

「……私のへっぽこバインドでも……三つなら、そう簡単に抜け出せないよ」

 

「くっ……」

 

「そして……これが、ラストターンだ!!」

 

 アリシアが今まで見せた攻撃の中で、最も火力があったのは先程の砲撃魔法。しかし、あれにはそれなりの時間が必要であり、しかも現状のシグナムの状態でまともに喰らったとしても、大ダメージは受けるが落ちる事は無い。アリシアにそれが分からない筈がないと思うシグナムの頭に、一つの言葉が蘇る。

 

「……(七つの形態を持つマルチデバイス……七つ? まだ、あと一つ…)」

 

「フォーチュンドロップ! №7! 『セブンスカード』!!」

 

 叫び声と共に、アリシアの最後のデバイス。今まで一度も使用していない……本当の切り札が姿を現す。

 

 アリシアの手に現れたのは、少し大きめの紫色に染まったカード型デバイス。形としては特別凄まじいものではないが、それを見たシグナムの目は驚愕一色に染まる。

 

「な、なんだ……その、馬鹿げた魔力は……」

 

 そう、アリシアが手に持ったカードからは桁違いの魔力が迸っており、彼女の力量から考えればそれはあり得ない大きさだった。

 

「教えてあげるよ。このセブンスカードは、カートリッジシステムと紫天の書の技術を合わせて完成した物」

 

「紫天の書!?」

 

「このセブンスカードは、他人の魔力と術式を保存し……行使できる!」

 

「なっ!?」

 

「発動は一度きり、一度使えばもう一回誰かに頼んで保存してもらわないと、ただの置物になっちゃうデバイス。でも、もう意味は分かるよね……このデバイスは、一度だけ他人の魔法を、その人の魔力で、私が発動できる!」

 

 アリシアへの切り札として、ディアーチェとユーリが作り上げた最高傑作。この一枚で武装隊一個小隊のインテリジェントデバイスが作れるほどの技術の塊。どんな物でも利用し、勝利を掴もうとするアリシアに贈った最強の一撃を生みだすジョーカー。

 

「セブンスカード……発動!」

 

「ッ!?」

 

 アリシアの掛け声と共に、セブンスカードは形を変える。あくまで気分重視の外見だけの再現だが、アリシアが手に持つデバイスは、シグナムにとっても見覚えのあるもの。示す色は「紫」。

 

「……(ディアーチェ、力を貸してね)」

 

「……エルシニアクロイツ」

 

 茫然と呟くシグナムの視線の先で、アリシアの周囲に古代ベルカの魔法陣が展開する。それは火力という一点においては他の追随を許さない広域殲滅型魔導師の必殺の一撃。いかにシグナムと言え、この一撃を受けては……しかしバインドを解くのは間に合わない。

 

「紫天に吼えよ、我が脈動、出よ巨重、集え暗黒、王命を下す、敵を屈服させよ!」

 

「……見事だ」

 

 それは騎士の誇りからか、シグナムは脱出が間に合わない事を悟ると、全身の力を抜く。それが全身全霊を尽くして挑んできた好敵手への礼儀。

 そして口からは嫌味の無い、心からの本心が零れ落ちる。

 

「我が暗黒、ここに極まれり! 平伏せよ! ジャガーノート!」

 

 黒き暴虐の閃光がシグナムを飲み込み……勝者は一滴の涙を溢して咆哮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




№1「ワンチャンあった」
№4「遺憾である」


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拝啓:母さん、私にも弱い所はあります

 報告が予定より少々長くかかり、なのは、フェイト、はやての三人は逸る気持ちで地上本部に移動する。いや、逸る気持ちなのは、姉が心配なフェイトと命の危険を感じるはやてであり、なのはは未だ、二人より遅れてついていっている。

 

「……(早い。早いよ二人共……さ、最近ちょっと体力付いてきたと思ったのに、まだまだかなぁ? あ、そう言えば、デザートフェアって週末までだったよね? 二人とは休み合わなかったし、シュテル誘おうかなぁ)」

 

 そして早歩きの二人についていきながら、全然関係ない事を考えていた。

 

 本局から地上本部訓練場への道はそれなりに距離があり、三人が訓練場に辿り着くと、観戦スペースは静かなもので、強化ガラスの前にはヴィータとヴァイスの姿があった。

 

「ヴぃ、ヴィータ! どうなった!?」

 

「……」

 

 はやてが慌てた様子でヴィータの元に駆け寄るが、ヴィータは沈黙したまま。乱入等をしていないと言う事は、やばい事態にはならなかった筈だが……

 

 そして沈黙の中で、独り言のようにヴァイスが口を開く。

 

「……すげえ」

 

「「「え?」」」

 

「パワーもスピードもテクニックも、シグナムの方が圧倒的に上だ。なのに、なのに……やりやがった」

 

「「「!?」」」

 

 ヴァイスの呟きに三人が首を傾げ、直後にヴィータの呟きを聞いて、驚きと共に三人も訓練場を覗き込む。訓練場は大きな煙に包まれており、次第にそれが晴れて来ると大きな声が聞こえてきた。

 

「やっっったあぁぁぁぁぁ!!」

 

 煙が晴れ三人の視界に映ったのは、微かに涙を流しながら、両手を天に突き上げて咆哮しているアリシアと、地面に倒れているシグナムの姿であり……それがどういう結果かすぐに理解する。

 

「ほ、ホンマに勝ったんか!?」

 

「シグナムさんに勝つなんて、アリシアちゃん。凄いね」

 

「……お姉ちゃん」

 

 三者三様の驚きの声を上げるが、そこではやてはある事実に気が付く。アリシアは……泣いている。誰がどう見ても嬉し涙だが、泣いている。それが意味する所を考え、はやての顔はどんどん青ざめていく。

 普通ならこれは嬉し涙で、先の話はなしになる筈だが……フェイトがどう判断するか分からない。はやては青ざめた顔で恐る恐る隣に視線を動かす。

 

「って、あれ? フェイトちゃんは?」

 

「え? さっきまでここに……」

 

 いつの間にか隣に居たフェイトが消えており、なのはとはやてはキョロキョロと視線を動かす。すると『訓練場の中から』声が聞こえてきた。

 

「お姉ちゃあぁぁぁぁん!」

 

「うぉっ、フェイト!?」

 

「はっやっ!? いつの間に、移動したんや!?」

 

 観戦スペースから訓練場内に移動するには、一度外に出て別の入り口から入り直す必要がある。広い訓練スペースなので、移動にはそれなりに時間がかかる筈だが……フェイトは正しく閃光の如く移動し、アリシアに飛びついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ありのままに今起こった事を話すぜ。私はシグナムとの戦いに勝利し、地面に着地したと思ったら、横から飛びつかれて吹き飛んでいた。な、何を言ってるかわかんねぇと思うが、私も何をされたのか分からなかった。てか、フェイト本当にどこから現れたの!?

 

「お姉ちゃん、凄い! シグナムに勝つなんて本当に凄いよ!」

 

「あはは、お姉ちゃん頑張ったでしょ?」

 

「うん!」

 

 まぁ、フェイトが可愛いし、胸の感触が柔らかくて素敵なので気にしない事にしよう。いや、それにしてもギリギリだったね。しばらく足に力入らないや。

 

「……やっぱり、お姉ちゃんは、私の予想なんて簡単に越えて行くんだね。まさか、もう『私やなのはよりずっと強くなってる』なんて思わなかったよ。やっぱり、お姉ちゃんは凄い!」

 

「ファッ!?」

 

 何言ってるんだ? うちの妹……なんで人が苦労して、本当に苦労してハードル越えたら、更に倍位高いハードル用意してくるの!? その内、私が世界最強だとか言い始めるんじゃなかろうか……や、マジ勘弁してください。

 

「あ、そうだ! お姉ちゃん怪我してない!? どこか痛かったり……」

 

「いや、非殺傷なんだし怪我はしてないけど、まぁ節々は流石に痛いね……え?」

 

 心配するフェイトに対して、出来るだけ明るく答えたんだけど……その直後フェイトの姿が消える。あ、あれ? どこ行ったんだろ?

 

 そして数秒後、フェイトは再び目の前に現れた……シャマルを抱えて。

 

「シャマル! お姉ちゃんの治療を!!」

 

「……あ、あれ? 私今、休憩に入って、はやてちゃんの言葉が気になったから、訓練スペースに向かってたのに……何でもう居るのかしら?」

 

「はやく! お姉ちゃんを!」

 

「あ、はい!?」

 

 拝啓、母さん。うちの妹、どんどん速くなってるんだけど……と言うかそろそろ、人類の限界を越えた速度で動きそうなんだけど……

 

 フェイトの剣幕に押されながら、シャマルは慌てて私の方に治療をしようと歩いてくる。

 

「あ~私は、後で良いよ。先にシグナム見てあげて……うちの妹が、ごめんね」

 

「分かったわ……フェイトちゃん、以前より倍ぐらい速くなってない?」

 

「なってるよ。てか、倍じゃ済まないかも……」

 

 シャマルには先にシグナムを見てもらう。と言うか魔力ダメージで怪我なんてないんだから、大丈夫なんだけど……過保護な所は母さんに似てるね。てか、やっぱり、私よりフェイトの方が母さんに似てない?

 

 そしてシャマルの気付け魔法でシグナムが目を覚まし、なのはとはやて、後ヴィータと……ヴァイスくんだったっけ? 四人が歩いてくる。そしてそれぞれ一言二言労いの言葉をかけてくれ、あんまり話した事無いヴァイスくんが少し興奮した様子で話しかけてきた。

 

「いや~凄ぇ戦いを見せてもらいました。シグナム姐さんとの試合運び、勉強になりました『アリシアの姐御』!」

 

「ファッ!?」

 

 おいこら、どういう事だ? こんな愛くるしい美少女捕まえて、そんな物騒な呼び名を付けるなんて。舎弟か? 舎弟なのか? じゃあ、焼きそばパン買ってこい。

 

「了解っス!」

 

「いやいや、本当に行かなくて良いからね!?」

 

 私の冗談を真に受けてダッシュしようとしていたヴァイスくんを止める。てか私たぶんヴァイスくんより年下だよね? いや、まぁ本人が良いならそれでいいけど……

 

 そして少し呆れている私の元に、シグナムが歩いてきて握手を求める様に手を伸ばす。

 

「素晴らしい戦いだった。私も色々と勉強できた……出来れば、また剣を交えたいものだな」

 

「こっちこそ、いつでも受けて立つよ!」

 

「そ、そうか! では、さっそく今から、再戦を……」

 

 固く握手を交わしながら、シグナムが凶悪に見える笑みを浮かべながら告げて来る。うっわ、この人マジモンのバトルマニアだよ。ホント困っちゃうよね。私なんてシャマルのお陰で少し回復したとは言え、魔力殆ど残ってないんだから。

 

「ちょお、シグナム。無茶を……」

 

「よっし、やろう!」

 

「ほら、アリシアちゃんも困って……やるんかい!?」

 

 やれやれ、さっき以上の逆境じゃないか……この全然万全じゃない状態で、シグナムと戦うなんて……超燃える展開だね! 才能の差が、戦闘力の決定的な差ではないと教えてえ上げよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後シグナムと決着の早いポイント制で5戦して、王様への報告があるからと、皆と別れて本局の廊下を進んでいた。

 

「おう、さ、まぁあああああ~」

 

「ぬぉっ!? なんだ、貴様! どこから沸いた!?」

 

 前方に歩く王様を発見したので、助走つけて飛びつく。後ろからおんぶみたいな形で抱きつき、王様の首筋に顔を埋めながら言葉を続ける。

 

「王様、勝ったよ~」

 

「分かったから、ひっつくな! お、おい!? どこに手を入れておる!」

 

「うっわっ!? 王様の肌、すべすべだ!」

 

「こ、こら! き、貴様……いい加減に……デモンズゲイト!」

 

「ぎにゃあぁぁぁ!?」

 

 調子こいてたら、詠唱省略した暗黒魔法で壁に叩きつけられた。くっそ痛い。もうちょっと優しく引き剥がしてくれてもいいのに……いや、でも、本当に王様の肌すべすべだったなぁ。栄養バランス良い食事に、美容にもやっぱり気を付けてるのかな? 流石だ。

 

「うぅ、王様のいけず……」

 

「黙れ! 盛りのついた犬か貴様は!!」

 

「え? 子犬みたいに可愛いって?」

 

「……一度死なねば、その馬鹿は治らんらしいな……」

 

 いつも通り、王様と会話のドッジボールを交わした後で、簡単に今回の顛末を説明する。ガチのノックダウン制で何とか勝利をおさめた事。その後のポイント制でも3;2で勝ち越した事。これで第一の関門を突破できたので、正式に局員を目指す事。

 

 王様は私の報告に何度か頷いた後、軽く微笑みを浮かべる。

 

「一先ずは、よくやったと褒めておこう。貴様の努力が報われたな……我も己の事の様に嬉しく思う。良く頑張ったな、アリシア」

 

「ふぇ!? あ、ああ、うん。あ、ありがと……」

 

「……どうした?」

 

「ど、どうもしないもん!」

 

 あ、あれ? 何だろうこれ、上手く喋れないし、何か顔が熱い気がする。ちょっとアタフタしている私を、王様はしばらく眺め、何かを思いついた様に尋ねてくる。

 

「……貴様、もしかして……褒められて、照れているのか?」

 

「ち、ちげぇし! そんなんじゃ、ないし!」

 

「思い返してみれば、以前ユーリに褒められた時も、目線を逸らしておったな。それに我が遠回しでは無く褒めたのは初か……普段茶化すように自分を可愛いとか言ってるのは、逆にそう言われない為か……」

 

「だ、だから、そう言うのじゃなくて……」

 

 まずい、これは不味い。いらんとこに気付かれた。フェイトの賞賛は身の丈に合ってないレベルなので、恥ずかしいと言うより呆れる方が多いし、妹だから尊敬されるってのはちょっと嬉しかったりもする。

 

 でもあくまでそれはフェイトのフィルターで見ている結果であって、私自身が褒められる様な要素は全く……

 

「なんだ……可愛い所もあるではないか」

 

「にゃっ!? ち、違っ……ほら、私生意気でお調子者だし、可愛いとかそんなの無いって」

 

「まぁ、それは確かに」

 

「そこは否定しろよ!?」

 

 ぐぅ、この流れはやばい。いつもと攻守が逆転してるってか、全然思考に余裕がない。あかん。これ後で思い出して身もだえするやつだ。

 私が引き続き混乱していると、王様は優しげな笑みを浮かべて私の頭を撫でる。

 

「だか、そんな所も含めて……お前の強さは、心から尊敬している」

 

「あうぅぅ……」

 

「く、くく、ははは」

 

「王様!」

 

「すまん、すまん。いつもとのギャップが面白くて、ついな」

 

 今まで見たことない様な笑顔で笑ってやがる。むぅ、このままで良い筈がない。なんとか、何とか逆転しなければ……

 

 必死に頭を回転させ、ひたすら打開策を考える。今の流れで何と言おうと、王様は私を褒めてくるだろう。それは駄目だ……恥ずかしい。よっし、あの手だ。覚悟しろ王様。

 

「すぅ~」

 

「うん?」

 

「誰か~! 貧乳ツートンが、私の貞操を狙って襲いかかってくる~!」

 

「お、おい、貴様何を……」

 

 思いっきり大声で叫ぶと、廊下を歩いていた何人かの局員が振り返り、その視線が私達に集中する。

 

「私の体が欲しいとか言って、迫ってくる~!!」

 

「なにっ!? ま、まて、我はそのような事は……」

 

「ぎゃ~肩を掴まれた! 押し倒される~!」

 

「いい加減にしろ貴様! 我を社会的に殺す気か!?」

 

 数人の視線が注がれて、先程のとは逆に王様が慌てふためく。ふふふ、私をいじろうとするからこうなるんだ。よっし、このままさっきの分も取り返すぐらい……

 

「デモンズゲイト!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!?」

 

 しかし例の如く私は物理で黙らされ、昼下がりの本局に、私の叫び声が木霊した。

 

 

 

 

 

 




予定通り、次回よりアリシアは局員を目指します。

残念ながら既に言っている>世界最強。

アリシアは自分で茶化す分には問題ないですが、褒められるのが苦手で、すぐ真っ赤になります。


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拝啓:母さん、友達沢山できてます

 

 管理局本局の広い廊下では、私と王様が今だ戦い続けていた。や、戦いと言っても模擬戦してるとかそういうのではなく、今までの恨みだと言わんばかりに私をいじろうとしてくる王様を撃退……撃退しようとして、物理的に叩き潰されていた。

 

「いった……うぅ、暴力反対」

 

「黙れ、大騒ぎしおって……誤解を解くのがどれだけ大変か」

 

「本当は、嬉しいくせに……」

 

「デモンズゲイト!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」

 

 再び壁に叩きつけられる。く、くそう、下手に出ていれば、調子に乗って……私にも切り札があるんだと言う事を、思い知らせてやらねばなるまい。

 

「デモンズゲイト三発! 謝罪と賠償を要求する!」

 

「……すまぬ。頭の打ち所が悪かったようだな」

 

「そう言う謝罪じゃない!? ふふん。そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だよ。私が切り札を切ったら……申し訳ありませんでした。昼食をご馳走しますので、それだけは……って謝る事になるんだからね!」

 

「ほぅ、面白い。やってみろ……先の様な手でくるのであれば、開口一番吹き飛ばすが……」

 

 王様は余裕の表情で腕を組みながら私を見つめる。どんな手で来ても、物理で黙らせれば良いとか思ってるんだろうけど……そうはいかないよ。

 

「言っとくけど、この切り札は本気でヤバイよ。あまりのヤバさに私も躊躇うくらい」

 

「……それほどのもの? 一体何をするつもりだ」

 

 本当にこの切り札はやばい。確実に効果は出るし、正しく一発逆転になりうるだろうけど……あまりの凄まじさに、私自身これ使っちゃうのは不味いかななんて思ってる。

 私が告げた言葉を受けて、王様は怪訝そうな顔でどんな内容か尋ねてくる。

 

「……通信でフェイトに泣きつく」

 

「申し訳ありませんでした。昼食をご試走しますので、人間やめかけてる妹を召喚しないで下さい」

 

「早ッ!?」

 

 先程までの余裕は何だったのかと言う程、王様は一瞬のうちに綺麗な角度で頭を下げてくる。凄まじいフェイト効果……ってか、人間やめかけてるって、うちの妹は周囲からどう思われてるんだろう? い、いや、確かに私も最近、フェイトが人外の領域に片足踏み込んできた様な気がしてるけどね。

 

「まぁ、昼ぐらいならよい。祝いも兼ねてな」

 

「ありがと~じゃあ、どこで食べよっか?」

 

「ここの食堂で良いだろう。流石管理局本局の食堂だけあって、一流店にも引けはとらんぞ」

 

「おぉ、美味しいって評判だよね」

 

 管理局本局内でも一際大きな食堂は、安い、早い、美味いと三拍子揃っており、メニューの数たるや管理世界のご当地料理までよりどりみどり。料理人は高級店の料理長クラスがわんさかいるとかで、どの品も絶品と聞いている。世間的にもそれは有名で、食べたいと言う人は後を絶たないが、局員と許可を得た者しか食べられない。この食堂で食事をする為だけに、局員になるって人もいる位美味しいらしい。

 

「でも、私、今はまだ局員じゃないよ?」

 

「構わん。我の客として許可を取る。その程度の権力は持ち合わせている」

 

「おお! よ、流石一気に三尉まで駆けあがった出世頭!」

 

「や、やめんか、たわけが……」

 

 王様は、なんか上級キャリアって言う凄い資格を先日習得して、上層部からも後の幹部として期待されている人物だ。今でこそただの捜査官だけど、昇進スピードは同世代の中でも群を抜いており、遠くない内に提督となって船を持つのではないかと噂されている。

 ちなみにユーリは曹長で、シュテルは二士でレヴィは最近一士になった筈。シュテルは以前二士だった時に、なのはを助けた件で降格処分を一度受けている。その為、レヴィの方が若干昇進は先らしい。でもシュテルの実力は誰もが認めているし、すぐに一士に昇進するだろうとは思うけどね。後、余談ではあるけど、フェイトとなのはは共に一士。はやては曹長で、上級キャリアの勉強中って聞いている。

 

 王様と一緒に食堂に向かって廊下を歩いていると、王様がふと思い出した様に話しかけてくる。

 

「そう言えば、貴様。これから局員になるのだろう? 魔導師志望なら訓練校だが、どこに行くつもりだ?」

 

「フェイトとなのはが出たって言う、第四陸士訓練校にしようかな~って思ってる。そう言えば、王様はどこの学校出たんだっけ?」

 

「我か? 第二士官学校の短縮プログラムだ。合わせて武装隊訓練も受けたがな」

 

「うへぇ、そこ超難関だって聞いたよ」

 

「そうか? ただ出題範囲が広いだけで、問題自体は学べば誰でも解ける」

 

「……頭の良い奴は皆そう言うんだよ」

 

 管理局には、かなり多くの訓練校が存在する。なのはやフェイトが卒業した陸士訓練校は、主に魔導師育成に力を入れている学校で、入学試験は簡単らしく、推薦生用の短縮プログラムもある。逆に魔導師訓練校で難しいのは空士訓練校。こっちは飛行魔法の習得が絶対条件だから、結構なエリート校らしい。でも確か、こっちには短縮プログラムは無いって聞いてる。王様がでた士官学校は、そのまま将来の幹部を育成する学校で、そこを出た時点で初級キャリアの資格を得る事ができるらしい。でもその分試験は桁違いに難関で、しかも短縮プログラムの条件が、計五種類の特別試験で満点取る事だった筈……王様すげぇ。

 

 まぁ、私がこれだけ色々知ってるのは、局員になる為どこに入ろうかな~って調べてたからだ。士官学校は初めから選択肢に無いとして、空士訓練校も即効切った。エリート学校とか、そう言うの凄い苦手だし……

 

「出来れば短縮プログラムで行きたいんだけど、推薦が居るんだっけ?」

 

「ああ、小鳥と黒ひよこは圧倒的な才能で自動的に短縮プログラムとなったが、貴様はそっちの方面では無理である以上、権力者の推薦を受ける必要がある。陸士訓練校は地上本部管轄……あそこには海嫌いも多い故、リンディ提督の推薦では難しいぞ?」

 

「あ~やっぱそうか、一つは推薦状書いてもらったんだけど、やっぱまだ足りないかな」

 

「なに? もう推薦状を得ているのか、どれ……」

 

 やっぱり当面の予想通り、才能の無い私だと推薦状がいるみたいだね。一応そう思って、一人地上本部の権力者に推薦状貰ったんだけど、まだ足りないか……

 

「ぶっ!? な、ななな……」

 

「どしたの? 王様?」

 

「なな……何故だ!? どんな裏技を使えば、貴様が『レジアス・ゲイズ中将』の推薦状を得れるのだ!?」

 

「え? そりゃ……執務室の扉、バーンって開けて、推薦状書いて~ってお願いしたからだよ。優しいおじちゃんで、すぐ書いてくれたし、この間は美味しいご飯に連れてってくれたよ」

 

「将官の執務室に乗り込んだ!? 貴様は本当に……はぁ……もう良い」

 

 地上本部のレジアス・ゲイズ中将……私はレジアスおじちゃんって呼んでるけど、私の事をまるで子供みたいに可愛がってくれる優しい人だ。何度か娘さんのオーリスお姉ちゃんと一緒にご飯に連れてってくれた事もある。良い人って一杯いるもんだよね。

 

 呆れた様に肩を落とす王様と一緒に、更に廊下を進んでいると前方から見知った人物が歩いてきて、それを見た王様は背筋を伸ばして敬礼する。

 

「これは、ミゼット議長。お疲れ様です」

 

「あ、ミゼットおばあちゃんだ。こんにちは~」

 

「き、貴様!? 何を無礼な……」

 

「あら、アリシアちゃん。こんにちは、今日も本局に来てたのね」

 

「……は?」

 

 ミゼットおばあちゃんに駆け寄る私を、王様が慌てて止めようとしたけど、ミゼットおばあちゃんの声を聞いて止まる。口を大きく開けて硬直している王様を尻目に、私はミゼットおばあちゃんと簡単に雑談をする。

 

「ああ、そうだ。知り合いに貰ったお菓子なんだけど、アリシアちゃんよかったらどうぞ」

 

「うわっ、やった~! ありがとう、ミゼットおばあちゃん」

 

「ふふふ、喜んでくれて嬉しいわ」

 

 そう言いながら優しく頭を撫でてくれる手はとても温かい。おばあちゃんってこんな感じなんだろうな~母さんの両親は早くに無くなったみたいで、私にはおばあちゃんとか居無かったからねぇ……

 

「そう言えば今日は、レオ―ネおじいちゃんとラルゴおじいちゃんは?」

 

「!?!?」

 

「ああ、二人共お仕事よ。また会いに行ってあげてね。私達三人はアリシアちゃんの事、本当の孫みたいに思ってるからね」

 

「あはは、ありがとう」

 

 視線の端で、王様が自分の頬っぺたを思いっきりつねってるのが見えたけど、一先ず今は気にしないでおこう。そう言えば……ミゼットおばあちゃん達って結構偉いって聞いた気がする?

 

「そうだ、ミゼットおばあちゃん。私短縮プログラムで訓練校に入りたいんだけど、推薦状書いてくれないかな?」

 

「推薦状? ええ、勿論いいわよ。あの二人も書きたがるでしょうから、明日までには用意しておくわ」

 

「やった! ありがとう!」

 

「それじゃあ、私はこれで失礼するわね。アリシアちゃん、またうちに遊びにおいで、美味しい料理作っておくからね」

 

「うん。また遊びに行くね」

 

 手を振りながら去っていくミゼットおばあちゃんに、私も大きく手を振って見送る。やっぱり優しいおばあちゃんだ。推薦状も簡単に書いてくれるって言ったし、今度お礼に肩叩きしよう。

 

 そしてミゼットおばあちゃんが見えなくなると、固まっていた王様が徐々に震え出し、困惑した表情で私の襟首を強く掴む。

 

「ぐぇっ……」

 

「き、貴様! い、一体どこで『伝説の三提督』と知り合った!?」

 

「い、いや、前に道に迷った時に助けてもらって、それ方時々遊びに行ってる」

 

「……多くの士官が泣いて羨ましがるようなコネクションを簡単に……変な所で恨みを買っても知らんぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんな出来事がありつつも食堂に辿り着くと、そこは人でいっぱいだった。お昼時は少し過ぎている筈だけど、流石管理局。人員が半端じゃないね。

 

 食事をしている沢山の人達の横を通り過ぎながら、食券を買う機械に向かっていると、何度か声を掛けられる。

 

「お、アリシアちゃんじゃないか。食堂でみるのは初めてだな」

 

「えへへ、王様にご馳走になりに来ました」

 

「アリシアちゃんじゃない。今日のカルボナーラは絶品だったわよ」

 

「ホントですか? う~ん食べてみようかな……」

 

「おお、アリシアくんじゃないか、久しぶりだね」

 

「お久しぶりですね。お腹の調子はどうですか?」

 

「お、アリシアちゃん。また魔法で分からない事があればいつでも聞きなよ」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 口々に声をかけてくれる人達に笑顔で答えつつ、唖然としている王様と一緒に食券を買う機械の前に立つ。う~んカルボナーラ美味しいって言ってたし、食べてみようかな? 私クリーミーな味付け大好きだし、母さんにもよくシチューおねだりしてたなぁ……

 

「……チビひよこ……お前の人脈はどうなっている……」

 

「どうなってって、よく本局に通ってたから、すぐ仲良くなったよ? 端末のメモリーも1000件超えてるし」

 

「……(本人はそんな気は無いのだろうが……カリスマと言うやつか、まさかこんな所に才能が転がっているとは……奇妙なものだ。味方が誰よりも多い、繋がる力こそ……アリシアの最も優れた力か……)」

 

「あ、そうだ。折角だし……皆~私局員になりたいんですけど、推薦状書いてくれる人いませんか~」

 

 折角知人が沢山いるので、推薦状を書いてくれないかとお願いする。ありがたい事に、皆優しく沢山の手が上がり、これだけあれば大丈夫だと感じる事が出来た。持つべきものは友人だよね。

 

「これ位あれば、足りるかな? 王様」

 

「十分過ぎるわ……自分の首を絞めている様なものだがな」

 

「へ?」

 

 王様の不吉な呟きはかくして現実となる。この行為が、訓練校での私のハードルを跳ね上げるとは、この時は全く気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四陸士訓練校……多くの魔導師候補生達が訓練に励む訓練校。その学長室では、穏やかな印象を受ける年配の女性が座っており、目の前にある机には山の様な推薦状が置かれていた。

 

「凄いわね。レジアス中将、ミゼット本局総幕議長、レオーネ法務顧問相談役、ラルゴ武装隊名誉元帥……将官、佐官の推薦状も合わせて38……全てを合わせると、100を軽く超える推薦状……」

 

 第四陸士訓練校学長、ファーン・コラード三佐は、山と積まれた推薦状を見ながら独り言を呟く。いまだかつてない程大量の推薦状が届いたのは今朝の事、大きく名をはせる将官から有望な若手のホープまで……皆総じてこの推薦状に書かれた人物を評価していると言う事……

 

「アリシア・テスタロッサ……フェイトさんの姉……今まで噂は聞かなかったけど、もしかして『世紀の天才』なのかもしれないわね。少し、フェイトさんに聞いてみようかしら」

 

 アリシアにとっては正しく誤算な出来事ではあるが……ファーンは聞く相手を完全に間違えた。アリシアが実は凄い才能を持った人物かもしれないと、一番聞いてはいけない人物に聞いてしまった。

 

 そしてアリシアが入学する頃には、彼女は第四陸士訓練校講師陣の間で、なのは、フェイトを遥かに上回る天才魔導師として認識されていた。

 

 

 

 




アリシアは本局では皆のアイドル。

明るく真っ直ぐな性格は、特に年配のお偉方に可愛がられています。

そして意図せずハードルを上げてしまいましたが、訓練校へ入学します。半分位はシスコンのせい。


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拝啓:母さん、甘いもの大好きです

 パッと見るだけで豪華だと分かる広い部屋。窓からは絶景と言える景色が広がっている。そんな普段はそうそう来ない高級ホテルに私、フェイト、王様、ユーリの四人が来ていた。

 

「でも、ディアーチェ。私まで一緒に来ても良かったの?」

 

「レヴィが自業自得ではあるが、貯め込んでいた仕事のせいで今日も出勤になった故、空きができた」

 

「そうそう、そもそも。王様が私に負けたから、デザートバイキングに来てるんだし、遠慮する必要はないよ」

 

「ぐぬ……」

 

 そう、以前王様が私が勝ったらデザートバイキングに連れて行ってくれると言った件で、私が勝利した。王様は約束はちゃんと守る人だから、予約してくれて今日連れてきてくれた。レヴィは残念ながらさっき王様が言った様に休日出勤で、半泣きになってたらしい。で、予約枠が空いたので、王様がフェイトを連れてくればいいと言ってくれて、フェイトもうまい具合に有休が取れてこの場に居る。勿論王様はシュテルも誘ったみたいなんだけど、何か先約があるとかで出かけちゃったみたい。

 

「ディアーチェ、あまり単独での戦闘に向いてないんだから、お姉ちゃんと一対一で戦うのは無謀だよ。せめて5対1くらいで戦わないと……」

 

「あ、あぁ……そうだな」

 

「……アリシアさん、大変ですね」

 

「……ホントね」

 

 クソ真面目な顔で王様に話す我が妹を見ながら、私は大きなため息を吐く。どうやらフェイトの中では、私は王様を遥かに上回る強者にカウントされているらしい。2000敗以上してる私に何言ってんだこの子……

 いやもう、ある意味いつも通りのフェイトに苦笑しながら、バイキングが始まるまでの時間に席を確保したりして待つ。

 

 どうやら私達はかなり早く到着したみたいで、窓際の良い席を確保する事ができた。6人用テーブルだけど、完全予約制のバイキングなので相席になるほど埋まる事は無いから安心だ。景色を眺めつつ、順々に埋まっていく席を見ながら雑談をしていると……聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あ、もう良い席は埋まっているね」

 

「ええ、ですが十分空きは……おや?」

 

「うん?」

 

 聞き覚えのある声と共に、まるで姉妹の様に似た二人が歩いてきて目が合う。少しの沈黙、驚いてる凄く見覚えのある二人。

 

「……なのは?」

 

「それに、シュテル。どうしてここに?」

 

 硬直する空気の中で、フェイトとユーリが呟く。なのはは少し青ざめた顔をしているが、シュテルの方は全く気にした様子も無く口を開く。

 

「いえ、以前からナノハに誘われておりまして、休みを合わせて来ました。成程、ディアーチェ達が出かけると言っていたのはここでしたか……でしたら、初めから同行すれば良かったですね」

 

「……へぇ、なのはが誘ってねぇ~」

 

「え? あ、えと……アリシアちゃん?」

 

「さあ! 丁度ここ二席空いてるし、折角会ったんだから座りなよ。ほら、なのは、私の隣空いてるよ」

 

 これは何とも面白そうな場面に遭遇した。ちょっと意外な組み合わせではあるけど……成程ねぇ、それで最近シュテルが教導官資格の勉強だとかしてたんだ。

 

 今私達が座っている席には、私とフェイト、王様とユーリが向かい合って座っており、私は笑みを浮かべながら隣の席を叩く。

 

「あ、い、いや……私は、ディアーチェの隣に……」

 

「失礼します、ディアーチェ」

 

「うむ」

 

「あ、ちょっ!?」

 

 私の好奇心満々な気持ちを察したのか、なのはは私の隣に座る事から逃げようとするが……そんななのはの心境を全く理解して無いシュテルが、さっさとディアーチェの横に座ってしまう。

 もうこれで別の席に逃げる事も出来なくなり、なのははガックリと肩を落としながら私の隣に座る。そんななのはの肩に手を回しながら、私は笑みを浮かべて呟く。

 

「ごめんね~なのは。折角の二人っきりを邪魔しちゃったかな?」

 

「ふぇっ!? い、いや違うから、そう言うのじゃないからね!?」

 

「そう言うのってどうゆうのかな~? 他の人を誘わず二人で休み合わせてきてるのに~?」

 

「あぅ、あぅぅ……」

 

 私の言葉を聞いて、なのはは面白い位に慌てふためき、顔を真っ赤にして俯いてしまう。う~む可愛い。確かにそう言う、色恋沙汰とか苦手そうな雰囲気あるけど……ここまで分かりやすく慌てると、それは非常に面白い。

 

「お姉ちゃん。あまりなのはをいじめないであげてよ」

 

「……フェイトちゃん」

 

「別になのはとシュテルは最近、なのはが誘って一緒にご飯いってたり、一緒に執務官資格の勉強したいって誘ったり、前に病室でりんご食べさせてって甘えてたぐらいで……別におかしい所は無いと思うよ」

 

「フェイトちゃん、それフォローじゃないからね……トドメだからね……」

 

 流石高速機動型魔導師。私ですら寒気のする急所への一撃……私から初めといてアレだけど、なのはがちょっとかわいそうになってきた。まぁ、止めるかどうかは別として……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局なのははバイキングが始まるまで、アリシアにいじり倒され、真っ赤な顔で机に伏していた。

 デザートバイキングが始まると、それぞれ好みのものを取りに移動し、順々に席に戻ってくる。ビターなものが好みのディアーチェは甘さ控えめのチョコレート菓子を数点。果物が好きなユーリはタルトを二つ。普通に甘いものが好きななのはとフェイトは、それぞれケーキを一つ。食べる事にも効率を求めるシュテルは、一口サイズの焼き菓子を数点と、それぞれ個性に合わせたものを選んでくる。

 

「……あれ? お姉ちゃんは?」

 

「……あそこだ」

 

 アリシアがまだ戻ってきていない事に首を傾げるフェイトに、ディアーチェが遠方を指差し、全員の視線がそちらに向く。視線の先では焼き菓子のライブクッキングをしており、アリシアがパティシエに話しかけていた。

 

「おぉ~凄い! 精巧な技術って感じですね~」

 

「分かるのかい? お穣ちゃん」

 

「ええ、カッコイイですよ」

 

「ははは、可愛い子にそう言われると照れてしまうね。っと、ほら出来たてだよ」

 

「やった~ありがとう!」

 

 パティシエの男性は明るく話すアリシアに笑顔で答えながら、出来あがったお菓子の中でも一番良くできたものをアリシアに渡す。

 

「アリシアちゃん、もう仲良くなってる」

 

「……彼女の社交性は凄まじいの一言ですね」

 

「黒ひよこも、あそこまでとは言わんが……少し見習うべきかもしれんな」

 

「あはは、返す言葉も無いよ」

 

 その男性だけでなく、ウェイターの女性などとも楽しそうに会話しているアリシアの姿。マッハで打ち解ける才能とすら言える社交性を見て、5人は苦笑する。

 アリシアはあちこちで雑談をしている様で、戻ってくるまではもう少しかかると思い、5人はそれぞれデザートを食べながら言葉を交わす。

 

「そう言えば……もうすぐ奴の結婚式だな」

 

「うん。来月だね」

 

「私の所にも招待状が来てたよ。楽しみだね」

 

 五人の話題の中心は、間もなく結婚式を行うクロノとエイミィの件。当然アリシアを含めて全員招待状は貰っており、その日を楽しみにしている。

 式は色々と相談した上、出来れば身内のみでと言う事で地球でとり行う事になり、今頃現地の関係者は忙しくしている事だろう。

 

「でも、こうして機会があると……何も変わってないようで、着実に変化してると実感しますね」

 

「そうだな。出会いを昨日の事に思い出せる反面、変化もまたすぐ訪れた様に感じるな」

 

「出会いか……懐かしいね。フェイトちゃん」

 

「うん。クロノと出会った日の事は、今もしっかり覚えてるよ」

 

 どこかしみじみした様な会話と共に、この中でクロノと一番早く出会った二人……なのはとフェイトは、かつての出来事をそっと頭に思い浮かべる。

 

 ジェエルシートを前にして対峙するなのはとフェイト、そしてその場に横やりを入れて現れるクロノの姿。なのはとフェイト……その両者の間に佇む様に現れた貫禄すら感じる姿。

 黒いバリアジャケットに包まれ、幼さを残しながら鋭さがある顔……

 

 現れたその男は――マッスルだった。見る人が見ればキレてると叫びたくなるバンプした上腕二頭筋。アップの効いた黒光りする三角筋。

 魔導師……その言葉と相反する鍛え上げられたバルクは、正しく時代への反逆と言えるだろう。そう、その男は――マッスル……

 

「お姉ちゃん……変なナレーション入れて、クロノをマッチョにしないで」

 

「いや、何か湿っぽい空気だったんで、つい」

 

「ぷっ、くく、ふふ……」

 

 そしてやはりシリアスな空気を台無しにしたのは、アリシア・テスタロッサその人だった。フェイトは呆れた様に溜息を吐き、なのはは口元を抑えて肩を震わせる。

 

「なのはには、受けたみたいだよ」

 

「ふふふ、だ、だって……顔はそのままで、筋肉モリモリのクロノくん想像しちゃって……あはは……」

 

 どうやら先程のアリシアのナレーションは、なのはのツボに入りこんだ様で、なのはは目に涙を浮かべる程笑いを堪えている。

 

「もぅ、なのは……」

 

「ごめん、ごめん」

 

「その男は、マッスルだった!」

 

「ぶふぅっ!? アリシアちゃん、もうやめ、あははははは……お腹痛い」

 

 何とか持ち直そうとしたなのはの耳元で、アリシアの追い打ちが炸裂。限界となったなのはは、思いっきり笑い転げる。

 なのはが収まるまで数分をかけ、アリシアは持ってきた大皿を置きながら席に着く。

 

「おい、チビひよこ……なんだその山は……」

 

「え? ほら、パティシエさん達がいっぱいくれたし」

 

 アリシアが置いた皿の上には、山の様にケーキやら焼き菓子やらが積まれており、その量は今まで五人が食べた合計よりも多かった。

 それに唖然とするディアーチェを尻目に、アリシアは次々デザートを口に運んでいく。

 

「いや~可愛いとこう言う時得だね。や、別に食べ放題なんだけど……う~ん。でもさ、冗談は抜きにしても……私ってそこそこ可愛い顔してると思わない? ねぇ、フェイト」

 

「世界一だと思う!」

 

「……あ~ごめん。聞く相手間違えた」

 

「え?」

 

 あっさりと先程までの話題を変え、おどけた様に告げるアリシアの言葉。フェイトが目を輝かせながら即答するが、アリシアは呆れた表情を浮かべて聞く相手を変える。

 

「どう思う? 王様」

 

「うん? まぁ、顔だけなら整っている部類だろう。喋ると台無しだがな」

 

「なんだ王様と一緒か」

 

「よし、貴様叩き潰して……いや、我が悪かった。だからその凶器を降ろせ黒ひよこ」

 

 いつものアリシアの軽口に、ディアーチェは即座に食ってかかろうとしたが……直後首の少し前にフォークが付きつけられているのと、それを構えているフェイトを見て即座に謝罪する。

 そしてその行為で、丁度スイッチが入ったのか……そこからシスコンは多いに甘えて、イチャついた。

 

「お、コレ美味しいよフェイト……ほら、あ~ん」

 

「あ、あ~ん。お、お姉ちゃんもどうぞ……」

 

「あ~ん」

 

 仲睦まじく、互いに食べさせ合う二人の姿は微笑ましく映るかもしれない。アリシアの前に空の大皿が10以上重なってなければ……

 ただ、なのはは羨ましくなった様で……少し考えてから勇気を振り絞り、対面のシュテルに話しかける。

 

「……あ、シュテル。コレも美味しいよ……た、食べてみる?」

 

「結構です。栄養バランスの観点から、これ以上食すつもりはありません」

 

「……あ、はい」

 

 そしてそれは速攻で却下され、なのははガックリと項垂れるが……意外な所から助け舟が現れた。

 

「なのはは友達と美味しいのを共有したいんだよ。ミニケーキ一つ分位、シュテルなら簡単に調整できるでしょ?」

 

「……成程、そう言った考えには至りませんでした。友人の願いを無碍にする所だったとは……感謝しますアリシア。ナノハ、身勝手ですがやはり頂いてもよろしいですか?」

 

「あ、うん! どうぞ」

 

 アリシアが出した助け船により、シュテルは先程の言葉を撤回。そして更にアリシアが巧く誘導し、なのはが手を添えて出したミニケーキは、シュテルの口に入る事になった。

 まさかあれだけ自分をからかっていたアリシアが、自分を助けてくれるとは思っておらず、なのはは感動した様な視線をアリシアに向ける。

 

「えっと、なのはとシュテルのイチャラブと……映像保存完了」

 

「……え?」

 

「後ではやてに送って上げよ~っと」

 

「ちょっ、ちょっと!? アリシアちゃん!?」

 

 感動したのも束の間、アリシアはどうやら今のシーンを録画していたらしく、保存したそれをあろう事かはやてに送りつけようと画策している。当然そんな事をされる訳にはいかず、なのはは必死に周囲を見るが……フェイトは、もう完全に蕩けた顔で甘えているので無理。ディアーチェは先程の件を思い出したのか、なのはから目を逸らす。ユーリは全く状況が分かってない様で、アリシアに「どんな映像ですか?」とか尋ねている。

 

 そうなるともう頼れるのはシュテルだけで、なのははシュテルの方に視線を向けるが……

 

「来られなかったハヤテの為になら、食べ物の映像の方が……いや、それでは嫌味になりますね。アリシアのものが最善ですね」

 

「全く分かってない!!」

 

「あはは、冗談冗談。そんなことしないよ。はい、なのは……マスターデータ送っとくね」

 

「ふぇ?」

 

 どうやらシュテルはこの場にこれなかったはやての為に、アリシアが現場の様子を送ろうとしたのだと勘違いし、なのはは誰も味方がいなかった事に絶望する。しかしアリシアはあっさりと映像のデータをなのはに送り、なのはの目の前で自分の端末のものは削除する。

 

「じゃ、後はご自由に……消すのも……鑑賞するのも~」

 

「ッ!? もう、アリシアちゃん!!」

 

「あははは」

 

 デザートバイキングの会場に、なのはの叫びが木霊した。

 

 そしてアリシアが食べた大皿が、30枚を越え全員が目を丸くしたのは……また別の話。

 

 

 




なのシュテである。

そしてフェイトは安定のシスコン。


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拝啓:フェイト、生まれてくれてありがとう

 割と空いているレールウェイに乗り、私は訓練校へ向かっていた。今日は記念すべき入学初日。まぁ、短縮プログラムなんで通常入学とは違う時期だけどね。

 私の通う第四陸士訓練校は、私達の……フェイトの家からレールウェイと徒歩で1時間ちょっとの距離。余談ではあるけど、フェイトはつい最近借りてた部屋を出て分譲マンションの部屋を購入した。次の試験で執務官になれたとしたら、やっぱり拠点はミッドチルダにあった方が良いって事で購入して、今は私と二人で住んでる感じだ。

 

 うん、間違いなくそれが理由だ。そう、その筈だ……あくまで偶然。陸士訓練校に私が入学するにあたって、前の部屋じゃ通えなくて寮に入ろうとしていたとか、そう言うのは全く関係ない。たった三ヶ月寮に入るだけなのに嫌だと泣きじゃくって、翌日クロノくんとリンディさんからお金を借りて、訓練校に通える位置に部屋を買ったとかそう言うのは本当に偶然の筈だ。でも、フェイトって地球の学校に通ってるんでしょ? まさか、ここから通うとか、私も同じ学校にとか言わないよね? 勉強嫌だぁ……

 まぁ、アレだね……甘えるフェイトは凄い可愛かった。ハードル滅茶苦茶上げてきたり、時々暴走したりするけど、最愛の妹と胸を張って言える。やっぱり妹は可愛いもんだね……フェイトだけじゃなく、私も寮生活は嫌かもしれない。

 

 そう言えば私が入学する短縮プログラムだと、通常の授業形態とは違い専属の講師がマンツーマンで指導を行ってくれるらしい。大体は手の空いてる講師が付くみたいなんだけど、私の専属は第四陸士訓練校の学長だと連絡を受けた。正直不安しかない。

 その学長はフェイトとなのはを担当したらしいから、フェイトの姉って事で私を担当してくれたのか……それとも推薦状が多すぎて、王様の言った様に私自らハードルを上げてしまったのかのどちらかだろうね。いや、流石に私もアレは多すぎるって思ったけど、折角皆が書いてくれたものを出さない訳にもいかなかったし……はぁ、先行き不安になってきたよ。

 

 今日は大事な用事があるから、早く帰りたいんだけどなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ第四陸士訓練校へ。学長のファーン・コラードです。よろしくね、アリシアさん」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 訓練校に辿り着いた私は、受付の案内で学長室に辿り着き、ファーン学長と挨拶を交わす。大きな机と応接用ソファーのある綺麗な部屋。私服で来てる私の場違い感が半端ではないね。まぁ、ファーン学長が私服で良いって言ったから、私服……薄緑のワンピースと白の上着で来たんだけどね。

 何と言うかパッと見はミゼットおばあちゃん……よりは若いと思うけど、お孫さんがいる優しいおばあちゃんのような感じだ。でもこの人は元AAランクの魔導師で、あくまで聞いた話だけどなのはとフェイトが二人がかりでも敵わなかった程強い。

 

「貴女の様な、優秀な才能を持った子を迎えられて光栄よ」

 

「……あ、あぁ……えと、優秀?」

 

 初対面で失礼だけど、何言ってんのこの人? 優秀ってどういう事? 私が提出した適性表とか見た上で、どうしてそんな言葉が出てくるの?

 

「ええ、ここ最近まで貴女の名前すら知らなかったのは、恥ずかしい限りね」

 

 まぁ、ほんの二年ちょっと前まで死んでたからね私。フェイトに姉がいる事すら知らない人は沢山いると思う。それは良いんだ別に、それは全く問題ないからね。問題なのはそこじゃなくて、その一つ前の説明だ。はよ説明!

 

「何でも、魔法を覚えてたった二年で、烈火の将と名高いシグナムさんに『圧勝』したらしいわね」

 

「……」

 

 ごめん、もう一回言わせて、何言ってんのこの人? シグナムに圧勝って、それどこの世界線のアリシアさん? 私じゃないよね……だって私ボロボロだったよね! ギリギリだったよね!

 あ、あぁ……そっか! そうなんだ……きっとアレだよ。私以外にも、アリシアさんって才能あふれる別人が居て、その人がシグナムを倒したんだよ。やだな~同じ名前だから間違っちゃったんだね。

 

「ふふふ、驚いたでしょ。入学が決まった後、フェイトさんに電話をして聞いてみたのよ」

 

「フェイトォォォォォ!!」

 

 やっぱりそこかぁぁぁぁ! 通りでふざけた情報だと思ったよ! やっぱりフェイトか、何やってんのあの子!? なんでこんな所でまで私のハードル上げてくるの!?

 

「そ、そんなに驚かなくても……大丈夫?」

 

「……はぁ……はい。続けて下さい」

 

 最悪だ。この学長、最悪な所に聞いてるよ。フェイト私を悪く言う訳ない……と言うか、絶対身内の贔屓目とかそんなレベルじゃない過剰な持ち上げしてるよ。てか、実際シグナムに圧勝とか言ってるし……どこをどう見たらそうなるのか、小一時間問い詰めたい。

 

「え、ええ……彼女はこう言っていたわ。私の姉を適性や魔導師ランク等、小さな物差しで測るのは愚かな行為です。姉はそれらを隔絶した、高いステージに居る……」

 

「……」

 

 何が小さな物差しだって? 足りるよ、余裕で足りるよ。てか滅茶苦茶余るからねその物差し! 何なら、半分にへし折っても測りきれるよ!

 もうホント……どんだけ盛ってるんだよあの子は……風邪薬にだって、定められた量を守りなさいって書いてるでしょ? もう私はハードルの過剰摂取だよ。オーバーキルだよ!

 

「魔法を覚えて早々に、あの闇統べる王ディアーチェ・K・クローディアを『従え』……」

 

「……」

 

 フェイトは可愛い妹で、心から愛してるけど……一言いいかな? 目、腐ってるんじゃないの? どんなふざけたフィルターかけて見れば、そういう答えを導き出せるようになるの? フェイトの見てる世界は、たぶん私と大分違うと思う。

 どうも、その世界の私は圧倒的な才能を持ったカリスマ溢れる人物らしい。そろそろ、夢と現実の区別を付けようか……いや、マジで……そのお姉ちゃんは、パラレルワールドのお姉ちゃんだからね。

 

「魔法を覚えて二年足らずで、烈火の将シグナムに『反撃の隙を与えず圧勝』……」

 

「……」

 

 拝啓、母さん……もうお家帰りたいです。なんか、いつの間にか私が化け物じみた経歴を持つ超天才に仕立て上げられてます。フェイトの事一発、助走つけて殴って良いかな? 良いよね!

 

「自分やなのはさんを超える……歴史に名を残す逸材だと、とても嬉しそうに語ってくれたわ」

 

「……もう、それで良いです」

 

 お手軽三ヶ月コースで入学したと思ったら、ド鬼畜ベリーハードモードだった。何を言ってるか分からないと思うけど、私も何をされたか分かってない。これから先が凄まじく不安だよ。

 ホント……どうしてこうなった。

 

 そのまま魂が抜けるような気分で説明を聞いた後、短縮プログラムの説明も受け終わると、ファーン学長は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「さて、早速今日の授業なんだけど……まず貴方の実力を見てみたいから、私と一戦交えてみましょうか」

 

「あ~そう言えば、フェイトも初日に模擬戦してボコボコにされたって言ってましたね」

 

「あらあら、それは誤解よ。ギリギリ、本当に少しだけ、私の運が良かっただけよ」

 

「……成程」

 

 運……ね。嘘が上手いなぁ、ファーン学長。少し運が良かっただけじゃ、なのはとフェイトのタッグには勝てないだろうし、それは明確に……何か、ファーン学長が二人を上回るものを持ってたんだろうね。

 今も口調は謙虚だけど、目は自身に満ち溢れている。才能に胡坐かいてきた子に、少し世の中の厳しさを教えてやろうって感じだね。まぁ、実際私には胡坐かく才能なんてないけどね!

 

 はぁ、やれやれ……お姉ちゃんってのは大変だね。シグナム相手にしたみたいに否定しちゃうのは簡単だけど……相手は親しい友人じゃなく、フェイトが昔お世話になった人。あの子を、嘘つきにしちゃうわけにはいかないか……まぁ、妹の期待に答えてあげるのが、お姉ちゃんの甲斐性ってやつだね。いっちょやりますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐつぐつと煮える鍋をゆっくりとかき回す。やれやれ疲れてるのに料理ってのも大変だけど、今日はフェイトの帰りも遅し、今日は特別な日だから仕方ないね。

 

 以前は壊滅的な料理を作った私だけど、王様にスパルタ指導され人並み程度には作れるようになってきた。だから今日は丁度いい機会だし、前から作ってみたかったものを作ることにした。

 私が大好きだったママ……母さんのシチュー。暖かくて美味しくて、食べたいって何度もおねだりしたなぁ~あの味を、私の大好きな思い出の味を……フェイトにも食べさせてあげたいって思って、こうして作っている。

 

 実は結構前から王様の家で練習させてもらってたんだけど、正直言って苦労した。普通にシチューを作る事は出来ても、記憶にあるシチューとは味が違った。王様が作ってくれたシチューも本当に美味しかったけど、母さんのはもっとこう……甘くて優しい感じだった。

 その答えを見つけてくれたのは王様で、コンデンスミルクと生クリームを隠し味に加えていたみたいだ。それだけなら王様が作ったシチューにも入ってたらしいんだけど、それ以外にもいくつか隠し味を入れていたので別の味になっていたらしい。そしてそのコンデンスミルクも手作りだったみたいで、市販のものと少し味を変えていたらしい。

 何度も試してみて、ようやく母さんのシチューを再現する事が出来て、こうして今作ってる訳だ。

 

 うん……美味しい。母さんの……テスタロッサ家の味だ。

 

「ただいま……あれ? 良い匂い……お姉ちゃんが作ってくれたの?」

 

「おかえり、フェイト。うん、丁度出来たところだよ」

 

 ナイスタイミングでフェイトが帰ってきて、軽く言葉を交わした後で、シチューを皿に入れてデーブルに並べる。向かい合わせでは無く隣り合わせて……いつも、ママ……母さんとは、こうやって並んで食べてた。

 フェイトが部屋着に着替えて戻ってきて、並んで座ってシチューを口に運ぶ。

 

「……美味しい」

 

「そっか、良かった」

 

「でも、あれ……何だろう? この味って……」

 

 ああ、そう言えばそうだった。フェイトは不完全だけど、私の記憶を受け継いでるんだったね。だったら、この味にも覚えがあるのかもしれない。

 記憶を探る様な表情を浮かべているフェイトの肩に手を置き、穏やかに微笑む。

 

「これはね。私が大好きだった……母さんのシチューなんだ」

 

「……母さんの……」

 

「うん。私の……ううん、私達の『家族の味』……それをフェイトにも食べさせてあげたくて、ちょっと頑張っちゃったよ」

 

「お姉……ちゃん」

 

 肩を微かに震わせ、感極まった様に涙を浮かべるフェイトをそっと抱きしめる。フェイトは私の家族なんだよ、本当に大切な家族なんだよって伝える為に……

 

「……お姉ちゃん、美味しい。本当に……今まで食べたどんな料理より美味しいよ……」

 

「そっか、良かった……誕生日、おめでとう。フェイト」

 

「ッ!? なん……で……」

 

「お姉ちゃんは、フェイトの事なら何でも知ってるんだよ……って感じだね」

 

 そう、今日はフェイトの誕生日。公的書類に記載されている……なのはとリボンを交換し、本当の自分を始めた日でもない。アルフと一緒に祝っている二人が出会った日でもない。

 アリシア・テスタロッサのクローンとして……ううん。私の妹として、フェイトが生まれた日が今日なんだ。私はそれを夢で見て知っている。ちゃんと覚えている。この子はこんな性格だから、本当の誕生日は告げず、5月29日……本当の自分を始めた日を誕生日にしていた。でも、やっぱりこの言葉は、この日じゃないとね。

 

「……お姉ちゃん……」

 

「生まれてきてくれて、ありがとう。貴女が居てくれて、私は幸せだよ」

 

「~~!?」

 

 これだけは伝えておきたかった。フェイトは大切な家族なんだよって、この思い出のシチューを食べながら、この子が生まれた日を祝福してあげたかった。シチューが作れる様になるまで、時間はかかっちゃったけどね。

 私とフェイトだけが知ってる。大切な記念日として……愛しいこの子に、心からの祝福を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四陸士訓練校の学長室では、ファーン・コラードが夜空に浮かぶ二つの月を見つめていた。

 

「……初めてだったわね。私が初日の模擬戦で『負けた』のは……」

 

 才能とは眩しいもので、それを生まれながらに持っている者達は……慢心していないつもりでも、微かに心の隙があるものだ。それは稀代の天才と称されるなのはやフェイトも同じ。

 ファーンはかつてなのはとフェイトを指導した際、一人で二人のタッグを破った。物心ついた頃から強かった彼女達……魔力量も運用技術も一級品で、だからこそどうしても忘れかけてしまうもの……強さの意味とは何なのか、力とは何の為にある物なのか……

 

 ファーンはなのはとフェイトに対し……いや、彼女が教えてきた生徒達に、等しくある問題を出していた。

 『自分より強い相手に勝つためには、自分の方が相手より強くないといけない。この言葉の矛盾と意味を、よく考えて答えなさい』と……正解した者も居たし、答えが分からず彼女が教えた者もいた。

 

 なのはとフェイトは、三ヶ月をかけ最後の授業で答えを告げた。

 『自分より総合力で強い相手に勝つためには、自分が持っている。相手より強い部分で戦う。その為に自分の力を理解し、信じて……自分の一番強い部分を磨き、確かな自信と気概を持って戦いに望む。故に、問題の言葉は正しくもあり、間違ってもいる』と……それはファーンにとって満足のいく正解だった。

 

 そして、今日のアリシアとの模擬戦。彼女は攻めやすい隙を明確に見せた。なのはやフェイトにした様に『ここに攻めれば勝てますよ』と、相手の一番ではない部分を見極め、巧みに誘いをかけた。何十年と魔導師を続けてきたファーンの狡猾な誘いを初見で見破れる者は、今まで見てきた天才達には居なかった。

 しかし、アリシアはその言葉に笑い……静かに告げた。その会話を、ファーンは思いだしていた。

 

――その戦い方はしませんよ?

 

――え?

 

――私の戦いは『そこじゃない』

 

 そしてファーンはアリシアに敗北した。最初から最後まで、戦いの流れはアリシアが握っていた。

 

「……あの子はあの若さで、自分自身を理解し、己の強さと言う難問に確かな答えを持っている。だから揺るがない。崩せない。あの子の目には、確かな信念が宿っていた……本当に大したものね。人間は自分の事が一番分からない筈なのに……あそこまで己を知り、生かしている子を見たのは、初めてかもしれないわね」

 

 独り言のように呟いた後、ファーンは月を見つめたまま楽しそうに微笑む。

 

「半信半疑だったけど……フェイトさん。貴女の言葉に偽りは無かったようね。確かに彼女の強さの底は、適性やランクで測れるほど、浅くは無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こうして、アリシアがなんだかんだで最終的には甘やかすので、シスコンが凄まじい勢いで加速していく。

お姉ちゃんはシリアスもできる子なんです。


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拝啓:母さん、あの子の名前……覚えてますか?

 

 第四陸士訓練校の特別講義室。今日も今日とて、私は局員を目指して頑張っていた。まぁ、今日も今日とてとか言ったけど……まだ一週間ぐらいしか通ってないんだけどね。そこはほら、アレだ。気持ちの問題ってやつだね。

 

「……素晴らしいわ、アリシアさん。初の定期テストは、見事に全て満点よ」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 短縮プログラムには、当り前だけど座学の授業もある。そんでもって、毎週末に必ず一度テストを行い理解度を確認する形式になっているらしい。そして、私はその初テストを無事全教科満点と言う成績で切り抜け、明日から二連休となる。

 いや~自分の才能が恐ろしいね。小学校にすら通った事無いのに満点とは、これが私の力……だったら良いんだけどなぁ……すげぇよ王様。テストの問題、全部王様が作ってくれた練習問題の通りだったよ。実はあの人未来予知とか出来るんじゃない? マジ半端無いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来予知など出来るか、戯言を言う暇があったら手を動かせ」

 

「りょ、了解」

 

 一夜明けての休日。私は王様の家のテーブルに座り、左右に出来あがっている本の塔を見ながら手を動かしていた。そう、実は……一週間とはいえ、私が座学でも優秀な成績を残せているのは、一重に王様のお陰だった。

 毎日訓練校が終わってから数時間、そして今日の休み……付きっきりで勉強を教えてくれている。

 

「でも、凄いよね王様って……テストの問題、本当にドンピシャだったよ」

 

「訓練校で学ぶ範囲など、容易に想像がつく。かつ三ヶ月の短縮プログラム。学ぶべき内容の要点と、講義内容から推測される訓練校側の傾向……どんなテストが出てくるか、そんなもの我でなくとも正確に把握できる」

 

 通った事の無い学校のテストを、私から聞いた話を元に完全に読み切るとか……殆どチートみたいな頭してるよね王様。要点も分かりやすく教えてくれるし、先生とかに向いてそうな感じだね。このまま今日もしっかり勉強しておけば、来週は楽になりそうだ。

 そんな事を考えつつ、解き終わった問題集を王様に手渡した後で、左右に積まれている本の山を見る。

 

「……で、王様。今日は、どれとどれをやればいいの?」

 

「……どれとどれ? 馬鹿か貴様は、我は不要な物など用意はせん。貴様の目の前にあるもの全て……今日中に叩きこむぞ」

 

「ふぁっ!?」

 

 いやいや、そんな馬鹿な。これ雰囲気出す為に積んでたんじゃないの? 全部? 50冊位ありそうなんだけど……全部、今日勉強するの!? 参考書ばかりとは言え、50冊!?

 

「……王様、知ってる? 一日って24時間しかないんだよ?」

 

「ああ、10時間で叩きこんでやるから、覚悟しておけ」

 

「……ちなみに、休憩とか、そういうのあるの?」

 

「……食事を除き、10分ぐらいなら休ませてやる」

 

「10分!? 10時間で10分!?」

 

 鬼だ。鬼が居る。スパルタ教育とかスピードラーニングってレベルじゃないよ!? こ、殺される……教え殺される。

 

「鬼、悪魔、貧乳!」

 

「最後のは関係無かろうが! 大体、普通に訓練校の授業だけなら半分以下で終わる。それを貴様が、態々別の勉強をしたいと言うから用意してやったんだぞ」

 

「うぐっ……それは、まぁ……その通りだけど……」

 

「ゼロからスタートで、三ヶ月で訓練校と並行で試験勉強もするのだ。多少の地獄は覚悟しろ……それとも、手伝わなくても良いのか?」

 

「手伝って下さい。お願いします」

 

 そう、王様の言う通り訓練校の勉強だけならここまで酷くはならない。問題は並行して別の勉強を行っているからで……しかもこれが、非常に難しい。

 うぅ……勉強辛い、勉強辛い、勉強辛い……これも、フェイトの為だ! 頑張れ、頑張れ私! フェイトの笑顔を思い浮かべて、この地獄を越えて見せる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う、そのケースには特例が適応される。つまり……」

 

「ええ、そんなのズルッこじゃん!」

 

「ズルなどあるか、たわけ! まだ三例、同内容でも変化する故全て覚えよ」

 

「うへぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そも、歴史を語る上で大規模時空震の……」

 

「過去の事は良いじゃんか、私は未来だけを見つめて生きていきたい」

 

「貴様の心構えの問題では無いわ!!」

 

「ぶぅ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、この公式を代入する事で変換効率の状の変動が……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「デモンズゲイト!」

 

「ぎにゃあぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディアーチェ、アリシアさん。少し休憩しては?」

 

「やった! ありがとうユーリ!」

 

「心遣いはありがたいが、却下だ。さあ、さっさと問題と解け!」

 

「うぇぇぇ!? もうやめて! 私の脳細胞のライフはゼロだよ!」

 

「DAMARE!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、今日はここまでにしておこう」

 

「お、終わった~」

 

 王様の言葉を受けて、私は机に顔を沈める。本当に10時間キッチリやりやがった。もう頭はマジでパンクする5秒前状態だけど、何とかやり切った。

 ユーリが淹れてくれたお茶を飲みつつ、軽く王様と雑談する。まぁ大変ではあったけど、これで来週の授業も楽になったなぁ……愛しい妹の、異次元のフィルターによって天才に仕立て上げられてる私としては、何とか妹の言葉を嘘にしない様に頑張っている。

 

「……しかし、貴様。勉強は嫌いだ嫌いだと言う割には……飲み込みも覚えも悪くないな。いや、むしろ常人よりかなりできる部類であろう」

 

「……まぁ、これでも研究者の娘だからね」

 

 私の母さんは、よく勘違いされてるけど本職は研究者だ。魔導師としても天才的な才能を持っていたせいで、そっちの方が本職だと思われる事も多かったらしいね。

 そのおかげか、私もどうやら頭の出来は悪くない様だ。何かこう言う所で、母さんの娘なんだって実感できるのは嬉しいね。ぶっちゃけ私よりフェイトの方がよっぽど母さんと似てるとこ多いし……

 

「しかし、勉強は嫌いなのか」

 

「嫌いって言うか……」

 

「うん?」

 

「母さんが仕事に行ってる時、私はリニス……ああ、猫飼ってたんだけど、その猫と一緒に勉強してたんだ。まぁ勉強って言っても、簡単な本を読んでるぐらいだったけどね。いつか母さんの仕事を手伝ってあげるんだって……研究者になるのが夢だったけど、やっぱり母さんがいない家って凄く寂しくてね……どうしても勉強って、私にとっては『母さんと会えない時間』ってイメージが強くて、あんまし好きになれないんだ」

 

 そう言えば、フェイトを育てたのは母さんと使い魔契約したリニスだったんだよね。私と一緒に死んだ筈だけど、使い魔の契約を結ぶ事で蘇生する事が出来たらしい。もしかしたら、そんな風にリニスを生き返らせたから……母さんは私も生き返らせられるって考えたのかな。

 まぁ魂の云々ってのは哲学的すぎてアレだけど、実際死んでから何年も経って生き返った私に当時の記憶がある様に、リニスが使い魔として生き返った時……私の事も覚えててくれたのかな? 覚えててくれたんなら……嬉しいな。

 

「……」

 

「……チビひよこ。夕食はここで食べていけ」

 

「いいの?」

 

「……ああ」

 

 凄く簡潔な言葉で告げた後、王様は私に背を向けて台所の方へ向かう。ありゃ、気を使わせちゃったかな? 確かにちょっとリニスの事思い出して沈んでたけど……顔に出ちゃったか……

 

 リニスは……家族だった。凄く、凄く大切な家族。本来はあまり人の懐く様な猫じゃないって母さんは言ってたけど、私と母さんには凄くなついてくれて……特に私はいつもリニスと一緒だった。母さんが仕事に行ってる時もずっと一緒に居て、勉強する私の膝に寝転んでたり、一緒にお昼寝をしたりした。

 凄く頭の良い子で、私の勉強の邪魔はしなかったし……寂しいって思った時は、そっと近くに寄ってきてくれた。お昼寝する私の上で丸くなるのが好きで、小さかった私にとっては結構重たかったけど、その温もりが……嬉しかったなぁ……

 

 って駄目だ駄目だ。またナイーブになっちゃってる。あんまし王様に心配かけない様にしなきゃね。

 

「何か食べたい物はあるか?」

 

「魚、食べたいな……塩で味付けしたやつ」

 

「よかろう」

 

「……ありがと、ディアーチェ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋に微かに灯る光。苦悶する様な表情で頭を抑える母さんの姿。うん。いつもの夢の続きだ。もう二年くらい見続けてるのかな? お陰で母さんが私を生き返らせる為にどれだけ苦しんでたかよく分かったよ。

 

 それは失敗の連続だった。寝る間も惜しんで私を生き返らせる方法を探し、それが失敗して再び寝る間を惜しんで考える。自分の体がどんどん悪くなっていく事も構わず、母さんはただ私の事だけを考えて苦しんでいく。

 そしてついにその心は重圧に耐えきれず、壊れてしまう。私を生き返らせるのではなく『私の記憶を持った全く同じ別人』を作り出そうとすらした。

 そうして生まれたのがフェイト……だけど、フェイトは私とはまるで正反対の存在だった。ううん。本当は母さんだって分かってた筈だよ。たとえフェイトが私と全く同じだったとしても……それは私じゃないんだって……それ位、追い込まれてたんだよね。

 

 夢は私の思考を待たずに進んでいく。置いていた書類を破り捨て、頭を抱える母さん。見ているこっちの心が痛くなりそうな姿が、急に豹変する。

 母さんは『こちらを見て』涙を流しながら何かを叫び、そしてこちらに向けて手をかざす。

 

 見ている景色が光と共に崩れ、白く塗り潰されていく。ああ、そっか……この夢はここで終わりなんだ。そんな言葉が頭によぎる中で、光が晴れ……景色が変わった。

 目に映るのは青い空と緑の木々。緑あふれる小高い丘。微かに頬を撫でる様に吹く風は、とても夢だとは思えないほどリアルで、なんだか不思議な感じ。そう、夢と言う一言では片付けられない何か、まるで誰かの作った空間に居る様な……だけど、私の心は穏やかだった。だって、私はこの場所を知っている。この景色を見た事がある。

 

 私の心の想いを肯定する様に、丘の先に小さな人影が現れる。背中を向けていて顔は見えないけど、小柄な少女に見える。

 濃い茶のセミショートの髪が風に揺れ、どこかコートを連想させる白く長い服が揺れる。頭には服と同じ白い帽子が乗せられている。

 その姿は、私がフェイトの夢で見た姿より随分と小さく、私と同じ位の身長しかない様に見えるけど……誰だかはすぐに分かった。

 

「……疑問には、思ってたんだ。フェイトの夢を見るってのはまだ分かるんだよね。私とフェイトは、クローンって言う繋がりがあって、それが影響してフェイトが体験した事を夢に見たんだって理解出来た。でも母さんの夢の方は、何で見えるのか分からなかった……」

 

「……」

 

「実際フェイトの夢と母さんの夢の見え方は違っていた。フェイトの夢を見た時、私はフェイトだった。フェイトとして、あの子の記憶を追体験していた。でも、母さんの夢は違った。私が母さんの視点で見てるんじゃ無く、まるで映画みたいに母さんの様子を第三者の視点で見ていた」

 

「……」

 

 少女は何も言わない。こちらを振り返りもしない。ただ静かに、私の言葉に耳を傾ける。

 

「……そしてそれを見ていく内に、気が付いたんだ。これは、私が見ている夢は『母さんと一緒に居た誰か』の記憶なんじゃないかって……そして今、それを確信した。貴女が……私に見せてくれてたんだね。母さんの姿を」

 

「……ええ、生憎と殆ど力が残っていませんので、夢と言う形でしか干渉が出来ず、全て伝えるまで時間がかかってしまいました。夢を見せて終わりでも良かったんですが……ほら、私と貴女の間に……隠し事は無しの約束ですからね」

 

 やはりこちらは振り返らないまま、まるで鈴が鳴る様に穏やかで優しい声が帰ってくる。丘に優しく風が吹き、私と少女の髪を揺らす。

 

「……この場所、覚えていますか?」

 

「……うん。私が母さんとピクニックに着た場所。そして、貴女と初めて出会った場所だね」

 

「……ええ、怪我を負い、倒れていた私を貴女が見つけてくれた……私を家族に加えてくれた……私にとって、一番大切な思い出が眠る場所です」

 

 その優しい声は、私の心に直接響いてくるみたいで……自然と、目が熱くなっていくのを感じた。もう、会えないと思っていた。二度と、その姿を見る事は出来ないんだって……

 

「私は……私と言う存在が消える少し前、魔力を……使い魔となり、魔法生物へ変わった私の命の大半を、貴女の遺体に宿しました。もし、本当に奇跡が起きて貴女が生き返った時、私の見てきた全てを伝える為に……」

 

 その言葉と共に、少女は被っていた帽子を取る。隠れていた小さな耳が髪の隙間から現れ、それを微かに揺らしながら振り返る。

 母さん、フェイト……そして残る私の最後の家族が、今、再び私の前に現れた。

 

「……お久しぶりです。アリシア。私の……一番大切なご主人様」

 

「……久しぶりだね『リニス』……私の……大好きな家族」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




STSのアルフと同じように、魔力節約のために小さくなっている……ロリニス登場。



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拝啓:リニス、おかえり! それから……ただいま

 風が吹く緑の丘で、私とリニスが向い合う。なんて、言っていいんだろう……

 

「……リニスさ、なんか……えと……ちっちゃくない?」

 

「ふふふ、困ったことにもう大人の姿を維持できる程力が残ってないんですよ。ここに居る私は、プレシアとの契約が終わり、魔力の残りカスで体を保っている状態ですからね」

 

 そう、今のリニスの姿は……私がフェイトの夢で見た大人の女性では無く、私と同じ位の子供の姿。笑顔にもどこかあどけなさが残っており、夢で見た姿とは大きく違っていた。

 けど、なんだろ……むしろ私的にはこっちの方がしっくりくるかもしれない。私とリニスの関係は……家族で、友達で、何て言うのか対等だってずっと思ってた。だからこそ同じ目線の方が、ずっとしっくりくる気がする。や、確かに私が死んでた時間もリニスが生きてたら、大人の姿で相違無いのかもだけどね。

 

「ずっと、私の中に居たんだ……」

 

「ええ、ずっといました。貴女が目覚めてから、ずっと同じ景色を見ていましたよ」

 

「……フェイトの事を、育ててくれたんだよね」

 

「ええ、私はあの子の事は娘の様に思っていますよ。貴女の事は……う~ん。家族、姉妹、主従、恋人、親友……何て表現して良いか分かりません。ただ何物にも代えがたい大切な存在である事だけは、確かなんですけどね」

 

「あはは、それは私も同感だよ」

 

 穏やかに、本当に穏やかに言葉を交わし合う。聞きたい事もいっぱいあるのに、何故かそれを言う気にはならない。それよりももっとこの時間をって本能が思っているのかもしれない。

 

「……それにしても、貴女は相変わらずですね。アリシア?」

 

「うん? 何が?」

 

「頑張り屋さんで、明るく前向きで……『隠す事ばかりがとても上手い』、昔と同じです」

 

「……やっぱ、リニスには……分かっちゃうんだ……」

 

 その言葉は、驚くよりも納得の感情が大きかった。私とリニスは、私が死んじゃうまでずっと一緒に居た。本当にいつも一緒に居たし、私はリニスには何でも話した。隠し事なんてしなかった。

 だから、だろうね……こんな、簡単にバレちゃうんだ。フェイトにも王様にも、気付かれた事は無かったのに……

 

「……貴女はプレシアの事が大好きでした。将来はプレシアの手伝いがしたいからと、遊びたい気持ちを抑えて勉強ばかり……そんな貴女が、彼女の死を受けて平静でいられるわけがない」

 

「……」

 

「気付いてますよ。貴女がそれを押し込めたのを……勉強が嫌いだと公言し始めたのも、ソレを思い出さない為……貴女が生き返ってから、一度もプレシアの事で涙を流していない事も……」

 

「……だってさ、生き返るなり妹が出来ちゃって……凄く私を頼りにしてくれて……弱い所なんて見せられなくて……」

 

 顔に震える手を当てる。だって、ずっと我慢してたんだ。二年以上ずっとずっと、溢さない様に気を張ってたんだよ……誰にも気付かれない様に、必死に隠してたんだ。

 ううん。もしかしたらただ、それを認めたくなかったのかもしれない。ずっとずっと張り裂けそうな心の内を、認識してしまうのが怖かったのかもしれない。

 

 震える私の体に、リニスがそっと手を触れさせる。頬を優しく撫でてくれながら、リニスは暖かい笑顔で口を開く。

 

「貴女は、本当に強い人です。私の知る誰よりも、本当に……でも、感情のある一人の人間なんです。だから、私の前でくらい……強がらないで下さい。私の貴女の間に、隠し事は無しでしょう?」

 

「……リニスゥ……」

 

 もう限界だった。ずっと押し込めていた感情が沸き上がり、私はリニスの手をしがみつく様に掴んで……大粒の涙を溢す。

 

「……私……私……ママの事……助けてあげられなかった! ありがとうも、さようならも、何も言えなかった! 大好きだったのに、ママと一緒に居たかったのに! 何も、何も出来なかった!!」

 

「……」

 

「う、ぅぁ、あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「……」

 

「ママ! ママッ!! なんで、何で居なくなっちゃったの!! 何で! 何でッ! 嫌だよ……もう、ママと会えないなんて……嫌だよ……」

 

 私を抱きしめてくれるリニスの胸で、私は大声で泣き続ける。ずっと溜め込んでいたものを、全て吐きだす様に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれぐらい泣いただろう。もう一生分の涙を流したんじゃないかってぐらい泣いてから、ようやく私は顔を上げる事が出来た。何も言わず、ただ私の涙を受け止め続けてくれたリニスのお陰で……

 

「……ありがと、リニス。おかげで、凄くスッキリした」

 

「強すぎるのも、考えものですね……周りに、フェイトにすら全く気付かせないなんてね」

 

「あ、あはは……」

 

 少し呆れた様に話すリニスの姿が、なんだか猫だった頃の呆れた様な姿と重なり思わず苦笑する。リニスはやっぱりリニスだなぁって、暖かい気持ちになれた。

 

 その後リニスと一緒に、大きな木の根元に座る。さっき大泣きしちゃったせいか、私の方がなんだか気恥ずかしくて、何て口を開いて良いのか分からなかった。どこか穏やかな沈黙が流れ、少ししてそれはリニスによって破られる。

 

「……私は、フェイトのデバイス……バルディッシュを完成させ、自分の役目を終え消滅を迎えるつもりでした。心残りは一杯ありましたが……もう、これ以上は『耐えられない』と、そう、思ったんですよ」

 

「……耐えられない?」

 

 なんだか引っかかる言い回しだ。耐えられないという言葉をそのまま受け取るなら、リニスは何らかの苦痛か重荷を背負っていて、それに耐えられなくなったから消滅を選んだって言ってる様に聞こえる。

 リニスの視点で見ていた夢では、声が聞こえなかったのでハッキリそれが何かは分からないけど……フェイトの視点で見た夢の範囲では、母さんがリニスに酷く当たっていたって感じでは無かったんだけど……

 

 

「……消滅を選んだ私は、その前に貴女の遺体に残る全ての力を宿し……プレシアの元を訪ねました」

 

「……それが、さっき見た夢?」

 

 どうやら先程の疑問には答えたくないのか、この後で話すからあえて無視したのか分からないけど、話は進んでいくみたいだね。リニスは私に隠し事はしない筈だから、たぶん後者……これからその耐えられないって言葉の真意が分かるんだと思う。

 

 でも、さっきの夢か……確か母さんは、凄く取り乱してるみたいに見えたけど……

 

「私は、最後にプレシアを止めようとしました。あの時のプレシアは、本当に世界の全てを滅ぼしてでもアリシアを生き返らそうとしていましたからね。彼女の元を訪れ、貴女がそんな風に自分を顧みず、フェイトの気持ちを無視し、沢山の犠牲の上にアリシアを生き返らせても……優しいあの子が、喜ぶ筈がないと……」

 

「……それで、母さんはあんな風に……」

 

「ええ、きっとプレシアも気が付いてはいたのでしょうね……認める事は、出来なかったみたいです。結局、私はプレシアを止める事は出来ませんでした」

 

「それは、仕方ないんじゃないかな? その時の母さんは、きっと他の言葉なんて耳に入らなかったんだと思う」

 

 母さんの気持ちは、よく分かる。多分、それは逆でもそうだったんだと思う。母さんが死んでしまって、私だけが残っていたら……私も、もしかしたらそんな風に世界を滅ぼしてでも、大好きな母さんを生き返らせようとしたんじゃないかな?

 きっとそれは凄く強い感情で、他人がどうこう言って簡単に止められるものではないと思う。だからリニスが母さんを止められなかったのは、仕方がない事だとは思うんだけど……リニスは納得していないみたい? いや、もしかしたらそれが耐えられないって言葉に繋がるのかもしれない。

 リニスは少し沈黙し、一度大きく首を横に振ってから体ごと私の方を向く。

 

「……もし、私が本当に、心からプレシアを止めようとしていたら……止められたんじゃないかって思うんです」

 

「……え?」

 

「先程の言葉は極端な話かもしれません。世界を犠牲にしてでもアリシアを生き返らせる。それが間違っている事だと言うのは、しっかり頭で理解していました。そして何度もプレシアを止めようと、苦言を呈しました」

 

「うん」

 

「でも、私の言葉は全部……ただの張りぼてだったんです」

 

「リニ……ス?」

 

 直後に強く体を抱きしめられる。リニスは顔を伏せており、その表情は見えなかったけど……肩がふるえていた。

 そして、私の体に雫が落ちる。

 

「……私が……貴女を……諦められる筈なんて……無かった」

 

「……」

 

「頭ではそれが間違いだと考えていても……心は違いました。もし、もし、本当に貴女が生き返る事が出来るなら……それに縋りたい気持ちが消えてくれなかった。天秤にかけた時……私にとって……貴女の存在は……世界より、他の全てより……重かったんです……」

 

 嗚咽と共に涙が零れ落ちてくる。先程とは逆、リニスが涙を流し私が受け止める。そんな形になりながら、リニスは震える声で言葉を続けていく。

 

「だから……私の言葉には、心が無かった。そんな中身の無い、自分の心にすら嘘をつく仮初の言葉でプレシアを……止められる筈がなかった。それでアリシアが喜ばない事は分かっていても、どうしても……貴女が生き返る。その馬鹿げた希望を捨てる事が出来なかった」

 

「……リニス」

 

「……もう一度、貴女の笑顔が見たかった……貴女がくれた、この名前をもう一度呼んで欲しかった!」

 

 私を抱きしめる力が強くなり、リニスの声も大きくなっていく。私は戸惑いを消し、その涙を静かに受け止める為、リニスの背中に手を回して抱きしめる。

 

「もう、耐えられなかったんです。あのままでは、私もきっと……プレシアと同じ様に、貴女を生き返らせる為に狂気を身に宿していた。だから、消える事にしたんです」

 

「……」

 

「……会いたかった。貴女に会いたかった……何年も、何年も……ずっと……」

 

「いっぱい、待たせちゃったんだね。ごめんね……辛かったよね」

 

「アリシアッ、私は、私は……」

 

「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ……リニス」

 

 そう、そんなんだ。これが私とリニスの関係……どっちかが一方的に支えたり、守ったりじゃない。互いに対等で、弱い所も全部見せて……そんな絆を紡ぎ合う関係。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は私の方が、ありがとうございます。ですね」

 

「あはは、そうだね」

 

 泣きやんだリニスと苦笑しながら向い合う。凄く幸せな時間だ。微かに吹く風も、時折訪れる沈黙も、全てが心地よい。でも、その時は近くなってきちゃってるんだよね?

 

「……リニス。消えちゃうの?」

 

「……もう、私には殆ど力が残ってません。むしろ、よく持った方なんですよ。自分で言うのもなんですけど、私は使い魔としては規格外なレベルで大きな力を持ってましてね……プレシアとの契約が切れてから、何年も自分の魔力の欠片で存在を維持できたのは凄い事なんですよ。えっへんって感じですね」

 

 今は小さな体を少し反りながら、おどける様な言葉が帰ってくる。それはどこか無理に明るく振舞っている様で、つまりそれは……今の言葉が真実だと言う何よりの証拠。

 

「質問変えるね……リニス。消えたいの?」

 

「……ずるい質問ですね」

 

「うん、分かってる」

 

「……消えたくないです。あの時は、それで良いんだって思いました。でも、本当に貴女が生き返って……どうしようもない程、大きな未練が出来ちゃいました」

 

 私には隠し事はしない。リニスが語ったその言葉の通り、彼女は包み隠さず自分の心情を吐露してくれる。考えてみれば、奇妙なものだ。私もリニスも、本当はとっくの昔に死んじゃったはずなのに……今こうして、当り前の様に言葉を交わしている。

 人の見る夢は儚いものだって言うけど、実際間違いでは無いんだろうね。この世にはどうしようもない事がいっぱいあって、どうにもならない気持ちを抱えながら人は生きていく。でも、だけど……これは本当に、どうにもならない問題なのかな?

 

 くるぐると頭を巡る思考に沈黙してた私の手を取り、リニスは儚げに微笑みを浮かべる。

 

「……アリシア。何か、最後に貴女にしてあげられる事はありませんか? 私の残った力は、それに使いたい。まぁ、あまり大した事は出来ませんが、この夢の中で叶えられる事なら……」

 

 本当に消えてしまいそうなほど儚い笑顔。目には微かに涙が浮かび、必死に訴えかける様な光が宿っている。たぶん、何かを残したいんだと思う。私の中に、リニスが居たって記憶を残してから消えたい。私に忘れられない様に……

 リニスの悲痛な覚悟も、私に対する大きな信頼と期待も、痛いほど伝わってきた……だけど、却下。却下だ! リニスがこのまま消える? 最後に私に何かしてくれる? ふざけんな……私はそういう事にはいそうですかって納得できる程諦めの良い性格はしていない。

 

「じゃあ……私と使い魔の契約を結んで」

 

「……はい? ちょ、ちょっと待ってください。一体何を……」

 

「今のリニスは、母さんとの契約が切れて存在を維持できなくなってきてるんでしょ? だったら、私と契約を結べば……私の魔力で、リニスの存在を維持できるんじゃない?」

 

 そう、理屈としては間違って無い筈だ。リニスがもう完全に消えてしまっていたのなら不可能だろうけど、今こうして存在している以上……新たな契約を結ぶ事は出来る筈。完全に元通りには出来ないかもしれないけど、今の状態を維持する事は出来るんじゃないかなって思う。

 

「あ、貴女は、本当に、突拍子の無い事ばかり……」

 

「シャラップ! お小言じゃなくて、それが可能かどうかを答えなさい!」

 

「……………………可能です。確かに、貴女と新たな契約を結べば、私は自分の存在を維持できる。でも、そんな単純な事じゃない。先程も言いましたが、私は使い魔としては規格外の存在。あの比類なき魔力を持つプレシアでさえ、私の維持には労力を使うと溢していた程です」

 

 まぁ、それも何となくは予想していた。多分リニスの力は、上級魔導師に匹敵する程……少なくとも、私よりは遥かに上の力を持っている筈だ。

 使い魔の契約ってのは、単純に言えば主従と使役に近い。術者より遥かに強大な存在と契約を結ぶ事には、恐らく何らかのリスクが伴う。だから、リニスはその提案を出してこなかったんだって思う。

 

「それで、リスクはどの位なの?」

 

「私の今の状態を維持するだけでも、貴女は恐らく全体の3割近い魔力を回さなければならなくなります。ただでさえ魔力量の少ない貴女が、7割の魔力しか使用できないと言うのは、あまりにも重……」

 

「よっし、契約しよう! 魔法陣とかいるのかな?」

 

 やれやれ、一体どれほど重いリスクなのかって思ったら……軽過ぎだったね。この程度のリスクなんて、リニスの存在と天秤にかける意味すらない。即断即決でオッケーだね。

 

「ってちょっと!? 私の話を聞いてますか!?」

 

「聞いてるよ。私の魔力の3割とかって、格安条件でリニスが消えなくて済むんでしょ? んじゃ、悩む事なんてないじゃん」

 

「た、確かに、今の私の存在。貴女の心に魔力として宿っている状態では……契約を結べる可能性があるのは貴女だけです。しかし分かってるんですか、アリシア! 貴女の魔力は、フェイトと比べても三分の一以下しかないんですよ。ハッキリ言ってへっぽこです、へっぽこ!」

 

「お~い。何か毒吐き始めたよこの猫。や、事実だけどさ……」

 

 どうやらリニスは相当慌てている様だ。理由は……まぁ、大方私の足枷になりたくないだとか、そんな辺りだろうね。リニスをこの状態で維持する為に必要な魔力を1とすると、私の最大魔力は3~4、フェイトや母さんは10以上ってとこかな? いや、こうして考えると、私の魔力ってほんとポンコツだなぁ……

 

「貴女は……強くなろうとしてるんでしょ? どれだけ、努力しているか、私は泣きたいぐらいに分かってます。なのに、こんな、未練がましくしがみ付いている私なんかの為に……」

 

「……はい、そこ! その前提間違ってるからね」

 

「……え?」

 

「7割の魔力しか使えない事と、100%の実力が出せない事はイコールじゃないでしょ? 7割の魔力しか使えないなら、その7割で120%の実力で戦えるように考えればいい。ただそれだけでしょ? そんなの……私が今までやってきた事と、何も変わらないよ」

 

「ッ!?」

 

 リニスの言葉が止まる。表情は驚愕から、涙を浮かべたものに変わり、唇を噛んで私を見つめる。もう、リニスだって分かってるんだろう。私が決して譲らない事は……

 

「リニスの、さっきの言葉さ……嬉しかった。だから、私も言うね。もし本当に弱くなったとしても、私の返答は変わらない。そんなもの程度で……私が、リニスを、諦められる筈がないよ」

 

「……ばか……」

 

 帰ってきた言葉は、たったの二文字分。だけど、その一言には山ほどの感情が込められている。やっぱ、魔力3割程度なんてのは安すぎるね。おつり考えなきゃいけないレベルだよ。

 

 リニスはそのまましばらく涙を流しながら沈黙し、それを拭いてからふっ切れた様な表情を浮かべる。

 

「改めて、私の方からお願いします。アリシア、私と……使い魔の契約を結んでください。これから先も、貴女と同じ景色を見させてください」

 

「うん!」

 

 その言葉と同時にリニスの足元に魔法陣が浮かび、同時に私の足元からも魔法陣が現れる。そしてその二つの魔法陣は、私達の間で重なり……私達を包みこむほど大きく広がる。

 

 煌めく円の中心で、私とリニスは同じ高さの目線で向い合う。さあ、これから契約を結ぶぞっと思ったけど……その前に一つ気になっている事がある。

 この契約はリニスの『今の状態』を維持する為のものだ。つまりあくまでリニスが存在できるのは、私の心の中にだけで、干渉出来るのも私に対してだけになるだろう。折角リニスがこうして存在してるんだし、フェイトとも会わせてあげたいんだけど……難しいのかな?

 

「そう言えば、結局リニスを現実世界に出す事は出来ないの?」

 

「……難しいでしょうね。プレシア程馬鹿げた魔力を持っていれば、取れる手段もあるでしょうが……アリシアの魔力では媒体でもなければ……媒体? そうか……私の体があれば……」

 

「リニスの体?」

 

「ええ、と言うより遺体……今は骨でしょうかね? それがあれば、貴女の魔力でも私を実体化させられるかもしれません」

 

 成程、確かに言われてみれば尤もな話だ。魔力だけでリニスを現実世界に呼びだすのは、本当に尋常じゃない魔力が必要だろう。少なくとも私には……いや、母さんぐらいにしか出来ない方法だろうね。でも、リニスと現実世界を結ぶ何かがそこに存在しているなら、それを軸に術式を構築出来るから、私にも可能かもしれない。

 

「とは言え、私の体が何処にあるか分かりません。私を使い魔とした際には、当然使っているでしょうから……プレシアが持っていたのは間違いないでしょう。共に虚数空間に消えてしまったのか、或いは彼女がどこかに捨てたのか……まぁ、どっちにせよ、今どうこうできる問題では無いですね」

 

「むぅ、それじゃ仕方無いね」

 

「ええ、それに、今でも十分過ぎる位の奇跡です。貴女とまた会え、これからも一緒に居られる。それ以上を望むのは贅沢と言うものでしょう……さぁ、アリシア。契約の言葉を……」

 

 使い魔の契約は、何かしらの設定の元に人造の魂魄を作り出し、死ぬ寸前や死んだとの動物に憑依させる事で完成する。生前の記憶を受け継ぐけど、人間を使い魔にする事は不可能だったりで、これを死者蘇生と呼ぶ事は無い。実際生まれてくる使い魔の性格も、その気になれば術者が設定できてしまう。なので極端な言い方をしてしまえば、ユニゾンデバイスを作っている様な分類の扱い。実際生前の記憶を受け継がなかったり、性格が全く違ってたり、そもそも喋ったりできなかったりって場合も多いみたいだ。

 

 その部分は術者の技量に大きく影響されるみたいだから、たぶん私が死んだリニスの人造魂魄を生成して契約したとしても、今の様な完璧に記憶を受け継いだリニスは生まれなかったと思う。でも、幸いなことに今のリニスの元となる人造魂魄を作ったのは、大魔導師と呼ばれた母さんであり、私はそのリニスと新しい契約を結び直すだけなので生成は必要ない。

 

 ここで重要なのは私とリニスが交わす契約の内容。使い魔の存在は契約によって維持され、その契約が完了した時点か、どちらかが任意に破棄した場合に消滅する。つまるところ契約とは使い魔にとっての命とも言えるものであり、それ形式は大きく分けて二つ。命令か誓いかのどちらかだ。一つ目の命令は、使い魔にこういう風に行動しろ、或いはこういう目的を達成せよって形で契約を結ぶ方法。この形式で目的ごとに使い捨てるのが、一般的な使い魔の使役方法らしいけど、私は好きじゃない。

 ここでもう一つの誓いと言う形は、術者と使い魔、それぞれが約束事を述べそれを持って契約を結ぶ方法。フェイトとアルフの契約形態がこっちで二人は「ずっと一緒に居る」と言う誓いを立てて契約を結んでいる。こっちの方法の契約は割と曖昧で、アルフとフェイトの場合は互いを家族だって想いあってさえいれば契約が維持され、魔力が契約を通じて供給されるって言う感じになっている。だからこそ、この形式は使い魔側の自由度が高く、場合によっては術者に服従しなかったりするから、一般的には好まれない方法らしい。でも、やっぱ私はこっちだね。

 

 私がリニスに対し何を誓うか、それは即ち私がこれからリニスにどうあって欲しいのか……それを頭の中でゆっくりと形にしてから、魔法陣の中心でリニスの手を握る。

 

「……私、アリシア・テスタロッサは……星々の契約の元、誓いを立てる。私の命ある限り、私はリニスと共にある事、そして……いつか必ず、リニスの体を見つけ、彼女を現実世界に戻す事を誓う!」

 

「ッ!? 貴女は、本当に……では、私も主の契約の元、誓いを立てます。アリシア・テスタロッサの命ある限り、私は共にあり、そしていつかこの体が現実世界に戻った時……その全てを尽くして、アリシアに仕える事を誓います」

 

 私とリニスの言葉をトリガーに、魔法陣が一際強い光りを放つ。そしてそれが晴れるとほぼ同時に、私の体に少し脱力感が現れる。それは即ち、私とリニスの間に魔力のリンクが結ばれ、私の魔力がリニスに供給されている証拠だった。なるほど、結構抜けてる感じがするし、これだと本当に魔力の3割は供給用にしておかないと追いつかないね。規格外って言うだけはあるよ。

 

 初めて感じる継続的な魔力消費を体感していると、リニスの手が私の背に回され、しがみつく様に抱きついてくる。

 

「……リニス?」

 

「……いいん……ですね? 私、これからも……アリシアと一緒に居て……」

 

「当り前だよ。これからも、よろしくね」

 

「はい……ありがとうございます……私の、愛しいご主人様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 契約を終え、自分の体の状態とか諸々を確認しつつ、リニスと雑談を続けていると異変が訪れる。

 

「あれ? 私の体、ちょっと透けて無い?」

 

「ああ、そろそろ朝ですからね。体が目覚めかけているのでしょう」

 

「え? まだ1時間位しか経って無いよ?」

 

「それはそうですよ。寝ている間ずっと夢を見る訳でもありませんし、ずっと夢の中で意識があったら疲れも取れないですよ」

 

 成程。それもそうだ。今の私の状態は、体は寝ているけど頭は起きてるみたいな感じなんだろうね。こればっかりはしょうがない。けど、リニスとは夢の中でしか話せないんだし、ロスタイム的なのとか欲しいなぁ。

 

「あ~もうちょっと、リニスと話ししたかったんだけどなぁ」

 

「大丈夫。また次の夢でもこうして話せますよ。なにせ、私と貴女はこれから先ずっと一緒に居る訳ですからね」

 

「……だね」

 

「ええ、それに……私もただ貴女の心に居候しておく気はありません。この状態でも術式のサポート位は出来るでしょうし、閃光系魔法等はお任せあれ」

 

 ああ、そうか……私とリニスの間に魔力のリンクがあって、更にリニスが私に宿ってる状況だから、そういう補助みたいな事も出来るんだ。これは正直ありがたい。私魔力を別エネルギーに変換する系の術式って苦手だったし……やっぱ3割は安いね。

 

 そうこう話している内にも、私の体はどんどん透けていき。間もなく目覚めの時を迎えようとしていた。

 私を見送る様に立ち上がったリニスに視線を向け、言い忘れてた大事な言葉を告げる事にする。

 

「言い忘れてたけど……リニス」

 

「はい?」

 

「おかえり! それから……ただいま」

 

「ッ!? はい、アリシアも……おかえりなさい。そして……ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作との相違点としましては、原作ではリニスはバルディッシュ完成後に消滅しましたが、当作では命の大半をアリシアに宿し、プレシアを止めようと彼女の元を訪れた感じになっています。

尚リニスは、アリシア自身の同じ目線の方がしっくりくる戸の希望もあり、ロリニス状態です。猫耳尻尾茶ショート丁寧語ロリとか私得です。




アリシア

魔力量:E⇒D(現在)⇒実質E(3割供給用に使用凍結)
New:使い魔リニス(術式補助のみ、実体化不可)
術式:ジェットセイバー(弱)スピンセイバー(弱)プラズマセイバー(弱)

あれ? これむしろ強化じゃない? ただし、武器はハリセンだ。



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拝啓:母さん、なのは可愛いです

 

 黒と紫を基調としたシックな色合いながらも煌びやかさを感じさせるドレス。滅多に着る事は無いその服に身を包み、ディアーチェ・K・クローディアはその場に居た。

 赤と白、縁起の良い色使いが随所に見られる建物の中に人はまばらであり、彼女が早くこの場に着いた事を示している。

 

「本日は、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 黒い鞄から祝儀袋を取り出し、受付を行っている女性に深々と頭を下げて挨拶を交わす。

 王様……そんな愛称で呼ばれ、尊大な物言いが目立つディアーチェだが、決して彼女は無作法者でも無礼者でも無い。礼儀もしっかりと心得ており、使うべき場や目上に対しては敬語もしっかりと使う。彼女が尊大な物言いをするのは、親しい間柄の人間に対してのみ。逆に言えば、彼女が歯に衣着せぬ喋り方をする相手は、ディアーチェにとってそれなりに親しい相手と認識されていると言う事。

 

 受付から離れ、用意されている控室に向かおうとした彼女の前に現れた人物もまた、そんな遠慮をする必要がない人物であり、ディアーチェは顔を歪める。

 

「……なんで、なんで、私と目おうただけで、そんな嫌そうな顔するん? めでたい席なのに、失礼やない?」

 

「……悪かったな、我の視界から消えてくれ」

 

「謝る気ゼロって事だけは伝わってきたわ」

 

 ディアーチェが露骨に嫌そうな顔を浮かべた相手は、彼女にとって唯一無二のライバルであり、彼女の元となった人物……八神はやて。

 白と言うよりは銀に近い色合いのドレスに身を包んだ姿は、何の偶然かディアーチェとは対極の色合いで、同じ顔と言う事もあって姉妹を連想とさせる。

 

 ディアーチェとしては即刻、直ちに、目の前のはやてを撤去したかったが……場が場であり、互いに目的地も一緒とあれば並んで歩くのもやむ終え無い選択だった。

 

「でも、王様。早いなぁ~まだ1時間以上はあるよ」

 

「今回の席には、お偉方も招かれているのだ。さして高い階級で無い我が、遅く来るのも礼儀に反する。貴様も同じ理由であろう?」

 

「うん。まぁ、一番乗りかな~って思うてたけど、披露宴で出し物とかする人は、もう来てるみたいやね」

 

「まぁ、練習などもあるのであろう」

 

 軽く雑談を交えながら廊下を進み、目的の控室に辿り着く。はやての言葉の通り、披露宴で出し物を行うグループは既に到着しているらしく、中からは微かに音が聞こえてくる。

 

 はやてが扉を開き、二人が中に入ると……クロノの友人であろう男性陣の前に、非常に見知った人物が立っていた。

 

「そこ、切れが甘いよ! もっと音楽を意識して!」

 

「うっす! 了解です!」

 

「駄目駄目! もっとスピーディかつコミカルに!」

 

「はい!」

 

 何やらダンスの練習をしているらしきグループの前、肩から『友人代表』と書かれたたすきの様なものを付けた女性が厳しく指示を行っており、それを見たディアーチェはこめかみを押さえながら呟く。

 

「……あの、ギネス級馬鹿は、いつから友人代表になったのだ……」

 

「アリシアちゃんって、本当に読めん人やね」

 

 そう、彼女達の視線の先に居たのは……アリシア・テスタロッサその人であり、アリシアは何故かクロノの友人で構成されたグループの指揮をとっており、その奔放さは頭の痛くなるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し、良くなったよ! 本番でも、この動きを忘れない様に!」

 

 出し物のダンスを頭から通して踊ってもらった後、私は額の汗を軽くぬぐう。いや~良い仕事したね。この動きなら世界を狙える筈だよ。本番が楽しみだね。

 

「おい、そこのギネス馬鹿」

 

「ギネス馬鹿!?」

 

 後ろから失礼極まり無い台詞と共に、王様とはやてが現れる。って、しまった。振り返っちゃったら、自分で馬鹿だって認めた様なものじゃないか……なんて巧妙な罠なんだ。

 

「……流石だね。王様、世界狙ってみる?」

 

「訳の分からん事を言うな。というか、貴様は何をしている?」

 

「何って、早めに着いて控室に着たら練習してたから……監修した」

 

「……そ、そうか……」

 

 今日はクロノとエイミィさんの結婚式と披露宴であり、私はフェイトがクロノの家族でもある事から早くこの場に来ていた。んで、暇を持て余してたら、なんか面白そうな事やってたんで、とりあえず参加してみた感じだ。

 

 ちなみに余談だけど、私も今回はバッチりおめかししてる。薄緑と白のドレスに、髪もおろしてあるから見た目は完璧な美少女だね。ふふふ、会場の視線を奪っちゃうかもね。

 

「たわけ」

 

「いったっ!? 何で殴るの!?」

 

「いや、何か阿呆な事を考えてそうだったのでな」

 

 何この王様、エスパー? エスパーなの? 私の心の中のボケにまで突っ込み入れてくるとか、マジで半端じゃないよ。実は心読めるんじゃない?

 

 そんな事を考えていると、王様はジッと私を見つめた後、少し首を傾げながら口を開く。

 

「……使い魔とでも契約したのか?」

 

「……え? 何で分かったの?」

 

「貴様の魔力は良く知っておる。何やら継続的に流れている様な、そんな感じがしたのでな……何らかの魔力契約でも結んだのだろうと推測したまでだ」

 

 おぉ、さっすが王様。リニスと契約したのは昨日で、まだフェイトにも話して無いのに……単純に凄いね。しかし、私の魔力はよく知ってるか、何となく口説き文句みたいにも聞こえない?

 

「流石王様、愛のなせる技だね! 私達も結婚しよっか!」

 

「……」

 

「え? なに、その……嫌過ぎて言葉すら無いみたいな顔……」

 

「……我は今、ようやく理解した。成程、これが『殺意』と言う感情か……」

 

「そこまで嫌!?」

 

 くっ、やはりツンデレの攻略は正面突破では難しいか、出来るだけ回り道しながら行くべき。今目の前に出た選択肢は三番目の、それとなく褒めるが正解だったか……ロードして選び直さないと……

 

「まぁまぁ、その辺に……アリシアちゃん以外は、まだ来てないん?」

 

「なのはとシュテルが一緒に来てたよ。今はクロノに挨拶しに行ってるよ」

 

「へぇ、またあの二人、一緒に来たんや」

 

「……ドレスも、良く似てたよ」

 

「お、おい、貴様等……」

 

 今、私とはやての中で何かが通じ合った気がする。具体的には、同じ何かを持つ者同士が引かれあったと言うか何と言うか、凄まじい一体感を感じるレベル。

 

「……アリシアちゃん。私達って、友達やろ?」

 

「……当り前じゃん。ソウルフレンドって当て字してもいい位だよ」

 

「……なのはちゃんって、反応可愛いやん」

 

「……純なとこが良いよね」

 

 それ以上の言葉はいらなかった。私とはやては固く互いの手を掴み視線を交わす。これは正に通じ合った者達……ソウルフレンドにしか成し得ない戦友の誓い。なんて、心強い味方なんだろう、千の軍勢を得た気分だよ。

 

 私達は今無言で誓いあった。これから互いに持つ情報を共有し、より良い……より、なのはをいじれる布陣へと歩みを進めていく誓いを……

 

「……(逃げよ小鳥。全力で逃げよ。恐らくこの世で最も組んではいけない二人が手を組んだ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間になり、先ずは身内や親しい友人のみで行われる結婚式。ホテルに隣接した教会を模した式場に向かって30人ほどの人数が移動していた。

 

 皆緊張と期待が織り交ぜになった様な顔をしていたが、その中でなのはだけ……真っ赤な顔で、丘に上がった魚の様に口をパクパクと動かしながら放心していた。

 

「な、なのは……どうしたの? 大丈夫?」

 

「……フェイトちゃん。お願い、アリシアちゃん、何とかして……」

 

「ごめん無理」

 

「早い。本当に早いよ……こんなとこでまで高速機動しなくて良いのに……」

 

 時間になるまで散々、アリシアとはやてによってからかわれまくったなのはは、助けを求める様にフェイトを見つめるが……即断即決の不可能回答だった。

 

「……あはは、ごめんねなのは。ちょっと悪戯が過ぎたね」

 

「出来れば、その結論にあと30分くらい早く辿り着いて欲しかった」

 

「もう、お姉ちゃん。なのはの事、あまりいじめないであげてよ……なのはとシュテルは別にイチャついてたとかじゃなくて、一緒に勉強しようってなのはが誘って、そのままシュテルがなのはの家にお泊りしたりしてるだけで……」

 

「やめてえぇ!? フェイトちゃん、お願いだからやめて!? 気持ちは嬉しけど、フェイトちゃんのフォローはフォローじゃないから!! 私もう、今の時点でオーバーキルだから!」

 

 それはもう必死という言葉が当てはまる形相だった。あくまで、そうあくまでフェイトは困っている親友を助けようと思っているだけ、100%善意での行動なのだがなのはにとっては追撃以外の何物でもない。

 

 と言うのもなのはとフェイト、二人は互いに一番の親友であり、なのははフェイトだけには色々他の人に話しにくい事も告げている。互いに腹を割って話せる間柄である事は素晴らしい事であり、姉に対して倒錯気味のフェイトも、なのはが絡むとなのはの方を味方する事も少なくない。

 

 しかし困ったことに、フェイトは少し天然気味な所があり、アリシアやはやての言葉をストレートに受け取って、彼女達がなのはの事を誤解していると認識している。そしてフェイトはなのはの味方をし、二人の誤解を解こうと逐一説明を入れてしまうのだ。

 無論アリシアとはやてはなのはの事を誤解しているのではなく、わざと穿った見方をして反応を楽しんでいるのであり、フェイトの反論はただただ二人のからかいネタを追加するだけになってしまう。

 

「ナノハはどうしてそんなに慌てているのですか? 友人の家に宿泊し『共に入浴』する位、別におかしなことでは無いでしょう?」

 

「……もうやだこのメンツ」

 

 更に天然の追加である。シュテルの方はシュテルの方で、当事者ながらそういった方面には極端に疎く、アリシアとはやての言葉を全く理解していない。寧ろ、自分となのはの友人関係を色々聞いてくるのは、興味ある事を知ろうと言う知的欲求からであり、出来るなら協力したいとさえ考えている。

 ただ友人であるなのはが何故か嫌がっているので、積極的に行わないだけである。なのはにとっては四面楚歌も良い所であり、アリシアとはやてが目を輝かせたのを見て、ガックリと肩を落とす。

 

「いい加減にしろ貴様等! ここは祝いの場、少しはわきまえよ」

 

「失礼しました。我が王……確かに新郎新婦の為、素早く移動するべきでした」

 

「うむ、後チビひよこと小鴉、今日はもう控えておけ……さもなくば、我が魔法を持って応じる事になるぞ」

 

「うっ、い、イエッサー」

 

「りょ、了解や」

 

 ディアーチェの鶴の一声で、再びなのはをからかおうとしていた空気は霧散し、皆静かに移動を続ける。

 

 なのははようやく味方を得たのが嬉しかったのか、ディアーチェをキラキラした目で見つめながら念話を飛ばす。

 

(ありがとう、ディアーチェ)

 

(貴様も、ほとほと苦労性だな……)

 

(うぅ、本当に、ようやく常識ある人に会えた気分だよ)

 

(まぁ、貴様の心にある感情が何か……今はまだ答えは出ぬだろうが、焦る事も無い。周りの声等気にせずに、気のすむまで考えれば良い。シュテルは気の短い奴ではない故な……)

 

(うん)

 

 なのはを労いつつ、今後に対しても焦る事は無いと助言を告げる。正しく出来た大人の対応であり、アクの強いメンバーの中では、一種の清涼剤の様な存在だった。

 

(……後な……小鴉の方は知らぬが、チビひよこの方は……何も考えて無いわけでもなさそうだ)

 

(アリシアちゃんが?)

 

(ああ、時折溢しておった。自分の妹を救ってくれた貴様には、幸せになって欲しいんだと……貴様は無茶をする所があるから、出来れば支えられる様な者が隣に立ってくれればいいとな……まぁ、面白半分と言う部分もあるのだろうが、貴様等の関係を応援する気持ちだけは本物であろう)

 

(……そっか、なんだか、嬉しいな。ディアーチェって、アリシアちゃんの事よく分かってるんだね)

 

(……芯のある人間は、好ましく映るものだ。奇縁ではあるが、長く見続けていれば期待もしよう……)

 

 本人の前であれば、即座に否定したであろう台詞だが、今はなのはとディアーチェ二人にしか聞こえていない念話。ディアーチェはなのはを言葉を否定するでもなく、遠回しな肯定と……含む様な言い方を返す。

 

 実際彼女がここまで一人の人間を評価するのは珍しく、それだけ彼女がアリシアを買っていると言う証明でもあった。ただ、今のどこか期待が籠った様な物言いに、なのはは一つ思い当たる節があった。ディアーチェに、いやディアーチェを含めた者達に欠けている物、もしかして彼女はアリシアがそれを埋めてくれるのを期待しているのではないか、だからこそ彼女を鍛え上げているのではないかと……

 

(それって、もしかして……『紫天の書』の所有者として……)

 

(……馬鹿馬鹿しい。奴は我の求める基準には達しておらん……今はまだ……な)

 

 否定の言葉。しかし、ディアーチェの口元には……微かな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アリシア:本心が読めない自由奔放人
フェイト:スイッチ入ると弩シスコン化
はやて:なぜか貧乏くじ
シュテル:ストイックな天然
ユーリ:ゆるふわ天然
レヴィ:未登場
なのは:いじられる


王様は貴重な常識人。


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拝啓:母さん、クロノとエイミィが結婚しました

 クロノ、エイミィの結婚式は順調に進行していた。教会での式を終え、ブーケトスを終え、教会前での記念撮影も終わり、次は多くの人が集まる披露宴。ここで少し待機時間が派生し、来賓の者達は控室にて待機を行う。

 

 フェイトはハラオウン家の家族でもある為、何かと忙しく動きまわっており、控室からもすぐに出ていった。しかしそれとは対極に、アリシアは窓際の椅子に座って暇そうにしている。その理由は単純で、アリシアはフェイトの姉ではあるが、ハラオウン家の親族にはカウントされない。その為フェイトが親族側で忙しくしていたとしても、来賓側のアリシアが手伝う訳にもいかず、結果として暇を持て余しながら誰かと通信を行っていた。

 

「うん。じゃあ、訓練を手伝えばいいんだね。気にしなくていいって、それ位いつでも手伝うよ……うん。じゃあ来週末にね~」

 

 通信を終えたのを見計らい、アリシアの元にシグナムが近付いていく。その様子にはやてとシャマルが気付き、自然と視線をそちらに向ける。シグナムの表情は非常に強張っており、どこか緊迫した様子さえ感じる。

 

「……アリシア。私は今日仕事の関係で遅く着いたのでな、ここまで話す機会が無かったが……」

 

「うん。あの件……だね?」

 

「やはり、貴様も掴んでいたか……流石だ」

 

「……何の話してるん?」

 

 シグナムだけでは無く、アシリアも真面目な顔になって言葉を交わしており、それに頷き席に着くシグナムの姿を見ながら、はやては恐る恐る問いかけその後ろに居るシャマルも緊張した顔を浮かべる。

 

「……主はやて……実はですね」

 

「本局、第一訓練場のシミュレーターが最新型に変わるんだよ!」

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 しかし返ってきた答えは、何一つ、欠片も重大な内容では無かった。

 

「いや~待ってたんだよね。何と前のやつより、破損した建物とかの収束速度が倍位早いらしいんだよ!」

 

「ああ、本当にありがたい話だ。これで、あの煩わしい修復待ちの時間が短縮されるな」

 

「これは、いけるか? 夢の一日で100模擬戦!」

 

「試してみる価値はあるな」

 

「……いや、そんな価値は、ないやろ」

 

 興奮した様子で話すアリシアとシグナム……もとい、二人のバトルマニア。実はこの二人は以前戦ってから暇を見つけては集合し、他人が見たら目眩がしそうな程の数の模擬戦を行う仲だった。

 少なくとも、はやてとシャマルに理解出来る嗜好では無かったが……

 

(ねぇ、はやてちゃん……この二人、どっかおかしいんじゃない?)

 

(一日100戦とか馬鹿やろホンマに……心配して損したわ)

 

(紅茶でも、飲みに行きましょうか)

 

(そうしよ……)

 

 何か緊急事態かとでも思って近くに来た二人は、呆れ半分諦め半分の表情を浮かべ、未だ興奮した様子で新型シミュレーターについて熱く語る二人に背を向け、その場を立ち去……ろうとして、聞こえてきた別の声に足を止める。

 

「しかし、新型導入となれば競争率も高くなるのでは?」

 

「大丈夫、テストって事で使わせてもらえる様に話しつけといたから!」

 

「流石ですアリシア。これは、心が躍りますね」

 

「でも、本当に早かったよね導入。まだ数ヶ月はかかるって思ってたけど」

 

「……何しれっと混ざっとんねん、砲撃コンビ」

 

 いつの間にかアリシアとシグナムが居るテーブルには、なのはとシュテルの姿があり、当り前の様に二人共会話に参加していた。

 

「え? なんでって……」

 

「我々もアリシアを長とする『都合が合えば、倒れるまで、鍛錬をする会』通称TTT(トリプルティー)に所属していますので」

 

「……何その、聞いてるだけで目眩がしそうな集まり……」

 

「説明しよう! TTTとは!」

 

「いや、ええ、知りとうない」

 

 三人のバトルマニアと他一人……シュテルに誘われて、深くも考えずに所属したなのはの計四人からなる模擬戦集団。TTTとアリシアが命名し結成した……はやてにとっては頭の痛くなる様な集まりだった。

 助けを求める様にディアーチェに視線を送るが、ディアーチェは既にその集まりの存在を知っているのか無言で首を横に振る。

 

「さあ、はやても一緒に楽しもうじゃないか!」

 

「ええ、ハヤテ。我々はいつでも、強者を歓迎します」

 

「絶対嫌や!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして多くの来賓を迎え入れ、結婚披露宴が始まる。

 流石に席は配慮されている様で、ある程度知人で円状のテーブルを囲み、豪華な食事と共に歓談に花が咲いていく。

 

「……良い味だ。ここの料理人は良い腕をしている」

 

「ええ、洗練された味です……おや? レヴィは?」

 

「……おかわりが欲しいと、ギネス馬鹿と貰いに行きおった。あの恥さらし共は……」

 

 ディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリ、なのは、アリシアの六名が同じテーブルになっている。そしてテーブルマナーをしっかりと身に付け、落ち着いている四人と……ファミレスと同感覚の二人。

 もはや完全に保護者の様な役回りとなったディアーチェは、大きな溜息と共に頭を抑える。

 

 少ししてアリシアの手腕で見事おかわりを獲得した二人が戻り、他のテーブルよりやや騒がしく話が進んでいく。

 

「エイミィさん、綺麗だね」

 

「ええ、ウェディングドレスって何だか輝いて見えますね」

 

 なのはの言葉にユーリが同意の言葉を返す。クロノと並び上座に座るエイミィの姿は、幸せに満ち溢れており、特に女性陣の羨望の視線を引き付ける。

 

 そこでふとディアーチェが周囲を見渡し、アリシアの姿が無い事に気が付く。今度はおかわりを取りに言った様子は無い。騒がしいアリシアにしては珍しく、スッといつの間にか居なくなっていた。

 

「……チビひよこはどこへ行ったのだ?」

 

「アリシアちゃん? 多分、そろそろ準備に行ったんだと思うけど……」

 

「準備?」

 

 ディアーチェの疑問になのはは心当たりがある様で、首を傾げる同席の面々に説明をしようと口を開きかけた所で、司会の声がそれを遮る。

 

『それでは、ここで新郎新婦の友人を代表致しまして、アリシア・テスタロッサ様より、お祝いのお言葉を頂きます』

 

 そしてその言葉と共に、ディアーチェはテーブルに頭を打ち付け、なのは以外の面々も唖然とした表情を浮かべる。

 それも当然の事だろう。何故ならアリシアは、クロノ、エイミィとの付き合いと言う意味でならこの席に居る誰よりも期間が短く浅い。まだ知り合って2年ちょっとしか経っていない。それが、他を押しのけて友人代表のスピーチを行うとなれば驚くのも無理は無い。

 

「だから、あやつはいつから友人代表になった……」

 

「あ、いや、違うの……初めはユーノくんがスピーチする予定だったんだよ」

 

「む? そう言えば、姿を見ておらんな……」

 

 唖然としながら呟くディアーチェの言葉に、唯一フェイトから聞いて事情を知っているなのはが説明を入れていく。確かにユーノ・スクライアであれば、クロノの友人でもありPT事件、闇の書事件を共に戦った……正しく友人代表と言って過言ではないだろう。

 

「それが、昨日の夜に高熱出して寝込んじゃってね。それで急遽代役をって話になって、すぐに連絡がついて、なおかつ社交的な人って事で、アリシアちゃんに話が回ったんだよ」

 

「……成程。そう言う事情であるのなら、確かにあやつは適任やもしれんな」

 

 実はこの話は最初はなのはに回ってきたのだが、流石に前夜にいきなりスピーチを行ってくれと言われても、上手く喋る自信が無く尻込みしてしまった。その際にフェイトがアリシアを推薦し、リンディの賛成もあって急遽アリシアが友人代表としてスピーチを行う事になった。

 

「でも、アリシアちゃんは凄いよ。急な話なのに、今日はあんなに余裕そうで……」

 

「いや、何も考えておらんぞあやつは……恐らくスピーチ文なぞ用意しておらん」

 

「え、えぇぇ!?」

 

「どうせ急ごしらえではロクな文なぞ作れん、それならいっそぶっつけ本番で……とまぁ、これがあの馬鹿の思考だ」

 

 そう、ディアーチェの読み通り、アリシアが急なスピーチ役に抜擢されたにもかかわらずいつも通りだったのは、初めから行き当たりばったりで行くと決めていたからであり、当然スピーチ用の文章なんて考えていなかった。

 

 ディアーチェの言葉になのはは急に不安になりアリシアの方を向くが、アリシアは真剣な表情で会場を歩いていき、静かにマイクの前に立つ。

 そして一度視線を周囲に動かしてから、クロノとエイミィの方を向く。

 

『クロノさん、エイミィさん、ご結婚おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりましたアリシア・テスタロッサと申します。僭越ではございますが、一言ご挨拶を述べさせていただきます』

 

 始まりは、そんな当り障りの無い言葉と共に始まった。

 

『ほんの数年。私と新郎新婦のお付き合いはその一言で表せてしまうほど簡潔でありながら、言葉だけでは伝え切れないほどの想いに満ちたものです。私にはクロノさんのご家族にお世話になっている妹がいます。私と妹は少々事情もあり、長く離れ、特に妹は非常に辛い境遇にありました』

 

「……」

 

『そんな妹に、クロノさんとエイミィさんは優しく手を差し伸べてくれた。クロノさんは力強く妹の背を押し、エイミィさんは暖かく妹の心を包んでくれました。それであの子がどれだけ救われたでしょう、どれ程の支えになったでしょう……その場に居られなかった私には、ただ感謝の言葉しかありません。お二人は妹にとっての恩人であり、等しく私にとってもかけがえの無い恩人です。そんなお二人が今日の良き日に、夫婦として共に人生を歩んでいく誓いをたてました。これ程喜ばしい事はありません』

 

 静かな沈黙の中、アリシアの声は響く様に広がっていく。

 

『私は人の一生は一冊の本の様なものだと思います。その人が生まれて物語が始まり、最後に死によって本を閉じて物語が終わる。始まりと終わりは皆一緒、だけどその中に描かれている物はそれぞれ違います。クロノさんが生まれ、クロノさんの物語が始まり……エイミィさんが生まれて、エイミィさんの物語が始まり……そして今日から、二人の物語が綴られていく』

 

「……」

 

『それはきっと平坦なものではないでしょう。苦難も悲しみも、喜びも楽しみも……色々なものが混ざり合った。そんな退屈しない物語……でも、その物語の登場人物には貴方達だけでは無く、私達もいます。ここに集まった一人一人が、それぞれの物語の主人公であり、同時に貴方達の未来を応援し、祝福する脇役でもあります』

 

 会場はアリシアの声以外ない、本当に静かな状態だった。声の抑揚、紡ぐ言葉……真っ直ぐにクロノとエイミィを見つめるアリシアの姿。それは今、この場の全てだった。

 

『だからもし、これから先の未来。何かに躓きそうになってしまったら、思い出して下さい。私達の事を、今日の日の事を……未来なんて誰にも分かりません。いいえ、分かったとしてもそれはいくらでも変わります。でも、きっと大丈夫。これだけ沢山の絆を紡げる貴方達の物語が、駄作で終わってしまう筈なんて無い』

 

「……」

 

『どうか、今日の日を忘れないで下さい。そしてこれから先支え合い、笑顔で前を見て、書き直しの出来ない物語を楽しんでください。起承転結じゃなくて良いんです。この物語に決まり事なんて無い……でも、一つだけ、友人として私が願うのは、お二人がいつか、その物語を思い返した時……笑顔になれる様な、そんな素敵な未来を作っていって下さい』

 

「……」

 

『簡潔ではありますが、最後に祝いの言葉を重ねて締めくくりとさせていただきます。改めて、ご結婚おめでとうございます。どうか、末永く、お幸せに……』

 

 締めの言葉と共にアリシアは深く頭を下げ、少しの沈黙の後で大きな拍手が巻き起こる。新郎であるクロノも深く頭を下げ、新婦であるエイミィの目からは涙が零れていた。

 

「……やっぱり、アリシアさんって、持ってますよね」

 

「……ああ、やつは別に良い事を言おうともしておらんし、事前に綺麗な文章を用意した訳でも無い。ただ自分の心にある想いを、そのまま言葉にして伝えただけ……そしてそれが、偽りの無い真っ直ぐな本心が、美しく響き、人を惹きつける」

 

 アリシアのスピーチは、とても即興とは思えないほど立派なものだった。新郎新婦に向かって、偽りの無い感謝と祝福を述べる姿は、見る者の胸を打ち心に響いた。

 

 計算の無い言葉で人を惹きつける力を、カリスマと呼ぶのであれば……アリシア・テスタロッサは、正しくそれを持った人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が生き返ってから、二年と少し……本当に何もかも上手く回り、苦労はあれど楽しい日々を過ごせている。でも、私は神様でも無ければ超人でもない。何もかも想い通り、私の都合の良い様に流れていくなんてそんな事はありえない。

 

「今日は気合入ってるね。やっぱり試験が近くなってきたからかな?」

 

「ええ、もう何度も落ちてしまってますが……執務官は、俺の夢ですからね」

 

 訓練場に声が響く。まるでそれは、何かが起こる前みたいにあまりにも穏やかに……

 

 人の見る夢は儚いものだって言うけど、実際間違いでは無いんだろうね。この世にはどうしようもない事がいっぱいあって、どうにもならない気持ちを抱えながら人は生きていく。

 

「ってことは、うちの妹とはライバルになるのかな? って、別に定員制じゃなかったね」

 

「あはは、それは何とも手ごわいライバルで、ごめんこうむりたいですね」

 

 私はリニスの未来を変える事が出来たのかもしれない。でも、繰り返しになるけど、私は神様でも超人でも無い。未来の事なんて分からなくて、変えられない結末なんて山ほどある。

 

 そして人は鈍感な生き物だ。それを頭では理解していても、実際に体験するまで分からない。だからこそ、人は後悔する生き物であり、いつだってそれに気付くのは後からになる。

 

「どっちも合格出来れば良いね。応援してるよ、『ティーダ』くん」

 

「ありがとうございます」

 

 そう、その存在の本当の重さに気が付くのは……いつだって……そう、いつだって……

 

「よっし、じゃあもう一戦いこっか!」

 

「ええ、よろしくお願いします!」

 

 それが……失われてからだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レヴィ・ユーノ「解せぬ」


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拝啓:母さん、フェイトが人間止めました

 少々息を切らせ、未だへっぽこな自分のスタミナを実感しつつ階段を上る。てか、転送装置みたいなの付けてくれればいいのに、変な所でローテクで困るね。

 

「……ごめん、遅くなった!」

 

「いや、まだ始ってはおらん。問題無い」

 

 訓練校から大急ぎで来た私に、王様が簡潔に間に合った事を伝えてくれる。

 

 ここは時空管理局本局内で最大級の広さと耐久力を誇り、大がかりな訓練での使用を目的とした第五訓練場の観戦室。私が今日この場に急いでやってきたのは、フェイトがここで行われる模擬戦に参加するからだった。

 今日行われるのはかなりの大規模模擬戦で、魔導師100人対100人、計200人の大人数で行われる。参加者は若手魔導師からランダムで選出されたらしい。

 

「どれどれ……おぉ、やっぱこれだけの人数が居るのは壮観だね。あ、はやても出るんだ」

 

「うむ、奴と守護騎士二人も参加しておる。貴様の妹とは別のチームだがな」

 

 参加者をざっと眺めてみると、はやて、シャマル、ヴィータの姿もあり、どうやらこの大規模模擬戦に参加するらしい。それ以外には、私達がよく知ってる人は少ないね。私個人で言えば、120人位は知り合いだけど……

 

「けど、凄い面子だね。殆どAランク……分隊長クラス以上の魔導師じゃん」

 

「ああ、この大規模模擬戦は管理局としても大きな試みらしい。観戦者も相当の数にのぼる。複数ある観戦室だけでは無く、モニタールームにも人が溢れかえっていた」

 

「ふへぇ……大一番だね」

 

 でもこれは実際良い経験になるんじゃないかと思う。特にフェイトは執務官志望だし、執務官になってからじゃこれだけの人数での模擬戦は中々経験する機会が無いだろうしね。

 いや、でも、実際凄い人……王様に頼んで私の席も確保しておいて貰って良かったよホント……

 

「あ、アリシアだ。やっほ~」

 

「お、レヴィも来てたんだ」

 

「うん。ここじゃないけどにゃのはとかシグにゃむも来てるみたいだよ~さっきシュテるんが通信してた」

 

 青のツインテールを揺らしながら現れたレヴィと軽く挨拶を交わす。ユーリも少し離れた場所に姿があるし、この観戦室には王様の家族が集まってるのかな?

 ちなみにレヴィの言うにゃのはとは、なのはの事で、シグにゃむはシグナムの事だ。レヴィはわざとやってるのか、単純に覚えられないのか……基本的に家族以外の名前は間違えて呼ぶ、フェイトの事もへいとって呼んでるし、私も……って、あれ?

 

「……そう言えば、レヴィって最近私の名前間違えないよね?」

 

「ひっ!?」

 

「……なんで、そんな怯えた顔を……」

 

「……貴様の妹によって刻まれたトラウマだ」

 

 レヴィは数か月前までは、私のこともありしゃとかそんな風に間違えてたはずだけど、思い返してみれば最近は普通にアリシアって呼んでくる。そう思って尋ねたんだけど……またフェイトが、何かやったのか!

 

「えっと、うちの妹が、また何か粗相を?」

 

「……一言だけ言うのであれば、我は今までの人生で、あれほど恐ろしい『壁ドン』を見た事が無い」

 

「……ボク、分かったんだ。この世には……間違えちゃいけないものがあるんだって……」

 

「……えと、代わりに謝っとく。ごめんね」

 

 どうやらよほどの恐怖体験だったようで、レヴィはブツブツと呟きながら体を震わせ、王様も遠い目をしている。別に私の名前は、間違えても良いものに分類されると思うんだけど……まぁ、触らぬフェイトに祟りなしって言うし……

 

 そんな風に雑談を続けていると、周囲がざわつく。

 

「お、始まった!」

 

「……やはりAチームの指揮は小鴉か……Bチームは、見覚えは無いな」

 

「確か中隊指揮資格持ってる人だけど……分隊長とかじゃ無かった気がする」

 

「ふむ、そうなるとやや黒ひよこが不利か」

 

 大規模模擬戦が開始され、魔力弾や砲撃魔法の閃光が飛び交う。Aチームを指揮するのははやてで、その両脇をシャマルとヴィータが固める盤石な布陣。逆にBチームは少し指揮官周りが浮足立っている様に見える。

 ざっと私が見た限り、純粋な戦闘力と言う部分で上回るのはBチームの面々。フェイトを筆頭に若手のホープや高ランク保持者が多い。でも、癖の強い人ってか個人、少数チームでの戦闘が強い人が多い気がする。

 

 対象的にAチームはチーム戦に慣れた人が多いのか、はやての指揮で的確に陣形を組んでる。強い相手には一対一で当らない様に立ち回ってるし、位置取りがかなり上手く見える。

 

 っとそんな事を考えていると、フェイトが少し本隊から離れた場所に移動……いや、誘導されているのが見えた。

 

「あっ、フェイト駄目。そっちに行っちゃ……」

 

「まぁ、当然だな。全体で見ても黒ひよこの力は抜きんでている。当然、本隊から分断してくるだろう」

 

 はやては単独での戦闘力が高く、凄まじい機動力を有するフェイトを巧みに誘い本隊から分断……孤立させてていく。

 その誘導は見事の一言で、私達は上から全体を観戦してるから分かるけど、現地で乱戦の最中にあるフェイトではそう簡単には気付けない。

 

 流れは完全にAチームだけど……フェイトは流石に強い。10人近くに囲まれながら、優勢に戦闘を進めている。けど……その10人は攻め込んだりはせず、防御と回避に重点を置いて立ち回ってる。一人が結界魔法を展開、フェイトが本隊の救援に向かえない様にしてから、他9人で術者を守る。これはいくらフェイトでも、突破に時間がかかるかもしれない。

 

 フェイトさえ抑えてしまえば、はやてが広域殲滅魔法を使う上での障害は消える。そうなれば後は……

 

「口惜しいが、流石小鴉と言ったところか……決まったな」

 

 王様がそんな風に呟く言葉、それを肯定する様にBチーム本隊の中央に広域殲滅魔法が炸裂する。これでBチームの指揮系統は完全に崩れ、Aチームが一気に戦況を掌握した。

 

 こうなってしまえば覆すのは難しい、戦いは乱戦に移行しはやても広域殲滅魔法は撃てなくなったけど……数の差が響く。結果として、フェイトが包囲を突破した時にはAチーム残り半数、Bチームはフェイトのみ……ザット考えて50対1の絶望的な戦局が完成していた。

 

 戦局は決した。もう、いくらフェイトでも覆せない。これはフェイトを責めるべきでは無く、はやての指揮の巧さを称えるべきだろう。こういう大人数での戦いは、はやての独壇場……出来ればフェイトが負けるとこなんて、見たくは無かったけど……こればっかりは……

 

 そんな事を考えていると、ふとフェイトと目が合い……フェイトがこちらに向かって微笑んだ様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 50人近い圧倒的な戦力差を目の当たりにしながら、フェイトはギブアップを宣言しなかった。戦術でははやての方が一枚も二枚も上手、それを実感しながら、自分を取り囲む様に展開していく魔導師達を見ながら……それでも、彼女の心は落ち着いていた。

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン……彼女は稀代の天才だ。魔力量、運用技術、頭の回転、反射神経……本来そのどれか一つでも持っていれば天才と呼ばれる様な才能を、彼女はいくつも有していた。

 しかしこの世に完璧な存在など居ない様に、彼女もまた無敵でも完璧でも無かった。フェイトの才能は肉体面とでも呼ぶべきか、そちらに集中している。

 確かに彼女は他を隔絶した天才……幼くして強大な力を有し、正しく最強の座に辿り着けるだけの資格を持った存在だった。しかしそんな溢れる程の才能とは対極的に、彼女の精神面は酷く繊細で傷つきやすく、そして何より脆かった。

 

 フェイトには最強に至れる才能はあっても、最強になろうとする心は宿っていなかった。彼女は心優しい性格をしており、そもそも争う事を好んではいない。故に、彼女は最強になる事は出来ない。

 よく比較の対象にあがる存在、高町なのは……彼女もまた稀代の天才であり、フェイトと並び称される存在ではある。初めて二人が対峙した時、フェイトはなのはを圧倒した。しかし半年足らずで、なのははフェイトに追いつき……そして、追い越した。

 

 二人が正規の局員となってから今日までに行われた模擬戦。非公開のものを含めると……7:3でなのはが上回っている。その結果だけど見れば、なのはの才能がフェイトを上回っている様に見えるが……実の所、単純な才能と言う点ではフェイトの方が優れている。

 では、なぜフェイトはなのはに破れ、そして負け越しているのか……それは一重に、両者における精神面での差からだった。先にあげた様にフェイトはそもそも戦いを好んでいない。彼女は力を求めていない。

 

 フェイトが戦う動機、当初はただ母親に認めてもらいたい、役に立ちたい、母親の愛情が欲しい……そして今は自分を救ってくれた人達を助けたい、犯した罪の償いをしたい、自分と似た境遇の人々を助けたい。それが彼女が魔導師として刃を取る理由。

 逆になのはは……彼女もまた戦いを好む性格では無いが、必要な時には我を力で貫き通す強さも持っている。その為に努力も怠らず、今も尚人を導く立場に立つ為に力を求めている。

 

 なのはにあってフェイトに無いもの、それは力を渇望する意思。フェイトは天才だ。だからこそ、彼女は血のにじむ様な努力をせずとも、他者より高い基準に達してしまう。少なくとも彼女がこれで十分だと思える力は、すぐに手に入れる事が出来てしまう。そして、そこで立ち止まる。それ以上先を必要としない……それこそがフェイトが最強に至れない最大の原因だった。

 

 フェイトは力を求めない。今以上の力を必要としない。故に彼女はそのまま緩やかに、成長と共に力をまし、その才能で辿り着ける高さに落ち着いただろう……そう、アリシア・テスタロッサが現れなければ……

 

 性格だけでなくフェイトとアリシアは持ち得た才能も対極だった。アリシアの才能は精神面に偏る。不屈と言う言葉が生ぬるい程、異常なほど強固な精神力。人との繋がりを瞬く間に形成する社交性……そんな自分が持ちえない才能を持った姉の存在は、フェイトには途方も無く眩しく映った。

 

 そして、アリシアはフェイトを受け入れてくれた。彼女が渇望してやまなかった無償の愛情を、余すことなく注いでくれた。足りなかった心の隙間を満たしてくれた。

 そんな敬愛に値する姉との日々の中、フェイトの心に大きな変化が生まれたのは1年半前だった。

 

 ふと意識の覚醒した深夜。窓に映る月を見つめながら……寂しそうな顔で「ママ」と呟いている最愛の姉の姿……それを見た時、フェイトはようやく理解する事が出来た。

 アリシアはフェイトにとって自分にない全てを持った存在だ。しかし、彼女もまた一人の人間……無敵でもなければ、傷つかない訳でも無い。

 なら自分は姉に甘えているだけで良いのだろうか? 姉がくれる無償の愛情に甘え、それに縋るだけで良いのか? もし、自分がそれに縋り甘えるだけの存在になったら……誰が、姉を守るのだと……

 

 その日からフェイトは時間が許す限り訓練場に足を運んだ。今までした事が無かったほど、桁違いの鍛錬を……血反吐を吐くほどの努力を始めた。彼女に焼けつく程の力への渇望が生まれた。

 フェイトにとってのアリシアは、自分の遥か先を行く大きな背中。それに追いつき、いつか隣に並び立てる存在になる為……彼女は与えられただけだった稀代の才能を磨いた。

 

 そう、フェイトは稀代の天才だ。その天才が……強大な意思を持って、努力を始めた。それは即ち……

 

 訓練場の空、圧倒的な戦力差を前にして……フェイトはアリシアに視線を向けて微笑む。

 

――大丈夫、そんな心配そうな顔をしなくても、私はお姉ちゃんが見てくれてるなら……誰にも負けないから

 

「バルディッシュ」

 

≪ライオットドライブ・リミッターリリース≫

 

 この場には不釣合なほど穏やかな声の呟きと共に、その力が解放される。

 

「……なんや、あれ……」

 

「……光の……翼?」

 

 はやてとシャマルの呟き。その視線の先、フェイトの背には時折閃く様に放電を行っている……桁違いの魔力が込められた金色の翼が現れていた。

 少なくとも今まで、はやてやシャマルはその魔法を見た事が無い。だが、この戦況で切ってくるカードが弱いものの筈も無い。

 

「あたしが切りこむ、後詰め任せるぞ!」

 

 素早く動いたのはヴィータだった。この場面での未知の魔法、後手に回れば他の面々に動揺が広がり最悪陣形が崩れる恐れがある。守護騎士として戦闘経験が豊富な彼女だからこそ、この場で即座に切り込むと言う選択を取った。

 

 愛機グラーフアイゼンを振り上げ、全速力で迫るヴィータに対し、フェイトは緩やかにすら見える動きでマントをはためかせ、自分の体を包みこむ様に動かす。

 

 そして直後、フェイトの姿は消え、ヴィータの体に五本の金色の線が走った。

 

「……うっそっ、だろ……(なんだこれ? あたしが、アイゼン振り下ろすより早く……『五回』切りやがった!?)」

 

「ヴィータ!」

 

「クラールヴィント!」

 

 制御を失い落下していくヴィータの姿にはやてが驚愕の声を上げ、シャマルは咄嗟に自分とはやての前に風の障壁を展開する。

 そしてその障壁に何かが当って弾かれ空中に金色の軌跡が刻まれる。

 

 そう、軌跡だけ……輝く金色の線が空に突如現れ、それから遅れて炸裂音の様なものが響く。それは即ち、フェイトの速度が完全に音を置き去りにしていると言う何よりの証明。

 

「……なんや、これ、み、見えん……」

 

「ま、魔力探知も残滓しか……知覚も、出来ない……」

 

 呟く二人の言葉に続く様に、数人の魔導師が壁に叩きつけられ、そこに金色の軌跡が残る。そう、その場に居る誰もフェイトが今どこに居るのか分かっていない。目に映っているのは、そこをフェイトが通過したと言う軌跡だけ……

 

 金色の軌跡は広い訓練場のあちこちに現れ、なんの抵抗も出来ずに一人ずつ魔導師が切られ、吹き飛ばされていく。

 

「……皆動くな! 散らばったら相手の思う壺や! その場で全方位防御魔法を全力で展開!(こんなとんでもない速度……何のリスクも無く到達できる訳無い。さっきシャマルの防御魔法は貫けんかったし、ヴィータには5回攻撃してた。攻撃力や防御力を全部犠牲にして、速度のみに特化させとる……反応するんは無理や、けど、進路を予想するんは……)」

 

 はやての指示通り全員その場で防御魔法を展開するが、それでもシャマルのものに比べれば脆く、なおかつ何度も攻撃されれば崩れてしまう。

 フェイトのスピードを知覚すら出来ない以上、このまま守り続けても敗北は濃厚。

 

 はやてはシャマルに防御魔法を任せ、どんどん撃墜されていくチームメンバーを見ながら予想する。フェイトが次に何処を狙ってくるのか、それを必死に考える。

 

 そして20人目の魔導師が防御を破られ撃墜されていくのを見ながら、はやては展開した膨大な魔力弾をフェイトの進路予想点に設置する。

 高速機動型魔導師には設置系魔法、セオリー通りではあるが、高速機動下では細かな制御が難しい以上、最も有効な方法。

 

 そして、はやての表情は……新たに刻まれたジグザグの……彼女の設置した魔力弾を全て避ける軌道を見て、絶望に染まる。

 

「……あ、あのスピードで、あんな細かな軌道制御ができるんか……無茶苦茶や……」

 

 それはまさしく絶望的な光景だった。見えない、反応できない、防御もいずれ崩される、設置系魔法も通用しない。

 

「まだや! こんな出鱈目な力が長続きするわけがない! 皆、今は堪えて!」

 

 そう、もしこのスピードをフェイトが常に維持できるのであれば、それこそ初めから使っている筈。しかし実際彼女がこれを使用したのは、終盤と言って良い戦況でだ。つまるところこれは、デバイスのフルドライブモードに近い力であり、当然そんな常軌を逸脱した能力に使用制限が無いわけがない。

 

 フェイトはこの魔法を発動させる前にバルディッシュにリミッターを解除を指示した。となればはやての予想は間違い無く当たっている筈だが……それでもいつまで続くのかが分からない。

 Aチームの残り人数は既に半数を切り、尚も不可視の攻撃は繰り返されている。果してこの魔法が切れた時に、まだフェイトと戦えるだけの戦力が残っているのか……それは賭けだった。

 

 永遠の様に長く感じる数分が経過し、ついにフェイトはその姿を現した。背中にあった翼は消え、肩で大きく息をしながら空中に現れたフェイトを見て、はやては微かに微笑む。

 

「流石のフェイトちゃんでも、あれだけの魔法を使ったら消耗するね……それでも、40人近くやられたんは、おっそろしい話やけど……」

 

 フェイトが姿を現した時点でAチームの残り人数は11人。50対1の状態からここまで切り返されたのは、背筋が冷たくなる思いだったが、それでもはやては賭けに勝った。

 

「……はぁ、はぁ……うん。まだこれ未完成だし……『設置しながら』だとしんどいね」

 

「……え?」

 

 呟く様なフェイトの言葉。そしてゆっくりと振り上げられるバルディッシュ。それに誘われる様に視線を上げ……はやても、シャマルも、Aチームの全員の表情が凍り付き、そして絶望に染まる。

 

 視線の先には天を埋め尽くす程の膨大な魔力球が展開しており、防御に手一杯だった面々は気付く事が出来なかった。そして、はやてとシャマルはこの魔力球の一つ一つが何かを知っているが、これだけの数を見るのは初めてだった。そして同時に……敗北を確信した。

 

「フォトンランサー……ダウンフォール・シフト!」

 

 フェイトがバルディッシュを振り下ろすと共に天は金色に染まり、そして訓練場に金色の滅亡の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは稀代の天才だった。稀代の天才……止まりだった。

 

 しかし彼女は弱かった心を鍛え上げ、同世代の誰よりも早くその領域に……最強と呼ばれる頂点の領域に足を踏み入れた。

 

 そう、天才は……渇望を得て……

 

『び、Bチームの……勝利です』

 

 天才と言う名の壁を砕き……最強への道を歩き始めた。

 

 そしてそんな妹が心から憧れ敬愛する最愛の姉は……

 

「あわわわ……フェイト、つ、つえぇぇ……」

 

 ……観戦室で震えていた。

 

「よもや、これ程とは……もはやひよこなどとは呼べんな。奴め鷹に化けよった……」

 

「……(え? ちょっと待ってよ。フェイトにとって私って……アレより強いって思われてるの!? いやいや、無理だからね! あのスピード完全に人間止めてるじゃん! お姉ちゃん何が起こってるかも分かんなかったからね!)」

 

 フェイトのあまりの強さに言葉を失う観戦室の中で、アリシアは一人見当違いな方向に震えていた。

 そう、フェイトは自分よりアリシアの方が強いと思っている。というか、全てにおいてアリシアの方が上だと盲信している。つまるところ、アリシアに姉として要求されているハードルは、さっきのフェイトに勝てるレベルと言う事になってしまう。

 

「……(つ、ついに言葉すら発さずハードル上げてきたか……駄目だ。あの妹、早くなんとかしないと……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レヴィ「時代が追い付いた」
ユーノ「……」





フェイト・テスタロッサ・ハラオウン(当作)

魔導師ランク:空戦S習得済み(尚も成長中)

MAXスピード:知覚不可

フォトンランサー・ダウンフォールシフト:展開数100↑

ここ半年の模擬戦戦績

対高町なのは 24勝6敗
対シグナム 13勝2敗
対クロノ 18勝3敗


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拝啓:母さん、皆やる気一杯です

 大規模模擬戦が終わった後も、しばらく周囲はお祭りみたいに騒がしかった。それだけ、フェイトの戦闘が与えた影響は大きい。たった一人で50人の魔導師を破る。言葉にすればたった一言だけど、それを実現できる者はこの世界に何人いるだろうか? フェイトはその領域に踏み込んだ……うちの妹半端無いね。

 

 しばらく経って見学者は帰り始め、それから更に少し経って参加者達が訓練場から出てくる。どうやらこれから反省会を行うみたいだ。

 

「あ、フェイト。勝利おめでとう。文句なしのMVPだね」

 

「お姉ちゃん! ありがとう。まだまだ、お姉ちゃんには敵わないけど、頑張れたよ」

 

「……」

 

 会議室への移動の合間に、少しだけ顔を出してくれたフェイトに祝いの言葉を伝えたんだけど……返ってきたのは恐ろしい言葉。まだまだ敵わない? え? ちょっと、何言ってるか分かんないです。

 

 やっぱフェイトは、本気で私の方が強いと思っているらしい。いい加減この認識を改めないと、私のストレスがマッハだよ。

 

「い、いや、流石にもうフェイトの方が強いんじゃないかな? あんなすごいスピード、私じゃとても反応できないだろうし……」

 

「私の事気遣ってくれるんだね。やっぱりお姉ちゃんは『謙虚』で優しいね」

 

「……あ、うん」

 

 駄目だこの妹、話通じねぇ! 違うからね! 今のは謙遜とかじゃなくて、魂の叫びだからね! そんなキラキラした目を向けないで!?

 

 もはやフェイトの異次元フィルターは、解除不可能であると言う事を理解して私が絶望していると、私達の居る場所にレヴィが近付いてくる。そう言えば、最初は騒がしく喋ってたのに……フェイトが活躍した辺りからずっと黙ってたような気がする。

 

「……フェイト」

 

「だから、フェイトじゃなくてへいと……あれ? あってる?」

 

 レヴィが顔を俯かせながら発した言葉。いつもの『へいと』と間違えた呼び方では無く『フェイト』と正しく名前を呼びながら……

 

「凄かったよ。あの魔法……ボクにはあんなスピード出せない。多分、フェイトは今、世界で一番速いと思う」

 

「……レヴィ?」

 

 静かな声だ。だけど、その静かな声には、とてつもなく大きな感情が込められているように感じる。普段は耳にする事の無いレヴィの真剣な声。私とフェイトは勿論、レヴィと一緒にこっちに来た王様やシュテル、ユーリも一言も発さずレヴィの言葉を待つ。

 

 レヴィはそのまましばらく沈黙し、少しして激情の浮かぶ顔を上げ、フェイトの顔を睨みつけながら叫ぶ。

 

「だけど、今だけ、負けを認めるのは今だけだ! 負けない……絶対に負けない! 今はフェイトの方が速い、でも絶対に追いついて、追い越してやる!」

 

「……」

 

 例えるのならそれは宿命のライバルとでも言うのだろうか……レヴィが模擬戦の最中に沈黙したのは、誰よりもフェイトの力を理解したから、今の自分では勝てないと認めたから。

 そして今、ライバルに引き離された悔しさを顔に浮かべながら……強くなると、決意を叫んでる。あまりにも真剣で、そして真っ直ぐな激情。それを受けたフェイトは……

 

「私も、負けないよ」

 

 フェイトは、本当に強くなったと思う。体だけじゃなく心も……少なくとも、前のフェイトならこの言葉を返す事は出来なかったと思う。フェイトは力だけじゃなく『強さ』をしっかりと身に付けた。こりゃ、本当に敵わないかもしれないね。

 

 そしてフェイトは反省会に参加する為に去っていき、その後姿を見送ったレヴィはシュテルの方を振り向いて頭を下げる。

 

「シュテるん、今までボクが報告書遅らせたり、サボったりで……シュテるんには、いっぱい迷惑かけたよね?」

 

「……ふむ」

 

「けど、これからは……サボらないし報告書も遅らせない。もう、二度と……休日に穴埋め出勤なんて、無駄な時間はすごさ無い! だから、えと……」

 

「……謝罪は不要です。その目……労力以上の見返りがありました」

 

 今回のフェイトの戦いはレヴィの心に火を付けた。レヴィは、間違いなく強くなると思う……むぅ、私にもそういうライバル居ないかなぁ? うん、居ないね。王様は、ライバルって言うか相方みたいなもんだし、シグナムはライバルって言うよりはバトル仲間っていった方がしっくりくるね。というか、私と同じ戦闘スタイルの魔導師が居ないよ!

 

「……貴様の妹には感謝せねばならんな。レヴィは、強くなるぞ」

 

「……そだね」

 

「……で? その妹の期待を一身に背負う姉君は、どうするのだ?」

 

 いつの間にか私の隣に居た王様が、どこか試す様な口調で問いかけてくる。

 

「いや、別にどうもしないよ。いつも通りだね」

 

「うん?」

 

「……私の辞書にはさ、不可能って文字は赤の太字で書かれてるけどね……諦めるって言葉は無いんだよ」

 

「……」

 

 そう、別に何も変わりはしない。フェイトがどれだけ強くなって居ようが、私の身の丈に合わないハードルがどんどんでき上がってきても、結局の所私は変わらない。

 

 文句も言うし、肩も落とす。絶対無理だなんて叫びもする。でも、私が足を止める事は無いだろう。私は紛う事無き凡才だ。届かない場所も、立てないステージも山ほどある。だけど……

 

「何も、変わらないよ。どれだけ目の前にそびえ立つ壁が高かろうが、挑み続けるだけだよ。それを、越えられるか越えられないかなんて、壁の前で考えるのはナンセンスだね。私が考えるのは『どうやって壁を越えるか』だけだよ」

 

「……相変わらず、難儀な性格をしておるな。だが、それでこそか……」

 

「と言う訳で、王様。訓練付き合って」

 

「……よかろう」

 

 そう、何も心配する事なんてないよフェイト。私はちゃんと、フェイトが胸を張って自慢できるお姉ちゃんになって見せるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局にある訓練場の一つ、そこで二色の閃光がぶつかり合う。遠目に見てもどちらも確かな実力者と理解出来る二人の魔導師。既にエースとの呼び声も高い高町なのはと、シュテル・スタークスの二人は、激しく模擬戦を行っていた。

 

「今日は、随分と気合が入っているようですねナノハ」

 

「うん。ちょっと思う所があってね」

 

「……フェイトの大規模模擬戦を見て、火が付いたと言う訳ですね」

 

 二人は休憩の為に地面におり、スポーツドリンクを片手に腰を下ろす。シュテルの言葉通り、今日のなのははいつもより気合が入っている様で、訓練に対する熱も普段以上に感じられた。それはやはり親友であるフェイトの、あの強さを目の当たりにした事が原因だろう。強くなったフェイトに影響されたのは、レヴィだけでは無かったようだ。

 

「……うん。思いだしたんだ。まだそんなに昔じゃない筈なのに、いつの間にか忘れてたあの時の気持ち。フェイトちゃんは凄くて、私よりずっと前に居て……それに追いつこうって、頑張ってた時の気持ち」

 

「……」

 

「うん。やっぱり、凄くしっくりくる。私は追いかけられるより、追いかける方が性に合ってるみたいだよ。今度も、ちゃんとフェイトちゃんに追いついてみせるよ」

 

「レヴィの激情とはまた違う。静かながらも炎の様な向上心……私も負けてはいられませんね」

 

 やる気に満ち溢れているなのはを、シュテルは好ましく感じながら見つめる。彼女にとって、なのはは友であると同時に生涯の好敵手でもある。そんな相手がより高みへと登ろうとしている姿は、彼女の心にも炎を灯してくれる。

 

「まぁ、教導官試験も近いし、そっちの勉強もしなくちゃだけどね」

 

「そう言えば、ナノハ。教導官となり正式に管理局へ進路を決めるのであれば、やはりこちらに住んだ方が色々と都合が良いのでは?」

 

「う~ん。確かにそうなんだよね。はやてちゃんもその内ミッドに引っ越すらしいし、フェイトちゃんもこっちで部屋を買ったみたいだしね。まだしばらくは地球から転送ポートを経由して通うつもりだけど……中学校卒業したら、私もこっちに住もうかなって思ってるよ」

 

 現在なのはと八神家の面々は地球に住んでおり、そこからミッドチルダに通っている。フェイトも以前は地球に住む事になったハラオウン家の面々と一緒に暮らしていた。現在は姉であるアリシアが、あくまでハラオウン家とは友人関係であり家族では無いと地球に移り住む気が無い為、アリシアと一緒に暮らしたいフェイトはミッドチルダから地球の学校に通うと言う形式を取っている。

 

 なのはも現状では地球からミッドチルダに通っているが、シュテルの言う通り完全に将来の進路を管理局員へと定めるのであれば、いずれミッドチルダに拠点を持った方が都合が良い。家族が心配する事もあり、すぐにこちらで一人暮らしと言うのは難しいだろうが、中学校を卒業する頃にはこちらに移り住む予定で、家族の了承も既に得ていた。

 

「成程……では、一つ提案があるのですが」

 

「うん?」

 

 なのはの説明を聞きシュテルは納得したように頷き、それを確認してなのははスポーツドリンクを飲み始め……シュテルの発した言葉を聞き、それを全部噴き出した。

 

「貴女さえよろしければ、その際には私と一緒に住みませんか?」

 

「ぶぅっ!?」

 

「大丈夫ですか? 疲労している体で一気に飲んでは危険ですよ」

 

「げほっ、げほっ……しゅ、しゅしゅしゅ、シュテル!? い、いいい、一体何を?」

 

「いえ、ですから疲労時に水分を摂取する際は……」

 

「そっちじゃなくて!?」

 

 シュテルが発した言葉は、なのはにとっては予想外も良い所であり、なのはは顔を茹でダコの様に真っ赤にしながら慌てて聞き返すが、相も変わらずシュテルは全く分かっていない様子だった。

 それでも少しどこか期待の様な感情を抱いてしまうのは、乙女心からだろうか? 少なくとも、シュテルが今までそういった提案をしてくる事は無かった。食事等誘えば付き合ってくれるが、あくまで誘うのはなのはからばかりであり、シュテルからなのはに対しての好感度がいまいち分からなかった。

 

 シュテルは自分の発した言葉を曲げる様な人物ではない為、以前なのはと友人になると宣言したから誘えば付き合ってくれるだけで、そこまで親しいとは思われていないのではないかと不安に思う事もあったが、こうした提案をしてくると言う事はシュテルの方も多少なりとも……

 

「そっちじゃない? ああ、成程。ほら、教導官となった後はコンビを組む約束ですし、それなら同じ拠点で暮らした方が何かと都合がよいでしょう?」

 

「……ア、ハイ」

 

 しかしやはりシュテルは、シュテルだった。何事もあくまで効率的に……そう、この提案もあくまで教導効率を考えての提案だった。

 なのはも分かってはいたが、少し肩を落としてしまうのは仕方がない事と言えるだろう。

 

「……都合が悪い様でしたら、無理にとは言いませんが?」

 

「ううん! 平気だよ。私もいきなり一人暮らしは、少し不安だったし、シュテルが一緒なら安心できるよ」

 

 なのはが肩を落としている様子を見て、シュテルは先程の提案に乗り気ではないのかもしれないと考えて問いかけるが、なのはは慌てて首を横に振りながら言葉を返す。

 勿論それは本心だ。一人暮らしをするより、しっかり者のシュテルが一緒の方が安心感がある。提案自体は非常に嬉しいものだ。そう、あくまでなのはが、シュテルに好かれているかもしれないと期待し過ぎただけ……

 

「それは良かった。貴女と共に居る時間は、楽しく感じておりますし、提案を受け入れてくれた事に心からの感謝を」

 

「ふぇっ!?」

 

「まだ先の話ではありますが、よろしくお願いします……おや? ナノハ? 顔が赤いですが?」

 

「にゃっ!? なんでもない!?(ど、どうしよ! 嬉しい……シュテル、私と一緒に居て楽しいって思ってくれてたんだ。うわ、ちょっと、本気で嬉しい)」

 

「そうですか? 体調が悪いようなら、無理せず申告してくださいね」

 

 なのはは今までシュテルにどう思われているか、ちゃんと以前より仲良くなれているのか不安に感じている部分があった。しかし今の発言とシュテルの表情を見る限り、少なくともなのははシュテルにとって一緒に居て楽しい存在と認識されている事が分かった。

 

 その後、再会した模擬戦。なのはは終始嬉しそうな表情を浮かべており、時折シュテルに心配される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳でね。閃光系魔法使える様になったんだけど、なんか良い練習方法無い?」

 

「……それを、わざわざ聞きに?」

 

 リニスと契約したお陰で、私は閃光系魔法の補助を受けられるようになった。それは大きな利点だし、そっちの方を伸ばしていこうと思うんだけど、それにあたって一つの問題がある。

 閃光系魔法はリニスの得意魔法だから、リニスに教わるのが一番良いんだけど……リニスとは夢で話が出来ると言っても、一日一時間程度だし、夜寝るまで話が出来ないので疑問をすぐに尋ねる事が出来ないのと、夢の中ではすぐに実践できないと言う部分がある。

 

 となればせめて誰か一人閃光系魔法が使える人で、定期的にアドバイスが貰えそうな人物を確保したいと思ってこの場に来ていた。

 

「うん。王様が閃光系魔法については、自分より詳しいだろうって」

 

「確かに、ディアーチェは暗黒魔法を得意としているし、私の方が得意と言えば得意だけど……専門と言う訳じゃないんだけどね。まぁ、私で力になれるなら、いくらでも相談に乗るよ」

 

「ありがと~」

 

 私の言葉を聞いて苦笑する女性。その首と両手両足には魔力を抑え、緊急時に拘束具となるリングを付けており、どうしても囚人と言う風に見えてしまうが、実際の所間違っては無いんだろうね。

 

「にしても、相変わらず不便そうな格好だね」

 

「不便は不便だけど、仕方がないさ。私は『闇の書事件の主犯』な訳だし、むしろこの程度で済んでいるのはリンディ提督達が尽力してくれたおかげ、感謝しているよ」

 

「私がはやてから聞いた話だと『主犯だって主張して罪を一人で被った大馬鹿』って事だったけど?」

 

「あ、あはは……まぁ、あと数年辛抱すれば、色々と制限は付くけどある程度の自由は与えてもらえるんだし、私に不満は無いよ」

 

 そう、かつて地球で起こった闇の書事件は『主犯の逮捕』と言う形で解決を迎えた。そして今、私の目の前に居るのは、その主犯として管理局の軌道拘置所に収容されている人物で、今は面会中だ。

 大きな事件の主犯だけあって、厳重に拘置されているけど、今までの態度から更生の余地ありと評価を受けており、あと数年経てば嘱託職員として管理局に従事する事を条件に、ある程度の自由が約束されることになっている。その話ははやてが嬉しそうに何度も話してきたので、もう耳にタコが出来てるよ。

 

「はやて、嬉しそうだったよ。それに合わせて自分達もミッドチルダに移り住むって、これで家族が全員揃って一緒に暮らせるんだって……」

 

「……ディアーチェにも改めてお礼を言わなくちゃいけないね。彼女のお陰で、今の私がある様なものだし」

 

「王様はツンデレだから、どうせ『ふん、ユーリを救うついでに、あまった制御プログラムを流用しただけだ』とか言いそうだ」

 

「はは、確かに言いそうだね。」

 

 はやての名前を聞き、女性は心から嬉しそうな顔で笑う。私は当時その場に居た訳じゃないので、あくまで聞いた話にはなるけど、この人も色々と大変な思いをした人物で、本来なら消滅している筈だった……彼女自身消滅するつもりだったらしい。

 だけど王様とはやてがそれを許さず、U-Dと言うシステムに使った制御プログラムを流用、改良してその問題を解決してしまったって話だ。

 

「……償わなくちゃいけない罪が沢山あって、返さなくちゃいけない恩も同じ位あって……難しいけど、これが生きるって事なんだろうね」

 

「そうだね。生きるってのは難しいものだよ……」

 

 全てを捨て消滅する道から外れ、多くのものを背負いながら歩く事を決めた女性は苦笑する。生きると言う事を実感し始めた彼女は、もう人間と呼んで構わないだろう。

 人生に選択肢はいっぱいあって、選んだものが全て正解なんてのはあり得ない話だけど……この人の選んだ道は間違いでは無かったのだと私は思う。

 

 少なくともその選択のお陰で……そう遠くない未来、彼女の待つ家族の元に……再び祝福の風は吹くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




謎の女性……一体何者なんだ?



フェイトの影響

レヴィ:【強化フラグ】ライバルの活躍で火が付き、以後は仕事も真面目にこなすようになる

なのは:【強化フラグ】フェイトの影響で訓練に熱を入れる

シュテル:【強化フラグ】なのはがやる気を出したので、同様に訓練に熱を入れる

お姉ちゃん:【平・常・運・転】特に変化なし


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拝啓:母さん、なのはとシュテルは似た者同士です

 拝啓、母さん。私って忘れっぽい所があるのでしょうか? うっかり忘れて墓穴を掘る事ってよくある感じかもしれないよね。と言う訳でまぁ、助けて……

 

 そんな風に思わず脳内で母さんに助けを求めてしまう様な困った事態に直面していた。そしてその原因は、昼間に私が行った行動によるものだ。今はたぶん深夜か明け方、そして私の前には……

 

「ね、ねぇ、リニス……そろそろ機嫌を……」

 

「……」

 

 頬を膨らませそっぽを向いているリニスの姿があった。流石と言うかなんというか、育ての親だけあってフェイトと怒り方がそっくり、頬を膨らませてそっぽを向くって……可愛いな、おい。

 

「所詮、私は使い魔ですとも。ええ、魔法技術と言う点では『あの方』の方が上でしょうとも。素晴らしい、効率的判断だと思いますとも」

 

「……いや、だからね……」

 

 すっかり忘れちゃってたけど、そうだったよ。リニスって、昔からこうだった。私がテレビで猫とか見かけて褒めたりすると、すぐ不貞腐れた様にそっぽを向くんだった。

 ううん、しかしこれは困った。リニスはこうなると中々元に戻ってくれないと言うか、リニスが求めている言葉を言わないと機嫌を直してくれない。考えろ、考えるんだ私……この状況を打破する言葉を……

 

「どうせ、私なんて……」

 

「い、いや、ほら! リニスとはさ、1時間位しか話せないじゃん。私としては、その貴重な時間を訓練に当てるより……リニスと色々話がしたいなって思ってさ」

 

「……」

 

「だから、訓練は日中に済ませて、リニスとは楽しくおしゃべりがしたいなぁ~って、だからああやってね」

 

「……」

 

 リニスはそっぽを向いて沈黙したままだけど、私は心の中でガッツポーズをしていた。良く見るとリニスの耳が動いており、これは喜んでいる時の癖だ。うん、やっぱこの辺り猫の時と何も変わってないね。

 

「……ま、まぁ、貴女がそう言うのであれば……」

 

「うんうん、そう言う訳で、気を取り直してお話しでもしようよ」

 

 よっし、何とかなった……今度から、忘れない様に気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う~ん。夢の中で寝転がってるってのはどうなんだろう?」

 

「気にする事はありませんよ」

 

 心地よい風の吹く緑の丘で、私は寝転がって空を見つめ、リニスは私のお腹に頭を乗せて寝転んでいる。私が死ぬ前からの定番の形。私が寝転んで、リニスがお腹の上に乗る。まぁ、今のリニスは人型だから乗せてるのは頭だけだけどね。

 

 リニスの機嫌が良いのは、時折動く耳と私の腕を撫でている尻尾からも良く分かるし、まぁ細かい事は気にしない事にしよう……って、まてよ?

 

「あれ? そう言えば、リニスって耳とか尻尾を見られるのは嫌だったんじゃないの?」

 

「……あぁ、そう言えばフェイト達にそんな事を言いましたね」

 

 私が見たフェイトの夢の中で、リニスは何となくではあるが耳や尻尾を露出してるのは恥ずかしいと明言しており、実際に耳と尻尾は隠していたし、私がリニスと再会した時も初めは帽子をかぶっていた。

 

 でもそれ以降隠す様な様子はまったく無く、帽子もかぶって居ないし、良く見ると服もちょっと細部を変えて尻尾が外に出る様にしてある。

 

「……いえ、別にそこまで頑なに隠してた訳ではないですけどね。何となく気恥ずかしかったのと、一つの命ある者を育てるという責任ある役割。その中で、本来は気ままな……猫という素体から生まれた使い魔であるって露出して歩くのは、何となく背負った責任と相反するみたいでしてね」

 

「ふ~ん。じゃあ、今はフェイトを育て終えたから、耳と尻尾を出してるって事?」

 

「いえ、気恥ずかしいと言うのは今でも一緒ですが……何でしょうね? 貴女の前ですと、私は使い魔どうこうというより、自分は猫だって感覚が強くて……むしろ出てないと落ち着かないんですよ」

 

 そう言われてみれば凄く納得する。確かに私も、リニスは猫って感覚が強いし、耳と尻尾が無かったら落ち着かない気がする。実際さっきも今も、リニスの耳や尻尾の動きで機嫌の良し悪しを把握していた訳だしね。

 

「うん。凄く納得。確かに私も、リニスの耳と尻尾が隠れてたら落ち着かない気がするよ」

 

「でしょ? なので、これで良いんですよ」

 

「って、あはは、くすぐったい、尻尾、尻尾!」

 

「ふふふ」

 

 苦笑しながら答えた私の顔に、リニスが尻尾を擦りつけてきた。ふかふかした毛が凄くすぐったいけど、これはリニスの機嫌が最高に良い時にする癖みたいなものだ。私の笑い声にリニスも釣られ、二人でしばらく笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練校の短縮プログラムも残り3週間となったある日。私はミッドチルダの首都、クラナガンのメインストリートで人を待っていた。

 このメインストリートはミッドチルダでも一番大きな通りで、ここで揃わない物は無いんじゃないかって思うほど沢山の店が並んでいる。特に今日は休日だって事も相まって、人通りはお祭りかと思うほど多い。

 

「申し訳ありません。お待たせしました」

 

「やほ~シュテル。まだ待ち合わせ時間じゃないし、大丈夫だよ」

 

 私の前に現れたのは、シックな色合いで纏められた私服に身を包んだシュテル。そう、私は今日シュテルに頼まれてこうして待ち合わせをしていた。私とシュテルってのはちょっと珍しい組み合わせだけど、これにはちゃんとした理由がある。

 

「時間を作って頂いて、ありがとうございます」

 

「気にしないで、なのはの誕生日プレゼント買うんだよね」

 

 そう私がシュテルに頼まれたのは、来週にあるなのはの誕生日プレゼント選びに付き合って欲しいって内容だ。正直こういうのには王様とかユーリが適任だと思うんだけど、その二人はどうしてもシュテルと休みが合わなくて、かと言ってレヴィでは自分と大して変わらないって事で私に声がかかった。

 

「ええ、年に一度の誕生日ですし、友人として祝いは贈るべきでしょう」

 

「……」

 

「……アリシア?」

 

 微笑みを浮かべながら告げるシュテルの言葉が引っ掛かる。前々から思ってはいたんだけど、いい加減ここらへんでハッキリ注意しておくべきかもしれない。

 

「シュテルさ、なのはに対してよくその『友人として』って言葉を口にするけどさ……それ、やめない?」

 

「……え?」

 

「友人だからこうする、友人としてこうするべき、友人としてこうあるべき……シュテルは、なのはと義務感で一緒に居るの?」

 

「い、いえ、そんな事は……」

 

 そう、私が前々から引っかかって居たのはこの部分だ。シュテルはなんて言うか、なのはとの友達付き合いがぎこちないってか、どこかこうあるべきだって定型に従ってるように見える。そのせいか、シュテルが「友人として」って口にする度、なのはがどこか寂しそうな顔を浮かべてた。

 

 私はなのはには幸せになって欲しいって思うし、出来るならいつでも笑顔で居て貰いたいって思ってる。恋愛云々は置いておくとして、もっと二人の友人関係が円滑になって欲しいと思っている。その為に私が出来る事はしておくつもりだ。

 

「シュテルにそんなつもりがなくても、周りからはそう見えるんだよ。今だってそう! 友人だから誕生日プレゼントを贈る? そうじゃないでしょ。シュテルがなのはの誕生日をお祝いしてあげたい。そうじゃない?」

 

「……返す、言葉もありません」

 

 私の言葉を聞いて、シュテルは一瞬衝撃を受けた様な表情に変わった後、どこか寂しそうな表情を浮かべて近くにあったベンチに腰を下ろす。

 私も同じベンチに座り、顔を俯かせているシュテルの言葉を待つ。

 

「……分からないんです」

 

「うん?」

 

「敵は、居ました。好敵手も、居ました。家族も、出来ました……ですが、仲の良い、一緒に居て楽しいと心から感じる友人が出来たのは初めてで……」

 

「……」

 

 たぶん、そうだと思った。シュテルとなのはの友人関係がどこかぎこちなかった原因は、シュテルがなのはに対して一線を引いている所だ。その根底にあるものは、たぶん怯えだと思う。

 

 シュテルはなのはを元に生まれたって言っても、なのはの記憶や経験を持っている訳ではない。家族や友人と言うのは彼女にとって未知のものだったんだって思う。家族の方は同じ境遇の人達で、しかも引っ張ってくれる王様が居たから上手く出来てた。でも、友人となるとそうはいかない。特になのはの方はシュテルに以前迷惑をかけた負い目からか、遠慮気味な所があるからどっちかが引っ張るって事が出来なかったんだろうね。

 

「書物で知識は得ました。しかし、形式的になど事は運ばなくて……私は、そう、怯えているのかもしれません。心地良いと感じている今の関係が、私のせいで壊れてしまうのではないかと……だから出来るだけ、模範的な友人で……友人像であろうとしました。結局それも……間違いだったんですね」

 

「まぁ、考えると難しいものだよね。友人関係って、計算とかで成り立つものじゃないし、下手に考えれば考えるほど泥沼にはまっちゃうのかもしれないよ」

 

「……私は、どうすればいいんでしょうか?」

 

「友達ってものにこうあるべきなんて正解は無いよ。でも、そうだね……シュテルがなのはと一緒に居て、楽しい、心地良いって気持ちをさ、もっと表に出してみれば良いんじゃないかな? 遠慮が前提にある友人関係なんて嫌でしょ?」

 

 散々偉そうな事を言ったけど、結局正解なんてものは私にだって分からない。なのはとシュテルの関係が上手くいくかどうか、それを本当の意味で分かるのは当事者の二人だけだと思う。

 

「そんなに肩肘張らなくて良いんだよ。迷ったり困ったりしたら、私や王様に聞いてみれば良い。アドバイスぐらいいくらでもするし、相談にだって何時でも乗るよ。大事なのは、シュテルがなのはともっと仲良くなりたいって気持ちだよ」

 

「……そうですね。ありがとうございます、アリシア。少し、迷いが晴れた気がします」

 

「うんうん。深く考えず、気楽にいけばいいんだよ。私みたいにね」

 

「はい。では、改めて……私は、なのはの誕生日を祝ってあげたい。彼女の笑顔が見たい。だから、プレゼント選びに助言をお願いします」

 

「おっけ~任せといて!」

 

 どこか憑き物が落ちた様な、晴やかな微笑みを浮かべるシュテルを見て、柄にもない説教臭い言い回しをしたかいがあったと実感する。これで大丈夫……かどうかなんてのは私には分からないけど、でも、何となく、良い方向に向かいそうな気がするね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第97管理外世界の地球。そこにある小洒落たお店……貸し切りになっている翠屋の店内には、良く見知ったメンバーが集まっていた。流石に仕事の関係もあるので、知り合い全員集合とはいかなかったけど、結構な人数が集まった。

 

「なのは、誕生日おめでと~」

 

「ありがとう、アリシアちゃん。なんだか、これだけ大きくお祝いされるとちょっと恥ずかしいな」

 

「なに主役が縮こまってるのよなのは」

 

 豪勢な席に、皆から口々に告げられる祝いの言葉。なのはが恥ずかしそうに頬を染めていると、そこに長い金髪の、活発そうながらもどこか気品を感じる女の子が近付いてくる。

 

「お、アリサだ」

 

「久しぶり……でも無いわね。アリシア」

 

「あれ? 二人とも知り合い?」

 

 現れたのはなのはの小学校時代からの親友で、良いとこのお穣さまでもあるアリサ・バニングス。ここに別の席ではやてと話してる紫髪の子、月村すずかが加われば仲良し三人娘の完成だ。

 

「うん、前クロノの結婚式で知り合って……」

 

「何度かうちにも遊びに来たわよ」

 

「アリシアちゃんって……本当に……」

 

「ちなみに、美由希さんとも、時々一緒にお茶する仲!」

 

「本当、どうやったらそんな早く仲良くなれるの!?」

 

 美由希さんはなのはのお姉さんであり、同時にエイミィの親友でもある人物だ。なのはの事を大切に思っており、魔導師となり頻繁に異世界へ出かけているなのはを本当に心配している。

 

 私とはお姉ちゃん同士と言う事もあり、非常に気が合いよくお互いに姉の苦労を語りあう。

 

「アリシアちゃん、ケーキの追加なんだけど?」

 

「あ、士郎さん。ええと……三番と六番のテーブルに……」

 

「ごめんね。アリシアちゃん。色々仕切って貰っちゃって……」

 

「気にしなくて良いですよ~桃子さん」

 

「……可笑しいよね。何で、一月前にあったばかりの私の両親と、そんな数年来の友人みたいになってるの? というか、これ、アリシアちゃん主導!?」

 

 何を今さら……フェイトが翠屋を貸し切って誕生日パーティーしようなんて言い出す訳ないし、今回の席は私とはやてが主導で進めてきたに決まってるじゃん。

 士郎さんと桃子さんと雑談も交えながら全体の様子を見て、そろそろ良い頃合いだと思った私はなのはに念話を送る。

 

(なのは、ちょっと抜けれる?)

 

(え? うん。どうしたの急に?)

 

(じゃあ、店の裏……今そこに行ってもらったから)

 

(行ってもらった? 誰に?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリシアの言葉に疑問を感じながらも、なのはが店の裏手に回ると……そこには一人の人物が立っていた。

 

「シュテル!?」

 

「すみません、ナノハ。アリシアに無理を言って、少し時間を作ってもらいました」

 

「う、うん。私は大丈夫だけど……」

 

 シュテルがその場に居た事に驚くなのはだが、シュテルの表情は真剣であり、何か重大な用件があるのだと気を引き締め直す。

 そしてシュテルが次に取った行動は、なのはの予想を大きく外れるものだった。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

「……は? え?」

 

 突然の深く頭を下げての謝罪。何が起こってるのか分からないなのはは、ただ戸惑うばかりで言葉が出てこない。

 

「私は、正直に言って……友人と言うものが良く分かっていませんでした。どうすれば友人らしく振る舞えるのか、そんな事ばかりを考え、友人と言う言葉ばかりを口にして自分を安心させ……貴女をロクに見てはいなかった」

 

「……シュテル」

 

「それが間違いだと、貴女を傷つけてしまっているのだと、どこか心の奥底で自覚しながら……それでも不満を溢さぬ貴女の優しさに甘えていました」

 

「……」

 

 どうして急に? なのはの頭に一番初めに浮かんだのはその言葉だった。確かにシュテルが謝罪している部分は、なのはにとって唯一とも言えるシュテルへ不満を抱いている部分ではあった。もう少し、その辺りをどうにかして仲良くなれたらっと思いながらも、言い出す事は出来なかった部分。

 

「だから、私は……貴女に一度しっかり謝罪をしなければならないと……」

 

「……それは、私だって一緒だよ」

 

「え?」

 

「私も、シュテルに対してずっと一歩引いてた気がする。あまり踏み込んだりしたら嫌われちゃうんじゃないかって……」

 

 そう、アリシアが見抜いていた通り、この二人の関係の問題はどちらか一方だけではない。シュテルは確かになのはに対して事務的な、ぎこちなさのある友人付き合いをしていたが……それはなのはも同様だった。シュテルに嫌われる事を恐れ、遠慮気味に一歩引いていたのはなのはも同じだった。

 

「だから、私も……ごめんなさい」

 

「……ふふふ」

 

「シュテル?」

 

「いえ、申し訳ありません。何と言うか、やはり私達は……似てるのだと実感しましてね」

 

「あ、あはは……確かに、どっちも同じ様に遠慮しちゃってたんだよね」

 

 シュテルとなのは、似た者同士は顔を見合わせ苦笑しあう。まるでここを境に変わっていこうと、誓いあうかの様に穏やかに、そして清々しい表情で……

 

 少しの間笑い合った後、シュテルはバックから綺麗に包装された包みを取り出し微笑みを浮かべる。

 

「……ナノハ、誕生日おめでとうございます。貴女に出会えたこれまでに感謝を、そして貴女の未来に両手いっぱいの祝福を……」

 

「ありがとう……凄く、嬉しいよ」

 

「これからもどうか、互いに手を取り合い並び立ち、互いに心から想い合う様な……何時までも、そんな良い関係でありたいものですね」

 

「ふぇっ!? あ、あ、えと……はい」

 

 聞く人が聞けば、プロポーズかと思う様な言い回しで微笑むシュテルを見て、なのはは顔を真っ赤にする。二人の間にどこかむず痒いような沈黙が訪れ……それは別人の言葉によって破られた。

 

「死ね、出歯亀!」

 

「げぇっ!? お、王様!? いつの間に!? ぎにゃあぁぁぁぁ!?」

 

 怒りに溢れるディアーチェの声に視線を動かしたなのはとシュテルが見た物は、ボロ雑巾の様になり引きずられていくアリシアの姿だった。

 

「あはは、アリシアちゃんは相変わらずだなぁ~」

 

「ふふ、そうですね」

 

 恐らく二人の様子を覗いていた所をディアーチェに見つかり、強制連行されていると簡単に想像できる光景を見て苦笑する。

 

(……アリシアちゃん。ありがとう)

 

(……うん?)

 

(たぶん、アリシアちゃんでしょ? シュテルの背中を押したの……)

 

(……ん。まぁ、精々悩めよ若人)

 

(アリシアちゃんの方が、実年齢は下だけどね)

 

(あはは、そだったね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なのシュテ回。

謎の女性の正体が気になるでしょうが、今はお預けです。

尚リニスは、アリシアの前でだけ気ままな猫の性格に戻る感じで、原作より大分砕けてます。


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拝啓:アリシアさん、俺は貴女の事が……

 その人に出会ったのは、ほんの一年半前だった。合同訓練で訪れた時空管理局本局。陸の部隊所属の魔導師が普段は使用する事は無い訓練場に、忘れ物をしてしまった時の事だ。訓練場で一人訓練を行っている少女の姿を見つけた。

 

 うちの妹……ティアと同じ位の年齢だろうか? それより驚いたのは顔……今や管理局内で知らない者は無い二人の天才魔導師の内の一人、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンにそっくりだ。もしかしたら妹かもしれない。お姉さんに憧れて魔法の練習をしてるとか、そんな感じかもしれない。

 

「……あ、こんばんわ。使います?」

 

「こんばんわ……いや、忘れ物を取りに来ただけだよ」

 

 そんな事を考えていると少女はこちらに気付き、花が咲く様な笑顔で挨拶をしてきた。俺は訓練を行う為に来たわけじゃない事を伝え、一先ず目的のものを回収してから再び少女に声をかける。

 

「一人で訓練をしてるのかい?」

 

「ええ、普段は教わってる人が居るんですけど……今日は都合悪いみたいで」

 

 さっきちらっと見た少女の技量は、ハッキリ言って低い。まだ魔法を覚えて日が浅い事は明白だ。そう思って尋ねると、やはり普段は教わってるらしい。

 そこで再び先程考えた疑問が頭に浮かび、少女の人懐っこい……何と言うのか、どこか話しやすい雰囲気に釣られて尋ねてみる。

 

「違ってたらごめん。もしかして君って、フェイトさんの……」

 

「あ、やっぱ、分かりますか? ええ」

 

「いもう……」

 

「姉のアリシア・テスタロッサと言います」

 

「……え?」

 

 あれ? 可笑しいな……どうやらこの少女の名前はアリシア・テスタロッサと言うらしく、予想通りフェイトさんの縁者……でも、今、姉って聞こえた様な……妹の間違いだよね?

 

「えと……失礼な質問をごめん。君、いくつ?」

 

「14歳ですよ(本当は7歳なんだけど……戸籍ID上は、フェイトの三つ上になってるからねぇ……)」

 

「14歳!?」

 

 俺と5つしか違わないのこの子!? どう見ても、10歳に届くかどうか位に見えるんだけど……

 

 そう、始まりは……アリシアさんとの出会いは、こんな些細なきっかけからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いが印象的だった事もあり、それからアリシアさんとは度々あって話をしたり、一緒に訓練をしたりする関係になった。

 

 両親が死に、年の離れた妹の兄兼親代わりの様な立場になってから、俺は人一倍の努力をしてきたつもりだった。俺の魔導師としての才能は良いとこ中の上、実力が即ち出世のスピードになる武装局員と言う立場では、人より努力をしなければ妹を養う事なんて出来なかった。

 

 それでも自分より才能のある人物が、あっという間に駆けあがっていくのを見ていると、どこかやるせない気持ちにもなる事もあった……そう、俺は、人一倍の努力をしてきた……つもりだった。

 

 アリシアさんと出会ってから、半年間の付き合いで自分がいかに甘かったのかを実感した。人一倍の努力をしてきた? 馬鹿馬鹿しい……俺なんかとは比べ物にならない程の努力を、当り前の様に行うアリシアさんの姿を見ていたら、そんな甘えた台詞を吐く事なんて出来ない。俺の努力なんて、彼女の足元にも及ばないだろうと……

 

 俺よりずっと恵まれていない才能。天才の妹と比較される、俺以上に重圧ある立場。それなのに、おどけて笑うアリシアさんの姿は眩しくて、心から尊敬出来て……いつの間にか、タメ口で話す事が出来なくなった。

 

「……って感じに、ハードル上げられちゃってさぁ~大変なんだよね」

 

「ああ、分かりますね。俺も妹の前だと、あんまりカッコ悪い所なんて見せられないで、つい見栄張っちゃう経験がありますよ」

 

「だよね」

 

 たまたま地上本部に来ていたアリシアさんと会って、流される感じで喫茶店で雑談をしている。とはいえ、無理やり連れてこられたと言う訳では無く、正直俺としてはアリシアさんと偶然遭遇できたのは嬉しかったりもした。

 

 アリシアさんは不思議な人だ。雰囲気と言うか、纏う空気と言うのか……物凄く話がしやすい。ころころと表情を変えながら、凄く楽しそうに笑うのが印象的で、するっと心に入ってくる様な話しやすさは一種の才能だと思う程。正直、少し羨ましい……俺にこの人程、人間的な魅力とでも言うのだろうか? それがあれば、もっと色々上手くいくんじゃないかとも思う。

 

「そう言えば、ティーダくん。今回は残念だったね。何回目だったっけ?」

 

「3回目ですね。いや、やっぱり難しいものですよ」

 

「……フェイトも目標にしてるけどさ、執務官ってやっぱ良いものなのかな?」

 

 話は変わり、俺が先日落ちた執務官試験の話題へと移る。アリシアさんに聞いた話だと、フェイトさんも落ちたらしく、彼女ほどの天才魔導師でも合格できないとは……やはり最難関の試験と言われるだけの事はある。

 

「待遇は凄く良いでしょうし、俺にとっては……執務官は、昔からの夢みたいなものですからね」

 

「へぇ……ちょっと、聞いてみたいな」

 

「そんな大した理由は無いですよ。俺が魔導師を目指したのは、元々戦う力の無い人達を守ってあげたかったから……俺は沢山の人を助けたいんです。でも、武装隊はそれぞれに担当する区画が決まってて、自由が利かない場面も本当に多い……だから、執務官になって助けを求める人の所に飛んでいけるようになりたいんですよ」

 

「……そっか」

 

 正直口にすると気恥かしい志望動機ではあるが、心からの本心でもある。アリシアさんと出会い、この人の真っ直ぐな努力を見ていて、恥ずかしかったこの夢も胸を張って語れる様になった。もう、本当に俺は、アリシアさんには頭が上がりそうにないなぁ……

 

「後は、まぁ……妹が、ティアが自慢できるような……カッコイイ兄貴で居たいんですよ。それだけです」

 

「成程ね。やっぱり立派だね。ティーダくんもフェイトも、私には真似できないよ」

 

「そうですか? アリシアさんも、結構執務官に向いてるって感じますが……」

 

「……そうでもないよ。私これで結構ドライなとこがあるからさ、ティーダくんやフェイトみたいに考えられない。見ず知らずの人間が傷ついたり死んだりしても、可哀想だな~以上の感想なんて出てこないし、それを自分がどうにかしてやろうなんて思った事も無いしね」

 

 淡々と語るアリシアさんの瞳には少しの曇りも無く、その姿はまるで俺より年上なんじゃないかと思うほどしっかりしたものだった。

 

「見ず知らずの人を救うのが英雄って言うなら、私はそれにはなれないと思うし、なりたいとも思わない。でも、その代わり……私は一度関わった相手を見捨てない。誰にでも手を差し伸べない代わりに、一生関わり続ける責任を持つ。命をかける覚悟をする……それと、フェイトやティーダくんが英雄になるとしたら、私は……英雄には成れないけど、英雄を支えてあげる人には……なりたいかもね」

 

「……俺は、そう言う。アリシアさんみたいな、守りたいものをハッキリと見定めて、その為に全力を尽くせる人が……なんだかんだで、英雄って呼ばれる人なんじゃないかって思いますけどね」

 

「あはは、成程。私って英雄なんだね。えっへんって感じだね」

 

「ええ、アリシアさんは凄い人ですよ。少なくとも俺は、心から尊敬してます」

 

「え? あ、ありがと……」

 

 アリシアさんは良くも悪くも、自分の事を完璧に理解している。だから自慢げに己を語る事も無ければ、必要以上に卑下する事も無い。ただ、褒められるのは苦手みたいで……そう言う流れになりそうな時は、良くふざけた様に自分を高く語る事がある。そのタイミングでストレートに褒めると、すぐ顔を真っ赤にして俯く所は何と言うか、普段の大人びた姿からは想像も出来ないほど可愛らしい。それも、きっと、アリシアさんも魅力なんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、兄さん」

 

「うん? どうした? ティア」

 

 夕食を食べ終えた後、半年後に控える四度目の執務官試験に向けて勉強をしていると、食器を洗いながら妹のティアナ……ティアが話しかけてくる。

 兄妹二人暮らしで、俺が仕事に勉強と忙しい事も起因して、いつの間にか我が家の家事はティアが一手に担う様になってしまった。

 

 兄としては少々情けない話ではあるが、もう家事に関しては全く敵わない。今だってティアが淹れてくれたコーヒーを口に含みながら……

 

「兄さん、って恋人とか作らないの?」

 

「ごふっ!?」

 

 思いっきりむせた。

 

「な、何を急に……」

 

「いや、兄さんってもう20歳になるし、結構かっこいいのに……そう言う話全然聞かないから」

 

 全く、一体どこでそんな話に興味を持ってくるのか……年頃ってやつだろうか? う、う~ん。どう答えるべきか……

 

 実際10代中盤の頃は、両親の急死してティアを守らなくっちゃってそればかりで、そう言う事を考える余裕なんてなかった。最近はそこそこ生活にも余裕が出来てきたとはいえ、急にそんな事言われてもなぁ……

 

「ちなみに、兄さんの好みのタイプって、どんな人? 年上? 年下?」

 

「う、う~ん。そう言うのは、あまり考えたことないけど……年上でも年下でもどっちでもいいかな? 外見とかもそこまで拘りないし……ただ、うん。人間的に尊敬できるような、そんな女性が良いかな?」

 

「……ふ~ん。よく話題に出してるアリシアさんって人の事?」

 

「ぶっ!? なな、何言ってるんだお前は!! そもそも、別にそんな話題になんてしてないだろ」

 

 なんてここで、急にアリシアさんの名前が出てくるんだ! いや、確かにそりゃ、あの人の事は尊敬してるが……あくまでそれは、いや、一魔導師としての尊敬であって、そう言う関連のアレでは無い。そう、メキメキ実力を付けて、いつの間にか俺の方が負け越してるし、そう言うひたむきな努力を尊敬してるのであって……

 

「いや、兄さんいっつもアリシアさんの話ばっかりしてるって。アリシアさんが凄い、立派な人だ、あんな風に俺もなりたいって……」

 

「……も、もう遅い時間だから、お前は寝ろ! 俺も、部屋に戻って勉強するから!」

 

「……まだ8時よ?」

 

 俺は逃げるように話を切り上げ、自分の部屋に入って……どこかやけくそ気味に参考書をめくったが、結局その日の勉強は何も頭には入ってくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが、こうで……これは……」

 

 休憩室の机の上、手元には作り方の簡易デバイスがあり、俺は端末の画面を何度も見ながらそれを組み立てていく。

 

「……ティーダくんってさ、凄い精密な射撃魔法使うのに……手先、超不器用だよね」

 

「うぐっ!?」

 

 向かいの席に座って、ココアを飲んでいたアリシアさんの呆れた様な声が突き刺さる。そう、今俺はティアの練習用デバイスを組み立てているんだが、分かりやすい程に難航していた。

 簡易デバイスとは練習用に使われる非常にシンプルなもので、最低限の機能のみを搭載したデバイス。それこそ小さな子供でも、出来る子には作れてしまうレベルのものなんだけど……

 

「ティアナちゃんのデバイスだっけ? ティーダくんが魔法を教えてあげてるんだよね」

 

「ええ、ティアは凄いですよ。俺なんかよりずっと才能がある。かなり魔法に慣れて、難しい事も出来るようになってきたので、今度の誕生日に新しい簡易デバイスをプレゼントする約束をしましてね」

 

「へぇ……なんだろ、凄い才能がある妹とか、物凄い親近感だよ」

 

「あはは」

 

 なにせ、貴女の妹は先日50対1の戦局を覆すって言う伝説を作った超天才ですもんね。もう地上本部の武装隊でも、その話題で持ちっきり。姉の方が凄いって噂も、どこからか流れてきてるし、相変わらずアリシアさんは苦労してるんだなぁ……

 

「って、ああ、だめだって! そこそんなに乱暴に繋いじゃ……ほら、ちょっと貸して」

 

「ッ!?!?」

 

「うん? どしたの?」

 

「な、なんでもないです! すみません!」

 

 顔! 顔近い! アリシアさんはちょっと、そう言う関係がガード緩すぎない!? この前も俺が飲んでたドリンク美味しそうだとか言って、普通に飲むし、もうちょっと自分の外見が非常に可愛らしい事を自覚してください! 

 

 俺の心中など知る由も無く、アリシアさんは俺から奪い取ったデバイスを正確な手つきで組み立てていく。アリシアさんの手先は器用だ。と言っても、勿論デバイスマイスターとかそういう専門の人には負けるけど、俺より器用である事は疑うよりも無い。

 

「よっし、こんな感じかな?」

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いいって、これ位……けど、そっか、ティアナちゃん魔法覚えてるんだね。私も会ってみたいな~」

 

 アリシアさんとティアはまだ互いに会った事は無い。まぁ単純にアリシアさんが忙しくしていたので、そう言った機会が無かっただけで、ティアの方も良くアリシアさんに会ってみたいと口にしている。

 

「じゃあ、是非今度うちに遊びに来て下さいよ。ティアもきっと喜びます」

 

「おぉ、やった! 今から楽しみだね」

 

 満面の笑顔を浮かべるアリシアさんを見て、自然と俺の口元にも笑みが浮かぶ。何となく、ほんの少しだけ……この時間がいつまでも続けば良いのにって、柄にもない事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜色にの空を分厚い雲が覆いつつある。遠くない内に雨が降るだろう。これは急がなくちゃならない。

 

「くっ、待て!」

 

 飛んできた牽制射撃をかわしながら、飛行速度を上げる。視線の先には背を向けて逃げる違法魔導師。

 

 事が起きたのは本の数十分前の事、訓練を終えた俺が所属する部隊の元に緊急の出動要請が入った。広域指名手配されている違法魔導師グループの発見。現地に一番近かったうちの部隊が急行し、激しい戦闘になった。

 

 戦局はうちの部隊が押しており、この後援軍が到着すれば更に不利になるとみたのか、リーダー格の違法魔導師が仲間を見捨てて逃走。しかし、未だ戦闘は継続中であり、なおかつこちらの部隊にも怪我人が複数出ていたため、部隊内で最も魔導師ランクの高い俺が単独での追跡を行う事になり、現在追跡戦を行っている。

 

 ハッキリ言ってこの違法魔導師は強い。魔導師ランクで言えばAランク相当……俺と同じランク相当の力を持っており、実際追跡の最中二度ほど撃ち合ったが、どちらも決定打は入れられていない。

 

 幸いなことに……ほぼ互角ではあるものの、客観的に見て違法魔導師より俺の力の方が若干だが上。事実違法魔導師は数度撃ち合った後、恐らく同じ結論に達して逃走を第一に考えている。

 しかし、その幸いとは裏腹に場所が悪い。ここはまだ市街地上空であり、追跡戦である以上住民の避難は行えていない為、周囲の被害を考えると俺の方も攻めに移る事が出来ない。だが、このまま森林地帯に逃げ込まれたら、逃走を許してしまう恐れがある。

 

 っとそんな事を考えていた俺の視界に、開けた自然公園が映る。夕暮れ時に雨の降りそうな空模様……ここから見た限りで、人影は無い……あそこなら!

 全力で戦える場所を見つけた俺は、瞬時に魔力弾を放って違法魔導師の進路を誘導する。俺が得意とするのは誘導弾による精密射撃であり、進路誘導は得意中の得意。行ける!

 

 俺の思惑通り違法魔導師は公園に誘導され、俺は一気に攻勢にでる。奇しくも相手も俺と同じ中衛射撃型魔導師であり、公園上空に多数の魔力弾が飛び交う。誘導追尾と精密射撃を重視した俺の射撃と、火力と弾速に優れた違法魔導師の射撃。

 

「……ぐっ……」

 

 一進一退、互角の攻防とも言える戦いだが……当初の見立て通り、微かに俺の実力が上回っているらしく、徐々に違法魔導師にダメージが蓄積していく。

 そしてついに俺の放った魔力弾がクリーンヒットし、違法魔導師が大きく体勢を崩す。ここだ!

 

「クロス・ファイア……ッ!?」

 

 俺の撃てる最強の射撃魔法で一気に決着をつけようとした瞬間……それが視界の端に映った。体勢を崩した違法魔導師の視線の先……公園の遊具の影で震えている子供。逃げ遅れたのか!? いや、最初にエリアサーチ出確認している、戦闘に突入した時点でこの公園に人はいなかった筈だ。なのにどうして、こんな激しい戦闘音のする場所に……

 

「そこの子供! 早くここから逃げるんだ!!」

 

 ありったけの声で叫ぶが、子供はピクリとも動かすこちらに背を向けたまま震えている。聞こえない距離じゃない筈だが……まさか、耳が聞こえないのか!? だから戦闘中と気付かずこんな所まで!?

 

 そして俺が叫んだ言葉は、痛恨の失態でもあった。体勢を立て直した違法魔導師は、俺の声で子供に気が付き……躊躇うことなくそちらに銃口を向ける。

 

「くそっ!」

 

 銃口から放たれる魔力の凶弾。先に述べた通り、俺と違法魔導師の実力はほぼ互角……その魔力弾を瞬時に弾き飛ばす事も、子供の前に一瞬で回り込んで防御魔法を展開出来する事も出来ない。

 

「がっ!? ぐっあぁぁ!?」

 

 俺に出来たのは……子供の体を突き飛ばす事だけだった。

 

 体に抗う事のできない程の衝撃を受け、そのままの勢いで地面に叩きつけられる。それでも俺は必死に手を動かし、子供にここから離れる様ジェスチャーを送る。それが通じ走って逃げていく子供から視線を外し、違法魔導師の方を見ると……既に背を向けて逃走始めている。当然だ。逃走が目的のアイツにとって、俺にトドメをさす事も子供を再び襲う事もメリットにはなりえない。大丈夫だ。まともに魔力弾を受けたにしては痛みも少ない、この距離なら追いつける。

 

 そう思いながら落ちたデバイスを拾い上げ、逃げる違法魔導師に照準を合わせる。が、しかし、手が震え照準が定まらない。

 

「なん……だ……どうなって……」

 

 直後にデバイスは手から零れ落ち、そしてそれを追う様に俺の視線も下へと移る。あれ? なんだこれ? 何でこんなに血がいっぱい……そうか、穴が……空いてるのか……

 

 落した視線の先、俺の腹部には……大きな穴が空いており、血が止まることなく吹きだしていた。

 

 ぐらりと体が仰向けに倒れ、雲に覆われた空が映る。痛みは無い……代わりに、凄く寒い。まるで自分の体から熱が抜けていく様な……

 

 ポツポツと冷たい雫が頬に落ちる。ああ、そうか……俺……死ぬのか……

 

 体から血と一緒に熱が流れだしていく様な感覚と共に、己の死を確信する。消えてしまいそうな意識の中で、初めに浮かんだのは……ティアの姿だった。

 

 ごめん……ティア……ごめんな……お前を一人残してしまう駄目な兄貴で……ごめん……新しいデバイスをプレゼントするって約束……守れなかった……

 

 これが走馬灯なのだろうか……頭には今までティアと過ごした思い出が浮かんでくる。苦しい事もあった、大変な事もあった……でも、ティアが居てくれたから、一人じゃ無かったから俺は頑張れた。なのに、ティアを一人にしてしまう。本当に駄目兄貴だ……

 

――ふふふ、また私の勝ちだね! ティーダくん強いけど、単純で読みやすいね。まぁ、そこが良い所なんだけどね

 

 そして、ティアとの思い出が全て終わった後に浮かんだのは、アリシアさんの姿だった。

 

――なんて言うか、性格まで不器用だよねティーダくんは、もうちょっとずるく立ち回る事も覚えないと

 

 ホント……そうですね……最後の最後まで……考えるより先に……体が動いちゃいました……

 

――でも、私は、不器用だけど真っ直ぐなティーダくんみたいな人は、好きだよ。なんだか、いっぱい元気が貰える気がする

 

 ……俺も……貴女から沢山の元気を……貰いました……

 

――執務官試験頑張って、応援してるよ

 

 貴女の笑顔を見ると……優しく背中を押してもらえるみたいで……暖かかった……ああ、そうか……そうだったんだ……本当に……俺……馬鹿だ……なぁ……

 

 自分の……気持……すら……最後……まで……

 

 ありがとう……ティア……俺の妹に生まれてくれて……俺は……幸せ……だった……

 

 さようなら……アリシアさん……俺……貴女の事が……す……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外に降る雨とは裏腹に、そこは楽しげな空気に包まれていた。口論から始まったディアーチェとはやての料理勝負と言う名の両家族での食事。ディアーチェの家に来ていたアリシアも混ざり、10人と一匹はワイワイと楽しく食事を終えた。

 

「やれやれ、結局勝負流れしまったか……」

 

「ええやん。楽しかったし……片付け手伝うよ」

 

「ああ、では大皿から……」

 

「……嘘……嘘だ! そんなことある訳ない!!」

 

「「!?」」

 

 穏やかだった空気を切り裂く様な叫び声。はやてとディアーチェだけでなく、その場に居た全員が叫び声をあげた人物……アリシアの方を向く。アリシアは通信端末を展開しており、その顔は蒼白と言っていいもので……普段の彼女からは想像が出来ない程瞳は揺れ、悲痛な表情を浮かべている。

 

「ティーダくんは、凄い魔導師だよ! そこらへんの違法魔導師なんかに後れを取る訳がない!! いや、仮に勝てなくても逃げる位……え? 一般市民を庇った? じゃあ、本当に……ティーダくんが……死んだの?」

 

「……お、王様……」

 

「……確か、奴の……友人の名前だ」

 

 明らかに冷静さを失い狼狽しているアリシアを見て、はやてが隣に居たディアーチェに小声で呟くと、すぐに意味を察しアリシアの口からその名前を聞いた事があるディアーチェが答える。

 

「ッ!?」

 

「アリシアちゃん!?」

 

「くっ!? 小鴉! この場は任せる!」

 

 直後にアリシアは、傘も持たずに雨が降る外へと駆け出す。そして、ディアーチェはいち早くそれに反応し、エプロンを外してはやてに放り投げ、はやての返答を聞かないままアリシアを追って外へ出る。

 

「……主はやて」

 

「うん。王様に任せよ……皆も気になるやろうけど、下手に周りが騒いでも良い方向になんていかん。ここで待機や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局地上本部の中でも、最も頑丈な作りであり……尤も人を寄せ付けない場所。そこに辿り着いたアリシアは、目の前に横たわる人物……いや、かつて人物として生きていた遺体を見つめる。

 

「……なに、やってるの? ティーダくん……そんな冗談笑えないよ……君、単純なんだから……ギャグセンスとか無いんだから……寝たふりなんて……面白くないから……」

 

「……」

 

 アリシアとティーダが友人である事は、ここにティーダの遺体を運んだ人物は知っており、家族に連絡を行った後で、アリシアにもその事を伝えた。そして今は幼く自力ではここに来る事が難しいティアナに、何人かの局員を迎えに行かせ……アリシアが到着した事を確認して、扉の外で待機した。

 

「……なにやってんの……執務官になるんじゃなかったの? いっぱいの人を助けてあげるんじゃなかったの? ……ティアナちゃんが自慢できるような……お兄さんになるんじゃなかったの? なんで……勝手に死んでるんだよ……誰かを助けたって、それで自分が死んじゃったら、意味ないじゃんか……」

 

「……」

 

 物言わぬ遺体となったティーダに、アリシアが体を震わせながら呟く姿を、ディアーチェはただ静かに見守っていた。かけられる言葉など……持ち合わせてはいなかった。

 

「……君が居なくなって……ティアナちゃんはどうすればいんだよ……馬鹿野郎……馬鹿野郎……この、大馬鹿野郎!!」

 

「……」

 

 大きな叫び声を上げて、近くの壁に叩きつけようとしていたアリシアの手をディアーチェが掴む。

 

「……王様……」

 

「……すまんな……我には……今のお前に、何も言う事が出来ん……」

 

 そう告げた後、ディアーチェはアリシアの体を強く抱きしめる。慰めも励ましも、何の言葉も今は意味がないと分かっているから……自分の無力さを噛みしめながら、ただ震える体を抱きしめる。

 

 プレシアの時は、アリシア自身すぐにはそれを実感できなかった。プレシアの遺体は無く、自分の境遇も含めて他の要素が過大にあった。しかし今回は……ストレートに付きつけられた。己への言い訳の余地など無い程、明確でシンプルな死……悲しみはすぐに、津波の様に押し寄せてくる。

 

「……王様……なんで……なんで……こんな事に……」

 

「……ああ……腹立たしい程に……ふざけた話だ……」

 

「う、うぅ……あぁぁ……うあぁぁぁぁぁ!?」

 

 アリシアが初めて見せる明確な弱さ、子供の様に泣きじゃくるその姿を……ディアーチェはただ受け止め続けた。それが最善だからでは無い……それしか出来なかったから……

 

 それでもアリシアはきっと、すぐに再び立ち上がるだろう……立ち上がれてしまうだろう。彼女は強い、皮肉な程に強い心を持っている。苦しみを抱えたまま歩けてしまうほどに……ただ幸運だったのは、アリシアの周りには苦しみを受け止めてくれる人物が沢山存在していると言う事……

 

 そう、本当の意味で最大の悲劇に襲われるのは……一人で残されてしまった者……

 

 

 

 

 

 

 



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拝啓:アリシアさん、ありがとう

 一昨日から降り始めた雨は、丸一日過ぎても止む事は無く静かに降る。

 

「これで、よしっと……せめて、あと一ヶ月後だったら自分で買えたんだけどなぁ……」

 

 妹に購入してもらった真新しい黒のスーツに身を包み、鏡の前で身支度を終えたアリシアは呆れた様子で独り言を呟く。

 アリシアが身支度を終えて部屋から出ると、リビングのソファーには心配そうな表情を浮かべるフェイトの姿があった。

 

「お姉ちゃん……」

 

「おはよ、フェイト」

 

「う、うん。おはよう」

 

「んじゃ、私はお葬式に行ってくるよ~夕食までには帰れると思う」

 

 今日はアリシアの友人であり、一昨日に無念の戦死をしたティーダ・ランスターの葬儀があり、アリシアも友人として参列する事になっている。フェイトはアリシアの妹ではあるが、ティーダとは面識がない為出席はしないが、今日はわざわざ仕事も学校も休みを取って家に居た。

 

 その理由は単純で、アリシアの事が心配だから……アリシアはティーダが死んだ当日こそ取り乱していたものの、翌日には普段通りの明るい様子に戻っていた。フェイトはアリシア程人の感情の機微に鋭くは無く、またそう言った隠し事が上手い姉が心の内に押し込んだものまでは分からなかった。

 

「……大丈夫? お姉ちゃん」

 

「あれ? 大丈夫じゃなさそうに見える?」

 

「ううん……でも、私にだって……お姉ちゃんが辛い事を我慢していつも通り元気になってる位は、最近やっと分かる様になってきたよ」

 

「……精神的にも随分成長したんだね」

 

 フェイトが静かに告げた言葉を、アリシアは否定する事は無く微笑みを浮かべる。フェイトは着実に成長をしている。特に顕著なのが精神的な面。己の我を通す力強さだけでなく、他人の心中を読みとるしなやかさも獲得し始めている。

 

 そんな着実に大人になっていってる妹の姿を、喜びと寂しさの混じった様な微笑みで受け止めた後、アリシアは明るく笑う。

 

「まぁ、まったくもう平気って言ったら嘘になるんだろうけど……本当に大丈夫だよ。気持ちの整理もしっかり付けたし」

 

「……うん」

 

「もう、フェイトは心配性だなぁ~今だってほら、フェイトが頬にキスの一つでもしてくれたら、すぐに元気になるよ」

 

 アリシア・テスタロッサの人後に落ちない長所は、何よりその心の強さと切り替えの早さ。いつものようにどこかからかう様な口調でフェイトに話し、自分が大丈夫であると伝える。

 

「な~んて……」

 

「んっ……」

 

「ふぁっ!?」

 

 が、しかし……アリシアの想定は脆くも崩れ去る。彼女の考えでは、ここでフェイトが照れるか怒るかして、それに笑って謝りながら出発するシナリオだった……しかしフェイトは、一瞬の躊躇いも無くしゃがんでアリシアの頬に唇を当てた。

 

「ふぇ、ふぇふぇふぇ、フェイト!? い、い、一体何を!?」

 

「え? お姉ちゃんが、元気出るって……元気出た?」

 

「そ、そりゃ、ごちゃごちゃ考えてたのは全部吹っ飛んじゃったけど……そう言うのじゃなくて!」

 

「えと……足りないなら、恥ずかしいけど……もっとする?」

 

「ぶっ!?」

 

 フェイトは確かに最近成長した。姉に依存するだけでなく、姉の事を守れるように、支えられるようにと精神的にも成長し、大人と言える落ち着きを身につけつつある。

 しかし姉に対する愛情の程は、まったく変わってない……どころか、むしろ強くなっている。

 

 以前は姉が望むなら何をされても良いと受動的だった思考も、現状は姉が望むなら何でもしてあげたいと、本人が聞いたら頭を抱えそうなレベルには成長していた。

 

「お姉ちゃん!? 大丈夫!? やっぱりまだ、疲れが残ってるんじゃ……」

 

「い、いや、これはそう言うあれじゃなくて……と、とにかく行ってきます!」

 

 慌てふためきながらアリシアは家を飛び出し、残されたフェイトは不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く重い空、降り落ちてくるのは冷たく悲しい雨。葬儀場の屋根の下で、私はただ景色を見つめていた。いや、自分が何を見ているのか、自分自身でもよく分からない。

 

 今日は一昨日に死んだ兄さんの葬式。何も分からず、親戚も居ない私の代わりに管理局が手配して用意してくれた場所。兄さんの同僚や知り合いがそれなりの数訪れているけど、誰も私に近付こうとはせず、様々な視線だけを投げかけてくる。

 

 まるで腫れ物を扱う様な光景に、自分の心がどんどん冷えていくのを感じる。私はまだ兄さんの死を受け入れられてなど居ない。これは悪い夢なんだと、今もそう思ってる。

 だから涙を流しても居ない……涙を流したら、兄さんが帰ってこない事を認めなければならない気がしたから……

 

 しばらく訪れる人々を眺めていると、私の元に長い金色の髪の女性が近付いてくる。身長は同じ位だけど、スーツを着ているせいか年上に見える。

 

「……ティアナちゃん、だよね?」

 

「……あ、はい」

 

「私はアリシア・テスタロッサ。お兄さんの友達だったんだけど……聞いてたりするかな?」

 

「貴女が……アリシアさん?」

 

 この人が、兄さんがいつも話してたアリシアさん……優しそうな人。ううん、兄さんが尊敬する位だから……きっと優しい人なんだろうな……

 

「大丈夫……じゃ、ないよね。急にこんな事があって……疲れてるみたいに見えるけど、ご飯とかも食べて無いんじゃないかな?」

 

「……食欲が、なくて……」

 

「そっか……簡単に気持ちが分かるなんていうつもりはないけど、体だけは気をつけないと……良かったらこれ」

 

 そう言ってアリシアさんは、私の手にゼリー状の携帯食料を手渡してくれる。手、暖かい……本当に、優しい人だ。他の誰も近付こうとしない私に声をかけてくれて、踏み込まない程度に気遣ってくれる。凄く、ありがたい。

 

「……ありがとうございます」

 

「うん。良かったらまた、お葬式が終わった後で、少し話そう……無理だけは、しないでね」

 

「はい」

 

 アリシアさんはそう言って優しく微笑み、会場の中に入っていく。何となく、ほんの少しだけ、心に熱が戻った様な……そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして私も会場の中に移動し、揃いつつある参列者を部屋の端で見つめる。兄さんはあまり自分の事を偉そうに語ったりはしなかったけど、これだけ沢山の人が葬式に来てくれる。

 私にとって兄さんは目標で憧れで、誰よりも立派な魔導師だって思ってた。だからそんな兄さんの葬式に沢山の人が来てくれるのは、少しだけ救われる思いだった。

 

 少しして入口から何人かの人を連れた……どこか偉そうな雰囲気をした男性が入ってくる。男性の顔は不機嫌そうであり、この会場の空気にはどこかそぐわない。

 兄さんの上司だった人だろうか? 兄さんは真面目で真っ直ぐな人だったけど、少し不器用な所があった。その真っ直ぐな真面目さのせいで、何度か上司と衝突していたと聞いた覚えもあるし、この人にはあまり好かれていなかったのかもしれない。

 

 それでも、こうして足を運んでくれたんだからソリが合わなかっただけで、兄さんの実力は……

 

「まったく、何故私がこんな雨の中で出向かねばならない」

 

「ま、まぁまぁ三佐……我が隊の一尉の葬儀なんですから、三佐が出席しない訳には……」

 

 男性が吐き捨てるように呟き、隣に居た人がたしなめる様な言葉を告げる。静かな会場の中だったからだろうか、よく聞こえた。その次の言葉も……

 

「ふん。犯人を追いつめながら、みすみす逃亡を許すなど首都航空隊の魔導師として有るまじき失態だ。たとえ死んでも取り押さえるのがあるべき姿……任務に失敗し無様を晒す様な『無能』が部下とは、嘆きたくなる」

 

「ッ!?!?」

 

 その言葉は、場の空気を凍りつかせ、まるで矢の様に私の心に突き刺さった。

 

 無能? 誰が? 私の……大好きだった……兄さんが? 無能?

 

「全く、理想論ばかり口にする……最後までとんだ役立たずだったな!」

 

「さ、三佐……」

 

 なに、これ? 痛い……痛い……胸の奥が、砕けてしまいそうな程に痛い。何か、今までその中にあった大事な何かが、空いた穴から流れ出してしまう様な……こんな、こんなの……

 

 男の言葉に会場はざわついていたが、男が立場の高い人間だった事もるのか……それとも周りの人も兄さんは役立たずだって思ってるのか、誰も何も言わない。

 目が熱くなり、体が震える。言いたい事を言った男は、偉そうに歩を進め……反対の壁に叩きつけられた。

 

「がっ、ぐっあっ!?」

 

「三佐!?」

 

「……え?」

 

 何が起こったのか、分からなかった。気付いたら男は壁に叩きつけられていて、さっきまで男が居た場所には……拳を振り抜いた体勢のアリシアさんの姿があった。そしてその顔は、燃え上がる様な怒りに染まってる。

 

 アリシアさんは魔導師だ。いくら小柄な女性と言えど、魔力で強化された拳は……人一人吹き飛ばすぐらいの威力はあるだろう。

 再び会場が凍りつく中で、アリシアさんは静かに……噛み殺す様に言葉を漏らす。

 

「……もう、一回言ってみろ……誰が、なんだって……もう一回言ってみろ! 今度は顎を砕いてやる!!」

 

「なっ、ぎざ、ま……」

 

 凄まじい怒気を含んだ叫びに、会場の誰も動く事は出来ない。

 

「お前が、ティーダくんの何を知ってる!? ティーダくんは、巻き込まれた子供を助ける為に、殺傷設定の魔法の前に身を投げ出した! それがどれだけの勇気が必要か……お前に同じ事が出来るのか!?」

 

「ぐっ、くぅ……」

 

「ティーダくんは……ティーダくんは……誰よりも立派な魔導師だった! 侮辱するなんて許さない! 文句があるやつは立て! 私がぶっ飛ばしてやる!!」

 

 ……アリシアさん、怒ってる……怒ってくれてる。兄さんの為に……本気で怒ってくれてる。

 

 誰もアリシアさんの迫力に動く事が出来ない中で、私の胸に込み上げてきたのは……驚きでは無く、喜びだった。あの男は兄さんの事を無能だといったけど、少なくともアリシアさんにとってはそうじゃないって、ハッキリとそれが伝わってきたから。

 

「き、貴様あぁぁ!」

 

「ッ!?」

 

 少しして倒れていた男が怒りを顔に出しながら立ち上がり、男の部下達がデバイスらしきものを取りだすのに合わせ、アリシアさんも小型の瓶の様なものを取りだす。

 一色即発と呼ぶに相応しい空気、それを切り裂いたのは新たな怒声だった。

 

「そこまでだ!」

 

「なっ!? れ、レジアス中将!?」

 

「……レジアスおじちゃん」

 

 声の主は新たにこの場に現れた……さっきの男とは明らかに威厳の違う中年の男性。その声は有無を言わさぬ威圧感に満ちており、会場に居る全員の動きを止めた。

 

 レジアス中将……管理局の事をよく知らない私でも見覚えのある大物。実質的な地上本部のトップとまで言われる程の人物で、何度もテレビで演説している姿を見た事がある。そんなもの凄い人が、兄さんの葬式に?

 

「ここは、厳粛な葬儀の場……いかな理由があろうとも、騒いで良い場所では無い」

 

「れ、レジアス中将……ど、どうして、このような場に!?」

 

「……地上部隊と航空部隊。部署は違えど、同じ世界の平穏を守ろうとした同士の葬儀に、ワシが出席する事がおかしなことか?」

 

「い、いえ……」

 

 レジアス中将は、一人の局員が驚愕のままに告げた言葉に静かに答えた後、アリシアさんと三佐の間まで歩いて移動し、静かに告げる。

 

「アリシア訓練生。この騒ぎの原因は君だな? 退室しなさい」

 

「……はい。お騒がせして、申し訳ありませんでした」

 

 レジアス中将の言葉を受け、アリシアさんは深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。そして、会場から出て行こうとした所で、レジアス中将が更に言葉を続ける。

 

「……その前に……」

 

「……え?」

 

「一部始終は見させてもらった。市民を守る為、勇敢に戦い無念にも戦死した同士……遺族の為にも、ワシがここでハッキリ告げておこう。ティーダ・ランスター一等空尉はまさしく偉大な魔導師であり、彼の様な未来ある若き勇者を失ってしまったのは、管理局のみならず……世界にとっても、本当に残念な事だ」

 

「ッ!?」

 

「そんな彼の名誉が、死して尚侮辱される事などあってはならない。ワシは生涯、彼の名を忘れないと誓おう……異論のある者は、ワシと対立する覚悟を決めた上で、後ほど執務室まで来るように……」

 

 言った……地上本部の実質的なトップが、中将が……ハッキリと言った。兄さんは偉大な魔導師だったと、決して役立たずなんかじゃなかったと……

 

 それを聞いた後、アリシアさんは退室していき、その背中を見ていた私の目には涙が浮かんでくる。頭の中はごちゃごちゃで、自分でもどうなってるのかよく分からなかったけど……一つだけ、確信を持ってその感情は浮かんできた。アリシアさんが兄さんの誇りを守ってくれた……救われたって、そう思った。

 

 そしてレジアス中将は静かになった会場の中で、茫然としている三佐を睨みながら静かに告げる。

 

「……貴様の様な者に、部下を率いる立場を与えてしまったのは管理局の……ひいてはワシの責任だ。貴様とは、後でゆっくり話す必要がありそうだな……」

 

「あ、あぁ……」

 

 その言葉と共に三佐は膝から崩れ落ち、レジアス中将がそれ以上言葉を発さず席に付いた事で、葬儀が再開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葬儀が終わり、帰っていく参列者を離れて見ていたアリシアの元に、レジアスが近付く。

 

「派手にやったな」

 

「あ、レジアスおじちゃん……本当にごめんなさい」

 

 先程までの威厳ある中将の顔では無く、苦笑を浮かべた表情で話しかけてくるレジアスに対し、アリシアはもう一度深く頭を下げる。

 アリシアにはレジアス程の権力的な力は無く、あの場で直情的な暴力と言う手段を取った事は、致し方ないとは言え謝罪すべき事柄だ。アリシアは三佐を殴った事に関しては全く後悔をしていないが、場を治めてくれたレジアスには大きな罪悪感がある。

 

 しかしそんなアリシアを見て、レジアスは愉快そうに笑う。

 

「ははは、謝る必要などないさ。場が場だけに、ああいった対応を取らざるおえなんだが……君が殴らなければ、ワシが殴っていた所だよ」

 

「レジアスおじちゃん……」

 

「君が怒った事で、彼の妹は重い枷を背負わず済んだ……むしろ、誇るといい。なに、後の厄介事はワシの様な年寄りの仕事だ。大丈夫、周りになど何も言わせはせんよ」

 

 レジアスはそう言って笑った後、数度アリシアの頭を撫でてから、軽く手を振ってその場を後にする。アリシアは、その後姿を見送った後……参列者が殆ど居なくなったのを見てから、会場の方に向かい歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葬儀が終わり、後は兄さんの遺体を埋葬する事になるのだけど……本日は雨であり、あと数時間で雨足が弱まるという予報なので、それまで私は葬儀場で待機する事になった。

 会場には控室等もあって、そこで待ってていいと手配を行ってくれた人は言ったけど……私はここで待ちたいと告げて、兄さんの遺体がある会場で待機していた。

 

 兄さんの眠る棺桶をしばらく見つめていると、扉の開く音が聞こえ……アリシアさんが入ってきた。

 

「アリシアさん」

 

「……ティアナちゃん。ごめんね……お葬式、滅茶苦茶にしちゃって……」

 

 アリシアさんは私の近くまで歩いてきた後、頭を下げて謝罪の言葉を口にしたが、私は慌てて首を横に振る。

 

「謝らないで下さい……アリシアさんが、兄さんの為に怒ってくれて……嬉しかったです」

 

「……ティーダくんは、本当に凄い魔導師だったよ。ちょっと不器用なとこあったけど、真っ直ぐでカッコ良かったよ」

 

「はい」

 

 アリシアさんは兄さんの棺桶に祈った後、私の隣に座って微笑みを浮かべてくれる。それだけで、ホッと心が軽くなる様な、そんな温かい気持ちになれた。

 しばらく沈黙が流れた後で、アリシアさんは優しい声で話しかけてくる。

 

「……ティアナちゃんは、凄いね」

 

「え? 凄い?」

 

「うん……私もティーダくんと同じ様に、妹が居るんだ。大切な、本当に世界で一番大切な妹が……」

 

 アリシアさんは私の目を優しく見つめたまま、言葉を続けていく。

 

「人が死ぬとね。心の中で、今までその人が居た場所に……深くて暗い穴が空くんだ。その穴は小さくはなっても、無くなる事はなくて……ずっと心に残り続ける。その相手が親しければ親しい程、凄く大きな穴が空くんだ」

 

「……」

 

「……私は妹が、フェイトが死んじゃったら……耐えられないと思う。涙が枯れるほど泣きじゃくって、自分を責めて……もう生きてなんていけないって思うかもしれない」

 

 優しく、子守唄の様に響く言葉。それは私の心に張った分厚い何かを、一つ一つ取り除いていくみたいで、段々と目が熱くなっていく。

 

「ティアナちゃんは、凄いよ。強くて頑張ってる……でも、ね」

 

「……ぁ、ぁぅ……」

 

 体が抱き寄せられ、柔らかく暖かい温もりが全身に広がる。凍えきった体が温められ、今まで我慢していたものが、零れ落ちる様に流れ始める。

 

「そんなに、強くなくても良いんだよ……親しい人が死んで、悲しいって思うのは、涙が流れるのは可笑しい事なんかじゃなくて、当り前の事なんだよ」

 

「あ、あぁぁ……」

 

「今はここには、私しかいないから……ね? ティアナちゃん」

 

「アリシアさん……あぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 もう、我慢なんて出来なかった。泣いちゃいけないって、思ってた。兄さんが死んで……一人ぼっちになって……もう、私が泣いても周りの人を困らせるだけだって、誰にも縋れないんだって……

 

 でも、でも、アリシアさんは……私の心を救ってくれた。私の涙を受け止めてくれた……兄さんの言った通りだったね。アリシアさんは凄い人だよ……優しくて、暖かくて、お日様みたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く、本当に長く泣きじゃくっていた。アリシアさんは何も言わず、私を抱きしめながら頭を撫でてくれた。それは本当に暖かくて、溜まっていたものを全部吐き出すまで泣き続けてしまった。

 

 私が泣きやんだ後も、アリシアさんは私を暖かく抱きしめたままで、優しい微笑みを浮かべてくれる。

 

「……少しは、スッキリしたかな?」

 

「はい……あっ……」

 

「ふふ、良かった。体もちゃんと元気出てきたみたいだね」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 アリシアさんにお礼を言おうとした所で、私のお腹が小さな音を鳴らし……恥ずかしくなる私をみてアリシアさんは苦笑する。

 

 ちょっと恥ずかしさは残ったまま、アリシアさんに勧められて貰った携帯食料を食べる。ずっと無かった食欲が出てきたせいが、喉を通るゼリーが凄く美味しかった。

 

「ティアナちゃんは、これからどうするの? ティーダくんと二人暮らしだったんだよね?」

 

「……管理局の施設に入る予定です」

 

「そっか、私も少し覗いた事あるけど、環境は凄い整ってるよね。孤児院って言うよりは寮とかマンションって感じで、就職とかもサポートしてくれるしね」

 

「……はい」

 

 私は両親は随分前に死に、親戚も居ない兄さんと二人きりの家族だった。その兄さんが死んで、私は管理局の施設でお世話になる事が決まっている。管理局は孤児や難民のサポートを非常に手厚く行っている事は有名で、環境は非常に整っている。

 

 本人が希望すれば学校にも通わせてもらえるし、通信教育で知識を学ぶ事も出来る。そして就職に関しても、本人の希望を最大限尊重しサポートを行ってくれる。正しくこれ以上無い環境と言えるだろう、ただ幅広く受け入れてるが故に、横のつながりや交流は殆ど無く一人での自立と言うのが明確示されている。

 

「……環境は凄く良いと思います」

 

「うん」

 

 あれ? 私、何を言おうとしてるんだろう? 優しいアリシアさんに話しかけられて、甘えたいって気持ちが強くなってしまったんだろうか? 弱音を吐こうとしてる。

 

 これから頑張って一人で生きていかなくちゃいけないのに……

 

「……兄さんが居なくなって、私はもう一人ぼっ……」

 

「させない」

 

「え?」

 

「……一人ぼっちになんて、絶対させない」

 

 静かながらハッキリと聞こえてきた声に、思わず顔を上げる。アリシアさんは強い決意の宿った目で私を見ており、それは何かを期待させた……

 

「私がいる」

 

「で、でも、アリシアさんは……」

 

「うん。私の年齢と社会的立場じゃティアナちゃんを引き取ったりは出来ない。けど……会いに行く!」

 

「!?!?」

 

 会いに……来てくれる? アリシアさんが……兄さんの友達で、兄さんの誇りを守ってくれた恩人で……直接顔を合わせたのは初めての私に、心から優しく接してくれたアリシアさんが……

 

「何度だって会いに行くし、鬱陶しいってくらい連絡もする。一人ぼっちだなんて……絶対思わせてやらない!」

 

「……アリシア、さん……」

 

「寂しいなんて、そんな気持ちが浮かばない程、引っ張り回してあげるから……覚悟しておいてね」

 

「~~!?!?」

 

 言葉なんて出なかった。ただ、ただ……嬉しかった。一人ぼっちになんてしないって、その言葉があまりにも暖かくて、奇跡かと思うほど嬉しくて……また、沢山の涙が零れ落ちた。

 

 そうなんだ……私は一人ぼっちにならなくても良いんだ……アリシアさんが居てくれるんだ……

 

 今度こそ、本当に心から思った。私は、この人に救われたんだって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アリシアの存在は、ティーダがティアナに残した最後の奇跡かもしれません。

三佐はその後、レジアス中将に叱られ左遷されたとかなんとか……

フレンドリーファイヤーフラグは、お姉ちゃんがへし折りました。

と言うかティアナの焦り関連は全部へし折っちゃった感じですね。



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