落第騎士と怠け者の天才騎士 (瑠夏)
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episode.1

破軍学園。ここは《伐刀者》を育成する学校だ。《伐刀者》とは、己の魂を武装ーー《固有霊装》として顕現させ、魔力を用いて異能の力を操る千人に一人の特異存在のこと。古い時代には『魔法使い』や『魔女』とも呼ばれていた。

 

そして、《伐刀者》は、科学では測れない力を持っており、最高クラスになれば時間の流れを意のままに操り、最低クラスでも身体能力を超人の域で底上げすることが出来る。人でありながら人を超えた奇跡の力。武道や兵器などでは太刀打ちすることすら叶わない超常の力。

 

今や、警察も軍隊も、戦争ですら《伐刀者》の力なくしては成り立たない。

 

だが、大きな力には相応の責任が伴う。その一つが《魔導騎士制度》である。魔導騎士制度とは、国家機関の許可を受けた伐刀者の専門学校を卒業した者のみ『免許』と『魔導騎士』という社会的地位を与え、能力の使用を認めるというものだ。

 

伐刀者の専門学校は全国に七校存在し、破軍学園もそのうちの一つなのだ。

 

 

『日本のAランク騎士、春日野白雪くんが破軍学園入学!同時にヴァーミリオン帝国からステラ・ヴァーミリオン姫が、そしてステラ姫と同じ皇族のセリス・リーフェンシュタール姫も入学!』

 

今はどのニュース番組も、新聞記事もこのことばかりが報道、記載されていた。

 

テレビには春日野白雪、ステラ・ヴァーミリオン、セリス・リーフェンシュタールの三人が映し出されていて、上には『若き三人の天才Aランク騎士!』と、表示されていた。

 

朝のランニングのため、部屋を出ようとしたところで春日野白雪は、テレビに映る自分と同じAランク騎士をちらっと一瞥してすぐにテレビから視線を外した。

 

電源を落とし、部屋に鍵を閉める。

そして、正門前まで軽いジョギングで向かう。

 

「あ!白雪君!おはよう。来てくれたんだね!」

正門前から誰かが白雪を呼ぶ声が聞こえてくる。その声は、どこか嬉しさが混じったようなものだった。

 

「……ああ、一輝、おはよう。今日はたまたま朝から目が覚めてな……二度寝しようにもできなかったから、カラダ動かしに来た」

そう返した白雪はとても眠そうに、瞼を半分近くまで閉じていた。

 

その仕草から、無理して出てきていることが丸分かりだ。白雪は一輝に言われた、「気が向いたときでいいから、一緒に朝練しよう」と言葉を恩を返すためとはいえ迂闊にも承諾してしまい、最低でも週に2、3回は顔を出すよう心がけていた。一輝には白雪が無理して来ていたことに気づかれ、「無理なら来なくても大丈夫」と言われた。ここで頷けば、この朝練を止めて寝続けることができるが、それは白雪のプライドが許さない。

 

「さ、行こうか!」

「……おう」

目を擦りながら気だるげに声を出す。

 

朝練は正門前でて、二十キロを走る。そして走り終わると、木刀を使っての模擬戦。怠け者の白雪は、「こんなの絶対無理だ」と初めは口にしていたが、さすがはAランク騎士と呼ばれるだけのことはあり、息を乱しながらも全てやり終える。

 

余談だが、白雪は怠けてはいるが、昔から努力はしていたので身体能力は極めて高い。

 

 

白雪にとって一番辛いのは二十キロのランニングだ。白雪は身長が低い。だいたい145センチくらいだ。身長が低いと必然的に足が短くなる。そして、ランニングスピードの速い一輝と走っていると、そのペースに合わせるために一輝よりも足の回転を早めないといけない。一輝にはペースを落とそうか?聞かれたことがあったが、白雪はそれを断った。

怠け者のくせに無駄にプライドが高いのだ。

 

今日もなんとか走りきった白雪はベンチに身体を委ねる。あらかじめ用意しておいたスポーツドリンクを手に取り、半分近くまで飲む。

 

「ぷはっ! 生き返る〜〜〜〜」

足をだらんと伸ばして天を仰ぐような体勢になる。

 

「ハハ、お疲れ様」

隣に立っている一輝は、汗こそかいてはいるが息を乱していなかった。あり得ないほどの体力の大多さに、白雪は素直に感心していた。

 

「さて、早速次に行こうか!」

普段よりテンションの高い一輝が木刀を持って、既に構えを取っていた。

 

「えーー!早すぎだろー。俺は、もう少し休みたい!」

駄々をこねる白雪は動かないとばかりにベンチにしがみつく。それを見た一輝は苦笑しながらも、ポケットに手を入れて、

 

「ほら、飴あげるから始めよう」

一輝がそう言った瞬間。

 

「飴!?」

ベンチからガバッと起き上がると目にも留まらぬ速さで一輝のそばに移動した。

 

怠け者の白雪とは思えないほどの速さで駆け寄ってきたことにやはり苦笑を隠せない一輝。

 

(理事長に駄々をこねたらこれを渡せば言うことを聞くとは言われてたけど……)

そこで一輝は彼と出会った一ヶ月前のことを思い出していた。

 

 

それは一輝が一人で朝練をしていたときのことだ。いつもの通り、二十キロを走り終えた一輝はスポーツドリンクを飲んでいた。

 

そんなとき、正門前に一台の高級車が止まった。一輝は訳ありで留年していたのだが、ここ一年間で、こんな早朝から車が止まるなんてことは一度もなかった。気になった一輝はその車を伺っていると、車のドアが開いた。そして中から出てきたのは、

 

(ッ……!あれは日本に二人しかいないAランク騎士の春日野白雪くん!? 彼がどうして……? しかもなぜ理事長に担がれて?)

 

春日野白雪だった。彼は銀髪の髪に翠の目を持った、身長の低い少年だ。そして今、世間では注目を集めている魔導騎士のAランクだ。そんな彼が、なぜ入学式の一ヶ月前に?そして何故理事長に?と、一輝は疑問で頭がいっぱいだった。

 

連れて行かれるAランク騎士ただ見送りながら、立ったままでいると、

 

「ッ!?」

 

春日野白雪と目があった。

 

「そこの少年! 助けてくれ! 誘拐だ! だから助けてくれ〜!」

「………え?」

予想外の言葉に一輝の思考が止まる。

 

「人聞きの悪いことを言うな。誘拐などしておらん。お前の両親から許可をもらっている」

「嘘だ! 母さんたちが俺を見捨てるはずがない! さては、貴様、俺の両親に何かしたな!?」

「おい、春日野。理事長である私に向かって貴様とはーーーいい度胸だ!」

「切れるところそっちかぁぁあああっ!」

などと、理事長と漫才を始めるAランク騎士。しかし、この学園の理事長である新宮寺黒乃が抱えていた白雪を一輝の方へ投げた。

 

「うわっ……と!」

一輝は飛んできた白雪を何とかキャッチした。

 

「おっ、黒鉄じゃないか。ちょうど良かった。黒鉄、そいつ寮まで連れて行ってやってくれ。部屋はお前の隣だから」

(なにが黒鉄じゃないか、ですか。わかってて投げたくせに)

一輝は心の中でそう愚痴りながらも黒乃に尋ねた。

 

「それは良いですけど。でも、なんでこんな時期なんですか?入学式まであと一ヶ月近くはあるはずですけど……」

すると、黒乃は煙草を吸いながらだるそうに答えた。

 

「そいつ、学校へ行きたくないとか言っててな。それにほっといたら寝続けてこの学園に来ないだろうから私が直々に迎えに行ったんだ。私もこれからのことで予定が詰まっていてな、昨日今日しか迎えに行く時間がなかったんだ」

一輝は、素直に抱きかかえられている白雪を見て苦笑した。

 

「でも、それは理事長自ら行かないとダメだったんですか?他の教師の方でも…………て、そういう事ですか」

一輝は途中で何故理事長が自ら行かないといけなかったのか、その理由に気づいた。

「さすが、察しがいいな、黒鉄。お前の思っている通りだよ」

黒乃は一輝の顔を見て頷いた。

 

「やはり、Aランクである彼を連れてこれるのは同じAランクの理事長だけ、と言うわけですか」

一輝の推測は合っていたようで、黒乃が満足げにしていた。

「やぁ、ここまで連れてくるのに大変だった。じゃあ、そういう訳だから黒鉄。そいつのことよろしく頼む。ーーそれと、そいつには飴玉をやったらある程度は言うこと聞いてくれる」

黒乃はそれだけ言い残して、その場を去っていった。

 

 

これが、春日野白雪と黒鉄一輝の初めとの顔合わせとなった。

 

 

あれからは一輝が白雪を寮まで連れて行き、部屋のベットで寝かしてそこで一輝と白雪は別れた。と言っても白雪はずっと寝ていただけだが。

 

そして、翌日は白雪がお礼に何かしたいと言い、一輝が白雪を朝練に誘い、寝ていたいはずの白雪は恩を返すために朝練に付き合い始めたのだ。週に2、3回程度だが、一緒に朝練をしていくうちに仲良くなり、今では一輝、白雪と下の名前で呼び合っているのだ。

 

 

 

「あー、もう疲れた。今日はこれで終わろう」

何度か模擬戦を終え、とうとう限界がきた白雪が木刀を持ったまま地面に寝転がる。

「そうだね。今日は来てくれてありがとう。白雪くんのおかげで楽しかったよ」

「そーお?俺なんかが来ても邪魔にしかならないと思うけど」

「そんな事ないよ。模擬戦なんて一人じゃできないから、それだけでも大助かりだよ」

そこまで言われたら、悪い気はしない。

 

「……そっか〜。なら、また来るよ」

白雪がそう言うと、一輝は驚いた表情をしていた。

 

「なに?こられちゃ迷惑だった?」

白雪が首を傾げて聞くと、一輝は否定した。

 

「ううん。そんな事ない……って言うより是非来てくれ。僕はいつでも歓迎するから」

「わかった。じゃ、とりあえず今日は部屋に戻ろう」

「うん。僕も十分に動けたから満足だよ」

白雪はのそりと木刀を杖代わりに起き上がり、寮へ歩いていく。隣には一輝も一緒に歩いているが会話はない。

 

白雪は模擬戦を始める前に一輝から貰った棒付きの飴玉を舐めて歩く。

 

「それじゃあ、俺はもう一回寝るよ」

寮へ到着し、部屋のドアの前まで行くと、白雪は一輝にそう言ってドアを“開いた”

 

「…………あれ?」

(おかしい。ドアの鍵は出て行くときに閉めて行ったはず)

白雪は恐る恐る部屋の中へ入っていく。最大限の警戒をしながら。

 

するとーーー

 

『いやぁぁああああ!!ケダモノぉおおおお!!!』

と、“隣”の部屋から女性の悲鳴が耳に届いた。

 

「うん?隣の部屋?」

そう隣の部屋から悲鳴が聞こえてきたのだ。隣の部屋の住人といえば、

 

「ッ……!一輝!」

白雪は鍵が開いていた謎には目もくれず、瞬時に隣の部屋へ向かった。

 

「一輝!何があった……!」

普段の日常なら、こんな血相を変えて動くことはない白雪。だが、友のピンチかもしれないときに、悠々と寝ていられるほど白雪は薄情者ではない。(実際はまだ寝ていなかったが)

 

白雪が一輝の部屋の扉を勢いよく開く。友の無事を確認するためにだ。

 

しかし、扉の向こうに広がっている光景は白雪にとって、(いや、この場合誰だってそうだろうが)予想外の光景だった。

 

何せ、紅の色の真っ赤な髪の、とても綺麗な少女の下着姿と、心配して駆けつけた友の上半身が裸で、お互い向かい合っていたからだ。

 

「ご、ごゆっくり……」

「し、白雪くん!? こ、これは違うんだ。僕はただーーーー」

一輝が白雪に対して弁明を始めた瞬間。扉をそっと閉めた。

 

「……そう言えば、聞こえてきたのは女性の声だったな……何故気付かなかった……」

白雪は一気に疲れが襲い、とぼとぼと部屋へ戻っていく。“先ほどの鍵のことを機にすることなく”。

 

「はぁ、もう寝よ寝よ」

「ーーーあらあら、まだ寝るには早すぎると思いますよ?」

「ッーー!?誰……! へぶぅっ……!」

白雪は二段ベッドの下に飛びつこうとしたところで、急に声をかけられ足を滑らしてしまった。そのまま地面とのキス。

 

ドン!

と、鈍い音が鳴り、次には人の呻き声が続く。

 

「ぐ、ぉおおお……い、いだい。めっちゃ痛い……」

「やだ、ごめんなさい。驚かしてしまって」

声からして性別は女性。その女性が顔を抑えて呻いている白雪のもとへ駆け寄ってきた。

 

「ほら、大丈夫よ。痛いの痛いの、飛んでいけ! 」

そう言って、頭を撫で始めた。

 

(そんなので痛くなくなるわけないだろう!)

と、激しく突っ込みたかったが、顔が痛かった事で断念した。だんだん痛みは引いてはきたが、まだ痛い。白雪の様子を頭を撫でながら見ていた女性が、

 

「あら?これをしたら痛いのが飛んでいくって、お母様が昔教えてくれたのに」

(おいおい、それは子供相手にしか通じんぞ!高校生には通用しないぞ!)

 

しばらくすると、痛みも引きやっと起き上がることができた。

 

そして、先ほどまでの少女は誰なのかと思い、顔を上げると。

 

そこには美しい少女が立っていた。

「綺麗だ……」

まず初めに、少女をみた白雪の感想だった。

少女は、ゆるりと巻きの入った金髪に艶やかさが加えられ、バランスの良い体の線。指先の綺麗さ、つま先の揃え方に至るまで、全部が優雅で気品にあふれている。

 

「き、きれい……!?わ、わたしがですか……? 」

白く整った顔が羞恥で赤く染まる。恥ずかしそうに、両手で頬を抑えている姿は綺麗とは違い可愛く見えた。

 

「あ、ごめん。急に知らない男にきれいなんて言われても迷惑なだけだよね」

白雪は相手の反応を見て、頭を下げる。

 

「い、いえいえ。頭をあげて?別に迷惑なんて思ってないから………ただ、異性に綺麗なんて、宮殿にいた頃は言われもしなかったから」

 

「そうなんだ。君ならもっと言われていると思っていたけど…………宮殿?」

最後の方は聞き取りずらかったが、辛うじて聞き取ることができた。やはり、少女が恥ずかしがっている姿は、初めに印象を受けた綺麗より可愛いだった。しかし、ここで白雪はあることに気づいた。それは今目の前の彼女を“どこかで見たことがある”と、いうことを。それもごく最近。もっと細かく言えば、今日の早朝のテレビで、だ。

 

「ねぇ……君って……」

白雪が震える声で名前を尋ねようとする。が、白雪が聞きたいことを悟ったのか、眼前の少女は口を開いた。先ほどの照れた様子がなくなり、そこには“お姫様”がいた。

「あ、自己紹介がまだだったわね。わたしはーー」

 

(おいおい、まじですか……)

 

「セリス・リーフェンシュタール。セリスと呼んでね。慣れない日本で分からないことが多いと思うけど、よろしくお願いします」

そう、頭を下げ、最後に可愛く微笑んだ。

 

 

 

 

(なんじゃこりゃぁぁぁあああっ!?)

白雪は胸の内で絶叫を上げるのだった。

 




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episode.2

 

セリス・リーフェンシュタール。彼女の家は、ヴァーミリオン帝国を昔から支えてきた、貴族だ。正真正銘のお嬢様。そんな相手が同室となったことに、白雪の思考は一時停止した。

 

いや、していた、と言ったほうが適切だろう。

 

何度目をこすろうと、頬をつねろうと、白雪の前にいる彼女は消えない。

 

つまり、

「……夢じゃない?」

「はい……? 夢じゃないわよ」

セリスは、不思議そうに顔を傾げた。

 

「そっかー。なら俺の同僚はセリスさんか。変なこと聞いてごめんね。それと、俺は春日野白雪。好きなように呼んで。こちらこそよろしく」

白雪は一人納得し、これからよろしくと、右手を出した。

 

「はい。では、シロちゃんと、呼ばせてもらうわね?」

セリスは周りに花があるのではないかと思わせるほど、美しい笑顔をし、白雪の手を握った。

 

「え……?しろ、ちゃん…………?」

予想外の呼び名に、その場で固まってしまう白雪。対してセリスは、手を握ったまま笑顔で「はい」と、頷いていた。

 

「シロちゃんはーーちょっと……」

「えー?可愛いですよ?シロちゃん」

白雪が遠慮がちに、拒絶しようとするがセリスはもうその気でいた。

 

白雪は強くはないが、名前に対しコンプレックスを抱いている。それは、女っぽい名前だからだ。それに加え、白雪は小柄で、童顔だ。だからその分、名前にコンプレックスが存在する。しかも、よりによって『シロちゃん』などという更に女っぽいあだ名で呼ばれてしまい、白雪は頬を引きつらせていた。

 

「ダメ……ですか?」

少し寂しそうな顔で、白雪の顔を覗く。

 

「うっ……!で、でも……」

「シロちゃん。この名前、あなたに似合うと思います」

セリスは白雪の顔にぐいっと、迫る。そして白雪は逃げるように後ずさる。

 

「いや、俺としては普通に、白雪か、春日野って……」

「お願いします。シロちゃん」

もう既に『シロちゃん』呼びをされていて、もう無理だと悟った。

 

「…………わ、わかった。シロちゃんでいい。でも、なんでそんなにシロちゃんて呼びたがるの?」

白雪は疑問をぶつける。

 

「いえ、ただあなたにはこの呼び方がピッタリだと思ったので……」

「えっ? それだけ……?」

「ええ。 それだけですけど? ……あ、それとわたしはセリスって呼び捨てで大丈夫ですから」

 

それを聞いた白雪は、大きなため息をついた。

 

「大きなため息ですね。どうかしましたか?」

急にため息をついたこと白雪を心配そうに見つめる。

 

「ううん。大丈夫、なんでもない。ーーそれより、俺は今から寝るから、部屋のルールとかはまた後で決めよう」

「初めにも言ったけど、寝るのには早すぎると思うけど?」

「今日は朝早くから外に出ててね。だから、眠たくて仕方がないんだ」

そう言って、今度こそベッドへダイブする。

柔らかな布団が全身を包んでいく。気持ちがいいその感覚に、白雪が意識を手放そうとした。

 

しかし、それは叶わなかった。

 

なぜならーーー。

 

 

 

「セリスぅうう! わたし汚されたぁぁああ!!」

白雪の自室の扉がバンッ!と、大きな音を鳴らしたのと同時に、聞き覚えのある女性の鳴き声が部屋中に響いたからだ。

 

なにごと?と、まくらに埋めていた顔を横にズラす。見れば、白雪の高校初の友、黒鉄一輝の部屋に、下着姿でいた、今年主席入学のステラ・ヴァーミリオンだった。そのステラ・ヴァーミリオンは目に涙をため、セリスに抱きついていた。

 

「……本当になにごと?」

これが、今の現場を見た感想だった。この小さな寮部屋に、一国のお姫様が二人も揃っているのだ。呆気にとられても仕方がない。それだけではなく、十年に一人と言われる天才のAランク騎士が三人も揃っているのだ。もし、ここに学生の伐刀者がいれば、卒倒するレベルだろう。

 

「どうしたの? さっき大きな悲鳴が聞こえたけど……それに汚されたってどういうこと?」

抱きつかれているセリスも、今の状況は理解できていないらしい。

 

すると、ステラはセリスの豊かな胸に埋めていた顔を上げて言った。

 

「おとこが、男が……わ、わたしの肌を汚したの。下着姿をいやらしい目で、舐め回すようにじーっと見て! それに、もう一人の男にも! 銀髪で翠眼の男! 一瞬だったけど見られたの!」

 

それを聞いた白雪の身体はぴくっと動く。

(銀髪で翠眼……。それにステラ・ヴァーミリオンの下着を見た……。一輝は黒髪。つまり、俺のこと、だよな……………)

 

「銀髪で翠眼の男の子って、もしかしてシロちゃんのこと?」

「シロちゃん……?誰よそれ」

「わたしのルームメイトよ。ほら、そこのベッドで寝ている人」

セリスが顔を隠すように俯けに寝ている白雪に視線を向ける。そして、その視線を追うようにステラも顔をベッドの方へ向ける。

 

(寝たふり寝たふり! 寝たふりさえしておけばこの場はなんとかーーー)

しかし、そんな白雪の思考とは裏腹にステラ・ヴァーミリオンの紅の瞳は白雪をしっかりと捉えた。

 

そしてーーー

 

「あーーーっ!! こいつよ、こいつ! わたしの肌を汚したもう一人の男!!」

まったく無実の言いがかりに、白雪は抗議の声を上げかけたが、ここは寝たふりを続行する。

 

「うそ? シロちゃんがステラを?」

「そうなのよ……って、セリス、シロちゃんってだれ?」

「え? 今ステラが肌を汚したの一人って言った子よ。春日野白雪。白雪の白をとってシロちゃん」

「えっと……随分打ち解けているのね」

「ええ。小さいところが可愛くてね。シロちゃんってぴったりでしょ?」

話が少しズレ、怒りが収まりつつあるステラと、会話する会話するセリス。しかし、その会話の中に、セリスは白雪の触れてはならない部分に触れてしまった。

 

今あったばかりの人のことなどわかるはずがない。だが、そんなこと、白雪には関係ない。彼女の会話の中に、一番の禁句の言葉が入っていたからだ。

 

「俺のことを……小さい言うなぁぁああっっ!!」

「うわっ……!」

「ひゃっ……!」

寝てるフリをしていたが、布団を勢いよく剥がし、叫ぶ。寝ていると思っていたようで、突然大きな声が部屋に響くと、ビクッ!と、二人は身体を震わした。

 

白雪にとって、身長が低いことは一番のコンプレックスなのだ。そのため、『小さい』『チビ』といった、身長に関することを言われると、地獄耳の如く拾いあげる。

 

「え……? あ、あのー、シロちゃん?」

「セリス、今回は知らなかっただろうから別にいいけど、次俺の前で身長のことに触れたらーー」

「ふ、触れたら……?」

白雪はいつも半閉じ状態の細い目を、クワッと見開き、

 

「許さないから」

尋常じゃないプレッシャー。ぐんと部屋の温度が下がり、セリスは綺麗に整った顔を恐怖に引きつらせ、首を縦に振った。これにはセリスの近くにいたステラも、背筋が凍るような錯覚にとらわれ、恐怖を感じた。

 

激しく首を縦に降る中で、セリスはここに来る前に理事長に言われたことを思い出した。

 

(もしあいつが機嫌を悪くしたり、駄々をこねたりしたらこれを渡せ。そしたら大人しくなるから)

 

セリスは即座に理事長に渡された棒付きの飴をポケットから取り出す。

 

(ほ、本当にこんなもので機嫌が直るのかしら?)

セリスは半信半疑ながらも、これしか方法がないことをわかっているため、これに賭けた。

 

「ほ、ほらシロちゃん。この飴ちゃん欲しくなーい?」

なんとか普段通りの笑みに戻し、棒付き飴を白雪の前に恐る恐る差し出す。

 

さらに怒らせないよう、祈りながら。

しかし、セリスが怯えているのとは裏腹に、白雪の目はキラキラと輝いていた。

 

「うそ……? 飴玉で、機嫌が直ったの?」

それを見ていたステラは飴玉で百八十度機嫌が変わった白雪に、肌を汚したの男と言うのも忘れて驚愕していた。

 

新しい玩具をもらった子供のように目をキラキラとさせ飴を包んでいる紙袋を剥がす。そしてそれを口に咥えると、

 

「うまいッ!!」

と一声。それからはベッドに腰掛け、飴を舐めることだけに集中した。

 

「り、理事長さんに飴を貰っておいて正解ね」

「こいつ、一体何なのよ……」

 

飴一つで機嫌が直るAランク騎士。セリス・リーフェンシュタールと、ステラ・ヴァーミリオンは、よくわからないこの状況に、ため息を零すのだった。

 

 

 

 

 

理事長室。

 

その名の通り、理事長の部屋だ。しかし、今日は理事長である新宮寺黒乃以外に、《落第騎士》と呼ばれ、十年に一人の劣等生とも言われている白雪の友、黒鉄一輝。そして、十年に一人と言われるAランク騎士が三人も集まっていた。

 

何故、理事長にいるのか?という疑問があるだろう。それは、一輝が(白雪含む)ヴァーミリオン帝国のお姫様の下着姿を見てしまったからだ。それも、一輝は下着を見てしまったことに、フェアという事で、自分も服を脱いでしまったことも原因の一つである。

 

白雪は寮の扉を開いたとき、少しだけ目に入っただけだったのだが、見たことは見たでしょ?という、ステラの謎の威圧感に眠たい身体に鞭を打ち、ここまで来たのだ。

 

 

だが、ステラの怒りの矛先は全て一輝だけに向かっていて、正直白雪は来なくても良いのではないか?という状況だった。

 

理事長の黒乃の前で言い合いをする二人。それを楽しそうに見る黒乃。そして理事長室のドアの近くで待機している白雪とセリス。

 

特に白雪とセリスは完全に空気扱いだ。

どうしたものか?と、白雪が眠たい頭で考えていると、

 

「んぅもぉぉおぉ〜〜〜〜! アッタマに来た! いいわ。わかった。わかりました。やってやるわよその試合。でも、これだけアタシをバカにしたんだから、もう部屋のルールなんて小さなものじゃすまないわよ!負けたほうが買った方に一生服従! どんな屈辱的な命令にも犬のように従う下僕になるのよッ!」

話がついたようで、二人は模擬戦をすることになったそうだ。

 

これでこの件に関しては、一輝に任せて一件落着かと思いきや、

「おい、春日野、リーフェンシュタール。黒鉄とヴァーミリオンの試合が終わった後、お前たちも模擬戦してみるか?」

タバコを咥えながら、ニヤリと笑みを顔に浮かべた黒乃が、予想外のことを口にした。

 

「せ、絶対にーー」

「是非、さらせて下さい」

「ちょっ……!」

白雪は拒否しようと口を開いたが、それを遮ってセリスは肯定を示した。

 

「もともと、わたしはここ数日以内にシロちゃんに模擬戦を申し込む予定でしたから」

「なんで!? 俺が、模擬戦……? ヤダよ!」

だが、当然の如く白雪は断固拒否した。

しかし、それはわかっていたこと。だが、セリスはそれでも白雪にお願いする。

 

「お願い、シロちゃん。わたしと模擬戦をしてください」

セリスの態度が真剣みを増していた。ただ戦いだけというのとは違う、他に何か目的があるような感じがした。

 

だがーーー、

 

「………うーん。模擬戦なんてめんどくさいしー、それに俺には何のメリットもないしー………いや、待てよーーわかった。いいよ」

「ーーッ! ありがと「ただ、条件がある」う……? 条件?」

「うん」

白雪は頷くと、制服のポケットから棒のついた飴玉を取り出した。それはセリスに見せる。

 

「俺が勝ったら、この飴を一週間分買ってもらう!」

どんな条件を出されるのかと、構えていたセリスだが、白雪のだした条件に肩透かしを食らっていた。

 

実のところ、白雪は模擬戦などやりたくない。しかし、白雪のエネルギー源である飴のストックがもう底をつきかけていたのだ。初めは断ろうとしていた白雪だが、これは考えれば好機だったのだ。

 

「わかったわ。勝負を受けてくれてありがとう」

「別にお礼は言わなくていいよ。飴のためだし」

 

「ーーほう。これは驚いたな。お前が模擬戦を受けるなんて」

模擬戦を受けた白雪を黒乃が驚きの顔を浮かべて見ていた。

「いいや、本当なら絶対に受けない。俺は無駄なことはしない。出来ることなら今すぐ寮へ戻ってあったかいふわふわの布団に包まれて眠りたい」

「はぁー。お前のその怠け癖、なんとかならんのか」

「無理」

黒乃の言葉を即答で返す。

 

 

 

こうして、黒鉄一輝 対 ステラ・ヴァーミリオン。春日野白雪 対 セリス・リーフェンシュタールの模擬戦が決まった。

 

 



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episode.3

 

 

「ふー。これで良かったのか?」

「ええ。ありがとう、理事長さん」

話がまとまり、皆が解散した中。セリス・リーフェンシュタールは理事長室に残っていた。

 

「別にいいが、来国そうそう、日本のAランク騎士と戦いたいと言われたときはビックリしたぞ。お前は何故、春日野と戦いたいと思った?」

 

「ステラ以外のAランク騎士とは戦ったことがないの。だから戦って、今の自分の実了をしっかり把握しておきたいのーーー他にも理由はあるけど」

「……そうか」

何か含みのある言い方だが、黒乃は深く聞くことはない。

 

理事長室に、黒乃がタバコを吸う音だけが聞こえる。しばらく沈黙が続くかと思われたが、セリスが黒乃に尋ねた。

 

「理事長さん、一つ、聞いていいかしら?」

「なんだ?」

「どうしてあのような部屋割りを?わたしとステラが同じ部屋で、シロちゃんが黒鉄さんの部屋にしておけば、今回のような問題は起きなかったはずだけど?」

 

寮の部屋割りは、力の近いもの同士が同じになるようになっている。今年はAランク騎士が三人、入学するため、Aランク同士が同じ部屋になることは目に見えている。それならば、他国から来たお姫様二人を同じ部屋にして、もう一人のAランクは、ステラがいた部屋に割り振っていたら今回のような騒動にはならなかったはずだ。

 

「その事か……。それはお前たちに変化をもたらせる為だ」

「変化……?」

セリスはよくわからないといった風に首をかしげる。

 

「ああ、お前たちは昔から一緒にいたようだからな。部屋を別々にして、違う相手と会うことで新しい何かを掴むかもしれないと思った。今回の部屋割りで、お前にとっては特に、な」

「……なるほど。確かにそうね。聞く限りでは、彼は私にとって特に相性がよく、そして逆に相性最悪の相手ですからね」

セリスは確かにと頷きながら納得する。

 

しかし、

 

「本当にそれだけで?」

疑うような眼差し。ジト目で見つめられた黒乃はにやりと悪い笑みを隠そうともせず浮かべ言った。

「ーーーその方が、面白そうだからだ」

当たり前だと言わんばかりに言った黒乃を見て、セリスは呆れてしまう。

 

「………理事長さん。それ、絶対にステラには言わないでよ?」

これをステラが聞けば、今度こそ場所など関係なく暴れまわってしまうかもしれない。そうならないために、セリスは黒乃に釘をさす。

 

「わかっている。これを聞けばヴァーミリオンのやつ、この学園を無茶苦茶にしそうだからな」

タバコを灰皿に押さえつけて、消す。

それと同時に、含みのある笑みを作る。

「それにしても、随分と仲がよろしいようだな。春日野と」

「これから共に暮らす同士、仲が良くて悪いことはありませんから」

「くくくっ……! 仲良くか……。 あいつの扱いは面倒くさいぞ? 起こさない限り死人のように寝続けるは、面倒臭がって授業の演習にも出ない。

飴という餌を用意すれば大抵のことは言うことを聞くが、逆に言えば飴がなければあいつを言うことを利かすのは不可能に近い」

「そこまでですか……?」

 

「ああ。ただお菓子が好きなだけのガキンチョか、それとも、何か飴に特別な思いがあるのか」

「……前者な気がします」

理事長室へ来る前に飴を食べているのを思い出したノエルは苦笑し、答える。

「…………そうだな。でも、本当のところは本人にしかわからないがな」

黒乃も同じ考えなのか、呆れ半分苦笑といった複雑な顔を浮かべ、セリスに同意した。

 

もう解散という雰囲気が流れ出した頃。セリスは帰ろうと黒乃に一礼した。

 

「では、わたしはそろそろ戻ります」

「わかった。模擬戦の時間になったらあいつを叩き起こすか、なんらかの方法で連れてきてくれ」

あいつというのは、もちろん白雪のことだ。

 

「わかりました。それではーー」

 

理事長室のドアが静かに閉じる。理事長室内は、先ほどの喧騒がなくなり、静まり返っていた。

 

黒乃は椅子に深く腰掛け、セリスについて考えていた。

 

「セリス・リーフェンシュタール。お前がこれから相手をしようとしているのは常に眠り続けている“竜”だ」

ポツリと、セリスが出て行った扉に向かって呟く。

「お前が誤って寝ている竜を起こし、さらに逆鱗に触れないよう願っておく。“完全に目覚めた”春日野白雪は、世界最高の魔力を持つと言われている化け物、ステラ・ヴァーミリオンすらも超える怪物だからな」

黒乃の声は、寂しくこの広い空間に浸透していった。

 

 

 

 

「あーー。自分から提案しといてなんだけど、正直飴のためとはいえメンドクセー。しかも同じAランクが相手とか、接戦目に見えてるじゃん」

セリスがまだ理事長室に残っていた頃。白雪はベッドで寝転がり愚痴をこぼしていた。

 

「やっぱり、受けるんじゃなかったかなーー?」

「ハハハ。でも、模擬戦だけでよかったじゃないか。………僕なんか、負けた方は一生服従だよ?」

白雪の愚痴にそう返したのは、同じく模擬戦が決まっている黒鉄一輝だ。一輝の部屋は、今はステラ・ヴァーミリオンがいるため行くことができない。セリスは理事長と話があるとのことでしばらく戻ってこない。

 

一輝は模擬戦が始まるまで、白雪の部屋にお邪魔したのだ。

 

「確かにねー。一生服従は嫌だよね。多分、一輝が負けたときは、もうお外を歩けないようになるかもしれないね」

半分冗談で言ったこの言葉。しかし、一輝にとっては心をえぐるものだった。

 

「うっ……確かに」

「負けなければ問題ないでしょ。ーーどうせ一輝は、負けるつもりはないんだろう?」

身体を起こし、不敵な笑みで一輝を見る。

 

「うん。最弱が最強に、凡才が天才に勝つための努力はしてきたつもりだからね」

AランクとFランク、その差は絶望的だが、眼前の少年、黒鉄一輝はなんの憂いもなかった。

 

「俺は、適当にやっとくかなー」

再度ベッドに大の字に倒れる。

 

「白雪くん。それは、セリスさんに失礼だ。模擬戦をするからにはきちんと戦わないと」

一輝は真顔で、寝転ぶ白雪に注意する。

 

「うそうそ。さすがに模擬戦とはいえ戦いで手なんか抜かないよ」

 

「はぁ、まったく白雪くんは」

いつも通り、平常運転の白雪を見て、何を言っても聞かないことはわかった一輝は苦笑するしかなかった。

 

「けど、白雪くんって本当飴が好きだよね」

「………」

 

一輝の何気なく言ったその言葉を聞いた白雪は、舐めるために手に持っていた飴の動きを止めた。さらに、さっきまでと違い雰囲気も変わるのを一輝は感じ取った。

 

 

「……白雪くん?」

「……んっ? あ、ごめん。飴のことね。好きだよ、甘くて美味しいからね」

どこか取り繕った感じの返答だが、白雪の雰囲気を感じ取っていた一輝は、この話題は触れてはならないものと理解し、追求することはしなかった。

 

そのかわり、一輝はおもむろに立ち上がると、

 

「僕はこれからの模擬戦に向けて少し身体を動かしてくるよ」

一輝はそれだけ言うと、白雪の部屋を出て行った。

 

「はぁ……、気遣わせたちゃったな〜。…………ま、今はこれからの戦いに備えて一眠りしますかね」

一輝には内心で感謝しつつ、白雪は布団に丸々ようにして眠るのだった。

 

 

 

 

「ん……、ふぁ……。あれ?ここどこだ?」

ーー自分は確か、自室にいたはず。

そう、白雪は一輝と寮の部屋で話していたはずだ。しかし、目覚めた白雪の前には、見知らぬ天井が大きく広がっていた。

 

「あ、やっと起きてくれた」

見知らぬ場所で目覚めたことに、困惑していると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「セリス……?」

 

白雪に声をかけたのはセリスだった。そして、遅れて、周りから人のざわめきと、何か金属同士が激しくぶつかり合う音が耳に届いた。

 

そちらに顔を向けると、ドーム型闘技場の真ん中で、《落第騎士》こと黒鉄一輝と、《紅蓮の皇女》と呼ばれているステラ・ヴァーミリオンが己のデバイスを顕現させ、剣技を繰り広げていた。周りのざわめきは、この戦いを見に来た破軍学園の生徒たちのものだった。

 

「あれ? もう模擬戦の開始時間?」

寝ていたため、時間を把握できていない白雪は戸惑いの声を上げた。そして、それに答えたのは、当然のごとくセリスだ。

 

「ええ。少し前にね。だからシロちゃんをここまで連れてきたの。なかなか起きてくれなかったからね」

白雪は身長が低い分、体重も軽い。それに、Aランクならば相手が相撲取りのような体重の人でも軽々持ち上げられる。白雪など重いとすら感じなかっただろう。

 

「えっと、それはありがとう。俺、なかなか起きないからさ」

「もう、自分で起きれるようにならなきゃダメよ?」

セリスは、優しく微笑みながら白雪のおでこに人差し指をつん、と当てる。

 

(んー。セリスって、お姉ちゃんみたいな感じだよな〜)

これは初めて会った時から感じていたこと。自分と同い年だが、その佇まいから年上に感じてしまう。今のような微笑みや、仕草は姉そのもののように見えた。

 

「ねぇ、セリスって妹か弟っている?」

「え? どうしたの、急に」

突然の問いに、セリスが不思議そうに聞き返してくる。

 

「だって、セリスってめっちゃお姉ちゃん、って感じがするから。妹か弟でもいるのかなって」

それを聞いたセリスは目を丸くして驚いていた。何に驚いているのか分からず、白雪はつい首を傾げてしまう。

 

「えっと……、セリス……?」

「あっ、ごめんね。まさかそんな事言われるとは思ってなくて、驚いちゃって」

白雪は、気にしないとばかりに首を振る。

 

「さっきの質問のことだけど、シロちゃんの考え通り、わたしには妹が二人いるの。二人ともわたしにべったりで、いつもわたしが面倒を見ていたの。シロちゃんが感じたのはこのことだと思うわ」

「なるほど〜。ありがとう、セリス」

セリスにお礼を言うと、勢いが増し、激しく打ち合っている模擬戦に目を向けた。

 

そのとき、ちょうど一輝がステラに固有霊装(デバイス)を振り下ろしている瞬間だった。

 

 

『決まったの!?』

『完璧に打ち下ろしが入った。……こりゃもう、決まりだろう』

『うそだろ……Aランクのステラさんが、こんな』

『油断していたんでしょう。それ以外ありえない……』

 

見物客たちは、もう勝負がついたと結論ずけている。

 

しかし、

 

「あいつら阿保だな。あんなのでAランクが負けるなんてあり得ないだろうに」

「そうね。伐刀者の総魔力量は努力云々で伸ばせるものではない。彼がいくら剣技に秀でてようと、Fランクの魔力ではAランクの、ステラの魔力のバリアは突破できない。彼の剣技には本当に驚かされたけど、もう終わり見たいね」

セリスの視線を追うと、ステラが伐刀絶技を発動させていた。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔ーーーーー『天壌を焦がす竜王の焔』(カルサリティオ・サラマンドラ)!」

百メートルを超える光の刃。ありとあらゆるものモノの存在を許さない滅死の極光。これぞAランク騎士《紅蓮の皇女》が誇る最強の伐刀絶技。まさに絶体絶命、万事休す。

 

だが、

 

「そう結論ずけるのは少し早いと思うよ」

「…………どうしてかしら?」

魔力量が絶対的に足りない。それは今の攻撃でわかった。そして、一輝がステラに傷をつけることができないということも。

 

にもかかわらず、それはどうかと言った白雪に、セリスは怪訝そうに尋ねた。

 

「魔力量が圧倒的に足りない。確かにそれは伐刀者にとって致命的だよ。それが常識なのだから。でも、何事にも非常識、又は例外というものは存在する」

 

そう、何事にも例外はつきものだ。当たり前の常識を覆す非常識が。そして、それは白雪自身、味わったことなのだ。それも今絶体絶命のピンチに立っているFランク騎士、黒鉄一輝にだ。

 

一度だけ白雪は一輝と模擬戦をしたことがある。そのときに見せた一輝の伐刀絶技。FランクがAランクに勝てないという常識を、道理を、覆す修羅の技……!

 

「僕の最弱(さいきょう)を以って、君の最強を打ち破るーーー! 《一刀修羅》!」

 

一分間で自分の全てを使い切る。一輝が修羅となり最強の一分間を手に入れる、道理を打ち破る。

 

身体能力が、数倍から数十倍に跳ね上がったことで、人間が捉えられるスピードを遥かに凌駕したのだ。

 

 

そして、一輝がその驚異的速度でステラの懐深くに踏み込み、

 

ーーーー全てが決まった。

 

ザン、と。

防御も悲鳴ですら追いつかない速度の中で、ステラは一輝の固有霊装(デバイス)《陰鉄》の一閃をその身に受け、その場に崩れ落ちた。

 

《一刀修羅》はその名の通り、一刀のもとに《紅蓮の皇女》を下した。

 

「そこまで! 勝者、黒鉄一輝ッ」

白雪は気づいていなかったが、レフェリーの黒乃が勝者の名を告げた。その場にいた生徒たちが、目の前で起こったあまりにも予想外な結末に、ただ言葉を失い、佇む《落第騎士》の姿を見つめていた。

 

 

 

「……うそ…………」

ステラが負けたということに一番驚いているのは、彼女のことをよく知るセリスだろう。

幼い頃から共に歩み続けた二人。お互いの実力は知っている。知っているからこそ、《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンが負けたことが信じられなかったのだ。

 

「ほらな?結論ずけるにはまだ早いって言ったっしょ?」

 

白雪は最初から一輝が勝つと予想していた。いや、一度あの力を目の当たりにした白雪は勝つと、確信していた。結果は、白雪が読んでいた通りだ。

 

「ええ……、でも、本当に信じられないわ」

「ま、それはそうでしょ。なんたって、FランクがAランクに勝ったんだから」

一輝とステラが、担架で運ばれていく様子を生徒たちは未だ信じられない目で一輝を見ていた。皆、信じられないのだ。だが、それは仕方がないこと、自分の常識を破られれば誰だって信じられないし、信じたくないものだ。

 

「おい。春日野、リーフェンシュタール。次はお前たちだ。早く用意をしろ」

模擬戦が終わったことで、観客席でゴロンと寝転がっていた白雪に、いつものようにタバコ加えた黒乃が二人を呼んだ。

 

「……本当にやらないとダメなの?」

「ここまで来て駄々をこねるな。それに、勝負を受けないと買ってもらえんぞ?」

「うーい。わかりました」

「ん? やけに素直だな」

模擬戦と聞いたときはあれほど駄々をこねていたのに、今は素直なことに黒乃は驚いていた。

「ううん。別に。ただ」

「ただ?」

「一週間の飴の為」

「やはりそれか……」

予想通りというか、やはり不純な理由での模擬戦参加。そのことに黒乃は頭に手を当てため息をついた。

 

「まあいい。やる気があるなら結構」

二人が、距離をあけ、互いに向き合いった間に黒乃が入る。

 

『おい! 次はAランク同士の戦いだぞッ!』

『それも、『氷雪の覇者』と『水明の姫』がだ!』

『それにしても『水明の姫』のセリスさん。ステラさんと同じでスタイル良すぎ!』

『ああ、あの胸に顔を埋めてめてみたい!』

『セリスさんの金髪きれー。でも、それは春日野くんの銀髪も同じ。それに春日野くん見てたらどうしても守ってあげたくなるのよ。母性本能がくすぐられるわ』

さっきまで静まり返っていた生徒たちだが、次に始まる模擬戦に一輝 対 ステラのとき以上に盛り上がっていた。

 

(ん〜。まじで、『氷雪の覇者』ってやめてくれないかな。聞いてるだけで超恥ずかしい……)

 

『氷雪の覇者』。それが白雪が呼ばれている名だ。しかし、白雪は厨二病臭くて嫌っている。とくに、『覇者』という部分にだ。

 

だが、これは諦めるしかない。

初めて出場した小学生の世界大会で、圧倒的な実力で優勝してしまったが故だ。

実際は名誉なことなのだが、やはりいつの時代も厨二ちっくな名前は恥ずかしいものなのだ。

 

ちなみち、白雪が優勝する2年前に日本でもう一人のAランク騎士が優勝したのだが、世間ではどっちが強いのかと、当時は話題になっていた。

 

 

 

「それではこれより、二回目の模擬戦を始める。双方、固有霊装(デバイス)を《幻想形態》で展開しろ」

 

《幻想形態》。これは人間に対してのみ、物理的なダメージを与えず、体力を直接削り取る形態だ。

 

「おいでー、《氷輪丸》」

白雪の気の抜けるような声で固有霊装(デバイス)、《氷輪丸》を顕現させる。

それは少し長い鞘にしまった刀。しかし、身長が低い白雪が持つと、見た目より長く感じてしまう。

 

「鞘があるなんて、珍しいのね」

魔力で作られるもの。鞘などなく、武器だけを顕現させるはずだ。

 

「ん〜、まあね」

伸びた返事をしながら、鞘から刀を抜く。

 

そしてーーーー、

 

 

「打てーー『皇鮫后』(ティブロン)」

瞬間、大量の水が渦巻き、二枚貝状の波がセリスの姿を包みこんだ。

 

「おおー、なんかスゲェー」

今から戦う相手のはずだが、白雪は他人事のように見ていた。

 

そして、今まで彼女を包み隠していた水が、綺麗に“真っ二つに割れた”。その中からセリスは悠然と現れた。

 

彼女の固有霊装(デバイス)、《皇鮫后》は鮫を思わせるほどの巨大な剣だった。

 

さっきの戦いで見た、《紅蓮の皇女》の固有霊装(デバイス)、《妃竜の罪剣》(レーヴァテイン)は十分に大きな大剣だった。しかし、彼女が持つのは、さらに巨大で、《妃竜の罪剣》を遥かに上回っていた。

 

『おいおい、デカすぎないか? あの固有霊装(デバイス)』

『あんなもの持って動けるのかよ……』

『自分の身長ぐらいあるぜ?』

観客席から大きすぎる固有霊装(デバイス)を見て、動けるのか心配の声が上がっていた。

 

「あなたは、何も言わないのね?」

ふいに、セリスから声がかかる。

「別に、聞くのが面倒くさいし、それにAランクとまで呼ばれているんだから動けなくて戦えないなんてことはありえない。 ……ま、俺的にはそっちの方が助かるけど」

 

何があってもブレない白雪に、苦笑を覚えた。

 

お互いが固有霊装(デバイス)を構え合う。準備が整ったと判断したのか黒乃が、声を張り上げる。

 

「よし。………では、試合開始!」

こうして、稀にしか見ることができない天才騎士同士の戦いの幕が斬って落とされた。

 

 

 




いつか番外編で一輝vs白雪をできたらやってみたいと思っていたりする。



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episode.4

 

 

破軍学園の理事長、新宮寺黒乃の合図で模擬戦が開始された。

 

 

はずなのだが…………。

 

 

『どっちとも動かないぞ?』

『どうなってんだ?もしかしてセリスさんの方、あの大っきな固有霊装(デバイス)で動けないんじゃないか?』

『春日野くんもまったく動かないしね』

『Aランク同士の戦いって、もっと派手だと思ってたのに……』

 

観客席から落胆の声が上がる。白雪たちの前の模擬戦は派手なものだったため、余計にこの戦いに期待感を寄せていた分、何も起きない状況にショックを受けているのだろう。

 

「…………」

セリスは構えたまま動かない白雪を最大限に警戒しながら観察していた。彼の一挙一動を見逃さないように、どんな攻撃が来ても対処できるように。

 

(ただ構えているだけに見えて全く隙が見当たらない……! でも……)

 

しかし、模擬戦が始まって暫く、痺れを切らして先に攻撃に出たのはセリスだった。

 

「ハァァアアア!!」

セリスは巨大な剣の重さを感じさせない速さで白雪に詰め寄り、水纏う鮫の大剣を振り下ろす。

一見、巨大な剣を力任せに振っているように見えるが、実際は恐ろしく鋭い。

 

それを前に白雪は、始まりと同様動かない。

《皇鮫后》が白雪に当たるという寸前で、初めて動く。

 

《氷輪丸》の刀身を斜めにずらし、 《皇鮫后》をずらした刀身で滑らすようにいなす。

 

「ッ!?」

ただなんともない一つの動作だけで躱されたことにセリスは目を見張る。

 

いなされた《皇鮫后》は地面に叩き付けられた。

 

瞬間ーー、

 

ずおんっ、と白雪たちが戦っている第三訓練場そのものが激震した。

 

「うわ……」

そう、思わず言葉を漏らした白雪は悪くないだろう。

 

「何よ、 シロちゃんだってこのくらいできるでしょう?」

「いや、簡単には無理だよ……」

何を当たり前のように言っているのだろう。白雪が呆れたような視線を向けると。

 

「そうかしら? ステラだってさっきの模擬戦でガンガンここ揺らしてたわよ?」

「…………」

白雪は、もう何も言うまいと口を閉じ静かに追撃に備え構えた。

 

それが合図かのようにセリスが《皇鮫后》を振る。上下右左と、あらゆる場所からの連撃。その一撃一撃が第三訓練場を大きく揺らすほどに重い。

 

(これ、ステラちゃんもガンガン揺らしてたっていうのはうそじゃないね)

その全てをいなしている白雪は内心でその馬鹿げた力に呆れたながらも納得していた。

 

「シロちゃんは攻めてこないの? このままじゃ、わたしに勝てないわよ?」

真正面に振り下ろされた《皇鮫后》を《氷輪丸》で受け止める。そしてつばぜり合いになったところで、セリスがそう口にする。

 

「ん〜。そうは言われても、小学生のときから今までずっとこれだったしな」

白雪は眉を顰め、困惑気味に答えた。

 

「あら、ならいつもはどうやって勝ってるの? シロちゃん、その様子だと攻撃なんてしなさそうだけど……っ」

《皇鮫后》に力を加え、押し潰そうとしながらも再度疑問を浮かべ白雪に尋ねる。

 

「どうやってって、今の通りにずっと防いでたら、何故か相手が勝手に降参していった」

「………」

途端、セリスの顔がなんとも言えないような表情を浮かべた。それと同時に、重くのしかかっていた《皇鮫后》の力がほんの少し弱まったのを感じた。

 

「よっ……と」

「え? ーーきゃっ!」

その隙に、白雪は軽く《皇鮫后》を押し返す。無意識のうちに力が弱まっていたのだろう。お押し返されたセリスは可愛い悲鳴をあげて、何歩か後ろへ下がる。

 

「もう、いきなり酷いわね」

セリスが頬を膨らませ不満げに言った。

その様子が、白雪は可愛いと思ってしまったのだが、それは内緒である。

 

「それにしても、みんながみんな降参、ねぇ。シロちゃんはなにか心当たりとかないの?」

「ないーーーあー、でも一つ訂正。あのときは相手が攻撃してきても俺は何もしなせず、ただ突っ立ってただけだった」

「何もせず突っ立ってただけ? 今みたいに受け流していたわけではなくて?」

「うん。必殺技とか言って攻撃してきたけど、俺に傷一つも作れそうになかったから」

「…………」

白雪がそう言うと、セリスは何故か急に白雪を見る目が冷たいものに変わっていた。白雪は何故急に冷たい目で見られているのかわからなかった。自分の発言の中に気に障ることでも言ったのだろうか? と白雪は必死に頭をひねるが、ついぞ答えが出てくることはなかった。

 

「……シロちゃん、それよ」

「ん? どれ?」

「はぁ……。その“必殺技を受けて無傷だった”って所よ」

呆れと、出たため息とともに、セリスは指摘する。

 

「なんでそんなことだけで?」

それが、訳を聞いた白雪の感想だった。

 

「それだけのことじゃないわよ。あのねシロちゃん。自分の自信のある最大の技が、防がれたわけでも避けられたわけでもなく、突っ立ってただけの相手に傷をつけられなかったって、余程のショックなのよ?」

「そうかな〜? 俺に傷をつけたやついたけどなぁ」

 

「それはいるでしょうよ。でもね、最大の技を使っても無傷だったていうのはもしわたしだったとしてもショツクよ。ましてや小学生なんだから、自信が打ち砕かれ、心が折れちゃうわよーーーーー」

 

セリスの瞳が哀れみの色が濃く浮かぶ。それは今まで白雪と戦ってきたものに対してなのか。

 

「ーーー日本に向かうときお父様が言っていた『伐刀者殺し』ってもしかしてシロちゃんのことじゃないのかしら」

ふと、セリスが小さく、自分にしか聞こえない程度で呟く。

 

それは、セリスが日本に発つとき父親から言われた言葉だった。

 

「『伐刀者殺し』に気をつけろ」と。

それを聞いたそのときは物騒だとそのとき思う反面、出てきたら返り討ちにしてやろうと、そこまで警戒するようなことはなかった。

 

しかし、

 

(なるほど、物理的に伐刀者を殺したのではなく、精神的に殺していたってわけね。しかも無意識で……)

 

運悪く白雪と当たり、心を折られていった者たちをセリスは本気哀れを感じてしまった。

 

 

それよりもーーー。

 

「いい加減、再開しないといけないわね。…………シロちゃん、ここからが“本番”よ。攻撃するつもりないなら、今からシロちゃんはわたしに潰されるだけ」

雰囲気がガラリと変わる。肌に刺すようなピリピリ感が、第三訓練場に充満する。

「攻撃するつもりはない訳ではないんだけどね。ただ、今まで俺から動く必要がなかっただけで」

白雪とセリスは少し話しすぎたと言わんばかりにお互いが構え直す。もうお喋りは不要、ここからは剣で、固有霊装(デバイス)で語ろうと。

 

 

そして、またも仕掛けるのは当然、セリスからだ。白雪が自分から攻撃を仕掛けないスタイルで戦っているならセリスから始めなければならない。

 

生半可な攻撃では通用しないと、理解したセリスはいなすことなどできないほどの威力で潰しにかかった。

 

魔力で動く速度を上げたことで更に力が増す。

 

それから功を描くように振り下ろされる《皇鮫后》は、霞んで見える程。

 

「ッ……!」

今までのようにいなしてかわすのは不可能と判断した白雪は即座に違う回避行動に出る。

 

いなすまでは同じ動作だ。しかし、刀身同士がぶつかりあった瞬間、白雪は横へ吹っ飛んだ。

 

一見、周りからは白雪が吹き飛ばされたように見えるが現実は違う。セリスの威力を利用して“白雪自らが横に飛んだのだ”。

 

「まだよ、シロちゃんっ!」

それを理解しているセリスは魔力をエンジンのように蒸し、急速に接近、追撃する。

 

『は、速すぎだろ……!』

『目で追えねぇーぞっ!』

『ってかこれ、もう大きな地震じゃないか……!』

『ただの斬り合いだけでここまで激しいなんて……』

観客席からそんな声も聞こえるが、白雪は息つく暇もなく激しい攻防に見舞われていた。《氷輪丸》と《皇鮫后》が合わせるごとに、今までと比較できないほどの“激震”が起こっている。

 

中にはその激しさに耐えきれずに、耳を抑える者、すぐにここから出て行く者、そしてこの戦いを見逃さないとしっかりと両目を開き観察するように見ているものいた。

 

「まさか、シロちゃんがここまで打ち合えるなんて……」

「いっただろ? 今までは俺から動く必要はなかっただけって」

 

徐々にお互いのスピードが、剣を振る軌道が速くなる。

 

固有霊装(デバイス)が空を切る音、金属同士が激しくぶつかり合う音。

 

まだお互いに異能を使わずにこの迫力、この威力。まさにAランク騎士、規格外の化け物通しの戦いだった。

 

他の有象無象などの介入は許さない、否、許されない。

 

自分たちとは立っている次元が違う。そう、見に来ていた生徒たちの心に深く刻み込み、心を折る模擬戦となっていた。

無意識とはいえ『伐刀者殺し』の異名は健在だった。

 

 

「このままじゃ、拉致があかないな……」

決着がつかない。それはセリスも同意見だった。

 

故に、今のままではいけない。

 

セリスは一旦距離を取る。展開のない硬直したこの状態を動かすために。

 

《皇鮫后》の切っ先をを白雪に向けて構える。

 

すると《皇鮫后》が黄色にメラメラと輝き始める。

その輝きは人を魅了する美しくさを放っているが、白雪は最大限警戒していた。

 

(あの黄色に光るもの、綺麗に見えるけどあれは魔力だ。それも《皇鮫后》に凝縮された魔力の塊……さて、どんな技なのかな)

 

「波蒼砲(オーラ・アズール)」

そして、技の名前が口から紡がれた。

と同時に、凝縮された魔力が放たれる。

 

「ーーーーく、はっ……!」

放たれた魔力は、予想もしない速度で白雪を貫いた。

 

貫かれた勢いで、白雪は後方の壁まで吹き飛ばされた。耳を叩くような衝突音とともに土煙が上がる。

 

(っ〜〜〜〜! 今のはモロにくらっちゃったな。さすがに効いた〜。……けどこれが幻想形態の模擬戦でよかった)

白雪はゆっくりと立ち上がりながら、強くそう思った。

 

(波蒼砲(オーラ・アズール)……。もしあれを実戦でくらっていたらと思うと…………ッ!)

 

ゾクッ!

 

と、そこまで考えたところで白雪の背中に悪寒が走った。もしこれが実戦ならば、間違いなく今の一撃で白雪は致命傷を負っていただろう。

 

(これは俺も真面目に攻めていかないとジリ貧だな…………しかたない、腹をくくろうかな)

 

白雪は周囲を漂う土煙を、《氷輪丸》で払う。土煙が斬り裂かれ、視界がはっきりとする。

 

土煙が晴れ、まず初めに視界に入ったのは、再度、同じ技を構えたセリスの姿だった。

 

「波蒼砲(オーラ・アズール)」

白雪を吹き飛ばした凝縮された魔力が空間を切るように一直線に進む。

 

放たれた後で構えても間に合わない高速の攻撃。それはなんの狂いもなく白雪へと“当たるはずだった”。

 

しかしーーー

 

「二度も同じ技にやられるつもりはないよ」

白雪が呟いた瞬間。白雪の周りからは冷気が溢れ出し、ちょうど額のあたりで波蒼砲(オーラ・アズール)が“氷った”。

「ッーーーー!?」

 

なんの動作もなしに自分の攻撃を氷らされ、セリスの顔は驚きに染まった。

 

「行くよ、セリス。次は俺からだ」

そう言うと、セリスが答える暇もなく白雪は行動する。

 

「霜天に坐せーーーーーーー」

その解号ともに、空気中にある水分が凍り、渦巻くようにして白雪の周りに集まってくる。それは、巨大な氷の竜となる。

 

 

「氷輪丸っ!」

刀をセリスへ向けて振る。刀身から放たれた氷の竜が、セリスに牙を剥いて襲いかかった。

 

セリスは驚きから我に返り、波蒼砲(オーラ・アズール)で迎え撃つが、氷輪丸へたどり着く前に、氷輪丸の放つ冷気によって氷らされていく。

 

「う、そ……」

うめき声に似た腹の底から絞り出すような声を上げる。

 

 

氷輪丸は加速しながら、セリスのいる地へ激突し、そのままの形で氷柱になった。

 

その氷柱の中にはセリスが固まり、閉じ込められていた。

 

『うおぉおお! さみぃーー!!』

『ぎゃぁぁぁあああ! 俺の腕、腕が氷ったぁぁッ!!』

『落ち着けっ! 見ろ! お前の隣のやつなんて、半身氷ってるぞ!』

 

(あー、注意するの忘れてたなぁ)

観客席から届く悲鳴のようなものを聞いた白雪は声をあげて生徒たちへ言った。

 

「言い忘れてたけど、俺の氷は観客席ごと巻き込むから、自分の身は自分で守ってね〜。もし無理ならこの場所から出て行くことをお勧めするよ」

 

『それを早く言えやぁああ!』

『こっちなんて何故わからんが下半身だけ氷ってんねんぞ!!』

 

「下半身だけ氷ってる……プッ」

 

『あいつ、人が氷ってるのに笑いやがった……』

『鬼や、悪魔や……違う、妖怪や。雪女や』

『やばいよ。このままここにいたら私たちセリスさんのように氷柱の中に凍らされちゃうよ……』

白雪は誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、どうやら生徒たちはしっかりと拾い上げていたようだ。

 

だがしかし、今の声の中に聞き捨てならないものが混じっていた。

 

ーーーー雪女、だと……?

 

「誰が雪女だぁ! それなら俺は雪“男”だろ!?」

男の部分を強く強調するように叫ぶ。白雪の怒気のこもった声を聞いた生徒たちは、怯えて、第三訓練場を出て行った。

 

と言うけども、実際、彼ら彼女らはこのままこの場に留まり続けていたならば、間違いなく氷漬けにされていたであろう者たちだ。結果的には出て行って正解だ。

 

「ったく……、ん?」

生徒たちはが完全に出て行った頃、氷輪丸によって氷漬けにされているセリスの氷柱にヒビが入る。

 

そのヒビは徐々に広がり始め、バリンッ! と砕け散った。

 

「はぁ……はぁ、はぁ……『氷雪の覇者』、って言われるぐらいだから……はぁ、氷を使うのはわかっていたけど、いきなりあんな技を使ってくるなんて……!」

肩で息を乱しながら、地面に散らばっている氷の破片をシャンシャンと音を鳴らしセリスは歩く。

 

「それはお互い様だよ。俺だって急にあんな早いの飛んでくるなんて思いもよらなかったし」

「はぁ……、はぁ、それに、何よそれ……固有霊装(デバイス)が変わるなんて聞いたことないわよ……」

セリスが見つめる先、それは白雪の固有霊装。白雪の固有霊装(デバイス)である《氷輪丸》は珍しく鞘のある長い刀だった。しかし、今持っている《氷輪丸》の柄尻の部分には、初めにはなかった鎖が伸びていた。その鎖は三日月型の刃物が付いていて、それはさながら龍の尾のようにに見える。

 

「まぁ、これは俺の固有霊装(デバイス)が特別なだけだから、気にしないで」

長く、地面まで伸びている鎖を手に巻く。

 

「気にするわよ。見たこともない現象が目の前で起きれば……」

「まぁ、それもそうだね……でも、自分の手の内は簡単には明かせないよ」

「それもそうね。……なら、力尽くで聴かせてもらうわ!」

覇気のある声あげると同時に、セリスのもつ《皇鮫后》から膨大な量の水がうまれた。

 

ここに来て、セリスの言う“本気”という意味に触れた。つまりは、『能力を主に使った戦い』。

 

そして、これから本当の意味でAランク騎士の化物同士がぶつかることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode.5

どうしてこんなに伸びてしまった……。


あと、タグ追加しました。


「戦雫(ラ・ゴータ)」

セリスの持つ《皇鮫后》から、幾つもの水の塊が槍のように形を変え、波蒼砲(オーラ・アズール)と同等の速度で白雪の心臓を穿たんとする。

 

「ーーーフッ!」

《氷輪丸》を横薙ぎに振る。後を追うように冷気が白雪の視界を塞ぐように発生する。

 

が、直後。

 

その冷気が一瞬にして氷に変わる。

氷は盾となり、セリスの攻撃から守る。

高く氷ができたため、お互い視線から相手を捉えられなくなる。

 

「そんな盾、まとめて破壊してあげるわ」

セリスの言葉通りに、水の槍は容易く氷の盾を貫通し破壊する。

 

「チッーー! 氷輪丸!」

氷輪丸は水の槍もろとも飲み込み、セリスの周りの水を凍らしながら進む。水が凍らされたところで、何かしらの回避行動をとると踏んでいた白雪だが、その思惑とは逆にその場にとどまっていた。

 

だがすぐにセリスは《皇鮫后》を氷輪丸へ向けて構える。

 

(波蒼砲でも戦雫でも氷輪丸を砕くことはできない。……何を考えている?)

その様子に白雪は訝しむ。だが、次の瞬間。白雪の顔は驚愕に変わる。

 

「ーー灼海流(イルビエンド)」

《皇鮫后》から熱気が放たれる。

 

 

ーー刹那。

 

 

「…………まじですか」

 

《皇鮫后》によって、氷輪丸が綺麗な真っ二つのように溶け、水へと形を変えた。

まさか氷輪丸が二度目で攻略されるとは思いもしなかった白雪に動揺が走る。

だが直後。ある疑問が一つ頭に浮上した。

 

(何故俺が最初に放った氷輪丸を溶かさなかった? 今の技なら、初見でも氷輪丸を防ぐことはできたはず)

 

しかし、その疑問を深く考える時間もなく次の攻撃が白雪を襲う。

 

大量の水が、白雪を囲むように流れる。

 

そしてそれは、白雪へと吸い込まれるように渦を巻いて、水柱を作る。

 

激しく竜巻のように上がる水柱の中心にいる白雪はタダでは済まないだろう。

見学していた生徒たちは皆、そう思っていた。

 

だがセリスはこの程度ではダメージを負わすことも難しい考えていた。それどころか、すぐに出てくるだろうと、予想していた。

 

何せ相手は自分と同じAランク騎士なのだ。その存在がどれだけデタラメなのかセリスはよく理解している。

 

セリスが見つめる中、水柱がそのままの形を保ったまま凍りついた。

と同時に凍った水柱にヒビが入り始め、それが徐々に広がり、ガラスが割れたような高い音をたてて崩れ去った。

 

「やっぱりね……」

 

セリスは予想通り何事もなく普通に出てきた白雪に対しそう呟いた。

 

「ふぅ。なんとか抜け出したが、お互いの能力的にこれ、決着つけれるのか?」

一方白雪は互いの能力を考えて、決着は難しいのでは?と考え初めていた。

 

(セリスは氷を水に変えることが出来るようだし、かと言ってセリスの水の攻撃は全て俺には通用しないし……)

氷と水。それは相性が最高に見えてお互い最悪の組み合わせ。自分の攻撃は通用しないが、相手の攻撃も自分に通用しない。

(“あれ”を使うしかないのかな……)

 

「ま、ここで悩んでも仕方がないかな」

悩むより行動。

白雪は《氷輪丸》を振る。

 

「氷輪丸!」

刀身から氷の竜が放たれる。氷輪丸はなんの迷いもなくセリスに牙を剥く。

 

セリスは《皇鮫后》を構え、灼海流(イルビエンド)で氷輪丸を相殺しようとした。

 

「ーーーっ!?」

が、それは失敗に終わる。

それは、いま、セリスの目の前に広がる光景が原因である。

 

セリスの目に映るその光景。

それは、八体もの氷輪丸が全方位からセリスを狙っていたからだ。

 

「この数は……対処しきれないかな……?」

そう悲観的に呟いたセリスだが、顔にはまだ余裕がある。

 

「断瀑(カスケーダ)」

高圧力の激流が氷輪丸を襲う。

それは正面にある氷輪丸三体を粉砕するには十分な威力を誇っていた。

 

次にセリスは水を触手のように操り、右側から迫る二体の氷輪丸を叩き潰した。

そして、最後に残った三体。

セリスは《皇鮫后》を振り上げ、

 

「シロちゃん、一つ言っておくわ。……氷の竜をなんて、鮫の一撃で沈むーートライデント!」

振り下ろしたセリスの《皇鮫后》から霧状の斬撃が三筋放たれる。

 

その全てが残りの氷輪丸と接触し、パリンッ! と、高い音を響かせ、相殺された。

 

だが、白雪は全てを潰されたというのに動揺一つもしない。逆に笑みを浮かべていた。

 

「さすが、でも……まだ終わりじゃないよ」

 

刹那。

 

「九体目……!?」

 

セリスを襲ったのは全て粉々に粉砕したと思っていた氷輪丸だった。

 

「くっ……! 氷輪丸は全て破壊したはずだけど……」

ギリギリ灼海流(イルビエンド)が間に合い、氷輪丸を水に変え回避することに成功した。

 

「もらったよーー!」

「させないーーーーえっ?」

白雪はセリスが氷輪丸に気を取られている隙に、背後へと回りこみ斬りかかった。すかさずセリスは反応し、右足を軸に回転しながら《皇鮫后》を背後へと 振り抜こうとした。

 

しかし、《皇鮫后》を持った腕が動かないことに気づく。そして、そこで初めて自分の状況を把握した。

 

「私の腕が凍ってる!? それにこの鎖は……いつの間に……!」

 

セリスの腕には氷輪丸の柄尻から伸びる鎖が巻きついていた。腕が凍ったのもその鎖が原因だろう。

 

しかし、そこまで深く思考にふけっている時間はなかった。自分へと迫り来る《氷輪丸》の刃が目に入ったからだ。

 

だが、今更気づいたところで眼前まで迫っている刃からは逃れるのは限りなく難しいだろう。さらにそれだけではなく、セリスは気づかぬうちに足までも凍らされていた。これで、回避は不可能なものとなった。

 

「ーーーフッ!」

白雪は容赦なく鋭い一撃を肩からバッサリと斬りおろした。刃がセリスを斬ると、後を遅れてセリスの身体を氷が支配した。

 

「くっ……! 灼海流(イルビエンド)」

白雪は氷に支配されたセリスに、追撃を仕掛けようとした。だが、一瞬先にセリスが氷を熱気で水へと変え、白雪とセリスの間に水の壁を作り、なんとか追撃を逃れた。

 

「はぁ、はぁ……はぁ。あの氷輪丸はあの時わたしの意識をそらして腕を凍らすための誘導のため……! まさかあの技を囮に使ってくるなんてね」

「氷輪丸は通用しないってわかったからね。なら、違うことに利用するしかないって思ったわけ」

「でも、九体目の氷輪丸はどういうこと? シロちゃんが出したのは八体のはずよ?」

「あー、それならほら」

白雪が軽くそう言った直後。

「っ!?」

セリスの目は大きく見開かれる。

 

セリスが見たものは、第三訓練場のいたるところに砕け散っている氷の破片が浮かび上がっているところだった。

 

「まさか……」

それを見たセリスは、瞬時に理解した。

「……砕け、散らばった氷に魔力を通し、集め、そこから氷輪丸を……っ!」

セリスが驚愕の表情でそう呟くと、白雪は「正解」と言わんばかりに口元で笑う。

 

セリスの予想は的を射ていた。しかし、セリスが驚くのは仕方の無い事だ。白雪は、フィールドに隅にあるような小さな欠片すら、武器にするといったのだ。そんなことよほどの魔力制御が無い限り不可能な事だからだ。

 

しかし、白雪が言ったことに偽りはなかった。

今、目の前でそれを実際に行っているからだ。

 

 

浮かび上がった氷の破片が一箇所に集まり、氷輪丸が現れる。

 

「氷は俺の武器。それが砕かれ破片のように散らばっていようと氷である限りそれは俺の武器となり得る……例えほんの少量であっても」

 

実際は氷と水なのだが、ここで余計な情報を与える必要はない。

 

白雪は《幻想形態》の固有霊装(デバイス)で斬られ、肩で息をしているセリスを休む暇もなく追撃する。

 

「ーーーフッ!」

白雪は一気に距離を詰める。回復する時間も与えずそのまま倒そうと。

 

だが、相手もAランク。そう簡単には負けるはずがない。白雪自身も、この程度で倒せるなんて思ってもいない。

 

しかし、回復しきれていないセリスが現状劣勢なのは紛れもない事実。

 

ーーーー試合が傾き始めた!

 

わずかに残っていた生徒たち全員がそう思った。

 

しかし、レフェリー役として近くで模擬戦を見ていた新宮寺黒乃はそうは思わなかった。

 

過去。まだ自分が学生時代のとき、自分と同じAランク騎士は黒乃に主導権を握らせ無かった。逆もまた然りだが。

 

自分もAランク騎士同士激突したことがあるからこそわかることがある。この程度では試合は傾かないと。それと同時に、この二人の戦いはこのままでは決着がつかないことまでも見通している。

 

(どちらかがこれ以上の動きを見せないとこの試合に決着はないぞ? ……春日野、リーフェンシュタール)

 

黒乃は視界の先に繰り広げられている模擬戦を見ながらそう思っていた。

 

 

白雪はセリスとの距離を一気に詰め、《氷輪丸》を振る。《氷輪丸》の刃は確実にセリスの身体を捉えた。これによりダメージを負ったセリスが大勢を崩し、そこに白雪がトドメの一撃を放つ。

 

白雪の頭にはその流れが出来ていた。

事実その通り白雪に斬られたセリスは大勢を崩した。だからこそ、このあとに起きた現象に白雪は愕然とし、目を見開いた。

 

「ーーー水の……分身……」

斬られたセリスは、途端にぐにゃりと形を水へと変わった。つまりこれは本人とは違う偽物。

では、本物は今どこにいるのか?

 

(後ろーーっ!)

白雪は気配でセリスの場所を察知し、振り返った。そこには《皇鮫后》を振り下ろし始めているセリスの姿があった。

 

「ーーートライデント!」

水の分身という予想外の技に見舞われ、反応が少し遅れた“白雪には”眼前へと迫る霧状の斬撃三筋を防ぐすべは無かった。だが、白雪に焦った様子は見られない。逆に笑みすら浮かべていた。

 

しかし、その理由もすぐにわかる。

直後、白雪とセリスの間に何か大きなものが乱入した。

 

それはーーーー

 

 

 

白雪が先ほど見せた、氷の破片から作り出した氷輪丸だった。氷輪丸はセリスが放ったトライデントから白雪を守るようにして盾となる。

 

白雪が焦らず笑みを浮かべて入られたのもこの氷輪丸がいたからだ。

 

「クっ……! 灼海流(イルビエンド)!」

セリスは氷輪丸がトライデントにより砕け散り、白雪がその氷で何か仕掛けてくるより先に、氷を溶かし自分の武器へと変えた。

 

(ちっ!面倒なーー!)

逆に自分の武器を奪われた白雪は内心で舌打ちする。

やはり彼女と白雪では能力の相性は最高でいて最悪だ。

 

「海に沈めーー断瀑(カスケーダ)」

砕けた氷輪丸が水へと変わり、膨大な水という武器を得たセリスが灼海流(イルビエンド)からの流れるような連携技で白雪を攻める。

 

氷輪丸の氷すら利用した断瀑(カスケーダ)の水量は、優に演習場に収まらない程までに至っていた。

 

『うわぉっ! 何だよこの水量!』

『逃げろぉぉおっ! 呑まれるぞー!!』

『ステラさんのときと言い本当に同じ人間かよ……!』

 

集められた水塊が狙うは一人。

しかし、あまりの水量さに観客席をも巻き込むとわかったり、生徒全員がこの訓練所から逃げ出していた。

 

そして、超高圧力が白雪を襲うため落下し始める。

だが、落下してくる水塊をみすみす見逃す白雪ではない。

 

白雪は《氷輪丸》の切っ先を頭上を落下する水塊をへ向ける。

 

《氷輪丸》へ魔力を込めーーー

 

 

《氷輪丸》を天に向かい突き出す。《氷輪丸》に込められた魔力が空間を切るが如く、閃光となり放たれた。

 

その閃光は、有無を言わさずに水塊を貫く。

途端に、貫かれた水塊は一瞬にして氷塊へと変わる。

 

氷塊は空中で砕け散る。その様は、豪華絢爛なシャンデリアが落ちときのようだった。

キラキラと輝き舞うようにして薄暗い第三演習場に落ちてゆくそれは、まるで夜空に輝く星のようで、もし生徒たちがまだ残っていたならば確実に目を奪われていたことだろう。

 

そんな中、白雪とセリスは周囲の景色に見惚れることはなく睨み合っていた。

 

模擬戦が初めのように動かなくなった。だが、両者睨み合う雰囲気は初めとは全く異なることを唯一この場にとどまっていたレフェリー役の新宮寺黒乃は感じ取っていた。

 

二人はお互いを警戒しているのだ。

セリスは灼海流(イルビエンド)や、水などの自分の技で対処できない、貫いたものを凍らす技を、白雪は氷を溶かし、己の武器に変える灼海流(イルビエンド)を…………。

 

(また動かなくなった……。このままじゃあ、体力勝負になりかねない。そんなのごめんだ。…………仕方ないけど“あれ”を使うか……)

 

白雪は模擬戦が動かなくなったことで、一つの決断をした。この長い模擬戦に終止符を打つために……。

 

(……まぁ、セリスには見せる価値はあるし、それに丁度いいことに生徒全員が逃げ出したし、見られる心配もない……となるとあとは)

 

「ねぇ、セリス」

「……なに?」

セリスは白雪を警戒しつつも返答する。

 

「……今から見せるもの……出来れば他言無用でお願いしたいんだけど、いいかな?」

 

「え、ええ……」

闘いの最中でお願いをしてくるとは予想もしていなかった上、少し笑っている白雪を見てセリスは返答に詰まる。

しかしセリスは返答を返しながらも脳裏に何か引っかかっていた。

 

(シロちゃんのあの顔、口ぶり、どこかで見たような……)

 

セリスが自身の記憶を探ろうとした

 

刹那ーーーーーーーーー。

 

 

 

 

 

「ーーーーーーー“卍解”」

 

 

 

世界がーーー。

 

 

 

 

 

セリスの目に映る世界がその言葉とともに変わった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー『大紅蓮氷輪丸』」

 

ーーーセリスの眼前に広がる光景。

 

ーーーそこは、全てが氷に閉ざされ、支配された世界と、その中心に氷の翼を大きく広げ君臨する白雪の姿だった。

 




・戦雫(ラ・ゴータ)
アニメや漫画では、槍というよりドリルの方が近いかな?
が、今回はこれでいこうと思う。



・《氷輪丸》に込められた魔力が空間を切るが如く、閃光となり放たれた。
これは黒雪姫先輩が放つ奪命撃(ヴォーパル・ストライク)をイメージ。
名前をつけたかったがいい命名が思い浮かばなかったため断念。
いつか名前を付けたい。




・“卍解”ーーー『大紅蓮氷輪丸』
この話を作っている途中までは出すつもりはなかった。
が、書いていて模擬戦が全く動かないと思ったので思い切ってぶち込んだ。
あとは、というよりこっちの方が重要。
今後のセリスに関わるためでもある。





えー、一応次回で決着です。


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episode.6

待っていてくれた人がいるかわかりませんが、久しぶりの投稿です。


先程まで少数だが残っていたの生徒達は、今は一人としていない。現在、第三訓練所であるこの場所にいるのは、己の魂、固有霊装を顕現させ、中央で対峙している一組の男女、それにレフェリー役の黒乃を含め三人だけーー。

 

男性の名は春日野白雪。銀髪の髪に翠の瞳。いつも眠たそうな顔をしており、常に瞼は半分近くまで閉じられている。それは模擬戦をしている今でも変わらない。

右手には《氷輪丸》が握られている。白雪の身長が低いため、《氷輪丸》は長く感じてしまう。

 

女性の名はセリス・リーフェンシュタール。

太陽の光を反射しているかの如く、美しい金髪が腰まで伸びていて、ふわっとウェーブがかかっている、見ただけでわかってしまうほどのお嬢様。しかし、その美しい姿とは不釣り合いな巨大な大剣を携えている。

それこそ、セリス・リーフェンシュタールの固有霊装、《皇鮫后》。自身の身長程の大剣だ。

 

「二人の戦いは、模擬戦の域を超えていた」

 

この模擬戦を見ていた生徒達ならば誰しもがこう口にするだろう。何故ならば、彼等の前で繰り広げられた剣戟の応酬は、彼等では到底真似できない領域にあったからだ。

それだけでなはない。異能を織り交ぜた戦闘となると、誰もが嫌でも彼我の差を押し付けられた。

確かにその通りだ。中央に立つ二人と、観客席で見学に来ている生徒達では実力差があり過ぎるのは一目瞭然だろう。

 

だが彼等は知らない。

自分達がいなくなった後、闘いのレベルがさらに跳ね上がったことに……。

そして彼等は知らない。

今まで動くことのなかった模擬戦が、どちらかの一方的なものになっていたことをーー。

 

 

 

直後、

第三訓練所の天井を突き破る氷柱が現れたーーーー。

 

 

白雪はレフェリーの黒乃を除いて、今この場に居るのは自分とセリスだけだということを確認する。

今から切る手札を見せないためでもあるが、一番の理由としては巻き込まないため、である。

生徒は誰もいないことを確認を終えると、白雪はこの模擬戦を終了へ導く言葉を紡ぐ。

 

「ーーーーーーー“卍解”」

 

白雪を中心に流れ出る冷気。それは、フィールドのみならず、ここ第三訓練所をも凍らした。

 

「………なによ…………それ……」

 

訓練所もろとも凍りついた事にセリスは驚愕していたが、それ以上に、その中心に立つ大きく変化した白雪の姿を見てセリスの体は強張り、顔は凍りついたかのように、引き攣ったまま動かなくなる。

《氷輪丸》を持つ右腕から連なる巨大な氷の龍を白雪自身が纏い、飛竜の如く氷の翼が大きく広げる。そしてその背後には三つの巨大な花形の氷の結晶が浮かんでいた。右腕は氷輪丸が飲み込んだようになっており、固有霊装を氷輪丸が咥える形で握っている。

 

そして、その名が紡がれた……。

 

「ーーーーーーー『大紅蓮氷輪丸』」

 

その姿、まさに顔を除いた全身が龍と同化したと言えるものだった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

セリスは巨大な氷の翼を広げ、フィールドの中央に佇む白雪に知らずのうちに畏怖を感じ、後ずさっていた。

ただ中央に立ついるだけなのだが、それ程までの圧倒的な威圧感と存在感。

そしてセリスは中央に立つ白雪と、フィールドの端に立つ自分を見て、この立ち位置が今の自分の状況そのままなのでは無いだろうかと錯覚してしまう。

追い詰めている白雪と、追い詰められているセリスのような……。

そこまで考えたセリスは瞬時に顔を横に振った。

 

「呑まれたら終わりよ。相手がどんなに強力でも私がやることは変わらないわ」

 

そう、自分に言い聞かせる。

 

(とは言ったものの、本当にどうしたらいいのかしら……。シロちゃんが何をするのかわからない以上闇雲に飛び込むことは危ないし……)

 

相手が自分より下のBやCランクが相手ならば多少のリスクを承知でこちらから仕掛けることは出来るが、しかし今回の相手はAランク。

それも、今や圧倒される程の“力”を放つ化け物だ。

今迂闊に接近でもしたならば、自分は一撃で倒されるであろうとセリスは曖昧だが感じ取っていた。故に、こちらから動くことはできない。 セリスはそう結論付け、いつ模擬戦が再開されてもいいようにこれまで以上に警戒を強めた。

 

 

激しく警戒しているセリスに対し、白雪は完全無防備状態だ。

ただ佇むだけで、自分から何か攻撃を仕掛ける気配がない。

そんな様子を察したのか、白雪を観察するように見ているセリスの顔に困惑の色が浮かんでいた。

 

「…………」

 

白雪は動かない。全身が凍ったかのように身じろぎひとつ起こることがない。

凍死しているのでは? と、誤解してしまうかも知れないがよく見ると白雪の口からは白い吐息が吐き出されているのが見える。

しかし、その吐息もこの氷河時代を体現したかのような世界の中ではパリパリと固まり散っていく。

 

(はぁ……。そう言えば、卍解使うと、色々と冷めるんだったなぁ……)

 

白雪は自身の全てがスーと冷めていく感覚にそのことを思い出していた。

白雪が若干の後悔をして、セリスから完璧に意識を外した。

 

ーーザバァン!

 

波が上がるような音とともに後悔の念に思考が囚われていた白雪はゆっくりとだが意識を戻す。

そして音の発信源を探すーーーーが、その必要はなかった。白雪は自身を中心に影が差していることに気づき、天井を見上げる。

 

ーーーーと、同時に、

 

「ーーーー断瀑(カスケーダ)」

 

白雪へ膨大な水の高圧力がのし掛かる。

その威力はコンクリートで出来た建物を簡単に破壊するほど。人一人潰すために使うにはオーバーキルという言葉ですむほど生やさしいものではなかった。

しかし、白雪は平然を立ったまま苦にした様子は見られない。

見ると、白雪へのし掛かるはずの水は、当たる直前に凍りつき、上からのし掛かる水により砕かれ更に氷を砕いた水が凍りつくと言うループを繰り返していた。

つまりは白雪にはダメージは愚か水の一滴すら届いていなかった。

それは断瀑に限らず、戦雫、波蒼砲、水鮫弾、どんな技で攻めても全て当たる直前に凍りつく。そう、まるで“目に目えない氷のシールド”に憚られているかのように。

 

「無茶苦茶ね……、なら!」

 

この結果にセリスは僅かに顔を歪めた。

だが、即座に次の手を打つ。

大気中の水が《皇鮫后》へ集まり、やがで超巨大な大剣へと変化する。それは高圧で循環する水流の刃だ。その刃に斬れないものはない。

しかし、セリスは魔力制御に少し難がある。そのため、高圧で循環する水流にも多少の乱れがあった。

だがそれがどうしたものか。セリスはその刃を白雪の腰辺りを狙って強く横薙ぎにする。

 

(高圧水流の刃であの不可解なシールドを破る!)

 

セリスの渾身の一振り。それは腕から剣先までブレて見えるほどだ。それに加え、斬れ味の鋭い高圧水流の刃があることで防御は不可能。

これならいける……っ!!

 

しかしーーー

 

「どんな攻撃も“今のセリス”じゃあ、届かない」

 

言葉通り、その渾身の一振りはまたしても不可解なシールドに憚られた。

激しく循環する水流はシールドに触れた途端、凍りつき一瞬で粉砕される。そして何も纏っていない《皇鮫后》など今の白雪は歯牙にもかけない。

またも何もせず防がれたことに目を見張るが、即座にセリスは次の行動に出ていた。

白雪の背後にいつの間にか仕込んでいた戦雫が風を切る速度で襲いかかる。

完全なる死角からの奇襲。これならあの不可解なシールドを展開させる暇など与えずに攻撃を加えることが可能だろうと踏んでいたセリス。

しかし、白雪へ当たる直前。幾度とセリスの技を阻んだあの不可解なシールドにより戦雫が凍るのを見て今度こそセリスは驚愕した。

 

「冗談じゃないわ……その防御壁、常に全方位守られてるっていうの……ッ!」

 

「もう、気は済んだ? なら、もう終わりにしよう。流石に疲れたよ」

 

質問には答えず、白雪は氷の翼を大きく広げる。

 

「〜〜〜〜くぅ……っ!」

 

ただそれだけの動作なのに、セリスの身体は押し潰されるかのような重圧に見舞われる。

 

(これは、重力の能力とうの重さとは違う……。圧倒的存在を前に、自身の存在そのものが押し潰される感覚ッ!? これは……恐怖? あ、ありえない……っ!! ステラからもこんな重圧や恐怖心を感じたことないのに!!

…………はっきり言って、怖い。今すぐ逃げ出したいほどにッ!?ーーーーでも)

 

容赦なく降りかかる力の差という恐怖の重圧に冷や汗を大量に流す。

しかし、実力差がかけ離れていると、無理やりわからされているのにも関わらずセリスは震える身体に鞭を入れ、

 

「だからって、尻尾巻いて逃げ出すわけにはいかないでしょうっ!」

 

恐怖に戦意を喪失しかけていたセリスだが、なんとか気持ちを持ち直したところで、

白雪が動いた!

 

「はやいッ……!?」

 

翼を使い、一気に加速して距離を詰める。右手に咥える《氷輪丸》を、横に一閃。高速のスピードから振り抜かれる鋭い一閃が、セリスを腰から真っ二つに斬ろうと奔る。

実際、《幻想形態》であるため真っ二つになりはしないが、受ける精神的ダメージは致命傷と変わりはない。

しかし、セリスは負けじと《皇鮫后》を高圧水流の刃へと変え、迎え撃つ。

二振りの刃が重なり、衝突する直前。

 

パリッ。

 

と、《皇鮫后》を纏う水が氷、砕ける。

そして、《皇鮫后》と《氷輪丸》が衝突した。

結果は、一目瞭然。

刃をもがれた《皇鮫后》では今の白雪は止められない。

セリスは《氷輪丸》を受けるが、案の定、止められるはずもなく、後方へ吹き飛ぶ。

 

 

 

 

ーーーー否。セリスは自ら後方へ飛んだのだ。

そうする事により、受けた力を上手く流す。

 

氷地に足をつけ、体制を整えたセリスは自分の身体の動きが鈍い事に気づいた。

まさか、気づかない内にどこかを凍らされていたか?と、身体を見回すがどこも凍っている場所など無かった。

訝しむセリスだが、激闘が続いているため、疲労が溜まっていると解釈し、白雪に視線を戻す。

 

次の瞬間。

セリスはその考えが間違っていた事に気づかされる。

セリスの視線の先。そこには、《氷輪丸》の切っ先をセリスに向けている白雪の姿だった。

それだけで、瞬間的にセリスは理解し、同時に強く恐怖した。

 

(わたし、……内側から凍らされてるッ!!)

 

今ならばはっきりとわかる。セリスが動くとき、内部からパリ、パリと、氷が張っている音が聞こえてくる。

 

「人間の体は六割がた水で出来ている。水は俺の武器だ。例えそれが人の身体としても例外はない。……ま、流石に人間の水を直接凍らせることは“卍解”を使っていてもほぼ無理なんだけどね」

 

人間の六割がた水だが、それは直接凍らせることは難しい。《氷輪丸》を相手の体に突き刺していれば素での状態でも可能だ。だが、白雪は距離が離れている現状で、《氷輪丸》の切っ先を向けるだけでそれをやって見せた。それはつまり、何かしらの種があるという事。

しかし、セリスに種を考えている暇は無かった。何故なら、今も徐々に内部が凍り始めているからと、白雪が《氷輪丸》を振り上げる動作をしたからだ。

 

「氷輪丸」

 

今日、何度も放たれた基本技。

その度にセリスは粉砕、または溶かして水に変えていった。もう、通用しないとわかっている。

それは、白雪が自分の口からも言っていたこと。

しかし、躊躇なく放たれた氷輪丸を見て、同じ事が言えるだろうか?

通常の一回りからふた回りもでかく、氷輪丸から漏れ出す冷気は比べ物にならない。

巨大な氷竜が顎を大きく開き、咆哮を上げれば建物が軋む。

 

(冗談じゃないわ……この氷輪丸、力だけならステラの《天壌を焦がす竜王の焔》と遜色ないッ!!)

 

ステラの伐刀絶技に遜色ないとまで感じる。それは、セリスがステラの抜刀絶技を何度も見て、戦ったてきたからこそわかること。

『この氷輪丸はヤバい……と』

セリスがそう、警戒心を最大限まで高めたと同時。

セリスへ狙いを定めた氷輪丸はその巨大な姿からは想像もできない速度で襲いかかる。

 

セリスは怯みはしたが、それも一瞬。

《皇鮫后》を振り下ろす。

刀身の部分から霧状の斬撃が三筋放たれる。

氷輪丸を一筋で粉砕した威力を持つトライデントが、三筋纏めて、格段にレベルの上がった氷輪丸と激突し、

 

ガシャンッ!!

 

甲高い音を立ててーーーー

 

氷輪丸が、三筋の斬撃をいとも容易く噛み砕いた。

ステラ・ヴァーミリオンの抜刀絶技に並ぶのだ、今更その程度の技が通用するはずもない。

いや、灼海流、波蒼砲、戦雫、断瀑、水鮫弾、どの技を使っても氷竜は止められない。

氷輪丸は顎を開き、その巨体でセリスを飲み込むために更に加速していく。

絶体絶命に近い現状ーー

 

ーーしかし、そんな状況の中、セリスの口元は緩み……笑っていた。

 

「ステラの伐刀絶技と同レベルの技……、わたしの伐刀絶技にとって好都合だわーーーーハッ!」

 

これが最後の攻撃。

セリスは、今ある魔力を駆使し、伐刀絶技を発動させる。

それは、水鮫弾とほぼ同じだが、大きさは一回り近く違う。

だが、ただ大きいだけでAランク騎士の切り札とはなりえない。

水鮫は、迫る氷輪丸を真正面から迎え撃つ。

「喰らいなさい」

 

セリスは、そう水鮫に指示を出す。

すると、鮫は大きく口を開き、そこから見える鋭利な牙をギラリと剥き、氷輪丸へ噛み付いた!

 

無謀だ!

 

もし、この模擬戦をここまで見ていた者がいれば無意識にでもそう口にしただろう。

何せ、白雪の氷輪丸は“あのAランク騎士の伐刀絶技と同レベル”なのだから、ただ巨大にしただけでは凍らされた後に砕かれて終わり。

しかしセリスは、躊躇なく指示を出したのだ。

 

「なッ……!?」

 

聞こえてきたのは白雪の驚愕の声だった。

次に、白雪が、ありえないものを見たような目で、ぶつかり合った両技を見つめていた。

それは、噛み付かれた氷輪丸が、何の抵抗もなしに、水鮫に“吸収されていく”。

その結果に、セリスはニヤリと笑う。

その笑みは、この結果が当たり前だと言うように……。

 

水鮫が氷輪丸を吸収したーー

 

 

ーー刹那。

 

 

水鮫の力が、質が、格段に跳ね上がった。

大きさも更に巨大になり、鋭く鋭利な牙は、何をも嚙み砕く大牙へと変貌する。

まさか、水の天敵である氷を吸収し、更には強化されたことにはさすがの白雪も目を見張っていた。

白雪を驚かすことができたセリスは、少し、気分的に満足しながらも、《皇鮫后》の切っ先を白雪に向け、

 

「さぁ、これがわたしの伐刀絶技ーー《大鮫弾》よッ……!!」

 

決着の時は近い。

 

 

氷輪丸が破られた白雪は、冷静に水鮫を分析していた。

 

(あれは氷を取り込む技……? いや違う、あれは明らかに吸収したものの力が加わっている)

 

セリスが今まで使用してきた技に、氷を吸収し、自らの糧にするものなんてなかった。今の今まで使っていなかったと考えもできるが、ここまで隠す意味が無い。奇襲を狙うために隠していたとも考えられるが、技を出してから直ぐに攻撃してこないあたり、それは無いだろうと頭で否定する。

あの技の謎を解くため、セリスを警戒しながらも思考を働かせる。

すると、白雪はあることに気づく。

それは、卍解の際、全て凍り付いた状態だった室内の氷が、半分以上がなくなっていたのだ。

今も、徐々にだが、水鮫に吸収されているのが目に見えてわかる。

 

「なるほど、そういうことかぁ……」

 

吸収されているのは、白雪の氷。

それもただの氷ではない。どれも、“魔力”が生み出したものだ。

そこから導き出される答え。

 

それは、

 

(相手の魔力を吸収し、己の技を強化するもの。……となれば非常に厄介だなぁ)

 

つまりあの技は、相手が強い技を使えば使うほど強くなるということ。卍解状態の白雪にとって、最悪の相性となる。

いや、白雪だけではない。魔力を吸い取るということは、全《伐刀者》に対して、天敵ともなる技だ。それが、セリス・リーフェンシュタールの持つ最大の切り札だった。

 

だがーー

 

たかが“魔力を吸収する程度”で、“卍解”を抑えられると思っているのなら、それは何と大きな間違いか。

確かに、異能を用いるためには魔力が必要不可欠であり、それを吸収されるとなると迂闊には使えない。

しかし、魔力を吸収しようが、白雪は真正面から力で捻じ伏せる! 《伐刀者》の天敵だろうと、“卍解”にはそれが可能なほど力がある。

そして、それを扱う白雪は間違いなく絶対強者。故に、負ける道理など存在しない。

白雪は《氷輪丸》を天を突くように、高々と掲げる。

 

刹那。

 

そいつは現れた。

“そいつ”が現れた余波だけで、魔力を吸収する『大鮫弾』が表面だけだが、凍りついた。

余波だけで、魔力を吸収して強くなるはずの『大鮫弾』が表面上だけとはいえ、凍らせる程の力を“そいつ”は持っていた。

 

「なんて……力強い……」

 

“そいつ”を見たセリスの喉から、絞り出すように呟かれる。端正な顔を引き攣らせ、身体は無意識のうちに震えている。

大きい、なんてものではない。

身体はもちろん、存在の大きさが明らかに違う。

氷輪丸を更に巨大化し、背中の部分から広げられた大きい長翼。

第三訓練所ギリギリに収まっている具合だ。

 

「これが、“卍解”での伐刀絶技ーーーー」

 

天に掲げた腕を、ゆったりと振り下ろし、刃の切っ先をセリスへむける。

小さく、だがこの場に浸透する声で、

 

「《大紅蓮氷輪丸》」

名を告げた瞬間。雷鳴に似た咆哮を上げ、長翼を大きく羽ばたかせた《大紅蓮氷輪丸》は、迅雷の勢いで飛び、『大鮫弾』と真正面から激突する。

あまりの激しさに、フィールドを支配していた氷が砕け散る。続いて、フィールド内に轟音が轟き、ミシと第三訓練所が音を立てて悲鳴をあげる。

方や、氷が全てを支配する力の塊の氷竜と、方や力を奪い糧とする水鮫。Aランク騎士の伐刀絶技が衝突すればこうなることは必然だ。

だがーー

 

「ッーーーー!?」

 

やがて、《大紅蓮氷輪丸》と《大鮫弾》の拮抗が崩れ始める。

押し込まれ始めたのはーーーーセリスの方だ。

魔力を吸収するはずの《大鮫弾》は、所々が氷、崩れ落ちていた。

対して、《大紅蓮氷輪丸》は健在。

ついには、氷で支配する氷竜が、水の王者を粉々に粉砕した。

その結果を当然と思う白雪は、無表情でそれを眺め、自らの伐刀絶技を突破されたセリスは、悔しそうな表情を浮かべていた。

《大鮫弾》を破った《大紅蓮氷輪丸》がトドメと、セリスへ空を駆ける。圧倒的力の前に力も魔力も残っておらず、セリスは抵抗することもできず、氷竜の突進に飲み込まれた。

 

 

ドォオンッ!

 

と、第三訓練所の天井、壁が吹き飛ぶ。

次に姿を見せたのは、天を衝くように伸びる巨大な氷柱。規格外の力故に、フィールド内に収まらずドームを突き抜けてしまったのだ。

この惨状を見て誰が、この光景が“模擬戦で出来たもの”と信じられるだろうか。

観客席には誰一人いなかったことが何よりも救いだ。もし観客席が満員だった場合のことを考えると、ゾッとする。それ程激しい戦いだった。

この惨状をを作った本人ーー白雪は《氷輪丸》を片手に、ドームを突き抜けた氷柱ーーその中心地にいるセリスを見ていた。

そして、伐刀絶技《大紅蓮氷輪丸》に呑まれる直前のセリスを白雪は思い出していた。

 

(あの時……、《大紅蓮氷輪丸》に呑まれる瞬間、笑っていたような……)

 

別に、声を出して笑っていたわけではない。ただ口元が緩んでいるように、白雪にはそう見えたのだ。その笑みが何を意味しているのか、少し気になるところだが、それより早く、白雪に眠気が襲い、

 

「あぁ……もう、だめ…………だ……」

 

バタリ

 

身体が俯けに倒れ込み、そこで意識を手放した。

 

 

 

 

意識を手放す瞬間。

 

「勝者、春日野白雪ーー」

 

黒乃が勝者の名を告げているのを聞いた気がしたーー。




・“目に目えない氷のシールド”に憚られているかのよう
別にこれは無敵というわけではない。あくまで今のセリスでは突破できないだけ。現状、一輝なら突破は可能。理由はいずれ……。

・大気中の水が《皇鮫后》へ集まり、やがで超巨大な大剣へと変化する。それは高圧で循環する水流の刃だ。
これは珠雫が使用していた『緋水刃』。

・《大鮫弾》
あの人気の忍者漫画で使用された技で、セリスの伐刀絶技。もう少し他のを考えたり探したりしたが能力的に十分強かったのでこの技を選んだ。
ちなみにまだまだセリスの伐刀絶技はでます。






えー、大変遅くなり申し訳ないです。
半年以上? もほったらかしにしてしまって。
言い訳をさせて貰うと、学校の課題が多過ぎるのが原因の一つです。
冗談抜きで多くて、今もまだ課題がたくさん残っている状態です。
まぁ、すべての時間を課題で使っていたのか?と言われますとそうでも無くて、実は少し前に始めたFGOにハマってしまい、課題の休憩時間とかを全部そっちに回してしまったのも今回遅くなってしまった原因でもあります。
今回の水着イベント、自分的には結構好きでした。特にスカサハ、清姫、マルタ、アルトリアは最高でしたね。(無論、すべてのキャラが魅力的だったけど)
けど、ガチャは最低でした。惨敗です。

とまぁ、いまはその話は置いといて、これからは最低でも一ヶ月に1話は投稿しようと思います。もし、執筆が乗り、ストックが溜まることがあれば一週間に1話ペースです投稿するときもあります。

さっき、最低一ヶ月に1話、なんて言いましたが、課題でどうしても無理な月も出てくるとは思いますが、今回のように長くは開けませんのでご安心ください。


ですので、これからもこの作品を宜しくお願いします。


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episode.7

な、なんとか間に合った……。


「…………ん、っ」

 

じんわりと、白い光が視界に滲み、セリスの覚醒を促した。目を開けると、映るのはずいぶんと低い天井。

 

「目が覚めたか。リーフェンシュタール」

 

セリスが横たわるベッドの隣で、椅子に座っているスーツを着た黒乃だ。

 

「理事長さん…………ここは?」

 

「君の部屋だ。君は、基本的に体力の消費だけだったからiPS再生槽を使うような事態にはならなかった。だから、自室で休ませていたんだよ」

 

「…………という事は、わたしは負けたんですね」

 

「ああ、文句無しの完敗だ」

 

「ヴァーミリオンにいた頃はステラに負ける事はあったけど……まさか、日本のAランク騎士に負けるなんてね」

 

そう言うセリスの顔には隠しきれない笑みが作られていた。黒乃はその事を無表情で見ていたが、聞く事はなかった。

 

「その春日野は勝負が終わると眠気に負けて眠ってしまったがな」

 

黒乃が二段ベッドの上、つまりセリスの頭上を見る。セリスは、ベッドから起き上がり上を覗くと、見た目は小学生くらいの男の子がぐっすりと眠っていた。

よそから見てもわかるほど深く眠っている。

それを見たセリスはクスと微笑し、起こさないように静かに離れ、黒乃と向かい合わせで座った。

 

「理事長さん。シロちゃんが途中で出した、ーーーー『卍解』ってなんですか?」

 

氷の竜と同化し、セリスを圧倒して見せたあの姿。直前に彼は『卍解』と口にしていた。しかし、セリスは伐刀者の生きる中であんなにも桁違いにパワーが跳ね上がる技があるなんて今まで知らなかった。

それ以前に『卍解』などと言う単語すら聞いたことがない。故に、気になってしまうのは当然の流れといえるだろう。

セリスは黒乃の返事を待つ。

 

「勿論、全て把握している…………と言いたいところだが、あれについては私もさっぱりでな。『卍解』を知ったのもつい最近のことだ」

 

この寮は喫煙のはずだが、黒乃は気にせづふぅ、と紫煙が吐き出される。

セリスは学生寮が禁煙場所という事は寮の資料にのっていたので把握しているが、それ以上に今黒乃が言った言葉が気になった。

 

「え? つい最近って、シロちゃんは『卍解』を使わないといけないほどの相手と戦ったってことですか?」

 

セリスの疑問は最もだろう。白雪が使った『卍解』。それはAランク、十年に一人の逸材と言われたセリスですら手も足も出せなかったほど、強力なものだ。

セリスはその力を使わないといけないほどに彼が追い込まれたということに強い疑問を持ったのだ。

今の日本に彼を『卍解』を使わせるほどに追い込める人物は限りなく少ないと言ってもいいだろう。つまりはその少数の中に最近彼と戦う必要があった者ということ。

日本のもう一人のAランク騎士、『風の剣帝』。

『KOK』元世界ランキング第三位の新宮寺黒乃。

現在『KOK』世界ランキング第三位の西京寧音。

それと、今日の模擬戦でAランクのステラ・ヴァーミリオンを破ったFランクの黒鉄一輝。

可能性があるとすればこの四人くらいのものだろう。

 

セリスは白雪に『卍解』を使わせたが、黒乃が言っているのはセリスたちが来る前のこと。

なので必然的に本日来国してきたセリスたち二人は省かれる。

他にも、学生騎士の頂点を決める『七星剣武祭』の優勝者、『七星剣王』も含めて日本には強い騎士は存在するが『卍解』を使わなければならないほどの相手では無い。少なくともセリスはそう思っている。

しかし、そこまで考えたところであっさりと黒乃から答えが返ってきた。

 

「戦ったのは私だ。それと、私はあいつを追い込んでなどいない。どちらかと言えば今回のお前達の模擬戦と同じで、決着がつかなかったから使った、に近い」

 

「っ!? その勝負、どっちが勝ったんですか!? 」

 

セリスは『世界時計』(ワールドクロック)と呼ばれる黒乃が戦ったということに驚き、そして少し頬を染め興奮気味に身を乗り出し結果を尋ねた。

魔導騎士を目指す者に限らず、黒乃は現役を引退した今でも絶大な人気を誇る。

『KOK』元世界ランキング三位の黒乃と、『卍解』した白雪。一体どんな戦いになったのか。

自分相手では手も足も出なかったが、『世界時計』(ワールドクロック)の黒乃が相手ならそんな展開にはならない。そんな確信がセリスにはある。

故に、その時の戦闘は凄まじかっただろうと安易に考えつく。

それこそ、黒乃がまだ学生騎士だった頃、『七星剣武祭』の決勝戦で《夜叉姫》と呼ばれていた西京寧音と死闘を繰り広げ、終いには空間に穴を開け、閉じることができなくなったほどの。

興奮しているセリスとは逆に黒乃は落ち着いた様子で口を開く。

 

「引き分けたがーーーー」

 

「引き分けたっ!?」

 

黒乃が最後まで話す前に、セリスの甲高い声が室内に響く。

 

「ーーーー最後まで話を聞け」

 

「あ、……す、すいません……」

 

申し訳なくて頭を下げる。少し頭が冷えたのか落ち着きを取り戻した。

しかし、話の続きがきになるのは変わらないらしく、黒乃に続きを催促する視線を送っていた。

その瞳を受け、黒乃は吸ったタバコの紫煙を吐き出し、続きを話し始めた。

 

「あいつとの勝負は引き分けだと言ったが正確には“乱入した者によって止められた”のほうが正しい」

 

「…………乱入者っ!?」

 

その話にはセリスは今日一番の衝撃を受けたかもしれない。

しかし、驚くにはまだ早かった。

 

「しかもだ、乱入者は伐非刀者で、ただの人……一般人の女性だ」

 

「………………はい? 一般人の……女性?」

 

開いた口が塞がらないとはこのことをいうのだろう。セリスはポカーンと、完全に惚けた顔をしていた。

だが、今の話を他の人が聞いてもきっと同じ反応が返ってくるだろう。

何せ、ライオンとトラがいがみ合っている中に生身の人間がのこのこと入っていく行為だ。自殺願望者でも無ければそんな所に割って入るなんて愚行は犯さないだろう。

そんな理由からセリスがおうむ返しで聞いてしまったのは仕方のないことだ。

 

「ああ、嘘でも冗談でもなく紛れもない真実だ」

 

自分の聞き間違いと思い、聞き直したのだが返ってきたのははっきりとした肯定だった。

黒乃がここまでして言い切るのならそれが真実なのだろう。

セリスは腑に落ちない感じではあったが、これ以上真偽に関しては聞くことはしなかった。

 

しかし、そんな中でセリスの頭の中に大きな疑問が浮上していた。

ーーーー何故、ただの一般人、しかも女性に“止められた”のか?

 

二人が戦闘を“止めた”と言うのならわかる。

魔力を持たない人達では伐刀者の攻撃は即死する恐れが高い。しかもそれが伐刀者としての最高峰、Aランク騎士同士の戦いとなれば余波だけでも死は免れないから。

だから、黒乃の言い間違いではないかと初めは疑ったが彼女が二度も同じミスをするとは思えない。

と言うことは信じられないが二人を止めたのは一般人の女性と言うことだ。

 

「…………理事長さん」

 

「ん? なんだ?」

 

セリスは頭の中でさらに強まる疑問を口にした。

 

「どうやってその人はあなたたち二人を止めたんですか?」

 

「……………………拳骨だ」

 

長く間を空けて、ようやく言葉が発せられる。 見れば、黒乃はすごく気まずそうに顔を横に向かせていた。

 

「……………」

 

それを聞いたセリスは思考を放棄した。

 

 

 

「んんっ! 話が脱線したな」

 

わざとらしく咳をした黒乃が、話を戻す。

 

「え? ちょ、理事長さんっ! あんな話聞いた後にお預けとか、わたし気になってしょうがないんですけど……っ!?」

 

「気にするな…………、それより、“卍解”についてだ。詳しいことは私にもわからん」

 

強引に話を変えられ、不満な顔をするセリスだが、“卍解”についての話になると渋々黙った。

 

「ただ言えることは“卍解”は春日野以外は誰も使えない。“卍解”は《氷輪丸》という固有霊装、または春日野白雪という伐刀者の力の一つ……そう考えたほうがいい」

 

「シロちゃんだけ……」

 

セリスは少し肩を落とす。

もしかしたら自分も“卍解”を使えるかもと、少しでも期待していた。もし、使用できれば、自分も白雪のように強くなれると。

しかし、“卍解”は白雪専用。

 

「リーフェンシュタール、お前の気持ちはよくわかる。何しろ“卍解”は、五倍から十倍まで力が跳ね上がるからな」

 

「じゅっ……!?」

 

セリスはまさかの数字に、端正な顔を歪ませる。

だが、それが本当ならとてつもない事だ。

Aランク騎士は例外なく誰もが歴史に名を残す大英雄になるのだ。それは勿論、白雪やセリス、ステラも例外ではない。そんな騎士の力が十倍も上がるとなると、一体どれだけの強さを誇るのだろう。

想像するだけで身体が震える。

きっと、模擬戦の彼は本気ではなかったはず。

通常時であの強さだ。その力が十倍になれば、例え幻想形態だったとはいえセリスは死んでいたかもしれない。死ななくとも、iPS再生槽を使わなければ治せない傷を負っていたはずだ。

第一、戦っていたセリスがそう感じたのだから間違いないだろう。

 

「理事長さん、もし、“卍解”の存在が公になったら」

 

「ふぅ……、間違いなく《連盟》からの接触があるだろうな。《連盟》だけでなく、《解放軍》や《同盟》すらも動くかもしれん。いや、その可能性の方が確実だろう。そうなった場合、《連盟》は最悪、無理やり連行してでも春日野を連れて行き“卍解”について吐かせる事だってあり得るだろう」

 

やっぱり……と、その可能性が少しでもあると考えるだけでセリスは悲痛に思った。

 

「しかし、あいつの性格上、滅多な事がない限り面倒くさいとか言って“卍解”なんぞ使わんだろう。それに、あいつは意外に頭が回る。“卍解”の持つ脅威くらい分かっているだろう」

 

「そうですか……?」

 

白雪のマイペースさを見た後では、にわかに信じがたい。彼ならば「連盟? そんなの知らないよ」とか言って、関係なく使用しそうだ。

 

「可能性としてはあり得るだろう。しかしそれ以前に、奴に“卍解”を使わせるほどの学生騎士は片手で数えられる程度だろう。ならば、当分は心配ない」

 

「当分は、ですか……」

 

「なに、いざという時は私が庇うさ。これでも学園の理事長だからな」

 

なら、喫煙禁止の寮内でタバコを吸うなと、言ってやろうかとセリスは本気で思ったが、言ったところで止める事はないだろうと黙る事にした。

タバコを吸い終えたからか、席から立ち上がる黒乃をセリスは見上げる。

 

「何にせよ、これからは春日野を目標に頑張るといい。これはヴァーミリオンにも同じような事を言ったが、そいつの背中を全力で追いかけてみろ。それはきっと、君の人生において無駄にはならないはずだ」

 

そう告げると、黒乃は部屋から出て行った。

 

 

部屋に残されたセリスは、自然と二段ベッドの二階に視線が向かっていた。

そこに居るのは一見、女の子と間違えてしまうほどに華奢な身体で、小学生ほどの身長をした男の子だった。

しかし、見た目に反して彼は強かった。

それは、十年に一人の天才と騒がれていたセリスが手も足も出せなかったほどに。

戦っている最中は、眠たそうに瞼は半分閉じていたが、それでも身に纏う雰囲気は、切れてしまうと錯覚するほど冷たく、鋭かった。だが、模擬戦が終わった今、あの切れるような雰囲気はどこかへと消え去り、あどけない姿を晒して眠っている。

 

(あぁ〜、これがギャップ萌えというやつかしら……)

 

頬をうっとりと染めるセリスは、躊躇なく二階へ続くはしごに足をかけ、登っていく。それも、ごく自然的動作で。

女性……それも、お嬢様が男性の布団に入ろうなど、基本許されない事だ。しかし、この場にはセリスを止めるものはなく、楽々と白雪の眠るベッドへ到達してしまう。

白雪は変わらずに、眠り続けていた。

寝ている白雪の服装は、制服姿のままだが、服が乱れ、お腹があらわになっていた。

そのあどけない姿に、セリスは母性本能をくすぐられる。

 

「初めて見たときから思っていたのだけど、シロちゃんって男の子だけど可愛い顔してるわよね。それも、母性本能がくすぐられる女性受けのする可愛さ」

 

そっと、白雪のお腹をきめ細かな手でなぞっていく。トクン、トクンと手に振動が伝わる。

セリスはとどまる事を知らず、次には頬を撫で始めた。

セリスの口からはぁ、と熱のこもった吐息が漏れる。

もう、他所から見ればまだ小さい子供に迫っている危ない人間にしか見えない。

 

「ふふ、これ言ったら怒るだろうけど、ほんと、小さくて可愛いわ。シロちゃん♪」

 

セリスは白雪の隣に寝転がり身体ごと抱き寄せる。

その拍子に、豊かで、たわわな胸に白雪の顔が沈み込む。形のいいセリスの胸部がふにゅんと形を変える。

そんなこと気にしていない、逆にもっと深く抱き寄せていた。

暫く、寝ている白雪を堪能したセリスは白雪の頭を優しく両腕で包み込み、

 

「シロちゃん。あなたになら、わたしの全てをかけていいのかもしれないわ」

 

その言葉を最後に、白雪を抱きしめたままセリスは意識を手放した。

 

 

夜が明け、朝がやってくる。

起こされない限り眠り続ける白雪は、何かに包み込まれている感覚を覚えた。

ぎゅっと抱きしめられてはいるが、苦しさなどは一切感じず、逆にふわふわとした心地よさに、思わず全てを預けたくなる。

優しく、温かいぬくもりに知らず知らずに、求めるよう白雪は手を伸ばしていき、恐ろしく柔らかな“何か”をつかんだ途端。

 

「……んっ」

 

ふにゅ、っという柔らかな感触が手に当たると共に、そんな声が聞こえてきた。

 

(なんだろう、これ? すごく柔らかくて、気持ち良い……)

 

ふわふわとした肉厚で、すべすべしていて、とても柔らかい。まるで捏ねたてのパン生地のような弾力をもっており、むにゅっと沈み込んでは、白雪の指を押し返してくる。

その感触が心地よくて、白雪は目を閉じたまま、何度も何度もそれを揉みほぐしているとーー、

 

「ん、んう……」

 

聞こえてくる声が、悩ましげなものに変わる。

そこで初めて、白雪は何か変だと気付き瞼をゆっくりと持ち上げる。手は揉みしだいたままで。

 

「んっ……、やん、シロちゃんったら、わたしの胸がそんなに良かった? ふふふ、エッチさんね」

 

「ッーーーー!?」

 

白雪の意識が一瞬にして覚醒する。

布団から飛び起き、声が聞こえてきた方……自分が眠っていたすぐ隣を見る。

そこには、学園指定の制服を着たセリスがいた。ほんのり、頬を朱の色に染めていたが、白雪に向ける笑みは妖艶なもので、思わずゴクリと唾を飲んでしまう。

着ている制服ーー特に胸の部分が着崩れしている分、更に艶かしく感じる。

それを見た瞬間。白雪は、先程感じていた感覚を思い出し、自分が触っていたところがどこなのかを悟る。

途端に、白雪の顔が赤く染まる。

 

「顔を赤くしちゃって……。ねぇシロちゃん、わたしの胸、触ってみてどうだった?」

 

「………………」

 

(そ、そんなこと言えるわけないだろっ!)

 

「黙りしてないで教えて? じゃないとーー」

 

セリスが言葉を区切ると、白雪に詰め寄り手を取る。

手を取られた白雪は、嫌な予感がした。取られた手を今すぐ離さないと大変なことになるぞと、本能が告げていた。

しかし同時に、このまましていれば祝福の時が過ごせるぞ、とも告げており、寝起きで起きていない脳みそでは瞬時にその判断を下すことができず、刹那の時とはいえ戸惑いで止まってしまった。

その一瞬の隙に、セリスに手を引かれ、気付いた時には既に、その豊かすぎる胸に指が沈んでいるところだった。

 

「はっ、んう…………どう、シロちゃん?」

 

大胆過ぎるお嬢様の行動に驚きはあるが、それよりもいち早くこの状況を脱出しなければならない。力ずくで抜け出そうと試みるも、セリスの筋力の前に断念せざるおえない。

彼女があり得ないほど筋力が強い。魔力を利用していたとはいえ《皇鮫后》のような巨大な固有霊装を振りまわせるのだから。

他の方法としては、聞かれた質問に素直に答えればすぐに解放してもられえるかもしれないが、答えるのは癪だ。

決して胸に触れていたいからという不純な理由ではない。決して不純な理由ではない。

大切なことだから二度いう。

 

(けど、正直言うとすげぇ気持ち良い。できればずっと触っていたいくらい……あれ? これって不純な理由じゃね?)

 

いやいやと、頭を横に振り否定する。

さて、どうやって打開しようかと頭を悩ませる。

 

「気持ち良いでしょ? わたし結構身体には自信があるの」

 

「うん、凄く気持ち良かったーーーーって、はっ!」

 

自分が何を口走ったのか。

抜け出す方法を深く思考していたため、セリスに投げかけられた質問に、思っていたことをさらっと話してしまった。

「よ、良かったわ。わたしの胸、気に入ってもらえて。ーーーー貧乳が良いなんて言われたらどうしようもなかったもの」

 

そう言うセリスの言葉はとても嬉しそうだった

反面、やはり胸を触らせるのは恥ずかしいようで、顔は真っ赤だった。

最後に小さく何か言っていたような気もするが、自分の失態をどう払拭するかを考えていたため聞き逃してしまった。

 

(恥ずかしいなら自分から触らせなかったら良いのに……)

 

漸く解放された手を胸元から離して、白雪はそう思った。

流石に脳も起きた白雪は何故、一国とまではいかないが、立派なお嬢様であるセリスが破廉恥な行動に出たのか疑問に持った。

肌すら見せることに抵抗があるはずだ。

それはステラが一輝に肌を見られたことに激怒していたことから証明されている。それはセリスにも当てはまることだろうと、白雪は思っている。

でなければ昨日、可愛いと言われただけで照れていた純粋な彼女はなんだったのかと言いたい。

 

「ねぇ、シロちゃん。少しだけ、真面目なお話いいかな?」

 

そこには顔の火照りもおさまったセリスが正座していた。

そこに先程までの甘い? 雰囲気はなく、無意識に背筋を伸ばしてしまうほど真剣味の帯びた視線をセリスから感じられる。

なんだ? 正座なんかしてと、急な変化に、少し警戒してしまう。

しかし、それは無駄に終わる。

何故なら、次にセリスが言った言葉は、白雪が驚きに言葉を失い、思考を停止させるには十分すぎる内容だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春日野白雪さん。わたしと、結婚を前提にお付き合いしてください」

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は説明会です。
なので話はあまり進みませんでした。


・“卍解”
この作品内では“卍解”を使えるのは白雪だけにしようかなぁ〜と考えています。卍解をバンバン出してしまうと、作品内のパワーバランスが崩れてしまい、原作キャラたちの影が薄くなってしまう恐れがあるからです。
ですが、他の卍解を、伐刀絶技として登場させようかとは考えています。
伐刀絶技なので、卍解すると五倍から十倍まで力が上がるというのはありません。
だから、ブリーチで使われる卍解よりも少し劣化しているかもしれません。


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episode.8

今回もギリギリ……。


 

 

この国では十五歳から元服を迎え、大人の仲間入りになる。つまり、一応白雪とセリスも結婚できる歳で、今の時代では、結婚という言葉は案外身近に感じるものになっている。

なので、結婚を前提にという告白は、プロポーズと捉えられてもおかしくない。

セリスは文句なしに美少女だ。

だが突然、そんなお嬢様から結婚を前提に付き合ってほしいなんて言われれば、困惑してしまうのも事実。

もしかしたら、何らかの悪戯や冗談の可能性も考えられる。

だが、白雪はその考えを瞬時に否定する。

何故なら、このお嬢様が悪戯に告白なんてできるだろうか?

答えは否だ。胸を触らせていたが、あの時の白雪の手を握る彼女は羞恥に身体を震えていた。

それに、キラリと美しく輝いて見えるその双眸は、ただ一点、白雪の瞳を見続けていて、それと目を合わせた白雪は彼女が本気なのだと、言われずとも理解できた。

しかし、ならば尚のこと白雪は困惑した。

何故自分なのだろう?

と。

セリスと会ってまだ二日目。初日も、模擬戦を行っただけで、好感度を上げるような行動も言動もした覚えはない。

ましてや、実は会ったことがある、なんてベタなこともない。

可能性としては二つ。

知らず知らずの内に、セリスの好感度を上げるような事をしていた場合。

それと、何か別の目的がある場合。

可能性としては、限りなく後者のほうが高いだろう。

取り敢えず、いつまでも黙っているわけにはいかない。白雪は一旦、疑問についての思考を止め、返事を返すことにした。

告白されているのにいつまでも黙っていては失礼だろうから。

白雪の答えは決まりきっている。白雪は、面倒ごとをとことん嫌う。

 

故に、

 

「ごめんなさい」

 

困惑はすれど、迷いはしない。

まだ面倒ごととは決まったわけではないが、白雪は直感的に感じ取ったのだ。

断らなければお前に平穏はないぞ、と。

 

「断られるであろうとは思っていたけど、迷いなく言われるなんて……」

 

ショックを受けたようで肩を落とすセリス。

だが気を取り直して、再度アタックを仕掛けてきた。

 

「もしわたしと結婚したら、シロちゃんの好きな飴、いつでもどこでも食べたい放題よ?」

 

「………………」

 

何も答えず無視を決め込むが、ピクリと体が動く。それを見逃さなかった彼女は、にやりと口を歪ませ続きを話す。

 

「それに働かなくて済む上に身の回りの世話は全てメイドや執事らがやってくれるわ。飴が毎日食べれて、身の回りのことは他に任せられる。シロちゃんにとって夢のような生活じゃない?」

 

「………………」

 

先程のように無視を決め込んでいるが、動揺しているのがバレバレだ。身体は自分の意思とは反して素直に反応するもの。

そのことに白雪はくっと、悔しそうな声を漏らす。

あと一押しと思ったのか、セリスは更に好条件を突き立てて、逃げ場をなくしていく作戦に出た。

しかし、どれだけ好条件を並べられても白雪は頷くつもりはない。

確かにセリスの言う生活はとても何て言葉では足りないくらい魅力的で、夢のようだ。

しかし白雪は知っている。

 

タダほど怖いものはないっ!! と。

そんな夢のような生活を提供して、裏がない何て無い。必ずそれと同等の見返りを求められるはず。それは、白雪の平穏の終わりと同義だ。

 

(そんなこと、神が許しても俺が許さないーーーーっ!!)

 

だが、何故いきなり告白してきたのか?

気にならないわけはなく、白雪はセリスに尋ねた。

 

「セリスはどうして俺に告白したの? セリスはお嬢様なんだから引く手数多だろ」

 

「…………ええ、隣国から婚約の話は幾つもきているわ。でも、わたしはその話すべてを断っている。その相手が好きじゃないって言うのもあるけど、非伐刀者だったり、伐刀者でも弱かったりするからよ」

 

「なんで? 結婚とかに強さとか関係なくないか?」

 

率直に、思った疑問を言う白雪。

その疑問に、セリスは自国のことも交え話し始めた。

 

「シロちゃんも知ってることだろうけど、ヴァーミリオン皇国は小さい国なの。それは国の大きさ、人口もそうだけど、軍事力も同等。他国に攻められたらひとたまりも無いわ」

 

A級騎士が二人もいる時点で軍事力に関しては過剰だろうとツッコミたい。が、それでも国が相手ならば数の暴力で押し切られる可能性は限りなく高いだろう。

それが十年に一人、いずれ歴史に名を残す大英雄と謳われようとだ。

 

「だからわたしは修行も兼ねてこの国に来た。あの国にい続けたらきっと、わたしとステラは強くなれないと思ったから」

 

セリスがなぜこの国に来たのかはわかったが、肝心の結婚についてはまだ聞かされていない。

別に催促はしないが、結婚前提にお付き合いを申し込まれた白雪はそこが一番知りたい。

まぁ、何となく気づいてはいるが……。

 

「それと結婚がどうして繋がるかってことだったわね。さっきの話で予想はできたと思うけど、これからのヴァーミリオンには強い伐刀者が必要なの。それも生半可な強さじゃなく、それこそ“歴史に名を残せる程”の強者が」

 

セリスの真剣な眼差しが白雪へ向けられる。

そこまで言われれば、例え鈍感であったとしても理解するだろう。つまり、彼女の告白の意味、そして目的はーーーー

 

 

「A級騎士でいて、わたしよりも強い。“卍解”を使えば他のA級騎士すらも軽く凌駕できるその力が、自国を守るために欲しいの! だからお願い。わたしと付き合って……いいえ、結婚してください」

 

「…………」

 

布団の上で、向かい合う形で座っているセリスが頭を深く下げてお願いする。

それを見て白雪は考える。

この話を受けるメリットとデメリットを。この話を受ければ、将来は約束されたようなものだろう。だが、もし将来、戦争などが起こったとしよう。セリスの話が確かなら、白雪は戦場へ駆り出されることになるだろう。それも最前線に、戦争が終結するまで。あくまで、戦争が起きればの話だが、今の時代。完全にないとは言い切れない。何かの拍子で起きてもおかしくはないのだ。

 

「なら、尚更ごめんなさい」

 

「ーーーーっっっ!!」

 

セリスの顔が悲痛に歪む。

 

「どう……して? わたしってそんなに魅力がない? それともまだ何か足りない? 言って。できることなら何でもするから!」

 

すがりつくように白雪の袖を掴む。そこまで必死なのは国を愛するがため。ヴァーミリオン皇国は国王、貴族、民など関係なく皆等しく家族。家族を守りたいのは当然であろう。

しかし、ならば尚更ーー、

 

「別にセリスに魅力がない訳でもないし条件が不満な訳でもない」

 

「じゃあーー」

 

「もし、本当に国を救いたいというのなら、俺は止めておいたほうがいいよ」

 

「…………え?」

 

セリスの言葉を遮って出てきたのはそんな言葉だった。セリスは白雪の言った意味を一瞬理解するのが遅れたのか、少々間があった。

 

「俺は見ての通りこんな性格だし、例え戦争なんかに連れて行ってもみんなと連携も取れず足手まといになるだけ。そんな奴いない方が逆に国のためだよ」

 

「そんなことは……」

 

ないとは言い切れないだろう。きっとセリスは今、昨日の模擬戦で氷輪丸が観客の生徒たちに被害を及ぼしたことを思い出しているのだろう。

 

「それに、俺は戦力としては不安要素が多すぎる。今回セリスに見せた“卍解”あれはまだ未完成なんだ」

 

「ーー!? うそ……ッ!! あれで……まだ未完成……?」

 

セリスが驚愕に目を見張るが、白雪はなんでもないように話を進める。

 

「なにも未完なのは“卍解”だけじゃない。俺の固有霊装……《氷輪丸》すら、きちんとした固有霊装ですらないよ…………まぁ、“卍解”も《氷輪丸》も、完成することは無いだろうけどね」

 

(ま、結局のところ俺は“伐刀者”としても未完で、それを踏まえた上で未熟すぎるってことだな)

 

「…………固有霊装すら未完……? 完成することは、無い……? そんなことがありえるの……」

 

当然の疑問だ。“卍解”ですら知らなかったのに、更に固有霊装まで未完成など知り得なくて当然。白雪が例外中の例外すぎだだけなのだ。

しかし、セリスの疑問にあまり深く聞かれたく無い白雪は苦笑で返すのみ。

その気持ちを察知してくれたのか、セリスの追求はなかった。

ありがとうと、心で感謝しつつ白雪は話を終わらせる様に進める。

 

「気にしなくても、セリスなら近いうちに俺を超える伐刀者になれるよ。昨日戦った感じ、セリスは魔力制御が雑だから、そこを意識して訓練すれば今までより格段に強くなれる!」

 

珍しくはっきりと言う。

いつも怠けている白雪には到底見えないだろう。しかし、白雪のその姿は、“妹の世話を焼く兄の様”にセリスの瞳に映った。

 

 

「はぁー! はぁー! ゴール……ッ」

 

「おつかれさま」

 

「へ、平気よ……ッ、こ、これくらいっ」

 

流れる汗を拭く余裕も無いほど疲れきっているくせに、ステラはたいした根性だ。

が、それはステラだけでなくこの場にはたいした根性持ちは他にもいる。

 

「はぁー、はぁー、よ、よくこれほどの練習量を、はぁー、毎日こなせるわね……ッ」

 

一輝の日課の特訓に、前々からステラとセリスも加わっていた。いつも気まぐれに参加していた白雪も驚くことに毎日顔を出していた。

それもそのはず、白雪の意思とは関係なしにセリスが部屋から連れてくるからだ。

しかし、その当の白雪は先ほどから姿が見当たらない。

まさか帰ったのか? と、セリスは辺りを見回す。すると、近くのベンチから誰かの息遣いが聞こえてきた。

 

「すぅ、すぅ……」

 

近づいてみれば、ベンチに仰向けで寝息を立てていた。それはもうぐっすりと。

これは起きないと知ったセリスは白雪の頭を浮かしそこへ座る。そして、白雪の頭を自身の膝の上えと乗せる、膝枕だ。

自分とはまた違った綺麗な銀色の髪を、割れ物を扱う様にソッと撫でる。

くすぐったそうに頭を揺らす白雪を見て、セリスは微笑む。

その笑みはまるで、手のかかる弟を見守る姉。

 

「ちょっとセリス。次はじめるわよ」

 

名前を呼ばれたセリスは一度頭を撫でる手を止め、白雪の寝顔を見ていた顔を上げる。

声の主、ステラが固有霊装《レーヴァテイン》を片手に待っていた。

どうやら、休憩はおしまいのようだ。

寝ている白雪を起こさないよう今度も頭を浮かせ、立ち上がる。

 

「セリス、こいつは起こさなくていいの?」

 

「こいつって……彼みたいに名前で呼んであげなさいよ」

 

「一輝のことは関係ないでしょ!? それに、アタシはまだこいつの事認めてないんだから!」

 

「どうしてよ。シロちゃんはわたしに勝ったのよ?」

 

「それが未だに信じられない。百歩譲って、セリスが負けたことは納得してあげる。でも、手も足も出ずに完敗って、それだけは信じられないのよっ!!」

 

「それは理事長さんにも聞いたでしょ? あれは本当の話よ。前半はいい感じに戦ってはいたけど後半からはわたしは手も足も出せず敗北したの」

 

「だから、それが信じられないって言ってるのよ!」

 

セリスの実力を、一番知っているからこその白雪へ対する疑問で、疑心。

セリスとステラはヴァーミリオン皇国ではライバルとして何度も己を高め合ってきた。

だからこそ信じられないし、信じたくないのだ。自分のライバルが、どこの馬の骨とも知れない伐刀者に負けたことが。

しかし、そう思っているのはなにもステラだけではない。

 

「そうは言うけど、実際のところわたしの方が信じられないのよ? ステラがFランク騎士に負けたことが……それに比べたら、わたしの完敗なんて大したことではないでしょう? シロちゃんはA級騎士なんだから」

 

「ーーッ!! そ、それは……、アタシだって正直驚いたわよ。でも、それは一輝が死ぬような努力を何年も続けていたからよ。こいつみたいにぐうたらしてるだけの怠け者と同じにしないでよ!」

 

この発言には、ついカチーンときてしまった。

それはセリスがバカにされたからではない。白雪がバカにされたからだ。

 

「ほぅ、ならステラはわたしがぐうたらの怠け者に負ける弱者であると? それならわたしは怠け者以上の怠け者ってことね」

 

いや、やはり自分がバカにされた事に少しは怒っていた。

 

「なっ……! そんなこと一言も言ってないじゃない……ッ!」

 

「いいえ。ステラはそう言ったも同然よ? 怠け者に負けたわたしは怠け者以下だって」

 

売り言葉に買い言葉。二人の言い合いがどんどん激しくなっていく。すると、ステラから炎がメラメラと燃え始めた。それはセリスも同じで、水がセリスを守るように現れる。そして、終いには固有霊装まで顕現させるまでにエスカレートしていく。流石に見過ごせなくなったのか、セリスとステラの間に一輝が割って入ってきた。

 

「ふ、二人ともっ、喧嘩はその辺にしてーー」

 

「ちょっと一輝! 邪魔しないでよ」

 

「ええ、そうね。これはわたしとステラの問題。部外者は黙っていなさい」

 

できれば一輝もこの中に割って入りたくなかっただろう。それは一輝の引きつった顔からはっきりと読み取れた。しかし、ここでセリスは引くつもりはなかった。この脳筋女に、白雪をわからせてやると。

ステラを睨むセリスに、セリスを睨むステラ。

両者一触即発の空気。

もう、その激突は止められない。

セリスは《皇鮫后》を握りしめ、地を蹴ろうと足に踏み入れた瞬間。

 

 

 

「いい加減うるさい」

 

 

『な…………っ!?』

 

鬱陶しそうな声とともに、バシィィンッ! と、二人は固有霊装ごと、下半身が凍りついた。

「シロちゃん!? いつの間に起きて……」

 

「ウソ……アタシの炎がこんな簡単に凍らされたなんて……」

 

セリスは模擬戦で悉く技を凍らされた経験からなんともなかったが、ステラはそうはいかなかった。氷と炎。明らかに炎が結果的に勝つはずだが、先ほど凍らされたステラの炎は一向に溶ける気配がない。その事に、ステラは歯噛みし、そして同時にわかってしまう。白雪の実力に。

「喧嘩するなら他所でやってよ……。こんな所でA級騎士同士が戦ったら近くで寝てる俺まで被害受けるどころか学園そのものが危ないよ」

気持ちに駆られてその事をすっかり忘れていたセリスは氷を解かれたら直ぐに固有霊装を消した。

 

「ごめんねシロちゃん。わたしもどうかしてたわ、こんな場所で戦おうだなんて」

 

「正直、どこで誰が戦おうと俺には関係ないけど、せめて俺が被害受けないよう気をつけてね」

 

それだけ言うと、白雪はまた眠ってしまった。

一瞬の出来事に、ステラはまだ悔しそうに顔を歪め、一輝は苦笑していた。

若干、気まずい空気にはなったが、一輝が朝練を開始した事によってそれは消えた。

だが、その時のステラの鬼気迫る勢いには恐怖を感じたと、後に二人は語った…………。

 

 

 

 

 







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episode.9

 

 

朝のトレーニングが終わり、セリスに部屋まで運ばれた白雪は、シャワーで汗を流し、学園の制服に着替えていた。これがまだ休みならば私服でもよかったのだが、今日は始業式だ。

どこの学校もそうであると思うが、校則で学園がある日は制服着用と決められている。

 

「…………怠い……眠い……」

 

半分しか空いていない瞼が、今にも閉じそうだ。今日は始業式とあって、白雪は頑張って重い瞼を半分で維持しているのだが、そろそろ限界が近い。このまま寝たい欲求にかられるが、始業式や学園を欠席すると黒乃に何言われて、どんなペナルティーが課されるかわかったもんじゃない白雪は必死だった。

人差し指で無理やり瞼を持ち上げたり、両手で頬を叩き、つねったりと目を覚ます努力をしていた。

しかし効果はいまいち。

「寝ちゃダメよ? これから始業式なんだから」

 

セリスにも釘を刺される。

 

「もう……むり……いしきが………………とぶ……」

 

「いつまでも布団に入ってるからそうなるんでしょう? ベッドから降りなさい」

 

学園へ向かう準備をしながら白雪に注意するが、意識が朦朧としている白雪は聞いていなかった。

 

(ぐへ、もう寝ちまっていいんじゃねーか?)

 

突如そう、悪魔の囁きが脳内に届く。

寝る寸前の白雪にはその誘惑は絶大な効果を発揮する。

しかし、

 

(惑わされてはダメよ。ここで寝てしまったらセリスさんに迷惑がかかってしまうわ)

 

悪魔の囁きに対抗するように天使の囁きが白雪に届く。

 

(誰かに迷惑かけるなんて今更だろ? だから遠慮することねぇって)

 

すかさず悪魔が睡眠へと誘う。

もう寝たい白雪は悪魔にかたよろうとする。それを感じ取ったのか天使は囁やく。

 

(今まで迷惑をかけていたから、これからも迷惑かけていいなんてことはありません。迷惑をかけていた分、逆に自分が恩返しをしないと)

 

天使と悪魔の言い争いが激しさを増していく中、ふと、ある事を思い出した。

それは、まだ春休みの頃、一輝の朝のトレーニングに行くつもりのなかった白雪はセリスに抱えられて、連れて行かれていた。

 

(それなら学園までセリスに連れて行って貰えばよくね?)

 

そこまで考えが及んだ瞬間。白雪は、ならセリスに任せようと、耐えていた瞼を躊躇いもなく閉じ、プツンとテレビが消えるみたく白雪の意識は黒く塗りつぶされた。

 

 

結果に至った経緯はどうにしろ、勝者は悪魔だった。

 

 

 

ゆさゆさ、ゆさゆさ。

身体を左右に揺らされる感覚に、沈んでいる白雪の意識が浮上していく。

少しずつ瞼を開いていくと、その隙間から光が差し込んでくる。光が眩しいが、目を擦り眠りから覚めていく。

 

「……ふぁ…………、ここ、どこ?」

 

「教室よ。もう、シロちゃんったら結局は寝ちゃうんだから」

 

寝起きの白雪の頬をツンツンと突きながら、口では不満そうに、顔はにっこりしていた。

多分、頬を突くのが楽しいのだろう。

 

「あ、……そっか、俺寝ちゃったんだ……ってことはセリスが連れてきてくれたってことだよね? ありがとう、セリス」

 

「いいのよ、気にしないで。朝練の時もやっていたことだから」

 

そう言ったセリスは男女を魅了するほどの笑顔をしていた。

まさにそこを狙って寝た白雪の思惑通りだったが、その笑顔を見ると、罪悪感が湧いてくる。

白雪はもう一度ありがとうとお礼を言うと、机に倒れていた身体を起こす。

すると、ちょうど教室のドアが開き、スーツを着た一人の男性が入ってきた。

 

「あの人がこのクラスの担任か〜」

 

普段、自分の気に入った人物や関わりが深かった人しか覚えなかった白雪だが、一応自分の担任であろう人物だけは頭に入れることにした。

ーーーーしかし、

 

「なんか普通ね。伐刀者を育成する学園の講師なんだからもっと厳ついを想像していたのだけど」

 

そう、言葉を漏らした通り、教壇に立った担任? は、この学園の雰囲気にあってない印象が強い。

年のころは四十路前後。黒縁眼鏡に髪は七三分け。風采の上がらないことこの上ない。くたびれたサラリーマン然とした男である。

教師が来たことにより、生徒はいつの間にか皆、着席していた。

 

「新人生のみなさん。入学おめでとうございます。君たちの担任を務める田中太郎だ。よろしく」

 

名前までパッとしない。

 

「今日は初日なので授業はありません。しかし、先生から『七星剣武祭代表選抜戦』について連絡がありますので、皆さんは生徒手帳を出してください」

 

この学園の学生証は、身分証明から財布、インターネット端末と、何にでも使える優れものである。

 

「理事長が言っていた通り、去年までの『能力値』は廃止し、『全校生徒参加の実戦選抜』に制度が変わります。選抜戦上位六名が選手として選抜される。試合日程や場所などは『選抜戦実行委員会』からメールで送られてきます。指定の日、時間、場所に来なければ不戦敗扱いになるので気をつけるように」

 

その後は、生徒からの質問タイムで、それが終われば解散と言って田中太郎は教室から出て行った。

あまりに呆気なく終わった説明に、生徒たちから戸惑いが見て取れたが、暫くすると各々席を立ち帰る支度を始めた。

「じゃ、帰ろっかな……って重……」

 

さっきまで寝ていたからか、重い身体を、両腕を使い持ち上げ立ち上がる。

あのふかふかな布団に包まれたい白雪は早々に教室を出ようと、セリスが持ってきてくれていた荷物を持った。

 

「あら、もう帰るの? わたしこれからステラのいる教室に行こうと思っていたのだけれど」

 

「えー、俺はいいよ。わざわざ四組から一組まで行くなんて怠いし……それにーー」

 

そこで白雪は教室を軽く見回して、もう一度セリスに向かい、

 

「周りの視線も鬱陶しいから」

 

「ああ……、なるほど、シロちゃんらしいわね」

 

十年に一人と言われるA級騎士がクラス内にいるだけで注目されるのは当然。それに加え、白雪とセリスの容姿も注目に尺をかけているだろう。止めに、昨日の模擬戦だ。途中からあの戦いを見ていたのはレフェリーの黒乃のみ。

どっちが勝ったのか、気になっているはずだ。

 

が、見ての通り白雪はこの性格。

話しかけたくても寝ているか、話しかけるなオーラを振りまいている。しかしセリスに話を聞こうにも、側には白雪がいるのと、その人間離れした美貌に気後れして話しかけられない。

そうなれば後は遠くからチラチラと見ているしかなくなる。

変な空気が教室内を占めている中、一人の女子生徒が変な空気など気にしないとばかりに、教室から出て行った。

 

『おい、今の『深海の魔女』(ローレライ)じゃないか?』

 

『あの黒鉄家の?』

 

『間違いないって、さっき自己紹介で黒鉄って言ってたしーー』

 

今しがた出て行った生徒について周りはヒソヒソと小声で話し始めた。

『黒鉄』この苗字は白雪の友人である一輝と同じだ。そう言えばと、前に一輝が妹が今年入学すると言っていたのを思い出した白雪は、彼女が彼の妹で間違いないだろうと、一人納得した。

 

(……おっ? 一輝の妹に注目が集まっている今なら誰にも見つからず教室を抜けられるか?)

 

多くの視線に晒されながら帰るなんて生理的に嫌だった白雪は今がチャンスと、気配を消して教室を出ようとしたーーーーが、誰かに腕を掴まれ失敗に終わった。

いや、誰かなんてすぐにわかる。白雪の気配を掴めるなどこのクラスにはそうそういない。もしいたとしても白雪の腕を掴めるほど親しい、もしくは度胸のある奴なんていない。

となるとーー、

 

「なに? 俺は今すぐ帰るから手を離して、セリス」

 

「シロちゃんも一緒に行きましょ? ステラと黒鉄くんのところに」

 

「怠いからヤダ。行くなら一人で行って」

 

そう言って腕を解こうとすると、腕を掴む握力が強まった。

 

「……痛いから離して」

 

「一緒に行きましょ」

 

「離して」

 

「行きましょ」

 

「…………」

 

「…………」

白雪はいつもと変わらぬ眠たげに半分閉じた目を向け、そしてセリスは男女関係なしに魅了する微笑みを浮かべている。

しかし、そんな表情とは裏腹に二人から放たれる威圧感は凄まじかった。

 

『ひっ……!』

 

『こ、これ、絶対まずいだろ……』

 

『ってか、この教室異様に寒くねーか?』

 

『見ろよ! 教室のいたるところが凍ってやがる!』

 

まだ教室に残っていた生徒が言った通り、教室の温度が急激に下がり、凍り付いていた。

二人から放たれる謎の威圧感に、生徒たちは皆逃げようとするが、恐怖で身体が竦み動けず、冷や汗をだらだらと流していた。

固有霊装すら顕現させ、今すぐにでも戦闘が始まりそうな雰囲気を破ったのは、意外にも威圧感を放つセリスだった。

 

「ならこうしましょう? わたしがシロちゃんを抱えて歩くの。今朝と同じように。簡単で、シロちゃんは歩くという怠い動作を省ける。わたしはシロちゃんと一緒に行ける。どう? お互いの条件は満たしていると思うけど」

 

「………………なんで俺を連れて行きたいのさー」

 

「なんでって、シロちゃん目を離すと心配なの。どこか道端で倒れて寝てないかーとか、飴に釣られて変な人について行かないかーとかね」

 

「俺はあんたの子供かっ!?」

 

「子供というより弟ね」

 

「弟じゃねーよ!? 逆に俺は立派なおにい………………」

 

「おにい?」

 

さっきまでの勢いはどうしたと言いたくなるほどに、白雪は静まり、黙った。

突然の変化に困惑した表情をするセリスを、申し訳ないと思い、何でもないとそこで話を切った。

 

(自分の事情のせいでセリスとの空気を悪くするのはごめんだ…………それに)

 

「…………何が立派……だよ」

 

誰も聞き取れない音量で呟いたその言葉は、騒がしい教室内に溶けて、消えていった。

 

 

 

 

 

「疲れたぁ。そして眠い……」

 

寮へ帰ってくるなりそう呟いた白雪は、荷物を適当な所に放り投げ、二段ベッドの上段へ登るために梯子に足をかけた。

そこで、白雪はある違和感を感じた。

ーー何かがおかしい……。

セリスとの模擬戦の日から始業式までの数日。

住んでいたがこんな違和感を感じたのは初めてだ。

「酷いわね、シロちゃん。一人だけバレないように逃げるなんて」

 

違和感の正体を突き止める前に、あの騒動に巻き込まれたセリスが帰ってきた。

あの騒動とは、簡単に纏めるとステラと一輝の妹、黒鉄珠雫が喧嘩を始め、固有霊装で教室を吹き飛ばしたことだ。

その場に白雪とセリスもいたのだが、いち早く面倒ごとを察知した白雪は教室が吹き飛ばされる前にセリスの目を盗んであの場から逃げた。

逃げた直後に、背後から爆音が聞こえてきたときは、逃げて正解だと白雪は自分の直感に感謝した。

「だって、あの場にいたら絶対俺まで飛び火しただろうから……案の定、セリスも巻き込まれただろ?」

 

「ええ……」

 

頷く彼女を見て、やっぱりとあの場にいなかったことに安堵する。

白雪はまだ梯子に足をかけたままだったことを思い出し、上段へ梯子を上っていく。

そこであることに気づいた。

ーーあれ? 梯子を上る?

白雪は、黒乃に連れてこられたときのことを思い出す。

まだ部屋が一人のとき、二段ベットの上に上るのが面倒くさくて、下段で寝ていたはず。

それはセリスが初めて部屋に来た時も、ベットの下段にダイブしようとしたのはまだ記憶にある。

なのに何故、今自分は梯子に足を置き、更には上ろうとしている?

そこまで考えたところで、感じていた違和感の正体に気づき、白雪は「あああっ!!」と大声を上げる。

 

「…………!? な、なに、シロちゃん?」

 

脱衣所から私服に着替えて出てきたセリスは声を張り上げた白雪に驚き、その金色に光る綺麗な瞳を丸くしていた。

キラッと光って見える瞳は宝石のようで見惚れてしまう。しかし、白雪はそんなこと知らんとばかりにまた同じ声量で続ける。

 

「いつの間に俺がベッドの上で寝てるの!? セリスが来る前までは下のはずだったのに」

 

「ああ、そのこと。それは理事長さんがやったことよ。『レディーファーストだ。それにあいつは少しは苦労というものを知る必要がある。例えそれが梯子を登る小さなことでもな』だって」

 

「本当に小さいなっ!?」

 

そう突っ込まずにはいられなかった。

 

「けどまぁ、理事長さんの言うことには一理あると思うわ。急に大きな面倒ごとが来たらシロちゃん絶対やらないでしょ? 」

 

「今まで俺を持ち上げてベッドの上に乗せていた本人がそれを言うか……」

 

白雪はそう言うがセリスは知らんととぼけて見せる。

 

「それに、この国には“塵も積もれば山となる”って言葉があるぐらいなんだし、ちょうどいいと思うわよ?」

 

「何が塵も積もれば山となるだよ。積もるのは俺の疲労とストレスだけだ」

 

「ふふ、ならストレス解消に今週の休みの日にデパートにでかけよっか」

 

その提案に一瞬嫌な顔をした白雪だったが、あの約束があることを思い出して頷く。

 

「別にまだストレスが溜まったわけじゃないけど……、模擬戦に勝った約束として、飴を買ってもらおうかな」

 

模擬戦に勝てば飴を買ってもらう。その約束で初めた戦いだ。

ーーきっちり約束は守ってもらわないとな。

 

「じゃあ、当日はデートね。こっちでの生活用品とかも買いたいから朝から行きましょう。あ、寝ていたらわたしが起こしてあげるから安心してね」

 

芸術的な美しさを持つセリスとデートとなれば、男なら舞い上がる出来事だろうが、白雪はジト目でセリスを一瞥した後、気になっていたことを聞いた。

 

「気軽にデートとか言ってるけど、セリスって初めて会ったときはもっと、大人しめっていうか、そっち方面には初心だったよね?」

 

「それはそうよ。男性なんてお父様以外なら一人しかあまり合わないんだから。でも、妹達がいるからかな? シロちゃんはなんて言うか、弟みたいな感じなの。だから、少し大胆な台詞くらいへっちゃらだわ」

 

別に異性としてみて欲しいわけではない。けど、最近子供のような扱いを受けていたのはその為かと今ので察する。

弟(子供)のようと言われては黙って入れない。

 

「なら、セリスは弟にプロポーズする変態なんだ」

 

たったの一言がセリスの胸にグサリと刺さったようで、目にめえて動揺していた。

 

「そ、そそそそれは…………オホン、ま、まだあのときはシロちゃんの事を弟として見ていなかったからセーフよ。ええ、セーフですとも」

 

頬を赤めて必死に弁明するその姿を笑って見ていた白雪はちょっとだが仕返しができたからいいかと、セリスを無視して上段の布団にくるまった。

 

「だからあれはーーーーって、シロちゃん! 何無視して寝ようとしてるのよっ」

 

寝るために横になっている白雪は肩を掴まれ強く揺らされる。その際頭もぶんぶんと揺れる。

そんな状況で寝れるはずもなく、現在も揺らされている白雪は思う。

 

ーーセリスをからかうのは極力避けよう。

 

でないと自身の安眠まで妨害されることになる、と。揺らされる中、白雪はそう、強く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode.10

今年最後の更新です。
最後の更新がちょうど10話目で、キリがいい数字ですね。
狙ってやったわけではありませんが笑笑
来年からは出来ればですが、更新速度を上げていこうと思っています。



 

 

セリスとショッピングモールに行くと約束した日の朝。学校の正門でセリス・リーフェンシュタールを待つ春日野白雪の姿があった。

白雪の格好は珍しくもいつもの学生服とは違う。シャツにジーンズという楽な格好。

白雪は学生服か、適当なジャージで言いといったのだが、セリスがそれを却下。ならばせめて楽な格好でとお願いしたところ、今の服装になったのである。彼女曰く、『デートなのだから最低の格好はして欲しい』とのこと。

そして、何故同じ部屋のはずの白雪が早めに来てセリスを待っているのかというと『デートらしく待ち合わせをしたい。』

そんな理由から白雪は今もこうして正門で待っていたのだが、そこで思わぬ人物と遭遇した。

 

「白雪くん? 珍しいね、君がこんな朝早くから起きてるなんて。何処かに出かけるの?」

 

そう訪ねてきたのは、白雪の数少ない友人、黒鉄一輝だった。彼も自分同様楽な格好だ。

後ろには瀟洒な仕立ての白いブラウスの上に春らしいカーディガンを羽織ったステラ・ヴァーミリオンもいた。

彼女は一輝について来た感じで、自分から白雪に声をかけるような事はなかった。

だが二人の顔には驚きの表情が浮かんでいたのを見て白雪は思った。

 

(二人は俺の性格をある程度知ってるから驚くのは当たり前か……)

 

白雪は朝、早く起きる事はあっても出かける事はない。それは実家にいた頃からも変わらずで、白雪本人すら驚いている。

「俺はセリスと一緒にショッピングモールへお買い物。模擬戦の約束を果たしてもらう」

 

それだけ言うと一輝とステラは「ああ」と頷き納得する。それと同時に、一輝たちは周囲を見回すと、今度はステラが尋ねた。

 

「で、そのセリスはどこにいるの? 近くにはいないようだけど?」

「セリスに待ち合わせをしたいって言われたからだよ。俺が後から行くって言ってるのにこういう時は男の子の方が先に行って待つものよって。だから先に行ってって言われて追い出されるようにしてここに来たんだ…………にしても遅いな」

 

そう言って不満な顔をする白雪に、一輝は苦笑。ステラはなんでそんなこともわからないの? と呆れていた。

そして「あのね」と続き、

 

「女性との待ち合わせなら男が待つのは当たり前なのよ。そんなこともわからないなんて、これだから世の中の男はダメなのよ。…………一輝を見習いなさいよ」

 

最後にさり気なく一輝を持ち上げる一言を言うが、隣にいいる一輝を気にしてか実際はごにょごにょとしか聞こえない。

一輝が最後の部分が聞こえなかったとステラに聞いていたが、白雪は別にどうでも良いことと思っているので、もう一度聞き直すという面倒ごとを避けた。

 

(遅いな〜、怠いな〜、眠いな〜、もう帰ろっかな〜)

 

実は正門でもう三十分ほど待たされている。

一般男性がデートする場合、待ち合わせに三十分待ったとしても、好きな女性とのデートのためなら不満はないことだろう。

だが、白雪の場合。性格的な面を見ると、例え十分であろうと待つことは苦痛だろう。それがましてや、恋人ではないのだから。

そう考えると、三十分も待っていたこと自体が奇跡に近い。

だが同時に、限界が近いのも確か。これ以上待たされるのなら、白雪は寮の自室へ帰ることだろう。というよりも、すでにそう思い始めている。まだ帰らずにいるのは、一輝とステラが白雪に話しかけているからだ。

特にステラは、セリスと小さい頃から仲が良かったため、彼女との約束を無視して帰ろうと雰囲気を出す白雪を正門にとどめていた。

 

「でももう三十分は待ってるんだよ? セリスは俺の性格をわかってるから、帰っても文句は言われないと思うけどなー」

「女の子は準備に時間がかかるものなの! それが異性と出かけるとなればなおさらね。それに、あんたとセリスは同じ部屋なんだから、帰ったところでセリスに連れてこられるだけよ? 結局は出かけることになるんだからそこで大人しく待ってなさいよ。それとも何? あんたは二度手間になるような“面倒くさい”ことを好きでやるの?」

「………………あ」

「白雪くんって、時々抜けてるよね……」

 

今気づいたかのような物言いに、一輝は苦笑する。

結局は出かけなければならないのなら、白雪は正門で大人しく待つことに決めた。

一輝が話し相手になってくれたお陰で、白雪は眠らずに済んだが、少し放置ぎみになってしまったステラは大変ご立腹だった。一輝は慌ててステラにも話を振るが、ヘソを曲げてしまい、プイと、顔を明後日の方へ向けていた。

 

(皇女様がヘソを曲げたら本当に面倒そうだなぁ)

 

必死にステラに話しかけている一輝を見て、白雪はそう思った。

それからどのくらい経っただろう? 時間経過で言えば五分。しかし、白雪にはもっと長く感じていた。

もう寝てしまおうか。白雪がそう思った矢先。

 

「はぁ、はぁ……ごめんなさい、遅れてしまって……」

「セリス、遅い……、よ…………」

 

息を切らしているところを見ると、彼女は走って来たようだ。

でも、四十分近く遅れてきたことには変わりない。白雪は文句の一つは言ってやろうとセリスを見た。そしてーーーーその姿を見て固まった。

それは一輝もステラも同じだった。

 

「本当にごめんなさい。服を選ぶのに悩んじゃって………どうしたの? みんな揃って固まったりして」

 

息を整えたセリスは、遅刻の理由を説明しようとするが、固まっている白雪たちを見て、不思議そうに尋ねた。

だが、白雪たちがセリスを見て固まってしまったのも無理はない。

彼らが固まっている原因はセリスにあった。

純白の清楚なドレスに、剥き出しの肩を隠すように春らしさの明るい色のカーディガンを着ている。飾り気こそ控えめだが、身に纏う少女が持つ優美さはまるで損なわれていない。

身体のラインがくっきりとわかる薄地のドレスのおかげで、普通の制服姿よりも豊かな胸がはっきりとわかり、艶めかしさが数段上がっているように感じられる。

「…………」

「…………」

「…………ちょっと、それは反則でしょッ!」

 

白雪は見惚れ、一輝は顔を背け、ステラは自分との差に悔しくて地団駄を踏んでいた。

「ーーーーッ! 一輝! ちょっとこっちに来なさい!」

「えっ、ちょっとステラ?」

 

ステラは顔を背けているが、一輝がセリスに見惚れていることに気づき、無理やり手を掴んで正門から離れていった。

その場に残された白雪とセリス。

セリスは急なステラの行動に固まる。

自分を見てからのあの行動だ。仕方がないといえば仕方がない。

「えっと…………、シロちゃん、どう?」

 

ステラたちが見えなくなると、白雪は漸く我に返る。すると、同時にセリスが自身の全身を見回しながら格好について尋ねてきた。

いくら毎日面倒くさいと全てを跳ね除けている白雪でも、セリスの優美さは面倒くさいで処理するには不可能だった。

でも、ここで素直に認めるのはどこか悔しいと思った白雪は、セリスから顔をずらしながらも言った。

 

「別に…………普通」

「フフフ、普通か」

 

白雪の顔をニヤニヤと見ているセリス。

彼女はわかっているのだ。一見、興味なさそうにしているが、白雪が照れて顔を背けたことに。

それはつまりは、全てを面倒と片付ける白雪が、照れてしまうほど、今のセリスは魅力的だということだ。

 

「ありがとう」

 

照れている白雪をからかってやろうかと考えていたセリスだったが、ご機嫌斜めになるのが目に見えていたため止めた。

「それよりもさ、早く行こ」

 

そう言う白雪に照れた様子は見られない。

待たされた分、早く行きたいと顔が物語っていた。

「そうね、行きましょうか」

 

セリスがそう言うと、同時に右手を向けてきた。

「うん?」

 

意味が理解できず、白雪は首をかしげる。

そしてセリスを見てみると、笑顔で「はい」とさらに手を近づけてくる。

ーーあれ? 何か持ってきてとか言われてたっけな。

 

そう思うや否や、白雪は思い出すため頭をひねる。思い出せないだけでポケットに入れているのかもと、ポケットを探ってみたが何もない。

 

「何をしているの? ほら、早く」

 

白雪の行動を不思議におもったのか、セリスが声をかけてきた。

白雪は正直に答えるべきか、決めあぐねていた。何を忘れたのかすら分からないが、誤魔化せるのならそれに越したことはない。

でも、手を差し出されている状態で誤魔化すなんてことができるのだろうか?

(どう考えても無理だろ。今要求されているのにどうやって誤魔化せと?)

 

そもそも、誤魔化そうと考える方が間違っているのだが、あの曇りのないセリスの瞳を見ると忘れたとは言いづらい。

どうしたものかと悩んでいると、助け舟が意外なところから出された。

 

「シロちゃん手を出して」

 

まさか当のセリスから出されるとは……。

何故、手を出してと要求されたのかは分からないが、せっかく出された助け舟だ。乗らない理由がない。

白雪は言われるがままに、左手を前に出した。

何をするか分からないが、忘れ物を追及されるよりマシだろうと考えていた白雪は、すぐに後悔することになる。

「…………? どうして俺とセリスは手を繋いでいる? 今からショッピングモールに行くから手を繋ぐ必要ないだろ?」

 

繋がれた手を訝しむように見ながら言う。

 

「何を言っているの? デートなんだから手を繋ぐなんて当たり前でしょ?」

「は、はぁぁぁっ!? デートッ!? 俺と、セリスがっ?」

 

この言葉に白雪は心底驚いた。

この女は何を言っているのだろうと。

デートなどと馬鹿馬鹿しいと、白雪は手を解こうとした。

が、セリスの手を握る力が強すぎて中々話すことができない。

 

「ちょっ……は、な、せ!」

 

力一杯引っ張り離そうとするが、一向に離れる気配がない。それどころか、どんどん指と指を絡められてガッチリとロックされていく。いわゆる恋人繋ぎというヤツにシフトしようとしているのだ。

片手では無理だとわかった白雪はもう片方の手も使い取り外しにかかった。

「ふんぬぅぅぅううっ!」

 

力の入れすぎで、手と顔が真っ赤になるが白雪は諦めない。

「そんなに私と手を繋ぐのが嫌?」

 

白雪の必死さを見ていたセリスが、眉を寄せ、悲しそうに聞いてきた。

別に嫌というわけではない。男ならば、セリスほどの美貌を持つ女性と手を繋いで歩けることは光栄なことだろう。

しかしだ。今回はまずい。白雪はセリスを見てそう思っていた。

何がまずいのか……理由は単純。

素の状態でも、女性なら憧れてしまう美貌を持っているセリスが、今日はデートということで気合いを入れてオシャレしてきたのだ。

正直言ってやばい。

普段のセリスの美貌が十倍以上に感じてしまう。

もう卍解を超えられてしまった思いだ。

今のセリスは男子はおろか、同性すらも魅了する美しさがあった。

それは白雪も例外はなく、言い訳の出来ない程に、セリスに魅了されていたのだ。

セリスを見ているだけでドキドキと心臓がうるさいのに、デートに手繋ぎなんて、白雪にはハードルが高すぎる。

でも…………白雪はバレないようにセリスをチラッと見る。

そこには、瞳を悲しそうに揺らし、捨てられた子犬のような顔をしたセリスがいた。

「うっ……」

 

そんな顔されたら断れないじゃないか!

ショボンと落ち込んだ顔は、保護欲を掻き立てられる。もしこれを狙ってやっているのなら、とんだ悪女だ。

「そうか……ごめんなさい。急に手なんか繋いじゃって」

 

答えに詰まる白雪を見て、セリスが手を解き始めた。どうやらセリスは、詰まっているのを図星と勘違いしてしまったようだ。

絡まりかけていた指が、徐々に解けていく。セリスの白く、繊細な指が……。

絡まっていた指が全て解けると、白雪は直ぐに手を離した。

 

「あ…………」

 

離れた手を見ながらセリスが切なそうな声を漏らしたのが聞こえてきた。

だから、という訳でもないが、白雪は離れたセリスの手をとって、繋いだ。

無論、恋人繋ぎではないが。

 

「え? どう、して……」

 

嫌がっていると勘違いしているセリスは、握られている手を見てそんな声をあげる。

 

「デートなんでしょ? 手を繋ぐぐらいなら普通じゃん。 ……でも、恋人繋ぎだけは勘弁してくれ。は、恥ずかしい、から」

 

ぶっきらぼうに言った白雪は、先ほどと同じように顔を背けていた。

顔を背けるのは照れ隠しの証。

白雪はその癖を分かっていないが、セリスは知っている様子で、悲しみの顔から一転、満面の笑みに変わった。

 

「本当、素直じゃないんだから」

「何か言った?」

「いいえ、何も言ってないわよ……それじゃ、遅くなっちゃったけど行きましょうか」

「……うん」

 

白雪が頷くと、それを合図に二人はショッピングモールに向かって歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




前書きで書きましたが、今年最後の更新です。
今年一年間ありがとうございました。
そして来年も宜しくお願いします。







最後にーーハイスクールD×D 〜ドラゴンに転生しました〜!をリメイクしようと思っています。
何時になるかまだわかりませんが、その時は宜しくお願いします。
ではでは〜。


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episode.11

遅くなってすみません!


 

 

破軍学園の近くには全国展開している大型ショッピングモールがある。

四階まであるのだが、今日、用があるのは三階の一角にある、お菓子売り場だ。

そこで約束の飴を買ってもらう事になっている。

が、先ほども上記に書いてある通り、ここは全国展開の大型ショッピングモール。

お菓子売り場まで食品コーナーから服、家具、アクセサリーといった装飾品店が数多く並んでおり、こういった場所に来たことのないセリスにとっては、驚きとともに、もの珍しさもあって、あっちこっちに寄ってしまい、中々たどり着くことができない。

早く飴を買ってもらい帰りたい白雪は、当然文句を言おうとしたのだが、子供のように目を輝かすセリスを見ると言うに言えなくなってしまった。

 

(しょうがない。今日はセリスに付き合ってあげるか……)

 

珍しく面倒くさいことを許した白雪。だがあくまでそれは、飴を買って貰えるからであって、それが無ければまず部屋から出ることすらしない。

だが逆に、目的の為なら白雪は我慢はできる。故に、

 

「どこか寄りたいなら入ってもいいよ」

 

普段では許すことのない寄り道を許可する。

それを聞いたセリスの表情がぱぁと輝き出す。だが、表情はすぐに戻り、申し訳無さそうに言う。

 

「いいの? 今日はシロちゃんの買い物が優先なのに……」

 

本当は良くはない。しかし、今もチラチラと各お店を気にしているセリスを見れば、そうせざる終えないだけだ。

そう思ったが、白雪は口には出さない。言えば、セリスは周りの店を気にしながらも自分をお菓子売り場まで連れて行こうとするのは目に見えているからだ。

 

「…………別にいいよ……」

 

無理をしているのがバレバレだ。無表情を装って何でもないように見せているが、ピクピクと頬が動いているのがわかる。

 

「シロちゃん…………ありがとう!」

 

折角、白雪が我慢してくれたのだ。セリスは迷ったが、素直に甘えることにした。

そして、白雪は引っ張られるようにお店に入った。そこは、アクセサリー類を売ってあるお店だった。

様々な装飾のあるアクセサリー。凝っている分、学生には手が出づらい値段だ。

しかし、学園から配布された生徒手帳には、学生が持つには少し多い金額が振り込まれている。多少、高めのアクセサリーなら手が届く。

 

「ねぇねぇシロちゃん! これなんてどう?」

 

白雪に似合うアクセサリーを探してくると言ったセリス。その数分後に、テンションの上がったセリスがネックレスを手に近づいてくる。

氷の結晶を象ったネックレスで、細かな部分まで繊細に作られている。職人の技が多いに出ている見事な一品だ。

それに、氷と言えば白雪だ。セリスは、このネックレスを見た瞬間にそうピン! ときたらしく、持ってきたようだ。

装飾品なんて邪魔くさくて絶対に付けない白雪だが、そのネックレスには何故か惹かれた。

ジッとネックレスを見つめていると、不意に、セリスがクスリと笑う。

何故笑われたのかわからない白雪はむっとするが、セリスの次の行動に身体が硬直する。

 

「少しじっとしててね?」

「え……?」

 

そう言うや否や、セリスは白雪の首に手を回し始めた。

「ちょっ……!」

「ほら、動かないで」

「〜〜〜〜っ!」

 

動く白雪を止めるため、更に密着してくるセリス。彼女の顔がずずいっと、キスができてしまう距離にまで来てしまう。

セリスの絹のようにきめ細かな淡い金髪から、女の子特有の、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

そして、セリスの瑞々しい唇に目がいってしまう。更に、今着ているのは薄地のドレス。彼女の豊かな胸が、殆どダイレクトに感触が伝わり、白雪の鼓動が急速に早まる。顔が熱くて、血が沸騰しそうだ。

(き、今日のセリスは密着度が高いな……多分、無意識何だろうけど……)

 

セリスの大胆な行動に動揺しまくりの白雪。

異性との交遊が少ない白雪にとって、過度なスキンシップは恥ずかしい。それがセリスの様な美少女が相手となるとなおさらだ。

 

「ねぇ、まだ?」

 

耐えきれず、問う。

「あと、少し…………できた!」

 

漸く離れたセリスは、白雪を見て満面の笑みを浮かべる。

 

「うん、すごく似合ってるわよ」

 

近くにあった鏡をのぞいて見る。白雪の首にかかった氷の結晶のネックレスがキラリと輝く。

セリスの狙い通り、氷と白雪の相性はバッチリだ。

「うん……悪くないかも」

「でしょ?」

 

後ろから覗くセリスに、白雪はうんと頷き返す。

すると、鏡に映るセリスの表情がニコニコと途端に変わる。

どうしたんだろうか? 白雪は鏡の映るセリスに聞こうとした。

だが、それより早くセリスはあるものを首に下げ、見せてくる。

 

「じゃじゃあ〜ん。どう? このネックレス? 私にぴったりだと思うの」

 

そう言ったセリスの首元には、雫を模したネックレスがかけられていた。

確かに水を主流に戦う彼女にはぴったりのネックレスだ。

 

「うん……良く似合ってる」

「…………へ?」

 

セリスからお嬢様らしからぬ間抜けな声がでる。だが、セリスは気にすることなく、白雪をパッチリと丸く開いた目で見ていた。

白雪が素直に褒めるとは思っていなかったセリスは暫く頭が混乱する。

だが、次第に自分が褒められたと理解すると、嬉しくて、その白磁のように白い肌が高揚し、朱に変わる。

更に、白雪から追撃の言葉がくる。

 

「だから、よく似合ってて、可愛い……」

「かわっ……!」

 

今度こそ、セリスの顔は耳まで真っ赤に染まる。

気になっている異性に可愛いと直球で言われて、照れない女性なんているのだろうか? そう聞かれれば、セリスは否と強く答えるであろう。そもそも、お嬢様であるセリスは異性に慣れていないのでその可愛らしい反応も当然である。

 

「あ、ありがとう……」

 

まだ顔の熱が冷めず、俯きながらお礼を言うセリスは、とても可愛い。

 

『…………』

 

お互いが沈黙し、その場に微妙な空気が流れる。

二人は普段言わない、もしくは言われない言葉を口にしてしまい、戸惑っている部分もある。だが一番は、お互いがお互いを少なからず意識してることだろう。

色恋にあまり興味がない白雪でも、セリスのような金髪碧眼美少女が近くにいて、スキンシップが大胆となれば嫌でも意識してしまう。

逆に今では白雪を弟のように思っているセリスだが、異性を感じていないわけではない。

そうでなければ、いくら国のためとはいえ、お嬢様が簡単に求婚なんてするはずがない。

 

「お客様、いかがなさいましたか?」

 

向き合ったまま一向に動かない白雪たちを不思議に思った店員が話しかける。

その瞬間、思考が止まっていた二人は我に返った。

 

「い、いいえ! 大丈夫です!」

 

セリスが慌てて店員に両手を振る。その隣で白雪はコクコクとうなずく。

 

「そうですか? 何かお探しでしたら、その時はお声をお掛けください」

 

店員は最後に軽く頭を下げて去っていく。

丁寧な店員であったことに、セリスはほっとした。あの状況で少しでも追求されたならあの時のセリスではうまく対応できず、恥を晒す可能性があったからだ。

「セリス、そのネックレスかして」

「これ? いいけど、シロちゃんもつけたいの?」

「違う。いいから貸して」

「わかったわ」

 

セリスは両手を首の後ろに手を回し、繋ぎ目を外して雫のネックレスを白雪に渡した。

受け取った白雪は、セリスにつけてもらったネックレスを外し、「ここで待ってて」と言い残し歩いて行った。

向かう先はレジ。

そこには先ほど白雪たちに話しかけてきた、丁寧な接客をする店員が待っていた。

 

「いらっしゃいませ……あ、先ほどのお客様……何かお探しですか?」

「いえ、これ、お願いします」

 

そう言って白雪は手に持った二つのネックレスを店員に渡す。

受けとる店員はこのネックレスが、あの時二人がつけていたものだと気付き、これがもう一人の金髪碧眼の美少女への贈り物だと予想がたった。

女の子へのプレゼントだとわかると微笑ましくなる。

白雪は途端に優しく笑みを浮かべた店員を訝しく思いながらも、生徒手帳をポケットから出す。

万はいくネックレス二つを、生徒手帳からお金を払い、可愛くラッピングされた袋を持ち、レジを後にする。

 

「……頑張ってね」

「え?」

 

不意に背後でボソッと呟かれ、白雪は振り返る。

「有難うございました」

 

そこには客を見送るあの店員の姿だけがあった。

 

(気のせい……かな? ……と、セリスを待たせてあるんだった)

 

そのことを思い出した白雪はいそいそと戻って行った。

 

 

「はい」

 

戻った白雪はラッピングされた袋をセリスに差し出す。

セリスは驚いた顔でそれを受け取り言う。

 

「もしかして、シロちゃんが買ってくれたの?」

 

クリッと丸められた金色の瞳が白雪に問う。白雪は少し気まずそうに視線を逸らし、

 

「俺に合うものを選んでくれたお礼」

「え……? でも、これ結構高かったでしょ?」

「別に気にしなくていい。自分のを買うついでだったから」

 

素っ気なく答えるが、セリスは嬉しそうに包みを胸に抱く。

 

「ありがとうシロちゃん! これ、一生大切にするね!」

「一生って……少し大げさすぎだよ」

「そんなことない! あのシロちゃんからの贈り物よ? とても嬉しいし、絶対に大切にするわ」

 

そう、力強く言われて悪い気はしない。

本当は、毎日お世話になっているセリスへの恩返しの一環だったのだが、それを伝えられるほど白雪はすなおではない。

 

(それに、あれだけでこの喜びようなら、本当のこと言ったらもっと大変なことになりそうだ)

 

いつも姉として白雪を世話するセリスが、一人の女の子として喜び、はしゃぐ姿はとても新鮮で、その分未知であった。

「ねぇねぇ、シロちゃん」

 

まだ熱が冷めずはしゃぐセリスが、ラッピングされた包みから雫の首飾りを取り出し、白雪に握らせる。

 

(嫌な予感がする……)

 

そして、輝く金の髪を束ねて後ろであげる。その仕草が色っぽくてドギマギした。が、白雪は漸く、セリスがなにを望んでいるのか悟った。

予感が的中し、口元が引き攣る。

 

「ま、まさか……俺に付けて、とかじゃないよね?」

「お願いね?」

 

楽しみに待っているセリスを、無視するなんて愚行、できるはずなかったーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きでも書きましたが、遅れてすみません。
言い訳としては、またまた一気に課題が増えてしまったからです。

それと、3月は投稿できないかもしれません。詳しいことは活動報告に載せてありますので、そちらを見てくれればありがたいです。


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episode.12

ようやく更新できた……。


無事、ネックレスを付け終えた白雪は、疲弊しきっていた。

普段しない早朝に起き正門で待つこと。綺麗に着飾ったセリスの一挙一動が艶やかで、異性慣れしていない白雪は、スキンシップの激しさに緊張を強いられていることが主な原因だ。

対して、疲れ切った白雪の手を引くセリスは上機嫌である。

彼女が初めて異性と意識した相手である白雪からの贈り物。更には白雪の小さな気遣い。

白雪の性格を鑑みるに、そんなことは稀だ。たった二日だが、白雪の性格を大まかに理解しているセリスはその稀を受けただけで気持ちが高ぶっていた。

 

(つかれた……。体力的にも、精神的にも)

 

まさかネックレス一つではしゃぐとは微塵も思っていなかった。ステラもそうだが、セリスらは少し皇女やお嬢様らしくない。悪い意味ではないく、良い意味でだが。

この姿を同級生たちに見せれば話しかけてくる人物はいっぱいいるだろう。

だが、今回に限っては(白雪にとって)悪い方にそれが作用し、白雪の疲労を上乗せする形になってしまった。その反面、ご機嫌なセリスはそんな白雪の状態も知らずに引きずるように歩いて行く。《伐刀者》であり、A級騎士の彼女からすると人一人を片手で動かすなど容易い。

上機嫌で満面の笑みを浮かべるセリスと、その後ろで引きずられるように歩く疲れた表情をした白雪。周りから好奇の視線がひしひしと向けられても二人は全く意に介さないーーというよりも、セリスは気づかず、白雪はそんな余裕がないだけ。

引きずられる白雪はふと、あることを思った。

ここは全国で開かれる大型ショッピングモールだ。当然、大型とだけあって相当の数の店がオープンしている。日用品から食材、ここならある程度は全部揃うというだけあって買い物にくる人の数も尋常ではない。周りには目的地へすいすいと進んで行く人もいれば、携帯のマップや地図を見る人たちがいる。

つまり何が言いたいのかというと、白雪を導くように先頭を歩いているセリスだが、初めてくる大型ショッピングモールのどこにどんな店があるのか分かっているのだろうか?

 

(お菓子売り場がどこにあるのかわかってるのかな?)

 

ランランと鼻歌を歌うセリスを見ると、何故か無性に不安になってくる。思わず白雪は尋ねた。

 

「ご機嫌で俺の手を引くのは良いけど、ねぇセリス。飴を売ってるお菓子売り場の場所、知ってる?」

 

「……………………」

 

途端、楽しげに弾んでいたセリスの足がピタリと止まり、こちらを振り向くと大きく、一拍間を開けた。まさに盲点だったと言う風に驚くセリスに白雪はやっぱりとため息を漏らす。次いで呆れた視線をセリスに向けた。

 

「道も場所も知らなくてどこへ連れて行く気だったの?」

 

「えっと、それは……」

 

「ちょっと、目を逸らさないでこっち見なよ」

 

「………………ごめんなさい」

 

耐えきれなくなったのか、言い訳を一つせず頭を垂れるセリス。その頬は羞恥で薄く、赤色になっていた。それもそのはず。浮かれて白雪を引っ張りまわしたあげく、道もわからず迷子など失態以外のなにものでもない。

だけど、

 

「ほら、あそこにモール内の地図があるから、場所を確認してから行こう」

 

「え……?」

 

セリスが驚きの表情で白雪を見る。彼女は白雪が嫌う行いを今日で何回も起こしてきた。個人のルールは人それぞれだが、それ故に他人に犯されるのはあまり気分の良いものではない。不愉快な気持ちにはなっても愉快になるなんてことはないのだ。

なのに白雪はそれを犯した自分に怒るどころか不満さえ見せない。先ほどのやり取りも一見、不満を口にしているようだが、白雪なりにセリスをいじっただけ。

白雪の性格をある程度は把握したセリスだが、その全てを知っているわけではない。当たり前だ。たった二日で一人の人間の全てを知るなんて不可能だ。自身でさせ、己のことを全部知っているわけではないのだから。

白雪は本当に嫌なことならはっきりと態度と言葉で示すタイプだ。つまり、こうしてセリスに連れられるのは嫌と思っていない。逆に心地よく感じ始めている自分がいる。

だから今日のセリスにドキドキしたことはあれどイラついたりはしていなかった。

それを伝えれば話は簡単に片付くが、それはしない。言えばセリスはまたも上機嫌になり同じことを繰り返しそうだからだ。

その代わり、態度で示してあげようと思い行動する。

 

「いつまでそこに突っ立ってるつもり? 邪魔になるから移動するよ」

 

白雪は繋いだままの手を引いて地図前まで移動する。セリスは為すがまま、引かれる手について行く。いつの間にか立場が逆転していた。自分の手を引く白雪の背中を見つめていると、小さいはずのその背中が大きく見えてくる。

 

(不思議。シロちゃんに手を引かれて歩いていると、とても安心する。守られているようで心が暖かくなる……)

 

「もし、もし私に兄がいたらこんな風に引っ張って連れて行ってくれたのかな?」

 

「……? 何か言った?」

 

立ち止まり振り返る白雪。やはり口では「面倒い」「怠い」と言っていても彼は根本から面倒見のいい性格なのだろう。でなければ、こんな人通りの多い喧騒の中、後ろにいるとは言えボソッと呟かれた言葉に反応できるはずがない。それは、彼が何が起きても大丈夫なように気を遣ってくれている証だ。

どこで白雪の性格がここまで面倒を嫌うようになったのか、気になるところだ。だが聞いたところで教えてはくれないだろう。はぐらかされるのが目に見えている。ならば、聞くだけ無駄。セリスは湧いて出た疑問に蓋を被せた。

セリスはその小さな背中に、空想の兄の像を浮かび上がらせ、一人、微笑ましい気持ちに浸っていたーー。

 

 

地図で場所を確認した二人は、今度こそ今日のお目当てである飴を購入するため色々なお菓子を集めたお店へと歩き出した。道すがら、セリスの必要な日用品を買い物を済ませて、漸く目的地にたどり着いた。

 

(長かった……。ただ三階に上がって店を見つけるだけなのに途方もない時間と体力を使ってしまった気分だ)

 

椅子に座り休憩したかったが、一階のフードコート以外に椅子はなかなか無い。あるとすれば、ゲームセンターの近くか、少し間のある広場くらいだろう。

近辺にあるのならそこで一休みしていこうかと考えていたが、無いのなら仕方がない。早急に買い物を済まし、帰宅するのがベストだ。

白雪は他のおやつ類には目もくれず、飴の置いてある位置まで移動する。そこには様々な味の種類の飴がずらっと並んでいた。

 

「わぁ、スゴイ数……」

 

棚いっぱいに並ぶ光景は、ある意味圧巻だった。

白雪は見慣れたもので、驚きは無くどの味にしようかと悩んでいた。

屈み込みうんうん唸っていると、「シロちゃん」と声をかけられた。

振り返るとそこには大量の飴が台に刺さったツリーを持っていた。これには白雪はその半分閉じた瞼を限界まで開いた。

 

「そんなに味に悩むなら全種類入ってあるコレにすればいいでしょ」

 

「でもそれ……高いよ?」

 

遠慮がちに言う白雪に対してセリスはニコッと頬を緩める。

 

「高いって言っても、シロちゃんがくれたあのネックレスと比べたら断然安いわ。なんならこのセットをもう一つ買ってあげてもいいわよ?」

 

ひょいと、もう片方の手から同じツリー状の台を見せる。どんな手品だと突っ込みが頭に浮かび上がったが無視し、白雪は尋ねた。

 

「本当にいいの? 俺としてはそれが一番だけど……」

 

「なに遠慮してるのかしら? あなたは私に素敵なプレゼントをくれたのよ。それに比べればこのくらいどうとも思わないわ。逆にこれだけでいいのかなって不安になるくらいよ」

 

「…………ありがとう」

 

「私こそ、ありがとう」

 

その場に暖かな雰囲気が漂う。お菓子売り場なため、子供連れの親子が多く、その親たちからは微笑ましく見守られていた。

それに気づいた白雪は恥ずかしくなり、周囲から視線を切る。続いて気づいたセリスはと言うと、

 

「し、シロちゃん! 何ならもう一つ買う?」

 

両手に乗っていた飴のツリーが、今度は頭部にもう一つ乗っていた。

セリスなりにこの状況を変えたかったのだろう。だけど、それだと逆に目立ってしまう。予想通り子供達が目を輝かせて、「すげえ!」「どうやっているの!?」「俺にも方法教えて!」と群がってきた。

 

「え? ちょっと、これは……シロちゃん! 見てないで助けてよ!」

 

子供にしがみ付かれ思うように動けないセリス。助けを求める視線が送られてきた。

白雪はこの日一番の笑顔を作って言う。

 

「自業自得。ファイト!」

 

「そ、そんな〜」

 

寄って来るのが子供なため無下にできず、セリスは子供達の相手をする以外道はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「つ、つかれた〜〜」

 

子供たちから解放されたのはあれから約三十分後。子供たちの有り余る元気さに、さしものセリスもこたえた。

見つけたベンチに座り込むセリスに、白雪は労いの言葉をかける。

 

「お疲れさま」

 

「何がお疲れさまよ。私を見捨てたくせに」

 

「見捨てたなんて人聞きの悪い。俺は面倒ごとを避けただけ」

 

「私からすればそれは見捨てたのと同じよ。いつか仕返ししてやるわ」

 

どうやら今回の件、根に持たれたようだ。恨みがましく睨みつけて来るセリスに、白雪は苦笑で返した。

 

「でも、子供に好かれて嫌じゃなかったでしょ?」

 

「それは……嫌じゃなかったわよ。私、子供好きだし」

 

「ならよかったじゃん」

 

「〜〜〜〜っ、それとこれとは別なのよ〜!」

 

「いたい、いたい、痛いから」

 

うぅーと、唸ったセリスがぽかぽかと肩を叩いて来る。行動と容姿が合わさってとても可愛らしく映るが、いかせん彼女の力は他の人と比べると強い。音で表すなら、ぽかぽかよりもどんどんと響く低い音の方が適切だろうか。口に出すと機嫌を損ねさらに強くなることだろう。だから白雪は甘んじて受けることにした。

そう思った瞬間。

 

『ーーーーーーッッ!?』

 

二人は害ある悪意を感じ取る。瞬時に立ち上がり周囲を確認するーー直後。

ガラスの割れる音とともに、日常では聞くことなどあり得ない、銃声がショッピングモールに轟いた。

 

 

 




またと一月開けてしまって申し訳ないです。
漸く課題もひと段落したので、これで来月も投稿できそうです。

あと、3、4話で一巻の内容は終わりです


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episode.13

 

 

銃声が鳴り響き、次いで悲鳴がモール内を駆け巡る。

急な出来事である為、白雪とセリスを除いた他の人たちは何が起きたのかまだ理解が及ばず困惑していた。

銃声が聞こえるのは同じ階の向かいの方。そこに目立ったものはない。あるとすればトイレくらいだろう。なのに何故、銃を乱射しているのか? 今は考えても仕方がない。白雪はこの状況をどう逃れようかと思考を働かす。

 

(間違いなくすぐにここも襲われる。それより早く子供たちを避難……は間に合わないだろうから、隠さないと)

 

「セリス!」

 

「ええ! みなさん! 落ち着いて私についてきてください!」

 

いち早く状況を理解していた二人は早急に指示を飛ばす。状況をわかっていなくとも、緊迫した雰囲気からただ事ではないと理解した親たちは、子供の手をしっかりと握り、セリスの指示に従って動く。

 

しかしーー、

 

「どこに行こうってんダァ?」

 

絡みつくような声が聞こえてきたかと思うと、一拍も待たず銃声が鳴る。

 

「「「きゃああああああっ!!!!」」」

 

動画や写真でしか見たことがないであろう銃が目の前で乱射されたことにより、皆がパニックに陥る。悲鳴をあげるもの、地面にしゃがみ込み頭を隠すもの、命乞いをするもの。収拾がつかないまでに状況は最悪なものとなってしまった。

白雪はこれ以上、現状をひどくしないためにアサルトライフルを携帯している男の意識を沈めようとするが、セリスに手で制された。

 

「ダメよ。あの男を取り押さえるのは簡単だけど、そんなことをすれば連中は何をしでかすかわからないわ。ここにいる人たちだけなら私たちで簡単に守れるけど……」

 

白雪たちがいるのは大型のショッピングモール。運悪く、今日は休日で買い物に来たお客が大勢いる。こうも広くては流石に白雪とセリスだけでは手が回らない。だからセリスの静止の判断は正しかった。

 

「ここはあの男の言うことを聞きましょう」

 

「…………わかった……」

 

 

 

モールの一階。大きく開けている空間に、モール内にいた人間が全員集められていた。周りには銃器を武装したテロリトスが何人も陣取っている。

 

(はぁ、どうしてこうなるかなぁ……)

 

一箇所に集められた中、息を潜めていた白雪は内心でため息をついた。

白雪の他に、セリス、ステラ、一輝の妹の珠雫がバレないよう、心がけていた。特にステラとセリスは国内外問わず知れた人物であり、今最も注目されている《伐刀者》だ。そのため、二人は帽子を深くまで被り、一般人を装っていた。そのため、白雪も含め現状誰も動けないでいた。

さて、どうしたものか……と、考えていた白雪に小さな声がかかる。

 

「シロちゃん、ちょっといい?」

 

「なに?」

 

バレないよう最大限まで声を抑えて会話する。視線だけを隣にいるセリスに向けると、近くにいた珠雫が言う。

 

「私に考えがありますが、時間が必要です。それまで絶対に気づかれないようにしてください」

 

それを聞いた白雪たちはわかったと頷く。今この場で何か策があると言うならありがたくお任せする。だが、もし万が一の時のためいつでも出られるよう神経を張り巡らせ警戒する。今の最優先事項は白雪たち《伐刀者》以外の一般人の安全だ。

ならばこそ、慎重にならなくてはいけない。

 

(黒鉄妹の策が完成するまで何事も無いといいけど……)

 

この先の流れに、不安を覚えるが今は待つしか無い。

と、白雪は人質の中に妊婦とその子供の家族が目に止まった。母親が恐怖に耐えながら、ソフトクリームを持つ子供に安心させるように抱きしめている。しかし、子供の方はテロリストを睨みつけており、今にも掴み掛かりそうな雰囲気だった。

それだけはさせてはならない。最悪、死人が出る事態に発展しかねない。母親と、産まれてくるであろう、弟か妹ーーもしかしたら両方かも知れないーーを守ろうとするその覚悟は賞賛されるものだが、この場だと蛮勇。さらに場を乱す最悪の行為になりかねない。

故に、白雪は止めようと判断する。

 

「少年、お母さんや産まれてくる兄弟の為に身体を張ろうとするのは立派だけど、今は落ち着きな」

 

「え?」

 

買ってもらった飴を一つ少年に与え言う。少年は渡された飴と白雪の顔を交互に見て、驚いていた。

 

「もう少しで助けが来てくれるから」

 

白雪は子供に軽く笑いかけると、元の場所に戻っていく。

 

(取り敢えずこれであの子供が飛び出すことはない……と思いたい)

 

断言はできないが、落ち着かせることには成功したのだ。そこまで心配する必要もないだろう。

戻ると、何故かセリス達が暖かい目で白雪を見つめていた。何だと尋ねたかったが、必要のない会話は避けたほうがいい。白雪はセリス達から視線を切り、テロリストの動向を見ることにした。

アサルトライフルを装備した男達が少なくとも十数人は確認できる。

 

(まだか、黒鉄妹)

 

目を閉じて集中している珠雫を見るに、まだ時間がかかりそうだった。今はまだ我慢だ。

 

(きっと、一輝がどこかで隙を狙っているはず。それはきっと黒鉄妹の策が行使された瞬間。そのタイミングで俺も飛び出せるようにしておくか)

 

白雪はいつでも《氷輪丸》を展開できるよう、準備しておこうと判断した。

そして、その判断が正しかった。何故なら、事態が一瞬にして変化したからだ。それも、最悪な方に……。

キュン、と風鳴りをたてて、空色に光る矢が武装した男を貫いた。

 

「ぎゃっ、あ……!」

 

急に仲間がやられ、慌てる男達。しかし、流石にテロを起こす人間だ。こう言う事態に陥ってもすぐに持ち直した。

 

「《伐刀者》がどこかに隠れてやがったのか。もういい、大人しくしてるのがイヤならァ、全員ぶっ殺してやるよォォ! テメェら! 人質全員蜂の巣にしてヤレェ!」

 

「へっ!そっちの方が手取り早いゼェ、ビショウさんよォ!」

 

待ってましたとばかりに、アサルトライフルを嬉々として構えるテロリスト達。白雪はとっさに《固有霊装》を顕現させようとする。

 

(くそッ! 誰だよ! 下手に手を出したバカはっ!?)

 

「最悪ね」

 

見れば、セリスもステラも顔を歪めていた。そして、珠雫はと言うと、

 

「《障波水蓮》ーーーーッッ!!」

 

完璧なタイミングだった。水の防壁が人質とテロリストを分裂させる。

それが合図だった。

 

 

「行くぞ、《氷輪丸》」

 

《固有霊装》を顕現させた白雪は《障波水蓮》を突っ切って行く。背後から珠雫が静止の声をかけるが、すでに動き出していた白雪は止まらない。乱射される銃弾を全て防ぐほどの防御力をもつ《障波水蓮》を真正面から突破するなど危険だと、珠雫は伝えようとしたのだ。

しかし、珠雫の心配は杞憂に終わる。

《氷輪丸》が水の防壁に触れた瞬間。氷が流れる水の一部を遮り、外へと出る抜け道が完成する。人一人が通れる程度の大きさだ。白雪がその間を通り、《障波水蓮》から出ると氷は砕け水の防壁が元の姿に戻る。

 

「銃弾を防げるなら問題ないだろう。ーーそれなら」

 

白雪は《障波水蓮》に乱射する兵士の懐に瞬時に入る。乱射に夢中になっていた男は気づくのが遅れ、白雪が薙いだ一閃を胴体に受ける。

血飛沫が舞う。白雪はテロリスト相手に《幻想形態》ではなく刃のついた状態で顕現させていた。一切の手加減なし。胴を斬られ、痛みに悲鳴をあげる兵士を白雪はゴミを見るような目で見下ろす。

 

「ひっ……! た、たすけて、くれ! い、いの、ち……だ、け……」

 

命乞いをする兵士の言葉が徐々に鈍り、最後には完全に喋らなくなった。見れば、その男は固まっていたーーーー内側から。

 

「《氷輪丸》に斬られてただの斬傷で済むと思った? そんな訳ないじゃん。《氷輪丸》は触れたものは凍らす。特に人体なんて血液も合わせれば大量の水の塊だ。凍らせやすい……って、もう聞こえてないか」

 

凍った男から視線を離し、次の標的を決める。テロリスト達は、一瞬恐怖を浮かべたものの仲間がやられたことに激怒したのか、数人単位で銃を乱射し始めた。

白雪は《氷輪丸》を地面に突き立てる。すると、地面から氷の壁が白雪の全方位を囲い銃弾を弾いた。

 

「なにっ!?」

「こんのぉ!」

「撃って撃って撃ちまくれ! 反撃の隙をあたえるんじゃねェ!」

 

尚も撃ち続けるテロリスト達に、白雪は呆れた。

 

「反撃の隙を与えない? それは無理だよ」

白雪は氷の壁に手を触れる。

 

「貫け」

 

そう、言葉を漏らす。すると、全方位の氷壁から氷が伸びて行く。先が鋭利に尖っており、人を貫くなど容易い形態になっていた。勢いよく、伸びて行く氷は兵士たちに突き刺さり、鮮血を撒き散らしながら瞬く間に凍っていく。助けを請う時間すら与えない。

チラッと、反対側を見る。《障波水蓮》で守っているとはいえ、いつまでも攻撃されていては鬱陶しいだろう。だからそちらも対処しようとしたが、セリスとステラ、そして一輝が敵の大将を倒していたので問題なかった。問題があるとすればそれは過剰戦力ではあることだろう。A級騎士が二人にAランクに買ったFランク。流石にその戦力は少しだけ同情してしまう。

向こうは問題なしとわかると、後は残兵だけ。

 

「……とその前に、あの光の矢に邪魔されるのはウザいから取り敢えずあの辺凍らしておくか」

 

白雪は氷の矢を無数に作り出し、矢が飛んできた方向に撃ち出す。場所は二階のフロアの一角。矢が奥まで進む。直撃するかはわからないが、矢が壁など物に当たると砕け、辺りを凍りつかせていくため、その場にいれば必ず凍る。また矢が飛んできたら今度はそこを凍らせればいい。最悪、二階フロアを全て氷に閉ざすことも考えている。だが、そうする前にこの騒動を収めればいいだけだ。残った兵を片付けようと《氷輪丸》を構えた。

が、既に終わっていた。

反対側にいたはずのセリスがいつの間にか白雪の加勢に来ていたのだ。手助けなど要らなかったが、早めに事態を収拾できたのならそれでよし。

 

「シロちゃん怪我はない?」

 

セリスが固有霊装、《皇鮫后》を片手に駆け寄ってくる。心配そうに覗き込んでくるのは、白雪が一人で戦っていたからだろう。

白雪は軽く両手を上げて無傷アピールをする。それを見て良かったと胸をなでおろすセリスに、白雪は苦笑した。

 

「心配しすぎ。こんな奴らにやられるわけないじゃん」

 

「それでも、一人で戦ってたんだから心配くらいするわ」

 

「……そっか。なら、心配してくれてありがとう」

 

「うん。シロちゃんも無事でいてくれてありがとう」

 

「感謝するところおかしいでしょ」

 

「あんたたち、この状況でよくそんな話ができるわね」

 

この場の雰囲気に合わない会話を広げる白雪たち。そこに呆れた様子のステラが合流し、その後に一輝と珠雫ともう一人、知らない男が来た。高身長の男だ。それだけで白雪はこの男は自分の敵だと判断した。

 

「ねぇ一輝。何故だかあたし、この子にすごく睨まれているのだけど……」

 

「あ、あははは……。気にしないであげて……」

 

一輝の乾いた笑いに、高身長の男が戸惑いながらも頷く。暫く睨み続けると、白雪はジト目で一輝に問いかける。

 

「一輝この人、誰?」

 

「あ、ああ、彼? は有栖院凪。僕たちと同じ破軍学園の一年生で、珠雫のルームメイトでもある」

 

「よろしくね、白雪ちゃん」

 

「えっ? なんで俺の名前知ってるの?」

 

ゾクッと、背中に悪寒が走る。見ず知らずの男にいきなり名前を言われれば恐怖を感じる。それを察したのか、有栖院が誤解を解くように話す。

 

「別にあたしはストーカーとかじゃないわよ? 貴方、自分がどれだけ有名かわかってるのかしら。日本の学生騎士で二人目のAランク騎士、春日野白雪の名は超有名よ。特に、学生騎士の間では知らない者なんていない程にね」

 

「ふーん、そうなのか。俺の事知ってるみたいだけど一応。春日野白雪。好きなものは飴、嫌いなものは身長がものすごく高い人。あと、俺のことを見下ろす人」

 

「な、なるほど。さっきあたしを睨んでいたのはそういうことね……。それにしても、貴方のことを見下ろす人って、それ、殆どの人にーー」

 

「アリスストップッッ!」

 

一輝が有栖院のセリフを中断させる。有栖院はなんで止めたのかはじめは分かっていなかったが、喉元に剣先を突き立てられているのを見て理解した。

 

「……何か言った?」

 

「い、いいえ…………。何も言っていないわ……」

 

凍てつくような白雪の視線に、有栖院は冷や汗が流れる。有栖院は分かってしまったのだ。これ以上何か言うと本気で殺されかねないと。

有栖院がそう言うと、白雪は剣先を離して《氷輪丸》を地面に突き立てる。それで話は終わり。

一輝が珠雫に治癒はできるかと聞く。誰か怪我でもしたのだろうか? 白雪は順にセリスたちを見ていくが誰も外傷は見当たらない。では何故治癒を? 疑問に思ったが、一輝が指を向ける方を見ると、片腕を失い、大量の血を流していたビショウの姿があった。

 

(止血か。あのまま放置したら死ぬかもしれないしな)

 

珠雫は嫌そうだったが、最愛の兄を殺人者にしないため、渋々だが治癒を行うことに納得した。一輝が油断はしない様にと珠雫に言った刹那。

 

「動くなァァァァア!!」

 

『ーーーーッッ!?』

 

突然の引きつった悲鳴にも似た怒声。

それはあろうことか人質の中から響いてきた。全員が一斉に振り返り、そして見る。

若い男が中年女性のこめかみに拳銃を突きつけている光景を。

 

「ガキども動くんじゃねぇ! 動くとこのババァの頭を吹っ飛ばす!」

 

「人質の中に紛れてたのは……テメェらの仲間だけじゃァなかったってことだよ間抜けがァあ! 俺たちを拘束もしないでペチャクチャと話しやがってェ。テメェら自分のミスで形成逆転だぜェ?」

 

ビショウが狂ったように笑う。そして珠雫が治癒できることを聞いていたビショウは珠雫に腕を治すよう命令する。人質がとられているこの状況下で、こちら側に選択権は無い。

仕方なく、珠雫が治癒に向かおうとする。しかし、白雪が肩を掴んで珠雫の歩々を止めた。

 

「白雪くん!?」

 

今、相手の要望を無視するのは人質を見捨てるのと同義。故に、白雪の行動に一輝は驚いた。

それを見ていたビショウが叫ぶ。

 

「なにしてんだよォ! さっさとこっちに来やがれつってんだよォ! それとも人質は死んでもいいってかァっ!?」

 

ビショウの言葉に人質の中年女性はひぃっと悲鳴をあげる。

 

「ちょっと! あんた今がどんな状況かわかってるの!? 人の命がかかってるのよ! ふざけるのもいい加減にしなさいッッ!!」

 

国民は皆家族。力あるものは力なきものを守る義務があると、そう思っているステラは人質は絶対に死なせたく無かった。だから白雪の行動に怒りが湧き上がり、怒声を発する。

白雪はそれを無視して一輝たちに一言だけ言う。

 

「別にいく必要はない」

 

「だからーー」

 

「もう手は打ってる」

 

「え?」

 

驚くステラたちを尻目に、白雪はビショウ等を見て言う。

 

「お前たちのほうこそ、自分の状況を理解しているのか?」

 

「ああっ! それは俺たちのセリフだァ! こっちは人質とってんだよォ。お前たちは初めから俺たちの言いなりだろうがァっ!」

 

それを聞いて、白雪は哀れを含んだ目で見る。ビショウはそれに気づき、怒りで叫びだすが白雪の一言で黙ることになる。

 

「俺はお前たちを初めから拘束していたぞ?」

 

「……な、なに……?」

 

言っている意味がわからないのだろう。顔を歪めながら聞くビショウだが、その瞬間にあることに気がつく。腕を切られた痛みで倒れていたビショウは自分の両足と片腕が動かないことに今更に気づく。

原因は一目瞭然だった。

 

「こ、凍ってる!? 俺の足が、腕がァァァァア!!!!」

 

恐怖に顔を歪めるビショウ。見れば、突き立てられた《氷輪丸》を中心に、一階の地面が全て凍り付いていた。

倒れ伏しているビショウの仲間は全員が凍っており、人質を取っていた男の足もすでに地面と一体化していた。

 

「い、いつのまに……」

 

唖然と目の前の光景を見つめるステラに白雪は言う。

 

「あの時、《氷輪丸》を地面に突き立てた時から」

 

「あっ」

 

有栖院の喉元から話した後、白雪は地面に突き立てた。そして、徐々に魔力を送り、地面の表面から凍らせていたのだ。

 

「どうして一気に凍らせておかなかったのよ」

 

紛らわしいと唸るステラ。白雪は「はぁ」とため息を漏らして、ステラを呆れた目で見る。

 

「あのなぁ、テロを起こすやつらがあれで終わるわけないだろう。何処かに最低でも一人は隠れているのは明確だ。初めっから凍らせたら警戒して出てこなくなるだろ? だから隠れているであろう残兵をおびき出し、そこで一気に凍らせた。これでわかった?」

 

ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。おおよそ、面倒だったとか怠いとかで行わなかったとで思っていたのであろうステラが、まさかの正論に面食らい、項垂れる。

 

「もう良いッ! そのババァを撃ち殺せ!」

 

「まずいーー! 人質が……!?」

 

「だから、手は打ってあるって」

 

白雪がそう答えると同時に、拳銃を持っていた男が目に見えて狼狽する。

 

「バカな……銃弾が……でない」

 

「何バカなこと言ってやがる! そんなことありえるわけねぇだろォ! 今更怖気付いたとかほざくんじゃねェぞォ!」

 

暑くなっているところ、白雪は冷や水をかけるよう言う。

 

「この空間の、全ての発火現象を抑えた。だから炸薬に火がつくことはないーーーーっということで後は任せたよ、セリス」

 

「任されたわ。と言ってももう準備は完成しているのだけれどーー戦雫(ラ・ゴータ)」

 

「うぁあああ!」

 

「ぎゃっ、あ……!」

 

魔力を帯びた水が矢のごとく飛翔し、ビショウと人質を取った男を幾重にも射抜き、完全に無力化した。

 

「お疲れ様」

 

「ありがとう。シロちゃんもナイスな働きだったわ」

 

お互いに賞賛し、軽く笑い合う。

テロリストが全員倒れているのを見た人たちが、思い思いに歓喜の声を上げる。そんな時、白雪たちに声がかかる。声をかけたのは駆けつけた警察の責任者だ。

 

「おーい。君たちが事件を解決してくれた学生騎士だね? 今から調書を作るから署に同行してもらえるかい?」

 

それを聞くや、白雪の顔が歪む。もう帰りたかった。今日は慣れないことの連続だ。これ以上はうんざりだった。

白雪の心情を察していたセリスが白雪を後ろから包み込むように抱える。

 

「なに?」

 

白雪が疑問を浮かべると、セリスはニコッと微笑み、

 

「最後まで頑張りましょ」

 

「…………」

 

白雪は深く、ため息をつくのだったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警察がモール内を詮索していると、二階の一角で、凍りついた男が発見された。

その男は破軍学園の制服を着ており、なぜか弓を構えながらドヤ顔のまま凍っていたという……。




今月中に一巻の内容を終わらせたいので、あと2話、今月に投稿します。


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episode.14

 

モールを占拠したテロリストを捉えた翌日。

早朝にドン! ドン! と地鳴りが誰もいない学園に響いていた。

地鳴りを鳴らしているのは銀髪と翠眼をした男、春日野白雪だ。

普段面倒くさがって、事を荒げない性格の彼が何故こうも荒ぶっているのか。

それは今朝のことだ。

目が覚めた白雪が時間を確認しようと携帯の電源をつけたとき。携帯が起動したのと同時に、メールを受信する。

白雪は眠たい目をこすりながら、メールの送り主を確認する。

選抜戦実行委員会。その時の羅列を見た瞬間、白雪の目は、脳は、一瞬にして覚醒した。

それはいよいよ始まる七星剣舞祭の代表選抜戦に胸を躍らせたわけではない。むしろその逆。何故自分が? 白雪の脳内は、暫くそれだけが渦巻いていた。

そう、白雪は元々、七星剣舞祭に出るつもりはなかった。それは担任の田中太郎にも言ってある。ならば白雪が選抜戦に選ばれることなどあり得るはずがない。なのに選ばれた。それが白雪を悩ませた。しかし、白雪は気づく。出ないと己が宣言して黙っていない奴が最低でも一人いることに。

その名前は、新宮寺黒乃。ここ、破軍学園の理事長にして元世界三位の伐刀者。彼女だけは白雪が出ないことを良しとしない。

となれば、後は黒乃に直接聞きに行けばいい。

と言うことで、冒頭に至る。

 

「あんのクソババァ! やってくれたなぁっ!」

 

一歩、一歩と踏みしめる度に力が増していく。それは黒乃に対する怒りだ。理事長室に着く頃には、ドシン! と、無視できない音にまでなっていた。

 

「おい、理事長! 辞退したはずの俺が何で選抜戦なんてクソ面倒なものに参加している!? いや、どうせあんたが勝手にやったことだろう。だから、その事についてはどうでもいい。だが! 俺のエントリーは取り消してもらうぞ!」

 

ノックもなしに扉を開くや否や叫ぶ白雪に、黒乃がタバコの煙を吐きながらアホな子を見る目でこちらを見ていた。

その後、頭に手を当て首を一、二回振ってから口を開いた。

 

「勝っても何も、選抜戦エントリーはお前自身が選んだ事だろう」

 

「…………はい?」

 

言われた言葉が理解できず、何とも間抜けな声が漏れる。しかし白雪はそんなことに構う暇などなかった。

黒乃の言ったことが本当なら、自分で面倒ごとに首を突っ込んだことになる。それは春日野白雪という人間が破綻してしまうのと同義。たかだがそのくらいで何を言っているのだと呆れられるだろうが、白雪にとってはそれ程のことだった。

 

「俺が、選んだ? エントリーを……冗談でしょ?」

 

頭では理解しても受け入れがたい内容に、白雪は尚も言い返す……が、それも無駄に終わる。

黒乃が一枚の紙を取り出し、ヒラヒラと白雪に向けながら言う。

 

「この紙、お前も貰っただろう? 無論、貰ってないなどとは言わせんぞ。何せ、この私が直々に貴様に渡したのだからな」

 

黒乃が渡した。その紙の内容は覚えていないが、確かに彼女から直接手渡しされたのは辛うじてだが覚えている。だがそれが何だと言うのだ。白雪の訝しむ顔を見て、黒乃が答える。

 

「この紙は全校生徒に配ったものだ。内容は、『七星剣武祭代表選抜戦の辞退希望者の案内』だ」

 

「!? まさか、それは……っ!」

 

「そうだ。学内選抜戦を辞退するのに必要な提出書類だ。信じられないと言うなら見て見るか?」

 

ほらと、渡されたプリントを震える手で掴む。文字がブレて見にくかったが、はっきりとこう書かれていた。

 

『選抜戦を辞退を希望するものは必ずこのプリントを提出すること。尚、提出されなかった場合は選抜戦に参加すると判断します』

 

「……うそ……だろ……っ!?」

 

認めたくない現実をストレートに突き付けられ、白雪は膝から崩れ落ちていく。

そんな白雪を、黒乃は影でニヤリと笑っていた。

 

「嘘なものか。私は言ったはずだぞ? 出たくないなら提出するようにとな……。ま、あの時のお前は殆ど寝起き状態だっただろうから、面倒くさがって忘れていたのだろう」

 

「ちょっ! 寝起きに渡すって、あんた確信犯だろ!」

 

聞き流せない内容に、白雪は理事長室の机をバン! と強く叩く。その一方で、黒乃は咥えたタバコを掴みながら言う。

 

「何を根拠に。私が行ったときたまたまお前が寝ていただけのことだ。タイミングの問題さ」

 

何処か嘘くさい。

「なら! こんな紙の提出より! 端末からの確認で良かったじゃないか。何でよりによってこんな方式なんだよぉ」

 

「七星剣王になれる可能性が誰にだってあるのだ。だから本当に辞退していいのか、再度その場で問いかける必要があった。だからこうして面倒だが提出形式にしたんだ。これでわかったか?」

 

一見筋が通っているのだが、どうにも仕組まれた感が拭えない。しかし、これ以上は何を言っても無駄だとわかると白雪は黒乃に背中を向けて帰っていった。

 

(確か予選は時間に来ない場合負けとされる。ならサボればいいか。それに、最悪の場合わざと負ければいいな)

 

「ああ、言い忘れていたことが一つある」

 

ちょうど理事長室の扉を閉めようとしたときだ。黒乃が白雪を呼び止める。

 

「なに?」

 

「毎回、予選が始まる前には私か、リーフェンシュタールが迎えに行く。それとわざと負けたと私が判断したら、罰として校内全てのトイレ掃除に毎日大量の課題、そして伐刀者としての訓練。七星剣武祭が終わるまで続けてもらうからな」

 

白雪は絶望した。

どうやら自分の考えることなど全てお見通しだったようで、その対策をされていたのだ。

こちらを見る黒乃の顔が、ニヤリと笑ったように見えた。

白雪は悟る。もう、自分に逃げ場などないと言うことを。

 

「…………ちくしょぉおッッ!」

 

白雪は逃げ出した。

 

 

 

「ほらシロちゃん。早くしないと黒鉄くんの試合が始まっちゃうよ?」

 

「見に行くのはいいよ。でも俺その後すぐに試合なんですけど」

 

「そこはほら、走ったらいいのよ」

 

「はぁ〜、ほんと、面倒くさい……」

 

『七星剣武祭出場枠』を、巡る選抜戦が始まった。

珠雫、ステラ、セリスが初戦を軽く突破し、少し遅れて今日、一輝と白雪の初戦が行われる。時間で言えば、一輝のほうが早く、その後に白雪の番だ。時間に余裕があるわけではないが、この学園に来て初めての友達だ。応援に行かないという選択肢はない。

そして、一輝の試合は当然、妹の珠雫、その友人の有栖院、一輝に好意をもつステラが見に行くことは当然であり、そのメンバーが揃う中でセリスが行かないなんてこともなかった。

つまり、結局はいつものメンバーが揃ったのだ。

 

「遅かったじゃない。もう始まるって言うのに」

 

ステラが機嫌悪く言ってくる。

 

「間に合ったんだから別にいいじゃん」

 

「そう言う問題じゃない! 一輝の念願の舞台よ? 友達のあんたがしっかり応援してあげないとダメでしょう」

 

「とか言ってるけど、実際は自分の好きな騎士の勇姿を見逃して欲しくなかったのよ」

 

ボソッとセリスが白雪に耳打ちしたが、ステラの耳には届いていたようで、顔を真っ赤にしながら反論する。

 

「なっ……ばッ、そんな訳ないでしょ!! 何をデタラメ言ってるのよッッ!」

 

「そうやってムキになって反論するところが怪しい」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?」

 

どうやらこの勝負はセリスの勝ちなようだ。顔から湯気を発しているステラは完全にうつむいていた。

その光景を珠雫は呆れた目を向け、有栖院は微笑ましいものを見るように優しく見守っていた。

セリスは勝ち誇った顔で見ていたが、試合が始まるアナウンスが入ると、全員が席に座った。

まず先に出て来たのは、今回の一輝の対戦相手、桐原静矢だ。彼は一輝の代の首席であり、前回の七星剣武祭の代表として出場していた。確実に勝てる相手を倒して行くスタイルから《狩人》という二つ名が付いている。

 

「ふ〜ん。《狩人》ねぇ。すげぇ大層な二つ名が付いてるけど、実際これってただのチキンだよね? 俺たちなら燃やしたり凍らしたり、水圧で押しつぶしたりと簡単に桐原を潰せるし。俺たちの誰かと当たったら棄権するのかな」

 

「間違いなく棄権するでしょうね。ああいうタイプって自分が可愛いから、傷つくことは絶対にしないでしょう」

 

よく人を見ている。有栖院の推測に、白雪は感心していた。

 

「あ、次は一輝の番ね」

 

ステラがワクワクと目を輝かせて入場ゲートを見つめる。その姿をセリスが見守っていた。

 

「どうしたの?」

 

どこか一歩引いている感じがして、気になった白雪は尋ねた。彼女は「別に大したことじゃないのだけど」と前置きしてから、白雪に視線を変えて言った。

 

「ステラが力や家族以外のことであんなにも夢中になるなんて、ヴァーミリオンにいた頃は思いもしなかったから、少しびっくりしちゃって……」

 

何ともステラらしいと思う。

 

「あの子、恋なんて言葉とは全く無縁だったから、あんな乙女なステラを見てたら、凄く嬉しくて、応援したくなったの」

 

「そっか……」

 

女性同士の友情はわからないが、セリスが抱いている感情はわかる。自分もあの特訓ばかりの一輝が誰かを好きになれば応援するだろう。と言うより既に二人は怪しいと白雪は睨んでいる。ステラは確実に一輝のことが好きなんだろう。普段の行動からしてバレバレだ。一輝は少し鈍感なため、今はステラの好意に気づいてはいないだろうが、彼女を意識しているのは確実である。

 

(二人が付き合うのも時間の問題かもしれないなぁ)

 

呑気にそんな事を考えているとふと、白雪はある事を思う。

それは、自分自身について。この学園に連れてこられてから大体一ヶ月。親友とも呼べる一輝がステラと付き合うと思うと、何故か恋愛というものが他人事のように思えなかった。

 

(俺もいつか誰か好きな人ができて、付き合ったりするのだろうか。想像できない。できないけどもし、そんな可能性があるとすれば……)

 

ちらっと、隣に座るセリスを見る。ちょうどセリスもこちらを見ていたようで、首をかしげる。

 

「……? どうしたの?」

 

「〜〜〜〜ッッ!? なっ、何でもない!」

 

無性に恥ずかしくなって、白雪はそそくさと視線を外した。

顔が熱い。動悸が激しくて、セリスにも聞こえてしまいそうだ。

 

「顔真っ赤よ! 大丈夫シロちゃん!?」

「大丈夫、大丈夫! すぐ戻るから、今はこっちを見ないで!」

 

「で、でも……」

 

「いいから」

 

「そ、そう? しんどくなったら早く行ってね?」

 

わかったと返事をしてから白雪は心を落ち着ける。

 

(ふぅ……落ち着け。俺が恋愛なんて向いていない。馬鹿げてる。これは一時の気の迷いだ。身近が色めき立っているからそれに当てられただけ。俺がそれに染まる必要はない。それにーー)

 

白雪の脳裏にある光景が浮かぶ。巨大な山が一寸の隙間もなく完全に凍りついている風景を。

動悸が収まり、今までの熱が嘘のようにスゥーと引いていく。浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。

 

「本当に大丈夫?」

 

急に大人しくなった白雪が心配になったのか、セリスが再度声をかける。これに対し、今度はしっかりと返事することができた。

 

「うん。もう大丈夫」

 

セリスの顔を見ても、もう心臓が跳ね上がったりしない。やはり、一時の気の迷いだ。そう結論付けて、間も無く始まるであろう試合に視線を置いた。

暫くして、一輝が入場ゲートから姿をあらわす。観客に軽く会釈するその様は、一輝らしいが白雪は違和感を覚えていた。

 

(普段通りに見えるけどどこか落ち着いていない。漸くの公式戦に嬉しくて浮き足立っている? いや、一輝に限ってそんなことはない。ならなんだ? あの自分の思い通りに体が動いていない様は……)

 

今日、一度だけあったがその時は完全にいつも通りの自然体だった。なのに……

 

(もしかして、緊張?)

 

これが一番しっくりきた。一輝は白雪たちと特訓などはしていたが、こんな観衆の中で戦ったことなんてこれまでの人生で経験したことないだろう。その初の公式戦が注目される中で行われる上、負ければ今までの自分を否定される。体にかかるプレッシャーが尋常ではないのは目に見えている。

そんなプレッシャーの中、一輝の試合が始まったーー。

 

 

白雪は今、激怒していた。

一輝を嬉々として嬲る桐原静矢に。

一輝の目標をバカにする生徒たちに。

そして、

 

才能ということばに縋って諦めている雑魚相手に、好き放題言われて心が折れかけている一輝に!

 

(こんな有象無象の連中に否定されただけで諦めるのか? 他人にごぞって諦めろと言われても絶対に諦めないと言っていたお前が、こんなところで諦めるのか?)

 

白雪は知っている。黒鉄一輝という人間の強さを。黒鉄一輝という《伐刀者》の強さを。

だが、それを知らない奴らは一輝を侮辱する言葉を無遠慮に吐き出していく。

そして等々、我慢できなくなった人物が一人、席から勢いよく立ち上がり一言。

 

「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

ステラである。

烈火の如く怒るステラに観客は全員が黙り込む。

自分の大好きな騎士をバカにするなァッッ!! と怒鳴り散らしたときは、隣のセリスがニッコリとしていた。

そんなステラの言葉に喝が入った一輝は伐刀絶技の《一刀修羅》を発動し、《完全掌握》(パーフェクトヴィジョン)で見えない桐原捉え、勝利をもぎ取った。

誰もが桐原が勝つと思っていただろう。それ故に一輝が勝ったときのリアクションが面白く、つい白雪は笑ってしまった。

至る箇所を矢で撃ち抜かれた一輝が担架で運ばれていく。

 

「カプセルに入れたら傷はすぐ塞がるだろう。……はぁ、面倒だけど次の試合行ってくる」

 

「シロちゃんが負けるとは微塵も思ってないけど、頑張ってね!」

 

「うん」

 

席から立ち上がり、控え室へと移動する。次の試合にAランクの白雪が登場するとあってか、観客席が全部埋まっても後ろで立って見るものまでいる。そんな人達の視線を感じながらある決意をした白雪は歩いていくーーーー。

 

 




次の話で一巻の内容が終了です。


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episode.15

これで一巻の内容完結です。


 

『七星剣武祭出場枠》を巡る『選抜戦』。その最終試合が始まろうとしていた。

前の試合の整理などで時間が少し取られたが、気にせずに控え室にて待つ。

普通ならこういう時間を使って対戦相手について最後の復習といくのだろうがあいにく白雪には必要ない。どんな相手であろうとただ勝つのみ。

 

「そう。俺に凍らせれないものなんてない」

 

そう呟くと同時に閉じていた瞼を開く。壁に掛けられた時計を見れば、もう試合の始まる時間。

ちょうどそのタイミングにアナウンスが入った。

 

『一年・春日野白雪君。試合の時間になりましたので入場ください』

 

焦りや緊張はない。する必要もない。

白雪はただ平然と、リングへと続く扉を開いた。

 

 

『さあ、本日最後の試合にして最も注目度の高いこのカード! すごい人入りです! やはりAランク騎士、それも先日行われた模擬戦では同じくAランクのセリス・リーフェンシュタールと互角に戦うあの映像を見たものは、彼に興味が湧かないなんてことはないでしょう! 《氷雪の覇者》! 春日野白雪選手ッ!』

 

白雪の登場に観客の学生たちが湧く。あの模擬戦を見れなかったものは大勢いるだろう。それ故に白雪の戦闘を楽しみにしていた生徒たちは興奮を禁じ得なかった。

だが盛り上がる生徒たちなど気にもとめず、白雪は静かに一部の観客席に目を向ける。そこは先ほど白雪が座っていた席だ。空いていた空席には何故か黒乃が座っており、変わらずタバコを吸いながら白雪を見ていた。

 

(本当に俺の審査に来たのかな……理事長ってのは暇なのか? それと、生徒が近くにいるところでタバコは吸うなよ)

 

いつもの仕返しに白雪は少し魔力を込める。

 

「ッーー!?」

 

黒乃が驚きに目を見開く。原因は彼女の咥えていたタバコ。その先端の火が冷えて消えていた。

その結果に満足した白雪は鼻で笑ってやった。その際、黒乃の頭に怒りマークが付いていたが無視だ。

珠雫が残っていることに驚いた。ステラと一緒に一輝の容態を確認に行く思っていたのだが、こちらを穴があきそうなほど見つめていた。まるで、一つの動作も見逃さないとばかりに。有栖院はウィンクをするだけなのでスルーし、最後に見るのはセリス。彼女は小さくだが手を振って微笑み掛けてくれていた。何とも彼女らしい。白雪は感謝の念も込めて頷くと、《氷輪丸》を顕現させ、試合の合図がなるのを待った。相手も固有霊装を展開していて準備が整ったところでアナウンスが流れる。

 

『それでは本日の最終試合の開始です!』

試合の火ぶたは切って落とされた。それと同時に、相手の刀型の固有霊装に炎が巻きつく。それを見るや否や、相手の応援に来ていた生徒たちが騒ぎ立つ。

 

『やっちまえ杉本ぉ! 相手は氷、相性は最高だぞ〜!』

 

『先輩の実力みせてやれぇぇ!』

 

様々な応援の言葉が飛ぶ。煩いがそれは別に構わなかった。しかし盛り上がりすぎたのか、見逃すことのできない言葉まで飛び出し始める。

 

『Aランクが何だってんだ! Fランクのクズでも勝てたんだ、俺たちだって楽勝だろう!』

 

『そうだ! あんな惨めったらしい能力でもいけるんだ。それよりも上の俺たちの力が通じないわけがねぇっ!』

 

それは最早応援でも激励でもない。ただの野次だ。それも、この試合に関係のない者を貶める最低の!

 

「へ、へへへ。そうだ。Fランクに負けるような連中に俺が負けるわけがねぇ! Aランクも地に落ちたなぁぁぁ!」

 

乗せられた相手、杉本が炎を纏った刀をチラつかせながら無理やり作ったであろう笑みを浮かべている。

それに触発されて、野次は更に過激さを増す。もう聞くに耐えない。セリスたちを一瞥すると、セリスは嫌悪感に顔を歪め、珠雫は殺気を溢れ出していた。自分の最愛の兄が関係のないことで貶められているというのだから当然の反応だろう。まだ一ヶ月近くしか知り合っていない白雪でさえ、怒りは禁じ得ないのだから。

試合が始まり、白雪は構えもせず隙だらけだというのに杉本は一向に攻めてこない。彼は分かっているのだ。口では強く言えても、いざAランクという規格外を前にするとすくみ上がって体が自由に動かないということに。だから、精一杯の強がりとして、他者を貶めて自分が上だと言い張る。

白雪は呆れと怒りを抱きながらも、《氷輪丸》の柄を右手で握りしめて引き抜いた。

白雪は思い出す。先ほどの一輝の試合を見て、そして周囲の反応を見てあることを決意したことを。

 

(一輝はあの試合で実力を示した。まだ納得できていない雑魚どもが圧倒的に多いけど……。だけど、それと同時にAランクが下に見られるようになった)

 

ーーーーFランクにも負けるAランク。

 

Aランクを破ったのは間違いなく一輝だ。Fランクが破ったのではない。偶々一輝がFランクであっただけで、今回の勝利は一輝が文字通り死ぬ思いで努力に努力を重ね続けた結果だ。

それをFランクが勝てたからそれ以上の自分たちなら勝てて当然、と努力もしていない奴らに言われるのは腹がたつ。

無駄にプライドの高い白雪が許すはずもない。

鳴り止まぬ野次に、白雪は《氷輪丸》を地面に突き立てる。

冷気を放つ《氷輪丸》は地面を侵食し、リング全体を一瞬にして氷結させた。リング全体に影響を及ぼした白雪にざわめき声が湧き上がる。

が、

 

「黙れ」

 

怒気を孕んだ白雪の声音に、会場が凍りついたようにシーンと静まりかえった。

白雪は柄に手を乗せて言う。

 

「ほら、きなよ。俺とは相性が最高なんだろ? ならこんな氷、溶かすことくらい簡単だよね?」

 

「ナメやがってッ! こんな氷、すぐ溶かしてやるよぉ!」

 

炎が渦巻く刀を氷結している地面に叩きつける。氷は熱に弱いため、炎を纏った刃なら容易に溶かし、斬れる。そう、誰もが思った刹那だった。

 

「ーーーーッ!?」

 

杉本が驚愕に眼を見張る。眼前の光景が理解できていないのだろう。それもそのはず、杉本が振り下ろした炎の刃が、氷の地面と繋がり同化していたのだから。

 

「く、クソッ! 取れない! こうなったら……!」

 

杉本から魔力が練られているのを感じる。彼は伐刀絶技を使用するつもりだ。炎が凍った刀の周りをグルグルと回り始めたかと思うと、それは次第に大きくなり、フィールド全体に広がり始めていく。

それを見て杉本はニヤリと笑う。

 

「へへへ、これなら例えAランクの技だろうと溶かすことくらいーーーー」

 

そこまで言って、杉本の言葉が止まる。

ニヤリと笑っていた顔は、唖然と固まり、そして驚きに染まり、最後に絶望した表情に変わる。

 

「よく表情が変わる奴だな」

 

白雪がボソッと呟くが、杉本はそれを聞くほど余裕がなかった。

伐刀絶技はいわば伐刀者の切り札のようなもの。一輝の伐刀絶技、一刀修羅はAランク騎士のステラを破ったほどだ。全員が全員、そのような伐刀絶技を持っているわけではないが、能力や相性によっては格上の相手でも倒せてしまう。

そして杉本の伐刀絶技は炎。対して白雪は氷。相性は最高だ。

そのはずなのにーーーー

 

「ど、どうして……どうして俺の伐刀絶技が、俺の炎が凍っているんだ!?」

 

フィールドには、全体に広がる炎の螺旋がそのまま凍ったいた。その幻想的な光景に生徒たちの目は自然と奪われる。

が、杉本はそうはいかず、明らかに狼狽していた。

そんな杉本に白雪は冷ややかに言い放つ。

 

「で、その程度の炎で何を溶かすって?」

 

「クッ……!」

 

凍った炎を見ていた杉本が白雪の一言に悔しさで顔が歪む。

 

「それとあんた一つ勘違いしてるぞ?」

 

「勘違い?」

 

「あんた、これなら俺の技でも溶かすことができるっていってたよな? そもそもそれが間違いだ。俺は技なんて使っていない。そしてあんたの伐刀絶技は張り巡る氷と《氷輪丸》から放たれる冷気で凍っただけ」

 

信じられないのか、それとも信じたくないのか。恐らく両方だろう。杉本の顔が、恐怖に染まる。

 

「お前たちが馬鹿にしたFランクの伐刀絶技は冷気程度では何ともなかったぞ?」

 

「ば、化け物め……ッッ!!」

 

そう吐き捨てる杉本を無視して、白雪は《氷輪丸》を地面から抜く。固有霊装を握ったということで警戒する杉本を無視して、白雪は《氷輪丸》を背中に背負う鞘に直していく。それを見た杉本が慌てて叫び出す。

 

「お、おい! 何で武器を仕舞っているんだよ! まだ勝負はついていないぞ! それとも何か、俺とは戦う価値が無いってかぁ!」

 

「価値があるとか無いとか、それ以前にもう勝負は付いているんだけど」

 

「………………は?」

 

「自分の周りを見て見なよ」

 

言われた通り、杉本は周りを見渡しーーそして膝をついた。

 

「あ、ああ、あああ…………」

 

杉本の口から悲鳴が擦れて漏れ出す。

 

「やっと状況がわかった? ま、今更わかったところで遅すぎるけど」

 

白雪はそう言って目の前の光景に目をやる。

杉本を中心に、無数の氷の矢が上空を支配していた。更に地面に足が繋がれ逃げ場もなく、百八十度全て狙われている。

氷自体に対した攻撃力はない。だが、それが数十、数百と数があれば別だ。

 

「俺はこの選抜戦を通して、もう一度Aランク騎士がどういう存在かをお前たちに認識させる。そのための第一歩だ」

 

そう言ったと同時に、氷の矢が一斉に発射された。矢が一つ刺さると、そこから広がるように体が凍っていく。

氷が人の体を覆い尽くしても更に降り注ぐ氷の雨。

最後の矢が降り終える頃には、天井を貫く寸前まで、氷の柱が完成した。

と、そこでアナウンスが流れる。

 

『試合終了! 勝ったのはやはりAランク騎士、春日野白雪選手!! なんと、一歩も動かずに試合を決めてしまった!』

 

会場がどよめきで揺れている。

しかし白雪は気にすることなくゲートに歩き、そして《氷輪丸》をしまう。

カチンと、《氷輪丸》が鞘に収まると同時にフィールドに広がっていた氷が煌びやかな輝きを放ちながら全て砕け散たーー。

 

「今日はお疲れ様、シロちゃん!」

 

「ん、ありがと」

 

日は落ち、窓から夜空を見上げていた白雪は、セリスの労いの言葉に空に向ける目をセリスに合わせて言う。

 

「そう言えばシロちゃん、何で急にやる気になったの?」

 

「……やる気になった訳じゃないよ。ただ、嫌だったんだ」

 

「嫌だった?」

 

白雪はうんと頷き言う。

 

「一輝や、俺たちAランクが舐められたこと。一輝は、俺が知る限りの人間の中で一番努力している。自分にはそれしかないからって。でも、その果てしない努力結果で、一輝は見事に格上の相手を倒してみせた」

 

「そうね。あれはスゴかったわ」

 

「なのに、金を渡して勝たせてもらっただの、マグレだの、仮に本当に倒したのならAランクがは大したことなく一輝が勝てたならその上のランクの自分たちも勝てるって。大して努力も行なっていない三下どもが……」

 

「…………」

 

「A級騎士が強いのは才能のおかげ。確かに才能があるのは確か。だけど人に過ぎた力は自分の身を滅ぼす。俺たちがその才能にどれだけ命を落としかけてきたか。俺たちも死ぬ思いで努力して、漸く今の強さを手に入れたんだ!」

 

セリスも同じ思いだった。

 

「わたしとステラも一緒よ。ステラは何度も体を焼いたし、わたしも何度も溺れ死にかけたもの」

 

「俺の場合、最悪だったのは自分だけじゃなくて周囲にまで被害が出たから……本当に死ぬ気で力を制御できるように頑張った。俺たちはそんな思いをしてきたんだ。そんな俺たちの努力を才能の一言で片付けられたくない。だから俺は決めたんだ」

 

白雪はセリスの瞳を見て、告げた。

 

「俺は、選抜戦を通じてもう一度Aランク騎士がどれだけ強いのか示す。圧倒的な力で『Fランクが勝てたなら俺たちも勝てる』なんて甘い考えをへし折るために……ッ!」

 

「でも、それだとますます黒鉄くんはお金でAランクに勝ったって思われないかな?」

 

「それに関しては大丈夫。気にしなくても一輝は必ず上まで登ってくるよ」

 

「あははは、そこは黒鉄くん任せなんだ。でも随分と信頼しているのね、彼のこと」

 

「当たり前だよ。何せ、一輝は俺やステラ、二人のAランクが認めた男なんだから」

 

 

 




次から二巻の内容に入っていきます。


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